プロフィール

相坂一考

Author:相坂一考
滋賀県大津市出身
07年1月に推理小説「執念」を文芸社から出版
14年7月に、難病との戦いを扱った「月の砂漠」を文芸社から出版

このブログは3部構成です。
 1.タイトルへの一言。
 2.独り言コラムで、キーワードから世の動きを捉えようと試みる。
 3.プライベートコーナー
   (2015-06-03に修正) 

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685 瞬間を永遠とするこころざし

 日経新聞の名物読み物である「私の履歴書」は、今月は短歌の岡井隆氏だった。短歌にそれほど関心がある訳でないが、NHKが行っている春秋の列島縦断短歌スペッシャルの審査委員をしておられるのを時々見ていて関心を持っていた一人である。今日の最終回の最後で、同氏が紹介している一句が筆者の心を捉えたので、ここに引用させて頂きます。
 「瞬間を永遠とするこころざし 無月の夜も月明かき夜も」
 長い人生の一瞬一瞬をしっかりと生きる大切さを訴えている絶妙の一句だ。筆者は特に「瞬間を永遠とする」の言葉が気に入った。岡井氏は「この志だけは失いたくないと思って、今日もまたペンを握っている」とこの履歴書を締め括っている。これからも、大いに頑張って頂きたい。
 さて、麻生総理が追加経済対策を発表した。今の時点で考えられる対策を殆ど全てのものを組み入れたものである。厳しい経済環境で全力を上げて手を打ってゆくことは必要不可欠で、その点では、前任者の福田康夫内閣に比べれば、難関に果敢に取り組んでいる姿勢が窺われて、よくやっていると言えるのではないか。特に、三年後に消費税上げをきちんと打ち出していることは立派だと言える。
 この種のものは、出せば出したで、いちゃもんをつける連中が多い。野党はこぞってばら撒きの選挙対策だという。国民の信任を得ようとの選挙が迫っていることから選挙用の対策であっても構わないと思う。窮地を救い国民のためになるなら立派な政策だ。ポイントはそれを如何に実行に漕ぎ着け、成果に結びつけるかであろう。「瞬間を永遠とするここぞざし」が何よりも大事だ。麻生総理の一層の頑張りを期待している。
 毎年のイベントであるプロ野球のドラフト会議が行われた。今年はそれほどの大きなドラマはなかったようだ。滋賀県からも二人がノミネートされた。一人は近江高校の小熊凌祐投手で中日に、今一人が甲賀医療専門学校の宮田和希投手で西武にそれぞれ6位で指名を受けた。小熊投手は夏の甲子園に2年連続出場した実力の持ち主、宮田投手は大阪古津福泉高校時代に活躍しているが、甲子園への出場はない。お二人も、この瞬間の喜びを大事にし「瞬間を永遠にするこころざし」で頑張って欲しい。

2.連載(650) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(267)
  第六章 真夏の夜の夢(118)

(8)決行へのカウントダウン(その4)
 帰りの車の中で、一考はいろいろと考えるのだった。いよいよ決行の日が迫って来ていただけに、一考の胸中に去来するものは心残りなことばかりだった。もう逝ってしまうのだから、そんなことを考えたって仕方がないことだったが、それでも、思い出しては反省することで何とか自分に納得させようと思うのだった。人間死ぬまで自己を庇う気持ちがあることに、一考は驚くのだった。
 先ずは、親として十分なことがしてやれなかったことに対して、至らなかった自分への反省だった。二人の息子に恵まれて、元気に社会人として頑張ってくれていることは有難く、これからも楽しく助け合って精一杯生きて欲しい願うのだった。
 母親は元気で百歳を迎えようとしている。連れの親父をなくして11年目になるが、今でも俳句を楽しみながらしっかりと生きている。素晴らしいことだと感じながら、自分が先に逝かねばならないことに心残りを覚えるのだった。しかし、厳しい癌の病魔にはどうすることも出来ず、止むを得ない選択だったことで母親も理解してくれるだろうと思うのだった。
 その一方で、5人の姉妹たちに対しては、特にこれはと云う未練はなく、皆、精一杯頑張ってそれぞれの人生を全うしてくれればいいと思うのだが、次姉の久子が、これからも母親の面倒で頑張らねばならないことになろうが、自分も歳を取ってゆくだけに、気の毒だという心残りがあった。
 自分に関して言えば、せめて余生を妻と二人で楽しみたいという夢が、さあ、これからと言うところで無念にも断たれることになってしまったのは残念なことだった。心残りと云うことよりも、致し方ない運命だったと思っている。人生は如何に皮肉に構成されているか、もう少し配慮があってもいいのではとの想いはあるが、自らがどうすることも出来ないじれったさがあった。
 とにかく中途半端な人生だったが、それも神から与えられたものであると自分に言い聞かせて、最後の決断に向けて、改めて毅然としてと向かって行くしかなかった。そして、その運命の日は、紛れも無く4日後にやって来るのだ。ハンドルを握りながら、一考は。あと100時間の人生に「しっかり、思いっきり生きよう」と自分に言い聞かせるのだった。(以下、明日に続く)
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684 詐欺盛りの世の中

 振り込め詐欺は今や止まるところを知らない。テレビで毎日ぐらい注意するように報道されているし、ATM付近では留意のビラが貼られていて、監視員も配置している処も増えている。また、その付近では携帯電話の使用が禁止になっているところが多くなって来ているし、近々、そのゾーンでは携帯電話の電波を遮断して、電話が通じなくなる方法が検討されているという。
 一方、犯行を行なう詐欺グループでは、何人かが役割分担して、巧妙な騙しのテクニックが練られているようだ。昨日辺りから、押収したマニュアルの内容が報道されている。これだけ、手の内が明かされているにも関わらず、その被害件数、被害額はバカにならない。身内のものを庇おうとする優しさを突いた卑劣な遣り方だ。我々も充分に頭では理解はしているが、いざ、自分がその立場に置かれると、冷静さを失ってしまうようだ。
 解散という人参に誘惑されて国会審議に応じてきた民主党だったが、ここに来て麻生総理が解散を先延ばしした決断で、民主党は、恰も解散詐欺にあった様に、苛立っていてそれまでの戦術を変えるようだ。これによって、ねじれ国会の様相が再燃することになる。、しかし、この麻生総理の決断には、身内の反論も厳しいようで、友党の公明党の怒りは相当なものだという。
 北朝鮮の金正日の容態が再び悪化したと伝えられている。同氏の場合はもう既に亡くなっているという説から、影武者、身代わり説までいろいろあって、これまた詐欺にあっているようで真実は藪の中だ。しかし、どうやら、今回の重病説にはリアリティがありそうだ。係りつけの医者の動きからの有力情報だと言う。
 食品に絡んでは、次から次へ見つかっている安全を犯す薬品の検出は、メラミン、シアンからトルエンにも及んでいて、これらを食する我々には詐欺どころではない。命も危険に晒されているから堪ったものではない。
 多くの都道府県で、予算を使い切らなかった分を別の名義で隠しておく処理の方法は詐欺そのものだ。また、今、芸能界で話題になっている春風亭小朝と泰葉との馬鹿馬鹿しい言い争いも、国民を馬鹿にした一種の詐欺である。
 ところで、株価の乱高下で、筆者も、この辺りが底だろうと踏んで、幾ばくかの投資に踏み切ったが、何とその後も大幅な下落で、まるで巧妙な詐欺に合ったような気持ちである。そんな気持ちになっている人も少なからずいるのではと思う。
 とにかく、今の世の中は、詐欺、あるいは詐欺まがいのことでいっぱいで、うかうか出来ない。

2.連載(649) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(266)
  第六章 真夏の夜の夢(117)

(8)決行へのカウントダウン(その3)
 その日の夜、ベッドに横になって寝ようとした時に、ふと頭に浮んできたのが、雅子の実家の墓参りをすることだった。つい、自分のことばかり考えていて、そこまで考えが及ばなかったのである。一考は、明日の午前中にでも行ってみようと思うのだった。
 翌朝、いつもの段取りで朝の雑用を済ませると、車で京都に向かった。雅子の実家のお墓は、四条大宮近くのお寺、成道院の一角にあった。義父、義母のお葬式などで何回か行っていてよく知っている。そんなに遠くでないのが幸いだった。
 今までは、京都に車で出かけるのは雅子の通院日とたまに行なわれる雅子の実家の法事の日だけで、普通の日にこうして京都に出るのは珍しい。雅子と一緒でないのが残念だが、止むを得ないことだった。出かけに、いつものスーパーで花を買った。自分達のお墓に飾るのと同じような花で、お墓の大きさが合わせて、少し少なめの量にしておいた。
 寺に着くと、お寺の方には挨拶せずに、そっと裏口に廻ってお墓のある敷地に入った。誰にも顔を合わせない方がいいと思ったからである。幸い誰も参拝している人はいなかった。一考は手早く持ってきた花を飾って、線香に火をつけていつもする手順でお祈りをした。心の中で、雅子を連れてゆくことになったこと、結果的に、十分な幸せを提供することが出来なかったことなどについて詫びて許しを請った。一考にしては珍しいお祈り内容だった。
 お祈りを終えて寺の入口に戻って来たところで、本堂の脇にある出入り口から出てきた住職の奥さんに出会った。拙いかなと思ったが仕方なかった。
 「あら、雅子さんのご主人じゃないですか。ご無沙汰しています」
 「いや、どうも。暫く来ていなかったもので」一考はそう言って直ぐに通り過ぎようとしたが、奥さんが更に言葉を掛けて来た。
 「雅子さんの具合どうなんでしょう? 大変、ご苦労をされていると伺っていますが?」
 「ええ。病気が病気ですから。それでも、雅子は頑張っていますよ」一考は、止むを得ずそう答えた。
 「お気の毒でうね。どうか、お大事になさってあげてください」
 「有難うございます」
 そんな簡単な挨拶だったが、それでも、珍しくここに顔を出したことで、事故が発覚した後になって、何かの手掛かりを残したのではと少し気になった。しかし、それも、もう自分が関わることではないと諦めるのだった。(以下、明日に続く)

683 悲喜こもごもの爽やかさ

 巨人の原辰徳監督がもめていたWBCの監督を快諾してこの一件が落着したことはご同慶の至りである。筆者は同氏のファンではなく、逆に「今年見たくない笑顔」の三人のうちの一人に上げていたが、昨日のこの爽やかな快諾には、すっきりしたものを感じた次第である。因みに、後の二人の見たくない笑顔の持ち主は、豪腕の小沢一郎民主党代表とその傲慢さが気に入らない宮里藍女子プロゴルファーである。
 あのQちゃん、高橋尚子選手が現役引退を発表した。記者会見では、しきりに爽やかさを演出していて、ファンも納得したのではと思う。完全燃焼したと言ってはいたが、吹っ切れないものが残った引退であったと思う。しかし、それが人生で、全てが満足する形にはならなかった点で、一般人にも改めて親しみを与えたことになったのではないか。
 ところで、爽やかな「善意」が必ずしも幸せに繋がらないことも多い。昨日のNHKのクローズアップ現代で、カンボジアで日本人が行なったボランティア活動での井戸掘りで、一時は、多くのカンボジアの方々を喜ばせたが、その後、その水に砒素が多く含まれていて多くの犠牲者が出ていると言う。善意が悲劇に繋がったのは残念だ。安全管理の水質検査が行なわれていなかったことが問題だが……。ボランティアも、何でもやればいいと言うものではない。
 新東京銀行も、その設置の背景は中小企業を救おうとの爽やかな「善意」があった。しかし、その管理の杜撰さで、その善意を悪用した詐欺まがいの犯罪が多発して、その善意が踏みにじられたのは遺憾なことである。昨日も、石原慎太郎都知事は「そんなことも起きるのではと心配していて、そのために専門家を集めたのに」とこぼしていたが、とんでもない犯罪を誘うことになったのは、まことに残念な酷い話である。
 さて、漸くにして、株価に歯止めがかかったように見える。昨日の東証で、後場になって上向きになり、5営業日ぶりに460円近い大幅な上げで引けたが、それを受けて今朝の米国ダウは900ドル近い大きな上げとなった。今日の東証で引き続き上げが確保されると、少しは爽やかさが戻ることになるのだが、果たして、どんな展開を見せてくれるのだろうか? 今日、下がるようだと本当の救いようのない泥沼になる。

2.連載(648) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(265)
  第六章 真夏の夜の夢(118)

(8)決行へのカウントダウン(その2)
 その日、お墓参りを終えて家に戻ると、前から書こうとして書けていなかった息子達に残すメモの作成しておこうと思い机に向かった。遺言と言うようなものではなく、どうしても伝えておきたいことをメモ書きに残して置きたいと思ったからである。
 その時、一考の頭の中に思い浮かんだのは、現役時代の悔恨の思い出だった。直属の部下が自ら命を断った痛ましい事件だった。その方は、会社宛、取引先宛、そして奥さん宛の三通の遺書を残していた。いずれも直筆で、心を締め付ける悲しい内容だった。死をかけて自分の意志を伝えることの痛ましさ、辛さ、悲しさは、直筆だっただけに、読んだ人により強く涙を誘うものとなった。一考は、その種のものは避けねばならないと思うのだった。
 その点から言えば、一考はパソコンを使っての作業であるため、直筆で得られる温かさのようなものが伝わらない。しかし、字の下手な一考には都合の良い便利なツールだった。しかし、いざ、書こうとしてキーボードに手を掛けてみたものの、何をどう書いていいか迷ってしまい、何回もキーボードを打ってはみるが、気に入らなくてはデリートを繰り返すばかりで、なかなか進まなかった。
 思えば、一考の親父は、物を書くことがとても好きだったにも関わらず、この種のものは、何も残していてはくれなかった。少し、物足りない気持ちだったことは確かである。その点、連絡メモ程度のものならば、親子を繋ぐ一つの絆として適切ではないかと思うのだった。
 しばらく、あれこれと考えていた一考だったが、少し前に二人の息子達が雅子を見舞いに来てくれた時に、自分が気にしていたその種のことについては、大よそのことは話していたことを思い出し、その概要を改めて箇条書きにする程度にしておこうと考えた。この家のこと、お墓の子、お仏壇のことなどについて、その時に話した通りの自分の考え方を纏めたものに留めた。また、自分に何かあった時の連絡先リストに、OBの岡田の名前と電話番号を書き加えた。
 そして、タイトルを単なる「連絡メモ」として、コンピューターの私信のファイルに保存した。一考は、直ちに、二人にはそのメモの存在を、通常の連絡メールとして送って置いた。
 こうして、あれやこれやと考えていた息子達への伝言の件に片をつけた。ほっとした一考は大きく伸びをして、開いていたノートパソコンを閉じた。何でも保管してくれて、連絡用としても役立つパソコンの便利さに、お前は大したものだなあとでも云うようにそっとその上を優しく撫でていた。(以下、明日に続く)

682 「遂に」&「無茶苦茶」の世界

 遂に、株価はすんなりとバブル以降の最安値を大きく更新した。終値で7162円、取引時間内で7141円は、82年10月7日に記録した7113円以来、26年ぶりの安値だという。どうにでもなれと言った思いで、何かゲームを楽しんでいるような気分になってしまう。
 とにかく株価は泥沼だ。一日の動きの中でも乱高下が激しい上に、特に引け際で大きく下げる傾向が目立っている。昨日の東証もそうで、最後の1時間で500円近い大きな下げになった。今朝の米国ダウも同様で、最後の20分ぐらいで200ドルの大幅な下げとなっている。それだけ、市場が不安定だと云うことだろう。いろんな手が打たれているようだが、実質的に市場で評価されない内容だということになる。
 アイルランドでサムライ債の利払い不履行(デフォルト)が起きている。デフォルトというと「コンピューターでの初期設定」という知見しかなかったが、今朝の新聞で新たな知見を得た。無茶苦茶というか、踏んだり蹴ったりだ。
 そんな混乱の中で、麻生総理も、遂に、解散を先送りする決断をしたようだ。政治空白を避けようとする判断で止むを得ないだろう。
 無茶苦茶というと、社保庁の年金改ざん工作だ。悪党たちが集まって集団で行なった詐欺の談合行為だ。元大津の社会保険庁に勤務していた尾崎孝雄氏がその組織的な隠蔽工作を指摘、告白した。同氏は、昨日のテレビ朝日の「テレビタックル」でも証言し、その工作の実態を明かしてくれた。無茶苦茶で開いた口がふさがらず、腹が立ってしようがない。この尾崎孝雄氏が筆者の地元の大津の社保庁の職員だったという点で妙な気分だが、勇気ある行為だと思う。
 一方、先送りされていたWBCの監督については、いろんな意見に流されていたが、遂に、巨人の原辰徳監督が選ばれることになったという。しかし、間もなく行なわれる日本シリーズで、西武が優勝したりするとまたややこしくなるが、大丈夫だろうか。何か、しまりの無い決定のような気がする。
 マラソンの高橋尚子選手が、遂に、現役を引退するという。シドニーでの快挙は立派だったが、アテネの選考で落ちたのが命取りだった。最後は、もがき苦しんだようでお気の毒だった。とりあえず、ご苦労さんと申し上げたい。

2.連載(647) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(225)
  第六章 真夏の夜の夢(117)

(8)決行へのカウントダウン(その1)
 雅子に決断を告げた日、ドリームスペースを出た一考は、その足でお墓参りに出向いた。2004年暮に帰郷後は、ずっと一ヶ月に一度ないし二度のお参りを続けてきているが、恐らく、今日がその最後となる日だ。少し、緊張した面持ちで、一考はいつものように墓石を磨き、お花の入れ替えなどを済ませ、ろうそくに火を灯し、お線香に火をつけてお参りした。
 一考の頭の中では、親父が元気であった頃の精悍な顔が浮んでいた。時には近づき難いような厳しさを感じたこともあったが、その威厳に満ちた顔つきには、一考も尊敬の念を抱いていた。源氏物語を初めとして日本の古典に造詣が深い一方で、五言絶句の漢詩にも思い入れが強かった。毎年の年賀状に、その漢詩の作品を紹介し続け、一つの歴史を残した。惜しむらくは、そんなに深く文学を愛しながら、本を一冊も出版していなかったことだった。だからこそ、拙い作品だったが、一考は「執念」の出版に踏み切ったのだった。そんな親父への恩返しの意味を含めていたからで、出版できなかった親父の悔しさへのあだ討ち的な意味をもこめていた。いずれにしても、、大した親孝行が出来ていなかったことへの申し訳なさがあった。
 次に、頭に浮んできたのは、母親のことだったが、まだ健在で、来年には目出度く100歳を迎えることになる。親孝行と言った面では、母親には、箱根、浜名湖、松島などの小旅行に連れて行ったことが思い出される。その一方で、恰もスポットライトを浴びているように頭の中に思い出されて来るワンシーンがある。それはまだ幼かった頃の出来事で、母親と一緒に食料の買出しに付いて行った時の思い出だった。帰りの駅のホームのベンチで列車を待っている時だった。憲兵がやってきて乗客の手荷物検査を始めたのである。その時に、自分の小さな背中の後ろに買ってきたお米を隠したのである。有難かったのは、その時の憲兵の取った優しさだった。隠してあるお米を知りながら、それを見逃してくれたのである。戦後の混乱の真っ只中で、そんな優しさが存在したこと自体が不思議なくらいで、思わず、何か込み上げてくる熱いものを感じるのだった。
 いろんな思いを断ち切るように一考は両手を合わせて一礼して、ゆっくりとその墓を離れて車に戻った。明るい夏の日差しが、少し湿っていた一考の胸中をからっと乾かしてくれるようだった。一考は、車の中から、改めて一礼してから、ゆっくりとアクセルを踏んで、三井寺の霊園を後にした。(以下、明日に続く)

681 歯止め

 さあ、また新しい週が始まる。まず注目されるのは株価の動きだ。先週末にバブル以来の最安値(7808円)に迫った東証の株価(7648円)が、どんな出だしで始まるかである。ポイントは株価の下落に歯止めが掛かるか、どうかだ。先週の最後の3日間で1650円以上(およそ17%)も急落しただけに、不安と興味で見守ることになる。とにかく、世界的にスパイラルな下落傾向が続いているだけに、歯止めをかけることは容易ではないが、まず、日本で食い止めることで世界同時パニックに歯止めを掛ける欲しい。
 麻生内閣の支持率にも歯止めが掛かって欲しいと内閣の多くが願っているはずだ。しかし、今朝の日経の調査結果では、内閣支持率は48%で発足直後の調査より5%低下したと伝えている。このままずるずる下がっていけば、解散のタイミングも失ってしまい、下手すると野垂れ死にしてしまう。
 中国訪問から帰国した麻生総理は、かつてオタクで人気を得た秋葉原で、昨日総理就任後初めての街頭演説を行なった。以前のアキバ人気に比べると、手ごたえは今一つのようだった。一方の民主党も鳩山由紀夫、菅直人らの党幹部の夫人たちが、鳩サブレーや菅コーヒーを配って選挙を意識した街頭活動を行なった。じわじわと拡がる解散先延ばし風に歯止めがかかるのかも、今一つはっきりしない。
 食品問題も然だ。中国ギョウザから始まり、最近では冷凍いんげん、カップめん、更には伊藤ハムまでに至った食品に絡んだ健康被害関連問題や偽装問題は、今は止まるところを知らず相次いでいる。うっかり何も安心して食べられない状況になって来ていることは残念だ。これこそ、抜本的な対策を執って、しっかりと歯止めを掛けて欲しい。
 橋下徹大阪日知事の話題も止まるところを知らない。先日の強制執行に伴う幼稚園児を巻き込んだ芋ほり問題、昨日は、大阪の教育を考える府民討論会での激論など、しつこいメディアの対象となって大変な毎日のようだ。人気の裏づけなのか、ほころびが見え始めたのか、見方はいろいろあろうが、本人も足を引っ張られる動きには歯止めが掛かって欲しいだろう。
 しかし、何といっても深刻なのは人口減少だ。女性一人が生涯に生む合計特殊出生率は、昨年度は少し持ち直したデータが出たが、果たして、それで歯止めが掛かったのかどうかは、今一つはっきりしない。将来の日本を考える時、大事な指標の一つであり、今後も注目していかねばならない。
 歯止めがそんなに深刻でないのが、芸能人や有名人の「できちゃった結婚」である。最近では、フジテレビの佐々木恭子アナウンサーができちゃった結婚を発表した。東大出の美人アナウンサーで再婚である。何となく好感を持っていたファンの一人だっただけに、今や一人身同然の筆者には羨ましい話だ。
 こうして、歯止めという言葉から世の中を見るのも結構面白い。

2.連載(646) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(224)
  第六章 真夏の夜の夢(116)

(7)雅子への腐心(その15)
 その夜の雅子は冷静だった。夫から「一緒について来てくれるか?」と言われた時には、正直言ってほっとしたのである。「与えられた人生を最後まで生きるべき」という夫から聞かされていた言葉をそのまま返してはみたものの、心中では自問自答して悩んでいた。それと云うのも、仮に、夫が思い直してくれて最後まで頑張ってくれたとしても、どうしようもない癌に侵されているならば、最後は矢も折れ力も尽きて、起き上がれなくなって何も出来なくなり、どうしようもなく苦しむことになることは容易に想像できた。そうなれば、誰が面倒を看るのかも不安で、結果的には、息子達に迷惑を掛けることになるだろう。夫もそれだけは避けたいと考えているはずであり、そこまでして、夫の人生をゆがめてしまうことがいいのだろうかと考えると、夫の決死の結論は妥当だと思うのだった。
 ほっとした背景には、その他にも、自分だけが置いてきぼりを食うようだったら、もっと悲惨だと思っていたこともあって、一緒に連れて行ってくれるとの言葉があったからである。この施設での介護の皆さんは優しく介護していただいていて、生きることには問題はないが、夫のいない毎日は、精神的に堪えられない虚しいものになる。また結果として、子供達が苦労するとを思うと胸が痛んだ。それだけに、夫が出してくれた結論は、自分には妥当で然るべきものだと受け取ったのである。
 確かに、いろんな人生があろう。自ら、その幕引きをすることは通常は許されるものではなかろうが、時と場合によっては、それがベストの選択になることもあるのだ。幸い、夫は、関係のない他の人たちを巻き込むようなことをせず、後の処理や片付けも最小限になるような配慮をしてくれているという。
 欲を言えば切りが無い。少なくともこの病気に掛かるまでは、健康を誇りにし、真面目に結婚生活を精一杯楽しんだ60余年の人生だった。少なくとも、このような悔しい人生になるとは思ってもいなかったが、それは有無を言わさない神の配剤であり、今更それに不満を述べても致し方がない。こうなった以上、何事にも淡々とした素直な選択がいいと思う。粛々として、夫を信じついていくことが、素晴らしい人生の最後の選択だと改めて自分に言い聞かせるのだった。(以下、明日に続く)

680 放鳥

 世界の恒久平和を願って恒例の放鳥が昨日の25日の午前、天皇、皇后両陛下がご療養先の栃木県那須の御用邸内、休憩所の「嚶鳴亭」で行なわれた。これは昭和天皇時代の1967年から続いている伝統行事で、ヤマドリやキジをそれぞれ3羽ずつ放鳥されたという。この日の那須地方は薄い雲に覆われたものの秋らしい過ごしやすい天気となり、両陛下は鳥の行方を目で追いながら、赤や黄に色づいた木々の葉やススキなどの風景を楽しまれたようだ。
 さて、少し無理な喩えかもしれないが、衆議院議員を鳥に喩えれば、解散は放鳥に相当する。今や、永田町ではその放鳥、いや解散のタイミングを巡っての駆け引きが活発化している。麻生内閣成立当初の新聞報道では、今日がその選挙の投開票日になるという活字が躍っていた。しかし、その後の世界を巻き込んだ金融問題の浮上で、そのための経済対策優先で日程は大きく揺れていて、11月30日が次の投開票日の候補として取りざたされてきた。
 ところが、それも、その後の緊急の外交日程などが絡んできて、麻生総理もその伝家の宝刀を抜くタイミングで腐心しているようだ。専門家の見方では、今週末に麻生総理の決断が迫られることになりそうだという。経済の安定化、将来の日本の繁栄を睨んで、どんな展開が待っているのか、この大型政治ドラマもいよいよ大詰めで、国民はその成り行きを見守っている。
 話が変わるが「ほうちょう」と聞くと何となく「訪朝」を連想する。小泉元総理が敢行した決死の二度目の訪朝から早くも4年半が経過した。しかし、この間、拉致問題は一向に進展せず、空回りをしていて全く埒が明かない。被害者家族の気持ちは察して余りあるが、まともに話し合いに応じない相手だけに、これといった打つ手が無いのが辛い。拉致被害者家族にとっては、恒久平和を願って行なわれた天皇、皇后両陛下の放鳥に肖りたい気持ちも大きいはずだ。政府に対して、拉致被害者全員の無事帰還に全力を挙げてほしいとの願いはますます高まっているはずだ。そのための手段として、筆者は、今一度の訪朝もあっていいのではと思ったりしている。

2.連載(645) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(223)
  第六章 真夏の夜の夢(115)

(7)雅子への腐心(その14)
 その夜、一考は、昼間に雅子と話した内容を思い出しながら、人生最後の選択で、どちらの道を選ぶべきかで考え込んでいた。雅子からは「あなたの判断、決断に任す」と言われたが、同時に、自らが雅子に過去に話して聞かせた「最後まで一生懸命に生きる大事さ」を投げ返されたことも大きな引っかかりとなっていた。
 一考は熟慮に熟慮を重ねた。そしてその熟慮の結果、自らが自らの人生の幕引きをするという結論を変える気持ちにはなれなかった。自らの醜さを曝け出すことは避けたいと思う気持ちが思いのほか強かったからで、それは自分が大事にしていた美学と言うべきものだった。
 問題は雅子の同道だった。いろんな考えが改めて交錯したが、雅子一人を残こして行くことには忍びないものがあった。治る病気なら別だが、これからも悪化が進む進行性の病気である。現に、この施設に入居後もゆっくりだが悪化は進んでいて止まるところを知らない。本人の苦しさもさることながら、今後面倒を見なければならない二人の息子達への余計な苦労を考えると、それも避けたいと思う気持ちが強かった。
 「連れて行こう、一緒に行こう」一考は雑念を断ち切ってそう決断した。思い悩み、逡巡を繰り返した結果の渾身の決断だった。
 翌日の午前中、一考はドリームスペースを訪れて雅子にその結論を打ち明けた。心を鬼にしての伝達だった。雅子にしては、何かしでかした悪さに、判決を言い渡されるような気持ちであったに違いない。
 「あなたと一緒なら、どこでも参ります。覚悟は出来ています」雅子は落ち着いた口調でそう言って頷いた。
 「一人で生きていても、何の楽しみもないんだから」と付け加えた。雅子の顔には涙は無く、却って、清々しいような顔つきだった。一考は、椅子に座っている雅子をそっと抱きしめた。雅子は、それ以上は何も言わずに、されるがままにじっとしていた。
 「それじゃ、あと5日後なのですね。私達の旅立ちは」あくまでも冷静だった。雅子はそう言ってカレンダーの方に視線を送っていた。
 「ごめんね。ついて来てくれるね」一考は、改めてそう言うのが精一杯だった。窓から見える空には、、むくむくと上昇している怪しげな積乱雲が元気な姿を見せていた。間もなく、激しい夕立が来るのだろうと一考は感じていた。(以下、明日に続く)

679 全治3年

 昨日は、日本の株価も、あの5年半前の7608円に迫る安値まで下がった。何処まで下がるのか全く分からない。今朝の米国市場も大幅な安値になった。また、為替も一時は1ドル90円を記録した。まさに泥沼である。
 麻生首相は、就任直後の初の所信表明演説で「めどをつけるには大体3年、日本経済は全治3年と申し上げます」と述べた。今朝の毎日新聞では、そのことに関して、それは福田赳夫総理を真似た「全治3年」という。
 今から35年前の1973年11月の第一次石油ショックの際に、福田蔵相が掲げた目安だった。便利な言葉で、そこには、それを裏打ちする綿密な計算があった訳ではない。一般論として3年も経てば、大抵世の中は変わるものだし、人間の記憶も「人の噂も75日」を遥かに超えたもので、皆が忘れてしまうタイミングで曖昧もいいところだ。つまり、「3年」という期間は、急場をはぐらかす、或いは凌ぐ意味で、結構便利な期間、言葉である。
 現に、前回、株価が7608円を記録したのは、2003年4月であり、それから3年後には、株価は、ほぼ17000円台に回復している。天気予報ではないが、大体そんなサイクルで世の中は廻っているのだ。もちろん、そこには必要な然るべき政策が打たれていることは前提だが。
 まあ、何か困ったことになれば、3年待ってくれと云うのはそれなりに意味があるのだろう。今回も、そういう意味で麻生総理のいう3年を待ちたいと思う。それにしても、10月に入ってから営業日はまだ18日なのだが、その中で、東証の値下がり幅が800円を越した日が4日、その中で史上初の1000円を越す大幅な値下がりがあった。恐らく、こんなに激しい株価の動きは、史上初めてではないか。今までの通則が当てはまるかどうかにも不安がある。本当に3年で完治するのだろうか。
 余談になるが、3年後には、今の地上波アナログ放送が終わり、デジタル放送に変わる。見方によっては、時代が変わる節目を迎えることになる。一方では、人気の橋下徹大阪府知事、東国原英夫宮崎県知事もほぼ一期目の任期を終えるタイミングだ。改革を訴えて頑張っている二人の知事がどんな実績を達成しているかの答えが出始めるタイミングでもある。そういう意味での3年は興味がある。ただ、肝心の麻生総理がその頃どうなっているか誰も分からない。

2.連載(644) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(222)
  第六章 真夏の夜の夢(114)

(7)雅子への腐心(その13)
 とにかく、一考は不思議な気分を味わっていた。昨日のあの激しいやり取りが嘘のように、この日の二人の会話は、雅子が健康であった昔のように淡々した明るい会話を交わしていた。 
 「自分が介護を受ける立場になって、一番良く分かるのが介護の大変さだと思うの。私のように何もできない障害者への介護は、精神面での大変さに加えて、肉体的にも苛酷な力仕事で、本当にお気の毒に思うわ。とにかく、何事をするのにも、大抵の場合、先ずは私を持ち上げる作業から始まるのだが、その作業が最も力のいる大変な仕事で、下手すると腰を痛めることになりかねない。前にも話したかも知れなけれど、特にトイレやお風呂は、その重労働の最たるもので、少しでも軽くしてあげようと頑張って自分で立とうとするのだが、それが全く出来なくなってしまっていて、申し訳なく思っているの」本当に申し訳なさそうな顔で、雅子は話して聞かせてた。
 「まあ、致し方ないよね。介護付き施設だから、しっかり甘えていいのじゃない。いちいち気にすることはないと思うんだ。そう言えば、そのお風呂だけれど、今は車椅子のままは入れるんで、少しは作業も楽になったんじゃない」
 「そうだけど、この方式は。私にとっては、身体を深くまでお湯に浸せることが出来て温まれるから有難いんだけど、介護する立場からは、力仕事が増えた訳じゃないけど手間が増えて大変なのよ。お湯をタンクと湯船に入れ替え作業が必要になるから。でも、これってもう数年前からよ」今頃、確認するっておかしいよ、といったような口ぶりで雅子は一考の顔を見た。
 「そうだったね。うっかりしていた。入居して半年ぐらいしてからだったね」一考の頭の中は少し混乱していて、自分で何を言っているのか分からなくなっているのだった。
 「大丈夫? 何だかお疲れのようね。昨日、私が勝手を言ったせいなのね」
 「そんなことじゃない。単なるうっかりだよ」重大な決断をしなければならない一考には、多少の混乱も止むを得ないことかもしれない。
 「若し、あなたがアナログ放送の終わる日の24日に決行するとなると、その前日が土曜日で、ちょうど入浴日になっているのは、有難いことだわ」雅子は大事なものを見つけたかのように、ほっとしたような顔で笑って見せた。
 「そうか、水曜日と土曜日か入浴日だったね。そうなると、今度の土曜日はアナログ放送の終わる前日ということなんだね。しかし、雅子! そのことは、まだ最終結論を出した訳じゃないんだよ」一考は、そう言って釘をさしたが、その面持ちは緊張していた。
 「ちょうどいい案配になっているんじゃない。これも、神様の思し召しかしら?」雅子が意味ありげにそう言って、一考の顔を覗きこんだ。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(290) 
 このところ、雅子の様子は、低位安定の症状で一進一退である。
 なお、この欄は、今回で一旦終了し、今後は適時、上記「難病との闘い」の中で扱ってゆく。

678 幾つかの気になる話

 今度はカップ麺だった。日清食品の製品からパラ・ジクロルベンゼンやナフタリン系の防虫剤が入っていたという。うっかり、物も食べられない世の中は異常だ。
 解散風が弱まっている。追加経済対策が打ち出される一方で、麻生総理の外交日程も幾つか入っていて先行きが不透明だ。
 来日中のインドのシン首相との会議を民主党の小沢代表が体調悪くキャンセルしたという。以前から体調が心配されている同氏だけに、若しも選挙に勝って総理になったら勤まるの?
 園遊会で、石井慧選手が次回のロンドン大会は目指さないと両陛下に発言。真意はなんなの?
 株はやはり乱高下が続いている。昨日の東証も600円の下げから少し回復して213円の下げまでもどした。今朝引けた米国ダウも、動きの幅はー400ドルから戻しての172ドル高で、その動き幅もほぼ600ドルと大きい。
 とかく話題の多い橋下徹大阪府知事だが、今度は私学助成金の削減で、高校生と激論し、泣き出す女子生徒もいたと言う。泣かれるとやはり困るのでは?
 俳優でタレントの石田純一さんとの交際で話題だった長谷川京子さんが、ポルノグラフィティのギタリストの新藤晴一さん(34)と結婚をしたという記事を見つけた。果たして、純一さんのコメントは? 同氏の性格からすれば、多分、さっぱりとして祝福するだろう。

2.連載(643) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(221)
  第六章 真夏の夜の夢(113)

(7)雅子への腐心(その12)
 「有難う。雅子がそこまで言ってくれると言葉が無くなってしまう。人生の最後の相談をしたこと自体が間違っていたと思うけど、君の考え方が分かったことで、大いに意味があったと思っている。有難う。至らぬ夫だったが許して欲しい」そこまで言うと、一考は込み上げてくる熱いもので言葉に詰まるのだった。
 「正直言って、本当のことを聞かせてもらって嬉しかった。後でそんなことを知ったとしたらどんなに苦しむことか、考えただけで胸が痛むわ。でもね。あなたが自分で幕引きをする場合は、必ず私を連れて行ってくれることが前提ね。そうでなければ、私は舌を噛んででも死んで見せるわよ」雅子が少し睨みつけるような仕草でそう言って、一考の顔に柔らかい視線を送った。
 「分かった、とにかく、もう少し考えさせて欲しいよ。君が言ってくれた『最後まで頑張る』と言うことも素晴らしいことだからね」一考の頭の中はちぢに乱れていた。頑張って最後まで生き続けるか、はたまた自ら決着をつけて死を選ぶか、二つの全く違う人生の選択に、言葉に表せないプレッシャーを覚えていた。
 「最後まで頑張るっていうのは、あなたが私に教えてくれたことなんですよ」雅子の顔は明るかった。少しからかうような言い方が一考の気持ちを軽くしてくれるようだった。
 「それはそうだけれど、改めて君の口から聞くと、ずしりと胸に響くよ」
 「そうかしら。それよりも、私には昨日ご馳走になったステーキの味が忘れられないわ。最後の晩餐ではないけれど、そんな貴重な思い出のステーキになりそうだわ」
 「最後の晩餐か。なかなか言うじゃない。何だか、逆に君のペースに巻き込まれそうになっちゃうよ」
 「知らないわよ。私は、全てをあなたにお任せしたんだから」雅子は、すっかり陽気になっていた。この施設に入って見たことの無い陽気さだった。
 「まあ、とにかく、今夜、じっくり考えてみるよ。それは、ともかくとして、そんなにステーキのことを褒めてくれると言うことは、ここでの食事も変わり映えしなくてマンネリになっているんだろうね」一考は、雅子に同情するようにそう言って、深刻な話題から転じようとした。人生最後の選択を一任されたことで、一考の精神的な負担がいっぱいいっぱいになっていたからである
 「そう言っちゃお気の毒よ。みんな一生懸命にやってくれているんだから。限られた費用でのやりくりだから大変だと思うの」雅子の指摘は正しかった。今の雅子は、一考に命を預けたと宣言したことで、気分的には開き直っているようだった。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(289) 10月23日分
 実兄夫婦と次姉のお見舞いがあった。雅子も懸命にそれに応えていた。前日よりは少し体調がよかったように思う。

677 明るい話題が少ない今日この頃

 今の世の中暗いニュースが多過ぎる。大阪での3Kmも被害者を引きずった酷いひき逃げ、病院での医師不足での妊婦死亡、海上自衛隊員への集団暴行、不安全な食品事故多発、それに株価を始めとする金融問題など枚挙に暇が無い。株価については、今朝も米国ダウは500ドルを越す大幅な下げ、為替も1ドルが97円台でお先は真っ暗だ。
 何か明るいニュースはと探してみると、リニアー新幹線の話題が出てきた。東京、名古屋間を40分で結ぶと言う。三つのルートが検討されているが、常識的には直線ルートがいいのではと思う。夢のような話が実現ということで、明るさを感じたものの、その実現が2025年と聞くと、筆者にはやはり夢の世界の話である。どう見ても、そこまでは生きているのは難しいからだ。
 そんな訳で、現実的で明るい気持ちにしてくれて、心を癒してくれるものはと探してみたが、刹那的なものに過ぎないが、やはりテレビしかない。
 年を取ったせいか、最近は早起きするようになっていて、4時過ぎには起きることが多い。寝起きの重苦しい気分を明るくさせてくれるのは、やはり、朝のワイドショーでの美人キャスターだ。筆者が好んで見ているのは、4時からの「おは4」(BS日テレ)の中田有紀さん、5時20分からのズームイン(日テレ)の西尾由佳里さん、8時からのスッキリ(日テレ)のエレーヌ葉山、それに裏番組のテレビ朝日のスーパーモーニングの赤江珠緒さん、はなまるマーケットの岡江久美子さんなどが気に入っていて、それらを見ながらブログを書いたり、掃除をしたりしている。目の保養は精神的な健康にいいようだ。
 ところで、キャスターと言えば、夜の番組だが、MBS(TBS)で昨日か久米宏の新番組が始まった。野次馬的な興味で、どんなものなのかと見ていたが、まあ、大人の井戸端会議のような内容で、全体としては、まずまずの印象だった。久米宏が若作りで頑張っているのは良いとして、ゲストの一人の芸能人(名前を思い出せない)がKYな出しゃばりで大きな汚点を作っていたの気になった。アシスタントの八木亜希子さんはいい味を出していて悪くはないが、やはり、少しお年を召された感じだ。そんな中で、東大大学院教授の姜尚中氏やジャーナリストの上杉隆氏は、この番組の中では重みを出していて好印象だった。いずれにしても、そんなに視聴率が上がるとは思い難い。
 それよりも、クライマックスシリーズにはそれなりの関心がある。昨夜は、西武が勝ち上がった一方で、巨人が中日に競り負けて今後が不透明となった。それにしても中日の落合監督は、ベンチでの表情も淡々としていて、いかにも監督らしいのがいい。好き嫌いは別として、今や、大監督への階段を昇りつつある。原辰徳監督の笑顔だけは見たくないので、中日には頑張って欲しい。

2.連載(642) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(271)
  第六章 真夏の夜の夢(112)

(7)雅子への腐心(その11)
 その夜は、思いかけない雅子の反応に一考は戸惑い、悩み、苦しんでほとんど寝られなかった。恐らく、雅子もそうに違いないと一考は考えていた。
 不安な気持ちで翌日雅子の部屋を訪ねた。しかし、意外なことだったが、昨日の取り乱し方が嘘のように雅子は落ち着いていた。
 「昨日のステーキはとても美味しかったわ」雅子がうれしそうに話しかけて来たのである。とりあえず、一考はほっとして雅子を見た。この施設で一考が作った初めての料理だっただけに、それを気に入ってくれたことには満更でもなかった。幸い、この日も、雅子の言葉ははっきりしていて聞き易やすかった。
 「それはよかった。また、機会があったらサービスするよ」そう言ってみたが、今週もあと数日しか残っていないことに気がついて戸惑うのだった。
 「それはうれしいけど、何だか、この世での最後の美味しいものを食べさせてもらったみたい。充分に満足したわよ。それはそうと、昨日はごめんね。思わず取り乱したりして。私、ほんとにびっくりしたの」雅子は明るい表情でそう言った。昨日のことは嘘のような変わりようだった。
 「驚かせてしまってごめん。最後まで嘘を言って騙すのは卑怯だと思ったから。今は、悩んでいるけど、君が言ってくれたように最後まで頑張るのも一つかも知れないとも思っているが、まだ時間があるので一生懸命に考えてみる。せっかく、君があんな風に強く言ってくれたんだから」一考は、雅子の出方を伺うようにそう言った。
 「私も考え直してみたの。昨夜は驚きが先行して、そうは言ってみたものの、昨日の昼間にあなたと話したように、私達は今までは終始アナロ的な人間で通してきた、最後ぐらいは思い切ってデジタル的な発想で決断することもいいのではと思うの。そう考えると気分は軽くなって来るの。こんな身体で頑張って生きて見ても、そんなに楽しみがある訳でもないし、皆に迷惑ばかり掛けるだけなのだから。そういう意味で、私も一緒に連れて行ってくれるなら、そんな形での最後も素敵なのじゃないかと考え直したの。とにかく、あなたに全てを任せるわ」淡々とした口調で語る雅子は、昨日の雅子とは別人のようだった。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(288) 10月22日分
 全体的には大きな変化は無い。

676 卑怯なひき逃げ犯

 昨日の未明、大阪駅前の国道の交差点で30歳の会社員の方が車にはねられ、約3キロにわたり引きずられて死亡した。その痕跡が途中で蛇行していることから、引き逃げ犯が振り放そうとした可能性があり、大阪府曽根崎警察署の捜査本部では、引きき逃げのほかに「未必の殺意」を視野に入れて行方を追っているという。実にむごい事件だ。直ぐに病院に運んでいれば助かっていたかも知れない。
 一方、19日の午前3時前に、大阪市淀川区の交差点でも、横断中の男性が軽自動車にはねられ、180メートル引きづられ重症を負った。淀川署は、父親の車を無免許で運転していた中学三年生の女子生徒を逮捕した。調べによると、この中学生は「自転車の男性に当たった後、運転していて違和感があった」と話しているが、この女性に男性を引きずっていた認識があったかどうかが焦点で、慎重に調べているという。それにしても、中学生が無免許での運転はとんでもない行為だ。けしからんではないか。父親の車の管理の責任は免れない。
 ひき逃げの発生数は、07年度で全国で14000件余りだが、その内大阪府で2300件余りで、全国で最悪だそうだ。一方、その検挙率は、06年度で、ほぼ3分の1程度でとても少なく、逃げれば、大半が逃げられるというのが実態のようだ。
 それにしても、引きずったまま逃げると言うのは、非人間的な行為の最たるもので、余りにも酷すぎる。上記事件は何としても、検挙して欲しい。
 ところで、ブッシュ大統領が、北朝鮮をテロ指定国家リストから削除したことに絡み、対北朝鮮への重油供給を拒否している日本分を、米国主導で、豪州が肩代わりする方向で進めていると言う。これは、上記のひき逃げ事件に喩えれば、ひき逃げされた日本を引きずったまま走り続ける米国が、日本を振り払おうとする行為に似ている。ひき逃げ犯である米国の許されない残酷な行為である。こうなれば、日本はもはや6カ国会議に出席する意味もなく、脱退のタイミングではないかと筆者は思う。同盟関係にある友人だが、その程度の友人関係なのが悔しいが、そうかと言って「絶交」と言えない日本が悲しい。 

2.連載(641) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(270)
  第六章 真夏の夜の夢(111)

(7)雅子への腐心(その10)
 この日の屋上での雅子とのやり取りが想定以上のインパクトがあって、その後も、一考はどうすればいいか躊躇していた。その言葉自体は、それまでに一考が悩んだ末に考えた「この際、思い切って連れて行く」という結論をサポートしてくれた解釈できたが、、その一方で、部屋に戻ってコーヒーをうまそうに飲み、ステーキを美味しそうに食べている雅子を見ていると、その気持ちが大きく揺らいで来ていたのであった。
 とにかく、一考は、思い切って本当のことを話すことにした。このままでは雅子に嘘をついたことになる。嘘も方便とは言え、人生の最後の段階での嘘は許されるものではない。その後の雅子が見せた飲食の楽しそうな行為に、生き続ける大切さを思い、一考は考え方を変えざるを得なった。
 後片付けを終えて一段落した一考は、思い切って雅子に真実を話して聞かせたのである。手に負えない癌に侵されていて、回復の見込みが無く、余命一年と宣告されてもう半年近くになっていること、最後ぐらいは醜い姿を見せるのではなく、自らが幕引きしたいと考えていること、そして、それは、時代の変わり目の一つになるアナログ放送が最後になる次の日曜日を考えていることを告白した。驚いた表情でじっと聞いていた雅子だったが、一考が話を終えるのを待っていたかのように、それまでにない大きな声で反論したのである。
 「そんな勝手なことは許さないわ。あなたがいつも私に言っているように、神が与えてくれた人生は最後まで一生懸命に生きるべきよ。自らが幕引きをするなんてことは、神への冒涜であって、決して許されるものではないでしょう。それはあなたが幾度となく私に言ってくれたことなのよ!! それに、私を置いてゆくことは卑怯そのものだわ。先ほども屋上で言ったように、それなら私も連れて行ってくれなきゃ、卑怯の上塗りよ。いずれにしても、そんなことは断じて認めないわ」予想外の怒りに満ちた雅子の反論で、手がつけられないような様子だった。一考は、やはり、そのことを話してしまったことを悔いるのだった。話さなければと言う思いが込み上げてきて、思わず顔を手で覆ったのである。
 「分かった、分かったよ。君がそんな風に言ってくれるとは思ってもいなかった。分かったよ。考え直すから」取り敢えずはそう言って、その場の取り乱している雅子の怒りを静めるのだった。それまでじっと静かにしていた病魔が、一考の体の中で、急に暴れ始めたような気がして、今までにない疲労を覚え始めていた。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(287) 10月21日分
 症状は前日と変わらない。3時のおやつの時間に今月のお誕生会ガ行なわれた。おはぎが出たが、雅子は、あんこの部分を少しだけ食べたようだ。

675 阪神、岡田監督終戦

 昨年の11月27日のこの欄(347回ご参照)で、今年は「三人の岡田で勝負」と書いた。つまり、民主党の副代表の岡田克也、サッカー日本代表監督の岡田武史、そして阪神の岡田彰布監督が、それぞれの世界で活躍を期待すると書いた。
 その一人の岡田彰布監督が昨日の戦いを最後にユニフォームを脱ぐ。開幕からトップを独走し、一時は2位以下に13ゲームも引き離していただけに、意外な展開でファンの期待を裏切る残念な結果となった。
 最終戦となった昨夜のクライマックッシリーズでの中日との決戦は、稀に見る息詰まる投手戦を繰り広げたが、最後に押さえの守護神の藤川球児投手が中日の主砲のウッズに被弾して万事休すした。今季最高の好投していた岩田投手の交代タイミング、ウッズとの勝負を避けなかった作戦に悔いが残るが、それが岡田監督の真骨頂の采配で止むを得ないものだった。打たれた藤川投手が「迷惑を掛けた」と言ったのに対し、同監督が「最後に打たれたのがお前でよかった」と言った言葉に同氏の気持ちが反映されている。悔いはないということだろう。
 正直言うと、筆者はベンチでの岡田監督の顔はあまり好きではなかった。何か、しまりが無くて賢そうに見えなかったからである。しかし、今年の戦いぶりは最高で岡田長期政権を窺わせたが、まさに「好事魔多し」であった。やはり、北京オリンピックの存在がそれまでのペースを狂わせたのだろう。
 しかし、この5年間の功績は大きい。Aクラスの常連チームとして定着させたこと、大学の後輩の鳥谷選手を我慢強く使って一人前に育て上げたし、藤川投手を軸にしたJFK体制での勝利パターンを確立させたことなどは、大きな功績だった。第一次岡田体制は一旦終わったが、いずれまた、采配を振るうチャンスが巡って来ると思う。それまで、じっくりと充電して待機していてもらいたい。
 なお、後の二人の岡田氏は、目下、継続奮闘中だ。勝負のタイミングが迫って来ている。頑張って花を咲かせて欲しい。

2.連載(640) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(269)
  第六章 真夏の夜の夢(110)

(7)雅子への腐心(その9)
 とにかく、この日の雅子は異常だった。この施設に入居以来、見られなかった雅子がいた。口の動きも滑らかで、言葉も明瞭でほとんど正常な時のような喋り方だったし、ストローでのコーヒーの吸い上げ方も、驚くほどにスピーディだった。一考は、何か不思議な気持ちで介護を努めるのだった。
 「熱いけど、おいしい」一口吸い終った雅子が、いつもとは違った鮮明な言葉でそう言って、一考の顔に視線を送る。一考は、その雅子の視線に、若い時のあの初々しい新婚時代を思い出す。
 「以前は、インスタントコーヒーなんて君の嗜好には合わなかった。いつも、本物のうまさを追及していたのを思い出すが、こうして、美味しいというところをみると、病気が君を味覚の点でも変えてしまっているんだね」一考は、差し障りの無いことを話題しながら、雅子の様子が、このままずっと続いて欲しいと願うのだった。
 「それは、仕方がないことでしょう。病気になってしまったんだから。今では、これで充分だわ。とにかく、この病気という厄介な化け物が、私をすっかり変えてしまったんだから」そう言いながら、雅子は、うまそうにそのインスタントコーヒーを吸い上げていた。
 数日前から準備して来ていたことなのだが、その日の夕食は、一考がサービスすることにしていた。もちろん、前もって介護士さん達に断っていた。とにかく、ここに入居してからは、食事のサービスは殆どしたことがなかった。全て介護士さん任せだったので、食事に関する雅子の症状の変化は、介護士さんからの報告によるしか把握していなかった。
 買ってきた柔らかいステーキを、熱版プレートでそれを焼いた。ご飯と味噌汁は施設で用意してあるものを頂戴した。ここでも不思議だったが、雅子は、そのステーキを何の苦も無くぺろりと平らげた、もう一年以上も前から、みじん切りして細かくしたものしか口にしていない雅子だったが、とても美味しいと言って食べてくれたのである。そのうれしそうな顔を見ていると、一考の気持ちは改めて乱れるのだった。とにかく、こうなった以上は、全てを話して雅子の考えを確認するしかないと一考は腹をくくるのだった。先ほどの屋上での雅子とのやり取りでの強い反発などを思い出して、そのままにしておくわけにはいかなかった。
 食事が終わり、後片付けを済ませると、一考は頭の中を整理しながら、どう話して聞かせるかを考えていた。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(286) 10月20日分
 前日と同じような症状。相変わらずコミニケーションが大変。互いに、粘り強く頑張っている。

674 見ごたえ満載の日曜日

 昨日は、見ごたえのあるドラマが満載の日曜日だった。
 先ずは、緊急のG8サミット開催の話だ。解散がちらつく永田町に、金融問題でG8サミット開催のニュースが飛び込んで来た。麻生総理がブッシュ大統領に呼びかけたというが、その時期が微妙に絡んでいて、解散のタイミングがずれ込むのではといった見方もある。一旦、噴出した解散風を止めるのは難しいとされていて、麻生総理がどうジャッジするか注目される。その目玉である麻生太郎対小沢一浪の対決は、今朝の毎日新聞の世論調査では、麻生内閣の支持率が6%ほど下がっていて、麻生には流れは芳しくない。
 スポーツの世界でも話題がいっぱいの日曜日だった。中でも、タイに持ち込んだ話題が目立った。プロ野球のクライマックスシリーズでは、阪神が中日に勝ってタイに、日本ハムも西武に勝ってタイに、また、海の向こうの大リーグでも、松坂、岡島のいるレッドソックスが岩村のいるレイズに勝って、これまたタイに持ち込んだ。今日以降の最終決戦が面白そうだ。
 ゴルフでは、男子が日本オープンで片山晋呉が、一人アンダーパーを保って25勝目を挙げ、永久シード権を獲得した。日本では、木、尾崎(将司)、中島、杉原、倉本、尾崎(直道)に次いで7人目だという。2位に入った話題の17歳の石川遼も、他の選手が崩れる中で安定した実力をつけて来たようで、今後の活躍が楽しみだ
 また女子ゴルフでは、7打差の大差を追い上げてタイに持ち込んだ不動祐理選手が、プレイオフ5ホール目で三塚優子を下し劇的な逆転勝ちした。阪神が13ゲーム差をひっくり返されたような大きな逆転で、見ごたえがあった戦いだった。
 一方、将棋界では、今季の竜王戦が始まっている。その第一局が昨日からパリで行なわれていたが、今朝未明になって、先行していた渡邉明竜王を、挑戦者の羽生善治名人が見事に逆転して先勝した。この竜王戦は2年毎に、その第一局が海外対局となっていて、かつては、1994年のパリと2004年のソウルには、筆者も妻とそのツアーに参加していた。妻が動けなくなった今は、それが叶わないのが少し寂しい。
 いろんな戦いが、今週以降も展開されてゆき、その成り行きに注目することになるが、そんな中で、乱高下が続く株価の動きからは目が離せない。先ずは、今朝の東証の動きに注目している。

2.連載(639) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(268)
  第六章 真夏の夜の夢(109)

(7)雅子への腐心(その8)
 一考は戸惑っていた。思っていたよりも、雅子の反発が強かったからである。
 「やはり、この部屋に戻ると何となく落ち着くわ」雅子は小さな声で呟いた。有難いことに、雅子の言葉は、まだしっかりしていて聞き易かった。
 「やはり、住めば都なんだよ」一考はそう言って雅子の様子を窺った。
 「ここに移って来た頃が嘘みたい。あの頃は、本当言うと、家に帰りたい気持ちも結構あったのよ。でも、あなたにそれ以上の迷惑を掛けるのも辛かったので我慢していたの」その雅子の話しぶりからは、先ほどの屋上での興奮した状態からは、少し落ち着きを取り戻していた。一考は、車椅子から、いつも座っている大型の椅子に雅子を移してやった。
 この部屋はおよそ25へーべの広さで、一人で過ごすには、ゆったりとしている。一方の壁際には3つのモータ付きの特殊ベッドがあり、雅子の椅子は、そのベッドの横にあって、反対の壁際にあるカウンター上にあるテレビに向けておいてある。
 「早いもので、もう足掛け5年になるんだね」尤もらしく一考が相槌を打った。
 「つくづく思うのよ。こんな体になっても、生きていられると言うことが不思議なの。何事をするのにも、みんなの手助けを受けなければならないのは悲しいけれど、それでも、生きているという喜び、幸せを感じるのは確かなの」しみじみとした口調に、雅子の実感が滲み出ている。先ほど「連れて行ってくれ」と激しく迫った気持ちは、どうやら治まっているようで、一考はほっとするのだった。
 「それが大事なんだ。人間、生きていて何ぼだからね。とりあえず、熱いコーヒーでも入れるよ」一考は安心したようにそう言って立ち上がり、入口近くにある流し台の上にあるコーヒーカップを持って戻って来た。壁際のカウンターの上には電気ポットが用意されていて、その傍にインスタントコーヒーの壜や砂糖が置いてある。いつもは、ジュースやお茶をサービスするのが常だが、今日はそれを変えてみた。
 「少し熱いかもしれないよ」一考はそう言って、入れたコーヒーカップにストローを入れて、いつものジュースの場合と同じように雅子の口元に運び、ストローの一方を口に加えさせてやる。最近は、それを吸い上げる力が弱くなってきていて、少しの液体を吸い上げるのにも結構な時間が掛かるようになっていた。それでも、一考は時間をかけて飲ませてあげるのだ。今では、その吸い上げのスピードが、その日の雅子の健康状態を知る一つの目安だった。吸い上げ具合から見る限り、今日の雅子の状態は悪くはない。
 一考は、どうしたものか迷っていた。屋上での雅子の反発だけでは最終的なジャッジをするには不適切である。今一度、落ち着いた形で雅子の考えを問い質したいと思いながら、改めて、そのタイミングを見計らうのだった。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(285) 10月19日分
 昼過ぎに雅子を訪ねるとベッドに横になっていた。一考の顔を見ると直ぐに起してほしいと言う。関西では視聴率の高い「たかじんのそこまで言って委員会」を二人で見る。症状は安定しているが、このところ、イエス、ノーの返事の声が極めて小さくて聞き分けるのに苦労している。

673 上武大学、箱根駅伝に初出場

 恒例の箱根駅伝は、来年は85回目で出場枠を拡大して行なわれる記念大会となる。昨日行なわれた予選会で、上武大学が3位に入って見事に出場権を獲得した。拡大枠ではなく、通常の枠内での堂々の初出場だ。
 正直言って、上武大学は、数年前までは全く親しみを感じない名前で、何処にあるのかも知らなかった。しかし、4年前に早稲田大学の競走部の黄金時代を作った一人の花田勝彦氏が、創設された駅伝部の監督に就任したことで、筆者が強い関心を持つようになった。というのも、同氏は、滋賀県では屈指の進学校である彦根東高校の出身で、たまたま陸上をやっていた筆者の息子と同学年だったことで、その当時から 長距離界の逸材として注目されていた花田勝彦ファンになっていたからである。
 滋賀県は、先の北京オリンピックで活躍したフェンシングの大田雄貴選手や体操の中瀬卓也選手などの有名なアスリートがいるが、どちらかと言えば、スポーツはマイナーな都道府県の一つである。そういう意味では、アトランタ、シドニーの二度のオリンピックに出場した花田勝彦氏の存在は大きい。大学を卒業後は瀬古利彦さんのいたSB食品で活躍したものの、今一つ吹っ切れていなかった。幸い、監督と言う管理者、指導者の立場で新たな活躍の場を得て、見事にその結果を出したのである。見方によっては、瀬古先輩よりも管理者として優れていると言えるのではないか。石の上にも3年といわれるが、3年目の今年正月の大会では、上武大学からは、福山真魚選手が初めて学連選抜チームの一員として選ばれて山登りの5区を走り、区間3位の好記録を出してその一歩を印した。そして一年、創部から4年目で、箱根駅伝出場の悲願を実現した花田監督の手腕は非凡だ。これからの一層の活躍が期待される。
 なお、青山学院大学が33年ぶりに出場を決めたのも大きな話題で、来年の箱根駅伝は、新たな楽しみが幾つか増えたことになる。

2.連載(638) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(267)
  第六章 真夏の夜の夢(108)

(7)雅子への腐心(その7)
 「今日は、顔色が随分といいよ。難病さんも、少しずつ引き下がってくれているんじゃない?」さりげなくそう言って、一考は雅子の反応を窺った。
 「ここに移って来た頃は、どうなるのかと本当に心配だった。今でも、悪化が止まった訳ではなく、以前のように急激ではなくなっただけで、症状の悪化は続いていて、不安はなくならないわ。冗談ではなく、難病さんには、これ以上は撤退、若しくは引き上げてもらいたい気持ちだわ」そういう雅子の顔は、いつもよりはとても明るい
 「厄介な病気も科学の進歩で、やがては完治できる治療法も出てくるかもしれない。頑張って生きることが大事だね」一考はそう言いながら、内心では、自分も大変な病魔に犯されていてどうにもならず、決死の覚悟をしていることを隠していることに忸怩たるものを感じていた。しかし、ここがそのタイミングだろうと思い、一考は、思い切って口を開いた。
 「ねえ、雅子。ちょうど良い機会なので話しておこうと思うんだが、自分も古希を迎え、身体の衰えも見え始めている。将来に何が起こるか分からない訳で、何時までも元気でいられないかも知れない。そこで、敢えて言っておきたいのだが、若しも私に何かがあったとしても、君は今まで通り、介護士さんの助けを受けて頑張って生きていってくれるよね。この世の中は、何が起きるか分からないので、そんな覚悟だけはしておいて欲しい」一考は、わざと明るい顔を装って、そんなボールを投げて、雅子の反応を窺った。
 「何かが起きるって、どういうこと?」その瞬間、明るかった雅子の顔色が変わった。
 「いや、いや、例えばの話だよ。事故だとか、病気だとかだよ。今では欠かせない運転だって、君も知っての通り、下手の代表みたいなレベルだし、年を取れば、病気にも掛かり易くなるだろう。そういう意味で、何が起きるか分からないと言っているんだ」一考は、雅子に確認されて、少し慌て気味につけ加えた。
 「いやよ、そんなの。私より先に逝くことだけ許さないわ。こんな身体の私を置いて先に逝くなんて卑怯よ。若しもそんなことがあるようなら、どんなことがあっても連れて行って欲しい。お願いよ!」叫びに近い雅子の必死の反応で、それは、一考が考えていた以上の強い反発だった。
 「分かった、分かったよ! 冗談だよ、冗談、冗談」慌てて、一考はそう言って、取り敢えずは、その場を取り繕った。二人の間には、暫く、何かぎこちない雰囲気が漂った。一考は、その拙くなった場の空気を切り替えるべく、少し大きな声を出して雅子に話しかけた。
 「そろそろ、部屋へ戻ろうか。今日は、おいしいステーキを焼いてあげるから」
 「ステーキ? 素敵だわとでも言いたいけれど、そんな気持ちになれないわ。そんな変なお話を聞かされた直後だもの」雅子は落ち込んだ表情で呟くようにそう言った。一考は、複雑な気持ちで車椅子をエレベーターの方に向かって押し始めた。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(284) 10月18日分
 ほぼ、前日並み。特記事項なし。

672 庶民の夢

 世の中、不安なことばかりだ。政治、経済だけでなく、食品までが毒入りのものが出回っていて、うっかり食事もままならない今日この頃だ。あの中国ギョーザ事件もうやむやの中で、今度はいんげんから相当量のジクロロロボスが検出されて大騒ぎだ。故意に混入された可能性が高いようだ。一体、何事が起きているのか、その背景に何があるのかは分からないが、何事も疑ってかからないといけないと言うのでは、安心して生活をすることが出来ない。特に、中国物は要注意ということで、最近は買い物するにも、先ずは原産地チェックというステップが増えて煩わくなっている。
 こんな時代であるだけに、歴史やスポーツにロマンを求める気持ちは高い。今朝の報道では、奈良県の明日香村石神遺跡から万葉歌の最古の木簡に万葉集の和歌が書かれているのが分かったという。この木管は7世紀後半のもので、先に滋賀県の甲賀市の紫香楽宮跡で出土した木簡(524をご参照)を半世紀以上遡ると言う。万葉集が8世紀後半に成立したとされるだけに、その成立過程を知る上では貴重な発見で、夢を広げてくれる素敵な発見だ。
 一方、スポーツでは、大相撲で八百長騒ぎでそんな庶民の夢をぶち壊していることは残念だガ、それでも、数々のスポーツは健在で、我々を大いに楽しませてくれている。昨日一日だけでも、数多くの楽しい夢を届けてくれた。
 先ずは、大リーグのポストシーズで、土壇場に追い込まれたレッドソックスの最後の砦として登板した松坂大輔投手が、滅多打ちされて万事休すと思われた。しかし、そんな絶望的な苦境から、終盤で何と7点差を逆転して、辛うじてリーグ優勝への夢を繋いだ。お見事である。また、プロゴルフでも、日本選手権で、あの若手のプリンスの石川遼選手が、好スコアーで予選を3位で通過、女子では富士通レディースで、ベテランの福島晃子選手が9アンダーとコース新記録を出して頑張っている。
 さあ、今日からはプロ野球のセ・リーグでクライマックスシリーズが始まり、大逆転負けで2位に甘んじた阪神が中日と戦うが、どんな夢を見せてくれるのか、楽しみにしたい。

2.連載(637) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(266)
  第六章 真夏の夜の夢(107)

(7)雅子への腐心(その6)
 思惑通りに進まない会話に、一考は、間合いを必要とした。雅子を連れて屋上に出るのは久し振りだった。夏の暑い太陽が遠慮なく照りつけていて、空は綺麗に晴れ渡っており、琵琶湖の雄大さが一段と貫禄を見せていた。湖上から吹いてくる心地よい風もあって、暑さの中にも、二人はさわやかな気分を味わうことが出来た。。
 「こうして、外の空気を吸うと、生きているという新鮮さを意識するわ。この琵琶湖の雄大な眺めが、元気付けてくれているようで、生き返ったような気がするの」
 天気がいい日には、車椅子でゆっくりとこの屋上を散歩するのが、二人の息抜きになっていて、一考も、雅子がこうして喜んでくれることに生きがいを感じるようになっていた。しかし、最近では、自分の余命のことが頭にあって、言葉に表せない不安が込み上げてくる。幸い、今のところは具体的な苦痛も無く、肉体的な衰えなどを感じていないのは救いだった。しかし、それでも癌の病魔が容赦なく進行しているのだろうと一考は感覚的に捉えていた。
 「確かに、この景色は何時見ても飽きないね。同じような風景だが、よく見ると毎回違った顔つきをしている。雲の様子、湖面の輝き、船、ボート、ヨット、対岸の建物、山々の様子などなど、それぞれが工夫を凝らして、我々を迎えてくれているような感じだね」感慨深げに一考も実感を吐露する。
 早いもので、この介護付き老人ホームに入居して三年半になる。一考がこの施設に通った回数も1500回になった。毎日の戦いは大変だが、このような爽やかな景色が二人を勇気付けてくれているのは確かである。
 「風がとても爽やか。少し暑いけれどね」しみじみとした雅子の口調が一考の胸の深くに沁み込むようだ。
 一考は、久し振りの雅子とのこのようなすらすらと運ぶ会話に満足していた。というよりも幸せを覚えていた。本当に不思議な気持ちであった。昨日まで、雅子の喋る言葉は、極めて不鮮明で、よほど注意して聞かないと、何を言っているのか理解出来なかった。どうしたのだろう。不思議な気持ちで、雅子にそのことを聞こうとしたのだが、ふと思い止まった。そのことを聞いた途端に、膨らんだ風船が壊れるように、元に戻ってしまっては元も子もないと思ったからである。
 一考は少々焦燥感を覚えていた。雅子がこのように口が聞けるうちに、自分が最も気にしている話題に踏み込みたいと思っているのだが、そこに踏み込むことに躊躇してしまっていて、なかなか、具体的に切り出す切っ掛けが掴めないのだった。まさに、アナログタイプの人間の証でもあった。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の正子(283) 10月17日分
 二日続けて便秘薬を服用、やっと、通じあってほっと。全体としては前日並みの様子。青変わらず、コミニケーションには苦労。

671 ちゃら

 昨日の東証は、1089円という史上二番目の大きな下げ幅を記録し、前々日からの二日間の上げ幅を、ほとんど「ちゃら」にしてしまった。専門家の後付説明では、実体経済への不安から来るものだろうということだった。
 それにしても、ここに来ての株価の動きは大き過ぎる。一日の動きを見ても同様で、動きの幅が大きい。一日の幅が1000円とか1000ドル近い動きは、ここ数年間は、ほとんど、目にも耳にもしなかった大きさだ。いわゆる乱高下と言うことなのだが、特に、引き際の1時間、若しくは30分の動きが急激になることが目立っている。昨日も、東証は最後の10分間ぐらいで、200円ぐらい下げた。米国のダウの動きも同様である。そんなことで、最近では100ドル、100円単位の動きは、それほど気にしなくなって来ている。感覚が麻痺してきているのが恐ろしい。
 今朝の米国ダウでも然である。一時は370ドルも下げていたのが、引き際の2時間前頃から急に上げに入り、結局400ドルを越す上げとなって、9000ドル台に迫った。これで、今日の東証もまずまずの動きとなろう。株価の動きほど判らないものは無い。
 話は変わるが、今季のプロ野球では、13ゲーム差をつけてトップを独走していた阪神が土壇場で「ちゃら」にしてしまった。あっけなさ、虚しさを多くのファンは味わった。また、昨日から始まった男子ゴルフの日本選手権では、石川遼君が一時は5アンダーとトップを独走していたが、後半に入って一気に貯金を吐き出して「ちゃら」に近い結果になった。それでも一緒に廻ったあの木功プロに励まされて、第一日を終わって4位と頑張っている。やはり、並みの新人ではなさそうだ。チャンスは充分にある訳だから頑張って欲しい。
 国会も金融、経済対策で麻生総理は解散を含みにいろんな駆け引きを展開しているが、解散、総選挙で一気に「ちゃら」になることも十分に考えられるだけに、常に不安が付き纏っている。
 「ちゃら」ほど、当人にとっては、怖くて、虚しく、がっかりするものは無い。励みになるような「ちゃら」なら救われるが、……。

2.連載(636) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(265)
  第六章 真夏の夜の夢(106)

(7)雅子への腐心(その5)
 「人間って、誰でもそのような曖昧さを許容するところがあるからね。と云うよりも、本来、人間ってそのような多様性を有する動物なんだよ。もっと言えば、本来は、人間はアナログ的な存在なんだ」一考は、自分の人間性を盾にした論理を披露した。
 「そうかもね」雅子も納得したように頷いた。一考は、雅子のその頷きを見ながら、本題につなげてゆくタイミングが来ていることを意識するのだった。
 「こうして、デジタル時代が到来した。テレビ放送も、来週の日曜日でアナログ放送を終了する。これからは、少しぐらいは、我々もデジタル時代を反映した、思い切ったデジタル的な生き方をしたいものだね」一考は、そう言って雅子の反応を窺った。
 「まだ、これからも新しい生き方を模索するって素晴らしいことだわ! しっかり生きて頂戴ね。私は、もうこの辺りでいっぱいいっぱいだから」雅子は、落ち着いた様子で、しっかりと頑張ってね、といった顔つきで一考を見た。
 「そんな弱気じゃ駄目じゃない。お互いに、頑張ろうよ。そして、これからは、今までのように神様に頼らない自らの生き方で、デジタル的に、最後は自分達で決めてみたいよね」そんな言葉を発しながら、一考は、その視線をゆっくりと雅子に送った。雅子も黙って頷いていた。
 「自分達で決めるって?」雅子が確認した。
 「そう、遠慮なく、何事も自分達の意志で決めるんだ、やりたいことを堂々とやるんだよ」そこまで言ってから、さて、どんな具合その話題に持っていっていいのかと一考は躊躇した。
 「そんなことを言っても、今更やりたいことなんてないわ。こんな身体になってしまったんだんだもの。あなたに迷惑を掛けるだけだわ」雅子が悲しそうに訴えた。一考は、ここがその話題に入る切っ掛けだと思ったが、雅子の悲しそうな顔を見て、それとは違ったことを口にした。
 「そんな弱気になったらいかん。気持ちを強く持って与えられた運命をしっかりと生き抜くんだよ」自然な慰めの言葉で、心から迸り出て来る言葉だった。たとえ、自分が先に逝くようなことがあっても、しっかり生きてゆけよと暗示するつもりでの一考の言葉だった。この辺りが一考の優柔不断な応接で、言わんとする逆の方向に誘導してしまっているようで、なかなか、その目的地は届かない苛立たしさがあった。
 「有難う。気持ちを強く持つように頑張るわ」雅子は気持ちを切り替えるようにして力強く一生懸命に返答した。
 「久し振りに屋上にでも出てみようか?」とりあえず、仕切り直しで気分転換を提案した。改めて、本題に入る取っ掛かりを作ることにしたのである。(以下、明日に続く)

3.速報、」昨日の雅子(282) 10月16日分
 前日並みの症状。昨日頼まれた買い物の件は「ちゃら」で言いと言い出した。何か肩透かしを食った感じだった。また便秘が続いている。お薬を飲んだが、夕食までには通じは成功していない。

670 NHKの面白かった二つの番組

 昨日NHKが中継した参議院予算委員会での民主党の石井一議員の質問は少々面白かった。いつもの挑発する同氏の独特の迫り方で、麻生総理の文芸春秋に発表した論文への食いつきと創価学会、公明党の政教分離に関する問題について突っ込んだ質問を行なった
 文芸春秋に書かれた「いよいよプロの政治家の登場」との表現に、「プロ」とは何か、ならば「民主党代表の小沢はプロか?」といった食いつきだ、もはや、言いがかりに近いものだった。また、公明党への追及も録音テープを持ち出して果敢に迫っていた。やり取りそのものは、迫力あって結構おもしろかった。麻生総理の受け方は堂々としていて、怯まず、まずまずだったと思う。
 この石井一議員に関しては、筆者には嫌な思い出がある。1980年代の前半で、筆者が大阪営業部の責任者になった直後の話だが、建築資材として販売していた製品で不具合が出たことがあった。そのことで販売先であり、施工店でもある業者からクレームを受け、法外で莫大な賠償の要求が出て来た。そして、それに応じないと政治家の石井一氏に頼んで、不良品を扱っている会社だと日本中に公表するとの脅しを受けて苦しんだことがあった。今から二十数年前のことだが、そんなところに石井一氏の名前が出てきたことで、どんな政治家なのかと調べたことがある。昨日の質問の仕方を見ていても、そんな雰囲気がいっぱいの攻め方で、改めて石井一議員についての当時の嫌な印象を思い出させてくれた。
 一方、その夜、同じNHKでそんな嫌なイメージを一掃してくれた素晴らしい番組があった。それは人気番組の「その時歴史は動いた」で、あの松平定知アナウンサーの名調子のナレーションで、アイヌ民族を扱った感動の秘話の紹介だった。
 19歳という短い人生だったが、アイヌ民族の存在を世に問うた「アイヌ、神揺集」の発刊に命をささげた 知里幸恵さんの人生を紹介してくれたのである。アイヌ語の研究で知られる金田一京助氏との出会いが、彼女に大きな人生の転機を与えることになった辺りが、彼女の人生の分岐点で、人生での然るべき人との出会いの大事さをつくづく思う。
 アメリカのインディアン、オーストラリアのアポリジニなど、どこの国でも、先住民は大変な苦労を強いられた歴史をもっている。筆者も幼い頃、アイヌや熊襲と言って差別した知識を何となく教えられた記憶があって申し訳なく思う。先日辞職した中山成彬議員が日本は単一民族だと発言して物議を醸したことは記憶に新しい。未だに多くの人たちが持っている差別感覚が消え去るには未だ時間が掛かりそうだ。この番組の最後の紹介で知ったのだが、今年の6月6日に「アイヌは日本の先住民族である」との国会の議決が行なわれたという。アイヌ民族にとっては、その文化、歴史を守る意味でも大きな前進である。恥ずかしながら、筆者はその議決のことも全く承知していなかった訳で、まだ日本国民への浸透度は低いのかもしれない。こんな一文が多少なりともその認識の拡大に繋がれば幸いである。
 別件だが、今朝の米国ダウは、またも700ドルを越す大暴落である。一体、どうなっているのだろうか。 
 
2.連載(635) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(264)
  第六章 真夏の夜の夢(105)

(7)雅子への腐心(その4)
 思わぬ二人の会話で、とにかく、二人がアナログ的な人間だという見方で一致した。こんな会話になったこと自体に、一考は不思議な気分を味わっていた。確かに、自分がアナログタイプの人間であると考えていたからこそ、この世にさよならを告げるタイミングを、そのアナログ放送の最終日が妥当だと決めていたのだ。
 それが、たまたま交わした雅子との会話で、雅子までが自分が典型的なそのアナログ人間だと言い出した。一考の戸惑いは尋常ではなかった。この日の目的に、自分の決断に対する雅子の反応を確かめたいと言うのがあっただけに、結果的には、二人が揃って、アナログタイプであることを確認し合ったことで、一考は不思議な会話の流れに大変な驚きを覚えていた。それは、まさに、自分の胸の内を雅子が見抜いているように思えて、一考の動揺は並みではなかった。
 とにかく、偶然であったにせよ、そのアナログ放送の最終日の話題を、雅子が持ち出して来たこと自体が出来過ぎていた。同時に、自分と結婚してよかったと言われたこともあり、気分的には満更でもなく、最近では珍しく高揚していた。
 一考の頭の中では、ある思考が高速で回転をし始めていた。流れは雅子が作ってくれたのだ。今まであれほど躊躇していた課題に一つの切っ掛けを作ってくれている。このチャンスを生かさない理由は無い。神がくれチャンスと捉えて、具体的な話題に持ってゆくことを考えていた。
 さて、どのようにその話題を切り出すか、一考は、少し頭の中を整理するように一呼吸置いて切り出した。 
 「確かに、そう言われればそうだよね。イエス、ノーをはっきりさせるのではなく、まあ、いいか、といった曖昧な流れの中で何事も決めて来たということから、互いに激しくぶつかり合うことも無かった。我々夫婦には、アナログ的な人間同士の良さが出ていたと言えるのかもしれないね」
 「難しいことはさておいて、決断力がなかったのでしょうね。流れに身を任せるようなところが、自分の本来の性格だったと思うの。その方が傷つかなくて済むのだから」
 今日の雅子は本当に不思議だった。今まで、久しく見られなかった頭の回転を見せてくれている。一考は、本論を切り出すタイミングを見計らいながら会話を継続するのだった。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(281) 10月15日分
 前日より少しは元気があったように思う。この日も何かを買って来て欲しいと頼まれたのだが、それが何か分からずしまい、今日、改めて確認作業を行なう。ことほど左様にコミニケーションには苦労している。

669 興味深々

 核兵器の世界で最初の被害者は、言うまでも無くわが国だったが、バブル破壊の厳しい洗礼を世界で最初に受けたのもわが国だった。それだけに、日本は核廃絶、世界平和には強く訴え、貢献しなければならないと同様に、今回の金融危機でも、その時の日本の経験が世界の対応で生かされるような主張は大事である。その辺りは、それなりに生かされているようであり、幸いなことである。
 それにしても、株価の動きは本当に全く分からない。昨日は、世界で大幅な株価の上げがあった。しかし、今朝の米国株は、意外にも、結局は77ドル弱の下げで引けた。ブッシュ大統領が年内に25兆円の公的資金投入を発表したにも関わらずである。しかし、その動きは乱高下の激しいもので、市場が開けた直後には300ドルを越す上げで始まったが、その後一転して、前日比300ドルを越す大きな下げに、そして、引き際にかけてもみ合って少し戻したが、前日レベルまでには戻らなかった。米国景気への見通しが不透明と言うことのようだが、なかなか先が見えないのが株価の動きだ。
 ここで、改めて東証株価の動きの波について考察してみよう。筆者が本格的に株を始めたのは、退職後、コンピューターで取引を始めた2003年に入ってからで、その年の4月28日には、東証の平均株価が7608円まで下がって驚かせた。小泉内閣の時代で、その2年半後の2005年11月には14800円台まで回復した。小泉総理と竹中平蔵氏の周りの強い反対を押し切っての施策の結果であった。その後、株価は徐々に上がって、昨年(2007年)6月に18000円台まで上昇したが、それから僅か1年半の先週末に8276円まで落ち込んだ。つまり、5年半で振り出しに戻ったのである。
 こうして見てみると、1年半から2年半の周期で株価が大きく動いているのが分かる。その幅も10000円という大きな幅である。上げるのには、少し時間が掛かって2年半ぐらいから4年、下げるのは早くて1年半から2年といった周期である。そんな単純な過去の実績から考えると、来年(2009年)後半から回復期に入り、再来年(2010年)末頃には、また15000円から17000円台に戻っていることが期待できることになる。
 とりあえず、昨日は史上最高の1171円の上げがあって少し戻した形になっている。しかし、米国で今朝少し下げただけに、果たして、今日の東証はどう動くか、興味津々である。
 興味津々と言えば、衆議院の解散のタイミングだが、どうやら今月末解散、11月下旬投開票日になるようだ。麻生太郎、小沢一浪の総理争いは面白い取り組みだ。この戦いでは八百長はないだろう。
 
2.連載(634) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(263)
  第六章 真夏の夜の夢(104)

(7)雅子への腐心(その3)
 「そうなんですよ、見かけによらずに、とてもいい旦那さんだった。そういう意味では、雅子ちゃんはアナログタイプでよかったんじゃない?」一息置いて、一考も、おどけた口調でそう言い返して、明るく笑って見せた。
 「嫌味じゃなくて、その頃の私は、面食いだったのよ。若かったのね。でも、母親がしきりに、人間は中身が大事だと言うものだから。でも、おっしゃる通り、アナログタイプでよかったんだ! 今では、本当に感謝しているわ。ところで、あなたはどうなの? アナログタイプ? それともデジタルタイプ?」今日の雅子は随分と違った感じだった。一考に挑んできているような踏み込み方である。雅子が病気になってから、このような生きた会話をするのが初めてで、一考は戸惑いを覚えるのだった。
 「そうだね。自分も明らかにアナログ人間だったよう思う。自分の進路を決めるという大事なステップでも、自ら進んで積極的に、こんなことがやりたいからといった選択ではなく、消去法的な選択で、何となくだらだらと道を選んでしまった。随分と拙い生き方をして来たと思っている。つまり、情けない話だが、その時点で、自分に確固たる考え方が無かったんだよ」一考はそんな風に自分を位置づけながら、致し方がなかった人生だったと改めて思うのだった。
 「私との結婚については、どうだったの?」
 「前にも話したかもしれないが、自分は27歳で結婚したいと考えていた。それは、自分が会社を定年になる頃に、子供達が独り立ちが出来ている年齢を想定し、それから逆算しての考えだった。君とのお見合いのタイミングは、ちょうどその条件にぴったりで、それを外すと、自分の考え方を変えねばならなくなる訳で、何とか結婚できればと望んでいた。幸い、自分の好みのタイプとそんなに違っていないように思えていたことからも」少し弁解じみた答え方だった。
 「じゃ、その時に見合いした人なら、誰でも良かったんだ!」
 「決して、そういう訳ではないよ、だから、やはり、アナログタイプだったと言えるかも知れないね」
 「でも、結構、頑固なところがあるわよ。自分の考えにそぐわないとOKと言わない。それって、デジタル的な性格じゃない?」
 「そう思うかい? しかし、全体としては、曖昧さが前に出ていてアナログタイプの方が勝っているんじゃない?」
 「まあ、そうかもね」
 「そういう意味では、二人ともアナログタイプの人間だよね」一考はそう言って、何か雅子から仕掛けられているような気分になって来ていた。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(280) 10月14日分
 前日よりも少し元気がない。新たに雅子から何かして欲しい旨の要求が出てきたが、中身がつかめていない。今日、改めて確認作業をする予定。

668 史上初、果たしてどうか?

 昨日から今朝にかけて、世界の株がとりあえず大幅な反発を示した。米国ダウも936ドルと史上初の大幅上げて引けた。今朝の東証の反発も期待されるが、これで金融の安定化への心配が解消されたという訳ではないだろう。明日以降も上昇が続くかどうかが次なる注目点となろう。実体経済が良くないだけに大きな期待は持てないような気がするが、果たしてどうか?
 いずれにしても、今回の危機に際して、G7、G20と言った世界の国々が協調してその対策に当たったことは素晴らしいことであり、史上初めてのことではなかろうか。地球全体の大きな問題には、こういった協調対応は欠かせない。しかし、その一方で、地球の危機である環境問題では足並みが揃わないという実態もある。地球のマネージは一筋縄ではいかない。
 さて、スポーツ界では、早くも駅伝のシーズン入った。昨日行なわれた出雲大学駅伝は、日大のアンカーのダニエル選手の驚異の力走で、1分29秒の大差で先行した駒沢大学を追い抜いての優勝は、史上初の大差の逆転劇であった。1分29秒と言えば、およそ500メートルで、その区間の5%に相当する。大したものだと思う。筆者は、相変わらず早稲田のファンだが、今大会では振るわなかった。名門の西脇工高から入った大型新人の八木勇樹選手が不発だったことが大きい。来月の全日本大学駅伝で、同選手の復活をを期待したいが、果たしてどうか?
 プロ野球のレギュラーシーズンは終わったが、その最終日で、今季で引退するヤクルトの小野公誠選手(東北福祉大)がその最終打席でホームランを放った。同氏は、入団後の初打席でもホームランを打っていて、ホームランで始まりホームランで終わったという史上初の記録を残した。同氏は古田敦也選手の控えの捕手として、常に影に隠れた存在で、吹っ切れない気持ちだったであろう。しかし、この記録はお見事ですっきりしたのではと思うが、果たして、どうか? 
 喜ばしい、楽しい、うれしい史上初の実績は大いに歓迎である。麻生総理は59人目の総理だが、何か史上初の実績をと期待する国民も多いのではと思うが、果たしてどうか?

2.連載(633) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(262)
  第六章 真夏の夜の夢(103)

(7)雅子への腐心(その2)
 梅雨もすっかり明けて、暑さが厳しい午後だった。一考が部屋に顔を出すと、予期していなかったことだったが、雅子の方から声を掛けて来た。不思議なことに、この日の雅子の喋り方は別人のようで、かつての雅子と同じようにすらすらと話ができたのである。
 「ねえ、来週から、テレビ放送は全てがデジタル放送に替わるのだけれど、このテレビで大丈夫なのね?」思いもかけぬ問いかけだった。話題が話題だっただけに、一考は自分の決意が既に見抜かれているのではとの不安を感じたほどだった。
 「そうだよ。大丈夫だよ。このテレビは、ここに入居する際に新しく買ったもので、デジタル対応が出来ているテレビなんだ。それにしても、アナログ放送が終わるって、よく覚えていたね」一考は、そう答えながら、その瞬間に感じたどぎまぎしたものを、そっと交わしながら、視線を少し下の方にずらせた。
 「身体は悪くなっても、頭はまだ大丈夫のようよ。、ここ何年間か、毎日、毎日、煩いほどそのことをテレビで流しているんだから」少し皮肉っぽく、そう言う辺りに、珍しく雅子の意地が感じられた。
 「なるほど、頭は健在なんだ!」一考も雅子に合わせて言葉を返した。久し振りに見る雅子との生きた会話だった。
 「私って、アナログ人間じゃないかと、何となく思うだけど、あなたはどう思う?」雅子が突然、何気ない口調で一考に話を振ってきた。一考は、再びどきりとしながら、改めて雅子の顔をみた。以心伝心ではないが、何か今日の雅子は感じるところがありそうで、一考の方が、それとなく身構えた。
 「どうして、そう思うの?」戸惑った胸のうちを見せないように、わざとつっけんどんな言い方で、一考は聞き返した。
 「だって、何となくそう思うの。相手の立場なんかばかりに気を遣って、自分からは積極的に、イエス、ノーをはっきり言わないような人生だったように思うの。言い方を変えれば、何か、曖昧さを大事にしていたように思うの。あなたとの結婚についても、自分から決めたというよりも、両親が勧めるものだから、まあ、これでいいかといったようなジャッジだった。でも、結果的に、それで大変良かったと思ってるわ。こんな私になってしまっても、こんなに大事にしてくれる夫なんだから」雅子はそう言って少し笑って見せた。一考は内心で大変な動揺を覚えていたが、努めて平静を装っていた。(以下、明日に続く)

3、速報、昨日の雅子(279) 10月13日
 前日よりも少し元気がなかった。帰り際に、少しベッドに横になると言った。珍しいことだ。少し、心配。

667 男の決断

 巨人に歴史的なレジェンドを提供して、大逆転で2位に甘んじた阪神の岡田監督が辞任を表明した。突然の表明だったが、久し振りにすっきりした男らしさを見たような気がする。
 突然の辞任といえば、最近では、安倍元総理、福田元総理の事例が思い出される。しかし、彼らは追い込まれての脱出のための見苦しい辞任だった。しかし、今回の岡田監督の場合は、誰もが疑わなかった優勝を逃したことに対する「けじめ」であり、それを電光石火に決断したことで、さわやかな潔い印象を与えている。いつもベンチで見せていたあのあまり賢くないように見えた顔つきが、この決断でぐっと引き締まったと思わせる。やはり、ここぞと言うときの男の決断にはか輝きがある。さぞかし無念だったと思われるが、とりあえず、ご苦労さん、と申し上げたい。後任監督に大いに興味があるが、広沢克美氏を応援したいが、まだ少し早いかな?
 さて、突然、自らの命を断った三浦和義元社長の自殺は、男の決断であったことには違いないが、そこには爽やかさは全く感じられない。謎を残したままの決断は許されない決断だと申し上げたい。自分が潔白であるとするならば、あくまでも最後までそれを主張して戦うことが男の決断ではなかろうか。
 北朝鮮をテロ国家指定から解除した米国の決断もいただけない。ライス国務長官もいた訳だから男だけの決断ではないにしても、任期切れのブッシュ大統領の実績作りに過ぎず、核兵器の無能力化には抜け穴だらけで実質的な意味はなさそうだ。拉致家族の被害者の人たちにとっては寝耳に水の厳しい展開だが、こうなった以上、これが一つの前向きの動きへの切っ掛けになれば幸いという見方も無いではない。
 とにかく、男の決断にもいろいろあって一概には言えないが、爽やかさを伴わない男の決断は避けるべきであろう。

2.連載(632) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(261)
  第六章 真夏の夜の夢(102)

(7)雅子への腐心(その1)
 一考が、自分の人生の幕引きを自らが行うと腹を固めた時以来、次第に何か燃えるような強い気概を覚えるようになって来ていた。何か素晴らしい一世一代の大芝居を演じるような気持で、それに向かって静かに燃えていくのだった。
 しかし、その一方で、その決断には大きな引っかかりがあった。それは、妻、雅子を一人残して逝くことへの重苦しい不安だった。
 一時は、一緒に連れて行くことも頭の一角を占めたこともあり、そのことが一考の頭の中でこびり付く様に存在していた。そして、そのことについては、いずれ時機を見て、ある程度告白し、雅子の反応を見て、最終的な決断をしたいと考えるようになっていた。しかし、雅子がどんな反応を示すのか、一考には確たる自信は無かった。一人にしないでというのではないか考える一方で、そうでない反応を示すかもしれないとの考えもあって、その心は揺れていた。
 ところで、その運命の決行日については、一考には予てからあるタイミングを念頭に置いていた。それは、一つの時代の終焉を告げる日であって、自分がこの世にさよならを告げるに格好のタイミングであると考えていたからである。
 21世紀に入っても、科学進歩の発展は目覚ましく、時代はそれにつれて大きく変わってゆく。一つの見方として。自分達が生きてきた時代は、云わばアナログ時代であったといえる。それが今や新たなデジタル時代へと大きな変化を見せ始めていて、その変わり目を示す一つのイベントが行なわれる日が迫って来ていた。そのイベントの日こそ、自らの幕引きを決行するグッドタイミングと考えていたのである。
 つまり、それは、2011年7月24日である。ここに来て、テレビは各局が煩いほど、アナログ放送が終わる旨を伝達し、コマーシャルを流している。この日こそ、まさに天が自分に与えてくれた運命の日であると、一考は思い込むようになっていたのである。
 その運命の日を1週間後に控えた日の午後、一考は、いつものように雅子をドリームスペースに訪ねていた。この日は、奇しくも、雅子が入居以来、一考がこの施設に通い始めて、1500回目の訪問回数となる節目の訪問だった。この時点では、まだ雅子には、この重大な決断については何も話しておらず、今日こそは、何らかの示唆をして、雅子の意志を確かめたいと考えていた。そんな大事なことが頭にあっただけに、この日の一考は、今までにない緊張感を持っての訪問となっていた。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(278) 10月11日分
 心配していた通じは、夜中にあったようで、一先ず安心。症状は、前日よりは「少し良いかな?」と言った感じである。昨日、宿題になった耳に関する要請内容は、この日も解明できず、明日に持ち越した。

666 何でもあり?

 遂にアメリカは大きなカードを切った。北朝鮮テロ指定を解除したのである。日本の重ねての願いを切り捨てたのである。核廃棄の確認ステップで「厳格検証」を大きく譲歩したと新聞は報じている。友人はあくまでも友人で、自分を犠牲にしてまで尽くす親友のレベルではないことを実証した。そういう意味では驚くべきことではないのである。1972年の頭越しで、ニクソン大統領による米中国交を果たしたあのやり方を改めて思い出す。要するに、友人であろうと、何でもありなのだ。日本が弱いのは、「じゃあ、友人関係を解消する」と言えない情けない立場にあることだ。やはり、核を持つことが必要なのではと思ってみたくなる
 TBSの今朝の時事放談をみていると、麻生総理は今までの総理とは一味違うようで、天皇陛下との食事会や予算委員会前にゴルフの練習を行なうなど独自な応接を見せている。ちょっと違った総理の一面だ。解散もそういう意味では、今までの総理とは違った応接を見せるかもしれない。 ここでもやはり何でもありと言えよう。
 あの三浦和義元社長がロスの留置場で自殺した。何があったのか、謎を残したまま事件は終わることになる。自殺を許してしまったロス警察の不手際は責められようが、事件が知り切れトンボに終わるのは、何か吹っ切れないものが残る。何でもありといえども、これには残された不満が大き過ぎる。三浦和義氏の本当の人生はどうだったのだろうか、知りたいのは筆者だけではないだろう。残念な結果である。あるコメンテーターが、同氏のことを「演技性人的傷害」と名付けていたが、彼は、最後まで演技を演出したといえそうだ。
 いずれにしても、このところの世の中の動きは全く読めないことが頻発している。ノーベル賞で日本人が4人も受賞すると言う大きな喜びが起きる一方で、予測を遥かに超える株価の下落から来る経済の混乱はどうなってゆくのか。こうなったら、何でもありで結構だから、国民の不安を解消するために、一刻も早く、安定化、そして回復の妙手を打って欲しいもものである。

2.連載(631) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(260)
  第六章 真夏の夜の夢(101)

(6)思い出の数々(その6)
 過去に思いを馳せると、一考の脳裏には、止めを知らないように、、次から次へといろんな思い出が甦って来るのだった。それらは、幸いなことに、嫌な悪い思い出は全く浮んで来ず、楽しかった良き日のものだけだった。
 中でも旅の思い出は、長い一生を時系列的に捉えて思い出させてくれる切り口であり、いずれも貴重な過去の1ページだった。新婚旅行で宮崎、鹿児島、別府を廻った。細かなことは覚えていないが、まさに初々しい二人の門出の旅で大いに張り切っていた。確か、鹿児島湾をタクシーを借り切って走っている時だったが、何と大胆なことに、運転手さんに車の運転を代わってもらって、暫く一考がハンドルを握り、ドライブ気分に浸ったことがあった。怪しまれないように運転手さんの帽子を被って変装しての運転だった。今では、考えられないことで、法律違反も甚だしく、そんなことが公になれば、間違いなく運転手さんは職を失っていただろう。当時は、それほどまでのんびりとしたと云うことにもなる。新妻の雅子にいい処を見せようとしたのだが、正直って、免許を取った直後で、ほとんど実戦での運転経験がなかった訳で、本当に危ないことをしたものだと思っている。さすがに運転手さんも、その覚束ないハンドル捌きをみて直ぐに気づいたようで、1~2キロ走ったところで代わってくれた。と云うよりは、はらはらしていた運転手さんが取って代わったのである。二人の新生活は、そんな危険な一考の行為で始まったが、その時点では、とりあえず事無きを得たのは幸いだった。
 両親や子供達を連れての家族旅行も何回か行なった。最も印象深く残っているのが松島から平泉を廻った東北の旅だった。まだ幼なかった二人の息子、それに親父や母親もまだ元気で自分達で歩けていた。二度と味わえない楽しかった懐かしい思い出だ。
 雅子との二人だけの旅と云うと、未完になった西国三十三箇所巡りがある。二人揃ってじっくりと廻ろうと始めたが、思わぬ雅子の病気で半分ぐらいを残して叶わぬことになったのは残念なことである。
 しかし、その一方で、二人で楽しんだ海外旅行は、いずれも素敵な思い出である。全部で4回、海外の旅を楽しんだのだが、その内3回は、経費の一部を会社からのサポートを得てのものだった。最初が勤続25周年記念でシンガポール、次が30周年でイタリア、パリへの将棋竜王戦ツアー、更に退職記念ではオリンピックを一年後に控えたギリシャのアテネを回った。二人の最後の海外旅行となった韓国ソールへの将棋竜王戦ツアーだけは、会社とは関係なく実施したもので、当時話題になっていて、雅子もそのファンになっていた韓国ドラマの話題のロケ場所を回った。そんなものには興味が無かった一考だったが、雅子の希望を満たせてあげた唯一の旅となった。なお、将棋ツアーでは、羽生善治、佐藤康光、渡邉明、島朗、森下卓などの有名棋士との出会いがあって貴重な思い出である。また、仕事での出張を含め、米国親会社のあるミシガン州ミッドランドなど訪れた海外の各地には忘れがたい思い出がいっぱい残っている。
 そんな尽きない思いでに浸っている内に、この日も暮れてゆくのだった。時の流れは速く、海外旅行を遥かに凌ぐ、一考の決死の永久の旅立ちまであと10日余りに迫っていた(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(277) 10月11日分
 前日より少し元気なし。便秘が続いていてお薬を服用したが、一考が帰る夕方までには通じは無かった。少し心配。
 介護士さんに雅子の耳掃除をしてもらった。それが終わってから、雅子が更に何かを一考に頼むのだが、その内容が分からなくて困った。耳に関することで、片手で簡単に出きることだというのだが、……。

665 一気に、あっさりと

 米国の株価のダウ平均が、5年半ぶりに8000ドル台を割った。営業時間内での動きだったが、一気にあっさりと7883ドルまで下げたのである。市場が開いて間もなくのことで、この流れでは何処まで落ち込むかと心配されたが、その後はずっと激しい揉み合いが続いた。ところが、引け際の1時間半ほど前になって、株価は再び大きく動いた。今度は、一気、一気の上げに移ったのである。そして、大引けの10分ほど前には、プラス300ドルで8800ドル台に戻したが、それからの僅かの時間で、再びマイナス転じ、結局、前日比マイナス128ドルの8451ドルで引けた。とにかく、その動き幅はとんでもない大きなもので、昨日だけでもおよそ1000ドルを越す大幅な変動だった。なお、ナスダックは、一応前日比プラスで終わっている。
 この傾向は 昨日の東証でもそうだった。市場が開いて一気に8000円台に突入した。コンピューターで速報をフォローしていて、下げ幅の桁数が一桁増えて、1042円を示したときは目を疑った。一時的にせよ4桁は初めての経験だったからである。とにかく、このところの株価の動きは、一気、一気にあっさりと大きく動くのが特徴で。恐ろしい限りだ。大和生命の倒産が加速に繋がったことは言うまでもない。
 この日に同時並行的に行われていたG7,会議や、ブッシュ大統領の歯止めへ懸命の動きもあったことから、この辺りで底をついてくれていれば幸いだが、誰にも分からない。次の注目すべきステップとしては、連休明けの東証の動きであろう。この連休がいい意味でのクッションになってくれればと期待している。
 さて、巨人の優勝も一気にあっさりと決まってしまった。極めて残念である。一時13ゲームも離していたあの喜びの展開は何だったのか。ぬか喜びの反動は虚しい限りである。この日の試合は、守備の下手な今岡選手を外し、主砲の金本選手、繋ぎの関本選手の一発で、前半でセイフティリードを果たし、ある程度安心していたが、中盤で反撃に会い、今年の阪神を象徴すかのよう、一気に一発で逆転負けを喫した。期待の新井選手に二度の好機が訪れたが、タイムリーが出ず、追いつくことが出来なかった。終わってみれば、憎っくき巨人軍に馬鹿馬鹿しいレジェンドを提供してしまったのが悔しい。見たくない原監督の喜びの顔だったが、……。
 気になる解散のタイミングだが、ここに来て見えなくなって来ている。しかし、これも、補正予算、インド洋サポート関連の課題を終えれば、一気に、あっさりと踏み切ることになるのではないかと思えてくる。文芸春秋の手記の影響も侮れないだろう。果たしてどうか。

2.連載(630) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(259)
  第六章 真夏の夜の夢(100)

(6)思い出の数々(その5)
 コピーを読み終えた一考は、当時を思い出すように、暫し、そのコピーに目をやっていたが、やがて、もう一つのコピーにも目を通し始めた。それは、それから2年後の平成20年に書いた60歳のラブレターだった。
 「『気分はどうだい?』部屋に入ると、一考は努めて明るく繕いながら、雅子に声をかける。いつもの挨拶の言葉だ。
 雅子はほっとしたように、一生懸命に口を動かせて「大丈夫」と答えるが、その言葉は不鮮明で聞き取り難い。それでも、一考は、その様子に安心する。
 『昨日、三井寺の夜桜を見てきた。日経新聞で夜桜名所の9位にランクされていたので、一度は見ておこうと思ってね。ライトアップされていて綺麗だったよ。君と一緒だったらもっとよかったと思ったけど』一考は、そう言って、雅子が座っている椅子の前に膝まづいて昨日のことを報告する。身体はもちろんのこと、手や足も自分では動かせず、雅子が身動きも出来なくなってしまったことから、一考一人での介護の限界を悟り、この施設にお世話になることにしたのだが、早いもので、それから、もう三ヶ月が過ぎた。
 『昨日の夜はどうだった。何も変わったことはなかった? 介護士さんにも余計な迷惑はかけなかった?』これも、いつも訊ねる一考の決まり文句だ。
 『大丈夫』辛うじてそういう口の動きを見て、一考は安心するのだ。言葉でうまく話せなくなってしまい、二人のコミニケーションは、このところは、言葉を文字分解して探り当てる格闘技になっている。先日、一考の母親が見舞いに来てくれた際にも、雅子が言わんとする言葉を探し当てるのに大変な苦労をした。その時には、最初の文字が「せ」次が「ん」更に「ば」「つ」まで探り出したが、直ぐには分からず、「選抜野球」と言って違った方向に走ってしまったが、やっと母親が持って来てくれた千羽鶴にお礼で『千羽鶴を有難う』と言いたかったと分かって感動した。
 厄介な難病にかかって七年目、病気の悪化はどんどん進行して来たが、二人の愛も、どんどん深耕して来ている今日この頃だ。
 『がんばれよ、雅子』 これが一考の偽らない今の愛の言葉である。」
 自分の書いたラブレターを読み直しながら、一考は改めて、雅子の気の毒さを思うのだった。人の一生は様々だ、そんなに苦労しなくて幸せな一生を送る人もあれば、苦労ばかりの中で一生を終える人生もある。歌の文句ではないが、「人生って不思議なものですね」と思いながら、自分達のそれまでの闘いに思いを馳せるのだった。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(276) 10月10日分
 前日よりは少し元気があったように感じた。特記する事なし。

664 お~い、どうなってるの!

 今朝の米国株価は、引け際で大幅に下げた。何と680ドル近い大きさで、遂に8500ドル台になった。この動きを見ていると、2003年4月に、日本の株価が7600円台に降下して大騒ぎとなった時以来の低レベルである。加えて、円高も大変で、日本経済は踏んだり蹴ったりで、全く先行きが見えない。「お~い、どうなってるの!」と大声で叫びたい気持ちである。今日の東証も大きく動くことになるだろう。今や株券は紙切れになりつつある。恐ろしい。
 これを受けて、国会では、世界恐慌の来襲ということで、緊急の経済対策が急務となって来ていて、麻生内閣もその方向での取り組みを始めている。こんな時には解散なんてとんでもないといった風が吹き始めていて、解散を期待していた人たちには、「お~い、どうなってるの!」と叫んでいるかもしれない。
 一昨日の天王山で強さを見せつけた巨人が、昨日は、何と横浜に大敗した。阪神ファンには溜飲が下がる思いである。巨人ファンにしてみれば「お~い、どうなってるの!」いうことだろう。今日、明日と巨人と対戦するヤクルトは、今は乗っていて侮れない。再び阪神にもチャンスが巡って来るのかもしれない。しかし、そんな甘いことを思っていると、今日、あっさりと巨人の優勝決定で、夢のレジェンドが完結するかもしれない。とにかく、明日が分からない今日この頃だ。
 ところで、さすがに、3日連続の日本人のノーベル賞受賞はならなかった。昨日は文学賞が決まったが、受賞したのは、フランスのル・クレジオ氏で、期待されていた村上春樹さんは選ばれなかった。村上ファンは、文字通りの「春」はいつ来るのだろうかと思っているだろう。そういう意味では、これまた、「お~い、どうなってるの!」である。

2.連載(629) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(258)
  第六章 真夏の夜の夢(99)

(6)思い出の数々(その4)
 「さて」と呟くと一考はそのクロークの扉を閉めて、再び自分の机の前の椅子に座った。もう、後は、その日に向けて淡々と過ごすことである。誰にも気づかれないように、淡々と過ごすだけである。
 そんなことを思いながら、机の引き出しを静かに開けてみる。そこに数枚のプリントアウトされた用紙が大事そうに入っていた。一考は、それを取り出して目を通し始めた。これは、或る銀行が募集した、葉書一枚のスペースに書く、「60歳のラブレター」で、それに応募しようと書いた2回分のコピーだった。結果的に、考え直して投稿はしなかったが、そこには、一考が、自分の気持ちをコンパクトに綴っていた。今から4、5年前に書いたものだ。やおら、一考は当時を思い起こすように、それを読み始めたのである。先ずは、平成18年に書いた60歳のラブレターである。
 「あんなに健康を誇っていた君が、こんなに苦しむようになるなんて、誰が予測しただろう。五年ほど前だったか、君が『左手の人差し指に力が入らないの』と、東京で単身赴任中の僕に電話をくれたのだが、僕は、その程度なら大したことはなく、直ぐに治るものだと高をくくっていた。それから一年後に、パーキンソン病かもしれないとの診断報告を受けた時にも、予備知識のなかった僕は、あの震える病気か、といった程度の理解で、深刻に受け取っていなかった。
 しかし、病魔は遠慮なく君の身体の奥深く入り込んで、暴れ始めていたのである。特に、ここ一年の悪化はまさに悪夢のようだった。タイミング悪く転んで、捻挫や骨折したことがその悪化を加速し、今では、手足ばかりか身体の自由を失ない、立ち上がるのも、歩くのも、一人では出来ない厳しい状態になってしまった。急遽帰郷した僕は、直ちにリフォームを敢行、二階中心の生活から一階に生活基盤を移したり、治療に効果があるという電子治療器を購入したり、握り棒、段差解消など身障者用に必要と思われるあらゆるものの利用に努めて来たが、それも手詰まりになってしまった。今では、君が何をするにも、僕のサポートが不可欠となっている。何故、自分が千人に一人と言う難病になったのか、神様に不服を申し立てたい君の気持ちは痛いほどよく分かる。この病気が進行性のもので、先行きが不透明だけに、精神的負担も大きく、本当に気の毒だ。
 毎日、歯を磨き、お風呂に入れて。美味しい食事を作ってあげる。とは言っても、その料理は、君から教わったものだ。自分の気持ちよしては、大変であっても、君の望むことは可能な限り叶えてあげたい。君の寝顔や、にっこりと笑ってくれる笑顔は以前と変わらず、とてもチャーミング。僕には、とても遣り甲斐と存在感を実感する毎日の介護生活だ。
 今まで、全てを君に丸投げし、五人もの小姑のいる大変な環境の中で、両親や二人の息子の面倒を看て、僕を支えてくれた。今の僕の出来る限りのサポートは、そんな君の貢献へのささやかな償いなのだ。安心して、何でも僕に任せて欲しい。何も心配することはないよ。 夫より愛を込めて。」
 読み終えた一考は、まだその頃の雅子には、今のような全く動けない状態でなかった訳で、羨ましい気がするのが不思議である。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(275) 10月9日分
 この日の雅子は、少し発声が小さく、意思表示が曖昧なところが見られたが、身体を持ち上げた時に自分で立とうとする力が感じられたのには勇気付けられた。全体的には、前日よりも少し弱っているように見えた。 宿題になっている「謎」の解明は進んでいない。 

663 滅茶苦茶

 戦後三番目の大幅な株価の下落で、がっくりしていたそんな最中に、連日のノーベル賞受賞のニュースが飛び込んで来た。最後の大決戦の阪神、巨人戦のテレビ中継を見ている時に、そのニュース速報のテロップが流れた。下村脩さんが化学賞を受けたのである。滅茶苦茶うれしい朗報だ。化学賞では、6年前の田中耕一さんに次いで5人目だ。「GFPの発見」という業績は初めて耳にしたが、家族揃ってのくらげ捕りといったエピソードもあって、なかなか話題性は豊かだ。それにしても、最近は、名古屋大学出身者が目立ってきている。
 この受賞で、日本人の受賞者は16名となったが、物理と化学、それに筆者の同期の利根川進さんの医学・生理学賞を加えると12人となり、科学系のウエイトが抜群に高い。日本人の基礎科学でのレベルの高さがうかがえて、大きな誇りである。先の北京オリンピックを含めて、最近は何事も韓国、中国に迫られていることが多いが、このノーベル賞に関しては、寄せ付けずに圧倒していて痛快だ。
 それにしても、株価の下落はどうしようもない。このところ連日、筆者のような小規模の個人投資家でも、毎日100万円単位での含み損が生じていて、滅茶苦茶気分が悪い。この25年かけてささやかに積み上げて来ていた含み益を、ここに来て全て吐き出してしまい、マイナスのゾーンに入ってしまった。水泡に帰すという言葉の意味を苦々しく噛み締めている。今朝も米国ダウが乱高下の果てに、大引けで180ドルを越すマイナスだ。何処まで下がっていくのだろう。先行き全く不透明だ。
 加えて、昨夜は面白くないことが重なった。つまらないことかも知れないが、終始トップを走り続けて阪神も、昨夜の関が原の決戦で巨人に完敗し優勝はほぼ無くなった。今までの13あったゲーム差を使い果たしてマイナスになった訳で、滅茶苦茶である。
 全くいい処無しの毎日である。何時になったら明るさが戻るのだろうか。
 なお、余談だが、今回のノーベル賞受賞者の下村さんのお名前を見て、今までにない親しみを覚えている。お名前の「脩」が、筆者の本名の漢字と同じだからである。今までは、自分の名前を電話などで伝える際に苦労し、あの三原監督「脩」と同じですと説明していたが、最近では三原監督を知る方も少なくなって来ていて困っていた。これからは、ノーベル賞の下村脩さんと同じ漢字だと説明できるので滅茶苦茶有難い。

2.連載(628) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(257)
  第六章 真夏の夜の夢(98)

(6)思い出の数々(その3)
 一考はゆっくりと立ち上がると、部屋の一角にあるクロークの前まで行ってその扉を開けた。このところ、退屈になると何となくここを開ける癖がついていた。もう何回開けたのだろうか。そこには、雅子の衣装がいっぱいに、整然と掛けられてある。その夥しい数の衣装を眺めていると、それぞれをまとった雅子のその頃の思い出が甦ってくる。一考にとっては、元気だった頃の雅子を思い出す夢のコーナーで、今では格好の息抜きの場所になっている。
 また、その上の棚に並べられた数多くのハンドバックの一つ一つにも、雅子の思い出が刻み込まれている。それらも今となっては、主を失った気の毒な孤児だとも言えよう。そういう意味では、今一度、多少の無理をしてでも、主の雅子をこの場所に連れて来て、もう一度、その風景を見せてあげたいと思うのだが、今の一考では、それを果たす物理的な力不足である。そうかと言って、他人様に頼んでまですることもないだろうと考えたり、挙句の果てには、若しかしたら、雅子は、今やそんなものを改めて見たくもないかもしれないと考えたりして、自分を納得させるのだった。
 それと云うのも、一考は、自分が書いたものを読み返すことがおっくうで嫌でならない。一旦書き終えたものは、自分の排泄物と同じで、改めて見たくないのである。そういうことから、ブログにしても見直しは、いつも最小限で配信してしまっている。そのために、多くのみっともない初歩的なミスを、そのまま公にしている訳で、忸怩たる思いを幾たびも味わっている。そこには一旦歩いた道をもう一度歩きたくないと言った思いがあるからだ。そんな自分の勝手な考え方から、雅子も、今更改めて自分の過去を振り返るようなことには興味がないかもしれないとも思うのだった。
 一般的に、人生では完璧を期すのはきわめて難しい。あれもこれも全ての点で、満足を勝ち取ることはまれで、大まかに言えば、人生は本来、中途半端なものである。つまり、不条理で、辻褄が合わない、矛盾しているそういった不整合が混在するのが人生である。
 そういう意味では、雅子の人生は、夫を支え、二人の子供達を育て上げ、そして二人の義理の親の面倒を見てきて、見事にその責務、役割を果たしたもので、何の恥じることもない堂々の立派な人生だったことは言うまでもない。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(274) 10月8日分
 症状は、前日とほぼ変わらず、良くもなし、そんなに悪くも無い。
 この日は、前日宿題となった謎についての検証を行なった。この日のやり取りで、雅子は先日の通院日に、1Fの玄関を出る際に受けた或る事が面白くなかったというのである。そこで、車椅子でその場にまで行って検証したが、その面白くない内容については、残念ながら掴めなかった。一体何だったのか謎は残ったままだ。

662 6年ぶりのノーベル賞

 政治、経済の世界で大混乱が続く最中、大きな朗報が飛び込んで来た。今までにない3人揃ってのノーベル賞の受賞である。
 ちょうど昨夕の7時のNHKのニュースを見ていた時だった。その途中でのうれしい速報だった。3人の名前が出て来るとは予想外だったことから、速報テロップ、及びアナウンサーともに、少し乱れた、戸惑った形での朗報の伝達だった。
 三人ともどもその喜びの表現が違っていて面白かった。益川敏英さんは、万歳でもすれば絵になるだろうがと言って両手を挙げて見せたが、今更、そんなにうれしくないのでと淡々と話していたが、その顔は明るかった。一方の小林誠さんは、終始謙虚な表情でうれしいと言葉少なげなのが印象的だった。この様子を見る限り、動と静の好対照のお二人だ。もう一人の南部陽一郎さんは、9時のニュースウオッチでカナダからの電話中継で淡々と喜びを語っておられた。論文発表後の50年後の受賞だけに、戸惑いもあって、それだけに喜びは一入だろう。なお、余談だが、インタビューしたキャスターの青山祐子アナウンサーは大分慣れてきていて安定感が出ていた。少し前にけなしたので訂正しておこう。
 それにしても、論文の発表後、30年、50年して評価されて受賞となる訳だから、人間長生きして待っていることも大事なんだと思う。これで。日本人のノーベル受賞者が15人、その中で、物理学賞は、最初の湯川秀樹さん以来7人となり、世界の素粒子をリードして来たといえる。大したものだと思うと同時に大いに誇りに感じるのである。しかし、世界に目を向けると、それでも、7人の受賞は、7番目(米、独、英、仏、旧露、蘭)で、世界は広いと改めて思う。
 そんなうれしい話のあったこの日、引退する王監督の最終戦が、野村監督率いる楽天との間で行なわれた。皮肉なことに勝った方が今年の5位、負けた方が最下位になる。果たして、どうなるかとインターネットでフォローしていたが、楽天先発のマー君の田中将大、ソフトバンクのエースの杉内俊哉の両投手の好投で0-0で延長戦へ、このまま引き分けで、両社5位との思いやりのある結果が考えられたが、何と、最終の12回裏に楽天がさよなら勝ちして決着が着いた。
 この試合を見て、今のプロ野球には、大相撲と違って、八百長、いや、出来レースはないことが証明された。そういえば、阪神もなかなか勝たせてもらえないのだが、それも暦としたその証であろう。半世紀に渡るプロ野球への大の功労者、王監督、本当にお疲れ様でした。
 さて、株価の泥沼は今朝も続いていて、米国ダウは、500ドルを越す大幅な下げとなった。どこまで落ちて行くのだろうか、不安は尽きない。三人のノーベル賞の受賞で、東証だけでも、ご祝儀相場にならないのだろうか?

2.連載(627) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(256)
  第六章 真夏の夜の夢(58)

(6)思い出の数々(その2)
 早いもので2011年7月も10日を過ぎていた。長かった梅雨も終わって、暑い夏が訪れていた。
その日帰宅すると、一考は自分の部屋に入って、暫し思いに耽っていた。改めて、孫がくれた手紙にじっと目を遣った。小学校に入ったばかりの美智子の優しい気持ちが出ていて、嬉しさがじんわりとこみ上げて来た。純粋な子供だけに、掛け値なしのピュアーな気持ちが、心に沁みていた。
 「それにしても」と一考は、改めて思うのである。あれほど、家族のために尽くしてくれた雅子が、どうしてこのような悲しい、苦しい目に会わなければならないのか、これほど不公平なものはない。加えて、これから雅子のために尽くそうと思っていた矢先に、余命一年という医者からの宣告に、一考はどうしようもない悔しさに沈むのだった。
 そして、早いもので、医者からの告知を受けて、既に半年近くが経過していた。しかし、幸いなことに、一考自身には、それほどの心配するほどの体力の減退や、不安な痛みなどの実感はなかった。本当に危険が迫っ来ているのだろうかとの思いすらあった。いわば、台風が近づいて来てはいるが、まだ、深刻に心配するほどではないと言った状況に相当する状況だ。
 一方の雅子の症状は、じわりじわりと悪化は進んでいるようだった。今まで、何とか食べられていた食事も、飲み込みが難しくなって来ていた。また、座っている姿勢も二つの折れるような俯き姿勢が続くことも多く、何とも言えない不安が迫っているようで、雅子の先行きは思いやられるのだった。
 一考は、いつものように、二階にある自分の部屋の机の前にどっかりと座っていた。今でも、ここが一番落ち着く場所である。ここに座ると、不思議といろんな思い出が甦ってくるのだ。
 結婚する時に自分に誓った言葉が思い出された。それは「君が他の誰と結婚した場合よりも、君を幸せにするように努力したい」といった一考にしては大胆な言葉だった。自分達は、いわゆる恋愛結婚ではなく、お見合いでの結婚だった。経済的な基盤がしっかりしているだろうといった打算的な判断だったにせよ、見てくれの冴えないこんな男に半生を預けてくれた雅子に、何とか、幸せを提供することで応えたいと誓ったのだった。
 しかし、結果は必ずしも満足すべきものではなかった、サラリーマン生活を振り返ると、目指していた経営陣の一角に今一つ届かなかった訳で、相撲で言えば、横綱に届かず、まあ、大関、三役止まりだったといえる。それでも、とにかく、人並みの生活環境を確保することが出来て、さあ、これから雅子の傍で、最後の幸せ孝行をしてあげようとしていた矢先で、二人が共に難しい病気に巻き込まれるという暗転だった。改めて、人生の理不尽さ、皮肉を思うのである。それは、二人には、気の毒といった単純な言葉では表せない不幸の最たるものだった。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(273) 10月7日分
 少し疲れがあった様で、一考が訪ねた時はベッドに横になっていた。帰り際になって、雅子が何かを伝えたいということだったので、懸命になってそれを突き止めようといろいろ努力したが、どうしても把握に至らず、明日に持越すことにした。とにかく、数日前に何かがあって、そのことで頼みがあるというのだが、……。気になったが致し方がない。

661 ショック、ショック

 俳優、緒形拳氏が急逝された。死因などの詳しいことは発表されていないが、71歳の死は、あまりにもに早すぎる死だ。自分と5歳しか違わないだけにショックは小さくない。
 同氏に関しては、筆者にも幾つかの忘れらないシーンが思い出される。先ず、1965年のHNK大河ドラマの太閤記での秀吉役だ。面白い男が出てきたという新鮮さがあった。これで人気俳優の仲間入りをした。映画、砂の器での演技も記憶に生々しい。最も印象に残っていて面白かったのは、或るテレビのトーク番組で、対談相手の島田紳助の顔を見て、「お前、それ、顔なの? おもろい顔しとるのう」と冒頭で言った緒形拳のセリフだ。さすがの島田紳助も返す言葉もなく、唖然として苦笑していただけだった。ご冥福をお祈りしたい。
 さて、ショックといえば、世界経済に大きな衝撃を与え続けているのが株価の値下がりで、止まるところを知らない泥沼だ。今朝の米国ダウも、一時は800ドルを越す大幅な下げとなったが、最後の2時間で少し持ち直し355ドルの下げて終わった。それでも4年ぶりに1万ドルを割った。まさに底なしの泥沼だ。今日の東証の動きには目をつぶりたい気持ちである。
 ところで、恥ずかしい話の告白だが、筆者は、株価は、昨日辺りが買いどころと判断して、いくらかの投資をしたのだが、それが、まさに裏目もいいところだった。この話には、泣き面に蜂の余談が加わったので、そのさわりの部分を紹介しておく
 実は、その株の購入費用を、雅子名義の預金からカードを使って証券会社に振り込もうとしたのだが、暗証番号を間違えたようで、カードが使えなくなった。銀行の窓口で善処をお願いしたところ、夫婦と言えども他人名義のものは、本人の意志確認が必要だと杓子定規な応接で応じてくれなかった。その銀行員は、名義である妻のために使用するということを確認する必要があると言うので、一旦家に帰って、本人の障害者手帳や今までの経費支払いを筆者名義の預金から支払っている書類などを持参して、再度の説明をしたのだが、相変わらずの杓子定規な応接でどうしても応じてくれず、いらいらして大論争となった。この話は、連載中のドギュメントの中で詳しく取り上げるので、ここで止めておくが、要するに「あなたの事情は分かった」と言いながら、預金者の預金を守るという大儀をかざして、具体的には何ら融通性を全く見せない銀行の応接に怒りを覚えたショッキングな一日だった。
 そんなショックを通り越したのが阪神の不甲斐なさだ。関西地区では、昨夜もテレビ放映があったが、見ていていらいらのし通しだった。初回の今岡の緩慢なプレーが大きく足を引っ張った。今岡選手の起用は、その功罪において判断しかねる難しさがある。
 なおもう一つショックな話は、北京オリンピックで金メダルを取った柔道の石井慧選手の格闘技への転向だ、ロンドンでの二連覇を狙って欲しかったのに残念だ。

2.連載(626) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(255)
  第六章 真夏の夜の夢(57)

(6)思い出の数々(その1)
 雅子が施設に入居直後の暫くは、一考は、半々ぐらいの比率で、自宅と施設での生活を交互に行なうことを考えていた。そのために、自宅でも介護生活の継続が可能なように、可動ベッドなどの必要な介護用品を揃えて準備していた。同時に、必要なリハビリなども試みていた。
 しかし、意外だったのは、雅子は一考が考えたほど、自宅に戻ることには執着する様子がなかったのである。その背景には、やはり、一考にこれ以上無理させたくない思いが強かったのではないかと解釈している。
 この施設にいる多くの方は、家に帰りたいと言う人が多いと聞いた。自分が長い人生を過ごしたその場所に戻りたいと思うのは自然な思いだ。雅子は、その点で割り切って自分を自制しているのだ。自分が自宅に戻れば、夫の介護は不可欠で、年を取って来ている夫にそこまで苦労をさせたくないという思いが先行しているからであろう。反面、そこまで自分をコントロールしている雅子の気持ちに、一考は、いじらしさを覚え、その健気さに何か悲しいものを感じるのだった。
 いずれにしても、一考には、自らに迫るガンの病魔の侵食に、そのような感傷に浸る余裕もなく、心を鬼にして、淡々とした気持ちで、自らが決断した方向に、怯むことなく前に進むしかなかった。ましてや、神がくれた人生の厳しさにうらみ、つらみなどの御託を叩いている余裕などは無かった。もちろん、誰かに相談をするようなものでもなく、自らの決断に基づいて自らが行動を積み重ねてゆくしかなかった。
 そうは言いながらも、そんなこととはつゆ知らず、毎日の苦痛と懸命に闘っている雅子を見ると心が痛んだ。自分の考えていることを打ち明けてやれば、若しかしたら、雅子も、自分の先行きのことを考えて、そんな大胆な一考の決断を歓迎してくれるのではと思うこともあった。というのも、雅子の胸中にも、その種の考えが芽生えていて、悩んでいるのかもしれなかったからでもある。そこには、悲しいことに、今の雅子は、自分では全く動きが取れず、一人では何も出来ないという厳しい状況に置かれてて、先行きへの不安は底知れなかったたからである。そういう意味では、神は、あくまでも冷徹に二人に迫っていたと言える。
 いずれにしても、一考は、自分の決断した計画を粛々と地道に進めるのだった。しかし一考の頭の中では、最終的に決断を実行する前には、雅子にだけは、何らかの形で彼女の意志を確認してみたいと考えるようになっていた。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日お雅子(272) 10月6日分
 この日の未明に通じがあったことを、朝に電話で確認し、ほっとした。一考が顔を出した午後には、お陰様で雅子は穏やかな顔をしていた。

660 鍵握る新しい週が始まった。

 昨日の日本女子オープンゴルフは、久し振りにドキドキしてテレビを見ていた。不動祐里選手が終盤の17番でバーディを奪いトップタイに並んだ。さすがにここまで顔を出してくると、NHKさんも不動選手を映さない訳にはいかない。「よし!」と思って見ていた次のシーンだった。18番のティーショットを打った不動の顔が少し歪んだ。無念にもボールは左側のラフ深くに入り込んだ。出すだけとなった2打目、そして勝負を賭けた3打目もうまくゆかず、万事休すだった。追い上げていただけに残念だったが致し方なかった。
 優勝は、最後にバーディを決めた韓国のイチヒ選手だった。優勝賞金の大金が韓国に行ってしまうのは少し残念だが、筆者は何故かほっとしていたのである。宮里藍選手の強気の優勝インタビューを見なくて済んだからかもしれない。
 一方、プロ野球では阪神、巨人が共に勝って、優勝争いのデッドヒートは続いている。この激戦も、いくら長引いても、来週の日曜日には勝負が確定する。どんな結果が待っているのだろうか!! それにもう一つのデッドヒートン中であるパ・リーグの楽天とソフトバンクの最下位争いも、今日、若しくは明日にでも決着がつく。
 さあ、そんないくつかの鍵を握る新しい週が始まっている。国会では今日から予算委員会が始まり、与野党の激論が展開される。麻生内閣の力量の見せ所で、その展開次第で、解散時期が左右されることになるだろう。少なくとも、今までの福田内閣よりは灰汁が強そうで、見所はありそうだ。
 一方、間もなく開く東証の反応も見ものである。週末の米国ダウの動きが微妙であっただけに、その動きを世界が注目している。筆者としては、この辺りで持ち直して欲しいと期待しているが、景気の後退が鮮明になって来ているので、難しいのかも……。
 いずれにしても、鍵を握っている波乱含みの新しい週が、静かに始まっている。

2.連載(625) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(254)
  第六章 真夏の夜の夢(56)

(5)息子達への引継ぎ(その10)
 長男夫婦が千葉に戻った翌日の夕方だった、孫の美智子からの手紙が届いたのである。あどけなさが残る文字の宛書に、純粋な子供の気持ちが溢れていた。
 翌朝、一考は、いつもと違って午前中に、その手紙を持って雅子の部屋を訪ねた。この5年間の雅子の施設の生活で、一考が見舞わなかった日は一度もない。しかし、孫の手紙を持って訪ねるのは、この日が初めてだった。
 不思議なことだったが、この日の雅子には、それまでの言葉の不鮮明さが少し回復していて、何とか聞き取れるぐらいの状態になっていた。有難いことだと思いながら、一考は雅子に語りかけていた。
 「昨日、美智子から手紙が届いたんだ。それを早く読んで上げようと、今日は午前中に来たんだよ。これだよ。」一考はポケットから折り畳んだ手紙を取り出し、宛名の面を見せてから、近くに置いてあるはさみで封を切って中の用紙を取り出して、それを広げながら読み始めた。
 「『おばあちゃん、このあいだおあいできてたのしかった。そのごいかがですか。たいへんなびょうきですが、がんばってください。わたしがおおきくなったらおいしゃさんになって、きっとなおしてあげますからね。おばあちゃんがげんきになれば、いっしょにあそびましょう』嬉しいことを書いてくれているね。子供って純粋だから素晴らしいね」一考も、幼い子供のあどけない字を読んで嬉しかったが、この前はアナウンサーになるといっていたのにを思い出して苦笑した。
 「とてもいい子ね。私のことをやさしくそんなに見てくれてる。どきどきするわ」雅子も満更でもなさそうだ。それよりも、こんなに雅子の言葉が分かるのが嬉しい。
 「とにかく、皆、元気で頑張っていてくれる。美智子も大きくなってかわいかったし、長男の春樹も順調に育ってくれている。有難いことだ」一考は、改めて思い出すように、二人の孫達の近況を総括した。雅子は、表情を少しゆがめて、その話を聞いて頷きながら、不思議とはっきりした言葉で確認した。
 「本当によかったわ」
 「幸い、二人の息子には、相坂家の今後について、大事なことは話しておいたし、もう心配することもない。今回の彼らの見舞いはちょうどいい機会だった。後は、太郎たちに子供が出来てくれれば申し分ないのだがね」
 「そうね。」
 「まあ、彼らがみんな幸せに育ってくれればいいんだ。俺達は、いずれ、さよならするんだからなあ」
 「これ以上迷惑を掛けないようにしなくちゃね」雅子は、噛み締めるような口調でそう言って一考の顔を見た。一考は、黙って頷いていた。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(271) 10月5日分
 雅子に便秘が続いていて苦戦している。通常の便秘薬を前日に続いて服用したが効果は出ず、この日は更に漢方薬を服用した。しかし、それでも、夕方までには通じはない。少し心配だが、今しばらくは、様子を見守ることにせざるを得ない。

659 ほんの少し先のことも全く読めず

 昨日の未明、午前3時前だったと思う。ふと目が覚めたので、点け放しにして置いたコンピューターの画面に目をやった。米国株価の速報のサイトに繋いでいたのである。その時点のダウ平均は何と前日比で300ドル近い上げとなっていた。その上げの大きさに、筆者は、漸くあの金融安定化法案が一度否決された下院で可決されたのだろうと思って、念のために、日経、読売のニュース速報を確かめたのだが、その時点では、まだそのニュースは出ていなかった。
 その後、暫くうとうとして、4時ごろにまた目を覚ましてコンピューター画面を確認すると、株価が少し下がり始めていた。それでもまだ200ドル近い上げは保っていた。「なんだ」と思いながらに改めて、ニュース速報を確認すると「金融安定化法案可決」の見出しが大きく踊っていた。「やっと可決したか」と思う気持ちと不可解な株価の下落の始まりに、「どうして?」と理解に苦しむのだった。
 驚いたのは、その内に株価はどんどん下がり始め、大引けでは何と、前日比150ドルも下げて終わった。従って、この間の2時間ほどで、450ドルという大きな下げが起きていたのである。金融安定化法案可決という大きなニュースの裏で何が起きていたのであろうか。未だに理解できていない。専門家の解説では、この法案だけでは安心できない何かがありそうだと言っていたが、果たしてどうなのだろうか、明日の週明けの東証が、どんな反応を示すのだろうか、興味と不安がある。経済界は、ほんの少し先のことも全く読めない。
 臨時国会の行方もその先行きが読めない状況にある。解散が前提の国会なのだが、麻生総理は新聞が予想したような段取りでは決断しないようだ。米国発の金融事情が絡んでいるとはいえ、事前の世論調査などでの自民党への不評を見て、その戦略を見直しているようだ。果たして解散は何時になるのか、新聞の報道は最初の10月26日投開票から、11月2日投開票にずれ、更にはそれがもっとずれ込むという。年内解散は確かだろうが、何時になるかは流動的である。これも、ほんの少し先のことだと思われるが、それが全く読めないのだ。
 プロ野球のセ・リーグの優勝争いもこの最終盤で全く読めなくなって来ている。一昨日、阪神がヤクルトに大逆転で敗れたが、巨人も昨日のデーゲームで中日に痛い敗戦を喫し、阪神に再びチャンスが訪れようとしたが、その阪神は昨夜も、負けはしなかったが勝てずに引き分けて、優勝マジックは消えたままだ。一体、どちらに優勝の女神が微笑むのか、直ぐ先のことだが、これまた全く読めない。
 今日最終日を迎える日本女子オープンゴルフの優勝の行方も全く読めない。韓国の李知 飯島茜がトップだが、4打差以内に韓国の二人の選手のほか、宮里藍、不動祐里、上田桃子、横峯さくらなどの日本の有力候補が顔を揃えていて、まさに混戦状態だ。今日の夕方には優勝者が決まるが、誰が優勝するかは全く読めない。筆者は、不動祐里選手の逆転優勝に期待している。そうなれば、中継をするNHKさんも、昨日までとは違って、不動さんのプレイを中継せずにはいられないだろう。

2.連載(624) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(253)
  第六章 真夏の夜の夢(55)

(5)息子達への引継ぎ(その9)
 長男と親父のやり取りはまだ続いていた。親父は持論を展開する。
 「棄てるという作業は結構大事なんだ。自分が集めてきたものとはいえ、それらは一部を除いて大抵は棄てることになるのだが、そのタイミングには慎重な判断がいる。取り返しのつかない阿知ミングでの廃棄は、コンピュターでいうデリートに相当して、回復できなくなってしまって悔やむことに相当する。一つ紹介しておきたいのだが、会社に就職して以来給料明細をそのまま保管して来ていたが、年金の問題が大きくなって、その明細が必要になったこともあった。従って、棄てるにも、そのタイミングには熟慮は欠かせない」一考は自分が給料袋を保管していたと言う自慢話をした。
 「その通りですね。デリートした直後にしまったと気づいても後の祭りですからね、それにしても、給料の明細書を全て保管していたと言うのは稀有なことですよ。そんな人はほとんどいないんじゃない」太郎は、そう言って親父の顔を見た。
 「自分でも驚いている」そう言って笑いながら、嫁の顔を窺った。
 「そういえば、私の場合も、両親が、生まれた時からの様子を、ビデオをしっかりと撮ってくれてますし、ちょっとした小物も紀念にと取っておいてくれてるの。そんなビデオも、今ではほとんど見ることもないんですけれど」花子が口を挟んだ。
 「そうだね。私のように人生の末端まで来てしまうと、ほとんどのものは不要になってくる。今までにも、随分と棄てたけど、まだまだ残っているものが多くあって驚くぐらいだよ」一考は、退職後に処分した書物、書類の多さを思い出していた。
 そして、そんなたわいない収集物、持ち物談義で楽しい時間が過ぎて行った。
 「たまには、こうして一緒に食事をするのもいいもんだなあ」話題が一段落したところで、一考は感慨深げにそう言って、改めて二人の様子を窺った。
 「ところで、親父さん、あの本はどの位売れたの?」突然太郎が痛いところを突いてきた。
 「とにかく、印刷したのが初版の第一刷だけだからしれている。しかも、それも、まだ少し在庫が残っているようだし」
 「なるほど。とにかく出版したこと自体に意義があると思うよ。親父の生き方には、それなりにいろいろと勉強になった」何を思ってか、太郎はそんなことを言って親父を持ち上げた。
 「人間、死にまで勉強だからね。いい奥さんを貰ったんだから、勉強し、頑張って幸せにしてやることだね。私みたいにほったらかしておいたから、大変な病気をさせてしまう一因になったんじゃないかと申し訳ないと思ってるんだ。まあ、後は、宜しく頼むよ」
 「そんな、寂しい言い方は止めてくれよ。お母さんも、落ち着いてきたようだから、親父も、これからはまた楽しんでもらわなくては」
 「そうですわ、お母様は、主人が定年にでもなれば、そちらに帰って私達がお世話させて頂きますから。そうなれば、お父様も、改めて悠々自適で楽しんで頂きたいわ」妻の花子がそう言ってくれた。
 「有難い話だが、頑張っても、そこまで持たないよ」そう言って一考は寂しげに笑ったのだった。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(270) 10月4日分
 便秘薬を飲んだが、一考が施設を出る夕方までには通じは無かった。少し、心配。二人でNHKのハイビジョンテレビのゴルフ中継を見ていたが、不動選手が頑張っているのに、ほとんどテレビに映らないのでいらいらしていた。

658 煮え繰り返る苛立ち、怒り

 年金に関して、本当に腹立たしい事実が次々に明らかになって来ている。宙に浮いた年金から始まり、改ざんされた年金に至っては開いた口がふさがらない。企業を指導してまで談合で改ざんを誘導して、個人の収入額を勝手に減額して扱うという、とんでもない工作が行なわれていた。社会保険庁は一体誰のために仕事をしていたのか、煮えくり返るほどの苛立ち、怒りを覚えるのである。彼らの良心は何処へ行ってしまっていたのか。とても許し難い。
 農水省での事故米の扱いもしかりである。報道される内容から見る限り、食料として使われることを、阿吽の呼吸で、承知の上で、在庫をさばいて欲しいと期待していたというのだ。危険な食料を国民に食べさせる農水省の担当者は何を考えていたのか。殺人をそそのかしているのと同然である。思いっきり殴りつけてやりたい気持ちである。国民を裏切るにもほどがある。
 腹が立つと言うと、昨日の阪神の負け方だ。5-0の楽勝ムードで安心していたが、頼りにしていた押さえの久保田智之、ジェフ・ウイリアムズ、アッチソン、そして大黒柱の藤川球児の4人衆が、揃いも揃って総崩れとなって、あっさりと逆転を食らってしまい、優勝マジックがまたしても消滅した。これで、この勢いを勘案すれば、阪神の優勝の目は極めて小さくなったと思われる。この長いペナントレースでの戦いで、前半の独走は何だったのか、ファンの一人として、煮えくり返るほどの苛立ちである。
 ところで、NHKハイビジョン放送もやってくれた。昨日の全日本女子オープンゴルフの二日目の放送を見ていたが、ここで「NHKよ、,お前もか」と強く感じた次第である。.放送は4時間に渡っての生中継で、15番から18番までの4つのホールをカバーしてくれて、ゴルフファンには有難い大型企画だった。1時から始まった放送の前半では、登場してくる組毎に順次公平に中継してくれていて問題はなく楽しかったが、3時半頃に不動祐里選手が登場してからが、片寄った不公平な中継となった。不動祐里ファンである筆者は、大いにがっかりさせられたのである。 
 確かに、最初の15番だけは不動選手の組もきちんと中継してくれた。それは、次の組の上田桃子選手がまだ15番ま来ていなかったからだった。それ以降は、不動選手は、18番の最後のパットのシーンまでは音沙汰なしで、その間はスコアー速報も無かった。まだ、優勝を狙える順位にいるにも関わらずである。いずれにしても、不動ファンにはイライラが募る不公平な放送だった。
 トップを走る李知やそれを追う若林舞衣子をフォローするのは当然で問題はないのだが、中継は上田桃子の組にフォーカスしていて、その歩く姿、談笑する様子などの一挙手までを、カメラはじっくりと追う。そればかりでなく、彼女らのプレイのビデオをも入念に見せて画面をジャックしていた。
 NHKまでが公平性を失くし、民放と同じようにビジュアルな選手に絞っての放送は如何なものか。不動祐里ファンの筆者は、煮えくり返る苛立たしさを覚えた次第である。今日からは決勝ラウンドが始まるが、NHKさんよ、もう少し勝負に関わる場面にウエイトを置いた公平な中継を心掛けてもらいたい。不動ファンからの切なる願いである。

2.連載(623) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(252)
  第六章 真夏の夜の夢(54)

(5)息子達への引継ぎ(その8)
 太郎は結構辛坊強く、過去を大事にする性格だった。小学校の5年生までは横浜で育ったこともあって、近くにあったK大の日吉校舎構内をよく散歩したこともあってK大学に憧れるようになっていた。大津に転校してからもその気持ちは変わらず、一浪はしたものの、よく頑張って見事に初志を貫徹してK大学に入学した。
 地味ではあったが、そういう頑張りの性格が、いろんなものを集めたりする趣味に繋がっていた。具体的には、自分の生きた足跡を残しておきたいとする考えで、いろんなものを大事にし収集することが趣味になっていたようだ。主なものは、書籍、ノートの類が多く、今でも段ボール箱にして10個近く残されている。
 雅子の病状悪化で、リフォームをしなければならなくなった際には、それらを保管することを一考は重視した。それと云うのも、かつて、自分が保管しておいた資料などが、自分がいない間に了解も無く、ほとんどを処分されていたことで憤慨したことがあったからだ。
 収集と云う趣味は、一考も楽しんだ趣味の一つだった。一考の場合は、殺人事件での殺意と云うものに大いに関心があって、二十年近くに渡って殺人事件の新聞記事の切抜きを収集していた。そこには、将来、推理小説を書いてみたいと思っていたからで、その作品作りの資料として役立つだろうの思惑から溜め込んでいたのである。時々帰宅した際に、それらを殺意のカテゴリー別に分類し整理するのが楽しい作業だった。太郎の物の収集の趣味も、一考のそんな一面を引き継いでいるのかもしれないと思うのだった。
 「君の荷物が随分とあるが、とりあえずそのまま保管してあるので、いずれは自分で適切に処理するようにしてくれよ。私のように年を取ってくると、若い時に集めていた大半のものが不要になって捨ててしまうことになった。棄てるという作業は結構大変だが、さっぱりするという意味で爽快なものだ」一考はそんな実感を話しながら、荷物の保管、処理についても、息子への引継ぎの一環として付け加えた。
 「将来、自分の人生を紐解いて振り返る際に、そういった過去の足跡は参考になるだろうと思っている、それが本当に役立つかどうかは分からないが、一旦、棄ててしまうと元には戻せないからね」太郎は、自信有り気に自分の考え方を披露した。親子は、妙な話題で話は盛り上がっていた。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(269) 10月3日分
 実姉の霧子、伸子のお二人のお見舞いで、雅子もほっとしていた。症状は前日とほぼ変わらずである。

657 老朽化で建て替えのタイミング

 広島東洋カープのフランチャイズである広島市民球場は1957年に開場して、今年で51年目だ。先日の9月28日のヤクルト戦がプロ野球の最後の試合となった。通算、3182試合目だという。12月6日にお別れのイベントが行なわれた後に取り壊される。来年3月31日に開場する予定で建設中の直ぐ隣の新球場が、来シーズンからは、新広島市民球場となってファンの前にお目見えする。
 一方、海の向こうの米国でも、ヤンキースのフランチャイズのあのヤンキー球場が今年が最後で、ここでも隣に建設中の新球場がその代わりとなる。この球場は1923年の開場で、今年で85年になる伝統を引き継いだ建築物だ。あの「ベーブルースの館」といわれる歴史的な代物だ。特徴ある変形の球場でファンには心残りかもしれない。
 建て替えと云うと、新宿コマ劇場も今年の12月31日の公演が最後になるという。1956年12月28日オープンで、今年で52年目である。演歌の殿堂と呼ばれて久しく、さすがに老朽化が進んでいて建て替えが必要となったようだ。このゾーンは新たな再開発が予定されているという。
 歴史と伝統ある建造物、親しまれ、愛された建築物も、やはり半世紀以上も経過すると老朽化は避けられない。新たな建て替や強力なてこ入れが必要だ。
 そういう意味では、自民党も結党されたのが1955年だから、今年で53年目を迎える伝統ある政党で、戦後の混乱が落ち着き始めた頃からの50年以上の日本を支配してきた。しかし、ここでも老朽化が進んでいて、やはり「一度壊す」時期に来ているのではないだろうか。今の流れの中では、小沢民主党代表個人への好き嫌いに関わらず、どうやら、次の選挙で政権交代が起きそうである。誕生して間もないお坊ちゃん総理総裁の麻生太郎氏は、どんな手腕を見せるのだろうか。種も仕掛けもなく、解散のタイミングだけが鍵を握っているようで、それを巡って、ここ暫くは水面下での激しい駆け引きが展開されることになろう。、

2.連載(622) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(251)
  第六章 真夏の夜の夢(53)

(5)息子達への引継ぎ(その7)
 長男の太郎が、前年に結婚した嫁の花子と一緒に雅子を見舞いに来たのは、二郎の家族が帰った数日後だった。
 二人の結婚式に出ることが出来なかった雅子だったが、新婚旅行から帰って来た時に見舞いに寄ってくれて会って以来の再会となった。おっとりした嫁で、太郎にはお似合いの女性である。嫁の花子に、しきりに何かを伝えようとした雅子だったが、それが無理だと分かると、ただただ、有難う、有難うを繰り返しているようだった。
 その夜、三人で食事をした際に、一考は、数日前に二郎に話したと同じ主旨の話をして聞かせたのだった。二人がお酒を飲めないこともあって、食事をしながらの三人での話しの場となった。
 大津の自宅だけは、現時点ではまだ母親の名義で、自分が引き継いだ形にはなっていないが、多分、そうなることになるだろうから、君達の代で手放なすことがないようにして欲しい。また、仏さんの扱い、お墓の管理など、いつも一考が気にしていた相坂家の将来について、可能な限り引き継いで欲しいという自分の考えを伝えた。例によって、あのメモノートを見ながら、抜けのないように、細かいことまで付け加えた。そして、それらのことがらを含めて、ささやかではあるが、私財、保険などの全てを纏めた資料は自分のノートパソコンに残されていることを紹介した。
 加えて、自分らの葬儀はごく簡単なものでいいとか、身の回りの残った持ち物などは適当に処分して欲しいと付け加えた。また、初めての米国出張以来、何となく集めていたケネディコインが二十数枚あって金庫内に保管してある。多少は、プレミアがついていると思うので処分する際は、その辺りのことも確認した方がいいのではとまで話し、にこっと笑って見せた。
 太郎は、ずっと黙って聞いていたが、一考の話が終わると「分かった。心配は要らない」と完結に言って頷いた。普段から口数が少ない性格で、結婚しても変わることなく、いつも通りの姿だった。隣にいた新妻の花子も同様に頷いてくれていた。一考は、二人の間に早く跡継ぎが誕生するのを期待するのだった。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(268) 10月2日
 通院日。この日はお薬を貰うのに1時間半以上も待たされて、車椅子でじっと我慢の雅子は大変だった。11時過ぎにドリームスペースを出て3時半に戻るという4時間半の大作業だった。施設に戻って、雅子も少し疲れたようで直ぐにベッドに横になった。なお、この日の診断で、お薬を一種減らしてもらうことになった。

656 目が離せない

 麻生総理、小沢代表の直接の論争ということで期待していた国会論戦だったが、案の定、肩透かしを食らったような小沢代表の応接で面白くなかった。麻生総理が具体的に3つの問題に絞って質したのに対し、小沢代表はそれには答えず、民主党の施政方針を述べる形で交わしたのである。期待を裏切られた国民は多くいたに違いない。
 この種の議論の形は、多くの討論番組などで見られる形で、切り込んだポイントには直接には相手せず、別の形で切り返すやり方だ。投げ掛けられた問題を徹底的に議論するようなことはなるべく避けようとするのである。
 唯一、衆参の予算委員会だけが、逃げ場がなく、突っ込んだ議論が交わされるが、それでもまともな返事をすることは少ない。ガチンコ勝負といっても、けたぐりやはたきこみなどの搦手で、真っ向勝負を避けてしまうことが多いのは聞いていて面白くなく、苛々するだけで、極めて残念だ。
 さあ、この国会、早晩解散が行なわれることになるのだが、その手順はどうなっているのであろうか。暫くは目が離せない。
 目が離せないと言えば、米国での金融安定化法案が、一部の修正を経て、今日上院で可決される見通しであり、週末の金曜日には一度否決した下院でも可決される見通しである。もし、そうならないと、世界経済は収拾の着かないパニックになることは必至である。まさに目が離せない課題である。注目して見守りたい。
 スポーツでも目が離せない幾つかの戦いがある。その最たるのが、プロ野球の巨人、阪神の首位争いだ。微妙な日程が綾になっていて、まだまだ予断は許されない。また今日から始まる日本女子オープンゴルフも、不動祐里、上田桃子、宮里藍、横峯さくら、大山志保、古閑美保などの注目の選手全員が顔を揃えるので、どんな展開になるか面白く、目が話せない。不動祐里の頑張りに期待している。

2.連載(621) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(250)
  第六章 真夏の夜の夢(52)

(5)息子達への引継ぎ(その6)
 全く予期していなかったハプニングが起きたのである。気になっていたことを息子に話し終えたことで、一考の気分が、恰も宿題を終えたように軽くなっていたからなのだろう。加えて、久し振りのお酒も、その後押しをしたようだった。乗り越すこともなく、きちんと大津京駅で電車を降りた一考だったが、その帰り道の途中にある一軒のスナック風の飲み屋のドアを押して、その店に飛び込んだのである。初めての店への何とも大胆な行動だった
 この店は、いつもその前を通っていて、その存在は知っていた。カラオケをやっていることも承知していた。何となく親しみがあったのかもしれないが、どちらかといえば慎重派の一考には、現役時代にもあまりなかった珍しい行動だった。そして、。定かな記憶は残っていないが、4、5曲カラオケを歌って帰ったようだった、結構、楽しんでいたようである。恐らく、気分が軽くなっていて、もっと発散したかったのであろう。
 翌朝、頭がかなり痛かったが、9時前に必死で施設に駆けつけた。暫くして二郎の家族4人が揃って、再び雅子の部屋に顔を見せた。二郎も、二日酔いの様子で苦しそうだったが、後の三人は元気そのものだった。
 帰り際に、次郎が雅子を交えた家族全員での写真を撮ることを提案した。それはいいことだということで、介護士さんにシャッターを押してもらった。そう言えば、この二郎の家族と一緒に写真を撮るのは初めてのことだった。古希を迎えて、容貌もますます衰えを見せてきていただけに、この写真が相坂家の貴重な一枚になるのだろうと、一考は密かに思うのだった。
 彼らが帰るというので、車で最寄のおごと温泉駅まで送って行ったが、車から降りる際に、夏美がかわいい声で挨拶してくれた。小学生になったばかりにしては、しっかりしていることに、一考もその成長に目を細めるのだった。
 「おじいちゃん、いろいろ有難う。私ね、横浜に帰ったら、おばあちゃんにはお手紙を書くわ。早く元気になってもらうように」たどたどしい言葉だったが、子供らしい優しい心遣いだった。
 「それは嬉しいことだね。おばあさんも大喜びするわよ。楽しみにしている。それにしても、夏美ちゃんはしっかりしているね」一考は、嬉しそうにそう言って、車を降りて傍に行くと、孫娘のその小さな手を取って握手した。きめ細かい柔らかいお饅頭を握ったような感触だった。(以下、明日に続く)

3.速報、昨日の雅子(267) 10月1日分
 外見上は特に変わったことはない。翌日は久し振りの通院日なので、着てゆく服を決めるのに、一生懸命にコミニケーションするのに、少し手間取った。

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