プロフィール

相坂一考

Author:相坂一考
滋賀県大津市出身
07年1月に推理小説「執念」を文芸社から出版
14年7月に、難病との戦いを扱った「月の砂漠」を文芸社から出版

このブログは3部構成です。
 1.タイトルへの一言。
 2.独り言コラムで、キーワードから世の動きを捉えようと試みる。
 3.プライベートコーナー
   (2015-06-03に修正) 

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593 異能の男の勝負の仕方

 3000本安打は、単なる通過点だと見ていたので、そんなに大きく取り上げることもなかろうと思っていたが、当のイチロー選手は、意外にも気合が入っていたのにびっくりさせられた。「第一球目から勝負するつもりで狙っていました。ホームランでなかったのが残念」とインタービューに明るく、多弁に答えていたのが気持ち良かった。一本、一本の積み重ねで築いた作品で、たゆまぬ汗と努力の結晶だ。 
 1995年の春に「3000安打を打つのはおまえだ。最終的には抜いてもらいたい」と大先輩の張本選手から託されたのを思い出すという。今朝の日経は「挑戦は終わらない」として、8年連続200安打、メジャー2000安打、そして、過去二人の4000安打があると、目標を羅列し、「すごく遠いけど見えないことはない」と話すイチローの言葉を伝えている。異能の天才の今後の勝負の行方に、国民の関心は高まるばかりだ。
 さて、島田紳助がプロデュースしているアラジンというグループの新曲「陽は、また昇る」が、今日発売されるらしい。発売前から、テレビ番組の「ヘキサゴン」での前宣伝の効果も大きく、大ヒットの予感をさせている。明るく、元気が出る歌で、サラリーマンの応援歌だという。
 それにしても、この異能の男、島田紳助の能力には思わず惹きつけられてしまう。話術の巧みさを武器に、番組を作る能力、そしてスターを生み出し、作品を作り出す多彩な能力は、実に大したもので、その底なしの能力の深さに感心するばかりだ。芸能界だけでなく、ビジネスの世界でも成功しているというから驚きだ。「好事魔多し」というから、変なことで転ばぬように願いたい。
 昨日の午前中の関西テレビの番組で「中条きよし」の挫折から栄光の座への苦労を取り上げていた。面白かったのは、彼の出世の切っ掛けとなった「全日本歌謡選手権」という番組で、10週抜きの栄冠を物にするのだが、その勝負処の7週目で、思い切って審査員であった淡谷のり子の持ち歌「別れのブルース」で勝負に出たという。そこには、その曲を作った服部良一さんも同席していて、お二人から絶賛の言葉を得たという。淡谷さんは「私よりお上手」といい、服部良一さんは「感無量です」とコメントしたという。真っ向勝負する男の生き様に少し感動した。
 そんな中で、福田総理もいよいよ内閣改造の勝負に踏み切るようだ。一見煮え切らないように見える掴みどころの難しい総理だが、どんな異能ぶりを見せてくれるのか、大いに注目して見守りたい。

2.連載(558) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(186)
  第五章 施設生活半年を終えての総括(24)

(4)小さな幸せの事例(その2)
B. 優しさ、親切、好意
 施設でお世話になっていて感じることは、ご担当頂だいている介護士さん、看護師さんたちの優しさで、大変有難いことだと思っている。介護と云う大変苛酷なお仕事だが、皆さん、嫌な顔も見せずに一生懸命尽くしてくださる。人事異動があってちょっぴり寂しい思いをすることもあるが、新しい方も含めて一貫した優しさ、真面目さ、忠実さがあってその有難さに感謝している毎日である。時として、雅子が体調のバランスを乱して、介護士さんに余計な迷惑を掛けることも多くあるが、苦情もなく、適切に処理頂いていることには、頭が下がる思いである。こんな時には、小さな幸せと云うよりも大きな幸せを実感するのである。
 今でも記憶に生々しく刻まれている幸せを覚えたシーンがある。それは或る時の通院時での駐車場で受けた優しいサポートの有難さでだった。診察を終えて駐車場に戻り、雅子を車に乗せようとした時だった。一考の車の隣に、別の車がぴったりと止められていて、作業がいつものように出来ず、大苦戦となったのである。
 困り果てて、通り掛かった方の車を止めて、助けをお願いしたのだが、快く応じて頂いたその時の優しい手助けに、「小さな」ではなく、「大きな幸せ」を覚えたのである。馬鹿げた話だが、駐車場には、一般車の駐車場と車椅子の専用駐車位置があるのを知らないという基礎知識の欠如が失敗の原因だった。お陰で、今では無難にマネージできている。
 さて、障害者を抱える立場になった一考が思うことは、皆様が大変親切で優しいことだ。施設に入る前からも、多くの温かい気遣いを頂いたことが心に残っている。たとえば、電車で通院していた時の気遣いもそうだったし、最近でも、車椅子で道を進んでいる時にも、周りの方の優しさ、温かい心遣いが溢れていて、うれしい限りである。日本も、まだまだ棄てたものではないと前にも書いたが、今でもその気持ちに変わりない。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(204) 7月30日分
 この日は、何故か今一つ元気がなかった。この日から、朗読は村山由佳の新作、『おいしいコーヒーの入れ方、第2部、2巻、「明日の約束」』を開始した。相変わらず、年上の女性、元教え子の恋愛小説だ。
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592 生きることの大切さ

 昨日の夕方、妻の介護を終えて帰宅し、母親の夕食を準備しながら何気なく見ていたテレビ番組の「ムーブ」(朝日放送、関西ローカル)で、元PL学園の一員として甲子園で活躍した清水哲さんが、重度障害者になっての毎日の奮闘振りを紹介していた。
 同氏は、今から24年前に甲子園の夏の大会の取手二校との決勝戦で、エースの石田文樹投手(後に横浜ベイスターズ入りしたが、今月15日に直腸がんで死去)から、9回裏に同点ホームランを打って活躍したヒーローだったが、その後同志社大学に入って、一回生の時の試合中に相手の選手とぶつかり、第4、第5頚堆脱臼骨折し、身動きできない障害者となった。その後、両親の介護を受けるが、父親が脳梗塞で倒れるにいたり、病院を転々とする生活から、一人での必死の頑張りが始まり、やっとのことで自立生活を確保できるようになったという。そんな生活の積み重ねの中から「生きる」ということの大切さを訴えているという話だった。最近、同氏が出した、「生きる」というCDには、自らの作詞で訴えている素晴らしい詩がある。
 「人はどんな体でも、勇気を持って生きること、………。 
 生き抜くことに価値があるはず、」
 この熱い頑張りの話を、今日、筆者の妻にも紹介してみる。きっと、勇気をもらえるはずだ。世の中には、そんな苦しさと戦っている人は多いのだ。雅子も、もっともっと頑張らなくっちゃ!
 ところで、その清水哲氏のブログを見て、初めて知ったのだが、このような 重度の障害者の生活をサポートする環境制御装置(ECS)なるものの存在である。コンピューター技術を応用した最新の技術だそうだ。清水哲氏もこれがあって、初めて自立生活が出来ているという。筆者も、このECSについて早速、その内容、使用の可能性を検討してみたい。世の中には知らないことも多い。

2.連載(557) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(185)
  第五章 施設生活半年を終えての総括(23)

(4)小さな幸せの事例(その1)
 今日から、何回かに渡って、今年前半に頂いた温かいご好意、或いは心に沁みた小さな幸せを総括してみたいと思う。普通の生活をしておられる一般の方から見れば、「なんだそんなこと」と馬鹿にされるような小さな幸せだが、今では二人にとっては生きている証であり、それによって勇気付けられるエネルギーの源なのだ。人間、一人では生きられない。周りの多くの人たちの優しい一言、温かい思いやり、力強い応援の後押しがあって、そこからの励ましで頑張れるのだ。そんなことを実感している毎日なのである。
 A. お天気
 このドリームスペースに入居し、個人的な外出は、今のところ、通院だけに限られている。施設が計画してくれている諸々の企画で出掛ける場合は、施設できちんとマネージしてくれるので、一考が介護したりする心配は何もない。
 しかし、その毎月の通院だけは、一考が自らが責任を持って対応しなければならない。その際に、一考が気にしているのは、その日の天候である。何とか、雨だけは降らないように願っているのだ。それというのも、雨が降って困るのは、雅子の移動が大変だからである。駐車場が外にある醍醐の吉田病院の場合は特に大変だ。車への乗降作業がとても大変で、下手するとずぶぬれになってしまう。また、そこから病棟までの移動も容易でない。屋内の駐車場を使う京都駅前の吉田病院の場合は、駐車場から病院への距離がかなりあって、こちらも同様に大変である。雨量によっては、雅子に雨合羽を着せての移動になるが、200メートル近い距離を傘を差しての移動となる。
 通院日は遅くとも一ヶ月前に決まっている。従って、いつも、その通院日の一週間前の天気予報から注目している。そこで、大体の天候の流れを捉えられるが、大抵の場合、この時点での予報は必ずと言っていいほどずれが出るので、それほど神経質には受け取っていない。しかし、段々と日が迫って来て、数日前の予報には、結構、ナーバスになることもある。晴れの予報であれば、そのまます推移して欲しいと思うし、雨であると何とか前後にずれて欲しいと願うのである。
 前日になると、その的中率が上がるので、雨と云う予報であれば、今度は、せめて、通院時間帯だけでも、少しずれて欲しいと思うし、また、最悪でも、その時の降雨量が少なくあって欲しいと願うことになる。
 結果的に天候がよかったり、雨の日でも時間がずれてくれたり、降雨量が少なかったりすると、本当によかったという、ささやかではあるが、小さな幸せを実感するのである。
 今までの実績を確認してみると、この施設に移ってから半年間で10回の通院があったが、お陰様で、雨の日は1回だけで、それも、その時間では、かなり少ない降雨量であった。そういう意味では、殆どの場合において、ありかたく、小さな幸せを喜んだのである。神様に感謝、感謝である。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(203) 7月29日分
 数日前までの口数の少なかった状態から戻ってきていることは確かである。よかったとの思いが頭を過ぎる。加えて、昨日のトイレでの出血も問題はなかったようだ。この日は、とにかく、まずまずの一日だった。

591 スポーツも夏本番

 昨日は北京オリンピックの結団式、壮行会が行なわれ、オリンピックへの関心も一気に高まってきた。アテネで得た16個の金メダルを超えるのは難しいとされているが、それの突破を目標に頑張って欲しいものだ。
 高校野球も90回の記念大会で55校の出場が決まり、こちらも盛り上がりそうだ。最後の出場枠となった南大阪地区は、近大附属高校とPL学園の間で決勝が行なわれたが、試合はもつれて延長12回の死闘なったが、近大附属が幸運の女神を掴んだ。PLには、あの清原和博選手以来、25年ぶりの1年生の4番バッター、勧野甲輝選手がいて、2ランホームランを含む4打点と大活躍し、7回を終わった時点で4点をリードしたが、9回に追いつかれ、惜しくも甲子園出場はならなかった。しかし、この勧野選手の今後は、大いに注目されよう。なお、滋賀からは近江高校が9回目の出場を果たした。7年前に、県下では、唯一決勝戦まで駒を進めたことのあるチームである。今年こそは頂上を目指して欲しいとの期待は大きい。
 ペナントレースが終盤に入ったプロ野球も、両リーグともクライマックス意シリーズ出場権を掛けて3位以内を目指す面白い順位争いが展開されよう。そんな中で、大記録を目指して頑張っている選手が何人かいるが、連続フル出場試合の金本選手は別格として、200勝を目指す中日の山本昌投手が、遂にあと1勝と王手を掛けている。また、米国では、イチロー選手が通過点の3000本安打はあと2本で、今日にも到達する可能性があるが、同氏の狙いは、8年連続200安打の達成で、これには、あと58試合で72本が必要で、厳しい戦いが続くことになる。
 ゴルフ界は、今週は全英女子オープンが行なわれる。今年最後のメジャーツアーで、日本からは、上田桃子、宮里藍、不動祐里、横峯さくら、馬場ゆかり選手が出場する。是非、優勝争いに加わって楽しませて欲しい。いずれにしても、スポーツ界はこれから夏本番だ。
 そんな楽しい話題の裏で、昨日は、集中豪雨による事故で気の毒な犠牲者も多く出た。無差別殺人事件も後を断たない。危険がいっぱいの夏本番でもあり、いつも以上の注意も必要だ。

2.連載(556) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(184)
  第五章 施設生活半年を終えての総括(22)

(3)様々な企画、施設の配慮(その3)
 その翌日の4月24日には、初めての外での昼食会があった。この施設の直ぐ近くにあるファミリーレストラン、ガストで行なわれた。外出とあれば、近くても、やはりワンボックスカーでの出陣となる。
 雅子は、メニューの選択では、皆と同じお肉を頼んだようだった。しかし、出てきたお肉は硬くて飲み込めず、仕方なく、別に頼んであったハンバーグのドリアに変えてもらったという。ともかくも、大きな迷惑も掛けることなく予定を終えたようで、一考も安心したのだった。
 この日は、一考の車の定期点検日で、一考も始めてJRを使ってのドリームスペース訪問となった。改めて車の便利さを思いながら、駅までの僅かな距離だったが歩いての訪問だった。驚いたことには、数年前までは、何千キロも歩いていたにも関わらず、歩く力がすっかり衰えているのを知ることになった。やはり、継続した訓練の大切さを知らされたのだった。
 施設では、そんな外出以外にもお天気のいい日には、車椅子で外を廻ったり、屋上に出て景色を眺めさせてもらうこともしばしばである。気分転換には、施設ではいろいろとアイディアを出して考えてくれている。
 連休の始まった4月29日には、お好み焼きのサービスがあって、雅子もご相伴に与かった。3時のおやつの時間のひと時は、いつも一考が来て、適当なサービスをしているのだが、この日は特別のサービスを受けたのである。結構な量だったが、それをぺろりと平らげるあたりに、食欲の健全さを見たようで一考もほっとするのだった。この施設に入居以来、三度の食事は全て介護士さんにお世話になっていて、雅子の食欲には、直接知る機会がなかったが、この日の食欲の実情を見て安心したのである。
 6月には美術館巡りがあった。琵琶湖大橋を渡って対岸の佐川美術館を巡って心の洗濯を楽しんだようだった。
 とにかく、いろいろと考えてくれている。これからの企画に大いに期待したい。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(202) 7月28日分
 この日は、口数が戻っていた。以前のように増えている。お薬を調整した効果なのだろうか? とにかく、ほっとする。
 未明に通じがあったようだが、帰り際にも少しあって、それに血液が混じっていたので、ナースがチェック。身体には異常がないので、取り敢えずは様子を見る。その他に、いつも握り締めている手の中に少し湿疹のものがあり。クリニックに連れて行ってもらった。お薬を使うかどうか、これも様子を見ることになった。

590 サキヨミへの違和感

 あの秋葉原の無差別殺人事件から今日で50日目だという。亡くなった方々に、改めてご冥福をお祈りします。しかし、その後も八王子での事件もあり、無差別の凶悪事件は後を断たない。困った風潮である。
 ところで、巨人軍の二岡選手とのふしだらな関係で、キャスターだった山本モナさんが降板したフジテレビの番組「サキヨミ」を、昨夜、たまたま見ていた。その時に、たまたま、議論していたのが「殺人をしてはいけないということを学校でも教えなければいけないか」という話題だった。
 こんなことは学校で教える以前の問題であって、その話題の取り上げ方自体に、筆者はギャップを感じていた。もちろん、学校で教えることに異論がある訳ではないが、そんなことまで教えなければいけないかと思うと、情けなさを超えた虚しさが込み上げてくるのである。筆者の思いと同じ発言をしたのが、サキヨミルーキーのウエンツ瑛士というレギュラーが、素人っぽくそう主張したのだが、女性の品格などの著者、坂東眞理子さんやジャーナリストの上杉隆氏などの「サキヨミ解説委員」と呼ばれる方達が、それを否定するような形で、コメントしていたのに、筆者には大いに違和感を覚えたのである。
 なお、この日のこの番組のメインテーマは「そのような相次ぐ無差別殺人は、あくまでも特殊な人間が起こした事件なのか」で、視聴者からの「Yes,No」の投票を呼びかけていた。その最終結果がどうなったかは確認してないが、途中の段階で、「普通の人間だ」というのが多かった(?未確認)ようで、それにも納得しがたい違和感を覚えていた。

2.連載(555) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(183)
  第五章 施設生活半年を終えての総括(21)

(3)様々な企画、施設の配慮(その2)
 3月21日の午前中に、施設の近所にある幼稚園生、十数人が慰問に来てくれた。雅子も初めてそれに顔を出させてもらった。この種の慰問はテレビなどでよく見かける光景だ。しかし、雅子の場合は、手足が動かせず、身動きも取り難い上に、言葉が不鮮明だから、相手をしてくれた幼稚園の生徒さんも、どうしていいか分からず、少々戸惑っていたようだったという。雅子も、どうしていいか困っていたことだろう。ともかくも、一つの体験で、そんな積み重ねが、雅子を強くしてくれるのだろう、と一考は思うのだった。
 お花見会に参加したのは4月9日のことだった。買い物の場合と同じように何台かのワンボックスカーに分乗してのドライブである。この日は、天候は花曇りで格好の花見日和だった。施設の近くの仰木御琴から湖西道路に入って南下、近江神宮の裏に出て、そこから皇子山公園、三井寺、疎水辺りで桜を楽しんだ後、帰りには日吉大社の桜を楽しむコースだった。桜は少し散り始めてはいたが、それでもその華やかな美しさに、皆は満足気だったようだ。途中、二本松の自宅の近くを通ったことで、雅子には感慨深い一日になったようだった。
 お誕生会は1月、3月に続いて4月、そして6月にも行なわれた。4月の誕生会の時には、ちょうど、お兄さん夫婦がお見舞いに来てくれていた。いずれも日にも、雅子は顔を出して、その雰囲気を楽しんだ。
 突如、獅子舞が姿を現したのは、その4月の誕生会の一週間後の4月23日の午後のことだった。ちょうど、一考が訪問しているときで、思いも寄らない素敵な獅子の舞にひと時を楽しんだ。聞くところでは、伊勢神宮から廻って来てくれている一行で、その踊りにはさすがに格調の高さが窺えた。毎年、この施設に来てくれているようで、一風の清涼剤のような気分を味わった。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(201) 7月27日分
 体重測定日だったが、当月も、ほぼ前月並みの微増と云うことだった。しかし、ここに来て口数が少なくなっている。喋るのがおっくうだというらしい。心配である。

589 タイブレーク制度

 今朝の新聞が、北京オリンピックの野球で「タイブレーク」制度が導入されることが決まったと報じている。既に、ソフトボールでは実施されている制度だが、突然の発表に星野仙一全日本監督は反発しているという。
 この制度、具体的には延長戦の11回以降は、ノーアウト1.2塁から試合を始める方式。打順も、11回は、任意のところから始めていいというもので、試合時間の短縮化を図ろうとするものだ。絶対的な押さえの投手がいると心強いが、阪神の藤川、中日の岩瀬はどうだろうか。このところ、彼らにも、最近は今一つのところが見られ、完璧じゃないのが気になる。
 さて、このニュースに、政治にもタイブレーク制度的なものを導入したらと考えてみた。支持率が或るレベル以下になって、大事な法案や課題などが全く進まなくなった場合に適用する簡易式政権交代制度だ。今のような総選挙や参院選挙などをせず、攻守ところを変えられる制度があれば、世の中が変わることは必至だ。
 しかし、今の憲法下では、そんなことは出来ないのだろうが、政治の時間短縮化を図る制度を導入してもらいたい気持ちは強い。もちろん、政治の安定制とのバランスも大事となろうが、何かそんな突破口を考えてみたくなる今の政治状況だ。
 ところで、今朝のTBSの時事放談に、与謝野馨氏と岡田克也氏が出演していた。来るべき民主党の代表選挙に関し、岡田克也氏が出馬に含みのある「ノーコメント」を繰り返していた。新しい代表は、総理を担う可能性が高いだけに、同氏の動向は国民の大きな関心の的でもある。さあ、最終的にどんな判断をするのだろうか、興味深い。

2.連載(554) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(182)
  第五章 施設生活半年を終えての総括(20)

(3)様々な企画、施設の配慮(その1)
 入居人に気分転換を図る機会については、施設でも積極的に考えてくれているのが良く分かる。今までにも、お正月の催し、誕生会、節分での豆まき、花見、買い物、獅子舞、そして食事会など、毎月一回ぐらいは何かを考えてくれている。
 それらの催しには、介護士さんが総出で、或いは他のユニットや看護師さんのサポートを受けて行なわれることもある。何しろ、雅子のような身体が不自由な方を外に連れ出すのは大変な作業だけに、介護士さんたちには手が掛かる仕事になる。、
 そのほかにも健康管理には細かい配慮もされている。毎月の体重測定、年一回の人間ドックや、専属医師の毎週の廻覧による問診などが行なわれるし、何か異常があれば、附属のクリニックにも連れて行ってくれる。そういう意味では、介護には万全を尽くしてくれている。有難いことだ。
 それでは、ここで、3月から5月に掛けて、雅子が受けた幾つかのサービスについて簡単にレビューしておこう。
 最初に行なわれたのは、お買い物ツアーだった。これは2月に一旦計画されたのだったが、その日が大変な雪であったので、一旦延期されて、3月5日に行なわれた。
 雅子のいる日吉グループの9人が揃って車椅子での出陣だった。一見、壮観な出で立ちなのだが、付き添う介護士さんの数が足りないことから、看護師さんや他のユニットの介護士さんも応援してくれた。それぞれが、介護士さん付きで好きな買い物コーナーを勝手に廻って、買い物を楽しもうといのだった。
 その買い物をする場所は、堅田駅近くにあるスーパーで、そこまではワンボックス車3台に分譲して出向くのだ。この日も雪が少し降っていたが、車での移動には支障がなく、店内をツアーする訳だから問題がないということで決行された。今回は、初めての催し物だったので、雅子のリクエストもあって、一考も同行した。
 この買い物ツアーの主旨は、入居人が必要なもの、欲しいものを、自らで探して買うと言うところにある。ちょっとしたお菓子から、少し値のかさむ衣料などに至る幅広い希望を満たして上げようということのようだった。そういう意味では、雅子の場合は、とりたててそんなものを買う必要はない。必要なものは、その都度、一考が持ち込んでいるからである。10時過ぎに出かけて昼食を済ませて帰って来るという半日のお楽しみ企画であった。気分転換には、確かに格好のツアーで、好企画の一つだったと思う。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(200) 7月26日分
 通院日。11時半頃に施設を出て醍醐の吉田病院へ。大きな車の後ろについて走っていて、うっかり病院を通り過ごす。慌ててUターンして戻るというお粗末。
 この日は八回目の手首や首をやわらかくする注射の日。6箇所に打ってもらう。大変痛そうだったが、弘子もこの我慢は慣れていた。3時前に施設に戻った。少々、疲れたようなので、雅子は暫くベッドに横になる。この日も、言葉数が少ないのが気ってい。

588 内閣改造はやるの?

 昨夜は久し振りに会社のOBメンバーの何人かと懇親した。妻の雅子のいる雄琴の施設のアクティバ琵琶の近くにある雄山荘という立派なホテルでの一席だった。高台に建っていて、窓からは琵琶湖が一望され、アクティバ琵琶も眼下に見下ろせる。素晴らしい眺めに酔い、美味しいお酒、料理に酔もってしまい、どうして帰ったか全く記憶がない。朝起きると、コンピューターのある仕事部屋の机の下で寝込んでいた。どうやら、大きな失敗もなかったようで、ほっと一息ついたところである。
 さてと、今朝の新聞(日経)をみると、社説では「前原氏らは代表選で小沢氏と渡り合え」とあるし、岡田氏が小沢氏と異なる認識で、代表選に「熟考中」とある。無投票で三選を期している小沢氏に、一陣の風が起きつつある。前原ファンの筆者には、面白い動きである。
 一方の福田総理だが、どうも煮え切らない。内閣改造をやるのか、やらないのか、相変わらずのお惚け振りが続いていて面白くない。筆者としては、思い切った人事の刷新は大歓迎である。
 小沢一郎、原辰徳、宮里藍の笑顔を見たくない筆者だが、新たに、福田康夫氏の笑顔も見たくなくなった。筆者も変わり者なのだろう。


2.連載(553) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(181)
  第五章 施設生活半年を終えての総括(19)

(2)マッサージ復活へのあれこれ(その4)
 いずれにしても、今までの雅子の治療に関する対応は、骨太方針のない行き当たりばったりの泥縄式の繰り返しだったが、可能性があると思われるものには何でも食いついて治療への寄与を期待して取り組んだが、残念ながら、それらが報われたという感触はない。
 4月度に吉田病院で定期診断を受けた際に、春日先生から、右手を使って字を書くことを訓練してみてはという示唆があった。
 全く何も出来ないと諦めていたので、それまでには、そのようなことは、思いもつかなかった示唆だった。なるほど、それこそがリハビリなのだろう。何とか、それに挑戦してみようと思い始めた
 翌日から、そのことを実行に移そうと試行錯誤を開始した。先ずは、何とかペンを握ることが先決で、そのための訓練を始めたのだが、それが考えていた以上、雅子には難しい作業だった。握り易いように、少し太めのマジックペンを握らせるのだが、手が震えていて、とても無理だった。そこで、とりあえず、数日は、ペンを握る訓練に終始することにした。焦っても始まらない。ゆっくりと構えてゆこうと一考は考えていた。
 一方、雅子の姿勢は相変わらず俯き加減の姿勢である。頭が重そうで気になり、それを持ち上げてやろうとすると止めて欲しいという。首が痛いようだ。仕方なく、そのまま様子をみるのだが、気掛かりな姿勢だ。それだけに、ペンを握らせようとしても、その姿勢が、握ろうとする試行を邪魔しているように思える。このままでは、リハビリもうまく行かない。どうしたものかと思案に暮れる毎日だ。
 それから、早いもので一ヶ月が過ぎたが、このリハビリもいつの間にか、実行するのが億劫になり、何の成果も残さないままお蔵いるの状態になってしまった。三日坊主と言うよりも、雅子には向いていないリハビリのようなのだ。一口で言えば、遣り甲斐のない作業だからである。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(199) 7月25日分
 午前中に入浴、マッサージは午後だった。通じもあって、体調はよかったようだ。少ずつ続けている朗読で、村山由佳の「天使の梯子」を読み終えた。処女作、「天使の卵」と同じパターンの作品だ。彼女は年下の男性がすきなのだろう、と改めて思った次第である。雅子の、感想も、まあ、まあといったものだった。

587 息詰まる女の戦い

 アメリカ女子ゴルフツアーの今年最後のメジャー戦である全英女子オープンを来週に控え、その前哨戦のエイビアンマスターズが昨日からフランスのエイビアンで始まった。日本からは、宮里藍と上田桃子が出場しているが、初日の昨日は、二人が珍しく同じ組で廻った。そのスコアーをインターネット速報でフォローしながら、二人の火花散る心理戦を想像して面白かった。
 結果は、上田桃子選手が2アンダーで20位タイに対し、宮里藍選手は2オーバーの60位タイと出遅れた。好調が伝えられていた宮里だけに、その出遅れは、来週のメジャー戦にも微妙な影響を与えそうだ。
 どちらが先に米国ツアーで優勝するかは、日本のプロゴルフファンには堪らない興味がある。それだけに、二人の戦いには、強い関心がもたれていたが、戦いは最初のホールからドタマティックに始まった。桃子がバーディを奪って先制したのである。しかし、さすがは宮里だ。2番のショートホールでバーディを奪い返して、宮里に安堵感が戻った。その後、パーをキープした二人だったが、6番、7番では、宮里が貫禄の連続バーディを奪取して3アンダーとし、一気に上位に浮上した。この段階でトップは、4アンダーで、首位と1打差と迫っていて、やはり、下馬評通り、宮里のこのところの好調さを実感させた。一旦、2打差と引き離された桃子だったが、次の8番のショートホールでは良く頑張ってバーディを取り、宮里との差を1打として前半を終えた。
 二人の熱の入った戦いのドラマは、後半に入って大きく動いた。まずは、11番で桃子が、この日初めてのボギーを叩いて一歩後退。やはり、先輩の宮里藍に「一日の長があるなあ」と思ってフォローしていたのだが、次の12番で事件は起きた。まさに「好事魔多し」で、好調の宮里がトリプルを叩いて、一気に貯金を吐き出したのである。どうやら、OBを出したようだった。そのショックが尾を引いたのか、続く14番でもボギーで、スコアーを1オーバーと落としてしまった。この宮里の躓きに、一気に勝負に出たのか、力が入ったのか、次の15番の得意のロングホールで、上田桃子は無念のボギーを叩いて、これまた貯金を失くしてしまった。これは拙い。日本人全滅かとの不安が筆者の胸中を駆け抜けた。
 そして、二人の戦いは大詰めに入ってゆくのだが、そこでも、ドラマは更に動いたのである。OB直後の16番で桃子がバーディーを取り返し、息を吹き返したのである。その一方で、宮里が更にボギーを重ねて+2と後退した。がっくりと来た宮里の様子が目に見えるようだった。勢いを取り戻した桃子は、フィニッシュの18番のロングホールをバーディーで締め括り、まずまずの-2で第一日を終えた。+2の宮里との差は4打である。
 試合後のインタビューを速報記事で見ると、桃子は「ラッキーだった」と謙虚にコメントしているのに対し、宮里藍は、「全体としていい感触だ。あのOBだけがいけなかっただけで、まだまだ上位を狙える」とあくまでも強気である。今朝の新聞には、コースを談笑しながら並んで歩く二人の笑顔の写真が載っている。そこには、女の息詰まる戦いの片鱗も窺えない。
 さて、今夜、第2ラウンドを迎えるが、今日は成績順に組み合わせが変わるため、それぞれ別の組で廻る予定だ。どんな戦いになるか楽しみである。なお、第一日を終えてのトップは、今年前半絶好調だった、メキシコのオチョアが、やっと長い不調から息を吹き返し、ノーボギーのー7バーディーと絶好調で、上田桃子とは5打差である。

2.連載(552) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(180)
  第五章 施設生活半年を終えての総括(18)

(2)マッサージ復活へのあれこれ(その3)
 この女性のマッサージ師によるマッサージが、どの程度この病気に効果があったかもよく分かっていなかったが、それでも、雅子の表現を借りれば、マッサージを受けている間は、その部分に快感を受けて気持ちいいことは確かなようだった。
 しかし、このマッサージサービスもドリームスペースに入居したことで、その方が、この施設までは通う訳にはいかないことから、残念ながら中断せざるを得なくなった。その後。実姉の霧子さんから、マッサージがあった方がいいのではとの話もあって、雅子が、この施設での生活に落ち着きを取り戻した3月半ばになって、改めて、その種のサービスの再開を企図し、前にお世話になった窓口に改めてお願いしてみると、男性のマッサージ師なら施設への通いも可能だと言うことを知った。
 ドリームスペースの介護部の責任者の桜井さんに、そのことを相談したのが3月末だった。その時の桜井さんの話では、この施設でも、その種の専門家を置くことを検討しているので、少し待って欲しいということだった。そこで、ともかく、施設での段取りが整うのを待つことにしたのである。この間、自宅に置いておいたマッサージ付き椅子を施設に運び入れ、その活用も図った。
 その後、この施設でのマッサージの件は、費用のことなどで多少の紆余曲折があったが、5月の最終週から、週3回の訪問マッサージを受けることが出来るようになった。一回のサービス時間は15分間と以前よりも短いが、マッサージを受けている間は、雅子は、以前と同様に、その部分での気持ちよさを感じられるようだ。
 そういうことで、マッサージはあくまでもマッサージであって、症状が治ると言った病気の治療には結びつかないが、引き続きお願いをしているのである。
 こうして、振り返ってみると、下手な鉄砲を数多く打って来たようで、充実感に乏しい対応だったと反省しきりである。鍼治療に始まり、電子線照射、マッサージ付き電気椅子の購入、そしてマッサージサービスと次から次へと形は変わったが、実質的な効果とは無縁だった。いずれも、一時しのぎの対応で決め手になるものではないことを承知しながらも、他に適当な方法もなく、致し方ない対応だったと自己弁護しているが、それらは、如何にも一考らしい、行き当たりばったりの応接だったともいえる。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(198) 7月24日分
 特記事項なし。前日とほぼ同じ。

586 かわいい魔性の女

 今朝未明、東北で震度6強の地震があった。また、東北だと云うことで、被災地の方々にはお気の毒だが、改めてお見舞い申し上げます。自分勝手で申し訳ないが、琵琶湖湖岸でなくてよかったと思ってしまう。
 さて、今日の話題は、今朝の地震ではないが、男心に震度6ぐらいの衝撃を与えてくれる芸能界のかわいさをもった魅力ある女性の話をしてみたい。
 最近のトーク番組を見ていて感じるのだが、筆者がかわいくて面白い女性と思う一人が、元Winkの相田翔子である。1970年生まれというから、もう40歳が近いが、そのかわいさは男心を妙にくすぐってくれる。鈴木早智子と組んでWinkで芸能界にデビューした頃は、仕事にかまけて、ほとんど気づかないままだった。1989年には「淋しい熱帯魚」という楽曲でレコード大賞を取っているが、生憎、この頃、筆者は、談合という法律違反の疑いで、公正取引委員会のお世話になっていて、この歌を知るゆとりがなかった。
 彼女の魅力の一つは、その独特のトークにある。何か間が抜けているようで、そして、とぼけているようでいて、惹きつける何かを持っている。天然ボケと言われているようだが、かわいい顔で、一生懸命話してくれる真面目そうに見えるのがいい。女性の魅力って何なのかを、改めて考えさせてくれる女性である。昨日も、お昼のフジテレビの番組に顔を出していて、自分が極度な方向音痴であることを告白していた。
 一般的に魔性の女といえば、悪女を連想させる。若かった頃の加賀まり子、少し昔に遡るが荻野目慶子、山本陽子などはその代表格で、悪く言えば、男を手玉に取るといったイメージがある。因みに、最近、話題となった山本モナは、そんな高級なイメージはなく、単なる男たらしに近い。
 そんな事例の中では、相田翔子は少し範疇が違う「かわいい魔性の女」とでも言えるのではないか。この暑い夏を、画面を通じて彼女を見て楽しむのは、一服の清涼剤になるのではと思う。どうやら、筆者も彼女のファンに仲間入りとなったようだ。

2.連載(551) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(179)
  第五章 施設生活半年を終えての総括(17)

(2)マッサージ復活へのあれこれ(その2)
 少なくとも、その段階では、雅子の症状が今のような全面介護の状態まで悪化するとは想定しておらず、この設備が末永く活用できて、多少なりとも症状の改善に寄与すると期待しての決断だった。
 しかし、結果的には、その思いは空しく裏切られることになった。それから、およそ丸1年3ヶ月に渡って継続使用をして来ていたが、07年5月末に、この効果も不明のまま、雅子が肝心の機器の部品を自分で握れなくなったことで、自分一人での操作ができなくなり、遂に使用を諦めることになった。そして、その後は、その高価な電子機器も、無用の長物で、空しく自宅の雅子のベッドの近くに放置されたままである。何か使い道はないものかと思うが、そんなアイディアも思い浮かばず、引取りを交渉したが、値段は10パーセント程度ならという厳しい反応に、仕方なく、貴重な(?)記念品として、残っているのは、何とも侘しい限りである。
 その後、在宅介護にお世話になっていたケアマネージャーの深田さんから、通いのマッサージサービスがあるのを紹介してもらい、それを受けることにした。障害者手帳のサービスが適用されることで、経済的には安い値段でお願いできることになったのは有難いことだった。しかも、若手の女性の方にご担当頂けたことも雅子には幸いなことだった。頻度は、月水金の週三回、お願いすることにした。
 そして、06年11月初めに、差し当たってのテストのマッサージを受けた後、11月7日から、ドリームスペースに入居するまでのおよそ1年2ヶ月に渡ってお世話になった。この間の07年4月半ばには、例のマッサージ付き電気椅子を購入している。これは、その頃から雅子の生活が、大半を座って過ごすようになり、お尻の痛さが気になり始めていたことから、なるべくそれを回避できる椅子を探していたのだが、ちょうど、そのマッサージ付き椅子が、十分にクッションが効くタイプの椅子なので、その器機のマッサージに期待したというよりも、雅子が嫌がるお尻の痛さが回避できると考えたからでもあった。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(197) 7月23日分
 穏やかな一日。しかし、言葉は相変わらずで、午前中に看護師さんがお見えになって、お薬を受け取ったとの報告だったが、その内容を確認するのに四苦八苦だった。

585 Mに纏わる話

 昨日の伝統の阪神、巨人戦は、出だしからの巨人の大量得点を見て、「今夜も駄目かな」と思って、所用で暫く近所に出かけた。しかし、帰って来てみると、何と、大きな4点差を逆転していた。さすがに、今年の阪神は強いと感心し、前夜に演じられた、これぞプロというプレイを思い出していた。それは、セカンドを強襲し、センターに抜けようとした難しいゴロを、飛び込んで掴んだ関本選手が、絵に描いたようなソフトなグラブトスを行い、それをフォローした鳥谷選手が流れるようなステップで2塁ベースを踏んで一塁転送し、あざやかな併殺を完成させたプレーだった。今年は守備にも見ごたえのあるプレーが多い阪神だ。
 そして、マジック46が出た。今日からは、これを一つずつ減らしにかかる余裕の阪神の試合が展開されることになる。
 サッカーの北京五輪代表に選ばれたJ1大分のGKの西川周作選手が、20日に行なわれた磐田戦で、ロスタイムにボールを叩きつけてイエローカードを貰い、累積警告4枚目を受け、次節の試合の出場停止となった。しかし、同氏は、オリンピック出場のため、次週は初めから欠場が決まっていた。つまり、同氏は、累積警告を消してしまおうと故意にやったプレーで、いわば、頭脳的なマジック反則だったのだ。しかも、それをブログで種明かししたのが拙く厳重注意を受けている。結果的に、ブログで、そのマジックを消してしまい、勇み足となった。勇み足はいけない。阪神は、マジックを消さないようにして減らして欲しい。
 もう一つ、マジックではないが、Mに関して、こじつけのエピソードを付記する。今度はマジックのMではなく、円広志のM、そのヒット曲「とんで、とんで」のフレーズで有名な「夢想花」のMにまつわるエピソードだ。
 関西テレビで、15年間続いた桂南光が司会していた午前中の帯び番組「痛快、エブリデイ」は筆者は好きな番組の一つだったが、それがこの6月末で終り、その後番組を引き受けた円広志が、昨日の番組で話していたのを、たまたま耳にした話である。
 望外の大ヒットとなった夢想花だったが、この曲に続くヒットがなく、一発屋と呼ばれるようになった一時期に、ちょうど、子供が親のことを嫌う時期があるように、この曲を歌うのも、聞くのも嫌になったという。
 しかし、今では、この曲があることで、今の自分があるとの有難い現実に、この曲には大いに感謝しているという。ちょうど、大人になって後に、親に対して、生んで育ててくれたことに感謝をするような気持ちだそうだ。ちょっと、いい話だと思ったので、紹介してみた。

2.連載(550) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(178)
  第五章 施設生活半年を終えての総括(16)

(2)マッサージ復活へのあれこれ(その1)
 この病気の兆候があって7年半、病名を告げられて5年半が経過した。早いようでもあり、そうでないようにも感じる。この間、この病気にどんな対応が適し、有効なのかはよく分からないまま突っ走って来たように思う。先生に相談すると、大抵のもはやって見てはどうかと言って頂くので、とにかく、病気の治療に可能性のあるものには、何でも積極的に挑戦してみようとの思いで取り組んできていた。
 その手始めが鍼治療だった。実姉の霧子さんが、京都で特殊な鍼治療をやっている処があると知人から聞き込んだということで、そこに通うことになったのは、雅子がまだ一人で歩くことが出来た05年の10月半ばのことだった。それからおよそ3ヶ月に渡って、毎週1回の頻度で通ったが、京都の朝の街のドライブを楽しむことは出来たものの、その効果はこれといったものはなかった。これには、おまけ話があって、年末の忙しい時だったが、運悪く(?)車のいない交差点で、信号無視で待ち伏せていた警察官に捕まって、9000円の罰金を支払わされた苦い思い出がある。交差点に入った時点では黄色だった信号が、運悪く、直ぐに赤に変わったのが早かったというのだが、車も人もいない交差点で実害はないのだが、罠にはめられた気分だった。
 その頃、雅子が通う美容院で聞き込んだのが、電子治療のドクタートロンだった。取りあえず、近くにオープンしている無料の会場に足を運んで試してみた。暫くトライをし続けたが、この病気の本質から、そんな短期な試しで、然るべき結果が出るものではないと考えていた。
 そこでの「どんな病気にも効く」と云う宣伝文句に、決して騙された訳ではなかったが、長期に使用することで、若しかしたらとの思いもあったことは確かで、効果がはっきりしないまま、大変高価な機器だったが、思い切って購入を決意した。06年2月半ばのことだった。一考の頭の中では、このぐらいの投資は、雅子の今までの働きを考えれば、止むを得ないといった判断があった。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(196) 7月22日分
 相変わらず大人しく、穏やかな様子。通じあり。この日、看護師の責任者にお薬の変更について、昨日に医者と話した内容を改めて報告して、ご理解を頂いた。一方、介護士のユニットリーダーの松井さんの話では、食事がのどを通り難くなっているという。薬との関係はどうなのだろうか。暫く、様子を慎重に見守りたい。

584 シンボルアスリート(SA)

 北京オリンピックも、いよいよ、あと17日。しかし、昨日になって、心配されていたテロと思われるバスの爆発があって、2人が死亡したという。無事に競技が進行することを祈りたいが、その一方で、不気味な不安も拡がっている。
 ところで、国からの補助金以外の選手強化の資金源の一つとして、JOCが行なっている選手の肖像権を扱う商法がある。これは、JOCがシンボルアスリートとして契約した選手の肖像権を一括マネージして協賛企業から協賛金を得る商法である。以前は「がんばれ、ニッポン、キャンペーン」と言っていた。ここの商法で得られた資金が選手強化に活用されているが、その一方で、オリンピック代表選考にも微妙な意味を持つとも言われている。
 現在、このシンボルアスリートには、柔道の谷亮子、体操の富田洋之、水泳の柴田亜衣、レスリングの吉田沙保里、浜口京子、陸上の末続慎吾、卓球の福原愛、バドミントンの小椋久美子、潮田玲子、それに冬季のスピードスケートの岡崎朋美、フィギュアの高橋大輔の9人の選手達がエントリーされている。顔ぶれを見ると、なるほどと思う一方で、水泳の北島康介、マラソンの野口みずき、ハンマー投げの室伏広治選手などは特定企業と契約しており、取り込めていない点で、JOCとしては、不満があると思われる。また、あのフィギュアの浅田真央さんにも参加を申し入れたが「時期尚早」と断られたようだ。
 しかし、アテネオリンピック以降では、それなりの成果を挙げてきて、各競技団体に然るべき資金提供ができたようで、頼りになる資金源としての結構な商法としての地位を確保して来たが、北京以降の将来を考える時、何と言っても将来性のある新しいアスリートの登場が不可欠である。さあ、どんな新星が登場するのであろうか。期待して、北京オリンピックを楽しみたい。
 
2.連載(549) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(177)
  第五章 施設生活半年を終えての総括(15)

(1) 生活リズムの変化(その15)
 介護する場合に大事だと思うことは、生きた人間を相手にする訳で、心が伝わっていないとうまくはいかない。裏返せば、機械的な対応では心が伝わり難く、スムーズに行かなくなることが出て来る。そういう意味で、長く担当していただいている方だと、その辺りで、言葉に表せない行届いた介護が可能になり、安心してお世話になれる訳だ。
 そんな中で、少し気になっていることがある。それは、この施設では介護士さんの移動が結構行なわれることである。しかも、介護される立場からみると、その移動が急に行なわれることが多く、そのため、お世話になったにも拘らず、何のお礼の挨拶もする機会がないまま、替わってしまわれる方も何人かおられるのである。
 同時に、新しく担当頂く方も、その入れ替わりということで、ある日から突然担当頂く形になる。何しろ、こちらは全身を預ける訳だから、その方々のバックグランドなど多少のことは知っておくと、相互の信頼感も深まることになるので、ちょっとした自己紹介などがあれば申し分ないのだがと思うことが多い。気づいた時点で、一考が、その都度、少しずつお名前やお年、住まい、この仕事での経験年数などを聞くことにしているが、相手の方にしてみると、煩い奴だと思っておられるのではと躊躇することが多い。
 さて、新しいこの介護棟の楽裕館は、2007年7月末のオープンで、ちょうど設立1年を迎える未だ新しい施設である。雅子が入居した12月10日の時点では、入居者数は、定員80人に対して55名前後だった。その後、徐々に入居者も増え、2008年6月末では65人に迫っているようだ。それに対し、介護を担当してして下さる介護士さん数は、40数人おられるということで、全体としては、数のバランスは保たれているという。
 具体的に、雅子の所属する日吉ユニットを見ると、雅子が入居した時点では、入居者数が9人だったのが、今年6月末で14人に増えている。介護士さんは、それまでと同じ9人プラスアルファで賄っているので、最近になって、少し多忙そうなのが気になり初めている。
 ところで、入居者の平均年齢だが、自立棟を含めたこのドリームスペース全体では80歳少々だが、介護棟であるこの楽裕館では、一段と高く、雅子のいる日吉ユニットでは、85歳~90歳代が殆どであり、雅子の若さが目立っている。また、介護度のレベルも、雅子のように完全介護を必要とする要介護4の方は、この日吉ユニットでは、一考が見ている限りでは、雅子以外ではおられないように思われる、他の方々は、少しサポートを得ることで、ゆっくりとでも、歩くことも可能な方たちであり、また、会話にも、幸いなことに、雅子のように支障がある方はおられないようだ。それだけに、症状の厳しさでは、雅子が目立った存在となっている。それでも、介護士さん達から、一生懸命の優しい介護を頂戴していて、本当に感謝、感謝の毎日である。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(195) 7月21日分
 このところ、少し元気がない。発声も弱々しい。お薬の効果、影響かもしれないとの不安が一考の頭に過ぎった。というのも、今月10日の定期診断で、あるお薬の量を2倍に増やしていたので、その効きが気になったからだる。
 そこで、祝日で申し訳なかったが、春日先生宅に電話で報告、先生の即断で、そのお薬の量を元に戻すことになった。このお薬は、副作用として眠くさせることがあり、それが効き出しているとの見解だった。直ちに、看護部の責任者の方に連絡して、この日の夕食後の服用から対応頂くことにした。

583 父と娘の間に何があった?

 漸く梅雨が明けて夏本番を迎えた。冒頭から、今年も相変わらず、海、山の悲しい事故が多発している。毎年繰り返されるこの種の事故の悲劇は、どうにかならないものなのだろうか。
 悲劇といえば、家族による殺人事件の多さに驚きを覚える今日この頃だ。一昨日の未明に埼玉で起きた長女による父親刺殺事件もその典型的な一つだ。この事件では、その犯行動機が今一つはっきりしていない。今朝の新聞では、「3時頃に目覚めて、犯行を決意した」と自供していて、「勉強しろ」といわれることに反感を持っていたという。
 昨日の勝谷誠彦氏のブログでは、彼女が逮捕直後に「お父さんが家族を殺す夢を見た」と供述していたことから、夜驚症(ナイトテロル)、夢遊病の類の可能性があると指摘していた。、夜驚症(ナイトテロル)という言葉は、筆者は初めて知った言葉で、相変わらず、勝谷さんは博学だ。
 この事件、その後の調べでも、直接の動機については、依然として触れていない。しかし、その一方で、反省の態度は示しているという。
 父親の「勉強しろ」といった程度の娘への注意が、犯行に繋がっていたとしたら、子供の家庭教育なんて出来なくなる。何か、娘が口に出来ない家庭内の事情があったのではと考えてみたくなる。捜査の進展をじっくりと見守りたい。
 
2.連載(548) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(176)
  第五章 施設生活半年を終えての総括(14)

(1) 生活リズムの変化(その14)
 今の一考の行動を雅子のためにフォーカスさせている拠り所は、細かい所まで誠心誠意、雅子を守ってあげる人が自分しかいないという使命感だ。他人から見れば、お気の毒と思われるかも知れないが、一考にはそれが自分の生きがいに連動しているから、不思議でもある。
 雅子の傍に居て強く感じることは、生きることの大変さであり、それにしっかりとチャレンジして頑張っている彼女の頑張りである。身体は動かせないし、言葉もうまく通じない状況の中での生きる戦いは大変なものだということを教えてくれている。幸い、頭はしっかりとしていて、判断も常識的で、情緒も安定していることは有難いと同時に、素晴らしいことだと思っている。
 繰り返すことになるが、今、一考にとって一番困っていると同時に、申し訳なく思っていることは、雅子の意志を正確に、タイミングよく理解してやれないというコミニケーションの問題である。
 そんな事情を考慮して、対応に万全を期す保険の意味で、トイレのように急を要する介護には、必要と思われる時には、紙パンツを使用することにした。もちろん、普段はつけていないが、特に遠出する通院時や就寝時で、介護士さんが一人しかおられないような場合の緊急時に備えた対応である。
 通院は、月、2回程度の頻度で、いずれも京都市内に出掛ける。待ち時間も含めると、往復で4時間から5時間を要するので、途中でトイレに連れて行くことが必要になった場合は、今の一考には、一人で対応するのは、至難の業になって来ている。この施設に入居後で、一度途中でトイレに連れて行ったことがあったが、その時には、何とか対応したものの、雅子を抱き上げて、下着の着脱する作業を一人でやるのは、いっぱいいっぱいだった。その大変だった経験から、その後は紙パンツにお世話になることにしたのある。しかし、実際には、一度もそのお世話にはなってはいない。
 また、就寝時の場合だが、夜の9時以降、朝の7時までは、この日吉ユニットで介護士さんが一人になる。入居者の数が、雅子の入居当初は9人だったが、今では14人に増えていて、介護士さんの仕事量も大変になっている。従って、タイミングのいい細やかな対応を期待するのは難しく、この場合も保険を掛けての紙パンツなのである。
 紙パンツを着けるという保険を掛けた対応は、入居後のこの半年で、生活パターンで変わってきている一つの対応といえよう。そういえば、最近になって、ベッドのマットの上にゴムシートを敷くことにした。これも万全を期した事例の一つである。この種の転ばぬ先の杖は、今後も必要になろう。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(194) 7月20日分
 介護士さんの判断で、朝、便秘薬を飲ませてもらった。この日が通じがなくなって5日目を向かえていたからである。その甲斐があって、一考が1時半ごろ訪問した時点では、とりあえず、この日の一回目の通じを終えていた。錯覚で便秘日数を一日少なく数えていた一考は、その報告にほっとしたのである。
 しかし、便秘薬服用時に経験する複数回の通じに備え、帰宅する4時頃に再度トイレで頑張ったが、この時点では2回目の通じはなかった。夜中が心配である。介護士さんにそのことを伝えて帰宅した。なお、この日の午後に一階の大広間で、ハーモニカの演奏会が行なわれたが、通じのことが気掛かりで、雅子は欠席した。

582 一日も早い雅子様のご回復を

 目下、スペインを公式訪問中の皇太子様は、19日、ドン・キホーテの舞台として知られるカスティーリャ・ラ・マンチャ州を訪問され、世界遺産にも登録された街並みで知られる州都トレドの州庁舎で記帳した後、丘の上に風車が立ち並ぶ観光名所なども訪問された。映像で見る限り、明るく振舞って大役を果たしておられるものの、相変わらず、お一人での訪問で、何となくお気の毒に思う。
 また、少し前の6月半ばには、ブラジルを訪問された。日本人がブラジルに移住して100周年を迎えたのを記念しての招待に応えた訪問だった。そこでも、お一人での訪問で、お二人ならもっと華やかだったろうにと、ここでも少しお寂しそうなのが気になった。
 適応障害という厄介な病気と闘っておられる雅子さんだけに、皇太子さんもお辛い立場におられるのだ。やはり、一家は皆が健康であって初めてバランスのとれたお付き合いも可能になる。
 筆者も、そんなお気の毒な皇太子様にはご同情申し上げるが、それでも、自分でもほぼ自由に動きもできておられるし、日常の生活そのものにも、それほど大きな支障にはなっていないようなのが救いだと思う。加えて、近い将来に、回復の可能性が大であることが何よりも心強く、皇太子さまの頑張りも、そういう意味では頑張り甲斐があるといえる。
 この話題に関して、ここに付記すること自体、誠に僭越ではあるが、筆者も難病の妻、雅子(仮称)を抱えての大変な毎日だが、今や、それが自分の生きがいになっており、生きる勇気を貰っているように感じている。
 雅子さまの一日も早いご回復を祈念申し上げる次第です。
 同時に、僭越ながら、筆者の妻、雅子にも安らかな毎日であって欲しいと願っている次第です。

2.連載(547) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(175)
  第五章 施設生活半年を終えての総括(13)

(1) 生活リズムの変化(その13)
 入居後の変化といえば、数字できちんと出て来ている変化もある。その一つが、車の走行距離だ。在宅介護をしていた場合はせいぜい200Km/月で、定期点検や修理などでお世話になっているトヨタの方からは、もう少し走らないと、バッテリーが上がってしまう可能性があるというようなアドバイスをもらっていた。
 しかし、雅子が施設に入居し毎日通うようになって、今では、一ケ月で最低700Km,で多いときは1000Kmを越えるようになった。当然なことで、片道9Kmあるドリームスペースへ、35回/月の頻度で通えばそれだけで630Kmになり、その他に毎日の買い物、病院通いなどがあるから、その程度にはなってしまう。いずれにしても、バッテリーが上がるという心配から解放されたのは有難い。また、運転にも多少は自信も出て来て、少しは上達したのではと思っている。
 ゴミの量が大幅に減ったのも大きな変化である。。それまでは燃えるゴミで、一回に出す量が45リットルの大きな袋で、1.5個ぐらいだったが、今では、その半分ぐらいになっている。余計なものを買わなくなったからで、確かに経費の面でそれが実証されている。  
 経費面では、電気代も大幅に下がった。これにはオール電化にしたこともあるが、一人生活になったための使用量の減少が大きいのだろう。
 その半面、掃除をしなくなったことも目立った変化である。面倒で、放置したままの部屋もあって、そこにはうっすらと埃がたまっているのが気になる。
 また、久子とのいざこざも極端に減った。そこには、一考の体力、気力の衰えがあって、馬鹿馬鹿しくなってきたことにもよる。
 そういえば、自分の体力の衰えも次第に目立ってきている。最も大きいのが視力である。本を読んだり、新聞を読むにも眼鏡が必要な場合が多くなって来ているし、車の運転にも、遠くがぼやけ始めてきている。今後の衰えを思うと心配である。
 腰が痛くなって雅子を抱き上げるのにも、以前のように思うようにならない。病院に連れて行く際に、車への乗降作業が大変になって来ている。これまた心配の一つだ。他に、内臓などの面では今のところそれほど衰えたという自覚はないが、年を取るにつれて、次第にポンコツになって行くのは致し方ないことだ。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(193) 7月19日分
 見かけ上は穏やかな状態が続いている。しかし、あひるの水かきではないが、水面下では、動けない自分、話せない自分と懸命に闘っている。加えて、この日も通じが無く。また便秘が気になって来ている。

581 大きな夢にじわじわと

 昨日行なわれた将棋の棋聖戦で、挑戦者の羽生が佐藤棋聖に勝って、棋聖位を奪取し、羽生は4冠に返り咲いた。出だし2連敗からの3連勝で逆転での見事な返り咲きだった。これで、今、併行して行われている王位戦で、昨年失冠した王位を奪回すると5冠に復帰する。更に、今年の10月後半から始まる竜王戦では、目下、最終予選を戦っていて、順調に勝ち抜けば、再び、羽生7冠の夢が現実味を帯びて来る。将棋ファン、羽生ファンには堪らない展開が続く。
 そうは言っても、7冠に至るにはまだまだ大変だ。先ずは、間もなく始まる王座戦、更には、来年1月からの王将戦でのタイトルの防衛が前提で、加えて、2月から始まる7冠目の棋王戦の挑戦者になって、棋王を奪う最後のステップが待っている。その棋王戦は、今、その予選が始まったばかりで、先行きは半端な道のりではない。棋王戦では、途中で敗者復活戦もあるが、基本的には、予選の段階で1敗でも喫すれば、そこで全てがパーになり、また一年先を待たねばならない。恰も、不安定な積み木を組み立てる作品作りに似ていて、大変な努力の積み重ねと妙手の発掘が欠かせない知的な作業の連続なのだ。
 大記録といえば、大リーグのイチロー選手の8年連続レギュラーシーズン200本安打や、阪神、金本選手の連続試合フルイニング出場というとてつもない記録が、毎日積み重ねられているが、これらの記録は、ここまで来れば、仮に、不幸にもストップすることになっても、そこまでの記録は厳然として光り輝くのだが、羽生名人が描いている七冠の夢は、どこかで一敗すれば、そこで一旦、全てが崩壊するという意味で、大変な難しさがあると思う。羽生ファンとしては、そのスリルを楽しみながら、再び7冠を獲得する道程を楽しみたい。
 
2.連載(546) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(174)
  第五章 施設生活半年を終えての総括(12)

(1) 生活リズムの変化(その12)
 人間、誰しも、気分転換の意味で、何かの楽しみを持つことは大事である。雅子が元気な頃は、友人との付き合いも多くあって、楽しみ方も多彩だった。それでもテレビは、そのウエイトが小さくない一つだったことは確かである。
 今、こうして、病気の症状が進み、自分での動きが取れなくなると、他に楽しみがなくなり、テレビは唯一の楽しみになっていると言える。姿勢が少し前傾になっているので、テレビを見るのも楽ではなさそうだが、今のところ、それ以外の楽しみを見つけるのは難しい。そういう意味では、施設でいろいろと企画してくれている気分転換への配慮は大変有難い。
 かつて、自宅で一考の在宅介護を受けていた頃は、右手の指も多少動いて、テレビのキーパッドのボタンを自分で押すことが出来たので、自分の好きな時に、好きな番組を見ることが可能だった。しかし、身体を自由に動かせなくなった上に、指の動きもままならなくなった今では、それも全くできない。必要な時に、その都度、誰かにチャネルを押してもらわねばならない。昼間、一考がいる場合を除くと、介護士さんが雅子の意向を慮っていろいろと気遣ってくれている。言葉がうまく通じないこともあって、希望するチャネルになっていないこともあるが、それは致し方がないとして、映っているものを見ることになる。
 雅子が施設に入って衝撃を受けたと思われるのは、就寝時間が午後9時で、いわゆる大人のゴールデンタイムの番組を見られなくなったことだったと思う。その時間帯は、いわゆるトレンディドラマやちょっとした内容のある大人の番組が目白押しで、それらを楽しんでいただけに、それからシャットアウトされたのだから、大いに戸惑いがあったはずだ。しかし、施設でのルールということであれば致し方がない。その点での雅子の対応は立派だった。そんな不満は微塵も口に出さずに、自分をしっかりと制御し、自らに言い聞かせたのだろう。
 従って、夕食後の雅子の楽しみは、7時から9時までのテレビ番組だけとなる。最初の頃は、一考が雅子の希望を聞いて、帰り際に介護士さんに「何チャンネル」にしてあげて欲しいと伝えて帰るようにしていた。
 最近では、テレビの前に、チャネル予定表を置いて、そこに雅子の希望する時間毎のチャネルを表示することにした。こうすることで、雅子の希望を忠実に反映できる仕組み(大袈裟)で対応してもらっている。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(192) 7月18日分
 9時半に入浴、その後、マッサージ。、この日も比較的穏やかな一日。雅子は、じっと堪えて頑張っている毎日だ。幸い、他の病気が併発することもないのは有難いことだ。「堪えて生きる」それが今の雅子の「小さな幸せ」である。

580 一時代を画したトルネード

 ドクターK、トレネードで一時代を画した野茂投手が引退を決意した。ご苦労様と申し上げたい。
 同氏の偉大な業績を、改めて、ここで取りあげることはしないが、筆者が最も惹かれたのは、甲子園にも出ることもなく、無名の選手からノンプロ時代を経て、コツコツと実績を積み重ね、遂にはメジャーの門戸を開いて一時代を画した同氏の反骨精神で貫いた野球への一途な情熱である。
 日本人最初のメジャーの村上雅則選手が活躍したのは、野茂投手が米国に渡る30年前のことであり、そういう意味では、同氏が日本人選手のメジャーへの門戸を開いた最初の選手だと位置づけてよかろう。そのスタートもマイナーから実力で這い上がったように、まさに、道なき道に、立派な道を切り開いた実績は、偉人伝の見本のような戦いだったといえよう。また、最後まで現役選手に拘った辺りに、同氏の野球への強い情熱が窺える。お見事としか言いようがない。
 野茂投手の引退宣言で、2年前のサッカーの中田英寿選手の引退を思い出す。同氏は「これからは自分探しの旅に出る」と宣言したが、その後の彼の人生は、今のところパッとしていないように思う。果たして、野茂投手は、今後の人生でどんなドラマを見せてくれるのか、野茂劇場の新しいトルネードを期待している。
 ところで、野球で情熱の男といえば、もう一人いる。星野仙一全日本監督だ。昨日、オリンピックに出場する24名の選手が発表された。目下、絶不調の上原投手、腰を痛めている新井選手、でん部の故障を抱える稲葉選手を選んでいるあたりが、如何にも星野監督の一途な思いが表れている。 
 果たして、情熱の星野監督が「男」を見せられるか、どうか。期待と不安の中で、オリンピックの戦いが間もなくスタートする。頑張れ! 日本。

2.連載(545) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(173)
  第五章 施設生活半年を終えての総括(11)

(1) 生活リズムの変化(その11)
 入浴サービスは、車椅子のまま、二人掛かりでサービスを頂くので、いろんな介護サービスの中でも、大変面倒な部類に入るものだ。それだけに介護士さんのご苦労はよく分かる。
 このドリームスペースに移って、雅子は週2回の入浴サービスを受けている。在宅時は、ほとんど毎日の入浴(末期では2日に1度程度になったが)だっただけに、雅子もその間隔に慣れるには、少し時間を要したと思われる。いずれにしても、今は、この2回の入浴が、雅子には、疲れと汚れを落とすことが出来る貴重なパラダイスなのだ。
 さて、その雅子の入浴時間なのだが、この半年で、試行錯誤を兼ねて、幾たびか変更された。介護士さんの事情、男女のバランス、雅子の症状の変化などが勘案された結果である。
 入居当初から暫くは、午前10時頃の入浴だった。朝食に始まり、お薬の服用、歯磨き、トイレなどの一連の作業が一段落したタイミングで、雅子には、のんびりできる時間帯だ。しかし、その後、暫くして、男女別に順番を組み直すという施設の都合で、昼食後の時間に変わった。大体、午後1時頃から2時までの時間帯だ。この時間帯も、雅子にはほっとできるタイミングで好都合だった。
 その後、再び、施設の都合で午前中に戻ったが、5月の半ばになって、午後の3時半以降から夕方の時間帯に大きく変わった。ゆっくり入ってもらおうという施設の配慮だった。従って、入浴日の一考の施設訪問は、自動的に、雅子が入浴に行く時間で、帰宅することになった。
 しかし、その夕方での入浴は、直ぐに取り止めになった。どうやら、雅子の疲れがかなり出て来て、夕食のタイミングに影響が出るとのことのようだった。そして、新たな入浴時間は、一転して、朝一番の9時半頃の時間に変更になった。ちょうど、マッサージが始まった直後だったことで、鍼灸師との時間の調整をしてもらい、風呂上がりのタイミングで、マッサージを受けるという段取りになった。マッサージの心地よさと云う意味では効果的なようである。そういうことで、マッサージが終わると心地いい疲れも出て、昼食までの転寝の時間を取るようになったようだ。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(191) 7月17日分
 穏やかな一日。少し、大人しいのが気になる。

579 恐ろしい六歳児の記憶

 いろんな不正、偽装で溢れかえっている今の日本では、極端に言えば、不正、偽装でないものを探し出すのが難しいくらいだ。
 大分県で発覚した教員の不正採用、昇格問題で、不正採用者を解雇し、本来の合格者を救済する方向で話が進んでいるようだ。そのこと事体は正論で異論はない。しかし、最初にその報道に接した時には、生徒に与える悪影響を心配したが、不正者の数はこの2年間で40人ぐらいだそうだから、学校の数からすれば、一校に二人以上いることはなさそうで、うまく対応すれば、そんな心配は杞憂に終りそうだ。むしろ、悪いことへの戒めとなろう。
 何でもお金で解決しようとする世の中の風潮に釘を差す意味で、その種の行為の歯止めになってくれることを期待したい。
 そんな中で、歯止めが掛からないのが凶悪犯罪だ。昨日もバスジャックが起きた。14歳の少年が8年前に起きた西鉄バスの事件を参考に犯行を思いついたという。幸い、犠牲者もなく穏便に収まったことは不幸中の幸いだった。
 筆者が驚きを禁じずには居られなかったのは、この少年を事件に駆り立てた少年時代の記憶である。少年が参考にしたその西鉄バスの事件が起きたとき、少年は僅か6歳だった。つまり、六歳児の記憶が事件に繋がっていたことへの驚きである。筆者が孫を持ってから関心を持っているのは、その孫の記憶である。何時頃からのものが残るのであろうかということだ。筆者の記憶では幼稚園の思い出があることから、4、5歳からの記憶は残っていることは確かだが、その一方で、6歳児の記憶が、犯罪を誘導するまでの影響力を持っていたことに、驚き、愕然とせざるを得なかった。  
 再び大分県の教員不採用の問題に戻るが、そういう意味では、多感な年齢の生徒達が対象である。自分達の先生が不正採用で辞めていったという事実が、生徒達の記憶に悪影響を与えないような具体的な解雇へのステップが採られることを強く要求しておきたい。

2.連載(544) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(172)
  第五章 施設生活半年を終えての総括(10)

(1) 生活リズムの変化(その10)
 この日に何とか通じがあって欲しいと願っていたが、この日もお客様は訪れず、止むをえず、翌日の12日の朝に便秘薬を服用した。この日は心配だったので、一考は午前中の9時過ぎにドリームスペースの雅子の部屋にいた。前回の6日の場合には、お薬の効果がお昼前にあったと言うことだったので、その時間帯にいてやりたいと思ったからである。
 案の定、10時半を過ぎた頃にお腹が痛いと言い出した。しめしめと思いながら、介護士さんに頼んでトイレに連れて行ってもらったのだが、30分ほど頑張ってみたが出ない。仕方なく、一旦諦めて昼食を済ませることになった。
 一考も、一旦施設から引き上げ、自宅で昼食を済ませ、2時半頃に戻って来ると、看護師さんが、座薬を使って対応してくれていて、通じがあったと言うことだった。座薬を使うのは初めてで、少々驚いたが、ともかく、それでほっとしたのである。しかし、前回の便秘薬を使用した時もそうだったが、そういう場合は一回で全部が出切れないようで、時間を置いて、再び通じがあることが考えられたので、一考は、その後も、夕方まで待機していた。しかし、その兆候が見られず、母親の食事の準備もあったので、その日は介護士さんに頼んで引き上げた。この日の夜勤の担当がユニットリーダーの松井さんだと分かっていたので、少し安心しての引き上げだった。
 案の定、その夜が大変だったようだ。便秘薬と座薬の併用で、強引に排出させた反動で、全部出切っていなかった残りのものが、夜中に出てしまうことになったようだ。前にも一回そんな事があって、今回も気にしていたのだが、やはり、同じことが起きたようで、夜勤で一人で対応頂いた松井さんには大変な迷惑をお掛けしたのである。
 今後、このようなケースには、一考が自ら泊まり込んで、その対応に協力しようかと思い始めている今日この頃だ。
 とにかく、便秘には気を使う。その一ヵ月後の通じ予定日の6月16日に、看護師さんから、再び座薬を使おうとの申し出があったが、前回の苦い経験もあったことから、その時には、雅子の意志でお断りし、自力で頑張って、翌日に通じあった。
 かくもしかじか、通じは、雅子には、まさに格闘技なのである。そんな苦闘を繰り返しながら、半年を過ごしたのである。在宅では、そんなに気を使ったことはなかった。そういう意味では、便秘対応は、入居後の大きな違いの一つであることは確かである。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(190) 7月16日分
 定例となった長兄ご夫妻のお見舞いがあった。明るい香子姉さんが来られると、部屋も明るくなる。文字通り、梅雨明けとなったようだ。無難な一日。

578 村岡元官房長官有罪に不満

 筆者は、その頃、よく「野中幹事長に似ていますね」と言われたことがある。橋本総理の全盛の頃で、そういったリップサービスに、正直、満更でもない気分だった。しかし、あの事件以降は、野中広務氏には、許しがたい不満を抱くようになっている。
 あの日歯連からの1億円授受の現場に居合わせながら、知らぬ存ぜずの応接で、その上、その責任を第三者に押し付けたやり方には、許せない怒りを覚えているからである。人間として許せない男だ。
 濡れ衣を着せられた気の毒な方は、その時の派閥の会長代理だった村岡兼造氏だった。同氏は、当時の会計責任者の滝川俊行の証言で、献金記載しない指示をした首謀者としてでっち上げられたのである。そのことは、当時の報道から、或いは村岡氏の発言からも、どうしても納得できない内容だと怒りを覚えていた。
 それが、昨日、最高裁小法廷は、一審で無罪、二審で逆転有罪とされた村岡被告の上告棄却を決定したのである。そのことで、同氏の禁固10ヵ月、執行猶予3年が決まることになった。
 筆者が最も馬鹿馬鹿しく思うのは、日歯連から1億円のヤミ献金授受の場に居た橋本総理、木参議院会長、それに野中幹事長らが、その事実に知らぬ存ぜぬを貫き、全く罪に問われなかったことである。
 こんな弱気を挫き、強気を助ける裁判があっていいものかと怒り心頭である。あの村岡さんの顔を見れば、悪いことをする顔には見えない。日本の司法制度も地に落ちた感は拭えず、失望すら覚えている。
 その上、野中氏は、今でもTBSの日曜日放映されている時事放談の準レギュラーで、えらそばったことをぬけぬけと発言しているのが、全く気に食わない。同氏を起用しているTBSの見識を疑うのである。

2.連載(543) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(171)
  第五章 施設生活半年を終えての総括(9)

(1) 生活リズムの変化(その9)
 連休の後半に入った5月4日、この日も雅子には通じがなかった。4月30日に自然な通じがあって以来、便秘が4日目を数えるに至ったので、一考は、その日の帰り際に、「明日の朝に便秘薬を飲ませてやって欲しい」と介護士さんに頼んで帰宅した。服用を朝にしたのは、そうすれば、通じは午後に予測されるからで、もし、就寝前に服用すれば、早く効果があった場合には、深夜、若しくは未明に通じがあり得るので、そのタイミングを避けたかったからである。それというのも、夜勤は一人の介護士さんが、全てを担当していて大変なので、なるべく、複数の介護士さんがいる昼間に通じがある方が、対応し易いと考えての判断だった。
 翌日の5月5日の昼過ぎに施設に顔を出すと、一考は直ぐに雅子に便秘薬の服用の有無を確認したが、飲んでいないと言う。介護士さんに、その理由を聞いてみると「連絡をして置いたのですが、看護士からの指示がなかったから」だという。このところの施設内での人事異動があって、看護師と介護士との連携に齟齬があったようで、一考は、少々不満だった。そこで、改めて、介護士さんには今後のコミニケーションの善処をお願いした
 結局、一日遅れた翌朝の5月6日の朝に便秘薬の服用がされて、その日の11時頃に目出度く6日ぶりの通じがあって事無きを得た。いずれにしても、大事に至らずにうまくいったことで、ほっとした連休最終日だった。
 しかし、一難去ってまた一難だった。ほっとしたのも束の間で、その翌日から再び便秘が始まっていた。その数日の様子をフォローしていると、何となく今までよりもしつこさが感じられる便秘が始まっているようだった。若しかしたら、前回の便秘薬服用が、連絡の齟齬で1日遅れたことが、悪影響を及ぼしているのではとの不安が一考の頭の中を過ぎったりしていた。そして、そのまま通じがなくなって5日目の5月11日を迎えていた。(以下、明日に続く)

3.昨日の雅子(189) 7月15日分
 入浴日。一考が顔を出した午後2時頃、昨日に続いて通じがあった。二日連続の通じは珍しいことだが、逆に言えば、前日の便秘薬の服用の余波があったともいえる。
 部屋は空調されているが、それでもお茶などの水分の要求が多い。暑い夏のせいなのか。

577 竹島問題

1.竹島の領有に関して、日本政府は、韓国に気を遣って、極めて玉虫色的な表現で、教科書の指導要領に記載することを決定したことに対し、韓国が強く反発して大使召還を決めた。韓国の国内事情があるにせよ、既に実効支配をしている韓国の姿勢には、あまりにも一方的で許し難い。相手に配慮すること、気を遣う事は必要だが、そのことで筋を通すことを曲げる訳にはいかない。自分もそうだが、日本人は気を遣い過ぎる国民で、大事なことを犠牲にしてしまうことが多いように思う。こうなれば、外交力が頼りなのだが、もっともっとその強化が望まれる。
 今年の6月10日に起きた尖閣諸島周辺海域で中華民国台湾の漁船が日本の海上保安庁の巡視艇と衝突し沈没した事故でも、台湾政府は駐日代表を召還した。加えて、台湾の行政院長である劉兆玄は13日に議会の答弁で、「最終手段としての軍艦派遣も排除できない」と強く脅しを掛けた。
 いずれにしても、日本を囲む海の周りでは、東シナ海の油田に関する問題、北海道の4島を巡る問題を含めて、領有権に絡む厄介な問題を抱えたままである。この種の問題は、一歩間違うと、最悪、戦争にまで拡大発展しかねない危険性がある。まさに、四面楚歌ならぬ、四面難海で立往生の日本国である。
 解決への日日の努力は欠かせないが、どうしても政治決着がつかないとなれば、両国は、堂々と国際司法裁判所の判断を仰ぐことで決着を着けるべきではないか。それに出て来ない韓国はけしからん訳で、領土と主張する資格はないというのが筆者の主張だ。

2.連載(542) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(170)
  第五章 施設生活半年を終えての総括(8)

(1) 生活リズムの変化(その8)
 便秘は、この病気になった時点から厄介な課題だったが、癖になってはいけないとの考えで、なるべく便秘薬の服用を避ける努力をしなから、のらりくらりと、何とか乗り切ってきていた。
 しかし、2月末から3月初めに掛けて、便秘薬の扱いで齟齬があり、生理リズムのバランスが崩れ、夜勤担当の介護士さんに迷惑を掛けることが続いた。結果論になるが、その時の齟齬は、便秘薬の飲ませるタイミングが、一日早過ぎたためだったと一考は解釈していた。
 便秘薬の使用タイミングについては、在宅時からの経験で、雅子の場合は、4日間通じがないと、その日の(4日目の)就寝前に服用させていた。そうすると、翌朝に通じがあって、通常のバランスに復帰することが出来ていた。この2月末での失敗は、1日早く、3日目に飲ませたことで、効きが早くなって、通常よりも早く通じが起きて、夜中にもよおしてしまったと考えられた。
 この施設で、お薬の服用に関して責任を持っているのは看護士さんで、彼らの判断で、便秘薬についてもその服用のタイミングが決められて、介護士さんに服用の指示が出される仕組みになっている。
 看護師さんたちは、常に入居者を直接看ている訳ではなく、介護士さんの報告に基づいて、その実績データを見て判断している。従って、うっかりと個人差が勘案されないで、判断された指示が出されることがある、2月の際の失敗は、その辺りが充分でなかったために、誤った指示に繋がったのだと、一考は解釈していたのである。つまり、看護師さんも十数人と多く、その時点では、きちんと全員に雅子の特徴が共通の判断として、行き渡っていなかったのだ。
 そんな事があって、一考は、その後も、何回か看護師さんの責任者の方に、雅子の個人差のことをお願いしてきていた。(以下、明日に続く)

3.昨日の雅子(188) 7月14日分
 通じがなくて5日目なので、起床後に便秘薬を服用した。そのため細かなフォローが必要で、一考は、午前中にも顔を出して雅子の様子を窺った。通じは午後になると思われたので、一旦帰宅し、気になっていた墓参りなどを済ませて、施設にトンボ帰りした。タイミングよく、2時半頃に通じがあって、介護士さんともども万歳。しかし、4時頃になって帰ろうとすると、再び、便意を感じたというので、この日2回目のトライ。結果は、大成功。便秘薬の服用は、一回だけに止まらず、余震のようなものがあることを改めて確認した。ともかく、大仕事を終えて、ほっとしての帰宅となった。万歳!

576 山本モナさんタイプの女性

1.今、話題の山本モナさんは、それほど大した美人とも思わないが、男性を魅惑する何かをもっていることは確かだ。それが故に、多くの男性が惹かれて話題の餌食になってしまっている。先の民主党の中堅政治家、細野豪志といい、今回の巨人軍の二岡智宏といい、まさに彼女に漂う不思議な魅力に、まんまと手玉に取られたというのが筆者の見方である。
 世の中には、この種の不思議な魅力を持つ多情なタイプの女性は意外に多い。多少の知的な面を持ち合わせているところが味噌で、それが故に、大の男がいとも簡単に引き込まれてしまうのである。
 先の細野氏とのスキャンダルが報道されるまでは、筆者は、彼女の存在は全く知らなかった。その後、オフィス北野の思惑が当たって、短期間で見事に復活して、今回の事件を起こすまでは、テレビのバラエティ番組やクイズ番組などに数多く出演し、その知的な面で、多少目立った存在だと気がついていた。なかなかやるじゃないというのが筆者の見方で、先のTBSの「NEWS23」や今回の新しい報道番組「サキヨミ」のキャスターに抜擢されたのも、そんな一面を捉えての起用だったと思われる。
 一般論として、底の浅い単なる美女にはそれほど惹かれなくても、それに知的な面を持ち合わせた女性であるとなると、心が動かされる男性は意外に多いのではないか。知的と自覚する男性の単純な心理でもあり、落とし穴でもある。
 但し、今回の事件に関する限り、この辺りの男女の思いに、微妙なギャップがあるという見方も付け加えておく必要があろう。それは、彼女には、最初から男を篭絡しようとする意図的な思惑があるのではなく、そういう彼女の思わせぶりな応接振りが、彼女の自然な振る舞いであるという見方で、それこそが、自らが抑え切れない彼女の「性」とも言うべきものかもしれない。悲劇は、そういう彼女の自然な応接ぶりに、彼女に気があると思い込んでしまう男が、直情的に行動に走ることにあるとも言える。
 なお、筆者の見方は、山本モナさんは、暫くして、また復活して、テレビに顔を出すようになるだろうが、また、同じようなスキャンダルを起こす可能性は大きいと見ている。彼女の多情性は、そうは簡単に治らない。

2.連載(541) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(169)
  第五章 施設生活半年を終えての総括(7)

(1) 生活リズムの変化(その7)
 入居直後に、一考が介護部の責任者である桜井さんと話していた際に、食事については、栄養士さんがいて、そこで栄養価、カロリーなどが考慮されて作られていると言うことを教えられた。従って、メニューなどの料理の具体的な内容については、立ち入って中身を確認することもなかろうと考えていた。
 それでも、このドギュメントを書いている以上は、多少なりともその内容について触れてみる必要もあろうということで、5月に入って、介護士さんにお願いして、一、二度そのメニュー表を見せてもらった。それによると、基本は和食中心で、時々洋食、中華などが組み込まれていて、その辺りのバランスが、うまく取られていることが分かった。平均年齢が90歳近い老人だけに、和食中心は尤もなことだと一考は思うのだった。
 参考に具体的な事例として、6月のある日の三食のメニューを紹介しておこう。( )内はカロリー数である。
 朝食:ご飯、ハムエッグ、ブロッコリーのサラダ、味噌汁、フルーツ、牛乳(474)
 昼食:ご飯、カレイの煮付け、がんもの炊き合わせ、シーチキンサラダ、味噌汁、フルーツ(561)
 夕食:ご飯、アナゴの柳川風、筑前煮、春雨の酢の物、フルーツ(652)
 ごうして見ると、桜井係長が話しておられた、カロリー、栄養なども考慮されて、いろいろと工夫して作ってもらっていることを、改めて知った。なお、雅子の場合、ご飯がパンに替えてもらっていることも多いようだ。
 昼食に、麺類が出されることも週に1回はあるようだし、味噌汁は常に付いている。たんぱく質は魚が多いようだが、それでも2週間に一度はお肉が出されている。しかし、牛肉となると、それほどの頻度は無い。
 限られた食費(およそ2000円/日弱)で賄われている訳で、贅沢は言えない。雅子は、これで十分だとコメントしているので、一考からは特に注文することは、今のところはない。とにかく、無難に食事が進んでいることに、安心を覚える毎日である(以下、明日に続く)
 
3.昨日の雅子(187) 7月13日分
 便秘が続いている。今日で4日目ということで、頑張ったものの、通じはなかった。明日、久し振りに便秘薬のお世話になる。
 お薬の内容が少し変更されて一週間が経つが、今のところ、大きな変化は見られない。
 なお、この日は、一考が帰宅してからのことだが、雅子が大のファンである女子ゴルフの不動さんが、44回目の優勝した番組を見たはずで、うれしくて、気分がほぐれたに違いない。

575 栄冠は君に輝く

1.今年で90回を迎える全国高校野球選手権大会は、記念大会としてその出場枠を拡大して55校が出場しで行なわれる。生憎、北京オリンピックと重なるため、本大会を一週間早やめての8月2日に開幕となる。
 その予選が全国各地で華々しく始まっている。筆者の楽しみは、毎日、全国各地で行なわれた予選の結果を、毎朝、じっくりと眺めることである。強豪校、伝統校、有名校、話題校などの名前を見つけて、その結果を見ていると、何か昔を思い出したり、各地の話題が思い浮かんだりして、なかなか楽しいものである。いよいよ、今年も始まっているという実感に、一人で盛り上がってしまうこともある。今や、高校野球は、まさに、日本の風物詩の一つとして、確固たる地位を占めていて、日本人の心の中で息づいている。
 筆者は、あの応援歌「栄冠は君に輝く」がとても好きだ。メロディーも素晴らしく、特に「雲は湧き、光溢れて」から始まる歌詞がとても気に入っている。口ずさんでいると、自然と身体に入って来て、時として、何か込み上げて来るものさえ感じる。野球の「や」もしなかった筆者だが、不思議な現象である。
 既に、今年の選抜大会で準決勝に勝ち進んだ兵庫の東洋大姫路高校が一回戦で姿を消す番狂わせも起きている。ここ滋賀でも、我が出身校の膳所高校が、珍しく予選一回戦をシードされている。30年前の1978年に甲子園に出場を果たして以来、全く縁がなくなっているが、今年は、少しでもそれに近づいて欲しいと期待している。
 いずれにしても、オリンピック、プロ野球の終盤とも重なって、今年の8月は大変、熱く、そして忙しくなりそうである。

2.連載(540) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(168)
  第五章 施設生活半年を終えての総括(6)

(1) 生活リズムの変化(その6)
 全面介護といっても、その主なものは、先に述べたように、食事、トイレ、入浴の三つの基本介護に絞られる。いずれも、日常の生活を維持する上で欠かせない大事な介護である。
 ここでは、この施設でのそれらの基本介護の実態を見てみよう。昨年の12月に、施設にお世話になってからは、これらは全面的に、介護士さんにお任せしているので、細かいことは承知していないが、気がついていることについて、在宅時に一考がやっていた介護との違いに焦点を当てて、検証してみよう。
 まずは、食事に関する介護であるが、ここでは、食後のお薬の服用、それに歯磨きも一連の介護として一括して対応してもらっている。
 差し当たって、料理の内容などの個別のメニューの中身は別として、食べさし方、飲ませ方では大差がない。一考が行なっていたように、スプーン、お箸を遣って、少しずつを口に運んで食べさせる。お茶やジュースなどの飲み物はストーローを使う。時間を要するので忍耐を必要とする介護である。但し、固い食材は飲み込めないので、その点だけは注意を要する。
 大きく変わったやり方は、お薬の服用の仕方である。従来のように、苦労して錠剤、カプセル、粉薬の組み合わせで、飲み難かった幾つかを、何とか飲ませていたのだが、この施設に入居直後から、トロミクリアと呼ばれる粘調な液体にくるんで、食べるようにして服用させる方法を採用してもらっている。お陰で、それほど苦労せずに、どんなタイプのお薬も服用することができるようになった。これは、一考が全く知らなかった方法だった。
 さて、雅子の食欲であるが、幸い、施設に入居後も今までのところは、然るべく確保されているので安心している。因みに、毎月の日曜日には体重測定があって、そこでも安定した結果が出ていて、心配はいらないようだ。
 時々、どんなものを食べているのかと具体的に食事の内容について雅子に聞いた事もあったが、言葉が不十分なこともあって、細かく確認するのが面倒で、あまり突っ込んだ確認をしていなかった。要するに、安心して任せていたのである。(以下、明日に続く)

3.昨日の雅子(186) 7月12日分
 昼前に長男の太郎を連れて、雅子の部屋に顔を出した。太郎の見舞いは今回で3回目である。ちょうど雅子の昼食時と重なったので、簡単な挨拶だけをして一旦退出し、改めて、午後に落ち着いた形で訪問した。雅子の症状は、このところ、見た目には殆ど変わらない。相変わらず、言いたいことがなかなか伝えられなくて、落ち着かないようスだった。それでも、「ありがとう」を繰り返し、その気持ちを表していた。そんなことで、その心境は「うれしさも 中位なり」といったと様子だった。

574 食品ではなく、今度は職員疑惑

1.消費期限や産地の偽装から、使い回し、更には毒入り餃子などの食品に関する問題は止まるところを知らずといった具合で、国民に不安を与えて来たが、今度は、大分県の教育委員会で、食品ではなく、職員の採用、昇進に関す汚職、贈賄、更には改ざんといった許し難い不正が常態化している事実が発覚した。
 日本の将来を支える人間を育てる教員の持つ役割の重要性は、今更論じるまでもないが、その教員の採用、昇進での不正には、食品問題同様の許しがたい怒りを感じる。こんなことで、立派な人間を育成できるのかとの不安が募るばかりだ。何よりも腹立たしいのは、試験の点数の水増しだけでなく、不採用にするために「減点」するという改ざんである。真面目にやった人たちが、合格点であったにも関わらず、採用されなかったということになる訳で、それは、他人の人生を勝手に改ざんしていると同じである。
 この種のことが大分県だけで起きているのだろうか、他の都道府県の教育委員会でも良く似た不正がはびこってはいないのだろうかとの疑いも出て来る。
 いずれにしても、試験の点数の改ざんで、合格点を取りながら、採用されなかった人たち、つまり、無断で人生を改ざんされた人たちは、まさしく人生を狂わされた訳であり、この人たちへの責任は誰が、どのように取ってつぐなうのだろうか。驚きを超えた怒りが、沸々と込み上げてくる。

2.連載(539) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(167)
  第五章 施設生活半年を終えての総括(5)

(1) 生活リズムの変化(その5)
 さて、一方の雅子だが、こちら方は、もっと、もっと単純化された、ある意味では、無味乾燥な生活パターンの繰り返しになったと言える。
 起床が7時過ぎ、就寝が9時と、この施設では決まっているので、その間の14時間が雅子の昼間の闘いの時間である。この時間帯は、大抵の場合は、ほとんどを椅子に座って過ごしている。それだけにお尻が痛くなる事があり、時々介護士さんに持ち上げてもらってお尻の位置を動かしてもらうことになる、一考が訪ねている場合は、もちろん、一考が雅子の意向を確認して、自分で持ち上げてやる。
 雅子の具体的な闘いのメニューは、三度の食事、トイレ、それに、週二回の入浴での応接である、これらについては、次回以降に細かく紹介するので、ここでは触れない。ただ、時間的なバランスでは、朝の7時半頃、お昼の11時半頃、夕方の5時半頃が、それぞれの食事開始の目安である。いずれも、1時間ぐらい掛けて食べさせてもらい、その都度、お薬の服用、それに歯磨きをしてもらっている。この食事時間が、椅子にじっと座っている単調な生活に、少しメリハリが付けられることになるようで、時間的なバランス配分としては絶妙と言えそうだ。
 この他には、最近では、週三回の月、水、金の午前中にマッサージを受ける。15分間の短い時間だが、雅子にはオアシスのような「ありがたさ」である。一考の訪問時に、時々、電気マッサージを掛けてやるが、それとは一味、二味も違う人間の温かさが感じられるオアシスなのだ。
 それ以外では、単調な生活に少しでも変化をということで、月に一度ぐらいだが、施設の方で、誕生会とか、何かのツアーなどといったいろいろ企画してくれている。しかし、あくまでも生活そのものはコンパクトで単純なリズムの繰り返しになっている。そんな中で、例外的な外出が、一考が連れて行く、月2回程度の通院で、これが雅子には、数少ない遠出のチャンスであり、大きな気分転換になっているようだ。
 なお、ベッドにいる午後9時から翌朝の7時頃までの就寝時間だが、ここでも、雅子には夜の戦いが待っている。眠れないことも結構あって、ベッドから見える位置に掛けてある時計を眺めながら、ゆっくりと進む時間の経過を見守っていることが多い。そういう意味で、この時計は雅子には重要な相棒で、部屋の電気を消しても文字盤が見えるようにそこだけライトアップしてもらっている。(以下、明日に続く)

3、昨日の雅子(185) 7月11日分
 朝は、入浴、そしてマッサージ、午後も、一考が訪問した際には、マッサージ機で脚の裏、ふくらはぎのマッサージ。言葉の不鮮明さを除けば、このところは、落ち着きが見られる。と云うよりは、我慢が身についたとでも言うべきかもしれない。

573 旅客機爆破指令

1.洞爺湖サミットは幸い無事に閉幕したが、その裏で、テロを想定した事件をシュミレーションしていたことを、昨日のテレビで(確か、朝日テレビ「ムーブ」だと思うが)で取り上げていた。
 それは、まさに「ぞっと」する内容で、乗客乗員200名以上を乗せた民間旅客機がハイジャックされ、洞爺湖サミットの会場であるホテルに向かって進んでいるという想定である。官邸を巻き込んだ生々しいシュミレーションで、いろんな誘導作業などが行なわれて、事件の発生を食い止めようとの必死の策が施されるが効果がなく、旅客機はそのままホテルに突入の可能性が高くなった時点で、自衛隊の戦闘機に、この旅客機を爆破する指示が出されるというのである。
 あの世界貿易センターに突っ込んだ9.11事件を念頭に置いたものだが、同時に、筆者は大韓航空機爆破事件を思い出した。これは、1983年9月1日に起きた事件で、ボーイング747が慣性誘導装置の設定ミスでソビエト連邦の領海を侵犯したために、ソ連の戦闘機で撃墜された事件で、乗客乗員269名が死亡している。
 最悪の事態を想定した検討は必要だが、この内容を聞いて複雑な心境になった。何も起きなくて本当によかったと改めて思うのである。なお、この内容について、改めて新聞記事を捜してみたが、筆者が取っている日経、毎日には全く何も出ていない。

2.連載(538) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(166)
  第五章 施設生活半年を終えての総括(4)

(1) 生活リズムの変化(その4)
 一考が楽しんでいる趣味の一つが将棋で、自分の贔屓の棋士が対局している日は、インターネットで中継があれば、終局までフォローする。長い勝負の場合は、終局が深夜にもつれ込むことが多く、その一手、一手に凄く興奮する。自分も一緒に考えて、指し手が一致すると満更ではないと思い、違った手が指されると、「さすが、プロ」と思いながら、その展開に興奮する。特に面白いのは、自陣の「王様」が薄い守りの中での攻め合い将棋は、ドキドキしながらのフォローで、両対局者の秘技に感動すら覚える。そして、相手が投了して贔屓の棋士の勝になると、ほっとして、恰も自分が勝ったような気分で、その棋譜を見直して楽しむのである。今は、A級棋士の郷田九段、羽生名人の大ファンである。
 野球中継を楽しむことも多い。特に阪神の試合は殆どの試合はテレビ観戦する。幸い関西地区は、神戸のサンテレビが、他局が放送しない阪神の試合を中継してくれる。滋賀でもケーブルテレビで見ることができる。このサンテレビじゃNKHの衛星放送の場合と同じで、試合開始から終了まで延長して放送してくれるので、ファンにはたまらない。なまじっか、他の放送局が中継権を持っていると、試合途中で終了する場合が殆どで、そんな局ではやって欲しくないと思うことが多い。放送が途中で終わった場合は、仕方なく、インターネットでスコアー中継をフォローする。これもかなりの速報性があって面白いが、さすがに数分遅れなのでいらいらすることも多い。
 一考の夜の楽しみはそれだけではない。夏では日本時間の10時半から始まる米国株式市場の動きをウオッチするのも楽しみで、それが翌日の東証株価の動きに直結することが多く、大いに参考になる。
 また、米国女子ゴルフも、一考の楽しみの一つで、行なわれる米国の地域で時間はずれるが、ちょうど、日本では夜から朝にかけての時間帯になる。しかし、プレイは、朝にまで掛かることが多く、寝ていても、途中で目覚めた時には、アンチファンの宮里藍選手やその対抗馬の上田桃子選手の途中経過をフォローするので、睡眠不足になってしまうのが辛いところだ。
 いずれにしても、夜のこの時間帯は、一考は、多い時には5本ぐらいのプログラムを同時並行的に楽しむゴールデンアワーなのである。単純な生活リスムの中で、貴重な異色の時間帯でもある訳だ。(以下、明日に続く)

3.昨日の雅子(184) 7月10日分
 吉田病院(仮称)への定期通院日。11時すぎに施設を出て3時頃に戻る。3ヶ月前から試している新しいお薬に多少の効果(?)がありそうだいうことで、もう少し増量して様子を見ることになった。病気の進行を抑え、体を柔らかくする効果である。なお、前回苦労した雅子を車に乗降させる作業は、抱き上げ方を工夫することで解決できた。これは、介護士さんがやっている方法を真似たのである。

572 福田総理の評価は ?

1.大役を果たした福田総理の評価は ?
 今朝の各紙に出ている22人の首脳が一線に並んでいる写真は、なかなか壮観で迫力を感じる。地球を守り、生活を守り、人間を守るという、今の世界の大きな課題に取り組むには、やはり、8カ国だけでは不十分のようだ。
 とにかく、三日間に渡るサミットという政治ショーが無事終了し、福田総理も何とかその議長国としての役割を果たしたようだ。各紙の評価もBプラスといったレベルで、その手腕に一定の評価を得たことになり、多少の自信回復になるのではと思われる。さあ、今後の国内政治でどんな手を打つのか、注目したい。
 そんな中で大いに評価できるのが、警備当局の果たした役割だ。心配されたテロなどの凶悪な事件もなく、無事に終えることができたのには、さすが、日本の警備当局と言いたい。評価はAで、「あっぱれ」である。とかく、この種のことは、事があったら大きく叩かれる割には、このようにうまく行った場合には、話題にもならないことが多いだけに、筆者は大きな声で讃えておきたい。
 一方、世界の経済に与えたインパクトは殆どなかったようだ。昨日の東証株価も、午前中は一時はそれなりに上昇したが、時間と共に徐々に下がり始め、終値では、ほんの僅かの上げに止まった。加えて、今朝の米国市場も全く冴えず、ダウ平均は、200ドルを越す大幅下落になっている。こうなると、経済的な深刻さは並みではない。どこまで、下がってゆくのか不安は拡大する一方だ。
 さて、次なる世界的な大きなイベントは、北京オリンピックだが、これが世界にどんなインパクトを与えてくれるのか、そんな期待をせずに関心を持って見守りたい。

2.連載(537) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(165)
  第五章 施設生活半年を終えての総括(3)

(1) 生活リズムの変化(その3)
 雅子が施設に入居した当初は、一考は、朝9時過ぎと午後の2時過ぎの2回に渡って施設を訪ねていた。彼女がここでの生活にある程度の落ち着きを見せるまでは、心配だったからである。自宅との距離は、およそ9Kmなので、片道20分程度の短時間なのだが、それでも2回通うと、結構多忙になる。しかし、2月の半ばにもなると、雅子の様子にも落ち着きが見られるようになって来たことから、施設への訪問回数を、原則として、午後の一回に削減した。
 従って、今では、朝起きると、お米をかしてご飯を炊く。軽くコーヒーとシュクリーム程度の簡単な朝食を終え、仏さんにご飯を出して、ゴミ棄て、洗濯、洗顔などを済ませて、ブログに取り掛かる。その日の配信を済ませると、時間があれば、翌日以降の分の連載「難病との闘い」の在庫つくりをしながら、株価の動きなどをフォローする。そして、早目の昼食を済ませて、買い物に出掛け、帰宅すると、母親の夕食の下準備を済ませて、施設に向かうのである。
 雅子とは数時間を一緒に過ごし、帰って来ると母親の食事の準備を整え、久子が母親の入浴を済ませるのを待機する。その間、自分も簡単に夕食を終える。
 久子からの準備がOKという連絡があるのを待って、料理の最終仕上げをして、母親に持って行くと一段落である。この食事を出すまでのじっと待っている時間が結構いらいらする時間なのだ。
 それらを終えて、2階の自分の部屋の戻って一息つく。ほっとする時間である。しかし、大抵の場合は、疲れがにじみ出て来て、少しうとうとすることが多い。いずれにしても、通常は、早目に就寝する生活スタイルになった。入浴は、これらの合間に適当に済ませる。正直言って、毎日入るのがおっくうになることがある。
 しかし、そうは言いながら、寝るまでの夜のこの時間帯は、一考には数少ない趣味の世界を楽しむ時間帯でもある。次のような幾つかのアイテムを併行して楽しむことが多く、時には睡眠時間に食い込んで、寝不足を引き起こす原因にもなるのは、困ったものである。しかし、それがまた一考の頑張りのエネルギー源でもあるのだ。(以下、明日に続く)

3.昨日の雅子(183) 7月9日分
 このところ、落ち着いているといえば、そうだと思う。しかし、言葉が通じず、例の文字分解の手段にもうまく行かないことが多く、コミニケーションには苦労をしている。この日、4日ぶりに通じがあった。明日が通院日なのでほっとしている。

571 犯行予告サイト

 このブログは3部康成です。1部が「コラム」、2部が連載「難病との闘い」、そして3部が「昨日の雅子」です。

1.これは明らかに表彰物であると思う。洞爺湖サミットにおいて、温暖化ガス対策に関して「2050年半減を世界で共有する」と纏めた福田総理の手腕のことではない。ベンチャー企業のロケットスタートの矢野さとるさと云う方が開発した犯行予告の収集と通報サイト「予告,in」 (http//yokoku.in/)のことである。
 昨日の夕方、関西の朝日放送の人気番組「ムーブ」で、そのサイトが開発されたことを取り上げていた。偶然、何気なく見ていたのであるが、その内容の素晴らしさに興味を持つと同時に、同氏の開発力の凄さに感心したのである。
 あの秋葉原事件で代表される「犯行予告」は、その後も勢いを増していて、その対応に大わらわの中で、総務省の増田大臣は来年度予算に2億円を組み入れて、その対策ツールを開発させると発表した直後に、矢野さとる氏がその開発に成功し、発表したのである。しかも、費用は0円、2時間で開発したというから更なる驚きだ。
 その番組では、それを受ける警察の対応もどじさも付け加えていた。警察の窓口は、夕方から朝までや休日や祝日は休んでいて受け付けてくれないというのである、この種の書き込みはそう言った時間帯が多い訳で、まさにまぬけと言わざるを得ない。
 筆者も早速、そのサイトを開いてみたが、犯行予告、関連スレッド、そしてブログの三つに分類されていて、立派なサイトだ。増田大臣の2億円は何なのだと言いたい。

2.連載(536) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(164)
  第五章 施設生活半年を終えての総括(2)

(1) 生活リズムの変化(その2)
 一人の人間とって、それまでの人生を棄てる覚悟するほど辛いものはないだろう。生き方、生活スタイル、生活リズムなど、それまでの自分の人生の歴史の全てを棄てて、諦めて、全く新しい生活環境での生活に切り替える訳だから、身を切られる以上の辛さであることは確かである。今でも、時々、自宅の2階にあるクロークを開けるのだが、そこには元気だった頃の雅子の衣装、鞄などがぎっしりと残されたままで、それを見る度に、気の毒な雅子のことに思いが行き、胸が熱くなる。そういう意味でも、雅子のこの7ヶ月は、まさにそれらの辛さに挑戦し、ここでの介護生活に自らを合わせる努力に徹して来た期間であったといえよう。
 幸いなことに、ここに来て漸く、そんな新しい生活リズム、スタイルにも徐々に順応できるようになってきている。つまり、それまでと違った新しい自分を作り出して、それに堪えて、慣れる様に懸命に努力して来たというのが、雅子のこの7ヶ月間の本当の努力だったといえる。
 この施設では介護を必要とする方が、6月末現在60人以上おられるが、中には、家に帰りたいと言っている方も何人かいるようだ。自分が住み慣れた家庭に戻りたいと思うのは自然であり、本当の叫びなのであろう。かつて、一考の父が数日入院をしなければならなくなったことがあったが、父は二日と持たずに家に帰って来たという。それが、普通の人間なのだ。しかし、雅子は、そんなことはおくびにも口にしないし、一考が、たまには家に戻ろうかと声を掛けてみても、ここでいいと言って帰ろうとはしない。元々、入居を決意した際にも、月に一週間ぐらいは自宅で介護できるように、ベッドや椅子、お風呂の小道具などの必要な介護器具は備えておいてある。幸か不幸か、それは、入居3週間後の年末年始の10日間だけを除いて使用することにはならなかった。それだけ、雅子は夫に迷惑を掛けないように頑張っているといえる。
 それでは、雅子の施設に入居後の二人の具体的な毎日の生活を見てみよう。二人とも、一言で言えば、生活が凄く単純化、スリム化されたということができるのではないか。ほぼ毎日、同じようなことを同じリズムで行なう生活を繰り返しているのである。
 先ずは、一考の一日の生活ぶりを紹介してみよう。(以下、明日に続く)

3.昨日の雅子(182) 7月8日分
 この日も、前日と同じく落ち着いた様子。入浴日だったのでさっぱりしていた。この日で便秘が3日目で、明日あたりが勝負となりそうだ。
 母親が作ってくれた七夕の貼り絵を持参。雅子もにっこり。

570 世界の中の日本

 サミットが開幕、主要8カ国(G8)の他にアフリカから7カ国、そして主要C02排出国7カ国の22カ国の参加で顔ぶれは華々しい。これらの国の意向を踏まえて、CO2排出を巡って、どんな形で取りまとめるのかには、大いに関心はある。しかし、今のところ、持って廻った言葉の羅列のコンクールのような案が検討されていて、形作りとはいえ、実を伴い難いものになりそうた。これでは、地球の危機が回避されるものには程遠いようだ。世界の中で、日本の福田首相の手腕に期待したい。
 さて、危機と云うほどではないが、半世紀以上の54年ぶりの記録更新中だった日経平均株価の連続下げ記録は、昨日13日ぶりに反発して、とりあえずその記録にピリオドが打れた。しかし、株価全体には、さほどの勢いが感じられず、株価低迷のゾーンからは脱し切れていないようだ、今朝の米国ダウも小幅だがマイナスである。東証も、米国市場に追随するだけでなく、たまにはリードするようになって欲しいものだ。
 スポーツ界では、半世紀ぶりの記録が、日米のオールスターでのファン投票で、二つ生まれている。一つが、巨人の坂本遊撃手で、巨人軍から10代の野手でファン投票で選ばれたのは、柴田選手以来47年ぶりだそうだ。今一つは、米国ナ・リーグのカブスの福留選手で、同リーグの新人外野手として選出されたのは、1956年、当時レッズのフランク・ロビンソン氏(72)以来、52年ぶりの快挙達成だそうだ。イチロー選手も選ばれていて、本番での日本人選手の活躍を期待したい。

2.昨日の雅子(181) 7月7日分
 午前中に施設が企画した七夕の催しが一階の広間で行なわれ、雅子も参加して皆で歌などを歌ったようだ。
 いつものように一考が午後訪問、雅子は前日と同様に落ち着いた様子、じっと椅子に座ったままの堪える生活が続いている。この日は、少し疲れ気味の一考が暫く転寝してしまった。

3.連載(535) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(163)
  第五章 施設生活半年を終えての総括(1)

 雅子を施設に入居させて、早いものでほぼ7ヶ月が過ぎた。この間、一考がドリームスペースに通った回数も、270回を超えた。新しい生活環境に二人は何とかして溶け込もうと努力した期間だった。雅子の症状そのものは外見上、大きな変化は見られていないが、言葉の不鮮明さ、意思表示の仕方などの見えない身体の内面的なところで、悪化が進んでいるようで、厳しさはその度合いを深めている。そんな中で、新しい環境下での新しい生活に挑戦する新たな二人の戦いが始まっていた。ここでは、その辺りの二人の生活ぶりを総括をしてみたい。

(1) 生活リズムの変化(その1)
 とにかく、雅子が施設に入居したことで生活が大きく変わった。先ずは、二人の精神的な面での変化から取り上げてみよう。一緒に自宅に居て、一考自らが介護を担当していた頃に比べれば、介護士さんにお世話になることで、二人が離れた形で過ごす時間帯が多くなった。そんな時に感じるちょっとした寂しさが、今までにはなかったことだった。雅子もそんなことを感じているのではと考えている。
 しかし、それは一日の全体の時間から見れば、実質的にはごく限られた時間である。一考の場合で考えてみると、24時間から睡眠時間や、母親の食事を作ったり、買い物などを除くと、本当に一人になるのは、夕食の食事の後片付けが終わった後の数時間である。この時に感じる物足りなさ、孤独さ、寂しさが今までになかったものだった。しかし、それは、そんなに深刻なものではない。なぜなら、施設に行けばいつでも会える訳だからだ。
 そうは言う一方で、その時間帯は、逆に、精神的にほっとする時間帯であることも事実である。物理的な距離を置くことで、雅子の介護から肉体的、精神的に解放されたことが実感できることで得られる「ほっと」した正直な気持ちである。やはり、この種の息抜きができることが、長く介護生活を続けてゆく上では欠かせない対応だ。施設に全面介護をお願いしている最大の意味があると言える。
 一方の雅子の精神的な変化は如何なものだろうか。雅子の話を聞く限りでは、夫に、介護でこれ以上迷惑を掛けたくないとの思いが、自分がこの施設に入ることで叶えられた訳で、ここでの生活での多少の不便さや苦労は我慢してゆこうと自分に言い聞かせての新しい生活と闘っているといえるようだ。
 結局のところ、二人とも、その意味の違いこそあれ、「ほっと」しているという部分は共有しているようだ。このことが、二人の確かな絆にもなっていると言える。(以下、明日に続く)

569 サミット

 第一回のフランスのランブイエで行なわれてから数えて、今年で34回目のサミットである。今朝の洞爺湖一帯は雨で、霧が深く立ち込めていて視界は利かず、残念ながら、美しい景色は見られない。環境問題を始め幾つかの重要な課題が議論されるが、如何にも、その不透明さを象徴しているようで皮肉な天候だ。それだけに、福田総理の議長としての手腕が問われるということだが、果たして、起死回生の働きを示してくれるのだろうか。若干の期待をしているが、裏切られるのではとの不安も強い。
 過去のサミットへの日本からの出席者リストを見ると、第一回の三木武夫総理から始まって、今年の福田康夫総理で16人目である。その中で最多出場は小泉純一郎さんの6回、中曽根康弘さんの5回、そして橋本竜太郎さんの3回がベストスリーである。
 いつも話題になる首脳が揃っての写真撮影で、中曽根さんが初めて日本の総理として中央の位置を奪取したのは有名な話だが、その後は小泉さんがいつも好位置を占めていた。今年は、議長国だから当然中央を押さえるのだろうが、どうだろうか。サミットそのものの中身は期待できないかもしれないが、政治ショーとしてはいろんな話題もあって面白そうだ。
 さて、米国女子ゴルフツアーで、初めてのサミットを目指していた宮里藍選手だが、今朝も大変よく健闘したが、サミット制覇には一歩手が届かなかった。ここ数週間は好調を維持していて、近いうちにチャンスが巡ってくるのではないか。米国に渡って3年目、文字通りの「石の上にも3年」の努力は報われるのだろうか。アンチファンにもそれなりの関心はある。

2.昨日の雅子(181) 7月6日分
 いつものように午後、1時過ぎに訪問した。すっきりした様子で安心。とにかく、我慢の毎日で、よく頑張っている。

3.連載(534) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(162)
  第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (65)

(4)次男家族のお見舞い (その7)
 翌朝、目を覚ましたのが6時を少し過ぎていた。二日酔いで苦しかったが、急いで起きて湯船に浸かり、アルコールを抜いてから、急いでこの日のブログを書いて配信し、そそくさと家を出た。この朝は車がないので歩いて駅に向かう。時刻は7時半を過ぎていた。駅に着いたタイミングが良くなく、ちょうど電車が出たばかりで、30分ぐらい待たされることになった。苛々したが、どうしようもなかった。改めて、車の便利さを認識したのである。
 おごと温泉駅に着くと、早足でドリームスペースに駆けつけたが、時計は8時半を過ぎていた。暫くすると、息子達が顔を見せてくれた。二郎の顔もやはり赤くなっていた。
 一考は、ここで、改めて、昨夜話題となった筆者の小説で、犯人の名前に千夏という名前を使ったことで、二人に不快な思いをさせたことを詫びた。そして、今後は、この問題は封印しようということで了解しあった。。
一方、雅子の方は、昨日の今日ということであったが、また新たな感動が込み上げてきたようで、一生懸命に「有難う」を繰り返していた。
 その後、暫くは、結夏の入園式のビデオを見せてもらい、それが終わるのを待って、二郎の家族は、改めて「さよなら」の挨拶をして、雅子の部屋を後にした。時刻は10時少し前になっていた。一考が彼らをおごと温泉駅に送り届けて、久し振りの次男家族との二日間に渡るイベントは、喜、哀、楽の中に無事終了した。
 彼らが帰った後、幼い頃の記憶について考えてみた。自分の場合を思い出すと、幼稚園以前の記憶は殆ど何も残っていない。果たして、孫の場合はどうだろうか、今回の雅子を見舞ってくれた旅の記憶ぐらいから、かすかに残るのではないかと思うのだった。
 そこで、翌日になって、自宅に戻った結夏が、どんな印象を持ったのかに関心があったので、千夏を通じてその辺りの感想を聞いてもらった。
 それによると、「楽しかった! また、あのお部屋に泊まってみたい。おばあさんが体が痛そうで可哀そうだった。お仏壇でお祈りする際に鳴らした鐘の音に関心があったようだ」といった感想を教えてくれた。これは、なかなか興味深い報告だった。(この章は、今回で終り、明日からは、施設生活半年を終えての総括 を連載します。)

568 自殺の要因

 今日は、この時間まで、このブログのサーバーのメンテで使用できず、今朝の分を配信できませんでした。漸く回復しましたので遅ればせながら送信します。

 NPO邦人のライフリンクがそのホームページで自殺の実態1000人調査をまとめて発表している。それによると、自殺の要因として68項目の要因に分けて研究しているが、その中で、上位を占めているのが、家庭問題 健康問題 経済問題で、それ以外には、勤務問題、男女問題などがある。
 そして、実際に自殺を決意させる引き金には、大体、4つぐらいの理由が重なった場合が多いようで、そうなると堪えられなくなって、思い切った行動に走るようだ。なるほどと思うと同時に、人間の堪えられる限界の厳しさを見るようで、何か恐ろしさ、気の毒さ、哀れさを思う。
 有体に言えば、筆者も重度の障害者を抱えての家庭問題、そして、やがて迫ってくるかもしれない自らの健康問題、そして75歳以降に遭遇する年金の減少による経済問題は厳然と待機している訳で、そういう意味では、間違いなく自殺予備軍の資格を有していると断言できる。
 幸いなことに、今のところ、筆者の闘志、使命感が思いのほか健在で、そういった不安を今のところは、遥かに上回っていて、生きてゆくことへの何か遣り甲斐的なものが存在していることが救いである。特に、このブログを毎日書くことが、数少ない前向きの毎日に貢献してくれている。
 何時まで、この微妙なメンタルなバランスが保たれているかが、大事な鍵になることは確かで、そのための自分の健康保持は欠かせない大きな要因である。深刻に考えずに「なるようになる」の精神で生きてゆきたいと思っている。
 さて、今朝のフジテレビの報道2001でも介護の実態を取り扱っていた。女優の小山明子さん、山口美江さん、橋幸男さんの介護経験者としての話しにはリアリティがあって、彼らが懸命に頑張ったご苦労は、今の筆者には良く分かるし、大いに勇気付けられた思いである。竹村健一さんが抜けて少し内容が落ち気味だったこの番組が、久し振りに息を吹き返していた。
 暗い話題ばかりでは気分もよくない。明るい話題を探すと、米国の女子ゴルフツアーで宮里藍選手が今日もバーディーラッシュで追い挙げており首位と3打差で初優勝が視野に入る好位置につけている。筆者はアンチファンだが、その経過には注目してフォローしている。なお、上田桃子選手も追い上げは急のようですが、今一つ届かないようです。いずれも、日没でサスペンドになり、明日の朝(日本時間、今夜)の勝負になります。さあ、結果や如何に?

2.昨日の雅子(180) 7月5日の分
 東京から戻って雅子の部屋に顔を出したのは、施設の入口のドアにロックが掛かる直前の午後7時前だった。
 ちょうど、夕食を済ませ、歯磨き、トイレを終えて、寝巻きに着替えたあとで、すっきりとした表情だった。心配していた通じも昼間にあって、便秘が解消したことにほっとした。
 昼間に、実姉の霧子さんが顔を出してくれたようで、雅子もうれしかったようだ。一考は、安心して、直ぐに施設を出て自宅に車で戻った。

3.連載(533) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(161)
  第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (64)

(4)次男家族のお見舞い (その6)
 しかし、残念ながら、二郎の答えは愛想なく、二人とも、その本の中身は読んでいないというのだった。犯人の名前が千夏だというのが面白くなく、読む気がしなかったようだ。その返答に、一考は極めて残念に思うのだった、正直言えば、親父が人生の集大成ということで、必死に書いた小説だなのだから、多少の無理をしても目を通して欲しかったのである。
 それというのも、犯人の名前の是非はともかく、作者としては、この犯人を悪人としては描いていない。悲しい巡り会わせを持った知的な美人女性として扱っていて、心をこめて書き上げた女性である。そのことは、読んでもらえば、充分に理解してもらえるはずであり、単なる名前を使ったという不満はを超えることになるのではと考えるからである。同時に、そこで扱っているコンピューターの切り替えのドギュメントを、それを仕事にしている二郎の立場からのコメントが欲しかったからである。
 いずれにしても、この夜は、一考は久し振りによく飲んだ。息子と二人と云うことでリラックスしていたからである。かなり飲んでいたので、後の方のことはあまりよく覚えていない。支払いは息子がしてくれたので、その店を出たところで、二人は分かれて歩き出した。二郎は施設のゲストルームへ、一考はJRのおごと温泉駅に向かったのだった。二人とも、気分は上々だった。
 それでも、一考は、乗り過ごすことなく、JRを大津京駅で下車した。そして、酔っ払った足取りで自宅に向かって歩き始めたのだが、どうしたことか、途中にあるカラオケバーの前で立ち止まってしまった。暫く、躊躇した後に、何と、ドアを押し開けて中に入ったのである。いつも、前を通っていて店のあることは承知していたが、まさか、そこに入ってしまうとは思ってもいないことだった。
 初めての客と云うことで、どう扱われるかと様子を見ていたが、どうやら、客として「大丈夫」だと判断されたのだろう、カウンターで焼酎の水割りをいただくことになった。念のために値段のことを確認してみると、そのレベルなら大丈夫だと判断し、暫く腰を落ち着けたのである。他に二組ほど客がいたが、それでも悪びれずに、数曲を歌うという大胆な行動に出た。久し振りのカラオケに酔っていたともいえる。充分に発散できていなかった部分を、思い切って発散したかったのかも知れない。悪い癖が、こんな年になっても顔を出すことに、自分の未熟さを改めて思うのだった。多分、1時間ぐらいはいたのではなかろうか。家に戻ったのが何時だったのか、記憶に残っていない。(以下、明日に続く)

567 幸せな気分

 今日はブログを始めて以来、初めて自宅でなくホテルからの配信です。ほぼ2年ぶりの上京で、東京の変わりように驚きながら、新鮮な気持ちでキーを叩いています。
 昨夜は、冥土の土産には上等すぎる楽しいひと時を味わい、介護生活の中で素晴らしいオアシスを満喫させてもらいました。生きていてよかったとの思いで、貴重な時間を割いて頂き、お付き合い頂いた方々に、厚く御礼を申し上げる次第です。
 テレビのお天気カメラでおなじみの渋谷の交差点を、覚束ない千鳥足で歩きながら、コンビニはやはり24時間営業してくれる方がいいのではとか、タクシーの空車の多さにも、なるほどと思いながら、「幸せ!」と大声を出したい衝動を抑えながら、深夜の宮益坂を上機嫌で登り、ホテルに辿り着きました。
 心地よい二日酔いの気分で、今朝のニュースに目をやると、株価は昨日も上がらず、連続12日間下げ続けている。油の値段の高騰は、世の中の動きを魔法の棒で操るように、止まることのない不安を作り出している。小さな幸せを求めている筆者には「いい加減にして欲しい」と叫びたいのを押さえるのに必死だ。
 そんな中で、米国のゴルフツアーの速報をチェックすると、あの宮里藍選手が、なんとバーディラッシュで、13番を終わって6アンダーと、何と! トップタイにいる(7時半現在)。今までにない勢いで、今週はまたとない初優勝のチャンスだ、幸せな気分を味わっているのは、私一人ではなさそうだ。

2.昨日の雅子(179) 7月4日の分
 いつもよりも早く、朝の8時過ぎに雅子を訪ねた。何だか少し寂しげ。10時前に入浴に連れてもらうのを見送りながら、介護士さんに諸々のことを頼んで施設を出た。36時間後に戻る予定。雅子、頑張って!

3.連載(532) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(160)
  第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (63)

(4)次男家族のお見舞い (その5)
 いずれにしても、二人を、それだけ不愉快にさせたという事実は重く見なければならない。とにかく、一考には、理屈抜きで謝るしかなかった。
 確かに、小説に関わる揉め事は多い。しかし、その大半は、そこにモデルとして登場した人物に関しての名誉毀損やプライバシーの問題が殆どで、単に人物の名前を使ったことで問題になるのは異例である。作者として、言いたいことはいろいろあるが、この際、そのことは封印するのが妥当と一考は判断したのである。
 結局、その話が出たところで、千夏と孫は、時間だからと云うことで中座し、一考の車を運転して、先にゲストルームに引き上げた。
 その後は二人になってビールを楽しんだ。とにかく、二郎はビール一辺倒なのだ。気分も軽くなって、それまで気になっていた幾つかの話題を取り上げた。特に、結構式で、友人の挨拶の中で出てきた車の話、入社して直ぐに購入した新車を、その日の内に駄目にしてしまったという話である。改めて、真相を聞いたのだが、一考は、怪我もなく無事に済んだことを幸いだったと思うのだった。
 また、予てから気にしていた年金の宙に浮いた5000万件に関して、二郎の本名は、その読み方が難しく、それに途中で会社を替わったことなどから、しっかり確認することを今までにも何回も忠告してきていた。特に、母親が学生時代の分も支払っていたので、そのあたりに漏れがないかをしっかりと確かめるように言っていたが、まだ確認していないということだった。間もなく、年金特別メールが来るはずだから、その機会に間違いにないように確認することを重ねて伝えた。
 加えて、子供の才能を引き出してやるのも親の責任であることも話した。自分は、申し訳ないがやれていなかったが、その分は雅子がやってくれていた。この件については、次男は既にいろいろと考えているようだった。
 話題が一段落したところで、改めて、一考は、小説の内容についての感想を聞いてみた。特にコンピューターの仕事に携わっている二郎だけに、その統合化をドギュメント風に扱っていただけに、二郎がその辺りを、どんな風な受け取り方をしてくれているかに、大きな関心があったからである。(以下、明日に続く)

566 淀川水系4つのダム

 国土交通省が、6月20日に、諮問機関の「建設は不適切」とする中間意見書を無視した形で、4つのダムの建設と再開発を盛り込んだ「河川整備計画案」を公表した。
 この4つのダムの中の大戸川ダムと丹生ダムの二つは滋賀県にある。嘉田滋賀県知事は、この発表に「残念」と表明し、1日の定例議会で、国の浸水予測戸数案に疑問を呈し、担当部局に調査と建設以外の方策についての検討を指示している。
 この種の計画案の元になる基礎数字は、道路公団の道路建設の場合と同様で、初めにダムありきから始まっている。その辻褄合わせの数字からは正しい議論は導けない。自分達も、現職の頃、長期計画案を作成する際には、そんなご都合主義の案を作ったこともあり、嘉田知事の指摘には充分な説得性がある。
 一方、関係する市町村や地元自治体の首長は、長年のダム建設を待ち望んでいて、逆に、歓迎の意向が伝えられている。あくまでも、不必要なものを作る必要はない。実のある議論をして詰めて欲しい。
 さて、嘉田知事だが、先に、新幹線新駅廃止においても、しっかりした主張を貫いた実績は大きい。それだけに今回も、同氏の手腕への期待は大きい。幸い、橋下大阪府知事を始め、近畿の関連する知事も同じ考え方のようで、改めて、ここに国対地方のがちんこの戦いが始まる。注目の展開になりそうだ。
 注目の展開ということでは、東証の株価の連続下落が、昨日で11営業日となった。54年ぶりで、戦後、4番目の長い記録だそうだ。今朝の米国ダウは、強くはないが、73ドルほど上がって引けた。さあ、今日の東京はどうなるか?

2.昨日の雅子(178) 7月3日分
 いつもと変わらないが、最近、一考に一生懸命伝えようとする話を、途中で諦めることが多くなった。なかなか、伝わらないのでじれったくなるからだろうか。少し気に掛かるが、仕方がない。

3.連載(531) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(159)
  第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (62)

(4)次男家族のお見舞い (その4)
 それでも、一考が言いたかった幾つかのことについて、自分の考えを話して聞かせた。特に、自分達の将来のことについては、、なるべく、君たちには迷惑を掛けないようにしたいと思っていて、できることなら、自分が逝くときには、雅子も一緒に連れて行きたいとも思うのだが、実際には、なかなか、そうはいかないだろう。仮に、雅子が一人になったとしても、幸い、多少の蓄えもあるので、それを食い潰すことで何とかなると思っていると伝えた。
 また、それ以外にも、今は母親の名義である土地のこと、お墓、お仏壇のことなどの気掛かりなことについても、兄貴の太郎と相談して常識的に対応して欲しいと伝えた。一つだけ注文をつけたのは、若しも、その土地を私が引き継ぐことになった場合には、少なくとも、君たちの代で売り飛ばすことだけは止めて欲しい。親父が一生掛けて頑張って手に入れたもので、それは何とか引き継いでほしいと訴えた。とはいえ、今の世の中は、天皇家でもその継承の難しさが話題になっているように、相坂家でも同様で、その相続には限界があることは充分に承知している。そういう意味でも、常識的な対応で結構なのだと強調したように思う。何しろ、お酒の勢いで話したので、正直言って定かな記憶は残っていない。
 前半での家族一緒での団欒の終わり頃になって、一考が書いた小説のことを取り上げた。彼らの感想を聞きたかったからである。しかし、その話題になった途端に、雰囲気が一変した。その変わりように、一考は正直言って戸惑った。犯人の名前に、嫁の名前の千夏を使ったことが、一考がそれまでに感じていたよりも、遥かに強い不満を二人に与えていたことを知ったのである。
 思えば、この名前の使用が不適切だと最初に苦情を言って来たのは、姉の久子だった。本を手渡した翌日のことで、本の内容じゃなくて単なる名前の使い方での苦情に、一考は虚を突かれたことを覚えている。その時点では、登場人物の名前ぐらいでごちゃごちゃ言うなという程度で、高をくくっていた。
 少なくとも、それまでは、嫁の千夏には、素直な大人しい女性として見ていた一考だったが、この話題になって、自分の主張をしっかりと出来る芯のある女性であることを教えられた。一考は、なかなかやるじゃないかと千夏を見直したのである。(以下、明日に続く)

565 43年ぶりの記録

 東証の日経平均株価が10日連続で下落していて、1965年2月19日から3月2日までの時以来、43年ぶりの記録だという。
 その43年前といえば、筆者は入社2年目で、今では信じられないことだが、化学者を目指して、鎌倉にある基礎研究所で研鑽中だった。古き良き時代のことで、今は昔の話しだ。
 ところで、この10日間で、日経平均は1166円と16%も下がった。当然、筆者の持ち株の含み資産も同程度の下落であり、がっくりである。じたばたしても始まらないので、「待てば海路に日和あり」の言葉を言い聞かせているが、……。
 今、とにかく世界中で株価が低迷している。首をもたげてくれる気配はなく、今朝の米国ダウも低迷もいいところで、166ドル以上の大幅な下げであった。従って、東証の連続下げ記録は、今日も更新される可能性が高い。牽引車である米国市場での回復の見通しが全く不透明で、何処まで下がってゆくのか、不安は単なる深刻さを超えている。
 因みに、気分転換の意味で、今年に入ってからの○○年ぶりという事例を探してみた。今年の1月11日に衆議院での新テロ対策特別特措法が再可決されたのが、それが、57年ぶりの再可決だったという。
 正直言って、半世紀ぶりのこととなると記憶も曖昧になるものだが、筆者の化学者としての研鑽時代の記憶は、意外にも鮮明に残っている。しかし、もう一度、その時代に戻りたいとは思わない。

2.昨日の雅子 (177) 7月2日分
 特記事項なし。午前中にマッサージ(通算、17回目) 一考は、2時半前に顔を出し、前日、持ってこなかった分もあわせて、ブログの二日分を読む。最近は、このブログを聞くことが、単調な雅子の生活のリズムの一つになっている。

3.連載(530) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(158)
  第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (61)

(4)次男家族のお見舞い (その3)
 雅子も緊張してその時を待っていた。三人の顔を見ると、自然にあふれ出て来る涙を流しながら、「有難う、有難う」と繰り返し言って挨拶した。残念ながら、その言葉も、慣れている一考が聞いて初めて分かるといった不鮮明さで、一考が雅子の気持ちを通訳する形になった。
 孫の結夏は、少し戸惑った様子を見せたものの、傍にいて、雅子の手に触れるなど、お母さんのやる仕草を真似て接してくれた。そのお母さん、つまり次男の嫁の千夏が、そっと涙していたのが印象的だった。
 そんな挨拶が一段落すると、最近行なわれた孫の幼稚園での発表会での模様をビデオで見せてくれた。つい数日前にあった撮りたてのの内容だった。舞台の上に並んだ幼稚園児の真ん中に位置を占めた結夏は、驚くほどに活発に歌を歌っていた。それは、恰も、グループのボーカルを務めているような活躍ぶりだった。贔屓目に見る訳でもないが、この性格は、相坂家のものとは違った積極性に溢れたものだった。「なかなか、やる!」と言った驚きとうれしさが混じった快感でもあった。雅子も、その活躍ぶりに、懸命に目を開けながら、真剣に眺めていた。
 それが終わると、雅子の夕食の時間になったので、この日は一旦「さよなら」ということで、部屋を出た。一考は、予てからの予定通り、次男の家族を連れて近くのファミレスに案内した。生憎、少し雨がぱらついていたので、一考が車を運転した。帰りは、お酒を飲まない千夏が運転してくれるので、それに甘えることにしたのである。とにかく、一考は、息子と久し振りに飲めるということで、いささか興奮していた。
 食事の前半は、孫を交えて和気藹々と食事を楽しんだ。孫も元気で食欲も活発だった。そんな楽しい雰囲気の中で、一考は、改めて、健康の大事さを思うのだった。
 次男の家族は、遠くに住んでいる上に、仕事柄、休日が忙しいことから、なかなか帰って来れないということで、この機会に気になっている事柄についてじっくりと話しておきたいと、一考は事前に、この日に話したい事柄をメモして、楽しみにしていた。しかし、これもお酒が入ってくると、そんな細かいことは、どうでもいいやという大味な気分になってしまうのだった。(以下、明日に続く)
 注) サブタイトルを3日前に遡り「次男家族のお見舞い」に変更しました。

564 HACK

 イタリアの世界遺産への日本人旅行者による落書きが話題になっている中で、昨日の朝、東京の東田端の新幹線車両センター屋外車庫で、停車していた上越新幹線の車両側面に、カラーで落書きされているのが見つかった。ペンキのような塗料で、横4-5メートル、縦、1メートルほどの大きな字で「Hack」と書かれていたのである。
 報道によれば、その場所への出入りは、幾つかの障壁があって容易ではない。そういう意味では、イタリアでの旅行者によるいたずら書きとは、明らかに異質である。一種のテロを窺わせるもので、サミットを間近に控えて、東京でも特別警戒が行なわれている中での犯行で、不安を呼ぶシグナルの一つとも言えそうだ。
 ところで、辞書で「Hack」の意味を調べると、「斧などで叩き切る。滅多打ちにする」「老いぼれ馬、痩せ馬」などの意味があるが、犯人の意図はなへんにあるのか、単なる不満分子の単純ないたずらなら影響が小さいだろうが、何かの伏線だと考えると不気味である。
 改めて、日本の名誉のためにも、サミット期間中での事故、事件は起きないで欲しいと願っている。

2.昨日の雅子(176) 7月1日の分
 特記事項はなし。この雅子のいる日吉ユニットも、徐々に入居者が増えて、雅子の入居時の9人から、昨日現在、14人になっている。このユニットでの空室は、あと一室だけである。
 この日、一考の訪問中に、雅子がしきりに何かを伝えようとした。懸命にその解明に当たった結果「孫にまた会いたい」と伝えて欲しいというものだった。大きくなって、しっかりした孫の成長がうれしかったのだろう。

3.連載(529) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(157)
  第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (60)

(4)次男家族のお見舞い (その3)
 6月28日、一年半ぶりの次男の家族の里帰りである。一考は、朝から楽しみにしながらも、何時頃に到着するかを気にしていた。何しろ、天候が西から崩れて来ていて、3時頃から雨が降り始めるという予報だったからで、その雨次第では、予定しているお墓参りを取り止めなければならなかったからである。
 3時半頃になって息子から電話があり、今から京都を出るという。一考は、急いで出迎えのために家を出た。雨の降り具合を確認すると、何とかお墓に行けそうだと判断したが、お花を買いに行く時間的な余裕がなかったので、そのまま駅に向かった。数日前に、お墓には行ってお掃除をして置いたので「まあ、いいか」という気持ちだった。
 次男の家族3人がJR湖西線、大津京駅に到着したのは、4時少し前だった。孫の結夏ももう4歳になっていて、母親の千夏に手を引かれていたが、しっかりとした歩き方で近づいて来た。一考が、かがむ様にして挨拶すると、少しはにかむような感じだったが、笑顔を見せて頷いてくれた。
小雨がぱらついていたが、幸い、大した雨ではなかったので、とにかく、お墓参りだけは済ませておこうと、そのまま車で、三井寺境内にある霊園に急いだ。途中、次男の過ごした中学校や部活で戦いの場となった陸上競技場の傍を走った時には、一考が、その辺りのことを解説したが、孫を始め、三人ともこれといった反応は示さなかった。
 幸い、お墓にいる間は、雨も気にするほどではなく、お参りを済ますことができた。孫にとっては初めてのお墓参りだろうが、どんな気持ちで手を合わせていたのだろうか。後で、母親の千夏にその辺りのことを確認してみると、この辺りのことの記憶は、4歳の孫には、浅かったようだった。 
 急いで、自宅に戻り、大ばあさんに挨拶をしてもらったのだが、気遣いの大袈裟な大ばあさんのことだから、あれやこれやと気を遣ってくれることが多く、そこを辞するのに手間取った。とにかく、お仏壇にお線香をあげてお祈りを済ませて、雅子のいるドリームスペースに急いだ。
 なお、このお仏壇でのお祈りでは、鐘を叩いてお祈りしたことは、孫の記憶にもしっかりと残っているようで、この辺りが、幼児の記憶と云う観点からは面白い結果である。
 この日は、施設にあるゲストルームに泊まることにしていたので、施設に着くと、先にチェッインを済ませてから、雅子のいる隣の楽裕館に急いだ。雅子の部屋に着いたのは、もう、夕食の時間が迫った5時近くになっていた。
 こうして、1年半ぶりの雅子と次男家族との顔合わせが、いささか慌しい雰囲気の中で実現した。(以下、明日に続く)

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