プロフィール

Author:相坂一考
滋賀県大津市出身
07年1月に推理小説「執念」を文芸社から出版

このブログは3部康成です。1部が「コラム」、2部が連載「難病との闘い」、そして3部が、速報、「昨日の雅子」です。

 

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471 半世紀ぶりの快挙

 年度末というと、いろんなものの変わり目のタイミングで話題には事欠かない。その最たる話題が、混乱が心配されているのがガソリンの価格だ。筆者も、暫くは、車のガソリンの残量を睨みながらの適切な対応を考えることになる。
 新年度からの新たな動きは、他にも多くあるようで、暮らしの面でも年金、医療で新しい制度が始まるほか、身近な動きでは、食品などの生活に直結する面での値上げが目白押しで、我々の負担増が心配である。
 明るい話題が乏しい中で、前向きの話題を強引に拾い上げてみた。ローカルな話題で恐縮だが、JR湖西線の二つの駅名が改称された。一つは、筆者の自宅の最寄の駅だった西大津駅が「大津京」に、妻が入居している施設の最寄り駅の雄琴駅が「おごと温泉駅」に改名された。いずれも地域活性化の一環で、2週間前から改称されている。大津京と云う名称は、歴史的な根拠が曖昧と云うことで一部の反対意あったようだが、単なる方角を示す「西大津」よりは、歴史を反映させた「大津京」の方が、評価できるのではと筆者は思っている。なお、おごと温泉駅には、新たに無料の足湯が設けられていて、観光客の増加を期待している。さあ、この駅名改称は、本当に明るい話題になるのだろうか、活性化に繋がるのだろうか、先行きを見守りたい。
 さて、そんなちまちました話題はさて置いて、この週末の重苦しい気分を一転、明るくしてくれたのが、あの巨人軍の堂々の3連敗の出だしだ。毎年大型補強に惜しげもなく大金を使っている巨人軍だけに、筆者は堪らない痛快さを覚える。報道によると、ヤクルトが巨人に開幕3連勝したのは、1959年の国鉄時代以来で、50年ぶり、つまり、半世紀ぶりの快挙だという。ヤクルト高田監督の高笑いが聞こえてくるようだ。

2.昨日の雅子(87)
 毎月の最終日曜日には体重測定が行なわれる。昨日がその日で、測定結果は、ほぼ前月並みだった。まあまあ、安定した体調が保持されている。この日も通じがあって、このところは低位安定といえそうだ。

3.連載(436) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(63)
  第三章 施設に戻って (9)

(1)定着への頑張り(その9)
 1月17日は雪が舞う寒い日だった。雅子の大学時代の友人が見舞いに来てくれるという。年賀状を見て、初めて雅子の病気の深刻さを知って心配になり、数日前に電話をもらっていた。お住まいが、大阪の南で大分遠いところだということなので、わざわざ来て頂くということで恐縮していた。
 湖西線の快速が停車する最寄り駅の比叡山坂本駅まで、一考が送迎したのだが、結構雪が激しく降っていたので、その気の毒さに、一考も申し訳なく思うのだった、とにかく、ちょっとした投資だったが、車のタイヤを冬用に換えておいてよかったとつくづく思いながら送迎した。
 部屋にお連れした友人の顔を見るなり、雅子の目には涙がいっぱいになった。友人も駆け寄って雅子に一生懸命話しかけてくれた。雅子からの言葉は、殆ど通じなかったと思うが、それでも、二人は、大学時代のことを思い出し、旧交を温めていた。恐らく、友人は、雅子の変わりように驚かれたと思うが、そんな素振りを見せずに、一生懸命に語りかけてくれた。そこには、雅子の言葉の不自由さも、それほど邪魔にはならないような友人の思いやりがあった。雅子も、何とかその気持ちを伝えようと懸命に頑張っていたが、友人は、自らがその言葉の意味を咀嚼して話しかけてくれていた。雅子は大変嬉しかったようで、在りし日の学生時代のことを思い出しているようだった。
 いずれにしても、病気が病気だけに、この種のお見舞いは、極力、固辞するようにしているのだが、それでも、どうしてもというケースもあって、わざわざご足労頂くことも何回かあった。この施設に入居後も、年末にお二人の方のお見舞いを頂戴したが、雅子の気持ちを推察するに、お会いしたいという気持ちには、並々ならぬものがある一方で、自分の惨めさを露呈することになり、心境は複雑なものがあると見ている。一考自身も、せめて、雅子が、もう少し話ができるなら、そういう機会も意味深くなるのだが、如何せん、今のようにお話が出来ないとなると、見ていて気の毒で、あまり気が進まない。また、折角、貴重な時間を割いて来て頂いた方も、手持ち無沙汰だし、その対応が難しいのではないか。特に、この病気が将来に回復の見込みがあるのなら、それなりの勇気付けもできるが、この病気に限っては、「頑張って下さい」としか適当な言葉がないだけに大変なのだ。
 しkし、そんな苦しい状況の中で、一考なら此処まで頑張れるかと思うぐらい雅子が懸命に頑張っているのをみると、胸が痛くなる。
 いずれにしても、正直な気持ちとして、お見舞いに来て頂くことに、躊躇し戸惑っている今日この頃である。(以下、明日に続く)

タグ : 大津京 おごと温泉駅 高田監督

470 卒業 竹村健一

 ちょうどこの時期は卒業式の季節でもあり、人事異動の時期である。先日の14日に、敬宮愛子さんも学習院幼稚園を卒業して、4月からは学習院の初等科に進まれる。また。あのジャイアンツの桑田真澄投手もメジャーから戦力外を通告を受けて、爽やかに現役引退を表明した。卒業、引退といった別れ、旅立ちが相告ぐ季節だ。
 テレビの世界でも、コメンテーターの竹村健一氏が、今朝の出演を最後に「報道2001」から卒業するということで、特番が目下放映中だ。同氏は、1979年からフジテレビ系列の報道番組「世相を斬る」の初回からの出演で、以来、ほぼ30年間、独特な個性、話法で存在感を示してきた。筆者も同氏の「だいたいはね!」{モーレツ」「ビューティフル」とか「マクルーハンの世界」といった言葉が強く印象に残っている。まだ、年齢的には80歳には達しておられない若さだが、さすがに言葉がスムーズに出なくなって来ていて、タイミングのいい卒業だと思う。人間引き際、散り方が大事だが、さすがにそのことをよく弁えた人だといえよう。長い間、ご苦労さんでしたと申し上げたい。
 散り方といえば、昨日の高校野球での北大津高校は健闘空しく爽やかに散った。頂上を狙うにはまだ早過ぎたのだろう。夏に期待したい。

2.昨日の雅子(86)
 穏やかな一日。ここでも人事異動の話があって、ついこの間、2Fから移ってこられたばかりの介護士さんが、4月からまた移動される。雅子もちょっぴり寂しそうだった。

3.連載(435) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(62)
  第三章 施設に戻って (8)

(1)定着への頑張り(その8)
 一人の人間のある側面の変化を追跡することで、そこに投影された結果を通して、対象者の人生の歴史の一側面を捉えることが出来る。雅子の美容院通いのここ数年の変遷の歴史も、まさにその一つであって、雅子の難病の闘いにおける症状の悪化の進捗状況をしっかりと捉えている。
 具体的に、この3年余りの雅子の美容院通いの実情を振り返ってみよう。一考が、雅子の異常を知って急遽帰郷したのは2004年12月末だっただが、その頃の雅子は、自分で車を運転して美容院に通っていた。その美容院は、車で10分程度の距離にあるJR唐崎駅近くのビルの2階にあった。
 しかし、2005年2月からは、これ以上の雅子の運転は危険だと判断し、車の運転は一考が取って代わった。従って、雅子も美容院へは一考の運転の送迎で通うことになった。そのやり方は、送って行ってから、一戸は一旦家に戻り、時間を見計らって迎えに行くという形を取った。ビルの2階への階段を上り下りは、暫くは何ら問題なく、雅子がひとりで行なっていた。
 それから一年少し過ぎた頃から、その階段の上り下りには、一考のサポートが必要になり始めた。そのサポートは、、最初は、手を繋ぐ程度の軽いサポートでよかったが、それから段々とエスカレートし、2006年後半には、次第に雅子の身体を抱えるようなサポートが必要になって行った。そして、2006年12月末がその階段の上り下りの最後となったのである。その時点では、しっかりと抱かかえながら階段を一段ずつ、ゆっくりと必死に上り下りしなければならなかった。今では、それも懐かしい介護の思い出でもある。
 かくして、2007年初めからは、車椅子で通えることが出来る近くのスーパーの店内にある美容院に替えたのである。その店には、この施設に入居するまでのほぼ一年間に8回通った。そして、この日の2008年1月16日、この館内のこのお店に、初めてお世話になることになったのである。
 以上が、この3年余りの雅子の美容院通いの小史である。そこに、雅子の厄介な病気の悪化の進行具合がリアルに投影されているのが分かる。それは、取りも直さず、一考の介護の変化の歴史でもある。
 特に、興味深く面白いのは、介護の困難さが、雅子の病気の悪化と、必ずしも正比例しているのではないことだ。つまり、唐崎駅近くのビルの2階にある美容院の階段を、必死に雅子を抱えて上り下りした最後の通いが、美容院通いの介護に関しては最も大変なMAXの状況であったのだが、それ以降は、車椅子を押したり、作業中の途中の洗髪時に、車椅子から専用椅子に座らせる程度の介護で済む訳で、そのMAX時に比べれば、随分と楽になっているのである。(以下、明日に続く)

タグ : 敬宮愛子 桑田真澄 竹村健一 北大津高校 世相を斬る 報道2001

469 道連れ

  道連れと聞くと頭に浮ぶのは「旅は道連れ、世は情け」というフレーズだ。昔のよき時代の言葉で、今の世の中では、うかつに知らない人について行くと、大変な目に会うこともあり、鵜呑みにすると危険である。そういう意味では、道連れは、一般的にはよくない意味で使われることが多い。
 28日未明に東京の文京区で起きた一家六人の無理心中は「道連れ」の典型的なよくない意味での事例だ。筆者が気にしている介護者が犯す介護殺人も「道連れ」の痛ましい事例だ。
 さて、今朝の日経新聞では一面のトップに「道連れ増税」回避と出ている。乾坤一擲で打ち出された福田新提案が宙に浮く中で、国民生活の混乱を避けようとの「つなぎ法案」で、3月末で期限切れを迎えるガソリン税を除く八つの税に関する法案が、2ヶ月延長されたのだ。
 筆者は、アンチ小沢一郎だけに、国民のためという大儀をかざして、政局を睨んでの、現実無視の勝手な論理を振り回している民主党の対応を、はなはだ腹立たしく思っている。確かに、ガソリン代が1リットル当たり25円下がるのは有難い話しだが、その分の財源補填に具体的な名案があるのだろうか。これは他人事ではない。
 別件だが、今朝の米国女子ゴルフツアーの速報では、二人の日本人プレイヤーの宮里藍上田桃子は、共に予選通過ラインを巡っての戦いだったが、結果的には、宮里が後半にミドルホールでのイーグルがあってパスしたが、上田は完全な予選落ちで、二人は「道連れ」にはならなかったようだ。このところの上田桃子の絶不調が気になる。来週は今年最初のメジャーツアーだけに、心機一転の頑張りに期待したい。
 
2.昨日の雅子(85)
 一考が訪問した時は、ちょうど入浴を終えてベッドで横になっていた。少し疲れもあったのか、珍しく1時間ぐらいうつらうつらしていた。帰り際には「通じ」もあって、平穏な一日であったようだ。

3.連載(434) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(61)
  第三章 施設に戻って (7)

(1)定着への頑張り(その7)
 このドリームスペースの新館である楽裕館の一階に専用の美容室がある。雅子がそこで初めてお世話になったのは、施設に戻って9日後の1月16日のことだった。そこには、常時美容師はいないのだが、予約を受けて、本館(旧舘)にある美容院から美容師さんが出張して来て対応してくれることになっている。従って、以前のように外出の必要がないのが有難かった。
 この日の雅子の予約時間は10時であったが、その少し前に、美容室から連絡があり、それを受けてから車椅子に乗り換えてエレベーターで1階に下りた。初めてということで、介護士さんが同行してくれた。車椅子で、そのこじんまりした店に入ると、一人の美容師さんが愛想よく迎えてくれた。作業は、効率的に待ち時間ゼロで直ぐに取り掛かってくれた。予約制だから、他には客は誰もいない。そういう意味では、美容室は、いわば貸切の状態であり、気分的にもリラックスでき、落ち着いてお願い出来るので、特に身障者には適した環境である。
 また、余計な気遣いをしないで済むことも有難いことだった。一般の美容室では、先ずは、雅子が身障者であって特別な配慮をしてもらわねばならず、事前にそのことを説明してお願いして置く必要があった。それに、他のお客さんも多くおられることもあって、なんとなく気が引けたり、それなりの気遣いが必要だった。もちろん、以前から長く通っていた唐崎の店では、雅子が健康な時からお世話になっていて、途中から、徐々に症状が悪化して行ったから、そんな説明は必要なく、行届いたサービスを頂戴していて、最後の段階になっても、自宅まで行って、対応して上げますとまで言って頂いたのには恐縮した。
 しかし、ここでは、そういう余計な気遣いなどが一切不要で、精神的にも楽なのである。この日はカットだけであったので、作業はあっという間で、ものの半時間ほどで全てが終了した。
 一考にとっても、今までのように、車椅子の雅子を、車で移動する手間と苦労が省けたので、余計な力仕事もなくて、大いに助かった。しかし、帰り際に聞いた話では、毛染めの場合は、本館の美容室でないと出来ないということだった。そうなると、一旦は、館外に出なければならないので、雨が降ったりすると、少し厄介になると一考は思った。なお、この情報は、後になって間違いだと分かるのが、それを知らずに、次回は、生憎の悪天候の中を本館(旧舘)に通うことになるのだ。世の中は、結構、皮肉に出来ている。(以下、明日に続く)

タグ : つなぎ法案 福田新提案 上田桃子 宮里藍

468 やった! 快挙だ!

 多くの話題で賑わった一日だった。
 何と言っても衝撃だったのは、センバツ野球で北大津が、あの横浜を堂々と破って3回戦に駒を進めたことだ。一泡吹かせて欲しいとは思っていたが、勝ちに繋げられるとは思っていなかった。快挙である。ここまで来ると、優勝の期待も現実味を帯びてくる。
 エンディバーが無事に宇宙からの帰還を果たした。宇宙ステーションに「きぼう」という実験室の組み立てに成功した土井隆雄さんの活躍は、その重要な使命を果たすお見事な快挙だった。これからの新たな宇宙時代の幕開けであり、期待は大きい。
 あの松井選手の結婚も、やった!と云う意味ではファンを沸かせたと思う。しかし、本人の勝負はこれからで、今年のレギュラーを確保できるかどうかが注目される。
 前日に連敗を止めた楽天が、昨日も岩隈投手の快投で連勝した。岩隈投手の完封は4年ぶりとのことだ。この快挙に、野村監督も「言うことなし」と言ったそうだ。
 話は飛ぶが、昨日放送されたテレビ朝日の「アップダウンクイズ」特番で、宮崎美子麻木久仁子の活躍はお見事だった。一分間の勝負の連続は、その集中力の限界に挑戦したもので、見ていても迫力満点だった。宮崎美子の優勝は文字通り「やった!」であり感動的だった。筆者は麻木久仁子ファンだが、彼女の魅力を十分に満喫できた。
 そんな一方で、福田総理も、大きく一歩踏み込んで新提案を提示した。来年から、道路特定財源の一般財源化を行なうという。快挙とまでは言えないまでも、現時点ではベストな提案だと思う。しかし、民主党がこれを無視するのはいただけない。話し合いに応ずるべきだ。

2.昨日の雅子 (84)
 お天気が良かったので、初めて雅子を車椅子で屋上に連れて出た。しかし、風が思ったよりも強
かったので、直ぐに戻ったが、雄大な琵琶湖、美形の近江富士の眺望は、少なからず心を癒してくれた。

3.連載(433) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(60)
  第三章 施設に戻って (6)

(1)定着への頑張り(その6)
 この施設では、居住者が皆で楽しむ機会を積極的に設けてくれているようだ。その最初が誕生パーティだった。施設に戻って4日目の1月13日の日曜日に、この日吉グループで、1月生まれの居住者を祝うお誕生日パーティが行なわれた。雅子もその一人で、もうお一人の方のHさんの二人がお祝いされる立場だった。
 この日は、たまたま霧子姉さんもお見舞いに来てくれていた。あの入居日に来てもらって以来の訪問で、久し振りに妹との水入らずの面会を楽しんでいた。恐らく、霧子さんも、言葉がますます聞き取り難くなっているのを感じ取っていただろう。一考が、午後に顔を出した際には、ちょうど二人で意思疎通を図っていた最中だった。誕生会があると聞かされて、雅子も一言喋ろうと「有難うございます」を一生懸命に練習していた。
 パーティは、3時のおやつの時間が充当され、皆でケーキと飲み物を楽しみながら、歌を歌ったり、カラオケを楽しもうというのだ。最初に、この日吉グループのユニットリーダーの松井さんがりーどして、ハッピバースデーを皆で歌って楽しんだ。その後は、お話を楽しみながらのカラオケに移った。このグループには、カラオケのお好きな元気な長老Mさんがおられて、その方が一人頑張ってマイクを握っておられた。若手の男の介護士の柊さんは、なかなかの芸達者で、リクエストに応えて、何曲か得意な曲を披露され、雰囲気を盛り上げておられた。一考も、昔のことを思い出し、ちょっと歌ってみたい衝動に駆られたほどだった。明るい雰囲気の中で、誕生会は、それなりに盛り上がったものになった。 パーティは4,50分ほどであったが、最後に誕生日の二人の挨拶に映ったところで、雅子に代わって、一考がマイクを握った。
 「楽しいお祝いをして頂き有難う御座いました。残念ながら、本人はなかなか言いたいことが言えない状態ですので、私が代行させて頂きます。私達は結婚して40年になりますが、雅子には、今日が一番盛大な誕生会ではなかったかと思います。長いお付き合いになると思いますが、これからも宜しくお願いします」と締め括った。終わって、部屋に戻ると霧子さんから、「雅子にも一言、喋らせてあげたらよかったのに。あれほど練習していたんだから」との一言に、気がつかずにでしゃばり過ぎたことを反省した。 (以下、明日に続く)

タグ : 北大津 土井隆雄 エンディバー 松井選手 岩隈投手 アップダウンクイズ 宮崎美子 麻木久仁子 福田総理

467 顔の表情

 名は体を表すというが、顔の表情は、その人の現況、心理状態などを如実に表している。
 あの石原都知事のこのところの顔つきは、今までに見たこともない憔悴した苦悩の顔だ。新銀行東京を設置した政策の失敗で、更に400億円の出資をするという。引くに引けないというが、都民は納得は出来ないだろう。
 昨日の楽天、野村監督は、さすがに嬉しそうだった。「初春や、初物尽くしの 初勝利」とご機嫌で、筆者が昨日期待していた勝利の女神のお陰だろう。
 国の代表である福田総理の顔は、表情に乏しく、今では、全く冴えない顔の代表格だ。手の打ちようがないどうしようもない苦境に追い込まれているが、それでも、KYな受け答えでこなしているのは大したものだと言えるのかもしれない。
 一方、昨日の朝も、府内に若手を集めて自分の考え方をぶっている橋下大阪府知事は、厳しい問題を抱えながらも明るいのがよい。何かをやってくれるのだろうとの期待が高い支持率に繋がっているのであり、それを裏切った時点で、瓦解が起きると思われる。しっかり頑張って欲しい。
 そういう意味では、今の自分の顔はどんな具合なのだろうか。明るくないのは確かだが、見たくはない顔である。

2 昨日の雅子(83)
 このところ、通じがなかったので、看護士さんんから便秘薬の服用を勧められた。お昼の3時頃で、筆者が傍にいる時だった。本人の意志を確認すると、服用はもう少し待ってということだった。そして、その直後に通じがあった。やはり、本人が一番分かっているようで安心した。同様なケースが、3月8日にもあった。服用の準備に入った直前で、この日と同じように通じがあった。(昨日の雅子の65を参照)
 便秘薬の服用は、インターバルと服用の時間帯の選択が重要で、それを誤ると、介護士さんに迷惑を掛けることになるので、細かな神経を遣う。服用後、効果が出るまでの時間が大事なのだが、自宅で介護していた時は、4日目の就寝前に服用していたが、殆どの場合に、翌朝、朝食前後に通じがあった。しかし、この施設に入居しての2回のトライ(昨日の雅子、57と62を記録参照)では、効果が早くあって、深夜に、介護士さんに大変な迷惑を掛けた、筆者の感触では、失敗したこの2回は、雅子の体調と服用間隔、或いは服用時間、タイミング(夕食後)に、微妙なバランスの齟齬があったのではと見ている。

3.連載(432) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(59)
  第三章 施設に戻って (5)

(1)定着への頑張り(その5)
 翌日からは通常の介護生活に戻った。 12月の3週間の体験で、ここでの生活のリズム、パターンはほぼ体得出来ていて、食事、洗顔、トイレ、それに入浴といった介護の基本については、雅子は身体で覚えていた。従って、10日間のブランクがあったが、それほど大きな影響はなく、直ぐにその感覚を取り戻すことはできたようだった。
 一考の心配をよそに、雅子はむしろ、施設での生活の方が身に合っているといった感想を口にするようになり、一考は、安心する一方で、若干複雑な気持ちだった。早く、新しい環境に慣れてくれたことは大いに歓迎すべきだったが、その一方で、自分の存在感が希薄になって来ていることへの寂しさを感じていたからである。
 さて、雅子が入居して以来、いわゆる、旧舘の自立棟にいる姉の伸子がよく顔を見せてくれるようになった。妹のことを思って訪ねて来てくれるのだが、無口な性格なのでほとんど会話がない。ただ黙って、雅子の手首をさすってくれている。しかし、雅子が思うように口を利けないので、会話にはならない。二人が黙って並んでテレビを見ている姿は、とても重苦しい感じがして仕方がない。見舞ってくれる気持ちは有難いのだが、変な静寂の時間で息苦しい。一考がいる場合は、雅子に話しかける一方通行の会話になっている。雅子におやつを出す際にも、伸子のことも考えなければならない。しかし、伸子は、たとえ出してあげても、食べようとしないから、始末に悪い。もともと、伸子が自立棟に入居する話から、一緒なら相互に都合がいいのではとの姉達の判断で、雅子も、この施設にしたのだが、その主旨は生きていない。
 伸子がいてくれる間は、介護士さんも遠慮して顔を出さないようにしておられるので、雅子も、結果的に放置された状態になっている。
 ところで、入居直後から、心配していた雅子と介護士さんとのコミニケーションだが、結局はこれといった名案がなく、地道に介護士さんが見計らって雅子の部屋に顔を出してもらっていることで、今のところは何とか凌いできている。つまり、雅子と介護士さんとの阿吽の呼吸が大事な絆になっている。それに、一考が、午前、午後の2回の訪問で在居中は、その役割の一端を担っていることになる。しかし、伸子さんの来訪は、そういう意味でも、あまり役立っているようには思われない。(以下、明日に続く)

タグ : 石原都知事 野村監督 福田総理 橋下大阪府知事

466 ぼやきは永遠なり

 野球も、高校野球、プロ野球が始まって、春が実感できる今日この頃だ。昨日からはMLBが東京で始まり、レッドソックスの松坂投手が凱旋の開幕投手としてマウンドに上がった。しかし、さすがに緊張したのか、立ち上がりは制球も悪く、ホームランを打たれるなどで2点を献上した。しかし、3回以降は立ち直って何とか面目を保った。本人は、思わぬ不出来に「ぼやき」たかったに違いない。その一方で、押さえに出てきた岡島投手は、しっかりとその役目を果たし、勝ち投手になったのはさすがである。
 「ぼやき」と言えば、楽天の野村監督だ。惜しい試合が続いての連敗中で、「ぼやき」も絶好調のようで、「ぼやきは永遠なり」と開き直っていた。今日辺りは、勝利の女神に微笑んでもらいたいのがファンの願いだ
 「ぼやき」は野球だけではない。福田党首(首相)も、日銀総裁が決まらず、道路特定財源の暫定税率の問題では全く埒が明かず、支持率がどんどん低下する一方で、今や、「ぼやき」のオンパレードかもしれない。日常生活に影響を及ぼすことになる「ぼやき」には、国民も「ぼやき」たい心境だ。

2.昨日の雅子(82)
 雅子の部屋に顔を出したタイミングは、ちょうど入浴を終えてベッドに横になった直後だった。安らかな表情に、筆者もほっとしたものを感じた。最近は、目がぱっちりと開かない状態が多く、少し気になっているのだが、それでも、きちんと見えているという。この日、大津市から車椅子購入時のサポートが承認された旨の書状が届いた。現在は無料でリースしてもらっているが、新しい車椅子が近々届くことになる。

3.連載(431) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(58)
  第三章 施設に戻って (4)

(1)定着への頑張り(その4)
 その日、帰宅した一考に一通の郵便が届いていた。出し先をみるとドリームスペースからのもので、待望(?)の請求書第一号が同封してあった。初めての請求書で、一考は、ちょっとした緊張を覚えながら開封した。通信簿をもらったような緊張を覚えての中身の確認だった。契約前に大よその見積もりなどで、ある程度の予測額を頭に置いてはいだが、それでも、実際に幾ら掛かったのかは、今後の対応を考える上で大事な実績結果である。
 恐る恐る中身を見て、一考はとりあえず、「そんなものだろう」と思う気持ちと、「やっぱりそれだけ掛かるか」といった気持ちが交じり合った複雑な心境だった。一考の頭の中では、「これは3分の2ヶ月分」であるというフレーズがリフレインしていた。一ヶ月通したものでないと考えると、頭の片隅に潜んでいた不安が拡がるのだった。やはり、一月をフルに通した額を確認することが大事で、改めて、来月以降の結果を確認する要があると自分に言い聞かせるのだった。管理費や、介護費用などの大きな費用が、契約日が10日であったことから、3分の2で日割り計上してあったからである。
 いずれにしても、先の見通しが立つまでは、なるべく節約し経費の低減に務めようと考えていた。その意味では、既に、おやつ、飲み物については、午前と午後の2回の訪問時に、自前で自分がサービスすることにしていたし、便秘用のファイバ−スティックやテッシュペーパー、トイレットペーパーなどの消耗品なども、一考が持ち込んでいた。また、お姉さん達が、見舞い時にジュースやスナックを置いて行ってくれるので、それらをあてがうことで、経費削減には役立っっていた。また、お風呂で使う洗顔石鹸や湯上り後のクリームなどの化粧品は、雅子が今まで家で使っていたものを持ち込んでいる。明日には、目がむしゃくしゃするので目薬を持ち込む予定である。
 細かいことだが、ちりも積もればの精神である。しかし、他の皆さんと違った扱いをお願いすることになるので、介護士さんたちに、余計な気を遣わせることになるのが気掛かりだ。「細かいことを要求するおっさんだ」と思われるだろうが、背に腹は換えられない。何しろ、年金生活者であるだけに、その辺りの細かい努力は、見通しがはっきりするまでは、欠かせないと思うのだった。(以下、明日に続く)

タグ : 松坂投手 岡島投手 福田党首 野村監督

465 人生の宝物

 心地よい二日酔いでこのブログを書いている。それというのも、昨夜は、久し振りにお会いしたお二人とご一緒したことで、羽目を外すほどおいしいお酒で舞い上がっていたからだ。お二人とも、仕事を通じて知り合ったのだが、筆者が現役を退いた今でも、こんな素晴らしい関係が保たれていることに、人生の幸せを覚える。
 一人は、まだ現役ばりばりの繁和産業社長の東代清隆さん、一人は、元東邦化学取締役だった遠藤政二さんで、三人で席を共にしたのは昨夜が初めてだった。
 東代社長は、以前のイメージとはお変わりなかったが、厳しい経済環境の中で経営を司っておられるどっしりとした貫禄が今まで以上に滲み出ていて、さすがだという印象だった。同氏には、昨年に筆者が初めての本「執念」を出版をした際に、望外の力強い応援を頂いたのが嬉しく、感謝、感謝の連続だったのを思い出す。また、筆者の会社の仲間だった何人かが、今では社長の会社でお世話になっているのも、嬉しい話しである。
 一方の遠藤さんは、筆者が東レから出向して、新しく設立されたトーレ・シリコーン(今の、東レ・ダウコーニング)に移って、初めて営業を担当していた時に、重要顧客の一つだった東邦化学の技術責任者だった方である。今では、悠々自適の人生を楽しんでおられるのだが、その容貌は、当時とは大きく変わっておられ、普段着姿の親しみがあった。海外にも繁く足を運んでおられるのだが、いわゆる観光地を巡るのではなく、スマトラ、ニューギニア、更にはサハラなどの野性味溢れ世界を廻ってでおられる辺りが並みではない。
 そんなお二人と昔話に花を咲かせたひと時をエンジョイしたが、気の置けないお二人との会話に、介護疲れだった魂が洗われたような心地を味わった。素晴らしい友人は、人生の掛け替えのない宝物であるとつくづく感じた一夜だった。

2.昨日の雅子(81)
 この日の午前中にお墓参り済ませたことを報告すると、ほっとした表情で雅子は「有難う」と言ってくれた。前日に、雅子から頼まれていたのだ。最近ではこのように細かなことにも気を遣う雅子が多く見受けられる。特記事項なし。

3.連載(430) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(57)
  第三章 施設に戻って (3)

(1)定着への頑張り(その3)
 施設に戻って、三日目の1月10日は通院日だった。幸い、この日も好天だったので有難かった。もともと、この通院を済ませてから、施設に戻って来るつもりであったのを、自分の介護の限界を悟り、桜井係長さんのアドバイスで、急遽、施設に戻っていたので、施設からの初めての通院となった。
 病院の予約時間、2時30分なのだが、この日は、その前にMRIを撮影することになっていたので、1時間前には到着していなければならなかった。そのために、多少の余裕を考えると12時前には、この施設を出なければならない。
 従って、昼食は皆さんとは別に、11時過ぎに一考が用意したカステラ、みかん、それにソフトドリンクで、簡単に済ませた。そして、お薬、歯磨き、トイレの一連の段取りを済ませると、ちょうどグッドタイミングになっていたので、部屋を出て階下におりて、雅子を車に運び込んだ。雅子を車に乗出るのが一仕事である。
 施設を出たのは、ほぼ予定通りの12時少し前だった。そこからは、雄琴駅(今はおごと温泉駅)近くのインターチェンジから湖西道路に入る。この道が西大津バイパスにつながっているので、時間的には、今までの自宅からに比べても15分ぐらい長く掛かる程度で、以前とそれほど変わらない。いつもの通り、山科から五条通に出て、河原町通りを通って京都駅に向かう。幸い順調に走り、1時過ぎには病院に到着した。少し早かったが、受付に行くと、直ぐにMRIの撮影が可能だと言う。早いに越したことはないので、予約時間より1時間近く早かったが、直ぐに撮影をして貰らった。そのため、2時半の診察までには少し待つことになった。
 診察では、撮りたてのMRIのフィルム写真をみながら、春日医師は「やはり、左右の差が大きく出ていますね」と写真の部分を指差しながら説明してくれた。しかし、今後どうなるかについての説明はなかった。新しいお薬が出たのでそれを試してみたいという話があった。何でも挑戦してみるのが、今の一考の考え方なので、お薬が一種類増えることになるが、その提案を受けた。いずれにしても、治療に関しては、先生の知見と判断に任せるしかない。
 なお、この日から、お薬は、看護士さんからの要求で一包化して貰うことにした。介護士さんが服用させやすいように、一回分の全てのお薬を纏めて包んでもらうのである。
 全ての段取りを終えて施設に戻ったのは、5時半を過ぎていた。従って、夕食は直ぐに始まった。二人には、多忙で疲れた一日だった。(以下、明日に続く) 

タグ : 繁和産業 東邦化学 東レ・ダウコーニング

464 まさかの幕切れ

 週末のスポーツでは、幾つかの思いもよらないまさかの展開があってファンをびっくりさせた。あのフィギュアの世界選手権で、浅田真央高橋大輔の驚く転倒があった直後だけに、悲喜こもごもの面白さを改めて見せてくれた。とにかく、下駄を履くまで分からないのがスポーツの世界だ。
 最も驚いたのが「さくら散る」だった。2打リードしていた横峯さくらが打った18番のティーショットが少し右にそれてラフに入ったものの、これで勝負あったと思って、チャンネルを大相撲に切り替えたのだが、その後のスポーツニュースで、2位だったはずの韓国の申智愛選手が優勝したと伝えていた。何、何、と思って確認してみると、さくらが18番で50センチぐらいのボギーパットを、まさかの外しでプレイオフになり、その後、申選手がロングパットを決めて逆転勝ちしていた。まさかの逆転劇だった。
 この日のセンバツ高校野球の第二試合で、9回の土壇場で、2本のホームランで同点に追いついた下関商業だったが、延長10回裏の2死2塁で、下関商業のセンターの竹之内君が、飛んできたライナーをまさかの落球で、大阪の履正社に、痛いさよなら負けを喫した。涙の止まらない竹之内君で気の毒だが、この苦い思い出をプラス思考で生かして頑張って欲しい。
 注目された大相撲の2場所続けての同星決戦では、じっくり攻めると思われていた白鵬の意外な速攻が裏目に出て、朝青龍が4場所ぶりの22回目の優勝を果たした。熱戦を期待していただけに、まさかのあっけない幕切れだった。
 スポーツだけではなく、まさかの無差別殺人事件も起きていた。茨城県土浦市で昨日の白昼に刃物を持った男が通行人を殺傷したのである。被害者のまさかの突然の死亡には、その理不尽さに気の毒で言葉がない。この種の事件に打つ手がないのか。他人事ではない。

2.昨日の雅子(80)
 特記事項なし。通じは順調? 喋ろうとする時の口の動きが少し不自然なのが気になる。

3.連載(429) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(56)
  第三章 施設に戻って (2)

(1)定着への頑張り(その2)
 慌しく準備を終えて、家を出たのは午後の2時過ぎだった。一考は、雅子の気持ちが心配だったが、それは一考の単なる杞憂に過ぎなかった。むしろ、雅子は、それが最初からの予定であったかのような自然な受け取り方で、一考が驚いたくらいだった。それというのも、雅子自身が一考の介護を気の毒に思うようになっていて、自らもそのように望んでいたようだった。結果的には、介護に関しては、一考が自らの限界を悟ることになり、寂しく思うと同時に、何か忸怩たるものを覚えたのだった。
  ドリームスペースに着いたのは2時半頃で、一階の大広間では新年のイベントであるコンサートが行なわれていた。迎えに出てくれた介護士さんに歓迎されて、早速その広間の一角に連れて行ってもらった雅子は、その新年の催しに溶け込むのだった。
 雅子を介護士さんに任せて先に部屋に戻った一考は、持って戻ってきた荷物の整理を行なった。そして、それが一段落すると、不思議なことに、自分でも何となく落ち着いた気分になるのだった。
 半時間ぐらいして、雅子が介護士さんに車椅子を押されて戻って来た。入居後、とても親しく、優しくして頂いていた介護士さんで、その方から、早く帰って来たことを大歓迎されて、よほど嬉しかったのか、涙、涙の雅子だった。
 一考は、不思議な気分になっていた。明らかに、雅子は自宅にいた時よりも嬉しそうで明るい顔になっている。せめて、お正月期間だけでも、家族と一緒に自宅で寛いでもらおうとした一考の気持ちだった。しかし、エアコンのトラブルがあったことはさて置いても、こんな楽しそうな雅子の顔を見ていると、既に、雅子は一考の介護の手から離れて、介護士さんたちの優しい対応にしっかりと馴染んでいたのである。これからの長い介護生活を続けることになるだけに、雅子も、早くその生活に慣れようとして、自ら努力していたと思われる。それは一考の望外の展開に結びついていたと言える。
 そのことを、一考は嬉しく思う一方で、ちょっぴりとほろ苦さ、寂しさを覚える複雑な気持ちでもあった。そんな自分に、一考は、人間は、結構わがままで勝手な動物なのだと、つくづく思うのだった。(以下、明日に続く)

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463 北大津高逆転勝ち

 中盤にリードを許して重苦しい試合展開だったが、終盤で見事にひっくり返した北大津高校の執念の勝利だった。2004年夏の大会で、あのダルビッシュに押さえられて大差で負けた相手だっただけに、リベンジできて嬉しかったに違いない。。
 北大津高校は大津市北部の仰木の里にある。今、妻の雅子がお世話になっている雄琴にある施設、アクティバ琵琶のごく近くで、いわゆるレークピアと呼ばれる、自然環境に恵まれた住宅ゾーンの一角にある。その意味では親しさを持って、雅子と一緒にテレビ観戦を楽しんだ。
 滋賀県勢は、スポーツだけでなく何事も余り目立たない県である。つまり、全国的には中位レベルのものが多い県だ。例えば、昨日の夕刊に(毎日新聞)情報公開度ランキングが発表されていたが、滋賀県は19位(前年度は23位)だった。
 それでも、琵琶湖が全国一の湖であるように、探せば幾つかの全国レベルのものもある。最近の新聞やテレビの報道で、比較的上位のレベルのものを拾い集めてみた。このコラムでも書いたが、2005年度の男子の平均余命の伸び率が全国トップ(367)、国宝の数が全国5位(388)、更に、日経新聞が土曜版で毎週発表している先週のアンケートで、「光に映える夜桜の名所」で三井寺が9位にランクされている。
 スポーツでも、多くは低調なレベルにあるが、それでも、2005年には野洲高校がサッカーで全国制覇、野球も2001年夏の大会で、近江高校が準優勝を果たしている。果たして、今回の北大津高校は何処まで勝ち進めるか、次の相手が強豪の横浜勢であるだけに容易ではないが、一泡吹かせて欲しいと淡い期待をしている。

2.昨日の雅子(79)
 特記事項なし。時々、思い出したように、息子のことや衣服のことなどの細かなことを口にする。季節の変わり目で気になることも多いのだろう。

3.連載(428) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(55)
  第三章 施設に戻って (1)

(1)定着への頑張り(その1)
 一考の当初の予定では、1月10日が雅子の定期の吉田病院への通院日だったので、その日の診察を終えて、その夜は、もう一晩自宅で過ごし、翌日の午後にドリームスペースに戻る予定を考えていた。しかし、年明けからの気分的な落ち込みと予想外の体力の消耗が、全く予期せぬ展開に繋がることになった。
 事の始まりは単純だった。雅子の施設への帰還日程を、通院の日に診断を終えれば、自宅に戻らずに直接施設に戻ることにしようと考えた。それは、予定より一日早く戻ることになるために、施設に変更の電話を入れたのである。苦情を受けたブログの書き換、修正を終えた直後だった。電話を受けて頂いたのが、介護の責任者の桜井係長だった。彼女の機転の利いた応接が一考の変心を決断させることになったのである。
 「お一人での介護は大変だと思いますよ。何なら、今日からでもいいですよ」と思い切った声を掛けてもらったのである。彼女の優しく甘い声が何とも心地よく一考の胸に響いた。
 「でも、10日に通院がありますので、それだけは済ませた方がいいと考えているのですか」一考が、少し考えるように返答した。
 「病院へはこちらから、直接向かわれてもいいんじゃないですか。その方が楽ですよ」適格なアドバイスである。人の話を聞くだけでなく、そこから明解な方向を指し示す辺りは、さすが、優れた管理職の証である。一考は改めて彼女の能力に惹かれるものを感じていた。そして、そのタイムリーな提案に、どうしたものかと一瞬ためらった一考だったが、そのまま階下にいる雅子にその意思を確認して、急遽、そに日の午後に、施設に戻ることにしたのである。電光石火の決断だった。
 もし、一考の電話に、他の方が出ておられたら、そのような展開になっていたどうかは分からない。それだけ、桜井係長には、決断と実行を促す強い何かを持っておられる方だと一考は改めて、その魅力を思うのだった。
 家族一緒で、家庭での介護を施してやりたいと一時帰宅をさせたこの年末年始の一考の思いも、エアコンの故障と言うアクシデントもあって、その意図したことが果たせないまま、急遽、予定変更で施設のドリームスペースに戻ることになったのは、実に皮肉な結果であった。
 軸足を家と施設で半々ぐらいにしたいとさえ考えていた一考の思いは、早くも、もろく崩れ始めていた。(以下、明日に続く)

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462 落胆から歓喜への執念

 期待の浅田真央の演技は、のっけから衝撃的な、滅多に見られない大転倒から始まった。絶望の淵から不死鳥のように立ち上がった浅田真央は、最後まで渾身の演技を展開し、勝利への執念で頑張った。しかし、それが金メダルに届いたのは、やはり奇跡と呼ぶべきものだったと思う。
 演技が終わった直後の結果速報では、そのようなアクシデントの事は全く伝えられていなかっただけに、その特番は、心を揺さぶる驚きの感動劇となった。結果的には、二日目の自由演技では、韓国のキムヨナ選手がトップを奪ったが、浅田真央のずば抜けた演技力が高く評価されて、転倒の失点をカバー出来て、総合での奇跡のメダルの奪取となった。あれほどの派手な転倒をして、優勝した事例は、恐らく初めてだろう。
 この種の採点競技でいつも思うのは、その採点の微妙さだ。昨日の競技でも、素人目には、あの中野友加里のミスのない演技が、何故そんなに低い採点だったのかとの疑問がある。
 これで、日本女子選手としては1989年の伊藤みどり、94年の佐藤有香、2004年の荒川静香、昨年の安藤美姫に次いで5人目の優勝で、17歳での制覇は最年少という。暫くは、日本女子フィギュアは黄金時代が続くことになりそうだ。
 なお、最後まで競技に挑もうとした安藤美姫の執念も立派で、視聴者の胸を熱くさせた。 
 いずれにしても、いろんな意味で大きな感動を与えてくれた日本の3選手に、大拍手を送りたい。(敬称略)

2.昨日の雅子(78)
 午前中、近くの幼稚園生の慰問があり、初めての貴重な体験を楽しませてもらった。雅子の身体の不自由さに、相手してもらった幼稚園生も、少しびっくりされたようだ。昼食後は入浴、さっぱりしたところに実姉の霧子さんのお見舞いを受けて嬉しそうだった。朝からの楽しい日程で、少し、疲れたかな? といった感じであった。

3.連載(427) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(54)
  第二章 年末年始は自宅で (15)

(4)円形脱毛症(その2)
 円形脱毛症は、雅子には新たに起きた変化だったが、このお正月期間の介護を通じて気がついた事は、老人ホームに入居する前に比べて、介護がずっと大変になっていることだった。施設へ入居する3週間前までは、それほど意識することなく、一考一人で無難にこなしていた介護だったが、僅か3週間の施設での入居生活後には、この年末年始の限られた期間だと言うのに、一考は、大変な負担を感じるようになっていた。自分の体力が劣化したこともあろうが、やはり、介護そのもののに、大変さが増していたのだろう。
 その最たるのが、夜のトイレが新たに加わったことだった。夜中に一度起きるのは、一考には、思った以上に肉体的な負担となったと思われる。夜勤担当の方がおられる施設では可能であっても、一考一人が24時間介護に当たる場合は、どうしても無理が利かなくなるのだった。それも、一日や二日の短期間限定ならなんとかなるのだが、一週間以上も続くと寝不足からくる体力の消耗が激しく、腰の痛みや身体の節々の痛みにつながり、介護を遂行するのを妨げるようになるのだった。
 エアコンの故障も直って、やっと落ち着いたのが1月5日だったが、朝から腰が痛むので、一考は、久し振りにコルセットを着けて対応していた。幸い、母親の食事は、妹の美希子が作っておいてくれたもので間に合わせられるということで、スキップできた。
 しかし、その一方で、年明けと云うのにも関わらず、一考の気分は冴えなかった。それと言うのも、一考の気掛かりなことが全て面白くない方向に動いていたからである。その一つは株の動きだった。米国の年明けの株価、それを受けての日本の株の大幅な下げは、今年の景気の低迷を予測させていたし、現実的に大幅な含み資産の減少は気分を重くさせていた。また、趣味の世界でも、将棋の名人戦挑戦者決定リーグで、期待していた郷田九段が、年明けの最初の対局で、大事な星を落として挑戦者争いから脱落したことも、ファンとして心の拠り所失う面白くない結果だった。
 それらに加えて、一考の気分を一層重くしたのは、連載中のブログの内容で、関係者の方から苦情を受けたことだった。それは、雅子の姉の霧子を通じて伝えられたが、気分的には、少なからない落ち込みとなった。確かに、そのブログの表現に、一考の不用意な勇み足の部分があったことは不徳の致すところだが、それまでの構想の変更を迫られることにもなった。とりあえず、施設名を仮称のドリームスペースに置き換えて、苦情の対象となった部分を書き換えたり、削除したりして対応した。1月8日の朝方のことだった。(本章は今回で終り、明日からは第三章 施設に戻って を連載します)

タグ : 浅田真央 中野友加里 安藤美姫 伊藤みどり 佐藤由香 荒川静香 キムヨナ

461 アラジール症候群

 昨日の春分の日、関西の朝日放送が「こども未来プロジェクト」と題して特集番組を放映していた。その中で、大阪市に住む幼い子供、「真翔(まさと)」君の難病と闘う家族を取り上げていた。病名は初めて聞く「アラジール症候群」という10万人に1人という珍しい病気で、原因はまだはっきりと解明されていないという。我妻の闘っている「パーキンソン病」は、1000人に1人というから、如何に珍しい病気かが窺える。
 病気は、染色体の異変によるもので、肝機能障害、心血管系や骨格系の異常、更には、風貌などの変貌、発育障害、知能障害などの懸念があるという。人によってその障害の出方に個人差があり、将来への不安を含んだ病気のようだ。この放送で見た範囲では、身体が異常に痒くて、かきむしってしまって、身体が血だらけになっていた映像が、大変痛ましかった。ただ、この病気は、いわゆる難病指定されている123疾患には入っていない。
 世の中には、こうした大変な病気と闘っている方が多い。筆者達も、そんな方々の頑張りに勇気をもらって、しっかりと頑張ってゆきたい。

 全くの別件だが、先ほどのインターネット速報で、注目していた女子フィギュア世界選手権で、浅田真央が初優勝、中野友加里が4位という結果が配信された。とにかく、おめでとう と申し上げたい。なお、安藤美姫選手は棄権したようだ。今、NHKの7時のニュースで、速報で簡単に結果だけを伝えていた。さすがに、優勝したという大きなニュースは、夜のフジテレビの録画放送まで、缶詰には出来ないようだ。

2.昨日の雅子(77)
 平穏な一日。特記事項なし。拙書の未発表の作品を朗読して聴かせているが、その感想は、そんなに面白くないという。がっかり。

3.連載(426) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(52)
  第二章 年末年始は自宅で (14)

(4)円形脱毛症(その1)
 エアコンの故障騒ぎの中で気づいたのが、雅子の円形脱毛症だった。その日の入浴を終えて、頭を拭ってやっている時だった。雅子の頭のてっぺん辺りの部分の毛がなくなって、ぼっかりと穴が空いているのを見つけたのである。
 正直言って驚きだった。円形脱毛症と云う言葉は幾度も耳にはしていたが、実際にそれを身近に見るのは初めてで、文字通り、円形に髪の毛が抜けていたのである。見た目には気持ちのいい光景でないことは確かである。
 インターネットで調べて見ると、、頭に十円玉大の脱毛部分が出来る病気の事で、その原因については、はっきりと分かっていないとある。考えられる原因としては、「精神的ストレス」「内分泌異常」「自己免疫疾患」「遺伝的素因」等があるという。最も有力な説として「自己免疫疾患」があげられ、精神的なストレスがきっかけになるということもあるという。ストレスが原因で、生活環境に変化がなかったかを見直す必要があると説明してあった。
 この説明を読む限り、原因は明らかだった。長い難病との闘いがあって、施設に入居したという大きな環境変化である。難病でなくても、施設に入居したことの変化だけでも、その原因になりそうで、そこに厳しい難病の悪化が進んだ訳で、そうならないのがおかしいとも言えた。
 ここ丸3年以上、雅子に付き添っていて思うのだが、雅子が実に我慢強いことだった。病気の悪化が進行する厳しい状況の中でも、ほとんど弱音は吐かなかった。強い意志で頑張り、逆に夫を支えていたと言える。
 病院などで、痛い注射を打たれるような物理的な痛さだけでなく、こんな状態になって、身近な人からの厳しい言葉、心無い批判に対しても、精神的に乱れることなく、それに反論をすることなく、じっと堪えていた。一考は、その健気な雅子の頑張りには、頭が下がる思いだった。
 しかし、さすがに、雅子の身体は正直だった。こんな形でその意志、辛さを表現したのである。一考は、思わずその円形の部分をなぜてやりながら、こんな厳しい虐めをしている神様に、もう、この辺にしておいてくれと、そっと呟くのだった。(以下、明日に続く)

タグ : アラジール症候群 真翔 浅田真央 中野友加里 安藤美姫 パーキンソン病

460 許せない報道談合

 インターネットでの報道では、スエーデンのイエーテボリで行なわれているフィギュアースケート世界選手権の女子フィギュアの第一日のSPで、浅田真央が2位、中野友加里が3位、安藤美姫が8位、韓国のキムが5位だったと報じている。1位はイタリアの選手で、浅田真央とは僅差であり、逆転優勝の期待は大きい。しかし、今朝のテレビ各局はこのことは、今のところNHKをも含めて一切報道していない。いわゆる、報道協定、談合によるものである。それは、今夜7時から、フジテレビで放送があるためだ。この種のことは、ゴルフでも常に行なわれていて、放送時間までは、スコアのインターネット速報も中断される。
 ニュースを缶詰にしてタイムリーな報道をしないとはどういうことか。ドラマなら放送時間までの缶詰は当たり前なのは分かる。さすれば、スポーツはfドラマなのかと言いたいが、恐らく、誰もがそうだとは言わないだろう。しかし、そう考えているふしはある。編集して放送される内容は、盛り上げんがために、過去の結果をしつこいぐらい織り込んで、肝心の勝負の放映を焦らせている。そのやり方がまた気に食わない。スポーツだから、ストレートに分かり易く結果を伝える手法を取ってほしい。デコレーションで飾り付け過ぎた手法は、いらいらさせて不愉快だ。
 いずれにしても、、独占放映権を取った局のために、各社がそれに協調すると言うのは、自由主義国家である日本では納得できない。速報性を命にしている報道を、缶詰にしている今のやり方は、即刻改めて欲しい。独占権を主張するなら、生中継をして速報性を大事にすべきだろう。ゴルフのように、数時間ずらせて録画放送するなら、「まあ、まあ」とも言えないでもないが、今回のフィギュアのように20時間以上も缶詰にしているのは如何なものか。因みに、ゴルフ中継の場合、外国のツアーであれば、放送の有無に関わらず、インターネット速報は中断しない。
 話は少しずれるが、HNKが将棋トーナメントを主催し放映している。これが録画放送であることは承知の上で見ているが、勝負の結果は放映までは原則として発表されない。これは、NHK主催であるから納得だが、それでも、今年からは、決勝戦は生放送に切り替えた。英断だ。
 このインターネット時代にニュースの缶詰は無理でもあり、極めていただけない対応であると苦情を申し上げたい。

2.昨日の雅子(76)
 午前中、別館(旧舘)にある美容院へ。カットと染めをしてもらって久し振りにすっきりしてご機嫌だったが、何と、2時間半もかかってしまった。予約してあったのだが、別のお客さんとかち合ったからのようだった。身障者で大変だったが、雅子は少し長い待ち時間でも、しっかりと耐えていた。生憎、終わった時点では、雨が本降りとなってしまい、車椅子を運ぶ車でのお迎えを頂いた。感謝、感謝。
 3時頃からは、今月のお誕生会があった。雅子のお隣の部屋の方が、米寿を迎えられたのだ。皆で楽しいひと時を過ごしたようだ。所用があったので、筆者は途中で失礼した。

3.連載(425) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(51)
  第二章 年末年始は自宅で (13)

(3)エアコントラブル(その5)
 結構、時間の掛かる作業だった。前日の段階でフィルターのほこり取りが不十分と言うつまらぬ原因で迷惑を掛けたということで恐縮していたことが、実はそうでなかったことで、一考は、一応の面目が立ったのではといった変な気分になるのだった。作業が終わる頃は、短い冬の日が終わり、もうすっかり暗くなっていた。お陰で、漸くにしてエアコンの暖かさを回復することが出来て、二人はほっとしてお正月気分を取り戻そうと気を取り直すのだった。
 結局、大事なこのお正月の期間で、足掛け三日間に渡ってエアコントラブルのとばっちりを受けたことになり、折角の雅子の一時帰宅を、台無しにしてしまったのは残念なことで、全くの想定外のことだった。世の中、思うようには運ばないものだと、一考は、今年も前途多難を思うのだった。
 そして、そのことを象徴するような形で、世界の経済界も大荒れの出だしで、新しい年が始まっていた。ニューヨークの米国株価が大幅なダウンで始まり、その影響を受けて、東証の大発会でも、日経平均で616円という史上何番目かの大幅なダウンでのスタートとなった。それは、今年の経済界の大変さを示唆するものだと取りざたされる始末だった。そこには、いわゆるサブプライム問題の根深さを物語っているのだが、その底深さ、広がりが見えていないという証でもあった。そして、その次の日のニューヨーク株も、東証の動きを受けて二日連続の大幅ダウンとなり、それを切っ掛けに世界同時株安のスパイラルが始まっていた。ここでも、寒さが身に沁みる出だしとなったのである。
 幸いだったのは、この間、静岡にいる四女の美希子が帰って来てくれていたことで、母親の食事作りから解放されていたことで、一考には久し振りの開放感になっていた。
 週明けには、障害者手帳の変更手続きの申請を行なった。審査に1〜2ヶ月掛かるという。とにかく、じっと待つことになる。
 そんな、こんなで、ばたばたしている間に正月は過ぎていった。(以下、明日に続く)

タグ : 浅田真央 中野友加里 安藤美姫

459 空席

 一般的には空席と聞くとほっとすることが多い。飛行機や新幹線などの予約する場合はその典型で、会社などの人事でも、次は誰がつくのか、自分をも含めてある種の期待に繋がる。
 しかし、今度の日銀総裁の場合の空席はどうしても避けなければと言われてきていたが、遂に、その空席が実現することが確実となった。政府が十八日に出した代案の「田波耕治」に、民主党が不同意を決めたからである。先に武藤敏郎氏に不同意をした際に、旧大蔵次官経験者には反対だとしていた民主党に、再びその経歴の持ち主を選んできた福田総理に「空気が読めない」ということで、反発が広がっているそうだ。今朝のニュースでは「空席になっても大したことはない」という民主党員の発言が伝えられていたが、そんなことなら、そんなに騒がなくてもという気もするのだが。
 別件で、昨日、一昨日はうっかりして、このブログの通しナンバーを誤って付記し、その結果、456から466までが空席ではなく、空白になっていました。これも、どうでもいいことかも知れないが、訂正しお詫びします。
 なお、筆者の妻の雅子は難病と闘いながら、施設に移っていますが、筆者の妻の座が空席になったわけではありません。つまらぬ空席論でした。

2.昨日の雅子(75)
 昨日は筆者の大きなへまがあって、介護士さんたちに迷惑を掛けてしまった。抱き上げてかわいがっていた子供を、うっかりとして落っことしてしまい、怪我をさせたような大失態のへまだった。いかん、いかん、少しぼけたのかなあ。

3.連載(424) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(50)
  第二章 年末年始は自宅で (12)

(3)エアコントラブル(その4)
 実を言うと、オリジナルなこの日の予定は、午後に京都の吉田病院に行くことを段取りしていた。車椅子購入に関して、市からの資金援助を受けるために、身障者手帳の更新手続きに必要な医師の診断書を受け取るためだった。診断書は年末に出来上がったとの連絡を受けていたのだが、役所も休みに入っていたので、来週の月曜日の役所の実質的な仕事始めに間に合えばと考えていて、受け取りは、この日で、タイミング的に間に合うと考えていたからである。それが、朝からのエアコントラブルの再発で、さあ、どうしようかと戸惑っている時だった。
 従って、竹中さんからの電話で、市役所が今朝から実質的な仕事が始まっている話に、そうだったのかと驚きながら、どうやら、今日は診断書で、ばたばたする一日になるんだと苦笑するのだった。
 「それなら、直ぐにお持ちしますので、そこで待っていて下さい」一考は、そう言って、慌しく家を出た。市役所までは7,8分の距離である。
 「急なお願いで申し訳ありません」持ってきた保険証を手渡すと、竹中さんは恐縮してそう言って頭を下げた。
 「雅子のことですから、こちらがお礼を言わなくちゃ。年始早々からご苦労様です。4日から市役所で仕事が始まっているとは思ってもいませんでした。本当に、有難う御座います」一考も恐縮して頭を下げた。そして、それに必要な診断書の作成のお願いは、午後に病院に出掛けるので、自分が持って行く方が少しでも早くなるのではと申し出た。
 その日の午後、一考は吉田病院に向かった。テクノサービスの方が来られるまでに戻らねばならず、今年最初の京都への慌しい往復となった。
 テクノサービスの技術屋さんの二人がお見えになったのは、その日の午後4時頃だった。昨日来られた方に、新たに一人が加わっていた。コンプレッサーの交換には溶接技術が必要で、そのための技術者が同伴したのである。
 作業は、戸外での厳しい寒さの中で行なわれた。一考は、自分のたってのお願いを受け入れてくれた二人に感謝の気持ちで、その作業を見守っていた。作業は、戸外に設置している部品を解体してのコンプレッサーの取替えであった。(以下、明日に続く) 

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458 強さの持続

 今朝の日本テレビワイドショーで、女子モーグルのW杯で、年間総合優勝を果たした上村愛子選手について、かつての優勝者の荻原健司選手が、スキーの総合優勝の難しさを語っていた。生身の人間であるだけに、シーズンを通じて好調を持続することに、大変な難しさがあることを指摘していた。実績のある方の話には説得力がある。世界の舞台で勝つことの素晴らしさ、凄さを改めて教えてくれた今朝のズームインだった。
 好調さの持続と云う意味では、生涯の記録、勝ち星の数は、その凄さを裏付ける記録だ。昨日、64勝目を、昨秋からの5連勝で達成したタイガー・ウッズの強さは、同氏の健在さを示した勝利だった。たまたま、今朝の早い時間でNHKが録画放送をしていたのを見ていたのだが、最後の8メートルのロングパットを決めて、躍り上がった姿には、勝者の神々しい喜びが表現されていて、実に感動的だった。64勝は歴代3位の記録で、まだ、サムスニードの82勝、ジャックにクラウスの73勝があるが、いずれ、この記録に肉薄してゆくのだろう。大したものである。
 そういう意味で、付記しておきたいのが、尾崎将司選手の113勝(?)、樋口久子選手の73勝というとてつもない生涯記録がある。土俵が違うとか、歴史が違うと言う見方もあるが、とにかく、そのずば抜けた記録には強さを持続した凄さがある、やはり一目置くべきだろう。昨日の女子ゴルフの不動祐里選手が43勝目を上げたが、樋口選手の記録は遥か雲の上である。
 勝負師の凄さは、世界の舞台での勝利がもっとも分かり易いが、他方、勝ち星の数で見るのも単純で分かり易い一つの見方である。振り返って、我が人生には勝ち星と言えるものは、今の妻を娶ったことぐらいである。

2.昨日の雅子(74)
 お天気が良かったので、介護士さんに散歩に連れてもらって気分転換していた。なお、夜中に小用の後、お尻が痛くて眠れなかったと言う。前日昼間のトイレ時の出血と関連があるのだろうか。幸い、その後は痛みはなくなっているという。

3.連載(423) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(49)
  第二章 年末年始は自宅で (11)

(3)エアコントラブル(その3)
 その翌朝、朝起きてスイッチを入れた直後は、順調に稼動していたエアコンだったが、暫くすると、再び動かなくなったのである。朝食が一段落し、一考が二階でブログを配信して降りて来ると、温まっていた部屋が寒くなっていたのである。前日と同じ現象だった。エアコンの噴出し口からエアが全く出ていない。どうしたことか。単純なフィルターの問題ではなかったのか。がっかりして、再び、昨日来てもらったメーカーのテクノサービスに電話を入れた。しかし、受話器をとったご婦人は、昨日のことは知らない方で、話がなかなかかみ合わず、今日は、担当者がそれぞれ、いろいろと予約が入っていて、余裕がなく、対応は明日になるということだった。そこで、一考は、とにかく、前日来て頂いた方に何とか連絡をつけて欲しいと粘り強く申し入れた。相手してくれていた女性は、一考のその粘りに止むを得ず、その方と連絡を取るので、暫く時間を欲しいということになった。物事は、粘ってみるものだと一考はほっとするのだった。
 その粘りが幸いして、その方から電話が入ったのは、一時間ぐらい経過した頃だった。そして、遅くなるが、夕方には何とか訪問してくれることになったのである。その際の話では、どうやら、コンプレッサーを取り替えなければような、厄介なトラブルだと思われるとのことだった。
 とにかく、テクノサービスから遅くなっても来てくれるという電話をもらって、ほっとした直後だった。ドリームスペースのケアマネージャーの竹中さんから突然、電話をもらった。
 「今、介護保険証の更新手続きで市役所に来ているのだが、健康保険証が必要なことが分かったので、今から取りに行きたいので場所を教えて欲しい」という藪から棒の内容だった。
 この日は、1月4日である。まさに仕事始めの日だった。そんな日に、雅子の件で手続きに走ってくれている竹中さんに、驚きと感謝の入り混じった複雑なものを感じていた。エアコン騒動の最中であっただけに余計にそんな気持ちが強かった。幸いに、テクノサービスとの話が一段落していたので、一考自らが、市役所に保険証を持参することにした(以下、明日に続く) 

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457 緊迫の戦い

 中国が自治領としているチベットで騒乱が起きている。中国からの独立を目指す戦いの一環と見ることが出来る。ソ連でも、ユーゴスラビアでもそうであった。民族の独立、自由の獲得には、どうしても血を流す戦いを伴うことになるのは、歴史が証明するところである。これで、北京オリンピック開催に赤ランプが点ってくれば、事態は予断を許さなくなるのだが、果たして、そこまで辿り着けるかどうかは、今のところ分からない。暫くは、緊迫の日々が続くのではないか。
 日銀総裁の後継者問題も土壇場での攻防で緊迫している。福田総理が、今日にでも新たな候補者を提示するとの話もあるが、最終的にどんな裁定を下すのかが注目される。民主党との道路関連法案を巡る緊迫の戦いも大詰めに入って来ている。
 緊迫といえば、昨日の日本女子ゴルフでの不動祐里さんの戦いだった。4打差を追ってスタートした最終日、じりじり追い上げて終盤で一旦トップに立ったが、結局、プレイオフに持ち込まれた。はらはらする緊迫のプレイが続いたが、相手のミスに助けられ、不動が今季初勝利を挙げた。昔の名前が帰って来て、ファンとしては嬉しい一日となった。

2.昨日の雅子(73)
 トイレで少し出血があったのを介護士さんが気づいて看護師さんに連絡、暫く、経過を注意深く見守ることになった。この辺りの連携した慎重な対応に、筆者も、さすが、アクティバ琵琶(施設の実名)はプロの施設だと感心、そして安心を覚えるのだった。なお、この日の午後は、テレビで女子ゴルフを楽しんだ。不動さんの勝ちに、雅子も嬉しそうだった。

3.連載(422) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(48)
  第二章 年末年始は自宅で (10)

(3)エアコントラブル(その2)

 正月最中の2日の昼前ということで、電話がつながるかどうか心配だったが、何と、通じたのである。助かったという思いで、すがるような気持ちで懸命にアシストを求めた。電話に出てくれた女性は、一考のトラブルの内容説明を聞いて「スイッチを一旦切ってリセットしては」とアドバイスしてくれた。「なるほど」と思いながら、直ぐにそのことを試みたが駄目だった。何とかならないものかとすがり付くと、それほど遠くない栗東市にあるテクノサービスが営業していると言うので、そこを紹介してもらって電話を入れた。しかし、事情を話してみたが電話では埒が開かない。多忙で、直ぐには対応できないという。そこで、改めて、近くの電気屋さんに何回か電話を掛けなおしたが、どうしても繋がらない。遂に、仕方なく、この日は諦めて寒いお正月に堪えることにした。
 翌日も、寒さとの戦いだった、とりあえず、午前中にお墓参りを済ませて来てから、電気屋さんに改めて電話すると、ラッキーなことに、今度は電話が通じ、しかも、社長が電話口に出てくれたのである。年末にはお見舞いの花を贈ってくれた社長である。雅子が帰宅している事情を承知してもらっていたことから、そのテクノサービスに強くお願いしてもらったことで、急遽、点検に来てくれることになった。これこそ地獄の中での仏であった。ともかくは、社長の顔が利いたことに感謝、感謝だった。
 技術の方がお見えになったのは、午後3時過ぎで、早速点検してもらった結果、原因はどうやらフィルターのつまりではないかと云うことになり、早速それを水洗いしてもらったところ、何と、ちゃんと作動するではないか。「なあんだ、そんなことだったのか」と肩透かしを食らったような気持ちだったし、そんな程度のことで、わざわざ多忙な中も煩わせてしまったことに、逆に恐縮するのだった。
 ともかく、解決できたことにほっとし、テクノサービスの方には丁重な挨拶をしながら、常日頃の手入れをしておけば防げたトラブルだと反省するのだった。電気屋さんに電話すると、社長は「ファイルターの詰まりでしたか」と、少し力ない返事だった。折角、自分が強力にお願いしたのだが、ユーザーサイドの管理不足という単純なトラブルだったことで、少々ご不満だったかもしれない。
 ともかくも、暖かいお正月が戻ってくれたことで、二人は、小さな幸せを覚えていた。しかし、である。不幸は、それで終わったわけではなかったのである。(以下、明日に続く)

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456 愛子さん、頑張る

 元気で頑張っている「愛子」さんの話である。
 14日に学習院幼稚園を卒業された敬宮愛子さんの元気な姿をニュース映像で見た。その日の夕方に、天皇、皇后両陛下を皇太子、雅子さんと3人で、皇居、御所に訪問された時の映像だったが、そこにはすこぶる元気に頑張っている(?)愛子さんの姿があった。あの羽毛田宮内庁長官から両陛下への挨拶が少ないと苦情を受けて以来の訪問だったそうだ。そういう意味では、確かに訪問頻度は多くないように思う。四月からは、愛子さんもいよいよ学習院初等科に進まれる訳で、皇太子、雅子さんもその辺りの配慮は必要だろう。
 スキーのモーグルの上村愛子さんは、このところ絶好調で、今期のワールドカップでは5連勝を飾り、堂々の総合優勝を果たした。1998年の長野オリンピックでは7位だったが、10年かかって頂上に登りつめた。ご立派である。2年後のバンクーバーオリンピックでの金メダルが期待される。皮肉にも、あの長野で金メダルを取った里谷多英さんは、その後変な話題を提供してくれたが、肝心の競技では冴えていない。
 さて、元気な愛子さんがもう一人、筆者のごく身近にいる。手前味噌で恐縮だが、筆者の母親だ。今年で96歳になる。相方だった父親が97歳で他界したのが2000年の暮だったが、それよりも長生きする可能性が出てきた。ここまでくると、生きるのも大変だが、懸命に頑張っている。

2.昨日の雅子(72)
 特記事項なし。前日とほぼ同じ状況でまあまあ平穏な一日。 

3.連載(421) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(47)
  第二章 年末年始は自宅で (9)

(3)エアコントラブル(その1)
 1月2日の朝だった。思いも寄らないトラブルに見舞われた。エアコンの故障である。しかも、それが悪いことに、雅子が大半の時間を過ごすリビングのエアコンだった。
 一考が二階の自分の部屋でブログを終えて、雅子の部屋に降りて来ると、部屋が少し寒かった。雅子に「寒くないかい?」と聞くと、少し寒いと言う。エアコンを確かめると、風を吹き出す口から風が出ていないのだ。どうしたのかと、いろいろリモコンをいじってみたが、どうしても温風が出てこない。これは困ったことになったと思案して、いつもお世話になっている購入先の電気屋さんに電話を入れた。しかし、生憎、お正月である。誰も電話には出ない。
 折角、雅子が帰って来てくれているのに、暖が取れなくてはどうしようもない。とりあえず、今は使っておらず。2階にほおってあった電器ヒーターを持ち出して来て一時凌ぎを図る。しかし、部屋全体を温めるにはパワー不足だった。生憎、石油ストーブは持ち合わせていない。折角の雅子の帰宅に水を差されたようで、一考は面白くなく、そのリカバーに焦燥感を覚えていた。
 驚いたのは、一考がこのエアコンの扱いについて、全く知見を持ち合わせていないことだった。急遽、その取扱書を探したのだが、それがどこにあるのか見つからない。一年半前に、この部屋をリフォームした際に新たに購入し取り付けたエアコンなのだが、その時に台所や風呂のオール電化を同時に行なったので、それらの説明書などと一緒に保管していると思っていた。しかし、その中にエアコンの説明書だけがない。何回か繰り返し探したが見つからなかった。
 やむを得ず、一旦諦めて昼食を取ってから、改めて部屋全体に捜索範囲を広げて探したところ、やっと部屋の隅から見つかってほっとした。そして、直ちに故障の説明部分に目を通したが、それに該当するような説明を見つけることが出来なかった。困ったことになったと、半ばやけになってその説明書をテーブルの上に投げ出した。その時、ラッキーが微笑んでくれたのである。その裏のページに書かれていたメーカーのコールセンターの電話番号が目に付いた。藁をも掴みたい心境だった一考は、とりあえずその番号に電話してみた。(以下、明日に続く)