プロフィール

相坂一考

Author:相坂一考
滋賀県大津市出身
07年1月に推理小説「執念」を文芸社から出版
14年7月に、難病との戦いを扱った「月の砂漠」を文芸社から出版

このブログは3部構成です。
 1.タイトルへの一言。
 2.独り言コラムで、キーワードから世の動きを捉えようと試みる。
 3.プライベートコーナー
   (2015-06-03に修正) 

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440 どうなってるの?

 数日前に日中双方が緊密な連携で合意したはずのギョーザ中毒事件で、中国公安は国内混入を否定、日中当局に大きな溝が出来て、その解明が遠くなっている。「どうなってるの?」と思いたい。
 イージス艦事故でも情報のやり取りで、あとからどんどんいろんな情報が出て来ていて、これまた、一体「どうなってるの?」である。
 国会でも、租税特租法案を含めた予算案が今日中に衆議院を通過させると与党は強行の構えだが、果たして「どうなるの?」である。
 株価が依然として安定しない。今朝も米国ダウは100ドルを越す下げて、今朝の東証の動きが心配だ。「どうなっていくの?」と聞いてみたい。
 LPGAの今年の第3戦の初日で、それまで連続予選落ちだった宮里藍がトップと1打差の2位スタートだ。これには「どうなっているの?」と驚きである。ファンからは叱られるかも知れないが、彼女の喜ぶ顔は見たくないので、今日以降の経過に注目したい。一方で、昨年来ファンになった上田桃子だが、前の試合の最終ホールで大叩きして以来おかしい。昨日もトリプルボギーを叩いていた。これこそ「どうなっているの?」と心配だ。頑張って欲しい。

 2.昨日の雅子(57)
 前夜の寝る前に便秘薬の「コーラック」を服用をした。いつもなら、翌朝の通じに繋がるのだが、直ぐに効果があって、介護士さんに迷惑を掛けることになった。夜は、一人の介護士さんが担当されているので、大変だったと思う。幸い、ユニットリーダーの松井さんに親切に応接いただいたようで、感謝申し上げたい。
 一方、筆者の訪問もそれまでの一日2回から1回に減らしたが、雅子の方も、それで落ち着いていて問題はなさそうだ。それ以外の特記事項はない。

3.連載(405) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(31)
  第一章 入居生活の始まり (その31)

(2)定着への試行錯誤 (その15)
 気にしていた一つが、お風呂だが、大部屋で車椅子を使って、二人の介護士さんの介添えでお願いしている。大変な作業だが、丁寧に、細やかな対応には感謝以外の何物でもない。最初のトライアルについて、夫が立ち会ってくれた。部屋が広いので、寒くはないかいと心配してくれたが、事前に暖房がされていて、その心配はない。夫も自分の負担がなくなって、ほっとしていたようだった。今までのように頻繁に入浴できないが、それは致し方ないことで、そのことに関しては、全く問題はない。
 ところで、夫が、一番心配していたのが、コミニケーションのことだった。手足が自由に動かせないから、部屋に設置されている呼び出しブザーが使えない。入居したその日には、呼び出しブザーの押す部分に、ゴルフボールのようなものをくっつけて、それなら押せるのではと試してもらったが、残念ながら、自分ではどうすることも出来なかった。その上、最近になって、自分の言葉が不鮮明になっていることで、余計にコミニケーションが悪化している。自分では、一生懸命に話しているのだが、どうもうまく伝わっておらず、何回も繰り返して話すことになり、自らも疲れてしまう。
 そんな状態なので、入居時に話題になった自宅で使っていた無線の音声モニターの設置についても、自宅の場合のようにうまく伝わらないから、役立たないことが明らかになった。いろんなツールも症状の変化で万能ではないのだ。そういう意味では、介護士さんが覗きやすく、立ち寄り易い、ダイニングルームに接した部屋を確保できたのは幸いだったと言える。阿吽の呼吸での、コミニケーションが唯一の手段になりつつあることに、不安を覚えているが、皆さんに気遣っていただいて、何とか凌いで生きられていることに感謝の毎日である
 そうは言いながらも、その一方で、それまでの遣り残したことなど気掛かりなことは多い。中でも、長男の太郎がまだ独身であることが心配で、早く、良縁に恵まれて欲しいと強く願っている。
 いずれにしても、先行きのことを考えれば、不安は尽きないが、なるようになると言い聞かせて、毎日を一生懸命に生きて行くようにしている。(以下、明日に続く)
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タグ : ギョーザ中毒事件 宮里藍 イージス艦

439 FUGITIVE (逃亡者)

 サイパン警察に逮捕された三浦和義元社長は、サイパン島の裁判所で「FUGITIVE (逃亡者)」と呼ばれて「逮捕状が出ているのは逮捕されるまで知らなかった訳で、逃亡していた訳ではない」と強く否定したそうだ。このやり取りで使われた「FUGITIVE」という単語は初めて知った単語である。
 さて、逃亡者と言えば、日本にも数多くいて、警察庁のリストをインターネットで調べた限りでは、26人の名前がリストアップされている。
 我々の記憶から直ぐ頭に思い浮かぶのは、一年ほど前に千葉県の市川市で起きた、英国人の美人教師、リンゼイさんが殺された事件で、犯人は同市に住んでいた市橋達也(28)と判明しているが、千葉県警のお粗末な取り逃がしがあって以来、未だに行方不明だ。
 あのオウム地下鉄サリン事件での平田信高橋克也菊池直子も、あれから十数年が経過するが、未だに手掛かりがない。交番に張り出されている特別指名手配写真の顔は、多くの国民の記憶の中にインプットされているが、全く姿を現していない。さあ、何処でどうしているのだろう。
 彼らは、必死になって、いわゆる、逃亡生活を続けているのだろう。いい加減に手を上げて出てくればいいのにと思うのだが。若しかしたら、これらの逃亡者は我々のごく近くで、そ知らぬ顔で生活しているのかもしれない。

2.昨日の雅子(56)
 総じて平穏、特記事項はない。友人から届いた手紙を読んであげた。この方は、既に何回かお手紙を頂戴している方で、優しさがいっぱいの内容だ。雅子も、心が温まるようで嬉しそうだった。

3.連載(404) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(30)
  第一章 入居生活の始まり (その30)

(2)定着への試行錯誤 (その14)
 掛け時計をセットでは、夫もいろいろ腐心してくれたようだ。何しろ、この建物が新築で、壁などに傷をつけることは避けなければならなかったからである。
 そういうことからも、最初は、夜光塗料を使った文字盤の時計を探してくれたようだったが、高価過ぎる上に適当なものがなかったということで、結局は、止むを得ず、自宅で今まで使っていた掛け時計を持って来てくれて、それをセットしてくれた。設置に関して、ポイントが二つあり、一つは掛け時計の位置の確定、今一つは文字盤のライトアップの仕方である。
 何しろ、身体が動かせないことから、自分がベッドに上向きに寝た状態で、ちょう文字盤が見える位置にセットしてもらう必要がある。加えて、文字盤が暗闇でも見えるようにライトアップも欠かせない。結局、窓ガラスのカーテンレールにある引っ掛け金具を使っての対応になったようだ。ライトアップについては、これも自宅で今まで使っていた特殊な電気スタンドを持ち込み、楽譜たての先端にくっつけて何とか見えるようにセットしてくれた。入居して六日目のことだった。
 なお、この日、掛け時計のセットが終わった直後に、義姉の久子がNHKの俳句天国に出演しているのを見つけた夫が、事前に家族から知らせてくれなかったことで不機嫌になった日である。夫から、テレビ画面を指して「久子じゃない?」と聞かれたのだが、その時には、まさかと言うこともあって「似ているけれど、年が違うのじゃない」と答えたのを覚えている。
 さて、こうして、何とか生活に欠かせない三つの基本の食事、トイレ、睡眠の環境を整えてくれたのである。結果的には、今までの自宅での生活パターンと大きく変わったことはなかったが、こと、トイレに関しては、症状の進行とも関連して、その頻度が増えることになった。それというのは、深夜に一度小用を足すことが必要になったからである。そのため、夜勤の介護に当たって頂く方に、12時頃に起こしてもらって用足しをするのである。もし、自宅で夫にお願いするとしたら、大変な負担になっていたはずである。その点では、介護の方にはご負担をお掛けするのだが、施設に入ってよかったと思っている。
 その他、お薬、ファイバー製品の服用などは、大きな問題もなくやって頂いており、洗顔、歯磨きも、一考がやっていたパターンをアレンジした形で実施してもらっている。いずれも、今のところ大きな問題はない。 なお、その他で気になっているのは、入浴とコミニケーション方法がある(以下、明日に続く)

タグ : 三浦和義 市橋達也 オウム 地下鉄サリン事件 平田信 高橋克也 菊池直子 指名手配犯

438 雪どけは何時?

 世界を「あっ」と言わせる文化交流を、アメリカは今までにも何回か演出してきている。モスクワでのニューヨークフィルハーモニの演奏会、中国での卓球外交、そして、今回の北朝鮮での演奏会である。
 それまでの大きな壁を切り開くと言う意味では、それなりの効果をもたらしたことは歴史が証明しているが、今回の演奏会は、どうやら時期尚早だとする見方もあって、即、雪どけには結びつかないようだ。
 イージス艦事故での「漁船発見時刻」を巡る応酬は、中身がぐじゃぐじゃしていて、これまた雪どけには程遠い。石破茂防衛相の応接にも、期待したほどの切れがなく、辞任のピンチに追い込まれている。同氏については、筆者が将来に期待する政治家の一人として、前にこのコラム(316を参照)でも取り上げた。理論派の論客として高く買っていたのだが、今回の論争では、今までの切れがなく、辞任のピンチに追い込まれている。心配なのは、次回の選挙では、同じ選挙区から、かつての秘書官が対抗馬として出馬すると言われていて、政治生命に関わるピンチだとも言える。さあ、どう切り開き、雪解けとするか、期待して見守りたい。
 また、ガソリン国会の「核」である道路財源に関する議論も、雪どけにはまだまだのようだ。本当に3月末までに決着がつくのだろうか。先ずは今週末までに衆議院の通過が鍵なのだが、果たしてどうかだが、先行きは不透明だ。
 そう言えば、今年は例年なく、この大津でも雪が多い。幸い、当地では、降雪量も大したことはないので、その日の内に雪どけされているので、大きな問題はないのが。  

2.昨日の雅子(55)
 この日から入浴は午後の時間に変わった。最初の入浴以来二度目の見学をさせてもらった。ユニットリーダーの松井(仮称)さんともう一人若手の方の二人の介護で、丁寧に入れて頂き、雅子も満足気だった。お陰様でこの日も平穏な一日だった。
 前夜に、雅子の姉の霧子さんから、筆者が雅子の部屋に長居し過ぎるのは、施設での固有の企画、計画を遂行する上で、邪魔になっているのではとのアドバイスがあった。そのことで、今日、責任者の桜井(仮称)係長さんとユニットリーダーの松井のお二人から、それぞれご意見を伺った。お二人とも、そのこと自体には何ら問題はなく、特に、桜井さんからは、ここは「家族の場」でもあるとのお言葉を頂き安心した。
 いずれにしても、入居して実質2ヶ月を経過し、お陰様で、雅子もここでの生活リズムに慣れてきた様なので、筆者の訪問も、先週半ばから一日一回、2~3時間程度の滞在に止めることにして、少し離れた位置から見守るようにしている。
 
3.連載(403) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(29)
  第一章 入居生活の始まり (その29)

(2)定着への試行錯誤 (その13)
 雅子は、この一週間の施設での体験で、今までは頭の中であれこれ考えて、不安に思っていたことも、ここでの具体的な生活リズムに触れて、実際にそれを肌で感じ取ったことで、何とか、ここで生活してゆくのに自信と云うほどではないが、何とかなるのではと思うようになっていた。少なくとも、ここに入居できたことで、それまでの夫の負担を軽減できたことで、雅子の心中は穏やかになるのだった。
 新しい生活が始まって、雅子が最も気にしていたのは、生きて行くための基本の三条件を如何にクリヤー出来るかどうかだった。その三条件とは、食事、トイレ、そして睡眠である。これらのバランスが取れて、初めて無難に生きるという日常生活が維持できるからである。
 食事については、幸い、適度な食欲は維持しており、また、食べることも、口の中に運んでもらう介護は不可欠だったが、それでもおいしく食事を楽しむことができた。硬いものは食べ難いが、それ以外は、苦手なものもなく、正常な食欲を意維持していた。また、飲むことも、粘調なものは、スプーンで口に入れて頂き、それ以外はストローで吸い上げて飲むことが可能だった。
 しかし、トイレは問題だった。これは、何もこの施設に移ってから問題になった訳ではない。自宅にいるときから便秘気味で、食物繊維であるファイバー製品を服用することで、何とか数日置きに通じを確保してきていた。しかし、こちらに移って、環境が変わり、生活リズムが変わったことで、どんな影響が出るかで心配していた。しかし、幸いなことに、二日目と五日目の昼間に最初と二回目の通じがあった。但し、いずれも、ちょうど夫が出向いて来てくれている時のことだった。そういう意味では、まだ、精神的な面で、この場の環境に馴染んでいないという不安があって、早く、こちらの介護士さんの介護で出来るようになりたいと思っている。時間の問題だと思うが、今後、しっかりと努力したいと思うのだった。
 さて、三番目の睡眠については、在宅時と同様で、夜中に目が覚めることが多く、その時に時計が見られる状態にセットされていないことから、何時だかが分からず、不安で熟睡が出来ずに朝を迎えることが何日かあった。しかし、、間もなく、夫がその対応を取ってくれることで、この不安は解消されることになる。(以下、明日に続く)

タグ : 北朝鮮 ニューヨークフィルハーモニー 石破茂 道路財源 卓球外交

437 ロス疑惑ファンタジー

 同じ課題を3日連続で取り上げるのは初めてだが、敢えて挑戦を試みる。
 ロス市警に逮捕後の報道内容を聞いていて、筆者の頭に浮かんだ一つの大胆なドラマを紹介してみたい。如何なものだろう。
 日本で無罪が確定し、すっかり安心しきっていた三浦元社長だったが、昨年末になってロスにいた実行犯から呼び出しを受ける。とりあえず、ロスに向かった三浦だったが、そこで彼らから、改めて更なる高額な報酬を要求される。しかし、三浦は「俺れにはもう無罪が確定しているから、そんな脅しに応じる必要はない。訴えるなら勝手に訴えればよい」と相手の要求を強く蹴って帰国した。これに憤然とした実行犯が、ロス市警に密告、告白したのである。今回の逮捕は、それに基づいたものというのが、筆者の勝手なファンタジーである。
 12月にロスに赴いた際には逮捕されていない訳で、その後に新たな展開があったと見るのが妥当だろう。そうだとしたら、新証拠としては、捜査技術革新で新たな物的証拠が確認されるに至ったと言うよりも、真犯人、実行犯が見つかったというのが有力だと考える。
 しかし、今朝のロス市警からの発表では、新しい証拠の有無については言及していないようで、このファンタジーは空振りに終わるかもしれない。果たして結果や如何に?

2.昨日の雅子(54)
 特に変わったこともない平穏な一日。担当頂いているヘルパーさん関係で、明日から、入浴時間が午後に変わる。 ところで、或る人のお話で、筆者が、雅子の部屋に詰めっぱなしなのが、いろんな意味で、良くないのではとの指摘があるので、一度、関係者に聞いてみたいと思っている。なお、先週までは、雅子がここでの生活に慣れるまでの期間ということで、午前、午後の2回訪問し、およそ4~5時間ぐらいは傍にいてやったが、先週半ばからは、いろんな事情もあって、午後の1回でMax3時間程度に減っている。

3.連載(402) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(28)
  第一章 入居生活の始まり (その28)

(2)定着への試行錯誤 (その12)
 さて、この施設での洗濯や掃除、ゴミ棄てなどの雑用であるが、これらは全てお任せである。介護士さんの判断で、タイムリーにしっかりと行なわれている。下着やセーターなどの衣服の洗濯も順次、必要に応じて行なわれている。自動乾燥なので、仕上がりは早い。
 そのことに関して、この日、介護士さんから、下着など洗濯の対象になるもの全てに、マジックで名前を書いて欲しいとの申し入れがあった。一考がそれを引き受けたが、物によっては、書くところを探すのが難しいものがあり、結構手間取った。
 お風呂は、週2回である。今まで、一考は3日に2日程度の頻度で入浴させていたので、少し少ない気がするが、それは、今までがサービス過剰であったと見るべきなのであろう。ここでのやり方に慣れていくことが大事だ。
 この一週間、一考は、このドリームスペースに午前、午後の2往復をしている。所要時間が15~20分なので、それほど苦ではない。とにかく、ここでの生活リズムに雅子がなれるまでは、可能な限り傍にいて、要求を聞いてあげたいと思っている。それでも、今までの全面介護に比べれば天国と地獄とでも言えるぐらい楽である。
 翌日の12月17日から、雅子のこの施設での二週目に入った。一考が9時過ぎに訪ねると、雅子は椅子に座ってテレビを見ていた。ちょうど、食事、お薬の服用、それにトイレが終わって一段落したタイミングだった。心配していたエアコンは正常に動いていた。後で聞いてみると、夕食後に応急処置が取られたようだった。
 この朝、一昨日に作り上げた年賀状を見せて、雅子の意見を確認した。差し出し先に何人かの追加要求があったが、他には、これといった注文はなく、そのままでいいということだった。
 年賀状だけではなく、今まで、自分でやっていた全てのことが、突然、何も出来なくなってしまった苦しみは、如何ばかりなものかと一考は、改めて気の毒に思うのだった。今まで一人で仕切ってきていた相坂家の家庭で、いよいよ子供たちも独立し、夫も帰って来てくれて、夫婦でのゆったりとした生活に、それなりの期待と夢があったはずだ。それが、無残にも裏切られて、こんな苦しい介護を受ける生活になってしまった現実に、絶望という言葉を懸命に脳裏の外に追いやりながら、必死に生きている雅子の健気さを思うと、居たたまれなくなるのだった。それだけに、少しでも、何か前向きな希望を与えてやりたいと、自らも可能な限り、介護に尽くそうと思うのだった。(以下、明日に続く)

タグ : ロス市警 三浦元社長

436 執念

 案の定、ロス疑惑、三浦和義元社長逮捕の話題が、昨日からメディアの目玉になっていて、早くも食傷気味である。
 筆者が昨日に続いて、この話題を取り上げたのは、27年もの歳月が経過しているのにも関わらず、新証拠を掴み逮捕に踏み切ったという、ロス市警執念に共鳴したからである。27年間で、どのような捜査が行なわれていたかは知らないが、自国で起きた事件解決への粘り強い執念に、自分が昨年に初めて出版した推理小説「執念」を思い出させてくれたからである。
 筆者の小説「執念」は、日本に折半出資で設立した子会社の経営権を巡って、米国親会社が30年もの長い時間を掛けて繰り広げた執念を核にしたものだ。そこには、会社設立時での日本政府の方針が、海外からの進出企業にマジョリティの出資を許可しなかったことから、親会社には、不満のままのスタートを強いられた事情があった。その後、時代の変化の中で、政府の方針も変わり、経営権奪取に向けた米国親会社の巧妙な戦略が展開される。増資、出向制度の廃止、コンピューターの統合などのタイムリーな戦術の積み重ねで、遂に、その目的を果たすのである。筆者は、30年と云う気の遠くなるような米国親会社の執拗な執念に感動して、それを推理小説に仕上げたのだった。
 今回の27年目の逮捕というロス市警の執拗な執念の捜査に、改めて、自分の書いた小説の狙いと同じ執念を見たようで、大きな共鳴を覚えたのである。さあ、どんな結末が用意されているのか、興味は尽きない。

2.昨日の雅子(53)
 幸いなことに、未明に通じがあったことで、今朝は気分がよさそうだった。ただ、見た目に少し痩せたのではと感じられるのが気にならないでもない。一昨日に、月一度の体重測定があって、その結果では、一月度に比べて少し減少したが、入居時の体重とほぼ同じ程度に戻ったということなので、気にすることもないのだが。

3.連載(401) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(27)
  第一章 入居生活の始まり (その27)

(2)定着への試行錯誤 (その11)
 入居して初めての日曜日を迎えていた。今日がちょうど一週間目になる。あっという間の一週間だったと言える。心配していたことも多くあったが、それらには、有無を言わさず、それなりの答えを出してくれていた。頭の中で、あれやこれやと悩んでいたことが、嘘のような時間の経過であった。
 この日は、すっきりしない曇り空で、寒さがとても厳しい日であった。
 9時過ぎに雅子の部屋に顔を出すと部屋が寒い。介護士さんに確認すると、エアコンの具合が悪いので、急遽、修理を依頼しているという。故障が長引く場合は、一時凌ぎに、空いている別の部屋に移動することも視野にいると言うことだったが、一考としては、なるべく慣れ始めたこの部屋でマネージして頂ける方がいいと伝えた。
 午後になって、実の兄夫婦が揃って初めて顔を出してくれた。事前の連絡がなくて、突然の顔出しだったことで、ちょうど、小用の時間にかぶり、暫くダイニングルームの大部屋で待ってもらうことになった。この辺り、お見舞いに来て下さる方には、なるべく、事前にご連絡を頂いた方がいいと思った。事前に分かっていれば、雅子の生活リズムを予め調整しておけるので、迷惑を掛けずに済むからだ。
 義姉の香子さんには、この施設への雅子の入居権確保に関しては、一方ならぬ力添えを頂いていたので、改めて御礼を申し上げた。何しろ、このドリームスペースへの入居に関しては、雅子の姉の伸子さんの入居で、矢面に立って尽力されたこともあって、関係者とも強いパイプが構築されていて、雅子の入居に関しても、大きな力となってもらっていたからである。
 いずれにしても、久し振りの兄妹の出会いに、雅子は嬉しかったのか涙していた。そう言えば、最近、雅子は事あるごとに涙が込み上げてくることが多い。こんな厄介な病気になったことで、悔しい一方で、親しい人たちから優しい言葉を掛けてもらうことで、感動してしまうのだろう。
 この日の帰り際、まだエアコンの修理の方は来ていなかった。介護の方に宜しくとお願いして、夕方にドリームスペースを後にした。(以下、明日に続く)

タグ : 三浦和義 執念 ロス市警

435 時効なし

 ロス疑惑で日本では無罪か確定していたあの三浦和義元社長が米国で逮捕された。「今更」という気持ちと「何故」という気持ちが入り混じり、何か古典を紐解くような感じである。
 日本の法律では「一事不再理」ということで、一旦無罪が確定すれば、再び罪に問われることはない。しかし、この事件は米国で起きた事件であって、捜査権は米国にあり、法律面では矛盾はしないようだ。何か新たな証拠でも出てきたのではと大いに注目される。
 筆者の無知を顧みずに言えば、米国では殺人事件に時効がないという事実に強い関心を持った。新たな事実や、新展開で事件の解明が可能となれば、幾ら時間が経過していたとしても、真実を明らかにすることに躊躇してはいけない。その人に罰を与えるかどうかは、別の議論だと思う。
 
2.昨日の雅子(52)
 通院日で、11時頃に施設を出て、醍醐にある吉田病院(仮称)で診察を受け、2時過ぎに戻った。診察は先の注射の結果の確認で、異常がなかったことで直ぐに終わった。天候の急変を心配していたが、風は相当に強かったが、無事に戻れてほっとした。そのほかでは、便秘気味を除いては、特に問題はなく、平穏。

3.連載(400) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(26)
  第一章 入居生活の始まり (その26)

(2)定着への試行錯誤 (その10)
 雅子のために、ベッドに寝たままでも見えるように時計をセットして一段落した時だった。テレビに目を遣った一考が、見覚えるある顔を捉えた。実によく似ていると思った。姉の久子の顔にである。雅子に確かめると、似てはいるが、久子ではないと言う。見た目に、歳を取り過ぎているというのだ。その時に、ちょうど、昼食の呼び出しがあって、雅子はそのまま部屋を出ていった。一考は、一人になって、暫く、じっと、その番組に見入っていた。
 番組は、NHK衛星第二放送の俳句王国である。これは、一考の十年来の好きな番組である。最近は裏番組に少し関心のある別の番組が出来たので、後半から見ることが多く、この日も、後半からチャネルを移したばかりだった。従って、出席者の紹介などは終わっていて、暫くは番組の進行を見守っていたが、司会の方が、滋賀県のXXさんと呼ぶのを聞いて、それが、まさしく姉の久子であることを確信した。
 一考は、この番組のレギュラーで司会のアシスタントをしている神野紗希さんのファンである。更に付け加えるなら、その前任者の、大高翔さんのファンでもあった。自分では、俳句は作れないが、他人の創った俳句を鑑賞するのは好きなのだ。二人のアシスタント達が、若さを発揮した、なかなか素敵な俳句を作るので、ずっと、その才能に惹かれていたのである。
 久子は母親の介護の合間をぬって、俳句に時間を割いていた。と云うよりは、母親が俳句をやっているのを見ていて、自分もやって見る気になったのだろう。久子は、定評のある奈良県在住の俳人T先生について勉強していた。そのT先生は、けっこう大胆な発想の俳句がお得意で、かつては、俳句王国の異色の主宰の一人でだったが、最近はお見かけしていない。
 2年ほど前に、久子がそのT先生から、この俳句王国への出演に推薦を受けていて、順番待ちにあるということは耳にしていた。しかし、その話がその後どうなったかは知らなかったが、ちょうど、雅子がこの施設に移る直前に、珍しく夫婦揃って一泊二日の旅行に出掛けたのである。しかし、その目的については全く聞いていなかった。
 この番組を見ながら、その久子夫妻の旅行は、まさしく、NHK松山放送局で行なわれた俳句王国への出演に他ならなかったと、一考は思うのだった。それにしても、水臭いと言うのが一考のその時の気持ちだった。
 その日の午後、家に帰って母親に確認すると、実はそうなのだと言う。ならば、どうして、それを教えてくれなかったのかと苦情を呈した。母親が言うには、我々がこのような病気で苦労しているのに、そんなところに出て楽しんでいるとは言えなかったというのだ。この辺りが、一考が嫌う相坂家の余計な気遣いなのだ。こんな大変な生活をしているからこそ、たまにはそんな楽しいお話のお裾分けぐらいしてくれたらいいのではないかと、久子にも強くクレームしたが、話が通じないのは残念だった。そんなことで、その日は、もやもやした気分の面白くない一日となった。
 それでも、この夜は、残っていた年賀状の宛名書きを雅子の分も含めて仕上げた。いつになつ慌しい年の瀬が迫ってきているという実感を覚えていた。なお、年賀状の内容では、雅子の施設への移動については触れず、二人で頑張って闘ってゆくことを書くに止めた。(以下、明日に続く) 

タグ : 三浦和義 ロス疑惑

434 そこのけ、そこのけ論

 先のイージス艦事件で、その原因についての解明が行なわれているが、「あたご」があたかもそこのけ、そこのけの傲慢さで自動操舵して直進していたことが指摘されている。報道によれば、今までも、こういうケースでは、多くの場合には、小さな漁船の方が避けて事故を免れていたようだ。
 海上での国際ルールで、前方に船を見つけた場合は、それに従って、どちらかに舵を切ることになっているようだが、これは、1対1の場合はそれでいいと思われるが、今回の場合、イージス艦から見れば、1対多数の場合となり、どっちに避けていいのか分からなくなるのではないか。それぞれの船に細かく、対応しようとすれば蛇行することになり、より危険なように思えるのだが。いずれにしても、漫然と自動操舵していたと言うのは許されないだろう。
 同じように、「そこのけ、そこのけ」という具合にいかなかったのが、昨日行なわれたテニスの錦織圭君で、さすがに世界ランキング6位のロディック選手にはかなわなかったようだ。また、ゴルフの上田桃子も昨日の初日は足踏みだった。天才と言えども、何事も、そんなに直線的に勝てるものではないだろう。足踏みが彼らを強くするステップであると思う。頑張ってほしい。

2.昨日の雅子(51)
 食欲は普通のようだが、硬いものは食べ難いということで、昼食と夕食では残すことがままあるという。確かに、硬いものは、例えば、チョコボールのようなものを口に入れると食べられなくてそれを取り出すのに大騒ぎとなることは経験済みだ。
 午前中はお風呂。午後には霧子姉さんが顔を出してくれた。久し振りの顔合わせに、雅子も嬉しそうだった。筆者は所用があったので、お姉さんに任せて2時半頃には施設を出た。便秘気味なのが心配。

3.連載(399) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(25)
  第一章 入居生活の始まり (その25)

(2)定着への試行錯誤 (その9)
 市役所のアドバイスで、無償で借りて来た車椅子をドリームスペースに運び込んだ翌日だった。介護用品を扱ってくれている亀井さんから、市役所から車椅子購入の承認が下りるまで、今の車椅子を無償でお貸しすることが出来るようになったとの連絡があった。市役所で借りて来たものが大きくて扱い難くかったので、それは有難いとお願いすることにし、借りて来た車椅子は、市役所にはお返しすることにした。何だか、車椅子に翻弄されて、バタバタさせられた数日だったが、結果が「良」で、気分は悪くなかった。
 この日、銃乱射事件が起きて二人の犠牲者が出た。理不尽な犠牲者を気の毒に思い憤慨していたが、後になって、片思いのストーカーによる事件だと分かり、「死」と云うものが軽々に扱われていることに、憮然とするのだった。自分達が難病と闘って懸命に生きているだけに、命をもっと大事するべきだと強く思うのだった。
 翌日は、入居してちょうど一週間目だった。雅子が困っているのが、夜中に目が覚めた時に、「今何時なのか」が分からなく、不安な時間を過ごすことだった。そこで、その不安を解消するために、ベッドに寝ていても見えるよな弌に時計を設置してやった。その場合、暗くても文字盤が見えるようにライトアップすることも必要だった。厄介だったのは、この建物の壁に傷をつけないようにしなくてはならず、少々工夫を必要としたが、小さな金具と、首の曲がる小さな電灯を用意し、何とか、雅子の要望に応えて、雅子の不安を一つ取り除くことが出来た。
 なお、この日の朝の起床時に、ベッドとその横の金具の間に足を挟んでしまっていて、皮膚がすりむける小さなアクシデントがあった。幸い、大事に至っていなかったので、再発防止に工夫をして貰うことになった。
 ところで、この日、一考が滞在している時間帯に雅子の「通じ」があった。これが施設に移って2回目の「通じ」なのだが、いずれも、一考が対応することになった。やはり、この種のことには慣れるまでに時間が掛かるのだろうと思いながら、焦ることはないが、なるだけ早く、この新しい環境に慣れて、介護士さんのお世話に慣れるようになって欲しいと思うのだった。
 なお、この日には、一考にとっては、もう一つ面白くない出来事があった。(以下、明日に続く)

タグ : イージス艦 あたご 錦織圭 ロディックス

433 苛々解消はスポーツ情報

 久し振りに国会中継を見ていた。予算委員会での道路特定財源を巡る議論である。民主党の岡田克也馬渕澄夫武正公一らの主砲が相次いで質問に立った。ポイントの一つは、輸送量の需要予測に使われているデータに、どうして最新のものを使わないかという点だ。政府の答弁は冬柴鉄蔵国交大臣、福田総理のいずれもが、ポイントを外した同じ答弁の繰り返しでかみ合わない。聞いていても腹が立ってくる。
 イージス艦事故でも、ギョーザ事件でも、かみ合わないやり取りが多く、国民の苛々は募るばかりだ。
 そんなイライラをすっきりさせてくれるのがスポーツで、今朝もLPGAで日本の女子ゴルファーは頑張っていて、古閑美保が-4でトップタイ、佐伯三貴が首位と一打差 飯島あかねが2打差である(朝、7時55分現在)。期待の上田桃子は、+2と出遅れていたが、その後2連続バーディで追い上げムードにある。一方、テニス王子の錦織圭は、サンノゼ(米カリフォルニア州)で行われたSAPオープンのシングルス1回戦で、格上のディエゴ・ハートフィールド(アルゼンチン)に7-5、6-3で粘り勝ちし、21日(日本時間、今日の午後)の2回戦は世界ランキング6位で第1シードのアンディ・ロディック(米国)に挑戦する。楽しみである。

2.昨日の雅子(50)
 生活のリズムがすっかり身についたようだ。7時頃起床、夜は9時就寝である。在宅時代の9時以降のテレビにも今は目をつぶる。 更新された介護保険証が届く。「要介護4」は変わらず。

3.連載(398) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(24)
  第一章 入居生活の始まり (その24)

(2)定着への試行錯誤 (その8)
 この日は、無知が生んだみっともない失敗のエピソードを作ってしまった。気を利かせたのつもりが、間の抜けた笑うに笑えない早とちりをしでかしてしまったのである。
 朝の訪問時のことだった。一考が雅子の部屋に入ると、食堂にあるのとよく似た椅子が一つベッドの脇に置かれていた。誰かが来て椅子が必要になり、その時に、食堂から運び込んだものだろうと思った一考は、気を利かせて元に返しておこうと、その椅子を引きずりながら食堂に運んで、他の椅子の横に並べておいた。
 暫くして、雅子が小用をもよおしたというので、介護士さんを呼びに行ったのだが、入って来られた介護士さんが、部屋を見回してきょろきょろしていた。何事だろうと様子を窺っている一考に、彼女が話し掛けて来た。
 「ここに置いてました簡易トイレは、どうされました?」雅子をかわいがってくれている中年の優しい介護士さんだ。
 「簡易トイレですか? さあ?」一考は何のことか分からず、曖昧な返事をした。言っている意味が分からなかったからである。
 「先ほどまでありましたが? 外にでもお出しになりました?」介護士さんは、怪訝そうに一考を見ている。
 「はあ、知りませんが? そこにあった椅子なら、元へ戻して置きましたが?」念のため一考が確認した。
 「それなんですよ。ちょっと見は椅子ですが、椅子じゃありません。それが簡易トイレなんです」介護士さんは苦笑しながら一考に視線を送った
 「ああ、そうなんですか。あの椅子が、椅子だと思ったものですから、もう必要がないと思いましたので、食堂に戻したのです」悪さをした少年のように、照れ臭そうに一考はしどろもどろになってそう答えた。なるほど、椅子に見えるから部屋に置いても違和感がない。一考は、恰もマジックに引っかかったような気分だった。
 「椅子に似せてあるところが味噌なんです。椅子の顔をした簡易トイレです」介護士さんは笑いながら一考の顔を見た。
 「一本やられました。てっきり、普通の椅子だと思っていました。直ぐに取って参ります」一考は、慌ててその椅子を取りに食堂に戻った。それにしても、まさか、それが簡易トイレとは思ってもみなかった。食堂に戻していたところが、更なる余計なことだった。
 朝から飛んだ笑い話を提供してしまったことに、一考は苦笑していた。(以下、明日に続く)

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432 矢内女流名人3連覇

 イージス艦事故、ギョーザ事件の続報がメディアを席巻、しかし、謎は解明されない苛々が続く一方で、日用品がじりじりと値上がりしているようだ。家計に厳しさが増す訳で、世の中、面白くないことが一杯だ。
 そんな中で、趣味の世界の話題だが、昨日行なわれた将棋女流名人戦第3局で、矢内理絵子女流名人が、挑戦者の斉田晴子四段を3タテで破って3期連続の女流名人位を確保した。このところの矢内の将棋は、その強さが目立っていて、今までの清水市代中井広恵、そして斉田晴子の3人時代を完全に塗り替えたようである。
 筆者は、大分前から矢内理絵子のファンで、数年前に東京に居るとき、或る棋戦の解説会で、色紙にサインをもらっている。彼女が書いてくれた言葉が「慧眼」で文字どおりの素敵な女性である。知的で美人、筆者の好みの典型だ。是非、清水市代の持つ5期連続、9期名人の記録を塗り替えて欲しいと期待している。

2.昨日の雅子 (49)
 4日ぶりに午前、午後の2回訪問した。淡々とした一日で、平穏。しかし、言葉の分かり難くさは相変わらずで大変。一階のロビーの奥に、数日前からお雛様が飾られている。季節感が味わえる施設の配慮だ。雅子も、一昨日の入浴時に気がついていたようだ。春近し されど心は いつも冬。

3.連載(397) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(23)
  第一章 入居生活の始まり (その23)

(2)定着への試行錯誤 (その7)
 この入浴時に気づいたのだが、雅子のお尻の尾てい骨辺りが少し腫れていた。そういえば、在宅で一考が介護していた際にも、何回か赤くなっていたことがあったことを思い出していた。その時には、座っている時間が長いだけに、どうしてもそれは避けられず、そんなに気にすることはないと単純に受け取っていた。今回も、そういうことで大したことはないだろうと、それほど気にしていなかった。
 この日、たまたま、災害時を想定した通信機器の確認テストが行われていた。一考は、そのことで、このビルの危機管理がどうなっているのかに興味を持った。エレベーターや非常口が暗証番号でロックされているので、そういう際には、どんな対応になるのかが知りたかった。
 そこで、早速、係長の桜井さんにそのことを確認すると、いつの場合もそうだが、必ず誰かがいることになっていて、その人が誘導することになっているという。またロックは、そういう非常の際には、外されることになっているとの説明だった。この辺りは、一度、訓練が行なわれる際に参加して、体験しておくことが大事だと思うのだった。
 この日の夜、霧子さんから、雅子の様子を確認する電話があった。雅子は、頑張って、一日も早くこの施設の生活に慣れようと努力していること、また、初めて入浴したことなどを報告し、特に、問題がないので心配は要らないと伝え、更には、伸子さんがよく顔を見せてくれることを付け加えて安心してもらった。
 翌朝、五日目の朝、一考が施設に顔を出すと、雅子がお尻が痛いという。前日、一考が帰った後に、痛くなったので、介護士さんの機転で、ナースに看てもらったようだ。ナースの話では、特に問題はなさそうで、少し、横になる時間を増やす方がいいだろうというサジェスチョンだった。しかし、その部分が今朝になっても少し痛むと言うのだ。そこで、一考は、改めて、介護士さんにナースに見てもらうようにお願いした。
 その結果、具体的に、今日から、昼間に少し横になる時間をとって、様子をみることになった。いずれにしても、こういうちょっとした困った場合に、在宅時と違って、直ぐにナースや医者のチェックのサービスを受けられる訳で、一考は、こういう緊急時に、速やかな対応が可能なことで、その有難さを実感するのだった。(以下、明日に続く)

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431 イージス艦事故

 痛ましい事故がまた起きた。イージス艦「あたご」の犠牲となった二人の親子はまだ行方不明だ。ハイテクの目に盲点があったと思われるが、これは許されないことだ。許されないといえば、この事故での連絡の不備が露呈され、危機管理面でも批判が噴出している。国全体が何か「箍(たが)」が緩んでいるのでは、とさえ思わせる事故である。
 「箍」と言えば、フィディカル・カストロ(81歳)は、言わば、キューバの「箍」だった。半世紀もの長い時代の指揮を執ってきていたが、遂に引退する。弟のラウル・カストロ(76歳)が軸になるようだが、独裁国家は、今後どんな変化を見せるのだろうか。

2.昨日の雅子(48)
 少し、顔が小さくなったような気がするが、いつもとほとんど変わらない雅子だった。言葉は相変わらず不鮮明で、コミニケーションには苦労している。通じは、彼女には大仕事で、この日も頑張っていた。筆者の訪問は、久し振りの二日酔いで一回だけだった。

3.連載(396) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(22)
  第一章 入居生活の始まり (その22)

(2)定着への試行錯誤 (その6)
 車椅子に関して意外な展開があった入居三日目には、世間の話題でも意外な展開があった。
 タレント弁護士の橋下徹氏が大阪府知事選挙に出馬を発表したのである。前日まで、5万パーセントないと否定していただけに、意外な発表だった。
 本人が決断できた背景に、自分が出演していたテレビ番組の仲間からの後押しだったという。特に、関西では人気の高い、やしきたかじん氏が、「今しかない、行け。番組のことは全て自分が責任を持つ」と言って励ましてくれたと言う台詞が、何故か強く一考の胸を打った。男が自分の意志を決定するに、熱い後押しは心強いものである。そういえば、この施設への入居の決断に関しては、雅子のお二人のお姉さんの強い薦めがあったことを思い出す。
 さて、翌日の4日目の12月13日の午前中は、初めてのお風呂の日であった。通常は、他の人も一緒に入るので、立会いは許されないのだが、この日は特別の計らいで、一考が立ち会うことができたのである。どんな具合に入れてもらえるのか、一考は一度見ておきたいと思っていたので、その配慮に感謝するのだった。
 お風呂は、同じフロアの4階にもあるが、それは一人風呂である。この日は一階にある大部屋でのお風呂に入ることになった。
 この大風呂の特徴は、車椅子に座ったまま湯船に入れることだ。しかし、そうは言っても、湯量との関係で、中に入ってから、車椅子を降りて、壁に沿って作られている段が長椅子になっていて、そこに腰掛けて座る。その方が、身体がお湯の中に深く浸かることができるからだ。このために、車椅子からの乗り降りが必要となるが、お湯の中での作業なので、アルキメデスの原理で、介護の力仕事は多少は軽減される。しかし、逆に、身体のバランスを保つのに別の注意が必要となるので気遣いは大変だ。
 具体的には、二人の方に介護して頂いたが、一人は、お姉さんタイプの頼りがいのある杉田さん、もう一人は、奈良主任(男性)が自らが陣頭でお出まし頂いた。男性の登板に、最初は、「あれっ」と思ったが、安全を期しての対応だろうと受け取った。雅子も、特に不満の様子もなく、そのまま介護の流れに身を任せていた。事前に暖房してある浴室で、脱衣、洗いなどは、杉田さんが丁寧にやってくれた。奈良さんは、少し離れた位置から必要に応じて手伝うような対応だった。(以下、明日に続く)

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430 テニス界に新星

 日曜日の東京マラソンで藤原新という新星が現れて、マスコミを賑わせたが、昨日は、テニス界にも錦織圭という18歳の新星が颯爽と登場した。ツアー参戦、六戦目での初勝利で、日本人では松岡修造氏以来16年ぶり二人目だという。
 「栴檀は双葉より芳し」で、小学校5年生のときに、松岡修造氏が行なったキャンプで、その才能を認めた同氏が、厳しく鍛えたという。
 天才と呼ばれた人たちでも、表に出てくるまでには大変な努力が世の常で、この錦織圭君の場合も、米国留学など、その環境を提供した家族、先輩などの協力は欠かせなかったはずだ。一層の修行を重ね、もっと大きな星を狙って欲しい。これからが楽しみな「テニス王子」だ。

2.昨日の雅子(47)
 市役所に提出する車椅子購入申請に必要な資料作成のために、介護用具業者の亀井(仮名)さんに来て頂いて、足の長さなどのデータ取りを行なって頂いた。在宅介護時には幾度も足を運んでもらっていたが、久し振りの顔合わせだった。雅子の症状を見て、どう感じられたか、別途お聞きしたいと思っている。総じて、平穏な一日。

3.連載(395) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(21)
  第一章 入居生活の始まり (その21)

(2)定着への試行錯誤 (その5)
 借りて来た車椅子は少し大きめで扱い難かった。車の後部にも乗らないので、後部座席のところに乗せて運ぶしかなかった。今後の使用に当たっても、少し扱い難さが予測されたが、無償での借り物だけに、文句は言えなかった。施設に持ち込んで、取り敢えずは、それを部屋の隅に置いてから、一考は雅子にその一部始終を話して聞かせた。雅子も、「いろいろあるのね。でも、良かったじゃないの?」といった感覚で捉えてくれて、一考の話に共鳴しているようだった。
 この日は、それとは別に、台所の流しの上に棚を作りたいということで、自宅で使わずに置いてあった金具の組み立て棚を持ち込んで、それを手早く流しの上に組み立てた。こうすることで、この狭いスペースを立体的に使うことが出来る。組み立て家具は、前にも紹介したが、今では一考の趣味になっていて、この部屋に持ち込んでいるキャスター付きの小さな丸いテーブルもその一つである。自宅にも様々な組み立て家具があって大いに活用している。組み直しが利くので扱い易い。もともと東京時代に、狭いマンション生活を有効にそのスペースを活用するために始めたが、それが高じて、投資額もバカにならない額になってしまっている。その一方で、関西では、その販売店が限られていて、唯一扱っていた京都の蛸薬師にあるロフトだったが、最近になって、その販売スペースがぐっと小さくなってしまっているのが気になる。
 さて、その棚の設置を終えると、京都の吉田病院に向かった。、障害者手帳の更新に必要な医師の診断書を作成を申請するためである。この辺りの一考の行動は、電光石火とは言わないまでも、手早い行動だった。しかし、心配は、春日先生が超多忙であって、タイミングよく作成願えるかどうかだった。
 その後、再びドリームスペースに戻ったのだが、桜井係長から、この楽裕館の入口のドアロックの時間の件で話を頂戴したのは、この時だった。初めてお会いした時からそうだったが、桜井係長は、知的な魅力に満ちた方で、顔を合わすだけで、年甲斐もなく、妙に緊張する自分がおかしかった。
 この日で、この施設での生活が三日目の雅子だが、幸い、何とか新しい生活スタイルに馴染もうと健気に頑張っているのを見届けて、一考も、ほっとして帰宅するのだった。(以下、明日に続く)

タグ : 藤原新 錦織圭 松岡修造

429 スポーツ満載の日曜日

 東京マラソンは3万2千人が疾走、昨年は雨で寒かったのを思い出すが、今年はその意味では好天で盛り上がったようだ。北京への新星、藤原新選手が2位に入ったのは大きな収穫だった。
 何よりも、興奮したのはLPGAの上田桃子選手の健闘だった。日本時間の朝6時ごろから始まったインターネットのスコアー速報に、筆者は首っ引きだった。一時はトップタイに並び、あわやと思わせたが、最後は力尽きたようだった。それでも、アニカソレンタムと優勝を争った実績は大きい。今年は期待が持てるLPGAだ。そのため、雅子のいる施設への午前中の訪問はできなくなり、午後一回になってしまった。
 サッカ-も熱戦だったが、北朝鮮にリードされていたのを同点に追いついて、負けなかったのは幸いだった。岡田ジャパンもそんなに容易でない戦いが続くだろう。
 男子ハンドボールのアジア大会ではサウジアラビアと対戦したが、一時の7点差を粘って引き分けに持ち込んだのは大健闘と言えるのだろう。
 そんな楽しいスポーツの世界とは別に、コソボセルビアからの独立を宣言、世界が注目している。かつてのソビエト連邦やユーゴスラビア連邦は見る影もないが、そこからは多くの国が独立した。民族の独立は自然な流れである。しかし、セルビア、ロシアからの経済制裁などの虐めが予測されていて、コソボの独立も多難である。果たして、世界はどう動くか、注目してゆきたい。

2.昨日の雅子 (46)
 コンピューターに取り付かれていて、朝の訪問をキャンセルしたが、雅子からは大きなクレームはなかった。友人から、差し上げた年賀状が切手シートに当たっていという嬉しいお葉書を紹介した。なお、この日から、拙作「執念」を少しずつ読んで聞かせることにした。考えてみると、雅子には、読む機会がないまま、病気が悪化していたからである。読み始めて気づいたのが、何と、読み難い文章だということである。

3.連載(394) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(20)
  第一章 入居生活の始まり (その20)

(2)定着への試行錯誤 (その4)
 入居三日目、一考は、朝から多忙なスケジュールをこなしていた。まず、朝一番に市役所の障害福祉課を訪ね、前日に電話で確認した車椅子購入に関するサポートの内容について、具体的な規定や手続き方法を確認した。
 それによると、現在持っている障害者手帳は2級であっても、中身の詳細内容で4級の部分があり、そのままでは車椅子購入のサポートは得られないという。そのためには、今一度更新申請をし直す必要があると言う。今の身障者手帳は、もう一年半前に作成された医師の診断書がベースになっている。雅子の症状は、この1年半で、驚くようなペースで悪化が進んでいだ。そういう意味では、更新の手続きは、車椅子のことを別にしても行なわねばならないことだと一考は思うのだった。
 思い付いたが吉日ではないが、一考は、その場で更新手続きに必要な書類をもらい、改めて、吉田病院の春日医師に診断書の作成を依頼することにした。しかし、障害程度が再認定されるまでに数ヶ月は掛かる。そこで、気になるのが、その間の車椅子なのだが、どうすればいいかとアドバイスを求めたところ、無料での貸し出しサービスがあるというのである。
 一考は「なあ~んだ」と思った。介護用品を扱っている亀井さんの話では、一ヶ月のリースは7000円だと言うことだった。セカンドオピニオンではないが、何事も、別の角度から確認することの必要性を思うのだった。情報内容が大きく違っていたことで、少し違和感を覚えた一考だったが、無償で借りられることが分かったので、その足で借りる手続きを行なおうと、教えてもらった滋賀支所に直行し、その場で車椅子を借りたのである。借用期間はとりあえず一ヶ月だが、その都度更新が可能だという。知らないと損をする典型事例だ。一考の心境はは複雑だったが、望外の好展開に、気分も一気に好転、借りた車椅子を車に乗せて、勇躍としてドリームスペースに凱旋した。
 一考の興奮は続いていた。大袈裟に言えば、地獄から天国への国替えを受けたような高揚した気分だった。高額な車椅子を買わなければならない覚悟していたのが、ドリームスペースのケアマネージャーの竹中さんの一言から、9割サポートが得られる可能性が確認され、しかも、その準備期間のリースが無料で可能だと知ると同時に、直ぐにそれが借りられたという急転した事実への興奮だった。知らなければ、黙って十数万円を支払っていたことになる訳だから、その興奮は、同時に、その情報の偏在への怒りへの興奮でもあった。一考は、恰も、何か、きつねに騙されたような気分で雅子の部屋に戻った。(以下、明日に続く。)

タグ : 東京マラソン 藤原新 コソボ セルビア

428 東芝2連敗

 DVDの方式で東芝陣営がHD-DVDから撤退するようだ。ソニー、松下陣営のブルーレイ方式の勝利だという。VTRの時と同じように、技術の良し悪しではなく、市場での勝負が世界基準を決めたことになる。
 1980年頃に起きた、VTRの方式では、VHSかベータかで同様の戦いが展開され、最終的にはVHS陣営が、ソニー、東芝のベータ陣営を圧倒した記憶が甦る。その結果で、敗れた東芝がソニーと一線を画したのだが、皮肉にも再び、東芝はまた敗れるという苦い結果に甘んじることになった。歴史は繰り返す。
 戦いと言えばスポーツの世界では、女子のアスリート達が世界の舞台で頑張っていて、輝かしい成績を残している。スキーのワールドカップでモーグルの上村愛子選手が優勝、フィギュアでは浅田真央選手が四大陸大会で優勝、そして、目下LPGAの第一戦で、日本の賞金王、上田桃子選手が優勝戦線上で奮闘中である。あと数時間後に結果が出るが、果たしてどうなるか。はらはらとしながらスコアー速報を見入っている。頑張れ、桃子。(7時50分現在、8番まで全てパーで収めていて、首位と2打差につけている)

2.昨日の雅子」(45)
 午後に訪問した時に、雅子が何かを要求して来たのだが、言葉が不鮮明でその意味がつかめず四苦八苦すること30分以上。最初の言葉が「ね」だと分かり、次が「る」と云うので、「寝たいのかい?」と聞くと「違う」と否定。その後、すったもんだの挙句「ざぶとん」という言葉が判明、結局「寝る時に、足のふくらはぎのところに座布団を折り曲げて入れて欲しい」ということが分かった。直ちに、それを試してみると、まだ何かを訴えている。改めて、頑張って、その解読に務めた結果、「座布団は折り曲げない方がいい」ということで、一件落着。コミニケーションにも骨が折れる今日この頃である。

3.連載(393) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(19)
  第一章 入居生活の始まり (その19)

(2)定着への試行錯誤 (その3)
 一考の頭の中のもやもやの行き着く先は、究極的には、縦割り行政の弊害であった。市役所の中にも介護保険を扱う介護福祉課と障害者手帳を扱う障害福祉課の二本立てになっていて、原則的には介護保険が優先的に適用されることになっている。今回の場合は、在宅介護の状況から、施設に移ったことで介護保険が適用されない状況に変わった。その結果、初めて障害者手帳によるサポートの対象になったのだが、そのことに対する適格なアドバイスが得られなかったのである。悪気があった訳ということではなく、その種の総合的な知見が偏在していたことによるものだった。
 介護用具を扱っている亀井さんも、多少の知見は持っておられたものの、それが完全なものでなかったと言えよう。加えて、多忙な毎日の仕事の中で、つい、そのことが失念されていたのだろうと一考は解釈した。
 また、カインドサービス24のケアマネージャーの深田さんに至っては、施設に移る前日になって、車椅子のことを心配して頂き、直前まで、自分のところにある車椅子を貸してあげましょうとまで申し出て頂いた訳で、明らかに、この種の情報の偏在を意味していたと思われる。そう考えることで、一考のもやもやも雲散霧消して行くのだった。いずれにしても、土壇場のところで、幸せに巡り会った訳であり、一考は、大きな不幸の中での小さな幸せを意識したのである。
 その日は、雅子が夕食を終えて、パジャマに着替えたのを見届けて帰宅したのだが、時刻は8時を過ぎていたために、玄関ドアがロックされていて出られなかった。生憎、その辺りには従業員の人影もなく、仕方なく、もう一度、4階に戻って、残っておられた介護士さんに下まで送って来てもらって、何とか外に出ることが出来た。結果的には、4階の介護士さんには、余計なご迷惑を掛けることになったのは申し訳なかった。
 このことで、その施設の従業員の勤務時間、ローテーションのことを知っておく必要があると気づいたのである。しかし、その全貌を知るのは、もっと先になってからになるのだが、とりあえずは、受付の方が勤務を終て帰えられるのが午後の7時で、その時点で入口のドアがロックされるということを知った。従って、特別の事情がない限り、なるべく午後7時までには帰るようにした方がいいと理解した。
 このことのについては、翌日、一考がドリームスペースに顔を出した際に、介護の責任者の桜井係長からも、そのような主旨の要請を頂戴した。昨日の今日というタイムリーな桜井係長からの要請に、介護部内の情報の連携の良さを知り、「なかなかやるじゃない」と感心すると同時に「これだけ緊密な情報管理が行なわれているなら大丈夫だ」との安堵を覚えたのである。それというのも、介護の仕事は、多くの方々のチームで運営されていて、チーム内での情報の共有、密なる連携は欠く事のできない重要な機能だと考えていたからである。その点で、チーム桜井には、信頼すべき見るべきものが構築されていると思うのだった。(以下、明日に続く) 

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427 桃子大健闘

 2008年度の米女子ゴルフツアーが始まった。期待の上田桃子が大健闘で、二日目に入っていて、今現在(日本時間、7時現在)首位と2打差の7位タイである。バーディーが既に6つ出ていて調子がいいようだ。今年から世界に挑戦するということで、大いに期待していたが、初っ端からこの出足は、予想外の頑張りだ。ファンとしても嬉しい。特に、先輩の宮里藍が低迷しているだけに、桃子は大いに光っている。何とか、明日の優勝争いに加わって欲しい。
 彼女の魅力は、宮里藍選手と違って、意欲を前に出しながらも、低姿勢、謙虚さが見え隠れするところである。その姿勢を大事にして欲しい。
 フィギュアでは、四大陸大会が行なわれていて、男子では、高橋大輔が堂々の優勝を果たしたが、期待の女子では、明日のフりーを残しているが、浅田真央安藤美姫が、目下、上位の1位、2位を占めている。このまま、二人が金、銀を独占してほしい。
 この種の明るいニュースは国民を楽しくし、勇気付けてくれるのだが、その一方では、ギョーザ事件は、中国食品への不安感を増幅しているし、沖縄での少女暴行事件や米国での銃乱射事件は、「またか」の恐怖を呼び起こしている。歴史は繰り返すというが、この種の事件の繰り返しは、まっぴらだ。そうはいっても、また起きる可能性は高い。やはり、自己防衛しかないのかもしれない。

2.昨日の雅子 (44)
 お風呂の日。午後に訪問した際は、少し疲れたのか、ベッドで横になっていた。単調な日々の繰り返しの中に、小さな幸せを求めて、介護士さんたちの優しさに支えられて、毎日を精一杯生きている。

3.連載(392) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(178
  第一章 入居生活の始まり (その18)

(2)定着への試行錯誤 (その2)
 雅子の部屋に戻って気づいたのだが。雅子の話す言葉が、朝に比べてかなり鮮明なのだ。いつもなら、午後になると不鮮明になるのに、この日は逆だった。結構なことだと思いながら一息つく。それから間もなくだった。雅子が、トイレをしたいと要求した。そう言えば、昨日からまだ通じはない。そろそろというタイミングである。見慣れた一考の顔を見て、精神的に安心した面があったのだろう。その辺りを汲み取って、とりあえず、介護士さんには言わずに、二日ぶりに、一考が従来の方法で介護を施した。この時点では、一考にもまだ余力が残っていたと言える。それがよかったかどうかは別として、この施設に来て初めての通じがあった。一考も、その結果にほっとした。
 3時過ぎから、ケアマネージャーの竹中さんと契約に関する関連書類の手続きについての打ち合わせを持った。既に、契約に関しては全てが終わっていると思っていただけに、意外だったが、まだ残っていたのである。それらは、「利用契約書」や「夜間の介護体制及び重度化した場合の対応に係る指針」に対する同意書だった。
 この話を進めている時だった。話がたまたま介護サービスの話になった時、一考が車椅子の話を持ち出したのだが、それを聞いた竹中さんが、身障者手帳による障害者サービスを受けられるのではと示唆してくれた。ちょうど、数時間前に止むを得ず車椅子を発注したという話にだっただけに、貴重なタイミングでのアドバイスだった。
 世の中、ひょんなことで思わぬラッキーな情報にありつくものだと一考は少々興奮していた。大きな不幸の中で小さな幸せを感じるひと時だった。
 早速、一考は市役所に電話を入れて、その実情を確認した。すると、確かにその可能性があるという、直ちに、介護用品業者の亀井さんに連絡し、少し前に注文した車椅子の正式発注を保留にしてもらうよう申し入れた。
 亀井さんの話では、障害者手帳でのそんなサポートがあることは知らない訳でもなかったが、それは、その手帳の内容で適用を受けられる場合とそうでない場合があると言うことだった。亀井さんは、自分サイドでも分かるかも知れないので、今の身障者手帳のコピーをファックスして欲しいという。
 一考は、帰宅後、直ちにファックスを送信したが、何故が、一考の頭の中には、言葉にならない不満がもやもやが充満し始める一方で、いろんな人から知見を求める大切さを思うのだった。(以下、明日に続く)

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426 魚鱗癬

 魚鱗癬(ぎょりんせん)という難病の特集が、昨夜の日本テレビNEWS ZERO放映されていた。10万人に1人という難病だそうである。
 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によれば、皮膚病の1つ。魚の鱗のように皮膚の表面が硬くなり剥がれ落ちる病気。夏は特に体温調節が難しく、根本的な治療法はまだ見つかっていない。国の小児慢性特定疾患研究事業に認定されている(18歳未満(治療継続の場合20歳)まで医療費補助を受けることが出来る。決して人にうつるものではないが、見た目が強い症状であるため、差別・偏見の問題がある。
 放送では、具体的に、福岡県の梅本遼君の頑張りを紹介していた。めげずに元気に一生懸命生きている映像に胸を痛めた。目下、署名を集めて難病指定の認定を受けようと家族一丸で取り組んでいる。
 筆者の妻が難病であるだけに、この種のニュースには敏感で、今までにも、繊維筋痛症(07-02-06)、ALS(07-07-07)、多系統萎縮症(374)の事例を取り上げた。世の中には、この種の難病で苦しんで頑張っている人を知るだけで、こちらも頑張らねばとの思いも強くなる。また逆に、今まで、何事もなく正常に生きてこられていることにも感謝の気持ちでいっぱいになるのである。

2.昨日の雅子(43)
 午前中に、週一回の専属医師の訪問による問診を受けた。この制度は安心できるから大変有難い。特に、問題になることはなかったようだ。友人からの贈り物をもらって嬉しそうだった。

3.連載(391) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(17)
  第一章 入居生活の始まり (その17)

(2)定着への試行錯誤 (その1)
 翌朝、一考は、いつものように6時過ぎに起きた。午前中に、家具屋さんが椅子を搬入してくれることになっている。
 それよりも、何よりも、雅子がドリームスペースでの初めての夜をどのように過ごしたかが心配であったので、急いで出掛ける準備に取り掛かった。ナイフ、フォーク、スプーン、コーヒーミルク、砂糖などの今日、持ち込むべき小物をかき集めた。それを手早く終えると、一考は、ドリームスペースに急いだ。
 ドリームスペースには、8時半過ぎに到着した。玄関のドアはまだロックされたままだった。どうやら、9時から開くことになっているようだ。とりあえず連絡電話で開けてもらった。
 急いで雅子の部屋に向かう。部屋のドアが開いていて、雅子が車椅子に座っている姿をみて、先ずはほっとした。声を掛けるといつもと変わらないような様子だったので、改めてほっとするのだった。昨夜は、さすがに疲れていたことで、熟睡できたようだった。
 専用椅子は、予定通り11時頃に到着した。それは、一考が慎重に選んだもので、自宅にある電気マッサージチェアほどではないが、クッションは、充分に効いていて、お尻が痛くなり難いタイプである。早速、雅子がそれに座ってみる。どうやら具合は、まずまずのようで、一考は取り敢えずは、「よし、よし」と頷いて一息ついた。
 椅子が無難に使えそうだということを見届けて、一考は差し当たって必要なものの買い物に出た。近くのアヤハやジャスコで雑貨類の購入である。
 買い物を終えて、一旦、家に戻ると、姉の久子が母親を連れて近くの外科病院に出掛けるところだった。足を痛めたらしい。何やかやで母親はしょっちゅう病院通いで、久子もその応接に大変なようだが、手出しができる余裕もないし、させてもくれない。母親一辺倒の久子なのだ。それが生きがいなのかもしれない。
 簡単な昼食を手早く終えたタイミングで、介護用具業者の亀井さんから電話があっった。お願いしていた車椅子の正式発注を終えたという連絡だった。値引きしてもらっても十数万円だというので二の足を踏んでいたが、買わざるを得ないから仕方なく、了解して再びドリームスペースに向かった。
 しかし、この車椅子の話は、その後、思わぬラッキーな展開を見せることになる。ドリームスペースに戻って、ケアーマネージャーさんと契約関連の話を進める中で、障害者手帳による福祉サービスが受けられるのではとのアドバイスを受けたのである。世の中、救いの神もいることに、一考は望外の喜びと感謝を味わうのことになる。(以下、明日に続く) 

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425 狙いがはっきりしない発言、3題

 天皇陛下が、皇太子一家があまり顔をださないことにご不満だそうだが、こんな天皇家の内輪の話を公にする宮内庁の意図が分からない。 
 このところ、毎日メディアで取り上げられている橋下知事だが、昨日の定例記者会見で、自分の考え方が「机上の空論」だったと反省したのに対し、橋下節が見直され始めていることに、「この種のことは計算済みだったのか」との記者の質問に、少考した知事が「そうでなければ、単なるバカでしょう」と答えた。だとすると、計算済みだったということになる。つまり、単に「けしかけただけ」ということになるの? 意味不明だ。
 あの鳩山法相が「鹿児島の志布志湾事件は冤罪とよぶべきじゃない」との見解を示した。これまた、その意図が今一つはっきりしない。この方はしゃべると何か波紋を投げ掛ける珍しい存在だ。

2.昨日の雅子(42)
 予定では、皆で買い物に出掛ける日で。筆者も付き合う予定をしていたが、雪が激しく延期になった。雅子も、少し、ほっとした様子だった。この日は、雅子の言葉が通じ難く、その解読に苦労したが、病気の症状そのものは低位安定といったところである。総じて平穏だった。

3.連載(390) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(16)

  第一章 入居生活の始まり (その16)
(1)新たな門出 (その16)
 介護の中で難儀なものと言えば、トイレ、入浴が飛びぬけた横綱級で、それに続いて食事、洗顔や歯磨きなどがある。
 入居初日の一考の印象は、介護に当たって下さる方々が、皆、優しく、丁寧、細やかであるということだった。そして、さすがにプロの集団と言えるだけあって、そのハンドリングは手馴れたもので、いずれも、一考が考えていた以上に、スムーズにこなしてもらった。何となく抱いていた掴みどころのない一考の不安は、春の雪のようにあっという間に消えて行くようだった。
 この日、夕食後、お薬の服用を終えて部屋に戻って来た雅子は、いつもの段取り通り、トイレのサービスを受けた。トイレは、この部屋にもあるが、大広間の一角には、もっとゆったりとしたトイレもある。以前、入居体験に来たときには、その大広間のトイレを使っていた。ゆったりしているから、介護がし易いのである。しかし、今回は、この自分の部屋のトイレを使って行なってもらった。二人の介護士さんの共同作業で、一人が抱え上げて、もう一人が下着を下げて、二人でバランスを取って便座に座らせる。なるほど、二人でやれば、大分、負担も軽く済みそうだと一考は思って見ていた。
 雅子が食事やトイレの介護を受けている様子を見ながら、一考は複雑な思いに駆られていた。厄介な作業から解放されてほっとする一方で、長く自分が頑張ってやってきていた仕事だけに愛着もあって、それを手放すことへの寂しさもあった。介護をお任せするということは、自分の愛する妻を無責任に手放すような感覚に通じていて、申し訳ないといった気持ちから抜け切らなかったからだった。
 しかし、こうして介護士さんたちにお任せすることで、体力の限界、不整脈などからくる掴みどころのない心配から解放されることになり、精神的な面での解放感は大きい。とにかく、いっぱいいっぱいの状態で闘ってきていただけに、この上ない安堵を得た思いであった。
 トイレを終えた時、今日、主に介護を担当して下さった介護士さんから、今後のことを考えて、この部屋に簡易トイレを用意しておいてはとの提案を頂戴した。緊急時に備えておくに越したことはないと考えて、その設置をお願いした。
 トイレを終わってパジャマに着替えた雅子を確認して、一考は帰宅の途についた。雅子も、慌しい今日のスケジュールをこなし、心身ともに相当に疲れたろうから、新しいベッドでの睡眠になるが、熟睡できるのではと希望的に捉えていた。外の冷たい空気に触れて、一考には爽快な気分が戻って来ていた。なお、この日は母親への夕食の担当日だったが、当分の間は、久子に代わってもらっていた。
 こうして、二人にとって、それまでになかった新しい人生が始まったのだった。(以下、明日に続く)

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424 背に腹は替えられない

 各社が発表する福田内閣の支持率は、その後も低落傾向にある。しかし、次の政権の形態については、大連立を期待する世論が次第に大きくなって来ている。福田、小沢会談で、話し合われていたことが分かった時点では、「それはない」という世論が圧倒的だったが、微妙に変わってきている。
 先日の岩国市長選挙で米軍の受け入れを容認していた福田市長の当選でも、当初は9割が反対だった世論が大きく変わったのである。
 いずれも、国民、市民の立場から、国会でことが進まず、市民が実質的に大きなマイナスを蒙るとなれば、背に腹は替えられないのだ。そういう意味では、世論は生きていて、大きく変わることもある。
 最近の事例では、あのインド洋上での給油法案でも、最初は自衛隊派遣の反対が大半を占めていたが、最終的には半々位まで変化していた。この場合は、国民の理解が進んだ結果だったと思う。しかし、目下議論されているガソリンの25円の問題では、「返して欲しい」という国民世論が圧倒的に多い。やはり、背に腹は替えられないのかもしれない。

2.昨日の雅子(41)
 お風呂は週に2回で、火曜と金曜。この日も午前中に入浴を済ませて気分よし。いつものメニューを淡々と消化していた。特筆すべきことがない平穏な一日だった。

3.連載(389) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(15)

  第一章 入居生活の始まり (その15)
(1)新たな門出 (その15)
 「そうですか。お気の毒です。何事も一生懸命真面目にやっておられたのに、何で、そんな厄介な病気になられたのでしょうね。何も悪いことをされたこともないのに、神も仏もあったもんじゃないですね」社長は、気の毒そうにそう言って、雅子の顔を覗き込んだ。その話を聞いて、雅子の目から涙があふれ出てきていた。一考は、チッシュペーパーをとって拭ってやった。
 「ご両親を一生懸命に看ておられたんですよね。それに、町内の運動会などでも、代表で随分頑張っておられたのを思い出します。まあ、頑張ってもらうしか仕方がないんですよね」社長は、かつての雅子を思い出しながら、ゆっくりと言葉を続けた。雅子の涙は止まることなく流れていた。
 程なく、電化製品の設置や調整の仕事が終わって電気屋さんの二人は帰っていった。部屋の中が急に落ち着きを取り戻した。
 霧子姉さんが、雅子の爪が伸びているのを見て、それを切ってくれた。手首が自由に動かず、指も思うように開かないので、爪を切るのも容易でなく、一考はつい手を抜いてしまっていた。と云うよりも、一考は何かと不器用なので、爪の近くの皮膚を傷つけてしまうことも多かったことから、雅子も、一考にはあまり要求しなかったのだ。
 夕方になって、二人のお姉さんたちも「さよなら」を告げて部屋を後にした。二人きりになると、急に寂しく感じるようになった。一考は、これから始まるこの部屋での雅子の生活に思いを馳せていた。いずれにしても、雅子は住み慣れた家から離れて、新しいこの部屋での第一夜を迎える。恐らく、何となく落ち着かないものを感じているだろうと、一考は忖度していた。
 雅子を見ると、朝からの緊張で、それまで気づかなかった疲れを覚え、ほっと一息ついているようだった。一考も同様に一息つきながら、二人には、もう新しい生活がもう始まっていることを実感していた。
 この日の雅子の夕食は6時頃から大部屋の食堂で始まった。介護をして下さる一人の方が雅子の専属のように付き添って食べさせて頂いた。幸い、雅子の食欲は順調のようだった。丁寧な介護が、食欲を促進させたのだろう。食後のお薬、歯磨き、トイレも、お願いした通りの段取りで、優しくサポート頂いて、雅子も穏やかな表情を見せていた。
 何しろ、今日が第一日だったこともあって、介護いただく方々の顔と名前を覚えるのに四苦八苦だった。この「比叡」グループを担当して頂く介護士さんが、チーム全体で何人いらっしゃるかは分かっていなかったが、一考は、とりあえず、新しい介護士さんに顔を合わせる度に、その方々の名前をお聞きして、メモしておくことにした。(以下、明日に続く) 

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423 NHKに不満爆発

 先週の金曜日の午後7時半からNHKの関西ローカルで放映された番組「かんさい特集」に遅れて参加した新大阪府知事の橋下徹氏がNHKに不満をあらわにし、今後NHKのスタジオには行かないと宣言した。
 この時間、筆者も、前半は、裏番組の「ムハハnoたかじん」を表(おもて)にして、二画面で視聴していた。従って、橋下知事が遅れてきた事情も分からないままの視聴だった。橋下知事が加わった後半は、NHKに切り替えたのだが、同氏が繰り返し不満を爆発させていた。司会の藤井彩子アナの「遅刻ですね」が頭に来てぶちきれる切っ掛けだったようだ。
 昨日になってワイドショーなどで、橋下知事の不満の背景が分かったが、この怒り自体には、少し子供っぽい若さが出ているように思える一方で、筆者はあえて別の見方をしているので、それを披露しておきたい。
 人は誰でも、自分を育ててくれた「恩人」には、他人には分からないぐらいの感謝の気持ちを持っていることがある。今回の橋本氏の場合も、先の選挙への出馬に際し、躊躇していた自分を最後に力強く後押しをしてくれた人が「たかじん」氏で、同氏に特別の感謝の気持ちがあったに違いない。従って、その人の司会で自分も出演している番組の裏に出ることだけは避けたかったのではないか。公務の段取りを組む際から、その意識が強く働いていたように思えるのである。NHKのスタジオに入った時刻が8時を少し過ぎた時刻だったのも計算されたものだったと解釈している。 
 かつて、司会でおなじみの島田紳助氏が、或る番組を捉えて、この番組は、無名だった自分を、今の自分にまで育ててくれた番組なので、今でも大事にしている語っていたことを思い出す。今回の騒動の根底に、子供じみた見方だが、同氏の真意がそんなところにあったと思えてならない。 しかし、このことは橋下知事自身の口からは絶対に言えないことでもある。
 なお、今後一切NHKのスタジオに行かないと宣言している橋下氏だが、5万パーセントないと言ったことをひっくり返す人だから、そんなことは直ぐに取り消されるだろう。

2.昨日の雅子(40)
 このところ、通じも順調で体調はよさそうだ。自宅にいた頃は、夜、遅くのテレビを楽しんでいた雅子だが、今では9時就寝がしっかりと身についたようで、睡眠も充分にとれているようだ。

3.連載(388) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(14)

  第一章 入居生活の始まり (その14)
(1)新たな門出 (その14)
 それから暫くして、介護士の責任者である桜井係長をはじめ、介護を担当して下さる何人かの方々が、歓迎の花を持って挨拶に来られた。知的で美貌の係長の弾んだ声が部屋に心地よく響いた。皆んなの明るい表情が雅子の不安な心を勇気付け、今日の入居を温かく歓迎して頂いた。全体で何人の担当者がおられるのかはまだ定かではなかったが、これからは、この方々に全面的なお世話になるのだと思いながら、一考も頭を下げて「宜しくお願いします」と挨拶した。
 この間、雅子は、ずっと車椅子で応対だった。というよりは、それしか対応できなかった。それと言うのも、準備していた雅子専用の椅子は、明日の午前中に配達されることになっており、今日一日は、お尻の痛くなる車椅子で我慢しなくてはならないない。専用椅子だけでも事前に搬入をして置きたかったのだが、契約起算日との関係もあって、うまく調整できなかったからである。
 雅子の二番目の姉の伸子が顔を見せたのは、挨拶に来られた介護士の方々が戻られて直ぐのことだった。こうして、三人の姉妹が、こんな形で一同に集まった。今年の三月に山科の伸子宅に集まって以来のことで、ほぼ9ヶ月ぶりである。伸子は、9月末にドリームスペースの自立棟に移ってきているので、ここでも先輩だ。ただ、同嬢の性格上口数が少ないので、三人の会話は、それほど弾んだものにはならないが、精神的には高揚したものを共有しているのが分かる。慌しい中でのほっとする穏やかな時間がゆっくりと過ぎて行く。
 三時過ぎになって電気屋さんが大きな荷物を運んで来てくれた。一考の家族が、いつもお世話になっている近所の電気屋さんで、雅子との付き合いも長く、ずっと懇意にしていただいた社長、自らが直々にここまで配送に来てくれた。テレビ、冷蔵庫、レンジ、ポットの配達である。これで、漸く、がらんどうだったこの部屋にも格好がつき、命が吹き込まれた様に、部屋全体に活気が漲ってくるように思われた。
 「あれほど、お元気でしたのに。本当にお気の毒です」社長は、運び込んだ荷物を解きながら、雅子に挨拶した。雅子は頷いたものの、返す言葉が出て来ない。
 「可哀そうなのですが、口の動きが思うようにならなくて、言葉が自由に出て来ないのです。日によって、その度合いは多少違ってまして、今日も、朝方はだ良かったのですが。しかし、言っておられることは、よく理解はできていますので」一考が、雅子の症状について説明した。(以下、明日に続く)

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422 片鱗

 プロ野球でオープン戦が始まった。そして、あの大物ルーキーの大阪桐蔭高校出身の日本ハム、中田翔選手が、場外ホームランでそのデビューを飾った。期待に、見事に打って応えた同選手の活躍には、大物の片鱗が充分にうかがえた。今年の大きな目玉になるであろう。
 一方、昨日行なわれた岩国市長選挙で、空母艦載機受け入れを容認する福田良彦氏が僅差で当選を果たした。世論の動きに何か新たな片鱗がうかがえるように思う。市民が安全性を信じた上でのトータルでプラスを選択したのだ。これで、米軍の再編に弾みがつくという。
 蛇足だが、勝ったのが、政府案の理解者で、しかも、同じ福田姓だ。福田康夫総理もあやかって、支持率回復の足場にして欲しい。
 
2.昨日の雅子(39)
 筆者は昨日も一回しか訪問できなかったが、雅子も、3日連続とあって、そんなパターンに慣れたようで、しっかりと頑張っていた。特に、取り上げて記すようなこともなく、平穏(?)な一日だったようだ。

3.連載(387) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(13)

  第一章 入居生活の始まり (その13)
(1)新たな門出 (その13)
 とりあえず、一考は、雅子を車椅子の座らせたまま、車に積み込んで運んできた荷物の搬入を始めた。大小の二つの旅行鞄、それに幾つかの紙袋に詰め込んだ日常生活に必要な衣料品を軸とした小物ばかりである。介護士さんの手助けを得て、二回に分けての搬入だった。殆どが身につける衣装、下着などである。それぞれを備え付けの引き出しや、クロークに収めた。
 一段落したところで、ちょうど居合わせてくれた数人の介護士さんに、挨拶代わりに、一考が用意しておいた一枚のメモを配って、いきなり、その内容の説明を始めた。それは、雅子の介護をするに当たって、一考が気にしていた事柄を纏めたものである。介護士さん達は、一考の勝手なワンパターンの説明にも、戸惑った様子もなく、「分かりました」と快く納得してもらった。後で、気づいたのだが、この行為は、しきたりなど事情を知らない一考の完全な勇み足で、介護の責任者の方に、纏めてきちんとお話すべき事柄だったと反省するのだった。
 ところで、荷物を運び込む時に気づいたのだが、この館内では、一階以外のエレベーターは全てロックされていて、暗証番号を入力しないとドアだ開かないのだ。従って、エレベーターを使うだびに、介護士さんの方にお願いしてインプットしてくれるのを待っていなければならない。「随分と厄介なことだなあ」と言うのが一考の第一印象だった。その訳を聞いてみると、勝手に自分で出て行ってしまう人がいたりするのを防止するためとだという。なるほどと、思いながら一考は改めてこの施設の事情を理解するのだった。
 到着したのが昼前だったことから、昼食のサポートが、雅子が受ける入居後の最初の介護となった。先の体験訪問時に一度経験していたので、そのこと自体には困った問題もなく、スムーズに終えることが出来た。続いて、お薬の服用、歯磨き、トイレとお願いした順序での段取りをこなして頂いた。最初は、心配そうに眺めていた一考だったが、何ら問題もなく、スムーズに全てのメニューが順調に進められて行くのを見て、何も余計な心配はすることもないと、大いに安心するのだった。今まで、自分が一人で必死にやってきていたのが嘘のように思いながら、有難さを感じ始めていた。
 それらを終えて間もなく、霧子姉さんが到着した。一回り年が違うお姉さんで、雅子を生んで直ぐに亡くなったお母さんの役割も果たしてくれていたと言う。そういうことで、雅子が新しい生活を始めるに当たって、何かと心もとないだろうから、顔を見せてやって欲しいと、一考が頼んでおいたのである。今では、雅子には、霧子姉さんに勝る心強い存在はいない。二人は、顔を見合わせてほっとしているようだった。(以下、明日に続く)

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421 雪どけ時期は?

 昨日は大津でも久し振りの大雪だった。幸い、冬用のタイヤに換えておいたので、その効果を確認できた一日となった。しかし、夜には、同期の友人の通夜があり、歩くのは四苦八苦だった。雪は通夜の終わった頃には止んでいたが、今朝の道路は凍結していて注意が必要だ。
 一方、東京で行われていたG7も、サブプライムローンという、とてつもない大雪の影響を判断しかねていて、世界経済の下振れリスクに言及する弱気の声明となった。その具体的な内容も「各国がそれぞれ適切に対応する」といった曖昧で、お粗末なもので、今のところ、この大雪の影響を読み切れていないのが実情のようだ。一日も早い雪解けを待ちたいが、見通しは立っていない。

2.昨日の雅子(38)
 この日も筆者には所用があって、雅子への訪問も、午後の1回だけとなった。大雪の中でのドライブは初めてだったが、冬用タイヤで無難にこなすことが出来た。雅子は、雪の降る眺めの新鮮さを除けば、これといった変化のない一日で退屈そうだった。相変わらず、言葉が不鮮明で、二人の会話はぎこちない。届けてもらった花が部屋の雰囲気を明るくしてくれていたのが救いだった。

3.連載(386) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(21)

  第一章 入居生活の始まり (その12)
(1)新たな門出 (その12)
 雑巾を借りて、車椅子のタイヤを拭ってから、受付嬢の案内を得て、そのロビーを真っ直ぐ進みエレベーターに向かう。この辺りは、広々としたレイアウトでゆったりした気分が味わえる。二人は迎えに来てくれた介護士さんの手助けを受けて、エレベーターで4階に直行した。
 エレベーターを降りると、直ぐ左手は管理室があるが、それを横目に見遣りながら、ネームプレートに「比叡」とある入口の扉から中に入った。そこは、食堂とロビーを兼ねた大広間で、正面に見える琵琶湖が美しく雄大に映えている。部屋の一角には、大型のテレビが置いてあり、数人のお年寄りの方が、三々五々テーブルの椅子やソファーに腰をかけて、それに見入っていた。
 この日の担当の他の介護士たちも寄ってきてくれて、挨拶を交わし、その場に居合わせた他の居住者達に、新しい入居者であることを紹介してくれた。そして、自分の部屋である403号室に入ったのである。時、恰も、平成19年12月10日、午前10時52分だった。かくして、「殿。御成り」ではないが、私の新しい人生がスターとしたのである。
 この403号室は、コミニケーションが難しいという私の症状を考慮して、介護担当者が常時いることの多いダイニングルームに直結している。
 部屋は、差しあたってはベッドが置いてあるだけのがらんどうだ。入口を入って直ぐ左がトイレ、右が小さなキッチンと洗面所、それに冷蔵庫を置くスペースも用意されている。出来上がったばかりの建物で、壁の白さ、フローリングの床板も無傷で気持ちがいい。広さも25へーべとゆったりしている。窓からの眺めは比良山を背景に、手前の畑を挟んで、ほぼ同形の戸建住宅が二列に数十軒と多く並んでいて、それなりに落ち着いた眺めである。視線を遠くに投げ掛けると、遥か彼方に、琵琶湖大橋の扇形になった橋の輪郭もしっかりと捉えられる。経費の関係で、琵琶湖の見える部屋は断念したが、ベランダの横から琵琶湖も捉えられるようだが、自分の場合は車椅子だから、残念ながら、その視角を取ることは無理なようだ。
 雅子は、この部屋に入るのは初めてである。神妙な面持ちで車椅子のまま、ゆっくりと部屋全体を眺めた。クローク、カウンター、多くの引き出しのついた収納ボックスが用意されていて便利に作られている。何よりも、新築だけに、気分も新鮮になる。改めて、新しい生活環境に気分を引き締めるのだった。
 いずれにしても、この部屋が、これからの雅子の生活空間になるのだ。いろんな喜怒哀楽に満ちた舞台が、この部屋の中で展開されることになる。どんな出し物になるかは、今は誰も知らない。(以下、明日に続く)

420 和解のセレモニー

 岐阜一区の公認争いで調整がついた。当初の予想通り、野田聖子氏が岐阜1区に残り、佐藤ゆかり氏が東京5区に転出することが正式に決まった。昨日、その手打ち式の記者会見が行なわれた。古賀誠選対委員長の気心を押さえていた聖子ちゃんの勝ちは決まっていたも同然で、ポイントは、ゆかり氏の扱いをどうするかであったが、目出度く(?)東京5区の公認が得られたことで、先ずは、めでたしと言う結果となった。これからは、どちらが、政治家として、より力があるかを競って欲しい。
 二人揃っての記者会見は如何にも演出丸出で、握手のぎこちなさといい、笑顔の歪みといい、二人にはしこりが拭い去れないセレモニーに見えたのは、筆者一人だったのだろうか。
 これからも、小泉チルドレンには大変な戦いが続くだろう。そう考えると、あの小泉フィーバーは何だったのだろうか。国民が見事に踊らされたのは確かである。まさに、稀有な政治家、小泉魔術師との大イベントだったのかもしれない。

2.昨日の雅子(37)
 筆者は、雅子の入居後、午前、午後のほぼ2回の訪問を重ねてきたが、この日は別件もあって、昼、一回しか訪問できなかった。午前中にお風呂を済ませご機嫌もよく、まずまずの一日であったようだ。なお、更新申請していた身障者手帳が届き、1月29日付けで、身障者1級が認定されていたことが判明した。

3.連載(385) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(11)

  第一章 入居生活の始まり (その11)
(1)新たな門出 (その11)
 そんな取り止めもない考えを巡らせている間に、どうやら、車は雄琴の町に入って来ていた。この町が男の人たちの喜ぶ歓楽街であることは知ってはいるが、こうして、昼間に通っていると、そんな気配がそれほど強くは感じられない。それでも、琵琶湖岸寄りに幾つかの怪しげな建物が目にはつく。どの程度、繁盛しているのか、或いは、もう寂れてしまっているのか、雅子はそのことについて全く把握していなかった。果たして、夫は、どの程度関心を持っているのだろうかとの疑問が、一瞬だったが頭を掠めたが、車は、その怪しげな一角をあっという間に通り抜けた。
 街の中心部と思われる雄琴六丁目の信号を過ぎると、前方に、ドリームスペースと書かれた大きな看板が目に入った。自宅を出て20分そこそこの距離である。夫は、その看板の前の黄色の点滅信号の前で、反対側の車線の車が途切れるのを待っていた。やがて、その途切れたタイミングを捉えて右折し、ドリームスペースへの取り付け道路に入った。少し行ったところの右側にはドリームスペースの建物群が威容を誇っていた。それを右手に見ながら更に真っ直ぐ進んだ先の左側に、新館の楽裕館が目の前に現れた。
 「さあ」と雅子は自分に言い聞かせて気合を入れた。一考は、玄関を突き抜けたところにある駐車場の一番近いところに車を着けた。ゆっくりと車から降りた夫は、折り畳んである車椅子を車の後ろから下ろし、組み立て直してからクッションを敷いて、車に横付けした。時計を見ると、約束通り、11時少し前である。ちょうどいい頃合だと判断した夫は、雅子を降ろす作業に入った。
 ここからは、夫にはちょっとした力仕事だ。私の身体を回転させて、足を下に伸ばし、抱き上げて車椅子に移す。ぴりっとした寒さが、私の気持ちを引き締めさせた。持ってきた荷物を車に中に残してまま、夫は私の乗った車椅子を押して、玄関の入口に向った。そして、ロビーに入ったところで、受付の女性に車椅子のタイヤを拭く雑巾を持って来てもらうように頼んだ。(以下、明日に続く)

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419 親方の資格

 大相撲の親方が逮捕された。集団リンチの典型的な事例だ。痛ましい事件で、被害者のお父さんの気持ちは察して余りある。閉ざされた世界の中での異常な暴力事件には怒りを覚える。
 時津風部屋と言えば、あの大横綱、双葉山を連想する名門なのだが、今回の事件で逮捕された親方は、元小結の「双津竜」だという。それほど強く印象には残っていない。親方の資格は年寄り株の有無で決められるそうだが、是非、人格もその資格の一つに加えてもらいたいと思うのである。
 そういえば、滋賀県出身の蔵間関も時津風部屋だった。昔は、鏡里や豊山、それに大内山、不動岩など名力士が属していたが、その点から見ると、今は幕内力士は、豊ノ島、時天空など3人で、少し寂しい気がする。

2.昨日の雅子(36)
 定期の通院日で、京都駅近くの吉田病院(仮名)に行く。施設からの直接の通院はこれで2回目。前回から服用を始めたお薬の効果があったのではと思われるので、お薬バランスを見直すことにした。11時前に施設を出て、戻ったのは3時過ぎ、久し振りに、少し疲れた一日となった。

3.連載(384) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(10)

  第一章 入居生活の始まり (その10)
(1)新たな門出 (その10)
 具体的に解説しておこう。湖西線は、京都から今では敦賀まで延長されたJR路線で、京都を出ると、山科、西大津、唐崎、比叡山坂本、雄琴、堅田、小野、和邇という駅順になっている。
 両親の実家、つまり、一考の自宅は西大津駅管内にある。歩いて10分足らずの処である。それに対し、同じ管内に五女の良美が西大津駅前のマンションに、隣の唐崎駅近くには、あの異常に親思いの次女の久子夫婦が住んでいる。久子の場合は、旦那さんの定年を待つように、東京での生活に終止符を打って、両親の面倒を看んがために、わざわざ近くに戻って来たのである。そして、その次の比叡山坂本駅近くには長女の綾子の家族が、更に、次の雄琴を飛ばして、一つ先の堅田駅近辺には四女の美希子の家族が住んでいた。もう一人の三女の奈津子は、その先を一つ飛ばした和邇駅近くに住まいがある。なお、四女の美奈子は、夫の仕事の関係で静岡に移っているが、その堅田にある家は奈津子が買い取って人に貸している。
 つまり、夫の五人姉妹は、全てこの湖西線の沿線に家庭をもっていて、しかも、それぞれ異なる駅の近くに住まいがある。結果的には、五人の親思いの姉妹達が、実家の近くにいたいと思う気持ちが、必然的に一つの沿線に集まったのであろう。しかし、今度は自分までが、この沿線に移ることになったところに不思議な縁を思うのである。しかも、それが、JR湖西線で残されていた空白の一つである雄琴駅を埋める形で、その近くのドリームスペースに入居することになったのだ。いわば、空いていた雄琴駅が、恰も自分を待っていてくれたかの様にさえ思えるのだ。マージャンでいう「間ちゃん待ちに、振り込んだ」ように、自分が飛び込んだ形になり、これで、珍しい一気通貫が完成したことになる。実に不思議な奇縁である。神様も、そんなお遊びを考えておられたと思うと、自分でも可笑しくて笑ってしまいそうある。
 雅子は、そんな可笑しさに我に帰り、前方に目を遣った。車は、順調に走り、坂本界隈を過ぎて、目的地の雄琴に近づいていた。
 そう言えば、最近の夫の運転は、随分とうまくなっていると雅子は感じていた。帰郷直後の夫は、長い間のペーパードライバーで、車の運転を苦手にしていて、助手席に乗っていても不安でいっぱいだったことを思い出す。安全運転に徹していて、スピードも控えているのだが、如何にものろのろ運転の典型で、多くの車に追い越される度に、苛々を感じていたのが、最近では、そんな苛々もなく、こうして、安定した車の揺れに身を任せられるようになっていた。これからは、私のために足繁くこの道を通ってくれるのだろうと思うと、雅子は、夫の運転技術向上にほっとするものを感じていた。(以下、明日に続く)

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418 非常事態宣言

 橋下知事が正式に就任し、新しい大阪府政がスタートした。いきなり「大阪府は破産状態であると認識して欲しい」と改革への強い檄を飛ばし、「非常事態宣言」を行った。あくまでも、原則として、収入内でのやりくりを目指すという思い切った決意を表明した。さあ、どこまで、その考え方を押し進められるのか。まずは、お手並み拝見ということだが、心情的には応援してあげたいという気持ちである。
 ところで、筆者も、そんな他人事のように言っている立場ではない。昨年末から、妻の雅子を介護付き有料老人ホームに入居させたことで、厳しい経済環境に追い込まれた状況にある。その意味で、非常事態宣言は自らも発しなければならない。暫くは、ダウンサイズした運営で、様子を窺いながらの対応になる。

2.昨日の雅子 (35)
 平凡な一日。今では、平凡が幸せの一つの形である。

3.連載(383) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(9)

  第一章 入居生活の始まり (その9)
(1)新たな門出 (その9)
 その一つは、雅子は、そのドリームスペースの開設時のことを、何故かしっかりと記憶していたことである。それは、夫がその2年前の1985年に単身赴任で東京に移って2年目の頃で、自らが、夫の両親と二人の子供たちの面倒を一手に引き受けて、八面六臂の頑張りの毎日だった頃である。
 このドリームスペースの開設は、当時としては、かなり大きな宣伝が打たれていたこともあって、雅子も地元の住民の一人として、それなりに強い関心を持っていた。その後、近くのスーパーに買い物に行くと、そのドリームスペースのマイクロバスが横付けされ、お年寄りの方々が団体で買い物に来ているのを何回か目にしていて、その老人ホームの存在を意識していた。幸か不幸か、その頃は、自立棟が主体であったことからも、身体障害者の存在はそれほど意識の中にはなかった。
 それが、まさか、である。二十年後に、自らが、そこでお世話になるとは、当然ながら微塵も考えていなかった。気がついてみると、何か逃げられない大きな流れの中で、必然的に、自分がそのドリームスペースの住民の一人になるという事実に不思議な縁を思うのである。まさか、このドリームスペースが自分の終の棲家になろうとは、言葉にならない奇縁を思わざるを得ないのである。
 それに、もう一つ、とっても不思議に思う事実がある。それは、夫の五人の姉妹が、全てこの国道161号線沿い、つまり、JR湖西線沿いに家庭を持つか、或いは何らかの深い繋がり持っているということである。
 つまり、五人いる夫の姉妹達は結婚して、一旦はそれぞれ旦那さんの仕事先に嫁いで行ったのだが、時を経て、一人を除いて全ての家族が、不思議にも、この沿線に舞い戻って来ていた。ただ一人、四女の美奈子だけが、逆に、この沿線から出て行ったのだが、もとはこの沿線の住民だった。要するに、五人の姉妹全員が、親元近辺に住居を構え住んでいて、しかも、その住まいの場所が、このJR湖西線の沿線の各駅に見事にばら撒かれた形で存在していたのである。
 結果論になるが、雅子は、恰も、あらかじめ自分の席が予約されていたかのように、空白になっていた雄琴駅近くの住民になることの奇縁だった。それは、偶然にしても、あまりにも出来すぎた奇縁だと思うのである。(以下、明日に続く)

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417 謎深まるギョーザ事件

 興味が尽きない話題が多い。ギョーザ事件も、その一つで、新たな殺虫剤(ジクロルボス)が見つかったことで、この事件の謎は更に混迷を見せている。離れた地域で、違った毒物が発見される筋書きは、もはや推理小説以上である。日中の調査チームは、どんな結論を出すのか。謎は解明は出来るのか。興味は尽きない。
 さて、今日から新しく橋下府政がスタートする。同氏がどんな手腕を見せるか。5兆円の負債にどう取り組むか。これまた期待をこめて、興味は尽きない。
 米国大統領予備選でのヒラリーオバマの戦いもその一つだ。スーパーチューズデイの結果が、今日中に判明する。さあ、どうなるのか。今日中に勝負の目安がつくのか、興味は尽きない。
 
2.昨日の雅子(34)
 入居して、実質的にほぼ2ヶ月が経過した。どうやら、此処での生活パターンに慣れてきたようで、症状も落ち着いてきているように見える。友人のMさんからの3通目の便りに、懐かしそうに当時を思い出しているようだった。ご親切に、この病気に関する雑誌の紹介をも頂戴、早速購入した。じっくり、読んでみたい。(注、付録の「いきいき○○○○」に筆者はXXXです) 午前中にお風呂。

3.連載(382) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(8)

  第一章 入居生活の始まり (その8)
(1)新たな門出 (その8)
  雅子は、車の心地よい揺れに身を任せながら、じっと前を見つめていた。首を回せない状態だから、横の窓から過ぎ去る風景を見ることができない。遠くの風景が、フロントガラスから吸い込まれるように飛び込んで来て、あっという間に過ぎ去って行く。
 ところで、ドリームスペースを訪ねるのは、今日が三回目だ。最初が、建物見学だったし、二回目が数時間の入所体験をするためだった。
 今日から、いよいよその新しい住処での生活が始まると思うと、何となく心もとなく、捉えどころのない不安が胸中に広がって行く。しかし、だからと言って、もう後戻りは出来ない。自らが進んで夫に申し出たのだ。それと言うのも、元気だとはいえ、夫ももう六十七歳になり、不整脈という持病を持っていて、何時、脳梗塞に倒れるかもしれないと医者からは言われている状態にある。最近では、時々腰が痛むと言って、貼り薬に頼っていることも多いようだ。その夫から介護を受けていて思うのは、やはり、これは大変な激務で、大きな負担になっていることが良く分かっている。優しく、丁寧に尽くしてくれているだけに、大変有難く感謝の毎日なのだが、何時までも頼っている訳には行かない。夫のことを思えば、なるだけ早く、手を打たねばと考えた結果の決断で、幸い、それが叶うことになったのだ。
 そもそも、このお話は、もともと自分の姉の伸子が、一人で生活をしているのが心配だということで、長男夫婦や長女の霧子からの勧めに端を発していた。そして、姉と二人なら、雅子にも都合がいいのではとの勧めもあって、自らが決断しただけに、ここで弱気になることは許されない。強い意志をもって、これからの新しい生活に馴染んでいかねばならないと、自分に言い聞かせながら、過ぎ去って行く風景を見送っていた。
 車は、自宅を出て直ぐ国道161号線に入り、自衛隊大津駐屯地を過ぎて唐崎の方に向かっている。その辺りの見慣れた風景を見ながら、「それにしても」と雅子は幾つかの奇縁を思うのである。、偶然にしては出来過ぎで、人生ドラマの深遠さを見る思いであった。一つは、終の棲家になるであろうドリームスペースを巡る奇縁、今一つは、この沿線界隈に住む夫の姉妹達との関わりを巡る奇縁である。いたづらが好きの神様の、如何にもそのシニカルな配剤に、雅子は半端ではない驚きを改めて思うのである。(以下、明日に続く)

タグ : ギョーザ事件 橋下府政 ヒラリー オバマ

416 スーパーチューズデー

 スーパーの安売りデーではない。米大統領予備選挙が全米24州で一斉に行なわれる。注目の民主党の二人の候補、クリントン氏とオバマ氏の決戦で、どちらが勝つのか、その命運を左右する決戦日である。鍵の一つは、大票田のカリフォルニア州での戦いのようで、オバマ氏が逆転したとの調査も出ていて、混沌としているようだ。
 初めての女性大統領か、黒人大統領か、その行方に世界が注目している。なお、共和党は、マケイン氏が確定をめざしているという。
 さあ、どうなるか、筆者も、強い関心で、勝負の行方を見守りたい。

2.昨日の雅子(33)
 穏やかな一日だったようだ。筆者も、昼間は名古屋に出向いていたので、いつもの3時ごろの訪問はできず、夕方に顔を出した際には、ちょうど夕食中で、優しい介護を受けていた。

3.連載(381) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(7)

  第一章 入居生活の始まり (その7)
(1)新たな門出 (その7)
 雄琴と言えば、湖国随一の規模と歴史を誇る温泉地である。今から1200年前に最澄が開いた湯とも言われている。貴族の今雄宿禰の荘園があって、その館から琴の音が聞こえていたことから、雄琴と呼ばれるようになったという。
 しかし、その一方で、関西では神戸の福原と並んで屈指の風俗の町として名を馳せていて、今でも、しっかりとその存在を保っているようだ。インターネットで調べてみると、40~50軒の店が紹介されているが、全体の傾向としては、衰微傾向にあるという。
 これらの地域は、雄琴港より南側のごく一部の地域に限られていて、車で走っているとあっという間に通り過ぎてしまう。昼間だと尚更で、ネオンなどもなくひっそりしているので、その存在に気づかないぐらいだ。しかし、それが夜になると一変する。煌煌と輝くネオン、電光版はさすがで、気分も一気に変調してしまいそうだ。その意味で、雄琴は、二つの顔を持っていると言えよう。
 幸か不幸か、一考は、これからは、この道を毎日通うことになる。心配なのは、夜遅くなった場合で、その誘惑に惑わされるのではないか。場合によっては、うっかりハンドルをそちらの方に切ってしまいそうな不安がないでもない。男と言う動物は、そんなだらしない面を持っているから、かわいいが、怖い生きものである。大袈裟だが、これからは、毎日がそんな誘惑との葛藤を味わう思うと、それなりの覚悟が必要となろう。そんな勇気もないのに、そんなことを気にするのが如何にも一考らしい。
 しかし、今朝は、そんな思いを覚えるような精神状態ではない。我々二人の新しく始まる人生を思って、緊張した気持ちで、ハンドルを握りながら、一考はアクセルをそっと踏み込んだ。目指すは、そこからは直ぐである。正面に「ドリームスペース」を書いた大きな案内ボードが見えてきた。そこを右折して少し琵琶湖寄りに進むと、ドリームスペースの建物群が目の前に現れる。雅子の入る介護付きの新館「楽裕館」は、その建物群を横目に見て、更に琵琶湖よりに進んだところにある。新しいすっきりした建物である。
 一考は、ハンドルを切りながら「さあ、着いたぞ」という気持ちに切り変え、正面玄関の前を通って、直ぐ近くの駐車場に車を進めた。いよいよ、二人の人生の新しい舞台の幕開けである。(以下、明日に続く)

タグ : スーパーチューズデー クリントン オバマ 雄琴

415 ギョーザ事件謎めく

 昨日になって、新たに毒物、メタミドホスが検出されたことで、事件は新たな拡大と謎を見せている。中国からも調査団が到着、両国の担当者らは「協力して真相究明したい」と強調したという。 このことで、日中の友好が図れれば、災い転じて福となる のだが。
 正直言って、今のところ、中国製の食材には不信感が強く、暫くは口にしないつもりだ。それにしても、袋にある小さな穴が気になるが、それらの謎解明が急がれる。
 なお、メタミドホス(Methamidophos)は、有機リン化合物で農薬、殺虫剤の一種で、ヒトへの有害性も強いという。

2.昨日の雅子(32)
 前夜、「通じ」があった様で、体調、気分はまずまずだった。次男から届いたばかりの孫の写真を持参して、写真たての中を取り替えてやった。このところ。症状は、低位安定(?)している。 しかし、今までにも、幾度もそう思ったこともあったが、いずれも、その後に悪化が進んで裏切られた。今度こそ(!)、そうあって欲しいと願っている。なお、今朝の訪問で、ドリームスペース(仮称)への訪問回数が、ちょうど100回を記録した。早いものだ。

3.連載(380) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(6)

  第一章 入居生活の始まり (その6)
(1)新たな門出 (その6)
 その鳥居は、七本柳の鳥居とも呼ばれているようだが、琵琶湖の中に立っている赤い鳥居の姿を見ていると、少し大袈裟だが、世界遺産の厳島神社の鳥居を思い出させる。しかし、それは別格としても、同じ琵琶湖の北にある白髭神社のイメージを重ねてみたくなる。対岸の中央に形よく座っている近江富士(三上山)がうまくコラボレーションしていて、その眺望は味のあるものになっている。じっくり見るとなかなかの景観で印象に残る。
 さて、この鳥居だが、これは全国に3800余りある分霊社、日吉神社、日枝神社の総本宮である日吉大社の出先とも言えるものである。(今は、工事中で、柳は七本全部が揃っていない。)毎年、四月に行なわれる山王祭のメインイベントで、「船渡御」と呼ばれる七つの神輿を船で唐崎神社に運こび出す際の基地となる。
 大津の住民として恥ずかしい話だが、一考は、ごく最近までこの鳥居が何ものであるかを知らずに行き来していた。今年は、その日吉大社の「船渡御」を一度見てみたいと思っている。
 その七本柳の隣が、北大津湖岸緑地で、その緑地の一角には、明智光秀の銅像が立っている。どうやら、この辺りが、1572年に光秀が造った坂本城があった処のようで、国道沿いには坂本城址と掘った石碑が建っていて、車からも、それを見ることが出来る。また、その少し先に、センサーや自動制御機器で知られる一部上場会社のキーエンス社の研修所があるが、その入口に坂本城本丸の説明碑がある。
 なお、ものの本に寄れば、坂本城は、織田信長の安土城につぐ豪壮な城で、場内に琵琶湖の水を引き入れた水城形式だったという。一考は、このような湖岸に近いところにあったとは思ってもいなかったことで、改めて、自分の無知を恥じるのだった。
 助手席の雅子は、最初はじっと前を見つめているようだったが、どうしても首が下向きになってくるので、そのまま俯いたまま何か考えに耽っているようだった。
 車は、間もなくヤマハのマリーナを過ぎた。視界には、その少し先に急な坂道が捉えられる。その坂を上って下ったところが下阪本六丁目の交差点で、そこを左折して進めば、日吉大社に通じている。一考は、そのまま国道を真っ直ぐ北に向かって車を進めた。間もなく、大手企業のカネカの工場が姿を見せる。その正面あたりにある信号を過ぎて更に進むと、比較的大きな下水道処理場がある。この辺りはもう雄琴の界隈に入ってきているのだ。苗鹿(のうか)三丁目の信号の右手前に近江おこし本舗がある。その信号を過ぎると、湖岸の方に怪しげな建物が視界に入って来る。いよいよ車は、雄琴の中心街に向かう。ドリームスペースは雄琴の中心街を抜けた先にある。(以下、明日に続く)

タグ : メタミドホス ギョーザ 明智光秀 織田信長 雄琴 日吉大社 キーエンス カネカ 坂本城

414 武村正義

 今朝のTBSの時事放談に元内閣官房長官の武村正義氏が出演していた。この番組への初登場である。15年前に「新党さきがけ」を旗揚げし、細川連立内閣につながる政界再編を仕掛けたことは記憶に生々しい。一時、健康を損なっておられたと聞いていたが、お元気そうで何よりだった。今後の一層のご活躍を期待している。
 同氏は一時は次期内閣総理大臣の呼び声も出たほどで、滋賀県出身の代議士では、初めて総理大臣を務めた宇野宗祐氏につぐ期待の人だった。残念ながら、目覚めたのが遅くて、番組は、最後の部分しか見られなかった。
 そんなことで、改めて、滋賀県出身の政治家を思い出してみたのだが、活躍した人はそれほど多くはない。戦後では、衆議院議長を務めた堤康次郎氏や田中派の重鎮の一人だった山下元利氏の名前が浮かぶ程度である。現在では、民主党幹事長を務めた事のある川端達夫氏がいるが、思ったほどの活躍はできていない。滋賀県から「大物出でよ」の感を強く感じさせた今朝の時事放談だった。

2.昨日の雅子(31)
 入居者を慮って、いろいろな企画を考えてもらっている。昨日は一日早い節分の豆まきが行なわれた。鬼に扮した二人の介護士さんが、ユーモラスに鬼の演技を披露、豆の方も、工夫して事前に大きな紙製の豆が用意されていて、雅子もそれなりに楽しんでいたように思う。歳を取ると子供に戻るのかも知れない。
 別件だが、一週間ほど前に行なわれた健康診断の結果が判明、本病はさて置いて、それ以外には問題がないことが判明、まずまずほっとである。この日も、頑張って、しっかりと生きていた。

3、連載(379) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(5)

  第一章 入居生活の始まり (その5)
(1)新たな門出 (その5)
 一考は、妙に心が高ぶっているのを意識していた。雅子への複雑な思いを反映していることは確かだった。何しろ、自分があれほど尽くして来た介護を手放すことになる不安、更には、人任せにする無責任さへの忸怩たる思いが絡まった複雑なものだった。特に、これから始まる雅子の生活で、果たして、その新しい環境でうまくやっていけるのだろうか、といった不安が一考の心を苛むのだった。とにかく、今までは自分が傍にいて、それなりに気を利かして何かとやってきていたが、そのような細かいサービスを期待するのは難しいのではないかと考えるのだった。特に、言葉が不十分な上、あらゆるリモコン類、スイッチが押せない。従って、緊急のブザーも押せない。幾ら、ヘルパーさんのいる近い部屋だといっても、四六時中見ていてくれる訳ではない。うまく、コミニケーションがとれるのだろうか、それが一番の心配だった。
 車は、国道161号線に入り、そのコーナーにある大津競輪場を左に見て真っ直ぐ北に進むと、右手には自衛隊の大津駐屯地が続く。昭和59年の開設で、もう50年近くの実績を残している。陸上自衛隊の中部方面の教育を預かっているという。どの程度の部隊が駐屯しているかは定かではないが、よく仮免許練習中と書いた札を付けた大型の車を見かける。教育の一環として見習い運転をしているようだ。
 ドリームスペースまでのこの沿線には大きな企業は数少ない。自衛隊駐屯地から直ぐの琵琶湖マリーナを過ぎると大塚製薬の研究所がある。この辺りは、琵琶湖からつかず離れずを繰り返す道路で、建物の切れ目からちらちらと琵琶湖が姿を見せてくれる。好天なので、琵琶湖も格調高く映えて美しい。間もなく、右手に一時話題になったKKRのホテル見える。間もなく唐崎一丁目の信号に差し掛かるが、ここから少し湖岸寄りに入り込むと、琵琶湖に突き出る形で唐崎神社があって、そこには、近江八景でお馴染みの「唐崎の松」がある。この松は、三代目の「松」だそうで、樹齢150~200年といわれている。よく手入れされた松の美しい姿が観光客の心を捉える名勝の一つだ。
 車は、間もなく、市民の憩いの場になっている県営の都市公園である唐崎苑を通過する。その先には。大手企業の一つ、大塚食品の研究所があり、更に進むと、湖岸サイドに釣り専門のポパイ116の大きな看板が目に入って来る。
 滋賀県は国宝の数は日本の都道府県でも5位の地位を占めている。近江は歴史的には、天知天皇の大津京に始まり、信長、光秀などの武将の拠点だったことを考えると、大変な大役を果たして来ていた。それだけに、その史跡、旧跡、名勝といった類のものが、この辺りにも幾つか点在している。先の唐崎の松もその一つだ。やがて、目に飛び込んで来る琵琶湖の中に立っている赤い鳥居もその一つである。(以下、明日に続く)

タグ : 武村政義 堤康次郎 宇野宗祐 山下元利 川端達夫

413 今しかない、行け!

 昨夜放送された、関西テレビの人気番組「ムハハnoたかじん」の生番組に新しく大阪府知事になる橋下徹氏と大阪市長の平松邦夫が揃って出演していた。二人とも、たかじん氏の友人で、橋下氏はこの番組のレギュラーだった。関西テレビもなかなかやるじゃないかと面白く視聴した。
 その中で、立候補する際の裏話が紹介され、たかじん氏が言ったという「今しかない、行け!」という強い後押しの言葉が本当だったことが明かされた。また、とやかく言われている知事と市長の関係も、うまく行くという感じを視聴者に強く与えたと思う。これ自体、立派なニュースである。「あるある大辞典」で汚名を蒙った関西テレビだが、時にはいい番組も制作しているのだ。惜しむらくは、全国放送ではなくローカル放送だということだ。なお、来週も、その後半部分が放映される予定と言う。楽しみだ。
 さて、期待していた将棋だが、贔屓の郷田九段は完敗で、残念ながら挑戦者争いから脱落、並んでいた三浦八段も谷川九段(十七世永世名人)に敗れて一歩後退、挑戦圏内にいた木村八段を直接対決で蹴落とした羽生2冠が挑戦者に大きく前進した。今の羽生将棋を見ていると、挑戦者になるのは時間の問題だと思う。四月からは、十九世永世名人を掛けて、森内名人(十八世永世名人)と闘うことになろう。羽生復活は大いに楽しみだ。再びあの七冠が、筆者の頭の中に形作られつつある。

2.昨日の雅子(30)
 顔を見ていると少しやつれたようにも見えるが、症状には特に変わったところはない。つばがたまって、話すのがつらそうなのが気になる程度である。友人からの葉書が届いていたので読んであげた。この方は、つい先日もお手紙を頂戴したMさん(390回を参照)で、自分の近況を綴ってくれている。雅子も楽しそうに耳を傾けていた。圧巻は、最後に記された「つづく」で、雅子に何がしかの期待を繋いでくれたように思う。

3.連載(378) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(4)

  第一章 入居生活の始まり (その4)
(1)新たな門出 (その4)
 雅子は、昨夜から考えていたことを話そうとしたのだが、案の定、言葉が思うように出て来なかった。一考が、その辺りを忖度して、代わりに「ただ今から参ります」という簡単な挨拶をしてくれた。義母は「自分が何もしてやれなくて申し訳ない」と言いながら、雅子の手をとって「身体に気をつけてね。科学の進歩は目覚しいから、近いうちに新しいお薬が出て来ると思うので、粘り強く頑張ってね」とエールを送ってくれた。義母の口癖だが「何もしてやれなくて…」は幾度も聞くセリフなので、雅子には苦痛に響くようだ。何も九十五歳の人に何かして欲しいなんて考えもしないので、何べんも耳にするのが辛いのだ。昔の人間は、老人ホームに入ること自体が、ある種の姨捨山的な考えとして捉える傾向にあり、気の毒だという考えが先立っている。「介護つきで、居住環境にも配慮されていて、此処よりも住みやすいのよ」と言いたかったが、やはり言葉にならなかった。
 堅苦しい挨拶を済ませて、いよいよ車に乗り移る。いつものように、夫が、車椅子から抱えるようにして車の助手席に運びあげてくれる。助手席に腰を下ろしながら、夫の今日のこの力仕事が、新しい生活の始まりを告げていると思うと、何故か心が痛むのだった。車の後部座席は、既に、幾つかの荷物で一杯になっていた。後ろに車椅子を乗せると満杯になる。ちょっとした旅行に出掛けるいった感じにも思えるが、時々戻ってくることはあっても、本格的には戻ることのない旅だと思うと何だか寂しく、悲しい気持ちになる。気を遣った夫が、年末にはまだ戻って来るよと、意識的に大きな声で言ってくれたのだが、それが却って気持ちを重くするのだった。
 それにしても、本当に絵に描いたような冬晴れの気持ちいい天候だった。旅立ちに相応しい好天である。いたずら好きの神も、この日だけはサービスしてくれているようだった。大きな不幸の中で、そんな他愛もないことに、雅子は小さな幸せを意識するのだった。その一方で、一考のハンドル裁きが、いつもよりも、少しぎこちないように感じられた。妻の今日の旅立ちに、複雑な思いが胸中に去来しているのだろうと雅子は考えていた。
 それでも、車はいつものように、、近江神宮の参道に出で、柳ヶ崎の交差点を左折して国道151号線に入った。 そこからは、湖岸に沿って北上する。月曜日の午前中だったが、幸い、道は空いていて車は快適に走った。雄琴にあるドリームスペースの施設までおよそ9キロの距離で、夫の安全運転でも、20分程度の走行である。建物の切れ目で顔を出す琵琶湖の眺めが清々しい。今までに数え切れないほど眺めてきた琵琶湖だが、今日は何故か神々しく、雅子には映っていた。(以下、明日に続く) 

タグ : たかじん 橋下徹 平松邦夫

412 大詰めの名人戦挑戦者リーグ

 月が替わった。何か急に自分達の環境が変わる訳でもないが、何故か気分は新たになる。プロ野球も、例年通りキャンプインでシーズンに備える。
 しかし、ガソリン国会も、プライム問題も、引き続き先行きが不透明の中での動きが続く。中国製のギョーザの被害が拡大していて、食への不安が拡がる中で、ビール、みそ、チーズ、蒲鉾などの食品の値上げが予定されていて、楽しい話題は見つけ難い。
 しかし、趣味の世界の将棋界は、4月から始まる名人戦での挑戦者を決めるリーグ戦(9回総当りリーグ)が大詰めに来ていて、今日、ラス前の8回戦の5局が一斉に行なわれる。目下、羽生2冠、三浦八段がトップを走り、前回の挑戦者の郷田九段と新たにリーグ入りした木村8段が星一つを追う展開となっている。今日は朝10時から深夜までこの展開を楽しませてもらう。、この戦いには、中東の笛もないし、八百長や談合も、ましてや不正などは存在しない。そこにあるのは、正々堂々のた知恵比べ、読み比べの真剣勝負だけである。郷田九段に勝って欲しいが、果たしてどうか?

2.昨日の雅子(29)
 孫の写真をコピーして飾ってやった。多少は心の和みになるのでは。症状には大きな変化もなく和やかだった。夕方には、明日から移動されるヘルパーさんが挨拶に来られたので、暫しの間、名残を惜しんでいた。

3.連載(377) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(3)

  第一章 入居生活の始まり (その3)
(1)新たな門出 (その3)
 大体の準備が終わったところで、車椅子に座り直して、母親のところに挨拶に連れて行ってくれた。何か、娘が嫁に行く日の朝のようで、雅子は、必要以上に緊張している自分を意識した。
 そう言えば、あの嫁ぐ日のことが、雅子の脳裏に甦ってくるのだった。もう四十年近い前のことだったが、意外に鮮明にその時のことが思い出される。確か、あの日も秋晴れの好天だった。お見合いという古風な形で結ばれることになっただけに、愛だの、恋だのといったちゃらちゃらしたものとは無関係で「まあ、いいか」といった軽い気持ちで決意した結婚だった。母親の「そろそろ決めないと売れ残りますよ」との繰り返しの脅しが決断を後押したのは確かである。それなのに、その朝、両親に挨拶に伺うと、悲しくもないのに、何故か涙が溢れてくるのが不思議だった。「しっかりと尽くすのですよ」と、それまで育ててくれた時と同じトーンの厳しい激励の言葉をもらったのを、今でも忘れていない。その言葉に「どんなことがあっても、戻って来ることは許しませんよ」という強いメッセージとして受け取っていた。そこには、雅子を生んで急死した前妻の後に嫁いできて、五人の子供たちを育て上げた継母の、しっかりと責任を全うしたという自負を感じ取っていたからである。従って、その時の雅子の気持ちは、そんな継母への感謝と同時に、その期待に沿って、明るくて楽しい家庭を築いていきたいという単純明解な希望に満ちたものだった。
 それだけに、夢のない片道切符を手にした先行きのはっきりしない今日の旅立ちとは、天と地の違いを感じていた。換言すれば、今日の旅立ちは、恰も立ち込める霧の中に向かうような心許ないもので、それを口にすることさえ憚られる重苦さを感じていた。それでも、そんな思いは出来るだけ顔に出さないように務めながら、淡々とした気持ちを、義母への挨拶に出向いて来たのだった。
 義母の方も、この日の雅子の旅立ちを独特の古い感覚で捉えていた。とにかく、そんな年齢になって老人ホームに入居することに、この上ない気の毒さを思い、心からの同情が先行していて、雅子と顔を合わせるだけで涙するような気持ちの高ぶりの日々が続いていた。
 いつもは、昼前に起きて、朝食と昼食を兼ねた食事をするのが義母も日課なのだが、この日は、雅子の旅立ちに備えて、いつもよりも早起きして雅子が挨拶に来るのを待っていた。その雅子が挨拶訪れた時には、ちょうどその朝食と昼食の兼ねた食事に手をつけた直後だった。(以下、明日に続く)

タグ : キャンプイン 名人戦挑戦者

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