プロフィール

Author:相坂一考
滋賀県大津市出身
07年1月に推理小説「執念」を文芸社から出版

このブログは3部康成です。1部が「コラム」、2部が連載「難病との闘い」、そして3部が、速報、「昨日の雅子」です。

 

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続投決断

 結果論で言う訳ではないが、この選挙期間での安倍首相の対応は、強引の割りには、後手後手と回っていたように思う。
 小沢代表が「政治生命をかける。負ければ引退」を表明したのに対し「二人のどちらを選ぶかを国民に問いたい」と郵政解散時の小泉前総理の問い掛け手法の二番煎じで対応した。また、その演説も「どうか助けてください」といった懇願スタイルが目に付き、痛々しかった。
 多くの大臣が足を引っ張ったのにも的確な決断もしなかった。最後に出てきた赤城農水相の問題にも、それをチャンスにすることもなく、それまで通り庇ったのが致命傷になように思う。
 しかし、早いタイミングでの「続投」の打ち出しで、党内の不平不満を封じ込めた対応は、今までにない決断のように思う。今後は、小出しに政策を打ち出すのではなく、思い切った対応、人事が不可欠だ。特に、人事のタイミングは、あまり遅くなっては効果が薄れる。
 ところで、横綱朝青龍仮病を装って巡業不参加を申請していたようだが、小沢代表仮病かどうかは分からないが、歴史的な勝利を得て以降も、全く顔を出していない。また、例によって、いわゆる、地下にもぐって暗躍をしているのではないか。お陰で、あの人の喜ぶ顔を見ずに済んでいるが、どんな手を打ってくるかが不気味だ。暫くは、小沢民主党のお手並み拝見ということになる。

連載(192) 難病との闘い
      第八章 二人の生い立ちから病気発症まで(1)

 ここで「難病との闘い」は、一息入れて、一考と雅子の生い立ちから、結婚生活を経て、病気の発症までを振り返ってみることにする。先行きに、こんな大変な事態が待っていようとは思いも寄らなかった二人の歩みを改めて見つめておきたいからである。。

(1)心機一転
 一考の夢への追走は自宅の屋根上での昭和のヒット曲「王将」の口ずさみから始まったと言ってよい。
 それは、もう、五十年近い昔の話だ。大学卒業を翌春に控えた秋の夕方のことだったと思う。翌日に入社先の面接が予定されていて、そのための上京を胸に、風呂の煙突掃除をしている時の事だった。
 ガス風呂が一般化し、オール電化が進んでいる今では、そんな煙突掃除をする風景は、滅多に見ることはないが、薪を燃やして沸かしていた当時の田舎では、時々見かける風景だった。
 一考は、この「王将」の三番の歌詞が気に入っていた。「明日は東京に出て行くからは、何が何でも勝たねばならぬ」の部分である。就職を目前にした自分の気持ちの高まりを感じて共鳴していたのだろう。ともかく、その歌詞の部分は、幼い頃の思い出と同様に、相坂の記憶の中に、深く刻み込まれていた。
 就職先は当時の人気ベストスリーの一角だった大手化学繊維メーカーで、配属先も自分の希望が叶えられ、鎌倉に設立されたばかりの基礎研究所に配属された。大げさに言えば、青雲の志を抱いての鎌倉への乗り込みで、自らの実力、適性の有無は別として、気分は最高だった。
「必ずしも、儲かる研究だけに拘らない」というキャッチフレーズで大々的にオープンしたその研究所は、当時の民間企業では、他に例を見ない最新鋭の機器、設備を備え、多くの一流の研究者をスカウトし、国や大学の研究所以上のレベルを目指すという研究者達には堪えられない夢のような研究所だった。
 幸い、周りの人間関係にも恵まれ、与えられたテーマにも、先輩の温かい配慮やラッキーな面もあって、順調な成果も付いてきて、自分の社会人としてのスタートは、この上ない順調な滑り出しだった。研究発表会でのプレゼンテーションでは、工夫を凝らした話術を駆使して目立った存在となり、大学の先輩だった上司からも可愛がられていて、毎日が楽しかった。
「あの頃が、全てにおいて絶頂期の一つだったのかもしれない」
 一考は、青春真っ只中の気分の乗ったその頃を改めて思い出すのだった。
 しかし、後になって、親思いの姉の久子から、この就職が「長男ともあろうものが、家を放おり出して勝手な生活をした親不孝だ」と非難されることになろうとは考えも及ばぬことだった。(以下、明日に続く)。

タグ : 安倍総理 小沢代表 赤城農水相 朝青龍 仮病

自民、歴史的大敗

 なるほど、やっぱりね。そんな感じで開票速報を見ていた。最終的には、出口調査の結果(NTV)とほぼ同じ結果だった。今朝の各紙は、自民党の歴史的惨敗と報じている。
 インタビューに応じる沈痛な安倍総理の顔が痛々しく、その話しっぷりにも迫力は感じられなかった。それに対して、あの小沢代表が姿を見せなかったのには、何だか肩透かしを食らった気持ちで面白くなかった。
 それにしても、出口調査に答えた人達の殆どが、皆、正直に答えていることに、日本人の真面目さを思うと同時に驚きでもある。
 さて、安倍総理は嵐の中での続投となるが、もう失うものはこれ以上ない訳だから、思い切って自分の考えを明快に出して頑張って欲しい。
 余談だが、このような場合に、過去の事例として比較される宇野総理も辛い立場だ。これからは、安倍内閣と並んだ形になろうが、もっと悪い事例が生まれない限り、いつまでも、引き合いにだされると思うと、滋賀県人として、気の毒でならない。

連載(191) 難病との闘い 第七章 あれこれ対応に大わらわ(25)

 担当してくれる二人の女性が、共に、ほっそりとした華奢な体つきであることが、一考の頭には、強く印象に残った。自分達はプロだから、それなりのコツを体得していて、問題ないと話してくれたが、一考の頭の中では、自分がやっている実感から、女性で本当にマネージできるのかに不安を覚えていた。
 従って、彼女達にお願いしたとしても、入浴させている間は、自分も傍にして、必要な場合には手伝うことも必要になるのではと考えるのだった。もし、そんなことをすれば、事はスムーズに進まず、却って手間が掛かってしまうだろう。
 そんなことから、一考の決断は鈍っていた。しんどいけれど、まだ、自分でも出来る訳だから、急いで、一週間後の6月からお願いすることもないだろう。
「どうだろう。もう少し、自分で頑張ろうと思うんだけど?」翌日、一考は、自分に言い聞かせるように、雅子にボールを投げてみた。吹っ切れない自分の考えを確認するためでもあった。
「あなたに倒れてもらったら大変だし、頼んでもらっていいのよ」雅子も、やや躊躇した顔で、夫の健康を気遣った気持ちを返して来た。
「しかし、担当してくれる女性も、プロとは言え、そのまま任したまま、指をくわえている訳にも行かないような気がするんだ。ポイント、ポイントでは手伝ってやらなければならない。私の余計なおせっかいかも知れないんだが」
「そうなると、却って、ごじゃごしゃしてややこしくなるわよ。担当される方も困んじゃない?」
「そうかもしれない」
「そうかと言って、男の方にお願いする訳にはゆかないし?」
「それは、困るわ」
「そうだろう。まあ、まだ元気なんだから、もう少し、自分が続けることにするよ」
「そりゃ、私の方は有難いけど、あなたが心配なのよ」
「大丈夫、もう駄目だと思った時点でお願いすることにしよう」
 結局、そんなことで、その後も一考が頑張って入浴介護を続けている。
(第七章は終りです。明日からは第八章 二人の生い立ちから病気発症まで です)

タグ : 歴史的惨敗 小沢代表 宇野総理 安倍総理

キーワードの29

 第21回参院選挙の日だ。今朝7時過ぎに投票に行った。こんな早い時間帯に投票をしたのは初めてだ。出足はまずまずではと感じた。さあ、国民がどんな審判を下すのか結果が待たれる。
 キーワードは29だそうだ。今日29日が運命の日で、今の内閣支持率が、およそ29%での厳しい状況の中で、29の一人区の勝敗が鍵を握ると言う。
 事前の報道で自民大敗が打ち出されているが、何処まで落ち込むのか、或いは、この辺りのアナウンス効果が多少プラスに作用するのか、泣いても、笑っても、夜の8時には速報結果が出る。
 民意はマスコミの取り上げ方で大きく左右される。その意味では、事務所費用などの「政治と金」の問題がクローズアップされ過ぎのように思うし、年金問題も、過去のエラーの集積で、何も安倍内閣の責任だけではない。
 一年前までは、総理にしたい人のアンケートであれほど他を圧倒していた安倍晋三だけに、民意の変節はあまりにも急激過ぎる。
 それにしても、あの小沢一郎氏の喜ぶ顔が垂れ流しになりと思うと憂鬱だ。

連載(190) 難病との闘い 第七章 あれこれ対応に大わらわ(24)

 一考が雅子に本格的な介護をするようになったのは、2006年の4月に、雅子が左手首の骨折をした時からだ。早いもので、それから、もう一年以上が過ぎた。特に、この間の急激な悪化で、一考の介護にも、その負担の厳しさが増して来ている。着替えから始まり、朝食、洗顔、トイレ、それから、昼食、トイレ、マッサージの後の昼寝、更には、夕食、トイレ、洗顔、入浴、着替えと繋がる一連の作業は、生易しい介護ではない。特に、入浴、トイレは力仕事にもなって、大相撲にたとえれば、大一番を何回も取り直す大変さに似ている。それだけに、疲れもたまり、腰の痛さにも連動してくる。そのため、膏薬を貼ったり、コルセットをしたりして、その軽減に努める日が増えてきている。
 こうなると、今後の対応の仕方について、考えざるを得ない。いずれは、介護付き老人ホームにお世話になることは避けられないだろうが、それまでは、自分の体力が許す限り、頑張ってゆきたいと思っている。しかし、その途中のステップとして、一部の介護作業をヘルパーさんにお願いすること、いわゆるアウトソーシングを検討することにした。その第一候補に取り上げたのが、入浴の作業である。
 ケアマネージャーの深田さんに相談すると「その方がいいでしょう。旦那さんが、体を壊されるようなことになれば、どうしようもなくなりますから」と言って、直ちに、必要な段取りを考えてくれた。
 その下打ち合わせということで、その受け入れ先の介護事務所から二人の方がお見えになったのは、2007年5月の下旬のことだった。症状の確認と、手順を含めた、今の入浴の実態を見学したいとのことだった。 一考は、いつものように、トイレを済ませるところか始まり、順次、パジャマに着替えさせるまでの、今やっている入浴作業を、いつもの通り行なって見せた。立ち会った人は、頷きながら、その作業振りをしっかりとみていた。その間、試験台にされた雅子は少し恥ずかしそうに照れていた。
「よく分かりました。やはり、ご主人様お一人では、大変ですね」その立会いの女性はそう言って一考の顔を見た。
「自分の気持ちとしては、可能な限りやって上げたいのですが、体力に心配な面もありまして」一考は、素直に自分の考えを話した。
「ご主人さまのお気持ちは良く分かります。でも、もう、ご無理はされない方がいいと思います」
「確かに。それで、お願いする場合には、お二人でお見え頂けるんですか?」
「いえ、一人でずつで参ります。自分達は、プロですから、それなりのコツを弁えていますので、大丈夫です」
「なるほど。コツですか」
「そうです。それで、何時から、どの程度の頻度をお考えですか?」
「今のところ来月から、月水金の週、三日間程度を念頭に置いています。正式には、ケアマネージャーさんを通して、ご連絡します」
「分かりました。なるべく任せてください。その方がいいですよ、お返事をお待ちしています」その二人の女性は、優しくそう言って帰って行った。(以下、明日に続く)

タグ : 第21回参院選挙 安倍晋三 小沢一郎 政治と金 年金問題

来週の月曜日の朝が怖い

 今朝もNY株は208ドルの大幅な下げで、昨日の311ドル下げとあわせると、520ドル(およそ37%)という超大幅な株安となった。東証も、その影響で、昨日は419円の下げだっただけに、月曜日の寄付きがどんな数字で出て来るのか注目される。米国市場の影響に加えて、自民党の大敗が加算される(既に折込済み?)ことから、その出て来る数字には、不安が大きい。
 筆者も、インターネットでの取引を開始して丸2年になる。非常に便利であることから、その取引回数も既に230回を超えている。この間、大変な損もあったが、現時点では、それなりの成果を得ている。
 そんなことで、筆者の思惑としては、今週中に持ち株を適当に売り抜けて、大幅ダウンに備えるつもりだったが、昨日のダウンは想定外で、売り抜けが出来なかった。仕方ないことだが、暫くは、首をすくめて台風が過ぎ去るのを待つしかない。
 ところで、安倍内閣は、選挙結果を受けて、果たしてどんな対応を取るのだろうか。退陣せずに、必死に乗り切りを図ると観測されている。しかし、かなりの大幅な負けが予測されているだけに、これまた、月曜日の朝の動きは注目に値する。

連載(189) 難病との闘い 第七章 あれこれ対応に大わらわ(23)

 その日、高坂さんが帰った後、直ぐに近くのベビー用品のスーパーに行った。そこで確かにその機器は売っていた。喜び勇んで帰って来て、直ぐに試してみると、何と、それは最高だった。雅子が部屋でしゃべる音声を全て拾ってくれる。一考の部屋から全てが聞き取れるのだ。雅子の部屋のテレビの音声もかなりの精度で聞き取れる。同じチャンネルなら一考の部屋のテレビの音声を切っておいても大丈夫といった具合だった。捜し求めていたものが、こんな具合に見つかるとは思ってもいなかっただけに嬉しい。やはり、広く、いろんな人たちの話を聞くことの大切さを思った。一考は久し振りに、喉に刺さった棘が取れ多ような気分だった。
 ところがである。肝心のショートステイに関しては、思わぬアクシデントが起きていた。いよいよ、その日が数日後に迫って来ていた日の夕方、雅子を風呂に入れた後、着替えさせていたときに、足の付け根に大きな出来物ができているのを見つけた。腫れていて、見た目には凄く痛そうだった。
 このままではショートステイに預けるには心配だった。医者に見せるべきかどうか迷ったが、取り敢えずは、手元にあった消毒薬と塗り薬で応急処置を施して様子を見ることにした。
 翌日、出来物をチェックすると、依然として大きく腫れていて痛そうだった。前日と同じ処置で引き続き様子を観察した。
 その効果があったのか、幸いなことに、ショートステイの前日になって、出来物は治り始めているようだった。しかし、まだ依然として腫れが少し残っている。大分、治ってきているだけに、ショートステイに出して、ぶり返してはいけないとの判断で、急遽、今回のは中止することにした。一度、予習という意味で、体験しておきたいと考えていただけにが、残念だったが、次のチャンスまで待つことにした。
 今の雅子の考えは、将来は、そのような介護つきの病院で過ごしたいと希望している。一考の体力にも限界があるだろうし、これ以上一考に迷惑を掛けたくないというのが本心のようだ。
 実のところ、この近くの沿線に、その種の介護付き有料老人ホームが目下建築中で、近々販売に入るという情報を得ている。一考は、なるべくなら、自分が頑張って介護を続けたいと思ってはいるが、自分の体力の限界のことも考えねばならず、今、それに申し込むべきかどうかを思案中なのだ。(以下、明日に続く)

タグ : 安倍内閣 ショートステイ 超大幅株安

地すべり

 静岡県伊豆市の国道136号線で地すべりが起きて陥没が続いている。23日午前8時ごろ、通りかかった車の運転手が「道路がへこんでいる」と市に連絡して発見された。今月14〜15日の台風4号による大雨で地盤がゆるんだことに起因しているらしい。地すべりに散る陥没は今も進んでいて、1時間に4センチほどの速度で進んでいるるようで、陥没の高さも4メートルにも及んでいる。地元での不安は増していて、テレビでの画面を見ていると、結構迫力ある映像だ。何か、大きな災害の前ぶれではないかとの懸念さえ感じられる。
 それよりも大きな地すべりが政界でも進んでいるようだ。このところ、毎日発表される選挙予測では、自民大敗の数字が、ほとんど全紙で報道されている。泣いても笑っても、29日の8時過ぎにはその結果が判明するのだが、こっちの地すべりの方も大いに心配だ。さあ、自民党はどうする!!
 
連載(188) 難病との闘い 第七章 あれこれ対応に大わらわ(22)

 長く捜し求めていたものが、思いも寄らない形で見つかることがある。こんなところにあったのかと、大声を出して喜びたい気分になる。一考の場合も、少し大げさだが、二人の連絡用の手段について、あれほど、懸命になって探していたのだが、適切なものが見出せなかった。介護製品を扱っている専門業者の方にも幾度も確認して、各種のボタン式のブザータイプを試したが、雅子の指が思うに任せなくて使いきれず、笛や防犯ベルまでも検討した。それでも、適切なものが見つからないまま、、結局は大き目のボタンのついた無線ブザーで、雅子の指の必死の努力に頼って、辛うじて、何とかやりくりして凌いでいる。しかし、それも、このところの指の動きの更なる悪化で、かなり難しくなって来ていただけに、この高坂さんの情報は、一考には、まさしく、タイミングをも含めて絶好の救いの「渡りに船」であった。
「そうです。小さな話し声も充分に聞き取れます。でも、それは、何も特別な設備といった大げな物ではありませんよ」一考の意気込みとは対照的に、高坂さんは落ち着いた口調で語りかけた。
「ということは、それは、誰にでも手に入るものなんですね?」
「そうですよ。各家庭でも、赤ちゃんなんかを寝かせた時に、その寝室にセットしておいて、他の部屋で離れて仕事する場合なんかに使っておられなすよ。コンセントに差し込むだけの代物ですから」
「そんな便利なものがあったのですか。どこで手に入れられますか?」
「あかちゃん用品の売り場で扱っているはずです」
「赤ちゃん用品売り場ですか。それは盲点でした。直ぐにでも行ってみます。貴重な情報を有難う御座いました」一考は、まさに溜飲が降りたような気分になっていた。
「それで、お話を本題に戻しますが、その日の朝、10時にお迎えに上がります。その時に、この契約書にサイン捺印してお渡し下さい。また、持参されるもののリストをこの表に纏めておいてください」そう言いながら、高坂さんは資料を手渡してくれた。
「承知しました。要するに、直ぐに出掛けられる準備をしておけばいいのですね」
「そうですね。宜しくお願いします」高坂さんは歯切れよくそう言って、改めて一考の顔を見た。折からの西日で、それは明るく輝いていて、嬉しそうだった(以下、明日に続く)

タグ : 地すべり 国道136号線 伊豆市

力戦奮闘

 琴三喜がやっと大関昇進を果たした。31歳の遅咲きだが、5年8ヶ月ぶりの日本人大関の誕生は嬉しい。本人の口上通り「力戦奮闘」で次の横綱を狙って欲しい。国技であるだけに、日本人力士の台頭を期待するものである。
 このところ「力戦奮闘」は、いろんな世界で展開されている。昨夜のアジア杯サッカーの準決勝での日本チームの力戦奮闘振りは見ごたえがあったが、残念ながら勝てなかった。逆に、レッドソックスの松坂投手やヤンキースの松井選手、それに阪神は、力戦奮闘の甲斐あって、見事な勝利を収めている。
 一方、安倍内閣は、力戦奮闘はしているが旗色は極めて悪い。来週の株の動きが気になる。先週、力戦奮闘した宮里藍選手は、今夜から、エイビアンマスターズに出場する。まだ、疲れが残っているだろうが、どんな戦いをするか、アンチ宮里ファンもその力戦奮闘振りに注目している。
 そういえば、筆者自身も、毎日の介護に力戦奮闘中である。

連載(187) 難病との闘い 第七章 あれこれ対応に大わらわ(21)

(11)介護サービス
 介護サービスの一つに、ショートステイというサービスがある。これは、介護者に用事が出来て、ある期間、家を離れなければならず、介護が出来なくなった場合に。期間限定で介護設備の整った施設に預かってもらうサービスだ。最大、30日が可能だという。但し、ホテルの予約と同じように、事前に空いた施設を予約して、部屋を確保しておかねばならない。そのためには、少なくとも一ヶ月前には予約を完了しておく必要がある。その場合、医者の診断書をもらって、一年間有効な事前の一般の許可書を得ておくことが必要だ。
 具体的には、一般申請で得た許可に加えて、具体的な日程に合わせた施設の予約の二つの事前申請が必要で、思いつきで「明日、お願いする」という訳にはいかない。それでも、東京などの遠出が可能になるので、活用の価値はある。
 一考は、その施設で、どんな具合に介護してもらえるのかを体験してみるのもいいのではと考えて、雅子に相談して、予行演習的に一度お世話になろうと正式に申し込んだ。幸い、近くにある施設に空いている部屋を予約出来た。2007年5月初めのことである。
 暫くして、係りの方が前打ち合わせに訪ねて来られた。予約日の二週間ほど前のことである。彼らにしても、対象者の症状がどんな具合かを確認して置く必要があるからだ。
「なるほど。健康状態にはご心配はないようですが、自分では全く動けないのが大変ですね。でも、そういう方も多いんですよ」チーフの高坂さんが、雅子の症状を確認しながら労った。まだ、四十代前半のご婦人で、この道にかなり経験を積んでおられるようで、それなりに頼もしく見える。
「本人は、結構、頑張っているんですが、何しろ、動けない上に、リモコンや電源のスイッチをうまく押せないもにですから、二人が離れている場合に、タイムリーな連絡が取り辛くて困っています。そちらでは、その辺り、どんな具合になっているのですか?」一考が困っている問題について、対応の仕方を訊ねた。
「各フロアでは、全室が見渡せる位置に責任者が詰めている管理室がありますので、心配はありません。ジェスチャーでも通じます。それに、必要な部屋には、音声がモニターできる機器を設置しています」高坂さんは、現在の施設の対応状況を分かり易く話してくれた。
「音声がモニターできるのですか? それは便利な設備ですね」一考は、思わず声を張り上げ、やや興奮した面持ちで高坂さんの顔に鋭い視線を送った。予期外の一考の反応に、高坂さんもびっくりして、一考の顔を見返した。(以下、明日に続く)

タグ : 琴三喜 力戦奮闘 アジア杯サッカー 松坂投手 松井選手 安倍内閣 宮里藍 エイビアンマスターズ

安全神話に赤信号?

 柏崎刈羽原発で、意外な真実が徐々に明るみに出てきている。その一つが、何と、原発内での原子炉のクレーンが破損している事実だ。専門家のコメントでは、Bクラス(一般の耐震性の1.5倍)で設計されている設備であり、そういうことは有り得るという。そうなると、Bクラスに設定したこと自体に甘さがあったことになるのではないか。
 その他にも、使用済み核燃料プールの水が溢れ出ている映像が公開されている。放射能の汚染の拡散が懸念される。また、もっと深刻に考えれば、まだ、その内部を全部確認した訳でないから、想定外の大変なことが起きているのではという不安もある。IAEAのメンバーも来日するらしい、その安全性に世界の目が注がれることになる。
 そういうことになると、本当に「原発は大丈夫なのだ」という安全神話に赤ランプが点ったことになる。筆者の住まいも敦賀原発から、およそ80Kmという近さにあるだけに、他人事ではない。
 さて、急に大衆的な話題に変わるが、安全性に赤信号といえば、巨人、中日も、もはや安閑とはしておれない状況になって来ている。横浜、阪神を含めたセ・リーグのAクラス争いは、当面、目が離せない。阪神ファンには、昨年のあの驚異的な追い上げが思い出される。

連載(186) 難病との闘い 第七章 あれこれ対応に大わらわ(20)

(10)姿勢矯正
 雅子の症状は、その後も悪化が続いていた。姿勢が俯き加減になり、首が右の前の方に大きく曲がり始めた。2007年に入って間もなくの頃からである。首が重いという訳ではないようだが、左右への回転が凄く制約されるようになり、自分の視界が極めて狭くなり始めた。要するに、借金がある訳でもないのに、首が自由に回らなくなったのである。テレビを見るのも、俯き加減の姿勢で、下から見上げるような変な姿勢になり、見た目にも良くないし、本人も苦しそうだ。どうやら、病気の進展がこんな形で現れてきているようで、一考はこれから先への不安を覚えるのだった。
 心配した一考は、何とか矯正をしなければと思い、ずっと続けているマッサージを受ける際に、重点的にその対応をお願いしている。しかし、結果的には、思うような成果には結びついていない。他に何か適切な喬正法がないものかと思案したが思いつかなかった。
 そのうちに、少し強引であったが、ベルトのような物で、少し引っ張ってみたらどうかと思いついた。何か、適当なベルトがないかと、スーパーやDIYで探したが見つからない。思いついたのが旅行鞄のベルトで、椅子の背もたれにそれを結びつけて、テスト的に頭を少し引っ張り上げてみたのである。形としては悪くない。雅子も自分のための工夫だということで協力してくれた。最近では、リハビリということで、朝食の後に、後片付けをしている間に、繰り返しやってみて、その効果を見ている。
 この矯正を始めて間もなくの頃だったが、矯正をしたまま、うっかりそのことを忘れて、庭の草引きに夢中になっていた。気がついて、戻って来て見ると、ベルトが首に掛かったまま外れずに、雅子がもがいて泣いていた。実質的には何の問題もなかったが、一人ぽっちに置いてきぼりにされて、心もとなかったのだろう。「悪かったね」と一考は素直に謝ったが、雅子は暫くは不機嫌だった。
 そのことを、2月に山科の姉の家で姉妹が集まったときに、場を盛り上げるために一つのエピソードとして紹介したのだが、姉の霧子さんから、「それはかわいそうだわ。これからは気をつけてあげてね」とやわらかくではあったが、姉としての庇いの忠告を頂戴した。
 しかし、その後、5月の定期診断時に春日先生に話すと、「いいじゃないですか。リハビリになるかもしれませんね」とのコメントであった。医学的に間違ったことではなく、リハビリの一環として続けることにして、今でも時々やっている。しかし、残念ながら、肝心の効果はあまり見られていない。(以下、明日に続く)

タグ : 柏崎刈羽原発 原発の安全神話

神の手

 先週末に行なわれたサッカーのアジアカップ杯で、日本が宿敵オーストラリアをペナルティキック戦の末に4−3で下して勝った。中継を見ていて久し振りに興奮した瞬間だった。
 圧巻は、ゴールキーパーの川口能活選手の神がかり的なセーブだった。瞬間的な見事な反射運動の連続で、相手のゴールを二つも阻止したのは、まさに神の手とでもいえそうだ。
 神の手といえば、アルゼンチンのディエゴ・マタドーナが有名だが、川口選手の場合は「神のはじき出し」と云うべき神秘的な技だった。それは、「お見事」の一語では表せない、神様のような凛とした存在に見えた。
 さて、参院選もはや終盤、各メディアが報じる各地の選挙情勢は、与党にとっては目を覆いたくなる惨状だ。あの小沢党首の喜ぶ顔は見たくないが、今のところ、それを阻む手段は、神の手ならず神の風の奇跡的な登場以外にはなさそうだ。29日の結果が注目される。

連載(185) 難病との闘い 第七章 あれこれ対応に大わらわ(19)

 大東医師の症状説明に不安を抱いていた一考は、夜になって落ち着くと、早速インターネットで不整脈の資料を検索してみた。そして、その内容に目を通していて、少し安堵感を覚え、愁眉を開く思いになっていた。
 不整脈には「怖い不整脈と怖くない不整脈」があると紹介していた。「何もしていないのに、ふうっとする」とか「急に意識がなくなる」「身体を動かしていないのに息切れする」或いは「突然始まる動悸」などは怖い不整脈と説明してあったが、これらの症状は、一考には該当していない。一考の認識では、急にそうなったわけではない。今までもそうだったはずで、それでも不自由なく生きてきている。特に、この四年間で4000Kmも歩いたという実績がある。そんなことを思いながら、自分は大丈夫だと自らに言い聞かせるのだった。
 二週間後の12月7日に、予告をもらっていた通り心電図の24時間チェックの携帯機器を取り付けて検査が行なわれた。特に、どうと云うこともなく、普段通りの活動に終始した。翌日の8日には、その機器を外し返却した。また、その際に改に採血し検査に出した。さらさら度がどの程度になっているかの確認である。
 翌日、医者から、心電図の連続記録の解析結果、生活との関連性がはっきりしないとの報告があり、暫く、このまま様子を見て、不整脈の治療を行なうとの方針が明らかにされた。その治療は、お薬によるもので、二通りの薬があるという。それを、順次服用することでの治療のようだ。そして、この二種類で治らない場合は、打つ手はなく、不整脈と仲良くする生活をしてゆかねばならないという。一方、血液のさらさら化については、効き目が弱いので、現在の2錠から3錠に増やすことになった。その後も、さらさら化の調製が続けられ、結局、ワーファリン3.5錠での調製が確定した。
 そして、いよいよ薬剤による不整脈の治療が行なわれることになったが、タイミングを考えて、年が明けてからの実行されることになり、心配を持ち越したまま、激動の2006年を終えることになった。
 新年に入って直ぐに治療が始まった。それ用の薬剤を服用し、心電図で様子をチェックするといった単純な治療だった。二種類の薬剤について順次服用して心電図が確認されたが、この種のお薬では、直らないと言うことが確認されたのである。これ以上は、打つ手はないということで、今後、一生、この不整脈を仲良く付き合うこととなった。
 かくして、血液のさらさら化を保持しながら、定期的に、異常の有無を確認するルーティン検査を永遠に続けて行くこととなった。それは、何とも言えない気の重い判決を受けた気分だった。
 毎朝、そのさらさら化のお薬を飲んでいると、それが自分の命の根源であるような錯覚に陥るのである。生命のか弱さを覚える今日この頃だ。(以下、明日に続く)

タグ : 神の手 マドラーナ 川口能活 ワーファリン 小沢一郎

宮里藍、惜しくも優勝を逃す

 宮里藍ファンには、やきもきした3時間半だったろう。世界女子マッチプレーで、彼女は、惜しくもあと一歩及ばず、涙を飲んだ。優勝した韓国の李宣和選手とは昨年新人王を争った仲だと云う。
 しかし、負けたとは云え、それまでの予選、5試合は、いずれも、堂々の勝ちっぷりで、64名から最後の二人に勝ち残ったのはさすがである。このまま突っ走って、初優勝を物にするのではと思っていた。
 しかし、最後の決勝は少し様子が違っていた。珍しく、宮里選手が出足で躓いたのである。疲れもあったろうが、やはり、初優勝を意識してのプレッシャーがあったのかもしれない。試合は、それまでと違って、終始追う立場となり、2ダウンから1ダウンを行ったり来たりの展開で、手に汗握る大接戦となった。勝負のついた最後の17番では、二人が共にバーディで分ける形となって決着がついた。ドラマティックな瞬間だった。
 アンチ宮里ファンである筆者も、決勝が始まった朝3時頃からインターネットのスコアー速報を追いかけていて、その接戦に手に汗していた。日本テレビが、一部生中継を取り入れていが、接戦だっただけに、最後まで、しっかりと生で放映して欲しかった。
 試合後のインタビューで、初めて彼女の涙を見た。この瞬間、この悔し涙が、彼女を人間的にも一層大きく成長させるのだろうと思った。そうなった時、筆者の気持ちから「アンチ」が取れて、真のファンに変わることになるかもしれないと思っている。
 さて、昨日の筆者のブログの内容に対し「人間的に未熟だ」との手厳しい指摘を頂戴した。見知らぬ方から、コメントを頂戴できるのは望外の喜びであり、大歓迎である。自分の未熟さは、ご指摘通りで、なるべく、人様にご迷惑を掛けないように、毎日研鑽を積み続けているのだが、恐らく、死ぬまでその未熟さは解消されないままで終わるものと覚悟している。
 ただ、スポーツ、芸能に限らず、どんな世界にも、ファン、アンチファンは常に存在していて、そのことがその世界の活性化に繋がっていることは確かである。

連載(184) 難病との闘い 第七章 あれこれ対応に大わらわ(18)

 まだ四十代前半の、物をはきはきいうぴちぴちした、二代目の若い先生だった。直ちに、レントゲン、心電図、血液検査が行なわれた。気になったのは、心電図に異常ありと云うことで、撮り直しが行なわれたことである。
 大東医師はその心電図を見ながら、淡々とした口調で、いきなりびっくりするような言い方で切り出した。
「あなたの今の状況を分かり易く言うと、あの野球の長島茂雄監督が脳梗塞になる前の状況と同じですよ。何時どうなってもおかしくない状況です」
「はあ、………。」突然、頭を殴られたような気分だった。医師の厳しい言葉が、他人事のように一考の耳に響いていた。衝撃的な不安が頭の中を駆け抜けたが、不思議と実感が伴っていない。
「とりあえず、脳梗塞を避けるもは、血液をさらさらにしておくことです。当面は、そのお薬を差し上げますので、それを服用して下さい。ワーファリンと言う薬ですが、これは人によって効き方に違いがありますので、当面は、そのさらさら度合いをチェックしながら、量を調節していきます」はきはきしているというのが妥当かどうかは別として、大東医師はなかなかの口達者である。
「併行して行なう血液検査や、各種の精密な検査の結果を待って、今後どう対応するか、相談して治療に当たって行きます。近いうちに、24時間連続の心電図を撮ります。これは、小型の機器を使うのですが、今、ちょうど使用中ですので、再来週にでも行なえると思います。含んで置いて下さい」一考は、厄介なことになって来たと思いながら、取り敢えずは、黙って頷いていた。
 初めての診断で、しっかりと脅かされた一考は、帰りの車のハンドルを握りながら、あれやこれやと思い悩んでいた。
 不整脈は以前からあって、長い間付き合って来ている。それを、急に大騒ぎされるのは心外だが、医者が言うからには、耳を傾けない訳にはいかない。ともかくは精密検査の結果を待って医者のいうことを聞くしかないだろう。差し当たっては、再来週の連続心電図の結果を待とう。
 しかし、もし、今の二階での生活で、突然、脳梗塞に見舞われたら、どうすればいいのだろう。雅子は立てなくて外へも出られないし、一人では電話も出来ない。そんなことを考えているとどうしようもない不安が襲ってくる。しかし、この段階で、姉の久子には、打ち明ける訳には行かない。彼女も、母親の介護でぎりぎりの対応をしているし、事が大げさになる。ともかくは、結果が出るまでは、誰にも言わずに様子を見ようと一考は自分に言い聞かせいていた。(以下、明日に続く)

タグ : 宮里藍 世界女子マッチプレー 李宣和 長島茂雄

含羞(がんしゅう)

 アンチ宮里藍である筆者は、今朝はやや重苦しい気分に苛まれている。国賊と呼ばれるかも知れないが、彼女が今週行なわれている女子世界マッチプレーで、今朝の準々決勝に1Upで勝ち、ベスト4に勝ち残ったからである。明日行なわれる準決勝、決勝の二つに勝つと、米国女子プロツアーでの初優勝となる。アンチ宮里藍としては、これだけは許したくないからだ。もし、彼女が優勝すれば、明日からのマスコミは競ってあの傲慢な宮里のインタビューを垂れ流すことが必至で、それを思うだけで気分が悪い。
 もう、二十年以上も前のことで、筆者は営業を担当していた頃の話だが、取引先の繁和産業におられた今は亡き大先輩の島田平太郎常務さんから「相坂さん、最近の日本女性には含羞を秘めている人が少なくなったね」と問い掛けられたことがあった。「含羞」という意味が直ぐには分からず、答えに戸惑ったことを覚えている。後で、辞書を調べて意味が分かったが、自分もその通りだと思ったことを記憶している。(広辞苑で「含羞は、はにかみ、はじらい」とある)
 宮里藍選手の、あの強気、明るさは素晴らしいものだと思う一方で、大先輩の島田常務がおっしゃった「含羞のなさ」の典型だと思った時点から筆者はアンチ宮里藍になった。
 宮里藍ファンからは激怒されることを承知で、今朝はこのブログを書いている。いずれにしても、日本時間の今夜から明日に掛けてのインターネット速報からは目が離せない。
 なお、今人気の「はにかみ王子」の石川遼選手はマスコミに取り上げられ過ぎだが、筆者の抱いている「含羞」とは、かなりの「ずれ」があることを付記しておきたい。

連載(183) 難病との闘い 第七章 あれこれ対応に大わらわ(17)

(9)不整脈
 一考は、会社時代にも、いわゆる健康診断といったものをあまり受けたことはなかった。時々、そのことで注意を受けたが、気にすることもなく過ごしてきていた、それが、雅子を岩森病院に連れて行った折に、何気なく、「生活習慣病の検査を受けられましたか?」という先生の問い掛けに「いや、受けていませんが?」と答えたのが切っ掛けで、珍しく、その検査を受けることになったのだった。一考には、全くの気まぐれから生まれた受診だった。
「基本的には異常がありません。話題の大腸癌の検査も陰性でした」検査結果を聞きに訪れた診察室での岩森副院長の報告だった。
「そうですか。それで安心しました。何しろ、この種の検査は受けたのは久し振りのことでしたので、心配していました」一考は、ほっとした気持ちで、その心境を吐露した。
「ただ、一つ、気掛かりなことがあります」岩森女医は、一考の言葉に水を差すように言葉を挟んだ。
「気掛かりなこと?」一瞬、一考は戸惑って、同じ言葉を繰り返した。
「心電図に若干乱れがあるのです。不整脈のようです」
「不整脈ですか。なるほど。これは、昔からなんですよ。今はなくなりましたが、以前は、急に胸が苦しくなって、暫く、横になってやすんで痛みがなくなるのを待っていたことが幾たびかありました。それが、不整脈によるものではと思っています。これは、私には、いわゆる、持病なんです」
「専門の先生に診てもらったことはないのですか?」
「ええ、面倒だったものですから」
「それはいけませんね。この検査を切っ掛けに、一度、診てもらってください。然るべき先生をご紹介しますから」
「分かりました。そうさせて頂きます」珍しく、一考は殊勝にそう言って頷いた。そこには、雅子の介護をしていく上で、自分の健康をしっかりと確認しておく必要性を思っての対応だった。
 その翌朝早く、一考は、岩森医師から紹介された市内の大東医院を訪ねた。(以下、明日に続く) 

タグ : 宮里藍 石川遼

一人一回、9人で完封

 プロ野球オールスターゲームが始まったのが1951年というから、今年で56年目になる。昨日行なわれた今年の第一戦はセ・リーグが実力のパ・リーグを圧倒し、3本のホームランで4−0と快勝した。
 実に面白かったのは、セ・リーグの投手起用法で、9人のピッチャーが全員一回ずつ投げ切るというアイディアを実行したことだった。恐らく、プロ野球が始まって以来の初めての試みだったと思う。これによって9人のピッチャーが競い合う形で全力を出し切ったことが勝利に結びついたとも言える。凄くシンプルな起用法だが、今までの野球の歴史になかったことで、落合監督の新しい歴史つくりは面目躍如といったところである。まさに夢の野球と言える。お祭り気分を盛り上げながらの斬新な演出を多としたい。
 ところで、若し、一チームに10人以上の力のあるピッチャーを揃えることが出来れば、普段のペナントレースでも、このような野球も出来ないことはない。現に、阪神は既にJFKで3回分は確立している。あと6人ないし7人揃えば実現可能なのだが……。

連載(182) 難病との闘い 第七章 あれこれ対応に大わらわ(16)

 折角出版したのだから、少しでも多く売れてくれるに越したことは無い。昔の会社の仲間の皆さん、友人の皆さんなどの力強いサポートは、その意味では心強かった。また、年賀状でPRさせてもらったことで、それなりの期待は叶えられた。しかし、悲しいかな、無名の新人が書いたものを、一般の第三者が買ってくれるという展開にはなっていない。それでも、そこのところを、何とかならないものかと、一考なりにいろいろと試行錯誤を重ねるのだった。
 まず、思いついたのはインターネットを利用することだった。その手始めとして、始めていたブログに何回かPRを兼ねて書き込みをした。また、以前から女子プロゴルファーの不動祐里プロのファンであったことから、その会員のホームページを活用させてもらって「もう一度、賞金王を取り返すために執念を燃やして欲しい」との書き込みをしながら、この本のPRを行なった。しかし、残念ながら、その効果はなかったようである。
 その一方で、元勤めていた会社の社内報や、OB会報にPRをさせてもらった。いずれも、筆者の近況を報告する形の投稿原稿として掲載いただいた。どの程度、販売に結びついたかは不明であるが、快くその要請を受けて頂いた社内報担当の部長や関係者のサポートにも大いに感謝している。
 出来る限りのことをしたつもりだが、そのような自分の近くの人間関係だけに頼るだけでは、数は知れている。何らかの理由でメディアが取り上げてくれない限り、無名の新人作家の本が売れる訳がない。自分が本を買う場合のことを考えれば、明白だ。
 そういうことで、この本がそれほど売れるとは初めから期待はしていなかった。ただ、物語の中に、E国の誘拐事件絡みを取り入れたことで、そのことが、若しかして、何らかの切っ掛けとなり、意外な関心を生むことがあるのかもしれないと密かに思っていたことはある。
 それというのも、発売に先立って本をお送りしたある方から、このE国の事件で取材対象になるのではとの心配を頂戴していたからである。「高が、推理小説のことで、そんなことはあり得ない」と返答はしていたものの、そうなれば、ある意味では本望で、迷惑を掛ける人も出てくるだろうが、ブレークする可能性もあるのではとの密かな期待も無くはなかった。しかし、その一方で、そのことで裁判沙汰にでもなれば、一大事だとの不安も内在していて、心境は複雑だった。結果的には、勝手な考え過ぎで、全てが杞憂に終わり、物足りなさを感じている今日この頃である。
 ところで、全体として、果たして、何冊ぐらい売れたのか、一考自身も興味があるところだが、今のところ、出版社からは、はっきりした報告はもらっていない。800部を印刷し、5月初め時点で、文芸社の東京在庫が208冊だとの報告はもらっている。しかし、360書店に配布されたもので、売れずに返品されるのが、恐らく300冊ぐらいあると見るのが妥当だろう。そうだとすれば、250から300冊程度が売れたということになるのではないか。いずれにしても、その程度のことなのだろう。しかし、一考としては、負け惜しみではなく、一冊の本を出版したことに大きな意味を持っているのだ、
 毎日のジャスコでの買い物時に、時々旭屋書店に顔を出すが、現在も、「執念」4冊を横積みしてくれている。しかし、潜在購買力も底をついているはずで、もはや、売れる気配はない。(以下、明日に続く)

タグ : 落合監督 JFK オールスターゲーム

嘘か真か

 「聞いちゃったんですよ」で話題となった村上ファンド前代表の村上世彰被告に東京地裁は実刑判決を下した。すっきりとした爽快感さえ感じる裁定だ。村上被告は、一旦認めた内容を否定して闘ってきたのだが、それを嘘だと断じたのである。そして「聞いちゃった」のではなく「そう言わしめた」という、明快な判断だった。
 一方、段ボール入り肉まんの話は、「やらせ」だったという報道に対して、それが「嘘」で「捏造」だとする見方も出て来ていて、実にややこしい。真実は一つだが、この世の中では、嘘か真かが、はっきりしないことが多いのは遺憾である。
 今朝のNY株は終値で史上初めて14000ドル台を突破した。これは紛れもない「真」で、先行きを注目している。

連載(181) 難病との闘い 第七章 あれころ対応に大わらわ(15)

 話は少し遡るが、この本が販売されるに際して、お世話になった何人かの方々がいる。その一例が、筆者が元勤務していた会社の方々だ。5年間大阪営業部(現、大阪支店)にいて、その内何年かは責任者をしていたことから、多少の人間関係が残っていたのだが、その中で、当時、仕事のアシストを務めてくれた、よく気のつく秘書の方の配慮には、大いに感謝している。また、退職後に同支店を訪ねた際に、偶然に夜の懇親の場で、面識を得た若手のきれいなお嬢さんにも望外の力強い応援を得た。二人の細かい心遣いによる心強いサポートは、筆者には有難い心の応援団だった。
 著者に本が届いて半月後の12月の後半には、文芸社から、販促用のビラが届いた。特に配るようなところもなかったので、このお二人にお願いして、何枚かを配ってもらった。圧巻は、同支店の年末のパーティで集まった多くの方に、直接にPRして頂いたことだった。筆者にとっては、この上ない嬉しい話で、大いに感謝した次第である。
 さて、一月の後半になって、改めて、ジャスコ西大津店内の旭屋書店を覗いて見ると、新たに入荷した「執念」がしっかりと横積みで置かれていた。一考は、もう買うべき人たちは買ってしまっているので、これ以上の販売は難しいと思い、押し付けがましいと躊躇したが、思い切って近所の方々に、自分で書いたメモを配ってPRさせてもらう事にした。地元の書店に在庫が残って返品されることを避けたいと思ったからである。その結果、有難いことに、何人かの方に購入を頂いたのだった。「読みましたよ」と、美人の奥様から挨拶されたときの喜びは一入で、本当に感謝で一杯だった。
 その後、話は思いも寄らない方向に進んだ。そのメモを見たある方が、機転を利かせてくれて、町内に回覧をしてもらってはどうかと、会長さんに提案して頂だいたのである。これは望外の喜びだった。更に、一考を喜ばせたのは、会長さんの粋な計らいで、即、町内回覧を実施してくれたのである。2月半ばのことだった。
 これで、もう少し買って頂けるのではと思い、一考は、改めて旭屋書店を訪ねて在庫状況を確認したのだが、少し残っていた在庫がなくなっていたのである。そこで、急遽、店長さんに面会し、自らを自己紹介しながら、町内回覧をしてもらったことを話し、もう少し入荷をして貰うように頼んだのである。
 ところが、皮肉なもので、文芸社の在庫の棚卸し時期に当たっていたようで、入庫が3月の中頃まで出来ないという。タイミングの悪さにいらいらしたが、どうしようもなかった。案の定、会長さんからは在庫がないようですね、との電話もあって、折角の好機を逸する形になった。事は思うようにはいかないものだと言うことを痛感した。
 一方、現役時代にお世話になったある商社の社長さんが、懸命になってバックアップして頂いたのには頭が下がった。神戸市にある自分の知り合いの店長さんに頼んで頂き、店頭に横積みして頂く一方で、別のパイプを通じて「化学工業日報」にこの本の紹介を取り上げて頂いた。同氏には過分のバックアップを頂戴し、これまた感謝、感謝の連続だった。(以下、明日に続く)

タグ : 村上世彰 村上ファンド 段ボール入り肉まん

今一つ狙いが不明

 今朝の報道によると、中国のあの「段ボール入り肉まん」はやらせだったと言う。中国当局もそれを認めているらしい。一体、何のためのやらせだったのか、今のところその狙いが解せない。中国三千年の特異のわざなのか。
 一方、日本全国で起きたあの一万円ばら撒き事件も、その狙いが今一つで理解に苦しむ。単なる売名行為ではないようだし、金余りの人間の大胆な道楽としか解釈できない。
 六カ国協議での北朝鮮の今回の姿勢は、予期以上の前向きだ。年内に、核設備の核無力化を示唆しているという。見返り要求は必至だろう。米国との関係改善と日本の孤立化を狙ったものとの見方だが、その態度の急変には不気味ささえ感じられる。そういう意味では本当の狙いは不鮮明というべきだろう。いつもの狼少年かもしれないし、心してフォローする要がある。
 もう一つ、赤城農水相の滑稽な絆創膏の背景も、例によって説明がなくて不明である。何らかの狙いがあるとは思われないが、はっきりさせないところに意味があるのかも知れない。
 世の中、毎日、毎日、面白いことが沢山あって、飽きさせてくれないので、何とか楽しく介護に精を出せている。

連載(180) 難病との闘い 第七章 あれこれ対応に大わらわ(14)

 新年になって、一考の渾身の作品「執念」が、いよいよ販売開始された。全国には書店と称する店は2万店ほどあるという。その中で、この本を置いてくれる書店、360店のリストを、文芸社から事前に連絡を受けていた。その中には、著者の希望する次の2店も含まれていた。一店が地元の西大津駅近くのジャスコ西大津店内にある旭屋書店で、もう一つが、大阪駅近くの、かつての勤務先だった会社が入っているビル近くの阪急三番街の紀伊国屋書店である。地元の西大津書店では、既に、本がしっかりと置かれているのを年末に確認できていたが、大阪の紀伊国屋書店の動きがどうなっているかが、気掛かりだった。
 西大津の旭屋書店の方は、幸い、姉妹や親戚の者が、何冊か買ってくれたことで、書店に対しては取り敢えずの面目を保った形になっていたし、雅子の友人達も買い求めてくれたことで、在庫が無くなり、直ぐに追加取り寄せをして補充してくれた。
 姉の久子も、この件では結構力を入れてくれて、自分の住んでいる近くの本屋に纏まった注文を入れて、店頭に置いてもらうと同時に、同じマンションに住む知り合いにも声を掛けてくれて、PRに努めてくれた。
 毎日新聞に新聞広告が出た中旬以降は、自らも時間を作って、本を置いてくれている幾つかの書店をラウンドすることにした。どのような場所に置かれているかなどを確かめるためだった。
 大津市内には、西武デパート内とパルコ内の紀伊国屋書店が、文芸社からのリストに組み込まれていたので、買い物のついでに立ち寄った。1月半ばのことである。パルコ内の紀伊国屋では、推理小説の書棚の隅に置かれているのを見つけたが、目立ち難い場所だったので、そ知らぬ顔でそっと抜き出し、厚かましくも、目のつき易い中央の位置に変えておいた。一方の西武デパート内の紀伊国屋では、幾ら探しても本が見つからなかったので、店員に「執念」の存在を確認してみた。コンピューターでその存在場所を確認した店員が「ありますよ」といって、その場所に案内してくれて、自らそれを取り出して手渡してくれた。あったことにほっとしたものの、手渡されると、どうしたものかと戸惑い「困ったな」と思ったが、仕方なく、自らが一冊買うことにした。購入後に、改めて、本が置かれていた書棚の位置を確認すると、なんと、教育関係の書籍が置かれている書棚だった。それでは見つからないと思ったが、黙ってその店を出た。後日、改めてその棚に行ってみると、新たな「執念」が同じ位置に置かれていた。どうするかと迷ったが、どうすることも出来ず。そのまま、その書店を後にした。後日談になるが、半年後にその二つの書店を訪ねてみると、いずれも「執念」はなくなっていた。撤去されたのか、売れたのかは定かではない。
 京都市内には一店しか置かれていないのが寂しかった。三条烏丸から河原町方向に少しは行ったコンビニについている本屋で、確かに一冊が置かれていた。数日後、京都市内に住む雅子の友人が電話を掛けて来て、どこで手に入るかと聞かれたので、その店を紹介したが、その後のその「執念」の消息は確認していない。(以下、明日に続く)

タグ : 六カ国協議 段ボール入り肉まん 赤城農水相 執念

のぞみ

 新幹線の「のぞみ」の名付け親が、阿川佐和子さんだと知った。昨日のフジテレビ「笑っていいとも」で、ゲスト出演の彼女がその顛末話してくれた。
 JR東海から命名の選考委員に選ばれた彼女が、出席したその会の終り間際になって、最終的に残った有力候補名の「希望」に対し、大和言葉で「のぞみ」ではどうかと提案したそうだ。その後、委員会から最終決定の連絡があって、「のぞみ」に決まったことを知らされ、びっくりしたというのだ。
 その話には裏話がある。阿川佐和子さんのお父さんの阿川弘之さんは、大変な鉄道マニアだそうだ。選考委員に選ばれたのも、最初は父の誤りではと思ったそうだ。彼女が、そのことで、お父さんに意見を求めると「JRの今までの命名は、その殆どが、大和言葉が採用されてきている。そのことを心しておいた方がいいよ」と云うことだった。その日の会議の終り頃になって、彼女がその助言を思い出して、決まりかけていた「希望」に対し「のぞみ」という言葉を思いついたというのが事の真相だという。因みに、最後の候補には、「希望」のほかに「きらら」とか「ツバメ」があったようだ。
 筆者が思うのは、幾つかの候補の中からどれかを選ぶというのも大変な作業だが、もっと大変なのは、新たな候補を搾り出す作業である。それには、発想力の豊かさが求められる訳で、父の助言があったとはいえ「のぞみ」という名前を搾り出した彼女の発想力は大したものだと思う。
 さて、世の中は、今日も多くの「のぞみ」に期待を掛けている人たちは多い。例えば、「食傷気味の六カ国協議だが、それでも今度こそは、大幅進展への期待」から始まり、「大地震の被災者達は、一刻も早いライフラインの復旧、生活の安定化」を、政治に関しては、「参院選での新しい日本の政治の新展開」を、大相撲ファンは「久し振りの日本人力士、琴光喜の大関昇進」を、阪神ファンは「後半戦での劇的な追い上げ」などなど多彩な「のぞみ」がてんこ盛りだ。

連載(179) 難病との闘い 第七章 あれこれ対応に大わらわ(13)

 11月30日の昼過ぎ、新刊「執念」50冊が著者用に送られて来た。胸をときめかせながら、梱包を解き、仕上がった本を取り出した。初めての自分の子供との対面といった気持ちだった。思ったよりも分厚い仕上がりに、その重みを実感した。赤ちゃんを抱き上げるような気持ちで、一冊をそっと取り出し、感慨深げにじっと眺めてから、中のページを繰ってみる。積み重ねて来た努力の結晶だった。長い間見てきた夢が現実になったと思うと、ここまで来たかの思いに、本の表紙をさするようにして、じっと眺めて暫し感慨に耽った。
 そして、先ずは、仏様に一冊を供えてから、母親に一冊をプレゼントした。翌日からは、なるだけ多くの方に読んで頂きたいと、先輩、知人、友人の方々に、押し付けがましかったが、一方的に、次々と40冊ほどを送付した。
 反応は早かった。多くの方から、「それなりに面白かった」「力作」といったコメントを頂戴した。特に嬉しかったのは、送付して僅か数日後に、親しい先輩から分厚い手紙を頂戴したことだった。「よくやった!」と過分のお褒めの言葉に感動した。また、ある女性からは、一晩で読みきったというメールもらったことも、とても嬉しい反応だった。
 とにかく、受け取って頂いた多くの方からは、リップサービスであったにせよ、過分のお褒めの言葉を頂戴し、その努力がそれなりに評価されたことが嬉しかった。
 その一方で、その方たちの反応の違いに興味を持った。というのも、それまでのお付き合いから得ていたその人柄とは違った反応が、幾つか見受けられたからである。例えば、物を書く人ではないと思っていた人から、分厚い書状を頂戴したのに驚かされる一方で、細々と感想を書いてくれると期待していた人からは、ほんの簡単な一言の感想だけといった具合で、それまでのその人に対する見方を大幅に修正しなければならなくなった人もいた。がっかりしたのは、受け取ったことに対しても、何の反応もない人がいたことだった。いずれにしても、人様々だと改めて感じた次第である。
 感激が最高潮になったのは、12月31日の昼前だった。いつもの買い物をするジャスコ店内で、買い物に行ったついでに、4階にある旭屋書店に顔を出した時だった。なんと、5冊の「執念」が、正面の目のつきやすい場所に横積されているのを発見したのである。それは、まさに、生まれたばかりの我が子との感激的な出会いだった。年取ってからの子供だけにかわいい訳で、急いで家に取って返し、写真機を持って再び本屋に戻り、その記念撮影をしたのである。近くにいる妹夫婦の長男が、直ぐに買いに言ってくれたようだった。彼は、まさしく日本で最初のこの本の購買者だったはずである。
 かくして、その日の夕方に帰って来た長男、次男夫婦たちと孫を交え、初めて一家全員が揃っての食事をしながら、この本の話題に花を咲かせ、新年を迎えることになった。
 なお、年末に投函した年賀状には、雅子の分も含めて、「執念」の出版を紹介し、出来るだけ多くの方々に読んで欲しいとPRを行なっていた。(以下、明日に続く)

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震度6強

 その時、筆者は椅子に座ってコンピューターを操作していた。何か、めまいのように、体がゆっくりと揺れているように感じていた。一種の脳貧血のようだと思った。しかし、間もなく報道で、新潟県、長野県で大きな地震があったことを知った。
 この種の報道では常にあることなのだが、第一報は、それほど大きな被害が出ているような内容ではない。それが、時間と共に真相が判明するに連れて、それがどんどん拡大し、悲惨な深刻な状況が伝わって来る。「2007年新潟県中越沖地震」と命名されたが、どうやら、神戸大震災に近い大きさだったようだ。
 安倍総理が、急遽、長崎での選挙遊説から東京に戻り、現地に飛んで、救援への迅速さを強調した。こういう場合、何をやっても選挙目当てだといわれることが辛い。しかし、報道では、今一つ、その影が薄かったように思う。来る29日の夜に、安倍内閣に震度6強の衝撃が走るのではと心配している。
 被災者の避難状況を見ていて、老人や障害者の大変さを思った。特に難病の妻を持つ筆者には、若し、自分達にもそんな事態が起きたらと思うとぞっとする。被災者の皆さんの頑張りを祈って止まない。

連載(178) 難病との闘い 第七章 あれこれ対応に大わらわ(12)

 7月に入って、直ぐに担当の編集者が決定、12月印刷、翌年の1月発売というスケジュールを確認し、正式な契約書を交わすことになった。なお、契約書の日付は、遡って、電話でOKを出した2006年6月20日が採用されていた。
 なお、原稿を送るに当たり、データと称して、インプットしたコンピューターのディスクを送付して欲しいという。従って、出版社では、活字を組むような作業はしなくて済む訳で、相当な省力化が出来るのだが、その辺りがコスト計算上で、契約金額に反映されているとは思われず、後で考えると、筆者サイドには不満が残る契約だった。
 9月13日に第一回の校正用の資料が届いた。B4用紙160余枚に打ち出されたもので、それには、編集者がチェックした訂正、確認の箇所が、付箋を付して細かく記載されている。月末に返却して欲しいというが、その量の多さにうんざりする。しかし、そうも言っておれず、地道に、介護の合間を見つけての作業となった。新たに、「あとがき」をつけることにし、その作成をも併行して進めた。
 正直言って、自分の書いたものを読み直すほど、忍耐力を必要とするものはない。作品は、ある意味では著者の排泄物に似たようなもので、複数回にも渡って目を通すなんて、やりたくないのが普通だと思う。しかし、生まれて来る子供のための細かな配慮だと考えて、しっかりと親の責任を果たすことの重要性を思っての作業だった。そして、予定通り10月1日に最終校正済みの原稿を出版社に送り返した。
 数日後の10月5日には、編集者との顔合わせのため、雅子をお姉さんの霧子さんと直ぐ上の姉の伸子さんに預けての上京した。
 久し振りの東京で、その変わり様に少々戸惑った。東京駅前の新丸の内ビルが新たなビルへと建設が始まっていた。編集者との顔合わせそのものでは、特に、これといった大事な案件はなかった。順調に作業は進んでいて、近々、第二回目の校正資料が届けられるということだった。それが、最終の校正になるので、そのつもりでやって欲しいと念を押された。また、本のカバーについても、近々、二つほど候補を送るので選んで欲しいということだった。
 二回目の最終の校正資料が送付されて来たのは10月31日だった。締め切りは11月9日だという。時間がない。急いで、そのチェックを開始した。また、あとがきについても、気が変わって、全面的に書き改めることにし、その原稿作成にも取り組んだ。多少、梃子摺ったが、何とか期限内に終えて、11月8日に返送した。これで、いよいよわが子が生まれるのだと思うと、何かが込み上げてくるような感じだった。(以下、明日に続く)

タグ : 震度6強 2007年新潟県中越沖地震 安倍総理

赤信号、首位交代

 大型台風が房総半島の南東海上に去って、日本全体に広く点っていた赤信号は消えたようだ。関西では台風一過の好天になりそうで、気分は上々だ。
 ところで、昨日は、二つのプロスポーツのレースで首位が入れ替わる逆転劇があった。野球のセリーグのペナントレースで、あの巨人が中日に、女子ゴルフの賞金王争いで、全美貞が若手の上田桃子に、それぞれ首位を奪われたのである。いずれも、それまではダントツでトップを走っていただけに、赤信号も大赤である。特に、巨人軍の変わりようは激しい。それまで、無敵のように他を圧倒していただけに不思議な感じがする。
 一方、赤信号がと点っている安倍内閣も、依然として、大きく赤が点ったままで、全く予断は許さない状況にある。このまま投票日になだれ込むことになりそうだ。起死回生の何かが飛び出さない限り、与党での過半数確保は、極めて難しい情勢のようで、参議院では首位交代となりそうだ。小沢代表の喜ぶ顔だけは見たくない。自民、公明の頑張り、巻き返しを期待したい。
 こうして、レースを楽しむ立場から見ると、赤信号は面白さを、緊迫感を提供してくれることになるので、無責任な言い方をすれば、大いに歓迎すべきものだと思う。「赤信号 皆で大いに 楽しもう」

連載(177) 難病との闘い 第七章 あれこれ対応に大わらわ(11)

(8)作品「執念」    
 大わらわと言えば、少しは話を遡ることになるが、一考が、出版を決意した以降の、推理小説「執念」のその後の顛末ついて触れておきたい。
 一考としては、自分の人生の集大成として、生涯に一冊ぐらいは出版したいと常々考えていた。そして、それも、出来るものなら、何かの「賞」に引っかかって、出版社持ちでの出版のチャンスを得たいと厚かましい希望を持っていた。そのため、この執念についても、幾つかのコンテストに応募してきていたが、世の中そんなに甘くはなく、それらの結果に期待が持てなくなり、遂に、共同出版も止むなしとの判断に至ったのである。検討していたリフォーム工事が始まる直前のことだった。
 いずれにしても、この決断は、無念の致し方なくの決断だった。というのも、共同出版と言うのは、実質的には自費出版に近いもので、初版、第一冊分の必要経費は著者が持つ。出版社は販売に関してのPRとか、出版社がもっている販売書店のネットワークの提供、それに、売れた場合のそれ以降の増刷を受け持つという分担だ。従って、売れなければ、実質的には自費出版に極めて近い。
 依頼する出版社については、かつて、前作の「なんたるちあ」で出版の直前まで話があった文芸社にしようと、事前にこちらから原稿を送って評価を仰いだ。飛んで火にいる夏の虫ではないが、いい商売と考えたのだろう、出版社から速やかな返答があり、共同出版の勧めがあった。密かに期待していた企画出版(費用全て出版社持ち)の話は、残念ながら全く含みも感じられなかった。
 さあ、どうするかと思案していると、出版賞に応募していて、2次審査までパスしていたもう一社の編集部の方から、自分達の会社で出版を受けたいとの電話をもらった。その時点での見積りが文芸社の方が安かったことと、多少の親しみがあったことで、文芸社の方に決めたのである。6月13日に見積りをもらい、それを少し値切った形で、最終的に出版OKの返事をしたのは、2006年6月20日のことである。少し大げさだが「時は今、天が下しる 五月哉」の三成の句が脳裏を過ぎった。ちょうどリフォーム工事がほぼ終わった頃だった。早速、契約書の取り交わしを行なった。(以下、明日に続く)

タグ : 安倍内閣 巨人 全美貞 上田桃子 執念

騙されないぞ

 心配された大型台風4号は、沖縄、九州の南部を痛めつけたが、幸いにも本州への直撃はなさそうで、ほっとしている。この種の予報の外れは、たとえ、騙されたとしても、大いに歓迎である。
 選挙戦は台風の進路とは関係なく激戦が続く。政党簡の討論番組も、早くも食傷気味だが、国民はうわべの議論には騙されない。もっと深みのある議論で本質を突いて欲しい。
 北朝鮮で、漸く、寧辺の核施設の封印が、IAEAの代表者で行なわれようとしているが、この話は、もういい加減本当の前進を示して欲しい。いつも、北朝鮮ペースで、すんなりとこのまま進むとは思っていない。狼少年ではないが、これだけ、世界に信用のない交渉は他に例があっただろうか。仮に寧辺の施設が封印されても、他に本格的な施設は温存されていて、意味がないとの話は、専門家ですでに議論されている。交渉に当たっている人たちは、本当に「騙されないぞ」と思っているのだろうか。単なる形作りに過ぎない交渉なのではないか。じっくりと見守ってゆきたい。

連載(176) 難病との闘い 第七章 あれこれ対応に大わらわ(11)

 友人の皆さんとのつながりも、気分転換という意味では大変有効だ。こんな症状だから、来て頂くのも大変ということで、雅子の方から見計らって電話して、近況を伝えることにしていた。リーダー的な役割の前田さんに伝えると、他のお友達にもポイントを伝えていただけると言う仕組みになっている。しかし、その電話も、自分では掛けられず、またスピーカーホーンでないと話が出来ない。その上、最近は、言葉もスムーズに出ず、相手の方にも聞き難くなっているようなので、自ずと消極的になってしまう。特に、疲れが出て来る午後になると、余計に言葉の出方が怪しくなるので、電話はなるべく、午前中にすることにしている。話していて、言葉に詰まるようになると、我ながら、相手の方が気の毒になり、つい、言葉数も少なくなってしまう。
 ところで、今年の年賀状は、夫の出版をPRしたことで、多くの皆さんに購入いただいたこともあって、年明けには、それぞれの方にお礼の電話をして、久し振りの会話を楽しむ機会をもつことになった。
 そんな中で、一人の友人、永田さんが突然、訪ねて来てくれた。1月半ばのことで、もう既に達磨状態になり始めていて、自分で移動することも出来なくなっていた。中学校からの親しい友人で、久し振りに思いで話に盛り上がったが、厳しい雅子の現実に、永田さんも、時々涙する場面があった。彼女の温かい言葉に、自分も涙で言葉が詰まってしまったのを覚えている。その後も、彼女は、お花を始め、いろんな贈り物をしてくれて気遣ってくれている。雅子が驚いたのは、自分が歌った歌のテープを、カセットレコーダーと一緒に送って来てくれたことだった。ここまでしてくれる友人は珍しく、改めて、持つべきものは友人だと感じたものである。
 また、一考自身も、気晴らしについては、いろいろと考えてくれてはいるようだが、介護の疲れで思うようには行かないらしい。それでも、お墓参りや、雅子が好きだったドライブに時々誘い出してくれる。一考は、滋賀県人としての誇りである琵琶湖に関心が深く、その一周コースを癒しのドライブコースと定め、暇を見つけて雅子を連れ出してくれるのは、やはり、嬉しいことである。(以下、明日に続く) 

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