プロフィール

相坂一考

Author:相坂一考
滋賀県大津市出身
07年1月に推理小説「執念」を文芸社から出版
14年7月に、難病との戦いを扱った「月の砂漠」を文芸社から出版

このブログは3部構成です。
 1.タイトルへの一言。
 2.独り言コラムで、キーワードから世の動きを捉えようと試みる。
 3.プライベートコーナー
   (2015-06-03に修正) 

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532 頑張ってる福田総理

 このところ、福田総理が頑張っている。アイルランドで行なわれた軍縮会議で、クラスター爆弾を禁止する条約案に、日本も賛成したのである。盟友の米国の顔色を窺うことなく思い切った決断だった。大国の米英ロが加わらないのが遺憾だが、人類に危険な兵器の禁止に一歩前進であることには間違いない。
 公務員改革法案も民主党案を大幅に取り入れて成立を目指した決断も、思い切った対応だと評価されている。思わず込み上げてきた渡邉善美大臣の涙に、今までのご苦労が窺える。ここでも福田総理の決断が光っている。
 アフリカ開発会議はアフリカへの包括的な支援策を協議し横浜宣言を採択して閉会したが、その間、アフリカ諸国の首脳40数人との個別会合を行なった福田総理の精力的な活動には、今まであまり見られなかった前向きの姿勢が見られた。
 ここに来て、よく頑張っている福田総理の姿勢が漸く見えてきた。洞爺湖サミットまであと一息だ。どうやら、そこまでは頑張り抜けそうである。辿り着ければ、また空気も変わるかもしれない。
 
2.昨日の雅子(148) 5月31日
 朝一番の入浴に変わった。あがってきて直ぐにマッサージを受けた。それが終わって、少しベッドで休息。
 最近、朝部屋に行くと、前日から考えていたお願い事を伝えてくれる。先ずは、それらを何とか理解することから一考のサポートが始まる。その内容は、例えば、美容院に行きたいとか、夏物衣装の整理などである。

3.連載(497) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(124)
  第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (28)

(3)春から夏への介護生活 (その2)
 定刻の6時半に三井寺内のライトが点灯した。まだ薄暮の状態であったので、急に明るくなったと言う感じはなかった。それでも、時間の経過と共に、次第にその効果が出始めた。一考は、観音寺のある一段高い位置から見下ろす姿勢で、上ってきた階段の方に視線をやった。ライトは、桜の木の下から見上げる角度で照射されていて、咲き乱れている桜の花が浮いて見える。一考は、その美しい光景を味わうように、ゆっくりと少し前に上ってきた階段を下りて行った。途中、大きな桜の木の下に入ると、恰も、大きな桜の木のスカートの下から見上げるようなわくわくする眺めもあった。階段を下りきると、一旦、桜の並木は途絶えた。その後暫く進んでから、今来た道を振り返ると、少し離れた位置で、桜の花を付けた木が、空中に浮かび上がっているように見えて、幻想的な光景を作り出していた。一考は、その美しさに感動しながら、雅子と一緒でない寂しさを思うのだった。
 自分が退職した後の生活について、一考は一つの夢を持っていた。それまで、二人の息子のこと、自分の両親のことを任せっきりにして来たお返しに、是非とも二人で思いっきりいろんな処を旅してみたいと考えていた。世界遺産を巡る海外旅行、将棋のツアー、国内では温泉巡り、更には、既に始めていた西国三十三箇所の寺巡りなどである。西国三十三箇所巡りでは、それぞれの札所でサインを頂戴してそれを集めて歩くのだが、既に近場の半分は、それまでのちょっとした時間の都合を利用して、ここ数年間で廻り終わっていた。残されたのは、少し足を延さねばならない和歌山県、奈良県、兵庫県などの寺々だった。いずれは廻りきれると思っていただけに、その空白のページが、そのまま残ることになったのは、心の中に空白が出来たようで、極めて残念に思うのだった。
 いずれにしても、雅子の思わぬ難病のために、それまでの人生が、そのままの形でストップしてしまうことになったのである。生きたままの化石のように全てが凍結されているのである。彼女のタンスの中やクロークの中は、それまでの状態のままで、そのまま衣装や、持ち物のバッグなどが残されているのを見ると、悲しく、侘しく思うのである。今まで生きてきたことは、一体何だったのかと思ってしまう。(以下、明日に続く)
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531 交流戦

 プロ野球では、目下、交流戦がたけなわである。オープン戦以外で見られない組み合わせに新鮮味が感じられてなかなか面白い。プロ野球の活性化と云う意味で、楽しい企画であることは確かである。昨年までの実績を見る限り、各チームにとっては、レギュラーシーズンでのそれまでの波に変化を受ける切っ掛けになっていることが多く、そういう意味では、好不調のチーム共に、それぞれのチャンスになる可能性を持っている。今年では今のところ、楽天がよく頑張っていて面白い存在だが、中日の動きが少しおかしい。さあ、どうなるか、じっくりと楽しみたい。
 ところで、日本人選手が米国大リーグでが頑張るのも、広い意味で交流戦ということが出来よう。野茂選手の決断から始まって、随分その枠が広がっていて、イチロー、松井、福留、それに松坂などといった一流選手の活躍は華々しい。交流戦も、こうなると楽しい限りである。
 一方、先日、米国の無人探査機「フェニックス」が火星に着陸した。地球から6億8千万キロ(月への距離のおよそ1632倍)という、、文字通り天文学的な距離を9ヶ月掛けて飛んでの見事な成功に、驚きを越えた感動さえ覚える。今や、地球は宇宙とのかつてない交流戦を行なっていると言える。そういえば、国際宇宙ステーションのトイレが壊れているので、週末に打ち上げが予定されているスペースシャトル「ディスカバリー」が修理のための部品を運ぶことになっているという。
 一般的には、交流戦は土俵を広げるということになり、新しい何かが期待できるという無限の楽しみがある。特に、スケールの大きなこのような宇宙の交流戦の話には、果てしない夢があって楽しい。
 しかし、現実に戻ると、今朝の報道では、中国からの要請の自衛隊機による救援物資の輸送の話は、一転、見送られると言う。日中の交流戦は、絵に描いたようには進まないようだ。

2.昨日の雅子(147) 5月30日
  少し元気がないようだが、平穏な一日。夏物の衣装で購入の要求を受けた。

3.連載(496) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(123)
  第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (27)

(3)春から夏への介護生活 (その1)
 春が巡ってきた。その象徴である桜前線が北上し、この大津の界隈でも美しい景観が見られるようになった。3月15日付けの日経新聞の土曜版の何でもランキングで、「光に映える夜桜名所」で、三井寺が9位にランクされていた。
 不肖、筆者はまだその三井寺の夜桜を見たことがなかった。近くに、そんな人気のあるスポットがあるとは寝耳に水だった。東京で生活している人が東京タワーに登った人が少ないと同じように、地元、足元のことに不案内なことは結構よくあることだ。
 しかも、三井寺の奥にある霊園に相坂家のお墓があって、一考も毎月お参りに出掛けている。しかし、その際には、桜の植えられているところを通らないこともあって、それを意識せずに通っていた、しかし、その行き帰りに見られる疎水の近辺にある桜、更には皇子山公園内の桜には、なかなか見事なものだと心を惹かれたことは幾たびもあった。
 そんな事情から、日経新聞が9位にランクしたライトアップされた三井寺の桜は、一度は是非見ておきたいと一考を速やかな行動に走らせたのである。そこには、雅子を施設に預けたことで、自由度が得られたと言う環境の変化も幸いしていた。
 思い立ったが吉日で、4月に入って間もない日だった。雅子の見舞いを終えて施設から戻った一考は、幸い、天候もそこそこだったことで、時間を見計らって三井寺に出向いた。三井寺にある駐車場は混むだろうと考え、少し離れた処だったが、皇子山競技場内の駐車場に車を置いて、市役所前から隣の大津商業高校の前を通って三井寺に向かった。1キロメートル程度のほんの僅かな距離だったが、久し振りの歩きに一考も生気を取り戻しているような気分だった。
 三井寺と言っても、その敷地内は結構広い。一体、どの辺りが桜の見処なのか、一考には良く分かっていなかった。仕方なく、取り敢えずは観音堂の方に向かって歩いてみることにした。まだ6時過ぎのタイミングで、訪れている人たちもそんなに多くはない。観音堂付近にも十数人程度といった具合で閑散としていた。ライトアップまで未だ少し時間があったので、かつて、自分の最初の推理小説の殺人の舞台に使ったそろばん記念塔のある一段上まで登ってみた。小説を書いたのはもう十五年も昔のことで、当時に比べてその辺りは綺麗に手入れされ、大津市内を眼下に見渡せる絶好の場所として整えられていた。一考は、暫し感慨に耽りながら、薄暮の中に浮かび上がる市内の風景に見入っていた。少しかすんで見えたが、琵琶湖の雄大さは相変わらずで、一考の気持ちを和やかにさせた。(以下、明日に続く)

530 ダメ押し

 遂に、船場吉兆が廃業を発表した。昨年の10月に食品偽装が発覚、今年の1月に女将の湯木佐和子を新社長として営業を再開したが、今般の使い回しの発覚が廃業へのダメ押しとなった。
 ダメ押しと聞くと、つい先日の大相撲夏場所の千秋楽結び朝青龍と白鵬の一番が頭に浮ぶ。土俵に手を着いた白鵬を朝青龍が今一度押し付けた、文字通りのダメ押しで、それに対する白鵬の反撃、そしてにらみ合いは、またしても横綱の品格問題に発展した。
 通常、野球などのスポーツでは、追加点を取ることでダメ押しすることは、勝利への大事なステップで、多くの場合、ダメ押しは、いい意味で使われている。しかし、あの朝青龍のダメ押しは、行き過ぎで頂けないということのようだ。
 話は飛躍するが、今回の四川省地震で、中国が、日本の自衛隊機による救援物資輸送を要請して来たという。これは、先の胡錦濤首席の来日によって道付けされた両国の友好の進展を、いい意味でダメ押しする効果が期待できるのではないかと解釈できる。
 一方、ガソリン価格の値上がりは、今も勢いが衰えていない。既に値上がりが始まっている諸物価の高騰で、我々の日常生活が厳しくなって来ているのだが、それを更にダメ押しする形になるのが心配だ。心配なのは、この種の悪化のスパイラルだ、
 そんな、こんなで、いいことのダメ押しは歓迎だが、悪い意味でのダメ押しは、何とか避けて欲しいと願っている。
 さあ、低支持率で苦しんでいる福田総理も同様で、晴れの花道の洞爺湖サミットまで、これ以上ダメ押しされないように踏ん張ってもらいたい。

2.昨日の雅子(146) 5月29日
 10時から2回目のマッサージ。どんな具合か、筆者も初めて立ち会う。途中、時々痛さを感じたこともあったようだが、総じて気分はよさそうだった。ところで、朗読は一昨日で筆者の作品「乱森」を読み終えた。「執念」よりはましだという雅子の感触。この日から、村山由佳の「天使の梯子」を読み始めた。

3.連載(495) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(122)
  第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (26)

(2)新たな体験、経験(その17)
 単調な介護生活に、少しでも何か味付けしてあげたいと言う気持ちがあって、意識して始めたのが朗読だった。2月半ばのことである。その狙いは、潤いというか、分かり易くいえば、少しでも楽しみを感じてもらおうとして始めたのである。
 しかし、最初に取り上げたのが、拙作「執念」だった。やはり、自分の書いたものを雅子にも読んで欲しかったからである。前にも書いたが、自分の書いたものを、声を出して読むのは自分でも初めてで、黙読するのに比べて、その感じが大きく違うことに気づいたのだった。
 その一つが、読み難い部分が少なからずあったことで、我ながら、びっくりしたり、がっかりしたりするのだった。読み難いということは、基本的には文章の流れがスムーズでないということであり、それは、取りも直さず、文章の稚屈さに他ならず、大いに反省するのだった。同時に、物書きとしては、その基本的な力で大事なものが、不足していると悟ったのである。
 さて、この朗読を聞くと言う行為は、雅子にはそれなりの効用があったと思っている。テレビを見る以外に時間の過ごし方が限られている雅子の日常生活に、ひとつの違った光を当てたことになったと一考は捉えていた。雅子は、殆どの場合、黙って俯いて聞いているだけだが、その頭の中に展開されるドラマのシーンを思い浮かべることで、それなりに脳の活性化にも繋がっているのではなかろうかと期待するのだった。
 ちなみに、この作品の評価について雅子に確認してみると、残念ながら、一考が期待したほどの面白さ、興味を与えなかったようだった。「面白くなかった」という短いコメントが雅子の感想の全てで、予期していたとは言え、少なからず失望はした。その理由の一つは、やはり内容が難しかったという。しかし、身内だからと言って、軽々しいリップサービスの褒め言葉を言うのではなく、率直にその評価をしてくれた雅子には、真の評価をくれたということで、逆に評価するのだった。
 そして、次に取り上げた作品は、筆者が気に入っている作家の一人である村山由佳の「天使の卵」だった。彼女の出世作で、さすがに、雅子の評価は高かった。一考は、自分の作品への評価に比べて、雅子の評価が随分と違っていることに、いささかの不満を覚えたが、この朗読と言う新しい試みに、雅子がそれなりの関心を持ってくれたことに、一考はその目的が達せられたということで、大いに満足するのだった。(以下、明日に続く)

529 親の責任

 ブログが大流行の時代だが、筆者が今、毎日目を通しているブログは、コラムニストの勝谷誠彦氏(有料)と将棋の渡邉明竜王のブログである。渡邉竜王とは、5年前に韓国のソールで行われた竜王戦ツアーに参加した際に、直接会話をさせてもらったこともあって、大いに親しみを感じている若手の天才棋士だ。
 最近、筆者が強い関心を持っているのが、同氏がブログに、自分の息子の柊君(3歳)に将棋を教え始めていて、その模様を時々書いてくれている。柊君が、駒の役割、動き方を覚え始め、先日からは、詰め将棋に挑んでいる過程が面白い。
 蛙の子は蛙、というが、この渡邉天才の子供は将棋の世界に入って来るのかどうかは、今は誰も分からない。しかし、子供の才能を引き出してやるのは親の責任だと思っており、竜王のその辺りの指導は大変興味深い。自分の場合は、息子達にそんなことをしてやるゆとりがなくて、雅子に丸投げしていた反省からの関心かもしれない。なお、雅子は彼女なりには、それなりに努力してくれていた。息子達がどう思っているか分からないが、今では、懐かしい話だ。
 さて、将棋界には、親子での棋士はそれほど多くはいない。かつては、木村十四世永世名人の長男の嘉孝七段がB級まで昇進した例がある。今、現在は、伊藤果七段のお嬢さんの明日香さんが女流一級して頑張っている程度だ。つい最近までは、田中虎彦九段の長男が棋士に挑んだが、3段リーグに入れず、残念ながら年齢制限で諦めたようだ。
 そんな中で、今、筆者が密かに期待している棋士の卵がいる。それは、女流棋士の藤森奈津子女流三段の長男の藤森哲也君(20歳)だ。彼女は美人棋士の一人で、旦那さんはアマチュア強豪棋士として一時大活躍した経歴を持つカップルだ。その哲也君が、目下、プロ棋士への最終関門の奨励会3段リーグで頑張っていて、ここを突破するばプロ棋士になれる。しかし、このリーグには35名ぐらいのそうそうたる棋士の卵がいて、半年間掛けてリーグ戦を行い、成績優秀者2名、従って、年間に僅かに4名だけがプロ棋士がなれる仕組みになっている大変な難関なのだ。
 今期のリーグ戦が中盤に差し掛かっていて藤森哲也君は、目下、5勝1敗とまずまずの出だしである。後12局を戦うのだが、果たしてこの難関を乗り切れるのかどうか、何しろ、小学生の頃から、この奨励会という仕組みに組み込まれて、長い戦いを勝ち抜いて頑張ってきている訳で、今更、アウトといわれたら、人生そのものを否定されるようなことになりかねない。それだけに、その才能を見出してあげた親としても、何としても、うまくすり抜けて欲しいとの願いは切実であろう。そんな訳で、応援する筆者も、その対局結果をインターネットで見る際に、ドキドキしながらクリックする日々が続くのだ。

2.昨日の雅子(145) 5月28日
 1時半頃に訪問。平穏な一日。平穏が一番幸せだ。入浴が3時半頃からなので、そのタイミングで、筆者は帰宅した。

3.連載(494) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(121)
  第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (25)

(2)新たな体験、経験(その16)
 この日吉グループでは、10時や3時のおやつの時間に、ビデオを使って簡単なリハビリ運動が行なわれることがある。音楽に合わせて手足を動かし、手を打ったり、足を慣らしたりするのだ。ちょうど幼稚園生がやっているような簡単なものだ。
 しかし、雅子の場合は、何しろ手足が動かせないから、その種のことも何も出来ない。それに、おやつは、一考がその時間に訪問して対応しているので、みんなと同じサービスは受けていない。雅子もそれでいいということなので、結果的には、その時間帯は自分の部屋で過ごしている。細かい話なのだが、そうすることで、経済的に僅かであるが助かることになるので、一考は歓迎なのだ。、
 ところで、以前に、実姉の霧子さんが、営業の木田さんから聞いた話として、介護士さんが間合いを見はからって、個人別にリハビリのようなことをやってくれるという話があった。しかし、雅子の場合は、その頃は、一考が、朝夕の二回も通っていたことで、雅子にべったりとはりついていたために、介護士さんが遠慮して、その種のサービスがカットされているのではということだった。そのことに一考も気になって、介護士さんに、その辺りの実情を確認したのだが、それは、どうやら、このビデオでの遊戯的な運動を指しているようだった。
 結局、リハビリという意味では、在宅時に受けていたようなエコノミカルなマッサージもなさそうだったので、一考は改めて、以前にお世話になった伝を通じて、以前のようなマッサージを、このドリームハウスに出張してもらって、お願いできないものかと頼んでみると、女性のマッサージさんはいないが、男性の方なら可能だという返答を得た。これは有難いということで、チームリーダーを通して、そのことでの施設の了解を求めたところ、介護部の桜井係長から、この施設でも、そのような企画が検討されていて、4月から専任者を採用して開始する方向にあるという。一考も、そんな計画があるなら、それを待つのが妥当だと判断し、その具体案が出て来るのを待つことにした。3月半ばのことだった。 
 しかし、このお話が具体化されて、実行に移るのは、予定より、少し遅れて5月下旬になってからのことになる。(以下、明日に続く)

タグ : 勝谷誠彦 藤森奈津子 藤森哲也

528 また起きた遺体損壊事件

 東京江東区のマンションに住む女性会社員が帰宅直後から行方不明になっていた事件は、神隠しではとも言われていたが、同じマンションに住む男が容疑者として逮捕された。その男の自供では、帰宅を待ち構えていて部屋に押し入り犯行におよび、遺体を切断してトイレに棄てたという。
 遺体をバラバラにする事件(2007年1月12日参照)は、最近の事例では、東京渋谷で起きた短大生の兄による妹のバラバラ殺人、セレブ妻、三橋歌織が夫をバラバラにした事件などが記憶に新しい。ここ滋賀県でも、先日、琵琶湖でもバラバラにされた遺体が見つかりいて、捜査が進められているはずだ(523参照)。いずれにしても、この種の遺体損壊でバラバラにされる事件は枚挙にいとまがない。
 その種の猟奇的な恐ろしい事件を聞くと、筆者の頭に浮ぶのが、たまたま、最近読んだ二人の作家の小説である。一つが桐野夏生の「OUT」で、今一つが東野圭吾の「容疑者Xの献身」である。この二つの作品では、共に、事細かに遺体の切断、その処理の仕方などを書いていて気持ちが悪いくらいである。真似する人が出て来ても不思議ではないくらいだ。
 一方で、練炭による集団自殺や硫化水素による自殺が、インターネットによる情報のばら撒きで、放置できないほどの拡がりを見せている今の世の中である。この小説の情報提供が、どの程度の影響を与えているかは分からないが、全く無関係だとは言い切れないと思う。
 とにかく、自殺や殺人がケームのように扱われている今の世の中は恐ろしい限りである。どんなことがあっても、その難しさから逃げたり、短絡的な犯行に走るのではなく、それに闘って生きることの大事さを忘れてはいけない。最近の筆者の心配事は、この種の極めて恐ろしい事件にも、それほどびっくりしたり、驚かなくなって来ていることである。

2.昨日の雅子(144) 5月27日
 今週の水曜日からだと聞いていたマッサージが、二日前倒しで、この日の10時から受診した。急な日程変更だったので、雅子は少し戸惑ったようだったが、結果は、まずまずのようで、暫く様子を見た上で、今後の対応を判断したい。この日は、久し振りに実姉の霧子さんのお見舞いを受けて、ほっとしているようだった。

3.連載(493) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(120)
  第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (24)

(2)新たな体験、経験(その15)
 トイレに関しては、もう一つ一考が意識して配慮していることがある。それは、一考のように雅子専任で傍にいられるから出来ることで、多くの入居者の介護を見ておられる介護士さんにはなかなか難しいことである。
 それは、雅子が頑張っている間のちょっとした気遣いだ。一つは、適切な声を掛けて励ますことである。気分的に焦らさないように「ゆっくりやっていいよ」とか、「もう少し頑張ってごらん」といった類のたわいないことだ。今一つは、時々、その姿勢を見に行って、必要に応じて直してやることである。
 そこにも幾つかのポイントがあって、一つは、右手の位置である。通常はそれを右の支え台の上にセットしてやる。次に、左手は、膝の上、膝の上にクッション(座布団を二つ折りしたもの)を置いた場合には、その上においてやる。なお、その場合は、よだれが落ちるのを防ぐ意味で、その上に涎掛けを置いてやる。
 通常は、このような変則姿勢で雅子の頑張りが始まる。一考は、適時、その様子を確認して、必要があれば直してやる。チェックポイントは、右手が時々支え棒から落ちるので、それを持ち上げてやって、定位置に戻してやる。また、膝の上に置いたクッションが落ちてしまうことがあるので、拾いなおして置き直おしてやる。この間は、落ち着かせる意味で、じっくりと時間を取って頑張らせるのだ。
 普通の健康な人間でも、この時には、結構力を入れて頑張る人は多いと思う。雅子の場合は、大腸の働きも弱っているようで、普通の人以上の頑張りが必要だと思われる。その様子をみていると、本当に必死になって闘っているようで、消耗も大変だろうと思う。
 今では、雅子が用をたしたくなると言い出すと、介護士さん二人がコンビで車椅子に乗せて、トイレの個室まで運んでくれて、便座に座らせてくれる。そして、クッションなどをセットしたら、一旦引き上げてもらって終わるのを待ってもらう。この間は一考が途中のチェックをし、雅子が終わるといえば、、再び介護士さんを呼びに行くといった手順をとっている。
 それだけに、不明朗な言葉だが、雅子の口から「出た」というのを聴けると、一考もほっとするし、介護の方に頼んだ甲斐があって、面子が立ったことになり、嬉しくなる。その一方で、出なくて空振りに終わると、「やっぱりそうか。ご苦労さん」と思いながら、介護の方には、申し訳ないとお詫びすることにしている。とにかく、この作業は、全力を上げた雅子の格闘技の最たるものであり、そのセコンドを務める一考も必死なのだ。(以下、明日に続く)

527 三浦雄一郎さんの快挙に陰りなし!

 エベレストに世界最高齢登頂を目指している三浦雄一郎さんが、目下最後の登頂アタックに挑んでいて、順調に推移すれば、今日、間もなく登頂に成功するという。日本では、目下話題の後期高齢者の75歳での素晴らしい快挙となる。しかし、世界は広く、皮肉なことに、昨日、76歳のネパール人のミン・パパドール・シェルチャンさんが登頂に成功し、世界最高齢者登頂の記録を更新した。そういうことで、三浦さんの狙っていた記録更新はなくなった。しかし、75歳でのエベレスト登頂という快挙にはいささかの陰りもないと筆者は思っている。
 今朝のテレビのズームインで、今はエベレストはラッシュ状態で、200人近い登山者が頂上を目指していると言う。北京オリンピックの聖火リレーのために、一般人の登山が制約を受けていたためのしわ寄せのようだ。いずれにしても、狙っていた獲物が先にさらわれたようなもので、逆転負けを喫したような残念さは否定できないだろう。
 昨日の日曜日のスポーツ界では、そんな残念な範疇に入る幾つかの戦いがあった。一つは、大相撲の千秋楽の結びの朝青龍と白鵬との横綱同士の決戦で、勝負が着いた後の二人のけんか腰のにらみ合いだ。再び、横綱の品位が問われることになる。女子バレーのオリンピック最終予選で、全勝だった日本チームが、最初の2セットを連取しながらセルビアに逆転負けを食らったのも残念な結果だった。また、女子プロゴルフの美人ゴルファーの古閑美保選手がプレイオフで、先に長いパッとを入れられて負けたのも、その一つである。野球では、パリーグ首位の西武が阪神に見事な逆転負けを食らったが、これは阪神ファンには堪らない勝利だった。
 勝ち負けは世の常で仕方ないが、福田内閣の今後には、果たして、逆転勝ちの筋書きが残されているのだろうか? 同氏はまだ72歳で三浦雄一郎さんに比べれば3つも若い。頑張って支持率を回復するような立派な政治に取り組んでもらいたい。エベレストではなく、洞爺湖サミットは間もなくだ。

2.昨日の雅子(143) 5月26日
 月一度の体重測定の日で、結果は前月比で0.4Kgプラス、まずまずである。しかし、何となく元気がないのが気になる。

3.連載(492) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(119)
  第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (23)

(2)新たな体験、経験(その14)
 その日の便秘薬の服用を思い止まって延期した直後に、幸い、通常の通じがあったのである。ほんの一時間もしないうちの快挙(?)だった。それは、便秘薬服用で通じのペースが乱れた日から3日目の3月8日のことだった。これと全く同様なケースが、その後の3月27日にもあって、この二回の経験から、雅子本人が一番、自分の状況を把握していることが実証されたと言える。結果的には、いずれの場合も、服用のタイミングが一日早く予定されたと解釈出来た。
 そういうことで、雅子の場合は、一般の方よりも、一日長い間隔で、便秘薬を服用させてもらうのが適切であろうと進言した。つまり、先の2回のケースでは、効果が早く出すぎて、深夜に迷惑を掛けてしまったのは、一日、早く便秘薬を飲みすぎために、通常の場合よりも、早目に効果が出てしまのだと解釈できた。
 要するに、便秘薬を服用するタイミングは微妙で、個人差があることを念頭に置いておく必要がある。そういうことで、雅子の場合は、4日間通じがない場合に、5日目の起床後に服用させてもらうことにした。
 お陰で、その後暫くは、順調に通じが確保された日々が続いていた。その殆どの場合が、一考が訪問中のことで、一考もその介添えの役割を果たしていた。ところが、5月の連休に入った頃から、再び便秘状態になってしまった。そこで、便秘5日目の5月5日の朝に便秘薬を服用させて欲しいと申し入れていたが、連絡に齟齬があって、6日になってしまい、そのことで、雅子の通じのペースに乱れが生じ、再び便秘状態になってしまった。仕方なく、5日後の12日になって、再度便秘薬の使用を余儀なくされたのである。その際には、看護師さんの判断で、座薬も併用することになり、何とか、通じを回復すると言う大掛かりな対応となった。座薬を用いたのは初めてのことで、一考は先行きを心配するのだった。その後は、現在に至るまで、小康状態といった感じで、安定した状態を取り戻しつつある。
 いずれにしても、便秘については、何が起こるか読みきれず、将来への不安は消えていない。(以下、明日に続く)

タグ : 三浦雄一郎

526 琴欧州悲願の初優勝

 琴欧州が、初土俵から34場所目のかど番から、悲願の初優勝を成し遂げた。貴花田や朝青龍が初土俵後20場所目の初優勝に比べると随分と遅れてしまった。何しろ、大関になったのが19場所目で新記録だったことを考えると、この大関在位期間で、如何に苦しんでいたかが窺える。
 同氏の優勝で、米国、モンゴルに次いで初めての欧州勢の外国人力士の優勝となった。昨日の優勝を決めた一番には、お父さんのステファンさんも、ブルガリアから急遽来日して、息子の晴れの一番を喜んでいた。その喜びぶりを見ていると、親子の絆は、何処の国であっても変わらないものど改めて思う。
 ところで、現在国技館には32枚の優勝額が掲げられているそうだが、その内27枚が朝青龍と白鵬のもので、そこに琴欧州のものが1枚加わる。日本人力士は魁皇と栃東の2枚ずつで、ここ14場所の間は、日本人力士の優勝がないのが寂しい。
 ところで、筆者は、親父が大の名寄岩のファンだったことで、相撲はよく見ていた。当時はまだ中学生の頃で、気が付くと、六尺六寸七分の長身の大内山のファンになっていた。およそ50年前の話である。今でも記憶に鮮明に残っているのが、栃錦の強烈な大技の首投げで、大内山の巨体が土俵上に、もんどりうって横転した一番である。そんな器用でない大内山をが何となく好きだった。その後は、柏鵬時代での柏戸ファンとなった。日の出の勢いの大鵬の影に隠れて、終始盛り立て役に徹した地味な存在の柏戸に魅力を感じていた。最近では、技のデパートと言われた舞の海のファンだった。その技の多彩さは、人間国宝並みの業師と言え、大いに楽しませてくれた。同時に、入門時に身長が足りずに、シリコーン樹脂を頭に注入して検査を通ったというエピソードは、筆者がそのシリコーン樹脂を扱っている会社にいたということもあって、その意欲に強い印象を覚えた記憶がある。今では、HNKの名解説者として、話術でもその才能を発揮している。大した才能の持ち主だ。
 いずれにしても、相撲は日本の国技であり、早く日本人力士の新しいスターが誕生して欲しいものである。

2.昨日の雅子(142) 5月25日
 醍醐にある吉田病院への通院日。雨だとの予報だったので、雨が激しければ、電話で報告して、通院を中止しようと考えていた。それというのも、この病院の駐車場には屋根がなく、車椅子の乗り降りに不便だったからである。しかし、出掛ける時間になっても、雨はパラツキ程度だったので、思い切って病院に向かった。
 結果的に、多少は雨に悩まされたが、何とか雅子をそれほど濡らすこともなく、無事に通院を終えた。特に、帰りの駐車場での作業の際には、雨は殆ど降っておらず、神様の配慮に感謝の一日となった。なお、診察は、注射の結果の確認だけで、2~3分のもので、電話で事足れりであったが、先生が替わった最初の診察だったので、それなりの意味はあったと納得していた。

連載(491) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(118)
  第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (22)

(2)新たな体験、経験(その13)
 最近になって、一考が、自分の多少の存在感を感じているのが、雅子のトイレに関しての役割である。
 トイレで頑張る際には誰でもそうだが。メンタルな安心感、落ち着いた環境が必要である。雅子の部屋には、簡易トイレと個室のトイレがある。夜とか、朝早くの小用の場合は介護士さんも一人の場合が多く、個室への移動が大変なので、ベッド脇に置いてある簡易トイレで済ませることが多い。しかし、落ち着いて大きい方を頑張ろうとすると、ベッド脇の簡易トイレでは適当ではない。その場合は、個室のトイレを使用してじっくりと頑張ることにしている。
 因みに、この施設に入居後の最初及び2回目の通じは、いずれも、一考がこの部屋に訪ねて来ている時にあって、いずれも個室トイレを使用していた。やはり、それまで自宅で介護してくれていた夫に慣れていたことで、その安心感から雅子の情緒安定と頑張りを導き出したのだろう。そういう意味で、一考の存在が役立ったと言える。
 その後は、雅子も介護士さんの介護に慣れるように努力していて、何とか対応を続けて来ていたが、先にも触れたように、二月末(2月29日)、それに3月の初め(3月5日)の二回に渡って便秘薬を服用したことが、雅子の通じのペースを乱してしまい、その夜の担当の介護士さんに迷惑を掛けることになってしまった。
 この2回の失敗事例では、いずれの場合も、便秘薬の効果が、在宅時に比べて、かなり早く出てしまっていたのである。何故そうなったのか、それが解決のポイントになるのだが、この時点では、便秘薬を服用するタイミングが早すぎたためではないかと、一考は考えていた。
 一方、介護士さんや看護士さん達も、その対応について、いろいろと考えて下さって、便秘薬の服用をそれまでの就寝前から昼食後の適当な時間にしてみようとの試みが検討されていた。それは、その効果がその日の就寝前に出てくれれば、介護士さんも一人ではなく何人かおられるので、対応し易いという発想からの対応だった。
 そして、その最初のトライアルが行なわれる日に、一考がたまたま居合わせていたのだが、服用の直前になって、一考が改めて雅子の意向を確認すると、まだ服用するには及ばないという。恐らく、雅子の感覚では、間もなく便意をもよおしそうな感じがしていたのだろう。そこで、一考も、前回の通じのあった間隔を再度確認し、もう一日様子をみてもいいのではと判断し、その日の服用を見合わせることにしてもらった。果たせるかな、それから間もなく雅子に通じがあったのである。(以下、明日に続く)

525 使い回し

 高級料理店、吉兆での客の食べ残した料理の使い回しには、大いに驚かされたが、その後デパ地下に出店している「魚(うお)きん」での消費期限の切れた刺し身を翌日の「刺し盛」の一部として販売していた事実、更には医療分野での採血用の注射針の使い回しも明らかになった。健康安全の面で許されない使い回しである。
 その一方で、使い回しは広く行なわれている。今朝も、TBSのみのもんたの「サタズバ」で、そんな事例が紹介されていた。それによると、雨の日には忘れ傘が、東京駅だけで500本程度あり、その内で取りに来る方が一人ぐらいだそうで、残りの499本は販売されて再利用されていると言う。また、資源ごみとして回収されているポリ容器、新聞紙それに段ボールなども再利用されている。更に、米国などでは、貰った贈り物も、使い回しされていることが多いと云う。
 使い回しも広義に解釈すると、プロ野球のトレードもその範疇に入るだろう。今年、オリックスから阪神に移った平野選手の活躍をみていると、人材の活用という点で、トレードは大きな成果を出している。そういう意味では、人事異動そのものが、使い回しの有効な手段である。話は飛ぶが、臓器移植もその使い回しの範疇に入るだろう。亡くなった方の臓器を移植する訳で、使い回しの一例だ。
 今、筆者の持っている広辞苑には、この「使い回し」は出ていない。まだ新しい流行語ということなのだろう。しかし、インターネットでは、随分と多くの事例があがっていて、オフィスの使い回し、OS,携帯番号、パセリなどの使い回しが抄録されている。
 「使い回し」そのものは、全てが悪ではない。要は、英語で言う 再利用の意味である「REUSE」と「ABUSE(悪用)]あるいは「MISUSE(誤使用)」とのきちんと区別した使い方が大事である。

2.昨日の雅子(141) 5月24日
 入浴時間が今日から変更になって午後3時頃からになった。今までは多くは午後1時頃からで、たまには午前10時頃からもあった。いずれにしても、これについては、施設のご都合に従うことにしている。昨夜は、小用の時間が少しずれたため、介護士さんに迷惑をかけたようだ。今日は、声が少し小さくて、元気が今一つのようだった。

3.連載(490) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(117)
  第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (21)

(2)新たな体験、経験(その12)
 幸いだったのは、止まって下さった車のドライバーさんが、大変親切な方だったことだった。見知らぬむくつけき男が、急に車の前に立ちはだかった訳で、きっと驚かれたに違いない。そんな男からのぶしつけなお願いだったにも関わらず、快く、救いの手を差し伸べて頂いたのである。まさに地獄で仏だった。「よかった!」という思いが一考の気持ちを安堵させた。思えば、この数年間、身障者を持って思うことは、世の中には親切な方が多いということだ。困った時に親切を頂戴する時ほど有難いものはなく、本当に心ら頭が下がる思いである。世の中、本当に棄てたものじゃないという有難い思いを改めて認識したのだった。
 とにかく、その方に、快く、親切にご協力頂いて、二人で雅子を抱え上げることて、いつもの助手席に運び上げることが出来たのだった。ほっとして「有難う」とはお礼を申し上げたのだが、うかつにもお名前も聞かずに失礼してしまったことを申し訳なく思っている。渾身の力で対応していたために、疲れ切っていたことで、機転も利かなかったことを反省するのだった。
 その後は、心の中で何回もお礼を言いながら、お薬を受け取りに薬局に戻り、出来上がっていたお薬を受け取って車に戻った。そんな思わぬトラブルがあって、施設に戻って来たのは4時を過ぎていた。
 帰りの車の中で、一考は、何時だったか、青空駐車場で雅子を車椅子に移動させ、運び出そうとした際に、同じように、駐車している車間間隔が狭くて、車椅子が車止めに引っかかって苦労したことを思い出していた。その時には、強引に腕力で、車椅子を運び出したのだったが、そのために、車に見苦しい生傷を作ってしまった。その生傷は今もしっかりと残っているのだが、その時認識した車間間隔の重要性が疎んてしまっていた自分に、改めて注意を喚起したのである
 いずれにしても、大変なトラブルに見舞われたが、温かい親切を受けて感激した、思いも寄らなかった事態の遭遇に、苦しんで、そして感謝したドラマティックな一日となった。大きな教訓は、車椅子を使う際には、駐車場での車の止め方に注意しなければと、改めて認識を新たにするのだった。(以下、明日に続く)

524 紫香楽宮

 今朝の毎日新聞、産経新聞の一面トップには、紫香楽宮(しがらきのみや)の遺跡から万葉集の木簡が発見された記事が大きく取り上げられている。滋賀県は歴史の重要な拠点の一つであったことから、多くの歴史的な出土品が発見されている。そんな中でも、今回の発見の重要度は第一級の資料ということで、郷土人の一人として大いに感動を覚える。
 しかし、その一方で、この紫香楽宮(しがらきのみや)の存在そのものを、この記事を見るまで、筆者は全く知らず、その名前を聞いた記憶も残っていない。自分の無知に恥ずかしさを覚える。漢字で書く、紫香楽宮という表現もなかなか面白い。
 さて、この記事で一番感激したのは、この重要な発見に至る過程である。単なる削りくずとだと誰もが考えていたものを、ちらっと見えた文字から、「ちょっとまてよ」とその重要性を察知した大阪市立大学の栄原永遠男教授のひらめきである。
 その種のひらめきはその基礎となる知識がなくては有り得ない。そういう意味で、この教授の果たした功績の大きさは幾ら称えても称え過ぎる事はない。余談になるが、この教授の名前が、栄原永遠男であり、その発見に相応しい名前であることが筆者の関心を刺激した。まさに「名は業績に繋がる」である。(なお、この名前の話は、今、日本テレビのズームインで、同様な主旨の内容を辛坊治郎解説員が取り上げていた。) 
 紫香楽宮、万歳、永遠男さん、万歳である。

2.昨日の雅子(140) 5月23日
 少し元気がなさそうに見えたが、通じもあってまずまずの感じ。現在朗読中の筆者の未発表作品も、いよいよ大詰めに差しかかってきている。執念のときよりは、雅子の関心も多少高そうだ。

3.連載(489) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(116)
  第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (20)

(2)新たな体験、経験(その11)
 駐車する際に、隣に車が止められるかも知れないとの不安がないとは言えなかったが、それでも何とかなるだろうと、その時点ではそんなに深刻には考えていなかった。しかし、実際に止められた状態を見ると、一考の不安は現実のものとなって「大丈夫かな」といった具体的な不安となっていた。
 とにかく、先ずは傍に行って車間間隔を確認してみた。何とかぎりぎりで車椅子が通れる間隔は空いていた。そこで、一考は、とりあえず、車椅子を二つの車のそのぎりぎりの間に誘導した。これは大変だぞとは思ったが、思い切って、雅子を車に乗せる作業に取り掛かった。
 しかし、直ぐに、この作業がいつものように運ばないことに気がついた。いつもなら、雅子を乗せる車の左側のドアが、隣の車に邪魔されていて、いっぱいに開かないのだ。つまり、半開きの状態なので、真横から雅子を運び込めず、少し斜めの角度からの搬入を図らねばならない。とりあえず、車椅子の前に位置取りして、雅子を前から抱き上げるようにして車椅子から引っ張り出し、その狭い空間を懸命に引きずるようにして、半分開いたドアのところまで運んできた。
 問題は、そこからの作業だった。抱えた雅子の身体を、そこで直角に回転させて、車の助手席のクッションの上にお尻を乗せようと渾身の力で引き上げたのだが、力足らずでクッションまで持ち上げられない。何回か試みたが同じだった。後少しが上がらないのである。仕方なく、一旦、雅子のお尻をクッションの下の足掛けのところに下ろした状態で、一考は大きく深呼吸して体力の回復を図った。この間、雅子のお尻はその足掛けにぎりぎりの形で引っかかった極めて不安な状態にあり、雅子も懸命に頑張って、その状態をキープする形となった。
 そして、改めて、雅子の身体を持ち上げる作業に入ったが、やはり、クッションまでは持ち上がらない。よく見ると、雅子の足首がドアの下側に引っかかっているのだ。ドアが完全に開いていれば、そんなことにはならないのだが、如何せん、それが出来ない。何回かトライしたが、体力を消耗するだけでどうしようもなかった。仕方なく、諦めて、誰か助けをお願いしようと、雅子には、その不安定なままで我慢してもらって、一考は車の通路まで出て、走って来る車の前に身を乗り出して、大きく手を振って車を止めてもらった。一考も必死だった。(以下、明日に続く)

523 琵琶湖畔にバラバラ切断遺体

 琵琶湖の注ぐ河川の数は、およそ460本、一級河川だけで121本だそうだ。いつも通う、自宅と雅子が入居している施設、アクティバ琵琶までの9Kmの間に、10本の一級河川がある。いつも、その10本を数えながら走っているのだが、その中の一本が「藤ノ木川」と呼ばれる川で、川幅数メートルの比較的大きい川である。馬鹿馬鹿しい話なのだが、いつもこの川を通過する時には、名前が似ていることから、阪神の守護神、藤川投手を連想して、150キロは出せないが、60キロぐらいのスピードで心地よくドライブの一つの目安になっていた。
 その「藤ノ木川」の河口付近で、昨日、切断された人の左足首が見つかった。それまでに対岸の近江八幡市の湖岸で、太ももから足首までが切り取られた左右の脚が別々に見つかっていて、それらと同一人物と断定された。しかし、まだ胴体、頭部などは見つかっておらず、大津市警察署と近江八幡警察署で捜査が進められている。今までの捜査結果では、被害者は男性で、死後1~3週週間ほどが経過していると見られている。
 滋賀県でのこの種の凶悪なばらばら事件は珍しい。推理小説のネタにはもってこいの設定で、いずれ、ワイドショーが取り上げることになるかもしれない。筆者も、いつもの通い道ということで関心が深く、この事件の進展、解明に注目している。

2.昨日の雅子(139) 5月22日
 この日からマッサージの開始を予定していたが、費用を含めた条件面での詳細がはっきりしておらず、この日のマッサージは延期した。しかし、その後、施設との間での話し合いが進み、雅子が在宅時に受けていた条件レベルに、一歩近づいたことで、来週から正式にマッサージを受けることになった。なお、この日の様子は、少し元気がなさそうに見えたが、全体としては落ち着いていた。

3.連載(488) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(115)
  第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (19)

(2)新たな体験、経験(その10)
 通院も、ここに来てすっかり慣れてきていたのだが、意外な落とし穴にあって苦戦を強いられるアクシデントが待っていた。3月度の京都駅前の吉田病院への定期診断時の通院でのことだった。慣れてきていたことが不注意を招き、災いになった事例だといえる。
 3月6日、いつものように、早目の昼食を簡単に終えて、11時半過ぎにドリームスペースを出発した。但し、この日は、出掛ける前に、雅子のトイレが十分でなかったようだったので、保険を掛ける意味で、紙パンツを着用し、安全を期して出発した。予約時間は1時15分なので、ゆとりをもっての出発だった。往路は何も問題もなく、ほぼ予定通りで、12時半頃に、病院近くの駐車場に車を入れた。この時、車3台入るスペースに1台だけ駐車していて、2台分のスペースがあったので、自分の車の左側を空けた状態で駐車したのだった。しかし、この駐車が、後のトラブルの原因になるのだが、この段階では知る由もなかった。
 診察が終わったのは、予定時間を少し過ぎていたが、病院の隣りの薬局でお薬を受け取ろうと待っている間に、雅子がおしっこがしたいと言い出した。今までは、外出中にこのような要求を受けたことはなく、初めてのことだったが、出掛けに十分に出し切れていなかったので、こういうこともあるかもしれないと含んではいた。また、こんなこともあろうと紙パンツをつけていたことは幸いだった。とりあえず、予てから目星をつけておいた駐車場にあるトイレに急いだ。そこに、身障者用トイレがあるのを知っていたからである。
 しかし、雅子が施設に入居してからは、一考がトイレの介護をするのは初めてで、さすがに、その対応にはてこずった。それというのも、以前の在宅時での介護時に比べて、雅子の症状の悪化が進み、自分で身体を支える力がほとんどなくなって来ていたからである。従って、一人で雅子の身体を支えながら、必要な作業をしなければならず、それは至難の業だった。特に大変だったのは、用を足した後で、下着を引き上げてやるのがスムーズに行かない。とにかく必死で頑張って何とか形を整え、ほっとして車のところまで戻って来たのだった。しかし、そこで、一考が目にしたのは、自分の車の左隣にも車がしっかりと駐車していて、その車間が殆ど空いていないことだった。このままでは、雅子を車に乗せるのが極めて難しいと直感し、どうすればいいのかと不安を覚えたのである。(以下、明日に続く)

522 かぐやの快挙

 一時、やらせではないかと話題になったアポロ15号の月面着陸が、日本の月探査衛星「かぐや」が、その着陸地点を撮影した結果、月面に残されたエンジンの噴射跡を三十七年ぶりに確認したと宇宙航空研究開発機構が発表した。
 幾らなんでも、人類が初めて月面に立ったあの感動のドラマが、作り物だったという話は信じたくなかったが、それでも、若しかしたらと云う不安がなくはなく、そういう意味では、あの世紀の感動が宙に浮いたままの状態にあった。しかし、今回のかぐやの撮影で、そんなもやもやがしっかりと解消できたのは、宇宙科学界での快挙と言えるのではないか。
 かくして、月にまつわる現代のお伽噺に新たなドラマが追加されたのである。めでたし、めでたし。

2.昨日の雅子(138) 5月21日
 入浴日、通じもあって、まずまずの一日だった。

3.連載(487) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(114)
  第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (18)

(2)新たな体験、経験(その9)
 最近で雅子の悩みの一つが便秘薬の服用に関するものである。今のところ、通じは順調にあるのだが、時々、途絶えそうになることがあり、その際に便秘薬を服用するのだが、そのタイミングでの悩みである。
 それというのも、2月末から3月に掛けて、二度に渡って便秘薬の服用が、急な効果に繋がったために、深夜担当の介護士さんに迷惑を掛けたことで、その服用のタイミングに、雅子は今まで以上に神経質になっていた。
 在宅時に一考が介護している時には、4日ないし5日ぐらい通じが途絶えた時点で、就寝前に服用することにしていた。その結果、翌朝の朝食前後に通じがあるといった状態だったのだが、この2月から3月に掛けてのケースでは、お薬の効き目が早くなって、夜中に通じがあるようになった。夜間は、介護士さんが一人しかいないので、その方に迷惑を掛けることになり、雅子はそのことを気にして、悩みになっていたのである。
 一考の理解では、服用する間隔が少し短すぎて、その効果が早く現れるのではと解釈していた。その後、それを示唆する事例を二度経験した。一つは、3月8日で、看護士さんからの指示でお薬を飲む準備を始めた段階で、雅子の感覚で、服用をもう一日伸ばしたいと申し入れた。結果的には、その直後に、すんなりと通じがあった。また、3月26日にも、全く同様の事例を体験した。
 いずれの場合も、たまたま、訪問中の一考が雅子の傍にいたことで、本人の体調が確認できて、便秘薬の早目の服用を回避出来たのだった。要は、本人がその辺りの体調については、一番良く分かっている訳で、一定時間経過したら機械的に服用を勧めるといった対応ではなく、個人差を考慮した対応をお願いすることになった。改めて考えてみると、2月末から3月初めの失敗例では、その服用のタイミングが就寝前であったので、一考も傍におらず、本人の体調確認が不十分なまま服用することになってしまい、結果的には、それが早目の服用となって、効果が早めに出てしまい、夜勤の介護士さんに迷惑が掛かることになったと一考は解釈するのだった。
 そのような体験を参考にし、その後は、服用間隔に配慮し、服用時間も就寝前ではなく、朝の起床直後し、その効き目がその日の午後の時間帯を選択することにしている。日中なら、介護士さんも何人かいらっしゃるので、対応し易いからである。(以下、明日に続く)

521 世界制覇二人

 努力は裏切らない、という言葉があるが、この世の中は努力したから報われるという甘い世界でもない。それだけに、努力が結果に結びついた時の喜びには、他人事ながら感動を惜しまないのである。
 昨日は、そんな意味で二つの大きな感動があった。一つは、プロゴルファーの今田竜二さんの米国男子ツアーでの初優勝だ。14歳で単身米国に渡って修行、まさに苦節15年での快挙である。インタビューに答えるさわやかな応答は絶品だった。今までに、木功、丸山茂樹の二人しかなしえていない優勝だっただけに、こつこと積み上げてきた研鑽が、見事に開花した喜びは察して余りある。心からお目でとうを申し上げたい。もう一人は、プロボクサーの小堀佑介さん、初挑戦でライト級の王座を奪取した。これまた、素晴らしい快挙である。浮き沈みの激しい世界だけに、次の防衛に向けて引き続き頑張ってもらいたい。
 そんな二つの世界制覇が生まれた中で、中国四川省で頑張っていた国際緊急援助隊は無念の撤収となるようだ。大変な努力が行われたと思うが、とにかくタイミングが悪かった。折角の努力が形として報われていない点で残念な撤収である。
 誤解があってはいけないので付記するが、いずれの場合も、努力は必要条件であることには変わりない。筆者の雅子の難病との闘いも、報われない努力だが、毎日を必死に闘っているのが健気で素晴らしいと思っている。

2.昨日の雅子(137) 5月20日
 この日も、言葉探しで苦闘した。単語を文字分解して、あれこれと雅子に確認したのだが、どうしてもその言わんとすることが分からなかった。そこへ顔を出してくれた若い介護士さんが、違った角度からアプローチして、それを解読してくれた。雅子が言わんとしたのは、エプロンを取り替えて欲しいという訴えだった。介護士さんに感謝。

3.連載(486) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(113)
  第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (17)

(2)新たな体験、経験(その8)
 霧子さんは、大体一ヶ月に一度の頻度で見舞いに来てくれている。3月度は21日の金曜日だった。この日は入浴日なので、最初に自立棟にいる次女の伸子さんの部屋に行ってから、時間を見計らって雅子の部屋に顔を出してくれた。
 この日の午前中に、幼稚園児の慰問があり、雅子もそれに顔を出した。相手をしてくれた幼稚園児が、雅子の不自由さにびっくりして、戸惑っていたという。全く、手足の自由が利かないのは、この施設の中でも、それほどいないのではなかろうか。そういう意味では、雅子はよく頑張っていると一考は感心するのである。
 この日、霧子さんとの話の中で、この病気の原因に関わる話題になったのだが、その時に、霧子さんは、「雅子がこのような病気になったのは、多くの煩い小姑達の中に、雅子を一人でほおり出していたのが原因ではないの?」といった口ぶりで話したのが、一考の心を痛く刺激した。そう言えば、以前にも、霧子さんからは、そのような言い方があったことも思い出していた。
 確かに、このドギュメントの冒頭で、多くの小姑のいる厳しい環境の中で、雅子は大変だったとことを書いている。病は気からということで、そんなことが全く影響しなかったとも言い切れないと書いたのだが、それがこの病気の原因だとは言っていない。それは、あくまでも、このドギュメントを盛り上げるための前置きだったのだ。
 その一方で、この病名が明らかになった時、一考の姉達は揃って、これは遺伝によるものではないかと一考に訴えたことがあり、一考は、そんな勝手な考え方は止めて欲しいと厳しく叱ったことがあった。 一考自身は、専門家である春日医師の見解、更には、この病気に関する専門書から、この病気の原因については、今のところ不明だと理解していたので、それに基づいて、身内の者にもそうういう姿勢で対応してきていたつもりである。
 それだけに、この日の霧子さんの偏った見解についても、この際、きちんと釘を刺しておくことが大事だと考えて、夕方に霧子さんを駅まで送る車の中で、現時点でのこの病気の関する正しい見方を説明したのだった。親戚だけに、その辺りは平等に扱って、正しい見方を持ってもらうことが大事だと思ったからである。(以下、明日に続く)

520 ごまんとある

 沢山あるという言い方に、「そんなことは、ごまんとある」ということは誰もが知っているが、この「ごまん」は数字の「五万」とは関係ないらしい。
 さて、中国、四川省地震での犠牲者の数は、3万人を越え、5万人に迫っているという。尊い命の数をこんな形で表すことに違和感を覚えるのだが、それが紛れも無い事実だけに胸が痛む。
 その五万人という同じ数字を今朝の朝刊で見つけた。中国の地震の話とは全くの別件だが、4月26日から、京都文化博物館で開催中の「源氏物語千年紀展」の入場者数が、昨日の18日でその節目の5万人を突破したという。同展は源氏物語が歴史に登場してから今年で千年を迎えるのを記念した企画で、6月8日まで開催される。
 源氏物語と言えば、紫式部がその構想を練ったとされるのが石山寺だとされているが、そこをメイン会場とする記念の催しが、滋賀の湖都大津でも開催中だ。マスコットの「おおつ光」君も登場するなど多彩な企画で、年末の12月14日まで行なわれている。節目の年を祝うのは、その郷土人にとっては楽しく、誇りあるものである。
 そういう意味では、同じ滋賀県の彦根市でも「井伊直弼と開国150年祭」が行なわれる。第13代彦根藩主直弼の大老就任150年の今年の6月から、没後150年の2010年3月末まで行われる予定で、既に、そのマスコットの「ひこにゃん」も人気を先取りしているようだ。来る6月4日に開催式典が行なわれる。
 一方、彦根市出身のジャーナリストである田原総一郎さんを塾長とする琵琶湖塾が、話題の両市の大津と彦根で、7月から開催される。多くの文化人が来県して「いきるってなんなんだ」というテーマで、活発な議論が予定されている。
 そういうことで、今年の滋賀県は、いろんな企画が「ごまんとあって」、とても楽しく、みやびやかで、そして活気に満ちているのだ。

2.昨日の雅子(136) 5月19日
 言葉探しに疲れた一日だった。何かを訴えているのだがなかなか分からず、文字分解するのだが、それでもはっきりしない。繰り返しているうちに、どうやら腕が痛いというところまで辿り着いたが、その痛さがはっきりしない。とにかく、明日まで様子を見ることにした。3時のおやつもいらないと、いつもと少し様子が違っていたのも気になった。

3.連載(485) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(112)
  第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (16)

(2)新たな体験、経験(その7)
 今の雅子が、一考以外で、身内で一番頼りにしている一人が、実姉の霧子さんだ。彼女はさっぱりした性格で、物事をはっきり言う方だ。余計な持って廻った言い方でなく、すっきりしていて分かり易いのだが、聞き方のよっては、その言葉が、時としてぐさりと来ることがある。
 2月24日、3回目のお見舞いをしてもらった。何かの話の弾みで、この施設のサービスに関する話になった際に、マッサージの話が出た。この段階では、申し入れているが、今のところ、その種のサービスはないようだと答えた。
 その翌日の夜になって、霧子さんから電話があった。彼女の話では、今日もこのドリームスペースを訪ねたようだったが、次女の伸子さんのことでいろいろあって、雅子のところには顔を出さなかったという。この日、営業の木田さんに会う機会があって、いろいろ話したところ、施設では、簡単なリハビリなどが適時行なわれているはずだというのだ。多分、一考が、朝夕の二回も通っていて、雅子とべったりと一緒なので、介護士さんたちも遠慮しておられるのではないかと言うことだった。
 「少し、雅子を甘やかせているのじゃない?」霧子さんの言い方は嫌味がないが、ストレートだけに響きがきつい。べったりといるとか、甘やかせているいう言い方が、一考には気に入らなかった。何も好きでそれほど頻度多く通っているのではない。雅子が、この施設で安定するまでは、なるべく傍にいて本人の要望を確認して、介護士さんたちに伝える必要があると思っての配慮なのだ。
 翌日、一考は、ユニットリーダーの松井さんに、霧子さんの言った介護士さんのサービスを邪魔している可能性を確認したが、そんなことはないという。一生懸命にやっていることが、迷惑をかけているとすると、それは拙いわけだが、そうではないと分かって一考はそうだろうと自分の行動を揶揄されることはないと思うのだった。つまり、そんな見方をされていいたのも面白くないからである。親切とおせっかいは紙一重だ。木田さんは、そんなつもりで発言された訳ではないと思うが、間接的に伝わると、誤解を生むような事にもなる。感情の動物である人間には、言葉の遣い方には、幾ら神経を使っても遣い過ぎることはないと一考は思うのだった。(以下、明日に続く)

519 必勝パターン

 昨日のプロ野球では、守護神と呼ばれている中日の岩瀬投手、巨人のクルーン投手が、最終回に抑えに出て来たが、いずれも思わぬ痛打を喫して、結果的にはチームは計算外の敗北となった。そういえば、ついこの前も、阪神の守護神の藤川投手が、さよならホームランを喫していたし、阪神の必勝パターンのJFKの一角の久保田投手も、このところ失点が多くなっている。
 勝つために安心できるパターンを作ることは、毎日の戦いを勝ち抜くためには大事な手法の一つである。そういう意味で、各チームは勝利の方程式を求めてあの手この手のやりくりを試みている。しかし、この種のものは万能ではない。機械的に正確な作業が行なわれるのではなく、生身の人間が担当している訳で、細かい体調の変化もあって、いつも同じように行かない。それがゲームを面白くしているのだ。
 プロゴルファーでも、前日まで絶好調であっても、一晩寝ると、調子がころっと変わってしまうことがあるという。それほど微妙な生身の人間だけに、パターン通り勝てば大変な快感に繋がるだろうが、紙一重の面もあって、計算通りには運ぶものではない。それだけに、必勝パターンを支えているいわゆる守護神たちには、結構辛い面があるのではと思う。
 何事もそうだが、我々一般人も含めて、快感と苦痛は、常に裏表の関係にあって、その醍醐味を求めて、毎日を戦っていると言えそうだ。
 ところで、史上最大の地震に見舞われた四川省では、生身の人間の多くの命が埋まったままでなっていて、必死の救出活動が続けられている。残念ながら、ここには必勝パターンなんて存在しない。今や、奇跡を信じるしかない状況下にあるのは悲しいことだ。

2.昨日の雅子(135) 5月18日
 久し振りに通常の通じもあって安定した一日だった。テレビの置いてあるカウンターの上の空間の有効利用を図るため、組立家具を持ち込んで棚を作り、ちょっと趣を変えてみた。

3.連載(484) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(111)
  第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (15)

(2)新たな体験、経験(その6)
 有難いことだったが、予期していたよりも相当に早く車椅子を購入することができたのだが、この間の主なステップを順を追って紹介して置こう。
 最初の身障者手帳の更新手続きでは、医師に診断書を作成して貰うのがスタートなのだが、それに3週間ほど要した。その診断書を添えて手帳の更新申請したのが年明けの1月7日だった。その審査がなんと1ヶ月のスピードで終了し、2月7日に新しい身障者手帳を入手した。これは、通常よりも半月ぐらい早いスピードだった。直ちに、車椅子購入申請書に必要な書類を入手し、関係部署の方々に、必要事項の記入をお願いするなどして、その書類の作成に入った。幸い、皆さんの速やかな協力があって、およそ2週間半で資料の準備が完了した。この間、介護用具の担当の亀井さんには大変お世話になった。そして、その購入申請書を2月25日に提出したのである。その審査も随分とスピーディに進み、およそ1ヶ月後の3月25日に承認が得られたのである。そして、その翌日には、既に手配されていた新しい車椅子の搬入となった。
 当初の市役所の担当のお話では、身障者手帳の更新、車椅子購入の申請に関しては、いずれも2ヶ月ぐらい掛かりそうだとのお話だったので、焦ることなくじっくりと待つ覚悟をしていたが、いずれも、ほぼ1ヶ月程度の短期間で、望外のスピード承認が得られのだった。このタイミングは、ちょうど年度末ぎりぎりのタイミングであったことが、予算の年度内の執行をしようとする市役所の意図があって、スピードアップに貢献していたと言えそうだ。その種のお役所仕事のやり方への一般的な不満はさておき、ラッキーな対応だったということに止めておこう。いずれにしても、この恩恵を得たことで、十数万円する車椅子を1割負担で購入できた訳で、大いに助けられたのである。いろいろ紆余曲折があったが、めでたし、めでたしでの結末に、小さな幸せを感じたのである。
 この新しい車椅子は、今までのリースのものに比べて使い易い幾つかのメリットを備えている。その一つは、横の枠が外せるし、下の脚を置く部分も左右に動くので、乗り降りがし易くなっている。、また、タイヤも空気が抜けないタイプで、シリコーン樹脂が使われているという。これで、少しでも、介護士さんたちに使い易くなれば、幸いだと思っている。
 なお、車椅子を少し安く購入したことで喜んでいると言うのは、健康な方から見れば、「つまらない話」と一蹴されてしまいそうだが、大きな不幸に堪えている筆者のような人間の話ならではのことである。OBを打ったプレイヤーがダブルボギーで上がったようなもので、普通の人なら喜ぶ以前の話である。(以下、明日に続く)

518 ファンになる要因分析

 中国四川省で、日本の国際緊急援助隊の戦いが始まっている。しかし、まだ被災者の救助という朗報には繋がっていない。少なくとも、何人かは助け出さねばならないというようなプレッシャーを感じているかも知れないが、そんな結果を気にする必要はない。とにかく、思いっきり大変な現場と戦ってもらいたい。結果が伴えばそれに越したことはないのだが。
 さて、今朝も、昨日の続きで「ファンになる要因分析」という大袈裟なタイトルで、ファンになってしまう背景を分析してみた。
 好き嫌いは誰にでもある。その対象に好意を持つことが、ファンになる入口である。そして、その対象の活動が気になり始め、応援したい気持ちになると、それはその対象のファンになったと言える。しかし、ファンは気ままで、その対象への関心の持ち具合は、常に一定ではなく、時間と共に変化する。 余談だが、恋愛は、ファン的な感情から始まり、その対象への独占欲が強くなり、性的な欲望を伴った形と捉えることができよう。
 さて、その対象のファンになってしまう要因だが、大別して、次の5つに分けられるのではないか。その一つが、自分にないもの、能力、魅力を持っている対象だ。つまり、その能力に惹かれてファンになってしまうケースである。その場合、能力と一口に言っても、知見、見識、技術、更には、発想力や行動力など多士多様である。
 二つ目が、その対象の人生観、生き方に共鳴できるものがあったり、そのことで、結果的に同情する場合である。例えば、物の考え方、その生き様が自分と同様であったり、似ていたりする場合である。
 三つ目は、いわゆる見映えやフレッシュさである。形而上の美形や性的な魅力に惹きつけられるケースで、いわゆる、みーちゃん、はーちゃんの類のケースといえる。
 四つ目が、アンチの対象への代役として、応援する気持ちが生じ、それが結果的にはファンとなったケースである。その場合、アンチになる要因には、対象が傲慢であって謙虚さに掛ける場合、何でもお金で処理しようとする金持ち思考、更には、虎の威をかるきつね的な存在である。
 最後の五つ目が、その対象に出会ったことがあるとか、知り合いであって親近感があるケースである。
 大抵の場合は、これらの5つのケースの複合要因でファンになっていることが多い。参考の意味で、筆者の具体的なファン対象の幾つかをあげて、その要因分析を試みた。(敬称略)
 差し当たって、昨日取り上げた日テレの丸岡いずみアナウンサーの場合は、三番目と一番目の会話での機転という能力が絡んでいると分析できる。(丸岡さんに関しては、たまたま、ごく最近ファンになったばかりで、直ぐに無関心になってしまう可能性がある)
 さて、筆者は、大の将棋のファンであるが、中でも羽生2冠や郷田九段のファンである。この場合は、一番目の理由で、特に発想能力に惹かれている。また女流棋士の矢内女流名人や中倉姉妹の棋士は三番目と五番目で、かつて色紙を書いてもらったり、直接お話したことがあるという実績から、親しく感じてファンになってしまった。なお、矢内女流名人は、最近はその棋力も上がっていて、その発想力にも惹かれるものがある。
 次に、政界に目を移すと、今では、ファンというべき方がいなくなってしまったが、敢えて言えば、小泉純一郎、前原誠司、更には大阪府知事の橋下徹各氏だが、いずれも一番目の行動力に惹かれている。
 コメンテーターの世界では、宮崎哲弥、勝谷誠彦、桜井よしこ各氏のファンだが、いずれも、一番目の知見の深さが理由である。また三宅久之氏もなかなか魅力ある方で、同氏の場合は、見識の深さと説得力に惹かれる。スポーツ界では野球の阪神、ゴルフの上田桃子のファンだ、いずれもが4番目の理由で、アンチ巨人、アンチ宮里藍からきている。同じく、ゴルフの不動祐里のファンでもあるが、これは妻の雅子が応援していたことが大きな理由だが、二番目の謙虚さも大きな理由である。
 芸能界では、島田紳助は一番目の話術の能力、他に、歌手の水森かおり、バラエティーの麻木久仁子、俳優の大地真央なども筆者のファン対象であって、いずれも、三番目の理由にプラスアルファが加わって、テレビなどでは好んで見ていることが多い。
 こんなつまらないことを書いてしまったことで、自分が裸になってしまったようで恥ずかしいが、所詮、その程度の人間なのである。 

2.昨日の雅子(134) 5月17日
 午後3時頃、雅子のお兄さん夫婦、姉の伸子さんの三人のお見舞い。また、予てからお願いしていたマッサージの体制が整い、鍼灸師の方との顔合わせがあった。来週から治療が始まる。

3.連載(483) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(110)
  第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (14)

(2)新たな体験、経験(その5)
 3月26日、ドリームスペースの雅子の部屋に新しい車椅子が届いた。一考と雅子には、大きな不幸の中にあることには変わらなかったが、漸く、暖かい春が届けられたような気持ちで、小さな幸せを意識したのだった。それというのも、本件に関して、大袈裟にいえば、紆余曲折した一つの波乱万丈のドラマがあったからである。全額自己負担による購入が避けられないと覚悟していただけに、市からの大きな援助がもらえる形での購入は、嬉しい逆転勝利を勝ち得たような爽やかな気分になるのだった。その辺りの顛末を総括しておきたい。
 当初の話では、車椅子に関しては、それまでの在宅介護では介護保険によるリースが可能だったのだが、雅子が施設に入居することで、介護保険の適用が利かず、全額自己負担での購入が必要だと言うことを聞かされていた。
 ところが、ドリームスペースに入居した直後の12月11日に、そこのケアマネージャーの竹中さんから、身障者手帳による特典があるのではとの思わぬアドバイスをもらって、直ぐに市役所に確認したところ、その可能性があることを知った。結果的には、それは、まさにグッドタイミングの竹中さんのアドバイスだった。それと言うのも、その日の朝に介護用具を扱ってもらっている亀井さんに、正式な発注した直後だったからである。そこで、急遽、その注文をペンディングにしてもらって、具体的な準備作業にかかることになったのである。
 市の担当の方のお話では、その特典に与かるには、身障者手帳の記載内容が条件に叶っていることが前提であった。そこで、雅子の手帳の内容を確認してもらったのだが、その時点での身障者手帳の記載内容は、それには該当していないという。それも尤もだと思ったのは、その後の雅子の症状の悪化が加味されていなかったからである。
 そこで、先ずは、その身障者手帳の更新手続きから始めることになったのだが、幸い、手続きは思ったよりも順調に進み、目出度く、この日のスピーディな車椅子の入手に繋がるのである。しかし、問題は、この種のサービスの存在が、広く告知されていない現実で、あのケアマネージャーの竹中さんのアドバイスがなかったら、高い支払いをしなければならなかったと思うと複雑な心境だ。行政の方から言えば、あまり知られたくない内容だとも考えてしまうのである。(以下、明日に続く)

517 丸岡いずみ

 中国四川省の大地震の被害は、四川省だけでも、死者は5万人を越えるのではといわれている。日本からの国際緊急援助隊がその救出に向かった。彼らの頑張りに期待している。しかし、一方では救出打ち切りも出ていて、被災者家族の怒りが噴出している。全貌が分かった時、どんな被害の規模になっているのか、恐ろしい気持ちで見守ることになる。
 さて、今朝は、その痛ましい災害の話はそこまでにして、気分転換ということで、久し振りに、筆者の気に入った女子アナのことを書いてみたい。読売テレビ製作のウィークデイの午後2時前から放映されている「情報ライブミヤネ屋」の全国ニュースのコーナーを担当している丸岡いずみアナウンサーのことである。そのニュースが終わった直後のキャスター宮根誠司(関大卒業の元朝日放送アナウンサー)とのやり取りが大変面白い。今や、その番組の名物コーナーの位置を確保しつつある。宮根氏の問いかけが巧みで、それに応じる丸岡アナの初々しさが何とも言えない魅力なのだ。徳島県出身で、関学を卒業後、北海道文化放送に入り、そこから幾つかの遍歴があって、現在は日本テレビ所属のアナウンサー。今年3月には早稲田大学大学院をも出ている。3時頃に放映される、僅か一分足らずの短いコーナーだが、妻の介護をしながら、施設の雅子の部屋で、ニヤニヤしながら楽しんで見ている。思わず、丸岡いずみファンになってしまった筆者は、実に単純な男である。

2.昨日の雅子(133) 5月16日
 月一度の定期通院日。11時過ぎに出かけて3時過ぎに戻った。今日から新しいお薬を試験的に服用することになった。新たな効果を期待したい。なお、数日前に話題になった万能細胞の研究について、チャンスがあれば試験台になってもいいと申し入れた。先生の話では、まだまだ、そんな段階ではなさそうだ。

3.連載(482) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(109)
  第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (13)

(2)新たな体験、経験(その4)
 3月24日、この日は、一考にとっては、久し振りに羽目を外す日となった。雅子が施設に入ったことで、ちょっぴり自由度が増したことで、可能になった賜物だった。
 現役時代に仕事の関係でお世話になったお二人と久し振りに顔を合わせておいしいお酒を楽しんだのである。現役を退いた今でも、こんな素晴らしい場を作ってもらった二人には感謝、感謝であり、人生の幸せを覚える。
 一人は、まだ現役ばりばりの商社のT社長さん、もうお一人は、化学会社の元取締役だったEさんで、今までに、個別には何回かお酒を楽しんだことはあったが、三人で席を共にしたのは、何とこの日が初めてだった。
 T社長は、以前のイメージとはお変わりなかったが、厳しい経済環境の中で経営を司っておられるどっしりとした貫禄が今まで以上に滲み出ていて、さすがだという印象だった。同氏には、昨年に筆者が「執念」を出版した際に、望外の力強い応援を頂いたのが嬉しく、感謝、感謝の連続だったのを思い出す。また、筆者の会社の仲間だった何人かが、今では社長の会社でお世話になっているのも、嬉しい話しである。
 一方のEさんは、筆者が東レから出向して、新しく設立されたトーレ・シリコーン(今の、東レ・ダウコーニング)に移って、初めて営業を担当していた時に、重要顧客の一つだった化学会社の技術責任者だった方である。今では、悠々自適の人生を楽しんでおられて、その容貌も、当時とはすっかり変わり、ジャッケットを着ない普段着姿の親しみがあった。海外にも繁く足を運んでおられるのだが、いわゆる観光地を巡るのではなく、スマトラ、ニューギニアなどの野性味溢れる世界を廻ってでおられる辺りが並みではない。
 そんなお二人と昔話に花を咲かせたひと時をエンジョイしたが、気の置けないお二人との会話に、介護疲れだった魂が洗われたような心地を味わった。素晴らしい友人は、人生の掛け替えのない宝物であるとつくづく感じた一夜だった。(以下、明日に続く)

タグ : 丸岡いずみ 宮根誠司 執念 国際緊急援助隊

516 尊い命も十把一絡げの扱い

 中国四川省で大地震が起きて三日目になるが、漸く、現地の映像が入り始めた。今朝の日経でも紙面一枚を使って、数枚の写真がカラー掲載されている。その生々しい状況を目にすると、その痛ましい悲惨さが実感できて、胸が痛み言葉がない。死者の数も一万四千人を越すという。一方のサイクロンによるミャンマーの災害の場合も、行方不明が二十二万人、死者は最悪十万二千人と伝えられている。
 いずれの場合も、被災者の数、死者の数か、千単位、万単位で、物を扱うような表現になっていることに違和感を覚えるが、実情がそのような大惨事である訳だから、止むを得ないのかもしれない。それにしても、尊い命の数が、十把一絡げで扱われることに、悲しさも吹っ飛んでしまいそうだ。とにかく、一人でも多くの人の命が救われることに地球挙げての智恵と力を使ってもらいたい。

2.昨日の雅子(132)
 比較的平穏な一日。明日、通院日なので、着て行く衣装を準備するのに、コミニケーションで四苦八苦。何とか通じてほっとする。

3.連載(481) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(108)
  第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (12)

(2)新たな体験、経験(その3)
 生命保険会社から、代理請求人の登録内容の確認をして来た。二月末のことだった。最初は、どうでもいいことだろうと思っていたが、雅子を一考の代理人として登録していたので、やはり、これは拙いのではということに気がついた。何しろ、雅子は自分では何も出来なくなっているからである。若しも、一考に何かがあった時に、代理請求人が保険金の請求をする立場だから、これは長男にでも切り替えて置く必要があると思い、その変更手続きのために、その手紙に記載されている照会先に電話を入れた。3月半ばになってからである。
 電話の応接に出られた女性に、事情を話し、長男をその代理請求人に変更したいと申し入れたところ、同居しているかとの確認があった。そうでないと答えると、代理請求人は被保険者と同居若しくは生計を一にしていることが条件だと言うのである。そういう条件では、一考には代理人がいない。そこで、何故、そうでないといけないのかと確認すると、被保険者の状況を把握していることにならないからだという。そこで、離れて生活していても、毎日、ブログで自分達の状況は知らせているから、実質的には同居と替わらないと説明したが、社内の取り決めでそう決めているので駄目だというのだった。
 「それなら、代理請求人を設定できないことになる。今時、子供たちと同居している人は少なく、自分と同じような人が多いのではと思うのだが、そういう場合はどうすればいいのか」と不満を言いながら対応方法を確認した。すると、その女性は、「仕方がないですね。代理請求人は設定しないことになります」と杓子定規な返答である。
 「それじゃ、私に何か不測の事があった場合は、保険金の請求が出来なくなりますね。その場合は、息子が対応できるのですね」当然なことと思いながら、一考は一応確認してみた。
 「それは、出来ません」その女性は、いとも簡単にいうのである。
 「それじゃ、保険金を支払わせておいて、お金を支払ってもらえないことになる訳で、詐欺でしょう」と突っ込んだ。すると、その女性は困ったようで、上司と思われる男性に電話を替わった。そこで、改めて、そんな詐欺まがいのことを一流の生命保険会社がやるのかと、改めて確認すると、その男性は「代理請求人がいない場合でも、手続きが少し厄介になるが、請求手続きは可能です」と言ってくれたことで、一応、その場を収めたが、何かしっくりしないものを感じていた。その一方で、先のM銀行の場合もそうだったが、社内ルールをかざしての対応に、この種のことで不満が多いこともあって、つい高ぶって話してしまう自分に、一考は反省しながらも、応接した女性の不見識さ、それに、今時のその社内ルールに辟易とするのだった。時代も進んで、今やインターネット時代に入っている。そんな事情が全く配慮されていない社内ルールは、即刻見直すべきである。(以下、明日に続く)

タグ : 代理請求人

515 姿勢

 中国四川省での大地震、ミャンマーでのサイクロンによる大被害で、何十万という方々が、目下、死と戦っておられる。しかし、未だにその全貌が把握されていないようだ。世界からの救援の手が差し伸べられているが、それを素直に受け入れない両国の姿勢が理解できない。家庭の事情は何処にでもある。しかし、命が最優先されるべきと言う姿勢は貫かれねばならない。
 地震や台風のような自然の災害を防ぐことは出来ないが、しかし、被害を最少にする対策は可能だろうし、起きた被害に対する救出への最善の努力は、最優先で貫かれねばならない。家庭の事情だということで、救援を受け入れないのは許されない。これに対する、国連の姿勢も不透明だ。改めて、国連の力の限界を見ているようで、失望している人も多いのではないだろうか。
 そんな動きの中で、日本の国会では、道路特措法で三度目の再議決が行なわれた。今の自民党の姿勢には見るべきものがない。「仏の顔も三度」というが、幸か不幸か、このニュースも大災害のニュースでかすんでしまっているが、その反動はやがて出て来ることになる。そんな中で、あの金本知憲選手の待望の400号ホームランが、雨の富山球場で飛び出した。負け試合の中での記念弾だったが、その輝きに陰りはない。勝負の決まった負け試合でも、最後まで全力を尽くす金本選手の姿勢が素晴らしい。

2.昨日の雅子(131)
 前日の便秘薬による強制通じの反動が夜にあって、夜勤の介護士さんに迷惑を掛けたようだ。この日も、3時頃に通常の通じがあって、これで落ち着くのではと見ている。友人からの手紙を朗読して聞かせてあげた。

3.連載(480) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(107)
  第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (11)

(2)新たな体験、経験(その2)
 そんなことで、一考は、朝からしきりに空模様を気にしていた。この日の天候は芳しくなく、朝は、今にも降り出しそうで曇っていたが、雨は降っていなかった。しかし、午後には、本格的な雨になるとの生憎の予報だった。従って、一考は、往復の移動のタイミングを気にかけていた。幸い、予約時間の10時前では、ほんの少しのぱらつき程度の雨だったので、傘を差すことで無難に美容院に入ることが出来た。
 一考が心配していたのは、終わって帰る際の天候だった。従って、その毛染め作業に、どの位の時間が掛かるかポイントで、なるべく早く終わって欲しいと希望していた、前回のカットの場合は半時間程度で終わったが、毛染めには、その乾燥時間に時間が食うのは止むを得ないとある程度の時間を織り込んで待機していたが、それ以外に余計な時間が掛かってしまったのである。それと言うのも、同じ時間帯にもう一人の予約者がいたからで、その方が、途中に入って来られた上に、雅子が毛染めを乾燥している間に、その方を先に対応されたのである。内心、まことに面白くなかったが、今後のこともあるからと考えて、じった黙って待っていた。そんなことで、随分と待たされる結果になり、終わったのは12時半になっていた。
 なお、最近の俯く姿勢が目立っている雅子だけに、途中の洗髪時で、専用の椅子に座って首を伸ばす姿勢が取れるかどうかも、一考が心配していたことだったが、以前よりも楽な姿勢で対応できてほっとするのだった。
 全体を通して、雅子も、不自由な身体で、よく頑張った。特にカラーの塗料を塗った状態で、結構な時間を待たされることになって、大変だったと思うが、じっと我慢して堪えていた。身障者が重症患者だけに、その辺りの配慮がもう少し、うまく施されて欲しいと感じた次第である。
 案の定、終わった時点では雨は本格的になっていて、車椅子を運ぶワゴン車を用意していただくことになり、介護士さんには余計な手数をお掛けすることになった。後で聞いて分かったことだが、毛染めの場合も新館での出張で対応できるという。何だか、間違った情報にも惑わされて、余計な大変さを招いてしまった一人芝居のようだった。
 まあ、しかし、こういう経験を積み重ねてゆくことで、徐々に、より効果的な対応が身についてゆくのだろうと一考は自らを慰めるのだった。(以下、明日に続く)

タグ : 中国四川省 ミャンマー 道路特措法 金本知憲

514 システム統合で障害発生

 注目していた三菱東京UFJ銀行のシステム統合だったが、初日からシステム障害が発生した。とにかく、口座数4000万件、ATMが3万ヶ所で、一日1億件の取引があり、担当する技術者が6000人といったように、その規模が世界一のシステム統合であっただけに、専門家はその成り行きを注目していた。
 今回、切り替えの対象になったのは、店舗数では670のうちの三菱東京系列の250店舗だったが、それでも心配されていた障害が発生したのである。事前に100万回の及ぶテストを重ねていたにも関わらず、コード書き換えでの単純なミスが原因であった様だ。今後、より難しい部分の切り替えが残されているだけに、先行きが心配されている。そういえば、先のみずほ銀行の場合もそうだった。システム統合はそんなに容易な仕事ではないのだ。
 話は手前味噌になるが、筆者も現役最後の仕事として、10年ほど前に、企業のグローバル化の一環として、システム統合の日本チームのリーダーを務め、その難しさを嫌というほど経験した。特に、今回のように、稼動直後に大きなトラブルに見舞われ、その対応に大変な苦労したことが思い出される。筆者は、そのそのドギュメントを本にしたいと思ったが、内容が難しく、一般の読者向かないため、読み易い推理小説に仕上げたのが、昨年の1月に文芸社から出版した「執念」である。今回のトラブルのニュースに、「やっぱりね」といった複雑な思いである。
 複雑な思いといえば、昨日起きた中国での大地震だ。まだ全容は見えないが、あの神戸大震災の悪夢が甦る。少し前のミャンマーでのサイクロンによる被害と言い、アジアは大きな災害の渦に見舞われてる。世界からの速やかな救援が必要だろう。

2.昨日の雅子(130)
 続いていた便秘対策で大わらわの一日だった。看護師さん、介護士さんの連携で、取り敢えずは、通じがあったことで、本人、筆者もほっと一息ついた一日だった。

3.連載(479) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(106)
  第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (10)

(2)新たな体験、経験(その1)
 このドリームスペースに移って、初めて毛染めをして貰うため、本館にある美容院に、車椅子で雅子を連れて行ったのは、漸く春の到来を感じさせるようになった3月19日のことだった。
 この施設に移ってからの美容院通いは、二ヶ月ほど前に、カットをしてもらったのが最初だったが、その際は、この新館である楽裕館にある美容室に美容師さんが出張してきてくれたので、雅子は、館内の移動だけでこと足りて、戸外にでることなく楽にやってもらったのだが、毛染めの場合は、別館となっているドリームスペースの本館まで出掛けなけらばならないということだった。そこで、介護士さんに頼んで、一週間ほど前に、その予約を入れてもらって、この日の訪問となった。
 雅子の美容院通いの変遷については、逐次、紹介して来ているが、ここで、もう一度、簡単に総括しておきたい。雅子の病気が急速に進んで動きが取れなくなる2006年末までは、JR唐崎駅近くのビルの2階にある美容院にずっと通っていた。しかし、そのビルには、生憎、エレベーターやエスカレーターがなかったので、雅子の症状の悪化に伴い、その階段の上り下りが次第に困難になって行った。そして、結果的に、それが最後となった12月の通いでは、一考が雅子を必死に抱えるようにして、その階段を上り下りしたのが、今では、それが懐かしい(?)思い出である。2007年に入ってから、この施設に入居するまでのほぼ1年間は、近くのスーパーの中にある美容院へは、車と車椅子で通っていた。ここでも、美容院は2階にあったのだが、エレベーターが利用できたので、通いそのものにはこれといった支障はなかった。
 この施設に移ってからは、同じ施設内に美容院があることで、車で通う必要がなく、車椅子だけで移動できるので、随分と楽になっていたのである。
 しかし、人間は厚かましい動物で、楽になったら、楽になったで、より一層の便利さを求めるのである。そういう意味で、この日の本館への移動で、一考は、今一つ不便さを覚えていた。それは、新館から本館に移るのに、一旦は戸外に出なければならないことだった。それというのも、本館と附属のクリニックの間は、長い渡り廊下で二つの建物が連結されていて、戸外に出ることなく行き来できるようになっているのだが、この新館と本館の間にはそれがないのだ。設計段階ではその連結通路が計画されていたのだが、土地の所有権の問題で、当局から許可が下りず、セパレートして存在することになったのだ。
 それでも、晴天の日ならそれほど問題はないのだが、雨天などの天候の悪い日、特に、冬の寒い期間で、雪が激しい日などは、附属のクリニックへ行く場合も含めて、一旦は戸外に出なければならず、その往復には、大変な厄介さが伴うことになるのである。(以下、明日に続く)、

タグ : 三菱東京UFJ システム障害 執念 神戸大震災 ミャンマー

513 パーキンソン病に朗報

 昨日から京都で始まった新型万能細胞(iPS細胞)の国際シンポジュウムで、iPS細胞の安全性が確認されるなど新たな研究結果が報告されているが、その中で、マウスを使った研究で、パーキンソン病にも一定の効果があったことが分かったという。これは、パーキンソン病で苦しんでいる患者には大変な朗報だ。京都大学の山中伸弥教授を始め、世界の研究者が精力的な研究を精力的に展開しており、一日も早い実用化に向けた検討が進むことを願っている。この朗報は、早速、妻の雅子に伝えたい。
 話が大きく飛ぶが、朗報と言えば、巨人軍だろう。ここに来て新しい選手が活躍を始めた。亀井、坂本、脇谷、それに昨日初めてスタメン登場した隠善選手達だ。今まで札びらで他チームの主砲ばかりを集めていただけに、このような生え抜き選手が育ってきていることは、素晴らしいことだと思う。アンチ巨人の筆者だが、この新鮮さには拍手を送りたい。これを機会に、何事もお金で対応しようとする考え方は改めてもらいたい。
 新戦力と言えば、将棋界にも何人か有力な棋士が台頭をして来ているが、中でも、片上大輔五段は、筆者が目を付けていた棋士である。東大出身の棋士で、同氏がまだ学生だった頃に、渋谷の東急で行なわれた将棋祭りで直接にその将棋を見たことがある。。昨日のNHK将棋トーナメントに登場し、きっちりと勝ち星を挙げた。自分の王様の厳しいスリリングな中で、ぎりぎり相手の王様を寄せる読み切った強さが魅力で、将来を期待している。なお、蛇足だが、昨日行なわれたインターネット将棋で、羽生2冠が優勢だった将棋を、クリックが間に合わず、時間切れで投了するというハプニングがあった。見ていて、一瞬何が起きたのか分からなかった。コンピューター将棋の恐ろしさでもある。

2.昨日の雅子(129)
 言葉は前日よりは分かり易かった。便秘が続いていて心配。

3.連載(478) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(105)
  第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (9)

(1)苦労と一緒に(その9)
 施設での就寝は夜9時と決められていて、雅子もその習慣にも漸く慣れたようだ。以前の在宅時では、夜遅く11時ごろまでテレビを見ていたこともあって、暫くは、寂しく感じていたのではとみていたが、今ではすっかりこの習慣にも馴染んでいるようだ。
 今使っているベッドも三段式の稼動タイプで、頭と足、それに高さの調整が可能である。入居当初は、頭と足を少し持ち上げた角度を保って寝ていたのだが、2月の半ば頃から、足の下に座布団を入れて欲しいと言い出した。少し厚みのある座布団である。言葉が不鮮明な中でのやり取りだったので、雅子のこの要求の意味を理解するのに、少々てこずった。
 要するに、雅子の一日の生活は、夜のベッドで10時間、昼間の椅子に座っての12時間が大半で、あとの残りが、食事などで、少し移動を伴う時間帯となっている。それだけに、ベッド、椅子での姿勢を保つためのちょっとした工夫、対応は欠かせない。
 これも既に紹介済だが、昼間の椅子での生活にも、いろんな形のクッションを使って、身体の姿勢を調整している。特に、背中や両脇に、その時点での必要なクッションを挟んで、その時点で最も安定する姿勢を保つようにしている。しかし、これも時間の経過と共にその要求は微妙に変化するので、雅子の様子を見ながら、或いはその要求を確認しながら調整を続けることになる。
 それでも、長い時間座っているのだからお尻が痛くなる。一考が訪ねて来ている時には、雅子は時々身体を盛り上げて欲しいと要求する。とにかく、少しの間でもお尻の位置を変えて調節したいようだ。しかし、この身体を持ち上げるのが、今の一考には大変な仕事になってしまった。重くてなかなか持ち上がらないのだ。前にも、記した事があるが、介護の基本は身体を持ち上げることであるのだが、今の、一考には大変きつい仕事になってしまっている。在宅時に一人でやっていたことが嘘のようにも思われる。やはり、自分自身の体力の衰えが、継続していれば何とかこなせたのかも知れないが、一旦、止めてしまったことで、一気に体力が尽きてしまったようで、介護の大変さを改めて思うのである。(以下、明日に続く) 

タグ : iPS細胞 片上大輔 山中伸弥 パーキンソン病

512 途切れる

 日本最大の製造業のトヨタが連続8期続けてきた増収増益が今期は途絶えそうだという。サブプライムローンの影響での米国景気減速や円高、原材料高騰の三重苦を、コスト削減や新興国への販売増で補いきれないためのようだ。
 鉱工業生産指数もこの3月度は前年同月比がマイナスとなった。2005年8月以降保持してきたプラスが途切れて、33ヶ月ぶりにマイナスとなった。景気の低迷への具体的なシグナルに他ならない。
 連続記録が途切れることは、スポーツの世界では数多く見られる。最近では、ヤンキースの松井選手が更新中だった連続試合ヒットが昨日無安打に終り、17試合で途切れた。また、阪神の開幕後連敗なしも、遂に一昨日横浜に敗れて34試合で途切れた。この種の連続記録と言うものは、永遠につづくことはあり得ず、いずれは途切れるものだ。
 目下ファンが注目しているのは、阪神の金本選手とイチロー選手の更新中の二つのビッグな連続記録だ。金本知憲選手の記録は、連続フルイニング出場試合の記録で、目下。1219試合を更新中だ。毎試合が記録に直結していて、極めてスリリングだ。イチロー選手は、シーズン200安打の年間記録で、今年が8年目である。
 どちらも大変な記録なのだが、より大変なのは、金本選手の記録である。同氏の場合は、毎日の生活そのものが記録に直結していて、うっかり怪我でもすれば、出場が叶わなくなり、記録が途切れてしまう危機がある。先日のようなデッドボールなどのアクシデントか途切れることにもなりまねない。場合によっては、思いがけない病気や怪我、場合によっては、乱闘などでの退場などもないとは言い切れない。また、成績不振が続けば、監督の決断せざるを得なくなることもある。実際にどんな形で途切れるかは、誰もが関心を持っている。理想的には引退まで記録が継続されることだが、結末は、神のみぞ知るである。
 なお、先日のデッドボールを与えた巨人の木佐貫投手が、翌日の試合前に金本選手に詫びたシーンをテレビで見た。金本選手が「気にせずに、どんどん投げて来い」といったそうだが、金本選手の器の大きさを知ると共に、何かほっとしたものを感じた。木佐貫投手もそうだったと思う。ちょっとしたよい話だ。
 余談だが、自民党政権は、既に細川内閣で一旦途切れたが、近々、再び途切れる危機が迫っている。これまた興味津々だ。 
 
2.昨日の雅子(128)
 前日よりは少し元気が回復していた。その一方で、このところ通じがなくて心配。また、同じタイミングで何人かの介護士さんたちの移動があって、新しい方たちが担当してくれている。皆、優しく頑張っていてくれている。ただ、今までお世話になった方に、挨拶も出来ないまま他に移ってしまわれた方が何人かおられるのが、少し気になっている。

3.連載(477) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(104)
  第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (8)

(1)苦労と一緒に(その8)
 一考が、今大事に思っていることは、こちらが話していることを理解できている状態を確保し、永遠に持続させることである。この能力を失うことになったら、それこそ、雅子とのコミニケーションの全て喪失することになる。なんとしても、この能力は守らなければならない。そのために、何をしたらいいのだろうか。専門家の医者でさえ、この病気の原因は分からないと言っておられる実情から、理屈的にそれの答えを導き出すのには無理かもしれない。
 一考が、考えたのは、あくまでも、こちらから言葉を流し続けて、その理解力を継続させる訓練ではないかと思っている。そういう意味では、テレビを見ることも一つだし、新たな興味を覚えてもらおうと始めた朗読もその一つだと思うようになった。
 そもそも、朗読は、自分の書いた小説を、残念ながら妻に読んでもらうチャンスがなかったことで、その穴埋めのために始めたものだった。自分が渾身の力を振り絞って書いただけに、何としても妻に読んで欲しかったのだ。その「執念」の朗読を始めたのが、2月16日だったが、それから4週間を掛けてそれを読み終えた。雅子の感想は「難しくて、余り面白くなかった」と軽く片付けられたが、少なくとも、そのリスニングのリハビリにはなったのではと思うのだった。
 なお、余談だが、いつもは、本は目で読むのが常であるが、声を出して朗読することで、文章の稚屈さをクローズアップした形で知ることになった。この朗読で、本当に、素人、素人した文章であることを知らしめられたのだった。
 いずれにしても、雅子の聞く能力の維持のために、訓練を兼ねて、その後も朗読は続けている。プロの作家の作品と交互に、自分の作品の未発表のものを聞かせることで、改めてそれらの作品の読み直しをしているのである。ちなみに、最初に取り上げたプロ作家の作品は村山由佳の「天使の卵」だったが、雅子の評価は、さすがに「おもしろかった」という。しかし、その後も、雅子の不評にもめげず、筆者の未発表作品も、頑張って取り上げている。(以下、明日に続く)

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511 イタイイタイ病

 イタイイタイ病が国内最初の公害病に認定されて、5月8日で40年になったと昨日の毎日新聞夕刊が報じていた。筆者の記憶にも、確か、学校の教科書、或いは参考書のようなもので、富山県の神通川流域で奇病が発生しているという記載があったのをかすかに覚えている。三井金属から分離した神岡鉱業から排出されたカドミウムが原因の公害で、いわゆる四大公害病の走りだった。
 日本の高度経済成長期、つまり1950年代後半から1970年代に、他にもこの種の公害により住民に大きな被害が発生していた。熊本の水俣湾での水俣病、新潟の阿賀野川流域での第二水俣病、そして四日市のコンビナート地区でのぜんそくが、いわゆる四大公害病と呼ばれるものだ。水俣病はメチル水銀、ぜんそくは硫黄酸化物によるものもで、いずれも金属や鉱物がばら撒かれたことによるもので、当時はその辺りの毒性に関する知見がなかったと思われる。
 いずれも、戦後の苦しい中を、日本の発展のために、わき目もふらずに一生懸走っていた結果、起きていた公害で、今も多くの患者が苦しんでいる現実を思うと本当に気の毒な被害者であると改めて思う。
 一般家庭でも「然り」だ。夫が一生懸命に家族のために、仕事に頑張ってきていた過程で、つい家庭がおろそかになり、その結果、家族が思わぬ病気などの不幸に追い込まれてしまっていたようなもので、悪意がない頑張りの結果だけに、余計に胸が痛むのであるr。筆者の場合も、妻の難病を思うとき、我田引水ではないが、そんなセンチメンタルな思いに駆られる一面がある。
 
2.昨日の雅子(127)
 訪問したときにはちょうど入浴中だったが、戻って来た雅子は、いつになく疲れていたようで、暫くベッドで横になってやすんでいた。声の発声力が弱く、発音の不鮮明さは、それまでよりも悪化していて、本人のいうことを確認するのに大変苦労した。今後が心配である。

3.連載(476) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(103)
  第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (7)

(1)苦労と一緒に(その7)
 気になっていることは他にもある。既に、紹介した内容と重なるが、今一度、ここで纏めて置こう。
 一つ目が、椅子に座って過ごすことが多いことから起きるお尻の痛さだ。何しろ、椅子に座って過ごす時間が、一日およそ10時間以上になる。風呂上りに少しベッドに横になることもあるが、時間的には大したものではなく、睡眠時間10時間を除く14時間から、食事の時間の3時間を除いた以外の10時間ぐらいは椅子に座っている。お尻が痛くなるのは当然で、見はからって、身体を持ち上げてやって、少しお尻の位置を変えてやることも必要で、一考の一つの役割である。しかし、最近はこの作業が重くて容易でなくなっていることが悲しい。
 二つ目が、姿勢が俯き加減になってしまうことである。椅子に座っていて、頭が下がった俯きの姿勢になってしまうのである。このままでは、首が折れ曲がってしまうのではないかと思うこともある。気がついて、時々、持ち上げてやるが、自分で支えているのが大変らしく、直ぐに戻ってしまう。美容室で洗髪する際のような姿勢を意識的に増やすようにしたいと思っていて、自宅に置いてきた電動マッサージ付きチェアを、電気屋さんに頼んで持ち込んだ。少しずつ姿勢の矯正を図るようにしている。
 三つ目が、口を開くとよだれがこぼれてくることだ。何かお話しようとして口を開くとそうなるのだが、これを拭うのも一考の役割でなる。衣服を汚すこと以外には問題はないが、本人は結構辛いのではないかと思う。それに、最近、口を開くのも、思うようにスムーズに開かない傾向がある。恐らく、口の周りの筋肉の運動能力の低下だろうと思うが、若し、開かなくなったら一大事である。そうならないことを祈っている。
 四つ目が、まぶたが開き難くくなってきていて、時によっては目を閉じているように見えることがある。心配になって「見えるかい?」と聞くと、非常に細い隙間から、辛うじて目を除かせて、「見えるよ」と言ってくれるが、これまた心配の一つだ。まぶたの筋肉の運動能力が弱ってきていると思われる。
 こうして、見ると、症状の悪化は、顔の部分的な筋肉の動きに影響を及ぼしてきているようで、病魔は懲りずにしつこく深く潜行して進行していることが分かる。神様に、本当に、もういい加減にしてくれと言いたいし、そうお願いしている毎日だ。(以下、明日に続く)

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510 筋書き通り?

 来日中の胡錦濤首席が早稲田大学で講演、福原愛らとピンポンを披露した。なかなかの腕前で、福田総理が「戦略的なピンポンで気をつけなくては」と「よいしょ」していた。あるスポーツ紙が付けた「ピンポンパン(だ)外交」との見出しを、今朝のテレビのズームインで紹介していたが、なかなか面白い。首席は、今のところ筋書き通りの日程を順調に消化しているようだ。今夜の橋下大阪府知事との会談では、どんな話をするのだろうか。
 さて、聖火が8848メートルのチョモランマの山頂に到着した。筆者のイメージではそんなに簡単に登頂できる山ではないというものだったが、これまた筋書き通りの演出が順調に実現し、少々びっくりしている。確か、三浦雄一郎さんが、この時期に世界最高齢登頂に挑んでいるはずだが、筋書き通りには進んでいるのだろうか。
 昨日の巨人阪神戦では、筋書き通りで阪神の3タテと思われたが、そうは行かず、抑えの久保田投手が逆転のホームランを食ってしまった。最近の久保田投手はKDDだ。「クボタハ ドナイシタ ダメジャナイ」

2.昨日の雅子(126)
 次男から届いた母の日のプレゼントのお花を雅子に届けた。嬉しそうだったが、去年のお正月以降、仕事が多忙で、顔を見せてくれていないので、少し寂しげに見えた。なお、今朝のテレビのズームインで喜ばれる母の日のプレゼントベスト5を紹介していたが、カーネーション、手紙、ケーキ、手料理などを抜いて、トップは、有難うと言う直接の言葉だった。むべなるかな。
 さて、雅子の言葉が弱々しくなってきていて聞き取り難いので、手製のメガホンを持ち込んで試してみたところ、その効果があって、よくは聞こえるが、残念ながら、言葉の不鮮明さは変わらない。

3.連載(475) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(102)
  第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (6)

(1)苦労と一緒に(その6)
 悪化と云う意味では、コミニケーションの手段が乏しくなって行く悪化は、その厄介さを極限に導く顕著な一つである。
 とにかく、手足はおろか身体が動かせない。従って、緊急連絡用のボタンはおろか、テレビ、エアコン、トイレなどのあらゆるリモコンのボタンが押せない。更には、ジェスチャーでその意志を表すことも不可能で、頼りは、僅かに話せる言葉だったが、それもここに来て、その発声力が衰え、加えてそれが極めて不鮮明になって来ているから、その意志を聞き取ることに、今までにない大変な苦労を必要とするようになって来ていた。
 昨年の12月に入居して、ほぼ3ヵ月が過ぎた3月下旬に入った時点では、「はい」「いいえ」は何とか首を動かすことやかすかに発する言葉で判別できていたので、こちらから問い掛ける形で確認する方法で、意思確認をして来ていた。しかし、それは、想定される事柄に関する内容に限られ、そうでない全く別の話題については適用できない。その場合は、雅子の言い出す言葉を、何とか聞き分けることが必要なのだが、かなりの忍耐とエネルギーを必要とした。それでも、大事と思われる言葉についいては、あいうえおの書かれた五十音表を取り出して、単語の一つ一つの文字を確認しながら、単語を探り当てて、そこから、言いたい内容を探り出す原始的な方法で対応を重ねてきているが、それも、そのキーワードの一文字を探し当てるのが、段々と手間取るようになって来ている。それと言うのも、確認するたびの「はい」「いいえ」が曖昧なことが多くなって来たからである。
 とにかく、コミニケーションの仕方が、ごく細い糸で、辛うじてつながれているようで、非常に心細くなって来ている。ジェスチャーでも出来れば、どんなに有難いかを思う今日この頃です。
 今の頼りは、とにかく、こちらから話すことが正確に理解できていることである。従って、雅子の言いたいと思われることを、こちらから推測して「こうか、ああか」と確認して、その言いたいことを汲み取るように務めている。それだけに、全く、こちらの発想にないことを言い出す場合は、手のつけようがないのである。いずれにしても、雅子の言いたい内容に到達できたときには、ほっとして、嬉しく、喜びも一入なのです。(以下、明日に続く)

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509 お詫びの一言ぐらい、あってもいいじゃないか!

 その瞬間、1218試合続いていた金本知憲選手の連続全イニングフル出場の大記録が途絶えたのではないかと、その試合を見ていた全員が息を呑んだように思えた。昨夜の東京ドームでの阪神、巨人戦での出来事である。
 筆者が許せないと怒りを覚えたのは、故意ではないにしても、投げた木佐貫洋投手が、何のお詫びのジェスチャーを示さず(少なくとも、テレビでは確認できなかった)、申し訳なかったというような様子もなく、憮然とした表情ですごすごとマウンドを降りて行った態度に対してだった。
 この金本選手の記録は並みのものではない。二度と達成出来ないような世界記録で、今や、日本国の宝物だ。それだけに、木佐貫投手のこのデッドボールは、他の誰かに与えたデッドボールとは全く違うもので、恰も、国宝に傷を付けたようなとんでもない失態なのだ。それだけに、お詫びの一言、一礼ぐらいは欲しかった。
 それにしても、金本選手は、とてつもない超人だ。次の打席で、そんなファンの怒りを吹き飛ばす見事なホームランで、ファンをうならせたのである。
 余談になるが、お詫びの一言と言えば、餃子事件、東シナ海油田などの問題に対して、来日中の胡錦濤首席からも然るべき一言欲しかったのだが、……。

2.昨日の雅子(125)
 夜中に急な通じがあって、介護士さんに迷惑を掛けた。前日までの長い間の便秘で、体調にバランスの乱れが出ているようだ。午前中に一階の美容室でヘアーカットに一考が付き添った。

3.連載(474) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(101)
  第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (5)

(1)苦労と一緒に(その5)
 雅子が施設に入居した直後は、新しい環境での生活が始まったことで、それにある程度慣れるまではということで、一考は、毎日朝夕二回の訪問を実施していた。車で20分ぐらいの距離だから、一日2回の通いといっても大したことはないと言えそうだが、実際に毎日続けることは容易でない努力だった。少しでも、傍にいて、雅子の言うことを聞いてやって対応してやろうと考えての行動だった。
 しかし、そのことに対し、実姉の霧子さんからは、べったりし過ぎでいるのではとのアドバイスを受けた。それと言うのも、霧子さんが営業の木田さんに、この施設でのリハビリの有無について訊ねた際に、一考が常に雅子の傍にいることで、介護士さんたちが遠慮して、雅子に声が掛けられず、その種のリハビリなどが受けられていないのではと伝えたという。一考も、若しそうであればまずいと思い、ユニットリーダーの松井さんにそのことを確認してみたのだが、そんなリハビリはやっていないという。木田さんの言っているのは、おやつの時間帯に、ビデオを使って簡単なリハビリ体操を皆で手を叩いたりして楽しんでいるが、それは、雅子のように身体が動かせない場合は、無理だと言うことだった。いずれにしても、霧子さんが期待しているようなリハビリではない。また、雅子も、そのリハビリ体操のことは承知していて、自分には出来ないと理解していた。
 そんな霧子さんの話とは関係なく、雅子も落ち着きを見せ始めたことで、2月半ばからは、一考は、施設への訪問を、原則として一日1回に減らすことにした。そのことで、一考の気持ちは若干複雑だった。というのは、そうすることで、一考の負担は大きく減って、自由時間の確保が可能になったのだが、雅子と共にする時間が、それまでの一日、6時間ぐらいから、半分の2-3時間になったことで、何か手を抜いているように思えて、申し訳なさを感じるようになっていたからである。
 そもそも、この施設との契約をする時点では、軸足を施設に置きながらも、出来れば、半々ぐらいに交互に自宅で過ごしてもらおうと考えていて、そのためのベッド、椅子なども自宅にも用意していたのだったが、今や、その気持ちは何処へ行ってしまったのか。一考は自分の体力が思いのほか急速に弱ってしまったことに驚きながら、そのことに対して、忸怩たるものを思うのだった。(以下、明日に続く)

タグ : 金本知憲 木佐貫洋 胡錦濤

508 表情固い福田総理

 胡錦濤首席に比べて、福田総理の表情が固いのが目についた。暖かい春の旅と称しての来日だそうだが、日本ではもう夏日が観測されていて、暑い旅になりそうだ。チベットを支持する団体の抗議集会やデモもあって、当然ながら、全てが歓迎ムードにはなっていない。
 昨夜の夕食会で、パンダ2頭の貸与を発表したり、初日から、田中真紀子氏と会見するなど、敵は巧みな演出、戦術を見せている。そんな前座的な話にごまかされることなく、実質的な日中の戦略的互恵関係の確立を期待している。この舞台こそ、福田総理に与えられた数少ない腕の見せ所だ。国益に沿ったしっかりとした主張をして、国民にアピールしてもらいたい。
 
2.昨日の雅子(124)
 朝、服用した便秘薬の効果があって、昼食前に6日ぶりに通じがあった。ほっと一息。言葉がますます聞き取り難くなって来ているのが心配。

3.連載(473) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(100)
  第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (4)

(1)苦労と一緒に(その4)
 全面介護という自由の利かない身体での生活では、生きることに精一杯で、楽しみはごく限られたものしかない。雅子は、それは致し方ないことで、止むを得ないことだと諦めているようだ。
 その限られた楽しみといえば、テレビを見るくらいなのだが、それも此処に入居してからは、午後9時就寝ということで制約がある。この施設での決まりであるこら、これも止むを得ないことと自分に言い聞かせ、今では、それに粛々として順じていて大きな不満にはなっていないようだ。
 その他の楽しみを探してみると、お見舞いや手紙などを頂戴することなのだが、お見舞いについては、今までに何人かの友人にも来ていただいたが、自分の情けない姿をお見せするのが辛い上に、来て頂いた方にも、会話がうまく運べないことから、余計な気を遣わせることになるので、今後は、限られた方以外は、全面的に遠慮したいという。また、お手紙では、優しく、昔のことを思い出させてくれる内容のものには、すぐに涙ぐんでしまう。一考は、そのような雅子を見ると、何故かほっとするのである。
 いずれにしても、毎日の24時間の生活で、半分の12時間近くを椅子に座って生活しているだけに、その姿勢がどうしても俯き加減になってしまう。場合によっては、身体が二つに折れたような状態になることもある。それを見かねてリハビリを兼ねて、姿勢を正すように指導するが、それも大変辛そうだ。そんなことで、テレビ視聴も、きちんと画面を見るのが、段々と辛くなって来ているように見える。加えて、瞼がしっかりと開き難くなってきているのも気になって来ている。時には、瞼がふさがっているように見えて、目を閉じているようで、大丈夫かなと思ってしまうこともある。
 進行性の病気だと言われて、もう7年を過ぎた。手足も動かせず、全面介護を受けるようになった時点で、一考もさすがに、もう行き着くところまで進んできたのではないかと思っていたのだが、それでも、こうした姿勢や瞼の状態などを見ていると、まだまだ悪化が進んでいることは確かであり、道なき獣道を進んでいるようで、一体、どこまで悪化が進んで行くのだろうかと憂慮するのである。(以下、明日に続く)

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507 胡錦涛来日

 ミャンマーでサイクロンによる大きな被害が出ている。場合によっては、死者が一万人に上るという情報もある。このサイクロンの規模を示す気圧などの情報がないので、日本を襲う台風との比較が出来ないが、被害の規模からは、大変な大型サイクロンが上陸し直撃したようだ。
 上陸というと大袈裟だが、中国の胡錦涛首席が今日、来日する。中国の国家元首としては、10年ぶりの公式訪日だという。福田総理には、数少ない手腕の発揮の場となり得るだけに、思い切った日本の主張をやってもらいたい。ミャンマーのような被害の心配はないにしても、何か、パンダ借用のような話でごまかされるだけではいけない。
 余談だが、今まで全く知らなかったのだが、借り物のパンダに多額のお金を支払っていたという。まあ、今までは致し方ないとして、今後は、そこまでして、パンダを借りる必要があるとは思わないのだが、どうだろう?

2.昨日の雅子(123)
 久し振りに便秘が続いたので、前日に、この日の朝に便秘薬の服用をお願いしておいたが、看護士さんとの連携がうまく出来てなくて、服用が明朝まで延期になった。入居以来、経験した初めての連携齟齬だった。

3。連載(472) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(99)
  第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (3)

(1)苦労と一緒に(その3)
 個々の入居人には、それぞれに最適な対応が必要である。そういう場合には、お互いが知見、知恵を出し合って対応することが望ましい。施設での今までの長年の経験から生まれた対応の仕方には、なるほどと思えるものも少なくない。
 そんな一つに、お薬の飲み方がある。とろみ調整剤にまぶして服用する方法である。どんなものかと試してみると、とろみ調整剤を使って、粘調な液体にして、その上に錠剤などのお薬を置いて、それを食べるように服用するのだ。お薬を飲むと言うより、食べるという形で対応できるので、今までの飲み込む苦労が軽減されて、服用し易い方法といえる。ファイバーなどの粉末も、同様に対応できる。要するに、飲むから食べるに形をかえるのである。とろみ調整剤の量を変えることで、流動性のあるゼリー状にもできて、食べるから、すする形にもできて、服用し易く対応できるのである。現在、雅子は、お薬は食べる形で、ファイバーは、すする形で服用している。
 さて、大きな悩みの一つが便秘対応だが、ファイバーを飲んでいても、何日に一度はコーラックのお世話になることがある。なるべく、このお薬を飲まないようにと頑張ってきていて、在宅時は、4日間ぐらい便秘が続く場合に飲むようにしていた。しかし、ここに入居して、他の人の場合と同じペースということで、3日に一度での服用となった。案の定、便秘薬の効果が出る時間的なバランスが崩れて、介護士さんに迷惑を掛けてしまうことになったので、雅子にマッチしていると思われる4日間の間隔に改めてもらっている。
 しかし、その後も、その辺りの連携が徹底していないケースが散見された。偶々、一考の訪問中でのことだったが、便秘が4日目にはまだ少し早いタイミングで、介護士さんが便秘薬を服用させようと準備を始めた。そのことに気づいた雅子が、一日早いのではと言い出して、中止してもらったのだが、案の定、その直後に通じがあった。同様なケースはその後もあって、便秘薬の服用の準備中に、雅子がちょうど便意をもよおしてきたことで、準備中の便秘薬のコーラックを止めてもらってlこともあった。この時点で、雅子の場合は、なるべく、4日間は服用せずに頑張る方がよさそうであるとの見解を、介護士さん、看護士さんにも、改めて認識してもらったのだった。いずれにしても、この種の個人差の特徴は、しっかりと看護師さんには、徹底して把握してもらう必要がある。
 このほかにも、個々の対応には、いろんな工夫が行なわれているが、寝る際のベッドの角度、脚の上げ方も微妙な調整もその一つだった。何回か試行錯誤することで、脚の下に座布団をしくことで、少しでも足を楽になる方法も見つけて貰った。介護士さんと、本人の密なる連携が生み出した貴重なノウハウである。(以下、明日に続く)

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506 誤算

 何事も思惑通り事が進むという訳には行かないのがこの世の常である。思惑同士がぶつかるわけだから、両者の言い分が通ることはごく稀なケースで、大抵は、そこには、誤算と言う思惑違いの結果がもたらされる。
 通常は、この誤算がとかく単調になりやすい世の中を面白くすることが多い。今朝の新聞にはその種の話題が豊富だ。
 日経の一面トップには、マイクロソフトヤフーの買収に失敗したと大きく報じられている。両社の思惑に誤算があったのだろうが、価格の溝が埋まらなかったとのが直接の理由だという。両社とも、改めて、対グーグル戦略の練り直しが急務となるようだ。
 後期高齢者医療制度の売り物だったはずの、多くの人の保険料が安くなるという実体に、なんとそんな裏づけは試算もされていなかったという。誤算以前の手抜きであって、いい加減さも度が過ぎている。
 昨夜のプロ野球では、阪神の勝利の方程式である久保田、藤川の黄金投手リレーが裏目に出て、無残な逆転負けを喫した。二人が共に打たれて負けたのは、今までの180試合以上の実績がある中で、僅か4試合目だというから、まさに考えていなかった大誤算だった。生身の人間が戦うのだから、たまにはそんな狂いも生じる訳で、仕方がないことだが、この夜の誤算の衝撃は小さくないだろう。 一刻も早い立ち直りに阪神首脳陣の妙手に期待したい。
 他にも、テニスのカンガルーカップ決勝戦でのクルム伊達の逆転負け、全日本バレーボール選抜大会での東レ女子の3連覇ならず、更には5週連続優勝を狙っていたLPGAのロレーナ・オチュアも追い上げならず5位タイに止まった。いずれも、当事者たちには思わぬ誤算だったに違いない。
 ところで、福田総理の支持率低下だが、これは、もはや誤算という範疇のものではなく、最近の報道も、それほど大きな衝撃にはなっていない。明日から、胡錦涛首席が来日するが、ここでの両者のぶつかり合いが注目されるが、国民はあまり期待していないようにみえる。誤算を生むような計算が設定されていないのではないか。あまり期待せずに見守りたい。
 
2.昨日の雅子(122)
 3時のおやつの時間に、主任が時々オカリナを演奏してくれる。郷愁豊かで、心地よいひと時だ。一方、連休の最中ということもあって、昨日、今日は、介護士さんも少し手薄そうで、忙しそうだった。

3.連載(471) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(98)
  第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (2)

(1)苦労と一緒に(その2)
 入居後のこの3ヶ月間で、何人かの親しい友人のお見舞いを頂戴した。久し振りに友人と顔を合わせることが出来て、雅子には嬉しいひと時であったことは確かだが、自分の見苦しい姿を晒すことへの戸惑い、辛さもあって、その心境は複雑なものがあったようだ。特に、言葉がうまく話せず、自分の思うことが伝えられないことも、その辛さを増幅させていたようだ。
 一考自身も、遠路からお見え頂くこと自体にに恐縮しているが、加えた、雅子が話せないために、その応接が難しいことにも、大変さを思い、ご同情申し上げるのだ。そんあことで、雅子の意向を踏まえて、今後は、お見舞いも極力遠慮させてもらうことにした。
 しかし、身内のお見舞いはその限りではない。直ぐ上の姉の伸子が、このドリームスペースの自立棟にいて、よく足を運んでくれた。しかし、伸子が無口でり。傍にじっと座ってもらうことになり、それが気分を重くするということで、他の兄妹たちが来る時に同席してもらうようにしてもらった。やはり、血の通った長兄や長女の霧子さんの訪問が雅子には一番落ち着くようだ。
 一方、施設の方では、とかく単調になりやすい施設での生活に変化をつけようといろんな企画を考えて、住人を飽きさせないように配慮してくれている。そのことについては、既に紹介したこともあるが、毎月のお誕生会の他にも、季節の移り変わりには、節分、おひな祭りなどで飾り物やそれに相応しいセレモニー的なことも織り込んでくれているし、たまには、皆で揃っての買い物ツアーも企画してくれた。
 また、健康面には、細かく気を配ってくれていて、定期的な体温、血圧、体重測定などが行なわれているし、一年に一度は人間ドック的な検査もある。そういう意味では、安心してお任せ出来る対応が用意されている。体調に少しでも異常があると思われる時には、看護士さんとの速やかな連携がはかられ、その対応策が取られている。
 例えば、入居直後のことだったが、就寝中に脚のふくらはぎの部分をベッドの横枠に挟んで擦り傷が出来たことがあったが、直ちに、お薬を塗ってその処理を取ってくれたし、お風呂に入った際に、お尻の尾てい骨辺りに、腫れが発見された際にも、やはり、適切な処理が取られていた。最近では、トイレで、少し血液が混じった排泄があった場合にも、速やかな看護師との連携が取られていた。
 当然と言えば当然なことかも知れないが、入居者にとっては、それなりに安心できる仕組みが作られている施設であることを、改めて認識するのだった。苦労は続くが、組織全体で、きめ細かい対応が取られていることは有難いことである。(以下、明日に続く)

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505 あわや

 「あわや」と云っても、「別れのブルース」の淡谷のり子のことではない。広辞苑では「すんでのところ。あやうく」といった説明がある。2日の池袋駅前のロータリーで起きた都営バスがスリップして歩道に乗り上げた事故は、そういう意味では「あわや、大惨事!」の危険があったが、3人の負傷者を出したが、大事に至らなかったのは不幸中の幸いだった。
 昨夜の神宮球場での巨人、ヤクルト戦で、ヤクルトのプロ3年目の村中恭兵投手が9回のワンアウトまでは快投が続き、あわやノーヒットノーランの大記録の誕生かで緊迫していたが、巨人の亀井義行選手がファウルで粘りに粘って、遂に14球目をヒットして、村中投手の快挙がフイになった。それにしても、亀井選手の粘り方は凄かった。
 福田内閣のように、ずっと長く危機に晒されていると、「あわや」と云うように表現される危険はない。 こうなれば、福田総理も、昨夜の巨人軍の亀井選手のように粘って頑張って、じわじわ迫る危険をフイにさせる快感を味わうのも、一つの生き方かもしれないですね。 

2.昨日の雅子(121)
 特記事項はない。新しい介護士さんたちに慣れようと雅子も、改めて一生懸命である。

3.連載(470) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(97)
  第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (1)
 
 雅子の入居生活も、早いもので2008年3月末で実質100日が過ぎた。在宅時の最後の一年で経験したような急激な症状の悪化は見られないものの、言葉の不鮮明さが静かに進んでいて心配である。 そんな中で、雅子は施設での生活に慣れ親しもうと懸命な日々を送っている。その一方で、一考は、幸いなことに、それまでの籠の鳥状態から解放されつつある。つまり、雅子の介護から完全に手を離す訳には行かないまでも、、いわゆる執行猶予付のような形ではあるが、ささやかな自由を得ることが出来るようになり、それまでは融通の利かなかった外出も、うまく調整することで、かなりの遠距離までも可能になっている。
 そんな状況下で、時は淡々と進み、季節もあっという間に、厳しかった冬から、穏やかな春を駆け抜け、そして爽やかな初夏へと移って行く。この章では、2008年の3月頃から初夏にかけての二人の様子を追ってみたい。そこには、小さな幸せを求めての二人の新たな戦いが窺えるだろう。

(1)苦労と一緒に(その1)
 今、このドリームスペーの楽裕館の4階の日吉グループには、9人(2月末時点)が入居しているが、雅子のように、身体が全く動かせない人は、他にはいない。そういう意味では、雅子が一番大変な症状を持った住人である。
 7年前に、左手の人差し指に力が入らないということから始まった病気だったが、徐々に、左手全体、右手も、そして足も、身体も自由にならなくなり、今では全面介護が必要になって、このドリームスペースに入居した。2007年12月10日のことだった。それから、あっという間におよそ100日が経過し、漸く穏やかな春の兆しも見え始めた。
 雅子の入居直後は、慣れない環境での生活が心配だったことから、一日、朝夕2回の訪問を続けてきていた一考だったが、雅子が少し落ち着きを見せ始めたことで、2月半ば頃から、1日午後1回の訪問に減らせた。これで、一考の多忙さ、疲れも大幅に改善できるようになった。
 雅子の症状に関しては、このところ、外見上では大きな変化は見られなくなった。どうやら、心配な悪化の進行も、行き着くところまで行き着いたのではと思われる。しかし、その一方で、言葉が極端に不明朗になって来ている。目に見えない身体の中での悪化が進んでいるようで、心配は依然として続いている。一考にとって、今の大変な作業は、雅子の言葉の解読である。必要な場合には、文字盤を取り出して、一文字、一文字に分解し、それらを探し当てながら単語を探り当て、そこから、何を言おうとするかを確認してゆくステップを取っている。イエス、ノーの雅子の反応も曖昧なことが多く、大変な時間と忍耐を必要とする作業になっている。最近では、更に発声そのものにも衰えが出てて来ているように思われ、先行きの心配は続いている。
 また、その作業の途中で、雅子が何かを伝えようとして口を開けると、少なくないよだれが流れ出す症状が見られ、それを拭ってやるのも一仕事になっている。その場合、大抵は通常の市販のチッシュで拭っているが、施設の方で用意してくれた濡れチッシュで拭ってやると、気持ちがよさそうなので、何回かに一回はそうしてやっている。けち臭い話だが、この濡れチッシュが少し高価だから、市販のものと併用をしているのだ。(以下、明日に続く)

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504 大荒れ

 先日の改正租税特別処置法を再可決したガソリン国会は大荒れだったが、河野衆議院議長の行動阻止に絡む行動に遺憾な行為があったと云うことで、民主党の三日月大造と自民党の葉梨康弘と永岡佳子の3氏に懲罰動議が出された。
 三日月大造氏は滋賀3区選出の衆議院議員で、失礼な表現だが、筆者の卒業した膳所高校の後輩だ。行動力があって期待のひとりだが、こんなことで名前が出て来るのは本意じゃないだろう。大荒れ国会の遺憾な副産物だ。
 大荒れは、中国本国に戻った聖火リレーでも起きた。昨日行なわれた香港市内での二つのグループのぶつかり合いだ。チベット政策に対する不満は中国国内でも充満しているからだろう。今後のリレーでも心配は消えない。
 スポーツ界でも、昨夜から今朝かけて、幾つかの大荒れが見られた。先ずは、プロ野球の楽天の岩隈投手だ。今期の防御率が0.5台という超好成績だったのだが、昨日は、日本ハムとの戦いで、5回半ばで5失点と散々で、大荒れもいいとこだった。生身の人間だから、そんなこともあろうというが、楽天ファンには楽天どころじゃなかった。また、ゴルフでは、LPGAで、前週好調だった上田桃子も予想外の大荒れで予選落ちした。二日間でボギーが12、ダブルボギーが2で、バーディは僅かに2つという惨敗。そういえば、あの石川遼君も、荒れたようで、プロ入り後初めての予選落ちした。
 今日から、ゴールデンウィークの後半が始まったが、幸い天候は大荒れではなく、好天が続くようだ。いずれにしても、筆者には、ゴールデンウィークは関係ない。

2.昨日の雅子(120)
 この日から、男女それぞれ一人ずつの二人の介護士さんが入れ替わった。急な移動で、雅子も少し戸惑い気味だった。別の部署に移られた一人の方には、挨拶も出来ていなかったことが気になっていたようだ。人の移動には、どこの世界でも、ほろ苦さがあるものだ。雅子の症状そのものには、特に変わったことはなかった。

3.連載(469) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(96)
  第三章 施設に戻って (42)
 
(5)単身生活(その5)
 今年の冬は、この地区としては、随分と雪に見舞われた。日誌をくって数えてみると、雪、および雪が舞う日が20日あった。およそ、三日に一日が雪だったという多さである。
 ドリームスペースには、2月の半ばまでは一日2回通っていたから、2月末までの訪問回数は、通算で131回を数えたが、その1/3強が、今まで国内では経験しなかった雪の中でのドライブを楽しんだ(?)ことになる。
 とにかく、自宅で介護していた昨年12月までは、雪が激しい場合は、車で外に出ないようにしていたし、かつて、雅子が健康で自ら運転していた頃も、同様で、そのような日には運転しなかったので、一考の頭の中には、タイヤを冬用に換えるという認識は、存在していなかった。、
 しかし、今年からは事情が違っていた。雅子が施設に移ったことで、雨でも、雪でも通わねばならなかった。そういう意味では、結果論ではないが、思い切ってタイヤを冬用に換えておいてよかったと思うのだった。
 一考に、その決断をさせたのが年の瀬が押し迫った頃の介護士さんとのたわいないちょっとした会話が切っ掛けだった。
 「雪の日だと、ここへの通いも大変でしょう」一考が何気なく発した問い掛けに、その介護士さんが答えてくれた言葉が、一考の考えに強く刺激したのだった。
 「昨日、冬用に換えてきましたので、心配はありません」
 「なるほど。冬用にですか?」一考は、そう相槌を打ちながら、自分もそうしなければと思い始めたのである。
 「何処で交換してもらったの?」
 「安い案内が出ていましたので、その広告のガソリンスタンドでお願いしました」
 この会話の後、一考は、直ぐにいつもお世話になっている車のサービス業者に電話をしたのだが、生憎、その日が12月30日だったので、会社が休みに入っていて電話が繋がらなかった。仕方なく、介護士さんの話を思い出し、いつもガソリンを入れているカソリンスタンドでお願いしたというのが、タイヤ交換を行なった経緯だった。結構な費用だったが、人の命には代えられなかった。それだけに、雪が降ったり積もったりしていると、投資の回収が少しずつ出来ているような気分になって、何だか嬉しくなるのが不思議だった。
 姉の久子が母親の世話に毎日通って来るのだが、雪が降るたびに、危ないから来るのは止めろという場合も、裏づけができていたことで、少し自慢げな気分だった。しかし、姉はそれでもタイヤ交換をしないまま休まずに通ってきていた。母親一途なのは結構fだが、危険知らずで強引なのが怖いと思う。(本章は今回で終り、明日からは、第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏 を連載します)

タグ : 三日月大造 岩隈投手

503 戻った!!

 世界の各地でトラブルを起こし話題となったオリンピック聖火が香港に戻った!! いよいよ、中国国内でのリレーが始まる。熱烈歓迎の中での祝賀リレーとなるのだろうが、果たして、どうだろうか。
 ガソリンスタンドでのガソリンの価格も、昨日から90%近いスタンドで、25円プラスαの値段に戻っていた!! そのため、前日までの混雑していたスタンドが、どこも閑散としていたのが印象的だった。しかし、必要不可欠なものだけに、スタンド風景も直ぐに正常な状態に戻るだろう。
 今朝の米国株のダウ平均が、およそ4ヶ月ぶりに13000ドル台戻った!! 前日に行なった追加利下げの0.25%の効果なのか、或いは、サブプライム問題に見通しがついたのか、背景は分からないが、ワンステップ前進したと思いたい。今日の東証の動きが楽しみだ。 
 テニスのクルム伊達さんの力も、かなり戻って(!!)来ているようで、昨日も勝ってベスト8入りした。今日、第一シードの選手(日本ランキング3位の中村藍子)と対戦する。どこまで通じるか、楽しみだ。
 そんな中で、戻る傾向が全く見えないのが福田総理の支持率で、今朝の日経新聞では21%まで急落している。粛々と頑張るのみなのか?

2.昨日の雅子(119) 
 4月度の体重測定の結果、少し増えていた。体調が安定してきているのだろうか。椅子に座ったままの毎日をよく頑張っている。

3.連載(468) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(95)
  第三章 施設に戻って (41)
 
(5)単身生活(その4)
 心配な指のしびれは、その後も収まるどころか、中指にも拡がってきていた。不安が急速に拡大し、このまま進まば右手全体に進み、悪くすれば、半身不随の脳梗塞に繋がっていくのではないかとの不安に怯え始めていた。そうなれば、もう運転は出来なくなり、雅子を訪ねることにも、大きく制約を受けることになる。雅子はどうなるか。ドミノ倒しのように、良くないことばかりが、一考の頭の中でどんどんと駆け巡り、遂には、自分が倒れて動けなくなる不安へと拡大していった。
 若しも、自分が倒れれば、息子達だけでなく、姉妹達などの身内の皆にも多大の迷惑を掛けることになる。息子達には仕事があり、姉妹達もそれぞれ家庭の厄介な問題もあって、我々に配慮するような余裕はない。「どんなことがあっても、倒れる訳にはいかない」と、自分に言い聞かせながらも、一考の頭の中はいろんな不安で一杯となっていた。
 その不安の一つは、経済面での覚束さに起因していた。つまり、然るべき蓄えがあれば、仮にそうなったとしても、お金で暫くは何とかなるかも知れないが、しがないサラリーマン上がりの一考には、そんなものはない。従って、とにかく、そうならないことを祈ること以外に救いの道はなかった。そんな訳で、一考には、暫くは捉え処のない不安との戦いの日々が続いていた。
 心配な三本の指のしびれは、その後も暫くは続いていたが、一考のの感触では、幸いなことに、それ以上に拡大して行っているようではなかった。少し愁眉を開いた気持ちで、一考はほっとしたものを覚えながら、何とか早く回復して欲しいと願うのだった。
 それから数週間が経過し、2月末になると、そのしびれが少し軽くなっているように感じ始めていた。一考は、何とか、このまま静かに収まって欲しいと願うのだった。そして、3月に入って暫くすると、更に回復が見られ、そのしびれが、少しずつだったが、消えつつあるのが体感できるようになった。助かったという思いが、じわじわと一考の胸中に広がって行くのだった。こうして、長い不安から少しずつ解放されてゆくことに、一考は小さな幸せを覚え始めていた。
 そして、3月半ばになると、親指のしびれはほぼ消えていて、人差し指と中指のしびれも、少し残ってはいたが、それほど気にならないようになっていた。
 めでたし、めでたしであった。そのしびれの原因が何であったかは不明だったが、とにかく、元に戻ったことで、健康の有難さを、改めて噛み締めるのだった。(以下、明日に続く)

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