プロフィール

相坂一考

Author:相坂一考
滋賀県大津市出身
07年1月に推理小説「執念」を文芸社から出版
14年7月に、難病との戦いを扱った「月の砂漠」を文芸社から出版

このブログは3部構成です。
 1.タイトルへの一言。
 2.独り言コラムで、キーワードから世の動きを捉えようと試みる。
 3.プライベートコーナー
   (2015-06-03に修正) 

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349 大連立談義の裏側

 昨日のテレビ朝日の朝のワイドショー「スーパーモーニング」で、民主党の小沢一郎代表が生出演していた。鳥越俊太郎氏らの質問に答え、先の福田総理との大連立構想の内輪話を披露していた。その中で、「それじゃ、その構想案を纏めた資料が出来ていて、それに基づいて話が進められていたのですね」との鳥越氏の突っ込みに、「そうです。それに、私が幾つかの意見を申し上げ、手直ししてもらいました」と答えた。鳥越氏は、得たりやおうと「今でも、その資料はお持ちなんですね」と確認すると、少しためらったが「そうだ」と応じた。このやり取りからすれば、一部の新聞で伝えられていた具体的な人事話があったことも。満更噂話ではなく、裏付けされたものだったとも言えよう。
 小沢代表は更に、国民が望む政策を実行するためには、連立構想はその手段の一つであって、自分の考えは間違っていないと思うのだが、皆が反対したので、取り敢えずは諦めたのだとも付け加えていた。
 この対談は、テレビ朝日のスクープだと思うのだが、新聞は全く触れていない。筆者が気になったのは、依然として小沢代表の頭の中には連立の構想が生きているということである。何時の日か、また再燃することになるのではないか。そんな気がしている。
 蛇足だが、この番組のキャスターである「赤江珠緒」は好きなキャスターの一人だ。大阪の朝日放送を辞めて東京に乗り込んで頑張っている。よく勉強もしていて、頭の回転もいい。密かに応援をしている一人だ。

連載(314) 難病との闘い
      第十一章 介護の実情2 平成19年夏から秋 (20)

(3)思い切った遠出(その2)
 そんな訳で、今日は「名古屋往復を5時間で収める段取り」を頭の中で考えていて、この早い時間での起床も、それに基づくものだった。特に、このところ、雅子は生活のパターンとして、午前中に3回のトイレがルーティン化していたので、それを組み込んで、昼食を10時頃に済ませ、10時半頃に家を出るために、朝のスタート時間を1時間半ぐらい早めた形にしたのである。
 つまり、雅子の起床は4時15分、まず、起き抜けのトイレ、そして、朝食だ。いつものバナナ、ヨーグルト、シュークリーム、コーヒーで済ませる。その後、お薬を飲み終わると5時前だ。そこで口と顔を洗って、2回目のトイレである。それを終えて、いつもの定位置のマッサージチェアに陣取ると5時半になっていた。
 この日は生憎、母親の夕食を用意する日なので、昨夜から用意しておいたカレーの下準備を行なった後、一考のレギュラーな仕事に取り組んだ。雨戸を開けたり、母屋の仏さんにご飯を上げたり、食器洗い、洗濯物を干し、ゴミ捨てを終えると6時過ぎで、顔を洗って、2階の自分の机に座ってブログに取り組んだ。トッピクスとしては、昨日から始まった予算委員会の話題を取り上げた。
 それが終わると、そのブログのコピーを持って雅子の部屋に戻る。時間は7時半前だ。雅子を3回目のトイレに案内する。トイレが終わると、再び定位置の椅子に座らせて、持ってきたブログを読みやすい位置にセットする。最近はこのブログが、雅子が目を通す唯一の活字なのだ。それが終わると、一考は再び自分のオフィスに戻り、インターネットやメールのチェック、そして9時から始まる株の様子を確認する。そうこうするうちに9時半だ。ブログの連載部分の明日の予定稿をチェックしていると10時近くなったので、急いで雅子の部屋に戻り、用意した昼食を済ませ、お薬、そして、この日4回目のトイレを済ませると、急いで着替えて家を出た。時計は10時半を少し過ぎていた。
 さあ、ここからは、雅子の孤独な闘いが始まるのだ。、この間の雅子は、椅子に座ったままテレビを見て過ごすのだが、そのチャンネルは自分では操作できないので、つけられているチャンネルしか見られない。退屈だろうし、身動きも出来ないのでお尻も痛くなるだろうが、じっとそのまま我慢せざるを得ない。疲れが出て来てうつらうつらする。次第に身体が前に曲がった状態に、もなろう。それでも、待つしかないのは気の毒だが致し方ない。(以下、明日に続く)
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タグ : 小沢一郎 鳥越俊太郎 赤江珠緒 スーパーモーニング 大連立構想

348 常軌を逸した…

 香川県で起きた事件で行方不明になっていた3人の遺体が発見された。巻き込まれた二人の子供が特に痛ましい。まさに常軌を逸した犯行で許せない。人間かっとすると正しい判断がつかなくなってしまう傾向があるが、義姉を訪ねる時点で犯行を意図していたことから、犯人の川崎政則は、その時点で、既に常軌を逸していたことになるが、それでも、何故、子供までといった疑問を抑えられない。
 更に、分からないのは、遺体を遺棄した場所の供述で、嘘の供述をしたこと自体にも、犯人が何を考えているのか理解できない。また、逮捕後も、反省の様子も全く見られないという。人間性が微塵も感じられないのはどういうことか。
 常軌を逸しているといえば、昨日逮捕された防衛庁の守屋元事務次官もそうである。信じられないような接待を受けていた訳で、組織のトップに立ったエリートが、、いずれ、こうなるとは思わなかったのだろうか。加えて、同氏の妻までが逮捕されたことは異例であって、驚きも大きい。女帝と言われて山田洋行からちやほやされ、傲慢に振舞っていた彼女の姿が目に浮かぶ。この事件で、一つ救われることがあるとすれば、守屋容疑者が、他の女ではなく、常に奥さんを同道させていた点だ。しかし、これも、妻を愛していたと言うのではなく、尻に敷かれていたというなら、情けない話だ。
 常軌を逸してはいけないとは、誰でも分かっている。しかし、人間、かっとすれば、抑えが効かなくなることがあるので、そんな時にも、自らが万全であるように、常に精神面を鍛えていなければならない。
 
連載(313) 難病との闘い
      第十一章 介護の実情2 平成19年夏から秋 (19)

(3)思い切った遠出(その1)
 2007年10月10日 晴れ 朝、3時半の起床である。今日は、雅子を一人置いたままで名古屋まで出掛けることにしている。雅子の本格的な介護中での初めての遠出なのだ。今まででは、大阪まで出掛けたのが二度あるが、雅子の我慢限界への新たな挑戦になる。それだけに、いろいろと手はずを整えておかねばならないことからの早起きだ。
 雅子の介護は基本的には24時間のフルタイムの介護が必要である。それだけに、今までも、雅子を置いての外出は、毎日の食材、日常品などの買い物、散髪、そのほかには、京都のデパート辺りが、雅子を待たせられるぎりぎりの範囲だと考えていた。
 しかし、そのうちに、徐々にではあったが、、小学校、中学校、高校の同窓会に顔を出すようになった。それらが、幸いにも、近くで行なわれるということで、時間的にも雅子の我慢が出来る範囲内と判断しての出席だった。ところが、これらはお酒が入ることから、その勢いで何回か二次会に顔を出すようになり、その結果、帰宅が遅れて、雅子の待ち時間が5時間を越すことも何回かあった。そんな実績が、少しずつ陣地を拡大していくような感覚で、何とか、5時間は雅子が頑張れる範囲と言う実績作りにもなった。
 今回の名古屋行きは、数日前の先輩からの電話が切っ掛けだった。「先輩の先輩、つまり、大先輩が名古屋に来られるので、出て来られないか」という誘いだった。この話は、雅子の難病が悪化する前に、「そのような機会があれば是非とも声を掛けて欲しい」と一考が先輩にお願いしていたことだった。その後、一度、声をかけてもらったのだが、その際は、生憎、一考の急な帰郷で、参加することができなかった。今回は3年ぶりのチャンスである。
 折角の先輩からのお誘いだったが、雅子の症状が、この3年で相当な悪化をしていることを考えると、名古屋まで出て行くのは難しいと判断して、残念だったが、一旦はお断りしたのである。
 しかし、一晩寝て、具体的に所要時間などを確認して見ると、自宅から名古屋駅までは1時間半あれば充分であり、名古屋駅近くのレストランでの会食なら、名古屋での滞在時間は、2時間あれば充分で、帰りの時間を加えても、5時間程度で収めることが出来ることが分かった。
 具体的に、タイミングを確認してみると、待ち合わせ時間の12時には、10時半過ぎに自宅を出れば間に合い、2時過ぎに名古屋を出ればも4時には家に戻れる。つまり、5時間半の所要時間の外出ならば、何とか雅子は頑張ってくれるだろう。大先輩は東京、先輩は名古屋で、今の一考の事情を考えると、今後、このメンバーでの顔合わせのチャンスは、なかなかなさそうだ。特に、一考は、大先輩に会って、是非、お詫びしなければならない事情があった。それは、自分の作品「執念」の中で、話を面白おかしくするために、大先輩には不愉快に思われる内容が数箇所あった。それに対するお詫びである。
 そんな諸々の事情を考慮し、一考は、前言を翻し、思い切って名古屋行きを決断したのだった。(以下、明日に続く)

タグ : 川崎政則 守屋元事務次官 執念 山田洋行

347 来年は岡田で勝負

 脳梗塞で倒れたサッカー日本代表のイビチャ・オシム監督の後任として、岡田武史氏の就任が決定的となったと報じられている。W杯フランス大会に導いた実績、札幌コンサドーレ、横浜Mマリノスなどでの実績が評価されたのだろう。是非、本大会出場をもぎ取ってもらいたい。ご活躍を期待している。
 岡田監督と言えば、阪神ファンなら岡田彰布監督を置いて考えられない。今年は惜しいところで尻切れトンボとなって無念の年となった。来年こそは頑張って、優勝をもぎ取ってもらいたい。
 もう一人、来年のダークホースとして期待される岡田氏がいる。それは、民主党の岡田克也副代表だ。政権交代が予測される政治の流れの中で、民主党が政権をとった場合に、トップ、つまり、「総理」に選ばれる可能性があるとも言われている。真面目さが売りの民主党の期待の存在だ。
 いずれの「岡田」氏も、東京六大学の出身であり、50歳代の若さを誇る期待の人物だ。果敢に勝負に挑んで、夢をもぎ取ってもらいたい。「フレー、フレー岡田、フレー、フレー岡田」と結んでおこう。

連載(312) 難病との闘い
      第十一章 介護の実情2 平成19年夏から秋 (18)

(2)突然のお見舞い(その14)
 夕食間際になって、姉の久子が来て、母親を選挙に連れて行くという。このことが切っ掛けで、二人の間で大喧嘩が勃発した。このところ押さえていた一考だったが、それが逆に大きな爆発を誘導した。
 「もう齢だから、そこまでしなくてもと言ったのは誰だったか」前の選挙の際に、一考が、母親を連れて行こうとした際に久子が言った言葉を投げ返したのだが、「近所の方に、選挙には来られないのと言われたので」という。
 この会話を切っ掛けに、いつものいざこざが始まった。そして、あげくの果てに、「人の話を聞かないあんたには長男の資格がない」と、藪から棒に切って棄てられた。さすがに一考も頭に来たが、無視して二階の自分の部屋に戻ってしまった。いつものパターンである。
 母親の面倒のいっさいを引き受けて対応してくれている久子には、感謝することも多いのだが、その考え方が独善的で、他の者に手出しが出来ないやり方が面白くない。加えて、昔、父親が話していた「久子が男だったら」というセリフが、一考の頭の中に引っかかっていることも影響しているのかも知れない。二人の仲は、いつもぎくしゃくしている。
 いずれにしても、この種の久子とのいざこざで、一番面白くなく思っているのが雅子である。申し訳なく思いながらも、二人の価値観の相違が根底にあってどうにもならないのが実態で、温泉地で見られる「間歇泉」のように、時々熱いものを吹き上げるのだ。
 そんな面白くないいざこざもあったが、二人は早目の夕食を済ませ、手早く、お薬、トイレなどの定番の介護メニューを終えた。そして、いつものように雅子を専用椅子に座らせて、一考は、二階の自分の部屋に戻った。もう、8時近くになっていて、各放送局の選挙速報が始まる時間が迫っていた。
 ところで、日本にも出口調査が導入されて、もう十年以上は経つ。それまでは、各地での開票が進むに連れての報道が、まるでゲームをみているようで楽しかった。それが、今では、開票が始まる前に、既に当確が打たれるケースもあって、その意味では面白さは大きく後退している。それだけに、投票締め切りと同時に発表される8時直後の各局の出口調査結果に注目が集中する。
 そして、8時になった・案の定だった。自民が惨敗の可能性が一斉に報道された。事前の劣勢報道がそのまま結果に繋がっているようだった。一考は。少しは揺り戻しを期待していたのだが、もはや、それな期待は吹っ飛んだ流れだった。一考の脳裏には、見たくない小沢民主党代表の喜ぶ顔が浮かんできた。面白くなかった。加えて「長男でない」と言われた怒りも重なって、一考は不愉快な時間を過ごさざるを得なかった。民主党圧勝のニュースがテレビ画面を席巻していた。
 かくして、歴史に残る「ねじれ国会」を生んだ「2007年7月29日」は、喧騒の中で過ぎて行った。(以下、明日に続く)

タグ : 岡田武史 岡田彰布 岡田克也 ねじれ国会

346 政権交代

オーストラリアで行なわれた総選挙で、野党の労働党が政権を奪回した。史上二番目の長期政権で11年8ヶ月間も続いたハワード政権が、遂に幕を下ろした。新しく政権につくラッド氏は、アメリカと友好関係を維持しながらも一定の距離を置こうとするスタンスで、イラクからも一部撤退することや、あの京都議定書にも前向きな姿勢である。今の 日本の民主党とかぶるイメージもあって、更に世論を味方にする新たな風ともなりそうだ。
 ところで、福田内閣のその後の支持率は、低下傾向にあって冴えない。小沢辞任問題はそれほど大きなマイナスにはなっていないのが不思議だ。
 こうなると、一度民主党にやってもらったらという気持ちにもなってくる。小沢代表が喜ぶ顔を見たくはないが、思い切って、お手並み拝見と開き直ってみるのがいいのかもしれない。

連載(311) 難病との闘い
      第十一章 介護の実情2 平成19年夏から秋 (17)

(2)突然のお見舞い(その13)
 雅子の言葉が不鮮明な症状の最近の傾向だが、朝起きた直後の言葉は、比較的はっきりと聞き取れる。しかし、午後になるに連れて、次第に不鮮明になってくる。それは、口の中に唾液がたまってくることも一因のようだったが、やはり全体的な疲れも影響しているのではと一考は考えていた。
 そんなことで、雅子は、大事なことはなるべく纏めて朝起きた時に話すようになっている。多分、そのことで、結構神経を使い、朝に話しておかなければならないことを、前もって、一生懸命に頭の中で整理しているようで、そこにも、余計な神経が使われているようだ。
 一考の「もう少し大きく口を開けて」の言葉に、雅子は少し申し訳なさそうな顔になって、何回か懸命に言葉を繰り返した。「皆さんは、お元気なのですか」と云うのが問い掛けだったようで、。漸く、その意味が通じて、前田さんが大きく頷いた。
 「皆さんは、お陰様で、お変わりはないようよ。あなたがいないのが、とても寂しいとばかり言っているの。だから、少しでも早く元気になって欲しいわ」前田さんは、力づけるように、ゆっくりとした口調で話して聞かせた。
 ここで、一考は、二人だけの時間を作ってあげよと思って、一旦、寝室を出ようとしたのだが、その時、雅子が分かり難い発音だったが、「前田さんには、とてもお世話になったので、あなたからも、お礼を言って欲しい」との主旨の催促を受けた。それで、一考はそのままそこに留まって、改めて、今までお世話になったことへのお礼と感謝を伝えた。
 その後、暫く、取り止めもない会話があった後、前田さんは頃合を見て、失礼されることになった。雅子に「しっかり頑張ってね」と励まして、前田さんは静かに寝室を出た。雅子はベッドに横たわったまま、動かし難い手を懸命に動かして挨拶した。
 「わざわざ来て頂いて本当に有難う御座いました。、雅子には大変な心の安らぎと励ましを頂いた思います。」玄関の門の扉を出る際に、一考が改めて感謝の意を伝えた。
 「ご主人様の大変さがよく分かりますわ。お身体にお気をつけて、頑張ってください」恐縮した面持ちで前田さんは一礼した。
 「有難う御座います。しっかり頑張ります」一考もそう言って、一礼返した
 「それでは、このまま選挙に参ります」前田さんは丁重にそう言っ、投票所の方に向かって歩き出した。その足取りは、何となく重そうだった。この種の難病の方を見舞うのには勇気がいる。前田さんも、今日顔を出すのにも、幾度か逡巡、躊躇したに違いない。そんな気持ちに同情と感謝を覚えながら、一考は暫しの間、投票所に向かう彼女の後姿を見送っていた。(以下、明日に続く)

タグ : ハワード ラッド 福田内閣

345 どんでん返し

 正直言って、不動祐里選手が負けるとは思っていなかった。昨日の女子プロゴルフ最終日での話である。5打差をつけての勝負で、余裕を持って逃げ切ると高をくくっていた。それでも、気になっていたので、午前中からインターネットでその経過を追っていたのだが、何と、不動は序盤から躓いていた。一方の古閑美模は3連続バーディーの好調な出だしだった。これは危ないとその時感じたが、結果は案の定だった。勝負の流れは恐ろしい。古閑美穂選手の見事などんでん返しの優勝を称えよう。勝負は、本当に下駄を履くまで分からない。
 この件で、一つ面白い話を付記して思う。インターネット中継は、テレビ放送があるということで、前半のハーフを終えた時点、つまり、古閑選手が追いついたところで中断された。筆者は、どこか他のサイトで情報がないかと調べたが見つからない。唯一、不動祐里ファンのサイトで、現地にいるファンのメールが届いていて、土壇場で苦労しているとの情報があっただけだ。(このサイトでも、スコアーを伝えることが、テレビ放映との関係で管理人が抑えているという。信じられない自主規制だ。)
 ところががである。読売新聞のホームページが最初に古閑選手の逆転優勝を伝えた。まだ、テレビ放送中の3時50分頃だった。テレビ放送は日本テレビ系列がやっているにも関わらず、読売新聞がインターネットの自主規制を破っている辺りが、ちぐはぐで、「なんたるちあ」と言いたい。いずれにしても、不動ファンとしては、何とも悔しい、空しい一日となった。
 どんでん返しと言えば、推理小説だが、その雄である松本清張の名作「点と線」がビート・たけし主演で二日間に渡って放映された。全部を通して見られなかったが、最後の辺りは流石に重厚さがあっていい出来栄えだと思った。後で、録画をゆっくりと楽しみたい。
 もう一つ、文字通り、どんでん返しを食らったのが、大相撲九州場所千秋楽での横綱、白鵬だった。琴三喜のあっぱれな勝ちっぷりは見事だった。それも、前日に魁皇に勝ち星を献上していただけに、同氏の器の大きさを感じた。

連載(310) 難病との闘い
      第十一章 介護の実情2 平成19年夏から秋 (16)

(2)突然のお見舞い(その12)
 「良かったじゃない。優しい旦那様で。この間、皆と合った時に、そんな話で持ちきりだったわ。 本当の優しさは、こうした困った時に発揮されるもので、皆も、一度、そんなことを想定して、自分の旦那さんの優しさの有無を確かめてみたいなんて冗談を言っていたの。雅子ちゃんに見る目があったのね」仲良し仲間だけに、皆の会話は大いに弾んでいたのだろう。
 「そうなの。本当に感謝しているの」雅子の表情に和みが感じられた。
 二人のやり取りを耳にしながら、一考の気持ちは複雑だった。一考の今の面倒見は、優しさといった類のものではなく、必要上やらねばならない行為であって、それは、人間としての責任感から発しているのである。だからと言って、一考が、嫌々やっている訳ではない。雅子を気の毒に思い、愛おしく思う一考の気持ちがあっての行為であることには間違いない。
 その前提として、長い間、自分が単身赴任をして、雅子に何もかも丸投げして来たそれまでの生活があった。それは、何も自分勝手な行為ではなく、家族の幸せを願って頑張った結果であったのだが、そのことが、何らかの悪い影響を及ぼしたのではないかとの危惧があったことも確かである。その意味では、いわば、雅子への「つぐない」の気持ちが後押ししているとも言えよう。
 更に言えば、少し大袈裟になるが、結婚に際して、多くの候補者がいた中で、自分をその相手に選んでくれた雅子の決断に対し、その時に決意した自分感謝の気持ちに忠実でありたいとする思いが大きな背景となっているとも言えよう。その決意とは、自分を選んだ雅子に、自分以外の人を選んだ場合よりも、より幸せにしてやりたいとする誓いだった。
 いろんな思いが交錯する中で、今の一考の雅子に対する姿勢は、一言で言えば「人間として当たり前の行為」であるに過ぎない。いずれにしても、自分がやらなければ、他に誰もいない訳で雅子は生きていけない。優しいと表されるのは嫌ではないが、一考にはそうするしかない状況におかれているのである。
 一考は、そんな思いを断ち切って、改めて部屋の中を見渡した。それまでは応接間だったのを仕方なく寝室に使っているので、床の間や壁にかけてある額などがそのままで、いかにも不釣合いなことに気付いた。しかし、そんなことに気を使うほどのゆとりがない毎日だったのだと改めて思うのだった。
 「皆さん、お………………?」雅子が何かを問い掛けたが、言葉が不鮮明になって来ていて、一生懸命に話しているが、はっきり把握できない。前田さんは、あまり聞き直すのもよくないとの配慮で、戸惑った様子で一考の顔を見た。一考も、正確に聞き取れなかったので、雅子に向かって「もう少し、大きく口を開いて話してごらん」と優しく促した。(以下、明日に続く)

タグ : 不動祐里 古閑美穂 松本清張 点と線 ビート・たけし 白鵬 琴三喜

344 ベテラン頑張る

 魁皇が不屈の闘志で勝ち越して、11度目のカド番を脱出した。これで、場所前には取りざたされた引退は先に延びたことになる。よくぞ頑張ったと言えるだろう。口の悪い人の中には、男の友情もあったのではとの見方もあろうが、それは、ここでは無視して置こう。これで、記録的には、幕内の勝ち星が714勝となり、千代の富士、北の湖、大鵬に次いで4位を確保している。また、大関在位場所数も45場所で3位となっている。ベテラン、「よく頑張れり」である。
 一方、女子ゴルフの不動祐里さんも、今年の最終戦であるツアーチャンピオンシップで頑張っている。昨日までの3日間でノーボギー、ー13でトップを独走している。昨年、賞金王を大山志保選手に譲り、今年も今一つの活躍だっただけに、この最終戦での活躍はお見事だ。何とか、今日の最終日をきちんと纏めて、通産44勝目を勝ち取って欲しい。ここでも、ベテラン健在を発揮している。
 そういう意味では、政界のベテランである福田総理にも頑張ってもらいたい。ねじれ国会で大変である上に、身内の大臣の疑惑もあって、身動きのとれないピンチである。それによって、支持率も徐々に下がっているのが気になる。ベテランだからこそ、何らかの打開の道を見つけてもらいたいと期待している。

連載(309) 難病との闘い
      第十一章 介護の実情2 平成19年夏から秋 (15)

(2)突然のお見舞い(その11)
 「どうぞ、ご遠慮なく、こちらへ。雅子が喜びますよ」一考はそう言って、前田さんを誘導して、自らが先に玄関に入った。突然の前田さんのお見舞いである。雅子も、びっくりするだろうなあと一考は思いながら、少し緊張して寝室のドアを開けた。
 「雅子、前田さんがお見舞いに来て下さったよ」そう言いながら、一考は、彼女を寝室に招き入れた。
 「雅子ちゃん、突然でごめんね。ちょうど選挙に行くついでだったので、寄らせてもらったの?」優しい笑顔を浮かべての前田さんの挨拶だった。
 「ご無沙汰しています。こんなパジャマ姿で失礼します」口がスムーズに動かないのか、言葉が少し聞き取り難い。
 「いいのよ、雅子ちゃん。もっと早くお見舞いしたいと思っていたんだけど、何だか、バタバタしちゃって、すっかりご無沙汰しちゃったわ」なるべく、明るく繕っての前田さんの呼びかけである。
 「いいのよ。私も、段々と悪くなっちゃって、電話も出来なくなって、失礼してしまっていたのだし」言葉は、辛うじて通じる程度の発声である。
 「雅子ちゃん、とってもふっくらしてお元気そうで何よりだわ!」確かに、見た目には病人には見えない。ちょうどお風呂上りなので、尚更である。
 「そんなことないわよ」少し照れたような顔で懸命にそう答えているのが、いじらしく見える。
 「それに、お顔のお肌がとてもきれいで素敵よ」元々、色白に加えて、お風呂上りだから血色が良くて、肌もきれいに見える。
 「そうかしら? そう言って頂くと嬉しいわ」久し振りの雅子の笑顔である。やはり、女性である。そんな言葉には弱いのだ。
 「それはね、前田さん、私が、きちんと手入れしているからなのですよ」満を持していたかのように、一考が得意げに口を挟んだ。そこには場を明るくしようとの茶目っ気を意識しての口だしなのだ。
 「そうなんです。主人には本当によくやってもらっていて、感謝しているのですよ。思いも寄らないこんな病気になって、大変な迷惑を掛けているのが本当に辛いのです」雅子は、申し訳なさそうにそう言った。今まで、健康を誇りにしていた雅子を知っていただけに、前田さんは、どう答えていいか、適当な言葉を選ぶのに戸惑っている様だった。同時に、久し振りに見る雅子の変わり様は、彼女の驚きは小さくなく、胸中は少なからず乱れていた。
 彼女は、そんな心の揺れを抑えながら、優しい笑顔を繕って、雅子に、明るい声で話し掛けた。(以下、明日に続く)

タグ : 不動祐里 福田総理

343 民主は速やかな否決を

 11月13日に衆議院を通過した「給油新法案」は参議院に送られたが、未だに審議が始まっていない。民主党の戦略は、審議未了で廃案に追い込む構えである。
 これは非常に腹立たしい応接で、これによって自民党は会期を再延長して、60日後の1月12日までの「みなし否決」まで待たざるを得なくなり、無駄な経費とエネルギーが使われることになる。
 安倍内閣で幾たびも行なわれた強行採決は、国民に目立った形で報道されたが、審議引き延ばしは、国民には目立ち難いじらし戦術で、それだけにずるいやり方だ。メディアもその当たりを国民にしっかりと伝えて欲しい。
 民主党は、反対なら反対で、堂々と採決すればいい訳で、そんな引き伸ばしをしていると、しっぺ返しを食らうことを覚悟しておく必要があろう。衆議院での2/3以上の可決は、憲法で認められた合法的な手段であって、遠慮することはないだろう。


連載(308) 難病との闘い
      第十一章 介護の実情2 平成19年夏から秋 (14)

(2)突然のお見舞い(その10)
 一考は急いで身づくろいをして玄関に出た。そこには、近くに住む雅子の親友の前田さんが、やや緊張した面持ちで立っていた。彼女は、雅子が悪くり始めた頃も、機会を見て買い物、食事に雅子を引っ張り出してくれていた友人だった。
 「お久し振りです。気になっていたのですが、雅子さんの具合は如何ですか?」前田さんは心配そうな顔で、戸惑いながらの問い掛けである。
 「わざわざ恐縮です。雅子の具合は相変わらずですと申し上げたいのですが、実際には、そうではなく、日々悪化が続いていて、今では一人では何も出来なくなってしまいました。それはともかくj、その節は、いろいろとお気遣い頂き、度々、デパートや食事会などの機会を作って頂いて、雅子を引っ張り出して下さいり、有難う御座いました。温かいご配慮に感謝しています」一考は少し早口だったが、今までの優しい思い遣りに感謝の気持ちを伝えて、軽く頭を下げた。
 「本当にお気の毒に思っています。あれほどお元気だったのに、信じられません」前田さんは、どう話していいのか、相変わらず戸惑ったままである。
 「その通りです。本当に信じたくないんですが、現実は厳しく、最近では、言葉もはっきりとしなくなってきています。多分、口がうまく動かせないんですね」一考は、厳しい現状を話して聞かせた。
 「そうですか。大変そうですね。お電話すべきかどうか迷ったのですが、選挙の投票に行く通り道なので、失礼だと思ったのですが、思い切って声を掛けさせてもらいました」前田さんは、突然の訪問について、躊躇していたことを吐露した。
 「いつも、ご心配頂き恐縮です。今、ちょうどお風呂から上がったところです。ベッドに横になっていますので、少し顔でも見てやって頂けますか。本人も喜ぶと思います」一考は、折角来ていただいたこの機会に、現況を見て頂くのもいいのではと考えた。
 「じゃ、いろいろとお忙しいのでは?」前田さんは躊躇しながら確認した。
 「ちょうど、一段落したところです。どうぞ。玄関を上がったところの部屋ですから」一考は、今後の雅子の症状が更に悪くなることを考えると、場合によっては、今が最後のチャンスかもしれないとの懸念があって、積極的に顔を見てもらうことを勧めた。以前の応接間を寝室にしているので、上がってもらい易い。
 「じゃあ、そうさせていただこうかしら」前田さんはそう言って、一考が開けた玄関の門の扉を入って来た。(以下、明日に続く)

342 神様、仏様、稲尾様

 昨日、13日に亡くなった稲尾和久氏の告別式が福岡で行なわれた。王監督が弔辞を読み、日本代表星野監督ら各界著名人、一般参列者を含む約1500人が献花したという。
  筆者の本名の一文字「脩」が同じだったことから、筆者は、もともと三原監督の大のファンだった。それだけに、鉄腕稲尾投手の活躍には、いつも熱烈な拍手を送っていた一人で、あの劇的な3連敗4連勝は、今でも記憶にしっかり残っている。同氏の達成した1シーズン42勝や20連勝は、今ではお伽噺のようで、リアリティがが感じられないほどの大記録だ。当時はあの南海の杉浦投手も38勝を記録しており、そもそも、今のプロ野球とは違った世界だったのではないかとさえ考えてしまう。ご冥福をお祈りします。
 なお、蛇足になりますが、筆者の今の気持ちは「妻、雅子の残された人生が安らかであれ」と願っての毎日で、当時の三原監督の心境と同じで、「神様、仏様、稲生様」とお祈りしたい心境であります。

連載(307) 難病との闘い
      第十一章 介護の実情2 平成19年夏から秋 (13)

(2)突然のお見舞い(その9)
 風呂専用椅子は、座った状態のまま、その椅子の天板の端についている耳のような部分を少し持ち上げるだけで回転が可能な仕組みになっている。そこで、雅子の身体を湯船の方に向けて少し回転させてから、両足を持ち上げて湯船に放り込む。そうしておいて、雅子の身体を持ち上げて、先ずは、湯船の淵に座らせてバランスを取り、直ぐに、再び持ち上げて湯船の中にゆっくりと押し込むように支えながら身体を浸す。それから、雅子の身体を湯船の淵に沿うように位置づけし、頭を湯船の上に着けるように上向かせた状態で浮かせる。こうすることで、雅子は微妙なバランスを保つことが出来てるので、数分間、そのまま浸かった状態に保っておく。この間、一考は、必要な準備をする。風呂板、タオル、車椅子の位置、着替え、ベッドの状態などを受け入れ易いように手早く整えておく。
 さて、長湯は良くないので、適当な時間を見はからって湯船から出すステップに入る。その際に、いよいよその風呂板を使うのだ。この作業に先立って、風呂板を湯船の近くまで運んでおく。そして、両手で雅子の後ろから脇の下に手を差し込んで抱き起こしてバランスを保っておきながら、素早くその風呂板を湯船の上に渡す。そうしておいて、雅子をその風呂板の上に引き上げて座らせる。ここはいわゆる力仕事である。ここまでがワンステップだ。
 次に、雅子の身体のバランスに気をつけながら、両足を、片方ずつ引っ張り上げて湯船の外に出す。この場合、風呂板にお尻がくっついたままなので、両足を湯船から出した後、直ぐに、雅子の身体を少し持ち上げて、風呂板と雅子のお尻の間に生じている摩擦を解除し、タオルで身体を脱ぐってやる。ここまでが第2ステップである。
 後は、移送の車椅子を風呂場に持ち込んで、雅子を車椅子に移し、寝室まで運ぶ。ここから後は、雅子をベッドに横たわせて、パジャマを着せ、顔や足にクリームを塗ってやって靴下を履かせる。これで入浴作業は完了で、お互いに顔を見合わせて一息つくのだ。
 この日は、ちょうどそのタイミングで、来客を告げるブザーが鳴った。(以下、明日に続く)

タグ : 稲尾和久 王監督

341 サッカー北京五輪へ

 はらはらしながら、最後のロスタイムでのサウジアラビアとの戦いを見守っていた。そして、何とか、相手に得点を与えず引き分けに持ち込んでの五輪出場権を得られたのは、ご同慶の至りである。
 ゲーム全部を見ていた訳ではないが、見ていた限りでは、日本チームが結構攻めていて、何回も惜しいシュートを放ったが、全て、相手のゴールキーパーの見事なセーブにあって、得点を奪えなかった。得てしてこういうゲームは、最後につまらぬ失点をして負ける心配があったのだが、それが、杞憂に終わったのは幸いだった。北京での活躍を期待したい。
 その一方で不安が拡大しているのが株価の動きだ。11月に入って昨日まで、営業日が15日あったが、東証の株価が上がったのは、たったの2日間だけで、後の13日は大幅なダウンの連続だった。この間の下げ幅は合計で1900円に及び、11%強である。
 しかも、今朝も、米国ダウは200ドル以上の下げで、今日の東証も大幅に下がるのではないかと思われる。サブプライムの影響の底の深さを思い知らされている訳で、先行きの心配が膨らむばかりだ。もう、このあたりで勘弁して欲しいと願っているが、そんなに甘くはなさそうだ。株については、暫くは、知らん振りをしていようと思っている。ケセラセラだ。

連載(306) 難病との闘い
      第十一章 介護の実情2 平成19年夏から秋 (12)

(2)突然のお見舞い(その8)
 介護用品を扱っている業者の亀田さんから、最初に風呂場の専用椅子や風呂板を紹介された時には、雅子の症状から見て、専用椅子の方はともかくも、風呂板なんて使わなくて済むだろうと高をくくっていた。しかし、もっと先行きのことを思って、とりあえず、購入はしたのだが、風呂場の隣の洗面所の片隅に立て掛けて置いたままだった。雅子の右足が「せえの」の一考の掛け声で、自力で右足を持ち上げて浴槽に入れることが出来ていたので、その必要性を感じていなかった。
 5月末に、一時、入浴をデイサービスに依頼しようと検討した際に、介護サービスの方が、事前チェックに来られた時にも、専用椅子や風呂板を使用せずに、それまで行なっていた入浴の手順を紹介した。
 そういう訳で、風呂板の使用方法については、取り敢えずは、亀田さんの説明で、およその見当はついていたが、具体的な方法については、はっきりと分かっていた訳ではなく、覚束ない理解にあった。
 一方、専用椅子については、購入直後は使用していたのだが、風呂場が狭いこと、背もたれが背中を洗うのに邪魔だったことで、元の小型の椅子に戻した経緯があった。
  しかし、6月末になって、室内移動のための車椅子を小型のものに交換した時点から、風呂場まで車椅子を入れることにしたのだが、その頃から、雅子の右足が自力で上がらなくなったのである。そこで、止むを得ず、その風呂板を使ってみたのである。案じるより生むが易しだった。思いの外便利だと気づいたのである。その際に、使用する椅子も、小さなものより、背もたれのついた専用椅子が、よりマッチすることが分かり、新たな入浴方法を採用することになった。
 参考に、この日の入浴方法を詳しく紹介しておこう。
 トイレから車椅子で風呂場の脱衣場に入ると、そこで身につけていたものを全て脱がせて、先に風呂場に用意しておいた専用椅子に抱き上げて移す。ここはかなりの力仕事だ。そして、その椅子に座らせたまま、頭、顔、身体を洗う。下半身を洗う際には、片手で雅子の身体を半分抱き上げ、半分立たせた状態にして、必要な個所を洗う。ここも、雅子の身体を支えねばならず、結構な力仕事になる。その後が、いよいよ湯船への移動だ。
 かつては、「せえの」の掛け声での入浴が出来なくなり、次のような風呂板を使った方法を採用している。(以下、明日に続く)

タグ : サブプライム

340 万能細胞

 今朝の新聞で「ヒトの皮膚から万能細胞」と云う画期的な記事が出ている。これが本格的な再生医療に繋がる期待は大きいという。
 少し前に、ES細胞の技術が発表されて、医学技術の進歩の先端を知って興奮したが、また新たな技術が開発されつつあることに、科学技術の果てしない未来を感じる。
 もともと筆者は、両親から与えられた身体で生き抜くことに徹すべきとの考え方である。しかし、具体的に予期せぬ臓器などの機能に障害が出た場合、その代替があるとすれば、それに取り替えることで永らえられるなら、その選択を拒むことにはならないだろう。持論も簡単に変わってしまうほどの科学技術の進歩である。願わくば、我妻、雅子の難病にも、この種の画期的な技術が見出されることを期待したい。
 さて、ここまでくると、科学技術の進歩は、神の領域に入ってくることになるが、果たして、何処まで進んでゆくのか、大変な興味とともに一種の恐ろしさを感じる。
 売れっ子作家の東野圭吾氏の作品の中に「分身」と云うのがあるが、そこでは、いわゆる「クローン人間」を扱っている。今後は、小説の中だけではなく、現実の世界でもそんなことが起きて来る日もあるのではと感じた今朝のニュースである。

連載(305) 難病との闘い
      第十一章 介護の実情2 平成19年夏から秋 (11)

(2)突然のお見舞い(その7)
 そういうことで、昼食は、大抵の場合は、あり合せのもので簡単に済ませることが多くなった。今日は、昨日のスキヤキ風の残りで済ませた。同じものでは食傷気味になるのは避けられないが、手抜きで対応できるので、雅子もその辺りの事情を理解してくれて、文句は言わない。その後は、いつも通りのお薬、トイレである。いつもの手法でいつも通りに済ませる。それらを終えて、雅子を定席のマッサージチェアに座らせると、食器洗いなどの雑用を片付けて、早目の買い物に出掛けた。
 それから戻って来ると、ちょうど雅子のマッサージタイムである。数日前から、雅子がベッドに座っているのが不安定になってきているので、今日からは、マッサージ師の来るのを待つのに、ベッドに横に寝させて待たせることにした。
 と云うのも、数日前に、一考の犯した失敗があったからでもある。それは、雅子がマッサージをしてもらっている間に、一考がうっかり転寝をしてしまい、マッサージの方が帰られたのに気づかなかった。はっとして気がついて寝室に急行すると、雅子が倒れていて、頭がベッドの反対側の下に垂れ下がり、もがき苦しんでいた。雅子は、自分で姿勢を直すことが出来ないので、どうしようもないのだ。もう少し目が覚めるのが遅かったら、危険な状態になっていたかも知れない。
 そういうことで、今日からは、終わった後も、寝かせておいて欲しいと申し入れた。そうすれば、一考がたとえうっかりして迎いに行くのが遅れても、リスクが少ない。いずれにしてもこのところ、その種の一考のうっかりが多くなって来ている。
 マッサージが終わったのは2時45分頃だった。今日は、夜の開票状況を楽しもうということで、雅子の風呂は、このマッサージが終わって直ぐの時間にした。この時間帯は、郵便物の書留などが配達されるなど、来客があることもあって、風呂に入れるには少々リスクのある時間帯だ。しかし、最近では、そのリスクを押して、この時間帯で雅子を風呂に入れることが多くなっている。それは、夜遅くなると、一考の疲れもピークになることが多く、時間をかけて丁寧に入れてやる事が出来なくなってしまうからだ。
 お風呂の入れてやり方も、以前とは大分変わっっている。その大きな違いの一つは、以前は、「せ~の」と声を掛けてやることで、雅子が自分で右足を上げて湯船に入れたのだが、それが出来なくなったからである。6月半ばからのことで、それ以降は、介護用品の専用椅子と風呂板を使用することにしたのある。(以下、明日に続く)

タグ : 万能細胞 ES細胞 東野圭吾 クローン人間

339 抽選で決まる運命

 昨日、プロ野球では大学生、社会人を対象としたドラフト会議があった。今年からは、希望入団枠が廃止され、指名が重複すれば全て抽選で決めるという。お目当ての東洋大学の大場翔太投手を引き当てたのは、ソフトバンクの王監督だった。いつも、悲喜こもごもが渦巻く会議である。
 過去の話題では、巨人入りを強く希望し、あの「ごねた」江川卓選手や一年浪人までして入団を果たした元木大介選手の事例は記憶に生々しい。希望球団と違ったことで、指名を受けなかった選手もかなりあったと思う。
 しかし、幸いなことに、最近では、多くの選手がすんなりとその抽選結果に大きな不満を表す選手が少なくなっているようにと思う。考え方をプロ野球に就職したと考え、配属場所が、それぞれの球団だと考えれば、何とか、自分を説得できるのではないか。その上、今では石ノ上にも何年で、一定年数を経過すればFA宣言が出来て、自分の希望が叶えられる制度もあるからなのだろう。
 そうはいっても、自分の人生の選択が、自分の意志と努力で決まるのではなく、抽選と言う制度で決まるのには、はやり納得し難いことも確かだろう。
 筆者の記憶だが、幾つかのスポーツ(サッカーやラクビー?)で、延長を繰り返しても、勝負がつかない場合に抽選で勝ち負けを決めていた場合もあった。
 ところで、実を言えば、自分の人生でも一度だけそんな経験がある。今から50数年前の話で、田舎の小学校から、附属中学の試験を受けた際に、通常の一次試験を受けた後、二次ステップが抽選だった、その時には、その小学校から自分を含めて二人が受験したのだが、その抽選で、自分が落ちて、もう一人の方がパスされた。自分の意志と努力ではどうしようもないことだったが、やはり、悔しい思いをしたことは今でも記憶にある。しかし、結果的に見れば、その抽選に当たらなかったことが、自分の人生に致命的な大きな違いにはならなかったのではないかと思っている。
 抽選も神様の思し召しと思って頑張ることが大事なように思う。

連載(304) 難病との闘い
      第十一章 介護の実情2 平成19年夏から秋 (10)

(2)突然のお見舞い(その6)
 ところで、一階にいる雅子と二階の一考との連絡方法だが、今まではいろんな方式を試みてきたが、今では、赤ちゃんを管理するための音声をモニター出来る機器を設置しているので、雅子の発する音声ばかりでなく、テレビの音声まで、二階の一考の部屋で、しっかりと聞き取れるのだ。従って、雅子の要求は、いつでも届くようになっていて、たとえブログ中であろうと、呼び出し、若しくは、何か異常があれば、一考は直ちに駆けつけることにしている。そういうことで、自分の部屋の様子が、音声で常にモニターされている訳だから、雅子にはプライバシーは存在しない。当然なことだが、そのことが、二人の間で問題になることはない。
 10時半を過ぎると、昼食準備に階下に下りる。姉の久子の配慮もあって、今月度から朝食は、姉が自分でやると言い出した。親孝行不足だと言われっぱなしなので、せめて食事つくりは譲りたくなかったが、「最近の母は弱ってきて、朝起きるのが不規則で、しかも、食欲も落ちてきているので、その様子をみながら、食べ易いものを作った方がいいので、自分がやる」と言い出したのだ。つまり、母親の管理は久子が丸抱えでやっているので、口出し様がなく、結果的にそのテリトリーを譲ることになった。正直言えば、雅子の介護で疲れも相当増えてきていたので、その申し出は、ある意味では渡りに船でもあった。つまり、一考の心の中では、譲りたくない気持ちと自分の体力との綱引きであったと言える。しかし、その決め手は「その日の様子で食べ易い物を作る」といわれると、手出しができなくなったのも事実である。
 一考が嫌なのは、思いやりの結果なのだろうが、相坂家ではこの種の回りくど言い回しが多いのだ。思い遣りにも、心には重い配慮となっている。
 いずれにしても、そういう経緯で、昼食は自分達のものだけを準備すればよく、その意味では見映えなどは無視できるので、前日の残り物や、スーパーで買ってきたものをそのまま宛がうことで対応することが出来て、手間が相当省けるようになった。(以下、明日に続く)

タグ : 大場翔太 江川卓 元木大介 王監督

338 若き女子アスリート達頑張る

 今週末のスポーツ界で、若い女子アスリートの頑張りが目立った。東京国債女子マラソンでの野口みずき選手の大会記録での優勝、LPGAでの上田桃子の優勝、そして最年少での賞金王の確定、全日本バドミントンでは、「おぐしおコンビ」の小椋久美子、潮田玲子が4連覇を果たし、更に、その前日には世界女子フィギュアパリ大会で浅田真央が優勝を果たした。実に、すかっとした週末だった。
 これで、野口は北京オリンピックへの出場権を暫定確保、浅田はファイナルラウンドへの出場を、上田は来期の米国ツアー挑戦へ、「おぐしおコンビ」もオリンピックを目指す強いサポートを得たことになる。来年の活躍が楽しみで、大いに、頑張ってもらいたい。、
 そんな一方で、大阪市長選挙で民主党推薦の平松邦夫氏が当選した。あの小沢代表の喜ぶ顔が朝から大写しで、折角のすっきりした気分に水を差したのは残念だった。それにしても、この民主党の勝利で、いよいよ政権奪取は現実味を帯びてきている。自民党はどう巻き返すか、逆転の絶妙手が必要だ。


連載(303) 難病との闘い
      第十一章 介護の実情2 平成19年夏から秋 (9)

(2)突然のお見舞い(その5)
 それは、確か、5月の半ばだった。一考が毎朝書いているブログに関心を持っていた雅子が、それを読みたいと言い出したのだ。何しろ、自分のことが書かれているのだから、無関心でいられなかったようだ。一方で、無理をしてでも活字に目を通すことは一つのリハビリにもなり、頭の劣化を防止する意味があるということで、一考も、渡りに船と勧めたのである。  
 しかし、そうは言っても、今の雅子には、それを読むのも容易ではない。何しろ、原稿を手に持つことが出来ないし、ページを繰ることも出来ない訳だから、どうすればいいかと一考は思案した。とにかく、雅子が読み易い位置に、原稿をきちんと置いてやって、雅子が、それを目で追うというスタイルが一案だ。そのためのツールとして、思いついたのが、音楽で使う譜面立てだった。この代物、スーパーやデパートで探したが、大津市内のその種の売り場ではなかなか見つからなかったが、やっとのことで、パルコにあるのを探し出した。こうして、それにプリントアウトした原稿を乗せて雅子の前に置くことで、目出度く、雅子がそれに目を通すことが可能になったのである。 
 何事にも不自由な雅子は、各行を一行ずつ目で追う訳だが、どうしても、同じ行に何回も目を走らせる間違いは多いようだ。それでも、時間を掛ける事で何とか読むことが出来るのだ。こうして、このブログの愛読者が一人増えたのである。
 しかし、この愛読者は、時として苦情をぶっつけることがある。自分を惨めに扱い、一考がいいかっこし過ぎではとの意見のほか、事実関係の間違いを指摘されることがある。その際は、その指摘を受けて直ちに修正を加えることになる。
 こうして、雅子は、毎朝このブログに目を通すことが日課となった。なお、段取り的には、落ち着いてこのブログを読みたいとのことで、読む前にトイレに行くようになり、通産で、トイレの回数が一回増えた。
 従って、一考の行動の段取りとしては、ブログをプリントアウトした用紙を持って一階に降りて来ると、まず、雅子をトイレに連れて行く。それが終わって、マッサージチェアに改めて座らせると、譜面台を雅子の前にセットし、そのコピーを置いて、また二階に戻る。そこで、連載中の「難病との闘い」の原稿の明日以降の送信分のチェックと新しい在庫つくりを行なうのだ。(以下、明日に続く)

タグ : 野口みずき 小椋久美子 塩田玲子 浅田真央 平松邦夫

337 勝負を賭ける

 日米首脳会談で福田首相は、インド洋上での給油継続に全力を上げると約束をしたと伝えられている。大見得を切った訳だが、果たして、福田総理は、このねじれ国会で法案成立に、どんな手法を念頭においているのだろうか。また、渡米前の別のインタビュー(?)で「来年の洞爺湖サミットは自分が仕切る」とも発言したようにも伝えられている。これらの発言を見る限り、総理自身が、ある意味では大きな勝負を賭けていると言えよう。果たして、どんな展望を持っているのか、じっくりと見守ってゆきたい。
 勝負を賭けると言えば、今日は東京国債女子マラソンが行なわれる。アテネで金メダルを取った野口みずき選手がこれに挑戦し、北京オリンピック出場権に勝負を賭ける。長い不調を克服しての出場だけに、どんなレース展開をみせるのか、楽しみである。
 実は、小生も、今日、ある意味では勝負を賭ける決断をする。このことは、別途、連載中の「難病との闘い」の中で触れる予定(多分、年末から年始にかけての頃?)であるので、具体的には、ここでは触れないことにする。勝負にもいろんな形がある。
 人は、ある意味では、毎日、勝負を賭けて戦っているのかも知れない。

連載(302) 難病との闘い
      第十一章 介護の実情2 平成19年夏から秋 (8)

(2)突然のお見舞い(その4)
 トイレから出ると、そのまま、車椅子をリビングまで押して行って、マッサージチェアに移動させた。この椅子は相当高価だったが、それまでの椅子ではお尻が痛くなるということで、苦肉の策として購入したものだが、幸いなことに、その効果は偉大で、3時間程度はお尻が痛くならずに頑張れる椅子なのだ。結果的には、この椅子のお陰で、多少の時間がかかる一考の外出が可能となっている。介護用品リストにあるものから借りた椅子では、クッションをいろいろ取り替えてトライしたが結局は解決を見なかったのだ。
 蛇足だが、いつもは、この椅子に移る前に、このところ前のめりになって来ている首のリハビリに、その移動車椅子に乗ったまま、ベルトを使って首を引っ張る時間を設けている。しかし、今日は、選挙に行かなくてはならないので、このリハビリはカットした。なお、このリハビリについて、春日医師からは「やってみる価値はありそうだ」とのコメントを頂いていたが、その効果については、今のところ、成果らしきものは見られてはいない。
 一考は、洗濯物を干したり、母屋の雨戸を開けるなどの残っている雑用を急いで片付けて、選挙に出掛けた。
 まだ7時を少し過ぎたタイミングだったので、投票が始まったばかりだったが、意外と多い投票者で混んでいた。いつもはもっと遅い時間帯に投票していたので、この時間帯での投票は初めてだった。朝早い方が活気が感じられた。何かが起こりそうな予感がした。
 選挙から戻ると、雅子は椅子に座ってテレビを見ていた。特に問題がないことを確認すると、一考は、雅子に断って二階に上がった。窓を開けて、部屋の後片付けをすると、ブログの時間である。
 この日の内容は、トピックスのコーナーでは、その参院選挙の話題を取り上げ、小沢代表の喜ぶ顔を見たくないと締め括った。連載の「難病との闘い」は、前日にチェック済みの原稿に、更なる読み直しをして発信したのだが、その発信された内容に不備が見つかり、慌てて修正して発信し直した。調子の悪い時は、そんな修正を何回か繰り返すことがある。そして、最終的に確定した内容を一部プリントアウトして保管する。
 その後、幾つかのアイテムについて、インターネットで確認するのだが、今日は日曜日なので株関連はスキップし、それ以外の関心事、例えば、スポーツや趣味の将棋の結果などを確認してから、先ほどプリントアウトしたブログを持って雅子の部屋に向かう。雅子にその内容に目を通してもらうためだ。(以下、明日に続く)

タグ : 給油法案 野口みずき

336 オシム監督、急性脳梗塞で入院

 昨日、イビチャ・オシム監督が緊急入院した。サッカー界は動揺している。2010年ワールドカップ南アフリカ大会アジア3次予選のスタートを来年2月に控えての想定外の出来事だ。病状から同氏の復帰が難しいことから、後任人事が急務のようだ。
 脳梗塞と聞くと、筆者も他人事ではおられない。昨年の秋に、不整脈が発覚し、検査の結果、脳梗塞の危険が指摘された。その時の医者の告知は「長島監督並みで、何時起きてもおかしくない状態です」と脅かされた(?) それ以降、血液をさらさらにするお薬を毎日服用中で、不安がないと言えば嘘になる。オシム監督と同じ66歳だけに、そのインパクトは小さくない。
 筆者の場合は、たとえそうなっても、社会的な影響はないが、妻の介護があって、それをどうするかという大変な問題を抱えている。また。今の生きがいの一つとして書いているこのブログも書けなくなってしまう。まあ、何とか、毎日が無難に過ぎて行ってくれることを祈っている毎日だ。
 蛇足だが、このブログも、お蔭さんで、間もなく丸一年を迎える訳だが、これが中断されるケースは二つあって、筆者が倒れた時か、コンピューターが故障した時であるとお考え願いたい。後者の場合は、修理が出来次第、直ぐに復帰する。

連載(301) 難病との闘い
      第十一章 介護の実情2 平成19年夏から秋 (7)

(2)突然のお見舞い(その3)
 次が歯磨きと洗顔だ。エプロンをしたまま、車椅子を洗面所の近くまで移動させる。以前とは違って、5月初め頃からは、雅子を車椅子に座らせたまま、歯磨きと洗顔の二つの作業を行なう。以前のように雅子の身体を支えなくて済むから大変楽で、疲れは少なくて済む。具体的には、まずは、衣服が濡れないように合羽をかけてから、片手で洗面器を持って、雅子の顎の下にあてがっておいて、もう一方の手で、電動歯ブラシを操作して磨いてやる。それが終わると、歯ブラシを持っていた手をゆすぐ水を入れたコップに持ち替えて、少しずつ水を流し込んでやって口をゆすぐ。一週間ほど前から、、このゆすぐ際に、水を完全に吐き出せずに飲み込むケースが増えて来ている。今朝も、そんなことで結果的にはかなりの水を飲み込んでしまった。衛生上は、それほど心配することはないとは思うが、対応策が必要と考えている。雅子も飲み込みを気にするあまり、一種のトラウマになっているようだ。抜け出す何らかの方策が必要だ。
 次が洗顔だが、洗面器にお湯を満たしてそれを片手で持って、雅子の顔の前に位置取りし、もう一方の片手で顔を洗ってやる。お湯の掴みがうまくゆかず、顔全体を洗うのには多少苦戦する。タオルで顔を拭いてやった後に、ちり紙で鼻をぬぐってやると、洗顔は終わる。
 そこで、合羽と前掛けを外してやって、そのままトイレに移動する。車椅子はトイレの入口で止めて、雅子を便座に移す作業に入る。この作業については、数日前(連載295)に詳細を紹介済みなので割愛するが、一考が見つけ出した「雅子の身体を一考の腰に乗っけて回転させて便座にすべり降ろすテクニック」は極めて有効であることを、改めて付記しておこう。
 そして、ここからは、雅子を一人タイムにして、一考はトイレから出て雑用をしながら、雅子のすっきりするのを待つのである。
 以前は、用足しが終われば、雅子がブザーで知らせてくれたが、今ではそのブザーも押せなくなった。仕方なく時間を見計らって、外から声を掛けて確認する方式を採っている。 この間の一考のする雑用は、食器洗い、窓開け、更には、洗濯機のスイッチを入れたり、仏さんのご飯を用意したりして間合いを計り、雅子の進捗具合を確認する。大抵の場合は、朝の一回目のトイレでは小用だけの場合が多い。この日もそのようで、終わったという返事を受けてトイレに入り、洗浄、乾燥のボタンを押してやる。可哀そうだが、今では、自分ではそのスイッチさえも押せなくなっている。乾燥が適当に進んだところで、トイレットペーパーを少しちぎり取り、雅子を腕力で引き上げた状態で、局部周辺を紙で拭ってやってから、下着を上げてやる。そして、ゆっくりを抱えるようにして身体を支えながら、車椅子に乗せる。ここで、トイレの水を流し、手を洗えば、この作業はめでたく終了である。(以下、明日に続く)

335 先行き不透明な課題がいっぱい

 昨日の証人喚問で、守屋武昌氏の口から、遂に、久間氏と額賀氏の二人の政治家の名前が出た。いずれも。旧田中派で、今の津島派だ。ある程度、予測されていた二人なので、国民にはそれほどインパクトはない。しかし、具体的に、こうして名前が出てくると、やはり、政府や自民党には大きな衝撃で、これからが大変だ。守屋氏の意図は何へんにあるのか。二人の政治家は、案の定「記憶にない」と答えている。
 これで、また国会は暫く混乱の渦に巻き込まれることになろう。その結果、注目の「給油新法」の参議院での審議はますます遅れることになろう。自民党は「どうするの?」であろうか。先行き全く不透明で、展望は描けない。
 ところで、横田めぐみさんが拉致されて、昨日で30年という長い時間が経過したという。横田さん夫婦のこの間のご努力には敬意を表したいが、この拉致問題も、先行きの展望は全くない。「どうしたらいいの?」と金正日に問い掛けたいが、手掛かりがない。これまた全く不透明だ。福田総理は何を考えているのだろうか。
 株価も全く不透明で、今朝の米国ダウも120ドルを越す下げである。東証も昨日も案の定下げの反応だった。恐らく、今日も下げは必至だろう。これまた、先行き全く不透明だ。
 かく云う筆者も、妻の雅子の難病で苦労している。未だに悪化が続いていて、先行きはやはり不透明だ。「どうしたらいいの?」と言って見ても始まらない。なるようにしか、ならない。しっかりとフォローするしかない。

連載(300) 難病との闘い
      第十一章 介護の実情2 平成19年夏から秋 (6)

(2)突然のお見舞い(その2)
 ダイニングルームへの移動も車椅子を使うことに変えた。5月中頃から時々使うようにうなっていたが、それが6月には定常化した。よちよち歩きができなくなったからである。その手順は、室内用の移動用の車椅子をベッドの近くに持って来ておいて、着替え終わってベッドに座っている雅子を、抱えながら移動の椅子に移すのだが、狭い場所での作業なので、時々、頭や身体を壁やタンスなどにぶっつける。雅子には結構、痛く、一考には、結構、力を必要とする厄介な作業である。
 しかし、車椅子に移ってしまえば、後は楽でスムーズに移動が可能となる。省力化と時間の節約が可能となって、よちよち歩きに比べれば、肉体的にも少しは楽になった。
 雅子を乗せた車椅子をそのままダイニングテーブルの前に着けて、エプロンを掛かてやって、朝食を始める。そのメニュー自体や手順は以前と殆ど変わっていない。冷たいお茶、バナナ、シュークリーム、ヨーグルト、それに、ホットコーヒーの定番に、今朝は、前日の残り物となったメロンが加わっている。じっくりと時間をかけて一つずつ雅子の口に運んでやる。お茶とコーヒーはストローをくわえさせてあげれば、何とか自分で飲み干す。しかし、この場合も、ストローを強く噛んでしまい詰まってしまうことがあるので、気をつけて見ていて、そうなった場合には、一旦外して直してやる。幸い、今朝は、その必要がなく、うまく全部を飲み干した。また、途中で、見はからって、鼻や口をぬぐってやることが必要で、これも、以前と変わっていない。
 食事が終わると、二人のお薬タイムである。先に一考が、不整脈対策としての血液さらさら化の薬を飲む。次いで、雅子の番なのだが、以前よりもその種類と量が増えている。厄介なのは、雅子の苦手の錠剤が増えているので、その苦労も以前より増えた。以前と同じように、比較的のみ安いカプセルと粉末に、錠剤を組み合わせて服用するようにしている。幸い、今朝はスムーズに飲み終えた。時刻は6時半を少し過ぎている。(以下明日に続く)

334 株、クラッシュ?

 昨日の東証の日経平均は、9日ぶりに下落が止まり、大幅な値上がりとなって一息ついたが、今朝のニューヨークのダウ平均は、また、80ドル近い下落となっていることから、今日の東証の動きも残念ながら再び下落となるのではと懸念している。
 週刊文春の今週号の広告には、トップ記事で「50年に一度の株価クラッシュが始まった」と取り上げていて、大きな不安を掻き立てる。日経平均が7608円を記録したのが2003年4月28日、それから4年で、一時は2.3倍の18000円台まで伸びたが、ここに来て、15000円を割るレベルまで落ちて来て不穏な様相を呈しているだけに、文春の記事が気になるのだ。。
 最近の米国ダウ平均の動きは、引け際の1時間、若しくは30分で一気に下げる傾向が多い、今朝も、ずっとプラスで推移して来たいたが、最後の1時間で一気に下げている。日本への影響は、途中経過はほとんど関係なく、終値だけが効いてくるだけに、どうも、最後の1時間の動きが気に入らない。
 いずれにしれも、株価の世界は誰もが読めない世界なのだが、加えて、サブプライムの影響が不透明であるだけに、まさに、神のみぞ知る世界だ。そういう訳で、神様、クラッシュだけは避けて下さいね。

連載(299) 難病との闘い
      第十一章 介護の実情2 平成19年夏から秋 (5)

(2)突然のお見舞い(その1)
 平成19年7月29日 晴れ。5時20分に目覚める。雅子に声を掛けると、案の定、もう目覚めている。確認すると、今朝は、2時頃からうとうとしているという。
 今日は、いよいよ安倍総理にとって大変な参議院議員の選挙の日なのだ。国民がどんな考え方を出すかに強い関心がある一考は、何となく精神的に高揚した気分での寝起きだった。
 昔から、一考は開票速報を見るのが好きだった。勝ち負けが目に見える形でオープンにされてゆく展開は、つまらないドラマよりも面白かったからである。しかし、最近は、出口調査などコンピューターを駆使した手法で、投票締め切りと同時に結果予測が発表されるため、その辺りのドラマ性が大きく失われ、以前ほどの関心の高さはないが、それでも、国民の一人として今回の選挙には、それなりの関心があった。
 目覚めた一考は、パジャマのまま、トイレ、体重測定をしてから着替える。一考の体重は、このところ安定している。それなりに、健康が保たれている証で、その点では心強い。雅子は、早く起こして欲しいと内心では思っているが、一考が朝の台所仕事を終えるのを我慢して待つのだ。
 ここで断っておかねばならないことがある。それは、その後の雅子の症状の悪化が、それまでの介護スタイルでは対応できず、よりマッチした介護方法、手順に変更しているのが幾つかある。その辺りについて、ここでは詳しく紹介を試みたい。
 その一つが、朝食を準備する間に、雅子が行なっていたドクタートロンによる電子照射を5月末で取りやめた。雅子の右手の更なる悪化で、照射用の棒状の器具が自分で持てなくなったからである。従って、一考は自分の着替えを終えると、直ちにダイニングへ行って、先ずは、お米をかして炊飯器のスイッチを入れた後、二人の朝食の準備を行ない、新聞を取り込んでから、寝室に戻って、雅子の着替えに入ることになる。
 さて、その着替え手順も、以前のそれに比べると変化している。その一つは、起こす前に、ベッドに寝かせたままで、パジャマを脱がせて、ズボンを先にはかせておく。そして、雅子を抱き起こし、ベッドに腰掛けさせる手順に変えた。それは、5月末頃から、ベッドに腰掛けるのが、ちゃんと安定して座れなくなって来ていて、ベッドに腰掛けた状態で、ズボンをはかせ難くなったからである。従って、着替えも、彼女のバランスに気遣い、片手で支えてやりながらの片手での作業となり、、今までよりも手間の掛かることとなった。(以下、明日に続く)

333 両陛下 湖国に3泊4日

 13年ぶりだそうである。「第27回全国豊かな海作り大会、びわこ大会」にご参加のため、天皇、皇后の両陛下が10日に滋賀入りされていた。
 両陛下は、翌日の11日には、唐崎にある特別養護老人ホーム「ケアタウンからさき」をご訪問、入居者を励まされたのを皮切りに、琵琶湖ホールでの式典などにご参加、12日には信楽町などを視察、途中で42人の犠牲者を出した信楽高原鉄道の事故現場の慰霊碑の前では、集まった遺族に社中から会釈されたという。そして、最終日の昨日は世界遺産である延暦寺を視察され、京都駅に出て新幹線で帰京された。細かいご配慮が、いっぱいにちりばめられた素晴らしい3泊4日だったようだ。
 筆者は、お二人が来県されていることは全く知らず、ケアタウンからさきを訪ねておられるのを、奇しくも、雄琴にある介護付き老人ホームで耳にした。警護や安全の面から、この種のご予定は一般には事前に開示はされないことは理解は出来るが、折角、こんなに近くにお越しだっただけに、一目だけでも拝顔したかったとの思いはある。
 このニュースは一般紙にはほとんど出ていないが、一般紙の滋賀版とNHKニュースの夕方の大津版では,詳しく報じられていた。
 筆者がびっくりしたのが、びわこホールでのご挨拶の中で、今、問題になっている「ブルーギル」は陛下が、初めて日本に持ち込んだのだ張本人だと思わぬ告白をされたことだった。そして、琵琶湖の生態系が大きく荒らされている現状に心をいためておられるという。この話を受けて、嘉田知事が、その因果関係ははっきりしていないと補足されたという。
 いずれにしても、陛下の正直なこの告白には、頭の下がる思いがした。全国民が見習いべき姿勢ではないかと痛感した次第である。

連載(298) 難病との闘い
      第十一章 介護の実情2 平成19年夏から秋 (4)

(1)美容院 (その4)
 「首、大丈夫? 痛くないかい?」一考が心配そうに声を掛ける。とにかく、少し強引気味で、首を上向に引っ張っているので、不安が先行する。
 「何とかなるわ。大丈夫よ」もう何回か同じ経験しているので、それなりの自信のあるのだろう。雅子は、いつものようにそう言って一考の顔を見た。何しろ、自分のためだとの思いから、懸命の我慢も可能になるのだ。
 その一方で「やれば、やれるものだ」と一考は思う。暫く前には、首の前傾を防ぐために、ベルトで頭を引っ張って矯正を試みたことを思い出した。「そうだ」今度は、このように上向きに寝かせることで、今一度、リハビリの一つとして取り入れるのがいいのではと思い始めていた。
 「じゃあ、向こうで待っていますから、Sさん、宜しくお願いします」一考は、一先ず安心して、その場を離れた。雅子のおでこに、じっとりと汗が滲み出ていた。
 一考は、元に戻って、改めて、先ほど思いついたリハビリのことを考えていた。「毎日少しずつでもやらせよう。今の俯き加減の姿勢を正す効果的なリハビリになるかもしれない。無理しても、それくらいはやる意味があるだろう」と自らに言い聞かせるのだった。そして、やおら、単行本を取り出すと、先ほどまでの続きに目を通し始めた。
 それから7~8分して洗髪が終わったと、Sさんが呼び出しに来た。一考は、再び、洗髪室に戻って、今度は、先ほどと逆の作業をして、雅子を車椅子に戻す。やはり、段差があることが、作業を大変にしていた。それでも、持ち上げる時よりは楽である。とにかく、それを終えて、再び、最初の作業が行なわれた鏡の前まで車椅子を戻す。ここで、一考の役割はほぼ終わるのだ。
 更に、20分ほどで雅子の美容院でのすべての作業が終わった。二人は、Sさんに邸内にお礼を言って店を出た。すっきりした雅子の顔が、きれいに見えた。病気のことを知らない人が見れば、まだ、何人かの男どもが、声を掛けてくるかも知れないと思うほど、若さを保っているように見えた。
 スーパーを出る頃には、幸い、風雨も収まっていた。雅子の車への乗り降りもスムーズに終えることが出来た。さっぱりしたことで、雅子の気分も上々だった。こうして、この日のメインイベントは滞りなくい終わって、一考はほっとして一息つくのだった。(以下、明日に続く」

332 世論調査

 今朝の各紙に、週末に行なわれた世論調査の結果が出ている。大連立には否定的、小沢続投にも反対が多数だが、インド洋給油継続には賛成が上回っている。最近では、この種の世論調査の結果が、政府、与野党の判断にかなりの影響を与えているというから、それは、民意の反映と言う点で好ましいことだと思う。
 先日、筆者にも、その種の電話が掛かってきた。初めてのことだった。これだけ、その種の調査が数多く行なわれているのだから、自分に架かって来ないのが不思議だと思っていたくらいだった。
 さて、そのアンケート調査を受けて感じることは、機械的に一方的に話しかけられるので、無味乾燥な質問攻めを受け止めるといった感じで、面白みはない。また質問の数も結構多いので、途中で、その答えがこんがらがってしまうことがある。つまり、幾つかの中から答えを選ぶ際に、何番だったかが分からなくなってしまうことがある。待っていれば、もう一度、繰り返してくれるのかも知れないが、急いでいる場合は、そういう訳にはいかない。いずれにしても、漸く、自分にも電話が架かってきたことで、この種の調査が身近に感じらるようになった次第である。
 蛇足だが、結果の中に、回答をしていない人が、いつも40%ぐらいある。多分、その方たちは、多忙だったか、関心がなかったかということになろうが、その比率がいつも同じくらいなのが面白い。

連載(297) 難病との闘い
      第十一章 介護の実情2 平成19年夏から秋 (3)

(1)美容院 (その3)
 美容院の待合スペースで待つこと10分ぐらいで、順番が回ってきた。一考は、読書を中断し、傍に止めて置いた雅子の乗った車椅子を押して、所定の鏡の前まで移動させる。そして、Sさんにお任せして、自分は、元の待合スペースに戻った。
 それにしても、一考は「自分も変わったなあ」とつくづく思う。美容院に出入りすること自体が、それまでの一考には、全く考えられなかったことだったが、今では、そんなことには何ら抵抗もない。慣れと云うのは有難いものだ。
 美容院での作業は、この車椅子に乗ったままの状態で、カットや毛染めなどはやってくれるのだが、途中の洗髪だけは、場所を移動して、所定の設置されている専用椅子での作業となる。その移動のため、一考は待機していなければならない。従って、ここでも、病院の場合と同様に、この待ち時間が、一考には貴重な読書の時間となる。
 「すみません。洗髪しますのでお願いします」作業に入って、30分ほどして、担当のSさんが呼びに来た。
 「承知しました」一考は、目を通していた本に栞を挟み、ゆっくりと立ち上がる。ここからが一考の大事な仕事なのだ。雅子が座っている車椅子のところに戻った一考は、やおら、待合スペースの近くにある洗髪室の方に、その車椅子を移動させる。厄介なのは、その洗髪室が、一段高いところにあることだった。つまり、バリアーフリーではない。とりあえず、車椅子の先端を、その一段上の床に載せて車椅子を固定し、上の段に回って、雅子を抱き上げて洗髪用の椅子に乗せる。これが大変な作業で、結構な力仕事だ。Sさんが、車椅子を押さえていてくれるので、大いに助かる。一考は、しっかりと腰を落とし、ぐっと力を入れて、「よいしょ」という掛け声で車椅子の雅子を抱き上げて、その専用椅子に運び上げるのだ。うまく乗り移ったのを確認すると、今度は、その洗髪椅子上で、雅子の身体をゆっくりと仰向けに倒し始める。このところの雅子は、顔が前に俯くようになっていて、それを逆に上向に傾けるので、雅子も結構痛そうに見える。しかし、自分のためだと思って、懸命に頑張っているのがよく分かる。その必死の雅子の様子に、じわっと愛おしさが込み上げてくる。(以下、明日に続く)

331 化粧は偽装?

 偽装、談合が溢れている日本列島だ。今朝は新聞休刊日ということで、新聞各社は堂々の休刊だ。何も、大手五紙が揃って休刊することもないだろう。配達する人たちの休日確保と言う大儀を掲げてはいるが、明らかな談合ではないか。各社が別々に休刊日を決めればいい。二紙以上取っている方もいる訳で、一度に全部が休刊と云うのはいただけない。新聞価格もそうだ。毎日、朝日、読売は横並びだ。メディア自身は自分達の談合については決して触れない。
 そんなことを考えていたら、突如、女性の化粧も偽装ではないかという思いが頭の中に浮上した。きれいに見せて異性を魅了しようとする訳だが、実力以上の魅力を創り出している場合が多い。そう考えると、整形手術はもっと深刻で、これは偽装を超えて、改ざんというレベルに入ってくる。しかし、これらの化粧や整形は法的には問題がない。
 しからば、何処までが偽装や改ざんでなく、何処からが犯罪になるのだろうか。その境目は何かと考え込んでしまった。多分、不特定多数の他人、或いは国民に迷惑を掛けない、或いは害を与えないというのが、その境目なのだろうと思う。しかし、大変、上手な化粧で騙された男達は、訴えたくなることもあるのではないか。
 とめどもない、つまらない考えを追っているうちに、秋の夜長を浅い眠りのまま、朝を迎えてしまった。

連載(296) 難病との闘い
      第十一章 介護の実情2 平成19年夏から秋 (2)

(1)美容院 (その2)
 玄関前の道が、生憎、蒲鉾状になっていて、車椅子での乗降には適さず、10数メートル離れた駐車場まで、車椅子で移動せざるを得ない。従って、激しい雨だと、びしょ濡れになる。一考は、そのことが心配で、雅子がトイレを終わるのを待ちながら、天気の移り変わりを気にしていた。
 「口紅を塗ってくれる?」トイレを終わって定位置のマッサージチェアに戻ると、雅子は、少し遠慮そうにお願いをしてきた。こんな症状になっても、相手に嫌な思いをさせたくないとの思いから、最低限の化粧にも気を遣っているのだ。一考は、女性としてのそのいじらしさを愛おしく思う。
 「こんな具合でいいだろう」一考は、寝室にある鏡台から持ってきた口紅を軽く引いてやって、自分で納得する。最近ではそんなことにも手馴れてきている自分に、驚かなくなっているのが面白い。
 「有難う」とにかく、口紅を塗ってもらったことで安心したのか、雅子は、自分で確かめようともせずに礼をいう。一体、一日で何回ぐらい「有難う」というのか、一考はついそんなことを考えてしまうのだ。自分のやりたいことが出来ずに、常に、他人を煩わせて、その思いの一部しか遂げられていないけれど、その都度、お礼をいう雅子の辛さが思い遣られた。
 その後、様子を窺っていたが雨は止む気配はない。ただ、雨脚は、先ほどより少し弱くなっている。時間も10時10分になったので、思い切って、雅子を車に乗せる作業を強行することにした。玄関までは室内車椅子を使って移動させ、そこから戸外用の車椅子に乗り換えて、雅子を駐車場近くに待機させてある車まで運んで乗せるのだ。ちょうど戸外用の車椅子に載せて、その10メートルの移動に掛かったところで、運悪く雨が激しくなった。下半身に合羽をかぶせ、上半身は傘でカバーしているが、斜面の移動があって、スムーズに行かない。途中でかなり濡れてしまったが、何とか、車に乗せることが出来てほっと一息である。
 バタバタした大仕事を終え、雅子の濡れた身体を拭いてやって、やおら、スーパーの中にある美容院へ向かう。後は、雨の影響は受けない。スーパーの駐車場は屋内にあって、ゆったりとしていて、雨を気にすることはない。幸い、少し早目についたので、スーパー店内で時間を使って予約時間に調整して、10分ほど前にその美容院に入った。この店へは、この日が四回目で、担当のSさんには専属になってもらっている。(以下、明日に続く)

330 レギュラーと控え

 北京五輪予選を兼ねたバレーボールのワールドカップ女子大会には関心が少なくない。それと言うのも、自分の出身会社から、荒木絵里香、木村沙織、大山加奈の三人が選ばれており、彼女らの活躍を楽しみにしているからだ。
 シリーズ全体を通じて、荒木と木村はレギュラーとして活躍しているが、かつてのレギュラーだった大山が、今は控えに回っている。テレビで見る限り、控え選手は、プレーを追いながら、自ら叱咤下激励するように、身体を動かし、何時呼ばれてもいいように準備に余念がない。その映像が時々捉えられるのだが、その必死の表情をを見ていると胸が痛くなる。何とか、出してやって欲しいと、柳本晶一監督の采配を待つのだが、なかなか叶えられない。
 監督ともなれば、勝つためのベストメンバーで戦うのは当然で、非情でなければならないのは理解できるが、何となく、大山選手が柳本監督から疎んじられているように見える。これは、身内の僻みなのだろうか。
 ところで、今回の民主党の小沢代表の突然の辞意で、控えにいた何人かは、「いざ出番だ」と緊張して成り行きを見守ったはずだ。それが、あっけない辞意撤回で霧散した。勝つためのチーム作りの結果なのだろうが、控えにいた次なる候補達は、もっと積極的に動くべきだったと思うが、互いの顔を見合わせて成り行きを見守っただけだった。いずれにしても、大山選手のように、次なる控えの方々は、いつでも登板できるように、常に自己研鑽して備えていてもらいたい。
 そう言えば、筆者も、今は、常に妻、雅子の控えいて、必要な出番に備えている毎日だ。

連載(295) 難病との闘い
      第十一章 介護の実情2 平成19年夏から秋 (1)

 その後の雅子の症状は、一時の急激な悪化からはスピードダウンしたものの、それでも、悪化は静かに進んでいた。それは、恰も底なし沼のように止まるところを知らないといった感じである。一考も、雅子の変化に、自分の体力に合わせた形で工夫した介護を模索する日々が続くのだった。
 前々章で、春から夏にかけての介護状況を取り上げたが、本章では、それとの比較をしながら、その変化に着目して、慌しい日常の一端について触れてみたい。
 
(1)美容院 (その1)
 平成19年7月12日 木曜日 雨。 
 今日は一ヶ月ぶりに、雅子を美容院に連れて行く日である。このように、通院などの外出日は、なるべく母親の食事を用意しなくてもいい日、つまり、木、金、土に組み込むようにしている。
 ところで、美容院だが、かつては、JR湖西線、唐崎駅近くのビルの二階にある店に通っていた。症状が悪化し出しても、暫くは頑張って、二階への階段を一段ずつ、雅子の身体を支えながら、上り下りしたことが思い出される。しかし、昨年末を最後に、それも遂に不可能になり、車椅子で通える今の店に変えた。今では、雅子を抱えるようにして上り下りしたあの階段が懐かしい。
 さて、今、雅子がお世話になっている店は、いつも買い物に通っているスーパーの中にある。今日の予約時間が午前11時なので、早目の10時半頃に出掛けることにしている。しかし、生憎、台風4号が日本に接近中で、朝から空模様が荒れ気味なのが気になる。予報でも、急な天候の変化が予測されていて、処によっては激しい雷雨に見舞われる場合もあるという。出掛ける時点で雨が激しいと、雅子を車に乗せる作業が大変なので、予定を延期しなければならない。
9時半になったので、とりあえずは、雅子をトイレに連れて行く。以前に比べて足腰が相当に弱くなっているので、新しい対応方法が必要となった。先ず、雅子を車椅子から抱き上げるようにして降ろし、彼女の右手を取って、握り棒に捉まらせる。握力は殆どないのだが、握り棒に手を置いているだけで、一考が、雅子の身体を後ろから抱きかかえるようにしてやれば、何とか身体はバランスを保っている。そこで、今度は、一考は左手一本で後ろから雅子の身体を支えるように体勢を変えながら、右手で下着を下ろしてやる。そして、ここから便座に座らせるのに極めて有効な便利なテクニックを見出した。それは、雅子の左脚の太もも辺りを一考の左足の太ももの上に載せるようにして雅子の身体をゆっくりと回転させるのだ。すると、何と、ものの見事に雅子の身体は便座の上にゆっくりと滑り落ちる。後は、その位置を少し調整して、全く利いていない左手を折り曲げておなかの上に置き、右手を便座の横にある握り棒を握らせてやると、用を出す準備は整う。要するに、自分の左脚のももの上に雅子の右の太ももを乗せて回転させる技術が有効に利いていて省力化の有効なのだ。この回転テクニックは、一考が独自に見出した方法で、柔道の払い腰の技(?)を応用したもので、今では有効に毎回使っている。
窓を打つ雨の音に外を伺うと、雨粒が大きくなり始めたようだ。これは、困ったことになったなあと思いながら、「暫く、天候の様子を見てみよう。とにかく、車にさえ乗ってしまえば、何とかなるのだから」一考は、自分の言い聞かせるようにそう言って、便座に座った雅子の手足を、いつもの定位置に置いてやる。右手を傍の支え棒に、左手をお腹に当ててやるのだ。こうしてやらないと、雅子は落ち着いて用が足せないという。(以下、明日に続く)

329 底なし状態

 昨日も東証の日経平均は大きく下げた。これで6日連続の下げで、その下げ幅は1300円近い。筆者の含み損もこの期間だけで10%を越えた。心配なことに、今朝の米国ダウも、223ドルを越す下げだった。従って、東証の週明けも、更なる大幅な続落となろう。全く、底が見えない状態で不安が高まる。もう少し続くとパニックになりかねない。
 「底なし」と言えば、偽装、談合も依然として相次いで発覚している。もはや、これらは日本の体質とも言えるもので、国民も、ちょとやそっとでは驚かない状態になりつつある。また、防衛事務次官の守屋武昌氏を巡る「接待」も底なしで、奥さんまでが、堂々と「付け」を山田洋行に回していたという。そういう意味では、癒着、天下り、税金の無駄遣いも底なしだ。
 この底なし日本をどうするか、こうなれば、開き直って、大連立でもして、与野党一体となって、徹底した対策を打ってもらいたい。大連立は談合だということで非難もあろうが、国が一大事となれば、考える方向が一致してもおかしくないと思う。ピンチでは、思い切った「開き直り」も大事である。
 私的なことだが、妻の雅子の「パーキンソン病」は、進行性の病気の代表格だが、その悪化は底なし状態で、今も症状の悪化が続いている、筆者は、もう大分前から開き直って、その介護に努めて頑張っている。

連載(294) 難病との闘い
      第十章 笑うに笑えないエピソード (36)

(16)命拾い (その7)
 賎ガ岳トンネルを抜けて直ぐの大音で右折して、木之本、長浜線に入り、そこを一気に南下する。暫く田舎道が続き、その先の片山トンネルを抜けると、一転して眺望が開けて湖岸沿いのさざなみ街道に出た。ほっとして時刻を確認すると4時を少し過ぎていた。ここからは、琵琶湖の東岸を一気に南下する快適なドライブである。落とし穴はそんな快適さの影に潜んでいたのだ。
 この道は車が少なくて走り易い道で、あの風車街道と並んで一考の好きなコースだ。途中、尾上近くのみずどりステーション、奥琵琶湖スポーツの森、更に南下して長浜を過ぎたところにある近江の母の郷などの幾つかの「道の駅」がある。雅子に用を足すかどうか確認したが、必要ないということだったので、いずれも立ち寄らずにそのまま車を走らせた。そして、米原、彦根を通って近江八幡へ入った。この辺りまで来ると、さすがに、一考は少し疲れを覚えたが、そのままハンドルを握り続けた。
 時間も5時近くになっていた。一考が、少し眠気を覚えたのはその辺りだった。どこかで少し休まねばと思い始めたが、生憎、その辺りには適当な休憩場所がなかったことから、止むを得ず、そのまま走行を続けた。雅子も、疲れから軽い居眠りに入っていて、二人の会話も途絶えていて、注意しなければと自分で自分に言い聞かせていた。
 そんな時だった、ちょうど、近江八幡を過ぎて長命寺に向かっていた。瞬間、車の左側の前タイヤが道路の左側の縁石に軽くぶつかった。一考は、反射的にハンドルを右に切った。居眠りしていた妻が「どうしたの?」と声を発した。一考も、ショックで我に返っていた。一瞬だったと思うが、危険な居眠り運転をしていたのだった。大げさではなく、まさしく命拾いをしたのだった。恐らく、車は蛇行していたに違いない。幸いなことは、直ぐ後ろを走っている車がなかったことだった。
 眠気は一気に吹っ飛んだ。自分がまどろんでハンドルを握っていたことに、厳しく自分を叱咤しながら、神の配慮に感謝するのだった。この時、若し車が、左側ではなく、右側にそれていたら、間違いなく、対向車と正面衝突をして、全く関係のない方々を事故に巻き込んでいたことになる。そう考えるだけで身の毛の弥立つ思いだった。また、その事故で、一考と雅子が死亡でもしていたら「夫の介護疲れでの心中」とでも報道されていただろう。本当に何もなくてよかったとの思いが、ハンドルを握る手に、じんわりと汗を滲ませていた。
 この後は、気分を切り替えて、慎重に運転を続け、野洲、草津、近江大橋を通って自宅に戻った。時刻は6時を少し過ぎていた。
 一日を振り返って見て、命拾いしたことに、改めて神への感謝をしつつ、あのブレーキ故障があったにも関わらず、予定を強行したことへの反省だった。しかも、途中で適切な休憩を取ることもせず、疲れを重ねることになり、思わぬ事故につながった訳で、自分の年齢を考えて、もっと慎重な対応をしなければとの、自分への戒めに終始した反省の夜となった。
(この章は今回で終り、明日からは、第十一章、介護の実態2、平成19年夏から秋 を連載します)

328 東証、5日連続で1098円下落

 どんどん株が下がっている。サブプライム問題に起因している訳だが、その根深さが深刻である。東証も、昨日まで5日連続で1098円下げた。およそ、6,5%の下げである。筆者も、インターネットで株を楽しんでいるのだが、ここまで来ると、楽しみといった類ではない。どうにでもなれと言った気持ちになってくる。いわば、小沢代表の先日の気分とでもいえようか。生憎、自分の場合は、持ち株内容が悪いのか、含み益は、東証の下落率より大きく、7.5%である。痛い、痛い、痛い。
 今朝の、ニューヨーク市場での動きは、一時200ドル以上下げていたが、引き際になって少し盛り返した、それでも、終値ではー33.7ドルで依然として低迷しており、今日の東証も、更なる下落が続くのではと心配している。
 こういう下がっている時に適当なものを購入したいのだが、残念ながら、手持ちの資金を全て投入していて、その余裕がない。いつもの悪循環のパターンに陥っているのだ。まあ、暫くは寝ていることにしよう。待てば海路の日和あり、を信じて。

連載(293) 難病との闘い
      第十章 笑うに笑えないエピソード (35)

(16)命拾い (その6)
 風車街道に戻った二人は、北を目指した。先ほど、ブレーキ故障で車を止めた路肩を通り過ぎたのは、2時を過ぎていて、故障に気づいてこの場所に着いた時刻からは、2時間も遠回りしたことになった。一考は、そこで改めて気合を入れ直し、奥琵琶湖の入り口である海津大崎を目指した。
 車は順調に走り、ほどなく、その海津大崎エリアに入った、一考が期待していた通り、桜の咲き具合は絶好のタイミングで、ほぼ満開に咲き誇っていた。恰も、桜の衣装を着飾ったような湖岸は、目の保養に最高で、二人は、曲がりくねった道のドライブに大いに満喫していた。やはり、思い切って来てよかったといった気持だった。
 桜並木のドライブを楽しんだ二人は、この日に期待していたもう一つの狙いに向けて、車を走らせていた。それは、奥琵琶湖のパークウエイだった。昨年の秋に訪ねて来た時には、その少し前に襲った台風の影響で、このパークウエイは通行止めになっていて、雅子にその景観を見せてやれなかったことが、一考の宿題として残っていた。事前のチェックで、今は片道が開通しているろのことだった。
 パークウエイの入口は、大浦から先に進んだ菅浦にある。一考らは、前回は、止むを得ず、そこで折り返していた。今日は、やっと思いが叶って、二人は、そのつづら折のパークウエイをゆっっくりとしたスピードで登って行った。数十分走って行き着いたところに、つづら尾展望台があり、休憩所が設けられていた。一考と雅子はここで車を降りて一息ついた。車椅子でその当たりをぐるっと回って見たが、残念ながら、垣根が高くて、眼下の景観を、車椅子から眺めることは出来なかった。一考は思惑が外れたことで、がっかりしたが、止むを得なかった。仕方なく、嫌がる雅子をトイレに連れて行き、残りのドライブに備えた。この展望台は、自宅から80Km程度で、残り100Km程度を残した位置にある。
 展望台を後にしたのは3時半を過ぎた頃だった。ともかくも宿題を終えたということで、気分的にはほっとした安堵感があったものの、雅子にその景観を見せてやることが出来なかったことに、吹っ切れない不満が残っていた。
 そして、いよいよ復路に入ったのである。奥琵琶湖パークウエイを降りて、岩熊から塩津浜に出て藤ケ崎を経由してし、国道8号線で賎ガ岳トンネルを抜けた。この辺りは、かつて秀吉が柴田勝家と戦った歴史的なエリアだ。一考は、若い頃に読んだ井上靖の小説「淀殿日記」の関連部分のくだりを思い出していた。
 しかし、そんな、ロマンティックな思いとは別に、思わぬ危険が、その復路の終盤に潜んでいたのだが、二人には全く知る由もなかった。(以下、明日に続く)

327 プッツン

 聞き方によっては稚屈な弁明だった。政治家を何十年やってきた男が「東北気質が抜けず、云々」といった内容には説得性がない。今朝のスポーツ紙などでは「プッツン」したとの見出しが踊っているが、首相にもなろうとする政治家が、そんなことでは任せられないという気持ちになる。
 今年のプロ野球の後半戦で、阪神のエースである下柳投手が、味方のエラーにグローブを叩きつけたプレーがあった。筆者は、そのシーンを思い浮かべたが、あれは、自軍の選手を鼓舞したというよりも、自分を制御できなくなったプッツン現象だったと思う。
 昨日の記者会見での注目発言は、党首会談に至った経緯を説明したくだりで、明らかに、最初から大連立の話題があったことを開示したことだ。ここに、小沢代表の致命的な弱さがある。何故なら、小沢代表に連立の考え方が全くなかったのなら、最初から、そのことでの党首会談の必要はないと、拒否すべきでなかったか。つまり、この時点で、小沢代表には、大連立の構想があったと言える。
 いずれにしても、我がままな「やんちゃ坊主」を皆が宥め好かせて、なんとかも一度頑張ってと引っ張り出した無様な行動は、どう見ても、国民の信頼を得たとは思い難い。他に、適当な人材がいないというなら、それこそ、政権を任せられないといった思いにもなってしまう。

連載(292) 難病との闘い
      第十章 笑うに笑えないエピソード (34)

(16)命拾い (その5)
 修理工場の方たちは親切だった。急に訪れた一考たちに、嫌な顔もせず、直ぐに、ブレーキ具合を点検してから修理台に載せて解体、点検を始めた。恰も、急患の病人を手術台に載せて手術を始めるような感じだった。一考は付き添い人のような気持ちで、その作業を少し離れた所からじっと見守っていた。
 点検は、4つのタイヤを全て外して丁寧に行なわれた。案の定、ブレーキシューには焼けこげたゴムのような燃えくずが、しっかりとこびりついていた。それらを全て掻き落として洗浄し、改めてタイヤを装着してくれた。3、40分ぐらいの作業だった。作業に当たってくれた人の話では、原因は、サイドを引いたまま走っていた可能性は高いということだった。やはり、自分のうかつなミスだったのかと、忸怩たる思いだった。担当してくれたその方は、念のため、自らハンドルを握って近くを周回して、問題がないことを確認してくれた。望外の丁寧な応接ぶりに、一考は感謝の気持ちでいっぱいだった。
 その間、雅子は、車椅子に座ったまま、退屈そうに事務所の壁際で待っていた。幸い晴天で温かい陽射しを受けていたもともあって、気分的には、それほど落ち込むようなことはなった。二人が、感謝の気持ちをこめて丁重に礼を言って、修理工場を出たのは1時半を少し過ぎていた。
 とにかく、大事に至らずに済んだことに、二人はほっとしていた。そして、そのまま自宅へ帰るつもりで、国道161号線に向かっていた。しかし、日もまだ高く、折角ここまで来たのにといった思いが、一考の気持ちを揺るがせ始めていた。特に、海津大崎の桜は、今が見ごろのタイミングで、これを逃すとまた一年待たねばならない。そう思うと、この際思い切って、このまま、最初の予定通り、琵琶湖周回をやってみようと思い始めていた。
 人間の気持ちって微妙なものだ。少し前までは、今日はついていない日だから、余計なことは自粛した方がいいと自分に言い聞かせていたのだが、それが、あっという間にか何処かに消え失せていた。そして、車が、国道161号線に差し掛かったところで、自宅への方向である右折はせず、真っ直ぐ風車街道を目指したのである。瞬間的な、或いは刹那的な決断だったとも言える。この決断が、二人の人生に微妙で危険な綾を生み出すことになるのだ。人生は微妙な局面のつなぎ合わせのようなものである。(以下、明日に続く)

326 辞意撤回

 「恥を晒すようだが、云々」ということで代表を辞めることを止めたようだ。勇気ある撤回なのか、或いは、民主党が分裂、崩壊への歩みを始めるのか、しっくり来ない決断のように思われる。こんなことになった最大の理由は、小沢代表が、いわゆる「KY」だったと言うことらしい。「KY」、すなわち、民主党内の「空気が読めなかった」という。
 同氏のこの種の独断振りは今に始まったことではない。それだけに、今後も無いとは言い切れない。あえて言えば、小沢氏にはこの種の病気があるともいえる。そういうことからすれば、いわば、欠陥商品である。民主党は、欠陥商品を掲げて戦おうとする訳で、これは国民を愚弄することに他ならない。
 他に人材がいなかったとすれば、それも問題だと言わざるを得ない。国民はそんな馬鹿ではないと思うのだが、……。

連載(291) 難病との闘い
      第十章 笑うに笑えないエピソード (33)

(16)命拾い (その4)
 新旭は、高島市の中央部に位置していて、JR湖西線の近江今津駅の一つ手前の駅だ。ちょうど一年前に、一考が、自宅からスターとし、初めての琵琶湖を歩いて周回した際の、第一日目のゴールだった。
 「新旭ですか。そこまでは、このトレーラで運んで頂けるのですか?」少々、戸惑いながら一考が確認した。
 「ええ、しかし、少し、お金が掛かります。既定の距離をオーバーしていると思われますので」男は、申し訳なさそうにそう言って一考の顔を見た。
 「お金は致し方ありません。安全第一ですから。よろしくお願いします」一考は、早く安全を確認したいとの一念で、そう言って、頭を下げた。
 直ちに、一考の車をレッカー車に載せる作業が始まった。レッカー車の荷台から車を誘導するスロープが地上に降ろされた。少し幅のある二本のレール状のもので、その上を登って荷台に車を引き上げるのだ。しかし、一考は、もともと運転が苦手で、その細い渡しを登るのに自信がなかったので、面子を放棄してJAFの方にお願いした。
 かくして、生まれた初めて、二人は自分の車に乗ったまま、トレーラに載せられて、やおら、新旭に向けて走り出した。妙な気分だった。
 トレーラの荷台だから、視点が高くなったことで、その分だけ見晴らしは良くなって、それまでの運転席では味わえない優越感を覚えていた。しかし、その一方で、それだけ揺れも大きく、二人の不安な気持ちを増幅させた。こうなった以上は、専門家に身を委ねるしかないと考え、一考は、その揺れに身を任せていた。それにしても、妙なことになってしまったと思いながら、今日は、ついていない日だと、自らに言い聞かせていた。
 車は、ゆっくりとしたペースで国道161号線を南下して行った。およそ10分程度で、新旭のカローラ修理工場に到着した。JAFの方が丁寧に車を下ろしてくれて、必要なことを工場の方に伝えてくれて帰って行った。一考のように車のメカに強くないものには、JAFは有難いサービスだと改めて思った。(以下、明日に続く)

325 分裂を危惧

 意外にも、小沢代表が辞意を撤回しそうな流れにあるという。以前にも、そんな事例があったというが、あそこまで不満を開陳しただけに、何だか、小沢一郎らしくない気もする。民主党の連中にすると、「もうついてゆけない」という不満がある中で、今辞められると党としての纏まるシンボルがなくなり、強い戦いが出来なくなってしまうという心配に加えて、参議院議員17人以上を連れて集団離党されると、今までの参院での野党過半数の地位を失う危惧があるからだ。今後の成り行きが注目される。
 さて、「分裂」というと、そこには心を揺さぶるドラマティックなものの存在を感じる。別の世界の話だが、今年、印象に残っている分裂事件があった。女流将棋界の話である。女流棋士の地位向上を目指して、女流棋士全員(56人)が日本将棋連盟からの示唆もあって、独立しようとしたところ、その手順で齟齬があったようで、日本将棋連盟の米長会長の嫌がらせ的な対応があって、二つのグループに分裂してしまった。LPSAの名称のもとに独立に参加した17名とそのまま日本将棋連盟に留まった39名の二つのグループである。因みに、女流棋界には、目下4つの大きなタイトル(名人、王将、王位、倉敷藤花)があるが、昨日までは、全て日本将棋連盟所属の女流棋士が保持していた。
 しかし、昨日行なわれたタイトルを賭けた女流王位戦5番勝負の最終戦で、LPSA所属の石橋四段が師匠である清水王位を3勝2敗で破り、LPSAに初のタイトルである王位を奪取した。快挙である。
 石橋四段のこの5番勝負に賭けるその意欲は大変なものであって、LPSAの存在意義、面子にをかけての決死の戦いを展開した。シリーズは勝った、負けたの繰り返しで2勝2敗の対し、そして、果たせるかな、石橋4段は、昨日の最終局を見事に勝ち切って、タイトルをもぎ取った。弱いものの味方を自称する筆者は、朝からインターネットでその棋譜を追いながら、久し振りに興奮し「快哉」の気持ちを味わう楽しい一日となった。 今後、女流棋士全員が、LPSA(The Ladies Professional Shogi-Player's Association of Japan)に纏まることを期待している。

連載(290) 難病との闘い
      第十章 笑うに笑えないエピソード (32)

(16)命拾い (その3)
 「ええ! 私がサイドを引いたまま走っていた? それはなかったと思うのですが。今朝、西大津の自宅から出発して白髭神社まで直行、そこで30分ほど休憩してから、ここまで来たのです。白髭神社では、サイドブレーキを引いて休憩していたことは確かで、その後、そこを出る時から、ずっと、サイドブレーキを引いたまま走っていたということになりますが、そんな状態で、快適に走れます? 出足から違和感もなく、調子よく走っていましたよ」一考は、自分の運転ミスだと指摘されて面白くなく、無愛想な顔で「それはないよ」と言いたげに、疑問を投げ掛けた。
 「走り出すと、結構走れるものですよ」男は、今度は、ためらうことなく、強い口調でそう言った。
 一考は、休憩を終えて白髭神社を出発する時のことを改めて思い起こしていた。その時に、アクセルを踏んで車が滑り出す時の感触は、いつものそれだった。どう考えても、サイドブレーキを引いたまま、走り出したとは思えなかった。確かに、ずっと以前に、うっかりして、そうして走ったことはあるにはあったが、途中で気づいて慌てて直した経験はある。それだけに、その後は十分に注意していた。
 「先ほどおっしゃった、検査時で何らかの不備があったと考えられませんか? 自分では、サイドを引いたまま走っていたとは、どうしても思えないんです」一考は、納得できないといった不満な顔になっていた。
 「ないとは言えませんが、一応、プロがやっている仕事ですから、なかなか考え難いんですよ」男は、どう答えていいのか窮していた。
 「なるほど。そりゃそうですよね。やはり、自分がミスっていたのかなあ。ところで、とりあえず、どうしたらいいんでしょうか?」一考は、不味いことになってしまったと思いながら、気を取り直して、これからの対応についてアドバイスを求めた。車から降りて、車椅子に移って、傍で成り行きを見守っている雅子の表情は見るからに心配そうで、浮かない顔であった。春にしては、強い日差しが容赦なく、三人に照りつけていて、一考の額には汗が滲み出ていた。
 「ここから、10Kmほどのところの新旭に、カローラの修理場があります。そこで点検してもらうのが一番安心できる対応です」男は、少し考えてから提案した。
 「分かりました。そうしましょう」一考には選択の余地はなかった。安全を期すのが第一であったからだ。(以下、明日に続く)

324 本領発揮

 「やっぱり、そうなのか」小沢代表の辞任の速報を見た時の筆者の率直な感想である。その後の同氏が記者会見で明らかにした連立の目的を聞いて、先日このコラム(319、322)で書いた内容とほぼ同じだっただけに、筆者はその真意をそれなりに理解できた。しかし、肝心の党の役員連中や党員に、その主旨が全く伝わらず、ネゴもされていなかった手法はいただけない。
 自らをも変えると宣言した小沢代表の政治手法は、本質的には以前と全く変わっておらず、今回も、いわゆる「壊しや」の本領が遺憾なく発揮されたと見ることができる。ここまで来ると、もう、小沢氏についてゆく人がなくなるのではないか。あの田中真紀子氏はどう反応するか、是非、コメントを聞きたい。いずれにしても、暫くは、政治は混迷が続くだろう。
 そんな政界の混乱が起きている裏で、スポーツ界では、見事に本領発揮して世界のトップになった二つの話題が、我々の気持ちを和ませてくれた。フィギュアスケートでの浅田真央のノーミスでの逆転優勝と女子ゴルフの米国ツアーでの上田桃子の堂々の初優勝だった。
 なかでも痛快だったのは、上田の7番ホールでの第2打、235ヤードでのアルバトロスだった。国内ツアーで8人目だそうだが、まさに面目躍如の快挙だった。あの宮里藍の先を越しての米国ツアーの初優勝に、筆者は、介護の大変さを忘れて、暫し痛快さに浸っていた。

連載(289) 難病との闘い
      第十章 笑うに笑えないエピソード (31)

(16)命拾い (その2)
 今津を過ぎた頃だった。信号で止まろうとしてブレーキを踏んだのだが、踏む具合に異常を感じた。ぐっと深く踏み込まないと利かない。「おやっ」と思ったが、踏み具合でも悪かったのかと思って、その後もそのまま走り続けた。前後にも車の姿が見当たらないのんびりした状況だったので、あまり気にはならなかった。しかし、次の信号の手前でも、同じような状況だったことで、これはおかしいと思い、暫く走ったところで車を路肩に寄せて止めた。若し、国道を走っていたら、信号では車が並んでいたはずで、前の車に突っ込んで事故になっていた可能性は高かった。とにかく、何もなくて助かったといった気持ちだった。
 見渡す限り、田園風景が広がり、視界には数件の家があるが、言わば、何も無い畑の真ん中で、小さな三叉路になった地点だった。一考は、そこで、とりあえず、何回かブレーキの具合を確認をしたが、やはり、凄く深く踏み込まないと利かず、シャープにきちんと止まらない。困ったことになったと不安が込み上げてきた。何しろ、この種のメカには、からっきし音痴だっただけに、自分では手の施しようがなかった。
 どうしようかと迷ったが、雅子と相談してJAFに連絡した。いつも、持っていない携帯電話を持っていたことは幸いだった。
 そして、待つこと1時間ばかりして、やっとJAFのトレーラ車が到着した。40歳代のほっそりとした優しそうな男だった。
 「それに、この車は、つい先日、10日ほど前に、半年毎の定期検査を受けたばかりなんですよ」一考は、ブレーキの異常について概要を話した後、この車の履歴について付け加えた。
 「なるほど。そうですか」男は、そう言って、早速、下を覗き込んだりして車をチェックし、更には、自分で近辺を回ってブレーキの利き具合調べた。しかし、待っている一時間の冷却があったことからか、具体的な異常は見つからなかった。
 「普通なら、このまま、気をつけて帰って下さいと申し上げるところなんですが、事がブレーキに関してのことですから、そういう訳にもいかないんですよ」優しそうなそのJAFの男は困った顔つきだった。
 「考えられることとしては、定期検査時にブレーキシュー辺りに、何かの齟齬があったか、或いは、お客さんが、サイドブレーキを引いたまま走られたのではとも考えられます」男は、自信なさそうだったが、そう言って一考の顔を見た。(以下、明日に続く)

323 現代版、お伽噺

 福田、小沢の党首会談での裏話が、徐々に漏れ伝えられてきている。話は、大臣ポストにまで及んでいたというから、驚きも並みではない。自衛隊の恒久法に関しても、二人の考え方が一致していたらしい。
 「この連立の話は、福田さんから持ちかけたことにして欲しい]とか、別れ際に「決めてきます」といった話には、リアリティが感じられる。また、一回目の党首会談後に、小沢氏が菅代表代行、鳩山幹事長に話した際に、「首相を取れるなら」と前向きの反応だったとも、毎日新聞では伝えている。
 今朝の、TBSの時事放談でも、この話の言い出しっぺの中曽根康弘、渡辺恒夫の両氏が、この際の「連立の勧め」を説いていた。筆者は、ある程度、そんな話も出ているのではとは思っていたが、改めて、その種の真相を知ると、やはり驚きは大き過ぎて、いわば、お伽話のような感覚で受け取ってしまう。しかし、国民の受け取り方は、恐らく、そんな甘いものではなかろう。
 今朝、そんなお伽噺でなく現実の嬉しい話が飛び込んで来た。フィギュアスケートで、初日のショートプログラムで出遅れていた浅田真央が逆転優勝を果たした。中野友加里も2位に入った。めでたし、めでたし。

連載(288) 難病との闘い
      第十章 笑うに笑えないエピソード (30)

(16)命拾い (その1)
 この話は、エピソードでは済まない話だ。際どかった命拾いの話である。少しでも何かが間違っていたら、翌日の新聞の社会面の片隅で、「難病を抱えた夫婦、心中?」といった見出しになっていたように思う。大事に至らなかったことに、神に感謝しての紹介である。

 事の顛末はこうだった。
 その日、07年4月20日、久し振りに、雅子をドライブに連れ出し、いつものコースである琵琶湖一周を楽しもうとしていた、
 自宅を出たのは10時半過ぎだった。いつものように、湖西線に沿って西湖岸から東湖岸を周回するコースを取った。お天気も良くて気分は良好、雅子も助手席で見慣れた景色だったが、その移り変わりを楽しんでいた。
 道はそれほど混んではいなかった。車は順調に走った。近江舞子から湖岸に出て、見え隠れする琵琶湖を追いながら、一路、白髭神社を目指していた。一考の腹積もりは、この日は思い切って、この白髭神社こ立ち寄ってみたいと思っていた。というのも、いつもは、ここへの入口をあっという間に通り過ごしてしまうことが多く、素通りしてしまっていたからである。幸い、この日は、予定通り、うまく立ち寄ることが出来た。
 およそ20分間ほど、あたりを散策して休憩を取った。再び走り出したのは、11時半頃だったと思う。それまで通り車は順調に走り続けていた。その時点では、一考は、少なくとも何の異常も感じていなかった。
 間もなく、大溝橋を渡って直ぐに右折し、国道161号線から外れて、いわゆる風車街道に入った。この通りは、湖岸に近いところを今津に向かって走っている道である。特徴は、車の数が極端に少なく、のんびりとした快適なドライブを楽しめるので、一考の好きなドライブコースだった。近くには、こどもの国や風車村があり、落ち着いた休憩も取れるので、雅子にお手洗いを勧めたが、その必要がないということだったので、一考はそのまま海津大崎を目指すことにして、少しアクセルをふかせた。
 最初の命拾いはそんな時に起きたのである。(以下、明日に続く)

322 大山鳴動

 福田、小沢のトップ会談で、小沢さんの心境に、いささかの動揺があったのはなかろうか。一旦持ち帰ったこと、別れ際に「決めてきます」と言ったと伝えられることから、そんな憶測も生まれてくる。筆者にしてみると、数日前(319)に書いた「大連立」が、外れていなかったことに、若干の興奮を覚える。
 そもそも、政治家の表向きの目的は、国民のためになる政治を行なうことにある。そういう観点からすれば、野党にいては単に反対するだけであり、その目的には届かない。やはり、政権の中に入って初めてその第一歩が得られる訳で、大連立は、その意味での一つの選択枝であることには間違いない。批判政党がなくなるという批判に対しては、政権内で、議論を戦わせることで、いわゆる大政翼賛会とは異質の体制を構築することも可能だと思うのだが、どうだろう。
 筆者が感じるには、福田ー小沢会談では、まだオープンになっていない更に突っ込んだ内容もあるのではとも思われる。いずれにしても、政治は政界再編成に向かって動き出すのではないか。暫くは、各党の動きから目が離せない。

連載(287) 難病との闘い
      第十章 笑うに笑えないエピソード (29)

(15)モルモットに協力
 春日医師から、滋賀医大の研究生がこの種の病気の症状変化を研究しているので、協力してあげて欲しいと頼まれたのは2006年の8月初めのことだった
 早速、研究者の方に研究の主旨を伺うと、脳卒中やパーキンソン病などの脳神経疾患患者には転倒が多いことから、「動脈硬化症疾患及び神経疾患と転倒に関する医学的検討」ということで、外来通院中の患者の転倒に与える要因を明らかにし、今後の転倒予防指導に役立てたいということだった。
 具体的な研究の進め方は、まず、現在の症状の確認から始まる。具体的には、身体状況の問診、簡単な身体測定、重心動揺などのバランス測定、更には万歩計一週間装着による日常の活動のチェックなどである。そして、その後は、転倒回数を一年間フォローするという単純なものだった。
 一考は、将来、これが論文として発表される際には、そのコピーを頂ことを条件に、協力要請を受け入れた。
 しかし、その転倒回数を報告する段階になって、一考は、この検討の内容の無意味さを感じるようになった。それは、その時点では、介護さえしっかりやって、常に付き添っていれば、転倒は回避できる。つまり、これは、介護が手抜きされているか、どうかをフォローすることと同じではないか。目的の症状の悪化とは直接連動していないと判断した。そのことを、研究者に話したが、これといった反論は無かった。
 しかし、雅子の症状が更に進むと、介護はしっかりやっていても、転倒回数が増加傾向を示し始めたが、それも、車椅子の使用で転倒は回避されることも多くなり、症状との関連性はなくなった。それでも、取り敢えずは、一年間の転倒回数を報告し終えた。最後の半年は、転倒回数は3~4/月で、いずれも、少し手を抜いた際のものだった。
 こんな内容でうまく論文が纏まるのか、いささか心配だたt。確かに、雅子以外の患者さんのデータがある訳だから、格好はつくのかもしれないが、今もって、はなはだ疑問の残るデータ収集だった。果たして、転倒防止への然るべき指針が得らるのだろうか。今もって疑問のままである。
 一考は、若し、症状の変化具合を捉えようとするなら、何かの機能に絞ってその変化をフォローする方が掴み易いと思っている。例えば、物を吸い込む力の変化を追うのはその一つだ。一定量の液体をストローで吸い込む時間を、時系列に測定することで、症状の進行具合を定量的に捉えられるのではないか。それと転倒回数との相関を見てみるのも面白そうだ。
 さあ、その論文は、うまく纏まったのだろうか。そんなことが、気になっている今日この頃だ。(以下、明日に続く)

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321 落合流采配

 日本中の野球ファンを「あっ」と言わせる投手交代だった。完全試合を目前にしたこの交代劇を決断できたのは、恐らく落合博満監督以外にはいなかっただろう。リリーフした岩瀬仁紀投手も、難しい場面を事も無げに投げきった好投はお見事だった。
 お見事と言えば、オリックスを解雇され、どん底から這い上がってきた中村紀洋選手の活躍で、同氏をテスト選手から採用を決断した落合流も忘れてはならない。
 53年ぶりの優勝に貢献した選手は他にも何人かいたが、筆者は、もう一人功労者を上げておきたい。それは、このシリーズの第一戦で投げた川上憲伸投手だ。負けはしたが、ヒット2本に押さえた同氏の好投が、その後の日本ハムの打撃陣の勢いを殺ぎ、中日の投手陣に自信をを持たせ、その後の4連勝に繋がったと見ている。
 このシリーズを一口で纏めると、「紀々博々」のシリーズだったと言えよう。二人の「紀」(中村紀洋岩瀬仁紀)と二人の「博」(落合博満荒木雅博)が活躍したシリーズだったと結んでおきたい。
 そんな華々しい宴の一方で、自衛隊のインド洋からの「撤収」が実施された。6年間に渡って行なわれた活動の中断である。さあ、これから日本政府はどのような対応をするのか、成り行きを見守りたい。
 ところで、全く個人的なことなのだが、「撤収」と云う意味では、筆者も東京から完全に「撤収」することが、奇しくも、この日確定した。7年間保持していた東京のマンションの売却が決まったのだ。すっきりした気持ちと、数々の思い出が交錯して、ちょっぴり感傷を覚えた日でもあった。

連載(286) 難病との闘い
      第十章 笑うに笑えないエピソード (28)

(14)必要最小限の投資 (2)
 一方、病気治療に関しては、少しでも可能性のあるものにはなるべく挑戦することにした。差し当たっては、雅子の姉の霧子さんが聞き込ん出来た鍼治療で、週一回のペースでおよそ3ヶ月通った。京都の賀茂川沿いから紫明通りを少し入ったところにあって、朝のドライブを楽しんだが、その効果のほどは今一つだった。一考は、もともとこの種の治療には関心が薄く、その程度のものだろうと思っていた。
 その次の挑戦は、雅子が行きつけの美容院から聞いてきた電子線照射療法だった。ドクタートロンと呼ばれるその機器は、血行をよくし、腰痛や体調不良に効くとか、能書きはいい事尽くめだった。早速、テストを兼ねて近くでオープンしている展示場に通って確かめた。はっきりした効果が確認できた訳ではなかったが、思い着き的にその設備を購入することを即断した。50万円近い高い買い物で、衝動買いと言えども軽率だったとのそしりは免れない。まあ、藁をも掴む気持ちが優先していたからと云うことにしておこう。そんなことで、一年間ぐらいは。毎日それを使っていたのだが、目立った効果もなく、今では身体が動かせなくなって、使用することも面倒になったので、ベッド近くの棚で、その雄姿(?)を鎮座させているが、何とも侘しい気持ちでもある。
 その他にも、雅子のいるリビングと一考の二階にあるオフィス(?)との連絡を取るための無線機器にも、いろいろと試行錯誤を繰り返し、今では、赤ちゃんの音声をモニターする無線機器を使っているが、それを見つけ出すまでに、トライアルとして幾つかの機器の購入を行なった。また、室内移動のための椅子、更には、雅子のお尻が痛くならないということで電気マッサージ付きの椅子も購入した。いずれも必要に追われてのつぎはぎ的な購入だった。
 更には、少し滑稽な事例だが、雅子を入浴時に、身体を洗ってやるために一考自身が濡れないように着る合羽を買った。しかし、浴室内での作業なので暑くて汗びっしょりになて堪えられず、今では使っていない。また、マッサージ付きの椅子を買う前には、DIYで見つけた特殊な形をした椅子を、足置き台に良いと云うことで買い入れ、一時は重宝していたこともある。
 しかし、栄枯盛衰ではないが、一時的にはその目的を果たしたこれらの設備、機器や小道具も、雅子の症状の悪化に連れて、次々ととその役割を終えて、今では姿を消したり、部屋の隅や物置で眠っているものも少なくない。あの高価だった電子照射機器のドクタートロンを始め、室内の移動椅子も、今では邪魔な存在になって部屋の隅で小さくなっている。また、足置き台に使っていた特殊な椅子もしかりである。使い捨てではないが、いわゆる、戦力外商品になってしまっているのだ。リフォーム時に二階への階段に、雅子用に付け足した手摺も、またしかりである。(以下、明日に続く)

タグ : 落合博満 中村紀洋 岩瀬仁紀 荒木雅博 撤収 ドクタートロン 川上憲伸

320 期限切れ

 テロ特措法が今日期限切れとなる。この6年間で、最大11カ国に延べ794回に渡って行なわれたインド洋上での給油活動が一旦停止されることになる。この結果、アフガンでのテロ掃討作戦の参加国の中で、先進国での中では、日本だけが離脱となる。国際貢献という観点で、各国からは高く評価されていただけに、今、審議に入った新法案の今後の行方へが注目される。
 さて、期限切れといえば、最近の食品業界での実態には、あまりにも遺憾なことが多すぎる、白い恋人に始まり、ミートホープ、比内地鶏、赤福、御福餅、更にはミスタードーナッツと連日新聞紙上を賑わしている。金儲けに徹するあまりの偽装、改ざんの堂々たる横行には目に余るものがある。せめて、期限だけでもしっかりと守ってもらいたい。
 話は本筋を外れるが、政治家にも賞味期限切れがちらほら目立つ。スポーツ界でもしかりだ。そして、かく言う筆者も、広い意味での期限切れになっているのかもしれない。しかし、筆者には、妻を介護しなければならない責務があって、まだまだ引退は許されない。がんばらなくっちゃ!!

連載(285) 難病との闘い
      第十章 笑うに笑えないエピソード (27)

(14)必要最小限の投資 
 2002年の11月に病名を告げられ、進行性の病気だと知って、一考は「一体、どんな具合に、どんなスピードで進行して行くのか」と掴みどころのない不安と心配の数年間を過ごしていた。しかし、病名を聞いてからも暫くは、雅子の日常生活に支障が出て来るような大きな変化もなかったことから、大したことはないのではといった気持ちもあって、そのまま東京に居残っていたのだが、その時点では、そのこと自体にそれほど罪悪感もなかった。
 しかし、偶々の一時帰郷時に、雅子の車のハンドル操作に危険を悟ったことで、急遽帰郷を決断したのが、2004年の年末だった。それ以降の雅子の病状の進行は、徐々にスピードアップし、2006年春の思わぬ左足捻挫と左手の骨折があって、持ちこたえていたものが一気に崩れるような勢いで、病状悪化が加速的に進んだ。そのために、泥縄的ではあったが、必要と思われる対応には、積極的に取り組み、大袈裟に言えば、「金に糸目を付けず」に投資して来た。
 今までの最大の投資は、何と言ってもリフォームだった。それまでの二階を軸とした生活が不可能になり、止むを得ない決断だった。本来なら、思い切って、母屋も含めた総合的な建て直しをするぐらいの改築をやりたかったが、如何せん、土地は全て母親の名義であり、母屋も母親のものであって、自分にはその権利がなく、仕方なく、自分達のテリトリーだけの簡単な手直しに止めざるを得なかった。
 その結果、二人の寝室は、それまで応接室に使っていた玄関脇の和室を転用するという変則的でレイアウトで不満足なものとなった。一方で、雅子が二階にも上がれるようにと、階段にも、新たな手摺をも付けた。
 同時に、この機会にオール電化への切り替えも思い切って断行した。このオー電化は、前宣伝も大きかったが、それなりの電気代のセーブになって貢献している。また、トイレのウオッシュレットへの切り替えも追加する形での投資となった。その後、介護保険が認められた時点では、歩行通路の手摺の設置や段差の解消工事も追加した。全体的に見て、すっきりしない投資だったが、雅子の急な症状の悪化に間に合わせるための応急処置に対する必要最小限のつぎはぎ投資だった。この時点では、将来、もっともっと大きな投資が必要になるとは想定していなかった(以下、明日に続く) 

タグ : テロ特措法 賞味期限

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