プロフィール

相坂一考

Author:相坂一考
滋賀県大津市出身
07年1月に推理小説「執念」を文芸社から出版
14年7月に、難病との戦いを扱った「月の砂漠」を文芸社から出版

このブログは3部構成です。
 1.タイトルへの一言。
 2.独り言コラムで、キーワードから世の動きを捉えようと試みる。
 3.プライベートコーナー
   (2015-06-03に修正) 

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブロとも申請フォーム

ブログ内検索

RSSフィード

Powered By FC2ブログ

380 温故創新

 公私共に激動だった今年もくれる。万感の思いだ。日本では、やはり安倍内閣の退陣と福田内閣の誕生、そして難問との苦闘が全てを象徴した一年だったと思う。昨日、孔子生誕の地である済南省曲阜を訪れた福田総理が、「温故創新」と揮毫していたのが目に付いた。如何にも、福田総理らしい言葉ではないかと思った。
 私事だが、筆者も人生で最も厳しい激動の一年となった 初出版「執念」の発売に始まり、雅子の症状の悪化に伴い、本格的な介護との格闘、そして、遂に、有料老人ホーム「ドリームスペース」に入居することになった。昨日、お正月を自宅で過ごさせるために、3週間ぶりに自宅に連れ戻った。喜んでいいのかどうか戸惑うが、本人が発した言葉は、「やはり、あなたの介護の方が安心できるわ」とでも言ってくれるのかと思っていたが、「あちらの方が居心地がいいとのことだった。介護に当たってくれている人たちの温かい応接が素晴らしいからであろう」短期間で、そこまで、向こうの生活に慣れてくれたことは嬉しいが、そこに雅子の健気さが感じられ、熱いものを感じたのである。

連載(345) 難病との闘い
      第十三章 介護付き有料老人ホームへの誘い(10)

(1)ドリームスペース(その10)
 一考は、頃合を見計らって、木田さんに、雅子と一緒に新棟、ドリームスペース、楽裕館の見学を申し入れた。木田さんからは、今は、新ケア棟への移転などでごった返しているので、一考だけなら案内できるということだった。そこで、先遣隊ということで、自らが案内してもらうことなった。日時は、8月11日の午後1時半と決まった。
 その日が、一考にとっては、二度目のドリームスペースへの訪問となった。現地に着くと、木田さんに急用が入ったことで、代理の方の案内を受けた。新ケア棟は、未だ一部に内装工事が行なわれていた。それでも、ほぼ、全体のイメージを把握するには充分だった。4階建ての建物で、一階は、エントランスホールがあって、共用の部分の厨房、美容室、浴室や特殊浴室などが設置されている。入居できる対象の部屋は、2階から4階の3フロアーで、受け入れられる部屋は80室、そのほかに、臨時の一時介護室が4室設置されている。
 聞くところでは、既に40室は、他のケアタウンから移ってくる人が決まっているし、他にこのドリームスペースの旧舘からの移動が20人ほどあるという。そして、この種のホームのしきたりで、常に空室を4~5室は確保して置くようで、新たな入居は限られていることを知った。
 一通り、新ケア棟のツアーを終えると、案内してくれた方が、雅子の姉の伸子が入居を予定している部屋をご覧になりますかというので、参考のために見せてもらうことにした。旧舘の二階の部屋だった。残念ながら、山側に向いた部屋で琵琶湖は見えなかったが、1DKのござっぱりした部屋だった。
 全体を見終えたところで、担当の木田さんが挨拶に来られたので「入居権の確保については、何とか宜しく頼みます」と、改めて強くお願いした。木田さんは、結構希望者も多くて、その最終的なOKを取るのに、鋭意努力している最中だとの経過報告があった。一考は、とにかく宜しくということで、ドリームスペースを後にした。(以下、明日に続く) 
スポンサーサイト

タグ : 孔子 済南省曲阜

379 華麗な氷上の舞い

 今週行なわれた全日本フィギュアで、女子は浅田真央が、安藤美姫の猛追を振り切って2連覇を成し遂げた。浅田選手は、このところ、SP(ショートプログラム)で失敗が続き、トラウマ状態だったが、この大会では見事にそれを克服したのだが、今度はそれまで得意としていたフリーで躓いた。彼女はインタビューでは「パーフェクトを狙います」と口癖のように答えているが、なかなか思い通りにはならないようだ。中野友加里を加えた三人の世界選手権での頑張りを期待したい。それにしても、ベテランの村主史章枝選手が。このところ振るわず、選に漏れたのが気に掛かる。時代が移ったのだろうか。
 ところで、この年の瀬の慌しい時に、つまらない筆者の次のような見解を付記するのをお許し頂きたい。
 それは、この競技は、シンクロナイズドスイミングと並んで、実に特異で妙なスポーツであるということだ。言うまでもなく、高度なスケート技術の駆使による氷上の舞いの華麗さ、美しさを競う競技だが、そこに、堂々とした「卑猥さ」を提供してくれている部分があるということである。大衆の前で、大きく開脚しての演技は、そんなものを超越してはいるが、それでも、何か不思議な美しい光景を提供してくれている。最近では、カメラもさすがに、そういう部分は後ろから撮ったり、引いて撮ったりと気を遣っているのが分かり、少々、気を持たせる。
 手鏡を駆使して苦労した結果、逮捕されたあの植草一秀教授も、この競技に興味を持っておられたら、また違った人生があったのでは、なんて馬鹿なことを考える筆者の頭は、何処かがおかしいのかもしれない。改めてお許しを乞う。

連載(344) 難病との闘い
      第十三章 介護付き有料老人ホームへの誘い(9)

(1)ドリームスペース(その9)
 「それなんですが、今までは10年になっていましたが、今度の新しいケア棟からは改定されることになっていまして、目下検討中なのです」木田さんは、矢継ぎ早に発する一考の質問に丁寧に答えてはいるが、少々、持て余し気味である。
 「短くなるのでしょうか?」一考は面白くないと言った口調で迫る。
 「多分、そうだと思います」木田さんは、少し、遠慮そうにそう言って、一考の顔を窺った。一考は、この世界のビジネスの実態について全く知識を持ち合わせていなかったが、やはり、そこには厳しい、したたかさが存在していることを知るのだった。
 とにかく、そんなやり取りではあったが、一考は、介護付き有料老人ホームの全体像の輪郭を、ある程度を把握することが出来た。一考の頭を悩ませたのは、やはり経費面での大変さだった。権利確保の一時金が何千万円のレベルであり、毎月の管理費も、介護の程度で変わってくるが、雅子のように完全介護の場合は、30万円近くの覚悟が必要と受け取った。
 いずれにしても、一考は新ケア棟の具体的な資料が出来たら送付して欲しいとお願いして、その日は別れた。
 新しい資料が6月末には準備が出来ると聞いていたが、7月に入っても、音沙汰はなかった。木田さんに電話で聞くと、予定が遅れているのでもう少し待って欲しいという返事だった。
 8月になったが、依然として梨の礫だった。一考は、少し焦燥感を覚え始めていた。漸く、ロリームスペースから手紙が届いたのは8月8日の事だった。
 その手紙には、8月末にドリームスペースの新ケア棟がオープンする旨の簡単なパンフレットが同封されていた。それによると、その新館の名称は「ドリームスペース、楽裕館」と名付けられていて、いよいよ見学も可能になるというメモがあった。更に、入居に必要な諸経費についての資料が同封されていた。
 その資料を見ながら、一時金もさることながら、毎月の管理費用が生易しいものでないことを改めて自覚させられた。気になっていた償却期間は、それまでの「10年」ではなく「5年」と明記されていた。
 年金生活者にとっては、実に厳しい現実であると、一考は身を引き締めるのだった。(以下、明日に続く)

タグ : 浅田真央 安藤美姫 中野友加里 村主章枝 植草一秀 手鏡

378 支持率回復へ

 昨日行なわれた日中首脳会談で、「戦略的互恵関係の構築と発展」を表明し春遠からじを確認し合った。小泉首相時代に、こんがらがっていた関係が、漸くほぐれてきたことはご同慶の至りである。期待された「東シナ海油田開発問題」の解決は、来春の胡錦濤首席の来日まで先送りとなったが、福田総理としては、まずまずの成果だとの各誌は伝えている。
 一方、議員立法で解決を目指す、薬害肝炎救済問題は、与党と原告側弁護団とその内容について合意が得られ、解決へ大きく前進した。野党も賛成の意向であり、今国会での成立の見通しが立った。
 下がり続けていた福田内閣支持率にも、これで歯止めが掛かったのではと思われる。来春早々には内閣改造の話も噂され、失地回復への期待が出て来ている。とりあえず、福田総理頑張れ!、と書いておこう。

連載(343) 難病との闘い
      第十三章 介護付き有料老人ホームへの誘い(8)

(1)ドリームスペース(その8)
 一考が気にしていたのは、この種の有料老人ホームのシステムである。そのことについて、木田さんは次のように説明してくれた。
 「民間のこの種の老人ホームは何処も同じだと思いますが、最初に入居金と呼ばれる契約金を支払って頂ければ、お亡くなりになるまで、その部屋をお使い頂けます。その場合は、もちろん、毎月の管理費を支払って頂く必要があります」
 「なるほど。それじゃ、お墓の場合と同じと考えていいのですね。つまり、自分には所有権はないが、永代使用できるということですね」一考が気にしていた、最も重要なポイントについて確認した。
 「いや、それとは違います。お墓の場合は、今おっしゃった通り、永代貸与で、代が変わっても引き続き使用できますが、この部屋の場合は、契約者本人一代きりなのです」木田さんの説明に、一考は、そうなのかといった驚きを禁じ得なかった。
 「ええ! 契約対象者一代切りなんですか。つまり、今回の場合は、雅子だけに提供される権利ということなんですね。それは、いわゆる、老人向けマンションとは、根本的に違うのですね。支払う金額はそれほど変わらないのに」一考は、自分に言い聞かせるように、そのポイントを繰り返した。
 「その通りです。もっと分かり易く言えば、介護つきのホテルを一生分、前払いで予約して頂くとお考え下さい。その前払い分が入居契約一時金です。それを支払ってその権利を確保しておき、それに毎月の介護を含めた管理費を支払えって頂ければ、死ぬまで面倒は看てもらえるというシステムです」木田さんは、誤解がないようにと、噛み砕いて説明してくれた。
 「ということは、あくまでも契約した対象の部屋は、当たり前のことながら、将来もずっとその事業者のものだということですね」一考が念を押した。
 「その通りです。、マンションを買うのとは全く違います。あくまでも、一代限りの使用権利で、自分のものになると言うものではないのです」長年、営業で鍛えてきた木田さんが、少し緊張した面持ちで、大事な部分をしっかりと説明した。
 「よく分かりました。ところで、途中での解約はどうなっているのでしょうか?」まさかの場合を想定した一考の確認であった。
 「償却期間内なら可能です。その残り期間に応じて返還金はあります」木田さんは、少し笑顔を取り戻して、一考の顔を見た。
 「償却期間内ですか。つまり、償却期間が過ぎれば、返還金はないということなんですね」高額な投資を伴うが、自分の資産を増やすことにはならないところに、空しさを覚える取引な上に、返還金もままならないところに、一考は何かすっきりしない空しささえ覚えていた。
 「そうです」笑顔で答えてくれている木田さんだが、一考のしつこさに、少しうんざりしているようにも見える。
 「その償却期間ですが、それは何年なのでしょうか?」一考は不安を振り払うように、肝心なポイントについて更に踏み込んで確認した。(以下、明日に続く)

タグ : 胡錦濤 東シナ海油田開発 薬害肝炎救済

377 波紋の大きさ

 パキスタンブット元首相が暗殺された。何気なく聞いていたニュースだが、その波紋は大きく拡がっている。今朝の米国株のダウ平均も200ドル近い大幅な下げとなったほか、更なる原油高が懸念されている。
 この暗殺での直接的な影響は、パキスタンの政情の緊迫化であり、民主化の遅れが心配される。そんな中で、最大の懸念は、パキスタンが核保有国であることから、その管理体制に不安が出て来ており、核兵器や核技術が、タリバンアルカイダなどのテロ組織に流出する懸念も出て来ているということだ。
 今や、世界は一つに繋がっていて、アジアの一国で生じた暗殺の波紋が、必然的に世界中に大きな波となって拡がって行く。この年末年始も世界中が緊迫感を持って迎えることになりそうだ。今日から始まる日中首脳会談でも、この話題が取り上げられることになろう。福田総理がどんな発言をするかも注目される。
 いずれにしても、世界平和への道は険しくて遥かに遠い。それでも、諦めずに、平和に向かって歩み続けなければならない。

連載(342) 難病との闘い
      第十三章 介護付き有料老人ホームへの誘い(7)
(1)ドリームスペース(その7)
 一考は車を降りて、ずっしりと構えている薄チョコレート色のメインビルに向かってゆっくりと歩き出した。
 そして、今、車で来た道を過ぎろうとして気づいたのだが、そのまま真っ直ぐ進むと、その先の左側に、4階建ての建設中の新しいビルが見えた。概観は既に出来上がっていて、内装工事が行なわれているようだった。多分、これが新ケア棟だと思いながら、一考はその道を横切ってメインビルの正面玄関に入って行った。
 中に入ると、広々としたロビーがあった。まるでホテルのような豪華さが感じられる。真っ直ぐ正面には琵琶湖の雄大な風景が、大きな額縁に入ったように眺望できる。恰も、ビルが横向きに吹き抜けているような壮観さだ。
 アポイント無しの思いつきの飛び込み訪問だったが、居合わせた営業担当主任の木田さんが現れて、親切に応接してくれた。ふっくらとした精力的なご婦人で、話を聞いてみると、雅子の姉の伸子の契約に関わってくれていて、既に姉達から雅子のことも聞いているということだった。一考は手回しのよさに少々驚きながら、このドリームスペースの現状について話を聞いた。
 「規模、それに施設全体の充実振りは、他の施設を圧倒していますね。事前の調査で描いていたイメージ通りで、その素晴らしさに安心感を覚えます」一考は、木田さんからの居室数や共有施設などの総括的な説明に、そう言って相槌を打った。
 「お陰様で。今年が開業してちょうど二十年という記念すべき年でして、新しい棟の増設もその節目のイベントとしてその竣工が期待されています」木田さんの説明には、歴史を積んできた誇らしさが感じられた。
 「なるほど、二十周年ですか。さすが老舗の貫禄ですね」一考は思わずそう言って持ち上げた。
 「高齢化が進む今の日本では、この種の施設のニーズが増える傾向にあり、幸か不幸か、私達も忙しくなって来ているんですよ」ビジネスとしての成功に、木田さんの日々の充実振りが滲み出ている。
 「なるほど。それでは、今も満室というような状態なんでしょうか?」少し、心配げな口調で一考が確認した。
 「まあ、そう言って差し支えないと思います。ただ、実際には、介護つきの居室は、ある程度は余裕を持たせています。それというのも、いつ何時、自立型の居室の方が介護つきの部屋が必要になるかもしれませんからね」
 「なるほど。それはそうですね。ということは、実質的には満杯ということなんですね」一考の頭の中には、雅子の入居権を確保しなければならないという課題が占拠しているだけに、その辺りのことが気になっているのだ。
 「確かに何人かの待機者がおられますが、先ほど紹介しましたように、新しく出来る介護棟には80室の部屋がありますから、今は、多少は融通が利くタイミングと言えます」木田さんは、そう言って、新たに入居権を確保するには、今が絶好のチャンスだとのニュアンスを示唆してくれた。(以下、明日に続く)、

タグ : ブット元首相 アルカイダ 日中首脳会談 パキスタン タリバン

376 軍の関与

 沖縄戦の集団自決を巡る高校教科書検定問題で、「日本軍の関与によって、集団自決に追い込まれた人もいる」などといった表現が承認された。「軍による強制」という直接的表現は避けたが、削られていた表現が復活して決着した。
 今まで、筆者は、集団自決の具体的な内容について、詳しく承知していなかったのだが、「軍が手榴弾を配った上て、住民達に指導や教育があった」とされる事実を知って、当時の追い込まれた沖縄県民の辛さ、痛ましさを改めて思った。つまり、有り体に言えば、住民達同士で殺し合えというような集団自害を指導したのだというから、驚きを越えている。いくら戦争とはいえ、そこまでやらねばならないのかと心が痛んだ次第である。
 今年の流行語を借用すれば「どんだけ!」と叫びたい。ニュアンスは少し違うかな?

連載(341) 難病との闘い
      第十三章 介護付き有料老人ホームへの誘い(6)

(1)ドリームスペース(その6)
 ドリームスペースは、昭和59年、つまり1984年12月、今から23年前に会社が設立されている。それから3年後の昭和62年(1987年)に営業が始まり、施設の開設が行なわれた。そのオープンの時点では、6棟でスタートしたが、その後、1992年に2棟が増設されて、現在の8棟体制に拡大した。目下、新たに介護棟が建設中で、2007年の夏にはオープンの運びとなっている。従って、その規模は、一般居室が300室、介護居室が109室に達することになっている。この収容規模は、他の介護付き老人ホームの3倍以上で、圧倒的に群を抜いている。
 立地条件にも恵まれている。日本一の琵琶湖沿いにあって、背景の比良比叡の山並みなど、風光明媚な自然に囲まれた環境にある。またアクセスの面でも、JR雄琴駅から徒歩15分の距離にあって申し分ない。一考の自宅からおよそ9Kmの距離で、車で普通に走って15分~20分程度で行き来できる。
 いずれにしても、経済面のことを抜きにすれば、環境、設備、受け入れ体制、それに、増設が整うタイミングなどを総合すれば、現時点で、このドリームスペースに勝るところはないのではと一考は思うのだった。
 インターネットでの調査から1ヶ月ほど過ぎたゴールデンウイークの最中の5月4日に、一考は、たまたまの思いつきで、ドリームスペースを訪ねたのだった。どんな処なのか一度見て思うと思ったからである。
 国道161号線を北上し、、自衛隊大津駐屯地、びわこマリーナ、唐崎神社、下坂本を抜けると雄琴である。湖岸寄りに怪しげな建物が幾つか見えて来る。この辺り、男性達には関心のある有名な風俗街だが、夜はともかく、昼間はそんな感じからはほど遠く、寂れた一角にも見える。一考はさほど気にせず、一気に突っ切って走り抜ける。そこから、ほんの数分進んだところに、「ドリームスペース」と書かれたかなり大きな看板が出ていた。その手前の信号を右折して取り付け道路を進むと、目の前に薄チョコレート色を基調とした大きな建物が現れた。その真横にはクリニックがあって、ドリームスペースのメインの建物と長い渡り廊下で連結されている。入居者達が外に出なくてもクリニックへの出入りが可能になるように配慮されているのである。一考は、行届いた設計に頷きながら、その向側にある駐車場に車を止めた。(以下、明日に続く)

タグ : 教科書検定 集団自決 どんだけ

375 首相のお詫び

 薬害肝炎原告団の代表4人に福田首相が心からお詫びをした。4人の代表の表情に、今までにない和やかさが感じられ、ニュースを見る筆者もほっとして心が和んだ。今までの、不満で怒りに満ちている表情を見ていたのが居たたまれなく辛かった。後は、議員立法の内容如何であろう。福田総裁も最後まできちんと目配りをして、原告団を裏切らないようにして欲しい。
 さて、今朝は夢があり心が和んだいニュースが他にも二つ報じられている。一つはリニアモーターカーによる新幹線の建設だ。5兆円をJR東海が自己負担して2025年の開業を目指すと言う。年齢的に見て筆者は目にすることは出来ないだろうが、夢がある楽しい話しだ。もう一つは、トヨタの今年度の生産見通しが951万台で、GMの926万台を抜いてトップになるという。来年度も995万台を目指すというから頼もしい。いずれにしても、今朝は珍しく心が和んだニュースが多く、小さな幸せを感じた朝となった。

連載(340) 難病との闘い
      第十三章 介護付き有料老人ホームへの誘い(5)

(1)ドリームスペース(その5)
 その日の夜、一考は、もっと詳しい情報を知ろうと、老人ホーム全般、そしてドリームスペースについて、インターネットでの調査を行なった。その結果、老人ホームの実態はなかなか複雑で、いろんなタイプのものが存在することを知った。大要は、次の通りである。
 老人ホームは、10種類の高齢者入所施設の総称だという。その中に、介護保険施設が三つあり、その主役が、いわゆる特養と呼ばれる特別養護老人ホームである。この施設は、全国に5300施設あるという。その他に、リハビリ病院のような老人保健施設が全国に3100施設、また、継続的な医療サービスを受けながら長期療養が出来る療養医療施設が全国に3770施設ある。
 一方、有料老人ホームには3種あって、介護付き有料老人ホーム、住宅型有料老人ホーム、健康型有料老人ホームがあるが、雅子がお世話になる対象は、この中の介護付き有料老人ホームである。
 施設には、その他にも、養護老人ホーム、軽費老人ホーム(ケアホームなど3種)、グループホーム(全国に6400施設)のほか、高齢者ケア付き住宅、老人短期入所施設、生活支援ハウスなどと多士済々だが、全体としての需給の実情は、供給が追いつかない状態であるという。
 さて、滋賀県にはどの程度の施設があるのかということだが、いわゆる、特養は、全部で56施設を数え、大津市には8施設存在している。しかし、結果的にはこれらは、いずれも、ケアマネージャーの深田さんが言っていたように、待機者が数百人いる状況だと言う。なお、滋賀県の場合、県の指導で希望者の症状が点数化されていて、その点数で入居順位が決まるというシステムになっているという。従って、中には何年待っても入居できない方もいるらしい。
 一方、有料老人ホームは、滋賀県には10施設ほどあるが、介護付き有料老人ホームに限ると、滋賀県全体で4施設で、その内3施設大津市内にあることが判明した。それらの三つの施設について内容を比較すると、その規模では圧倒的にドリームスペースが大きく、収容人数も300人以上で、しかも、目下、介護棟が増設中で、新たに80室ほどが増えるという。従って、雅子が速やかに入居出来る可能性を考えると、条件的に、ドリームスペースが最も適しているのではと思うのだった。
 加えて、お姉さんの伸子が自立型の部屋に入居しようとしていること、また、家からも一番近い距離にあることを勘案すると、経済的な面を除けば、最適ではないかという結論に向かうのだった。(以下、明日に続く)

タグ : 薬害肝炎 リニアーモーターカー JR東海 トヨタ GM

374 多系統萎縮症

 昨日の夕方6時半頃の関西テレビのニュースの中で、難病に苦しむご婦人を介護している夫のご苦労がドギュメント風に紹介されていた。
 病名が「多系統萎縮症」と呼ばれるもので、パーキンソン病に症状が似ているようだが、その介護振りを見ていると、もっと、もっと大変なものだった。七年前の発症で、会社を辞めて介護に当たっておられる。
 寝たきりで、言葉も全く出ないし、目を合わせるだけでコミニケーションを取っているという。厄介なのが、痰が喉に引っかかることで、それを取り除かなければ危険だという。しかも、それが15分間隔の頻度で起きるというのだから堪らない。夜も日もない介護が必要なのだ。これでは、息抜く暇もない。在宅介護を受けていて、二人の介護の方が来てくれているようだが、それも、一日1時間程度で、その間に、買い物、銀行振り込みといった外での仕事を済ませておられる。
 その大変さに比べると、今時点では筆者の場合は、まだまだ恵まれている。世の中には、難しい病気はまだまだあって、ご苦労をしておられる方も多いのに驚くばかりだ。上には上があるというが、もっと大変な苦労して介護に頑張っておられる方も多いのだと思うと、しっかり頑張らねばと改めて思った次第である。

連載(339) 難病との闘い
      第十三章 介護付き有料老人ホームへの誘い(4)

(1)ドリームスペース(その4)
 「そりゃ、そうでしょうね。一度、然るべきところへ行って実情を確認してみたいと思います。そこで、もう一方の民間の経営する有料老人ホームの話になるのですが、そちらの方はどんな具合なんでしょうか?」介護保険が使えれば経済的な面で心強いのだが、それだけに、希望者が殺到していて、待機者も多くなるのだろう。しからば、有料老人ホームなら、こちらの希望が通り易いのではとの思いがあった。
 「私の知る限りのお話になりますが、大津にも5つほどの有料施設がありますが、特養のほどのことはないようですが、ここでも、やはり、待機者もそれなりにいらっしゃるようです。また、入居に関しては、その審査も厳しいと聞いています」
 「この場合の審査は、本人の症状というよりも、経済的な裏付けなどがポイントになるのでしょうね?」
 「よくは分かりませんが、その辺りは欠かせない条件のようですね。何しろ、一時金、それに毎月の管理費もかなりの高額のレベルと聞いていますから、それを抜きには考えられないでしょうね」
 「何しろ、民間がやっているビジネスですからね。入居してもらっても、お金が回収できなければ、ビジネスは成り立ちませんから。どちらにしても、必要だとなって申し入れても、直ぐに分かったという具合に、タイムリーに受け入れられるとは限らないということですか」一考は、かつて営業を担当していた頃のことを思い出していた。新しい取引を始める際の相手先の与信面での確認は、欠かせない条件だった。とにかく、自分は、年金生活者であるだけに、それがどのように評価されるかは、大いに疑問の残るところだった。不安な気持ちを抱きながら、さあ、どうすべきかと、一考は考え込むのだった。
 「そうであれば、尚更、早めに申し込んで、その権利を確保して置くことが、先決ということになりますね」暫くの沈黙を破って、一考が呟くように言葉を発した。
 「そうだと思いますが」
 「ところで、雄琴にあるドリームスペースはご存知ですか? 女房のお姉さんから聞いた施設なんですが」どの程度の知名度があるのか、確認してみようと、一考は具体的な名前を出して、深田さんの反応を見た。
 「知っています。滋賀県では一番大きな有料の老人ホームで、いわゆる老舗だと聞いています。目下、介護つきの部屋が増設中だそうですね」
 「老舗ですか。最近は老舗には信頼がなくなってきていますからね。まあ、冗談はさて置いて、増設のタイミングは、入居希望者にはグッドタイミングではないかと思われますが」一考は、冗談を交えながら、自分の見方を披露して深田さんの顔をみた。彼女は黙ったまま頷いていた。(以下、明日に続く)

タグ : 多系統萎縮症 関西テレビ

373 薬害肝炎、一律救済へ

 追い込まれていた福田総理が、自民党総裁として議員立法でこの問題を解決すると表明した。原告団の強い姿勢、それを後押しする国民の声が政府を動かした。これからは、その法律の中身がポイントになるが、野党も歓迎している問題だけに、スムーズに完全解決に向かうと期待している。
 これで、内閣支持率も少しは持ち直すかもしれないが、そんなことに一喜一憂するのではなく、未だに見えて来ない福田色を堂々と出した政治を行なってもらいたい。

連載(338) 難病との闘い
      第十三章 介護付き有料老人ホームへの誘い(3)

(1)ドリームスペース(その3)
 「有難う御座います。正直言って、最近は身体の節々が痛むことも多く、先行きが心配になって来たものですから。それに、持病とも言うべき不整脈もありまして、不安を抱えての毎日なんです。お医者さんからは、脳梗塞の危険性があると随分驚かされたもので、大袈裟に言えば、戦々恐々の毎日です。そういうことで、少し早いかも知れませんが、介護の面倒を見て頂ける施設の実情について知っておきたいと思い始めたのです」このところ抱いている自分の不安内容について、一考はストレートに打ち明けて、その質問の背景を補足した。
 「ご尤もな事だと思います。それで、その施設の話になりますが、介護施設には、いわゆる介護保険が効く、社会福祉法人や公益法人がやっている特養と呼ばれる特別養護老人ホームと民間企業が経営している有料老人ホームがあります。経済的な面からは、もちろん、その特養の方が断然有利なのですが、問題は空き具合でして、私が承知している範囲では、特養の方は、この地区でも空室の待機者が数百人いるといった具合で、直ぐに入居する訳には行かないようです」深田さんは、申し訳なさそうにそう言って、一考の反応を窺った。
 「なるほど。それじゃあ、今から申し込んでも、何時入れるかは分からないのですね?」一考は、やはりそうなのかといった思いで腕組みしながら頷いた。
 「そういうことなんです。但し、入居順は、必ずしも、申し込み順ではないようですが」深田さんは、恰も、自分の責任でもあるかのように恐縮した様子で、一縷の望みがあることを付け加えて、再び一考の顔を見た。
 「と、いいますと?」
 「やはり、病状の具合とか、緊急度なども考慮の対処にはなるようです」重症者には、多少の配慮があるらしいとの彼女の説明に、一考は踏み込んで訊ねた。
 「今の雅子のような症状ではどうなんでしょうね?」雅子は今や完全介護が必要な状態である。若しかしたら、優先される対象になるのではとの思いもあったが、そんな単純に認めてくれる訳にはいかないのだろうと、自問自答していた。
「さあ、その辺りは私には判断しかねますが、……」深田さんは、少し困った顔になって、言葉を濁した。(以下、明日に続く)

タグ : 薬害肝炎 特別養護老人ホーム 特養

372 ねんきん特別便

 福田内閣の支持率が急落している要因は数多くあるが、その中の一つは、年金問題だ。先日、筆者にもあの「ねんきん特別便」が届いたことは、このブログでも紹介したが、そのことで、一昨日、社会保険庁を訪ねた。
 筆者の場合は、1980年の12月1日付けで大阪に転勤した際に、その際の移動日の扱いに齟齬があって、12月15日までの半月間が途切れた形になっていた。事前に会社に確認したところ、当時の親会社での東京本社と大阪での扱いに手違いがあった思われるが、この半月の途切れは、実質上は年金額には影響しないはずだと教えてくれた。
 案の定、社会保険庁でも、そのような説明で、結果的には、届いた特別便には「間違いがありません」との返答をさせられた結果に終わった。事前の報道では、最初にこの郵便が届く方々は、宙に浮いた5000万件に該当する可能性がある人だという宣伝が行き届いていただけに、この種の内容のものにまで送付している点で、如何にも社会保険庁らしいと思った次第である。
 但し、一点、いいこともあった。それは、自分でもはっきりしていなかった学生時代の納入の有無について、確認してもらうと、その宙に浮いた5000万件の対象に、その期間に同姓同名の方が一人いることが確認された。そこで、「その時、何処に住んでいたか」を問われ、「滋賀県の大津だった」と答えると、「それじゃあなたではありません。その方は横浜に住んでおられる方です」ということで、この一件は落着した。かくして、不確かであった学生時代の両親による支払いがなかったことが明確になったのである。
 取り敢えずは、その程度まではデータが整理されているようで、皆さんも疑問のある方は、一度、社会保険庁を訪ねられるのがいいのではと思った次第です。

連載(337) 難病との闘い
      第十三章 介護付き有料老人ホームへの誘い(2)

(1)ドリームスペース(その2)
 いずれにしても、一考が最も気掛かりだったことは、何時まで、自分で雅子を介護し続けられるかという課題だった。不整脈と云う潜在的な爆弾を抱えながら、ここに来て足腰の弱りも意識するようになっていて、早晩、介護を誰か他の人に、若しくは外部の施設に頼むことは避けて通れないだろうとの思いが強くなって来ていたのである。
 そんな時に、雅子の二番目の姉の伸子が、自立型の老人ホームを探しているという話を耳にした。伸子は事情があってずっと独身を通して来ていて、両親の死後は一人で山科の家で暮らしていた。しかし、ここに来て、高齢化に伴い老化も進み、一人で住まわせておくのが心配だと、長男や長女が言い出したのが切っ掛けだった。
 三月の中頃のことだった。雅子の実姉の霧子さんに頼まれて、近くで建設中の老人ホームのモデルルームを見に行った。一考が、その種のホームを見るのは、その時が初めてだった。一応、資料を入手し、霧子さんに届けようとしたのだが、この話は、間もなく立ち消えになった。それというのも、その後間もなく、新聞の折りたたみ広告の中に、現在増設中ということで、ドリームスペースの案内広告が配達され、霧子がそれに強い関心を持ち始めたからである。結果的には、その広告のちらしが、ドリームスペースとの出会いを作ってくれることになったのである。
 この時点では、一考は、この種の介護付きマンション、或いは老人ホームについての知識はほとんど持ち合わせていなかたった。そこで、早急に、それなりの知見を得たいと考え、手始めに、毎月顔を出してくれている介護情報センター「カインドナース24」のケア・マネージャーの深田さんに、その辺りの事情について聞いみることにした。
 深田さんとは、彼女の4月度の定期訪問時に、話しする機会を得た。いつも通りの実績と計画の総括表を受け取った後、一考が、少し改まった口調で、特別養護老人施設の実情について訊ねたのである。ふっくらした体つきの深田さんは、その知的な顔を引き締めるようにして、恰も、その質問を待っていたと言わんばかりに、ほっとした顔になって、淡々とした口調で話し始めた。
「実は、予てから、そのことでお話させて頂こうと思っていたのです。ご主人様の身体のことを考えれば、心配でしたので、そのような施設をご利用されるのがいいと思っていたものですから。よくあるんですよ、介護が過ぎて倒れてしまう方が。そうなっては大変ですから、私もそのことを心配していたのです」深田さんは、先ずはそう言って、一考の様子を窺った。(以下、明日に続く)、

タグ : 福田内閣 ねんきん特別便

371 民主、給油新法案で対案

 民主党が漸く対案を出した。給油新法案に対する独自の「アフファニスタン復興支援特別措置法案」である。与党案の採決を遅らせ、継続審議に持ち込もうとする狙いがあるという。それでも、政府は衆議院での、2/3賛成での可決を図る考えで、年明けの国会は大いに注目される。
 ところで、この民主党の新法案の中身だが、日経新聞では、「停戦合意を条件に、アフガン本土への自衛隊の派遣を認めるもので、給油活動を含む海上阻止活動も可能としている」と解説している。従って、野党の共産党、社民党がこぞって反対しているほか、民主党の中にも、異議を唱える議員も多いと聞く。
 一方、昨日の日本テレビで放映された番組で、独立総合研究所社長の青山繁晴氏の話しでは、小沢代表一行の先の中国訪問で、胡錦濤主席との面談の際に、小沢代表の示した媚びるようなぺこぺこした姿勢にがっかりしたと、同行した若手の民主党員が批判していたという。政策、思想共に乖離が大きい党内だ。これから、どんな論争になるか興味津々である。

連載(336) 難病との闘い
      第十三章 介護付き有料老人ホームへの誘い(1)

 このほぼ七年に渡る雅子の病状の変化に合わせて、一考は、必要と思われるアクションを取ってきていた。鍼治療、電子線照射治療、定期マッサージ、リフォーム、マッサージチェア購入などは、そういったアクションの足跡とも言えよう。
 その間、発覚した自分の持病である不整脈や高齢化に伴う体力の限界を自覚し、その先行きの変化に備えた対応について腐心し、介護つき有料老人ホームにお世話になることを視野に入れて、検討を進めてきていた。本章では、その考えの発端から、契約に至る経緯を総括してみたい。

(1)ドリームスペース(その1)
 少し話が遡る。リフォームを終えたのが、東京での単身生活に終止符を打って帰郷してから1年半後の2006年の6月末のことであった。一考の本格的な雅子の介護が始まったのは、その少し前からだった。
 その切っ掛けとなったのが、その年の2月に、雅子がうっかりして転んで左足首を捻挫、更には、その二ヵ月後の4月の半ばに、母親を車に乗せようとして転び、左手首を骨折で、これらを機に、それまでの目立たなかっ症状のゆっくりした悪化ペースが、一転して大きく加速されたのである。事実、その後の悪化は、目に見えるような形で、異常に早いペースで進行した。これによって、一考の介護は不可欠のものとなった。
 逆に言えば、一考の帰郷から雅子が捻挫するまでのほぼ一年余りは、車の運転こそ止めさせたものの、生活そのものには、それほど大きな変化はなかったのである。一人歩きもできていたので、通院も、雅子一人で行なっていた。また、二階での生活も、それほど負担にはなっておらず、お風呂も一人で入っていて、洗髪も何とかこなしていた。その間、鍼治療や電子照射治療にも、思い切って投資して、その回復に期待したのだが、それらの効果は今一つだったが、症状の悪化もそれほど目立ったものではなかった。 
 そういう観点から見ると、あの捻挫と骨折がその後の悪化の元凶だったといえる。それから一気にジェットコースターが降下するように、階段を上れなくなり、よちよち歩きになり、段差がうまく上れなくなり、足が思うように動かなくなり、手が言うことを利かなくなり、物が持てなくなり、そして歩けなくなった。それにつれて、生活基盤を二階から一階に移すためのリフォーム、トイレのウオッシュレット化への改修、車椅子の利用といった具合に、急速な症状悪化に対応策を取った。
 幸いだったのは、それまでに一考が取った対応策が、いずれも、ぎりぎりでの際どいタイミングではあったが、間に合った形で、切り抜けて来られていたことである。しかし、その一方で、自分の体力の限界が迫ってきていることを悟り、早急に、次の対応への速やかなアクションが必要だと考えるようになっていた。(以下、明日に続く)

タグ : 給油新法案 胡錦濤 介護付き有料老人ホーム 小沢代表

370 羽生2冠が1000勝達成

 昨日行なわれた将棋名人戦挑戦者決定リーグ戦(A級リーグ)で、羽生2冠久保八段に激戦の末に勝ち切って、プロになって以来、通算1000勝を達成した。将棋界では8人目の快挙である。これで、名人挑戦者リーグでも、5勝1敗となり、郷田九段、木村八段、三浦八段と並んでトップに立ち、有力な挑戦者候補となっている。 (因みに、1000勝達成者の後の七人は、大山、中原、加藤、谷川、米長、内藤、有吉) なお、来年の年明けから始まる王将戦のタイトルマッチでは羽生王将に、久保八段が挑戦することになっていて、昨夜のような激戦が期待される。
 羽生2冠の素晴らしさは、この記録に至るスjピード、勝率が抜群であることだ。昨日で1000勝373敗で勝率は0.738と驚異的な高さである。あとは、大山十五世永世名人の持っている1433勝(781敗)の記録を何時越えるかに注目が集まる。年間60勝と大変なハイペースで勝ち進んでもまだ7年以上は掛かる。期待して見守りたい。
 そんな快挙の一方で、薬害肝炎訴訟の和解協議は決裂の危機に立たされている。補償金額を大幅に増やした政府案に、原告側はお金ではないと反発している。原告側の訴えを見ていると、何故か、あのイラクで誘拐された高遠菜穂子さんら三人の親族達が政府に訴えていた風景を思い出させる。この場合は自己責任は全く存在しないので状況は全く違うが、原告側にも、この辺りで、実を取って妥協をする踏み込みが、少しはあってもいいのではと思うのだが。

連載(335) 難病との闘い
      第十二章 番外編 介護の経緯、その内容の分析、総括 (4)

(3)介護の基本作業は「抱き上げ」
 雅子の場合、今の医学の技術では、病気の完治の見込みがない。それだけに、介護をしていて、一考が感じる一番の大変さは、それがエンドレスに続くことだ。つまり、これをやれば終りだという切れ目がないのが、精神的な負担を大きくしていたが、それも、今では、それほど感じなくなっている。
 さて、この二年近くの介護を振り返って思うことは、介護の基本作業が「抱き上げる作業」であるということである。何事をするにも、この抱き上げの作業を伴うことが殆どだ。大まかに言って、一つの作業を行うのに、通常、4回の抱き上げる作業が必要となる。
 例えば、トイレに行く時のことを考えてみよう。いつものマッサージ椅子から、移動用の車椅子に移す際に抱き上げる。そして、トイレに連れて行き、便座に移す際に抱き上げる。次に用を足して、再び車椅子に移す際、更には、戻って来てマッサージ椅子に移る際にも抱き上げ作業は必要である。つまり、トイレに一度連れて行くだけで、4回の「抱き上げ」作業が必要になるのだ。
 入浴の場合を考えてみよう。マッサージ椅子から車椅子、そしてトイレの便座、更にはお風呂場の椅子に、そして湯船に入れる際、また、湯船から出す際、、風呂板に座らせる際、車椅子に移してベッドまで運び、ベッドに座らせる際、そして着替えて車椅子に、最後に、マッサージ椅子に戻るという具合で、トータル、10回の「抱き上げ」作業が必要である。
 外出の場合はどうだろうか。主な出先は、病院、美容院が殆どだ。たまには、琵琶湖一周のようなドライブも行ないたいと考えているが、最近ではなかなかそのチャンスがない、
 その外出時の場合も、抱き上げ作業は欠かせない。マッサージ椅子から室内車椅子で玄関の上がり口、それから屋外車椅子に移し、車への移動、そして車を降りて車椅子までの半分で10回の抱き上げが必要で、戻って来ると、トータル20回となる。
 こうして考えると、外出しない日でも、起床時に2回、トイレが少なくとも7回で都合28回、お風呂で10回、食事3回で6回、就寝時に2回で、トータル48回、外出する日には、それにプラス20回で、総計68回、抱き上げる作業を行なっている。体重、45Kg程度の身体をそれだけ持ち上げるのは、大変な力作業である。最近の雅子は、自力で自分の身体が支えられない。それ故に、それだけ多くの抱き上げ作業は、相撲に喩えれば、恐らく、10番ぐらいの真剣勝負に匹敵するのではと思う。
 最近では、一考も腰の痛さを気にし始めていて、鍼薬にお世話になっている日が多い。自分の体力とも闘いながら、毎日の介護に取り組んでいる今日この頃だ。(この番外編は本日で終り、明日からは、第十三章 介護付き有料老人ホームへの誘い を連載します)

タグ : 羽生2冠 久保八段 大山十五世永世名人 薬害訴訟 高遠菜穂子

369 え! 青紙が届いた

 筆者の住んでいる地区は相当な田舎なのか、郵便が夕方遅くになって届く。従って、朝、新聞を取りに行って、郵便物が着ていることに気づく日が多い。
 今朝、その郵便物の中に、何と、あの郵便が届いていた。薄水色の封筒に入っている。「ねんきん特別便」である。自分にはこんなに早く届くとは思っていなかったので、意外に思って中を確認すると、ちょうど、大阪に転勤した月の半月分が抜けていることが分かった。同じ会社内での移動なのに、どうして、こんなことが起きるのか不思議である。なお、学生時代の分が抜けているが、これは母親に確認しないと、支払ってもらっていたのかどうか分からない。
 本件に関しては、次男には、名前が読み難いこと、会社を変わっていることなどから、必ず確認するように言ってて来ていたが、まさか、自分にそんなことが起きていたとは思いも寄らなかった。本当に社会保険庁のやっていたことは信頼できない。
 信頼できないと言えば、韓国大統領のノ・ムヒョン(盧武鉉)氏だった。それが、昨日の選挙でイ・ミョンパク(李明博)氏が圧勝したことで、来年の2月に交代が実現する。10年ぶりの政権交代だそうだが、日韓関係も改善されそうであり、期待して見守りたい。

連載(334) 難病との闘い
      第十二章 番外編 介護の経緯、その内容の分析、総括 (3)

(2)5つの介護基礎サービス(その2)

 今まで述べてきた介護サービスの分析結果を、総括しておこう。表示すると次のようになる。

             具体的な介護     一日の  忍耐度  力仕事
                           回数          の程度
Ⅰ 基礎介護
 1  衣服の脱着   ベッド、椅子に座ら   2     大    小
              せて行なう
 2  歯磨き、洗顔  うがい時に飲み込む  3    大    小

 3  食事、お薬   全面サポート        4     大    小

 4  身体の持ち   全ての介護の基礎   多数    小    大
     上げ      ワーク
 5  車椅子を押す  室内、屋外        1    中    小         
     (移動)

Ⅱ サービス介護
 6  各種サービス  チャンネル操作     多数    小    小
              鼻をかむ         
              化粧

Ⅲ 複合介護
 7    トイレ      全面介護         7    中    大
                1+5
 8    入浴       全面介護          1   中    大
               1+2+4
 9   外出       全面介護         1    中    中
               1+5+6+7
   
  介護は、一つ一つを取り上げれば、単純な作業の組み合わせ、積み重ね、繰り返しである。そして、それらは、一見大したことはない作業のように見えるかも知れない。しかし、大事なことは、それらが連動して、日常生活の中での一つの行動になっている訳で、無意識に機械的にこなすような作業ではない。人間を相手にするだけに、常に心のこもった対応でなければならない
 この内容を纏めるに当たって、気がついたのが、介護の基本の作業は、抱き上げる作業であるということだ。何事をするにも、まずその作業から始まってその作業で終わっている。単純な、抱き上げる作業の大事さを改めて思うのである。
 いずれにしても、介護そのものは大変な作業だ。一考は、単身生活の結果、難しい仕事を全て雅子に丸投げして来たという反省から来る自らへの「つぐない」という責任感がバネとなって頑張ってきている。特に、自らが施す介護で、雅子が喜んでくれるということで、大きな遣り甲斐につながっていることは確かである。しかし、自分も間もなく67歳を迎える。体力の衰えも避けられない。そんなことで、次なる対応策の準備も併行して進めている。(以下、明日に続く)

タグ : ねんきん特別便 盧武鉉 里明博

368 許せない巻き添え

 天災地変などの不可抗力な事件に巻き込まれる悲劇はさて置き、歪んだ心の持ち主の勝手な行為の巻き添えになるというほど、理不尽なものはない。 
 長崎県佐世保で起きた猟銃乱射事件で、亡くなったお二人は、まさにそんな気の毒な巻き添えを食っ犠牲者なのだ。
 事件の捜査が進む中で、インストラクターの倉本舞衣さんと馬込政義容疑者との接点が徐々に明らかになって来ている。今朝の報道で、倉本さんがスポーツクラブで勤務を始めた日と犯人の馬込政義容疑者が会員になった日が同じであると報じていた。また、容疑者は、倉本さんの交際相手に話しかけたり、同嬢のインストラクトぶりをじっと眺めている姿も、頻繁に目撃されていたという。加えて、倉本さん自身が知人に「変な人」と話していたともいう。どうやら、容疑者の勝手な片思いが、容疑者をストーカーに仕立てていたと考えられる。
 一方で、馬込容疑者が友人10人にメールを送って、集まるように声を掛けていたという。自殺を決意した人間が、友人達を巻き添えにしたとの見方が強い。その仲間達の一人に片思いの対象だった倉本さんが巻き込まれたのだろうか。
 自殺するなら、人様に迷惑を掛けないように勝手に死ねばいいと言ってやりたい。仲間を巻き添えにするなんてとんでもない許せないことだ。
 話は変わるが、介護に疲れた老夫婦が、そっと静かに人里はなれたところで心中を図った事件が幾つか思い出される。他人に迷惑を掛けないような配慮をした痛ましい行為には心が痛むが、そんな心配りが救いでもある。
 他人事とは思えないそんな老夫婦の事件報道を目にするとき、自分達も、少なくともそんな配慮だけは心しておくべきを考える今日この頃だ。しかし、このブログを書いていることで、そんな考えは微塵も存在していないことも事実だ。雅子も、今は、介護付き老人ホームでの生活が始まり、それに慣れようと懸命に難病と闘って頑張っている。いずれにしても、命ある限り生き続けることが与えられた責務であると考えている。

連載(333) 難病との闘い
      第十二章 番外編 介護の経緯、その内容の分析、総括 (2)

(2)5つの介護基礎サービス
 そういう病状のステップを念頭に置いて、、雅子の日常生活の経過を見直してみよう。
 一考が東京での単身生活から帰郷した後も、吉田病院への通院は、暫くは、一考が付き添うのを嫌って、雅子は自分ひとりで通っていた。その後、手を引いてやったりして、付き添いを始めたが、それは、帰郷後半年以上経過した夏以降になってからである。
 料理についても、暫くは自分で、工夫してこなしていた。しかし、細かい作業を必要とする場合には、一考が手伝ってはいたが、介護と言う類の大袈裟なものではなかった。
 一考が本格的な雅子の介護を始たのは、雅子が、左足首を捻挫をした06年2月以降である。不運なことに、その2ヵ月後に左手首を骨折したが、その辺りから、病状の悪化は加速的に進行し始めた。
 そういう意味で、一考が、本格的な介護を始めてから、ほぼ1年10か月、およそ2年足らずということになる。もう2年かという思いと、まだ2年という思いが交錯しているのが実感だ。
 さて、ここから、介護の中身について論じてみたい。介護と言っても、歩行時などに、手を引いてやるといった簡単なものから、トイレや入浴といったヘビーなものまで千差万別だ。雅子の場合も、最初は、左手の人差し指の異常で、その指を必要とする細かい作業が難しくなったことから始まった。具体的なサポートとしては、、料理の食材を切るといった作業を手伝うのが最初だったと思う。そして、次第に歩行が難しくなり、歩く時に転ばないように手を引いてやる、腕を組んでやるといった類の軽い介護に移っていった。しかし、それが、この2年で、全面介護を必要とするまでに、症状の悪化が急速に進んで行ったのである
 そこで、現在行なっている全面介護の中身を、具体的な日常生活での行動別に、具体的にリストアップしてみた。大まかに拾い上げると、次のようなものものになる。
 起床、着替え、食事、トイレ、歯磨き、洗顔、移動、外出、入浴 就寝、それに、お薬の服用やテレビのチャンネルサービス、化粧などの雑用サービスなどである。
 これらの介護内容を具体的な基本作業に分解してみると、単純化して、次の5つの基本介護サービスに分類することが出来る。
 (1)衣服の脱着、(2)飲食、(3)清掃(口、顔、身体)、(4)移動(持ち上げ、車椅子を押す)、(5)その他雑用(化粧、チャンネル、はなかみなど)などの諸々のサービス
 この考え方を基本にすれば、トイレ、入浴、外出などの大型の介護は、それらの基本介護サービスの組み合わせた複合サービスと捉えることが出来る。
 次に、この5つの基本介護サービスについて、視点を変えて考えてみる。先ずは、それらが、力仕事を伴うものか、或いは、そうでなく、忍耐強さを必要とするものに分けられる。また、それらの介護の難易度が、比較的容易なものなのか、或いは、大変難解なものなのか、といった観点からも区別出来る。こういった見方を念頭に置いて、介護作業を総括すると、次のような総括表に纏めることが出来る。(以下、明日に続く)

タグ : 猟銃乱射事件 馬込政義 倉本舞衣

367 滋賀県がトップ

 今朝の新聞に「2005年都道府県別生命表」が発表されている。それによると、今回の調査でも、全都道府県で平均寿命は延びていて、男性で78,64歳、女性で86.88歳で長寿を誇っている。県別では、女性のトップが沖縄県、男性は長野県が連続トップを記録している。気になるのが男女とも、青森県が最下位であることだ。
 さて、我が滋賀県だが、男性では全国2位、女性は12位で上位を占めている。注目すべきは、前回の調査時に比べて、男子が1.4歳伸びて、全国でトップの伸びとなった。この伸びの全国3位が、男女共に東京である。この結果をどう解釈するか、今一つはっきりしていないが、結構上位を確保していることは、ご同慶の至りである。
 寿命が延びるのは結構な話だが、今、気になっているのは福田内閣の寿命だ。年金問題で、その「公約云々」を巡って、しどろもどろのお詫び会見などが、強い逆風になっている。その一方で、昨日から「年金特別便」の発送が開始されている。この発送は公約通りであり、自信を持って、もっと積極的に福田色を出して頑張ってもらいたい。

連載(332) 難病との闘い
      第十二章 番外編 介護の経緯、その内容の分析、総括 (1)

(1)病状の推移
 ここで、介護というものをもう少し詳しく、総括的に捉えてみたい。
 一口に介護と言っても、単に手を引いてあげたりする程度のものから、身体を抱えて洗ったりするような大掛かりなものまで、その内容は多士済々である。いうまでもないことだが、一考の施す介護は、雅子の症状の悪化に伴い、その中身は大きく変わって来ている。
 そこで、まずは、雅子の症状の悪化の状況を時系列的に総括して置こう。左手の人差し指に違和感があった2001年の2月初めから、現在までの丸7年間を、その症状、介護の実態から、5つのステップに分類してみたのが次表である。

  ステップ       時期        悪化     介護状況   

  1  潜伏期    01年2月から    目立たず    なし
              03年10月
  2  始動期    03年11月から   少し       なし 
              04年12月      
  3  初期      05年1月から    ゆっくり    軽い
              06年5月
  4  加速期    06年6月から    急速      厳しい
              07年6月
  5  深進期    07年7月から    ゆっくり    厳しい
                         酷く

 実生活を振り返ってみると、潜伏期では、何も意識せずにギリシャへの海外旅行も行なった。その旅行では、それまでの旅行と変わったこともなく、何ら困ったことはなかった。その時点では、一考は全く雅子の異常には気づいていなかった。
 病名が判明したのが03年10月頃で、そこからが始動期で、雅子が左手を使う作業に少しずつ不便を感じるようになっていた。それでも、04年10月には、結果的には、二人の最後の海外旅行となった韓国ツアーに参加した。流石に、この時には、食事が自由に行えず、一考がサポートして対応した。
 帰国後間もなく、雅子の運転時での思わぬトラブルを見て、一考は、東京での単身生活に終止符を打ち、急遽帰郷を決意したのが、04年の年の暮れのことだった。
 それからが分類では第3ステップの初期になるのだが、その後の1年半は、悪化が進んではいたが、そのスピードは緩慢で、気がつくと、こんなに悪くなってきていると認識するような悪化だった。
 それが、一転して急速な悪化に繋がったのが、05年の2月と4月に起きた、雅子の捻挫と骨折で、足首と手首をギブスで固めたことが悪影響を及ぼした。結局、それを切っ掛けに、悪化が異常に速まることとなった。この時点で、止むを得ず、障害者手帳や、特定疾患患者としての認定を申請した。06年5月末の頃である。
 それから1年余り、今年の07年7月頃からは、一旦、病気の進行が止まったような感じを与えてくれたのだが、気がつくと、執拗に厳しい悪化が進行し続けていて、言語の不自由にまで至っているのである。(以下、明日に続く)

タグ : 平均寿命 都道府県別生命表 福田内閣 滋賀県 年金特別便

366  人気が今一つ

 今朝の新聞各紙に福田内閣の支持率が発表されているが、いずれも急落傾向にある。年金問題に関する「公約云々」の発言が響いているようだ。この件での筆者の理解は、あくまでも、舛添大臣が発言しているように、来年の3月までに名寄せ、突合の作業を終えると約束したと理解しているが、国民はそうとは取っておらず、全ての解決を図ると受け取ったようだ。
 いずれにしても、福田内閣は厳しいピンチを迎えている。どう切り抜けるか、福田総理の思い切った指導力の発揮で乗り切って欲しいと期待している。
 一方、大阪府知事選挙に立候補を表明した橋下徹氏だが、記者会見後の評判は今一つだ。当人が感激して名前を出した「やしきたかじん」氏や「辛坊治郎」氏が、あの「そこまで言って委員会」の番組で迷惑だったとの意を表していたし、同番組の出演者のコラムニストの勝谷誠彦氏も、自分のブログで厳しい発言を繰り返しいる。仲間だったと思われる人々からの相次ぐ苦言で、当人も困惑しているのではないか。昨日の友は今日の敵?
 なお、このブログも今日から二年目に入った。一日もスキップせずに続いたことは奇跡のように思うが、これからも頑張ってゆきたいと思っている。人気の方は、今一つ、いや、今二つであることは承知しているが、……。

連載(331) 難病との闘い
      第十一章 介護の実情2 平成19年夏から秋 (37)

(6)気が付けば、こんなに悪化(その6)
 この話しは、雅子の症状の悪化だけではなく、一考の記憶も悪化し混乱してしまっエピソードある。
 季節の切り替わりで、衣装の入れ替えを行なうのだが、これが結構煩わしいのである。10月半ばから、順次、冬物の衣装に切り替えてきているのだが、11月も半ばになると、病院通いにも、コートやウインドブレーカーといった類のものが必要になってくる。
 昨年6月のリーフォーム以降は、雅子は2階へは上がれなくなってしまっている。多くの衣装が二階のクロークにしまってあるので、必要がある度に、一考が、雅子の記憶を頼りに、希望のものを探して取り出してきていた。
 雅子の記憶は大したもので、衣装の紋様、カラーなどやその片付けてある場所を正確に記憶していた。しかし、その後、一年が過ぎて、洗濯に出したものが戻ってきた時点から、一考が管理し、その片づけを担当していた。そのため、雅子が希望する必要な衣装の在る場所が、雅子の記憶と食い違って来ている。
 11月22日が定期の通院日だったが、その前日の就寝前になって、翌日が寒くなりそうなので、ブレザーコートを出して欲しいと頼まれた。雅子の記憶では、二階にあるクロークの左サイドの方に吊るしてあるはずだという。早速、二階に上がって探したのだが、そんなものは見つからなかった。
 どうやら、今年の春に洗濯に出した際に、一考が独自に別の所に片付けたと思われるが、一考の頭の中には、何も記憶に残っていない。困った事になったと、改めての家捜しすることになった。二階のクロークの中の衣装箱など、全て確認したが、どうしても見つからない。何処へ仕舞ったのか、皆目見当がつかなくなった。仕方なく、一階の寝室にある押入れの中の衣装箱、更には洋服ダンスの中も探してみたが、やはり、見つからない。外側が黒で、内側が赤い色だという。ここまで探してみたのに見つからないとはどういうことなのだろう。
 一考も、短気な方で、その日はそれで探すのを諦めてしまった。雅子は不安そうだったが、明朝、改めて探してみようと諦めさせたのだった。
 翌日、予期通り寒い日だった。朝のブログを終えてから、改めて、クロークの中、階下の寝室の押入れ、その中の化粧箱などそれらしき処を徹底して探したのだが、やはり、見つからなかった。これ以上、置いてある処がない。どうなっているんだ!! 半分、諦めた気持ちで、惰性的にもう一度洋服ダンスの中を点検した。そうしたら、洗濯から戻って来たままの状態で、その中に吊るされていたのである。昨夜もそこを見ていたはずだが、気がつかなかったのだ。
 自分のものならいざ知らず、妻の衣装の管理だけに、一考の記憶が曖昧になっていたのは致し方ない。いずれにしても、深夜、早朝のこの騒ぎ、大山鳴動して鼠一匹だった。(本章は今日で終り、明日から数回は第十二章、番外編で介護の総括、業務分析を掲載します)

タグ : 福田内閣 橋下徹 やしきたかじん 辛坊治郎 勝谷誠彦 そこまで言って委員会 舛添大臣

365 真央ちゃん、無念の2位

 トリノで行なわれたフィギュアスケートのグランプリ(GP)シリーズ最終日で、女子は、韓国のキムヨナが優勝、浅田真央は、この日のフリーではトップだったが、総合では2位に終わった。初日のSPでが不出来で、大きく出遅れたのが響いた。期待が大きかっただけに、残念である。
 大きな舞台で力を発揮することの難しさを改めて思う。真央ちゃんはまだ17歳だ。先は長い。この悔しさを生かし、来年には、是非とも思いを晴らして欲しいものだ。
 なお、女子の中野友加里選手は5位、SPでトップだった男子の高橋大輔選手は、逆に逆転を食らって、残念ながら2位に終わった。勝つことは容易ではない。

連載(330) 難病との闘い
      第十一章 介護の実情2 平成19年夏から秋 (36)

(6)気が付けば、こんなに悪化(その5)
 食事については、雅子は、一応、順調な食欲を維持している。当初は、毎日体重を測定し、その変化で、健康状態をある程度推し量るようにしていたが、足で立てなくなった今年の初めから、それが出来なくなっていて、多少の不安はある。しかし、介護をしていて、身体を持ち上げた時などの感触で、幸いなことに、体重そのものは大きな減少はないように思う。
 ところで、雅子の食事に際して注意していることは。少量ずつ、小さなサイズに切って、ゆっくりと時間をかけて口の中に運んでやることである。自分の都合で、急いだりして焦りを感じさせることは禁物だ。
 厄介なことは、一旦口に入れてやった後に、何らかの事情で、それを取り出したい時に、それが容易に出来ず、大騒ぎになることだ。例えば、若し誤って、お魚の骨などが口に入った場合、なかなか取り出せないのだ。とにかく、自分で吐き出すということが出来ない。仕方なく、思い切って手を突っ込んで取り出そうとするのだが、一筋縄ではゆかない。最初は、手も汚れて気持ちが悪かったが、今では、それにも慣れてしまった。慣れと云うのは、随分と柔軟性があって、ある意味では恐ろしい。
 先日、一考が、セロリーを、マヨネーズをつけて食べていたのを見た雅子が、少し欲しいというので、小さく切って口の中に入れてやった。しかし、その大きさが適切でなかったのと、その硬さが思いのほかか硬かったことで、どうしても口の中で処理できず、目を白黒させて苦しむことになった。急いで、それを取り出そうとしたのだが、なかなか取り出せない。仕方なく、チッシュを口の中に突っ込んで、引っ張り出した。誰も見ていなかったからいいようなものの、まさに、世にも珍しいセロリーとの大格闘劇だった。
 お薬の服用も大変になって来つつある、何しろ、八種類のお薬と、便秘対策用のファイバーを飲むのだから、服用とう簡単な一言で片付けられない大変な作業なのだ。特に、最近では、途中でむせることが多くなり、少なからない量のお薬を吐き出しまうこともある。だからと言って、その分のお薬の補充はしないから、お薬の微妙なバランスが崩れてしまっているかもしれないという不安がある。とにかく、そのことが、症状に悪影響を及ぼしていないことを願っている。(以下、明日に続く)

タグ : 浅田真央 中野友加里 高橋大輔 フィギュアスケートグランプリ

364 長崎での銃乱射事件

 また恐ろしい銃乱射事件が長崎で起きた。既に二人の犠牲者が出ている。お二人のご遺族の方々にとっては、何も悪いことをしてないのに、どうして犠牲にならなければならなかったのかとの悔しさは押さえられないだろう。お気の毒としか言いようのない理不尽な事件だ。犯人は、まだ銃を保持したまま逃走中だ。これ以上の犠牲者を出さないことを願っている。
 銃乱射事件といえば、2001年6月8日に大阪府の池田小学校で起きた無差別殺傷事件を思い出す。犯人は、当時37歳の男、宅間守(たくま まもる)で、児童8名(1年生1名、2年生7名)を殺害し、児童13名・教諭2名に傷害を負わせた痛ましい事件だった。
 この種の痛ましい事件は後を断たない。とにかく、不適格者に銃を持たせないことが第一だが、そもそも、その不適格者を判別するのが容易でないのだ。今一度、現行の銃刀法の見直しをしてもらいたい。
 理不尽な話しと言えば、今朝も私事で申し訳ないが、パーキンソン病という難病に取り付かれた筆者の妻の雅子もその一人だ。長男の妻として一生懸命尽くしてきていて、何も悪いことをしていないのに、1000人に1人と云うような難病に取り付かれてしまい、苦しい毎日を強いられている。
 世の中には、このような理不尽な犠牲者は結構多い。辛くても、頑張るしかない。

連載(329) 難病との闘い
      第十一章 介護の実情2 平成19年夏から秋 (35)

(6)気が付けば、こんなに悪化(その4)
 今年の2月末頃から始まった便秘傾向は、その後、ファイバー製品を服用することで、何とか凌いできている。
 しかし、11月に入ると、ファイバーの効果も万能ではなくなって来ていた。雅子も懸命になって頑張るのだが、思うようにはいかない。とにかく、内臓の動きも鈍ってきており、肝心の大腸の蠕動運動が弱って来ているからだと思われる。その上、身体の自由が利かないので、力が入らない。今は、右手をトイレの右側にある握り棒の上に置き、左手を自分のお腹のところにおいて頑張るのだが、なかなか思うように力が入らないようだ。しかも、最近では、右の握り棒の上に置いた右手が滑って下に落ちてしまうことが多く、四苦八苦の戦いのようだ。そこで、思いついたのが、その右手を動かないようにテープで握り棒に縛りつけてみた。それが、功を奏したのか、その際はうまくいって用を足すことができたのである。なるほど、やってみるものだなあと一考は自分の思いつきに満更でもなかった。
 しかし、この方法は万能ではなかった。その後、何回か試みたが、うまく行く場合と、そうでない場合があって、今一つはっきりしない手段である。
 それにしても、一考が気の毒に思うのは、その頑張りの大変さだ。必死になって出そうとの頑張りに、何とか手助けしてやりたいと思うのだが、出来ても、せいぜいお腹をさすってやる程度である。便秘薬、コーラックのような強いお薬の使用の慢性化を避けたいとする雅子の強い自制心があっての頑張りなのだ。客観的に見て、この頑張りは、大相撲に喩えれば、4、5番連続で戦っているような疲れを伴うのではないかと一考は同情している
 トイレで、「うん、うん」と声を出しながら頑張っているのを耳にすると、代わってやりたい衝動にかられるが、こればかりはどうしようもない。それだけに、通じがあったと聞くと「よく頑張った」と褒めてやり、二人ともども、ほっとするのである。 (以下、明日に続く)

タグ : 銃乱射 池田小 無差別殺傷事件 パーキンソン病 コーラック

363 線引き

 薬害肝炎訴訟で大阪高裁が和解案を提示した。これによると、救済範囲を大きく限定した線引きをしているため、原告側は、これを不満として受け入れを拒否している。
 本問題については、筆者は十分な知見を持ち合わせていないのでコメントは避けるが、線引きは、何処の世界にも存在する。またそれが必要なケースが多い。
 私事だが、妻、雅子は全体の等級が2級の障害者手帳を持っている。このたび、車椅子の購入が必要となり、一昨日、市役所の障害福祉課を訪ねた。何らかの資金援助が得られないかとの確認のためである。担当者の説明で「両足の障害度が3級以上であれば、9割のサポートが得られる」ことが分かった。雅子の場合は、今では全く動きがとれない状態なのだが、一年半前のこの手帳の申請時点では、その両足の障害度は4級と認定されているため、このままでは、適用を受けられない。そこで、急遽、再申請の手続きに入った。
 入学試験や入社試験はその最たるものだが、何処の世界でも、何事においても、どこかで、その範囲を区切ることは必要で、止むを得ないことだ。今回の訴訟の場合は、極端に言えば、「線引きは止めて欲しい」ということのようで、そうなれば、福田総理の思い切った決断しかないのだろう。さあ、どうされるのか。あまり長引かせると、同じ結論を出しても、その有り難味が少なくなってしまう懸念もある。成り行きを注目したい。

連載(328) 難病との闘い
      第十一章 介護の実情2 平成19年夏から秋 (34)

(6)気が付けば、こんなに悪化(その3)
 言葉が不鮮明になり始めたのは、今年(2007年)夏に入ってからのことである。それが、正確に何時からだと言われても、はっきりした期日は言えない。徐々に、それとなく、そんな状態になってしまったのである。
 それでも、記憶を辿ると、6月初め頃から怪しくなり始めていたと思われるが、そのことを強く意識したのは7月に入って間もなくのことだった。それでも、まだ話している内容が、充分に把握できていたので、直ぐには困ったということにはならなかった。いずれにしても、運動機能低下が口に及び、その動きが鈍ってきていることによるものだと思われる。
 今でもそうだが、この傾向は、起きたての朝早くは、比較的聞き易く、それが、午後になると、段々と聞き難くなる傾向にある。最初は、雅子の疲れが影響しているのではと思っていたのだが、雅子自身の説明では、口の中に唾液がたまって話し難くなるということだった。つまり、朝、比較的鮮明に聞こえるのは、口が渇いているからだと言うのである。従って、その後は、時々チッシュペーパーを口に入れて、唾液を取ることも試みた。確かに、そのことで、少しは改善されることも事実だ。
 そんな事情から,雅子は、大事なことは、朝に纏めて話すようになっていた。恐らく、そのことで、前日から、話すべきことを頭の中で整理していたようである。一考の心配は、そんな余計な配慮で、睡眠が損なわれることになってはいけないと思うのだった、
 一考は、コミニケーションの改善を図るため、雅子には、とにかくゆっくりで良いから、先ずは、何とかキーワードを伝えるようにと言い聞かせた。そして、五十音の「あいうえお」カードを用意し、それを使って、キーワードを確認する方法を試みている。時間が掛かるが、他にいい方法が見つかっていない。
 11月になって、ケアーマネージャーの深田さんの来訪時に、その話をすると、透明な板に五十音が書いたものがあるので、それを見せて、相手の目の動きをフォローして、言葉を見つけ出す方法があると教えてくれて、翌日にその透明な板を持って来てくれた。
 早速試してみたのだが、残念ながら、目の位置がうまく捉えられない。何日間か、試してみたが、この方式はうまく行きそうになかった。
 正直言って、雅子の言わんとすることをを理解するのに、余計な神経と結構な時間が掛かって疲れてしまう今日この頃だ。他に何かいい方法はないのか、その対策が急務なのfだが、今のところ、名案はない。(以下、明日に続く)

タグ : 薬害肝炎訴訟 福田総理

362 勇気付けた言葉

 やしきたかじんさんに「今しかない、行け! 番組のことは俺が全部責任を持つ」、また島田紳助さんからは「いいんちゃうか」との二人の励ましの言葉が、橋下徹氏をして、大阪府知事選に立候補を決意させた言葉だったという。
 そう語っている橋下氏自身が、ジンと来ているのをみて、筆者も思わず熱いものを感じた。人間、誰しも躊躇することがあり、そんな時の力強い励ましの言葉は、千金の重みがあって、肩を押してくれる。如何にも、たかじん氏、紳助氏らしい言葉だったと思った。
 その一方で、立候補表明に当たって、その表現は二転、三転したこで、かなりのマイナスイメージを生んだが、その辺りの事情に橋下氏らしい配慮があったようで、その人柄を理解するエピソードと言えよう。38歳の若さだ。大いに期待したい。
 今朝もいろいろと気になるニュースが多い中で、最も腹立たしく思ったのは、3年前に埼玉県のドンキホーテで起きた火事で、それを通報している女性の小石舞さんと119番を受けている事務官とのやり取りの録音テープだ。危機迫る中で必死に通報している小石舞さんに対し、その辺りの配慮なく、だらだらと話を引き延ばしている事務官、言葉にならない怒りを覚えて言葉を失った。そのことで、無念にも、小石舞さんは逃げ遅れて命を失った。実に痛ましい。
 さて、今年の漢字一字が「偽」と決まったという。このコラム(353)で書いた「謝」は一体なんだったのか、思い出せない。多分、テレビでの情報を元に書いたと思うが、間違いたので訂正させて頂く。

連載(327) 難病との闘い
      第十一章 介護の実情2 平成19年夏から秋 (33)

(6)気が付けば、こんなに悪化(その2)
 朝起きると雅子の着替えはベッドに座って行なうのだが、最近の雅子は、じっと座っていることが出来ない。前屈みになったり、下手すると仰向けに倒れてしまうほど不安定な症状で、身体がぐにゃぐにゃといった感じである。春から夏にかけては、しっかりと座っていられただけに、大きな変化だと言わざるをえない。
 今のところ、因果関係は明確ではないが、二ヶ月ほど前から、身体ががちがちに硬くなるのを防ぐために、お薬が少し変わった。身体をやわらかくするお薬を少し増やしている。それがこんな形で出て来ているのかもしれない。一考の理解では、その増量したお薬の狙いは、身体の各部位に適度なやわらかさを持たせるのであって、身体をぐにゃぐにゃになるのは想定外だった。かつての左手首ようにかちかちに硬くなってしまうのを防ぐのためだと理解していた。前回の診察時に、そんな症状を訴えて、もう少し増やしたいとの先生の初期の考えを変えていただいた。
 そのことは、入浴時にも影響し、先に述べた浴槽内での安定を保つのが難しくなったほか、湯船から上げて風呂板に座らせた場合も同様に安定しないので、その後の段取りも変更せざるを得なくなったことは、昨日に紹介した通りである。
 今、ともかく、安心て雅子を放置できるのは、マッサージチェアなど、椅子に座らせている場合だけで、その際にも、真っ直ぐに保つには、両サイドにクッションを挟んでやってバランスを取ることが必要となっている。それでも、タイミングを見て、時々ウオッチしてやることが欠かせない。そんなことで、一考が一人で雅子の面倒を見て、賄って行くことに、少々限界を覚えるようになって来ている。(以下、明日に続く)

タグ : 橋下徹 やしきたかじん 島田紳介 小石舞 ドンキホーテ

361 急転、出馬

 あれほど、「出ません」とテレビで公言していただけに驚きは大きかった。「何なんだ」とクレームしたい気持ちでもある。急転、橋下徹弁護士が大阪府の知事選挙に出馬を決意したという。
 筆者は橋下氏には好感を持っている。テレビで見る同氏は、よく勉強しているし、自分の意見をしっかりと発言する点は魅力的だ。ただ、少し「笑いを取るために、軽々しい言動が目立つ」点が気掛かりだが、若いエネルギーに満ちたこの男に、一度大阪府政を任せてみるのはいいのではないか。
 印象深いのは、あの関西ローカルの有名な番組「たかじんのそこまで言って委員会」で、彼は、しばしば評論家の三宅久之氏から厳しい苦言を受けるが、それでも、負けずに持論を展開させている点で、同氏のしっかりとしたところが受け取れる。
 若さと云う事に関しては、最近の事例で、民主党の前原誠司氏、安倍晋三氏などが、それを売りに登板を果たしたが、いずれも、その売り物の若さで失敗している。前原誠司氏の場合は、永田メールの扱いでの失敗、安倍晋三氏は強気すぎての強引さの失敗だった。
 そんな前例も充分の取り込んで、今度こそは、若さの素晴らしさを発揮して頑張ってもらいたい。私は、橋下氏は、ゆわゆる単なるタレント候候とは少し違って、弁護士という肩書きからも有識者の範疇に入ると見ている。頑張れ橋下!!

連載(326) 難病との闘い
      第十一章 介護の実情2 平成19年夏から秋 (32)

(6)気が付けば、こんなに悪化(その1)
 雅子の病気の進行具合は、いろんなところに、いろんな形で顔を出す。突然の思わぬ顔出しに、驚かされることも多い。今までは、大丈夫だったのに、こんなところまで進んで来ているのと心を痛めることは少なくない。
 11月3日、土曜日だった。文化の日である。政治の世界では、前日に自民、民主の党首会談があって、大連立という大きな話題が炸裂し、民主党代表の小沢氏が代表を辞任するというニュースで持ちきりだった。結果的には、翌日、小沢代表はみんなの説得で辞任を撤回、代表を継続することになったのだが。
 そんな中で、雅子には思わぬ、ちょっとした危険な事故が起きたのである。明らかに病状の悪化が現れたものだった。
 それは、お風呂場でのことだった。最近の入浴手はずは、湯船の外で椅子に座わらせて身体を洗い、その後、そのまま身体を少し湯船の方に回転させてから、足を持ち上げて湯船の縁に乗せる。それから身体全体を持ち上げて湯船に入れ、その湯船の壁に身体を沿うように置いてバランスを取らせるようにしていた。そして、雅子がそのバランスを取っている間に、湯船から引き上げるための風呂板や、タオルなどを準備をするのだが、思わぬ事故は、その僅かな時間に起きた。雅子がバランスを失って身体を回転させてしまったのである。自分一人ではどうすることも出来ない今の雅子である。一気におぼれた状態になってしまったのだ。
 一考が直ぐに気づいて身体を支え直してやったが、すでにかなりの水を飲んでいたようで、思いのほか苦しんでいた。少なくとも、数日前までは、身体を湯船の壁に摺り寄せて、安定を保つことが出来ていたのだ。ついに、病魔はここまで来たのかと、その進行具合に改めて驚かされたのである。
 気づくのがもう少し遅れていたら、どうなっていたか。事無きを得てほっとしたのである。これからは、一瞬でも目を離すことは出来ないと、自らに言い聞かせたのだった。
 話は戻るが、小沢代表も、大連立構想で、一瞬、溺れかけたのと同じような状態になったのではないか。皆が手を離すと、何をするか分からないといった不安は、小沢氏の中には、いつも強く存在している。(以下、明日に続く)

タグ : 橋下徹 前原誠司 安倍晋三 小沢代表 たかじんのそこまで言って委員会

360 政治決断

 今からちょうど三十年前に、当時の福田赳夫総理が大変な政治決断をしたことは記憶に生々しい。ダッカ日航機ハイジャック事件で「人命は地球より重い」として犯人側の人質解放の条件を飲み、身代金の支払いおよび、超法規的措置として囚人の引き渡しを行った。賛否両論、世界からもテロリストに屈したとして批判を浴びた政治決断だった。
 その息子の福田康夫総理が、今、薬害肝炎訴訟で、政治決断を求められている。レベル、規模が違う話だが、政治決断であることには変わりない。とにかく「ごちゃごちゃ言わずに、責任を認めて、薬害肝炎患者全員の救済にOKしろ」と迫られているのだ。
 しかし、昨日の国会答弁で、福田総理は「自分は、まだ政治決断できるだけの具体的な内容を把握していない」と答えていたばかりでなく、訴訟団の面会要求にも応えなかった。予算の裏づけなどいろいろ事情があるのだろうが、これを見ている国民は、「今頃、何を言っているのか」、「どうして面会しないのか」と感じた人が多かったのではないか。ここに来て、内閣支持率がじりじりと降下してきているのが、そんな総理の姿勢が反映されているように思う。
 ここ暫く、福田総理には厳しい冬将軍との戦いが続く。さあ、どう決断するのだろうか?

連載(325) 難病との闘い
      第十一章 介護の実情2 平成19年夏から秋 (31)

(5)話題のDBS(脳深部治療)の可否(その8)
 今、雅子が定期的にお世話になっている病院は三つある。一つが、毎月一回通院している春日先生のおられる京都駅近くの吉田病院、二つ目が、今日、お世話になった、津島先生のおられる醍醐の吉田病院で、3ヶ月に二度の頻度での通院、そして、三つ目が、年に一度、MRSの検査に通う滋賀医大である。
 それぞれ、その目的が違っているが、治療という観点からは、雅子はこの醍醐の吉田病院への通院に最も身近な親しみを感じている。それと言うのも、醍醐では、固縮(ジストマ)している手首や首に、直接注射をしてやわらかくしてくれるという目に見える効果が期待されるからである。
 この病気が進行性の病気で、完治する治療は見つかっておらず、進行速度を遅らせる治療しか出来ないことは承知している。しかし、そのお薬治療も、雅子の症状に合致するものが見つからないまま、症状の悪化がどんどん進んでいるのが現状である。
 そんな訳で、この醍醐の吉田病院っでの通院は、然るべき効果が期待されるので、診察、治療が終わって帰宅する際には、いつも、それなりの満足感を得ての帰宅となる。この日は、往路の予想外の渋滞で、病院への到着が遅れたが、その分、逆に、待ち時間が短くなり、気分よく帰路につくことが出来た。幸い、道は込んでおらず、スムーズに走って3時過ぎには帰宅した。
 夕食は、帰りに寄ったスーパーで買ったもので、5時過ぎに手早く終えた。注射を打ったことで、お風呂も入らない方がいいということで、一考にとっては負担が少なくて済んだ。
 その時点で気掛かりだったことは、今日で4日目だが、雅子の通じが止まっていることだった。二月後半以降、通じが気掛かりなことになって、いろいろと試行錯誤の結果、ファイバースティックというファイーバー製品を服用することで対応してきているが、それも、必ずしも万全ではない。雅子には、今夜寝るまでに通じがなかったら、例の「コーラック」の効力を借りねばならないね」と話していた。
 一考も雅子も、なるだけ、コーラックのような強いお薬にはお世話になり過ぎないいようにとの強い考えを持っているので、雅子もトイレに行く度に何とかしようと頑張るのだが、出そうででないような状態が続いていた。
 従って、仕方なく、一考がコーラックの用意をし始めたのだが、そこで雅子の必死の頑張りが通じて、土壇場で、幸いにも通じがあったのである。ほっとした一考は、大きな不幸の中での小さな幸せを覚えていた。(以下、明日に続く)

タグ : 福田赳夫 福田康夫 ダッカ事件 薬害肝炎 コーラック ファイバースティック

359 いよいよ である

 「いよいよである。」今日はこの言葉で書き始めたかった。
 今の臨時国会は今週末が会期末となっている。給油新法案の扱いが注目されいて、会期を再延長してでも、衆議院での再可決を強行する方向で、福田総理は決断しているようだ。同氏にとっても、いよいよ勝負の舞台が始まる。しかし、これは、憲法で認められている訳だから、何も遠慮はいらない。堂々と決断して実行してもらいたい。
 さて、筆者が「いよいよである」と書きたかったのは、私的なことだが、この相坂一考と雅子にとって、「今日から新しい挑戦が始まる」ということである。このブログで連載中の「難病との闘い」の緊急予告となるのだが、予てから準備してきていた「介護付き有料老人ホームでの雅子の新しい生活が、「いよいよ今日から始まる」のである。
 果たして、二人にどんな舞台が待っているのか。大きな不安がいっぱいのスタートだが、新たな展開を期待してのスタートでもある。今、多少緊張を覚えながら、コンピューターのキーを叩いているが、指先からは新たなエネルギーが生まれてきているように感じられる。未来は誰にも分からないから面白い。
 この内容については、来年の初め頃から、、連載で詳しく取り上げることを予定している。  

連載(324) 難病との闘い
      第十一章 介護の実情2 平成19年夏から秋 (30)

(5)話題のDBS(脳深部治療)の可否(その7)
 「それと申しますのは」一考は、それらの視線を意識しながら、少し低くトーンを下げて話を続けた。一考の低音には独特の響きがある。
 「そのドギュメントでの説明で『バッテリーの定期的な交換が必要になる』ということが引っかかったのです。つまり、何年かに一度、定期的に頭に穴をあけるという手術を受けなければならない。頭を切り開いての手術を繰り返すと考えただけで、これは駄目だと思ったのです。ですから、雅子にこの手術を勧める考えは、その時点で消えていました」一考は、当時の自分の思考の中身を披露し、その時点でのこの治療への挑戦には関心がなかったと告白した。
 「ご主人のご判断は正しかったと思います。私の判断では、雅子さんの症状から見て、効果が出るとは思われません。若し、可能性があると判断していたら、私の方からこの手術による治療法をご紹介し、積極的にお勧めしたと思います」自信を持った力強い発言だった。一考は、この一言で、ここ数日間に渡って迷っていた心のもやもやが、一気に晴れたように感じていた。
 「そうですか、最初から、その可能性についても念頭に置いて頂いていたんですね。よく分かりました。先生のお話を伺って、気持ちがすっきりしました。ところで、参考に教えて頂きたいのですが、この手術の費用ですが、一体、どれくらい掛かるものなのでしょうか? 老人ホームへの入居権費用並みのものでしょうか?」脳の深部を切り裂く手術だ。並みの費用ではないだろうとの思いが、一考にはあって、それは、相当な高額な費用を必要とするであろうと考えていた。
 「いや、それほど掛かりませんよ。健康保険も効きますから。数百万円、せいぜい五百万円程度だと思いますよ」淡々とした口調で先生は教えてくれた。
 「そうなのですか。そんな程度なんですか。もっと高価につく手術だと思っていました。大変参考になりました」一考は意外な価格レベルに頷きながら、先生に軽く頭を下げた。
 帰りの車の中で、一考は何とも言えない安らぎに似たものを覚えていた。今朝まで、思い悩んでいたDBS手術の件は、これ以上考えることがなく、はっきりしたからであった。これで思い残すことなく、雅子を介護付き有料老人ホームに入れることを決断できるというすっきりした気分だった。
 来る時に渋滞していた道も、帰りは極めてスムーズで、心地よい流れの中で、一考は、快適にハンドルを握っていた。(以下、明日に続く)

タグ : 福田総理 給油新法案 DBS 介護付き有料老人ホーム

358 小沢代表団の大挙の訪中

 国会の最終盤で民主党の小沢一郎代表ら国会議員45名、民主党支持者400名が、大挙して訪中した。しっかりした目的がある渡航なので、とやかくいわれる筋合いではないと強気だった。如何にも小沢代表らしい言い分だ。
 筆者が現役時代に営業部に所属していた頃、当時の上司は、部下を大勢連れてお得意先を訪問することを嫌って、よく注意を受けたことが思い出される。大事な話は、責任者同士が指しで話せばいいというのが同氏の考え方だった。
 その部長の話だが、いつぞや、コンピューターを導入する際に、大企業からの売込みが激しく展開された中で、部長と担当者の二人で訪問して来た会社に決めたという話を聞いた。大勢で押しかけるような無駄は必要ないという論理だった。
 国際関係では、必ずしもそんな単純な理屈は通じないと思うが、それにしても、400数十人が大挙して中国に詣でる意味は理解し難い。
 もちろん、数で、その力、意欲を示すことの大事さが時として必要な場合があることを、真っ向から否定するものではないが、……。

連載(323) 難病との闘い
      第十一章 介護の実情2 平成19年夏から秋 (29)

(5)話題のDBS(脳深部治療)の可否(その6)
 「結論的に申し上げれば、その治療法はお勧めしません。雅子さんには効果がないと思われます」津島先生は、意外にもあっさりと、きっぱりと、自信有り気にその可能性を否定した。
 「そうですか? どうしてでしょう? その番組では、非常に画期的な治療法だとレポートしていました。しかし、その後は、昨日までこの治療については深く考えていなかったのですが、たまたま、昨日見た難病に関するドギュメンタッリー番組を見て、このDBS手術のことを思い出し、雅子にも検討してみる価値があるのではと考えてみたのです」一考は、戸惑いながら、しげしげと先生の顔を見た。先生は泰然とした様子で、少し間を取ってから、ゆっくりとした口調で話し出した。
 「今の主体となっているお薬による治療とは違って、その治療の発想そのものは画期的な手法であることは間違いありません。しかし、何しろ頭に穴を開けての手術を必要としますから、何処ででもできるという訳にも参りません。しかし、成功されている方も幾人かいらっしゃることは確かです。ただ、今現在では、まだごく限られた方々で、うまくいかなかった失敗例も結構多いのですよ」津島先生は、今までよりも引き締まった顔になって、その治療法の現状を説明した。
 「なるほど。そうなんですか。テレビのドギュメントは、その成功例をセンセーショナルに報じていましたので、普遍性のある素晴らしい技術が開発されたと感動したのです。しかし、そういう実情であれば、失敗例についても触れて欲しかったですね。そうでないと誤解を与えかねませんよね」一考は少し不満げに先生を見つめた。
 「改めて申しますが、治療技術としては、素晴らしいものでが、誰にでも万能ということではありません。その番組では、そんな画期的な技術が開発されていることを訴えたかったのでしょう。美人を紹介する場合に、同時にそのマイナス点を強調する訳にはいきませんから。まあ、そんな具合だと解釈して下さい」先生は、一考に更なる誤解を与えないように配慮して、この技術の優秀さをも、改めて付け加えた。
 「よく分かりました。実は、私も、そのテレビを見た時点では、雅子に、その手術を受けさせようとは全く思いませんでした。それは、バッテリーで機能をサポートしているという点で引っかかっていたのです」一考は、そのドギュメントの中身を思い出しながら、その時に感じた気持ちを吐露した。診察室にいた助手や看護婦さん達の視線が一斉に一考に向けられた。午後の診察室は、ちょっとした緊張感に包まれていた。(以下、明日に続く)

タグ : 小沢一郎 DBS治療

357 死刑執行氏名公表

 昨日3人の死刑囚の死刑執行が行なわれたが、法務省は今回初めて、その名前を公表した。今までは遺族らに配慮して氏名を公表してこなかった。今回から、検討の結果その氏名公表に踏み切った。
 一般の国民としては、その名前を聞いても、事件からあまりにも時間が経過し過ぎているケースが殆どで、具体的な事件の内容を思い出すということは少ない。新聞やニュースでの説明があって、そんな事件があったなあと思う程度である。
 そういう意味では、被害者の立場を重んじての決断だろうが、現法務大臣の鳩山氏が、自らが決断したと力説していた。「友達の友達がアルカイダだ」という人だけに、発想もユニークといえそうだ。悪いことをすれば、こうなるという「見せしめ」的な意味で、犯罪の抑制効果があるかもしれない。 正直、複雑な心境だ。

連載(322) 難病との闘い
      第十一章 介護の実情2 平成19年夏から秋 (28)

(5)話題のDBS(脳深部治療)の可否(その5)
 「他に何か困っておられることはありませんか? 例えば、食事が喉を通り難いといったたようなことはありませんか?」津島先生は、副作用にもいろいろと気を配ってくれている。
 「ええ、お陰さまで、今のところは大丈夫です」一考は即座に返答した。以前からも心配してもらっていたが、幸いなことにその悪影響は出て来ていない。
 「それなら、結構です。次回は、予定通り、来年の1月に注射を打つことにしましょう」
 「分かりました。宜しくお願いします。ところで、一つお聞きしたいことがあるのですが?」優しい上に、お話し易い先生なので、一考も何でも相談してみたくなるのだ。
 「何でしょう。ご遠慮なく」津島先生は大いに歓迎といったような口ぶりで、一考の顔を見た。
 「実は、近々、雅子を介護付きの有料老人ホームに入れようかと考えているのですが、このことで躊躇していることがあるのです。そのことで、教えて頂きたいのですが?」以降は、そう言って一息ついた。
「何でしょう。ご遠慮なく」
 「大分前ですが、テレビの特集番組で、DBS手術の事例を見ました。頭に穴を開けての手術ということで、びっくりするような内容でしたが、その大変な回復力に驚きました。それまで歩けなかった人が歩けるようにもなった事例でした。そこで、雅子の場合も、可能ならその治療法を受けてみるのはどうなのか、と云うことなんです。溺れる者は、藁をも掴むということで、そのことを急に思い出したのです。何しろ、この老人ホームの話は、大変な投資を必要としていますので、同じ投資をするなら、治る可能性のある方に賭けてみたくなったのです。如何でしょうか、先生のご見解を伺いたいのです」一考は、前にテレビでと特集された手術による治療のことが気になっていたのである。この手術は「深部脳刺激治療(Deep Brain Stimulation)」と呼ばれるもので、そのドギュメントではその患者は画期的な回復を示し、ほぼ普通の状態に戻り、止めていた勤めにも戻ったということだった。最近になって、有料老人ホームへの入居のことを決断しなければならない段階で、一考の記憶の中で、その手術のことが急に思い出されていたのである。同じ費用を掛けるなら、今一度、その検討をしてみる価値があるのではと思い始めていた
 それというのも、有料老人ホームは、契約したからと言って、その部屋が自分達の財産になるものではなく、また、解約しても、償却期間の5年が過ぎると、契約金は一銭も戻って来ない、単なる権利確保に過ぎないからである。
 じっと一考の話に耳を傾けていた津島先生は、徐に口を開いた。
 「DBSですか? よくご存知ですね。そのドギュメントは、何時頃、ご覧になりました?」先生の表情はいつものように穏やかなままである。
 「もう一年ほど、前だったと思います。一応、録画してあります」
 一考は記憶を辿りながらそう答えて、先生の反応に注目していた。(以下、明日に続く)

タグ : 鳩山法務大臣 DBS 深部脳刺激治療

356 サププライムで一息?

 今朝のニューヨークのダウ平均はおよそ174ドル上げた。昨日に続いての大幅上げである。米政府が、サブプライム問題対策で打ち出した借り手を救済する金利凍結策の効果が出ていると思われる。果たして、これで、どの程度の効果が維持できるかは、はっきりしないが、とりあえず、一息つくことになろう。今日の東証の上げ幅に期待が掛かる。
 はっきりしないと言えば、福田総理の顔もはっきりと見えてこない。給油新法案は、衆議院での再可決に意欲を示しているが、独立行政法人、官僚の天下り、規制見直しといった改革案は、全て、各省庁の大臣の強い反対を受けて、担当大臣である渡辺善美行革相は、孤立無援で立ち往生している。
 政府にやる気があるならば、この辺りで福田総理町村官房長官の出番だと思うが、しっかり様子見を決め込んでいる。これでは、行革も掛け声だけに終わるのが目に見えている。情けない。

連載(321) 難病との闘い
      第十一章 介護の実情2 平成19年夏から秋 (27)

(5)話題のDBS(脳深部治療)の可否(その4)

 予定の11時45分頃になると、いよいよ出掛ける作業に入るが、その前に、雅子が口紅をつけて欲しいとせがむ。女のいじらしさが感じられて心が和む。
 幸い、天気が良いので、車椅子から車への移動もスムーズに運ぶので助かる。手順はほぼそれまでと同じだ。室内車椅子で玄関口まで運び、靴をはかせてから戸外用の車椅子に移す。この仕事も力仕事だ。とにかく、車に乗せると一段落で、二人が、ほっと一息つくのだ。
 出掛ける準備が出来たところで、母親に病院に出掛ける旨を告げて、いよいよ醍醐へ向かう。いつもの通りの道順で、西大津バイパスに入る。
 車が込み出したのは、バイパスから五条通りに出るかなり手前からだった。いつもは、スムーズに走るのだが、どうしたのだろう。いわゆる渋滞である。この辺りでは珍しいことだ。事故でもあったのかも知れないと思いながら、山科駅までをのろのろ運転で進む。時計を見ると、12時40分近くになっている。若しかしたら遅刻するのではと心中で少しあせりを覚えた。しかし、一考は思い直す。「遅れたっていいじゃない。順番をずらせてもらったらいいだけだ」と自分に言い聞かせて、落ち着きを取り戻す。
 幸い、山科駅前の交差点を外環状線に入ると、嘘のように渋滞は解消した。病院に着いたのは1時前で、急いで、雅子を車椅子に移して診察室まで運び、必要な所定の手続きを済ませた。何とか、時間に間に合ってほっとして、いつものように文庫本を取り出したところで、診察室からの呼び出しを受けた。幸か不幸か、楽しみにしていた読書時間が削られたが、待ち時間は今までにない短さだった。一考は、急いで立ち上がり、雅子の車椅子を押して診察室に入った。
 「良かったね。お薬が効いていますよ。手首がこんなにやわらかくなってますね」津島先生は、雅子の左手首の具合を確認しながら、いつものソフトな口調でコメントした。いわゆる、イケ面タイプのほっそりとした顔つきに加えて、そのソフトさと優しさが、雅子の強い関心につながっているようだ。
 同氏の優しさは、随所に現れる。例えば、3ヶ月に一度打たれる注射は、見るからに痛そうなのだが、いつも「少し、ちくっとしますよ」といった丁寧な言い方で、優しく声を掛けながら処置される。その辺りの配慮がよく行き届いているのだ。特に、首筋に注射が打たれる場合は、見ているだけでも痛そうで、一考自身が、自分が打たれているように錯覚するほどの痛みが感じられるのだが、雅子はじっと我慢している。好みのイケ面タイプの先生だから、頑張り甲斐があるのだろう。出掛ける前の口紅も、そんな彼女のいじらしい表れかもしれない。
 「お陰様で。もし効果がなければ、多分、かちかちに固まっているのでしょうね」一考はそう応えて雅子の反応を窺った。
 この注射は、その効果が3ヶ月ぐらい持続するということで、そのタイミングで打ってもらっている。前月打ってもらっているので、今日は前回の検診だけである。
 「そうですね。良かったですよ。人によっては効き目がない人もあるんですよ」津島先生の対応は常に上品で丁重だ。(以下、明日に続く) 

タグ : 渡辺善美 サブプライム問題 福田総理 町村官房長官

355 立つべし、プロの政治家

 来月に予定されている大阪府知事選挙で、現職の太田房江知事が急遽三選を辞退したため、今や、その後継候補を巡って、噂の候補が乱立した状況にある。読売テレビの辛坊治郎解説員が、そして昨日は弁護士の橋下徹氏の名前が新聞の一面を賑わしたが、二人はきっぱりと否定した。人気者が取り上げられるのは、今の状況下で止むを得ないかも知れないが、あまりにも、お手軽な自民、民主の考え方に一考を呈したい。
 大阪の実情は極めて深刻だといわれている。それだけに、それを仕切るには、それなりの政治的な手腕が必要とされている。人気先行で、選挙に勝てばいいというものではないだろう。政治家を目指して努力し、その実績を積み重ねて来たいわゆるプロの政治家が手を上げるべきではないか。
 しかし、そのプロの政治化が少なくなっていることも事実で、2世、3世議員が増加してきている。あの小泉元総理も、次回、若しくは次々回には、次男の小泉進次郎に譲ると言われている。それだけに、譲られる立場の人たちは、その研鑽に努力し、本当のプロを目指して欲しい。
 今年話題になった宮崎県知事の東国原英夫氏はとりあえず、その気で早稲田大学で学んだ訳で、「そのまんま東」ではなかったという。今は頑張っているが、最終的にどんな評価を受けるか、興味深い。

連載(320) 難病との闘い
      第十一章 介護の実情2 平成19年夏から秋 (26)

(5)話題のDBS(脳深部治療)の可否(その3)
 トイレから戻ると、お薬の時間だ。今では、朝は8種類のお薬を飲む。錠剤が5種、カプセルが2種、粉が一種と多彩で大変だ。
 雅子が最も苦手にしているのが錠剤タイプだ。中でも、大きさが大きいほど苦戦していて、多くの場合に噛んでしまう。他方、カプセルと粉薬は比較的飲み易いので、それらを組み合わせて口に入れてやる。
 しかし、それでも飲み難そうで時間が掛かる。なるべく、焦らないようにしてゆっくりと構えることが大事だ。とにかく、時間をかけてお薬を飲む。飲み終えると7時半を過ぎている。すぐに、いつものマッサージチェアに移動させ、テレビのチャンネルを希望のものに合わせてやる。
 ここからは、一考の雑用の時間だ。仏さんのご飯、雨戸明け、芥棄て、洗濯物処理、食器洗い、寝室の片付け、洗顔、風呂掃除などを一気に片付けて二階の一考オフィスへ移る。そして、日記、ブログに着手する。今日のテーマは、給油新法案の取り扱いについての私見を書いた。民主党の意地悪な対応は許せない気持ちだ。連載の「難病との闘い」も回を重ねて308回。我ながら、良く続いていると思う。しかし、これが、今の一考には数少ない遣り甲斐のある仕事の一つとなっている。手直しをしてコピーを撮ると、かれこれ1時間は経過している。
 ここで、そのコピーを持って雅子のところに戻って、この日三回目のお手洗いだ。最近はこのリズムでトイレ行きとなっている。手間が掛かるが止むを得ない。
 トイレを終えると、持ってきたコピーを雅子が読めるように、楽譜立てに置いてやる。同時にテレビのチャンネルを希望のものに合わせてやって、再び2階の自分のオフィスに戻る。
 この日は土曜日だから東証は休み、そこでメールやインターネットのチェックを行なった後、ブログの連載ものの在庫つくりに励もうとするが、気が散ってなかなか進まない。
 10時半になると、昼食のために雅子の元に戻る。この日は前日に買っておいたコロッケなどで、雅子の昼食を済ませる。そして、食後のトイレに。手間と力仕事の結構疲れる作業だ。その後、自分の昼食も終わると11時半になっている。そこで、急いで、通院のための雅子の着替えに入る。(以下、明日に続く) 

タグ : 太田房江 辛坊治郎 橋下徹 小泉元総理 小泉進次郎 東国春英夫 そのまんま東

354 学力低下

 日本人を熱く燃えさせて、北京オリンピックへの切符をお土産に、日本代表の野球チームが昨日凱旋帰国した。星野野球の魅力がいっぱいに散りばめられた二日間の熱闘ドラマだった。テレビの瞬間視聴率も40%を越えたという。日本人はいざと云う時には、しっかりと纏まれるし、その時の強さは並みではないことを実証した。
 その一方で、OECDが世界57カ国の国・地域の15歳の約40万人に実施した学習到達度調査の結果が発表されたが、日本は全科目で後退、特に理数系科目での大幅低下が目立った。ゆとり教育の悪影響だと論評する評論家やコメンテーターが多いが、筆者は「その気にさせる先生の魅力が低下している」のではないか、或いは「そのような先生が少なくなっている」のでは、と見ている。生徒達をその気のさせる環境を整えれば、日本人は決してそんな「弱」ではないはずで、世界の上位の座の奪回も、そんなに難しいことではないはずだ。
 自分の話で恐縮だが、筆者は理数系は好きだった。それは、その時の先生方の魅力が大きかったと思っている。ただ、今、人生のターミナルに到着して思うことは、若し、文科系の魅力ある先生に出会っていたら、どうなっていたか、と考えてみることもある。才能は別として、ものを書くことは嫌いじゃないからだ。

連載(319) 難病との闘い
      第十一章 介護の実情2 平成19年夏から秋 (25)

(5)話題のDBS(脳深部治療)の可否(その2)
 手早く朝食を終えると、雅子の口のゆすぎと洗顔に、洗面所の近くまで車椅子を移動させる。最近の介護の中で厄介になった来たのが、この口ゆすぎである。それというのも、口をゆすぐ際に、水を飲み込んでしまうことが常態化したからである。
 つまり、電動歯ブラシで歯を磨いて口内を洗ってやるところまでは、今までと変わらないが、その後の口の中のゆすぎが難関なのだ。今までのように、口に水を入れてやると、直ぐに飲み込んでしまうのだ。今や、それがトラウマのようになっていて、どうしようもない。
 「何とかならないか」といろいろと試行錯誤を試みた。押すと水が飛び出すような洗浄瓶を使うのがいいのではと思って、適当なものを求めて、デパートなどを回ったが、イメージしたものがなかなか見つからず、これはと思って買ってしまったものも少なくなく、無駄な買い物を重ねた。しかし、思いも寄らなかったDIYで、遂に、その探していた洗浄瓶まがいの安い代物を見つけた。
 そして、現在採用しているやり方に、何とか辿りついたのである。それは、その洗浄瓶を使った地味な方法で、次のようなやり方である。
 まず、洗面器に水を満たし、それを雅子の顎の下に宛がいながら、その電動歯ブラシを洗面器の水に漬けては口の中を洗い出すのだ。この単純な作業を何回も繰り返して、練り歯磨きで汚れた口の中を洗い出す方法なのだ。手間が掛かるが、5分ぐらい続けていると、それなりに口の中は綺麗になる。もちろん、洗面器の水は、途中で新しい水に変えてやる。そして、ある程度綺麗になった段階で、買ってきた洗浄瓶を使って、水を口の中に勢いよく、恰もシャワーで洗うように水を吹き付けてやると、ほぼ、ゆすぎは完了する。なお、この洗浄瓶で洗い出す方法は、お風呂で洗ってやる場合にシャワーを使うのが効果的だったので、そのやり方をまねたやり方なのだ。
 いずれにしても、忍耐強くそうすることで、なんとか難関のゆすぎをカバーできている。なお、念のために最後にコップに水を入れてゆすぐことを試みるが、やはり、水を飲んでしまうので、このステップは形作りに止めている。
 この口ゆすぎが終わると、洗顔、それを終えて、再びトイレである。便座に座らせる際に、身体が不安定なので、事由にならない左手をしっかりとお腹の上に、右手を支え棒の上に乗せてやるのことで、何とか安定さを保てるようだ。心配なのは、このところ便秘気味で、今日で3日間通じがないし、出る気配もないということだ。(以下、明日に続く)

タグ : 星野野球 OECD 学習到達度調査

353 どげんかせんと

 その年、時代を反映し、話題になった言葉に送られる流行語の年間大賞に、今年は、宮崎県知事、東国原英夫知事の「どげんかせんと」が決まった。今年は、東国原知事にとっては、話題尽くめの最良の年と言えそうだ。当選以来、ほぼ一年間高い支持率を確保できたのは、望外の結果ではなかったか。人生は分からないものだ。
 その時代を反映する年間のイベントには、重大(十代)ニュース、紅白歌合戦出場メンバーなど各種あるが、筆者は「今年の漢字一字」も面白い企画だと思っている。
 1995年に始まってもう十数年、その間に選ばれた漢字は、神戸大震災の「震」から始まり、「食」「倒」「毒」「末」「金」「戦」「帰」「虎」「災」「愛」「命」といった具合に、その漢字を見ていることで、いろんな思いが甦る。今年の漢字は、「謝」が選ばれた。偽装国家がクローズアップされた年で、官僚、政府、企業などのトップが、更には一部のスポーツ選手などが頭を下げて謝った風景は、あまりにも多かった。
 一つの側面、切り口から時代を眺めるのは、味があって面白い。それにしても、この「ねじれ国会」を「どげんかせんと」と思う今日この頃だ。

連載(318) 難病との闘い
      第十一章 介護の実情2 平成19年夏から秋 (24)

(5)話題のDBS(脳深部治療)の可否(その1)
 平成19年11月24日(土)晴れ、
 このところ、朝起きるのが辛くなって来ている。身体もそこらじゅうが痛い。年なのか、介護疲れなのか、或いは、その両方なのか。今朝の一考は、いつもより1時間ほど遅い6時前の起床となった。
 しかし、今日は、午後1時15分の予約で、醍醐にある吉田病院で、雅子が診察を受けることになっている。先月の通院時に受けた手首や首の筋肉硬縮(ジストニア)をやわらかくする注射の結果を看てもらうのだ。この治療法も既に五回目のトライアルを終えていた。確かに、一時のがちがちに固まった手首の状態から、指が入るようなやわらかさまでになっている。注射の効果が充分に認められているのだ。
 そんな訳で、ぐずぐすしている訳にはいかなかった。一考は眠気を払うためのに「おっ」と気合を入れて起き上がった。雅子はもう目を覚ましている。「おはよう」といつも通りの挨拶だが、今朝は、その声が湿っていて、眠そうに響いた。新聞を取りに外に出ると、空気が乾いていて、ぴりっとした寒さが感じられた。いいお天気になりそうだ。
 一考は、手早く着替え終えると、雅子に挨拶して、いつものように、キッチンに向かう。お米をかしてご飯のスイッチを入れ、朝食の準備をしてから寝室に戻り、雅子の着替えに入る。最近では、この着替えも少々手間取ることが多い。それと言うのも、ベッドに雅子を座らせても、安定して座れないので、身体を支えてやりながらの片手での着替えとなるからだ。下着、ブラジャー、シャツ、セーター、スラックス、靴下など手間が掛かるが、何も考えずに、機械的にこの仕事に集中するようにしている。
 着替えが済むと、今までと違って先ずトイレに行く。この時間帯は、小用だけである。それが済めば、簡単な朝食だ。メニューは以前と変わっておらず、冷たいお茶で口を潤し、バナナ、シュークリーム、ヨーグルトの順に口に運んでやる。最後がコーヒーだが、この中には、事前に便秘対策用の食品の範疇に入る「ファイバースティック」を混入しておく。これは、ストローを加えさせ、時々、カップを持ち上げてやって飲ませる。食後のお薬は、最近はファイバーと少し時間差を取るために後回しにする。なお、この間、必要に応じて鼻を噛んでやったり、顎を拭いてやる作業が何回か加わって、結構多忙である。
 この間、一考も同時並行的に同様なものを食べ終える。そして、脳梗塞防止のため、血液をさらさらにする薬「ワーファリン」を飲む。毎日、これを飲んでいると、この薬が、自分の命を繋いでくれているように錯覚してしまう。(以下、明日に続く)

タグ : 東国原英夫 どげんかせんと ねじれ国会 DBS ワーファリン ジストニア

352 燃えた韓国戦

 久し振りに野球に燃えた。筆者にも韓国だけには負けたて欲しくないという気持ちが強く、それだけに昨夜の星野ジャパンの渾身の頑張りには、大いに魅せられた4時間超のドラマだった。新井の初ヒット、サブローの同点打、阿部の追加点、稲葉の引き離し点、そして、頑張った投手陣、中でも川上、岩瀬の粘投、上原の快投は筆者を熱くした。韓国もしつっこく食い下がってきたが、本当に勝ててよかったと思う。
 この日はスポーツ満載の日曜日だった。福岡国債マラソンで日本人一位となった佐藤敦之、男子フィギュアースケートで逆転優勝を果たした高橋大輔、ラグビーで宿敵明大を破っての早稲田の7連覇、50連勝、大相撲では、朝青龍の久し振りの土俵などなど、大いに楽しませてもらった一日だった。スポーツはまさに平和の使者であり、国民を燃えさせる文化でもある。

連載(317) 難病との闘い
      第十一章 介護の実情2 平成19年夏から秋 (23)

(4)庭の管理(その2)
 「話が違うじゃないか? 自分がやると言っただろう。泥棒猫のように、こんな時間にこそこそやるものじゃない」一考は、心で感じている感謝の気持ちを別にして、少し、きつい口調で叱り付けた。
 久子の行為は、一考の負担を減らしてやろうとの思いでやってくれていることは、充分に理解していたが、あくまでも、二人の仕事の分担で、自分のテリトリーに侵入して来ていることに対する不快感があったから、そんな言い方になってしまった。この時は、さすがに久子も何も言わずに引き上げたようだった。
 そんなことがあっただけに、この草引きは、一考自身が手を抜けなくなってしまったのである。しかし、実際には、虫に噛まれたりしてその煩わしさが増して行き、どうしたものかと悩んでいた。
 そこで思いついたのが、外注することだった。そして、今年(2007年)の夏には、具体的に外部に依頼したのである。しかし、この種の仕事も、結構、混んでいるようで、実際に作業をしてもらったのは8月末になってからで、二日間に渡って作業をしてもらった。費用対効果はまずまずで、今後もタイミングを見てアウトソーシングすることにした。
 一方、庭師による植木の手入れは、毎年、8月のお盆の頃に近所の専門家の方にお願いしているが、今年は仕事が混んでいたのか、入って頂だいたのは、ずっと遅れて10月に入ってからになった。こんな庭でも、一年も経つと木々が鬱蒼として暑苦しく、人間の散髪と同様に、透いてもらって、形を整えてもらうことですっきりするのだ。
 庭師さんたちは朝が早く、8時には仕事についてくれる。それだけに、一考自身も早起きしてそれに備えるのだ。そして、10時と3時の二回に渡って、お茶とお菓子のサービスをする。これが、結構面倒で、特に茶菓子の選択には気を遣った。今までは、雅子がやってくれていたと思うと、彼女の存在の大きさを改めて知るのだった。
 幸いなことに、今年の手入れは、いつもなら4日掛かるところを、急いでもらって3日間で終了した。介護を抱えての忙しい三日間だった。(以下、明日に続く)

タグ : 星野ジャパン 佐藤敦之 高橋大輔 朝青龍

351 ミキティー失速

 今年も女子フィギュアステートが話題になるシーズンになった。昨日行なわれたNHK杯で、期待の安藤美姫が三度の転倒で4位に終わって、トリノで行なわれるGPファイナルへの出場権を逃した。
 演技前の練習のときから注目して見ていたが、大事なジャンプなどは殆どせずに、軽いすべりだけで整えていたのが気になっていたが、演技が始まってすぐにその予感が当たったのは残念だった。恐らく、大変な練習を重ねて備えていたはずで、肝心の本番でそれが発揮できなかったことは、無念であったに違いない。まだ19歳だ。ミキティーの復活はを臨むファンは少なくない。なお、その代わりに若手の武田奈也が3位に滑り込んだ。日本の女子フィギュアー陣の層は厚い。
 さあ、こうなるとファイナルでの日本選手は浅田真央中野友加里の二人だ。ライバルは韓国の金、何としても金メダルを取ってほしい。
 
連載(316) 難病との闘い
      第十一章 介護の実情2 平成19年夏から秋 (22)

(4)庭の管理(その1)
 雅子が健在だった頃、担当していた仕事に庭の管理があった。父親が凝っていた庭で、それほど大きくはないが、それでも、150へーべぐらいの広さで、築山、灯篭もあって、いろんな種類の木が混在している。その管理も結構大変で、春から夏、夏から秋にかけての毎日の雑草取り、それに年に一度は専門の庭師に入ってもらっての手入れは欠かせない。
 雑草取りについては、帰郷した年は、それほど大変な仕事だとは思わず、時々、雅子がやっていたのを遠目でみていた。しかし、姉の久子が茂ってくる木の枝なんかも切っているのを知って、そこまで姉にやらせては、また何を言われるかが心配になり、ここの管理者は自分である訳だから、これからは自分が担当するので、任せて欲しいと宣言して、自らが雑草取りを始めたのである。帰郷して2年目の春のことだった。
 その頃の一考は早起きだったことから、大抵は、朝早い時間に少しずつこなしていた。しかし、その内に、虫に指されることが大変であることに気づき、全身を防備して、虫除けスプレーなどを使っての大袈裟で厄介な作業となった。しかも、この種の雑草は、一旦、引き抜いても、数日すれば又生えてくる。実に生命力の強い植物で、その戦いは容易いものではなかった。特に、地べたに這うように生えてくる一見苔のような草は、飛び石の周りに、砂の色に似せ保護色で生えてくるから、一見して目に付き難いのだ。それらを根こそぎやっつけるのは、忍耐力を必要とするエンドレスな作業だった。
 しかし、暫くして気が付いたのだが、どうやら、自分以外の人間がやってくれているいうことだった。数日で一通り終わるのだが、どうも、捗り具合がよすぎるし、自分が未だやっていない部分が綺麗になっている。これは、久子が自分に気づかれないようにしてやってくれているのだろうと思ったが、自分の仕事のテリトリーまで手を出されることに、気分はすぐれなかった。そこで、一度、その現場を押さえてやろうと思った。。
 姉は大抵、母親の世話を終えて7時前に帰る。注意して、その動きを追っていたが、昼間は、草引きをしている気配がない。一体何時やっているのか不思議に思っていたが、或る日の夕方、二階の雨戸を閉めようとして庭の方に視線を投げ掛けた時に、、薄暗い中で、黒い影が築山の上で動いているのを発見した。最初は、犬か猫かと思ったが、大きさが違う。暫く、目を据えて見ていると、それは、まさしく人間で、覗かれていることに気づいてじっと身を潜めているようだった。そして、それがまさしく久子であると悟った。一考は、身を潜めている久子の気の毒な姿に複雑なものを覚えて躊躇したが、思い切って声を掛けた。(以下、明日に続く)

タグ : 安藤美姫 中野友加里 武田奈也 浅田真央 ミキティー

| ホーム |


 BLOG TOP  » NEXT PAGE