プロフィール

相坂一考

Author:相坂一考
滋賀県大津市出身
07年1月に推理小説「執念」を文芸社から出版
14年7月に、難病との戦いを扱った「月の砂漠」を文芸社から出版

このブログは3部構成です。
 1.タイトルへの一言。
 2.独り言コラムで、キーワードから世の動きを捉えようと試みる。
 3.プライベートコーナー
   (2015-06-03に修正) 

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562 面白くなかった今年前半

 今の世の中、面白くないことばかりだ。
 景気は資源高からくる不景気の波、政治もアメリカペースで翻弄され、日本の自己主張ができない。社会は、偽装、偽装、そして凶悪な事件。
 そんな中ではスポーツが救いの話題だが、それも、贔屓のチームやプレイヤーが今一つ吹っ切れない。昨日の阪神は、一旦逆転して強さを見せたが、誇りの押さえ陣が予想外の失点で逆転負け、女子ゴルフでは、久し振りに不動祐里がチャンスを迎えたが、首位タイに並んだ直後の大きな崩れは、かつての不動ではない。また、今朝の全米女子オープンでも、上田桃子選手は健闘したが、ボギー先行で13位タイに終り、ベスト10入りはならなかった。
 ところで、福田内閣の支持率が少し上昇したと今朝の日経は伝えているが、それでも26%と餘にも低すぎる。今日の東証の株価も、恐らく大幅な下落が予想される。
 いずれにしても、こうした低調な雰囲気の中で、2008年前半は今日で幕を閉じる
 とにかく、こんな面白くない時は、しばらく、静かにしていようと思う。

2.昨日の雅子(174) 6月29日の分
 前夜は車を施設に置いてきたので、この朝は、電車で施設を訪問、雅子の様子はいつもと同じ。次男の家族が9時半頃に顔を見せた。孫の入園式のビデオを見せてくれる。それが終わるのを待って、おごと温泉駅に彼らを送る。これで、雅子も一段落で一息つく。そこで、一考も一旦、自宅に戻る。
 2時前に再び施設を訪ねる。雅子は、昨夜の夕食時の息子との話の内容に関心があるようで、その大まかな話を聞かせてやる。
 なお、この日体重測定が行われたが、前月とほぼ同じで動きはなかった。5時過ぎの夕食の時間まで付き合ったが、二日酔いですっかり疲れた一日だった。

3.連載(527) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(155)
  第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (58)

(3)春から夏への介護生活 (その27)
 ブログのコピーを母親に配布し始めて一週間ほどした頃だった、久子が急に近寄って来て、「あなたが余計なことをするので、母親が雅子さんのことが心配になって夜も寝られないようよ」と苦情をぶっつけてきた。案の定、という思いが一考の頭の中を走っていた。どうやら、母親が久子にブログの内容を話したようなのだが、その話した内容が、拙いことに誤解した形で伝わっていたのである。
 あれほど誰にも話すなと口止めしておいたが、やはり口ばしってしまうし、それも間違った情報となって伝わっていることに、一考は大いに不満だった。しかし、心配性の母親に余計な心配を促すことになっては、安心させようとした主旨がトンチンカンになってしまい、一考の思惑が裏切られることになってしまったのである。
 そこで、ブログ全体を見せるのは良くないと判断し、「昨日の雅子」の欄のみコピーすることにした。それなら、誤解を生むことにならないだろうと思ったからである。幸い、その後は、今のところ問題は起きていない。それでも、時々、俳句を添えて感想をメモしてくるので、寝る時間が遅くなってはいけないと、それを止めて欲しいと申し入れた。
 なお、久子を面白くなくさせたのは、自分の知らないところで、一考が母親とせっせと何かやり取りしていることが気に食わなかったと思われる。とにかく、自分が母親に関しては、全てに関わっていないと不満な性格なのだからである。
 ところで、母親の作る俳句には、それなりの作品もある。その中から、いくつかをピックアップしておきたい。いずれも、雅子を心配しての句ばかりで、少々重苦しいものばかりだ。
    梅雨空に クレーンが画く 未来図
    侘ふと見し 菖蒲ほぐるる 銀の雨
    餘花の雨 傷つきの人 祈るのみ
    夏草や 歩道の隙にも たくましく
    早稲田へ 熱き願いや 五雨十風  (以下、明日に続く)
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561 北京オリンピックの代表続々決まる

 北京オリンピックまであと40日となった。陸上競技では、一昨日から日本選手権が行なわれていて、続々と出場選手が決まっている。昨夜も棒高跳びの沢野選手が記録なしからの不安を超えて堂々の出場権を確保したし、一昨日は10000メートルの女の戦いで、渋井選手が最後の最後で、赤羽、福士両選手を振り切って逆転勝して出場権を得たのは感動的だった。他にも、ハンマー投げの室伏、短距離の高平、400メートル障害の爲末選手などが、しっかりと出場権を勝ち取った。
 今朝の新聞ではテニスの若きプリンスの錦織圭、女子では森田選手の出場も決まったと伝えている。本番での活躍を期待したい。
 ところで、滋賀県からの選手を探してみると、女子バレーの東レ滋賀の木村沙織や荒木絵里香は別格として、体操の中瀬卓也選手は大津市の出身で、栗東高校で活躍した選手であり、本番での活躍が期待される。
 頑張れ、ニッポン!! だ。
 なお、別の話だが、全米女子オープンで頑張っている上田桃子選手は、三日目を終えたが、-3で今現在10位タイで首位と5打差である。宮里藍選手は、後退しイーブンパーで21位タイ、横峯選手は+4で44位タイとなっている。桃子選手の今夜の追い上げを」期待している。

2.昨日の雅子(173) 6月28日の分
 てっきり通院日だと思い込んでいて、前日から出掛ける準備していたが、それは一考の錯覚で一ヶ月間違えていたことを朝になって気がついた。少し、ゆとりができてほっとする。夕方には、横浜にいる次男の家族が到着、お墓参り、大ばあさんに挨拶を済ませて、アクティバへ。久し振りの顔合わせに雅子は感激、見せてくれた孫のビデオで、また感激、雅子には久し振りにうれしい一日となった。

3.連載(526) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(154)
  第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (57)

(3)春から夏への介護生活 (その26)
 今年97歳になる母親は大変な心配性というか、細かく気遣う性分で、他人のことに余計なぐらいをに気を使い過ぎるタイプである。自分の身の回りのことをほとんど次女の久子に世話になっているが、今でも元気で、自分でもゆっくりとなら歩けるし、新聞を読んだり本を読んだりもできて、更には毎日俳句にも勤しんでいる。七年ほど前に句集も出版していてなかなかのインテリ母親である。
 雅子が施設に入居してからは、いつもそのことを気にしてくれていて、「見舞いに行く」をよく口にしてくれるのだが、そんなに来て貰っても雅子も大変なので、なるべく断っている。それだけに、顔を合わせる度に「雅子さんは、どうですか?」と執拗に訊ねてくるので、あまり知らぬ顔もできないことから、6月に入って間もなくの頃に、自分が書いているブログのコピーを見せることにした。
 幸いなことに、一考の姉妹達は、コンピューターに疎いこともあって、一考がブログを書いているなんて知らない。そこで、母親には、その内容については、誰にも話もしないことを条件に、コピーを見せることにした。一考の狙いは、それで、雅子の様子を知ってもらって安心してもらおうというのだった。誰にも話さないと厳しい注文をつけたのは、久子でも見せられれば、うるさくあれやこれやとクレームが飛び込んでくる心配があるからだった。そんなことで、久子が夜に帰った後にコピーを手渡し、早朝に回収することにしていた。
 その最初のコピーを手渡した翌朝、返却するコピーに丁寧なメモが付いていて、それに俳句までは付け加えられていた。とにかく、細かく気遣う母親らしいといえばそれまでだが、それだけ書くには結構な時間がかかり大変で、恐らく遅くまで掛かったのではと心配した。そうでなくても、宵っ張りで、朝が起きられなくて久子に叱られているだけに、そんなコピーを手渡したことで、更に朝が遅くなったりすると、久子からの苦情が心配された。そこで、母親には、もうメモをいらないと繰り返したのだが、なかなかやめない。そこで、仕方なく、そうしないともうコピーは見せないと脅しを入れて、やっとメモを止めさせたといった按配だった。(以下、明日に続く)

560 すっきりしない

 社保庁の年金問題で、また新たな問題が明らかにされた。およそ1,4%のデータに入力ミスがあるという。加えて、給料のレベルを低めに申告した企業があることも分かった。
 年金は、一体どうなっていっるのか、企業のデータ改ざんは別としても、この仕事に当たっていた社保庁の職員は一体何をしていたのか、全く持って腹立たしい。これじゃ、国民は何時まで経ってもすっきり出来そうもない。
 北朝鮮で原子炉の冷却塔を爆破する政治ショーが公開された。北朝鮮を米国のテロ支援国家指定から削除するためのワンステップだという。しかし、これで、北朝鮮が本当に核国家から完全に撤退することが明確になったということにはならず、また、拉致問題解決に見通しが立った訳でもなく、日本国民は、全くすっきりしようもない状況にある。
 ところで、関西テレビの14年9ヶ月続いた朝の長寿番組「痛快エブリデイ」(関西ローカル)が昨日をもって終了した。この種の長寿番組の最終回となると、何かじめじめすることが多いが、昨日のそれは極めて明快で、最後まですっきりした気分のよい終わり方だった。
 長年司会を務めた桂南光(当初は、桂べかこ)氏のずばずばものを言う辛口のキャラクターが受けていて、その明解な個性が視聴者をひきつけていたのではないか。筆者も結構関心があって、時間が許す限り視聴していた。男版の井戸端会議的な気安さが大いに楽しめた。
 すっきりしないことが多い今の世の中で、数少ないすっきりした気分ちを毎朝国民に与えてくれた司会者の桂南光さん、それにアシストを務めた関純子アナウンサーに拍手を送りたい。

2.昨日の雅子(172) 6月27日分
 朝、9時半頃から入浴、その後マッサージ(15回目)を受ける。午後は、昼食後に1階にある美容室へ。1.5ヶ月ぶりのカットと3ヶ月ぶり毛染め。2時間近く掛かったが、雅子はよく頑張った。明日、1年半ぶりに孫に会うのでグッドタイミングだった。しかし、以前にもあったが、再び円形脱毛症が見つかった。いろんな悩みがあるのだろう。暫く様子を見たい。とにかく、雅子には多忙な一日だった。

3.連載(525) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(153)
  第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (56)

(3)春から夏への介護生活 (その25)
 6月12日、この日は通院日である。数日前の天気予報では雨だということだったので、困ったなあと思っていたが、当日になると、幸いにも、その雨は既に通り過ぎていて、朝から晴れの日となっていた。有難いことと神に感謝しながら、雅子に、いつものように早めの簡単な昼食らしきものを済まさせ、トイレを終えて、車椅子で部屋を出て一階のフロントに向かった。通院時のいつもの手順である。この日で、早いものでこの施設からの通院も、もう10回目を数える多さになっていて、その手順にも手馴れたものさえ覚えていた。お天気も良いので、車椅子を玄関の正面を出たところまで出してロックし、車をその傍までもって来て、いつものように雅子を乗せようとした。
 しかし、である。ここで、いつもとは違って、雅子を抱き上げて乗せるのが一回ではうまく行かなかった。何だか、いつもよりも重くてうまく持ち上がらないのだ。何も雅子が重くなった訳ではないから、一考の力が衰えたのか、或いは、そのテクニックに拙さがあったのかだが、どうやら、その両方が絡んでいるようだった。雅子の姿が前かがみなので、持ち上げる姿勢がうまく取れなかったことも影響しているようだった。一考は、何となく、今後の応接に不安を思うのだった。
 京都について、駐車場で雅子を降ろす際にも、一考の頭の中では、大丈夫かなと云う少し不安が過ぎったが、ここでは、感じたほどの問題はなかったが、それでも、いつもに比べると少し力不足を感じていた。
 そして、果たせるかな、帰りに雅子を車に乗せる際に、施設での乗せる時よりも、少し厳しい苦労が待っていて、何回か繰り返して調整をやり直すことで、なんとか雅子を車に移せたが、やはり、今までにない大変さを経験することになった。
 どうやら、一考自身の力の衰えに原因があるようで、今後は、抱き上げ方などで、何か工夫が必要であると一考は思うのだった。一時的に雅子を降ろすような台といった何か小道具のようなものを準備することが一考の頭に浮んだが、具体的にはどうすべきかははっきりしなかった。今後の宿題である。(以下、明日に続く)

559 とても変

 今朝の新聞各紙は、北朝鮮が核計画申告をしたのに対し、米国がテロ支援国家指定解除の手続きに入っというニュースのオンパレードだ。日本側としては、この流れに抗しえず、呆然として、相槌を打っているようで「とても変」なのだが、他に打つ手がない。被害者家族や関係者からは、拉致事件解決の大きな手掛かりが失われるということで、悲観論が深刻である。しかし、今まででも殆ど何も動かなかった訳で、むしろ、これを切っ掛けにした事態の変化に期待できることもあるのではと、筆者は思いたいのだが、そんな安易な考え方は「とても変」だろうか?
 とにかく、今の日本は、あまりにも「とても変」が多すぎる。秋葉原の無差別殺人事件などの異常な凶悪事件の他にも、食品を初めとする多くの偽装問題の数々、原油の異常高騰からくる生活用品の値上がり、更には、世界遺産に、大学生が落書きをしてしまうという非常識な風潮といった具合に、安心、安全、常識が、どんどんと犯されつつあって「とても変」である。
 一方、経済界でも、株価の動きも「とても変」だ。今朝も米国ダウは、360ドル近い大幅な下げとなり、ほぼ2年来の安値だという。ここ10日間ぐらいの動きでも、一日の中で変化も大きく乱高下を繰り返し、結局は安値引けに終わる状態が続いていたが、遂に、今朝は震度6ぐらいの大きな下げとなった。折角、少し持ち直しを見せていた日本の株価だが、再び、いつかのようなあの大幅な株価低迷の時期に突入し始めたような不安がある。今朝の東証も大幅安となることは必至だ。心配ばかりが目立つ今の世の中の動きは、本当に「とても変」だ。

2.昨日の雅子(171) 6月26日分
 深夜のトイレ時でバランスの乱れあり。介護士さんに迷惑を掛けたようだ。昼間は、前日とほぼ同じような低位安定の様子。おやつ、朗読、リハビリなどのいつものメニューをこなす。

3.連載(524) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(152)
  第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (55)

(3)春から夏への介護生活 (その24)
 6月度の施設が提供してくれた外出企画は、美術館の見学だった。実施は、10日から12日の3日間で、この楽裕館入居者全員を3組に分けて行なわれた。
 雅子は初日のグループに組み込まれた。見学後昼食をしないで人たちを集めたグループである。幸い、その日はお天気もまずまずで、10時過ぎに施設を出て、琵琶湖大橋を通って対岸に渡った。この橋は、琵琶湖に架かる最大の橋で、車で走っていてもゆったりとした心の和みが得られる。雅子も久し振りにその和やかさを味わったのではないかと、一考は思うのだった。
 美術館はその琵琶湖大橋を渡って少し大津の方へ戻ったささなみ街道沿いの一角にあった。ちょっとした格調を感じさせる建物で、美術館の雰囲気を備えている。
 この佐川美術館は「佐川急便株式会社創業40周年記念事業」の一環として、近江という優れた風土と、琵琶湖と比叡山を望む美しい自然環境に恵まれた守山に1998年3月22日に開館した。 現在館内では日本を代表する芸術家である日本画家の平山郁夫先生と彫刻家の佐藤忠良先生、両巨匠の作品を中心に展示してあるという。
 雅子の少し前傾した姿勢では、充分に絵画を楽しめたとは思わないが、それでも、ドリームスペースの部屋に引き篭もっている生活に、それなりの新鮮さを与えてくれたのではと思っている。本人のコメントは、楽しかったという単純なものだったが、単調な日々に貴重な変化を作ってくれたことは確かである。
 もともと、それほど絵画に関心が深かったとは思わないが、それでも1994年にパリに竜王戦ツアーに行った時に、ルーブ美術館やパリの郊外のシベルニーにあるモネーのアトリエを羽生さんらのプロ棋士と一緒に訪ねたことがあったほか、10年前の1998年には京都市美術館でルノワール展を一緒している。また、筆者が単身赴任していた頃に陣中見舞いに来た際に、横浜のみなと未来にある横浜美術館を一緒に訪ねたことがあったのを思い出す。未だ現役の頃で、雅子も、今の難病とは無縁の頃だった。いずれも、今では懐かしい思い出だ。それらの訪問の際に、記念として絵画の本を一冊ずる購入したのが、今でも本棚に異色の存在となっている。
 さて、この日、美術館の見学が終わって施設に戻ったのはお昼を少し過ぎていた。いつものように昼食を取ったが、さすがに疲れたようで、そのままベッドで横にさせてもらった。一考がいつものように部屋を訪ねた時にも、雅子はまだ横になったままだった。(以下、明日に続く)

558 形作り

 将棋対局では、敗者が投了を告げる際には、あまり大きな差があるとみっともないと言うことで、なるべく一手違いの形に持って行って投了することが多い。その一手違いにする手順を形作りと呼んでいて、敗北を認めた上での差し手である。これは将棋界では常識の一つあり、しきたり、礼儀でもあって、伝統ある将棋文化の良きところでもある。
 昨夜8時半過ぎ、福田総理が米国サイドからの要請に応じてブッシュ大統領と電話会談を行なった。その中で、ブッシュ大統領は「拉致問題のことは決して忘れない」と言ったそうだが、その一方で、今日にも出される北朝鮮からの核申告に、テロ国家指定解除の手続きに入るという。従って、この電話会議は、日本国民を意識した一つの形作りに過ぎないと言える。福田総理も拉致問題解決に改めて協力を要請したというが、これも同じく形作りに過ぎない。アメリカの独走に、同盟国家として、吹っ切れないものを感じるのは、私一人ではないだろう。
 一方、民法772条規定による離婚後300日規定などで無戸籍になっている人たちの扱いに関し、総務省は、その人たちを住民票へ記載する判断基準を記した通知を出すという。これは、形作りではなく、漸く、総務省も重い腰を挙げて、彼らの救済へ一歩を踏み出したと言える。
 この問題を、ここで最初に取り上げたのが、07年1月19日で、それから、早くも1年半近い時間が経過している。とにかく、この種のことでは、役所の動きが遅すぎるのが気に入らない。一刻も早く、具体的な全面救助に向けて対応を進めてもらいたいものだ。

2.昨日の雅子(170) 6月25日分
 穏やかな一日。3時のおやつは、ジュース、ケーキ、お茶。それ後、朗読。そして、腕、首のリハビリも少々行なった。
 雅子の姿勢は、昨日に続いて、首が比較的上向くようになっている。今週末に、ただ一人の孫が見舞いに来てくれるので、雅子も懸命にリハビリに頑張っている。

3.連載(523) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(151)
  第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (54)

(3)春から夏への介護生活 (その23)
 そのめがね専門店で持ち込んだ眼鏡を診断してもらったのだが、その枠に傷が入っていて、そのまま直す訳には行かないと言う。折れてしまう可能性が高いというのだ。めがね屋さんのリコメンドは、枠全体を取り替えた方が言いと云う。そこで、幾らぐらい掛かるかと確認すると、何と3万5千円もすると言う。一考はその額の高さが想定外だったので少なからずびっくりした。一考は、その種の価格には疎く、常識を持っていなかったからである。めがね屋さんの話では、3年前に、この店でそれを購入した際の値段だと言う。そんな高価なものを買っていたのかと改めてびっくりしたのだった。
 そう言えば、確かに、雅子と一緒に買いに来たことが思い出された。その頃の雅子は、まだ、病気の症状もそんなに悪くはなく、少し介添えするだけで一人歩きが可能だった。厄介な病気と闘っている雅子のお願いだから、多少は高くてもいいじゃないと太っ腹な気分になって、大判振る舞いした記憶が甦っていた。
 しかし、今度はそんな簡単に決断出来なかった。もうこれからは、見映えやブランドは必要はない。外出時には着けてない事も多く、単に見えるという機能があれば十分なのだ。そこで、そのお相手を頂いた女性の方に、もっと安く対応する方法がないかと聞いてみると、その傷の入った部分だけを取り替える方法もあるという。その場合は、費用も三分の一程度で納まるというのだ。それでも結構な散財になるのだが、止むを得なかった。
 ほぼ一週間後、洗濯物と眼鏡を受け取って、ドリームスペースに戻った。漸く、眼鏡が戻って、雅子もほっとしているようだった。冬物の洗濯を終えた衣装は、とりあえず、備え付けの押入れの引き出しにしまった。
 この日、沖縄ではいつもの年より2週間遅れで梅雨入り宣言が出されたが、ここ大津ではまだ五月晴れも時々顔を出してくれていた。(以下、明日に続く)

557 タイムショック

 昨夜は、テレビ朝日の3時間に渡るクイズ番組「超クイズ、タイムショック」を、思わず最後まで楽しんでしまった。見ているうちに引き込まれていったからである。
 最近の風潮でいただけないが、クイズ番組がやたらと氾濫している。この番組もその一つの特番だった。筆者の関心を誘ったのは、筆者のお気に入りの何人かを含む、クイズに強いとされる多士済々の有名人が集結して、その中からナンバーワンを決めるということだったからである。
 このクイズは知識だけでは勝てない。一問、5秒以内に連続的に答えねばならず、瞬発力と冷静さが要求される。一旦間違ったりすると、それが後に引いて混乱し、勝てなくなるという難しさがある。
 圧巻は、京大出身の辰巳琢郎とロザン宇治原というクイズに強い二人に、敗者復活から勝ちあがってきたマドンナの麻木久仁子を交えたサドンレスの最終バトルだった。結果的には、初出場だったが、やはり、大方の予想通り、ロザン宇治原がしっかりと逆転勝ちを収めた。これを見ていて、このクイズは、まさしく、頭と心の格闘技だったように思った。 
 それにしても、このロザン宇治原氏の知識は凄い。その年の大学入試での共通一次試験で全国2位だったというだけあって、他の番組でもその知識の広さ、素晴らしいひらめきを見せてくれていて、その回答振りには、感動さえ覚える。一流大学を出て、こんな生き方もあると示してくれた同氏は、大したものだと思う。
 進行を務めていた新山千春さんが、結婚して随分と色っぽくなっていたのも花を添えていたが、この番組で意外な脆さを露呈した何人かの東大出身の英才が、番組を盛り上げるアシストを果たしていたともいえる。
 その中の一人である太田房江前大阪府知事だが、クイズでは予想外な頑張りを見せていた。ただ、目下、橋下知事が、大阪府の財政再建にあれほど苦しんで頑張っている最中であり、その責任の一端を持っている太田知事が、この種の娯楽番組に楽しそうに出演していることに、少なからず、違和感、不満を覚えずにはいかなかった。筆者には、大袈裟に言えば、これこそ、文字通り「タイムショック」だった。

2.機能の雅子(169) 6月24日分
 この日の入浴は都合で昼食後に変わっていた。一考が2時前に訪問した時には、風呂上りでベッドに横になってやすんでいた。その後、間もなくトイレということになり、目出度く、4日ぶりの通じがあって、ほっとした。この日にないと、明朝、便秘薬の服用を考えていたからである。お陰で、6月度は今までのところ、便秘薬の服用なく順調に来ている。
 この日の雅子には大きな変化があった。いつも前傾姿勢が殆どなのだが、この日は珍しく、首を持ち上げた姿勢で暫く保つことができたのである。マッサージのお陰か、お薬のお陰か、はたまた、最近、一考がやっているリハビリのお陰か、いずれにしても、良いことであり、もう少し様子をみたい。結果的に、この日も、ジュース、ケーキ、お茶、そして朗読など、ほぼフルメニューをこなした。

3.連載(522) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(150)
 第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (53)

(3)春から夏への介護生活 (その22)
 季節の移り変わりは衣装の変化でも捉えられる。雅子のように通院とたまの車椅子での散歩以外には、ほとんど外出しない。部屋の中での地味な生活の毎日であるが、衣装の変化は例年通りで、そのことで、しっかりと季節の変化を捉えることができる。
 連休の始まる頃になって、一考は、自宅にあった夏物の衣装を抱えて、この部屋に持ち込んだ。ここで迎える初めての夏であるので、とりあえず、必要と思われる衣装を全部運んできて、雅子にその使用可能性の有無を、直接判断してもらうことにした。結果的には、その半分ぐらいの衣装は、自宅に持ち帰ることになったのだが、相変わらず、雅子は衣装持ちである。
 そして、雅子からOKが出た夏物をクロークに吊るすと、スペースがいっぱいになったので、今まで使っていた冬物を取り出して入れ替えた。雅子は、その取り出した冬物をドライクリーニングに出して欲しいという。洗濯に関しては、この施設で必要に応じて適時やってもらっている、このような季節の変わり目では、いつも、専門店に出して、きちんとした洗濯をやってもらうのが雅子の常だった。そういうことで、今回もそうして欲しいと言う。一考は、雅子の要求を聞き入れ、その冬物をいつもお願いしているスーパー内にある洗濯屋さんにお願いすることにした。こうして、衣替えの手続きを終えたのである。
 この日のスーパーでは、一考は、洗濯屋さん以外に、めがね屋さんにも顔を出さねばならなかった。雅子が使用していた眼鏡の枠が少し歪んだので直してもらうためだった。この施設に入居して一ヶ月ほどした頃にも同様なことがあってお願いし、その時には無償で簡単に直して貰っていたので、今回も大したことなかろうと軽く考えていた。しかし、今回は事情が少し違っていた。
 今までにも何回も書いてきたが、介護の基本は対象を抱き上げる動作である。その際にうっかり眼鏡を掛けたまま行なうと、どうしても眼鏡が押しつぶされるような力を受けるのは避けられない。その結果がめがね枠の歪みになることがあり、今回もその歪みが原因のようだった。しかし、結果は、単なる歪みに止まっていなかったところに、ちょっとした散財に繋がる痛さがあった。(以下、明日に続く)

556 危険がいっぱい

 昨日の朝、福岡県で、飼い主が土佐犬に噛まれて死亡、助けようとした父親も噛まれて大怪我をするという痛ましい事故が起きた。4歳のオスで体高が1メートル、体重が50Kgというから、ちょうど大きな子供並みの大きさだ。この犬は、足を悪くしていて歩行が充分に出来ておらず、余計なエネルギーが溜まっていたのではと見られている。
 同種の事故として、今月の7日に京都市動物園で飼育係が虎に噛まれて死亡した事故があった。(542ご参照)
 専門家の見方では、この種の動物は、一旦、攻撃性を示すと飼い主も止められない興奮した状態になってしまうという。相手が動物だけに理性と云うものを求める訳には行かない。それだけに、いつも、その種の危険性と背中合わせになっていることを念頭においておく必要があろう。
 この話を聞いて、あの秋葉原での事件を連想した。容疑者の加藤智大は、秋葉原交差点に車で突っ込み、犯行に入った時点では、土佐犬や虎と同じような精神的な興奮状態にあったことは間違いない。しかし、タチが悪いのは、犯行を冷静に計画し、周到に準備している訳だから、この段階ではきちんと理性のある状態にあった。こうなると、人間の方が野獣よりも、比べ物にならない悪質で扱い難いということになる。
 一昨日の大阪駅での刃物を持った女といい、橋下知事暗殺を呼びかける犯人といい、危険がいっぱいの毎日だ。安心して生きていけない世の中になって来ている。サミットも目の前だ。日本の名誉のためにも、不測の事態が起きないように願っている。

2.昨日の雅子(168) 6月23日分
 前夜はベッドから何時も見ている時計が見えなかったこともあって、未明のトイレの時間に狂いが生じ、介護士さんに迷惑を掛けた。従って、一考の訪問中に、一度ベッドに横になって、時計の設定位置を少し調整し直した。
 なお、この日の朝は、予定通りマッサージ(13回目)を受けたが、午後にも一考の訪問中に、電気マッサージ機で脚のふくらはぎをマッサージし、マッサージデイとなった。そのため、この日のいつもの朗読はカット。相変わらず、言葉が分からず、コミニケーションに苦労している。

3.連載(521) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(149)
 第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (52)

(3)春から夏への介護生活 (その21)

 ガソリン税が安くなった4月は、その恩恵を有効に受けるべく、自分なりに努力した。ささやかな節約月間だった。それというのも、ある程度覚悟していたとはいえ、やはり毎月の管理費の負担が大変となったからである。この管理経費が、死ぬまで続くと思うととても心配になるが、そんな先のことは考えないことにしている。
 そういう意味では、たとえ一ヶ月ではあったが、ガソリン代の税率が下がったことに便乗することも忘れなかった。雅子の入居当初は、一日2回の往復で、それまでよりもガソリン代は1万円/月は多く掛かることになり、バカにはならない額となっていた。
 少し恥ずかしい話だが、雅子が施設に移るまでは、毎日の車の運転は、近くの買い物に行くのが日課で、たまにお墓参り、市役所、それに月に2階程度の通院が殆どで、走行距離も平均5Km/日程度だったから、ガソリンの消費も大したものではなかった。お世話になっているトヨタの方からは、もう少し運転しないと、バッテリーが上がってしまいますよとアドバイスを受けていたぐらいである。
 ところが、雅子が施設に入ったことで、片道9Kmの距離を、毎日2回往復することになったのだから、それだけで36kmの走行で、お陰で、一日平均も40Km程度と今までの8倍となった。従って、月に2回から3回の給油が必要になったのである。
 もともと、運転が下手で好きでなかったことから、ガソリンの消費も多くなるような運転をしていたのではという自覚もあったのだが、改めて、そのあたりのことにも気を使うようになり、なるべくエアコンは使わず、ブレーキの踏み方も無駄な踏み方はしないような運転に徹するように心掛けることになった。原理的に考えて、余計なブレーキを踏むことは、それだけガソリンを無駄にしてしまう訳だから、プラスにはならないという単純な発想からである。しかし、そのことで事故を起こすようなことになっては話にならない。注意深い慎重な運転に心掛けたのである。また、雅子が施設での生活に慣れ始めた2月中頃からは、施設への通いも、それまでの一日2回から原則1回に減らせることで、ガソリン使用の削減に踏み切った。
 いずれにしても、そんなことまでしてガソリンの消費を少なくしようと考えていた訳で、国民の一人としてのささやかな努力である。この法律の適用期間で、なるべく有効に給油しておくことにも気を使った。その結果、4月6日、15日、30日の3回に渡って満タンにして、多少なりとも経費の軽減に努めた。
 もちろん、経費面では、その他の経費についても、無駄のないような配慮は今まで以上に気遣っている。今のところ、雅子が施設に移ったことで、電力費軽減が意外に大きい。(以下、明日に続く)

555 勝ちに拘る

 この週末もスポーツ界を始め、各界で多士済々の戦い、勝負が展開されて面白かった。
 先ず、昨夜行なわれたW杯予選のサッカーは、あの名人キッカーの中村俊輔のPKが決まらず、終了直前のラッキーなゴールでバーレーンに辛勝し、最終予選にトップ通過を果たした。岡田監督のその時の力の入ったガッツボーズが勝ちに拘った象徴だった。
 プロ野球では、同姓の岡田監督の阪神は、4年ぶりの金本の1試合2本のホームランで交流戦の最終戦を飾ったが、このシリーズでの初優勝には、残念ながら一歩及ばなかった。
 他にも一歩及ばなかった残念な勝負が二つあった。一つが、女子バレーのワールドグランプリ神戸大会で、フルセットの末、世界ランク4位のアメリカに惜敗した。今一つは、今朝方終了したゴルフのアメリカ女子ツアーで、初優勝を目指していた宮里藍選手が、健闘及ばず、6位タイで終わった。世界の舞台で勝つのは容易でない。
 一方、将棋の世界でも、名人位を奪取して永世名人の称号を得た羽生3冠は、目下棋聖位に挑戦中だが、土曜日に行なわれた5番勝負の2回戦では、佐藤棋聖に2敗目を喫して角番に追い込まれた。佐藤棋聖が今回防衛すれば、大山十六世永世名人が持っている棋聖位7連覇に並ぶ偉業とになる。羽生3冠が敗れると、夢の7冠復帰は、大きく遠のくことになる。
 大阪府の橋本知事が打ち出している経費削減案の中核である職員の給料カットについて、先週末に行なわれた組合との交渉で、論戦は白熱、金曜日の午後の10時から土曜日の早朝にかけての7時間に及んだが、合意に至らず、勝負がつかず決裂した。今後は府議会での論戦に移る。
 勝負は、当然ながら、どちらも勝とうと頑張る訳だから、一方が勝ち切るのは容易ではない。それだけに、勝ちに拘る強い精神力がなければ、勝利の女神は微笑まない。筆者も、妻の難病との闘いで、そんなことを意識しながら、毎日を頑張っている。
 
2.機能の雅子(167) 6月22日分
 今日はジュース以外は口にせず、わりと静かだった。朗読が少し長めになったが、黙って聞いていた。内容は、若い女の先生と生徒だった二人が再会して、その日の内に結ばれる展開。村山由佳のお得意の設定だ。あまりにも簡単に結ばれるのに複雑な心境。
 なお、来週に次男が顔を出すとの朗報に、うれしそうだった。

3.連載(520) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(148)
 第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (51)

(3)春から夏への介護生活 (その20)
 母の日に次男から贈ってもらったお花やそれまでに友人から頂いたお花などで、テレビの置いてあるカウンターがいっぱいになり始めていた。いずれも、造花なので長持ちする訳で、スペースの有効活用するために、一考が趣味の一つとして活用している組立家具を持ち込むことを考えた。
 この組み立て家具は、一考が東京のワンルームマンションで単身生活をしている際に、空間の有効活用を目的に始めたアイディアだったが、帰郷後もその活用の価値があって、かなりの投資を続けてきていた。
 この組み立て家具の特徴は、何回でも組み立て直しが可能で、持ち運びも容易であり、その作業もごく簡単で、扱いが便利なものだった。この施設へ入居の際にもちこんだ丸テーブルも組み立て家具で、来客時などで有効活用しているし、キッチンのところに設置したのもその類のものだった。
 組立家具は、基本的には、棚となる板(ボード)、繋ぎ棒、連結ねじ、それに止めねじなどの部品からなっている。その基本部品となるのが、棚となる板(ボード)で価格的にも少し値が張るものだ。従って、見えない部分に使う板は、安物を買って来て間に合わせている。自宅には、使用していない安いボードが数枚残っていたので、とりあえず、その一枚を、自宅で使っている通常の板を安物の板に差し替えて、通常の板を一枚施設に持ち込んで組み立ててみた。
 期待していた通り、テレビの置いてあるカウンターが、随分とはすっきりした。スペースにも余裕が出来たことで、一考の友人から送って頂いて自宅に置いてあったレイザー光線を使った幻想的な光を放つ置物を、ここに運び込んで置いてみた。何となく、心を癒してくれそうな雰囲気をかもし出し、望外の効果があった。なかなかいけるということで、新たに二枚のボードを持ち込んで、3段の棚にして活用している。部屋の雰囲気が少しはしっとりしたようで落ち着く。 (以下、明日に続く)

554 集団妊娠

 2007年の合計特殊出生率が2年連続で上昇し、1.33から1.34程度になっているという。出生数は微減だが、今までの出生率低落傾向に変化が見られていることは注目すべきだろう。
 ところで、今朝の新聞で、米国の女子高校生が集団妊娠しているというニュースが出ている。出産、育児の協定を結んでの行為だそうだ。子供を育てる能力のない者達の馬鹿げた行為、風潮は直ちに止めさせなければならない。インターネット時代が故に、こんなことが、日本にまで影響を及ぼさないことを願っている。
 このニュースで改めて思うのだが、人口増を期待している日本では、大人の集団的妊娠を呼びかけるような積極的な政策があっても良いのではということである。いろんな施策が論議されているようだが、国民がその気になるような魅力的な施策の登場を期待したい。
 そんな一方で、自殺が10年連続で3万人を越えている。一日に80数人の方が自殺しているということになる。中でも、高齢者と30代で急増しているようで、社会問題の一端を覗かせていると言える。なお、あの話題になった硫化水素によるものは、前年の29人から517人に増加している。この面での施策にも、政府は思い切った手を打ってもらわねばならない。国会での真面目な夢のある議論を望みたい。
 夢といえば、初優勝の夢を賭けた宮里藍選手の戦いだが、三日目を終わって首位と5打差の5位タイで頑張っている。このコースは、1日でー8といった大きなスコアーが、二日目、三日目で何人かが出しているだけに、彼女の夢は今も繋がっていて、今夜の最終日の頑張りが期待される。

2.機能の雅子(166) 6月21日分
 雅子の様子は前日とほぼ同じ。この日も、いつものメミューに加えて、首と手首のリハビリを少し実施。また、前日届いた友人からの手紙を代読。この方からの手紙はよく頂いていて、その度、昔のことを思い出させてくれるようで、雅子もうれしそうだった。

3.連載(519) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(147)
 第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (50)

(3)春から夏への介護生活 (その19)
 雅子の話ではなかなか要領を得なかったのだが、どうやら,,今朝、マッサージを受けたと言うのだった。予定では、明後日の水曜日から始まることになっていたのだから、急に段取りが変わったようだった。とりあえず、その辺りの事実関係について、一考は、介護士さんに確認してみた。
 それによると、今朝、10時頃、看護師さんが付き添ってマッサージの方がお見えになったと言う。少しでも早くサービスを提供して上げようとの配慮で喜ぶべきもので、そのこと自体には何ら問題はないが、事前の連絡もなく急だと、雅子にも心構えが出来ていなくて、戸惑いになったはずである。一考も、最初のトライアルは、様子を見るために立ち合うつもりでいただけに、何だか肩透かしを食った感じだった。
 ちょうど訪問中の霧子さんが帰るタイミングになって、桜井係長さんが来られて、その辺りの事後報告を受け、当面は、週3回のペースで様子を見てはどうかとの提案があった。一考は、経費の点で、多少気になったが、取り敢えず、その提案に同意した。何しろ、大分、安くなったというが、在宅時に比べれば、結果的には3~4倍の経費増で、若干の不満はあったからである。
 かくして、3月半ばに申し入れていたマッサージが、5月末になって漸く、実現の運びになったのはご同慶に至りである。とにかく、先が長いここでの生活になる。一考は、焦ることなくじっくり構えて、一つ一つ課題を解決して行く姿勢で頑張って行こうと改めて思うのだった。
 その2日後の5月28日の2回目マッサージには、一考も立ち合った。そのため、久し振りに朝早く、9時過ぎに雅子の部屋を訪ねていた、そして、10時少し前に雅子をベッドに横たえてその時を待った。約束の10時ぴったりに、先日会ったあの若々しい鍼灸師の婦人が訪ね来た。彼女は、優しく、明るく雅子に語りかけながら、マッサージを開始した。先ずは上半身、肩、背中、腕などからその屈伸を含めての応接だった。途中、「痛くないですか?」と何回か声を掛けながら続けて下さった。在宅時の場合と取り立てての違いはない。最後は脚の屈伸をしてフィニッシュとなった。雅子の様子は、途中で、少し顔をしかめるところもあったが、総じて心地よさそうな感じだった。作業時間は15分と限定されていたが、最初とあって、少しサービスしてもらったようだった。(以下、明日に続く)

553 戦いは次なる舞台へ

 第169通常国会は実質的に昨日閉幕した。ガソリン、最高裁人事、天下り禁止に関わる公務員制度、更には、後期高齢者医療問題などが激しく論議されたが、解散という政局を全面に出して戦った民主党に対し自民党は、粘り強く頑張って、福田政権の命脈を洞爺湖サミットまでつなげたた。かくして、戦いの場は、秋の臨時国会に舞台を移す。この間、サミット、北朝鮮問題などで、何らかの動きがありそうで、そこでの進展具合次第で、次なる舞台での戦いにも影響を与えそうだ。今国会では、ねじれ国会の面白さが散見されたものの、民主党の戦いぶりに稚屈さが目立った。いずれにしても、迷惑を蒙ったのは国民だったのだが。
 一方、プロ野球も交流戦が今週末で終り、ペナントレースの戦いは、再びレギュラーシリーズに戻る。過去の交流戦では、全てパ・リーグのチームが優勝して強さを発揮していたが、今年はセ・リーグの阪神、巨人にも、このシリーズでの優勝の可能性が残されている。しかし、本筋の優勝争いは、次なる舞台でのレギュラーシリーズで決着をつけることになる。ファンは未だ暫くはその展開を楽しむことができる。
 なお、宮里藍選手が頑張っている今週の米国ツアーだが、今朝の結果では、この日もよく健闘していて、3位タイで、首位と2打差の好位置を確保しており、明日からの決勝ラウンドでの舞台に初優勝を掛けることになる。今週は、何となくいけそうな雰囲気が、インターネットのスコアー速報を見ていて感じられる。

2.昨日の雅子(165) 6月20日分
 午前中にお風呂、引き続きマッサージ(12回目)あり。受けている間は、それなりに心地良いと云う。
 午後は、一考が訪問していつもの対応を実施。昨日と同じフルコースサポート。通じもあってまずまずの体調。
 三日坊主になっていたリハビリ(首の持ち上げ、右手を動かす)を再開したが、思うようにはいかず。しかし、今後も継続したい。

3.連載(518) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(146)
 第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (49)

(3)春から夏への介護生活 (その18)
 5月26日、月曜日、いつものように、一考がドリームスペースに顔を出すと、久し振りに実姉の霧子姉さんと伸子さんが来ていた。霧子さんの訪問は、2ヶ月ぶりのことである。風邪をひいていたので来られなかったというのだったが、一考には、自分が書いているブログの内容で、気に入らない部分があって、気を悪くしているのではないかと懸念したこともあった。
 しかし、こうして顔を合わせると、ニコニコと笑って挨拶してくれる霧子さんを見て、そんな一考の心配は杞憂だったことが確認できて、改めてほっとするのだった。話してみると、やはり、いろいろと多忙だったのと風邪をひいたという単純な理由だった。
 雅子も久し振りの顔合わせで、暫く遠ざかっていたオアシスに辿り着いたような感じで、精神的な甘えを味わっているようだった。いつもの通り、カタログ販売のカタログを見せてもらって、夏物のズボンの注文をすべく、その銘柄の選択などに余念がなかった。このカタログは、京都のデパートから毎月送ってきてくれていて、以前は一考が雅子の希望を聞いてやっていたが、結構厄介だったので、お姉さんに任せることにしたのだった。
 その作業が一段落した段階で、雅子が何かを伝えようと話し始めた。やはり、何を言っているかは直ぐには分からない。仕方なく、例の文字分解でその解明に迫ることになったが、なかなかスムーズには運ばなかった。やっとのことで、最初の文字が「ま」ということが分かり、最終的に、マッサージの事だと分かるのに、かなりの時間を食ってしまった。
 マッサージと分かって、一考は、雅子が新たにマッサージの段取りが決まったことを霧子さんに伝えて欲しいと言っていると解釈して、その話を始めたのだが、雅子はそうじゃないと言い出して、何かを強く言わんと懸命に訴え始めたのである。何事かと、懸命になって確認したところ、どうやら、そのマッサージの段取りで、急な動きがあったということのようだった。(以下、明日に続く)

552 着々と積み重ね

 米国の北朝鮮をテロ指定国家から解除する作業が着々と進んでいて、大詰めを迎えつつある。間もなく北朝鮮から提出される「核申告」を見極めた上で最終決定の段取りに入るという。年末に行なわれる大統領選挙を睨んでの外交成果を狙ったものだが、拉致問題に拘る日本には極めて憂慮すべき状況で、置いてきぼりを食いそうである。
 話は飛ぶが、囲碁将棋の世界やスポーツの世界では、この種の着々と積み重ねられた記録の話題が散見される。一昨日、名人位に復位して3冠になった羽生善治が、昨日行なわれた王位戦挑戦者決定戦にも勝って挑戦者として名乗りをあげ、年間七大タイトル戦の全ての登場に向けて着々と勝ち進んでいる。残るは、10月半ばから始まる竜王戦への登場を果たすことだが、その最終予選も間もなく始まる。さあ、そうなると、二度目の七冠王も視野に入ってくることになる。
 囲碁でも昨日、趙治勲が通算1300勝目を挙げた。着々と勝ち星を積み重ねた結果で、林海峰の1324勝に次ぐ大記録である。因みに将棋では、大山康晴第十五世永世名人が1433勝、中原誠十六世永世名人が1305勝がある。
 一方、必ずしも名誉な記録ではないが、一昨日、楽天の野村監督が、阪神に敗れて、通算1254敗を記録した。三原脩監督の記録を上回ったという。これも、着々と積み重ねたことには変わりない。
 目下進行中で期待されている積み重ねの記録がある。それは、着々と安打を積み重ねるイチロー選手で、今年で連続8年目の年間200安打達成を目指している。昨日現在の記録は72試合で、87安打である。残りの90試合で113安打が必要だが、今のペースではぎりぎりで、引き続きの懸命の頑張りが必要のようだ。頑張れイチロー!
 米国ツアーに参加して3年目を迎えているゴルフの宮里藍は、一時の不振を克服し、着々と初優勝を目指して頑張っている。昨日から始まった今週のトーナメントで、何と、トップタイでその第一日を終えた。ノーボギーで4アンダーは内容がいい。どうやら、今週は久方ぶりの優勝のチャンス到来である。友人、ライバルの上田桃子が欠場しているから、その分、試合に集中できそうだ。筆者はアンチファンではあるが、その結果には大いに注目している。

2.昨日の雅子(164) 6月19日分
 久し振りにフルサポートメニューを行なった。ブログ紹介から始まり、お茶とケーキ、ジュースをサービス、タイミングを見てトイレ、そして久しく途絶えていた読書をも行なった。症状、様子には大きな変化は見られない。低位安定の日々である。

3.連載(517) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(145)
 第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (48)

(3)春から夏への介護生活 (その17)
 5月21日、午前10時、雅子がテストを兼ねたマッサージを受けることになっていた。最初だということと、この時に、条件面などの詳細についての確認もするということだったので、一考もその時間に合わせて早い目に施設に顔を出していた。予定通りの時間にその鍼灸師さんは元気な姿を見せた。
 介護士さんの手助けで、雅子をベッドに横にして、いざ、マッサージを始めようとしたのだが、一考がその前に気になっている条件面での確認をさせてもらうことにした。そこで、思わぬ条件を教えられて一考は愕然とするのだった。何と、保険が全く適用されておらず、一回が何千円もする。週3回お願いすると、一ヶ月で5万円以上になる。そんなに高くつくのであれば、お願いする訳にはいかない。
 一考はあくまでも在宅時に受けていたと同様の保険の適用を念頭に置いていた。この場合は、週に何回サービスを受けようと、個人の支払いは500円でよかった。後は、保険が利いたのである。
 そんな訳で、せっかくお出かけ頂いたのだが、この日のトライアルは取りやめることにした。途中から、介護士の責任者である桜井係長さんも顔を出して頂いて、今後の対応について話したのだが、その中で、この日の午後に、鍼灸師の責任者が大阪から来られて、施設の責任者とその辺りのことも含めて打ち合わせが行なわれるというので、その結果を待つことにした。何だか、きつねに騙されてような気分で、一考は鍼灸師さんを見送った。元気だった鍼灸師さんも、部屋を出る時には、寂しげであった。
 雅子にしてみれば、買って欲しいと思っていたおもちゃを、漸く買ってもらえると思ったところ、目の前で「やめた」と言われた子供のような心境じゃなかったかと気の毒に思うのだった。
 その日の夕方になって、桜井係長からこの件での報告があって、話し合いは進展し、マッサージ時間が15分以内ということで、受診者の支払う費用が1回、XXX円というレベルに削減されることが決まったという。これなら週3回程度なら、なんとかなるのではと、一考は考えるのだったが、それでも、在宅時の一月500円というレベルに比べれば、4~5倍の費用である。どうして、同じ障害者手帳を持っているにも拘らず、その扱いに違いが出て来るのか、一考には未だに理解できず、もやもやしているのである。(以下、明日に続く)

551 せき止め湖

 中国の四川大地震でも騒がれた「せき止め湖」が、今回の宮城・岩手内陸地震でも11個できている。梅雨の大雨が降れば決壊の危険があるということで、その対策として、水抜きポンプを入れるなどで水抜き作業がおこなわれている。地元民にとっては、とにかくタイムリーで適切な対応が望まれている。
 さて、自然界でのその種の水抜きは、人間界でも不可欠で、いわゆるガス抜きに通じるものである。先の秋葉原事件に代表される多くのこの種の猟奇事件は、犯人の不満、不服などが鬱積していた結果、それが暴発したものとも考えられる。今回の加藤智大容疑者の場合も、女性にもてない、仕事にも不安があったなど精神的な面での不満が溜まりに溜まって暴発に繋がったとも考えられる。うまくガス抜きができていればと誰もが思うのだが、残念なことだった。
 今朝の新聞各紙が伝えている「東シナ海の油田」問題は、長く膠着状態であって、一時は不穏な雰囲気もあって心配されたが、とりあえず、境界線問題を棚上げにし、一部を共同開発することで一歩前向きに踏み出した。両国の互恵を優先させた決着で、これも、一つの日中両国間のガス抜きに相当するものだ。このガス抜きが、日本にとって有利な内容かどうかは、筆者には分からない。一般的に言って、この種の国際紛争は、両国が共に充分に満足する形での解決は難しいことも確かだ。
 いずれにしても、何事においても、安定、安心を確保するには、適切ながス抜きや水抜きは大事な作業である。申すまでもないが、筆者の場合は、このブログがガス抜きになっていることは確かだ。

2.昨日の雅子(163) 6月18日分
 特記事項なし。毎日、椅子に座っているのが大半なのだが、前傾姿勢をとっているのが殆どだ。少し辛そうに見えるが、本人はそれが楽だという。時々、持ち上げて直してやると逆に辛そう。ともかく、頑張って毎日をしっかりと生きている。

3.連載(516) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(144)
 第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (47)

(3)春から夏への介護生活 (その16)
 3月半ばのことだった。在宅時に、週3回の頻度でお世話になっていたマッサージャーの伝から、この地区にもそのようなマッサージャーがおられて、この施設にも通うことも可能だとの情報をもらった。一考は、有難いことだと思い、早速、ドリームスペースに了解を申し入れたのである。
 介護の責任者である桜井さんから、直ぐに返事があり、この施設でも、来る4月から専任者を採用して、その種のサービスを行なうことを検討しているというので、少し待って欲しいというのだった。
 ところで、介護保険の適用は在宅介護の場合と、施設に入った場合とは、その扱いが結構違うこともある。この種のマッサージサービスは介護保険の適用を受けるものではなく、通常の健康保険の対象で、身障者手帳を持っている場合に与えられる丸福、つまり、福祉医療費サービスの対象になっているようだ。一考の関心は、そのあたりが、今回、どのように扱われるかであったが、いずれにしても、この施設でもそのような対応を検討頂けるのは有難いということで待機することになった。しかし、それから1ヶ月経ち、連休が過ぎたが、まだその後の進捗状況については何の音沙汰もなかった。
 その間、4月半ばには、自宅に置いてあったマッサージ付きの椅子を雅子の部屋に持ち込むことを思いつき、電気屋さんに頼んで運んでもらった。そして、時々、足や脚のマッサージに使用するようになっていた。そんなこともあって、マッサージの専任者を置く話については、特に、催促する必要性も感じていなくなっていたので、黙ってその成り行きに任せていた。
 桜井係長からその体制が固まったという連絡をもらったのは、5月半ばになってからで、先ずは、テストを始めてみようということで、その専任の鍼灸師さんとの顔合わせを行なった。ちょうどお兄さん夫婦が見舞いに来てくれていた5月16日のことであった。誕生日は東京オリンピックの年だというその方は。見た目には、若さ溢れる元気一杯の婦人で、随分と若く見える方だと言うのが一考の第一印象だった。(以下、明日に続く)

550 本当の勝負師

 昨夜、午後8時過ぎ、対局中の羽生挑戦者の指が凄く震えたとインターネットの名人戦中継が伝えた。まさしく勝ちを読みきった瞬間だったのだろう。そして、数手後に森内名人が投了し、羽生2冠が4年ぶりに名人復位を果たし、その瞬間に第19世永世名人の資格を獲得した。
 七番勝負のこの第六局は、挑戦者の羽生が終始有利に進め、その後も慎重な指しまわしを続けて完勝し、遂に4勝2敗でタイトルを奪取した。思えば、昨年に小学生時代からのライバルである森内俊之名人に第18世永世名人として先を越されて悔しい思いをしたが、ここに堂々と永世名人の仲間に加わった。実力名人制になって、木村、大山、中原、谷川、森内に次いで6人目の偉業である。
 昨日の全米オープンゴルフでのタイガーウッズの土壇場での驚異的な強さといい、大事な一番で強さを発揮するのが本当の勝負師だと思う。羽生はかつては7冠となり全てのビッグタイトルを独り占めにしたことがあったが、昨夜の勝利で、7つある永世称号のうち、6つの永世称号を獲得したことになり、残る永世竜王にも、あと一期で獲得できる資格を持っている。そして、その竜王戦の挑戦者を決める最終のトーナメントにも既に進出を決めていて、若しかしたら、今年末に、その偉業を果たすかもしれない。
 因みに、目下、七大タイトル戦に一つである棋聖戦でも、挑戦者としても佐藤棋聖に挑戦中で、今年に入ってから、王将戦、棋王戦、名人戦、棋聖戦の全てのタイトル戦に出ずっぱりである。残る3つのタイトル戦も、秋に行なわれる王座戦はタイトル保持者として登場する訳で、残りの王位戦でも最終の挑戦者決定戦に進出している。ことほど左様で、今年最後の竜王戦の挑戦者になれば、今年は七大タイトル戦に全て登場という、七冠時代に次ぐ快挙が達成されることにもなる。まさに、今の羽生は強い勝負師の代表格だ。
 因みに、土壇場に力を発揮する勝負師として、現在の政治家の中から選ぶとすると、小泉元総理が該当するのではと思う。また、少し、ニュアンスが違うが、昨日、あの殺人犯、宮崎勤の死刑執行を決断し承認した鳩山邦夫大臣も、その一角に入るのではないかと思う。

2.昨日の雅子(162) 6月17日分
 前日、看護士さんの勧めである便秘薬の服用を延したが、この日、4日ぶりに、しっかりと通じがあった。介護士さんと本人の判断が正しかった。 早目に服用したりすると、生活リズムが乱れて介護士さんに迷惑をかけることになるだけに、今回は大変よかったジャッジをしたことになる。
 ともかく、この日は、総じて無難な一日であった。
 なお、このコーナーの連載回数を見直した結果、誤りがあり、本日分から訂正してあります。この回数は、雅子が1月9日に、一次帰宅から施設に戻った日からの日数です。

3.連載(515) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(143)
 第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (46)

(3)春から夏への介護生活 (その15) 
 このところ、長姉の霧子さんが暫く姿を見せてくれない。雅子も、何となく寂しそう。3月21日に見舞いに来てもらって以来で、もう2ヶ月近く経つ。それまでは、大体、月一度の頻度で顔を見せてくれていたので、どうしたのかと思い始めていた。何しろ、幼い頃は母代わりに面倒を見てもらっていただけに、雅子にもちょっとした不安を覚えていたかもしれない。
 一考は、先に、失礼だったかもしれないが、病気の原因に関して、お姉さんに苦情を申し入れたり、またブログにも、その件に関して書いたりたので、若しかしたら、そのことで不満を買っているのではとも考えたりしていた。そんなことで、こちらから電話するのもどうかと言うことで、暫く、様子を見ていたのである。
 そんな時に、兄嫁の香子姉さんから電話があった。近々見舞いに来てくれるという。そう言えば、お兄さん夫婦も、入居以来、毎月顔を出してもらっていて、血の通った兄妹ならの配慮をもらっている。
 思えば、この病気に掛かって以降、雅子の姉妹達は、旅行をしたり、伸子姉さんの山科の家に集まったりして気遣ってきてくれていて、この施設への入居もお姉さん達の勧めが切っ掛けになっていた。思わぬ妹の人生の暗転に、それなりの心配をしてくれていることは心強い。
 一考は、その電話を貰った際に、心配している霧子姉さんのことを聞いてみた。すると、どうやら風邪をひいているのが原因のようで、一考の取りこし苦労は杞憂だったことが分かり、ほっとするのだった。
 そのお兄さんと香子さん、それに久しく顔を見せていなかった伸子さんが顔を見せたのは5月半ばのことだった。
 久し振りの顔合わせで、和気藹々の雰囲気に、雅子も満更ではない様子だが、如何せん、その気持ちを表現できないのが、本人としても辛いようだ。いずれにしても、身内だけの暖かい雰囲気であることには変わりない。
加えて、最近では、それがお姉さん達のお見舞いの定番化となっているのが、雅子の口に合うと思われるものを持ち込んでもらうことである。いちご、ケーキ、ジュース、アイスクリームなどで限られたものなのだが、その分買わずに済むので、一行も大いに助かっている。
なお、風邪で暫く姿を魅せてくれなかった霧子姉さんが、元気な顔を見せてくれるのは、その10日後である。(以下、明日に続く)

549 女神はウッズに微笑む

 タイガーウッズ選手がプレイオフの18番で追いつき、サドンデスプレイオフに持ち込んで、その1ホール目で劇的な優勝を決めた。ジャックニコラウスに次いで二人目のトリプルグランドスラムの達成だった。今朝の全米オープンゴルフ、プレイオフの結果である。
 勝利の女神は、昨日から行ったり来たりの微妙な動きを見せてファンを興奮させていたが、遂に、ひざ痛を抱えて頑張ったウッズ選手に微笑んだ。何といっても、18番が圧巻だった。昨日も今日も、難しいパットを奇跡的にねじ込んで追いついたウッズの執念には、感動を越えた驚異のドラマがあった。
 一方、惜しくも、45歳5ヶ月の最年長優勝記録を逃したミーディエートは、悪びれることなく、さっぱりとしてウッズを祝福していた立派な応接は、このプレイオフを後味のいい素晴らしいドラマに仕上げていた。
 さて、今、女神の微笑を期待している人は多い。同じタイガーでも、阪神タイガースもそうだろう。今期初めての3連敗で、大袈裟に言えば、流れの節目にある。ここで、改めて女神に微笑んでもらいたいに違いない。将棋名人戦も、羽生2冠が第十九世永世名人を掛けて森内名人と昨日から対局中で、今日決着が着くが、どちらも勝利の女神の微笑を待っている。また、福田総理もしかりである。洞爺湖サミットを控えて、北朝鮮問題の動きもあって、やはり一つの節目にある。しかし、その女神たちはみんなウッズの方に出かけてしまって、いまは近くにはいないのかもしれない。
 筆者にとって、唯一の女神である妻は、難病に悩まされてはいるが、幸いなことに今も頑張っていてくれて、心の支えになっている。有難いことである。

2.昨日の雅子(165) 6月16日分
 午前中にマッサージ(10回目)。お昼過ぎ、実姉の霧子さんが次姉の伸子と一緒にお見舞いに来られた。
 この日の午前中、看護士さんと便秘薬の取り扱いを巡って齟齬があったようだ。介護士さんの機転で、タイミング的に早すぎるということで、この日の服用を見合わせた。3時過ぎから95歳になられる方の誕生会があり、雅子も顔を出して、その雰囲気を楽しんだ。

3.連載(514) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(142)
 第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (45)

(3)春から夏への介護生活 (その14) 
 母の日のために、次男の次郎からお花が届けられた。贈り物については、事前に生花は直ぐに散ってしまうので、もったいないからいいよと言っていたので、造花を送って来てくれた。この種のものは、そういう贈るという行為よりも、気持ち、心の問題なので、基本的には何であってもいいのだ。
 さて、その日の朝のテレビのワイドショーで、送って喜んでもらえる母の日のプレゼントと言うアンケートを紹介していた。それによると、カーネーションなどのお花、手紙、ケーキ、手作りの料理などがあったが、ベストワンは、心のこもった生の挨拶だった。生憎、次男夫婦は福岡から横浜に移って二年目て、仕事柄、連休などの休みの日がが忙しくなる仕事なので、休暇が取りづらくなかなか顔を出してくれていない。孫の娘も早いもので、今年から幼稚園にはいったという。昨年のお正月に顔を合わせて以来で、もう一年半もあっていない。従って、雅子がドリームスペースに入って、まだ一度も見舞ってくれていない。そういう意味では、一度顔を見せて欲しいものだと、雅子も思っているようだ。
 このお花が届いた数日後、雅子が何かを一生懸命に伝え始めた。ちょうど、胡錦濤首席が帰国する前の日のことだった。相変わらず言葉が不鮮明だったので、何を言っているのかなかなか分からず大苦戦となった。例によって、文字分解して頑張って解明した結果、何と「パンフレット」という言葉が出てきた。、雅子と全く関係のない言葉だったので、そこに行き着くのが大変だった。そして、その言わんとするところは、この施設のパンフレットが見たいのだという。
 その翌日、改めて、何のために見たいのかと確認すると、今度は「ホテル」と云う言葉が出てきた。それも文字分解から判明したものである。そこから、突っ込んでその意図を確認すると、次男の家族が来た場合に、ここで泊まれれ安くて便利でいいというのだ。まさか、そこまで考えているとは思わなかったし、この施設に泊まれる仕組みがあるとは、考えもよらなかったことだった。
 改めて、施設に確認すると、雅子の言う通りで、確かに、入居者の関係者なら、ここで割安で泊まれると言う。雅子が、そこまで考えを巡らしていることに、一考はどきりとするものを覚えたのである。それだけ、会いたがっているというのだろう。(以下、明日に続く)

548 悲喜こもごもの週末

 岩手・宮城内陸地震の被害の凄さましさに、心を痛めた週末だったが、他にもいろんなドラマがあった週末でもあった。被災者、関係者に心からお見舞いを申し上げながら、印象深かった幾つかのドラマを取り上げてみたい。
 女子ゴルフの上田桃子選手の優勝は素晴らしかった。期待されて筋書き通りに勝つことが容易ではないスポーツだけに立派な優勝だった。グリーン上で思わず流した嬉し涙に全てが出ていたと思う。一方、最終ホールでのショートパットを外して負けた大山志保選手がそっと流した悔し涙にも少なからない感動があった。上田選手には、いい切っ掛けになって、早く米国での1勝を期待したい。
 伊達公子の復帰後初優勝もお見事だったし、サッカーの岡田ジャパンの最終予選進出決定も見事だった。中でも、サッカーの中村俊輔選手の相変わらずの妙技は、一級品の芸術作品並みの感動がある。
 それよりも感動したのが、目下、最終日をプレイ中の全米オープンゴルフでのタイガーウッズが昨日見せてくれた二つのイーグルパットだった。いずれも15~20メートルもあるロングパットで、これまた一級品の大芸術作品といえる妙技で、ボールがホールに吸い込まれてゆく瞬間は、胸がキュッと痛くなる感じだった。今現在(16日AM8時)、前半を終わって、首位タイに並んでいる。あと2時間足らずのゲーム展開をじっくりと楽しみたい。
 一方、悔し涙を流したのはゴルフの大山選手だけではない。阪神の鶴投手である。実際に涙を流した処を見た訳ではないが、恐らく一人になって悔し涙を流したのではないだろうか。入団後3年間のファームを卒業し、昨日のロッテ戦に一軍での折角の初先発のチャンスを貰いながら、一死も取れず6失点という屈辱的な結果だった。恐らく、同氏は、この日のことを一生忘れないだろう。スポーツ各紙が書いているように、これをバネとして大成することが、本当の「鶴の恩返し」となる。期待したい。 
 イランで誘拐されていた中村聡志さんが8ヶ月ぶりに解放されたという朗報があった。次男の卒業したと同じ横浜国大生なので、何となく関心高くこのニュースの行方を注目していた。恐らく、うれし涙を流したのではなかろうか。
 もう一つおまけの話を付け加える。今朝のズームインで、被災地の上空からヘリコプターで中継していた森中慎也アナウンサーだが、字幕ではズームイン取材班と出ていたのだが、同氏は膳所高の出身で、日大から札幌テレビの局アナになった方だ。ズームインには長く準レギュラーで担当していた。筆者の勤務していたた会社の社長さんのご子息でもあり、筆者も札幌出張時には一緒に飲んだこともある。出世されたのであれば、大変嬉しいのだが、……。

2.昨日の雅子(164) 6月15日分
 母親から貰った桃を小さく切って食べさせた。最初はうまそうに食べていたが、直ぐに、口の中にかすがたまって飲み込めず、それを取り出すのに大苦戦。桃も、雅子には不適切のようだ。 目を開けるのが大変なようで、少し心配。

3.連載(513) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(141)
 第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (44)

(3)春から夏への介護生活 (その18)
 雅子の言わんとする「キーワード」探しの具体例を紹介してみよう。
 五十音表を念頭に置いて文字分解を進めると、最初の文字が「サ行」の「す」だと分かり、次が「は行」の「ほ」まで追い詰めたのだが、最後がなかなか分からない。やっとのことで探り出して分かったのが「ん」だった。そうすると「すほん」となることから、漸く「ズボン」が分かり、結果的には「夏のズボンを出して欲しい」という雅子の言いたいことに辿り着くのだ。そこまで行くのに、二人とも、くたびれ切ってしまう。
 いつも、そんなやり取りを繰り返すのだが、途中で雅子が、何故か、はっきりとイエス、ノーを言わないことが多く、同じことを何回も繰り返すことになってしまうのだ。まさに、言葉の格闘技そのもののようで精神的に疲れてしまう。いずれにしても、雅子の言わんとすることが分かると、本当に「ほっと」する。
 そんな戦いが一段落すると、何か飲み物、或いはプリン、ケーキ、アイスクリームなどの中から何かを口にするのをサポートする。時間を掛けて食べさせてやるのがコツで、焦ると口から戻してしまう。
それが終わると、時間つぶしとヒヤリングの訓練に読書をしてやるのだが、日によっては、」子が疲れていて、取りやめることも多い。
 一時は、リハビリに取り組んだことがあった。右手の持ち上げる運動である。これは、定期診断時に先生から、右手で字か掛けるようにリハビリして見てはとの示唆があったのを受けて始めたのだった。とりあえず、サインペンを握らせて、その腕を持ち上げる運動に挑戦してみたのである。もちろん、最初は、一考が腕を支えて持ち上げてやり、タイミングを見て、その支えを除いて自分でさせようとするのだが、なかなか、うまくいかない。と云うよりも、全く出来ないのだ。ともかく、数日間、これを繰り返してみたが、結局は成果に繋がらず、三日坊主で終わった。
 一考の帰る前には、もう一つの大きな仕事が待っている。それはトイレに行かせることである。先ずは、その意志を確認することから始まり、行きたいといえば、車椅子に乗せてトイレの近くまで連れて行き、介護士さんにお願いして便座まで運んでもらう。この作業が大変で、二人掛かりでやってもらう。持ち上げておいてズボン、下着を脱がせるのが大変な力を必要とする作業で、とても一人ではできない。
 今までに、何回か便秘で苦しんだことがあったが、幸いなことに、ここのところは、二日、若しくは三日に一度の頻度で通じがあることが多い。あるとほっとして雅子の頭をなぜてやる。よくやったという意味で、介護士さんと共に喜びを分ち合うのだ。
それが済むとほっとして、一考は帰宅するのである。母親の食事を用意する日は4時過ぎには部屋を辞するが、そうでない日は5時ごろまで居ることが多い。
 一考の雅子の部屋でのおおよその日課は、そう言ったもので、2~4時間を雅子の部屋で過ごすのである。(以下、明日に続く)

タグ : 中村聡志

547 大地震にお手上げ

 昨日起きた岩手・宮城内陸地震は、震度6強を記録、マグニチュード7.2(推定)で、阪神大震災に匹敵する大地震だった。今までの知見では地震の起きる可能性がゼロといわれていた地帯で起きた地震である。ついこの間の四川大地震に次いでの大地震で、地球が怒っているのではと考えてみたくなる。被災者の皆様には、お気の毒な限りでお見舞いを申し上げるが、自分達の近辺でなかったことにほっとしている。
 奥州市や栗原市といった耳新しい市名にどの辺りなのかと戸惑いながら報道を見ているのだが、自然の力の桁外れの大きさに、度肝を抜かれる思いで、地震の怖さを改めて実感するのである。
 筆者が住んでいるこの琵琶湖西岸には、危険な活断層が走っていて、近い将来に地震が起きる確率は極めて高いゾーンといわれている。難病の妻、高齢の母親を抱えているだけに、若し起きたらとの不安は尽きない。神様の思し召しにお任せするしかない訳で。勝手な願いだが、自分達の存命中に起きないことを祈るのみである。
 いつも思うのだが、これほど科学が進んでいるにも拘らず、地震に関する限り、未だに全くのお手上げ状態である。今年から始まった緊急予告もその力を発揮していないし、何一つこれを防ぐような手段も見つかっていない。 今年の洞爺湖サミットでは、地球環境問題が取り上げられるが、地震はその対象にはなっていない。人間が手出しできない世界だからだろう。宇宙に研究室を組み立てるまでになった人間の力も、地球の怒りには手の出しようが無いのが、如何にももどかしい限りだ。
 しかし、物は考えようで、もし、これが精度高く予測が可能となったら、我々はパニックに陥ることになる可能性もあり、知らぬが仏ともいえる部分もある。科学が切り込めない世界には、それなりの幸せ(?)もあるのではと思って見たりする。
 そんな地球に、宇宙ステーションに日本の研究室「きぼう」の主要部分の組み立てに成功した星出彰彦さんら7人が、今日0時15分頃(日本時間)に無事に帰還した。ご苦労様と申し上げたい。

2.昨日の雅子(163) 6月14日分
 特にどうということはないというのだが、少し疲れがあったのか、雅子が珍しく暫くベッドに横になると言った。一考が訪ねて居る時では珍しいことだった。30分ほどして起こして欲しいというので、いつもの椅子に座らせた。総じて、この日も平穏な一日だったといえる。

3.連載(512) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(140)
  第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (43)

(3)春から夏への介護生活 (その17)
 ゴールデンウィークが過ぎると、木々の緑も濃くなり、穏やかな天候に恵まれ、初夏の気配が心地よかった。5月中旬以降の一考の雅子の部屋を訪問している時の状況を紹介してみよう。
 午後の2時前後に雅子を訪ねるのが一考の生活リズムになっている。部屋に入って行って雅子に顔を合わせると、「どうだった?」と聞くのが、最初の一考の行動だ。椅子に座っている雅子の視線に合わせるために、一考は床に膝をついた形で雅子の顔を見る。雅子は、不鮮明だが声を発しながら、大丈夫と言った感じで頷くのを確認するとほっとする。そして、これもワンパターンだが、前夜の担当介護者が誰だったかを確認し、特に問題なかったかと改めて聞いてみる。雅子が、今一度、大丈夫だという表示をすると安心して一旦立ち上がって、テレビのチャネルを確認し、ちょうど始まったばかりのワイドショーにあわせる。
 この後は、いつものように、この朝に配信したブログを読んで聞かせて、意見を聞いてみる。たまには、不満を言うこともあるが、大抵は、何も言わずに聞いているが、時々、相槌のような声を発してくれる時もある。続いて、新聞の「私の履歴書」を読んでやることもあるが、雅子に興味のない人物の場合は割愛する。続いて、その日のテレビ番組を紹介し、夜見る番組を確認し、帰り際に介護士さんにそれを連絡することにしている。また、友人からの手紙が来ていれば、それを読んで聞かせるのもこの時間帯だ。そんな一連の段取りが終わるのを待って、満を持していたかのように、雅子が何かを伝えたくて話しかけてくる。恐らく、前夜辺りから、言いたいことを予め用意しているようである。ここからが、いわゆる、この日の二人の戦いが始まるのである。
 とにかく、雅子の発する言葉が殆ど分からない。従って、雅子が言わんとしている言葉を見つける作業に入るのだ。何とかそれを理解してやることが大事なのだが、その言葉を理解するのが大変厄介な作業なのである。いわば、言葉探しの戦いなのだ。先ずは、大づかみにどんなことを言いたいのかを質問を繰り返し、イエス、ノー方式で確認して行く。例えば、食べ物のことなのか、衣装のことなのか、或いは身体のことなのかといった具合である。それをクリアすると、次は、キーワードの探索に入る。これを文字分解して、一文字ずつ当ててゆく方式を取るのだが、これが時間をとる厄介な作業なのだ。(以下、明日に続く)

546 案の定

 案の定、中国から持ち帰った玉手箱の中身は、今のところ大したものではなかった。いつもの北朝鮮のごまかしの一手のように見える。政府は一定の前進が見られるが、進展ではないとしている。拉致問題の再調査をするとしているが、いつまでにといった具体的なターゲット期限も見えない。筆者には、やはり、北朝鮮の対米改善を睨んだ今まで通りの時間稼ぎにしか見えない。正直言ってがっかりである。
 案の定といえば、民主党の抜いた伝家の宝刀の福田首相問責決議案も、大した効力を発揮していないようだ。焦点は秋の臨時国会での民主党の出方だといわれているが、国民を納得させる妙手はあるのだろうか?
 東京オリンピック招致運動では、東京都は今後一層の攻勢に出ることになろうが、当面のライバルと思われるシカゴを上回ることができるのだろうか、来年の10月2日の決定日を目指して、厳しい戦いが始まっている。案の定と言われないような開催地獲得を期待したいが、果たしてどうだろうか。
 案の定ではなく、意外に素晴らしい健闘をしているのが、プロ野球の阪神と楽天だ。選手層の厚い阪神はとにかく、4年目シーズンを戦っている楽天が予想外に頑張っている。両者とも、今年こそは、最後の土壇場で、案の定と言われないような結果を残してほしい。

2.昨日の雅子(162)6月13日分
平穏、夏物の掛け布団の搬入の要求あり。

3.連載(511) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(139)
 第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (42)

(3)春から夏への介護生活 (その16)
 いずれにしても、それまでの人事異動では、親しく、優しくして介護を頂いた方々と別れるのは、雅子には辛くて不安のようだった。その典型が、今年の2月1日付けの介護士さんの移動だった。雅子の入居生活が、実質的に一ヶ月を経過した頃で、漸くこの新しい介護生活に慣れ始め、落ち着きを感じ始めたタイミングだった。しかも、その移動される方に随分と優しくしてもらっていただけに、雅子には、初めての体験ということもあって、,心の支えを失うような不安に襲われたようだった。そして、その情報を聞いた直後から、涙が溢れてきて困るぐらいの寂しがりようだった。しかし、その後は、その種の移動にも、それほど大きく取り乱すようなことは無くなった。人事異動ということに免疫ができたからだと思われる。3月に中堅の介護士さんが、やはり別のフロアーに移動されたが、そんなこともあるといった感じで、理解もすんなりとするようになっていた。そんなことで、今回の移動は、それまでよりは大幅だったけれども、それほど大きな衝撃とはならなかったのは幸いだった。
 何事でもそうであるが、物は考え方で、この種の人事異動は、必然的に新しい出会いを提供して頂くことになる訳で、それまでになかったプラスの面も多く期待できる。その前提として、ここでの介護士さん達は、みんな優しく、丁寧に応接頂ける方々であるからだ。
 今回の人事異動での具体的なプラス面の事例を取り上げてみよう。それは、今回転入いただいた若手の男性の奥田さんで、体力も素晴らしく力強くサポート頂けるので、雅子を抱き上げたりする力を必要とするトイレなどの介護には、今まで以上の心強い安心感を得られている。最近の介護の様子を見ていて大いに助かっていることを実感している。
 そういう意味では、人事異動を拒否するのではなく、いい処を見出すプラス面に視点を置くといった前向きで捉えることになるのだが、その一方で、非介護者の精神的負担という観点からは、言葉に表し難い辛い一面もあることを付記して置きたい。それは、雅子のようなケースは、介護士さんに身を任せている「まな板の上の鯉」の状態だけに、あまりに頻度の多い介護士さんの交代(特に男性の介護士さんの場合)は、精神的に少なからない辛い面が出て来ることもある。それは、自分の身体の全てを晒して、介護を受ける訳だから、女性ならではの辛さだと言える。このことは、何も、雅子自身が言っているのではないが、一考から見ていて、多分そうではないかと推測しているのである。
 要するに、人事異動は必要である。施設の立場からは介護者のユニバーサル化、適材適所などの確立など多くの目的があるだろう。それに対し、介護ノウハウの継承、そして、非介護者への精神的な負担を課さないソフトランディングの実現といった側面とのバランスが鍵となろう。それだけに、施設、非介護者共に、ウイン、ウインの結果が期待される人事異動が望まれる所以である。(以下、明日に続く)

タグ : 拉致問題 問責決議案 東京オリンピック

545 玉手箱?

 日朝会議で進展があった模様である。福田総理の決済を得て、今日発表されるというが、果たして、中国から持ち帰った玉手箱の中身は何なのか、国民の関心が高まる。拉致被害者家族の長い間の頑張りが実るのかどうか。いつも裏切られているから、それほど期待せずにその発表を待ちたい。中身次第では、低迷の福田総理の起死回生の可能性がある。
 玉手箱ではないが、大阪の橋下知事の渾身の1100億円削減策案は、痛みを伴うが、府民からもしっかりとサポートを貰っていて、今朝の報道では、その支持率82%を得ているという。そんな橋下知事に、昨日の朝礼で噛み付いた職員がいたという。「気に入らないなら、職を変えてもらって結構だ」と言われたそうだが、玉手箱に噛み付いてどうなるの?。
 数日前の話しだが、今週のNHK火曜コンサートで、あの三浦洸一さんがヒット曲「落ち葉しぐれ」を熱唱していた。今年80歳だとのことだが、多少の衰えは隠せないが、あのしっかりとした歌いぶりは健在だった。たまたまその場面を見たのだが、昔を思い出させてくれて感動した。そういえば、先日エベレスト登頂に成功した75歳の三浦雄一郎さんも健在で、二人の三浦さんは素晴らしく頑張っている。ファンには玉手箱を披露してくれているようで嬉しい限りだ。

2.昨日の雅子(161) 6月12日分 
 通院日。11時少し前に施設を出て、3時過ぎに戻る。二人ともしっかりと疲れた。最近は、雅子を車に乗せる際に厳しくなって来ている。何か、簡便化できる工夫が必要で、研究してみる。なお、診察結果、新しいお薬が少し高価がありそうということで、もう少し増量することになった。

3.連載(510) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(138)
 第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (41)

(3)春から夏への介護生活 (その15)
 4月の新年度が始まったの機に、ドリームスペースが新たにショートステイ、デイサービスを始めることになったようだ。いわゆる、業容の拡大である。そのための体制固めということで、新たに加わった新入社員の配属を含めた介護士さんの移動がかなり大幅に行なわれた。いわゆる人事異動である。その結果、この日吉グループを担当して頂いていた介護士さんにも結構な移動があった。
 具体的には、4人方の転出と4人の方の転入である。転出が決まったのは、今まで頼りにしていた介護経験の豊富なベテランの方1名、それに明るく場を作ってくれていた芸達者な若手の男性の方が1二人が、その新しい部門に転出された。その他に、中堅の優しくして頂いた二人の介護士さんが別のフロアーに移られたのである。
 何時の場合もそうなのだが、いろいろとお世話になった方々との別れには、寂しさが付き纏う。特に、雅子のような特殊な病気で、身体が不自由なものにとっては格別だ。それまで、自分の不具合の特徴を細かく理解頂いていただけに、寂しさのほかに、多少の不安を禁じ得ない。折角、把握して頂いた介護のノウハウが一旦解消されることになるので、何となく心もとないのだ。それというのも、細かい介護のノウハウは、全てを引き継ぐことは難しいからである。改めて、新しい方に、自分のことを知ってもらわなければならない訳で、それまでの積み重ねが消えてしまうようで何となく辛く感じるのである。
 代わりに、新たに中堅の方がお二人、それに若手の男性と係長の男性の合計4人が加わってもらったことで、マンパワーではトントンなのだが、実際の介護生活では、それまでと同じような行届いたサービスが安定するまでには、多少の時間が必要となろう。
 一方、施設側にしてみれば、必要な情報はきちんと伝達される仕組みにを構築しているとので、多少の人事の異動があっても、入居者に日常生活で迷惑を掛けることにはならないと判断している。しかし、現実的には、細かいデリケートな部分は、そんなにうまく引き継ぐことは容易ではない。連絡用のメモに書けない内容が結構あるからだ。そういうことで、暫くは、雅子は自分のことを知ってもらうように、今まで同様の頑張りを続けることが必要だ。身障者も、それなりの努力や辛坊は致し方ない。(以下、明日に続く)

タグ : 三浦洸一 三浦雄一郎 橋下知事

544 決め手になるの?

 昨日の参院で、首相問責が初めて可決された。民主党としては、満を持して放った伝家の宝刀の切り札なのだろうが、福田総理は、辞職、解散などは全く念頭に無く、これを無視する姿勢である。予想されていたことだが、この切り札が決め手にならないようだ。大上段に振りかぶった民主党は、次はどう出るのだろうか。田舎芝居の行方を見守ろう。
 日本水連がオリンピックでの水着の使用に関しては、本人の選択に任せるという結論を出した。至極自然な結論だ。なかなか信じ難いことだったが、どうやら水着が勝負の決め手になりそうで、スピード社の水着の存在は無視できない。
 将棋界では、目下名人戦が大詰めを迎えているが、第19世永世名人に王手を掛けている羽生2冠挑戦者が、少し足踏みをしている。今一つ決め手を掴めず苦しんでいるようだ。昨日行なわれた別のタイトル戦の棋聖戦でも挑戦者として登場しているが、佐藤棋聖の頑張りで、第一局を惜しくも落とした。天才羽生もなかなかすんなりとは行かない。最近の羽生2冠の特徴は、勝ちが見えて来ると駒を握る指が凄く震えるようだ。時には、盤上の他の駒をはじいてしまうこともあるという。いわば、この羽生の指の震えが決め手のようだが、来週行なわれる名人戦第6局で、その決め手の震えが出るのだろうか、将棋ファンは注目している。
 同様に決め手がはっきりしないのが日朝交渉だ。昨日から、事務レベルでの会合が再開されているが、果たして、拉致問題解決に大きな展開があるのだろうか。残念ながら、これと言った決め手がないようで、今後の展開は全く読めない。

2.昨日の雅子(160) 6月12日
 午前中に、前日に美術館見学でパスしていた入浴をさせてもらった。その後マッサージ(8回目)。この日は、マッサージも軌道に乗ったようで、その強さも適切で快適だったようだ。午後は実兄夫妻、次姉の伸子さんのお見舞いを受けて、楽しい一日だった。

3.連載(509) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(137)
 第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (40)

(3)春から夏への介護生活 (その14)
 比較的安定していたトイレのタイミングが、少しずれてきていることに気づき始めたのは4月に入って間もなくのことだった。それまでは、起床後の7時頃、朝食後の8時半頃、昼食後の12時過ぎ、午後のおやつの時間帯、夕食後の7時頃、就寝前の9時頃、それに深夜の1時頃、明け方の5時半頃と一日、8回、つまり、ほぼ3時間置きに対応してもらっていた。
 その中で、おやつの時間帯は、ちょうど一考が訪問している時間帯であるので、一考が雅子の意志を確認して、介護士さんにお願いする形になるのだが、大抵、この時間帯で、いわゆる通じが、二日、若しくは三日に一度の頻度で安定してあるリズムになっていた。とにかく通じの作業は、介護士さんにも大変な作業なのだが、本人にとっても大仕事であることは確かで、あった場合には、一考もほっとして、雅子の頭を撫でてやることが多くなった。今や、トイレに関しては、雅子も赤子の扱いになってしまっている。
 一考のいるおやつの時間帯で、雅子が頑張れるのは、やはり、一考がいることで、雅子も精神的な安心感を覚えるようで、意識して、その時間帯に頑張っているように思える。
 ところで、そのトイレのタイミングが微妙にずれてきていているというのは、深夜の小用のことなのだ。少し時間が早まることが多く、看護師さんに迷惑を掛けることになっているというのだった。季節の変わり目であることが影響しているのかも知れないが症状の変化かも知れない。そこで、介護士さんと相談して、取り敢えずの処置として、夜中は12時頃に、明け方は4時半頃に時間をスライドして繰り上げてもらうことにした。どうやら、その後はうまくいっているようだ。
 一方、雅子のおしっこの我慢の時間にも微妙な変化が見られるようになった。端的に言えば、我慢することの力が弱くなってきているというのである。
 具体的な事例としては、4月の最初の土曜日のことだった。一考がいつものように雅子を訪ね、小説の朗読に夢中になっていたことで、途中での雅子のおしっこの要求を聞き逃してしまって、失態をしてしまったのである。自分が傍にいてのうかつな失態で、まさに「なんたるちあ」であった。同様な事例は、少し前の3月半ばにもあった。これらの変化から、どうやら、雅子の体調の変化、症状の進行が、そんな形で現れてきているのだろうと一考は考えるのだった。(以下、明日に続く)

タグ : 問責 スピード社 第19世永世名人 拉致問題

543 敢えて、野獣予備軍の方々に申し上げます

 三日間も続けて同じ課題を取り上げることになった。初めてのことである。それだけ、衝撃的な事件であったということなのだ。
 今般の秋葉原での事件は、その後本人の供述、携帯メールの内容などの分析から、次第に犯行に走る犯人、加藤智大容疑者の心の動きが把握されつつある。「自分がもてない、負けっぱなしの人生、自分はゴミ以下」などといった挫折感、疎外感、更には被害妄想から自虐的に、そして自暴自棄になって行き、そして、とんでもいない凶行に走るといった一連の流れだが、そこに人間性を無視した独断的な論理の飛躍がある。
 通常の人間なら、そんな馬鹿げた論理展開にならず、自分をきちんとコントロールできて、想像を絶するような破滅的な行為には走らない。結局、そうなってしまったというのは、やはり、一種の精神的な病気であり、もっと言えば、人間性を喪失した野獣同様の存在になっていたと言えるのではないか。
 恐ろしいことだが、この種の、潜在的な野獣予備軍は少なくないと思われる。「野獣死すべし」ではないが、その種の野獣予備軍をなくさねば、この種の犯罪はなくならない。さあ、どうしたらいいのだろうか。名案なんてある訳がない。いろんな適切な施策も必要だろうが、地道な社会教育は欠かせない。
 僭越ながら、敢えて、潜在的な野獣予備軍と思しき方々に申し上げるが、何も、君たちだけではない。この世の中で生きている誰だって、大なり小なり苦しい事情やどうしようもない悩みを抱えて懸命に生きて居るのだ。そして、そんな日々の懸命の努力を重ねても、それが報われてハッピーになるというのは極々稀で、大抵は、そのまま頑張続けていくというのが今の世の仲の実情なのだ。この世の中は、一部の例外を除けば、努力すれば報われるという単純な、甘い仕組みにはなっていないことを理解しておくのも大事である。それでも、頑張って、営々と生きて行くのが人間なのだ。
 筆者も、難病の妻を抱えて一生懸命に生きている。そこには、ちょっとしたことにも、小さな幸せを見出し、有り難さを知り、感動することも少ないくないのである。

2.昨日の雅子(159) 6月11日
 久し振りに車椅子での外出日。施設が企画してくれたもので、琵琶湖大橋を渡った対岸にある佐川美術館の見学である。10時過ぎに施設を出発し、館内の見学を終えて昼前に戻った。昼食後、少し疲れたようなので、ベッドに横にさせてもらった。一考が訪ねた時にもまだ横になって休んでいた。
 見学は、それなりに楽しかったようで、よい気分転換になったようだ。最近、症状が落ち着いて来ているように見える一方で、少し元気がなくなって来ているのではとの見方もできる。発声する声が少々弱々しい。なお、この日は三日ぶりに通じがあってほっとした。

3.連載(508) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(136)
 第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (39)

(3)春から夏への介護生活 (その13)
 マッサージ付き椅子を持ち込んだ翌日だった。雅子の介護に絡んで、一騒動(大袈裟?)が起きたのである。
 一考がいつものように午後の2時前に顔を出すと、雅子もいつものように挨拶してくれたので、一段落して、いつものように、この日のブログの朗読を始めた。途中で、雅子が何回か変な声を出したが、一考は、それを気にすることなく構わずに、そのまま全部読み終えた。
その段階になって心配になり、どうしたのかと雅子に聞くと、身体が痛いと訴えた。身体のどこかと確認したが、なかなか分からない。以前に、お尻が痛いということがあったので、そうなのと聞いたが違うと言う。いろいろと確認した結果、どうやら背中が痛いということが分かった。そこで、暫くベッドに横にさせたところ、痛みはなくなった。ほっとして、暫くそのままに寝かせておいた。
 半時間ほどして、雅子が起こして欲しいというので、再びその椅子に座らせて、暫くマッサージを作動させた。この間、雅子は心地言いと云うことだったので、マッサージの効用があることに満足だった。しかし、その後、マッサージを止めて暫くすると、やはり背中が痛いという。「困ったなあ、どうしたんだろう?」と思いながら、いろいろと姿勢を正したりして様子を窺ったが、痛みは消えなかった。その内に、間もなく夕食が始まると言うことで、リーダーの松井さんと若手の介護士さんが部屋に入ってきたので、そのことを話して、一緒にその原因を探し始めた。すると、直ぐにリーダーの松井さんが、「このマッサージの揉む部分ですね。これが背中を圧迫するからでしょう」と指摘してくれた。さすが、リーダ0-だと感謝し、早速その部分を背中の届かない位置にずらせたのである。かくして、一件落着となった。
 そういえば、在宅時では、雅子がその椅子の背もたれに分厚い座布団を置くことを要求していたのだが、今から考えると、それは背中が痛かったからなのだったと、改めて理解するのだった。
 言葉が、うまく通じないためのちぐはぐが、このようなトラブルになっている典型的な事例である。とにかく、雅子の言葉を理解してやることの大事さを思うと同時に、自分が理解してやらなくて誰が理解するのだと、改めて自分に言い聞かせるのだった。(以下、明日に続く)

タグ : 加藤智大

542 衝撃拡がる予告犯行

 それにしても、犯人の加藤智大のあきれた行動に、改めて大きな衝撃を受けると共に、新たな怒りを覚える。事件の予告、福井まで出かけて凶器の調達、レンターカー予約、更には秋葉原の下見などの事件を起こすまでの一連のメールへの書き込みをみる限り、この男は、明らかに犯行を行なうことを楽しんでいるようにさえ受け取れる。「夢のあるものには分からない」と喚いているが、あまりにも独断的な判断で、犯行の動機も単純過ぎて、それを短絡的な行動に移すという犯人に、怒り、憤懣が拡大するばかりである。死にたいなら、関係のない人を巻き込むようなことをせず、勝手に死ねばいい。
 亡くなった7人の方々の夢半ばの人生を知ると、本当に居たたまれない気の毒さ、悲しさが、ふつふつと込み上げて来る。たまたまそこに居合わせたというだけで被害に遭った理不尽さに、運命のいたずら、神のいたずらといった言葉が浮んでくるが、そんな生易しい言葉では言い表せない無念さがある。ましてや、神のいたずらなんて言えば、神様にも大変な失礼になる。
 先日京都市動物園で、飼育員が雄の虎に襲われて亡くなったが、今や、何処に野獣が潜んでいるか分からない世の中になった。そんな場所に居合わせないことが第一だが、万が一、不幸にもそんな場に出くわしたとしたら、我々一般人は、とにかく必死に逃げることしかない。
 亡くなられた皆様方のご冥福をお祈りします。

2.昨日の雅子(158) 6月10日
 午前中にマッサージ(7回目)やはり、部分的に少し痛かったようだ。外見上の症状はこのところ安定しているように見える。先月から、新しく服用し始めた新薬の効果だろうか? 言葉は相変わらず不明朗。

3.連載(507) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(135)
 第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (38)

(3)春から夏への介護生活 (その12)
 いつも多忙な電気屋さんだけに、その椅子を運んで頂けるのが何時頃になるか、多少の不安はあったが、じたばたしても始まらず、じっくりと待つことにした。しかし、2週間が過ぎても、先方からは何の連絡もなかった。間もなくやって来る大型連休のことを考えると、下手すると連休明けになりかねないという不安が一考の脳裏に芽生え始め、多少の焦燥感を覚えるようになっていた。そこで、失礼だとは思ったが、思い切って電話で段取りを確認させてもらうことにした。
 しかし、案ずるより生むが易しだった。相手からの返答は、一考の期待を超えるもので、何とこの日に運こんでくれるという望外のものだった。4月18日のことである。
 この日は、朝から雨が降ったり止んだりする天候がはっきりしない日だった。ちょうど、その大きな椅子を車に積むべく、窓から運び出しをしてもらっている最中にも、生憎、小雨がぱらついていた。そういう意味では、大変なご苦労をお掛けしたのだが、何とか、施設への移動、搬入、備え付けを無事終えることができた。思いのほかスムーズに目的が達せられたことに、一考は感謝していた。
 こうして、雅子も、久し振りの愛用の椅子と再会できて、気分転換mになったのではと、一考は思うのだった。
 この日は、一考の97歳の母親が、久子に連れられて見舞いに来てくれていたが、この搬入のごたごたに重なって、二人にも落ち着かない見舞いになっていた。雅子もそんなことで、慌しいひと時を過ごさざるを得なかった。
 一段落して、試し打ちではないが、試しマッサージで、足のマッサージを行なったが、それなりに快感があって効き目も確認できて、今後の単調な介護生活の中で、一つのアクセントになるのだろうと期待するのだった。こうして、在宅時に行なってもらっていた訪問マッサージが叶わないことへの代役が出来たことで、二人は、ほっとするのだった。
 なお、それまで使っていた椅子は、代わりに自宅に運んでもらって活用することにした。かくして、この日は、やっと希望が叶えられた、チェア-チェンジの一日となった。(以下、明日に続く)

541 切れる

 昨日の真昼に秋葉原で起きた無差別殺傷、通り魔事件には、驚き、怒り、悲しみ、虚しさを覚え、心が痛む。「世の中が嫌になった」「人を殺しに秋葉原に来た」「誰でも良かった」などと供述しているようだが、事件に巻き込まれた方々には、お気の毒という以外に贈る言葉が無い。強い怒りと虚しさがある。
 理性を喪失した、いわゆる「切れる」という状態は、明らかに一時的にせよ精神的な病気状態であり、人間としての正しい判断が出来なくなって、このような無謀な凶行に走ってしまうのだろう。被害者にしてみれば、突然、野獣、猛獣に襲われるようなものだから、どうしようもなく、そんな危機を脱出するには、その野獣を撃ち殺すか、必死に俊敏に逃げきるしかない。
 この種の事件は、今までにも幾たびも繰り返されてきていて、その都度、二度とあってはいけない事件だと、虚しい言葉が繰り返されて来ている。要するに、このような人間を生み出さないことが決め手なのだろうが、そのための秘策はないのか。しかし、残念ながら、答えは、「ない」ということなのだろう。困った怖い社会である。
 蛇足だが、「切れる」という言葉だが、昔は、主として「頭がきれる、シャープ」だという意味で褒め言葉として使われていたことが多かった。手前味噌で恐縮だが、筆者の結婚披露宴でも、祝辞で先生が「ジレットのようでよく切れた」という過分のリップサービスを頂戴したのが思い出される。何時頃から、今のような「切れる」という使われ方が多くなったのかは定かではないが、時代、社会の変化をひしひしと感じていている今朝の心境である。
 
2.昨日の雅子(157) 6月9日
 穏やかな一日。

3.連載(506) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(134)
 第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (37)

(3)春から夏への介護生活 (その11)
 このドリームスペースに雅子を入居させる際には、一考の考え方は、軸足はドリームスペースに置いても、月に半分とは言わずとも、1週間程度は自宅に連れ帰って、従来のように自分で介護するつもりであった。そういうことで、自宅にも、ベッドや必要なものは準備して何時帰って来てもよいようにしておいた。中でも、マッサージ付きの椅子は、そのまま自宅に置いたままにしていた。
 しかし、3月に入ると、当初の一考のそんな思惑とは異なり、自宅に連れ帰っての介護は難しいと判断するようになっていた。年末からお正月に掛けての期間で、差し当たっては試みたのだが、それも一週間ぐらいで、一考の介護も精一杯になり、急遽、ドリームスペースの戻すことになってしまった。雅子も、その方が言いと云う。そこには、一考に、これ以上肉体的な負担を掛けさせたくないとの雅子の思いが、大きな理由のようだった。いずれにしても、一考の当初の思惑は、早い段階で非現実的なものになっていた。
 そうなると、折角、思い切って投資したマッサージ付き椅子をこのまま放置しておくのは不適切で、やはり雅子が使える状態にすべきだと思い始め、その移設の検討を始めた。しかし、厄介なのがその移動である。これを購入して搬入する際にも、大き過ぎて玄関から入らず、リビングの窓ガラスを外して、そこから搬入してもらった代物だった。出す場合も、当然、そうしなければならず、再び、購入先の電気屋さんにお願いしなければならない。どうすべきか躊躇があったが、そうするしか仕方なかった。
 一考が、意を決して、電気屋さんにお願いしたのが4月の初めだった。何とか、サービスでやって欲しいと厚かましいお願いをしたところ、社長さんのご親切なご決断で、そのお願いが了承された。但し、そのタイミングについては、そちら方面に仕事がある際に運ぶという条件付だった。サービスでお願いした以上は止むを得ないし、一考にしても、何も一刻を争うようなことでもなかったので、電気屋さんのご都合を待つことにした。(以下、明日に続く)

540 次に繋ぐ

 昨日、8ヶ月振りに日朝交渉が事務レベルで行なわれ、再協議が来週の11,12日に決まったことが確認された。斎木昭隆日本代表は、「次に繋げてゆくということでよかった」としている。日本側の最大の関心事は拉致問題だが、北朝鮮側の出方は依然として、全く読めないようだ。ここ数年、いつも肩透かし連続の日朝協議で、失望ばかりが続いているが、果たして、今回はどうなるのだろうか。
 初の米国女性大統領を目指したクリントン氏が遂に敗北宣言をし、民主党員はオバマ氏の下に結束すべきと演説した。11月決戦の次に繋ぐには遅すぎたとの見方も少ないくないが、これで、共和党のマケイン氏との決戦が本格的に始まる。筆者は、密かにクリントンを応援していただけに少し残念だが、止むを得ない。
 女子に比べて力が落ちるとされていた男子バレーボールがアルゼンチンをフルセットで破って16年ぶりにオリンピック出場を決めた。大変な大接戦で、はらはらしながら最後の瞬間をインターネットのスコアー速報でファローしていたが、少し先んじてNHKテレビがテロップでその結果を速報してくれた。16年前のバルセロナ大会の唯一の経験者の荻野選手が最後を決めたのが劇的で、とにかく、オリンピックという大きな次に繋げられたことは大きい。
 一方、2010年のワールドカップ出場を目指す日本サッカーも、昨夜は敵地でオマーンと戦い、大苦戦の末、ドローに終った。とにかく負けずに済んで、何とか次に繋げられたことはよかった。次のタイ戦に勝つことが必須のようだ。
 プロ野球の阪神も、昨日もうまく次に繋げる頑張りで、今季三度目の新井のさよならヒットを生み出した。確かに、今年の阪神は強い。
 米国女子ゴルフツアーのメジャー第2戦で、予選を通った上田桃子選手は、三日目も健闘して1アンダーで回り、首位とは6打差だが、12位タイと頑張っている。明日の最終日で、上位進出という次に繋げられたようだ。頑張って欲しい。

2.昨日の雅子(156) 6月8日
 特記事項なし。言葉は相変わらず、不明朗、通じはこのところ順調にある。

3.連載(505) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(132)
 第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (36

(3)春から夏への介護生活 (その10)
 長兄の祐一さんに、こんなに頻度多く見舞いに来てもらえるとは、正直、雅子は思っていなかったようで、その嬉しさは格別のようだ。当たり前のことだが、雅子の様子も自然と和やかなものになる。
 一方の長姉の霧子さんの場合も同様で、幼少の頃から母親代わりに面倒を見てもらい、かわいがってもらっていただけに、雅子には最も気の置けないお見舞いのようだ。彼女の見舞い時には、耳掃除や爪切りをしてもらったり、また、毎月送られて来るデパートのカタログを一緒に見てもらって、雅子の着る物、はく物などの身につけるもので、購入すべきものを選んでもらうようなこともやってもらっている。そういう意味からも、実の兄姉のお見舞いは、心待ちしているようだ。また、次姉の伸子さんは、雅子の入居当初は、よく顔を出してくれていたが、最近では兄姉の訪問時に一緒に顔を出してくれている。黙って、傍にいてくれるだけだが、それが彼女の性格なので、雅子は気にしていない。
 それに対して、身内と言っても一考の身内は、友人の場合と同じような理由から、一考が強く断っている。特に、高齢の母親とその面倒見に精一杯の久子には無理してまで来る必要はないと断っているのである。それでも、今までに、二人は、数回来てくれてはいる。その場合は、雅子も、実の兄姉の場合と違って、やはり、何となく精神的に疲れるようだ。
 近くにいる長女の綾子と三女奈美子が、どうしても一度は見舞いたいとというので、それを受け入れたのは連休前のことだった。しかし。二人が顔を出してくれた日は、途中で介護士さんが所用で部屋に入って来たこともあって、結果的には直ぐに帰ってもらうことになった。それでも、一度見舞いに来てくれた実績は残った訳で、それなりの意味はあったと思っている。姉妹達にもいろいろと固有の家庭の事情があって、時間が自由にならないようだから、何も無理をすることはないと一考は思っている。それに、それまでの長男の嫁と云う立場にあった雅子と一考の身内との間に、全くわだかまりがなかった訳でなく、精神的な面でのちょっとした気まずさもない訳でなく、その辺りに微妙なものが横たわっているのである。。
 一方、子供たちの見舞いは、文句なく雅子は大歓迎、と云うよりは期待して待っているはずである。この半年での実態は、息子の太郎が所用でこちらに戻ってくることがあるので、その都度顔を出してくれるのは格別に嬉しいのではなかろうか。しかし、次男の次郎の方は仕事が多忙で、なかなか顔を出す機会を作れないようで、孫の顔も見られないのがちょっと寂しいようだ。その代わり、タイミングを見て適時、孫の写真を電送してきてくれるので、一考が、印刷して雅子に見せてやるのだが、その時には、さすがに雅子の顔も少し和むのだ。夏休みには、孫を連れて顔を出すということなので、楽しみにしているようだ。(以下、明日に続く)

539 信じられない水着の効果

 イギリスのスピード社製のLR水着(レーザーレーサー)の話にはびっくりである。今朝の新聞各紙も大々的に伝えているが、昨日行なわれた競泳のジャパン・オープン第一日で、日本人選手でも、5つの日本新記録が出るという驚くべき結果が出た。ずっと、話題になっていたのだが、こうして具体的に日本人選手でも確認できたということで、驚きも一入だ。筆者には、あんな薄い水着を着るだけで、そんな効果が出ること自体にリアリティを感じ難いのである。もちろん、科学的な裏づけがあるのだろうが、今の自分には、信じられないことである。
 スポーツの記録が、それに使う道具、器具で改善されることは、既に幾つかの競技で立証されてきている。棒高跳、ゴルフ、野球などは、その棒、クラブ、ボールやバットなどの改善が典型的な事例だろうが、その他にも、陸上のスパイク、中でも、マラソンの靴、或いは、陸上競技場のアンツーカーのグランドそのものが記録に少なからない影響を与えているという。
 こうなると、本来、人間の限界に挑戦するというスポーツの記録が、道具や器具の開発、改善競争と絡んでしまうと、興味は別の世界になってしまう。科学技術の進歩が、スポーツ競技の記録を支配し始めたということで、筆者は複雑な心境になってしまうのだ。水泳といえば、昔はふんどし一丁で泳いでいて、その公平さが単純で分かり易かったことを思うと、時代は全く違う世界に入っていると言うべきなのだろう。
 今朝の新聞の古橋広之進日本水連名誉会長の「水着のことで騒ぎすぎる」というコメントが、何となく時代遅れの典型に響くのが気の毒だ。

2.昨日の雅子(155) 6月7日
 10時から入浴、11時頃からマッサージ(6回目)。雅子が少し痛いといっていたので、鍼灸師さんに、少し力を緩めてもらうように頼んだ。なお、前日、雅子が話した車椅子の不具合の件は、どうやら、購入時に何かが不足しているということらしいのだが、これ以上はどうしても分からず諦めた。昼前に所用で一旦退出し、3時頃に改めて顔を出した。この日は少し疲れているように見えた。

3.連載(504) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(131)
 第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (35)

(3)春から夏への介護生活 (その9)
 励ましのお手紙やお見舞いのお葉書などを頂戴することも多い。多くは、雅子の学校時代の友人、職場で一緒だった方などが多いが、中には、一考の友人や昔の仲間だった方からのものもある。そして、それらの中身にも、いろいろとご配慮、工夫を頂いていて、そのお気持ちが十分に伝わってきて嬉しい限りである。当時の楽しかった思い出を、物語風に綴って下さっているお手紙があって、それには、雅子も当時を思い出して感慨に耽るようなことがしばしばであった。
 少し変わった贈り物では、レーザー光線を利用したちょっとした置物があった。綺麗な光の紋様を映し出すのもので、それを見ていると精神的に落ち着きが得られる代物である。今まで、全く知らなかったユニークなもので、これは自分が使っているという一考の友人が送ってくれたものだ。随分と重宝させてもらっていて、今では、雅子の部屋でスイッチを入れっぱなしにしてある。
 雅子と一考の二人が最も感激、びっくりした贈り物は、カラオケで素敵な曲を歌ってくれたテープにデッキを付けて送って頂いたものだった。そんな豪華な心のこもった贈り物は初めてのことで、そのテープを聞きながら、雅子は思わず涙していた。やはり、良き友人は持つべきものと改めて思うのであった。
 もちろん、手紙の内容など、書いていただいたものは、雅子が自分で読めないから、一考が代読してあげるのだが、その間、雅子は頷きながら嬉しそうに聞いている。こうして、皆様の温かいお気持ちをお伝えしていると、時には、読み手の一考までが熱くなってしまうことがあって、思わず、時間を取って一息入れることもある。
 いずれにしても、このような形でのお見舞いの場合は、面会時のような余計な気遣いも必要ないので、有難いご配慮だと感謝している。
 さて、極力お断りしている訪ねて下さるお見舞いの話に戻るが、身内の場合はまた別の話となる。雅子も自分の血の繋がった兄妹には、当然なことだが、会いたい気持ちは強いようだ。
 幸い、山科で医師をしている長兄の祐一さん夫婦、及び長姉の霧子さんは、それぞれ、大体、月に一度の頻度で顔を出してくれている。また、この施設の自立棟に入っている次姉の伸子さんは、当初はほぼ毎日といった頻度で来てくれていたが、その後は、長兄、長姉の訪問時に一緒に来てくれるようにしてもらっている。やはり、余計な気遣いをする必要がないので、雅子もリラックスできて、それなりに嬉しいお見舞いのようだ。(以下、明日に続く)

538 本当の勝負これからだ

 橋下大阪府知事が財政再建案(大阪維新プログラム)を発表した。就任4ヶ月、多くの抵抗に遭いながらも、果敢に自分の考えを押し通した実行力に敬意を表したい。若干、38歳のタレント上がりの若造に何が出来るかと言った野次馬的な見方があった中で、人件費を切るといった厳しいところにも手をつけて、ともかく、初志を貫いた姿勢には、込み上げる感動すら感じる。とりあえず、出血を止めるだけの対応で夢があるものではないと強調しているが、健康体になって初めて夢に挑戦出来る訳で、今までの気合を大事にして、引き続き頑張ってもらいたい。本当の勝負はこれからだ。
 ところで、この「本当の勝負はこれからだ」と訴えていたのは石原都知事である。2016年オリンピック開催地の一次選考をトップで通過した直後の談話である。国民、都民に、若しかしたらという淡い期待を芽生えさせたのは事実で、最大のライバルと思われるシカゴとのこれからのガチンコ勝負が始まる。叡智を出して大いに頑張ってもらいたい。
 その一方で、国会での体たらくぶりには失望させられる。昨日の参院の厚生労働委員会で、民主党など野党4党は、与党議員欠席の中で、後期高齢者医療制度の廃棄案を可決した。幾度も見慣れた委員会でのけしからん風景だったが、今までとは与野党が逆の立場での展開だった。民主党の思惑は、あくまでも、福田総理の問責決議案を提出せんがために、その舞台づくり目指したものなのだが、こんな茶番劇はいい加減にしてもらいたい。少しは橋下知事の真摯な頑張りを見習って欲しいものだ。そういう意味では、洞爺湖サミットを目指している福田総理も、本当の勝負はこれからだ。地道でもいいから、しつこい頑張りを見せて欲しい。
 もう一つ、ゴルフの速報である。日本時間の昨夜から始まっている米国女子ゴルフツアーの今期メジャーの第二戦で、上田桃子がイーブンパー、宮里藍が4オーバーで第一日を終えた。今朝6時半現在、トップが6アンダーで、上田が59位タイ、宮里は129位タイである。本当の勝負はこれからだと言いたいが、先ずは今夜の戦いで予選突破を目指してもらいたい。

2.昨日の雅子(154)6月6日
 この日は、雅子の言葉がどうしても分からず、四苦八苦。どうやら、新いく購入した車椅子に不具合があるというのだが、具体的な内容が分からず仕舞いだった。文字分解を試みて追究したが、駄目で諦めた。明日以降にでも、今一度確認の努力をしたい。

3.連載(503) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(130)
 第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (34)

(3)春から夏への介護生活 (その8)
 一般的に、応援やお見舞いは、対象を鼓舞し勇気づけるには大変有難いものである。プロ野球のなどでスポーツの試合後のヒーローインタビューで「皆さんの応援で後押しされました」というコメントはよくも耳にするが、当初は、これは単なるお客さんへのリップサービスに過ぎないと受け取っていた。しかし、自分がこのブログを始めて以降、味わっていることは、皆さんからのアクセス数の増加するという単純な反応にも、勇気づけられる実感が確かであることを体験している。
 そういう意味でも、病気に苦しんでいる病人にとっては、お見舞いを頂くことは通常は、大変有難く勇気付けられることは確かである。しかしながら、雅子のこの病気に限っては、必ずしも単純にそうとは言えない幾つかのわけ(理由)がある。
 その一つが、この病気が進行性の病気で、悪くなることはあっても良くならないという難病だからである。そのため、来て頂いた方々に、余計な気遣いをさせることになり、本人もそのことが気になって気疲れしてしまうからだ。
 ちょうど、がん宣告をされ、余命何ヶ月と告知された患者を見舞うに似たところがあると思う。この場合、何と言葉を掛けていいのか、ご苦労を頂くのと同じで、「早くよくなってくださいね」なんて言えば、それは如何にも見え見えのリップサービスとなり、真心が伝わらない。せいぜい「頑張って下さい」が精一杯のところなのだろう。いずれにしても、かくかく左様で、お見舞いに来て頂く方に、却って辛い思いをさせることになり、雅子もそのことが辛いのである。
 二つ目の理由は、雅子の言葉が不鮮明で通常の会話が出来ないからである。彼女が必死になって話そうと努力するのが、却ってマイナスで、両者共に疲れてしまうことになる。救いは、こちらの言っている言葉は、雅子は理解できるので、一応、質問形式を繰り返ことで、何とか伝わる部分もあるが、それは、お見舞いには、あまりにも不適切なスタイルである。
 三つ目の理由は、自分のみっともな、惨めな姿をむやみに曝け出すことへの雅子の躊躇である。それまでのプライドをかなぐり捨ててしまってはいるが、それでも、なるべく、避けたいと思うのは自然だ。
 そんなことで、多くの友人などから温かいお見舞いのお申し出を頂くのだが、失礼なことと承知の上で、極力お断りをさせて頂いている。それでも、友人の何人かは、ご多忙な中、遠路はるばるお越し頂いた。中でも、いつも一緒に食事会などで楽しんだグループの皆さんからは、揃ってお見舞いしたいとの申し出を頂戴していたが、結局は、お一人の方に代表してお見舞を頂いた。今までにお見舞い頂いた皆様に大変感謝しており、この場を借りて厚く御礼を申し上げる次第です。(以下、明日に続く)

537 極めて遺憾な理不尽なXX

 昨日の最高裁大法廷で、国籍法の規定で違憲判決があった。これにより外国人母婚外子が日本人国籍を認定されることになった。要するに、外国人妻との間で、いわゆる「できちゃった」で生まれた子供の国籍に関し、生まれる前に認知されていなければ、日本国籍が取得できなかったというのだ。つまり、認知のタイミングで日本国籍の取得の可否が異なるのだった。その結果、姉妹で国籍が違う家族があったという。今、日本では、この種の対象者が数万人いるといわれている。今回の判決の妥当性を強く思う。
 また、一昨日に取り上げた無戸籍の子供の扱い(535を参照)も同様で、この種の人権に関わる理不尽な法律を放置したままにしている日本の政治は、極めて遺憾な理不尽な政治を続けていると言っても過言ではない。早急な見直し、必要な改定は可及的速やかに検討されるべきである。
 一方、昨日、とんでもない手術ミスの事例が報道された。これも極めて遺憾な理不尽な手術ミスの典型である。その内容は、今年の5月に、茨城県神栖市の病院で腹部の手術を受けた49歳の男性の体内から、腐敗したタオルが見つかっていたという。それは、25年前に千葉県旭市の国保旭中央病院で、その男性に行った手術の際に体内に置き忘れたとみられ、同病院はミスを認めて男性に謝罪したというのだが、誤って済むものでもないだろう。四半世紀もの間、よくぞ大きな事故もなく、無事に生きて来られたのだと驚きでもある。手術を受ける者にとっては、医者、病院を信頼して身体を預ける訳だから、こんな恐ろしい話は、金輪際勘弁してもらいたいものだ。

2.昨日の雅子(153) 6月5日
 予定通り、朝10時ごろからマッサージを受けた、この日で5回目。部分的に、少し痛いぐらいの強さがあるという。次回(6日)に、そのことを伝えて、その調整の良し悪しを話してみたい。なお、通じは大抵昼間が多いのだが、この日は、珍しく深夜にあったようだ。順調なのか、どうか? 
 ところで、昼間はずっと椅子に座っているので、お尻が痛くなる。適当なタイミング(1時間ぐらい)で少し身体を持ち上げてやるように、介護士さんに頼んだ。

3.連載(502) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(129)
 第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (33)

(3)春から夏への介護生活 (その7)
 施設のドリームスペースには1時半頃に到着した。雅子が昼食及びお薬や歯磨きなどの一連の段取りの作業を終えて、一息ついている時だった。太郎も二度目の訪問ということで、雅子の症状を理解していて、優しく雅子の口を拭ってやるなどをしながら、久し振りに水入らずの会話に挑んでいた。言葉はなかなか通じなかったが、それでも雅子は嬉しそうだった。おやつも、少し早めの時間だったが、一考が用意したものを太郎にサービスさせた。ほんの一時間足らずの太郎の介護だったが、雅子には心に残る嬉しいひと時だったに違いない。
 翌日から仕事があるので、この日の内には千葉に戻らなければならない太郎を、2時半頃には近くのおごと温泉駅に送って、一考は一旦施設に戻った。前日に通じはあったので、この日は小用だけを手短に終えさせた。そして、いつもよりも少し早めだったが、雅子の了解を得て施設を3時半前に出た。何とか、うまくタイミングが合って欲しいとその七本柳の地点に向かった。
 果たせるかな、その地点に差し掛かると、まさに、一基の神輿がその鳥居から船に移されているタイミングだった。車のスピードを落として、そのシーンを目に焼け付けるように見届けながら走った。願わくば、近くに車を止めて楽しみたいと思い、事前に駐車できそうな場所を下調べしていたが、案の定、いずれの候補地もいっぱいで、そのまま通過せざるを得なかったのだ。
 しかし、である。幸か不幸か、反対側から来たご婦人が運転する車が、近くに少し空いていたスペースに車を止めようと強引に割り込んで来たのである。あいにく、そこにちょっとした段差があって、車のフロアーが引っかかって動かなくなった。一考の直前での出来事だった。そのため、暫く、そこで停車を余儀なくされたのである。お陰で、余分にその素晴らしいシーンを少し延長して眺めることが出来た。神の配慮なのだろうか、ご婦人の強引さが幸いした小さな幸せだった。夕日に映えて金色に輝く神輿の勇姿が大きく揺れながら、琵琶湖に浮ぶ船に移される勇壮な絵巻は圧巻そのものだった。(以下、明日に続く)

536 東京オリンピック

 2016年の夏季オリンピックの開催地について、今日、IOCはその候補地の絞り込みを行なう。候補都市は、東京の他に、米国のシカゴ、チェコのプラハ、ブラジルのリオデジャネイロ、アゼルバイジャンのバグー、カタールのドーハー、スペインのマドリードの七都市である。一次選考では、東京がトップでパスしそうだという情報もある。
 石原都知事が立候補を宣言した際に、国民、都民はそれほど大きな期待はしていなかったと思う。北京開催の次の次で、バランス上アジアは難しいとされていたからである。しかし、現実に一次選考を通過すれば、急にそのリアリティが出てくるから面白い。どうやら、シカゴ、マドリード辺りとの決戦となるのではないかと言われている。ヤンキースの岡島選手に失礼なたとえだが、当初あまり期待していなかっただけに、意外に「やるじゃん」の感じである。
 思えば、40数年前の東京オリンピックの華々しさが思い出されるが、筆者の生涯で、今一度の日本でのオリンピックを楽しみたいとの思いはある。しかし、その時には、筆者は後期高齢者の仲間入りをする年齢で、果たして生きているかどうか何の保証も無い。
 それはさて置いても、先に、名古屋、大阪が落選しているだけに、三度目の正直を期待したいが、先ずは、今夜の一次選考結果でパスしないと全てはちゃらになる。

2.昨日の雅子(152) 6月4日
 前日に比べると少し元気が無いように見えた。誰でもそうだが、日によって多少の気分の浮沈はある。この日は、家においてあった夏物のセーターを、雅子の要望で、施設に持ち込んだ。

3.連載(501) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(128)
 第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (32)

(3)春から夏への介護生活 (その6)
 4月14日、前日になって急に帰って来た長男の太郎を連れて、雅子を見舞った。太郎が母親を見舞うのは、この日が2回目だった。雅子も、太郎の元気そうな様子を見て嬉しそうだった。
 この日は、一考には楽しみにしていることがあった。それは、この施設に通うことになって知ったのだが、途中の七本柳にある赤い鳥居で行なわれる日吉大社船渡御と呼ばれる歴史絵巻の神事である。
 日吉大社は、全国に3800余りある分霊社、日吉神社、日枝神社の総本宮で、この船渡御は、湖国の三大祭に数えられる日吉大社の山王祭のメインイベントの一つである。7基の神輿が船に移されて唐崎神社に運ばれる神事で、それを繰り広げる舞台が、比叡山とびわ湖を結ぶその赤い鳥居なのだ。手元の資料では、791年桓武天皇の勅願で神輿が唐崎に渡御したことに始まったという歴史絵巻である。
 この七本柳にある赤い鳥居の風景は、毎日施設へ通う一考のお気に入りのスポットの一つである。この日は、昼過ぎに太郎を乗せながら施設に向かう際に、その船渡御の話を太郎に聞かせたが、既に、その時点で、パトカーが一台止まっていたし、赤い鳥居付近には船も一艘浮んでいた。あと数時間後には美しい歴史絵巻がそこで繰り広げられるのだなあと思いながら、何とか、その時間帯に間に合うように戻って来たいと思いながら、一路、施設に向かった。
 一考が、そんな期待を持つようになったのは、雅子がドリームスペースに入居したことが切っ掛けだった。この道を毎日通うようになってから、その赤い鳥居に関心を持つ事になり、確認したところ、それが日吉大社の出先であることを知り、そこから、この船渡御の神事を知ることになったのである。その神事の日程を事前に確認したところ、4月14日の午後3時頃から4時頃掛けて行なわれるということだった。太郎が、急に帰って来たが、そのこと自体は、一考の目論見には、特に大きな支障になることはなく、早目に太郎を最寄り駅のおごと温泉駅に送って戻ってくれば、何とか間に合うだろうと考えていた。(以下、明日に続く)

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535 拝啓、法務大臣殿

 昨夜、無戸籍の女性が生んだ二人の無戸籍の子供に、自治体の判断で住民票が与えられたニュースが放映されていた。民法の300日規定で戸籍が与えられていない実態が2代に渡っていることが判明してきている。
 今朝の毎日新聞では、東大阪市では、人道上の配慮から、子供二人を住民票に記載する対応をしたという。然るべき配慮であり、本当にほっとする。やろうとすれば、このように出来る訳だから、とりあえず、困っている人たちに、他の自治体も適切な対応を採ってもらいたい。
 今年の3月30日付けの毎日新聞の一面トップで、厚生労働省の手当ての支給面からの調査で、少なくとも227人の対象者(07年6月現在)がいることが分かったと伝えていた。この数字は支給対象者が、小学校だけであったり、親の所得が一定以下という制約があるため、実際にはもっと数が多いと思われる。
 生まれて来た人間は法の元に平等な権利が与えられているはずなのだが、戸籍が無くては、生きていくことに何のサポートも得られない不自由な理不尽な状況に置かれる訳で、法の適用外にある。恰も「空気や水も与えられずに、生きていけ」といったような厳しさに相当するだろう。法は人の安全を守ってくれるはずだが、それが逆に弱い立場の人間を苛めているから許せない。100年前に制定された法律だ。一国も早い手直しが必要だ。
 確か、一ヶ月ほど前だったと記憶しているが、無戸籍の人達が法務大臣に直訴していた記憶がある。政治は本当に何をしているのだろうか。特に法務省の対応の鈍さに怒りを覚える。四川省地震での被災者を救う対応が大事なことと同様に、無戸籍の人たちに、一日も早い対応をして欲しいと叫びたい。それが政治なのではないか!!。
 筆者はかつて(07-01-19付け参照)に、この問題を取り上げ、当時の安倍総理に訴えた。それからもう1年半も経過している。それなのに、政治は具体的に何もしないで放置したままだ。まさに、怒り心頭である。
 鳩山法務大臣殿、いろんなことを放言されるのも結構だが、この問題に速やかな配慮、対応を切望するものです。

2.昨日の雅子(151) 6月3日
 この朝、4回目のマッサージを受けた。少しきつく感じる部分もあったようだったが、その方が効き目があるのではと受け取っていたようだ。
 全体的な症状は、昨日に続いて、落ち着いているように見えた。若しかしたら、前月から飲み始めた新薬が効いてきたのだろうか。そうあって欲しいと、何でも贔屓目で見てしまう今日この頃である。

連載(500) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(127)
 第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (31)

(3)春から夏への介護生活 (その5)
 ちょうど、そんなタイミングで、ドリームスペースでも入居者全員を対象に花見の計画が組まれた。そして、桜の咲き具合を見極めながら、参加者希望者を二組に分けて、4月9日と10日の二日間に渡って実施された。雅子らの日吉ユニットは、一日目の9日に割り当てられていた。この日は、前日まで雨が降っていて空模様が心配されたが、幸い天候が回復し、もってこいのお花見日和になった。
 一行のおよそ20数名は、3台のワゴン車に分譲しての大デレゲーションである。雅子のように車椅子のままワゴン車に乗る者が数名で、他の人たちは、通常のワゴン車の椅子席に座ってのドライブである。この花見ではワゴン車からは下りないで、車の中からの楽しむツアーだった。
 10時過ぎに3台のワゴン車で、ドリームスペースを出発し、近くの仰木雄琴のインターチェンジから湖西道路に入って南下、西大津バイパスに入った辺りでバイパスを下りて皇子が丘公園に向かう。この公園の桜はちょうど満開で見ごろだった。三台のワゴン車はゆっくりとしたスピードで、公園内を進んだ。その美しさを誇示するかのように咲いている桜も、ワゴン車の中から多くの人たちに見てもらって、さぞかし満足だったのではと一考は想像した。
 その後、三井寺の方に向かい、その傍を通って疎水に出る。疎水に沿った一帯は、特に桜が綺麗な所だ。雅子も、窓外に視線をやりながらその景色を楽しんだが、如何せん、首を十分にその方向に回せないので、生憎、最適の角度から眺める訳にはいかなかったようだ。それでも、その雰囲気に満足しながら、ワゴン車の走るコースを味わっていた。一行は、その後、雅子がかつては買い物に毎日通っていたスーパーの傍を通って、近江神宮の参道に出た。その直ぐ近くが雅子の自宅だ。雅子はそこで、介護士さんに「ここ、ここ」と伝えたという。その後、近江神宮の前から京阪電車の線路に沿って進み日吉大社に寄って、そこでも桜を楽しんだ後、そのまま施設に戻った。2時間足らずの桜見物のドライブだった。
 施設に戻ったのは昼前で、少し疲れた雅子は暫くベッドで横になって休息した。一考がその日の午後に雅子を訪ねたときには、少し遅い目の昼食を楽しんでいた。(以下、明日に続く)

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534 人間の限界に挑む記録更新

 男子陸上100メートルで9秒72の世界記録が誕生した。5月31日にニューヨークで行なわれた競技で、ジャマイカのボルト選手が出したものである。それは昨年、同じジャマイカ、パウエル選手が記録した9秒74の記録を0,02秒短縮した。
 100メートルの記録は、この50年間で0.23の短縮している。しかし、最近の10年間では、その短縮は0.07秒に止まっている。どうやら、人間の記録の限界が近づいているように感じられる。仮に、今後50年間で、それまでのトレンド通りだと単純に計算すると、0,23秒縮まって9秒49となるが、果たしてどうなんだろう?
 昨日のプロ野球で、今年ジャイアンツに移籍したクルーン投手が、スピード眼で162キロを記録し、それまでの自分の記録の161キロを1キロ上回った。米国での記録が定かではないが、これも、人間の限界に迫る記録だろう。こうなると、測定機器の精度が重要になってくる。同時に、薬物問題、更に進んで人間改造の問題も視野に入れなくてはならないだろう。人間の限界に迫る記録には、感動的な迫力がある。
 一方、火星の探査衛星、フェニックスが撮影した写真から、火星での水の存在が話題になっている。6億8千キロも離れた衛星の探索は、これも人間の限界に挑戦しているが、こちらの方は、科学技術の進歩には限界がなく、まだまだ大きな可能性を残しており、人類の期待は大きい。
 蛇足だが、筆者の妻への介護にも、まだまだ余力はあって、限界は思考外である。

2.昨日の雅子(150) 6月2日
 無難な一日。4日ぶりに通常の通じあり。ほっと。

3.連載(499) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(126)
  第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (30)

(3)春から夏への介護生活 (その4)
 桜の成木の施主になるための寄付の手続きを終えると、一考は何か晴れ晴れとした気持ちになっていた。多少なりとも社会に貢献できたという気持ちが、そうな気分にしていたのだろう。人間は結構単純な動物である。
 手続きを終えたその足で、雅子を見舞うため、一考は施設のドリームスペースに向かっていた。窓外から見る琵琶湖にも、いつも以上の豊かさが感じられた。しかし、その内に、一考の頭の中にある何か足りなさを覚える空白に似たものがあることに気づき始めていた。それは、参道に掲示される賛同者の氏名の欄に、自分だけではなく雅子の名前もあるべきだという思いだった。何故、同時に雅子に分も申請しなかったかという反省が、一考の脳裏でうごめいていたのだった。
 ドリームスペースに到着して、雅子にそのことを話すと、「そこまでして頂かなくてもいいの」と言ったのだが、将来、若し、息子達や孫達が、お墓参りに来た際などに、掲示板の中に、二人の名前が並んでいるのを見つけてくれることもあるかも知れないと話すと、雅子は「任せるわ」と言ってくれた。とにかく、自分達がこの世に生きていた証がそんなところにも残っていたということは、それなりの意味があるのではと二人は話し合ったのである。
 翌日の午前中に一考は、再び園城寺の事務所を訪ねて、前日と同じ申し入れをし、二人並べて書いて欲しいと付け加えた。係りの人は笑顔で頷いてくれた。
 ほっとして、事務所を出たのだが、その帰り道で、一考は、再びはたと考えた。母親にも確認する必要がある。最初にこのチラシを貰った際には、ペンディングにして少し様子を見ようと言っていただけに、自分達二人だけの名前を残すだけでいいのだろうかという思いだった。
 帰宅して母親に話すと、一旦は、自分はもういいからと断ったのだが、暫くして、雅子と同様に「任せるわ」と言い直した。そんな、こんなの事情、経緯があって、一考は、三日続けて、園城寺の事務所を訪ねたのである。かくして、三人揃って、小口の寄付だったのだが、一応は成木の施主として、名を連ねることになったのである。
 日経新聞の三井寺の夜桜の記事が、三日続きの園城寺事務所の訪問に繋がったのである。風が吹けば桶やが儲かるの類だ。(以下、明日に続く)

533 宮川大輔

 今日からもう6月だ。間もなくうっとうしい梅雨を迎えるが、気分を新たにして頑張りたい。
 さて、今日は柔らかい話題を取り上げる。最近人気が出て来ている吉本興業のお笑いタレントの宮川大輔さんのことである。同氏は、京都府出身のタレントと紹介されているが、中学時代は大津市皇子山中学に在籍していて、筆者の次男と同じクラスだった。昨夜も、TBS系列の「世界不思議発見」のゲスト回答者として出演し活躍していた。今や、全国的に名の売れたタレントとして人気上昇中である。
 息子の話では、同氏は、中学生の頃から、将来は芸能界で仕事をしたいと強い希望を持っていて、京都の高校に進学したのだという。そして、その後の努力が実って、中学校時代からの夢を実現させているという出世話しに、大したものだと感心している。息子とは、そんな親しい友人ではなかったらしいが、それでも応援してあげたいと言うファン心理が芽生える。今後の一層の発展、活躍を期待している。
 ここで、滋賀県出身の芸能人を総括しておきたい。数はそんなに多くなく、筆者の頭に浮ぶのは、片手で足りる人数だ。
 今、活躍している方では、2時間推理ドラマで活躍中の船越栄一郎さんと結婚した松居一代さん、それに若手のグラビアアイドルの和希沙也さん、それに、少し遡ると、鶴岡政義と東京ロマンチカのボーカルを担当した三条正人さんもその一人で、同氏は膳所高校の出身で、筆者の妹と同じ学年だったという。また、クラリオンガールに選ばれて女優になった烏丸せつこさんも、確か石山高校の出身だ。変わったところでは、大相撲で関脇を務めた後に引退してタレントとして活躍した蔵間さんも滋賀県出身だった。
 いずれにしても、滋賀県出身のタレントは、全国的に見ても数が少なく貴重な存在だ。

2.昨日の雅子(149) 6月1日
 平穏な一日。特記事項なし。

3.連載(498) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(125)
 第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (29)

(3)春から夏への介護生活 (その3)
 一考が、三井寺の夜桜見物をする切っ掛けとなった日経新聞の三井寺の桜のランキングの記事が、同時に、一考にある殊勝な考えを思いつかせたことになった。
 その話は、この年の初めの頃に遡る。正月気分が未ださめやらない頃だった。新聞受けに一枚のチラシが差し込まれていたのである。それには、三井寺の桜とタイトルし「桜の成木の施主募集」とあり、「1本10万円(一口5千円、20口)で一本の桜が育ちます」と書かれていて、その施主を募集するチラシだった。
 その詳しい内容をみると、現在、三井寺には1500本余りのソメイヨシノがあるが、これを1万本のしたいという計画に賛同してもらいたいというのである。そして、そこに平家物語の「さざなみや 志賀の都は荒れにしを むかしながらの山ざくらかな」という句が添えられていた。
 数年前に、三井寺霊園に、相坂家のお墓を移したこともあって、そのチラシが入れられていたのだと解釈し、母親とも相談したが、結論を急ぐこともなかろうということでそのまま放置しておいたのだが、その日経新聞の三井寺の桜の記事に、そのチラシのことを思い出したのだった。
 そして、改めて自分の人生を振り返ってみて、今まで、その種の社会的な貢献は全といっていいほど何もしないままで、もうその終点に近づいていることに忸怩たる思いがあった。多少なりとも何らかの貢献という意味で、この施主は格好の形ではないか。桜と云う記念の印を残して置くのには、それなりに意味があるのではという思いがふつふつと沸きあがってきたのだった。そのチラシに寄れば、賛同者の名前を記して然るべきところに掲げて残してくれると言う。社会的な貢献と言う意味では、実に些細なことなのだが、一口乗っておくのも悪くはないと、一考は今までにない殊勝な気持ちになったのである。
 そして、その翌日にその施主になることを申し出るために、圓城寺の事務所を訪れたのである。穏やかな春の日だった。(以下、明日に続く)

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