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Author:相坂一考
滋賀県大津市出身
07年1月に推理小説「執念」を文芸社から出版

このブログは3部康成です。1部が「コラム」、2部が連載「難病との闘い」、そして3部が、速報、「昨日の雅子」です。

 

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野球と将棋のトピックス

 新庄や小笠原選手が抜けたことで、今期の成績が心配されていた日本ハムだったが、そんな不安を跳ね除けての連覇はお見事である。ダルビッシュを軸とした投手力の頑張りに加えた全員の力が結集された結果と思う。終盤になって、監督が今期限りで退団するとの発表が、逆に結束を生んだことも大きかったようだ。パ・リーグはこれで三年連続外国人監督が優勝を奪う結果となった。相撲、サッカー、バレーなど主要スポーツは、外国人の活躍、助っ人ぶりが目立つ。
 それに対し、全く、外国人の入る余地のない世界の一つが将棋界だが、数日前に、中原十段が1300勝という大きな記録を達成した。少し前に加藤一二三九段が1000敗を記録したことを紹介したが、いずれも、この世界では大変な記録だ。年間の勝数の最高記録は、羽生の68勝で、通常、年に35勝すれば、ベスト5に入る好成績の世界なのだ。仮に、その35勝の成績を続けたとしても、1300勝するには37年以上も掛かる訳で、如何に凄い記録であるかが分かる。しかし、上には上があるもので、あの大山十五世永世名人が、何と、1433勝という大記録を残している。今よりも棋戦の数も少なかった時代での記録で、その偉大さに改めて驚かされる。因みに、羽生2冠は現在990勝で、間もなく1000勝ラインに到達する。多分、大山十五世永世名人の記録を破ると思われるが、それを、この目で確かめられるかどうかに興味がある。

連載(253) 難病との闘い
      第九章 介護生活の実態1 平成19年春から夏 (31)

(7) 2007年6月19日 曇り (実姉の見舞い その1)
 雅子のお姉さんたちとの顔合わせの場も、雅子の症状の変化に伴ってその形を変えてきている。まだ、何とか歩きが可能だった頃は、一泊旅行が可能だったし、現に、一年少し前の2006年4月には、姉妹4人で城之崎温泉に出掛けている。残念ながら、それを最後に旅行は出来なくなり、その後は、山科の姉の伸子の自宅で集まって話し合う場を持つようになった。しかし、それも雅子が山科に出掛けるのが厳しくなってきたことで、2007年3月を最後に途絶えてしまっている。雅子の症状の悪化の影響が、そんな形で反映されて来ている事に、悲しさ、痛さを覚える。
 そんな雅子の症状を心配した姉の霧子さんが、今日の午後、大津の自宅まで訪ねて来てくれることになった。年齢が一回り違うこともあって、幼い頃は、実の母親の代わりとなって面倒を見てくれた間柄で、今でも、雅子のことを一番心配をしてくれている一人である。
 この朝、一考がいつものように雅子に声を掛けると、雅子は既に起きていて、明るい声で「おはよう」と返事した。その表情はいつもより艶々していた。久し振りに、何でも話せる姉の霧子と会えるという嬉しさが、精神面でプラスに作用し、そんな明るさを作っているのだろうと一考は思った。
 朝の食事はいつもの時間にいつものように済ませたが、昼食は早めの11時前に済ませ、トイレにも行って、お姉さんの到着に備えた。
 霧子さんの住まいは高槻市内にある。バスで高槻駅に出て、そこからはJRを乗り継いで湖西線の西大津に出て来る。一考が、時間を合わせて駅まで迎いに出向いた。彼女が家に到着したのは1時を少し過ぎていた。
「有難う。わざわざ出向いてくれて」雅子は、顔を見るなり、嬉しそうにそう言って労った。
「なるほど。こんな具合に座っているのね。この椅子ならお尻はそれほど痛まないのね」大きなマッサージチェアに座っている雅子を見て、霧子は頷きながら確認した。
 それから二人は久し振りの会話を楽しんだ。取りとめもないことを話していたが、暫くして、雅子が「お願いだけど、二人だけで少し話したいことがあるの。いつもの声のモニターも切ってくれる?」と、傍にいた一考に申し入れた。
「いいよ」 突然の思わぬ申し入れに、少し躊躇した一考だったが、何事もないようにそう言って、音声モニターのスイッチをオフにして二階の自分の部屋に戻った。(以下、明日に続く)

タグ : 日本ハム ダルビッシュ 中原十段 大山十五世永世名人 羽生二冠

軍による殺人だ!

 衝撃的な映像がテレビ各局から放映された。ミャンマーでの日本人ジャーナリストの長井健司さんの亡くなる瞬間の映像だ。これは、明らかに、傍にいた兵士の至近距離からの銃撃で、明らかに殺人である。
 胸を打ったのは、路上で仰向けに倒れた長井さんが、それでも、右手に持ったカメラを放さずに、上に向けている映像で、最後まで、日本人の武士道に通じる自分の強い意志が貫かれた気概がそこにあった。また、その訃報に接し「何でなの? 覚悟はしていたが」と語るお母さんの落ち着いたトーンの言葉も印象的だった。
 人はよく「命を賭けて頑張る」というような表現は使う。それは、重みがあってかっこ良く響くのだが、単なる言葉の綾でなくて、本当に命を賭けての長井さんのような仕事は、自分には到底出来ない仕事だ。ご冥福をお祈りしたい。

連載(252) 難病との闘い
      第九章 介護生活の実態1 平成19年春から夏 (30)

(7)平成19年6月21日(木) 曇り (MRS検査結果判明日)
 昼過ぎに車で家を出て吉田病院へ向かう。雅子の定期診断日だが、先日のMRS検査結果の報告を受ける日でもある。いつもの通りのルートを走り、病院近くのあの青空駐車場を利用した。今回は、前回の車を傷を付けたつまらない失敗の轍を踏まないように、細心の注意を払って病院に到着した。そして、いつものように1時間近く待って、期待していた春日先生の報告を聞くことが出来た。結果は、今までの二回の検査とほぼ同じ傾向だったが、その解釈で、春日先生から今までと違った見解を受けた。
 春日先生が取り出した検査結果を纏めたグラフには、この二年間の結果だけを纏めたものだった。それぞれの脳の部分毎に、その活性度(?)を示す二年間の二本の棒グラフと標準(健康な人のデータ)を加えた三本の棒グラフが並列して描かれている。全部で12項目(脳の部分)に渡って測定されていて、その内、3分の1ぐらいは前年に比較すると、数値が少し戻っていた。先生の説明では、補完機能が働いたと見るのが妥当ということだった。しかし、運動機能に関する部分の半分程度は、やはり低下の傾向が見られ、雅子の症状悪化を反映していると考えられた。
 期待していた知能部分の結果なのだが、春日先生の説明は、今回から少し変わっていて、これは小脳の機能であって、必ずしも、知的な部分を司っている訳でもないとのことだった。前回までは、この部分の測定値が劣化していないことで、頭の方は大丈夫だと、一考は説明を受けていたと解釈していただけに、少し肩透かしを食わされた気持ちだった。しかし、はっきりしていることは、頭の方は、今でもおかしくなっておらず、先生もそれは心配ないと付け加えてくれた。少し吹っ切れない気持ちで帰宅となったが、自宅に着いた時は、既に夕闇が迫っていた。
 その夜、一考は、三年間のデータを改めて並べて表示してみた。そうすると、三つのグループに分類できそうだった。その一つが、運動機能を司る脳の部位で、前年度よりも更に低下した部位グループ、その次が、同じ運動を司る部位で、前年度よりはリバウンドして少し回復を示したたグループ、そして、もう一つが、最初から、標準者と変わらない能力を保持している主として小脳の部位の三つである。
 リバウンドした部位も、その程度は10%程度で、標準者に比べて55〜65%程度の保持率だ。このことは、雅子の症状と符号していているとも見られるが、リバウンドした部位の機能が、どのような雅子の症状に連動しているのか、症状変化に注目してゆきたい。
 なお、小脳の部分については、知能を部分を司っていると考えていたので、今回の先生の説明の変化に、少々、気落ちはしているが、データ面では、今回も含めて、全く劣化が見られないのが心強い。いずれにしても、小脳の働きについてもっと研究してみたい。
 ところで、ここに来て、一考が、気にしているのは、雅子の言葉が明瞭でなくなって来ていることだ。口や舌の動きが鈍ってきているからだろうとの医師の説明で、自分もそうだろうと解釈しているが、実生活の面では、コミニケーションがスムーズに行かなくなってきていて、どうすればいいのか、悩みの段階に入ってきている。また、便秘の傾向も依然として続いていて、ファイバー食品のお世話になっているものの、雅子の苦労は絶えない。いずれも、筋肉の運動部位の能力低下が効いているのだろうが、今後、何処まで、その悪化が進むのから心配だ。
 幸いなことは、それ以外の健康の面では、風邪を引いたりするようなこともないのが、数少ない救いである。いずれにしても、エンドレスな介護の闘いの日々である。(以下、明日に続く)

タグ : 長井健司 ミャンマー MRS

リンチ

 時津風部屋の時太山が稽古中に急死した事件で、父親の正人さんが昨日会見した。息子からの最後になった電話で「いい子になるから、帰りたい」と訴えたのし対し、「もう少し、我慢して頑張れ」と言ったことを悔やんでいたくだりが胸を打つ。正人さんの励ましの言葉は、一般的で常識のものであり、それを責める筋合いのものではない。
 それにしても、ビール瓶で顔をぶつとか、金属バットが使われたというリンチ話には、身の毛も弥立つ。日本国技でありながら、このところ、外国人力士に支配される状況で、日本人の志願者は激減しているらしい。八百長や朝青龍の話しといい、このところの大相撲は、大変な曲がり角にあるといえる。しっかりしたトップの登場での改革が急務といえよう。

連載(251) 難病との闘い
      第九章 介護生活の実態1 平成19年春から夏 (29)

(6)平成19年6月13日 晴れ (MRS検査日)
 年に一度の検査だが、MRSを撮り始めて三年目になる。この検査では、MRI(核磁気共鳴画像法、magnetic resonance imaging, 生体内の内部の情報を画像化する方法)の画像に加えて、スペクトル表示も同時に得られる。このスペクトル表示が、数字で示されるので、症状の変化を定量的に捉えることが出来るのが、この検査の大きな特徴だ。
 この検査への一考の強い関心は、雅子の症状の変化を経時的に定量的に把握出来る点にあった。先生達の方でも、雅子の症状変化の追及には学問的にも関心があったようで、今回の検査も、阿吽の呼吸で、スムーズに段取りが決まった。前二回が、いずれも、4月、5月に行なわれたことで、今回の検査日も、当初は5月の下旬が予定されていたが、機器の定修が入ったため、今日に変更されたのだった。
 この検査は、今までもそうだが、滋賀医大にある機器を使用して行なわれる。聞くところでは、この機器は貴重な代物のようで、何処にでもあるというものではないらしく、吉田病院にもない。そんな事情で、機器はフル回転で使用されているらしく、その空いた時間が当てられるので、検査はいつも夕方から宵の内で行なわれた。この日の段取りも、夕方、6時に滋賀医大のロビーで、担当の鍋和先生と待ち合わせることになった。同氏は吉田病院の所長で、春日医師とは懇意な間柄であるようだ。
 そういうことで、この日の段取りは特別なものとなり、夕食を4時過ぎに済ませ、5時前には家を出た。滋賀医大はJR瀬田駅から車でゆっくり走って15分程度の距離にある。途中、少し道が混んでいたこともあって、病院に着いたのは5時半近くになっていた。雅子を車椅子に移し、病院のロビーでゆっくりと先生を待った。
 定刻6時に先生はにこやかな顔で現れた。もう3回目なので、相互に気心は通じていた。しかし、今までと違って、検査室に雅子を運ぶのに少々手間取った。それと云うのも、前回までは、雅子が自分で何とか歩いて検査台に乗れたのだが、今回はそんな訳にはいかない。しかも、金属の類を着けていては検査室に入れず、付き添いの一考もその対応に戸惑った。結局は、測定用のベッドを室外まで移動させて、それに雅子を乗せて所定の位置まで運ぶことになった。
 検査が開始されたのは6時を15分ほど過ぎていた。前回までの事例では、2時間ぐらい掛かる。今回は、雅子の症状の悪化が進んでいるだけに、大丈夫かどうか心配で、その旨を鍋和先生には話しておいた。こうして、雅子の忍耐を必要とする測定が始まった。じっとして測定に堪えている雅子も大変だろうと思いながら、一考は、手持ち無沙汰を解消するため、持ってきた単行本を取り出し、それに目を走らせるのだった。最近の一考の読書時間は、その殆どが、病院での待ち時間が当てられている。時々、検査室の方に視線を送りながら、一考は読書しながら、検査が終わるのを待った。
 8時を少し過ぎた時、がちゃんと音がして、検査室の扉が開かれ、雅子が寝台のまま運ばれてきた。一考は急いで駆け寄って、雅子の様子を見たが、特に異常は認められず、普段と代わらぬ顔つきだった。どうやら、雅子はこの2時間近くを何とか頑張って通したようだった。先生にお礼を言って病院を出ると、すっかり夜の帳が下りていて、心地よい夜風が二人の肌を撫でてくれた。帰宅したのは9時を過ぎていた。(以下、明日に続く)

タグ : 時津風 時太山 MRI MRS

ほっとした話

 各誌の福田内閣支持率の調査結果が発表されている。53〜59%でまずまずの結果である。多分にご祝儀相場的な意味もあって、割り引いて見ておく要もあろう。いずれにしても、福田康夫の支持者達は、一先ずは、ほっとしていることだろう。今後の実績が全てである。暫くはその手腕を期待してじっくりと見守りたい。
 ほっとした話としては、巨人ファンもそうだろう。中日を堂々と逆転しての勝利で、どうやら、優勝が確実になった。アンチ巨人ファンとしては頂けない気持ちだ。
 昨夜、将棋界では新しいタイトル保持者が誕生した。深浦康市王位である。七番勝負の激闘の上、4−3で羽生三冠を破ってタイトル奪取である。深浦ファンはほっとしたことだろう。何せ、3−1から3−3に持ち込まれた上での勝利だから感激も一入だ。これで、羽生も二冠(王座、王将)に後退、将棋界も、佐藤二冠(棋聖、棋王)、渡辺竜王森内名人の5人のタイトル保持者が乱立する面白い展開となっている。ファンは大歓迎だ。
 それにしても、阪神の無様さはどうしたことか。一週間で天国から地獄への転落だ。Bクラスへの不安も皆無ではない。

連載(250) 難病との闘い
      第九章 介護生活の実態1 平成19年春から夏 (28)

(5)07年5月22日(火)晴れ (雅子の我慢の留守番)
 昔の仕事仲間から、大阪営業部の責任者をしていた時、総務を担当してくれていたS嬢が目出度60歳になられたので、還暦祝いをやるので参加しないかとの連絡をもらった。一考が大阪で勤務していたのはもう四半世紀も昔の話になる。時代は変わり、今や、企業も60歳定年ではなく、逐次、65歳定年への以降が始まっている。従って、彼女は今も現役の秘書として活躍中だ。
 一考は、即座にOKの返事をしたかったが、雅子の介護のこともあって、即答を避けて参加への可能性を慎重に検討した。今では、雅子を家に置いての外出は、買い物や散髪などの近場の出先に限定していて、それ以外については、その時間帯や出先を吟味して極力控えることにしていた。それでも、雅子の配慮もあって、雅子が一人で頑張れる最長時間を4時間と限定して、最終判断をすることにしていた。何しろ、殆ど身動きできずに、せいぜいテレビを見ながら椅子に座って待っている訳だから、彼女には大変な難行苦行なのだ。
 今までの実績では、小中高の各同窓会には顔を出すことが出来た。昼間に、近場で行なわれることが多く、最長4時間の時間限定の範疇に入ることで、雅子の了解と協力を得ての出席だった。それでも、アルコールにだらしない一考は、少しお酒が入るだけで、気が大きくなり、その時間限定に抵触するようなことがあって、結果的には、1ないし2時間程度も時間が延びることになってしまい、雅子にはかなりの不安と迷惑を与えたことは確かである。
 そういう判断基準からすれば、この還暦を祝う会は、場所が大阪で、時間が夜であることから、参加は難しいと躊躇したのだが、雅子の「どうぞ、行って来て下さいよ」との優しい言葉に甘えて、厚かましくも顔を出すことにしたのだった。
 そういうことで、夕食を早めに済ませるなど、出掛ける前の準備には万全を期し、夕方6時前に家を出た。会場には7時過ぎに到着、宴会に加わった。S嬢も相変わらず華やかで、宴会は盛り上がった。一考も、久し振りの発散で大いにはしゃいで楽しんだ。
 その付けは、容赦なく結果に現れた。終わって大阪を出たのは、10時半を過ぎていた、幸い、湖西線の最終には間に合ったのだが、不覚にも、降りるべき西大津駅でうとうとしていたようで、隣の唐崎駅まで乗り過ごしてしまったのである。その上、駅に着いて改札を出ようとしたところで、手荷物を電車内に忘れたことに気づいたが後の祭りだった。駅員の方には、荷物の確認をお願いして駅を出たが、田舎駅の夜中ではタクシーの一台もなく、歩いて帰るしかなかった。帰郷直後はよく歩いたコースだったが、雅子を待たせての深夜の歩きには辟易とした。家に辿りついたのは、深夜の1時を過ぎていた。何と、7時間というとんでもない長時間を待たせてしまったのだった。それでも、雅子は、辛そうだったが、何とか頑張って待っていてくれた。感謝、感謝、反省、反省の介護手抜きの一日だった。(以下、明日に続く)

タグ : 福田内閣 深浦康市 羽生二冠 佐藤二冠 渡辺竜王 森内名人

憲法67条

 第91代福田内閣が発足した。58人目で、日本では初めての親子二代の総理大臣である。自ら「背水の陣」内閣と称したが、まさにその通りで、野球に喩えるなら、ノーアウト満塁での登板ということになろう。エラーなしで、一つ一つアウトをもぎ取る以外に、このピンチを切り抜ける道はない。
 新しい閣僚の中では、官房長官の町村信孝氏と防衛大臣の石場茂氏、それに留任組みでは、舛添要一氏らに期待はある。全体的には今一つ魅力に乏しそうで心配だが、とにかく頑張って欲しい。
 ところで、総理誕生のプロセスで、両院が違った指名ををした場合は、両院協議会を開き、そこでも一致しなければ、衆議院の議決が優先する(憲法67条)とあり、、今回もそれに則って選出された。ここで、不思議に思うのは、どうして両院協議会で一致しないのかと云うことである。憲法の規定があるなら、一致して然るべきで、そうすることで、衆院での再度の確認の手間が省けるはずだ。(この解釈が間違っているのかなあ。両院協議会で一致しても、再度衆院は開くのかしら?)
 この種の事例は、戦後、4回目だそうだが、いずれも、この協議会での意見の一致はないという。 無駄な時間が浪費されることに一考あって然るべきと思うのだが。小さな改善は、いたるところに転がっている。

連載(249) 難病との闘い
      第九章 介護生活の実態1 平成19年春から夏 (27)

(4)2007年5月17日 木曜日 小雨 (通院日 その7)
 診察を終えて、次回の予約をし、清算を済ませて、近くの薬局でお薬をもらうのだが、ここでも結構待たされる。大抵、1時間ぐらいは覚悟しておく要がある。雅子のお薬が一般のものと違っているためだろう。従って、ここでも読書に時間を当てている。
 漸く、名前を呼ばれてお薬をもらって薬局を出ると、時刻は3時半を過ぎていた。車椅子を押して駐車場に戻り、雅子を車に乗せる作業に取り掛かる。ここで、嫌でも、先ほど付けたドア付近の生傷が目に入り、不覚だった自分の行為が甦ってくる。これから、毎回、雅子を車に乗せる度に、このことを思い出すことになると思うと、何故かうんざりする。いずれにしても、雅子を車に乗せ終わり、帰路につくと、通院という大仕事の大半は終わったことになる。
 途中、いつものスーパーで買い物をして家に帰ると、5時近くになっていた。再び、車椅子を遣って家の中に移動させ、室内タクシーでいつもの定位置のマッサージチェアに落ち着かせると、ほっとする。朝の準備から勘案すると、通院は、まさに大変な一日仕事である。
 こういう日は、自分では料理はしない。買って来た物で済ませる。
 入浴は、就寝前に行なう。疲れているので、なるべく簡単に済ませるが、入浴のサポートの手順も以前とかなり変わった。雅子の症状の悪化で、よちよち歩きができなくなったりしたことと、介護業者からの推奨のあった風呂板を使用することにしたためである。具体的な手順は次の通りである。
 先ずは、トイレで用を足し終わると、そこで下着を脱がせて、そのままタクシーで風呂場へ直行、そこで、その車椅子のままで着ているものを全部脱がせて、風呂場の椅子に座り直させる。そこで、頭、顔、身体、手足を洗ってあげて湯船に入れる。湯船への入り方は、以前と同じで、右手で握り棒を握らせ「せえの」との掛け声を掛けて右足を上げさせて湯船に入れる。次に、握り棒を湯船の方のものに握り替えさせて、左足お担いで全体を湯船に担ぎ込み、ゆっくりと湯に浸ける。適当な時間後に湯船から出すのだが、ここが、今までの方法から「風呂板」を使う方法に換えた。具体的には、雅子の身体を後ろからわきの下に手を入れて持ち上げ、一旦、湯船の側壁に座らせ、手早く板を湯船の上に渡し、雅子の身体を移動させて、その上に座らせる。そして、両足を持ち上げて回転させて湯船から出すと身体全体が湯船からでることになる。以前の方法に比べると、自らが湯船に入らなくて済むので助かるし、体力的にも省力化されている。後は、身体を拭いてやって、タクシーに移し、寝室まで運んで、パジャマに着替えさせるという手順だ。確かに、この方が楽で、スピードアップもなっている。かくして、この日も、無事、多忙な一日を終えた。(以下、明日に続く)

タグ : 福田内閣 両院協議会 憲法67条 町村信孝 石場茂 舛添要一

落日悲し

 昨日の夕方に行なわれた安倍総理の記者会見は、寂寥感と悲哀感に満ちたものだった。発言も原稿の棒読みで、若さを売り物にしていたあの輝きは見る影もなかった。城山三郎の「落日燃ゆ」の美学は全く見ることも叶わず、まさに「落日悲し」の一色だった。
 一方、一時は12ゲーム差を逆転しトップに立った阪神も、遂に5連敗、押さえのJFKにもそれまでの絶対はなく、最後の砦だった藤川投手の頑張りも限界で、逆転の痛打を浴びて万事休すとなった。ここにも、「落日悲し」の悲哀がいっぱいだった。
 何事もそうだが、昇り坂にある時の姿の勇ましさ、美しさに比べると、下り坂に入ったその姿には、一転して、寂寥感、悲哀感が表に出てくるものだ。
 注目していた福田総裁の党4役人事であったが、伊吹幹事長には失望した。今日決まる内閣人事如何では、福田内閣の船出もその先行きが心配で、自民党自体が落日に向かうのではと懸念も大きくなる。 筆者は、とにかく、小沢一郎氏の喜ぶ顔だけは見たくないので、自民党の頑張りを期待するものである。

連載(248) 難病との闘い
      第九章 介護生活の実態1 平成19年春から夏 (27)

(4)2007年5月17日 木曜日 小雨 (通院日 その6) 
 黙って聞いていた春日医師だったが、特に表情を変えることもなく、いつもの口調で、雅子の具体的な症状について確認した。
 「身体がしゃんとせず、前に折れ曲がるような姿勢になり始めたのです。分かり易く言えば、身体がぐにゃぐにゃになるような感じで、とても心配になったのです」勝手にお薬の按配を変えたことで、苦情を食らうのではと心配していたが、そうでなかったことにほっとしながら、その時の情況を簡単に説明した
 「なるほど。お薬が、少し急激に効きはじめたということでしょうか。とりあえず、元へ戻した対応は、それはそれでよかったと思います」春日医師は、そう言って一考の顔を見た。
 とにかく、このパーキンソン病の厄介さは、進行性の病気で、今の医術では、病気そのものを治すことは出来ないことにある。そこで、お薬によって、その進行を抑える治療が行なわれているのだが、これが、患者によって症状がまちまちのため、その人にマッチするお薬の組み合わせを探し出すことがポイントなのだ。そのために、組み合わせを変えた試行錯誤の治療が行なわれている訳で、今回の調合もその一環での試行だった。雅子の症状が急激に変化したこと自体は、その意味で、春日先生のおっしゃる通り、この調合が効いたことは確かである。
 春日医師は、その後、、肩たたきの棒のようなものを取り出し、いつものように、雅子の脚の関節部位を数回ずつ叩いて、その反応を観察し始めた。この種の検査を見ていると、医学と云う分野は、進んだ先端技術とこの種のローテク技術が混在している分野だとつくづく思う。
 「それじゃ、暫くは、お薬は元の量に戻した処方にしておきましょう」春日医師は、何もなかったようにそう言った。一考は、自分の処置がとりあえず、先生の治療方針に大きな影響がなかったことに一息つくのだった。ほっとした一考は、次に、最近気になっている雅子の別の症状について質問した。
 「雅子の首が回り難くなって来ていて困っているんです」
 「首の筋肉が硬くなって来ているんですね。それについても、醍醐の病院で津島先生に言って、柔らかくする薬を首に注射してもらってはどうですか」とのアドバイスが返ってきた。
 「分かりました。そのようにお願いしてみます。ところで、先生、それに関連して、その首が左前に曲がってきているのが気になるので、最近では、ベルトで首を少し引っ張って矯正しているのですが、雅子が嫌がるんです。そんな矯正はしてはいけないのでしょうか」ここ数日前から始めた、いわゆるリハビリというべきもので、これが医学的にどんな評価になるのかを確かめたかったのである。
 「首が曲がったりするのは、この病気の特徴だとも言えます。タイミングを見て、適当な時間なら、そんな矯正も悪くはないと思います」
 「そうですか。安心しました」 一考は、そう言うと、黙って雅子の顔を見た。(以下、明日に続く)

タグ : 伊吹幹事長 安倍総理 城山三郎 落日燃ゆ 藤川投手 福田内閣 小沢一郎 パーキンソン病

店開き、店仕舞い

 筋書き通り、福田康夫総裁がすんなりと誕生した。しかし、麻生太郎氏の得票数は、予想よりも少し上回ったようで、人事での同氏の処遇が焦点になりそうだ。絶妙のバランス感覚だったという一方で、派閥の縛りに陰りが出たということにもなる。
 さて、第22代自民党総裁と聞くと、その10人前の第13代宇野宗助総裁を思い出す。滋賀県出身の最初の総理を務めたということで筆者には印象深い。1989年のことだったから、この18年で10人の総裁が誕生したことになる。しかし、この間、3年以上続いた総裁は小泉純一郎氏以外にいないのが気になる。
 いずれにしても、明日には、日本で初めての親子二代の福田内閣が店開きする。今の自民党の置かれた状況から3年以上の政権をを目指すのは至難の業のようだが、頑張って欲しいと思う。
 話は変わるが、阪神は昨日も負けた。ここに来ての4連敗は致命的で、ペナントレースでの1位通過が難しくなった。昨日は、筆者が指摘した通り、シーツを外して打線を入れ替えたが、残念ながら、それが実らなかった。いずれにしても、ファンを裏切っての勝手な店仕舞いは頂けない。今日からの残り9試合は、全勝する覚悟で頑張って欲しい。

連載(247) 難病との闘い
      第九章 介護生活の実態1 平成19年春から夏 (26)

(4)2007年5月17日 木曜日 小雨 (通院日 その5) 
 そんな事情で、もたもたしたこともあって、病院に着くと、時間は13時30分近くになっている。必要な手続きを済ませて、忍耐を必要とする待ち時間との闘いが始まる。大抵は予約の時間より1時間ぐらい遅れることが多いので、2時近くぐらいまでの待ちを覚悟する。いつもそのくらいの遅れがあるなら、到着時間をそれを見込んで遅らせておけばとの考えもあるが、困ったことに、時々パンクチュアルなこともあるのだ。
 一考は、この間を読書時間に当てることにしている。逆に言えば、少し寂しいことだが、落ち着いて読書が出来るのは、病院での待ち時間だけだとも言える。最近では、村山由佳東野圭吾などの軽い小説を片っ端から読んでいる。中でも、村山由佳の高校の女教師と教え子との恋愛を描いた「おいしいコーヒーのいれ方」は、年に1巻のシリーズで、肩を張らずに軽く目を通せる楽しい小説で、いつも次号待ち遠しい。いずれにしても、ここでの読書は、残された時間に限りある人間には、時間を有効に使う、格好の過ごし方だ。
 しかし、長く待つことで困るのが雅子だ。車椅子で待っているとお尻が痛くなってくるのだ。困って介護の業者の方に相談すると、クッションの利くゴムシートを使って見てはとのアドバイスをもらい、早速、そのクッションシートを借りた。今日がそれを使用する初日だった。
「どうだい? お尻の痛さは?」読んでいた文庫本から目を離した一考が、頃合を見計らって声を掛けた。
「確かに、痛さは少しはマシよ。身体を少しでもずらせたり、動かせれば随分と違うんだと思うんだけど。何しろ、自分ではどうにもしようもないので、仕方ないわ。とにかく我慢して頑張るしかないの」
「声を掛けてくれれば、ずらしてあげるよ。遠慮はいらない」一考は。愛想よくそう言って、雅子に優しい夫を見せている。
「ありがとう」雅子の声は弱々しい。一考に気遣って、なるだけ頑張って我慢しようとしているのがよく分かる。
 雅子が呼ばれたのは、案の定、予約時間の12時52分を一時間近く過ぎた頃だった。診察室に入ると、一考が機先を制して口を開いた。
「先生、実は、先月から増量いただいたお薬ですが、飲み始めて数日で、雅子の症状が目立って変わり始めたものですから、心配になって、自分の独断で元の量に戻しました。事後報告になりますが、お断りをしておきたいと思います」一考にしては、珍しく少し恐縮した言い方だった。専門外のお薬のことに、事前に相談もせず勝手な判断をしたことに対する不安があったからである。(以下、明日に続く)

タグ : 福田康夫 麻生太郎 宇野宗助 小泉純一郎 村山由佳 東野圭吾 おいしいコーヒーのいれ方

失速

 阪神もろくも三連敗。ここに来ての三連敗は痛い。これはまさに「失速」と云うべきものである。昨夜のヤクルト戦はファンをがっかりさせた。先発の杉山の乱調はともかく、逆転した直後のリリーフ渡辺の誤算が痛い。しかも、二回に渡ってまで続投させた岡田監督の采配は頂けない。
 押さえの切り札JFKに繋げるという至極明解な投手リレーが、監督の腕の見せ処なのだが、彼らの疲れもあろうが、結果的に、今一つすっきりしていない。他方、打撃陣でも、このところのシーツ、桜井の不振は目に余る。この辺り、思い切った采配がないと再浮上は難しいのではないか。
 「失速」といえば、安倍内閣のそれはあまりにも劇的だった。今日、その後任が決まる。福田康夫氏の登場になるが、安定した長続きする政権を作ってもらいたい。政治空白ほどマイナスで無駄なものはない。

連載(246) 難病との闘い
      第九章 介護生活の実態1 平成19年春から夏 (25)

(4)2007年5月17日 木曜日 小雨 (通院日 その4) 
 「ああ、空いててよかった!」との思いで、喜んで駐車場に乗り入れたまではよかったのだが、駐車場のレイアウトが、前回までと少し違っていることに気づいた。、一見して、駐車した車の後ろに車椅子が通れる空間があり、そこから車椅子を外に出せると錯覚してしまったのである。この錯覚が、この後直ぐに起きるアンラッキーな出来事の始まりだった。
 この駐車場は、もともと車椅子の方が利用できるようには設計されておらず、車のドアのところで車椅子を移動できるような充分な幅を確保していない。従って、車椅子を、車止めの後ろに止めると、その車止めの機器が邪魔になっていて、前に引き出すことが出来ないのだ。
 いつもは、車をきちんと車止めの利く駐車位置に駐車する前に、別の場所に車を一旦止めて、そこで雅子を車椅子に移し換えてから、正規の駐車位置に車を止めていたのだが、この日は、車椅子を後ろからでも出せると判断して、先に車を駐車位置に止めたのである。そして、その位置で、車椅子を下ろして、雅子を車椅子に移動させたのだが、車椅子の位置が、車止めの後ろになっていた。車の後ろを通って、一番端の車の横から抜け出ようとしたのだが、そこも同じ幅で通り抜けられないことが判り、一考は愕然となったのである。
 どうしようかと躊躇して、暫く試行錯誤して車椅子を動かしたが、どうにもならない。もう一度、雅子を車に乗せて、車を一旦駐車位置から出し、いつものようにやり直せば可能なのだが、労力、経費、時間が無駄になる。仕方なく、自分の車の位置まで車椅子を戻し、そこで思い切って車椅子を少し持ち上げて、その車止めの設備の上を通り抜けようとしたのである。
 それがいけなかった。一考ももう若くはない。昔のように体力も充分ではない。とりあえず、雅子を乗せたまま、車椅子を持ち上げるまではよかったが、そこで、バランスを崩してよたよたとなった。その際に、車椅子の側面の金具が、車のドアをしっかりと傷つけてしまったのである。「しまった!」と思ったが遅かった。不幸中の幸いだったのは、雅子の身体に支障がなかったこと、それに傷ついたのが自分の車であったことで、「まあ、致し方ない」と自らを慰めざるを得なかった。
 大きな不幸の中で、小さな幸せを求めての毎日の介護生活だが、何が小さな幸せなのか考えさせられることは多い。ちょうどこの青空駐車場が満車から空車に変わったことで「ラッキー」と思ったことが、結局は「アンラッキー」に繋がってしまったのも一例だ。、
 車の傷で、心の傷を受けてすっきりしない気分で車椅子を押しながら、一考は吉田病院に向かった。吉田病院は、その駐車場から、ゆっくり歩いて5分ぐらいのところにある。(以下、明日に続く)

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驚愕の父親殺人

 9月18日に京都府京田辺市で起きた父親殺人事件は、理解を遥かに超えた猟奇事件だ。驚きが大き過ぎて言葉がない。事前にホームセンターで買い求めた手斧、更には返り血対策に黒いワンピースに着替えていたという計画的な殺人事件だ。「お父さんが嫌いだから殺した」と自供しているが、まさに、問答無用の殺人である。
 通常、殺意と云うものには、多少なりとも理解、納得するものがあるはずで、このような単純な理由での殺人は、小説の題材にも使えないのではないかと思う。現代と云う時代を表していると言ってしまえばそれまでだが、そんな現代に誰がしたのか。腹立たしい思いである。
 筆者の独断だが、その原点は、橋下内閣で導入が決定された「ゆとり教育」(1996年)にあったのではと思いたくなるのだ。「ゆとり」という耳障りのいい言葉が、国を誤らせたのではないか。安倍内閣の「美しい国」もそうだが、耳障りのいい言葉には要注意で、慎重な対応が望まれる。

連載(245) 難病との闘い
      第九章 介護生活の実態1 平成19年春から夏 (24)

(4)2007年5月17日 木曜日 小雨 (通院日 その3) 
 自宅から京都駅前の吉田病院まで車では30分程度だが、道の混み具合で下手すると50分ぐらい掛かることもある。運転下手の一考は、常にゆとりを持って、早めに出掛けることにしていて、いつも、予約時間の1時間半ぐらい前に出ることにしている。症状が悪化する昨年の8月度までは、ずっと、JRで通院していたが、その後は、止むを得ず車での通院に切り替えていた。
 今日の診察予約時間は、12時52分といつもよりも遅いのだが、それでも、遅くとも12時半前には家を出た方がよく、そのため、昼食は11時半ぐらいに済ませておく必要があると、一考は頭の中で予定を組み立てていた。
 そんな訳で、昼食には、雅子が食べ易いうどんを用意する。熱いから、一旦、お皿に取り出して、フォークでくるくると巻いて口に入れてやる。 つるつると吸い込むので手間が省ける。雅子の食事が終わると、一考は、手早く、自分の食事を済ませた後、雅子にお薬を飲ませて、トイレに連れて行く。雅子が用を足している間に、食器の洗いものなどの後片付けをする。
 出掛ける前に、雅子は軽く口紅を差してほしいという。女の嗜みは、症状がこんなに悪化していても健在だ。一考は、そんな雅子をいとおしく思う。しかし、それまでは、女性の方に口紅を差してやったこともなかっただけに、最初は戸惑っていたが、今では適当に対応してあげている。
 12時半少し前になると、さあ、いよいよ出発だ。以前は、支えてやれば何とかよちよち歩きで車に乗ることが出来たが、もう一ヶ月ほど前からは、それが出来なくなった。そのため、この車に乗せるステップが今までよりも相当に厄介になった。その手順は、リビングから玄関まで室内のタクシー(車椅子)で移動し、そこで、支えてやりながら、車椅子から玄関口に下ろす。そして、一旦座らせて靴を履かせた後、用意しておいた屋外の車椅子に移し変え、車庫から出してある車に、車椅子を横付けし、雅子を支えながら車に乗せる。ここが少し力仕事になる。その後は、車椅子を畳んで、車に乗せると、とりあえずが出発の準備は完了する。この間、10分ぐらいは掛かる。従って、雨でも降っていると大変なのだが、今日も今の時点では雨は上がっていて大丈夫だ。今までも、不思議と雨にはあっていない。大きな不幸の中で、小さな幸せと云うべきだろう。
 京都へは西大津バイパスを通って五条通に出て、そこから京都駅前まで行くが、問題は駐車場である。吉田病院には駐車場がないので、近くの駐車場を使うのだが、近くには青空駐車場と伊勢丹の駐車場がある。後者はいつも空いているが、少し離れていて、高価であるので補完的に利用していて、青空駐車場が空いている場合は、ここを優先的に利用している。しかし、ここは、雨天の場合は利用し難い上に、狭くて十数台しか置けないことが欠点で、満車の時ガ多い。
 この日は、車は順調に走って、13時15分には、この青空駐車場の前に差し掛かった。しかし、その時には満車の表示がでていたので、どうしようかと思案しながら、この近辺を周回してもう一度戻って来ると、幸いにも、タイミングよく、空車と表示が変わっていた。これはラッキーと思って、喜んで、この駐車場に車を入れて、所定の場所に駐車した。こんなつまらないラッキーにも、大きな不幸の中で感じる小さな幸せだ。
 そして、雅子を車椅子に移す作業作業に取り掛かったのだが、不覚にも想定外のアンラッキーが待っていた。(明日に続く)

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光市母子殺害事件

 8年半前に起きたこの事件の差し戻し審公判で、遺族の本村洋さんは「君の死は万死に値」と証言。これに対し、被告は弁護人の質問に「一生理解されなくても、僕は生きて償いたい」と訴えた後、検事の質問に「なめないで欲しい」と言い放ったという。こんな被告の主張に納得できる人がいるのだろうか。
 世間を驚かせたのは、弁護団が持ち出した珍論法で、常識では理解できない馬鹿げたものだった。まさか、そんな内容を裁判官達が認めるとは思わないが、改めて弁護士の役割について考えさせられた。少なくとも、オセロゲームのように、何も黒を白にするのが優秀な弁護士ではない。
 テレビでお馴染みの橋下徹弁護士が言い出した「懲戒請求」をぶっつけてみたい気持ちになるのも不思議ではない。 いずれにしても、別の目的があって、そのために本来の事件の真相を葬ることになってはいけない。

連載(244) 難病との闘い
      第九章 介護生活の実態1 平成19年春から夏 (23)

(4)2007年5月17日 木曜日 小雨 (通院日 その2) 
 さて、この雅子が座る専用椅子だが、これは、最近購入したマッサージチェアである。それまでは、介護業者から借りた、上下移動の高さが調節できる椅子を使用していたが、直ぐにお尻が痛くなるというので、その対応にクッションを換える等、いろいろと試行錯誤を試みて腐心したが、どれもうまく行かずに途方にくれていた。ある時、いつも行くジャスコの電気店でマッサージ付きのこの種の椅子が展示してあるのを見て、そのクッションの豊かさから、これならいいのではと思うようにり、雅子を連れてテストに出向いた。しかし、ゆっくりと時間を掛けて試すことが出来ないこともあって、そこでの雅子の反応は今一つだった。
 しかし、他に対案もなかったので、一考は思い切って購入を決意した。かなり、高い買い物だったが、雅子のためということで、値段は二の次だった。
 結果的には、この椅子なら、最長4〜5時間は、雅子も何とか座っていられるので、今では恋人のように愛用している。そして、たまには使用するマッサージ機能もそれなりに効果があって、今では雅子の生活時間の大半をサポートする大切な相棒になっている。
 さて、通院の日の一考の段取りは大変だ。木曜日なので、母親の食事の当番でないことは救われる。それでも、燃えるゴミの回収日なので、各部屋にあるゴミを纏めて所定のゴミ袋に入れて外に出る。いつのも手順で、道路に面した石垣の溝の掃除をして、そのゴミをも集めてその袋に入れる。この場合、時々、隣との境にある電柱に犬が糞をしてあることがあり、ブツブツと不満を言いながら、この処理をも行なう。犬の散歩の方を見かけると、そこで用便をしないように気をつけて見ているのだが、いつの間にやら、してやられることがあって、面白くない。
 ゴミ袋を所定の場所に出して、一旦部屋に戻って、食器の後片付け、母屋の雨戸明けて、仏さんにご飯を供えるなどの雑用を済ませると、洗い終わった洗濯物を持って二階に上がり、それを干す。それが終えると、ささやかな一考の時間だ。自分の机(オフィス)で、その日のブログに取り掛かる。多忙な中でのブログだが、それが一考には唯一の生産的な仕事なのでやる気は旺盛だ。
 その間、8時半頃から、東証の動きも同時併行でチェックする。幸か不幸か、今朝の状況では、生憎、売買のチャンスがなさそうなので、前日の総資産などの実績整理以外の必要な追加アクションはない。
 ブログを書き終えると、そのコピーを持って、雅子のいるリビングに戻る。時間は9時30分過ぎだ。ブログのコピーを雅子の手に掴ませて、それが読めるように体勢を整えてやる。何しろ、右の片手が辛うじて紙が握れる状態で、そのコピーを掴むのがやっとである。
 雅子は、時間を掛けてそのコピーに目を通すのが最近の日課になっている。時々、誤りを指摘したり、不満な箇所の訂正を申し入れて来るので、妥当、或いは必要と思われる部分の修正などを直ちに行なう。いずれにしても、この時間帯は、一考には貴重で多忙で楽しい闘いのひとときなのだ(以下、明日に続く)

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男の涙

 ヤクルトの古田敦也兼任監督が退任する。昨日の記者会見で、記者の質問に何回か言葉に詰まり、ぐっと涙を堪えていた。成績不振の責任をとっての爽やかな退任だ。同時に18年頑張った現役も引退する。
 眼鏡をかけた捕手だということで、プロ各球団は最初の年のドラフトを見送ったため、プロ球界へは、実質2年間遅れてのデビューとなった。それでも2000本安打、通産1000打点を達成、リーディングイヒッターも一度獲得するなど活躍した。特に、三年前の球界再編成時での、あのストを指揮した指導力は非凡なものを見せた。
 まだ42歳と若い。今回の潔い引退は、いずれ近いうちに監督として復帰する可能性を残した。その点で、辞任のタイミングを逸して、再登板のチャンスをなくした安倍総理との違いは歴然だ。
 野球評論家の張本勲氏は「男は人前で涙を見せるな!」といつも厳しく指摘しているが、そうだと思う一方で、人間である以上、感情が込み上げてくるのを素直に表現するのも悪いことではない。昨日の古田監督の涙に、同氏の誠実さを見たような気がする。そういえば、最近の阪神の岡田彰布監督は、試合中でも喜怒哀楽をそのまま出している。そんなところもファンを惹きつけることになっているのではと思っている。

連載(243) 難病との闘い
      第九章 介護生活の実態1 平成19年春から夏 (22)

(4)2007年5月17日 木曜日 小雨 (通院日 その1)  
 5時過ぎに目を覚ます。明け方まで降っていた雨が上がったようだ。一考はいつものようにトイレに行ってから体重測定を行なって寝室に戻った。このところ、体重は56Kg台で安定している。
「おはよう」雅子が弱々しい声で挨拶する。
「おはよう。大丈夫?」一考も、いつものように挨拶を返し、雅子が頷くのを確認すると、直ぐに着替えて、一旦、寝室を出る。この時、雅子は早く起こして欲しそうな様子だが、一考が幾つかの準備をして戻ってくるのを、我慢して待つことに慣れたようだ。本人は、なるべく早く起こして欲しいのだ。寝返りを打てなくて身体が痛いからだ。
 一考は、手早く、ご飯をかして電気釜のスイッチをいれ、簡単な朝食の準備をし、洗濯機にスイッチを入れ、新聞を取り込んでから、寝室に戻って、ベッド床の角度を操作しながら、雅子をベッドの上に起こしてやる。着替えをさせようと、パジャマに手を掛けると、じっとりと汗が滲んでいる。
「結構、汗かきなんだね」
「だって、身動きができないんだもの」雅子は、すねたような言い方だ。何しろ、自分では何も出来ないのだから、その辛さは手に取るように分かる。
「我慢、我慢の毎日だね。厳しいけれど、これも人生なんだ。精一杯生きるしかないね」一考の慰めの言葉、表現も毎日似たようなもので、その種の表現方法の在庫がなくなってきている。
「さあ、タクシーでのお出かけだ」着替えを終わると、一考はそう言って、小型の車椅子をベッドに横着けし、リビングルームへ移動する。今では、歩いての雅子の移動は困難で、室内の移動でも車椅子を使うことになった。思えば、今年の初め頃までは、手を引いて「トントントン」と掛け声を掛けてよちよち歩くで、二人の一体感は充実していたが、この2月に入って間もなく、それも出来なくなってしまい、家具屋で見つけたキャスター付きの椅子を使って移動をするようになった。今では、介護業者の方の紹介で、小型の車椅子に換えた。これの方が扱い易く、二人の間ではタクシーと呼んでいる。
 ダイニンググルームで手早く朝食を済ませ、沢山の種類のお薬を飲み、歯を洗って洗顔、そしてトイレといつものレギュラーコースをこなす。それぞれのコースでの介護には、鼻をかんだり、口元を拭ったりなどの細かい心遣い、忍耐強いサポートは欠かせない。この間の移動は、もちろん、全てそのタクシーだ。
 今日は、月一度の吉田病院での定期診察日だ。診察予約が午後に予定されていて、何となく朝から慌しさを覚えての段取り進行だ。とりあえず、リビングの雅子専用の椅子に座わらせると、ほっとして一息つくのだ。(以下、明日に続く)

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難病と闘った有名人

 巨人軍の終身名誉監督の奥様の長島亜希子さんが急逝された。長男、長島一茂夫婦とお食事をされた直後の不幸だったようだ。東京オリンピックのコンパニオンだった西村亜希子さんに一目ぼれした長島選手との電撃結婚は、当時の大きな話題を提供してくれた。
 二男、二女の4人の子供さんを育てられたのだが、膠原病と云う難病にかかっておられたそうだ。筆者好みの知的な美人ということでの印象が強い。ご冥福をお祈りしたい。
 難病と聞くと、他人事ではない。先日(9月17日)亡くなられた芸能界の振り付け師、土居甫氏もパーキンソン病と闘っておられたようだ。日本テレビの「シャボン玉ホリデー」にレギュラー出演し、ザ・タイガース、ザ・ピーナッツなどの振付を担当、その後、桜田淳子やあのピンク・レディーなどを育てられたという。圧巻は、発病後もリハビリしな頑張られていたことだ。
 有名な方でも、難病に犯されて苦しんでおられながらも、それぞれの道で頑張ってあられたたことを知るとき、自分達も、もっともっと頑張らねばと改めて勇気付けられるのである。

連載(242) 難病との闘い
      第九章 介護生活の実態1 平成19年春から夏 (21)

(3)2007年5月14日(月)晴れ(その3)
「これは、大変お役に立ちますよ。是非、試してみてください。余計な体力の消耗を防げますし、足腰の負担が軽減されます。考えておられる以上に楽になるはずです」亀田さんは、自信たっぷりにリ一考にその使用を勧めた。
「いずれ、使うことになりとは思っているのですが、今のところ、幸い、まだ雅子の右脚が何とか持ち上がっていますので、使わずに済ませています。近いうちに、是非試してみましょう」一考の説明に亀田さんは大きく頷いた。
「このようなお仕事をしていて、良く出くわすのは、ご主人様が腰や背中を痛めたりするケースです。介護の疲労が蓄積されて起きるのですが、私は、それを一番心配しています。そうなってしまっては、取り返しがつかなくなりますし、他の方にも迷惑を掛けることになります。そういう意味で、なるべく、介護サービスをお使いになって負担を軽減されることをお勧めします」黙ってやり取りを聞いていた深田さんが心配そうに、新たな角度からアドバイスした。
「ご心配頂き有難う御座います。私も、そうなっては大変ですので、自分でも心配しています。具体的にはどんなサービスがあるのでしょうか?」
「例えば、入浴サービス、或いはショートステイなどがご利用いただけるのではと思いますが」深田さんには、そう言って、手元の資料を一考に手渡した。ショートステイと云うのは、介護対象者を一時的に預かってもらうサービスだ。
「なるほど。入浴は、ヘルパーさんに来て頂いてやっていただくのいですね」
「そうです。週に何回かと決めて頂ければ、その範囲でサポートできます」
「直ぐにでも検討してみます。また、ショートステイにも大いに関心があります。正直言って、少し遠出をしたいこともありまので。どの程度の期間が可能なのでしょうか」
「最大30日です」
「ほおっ。それなら東京はおろか、海外への旅も可能ですね」一考は、そんなサービスがあるとは思っていなかっただけに、サービスの多様性に、認識を新たにするのだった。
「別件で、念のためお聞きしたいのですが」今度は、一考の方から踏み込んで質問した。
「何でしょうか?」深田さんが興味深げに視線を一考の方に向けた。
「介護施設への入居についてなんですが、今は、どんな具合になっているのですか?」一考は、今すぐはそんな必要性がないとは思っているが、この辺りの事情についても知っておきたかった。
「まだ施設が少なく、数が限られていますので、現時点で、待機者が2,3百人おられるのですよ。それに入居期間が3年で、その後は、再度申請して頂かなければならないんです」少し、申し訳なさそうに深田さんは説明した。
「なるほど。それじゃ、なかなか大変なんですね」雅子の顔を見ながら、一考は呟いた。
 ケアコンファレンスという聞きなれない会議だったが、当初思っていた以上に、いろいろと参考になる会議で、一考も充足感を覚えていた。そんな中で、ケア・マネージャーの深田さんの会議の運営ぶりの非凡さに、今までになかった魅力を覚えた。
 会議が終わると、雅子は定期のマッサージを受ける段取りになっていたので、直ぐにタクシー(室内車椅子)を使って寝室に移動した。(以下、明日に続く)

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地方遊説

 自民党の総裁候補の麻生太郎福田康夫の二人が呉越同舟で地方遊説をしている。東京を皮切りに、昨日は大阪、高松で街頭演説を行なった。麻生候補の明るさが思いの外人気を博しているようだ。体勢が決した中での麻生候補の頑張りには、何故か応援したい気持ちになるのが人情だ。
 驚いたのは、その演説会に集まる聴衆の数で、どこも相当なもので、スペースいっぱいに埋め尽くしている。また、このニュースがトップ扱いで大きく報じられていることも今までにはなかったように思う。勝負のついた一党の代表者争いが、これほど盛り上がり、活況を呈しているのは珍しいのではないか。逆転を目指し満を持す民主党は、さぞかし、歯がゆい気持ちで眺めているのだろう。
 このところ、支持率が低迷していた自民党には、またとない挽回のチャンスであり、巻き返しに入ってもらいたい。

連載(241) 難病との闘い
      第九章 介護生活の実態1 平成19年春から夏 (20)

(3)2007年5月14日(月)晴れ(その2)
「改めて申し上げることもないと思いますが、この会議の狙いは、介護を受けて頂いている雅子さんが、最適な介護サービスを受けられるように、いろんな立場の方が知恵を出し合い、不満や困っている問題の解決に当たっていこうというものです」深田さんの落ち着いたしっとりとした声が部屋に響いた。
 幾度もこんな会議を持っていて経験豊かなのか、彼女は手馴れた手順で会議を進めた。先ずは、現在提供いただいている介護の機器、ツールなどの利用状況の確認、それに、設置された手摺や段差解消の設置器具についての効果などの検証を含めた議論に入った。
 一考は、それらについての現状を説明した。その中で、段差解消は大いに役に立っていること、しかし、手摺については、一部のものは、今では殆ど使っていないものがあることを報告した後、介護のリース商品について触れた。
「ところで、あの特殊寝台ですが、これは、大変、重宝させてもらっています。背もたれや伸ばした足の角度を自由に変えられるので、その日の雅子の体調に合わせて使わせていただいています。何しろ、一日の四分の一以上をその上で過ごす訳で、今まで、見ている限り、そこにいるときの雅子は、最も落ち着いて過ごしているように思えます。とにかく、御礼を申し上げたいと思います。次に上下に高さを可動出きる椅子ですが、これも有用に使わせて頂きました。しかし、どうしても長く座っているとお尻が痛くなってくるということで、いろいろ試した結果、今ではこのマッサージ椅子に代えました。幸い、これだとお尻も比較的長時間堪えられるようです」一考はそう言って、雅子が座っている椅子を指差し、雅子に同意を求めるように視線を送った。
「なるほど。それじゃ、その椅子はとりあえず引き上げましょう。部屋のスペースも取っていて、大変でしょう。この種のものは、使用しない場合は、無用の長物ですから」亀田さんが親切に申し出てくれたので、一考は、「それは助かります」と丁重に礼を言った。
 その後、話は進んで、雅子のその後の病状の変化を踏まえて、新たな希望などがあれば申し出て欲しいと、深田さんがタイミングを図って話題の舵を切った。
「いろいろとご配慮に預かり、感謝しています。早速ですが、お風呂場から出る際に、雅子の足が滑って困っています。滑らない、或いは滑り難いシートのようなものはありませんか」いつも、入浴時に苦労していることを思い出しながら、低調に申し出た。
「ありますよ。そういうご要望は結構多いのですよ。直ぐにサンプルをお持ちしましょう」亀田さんは大きな顔をゆるめて、任せて欲しいといった顔つきで即答した。
「それは助かります。やはり、そのようなことで困っておられる方が多いということなんですね」我が意を得たりといった気持ちで、一考も大きく頷いた。
「ところで、相坂さん、先ほどのお話では、風呂板をご利用になっておられないようですが?」亀田さんが大きな顔を突き出すように話しかけて来た。一考は、戸惑いながら、同氏の顔を見た。(以下、明日へ続く)、

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プレッシャーで自滅

 昨日の女子プロゴルフは、飯島茜選手が日本人で初めての三週連続優勝が掛かっていたので、朝からそのスコアの動きを注目していた。そしてバーディでスタートしたとの情報で、これはいけるのではと本人も意識したのだろう。それがいけなかったのか、2番でボギー、3番のロングで、何とトリプル、更に4番でボギーと、スコアは考えられない乱れとなって、あっけなく夢は吹っ飛んだ。恐らく、想定外のプレッシャーが、一気に自滅へと誘導したのだろう。
 プロ野球も、トップに立った阪神が、中日の中田投手にあえなく完敗した。今まで押さえられぱなしの投手への過度なプレシャーに、全く手も足も出なく、つまらないエラーも重なった自滅だった。三日天下じゃ困る訳で、今夜に切り返しを期待したい。
 あの安倍総理も、結局は機能性胃腸障害ということで辞任に追い込まれたが、それも、孤独な立場に襲い掛かったプレッシャーで、自滅したと解釈できよう。
 いい意味でのプレッシャーは張り合いになって、プラス効果が期待できるが、過度なプレッシャーは、精神的な重圧となって自滅に繋がることが多い。自らをコントロールする適切な逃げ道を持つことが必要となろう。
 筆者は、目下、妻の難病介護の毎日だが、このブログが適度な逃げ道となっていて、今のところ自滅の不安はない。
 
連載(240) 難病との闘い
      第九章 介護生活の実態1 平成19年春から夏 (19)

(3)2007年5月14日(月)晴れ(その1)
 週明けの月曜日で、五月晴れの清々しい日である。午後1時半からケア・コンファレンスが予定されていることもあって、雅子も朝から少し緊張気味だ。最近は、人前に出るのに気が進まないようだ。症状の方も、その後更に悪化が進み、一ヵ月ほど前から、あのよちよち歩きも難しくなり、室内での移動も車椅子に頼るようになっていた。二人は、それをタクシー利用と称しているが、これで、今までに比べると、体力の消耗も少なく、時間的にも短縮できるようになったが、その一方で、雅子の運動不足は避けられなくなっていた。
 ところで、この日までは、一考は、ケア・マネージャーの役割については、それほどの関心を持っておらず、在宅介護の利用者に毎月届けられるサービス利用に関する実績と予定を纏めた資料を機械的に受け取っているだけだった。それには、具体的に、どこのサービス事業者からどんなサービスを受けているか、当月はどんな段取りになっているかが表示されているので、その時点での介護のサービス状況を確認するのには、それなりに便利な資料だった。
 しかし、今日は、そんなサービスとは別のケア・コンファレンスという聞きなれない会議を行なうという。一体、どんな内容の会議なのか、今までにない関心があった。出席者は、ケア・マネージャーの深田さんと福祉用具サービス業者の亀田さんの二人に、介護者の一考と介護対象者の雅子の4人である。可能なら、担当医師の参加も望まれているが、大抵の場合は、彼らは超多忙であり、とてもそんな余裕もなく無理であるため、事前に書類で意見をもらっていて、それが会議の中で紹介されることになっている。因みに、この会議も、法律に則った介護サービスの一環として、そのガイドラインに沿って実施されているのだという。
 朝から、一考は、その会議の場所を何処にするか迷っっていたが、適当な場所がないことから、雅子のいるリビングで行なうことにした。
 早めの昼食を終えて、一考と雅子はそれに備えていた。リビングに全員が揃ったのは、予定の1時半を少し過ぎた頃だった。深田さんと亀田さんがソファーに並んで座り、大きなマッサージチェアに座っている雅子をはさんで、その隣に、一考が、ソファーの二人と向かい合う形で、リースしている室内車椅子(タクシ−)に座った。
 やおら、会議の進行役を務めるケア・マネジャーの深田さんが、ゆっくりと話しなれた口調で、本カンファレンスの狙い、主旨について説明を始めた。深田さんには、既に、高校生になる子供さんがいるとの話だったが、見た目にはずっと若く、その話しっぷりも魅力的で、一考の気分も満更ではなかった。(以下、明日へ続く)

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楽しい連続ドラマ

 毎日の介護生活を潤してくれるのが、メディアが伝えてくれる世の中の動き、話題である。これらは、恰も、連続ドラマが推移して行くようで「さあ、今日はどうなるのだろういか」との興味と関心を掻き立てくれる。
 そういう意味では、今の看板ドラマは、福田氏、麻生氏の自民党の総裁選の戦いで、勝負がついたといわれる中でも、判官贔屓ではないが、頑張っている麻生氏の言動に興味はある。若しかすると、意外に票を集めるのではとも思っている。 また、福田氏の登場で戸惑っている小沢民主党の次なる戦略も面白そうだ。
 一方、スポーツ界では、阪神、巨人、中日の三つ巴も、日替わりで首位が交代する激しい戦いが展開中で、ゴール目指しての最後の戦いが大変な盛り上がりを見せている。特に、JFKの三人の押さえを持つ阪神の戦いに興味が集まるが、生身の人間である三人が、どのように頑張るかは、ファンをひきつけて止まないだろう。
 短編ドラマだが、今日最終日を迎える女子ゴルフで、飯島茜選手が、日本人初の三週連続優勝を成し遂げるかどうか、更には、それを更新して四週連続に期待を繋ぐか、興味は尽きない。
 朝青龍の動向、大相撲秋場所、株の動き、各種裁判、毎日起きる事件など等、チャンネルが多すぎて、追い切れない毎日で充実している。

連載(239) 難病との闘い
      第九章 介護生活の実態1 平成19年春から夏 (18)

(2)2007年3月22日(木)晴れ (その4)
「大変なの!」久子の特徴で、何事も大げさな表現をすることが多く、また下らないことでも言って来たのかと思っていると、早口で「母親が昼間、庭で転倒して頭を打ち、一人で歩いて、近所の佐藤外科病院に行って来た」と告げた。これは下らない話ではなく、びっくりの話だ。
「ええ! 母が一人で歩いて病院に? そんな馬鹿な!」と一考は話の内容に不安を覚えて呟いた。
「そうなの。あの年なので、一人では出掛けないよう幾度も言ってあるんだけど」久子のいつもの癖で、少し興奮していて早口だ。
「何時頃の話なの?」若しかしたら、自分が山科に雅子を送迎している間なのかもしれないと思いながら確認した。
「お昼過ぎのようよ。階段の下からあなたに声を掛けたようだが、返事がなかったので、自分で病院に電話して行って来たというの」
「お昼過ぎなら帰っていたよ。でも、そんな声は聞こえなかった。まあ、二階の部屋にいると聞こえないことが多いけれど」少し弁解気味に一考はそう言って姉の顔を見た。
「先ほど病院へ行って確認すると、一人で歩いて来られたので、看護婦さんがびっくりしたと言っておられた。とにかく、95歳の老人が、頭に大きなこぶを作って、ふらふらと歩いて来られたので、何があったのかと心配したと言っておられた。ちょうど、先生が医師会の会議に出ておられて不在だったので、直ぐに呼び返してもらったらしいの」
「二階のあの部屋が問題だね。緊急の際の連絡方法を考えておかないといかんなあ。それで怪我の方はどうなんだ?」一考は、責任を感じながら弁解し、診断結果を確認した。
「レントゲンを撮ってもらったようで、今のところは異常がないらしいが、何しろ、年が年だけに、暫く様子を見る必要があるというの」
「分かった。まあ、不幸中の幸いだった。庭になんかに出て、余計なことをしないように言っておいてくれよ」一考は、そう言ってみたが、母親の大事な時に連携が取れなかったことに遺憾を覚えていた。
 この日は、六カ国会議で北朝鮮の代表が、勝手に帰ってしまうという事態が起きていて、世界的にも遺憾な不安が拡がっていた。いずれにしても、母親の状態が大事に至っていないことで、一考はほっとしていた。
 翌日、母親と二階の部屋に短縮ダイアルで直結できるようにし、母親にその扱い方を教え込んだ。いずれにしても、二人の面倒を看なければならない一考も大変だ。(以下、明日に続く) 

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辛い男の意地

 今の麻生太郎氏の心境は如何なものなのだろう。安倍総理辞任直後には、同氏が後継の本命と見られていて、本人もそう思っていたと思われる。それが、福田康夫氏の出馬表明で、麻生派を除く各派閥は先を争うように福田支持に雪崩を打って流れ出した。今や、麻生氏は当て馬以外のなにものでもない。
 麻生氏は、今や、福田康夫総裁誕生の介添え役に過ぎないが、今更引けない立場にあることも事実だ。昨夜も、テレビ各局のインタビューでは、きちんと出演して頑張っていた。お気の毒に思うが、堂々としていた応接にほっとしたものを覚えた。
 将棋なら、早い序盤での投了も可能なのだが、それが出来ない今の麻生氏の立場は、幾ら男の意地だとは言え、筆舌に尽くし難い辛いものがあろう。次の次に夢を残して頑張ってもらいたい。

連載(238) 難病との闘い
      第九章 介護生活の実態1 平成19年春から夏 (17)

(2)2007年3月22日(木)晴れ (その3)
 出掛ける時間が近づくと、口紅を薄く差してやる。症状は悪化しても、女心は失っていない。この口紅差しも、れっきとした介護のレギュラメニューの一つになった。
 頃合を見計らって、いよいよ出かける作業を開始する。雅子を導いて、よちよち歩きで玄関まで行き、段差のある玄関口に座らせて靴を履かせてやる。このところ、運動不足で、足が少しむくんでいるようで、靴がスムーズに履けない。少し、力づくで押し込んでやらなければならない。そして、用意して置いた戸外用の車椅子に乗せて、車庫の前に待機させてある車に乗せる。幸い晴天なので助かる。いずれにしても、この作業も、ちょっとした力仕事だ。それが済むと、車椅子を畳んで車に押し込む。ここで、一考の仕事も一段落となる。
 予定通り、11時少し前に家を出た。西大津バイパスを利用するのだが、山科にいる次女、伸子の家までは15分少々だ。先着して待っていてくれる三人の姉達の手助けをもらって、雅子を家の中に送り込むと、取り敢えずは、一考の役割はお役御免となった。一考は、三人のお姉さん達に雅子を頼んで、そのまま家に引き返した。
 帰宅すると12時近くなっている。有り合わせの物で昼食を済ませて一休みする。4時ごろに迎えに行くことになっているので、3時半過ぎまではフリーとなる。介護の生活では、このフリーな時間は大変貴重だ。普段出来ないことに当てたいと思うのだが、結局は雑用と休息に当ててしまうことになる。普段の疲れが溜まっているからである。
 予定通り、3時半過ぎに家を出て、雅子を連れ戻ったら5時近くになっていた。雅子の話では、近くの店から取り寄せたお弁当で、昼食を楽しんだ後は、皆で歌を歌ったりして楽しんだという。また、その間は、いつものことながら香子姉さんが盛り上げてくれたようだ。少し前に出掛けたシドニツアーの話が中心で、立て板に水の独演で、楽しいお話を聞かせてもらったという。一つ共鳴したのは、海外では言葉の壁があって、さすがの弁舌爽やかな香子さんも夫の言うままに従わざるを得なかったようで、自分の場合と重ね合わせて苦笑していたという。いずれにしても、雅子には、絶好の息抜きの機会で、心の洗濯になったようだった。
 帰宅して、雅子をリビングの所定の椅子に座らせて一息つくと、姉の久子が慌てた足つきで興奮気味にリビングに入って来た。(以下、明日に続く)

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流れは逆転!

 今朝の各紙は、後継総裁レースで福田康夫氏が一気に有利になったと報じている。逆に本命だった麻生太郎幹事長への風当たりが強くなって来ている。恐ろしいことだが、一日で流れが大きく変わったのだ。
 筆者には、森内閣、小泉内閣で1000日以上も官房長官を努めた福田康夫氏の好印象は、今も鮮明で健在だ。
 流れという点でもう一つ注目すべきなのは、テロ特措法に関し、世論に変化の兆しが出て来ていることだ。それまで、自衛隊のインド洋派遣について、反対が過半数以上を占めていたのだが、今朝の朝日新聞などで、賛成が伸びて来ているようだ。これは、その法案の正確な理解が進んだ結果だと思うが、これもまた、まさに、流れの変わり目にあると言えそうだ。
 いずれにしても、その種の「流れ」はちょっとしたことで急転することはよくある。そういう意味では、小沢民主党も、自衛隊派遣で、あまり意固地な論理を振り回していては、その二の舞になりかねないことを弁えていないといけない。

連載(237) 難病との闘い
      第九章 介護生活の実態1 平成19年春から夏 (16)

(2)2007年3月22日(木)晴れ (その2)
 9時半頃になると、一考は、その日のブログのコピーを持って、一旦一階に降りて、雅子の様子を確認してから、そのコピーを手に持たせてやる。雅子の活字への関心を繋いでおくための一考のアイディアだ。今朝は、昨夜行なわれたコンピューターとプロ棋士、渡辺竜王との歴史的な対局について触れたもので、将棋好きの一考にはもってこいのテーマだった。
 ところで、今の雅子は、手や指を思うように動かせないから、紙に書いたものを読み切るのは容易ではない。じっと紙を握って押さえていることは可能なので、時間をかけてゆっくりと目を動かして読むことになる。従って、何回も同じ行に目を通すことも多く起きて、時間が掛かるのだ。それでも、時々、誤字脱字や事実関係の間違いを指摘してくれるので、毎朝、ブログの校正の役割を果たしてくれる。また、場合によっては、内容にクレームをつけることもあり、ブログの訂正を余儀なくされることもある。幸い、この日は、特に問題はなかったようだ。
 10時を過ぎると、いよいよ出掛ける支度に入る。指し当たっては、今一度のトイレでの闘いに挑む。何とか、スムーズに通じがあることを願って、一考は必要なサポートをしてやり、リビングでじっと待機する。この間、雅子は弱くなった大腸の蠕動運動をカバーしながら必死に頑張る。食べる時もそうだが、出す時も、雅子には、常に必死の闘いなのだ。
 暫くして、終わったという意味のブザーが鳴ったので、迎えに行く。幸い、この連絡用スイッチのボタンは、比較的大きいので、今の症状の雅子でも何とか押せるのだ。
「出たわ! 少しだけど」雅子の顔には、疲れた様子の中にもほっとした安堵感が滲んでいる。
「おお、よかった。ご苦労さん」一考はそう労って、ウオッシュレットのボタンを順次押してやる。悲しい話だが、雅子の症状の悪化がその後も進み、数日前から、このウオッシュレットのボタンを自分で押せなくなってしまっている。雅子には、言葉に表せない屈辱的なことなのだが、じっと我慢して一考に任せるしか仕方がない。いつものように、必要なサポートをしてやってから、一考はトイレから雅子を連れ出し、リビングの雅子の定位置である椅子まで、よちよち歩きでたどり着く。
 雅子が椅子座わると同時に「ほおっ」二人のハモッたような息遣いが、静かな部屋に悲しげに響くのだった。(以下、明日に続く)

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