プロフィール

相坂一考

Author:相坂一考
滋賀県大津市出身
07年1月に推理小説「執念」を文芸社から出版
14年7月に、難病との戦いを扱った「月の砂漠」を文芸社から出版

このブログは3部構成です。
 1.タイトルへの一言。
 2.独り言コラムで、キーワードから世の動きを捉えようと試みる。
 3.プライベートコーナー
   (2015-06-03に修正) 

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501 世界ランキング

 一昨日の28日に発表されたプロテニスの世界ランキングで、錦織圭選手(18歳)が、世界ランキングで、99位にランクされた。日本男子としては松岡修造選手以来、12年ぶりに世界ランキングトップ100入りを果たした。同氏の18歳3カ月でのトップ100のランク入りは、20歳11カ月の松岡選手の記録を塗り替え、日本男子史上最年少記録である。
 2月のデルレービーチ国際選手権でのツアー優勝で、一躍、注目を浴びたシンデレラボーイであるが、その後、順調に力を付けてきている。専門家の見る目では、50位以内にはあっという間に入れるだろうし、松岡選手が持つ日本男子最高の46位も、決して夢ではないという これからの更なる活躍に期待したい。
 日本人が世界で頑張ってくれているニュースは、国民の士気を高揚させる嬉しい、楽しい話題だ。オリンピックの年でもあり、多くの日本人選手の活躍に期待している。
 ちなみに、他のスポーツでの日本人選手の世界ランキングの上位選手を拾ってみた。
 先ず、特筆すべきなのは、フィギュアスケートの世界だ。高橋大輔浅田真央のお二人が、それぞれが、堂々と男女のトップを占めている、他にも、女子では、3位に安藤美姫、5位に中野友加里が入っていて、フィギュアースケートは、まさに日本人が誇れる数少ない世界である。(4月6日現在)
 ゴルフでは、男子は、谷口徹が44位で、日本人で最上位という寂しい現状だ。最近人気の石川遼君は397位である。(4月21日現在)。一方の女子では、上田桃子が10位、横峯さくらが17位、不動祐里が19位、あの宮里藍が23位で、比較的活況がある(4月26日現在)。この分野でのトップは、男子はタイガー・ウッズ、女子では、ロレーナ・オチュアが断トツで、群を射抜いている。
 卓球では福原愛が11位と健闘、平野早矢香が18位だが、ここでは中国が上位5位を独占している。(4月6日現在)
 このほかに女子バレーは8位(ブラジルが1位、11月20日現在)、男子サッカーが36位(アルゼンチンが1位、4月10日現在)などが発表されている。
 余談だが、政治家に世界ランキングがあったら、福田総理はどの辺りにランクされるのだろうか。とても興味がある。しかし、これは、今の日本人には「知らぬが仏」だろう。

2.昨日の雅子(117)
 3時のおやつの時間にお好み焼きが振舞われ、雅子もおいしく頂いた。この日は、雅子の言葉が大変分かり難く、悪戦苦闘、結局分からずじまいで、今でも気になっている。それ以外の症状には変わりはない。
 この日の帰り際に、雅子の入居以来、ずっと介護を頂いていた、経験豊富なHさんが、4月から他の部署に移動されるということを聞いた。雅子には、いつも優しく介護に当たってくれた人で寂しい話だ。雅子は少し涙ぐんでいた。

3.連載(466) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(93)
  第三章 施設に戻って (39)
 
(5)単身生活(その2)
 さて、いわゆる、その新たな単身生活の日々の実情だが、自分の食事は、いつも、ほそぼそと有り合わせで済ませることが多くなった。母親の食事を担当する日でも、母親の分だけ何とか形を整えるように頑張るが、自分の分は余ったものなどで間に合わせる。特に、翌日の昼食は、その残飯整理で間に合わせている。最近、体重が増加の傾向にあるのが気になるが、そんな食事が影響しているのかもしれない。
 加えて、ビールを飲むのも少なくなって来ている。年齢の影響かも知れないが、安物の缶ビール一本ですっかり酩酊し、直ぐに寝てしまうようになった。若しかしたら、安物のビールがいけないのかも知れない。少し頭が痛くなる傾向があって、それが気力を喪失させてしまい、「寝よう」ということになっている。雅子が傍にいなくなって、寂しさも影響しているのかもしれない。
 その寂しさを最も強く覚えるのが、毎月の4日に行うお坊さんの月参り、それに月一度の御墓参りだ。月参りは、母親が、朝は起きられないこともあって、昨年から、隔月の2ヶ月に一度にしてもらっていた。今年の1月では、一時的に戻っていた雅子が車椅子で顔を出してくれていたが、雅子が顔を出すのはそれが最後で、ドリームスペースに戻った以降では、一考が一人のこともあり、寂しさを一段と感じるのである。御墓参りも然かりだ。一人で、掃除し、お花を飾るのにも、粛々としていて張り合いがない。いずれにしても、このところ、自分が一人取り残されているようで、何とも言えない寂しい気持ちになるのである。
 そんなこともあって、先日、お坊さんにお願いし、時間を、それまでの午前10時を午後1時に変更してもらい、以前の通り、毎月にお参りしてもらうことに戻した。この時間帯なら、母親も顔を出すのが容易になるからである。
 そんな訳で、雅子が施設のドリームスペースに移ったことで、一考の自由度は回復できたが、その一方で、精神的な面で、何事をするにも、寂しさを強く実感するようになってきている。(以下、明日に続く)
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タグ : 錦織圭 松岡修造 福原愛 浅田真央 高橋大輔 谷口徹 石川遼 安藤美姫

500 後期高齢者

 年寄りに「死ね」というのかといった不満が噴出している悪評の対象になっている「後期高齢者」について考えてみた。命名の良し悪しは別として、そういった分類が必要になることもあろう。
 今の日本人の寿命は平成18年の調査では、男が79.00歳、女が85,81歳である。また、75歳での平均余命は、男が11.31歳、女が15,04歳となっているので、大雑把に見れば、日本人全体の平均寿命は82,5歳で、75歳での平均余命は13.2歳となる。
 その数字を元に単純計算すると、今回の後期高齢者という範疇の方々は、およそ88,2歳ぐらいまでは生きるということになる訳で、人生全体の15%を残している方々である。
 人生の最後の15%という長さを、いろんな角度からの喩えで表すと、野球で言えば、8回ワンアウトの状態で、これから最後のクライマックスも用意されているかもしれない。また、一日の長さに喩えると、午後8時半過ぎで、テレビでは、まだまだ楽しい番組が残っている時間帯だ。2時間のサスペンスドラマで考えると、最後の18分に相当し、コマーシャルの時間を除くと、犯人が海の見える高台辺りで、事件の関係者に囲まれて、真相を告白、説明する最後の面白い(?)場面の時間帯だ。
 少し、比喩が独善的ではあるが、まだまだ楽しみが残っている年齢であって、決して死ねといわれる年代ではない。そういう意味でも、ネーミングの拙さが指摘されるのである。厚労省の頭の悪さは今に始まったことではないが、もう少し智恵を使ってもらいたい。
 なお、今日で筆者のブログも500回という節目を迎えた。後期高齢者の仲間入りにはまだ時間が掛かるが、それまで続けられるか分からないが、可能な限り継続をしたいと思っている。宜しく、お願いします。

2.昨日の雅子(116)
 筆者の長姉と妹(3女)が揃って見舞いに来てくれた。平穏な一日だった。なお、新たにお一人が、このユニットに入居され、グループ全体で12人となった。

3.連載(465) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(92)
  第三章 施設に戻って (38)
 
(5)単身生活(その1)
 雅子が、このドリームスペースに入居して、早いもので、この2月10日で、実質二ヶ月が過ぎた。時の流れの速さを感じる一方で、まだ2ヶ月といった感覚でもある。
 雅子の入居当初は、毎日朝夕の2回、この施設を訪問していた一考だったが、今では、通常では毎日1回の訪問に落ち着いている。その背景には、次のような雅子の頑張りがあるからだ。一つには、ここでの生活のリズムにも合わせる努力の結果、介護士さんたちの優しい介護を受けて、漸く慣れ始めたこと、また、言葉の不鮮明さという厄介さを抱えていて、厳しい症状には変わらないが、悪いながらも低位安定といった症状で、雅子がそれに忍耐強く努力しているからである。
 そんなことで、ここにきて、一考が感じるのが、自分が改めて単身生活に戻ったと言う実感である。しかし、それは、現役時代の後半から退職後数年にかけてのおよそ19年に渡って経験した、かつての単身生活とは、その精神的な面でも、肉体的な面でも全く違ったものである。
 当時のそれは、雅子の健康と献身でサポートされた活気ある単身生活であったのに対し、今味わっている毎日は、雅子をサポートしての責任を請け負っての懸命の毎日であって、それは全くの別の単身生活なのだ。今の単身生活では、自分の存在、役割、責任を十分に意識しての懸命の毎日であって、今までになかった生きることの大事さ、大変さを思う毎日となっている。特に、かつては、全てを雅子に丸投げしていたことで、ほとんど一考の意識の中になかった母親や息子達のことにも配慮やサポートをしなければならない役割をも引き受けている点でも大きな違いになっている。恐らく、このような生活が、これから10年、20年と続いていくことになるだろうが、日々、気持ちを新たにして頑張って行きたいと思っている。
 それは、野球の試合に喩えるなら、延長戦に入った長い試合で、もうベンチには、他のピッチャーを使い切ってしまって誰も残っておらない状況で、最後に登板したリリーフ投手の立場と言える。何処まで続くか分からないこの延長戦を、最後まで一人で投げ切らなければならない責任を負った厳しい立場にあるのだ。阪神の久保田投手なら持つかも知れない(笑い)。確かに、二人の息子達が控えてくれてはいるが、彼らはまだ二軍で頑張っていて、一軍登録はされていない。そういう意味で、かつての単身生活とは、全く様相が違う新たな単身生活だと言える。(以下、明日に続く)

タグ : 後期高齢者 久保田投手

499 戦い済んで

 いろんな興味深い戦いに、決着がついた日曜日となった。そこには様々な悲喜こもごもの生のドラマがあった。
 1.福田政権になって初めての国政選挙となった山口2区での衆院補選では、やはり、自民党は完敗した。あまりにも流れが悪すぎたと言えよう。このままではとても解散は出来ない。今後の支持率の動き次第では、総辞職を迫られることになろう。北海道、洞爺湖でのサミットまで持つかどうかが心配である。
 2.昨日の巨人ー阪神は最後は手に汗握る熱戦となった。九回の土壇場で、巨人の守護神、クルーンが出てきた段階で、阪神の負けは必至だった。しかし、である。思いも寄らないことが起きるのだから面白い。赤星選手の活躍は素晴らしかったが、それ以外にも、このドラマを演出した影のヒーローは数多い。守護神様を相手のさよなら勝ちは、一味も、二味も違う。これで、阪神は、開幕以来9カード連続負け越し無しの記録を作った。
 3.テニスの伊達選手の現役復活もなかなかだった。12年ぶりの公式試合で、17歳の高校選手を相手に、出足は勝負カンが戻らず苦戦したが、最後は、きちんと逆転勝ちする辺りは、さすがである。どこまでやれるのか、見てみたい。
 4.期待していた米国女子ゴルフツアー、スタンフォード国際の最終日は、上田桃子選手はよく頑張ってイーブンパーでホールアウト、首位と3打差の単独5位に入った。これで、次週以降の戦いに大きな自信となったのではないか。
 勝ち負けの背景にある筋書きのないドラマには、飽きない面白さがある。しかし、自分の贔屓の方が勝てば気分良くて楽しいが、負けるとがっかりである。今朝の気分は、まずまずといったところである。

2.昨日の雅子(115)
 2時前に、5人の友人を代表して、Mさんがお見舞いに見えた。年末に一度来て頂いている。元気な時には、5人揃っていろいろとお付き合いをさせてもらっていただけに、嬉しさも一入だったようだ。

3.連載(464) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(91)
  第三章 施設に戻って (37)
 
(4)諸手続き(その7)
 その夜、夕食を終えて、二階の自分の部屋で一息ついていた。この時間帯が、一考が一番ほっとする時間帯である。ブログに連載の「難病との闘い」の在庫つくりに取り掛かろうとしたのだが、気分が乗らないので、ぼおっとしてテレビを見ている時だった。近くにおいてある電話が鳴った。中学時代の友人からの電話だったが、伝えられた内容に、一考は一瞬絶句した。つい先日、新しい会社を設立したという案内をもらっていた友人K氏が急逝したというのだった。
 K氏とは小学校、中学校の同窓生で、かつては、雅子がまだ元気な頃だったが、拙宅に来てくれたこともあって、仲のいい友人の一人だった。しかし、その後、恩師の古希の祝宴での筆者の行いがK氏の気にそぐわず、友人関係が壊れた状態が、つい最近まで長く続いていた。お酒の上でのことだったので、その非をを詫びて謝ったのだが、受け入れられず、十年ぐらい音沙汰のない関係になっていた。
 その後、筆者の父の葬儀の時(2000年11月)に、そのK氏が大病を患っていると耳にしたのだが、詳しいことは分からずじまいだった。結果的には、K氏は奇跡的にその大病から回復されたのだが、それを機に、ある方の配慮もあって、二人の再会が実現、急速に昔のような良き関係が戻ったのだった。健康回復後の同氏は、以前と同様に新会社を設立するなど精力的な活動をされていて、すっかり元気を回復しておられたと理解していた。
 そんな中での突然に訃報だった。大病から回復されて1年半でのあっけない別れとなった。通夜は翌日の9日、珍しく大雪が降る中で行なわれた。この雪の意味するものは何なのかと一考は思いを巡らせながら、寒さの中を式場に向かっていた。ともかくも、二人の関係が修復できていたことに、一考は大きな安堵を覚えるのだった。、K氏の大病からの奇跡的な回復は、筆者との関係を回復させるために、神が施してくれた温かい配慮ではなかったかと、一考は、自分勝手な解釈で、神に感謝するのだった。
 葬儀、告別式は、2月10日に、草津市のセレモニーホールでしめやかに行なわれた。同期の仲間二十数人が参列したが、葬儀が終わって、その多くの仲間と昼食を共にしながら、同氏を偲び、語り合った。仲間が、このように一人、一人が減っていくのに、寂しさを覚える今日この頃である。(以下、明日に続く)

タグ : 伊達公子 洞爺湖サミット 赤星選手 クルーン

498 聖火リレー雑感

 注目の長野での聖火リレーは、騒然とした雰囲気の中で、逮捕者6人を出して、整然(?)と行なわれた。とにかく、日本でも、中国のチベット政策にそれなりのメーッセージを発信したと評価している人もいが、ともかくも、お騒がせな台風が過ぎ去ったような気分である。
 昨日行なわれたNHKの列島縦断短歌スペシャルで特選に選ばれた一句が、長野の若い女性の作品で、そのことを詩っていた。記憶が定かではないが、「不条理の 聖火ゆらめき 云々」というもので、言い得て妙の内容だった。特に、冒頭の「不条理」という言葉が効いている。
 願望的に、政治とスポーツは別だと言う人が多いが、この北京オリンピックに関する限り、切っても切れない関係にあることは否定できない。果たして北京オリンピックは無事に行なわれのであろうか。聖火リレーと同様に、整然と騒然の同居の中での戦いとなる可能性もある。
 さて、政治とは関係ない純粋のスポーツの話で、米女子ゴルフツアーの第3日目が終わったが、上田桃子は頑張って3位タイについている。明日はアニカソレンタムポーラークリーマーと最終組でラウンドしそうだ。トップと2打差で、初優勝も夢ではない。筆者は、どうやら、明日未明も早起きすることになる。

2.昨日の雅子(114)
 京都の醍醐にある吉田病院への通院日だった。今回が7回目になるのだが、3ヶ月毎の筋肉の硬化を防ぐための注射を受けた。11時半ごろ施設を出て3時前に戻った。この日から先生が変わっておられた。前任の方が米国へ転勤されるという。雅子は、いつも通りの厳しい症状で、他に特記することはない。

3.連載(463) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(90)
  第三章 施設に戻って (36)
 
(4)諸手続き(その6)
 2月8日のことだった。車椅子を購入する際の資金サポートを得るための手続きに、必要な書類を持って市役所を訪れた日である。この朝、市役所に出掛ける前に、一考は、考えられないような失態をしでかしてしまったのである。
 コンピューターでの株取引で、とんでもないへまを演じてしまった。少しでも早く出かけようとしていたことで、ばたばたと急いでいたことが、そんな失敗に繋がったのだが、それにしても、信じられない大失態だった。
 何と、「売り」と「買い」を間違ってクリックしてしまったのだ。こう書いても信じられない人も多いと思うが、コンピューターが故の単純な失敗で、売るつもりだったのが、買っていたのである。何と言うことか!!
 言うまでもないことだが、売り操作のページと買い操作のページは別々になっていて、本来ならそんな失敗はないのだが、うっかりと錯覚が重なって、売りのつもりだったのを買いのページで注文操作をしてしまったのである。クリックした直後に気がついて、直ちにキャンセルを入れたのだが、残念ながら、間に合わなかった。それも当然で、売るつもりだから、なるべく高い値段を入れている訳で、それが買いとなると、高い値段だから直ぐに売買が成立してしまったのだ。つまり、買いのクリックを入れた瞬間的に売買が成立し、キャンセルするゆとりがなかった。そういうことで、いくら悔やんでも始まらなかった。
 そこで、困ったのが資金繰りだった。売るつもりだから、現金が入って来る訳で、その時点での現金の有無とは関係ない。しかし、買いとなると、その分の支払いのための現金が必要となる。しかし、生憎、その時点では、その口座には殆ど現金がない状況だったので、資金手当てが必要だった。仕方なく、同じ銘柄を改めて元の希望通り売りに出して、その資金を調達して事無きを得たが、手数料などを考慮すると、この売り買いで明らかにマイナスとなった。幸い、大きな取引でなかったので傷口は小さくて済んだが、コンピューターでの株取引は、うっかりするととんでもないことになるから、念には念を入れた操作が必要である。そんなことは百も承知だったが、やってしまったのである。慌てずにゆとりを持って対応しないと大変なことをしでかしてしまうと言う馬鹿な事例を作ってしまった。
 その直後、がっかりと気落ちして車椅子の購入手続きに市役所に向かったのだった。(以下、明日に続く)

タグ : アニカソレンタム ポーラークリーマー

497 注目度は総理より聖火

 注目の聖火リレーが間もなくスタートする。トップランナーの星野仙一さんは準備に怠りがないであろう。土曜日ということで、全国民がテレビの中継に注目しているだろう。何かが起こるのではと言った期待、いや、不安を抱いての野次馬的な関心がないでもない。
 今、画面で見る限り、中国国旗がいっぱいで、長野が何か中国人に占領されているようにも見える。日本人には、何とも面白くない風景である。いずれにしても、異常な聖火リレーであることには間違いない。
 聖火は、昨日の朝、羽田に到着以来、その長野への搬送の模様を、テレビは逐一フォローしながら報道していた。一方、今朝のニュースで福田総理は、昨夕日本を出て、同夜モスクワに到着、今日はプーチン大統領メドベージェフ次期大統領と日露会談が行なわれるという。しかし、そのニュースは、聖火ほど丁寧にフォローされていない。今や、福田総理は聖火以下の存在なのだろうか。ちょっと、寂しい気がする。明日行なわれる山口2区の衆議院補選結果で与党候補が負ければ、更に立場は追い込まれることになる。福田総理には、何か起死回生の隠し球はないものか?
 注目の米女子ゴルフツアーの二日目で、前日トップタイだった上田桃子は、2打落としたが5位タイと頑張っている。最後にパーディを奪って踏みとどまって、決勝ラウンドに期待を繋いだ。
 この週末も、政治、スポーツなどで、いろいろと話題は豊富だ。

2.昨日の雅子(113)
 言葉の不鮮明さ、少し前かがみの姿勢は相変わらずだが、前日とほぼ変わらない症状で、まずまずの一日だった。夏物の衣服を持ち込んで、衣替えに備えた。

3.連載(462) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(89)
  第三章 施設に戻って (35)
 
(4)諸手続き(その5)
 必要な資料を纏めて市役所に正式に車椅子購入申請を行なったのは、翌日の25日のことだった。このところ、雪のちらつく日が続いていたが、この日もうっすらと雪化粧していて、いかにも寒そうな風景だった。受け取った市役所の職員の方は、結論が出るまでには、やはり、1~2ヶ月掛かると告げた。お役所仕事は、時間が掛かるのだ。
 一方、介護保険証が2月末で有効期限が切れるため、その更新手続きが必要だった。しかし、これに関しては、ドリームスペースのケアマネージャーの竹中さんが必要な手続きを、年始早々の1月4日からアクションを起こしてくれていた。ここでも医師の診断書が必要だった。これについては、偶々、その日に吉田病院に、年末に作成が終わっていた身障者手帳用の診断書を受け取りにゆくことにしていたので、、この介護保険用の分についても、一考が直接吉田病院に持参して作成要請をしたのだった。幸い、介護保険の更新手続きは順調に進み、2月半ばには、新しい介護保険証が竹中ケアマネージャーには届いていたようである。
 前にも、述べたことがあるが、障害者にとっては、この種の医師の診断書の依頼を、目的別に何回もしなければならない。具体的には、障害者手帳、介護保険、特定疾患患者手帳のほか、今回のような車椅子購入といった介護サポートに関するケース、更にはマッサージのサービスを受ける場合など、いずれも、書式が少しずつ違った別々の診断書が必要となっている。しかも、その有効期限が比較的短いことから、一定期間ごとに繰り返しの更新用の診断書が必要となる。
 依頼を受けた医師も、多忙な毎日の患者の診断、研究の中で貴重な時間が取られる訳で、同じような内容の書類を、ちょっと違った書式、様式であるとはいえ、繰り返し作成しなければならないのは、手間で面倒で大変であるはずだ。加えて、この種のものは、いずれも、急ぎが要求される書類だけに、タイムリーな作成が必要で、各医師もそのために腐心しておられると思う。お願いをする立場からも、また、作成する担当医師にしても、この種のものは、共通の一本化した様式にしてもらえれば大いに助かるのだ。何とかならないものだろうか。縦割り行政の悪例の典型だが、善処を希望して止まない。(以下、明日に続く)

タグ : 星野仙一 プーチン大統領 メドベージェフ次期大統領

496 危険な風潮、硫化水素自殺

 硫化水素を使う自殺行為が毎日のニュースで取り上げられている。昨日は遂に滋賀県湖南市でも事件が起きた。昨日だけでも、他に高知、八戸、兵庫などでも起きていて、今や、ものすごい勢いで日本全土に広がりつつあって心配だ。今朝の新聞やテレビでは、さすがに、その辺りの報道を控えつつあるようにさえ思われる。しかし、インターネット時代での情報の流れを止めるのは、至難の業ではない。
 かつて、筆者も、苦しまずに死ねる権利があってもいいのじゃないか。そのためには、青酸カリのような薬の入手が、もう少し楽になれば、なんて考えたことがあったが、今や、それが現実となっている。市販の二つの洗剤のような薬剤を常温で混ぜるだけで、硫化水素を発生させることができて、簡単に死ねるのだ。
 筆者も、昨夜、インターネットで確認したが、いとも簡単に情報が入手でき、その方法が淡々とした記述で紹介されているのに驚いた。筆者も、かつてはケミストだったので、この種の薬品は、よく使っていた。しかし、硫化水素が、これほど猛毒であるとは、当時は、それほど認識していなかった。少し前に話題になった練炭の場合と違って、回りの人たちを巻き添えにする危険が高く、他人事ではない。この流行の風潮は、極めて危険で心配だ。政府は、早急に、何らか手を打たねばならないのではないか。
 さて、今朝、少し前に話題の聖火が羽田に到着した。これは、本来歓迎されるべきもので、危険を心配するようなものではないが、現実には、中国のチベット政策を巡っての反対運動で、不測の事態も心配されている。明日のリレーが注目される。
 心配事がいっぱいの今の日本だが、そんな中で、これも今朝の情報だが、米国女子ゴルフツアーで、一日目を終わって、上田桃子がー3でトップタイにいる。危険とは無縁の明るい話題でほっとする。しかし、彼女は、このところ、一つのホールで大叩きすることが多いので、今後の展開には楽観は許されない。因みに宮里藍もイーブンパーで22位タイと健闘している。

2.昨日の雅子(112)
 入居して、初めてのレストランでのお食事会があった。近くのファミレス、ガストでの昼食会である。最初はステーキを頼んだが硬いので飲み込めず、ドリアに変えてもらったようだ。施設では、いろいろと企画し気分転換を図ってくれている。雅子もまずまず順調で、ご機嫌だった。

3.連載(461) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(88)
  第三章 施設に戻って (34)
 
(4)諸手続き(その4)
 翌日、早速市役所に出向き、車椅子購入時のサポート申請に必要な手続きについて確認した。受け取った書類は結構手間の掛かりそうなものだ幾つかあった。また医師の診断書、更には車椅子の仕様書などがあり、どのように扱うか戸惑った。結局、診断書は施設の附属のクリニックの医師に、車椅子の仕様書は、介護用具を扱ってくれていた業者の亀井さんに依頼した。思いの外手間取ったのは車椅子の仕様書だった。
 亀井さんは、多忙にも関わらずいろいろと尽力してくれた。書類作成に当たっては、必要に応じて市役所にも直接電話で内容の確認もしてくれたし、雅子の体型の確認に当たっても、2月の18日には、その測定ために施設まで足を運んでもらって、直接測定してくれて作成に頑張ってくれた。雅子は、久し振りの亀井さんとの顔合わせに、しみじみとしたものを感じながらも、やはり、自分が惨めにもこんなになってしまっていることに、辛そうだったのが印象に残っている。
 もちろん、正式に市からサポートが得られた時点での正式な発注は、亀井さんにお願いすることにしていた。それと言うのも、今使用している車椅子は、正式な発注で購入できるまで、亀井さんのところから借りているからである。確かに、この借用に関しては、当初は、亀井さんとの間で、有償、無償でゴタゴタしたことがあったし、その種のサポートがあるという情報も貰っていなかったという不満があったものの、その後の無償借用や、このように一生懸命になってやってもらっていることで、すっかり解消していた。
 亀井さんから、漸く出来上がった資料を届けてもらったのは、2月24日のことだった。そこには対象となる車椅子の見積り、写真も添えられていて、完璧な書類となっていた。(以下、明日に続く)

タグ : 硫化水素 聖火 宮里藍

495 勝負どころでの勝利

 米国大統領候補を決める戦いで、民主党のヒラリークリントン氏が昨日のペンシルバニア州での戦いを制し、決着を6月以降に持ち越したようだ。追い込まれていた土壇場の勝利で、残り9州での結果如何となる。
 将棋の第19世永世名人に挑戦している羽生善治2冠も、昨夜、大事な第2局で、森内俊之名人に勝って、1勝1敗のタイに持ち込み、残る5局に勝負を掛けることになった。
 プロ野球でも、大事な中日戦で、阪神が接戦を制して、この3連戦を1勝1敗に持ち込み、今夜に開幕8カード連続勝ち越しのプロ野球新記録に掛ける。
 さて、福田内閣の今後の命運に大きな影響を及ぼすと思われる山口2区の衆議院補選は、今週末にその勝負の結果が出る。最新の調査では、民主党候補がリードと各紙が報じているが、果たして逆転はなるのかどうか、興味深い。
 肝心な試合、大事な試合など、ここぞと言う勝負処で、勝ちが取れるか取れないかで、本当の強さが分かる。筆者は、今までの人生を振り返ると、そう言った勝負では、残念ながら、ことごとく負けていた勝負に弱い人間だった。納豆ではないが、粘り、頑張りだけが取柄で、これからも、納豆人生を生き抜きたい。 

2.昨日の雅子(111)
 コミニケーションでの二人の格闘が続いている。雅子が言おうとしている言葉になかなか到達できない。二人とも疲れがたまる今日この頃だ。この日、伊勢から回ってきていると言う獅子舞が、このドリームスペース(実名、アクティバ琵琶)にも登場し、雅子のいるユニットにおいても、華麗な舞い見せてくれた。本格的な格調あるる「獅子舞」だった。入居人には、気分展開には格好な出し物で、雅子も、暫し、それに、じっと見入っていた。

3.連載(460) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(87)
  第三章 施設に戻って (33)
 
(4)諸手続き(その3)
 確定申告以外にも、いろんな手続きに奔走した。その一つが車椅子購入に関する作業だった。そもそも、車椅子の購入で経済的なサポートを得られることが分かったのは、ドリームスペースに入居した直後に、ケアマネージャーの竹中さんから得たアドバイスが切っ掛けだった。
 直ぐに市役所に確認して必要な手続きを開始したが、その手始めは、身障者手帳の更新だった。それまでの身障者手帳では2級扱いだったが、中身の詳細内容で該当していない部分があるというのだった。それも当然で、申請時から雅子の症状が大幅に悪化していたのだが、それが反映されていないからである、
 そのために医師の最新の診断書が必要で、その作成を吉田病院の春日先生に依頼した。ドリームスペースに入居した直後の12月半ばのことだった。そして、吉田病院から、それが出来上がったという連絡をもらったのは、年が押し詰まった慌しい年末になってからだった。既に、役所が休みに入っていたので、その診断書を受け取りに行ったのは、年明け4日の午後である。なるべく早く新しい手帳を入手したいとの思いで、他の必要な書類と一緒に市役所に再申請したのは、週明けの1月7日の午前中だった。
 余談だが、銀行では、通帳、申請書などの書類を渡した場合は、預かり所を発行してくれるのが常だが、役所の場合は、この種の受領証、或いは、預かり証といった類の書類がなく、ただ提出するだけなのが、一考にはとても不安だった。後になって、そんなものは受け取っていないと言われても反論のしようがないからだ。一度、そのことで不満を言うと、持って行った封筒に印鑑を押してくれたことがあった。そんなものでも、貰った事で安心は出来る。しかし、今回は相手を信用して黙ってそのまま引き上げた。その時点では1~2ヶ月程度掛かりそうだということだった。
 しかし、新しい身障者手帳が届いたのは、申請して34日後の2月7日だった。予期していたよりも随分と早く、大変ありがたかった。中身を確認すると、障害度は、それまでの2級から1級になっていたし、中身の詳細項目も、きちんと更新されていた。(以下、明日に続く)

タグ : ヒラリークリントン 羽生2冠 森内名人

494 妥当な判断

 山口県光市の母子殺害事件で死刑判決が出た。広島高裁の極めて妥当な判決だと思う。弁護団がでっち上げたファンタジーには理解を超えたものがあり、許しがたい内容だった。こういう場合は、そんな嘘っぱちの論点を張った弁護側にペナルティを課すべきではないかとさえ思う。
 この判決の速報報道番組を見ていて感じるのは、余計な過当競争が行なわれているということである。各放送局がそれぞれ数人のレポーターを傍聴席に送り込み、次から次へのその状況を報告させる対応の過剰さである。いずれのレポーターも息せき切って走って来てマイクに向かう。報道関係者だけで傍聴席がいっぱいになってしまっているのではと思った次第である。
 話は変わるが、野村社員のインサイダー取引は、許しがたいけしからん行為だ。本人たちの倫理観、妥当な判断の欠如という人間性が問われるだけでなく、企業の情報管理のあり方が問われることになろう。
 昨日の阪神の岡田監督にも妥当な判断が欠落していた。当面のライバルである中日との大事な試合で、絶不調、絶不振の今岡選手を先発メンバーに起用したのは大きな采配ミスである。岡田監督の温情が出たのであろうが、勝負の流れは、ちょっとした判断ミスから大きく変わることが多い。岡田監督どの、今夜は負けられませんぞ!!

2.昨日の雅子(110)
 雅子の足の指に水虫の気配が見られたので、附属のクリニックに連れてもらった。一方、明け方のおしっこのタイミングにずれが続いていて、少し心配。
 雅子が必死に話してくれるのだが、その言葉が分かったときには、本当にほっとするが、そこに辿り着くまでの確認作業が大変である。

3.連載(459) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(86)
  第三章 施設に戻って (32)
 
(4)諸手続き(その2)
 退職時の失敗は、財形貯蓄の扱いを単なる個人預金と考えて、確定申告には何の手続きもせずじまいだった。しかし、これが一時所得ということで、税務署の知るところとなり、後になってペナルティの追徴金を課せられた上に、延滞料の上乗せとなって、多額の追加支払いの要請を受けたのだった。それだけに、その種の轍を踏んではならず、しっかりとした対応をするため、改めて、税務署にその扱いを確認した。
 その結果、最初は、相変わらず、そのまま何もしなくてもいいという説明だったが、不安だったので更に突っ込んで確認すると「譲渡所得の内訳書」を提出しておくのがいいとのアドバイスを受けた。しかし、この書類の作成が結構煩わしく、その理解と対応に時間を食うことになった。
 先ずは、その用紙を、コンピューターから取り出してプリントアウトし、何回か税務署に電話で確認しながら、その作成に取り組んだ。初めての資料となると、どうしても試行錯誤とならざるを得ない。厄介だったのは、やはり償却の総額を算出することだった。結局は、家賃収入を申告する際の償却額を転用することにしたが、それで間違っていないか、不確かで不安だった。しかし、譲渡益が出ていないことは確かであるから、多少の間違いは問題にならないだろうと高をくくって提出した。
 一考にしてみれば、とにかく、提出しておけば、隠していたと疑われることがなくなるだろう。つまり、出すこと自体に意味があるという作業だった。こうして仕上げた資料を税務署に持参して提出をした。2月21日の午前中のことだった。毎年のことだが、これを提出すると、大仕事を終えた気分になってほっとするのである。
 一仕事終えた気分で帰って来たのだが、確認のためのコピーを点検していて、必要な添付資料が二つ抜けていることに気がついた。雅子の身障者手帳のコピーと生命保険の領収書だった。大したこともなかろうと、そのまま黙っていようと思ったが、やはり気になって、数日後に改めて税務署に電話して指示を仰いだ。電話に出た担当者は、いとも簡単に、その資料を郵送しておけばいいという。そんなことでよかったのかと、ほっとして、その手続きをした。2月26日のことである。
 かくして、気掛かりだった作業が一件落着した。雅子の症状が落ち着きを見せていたことで、時間的なゆとりが取れたことが幸いしていたことは申すまでもない。(以下、明日に続く)

タグ : 光市母子殺害 岡田監督

493 戦力外通告

 「戦力外通告」、嫌な響きを持つ言葉である。要するに、今の能力では使い道ないからクビだというのだ。
 遂に、あの野茂英雄選手が、20日、米大リーグロイヤルズから通告された。1994年に米国に渡った日本人選手の大リーガーの実質的なパイオニアだった。華々しい活躍で、イチローを始めとするその後の多くの日本選手を大リーグに向かわせることになった。
 独特のドルネード投法で残した実績は実に偉大だった。123勝109敗、1915奪三振、アメリカン、ナショナルの両リーグでノーヒットノーラン達成といった多くの輝かしい大記録は不滅だ。まずは、ご苦労様と申し上げたい。
 そういえば、今年は、最後まで頑張った桑田真澄投手も、今年3月26日にさわやかに引退を表明した。また、あの水泳のバタフライの銀メダリストの山本貴司選手も、北京オリンピックに出場が叶わなかったことで、昨日すんなりと引退表明した。二人とも、その道での成功者で、残した実績はお見事だった。桑田選手には入団時の騒ぎも、今は懐かしい思い出だろう。いずれにしても、二人は、今後の後進の指導に当たってもらいたい。新しい人材を育て上げることで、彼らも生き返るのだ。
 一般のサラリーマンでも、最近はこの戦力外通告を受ける人も多くなって来ているらしい。組合員は大丈夫だが、管理職はうかうかしてはいられないようだ。
 話は大袈裟になるが、政治の世界でも、この戦力外通告を受けた方がいい人が結構いるように思う。福田総理も、その有力な候補の一人かもしれない。これは国民の判断が決めることになる。福田総理の奮起に期待する。

2.昨日の雅子(109)
 前日に孫の写真を送ってくれていたので、それを印刷して雅子に見せた。早いものでこの4月から幼稚園に通っている。昨夜、所用で電話した際に、その孫と話しが出来たが、なかなかしっかりしていた。筆者も○○バカである。
 雅子の通じやおしっこのタイミングは実に微妙で、一考もその把握に神経を使っている。前夜は、おしっこのタイミングが少しずれたようだ。

3.連載(458) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(85)
  第三章 施設に戻って (31)
 
(4)諸手続き(その1)
 毎年、2月に入ると気になるのが確定申告である。4年前までは雅子がやってくれていたが、帰郷後は一考が引き継いでいた。最初の年の2004年度は、前年に雅子が作成したコピーを参考にしながら手引き書と首っ引きで取り組んだ。手探り状態での対応だったが、それほど苦労もなく仕上げられた。やってみて思うことは、領収証などの必要な資料をきちんと整理してあるかどうかが決め手のようだ。ただし、細かい数字を扱うことから、落ち着いて取り組める時間が必要だ。
 2年目からは、自分が住んでいた東京のマンションを貸したことで、家賃収入が加わったため、書式も、それまでのAタイプからBタイプに変わり、それまでよりは、多少、厄介さが加わった。特に、マンションの償却費の計算が、最初は一人では出来なかったので、マンションの管理会社の方に協力をお願いして対応した。
 3年目の昨年の2月では、前年と同様の対応でよかったので、それほどの苦労もなく、前年度の数字を見直すことで、比較的簡単にやり終えた。いずれの年も、厄介なのは、医療費の控除で、母親、雅子の分に加えて、自分の分もあって、その件数が110件以上と多く、その整理をきちんとするのに骨が折れたが、計算は、エクセルシートを使うことで簡単に処理することが出来た。
 そして、今年もその申告の時期を迎えていた。幸いなことに、2月に入って、雅子がドリームスペースでの生活に落ち着き始めていたので、一考の雅子の見舞いも、それまでの1日2回から、1回に減らすことが出来て、申告書作成のため、落ち着いた時間を確保できるようになっていた。
 また、そのための下準備には、今までの経験をもとに、怠りなきように務めてきていた。つまり、必要な関連資料は、逐次専用のボックスに保管して手落ちなきように心掛けて来ていた。
 しかし、それまでとは違う新たな状況が起きていた。それは、昨年の秋に、施設の入居権を購入するための一時金に充当するため、東京で貸していたマンションを売却したことである。その結果、新たに譲渡所得が発生していて、これをどう扱うかが、一考の新たな課題となっていた。税務署に確認すると、売却価格が、購入価格より相当安い価格だったことで、たとえ償却を考慮しても、明らかにマイナス所得になるため、申告の必要はないだろうという見解だった。
 しかしながら、退職年度の申告で、知見不足から、ある事実を申告をしなかったことで、後になって、追徴金、延滞料などを取られる大失態を経験していたので、いい加減な判断での対応は避けねばならないと、一考は自分に言い聞かせるのだった。(以下、明日に続く)

タグ : 野茂英雄 桑田真澄 山本貴司

492 心無い人に猛省を

 善光寺本堂に落書きがされた。国宝が痛めつけられる事件は少なくないが、痛ましいことである。
 一方、福岡県の大濠公園でチューリップが、また、埼玉県草加市では、パンジーが相次いで切り捨てられるという事件も起きている。心無い人たちのすさんだ行動には言葉もない。
 自分の気に沿わないことでの不満、不服は誰にでもある。反対の抗議行動は認められているが、あくまでも静かに堂々とやればいい。陰湿ないたずら、暴力的な行動はもってのほかである。謹んで貰いたいものだ。
 妻が障害者になって以来、筆者が強く感じていることは、みんな心優しく、親切だと言うことだ。少しでも困っていると、誰かれなく助けていただくことも多く、人の心の温かさに感謝の日々を送っている今日この頃なのだ。しかし、その一方で、上記のような心無い悲しい事件が起きていることに、残念さ、寂しさを思う。人間は、本来は、弱者には優しく、温かい心を持っている動物だと信じている。一部の心無い人間に猛省を促したい。

2.昨日の雅子(108)
 マッサージ付き椅子はリクライニングが効くので雅子の姿勢にバラエティが取れて気分転換にもいい。また、時たまマッサージを作動させることでも効果がありそうだ。一方、言葉が不鮮明なのは相変わらずで、昨日はトイレを訴えていたのを聞き逃すという失態をしてしまった。「なんたるちあ」と反省しきりだった。

3.連載(457) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(84)
  第三章 施設に戻って (30)
 
(4)執行猶予付き単身生活(その4)
 その翌日のブログに書いたのだが、彼女の名前は「八十原」さんだが、その名前を耳にすると、以前から、何故か一考の頭に浮かぶ短歌があった。百人一首の中の11番目の参議篁(さんぎたかむら)(802~852) のものだ。
  わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと 人には告げよ 海女の釣舟 
 この短歌の作者の小野篁は、漢文や和歌などにすぐれた平安初期の学者で、837年、遣唐副使に任ぜられたが、大使と争って乗船しなかったため、隠岐に流罪になったが、その後、ゆるされて参議になった人である。
 この短歌の口語訳は「『篁は小さな舟に乗せられて、海原はるかに多くの島じまめざしていてそこぎだして行ったよ。』と、わたしの親しい都の人たちに知らせておくれ。そこでつりをしているつり舟の漁夫よ。」であるが、そこには「遣唐副使を断ったが故に、隠岐島に流罪になった悔しい気持ちを、途中で出会った漁夫の釣り舟の人たちに、この歌を作って自分の気持ちを伝えた」という背景がある。
 一考のこの短歌の連想は、あくまでも、彼女の名字の一部が組み込まれているという単純なもので、全く他意はなかった。
 しかし、今度の東京転勤という話しを重ねると、偶然であるにせよ、何か特別な意味をもっている様にも思えるから不思議だ。しかし、敢えて、次のように解釈することで、無難に話の辻褄を合せておこう。
 「人生は、常に挑戦することで味が出るものだ。今回の入社後30年を経ての東京勤務は、まさに貴重な挑戦の場を頂戴したもので、今まで以上に自分の力を発揮して頑張ってきますと、皆様にはお伝え下さい」
 つまり、新たな彼女の挑戦の意志表示と解釈すればいいのだ。味のある新たなページが彼女の人生史に付け加わることになるはずだ。時も時、翌日の新聞には「ドル急落99円台」という活字が躍っていた。東京は荒海の中心だ。遣り甲斐のある仕事が待っているはずである。(以下、明日に続く)

タグ : 善光寺 大濠公園

491 聖火リレー

 いよいよ今週の土曜日の26日に聖火リレーが長野で行なわれる。スタート地点だった善光寺が辞退したことで、長野市はその対応に苦慮しているようだ。中国のチベットの人権政策への反対運動が世界に拡がっていて、長野でも不測の事態に備えた対応は欠かせない。中国が送り込もうとした護衛隊(?)を断ったのは当然で、それだけに、しっかりとした万全の警備が求められている。
 とにかく、中国政府に何かのメッセージを発すべきとの考えがあって、それが、短絡的に何か事を起こすぐらいのことがないと、日本は何も言わない国だと誤解されそうだということで、事が起こることを期待する風潮があるのは困ったことである。
 一方、ここに来て、聖火リレーで混乱が起きた英仏で、逆に在住の中国人が反対運動を起こしており、また、中国国内では、フランスの製品の不買運動などもあって、中国サイドからの混乱が広がっている。
 「どうすりゃいいのか、思案橋」 
 古い歌謡曲で恐縮だが、朝っぱらから、青江三奈の「長崎ブルース」の一節が、思わず口を突いて出た。無事に早く終わって欲しいというのが、長野市民の心境ではないか。

2.昨日の雅子(107)
 前日に持ち込んだ電気マッサージ椅子で一騒動があった。午後のいつもの時間に雅子の部屋に顔を出すと、椅子に座っている雅子が身体が痛いという。何事かと思って、一旦、ベッドに寝かせたところ直ぐに治った。ほっとして、再び、椅子に座らせてマッサージを作動させで、効果のほどを確認すると、まずまずだと言う。ところが、マッサージを止めて暫くすると、また背中が痛いと言い出した。いろいろ調べてみたが原因がはっきりしない。ちょうど、介護士さんが来てくれたので、一緒になって確認すると、背もたれの揉む部分が背中の位置で止まっていて、それが痛みになっていたことが分かった。その部分を差し障りのない位置に移動させて、幸い一件落着となった。
 そういえば、在宅時では、雅子の要求で、背もたれに、厚い座布団を置いていたのだったが、その訳も同時に解明できたのである。めでたし、めでたし。

3.連載(456) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(83)
  第三章 施設に戻って (29)
 
(4)執行猶予付き単身生活(その3)
 一考の次の遠出のチャンスは直ぐに訪れた。名古屋で先輩達と楽しんだ数日後のことだった。一考が大阪勤務をしていたのは、もう30年近い昔のことなのだが、その時に一緒に仕事をしていた女性が、東京に転勤することになったので、OBで壮行会をやりましょうとの連絡を頂戴した。かつては、女子社員が転勤することは極めて少なかったのだが、会社も米国主導型になってその種の移動が頻繁に行なわれるようになって来ているようだ。
 しかし、楽しみにしていたその壮行会は、ご本人の辞令がまだでていないということで、一旦は延期になったのだが、差し当たってOBメンバーだけで準備会ということで集まることになった。何か口実を見つけて飲もうというのは、昔と変わらない楽しいことだ。
 かくして、2月16日の夕方に数名のOB仲間が大阪の塚本駅近辺にある料理屋に集まった。皆さんと久し振りに顔を合わせて旧交を温めた。一考は、ここでも復活した自由の有難さを味わっていた。
 そして、延期になっていた壮行会は、辞令の発令を待って、3月13日に行なわれた。愛媛など遠隔地からの参加もあって、多くのOBが集まって盛り上がった。それは、彼女の人柄の良さの証でもあった。久し振りに見る彼女だったが、昔ながらの清楚な感じはそのままで、一考の気持ちも若返っていた。何しろ、入社以来30年間地道に大阪の裏方を務めてきていたので、何故、このタイミングでの東京転勤なのかという疑問が残るが、それをいう資格は今の一考にはない。
 企業が人を大事にすることと、その人の能力を生かすということは、同じベクトル上にあるのがベストなのだが、その一方の大儀だけを振りかざした形で、企業のやり方には大いに疑問がある。今まで、30年以上も地道にやってきた人材に、改めてその能力の活用を図ると言うのには、何か胡散臭さを感じるのである。(以下、明日に続く)

タグ : 後期高齢者医療制度 青江三奈 長崎ブルース

490 この出だしの勢い、本物?

 男子プロゴルフツアーの開幕戦で、話題の新人、はにかみ王子こと石川遼君が、二日目が終わって、暫定ながら首位に立っている。これには全国のゴルフファンも驚いたことだろう。期待はしていても、初戦で、ここまでの活躍は想定はしていなかったはずだと思う。さあ、あと二日をどう戦うか、ツアーは盛り上がらざるを得ない。ただ、9番で166ヤードを放り込むイーグルなどで、ラッキーに恵まれていただけに、この出だしの勢いが本物かどうかは、もう少し展開を見守る必要があろう。人気が低迷していた男子ツアーに、もってこいの救世主が現れたことは確かである。
 プロ野球の阪神の出だしも凄い。昨日も雨の中での戦いを制して、17試合で既に貯金を11にした。安定した戦いが続いていて、今のところ死角が見当たらない。気掛かりは今岡誠選手ぐらいだけだが、力のある選手が何人か満を持して控えているので心配はない。どこまで、この勢いが保てるか、ファンには嬉しい毎日が続きそうだ。
 財政の建て直しに躍起の橋下徹大阪府知事の経費削減への意欲も凄い。出だしから、強引とも言える勢いだ。府下の市長村長からの厳しい反対にあっているが、その勢いは衰えていない。就任してまだ3ヶ月足らずだが、その頑張りには敬意を表したい。
 今の民主党は自民党の失策が重なって勢いだけは増してきている。しかし、そのまま政権奪取に繋がるかどうかは不透明だ。勢いだけでは届かないのか政治の世界かもしれない。

2.昨日の雅子(106)
 筆者の95歳の母親が久子に連れられて3回目の見舞いに施設を訪れた。この日、自宅に残しておいた電気マッサージ椅子を施設に運んで貰うことが急に決まり、見舞いとかち合ってゴタゴタしたが、椅子の取替えは無事終了、雅子も久し振りの椅子に座って、まずまずのご機嫌だった。

3.連載(455) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(82)
  第三章 施設に戻って (28)
 
(4)執行猶予付き単身生活(その2)
 名古屋駅には、約束時間の少し前に到着した。この日は、一考が、時間的にも、精神的にも余裕をもって最初に待ち合わせ場所に着いていた。地元に近い春日井市にいる先輩と、もうお一方が、東京方面から出てこられる大先輩の三人会なのである。大先輩は、三重県の四日市に実家があって、そこに用事があって年に何回か出てこられるのを機に、最初は大先輩と先輩のお二人でお会いされていたのだが、それに、厚かましくも、一考も仲間に入れてもらったのである。
 元々、大先輩と先輩は気心が通じておられるようなところがあって、親しいお付き合いをしておられたことは承知していた。その一方で、一考は、先輩には高校、大学の先輩ということで、ご指導を仰ぐと共に、親しくさせてもらっていたこともあって、幸いにも仲間に加えて頂いたのだった。
 お二人の魅力について改めて述べるまでもないが、大先輩には、その内なる激しさはともかくも、その紳士然たる穏やかさが、一考は気に入っていて、いわば同氏のファンでもある。その容貌は、テレビ朝日の夜の「報道ステーション」のコメンテーターの加藤千洋氏(朝日新聞)によく似ておられて、勝手ながら、自分の父親のような温かさを感じさせてもらっている。
 この日、東京ではかなりの雪が降ったようで、交通機関に遅れが生じ、大先輩もそれに巻き込まれて、新幹線もいつもより一台後になってしまい、少し遅れての到着だった。
 いずれにしても、無事三人が顔を合わせることが出来て、前回と同じ名古屋駅近くのレストランで食事を楽しんだ。この三人の話題は幅広く、政治、経済、社会全般と広く取り上げられたが、中でも、大先輩と先輩の間では、太平洋戦争、司馬遼太郎の「坂の上の雲」の話題がよく語られる。自分は、その辺りには疎いので、黙って聞いているのだが、戦争といった極限の世界での、生き方、更には人間性が議論の対象になり、二人の考え方は、ほぼ同じであるようで、話は盛り上がるのだった。
 楽しいお話が終わって、最後には、妻の様子を聞いて頂いて勇気付けられるのであるが、いつも細かい配慮には胸が熱くなる。これからも頑張って介護生活を生き抜きたいと思う。
 この日は、大先輩と別れた後、時間に融通が利くこともあって、先輩と二人で駅の構内にある喫茶室に入った。近況、OB会のことなど、又違ったレベルの話に打ち解けていた。やはり、時間に制約がないことの有難さを思うのだった。
 名古屋から、直接雄琴の施設に戻ったが、時間は夕方5時半過ぎになっていた。雅子の様子にも変わりなく、一考は、楽しい一日に満足だった。(以下、明日に続く)

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489 橋下徹知事、思わず涙ぐむ

 2月に大阪府知事に就任以降、思い切った経費削減を目指して頑張っている橋下徹氏は、昨日、府内43市町村長と、知事直轄の改革プロジェクトチーム(PT)がまとめた財政再建プログラム試案に対する意見交換会を行なった。しかし、そこで多くの市長村長から厳しい反発の声が相次いだ。孤立した橋下知事は「そこを何とか頑張ってもらいたい」と熱弁を展開したが、思わず込み上げるものがあって、涙ぐむシーンがあった。
 このニュースはテレビのニュースでは各局が取り上げていたが、今朝の、毎日、日経を見る限り、全く取り上げられていない。同じメディアでも新聞とテレビの扱いの違いに、少々戸惑った。
 男の涙はよろしくない言われることが多いが、一生懸命やっていると、感極まることもある。そこまではやり過ぎではとの見方もあろうが、ここで一歩下がれば、一気に崩壊の傷口を作ることになりかねない。「今やらねば、駄目なんだ」と必死に訴える知事の姿は痛々しいが、何処まで頑張れるか、声援を送って見守りたい。
 男の涙といえば、北京オリンピック代表を決める水泳の全日本選手権が行なわれている。一発勝負なので、極めてスリリングだ。昨日行なわれた男子200メール自由形で、リレーの代表選手に決まった一人が喜びで込み上げる涙を堪えていたのが印象的だった。代表に選ばれた各選手の喜びのインタビューを聞いていると、そこまでに至る大変な苦労が偲ばれて、涙の純粋さに心を打たれることがしばしばだ。男だって涙することはある。それを一概に「悪い」と切っ棄てる必要もない。なお、柔道などの他の競技と違って、一発勝負での選考は、厳しいが、すっきりしていて明解だ。

2.昨日の雅子(105)
 雨の中での通院日。今まで3年近く通院しているが、本格的な雨の中での通院は初めてだった。傘を差して車椅子を押すのが大変なのだが、何とか頑張って無事往復を終えた。有難かったのは、診察を終えて、車椅子で駐車場に向かう瞬間は雨が止んでいてくれたことだった。大きな不幸の中での小さな幸せである。

3.連載(454) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(81)
  第三章 施設に戻って (27)
 
(4)執行猶予付き単身生活(その1)
 言うまでもないことだが、雅子が動けなくなった06年6月以降から、07年12月に施設のドリームスペースに入居し、そこである程度生活リズムに慣れて安定した生活が出来るようになった08年3月頃までは、一考には自由になる時間が極めて限られていた。特に、施設に移るまでは、雅子が我慢できる限界の5時間が、一考の最大の外出許容時間だった。結果的に、それを大幅に超えた外出もあって雅子に苦痛を与えたことが何回かあった。
 しかし、ドリームスペースにお世話になったことで、少しは遠くへの外出も、そんなに気にすることもなく可能になったのである。それは実に有難いことである。
 だからと言って、完全に気遣いが解放されたわけではない。母親の食事担当のこともあるし、雅子の施設への見舞いも欠かせないことから、それなりの制約は残っている。いわば、執行猶予付きの単身生活といった感じである。それでも、今までになかった自由を得たことは、砂漠の生活の中にオアシスを見つけたようで、人間らしい一面を回復しつつあることは確かである。
 その最大の恩恵は、多少の遠出が心置きなく出来るようになったことである。今までにも、同窓会やOB会などにも時間制限で顔を出したことも何回かあったが、とにかく、時計を気にしながらの出席で、昔なら喜んで顔を出していた2次会には、後ろ髪を引かれる思いで断念して帰宅せざるを得なかった。
 そして、その最初の遠出のチャンが巡ってきたのは、2月4日のことだった。名古屋で先輩のお二人とお会いする機会である。昨年末に一度同じメンバーでお会いしていたので、筆者にとっては2度目の機会だった。前回は、時間制約もあって、少し無理があるのではと、一度はお断りしたが、JRのダイヤを再確認して、改めて参加させてもらうことにした経緯があった。しかし、今回は、そんなことを心配をする必要がなく、心置きなく参加が可能となったのは嬉しいことだった。
 この日の朝、一考は、ドリームハウスをいつもより早目に訪ねた。雅子に変わりがないことを確認すると、車をその駐車場に置いたまま出掛けることにした。三人の待ち合わせは、前回と同じで、名古屋駅に12時だだった。一考は、ドリームハウスから歩いて最寄のJRの雄琴駅(現、おごと温泉駅)に出て、そこから湖西線で京都駅に向かった。嬉しかったのは、前回に比べて、何よりも、心にゆとりがあることだった、(以下、明日に続く)

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488 滋賀県が4位

 総務省が発表した2007年10月1日の推計人口(日経新聞4月16日付け朝刊)では、都市と地方との流出入の違いが鮮明になったが、滋賀県が人口増加率で全国4位となっていることが分かった。増加しているのは、47都道府県中で10都県で、多くの道府県で減少が目立っている中での貴重な伸びである。ちなみに、1位が東京、2位が愛知、3位が神奈川で、そのビッグ3に次いでの4位は大したものである。
 人口が増えると言うことは、それだけ経済活動が活性化されることになり、喜ばしいことであろう。大阪、京都のベッドタウンとしての増加が大きいのかもしれないが、明るい話題であることは確かである。なお、同時に発表されている老年人口の割合も、19,2%と全国平均の21.5%を大きく下回っていて、これも、沖縄、埼玉、神奈川、愛知に次いで、全国5位と低い。つまり、若い人が増えているのであって、好ましい実情にある。滋賀県には明るい話題だ。
 なお、前に、寿命の伸び率が、男子が全国1位だったことを紹介したが(367回をご参照)、このデータと合わせて考えてみても、どうやら、若い方が大幅に増加しているということが言える。
 ところで、政治にも若さをということになるが、自民党では、小泉純一郎、安倍晋三、民主党でも前原誠司と、それぞれ一旦は若返ったのだったが、安倍さん、前原さんに意外な挫折があって、再び、福田康夫、小沢一郎という古い時代の方に戻ってしまった。若くて政治力のある政治家の登場を、改めて期待している。

2.昨日の雅子(104)
 雅子の実兄ご夫婦のお見舞いがあって、楽しいひと時を過ごした。この日は、このユニットグループの4月のお誕生会があった。兄夫婦が帰った後に、少しだけ顔を出した。なお、この日、新しい入居者がお一人あって、このユニットも11人になった。雅子の入居後、3人目の方である。

3.連載(453) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(80)
  第三章 施設に戻って (26)
 
(3)一日の過ごし方(その9)
 食事関連の仕事を終えて、2階に上がり自分の机の前に座る、ほっとして、ほのかなちょっとした幸せを感じる。これからがある意味では一考の至福の時間である。ブログのアクセス数のチェックとか、連載の「難病との闘い」の新しい在庫つくりを目指すのだが、その内に昼間の疲れが出て来て、テレビをつけたままうとうとした時間を過ごしてしまうことが多い。
 介護の生活に入ってほとんど生産的なことをする時間もなく、せめてブログでも書き続けたいと思っているのだが、思うようには進んでいないのが実情だ。しかし、そうは言いながらも、こうして450回を越える連載が続けられていることに、その内容の良し悪しは別として、ある種の満足を覚えているのも事実である。継続は力なりといわれるが、それはともかく、今の一考には一つの生きがいなのだ。
 この辺りの時間帯はテレビをつけたままでコンピューターで作業するいわゆるながら族なのだが、一考には発散の時間として息抜きにあてているとも言えよう。10時を過ぎると、翌日のことを考えて寝ようとすえるのが大体の日課だが、日によっては、これから思い切って「書く」作業が進むこともある。
 寝室は、雅子が歩けなくなってから一階に移したままになっている。月に何日か自分が面倒を看るつもりで、雅子が何時帰ってきてもいいように介護ベッドも購入して置いてある。しかし、それも、今では一考の体力の限界もあって、叶わない状況にある。そういう意味では、少し寂しいが、その部屋に移ると、精神的にも、肉体的にも落ち着く。ここでも、テレビはを点け、もう一台の古いコンピューターにスイッチを入れて、米国市場のサイトを開いたまま寝て仕舞うことになる。
 このコンピューターは、購入して10年以上経つ代物で、一時は故障してどうしようもなかったが、ヘルプデスクのサポートをもらって、思い切ってリカバリー操作を行なったところ、何と、甦ったのだ。今では、複雑な作業はせず、インターネットを見るだけに使っているが、その限りにおいては完全復活していて殆ど支障はない。米国のダウ株式の速報のほか、米国ゴルフツアーのスコアー中継なども時差からちょうどいいタイミングなので、点けっぱなしにしてあり、時々目覚めた時に、それらの状況をチェックするのはささやかな楽しみなのだ。
 いずれにしても、テレビ、コンピューターを点けっ放しで寝てしまう。このように、一考の一日の終りはあっけないのである。(以下、明日に続く)

487 最高齢記録

 この間の日曜日(13日)に行なわれたロンドンマラソンで、英国籍をもつ101歳のバスター・マーチンさんが10時間掛けて完走した。しかし、 生年月日証明が出せない(フランス生まれの孤児)ということで、残念ながら、ギネス記録には登録されないという。現在のギネス記録は、1976年に98歳のギリシャ人男性が完走したものだそうだ。
 一方、意外な難産の末に37人目の2000本安打を達成した金本知憲選手(40歳0ヶ月)は達成時の年齢では史上3番目の高齢者あるという。上には上があって、落合博満(41歳4ヶ月)、新井宏昌(40歳2ヶ月)に次く記録だそうだ。
 ついでに高年齢記録で筆者が知れる範囲のものを並べてみた。まず、長寿世界記録はフランス人のジャンヌ・カルマン(女性)で122年164日、男子では日本の泉重千代さんの120年185日である。北京オリンピックに出場を決めた馬術の法華津寛(67歳)は日本人最高齢のオリンピック出場選手だ。他にも大相撲で幕内最高優勝の最高齢者は、貴闘力の35歳5ヶ月、将棋界では、米長邦雄の50歳名人が有名だ。
 今年の5月に最高齢記録達成を目指しているのが、あのプロスキーヤーの三浦雄一郎(75歳)さんだ。エベレスト登頂の最高齢記録の更新を目指して頑張っている。今の記録は71歳2ヶ月の長野県上田市の元中学教諭、柳沢勝輔さんで日本人だ。
 なお、今年のプロ野球界では、最高齢監督は楽天の野村克也で72歳、選手では横浜の工藤公康の44歳だ。
 筆者は今年67歳。何か目標にする課題はないかと思考を巡らせたが、何も思い浮かばない。とにかく、余計なことを考えずに、妻の介護生活を励まし、地道にアシストすることが大事なんだろうと思う。

2.昨日の雅子(103)
 お天気が良かったので、2時過ぎに介護士さんに外の散歩に車椅子で連れてもらった。気分転換が出来たようだった。

3.連載(452) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(79)
  第三章 施設に戻って (25)
 
(3)一日の過ごし方(その8)
 4時過ぎに自宅に戻ると、即、夕食の準備に入る。一人になってからは、自分の分はスーパーで買ってきたもので間に合わせることが多い。とりあえず、母親の分だけを、数少ないレパートリをローテションしてやりくりするのだが、最近では、そのメニューもマンネリ化していて、母親の方も、辟易と感じ始めているのではないかと気になっている。しかし、それ以上のレパートリーもなく、新たなメニューに挑戦もする気もない一考には、自分が担当する限り、申し訳ないが我慢してもらうしかない。
 姉の久子が再び顔を出すのもこのタイミングだ。洗濯物を取り入れたり、雨戸を閉めたりなどの雑用に時間を使っているが、最も時間を食うのが母親を風呂に入れることのようだ。母親の動きが緩慢な上、時間にルーズなこともあって、時間が掛かるようだ。95歳ともなれば、それは止むを得ないことだ。なお、雨戸に関しては、かつては一考が担当していたが、いつぞや、一考が都合で早めに閉めたのに苦情を言って来たので、それなら自分の気の済むように自分でやったらということで、一考は関知しなくなった。もう一年以上前の話だ。とにかく、母親のことは全て自分でやらないと気が済まない性格なのだ。
 今では夕食は6時頃ということで決めているので、一考は、自分の食事が終わった後でも、その6時に合わせて準備して待っている。この待ち時間が何ともしようのないもどかしい時間だ。高が、およそ30分ほどの過ごし方なのだが、何をするにも中途半端であり、また、その場所を離れると何時連絡ブザーが入るか分からないので、その近辺での待機を余儀なくさせられるのだ。最初の頃は苛々として過ごしていたが、今では、諦めてテレビを見ながら時間の経過を待つのである。
 料理出す立場としては、なるべく出来立ての温かいものをというこおtで、一歩手前までの準備をして待機し、お肉を焼いたり、フライを揚げたりするのは、出す直前に行なうことにしている。しかし、時には5時過ぎ、或いは5時半頃にブザーが鳴ることもあるので、慌てることもあって、油断が出来ない。
 合図のブザーが鳴るとほっとして、待機していた料理の最後のステップを手早く終えて、母親のところまで食事を届ける。そして片づけを終えると一段落で、2階の自分の部屋に引き上げる。椅子に座ると、一日が終わったという安堵感を味わう。一日で一番ほっとする瞬間である。(以下、明日に続く)

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486 船渡御(ふなとぎょ)

 船渡御日吉大社の山王際のメインイベントの一つで、7基の神輿が比叡の山と琵琶湖を舞台に繰り広げられる見ごたえのある歴史絵巻の神事である。
 日吉大社は、全国に3800余りある分霊社、日吉神社、日枝神社の総本宮で、そのお祭りである山王祭は、湖国の三大祭に数えられている。手元の資料では、791年桓武天皇の勅願で神輿が唐崎に渡御したことに始まったという
 その船渡御が、昨日、例年通り、国道161号線の琵琶湖湖岸の七柳の赤い鳥居の処で行なわれた。その辺りは、筆者がいつも施設に通う際のお気に入りのスポットの一つである。つい最近まで、その種の神事に全く知見が半なかった筆者だったので、今年は、それを是非見てみたいと予てから目論んでいて、それが、昨日の午後3時から4時頃に掛けて行なわれることを事前に確認していた。そういうことで、雅子に断って施設を出たのは、いつもより少しは早めの3時半前だった。何とか、うまくタイミングが合って欲しいと願いながら、その地点に向かった。
 果たせるかな、その地点に差し掛かると、まさに、一基の神輿がその鳥居から船に移されているタイミングだった。車のスピードを落として、そのシーンを目に焼け付けるように見遣りながら心をときめかせて走り抜けた。願わくば近くに車を止めて楽しみたいと思い、事前に駐車できそうな場所を下見していたが、案の定、いずれも既に車でいっぱいで、そのまま通過せざるを得なかったのだ。
 しかし、である。幸か不幸か、反対側から来たご婦人が運転する車が、近くの狭い空き地に駐車をしようと割り込んで来たのだのだが、あいにく、そこにちょっとした段差があって、車の下側が引っかかって動かなくなった。筆者の車の目の前での出来事だった。そのため、暫く、そこで停車を余儀なくされ、余分にそのシーンを眺めることが出来たのである。ご婦人の強引さが幸いした皮肉な小さな幸せだった。夕日に映えて金色に輝く神輿の勇姿が大きく揺れながら琵琶湖に浮ぶ船に移される絵巻は圧巻そのものだった。

2.昨日の雅子(102)
 前日に所用で急遽戻って来た長男の太郎が雅子を見舞った。この施設への見舞いは2回目である。暫く、二人で水入らずのコミニケーションに務めていた。言葉はなかなか通じないが、それでも、雅子は息子の来訪に嬉しそうだった。

3.連載(451) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(78)
  第三章 施設に戻って (24)
 
(3)一日の過ごし方(その7)
 さて、おやつの時間のサービスを終えると、一考にはもう一つの大きな役割が待っている。それは、最近は、この時間帯が雅子のトイレタイムになっていて、その手助けをする役割である。そこでは、一考は二つのアシストを務める。その一つが、タイミングを見計らって、介護士さんに、個室のトイレの便座に雅子を座らせてもらうまでの作業をお願いすることだ。かつての在宅介護では、この仕事も一考が一人でこなしていたのだが、今の一考は、下手すると腰を痛める危険があって控えており、介護士さんが二人でサポートしてくれている。大袈裟ではないが、この介護は、いろいろある介護の中でも最も大変な介護の一つなのだ。雅子も、一考が居る時の方が精神的に安心して出来るということもあって、今では、ほとんどこの時間帯で頑張ることが多い。幸い、その成功率も結構高く、イチローの打率以上になっている。
 一考の次の役割は、雅子が頑張っている間に、いろいろと気遣って幾たびか様子を窺いながら、雅子の細かい要求に対応してやることである。最近では、便座に座った際に、膝の上に座布団を折り曲げて置いてやることが多い。そうすることで、俯き加減な姿勢を安定に保つことが出来るからだ。しかし、それも、ある程度時間が経つと取って欲しいということもあるので、それを取ってやったり、姿勢を直してやったり、支え棒から落ちた右手を持ち上げてやったり、この間もこまめに面倒を見てやるのだ。そういうアシストで、雅子も頑張り利くようで、それが高い成効率に繋がっているように思う。かくして、今では、この時間帯で頑張ることが定常化してきている。 
 そんな皆のサポートで、通じがあると、介護士さんも、一考もほっとする。そして、後の対応を介護士さんにお願いし、一大ドラマはハッピーエンドとなる。
 その後は、一考は時間を見計らって、4時前後には雅子の部屋を辞すことになる。母親の夕食を準備する日は、それが気になっていて、なるべく早目に部屋を出ることが多い。雅子も、そのことを気にしていて、頑張る時間も微妙に調整していてくれるようだ。部屋を出る際には、心残りなことも多いが、そこは心を鬼にして、「さよなら」を告げることにしている。いつものことだが、ほっとした気分と大丈夫かなといった気掛かりな気持ちが入り混じった複雑な気分である。(以下、明日に続く)

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485 裁判員制度

 「選ばれる」と言えば、オリンピックの選手に選ばれたとか、○○賞に選ばれたとか、大抵は嬉しいことが多い。しかし、来年の5月から実施される裁判員制度は、必ずしもそうではない。Wikpediaには、その目的は「国民の司法参加により市民が持つ日常感覚や常識といったものを裁判に反映するとともに、司法に対する国民の理解の増進とその信頼の向上を図ること」とある。
 人の人生に関わる重要な判断を、素人に任せるというのは納得も理解もしかねる。専門的な知識を持った人間が行なうべき仕事であると思っている。平成16年に法律が出来たのだが、不勉強で、その時にどのような議論があって決められたのかは全く記憶がない。
 最近の話題では、どういう人が断れるかと言ったことが、ワイドショーなどで、具体的な事例を上げて議論されているが、何だがちゃんちゃらおかしな話で、真剣さを感じない。昨日の日経新聞朝刊の第一面には、選ばれた裁判員の心の負担に対し、心のケアについて、無料相談にのるという話題が取り上げられていた。
 アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリアなどの先進国では、既に行なわれていることだというが、何でも、まねをすれば良いと云うものでもなかろう。きちんと専門的に勉強して来た専門家がやるべき仕事で、今頃言うのもおかしいかも知れないが、もう一度見直しを検討して欲しい。自分にも赤紙が来るかもしれないという変な気分である。

2.昨日の雅子(101)
 おやつで食べられるものと食べられないものがあるが、いちごはOKだが、スイカはX、パイナップルはXと分かっていたが、この日はビスケットはOKだと分かった。筆者の帰り際に、雅子は頑張って、3日ぶりに通じに成功、ほっとした。

3.連載(450) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(77)
  第三章 施設に戻って (23)
 
(3)一日の過ごし方(その6)
 ドリームスペースには、9時過ぎに着いていた。朝の会話を交わし、特に、問題がないことを確かめて、ブログを読んであげて戻って来ていた。しかし、2月の下旬からは、この朝の訪問は取りやめた。施設での環境、生活リズムに雅子がなれて来たことと、そして、一考の多忙さを回避するためだった。また、ガソリン代もバカにならないことも一つの理由だった。
 訪問が一回になったことで、午前中は、連載の「難病との闘い」の在庫作りや、その他の雑用を消化するのに費やしている。
 2回通っていた際には、一回目の帰りに買い物を済ませていたが、午後だけの訪問になってからは、昼前に買い物に行って、簡単な昼食を済ませ、母親の夕食の当番日には」、必要な下準備を」してドリームスペースに向かうようになった。従って、雅子の部屋に着くのは午後の1時半頃で、ちょうど昼食後の雅子の一連の作業が終わったタイミングである。
 今のような一人での生活になって改めて思うのは、夫婦の会話が如何に人間生活の潤滑剤として大事であったかということを思い知らされることである。それだけに、毎日顔を合わせる楽しみの一つは、雅子と会話する楽しみでもある。たとえスムーズに会話が進まなくても、たわいない会話の内容であったとしても、話していることで精神的に安心できる点で有難く思う今日この頃である。
 訪問時には、単に雅子の注文を確認したり、おやつや飲み物をサービスしたりすることだけではなく、頂いたお手紙やお葉書を紹介したり、その朝作成したブログを読んで聞かせたり、最近では新たな企画として本の朗読を始めた。手始めに、自分の書いた小説「執念」を先ずは聞いてもらっている。
少し余談になるが、この朗読で気づいたことなのだが、単に目で追いながら本を読むのと、声を出して朗読するのとは大きな違いがあると言うことにだった。自分の書いた文章なのだが、何と読み難いかを改めて知ることになって苦笑するのだった。特に、プロローグの部分がそうであって、読者の皆様にご苦労をお掛けしたことに恐縮するのだった。それにしても、出版までに、あれほど、何回も読み直したにも関わらず、間違いが多いことにも驚かされた次第です。(以下、明日に続く)

タグ : 裁判員制度

484 びわ湖トラスト

 県の琵琶湖研究費の大幅削減を受けて、市民や研究者らが研究支援や情報発信を目指して結成した団体「びわ湖トラスト」が昨日発足した。温暖化の影響はびわ湖にも及んでいて、特に琵琶湖北湖(琵琶湖大橋以北)の湖底での低酸素化などは深刻なようだ。水中探査ロボット「淡探」を駆使しての研究調査は重要で、それを継続するためにも、このびわ湖トラストによる活動での資金集めは重要な鍵を握ることになる。
 滋賀県のみならず、日本の大きな財産である琵琶湖の環境保全は、今後とも極めて重要な課題で、そのための意識改革へも、このびわ湖トラストが先導役をはたすことになろう。県民の一人としても、その活動に注目し、応援してゆきたいと思っている。

2.昨日の雅子(100)
 早いもので、このコーナーも100回目である。一週間あまりの年末年始の自宅での介護から、この施設、アクティバ琵琶に戻ってきて始めたコーナーだったが、こんなに長続きするとは考えていなかった。光陰矢のごとしであり、地道でも継続の重みを実感する。
 昨日も雅子には平凡な一日だったが、友人からのお守りつきの手紙を頂戴したことや、介護士さんから花をの差し入れがあったことなどで、ご機嫌だった。

3.連載(449) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(76)
  第三章 施設に戻って (22)
 
(3)一日の過ごし方(その5)
 今朝は、昨日の内容の訂正から始めます、雅子本人からクレームがあったものです。
 それは、皆が集まってのおやつの時間帯でのリハビリ運動に、雅子が身体が動かせないので出ないと書きましたが、それは、一考が訪ねて訪ねて来ているタイミングなので参加していないのだというです。最近では、一考が来ない午前中のおやつの時間帯では、介護士さんの誘導で、自分も顔を出すこともあるということでした。

 さて、今日からは一考の2月初旬時点を主体にした毎日の生活の様子、段取りについて触れてみることにします。
 朝は、大抵、5時頃に目を覚ますが、起きるのは5時半から6時に掛けてで、その日の体調でばらつく。起きるとトイレに行って体重測定だ。もう10年近く続けている日課で、最近は57Kgを軸としてプラスマイナス1Kgの範囲内にある。そこからずれてくると要注意ということで、食事などを調整するようにしている。現役の頃は、64Kg程度あったことを思うと、10パーセント以上の減量になっている。数年前に履いていたズボンが、今はごそごそになっているのだから、はっきりとスリムになったことを実感している今日この頃だ。
 着替え終わって最初にやることが、お米をかして炊飯器のスイッチをいれることだ。それを終えると、コーヒーを入れてショートケーキで簡単な朝食らしきものを済ませる。そして、洗濯機のスイッチをいれ、新聞を取り込み、ゴミ棄て、雨戸、窓明けなどを済ませる。そうこうするうちにご飯が炊けるので、母屋の仏壇にご飯を供える。そして、母親の冷蔵庫の中身を点検し、牛乳、ヤクルト、卵などの不足分を確認し、その日の買い物で補充しするものを確認する。それから、母親の部屋にそっと侵入し、枕元に忍び寄って、母親が呼吸しているのを確かめて部屋を出るのだが、日によっては、呼吸が確認できず、暫く、じっとそれを待つこともある。時には、それでも確認できない場合は、そっと肌に触れて体温があるのを確認するのだが、或る時、それで目を覚まさせたことがあって、その後は、触ることには慎重になっている。普段は、傍に行っても気づかないくらい耳は遠いが、肌の接触などには敏感なのだ。いずれにしても、少し失礼で滑稽かもしれないが、95歳と言う年齢だけに、毎朝、生きていることを確認しなければ安心できないのだ。
 それらの事柄を終えると、出来上がった洗濯物を持って一旦、二階に上がる。洗濯物をベランダに干した後、その日のブログを始める。ブログを配信するのに、およそ1時間ぐらい掛かる。もちろん、日によっては30分ぐらいで終わることもあるが、なかなかうまく書けずに1時間半ぐらい掛かることもある。それを終えると、2月半ばまでは、そのまま朝の施設への訪問に向かっていた。(以下、明日に続く)

タグ : びわ湖トラスト

483 足踏み

 あの金本知憲選手が2000本安打にあと1本に迫ったところで足踏みしている。東京ドームでの巨人戦であと一本に迫った段階では、本拠地の甲子園に戻って打ったほうがファンが喜ぶと星野仙一さんは解説していたが、戻って来た甲子園でも、一日雨で中止になったこともあったが、果たせず仕舞いで再びロードに出た。そして、昨夜の試合が終わった段階で15打席ヒットが出ていない。素人目にも、バットの振りが硬くてぎこちない。超人と言われている金本選手も、やはり普通の人間であることの証のようだ。
 この記録には、過去36人(イチローと松井を数えると38人)の達成者がいるが、足踏みの記録は17打席だという。記録男の金本だけに、一層のこと、その記録を更新して達成するのもいいのではと思うのだが、さあ、どうなるか。今夜には達成するのでは……。
 足踏みというと、聖火リレーもチベットの人権養護運動の抵抗を受けて、各地で足踏み同然である。サンフランシスコでは「かくれんぼ」も見られた。今朝の報道では南米のアルゼンチンでは、大きなトラブルもなく終わったようだ。この後は南アフリカに回ると言う。やがて、長野に廻ってくるが、どうなるのかに関心がある。
 プロ野球では、楽天が4連敗、7連勝、6連敗と足踏みもいい処。プロテニスの期待の錦織圭も昨日のデビュー戦で格下の選手に敗れて足踏みした。また、昨日から始まっているゴルフのマスターズでは、本命のタイガーウッズが、二日目の16番を終わった段階でイーブンパーで足踏みだ。トップと8打差、この後の巻き返しはなるのか。
 日銀総裁も、暫く空席で足踏み状態だったが、今日の未明に始まったG7に辛うじて間に合った形で白川方明総裁が決まった。
 ねじれ現象で、政治そのものが足踏み状態にあることは極めて遺憾である。

2.昨日の雅子(99)
 この日も特にトラブルもなく、雅子にはまあまあの一日。前日に頼まれていたものがあったので、結果的に、久し振りに、午前、午後の2回の訪問となった。
 一昨日の言葉探しの答えは「えぷろん」だった。雅子の上半身にあるもので、拭いてほしいと言われ、「えふろX」という。てっきり身体の一部だと思っていたのでなかなか思いつかなかったのだ。要するに、エプロンが汚れていたので拭って欲しいというのだった。

3.連載(448) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(75)
  第三章 施設に戻って (21)

(3)一日の過ごし方(その4)
 なお、この日吉ユニットでは、大抵の場合、皆がダイニングリームに集まって、おやつタイムを過ごしている。ちょっとしたデザートと飲み物が用意されるので、皆でそれを楽しむのだ。日によっては、ビデオでリハビリ体操が流されるので、それを見ながら介護士さんと一緒になって、手足を動かして楽しんでいる。幼稚園で見かける風景に似ていて、とてもユーモラスで楽しそうだ。
 しかし、雅子は身体が全く動かせないので、その種の体操が出来ず、参加したくないという。それで、一考のサービスでそのおやつタイムを過ごしている。当初は、このような独自なやり方が、この施設での団体行動から外れることで、拙いのではと気にしていたが、それはそれで結構だとの事で、そのスタイルを継続させてもらっている。しかし、もし自分が来れない場合はどうするか、少し不安がある。
 さて、そのおやつの時間が終わると、テレビでも見て時間を過ごす。一考が最も気を遣っているのが、この時間帯で、雅子が用を足すことが多いので、その辺りの雅子の様子をウオッチしながら時間を過ごす。2月の後半に入ってからは、この時間帯で朗読を行なうことになるが、2月の初めの頃では、何もせず、だらだらと過ごしていた。
 そして、雅子がトイレを希望すれば、直ぐに介護士さんにお願いして対応してもらう。前にも紹介したが、トイレに関しては、部屋に置いてある簡易トイレと、入口の左側には個室のトイレを使い分けていて、小用の場合は簡易トイレで済ますが、そうでない場合は個室を利用する。その方が介護は少し大変だが落ち着いて頑張れるからだ。この時間帯は、大抵は個室で頑張ってもらうこが多い。空振りのことも多いが、結構、通じに成功する確率が高いのである。通じがあった場合は、一考もほっとして大仕事を終えた気分になる。
 さて、それを済ますと、一考は帰宅する。日曜日から水曜日は、母親の夕食を一考が準備することになっているので、遅くても4時過ぎには雅子の部屋を出る。部屋を出る前には、夜のテレビの放送番組を紹介し、どれにするかを確認して、それを介護士さんい伝えておくことも一つの役割なのだ。
 夕食は、5時半頃から始まる。朝、昼の場合と同じパターン、同じ段取りで介護士さんが優しく、丁寧に担当してくれる。
 夜、テレビを楽しむのは、7時頃から9時頃までで、在宅時には11時頃まで楽しんでいたから、最初は心残りもあったようだ。しかし、それも、直ぐに、その新しい生活リズムに合わせる辺りは、雅子も頑張っているといえる。そして、9時前には、介護士さんにパジャマに着替えさせてもらい、トイレを介添えしてもらって終えてから就寝する。直ぐに眠れないこともあるが、その時には、カーテンレールに掛けてある時計を眺めて過ごすことも多いようだ。(以下、明日に続く)

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482 井上怜奈

 昨夜のNHK「クローズアップ現代」で「がんに負けない、怖がらない」の放映があった。その中でアメリカの国籍を取ったフィギュアスケートの井上怜奈さんを取り上げていた。怪我や故障に打ち勝ったばかりでなく、肺がん、頭蓋骨骨折、その後の後遺症でストレス(PTSD)と闘い、それらの全ての壁をに打ち勝ってのオリンピック出場を果たす。そして、パートナーのボルドウインさんの競技が終わった後のリンク上でのプロポーズを受けて結婚したという。
 彼女の半生は、まさに、これ以上ないような艱難辛苦を乗り越えたもので、工夫を凝らしたドラマティックな小説も遥かに及ばない闘いの連続に、見事に打ち勝った劇的なものだった。その素晴らしさには、筆者は大いに感動し、思わずその画面に見入っていた。
 彼女が、教えてくれた「負けない、怖がらない」の気持ちで取り組んでいけば、越えられない壁はないという意味で大いに勇気付けられた。筆者も、厄介な難病と闘う雅子を勇気付け、壁を乗り越えるように頑張りたいと改めて誓った次第である。
 なお、話題はそれるが、このクローズアップ現代のキャスターを務めている国谷裕子さんの魅力は抜群だ。その能力、流暢な英語、知的な器量など、他のキャスターの追随を許さない素晴らしさがある。ファンとして、彼女の履歴を調べたが、49歳でアメリカの大学の卒業である以外に、情報がないのが気になる。

2.昨日の雅子(98)
 特に変わったことはなし。通じもあって順調。但し、言葉探しで少しとらぶった。最初が「え」次が「ふ」、その次が「ろ」と来て4文字で、上半身にあるという。なかなか分からなかった。答えは明日に。

3.連載(447) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(74)
  第三章 施設に戻って (20)

(3)一日の過ごし方(その3)
 一考は、昼食が始まる時間が近づくと、介護士さんたちに「宜しく」とお願いをして、一旦このドリームスペースを引き上げる。
 雅子の昼食は、やはり1時間近く掛かって済ませる。介護して下さる介護士さんには感謝、感謝だ。その後は、朝食後の場合と同じように、お薬の服用、歯磨き、口ゆすぎ、そしてトイレの順での介護を受ける。この辺りの段取りは、ベルトコンベアーに乗ったような感じで進められる。雅子も、要領を得ていて、そのリズムに乗った形でそれに応じているようだ。
 一考が2回目の顔を出すのは、入浴のない日は、昼食関連の一連の段取りが終わったタイミングで、1時半から2時に掛けてである。火曜日と金曜日は昼食後に入浴をさせてもらうので、それが終わって部屋に戻って来るのが2時頃になっているので、一考もそれに合わせたタイミングで顔を出すようにしている。入浴はメインとサブの二人の介護士さんで対応してもらっている。
 一考が顔を出すと、大抵の場合は、雅子は椅子に座ってのんびりとテレビを見ているが、入浴した日は、ベッドに横に寝かせてもらっていることが多い。やはり、入浴で多少疲れるからである。二人の会話は、「何か、変わったことはないか」という一考のいつもの挨拶から始まるが、殆どの場合「何もない」と雅子が首を横に振って答えるパターンである。それを確認して、とりあえず、一考は「自分でインスタントコーヒーを入れ、それを飲んで一息つくのだ。そして、暫く、雅子の傍で一緒にテレビを眺めている。何となくほっとする時間帯だ。雅子がベッドで横になっている場合は、一考の顔を見ると、早く起こして欲しいとせがむことが多いが、なるべく長く横になっている方が疲れなくていいと思って、暫くそのまま寝かせて置くことが多い。雅子は、その間、しきりに早く起こしてと不満を訴える。その辺りのタイミングで、介護士さんが、ファイバー食品をとろみで混ぜてもって来てくれるので、一考が飲ませてやる。
 やがて、3時のおやつの時間になるので、予め、一考が持ち込んだものや姉達が見舞い時に持って来てくれたものを出して食べさせてあげる。大抵は、プリン、果物、アイスクリームのいずれかである。そして、それが終わると、何か飲み物となるが、これも大抵はお茶か、ジュース、ヤクルトといったものが主流だが、このところはジュース、ヤクルトがが多い。ピーナッツやチョコボールなどの硬いものは禁物だ。飲み込めなくて、後で口に手を入れて取り出さねばならないからだ。(以下、明日に続く)

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481 見せた、魅せた

 うっかりして昨日の党首討論の中継を見逃した。しかし、その後のニュースで見ると、今までにない盛り上がりを見せたようである。あの「フッフ…」の音なし過ぎた福田総理が「権力の乱用だと」とか「決断が遅すぎますよ」とか「誰に相談すべきか、教えてくださいよ」と激しく小沢代表に噛み付いて、迫力あるやり取りが見られた。
 それを見る限り、それまで鈍重に見えて魅力に乏しかった福田総理は、少しは魅せる総理に変身していた。この調子で頑張れば、支持率も少しは回復するのではとさえ思わせるものがあった。二人は、内閣誕生直後から、大連立という、いわば結婚までを意識した仲だっただけに、福田総理には、それをいとも簡単に反故にした小沢代表への不満が、そんな激しいやり取りになったのではと言われている。今後は、月末に掛けての暫定税率法案の再可決を巡っての総理の手腕に注目したい。
 スポーツ界では、同様に今まで不振だった阪神の今岡選手に、貴重なタイムリーヒットが出て、勝利に貢献をした。今岡選手も「やっと見せた、少し魅せた」である。その一方で、2000本安打に、あと一本に迫っている金本選手は、この日も快打を見せられずに終わった。お天気が晴れれば、今夜はきっと見せて、魅せてくれるとファンの期待は大きい。
 今年も将棋の名人戦七番勝負が始まった。昨年十八世永世名人の称号を得た森内名人が、うまい差し回しを見せて、魅せて、挑戦者の羽生に快勝し、幸先良い一勝を挙げた。果たして、羽生は巻き返して、遅ればせながら第十九世永世名人の称号を取れるのか、先行きが見ものである。
 一方、世界が注目している聖火リレーは今朝、サンフランシスコで行なわれたが、ここでも、残念ながら、見せる、魅せるイベントからは程遠いものに終わったようだ。これから日本にもやってくれが、どうなるのであろうか。

2.昨日の雅子(97)
 幸い、お天気は花見日和だった。午前中にみんなと桜見物にドライブを楽しんだようだ。みんなが車椅子で車に乗ってのお出かけである。皇子山公園から疎水の辺りを廻ったという。途中で自宅近くを通ったようで、感慨も一入ではなかったか。午後、一考が訪れた時には、少し遅れた昼食を楽しんでいた。この日も、幸い、いつもと変わらない様子だった。

3.連載(446) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(73)
  第三章 施設に戻って (19)

(3)一日の過ごし方(その2)
 雅子にブログを紹介するのは在宅時からも行なっていた。ちょうど120~130回目ぐらいから始めた記憶がある。その頃は、楽譜タテを利用し、それにコピーを立てて乗せ、雅子自身で読むようにさせていた。しかし、こ施設に移ってからは、雅子の椅子に座った姿勢にマッチした位置に楽譜立てをうまくセットできないことで、一考が読んで聞かせることにしたのだった。毎日の生活が、どうしても単調になり勝ちなだけに、こんなたわいないブログでも、自分のことが書かれていることもあって、多少は興味に繋がっているようだ。
 ところで、前にも記したが、在宅時には、ブログの内容に不満があった場合には、雅子は、直ちに苦情をぶっつけてきたので、慌てて訂正、修正することが多かった。しかし、今では、そんなこともあまりない。それというのも、症状の悪化もあって、不満があっても、それを適格に伝え難くなってきていて、遠慮しているのだろうと一考は受け取っている。
 逆に、これを読み上げることになったことで、一考自身が、その文章の稚屈さや、誤字、脱字、更には単純な「てにおは」のミスなどの多くの間違いに気づき、うんざりすることが多くなった。黙読では気づかない誤りや不適切な表現などを、声を出して朗読することで気づき易いのだ。配信する前にもっと丁寧に読み直すべきだと思うと同時に、自分の文章力のレベルの低さに忸怩たる気持ちになる。そして、悪いことには、それらの誤りに気づいても、コンピューターを持参していないので、直ぐに訂正、修正ができず、そのまま晒し物になってしまっているので、苛々することも多い。
 ついでに触れておくのだが、このブログの朗読から思いついたのが、小説を朗読して聞かせることだった。もちろん、本の朗読は自分でも初めての試みだった。そこで最初に取り上げたのが、おこがましかったが、自らが処女出版した「執念」だった。今まで、自分の書いたものを雅子には見せたこともなかったし、これを出版した時点では、既に病気もかなり進んでいて、自分で本を読むこともままならなくなっていた。せめて、雅子には、夫がどんな内容のものを書いているのかを知ってもらいたいという思いもあって、一石二鳥を考えての朗読を始めたのである。2月半ばのことだった。
 しかし、思いの外、いや、案の定、雅子の反応は今一つだった。加えて、ここでも、自分の書いた文章の稚屈さ、リズム感のなさにうんざりする毎日になった。そして、改めて、黙読する場合と、声を出して読むのとは、随分と雰囲気が違っていることにびっくりするのだ。出版前にあれほど読み直したのが嘘のような多くの間違いに気づくので、幾度もがっかりさせられるのだった。
 いずれにしても、こんな朗読などで、午前中は、のんびりと二人で時間を潰すのである。昼食は11時半頃から始まるが、介護士さんの忙しさとも関連して、時間は多少ずれることもある。ここでも、朝食の場合と同様に、一人の介護士さんが専属で食べさせてもらう。有難いことである。(以下、明日に続く)

タグ : 党首討論

480 あっち やった ほい!

 昨日のプロ野球で阪神のピッチャーのアッチソンがよくやったので、今朝のタイトルを「アッチ やった ほい!」とした。言わずと知れた「あっち向いてほい!」をもじった駄洒落だ。同氏は投手陣のローテーション上で、阪神の貴重な存在となったようだ。
 一方、野村楽天は、序盤の7点差で文字通り楽天気分だったが、それが何と!いとも簡単に(?)逆転されて、またも4連敗。野村監督の気持ちを察するに「あっちぃ やってもうた ほいだ」ではなかったか。今日からは、また、7連勝してくれるの?
 日銀の人事で、民主党が政府の副総裁人事案にまたも不同意を決めた。小沢代表のごり押しだという。多くの党員が政府案に同意だったようで、彼らの気持ちは、「あっちぃ やり過ぎだ おい!」だろう。 今後の民主党内の亀裂に注目したい。

2 昨日の雅子(96)
 お陰で、ここ数日の雅子の様子は低位安定で、外見上はその後の悪化は進んでいないように見える。相変わらずの、言葉の不鮮明さと、喋ろうとするとよだれが出るのが厄介。続けている朗読で、村山由佳さんの「天使の卵」を読了。感想を聞くと「面白かった」という。明日から、相坂さんの小説にしようかと言うと、「やめて!」と一言。がっかり。この日、新たな入居者があって、このユニットの居住人が10人になった。

3.連載(445) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(72)
  第三章 施設に戻って (18)

(3)一日の過ごし方(その1)
 入居から一ヶ月余りが経過した2月初め頃の雅子の一日の大よその様子を紹介してみよう。
 この施設の方針で、就寝時間は9時なのだが、深夜の13時頃と明け方5時頃に小用のために起こしてもらう。大抵の場合は、5時以降は寝付かれず、うつらうつらで7時を迎える。(なお、この小用の時間は、その後、3月に入って、12時頃と4時半頃に繰り上がっている)
 7時を過ぎると、介護士さんに起こしてもらうのだが、先ずは小用、そして、パジャマから普段着に着替えさせてもらう。それから、暫くして、食堂に連れて行ってもらって朝食である。先ず最初に、渇いていた喉を潤すために、ポカリスエットを少し飲ませてもらう。一時は冷たいお茶にしていたが、他の方が飲んでいるポカリスエットがいいということで、それに替えた。
 ここでの朝食は和定食が多い。幸い、それなりに食欲もあって、用意されたものは、硬いものを覗けば、大体全部食べる。この場合は、一人の介護士さんが付きっ切りで食べさせてくれる。全てを口に運ぶ作業が必要だし、噛んで飲み込むのに時間がかかるから、大よそ一時間ぐらいは掛かる。有難いことに、介護士さんも我慢強く対応してくれる。余談だが、一考の経験では、先にも紹介したが、介護には肉体的な力を必要とする介護と精神的な忍耐強さを必要とする介護があるが、この食事の介護は、介護士さんには、まさに、後者の典型であろう。
 さて、食事が終わると、お薬の服用である。最近では、シロップ状の粘着性のある液体に絡ませて、スプーンで掬って飲ませて、いや、食べさせてくれる。この方がずっと服用し易いのだ。この方法はこのドリームスペースで紹介してもらった新しいやり方だ。
 それが終わると、車椅子のまま部屋に戻って来て、歯磨き、口ゆすぎである。この方法は、在宅時に一考がやっていたとほぼ同じ要領で行なってもらう。洗面台の前に車椅子がセットできるようになっているので、在宅時よりはやり易い。この時に使う口元を支える容器も、コンパクトな小型のものを用意してもらっているので、介護士さんの作業がし易くなっている。その後が、トイレの時間で、大抵は簡易トイレで小用を済ませる。
 この頃は、大体、このタイミングで一考が朝の訪問をしていた。従って、その後暫くは、一考が引き受け、持ってきたその日のブログを読んであげたり、前日に来た手紙を読んだり、また新聞を見せて、放送番組などを紹介してあげる。場合によっては、日経新聞の「私の履歴書」などを読んであげることもある。この間に、ファイバーをとろみ調整剤にまぶしたものをもって来ていただくので、それを一考が食べさせる?飲ませてあげるのだ。(以下、明日に続く)

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479 大変気の毒

 ヒット曲「おふくろさん」を歌わせないと、歌手の森進一に怒りを表明していた川内康範氏が亡くなった。二人の間のわだかまりが解消しないままの永久の別れとなってしまったのではないか。若し、亡くなる前に、そのことでの何か和解に関するような言葉が残されていなかったとすると、今後、森進一は一生そのことに拘りを持って生きていかねばならないことになろう。森進一の辛さを思うと、大変気の毒な気がする。そんなことを思う筆者には、次のような生々しい体験があるからだ。
 私事で恐縮だが、筆者の小学校時代からの友人が今年の初めに突然亡くなった。もう二十年近く前のことだが、或る時のお酒の上での私の失言、不徳の行為が原因で、その友人の大変な怒りを買い、幾ら詫びても許されず、長い間絶交状態となっていた。後で知ったことだが、その友人は、数年前に大病をわずらい、大変危険な状態にあったと言う。幸いなことに、友人はその後奇跡的に回復を果たされ、昨年の秋の同窓会で、筆者は念願の再会を果たすことが出来て、長年のわだかまりを解消することができた。二人の関係はその後急速に元通りの密な関係を取り戻たのだったが、今年に入って間もなく、突然の訃報が伝えられたのである。雪が激しく降る日の通夜が思い出される。筆者は、友人に奇跡の回復を促し、筆者との再会の場を作ってくれて、わだかまりを解いてくれた神に感謝している。今、こうして、そんな辛いわだかまりを持たずに生きていられるからである。それだけに、森進一の気持ちに同情するのである。改めて友人のご冥福をお祈りしたい。
 ところで、大変気の毒と言えば、日銀総裁や副総裁の候補に名前を出され、国会で所信表明までして、承認されなかった武藤敏郎、田波耕治の両氏、それに、今度、副総裁の候補に挙げられていて、民主党の結論待ちの副総裁候補の渡邉博史氏である。政争の具にされ、さらし者になっているようで、本人たちは堪ったものではないだろう。気の毒の中身は全く違うが、世の中にはいろんな気の毒さがある。なお、本件では、民主党内の亀裂が表面化するおまけがついていて、今日、明日の結論が注目される。
 
2.昨日の雅子(95)
 このところ平穏な日が続いている。言葉さえもう少し楽に通じたら、随分楽しくなるのだが、……。大変な辛い毎日だが、介護士さんたちの優しいアシストで頑張っている雅子の健気さが素晴らしい。

3.連載(444) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(71)
  第三章 施設に戻って (17)

(2)介護士さんに囲まれて(その6)
 とかく、施設での生活は単調で味気ないものというのが外野席からみた一般的な見方だが、実際にここでの生活をしてみると、その辺りの対応に、いろんな知恵と細かな配慮をしてくれているのが分かる。
 特に、健康管理に関しては、血圧測定、検温が毎週、体重測定が毎月一回行なわれている。また、附属のクリニックの医師が定期的に回ってきて問診などを行なってくれている。更には、年一回のいわゆるドック的な検査も行なわれる。
 また、個別の症状に応じた将来の危惧についても、踏み込んだ検討も考えてもらっているようで、こと、健康に関しては、安心して任しておけるように思われる。
 他方、とかく単調になりやすい環境下で、気分転換を兼ねた企画も積極的に取り上げられている。それらは季節、暦を織り込んだきめ細かいものである。例えば、お正月明けに、急遽、雅子が施設に帰還した際には、ちょうどニューイヤーコンサートが行なわれていたし、節分では日吉ユニットの皆が揃って豆撒きを楽しんだ。また、おひな祭りでも、ロビーの奥に御雛様を飾って、その雰囲気を盛り上げていた。単調な毎日に、いろんなタイミングを捉えて、入居人への心遣いや楽しませる企画を用意してくれているのである。
 また、誕生会と称して、居住人の誕生月には皆と歌を歌ったりしてお祝いする会もある。1月の誕生会では、雅子もそのお祝いを受けたのだった。長い結婚生活で、1月3日生まれの雅子には、お正月気分の中で、誕生会なんて無視されていただけに、格別な思いがあったに違いない。
 更には、、いろんなイベントが考えられている。例えば、お買い物ツアーと称して近くのスーパーに出掛けたり、場合によっては、近くのファミレスでの食事会なども企画されている。また、お天気のいい日には、外を散歩したり、屋上に出て景色を眺めたりするようなこともまめにやってくれる。少しでも、楽しい日常生活が送れるように、細かく配慮、企画されているのだ。そういう際には、グループだけの介護士さんだけではなく、別のグループの方や、看護師さんたちも協力して盛り上げてくれる事もある。
 いずれにしても、居住者の健康管理と楽しさ提供に鋭意取り組んでいる対応姿勢は、この種の施設での大きなセールスポイントと言えるのではないだろうか。(以下、明日に続く)

タグ : 森進一 川内康範 おふくろさん

478 北京への不安、悲喜こもごも

 北京オリンピックの聖火リレーが始まっているが、昨日は、ロンドンで、中国の人権問題に抗議する大規模なデモがあり、大きなトラブルが起きた。予てからの不安が現実になった訳で、今後の波及が心配である。また、同じ日に行われたパリマラソンでは、多くのランナーが抗議の内容のゼッケンを着けて走ったという。何かと先行きが心配される北京オリンピックだ。
 さて、そのオリンピックに出場する選手の選考が多くの競技で進んでいるが、相変わらず、悲喜こもごものドラマが展開されている。昨日は、柔道で3連覇していた野村忠宏が落選、3連覇を狙う谷亮子が、決勝戦で敗れはしたが選ばれた。アテネ大会の選考で落選した女子マラソンの高橋尚子のことが思い出され、複雑な気持ちだ。谷を破って優勝した山岸絵美の心境や如何である。また、人気のあるバドミントンの小椋・塩田組も大阪の国際大会で優勝し、既に決定していたオリンピック出場に花を添えた。
 話題が外れるが、そういう意味では、文句のない圧倒的な強さには快感を覚える。最近のゴルフ界では、男子のタイガーウッズに対して、女子では、メキシコ出身のローレンス・オチョアの強さは抜群だ。今朝終わった今期最初のメジャーツアーのクラフトナビスコ戦でも堂々の圧勝で、先週に続いての2週連続Vである。素晴らしい強さだ。一方、出場した4人の日本人では、終わってみれば、意外なことに、予選をぎりぎり通った横峯さくらが19位タイで最高位、大山志保と宮里藍は31位タイ、期待の上田桃子は47位タイに終わった。上田の低調な結果に、ファンの一人としてはがっかりだった。連続バーディーも出るが、如何せんボギー、ダボが多すぎる。やはり、海外ツアーはそんな容易ではなさそうだ。これからが正念場だろう。頑張って欲しい。

2.昨日の雅子(94)
 前日と変わらない様子。改めて探して持って行ったピンクのセーターは、雅子が希望していたものでOKだった。現在、朗読中の村山由佳のデビュー作「天使の卵」は、中盤に差し掛かっているが、これには雅子の興味が相当に高そうだ。さすがに、プロ作品は違うと改めて思う

3.連載(443) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(70)
  第三章 施設に戻って (16)

(2)介護士さんに囲まれて(その5)
 そんな体制、仕組みの中で、一考が一目置くのは、介護課の責任者である桜井係長のリーダーシップである。40数名の介護士さんを統括しているのだが、その、指導力は抜群で厄介な問題にてきぱきとした決断力を発揮し、必要な方向付けにも見るべきものがある。何時ぞや一考が、雅子の施設への戻りのタイミングを相談した際に、適格なサジェスチョンをしたあの明解な応接は、今でも一考の頭の中に残っている。
 それだけでなく、その行動力も旺盛で、近隣のケアマネージャーも兼務しておられるそうだが、卒なくうまく多様な業務を処理している辺りもさすがである。また、その信頼感は抜群のようだ。介護士の皆さんも一目置いた形で彼女の指導を仰いでいる姿をよく目にする。。
 ところで、現在の介護士さんとその介護対象の入居者のバランスだが、大雑把に捉えて、一人の介護士さんが1,5人の介護を受け持っている関係にある。それは、対象者の必要な介護の程度によって、一概には言えないが、一般的に見て十分な状況にあると言えよう。その場合でも、鍵となるのは関係者との緊密な連携で、それは、単に介護士さんたち同士の連携だけでなく、看護課との連携も欠かせない。この点でも、桜井係長の存在は大きく、連携の核としてのその役割を果たしている。
 その看護課の看護士さんだが、この楽裕館には十余人のメンバーで、24時間完全介護をサポートしてくれている。彼女らはそれぞれの入居人のニーズにあった緻密なサポートに当たってくれている。お薬の管理もその大事なひとつである。
 さて、入居して一ヶ月少し経過した1月末だった。介護士さんの一人が移動で2階に移られるという。この方には、雅子が入居直後から大変優しく対応して頂ていただけに、少し残念な気がしたが、施設の方針なので止むを得なかった。お別れに来られたその方に、雅子が思わず涙していたのが印象的だった。いずれにしても、この種の社内人事異動は、介護士の効果的な活用やユニバーサル化という観点からも、施設の戦略上必要な人事異動であることは一考も十分に理解している。(以下、明日に続く)

タグ : ローレンス・オチョア ターがーウッズ

477 東レアローズ

 かつて、東京オリンピックで、大松監督が率いた日本の女子バレーチームが涙の金メダルを奪取した頃は、バレーボールは花形のスポーツの地位を占めていた。しかし、最近では女子が少しはその人気を盛り返してきているが、未だ、マイナースポーツの範疇からは抜け出ていない。それが証拠にテレビ、新聞、インターネットなどでの取り上げが極めて限られている。
 何故、そんなに人気が出ないのか、バレーボールというスポーツの面白さの限界なのかも知れないが、筆者は今行なわれているプレミアリーグの試合方式が拙いのではと思っている。予選リーグを延々とやっておきながら、そこで勝ち残った上位4チームからの優勝を決める試合方式が余りにもあっけないからだと思う。プロ野球で最近行なわれているクライマックスシリーズのような方式になっていて、肝心なところが、クライマックスにならずに、あまりにもあっけないのだ。この辺り、もう少し智恵があってもいいのではと思う。
 さて、筆者が入社した東レは、その当時からもバレーボールは東レ九鱗会(その後東レアローズに改称)と称して、会社のバックアップもあって強かった。同期入社の友人のN氏は、当時の有力選手の一人だった。昨年、同氏が軸になって、立派なバレーボールの60周年の記念誌を作り上げた。
 その東レアローズが、今年は、男女とも決勝に残った。昨日は男子がパナソニックと優勝を賭けて戦ったが、残念ながらいい処が出なくて完敗し、二年連続2位に終わった。今日は女子の出番で、デンソーと優勝を争う。大山加奈荒木絵里香木村沙織といったナショナルチームの大物選手を抱えているだけに、きっと勝ってくれると期待している。幸い、試合の模様は、辛うじてNHKは録画で取り上げてくれる。頑張れ、東レアローズ!!

2.昨日の雅子(93)
 頼まれて持ってきた春の衣装が雅子の希望するものと違っていた。どうやら、家捜しが必要のようだ。気になり始めたのは、小用を我慢する時間が短くなって来ていることである。そのほかは特に変わったことはない。

3.連載(442) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(69)
  第三章 施設に戻って (15)

(2)介護士さんに囲まれて(その4)
 この施設では、雅子を含めた入居人は、通常朝7時頃起床、21時頃就寝という日課である。夕食は夕方の5時過ぎ頃から始まり、夜の7時までに、お薬の服用、歯磨きなどを全て終えるように運営されている。従って、24時間完全介護といっても、介護の必要性が高い時間帯は、朝7時から夜の7時頃までの12時間にある。
 こういった介護の需要分布に対し、この9,5人の介護士で如何に賄っていくかが運営の大事なポイントである。そして、それに対応するために、綿密に組まれた時間差勤務体制とそれに基づいたローテーション体制の二つの体制で、巧妙に運営されている。
 その時間差勤務体制だが、これは、その介護ニーズの必要度にマッチするように人材配置を考えた仕組みである。当然ながら、全員が同じ勤務時間で働く訳にはいかない。そこで、介護のニーズに合わせた人材を確保するために、一定の時間をずらせた勤務体制を採るのである。具体的な勤務体制は、9.5人の介護士さんの出勤時間を少しずつずらせた時間差勤務て対応するのである。具体的には、次のような5つの時間差勤務が実施されている。
  (1)早出勤務、AM7時からPM4時 
  (2)準早出勤務 AM7時半からPM4時半 
  (3)日勤 AM10時からPM7時 
  (4)遅出勤務、正午からPM9時(通常1人
  (5)夜勤 PM9時からAM7時 (通常1人)
 なお、場合によっては、例外的に、AM8時半からPM5時半も組まれる時もあるようだ。いずれも、途中、1時間の休憩を含んでいるので、8時間勤務であることには変わりない。また、、夜勤は二日連続で担当するようにし、その夜勤明けの日と、翌日を休日にしている。そうすることで、週休2日制の確保と介護士さんの体調管理への配慮となっている。
 この勤務体制は、恐らく、過去の経験を踏まえて編み出されたノウハウに基づくものだろう。こうすることで、介護ニーズの高いAM7時からPM7時までの時間帯に、少なくとも4~5人の人材を配置することが出来る。反面、それ以外のPM7時からPM9時までと夜勤のPM9時からAM7時までの時間帯は、各ユニットでは1人勤務で対応となっているが、その場合でも、各階の各ユニットで、それぞれ同様に1人ずつが勤務しているので、、楽裕館全体では、介護士だけでも7人が勤務しているので、緊急の場合は、フロアー間の連携で助け合うことも可能なのだ。また、看護課のメンバーも同様な時間差体制が組まれていて、卒のない勤務が実施されている。
 このシフト体制で勤務する介護士さんたちとって大事なことは、自分の体調をそのシフトのローテーションに合わせることである。一考が、この一ヶ月間通って知り得た限りでは、介護士の皆さんは無難にこなしておられるようだ。なお、この時間差シフトのローテーションの勤務配置を決めるのが奈良主任で、配置表は一ヶ月単位で事前に発表しているという。なお、夜勤を担当しない介護士さんの場合も、週休2日制は、適切なローテーションで、きちんと実施されているようだ。(以下、明日に続く)

タグ : 東レアローズ パナソニック デンソー 大山加奈 荒木絵里香 木村沙織 クライマックスシリーズ

476 制覇

 今年のセンバツ高校野球は、沖縄尚学の9年ぶりの二度目の全国制覇で幕を閉じた。決勝戦は、聖望の野望を打ち砕いた沖縄の圧勝で大味な結果だったが、9年前の優勝時のエースだった比嘉公也が監督となって再び制覇したことが面白い。
 沖縄が日本に復帰した直後に、初めて甲子園に出た時には、全国民が沖縄を応援していた頃を思うと隔世の感がある。沖縄県勢は、春夏を通じて、今年を含めて甲子園で既に70勝を数えるという。滋賀県を始め、未だ優勝を一度も果たしていない県が多くあるだけに、沖縄県は強くなったものだとつくづく思う。
 「制覇」という言葉を広辞苑で調べると「競争者を負かして権力をにぎること。また、競技などで、優勝すること」とある。スポーツで言えば、頂点に立つことであり、同じ制覇でも世界を相手にした世界制覇はその最たるものになる。今年も既に、フィギュアの浅田真央やスキーの上村愛子が見事な世界制覇を果たしたことは記憶に新しい。
 そういう意味では、福田総理も頂点を極めた最高権力者である。日本の政界を制覇したことは間違いなのだが、残念ながら、その政治力、政治姿勢が鮮明でない。もっと自信を持って、自らが目指す理想の日本に向けて、力強く引っ張って行ってもらいたいものだ。
 人生は幾多の戦い連続であると言われる。そういう意味では、小さくてもいいから、何か一つぐらいは自らが誇れる何かを制覇してみたいものだ。頂点に立つというような大袈裟なものでなくて良い。
 筆者にも、何か一つぐらいそんなものがないかと探して見た。そして無理やりに引っ張り出してみたのが、「東京23区の坂道」を探し歩き、685を数えるに至ったことである。インターネットで調べると、或る方が丁寧に纏めておられるが、今日現在で、その数は658であり、筆者の方が数が多いのだ。これを、独断で坂道制覇と呼んでおこう。しかし、それがどうした?なんて言わないでね。
 
2.昨日の雅子(92)
 このところ、外見上の変化は見られない。まずまずの日々が続いている。冬衣装から春衣装に替える時期になった。雅子から、明日にでも幾つかのものをもって来て欲しいという。

3.連載(441) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(68)
  第三章 施設に戻って (14)

(2)介護士さんに囲まれて(その3)
 この楽裕館には、2階から4階までの各フロアーに二つずつ、合計6つの介護のユニットがある。一つのユニットが10人から15人の入居者を収容できるスペースがあり、この楽裕館の定員は80人という規模である。しかし、雅子のいる4階は、現時点では、日吉ユニットだけが稼働中で、もう一つのユニットは、今のところクローズされていて空室のままである。各フロアーにも幾つか空室があるので、楽裕館全体としては、まだゆとりのある施設である。
 言うまでもないことだが、この施設の売り物は、抜けのない24時間完全介護であろう。それだけに、関係部署間の緊密な連携は重要で、入居者の健康上の変化などは連絡票を通じてきちんと情報伝達が行なわれていて、介護はそれらをきちんと反映させた形で遂行されている。中でも、介護部の介護の実戦部隊である介護課と医学的な見地から介護をサポートしている看護課の連携は、最も重要であって、必要に応じての個別の打ち合わせが頻繁に行なわれている。
 ここで、雅子がお世話になっている日吉グループの介護士さんたちの介護体制について触れてみよう。この日吉ユニットには、2月1日現在で、9、5人の介護士さんたちがいて、雅子を含めた9人の居住者の介護を担当している。介護士、0.5人の意味は、主任の奈良さんが3階と4階を兼務しているから、便宜上そう表現した。
 さて、9,5人のメンバー構成であるが、これが、実にうまくバランスが図られている。具体的に言えば、経験豊富ないわゆるこの道のベテランの方が3人、働き盛りの中堅のしっかりした方が、3.5人、それに2人のフレッシュな若手の組み合わせである。換言すれば、いわゆる老・壮・青のバランスがうまく取れた構成である。但し、ここでいう老・壮・青の分類は、単なる年齢で分けたのではなく、、あくまでもこの道での経験年数、熟練度でみた分類である。ユニットリーダーの松井さんで、彼女は、年齢的な分類をすれば、フレッシュな若手のグループにカウントできるが、ここでは、中堅の働き盛りの「壮」グループにカウントした。落ち着いた彼女の明るさが日吉グループに安心できる和やかさをかもし出してくれている。
 老、壮、青のそれぞれのグループの方々について一言すると、老のベテラングループの3人には、どっしりとした安心感がある。プロ意識に徹しておられる姿勢が滲み出ていて、若手の指導にもピリッとしたものが垣間見える。壮のグループの中堅組みの方々は、松井さんをも含めて、働き盛りでガッツがあり、確実、正確、安心をモットーに、大変な仕事に真摯に取り組んでいる姿が頼もしい。また、青のグループの二人の若手には、初々しさがあって親しみを感じさせるものがあり、気が置けない感じを与えてくれているのがいい。その内の一人は男性の柊さんで、若くして、この仕事に踏み込まれた姿勢が、一考には有難く思えるのである。柊さんと主任の奈良さんの二人は、この日吉ユニットの貴重な男性メンバーで、味のある役割を果たしてもらっている。
 とにかく、この1ヶ月余り、いろんなの試行錯誤を経ながらも、24時間完全介護が、優しくかつ丁寧にきちんと遂行されていたことに一考は心強く思うと同時に、今後も安心して雅子をお任せできることに心から安堵するのである。(以下、明日に続く)

タグ : 沖縄尚学 東京23区の坂道 浅田真央、上村愛子 比嘉公也

475 亀裂

 亀裂という言葉を耳にすると、何かが起こりそうな不安を覚える。日本の政界には今、幾つかの亀裂が走っているとの見方がある。その一つが、ガソリン税の暫定税率の2/3の再可決を巡って、自民党内で起きている不穏な動きである。いわゆる、道路族とそれに反対する若手との間に亀裂が生じていると言うのだ。一方、民主党の中にも鳩山幹事長を軸に、ちょっとした動きが見られていて、いよいよ4月29日の衆議院での再可決を巡る動きが水面下で活発になって来ている。一部の報道では小池百合子を総理に担ぎ上げようとする興味津々の動きもあるという。福田総理もいよいよ正念場に入ってきている。
 亀裂と言うのは、うまく行っている時には表に出てこないが、行き詰まってくると自然に表面化して来る。この現象は何も政治だけではない。あの読売巨人軍も、若し昨日の逆転勝ちがなかったら、あの邉恒さんの不満が爆発して危険な亀裂が出始めていたかもしれない。そういう意味では、高橋由伸選手のホームランはまさに起死回生の意味のある貢献だった。
 不安な亀裂は日本だけではない。北京オリンピックを前に、チベット問題を巡っての不穏な亀裂が世界に走っている。また、お隣の韓国でも、季明博新大統領の誕生で、北朝鮮との間に、突如大きな亀裂が目立ち始めた。とにかく、亀裂は破壊の切っ掛けになるだけに不安を掻き立てる。
 幸いなことに、筆者の夫婦間は、難病で大変だが、そんな亀裂の心配はない。
 
2.昨日の雅子(91)
 久し振りにおやつに果物を出したが、イチゴはOKだが、パイナップルは小さく切っても、硬くて喉に通り難いようだ。以前にもピーナッツのようなものは駄目だと分かっていたが、パイナップルまでもとは、新たな症状の悪化ではと、このあたり少し気になる。

3.連載(440) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(67)
  第三章 施設に戻って (13)

(2)介護士さんに囲まれて(その2)
 細部の話に入る前に、ここで、このドリームスペースの全体像を概観しておきたい。この施設は、今年(2008年)で、設立されて21年目である。昨年の8月には、創立20周年を記念して、この新館の楽裕館がオープンされたことは、既に紹介した通りである。
 全体の組織としては、この施設は、営業部、介護部、生活部、それに管理部の四つの部署からなっている。
 営業部は入居する際にその窓口としてお世話になった部署である。あくまでも、入居希望者の入居に関する一連の業務を担当するほか、この施設への見学、案内などの企画も担当している。仕事熱心な木田係長や、大学を出て直接入社されたばかりのフレッシュな森永さんには、昨年は、入居に関していろいろとお世話になった。お陰で、何とか入居が許された訳で、ほっとしたことが昨日のことのように記憶に生々しい。
 次の介護部は、文字通り、介護を必要とする入居者を管理する部署である。この部署は、大きく二つのグループに分けられる。一つが直接毎日の介護を担当する介護士さんのグループの介護課で、今一つが、医学的な見地からのサポートをする看護士さんのグループの看護課である。この二つのグループは緊密な連携を取りながら、入居者の介護に当たる。雅子は、まさにこの介護部のみなさんにお世話になっているのである。
 三つ目の生活部は、介護を必要としない自立棟の入居者を管理する部署である。従って、この部署の本拠地は楽裕館ではなく、いわゆる旧棟にある。雅子の姉の伸子はこの生活部の管轄下でお世話になっている。
 最後の管理部だが、ここには、経理を担当する管理課、機関紙などを担当する庶務課、人事や受付など事務全般を管轄する事務課の三つのグループに分かれている。
 雅子がお世話になっている介護部は、この楽裕館の中枢部隊で、二つのグループである介護課と看護課の緊密な連携で、しっかりした24時間介護が遂行されている。スタッフには、介護士さん、看護士さんの他に、介護課にはケアマネージャーの竹中さんもおられるし、その他にも附属の北雄琴クリニックの医師も常時サポート出来る体制にあり、万全を期していてくれているので、入居者は大変心強い。(以下、明日に続く)

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474 連勝と連敗

 日米のプロ野球が開幕して、毎日多くの面白い話題を提供してくれている。開幕後の出だしの戦いで目に着くのが、連勝と連敗が多いということだ。昨日時点でも、史上初の記録が二つある。一つが巨人の開幕5連敗、今一つが楽天の6連勝である。このほかにも阪神が開幕5連勝、中日が4連勝、逆に広島が5連敗、更には日本ハムの5連敗などが目に着くが、面白いのは、その両方を早くも経験済みの野村楽天だ。4連敗後の6連勝。なかなか面白い星の並び方である。今では、試合後の短い野村談話は楽しみの一つになっている。
 勝負事には「流れ」という目に見えないものがあって、それに乗れるかどうかで、結果に大きな違いが出て来る。この「流れ」ってなんだろう。一言で言えば、「意の如くならない雰囲気」だ。これには、何かの切っ掛けがあって、それがその「流れ」を作り出しているように思われる。その切っ掛けが味方のプレイによるものもあれば。相手の失策で頂くケースもある。従って、その切っ掛けを与えずに、生み出すようなプレイが、勝負の命運を決めることになることが多いようだ。
 この「流れ」はスポーツだけではない。政治の世界にもあるし、自分達の人生にもある。今の福田政治は、明らかに小沢代表の民主党の流れの中で翻弄されている。流れを変える何かが必要だが、自らがやめる以外にないと多くの評論化が指摘しているのは、如何にも寂しくて悲しい。
 話題になったガソリンの値段も、そんな世論の流れの中で、一気に値下げに流れたようだ。筆者のチェックでも、国道161号線の柳ヶ崎から雄琴までにあるカソリンスタンド6箇所(昨日5箇所と書いたのは間違いでした)は、昨日の時点では全て値下げが実姉されていた。初日にはそれまでの価格をキープしていた1箇所のスタンドも、さすがに流れには抗し得なかったようだで、昨日は安値になっていた。
 流れという見方で我が人生を振り返ると、大学までは甘い流れに乗ったラッキーな人生だったが、社会人となってからは、辛い、厳しい流れに翻弄されている人生だと言えそうだ。今は、その厳しさに立ち向かうことで、エネルギーを得ている毎日である。自ら言うのも変だが、「頑張るじゃんの人生」である。

2.昨日の雅子(90)
 まずまずの一日。前夜に、仲の良かった仲間の皆さんのお一人からのお見舞いの申し出が電話があった。本人にそのことを話し、雅子の考えを確認したが、「皆さんの優しいお気持ちは大変嬉しいし、お会いしたいと言う気持ちはあるのだが、言葉も十分に話せない見苦しい状態でもあり、却って、不愉快な思いをさせるのは本意ではない」ということで、今回は遠慮させて頂くことにした。仲間の皆さんには、宜しく伝えて貰うことにした。

3.連載(439) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(66)
  第三章 施設に戻って (12)

(2)介護士さんに囲まれて(その1)
 1月半ばで、雅子は実質的に1ヶ月を施設で過ごしたことになるが、今までにない変化に富んだ一ヶ月だったとも言える。多くの対応が、今までの在宅時の一考の介護とは違った形になる訳で、雅子には今までとは違った対応が要求された。一刻も早く、その生活リズムに慣れようとする雅子の努力は、大いに多としたい。
 そして、好むと好まざるに関わらず、雅子の施設での生活は2ヶ月目に入った。不安が見え隠れしていた最初の頃に比べて、それなりに落ち着きも見せてきてはいたが、その一方で、足腰の弱さが目立ち始め、言葉の不明朗さなどの新たな不安が追って来ている。
 一方、一考の方は、それまでの手が抜けなかった厳しい介護生活に、取り敢えずは終止符が打てて、ある程度の自由を回復することが出来た。それでも、毎日、午前、午後の2回に渡って施設を訪問していたので、何だか通勤生活が甦ったような感覚で、新たな慌しい生活リズムへの対応に追われるのだった。
 そんな慌しい生活を繰り返している中で、漸く、介護の実態が把握できるようになって来ていた。雅子がいる楽裕館の4階の「日吉」グループを担当して下さる介護士さんは、おおよそ9人のチームワークで賄われている。(注、グループ名を、今までの「比叡」を、都合で「日吉」に変更します)
 この「日吉」グループには、2月1日現在、雅子を含めて9人の居住者がいるが、定員が15人なので、まだ空室が多く残っている。契約前に営業の方から耳にしていた待機者が多くいて、居住権を得るのが大変だということを思うと、感覚的には少し違和感がある。必死に居住権の確保を願ってお願いしていたことが、何だが自分で勝手に空回りしていたようで、馬鹿馬鹿しく思えてくるのだった。しかし、そうは言っても、現在の自分の状況をみると、自分が出来る介護の限界だったことは確かで、やはり、ぎりぎりのタイミングでも入居だったと思い直すのである。
 その一方で、改めて思うのが、経済的には大変な高いハードルがあって、希望者なら誰でも入居できるという訳にはいかないとことも実感しつつある。まだ、入居月の12月分の一ヶ月の料金を支払っただけで、しかも、その一ヶ月も、10日に入居したことから、20日間滞在でも費用であったことを勘案すると、経済的なバリアーが大変高くて、入り難いという側面があることは事実だ。事前に大よその見積書をもらっていて、その程度の数字は覚悟してはいたのだが、具体的に請求を受けてみるとその重さが、ぐっと、身に沁みてくるのだ。特に、サラリーマン上がりの年金生活者には、生易しい環境でないことを改めて実感するのである。(以下、明日に続く)

タグ : 野村談話

473 Its Gonna Happen

 新年度が始まった。少し意外に思ったのだが、今年は「エイプリルフール」という話題が、例年ほど取り上げられていないことだった。4月1日の風景にも少し変化が出てきたのかもしれない。
 とにかく、ガソリンの価格の話題が圧倒的で、これがエイプリルフールを追いやったのかもしれない。筆者も、施設にいる妻を見舞うために国道161号線を走った。片道9Kmの間に、5軒のガソリンスタンドがあるが、その中で、1軒は確認できなかったが、3軒が値下げを、1軒が従来価格を維持していた。筆者が走ったのは午後の時間帯だったので、ニュースで伝えられていたような混乱は見られず、昨日までと変わらない風景だった。今朝の報道では、全国的にも6割弱の値下げということで、ここでも平均並みの動きだと言えそうだ。
 そんな中で、企業の入社式などのセレモニーの風景は、いつもと変わらない新鮮さを見せてくれている。新しい年度が始まるという意識を喚起してくれている。
 それに対して、政治の世界では、民主党が、政府を追い詰める次なる戦術として、年金問題を取り上げ、舛添大臣の責任追求を取り上げた。ここを先途にに攻め切りたいとの考えのようだが、この戦術は如何なものか。確かに、舛添大臣に対する期待が大きかっただけに、「なんだ!その程度か」といった失望感を覚えるのも事実だが、ここは、舛添大臣の責任というよりも、腐っていた社保庁にあった訳で、世論の中には舛添大臣はよく頑張ったという見方も多いようだ。新年度の風景としては、新鮮味がない。政局を狙った見え見えの戦術は、却って、世論の反発を食らうことにならないか。
 新年度から始まったばかりの「後期高齢者制度」が、その呼び方を「長寿医療制度」と言い換えることにしたようだ。これなら響きも悪くはない。最初からそうしていればよかったのだ。
 かくして、悲喜こもごもの新年度は、波乱含みの中で始まった。昨日、米国メジャーリーグで鮮烈のデビューを果たした福留孝介選手の応援席に掲げられた「Its Gonna Happen」(何かが起きる)の気持ちで見守りたい。

2.昨日の雅子(89)
 入浴日ですっきりしていた。「セーター」という言葉探しに苦労した。「-」が分からなかったので「せた」とか間違って「せて」とかに迷い込み、脱出に思わぬ時間を食った。

3.連載(438) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(65)
  第三章 施設に戻って (11)

(1)定着への頑張り(その11)
 この施設に移って、雅子の言葉の不鮮明さが一気に進んだように感じていた。やはり、運動に関する筋肉の動きが悪化していて、その関連で、口の筋肉の動きが悪くなっているのだろうと一考は考えていた。
 そこで、採った対応が、単語の一文字ずつを「あいうえお」の五十音の文字盤を使って確認し、それを繋いで、雅子の言わんとすることを探り当てる作業だった。しかし、これが、思いの外、疲れる作業で時間も掛かるのだ。そのことは、自分以上に雅子本人も疲れているはずで、そう思うと大変気の毒になる。
 さて、この日の3回目のドリームスペースに着いたのは、時間はもう6時半を過ぎていた。玄関のドアが閉まる7時までにはそんなに時間はない。少し焦燥感を覚えながら、一考は雅子の部屋に急いだ。雅子は、思いよらなかった一考のこの日の3回目の顔出しに、さすがに、少しびっくりしたようだった。
 取り敢えず、雅子に先ほどの帰り際に言った言葉を確認しようと、今一度、発音させたが、やはり、何を言っているかが掴めない。そこで、例の五十音の文字盤を取り出し、言葉を文字に分解して、探り当てる作業に入った。発音順に一語ずる確認して行くと、最初が「せ」であることが分かり、次が「ん」、そしてその次が「ば」と云うところまで追い詰めた。つまり、「せんば」ということから、「せんばつ、高校野球」と確認すると違うと言う。それもそうだ、何も野球の話が出る訳ではない。さりとて、「せんば」と来ても、これはという言葉が連想できない。その内に「せんばい」という言葉が浮んだので、「専売公社」とか「千倍」といってみても当たる訳がない。雅子は煙草とは関係ない。そこで、次の一文字を確認すると「ず」だという。「せんばず」と口ずさんで、まだも何も浮んでこない。困ったと思って、更に確認すると、次は「る」だという。「なあんだ!せんばづる、千羽鶴」かということで、雅子の言いたい言葉が見つかった。
 要は、雅子は、母親が折ってくれた千羽鶴にお礼が言いたかったというのである。とになく、引っかかっていた謎が解けて、ほっとして帰途についた。7時ぎりぎりのドアのロックタイムに滑り込みセーフだった。
 しかし、こんな具合に、これからも言葉探しの難しい作業に悩まされることになる。これは、二人にはまさに精神的な格闘技であって、相当なエネルギーの消耗を必要とすることになるのだ。(以下、明日に続く)

タグ : 舛添大臣 後期高齢者 長寿医療制度 福留孝介

472 新年度

 今日から新年度と言っても、筆者個人には、ガソリンの値段がどうなるかの興味以外には、直ぐには何てこともなく、昨日の続きの世界に変わりない。
 それでも、日経新聞には、昨日あたりから数ページを使って多くの企業の人事異動が出ていて、新年度の雰囲気は感じられる。今朝の新聞には、筆者の出身会社の人事も出ていて、新しい取締役が誕生している。自分の退職後に親会社の東レから来られた方で知らない人だ。この辺りは、子会社の辛いところなのであろう。
 昨日は、年度末ということで、福田総理が記者会見して国民にお詫びをしていたが、その中でガソリンの暫定税率に関して、財政に2.6兆の穴が空くという点は、その通りで理解できるが、ガソリンの余計な消費を促し環境にマイナスという論理には説得性を感じない。国民は、何も、ガソリンが安いからと言って、必要以外の使用に走るとは思えないからだ。いずれにしても、このところ、総理がメディアに顔を出されるようになったのは結構なことだと思う。
 ところで、昨日、筆者は、再び「ねんきん特別便」を受け取った。驚きである。前回受領した際に、社保庁に赴いて、きちんと手続きを終えているのに、同じものをまた送ってくる。無駄遣いの典型で、本当に何をやっているのかと怒鳴りつけたい気持ちである。せめて、新年度からは、もう少し智恵を出して、国民のためになる仕事をして欲しいものだ。 

2.昨日の雅子(88)
 雅子の症状には特記することはない。次男が送ってきた子供の写真を持参して見せると、雅子は、孫の順調な成長に細い目を更に細くして喜んでいた。一方、スーパーで安いウエットテッシュを見つけたので、それを施設に持ち込んで、リーダーの松井さんに報告すると、チェックした松井さんは、これは口内には使えませんねと速やかなジャッジ。さすが、リーダーだと一目置くのだった。

3.連載(437) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(64)
  第三章 施設に戻って (10)

(1)定着への頑張り(その10)
 1月20日、日曜日。この日で、このドリームスペースに入居して、途中の年末年始の自宅での介護を除くと、実質的に一ヶ月目を迎えていた。早いものだと思う一方で、雅子もよく頑張っているとほっとするのだった。一日も早く、新しい環境に慣れようとの努力がうかがわれて、一考もその頑張りに頭が下がる思いだった。
 前日は、通院日で、山科の醍醐にある吉田病院での治療を受けた。ここから通院するのも2回目で、段取り的には要領は把握していたので、11時半過ぎにドリームスペースを出た。この病院での治療は、筋肉を柔らかくする注射を打ってもらうのだが、これも既に6回目を数える。注射の効果がほぼ3ヶ月持続し、手首や首ががちがちになるのを防いでくれている。京都駅前の吉田病院での場合と違って、治療の結果が目に見える形で把握できるので分かり易い。治療は、いつものようにスムーズに終り、2時半過ぎにはドリームスペースに戻ったのだった。
 さて、この実質一ヶ月間は、一考は毎日、朝夕の2回のペースで顔を出していた。雅子が、この施設に慣れるまではということで、一考も気合が入っていた。しかし、この日は、初めて一日3回もドリームスペースに顔を出すことになった。それと言うのも、2回目の午後の訪問時に、初めて母親を連れて行って、早目に帰ったからだった。母親は、今年で96歳になる。前から一度顔を出したいと言っていたのだが、少し体調を崩していたこともあって、暫く様子見を続けていたが、この日は、体調もそこそこということで、思い切って連れていったのである。
 午前中の訪問時に、施設の水のタンクが故障していて、水道やトイレの水が出ない状態があって、介護士さんたちが慌しく対応に動いてくれていた。幸い、母親を連れて行った際には、既になおっていて平常状態に戻っていた。
 先に、姉の久子が来た時に届けてくれた千羽鶴は、ベッドの脇にかけてあるのだが、それは母親が折ってくれたものだった。話好きの母親は、それを見ながら、なにかと話しかけながら勇気付けてくれていた。雅子は、神妙にその話を聞きながら、時々何かを伝えようとしていたが、耳の遠い母親には無理だった。あまり長居をして、母親の体調をおかしくしてはいけないと、一考は、20分ぐらいの滞在で切り上げて連れて帰ることにした。帰り際に、雅子が何か言ったのだが、その言葉の意味が把握できずに気になったのだが、余り時間を取ることもできず、そのまま一旦引き上げた。
 この日は、母親に夕食を出す当番日でもあったので、帰宅後、一考は、手早く夕食を母親に出してから、雅子の最後の言葉が気になっていたので、それを確認するために、少し遅い訪問だったが、この日3回目のドリームスペースへの訪問を敢行した。(以下、明日に続く)

タグ : ねんきん特別便 福田総理

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