プロフィール

相坂一考

Author:相坂一考
滋賀県大津市出身
07年1月に推理小説「執念」を文芸社から出版
14年7月に、難病との戦いを扱った「月の砂漠」を文芸社から出版

このブログは3部構成です。
 1.タイトルへの一言。
 2.独り言コラムで、キーワードから世の動きを捉えようと試みる。
 3.プライベートコーナー
   (2015-06-03に修正) 

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654 焦眉の急

 昨日の臨時国会での麻生総理の所信表明は、いつものスタイルと違って異例な所信表明となった。その中で、麻生総理は、耳慣れない「焦眉の急」と云う言葉を使って国民にその重要性を訴えた。広辞苑で「焦眉の急」を見ると「差し迫った危難、または急務」とある。確かに、今の日本は、年金、医療、経済など、いろんな分野で焦眉の急な問題が山積している。、
 麻生総理が執ったその所信表明での異例のスタイルとは、冒頭から中山成彬国交大臣の失言に対するお詫びから始まったこと、更に、民主党に質問をぶっつけるというスタイルだったことである。その具体的な質問内容は、(1)補正予算に賛成するのかどうか。(2)インド洋上での給油は必要でないと考えているのか(3)消費者庁の創設に賛成か反対か、といったようなものだった。いずれの問題も「焦眉の急」を要する課題であることには違いない。
 この演説スタイルは野党からはルール違反と不評だったが、果たして、この麻生総理の奇策は追い込まれた自民党に起死回生の手法となるのかどうか、今後の展開は面白そうだ。先ずは、明日の小沢民主党代表の出方に注目したい。
 米国政府は、サブプライムローンに端を発した経済の混乱に、不良債権の買取を行なう金融安定化法案を纏めたが、米国議会は当初の予想に反して下院でそれを否決した。そのため今朝のダウ平均は史上最大の777ドルを越す大幅な下落で、パニック状態の大荒れとなっている。否決された法案の見直しは、まさに「焦眉の急」である。今日の東証は大変な下落は必至である。一体、どうなってゆくのだろうか。誰も予測はできない状況にある。
 大相撲の世界でも八百長問題への対応が焦眉の急の問題になりつつある。相当前から週刊現代が取り上げている問題で、今も裁判が続いているが、昨日の若の鵬の発言で、また火をつけて話題が大きくなっている。国技と言いながら、角界はすっきりしない世界である。

2.連載(619) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(248)
  第六章 真夏の夜の夢(50)

(5)息子達への引継ぎ(その4)
 嫁の美智子と孫の二人が去ると、明るかった雰囲気が急に堅苦しい感じになった。一考は、とりあえず、追加のお酒とビールを頼んだ。二郎はビールしか飲まない。一考は、やおらポケットから一枚のメモ用紙を取り出した。この日に話さねばならない大事な項目を、抜け落ちないようにと普段からメモしておいたのである。一考は、それに目をやりながらゆっくりと口を開いた。
 「君も覚えているだろうが、もう7,8年前の話だが、天皇家で跡継ぎ問題が話題になった。長男の東宮家に男の子が生まれないので、女性の愛子さんでも即位できるようにと皇室典範を改正えようとしたのだが、その法律の提出直前になって、弟の秋篠宮家に長男が誕生して、その法律改正は立ち消えになった。小泉さんが総理をしていた時で、ちょうど予算委員会が行なわれている真っ最中に、そのことを伝える速報のメモが届き、小泉さんがそれを覗き込んでびっくりしたような顔が印象的だった」当時、テレビの生中継を見ていた一考には、その記憶は今でも生々しい。
 「ニュースで見た。覚えているよ」二郎は淡々として頷いた。
 「幸い、相坂家では既に君の処に春樹が出来たことで、自分は有難いと喜んでいる。要は、長男であれ、次男であれ、その辺りはよく相互に連携して、可能な限りこの相坂家を守って行って欲しいのだよ」
 「心配しなくても大丈夫だよ。兄貴のところにもその内に生まれるだろうから」二郎は楽観的にそう言って残っているビールを口に運んだ。
 「そうなれば、それは結構なんだ。自分が言いたいのは、次男であっても、婿に出した訳ではないんだから、相坂家の将来については、今後とも、兄貴と相談して宜しく頼んでおきたかったんだよ」一考が、最も気にしていたのは、そのことだった。兄弟は仲良く手を携えて行って欲しいのだった。一考にしてみれば、二郎が横浜に転勤になり、嫁の実家の近いところに住んでいることで、相坂家のことをおろそかにしてしまうのではと気にしていたのである。
 「しかし、親父さん、天皇家でもそうだと思うんだが、昔とはいろいろ変わってきている。少子化も進んでいて、将来はどうなるか分からないよね。家を継ぐのにも容易でなくなるのではと思うよ」
 「その通りだ。その時はその時で止むを得ないと思うが、可能な限りは繋いで行ってもらいたいというのが自分の考え方なんだ」
 「そういうことなんだろうね」二郎も納得したように頷いた。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(265) 9月29日分
 便秘薬の服用で4日ぶりに通じがあった。最近は姿勢が安定しないことが多く、途中でのサポートが必要である。なお、この日はいつもと違って、帰り際に、なかなかOKがでず、仕方がないので一旦帰宅して母親の食事を出してから、もう一度施設に戻った。その時点では夕食も終えて、いつものように安定していたのを見て、ほっとして直ぐに自宅に戻った。何だか慌しい一日だった。
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653 かつてのファンだった岩本義行選手

 老化現象の典型的な現象の一つが記憶力の低下だ。アルツハイマー病はその典型で、昨日のこともなかなか思い出せないことがある。しかし、不思議なもので、昔のことについては結構記憶が」しっかりしていることが多い。
 昨日のテレビを見ていて、岩本義行選手が亡くなったことを知った。調べてみると、三日前の26日に亡くなられたそうで、享年96歳だった。
 同氏はかつてのプロ野球の選手で、プロ野球がセとパの2リーグに分かれた頃、松竹ロビンズで神主打法と呼ばれて活躍していたのを良く覚えている。何故かと云うと、筆者の本名と同じだからで、幼い頃のファンだった。
 その頃の記憶は健在で、今でも強烈な記憶があるのは、一試合4本塁打プラス2塁打を記録したことだ。長野県の上田市で行なわれた試合だった。昭和26年の夏ことで、当時はラジオ放送もなかったと思う。小学校の4年生の頃で、いつも翌日の新聞で試合結果をフォローしていたのだが、その試合の翌日の朝刊を見ていて驚いたのが今でも鮮明に記憶している。その試合のスコアー欄の次に本塁打の項目があって、そこに、岩本、18、19、20、21と書いてあった。何かの間違いかと思ったが、そうではなく、4本のホームランを打っていることが分かった。その記事の中では、5本目がフェンスを直撃して2塁打だったと付記されていた。大変な驚きでうきうきしていた。この記録、1試合4本塁打、18塁打は、今でもプロ野球記録で生きているという。筆者の初期の野球ファンになった頃の凄い思い出である。なお、同氏のプロ野球記録には他にも、45歳5ヶ月でホームランを放ち、最年長記録として生きている。
 同氏は名門広陵高校から明治大学、ノンプロを経て、南海に入団、その後いくつかのチームを渡り歩いた。筆者のその凄い記憶は、小西得郎監督率いる松竹ロビンズ時代で、必然的に、筆者はロビンズのファンでもあった。ロビンズには岩本義行選手のほかに小鶴誠という強打者がいたことも記憶にある。今回、このブログを書くに当たって確認してみると、もう一人大岡寅雄と云う方もいて水爆打線と呼ばれていたとあるが、その記憶は欠落している。
 それにしても、96歳まで長寿でおられたとは知らなかったが、この訃報のニュースで、久し振りに幼い頃の記憶を呼び覚まして頂いた。ご冥福をお祈りしたい。
 この機会に、プロ野球に在籍した岩本選手を調べてみた。分かった範囲では、あと3人の岩本選手がいることを見つけた。一人は戦前の1938年頃に活躍した人で、岩本章選手(巨人軍)。この方については筆者の記憶にはない。二人目が、1953年に早稲田から巨人軍に入団した岩本尭選手、この方はよく記憶している。しかし、現役時代は期待したほどはパッとしなかったが、その後、選手を育成するコーチとして実績を挙げた記憶がある。3人目が、大阪出身の日本ハムにいた、ガンちゃんの愛称で親しまれた岩本勉選手だ。大阪弁丸出しで。明るくて楽しい人だ。現役引退後もテレビで活躍している。やはり、同姓の方には何となく親しみを感じてしまう。
 ところで、野球って本当に面白いと改めて思っている。一昨日まで、あんなに打撃陣が凄かった巨人軍が、昨夜は中日に完封されて負けている。何か不思議な気がするのだが、お陰で、阪神が単独首位に立ってマジックが点灯した。7度目の点灯である。本当に7度目の正直となるのか、神主さんに聞いてみたくなる。

2.連載(618) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(247)
  第六章 真夏の夜の夢(49)

(5)息子達への引継ぎ(その3)
 「そういう意味では、お母さんは、辛坊強く頑張っていてくれたよ」二郎は昔を思い出しながら、親父の顔を見て笑った。
 「そうだったね。だからこそ、逆に、君にも、そんな心配をするんだろうね。本当の原因はよく分かっていないが、そんな苦労の積み重ねが雅子を精神的に追い込んでいたのかも知れない。その点では大いに反省しているがね」本当に反省するような顔つきで、一考は二郎の話に苦笑するのだった。
 「ところで、夏美ちゃんは大きくなったらアナウンサーになるんだって!」一考は、あまり堅苦しい話題ではいけないと思ったのか、隣りにいる夏美の顔に視線を移し、そっと手を伸ばして彼女の頭をやさしく撫でてやりながら話題を変えた。
 「そうなの。テレビを見ていてそう思ったの。だって、本当に楽しそうなお仕事なんだもの」夏美の顔が明るく輝いていた。
 「それはいいことだ。アナウンサーは、今は花形の職業で希望者が多く大変だろうが、頑張って、夢を叶えて頂戴ね」うれしそうな顔で、一考は孫の将来のことを思って、明るく励ました。
 「うん、一生懸命になって頑張るわ。ところで、おじいちゃんは元気そうでうれしいけど、おばあちゃんは動けなくて可哀そうだね? 早く元気になって、一緒に遊んでほしいなあ」夏美の泣かせる言葉に、一考はドキッとして改めて夏美を見た。かわいい優しそうな顔が少し心配げに一考を見ていた。
 今までにもこのドリームスペースに何回か雅子を見舞いに来てくれていたが、それでも半年振りのお見舞いで、この間の子供達の成長には目を瞠ものがあった。まだ充分に自分の言葉が話せなかった夏美が、随分とすらすらと話せるようになっていた。子供の成長の早さに驚きながら、一考はそのかわいさに目を細めるのだった。
 「おばあちゃんはね。一生懸命頑張っているよ。夏美が来てくれて大変うれしいと言って喜んでいたよ。また、来て上げてね」一考は、夏美に分かり易いように、ゆっくりと丁寧に話して聞かせた。
 その後も、その場はいろいろと楽しい話で盛り上がったが、食事が一段落したところで、頃合を見計らった美智子が二人の子供を連れて先にレストランを出て、施設のゲストルームに戻って行った。美智子には、店に入る前に、後で二人で少し話したいことがあると告げていたのだ。(以下、明日に続く)

3.速報、機能の雅子(264) 9月28日分
 珍しく、一考がいる時にも関わらず、少しの間ベッドに横になった。この日は、昨日の夜に何かあった様で、それを訴えていたのだが、どうしてもその内容を解読できなかった。少し気になるが、明日改めて確認を試みたい。

652 政治家は忘れ易い?

 今朝のTBS時事放談は、中曽根康弘元総理と作家の堺屋太一氏が出演していた。いつもの司会の御厨貴氏が休みで、ニュースキャスターの後藤謙次氏が司会を勤めていたが、その後藤氏が、小泉元総理の突然の引退に関連して、幾つかの突っ込んだ質問をしていた。中曽根氏が、小泉氏はこれから歴史の審判を受ける法廷に立つと述べていたが、果たして彼がやった政治は後世からどんな評価を受けるのだろうか、筆者の関心は高い。
 その中で、特に面白かったのは、司会の後藤氏が、かつて、小泉総理が中曽根氏に引退勧告を迫ったことに対し「政治テロではないか!と怒り、顔も見たくないとおっしゃってましたね」と、筆者が最も関心を持っていたポイントにストレートに踏み込んだことだった。それに対して、中曽根氏は「その時はそうだったかも知れないが、今ではしこりはない。政治家は忘れ易いんですよ」と顔色も変えずに淡々と答えていた。さすがに老練の最たる中曽根さんだと思ったが、本当にそうなのだろうかと疑いは小さくはなかった。人間、人生の大事な時のことをそんな簡単に忘れることは無い。確かに、そのインパクトは相当に弱まっていようが、やはり、それなりに心の底に残っているものだと思う。政治家は「忘れ易い」のではなく「忘れたふり」をするのだと思う。
 かつて、塩川正十郎氏が小泉純一郎総理のもとで財務大臣になった際、過去の政府の交際費の使い方での発言で、野党からの厳しい質問で突っ込まれた際に「忘れてしもうた」ととぼけた答弁で逃げ切ったことがあった。これも、いわゆる、政治家の「忘れたふり」である。今朝の中曽根氏の答えぶりを見ながら、したたかな政治家に相通じるもの見て面白かった。
 さて、麻生丸が船出したが、その直後に中山国交相が相次ぐ問題発言をした責任を取って辞任するという。昨日の今日となれば、忘れたふりがは出来ない。仕方なく、発言撤回となるが、麻生丸には出足を挫かれた大きな痛手である。
 忘れた振りには、それなりの時間的な経過が必要だということは言うまでもないが、昨夜の阪神の手痛い負けについては、それでも忘れた振りをして見たい心境だ。

2.連載(617) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(246)
  第六章 真夏の夜の夢(48)

(5)息子達への引継ぎ(その2)
 そんなことがあって、一考は、今まで考えていた二郎のイメージを修正しなければならなかった。大胆な行動は時として必要だが、計画性の無い無鉄砲さは歓迎すべきものではない。
 しかし、幸いなことに、結婚して子供も出来たことで、大分変わって、それなりに慎重さも出て来ているようで、今ではほっとしている。それでも、金銭感覚だけはこれからもしっかりと持っていて欲しいと思っている。
 この日も慌しい段取りだったが、取り敢えず雅子の見舞いを終えた二郎の家族4人と、近くにあるファミリーレストランで夕食を取ることにした。二郎の家族全員と一緒で食事をするのは、一考にも初めてのことだった。
 「子供達も順調に育っていて結構なこと、たまには、こうして一緒に飯を食うのもいいもんだなあ。雅子がいないのがとても寂しいけれど」皆が席に落ち着いたのを確認すると、一考は感慨深げにそう言って口火を切った。妻の美智子が1歳半の長男の春樹を膝の上に乗せた形で抱いている。長女の夏美はもう小学二年生になっていて、母親と一考の間の席でしっかりと一人前に席を占めている。女の子はしっかりするのも一段と早いようだ。
 「そうですね。しかし、生憎、仕事が忙しくて、なかなか思うように時間が取れないんですよ。家でも、こうして皆と食事するのも週に1回か2回ぐらいなんだ」ビールが好きな二郎は、ピッチを上げて飲み始めていた。
 「そんなに忙しいのかい。日曜や祝日に仕事が入るのは、仕事柄から分からないことはないが、その分はウイークデイで代休が取れるんだろう」一考が当然だろうと言わんばかりに二郎の顔を見た。レストランは混んでいたが、幸い、この一角は少し仕切られていて、話するのには差し支えない。
 「理屈はそうなんだけど、なかなかそうはならないんだよ。いろいろあってね」意味ありげに二郎が親父の顔に視線を送った。恐らく、上司や先輩達への気遣いだからだろうと一考は忖度7した。
 「そんなことをしていると身体を壊すじゃないの?」
 「そうなんですよ。私もそのことが心配なんです」控え目で、それまで黙って聞いていた美智子が、夫の健康ということで口を挟んだ。
 「無理が続くと、幾ら若くても注意しないといけないなあ」尤もらしく、一考が美智子の立場を支持した。
 「親父だって、働き盛りの頃はそうだったんじゃない。ほどんど、帰りは深夜だった。その頃は、お母さんも心配していたよ」二郎が軽く反論した。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(263) 9発27日分
 この日の朝は入浴が予定されていたので、一考は新しく機械での入浴を見学するため朝早く雅子を訪ねた。車椅子が出し入れできる大きな湯船を使っての入浴で、これなら胸までじっくりとお湯に浸かれて身体が温まる。湯船の扉を開閉して車椅子を出し入れする仕組みで、その間、お湯を一旦別のタンクに移動させる方式だ。なかなかよくできているとその仕組みに感心し、安心した。幾らぐらいする設備だろう。この床は、別途、連載のドギュメントで紹介したい。
 この日はいつものように午後にも顔を出した。雅子の様子はいつも通りだった。

651 夢は来年度以降に持ち越し

 将棋界で注目されていた羽生名人の7冠復帰だったが、残念ながら、その夢は来年度以降に持ち越されることになった。
 現在3冠を保持している羽生名人対深浦康市王位との7番勝負第7局が、一昨日から行なわれていたが、昨日の夜になって羽生名人が投了して王位奪還はならなかった。
 この王位は前年に羽生4冠が失冠したもので、5冠目を目指してその奪還を賭けていたが、初戦に勝ったものの、その後3連敗し1勝3敗の角番に追い込まれた。しかし、さすがに羽生名人で、その後粘って2局連勝して3勝3敗のタイに持ち込んでいたのだった。その第7局は一進一退の難しい戦いで、終盤まで際どいやり取りが続いたが、羽生名人が一歩及ばなかったようだ。これで、羽生名人の今年度内での7冠の夢は叶わず、来年度以降に持ち越されることになった。初防衛を果たした深浦康市王位は、羽生名人と過去の対局で、対等な成績を残しているただ一人の棋士である。
 なお、羽生は目下、王座戦で木村一基八段とタイトル防衛戦中で、17連覇となる防衛まであと1勝としているし、10月から始まる竜王戦では渡邉明竜王に挑戦し、永世竜王を賭けて戦うことになっている。いずれにしても羽生名人は今期の全部のタイトル戦に登場するという強さは格別だが、それでも7冠は大変な難壁である。
 一方、来年度に持ち越しになるかどうかで頑張っているのがイチロー選手だ。先に、通算8年連続200安打の大リーグタイ記録を達成したが、通算安打数が張本選手の3085本の日本記録に、あと3試合で7本と肉薄している。まさにぎりぎりである。果たして年内達成か、はたまた来年度に持ち越すか、ここ数日の最後の厳しい戦いは見物である。
 夢が来年度という意味では、政治も、経済も全てについて言えそうだ。麻生新内閣が発足したものの、先行きは見えない。政権交代の流れの中でどんな展開が待っているか。落ち着くのは来年度以降だろう。また、株価も毎日、乱高下の繰り返しだ。サブプライムローンという根深い問題が完治するには相当な時間はかかるだろう。今年は、まだ100日近くも残しているのに、来年度に期待と云うのは少し寂しい気がする。

2.連載(616) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(245)
 第六章 真夏の夜の夢(48)

(5)息子達への引継ぎ(その1)
 次男の二郎と嫁の美智子が二人の孫を連れて、雅子を見舞いに来たのは6月末の週末だった。オフィスコンピューターの営業を担当しているので、その修理や切り替えの仕事が入ると休日での仕事になることが多く、休みが取り難い立場にあった。そういう事情から、夏休みも仕事で多忙だということで、このタイミングでの見舞いだった。二郎一家が雅子を見舞いに来る時には、この施設のゲストルームで一泊し、二日間に渡って雅子を見舞うのがパターンになっていた。
 一考は、この機会を捉えて、予てから頭にあったいわゆる人生の引継ぎの大事な話をじっくりとしたいと考えていた。
 福岡の博多勤務から横浜に移って5年目になっていたが、雅子の病気が急速に悪化したタイミングと重なって、一考は未だに彼らの住まいを訪ねていない。博多での新婚時代には、雅子と二人で訪ねたことがあったきりである。その頃、雅子の症状は手の指が少しおかしくなり始めた頃で、その程度の旅には全く差し支えなかった。
 二人の孫がいて、上が娘の夏美でもう七歳にで小学校に通う年になっていたし、5歳違いと少し年齢差はあったが二人目の長男の春樹も一歳半になっていて、もうよちよち歩き始めていた。とにかく、温かい家庭を築いてくれていることに、一考はほっとしていた。
 二郎が高校生の頃までは全く気づかず、大人しい性格の子供だと思っていたが、大学に入って一人で生活するようになって性格が随分と変わったようだった。結婚式の披露宴で友人達からのスピーチで、幾つかのとんでもない事件のようなことを知らされて、随分と驚かされたのが、今でも生々しく記憶に残っている。友人らの話を総合すると、二郎は、大胆で思い切った行動に突っ走るという。どちらの血を引いたか分からないが、一考には理解しがたい性格の持ち主に変わっていたのである。
 その無鉄砲さの最たる事例が、今でも思い出すとびっくりしてしまうのだが、大学を出て就職した直後に、何百万円もする外車を、親にも全く相談せずに、さっさと買ったということだった。しかも、その時の友人のスピーチでは、その新車を見た者が誰もいないという表現だった。その時には、一体、何があったのかが全く理解できなかったのだが、、後で本人に聞いてみると、車が届いたその日に事故を起して車が台無しになり、そのまま修理屋に直行したというのである。誰もその新車を見る間がなかったというのには、そんな驚くべき事情があったのだった。とにかく、大きな怪我がなかったことがせめてもの慰みだったが、何をしでかしてくれるのかいう大変な心配をする対象になったのは、思いも寄らないことだった。
 恐らく、余計な心配をさせまいとの判断からかも知れないが、そんな大事なことを全く報告、相談しなかった息子に、その時点では、大いに不満を抱いたのだった。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(262) 9月26日分
 雅子の病気の特徴は身体の振るえである。昨日、椅子に座っていて、途中で少しその震えが激しくなり始めたので心配したのだが、身体の位置を少し動かせてみると直ぐに治った。同じ姿勢だと血液の循環が悪くなるのだろう。この日の午前中に、久し振りにマッサージを受けた。全体的には、前日と同じような状態である。

650 小泉美学の衝撃の仕上げ

 昨日(25日)、夕食を終えてNHKの衛星放送で、のんびりと阪神―横浜戦を見ていた時だった。ニューステロップで、小泉元総理の引退が報じられたのである。その瞬間「やってくれる」という爽快感と「少し早いのじゃないの」との残念な思いが交錯した。今週はソフトバンクの王監督、陸上短距離の朝原宣治選手といった大物選手の引退宣言があった直後だけに、筆者に与えたインパクトは小さくなかった。
 政治家の出処進退は自分で決断するという基本を、自らがきちんと実行した小泉美学の仕上げの実践だった。筆者は、同氏が総理になって以降のファンだった。同氏の思い切った決断、行動に惹かれたのである。今までにない政治家のタイプで、今度は何をしてくれるかと云う期待があった。それだけに、少し寂しい気がするが、そんなサプライズを演出する辺りが小泉純一郎の真骨頂と云うべきものだろう。
 印象に残っている同氏の活動を幾つか挙げてみよう。かつて、中曽根康弘氏に引退を勧告し「そんな迫り方は政治テロだ」と怒らせたあの堂々の行動力、誰もが出来なかった訪朝で拉致を認めさせ、被害者家族の一部を救出した実績は、歴史に残る大仕事だった。しかし、未だに、その応接で不満をたれている被害者家族がいるのが理解できない。また、靖国神社への参拝では意固地を通し、反発を買ったこと、その一方で、経済対策では意固地にも竹中平蔵氏をバックアップし、公的資金をつぎ込む思い切った対応で不良債権を処理して深刻な不況を克服した。この手法は、サブプライムローンで混乱している今の世界不況の解決の手本になっている。更には、政治生命を賭けて持論の郵政民営化を強行した実行力は、国民をも躍らせる政治力を発揮した。加えて、ブッシュ米国大統領との親密関係を確立しは、日米関係を安定化させた貢献は大きかった。
 考えるに、このタイミングでの引退決断は、やはり麻生太郎内閣の誕生で、郵政法案に反対した中曽根弘文や野田聖子などの登用を始め、小泉路線を否定する方向に動き始めていることへの反発であろう。総選挙間近のこのタイミングでの引退表明は選挙への影響が無いと見るのは誤りだろう。
 なお、そのタイミングについては、筆者は更に、次のような独自な見方をしていることを付記しておきたい。それは、総理在任期間で、中曽根一族と小泉氏との間に、微妙な心理戦があったのではないかと云う見方である。
 つまり、戦後の総理の在任期間を見ると、第一位が佐藤栄作の2798日、第二位が吉田茂の2616日、小泉氏は1980日で、それまでの第三位だった在任期間が1806日の中曽根康弘氏を抜いて第三位を奪取した。あまり表面には出なかったが、この三位争いが、中曽根一族と小泉氏との間に微妙な確執を起していたと見る。親父への退任勧告を良しと思っていなかった息子の弘文氏が、結果的に、参議院での郵政民営化に反対の流れを作った張本人となった。小泉総理が解散せずにそのまま郵政法案が廃案となっていれば、小泉総理の総理退任は必至となり、中曽根康弘氏の第三位は確保されていたことになる。小泉氏と中曽根一族とのある種のわだかまりがあったと見るのはおかしくはない。その中曽根弘文氏を外務大臣に起用した麻生総理に、小泉氏が極めて面白くない人事だったと思ったのは当然で、このタイミングでの議員辞任の引き金になったと筆者は見ている。。
 いずれにしても、光と影が混在したことは事実だが、同氏は、歴史に残る名宰相の一人だったことには間違いない。伝え聞くところでは、バッチはなくとも、今後も政治活動は続けるということだから、一層の活躍を期待している。しかし、大変残念なのことは、今のところ、同氏に次ぐ大物政治家の素質を備えた人材が、自民党には見当たらないことだ。

2.連載(615) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(244)
 第六章 真夏の夜の夢(47)

(4)悩める日々(その10)
 一考の思いは、自分の命が一年以内と云う医者の宣告以来、病気に追い詰められた惨めな死に方をするのではなく、思い切った決断で、自らがイニシアティブを取った死を演出することだった。
 そうは言っても、どんな逝き方が相応しいかと具体的な手法に思いを馳せると、急に思考が停止してしまうのだった。その辺りの知識に欠落があるからなのだ。
 自らの命を断つ手段については、一時は、車に排気ガスを誘導して窒息自殺する方法が流行ったことがあった。車には、テープできちんと目張りをして実行するのだ。ニュース報道で知る限り、比較的簡単に楽に死に至るように感じられた。
 その後、その応用編での集団での練炭自殺が流行した。同じように車をテープなどで密封し、中で練炭を燃やして発生する一酸化炭素でそのまま中毒死してしまうのである。排気ガスよりは確度が高いようだった。
 その後、話題になり世間を騒がせたのが、硫化水素による手法だった。この種の情報の伝達は早い。事件が報道されるたびに増幅され、世間の関心を高めていった。中でも、インターネトでの情報配信は、その種の興味を喚起するような内容で、詳しいレシピー的な内容までがおおぴらに示されるに至り、国の指導でそのサイトが閉鎖されたのも出てきた。
 この時、一考も、将来のまさかのことを念頭に置いて、その内容のコピーをとっていたし、必要な薬品の調達を図ろうとして動いたのである。そして、二種類ある薬品の一種については購入したが、混ぜるための、もう一種がどうしても入手できないまま、今日に至っている。因みに、その購入した一方の薬品は、今も一考のベッドの脇に放置されたままだ。
 時間の経過と共に、硫化水素によるる自殺は急速に少なくなって行った。その背景には、これは周りの人を巻き込む危険性があって、現実に多くの犠牲者を出したことが影響したのかもしれない。加えて、この方法は、見た目以上の苦しさを強いることが明らかにされたことも嫌われたのではないかと思われる。同時に、遺体が酷く汚れて醜くなることも一因のようだった。
 いずれにしても、今の一考の頭の中は、明らかに自殺、心中ということが分かるようなやり方は避けたいと考えていた。与えられた人生を全うすることが大事だと普段から主張していて、自らの信条と馴染まなかったからである。従って、あくまでも、事故死に見せかけた方法を念頭に置いていた。
 そうなると、具体的な手段としては、これ以外にないという考えで、一考は、その方法については、一つの方法を、早い段階から心に決めていたのである。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(261) 9月25日分
 一考がいつもより少し遅れて訪問した。雅子は疲れたようで、ベッドに横にしてもらっていた。直ぐに起してくれと云うので起こしてやったが、様子は前日と変わらない。
 なお、お風呂へはゆっくりと浸かれるようにするために、機械設備を使った方式に変えてもらった。入り心地は悪くないという。今後の入浴日は、水曜日と土曜日になる予定である。

649 麻生新内閣

 麻生太郎新内閣が発足した。92代、59人目の総理大臣である。内閣の顔ぶれで目立つのは、石破茂氏を鬼門の農水相に起用したこと、それに小渕優子を少子化担当相に抜擢したことぐらいだ。彼女は最年少大臣の記録を更新した。全員揃っての例の雛壇での記念写真で、麻生総理の両隣の二人(野田聖子、小渕優子)の美女が華やかさを添えてはいるが、全体としては迫力に欠ける地味な内閣である。
 デジャ・ブーではないが、二代目、三代目の政治家が11人と多い。中でも元総理の孫、子が4人もいる。何も二代目、三代目が一概に悪いという訳ではない。単に地盤、看板だけを引き継いだのではそのそしりを免れないが、幼い頃から政治家を目指して研鑽して来ていたのであれば、それは良しとすべきであろう。
 出身大学別では東大と慶応が共に5人と抜きに出ている。今内閣では偶然かも知れないが、慶応大学が意外に多い。それ以外では、学習院、中央、日大、早稲田、上智、東工大、専修大、東北大がそれぞれ1名で、京大出身は誰もいない。
 今回は、テレビ、新聞が先んじて、正式な陣容の発表前に全ての人事を明らかにしていた。小泉総理以降は直前まで分からなかったことで緊迫感があったが、それも今は昔となった。現実に郵政法案に反対した人材が復活していて、小泉は遠くになりにけり、である。なお、閣僚名簿の発表を総理自らが行なったのは、その人事の狙いをっきちんと説明していれば、いいことだ思ったのだが、
 麻生総理は国連での演説のため今日の午後にニューヨークに向かうという。同氏の演説を聞いていると「…等々」や「…などなど」を多用しているのが目立つ。それが、大味な印象を与えるようで、何となく耳障りだ。英語ではどういう言い方になるのだろうかと余計な心配をしてしまう。
 総じて、麻生新内閣の印象は、インパクトがなく地味である。国民は、常にニューヒーロー、ヒロインの登場を期待しているが、何となく寂しい感じである。小渕優子さんが辛うじてニューヒロインの範疇に入るのだが、今一つ迫物足りない。果たしてこれで選挙に勝てるのだろうか。麻生太郎の腕の見せ所だが、どうだろう。
 ニューヒーローといえば、一昨日、初めて先発て勝ち星を挙げた阪神の石川俊介投手に続いて、32年ぶりの12連勝中の巨人軍で、プロに入って3年目の東野峻投手(鉾田一高)が、昨日、見事な完投勝利を成し遂げた。流れに乗っている時にはゆとりもあって強い。巨人のゆとりと阪神の必死の縋りつきが対照的だ。
 ところで、あの西村慎吾氏が改革クラブに入った。姫井由美子氏に逃げられて困っていただけに、改革クラブには朗報だ。これでやっと5人冠じゃが揃って、政党交付金が受けられる政党になった訳で、めでたし、めでたしである。苦しい駄洒落で恐縮だが、「ニューヒーロー」ではなく、「ヒトリーヒロッタ」改革クラブだ。どんな活躍をするのだろうか。

2.連載(614) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(243)
 第六章 真夏の夜の夢(46)

(4)悩める日々(その9)
 雅子の病気の悪化で、事態は大きく変わった。と云うよりは、変えざるを得なくなったのだ。それまでの夢や希望などに執着している余裕が無くなったからである。台所を二階に設置し、日常生活の基軸を二階に置いていたが、雅子が2階への上り下りが難しくなった時点で、建て直しの必然が訪れたのである。
 この時点では、父親は既に他界していて、土地の所有権の一切は母親が握っていた。改めて、新たな土地の活用などで母親からの決断を貰うことが叶わなかったことや時間的な猶予もなかったことで、思い切った建て替えを諦め、その仮りの住宅をパッチ方式でリフォームするに止めたのだった。 
 しかし、である。まさに、人間万事塞翁が馬だった。雅子の思いも寄らない急速な病気の悪化が、それまでの思惑、計画を大きく変化させたのである。結果的に見ると、そのパッチ式のリフォームが正解だったかも知れないと一考はほっとしているのである。それと云うのも、その時点では雅子の施設への入居は頭の中にはなかった。若し、その時点で思い切った新築をしていれば、その後の資金繰りなどで大変困った状況に追い込まれていたかも知れなかったからである。人生、何が幸せするか分からないところに面白みがあると言える。
 雅子の夢はそれだけでなく他にも数多くあったと思う、とにかく、新しい気の利いた家で、孫を抱いての楽しい、のんびりした老後を夢見ていたに違いない。また、世界を夫とのんびり廻って楽しむことも、その楽しみな老後生活の一つに入っていただろう。更には、多くの友人達との楽しいお付き合い、語らいも雅子の夢だったはずである。
 そんな全てが有無を言わせずに一気に吹っ飛んでしまい、苦しく味気ない施設での生活が待っていようとは、気の毒を通り越して、「何故なんだ!」という怒りさえ覚えるくらいである。真面目な生活に徹して来ただけに、そんな思いは強い。
 しかし、現実はもっと厳しく、そんな怒りさえも、どこかへ行ってしまっている。つまり、怒りを感じるゆとりもないのだ。生き続けるために、懸命に堪えて頑張っている毎日なのである。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(260) 9月24日分
 便秘薬を服用した効果で、3日ぶりに通じあり。体調は前日とほぼ同じで、相変わらず冴えない毎日である。。

648 お疲れさまでした!

 半世紀もの長い間、野球に人生を掛けて来た王貞治監督が今季限りで引退する会見を行なった。このところ体調を壊し、ままならぬ戦いで、この日も敗れて今シーズンも不本意な負け越しが決まった。今のソフトバンクホークスで監督を14年間も務めたのも、同一チームを連続指揮した監督記録だそうだ。偉大な選手だっただけに、いろんな数多くの記録を打ちたてたが、何と言っても、現役時代に本塁打数868本の大記録は、これからも破られることにないだろうし、野球ファンの記憶に永久に残る破天荒な誇るべき記録である。何はさて置き「お疲れ様でした!」と申し上げたい。
 一方、21年間の陸上選手生活にピリオドを打ったのは、36歳になった朝原宣治選手だ。昨日、川崎市で行なわれた東陶スーパー陸上で、北京オリンピックの400メートルリレーで日本ルク上のトラック史上初の銅メダルを取った仲間と一緒に走った。奥さんの史子さんと息子さんの応援を受けての爽やかなラストランだった。「やりつくした」と本人は言うが、この日の10.37秒の記録もお見事だった。本当に「お疲れ様でした!」
 福田康夫内閣が今日内閣総辞職する。一年足らずの短命な総理で期待を裏切った内閣だったが、今日でお別れとなる。ねじれ国会という大変な時期での総理でご苦労だったことは確かだが、それにしても、何か物足らないものを感じずにはいられない。そういう意味では「お疲れ様でした」と云う言葉は適切ではなさそうだ。
 米国のブッシュ大統領が昨日国連で最後の演説を行なった。テロリスト達とは今後も戦わねばならないと強調したという。9.11での米国が受けた襲撃は、真珠湾攻撃以来のもので、そこから始まった一連のテロリスト、テロ国家との戦いに指揮をとった同氏だったが、結果的には、その評価は高くはなさそうだ。それでも、取り敢えずは8年間のお勤めに「お疲れ様でした!」ということになるのだろうj。
 首位争いをしている阪神、巨人の両チームは、昨日は共に延長12回を戦って共に勝てずに引き分けた。これこそ、両チームの皆さんに、「お疲れ様でした!」といえるのだが、それにしても、阪神の淡白さ、巨人のしつこさが目立っていた。これからも毎日がトーナメント勝負のような厳しさが続くが、流れは何となく巨人にありそうだ。

2.連載(613) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(242)
 第六章 真夏の夜の夢(45)

(4)悩める日々(その8)
 ショックと云う面では、一考よりも雅子の方がより深刻であったことは言うまでもない。それも、雅子の場合はショックを超えたもので、悲しくも諦めに直結していたと言える。
 当然ながら、雅子にも幾つかの将来の夢があったはずだ。一考の理解する範囲内では、雅子の夢は、そんなに振りかぶった大きなものではなく、温かい団欒を楽しむと言った家庭を軸としたささやかなものだった。医者の娘であった雅子が、結婚の相手にサラリーマンの一考を選んだところに、その健気な思いが託されていた。
 そこには、雅子の筒親を見る目があった。毎日の父親の多忙さを見ていて、そんな大変さだけは避けたいと思う気持ちが強かったようだ。家族が揃って夕食をしている時でさえ、急に掛かってくる往診の依頼があると、折角のその団欒を中座し出かけて行くことが多かったという。それだけに、自分が家庭を持つときには、少なくとも同じような不満を避けたいとの思いで、サラリーマンの家庭にあこがれていたというのである。そこには、サラリーマンに対する大きな誤解があったのだが、とにかく温かい団欒が持てるような家庭を夢見ていたことは確かだった。、
 残念ながら、結婚直後から、深夜にしか帰って来ない夫の仕事ぶりに、その暖かな団欒を持つという夢はいとも簡単に破れたものになってしまっていた。それでも、せめて、自分の根城となるダイニングルームだけは、自分の思いを反映させた設計を頭に描き、その実現にささやかな夢を繋いでいて、そこで生み出される家庭の温かさを願っていたと思う。
 結婚して12年目に大阪転勤となって、一考の実家である大津に戻って来た際に、親父の敷地を借りて、取り敢えずの住まいを新築したが、それはあくまでも二人にとっては仮の住まいであった。というのは、その時点では、父親の考え方もあって、充分な敷地が取れなかったことで、雅子の希望するようなダイニングルームは作ることが出来なかったからである。それでも、いずれ将来の適当な時期に、雅子の夢を満たせたものに建て直すことにしていた。しかし、そんな期待と夢は、思いも寄らない雅子の病気で虚しく裏切られることになったのである。人生は皮肉で悔しく、悲しくて辛いことが多い。神様も本当にいたずらがお好きなようで失望させられることが多い。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(259) 9月23日分
 椅子に座る姿勢が少し不安定になって来ているように感じる。それでも、ベッドに横になろうとはせず、頑張って椅子に座って過ごしている。お尻が痛くなるので、タイミングを見て、お尻の位置をずらせてやる必要がある。

647 果敢さで勝負

 明日、とりあえず第92代59人目の麻生総理が誕生する。多くの国民の関心は、そう遠くない時点で展開されるであろう自民太郎と民主一郎の関が原の大決戦に集まっている。そういう意味では、麻生内閣の顔ぶれが、その大決戦の勝敗を左右する鍵の一つになるだけに、思い切った果敢な人材登用による組閣を期待したい。
 果敢といえば、三菱UFJがモルガン・スタンレー株の20%を取得と野村ホールディングがリーマンのアジア部門の買収という大きな二つの動きがある。日本が世界の金融の舞台を支えようと買って出る訳で、最近では珍しい思い切った果敢な決断である。リスクと裏腹な面があるだけに、その成功を願っている。
 あれだけ果敢な戦いで人気を博していた横綱朝青龍が、あの二場所出場停止を受けて以来様子がおかしい。今場所も昨日で4敗を喫し、今日からの休場が取りざたされているし、来場所の結果次第では、その進退までが話題に上がっている。相撲の世界では、力士の寿命が急に途切れてしまうことが多い。あの強い横綱だった貴乃花もそうたったが、そのままの勢いでは軽く30回ぐらいの優勝はするだろうと思っていたが、ぽきっと折れてしまうところがあるのが残念だ。
 今の果敢さの代表は巨人軍だろう。あと十数試合の短期決戦だけに、そのまま突っ走りそうだが、「好事魔多し」である。何が起きるか分からない。必死で縋っている阪神が痛々しく、何故か哀れさを感じさせるが、とにかく、ここまで来れば、勝ち方はどうであっても勝てば良い。昨夜のような初先発の石川投手(上武大卒)を起用する辺り、岡田監督も一か八かの果敢な勝負に出たようだ。果敢さを取り戻せば流れも変わるかもしれない。
 なお。昨日のこのコーナーで取り上げた福岡県西区小戸公園での小学生殺人事件は、案の定、あっけなく母親が犯人として逮捕された。操作本部の果敢な姿勢が解決に繋がったようだ。

2.連載(612) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(241)
 第六章 真夏の夜の夢(44)

(4)悩める日々(その7) 
 そんな思考が進む一方で、家の中に目を転ずれば、ここでも、何もかもが雅子が出て行ったままの状態で凍結されたままになってしまっている。二階の自分の机が置いてある部屋でコンピューターを叩いているのだが、時々用事があってその部屋にある雅子が専用にしていたクロークを開ける事がある。そこには雅子の衣装がいっぱいハンガーに掛けられて並んだままだ。綺麗な衣装も主に着てもらって初めてその美しさ、存在感を発揮するのだが、主のいなくて吊り下げられたまでは、如何にも寂しげで、気の毒さ、寂しさ、悔しさが改めて甦る。物持ちだったようで、うず高く積まれたバッグなども、そのまま埃をかぶって積まれたままだ。
 寝室には、何時雅子が戻って来てもいいように電動ベッドを用意したが、それもほとんど使われないままだ。おまけに、若しかしたらとの期待を込めて購入した電子照射器のドクタートロンも手持ち無沙汰な状態で棚の上に置かれたままである。何から何までが、主がいなくなったことで、本来の機能を発揮することもなく放置されている風景に、一考は何とも言えない悔しさを覚えるのである。
 そんな荒涼とした空間の中に、僅かだが、一考の生活空間だけが、その生活のにおいを残してはいるが、いかにもささやかな生きた痕跡で、見方によっては、一考の住まいは、いわば、生きた化石の世界のように侘しくさえ思われる。
 そういえば、ゴミ捨ては必要に応じて行なっているが、部屋の掃除は行届いておらず、手付かずになってしまっている箇所も多い。使っていない部屋はもちろんのこと、使用している部屋でも、使用していない部分は、うっすらとほこりが溜まってしまっている。風呂場の掃除も、それまでその都度、丁寧にやっていたものが、今では単にシャワーで洗うといった手抜きが多くなり、入念な洗いは何回に一回となってしまっていた。多忙と疲れがそんな手抜きを加速していたといえよう。老人の男一人住まいの侘しさが、そんなところにもしっかりと映し出されている。夢が断たれたショックは精神的な面だけではなく、具体的な行動にも如実に現れていたのである。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(258) 9月22日分
 午後、所用で大津に戻って来ていた長男太郎が母親を見舞った。今回で4回目である。この日はお天気もよかったので、車椅子で屋上に出て三人でのんびりと過ごした。雅子には嬉しい一日となったはずである。

646 あっけない戦い

 大一番とか天王山といわれる戦いはあっけなく終わることが多い。昨日の伝統の巨人、阪神線もそうであった。巨人の一気の怒涛の寄りに、阪神はなすすべなく屈した試合だった。久し振りの金本選手の2本の本塁打も、終わってみれば仇花だった。これで巨人は10連勝を果たし堂々と首位に並んだ。原辰徳監督の笑顔が面白くなかったし、何だか、阪神ファンと名乗るのに恥ずかしい気がするくらいだった。
 民主党の代表の小沢一郎氏が臨時党大会で3選されたが、今日選ばれる麻生太郎自民党の総裁選ともども、一波乱を期待したが、結果は同様に、あっけない戦いだったといえる。
 対抗馬を出さない豪腕の小沢代表の思惑通り進んだ民主党、またしても勝ち馬に乗るという流れの中に埋没した自民党、いずれもあっけない圧勝というセレモニーを経て、来るべき総選挙に向けて激突することになる。最終的に笑うのはどちらかは、国民の選択で決まるのだが、果たしてどうなるか。
 筆者は、今年、喜ぶ顔を見たくない三人に、野球の原辰徳監督、ゴルフの宮里藍、それに民主党の小沢一郎代表を上げて来た。それが昨日、皮肉にも、宮里藍選手を除く二人の笑顔を見ることになった。この時点では、取り敢えずの笑顔だが、面白くない残念な展開だった。しかし、3人とも、まだこれからの大事な戦いを残していて、最終的に彼らの笑顔が見られるかどうかは今後の戦い次第で決まる。土壇場で何かが起こるかもしれない。じっくりと展開を楽しもうと思う。
 尚、昨日は、女子ゴルフで不動祐里選手が逆転優勝を果たし今期3勝目を挙げた。上田桃子、新崎弥生とのプレイオフで見せた難しいロングパットの優勝を決めたバーディは、さすが不動の面目躍如たるもので、見ていて、久し振りに溜飲が下がった。、なお、これで不動選手は、通算45勝目となり樋口久子、徐阿玉に次いで大迫たつ子選手と並んで3位タイとなった。(海外を入れると樋口、岡本、徐に次ぐ4位タイ)。不動選手がこのペースで勝ってゆけば、あと10年ぐらで樋口久子選手の記録を破れるだろう。頑張って欲しい。
 別件だが、福岡県西区小戸公園で起きた小学校一年生の殺人事件だが、筆者はこの事件を聞いた最初から、何か腑に落ちないものを感じていた。母親がトイレに行っている間に起きたとされているが、不審者や手掛かりが全く掴めていない。筆者は、意外にあっけなく犯人が捕まるかもしれないと思っている。母親が本当にトイレに行っていたのだろうか。捜査を見守りたい。

2.連載(611) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(240)
 第六章 真夏の夜の夢(43)

(4)悩める日々(その6)
 「それにしても…」と一考は、つくづく思うのである。二人の生活に関する全てのことが、雅子が施設に入ったあの時点で凍結されてしまった訳で、そのことに、改めて、悔しさ、驚きと共に無念を思うのだった。夢に向かって進んできていた二人の人生が急停止したのである。
 幾つかあったささやかな夢、ちょっとした計画、楽しみまでが、そのままで止まってしまい、前に進めることが出来なくなってしまった。拙い自分の人生だったが、それさえも中途半端なままで終えなければならず、何とも言えないやるせない気持ちに苛まれるのだった。それまでの地道な努力、蓄積は何だったのだろうかという問いかけをしてみるのだが、誰も答えてはくれない。とにかく、何もかもが中途半場でピリオドを打たねばならないという厳しい現実があるだけだった。
 一考のささやかな夢は、退職後にはのんびりと、二人で世界を旅して回ることを楽しみにしていた。自分の両親や二人の子供のために尽くしてくれた妻へのささやかな恩返しの気持ちもあった。それも今は絵に描いた餅となった。趣味の将棋の縁で参加した竜王戦のツアーでパリ、ソウルを訪ねたこと、更に、勤続25周年、30周年でのシンガポール、アテネの旅が、二人にとって貴重な海外旅行の記憶として残されているのがせめてもの慰みである。
 国内では、両親を連れての箱根、松島、平泉、それに家族だけでの出雲、鳥取さ砂丘、淡路島、浜名湖などへ宿泊旅したが、二人だけの旅は新婚旅行しかないのが心残りだ。現役時代から暇を見つけて始めていた二人での西国三十三国所巡りも、その記念のサインブックは、半分ぐらいが空白のページを残したままだ。
 しかし、これからは、あちらの世界での二人だけの新たな旅が待っている。のんびりと語り合いながら、楽しく過ごせればそれに勝るものはないだろう。負け惜しみではないが、この世での自分の人生は、その選択において最初から誤っていたように思う。どの道を選ぶべきかについての熟慮がないまま、何となく選択して、迷路の中に迷い込んだ形になってしまい、思うように結果にならなかった。あちらの世界で、今一度、人生のやり直しが可能なら、同じ轍を踏まないように自分に合った道を大胆に歩みたいと思っている。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(257) 9月21日分
 前日と同じような様子。元気が今一つ。トイレでの姿勢は安定性を取り戻していた。早目に引き上げたが、夕方、贔屓の不動祐里選手が優勝したので気分を良くしていただろうと思う。

645 土壇場での戦い

 「土壇場」を広辞苑でひくと「斬罪の刑場、しおきば」とあって、そこから転じて「せっぱづまった場面、進退窮まった場面」とある。
 巨人の驚異的な追い上げで、一時は13ゲームあった大差が、昨日で1ゲーム差となり、今日にでも並んでしまうせっぱ詰まった状況になった。阪神にとっては思いも寄らなかった土壇場に追い詰められた大ピンチである。しかも、昨日の負け方が酷い。岡田監督の顔が「あほ顔」に見えて来る。この勢いだと、今日、阪神が勝つとはなかなか思い難いが、土壇場の戦いで何とか活路を切り開いて欲しい。
 土壇場での戦いといえば、あの小泉総理の郵政解散が思い出される。思い切った解散で、国民に郵政民営化賛成か否かを訴えかけた。何か小泉魔術に掛かったように国民はそれを支持し圧勝したあの選挙は実にお見事だった。男、小泉の面目曜如たる一世一代の大勝負だった。
 さて、福田総理も後数日の命でまさに土壇場だが、何ら思い切った手を打つことなく去って行くことになる。正直言って期待はずれの総理であった。2世、3世の時代になって来ているが、いかにも「もろい」と云う点で心配だ。果たして、3世の麻生太郎は男になれるのか。
 土壇場で頑張っているのが大相撲の魁皇である。何回かあった大関陥落の角番を克服して、その在位期間も歴代3位で、通算の勝利数も昨日で920勝に達し、あの大鵬を抜いて4位に上がってきている。何回かあった横綱のチャンスは逸したが、その存在は大したものである。ドーピング問題などで揺れている大相撲だけに、日本人力士魁皇の土壇場での頑張りは貴重である。
 そういえば、サブプライムローンの破綻から始まり、大手証券会社リーマンブラザーズの倒産で追い込まれている世界経済も、今やまさに土壇場にあるといえよう。週末に少し回復傾向が見られるが果たしてどうなるか。ここでの土壇場の戦いからも目は離せない。

2.連載(610) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(239)
 第六章 真夏の夜の夢(42)

(4)悩める日々(その5)
 このように、日に日に一考の考え方が固まってゆく中で、自分の取ろうとしている人生最後のこの企画については、あくまでも事故を装ったものにすべきとの考えていた。心中や自殺のように自ら命を断つというやり方は、一考の人生観にそぐわなかった。それに、事故と云うことであっても、他人様に迷惑を掛けない絶対的な配慮をしなければならないと考えていた。そして、あくまでも、目立つことなく、慎重に、粛々と事を実行に移すことを決めていた。当然のことだったが、事前に誰かに相談するようなことはもってのほかだった。
 とにかく、一考の身内は、そのようなことを口にするような対象ではなかった。間もなく、百歳を迎える年老いた母親がいる。今でも元気で俳句を楽しみながら頑張っていて、羨ましいくらい元気である。時々「雅子さんはどうですか?」と聞いてはくれるが、「まあ、まあだよ」と適当に返事をしているだけである。そんな母親は、一考のそんな実情を話すようなことはタブーの最たるものだ。また、一考には、五人の姉妹達がいるが、それぞれの家庭にも個別の固有の事情がって大変だった。ただ、姉の久子には、母親の面倒に関しては、今後とも引き続きお願いせざるを得ないのが気の毒だった。一時は煩い存在として目の仇にしていたこともあったが、今ではそんな気持ちも収まって、感謝している存在になって来ていた。一方、雅子の親戚関係では、3人の兄姉がいるのだが、そんな話はおくびにも出す気持ちはなかった。余計な心配をさせるのが忍びなかったからである。
 いずれにしても、若しも、そんなことを少しでも口にしたら、蜂の巣を針で突いたように、収拾が付かなくなるのは、火を見るよりも明らかだった。
 そんな中で、二人の息子達には、必要な資料、メッセージだけは何らかの形で残しておく必要があった。大したことはないが資産に関する情報である。これらは、普段からきちんと整理してあるので、その所在を伝えるだけで充分だった。また、相坂家の今後についての一考の考え方、特に、この土地や住まいの扱い、特に、今はまだ母親名義だけに厄介な事情があるのだが、その辺りの実情は、事前に話しておく必要があったし、仏様やお墓などの今後についても、頼んでおきたいことがあった。しかし、それらについては、いずれ、直接二人に話す機会があるだろうから、その時にきちんと話しておけばいいと考えるようになっていて、メモ類は最小限にしようと考えていた。
 一番悩んでいたのは雅子への配慮だった。考えあぐねた上で、雅子を強引に道連れにするやり方だけは卑怯だということで、それを避けるために何らかの打診をすることでの腐心が続いていた。具体的に、何時、どのような言い方をするかについては、未だに心が定まらずあれこれと迷っていた。
 とにかく、これが一考にとっての人生最後の旅立ちだけに、その準備も容易でないと改めて思うのである(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(256) 9月20日分
 この日も声が小さくて元気がない。段々、元気がなくなっていくようで心配だ。トイレに座るのも、頑張る姿勢が不安定になるので、なにか安全ベルトのようなもので支えて固定する必要が出て来ている。今日、ためしに試行錯誤してみた。これからの検討課題である。

644 先行きが分からないから面白い

 サブプライムローン問題に端を発した金融不安は、数日前のリーマンブラザーズの破綻に至って、大きな衝撃となって株価を大幅に押し下げたが、その株価が、昨日と今朝の米国ダウの動きは逆に大幅な反発となって回復している。前日が450ドル、今朝が380トルと二日続いての大幅な回復である。
 異能のコラムニストである勝谷誠彦氏のブログを見ていて関心を惹いたのは、先を読んだ同氏が、一昨日は、シティーバンクから預金を引き出し解約したのに続き、暴落が予想されると見て持ち株の多くを売却したことが書かれていた。先を見るに敏なる同氏のジャッジにはなるほどと思わせたが、この二日間の動きを見る限り、それは先走りだったのではと思われる。それほど、経済の動きは予測が困難であるという証であろう。
 かつて、株が7600円台に下がった2003年4月頃、後にあの手鏡事件で有名になった経済評論家、植草一秀氏は、株価は5000円台まで下がると豪語していた。なかなか思い切ったことをいう人だと思っていたが、やはり、自分の人生の先行きも読めなかった方だから止むを得ないことだった。この発言は、その時点ではかなりのインパクトのある発言だったが、同氏はその発言に何の責任も取っていない。
 要するに、経済界の予測は誰がやっても当たらないというのが実態である。そういう意味では、何を言っても構わないということにもなる。加えて、その発言については責任を取らなくていいから有難いことだ。
 一般的に言えば、面白さの要素の一つは予測が当たらないことだろう。推理小説だって、一部の例外は別にして、その事件の謎解きに醍醐味であり、どんでん返しを期待して楽しむ訳である。先が伏せられていて分からないから面白いのである。
 政治の世界でも同様で、今行なわれている自民党の総裁選は別として、来るべき総選挙の行方、各選挙区の戦いには面白いドラマが待っている。国民新党との合併を打ち出した民主党の小沢代表だったが、一日にしてその話は時期尚早ということで見送りとなった。筋書き通り行かないのが面白い。
 プロ野球も、セ・リーグは驚異の巨人軍の追い上げでペナントの行方は混沌としている。昨日も巨人が快勝して流れは巨人にあるようだ。しかし、筆者は阪神が逃げ切ると期待しているが、果たしてどうなるかは分からない。
 いずれにしても、何事も先行きが分からないから面白いのである。

2.連載(609) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(238)
 第六章 真夏の夜の夢(41)

(4)悩める日々(その4)
 しかし、その一方で、雅子の意志を確認しないまま、自分の勝手な思考の展開で結論を出してしまってはならないという戒めの気持ちも同時に一考の頭に存在していた。
 自由の利かない生活を送るのも、与えられた人生を忠実に生きるということで、一つの人生であるには違いない。如何にも辛くて痛ましく悲しいことだろうが、堪えて、頑張って生きるのも尊い一つの立派な人生には変わらないし、その方が正論であるとの思いも強かった。
 一考の頭の中では、そんな二つの考え方が幾度も交錯し、自問自答を繰り返していたが、次第に一つの思い切った考え方に収斂させようとしている自分に気づき、少なからず緊張を覚えるのだった。その考え方こそ、一層のこと、二人一緒に旅立とうという思い切ったものだった。そうすることの方が雅子も幸せで、後に残された息子たちも、精神的な負担、経済的な負担から解放されるだろう。一考は、自分を納得させる大義名分をそんなところに求めようとしていたのである。同時に、若し、一考が先に逝くと雅子が知ったとすれば、きっと、一緒に連れて行って欲しいと言い出すだろうという一考の独断的な推察も、その思考の収斂に少なからず寄与していたことは確かだった。
 しかし、一考は、そんな自分の勝手な思いに流されながらも、その一方では、本当にそれでいいものか、どうしたものかといった類の悩み、不安が大きなうねりとなって、一考の頭の中でうごめいていたのも事実だった。
 東京から戻って数日間は、そんな思考の繰り返しで、なかなか寝つくかれなかった。やはり、昔の仲間と語り合ったことが大きな刺激となって、一考の思考を活性化させていたのだろう。それと云うのも、ここ数年間は介護に明け暮れ、人と話し、議論する機会が殆どない単調な生活に終始していたからである。
 ところで、一考の人生に対する本来の基本的な考え方は、人生の大まかな土俵は与えられるものであり、その与えられた土俵で、命ある限り一生懸命に戦って生きてべきというものだった。しかし、自らの余命がもう殆どないという立場に追い込まれた状況では、さすがにその考え自体が揺らいで来ていた。
 数日後、そのような幾多の思考の葛藤の中から、一考の頭の中には、この悩みを雅子に素直に相談してみようという考えが浮上して来た。しかし、さすがに、そんな驚愕な内容をそのまま伝えることは適切でないと思い直し、更なる腐心を重ねた結果、やはり、黙って一緒に連れて行くことは卑怯な行為であり、適切な機会を捉えて、それとなく打診してみる必要性を思い始めていた。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(255) 9月19日分
 朝、便秘薬を服用したので、その効果があって4日ぶりの通じがあった。この日も、前日同様にあまり元気がないように見えた。発する音声が弱々しく、聞き取るのに苦労していた。

643 大不安、混乱の裏で、大記録が着々と

 株価の乱高下が続いていて、経済界、金融界の不安は消えない。しかし、今朝の米国ダウ平均は、大引けの1時間前から急上昇して400ドルを越す大幅な回復となった。しかし、その経緯を見ると相変わらずの乱高下で、日本時間の朝の3時の時点では、プラスマイナスゼロ付近にあって、今日も駄目かと思わせていた。それが大きな伸びとなった背景には、各国中央銀行がドル供給を確保したことに加え、今朝方のブッシュ大統領の「しっかり守る」という大演説があったらしく、それが好感されたと思われる。
 株価のインパクトは終値で決まる。途中の経過はそれほど影響しない。恰も、人間の評価が最終学歴が重要視されるのと同じだ。いずれにしても、この今朝の反発が浮上の切っ掛けとなるのか、やはり、それまでの乱高下のトレンドの一環なのか、先ずは、今朝の東証の動きに興味がある。
 政界も混乱している。自民党の総裁選に伴う解散、総選挙の話題が先行、野党の方も、民主党と国民新党との合併話、或いは、小沢民主党代表を含む有名人を起用しての刺客作戦の話題などで、その混乱ぶりは国民の不安にも繋がっている。暫くは、政治にも安定化を望むには無理がありそうだ。
 そんな大混乱、大不安の裏では、大記録が生まれたり、或いは、夢の記録達成に向けての戦いが着々と進んでいる。
 昨日、マリナーズのイチロー選手が8年連続のレギュラーシーズン200安打の記録を達成し、107年ぶりにW.キーラー選手の記録に並んだ。素晴らしい大記録である。来年に9年連続の新記録を掛けることになるが、病気、怪我もなくその記録を続けられること自体に驚きを越えた感動がある。なお、今シーズンはまだ11試合残されていて、あと16安打を放てば、張本選手の持つ最大安打数を上回る日本記録達成となる。出来れば、今シーズン中に果たして欲しい。
 将棋の世界では羽生名人、3冠が、再び7冠王に向かって勝ち進んでいる、差し当たっては、最終戦までもつれ込んでいる深浦康市王位との王位戦の最終局(来週)に勝たねばならない。そして、目下2連勝中の王座戦で、あと1勝すれば5冠王に返り咲く。その場合、王座戦は17連覇という大記録の誕生でもある。その後は、10月からの竜王戦で6冠王を賭けることになる。着々と最終目標に向かって前進している。この間、残されている7冠目の棋王戦の予選を突破し、挑戦権を得なければならないし、来年1月からの王将戦での防衛も欠かせない。7冠はまでは、まだまだ険しい山が多くあって、容易ではない。
 囲碁界では19才の井山裕太八段が張羽名人に挑戦中で、一昨日、昨日の二日間に渡って比叡山延暦寺会館で行なわていた2回戦にも勝って、史上初の20歳以下の名人が誕生まであと2勝とした。小学生の頃から注目されていた逸材が、遂に頂上に登りつめようとしているのである。福原愛ちゃんじゃないが、子供の頃から皆に注目されて順調に伸びてゆく背景には大変な努力があるはずだ。頑張って名人位を奪取して、新しいヒーローになって欲しい。
 一時はトップの阪神と13ゲーム差あった巨人だが、今や逆転の目が出て来て意気盛んである。巨人の追い込みはさすがで、もし逆転すれば大記録の誕生だ。Make Legend という掛け声で、その大逆転をかけて、今日から巨人・阪神の三連戦が行なわれる。伝説は誕生するのであろうか。阪神ファンは祈りの世界に入ることになろう。

2.連載(608) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(237)
 第六章 真夏の夜の夢(40)

(4)悩める日々(その3)
 一考の不安はそれだけではなかった。雅子の今の病状、症状がそのままずっと続く保障は何処にもないからである。進行性の病気といわれる通りで、これでもか、これでもかといった形で症状の悪化は進んできているのである。例えば、ここに来ての発声も覚束なさ、イエス、ノーの反応の曖昧さも目だって来ている。また、食事の面でも、物を飲み込む作業が厳しくなってきていて、いわゆる、エネルギーの補充が今までと同様に、こなしていける保証も覚束ない。
 献身的な介護士さんの努力を前提としても、そうなった場合にどうなるのか。何とか、うまくこなしてもらえるのか、不安が徐々に大きくなって来るのだった。だからと言って、そこに自分がいたとしても、大したことはやってはやれないことも確かだが、一考がそこにいたとすれば、雅子には精神的な面での支えにプラスに作用するはずだと考えるのだった。しかし、それが出来なくなる訳で、雅子の不安を思うといたたまれなくなってくるのだった
 また、不安の要素はそれだけではなく、経済的な面でも皆無ではない。極端な話だが、例えば、30年後などを考えると。蓄えていた資金も枯渇してくるだろうし、資金面での対応が厳しくなってくる。
 そんなこと、こんなこと考えていると、一考の頭の中は、雅子をそのまま残して先に逝ってしまうことへの不安が高まってくるのだった。この際、多少は強引であっても、一緒に連れて行ってやることが雅子のためになるのではという思いが、次第に一考の頭の中でうごめき始めたのである。
 もう6,7年前になるだろうか、新聞小説で話題になった渡邉淳一の大人の恋愛小説「愛の流刑地」で、愛し合った二人が、その愛の絶頂のままで心中を図るというのがあって、世間をあっと言わせたが、最後は二人で一緒というのが、いかにも理想的な逝き方のように思えて、一考の思考の中に入り込んできていた。決して、感傷的になっているわけでもないが、毎日、雅子を見舞い、必要な介護を介護士さんと一緒に繰り返している生活を思うと、ふとそんなドラマティックな思いに惹かれてしまうのである。そして、逝くなら一緒だという思いは、少なからず、かっこいい人生のフェードアウトの手法ではないかとさえ思えてくるのだった。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(254) 9月18日分
 元気がなかった。一考が部屋を訪ねた時には、身体に震えが来たということで、ベッドに横になっていた。最近、時々震えが激しく出ることがある。心配である。
 起してくれというので、いつものように椅子に座らせてやった。何かを訴えているので、懸命になってその意味を追求、五十音で、最初が「と」と分かったので、時計が見えないので直して欲しいということだった。言っていることが分かるとほっとするのである。

642 もやもや病

 今、特定疾患として認定されている疾患には45の難病がある。その中に「もやもや病」と呼ばれる病気がある。脳底部に異常血管網がみられる脳血管障害で、血液不足(虚血)に陥ると失神や脱力発作が起きるという危険な病気である。
 患者の比率は、一万人に一人ぐらいといわれているので、筆者の妻がかかっているパーキンソン病が1000人に一人程度であるから、極めて珍しい難病だといえる。
 昨日のテレビ朝日の朝のワイドショーでその一例を紹介していた。硯玄一市朗君(4-5歳?)の幼い子供の事例で、ご両親も脳腫瘍や乳がんを患っておられて大変なご苦労をして頑張っておられ、何とか手術まで持ち込まれたようだ。その手術結果が、どうであったかは、伝えられていなかった。見逃したのかしら? (余談だが、このワイドショーのキャスターの赤江珠緒さんは、筆者が好きなキャスターの一人である)
 どうやら、この番組の主旨は、そういう際に、ドナルド・マグドナルド・ハウスが低料金(一泊1000円程度)で、宿泊などの手厚いサポートを提供してくれているいう紹介だった。弱者に勇気を与えてくれるこの種の施設が、民間のボランティアで運営されているのだ。素晴らしいことである。こういうことにこそ、政治がもっと踏み込んでサポートするべきではないかと思った次第である。
 今、話題の事故米事件のように、毒の入ったお米を騙して売ると言った悪い奴が多い世の中だが、こうして、手厚いサポートをしてくれている善意のボランティアの民間人がいてくれることに、本当の救われる思いがするし、人間の本来の温かさを覚えるのである。聞くところでは、まだこの種の施設は極限られた地域に少ししか整っていないようだ。善意の広がりを期待するものである。
 話は一転するが、もはや「もやもや」でないのが今の経済の世界だ。リーマンブラザーズの破綻は世界経済を大きくかき回していて、どんな展開になるか誰にも分からない世界になっている。米国政府が巨額の資金を投入して保険会社AIG救ったにも関わらず、今朝の米国ダウも400ドルを越す下げで、「もやもや」どころではなく、「どろどろ」の世界になってきているようだ。
 今や、世界の経済は「もやもや」から「どろどろ」になっているが、更に進んで「がたがた」「ずたずた」の世界にならないことを祈るのみである。何とか、一刻も早く収まって欲しいと願っているが、……。

2.連載(607) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(236)
  第六章 真夏の夜の夢(39)

(4)悩める日々(その2)
 要するに、口の筋肉をうまく動かせないために、口を開けることもままならないのだ。そのための不具合は、発声力の低下、発音の不鮮明に直結していて、コミニケーションが大変であることは、今までにも幾たびも紹介してきたが、それが更に悪化していて、食べるのも、固いものが喉を通らない。従って、食事も流動食に近いもの限られて来ていて、料理も超みじん切りから一段階進んだミキサーを使った細かい液状になっている。今や、食事を楽しむといったゆとりはなく、車にガソリンを入れるようなエネルギーを確保して、生活を維持するためのワンステップになっているのである。まさに、味のない機械的な形で毎日を生きている、いや、生かしてもらっているといった感じである。
 また、排泄も段々と難しくなってきていて、お薬の助けが欠かせなくなってしまっている。今の状態は、まさに、行き着くところまで来てしまっていて、それでも、これ以上悪くはならないという保障はない。実に悲しいことだが、それが現実なのだ。
 ともかく、耳と鼻がある程度正常な機能を保持してくれているので、コミニケーションは、こちらから語り掛けてインプットし、雅子の反応を見て判断することになる。そういう意味で、今では「耳」が雅子とのコミニケーションを繋なぐ貴重な命綱なのである。心もとない命綱だが、それを駆使していくことで、何とか毎日の生活を繋いでいると言える今日この頃だ。
 いずれにしても、その耳を使って、介護士さんたちのサポートを得ることで、何とか生活の継続は可能となろう。それもまた雅子の人生なのだと考えてきていたが、上京から戻って来てからの一考は、それはあまりにも安易過ぎる考え方ではないかと思い始めたのである。
 一考の不安は、この施設では、介護士さんがそこまで雅子一辺倒に面倒を看る体制にはなっていない。このユニットもここ数年来満杯の15人が入居しているのにも関わらず、介護士さんの数は、雅子が入居した当初と変わっていないのだ。現に、毎日一考が訪問して、数時間雅子の傍で要求を確認して必要な対応を取ったり、場合によっては介護士さんと一緒になって対応することもある。特に、トイレに関しては、一考が雅子の様子を窺って確認し、タイミングを失しないような細かい配慮の繰り返しで、何とか大きなそそうを避けて対応できていることが多い。それだけに、若し、自分がいなくなれば、そこまで介護士さんに期待するのは難しく、それが一考の大きな不安になって来ていた。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(253) 9月17日分
 この日も症状には変化は見られない。そういう意味では落ち着いている。2回ほど抜けていたマッサージが復活。また、前日に届いた友人からのお手紙を読んで聞かせた。雅子には、生きていく上でも貴重な応援歌である。頷いて聞いていた。

641 AIGもピンチ?

 米国4番目の大手証券会社、リーマンブラザースの破綻は、更なる連鎖を呼んでいる。差し当たっては世界最大手の保険会社AIGの経営に不安が出て来ていて、世界の注目が集まっている。今朝の米国市場の同社の株価は、前日の60%に続いて15%の下げとなったようだ。しかし、ここに来て政府がてこ入れするとの話が本格化しているようで、そうなれば、取り敢えずのピンチは何とか免れそうだ。
 AIGというと筆者には特別の親しみがある、それと云うのも、自分がかつて働いていた会社が、AIGビルの中にあるからだ。皇居のお堀の傍にあるしっかりとしたビルで、こんな不安な状況が出て来るとは思ってもいなかった。とにかく、あれだけ毎日テレビコマーシャルをしている保険会社で安心していただけにびっくりである。その上、自分もその保険に加入しているから他人事ではない。暫くは、その動きを注目して見守りたい。
 ピンチといえば、セ・リーグの首位にいる阪神だ。一難去ってまた一難。今週末の巨人との直接対決で、逆転の可能性もある。13ゲーム差あったことを考えると、まさに「なんたるちあ」である。何が起こるか分からないのは、どんな世界にも言えることだろう。
 逆転といえば、小沢民主党も今や自民党に対しゲーム差なしの状態といえる。混戦は見ていて楽しい範囲はいいが、ファンや国民に不安を与えるようになると悲劇である。
 とにかく、この一週間は、どの世界からも目が離せない。

2.連載(606) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(235)
  第六章 真夏の夜の夢(38)

(4)悩める日々(その1)
 一考が悪性の癌告知を受ける前にも、自分が雅子を残して先に逝った場合のことを考えて、悩んだことは、今までにも幾たびかあった。いわば、そんな不安は常在していたとも言えた。
 それというのも、不整脈といういわば爆弾を抱えている身であったからだ。加えて、あまりうまくない腕前で、毎日車を運転もしている。自分に思わぬ不幸があって、何の準備もしないまま逝ってしまうリスクは、常に存在していたからである。
 それでも医者からの爆弾告知を受けるまでは、そんなことには深追いすることをせず、ケセラセラの精神で、なるようになれと気分的に開き直った形て今日まで来ていたのは事実である。
 その背景には、雅子の症状が行き着くところまで進んでしまっていて、悪いなりに、不自由なりに、介護士さんのサポートがあれば、何とか生きて行くことができるだろうと、それほど深刻に考えないようになっていたからである。
 しかし、現実に一考の余命が長くて来年の春と云うことを告知された今は、一考の考えが大きく揺らいで来ていた。それと云うのも、自分がいなくなった後の雅子の更なる症状悪化に思いを馳せると、そのまま自分が先に逝くことへの不安が募って来るのだった。
 今の雅子の状態を有体に言えば、自分では全く動けない恰も置物のような状態である。例えば、上半身に限っていえば、頭が正常に働いているのを除くと、正常に機能している器官は、耳と鼻だけである。それ以外の器官は、残念なことにほとんどその役割を果たしていないのが現状で、そこから更に悪化が進むとどうなるのか、一考の不安は、今までにない大きなものに膨らんで来るのだった。
 例えば、目の状態について言えば、スムーズにぱっと開くのが大変で、開けるのに少し時間が掛かるのである。要するに、思うように筋肉が動かせずに、場合によっては、目よりも先に口を開けたりすることもある。
 その上、厄介なことは、首を回すことが出来ないことだ。そのため、座った時の視角でしか物が見られない。そのため、テレビを楽しむのも、その音を聞いて楽しんでいるケースが増えて来ている。そうなれば、当然ながら、楽しさも半減以下となる。それよりも、時計が見難くなって来ているのが厄介だ。就寝時では、ベッドに横になって壁に掛けてある時計を見て、時間の経過を確認しているのだが、横になった姿勢が少しずれたりしていると、時計の文字盤が見えず、時刻の把握できないこともある。そんな場合には、夜中に目を覚ました際に、あと何時間で朝が来るのかが分からず、精神的に大変辛いという。
 目だけではない。口の機能も、悲しくて辛いのだが、今では本来の機能の半分以下しか働いていないのである(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(252) 9月16日分
 前日とほぼ同じ。昨日は、一考が帰った後も、長兄夫婦、次姉、それに姪の由香さんが夕食時までつきあってくれたようで、久し振りに、水入らずで、気分的にうれしいひと時を過ごしたようだった。

640 世界大不況の襲来か

 米国証券会社の第4位の大手で159年の歴史を持つリーマンブラザーズが倒産した。大地震が米国で起きたという感じなのだが、大き過ぎてその衝撃の影響の規模が読めない。まるで、あの大震災、神戸地震が起きた直後のような不安な思いと同じである。
 たまたま、昨日は大阪の読売テレビが50周年記念の特別放送を組んでいて、この半世紀での大きなニュースのベスト50が紹介されていたのだが、その第一位が神戸地震であった。なるほどと見ていたのだが、このリーマンブラザーズの倒産のニュースの飛び込みは、その地震と同じような大きな事件が起きているのではと筆者は直感した。
 あの神戸地震の発生時刻には、筆者は横浜の自宅を出る直前で(当時は朝6時半には出社して仕事を始めていた)テレビのニュース速報が「関西地区で大きな地震があった模様です」と伝えたのを耳にして会社に向かったことを思い出す。要するに、その規模などが全く分かっていなかった訳で、、その被害の実態の大よそを知るのに、それから数日を要したのだった。
 さあ、この大倒産で、世界経済にどんな影響が出て来るのであろうか。まずは、今朝の米国ダウは500ドルを越す、今年最大の下げとなっている。これは、あの同時多発テロで記録した下げ幅に次ぐ大きさだそうだ。間もなく開く東証での連鎖が予想され、同様な大幅な下げは必至だろう。
 日本では、1990年の初期に、あのバブル崩壊があって、その後に「失われた10年」を経験してきたが、同様な低迷期が、世界に広がって行くことになるのだろうか。経済の動きは、天気予報とは比べ物にならないくらいに予測が難しい。取り敢えずは、事態の推移を見守りながら、必要な対策を打ってゆくしかないだろう。
 幸か不幸か、今朝は新聞の休刊日だ。こんな大ニュースがある日こそ、談合による一般紙の一斉の休刊日なんてやめて欲しいと思う。

2.連載(605) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(234)
  第六章 真夏の夜の夢(37)

(3)決意の上京(その22)
 かつての阪神の金本選手の連続試合フルイニング出場記録の凄さには、一目も二目も置いていた一考だったから、それを意識して、雅子がドリームスペースに入居以来、毎日、欠かさず雅子を施設に訪ねていた。その訪問記録は、前日の2011年6月10日の東京に向かった日で、連続1269日に達していた。一考の決意として、この記録は自分の命ある限り続けたいと強く願っていて、そのことが、自分が介護を続ける張り合いにもなっていた。今回の上京でもそれを意識したスケジュールを組んでいたのである。
 そういう一考の強い意志で、この日も遅くはなったが、雅子の元に駆けつけたのである。9時就寝なので、一考が到着した時間帯では、雅子はテレビを見ていたが、一考の姿をみるとほっとしたように何かを口走った。多分「お帰り」とでも言ってくれたのだろう。
 「何か困ったことはなかったか?」との一考の問い掛けに、この日の昼間に、霧子姉さんが様子を見に来てくれたというのだった。一考が、出来ればこの日に来てくれると有難いとお願いしていたのだが、どうしても別件があって難しいとの連絡を受けていただので諦めていたのだが、万障繰り合わせて顔を出してくれたのだ。やはり血の繋がったお姉さんなんだと一息つくのだった。
 幸い、この二日間は、特に問題がなかったようだったのを確認して、一考は8時半過ぎには施設を後にした。さすがに、その夜は、疲れていたこともあって、早目にベッドに着いたのだが、逆に、何故か、なかなか寝付かれなかった。気になっていた先輩、友人、後輩達との挨拶を楽しく終えることが出来て、それなりのけじめをつけられたことでほっとしたものの、これから先の段取りに思いを馳せると、なかなか寝付かれなくなったのである。
 そこには、新たな悩みが頭をもたげてきていた。それは、雅子をこのまま残したままて、自分だけが先に逝ってしまうことへの不安だった。医者の話からすれば、遅くとも、来年の春には、雅子との別れがやってくる。早ければ、年を越すことがないかもしれない。しかし、その一方で、雅子の病気は症状の悪化が進んだとしても、命そのものには心配がなさそう、これからも長い間の苦しい毎日が予想される。それだけに、雅子のこれからの生活を考えると、一考の胸の中は、不安でちじに乱れるのだった。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(251) 9月15日分。
 午前中に敬老の日のイベントがあったが、午後にお見舞いを受ける予定があったので、身体を休めておく意味で、それには顔を出さなかった。症状そのものは前日と大差はない。
 一考も、そのために早めの午後1時半頃に施設に出て、お見舞い客を待っていたが、なかなかお見えにならず、日時を間違えたのではと心配していた。
 漸く、顔を出してくれたのは、午後4時過ぎなってからだった。お長兄さん夫婦と伸子さん、それに姪の由香さんである。由香さんは小さい頃に、雅子にかわいがってもらったということもあって、わざわざ遠路から顔を見せてくれた。恐らく、由香さんは、雅子の変わりように大変驚いていただろうと思う。筆者は、母親の食事の準備があったので、後を皆さんに任せて先に失礼して施設を出た。

639 一波乱

 お断り。 前回の638をうっかり削除しましたので、この639の続きに、改めて付け加えました。複製版です。悪しからず。

639 一波乱

 民主党の小沢一郎代表が次回の衆院選では国替えして、自らが刺客となって東京の然るべき選挙区から出るというのだ。公明党の太田昭宏代表の選挙区が有力視されているようだが、大きな波乱の目となるか、話題としては盛り上がったものになっている。しかし、刺客作戦は前回選挙での小泉作戦の二番煎じであり、国民はどんな反応をするか、筆者は疑問視している。命取りにならなければいいが?
 一方の自民党の総裁選では、麻生太郎氏が独走している。先週末の小泉氏が小池氏をサポートするという発言が、一石を投じて波乱を起すことになるかどうか、その波紋の行方が注目される。
 阪神の優勝マジックがまた消えた。6度目の消滅で新記録だそうだ。ゲーム差も4と縮まり、もう一波乱ありそうだ。阪神は大ピンチで、うかうかしてがいられない。大波乱の可能性が残っている。
 高知県沖で、国籍不明の潜水艦が日本の領海を侵犯した。イージス艦、あたごが発見したが、何の情報もつかめないまま、5分後にその行方を見失ってしまったようだ。不気味で不安である。中国かロシアの潜水艦の可能性が高いというが、日中間、日露間に一波乱おきそうだ。
 日本の海の周辺では、今までにも何回か同様な事件が起きていて、いつも釈然としないままうやむやになっていることが多い。日本はなめられているのではとさえ感じられ、怒りさえ覚える。
 波乱は、平凡な生活を活性化し、ドラマチックに仕上げる効果もあってウエルカムだが、それまでの積み重ねをご破算にしてしまうような波乱となると、全てを元も子もなくしてしまう悲劇を生むことになる。あくまでも、建設的な元気付ける波乱であって欲しい。難病の妻を介護する毎日の筆者には、そのことが身に沁みている。

2.連載(604) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(233)
  第六章 真夏の夜の夢(36)

(3)決意の上京(その21)
 集まってくれたのは、前夜から続いての岡田、かつてはバレーで鳴らした長野県出身の村中、それに真面目で仕事熱心な福岡県出身の見山の三人で、テーブルを囲むと、いつものように直ぐに盛り上がるのだった。
 話はがどうしても過去の話題になるのは止むを得なかった。特に、共に苦しんだ出来事に話題が集中した。あの公取に手入れを受けた事件はその一つで、村中や見山とも共有するこ話題ということもあって、互いに当時の嫌な思い出を揶揄するように酒の魚にするのだった。また、一考の書いた小説のネタになったコンピューターの統合プロジェクトの話題でも喧々諤々の盛り上がりとなった。残念ながら、アメリカにしてやられることになってしまったが、グローバリゼーションの流れの中では止むを得ない結果だろうとのことで、これからの日本側の反撃を期待するという落としどころとなった。
 暫くして、村中と見山が、共に俳句に勤しんでいるということから、二人が最近の作品を紹介してくれて、それらについての感想を述べ合って楽しんだ。
 しかし、4時前には新幹線に乗らねばならない一考は、最後の方では、時間を気にしながらのトークで、落ち着かないものとなった。時間は情け容赦なく時を刻んだ。
 別れ際になって、「とにかく、君らとお友達になったことに感謝している」と一考が、予てから考えていたことを口にしたのに対し、「そんなことはお互いさまだ。大変だろうけれど、しっかり頑張れよ」という励ましの言葉に、一考は込み上げるものを抑えるのに必死だった。大変名残惜しかったが、意を決して皆と別れて東京駅に向かったのは、3時半を少し過ぎていた。
 新幹線の中で、慌しかったこの27時間の東京で過ごした様々な思いが一考の頭の中を交錯した。東京は随分と変わっていたが、皆の友情が変わっていないことに、一考は心温まるものを感じていた。しかし、彼らとももう会う事もないだろうと考えると、不覚にも涙が溢れてくるのだった。
 こうして、一考は、とにかく気になっていたお世話になった方々との再会、挨拶を済ませたことで、少しは気分は軽くなっていた。まだ、息子達に会うことが残っているが、彼らは、いずれは母親を見舞いに戻って来るはずで、改めての上京は必要はないだろう。そういう意味で、今回の上京が、東京の見納めであったのだと一考は自分に言い聞かせるのだった。
 京都には着いたのは6時過ぎで、急いで湖西線に乗り換えて、おごと温泉駅に戻ったのは7時前少し前だった。一考はタクシーを拾って、急いで、雅子の待つ施設のドリームスペースに向かった。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(250) 9月14日分
 孫娘か通っている幼稚園から、敬老の日の企画で、励ましの手紙が送付されてきた。文字と絵のレターに加えて、写真も同封されていたので、雅子に見せたのだが、どれが孫娘なのか探すのに一苦労だった。結局、分からずじまいで苦笑していた。
 一方、久し振りに友人の前田さんから電話があり、お見舞いしたいとの有難い申し出だったが、もう既に2回もお見え頂いているということで、その有難いご意向を伝えるということで、今暫くは様子を見ることにしてもらった。雅子もこの報告に頷いていた。
 この日の雅子の様子は、前日とほぼ同じで、まあ、まあの状態だった。

638 をうっかり削除してしまいましたので、以下に、複製します。

 青山祐子に迫る小郷知子  芸能

 NHK夜のニュース番組「ニュースウオッチ9」にこの4月から青山祐子さんが起用されている。筑波大学出身の35歳の美人キャスターだ。それまではスポーツコーナーを担当していたが、思い切った抜擢である。明るく、自信に満ちた話しぶりには好感を持っていたが、こうして、ニュース全般を取り扱う担当になると、慣れていないのか、或いは自身がないのか、彼女の良さが発揮されていないように映っている。天気予報のコーナーでの応接振りもしっくりしていない。前任者の伊東敏恵(東京女子大、36歳)に比べると、今のところ、少し見劣りしているようだ。
 彼女が北京オリンピック、それに前週までの夏休みでルスの期間を、小郷知子さん(早稲田、30歳)が担当したが、見事にその役割を果たしていた。これで、ポスト青山祐子の有力な候補の地位を得たのではないか。ビジュアル的にも魅力満点だ。青山さんも、うかうかはしていられないと思う。
 この夜のニュースの時間帯には話題のキャスターが多く顔を出している。筆者の好みでは、テレビ東京の小谷真生子(平安女学院、43歳)、TBSの膳場貴子(東大、35歳)をます挙げたいが、フジテレビの滝川クリステル(青山学院、29歳)も見た目のインパクトは抜群だ。この三人に関する限り、ビジュアル面は申し分ないが、肝心のニュースの面では味が少し薄く、その点で物足りない気がする。テレビ朝日の河野明子(慶応、28歳)は、変わり者の古館伊知郎を相手で大変だが、無難にこなしていると思う。味もあって悪くない。その一方で日本テレビ家入れるのニュースZEROは、最年少の小林麻央(上智大、25歳)が担当しているが、筆者には少し影が薄い。若ければいいという訳ではなさそうだ。「いずれがアヤメかカキツバタ」の典型的な世界でもある。
 華やかな世界であって、その地位争いは大変だと思う。みんなそれなりに頑張っておられるが、今までの歴史を見ると、やはり使い捨ての世界の典型であることは確かである。

2.連載(603) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(232)
  第六章 真夏の夜の夢(35)

(3)決意の上京(その20)
 今回の上京では、限られた時間を目一杯に使おうと欲張った段取りを組んでいた。もう一組、同期の仲の良かった3人との顔合わせを組み込んだのである。岡田氏は、律儀にも、この日もつきあってくれることになっていた。
 雅子の就寝前には施設に戻りたいとする一考の都合で、どうしても昼間の時間しか取れない事情だったが、仲間の皆さんは都合をつけて顔を出してくれることになった。具体的なレストランを決めずに、単に、東京駅の丸の内南口改札での待ち合わせにしていた。一考の頭の中では、その駅構内に適当なレストランぐらいはあると高をくくっていた。しかし、昨日の夕方にこの一角に来て知ったのだが、東京駅の丸の内サイドは改築の工事中で様子が違っていて、その種のレストランの有無が心配だった。
 約束の1時過ぎに、一考と岡田を含めた4人は顔を合わせた。駅の状況を見て、然るべきレストランが見つかり難いことを察知した村中が、近くに自分の友人がやっている店があるというので、そこに行くことにした。
 日本橋の一角で、歩いて10分ぐらいのところあるすし屋だった。早速電話で連絡を取り予約を入れてくれた。大体、昼間のこの時間帯は店を休むところが多いので心配だったが、うまく話をつけてくれた。とにかく村中には友人が多く、この種の店も多く知っていて、今までにも有難いことが多かった。こうして、あまり時間を無駄にすることなく、四人が、久し振りにテーブルを囲むことが出来たのは幸いだった。一考が、急遽大津に帰郷すると言うことで、皆が集まってくれて以来の顔合わせで、何と7年ぶりである。
 「大変だね」と皆が声を掛けてくれるのだが、一考は、なるだけ明るい顔を繕って、「与えられた土俵で、一生懸命取っている力士のようなものなんだよ」と軽く答えてたが、友人達は「そうは言っても。休みなしの土俵を務めるので大変だろう」と気を遣ってくれた。
 「思ったより、元気そうなので、安心したよ」村中がそう言って、重苦しくなりそうな場を明るくするように声を掛けてくれた。彼こそ、7年前のお別れの会で記念の俳句を送ってくれた友人だ。「迷いなく 帰る大津を 恵方とず」の色紙は今も自宅の二階の間に飾ってある。
 「こうして、みんなと顔を合わせると、本当にほっとするよ。もうこれからも、そんなにお会いできないだろうし、今日は、じっくりと語ってみたいね」一考はそう言って、自分が今日上京して来た思いを吐露した。(以下、明日に続く)

3.速報、」昨日の雅子(249) 9月13日分
 前日よりは少し元気がない。しかし」何となく落ち着いてはいる。この日、幸い、便秘薬のお世話にならずに、通常の通じがあった。

637 夢に繋がる

 羽生名人が昨夜の竜王戦の挑戦者決定戦に勝って、今年度の七大タイトル戦に全て登場することが確定した。そして、来年三月末での七冠復帰の夢は、細い糸だがまだ繋がっている。今週は、そのための大事な2対局があったが、いずれもに際どく勝って、夢を繋げてくれている。大事な対局には本当に強い。ファンとしても速報棋譜をファローしていて惚れ惚れする。
 イチローも年間200安打にあと9本(残り17試合)と頑張っていて、どうやら夢は繋がりそうだ。大した男である。
 一昨日、まだ「何も言えないと」言っていた小泉純一郎元総理が、昨日になって小池百合子支持を表明したという。このことが政界再編という夢に繋がるのだろうか、今後の展開、波紋、闘いが大いに注目される。
 プロ野球の巨人軍は昨夜は大逆転で頑張った。オリックスと共に、数字上はまだ優勝という夢は完全に切れてはいない。細い糸のようだが繋がっていることは確かだ。
 何事においても、夢に繋がっていることは大きな支えである。筆者にとっての夢ってなんなのか。今のところ、このブログを書き続けることである。頑張りたい。

2.連載(602) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(231)
  第六章 真夏の夜の夢(34)

(3)決意の上京(その19)
 牧原大先輩との前回の出会いは、ちょうど、あの「執念」の出版を控えた2006年の秋だった。年末に本が刷り上げることになっていたので、一考も、生まれて来る子供の顔を見たさに少々エキサイトしていたのを思い出していた。
 ついこの間のように思っていたが、何と5年ぶりの再会である。大先輩は、八十五歳になっておられるはずだが、見た目には元気そのもので、相変わらず矍鑠としておられた。
 「有難う御座います。介護生活は大変ですが、何とかやっております」一考は、先ずはお礼を言ってから言葉を続けた。
 「お元気そうですね、先輩は、今でも、毎日、身体を鍛えておられるのでしょう」日々の鍛錬の賜物なのだろうと思いながら、一考は改めて確認してみた。
 「そうだね。週に一度は、この近くのプールに来ているよ。さすがに、少しマンネリ気味だけどね」
 「大したものです。マンネリもそこまでゆけば、貴重な財産ですね」一考は、大いに感心していた。健康が全ての源だとの意識が強い一考には当然な考え方だった。二人は、久しぶりの会話を楽しんでいた。
 「政権交代はしてみたが、やっぱり、同じようなものですね」珍しく、一考が政治の話題を取り上げた。
 「そうだね。代わり映えはしないなあ。元はといえば、同じ自民党だったんだから、仕方ないよね。要するにトップに立つ人だろうね。強引さだけではいかんよな。とにかく、考え方がしっかりしていて、もっと国民の目線で見る姿勢がないと話しにならないよ」
 「官僚任せではなく,官僚を指導するぐらいの力がないと話にならないということでしょうね」二人は、今の民主党の政治に不満をぶっつけていたが、それは数年前に自民党に抱いていた不満とどっこいどっこいだった。
 「ところで、先輩。先輩とお会いすると必ず思い出すのが10円玉のご縁です。もう45年も昔の話になりますが、今でも貴重な思い出です。」一考が懐かしそうに口にした。
 「10円玉か」ぼそっとした声で、牧原は呟くように口にしたが、その目は楽しそうに笑っていた。
 「そうです、初めての米国親会社に出張させてもらって帰国した際のことです。わざわざ羽田空港までお出迎え頂きました。まだ独身だった頃で、『早く、家に電話して、無事帰ってきたことを家族に連絡してやれよ』と言って手渡していただいた10円玉です。あれ以来、お借りしたままです」帰国直後で小銭を持って居なかった一考は、今でもその温かい配慮を思い出すのだった。
 「複利で利子計算するとかなりの額になっているのではないの?」牧原にしては珍しいジョークでこれに答えた。そんなことが切っ掛けで、二人は、暫くは、今までの長い歩みを振り返って、楽しい思い出話を楽しむのだった。
 「先輩、これからもずっと長生きして人生を楽しんでください。本当にお世話になりました。遣り甲斐のあった人生でした」頃合をみて、一考が改まった口調で別れの挨拶を切り出した。
 「そんな言い方をすると、もう会えないように聞こえるよ。また会おうじゃないか」互いに交わしている握手の手に力を込めて、牧原はそう言って笑った。一考は思わず込み上げる熱いものを感じていた。
 万感を胸に、一考が牧原先輩と別れてそのKホテルを出たのは、もう昼近くになっていた。一考は、急いで新宿駅に戻り、JR中央線で東京駅に向かった。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(248) 9月12日分
 この日、一考が部屋に入ると、しきりに何かを訴えてきた。どうしても、その意図するところが分からず、時間を掛けて文字探索で問い詰めると、どうやら、最初が「と」で次が「け」まで分かり、やっとのことで「時計」だと判明した。
 この日の朝、ベッドに横になって見える位置に掛けてある時計の電池が切れていたのである。雅子には命綱のような役割を果たしている時計だけに、気になっていたのだ。一考は早速、電池を入れ換えて直してやった。
 今日の雅子への印象は、前日より少し元気がなかった。

636 魅せる 見せる

 鳴尾浜(阪神の2軍球場)から戻って来た阪神の今岡誠選手が、いきなりホームランで挨拶し、最後に押し出し四球を選んで三夜連続のさよなら勝ちを演出し、大いに魅せてくれた。
 数日前のこの欄(629、632をご参照)で、阪神は巨人に追い抜かれるのではとか、岡田監督は手腕を見せろと筆者は不安を煽ったが、それらをきっちりと打ち払ってくれた。 どうやら、阪神もこれで危機を脱して愁眉を開いたようだ。
 自民党の総裁選が始まって二日目に入り、街頭での演説会も始まって、各候補者もいろいろと見せてくれているが、魅せるものはそれほどでもないようだ。その一方で、あの小泉純一郎元首相が昨日演壇に立ち、5人の候補者とも自分の内閣で閣僚だった人で、自分が誰を押すかは躊躇していて、今は「何も言えない」と言って笑わせていた。焦らしのテクニックを見せるあたり、相変わらず魅せる何かを持っている。
 上田桃子と宮里藍が日本のツアーに参戦し競演が始まった。初日は上田が一歩リードしているが、まずまずの宮里藍、大きく出遅れた不動祐里をも含めた今後の戦いは、大いに見せて、魅せてくれるだろうと期待している。全英オープンの再演になればとを期待もある。なお、「デビュー当初は生意気だった」とあの宮里選手が反省の弁を口にしていた。強気の彼女には珍しい発言である。米国ツアーで、3年目でも未だに勝てていないことから自分を見直したのだろう。だからと言って、筆者のアンチ宮里藍は、直ぐには変わらない。
 京大が「iPS細胞」の特許を取得したという。これからの医学界を変えてくれるかもしれない期待の技術である。難病患者を介護している筆者らには神様のような期待の存在である。一刻も早く、難病を治す魅せる技術開発に繋げて欲しい。
 原油の価格は大きく下がり始めたが、サブプライム問題はまだ尾を引いて、株の動きは乱高下が続いている。魅せる動きを見せるにはまだ時間が掛かりそうだ。

2.連載(601) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(230)
  第六章 真夏の夜の夢(33)

(3)決意の上京(その18)
 そうして何回も大先輩からお話を伺っている内に、一考の頭の中では、その構想に広がりが生じ始め、牧原大先輩の半生にも触れてみたくなったのである。その結果、少し振りかぶった大掛かりなサスペンス小説を生むことになったのである。出来栄えは、推敲も不十分で荒削りな素人っぽい未熟な作品になったが、何とか「本」と云う形を残したかった一考としては、自分の生きた唯一の証として、それなりに意味があったと自分に言い聞かせている。
 とにかく、その唯一の一冊が、いわばこのホテルの一角の喫茶室で生み出されたような訳で、一考のこの場所への愛着も半端ではなかった。昨夜のエキサイトの名残もあったが、この見慣れた風景の中に、一考は改めて愛着を感じていた。そして、今日がこの愛着を生んでくれたロビー、喫茶室を訪れる最後の機会であると思うと、何だか妙に心が高ぶってくるのだった。
 ふと入口の方に目をやると、ちょうどその牧原氏の顔がズームアップされたように一考の眼に飛び込んで来た。こちらに向かって歩いて来る姿は相変わらず矍鑠としていた。一考は、直ぐに椅子から立ち上がると、小走りでその方向に歩み出した。このお迎えのパターンも何回も繰り返して来たパターンだった。
 二人は簡単な挨拶を交わした後、いつもの喫茶室に向かおうとしたのだが、時間が早いということで、いつも利用していた受付カウンターの横にある喫茶室には入れなかった。10時までは朝食に限られていて、そこへは入れないということだった。そういえば、いつもは10時が約束の時間だったことで、9時半の約束は今日が初めてだったのだ。
 仕方なく、ボーイさんがが教えてくれた別の店に向かった。同じ1階のロビーの別の方向にあった。いつもと同じ出会いだったが、喫茶室はいつもの愛着のある喫茶室とは別の処となったが、雰囲気は以前のものと大差はなかった。
 「お久し振りです。お元気そうで何よりです」席に落ち着いたところで、一考が改めて丁重に挨拶をした。
 「奥さんのことで大変そうと聞いていたが、思っていたよりも元気そうなので安心したよ」牧原氏は一考の顔を見ながら、そう言って少し笑顔を作って見せた。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(247) 9月11日分
 特に変わったことはなかった。前日とほぼ同じような症状だった。頑張って生きている。

635 火中の栗を拾う

 北京オリンピックで惨敗し、その采配に関して非難轟轟を受けている星野仙一監督が、来年春に行なわれるWBCの監督は受けないと自分のブログでその心境を発表したという。敢えて「火中の栗を拾う」必要はないというのだ。よほど、北京での敗北が身に沁みているのだろう。上司にしたい有名人の常に上位を獲得していたそれまでの好感度が一気に壊されてしまったし、低迷していた阪神を復活させた強い名監督のイメージにも大きな傷がついた。
 やはり、勝負には勝たないといけない。負けると一気にいろんな不満が噴出すものだ。それにしても、負けず嫌いとの印象を与えていた同氏が、自らそのリベンジの機会から撤退宣言をしたのだが、そのことが更に同氏へのイメージを壊すことになった。ファンは買いかぶり過ぎだったのだろうか。
 傷害事件、大麻事件などで大揺れの角界のトップに着いた武蔵川理事長は、そういう意味では、敢えて「火中の栗を拾う」ことになったといえよう。古い体質の国技の世界は、今や大きな変革期にあるといえよう。思い切った決断と実行で、これからの大相撲の活性化を図っていって欲しい。皆が武蔵川新理事長に期待している。そうなれば、一気にヒーローとなる。頑張れ、武蔵川さん。
 昨日、自民党の総裁選が告示された。名乗りを上げた5人の面々は、早速各テレビ局を廻ってそれぞれの考え方を披露していた。案の定、それほどの新鮮さや迫力を感じない内容だった。民主党の無投票当選との違いを強調して流れを変えようとの狙いがあるようだが、今一つ盛り上がりは感じられない。それと云うのも、今朝の新聞では、既に体勢は「麻生太郎」一色で勝負がついているという。
 今までは、自民党の総裁といえば、16人目の河野洋平さんを除いて、総理大臣という大役に直結していた。しかし、今回は違う。「一度民主党にやらせてみたら」という民意の大きな流れの中にある。そういう意味では、今回の立候補者達は、敢え「火中の栗を拾おう」という人達だといえる訳で、ご立派な志を持った方々であり、その心意気には拍手を送りたい。最後まで手を抜かず頑張って欲しいと申し上げる。若しかしたら、何か事件が起きて風が変わらないとも言えないのが、今の世の中だから。
 ところで、多くの国民は、常に、ヒーロー、ヒロインの出現を待っている。敢えて、火中の栗を拾おうという勇気ある人物は、いろんな分野、世界で必要とされていることは確かだ。大阪府の橋下徹知事は、最近での代表的なその一人だと言えるのではないか。

2.連載(600) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(229)
  第六章 真夏の夜の夢(32)

(3)決意の上京(その17)
 待ち合わせ場所は、あの一考の力作「執念」の小説で、主人公の木本太郎が牧原先輩に指南を受けたあの新宿のKホテルのロビーである。二人にとっては、何回も待ち合わせに使っていた場所なので、分かり易すく親しみがあり、今回もそこを選んだのだった。
 そのKホテルは、JR新宿駅から歩いて10分足らずの距離だが、それでも急いで歩くとじわっと汗ばんでくる。いつもの通り、地下の入口からエスカレーターで一階のロビーに上がると空調が聞いていて、汗が引いてゆくのが実感できた。
 ゆっくりと周りを見回すと、その辺りは以前とほとんど変わっておらず、見慣れた風景で違和感はなかった。ちょうどこの時間帯はチェックアウトする客が多く、受付のカウンター付近はごった返している。一考は、その近くに空いている椅子を見つけると、とりあえず、そこに腰を下ろして一息ついた。ここで、牧原先輩の現れるのを待つことになるのだが、それも、それまでの待ち合わせと同じスタイルである。
 腰を下ろしてほっとすると、いろんな思いが一考の脳裏に駆け巡って来た。もともとあの小説は、自分が現役の最後に担当したコンピューター統合のプロジェクトのことを書くつもりだった。しかし、それだけではあまりにも無味乾燥で、その内容も専門用語が多くて、一般受けしない難解な内容になっていまう。そこで、一般の読者にも興味を持ってもらうための工夫をしたのだが、その一つが、全体をサスペンス小説に仕立てることだった。そして、中身のスケールを大きく見せるために、グローバル企業であるこの会社の歴史を組み込もうと考えた。そこには、日米の親会社が、その覇権を巡って長い執拗な戦いがあって、一考自身がその展開、経緯に強い関心を持っていたからである。
 そこで、その辺りの詳しいお話を聞く必要から、この会社の生みの親であり、育ての親でもある牧原大先輩との面談を申し入れたのだった。取材と云えば大袈裟になるが、幸いにも大先輩のご協力がいただけることになって、詳しいお話を聞くことが出来たのである。最初は1、2回の面談で充分だろうと思っていたのだが、いざ始めてみるとお話はなかなか面白く、多くの回数を重ねることになった。しかも、その内容は単に会社の生い立ちに止まらず、牧原大先輩ご自身の半生、並びにご家族の方々の生き様にもお話が及んだのである。それは、一考には望外の収穫だった。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(246) 9月10日分
 この日、雅子が簡易トイレで用を足していて、身体のバランスを乱して右腕に少し傷を負った。大したトラブルでなくて幸いだった。この日の様子は、前日並みで比較的安定していた。
 なお、このユニットも入居者が満杯の15人になっている。雅子の入居時は9人だったので、大幅な増員である。介護士さん達は一生懸命に尽くして頂いているが、やはり、仕事量とのバランスには配慮が必要になって来ているように感じている。

634 際限なき嘘、偽装の広がり

 チョコレートの白い恋人の賞味期限の偽装が発覚したのは、2007年8月だった。ほぼ一年少し前のことだが、随分昔のことだったようにも思う。それから、ミートホープ、比内地鶏、赤福、御福餅、ミスタードーナッツに至る食品、更には吉兆での使い回しへと拡大した。その一方で、姉歯建築事務所による建物の強度偽装といったとんでもない偽装、改ざんが明るみに出て国民を驚かせ、不安に陥れた。
 そして今起きているのが、三笠フーズの「事故米」の食品への転売である。これは、毒入りギョーザではないが、毒物を売っているのと同じであって、もう全うな人間のする範囲を大きく逸脱している。偽装、嘘も、ここまで来ると開いた口が塞がらず、許しがたい事実に、適当な言葉も出て来ない。しかも、この事件に関しては、農水省が黙認していたとの話もある。何たることか。官民の阿吽の呼吸での仕業だとすると、この国の安全を守るのは誰なのかと言いたい。
 角界を揺るがせている大麻事件の張本人の露鵬、白露山の二人の力士の白々しい弁明も同じ範疇に属する許せない嘘である。こうなると、現物を押さえられたとは言え、あっさりと事実を認めた若ノ鵬の方がましだとの国民感情が出て来る。
 ところで、昨日、北朝鮮では建国60周年の記念式典を行なったが、注目の金正日は姿を見せず、金承春軍総参謀長が代理で挨拶した。噂では、金正日は、既に亡くなっているという説から、病気で伏しているといった様々な噂が出ているし、影武者がいてその代役を演じているというような話も、まことしやかに伝えられている。
 この式典も、広い意味では嘘、偽装の範疇に属する対応であり、この国の謎を深め、信頼性の欠如に繋がっている。透明性での改善が見られない限り、こんな国との国交正常化なんてやる必要は全くない。拉致被害者家族にはお気の毒だが、その苦悩は解消されそうにもない。
 さて、今日自民党の総裁選の告示が行なわれる。五人の立候補者が正式に名乗り出るわけだが、堂々とした議論展開を期待しているもので、寄ってたかっての自民党を盛り上げるための偽装芝居でないことを願っている。
 いずれにしても、嘘も方便が成り立つような世界であって欲しいと願う今日この頃である。

2.連載(599) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(228)
  第六章 真夏の夜の夢(31)

(3)決意の上京(その16)
 翌日は、少し頭が痛いという軽い二日酔いの状態だったが、7時過ぎにはベッドを離れた。少し緊張した気持ちの張が一考の所作、行動をきびきびしたものにしていた。それと言うのも、あの一考の小説「執念」に出て来る大先輩の牧原さんと久し振りに会う予定を午前中にセットしておいたからである。
 シャワーを浴びて気分を少しすっきりさせてから、毎日続けているブログを始めた。
 「今日はブログを始めて以来、初めて自宅でなくホテルからの配信です。ほぼ5年ぶりの上京で、その変わりように驚きながら、新鮮な気持ちでキーを叩いています。
 昨夜は、冥土の土産には上等すぎる楽しいひと時を味わい、厳しい介護生活の中で素晴らしいオアシスを満喫させてもらいました。生きていてよかったとの思いで、貴重な時間を割いて頂き、お付き合い頂いた方々に、厚く御礼を申し上げる次第です」
 そして、心地よい二日酔いの気分で、今朝のニュースに目をやると、株価は昨日も上がらず、連続12日間下げ続けている。満を持して政権を奪取した民主党だが、広げていた風呂敷は空回りしていて、国民の関心も、やはりこの程度なのだろうとの諦めムードが拡がっていて、新たなヒーロの出現を期待する大きな流れの中にあった。
 しかし、小さな幸せを求めて生きてきている一考には、昨夜の幸せが大きかったことで、その余韻の中で引き続き幸せな気分でいっぱいだった。それは「楽しかった」と大声で叫びたい気持ちをぐっと押さえるぐらいの高揚した気分だった。
 そんな中で、いつものようにインターネットで米国のゴルフツアーの速報をチェックすると、米国ツアーに参戦して4年目の上田桃子選手が2週連続優勝を目指して、なんとバーディラッシュで、13番を終わって6アンダーと、トップタイにいる。幸せな気分を味わっているのは、どうやら、一考一人ではなさそうだ。
 ブログの配信を終えると、一考は急いで外出の準備をした。のんびりとしている時間的な余裕はそんなにはなかった。待ち合わせの時間は新宿のKホテルで9時半だ。一考は手早く荷物を纏まるとホテルを出た。時刻は8時半を過ぎていた。幸い、この日も天気はよくすっきりと晴れ渡っていて、二日酔いで頭はすっきりしていなかったが、気分は悪くはなかった。JR渋谷駅のホームにある蕎麦屋で立ち食いのうどんを食べて軽い朝食を済ませると、入ってきた山手線に乗って新宿に向かった。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(245) 9月9日分
 この日も朝に便秘薬を服用した。その効果で午後の一考の訪問中に通じがあった。体調は、ここ数日は似たり寄ったりである。食欲はそれなりにある。なお、料理の刻み方が8月初め頃から、この施設での三番目のレベルである「超みじん切り」になっている。

633 辞める 止める 辞めさせる

 大麻事件で渦中の人物だった北の湖理事長が引責辞任した。しかし、依然として理事に止まっていて、今一つすっきりしない。二人の疑惑の力士、露鵬、白露山はすんなり解雇と決まった。新たに武蔵川氏が新しい理事長に就任し、先ずは一山越えたことになる。今朝の新聞では「遅すぎる決断」と出ている。
 先の福田総理が辞任をした翌日の新聞は「投げ出し」「無責任」との活字が躍っていたが、同じ辞めるにも、辞めたら辞めたで、違った形で非難ごうごうだ。辞め方もタイミングを間違うと大変だ。
 自民党の総裁選では、名乗りを上げていた山本一太参議院議員が、推薦人が集まらず、すんなりと出馬を取り止めた。これには、「やっぱり」とか「売名だった」などという批判は免れないが、総裁選の大勢には影響はない。
 オリンピックで陸上トラック競技で、あの人見絹江さん以来、80年ぶりのメダル獲得に貢献した朝原宣治選手が昨日引退を発表した。こちらは、拍手一杯の清々しい辞め方である。人間、辞める時には、願わくば、このような形でと誰もが思っていることだろう。
 ところで、この銅メダルを取った決勝レースでは、朝原選手の奥様(旧姓、奥野史子さん、シンクロで二つの銅メダルを獲得されている)と子供さんが懸命の応援をしていて、その応援振りがしっかりと録画され、見事な夫婦愛を示すものだということでワイドショーでも紹介された。
 その内容は、史子さんが必死の表情で「パパ、いいよ! いいよ!」の繰り返しと、最後のホームストレッチでの夫の走りに対し、「パパ、行って!行って!」という単純な、素直な言葉に感情を一杯込めた絶叫の繰り返しだった。見ごたえのある迫力満点応援風景のビデオだったと申し上げると同時に、聞き方によっては、何か別のことを連想させる雰囲気があって、いささか気持ちが動揺したのを覚えている。お叱り恐れず更に言えば、銅メダルが決まった瞬間に、朝原選手が握っていたバトンを空に向かけてほおり投げるシーンがあり、その映像と重ね合わせる人がいると、いささか話はややこしくなりそうだ。(さすがに、それは考え過ぎだよとの突っ込みあり) しかし、その後のそのシーンの放映では、その部分の音声が一部カットされていて誤解を与えないように編集されていたので、どうやら、そんな勝手な連想をしたのが筆者だけではなかったようだと思った次第である。それだけに、その元の放映を録画されている方は、永久保存版として大事にされることをお奨めする。
 さて、そんな余計なお節介はさて置き、引退後の朝原選手の後進の指導には大きな期待が賭けられている。弱かった日本のトラック競技の底上げは急務である。大いに頑張って欲しい。

2.連載(598) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(227)
  第六章 真夏の夜の夢(30)

(3)決意の上京(その15)
 頃合を見計らって、原会長は2次会を設定してくれた。会社の近くにあるホテルの最上階のラウンジに全員が移ったのである。一味違った格調に溢れた雰囲気には、また違った極上の味がした。途中で、上海勤務の大矢君が駆けつけて顔を出してくれて、場を盛り上げてくれたのは嬉しかった。同氏とは、直接の仕事の関係は希薄だったが、彼の持っている潜在能力には、一考は早くから魅力を感じていた。当時の新会社が初めて新卒を採用した際の入社組みの一人で、東大卒の人材第一号だった。そんな人材が新会社を希望したという心意気に、一考は大いに注目していたのである。
 その宴では、皆、一考の妻の難病のことを承知してくれていて、そのことには余計には触れないように配慮しながらも、それとなく勇気付けてくれたのは嬉しかった。それらの心の優しさが、押し付けがましくは無く、それとなく滲み出て来るようで、一考はこの上も無い感激でいっぱいだった。
 記念にと写真撮影をした。岡田のカメラが役立った。一考も持っていたカメラを取り出して何枚か写した。この写真が皆と一緒に写る最後の写真になるだろうと意識し、少しはましに顔に映って欲しいと願っていた。
 ラウンジを解散したのは、もう10時近かったのではないか。東京駅近くの一杯飲み屋で、岡田と大矢との三人でもう少し飲んで語ることにした。気心が知れていて本当に楽しかった。
 とにかく、この夜は楽しく最高だった。精神的にも高揚していた。会社時代のよき思い出を凝縮された形で楽しむことができたのである。
 渋谷駅に着いたのはもう12時を過ぎていたのではないか。はっきりとした記憶は残っていなかった。テレビのお天気カメラでおなじみの渋谷の交差点を、覚束ない千鳥足で、深夜の宮益坂を上機嫌で登った。「幸せ!」と大声を出したい衝動を心地よい気落ちで抑えながら、ホテルに辿り着いた。
さすがに一考も疲れていたようで、満足感に浸りながら、服を脱ぎ捨ててそのままベッドの倒れこんだようだった。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(244) 9月8日分
 「少しベッドに横になるかい」と声を掛けたが、この日は「大丈夫」と椅子に座ったままだった。毎日を懸命に頑張って生きている姿は健気である。
 最近、このユニットも満室の15人と増えたこともあって、介護士さん達は大忙しだ。お願いする際にも多少は気を使わざるを得なくなって来ている。

632 奥の手

 あの個人向け住宅融資のサブプライムローン対策に、アメリカが遂に奥の手を出した。と言っても、それは以前に日本がやったと同じ手法の公的資金の投入である。経営難に陥っている連邦住宅抵当公社(ファニーメイ)と連邦住宅貸付抵当公社(フレディマック)を政府の管理下に置くと緊急発表を行なった。日曜日にも関わらずの発表に、その重要性が滲み出ている。さて、今朝の東証はどんな反応を示すのだろうか。大いに注目されるし、関心がある。
 政治の世界では自民、民主両党において、そのトップを選ぶセレモニーが始まっている。自民党は候補者が乱立という史上初めての展開だが、一方の民主党は無投票で小沢一郎氏が選ばれる。どちらにも、これはと言った奥の手はなさそうだ。あるとすれば、小泉さんが小池百合子氏を押すという動きだろうが、どうやら、賢明な小泉さんは、ここでは動かないようだ。それが、自民党の本当の奥の手かも知れない。
 さて、プロ野球では巨人とオリックスの急激な追い込みが目立っている。パ・リーグの西武は大丈夫だが、阪神には何らかの奥の手が必要なように思われる。これはという何かないものか。この辺りに岡田監督の腕の見せ所と思うのだが、果たしてどうか。何もしなければ、あのオリンピックの星野監督と同じ無能さが指摘されることになろう。

2.連載(597) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(226)
  第六章 真夏の夜の夢(29)

(3)決意の上京(その14)
 とにかく、この夜の宴は、一考には圧巻そのものだった。自分の胸中では、恐らくこれが最後の上京なるだろうと意識していただけに、厚かましくも自分からのぶしつけな会いたいという申し出に、応えてくれた岡田や原の配慮には、大いに感謝していたし、それにも増して、その呼び掛けに応じて、万障繰り合わせて顔を出してくれた皆には、心から感謝するのだった。いずれにしても、冥土の土産には最高にして最良の思い出を皆で演出してくれたのだった。
 一考は、人間の愛情表現の原点は、その人のためにどれだけ時間を割いてくれるかという配慮にあると考えている。時間と云うものは、無限のように考え勝ちだが、実際には、限られた貴重な資源なのである。その貴重な時間を、この老いぼれた自分ために割いくれて、顔を出してくれたという事実に、言葉で表せない嬉しさがあった。
 こうして貴重な時間を割いて集まって頂いたそれぞれの方は、単にお世話になったばかりでなく、逆に自分が惹きつけられた人たちで、分かり易く言えば、その人たちは、一考が大のファンの対象の人たちだということが出来た。
 いろんな思いが脳裏に浮かんで懐かしさを呼び起こしてくれた。中でも、共に一緒に仕事をした落合と渡邉には、大変な苦労を掛けたり、とんでもない迷惑を掛けたことが思い出された。渡邉にはご尊父様の葬儀直後で、心安らかにならないタイミングだったにも関わらず、長期の欧州出張をお願いした。また、落合には、自分の人生で初めて仲人を仰せつかったのだが、その披露宴で長々と40分も喋ってしまい、関係者に大変な迷惑を掛けたことなどは、人間として未成熟だった証であり、今でも忸怩たる思いとして頭に残っている。
 また、高田取締役とは、直接仕事の面での絡みはなかったが、その能力には惹かれていたし、趣味の将棋を介しての楽しい付き合いは一服の清涼剤だった。この日の紅一点の野村取締役には、その容姿だけではなく、流暢な英会話の美しさ、プレゼンテーションの巧みさなどの能力に弾かれていて、彼女の強いファンの一人だったといえる。出合って初期の頃、横浜で行なわれた国際会議で彼女が演じた日本文化を披露する舞台で、作、演出、主演を一人でこなし、会場に居合わせた多くの方から喝采を得たのは今でも懐かしい。
 総じていえば、一考は、その方々の持つ優れた能力に惹かれていたといえる。いずれにしても、自分が愛着を持っていた会社の今を支え、将来を担ってくれる若き経営者の皆さんと、こうして楽しく過ごせたのは、この上も無い贈り物であり、一考は、これ以上ない満足感でいっぱいだった。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(243) (9月7日分)
 入居して10ヶ月目になるが、この部屋のクロークに持ち込んでおいたハンドバックの中にある化粧道具を出して欲しいと雅子が言い出した。初めてのことだったが、そんなところにそんなものがあるとは知らなかったが、この辺りの雅子の記憶がしっかりしているのに一安心するのだった。

631 そこまで言っていいんかい?

 20年以上続いている長寿番組の一つに「朝まで生テレビ」がある。毎月の最終金曜日の深夜、実際には土曜日の早朝に行なわれている。筆者は、録画でその番組を見ることが多い。数日前に8月度の録画に目を通したのだが、その内容には、大いにびっくりさせられたのである。
 取り上げたテーマは「これからの皇室と日本」と題するものだった。主な出席者は、西尾幹二、猪瀬直樹、小沢遼子、香山りか、平田文昭らの面々だったが、その辛らつなやり取りには、関西で視聴率の高い「そこまで言って委員会」を遥かに超える驚愕の内容だった。
 議論の発端は、西尾幹二氏が雑誌「WILL」に連載した「皇太子さまに敢えて御忠言申し上げます」という論文内容から始まったが、そこから議論は発展、一口に言って、雅子さんの悪口を撒き散らしていたとさえ思える内容だった。適応傷害に対する実態、対応から始まり、あげくの果てには、八幡和郎氏の著書「お世継、世界の王室、日本の皇室」から引用して「雅子さんを有能な人と考えるのは間違い、能力の低い人、賢くはなかった」といった中傷、誹謗にまで発展する驚くべき内容だった。
 もし、これを皇太子や雅子さんが見ていたら、適応傷害はもっともっと悪化することになっているのではと心配した。司会の田原総一郎氏は例によって独走し、決定的な言葉を引き出そうと会議を誘導し、タイミングを見計らって、二、三回、「離婚」という言葉を口にした。何も、公共の電波を使ってそこまでいうこともなかろうと憤慨さえ覚えたのである。
 最近、この「朝まで生テレビ」は田原総一郎ファミリーの独走が目立っている。もうそろそろ司会の交代時期に来ているのではと思う。
 なお、皮肉なことに、田原総一郎さん、話題になった著者、八幡和郎さんは共に滋賀県の出身である。しかも、八幡さんは、筆者と同じ膳所高校(東大)の後輩なのだ
 ところで、討論番組の司会者と云うことでは、昨日、NHKでも長時間討論番組「日本のこれから」を放送していたが、司会を担当した三宅民夫アナウンサーの仕切り方の拙さには見る意欲を失くすハンドリングが目立った。そういう意味では田原総一郎氏の迫力の一部でも欲しいと思った次第である。行き過ぎても怒るし、物足りなくても怒る。人間って勝手な動物だ。サポートしてい女性アナウンサーの竹内陶子さんの魅力が、唯一の救いだった。

2.連載(596) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(225)
  第六章 真夏の夜の夢(28)

(3)決意の上京(その13)
 原氏へのいわゆる帝王学教育は、両親会社で必要最小限のことは行なわれたようだ。その第一弾は、米国ミシガン州にある本社に同氏は数年間に渡って駐在して、オンザジョッブの形で業務に携わる体験だった。
 ちょうど。一考が最後の仕事となったコンピューターの統括プロジェクトで苦労して頃で、一考もその出張時には、同氏の住まいに招いてもらってお世話になったことが思い出される。特に、プロジェクトチームを立ち上げた直後に、チーム全員で出張したことがあり、その時にたまたま親会社に出張中だった社長や、本社に駐在しているほかのメンバーの家族も加わった大パーティを同氏宅で催してもらったことがあった。その時、食事の始まる前に、同氏宅の別室にプロジェクトメンバーを集めた形で社長が訓話を始めたのだが、それが長引いて会議の形になってしまい、、パーティへの参加が遅くまでずれ込む形になった。この時原氏から「もう料理が無くなりますよ」との声が掛かったことで、やっと会議が終わったのだった。このハプニングのことは、あの小説「執念」中でも取り上げているが、原氏には、そんな形でお世話になっていたのである。
 その後、日本に戻った同氏は、日本の親会社の社長室に駐在し、半年間に渡って帝王学の一環としての経験を積んだ。そこでのハイライトは、同氏が総括的に纏めた論文の内容だった。そこには、普通のサラリーマンには、切り込めない内容にまで踏み込んでいた。後になって、その論文を見せてもらう機会を得たが、それは、まさに、両刃の剣の際どい大胆すぎるチャレンジだったと言える。幸い、度量の広い上司だったことが幸いだったのだろう。要するに、そういった辺りに、臆することなく堂々と踏み込んでゆく姿勢は、まさに原の真骨頂だと言えた。
 年の割りに髪の毛が薄かったことから、もう一人いた同姓の方と区別するために、「ピカはら」との愛称で呼ばれていて人望は厚かった。イエス、ノーをはっきりいう明るい性格も彼の取柄だった。 
 その後、紆余曲折はあったものの、目出度く会長に就任することになるのだが、それは、一考が退職して3年ほど経ってからのことである。その後、新社長が気の毒にも健康を損ねたことから、社長の役割も兼務する形で重責を担当した。グローバル化が大きく進んでいく曲がり角の時代であって、苦労は少なくなかったようだが、無難にその責務を果たし、前年の2010年の社長職は後輩に譲り、今は会長職に専念している。
 そんな原会長に一考が大いに感謝している事が、他にもある。それは、6年ほど前に、あの小説「執念」を出版をしようとした際に、当時会長に就任していた原氏に、事前に本を送付していたのだが、同氏からは、特に出版に関して「止めてくれ」的なコメントもなく、暗黙の了解を得ていたことだった。その時点では、ある方から、この出版は大問題になりますよとのコメントを貰っていて、悩んでいただけに、同氏のその暗黙の了解で、予定通り出版に踏み切ることが出来たのである。今回の上京で、彼には是非とも会いたいと思っていた背景には、そんな事情も絡んでいたのである。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(242) 9月6日の分
 前日とあまり変わらぬ様子。一考の訪ねていた間で、珍しく、途中でベッドに横になり、ほんの少し眠っていた。一進一退の日が続く。

630 自民党総裁選 本物は誰だ!!

 自民党の総裁選は、今までにない乱戦模様で、野次馬的に見れば面白い展開だ。名乗りを上げている方が何と7人もいる。今のところ、麻生太郎、与謝野馨、石破茂の三氏は、既に20人の推薦人の条件をクリヤーしているが、石原伸晃、小池百合子の両氏は今一歩のようだし、棚橋泰文、山本一太両氏は、これから、その20人集めに頑張るようだ。
 この中では、筆者は石破茂氏に期待している。今の政治家の中では本物の人材の一人だ。先の自衛隊のイージス艦の事故でみそをつけたが、優れた論客としての存在感は大きい。同氏のことは、既にこのコラム欄で2回に渡って取り上げている。(316、438回をご参照)少し、論理が細かく回りくどい面もあるが、期待できる本物の政治家の一人であることには間違いない。
 その一方で、次の総選挙では元秘書が同じ選挙区で対抗馬として出馬が予定されていて、それを意識した今回の名乗りと見る向きもあろうが、筆者は、本物の政治家の一人としての同氏の力量に期待している。
 同じような立場なのが、与謝野馨氏だ。政治家としての経験、見識、見解は一流で静かな説得性のある話術も一流だ。しかし、東京1区からの選出で、そこには強力なライバル海江田万里氏がいるだけに、うかうかしてはいられない厳しさがあって、石破氏と同様な苦しさがある。
 ところで、筆者は麻生太郎氏には、今のところそれほど強い関心はない。話術には面白さがあって大衆人気を喚起できようが、失言も多くリスクも並存している。また、石原伸晃氏には、先の国交相時での力量のなさに失望している一人だ。人間的にも軽すぎるのではとも思う。また小池百合子氏はあくまでも花の存在で、政治的な手腕は大いに疑問だ。山本一太氏は、テレビによく顔を出してわめいているが、石原氏と同じで重みがない。棚橋泰文氏に至ってはよく知らない。案外、素質のある人材かも知れないが、今回と云うより、これからの人かもしれない。
 そういうことで、自民党主催の特別報道番組「本物は誰だ!!」が始まった。視聴率はそれなりに確保できようが、それが来るべき本格的な決戦に繋げられるかどうかには、大いに疑問が残る。しかし、一旦勢いがつくと世論が変わらないこともないだけに、暫くはその展開に注目したい。
 蛇足だが、本物といえば、今の巨人軍の強さは本物のようだ。後は時間の問題で間もなくトップに浮上するだろう。ナべツネさんと原監督の高笑いだけは見たくないのだが、それが実現の方向に向かっているのは、筆者には耐え難い。阪神タイガースの今一度の奮起を促したい。

2.連載(595) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(224)
  第六章 真夏の夜の夢(27)

(3)決意の上京(その12)
 久し振りの顔を合わせに一考は燃えていた。出席してくれる一人一人には、それぞれ忘れがたい思い出がある。迷惑を掛けたことも少なくなかったが、今では、それぞれが楽しい思い出になっている。
 まず、同期の岡田だが、同氏には親会社に入社後の半年間に渡る研修で、大変お世話になったことが今でも鮮明に記憶に残っている。毎朝行なわれた研修のフォローアップのテストがあって辛かったのだが、、岡田には、幾度となくカンニングさせてもらってたことが生々しく記憶に残っている。また時間つぶしに、寮のコートでテニスに興じたことも今では青春の思い出だ。研修後、別々の道を進んだが、巡り巡って、十数年後にこの合弁会社で一緒することになったのは、神の配慮であったと言えるかもしれない。そこでは、いい意味でのライバル関係にあった。しかし、役員昇格の戦いでは、無念にも敗北の辛酸を味わった。英会話力など全般的に岡田に一日の長があった訳で、止むを得ない結果だったと今では納得している。年月を経ても、こうして親しく顔を合わせる関係にあることは、幸せなことである。今では、一考に何か不測の事態があった際には、OBの窓口役になってくれるというので、息子達には、そのように伝えることにしている。いずれにしても、近くお世話になりそうで、筆者には有難く、心強い存在だ。
 次に、今日のメンバーを集めてくれて、素晴らしい配慮をしてくれた原会長だが、同氏とは、その出会いがドラマティックであったことを思い出す。もう二十年以上も前のことだが、一考が北陸にある営業所に出張して、大津の実家に帰る特急列車の中で、偶然、近い席に居合わせたことから口を利いたのが初めてだった。当時の岡田は工場の技術関係の責任者であって、普段は直接話すような機会がない間柄だったのだが、まさに神の引き合わせであったのだろう。最初から、不思議と波長が合うのを意識したのを覚えている。物をはっきりと言うタイプで、芯のしっかりした迫力を感じさせる負けず嫌いの男だった。若い割りに髪の毛が薄いのが特徴で、それが親しみ易さに繋がり、気安く声が掛けられたと記憶している。その最初の特急列車の中での出会いで、どんなことを話したかは覚えていないが、その出会いのインパクトが生きていて、望外に親しくなっていけたのが不思議なくらいだった。
 負けず嫌いを証明する一つのエピソードがある。何時だったか定かではないが、カラオケの持ち歌の数を競ったことがあった。互いに意外なほど持ち歌が豊富で、双方が一曲一曲を披露する形でレパートリーの広さを競った。一考の持ち歌の殆ど全てを原はフォローして来たが、一考の隠し球だった一曲、工藤静の「メタモルフォーゼ」にだけには、さすがの原もついて来れなくて、彼が悔しそうな顔をしていたのが、今では懐かしい思い出だ。メタモルフォーは、ペレストロイカと同義で、改革を意味する言葉だけに、それを目指す原には面白くなかったろうと、一考には、密かにほくそ笑んだ生々しい記憶が残っている。
 ところで、同氏は早くから上司からも高く評価を受けていて、次の経営者の候補として嘱望されていた。一考よりも7歳年下の若手のホープだった訳で、一考も同氏の将来に期待していた一人だった。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(241) 8月5日分
 通じは引き続き夜にもあって順調モード、一時の悪い状態からは少しましな状態。このところ、おやつを食べなくなった。

629 レースはリアリティがあるほど面白い

 旧聞に属する話題で恐縮だが、今年は、芸人のエド・はるみさんが24時間マラソンで113Kmに挑戦した。113Kmというと、あの箱根駅伝の片道が106Kmであるから、それより7Km長い距離である。この大学駅伝では。片道を5人のランナーが襷を繋ぎ、およそ5時間半で走り切っている。
 筆者はかつては歩くのが好きでマラソン距離や琵琶湖一周を歩いた経験がある。琵琶湖一周には「ぐるっと琵琶湖サイクルライン」というサイクル道路が設定されていて、その距離は193Kmである。113Kmというと、瀬田の唐橋の西の端から西回りで、長浜近くの姉川大橋の手前2Km辺りの距離に相当する。
 筆者の場合、この琵琶湖一周を5日間掛けて、およそ46時間半で歩いたのだが、113Kmまでだとすると、およそ33.5時間を要していた。その体験から、113Kmへの厳しさは充分に承知しているつもりである。それだけに、その演出の仕方に不満、疑問を持ってしまうのである。
 いつも思うのだが、この24時間マラソンは、何処をスタートして、どんなコースを走っているのかが全く明らかにしていない。混乱を避けるためとしているが、そのために見ている側からすれば、今、何処を走っているのかも分からず、リアリティに乏しく、迫力、面白さに欠けたものになっている。
 昨日の関西のテレビ番組「ムーブ」でも取り上げていたが、「本当に完走しているの?」といった疑問さえ感じられるという冗談話も出ていた。
 途中での休憩風景、足腰の痛み、坂道や歩道橋の上り下りの痛さは確かに出てはいるが、最終的には、大抵の場合、うまく時間に合わせてゴールするケースが多いし、最後の数キロメートルは、比較的元気を回復している。多分、それには、痛み止めの注射(麻薬)が適当なタイミングイで打たれているのだろうが、吹っ切れないものが残る演出番組だ。何も真面目なマラソンレースでないのだから、細かいところに目くじらを立てることもなかろうが、せっかくやるなら、もっとリアリティのある形にして欲しい。
 レースといえば、巨人の追い上げでプロ野球のセリーグのペナントレースも面白くなって来ている。数日前にも書いたが(622回、ご参照)、自慢だった投手陣ががたがた担ってしまっている阪神は、追い抜かれる可能性は高いと筆者は見ている。
 一方、自民党の総裁選レースも役者の顔ぶれが出揃い始め、面白い展開が期待されそうだ。筆者は石原伸晃氏には期待しないことにしている。先の国土交通大臣時での道路公団の問題での藤井総裁とのやり取りの力量不足の無様な印象が強いからである。いずれにしても、能力を競う丁々発止の議論展開に期待している。

2.連載(594) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(223)
 第六章 真夏の夜の夢(26)

(3)決意の上京(その11)
 この夜集まってくれる皆さんは当初の予定では6人になっていたが、その後、原会長からの連絡で上海に勤務している一人がたまたま帰国しているので、都合がつけば加わってくれるかもしれにと云うことだった。有難いことだと皆の懐かしい顔を思い浮かべながら、もう直ぐ会えると言うことに、遠足を前にした子供のように、一考は年甲斐もなく胸をときめかせていた。
 定刻の6時のオープン時間の10分ぐらい前になって、店の方が、「どうぞ中でお持ちください」と、レストラン内の予約されている個室に案内してくれた。少し明るさを落としてはいるが、洋風と和風の折衷したような落ち着いた部屋だった。
 先ず、姿を見せてくれたのは同期の岡田だった。今回の件では、彼が窓口になって、原会長に一考の意向を伝え、メンバー集めや事前の手配などで尽くしてくれていた。相変わらず元気そのもので羨ましいくらいだった。一考は久し振りの再会に、それらへのお礼をも含めて丁重に挨拶した。暫く雑談していると、会社の仕事にけりをつけて原会長以下4人が揃って顔を出してくれた。取締役の高田、それに落合、渡邉の2人の執行役員ある。もう一人の紅一点の野村取締役は少し遅れるとのこと、また上海から日本に来ている大矢は、他の約束があるようで、一次会には間に合わないという。
 会社を支えて頑張っている若いエネルギーを目の当たりにして、一考には、みんなはつらつとしていて、とても頼もしく思えた。
 冒頭から、盛り上がった宴になっていた。一考は、今それぞれが担当している仕事について聞きながら、会社の組織も随分と換わっていることを改めて認識するのだった。米国親会社の主体性が発揮される組織下では、止むを得ないことで、それでも、皆は頑張って会社の発展、拡大に尽くしているのが充分に窺えて頼もしく思うのだった。
 間もなく、20分ほど遅れて、紅一点の野村さんが顔を出した。この日は、話を聞くと、事情があって休みを取っていたにも関わらず、何とか都合をつけて、参加してくれたという。一考のうれしさも一入だった。今の話、昔の話、そして明日の話しに一考も、今の自分を取り巻く環境のの大変さや今後の思い切った決意などはすっかり忘れて、その高邁な楽しい話題に中に溶け込んでいた。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(240) 9月4日分
 朝、9時半から出張美容員のサービス、2ヶ月ぶりのヘアカットを受ける日なので、そのサポートに9時前に雅子を訪ねた。元気さも普通。ヘアカットは順調に終わり、少し若さを取り戻した感じである。なお、今日も、続いて通じがあって、一安心だった。

628 サイクルフィギュア

 北京オリンピックのフェンシングで、大津出身の太田雄貴氏が日本で初めて銀メダルを獲得し、マイナースポーツだったフェンシングに一躍スポットライトを当てた。全国的にマイナーな都道府県に属する滋賀県にとっては、大いに誇るべきことだった。
 ところで、毎夕放送されているNHKの「近江発610」というローカル番組で、昨日は、サイクルフィギュアという耳新しい自転車競技を紹介していた。今、日本には20人ぐらい(?)のプロ競技者しかいないマイナースポーツだそうだ。競技練習場(?)の拠点が、東京と滋賀県にしかがないという。滋賀県では草津市にその拠点があって、日本のナンバーワンの選手、男子の芦田史郎さん(千葉県から移住)、女子の堀井和美さん達が頑張っている様子が紹介されていた。競技内容は、フィギュアスケートの自転車版で、見た目には自転車を駆使してのアクロバット的な高度な技術を競うものだ。
 とにかく、滋賀県にその数少ない拠点の一つがあるということを知って、何となく自慢してみたくなったのである。偶々見ていた番組で得た知識だけで取り上げているので、記憶違いの間違った情報があるかもしれないが、そうであればお許し頂きたい。
 いずれにしても、筆者がここに取り上げた主旨は、滋賀県にサイクルフィギュアの拠点があって、マイナースポーツをメジャーなものに育てようと頑張っている人たちがいるということである。マイナーなものを、メジャーに育てるには、大変な努力が必要であろうが、それだけ楽しみも大きいのではと思う。大いに頑張って欲しい。
 ところで、政界では、目下自民党の総裁選の話題で燃えている。かつては、佐藤栄作総理の後継者として、三角大福中(三木武夫、田中角栄、福田赳夫、中曽根康弘)が、また中曽根康弘総理の後継を巡っては安竹宮(安倍晋太郎、竹下登、宮沢喜一)が競って、順に総理を担当するような時代が続き、その後も、小泉純一郎総理の後継では、麻垣康三(麻生太郎、谷垣禎一、福田康夫、安倍晋三)と云う名前が挙がり、その中の二人が既に総理を担当した。従って、その順番からすれば、麻生、谷垣のいずれかということになるが、果たしてどうなるか。数多い派閥単位の思惑が水面下で激しい工作の最中だ。それにしても、麻生氏と谷垣氏を除けば、亡くなった安倍晋太郎氏を除けば、この名前の上がった全員が総理になったという事実に、筆者は驚きを覚えるのである
 しかし、この二年間、いわゆる「康三」の安倍、福田の両総理は、二代続いて国民の期待を裏切った失敗事例となり、自民党は崖っぷちに追い込まれている。それだけに、同じ轍を踏まない党を挙げての努力は不可欠だ。
 多くの国民は、そんな順番に拘らず、今はマイナーであっても、フレッシュな活力ある人材を掘り起こし、メジャーな政治家を育てるという手法で活路を切り開いてゆく努力を期待しているはずだ。さあ、どうなるか、ドラマは始まったばかりである。

2.連載(593) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(222)
 第六章 真夏の夜の夢(25)

(3)決意の上京(その10)
 今回の上京で、一考にとってのメインイベントは、何と言っても、この夜の食事会だった。一考が是非お会いしたいと望んでいた殆どの人たちが揃って顔を出してくれるのだ。うれしさもあって、心が弾んでいたことから、待ち合わせの6時より少し早目に、東京駅に到着していた。
 様変わりしている東京駅丸の内北口前の新しいビル群に目を遣りながら、一考は、はやる気持ちを抑えるように、その新しい景観に見入っていた。それは、一考の見慣れていたかつてのものと大きく趣を異にしていた。
 駅を出た直ぐ右にあるオアゾや新しい日本生命ビルは、ちょうど建設中であって、一考の現役時代にはまだその姿を現していなかった。丸ビルについては、現役時代の最後の段階でのぎりぎりでオープンして、人気を集めているのを承知していたのだが、その時点では、隣の新丸ビルは、まだ前の古いビルのままだった。しかし、今では新しい高層ビルに建て替えられ、丸ビルとのツインビルとなっていて、東京駅丸の内側全体の景観を近代的なものに大きく変えていた。自分が毎日通っていた会社の入っているお堀に面したビルまでの歩いて7~8分の通りも、途中にある日本工業倶楽部のビルは、新しい装いに変わっていて、何だか、街全体が新しい街に置き換えられているような気分になるのだった。
 そんな大きな変わり方に、さすが東京で大したものだと思う一方で、親しさ、懐かしさよりも、戸惑いを覚える方が多くなっていた。自分の衰えと、衰えを知らない大都市の大きな変化とのギャップに、一考は大きな刺激を受ける一方で、限られた命の扱いに思い切った決意を促す自然な流れを作ってくれているようにも思うのだった。
 時間的には少し早めだったが、その場所を確認しておこうと、一考は、予約されている丸ビル内の6階にあるンレストランに向かった。久し振りの高級感漂うレストラン街に、ちょっとした胸の高まりを覚えていた。そのレストランは直ぐに分かった。店の方に念のため予約の有無を確認して、確かにここであると分かった。店は、6時からオープンだということで、まだ20分ほど時間があったので、暫く外にある椅子に座って待つことにした。時間が少し早いこともあって、この辺りを行き交う人の数もさほど多くはない。落ち着いた雰囲気の中で、一考の心の中は次第に高まってくるものを覚えていた。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(239) 9月3日分
 今日は3回ドリームスペースを往復した。雅子が入居して以来2回目のことである。便秘を解消するため、この日の午前中に、前日に続いて便秘薬を「服用したからで、そのフォローのためだった。幸い、6日ぶりに通じがあって一息ついた。

627 激震

 永田町に福田総理退陣という激震があって、政界では後継総裁選びの新しいドラマが始まっている。麻生太郎氏がいち早く出馬を表明しスタートを切った。誰が対抗馬として名乗りを上げるかに注目が集まっている。今度こそ、いわゆる本物の政治家の登場に期待したいが、その本物と思しき方の姿が見当たらないようで心細い。
 今朝の各紙の新聞の見出しには、小池百合子氏の名前が数多く見受けられる。彼女や石原伸晃氏などは、若くて人気はあることは確かだが、その地位に相応しい力が備わっている本物かどうかには疑問がある。しかし、大阪府知事の橋下徹氏のような例もあるから、若さが実力不足をカバーすることもあるだろう。暫くは、このドラマの行方を楽しみたい。
 なお、昨日も書いたが、今度の福田総理の辞任に対し、無責任だとの多くの街の声、識者の声が報道されている。しかし、支持率が低いということは、取りも直さず「辞めろコール」であって、熟慮の結果、致し方なく辞任を選んだのであるから、それを無責任だというのは理解に苦しむ。無責任と云う方に「それじゃ、引き続きやって欲しいというのかい?」と聞き直したい。
 相撲界でも激震が起きている。先の若ノ鵬の解雇に次いで、同じロシアの兄弟力士、露鵬(大獄部屋、元関脇高闘力の部屋)と白露山(北の湖部屋)に大麻の陽性反応が出た。薬物の汚染が拡大しているとなると相撲界は一大事だ。相撲の国際化の副産物ということであれば、国技の存続にも影響を及ぼしかねない厄介な問題だ。北の湖理事長の進退に波及することは必至で、どんな結末になるか、これまた目が離せない。
 テニス界の激震は取り敢えずは一段落した。期待の錦織圭選手は、全米オープン4回戦でアルゼンチンの若手のテルポトロ選手に完敗し、ベスト16でこの大会を終えた。昨日のこの試合、出だしの3ゲームを錦織選手が連取した時には、若しかしたらとの期待を抱かせたが、どうやら力負けしたようで、売り物のエアケイの力が発揮出来なかったようだ。しかし、今回の大活躍で、同氏の実力の片鱗が確認され、今後の更なる飛躍への期待が高まったと言える。世界ランクの大幅なアップは間違いなく、世界一流のプレイヤーの仲間入りが期待される。

2.連載(592) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(221)
 第六章 真夏の夜の夢(24)

(3)決意の上京(その9)
 いずれの富士見坂も、当時は、その場所から富士山が眺められたことから、そのように名前付けられたはずである。しかし、その後の大きな都市開発が進み、景観も大きく変わってしまい、今では富士山の「ふ」の字も見えない富士見坂が殆どなのだ。あの千代田区赤坂のど真ん中の高速道路及びその近くにも「富士見坂」が二つもあるが、今では信じられない名前である。
 そんな中で、今でも本当に富士山が見えるという富士見坂がこの西日暮里にある富士見坂なのだ。しかし、肝心の富士山の見えるチャンスは限られていて、天候の条件が厳しく、空気がすんだ晴れた日に限られているようだ。そういう意味からも、今一度訪ねてみたかったのである。しかし、残念ながら、この日も、ここからは富士山の姿をみることは叶わなかった。 
 それでも、今日が最後となるこの場であると思うと、不思議なことに、その辺りに富士山らしき姿がうっすらと浮んでくるような気がしたのである。
 帰り際に、途中にあった第一日暮里小学校に立ち寄った。そこには、高村光太郎が後に書き残した「正直親切」の石碑にあるという。学校の先生と思しき方にその場所を確認し、道路に面した入口の直ぐ傍にその石碑を見つけた。ゆっくりと眺めていると、その単純な分かり易い「正直親切」という言葉の持つ大切さと難しさを思うのだった。暫し思いを馳せていると、数人の小学生が明るく話しをしながら傍を通り過ぎて行った。
 かくして、今回の上京の一つの思いを叶えてほっとした一考は、そのまま再び地下鉄で渋谷に戻り、改めてホテルにチェックインを済ませた。コンピューターの入った重い鞄は既に部屋に届けられていた。時間はまだ4時半前で、まだ少しのゆとりがあったので、コンピューターを取り出し、インターネットへの接続具合を確認した。幸い何の支障もなく繋がったので、いつもの癖で、株価速報を確認すると、株価は少し持ち直しているようだが、このところ一進一退ですっきりしていない。
 その後、一考は、急いでシャワーを浴びて気分をすっきりさせると身支度を整え、勇躍としてホテルを出て目的地である東京駅に向かった。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(238) 9月2日分
 前日曖昧だった雅子のイエス、ノーの返事が、いつもの程度に戻っていた。雅子の様子は、前日よりは少し元気そうだった。 
 朝、起床直後に便秘薬を飲んだというので、一考は午後の訪問直後から、雅子のトイレに気を使っていた。夕食時間までに2回のトイレを試みたが、タイミングが合わなかったようで、通じは成功しなかった。仕方なく、介護士さんに後を任せて帰宅したが、どうなったか気になっている。

626 福田総理辞任

 その時、筆者は、テレビ朝日の「たけしのテレビタックル」とビデオで録画しておいた将棋番組を2画面で見ていた。突然、テレビタックルの画面の上に、テロップでニュース速報が入った。2画面であって画面が小さかったこと、また眼鏡をかけていなかったので、直ぐに読み取れず、文字の形から直感的に「ああ、あの農水相の太田大臣が辞任したんだなあ」と思い、「やっぱりね」と早とちりしてしまい、そのままその画面を見ていたが、突然、「テレビタックル」の画面が恰もタックルされたように、記者会見場の画面に切り替わったことで、事態の重要性を知ったのである。
 やっぱり、一ヶ月前の改造時での麻生太郎氏との密約は「生きていたのだなあ」との思いが、筆者の頭の中で弾けていた。その一方で、引き際として、ちょうどいいタイミングであろうと思った。
記者会見の最後のやり取りで「自分には第三者としての見る目があるんだ。あなたとは違うんだよ」と質問した記者に強く言い返したのが印象的だった。また、突然の辞任だと非難するが、この種のものは当然、突然にならざるを得ない。任期満了なたともかく、一般的に予告するようなやり方はありえない。
 筆者も、昨日のこの欄で、本物の内閣が出て来て欲しいと書いた。また、マスコミも含めて、国民の多くが「早く辞めろ辞めろ」とはやして来ておいて、いざ、こうして辞めると「投げ出し」で卑怯だという。熟慮してタイミングを計ったバトンタッチ、駅伝で言う襷渡しである。福田総理には、とにかくご苦労さまと申し上げたい。
 さあ、小池百合子氏が表に出てきそうだ。好きなタイプの女性ではないが、今後の政局の鍵を握るひとりになるだろう。今朝、家を出る際に、仲間と危機感を共有したいと発言したという。麻生太郎氏は必ずしも絶対ではない。暫く、永田町のドタバタ芝居に国民は興味を持つ事になる。

2.連載(591) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(220)
  第六章 真夏の夜の夢(23)

(3)決意の上京(その8)
 「ここなんだ」と一考は改めて自分に言い聞かせながら、ほっと一息つき、ゆっくりと前方の景色に目を遣った。ビルが幾つか建っているのが目に付くが、その先はかすんでいて何も見えなかった。一考がここを訪れるのは、これが三回目だった。しかし、いずれも場合も、残念ながら富士山を見ることはできていなかった。
 確かに、この案内パネルには、都内23区内にある富士見坂で、本当に富士山が見える唯一の坂ですと記されている。しかし、3回も裏切られると、本当に、ここから富士山が見えるのだろうかと、一考は訝しく思うのだった。ちょうどその時、地元の方と思われるおじ様が通りかかったので、一考は思い切って声を掛けてみた。
「ここに書いてある通り、本当に、今でも、ここから富士山が見えるのですか?」
「ええ。空気の済んだお天気のいい日、特に朝方には、ちゃんと見えることがありますよ」急な問いかけだったが、その方は自信有り気にそう答えてくれた。
 なるほど、空気の澄んだ朝方ね、一考は、その言葉を呟くように繰り返して、改めて、その方向に目を遣った。そして、多分、あの辺りに富士山が見えるのだろうなあと思いながら、じっと静かに立ったまま眺めていた。暫くそうしていると、瞼の裏に富士の姿が浮んで来るように思えるのだった。
 一考が東京に居た最後の数年間は、健康保持を意識して始めたの「歩き」だった。長く東京に居て東京をほどんど知らないという忸怩たる気持ちに、少しでも歩いて、東京を知ろうと思って始めたのだが、その内に、東京23区内にある名前のついた坂道に関心を持ち始め、一層の事、あるだけの坂道を征服してみたいと思うようになったのである。そして、次第にその坂道探しに凝ってしまい23区内を歩き回ったのだった。前にも紹介したと思うが、結果的には、歩いた距離は2500Kmにも達し、680あまりの坂道を探して歩いたのが、今ではとても懐かしい思い出である。
 そんな中で、同じ名前の坂道が多くあることに気づいたが、中でも、富士見坂と名付けられた坂道に大きな関心を持っていたのである。一考が探し出した富士見坂の数は、この東京23区内に12箇所もあったのである。(以下、明日に続く)

3、速報、昨日の雅子(237) 9月1日分
 マッサージが午後に変更されていて、一考の訪問時に行なわれた。今日も何となく元気がない。イエス、ノーの返事がはっきりしなくなって来ているのが心細い。

625 これは本物だ!!

 テニスの全米オープンで錦織圭選手がベスト16入りを果たした。71年ぶりの快挙だという。同氏が頭角を現した今年の前半から、あの熱血漢の松岡修造氏が、これは本物だという太鼓判を押していたのを思い出す。
 筆者の住んでいる隣りの地名が錦織である。全国に幾つかの錦織という地名が存在しているが、昔は、はたおりべの集落だったようだ。加えて、この大津市内の錦織には、近江大津宮の錦織遺跡として国に指定された史跡があって、筆者には親しみのある名前である。それだけに、こんなビッグな同名の選手が登場してきたことに、親しみ、うれしさも一入だ。テニス界では本当に久し振りの大物逸材の登場であり、日本国民としても期待と誇りが一つ増えたことになる。今後の一層の活躍に大いに期待したい。
 昨日行なわれた札幌マラソンで、二人の「本物の卵」と期待される新星が誕生している。男子の高見沢勝、女子の佐伯由香里選手だ。佐伯さんはあの有森裕子選手や高橋尚子選手を育てた小出義男の門下生だという。やはり、同氏の本物の卵を見出す眼力は大したものだ。
 ここに来て巨人の猛追が始まっている。これは本物の強さが戻ってきていて、6ゲーム差あるといっても、阪神は安心してはいられない。あと1週間もしたら大変なことになっているかもしれないとの不安がある。
 アメリカで、ハリケーン「グスタフ」が接近中で、非常事態宣言が出されている。3年前に1500人の死者を出した「カトリーナ」に匹敵する本物だということで、その対応に追われているようだ。
 ところで、政界にはいつ本物の内閣が登場するのだろうか。オバマ氏が掲げる「チェンジ」を、日本国民も大いに望んでいて、本物内閣の一刻も早い登場を期待しているが、本物らしい姿が見られないのが心もとない。

2.連載(590) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(219)
  第六章 真夏の夜の夢(22)

(3)決意の上京(その7)
 一考は、少しでも時間を有効に使おうと、急遽段取りを変更して、新幹線を品川駅で下り、山手線に乗り換えて渋谷に出ることにした。何しろ、重い荷物を持っていては動きが取り難い。先ずはホテルにチェックインして、荷物の重さから解放されたかったからである。
 予約しておいたホテルは、渋谷駅から青山の方に向かって宮益坂を登ったところにある。昔、親会社が経営していたビジネスホテルだが、今は全く別の会社が経営している。何となく親しみがあって、と云うよりも、それ以外のホテルを探すのも億劫なこともあって、5年ほど前の前回の上京の際にも、ここを利用した。
 梅雨の晴れ間で陽射しは結構暑く、それほどの距離ではないが、荷物を持っての歩きでは、自然と汗が滲み出て来るのだった。やっとのことで、ホテルに着いたのだが、時間がまだ2時過ぎだということで、チェックインは出来なかった。仕方なく、荷物だけを預けて身軽になり、再び渋谷駅に戻った。
 予定では、原社長を始めとする皆さんらと会うのは、東京駅の丸ビル内にあるレストランで夕方の6時である。まだ4時間近くの時間があった。今回の上京に際して、一考には、時間があれば、もう一度是非行ってみたい場所があった。そこで、一考は地下鉄で、その目的地である西日暮里駅に、勇躍として向かったのである。表参道駅で千代田線に乗り換えて30分ほどで到着した
 一考が西日暮里駅のホームに降り立ったのは、ほぼ10年ぶりである。懐かしい気分で大きく深呼吸して、駅裏の道灌山の緑に目を遣った。とても清々しい気持ちがして心が和むのだった。
 改札を出ての道を出て直ぐ左折して道なりに進んだ。上りきったところが西日暮里公園で、そこを抜けてゆっくりと進む。細い小道で少し行ったところに小学校があった。智恵子抄で有名な彫刻家の高村光太郎が在籍した荒川区立第一日暮里小学校である。
 帰りには立ち寄ってみようと思いながら、そこを通り過ぎて100メートルぐらい進んだところに、一考が目指すその場所があった。進行方向の右側に向かって坂道が下っていて、そこがちょうど坂道を登り切った位置である。すぐ傍に「富士見坂」と書かれた案内の標識パネルが立っていた。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(236) 8月31日分
 ここに来て急に元気がないのが気になっている。この日も、一考が訪ねた時には、ベッドに横になっていた。お薬の配合がよくないのか、心配である。もう少し様子を見て、医者に相談してみたいと思っている。

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