プロフィール

相坂一考

Author:相坂一考
滋賀県大津市出身
07年1月に推理小説「執念」を文芸社から出版
14年7月に、難病との戦いを扱った「月の砂漠」を文芸社から出版

このブログは3部構成です。
 1.タイトルへの一言。
 2.独り言コラムで、キーワードから世の動きを捉えようと試みる。
 3.プライベートコーナー
   (2015-06-03に修正) 

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624 着々と

 天才と呼ばれる方々が着々と夢の実現に向かって実績と積み重ねている。さすがだと思いながら、その達成を心の中で応援している。いずれも、「ローマは一日にしてならず」で、毎日の研鑽、努力の積み重ねの賜物であろう。
 先ずはイチロー選手の8年連続の200安打である。昨日現在で、あと28試合で25本と迫っていて、着々とその大記録実現は近づいている。そこには、用意周到な同氏の努力の積み重ねがあるからだという。とにかく、毎日、他の選手よりも1時間前に球場入りしトレーニング、マッサージに時間を費やし、屋内で打撃チェックし、フィールドでの打撃練習といった努力の結果なのだ。努力なくして天才の花は開かない。
 将棋の羽生善治が再び七冠に向かって進んでいる。と言っても、この記録は単なる積み重ねだけでは達成されない難しい記録なので、その見通しは軽々には言えない。目下、昨年失冠した王位の奪冠を目指して深浦王位に挑戦中なのだが、2勝3敗と角番に追い込まれていて大苦戦だ。これに逆転勝ちしないと七冠の夢は、一年先に持ち越される。また、今週末から始まる王座戦で、木村一基八段の挑戦を受ける。これには17連覇という大記録も掛かっている大一番だ。その防衛を果たすと、いよいよ秋から竜王戦が始まるが、目下、この挑戦者決定戦で、これまた、木村一基八段と戦っている最中で、挑戦権獲得にあと1勝に迫っている。これで、七冠の前提である年間の全てのタイトル戦登場と云う快挙達成には、大きく近づいていることは確かだ。
 羽生善治氏が最初に七冠を手にしたのは12年前の1996年2月のことだった。その時は、僅か半年足らずで三浦八段に棋聖位を奪われ、167日間守った七冠の座から降りたのだった。
 羽生がこのまま順調に勝ち進めば、来年の3月に七冠のチャンスが訪れることになっているが、そのためには、今、角番に追い込まれている王位戦の逆転勝利、王座戦の防衛、竜王戦で、渡邉明竜王からの劉王位奪取が欠かせない。更に、来春の王将位を防衛し、最後の七冠目の棋王位に挑戦し奪取するという難関が数多く待ち受けている。果たして、天才羽生はどんな結果を残すのか興味は尽きない。
 囲碁の世界でも、小学生の頃から注目されていた井山裕太八段がいよいよ名人戦に挑戦者として登場する。19歳での名人戦登場は囲碁界の新記録である。あんな幼なかった少年が、着々とその実力を磨いて、頂上に手を掛けているのだ。しかし、相手は何し負う張栩名人、そんなに容易には勝ち取れないと思われるが、天才の片鱗が着々と開花し始めていることは確かである。
 テニス界のプリンス錦織圭が全米オープンで2回戦を突破し、3回戦を第4シードのフェレール(スペイン)選手と対戦することになっている(多分、今の時間帯で戦っているのでは?)日本人選手としては35年ぶりの快挙ということで、これまた、着々とその実力を高めてきてる。恐らく、今までの日本人の記録を次々と更新して行くだろう。
 ゴルフ界でもあのハニカミ王子の石川遼選手も、着々と腕をあげてきているが、これは、少し騒がれ過ぎで人気が先行していて、本人もそのきになっているのが気になる。もう少し静かに見守ることも必要だろう。
 いずれにしても、この種の天才たちの活躍には大いに拍手を送りたい。毎日の単調な生活に、快感、活気、勇気を与えてくれている。頑張れ、天才たちよ!!

2.連載(589) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(218)
  第六章 真夏の夜の夢(21)

(3)決意の上京(その6)
 一考は、新幹線に乗って自分の席に着いた時から、今まであまり経験したことのない胸のときめきを覚えていた。小学生が遠足に出かける前のような気分で、大人気ないと思いながらも、それなりに嬉しい思いが先行していたのだろう。今夕、皆と顔を合わせることを、それだけ楽しみにしていたのである。何と言っても、集まってくれるメンバーの顔ぶれが凄かった。岡田や原会長のご配慮、ご好意あってのことだが、一考には、これ以上はいないというベストな顔ぶれだった。いずれの方とも、現役時代には一緒に仕事をした間柄で、嬉しいことに、皆がそれぞれ出世していて、会社の屋台骨を背負ってくれている。そんな皆に久し振りに挨拶できる訳で、一考が胸をときめかせるのも無理はなかった。それは取りも直さず、一考の自分が生きてきた会社への紛れも無い愛着の現れでもあった。
 もちろん、二日目のメンバーにも楽しみは大きく、感謝もしていた。それと云うのも。自分の都合で、不適切な時間帯だったにも関わらず、文句を言うこともなく受けてくれたのである。そこには、二日連続になるが、岡田も顔を出してくれるというおまけもついていた。
 また、自分の唯一の作品となったあの「執念」の中で取り上げさせてもらった大先輩の牧原真氏とも久し振りにお会いできるのも嬉しかった、牧原氏は、昭和元年生まれだから、もう85歳なのだが、今でも身体を鍛えておられてお元気だという。うまく時間の都合がついて、最後のお別れの予定に組み込めたのは、これまたラッキーなことだった。
 そういうことで、かなり欲張った段取りだったが、多くの皆さん方のご協力、ご好意で、うまくスケジューリングができたのである。とにかく、少し、バタバタした動きになるかもしれないが、濃縮した楽しい時間を持てることに、一考はときめいていたのである
 新幹線は順調に走った。当初の思惑よりも、1時間ほど早く東京に着くことになる。一考は、改めて、その段取りの微調整を頭の中で模索していた。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(235) 8月30日分
 一考が顔を出した時、昼食時に体調が悪くなったので、ベッドに横にさせてもらっていた。直ぐに起してくれと云うので起してやったが、このところ体調では心配なことが多い。
 昨日買って来てくれと頼まれていたスニーカを取り出すと、雅子は怪訝な顔で間違いと否定した。その後のやり取りで分かったのだが、雅子が要求したのは、スリッパ状で脱げにくい靴のようなタイプのものだった。それで、やっと解明できたのが、昨日のやり取りで宿題になった「スで出始まるカタカナの4文字で、足に関係のあるもの」の中身だった。
 結局、このスニーカを履かせてみると、これでもよいと云うことになって、一件落着となった。めでたし、めでたし。
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623 撤回

 撤回と聞くと、先日、米国がテロ支援指定国家リストからの削除を延期したことを不満として、それまで進めていた核の無力化作業を撤回、中止した北朝鮮のことが思い出されるが、昨日は、新党誕生の門出の晴れの舞台で、前代未聞の逆転、ドタバタ撤回劇が演じられた。
 主演は姫井由美子、企画・製作は改革クラブ、協賛者に民主党、自民党が名前を連ねているといった派手な舞台だった。
 この撤回劇で「悲鳴」を上げたのは、主演の「姫井」議員ではなく、新党「改革クラブ」を立ち上げた大江康弘氏らの4人の面々だった。彼女の撤回で、新党は政治資金規正法が定める5人以上という定数に満たない片肺での旗揚げとなった。何とか、もう一人以上の参加を求める働きが行なわれることになろう。
 この主演を務めた姫井議員は、当選直後の不倫発覚騒動で話題を振り撒いたお騒がせの大物だっただけに、またかといった感じで、その驚きにも一定の納得がない訳ではないが、必死に口説いた菅直人代表代行や鳩山由紀夫幹事長、輿石東参院議員会長などの民主党の大物幹部の慌て振りがちゃんちゃら面白かった。今や、議員の品格なんてものは、どうでもいいのだろう。この新党誕生劇の裏には、自民党の画策もあった様で、政界はまさに伏魔殿である。
 撤回といえば、大分県の教員採用汚職事件で、昨年度の試験で点数改ざんで不正合格した21人の採用取り消しが、昨日発表された。結構多い人数である。2006年度以前についてはデータがはっきりしないことから不問にされており、何かすっきりしない採用撤回だ。本人達の人生は振り出し以前に戻った訳で、気の毒と言えば気の毒で、言葉の掛け方が難しい。
 一方、北京オリンピックの女子マラソンで、外反母趾による不本意な途中棄権をした土佐礼子さんが、昨日、母校の松山大学での五輪報告会に出席、その後の報道陣の質問に答え、改めて今年度内での引退を口にし、レース前に示唆していた引退の「撤回」は行なわれなかった。
 「撤回」という意志表明には、その背後にあるドタバタしたドラマが見え隠れし、その真相を巡ってのその後の成り行きにも関心は高い。いずれのケースについても、今後の展開には、それなりに注目していかねばならない。

2.連載(588) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(217)
  第六章 真夏の夜の夢(20)

(3)決意の上京(その5)
 傍にいると何かと気になって仕方がない雅子の存在で、特に、その別れ際が愛おしく、いつも自宅に戻る時にも「もう、帰るよ」と挨拶をするのが辛いことが多いのだが、一旦、施設を離れて自宅に戻ると、ほっとして、なるべく雅子のことを考えないようになってしまっている。今朝もそういう意味では、辛い別れで施設を離れた。
 それに比べて、自宅で介護していた時にはそうは行かず、24時間、雅子のことから解放されなず、疲れも半端ではなかった。こうして施設でお世話になっている最大のメリットは、雅子には申し訳ないが、気分的に解放される時間を持つことが出来ることである。
 この日も、おごと温泉駅から電車に乗ると、気にならないと言えば嘘になるが、気分的には雅子のことから解放されて、ほっとしている自分と向き合うのである。雅子には申し訳ないが、一旦離れたら、努めて気にしないようにしているのだ。逆に言えば、いちいち気にしても、どうしようもないからである。
 さて、JR湖西線で京都に出た一考は、有難いことに、当初の予定よりも1時間ほど早い11時前の新幹線に乗ることが出来た。京都駅構内の売店で、何か手土産でもと考えたが、時間もなかったことで諦めた。あくまでも、それとなく行なう一方的な別れの挨拶だから、余計なことをしない方がいいと思った。
 本当に久し振り、5年ぶりの新幹線だった。車両も随分と新しくなっている。この数年間の時間の経過をそんなところにも感じながら、何かと物思いに耽るのだった。そして、一考は、改めて今回の上京の意味について、しみじみと思いを巡らせるのだった。
 とにかく、昔の仲間に、今一度会っておきたいというのが今回の上京の最大の目的だったが、同時に、自分の人生の戦いの場となった東京に、最後のさよならを告げたいとの思いも強かった。思うような展開に導けなかった東京での戦いだったが、そこにはやはり何とも言えない郷愁のような甘くてしょっぱい親しみを感じていたのである。
 人間は戦いを終えた時に何を思うのか。一考は友人の医師から余命一年と告知された時から、その種の設問にはためらうことなく、楽しかった人生だと思うようにしたいと心掛けていた。悔しかったこと、悲しかったこと、居たたまれなかった、怒りに狂っていたことなど、辛かった日々のことを忘れることは無かったが、そんな面白くないことを、自分の人生のフィナールで思い出すことは、愚かなことだと思うようになっていた。この世に生きてきた素晴らしさは、何ものにも替えがたい物で、それだけに、せめて最後だけでも楽しんで輝いて終りにするのがいいのだとの考えだった。
 そういう意味で、良き友人との顔合わせは、人生のこの上ない楽しい思い出作りであり、冥土への素晴らしいお土産になるものだと確信していた。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(234) 8月29日分
 前夜に通じがあったので、今朝に予定にしていた便秘薬の服用は中止となっていた。
 この日は、雅子から、二つの買い物を頼まれた。一つは、運動靴だと分かったが、今一つは、いろいろ追い詰めたがどうしても分からず仕舞いだった。「すで始まるカタカナの4文字で、下半身、脚に着ける?」ものだというが、結局、宿題となったが……。

622 ほころびが目立つ

 民主党から渡邉秀央氏ら3人の衆議院議員が離党して、参議院の2人と一緒になって新党を立ち上げるという。大した影響はないと見られているが、民主党に綻びが生じたことは確かである。その中に、あの姫井由美子氏が入っているのが目に付くが、この方の家庭には綻びは起きていないようだ。立派な旦那さんだと思う。
 福田康夫内閣も太田農水大臣の事務所費問題で、その綻びが拡がっている。景気の面でも、戦後最長だった景気も終って、経済全体に大きな綻びが生じていて、株価の低迷が続いていてる。また、昨日トヨタも来年度の販売台数を見直し、1000万台割れの970万台に引き下げた。ほころびは大きく、先行きは、極めて不透明だ。
 スポーツの面でも、快進撃を続けていた阪神にも綻びが目立って来ている。その躍進の大きな力になっていた新井貴浩選手の骨折による離脱といわゆるJFKの抑えの投手陣が安定していないのが大きな原因だ。昨日も、オリンピックから帰国した頼みの藤川球児投手が打たれて、そのまま逃げ切れなかった。幸い、さよなら勝ちをしたものの、ここに来て阪神のほころびは深刻で、巨人の追い上げが無視できなくなって来ている。
 世界に目を転じると、グルジア問題で、ロシアと欧米の対立が目立ってきているし、米朝の関係も厳しい展開に変わって来てきていて、これらは、ほころびと云うよりも亀裂と呼ぶべき深刻なものである。
 ところで、昨日も取り上げたアフガニスタンでの痛々しい伊藤和也さん死亡は、NGO活動に大きな打撃となっている。この種の平和維持活動に、大きなほころびを見せたといえるのではないか。
 余談だが、筆者が昨日、ここで高遠菜穂子さんのイラクでの誘拐拘束問題について触れたが、昨日の朝日放送の関西ローカル番組の「ムーブ」で、コメンテーターの大谷昭宏氏が、かつて高遠菜穂子さんと対談した際に、「何百人もの人が亡くなっている日常の中で、数人の子供を救わんがために、危険を押して支援している活動に、どんな意味があるのかと訊ねたところ、暫く考えた彼女は、無力と微力は違います、と答えたことを紹介していた」一瞬、なるほどと思う一方で、大変な危険を押しての「微力」、そして、展開によっては国際間の大きな問題に発展しかねない「微力」の積み重ねに、本当の意味があるのだろうかと思った次第である。
 とにかく、世の中、ほころびでいっぱいだ。素早い適格なつくろいが急務である。

2.連載(587) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(216)
  第六章 真夏の夜の夢(19)

(3)決意の上京(その4)
 折角の久し振りの上京だったが、一泊二日の強行日程で臨むことになったのは、あくまでも、一考のこだわりにあった。現実的には、もう一泊ぐらいしても、施設の介護士さんに全面的にお任かせしている訳だから、雅子には大きな問題はないはずなのだが、毎日欠かさず見舞ってきている記録は絶やしたくないとの一考の強いこだわりがあったからである。
 2011年6月10日、金曜日、梅雨のシーズンに入っていたが、幸い、この日は梅雨の谷間で晴れていた。一考は、予定通り、朝の9時過ぎにドリームスペースを訪ねて雅子を見舞った。この施設への一考の見舞い回数も、雅子がこの施設に入居以来、1500回を越える多きに達していた。それというのも、当初は一日2回も訪ねる見舞いをしていたからである。
 一考は、いつも通りの会話と一連の介護を施した。相変わらず、黙々と頑張っている雅子の顔を見て、いつも通り「何かして欲しいことがないか」と声を掛けた。そして「何もない」と頷く雅子を見て、一考はほっとするのだった。事前に、実姉の霧子さんに、出来たらこの日に見舞って欲しいとお願いしていたが、事情があってどうしても来られないとの返事だった。そこで、よりきめ細かい介護士さんのサポートは不可欠と思われたので、一考は、改めて介護士さん達に、自分の予定などを話して、そのことをお願いした。皆んな笑顔で快諾してくれたのに、一考はほっとするのだった。
 一段落して、一考は雅子に改めて挨拶をして施設を出た。予定より少し早目の10時半過ぎだったが、タクシーを呼んで、JR最寄の「おごと温泉駅」に向かった。なお、自分の車はこの施設の駐車場に残したままにして置いた。久し振りの遠出に、一考は何かうきうきした気分になっていた。
 手にした荷物は、現役時代に使っていた少し大きめのサムソナイトのバッグで、他に何もなかったが、その鞄には、いつも使っているノートパソコンを入れていた。ずっと続けているブログの更新を切らさずに、東京からも配信したいと思っていたからである。現役時代に自宅に帰る際に、いつもそうやってパソコンを運搬していたのだったが、この日の一考の感触では、今までよりも、ずっと、ずっと重く感じられた。それだけ年を取った証だろうと実感しながらも、その重さには、結構なてこずりを覚えていた。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(233) 8月28日分
 通院日、雨を心配していたが、何とかその影響を最小限で済ませて終えることが出来たのは幸いだった。11時半に出かけて3時半に施設に戻った。診察時には、目や口が開け難いこと、食事もおかゆでおかずも細かく刻んでもらっていることを報告した。しかし、お薬は、今までのままで継続して、様子を見ることになった。

621 人生は、生きて、勝って、なんぼなんだ

 アフガニスタンで、誘拐されていたNGOのペシャワール会のスタッフ、伊藤和也さんが遺体で発見された。一旦、解放されたという報道があっただけに、余計にその痛ましさが胸を打つ事件である。現地に溶け込んで農業を指導して、同国の復興にかけていたというだけに、何が起きたのだと理解がしにくい事件だ。
 このニュースを耳にして思い出すのが、イタクで拉致された高遠菜穂子さん達が誘拐、拘束された事件だ。2003年5月のことで、この時は幸い無事に解放されたが、自己責任という言葉が一世を風靡したことは記憶に新しい。
 高遠菜穂子さんらの場合も「イラクの気の毒な子供のために……、」と語り、自らを危険に晒しながらもその仕事に生きがいを覚えての活動だった訳で、彼女は今でも、イラク支援活動を続けているようだ。
 困っている人たちに手を差し伸べる行為は素晴らしいことだと思う。自分が今難病で苦しんでいる妻を抱えているだけに、そのような支援の有難さは、充分に理解しているつもりなのだが、何も、命を晒してまでやることはないと思う。死んでしまっては、それまでの活動を無にしてしまうも同然ですから。
 今回の伊藤さんにしても、高遠さんにしても、わざわざ危険な遠方まで出かけなくても、日本でも支援を必要としている人は多くいます。その人たちに力を貸してもらうような活動も、同等以上の価値ある活動だと思うのです。
 死者に鞭打つつもりはありませんが、今回の気の毒な犠牲を思うとき、人間は何処まで、命を危険に晒してまで、戦わねばならないのかと自問自答してしまいます。伊藤和也さんのご冥福をお祈りしながら、この種のNGO活動のあり方に疑問を呈したいと思うのです。
 命を危険に晒すという意味では、安全、安心を標榜しておられる福田内閣ですから、内閣を支える皆さんは、もっと、真剣にその目標に向かって尽くしてもらいたい。単なるお題目ではなく、真剣に取り組みを切望するものです。
 ところで、北京から帰国した星野ジャyパンのメンバーは、昨日も、あの岩瀬投手を始め、GG佐藤もしっかりと活躍している。よほどチームの雰囲気がよくなかったのかとさえ思ってしまう。負けると何を言われても仕方のない立場の星野監督らの首脳は辛いだろう。
 やはり、人間は、しっかりと生きて、がっちり勝って、初めてその名誉が保たれるのである。星野仙一監督は、このまま逃げるのではなく、今一度のチャレンジして、勝利して持論を展開して欲しいと筆者は思っている。

2.連載(586) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(215)
  第六章 真夏の夜の夢(18)

(3)決意の上京(その3)
 因みに、その5年前の上京だが、それは、まだ雅子の症状もそれほど深刻にはなっていない頃で、山科にある雅子の次姉の伸子の家で、長姉の霧子さん達が集まって面倒を見てくれたので、安心しての上京だった。自分の人生史の一部とも言うべきあの小説「執念」の出版の打ち合わせを編集者とするのが主たる目的だったが、その機会にも、今回と同様に岡田氏を介して何人かの仲間と一席を楽しんだのが思い出される。その時には、当時の原会長が多忙なこともあって会う機会がなかった。
 早いもので、それから5年間が経過したが、雅子を取り巻く環境は、信じられないくらい大きく変化してしまっていた。パーキンソン病は、進行性の病気の代表的なものだが、まさに、その症状の大きな変化は、いみじくも、その進行性の特徴が遺憾なく発揮されたものだった。
 その後の雅子は、気の毒だが、自分では何一つできないだるまさん以上の厳しい症状になってしまい、遂には介護つきの施設のドリームスペースに入居せざるを得なくなった。今から3年半前のことだが、全く想定外の早い進行だった。
 人生って分からないものだと一考はつくづく思うのである。 そんなとんでもない人生の変転に、一考は戸惑いながらも懸命に毎日を闘って生きて来た。
 雅子が健康であった頃には、退職後は、雅子と二人で外国旅行をしながら、ゆっくりと人生を楽しもうと勝手なことを考えていたのだが、そんな甘い考えが一気に暗転し、思いも寄らない雅子を介護する生活に変わった。従って、今では、外国どころか、東京にさえも顔を出すのに、相当な覚悟と決意が必要な大変な生活になっていたのである。
 それでも、雅子が施設に入居することになって、少しは時間的には融通が利くようになったことは確かで、同窓会やOB会などにも顔を出せるようにはなって来ていた。。
 今の雅子の症状は、外見上は低位安定の状態にあるものの、目に見えない内面の臓器の機能などが次第に衰えてきていた。食事も飲み込む力の衰えが目立ち、流動食のウエイトが目立ってきているし、トイレでの頑張りもかなり厳しくなってきていて、見ていても気の毒で、少しでも助けてやりたいのだが、そうも行かないのが現実だ。それでも、何とか、自分の口で、食べ物や飲み物を飲み込むことができて、また、苦しいながらも排泄できていることで、懸命に凌いできている今日この頃なのである。そういう事情で、今回の上京も、一考がのんびり楽しむといったゆとりはなかったのである。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(232) 8月27日分
 一考が訪問した時は、ちょうどマッサージが終わって、ベッドに横になっていた。起してほしいというので、いつもの」椅子に座らせた。症状は前日とほとんど変わらない。
 明日が通院なので、その衣装を準備したが、雅子がいうセーターがなかなか見つからず、時間を食ってしまった。直ぐに妥協したり、簡単に諦めない雅子の意志は強くて健在であるのが心強い。

620 心に残るメダリスト達の言葉

 オリンピックが閉幕した途端に世界の動きは不穏なものになっている。昨日起きたアフガニスタンでの日本人拉致、北朝鮮の核無力化の中断、グルジア内自治領の独立問題でロシアが独立承認した動きなどが進行中だ。米朝の問題は結局は核を保持したい北朝鮮の真意が滲み出てきたもので、今までの交渉を振り出しに戻す可能性も感じられる。六カ国協議ってなんだったのか。改めてその取り組み方を見直す必要があろう。
 一方、国内では、また、太田誠一農相に事務所費の疑惑が発覚、新たな火種になっている。このポジションはのろわれているのではないか、松岡利勝、遠藤武彦、赤城徳彦氏らに続いての問題発覚だ。福田康夫総理は、今度はどんなジャッジをするのか、早い決断が必要のように思う。
 ところで、帰国した星野ジャパンの一員だった阪神の新井貴浩選手に、腰椎が疲労骨折しているのが判明、今季絶望という。筆者は阪神ファンだっただけに敢えて取り上げなかったのだが、オリンピックで、大事な時に、新井選手のタイムリーが出なかったことには、大いに不満を感じていた一人だった。しかし、そんな故障があっての必死の頑張りだったと思うと、胸が痛くなる。終盤の阪神には、大きな痛手だが、このまま逃げ切ってもらいたい。
 さて、今般の世紀の祭典は国民を結構楽しませてくれた。その余韻はまだ残っていて、新たな秘話などで盛り上がっている。そんな中で、メダリスト達が残した言葉には、なかなかインパクトがあるものがあって、心に残っているものが幾つかある。ここで、筆者の記憶に残るベスト7を拾い出してみた。
 1.「仕事です。親父の仕事をしっかりしました。」(内柴正人、柔道)
 2.「なんも、言えない」 (北島康介、水泳)
 3.「遊びたい」少し間があって「練習したいです」(石井慧、柔道、今何をしたいかと問われて)
 4.「悔しい。金メダル以外は、みな同じです」(中村美里、柔道、いかにも悔しそうな顔で)
 5・「結果が全てです」(塚田真希、柔道)
 6.「自分の力は出せたと思います。喜んでいいんじゃないですか。仕事先を探しているんです」(フェンシング、太田雄貴)
 7.「申し訳ない」(野球、星野仙一監督)
 いずれも、なkなか味のあるの珠玉の言葉である。我々にもインパクトのある勇気と、力強い激励を授けてくれた。

2.連載(585) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(214)
  第六章 真夏の夜の夢(17)

(3)決意の上京(その2)
 一考は、今回の上京は一泊二日と決めていた。その理由は単純で、雅子が、07年12月に、このドリームスペースに入居して以来、もう3年半が経過するが、一日も欠かさず見舞ってきている。それだけに、是非ともその記録は守りたいと考えていたからである。大袈裟に言えば、阪神タイガースの金本選手が作ったあの偉大な連続試合、フルイニング出場記録に、少しでもあやかりたいと頑張ってきていたし、そのことで、自分を鼓舞し続けていたからでもある。
 それだけに、たとえ、それが最後の上京だとしても、その記録にピリオドを打つことは避けたかった。いずれ、その断絶の日が来ることは見えているとは言え、最後まで、この記録は継続したままに終わりたかった。一泊二日なら、出掛ける日の朝の早い目に施設に顔を出し、戻って来た日の就寝前に顔を出せば、記録の継続は可能だったからである。
 そんなこだわりの中で、6月10日の核となる段取りが決まったことで、その日の朝に出発し、夕方は、皆さんとゆっくりと歓談して楽しみ、その夜は一泊する。そして、翌日の6月11日は、夕方に東京を離れるまでの時間を有効に使って、別の方々との面会を組み入れようと、今度は自らが直接、メールや電話を通して、そのスケジュールの設定を行なった。お付き合い頂く方には、中途半端な時間帯になる訳で、大変申し訳なかったが、それでも、快くご協力頂いて、翌日の段取りもスムーズに設定することが出来たのは、本当に有難いことだった。
 言うまでもなく、一考は、東京は第二の故郷だと位置づけていた。数多い思い出の舞台であると同時に、思うようにいかなかった厳しい戦場でもあった。今から7年前の2004年の暮れに、妻の雅子の非常事態の発覚で、急遽、東京にさよならを告げて帰郷した一考だったが、東京への熱い思いは消えることなく心の中で生きていた。今回の上京は、あの緊急の帰郷以来、5年ぶりの2度目である。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(231) 8月26日分
 午前中に入浴。食事は、昨夕から、おかゆに換わったことで食べ易くなったようだ。目が開きにくくなって来ているのが心配である。

619 感動を増幅する秘話の数々

 オリンピックが終わって、カラフルだった世界が、急にモノトーンの白黒映像に変わったような感じである。隠れていた福田総理を主役とする「ちんたら芝居」が嫌でも表舞台に登場してくる。臨時国会の会期がやっと決まったが、公明党に遠慮して、インド洋での給油活動を延長する法案の行方が不透明だ。いよいよ福田投手(党首)も大きなピンチを迎えることが懸念されている。そういう意味では、面白い見せ場も出て来るかも知れない。政権交代という新しい時代の幕開けは確実に近づいているようだ。ただ、相手の小沢党首も癖が強すぎるので、どうなるかは予断を許さない。暫くは、そちらの舞台に目を向けることになる。
 さて、オリンピック選手団の帰国と共に、今まで知られていなかった秘話の数々の掘り起こしが始まっている。NHKでは、昨夜の特番で「女子ソフト、金メダルへの軌跡」を取り上げた。その中で、上野由岐子投手の指のまめの皮が剥けて大変だった話が、本人から改めて、その大変だったことが披露されて、感動を増幅させた。加えて、本人が、そのことを隠して、他のメンバーに不安を与えないように配慮していたことも明かされた。その一方で、どうしても打てない相手のエース投手の投法を分析して、ある癖を見出して、それを投球毎に打者に伝えていて、それが好打に繋がった秘話には、勝利への飽くなき執念が窺えて面白かった。
 筆者が、更に感心した秘話は、別の番組だったが、決勝戦での第二打席で貴重な本塁打を放った3番打者の山田恵里選手の自らの告白だった。それは、彼女は先の第一打席で、エース投手の球筋を見るために、意識して見逃して三振という犠打を自らに課していたというのである。あの本塁打は、その犠打を踏まえての快打だったという驚くべき大胆な秘話だった。「やるじゃないか」と、筆者は思わず唸った次第である。勝利の裏には、感動する裏話は多い。
 男子400メートルリレーで、日本陸上で史上初の銅メダルを取ったレースで、朝原宣治選手の奥さんの史子(旧姓、奥野史子)さんと子供さんの応援振りは凄かった。夫婦のつながりの強さを見せつけてくれたようで、筆者も大いに勇気付けられた。
 ところで、この種の秘話は勝利したケースに、ドラマティックに紹介されることが殆どで、負けた試合での秘話も出て来てもいいと思うのだが、……。
 皮肉な話だが、プロ野球では、帰国した選手の一部が、昨夜のゲームに復帰していて、中日の荒木は3ラン、あの不調だった横浜の村田は二塁打を含む2安打を放っている。そういうものなのだろうと思わず苦笑いしたのである。負けたら、何を言われても堪えねばならないのは悔しいだろうが、星野ジャパンは、ムードも余程悪かったのではなかろうか。

2.連載(584) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(213)
  第六章 真夏の夜の夢(16)

(3)決意の上京(その1)
 この思い切った上京は、ごたごたした身辺整理で、ばたばたし始めた5月の中頃の決断だった。半ば思い付き的な一考の発想だったが、結果的には渾身の決断だった。そこには、まだその程度の旅行にも、差し支えなく動ける自信があったからで、逆に「今しかない」といった若干の焦燥感に後押しされたようにも、一考は感じていたのである。
 そして、具体的に決断してみると、多分、この上京が友人達とこの世でお会いする最後の機会になるのではとの思いが募って来て、それだけに、なるべく多くの方に会いたいと考える一方で、雅子の見舞いにも手抜くわけにはいかず、限られた時間の中で、うまく遣り繰りせざる得ない事情にあった。従って、どうしても会っておきたい方に焦点を絞ることにし、そのタイミングで参加頂ける方に加わってもらおうと考えた。
 そこで、同期の親しい友人の一人である岡田に電話で頼んだのである。「急な上京をすることにしたのだが、今回は、出来たら原会長を軸としたメンバーに会いたいので、協力して欲しい」とストレートに申し入れた。一考のそんな深い思いを知る由もない岡田だったが、いつものように、「分かった、任しておいてくれ。自分から話してみる」と一考の申し入れを心よく受けてくれたのである。一考は、その心強い岡田の言葉に甘えることにし、他に同席してもらうメンバーについても、この際、岡田に全て一任することにした。それと言うのも、一考の希望している同席メンバーについては、岡田も充分に承知していてくれているとの確信があったからである。ただ、日程については、できれば、木、金、土曜日の夕方にして欲しいと希望を伝えた。母親の食事作りをなるべく変更したくなかったからである。
 岡田の機転の利いたはからいで、段取りは電光石火のスピードで、ほぼ一ヵ月後の6月10日に決まった。そこには、岡田からの話を受けた原会長が、多忙にも関わらず快諾してくれて、その部下達にも音頭をとってくれたという配慮があったからである。多忙なスケジュールを抱える皆だったが、原会長のお声掛かりで、皆も万難を排して参加してくれることになったのは望外の喜びだった。
 通常、この種の日程を決める際には、誰かがこの日は都合が悪いと言ったことで、なかなか決まらないのだが、その意味では原の統率力にそれなりの力があった証だといえよう。。お陰で、参加を表明してくれたメンバーの皆さんは、まさに一考の念頭にあった希望する人達ばかりだった。一考は、皆の温かい配慮に感謝するのだった。こうして、ディナーに喩えれば、メインディッシュがすんなりと決まったことで、後は、残された時間枠内で、それ以外の方々との日程調整をすることだった。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(230) 8月25日分
 次男が孫の写真を送って来てくれたので雅子に見せてあげた。このところ、目を開けるのが大変そうなのだが、それでも一生懸命に見て、黙って頷いていた。また、介護士さんから、ご飯が喉を通りにくくなって来ているので、今夕からおかゆに替えてくれるという。症状の悪化がまだまだ進んでいるのが窺えて心配は絶えない。まさに、底なし沼状態だ。
 そんな中で、雅子が懸命に訴えたのである。必死の解明努力の結果、ある化粧品がなくなってきているので、買って来て欲しいということが分かった。ほっとして、急いで買いに行った次第である。

618 宴が終わる

 勝負事では、期待通りに勝つことが非常に難しいことは。誰でも知っている。そういう意味では、期待通りに金メダルを取った、水泳の北島康介、柔道の内柴正人、谷本歩実、上野雅恵、石井慧の四人、レスリングの吉田沙保里、伊調馨の二人、そしてソフトボールチームの金メダルは大変お見事だったと言える。
 その一方で、期待を裏切った代表は、気の毒だが、野球の星野ジャパンだった。とにかく、上位3国には5回戦って、1勝も出来なかったのは予想外だった。
 勝負に勝つ第一の条件は、スタートラインに最高の体調で臨めることだと言われているが、期待された女子マラソン、陸上の室伏選手、水泳の柴田亜衣選手などは、体調不良、アクシデントなどで、まともに勝負が出来なかったのは残念である。
 大会を通じて、ソフトボールやなでしこジャパン、それに柔道などのでの女子の活躍が目立っていた。中でも、上野由岐子投手を軸としたソフトボールが、三度目の正直で宿敵アメリカを倒して金メダルを奪った快挙は圧巻だった。
 なお、筆者が、最後に期待していた男子マラソンの佐藤敦之だったが、何と76位と最下位に終った。箱根駅伝で早稲田のファンである筆者は、佐藤選手の学生時代からのファンだった。彼のレースへの根性から、何か思い切ったことをやってくれるのではとの期待があって、ここでも取り上げたのだったが、全く期待にそぐわない結果に失望した。それでも、とにかく完走したことを良しと思いたい。何だか、我が人生のエンディングを見たようなレースで、言葉にならない脱力感を覚えた次第である。
 いずれにしても、中国が100年の夢を賭けた北京オリンピックは終わった。正直言って、この2週間、筆者もテレビで結構楽しんでいた。今日から、どうして過ごすことになるか、不安を覚えるぐらいである。
 ところで、4年後のロンドン大会の頃は、果たして、筆者の夫婦はどんな状況にあるのだろうか。不安がいっぱいだ。神様にそっと聞いてみたい心境である。

2.連載(583) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(212)
  第六章 真夏の夜の夢(15)

(2)身辺整理(その6)
 告知を受けた直後から、一考には、考えることが山ほどあった。そして、それらが絡み合って、頭の中がごちゃごちゃと混乱を感じることも少なくなかった。覚悟をしていたとはいえ、やはり、生身の身体であり、精神的な圧迫は厳しく、時として、心身共にふらつくこともあった。
 その後間もなく、息子達に必要なことを言い残すために、専用の引継ぎノートを用意したのが、最初の具体的なアクションだった。然るべき時に、二人に引継ぎを兼ねて話す際に、大事なことの抜けがないようにとの思いからだった。
 そうこうする内にで、一考の頭の中では、次第にある思いが募り始めていた。そして、それを実行に結びつけるために、一考は素早く、具体的な行動に着手するのだった。
 そして、その最初の行動が、一考に、久し振りに上京を決意させる決断だった。とにかく、まだ自分が自由に動ける状態のうちに、友人達に会っておきたいと考えたからである。今までのお付き合いに対しお礼を申し上げ、それとなく別れの挨拶をしておこうと思ったからだった。
 正直って、一考には真の友人と呼べる人は限られていた。もともと出不精で、人との付き合いが苦手であった一考には止むを得ないことだったかもしれない。それでも、この世を去るにあたって、も一度是非とも会っておきたい人が何人かいた。それは学生時代の友人よりも、会社に入ってからの人たちが多かった。自分の人生をかけた会社生活でお付き合い頂いた人たちには、何となく心安らかになる仲間がいた。対象となるその方たちから見れば、それは一考の一方的な片思いで、迷惑かも知れないが、それでも、自分がまだ元気に動ける内に今一度顔を合わせておきたいと思う気持ちは強かった。
 もちろん、千葉にいる長男と横浜にいる次男の二人には、重要な引継ぎをしなければならなず、別途の上京も必要になるかも知れないが、彼らに会う以上は、少なくとも自分の寿命について説明することは避けられない。従って、あまり早いタイミングでは、彼らに余計な心配をさせることになる。そういう意味では、自分がもう少し衰え出したタイミングでも大丈夫だろうし、その前に、彼らが母親を見舞いに来るだろうから、そのタイミングを捉えて話せるチャンスを見出せるだろう。一考はそう考えて、今回の上京を決断したのだった。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(229) 8月24日分
 午前中に体重測定があり。前月よりほんの僅か減少。午後には実姉の霧子さんが次女の伸子さんを連れてお見舞い。久し振り。言葉は相変わらず通じない。

a617 メダルに届かず

 「金メダルしかいらない」とかっこよく出陣して行った野球の日本チームだったが、結果は銅メダルも取れない悔しい惨敗だった。「申し訳ない」と星野仙一監督は試合直後に謝ったが、期待が大きかっただけに、何か、前評判に踊らされたような、騙されたような、しっくり来ない気分だった。結果論から見れば、「金メダルしかいらない」の強気の名セリフが、漫画ティックな間の抜けた響きに変わったのが、いかにも皮肉な結末である。そこには、日本選手の力不足というよりも、「情に拘った」星野野球の蹉跌がもたらした残念な結末だったと言える。
 中日を導き、阪神を甦られた名監督として、同氏への期待は大きかった。星野監督なら何とかしてくれるだろうと多くの野球ファンは期待していた。しかし、その星野哲学が脆くも破綻したのだった。率直に言って、チームメンバーの選択から始まり、本番での選手起用、采配において、素人の筆者にも納得できないものが多かった。人間、時として、何かに拘ることが重要な場合もある。しかし、短期決戦での行過ぎた拘りはいただけない。今回はそれが破綻に導いたと言えるのではなかろうか。
 一方、この日行われたシンクロナイズドスイミングでも、小林寛美選手が意識を失うほど皆は頑張ったが、日本チームは一歩及ばず、宿敵中国に負けてしまった。演技中に足がプールの底に届いて、メダルに届かなかったのは、実に皮肉な結果だった。
 比較する対象ではないかもしれないが、井村雅代監督は、メダルを取ることで、立派な手腕を披露した。敵ながら大したものだと思う。その一方で、星野仙一監督は、メダルを失うことで、同氏の上司にしたいナンバーワンだとの好イメージが歪むことになった。それでも、筆者は、星野監督が「自分の責任、申し訳ない」ときっぱりと言い切り、いわゆる戦犯を名指しするようなこともなく、選手を庇ったインタビューは立派で、敗軍の将となったものの、同氏の面目は、辛うじて守られたと思う。
 なお、この夜に行なわれた韓国、キューバの決勝戦は、手に汗握る白熱した好試合となったが、九回裏の土壇場で、韓国の捕手が退場宣告を受けるというアクシデントがあったにも関わらず、バッテリーを取り替えて、一死満塁のピンチを併殺で切り抜けて金メダルを奪った韓国の強さに一目置いた次第である。
 最終日、これから行なわれる男子マラソンの佐藤敦之に、今大会十個目の金メダルを期待している。頑張れ、佐藤!!

2.連載(582) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(211)
  第六章 真夏の夜の夢(14)

(2)身辺整理(その5)
 一考の将来への不安はそれだけではなかった。今の社会保障制度がどうなってゆくかと云うことにも強い関心があった。国民からは不評続出の制度だが、雅子の病気に関しては、多くの恩恵を受けていて、大いに感謝しているのである。
 障害者1級、特定疾患患者(重症用)、介護保険などでそれぞれの認定を受け、経済的な面でのいろいろなサポートを頂いていることは大変心強かった。正直言って、これらがないと、とても生計は成り立たないのだ。
 それだけに、将来、その制度の内容が変わって、適用を受けられないようなことにでもなれば、一大事だという不安が付き纏っていた。それらのサポートがなくなれば、その負担増大は甚だしく、単に蓄えを食い潰すといった単純なやりくりでは済まなくなるだろう。
 そう思うと、少なくとも今の保障内容が維持されることを願うと同時に、その資格をしっかりと確保しておくための更新手続きは欠かせない。身障者手帳を除いて、いずれも毎年の更新となっていて、結構煩わしい手続きだが、この点は、息子達にしっかりと引き継いで頼んでおかねばならない。一考は、医者からの告知後に急遽用意した「引継ぎノート」を取り出して、そのことを書き加えた。
 いずれにしても、早晩、蓄えの取り崩しは始まるだろうが、改めて、そうなった場合の雅子の気持ちに思いを馳せるのだった。
 いろんな保障の手続きは、自分でする訳はないし、自宅と離れた施設での生活だから、雅子自身が、蓄えの目減りを意識することはないかもしれないが、もし、そのことに気づいたならば、今までに自分達が一生懸命に蓄えてきていたものが目減りしてゆく訳だから、気分的に楽しいもので無いことは確かである。そこには、不安や虚しさはあっても、充実感に乏しいものになるだろう。
 その一方で、一考は別の見方をしてみる。それは、その種の蓄えは、老後のことを考えて蓄えたものだがら、それを充当してゆくのは自然な成り行きであると雅子は、素直に考えるかもしれない。それでも、母親として息子達に余計な負担、心配を掛けたくはないという気持ちあるはずで、自分が生きてゆくための必要な支出であるとは言え、そこには辛い気持ちを余儀なくされることになるかもしれない。
 いずれにしても、現実に、長くてあと一年の寿命と告知された以上、一考としては、雅子や息子達のために、きちんとした考え方を決断しておかねばならない。虚しいたわ言を言っている暇もないのが現実だ。
 一考の思いは複雑だった。雅子の運命は神様が決めてくれるだろうと考える一方で、それでいいのだろうかと戸惑ってしまう。一考は、雅子の気持ちを慮りながら、雅子を一人残しておくことへの不安を思うのだった。そして、そんな思考の繰り返し中で、一考の頭の中では、ある思いが形作られて来るのを強く意識するのだった。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(228) 8月23日分
 予定では通院日だった。前月に打ってもらった注射の跡を点検してもらうのである。天気予報でしっかりした雨だということだったので、雅子の車への乗降が大変なのを考えて、思い切って予約をキャンセルした。注射跡の点検は、いつも、その部分を見せるだけのことなので、幸い何の異常もなかったからの判断だった。しかし、結果的には雨は一時だけ降っただけで、行こうとしたら行けていた。何かしっくりしない気分だった。
 雅子のこの日は、特に変わったこともなかったが、言葉が分からず、一考にしては、落ち込んだ一日となった。、

616 星野哲学の蹉跌、泣くな!岩瀬、GG佐藤

 昨日のオリンピックの野球、韓国との準決勝戦での話である。8回裏の同点での守りに岩瀬仁紀投手が出て来たとき、筆者には、何とも言えない悪い予感が走った。案の定だった。一人ランナーを出した時点で、星野仙一監督自らがマウンドに足を運んで激励をしたようだったが、その効果もなく、それまで絶不調だった相手の4番バッターの李承に最悪の一発を食らって万事休すとなった。
 戦いは気合だけでは勝てない。先の予選リーグでの韓国戦、アメリカ戦で岩瀬は打たれて負けていた。今年の岩瀬投手は、前年までの岩瀬投手ではない。少し力が落ちていて、今期の成績もそれまでのような絶対的な力が出ていなかった。これは、明らかに星野監督の眼力に狂いが生じていて、星野哲学が破綻した結果だと見るべきだろう。岩瀬投手は、むしろ、その気の毒な犠牲者だったとも言える。
 もともと、日本チームの人選時点で違和感があった。故障していた選手、あまり好調でなかった選手を多く組み入れていた。中でも、不調だった上原浩治投手に関しては、自分が復調させて見せるとまで意気込んでいたが。少し自信過剰ではなかったか。確かに、上原投手に関しては、今のところは大健闘している。
 しかしながら、もっと他に適切な選手はいなかったのだろうか、という疑問は払拭できていない。これに関連して、選手選考に偏りがなかったか、星野監督の眼力に狂いはなかったかという点では、筆者は、既に、このコラムで指摘している。(8月10日の603回をご参照) 不幸にして、その不安が当たってしまったのは極めて残念である。
 なお、GG佐藤のこの試合での二つのエラーは大きかった。プロ選手として基本的な技術の問題であって、オリンピックと云う舞台で緊張していたとは言え、弁解は難しい。
 しかし、もう終わったことだから、ごちゃごちゃ言っても始まらないが、明らかに、星野野球の戦術、星野哲学のこだわりの蹉跌であったと思う。
 いずれにしても、岩瀬さん、GG佐藤さん、あなた達が最も悔しいだろうが、命を取られた訳でもない。これ以上泣く事もない。これからの戦いで、しっかりと復活を果たして欲しい。
 蛇足になるが、この試合を実況したアナウンサーのTBS、戸崎貴広氏だそうだが、あまりに喧しぎて耳障りだった。この種の人選にも審査が必要ではないか!
 そんな不満が残った一日だったが、その嫌な空気を吹っ飛ばしてくれたのは、陸上男子400メートルリレーでの史上初めての銅メダル獲得だった。アメリカやナイジェリアが予選でバトンミスがあったとはいえ、日本の4人の侍、塚原直貴、末継慎吾、高平慎士、朝原宣治の頑張りはご立派で、特に、朝原選手には最高のラストランとなったようだ。おめでとうと申し上げたい。なお、自慢でもないが、筆者の次男も陸上短距離をやっていたのだが、ちょうど彼と同じ年で、筆者も息子の応援時に、同氏の生の姿を見ているだけに、親しみもあってうれしさは大きい。
 ところで、戦術の蹉跌と云う点では、民主党の代表選での野田佳彦氏の不出馬である。空気を読み切れなかったかもしれないが、その戦術が今一つだったとも言える。これで、嫌いな小沢一郎代表が3選されることになり、いよいよ小沢一郎総理誕生が近づいて来ている。

2.連載(581) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(210)
  第六章 真夏の夜の夢(13)

(2)身辺整理(その4)
 ここで、今頂戴している年金の将来について確認しておこう。現在は国からの国民年金と、企業からの厚生年金、それに、ほんの僅かの額だが、個人的に支払っていた年金の受給があって三本立てである。
 今の国民年金制度そのものがどうなるかは別にして、今の制度では、一考が死亡した場合は、遺族年金として雅子が継続して受け取ることになるが、それは一考の生前の70-75%程度に減額となる。
 一方の企業からの厚生年金は、本人の生死に関係なく、75歳分までは保証されているが、それ以降は、本人の死亡時点で終了してゼロとなる。因みに、本人が生存していれば、75歳以降でも、それまでの30%は受給できるという。
 三本目の個人年金だが、これは,雀の涙ほどの僅かな額だが、一考の年齢で81歳、つまり11年後には全てが終了することになっている。
 従って、仮に、一考が明日にでも亡くなったとすると、国民年金が30%程度、減額されるが、遺族年金として雅子が受け取れるし、企業年金も、あと5年間は、今まで通り継続して受け取れるので、雅子自身の年金と合わせれば、ぎりぎりではあるが、何とかやりくりは可能だろう。
 しかし、一考の年齢が75歳以降になる5年後からは、企業年金が無くなるので、遺族年金と自分の年金だけででのやりくりとなり、今の施設での経費を賄うことは出来なくなるのは目に見えている。。
 また、いわゆる長寿医療制度と呼ばれ新たな医療制度の影響、更に言えば、年金制度そのものが、どんな具合に変わってゆくかも不透明で、先行きには、不安はあっても、安心らしきものは全く見えない状況にある。
 いずれにしても、一考の年齢が75歳以上到達する今から5年後の2016年以降は、間違いなく、収入よりも支出が大幅に超えることは必至となる。幸い、多少は蓄えがあるので、それを食い潰すことで、計算上は雅子の100歳ぐらいまでは、何とか食いつないで行くことは可能と思われるが、変革が激しいと思われる将来の社会では、何が起こるか分からないだけに、絶対と云う安心が存在している保証はない。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(227) 8月22日分
 午前中に入浴、昼食後にマッサージで、一考が部屋を訪れた時に、ちょうどそのマッサージが終わったところだった。この日の雅子は、前日の様子と変わったところはない。雅子が希望するヘヤーカットの予約を入れたが、混んでいるようで、来週はいっぱいで予約が取れず、再来週の予定となった。、

615 日本、米国牙城を撃破、真珠湾の話ではない

 日本がアメリカの牙城を破った。真珠湾襲撃の話ではない。ソフトボールの決勝戦で、アメリカの4連覇を阻止した話である。
 鉄腕上野由岐子の二日間に渡る413級の激投で、宿敵アメリカを破って、悲願の金メダルを物にした。大番狂わせだと言われているようだが、一丸となった日本チーム全員が、多くの綾をうまく取り込み、きっちりと仕上げた見事な芸術作品だったといえるのではないか、と云うのが、筆者のうれしい感想である。
 とにかく、はらはらどきどきのし通しだった。筆者の脳裏には、やはりアメリカの底力に、最後はしてやられるのではないか、といった不安が絡み付いていて、終始落ち着かない緊張したテレビ観戦だった。
 ピンチは初回から訪れた。不運な当たりの連続で一死満塁、しかし、ここは内野ゴロとキャッチャーフライできっちりと封じた。お見事だった。しかし、6回にも大きなピンチが訪れた。先頭打者の四球が切っ掛けで一死満塁となったが、ここでも内野フライ二つで我慢強く守り切った。この間、攻めては、3回に、この大会でこの日まで唯一の無安打だった三科真澄がレフトオーバの二塁打を放った。微妙な綾は、こんなところで顔を出した。そして二死後だったが、トップバッターの狩野亜由美の内野安打が生まれて、貴重な先取点を挙げた。そして圧巻だったのは、続く4回に、キャプテンの三番打者の山田惠里が放った豪快なホームランだった。これで2点差となったが、ここで、雨が降り出し一旦中断となった。このまま試合が出来ないとノーゲームになる不安が頭を掠めたが、幸い雨は止んでくれた。神も味方してくれているのではとの思いもあったのだが、その直後の4回裏に、アメリカの主砲にホームランを食らって、点差は再び1点となって緊迫した。
 七回の追加点は大きかった。さすがのアメリカチームにも焦りが見られて、大きなエラーをしてくれた。結果的にはこれがダメ押しとなった。
 とにかく、日本チームはよく守った。心臓病を克服して出場した西山麗選手の頑張りも素晴らしかったが、特に最終回の三塁手の広瀬芽選手の最後の二つの打球処理は実に見事なものだった。三塁線を抜かんとする強烈なライナーをがっちり抑えたのに続き、最後の難ゴロをうまくさばいて一塁に送球、それが少しそれたのを一塁手の佐藤理恵が,懸命に捕球して、ゲームセットにしたプレイで溜飲が下りた。見事なフィナーレだった。
 最後に笑ったのは日本チームだった。勝利を演出した幾つかの要因には、神がかり的なものがあった。上野由岐子の不屈の快投、内外野陣のがっちりした守り、それまで無安打だった三科の快打、それに主砲山田惠里の一発、更には6回のピンチで、相手の主砲を敬遠した作戦、更には上野投手の女房役のキャッチャー峰幸代の頑張りなどの全てのプレイがうまく絡み合って、全員が一丸となって作り上げた最高の作品だった。それにしても、試合直前で指のまめを潰したという上野由岐子の不屈の頑張りは、幾ら讃えても讃え過ぎではないだろう。チームを率いた斉藤春香監督の喜びは如何ばかりだったろうか。とにかく、うれしい一夜となった。
 そんなうれしい舞台の裏で、なでしこジャパンのサッカーは押し気味に試合を進めながら、メダルに手が届かなかったのは気の毒だった。勝ちもあれば負けもあるのが、世の常である。それでも4位は立派な成績だ。
 そんなオリンピックの盛り上がりの裏で、大相撲で、若手の幕内力士の若ノ鵬が大麻事件に絡んで、緊急解雇されたし、西濃運輸が健保を解散を決めた。この動きは他の会社にも波及する動きがあるようだ。社会の基盤で大きな何かが、変化し始めた兆候のようで気掛かりだ。

2.連載(580) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(209)
  第六章 真夏の夜の夢(12)

(2)身辺整理(その3)
 ところで、一考の頭を悩ましたのは、この事実を雅子や息子達にどんな形で伝えるべきかだった。余計なびっくりをさせてもいけないし、過剰な心配をさせてもいけない。どうすればいいのか、考えがなかなか纏まらなかった。とりあえず、今の段階では、雅子にはもちろんのこと、息子達に、このことを話すことのを差し控えることにした。しかし、少なくとも息子達には、然るべきタイミングで、それとなく、大事なことを引き継ぐ意味でも話す必要があろうと思っていた。しかし、何を、どのように伝えるかについては、一考の考えは、なかなか決断は出来なかった。
 いろんな心配がある中で、最大の心配は、何と言っても、自分がいなくなった後の雅子のことだった。仮に、自分がいなくなっても、今のこのドリームスペースでの介護が得られる限り、雅子が生きていくことには、当面は大きな問題はないだろう。
 そう思う一方で、自分の存在が多少なりとも精神的な支えになっていたことは確かで、それがなくなることへの不安は皆無ではなかった。しかし、その分は、息子達が時々顔を出してくれれば、それが支えになるだろうし、それほど気にすることではないかも知れなかった。恐らく、二人の息子達は、そうなれば、少なくともそれなりの配慮はしてくれるだろうと自分に言い聞かせるのだった。
 しかし、そこには、もう一つの重要な心配事があった。それは、何を隠そう、経済的な問題だった。毎月の経費は、年金生活者には大変な高額である。それをきちんと支払うことが、ここでお世話になれる絶対条件である。入居して、今年で5年目に入っているが、ここまでは、ぎりぎりではあったが、何とかその月の入金額で賄ってきていた。もちろん、そのために、生活を切り詰めて、贅沢は避け、ビールも安い発泡酒で我慢するなどの生活規模、内容をダウンサイジングしての対応で、辛うじて、そのプライマリーバランスを保ってきていた。
 しかし、近い将来には、年金が大幅に減少することになっていて、それをどう補填するかという大きな問題が待ち構えているのだ、(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(226) 8月21日分
 ここ数日便秘が続いていたので、この朝、お薬を飲んだ。その効果で、一考が訪問した直後に通じがあった。ほっと一息。
 車椅子によるダンス会は、慰問者のサポートを得て、毎月行なわれているようだが、今月は今朝行なわれた。雅子もそれに初めて参加した。あまり面白くはなかったようだ。そりゃそうだろう。自分で動けないんだから。しかし、少しは運動になって身体にいいのではと一考は思った。
 帰り際になって、何かを訴え始めた。なかなか分からなかったが、久し振りに文字分解で迫った。最初が「か」最後が「と」の三文字の言葉、なかなか思いつかなかったが、どうやら、真ん中が「あ」に近いという感じから、漸く「カット」に到達、最終的に「ヘアカットに行きたい」ということに、目出度く到達できた。来週にでも予約を入れることにする。そう伝えると、雅子も、満足気だった。

614 心臓に良くない、興奮、感動

 もう山を越えたオリンピックと思っていたが、この日もドラマティックな勝負に引き込まれて、筆者には、興奮のてんこ盛りの感激の一日となった。
 先ずは、ボルトの200メートルの.19,30秒での世界新だ。最後まで力を抜かずに走ったようで、今までのジョンソンの記録を12年ぶりに更新した。この感動は爽快なもので、胸の痛みは伴わない心地よいものだった。もし、最初の100メートルを、先のレースと同じ9.69秒走ったとすると、後の100メートルは計算上、9,61秒で走ったことになる。本当に凄い!
 シンクロナイズドスイミングで、鈴木絵美子、原田早穂組の銅メダル確保は、元監督の井村氏が敵国の中国の監督に就任した因縁があっただけに、日本人の一人として、してやったりの感激の勝利だった。これで、この種目がオリンピックに登場以来、7大会連続でメダルを獲得できて、あっぱれの戦いだった。ご立派だ!!
 最も、興奮してしたのが、ソフトボールのオーストラリアとの準決勝だった。途中から始まった野球と同時進行となったので、2画面で見ていたが、その波乱に富んだソフトボールの試合展開に、後半は、野球そっちのけで、ソフトボールに見入ってしまっていた。
 あと一人での最終回で同点ホームランを打たれた時にはがっくり、また、さよならの場面での本塁突入でのタッチアウトでもがっくり、更には、タイブレークでの2塁ランナーがキャッチャーの牽制球で刺されたプレイには怒りを伴ったがっくりで、いらいらし、気落ちする場面の連続だったが、それらにもめげずに頑張った執念、粘りが、勝利を呼び込むことになった訳で、爽快なめでたし、めでたしとなった。本当に、ほっとした勝利だった!!
 その興奮のドラマの主役を務めたエース上野由岐子投手の2試合21回、318球を投げ切った激投ぶりは、とにかく別格の最高作品だった。早く点を取ってあげてと祈るような気持ちの連続で、見ていて胸が痛くなる厳しい展開で、心臓に良くないほどの興奮を提供してくれた試合だった。
 一方の野球は、このソフトボールの興奮ですっかり関心が吹っ飛んでしまっていた。それというのも、この試合の勝ち負けと関係なく、明日からの2連戦に勝てば、金メダルであることに変わりないからだ。優勝を決める方式で何かすっきりしないものを感じるが、決め事だから仕方ない。
 この夜、筆者には、心臓に良くない勝負が、もう一つ同時進行で行なわれていた、将棋の名人位挑戦者決定戦の予選(A級順位戦)で、筆者の贔屓の郷田九段と佐藤棋王との戦いだった。対局は終始、郷田九段がリードする展開だったが、よく、終盤で逆転劇が起きる順位戦だけに、最後まで息が抜けず見守った。勝負が着いた時は日付が変わっていた。、
 とにかく、単なるファンに過ぎないのだが、応援するのも楽ではない。凄い興奮、感動の連続で、心臓には良くない。本当に疲れた一日だったが、勝利が全てを癒してくれて、心地よく眠れたのは幸いだった。

2.連載(579) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(208)
  第六章 真夏の夜の夢(11)

(2)身辺整理(その2)
 しかし、その身辺整理作業は遅々として進まなかった。思い切って何でも棄ててしまおうとする一方で、いざとなると、これは例外的に残しておこうなんて考えてしまう。それでも、結局は、残しておいても息子達には迷惑だろうと思い直して棄てる。そういった繰り返しで時間を食ってしまっていた。
 大学時代に専攻した化学の専門書、就職後に携わった特殊樹脂「シリコーン」に関する専門書については、随分迷ったが、結果的には全て棄てることにした。文学書についても同様に迷ったが、有名作家の初版本だけは残すことにし、文庫本などは全て処分した。
 自分の書いた作品の扱いについては少々戸惑った。出版したのは「執念」の一冊で、記念に手元に10冊近く残しておいたが、これについては、自分の形見として置くことにした。次男もまだ読んでいないと云っていたから、それが残されているのを見て、読む気になってくれるかもしれないとの期待もあった。問題は、未発表の作品だった。二十年間ぐらいに渡って結構書き込んでいて、最終的な推敲は充分ではないが、完結したものだけでも10作品ぐらいはある。さすがに、これらの扱いでは迷ったが、取り敢えずは、残しておく大きな樹脂の箱の隅にほおり込んでおいた。
 父親の葉書や手紙もずっと棄てずに残しておいたので、大きな段ボール箱にいっぱい残っていたし、自分の写真を含めた家族、或いは友人仲間との写真など整理していないものが結構あって、その扱いに戸惑った。結局、一部のものは残しておく方のボックスに入れた。例えば、結婚紀念に関するもの、或いは、あのノーベル賞の受賞記念パーティーで、利根川進先生と一緒に写っている写真などである。
 また、趣味で集めた資料や小物の整理も必要だったが、その中で、新聞記事の切り抜き、仕事に関する資料などもあった。小物の一例としては、初めて海外出張した際から集め出したケネディコインが二十枚ぐらい残っていた。これは、骨董的な意味で、多少は価値が出ていると思われるので、息子にはきちんと引き継ぐようにすることにした。新聞記事の切り抜き、仕事の資料などは、全て棄てることにした。
 更には、晩年になって溜まったコンピューターのCD,DVDの類も、かなり溜まってきていたが、それらについては、取り敢えずは、そのままにしておくことにした。
 いずれにしても、なんやかんやテで、身辺整理作業は思う様には進まなかった。そして、一考の残り時間も、見る見る間に減ってゆくのだった。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(225) 8月20日分
 部屋を訪れた時は比較的元気だった。口数が結構あったからである。午前中に友人からお見舞いの電話があったことを伝えたら、頷いていた。しかし、帰り頃は、また口数が減っていた。疲れたのであろうか。雅子の反応に一喜一憂である。

613 多様なトーナメント方式

 競技会で勝者や順位を決める方式を総称してトーナメント方式というが、これには、その目的に応じて幾つかの種類があって、このオリンピックでも、種目によって別々の方式が使われている。
 特異な方式を採用しているのが野球だ。その野球もいよいよクライマックスを迎える。昨日の中国戦に勝った星野ジャパンも四強に入った。今日のアメリカとの勝負の結果に関わりなく、4強による決勝トーナメントの2試合に連勝すれば、悲願の金メダルの獲得となる。
 つまり、野球では、最後の2連勝で、それまでの勝ち負けはチャラとなり、金メダルの獲得が出来るのだ。何だか変な方式だが、今の日本チームにとっては、ラッキーな方式であると言えよう。但し、一度負けている相手との戦いになる訳だから、今日も勝って勢いを着けて、そのクライマックスの戦いに臨むことは必要だろう。
 一方のソフトボールは、また違った方式で金メダルを決める。ページシステムと呼ばれる方式で、これは、4強が、1位と2位、3位と4位が先ず戦う。次に1位と2位の敗者と3位と4位の勝者が戦う。そして最後が、その勝者が、1位と2位の勝者と戦って金、銀を決めることになる。従って、予選リーグで2位になった日本は、後の二つに連敗しても3位となる訳で、最悪、銅メダルが決まっているのだ。
 蛇足だが、トーナメントと呼ばれる方式には、この他にも、パラマス方式、ダブルエリミネーション方式などがあって、結構複雑なのだ。
 さて、話は少し飛躍するが、我々サラリーマンの出世争いの戦いは、今の男子の野球の方式に近いのではないかと思う。昔は「栴檀は双葉より芳し」で、単純なトーナメント方式に近かったと思うのだが、最近では、とりあえず、リーグ戦方式で、一定の成績、実績で評価を受ければ、そこから、それまでの実績をチャラにした形て、改めての戦いで役員争いを競う形になっているように思う。
 そんな考えを拡大してみると、日本の総理の座は、パラマス方式、若しくは、ダブルエリミネーション方式に近いのではと思うが、如何なものか。
 改めて、オリンピックの話に戻すが、ここまで来た以上、野球もソフトボールも、容易ではないと思うが、全力を尽くし実力を発揮して、金メダルを強奪して欲しいものだ。頑張れ、日本!!

2.連載(578) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(207)
  第六章 真夏の夜の夢(10)

(2)身辺整理(その1)
 一考が、余命が長くてあと一年だとの深刻な告知を受けたのが4月半ばだったが、それから、早いもので、あっという間に一ヶ月が過ぎた。この間、一考は自分に残された貴重な時間をどう生きればいいのかに腐心していた。特に、自分が亡くなった後のことについての対応、特に雅子の今後のことについては、然るべき考えが纏まらず、掴みどころのない不安に苛まれるのだった。
 取り敢えずは、身辺をきちんと整理しておかねばならない。当然なことだったが、浮気相手とか、愛人とか言った余計な人間関係はなかったし、これといた借金の類もなかったことで、その種のことで気を使わずに済んだのは幸いだった。
 厄介だったのは、自分の持ち物の整理だった。70年間の生きた証であるいろんな収集物の量は半端ではない。物を書くのが趣味であったことから、その資料として取っておいた書籍、書類、ビデオテープの類が、思いのほか多いのである。
 それらは、退職後に暇を見つけて可能な限り整理して来たつもりだったが、結果的には、どんどん溜まる一方だった。この際、可能な限り整理しなくてはと思う一方で、時間がなければ、そのまま残ったとしても、大きな問題にはならないだろうとも考えたりしていて、考え自体が揺れていた。ただ、誤解を受けるような余計な裏ビデオテープなどの類の処分は不可欠で、それらについては。即刻廃棄処分した。その一方で、若い頃に集めた有名女優らの何冊かのヘアー写真集は、何も棄てることもなかろうとの思いもあって、そのまま残すことにした。親父も、そんな趣味があったのかと、息子達に思われても恥じることもなかろうと、自分に言い聞かせての決断だった。
 その一方で、自分の親父の無くなった場合のことを思い出していた。文学の研究や趣味のために集めていた本が、そのために増設した大きな部屋いっぱいに残したまま逝ってしまった。そのため、未だに手がつけられず、そのままになっている。中には、歴史的な価値があるといわれる書籍があるようなのだが、それがどれだか一考には分からず、今でも手のつけようが無く、未だにその処理に困っているだけに、せめて、自分の分だけでも、同じ轍は踏むまいとの思いは強かった。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(224) 8月19日分
 雅子が元気がないと見えるのは、口数が少なく、声が小さくなっているからで、お腹が痛いといったような身体が痛むということではないのは救いだった。長く座っているために、お尻が痛くなることが増えて来ている。前夜も、それでナースのお世話になったという。
 なお、昨日の雅子の話しの中で、誰かが来てくれて優しく応接してくれたというのだが、その具体的な中身が掴めずしまいだった。コミニケーションの難しさから、最近、その種の話が時々あって気になっている。

612 ジャマイカの強さと引退話

 オリンピックという大きな宴も後6日間となり、ほぼ峠は越えた。昨日のサッカー、なでしこジャパンは良く頑張ったが、力及ばず負けてしまった。期待されていた女子のトライアスロンで、井出樹里選手が5位と健闘したが、残念ながらメダルには届かなかった。
 残された種目の中で、金メダルが期待され、その可能性があるのは数少ない。野球、ソフトボール、それに男子マラソン(筆者は佐藤敦に期待)ぐらいではないだろうか。ボクシングの川内将嗣に期待する人もいるようだが…。いずれも、大敵がいて、金メダルは容易ではなさそうだ。
 それにしても、ジャマイカの短距離の強さはなんなのか? 男子の9,69秒を出したウサイン、ボルト選手だけでなく、女子では1位から3位までを独占した。瞬発力が勝負の鍵となる短距離でのこの強さの秘密はなんなのか。凄いの一言である。13億人の人口を抱える中国の躍進は、何となく納得できるとして、人口270万人程度で、(中国の0,2%程度)、広さは新潟県と同じくらいの面積の島国なのに、どうしてそんな逸材が育つのか、どんな教育をしているのか、その要因を研究してみる価値はありそうだ。
 大きな宴の影になって目立たなかったが、第90回全国高校野球選手権記念大会が、昨日、大阪桐蔭高校の17年ぶり2度目の優勝で幕を閉じた。いつもはよく見ていた大会だったが、さすがに今年は、二日目の地元の近江高校の敗退以降は、ほとんど見る気がしなかった。結果的には、かなり打撃陣が主役となたt大味な試合が多かったようだ。
 さて、宴も峠を越えると、選手の引退宣言が話題になる。レース前に表明していた女子マラソンの土佐礼子さんは、あのアクシデントがあったことでその意志を変えるのかどうかは不明だが、昨日の段階で、レスリングの伊調、千春、馨姉妹、それに、浜口京子(同氏は筆者の認識間違い?)が引退の意志を表明したようだ。注目の水泳の北島康介選手はどうするのかは、皆の注目するところだ。
 一方、昨日41歳の誕生日を迎えたオリックスの清原選手も、遂に今期限りでの引退を決意したと報じられている。こんな引退話の数々には、福田康夫さんも、決して心穏やかではないだろう。

2.連載(577) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(206)
  第六章 真夏の夜の夢(9)

(1)厳しい告知(その9)
 この時点での一考を取り巻く身内の健康状態は、総じて、幸いなことに、大きな問題も無く健やかな日々を送っていた。
 まもなく、100歳を迎える母親は、衰えは進んでいるが、姉の久子の献身的な介護、世話で、寝込んでしまうことも無く、注意しながらでも、ゆっくりと自分で歩くことも出来て、長寿を楽しんでいた。身体の一部が少しでも痛むと訴えると、久子が直ぐに掛かり付けの医者に連れて行くという細かな面倒見のお陰でもあった。
 母親に関しては、殆どは久子任せの一考だったが、週に4日の夕食作りだけは続けていた。限られたレパートリーを工夫してローテションしながらの食事作りに、さすがの一考もそのマンネリ化の回避には、大変な腐心をしていた。一考にしてみれば、この食事作りが、母親に何かをしてあげている唯一のサービスで、せめて、これだけを続けることで、久子の全面的な面倒見に、唯一の楔を打ち込んでいるような見方をしていた。つまり、自分も母親の世話では、一つぐらいのサービスが出来ているとの言い訳のようなものだった。
 とにもかくにも、100歳を目前にした母親が、意外なくらい元気に毎日を過ごしてくれていることに、一考も安堵していた。
 二人の息子達も、特に何か心配事があるといったようなことはなかった。強いて言えば、昨年に結婚した長男の太郎にまだ子供がいないことだった。次男の方には、長男の結婚後に、待望の二人目の子供が出来た。それも希望していた長男の誕生で、一考には申し分ない跡継ぎができたことに満足していた。
 そういう意味では、一考自身の家族の環境は申し分ない状況下にあったと言えた。、ただ、一考の姉妹達、雅子の兄姉達も高齢になっていて、それなりに弱ってきていることが唯一の心配事だった。つまり、100歳の母親を持っていると云うことは、取りも直さず、一考はもちろんのこと、母親一辺倒の久子を含めた姉妹達も70から80歳近くになっている訳で、介護を続けることにも容易でない状況に追い込まれてきていることには違いなかった。
 いずれにしても、今後、一考が責任を持たねばならない対象は、雅子だけにフォーカスしていい訳で、その意味では幸いであると言えた。(以下、明日に続く)

3、速報、昨日の雅子(223) 8月18日分
 ここ数日の雅子は、口数も少なく、元気がないような状態が続いている。

611 あっけない幕切れ

 早いもので、北京オリンピックも、もう半分以上が終わった。金メダルの数は、今のところ8個で、残されている種目の中で、可能性のあるものは極めて少なく、アテネ大会の16個には遥かに及びそうに無い。
 さて、昨日は期待が裏切られた日だったとも言える。その一つが、女子マラソンだったが、ドラマはあっけなく終わった。レース開始後、1時間足らずで、本命の土佐礼子にアクシデントが起きたのである。後で聞くと、この朝も、痛み止めを飲んでのスタートだったという。
 陸上のハンマー投げの室伏選手の場合も同様で、腰痛が相当に酷かったという。予選を一回でクリヤーしていただけに、メダルに届かなかった失望感は小さくない。
 つまり、土佐さんの足の状況、室伏さんの腰痛は、事前に分かっていた訳から致し方ないことだろうが、期待して見ている国民には騙されたドラマを見せられた様で、不満と失望感は拭えない。
 そういう意味では、野口みずき選手のように事前にはっきりしてくれていたのはすっきりしてよかったとさえ思う。作戦上、事前のその種の情報公開は出来ないだろうが、見ている側は偽装ドラマを見せられたわけですっきりしない。
 こうして、考えてみると、闘いのその日に、体調良く自信を持ってスタートラインに立てるか否かで、勝負が決まるとでも言えそうだ。選手達は、そのために4年掛けて準備して来ているのだ。それが、晴れの舞台で、1時間足らずで、あっけなく終わってしまう勝負の世界はいかにも厳しい。一番、がっかりしているのは当の本人達だろうが、期待していたファンのがっかりも小さくは無い。
 そんな中で、昨日のレスリングの伊調馨の金、浜口京子の銅の奪取は、貴重な救いだった。これで、女子レスリングは全員メダルのすっきりした快挙だった。また、水泳の男子400メートルメドレーリレーの銅メダルも良く頑張った。
 ところで、皮肉ではないが、あっけない幕切れはある意味ではさっぱりしていて爽快感を生むこともある。福田総理のあっけない幕切れは何時訪れるのだろうか?

2.連載(576) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(205)
  第六章 真夏の夜の夢(8)

(1)厳しい告知(その8)
 雅子には辛いことだが、自分では何も出来ず、一日の半分ぐらいの時間を椅子に座って過ごす生活パターンが続いている。従って、お尻が痛くなるのだが、それを何とか緩和してやるのも、一考の一つの大事な役割だった。
 要は、時間を見計らって、身体を少し持ち上げてやればいいのだが、その作業が、もはや、一考には大変難しい作業となっていた。腰を痛めてはいけないとコルセットをして頑張るのだが、体力が減退していて思うように持ち上げられないのだ。それでも、少し持ち上げてやるだけで、雅子のお尻の痛みが結構軽減できるので、遣り甲斐のある仕事ではある。
 ベッドに横にして欲しいという希望が増えて来ているのも最近の傾向だ。身体の弱体化がそんな形で現れてきていると見ることが出きる。その頻度が更に増えれば、寝たきり生活へのスタートになりかねず、一考の心配事の一つでもある。
 また、よだれが溢れ出て来るのも厄介で、それを拭ってやるのも一仕事だった。特に、何かを喋ろうと、口を開ける場合とか、何かを食べさせたり、飲ませたりしている途中で、口を開けたりすると、たまっているものがどっと流れ出すのだった。従って、何か口に物を入れている時には、なるべく、全てを飲み込むまで口を開けさせないようにするのは大事で、余計なよだれを流させないコツでもある。
 だからと言って、雅子に「黙っていろ」という訳には行かない。やはり、適当に口を動かすことは大事で、それは取りも直さず口のリハビリでもある訳で、なるべくその種の運動、つまり、口のリハビリは欠かせない。もしも、口が動かせなくなったら、大変なことになるという不安が先行する。忽ち困るのは、食事が出来なくなることだ。そうなったら、どのように栄養を取り入れるかと云う次の問題が出て来る。
 頭が下にたれて、前かがみになる姿勢も心配の一つである。これが続けば、内蔵の圧迫に繋がるし、もう少し上向きの姿勢に変えるように矯正しなければと、何かとかその矯正を図っているが、結果は、今一つである。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(222) 8月17日分
 前日と変わらない症状。テレビの横の少し離なれたところに置いてある時計が見難いと訴えたので、少し方向を変えてやる。やはり、時計は彼女は唯一の友人なのかもしれない。とにかく、時間が時を刻むのを確認することで、気持ちを落ち着かせているようだ。ベッドに横になっても見えるようにしてあるのも、そういう意味である。

610 粘り、粘りに感動、興奮

 昨日も日本人選手の活躍は各種目で見られて興奮した。筆者が、偶々見ていた男女の卓球では、その粘りの凄さに思わず引き込まれた。男女の試合を合わせると、妻の雅子を施設に見舞いに行く少し前の1時過ぎから見始めて、自宅に戻った5時を過ぎても試合が続いていた。長丁場のとてつもない好試合に興奮した。
 その女子の試合は、銅メダルを争う3位決定戦の予選で香港と対戦だった。3ゲーム先取の試合で、先に1ゲームを失った後の第2ゲームに登場したのが、あの福原愛ちゃんだった。期待の彼女も、直ぐにはリズムに乗れず、立て続けに2セットを落として土壇場に追い込まれたのだが、そこからが愛ちゃんの素晴らしい粘りが始まり、その後3セットを連取してこのゲームをものにして、試合を1-1のタイに持ち込んだ。その勢いで、平野早矢香選手と組んで、次のダブルスに登場したが、このゲームも立ち上がりが振るわず、あっという間に2セットを落とした。「これは駄目だろうなあ」と思って、妻の見舞いに施設に向かった。施設到着後に試合の状況を確認すると、あの苦境に追い込まれていたダブルスは、福原、平野組が、あの苦境から、その後3セット連取して逆転勝をしていたのである。そして、第4ゲームを落として、2-2となったものの、最後の第5ゲームで、平野早矢香選手が、今までに勝ったことにない格上の選手に、一気に3ゲーム連取で勝ち切り、日本に貴重な勝ちをもたらした。今日、行なわれる韓国戦に勝てば、卓球では初めてのメダル獲得となる。はらはらしたが、凄い興奮させられた素晴らしい試合だった。蛇足だが、愛ちゃんの成長、平野選手の、あのきゅっと引き締まった脚が、とても魅力的だった。
 続いて行なわれた男子の場合も、それに劣らぬ好試合で、出だしの2ゲームを失ったものの、粘りに粘って2ゲームを取り返してタイに持ち込み、最後のゲームにメダルを賭けたのだが、これのフルセットに持ち込む頑張りだったが、最後は一歩及ばず、決勝進出はならなかたt。
 試合の醍醐味の最たるものは、粘って、粘っての逆転勝利にある。昨日の女子の卓球は、その典型的な素晴らしい好試合で、しかも、その切っ掛けをあの福原愛ちゃんが作ってくれたのだ。正直言って、彼女の試合振りをフルに見たのは初めてだったが、立派な選手に育っているのに感心したした次第である。
 粘って、粘ってという意味では、あの「なでしこジャパン」の最初のニュージランド戦で、2-2に追いついた試合、バドミントン女子で、前田美順、末綱聡子の世界ランク1位の中国チームを破った試合などが印象強く頭に焼き付いているが、昨日も、レスリングで、吉田沙保里選手の金メダル連覇、伊調千春選手が二回戦で、アテネ大会で金を取られた相手と対戦で、リードされていた土壇場での逆転勝ちも圧巻っだたし、水泳の中村礼子の粘っての銅メダルなどは素晴らしい感動を与えてくれた。
 一方、期待の星野野球だが、昨日は痛い逆転負けを喫した。しかし、これから全部勝ち進めば、金メダルの可能性が残されている訳で、これこそ粘りを発揮して、なんとかその初期の目標に到達して欲しい。
 醍醐味といえば、男子100メートル決勝レースでのボルトの世界新記録、9.69秒も圧巻で、粘りで得られる感動とは違った別の興奮、感動を覚えた。人間の能力の限界には壁があるはずだが、それが何処にあるかは、誰も知らない。恐らく、8秒台は不可能だろう。
 さて、今朝は、間もなく、期待の女子マラソンがスタートする。金メダル候補だった野口みずき選手は欠場するが、粘りを信条とする土佐礼子選手が、どんなレースをしてくれるか楽しみである。彼女はこのレースで引退すると表明している。心に期している何かがあるはずだ。また、初出場の中村友梨香選手は若手のホープで、その未開発の魅力に期待するところも大きい。とにかく、じっくりと、この二人の主演による2時間半のドラマを見守りたい。、

2.連載(575) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(204)
  第六章 真夏の夜の夢(7)

(1)厳しい告知(その7)
 一方の雅子の方は、ここ一年ほどは、外見上はそれほど変わらない症状が続いている。進行性の病気といっても、どうやら行き着くところまで行ってしまったと考えたいのだが、心配は見えない部分での症状が分からないから、不安は消えてはいない。とにかく、自分では何もすることは出来ない。それでも、何とか、自分の口で物が食べられて、水などの液体を飲むことができることは幸いだった。しかし、最近では飲み込む作業が以前のようにスムーズに行かず、ストローで吸い上げる力も弱くなって来ていて、苦労することが目立ち始めていた。
 加えて、内臓の働きに衰えが見え始めていて、便秘が激しくなり、通じでは、雅子の大変な頑張りが必要になっていて、便秘薬の服用も頻繁になって来ている。内臓、特に大腸の働きが低下してきているためと思われる。その結果、便秘薬の服用が多くなり、排泄のリズムに変調を来たし、通常時間外での通じが頻繁に起きるような悪循環となり、介護士さんを煩わせることが増えてきている。それでも、介護士さん達の優しい努力で、何とか毎日の生活を維持できているのは、幸いなことである。
 一考が最も手を焼いているのが、コミニケーションの難しさで、以前にも増して大変な苦労を伴うものになっていた。そこで考え着いたのが、言葉のカードを用意するのだった。「トイレ」「テレビ」「衣装」「息子」「飲み物」「食べ物」といった大事な単語、「急ぐ」「ゆっくり」「後で」などのアクションに関するタイミングなどを書いたものを用意しておいて、雅子が言おうとしている内容を察知して、そのカードを見せて確認するのである。かつてやっていた一文字、一文字を確認してキーワードを探し出す作業は、雅子の反応が曖昧なことが多くなり、その方法でのアプローチは限界に来ていた。
 そんな作業を通じて、雅子の脳の働きにも若干の衰えが見え隠れするのが気になっている。例のキーワード探しの作業でも、時々、最初に言った文字を否定して言い直すケースなどが増えてきていて、一考の気持ちを苛々させることが増え始めた。どうやら、知能の働きに齟齬が出始めているのではと、一考は心配するのだった。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(221) 8月16日分
 イエス、ノーの表現が曖昧になって来ているのが気になっている。それに、体力の衰えのような感じもあって、この日も、トイレの後はベッドに横になるのを希望した。一進一退というよりも、どこか見えない部分での悪化が進んでいるようで心配である。

609 中国、韓国には、「負けないで!」

 昨日は、63回目の終戦記念日だった。今日の繁栄した日本の礎となって、先の戦争で亡くなられた多くの方々には、心から追悼の気持ちでいっぱいです。二度と戦争はあってはならないと願いながらも、そうでない世界の現実に苛立たしさを覚えます。
 世界の戦い、競い合いは、文化、スポーツでの正々堂々とした戦いで充分であると思いながら、昨日もオリンピックを楽しんだ。多くの素晴らしいぶつかり合い、戦いがあったが、中でも、サッカーの「なでしこジャパン」が中国を破って見事な勝利を挙げたのは圧巻だった。予選リーグの初戦からの崖っぷちに追い込まれた苦境を考えると、夢のような素晴らしい進撃である。あと一息でメダルに届くのだが、果たして、どうか。
 柔道の最終日となった昨日は、日本がやっと本領を見せてくれた。男子100キロ超級では、石井慧選手が堂々たる金メダル、女子の78キロ超級では、塚田真希選手が、宿敵の中国の佟文に、土壇場で逆転を食らったのは極めて残念だったが、それでもしっかりと銀メダル取って面目を保った。
 戦いを終えての二人の言葉が印象深い。石井選手は「戦いは殺し合いだ。これで生きて帰れる」といい、塚田選手は「これが結果です」と直後に答えた後、その後のインタビューで「いつもの店で、思いっきり、アジのフライが食べたい」と語っていた。その庶民性が、とてもいい響きで、筆者に好印象を与えてくれた。
 とにかく、開催国の中国が圧倒的に強い。それに韓国もメダルの数では、今のところ日本より上だ。この日も、上記の女子サッカーや女子柔道の他にも、女子のバドミントンで、末綱聡子、前田美順ペアが世界ランク3位の中国チームと3位決定戦を戦ったが、いい処がなく敗退した。先に、世界ランク一位の中国人ペアを破って気を吐いたのが、あまりにも鮮烈だっただけに、その後の準決勝戦では韓国ペアに続く敗北に、今一つ吹っ切れない思いである。
 とにかく、ここに来て、竹島問題、東シナ海油田問題などがあって、中国と韓国には、「負けないで!」という気持ちが日に日に強くなってきている。その意味では、今日行なわれる野球で、韓国と大事な試合がある。これにはどうしても勝って欲しい。
 いずれにしても、オリンピックが始まって、毎日が、美味しい料理のようなテレビ番組のてんこ盛りで、妻の介護の厳しさも気にならない気合の入った日が続いている。オリンピックが終わればどうなるのか、今からとても心配です。

2.連載(574) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(203)
  第六章 真夏の夜の夢(6)

(1)厳しい告知(その6)
 更に、気掛かりになり始めたのは記憶力の低下だった。昨日のことを思い出すのも大変で、時には、よく使う単純な言葉がなかなか出てこなくて困ることも多くなっていた。明らかに、老化現象が進んでいるというよりも、一種のアルツハイマー状態になりつつあるのではとの不安がある。
 誤解があってはいけないので付記するが、アルツハイマーと言っても、メモリー機能に問題はあるが、その時点での判断には問題はなく、生活そのものには、大きな支障はなく続けられているし、過去の古い記憶はしっかりと保持されている状態なのだ。つまり、お酒を飲みすぎて記憶をなくした状態に似ているといえる。
 そんなこともあって、食欲の方も次第に細くなり、最近では無理をしても出来るだけ食べるように努力するようになっていた。あれほど好きだったお酒も、ここに来て一週間に一度ぐらい小さいサイズの缶ビールを飲むのがせいぜいで、現役当時の酒量は何処に消えてしまったかとびっくりするくらいの変化だった。
 それでも、内臓面では特に異常を示すようね変化は気づいtでいないが、全体的に身体の疲れが目立つようになって来ていた。
 長く、持病となっている不整脈については、相変わらず、毎日ワーファリンを飲む生活が続いている。本当にこれを飲まないと駄目なのかと言うような疑問を抱いてはいるが、もう飲み始めてから、かれこれ5年も続けていることで、「飲まない」という決断には勇気がいるし、実際に危険も危惧されるので、致し方なく飲み続けているのである。そのために、1ヶ月に一度の通院も欠かせないし、経費もバカにならない。いずれにしても、人間は弱い動物である。
 そんなことで、最近では、車でドリームスペースに通うのも大仕事で、入居当初のように一日2回も通っていたのは、今思うと夢のようなことであって、最近では、毎日通うことが、精一杯の状況になってきていた。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(220) 8月15日分
 前日の元気なさに比べると、少し回復していた。口数も少し増えていたが、やはり、声を出すのが辛そうだ。
 また、施設のルールで、夜9時に消灯されるので、オリンピックの美味しいところが生で見られないのが残念そう。

608 不本意な敗退

 北島康介選手の2種目2連覇、体操の内村航平選手の逆転銀メダルなど、オリンピックは昨日も盛り上がっていた一方で、柔道の男子100キロ級の鈴木桂治、女子78キロ級の中沢さえの二人の期待を裏切っての意外な敗退には、少なからず失望した。鈴木選手の場合は、一日に2回も一本を取られての完敗で、見ているのも辛かった。恐らく本人も柔道人生で初めて味わった苦杯だったろう。前回のアテネ大会での井上康生選手の同様な敗戦を思い出す。
 今回の北京での柔道を見る限り、谷亮子、内柴正人、中村美里、谷本歩実、上野雅恵の各選手のようにしっかりと、或いはそれなりに輝いた人たちと、平岡拓晃、小野卓志、泉浩選手、それに昨日の二人のように全く、或いは殆ど力を出せずに敗れ去った人たちの二つのグループに分かれた結果となった。アテネで金メダルだった水泳の柴田亜衣選手も、この日の800メートル予選では、全く力を出せずに敗れ去った一人である。そういう意味では、マラソンの野口みずき選手もその無念を味わっている一人だ。
 この日のために懸命に大変な準備をして来て、殆ど、或いは全く実力を発揮しないまま終わってしまった方たちの無念さは察して余りある。4年後のロンドンでリベンジという方もいるかもしれないが、引退に追い込まれる人もいるだろう。
 しかし、オリンピックに出場を果たされた皆さんは、大変な努力をされてその権利を獲得されたエリートの人たちだ。残念ながら本番の舞台で力を発揮できなかったことは無念ではあろうが、何も命を取られた訳ではない。いたずらに自分を責めたり卑下することもない。勝負は時の運ということもある、人間万事塞翁が馬と云うこともある。不出来だったことをバネにして、それぞれのこれからの人生で頑張ってもらいたい。
 僭越ながらもそんなことを申し上げる筆者は、そう申し上げることで、妻を介護する自らの毎日に叱咤激励しているのである。

2、連載(573) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(202)
  第六章 真夏の夜の夢(5)

(1)厳しい告知(その5)
 一考が、多少の体調の変調を意識し始めたのは、昨年の秋頃からだった。再び、その右手の指先のしびれが始まったのである。まだ、車の運転に差し障るまでに至ってはいないが、これから先への不安は募るのだった。加えて、視力の大幅な悪化も不安を深めていた。単なる老化だろうと決め付け、なるだけ気にしないようにしていた。しかしそうは言っても、ぼんやりとしか見えなくなる視力の低下は心配で、思い切って新たな眼鏡を購入して、その改善を図った。その場合も、最初は少しは良く見えていても、時間の経過とともに、十分とは言えない状況に戻ってしまうのだった。視力が年齢的に衰えて老眼になってゆくのは自然であって、それほど気にすることもないと考えるように務めていたのだが、車を運転していて不安に感じて始めていたのは事実である。
 また、足腰の劣化は顕著だった。あれほど長距離を歩いていた脚力は何処へ行ってしまったかと思うほど弱くなっていて、少し歩くのも疲れを意識するほどの脚力になっていた。駅の階段などでも、エスカレーターやエレベーターを使うことが多くなり、そのことが、脚力低下を促進させるという悪循環に繋がった。加えて、介護生活を始めて以降は、車を使うことが殆どで、歩かなくなったことが影響したことは確かだった。それだけに、たまに歩いたりすると、何だかふわふわした不安定な状態になって、下手すると倒れるのではと思うくらいバランスを失いそうになることがあって、慌てて、何かに捉まったりした平常に戻るのを待つようなことを経験することが増えていた。それは、明らかに、貧血症の典型であって、危険が間近に迫っている状態にあると思われた。
 一方の腰についても、ぎっくり腰になるのではとの不安が付き纏ようになっていて、少し重いものを持ち上げるのも、また、長く座ったりしていても、腰の不安を意識するのだった。それだけに、雅子を見舞っていて、たまにする抱き上げ作業や、通院時での車への乗降作業はとても厳しいものになっていた。
 また、以前からもあって苦労していたのだが、喋ろうとすると咳がでる症状である。聞いている相手の方には気分的にいいものではなく、ずっと気にしていた症状で、それが、ここに来て激しくなってきているのである。
 いずれにしても、何事においても、自信が薄らぎ、不安が先行する毎日で、雅子の介護にも、施設へ通うことが精一杯の状態になって来ていた。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(219) 8月14日分
 この日の雅子は元気がなかった。口数も少なく、声がほとんど出ていなかった。一考の帰り間際にはベッドに横になるというので、そうしてやった。少し弱っているのが気になる。

607 大津市出身者に二つ目の銀メダル

 今朝のテレビでの紹介まで失念していたのだが、昨日、フェンシングで日本人初の銀メダルを獲得した太田雄貴選手が、筆者の地元の滋賀県大津市の出身者であることだった。そういえば、先日、いつもお世話になっている近くの電気屋さんが「応援しましょう」というビラを持ってきてくれていて、それに簡単な紹介が出ていたのを思い出し、急遽、それを引っ張り出して確認したところである。
 同氏は平安高校から同志社大学を出て、京都クラブに属しているが、実家は大津市内にある。平安高校時代にはインターハイで3連覇を達成した逸材で、この快挙で、フェンシングファンの裾野拡大に大きなインパクトとなるはずだ。
 これで、先日の男子体操団体の中瀬卓也選手(栗東高校、日体大出身)の銀メダルと合わせると、大津市出身者が二つ銀メダルの獲得となった。滋賀県民としても、この二つの銀メダル獲得を大いに誇りにしたい。大したものじゃないか。オリンピック史上では初めてのことだと思う。
 大したものといえば、昨日の日本人選手も良く頑張った。女子柔道の上野雅恵の2連覇、水泳男子の松田丈志の銅メダル、それに、体操女子団体も大健闘で5位入賞を果たして、日本のオリンピックのファンを喜ばせてくれている。まあ、いろいろあるが、暫くは、オリンピックの興奮に酔ってみるのもいいのじゃないか。

2.連載(572) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(201)
  第六章 真夏の夜の夢(4)

(1)厳しい告知(その4)
 そんなやり取りがあって、その時点で、とにかく、不整脈を治すための可能性のある治療を幾つか施してもらったのだが、結果的には、どうにも治らず、まさかの場合の脳梗塞を避けるために、血液を固まり難い状態に保つためのお薬、ワーファリンをずっと飲み続けなければならないという厄介なことになった。
 そんな訳で、病気に関しては、一考は、この不整脈が唯一のもので、一病息災ではないが、それ以外については自信を持って生きてきていたのだった。
 しかし、その後、ちょっと心配なことも二度ほどあった。一度目は、三年半ほど前のことだったが、右手の指先がしびれ始めたことがあった。人差し指から始まり、親指、中指までしびれが進んだ時には、雅子の二の舞ではとの心配につながり、大いに胸を痛めたのだが、幸いなことに、そのしびれは数ヵ月後にはすっかりとひいて、元の状態に戻ったのだった。一考はほっとして愁眉を開いたのを覚えている。
 二度目は、不整脈でお薬を飲んでいることが影響することを肌で感じたことだった。それも三年ほど前のことだが、母親の夕食を作っている時に、うっかり指先を少し切ったのである。困ったのは、それまでと違ってなかなか血が止まらない事態になったのである。血液を固まり難くしている訳だから当然なことで、それまでにも、そのことを心配していたのだが、いざ、実際にその場になると、やはり少し慌ててしまい、近所のお医者さんに駆け込み、数針縫ってもらうことになった。
 まあ、そんな程度のことであって、大きな病気になることもなく過ごして来ていた。しかし、古希を過ぎた頃から、脱力感を感じるようになり、何となく食欲も進まなくなる日もあって、少し不安を覚えるようになっていた。そんな時に、同窓会での医師である友人と顔を合わせたのである。その際の友人の強い勧めもあったことから、そんな不安を一掃するために、一度、きちんとした検査をしてもらうことにしたのだった。しかし、一考のそうした安易な思いは裏切られ、その検査の結果が、思いもよらない告知となったのである。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(218) 8月13日
 この日の訪問中に、雅子が急に痛みを訴え、ベッドに横になりたいと言い出した。身体のどこかの部分が痛いというのだが、それが何処なのだか分からないまま、急いでベッドに担ぎ上げて横に寝かせた。暫くして、幸いにも痛みが治まった。どうやら、長く椅子に座っていて、お尻が痛くなったのかもしれない。そう言えば、先日も、そんなことがあった。相変わらず、コミニケーションで苦戦している。

605 スイムオフ

 鮮やかな一本での谷本歩実選手の連覇はまさに快挙そのものだった。「うれしいという言葉に尽きます。一本に拘る柔道に拘って戦ってきました」インタビューに答える谷本さんの顔は輝いていた。
 このほかにも体操男子団体の銀も立派だったし、ソフトボールも接戦を制したのも良かったが、一番驚いたのが、女子サッカーのなでしこジャパンだった。前回金メダルのノルウエイが相手で、劣勢が伝えられていただけに、5-1という大量点での勝利のうれしさは格別で、決勝トーナメントでの活躍に期待が高まった。また、水泳では北島康介選手の200メートル平泳ぎ予選、男子800メートルリレーでの日本記録を大幅に縮めて決勝進出sっを果たしたのもお見事だった。
 この日、「スイムオフ」という言葉を耳にした。どうやら、ゴルフでいうプレイオフと同じ延長戦のことのようだ。昨日の女子200メートル個人メドレーの予選で、決勝への8番目の椅子に、二人が同タイムと並んだ結果、その二人による決戦レースが行なわれたのである。ここで、日本選手の北側麻美選手が日本新を出して決勝に勝ち残ったのは素晴らしく、明るい顔でインタビューに答えていたのは、実に気分のいいものだった。
 なお、柔道では「ゴールデンスコア」という方式を使っている。これは、ゴルフのサドンデスプレイオフと同じ意味である。長引く戦いへの勝負の決着の付け方にも、いろんなやり方がある。先日話題になった野球のタイブレーク方式もその一つである。
 そう言う意味では、政治の世界にも、なかなか決着がつかない課題には、この種の方式が必要だと思う。日朝会談はその典型で、このスイムオフのような方式で、はっきりとした決着をつけて欲しい。昨日の日朝の合意では、秋までに拉致被害者の再捜査を終えるとしているが、またいい加減な芝居をしているようで、期待できるような感じがしない
 一方、福田内閣の場合も、このあたりで、民主党とこのスイムオフならぬ「政治オフ」で決着を着けてみてはどうか。今の福田内閣は、残念ながら、それどころか、政治から、オフタイムを取っているように見える。政治にオフは許されない。
 それにしても、無念なのが、期待の女子マラソンで、野口みずきの欠場が決まり、「みずきオフ」のレースとなったことだ。本人が一番無念だろうが、指導者の責任も問われなければならない。

2.連載(571) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(200)
  第六章 真夏の夜の夢(3)

(1)厳しい告知(その3)
 それまでの一考は、幸いな事に、持病の一つである不整脈を除いては、大きな病気とは無縁だった。そして、この不整脈も、2005年の暮に、何気なく受けた生活習慣病の検査で異常が見つけられて、専門医の紹介を受けて看てもらった結果、大変な病気だとの指摘を受けたのだった。
 しかし、一考にしてみれば、それはずっと昔から住み着いている悪さをしない持病だと認識していたし、実際に、そのことで心配になるようなことは何一つなかったので、その医師の大袈裟な指摘に何か大きなギャップを感じていた。
 その時、その診察に当たってくれたのが大東医師だった。その時の同氏の指摘は、いかにも仰々しく、一考が大変、危険な状況にあると訴えた。もう、6年も昔のことになるが、その時のやり取りがあまりにも刺激的であったので、一考の記憶の中には、今も印象深く残っている。
 「これは、大変です。あのジャイアンツの長島監督が倒れられた時と同じような危険な状態で、いつ脳梗塞で倒れてもおかしくない状況ですよ」初めて診察した患者への言葉にしては大胆すぎるのではないかと思うぐらいの厳しい言い方だった。しかし、その時の一考には、既に自分には不整脈が相当前からあって自覚していたこともあったので、この大東医師の脅かすような言い方にも、それほどの深刻さを感じてはいなかった。
 「そんな切羽詰まったことはないと思いますよ。それというのも、自分は、この4年間は、存分に歩きを楽しんでいて、その間におよそ3000Kmほど歩き回っているのですよ。今年の夏には、琵琶湖一周を5日間で歩きました。特に、どうってことはありませんでした」事も無げにそう言った一考に、先生は、少し訝しげに首をかしげて、それまでよりも、厳しい口調で付け加えた。
 「それは、あくまでも、ラッキーだったということでしょう。ともかく、無理をされない方がいいと思いますよ。今の診断から見る限り、危険は直ぐ傍にあると申し上げておきます」大東医師の言い方に、一考は、この先生はかなり大袈裟に言う方だなあと思ったのが印象に残っている。いずれにしても、今回の悪性の直腸がんの告知とは、その緊迫度において、雲泥の差があった。(以下、明日に続く)

3、速報、昨日の雅子(217) 8月12日分
 2時前に、静岡にいる筆者の妹親子を連れて施設を訪ねた。そして、久し振りに雅子を屋上へ車椅子で連れ出して外の空気を吸った。体調は、まずまずの様子。頑張っている。

605 絶句、涙に感動あり

 やはり、その時は2画面テレビで二つの生中継を見て興奮していた。昨日のお昼前のことだった。一つが、バドミントン女子ダブルスの準々決勝で、末綱聡子、前田美順ペアが、世界ランク1位の中国チームに挑んでいた。今一方は、北島康介の金メダルを賭けての決勝レースだった。
 バドミントンでは、第1セットを見る限り、相当な力の差が見えて、やはり及ばないかなあといった具合だったが、第2セットになって、日本チームの頑張りが目立ち始め、遂に土壇場でジュースに持ち込み、そしてそのセットを奪った。
 ちょうどその頃、北島のレースが始まり、堂々と世界新で金メダルをものにした。期待通りに勝つほど難しいものは無い。その興奮が冷めやらない中で、バドミントンの第3セットが終盤を迎え、一進一退の中で少しずつ差を広げて行き、遂に勝ち切ったのである。最後のポイントを奪った瞬間、二人はコートに伏して涙していた。言葉にならない感動的なシーンだった。筆者も、最後の数ポイントには興奮して立ったままテレビに見入っていた。世界ランク1位の選手でも、追い込まれた最後はミスを連発していたが、そこに人間らしい側面を見たように思う。
 金メダルの北島康介選手がインタビューに涙で絶句していたシーン、末綱、前田ペアが勝利の瞬間にコートに伏して涙したシーンには、相通じるものがあり、本人にしか分からない込み上げるものがあったのだろう。演技ではなく純粋な素直な人間性を見せてくれたようで、そこには、汚れのない輝きがあって、今まで以上の感動を与えてくれた。
 勝負ことでは勝ち負けがあるのは致し方ないが、総じて日本選手もよくがんばっていると思う。この日の柔道、テニス、それに美人ペアのおぐしおなどは残念な結果だったが、射撃の中山由起枝さんの4位入賞、ファンシングの女子の菅原知恵子選手の7位入賞は、いずれも日本初であり大健闘だった。
 それよりも、もっと頑張って欲しいのが、福田内閣や日朝会談での日本チームだ。昨日から始まった日朝会談で、齊木昭隆外務相アジア太平洋局長から拉致問題の扱いについて改めての提案をしたようだが、果たして返事をして来るのだろうか。今までの経緯からすれば、肩透かしするのが見え見えだ。こんな会談を続けているのに意味があるのだろうかとさえ思ってしまう。本当に、もういい加減に拉致問題には決着をつけて欲しい。不誠実な、いい加減な北朝鮮の態度をぎゃふんと言わせる手段は無いものか。国際社会からつまはじきにするしかないだろう。さすがに、米国も、北朝鮮のポーズだけの騙しのテクニックに気づいたようで、テロ支援国家指定からの解除は延期したようだ。暫くは、北朝鮮の出方を見守りたい。
 ところで、福田総理にとって、今、狙うべき金メダルはなんだろうか。国民の支持を回復することだろうが、そのために何をやればいいのか、その迫力が全く感じられないのが、歯がゆくて仕方ない。

2.連載(570) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(199)
  第六章 真夏の夜の夢(2)

(1)厳しい告知(その2)
 「正直言うと……」とそう切り出した友人だったが、そこまで言って一旦口をつぐんだ。一瞬、部屋の中が緊張した雰囲気となった。一考も、何となく、ぎこちなく感じながら、友人の顔に改めて視線を送った。
 「実は、どう話していいか、少し躊躇してるんだけど、君との間柄なので、何事も包み隠さず、本当のところを話させてもらうことにしよう」友人は改まって、少し固い口調で言葉を繋いだ。一考は、その固い雰囲気から逃れるように、ゆっくりと診察室の中を見回した。そして。改めて気づいたのだが、その部屋には看護婦さんの姿も見えず、二人きりだった。一考は、それまで自分の中にあった和やかなものが、急に何か違った雰囲気に変わってゆくのを意識するのだった。そして、友人の真面目そうな応接振りに改めて目を遣り、この段階では、余計なことは言わぬ方がいいとの思いで、そのまま彼の次の言葉を待った。
 そこで聞かされたのが、悪性の直腸癌に侵されているという予期しない厳しい告知だった。しかも、この段階では、手術による切除は困難だというのである、つまり、手遅れだというのだ。さすがに、一考は直ぐには言葉にならなかった。じっと彼の言った言葉の意味を噛み締めながら、自分の気持ちを整理するかのように、何が起きているのかという事態の実態を理解するために、暫し考えを巡らせていた。
 やがて、気持ちが落ち着き始めた一考は、改めて、自分の余命がどの程度なのかと、思い切って踏み込んで、その深刻さを確認した。その時、一考は舌の動きが少しもつれているように感じていたが、それでも、精神的には意外にも、それほど混乱することも無く落ち着いていた。。
 「厳しい答えで申し訳ないが、長くて一年ぐらいだろうね」少し考えるような仕草で、声を絞り出すように友人は教えてくれた。
 一考は、その厳しい返答内容にも静かに黙って頷いていた。事前の自覚で、多少の気掛かりな面が無くは無かったのだが、これほど厳しい結果が出ているとは思ってもいないことだった。しかし、不思議なことだったが、そんな深刻な告知にも、驚き、不安、狼狽とか、動転とかいったものはほとんど無く、どうした訳か驚くほど冷静に受け止めていた。 
 一般的に、とんでもない驚きが先行すると、人はよく頭が真っ白になるといった表現を使うが、一考には、こんな大変な告知にもそんな言葉とは全く無縁だった。いわゆる、デジャブといわれる感覚に似たものが一考の頭の奥深くに存在しているかの様であった。
 一考の胸中には「そうか、そこまで来ているのか」といった何となく納得したような気分になって行くのが不思議だった。そして、余裕というか、ゆとりというべきか、そんな言い難いことを、隠すことなく話してくれる友人に感謝する気持ちが一考の頭の中を支配していた。
 「有難う、あなたの友情に大いに感謝しているよ。これからの限られた生活になるが、どう生きるべきか、お知恵もお借りすることになるかもしれないが、その時には宜しく頼むよ」一考は、複雑な心境でそう言いながら、友人に微笑みかけた。そんな非常事態を知らされた直後であっただけに、その応接は、世にも不思議な落ち着いた光景であったと言える。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(216) 8月11日分
 この日は珍しく、おやつにアイスクリームを少し口にした。口の開き具合もいつもよりも大きく、またお茶を飲むストローのスピードも少し速いように思え、体調が少しいいのではと思われた。そして、入居後、初めて二日連続の通じ(正常)もあって、ほっとするのだった。

604 2画面テレビで楽しんだ

 「やっちゃいました。これが僕の仕事です。」と明るくインタビューに答えた柔道の内柴正人選手のオリンピック2連覇で、今大会で日本に初めての金メダルをもたらし、初日のもやもやを吹っ飛ばしてくれた。一方の女子柔道では、中村美里選手も銅メダルとよく頑張ったが、本人は、金メダルでなかったと残念がり、「次に」と決意を示し、表情を強張らせていたのが印象的だった
 この外にも、この日は女子体操団体、バドミントンのオグシオ、水泳の北島康介、女子ホッケーなどは順調に勝ち進んだが、バレーボール男子は初戦のイタリア戦には完敗、サッカー男子はナイジェリアに敗れて、予選敗退が確定したのは残念だった。この中では、話題の美人コンビのオグシオこと、小椋久美子、潮田玲子が、第一セット前半で大きくリードしながら、中盤で、なんと11ポイント連続落とすという苦しい場面があり、逆転でそのセットを落とした。やはり駄目なのかと思わせたが、そこから、何とか立ち直って勝利したのは立派だった。美女も勝って初めて本当の美女の輝きを発揮する。今日も勝ってもっと輝いて欲しい。
 これだけの多くの種目を見る方も大変で、改めて、2画面テレビの便利さを思った。ちょうど夕方の7時過ぎには、柔道の準決勝、決勝が始まり、6時頃から始まっていたサッカーが同時並行的に行なわれていた。これを柔道を主画面(フジテレビ)で、サッカーを副画面(BS1)で見ていたが、内柴選手の金が確定すると同時に、副画面にそのテロップが流れるといった生中継の醍醐味を楽しんだ。
 話は飛ぶが、考えてみると我々の毎日の生活は、2画面といった単純なものでなく、マルチ画面で進行している。しかし、具体的なアクションは一つの画面でしか行なえないので、筆者は「一つずつ」というのを、最近の生活のモットーにしている。しかし、同時並行的に、裏の他の画面の進行具合を考慮しながら、必要な手を打っておくことは必要だ。筆者の場合も、自分のことのほかに、雅子のこと、母親のこと、更には息子達のことなどのことにも必要な気遣いをしながら一生懸命に頑張って生きている。
 政治だって同じで、財政のことに配慮しながら、必要な経済対策を考え、社会保障体制の見直し、さらには拉致問題、毒ギョウザなどの問題などなどと併行して取り組んでいる。政治はチームで戦えるので、個人一人で戦うのとは違う。しかし、その陣頭指揮を執る総理は一人だ、どれだけ多くのマルチ画面にタイムリーに決断し、対応しているかが、国民の幸せに直結しているから、頑張ってもらわねばならない。
 さあ、今日も、マルチ画面での生活に抜けが無いように手を打ちながら、2画面のテレビでオリンピックを楽しみたい。今日は、午前中に水泳の北島、夕方には柔道の男女のの金メダルに期待している。頑張れ日本!!


2.連載(569) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(198)
  第六章 真夏の夜の夢(1)

(1)厳しい告知(その1)
 友人の医師から検査結果だ出たので来てくれないかとの連絡を受けたのは、2011年5月の連休をおよそ一週間後に控えた日の午後だった。いつもながらの真面目な彼の口調での呼び出しに、一考は特に気にすることも無く、大津市内にあるその病院に向かった。好天に恵まれていて、さわやかな夏の気配が感じられる日であった。
 一考が久し振りにその友人に会ったのは、2ヶ月ほど前に行なわれた高校の同窓会のパーティでの席上だった。中学校からの友人で、勉強だけでなく、運動にも優れた才能を持っていて、いわゆる何でもできる優秀な男だった。その後、彼は大学では医学部に進学し、卒業後もしばらく大学の研究所に席を置いていたが、10年ほど前に親父さんの後を継ぐ形で開業医に転進していた。その彼とそのパーティの席上で何気なく話したことが切っ掛けで、一考は健康診断を受けることにしたのだった。
それというのも、難病で苦しむ妻雅子の介護に明け暮れて5年が経過し、自分の健康に気遣う時間も無く走ってきていた生活ぶりを口にした際に、彼が年も年だから一度検査しておいた方がいいよと勧めてくれたのである。そういえば、何となく身体がだるく感じるようになっていたこともあって、それほど深刻に考えることなく、彼の勧めに応じたのだった。一考にしてみれば、今後、どれだけ続くか分からない妻の介護を続けるには、この辺りで、一度しっかりとした検査をして、健康に自信を持っておきたいと考えたからである。しかし、そうは言うものの、何となく気掛かりなことも無くは無く、何らかの異常が見つかるかもしれないという不安も頭の片隅には潜在していた。
 その友人から電話を受けた一考は、その日の夕方、検査結果を聞くために彼の病院を訪ねた。他に誰も患者がいないタイミングで、直ぐに診察室に入った一考は、医師である友人と軽く挨拶を交わしながら、彼の前にある患者の椅子に向かい合った形で座り、改めて友人の顔を見た。少し前の同窓会で会った時に見た屈託ない表情とは違って、きっと引き締まったその表情には、さすがにプロの医者だと思わせる重みが感じられた。そして、それにつられたように、一考も、そっと気を引き締めるのだった。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(215) 8月10日分
 雅子には、特に変わったこともない安定した一日だったようだ。オリンピック放送が始まっているが、この日の午後は、読売テレビで、いつもの「たかじんのそこまで言って委員会」を一緒に見た。三宅久之さんと田島陽子さんのいつもの応酬、それに久し振りに登場した元警視庁刑事の北芝健氏の話題になった事件への自らの見解を披露するファンタジーは、相変わらず味があって楽しめた。雅子もこの番組は好きな一つである。
 三日ぶりに通じもあって順調、少し大人しい? のが気になったが。

603 視界不良の出だし

 谷亮子さんのオリンピック3連覇はならず、銅メダルに終わった。よく頑張ったが、やはり、往年の切れがなかったように思う。
 期待のオリンピックの出だしは、全般に今一つである。最初の競技となった重量挙げの三宅宏美も6位に終わり、メダルには届かなかった。男子柔道も60Kg級の平岡拓晃は1回戦で敗退、男子体操ではあん馬で痛恨の失敗、期待の女子サッカーとバレーは共にアメリカに惜敗した。水泳の北島康介選手だけが、今のところ力を発揮しているだけのようで、何となく心細い。 、
 一方、期待の女子マラソンの野口みずきさんが体調不良で出場が危ぶまれているという報道があった。彼女の優勝はかなり高い確率で期待されているだけに、心配を超えた衝撃である。一方、星野ジャパンの野球も、日本での壮行試合では、投手陣が全くの壊滅状態で、これで大丈夫かとの不安を拭えない。ここに来て、故障者も多く、人選そのものが片寄っているように思うのは、筆者一人だろうか。星野仙一監督の眼力に狂いがなければいいのだが、……。
 いずれにしても、世界は甘くない。絵に描いたような期待通りにはいかないのは判るが、それにしても、初日を終わった段階で、想定外の不安要素が見受けられる。今日からの頑張りを期待したい。
 ところで、政府は漸く「景気後退」の観測を出した。今更といった感覚だ。再浮上は来年前半と述べているが、ここでも先行き不透明である。
 しかし、改めて考えてみれば、景気、天候、転機、勝負、運命なんてものは、先行きなんて不透明が当たり前で、はっきりしていたら、面白くも何んでも無い。頑張りは、そんな不透明さを吹き飛ばすことから始まる努力であろう。頑張れ、日本!!

2.連載(568) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(196)

 閑話休題(その3)
 第一部終了時点で2回に渡って記載して以来の久し振りの閑話休題である。

 自分でも驚ろいているが、早いものでこの「難病との闘い」の連載も550回を越えた。内容の稚屈さはさて置いて、ここまで書き続けていることに驚きながら、ちょっとした快感を覚えていることも事実である。既に、何回か書いたのだが、これを書くことが、今の一考のエネルギーの源になっていることは確かである。張りつめた何かを意識して抱えているようで、全体の緊張感を育んでいるといえよう。
 さて、この連載、何処まで書いてゆくかについては、一考も分かっていない。むしろ、そのことを、筆者である一考が楽しみにしている部分もある。自分で仕掛けて自分で楽しんでいるとは、勝手な言い方だが、そんな我侭が数少ない開放感にもなっているともいえる。
 明日からは、新たな構想に取り組んでみようということで、気分転換を図ることを考えている。
今までは、雅子の難病との厳しい闘いを、その生い立ちから病気になった背景まで遡って追究し、ドギュメント風に紹介して来たが、ここから暫くは、視点を変えて、将来の二人の闘いを先取りした形で大胆に捉えてみることにする。
 ちょうど、北京オリンピックの豪華な開会式が終わり、各種目の厳しい戦いが始まっているが、この4年間、あるいはそれよりも前から、この闘いのために頑張って来られた選手諸君の活躍を大いに期待している。努力が報われる時ほど、素晴らしい幸せはないはずだ。そういう意味では、毎日の難病との闘いで頑張っている雅子には、その努力が報われる日は来るのだろうかと、ふと考えてしまう。
 まあ、それはさて置き、話は、今から3年後の2011年7月24日のアナログ放送の終焉の頃に舞台を設定したフィクションとなる。しかし、そこで取り上げる幾つかの内容は、それまでの経験に基づく知見を織り込んだ形になっていて、事実とフィクションがコラボレーションした内容となっている。
 特に、その最後の部分では、大分前に、それとなく打っておいた密かな布石が、思わぬ効果を発揮するどんでん返しを用意している。一人でも多くの方に目を通して頂ければ幸いである。(明日からは、第六章 真夏の夜の夢 を連載します)

3.速報、昨日の雅子(214) 8月9日分
 午後2時頃、雅子を訪問したが、その途中で思わぬトラブルに見舞われた。
 「痛い」と言って腕を震わせて泣き出し始めたのである。何処が痛いのかと懸命に確認したのだが、はっきりしない。そのうちに汗をかき出し、これはいかんと、急遽、介護士さん、看護師さんに来てもらってベッドに寝かせて、血圧、体温の確認をしてもらった。幸い、それらには異常もなく、その内にその痛さが収まった。
 後で分かったのだが、じっと椅子に座っていた結果、お尻が痛くなったというのだった。いつもは、それを避けるため、本人に確認して、適当な時間を見計らって身体を動かせていたのだが、この日は、それが出来ていなかったのだ。とにかく、痛さが収まってほっとした一日だった。

602 北京オリンピック開会式

 趣向を凝らした演出で繰り広げられた素晴らしい開会式だった。しかし、筆者は、テレビを見ながら、不覚にも途中で眠ってしまっていた。クライマックスの聖火の点火は、今朝、改めてテレビのニュースなどでフォローした。
 前半のショーは色彩、数の美で圧倒する演出で、あの世界遺産の西安近くにある始皇帝陵から見つかった兵馬俑を連想させるようなシーンもあって、一瞬、ぎょっとした。また、宙吊りの技法も多用されていて、さすがに、有名映画監督、帳芸謀氏の面目躍如たる演出には目を見張るばかりで、中国国民の百年の夢を一気にぶっつけた圧巻のショーとなった。
 しかし、後半に入って、各国の入場行進が始まると、途中で眠ってしまっていた。疲れもあったが、この日行われていた将棋竜王戦の挑戦者決定トーナメントの準決勝で、贔屓の郷田九段が、ちょうどそのタイミングで惜しい逆転負けを喫したことで、張りつめて見ていた気力がしぼみ、がっかりしたことが原因となった。郷田九段は、これで、今年の棋聖戦、王座戦、そして竜王戦の全てで、準決勝での敗退となった。ファンとしては、何とも言えない脱力感を覚えた一夜となった。
 この日は、大津の琵琶湖の花火大会も同時並行的に行なわれていて、それぞれ一夜を楽しんだ人は多かったと思うが、筆者は一人蚊帳の外だった。
 いずれにしても、事件も無く、盛大な開会式典が無事に終わったのはご同慶の至りである。今日から始まる競技での日本人選手の活躍に期待したい。先ずは、先陣を切って、女子重量挙げ、男女柔道があって、田村亮子選手も登場する。悲願の3連覇はなるか? ママさん選手の度胸と技と執念に期待している。

2.連載(567) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(195)
  第五章 施設生活半年を終えての総括(33)

(4)小さな幸せの事例(その11)
 L 旧交を温める
 人生の楽しみってなんだろう。出世して世のために役立つ仕事をする、お金持ちになって豊かな充実した生活を楽しむ、一つの世界に没入して、自分のやりたかった世界で力を発揮して夢を果たす、或いは、無難に平凡な人生を生きる、などなどいろいろありましょうが、そんな歩みの過程でお世話になったり、共に過ごした人たちに久し振りに顔を合わせることは、言うまでもなく格別に楽しく、幸せを感じる機会だと思う。そういう意味では、友人は財産であり、掛け替えのない存在なのだ。
 雅子を施設に入居させた昨年末からは、、現役時代は多忙でなかなか出席できなかった小学校、中学校、高校、大学時代の同窓会にも、何とか時間に都合をつけて顔を出すようになった。また、会社のOBのメンバとの顔合わせも楽しいひと時だ。中にはどうしても都合がつかず、残念ながら欠席してしまうこともあるが、やがて雅子の症状が落ち着けば、来年あたりからは、かなりのそんな会に顔を出すことが出来そうだ。
 そういう意味での最近のトピックスでは、今年の3月に大阪時代に一緒に仕事をした美女が、東京に転勤になるということで、OB連中で壮行会をやったのが、ものすごく盛り上がって楽しく、一気に若返った気分を楽しんだ。
 また、恩師の思わぬ逝去や早すぎる友人の通夜や告別式での友人達との顔合わせにも、粛々とした中でも、昔を思い出すしっとりとした場となって、ちょっとした幸せを感じることもある。人間も、人生の末端にまで歩んでくると、じっと来し方を振り返り、若き頃を思い出すことで、幸せを偲べることもあるのだ。
 そんな時に、昔あこがれていた人なんかに顔を合わせることにでもなれば、思わぬときめきさえ覚えることもあって、楽しいひと時を過ごすことになり、思わぬ幸せを覚えることになる。そういう意味では、人生は、楽しい思い出が多いほど幸せだということも出来よう。それだけに、苦しい闘いの中でも、小さな幸せには格別の味があることも事実だ。そんな小さな幸せを求めての筆者の旅は、これからも続いてゆくことだろう。(本章はこれで終り、明日の閑話休題を一回はさんで、第六章、真夏の夜の夢を連載の予定です)

3.速報、昨日の雅子(213) 8月8日分
 前日とほぼ同じような具合で、まずまずの様子。マッサージ、入浴も順調。一考が訪問してからも足のマッサージを電気でやってやる。

601 「作品」という表現

 昨日、2日に72歳で亡くなった漫画家の赤塚不二夫氏の告別式が行われた。どうしたことか、私は漫画は全くと言っていいほど読まない。従って、同氏のことも殆ど何も知らない。
 それにも関わらず、この話題をここで取り上げたのは、その告別式で、弔辞を読んだタレントのタモリ氏が、その最後の部分で「私も、あなたの数多くの作品の一つです」と締め括った表現に共鳴したからである。いつにない神妙な顔つきでのタモリ氏の挨拶には、内容もしっかりと纏まっていて、同氏の別の一面を見せてもらったようで興味深かった。その挨拶の1時間後には、いつもの番組「笑っていいとも」に出演していたが、一切、そのことには触れず、いつものタレントの顔になって、芸人としての「作品」つくりに徹していた。
 さて、筆者が、そのタモリ氏のその挨拶に強く惹かれたのは、筆者自身も、この「作品」という表現を多用してきていたからである。筆者が使用する切っ掛けとなったのは「東京ドームは竹中の作品です」と云うコマーシャルだった。なかなか面白い表現だということで、その後「人生そのものが、その人の歴史という『作品』で、毎日の活動は、自分自身の『作品』作りである」と考えるようになった。そして、結婚式などでは「お二人で、素晴らしい○○家の立派な作品を作って下さい」などと挨拶で幾度も使ったのを思い出す。また、新入社員への歓迎にも「立派なサラリーマン人生と云う作品つくりに励んでもらいたい」などと話したのは、今は昔の思い出だ。
 ところで、昨日の午後、施設で看護士さんが小さな子供さんを抱いておられたので、「そのかわいい坊やちゃんは、あなたの作品ですか?」と声を掛けた。介護士さんは、にっこり笑って「いえ、私の作品ではないのです」と答えて下さったのが面白かった。
 いずれにしても、この言葉「作品」は使いやすい楽しい表現でインパクトもある。
 さあ、今日から北京オリンピックが始まる。鳥巣と呼ばれる競技場には妙に惹き付ける何かがある。世界一を目指したアスリート達の厳しい戦いが北京近辺で展開され、盛り上がりが期待される一方で、テロなども危惧されていて不安も絶えない。
 とにかく、何事もなく無事に素晴らしい「北京オリンピックという作品」が完成することを願って止まない。
 そんなことを言っている私も、その作品の最終章に入っている。どんなエンディングになるか、まだ誰もそれを知らない。

2.連載(566) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(194)
  第五章 施設生活半年を終えての総括(32)

(4)小さな幸せの事例(その10)
 K こんなことにも
 毎日、ブログを書いて、施設のドリームスペースに雅子を見舞い、週4日間の母親の夕食を作るという日課は、毎要な買い物などを考慮すると、結構、多忙な毎日である。
 また、このほかに、月二回程度、雅子を病院に連れてゆくこと、更には、自らの不整脈対応や歯の治療などの通院、更には、雅子の美容院、自分の理容院もあり、それに最近では昔の仲間との懇親などもあり、更には、不定期だが、葬儀や法事などにも顔を出さねばならない。その合間をぬっての趣味の将棋、ゴルフ、株、それにプロ野球などのテレビ及びインターネット観戦でのフォローをすると、時間に追われる毎日となり、大袈裟ではないが、日程はいっぱいいっぱいになっている。
 自らの通院では、大抵の場合には朝一番に行って時間を待つことにしている。そのためには、前日からブログの内容を考えたりして、朝、早く起きて作業をするといった特別の段取りになる。
 自分の通院も、雅子を連れての通院でも、待ち時間は読書に当てる。大抵、1時間ぐらいはあって、結構読書を楽しみことが出来る。今の生活では、そんな時間帯以外に読書時間を見つけるのは難しいから、うまい次回配分といえる。最近では、雅子の部屋での朗読も楽しみの一つになって来ていて、読書の時間帯は、一考がちょっとした小さな幸せを感じる時間帯でもある。
 6月のある日のことだった。この朝、自分の通院日だったにも関わらず、朝起きるのが遅くなって、やむを得ず、通院時間を思い切って遅くしてみた。朝早く来られる方が一巡する時間帯を見計らって行ってみると、何と、待ち時間ゼロで診察を受けることができた。看護婦さんに聞いてみると、全く、たまたまそうなったようで、確かにその10分後には、10人ぐらいが待っていたから、偶然の空白時間に恵まれたということのようだった。 
 文字通り「ラッキー」ということで、こんなことにも、ちょっとした小さな幸せを覚えたのである。いわば、その程度のことにも、幸せを見出しているコンパクトな生活を楽しんでいて、幸せに飢えている毎日であるとも言えるかも知れない。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(212) 8月7日分
 通院日、ここのところの夕立ゲリラにもあわずに無事往復を終える。この日、施設は昼頃から夏祭りが行なわれ、介護士さん立ちもハッピに着替えてサービスに大わらわだ。帰宅したのが2時半頃で、雅子も少し顔を出した。この日の雅子は比較的元気で、、3日ぶりの通じもあってハッピーだった。。

600 すっきりしない

 北京オリンピックの開会式に先駆けての予選が始まった。最初に登場した女子サッカー、なでしこジャパンは、終盤、よく頑張って、なんとか追いつく粘りを発揮し引き分けに持ち込んだのは立派だった。特に、土壇場でのセットプレーからの沢選手のゴールは起死回生のもので、素晴らしかった。しかし、期待されていた勝ち星にはならず、なんとなく、すっきりしない形での不安なスタートとなった。
 一方、オリンピック出場組みが抜けたメンバーでのプロ野球が始まっているが、阪神が今期2度目の3連敗と苦戦している。すっきりしない不安な出だしである。巨人も付き合って負けていてくれるので助かるのだが、…。
 すっきりしない話題は、外交問題でも広がっている。中国のギョウザ中毒問題がその一つである。発生して半年以上も経過している事件だが、洞爺湖サミット前に胡錦濤の名前で中国で起きたものだとの連絡があったとされるが、日本政府はその事実を公表していない。オリンピック開幕時期との絡みなどがあって、外交上の切り札に使うつもりなのかも知れないが、国民にはすっきりしない。あれほど、日本を小ばかにした発言を繰り返していた中国政府、国民だっただけに、しっかりと謝ってもらってすっきりとしてほしい。
 日朝会談が11日から2ヶ月ぶりに再開されるが、何回やっても前進しない会談だ。拉致問題での再調査はどうなっているのか、米国からのテロ国家指定解除のための前向き姿勢のジェスチャーに使われているだけなのだ。そんな信用できない相手との交渉だけに、期待は出来ないが、そうかと言って他に有効な手段もなさそうだ。すっきりしない典型的な難題である。斎木昭隆アジア大洋州局長殿、ご苦労様だが、頑張って何とかしてして解決への手掛かりを掴んで下さい!!

2.連載(565) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(193)
  第五章 施設生活半年を終えての総括(31)

(4)小さな幸せの事例(その9)
 J 社会保障
 会社で現役生活を頑張っているときには、税金ばかり納めていて、何のご利益もないと不満をかこっていた頃が嘘のようだ。雅子がこの病気になり、その後、症状が悪化した2006年になって初めてこの種の社会保障の対象者としての認定を受けることになり手続きを開始した。最初に入手したのが特定疾患患者手帳で、06年8月入手した。続いて、同年9月末には障害者手帳(2級)に認定され、更に介護保険の適用も10月の初めに認定された。
 正直言って、この種の社会保障の仕組みやその手続き方法など全く知らないまま、手探りの状態の中での対応だった。主治医の先生のアドバイスを頂戴したが、いずれも断片的な知識だけで、全体を把握するには、その後それぞれの認定を受け取って初めて理解できた状況だった。そこには、いわゆる縦割り行政の壁があったからである。
 しかし、今では、その種の認定を受けて、治療費を始めとし、介護用品などの購入などで資金的なサポートを受けられるようになったことは有難いことだった。何しろ、具体的に税金を使わせて頂いている自覚をしたのは初めてのことで、恐縮、感謝しながら、小さな幸せを覚えたのである。
 言うまでもないことだが、本来なら、こんな形でのサポートに無縁なのが幸せなはずではあるが「背に腹は換えられず」である。 
 その後、雅子の症状が更に悪化が進んだことで、特定疾患患者手帳も重症用の適用を受けていて、サービス度合いも強化いただいたし、身障者手帳も1級に更新された。厳しい症状との闘いの中で、この種の社会保障は有難い仕組みである。年金問題や後期高齢者医療制度で厚生労働省は目の仇とされているが、お世話になっている立場からは、余計なことを言わずに見守ってゆこうと考えている今日この頃だ。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(211) 8月6日分
 庭の手入れをしてもらっているので、施設への訪問が4時前になったが、この日も雅子の様子は元気が戻って来ているようで、ほっとした。食欲もしっかりしているという。頑張りの毎日には変わりない。
 なお、この日、友人が送ってくれた小さなうちわに書いたメッセージを読んであげて、少し顔を扇いであげると、珍しく、うれしそうに声を出して笑ってくれた。

599 失われた尊い命

 局地的な豪雨がまたしても尊い犠牲者を出した。昨日の昼過ぎに東京豊島区の下水道管内で起きた事故で、工事を行なっていた5人が流された。急激な増水に逃げ出すタイミングを失した気の毒な事故だった。
 先日、神戸市灘区の都賀川にある親水公園で、同様な急激な増水で4人の犠牲者を出している。河川をコンクリートで固めた工事が急激な増水を生んだようで、今までになかった類の事故のようだった。今回は、それが地下で起きた訳で、大きな意味で、人間による地球環境の変化が、全く違った形の事故を生み出すようになっているようだ。過去の災害などの前例を念頭において生きている我々人間には、盲点になる訳で、ちょっとの油断も許されない時代になっている。生きてゆくのも大変な時代である。
 尊い命といえば、あの松本サリン事件の犠牲者の一人であった河野澄子さんが、昨日の未明に亡くなった。事件から14年もの長い間、目覚めぬままの気の毒な死去だった。介護に当たってきた夫の河野義行さんは、当初は犯人扱いされたこともあって、そのご苦労は、察するに余りある。今、難病の妻を抱えている筆者には他人事ではなく、深い同情の念に駆られる。
 彼がその著書「命ある限り」の中で告白している「あなたは私達の家庭を支えてくれている。寝ているだけど、とても大きな仕事をしてくれているんだよ」と意識の無い妻に語りかけ「妻の命が、自分の生きがい」だとのくだりには、全く同感の気持ちに引き込まれる。まだ妻が元気だった頃は、筆者にはそのような理解に至らず、大袈裟に言っているとさえ受け取っていたが、今の自分の立場になって初めて河野さんの真意が理解できるようになったのである。この世の中、当事者にならなければ理解できないことが多い。
 さあ、残されて独りになった河野義行さんは、今日からどのように生きてゆくのだろうか。少し心配でもある。

2.連載(564) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(192)
  第五章 施設生活半年を終えての総括(30)

(4)小さな幸せの事例(その8)
 H. 名勝、旧跡、素晴らしい風景
 この7ヶ月でドリームスペースに通った回数は300回に迫る多きに達した。当初は、一日2回が定常化していたが、2月半ばからは、原則、一日1回に押さえるようにした。片道、9Kmの距離の往復で、その途中に広がる景色にも、さすがに見飽きた感じがしないでもないが、それでも、その日の天候の違いや、季節の移り変わりで、同じ景色といっても、微妙に変化を楽しむことが出来て、このような単調な生活を送っている一考には、貴重な目の保養に貢献してくれている。
 何しろ、琵琶湖は日本一の湖だ。また、近江は日本歴史の中でも中心的な存在であった時代が長く、各地にその史跡、遺跡が点在していている。近江八景で有名な名勝、魅力ある景勝地はその典型的な存在だ。
 この往復する9Kmとその近辺にも、その近江八景の二つがある。一つが唐崎の夜雨で有名な唐崎の松はなかなかのものだ。今一つが堅田の落雁で知られる浮御堂である。このドリームスペースからごく近いところにある。また、明智光秀の居城だった坂本城も、その姿をしのぶ術はないが、その城址を示す石碑などが、この国道161号線の一角に点在している。また全国3800あるといわれる山王さんの総本山である日吉大社も近くにあって、その出先の赤い鳥居が琵琶湖に突き出す形で姿を誇っている。ここでは、毎年4月に、船渡御と称される神輿を琵琶湖に運び出す儀式が行なわれるのだが、今年は、その伝統ある素晴らしい歴史絵巻を、一考は、車の中からではあったが垣間見ることが出来た。夕日に映えて金色に輝く神輿の勇姿が大きく揺れながら琵琶湖に浮ぶ船に移される絵巻は圧巻そのものだった。
 かくかくしかじか、毎日見ても飽きない魅力ある風景の中を走るのは、とても素晴らしい。天気のよい日には、時々、車を別の場所に駐車させて、そこで一息つくことがあり、気分転換にはもってこいの憩いのひと時となるのである。そんな美しい景観に心が洗われた気分になってくつろげることに、小さな幸せを覚えるのである。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(210) 6月5日分
 今日から、自宅の庭の手入れをしてもらうことになったので、雅子の部屋への訪問は、いつもよりも1時間ほど遅れて3時頃になった。この日は少し元気が回復していて、口数も少し多く、ほっとした安堵感を覚えていた。「元気さが、微妙に変わる、夏の日々」。とにかく、よく頑張っている。

598 逆走

 3日、東京のビックサイトで起きたエスカレーターの逆走、急停止などで10人が怪我をした事故は、重量超過が原因であると判明した。設計上は、一段あたり2人を想定したもので、事故当時はすし詰め状態にあって3人以上が乗っていたために起きたということらしい。普段、何気なく利用している便利な交通手段だが、意外なところに落とし穴があるものだ。
 さて、逆走というのは、いい意味で使われることは少なさそうだ。今朝の日経は、景気判断としては「弱含み」と伝えている。順調な景気の上昇状況からみれば、いわば、逆送を始めたといえる。大きな事故にならないような適切な経済政策の実施を期待したい。
 一方、改造後の福田内閣の支持率では、調査の媒体で異なった結果も出ているが、読売新聞、日経新聞などの系列では、大きくはないが数パーセントの上昇結果となっている。福田内閣のスタート以来、ずっと続いていた下降状況からみれば、逆走を始めたとも言える、数少ないいい意味での逆走だ。一時的な現象かも知れないが、政府関係者達は、とりあえずほっとしていることだろう。その一方で、昔の自民党に戻っているようだとの見方も強く、これも逆走と云うべきで、実態は複雑だ。
 昨夜、プロ野球では、中日の山本昌投手が念願の200勝を達成した。24人目の快挙で、42歳11ヶ月での達成は、それまでの工藤公康の41歳3ヶ月を上回った史上最年長記録である。一つ一つの勝ち星を重ねてゆく地道な戦いで、途中で自らが逆走するようなスランプに陥ると、この種の記録達成は難しい。イチローの3000安打と同様で、一定の力を長く維持していないと達成できない記録である。おめでとうと申し上げたい。
 因みに、この24人の200勝以上の達成者の記録であるが、史上最年少記録が、24歳の金田正一、2位が稲尾和久の26歳、3位が米田哲也の28歳である。この三人は、その後も頑張って勝ち星を増やし、金田正一が400勝、稲尾和久が276勝、米田哲也が350勝をあげ、最多勝のベスト3投手になっている。そんな中で、32歳と比較的若い年齢で到達した堀内恒夫が203勝に止まっているのが逆に目立った存在だ。山本昌投手は、何処まで勝ち星を伸ばすのか興味深い。少なくとも、堀内恒夫投手の記録を上回るのは確実だろう。期待している。

2.連載(563) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(191)
  第五章 施設生活半年を終えての総括(29)

(4)小さな幸せの事例(その7)
 G. 趣味
 雅子と違って、一考には自由が残されている。自らの意志でやりたいこと、食べたいこと、飲みたいことを選択し、介護の合間をぬってではあるが、自分の希望するタイミングで、それらをエンジョイ出来る幸せがある。改めて、その有難さに感謝している今日この頃である。
 そうはいっても、限られた趣味の世界である。将棋観戦はその一つだ。一流棋士の妙手の繰り出しに一喜一憂するのも幸せの時間帯である。同じ人間でも、さすがプロと云う指し手には、感動さえ覚える時ガある。窮地をどう凌ぐのか、或いは、この局面でどういう詰め筋を見出すのかといった類のゲーム展開には、恰も手品の種明かしを見るような快感を覚えることがある。とにかく、自分には考えられない妙手が指されたりすると、その魅力の虜になってしまい、知らず知らずのうちにファンになって仕舞うのだ。
 ゴルフを見たり、野球を楽しんだり、株の動きに一喜一憂するのも、今の一考には生きがいに繋がっている。もちろん、今の株は面白くないことの方が多いが、長い目で見ながら、夢に掛けるのも満更でもない。
 ブログに掛ける情熱が、それらの幾つかある楽しみの中では、今では最大のウエイトを占めている。正直言って、ここまで続けられるとは思ってもいなかったことである。恰も、阪神の金本選手のフルイニング出場記録の積み重ねに似たような心境で取り組んでいて、数少ない遣り甲斐になっていることは確かである。毎日、書き続けることには、大変なこともあるが、それが自分の生活リズムの基調を作っていると思えば、楽しい限りだ。しかし、配信後に見つけるイージミスの大久に、いつも忸怩たる思いに陥る。どうして、もう少し注意深くなれないか、反省を繰り返す毎日でもある。
 いずれにしても、それらは、雅子への介護と云う前提があって成立している生活リズムであることは言うまでもない。毎日の雅子の頑張りを見て、自分の励みになっていることを改めて思うのである。それだけに、このような小さな幸せではあるが、それは、生きていく上で、大きなエネルギー源になっているのである。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(209) 8月4日分
 午前中にマッサージ。この日は自宅で父親の月参りを済ませてから、午後2時前に雅子の部屋を訪ねた。いつもの通り「何か無かった?」との一考の問い掛けに、雅子が何かを一生懸命に話してくれるのだが、それがどうしても分からない。いつもの質問方式で迫ったが駄目で、改めて、キーワードを文字分解するアプローチを試みたが、雅子の応接が曖昧で、やはり何を訴えているか分からない。結局、不明のまま未解決となり、気掛かりな心残りとなった。
 一考がそんなことで苦闘している途中に、自立棟にいる姉の伸子さんが久し振りに顔を出してくれた。しかし、雅子のトイレの時間と重なって直ぐに帰ってもらうことになった。この日は順調な通じがあって、そのことでは、一考もほっとした一日であった。

597 夢は叶わず

 最終日の最終組で不動祐里選手が、その一組前に宮里藍選手が廻るという異例の展開となった全英女子オープンゴルフは、31年ぶりに樋口久子に次いで、日本人選手のメジャーツアー制覇が期待されたが、残念ながら、その夢は叶わなかった。結果は、不動がトップと4打差で3位タイ、宮里が5打差で5位に終わった、また、上田桃子選手も頑張って7位タイに食い込んだ。優勝は、韓国の20歳の若手の申智愛選手で、女子ゴルフ界での韓国勢の層の厚さをここでも発揮した結果となった。それでも、ベスト10に日本人選手が3人も入ったのは、メジャーツアー史上で初めてのことで、今後の活躍期待に望みを繋いでくれたと言えよう。  
 試合後のインタビューで不動は相変わらず、謙虚に順位には拘っておらず満足だったとコメントしていた一方で、宮里藍選手も一時のスランプから脱却できて、海外での初優勝に自信を得たようだった。上田桃子は、自分の目標に今一つだったが、明るく来年に向けて抱負を語っていて、三人三様の応接ぶりは面白かった。
 意外だったのが優勝した申選手の告白で、落ち着いた堂々としたプレイ振りの裏に、昨夜はなかなか眠れず不安だったという。やはり、大きな戦いでは、精神面での戦いで、誰もが見掛け以上に苦しむようだ。選手の苦しみはともかくとしても、ファンである筆者も、その一つ、一つのプレイにドキドキしながらの観戦で、夢が叶わぬ結果に、眠気を伴った疲れがどっと出て来て重い気分に追いやられた。自分のことでもないのに、何で、そんなに拘るのと思いながら、勝負の行方に夢中になっていたのだ。馬鹿馬鹿しい話かもしれないが、ファンって結構疲れる存在なのである。それでも、不動ファンとしては、アンチファンの対処対象である宮里藍選手が、最後のホールでダボを叩く失敗をしてくれたことで、不動の順位が土壇場で逆転して、日本人選手でトップで終わったことが、せめてもの救いであった。
 さて、話は変わるが、ファンと云う立場では、筆者にとっては、昨夜は厄日だったと言える。将棋の世界でも、筆者の大の贔屓の郷田九段が、昨夜行なわれたコンピューター対局での最強戦の準決勝で、渡邉明竜王に敗退した。この棋戦は、昨年新設された新しい棋戦で、昨年は堂々優勝していただけに、連覇叶わず、吹っ切れない夜となったのである。郷田九段は、今年も各棋戦でそれなりに頑張ってきているのだが、七大棋戦の棋聖戦、王座戦では、いずれも、挑戦者決定の最終トーナメントの準決勝で無念の敗退をしている。今週末には、竜王戦の挑戦者決定戦の準決勝が行なわれるのだが、この鬼門の準決勝を何とかして制して、先に進んで欲しいと願っている。
 ところで、政治の世界では、改造福田丸が始動し始めたが、小泉さん退陣後は、筆者にはファンと云うべき政治家は、今のところ不在である。今や、国民的に人気のある麻生太郎氏の存在が注目されている。火中の栗を拾う形で重要ポストの幹事長に就任した同氏だが、果たして、優勝と云うべき総理への勝ち筋はあるのだろうか。じっくりと、秋の政局に注目したい。

2.連載(562) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(190)
  第五章 施設生活半年を終えての総括(28)

(4)小さな幸せの事例(その6)
 F お薬の効き
 大津市内の日赤病院で、パーキンソン病ではないかとの診断を受けた雅子が、それ用のお薬を飲み始めたのは、02年11月頃だった。今から6年前のことである。その後1年ほどして、自らの決断で、今、お世話になっている吉田病院に替わった。この道の専門医である春日医師にお世話になりたいと考えたからである。改めての基礎検査の結果、その1年後に、春日先生からも、やはり、パーキンソン関連病だとの告知を受けたのが、04年10月頃で、ほぼ4年前のことだった。
 その後は、雅子の症状に適合するお薬を求めて、この病気用に開発されているお薬を、春日医師の知見に基づいて、雅子の症状に適合する組み合わせ、配合比を求めての検討が開始された。それには、絨毯爆撃的な忍耐強い検討方式が採用された、時間を掛けての最適配合探索への執念のアプローチであった。
 最近になって使い始めた新しいお薬に、今までにない効い目と思われる反応があって、その服用量の検討に入っている。やっと雅子に合うお薬に巡り会えたのではとの思いで、少し愁眉を開くと言った気持ちもあって、小さな幸せを感じ始めていたのである。しかし、この場合、効いているといっても、病気が治るといった類ではなく、悪化のスピードが弱まるとか、少し身体が柔らかくなるといった程度の効き方である。それでも、うれしさを覚えたことには変わりない。
 とにかく、この6年間は長い道のりで、雅子の症状が大きく悪化した期間でもあった。その間、服用したお薬の種類、量は半端じゃなかった。種類も段々と増えて来ていて、今では8種類のお薬を一日、朝食、昼食、夕食後と就寝前の4回に分けて服用している。この病気の厄介なところは、一般的には、一旦飲み始めると止めるのが難しいという傾向にあることだ。8種類のお薬を全部合わせると、1日、1グラム程度は飲んでいるのではないかと思うぐらいの量である。飲み始めて通算で5年ぐらいになる訳で、そのトータルの服用量は20Kg近くになっているのでと思われる.それだけのお薬を服用すれば、その副作用だけでも大変だと思われるが、病気の進行の中での見分けは殆ど不可能である。要は、トータルでの結果でしか判断できず、そんな中で、少しでも効果があると分かれば、ほっとしたりして、一喜一憂するのである。大袈裟なようだが、そんなところで、小さな幸せを見出そうとしているのである。
 服用するものには、その他にも、薬の範疇に入らないが、便秘用に繊維の粉末を服用している。これも常態化していて、今では欠かせない毎日の服用となっている。とにかく、この繊維の効果に頼って、通じのリズム確保に懸命の毎日なのでもある。(以下、明日に続く)

3、速報、昨日の雅子(208) 8月3日分
 午前中に雅子の育ての母親の13回忌の法要が京都のお寺であったので、それに顔を出して、その足でドリームスペースに顔を出した。前日と同じで口数は少ない。雅子のユニットでは3時頃から、8月生まれのお二人のためのお誕生会があった。雅子も顔を出して雰囲気を楽しんだ。

596 波乱の予感

 改造福田内閣が荒海に漕ぎ出した。早くも、今朝の毎日新聞は世論調査の結果を発表していて、内閣支持率は25パーセントで、改造前に比べて微増と報じている。発表された内閣の顔ぶれを見ただけの段階で「この内閣を支持しますか?」と聞かれても、答えられないのが本当の処で、少々拙速過ぎる世論調査だと思うのだが…。
 しかし、識者やコメンテーターなどの話を聞く限りでは、あまり芳しい評価が聞かれず、与謝野馨経済財政相や伊吹財務相などの顔ぶれから増税を目指した内閣であるとの指摘があり、また、郵政民営化に反対した野田聖子消費者行政相や保利耕輔政調会長の起用から、小泉―竹中体制からの離脱を見せていると解説されている。そういう意味では、そんな福田色が出ていると言える。いずれにしても、新内閣の評価は、もう少し、その働きぶりを見た上で判断すべきだろう。そうは言いながらも、公明党の動きに不穏な動きが見えるようだ。泥舟からの離脱が念頭にあるようで、波乱の兆が窺える。
 さて、大阪府の橋下知事が、関西の三つの空港のあり方について「伊丹空港の廃止をも視野に入れた議論」が必要と延べたことに対する各層からの反発は極めて大きい。冬柴前国土交通大臣は「素人がでかいことをいうな」と釘を差したとか伝えられているが、橋下知事は改めて「伊丹廃止と云う前提ではなく、府民に空港のあり方を議論して欲しい」と真意を説明したという。
 本件に関して、筆者が愛読しているコラムニストの勝谷誠彦氏も、そのブログで、橋下氏に対する不信感を大きく取り上げている。その内容を読む限り、勝谷氏はどうやら橋下氏が大嫌いのようだ。勝谷氏は、橋下氏が知事に当選した直後から厳しい批判を、ブログの中で投げ掛けてきていた。知事に着いた直後からのあまりにも厳しい批判に、筆者も「今まで番組で一緒にやってきた仲間じゃないの。もう少し長い目で見て応援して遣るべきではないか」とメールを送ったほどであった。多分、同様なメールが多くあったと見えて、同氏は一旦その批判を抑えていたが、今度の空港発言に、勝谷氏が抑えていた憤懣が噴出したようだ。しかし、昨日、そのブログを配信した直後のテレビの生放送(関西ローカル番組)で、二人は顔を合わせていたが、そこでは、勝谷氏からの多少の主張はあったものの、大人の会話に納めていた。この空港に関する議論、並びにこの二人の関係は、先行き大いに波乱含みのようだ。
 さて、全英女子オープンゴルフだが、今夜、いよいよ最終日を迎える。不動祐里が3日目を終えて、13アンダーで単独トップに立った。1打差に韓国の申智愛選手が、そして更に1打差で宮里藍も頑張っている。他にもオチィアなどの強豪も数多くいて、予断は許さrず、波乱を含みといった表現を超えた好試合が展開されそうだ。不動と宮里の日本人選手同士での優勝争いも熾烈な戦いになりそうで、ファンには堪らない夜になる。要は、優勝を意識した選手の心理状態で、微妙なプレッシャーの中で、それまで通りの力が発揮できるかどうか鍵になる。アンチ宮里ファンを自称し、不動選手のファンである筆者は、不動選手の不動の強さを期待し、海外メジャーでの堂々の初優勝を願っている。

2.連載(561) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(189)
  第五章 施設生活半年を終えての総括(27)

(4)小さな幸せの事例(その5)
 E お見舞い
 一般的にピンチに追い込まれた時に頂く応援、声援ほど心強いものはない。難病に苦しむ本人は勿論の事、家族に頂く励ましや思いやりのあるお手紙などに、ほっとする有難さを思う毎日でもある。優しい気遣いなどがそれとなくちりばめられていて、心を安らかにしてくれる。
 しかし、お見舞いとなると、この病気に関する限り、少し事情が違っている。普通の病気だったら、有難いお見舞いを頂いて勇気付けられ、大いに力になるものである。しかし、この病気は、治る見込みがない難病だけに、お見舞いに来て下さっても、その応接、言葉使いなどで、却って、来て下さった方にも大変な気遣いをさせることになる。
 それでも、在宅時やこの施設に入居当初は、何人かの友人のお見舞いを頂戴した。遠路、時間を割いてのその配慮、お心遣いには感謝そのものであり、小さな幸せを感じたものだった。しかし、症状の悪化で身体が動かし難くなり、加えて、言葉が不鮮明になるにつれて、お見舞い頂くことの難しさを感じるようになり、最近では、そのお心遣いには感謝しながらも、身内以外の方にはお断りさせ頂いている。来て頂く方が大変で、ご苦労を掛けることになるからである。受ける雅子の方も、自分の思いが伝わらないことで、気持ちが焦るだけで、本来のお見舞いの形にならないという事情からでもある。
 そういう意味で、頂戴するお手紙には、雅子は確かな幸せを覚えているようである。中には、こまめに書いてくださる方もいて、友人のありがたさを改めて噛み締めているようだ。
 一方、一考が時々出くわすご近所の方からも、ご心配頂いて、優しく声を掛けて頂くことも多く、皆様のお気遣いには温かさと同時に小さな幸せを覚えている。
 そんな中で、実の兄姉のお見舞いは別格である。兄の祐一さんは、奥様の香子さんと、毎月一度の頻度で顔を出して下さるし、実姉の霧子さんも、同じような頻度で来てくれている。やはり、血の通った間柄だけに、言葉はなくても通じる情の温かさといったものがあって、傍にいてくれるだけであり難さを感じているようだ。気の置けない親しさが、雅子の心を開かせてくれているようである。
 雅子の話を聞くと、お兄さんに、こんなに顔を出してもらえるとは思っていなかったようで、そのうれしさは一入のようだ。
 遠くに居る二人の息子達だが、彼らは仕事に忙しく、致し方ないことだが、なかなか顔を出してもらえな。しかし、長男は別件があって、時々こちらに帰って来ることがあり、その際には顔を出してくれるようになった。次男の方は、休日が忙しい仕事とあって、帰る機会を見つけるのが難しそうだ。それでも、この6月の末に、1年半ぶりに、嫁と孫を連れて顔を出してくれたが、さすがに、雅子も孫の成長振りに破顔一笑だった。息子たちとの顔合わせは、うれしさも大格別のようで、小さな幸せも中くらいに膨れあらるようだ。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(207) 8月2日分
 前日の夜は8時から30分ぐらい雄琴温泉協会が主催する花火大会を本館の屋上で楽しんだようだ。
 しかし、この日も、なんとなく元気がない。やる気が無くなっているようだ。しかし、何処かが痛いとかそう言った問題ではなさそう。お薬の影響か? 食欲はそれなりに維持されているようだ。もう少し様子を見たい。
 それでも、次男が電送してくれた孫の写真には、うれしさを滲み出していた。

595 若しかして

 福田改造内閣が発足した。ライバルだった麻生太郎氏を幹事長に取り込んだのが、数少ない見せ所である。安心実現内閣と自ら命名されたが、山積する難問を抱える現状を、何処まで打開できるのか。若しかして、この改造で支持率が改善できるのではと期待があるとすれば、それはお粗末な期待だと言わねばならない。好むと好まざるに関わらず、今の世論は、一度民主党に遣らせてみようという政権交代を期待する流れにあって、その勢いが増して来ていることは確かだ。
 大阪府の橋下知事のような事例はあるが、一般的に言って、大臣を変えただけで大きな変革が進むということは極めて稀なことである。そんな中で、敢えて、火中の栗を拾う形になった麻生幹事長には、それなりの計算があっての判断だろう。若しかして、「何か、密約が…」なんてな記事も出ているようだが、果たして真相はどうなのか。野次馬的には関心がある話題だ。
 さて、野球部員から逮捕者を出した群馬代表の桐生第一高校に対し、高野連はあっさりと、今日から始まる大会への同校の出場を認める裁定を下した。かつては、野球部に関係のない生徒や職員の不祥事でも、出場辞退させられていたことが多かった。そう考えると、若しかして、連帯責任への考え方が大きく変わったということになる。
 この種の裁定には、時代の変化を取り入れることも必要だが、やはりフェアーでないとよくない。場当たり的な対応は、当事者達にもすっきりしないものが残るし、ひいては、プレーにも影響することにもなりかねない。結果的には、桐生第一高校がどんな戦いをしてくれるか、若しかして、前半のもっとも注目を与える試合になるのではなかろうか。ファンを納得させる立派な試合をして欲しい。
 今朝は、以前流行した歌謡曲からの連想で「若しかして」の言葉を借りて幾つかの話題を取り上げているが、その最たる話題が、米国女子ゴルフツアーの全英女子オープンでの日本人選手の活躍ぶりだ。二日目を終わって、なんと! 不動祐里が-10でトップタイにいるし、宮里藍も3打差で6位タイに、そして上田桃子も後半3連続ボギーと乱れたが、それでもトップと4打差で9位タイと頑張っている。ベスト10に日本選手が3人も入っているのは、史上初でうれしい展開になっている。
 今夜から決勝ラウンドが始まるが、なんとか、この勢いを保って優勝争いに加わって欲しい。若しかして、最終日に日本人同士の優勝争いが展開されることにでもなれば、日曜日の夜は、テレビ朝日の中継は弥が上にも盛り上がることは必至で、ファンには眠れない一夜になりそうだ。 

2.連載(560) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(188)
  第五章 施設生活半年を終えての総括(26)

(4)小さな幸せの事例(その4)
 D 意志伝達
 全面介護と云う最悪の症状になって、もう二年になる。何をするにサポートが必要なので、常に、何を要求しているのかを確認して必要なアクションを取るのだが、今、一番困っているのが、何を要求しているかを知る方法である。
 初期の頃は、彼女の発する不鮮明な言葉を繰り返して聞くことで、何とか理解していたこともあったが、それも難しくなり、一時は単語を文字分解することで、言葉を探し当てることで、キーワードを探し当て、その言葉を基に、そこから要求する内容を確認する方法を取っていた。
 しかし、その方法も空回りすることが多くなり、うまく使えなくなったので、今ではクイズではないが、質問を繰り返しながら、イエス、ノーで確認する作業を繰り返し、彼女の言いたいことに迫るやり方で、何とかコミニケーションを取ることにしている。
 この方法では、先ずはどんなことを要求しているか、大きな枠を確認することから始まり、その枠を小さく絞ってゆくやり方で、結構な時間が掛かる忍耐力を必要とする作業である。
 昔、NHKのラジオ番組に「20の扉」というクイズ番組があったが、あれに似た方式で迫るのである。そのクイズ番組は、先ずは、動物、植物といった区別がついていたと思うが、雅子の要求を探り当てるのも、先ずは、衣食住の区別から入る。衣装に関することであれば、それが上半身か、下半身か、下着が、上着かと言った具合である。食に関することであれば、食べ物か、飲み物かの確認から始まる。住はこの部屋に関することで、空調、窓明け、椅子の位置、テレビ関連など、部屋にあるものについての要求といった区別から手掛かりを掴んでゆくのだが、最終的に、雅子の要求に到達するとほっとすると同時に、文字通り小さな幸せを覚えるのである。コミニケーションが通じなければ、何事も始まらないし、二人の気持ちにギャップが生じ、それを何とかしようと焦るものだから、相互に疲れてしまうことにもなる。
 とにかく、最近では、急ぎを必要とする「トイレ」なのかとまず確認してみる。そうでないと分かると、そこで、ゆっくりと枠を絞るようにして、その謎解きに取り掛かることにしている。小さな幸せを覚えるのは、そんな苦労の末に、雅子の言わんとすることに到達した時である。結構、疲れる作業であることは確かである。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(206) 8月1日分
 この日も何となく元気がない。どこが悪いという訳でもなさそう。幸い、通じは昼食後に自然にあったようだ。雅子が言っている言葉がなかなか解釈できずにいると、彼女も疲れるようで、途中で諦めて「もういい」といってくれるのだが、一考にはそのことが心残りですっきりしない。
 なお、夜には、琵琶湖の花火を楽しんだはずである。

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