プロフィール

相坂一考

Author:相坂一考
滋賀県大津市出身
07年1月に推理小説「執念」を文芸社から出版
14年7月に、難病との戦いを扱った「月の砂漠」を文芸社から出版

このブログは3部構成です。
 1.タイトルへの一言。
 2.独り言コラムで、キーワードから世の動きを捉えようと試みる。
 3.プライベートコーナー
   (2015-06-03に修正) 

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブロとも申請フォーム

ブログ内検索

RSSフィード

Powered By FC2ブログ

4067 筆者のファン遍歴

 大辞林の「ファン」の項には、「芸能、スポーツの熱心な愛好者。また、特定の俳優、選手、人物、団体などをひいきにする人」とある。

1.独り言コラム
 筆者の考えるファンの対象について述べてみたい。そもそもファンというのは、その対象人物、団体に、好意的な関心を持つことが始発点だろう。そこから、その惹かれる度合いで、単なるファンといったレベルから、熱烈なファンに至るまで、いろんなレベルのファンが存在する。▲その対象に好意を持つ背景には、一般的には、その対象の能力、技術、思考、嗜好、趣味、歴史、或いは、単に外見的な美的要素などが関与している。また、その変形パターンとして、好きになれない(嫌いな)対象のライバルのファンになる、アンチ〇〇ファンといったケースもある。▲またそのファンとしての惹かれる度合いには、追っかけをするぐらいの熱烈なものから、単に静かに見守りながら、応援してあげると言った程度の落ち着いた静かなレベルの通常のファンに至るまで、千差万別である。▲熱烈な場合には、その対象が勝負に負けたり、何かに失敗したりすると、精神的な打撃を受けて落ち込み、立ち直るにそれなりの時間を要するようなケースで、ファンの度合いも、精神的な支えになってしまっている過度の熱烈さがある。▲今までの筆者のファン歴を総括してみると、一時は、熱烈なファンになって、その対象が戦っている場合には、強い関心を持ってネットなどでフォローし、負けた場合の落ち込みは半端でなく、精神的な影響を受けた対象がいた。ゴルフの宮里美香さんや将棋の郷田真隆9段、或いはプロ野球のその時点でのひいきチームだった。▲宮里美香さんの場合は、宮里藍選手が好きになれず、そのアンチファンとして興味を持ち始め、その後、彼女が若くして海外に渡って頑張って来たという彼女の履歴にも惹かれていた。しかし、一昨年頃から力が落ち、予選落ちが重なたことで魅力がなくなり、今では完全にファンから離脱し、関心が消えている。▲郷田真隆9段については、羽生・森内さんなどの永世名人が大活躍する中で、うずもれていた棋士の一人で、その潜在的な能力に惹かれて熱烈なファンになっていった。その「肉を切らせて骨を断つ」といった豪華な勝ち方に大いに惹かれ、同棋士が負けると、その落胆が大きく、暫くは精神的に落ち込むと言った影響を受けていた。しかし、最近ではその豪華な勝ち方の魅力が失せ、熱烈なファンからは離脱、単なる元カノといった普通のファンになってしまっている。▲話は一転するが、アベノミクスで株価が上がり、その恩恵を受けているという広い意味で、筆者は安倍総理のファンである。因みに政界でのファンについて語れば、かつては、社会党の書記長から委員長になった成田知己さん、最近では元民主党代表だった前原誠司さんの大ファンだったが、前原さんについては、「言うだけ番長」と揶揄されるに至り、この間の総選挙での大失態でファンから離脱した。▲因みに、芸能界では、ラジオ時代に、アンチ美空ひばりさんということで、島倉千代子ファンだったが、テレビ時代になって離脱。今では、水森かおりさん、ごく最近では、唄のうまい美人歌手の市川雪乃さん また女子アナでは、桑子真帆(NHK)さんや中谷しのぶ(読売テレビ)さんを何となく応援している。▲そんな中で、プロデビュー後、快進撃を見せている藤井聡太5段への関心は相当で、同氏の対局がある日は、筆者は、朝からルンルン気分で、その対局を楽しんでフォローしている。彼の魅力は、その棋力の潜在能力である。自分の王様が裸になっても、切り込んでゆく強さは、かつての郷田9段の肉を切らせて云々の一回りも、二回りも優れたもので、その魅力には底知れぬものがある。かくして、筆者は熱烈なファンになりつつあるが、彼が負けたからと言って、そんなに落ち込まない。来週は2局の予定が組み込まれているし、17日には6段をかてた羽生さんらとの対局が予定されている。言ってみれば、オリンピック以上に楽しみにしている大勝負である。

2.プライベートコーナー
 1時半起床、体重、62.9kg、▲昨日の午後は、寒さも少し緩んだようだったので、散歩もいつもよりも距離を延ばし、近所の柳川河口まで歩いた。関心があるのは、河口付近の様子で、雨量、風波、それに琵琶湖の水位の影響を受けて、微妙に河口の形状を変えている。昨日も、川の流れが大分変っていて。対岸に渡れそうな川幅の処もあったが、飛び越えるのは、今の高齢を考えると無理なようだので諦めた次第である。(18-02-03)
スポンサーサイト

3420 隠れファン

 大辞林には「特定の人物や団体を贔屓にする人のうち、自分がそうであることを公言していない人のこと。また、公言できない人のこと」とある。

1.独り言コラム
 北海道5区の補選で自民党の候補者が勝利した。差し当たっては、安倍総理はほっとしていることだろう。同氏のやり方には、強引すぎるとも批判があるようだが、筆者はその実行力を評価していて、安倍総理の隠れファンである。▲日本の女子ゴルフ、フジサンケイレディースでは、熊本出身の大山志保さんが逆転で、今期初、通算17回目の優勝を果たした。アン・ソンジュ選手が最終ホールでダボを叩くというラッキーな優勝だった。賞金の1440万円は熊本災害に寄付するという。目下、リオ・オリンピック出場権獲得に関しては3番手のきわどい位置にいて、この勝利は大きなポイントアップになったものと思われる。筆者は、そのスリムな体をしならせて頑張る彼女の隠れファンである。▲将棋界の将来の棋士目指す棋士の卵たちが集まっている奨励会の3段リーグの今年度上期のリーグ戦が始まった。今期の注目は、史上初めて、西山朋佳と今期が実質2期目の里見香奈の二人の3段の女性棋士が参戦していることである。土曜日に行われた第一日で、二人は共に2連勝して第一日を終えた。40人近くいる棋士が、半年間のリーグ戦で一人18局を戦い、上位2人が4段に昇格し、正式な棋士となる厳しい難関である。言うまでもなく、筆者は二人の隠れファンである。果たして、初の正式な女性棋士は誕生するのであろうか。▲将棋といえば、NHKの日曜日の将棋ジャーナルの司会を務める伊藤かりん(乃木坂46)さんは、2年連続でこの番組を担当している。なんといってもその明るさが好印象を与えてくれている。加えて、将棋の腕も結構上達しているようで、いつの間にか隠れファンになってしまっている。▲テレビ朝日系列の「クリームミラクル」というクイズ番組で頑張っているAKB48の大家志津香さんの存在に関心を持っている。彼女が「漢字ばらばらクイズ」で見せる天才的なひらめきに、凄い魅力を覚えているからである。気が着くと、いつの間にかファンになっていた。何かに特殊な才能を持っている方には惹かれるのである。▲4月から始まったNHKの夜の新番組「ニュースチェック11」のMCの桑子真帆アナも、筆者の隠れファンである。「プラタモリ」で見せたアシストぶりは、タモリ氏も高く買っていた。何となく能天気な明るさが癒しとなっている。相棒の有馬嘉男氏とのコンビもなかなかよろしい。▲他にも、「Qさま」の三浦奈保子、読売テレビの中谷しのぶアナ、歌手の水森かおり、石原詢子、時々コメンテーターとして出演している優木まおみさんらの番組は、なるべく見逃さないようにしている。私には、癒しを与えてくれて、貴重な隠れファンたちなのだ。

2.プライベートコーナー
 2時起床。体重62.7kg。▲毎朝の散歩では、最近は腰まで琵琶湖に入って釣りを楽しんでいる方が増えている。面白いのは、ほぼ50メートル程度の等間隔で並んでいるところだ。何となく絵になっている。ところで、一時は、数千羽いたコガモなどの渡り織がほとんど姿を消した。日本に居残りことを決めた百羽ほどの姿がみられる。湖岸の風景の移り変わりも楽しい。(16-04-25)

3340 気分は八方塞がり

今日は 私ごとの話である。一昨日の友人たちとの宴の後の筆者は、気分的に八方ふさがりで落ち込んでいる。しばらくは静かにしていようと思う、昨日、今日、明日である。

1.独り言コラム
 鹿児島県桜島が昨夕に噴火した。5か月ぶりの大きな噴火だそうだが、幸いなことに、今のところ大きな被害は出ていない。そんな中で、安倍内閣では、先の甘利明経再相に次いで、新たに遠藤利明五輪相に同じ政治と金の問題が浮上している。今のところ小爆発のようだが、安倍総理ファンとしては、この問題が、厄介な問題にならないことを願いたい。二人の大臣ともに、名前に「明」という漢字がついているのが皮肉である。▲株価の値下がりは止まらない。東証は昨日も225円も下げて、17000円を割った。このところの筆者の含み資産の大幅な低下は目も開いていられない大きさだ。日銀のマイナス金利の効果は逆に作用しているようだ。加えて、今朝のアメリカのダウも大幅な下げをみせていて、来週の東証の動きに赤信号が点っている。▲シャープの買収問題は、昨日、鴻海の郭会長が来日し、決着をつけようとの意気込みでシャープに乗り込んだが、9時間に及ぶ長時間の交渉にも関わらず決着はつかず、今月末の29日まで持ち越された。筆者の持ち株の中では、シャープ株は期待の株だけに、ここでも、ちょっとした八方塞がりの感がしないでもない。▲将棋の王将戦は昨日第三局を終えたが、先勝した郷田王将だったが、羽生4冠の強さがさく裂し2連敗を喫し、「1-2」とリードされた。郷田ファンとしては、順位戦ではA級陥落にも追い込まれていて、八方塞がりである。▲新年度の米国女子ゴルフツアーが始まっていて、今週はその第2戦が行われているが、筆者期待の宮里美香選手は、第一戦では15位タイでそこそこの成績だったが、今週は昨日から今朝にかけての二日目が絶不調で、予選は辛うじて通過したが、筆者の気持ちは八方塞がりである。▲こういった具合に、何事においても気分が優れない場合は、「果報は寝て待て」で、じたばたせずに静かにしているしかないようだ。

2.プライベートコーナー
 2時半起床。体重62.5kg。▲昨日の午前中に税務署に行き、平成27年度の確定申告書を提出した。今年は初めて追加納税することになった。自動的に銀行から引き落とされる。▲毎日行っている散歩は、昨年の4月から始めて、10か月目に入っているが、気が付くと、歩いた総距離は1000kmを超えている。何事でもそうであるが、積み重ねの偉大さにびっくりすることが少なくない。

2929 ホワイトアウト

 目先が真っ暗という言葉は、日常よく使われている言葉であるのに対し、この冬では、北海道のような雪国では、ホワイトアウトという言葉を幾度か耳にしている。激しい雪で目先が真っ白で何も見えない危険な状態を言うようだ。▲弘子が亡くなって今目で10日目である。自宅の部屋の中は、整理できないままいろんな小物が雑然と置いてあって見苦しい風景である。それは、自分の心の中も同様で、情緒は必ずしも安定していると言えない。幸い、目先が真っ暗やホワイトアウトのような状態ではない。▲今までの毎日の通院生活からは解放されたものの、逆に何をやっていいのか定まらず、ここ数日は行き当たりばったりの時間の過ごし方である。▲通院時では、大抵は少し早い目の昼食を病院の近くにあったファミレスのガストで、一人のんびりと取っていたのだが、幸いにも、自宅の近辺で、車で5分ぐらいの処にもガストがあるのを発見し、一昨日から顔を出し始め、通院時と同様なのんびりした時間を過ごすようにしている。▲一人で物思いに耽っていると、病床で見せてくれた亡き妻のいじらしい、健気な顔が脳裏に浮かんで来る。中でも、筆者が毎朝病院に顔を出した際に、彼女の症状が落ち着いている時には、前日にあったいろんな話題を話してあげるたのだが、その際に彼女が見せてくれた何とも言えないいじらしい顔である。また、時には、懸命に薄目をあけて、何かを訴えるように口を動かしてくれる顔には、たまらない愛くるしさがあった。▲そんないじらしい、愛くるしい顔が脳裏を占拠して来ると、じーんと胸が熱くなって来るのである。一週間以上も経過した今になってのこの状態は、ちょっとした精神的なホワイトアウト的現象なのかもしれない。▲こんなことを、うじうじ書いているような「弱」であってはいけないと自分を戒めている今朝の筆者である。明日からは、今までのような、ニュースや話題を取り上げて、空元気を楽しむ従来の独り言のパターンのブログに戻したいと思っている。

2928 童謡「月の沙漠」の歌詞の自動変換

 昨日頂いたある方からのブログのコメントで、妻は拙著「月の沙漠」の完成を見届けて、安心して旅立たれたのではなかろうかとの見方を披露して下さった。その見解に、筆者も「なるほど、そうだったんだ」とそのそのコメントに共鳴した。▲この「月の沙漠」は、6月末に本が完成し、7月15日から店頭発売が開始され、死去したのは、それからほぼ5か月後であった。この間、幸いにも毎日新聞のローカル版(8月30日付滋賀版)で紹介頂き、その記事を見たKBS京都が、長寿番組である「早川一光のばんざい人間」でも取り上げて頂き、筆者も電話で生出演させて頂く光栄を得た。そんな具合に扱われた本の扱うぶりを見極めた彼女は、ある意味で安心して旅立ってくれたのだと筆者も思う。▲この本のタイトル「月の沙漠」については、拙著の巻末のエピローグ1で紹介した通りで、筆者はこの歌詞の4番の内容がとても気に入っていると書いた。改めて、その部分を再掲してみたい。▲「広い沙漠を一筋に/二人はどこへ行くのでしょう 朧にけぶる月の夜を/対の駱駝はとぼとぼと 砂丘を越えてゆきました/黙って越えてゆきました」▲ここでの「広い沙漠」とは「難病と闘っている我々二人の舞台であり、そこには無援の困難さがいっぱいの厳しい環境にあると言えよう。特に最後の二節に筆者は格別の共鳴を覚えている。幾度も襲ってくる肺炎や尿路観戦などの炎症は、まさしく、幾度も現れる厄介な砂丘であり、妻は何一つ弱音も吐かず、黙って懸命に、渾身の闘いを続けながらそれを幾度も乗り越えて来ていた。しかし、11月後半から現れた砂丘はとんでもないタフなもので、手の打ちようもなく、ついに力尽きたのだった。▲この童謡「月の沙漠」の歌は、KBS京都の放送の番組の最後の場面で会場におられる皆さんと合唱したし、出棺前には、筆者の姉妹たちと一緒に自らも熱唱した。まさに万感迫る思いだった。▲通夜、葬儀、もろもろの諸手続きなどが一段落した昨日、所要で外出した際に、この歌を車の中でふと口ずさんでいたのだが、筆者の頭の中では、最後の歌詞の部分を漢字に自動変換した形で口ずさんでいることに気付いたのである。▲それは、「砂丘を越えてゆきました/黙って越えてゆきました」の部分で、「砂丘を越えて逝きました/黙って越えて逝きました」と自らに言い聞かせて、繰り返し口ずさんでいたのです。合掌。

2927 千羽鶴

 早いもので、妻の弘子が逝ってしまって今日がちょうど一週間目である。5年4か月の長い病院での闘病生活だったが、その悲しい最後の時は、あっという間の訪れだった。その後の筆者は、息子たち、親族たち、葬儀社などへの連絡、病院との事務手続き、荷物の整理などでばたばたしていた。気分的には余裕がなく、大いに戸惑って、事に当たっていた。▲帰宅して三日目の葬儀の朝早くだった。何気なく目覚めた筆者は、大事なものを病院に忘れて来たことに気付いたのである。それは、二本の千羽鶴で、今は亡き母親が作ってくれたもので、施設、そして病院でのおよそ7年間に渡って、弘子のベッドわきでじっと守っていてくれていた。▲容体の急変したあの日の夕方に、看護主任のご厚意で個室に移動させてもらった際に、たまたまベッド脇に置けなかったことで、ベランダの出口のドアノブに掛けて置いたのである。それを、亡くなった後のごたごたの中で、荷物を整理している時には、カーテンに隠れていて気づかず、そのまま忘れてきてしまっていたのだった。▲たかが千羽鶴だが、されど千羽鶴である。どうしようかと筆者は思案し躊躇した。明け方の病院は、夜勤の看護婦さんと介護士さんの三人だけが忙しく立ち回っておられる時間帯である。筆者の気持の中には、そんなことでわざわざ電話で呼び出して手を取る事へのためらいがいあった。▲しかし、この日の昼過ぎには弘子は二度と帰らぬ旅に立つ。このタイミングを逸せては、自分の気持ちの中で永遠にそのことへの悔恨が残ることになろう。そう思った筆者は思い切って病院に電話を入れた。そんな事で禍根を残してはいけないと思ったからである。▲対応していただいた看護婦さんは、やさしく丁寧に対応してくださって、ドアノブに残されていた千羽鶴を確認いただいたのである。筆者は、ほっとした気分で直ちに病院に向かった。夜明け前の琵琶湖の雄大な姿は墨絵のようで美しく、筆者の気持ちをやさしく迎えてくれているようだった。▲出棺に際しては、お棺のには、筆者の2冊の本とこの千羽鶴二本は、今度は忘れることなくきちんと入れて、さよならを告げたのだった。▲今朝の筆者は、このブログを書きながら、思い切って電話を入れたことに、ほっとした幸せを噛み締めている。

2926 妻が演じた最後の渾身の演出

 このたびの妻の死去に関連して、いくつかの数字の奇遇な符合を発見した。そんなことは、たまたまの偶然だとの考える方も多いだろうが、筆者はそうは思いたくなく、数字マニアであった夫に、彼女が演じてくれた渾身の最後の演出だったと信じたいのである。▲その興味深い発見は、葬儀を終えた二日後に、市役所や年金事務所などで必要な諸手続を終えて帰宅した直後だった。突然、筆者の頭に閃いた発見がきっかけで、いくつかの数字の驚くべき符合の発見に至った。そのことに、自らがビックリすると同時に、ある種の感動を覚えたのである。▲これらのいくつかの奇遇の事例の原点は、筆者の誕生日が1月2日、妻のそれが1月3日であるという単純な事実から発している。今までにも、我々の結婚式が、筆者の両親のそれと同じ11月23日だったし、購入した車のナンバーに「1123」を選んだのも妻だった。言うまでもなく、この「1123」は、二人の誕生日を縦に並べての単純な「和」である。▲それに対し、今般の新たな発見の一つは、妻の命日が「12月13日」だったことで、これは、二人の誕生日を単に横並びにした数字である。単純にして鮮やかな奇遇である。▲奇遇はそれだけではなかった。もう一つの興味深い符合の存在を見出した。それには、二人の息子たちの誕生日が絡んでいる。長男、次男の誕生日が、それぞれ3月25日、1月5日で、それぞれの数字の和が、長男の場合は「3+2+5=10」、次男の場合は「1+5=6」であり、その二つの数字の和が「16」となる。我々夫婦の誕生月が、共に1月であることを勘案し、それらの数字を並べると、「1116」となる。これは妻の死亡時刻の11時16分とぴったり一致する。つまり、弘子がこの世を去った「12月13日11時16分」は、まさしく、弘子が演出してくれた最後の渾身の大作品だったと言えるのではなかろうか。病気に関しては意地悪な神様だったが、最後には、弘子の渾身の演出をサポートしてくれたのだろう。▲この奇遇話には、もう一つのおまけがある。それは、弘子の百日忌が来年の3月21日で、この春の彼岸に101歳で亡くなった筆者の母の一周忌に一致しているのである。▲これらの幾つかのびっくりする奇遇な数字の符合は、数字マニアの私には、かけがえのない、弘子が残してくれた偉大なプレゼントだと思っている。筆者は、弘子のこの最後の命を懸けての渾身のブレゼントに大感激、大感動である。▲改めて、心を込めて合掌。

2925 不本意だった彼女の結婚生活

 我々夫婦の結婚記念日は11月23日で、彼女が亡くなる少し前に47回目の結婚記念日を迎えたばかりだった。別れの時は、本当に突然に訪ずれて来た。私は少なくとも年内は頑張って、この厄介な砂丘を乗り越えてくれるだろうと高をくくっていた。しかし、彼女の最後は、思いもよらない速さで、永遠の眠りにつき、終わりなき旅の終焉させた。▲我々二人の結婚生活は、ほぼ47年間に渡るものだったが、その中身は、彼女の当初の期待を裏切るものになっていたと思う。▲大雑把に見れば、まともに一緒に暮らしたのが結婚当初からの17年間だけで、その後の20年間は別居生活(単身赴任など)、そして最後の10年が、施設、病院での厳しい闘病生活だった。▲お見合いの席で、彼女は一家団欒の持てる家庭を作りたいとの夢を口にしていただけに、夫の両親、二人の息子たちをみる生活が大半となった展開に、大変申し訳なく思っている。▲それでも、彼女は、そんな不満は口にすることなく、一生懸命に尽くしてくれた。彼女の症状が覚束なくなった時、筆者は「よくやってくれた」、「感謝している」、「ありがとう」の三つのフレーズを繰り返しました。薄目を開けた彼女は、何かを訴えるように口を動かしているように見えた。▲健康に自信を持っていた彼女だけに、きわめて不翻意な人生になったことに、忸怩たる思いに苛まれていたのではと思う 冥福を祈ることに終始している昨日、今日である。

2924 そして誰もいなくなった

 通夜、葬儀に集まって頂いた方々が、それぞれの自宅に戻って行った。最後まで残ってくれていた長男と近くのレストランで軽い夕食を共にした後、JRの駅まで送って自宅に戻った。▲3月に母親が101歳で亡くなったばかりであり、今年は二人もの大事な人を失った。アガサ・クリスティの有名な作品の「そして誰もいなくなった」というタイトル名が頭に浮かんできた。▲弘子の写真と遺骨を祀ってある部屋で、改めて物思いに耽ってひと時を過ごした。彼女の明るく微笑んでいる写真がなかなかいい。改めて彼女の良さに思いが至る。良き妻、良き母であって、素晴らしい女性で、本当によくやってくれた。それだけに無念の別れはさすがに辛い。▲今回の選挙で、自民、公明の与党は圧勝したが、野党第一党の民主党は海江田代表の落選で揺れている。経済では、ここ数日の株価が大揺れだ。スポーツでは日本のサッカーの監督となったアギーレ氏が八百長疑惑で揺れている。世の中の先行きはなかなか読み難い。▲筆者の心も揺れていて、読み難いという点で、私のこれからの人生も同様だ。今後は寂しい一人旅だが、命ある限り、弘子の思い出を心の支えに、しっかりと歩んでゆきたい。

2923 月の沙漠

 通夜、葬儀の慌ただしい二日間が、あっという間に過ぎた。今は、心がとても空疎で、何をするにも気合が入らない。▲昨日の葬儀では、お棺を閉じる直前に、姉妹たちが「いい日旅立ち」を歌ってくれた。雰囲気がぐっと盛り上がったところで、筆者が、弘子の難病との闘いのテーマソングである「月の沙漠」の、自分がとても気に入っている最後の部分の「砂丘を超えてゆきました / 黙って越えてゆきました」を歌ったのだが、途中で感極まって、雰囲気を壊してしまった。相変わらず、不器用な男を演じてしまっていた。▲自宅からの出棺時、お棺が火葬炉に向かう直前に、心から「ありがとう」を幾度も口にした。その都度、こみ上げて来る熱いものを抑えるのに容易ではなかった。▲いずれにしても、弘子は、あちらの国できっと心のよりどころとなるオアシスを見つけて、私を待っていてくれるだろう。いつの日か再会を果たし、この世で果たせなかった諸々の至らなかったことへの償いをしたいと思っている。 合掌。

| ホーム |


 BLOG TOP  » NEXT PAGE