プロフィール

相坂一考

Author:相坂一考
滋賀県大津市出身
07年1月に推理小説「執念」を文芸社から出版
14年7月に、難病との戦いを扱った「月の砂漠」を文芸社から出版

このブログは3部構成です。
 1.タイトルへの一言。
 2.独り言コラムで、キーワードから世の動きを捉えようと試みる。
 3.プライベートコーナー
   (2015-06-03に修正) 

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3420 隠れファン

 大辞林には「特定の人物や団体を贔屓にする人のうち、自分がそうであることを公言していない人のこと。また、公言できない人のこと」とある。

1.独り言コラム
 北海道5区の補選で自民党の候補者が勝利した。差し当たっては、安倍総理はほっとしていることだろう。同氏のやり方には、強引すぎるとも批判があるようだが、筆者はその実行力を評価していて、安倍総理の隠れファンである。▲日本の女子ゴルフ、フジサンケイレディースでは、熊本出身の大山志保さんが逆転で、今期初、通算17回目の優勝を果たした。アン・ソンジュ選手が最終ホールでダボを叩くというラッキーな優勝だった。賞金の1440万円は熊本災害に寄付するという。目下、リオ・オリンピック出場権獲得に関しては3番手のきわどい位置にいて、この勝利は大きなポイントアップになったものと思われる。筆者は、そのスリムな体をしならせて頑張る彼女の隠れファンである。▲将棋界の将来の棋士目指す棋士の卵たちが集まっている奨励会の3段リーグの今年度上期のリーグ戦が始まった。今期の注目は、史上初めて、西山朋佳と今期が実質2期目の里見香奈の二人の3段の女性棋士が参戦していることである。土曜日に行われた第一日で、二人は共に2連勝して第一日を終えた。40人近くいる棋士が、半年間のリーグ戦で一人18局を戦い、上位2人が4段に昇格し、正式な棋士となる厳しい難関である。言うまでもなく、筆者は二人の隠れファンである。果たして、初の正式な女性棋士は誕生するのであろうか。▲将棋といえば、NHKの日曜日の将棋ジャーナルの司会を務める伊藤かりん(乃木坂46)さんは、2年連続でこの番組を担当している。なんといってもその明るさが好印象を与えてくれている。加えて、将棋の腕も結構上達しているようで、いつの間にか隠れファンになってしまっている。▲テレビ朝日系列の「クリームミラクル」というクイズ番組で頑張っているAKB48の大家志津香さんの存在に関心を持っている。彼女が「漢字ばらばらクイズ」で見せる天才的なひらめきに、凄い魅力を覚えているからである。気が着くと、いつの間にかファンになっていた。何かに特殊な才能を持っている方には惹かれるのである。▲4月から始まったNHKの夜の新番組「ニュースチェック11」のMCの桑子真帆アナも、筆者の隠れファンである。「プラタモリ」で見せたアシストぶりは、タモリ氏も高く買っていた。何となく能天気な明るさが癒しとなっている。相棒の有馬嘉男氏とのコンビもなかなかよろしい。▲他にも、「Qさま」の三浦奈保子、読売テレビの中谷しのぶアナ、歌手の水森かおり、石原詢子、時々コメンテーターとして出演している優木まおみさんらの番組は、なるべく見逃さないようにしている。私には、癒しを与えてくれて、貴重な隠れファンたちなのだ。

2.プライベートコーナー
 2時起床。体重62.7kg。▲毎朝の散歩では、最近は腰まで琵琶湖に入って釣りを楽しんでいる方が増えている。面白いのは、ほぼ50メートル程度の等間隔で並んでいるところだ。何となく絵になっている。ところで、一時は、数千羽いたコガモなどの渡り織がほとんど姿を消した。日本に居残りことを決めた百羽ほどの姿がみられる。湖岸の風景の移り変わりも楽しい。(16-04-25)
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3340 気分は八方塞がり

今日は 私ごとの話である。一昨日の友人たちとの宴の後の筆者は、気分的に八方ふさがりで落ち込んでいる。しばらくは静かにしていようと思う、昨日、今日、明日である。

1.独り言コラム
 鹿児島県桜島が昨夕に噴火した。5か月ぶりの大きな噴火だそうだが、幸いなことに、今のところ大きな被害は出ていない。そんな中で、安倍内閣では、先の甘利明経再相に次いで、新たに遠藤利明五輪相に同じ政治と金の問題が浮上している。今のところ小爆発のようだが、安倍総理ファンとしては、この問題が、厄介な問題にならないことを願いたい。二人の大臣ともに、名前に「明」という漢字がついているのが皮肉である。▲株価の値下がりは止まらない。東証は昨日も225円も下げて、17000円を割った。このところの筆者の含み資産の大幅な低下は目も開いていられない大きさだ。日銀のマイナス金利の効果は逆に作用しているようだ。加えて、今朝のアメリカのダウも大幅な下げをみせていて、来週の東証の動きに赤信号が点っている。▲シャープの買収問題は、昨日、鴻海の郭会長が来日し、決着をつけようとの意気込みでシャープに乗り込んだが、9時間に及ぶ長時間の交渉にも関わらず決着はつかず、今月末の29日まで持ち越された。筆者の持ち株の中では、シャープ株は期待の株だけに、ここでも、ちょっとした八方塞がりの感がしないでもない。▲将棋の王将戦は昨日第三局を終えたが、先勝した郷田王将だったが、羽生4冠の強さがさく裂し2連敗を喫し、「1-2」とリードされた。郷田ファンとしては、順位戦ではA級陥落にも追い込まれていて、八方塞がりである。▲新年度の米国女子ゴルフツアーが始まっていて、今週はその第2戦が行われているが、筆者期待の宮里美香選手は、第一戦では15位タイでそこそこの成績だったが、今週は昨日から今朝にかけての二日目が絶不調で、予選は辛うじて通過したが、筆者の気持ちは八方塞がりである。▲こういった具合に、何事においても気分が優れない場合は、「果報は寝て待て」で、じたばたせずに静かにしているしかないようだ。

2.プライベートコーナー
 2時半起床。体重62.5kg。▲昨日の午前中に税務署に行き、平成27年度の確定申告書を提出した。今年は初めて追加納税することになった。自動的に銀行から引き落とされる。▲毎日行っている散歩は、昨年の4月から始めて、10か月目に入っているが、気が付くと、歩いた総距離は1000kmを超えている。何事でもそうであるが、積み重ねの偉大さにびっくりすることが少なくない。

2929 ホワイトアウト

 目先が真っ暗という言葉は、日常よく使われている言葉であるのに対し、この冬では、北海道のような雪国では、ホワイトアウトという言葉を幾度か耳にしている。激しい雪で目先が真っ白で何も見えない危険な状態を言うようだ。▲弘子が亡くなって今目で10日目である。自宅の部屋の中は、整理できないままいろんな小物が雑然と置いてあって見苦しい風景である。それは、自分の心の中も同様で、情緒は必ずしも安定していると言えない。幸い、目先が真っ暗やホワイトアウトのような状態ではない。▲今までの毎日の通院生活からは解放されたものの、逆に何をやっていいのか定まらず、ここ数日は行き当たりばったりの時間の過ごし方である。▲通院時では、大抵は少し早い目の昼食を病院の近くにあったファミレスのガストで、一人のんびりと取っていたのだが、幸いにも、自宅の近辺で、車で5分ぐらいの処にもガストがあるのを発見し、一昨日から顔を出し始め、通院時と同様なのんびりした時間を過ごすようにしている。▲一人で物思いに耽っていると、病床で見せてくれた亡き妻のいじらしい、健気な顔が脳裏に浮かんで来る。中でも、筆者が毎朝病院に顔を出した際に、彼女の症状が落ち着いている時には、前日にあったいろんな話題を話してあげるたのだが、その際に彼女が見せてくれた何とも言えないいじらしい顔である。また、時には、懸命に薄目をあけて、何かを訴えるように口を動かしてくれる顔には、たまらない愛くるしさがあった。▲そんないじらしい、愛くるしい顔が脳裏を占拠して来ると、じーんと胸が熱くなって来るのである。一週間以上も経過した今になってのこの状態は、ちょっとした精神的なホワイトアウト的現象なのかもしれない。▲こんなことを、うじうじ書いているような「弱」であってはいけないと自分を戒めている今朝の筆者である。明日からは、今までのような、ニュースや話題を取り上げて、空元気を楽しむ従来の独り言のパターンのブログに戻したいと思っている。

2928 童謡「月の沙漠」の歌詞の自動変換

 昨日頂いたある方からのブログのコメントで、妻は拙著「月の沙漠」の完成を見届けて、安心して旅立たれたのではなかろうかとの見方を披露して下さった。その見解に、筆者も「なるほど、そうだったんだ」とそのそのコメントに共鳴した。▲この「月の沙漠」は、6月末に本が完成し、7月15日から店頭発売が開始され、死去したのは、それからほぼ5か月後であった。この間、幸いにも毎日新聞のローカル版(8月30日付滋賀版)で紹介頂き、その記事を見たKBS京都が、長寿番組である「早川一光のばんざい人間」でも取り上げて頂き、筆者も電話で生出演させて頂く光栄を得た。そんな具合に扱われた本の扱うぶりを見極めた彼女は、ある意味で安心して旅立ってくれたのだと筆者も思う。▲この本のタイトル「月の沙漠」については、拙著の巻末のエピローグ1で紹介した通りで、筆者はこの歌詞の4番の内容がとても気に入っていると書いた。改めて、その部分を再掲してみたい。▲「広い沙漠を一筋に/二人はどこへ行くのでしょう 朧にけぶる月の夜を/対の駱駝はとぼとぼと 砂丘を越えてゆきました/黙って越えてゆきました」▲ここでの「広い沙漠」とは「難病と闘っている我々二人の舞台であり、そこには無援の困難さがいっぱいの厳しい環境にあると言えよう。特に最後の二節に筆者は格別の共鳴を覚えている。幾度も襲ってくる肺炎や尿路観戦などの炎症は、まさしく、幾度も現れる厄介な砂丘であり、妻は何一つ弱音も吐かず、黙って懸命に、渾身の闘いを続けながらそれを幾度も乗り越えて来ていた。しかし、11月後半から現れた砂丘はとんでもないタフなもので、手の打ちようもなく、ついに力尽きたのだった。▲この童謡「月の沙漠」の歌は、KBS京都の放送の番組の最後の場面で会場におられる皆さんと合唱したし、出棺前には、筆者の姉妹たちと一緒に自らも熱唱した。まさに万感迫る思いだった。▲通夜、葬儀、もろもろの諸手続きなどが一段落した昨日、所要で外出した際に、この歌を車の中でふと口ずさんでいたのだが、筆者の頭の中では、最後の歌詞の部分を漢字に自動変換した形で口ずさんでいることに気付いたのである。▲それは、「砂丘を越えてゆきました/黙って越えてゆきました」の部分で、「砂丘を越えて逝きました/黙って越えて逝きました」と自らに言い聞かせて、繰り返し口ずさんでいたのです。合掌。

2927 千羽鶴

 早いもので、妻の弘子が逝ってしまって今日がちょうど一週間目である。5年4か月の長い病院での闘病生活だったが、その悲しい最後の時は、あっという間の訪れだった。その後の筆者は、息子たち、親族たち、葬儀社などへの連絡、病院との事務手続き、荷物の整理などでばたばたしていた。気分的には余裕がなく、大いに戸惑って、事に当たっていた。▲帰宅して三日目の葬儀の朝早くだった。何気なく目覚めた筆者は、大事なものを病院に忘れて来たことに気付いたのである。それは、二本の千羽鶴で、今は亡き母親が作ってくれたもので、施設、そして病院でのおよそ7年間に渡って、弘子のベッドわきでじっと守っていてくれていた。▲容体の急変したあの日の夕方に、看護主任のご厚意で個室に移動させてもらった際に、たまたまベッド脇に置けなかったことで、ベランダの出口のドアノブに掛けて置いたのである。それを、亡くなった後のごたごたの中で、荷物を整理している時には、カーテンに隠れていて気づかず、そのまま忘れてきてしまっていたのだった。▲たかが千羽鶴だが、されど千羽鶴である。どうしようかと筆者は思案し躊躇した。明け方の病院は、夜勤の看護婦さんと介護士さんの三人だけが忙しく立ち回っておられる時間帯である。筆者の気持の中には、そんなことでわざわざ電話で呼び出して手を取る事へのためらいがいあった。▲しかし、この日の昼過ぎには弘子は二度と帰らぬ旅に立つ。このタイミングを逸せては、自分の気持ちの中で永遠にそのことへの悔恨が残ることになろう。そう思った筆者は思い切って病院に電話を入れた。そんな事で禍根を残してはいけないと思ったからである。▲対応していただいた看護婦さんは、やさしく丁寧に対応してくださって、ドアノブに残されていた千羽鶴を確認いただいたのである。筆者は、ほっとした気分で直ちに病院に向かった。夜明け前の琵琶湖の雄大な姿は墨絵のようで美しく、筆者の気持ちをやさしく迎えてくれているようだった。▲出棺に際しては、お棺のには、筆者の2冊の本とこの千羽鶴二本は、今度は忘れることなくきちんと入れて、さよならを告げたのだった。▲今朝の筆者は、このブログを書きながら、思い切って電話を入れたことに、ほっとした幸せを噛み締めている。

2926 妻が演じた最後の渾身の演出

 このたびの妻の死去に関連して、いくつかの数字の奇遇な符合を発見した。そんなことは、たまたまの偶然だとの考える方も多いだろうが、筆者はそうは思いたくなく、数字マニアであった夫に、彼女が演じてくれた渾身の最後の演出だったと信じたいのである。▲その興味深い発見は、葬儀を終えた二日後に、市役所や年金事務所などで必要な諸手続を終えて帰宅した直後だった。突然、筆者の頭に閃いた発見がきっかけで、いくつかの数字の驚くべき符合の発見に至った。そのことに、自らがビックリすると同時に、ある種の感動を覚えたのである。▲これらのいくつかの奇遇の事例の原点は、筆者の誕生日が1月2日、妻のそれが1月3日であるという単純な事実から発している。今までにも、我々の結婚式が、筆者の両親のそれと同じ11月23日だったし、購入した車のナンバーに「1123」を選んだのも妻だった。言うまでもなく、この「1123」は、二人の誕生日を縦に並べての単純な「和」である。▲それに対し、今般の新たな発見の一つは、妻の命日が「12月13日」だったことで、これは、二人の誕生日を単に横並びにした数字である。単純にして鮮やかな奇遇である。▲奇遇はそれだけではなかった。もう一つの興味深い符合の存在を見出した。それには、二人の息子たちの誕生日が絡んでいる。長男、次男の誕生日が、それぞれ3月25日、1月5日で、それぞれの数字の和が、長男の場合は「3+2+5=10」、次男の場合は「1+5=6」であり、その二つの数字の和が「16」となる。我々夫婦の誕生月が、共に1月であることを勘案し、それらの数字を並べると、「1116」となる。これは妻の死亡時刻の11時16分とぴったり一致する。つまり、弘子がこの世を去った「12月13日11時16分」は、まさしく、弘子が演出してくれた最後の渾身の大作品だったと言えるのではなかろうか。病気に関しては意地悪な神様だったが、最後には、弘子の渾身の演出をサポートしてくれたのだろう。▲この奇遇話には、もう一つのおまけがある。それは、弘子の百日忌が来年の3月21日で、この春の彼岸に101歳で亡くなった筆者の母の一周忌に一致しているのである。▲これらの幾つかのびっくりする奇遇な数字の符合は、数字マニアの私には、かけがえのない、弘子が残してくれた偉大なプレゼントだと思っている。筆者は、弘子のこの最後の命を懸けての渾身のブレゼントに大感激、大感動である。▲改めて、心を込めて合掌。

2925 不本意だった彼女の結婚生活

 我々夫婦の結婚記念日は11月23日で、彼女が亡くなる少し前に47回目の結婚記念日を迎えたばかりだった。別れの時は、本当に突然に訪ずれて来た。私は少なくとも年内は頑張って、この厄介な砂丘を乗り越えてくれるだろうと高をくくっていた。しかし、彼女の最後は、思いもよらない速さで、永遠の眠りにつき、終わりなき旅の終焉させた。▲我々二人の結婚生活は、ほぼ47年間に渡るものだったが、その中身は、彼女の当初の期待を裏切るものになっていたと思う。▲大雑把に見れば、まともに一緒に暮らしたのが結婚当初からの17年間だけで、その後の20年間は別居生活(単身赴任など)、そして最後の10年が、施設、病院での厳しい闘病生活だった。▲お見合いの席で、彼女は一家団欒の持てる家庭を作りたいとの夢を口にしていただけに、夫の両親、二人の息子たちをみる生活が大半となった展開に、大変申し訳なく思っている。▲それでも、彼女は、そんな不満は口にすることなく、一生懸命に尽くしてくれた。彼女の症状が覚束なくなった時、筆者は「よくやってくれた」、「感謝している」、「ありがとう」の三つのフレーズを繰り返しました。薄目を開けた彼女は、何かを訴えるように口を動かしているように見えた。▲健康に自信を持っていた彼女だけに、きわめて不翻意な人生になったことに、忸怩たる思いに苛まれていたのではと思う 冥福を祈ることに終始している昨日、今日である。

2924 そして誰もいなくなった

 通夜、葬儀に集まって頂いた方々が、それぞれの自宅に戻って行った。最後まで残ってくれていた長男と近くのレストランで軽い夕食を共にした後、JRの駅まで送って自宅に戻った。▲3月に母親が101歳で亡くなったばかりであり、今年は二人もの大事な人を失った。アガサ・クリスティの有名な作品の「そして誰もいなくなった」というタイトル名が頭に浮かんできた。▲弘子の写真と遺骨を祀ってある部屋で、改めて物思いに耽ってひと時を過ごした。彼女の明るく微笑んでいる写真がなかなかいい。改めて彼女の良さに思いが至る。良き妻、良き母であって、素晴らしい女性で、本当によくやってくれた。それだけに無念の別れはさすがに辛い。▲今回の選挙で、自民、公明の与党は圧勝したが、野党第一党の民主党は海江田代表の落選で揺れている。経済では、ここ数日の株価が大揺れだ。スポーツでは日本のサッカーの監督となったアギーレ氏が八百長疑惑で揺れている。世の中の先行きはなかなか読み難い。▲筆者の心も揺れていて、読み難いという点で、私のこれからの人生も同様だ。今後は寂しい一人旅だが、命ある限り、弘子の思い出を心の支えに、しっかりと歩んでゆきたい。

2923 月の沙漠

 通夜、葬儀の慌ただしい二日間が、あっという間に過ぎた。今は、心がとても空疎で、何をするにも気合が入らない。▲昨日の葬儀では、お棺を閉じる直前に、姉妹たちが「いい日旅立ち」を歌ってくれた。雰囲気がぐっと盛り上がったところで、筆者が、弘子の難病との闘いのテーマソングである「月の沙漠」の、自分がとても気に入っている最後の部分の「砂丘を超えてゆきました / 黙って越えてゆきました」を歌ったのだが、途中で感極まって、雰囲気を壊してしまった。相変わらず、不器用な男を演じてしまっていた。▲自宅からの出棺時、お棺が火葬炉に向かう直前に、心から「ありがとう」を幾度も口にした。その都度、こみ上げて来る熱いものを抑えるのに容易ではなかった。▲いずれにしても、弘子は、あちらの国できっと心のよりどころとなるオアシスを見つけて、私を待っていてくれるだろう。いつの日か再会を果たし、この世で果たせなかった諸々の至らなかったことへの償いをしたいと思っている。 合掌。

2922 弘子のファイナルメッセージ

 この度の弘子(今回からは本名で記すことにします)の逝去に際し、このブログをご覧いただいている多くの方々から、メール、お電話、弔電などを多数頂戴致しました。いずれも、思いやりのある、温かい友情溢れるご配慮がいっぱいで、その都度、胸が熱くなりました。厚く御礼を申し上げます。いずれ落ち着きましたら、しかるべくご挨拶させて頂きたいと思っています。
 昨夕6時から通夜を執り行いました。私の今の心境は大変複雑です。若くして逝ってしまった弘子への寂しい、切ない気持ちがいっぱいの中で、それとは逆に、長かった大変苦しい闘いから、弘子が解放されたことで、ほっとする気持ちが混在するからです。
 涙脆い筆者(?)故、通夜が終っての挨拶の中で、幾度も熱いものがこみ上げて来て、その都度、一時的に息子にバトンを渡し、避難する場面がありました。そんなしどろもどろの挨拶の中で、弘子が最後に残したと思われるメッセージの紹介を試みました。それは、弘子が最初に左手の人指し指に違和感を覚えてから、ちょうど5050日目の旅立ちとなったという事実から、筆者が独断と偏見で探り当てたメッセージです。数字好きの筆者は、このう数字にも、弘子が何かを伝えたかったものがあるのではと思ったのです。そして、その結論は、きわめてシンプルで、今までお世話になって多くの方々に、必死に「ありがとう、ありかとう」と懸命にお礼を言いたかったのだと解釈しました。つまり、「5」は「ご」で「御」に通じるものであり、「0」は「れい」で「礼」に通じ、合わせて「御礼、御礼」という解釈です。これは、決して悪ふざけのゴロ合わせではなく、彼女が入院する前に1年半ほど居た施設で、まだ、片言が口に出来ていた頃で、介護士さんからの介護を受ける度に「ありがとう、ありがとう」を繰り返していました。その「ありがとう」は、言ってみれば、彼女の気持ちの原点であったように思うからです。
 さて、あっという間に、バタバタしていた1日が過ぎました。国民が注目していた総選挙は、事前の予測通り自民、公明の与党の圧勝でした。そんな中で、大幅に後退が懸念されていた維新の党が、最終的に41議席まで延ばして頑張りました。(改選前42議席)かつての弘子は、タレント弁護士時代の橋下徹代表のファンだったことから、今回の苦しい選挙戦で、維新が頑張って生き残ったことは、雅子の新たな旅立ちには、大いに力づけになったのではと思っています。
 思いはいろいろあって書き尽くせません。明日から暫くは、今までの「難病との闘い」のコーナーを、装いを新たに「思い出の弘子(仮題)」として、連載を試みたいと思います。そのことが。多少なりとも弘子の供養になるのではと思っています。引き続き、ご愛読いただければ幸いです。

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