中盤にリードを許して重苦しい試合展開だったが、終盤で見事にひっくり返した
北大津高校の執念の勝利だった。2004年夏の大会で、あのダルビッシュに押さえられて大差で負けた相手だっただけに、リベンジできて嬉しかったに違いない。。
北大津高校は大津市北部の仰木の里にある。今、妻の雅子がお世話になっている雄琴にある施設、
アクティバ琵琶のごく近くで、いわゆる
レークピアと呼ばれる、自然環境に恵まれた住宅ゾーンの一角にある。その意味では親しさを持って、雅子と一緒にテレビ観戦を楽しんだ。
滋賀県勢は、スポーツだけでなく何事も余り目立たない県である。つまり、全国的には中位レベルのものが多い県だ。例えば、昨日の夕刊に(毎日新聞)情報公開度ランキングが発表されていたが、滋賀県は19位(前年度は23位)だった。
それでも、琵琶湖が全国一の湖であるように、探せば幾つかの全国レベルのものもある。最近の新聞やテレビの報道で、比較的上位のレベルのものを拾い集めてみた。このコラムでも書いたが、2005年度の男子の平均余命の伸び率が全国トップ(367)、国宝の数が全国5位(388)、更に、日経新聞が土曜版で毎週発表している先週のアンケートで、「光に映える夜桜の名所」で三井寺が9位にランクされている。
スポーツでも、多くは低調なレベルにあるが、それでも、2005年には
野洲高校がサッカーで全国制覇、野球も2001年夏の大会で、
近江高校が準優勝を果たしている。果たして、今回の
北大津高校は何処まで勝ち進めるか、次の相手が強豪の横浜勢であるだけに容易ではないが、一泡吹かせて欲しいと淡い期待をしている。
2.昨日の雅子(79)
特記事項なし。時々、思い出したように、息子のことや衣服のことなどの細かなことを口にする。季節の変わり目で気になることも多いのだろう。
3.連載(428) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(55)
第三章 施設に戻って (1)
(1)定着への頑張り(その1)
一考の当初の予定では、1月10日が雅子の定期の吉田病院への通院日だったので、その日の診察を終えて、その夜は、もう一晩自宅で過ごし、翌日の午後にドリームスペースに戻る予定を考えていた。しかし、年明けからの気分的な落ち込みと予想外の体力の消耗が、全く予期せぬ展開に繋がることになった。
事の始まりは単純だった。雅子の施設への帰還日程を、通院の日に診断を終えれば、自宅に戻らずに直接施設に戻ることにしようと考えた。それは、予定より一日早く戻ることになるために、施設に変更の電話を入れたのである。苦情を受けたブログの書き換、修正を終えた直後だった。電話を受けて頂いたのが、介護の責任者の桜井係長だった。彼女の機転の利いた応接が一考の変心を決断させることになったのである。
「お一人での介護は大変だと思いますよ。何なら、今日からでもいいですよ」と思い切った声を掛けてもらったのである。彼女の優しく甘い声が何とも心地よく一考の胸に響いた。
「でも、10日に通院がありますので、それだけは済ませた方がいいと考えているのですか」一考が、少し考えるように返答した。
「病院へはこちらから、直接向かわれてもいいんじゃないですか。その方が楽ですよ」適格なアドバイスである。人の話を聞くだけでなく、そこから明解な方向を指し示す辺りは、さすが、優れた管理職の証である。一考は改めて彼女の能力に惹かれるものを感じていた。そして、そのタイムリーな提案に、どうしたものかと一瞬ためらった一考だったが、そのまま階下にいる雅子にその意思を確認して、急遽、そに日の午後に、施設に戻ることにしたのである。電光石火の決断だった。
もし、一考の電話に、他の方が出ておられたら、そのような展開になっていたどうかは分からない。それだけ、桜井係長には、決断と実行を促す強い何かを持っておられる方だと一考は改めて、その魅力を思うのだった。
家族一緒で、家庭での介護を施してやりたいと一時帰宅をさせたこの年末年始の一考の思いも、エアコンの故障と言うアクシデントもあって、その意図したことが果たせないまま、急遽、予定変更で施設のドリームスペースに戻ることになったのは、実に皮肉な結果であった。
軸足を家と施設で半々ぐらいにしたいとさえ考えていた一考の思いは、早くも、もろく崩れ始めていた。(以下、明日に続く)
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