今朝の新聞で、
ブログの開設数が1300万件を突破し、2012年には2006年度の5.5倍に達するという。筆者は、本を出版するのを機に、そのPRに役立てればと云うのが開設の動機だった。たまたま、その時に出くわした業者の
ブログのガイドに従ってトライしたのが切っ掛けだった。その後、毎日更新を続け、407日目になっているのが、不思議な感じがする。
今朝の記事では、その拡大に目を付けて、販促やマーケティングに生かそうとの動きが活発化してきているという。確かに、最近では、
ブログ作成サイドのページに幾つかの広告が登場してきている。いろんなところに商売チャンスを見出そうとする商魂は大したものだと思う。
なお、目下、サービス業者は大手14社とあるが、今使っているこの業者はその中に入っているのかどうかが分かっていない。なお、時々、いやらしい内容のコメントが入ってくることがあり、それを駆除するのに腐心している。
いずれにしても、これは、自己満足の世界であって、それを楽しみながら、何かが生み出されてゆく訳で、なかなか面白いツールだと思っている。
2.昨日の雅子(24)
誕生月に年に一度、身体検査(簡易人間ドック)が、付設のクリニック行なわれる。昨日が雅子の検査日だった。血液検査、心電図、レントゲン撮影、その他の内診が行なわれた。(検便は、便秘で持ち越し) 結構な検査なのだが、そのクリニックは旧棟とは廊下で繋がっているが、この新棟とは離れているので、車椅子で外に出てゆかねばならないのがネックだ。昨日も寒い日で雪が舞っていた。幸い、風邪を引くようなこともなく無事終わったようだが、冬月生まれの該当者には、誕生月に拘ることなく、検査日をずらして貰うのがいいのではなかろうか。 なお、検査結果は別途報告されるという。
総じて、昨日の雅子は、まずまずのご機嫌の一日だったようだ。
3.連載(372) 難病との闘い
第十三章 介護付き有料老人ホームへの誘い(37)
(3)ドリームスペース(仮称)との契約(その15)
長くて多くの曲折があったものの、ドリームスペースとの折衝、交渉、そして契約も、いよいよ、最後のステップである一時金の残金を入金する最終段階を迎えていた。
この間、そのドリームスペースへの入居を前提に、衣料品など必要な買い物も、タイミングを見計らって買い足したりして、こまめに必要なアクションを取って来ていた。そういう意味では、準備は着々と進めんでいたといえる。必要な全ての手続きを終えて、恰も、駅伝の最終ランナーが第四コーナーを回って、ホームストレッチに差し掛かってゴールを目前に迎えている心境だった。資金の整備、準備段階で、M銀行の社内規定に引っかかってトラブルはあったものの、それも少し遠回りすることで準備は終えていた。ドリームスペースへの振込みという、一つのセレモニーを終えれば全ては終わるのだった。
そのセレモニーは、月末を控えた11月28日に、事前に集めておいたS銀行の預金から所定の振込先へのに振り込み手続きを行なった。窓口を通じての振込みで、雅子名義の預金が半分程度あったが、M銀行でトラブルになったような支障は全くなく、スムーズに入金を終えることが出来た
思うに、25年前に、母屋の隣に今の家を建てたこと、退職時に東京のマンションを購入したこと、また一昨年のリフォームに際し、纏まった投資をして来たが、今回の投資が、自分の今までの人生で、最大の投資額であった。そういう意味では、この日は、一考にとってはほろ苦い記念日となった。
その夜、一考は雅子と入居のタイミングについて話し合った。あまり、遅くなっては、営業の木田さんに迷惑を掛けることになる。切の良い12月1日でもいいのだが、余りにも性急過ぎるし、来る12月6日には、吉田病院への通院が予定されていることを考えて、、それを済ませた12月7日がいいのではと二人は、一旦合意したのだった。
しかし、その翌日になって、雅子が出来たら入居日は「大安」の日にして欲しいと言い出した。雅子にして見れば、これからの人生の大半を過ごすことになる訳だから、やはり、門出となるべきその日にも拘ったのであろう。そういうことで、大安である12月10日を入居日にしようということになった。木田さんに伝えると、それには異論はないということで了解が得られた。
こうして、雅子の新しい門出の日が決まったのである。
(本章は、これで終わります。なお、本日までを第1部「大きな不幸に見舞われて」とし、次回からは「第2部 小さな幸せを求めて」として連載します。なお、明日、明後日は、閑話休題を掲載します)
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