相坂一考の一言、二言、独り言

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1312 俵万智の場合
2010/07/20 05:58

 子供を女性が引き取って育てるシングルマザーの事例は多くなっている。俵万智さんの場合もその一例で、子供が欲しくて、好きな人の子供を生んで一人で育てているという。筆者は、そんなケースの相手となった男の気持ちに強い関心を抱いている。

1、独り言コラム
 先日、病院に向かう車の中で、テレビ朝日の徹子の部屋で、あの「サラダ記念日」でブレークした俵万智さんの対談を部分的に聞いていたことは、既にこの欄で紹介した(1300をご参照)。
 今では、彼女が息子さんを育てることに生きがいを持っているとの話だった。気になった、その子供の父親についてはノーコメントで、子供には、どうやらもう既に亡くなっていると話しているようだった。
 その彼女の生き方に強い関心を持った筆者は、直ぐに、彼女が書いた自伝的な小説「トライアングル」を取り寄せてて興味深く読ませてもらった。この小説では、それまでに関係のあった三人の男性を登場させる設定となっている。一人が早大時代から付き合っていた「アイツ」、二人目が、仕事を通じて知り合った写真家のM、そして、もう一人が、飲み屋で知り合った7歳若いフリーターで、いずれも深い関係を持った男達である。その中で、彼女が心から愛していたのは、写真家のMで12歳年上で既に結婚して子供もいる家庭持ちである。彼女が、Mさんの奥さんに嫉妬するとか、別れて欲しいとかいった気持ちがないのが珍しい。
 小説の後半で、彼女が女性として子供を生む限界年齢と言われる40歳が近づくにつれて、何とか子供を欲しいと思案した上で決意する。その場合、その相手としては、当然そのMしか考えられないと彼女は考えるところで小説は終っている。
 その最後の部分で、彼女は、結婚については「お互いの関係がよりよくなると思えるなら結婚すればいい」と考え、自分の場合は「結婚と恋愛はセットにならない」と言い切っている。そして子供を持つ事については、「たぶん、子どもは何かのために生むのではない。私がその子に会いたいから生む。会いたい気持ちをあきらめたくないから生む。」というのが自分の主張のようである。
 そして、彼女はその決意を大胆にも実行に移した。この小説が自伝であれば、彼女の子供の父親はMであろう。
筆者の関心は、「そのMの子供を生むに際して、彼女はMの了解を得ていたのだろうか、いや、そうではなく、Mに負担を掛けたくないの一心で、密かに彼が意識しない虚をついた形で妊娠への行動に出たのだろうか。」という点である。
 若し、前者であれば、Mの気持ちは実に大胆である。家族以外に別の子供を持つということを決意するのは、そんな容易なことではない。この場合の男の気持ちはなかなか理解できない。徹子の部屋での彼女の話では、子供には一切会っていないということのようだから、Mの気持ちは、それで収まっているのだろうか。
 若し、後者のケースだったとして、Mが全く気付かない中での俵万智さんの思い切った行為で生んだということであれば、Mは俵さんに子供が出来た事実をどう解釈しているのであろうか。恐らく、その子供は自分の子供ではなかろうかと一時的に悩んだに違いない。しかし、今では俵さんと子供が逞しく生きているという事実にほっとし、密かに温かく見守っているのだろう。
 筆者は、後者のケースのようなMの気持ちを味わうのも、もう一つの幸せを満喫できそうで、ちょっと憧れてみるのである。しかし、この場合は、あくまでも女性に生活力が伴っていることが前提である。いずれにしても、俵万智さんは大胆な人生をエンジョイしていると申し上げておこう。
 蛇足だが、彼女はなかなかセックスの表現がお得意のようで、至る処に「おっ」と思う表現が出て来る。参考に、その一例を引用しておこう。
 「Mは顔をずらして私の下腹部にむかった。ムカデがなめくじに変わる。これをされると、全身の力が抜けて、足の付け根に次々と花が咲くような錯覚に見舞われる。そして、もっと敏感な部分は、食虫植物になって、近づいて来るなめくじを待っている。」

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時40分起床。体重、測定をうっかりして忘れていた。今日も暑そう。
 昨日の雅子も、朝方は痰に苦しんでいたが、午後には比較的軽くなって穏やかな一日だった。午後には、3時頃から1時間程度車椅子で散歩した。

3.連載、難病との闘い(1277) 第五部 どこまで続くこの苦闘(54)
  第一章 十年目の闘い(52)

 (3)アクシデント&トラブル(14)−施設アクティバ解約 D−
 解約額の試算は、入居申請を扱った営業部が担当していた。そこで、具体的に、4月末と8月末、それに今年度末の3つのタイミングについての返還額の試算を依頼した。3月半ばの頃である。数日後に営業部から試算結果の返事があった。それによると、一考が思っていたよりも返還額は大きかった。正直なところ、高々数百万円ぐらいの返還だろうと軽く考えていたのだったが、それを少し上回っていた。例えば、4月末で解約すれば、半分とはいかないまでも、そこそこの額の返還があるという。そういう試算を知ると、一考の気持ちの中では、解約促進に拍車がかかることになったのである。
 そこまで確認した段階で、一考は雅子の実兄に自分の考え方を打ち明けた。3月にご夫婦揃ってお見舞いに来てもらった時のことだったと思う。その時の具体的な説明は、次の内容を骨子としたものだった。
 1)このところの雅子の症状からして、この入院は長引きそうであること。加えて、この病院には年単位の長さで入院している方も結構おられること、
 2)入院しておれば、雅子の症状の変化に応じてタイムリーに適切な対応が施してもらえるので安心であること。つまり、ここでお世話になっていることが、雅子には都合がいいのではと考えている。
 3)自分の経済的な面から、その方が大変有利であること。實を言えば、何もなくても、一考が75才になるまでには、国が経営しているいわゆる特養に変わりたいと考えていて、既に1年半前に申請済みであること。それと言うのも、75歳で企業年金が大幅にカットされることになっていて、その後は、毎月が持ち出しの生活になるといった事情についても説明した。
 そういう意味では、いずれは、アクティバの解約は想定済みであって、言ってみれば、その切り替えを前倒しで行なうに過ぎないのである。
 幸い、申し込み済みの特養施設での待機順番も徐々に上がって来ていること、更には、退院時の対応策についても、既に、その特養の窓口の方にも、その辺りの事情を説明してお願いの布石を打っていることを話した。(以下、明日に続く)

カテゴリ:人物論

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