プロフィール

相坂一考

Author:相坂一考
滋賀県大津市出身
07年1月に推理小説「執念」を文芸社から出版
14年7月に、難病との戦いを扱った「月の砂漠」を文芸社から出版

このブログは3部構成です。
 1.タイトルへの一言。
 2.独り言コラムで、キーワードから世の動きを捉えようと試みる。
 3.プライベートコーナー
   (2015-06-03に修正) 

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46 未来を訪ねる

 日経新聞に連載されている「私の履歴書」は大変面白く、感銘を受けることが多い読み物である。今朝の江崎玲央奈氏の最終回でも、凄く印象に残る言葉に出会った。「温故知新」は過去を訪ねて指針を得る訳だが、過去には記録が残されていて、容易に訪ねられる。それに対し、同氏は、自分達は「未来を訪ねて指針を得よ」と言い、そのための唯一の手段は「サイエンスの探求」だと書いている。つまり、その研究の成果で未来が決まり、夢が実るのだという。まさに、むべなるかな、と心に響いた。けだし、名言である。
 今、私の妻は、大変な難病に罹って毎日を懸命に闘っている。自分ではほとんど何も出来なくなって来ている状況にある。進行性の病気で、症状の悪化が何処まで進むのか不安の毎日だ。残念ながら、未だ科学的に充分に解明されていない分野であるだけに、その対処療法も完成されていない。一層の「サイエンスの探求」が進められるのを期待している毎日だ。

連載(11) 難病との闘い  第二章 病名との出会い(2)

「もう、大分前からなんだけど、特に痛みがある訳でもないので、放ってあるんだけど」何気なくこぼした雅子の言葉に意外な反応が返って来た。
「それって、脳梗塞の前兆じゃないの?」この日の主人公の若村加代子が、反射的に即答した。その声が意外に大きく、強く雅子の耳に響いた。脳梗塞という、全く予期せぬインパクトのある言葉に、雅子は一瞬言葉を失った。不意に脳天を何かで打たれたような気分だった。雅子は、返答してくれた若村さんの顔にゆっくりと視線を移した。このグループで一番の物知りという定評のある彼女の話だけに、受けた衝撃は半端ではなかった。雅子は思わず座り直した。
「そんな話を何かで読んだ覚えがあるの。確か、足のしびれがあって、診断してもらったら、脳梗塞だといわれて驚いたという話だったわ。でも、雅子の場合は手の指だから、違う話かも知れないね」雅子の反応が思いの外大きかったのに驚いた若村加代子は、自分の言った事の重要性に気づいたようで、今度は少し抑えた声で、その内容を少し言い直した。雅子の向かい側に座っている心優しい人柄の羽田が若村の「違う話かも」という部分で大きく頷いた。他の皆も、心配そうに雅子の様子を窺っていた。それまでの和やかだった部屋の空気が一変して、堅苦しい、きごちないものに変わっている。
「指先に力が入らないって、具体的にどんな具合なの?」雅子の左隣にいた山東が心配そうに口を挟んだ。普段は明るい人柄で、場を盛り上げてくれる人なのだが、この話題に変わってすっかり戸惑った顔になっている。
「そうね。何か物を掴もうとしても、思うように掴めないの」雅子は少しジェスチャーを交えて話して聞かせた。皆は、「なるほど」といった具合に頷いている。
「大分前からって、何時頃からなの?」心配そうに聞いていた姉御肌の前田美智子が確認した。彼女は雅子が尤も信頼している友人である。
「記憶は甘いのだけど、義父の百日忌を二月の初めに行なったのだけど、その直後だったから、もう、八ヶ月ぐらい前になるわ」雅子は、思い出すようにゆっくりとした口調で答えた。
「とにかく、一度、然るべきお医者さんに看てもらうことね。何でも無いかも知れないし」皆の不安を断ち切るように、姉御肌の前田さんが落ち着いた声アドバイスした。
「そうね。そうするわ。折角のお目出度い席で、こんな話を持ち出して申し訳なかったわ。」雅子は恐縮した様子で、この話に終止符を打とうとした。皆もその主旨を理解して、直ぐにお開きとなった。
 翌朝早く、雅子は義父をよく連れて行く日赤を訪ねた(以下、明日に続く)

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タグ : 江崎玲央奈

45 あっぱれ東、ワンマンショー

 劇的な圧勝で宮崎県知事に就任した東国原英夫氏のこの一週間は、まさにワンマンショーといえる扱いで、殆どのテレビ各局に顔を出していた。今朝の今も、みのもんたの番組に生出演している。その顔もそれらしく変わって来ていることもさることながら、マニフェストを作成していたことには驚かされた。そして、見直したといえば失礼だが、その演説、使用する言葉は、もはやお笑いのそれではなく、既に政治家の言葉遣いになっていることである。宮崎を思う情熱も熱く、これは只者ではないと思わせる何かがある。県議会と云う難敵が立ちはだかっているが、県民、メディアを見方にして突破して行って欲しい。今後の動きに注目してゆきたい。つまらないことかも知れないが、元奥さんからは、未だに何のメッセージも無いというのは如何なものなのか。「おめでとう。頑張って」ぐらいの言葉があってもいいのではと思ってしまう。彼女の人間性に?である。

 難病との闘い(10)第二章 病名との出会い(1)

「この度は、息子様のご結婚、おめでとう御座います」
 雅子を含む五人の仲良しの友人達は、皆揃って笑顔で挨拶し、真ん中にいた長身の武藤さんがお祝金の入ったのし袋をくるんだ袱紗を差し出た。
「お忙しいところを、皆様にわざわざ、このように祝って頂き、本当に嬉しく思います。有難う御座いました」
 きれいに化粧を施した顔をほころばせた若村加代子は、差し出された袱紗を受け取りながら、皆に頭を下げて丁重に言葉を返した
 2001年10月のある秋晴れの清々しい日の午後だった。天智天皇で有名な近江神宮を近くに控えた高台の一角にある若村家は、住宅環境に恵まれていて、応接室からは雄大な琵琶湖が眺望できた。
 さすがに、結婚祝いということで、親しい仲間同士の挨拶とはいえ、出だしは形式ばったやり取りで始まっていた。そんな張りつめた雰囲気も、直ぐに、いつもの打ち解けた仲間同士の和気藹々のやわらかい会話に戻っていた。
「羨ましいわ。うちなんか、まだまだそんな気配もないのよ」袱紗を手渡した武藤さんが顔を少し歪めて不満そうな顔をして見せた。
「そうなの、私とこも、全然その気がないのよ」隣にいた雅子も、そう言って皆を見回した。お母さん達は、やはり子供たちのことでは、互いに意識し合い、けん制し合う関係にあるのは止むを得ない。
「追っかけのお母さんがいるからじゃないの?」誰かが、雅子をからかうように口を挟んだ。この仲良しグループの中では、雅子がつい少し前まで、息子の陸上競技のレースの追っかけをしていたことは誰でも知っていた。
「いやあね。次男じゃないのよ。心配なのは長男の方なの」雅子は、少し、向きになって付け加えた。
 そんな具合に、話題は次から次へと大いに弾んだ。互いにの家族の近況を報告し合ったり、前回の集まりでの反省会などで盛り上がっていた。
 一通りの話題が尽きて、珍しく静寂になった時だった。相坂雅子が、その静寂を嫌って話題を繋ごうと、「左手の人差し指に力が入らなくて、少し気になっているの」と相談するように切り出した。黙って聞いていた皆が雅子に注目した。(以下明日に続く)

44 発掘、あるある大事典Ⅱ

 関西テレビの首記の番組に捏造があったということで問題になり、番組の打ち切りが決まったという。最近のテレビ番組でのこの種の「捏造」「でっち上げ」「やらせ」更には「改ざん」といったものが、頻繁に横行しているように思う。過剰な演出、編集などがその根底にある。視聴者をもてあそぶ様な演出は控えて欲しい。
 筆者が気になっている最近の事例では、編集で、画面はそのままにして、発言内容を「ブー」といった音で消して、出演者だけが喜んでいるケース、或いは、ある一言だけを引っ張り出して、それを繰り返し放映する手法などは腹立たしくなることもある。また、ゴルフ中継で、録画放送の場合には、注目されているプレイヤー(例えば宮里選手)を取り上げたいために、実際は成績が悪くて、もうとっくにホールアウトしているはずなのに、いかにも今、優勝を競っている人たちの直ぐ前を回ってプレイ中であるかのように編集をしている。これらは、過剰な演出に他ならないと思う。
 話は転じるが、筆者の作品「執念」(文芸社刊)で、ある読者から、これは何処までが真実で、どこからがフィクションなのかとの問いかけを受けた。これは、あくまでもフィクションであることが前提であるが、内容にリアリティを出すために、現実にあった舞台に近いものを借りて、そこで勝手なフィクションを展開させているとご説明してご理解をお願いした。フィクションの世界と現実の世界では,演出の仕方には、然るべき節度に違いがあって当然だと考えている。

連載(9)難病との闘い 第一章 長男の嫁 (9)

 久子夫妻が東京の家を売り払って大津に移り、毎日、朝夕の二回に渡って実家に顔を出してくれるようになって、雅子が過剰なプレッシャーを受けるようになっていった一方で、逆に、大きな恩恵を頂戴することにもなった。それは、二ヶ月に一回ぐらいの頻度で、一考が単身生活している社宅に、長くて一週間程度の期間、出向くことが可能になったことだった。これは、両親や久子の温かい思いやりのお陰で、雅子は安心して家を空けることが出来るようになったからである。その頃は、二人の息子達も横浜と千葉にいたこともあって、その度ごとに二人が住んでいるマンションをも訪ね、行き届いてない掃除や二、三日分の料理を作り溜めする機会に活用するようになっていた。息子達も、次第にそんなサービスを当てにするようになっていた。
 いずれにしても、たとえ一週間とはいえ、義理の両親の世話から解放されるということは、雅子にとっては、天国にいるような、新鮮で、何ものにも変えられない息抜きになった。思いっきり心の洗濯が叶えられた。しかし、皮肉なことに、そういう時に限って、めったに起きないハプニングで、急遽、途中で呼び返されることも何回かあった。二人は、神のいたづらの非情さに、不満を覚えながらも、粛々としてこれに応じていた。
 このような繰り返しの生活の中で、雅子の症状には、表面的には殆ど変化が見られなかったが、潜在していた病魔の動きは、次第に牙を向き始めていたのである。(以下、明日につづく)

タグ : 執念

43 広沢克実

 今の生活スタイルではテレビを見る機会が多くなる。そこで気に入った人物を紹介するコーナーとして、この人物シリーズを設け、話題の合間を埋めて行きたい。今日の「広沢克実」がその第一回である。 
 あの関西テレビの土曜日の午前中に「ぶったま」というバラエティー番組がある。この二年間レギュラー出演していた広沢克実(ヤクルト、巨人、阪神で活躍)が、この番組の顔になっていたが、阪神のコーチに就任したため、昨日の放送が最終回だった。筆者は、同氏の深みある人間性に惹かれた一人である。その考え方は論理的で、また人当たりは柔らかく人情味も豊かで、その上、話術にも独特の味があり、いずれは、何処かのチームから声が掛かると思っていた人材だった。同氏が退団する際に、当時の阪神の監督だった星野氏が同氏をNHKの解説者に推薦したのも、その辺りの潜在能力を見抜いていたのだと思われるが、野球解説に留まらず、ものの考え方、人生論には極めて魅力的な人であると強い印象を受けた。今シーズンの阪神での活躍に期待していると同時に、いずれ、もっと上に立つ人だと思っている。
 
 連載(8)難病との闘い 第一章 長男の嫁 (8)
 
 そんな特異な家庭環境の中での毎日であったが、雅子は生まれながらの明るくて素直な性格だったことから、夫との別居生活に入って数年も経つと、気の置けない何人かのお友達に恵まれるようになっていた。いずれも、子供の同級生のお母さん達との接触が切っ掛けとなって育ったもので、雅子にとっては、精神的にはオアシスのようなもので、この上も無い気分転換の場となったのである。月一回程度の食事会やちょっとした遊びなどでの発散は、重苦しい家庭生活での息抜きには効果的だった。この場合、一考の大阪勤務時代に、暇を見つけて取った車の運転免許が大いに役立っていた。もちろん、毎日の買い物や、両親を病院に連れて行ったり、諸々の用事で外出する際などの日常生活には欠かせない足であったが、友人関係をより親密にするツールになったのは望外の効果だった。器用で運動神経に恵まれていたことから、運転技術もめきめきと上達し、一考が帰郷した時にも、運転は雅子任せで、自分はいつも助手席に座るのが常となっていた。
 発散と言えば、雅子が次男の追っかけをしたエピソードを紹介して置きたい。長男と違って、次男は、中学や高校での部活で少々目立った活躍をしていた。中学時代から始めた陸上競技の短距離走の100および200メートルが特異種目で、400、1600メートルのリレーの一員としても活躍した。一考自身は、全く運動神経がなかっただけに、雅子の血を受け継いでいたのであろう。一考も何回か応援に駆けつけたことがある。親馬鹿かもしれないが、レース直前から、異様な興奮を覚えるもので、トラックを走っていると、思わずのめり込んでしまう。雅子は、そんな息子の大ファンで、出場するレースには可能な限り応援に駆けつけていて、競技場を梯子するような熱の入れ方だった。そのことでの発散も大いに有効だったようだ。
 その後、お友達とのお付き合いの中身は、段々と濃くなって行き、子供が大学に入って家を出て行った頃には、ゴルフを楽しむまでに充実?したものになっていた。
 一考の父親は、さすがにその辺りには多少の抵抗があったようで、出掛ける機会が多くなるに連れて、息子を裏切って、浮気でもしているのではと言った目で見るようなこともあったようで、雅子は、その馬鹿らしさに無性に苛立さえ覚えたことがあったという。(以下、明日に続く)

タグ : 広沢克実

42 安倍首相の施政方針演説

 昨日行なわれた施政方針演説をテレビで見た。力説する安倍総理の演説そのものは、よく頑張っているとの印象を与えたが、その中身については、今一つ迫力不足だったような気がする。何故なのか。筆者は、その一つは、演説全体で七回繰り返された「美しい国」という表現が与えるイメージの弱さにあるのではと思う。言葉の当たりは悪くないが、中身が抽象的過ぎるからだ。あまりにも、現実と乖離しているとの印象もある。支持率が示しているように、流れが下降気味だけに、一層そのインパクト不足に繋がったようにも思う。引用された福沢諭吉の「出来難き事を好んで之を勤むるの心」を率先して推進してもらいたい。

連載(7)難病との闘い 第一章 長男の嫁 (7)

 久子の親孝行への姿勢は徹底したもので、一般的な常識を超越した独特なものであった。とにかく、自分の全てをかけて両親の世話に尽くすというのがその根底にあって、自分の結婚に関しても、そういう考え方を理解してくれる人を選んだという。また、子供をつくらなかったのも、親の面倒を看ようとの考え方を優先させたのだと言外に匂わせていた。このような特異な考え方には、一考はついて行けなかった。それは、立派と云うよりも、異常だと言えるものだった。一考が考える親孝行は、「子供は、それぞれ親離れして自立し、家庭を持ち、それなりの幸せな生活をしてくれること」と単純に捉えているだけに、話がかみ合わないのだ。
 定年後に久子から直接聞いた話なのだが、一考が親元を離れて、東京勤務の仕事についたこと自体に、彼女は不満を持っていたという。それには、一考もさすがに唖然とし、憮然とした。要するに、彼女は、長男であるならば、親元の近くの会社に就職して、傍にいて両親を世話するのが筋だというのである。一考は、それまでの自分の半生を全面的に否定されたようで、返す言葉が出ず、何処か別の国にいるのではと錯覚するほどだった。
 それほどまで親を大事だと考えている久子を、両親はどんな思いで見ていたのであろうか。自分達のために犠牲になってくれている立派な娘に、有難いと思う気持ちと、そこまでしなくてもといった思いが交錯していたに違いない。
 彼女が言った親孝行論で、もう一つ、一考の考えを揺さぶった名言?がある。それは「親孝行というのは、どれだけ、親の背中をさすってあげたか」というのだ。そんなことをした覚えがほとんど無かった一考には、これまた、返す言葉がなかった。
 今では、親の世話に関しては、週に4日間の食事は一考が用意する。また、仏さんに備えるご飯、雨戸を開けること、ちょっとした飲み物などの買い物も、一考が担当しているが、身の回りの世話、風呂、掃除、洗濯などは、全て久子に頼っている毎日である。
 そんな久子ももう70歳に近い。もともとそんなに体は強くなく、最近では、風邪を引いたりして体調を壊すことも多くなってきている。そんな時にも自らの身体に鞭打って無理を押して顔を見せている。また、冬季では、降雪で車の運転が難しい時にでも、危険を押して、何食わぬ顔で顔を出す。一種の病気ではないかとさえ思う時もあるが、その強い意志と行動力には、ただただ頭が下がるばかりである。新聞の休刊日はあっても、久子の来ない日はないのだ。雅子がこんな難病に掛かってしまった今となっては、その久子の毎日のサポートが無くては、どうしようもないのが現実なのだ。

タグ : 安倍総理

41 星野ジャパン誕生

 北京オリンピックの野球の監督に星野氏が正式に決まった。長島、王の両氏の体調を考えると順当な選出だと思う。
 星野氏を今の地位に押し上げたのは、何と言っても、あの阪神を18年ぶりに優勝に導いた手腕だと思う。もし、中日一筋に身を処していたなら、このような大監督にはなっていなかったかもしれない。それにしても、相変わらずの見事なインタビューでの受け答えで、そのめりはりの利いた話術は、人を引き付けて離さない。
 ところで、コーチ陣の候補が三人上げられているが、その中で、私は、田淵氏の人間性に素晴らしいものを感じている。実績、人気の面から見て星野氏に引け劣らないものを持ちながらも、部下として監督を支えた阪神時代のことが思い出される。誰でも、自分が上に立って目立ちたいのが人の常なのだが、同氏は、かつて監督を務めた実績を持ちながらも、縁の下の力持ちでサポート続けていた。その謙虚さが気に入っている。仲がいいから当然だといえるかもしれないが、そこまで徹して出来る人は少ない。オリンピックで最後の機会となる野球だけに、そのチームワークで何とか金メダルを勝ち取って欲しい。

連載(6)難病との闘い 第一章 長男の嫁(6)
(注、今日から第一章のサブタイトルを「長男の嫁」と変更)

 それは、一考の二番目の姉、久子の存在だった。厄介な事情というと誤解を招きかねないので、「精神的にしんどい」事情と言い直して置きたい。一考は六人兄妹の中でただ一人の男である。つまり、一考には五人の姉妹がいた。皆、親思いの姉妹だったが、中でも、次女の久子は、「自分は親の面倒を看るために生まれて来た」と自負するほどの特異な存在だった。一考が大阪勤務になった頃は、旦那の仕事の関係で東京に住んでいたが、早めに退職した旦那と共に、直ちに東京を引き払い、大津の実家近くに戻って来ていた。単身赴任生活に入って七、八年経った頃のことである。それ以来、毎日二回、毎朝夕に実家に顔を出し、あれこれと両親の身の回りの世話をしてくれるようになっていた。特に、親父の晩年では、雅子がどうしても手が出せなかった下の世話まで一手に引き受けてくれていた。いろんな意味で大いに助けられた訳だが、雅子は長男の嫁としての限界を感じながら、焦燥感と諦め感の間にいたと思われる。
 久子は、生まれながらの、いわゆる才女で、両親は「彼女が男だったら」とよく口にしていたのを一考は耳にしていた。それだけに、一考も面白くないものを感じていて、潜在的に久子をライバル視する傾向にあった。優秀だった事例として、フルブライトの留学生として若くしてアメリカに渡り、テキサスで半年を過ごしている。ちょうどその時にあのケネディ大統領の暗殺事件があった年で、一考が会社に就職した年だった。久子の言わせると、あの時の渡米も親孝行のために行って上げのだというのだから、私にはお手上げである。今では、趣味として俳句をやっているが、その出来栄えも非凡だ。一考も、自分では作らないが、俳句には関心があって、NHK衛星放送の俳句天国は好きな番組で毎週楽しんでいる。久子の作品は、そこで活躍中の神野紗希風で、なかなかのものだと思う。
 彼女には、子供がいないこともあって面倒見が良く、他の姉妹達の家庭のことにも、事あれば駆けつけて自らが解決にあたるという行動力の持ち主で、姉妹達の信頼も厚い。悪気は無いのだが、何事にも事細かに確認する性格で、例えば、雅子が外出しようとすると「何処へ」「何しに」「誰と」「帰りの時間は」といった具合に畳み掛けるように質問してくる。雅子のおっとりした性格から、機転を利いた会話が出来ず、何でも「分かりました」と答えるのが常で、たまに「こうだと思いますが」と自分の考えを訴えても「そんなことない」ということで一蹴されるのが落ちだったようだ。結果的には、久子には全く頭が上がらない関係になっていて、抵抗できない上司と部下の関係のように、彼女が来ているというだけで、雅子は無言の強いプレッシャーを受けていたという。(以下、明日へつづく)

タグ : 星野仙一 田淵幸一

40 真価が問われる正念場

 今日から第166通常国会が始まる。安倍総理にとっては、支持率が低下傾向にある中での真価が問われる舞台となる。発足直後の中韓訪問で、ティーショットをフェアウエイに置いたような順調なスタートと思われたが、その後の無所属議員の復党問題でけ躓き、続いて起きた幾つかのまずい問題があって、目下、ボールはバンカーで目玉状態にあると言えそうだ。この国会をどのように乗り切るかが、来るべき参議院選挙の結果に直結するだけに、その手腕、指導力が注目される。
 一方、先日、予期以上の東風が幸いして、宮崎県知事に就任したそのまんま東氏も、いよいよその実力が試される。幸い、メディアが注目してくれているだけに、それを味方ににつけて、思い切った改革に取り組んでもらいたい。同氏もその真価が問われることになる。
 話は違うが、ここに来て株価も昨年の最高値レベルにアップして来ており、その上に行くかどうかの興味深いタイミングにある。指し当たって、今朝の米国ダウが大幅に上がっていて、今日の日本市場の動きが注目される。こちらも、その動向から当面目が離せない。

連載(5)難病との闘い 第一章 長男の嫁(5)

 今、お世話になっている先生は、この病気の権威者リストに載っている著名な先生だ。それだけに「精神的な負担は、この病気とは関係ない」と断言された言葉には重みがある。それでも、相坂は、長い間の精神的な負担の蓄積が何らかの形でマイナスに作用していたのではとの独自の観点に拘っていた。それは、まさしく、自分が別居生活を強いたという責任感からの拘りだった。最近になって、その辺りのことを雅子から聴取してみて、ますますその見方にリアリティを覚えるようになっている。
 正直に言えば、別居直後の雅子の生活には、「さしたる困難もなく、平穏無事な日々を送っていた」と、相坂は一方的に解釈していた。それというのも、二人の子供達も高校生と中学生になっていて、細かいことまで面倒をみる必要もなかったし、両親の世話も、食事を用意し、体調が悪い場合には、かかりつけの医者に連れて行くといった程度のもので、それほど厄介なことはない判断していた。実際、雅子からは、それらしき苦情は全く来ていなかった。従って、相坂は家のことには気を使うことなく、安心して仕事に専念していた。しかし、現実はそんな甘いものではなかったようだ。
 後になって、一考は、いろいろと難しい事情ガあったことを知る。例えば、親父は明治の生まれであり、頑固、堅物であったことから、雅子の気遣いは一筋縄ではなかったようだ。時間に厳しい義父と時間にルーズな姑と言った具合に二人は性格を相反していたし、食事の好みも別々で、食事のメニューを考えるだけでも、結構、容易ではなかったという。
 また息子達に関しても、当初は特に母親を煩わせるようなことは無かったが、長男が高校三年生になった頃から、学校へ行くのを嫌がり始めたのである。いわゆる、虐めによる登校拒否ではなかったが、「学校での教え方が気に入らない」という異質なもので(予備校には喜んで通っていたという)、この扱いに雅子も大変梃子摺っていたと言う。高校三年生ともなれば、身体はもう大人で、ちょっとやそっての力では手に負えなかったが、それでも、毎朝、何とか学校に連れて行こうと、腕を引っ張って車に乗せて、学校まで運んだことが幾度もあったという。そんな時にも、夫に迷惑を掛けたくないという雅子の配慮もあって、相坂はそんなことになっているとは知らなかったのである。
 いずれにしても、義理の両親の世話をしながら、二人の息子を育てると言うのは、相坂が東京で考えている以上に厄介だったのだ。加えて、雅子に気の毒だったのは、厄介な事情はそれだけではなかったことである。(以下、明日につづく)

39 談合

 ここ数日、名古屋市発注の地下鉄工事での談合容疑が大きく取り上げられていて、今日にも矯正捜査が開始されるという。「またか」といった感じで、これはこの国の文化じゃないかとさえ誤解したくなる。
 思えば、今から二十年前、忘れもしない1987年11月12日、午前10時だった。見知らぬ四人の男たちが何の前ぶれも無く、社員専用の営業本部の通用口から入って来て、近くにいた女性社員に、担当責任者は誰かと話しかけた。これが、実質的に自分がリーダーを務めていた「シーラントの赤字改善のための値上げ」に関する摘発の始まりだった。
 事件は、およそ400日に及ぶ公正取引委員会とのやり取りを経て決着をみたが、課徴金を取られるなど完敗に終わり、会社および多くの方々に多大な迷惑をお掛けした。それ以来、法の遵守は私の頭の中から離れない。
 「しかし」である。公正取引白書によれば、それ以降も談合の件数は減ることもなく、課長金総額では、平成17年度でなんと188億7千万円(当時のそれは十数億円)に達している。その後、罰則規定が強化され、課長金の増額や個人の責任を問うという法改正が行なわれていたが、その効果が出ているとは言えない。最近では官製談合も多く摘発されていて、業界が、全身談合まみれのどうしようもない体質になっていて、「もうやめよう」と云うような前向きの学習効果には繋がりそうもないのが残念である。

連載(4)「難病との闘い」 第一章 長男の嫁(4)

 今だから言えることかもしれないが。その大阪転勤の裏には、部下の家庭の事情にまで精通していた当時の上司の温かい配慮があったのではと相坂は感謝していた。大阪勤務なら自宅からの通勤が可能だったからである。こうして、5年間の大阪勤務で、長男としての面子を保てる両親との同居生活が始まった。当初は、母屋の部屋を借りての仮住まいだったが、直ちに両親の敷地内に母屋に繋げて新築し、いわゆる二世帯住宅での生活となった。その時点では特に意識はしなかったが、雅子にとっては、新たな気遣いの必要な生活が始まっていたのだった。小姑が多いことへの余計な神経を遣うことになり、うわべでは判らない今までにはない疲れが蓄積されていったのかも知れない。
 後になって、そんな神経の消耗がこの難病の原因になったのではと、相坂は担当医に確認してみたが、同氏は、「そのことは関係ないと思う」と強く否定した。しかし、相坂には、「病は気から」と云う訳だし、全く影響しなかったと断定するのもどうかと思っている。
 なお、新築の際に、まだまだ若かったこともあり、台所、リビングを二階に置くと云うスタイルにしたのだが、このことも、後に症状が悪化して行くにつれ、大きな負担になるのだが、神ならぬ身の知る由も無かった。
 そして、五年が経過、相坂は前述(連載2回目)の東京への転勤辞令を受けたのである。それまでのいろんな経緯から醸成されて来ていた長男の嫁としての使命感から、雅子は一考の提案をすんなりと受けて、別居生活に応じたのだが、それが、なんと二十年以上にも渡って続くことになるとは、雅子自身は思ってもいなかったに違いない。(明日に続く)

タグ : 談合

38 二人の天才中学生

 先の週末に二人の中学生が大人に混じって活躍して話題になった。一人が卓球の石川佳純(13歳11ヶ月)、もう一人は女流将棋の里見香奈(14歳10ヶ月)である。
 石川は卓球の日本選手権で中学生でベスト4に入る殊勲、あの福原愛も成し得なかった快挙だった。準決勝で敗れはしたが、一時はリードする場面もあっての惜敗だった。
 将棋の里見は、公式戦ではないが、第二回きしろ杯争奪関西女流メイショウ戦で優勝を果たした。出雲の天才とも言われていて、目下、公式戦のタイトル戦、レディースオープンで矢内女流名人と決勝三番勝負中だが、既に一勝を挙げていて、タイトル獲得が期待されている。
 我々は、何年に一人しか現れないニュースターの出現を待っているのが常だ。頼もしい二人の今後に注目している。

 連載3 「難病との闘い」第一章 長男の嫁(3)
 それは、雅子と子供たちを親元に帰すことだった。さすがにこれには雅子も素直にOKしなかったが、ここでも、「和」をモットーとし、他人のことを優先して考える心優しい雅子は、不承不承ではあったが、自分達が犠牲になることを承知してくれた。ちょうど夏休みを迎える頃で、子供たちは、それぞれお別れ会をしてもらっての帰郷となった。これには、両親もまだ結婚して十年少しの息子達に、別居を強いることには躊躇したようで、夏休みが終わりに近づいた頃、母の足の状態も回復していたこともあって、「暫くは自分達で何とかするので、横浜に帰って頂戴」とのことになり、出戻りとなったのである。お別れ会までしてもらっただけに、子供だとは言え、暫くはそれなりの気まずさはあったようだが、直ぐにそれまでの学校生活、保育園での生活に戻ったようだった。いずれにしても、長男の嫁というのは、気遣いが大変で、雅子の場合、五人もの一考の姉妹を相手にしなければならなかっただけに、その気苦労は並みではなかったようだ。
 その出戻りのエピソードから間もなく、相坂は大阪営業部への転勤辞令を受けた。1980年の暮れのことである。(以下、明日に続く)

タグ : 里見香奈

37 快勝、朝青龍とそのまんま東

 朝青龍が史上5人目の20回目の優勝を果たした。初土俵から49場所目、初優勝から26場所目は最速だという。立派なものである。何しろ、角界には、今場所時点で12カ国から力士が集まって来ていて、幕内力士32人中で、13人も外国人力士が占めており、大相撲の国際化には目を見張るものがある。それだけに、日本の国技の象徴として、早く日本人横綱の誕生を期待するものである。
 宮崎県知事選挙でそのまんま東氏が当選した。新しい何かを求めている県民が多いことの表れだろう。同氏がどのようにその県民の期待に応えてゆくか、その手腕に注目して行きたい。早稲田の文学部では、自分の息子と同級だったようで、個人的には親しみを感じている。それだけに、芸能界時代の失敗だけは繰り返さないで欲しいと願っている。

 連載(2)「難病との闘い」 第一章 長男の嫁(2)

 その時点で、相坂たちの結婚生活は33年目に入っていたが、単身赴任生活は何とその半分近い16年目に達していた。その切っ掛けは、1985年に、それまで5年間努めた大阪勤務から東京に転勤する際に、高校生と中学生になっていた二人の子供の学校のこと、自分の両親の面倒を看などを考えて、不経済で不便であることを承知の上での決断だった。その辺り、長男の嫁であるとの自覚と子供のことを思う雅子の理解もあって、特にもめることも無かったが、その背景には、次のようなエピソードを付記しておかねばならない。
 それは、大阪転勤になる数年前のことで、「長男にも関わらず、年いった両親を放って置くのは如何なものか」という姉妹達の声があり、それへの対応をいろいろと試行錯誤していた。最初に取った対応は、週に数日間、お手伝いさんをお願いすることだった。しかし、古風な考え方の母は、来てくれたお手伝いさんに気遣い過ぎて、却って疲れてしまうという馬鹿馬鹿しい結果となり、この方法を諦めざるを得なかった。この時の父は77歳、母は68歳で、父はともかく、母は、今の私の年齢と大して変わらず、まだまだ若かったのだが、たまたま、その時に足を痛めていたこともあって、長男として、何とかしなければと考えていた。そして、熟慮の結果、思い切った対応を決意したのである。(明日に続く)

36 拙著「執念」への反響

 昨日、入社して最初の上司だった方からお手紙を頂戴しました。先に、お送りしていた「執念」(文芸社刊)の読後感を綴ったもので、ありがたく、嬉しく読ませて頂きました。今日まで、この種のお手紙、メールで、或いは年賀状で多くの方から、過分のお言葉を頂戴しており、筆者として、これに勝る嬉しいものはありません。
 中でも、ある親しい先輩からは、本をお送りして数日後に分厚いお手紙を頂き、思いっきり褒めて頂いたのには、思わず熱いものが込み上げてきました。また、ある方からは、「一晩で読み切ったよ」との嬉しいメールを受信、まさに作者冥利でした。もちろん、リップサービスも多々あると思いますが、総じて、「こんな才能を持っていたのかい」とか親父を知っている方からは「お父さんの才能を引き継いでおられるのですね」などのお褒めの言葉、或いは「ストーリーそのものも結構いけてるよ」などもあり、加えて「次作を待っている」という嬉しい励ましもあって、大いに勇気付けられました。この場をお借りしてお礼を申し上げます。
 さて、今日から「難病との闘い」と題して妻の病気との出会いから今日までを書いてみたいと思います。ご愛読いただければ幸いです。

 第一章 長男の嫁
 (1)
 それは、大したことのない左手のかすかな異常から始まっていた。妻、雅子の記憶では、その指の異常を覚えたのは、父の百日忌を終えた頃だったという。親父が97歳で他界したのは、二十一世紀を目前にした2000年11月4日だったから、それから百日後となると、具体的には2001年2月半ば頃だったと推定される。今からおよそ六年前のことだ。しかし、その時点では、日常生活に支障をきたすこともなかったので、夫にも報告せず、それほど気にすることなく、残された母の面倒を看る新たな生活を始めていた。
 夫の相坂一考は、ちょうど六十歳になった直後で、通常なら定年退職するはずだったが、幸い(?)退職を一年延長してもらったことで、引き続き単身赴任生活を継続しながら、最後の会社生活をエンジョイしていた。今から思うと皮肉なことなのだが、雅子が指の異常を感じていたと思われる頃は、仲間から還暦祝いを受けて、赤いちゃんちゃんこを着せてもらったりして、気分良く陽気に皆とはしゃいでいたと思われる。 (以下明日へ続く)
  

35 日本の歌百選

 北海道北見でガス漏れ起きて三人が死亡するという痛ましい事故が起きた。地下に埋設されているガス菅の耐用期間切れによるものらしい。何しろ、四十年前に埋められていて、二年後には新しい物に切り替えられる予定になっていたという。昨年にも、同様の事件があった。
 この地球上では、生命をはじめ、あらゆる物質、設備には寿命があり、永遠ではない。生命はともかく、物質や設備では切り替えの準備は欠かせない。大事なのは、そのタイミングだろう。今回も、その点で想定外の事故となったようだ。
 一方で、この世には永遠に生き続け、人々の心を和ませてくれるものがある。その一つが「歌」である。いい歌は歌い継がれ、その命は永遠だ。
 先日「親子で歌いつごう、日本の歌百選」が発表された。数曲、知らない歌も含まれていたが、大抵は自分でも唄える歌ばかりで、その中には、心温まるなつかしい童謡が多くを占めている。このような歌を歌っていると、懐かしい日々が思い出され、胸が熱くなることもある。
 学校や家庭で皆が口ずさむようになれば、精神的にも満たされて、情緒安定も確保され、虐めの阻止や自殺を思い止まらせる効果にも繋がるのではないかと思う。子供の頃からの音楽教育の大事さを改めて思う。
 ところで、耐用年数ということで、こじつける訳ではないが、我が愛する妻が、目下、難病と闘っていて、私の日々の大半はその介護に明け暮れている。病名は「パーキンソン症候群」だ。自覚症状があってから、丸六年が過ぎようとしている。この病気は進行性のもので、症状は徐々に、しかし、留まることなく悪化し続けていて、今は歩くのにも四苦八苦する症状なのだ。
 この間の症状の変化を総括する意味で、思い切って、このブログを通じて、その闘いについて少しずつ連載して行くことを決意し、明日から始めたいと思っている。同病に苦しんでいる方々に少しでも参考になればと思っている。

タグ : パーキンソン症候群

34 戸籍がない子供

 昨日(18日)のフジテレビの朝のワイドショーで首記の話を取り上げていた。何のことだろうと思って聞いていると、現行の民法では、離婚して300日以内に生まれた子供は、前夫の子供とするという(民法772条)。そのために、戸籍が受け付けられない子供ガ増えているというのだ。もちろん、裁判で前夫の「自分の子供ではない」という証言が得られれば、新しい夫の子供として受け入れられるのだが、いろんな理由で「別れた前夫と会いたくない」とか「会えない」こともあって、戸籍が得られないままになっているケースが増えているという。
 戸籍がないと、住民票、選挙権、パスポート、免許書などが得られず、きちんとした教育も受けられず、また結婚も認められない。都道府県によって、その対応(融通性)に多少の差があるようだが、DNA鑑定など科学が進歩しているこの世の中で、理不尽な扱いを受けている事がまかり通っていることに怒りを覚えた。これまた、まさに「なんたるちあ」である。 
 憲法がそうであるように、世の中の実態が法律に合っていないことは多い。現行民法は、およそ100年前に制定されたもので、明らかにグローバル化、科学の進歩、生活様式の変化などに大きく遅れをとってしまっているのだ。
 安倍総理にお願いしたい。憲法改正もさることながら、この種の生活に密着した理不尽な法律の改正には一刻も早く手を打ってもらいたい。100年も前に決めたルールで、多くの人間が苦しんでいるのは、腹立たしさを超えて、滑稽な感じすらする。国民の幸せを守るという観点から、これこそ、第一優先で政治家が取り組まねばならない任務である。

タグ : 安倍総理

33 なんたるちあ

 子供を歩道橋の上から投げ落とすと言う信じられない事件が、近鉄八尾駅前で起きた。驚きを超越した理不尽な事件に言葉がない。まさに、「なんたるちあ」である。(注。何と云うことだと唖然としたときに使う)
 「むしゃくしゃしていたからやっと」とうそぶく犯人は、過去にも何回か逮捕されていて、服役もした、いわば、札付きの男だったようだ。そんな男が、伯仲の街中を闊歩しているのだから、油断も隙もあったものじゃない。
 そう言えば、昨年にも、東京で、マンションの上から子供を投げ落とした事件があったが、この世の中、一体どうなっているのだろう。昨今のばらばら事件といい、こんなことでは、安倍首相の言っている「美しい国日本」なんて有り得ない。心が病んでいる人たちにも人権があることは理解しても、安心、安全が確保されない世の中になってしまっては、もともこもない。速やかで、効果のある、思い切った施策が望まれる。

タグ : 美しい国 なんたるちあ

32 人生のマイルストーン

 あの神戸大震災から十二年目の朝を迎えた。5時46分。それは多くの人たちには忘れられない時刻である。この時のことは不思議と鮮明に私の記憶にも残っている。当時は東京で単身赴任中で、定年をあと数年後に迎えていた頃で、朝早く会社に行って、皆が会社に出て来る九時頃には、その日の大きな仕事に一段落をつけておくというパターンの生活を送っていた。この日も5時50分頃に横浜の家を出たのだが、その出掛け間際にテレビが、関西地方で大きな地震があった模様ですと速報で流していた。しかし、それほど気にすることもなく、そのまま出社し、いつものペースで仕事に取り組んでいた。大変な事態になっているという情報は、九時頃に皆が出て来て、五月雨式に耳にした情報からだった。急いで、実家に電話を入れたが電話が繋がらず、焦ったことを記憶している。
 大きな事件や事故でも、第一報ではその規模を把握するのは難しいのが通例だ。あの「地下鉄サリン事件」や、昨年の「JR宝塚線」の事故でもそうであって、時間の経過と共に予想を超越する事態に拡大して行き、驚嘆の域に至ることが多い。この時もまさにその一例で、何と6434人の痛ましい犠牲者を出す事故となった。今でも、あれは「人災」だったという人も多い。
 毎年、こうして多くの人達が、この日、この時刻に慰霊することで、改めて事故の悲惨さを思い出し、二度と同じような「人災?」を繰り返さないように祈る。
 長い人生で、このように自らの歩みをチェックし、時には戒め、時には反省するようなポイント、いわば、自分のマイルストーンを設定しておくことは大事なことだと思う。それは、マラソンで途中のポイントでラップタイムをチェックし、自らの走りの経過を確認し、今後のペース設定を行なうと同じ意味があると思っている。

 別件で蛇足だが、今日の毎日新聞の朝刊3ページの広告欄に文芸社の新刊の紹介が出ていて、その中に、相坂一考の「執念」も小さく掲載されている。小さな記載だが、私には記念すべき大きな広告である。

タグ : 神戸大震災 執念

31 隠蔽

 消費期限切れの原材料の使用で、会社ぐるみの隠蔽工作があったとして、創業百年近くになる不二家の社長が責任をとって辞任の意向を表明した。
 隠蔽工作という言葉には、何とも言えない不潔で陰鬱な響きがある。重苦しくて、嫌な言葉だ。人間には誰しも無様な失敗や迂闊な誤りなどに対して、本能的にそれを隠したりごまかしたりする意志が働く。それが個人的な世界で、他人に迷惑を掛けないものであれば、それほど問題になることはないが、今回のように、企業、団体が社会に大きな迷惑、被害を及ぼす危険のあるものについては、断じて許されず、明らかに、当事者達の保身や利益のために、ごまかしやデータなどの改ざんが組織ぐるみで行なわれては堪らない。
 今までにも、この種の事例は枚挙にいとまが無い。夫を殺害して遺体を切断した先日の殺人事件でも、犯人の妻は自分の犯した犯罪を隠蔽するために、遺体切断、リフォームや電話などで多くの工作をしているし、例の姉歯氏の偽装設計での改ざんなどもその代表的なものだ。また、ここ数日前から話題になっている代議士の事務所経費もこの範疇に属するだろう。殆どの犯罪や事件には、いろんな形で「隠蔽」がその根幹にある。
 要は、この種の悪知恵が告発されずにまかり通っている事例が多く存在しているからこそ、日常茶飯事のように、うまく通り抜けようとの工作が多く行なわれているのだと思う。
 いずれにしても、少なくとも、人に迷惑を掛けるような隠蔽は、断じて許されない。本来の正義感を取り戻して、勇気をもって、隠蔽への誘惑を断ち切ってもらいたい。若し、意に反して生じた、誤り、間違い、失敗などは、速やかに明らかにして、被害の拡大を避ける努力が先行するようになって欲しいものである。
 

30 横田夫妻の執念の凄さ

 昨日のブログで書いた山崎氏の訪朝報告は、その後もテレビ朝日のサンデープロジェクトでも取り上げられ、やはり、含みのある余韻を残していた。加えて、今朝の日本テレビの「ズームイン」で、同氏が三月に再訪朝を求められていること、並びに近々にサプライズの可能性を報じていた。
 一方、安倍総理は先の欧州各国との首脳会談で、拉致問題を取り上げ理解を求めた。更に、昨日の日中韓の共同声明では「拉致は解決すべき人権問題」として盛り込まれ、着実に得点を上げているようだ。ポイントは中国が具体的にどんな対応をしてくれるかであろう。ともかく、一歩、一歩外堀を埋め始めてはいるが、本丸への道は険しく容易ではない。
 ところで、当事者である被害者のご家族の皆さんの「被害者を救い出す」という粘り強い頑張りには頭が下がる。特にめぐみさんのご両親である横田夫妻の頑張りは、お年がお年だけに、言葉に表せないくらいの痛みを覚える。事件が起きてほぼ三十年を迎えようとしている訳だから、お二人の心身に「執念の塊」と呼ぶべきものが宿り付いているというべきだろう。この執念の塊を解決に結びつけるには、地道で練られた戦略が必要なことは申すまでもない。また想定外のラッキーが舞い降りるような仕掛けも必要となろう。安倍総理の手腕に期待している。
 余談だが、今般、筆者が文芸社から出版した「執念」は日米の合弁企業における米国本社の子会社支配を目指した「執念」をサスペンス小説として仕上げたものである。この場合も、同じ三十年に亘る巧みで、強引で、粘り強い彼らの戦略に、ラッキーな出来事も重なって目的を達した訳だが、彼らの長年に亘った執念には、不覚にも感動さえ覚えたのである。ご関心のある方は是非目を通して頂ければ幸いです。
 横田さんらの場合は、何しろ、相手が理屈の通り難い理不尽な国だけに、容易に解決を見出すのは難しいことだが、近い将来同様な感動を得られる日がくるのを切望すして止まない。
 

タグ : 横田めぐみ 執念

29 子供の使い?

 多くの批判を受けて訪朝した山崎拓氏が帰国し、具体的な成果は無かったと語った。今朝の日経新聞の社説も「危険な独り相撲」と酷評している。若し、そうであるならば、子供の使いと揶揄されても仕方ないだろう。
 「しかし」である。昨日の関西テレビに出演していた独立総合研究所社長の青山繁晴氏は、何か重要な情報を得ているような口調で、三回目の小泉訪朝の根回しがあったのではとの話を披露していた。同氏は、今朝もフジテレビの「報道2001」に出演し、山崎氏にそのことで直撃し、突っ込んで質していた。山崎氏は、今は話せないとして、それらを否定しながらも、最後には、誰か重要人物と会ったようなニュアンスを感じさせた。一方、その裏番組の「サンデーモーニング」でも、この話題が取り上げられ、同様に何も無かったとする一方で、コリアレポートの辺氏や解説者の岸井成格氏からは、かつて、この問題の突破口を築いた田中均氏の相手と言われた「ミスターX]の名前が飛び出すなど興味ある話が展開されていた。
 数日前にこのブログで山崎氏の訪朝に興味ある目でその成果を見守りたいと書いた私としては、近い将来「ビッグサプライズ」が飛び出してくるのを密かに期待している次第である。その背景に、金正日に、自分の生きているうちにこの問題に何らかの決着を付けて置きたいとの考えが芽生えてきているのではないかと見ている。そのためのパイプを確保して置くことはそれなりの意味があるはずだ。この見方は、最近、自分の寿命について考えることがあって、そんな受け取り方をしてしまう筆者の偏見かも知れない、

タグ : 山崎拓 小泉訪朝

28 5タイトル連続挑戦

 今年も王将戦が始まった。羽生王将に佐藤棋聖が挑戦するシリーズである。一昨日と昨日の二日間に渡って行なわれたその第一局は、千日手差し直しの結果、佐藤棋聖が先勝し、幸先のいいスタートを切った。
 将棋界では現在七つのタイトルがあって、羽生が三冠(王将、王位、王座)森内が二冠(名人、棋王)それに佐藤と渡辺がそれぞれ棋聖と竜王を持っている。一時、羽生が七冠を独占して話題になったことがあるが、今は、実力伯仲の棋士が何人かいて、タイトルも分散状態にあり、棋界は活況を呈している。
 ところで、この佐藤棋聖だが、このところ絶好調で、昨年度の夏に行なわれた棋聖戦の防衛から始まり、その後の王位戦、王座戦、竜王戦に挑戦、棋聖は防衛したが、挑戦した三つの棋戦では、残念ながら、いずれも敗退した。しかし、好調はを維持していて、今回の王将戦、更には二月から始まる棋王戦への挑戦権を確保している。いずれも、年末から年始にかけて行なわれた挑戦者決定戦に勝利しての登場で、何と、6つのタイトル戦に全て登場、五つのタイトル戦に連続挑戦と言う記録を更新中である。ご承知の方も多いと思うが、挑戦権を獲得すること自体、少なくとも四つ以上の勝ち星が必要で、これを連続して五つも獲得した力は実力伯仲の棋界では快挙である。それだけに、この王将戦と棋王戦では、先の三つのタイトル戦で果たせなかった成果に結びつけてくれるのではと期待している。因みに、四月から始まるもう一つのタイトル戦である名人戦であるが、目下、予選であるA級リーグ戦が終盤に入っていて激戦が繰り広げられているが、ここでは、佐藤棋聖は今一つで、挑戦権を獲得するには、劇的な奇跡を待つことになりそうだ。
 ところで、自分の半生を振り返ってみて思うのだが、桧舞台であるタイトル戦に登場すると言うような輝かしい経歴は、全く見出せない。敢えて言えば、今般、文芸社からの「執念」の出版が、個人的なささやかなタイトル挑戦と位置づけてみたい。
 

タグ : 佐藤棋聖

27 遺体切断の連鎖

 新たに茨城県坂東市の矢作川の土手で切断された男の上半身の遺体が見つかった。昨年末からの二つの事件に続いての事件で、その驚きも大きい一方で、またかの麻痺した感覚にもなる。「なんたることか!」この気持ちを私は時として「なんたるちあ」と表現する。
 驚いたのは、先の二つの事件は、兄妹と夫婦間で起きたいわゆる家族内の事件で、報道によると、いずれも予てから,殺意が内在していたようで、それが何らかの切っ掛けで暴発し事件に直結したようだ。特に、渋谷区で起きた歯科医の兄妹の場合は、妹から「夢がないのね」と言われてプライドを刺激したことが凶悪な犯行の直接の切っ掛けになったという。
 話は飛ぶが、昨年末にヤンキースと契約した松阪投手が「僕は夢という言葉は好きじゃない。それはなかなか実現するのがことがないからだ」とのインタビューでの印象的な言葉が思い出された。「夢」という言葉が、一方ではリアリティの欠如から目的追求のバネに結びつき、一方では残忍な殺意に繋がったことに複雑な思いである。
 この二つの事件での更なる驚きは、犯行後の遺体切断という行為であり、また夫婦間の事件では死体遺棄という小説並みの行為に繋がっている点だ。それに、逆上が収まり、判断力が正常に戻った後では「大変なことをしてしまった」という悔恨の思いで自首するのが普通だと思うのだが、犯行を隠すために、のこぎりなどで遺体を切り刻むという行為に出たのは、驚きの範疇を超えている。その鬼気迫る行為に身の毛が弥立つ。
 いずれにしても、こんな残虐非道な事件の連鎖は御免である。
 再度、話は変わって恐縮だが、昨夜、京都の九条でストーブの取り扱いを誤って火事が発生し、隣家をも類焼した。数日前に書いた年末年始の定番ニュースに属するのだが、傍観者ではおられなかった。何と女房の親戚の方が焼け死んだのだ。九十五歳になる方で足を骨折していたこともあって、逃げ切れなかったようだ。突然の痛ましい訃報に胸が痛んだ。今朝新聞で確かめたが一般紙には報道されていない。大きな猟奇事件が紙面を占め、ゴミ記事?を乗せるゆとりがなかったようだ。なんたるちあ。

26 小泉再登板待望論

 昨日のムーブ(ABC放送、関西の人気番組)で、アエラの今週号が取り上げている「安倍自滅モードで小泉と飯島次なる野望」と題する話題を、コメンテーターの須田慎一郎氏が取り上げていた。それによると、同誌が「小泉氏の再登板の待望論を匂わせている」が、同氏は言下に、200%それは無いと否定し、アエラの取材不足に警告を発していた。須田氏の論拠は、直接秘書官の飯島氏や小泉さんのお姉さんに取材して確信しているもので、「小泉氏は次の選挙が最後となるであろう。年齢的にもその辺りが限界で、その後継者は長男の幸太郎が有力」と付け加えていた。巷間、後継者には次男が噂されているようだが、須田氏の情報では、「今、俳優をやっている幸太郎氏が有力で、既に地元で見習い的なことを始めている」と言う。二世論どころか、三世にまで拡大して行っている政界の今後には興味は尽きない。
 小泉氏に再登板はないということを聞いて、私はほっとした。実を言うと、この五年間、私は典型的な小泉ファンの一人だった。自民党を壊すというキャッチフレーズとそれに即した大胆な行動力に魅せられていたからである。小泉氏の在任中の五年間、いろいろと難題があったが、何とか大きな失点もなく、それなりの成果を残しての完投だっただけに、再登板して、その歴史に傷を付けさせたくなかったからである。
 それというのも、同氏はラッキーな運に恵まれていた部分が多く、一つ間違っていれば、途中降板は免れなかった。つまり、ぎりぎりの塀の上を歩いて来た訳で、再登板でそんな幸運が継続するとういう保証は何も無い。例えば、自衛隊のイラク派遣で、犠牲者が出なかったのは奇跡に近いラッキーの典型だったし、あの郵政解散で反対者を除名し、対抗馬を立てたやり方は、ぎりぎりの選択で、いずれも運が味方したと思っている。
 そうは言っても、あの田中均氏が準備した北朝鮮の訪問を取り上げたことや、ポチと揶揄されながらも米国大統領ブッシュ氏との深い友情関係の構築などは、自らの素晴らしい決断、実行力、努力の賜物であって、誇れる成果の礎だった。
 いずれにしても、再登板はともかく、同氏の生々しい思い出話、裏話を聞きたい人は多いはずで、近々のテレビ出演を期待している一人である。どこの放送局が、どの番組がその引っ張り出しに成功するか、興味は尽きない。

25 不快感

 安倍総理が山崎拓氏の北朝鮮訪問に不快感を示したことが、昨夜から各テレビ局で報じられている。政府の方針に逆らっての行動で二元外交に他ならず、相手のペースに巻き込まれる懸念があるからだという。
 この「不快感」という言葉は、実に簡にして要を得た言葉で使い易い。怒っていることは確かだが、激怒でもない感じである。好きな言葉になりつつある。この北朝鮮訪問に関しては、批判が殆どだが、私としては、膠着状態の打開で何かの切っ掛けが掴めればとの意味で、期待して成り行きを見守っている。
 話は変わるが、巨人の工藤投手が突然横浜に移籍する。工藤本人は米国でキャンプ中に突然聞かされたようで、まさに寝耳に水だったのではなかろうか。三顧の礼を尽くして迎えたはずの巨人がプロテクトしなかったからの横浜指名となった。インタビューでは、それほど不快感は表さず冷静に、横浜での頑張りを伝えていた。なかなか出来た人間だと思う一方で、恐らく、巨人戦に闘志を燃やしているに違いなく、今シーズンが楽しみだ。かつて、江川移籍問題で、巨人の小林繁投手が阪神に強引に移籍させられた事例が思い出された。その年、小林は巨人キラーとして大いに頑張った。工藤もきっと今の悔しい気持ちをバネにして巨人キラーになるに違いない。
 ところで、不快感で付記しなければならないことがもう一つある。それは、目下発売中の私が書いた小説「執念」の登場人物に似せられた人たちだ。フィクションとはいえ、事実でないことや、自分の価値観と違ったことが書かれているとしたら、まさに「不快感」そのものに直結しているかもしれない。これらの方々には、小説を面白おかしくするために作り話を書いたということでご理解頂き、お許し願いたいと思っています。

24 年金繰り下げ中止

 今日付けで防衛庁が防衛省に昇格した。世界の中の日本国として、相応しい組織に組み変えた訳であり、これで新たなスタートの基盤が整ったと見ることが出来る。
 それに対して、基盤がはっきりしないのが社会保険庁が扱っている年金制度である。先行き不透明なのが何と言っても気がかりだ。実は、昨年65歳になった時点で、繰り下げ制度の適用を受けることにした。これは、年に60万円を繰り下げ(貰わずに預けた形にする)、5年間継続すると、70歳以降は、今の支給額のおよそ1,8倍となり、その額が死ぬまで続くという制度である。生涯の受取額と云う観点からみると、75歳以上生き延びれば、トータル受取額がプラスとなり、それ以上生ば生きるほどそのプラス額は増大する仕組みである。昨年の時点では、確かに魅力があると思って、その繰り下げ制度に加入した。
 しかしである。自分が果たして75歳以上生きられるどろうか、ここに来て自信がなくなったこと、更には、今の社会保険庁の脆弱さをみると、この制度が10年以上先まで本当に担保されるのか、何の保証も無い。新たな改革案が出て来て「それまでの制度がらがらぽん」とされれば全てがパーとなる。現に、今議論されている改革案では、消費税で賄うと言う考え方が主流になりつつある。若しそうなれば、今まで払い込みが完了している我々が、改めて支払うと言うことになり、二重払いを余儀なくされる。
 ことほど左様に先行き不透明である以上、十年先のプラスを期待するのは、まさに砂上の楼閣といえそうだ。そんなことから、今日、社会保険庁に出向いて、繰り下げ中止を申請した次第である。


23 年末年始の定番ニュース

 今日は成人の日で三連休も今日で終わり、正月気分も一段落ということになる。この時期に気になるニュースが二つある。火事と冬山での遭難で、毎年、ビデオで見ているような錯角さえ覚えるくらい、定番ニュースになっている。今年も相変わらずそれぞれ何件かずつ起きていてテレビ、新聞で報道されている。痛ましい限りだ。
 火事の場合は失火によるものと放火によるものがあるが、いずれも、この寒い時期に放り出される家族を思うと胸が痛む。新しい年を境にしての出来事だけに、余計に痛く響くのかも知れない。今一つの山での遭難も、痛ましいことには変わらないが、これは、自分達で挑んだ結果であるだけに、いわゆる自己責任という範疇に入るのだが、捜索や救助に当たる人たちのことを考えると単純に割り切る訳にはゆかない。
 この種の出来事に、いわゆる、学習効果といった類のものを期待するのは的外れかも知れないが、毎年繰り返される悲劇を食い止める、或いは減少させる方策がないものかと、一人思い悩んでいる今日この頃だ。

22 竹中平蔵

 今朝のフジテレビの報道2001で竹中平蔵氏と菅直人氏とがゲスト出演していた。小泉内閣を支えたキーマンだった竹中氏は血色もよく、終始明るい顔でご機嫌だった。それは、まさしく、やることはやった男の輝いた顔であり、小泉内閣の1800日あまりの長丁場を完投した投手のような自信が漲っている顔だった。
 五年半前の内閣発足当時の同氏は、叩かれ通しの厳しい立場にあった。それでも、持ち前の論理を立て板に水の口調で展開し、その考えを押し通した頑張りは立派だった。その頃、息子達に送ったメールで、今一番辛い立場にいるのが、竹中氏とヤンキースの松井だと書いて送ったのを思い出す。当時の松井もヤンキースに入団した直後で五月に入ってスランプにあった。この苦しみを踏み越えなければ、彼らには未来がないと思っていた。どうしようもないくらい溜まっていた不良債権、そこから派生しての大不況を如何に脱却するかが、最大の課題であったが、同氏は亀井氏らが主張する国債による公共事業でてこ入れする考えを真っ向から否定して、企業の景気回復を推進し、見事に最大のピンチを乗り切った。そのお陰で、税収の大幅な増額となり、07年度予算も国債発行額は25億円あまりというレベルに留まった。
 かくして、結果を出して政界から身を引き、元の慶応大学教授に復帰を果たしたが、それらの一連の動きもあざやかだった。今朝も、「叩かれることがなくして改革は存在しない」「政策は細部が大事。官僚達はいろんな形で言い換えて核心を外す傾向がある」と自らの経験からの名言を発していた。小泉内閣を支えた側近として歴史に名を残すに違いない。

21 山拓の北朝鮮訪問

今朝のニュースであの山崎拓氏が来週にでも北朝鮮を訪問するかもしれないと報じていた。ビッグニュースだ。党内では二元外交だとの批判もあるそうだが、拉致問題では、今は全くのこう着状態であることを考えると、この種の個人的なパイプを使うのも一案だと思う。同氏は核問題で切っ掛けを掴みたいと発言しているようであるが、ともかくも、話す切っ掛けがあるとするならば、それに期待したい。正攻法では埒が明かない厄介な国だけに、こうした搦手からの手段も必要だろう。そういう意味では、そもそも、この拉致問題の突破口を開いた「田中均」氏の場合もそんなパイプが大きな成果に繋がった訳で、改めて同氏の貢献を高く評価したい。新しい展開を心から期待する。

20 荒川静香

昨日、エキジビションのアイスショーに出ていた荒川静香の演技を久し振りにテレビで見た。貫禄のある堂々の演技で魅力たっぷりで思わす引き込まれた。話題のイナバウアも織り込まれていて、そこには凛とした静香があった。あのオリンピックの金メダルが彼女を一挙に輝かせ、貫禄と気品を付けさせることになったのだ。大したものである。「場とか役割が人をつくる」とよく言われるが、同様に「名誉や勲章が人をつくる」ことになるようだ。もちろん、それには基本的な実力と不断の努力が必要なことはいうまでもない。それまでは、競り合っていたライバルの村主が大差を付けられてしまったようで気の毒に見える。やはり、金メダルの威力は何ものにも替えがたいのだ。我々も人生での金メダルにめぐり合いたいものだが、世の中そんなに甘くない。

19 視聴率

報道によると、年末に放送された06年度のNHK紅白歌合戦の視聴率は、関西では過去最低を記録したそうだ。視聴率は各番組の関係者のは、いわば通信簿のような存在で、その上がり下がりに一喜一憂しているようだ。このデータの測定法方について、詳しいことは知らないが、確か、全国で500程度の抜き取りサンプルで結果を出していると耳にしたことがある。しかし、放送技術、受信技術がどんどんと進化している今日では、各種の新しいケースをカバーしているのか疑問である。従来でも、VTRによる視聴や家族で何台もあるテレビの視聴などはカウントされていたのかどうか知らないが、今では衛星放送やワンセグ、パソコンでの視聴、更には二画面での視聴など従来にないケースが誕生している。通信簿である以上、視聴者の正確なデータが反映されていないと、一喜一憂の意味もなくなって来るし、それによって番組の改編などが行なわれている訳だから、砂上の楼閣の表面をお化粧しているようで、意味がないのではないか。

18 箱根駅伝

 箱根駅伝は、数あるお正月番組の中でも、特に楽しみにしているスポーツ番組だ。今年で83回目を迎えるという歴史と伝統を誇りにしているだけに、全国民が注目する中身の濃いレースである。
 今年は、順大が、往路の箱根山中での今井選手の4分以上の差をひっくり返すという脅威の逆転劇があって、それを守り切っての6年ぶりに11回目の優勝を果たした。お見事である。贔屓の早稲田が5年ぶりにシード権を奪回したが、相変わらずシード争いは熾烈で、前回優勝の亜細亜大学が辛うじて10位に入って死守するという盛り上がったレースだった。
 気になったことがいくつかある。最近の実況はやたらに大声を上げて放送するのが気になる。画面を見ていれば分かることを、くどく早口で喋り捲るのは如何なものか。更に、シード権争いが面白かったとはいえ、その部分の画面が多過ぎて、健闘している4~6位争いが、半ばないがしろにされていたことが気になった。それに、これはいつも思うのだが、先導するオートバイの二人の紹介が入念にされるが、これは本当に必要なのか。サポートしてくれている方は、やまほどいる訳だから。
 一つ、心温まったエピソードとして、かつて、早稲田で活躍してオリンピックにも出たことがある花田選手が、上武大学の学生からの是非来て欲しいとのメールで、その大学の名前も知らなかった大学の監督を引き受け、漸くチームとしての形が整って来ていて、今年も大学選抜チームの候補に一人が選ばれたという。ほとんど、ゼロからの出発でチームを育成することの大変さを思うとき、花田選手の地道な努力を素晴らしいと感じた。近い将来、予選会を突破して本戦出場を果たすことを期待している。何しろ、花田選手は数少ない滋賀県出身の選手だから、応援したい気持ちは人一倍大きい。

17 有料ブログ

 毎日楽しんで見ていたコラムニスト、勝谷誠諺氏のブログ「さるさる日記」が新年から有料になった。その告知を最初見た時には「何!」と強い不満と半ば怒りに似た思いが頭を過ぎった。しかし、よく考えてみると、あれだけ多忙な同氏が毎日欠かさず書いている努力は並みではなく、そのための対価は止むを得ないと思うようになった。今まで無償で提供されてきた同氏のサービス精神の偉大さを多としたい。
 しかし、お金を出してまで、ブログを見ようという訳だから、それなりの価値がなくてはならない。先ずは、得られる知見の深さ、情報の新鮮さ、豊かさ、そして、提供された課題について「そうだ。その通り」といった共鳴出来る快感さ、若しくは「それは違うだろう」という反発力の喚起などが得られるかどうかが決めてになるように思う。
 いずれにしても、同氏のブログは今のところ、そう言った観点で私を満足させており、継続購読の手続きをし、引き続き楽しんでいる。

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