プロフィール

相坂一考

Author:相坂一考
滋賀県大津市出身
07年1月に推理小説「執念」を文芸社から出版
14年7月に、難病との戦いを扱った「月の砂漠」を文芸社から出版

このブログは3部構成です。
 1.タイトルへの一言。
 2.独り言コラムで、キーワードから世の動きを捉えようと試みる。
 3.プライベートコーナー
   (2015-06-03に修正) 

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715 何処へ行く

 いつもは5時には起きているのだが、今朝は寝坊して目覚めたのは7時を過ぎていた。慌てていつもの作業を終えて、このブログに取り掛かったが、慌て気味で頭が空回りしているようだ。今朝は、「何処へ行く」で纏めてみた。
 海の向こうのアメリカでは、オバマ次期大統領が、ニュヨーク銀連のガイドナー総裁を経済閣僚に取り込むという早業を見せて「さすが」と評価を高めている。その一方で、麻生太郎総理は、民主党の小沢代表との党首討論でも冴えが見られず、自民党内からも若手を中心に反発が高まっていて、今や、倒閣宣言も出そうな厳しい情勢である。そんな中でも、自民党の中からは、後の人材の顔が見えて来ないのが大いに不安だ。解体しかないのではと言った話に拡大していっているのが気になる。自民党よ何処へ行く。
 米国大手のシティ銀行が米政府から公的資金の注入を受けて経営の建て直しを進めている。かつて、筆者が現役時代に、コンピューターのグローバル統合のプロジェクトを進めていた際には、米国本社から、取引銀行をシティ銀行一社にせよとの指示を受け、とんでもないことだと反発して戦ったことが思い出される。今や、傘下の日興シティ信託を売却しようとしているシティ銀行の実情を見るに、如何に、世の中浮き沈みの大きいことかが実感される。シティ銀行よ何処へ行く。
 フジテレビの日曜の朝の看板番組だった「報道2001」が衣替えし「新、報道2001」に看板を変えた。それまでキャスターを務めていた黒岩祐治氏が、メインキャスターから外れ、影に隠れる形になった。筆者は、同氏の若さを武器にした鋭い切り込みの味が気に入っていて、広い意味で同氏のファンであった。それだけに少し寂しい。少し前までレギュラーだった竹村健一氏が退いて味が少し落ちていた直後の番組改変、視聴者はどう見ているだろうか。さあ、黒岩祐治さんは、今後、何処へ行くのだろうか。このまま、フジテレビに止まって我慢するのだろうか。
 昨日のNHK杯のフィギュアスケートは、日本人が表彰台を独占する4年ぶりの快挙だった。浅田真央は堂々の演技で、その中央の表彰台に立った。さあ、次はいよいよ今年のグランプリファイナルだ。二週間後に韓国の高陽で行なわれる。浅田真央は、何処へも行かない。そこでのキムヨナとの一騎打ちに臨むだけだ。今からとても楽しみである。

2.連載(680) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(246)
  第六章 真夏の夜の夢(148)

(9)さよならを告げる旅(その16)
 琵琶湖大橋は、東京オリンピックの直前の1964年9月に開通した。琵琶湖のくびれた部分を結んだ橋だが、それでも1.4Kmの長さを持つ、琵琶湖に架かる最長の橋である。船舶の行き来を可能にするために最大の高さが28メートルと設定されている。この橋の開通で国道161号線の交通量を緩和すると同時に、堅田と守山市を直結する役割を果たしている。
 一考が、今までに琵琶湖周回を行なった際には、この橋を渡ることは避けていた。それは、琵琶湖の隅々までを大きく回って、その雄大さを満喫したかったからである。しかし、この日の決行に際して、これを渡って琵琶湖の東岸を北上するルートにしたのである。
 快晴だったことも幸いして、橋の高い部分から見える風景は抜群だった。近江盆地をパノラマで捉えられる見事な眺望が雄大に広がっている。先日、訪れたPホテルもしっかりとその存在を誇示していて、一考に何かを語りかけてくれるようだ。しかし、首が自由に動かせない雅子は、その絶景を充分に堪能する訳に行かないのが気の毒だった。
 「何だか、凄い絶景が衣装を凝らして我々を見送ってくれているようだよ」一考はそう声を掛けて自分の感動を伝えた。雅子は、少し頷いただけだった。やがて車は橋を渡り切って東岸のさざなみ街道に入った。
 そこから少し北に走ったところにリゾートホテル「ラフォーレ琵琶湖」の大きな建物が現れる。テニスコート、スキーゲレンデ、ゴルフ場などのスポーツ施設や身障者の施設なども備えていて、それなりの評判のようだ。数年前に、まだ雅子が少しは動けた頃だったが、長男の太郎を交えて食事をしたことがあるホテルだ。
 「三人で食事をしたのを思い出すね。あの頃は、まだ少し手伝うだけで食事も自分で出来ていた。懐かしいね」長男が、少し心配そうに、母親の様子に目をやっていたのを思い出す。一考の思い出話にも雅子は相変わらず頷いただけであった。数日前に、かなり、自由に言葉が話せたのは一体なんだったのだろうかと一考は不思議に思っていた。
 やがて、車は野洲川を渡った。琵琶湖に注ぐ川は大きいので200ぐらいあるが、どちらかと言うと幅の広い大きな川は殆ど東岸にある。比叡、比良の山に比べて、鈴鹿山系、伊吹山系の方が奥深く、降雨量が多いのだろう。この野洲川も大きい川の一つである。
 琵琶湖大橋、野洲川で思い出すのが、かつて、雅子に掛けた大迷惑なエピソードである。それは、一考が自宅から大阪に通勤している時だった。殆どの毎夜、仕事と言うことで遅くなり、最終電車で帰ることが多かったのだが、その時に掛けた深夜ので出来事だった。エピソードというには、あまり笑えないみっともない大失敗談である。(以下、明日に続く)
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714 いざ、勝負!

 待ちぼうけを食わされていた太郎と一郎の最初の党首討論が昨日行なわれた。白熱した討論を期待していたが、その内容は今一つで、筆者には失望が大きかった。二人共に「切れ」「冴え」がなかった。質問も単純で鋭さに欠けていたし、答える方も、相変わらずの持って回ったはぐらかし的なもので、単なるニヤ付いた二人のおっさんの言い合いに過ぎなかった。まあ、そんなものと言えばそれまでだが。会期が延長されたことで、これから年末まで、また面白くない国会での駆け引きが展開されるのであろう。このまま進めば、来るべき総選挙で自民党が勝つ見通しは、極めて難しいのではないかと思う。麻生太郎総理が期待していた党首討論は、小沢一郎代表を圧倒して人気回復を図るところにあったと思うが、結果は、その思惑とはかけ離れ、期待は不発に終わったようだ。
 京都府東舞鶴高校の小杉美穂さん殺人の疑いが持たれている60歳男の家宅捜索は、弁護士立会いの下で昨日から始まっている。京都府警にしてみれば、満を持して、「いざ、勝負!」と出た捜索だけに、その結果が大いに注目されている。果たして、目的となる証拠物件は見つかったのかどうか、捜査の展開を多くの国民が注目している。
 フォイギュアースケートグランプリシリーズ最終戦のNHK杯が昨日開幕した。この前のパリ大会で不振だった浅田真央選手の演技が注目されたが、SPをトップで通過して、その復調振りを披露した。「いざ、勝負」のフリーの演技が今日行なわれる。堂々の優勝でグランプリファイナルへの出場権を得て、あの韓国のキムヨナとの大勝負に挑んで欲しい。
 今週のゴルフは、男女とも「いざ、勝負!」で話題は豊富だ。男子では人気の石川遼選手の新人一億円の記録が、女子では、今年度の賞金王を賭けて、李知姫を追って横峯さくら、古閑美保の戦いが始まっている、今のところ、石川選手は順調、李知姫選手もまずまずの出だした。いずれにしても、今日、明日の二日間で、「いざ、勝負!」である。
 あの元厚生省次官の殺傷事件を起した小泉毅容疑者は、34年前の仇討ちと云うことで、「いざ、勝負!」に出た訳だが、これは大きな空振り、お門違いの大失策だったようで、犠牲者には言葉の掛けようがない。
 「いざ、勝負!」は、あくまでも堂々とまともな勝負でなければ意味がない。

2.連載(679) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(245)
  第六章 真夏の夜の夢(147)

(9)さよならを告げる旅(その15)
 一考は、ドリームスペースに自分流の最後の挨拶を済ませると、その取り付け道路から国道161号線に出た。ここからの段取りは、二日前の下見を元に、一考はその道順を心積もりしていた。一考は、ここで、改めてバックミラーで後ろに視線を送り、長い間お世話になった施設に、これぞ最後のという「さよなら」の意を表して一礼を贈った。何だか心が痛くなるような気持ちだった
 一考は、そのまま北に向けて車を走らせた。握るハンドルに余計な力が入っているのが自分でも分かる。それだけ緊張しているのだ。それでも車は静かに滑るように走っている。4~5キロ先が堅田である。快晴の日曜日とあって、いつもより道は少し混んでいた。  
 「いよいよだね。気持ちに変わりはないかい? 遠慮は要らないよ。若し君の気持ちが変われば、止めてと言ってくれてもいいんだよ」一考は改めて雅子に視線を送り、その気持ちを確かめた。雅子は、黙ったまま首を縦に動かした。ぎこちない動かし方だった。首の動きもスムーズに出来なくなって来ているのある。
 「辛い思いをさせて申し訳ない」一考はそうは言ってみたが言葉が続かなかった。気持ちは複雑だった。雅子まで巻き込んでしまうことになったのが、やはり辛かった。あちらの国に行けば、一緒に暮らして行けるのかどうかも分からない。先行きを考えても仕方がないことだが、どうしても、そんなことで頭がいっぱいになってしまうのだった。しかし、雅子は落ち着いた綺麗な顔をしていた。そういう意味では、雅子の方がしっかりと覚悟を決めているように思えるのだった。
 堅田の町並みに入って少し走ったところで、一考は急に車を右折させ、国道161号線から離れた。名所の浮御堂に挨拶しておこうと咄嗟に思い着いたからである。琵琶湖岸に向かう細い道を少し進んだ先に、琵琶湖に突き出た形で浮き御堂があった。とにかく、これからは、見るもの全てにさよならを告げるドライブになるのだ。一考は、そう思いながら、そのこじんまりとしたお堂の前で車を止めた。この浮き御堂は室戸台風で一度倒壊したのだが、その3年後の1937年に改めて再建されたものである。かつては、芭蕉もここを訪れ一句を残している。「楔(じょう)あけて月さし入れよ浮御堂」の句碑が傍にあった。車の中からそのお堂に静かに一礼した一考は、また雅子の顔を一瞥してから、再び、ゆっくりと車を発車させた。この時、一考の胸部に鈍い痛みが走るのが分かった。若しかしたら、それまで全く意識していなかったが、告知されていた癌が、いよいよ活動を開始し出したのかもしれないと一考は考えるのだった。その意味では、癌もタイミングを計ってくれていたようで、その配慮に、一考は少なからずほっとするのだった。
 一考は、161号線には戻らずに、琵琶湖に沿っている湖岸の細い側道をそのまま北上した。すぐ前方に大きな観覧車が見えている。地上108メートルもある大きなもので、かつてはそこにレジャーランドがあったが、もう大分前に閉鎖されていた、琵琶湖大橋の西口は直ぐその観覧車の足元にあった。(以下、明日に続く)

713 「当たって」欲しい、欲しくない

 今度は本当のテロである。インドのムンバイで同時テロが起きた。日本人一人を含む125人の死亡が確認されている。「イスラム戦士」と名乗るイスラム過激派のグループが犯行声明を出しているが実態は良く分かっていない。
 この犠牲になった日本人は、出張で現地に赴いた邦人企業の38歳の若い課長さんで、ホテルにチェックインしようとした際に災難に遭ったという。これからが働き盛りの方で、運が悪かっただけでは済まされない不幸である。ご家族の悲しみを思うと居たたまれない。
 そういう意味では、今年も悲しい事件が多発した。死は、思わぬ処で待ち構えていた。たまたま、その日に、秋葉原にいた人、JR荒川沖駅にいた人、真面目に退職後に普通の生活を楽しんでいた家族、飲み会を楽しんだ後に駅に向かっていた人、新聞配達で頑張っていた人、そんな人たちが、突然に不遇な痛ましい死に遭った。理不尽な死であった。運命と言う言葉で片付けたくない。
 そんな不幸な死を見ると、我々の毎日の生活は、不幸の死の使者である槍が飛ぐ交う中を歩いているようで、危険きわまりないと言える。何とか、その槍に当たらないように歩かねばならないのだが、それが飛び交っている場所や時間が全く分からないのだから、どうしようもない毎日なのだ。とにかく、覚悟をしておけというのだろう。それが、運命と呼ばれるものなのだが、こんな悲しい運命だけには「当たって」欲しくない。
 さて、来年の5月から裁判員制度がスタートする。とりあえず30万人の方に陪審員の候補という手紙が発送されるという。350人に一人の確率で自分にも当たるというのだ。筆者は、こんなものには「当たって」欲しくないと願っている。今の妻を介護する生活を維持するのが精一杯だからである。とにかく、余計な制度だと思う。裁判はやはりプロが行なうべきであろう。
 一方、恒例の年末ジャンボ宝くじが発売されている。毎年、ほんの僅かだが、一応購入しているが、かすったためしもない。当たって欲しくないことが多い今の世の中で、これだけには「当たって」欲しいのだが、世の中、そういうものには当たらない仕組みになっているようだ。
 いずれにしても、当たる、当たらない、運命という仕組みは、神様には公平に運営して欲しいと願う今日この頃だ。

2.連載(678) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(244)
  第六章 真夏の夜の夢(146)

(9)さよならを告げる旅(その14)
 介護士さんのサポートを得て雅子がトイレを終える。一考は車椅子に座っている雅子に目で合図を送ると、雅子も分かったというように静かに首を動かす。時間は2時半少し前である。テレビを消した一考は、そのテレビにそっと一礼をした。それまでのサービスにお礼の意を表したのである。そして、込み上げる思いを断ち切るように、ゆっくりと車椅子を押して部屋を出た。
 「じゃ、少し出かけて来ます。もし遅くなるようでしたら、夕食は外で適当に済ませますので、待ってもらう必要がありません。もちろん、今日の分はお支払いしますのでお気遣いなく」一考は、そこにいた介護士さんにそう言って挨拶した。雅子が入居したときから変わらずに担当してくれていた渡邉さんである。少し年配だが、その心遣いはいつも行届いていてよく尽くしてくれていた。 
 「そんなに遅くなるのですか?」渡邉さんは、少し心配そうに確認した。
 「まあ、その時の気分次第ですが、勝手言って申し訳ありません。良いお天気なので気晴らしです。では、皆さん行って参ります」一考は、何時もよりは大きな声で挨拶した。その大部屋の他の入居者にも聞こえるような声だった。今まで大変お世話になった気持ちをお伝えておきたいとの気持ちがあったからである。
 「どうぞ、お気をつけて下さいね」エレベーターのところまで見送ってくれた介護士さん優しいお言葉を聞きながら、一考は雅子の車椅子を押してエレベータに乗り1階に向かった。
 1Fの受付でも、いつものように「少しドライブに出かけて来ます」と挨拶し、通院時と同じ要領で雅子を車椅子から車に移した。正直言うと、この作業が今では大変厳しくなって来ていたが、これが最後の作業になると思うと、何だか物足りないような寂しい気持ちになるのだった。
 そして、いよいよこの楽祐館ともお別れだ。3年半に渡ってお世話になったこのドリームスペースだっただけに、その気持ちもじんと熱くなっていた。一考は、いつもと違って楽祐館の玄関から、車を発車させると、今一度、駐車場内をゆっくりと一周し、更に、本館の玄関を経由してから、この施設を後にしたのである。「お世話になって有難う」と言う気持ちを、この建物にも伝えたかったからだった。折から駐車場を出ようとしていた車が一台あったが、何をしているのだろうと思ったに違いない。一つ一つの行動に、自分の熱い思いを込めたいとする気持ちが溢れ出て来るのを抑えられず、一考は、何回も心の中で一礼を繰り返していた。(以下、明日に続く)

712 世の中、少しおかしい?

 今年のゴールデンウイーク明けの5月8日に遺体として見つかった京都府立東舞鶴高校一年生の小杉美穂さん事件の捜査は、それから半年以上も経過した昨日になって大きく動いた。窃盗事件で別に逮捕していた近くに住む60歳の男が、この事件に関係しているのではということで、今日、家宅捜索が行なわれるという。
 幾つかの防犯カメラにあれだけ写っていた自転車を押す男が、ここに来て漸く特定されるようになったと思われるが、犯罪を特定する証拠の有無がポイントだ。当初は若い男と見られていたことで、捜査が思わぬ遠回りをしたものと思われる。
 それにしても、そんな深夜に歩き回っている女子高生の生活態度には理解し難いものがある。世の中少しおかしいよ。
 一方、元厚生省事務次官を殺傷して自首した小泉毅容疑者だが、今朝の読売新聞によれば、その後の取り調べて、殺された犬のあだ討ちだとしたら、保険所の管轄は厚生省の管轄ではなく、お門違いだよと言われて「え!」と絶句したという。
 それにしても、34年も前に起きた犬の死に抱いた執念の復讐という事件への動機そのものが理解し難い。その上に、お門違いで被害を受けた三人は、全く救われない。世の中、おかし過ぎるよ。
 しかも、このために一年も前から国会図書館で下調べをしていたと言うから、何たるお粗末なことなんだと言いたい。疑問だったお金の問題も、結構な借金もあることが分かってきていて、この事件は、どうやら、単なる個人的な恨みによるお門違いの殺人事件で終わりそうだ。当初、解説者やコメンテーターらが指摘していた裏のあるテロとは無縁と思われる。まあ、言ってみれば、彼らの深読みだったということになる。彼らが、どんなコメントをするのか楽しみだが、そこは何し負うコメンテーター達だ。適当にごまかすのはお手の物だろう。世の中、おかし過ぎるだけでは済ませたくない。
 今日から行なわれる男子ゴルフツアーのカシオワールドオープンで地雷を仕掛けたという脅迫が起きている。新鋭の高校生プロ、石川遼選手が脚光を浴びているだけに、それに反感を持つ愉快犯の仕業だと思われるが、これまた世の中少しおかしい。
 とにかく、今年は、3月に起きた茨城県土浦市JR荒川沖駅での無差別殺傷事件の金川真大容疑者、そして6月8日に起きた秋葉原の無差別事件の加藤智大容疑者など、異常者が世間を大きく騒がせてた一年だった。残忍な事件が起きない日本を期待するのが無理なのだろう。世の中は、ますますおかしくなっているようだ。

2.連載(677) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(243)
  第六章 真夏の夜の夢(145)

(9)さよならを告げる旅(その13)
 雅子の部屋に入る前に、今日担当いただいている介護士さん達に「お天気がとてもいいので、久し振りに、ドライブにでも連れて行ってやりたい」と一考は、それとなく断りを入れた。
 「少しは運動になって、身体にいいかもしれませんね」居合わせたユニットリーダーの松井さんがそう言って了解してくれた。一考は、ほっとして大部屋のリビングルームを抜けて雅子に部屋に入った。
 雅子もいつののように椅子に座ったまま、今か今かと待っていたようで、一考が入って来るのをほっとした表情で迎えてくれた。二人は、何も言わないまま目と目で挨拶を済ませると、出掛ける用意に取り掛かった。互いに、少し緊張した様子で動きがぎこちなくなっていた。しかし、用意と言っても特別なことはなかった。いつも身に着けているTシャツ、ゴムバンドのついたジーパン風のズボンにカーディガンを身につける程度だった。その途中で、雅子が「水を飲みたい」と言った。やはり、緊張しているためであろうと一考は思った。当然なことである。死を決意した行動に入っている訳で、精神的な不安が出て来て当然なことである。雅子の様子を目の当たりにして、一考自身も、今までにない緊張感が漲ってくるのだった。
 いつもの小さなグラスにお茶を入れれストローで飲ませている時だった。ジャケットの内ポケットに入れてある一考の携帯が震え出したのである。いつもはオフにしてある携帯なのだが、今日だけは、最後だと言うことで、オンにして置いたのである。この電話番号を知っているのはごく限られた人だけである。一体、誰からなのだろうと思いながら携帯を取り出して耳に当てた。
 「突然でごめんね。暫くご無沙汰していたもんで、雅子の様子が知りたくて電話しちゃったの?」雅子の実姉の霧子さんからだった。今までにも時々電話を貰ったことはあるが、昼間の電話は珍しかった。
 「相変わらずですよ。特に変わったことはありません」一考はそう言いながら雅子の方に視線を送って「お姉さんからよ」と伝えた。雅子もこのタイミングでのお姉さんからの電話に少し驚いているようだった。一考は、一旦携帯から耳を外すと、雅子に近づいて何か伝えることはないかいと確認した。雅子は少し考えた上で、何かを言おうと口を動かした。一考は懸命になってその言おうとするところの確認に努めた。どうやら「有難う」と伝えて欲しいということのようだった。
 「いつも、気を使って頂いて有難うと言っているようですよ」再び携帯に向かって、一考はそう言って雅子の顔を見た。雅子は静かに頷いていた。
 「いずれにしても、近いうちに行くので宜しく伝えてちょうだい」と言って霧子さんは電話を切った。考えてみれば、たわいない電話だったが、このタイミングでの電話に一考もさすがに驚くのだった。恐らく霧子さんは、後になって、その時感じたのが「虫の知らせ」だったと思うのだろう。一考は、そんな風に考えながら、そのまま携帯の蓋を閉じてポケットにしまった。(以下、明日に続く)

711 NHK紅白歌合戦

 昨日の夕方に、今年で59回を迎える紅白歌合戦の出場歌手が発表された。筆者は、今年は、今までよりも強い関心を持って、そのメンバー選考を注視していた。それは、今年話題になった「羞恥心」をプロヂュースした島田紳助氏が世に送り出したあの「おばかさんメンバー」が選出されるか否かへの関心があったからだった。
 筆者の理解では、この番組への選考基準の一つに、NHKへの貢献度があって、その点で全く実績がなかった「おばかさんメンバー」である。「羞恥心」を始め幾つかのヒット曲で脚光を浴びているとはいえ、民放番組で生まれた楽曲、グループだけに、どんな判断がされるかに関心があったのだ。しかし、NHKは、「羞恥心withPab」として選んでいた。そういう意味では、NHKにも融通性が出てきたと言える一方で、いい意味で、羞恥心を忘れたとも言えるのではないだろうか。
 さて、この紅白歌合戦だが、筆者の記憶には、ずっと昔の第八回ぐらいからの記憶がある。当時はラジオで耳にしていた程度だが、それでもおぼろげながら、その記憶は残っている。高橋圭三、宮田輝、中村メイ子、黒柳徹子など司会を担当していた。その頃は、お正月の3日に行なっていた様に思う。そんなおぼろげな記憶から、筆者はメモを取るようになった。今、残っているメモで、最も古いのが、第11回大会で、このメモには、トップバッターの若山彰(さいはて岬)、荒井惠子(さんぽ)から始まっていて、トリは島倉千代子(他国の雨)と三橋美智也(達者でな)となっている。その時には、総勢54名がで、今年と変わらない出場者数である。確か、放送時間が9時からだったと思うので、余計なバラエティなどは少なかったのであろう。それから半世紀が経過しているのだから、そのメンバーの中で、既に他界された方も多い。懐かしい思い出である。
 ところで、今年は、回を重ねて59回という。この番組は、そういう意味では、人生を顧みるに良き切り口になる番組だ。例えば、今年の最多出場が北島三郎さんの45回、そうすると、同氏の初出場は、筆者が社会人になった年である。昭和38年に「なみだ船」を歌った同氏の初出場の記憶は、確かに残っている。
 さて、余談だが、筆者は、大分前から島田紳助の才能に強い関心を持っていた。その切っ掛けは、田舎に住んでいた中学生の頃、その隣の家の方が、京都の大谷高校の野球部の一員だったことが縁で、同校に親しみを持つようになっていた。後になって、島田紳助氏が、その大谷高校出身で、しかも、かつては少しぶれていたということから、同氏への関心が深まった。同氏はその顔は特異な出来栄えで、二枚目とはほど遠い。しかも、かつては不良、そんな人間に大変な才能があることから、「人間、顔ではないし、見掛けでもない」ことを実証してくれているのが気に入ったのである。その後の同氏の活躍は、今更言うに及ばずで、今回の楽曲のプリデュースは、それまでの彼の才能の集大成の一つであろう。ともかく、NHKの看板番組にまで堂々と進出を果たした同氏の能力を、大いに讃えたいと思っている。
 今朝は、軟弱な「みーちゃん、はーちゃん」の話になってしまったことをお許し頂きたい。何しろ、自分にない能力の素晴らしさに惹かれるのは、筆者の最も弱いところである。そういう意味では、麻生総理、小沢代表などには、そう言った魅力を感じないのが寂しいかぎりである。

2.連載(676) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(293)
  第六章 真夏の夜の夢(144)

(9)さよならを告げる旅(その12)
 自宅を後にした一考は、一路、雄琴にある施設、ドリームスペースに向かって車を走らせた。距離にして9Kmで、時間でも20分そこそこの場所である。通算で1500回以上も通った訳で、沿線の細かい道路事情、目に入ってくる風景などはいやと云うほど目に焼きついているし、ハンドルを握る感触も、しっかりと身にこびり着いている。
 直ぐに大津の自衛隊駐屯地を通り過ぎJR唐崎駅への入口から先に進むと、間もなく大塚食品前を通り抜ける。この辺りで、ほぼ3分の1の距離を走ったことになる。更に進むと、琵琶湖の湖岸から少し湖に入ったところに日吉神社の出先である赤い鳥居が建っていて、ここの景観は一考が気に入っている一角だった。この景色を見るのもこれが最後かと思うと、一考は少し車のスピードを落とし、その景色を、しっかりと目に焼き付けるように走った。鳥居越しに見る近江富士は絶品だった。折からの快晴に、その見慣れた景色も最高の装いをして、その美しさを演出してくれているようだった。一考は、改めてその美景に一礼していた。
 そこからは少し走ると大宮川を渡る坂道があって、そこを下れば比叡山坂本駅への入口に繋がる十字路がある。そこからは、あと3Km少々で全体の3分の1を残す距離だ。間もなく、信長の焼き討ちを免れた来迎寺入口から、一部上場企業のカネカ滋賀工場を通り越すと、もう雄琴の区域である。そこから、あの風俗街は目と鼻の先の距離にある。先日、初めてそこでの儀式を終えたことで、難攻不落な城を攻め落とした気分になっていた。そして、今日が最後の通り抜けだと思うと、少し痛快な気分さえ感じられた。若しもあの日の攻略がなかったならば、随分と心残りになっていたかもしれない。
 そんなことを思っている間に車は161号線を右折して、ドリームスペースへの誘導路に入っていた。今まで繰り返してきた1500回以上車をさばくの操作も、これが最後になると思うと、何かほっとするような心地よさと同時に、何とも言えないほろ苦さを覚えるのだった。(以下、明日に続く)

710 ちんぴら

 民主党の小沢代表が、麻生総理のことを「ちんぴら」と発言したことに、麻生総理は、その挑発に乗らずに、党首討論を呼びかている。そこで堂々と議論しようじゃないかというのだ。ここに来て、二人の全面対決の姿勢が鮮明になって来ているが、小沢代表にはその呼びかけを受ける気がないようだ。
 このやり取りはの切っ掛けは、先日行なわれた初めての党首会談後に、首相が「小沢代表は信用できない」と発言。それに対して小沢代表が「ちんぴらの言いがかり」と反論したということだった。
 広辞苑によれば、ちんぴらとは「小物のクセに大物らしく気取って振舞うものをあざけっていう語」とある。そう言えば、二人共にそんな雰囲気がないとは言えず、低レベルの言い合いだが、野次馬的には、結構、面白い蹴り合いで楽しませて(?)くれている。こんな二人に、日本を任せていて大丈夫なのだろうか。
 ところで、党首討論は、もともと小沢代表が、英国議会の「クエスチョンタイム」をまねて、日本に導入した制度なのだが、その言い出しっぺの本人が、全く出ようとしないは如何なものか。多分、自分自身に直接対決の討論に自信がないからだろう。機転の利いた丁々発止のやり取りには、それなりの頭の回転が必要になる。多分、その点で小沢代表は今一つだとの自覚があるからだと思う。筆者もそういう能力に欠けていることから、その立場は充分に理解できるのだ。つまり、「ああ言えばよかった」とか「こういうように突っ込めば良かった」と終わった後で後悔して、切歯扼腕するのが嫌なのだ。
 ところで、今、ちんぴらと言えば、今回の連続殺傷事件で出頭した小泉毅容疑者がぴったりのイメージだ。その後の自供で、10人ぐらいをリストアップしていたというから堪ったものではない。偶々、住まいが近かったといった程度の単純なことで、生死が決まって来るのだから、お門違いも甚だしく理不尽さも極まれりである。それにしても、緊急の捜査体制が、その後の犯行の抑止力に繋がったのは幸運だったお思う。
 この事件で、今、筆者が最も気になっているのが小泉容疑者が父親に送った手紙の中身である。そこに真実の手掛かりがあるはずなのだが、強制捜査の対象にはならないのだろうか。
 いずれにしても、まだ多くの謎が残されている。早期全面解決を期待している。

2.連載(675) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(292)
  第六章 真夏の夜の夢(143)

(9)さよならを告げる旅(その11)
 「雅子さんの具合はどうですか? お見舞いに行きたいんだけど、出来なくてね。申し訳ないわ」いつも母親が、一考の顔を見ると掛けてくれる同じ言葉である。
 「相変わらずだよ。大変だけど、一生懸命に頑張って生きていますよ。今からドリームスペースへ行って、久し振りに琵琶湖周辺のドライブに連れてやることにしているの」一考は得たりや応とそう答えて、改めて母親の心配そうな顔を見た。ここでも、意識して、しっかり生きていこうとの自分達の意思を伝えた。これから起きる思わぬ事故が、心中なんて全く考えられないという印象を強くインプットしておきたかったからである。しかし、これが母親との最後の会話になると思うと少し胸が痛んだ。
 「気をつけてね」母親が心配そうに言うのを「うん、うん、母さんも気をつけてね」と言いながら、部屋を出ようとしたが、急に、何かを思い出したように少し戻って来て「そう言えば、お母さん、来年は100歳になるんだよね。お目出度いことだし楽しみよね。しっかり頑張って生きてもらわなくっちゃね」といつもよりも優しい口調で付け加えた。いつももそうなのだが、母親の耳が遠いので、どうしても話しかける声が大きくなり、その分、優しさが消えてしまう傾向がある。
 「そんなに長生きなんてしたくはないんだよ。皆に迷惑掛けるばかりなんだから、申し訳なくて仕方がないの。雅子さんにも、結局は、何もして上げられないのが、とても辛いのよ」母親はそう言って、辛そうに一考を見た。
 「そうだね。長生きも大変なんだよね。しかし、そこを頑張るのが大事なんだよ。じゃ、元気でね」一考はそう言うと、込み上げて来る物を必死に抑え、思い切るように母親の部屋を出た。そして、隣の部屋のお仏壇に向かって一礼して出て行った。こうして、一考は自分なりに、気になっていた最後のセレモニーを終えたような気分になっていた。そして、「いよいよだ、しっかりやらなくちゃ」と呟きながら玄関を出た。
 全くの偶然だったが、門を出たところでお隣の奥様に顔を合わせた。すらりとした美人の若奥さんで、一考も少なからず好感を抱いていた方だった。
 「お出かけですか?」と優しく声を掛けてもらった。
 「ええ。施設に参ります。今日は少しドライブにでも連れて行ってやろうと思っているのです」一考は、意識的にそう言って車の置いてあるところに向かった。その言葉もまた、いみじくも、これから起きる人生最後のドラマへの布石の挨拶でもあった。(以下、明日に続く)

709 十代の若手の台頭

 年金政策に不満を抱いた連中の政治テロではないかと見られていた元事務次官連続殺傷事件は、どうやら、その裏にもそんな込み入った背景も、確たる主張もなさそうだ。何だか騙されたようで、しっくり来なくて、とても切ない気がしている。その辺りが、今の日本の実情を反映しているのかも知れない。
 漫画を読むことで、人間の幅の広さを匂わせていた麻生総理も、漢字が正しく読めないといった最近の話題を知らされると、「実は、漫画を読む程度のレベルだったんだ」と解釈してしまいそうだ。テレビのワイドショーで誰かが言っていたが、祖父の吉田茂は「バカヤロー解散」をしたが、孫の麻生太郎は「馬鹿が解散」をするというギャグである。少し寂しい気がしてならないのは、筆者だけではないだろう。
 そんな面白くない話の中で、この連休期間内でも、十代の人たちの素晴らしい活躍が気分を明るく、ほっとさせてくれているのは救いである。
 一つは、ゴルフの石川遼選手だ。昨日も良く頑張って単独2位に入り、17歳で賞金額が1億円に届きそうだという。最近の実力アップは大したもので、見ていて惚れ惚れするプレーを随所に見せてくれていて、あのジャンボ尾崎の再来かと彷彿とさせてくれる。当初は「ハニカミ王子」といわれていたが、今やしっかりした「ハンサム王子」である。
 一方、女流将棋の世界では、一昨日も、この欄で取り上げたが、あの16才の高校生棋士の里見香奈二段が、昨日、清水市代倉敷藤花に勝って、堂々の2連勝でタイトルを手中に収めた。中学時代から注目されていて、暫くその壁を破るのに苦労していたようだが、ここに来て実力がついて来たようで、初めてのタイトル奪取を果たした。
 女流棋界は、女流王将(清水市代)戦が、今年を最後に中断が決まり寂しくなっていて、現在では、名人(矢内理絵子)、王位(石橋幸緒)、女王(矢内理絵子)、それにこの倉敷藤花の四つのタイトルだけとなる。この倉敷藤花戦は、倉敷出身の大名人、大山康晴第十五世永世名人を讃えた名誉ある棋戦である。
 いずれにしても、女流棋界は、長かった清水市代、中井弘恵、斎田晴子時代から、矢内理絵子、石橋幸緒、千葉涼子時代に入ったと思われていたが、今回の里見香菜二段のタイトル奪取を切っ掛けに、一気に里見時代が到来するような気がしている。来年の女流名人戦の予選でも、里見二段が挑戦者の有力候補になっていて、矢内名人を破る日が近いかもしれない。着実に世代交代が進んでいるといえる。
 どこの世界にも世代交代は必要なのだが、こうして見ると、政治の世界だけが、それが最も遅れているような気がする。米国のオバマ新大統領のような若手の魅力ある政治家は日本にはいないのだろうか。
 因みに、筆者を惹き付けて、ファンにしてしまうキーとなるポイントは、その人が持っている素晴らしい能力、優れた技術力、人間としての偉大さなどの存在であるが、そこに、少し抑えた謙虚さを不可欠としている。そういう観点からしても、この二人は全く申し分ない素晴らしい魅力に満ちた逸材のようだ。

2.連載(674) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(291)
  第六章 真夏の夜の夢(142)

(9)さよならを告げる旅(その10)
 今朝、自宅を出る際には、もう、戻ることもないだろうと思って、思いを断ち切るように出掛けたのだったが、こうして、改めて家に戻ってみると、今までにない、安らぎ、心がときめくのを覚えたのだった。非常に不思議な心境で、思わず入口で一礼をして入ったのである。それだけ、心が高ぶってきているのだろうと、一考は自己分析していた。
 思えば、この家は、25年ほど前に、大阪勤務になってここに戻って来た時に親父の土地を借りて作ったこじんまりした家で、いずれは、母屋も含めて改築しなければならないと思っていたが、結果的には、雅子の思わぬ病気で、母屋はそっちのけで、自分の住まいだけをリフォームするに止まってしまった。中途半端な人生の象徴だと言えよう。
 一考は、もう一度自分の部屋に戻って来られて、何とも言えない気持ちで一息ついていた。懐かしさと云うか、親しさというか、そんな温かい安堵の気分だった。二階の窓際にある自分の机の前に座ると、窓からは、静かな近所の佇まいが眺められた。この辺りも一考が大阪勤務をしている頃は、まだ畑が広がっていたのだが、今では新しい戸建ての住宅が数件建っていて、景観も住宅地の様相をも見せている。通りから少し入っていることから、静かな一角であることは昔と変わらない。
 机の上のコンピューターの蓋の部分をそっと撫でてから、そっと部屋を見回してみた。ごちゃごちゃした部屋だが自分には気に入った憩いのスペースだった。奥のクロークのドアを開けて、雅子の衣装を改めて眺める。相変わらず整然とハンガーに掛かっている様子は壮観と言えば大袈裟だが、頑張ってその存在を示してくれている。このまま残していくのだが、いずれは棄てられてしまう運命だろうと思うと少し寂しい思いがした。
 一考は腕時計に目を遣った。1時半を少し過ぎているのを確認すると、ゆっくりと一礼して部屋を出た。今度こそは、もう決して戻ることはない。そして、静かに階段を下りると、一階のリビングに顔を出して、ここでも一礼してから、きびすを返すと母屋に向かった。予測した通り、久子は帰った後のようで、母親がいつもの椅子に座ってなにやら書き物をしていた。最近は耳が遠くなっていて、傍まで行っても気づかないことが多い。一考は、近づいて母親の肩に手を掛けた。びっくりしたように一考を見た母親は、いつものように心配そうな顔で話しかけてきた。(以下、明日に続く)

708 それでも、テロなのだろうか?

 昨夜、10時前だったと思う。フジテレビの特番で、石原都知事、橋下大阪府知事、東国原宮崎県知事、それに北野たけしが、揃って教育論を展開している最中だった。画面の上にニュース速報がテロップで流れ、元次官を殺したという男が出頭して来たというのだった。事件は、もっと複雑な絡みがその底流にあると見ていただけに、何だか、あっけない展開にびっくりした。まさに、事実は小説より奇なりである。
 この辺り、生放送だったはずのフジテレビの融通性のなさに、大いに失望した。少しでもいいから、この事件への四人の生のコメントを聞いてみたかった。(若しかしたら、この部分は録画だったの?)
 まあ、それはさて置き、この男は、さいたま市北区のアパートに住む男で、小泉毅と名乗っている。そのアパートは事件現場からそう遠くないところであるという。近所の評判もとても悪く、背丈や人相、血の着いた刃物、履いていたスニカー、段ボールなどは、それまでの証言や証拠品に大きく矛盾しないという。また。その自供で「保険所にペットを処理された」という不満述べていたともいう。
 そういった今朝の報道を見る限り、テロとはどうも色合いが違うのではないかという感じである。今後の捜査の展開を待たねばならないが、真相は、一体どういうことなんだろうか。とにかく、二つの事件に関与していることは確かなようだ。
 事件が発覚した直後では、元厚生省の次官が二人も連続して狙われた訳で、多くの専門家、解説者、コメンテーターが揃って、尤もらしく「テロじゃないか」とコメントしていて、第三の事件の防止に懸命になった。「まあ、そうだろうなあ」と筆者を含め多くの人もそんな捉え方をして捜査の行方を見守っていたが、どうやら、その方向は、大きくずれていたような気がする。ただ、まだ動機などの疑問点は多く、事件の裏の有無を巡っての今後の捜査の展開に注目してゆきたい。
 マスコミは有難いもので、素早くこの男の経歴などを調査して紹介してくれている。それによると、生まれは山口県で、佐賀大学を中退、1994年ごろにはコンピューター関連の仕事に就いていたらしい。
 事件後、例の首相へのぶら下がりインタビューで、「テロとは決まっているわけじゃなく、まだはっきりしていないんだろう」と、麻生総理はとぼけた返答をしたいたが、それが、当たらずと言えど、遠からずであったかもしれない。
 だからと言って、麻生総理に先を見る目があるという訳ではない。今は四面楚歌中で孤立していて、唯一の頼りは解散権だけだ。しかし、その虎の子の解散権を行使するタイミングを見つけ出すのも難しくなって来ている。
 容疑者の父親が「わが子がこんなことをするとは信じられない」とコメントしながら、最後に「もし、そうだったとしたら、私はどうしたらいいのか教えて欲しい」と言っていた。この最後の言葉は、そのまま、今の麻生総理にも当てはまるのではないかと思いながら聞いていた。
 蛇足だが、容疑者の名前が小泉、さらに被害者が共に元厚生省次官と云うのは、偶然なのかもしれないが、出来過ぎているようにも思う。

2.連載(673) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(290)
  第六章 真夏の夜の夢(141)

(9)さよならを告げる旅(その9)
 スーパーはそのホテル紅葉のところを左折して少し進んだJRの大津京駅の近くにある。殆ど毎日、毎日、主として食材を求めて通ってお世話になったところである。
 幾つかのレストランが4階にあった。かつては、雅子を連れて楽しんだことも幾たびかあった。毎日料理に明け暮れている主婦には、たまには外で食事をすることは結構楽しいようであった。何よりも、料理に絡む雑務から解放されるからだという。
 一考は、結果的には、雅子と二人で最後の食事をしたレストランに入った。和食主体の店である。まだ、車椅子にお世話になる前のことだった。店は昼食時間と重なって、結構混んでいたが、幸か不幸か、最後に二人で座った席が空いていた。一考は、席を案内している女性に断って、その席に座った。久し振りに戻って来たという実感があった。
 メニューは見なかった。その時に二人で食べた、この店の特製のオムライスを注文した。カレー風のオムライスで、結構美味しかったのでよく覚えていた。雅子がいないのがちょっぴり寂しかったが、オムライスはとても美味しかった。多分、これがこの世での最後の食事になるだろうと思うと、その美味しさは格別で、この世で最高の食べ物ではないかとさえ思うのだった。
 食事を終えて車に戻ると、その満腹感でいっぱいなって、気分は高揚していた。さあ、いよいよ最後の演技に向かうんだと自分に言い聞かせながら、ハンドルを握った。しかし、改めて時間を確認すると、まだ1時を少し過ぎた時間で、このまま施設に雅子を迎いに行くのは少し早過ぎると思うのだった。
 そこで、急に頭に浮かんできたのが、母親の顔だった。この朝も、一考が出掛ける時にが、まだ寝ていたので挨拶もせず仕舞いだった。ちょうど、施設に向かう途中でもあり、今一度自宅に戻ることにしたのである。多分、姉の久子も母親に朝食兼昼食を出した後は自宅に戻っているはずで、顔を合わせることもないだろうから、それとなく、そっと母親の顔を見ておこうと思ったのである。(以下、明日に続く)

707 王手と崖っぷち

 大相撲九州場所の13日目で、モンゴル出身の関脇安馬が雅山に勝って11勝目を上げ、大関に王手をかけた。前日には、横綱白鵬を倒していて、その実力は充分だと言えそうだ。今や、モンゴルの力士無くして相撲が成り立たなくなって来ているようで寂しい気がする。相撲の国際化は、結構なことだが、日本の国技だけに、日本人力士の台頭が見えないのは寂しいかぎりで、残念でもある。なお、その一方で、休場中の横綱、朝青龍は崖っぷちに追い込まれている。来場所の成績如何では引退も余儀なくされる可能性がある。栄枯盛衰は世の常だ。
 一方、社会人野球日本選手権では、早くから大リーグ入りを宣言していた新日石の田沢純一投手が、昨日も4安打完封の好投でその実力を発揮し、念願の大リーグ選手へ王手をかけたといえそうだ。
 将棋界では、羽生名人が、棋界では初めての七大タイトル棋戦の全ての永世称号獲得に王手をかけている。目下、羽生善治名人・4冠は、竜王戦で渡辺明竜王に挑戦中で、既に3連勝していて、あと1勝で、竜王に返り咲き、竜王通算七期となって、唯一残されていた永世竜王の称号が得られるからである。逆に言えば、渡辺竜王は竜王失冠で無冠という崖っぷちに追い込まれている。今まで、順調に勝ち進んできた渡辺明竜王が、ここに来てスランプの気配が窺え、少し心配だが、強者が誰でも通る道でもある。近いうちに、必ず、復帰すると見ている。
 一方、女子棋界でも、筆者もこのブログで何回(2007年1月23日、2月23日、3月27日、そして687回ご参照)も取り上げて来ていたが、中学生時代から注目されていた高校生棋士の里見香奈二段が、タイトル戦である倉敷藤花の3番勝負に挑戦中で、清水市代倉敷藤花を相手に既に初戦に勝っていて、初のタイトル獲得に王手の状態だ。この連休中に二回戦、三回戦が予定されていて、念願が叶うかどうかが注目されている。
 ゴルフ界も、男女ともツアー終盤に入っていて、賞金王が話題である。男子では、片山晋呉が2位の矢野東を、女子では李知姫が2位の古閑美保を、共にそれぞれ少し離していて、王手の状態で、獲得はほぼ固い。その一方で、米国ツアーに参戦して3年目で未勝利の宮里藍選手は、ある意味では、崖っぷちにあり、来年に初勝利を賭けることになる。
 女子フィギュアの期待の浅田真央選手であるが、今期は初戦のフランス大会で思わぬ失敗が続き、目下、まさに微妙な状態にある。来週のNHK杯に勝負を賭けることになるが、グランプリファイナルへの出場権を巡っては、「王手」とも言えるし、「崖っぷち」とも言える微妙な位置にあるといえる。それにしても、既にグランプリ出場を決めている韓国のキムヨナ選手は、今期は頭一つ抜けているように思う。真央ちゃんの巻き返しを期待したい。
 最後に、政界を見ると、言うまでもないことだが、迷言、失言で迷走中の麻生太郎総理は、まさに崖っぷちで、民主党の小沢代表は、筆者は好きではないが、総理に王手を掛けている状況にあるといえる。どっちにしても、先行きは明るくないように思える。

2.連載(672) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(289)
  第六章 真夏の夜の夢(140)

(9)さよならを告げる旅(その8)
 時間にして10分足らずの短い滞在だったが、一考はあまり満たされない気分のまま、母校の前を離れて車に戻った。運転席に座ってハンドルを握りると、「さあ、これからどうするか」と少し思案するのだった。とにかく、この辺りの段取りについては細かくは決めてはいなかった。一昨日に下見をした時点では、とにかく、2時から3時頃の間に、雅子を施設に迎えに行き、夕方の5時~6時頃の夕やけがきれいな頃に、そのターゲット地点に到着すればいいと大まかに考えていた。
 そういう意味ではまだ充分に時間を残していた。この貴重な時間をどう使うか、少し躊躇していると、不思議なことに少し空腹を覚えたのである。先ほどのレストランでは折角の料理を前にして、全く感じなかった空腹である。
 もう、この夕方には、この世を去ることを決意している人間が、このタイミングで空腹を覚えるのは滑稽に思われた。しかし、ここ一番の大事な最後の演技が残されている。エネルギーはしっかりと確保して置くことは大事だった。そこで、一考は、いつも買い物をするスーパーの上にあるレストランに行くことにした。そこで、一考は、湖岸通りに出て、自宅方向に車を走らせたのである。
 見慣れた町並みを走りながら、一考は急に覚えた空腹感について考えていた。そういえば、今朝は3時と云う早い時間に起きていたのだが、いつものコーヒーに小さなロールパンしか口にしていなかった。それでも、あのPホテルのレストランでは、空腹は感じなかった。物思いで胸がいっぱいだったからと思われる。それが、半世紀ぶりに母校の高校を訪ねて、青春時代の虚しさを思い出したことで現実に戻ったのである。そういう意味では身体は正直だった。つっかえ棒がはずれたように、しっかりとした空腹感を教えてくれたのである。
 西武デパート、大津警察署、NHKから琵琶湖ホテルに至るこの辺りは、一考がよく通る道であった。これが最後の別れと思うと、普段何とも思っていなかったそれらの一つ一つに親しみが感じられ、それぞれの建物に心の中でさよならを告げていた。そして、浜大津から国道161号線に入ったが、この辺りも一考が幼さなかった頃に比べれば、随分と変わってしまっている。あの頃は、確か、今走って来た湖岸通りもまだ出来ていなかった。大津港も京阪電車の直ぐ近くにあったことが思い出された。
 車は、あっという間にその辺りを通り越し疎水の橋を渡ると競艇場で、それを過ぎるとホテル紅葉である。一時は盛況で大きな敷地を誇っていたが、今は遊園地などを売却してホテルに専念しているようだ。栄枯盛衰はこんなところにも出ているとしみじみと思うのだった。(以下、明日に続く)

706 立派な社会貢献

 楽天イーグルスで今年21勝を上げて、投手部門の三冠王に輝いた岩隈久志投手が、今年のゴールデンスピリット賞を受賞しが、その授賞式が昨日、都内のホテルで行なわれた。
 この賞は、報知新聞社が主催する賞で、日本のプロ野球選手の社会貢献活動に寄与した選手に与えられる名誉ある賞であり、今年で10回目を迎える。選考委員の一人である巨人軍の終身名誉監督の長島茂雄氏から「おめでとう」の声を掛けられ、緊張気味のその顔は明るく輝いていた。
 同氏は、本拠地の宮城球場に福祉施設の児童を招待する「岩隈シート」を設置、昨年からは、1勝につき10万円をボランティア団体に寄付、また、岩手、宮城内陸地震にも交流戦のMVP賞の100万円を寄付している。
 この賞の過去の受賞者を見ると、松井秀喜選手から始まり、片岡篤、中村紀洋、飯田哲也、井上一樹、赤星憲広、ボビーバレンタイン、和田毅、そして、昨年は三浦大輔の各氏が受賞している。中でも、赤星選手は盗塁数と同じ数の車椅子を寄付する活動を継続中である。今年も昨日その贈呈式が行なわれ、自らのサイン入りで42台の寄贈が行なわれたという。 
 いずれも立派な、有難い、素晴らしい行為である。筆者が障害者の妻を持って5年近くになるが、この種の社会貢献は本当にうれしいものである。
 同様な活動は、芸能界でも幾つか見られる、筆者が承知しているものでは、島田紳助が司会する人気番組の「行列のできる法律相談所」で、カンボジアに学校を作ろうと、多くの芸能人、有名人の協力を得て、彼らの書いた絵画などの作品を競売して得た利益をそれに還元している。今後の問題は、その後の学校の維持をどうやってゆくかの課題が残る。しかし、とりあえず作ることから始めてみることには、大いに意義があると思う。
 他にも、NPO、NGOによるこの種の活動は盛んなようだが、最近ではあまり目に見える形にはなっていないように思う。弱者を助け、困った人を救う活動は人間が行なう素晴らしい活動の一つであるという認識が広まることで、更なる拡大に繋がるのではなかろうか。
 さて、そんな温かい動きがある一方で、現実は本当に厳しい。毎日、毎日、凶悪な犯罪、心無い犯罪、悲しい事故のオンパレードである。もぐら叩きではないガ、一つ一つ解決して行く地道な努力は避けられないが、もっと根本を断つ教育から始めねばならない気がしている。口で言うのは簡単だが、本当にそれを果たすのは至難の業だと思う。
 そういう意味では、今の麻生内閣では、如何にも覚束ないというのが誰もが考えるところだ。政界のヒーロー、ヒロインはいないのだろうか。

2.連載(671) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(288)
  第六章 真夏の夜の夢(139)

(9)さよならを告げる旅(その7)
 Pホテルのレストランを出たのは、10時15分頃だった。時間はまだ充分にあったので、時間つぶしを兼ねて、一考はレストランから眺めていた母校である高校を訪ねてみることにした。ホテルから、10分程度の距離にある。卒業以来の訪問で、実に半世紀ぶりのことである。
 今、来し方の人生を振り返って見て、ある意味では、高校時代が一考にとっては全盛時代だったかもしれないと思うことがある。とにかく夢があった。ゆとりがあった。そして自分の力に自信のようなものが漲っていた。中学の卒業の2ヶ月前に田舎の中学校から大津市内の中学校に転校した。高校受験間際の転校で、心配してくれる人もいたが、高校受験には何ら影響することもなくすんなりとそのステップを余裕を持って通過できた。マラソンで言えば、5Km時点をトップグループで通過したといった感じである。
 高校に入って最初の担任の先生がK大学出身の化学の先生だった。その先生との出会いが一考に化学と云う世界を魅力ある世界として捉える切っ掛けをつくってくれた。今になって思うと、それがどうやら早とちりだったのではないかと考えることがある。後に、営業活動に転進したからである。
 とにかく、この高校の3年間はかなりのゆとりをもって楽しく勉学に勤しむことが出来た。二年生の時に上級生を交えた実力試験で、三年生の方の上に顔を出したことがあり、それが自分に勢いをつけてくれたと同時に、過信に繋がったように思う。それは、後になって小説を応募した最初の作品が、第一次選考をパスしたと同じで、貴重な切っ掛けと勢いをくれたのと似ていて、ビギナーズラッキーに止まったように思う。しかし、結果的には。その勢いで大学受験は何とか突破はしたのだが、気になっていたのは、その受験を目前にした頃から、急速に記憶力の低下を意識するようになったことだった。そういう意味では、学力、能力の絶頂期は高校2年生の頃から3年生の前半だったように思う。
 因みに、高校時代を総括してみると、楽しんで過ごせた青春の一時期だったことは確かである、しかし、一生の付き合いを生むような親しい友人を得たわけでもなく、女性とのドラマティックな出会いは皆無だった。女性に関しては、自分が見映えしない男であるとの自覚から来る諦めが先行していて、自分から積極的に前に出るようなことはなかったからだと思っている。少し勉強ができたということで、何人か方から声を掛けられたことや、気に入った女性に密かに恋する片思い程度が精一杯で、それ以上に進むことはなく、そういう意味では淡白な味気ない時代だったとも言える。
 とにかく、半世紀ぶりに見る母校はすっかり変わっていた。校舎は、卒業後間もなくに全面改築されていて、敷地内のレイアウトも全く違っていたことで、昔を偲ぶ面影は何も残っていなかった。従って、こうして、校舎の近くで佇んでいても、視覚面からは、それ以上の当時の懐かしさは甦って来なかった。一考は何か物足りなさを覚えていた。(以下、明日に続く)

705 旗色談義

 昨日の全国知事会で、麻生総理が「地方病院での医師の確保は大変だ。社会的常識がかなり欠落している人(医師)が多い、とにかくものすごく価値観が違う」と発言したことが話題になっている。
 これに対し、民主党の鳩山幹事長は「常識が欠落しているのは麻生総理の方だ」と反発して波紋を呼んでいる。先に漢字の読み方で味噌をつけていただけに、麻生総理の旗色は良くない。
 一昨日の夕方に行なわれた党首会談でも、小沢代表の奇襲に、「あんた」と呼ばれたりして、たじたじだった麻生総理で、ここでもその旗色は芳しくなかったようだ。いいずれにしても、このところの麻生総理の立場は、段々と追い込まれていっているようで心配だ。
 一方、攻めに出た小沢代表も、身内から、その独断的な対応で、不満が出ているようで、旗色は必ずしも芳しくばかりではなさそうだ。
 さて、元厚生省事務次官への二つの連続テロ事件は、民主主義国家では許せない行為で、国民がその捜査の展開に注目している。しかし、さすがに日本の警察で、合同操作本部での懸命の捜査で、細かい犯人の行動などが段々と明らかになりつつある。素人ながら、筆者の感じでは犯人サイドの旗色は良くないと見ている。新たな犯行が心配されているが、それは致命的な尻尾を出すことになり、犯人逮捕に直結する可能性が高いだろう。そういう意味で、これ以上の犯行の大きな抑止力となっていると思う。頑張れ、合同捜査本部と申し上げておこう。
 次に、経済の世界だが、米国では、自動車3大メーカーへの支援を巡って瀬戸際の議論が続いているようだが、まだ結論は出ていない。どうやら、再建のシナリオが不透明のようで、メーカーサイドの旗色は必ずしも芳しくなさそうだ。この種の議論の展開を見ていると、日本でもそうなのだが、国の根幹を支えている大企業は「潰せるものなら潰してごらん」と開き直れる強さがある。この辺りに国民、政府が強いジレンマを覚えるところである。そんな中で、米国ダウは、今朝も400ドルを越す大きな下げで引けている。どこまで行くのか、今日の東証の旗色は、どうしようもないくらい悪い。
 そんな中で、日本の旗色が好転する朗報があった。今朝、日本時間の未明にカタールのドーハで行なわれたサッカーのW杯アジア予選で、日本チームが3-0の堂々の快勝でカタールを破った。アウエーの戦いで、苦戦が予想されて旗色が芳しくなかっただけに、サッカーファンにはうれしい勝利であろう。これで予選リーグ突破に旗色は一転してよくなったように思われる。
 最後に、筆者の私生活だが、難病と闘っている女房の症状は相変わらずで、旗色は今まで通り芳しくない。我々は、旗色に一喜一憂しないようにして、毎日を楽しく闘っている。

2.連載(670) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(287)
  第六章 真夏の夜の夢(138)

(9)さよならを告げる旅(その6)
 時間は非常である。一考の演出、主演のドラマは刻一刻と大団円に向かって静かに時を刻んでいる。
 不思議な気分だった。じっと景色に見入っていた一考は、その雄大な琵琶湖から、さりげなく「さあ、いらっしゃい」というささやきを受けているように感じ始めていた。そして、それが、何とも言えない心の落ち着きを、一考に与えてくれているようで、その呼びかけに「あなたのところへなら躊躇することなく飛び込んで行ける」という一考の安堵の心の動きに繋がって行ったのである。
 やがて、一考は、その視線を、自分の前に運ばれて来ていた料理に移した。和食のモーニングセットだが、値段の割にそれほど大した内容ではない。鮭、野菜、卵、味噌汁といった典型的な和食のお膳だった。見た目には、とても美味しそうに見えるのだが、今夕に大きな演技を控えている今の一考には、食欲らしきものは一向に湧いて来なかった。それでも、一考はゆっくりと箸を手にして、その料理に軽く手をつけたのである。と云うのも、一考は、そうすることを、一種のセレモニーと位置づけていて、少しでも箸をつけておくことが必要な行為だと考えていたからである。加えて、初めてこのPホテルの最上階まで来て、琵琶湖の雄大で素晴らしい景色を見せてくれたお礼としてのお返しの意味もあった。何も手をつけなかったら、やはり失礼になるだろうとの一般的なエチケットとしての行為でもあった。
 暫くして、一考はその琵琶湖とは反対側の山側に目を移した。琵琶湖側と違って、町並みはごちゃごちゃしていて景観は今一つだった。ちょうど日曜日ということで車の数も普段より少なく、静かな町並みに映っている。一考の視線は、JRと京津電車の駅が接近している膳所駅辺りから、少し東に進んだ先にある学校に当てられていた。一考が三年間学んだ高等学校である。受験という戦いがあって、青春と言った華々しい思い出がほとんど残ってはいない。それでも、不思議なことに、何人かの女性の顔が浮んで来たのである。僅かな青春時代の痕跡にほっとしたものを覚えるのだった。総じて、受験勉強を結構楽しんでいた3年間だったように思う。いろいろと考えを巡らしているうちに、最後の思い出として、そこに顔を出してみようという気分になるのだった。
 我に返って、時計に目を遣ると、もう10時になっていた、特に、係りのボーイからは直ぐに出てくれとは言われはしなかったが、一考は頃合を見計らってレストランを出た。料理の大半は残したままだったが、雄大な琵琶湖の景色に満腹だった。生まれた場所の景観をじっくりと鳥瞰出来たことに満足だった。これも、あちらの国に入国する際のちょっとした土産話になると思うのだった。(以下、明日に続く)

704 テロではないか?

 元厚生事務次官の家族が相次いで殺傷される事件が起きた。年金行政の基本に携わった人たちが狙われていると思われる。法治国家でこんなことは許されない。報道によると、警視庁管内には、事務次官や社会保険長官経験者ら30人ほど在住するということで、その方々の警備を強化する様にしているという。
 今や、驚きを越えた年金行政のあきれた実態に不信は高まるばかりで、筆者も、怒りを越えて大いに憤慨している一人である。当然、多くの国民が怒っているのは確かだ。しかし、だからと言って、問答無用的なテロに訴えるのは許されない。事実は小説よりも奇なりというが、今の世の中は何が起きるか分からないから怖い。事件の拡大阻止と犯人逮捕、真相の究明は急務である。
 テロと呼ぶには早計かもしれないが、関西ローカルの夕方の人気番組「ムーブ」が来年3月で打ち切りだという。昨日の勝谷誠彦氏のブログで知った。同氏は怒り心頭で大いに憤慨していた。
 この番組は、反体制を恐れずに、正義を追究する朝日放送が製作する硬派の情報番組だ。他局が放送できないところまで迫っていることでその存在価値を発揮していた。筆者も施設で雅子を見舞いながら一緒に毎日楽しんで見ることが多い。
 何といっても売り物は、多士済々のコメンテーターたちである。上記の勝谷氏の他に、大谷宏明、重村智計、須田慎一郎、二木啓孝、若一光司、花田紀凱、上杉隆などしっかりした意見と見識の持ち主ばかりで、他局にない中身の濃い番組になっている。
 出る杭は打たれるで、自由に発言が出きるのを売り物にして来ていた番組だけに、相当前から然るべきところから目を付けられていて局の上層部にはいろいろな圧力がかかっていたと思われる。それでも、担当プロデュサーの思い切った頑張りで番組は続いて来ていたのだが、やはり、大きな圧力には正義は弱かったようだ。そういう意味では、今回の打ち切り決定も、ある種の「報道テロ」と呼んでもいいのではないか。かつて、中曽根康弘氏が小泉総理から引退を勧告された時に、「これは政治テロだ」と叫んだのが思い出される。いずれにしても、来春以降、筆者も妻も寂しくなりそうだ。
 なお、この番組で一つだけ気に食わないことがある。それは、キャスターを務める堀江政生アナウンサーのアシスタントである関根友美という女性アナウンサーの発言である。それなりに男心を惹き付ける感じのふっくらした容姿をしているのだが、常に反体制の立場で、コメンテーターの発言中でも、随所で声を張り上げての発言するのが引っかかる。コメンテーターが何を言おうとそれはいいのだが、何の資格もない(?)アシスタントが、番組の流れを盛り上げようと片寄った内容を口走ることが気に食わないのだ。単に進行を受け持っているという立場を大きく逸脱している。
 さて、この番組がなくなると、この種の番組としては、関西では「たかじんのそこまで言って委員会」、それに全国ネットの「たけしのテレビタックル」ぐらいになってしまう。やしきたかじんとビートたけしの二人の強烈な個性がどこまで持つかという闘いになるだろう。お二人さんの一層の頑張りを期待する。

2.連載(669) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(286)
  第六章 真夏の夜の夢(137)

(9)さよならを告げる旅(その5)
 一考は、そんな事情から、Pホテルに向かったのだが、そこには遅くとも9時半までに入らなければならなかった。というのは、このホテルには、いわゆる展望台のような施設は無い。外の景色を楽しもうとするとレストランに入るしかないのだが、そのレストランで午前中に営業をしているのは一軒だけで、しかも、それも午前中は10時までだった。
 従って、一考が9時に自宅を出たのは、それほど余裕があった訳ではない。国道161号線を浜大津に向かい、そこを通り過ぎて真っ直ぐ進んで10分ぐらいのとこにPホテルはあった。湖岸の直ぐ傍で、颯爽とその雄姿を誇っている。
 一考は駐車場に車を入れると、急いで最上階のレストランに向かった。事前のチェックで営業をしているのは37階にある「ステーキ&シーフードニューヨーク」だけだった。ここは、主として宿泊客の朝食をサービスしているのだが、外部からの客も大丈夫だという。時間が時間だったので、テーブルはかなり空いていた。一考はボーイに頼んで窓際の席を得た。
 みっともない話だが、こんな近くに住んでいながら、このように席でじっくりと景色を楽しむのは初めてだった。かつて、両親を連れてきたときは、単に案内しただけで直ぐに席を外していた。ほっとして一息つき、渡されたメニューから、軽いと思われる朝食の一つを頼んだ。朝食と言えど、この種のホテルでは結構高い。しかし、今日という日のことを思えば、そんな値段のことを気にする必要はさらさらなかった。
 注文を終えて、一考はぼんやりと外の景色に目を遣った。窓いっぱいに琵琶湖が広がっている。雄大な広がりが一考の心を和やかにするのだった。視界のずっと先に琵琶湖大橋が望めた。橋梁の緩やかな円弧が、一考の目には小さな虹を見ているような気分にさせてくれる。その虹の西端近くにあるあの大きな観覧車が小さく見えた、そして、その少し手前に、施設のドリームスペースらしき色のついた建物の姿がうっすらと捉えられた。あの建物の中に雅子がいると思いながら、しばらくそこに視線を送っていると、雅子の優しそうな顔が浮んで来るのだった。人生の最後を意識している一考には、ちょっとした幸せのポケットに入っているようで、何とも言えない和みを覚えるのだった。、間もなく注文した料理が出てきたが、一考はそれに箸を付ける気にはなれず、じっとその琵琶湖の景色に見入っていた。すると、その雄大な琵琶湖が、大きな心で自分を招いてくれているように思えて来て思わず微笑むのだった。一考は、時の経過も忘れてじっとその景観に見入っていた。(以下、明日に続く)

703 風雲急、不透明、理不尽な話の特集

 民主党の小沢代表が動いた。麻生総理もこれを受けて立ち、昨夕、初めての二人の党首会談が急遽実現した。しかし、実質的には決裂し、政治の動きは風雲急を告げて来そうである。先行きは予断を許さないが、麻生内閣の支持率低下も急で、このままでは一波乱も二波乱もありそうだ。今朝の新聞の雑誌の広告では、加藤紘一、山崎拓らのグループに不穏な動きがあると取り上げている。麻生総理はこの大きなピンチをどのように凌ごうとしているのか、先が全く見えない。
 先が見えないと言えば、株価の動きもその一つだ。昨日の東証もその動きには方向感がなくさ迷っていたという感じだった。今朝の米国のダウの動きも、大きな乱高下の挙句、引け間際の大幅なダウンがあって、結局は220ドルを越す下げとなった。先の金融サミットも下支えにはなっておらず、先行きは全く不透明で不穏だ。
 不穏という訳ではないが、予断を許さない興味ある動きが、プロ野球の世界でも見られる。大物選手のFA宣言やトレードの話が活発で話題は豊富だ。FAでは、中日の川上憲伸、中村紀洋、横浜の三浦大輔、巨人の上原浩司などの動きが注目されるが、中村選手については、二年前に落合監督に拾ってもらったという経緯があるだけに、どんな結論を出すのか、その行方に注目している。一方、あの二岡智宏選手の日本ハムへのトレードは、サラリーマンの世界で見られる当て付けの厳しい人事である。何しろ、打撃不振に加えて、あの山本モナさんとの不倫が致命的だった。脇が甘かったといえばそれまでだが、心機一転、新天地で大いに頑張って欲しい。充分に活躍できる実力は持っているだけに、男、二岡の意地を見せて欲しいものだ。
 今や、意地もプライドもないけしからん話が多すぎる。大学生の大麻事件で、早稲田大学の学生が多く退学処分を受けていたという。また、ひき逃げ事件も後を断たず、特に無免許、或いは飲酒運転が目立つ。大阪でまたも起きた、被害者を引きずって長距離を走って逃げたという事件は、先の事件の犯人が捉まった直後だけに、犯人は何を考えていたのかと言いたい。理不尽で言語道断だ。
 そんな訳で、何か明るい話題はないかと探してみたところ、初めての女性のプロ野球選手が誕生しそうというニュースを見つけた。関西独立リーグに川崎北高校二年生の吉田えりさんが採用されたというのである。小さい頃に大リーグの選手がナックルボールを投げるのを見て関心を持ったという。そして、自分もそのナックルボールを体得し、それを武器にしているという。夢はそのナックルボールでバッタ、バッタと男のバッターから三振を取ることだそうだ。その夢の実現を応援したい。

2.連載(668) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(285)
  第六章 真夏の夜の夢(136)

(9)さよならを告げる旅(その4)
 決死の決行日は、予てからアナログ放送の最終日である7月24日を頭に置いていた。しかし、それを最終的にその日にすると決断したのは、雅子に「ついて来てくれるかい」と告げた7月19日の午前中だった。つまり、5日前の午前中で、この時点では、何時に決行するかと云う時刻については、はっきりとは決めている訳ではなかった。その時点では、あくまでも漠然と、午後の適当な時間を頭に置いていた。
 その後、下見で琵琶湖を周回した2日前の22日に、その目的のゾーンを車で走りながら、夕やけの美しい夕方がいいのではと心積もりしたのである。施設からその場所への所要時間が3時間ぐらいであることから、午後3時頃に施設を出れば、6時頃にはそこに到着できると踏んでいた。そういう意味からは、一考が朝の9時過ぎに家を出たのは明らかに早過ぎたのだが、そこには次のような事情と考えがあったからである。
 一つは、出来るなら、姉の久子が母親の介護に来る前に家を出ておきたかった。一考の頭の中では、この大事な日に久子と顔を合わせることは避けたいと思う心理が働いていたからである。そこには、顔を合わせることで、何らかの会話は避けられず、何でも知りたがる久子は、そんなに早く出かける理由をくどくどと聞いてくることは明らかで、ごちゃごちゃと何かを言わねばならないのを気分的に好まなかったし、そうすることで、ちょっとした言葉の行き違いから、決断に鈍りが生じることを恐れたからでもあった。
 もう一つの理由は、最後に一度立ち寄ってみたい場所があったからである。そこは、県内で最も高い建物であるPホテルだった。高さが136メートルあるというホテルである。予てから一度その最上階からの景観を楽しみたいと思っていたが、今までに、両親を食事に連れて行っただけで、じっくりとその景観を楽しんだことはなかった。それだけに、自分の人生の最後の日だけでも、そこからの景観を一度じっくりと楽しんでおきたかったのである。
 因みに、滋賀県下には、100メートルを越す高層建物は、このPホテル以外では、大津京駅前にあるマンションのファーストタワー大津の118メートルと草津市にあるリーデンスタワーの111メートルの3本だけである。これらの三本の高層ビルは、琵琶湖サイドから見ると、にょっきりと聳えていて一目瞭然で、その存在を堂々と誇示しているように見える。中でも、Pホテルは、琵琶湖の湖岸のごく近くにある半円筒形のスマートな建物で一際目立った存在に映っている。
 一考は、この世を去るに際して、そこから、自分の故郷をじっくりと眺めて、人生最後の心の洗濯を楽しんでおこうと考えていた。それが、あの世への土産話の一つになるのではとも思うのだった。(以下、明日に続く)

702 100年は身近になりつつある?

 麻生総理が金融サミットを終えて、昨夜遅く帰国した。自ら今回の金融危機は100年に一度と言うべき危機だと強調した。事実、あの1929年の世界大恐慌から見れば、100年に一度という表現は間違っていないし、大げさな表現とも言い切れない。
 一方、今年は、源氏物語の構想が練られて1000年ということで、いろんな記念行事が各地で行なわれている。歴史では100年を1世紀という単位で扱っていて、そういう意味では、日常生活とかけ離れた大きな時間の単位が話題になった一年だったと言える。
 いずれにしても、100年に一度の危機という認識は世界でも共有していた訳で、世界の主要20カ国の首脳が集まったのは妥当な判断だったと言えよう。さあ、その会議の成果のさわりが、間もなく開く東京市場の動きで見られることになろう。期待と不安が交錯する。
 数字は、一般的には説得力を持つが、場合によっては、その場をかわす逃げの手口にも悪用される。例えば、今回の不況に対し、麻生総理は全治3年と言い切ったが、何処にその3年の裏づけがあるのか。そんなものは何も無い。単に、3年も経てば世の中大きく変わるだろうといったもので、「人の噂は75日」と同じような言い回しなのだ。
 その典型的な事例が、数年前に公明党が軸となって纏めた年金制度が「100年安心の年金制度」と言われて話題になった。しかし、その後、わすか数年で今の体たらくである。
 筆者も若い頃、仲間の結婚式で、「100年の愛」という即席の歌を作って歌ったことがある。そしたら、二人の愛が100年なんて短すぎて不適切との批判を受けたことがあった。つまり、一口に100年といっても、いい加減で、あいまいな時間の単位に過ぎないこともある。
 そうは言いながらも、100年が身近になりつつあることも事実である。例えば、全英オープンは今年で137回を数えた大会になっているし、全米オープンも110回に迫る大会になっている。一方、日本でも高校野球や箱根駅伝も100回が見えてきている。そして、何よりも平均寿命が80年を越えてきて、今までの歴史の単位からリアリティに満ちた日常の時間単位になりつつあることも確かである。
 今や、歴史と現実が渾然となりつつある時間帯が生まれつつあるともいえる。少し飛躍するが、「歴史に名を残す」という言葉も、そういう意味では、今までよりも確実に身近な目標になって来ているといえよう。
 そんな観点から見れば、この週末も歴史に残るような素晴らしいスポーツの数々が展開されて、多くの感動を貰った。テニスのクルム伊達の16年ぶりのV,西武ライオンスのさよなら勝ちによる日本の4連覇、女子マラソンでは、新鋭の尾崎好美の初優勝、バドミントンのオグシオの5連覇で優秀の美を飾ったコンビ解散、ゴルフでの賞金王争いなどなど大いに楽しませてくれた。これらも歴史の1ページに刻まれることは確かだろう。

2.連載(667) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(284)
  第六章 真夏の夜の夢(135)

(9)さよならを告げる旅(その3)
 それは、その日の朝刊に出ていたあの画期的な万能細胞の技術が実際の治療にテスト的に使われ始めたという記事から思いついた自らの見解だった。
「人間の智恵、能力が生み出す科学技術の進歩は止まるところが無い。注目されているあの万能細胞の技術が、いずれ、この難病の治療に役立つ日がやがては来るはずだ。雅子にその画期的な記事を読んで聞かせる一考の声には、いつもよりも張があった」
 この一節を付け加えたことで、自らの命に終止符を打とうとしている人間ではあり得ないとの見方を強調することになり、事故死に見せかける計画の万全を思うのだった。しかし、その一方で、医学技術がそこまで進歩して来ているのであれば、どうして雅子を同道するのかという疑問もあるかもしれないが、あくまでも、その技術はまだ緒に就いたばかりで、その効果も個人差が大きく、まだ開発途上の技術であったことで、自分達の計画を覆すことにはならないと判断していたからである。
 書き終わって、改めて原稿に目を通した一考は「これで良し」というように頷づくと、ゆっくりと配信の箇所をクリックした。
 ブログを終えるとコンピューターを閉じ、机の周りを少しだけ片付けた。いつもの作業である。続いて、部屋の中で目に付くゴミなどは片付けたが、きちんと綺麗に掃除した形にはしなかった。その後、一階に下りて、洗濯機から出来上がっていた洗濯物を取り出して、いつものように2階のベランダに干した。取り入れることは無いだろうと思いながの干す作業に、何か引っかかるものを感じたが、これらの作業も、自殺を否定する状況証拠作りの一環だった。一考は、あくまでも、淡々としてそれらの雑用を終えた。
 この時間帯では、母親はまだ寝ていた。起きるのは姉の久子が来て昼前に起すことになっている。一考は、改めて仏壇に今一度お参りをした。仏壇の前に置いてある親父の写真に目を遣ると、何故か頷いてくれているような気がして、意を強くするのだった。
 その後、久子に「雅子がどうしても琵琶湖を見たいというので少しドライブしたいので、申し訳ないが、今夜の母親の夕食をお願いしたい」とのメモを書いて、仏壇のある部屋の机の上に残した。
 これで出掛ける準備はほぼ完了した。後は、いつもの鞄に、別に用意してあった必要な小物などを詰め込むと、一考はその鞄を持って家を出た。腕時計に目を遣ると、時刻は朝の9時過ぎを示していた。(以下、明日に続く)

701 スクープ、遂に、早稲田の学生も

 昨日の夕方に放映されたTBS「報道特集NEXT」は見事なスクープだった。半年間に渡る大麻内偵で、それを購入した早稲田の学生、更には、その根本の売人を逮捕するに至る一部始終を、カメラが見事に捉えていた。麻薬取締役官と息を合わせたTBSのジョイントワークによる衝撃の逮捕劇の映像の放映だった。
 犯行は落合光太郎という男がヨーロッパから密輸した「大麻の種」をインターネットを通じて、表向きは「観賞用」として販売していたもので、そのサイトを通じて購入した一人が早稲田の学生だった。胴元の名前が、中日監督と同じ落合で、名前が小泉元総理の長男の孝太郎と同じ発音の光太郎で覚え易い名前だ。決め手は、麻薬取締役官が地道に調査を続けたインターネットサイトだった。このドギュメントの圧巻は、取引現場を押さえるに至る過程、更には、購入者に宅配便で送付する際に呼んだ宅配業者の来る時間を割り出して、踏み込んで逮捕するくだりで、なかなか迫力あるドラマだった。逮捕された早稲田の学生が、踏み込まれた際に、「退学になってしまう」と口走った表情が哀れだった。
 二日前のこの欄で(699をご参照)、大学生の間にこの大麻汚染が広がっている事件を取り上げたが、その際に記載した10大学には早稲田は入っていなかった。しかし、やはり、早稲田でも汚染は進んでいた。「早稲田大学、おまえもか!」である。
 この逮捕劇で押収されたパソコンには、それまでの全購入者、2100人のリストが保存されていて、そこから芋づる式に逮捕劇が続いているようだ。
 汚染ではないが、目下、世界に広がっている不安がある。それは金融不安で、その対応に世界の20カ国の首脳が集まった緊急の金融サミットが行なわれていたが、今朝閉幕した。そこでは、財政出動で協調すること、IMF機能の強化などが採択されたのだが、果たして、このサミットの効果や如何である。取り敢えずは、明日からの株、為替などの経済動向が注目される。筆者の素人目では、そんなに期待は出来ないような気がしているが、……。

2.連載(666) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(283)
  第六章 真夏の夜の夢(134)

(9)さよならを告げる旅(その2)
 一考の考えは、あくまでも、他人から見て、今日が特別の形になることは避けたかった。従って、昨日までの流れに準じたトーンで書くことにした。先ず、第一部のコラムについては、この日のトピックスである「アナログ放送の最後」を取り上げた。全てのメディアが取り上げている課題で、ごく自然な流れの最たるものである。
 『今日が最後の日である。今までのアナログ放送が今日で終了する。一般的には、終わるというと何か虚しい、悲しい思いを伴うことが多いが、この場合はそれとは全く違う。むしろ、新たな門出であって、その将来への期待が大きい。止まることのない科学の進歩の恩恵に与かる訳で、夢多き終了と言える。
 とにかく、長らくお世話になった意味で、アナログ放送に対しては、やはり「有難う」と云うべきだろう。テレビ放送が始まって58年、半世紀以上使わせてもらった。それまでの生活スタイルを大きく変えて、潤いのある希望のある生活をサポートしてくれた。その貢献の大きさは計り知れない。
 明日からの放送は、全てが新しい技術によるデジタル放送になる。既に併行して放送が始まっていて、4年の実績がある。画像の鮮明さ、双方向システムという新たな機能があって、より一層、豊かな生活つくりに貢献してくれるだろう。人類のますますの弥栄を祈念したい。受け手としての我々も、デジタル時代に相応しい生き方が求められることになろう。新時代を拍手を持って迎えたい。ご苦労さんアナログ放送! 頑張れデジタル放送!』
 コラムは、上記のような簡単な内容に止めた。これなら、一考が決行する決断を示唆するものは何も無いはずだ。一考は、そう思いながら一息ついた。
 次に2部の連載の「難病との闘い」に移った。数日前から、新たな章に改めていて、雅子の最近の症状をドギュメンタリー風に取り上げ、施設でのここ数日の生活模様を紹介していた。4年前にこの施設に入ってからも、この種のテーマは何回か取り上げて来ているが、その都度、雅子の日常生活は厳しくなって来ていて、病気の進行具合がしっかりと捉えられていた。入居直後は食事も皆と同じ通常のものが食べられていたが、今は「ミキサーで砕いたもの」になっている。言葉もほとんど発声が出来なくて、彼女の意思を確認するコミニケーションは最悪の状態になっていた。僅か数日間だったが、あの奇跡的な回復は、一体何だったのかは全く分からず、それは夢の中の話のように思われた。トイレ、お風呂も相変わらず大変な作業になっていて、介護士さん達も懸命になってサポートしてくれている。そんな日常生活の最新の実体を有体に紹介する内容になった。これも昨日までの流れを受けての自然な内容だった。
 しかし、その最後に、将来に期待する意味で、次のような数行を書き加えた。(以下、明日に続く)

700 難病で苦しむ大原麗子さん

 久し振りに大原麗子さんの名前を耳にした。昨日のテレビを見ていてのことだが、ギラン・バレー症候群という難病にかかっていて、転倒して右手首を骨折、膝を打撲する重症を負ったという気の毒なニュースだった。
 この耳慣れないギラン・バレー症候群という病気は10万人に2~3人がかるという難病で、厚労省が認定する123の難病リストにノミネートされている。免疫システムが脳や脊髄の外部にある神経を攻撃する炎症性疾患のようで、稀に脳を攻撃することもあるという。足や腕に深刻な衰弱と無感覚が起きるのが特徴で、治療によって治る病気だそうで、筆者の妻の難病を思うと、まだ救いがある病気だといえそうだ。有名な芸能人や文化人にでも、人を選ばずに公平に(?)アタックする難病は、掴まえ所のない不思議で厄介な存在だ。
 かつて、彼女が出演していた「すご~く愛して、なが~く愛して」というコマーシャルは、耳障りもよく、特に何とも言えない低音の声に、筆者は強い魅力を感じていた。この難病のニュースであの魅力的だった女優、大原麗子さんのイメージダウンではあるが、その一方井で、そんな難病に犯されていると言うことで、人間性が滲み出てきていて、却ってより親しみを覚えるのも事実である。
 イメージダウンというと、麻生総理が漢字を随分と読み間違えているというニュースである。未曾有を「みぞうゆう」詳細を「ようさい」踏襲を「ふしゅう」頻繁を「はんざつ」などの事例が紹介されていた。これは単純なうっかりミスとは言い切れず、支持率ダウンだけでなく、イメージダウンも甚だしい。下手すると先天性の難病かもしれない。
 最近はテレビで漢字の読み方や書き方を扱うクイズ番組が大流行だ。ほとんど毎日この種の番組がある。日曜日はフジTVの「ネプリーグ」、月曜日TBSの「Qさま」、水曜日TBSの「クイズ雑学王」フジTVの「ヘキサゴン」、木曜日「フジTVの日本人テスト」、土曜日TBSの「クイズカリベン」などなどで、芸能人でも随分と博学の方も多い。宮崎美子、麻木久仁子、東貴博、ロダン宇治原などは、この種の番組で知名度を大きく高めている。
 上記のようなミスをしている麻生さんなら、逆にお馬鹿さんの仲間入りは間違いなしだ。そういえば、上記の「ヘキサゴン」という番組で、お馬鹿さんで人気沸騰している芸能人もいる。麻生総理、この際、思い切って、お馬鹿さんで再デビューしてみては如何かな?
 ところで、未だに元気な上岡竜太郎さんを昨日の芸能ニュースで垣間見た。やしきたかじんさんとの掛け合いさすがで、往年時代の上岡さんの「イメージは健在だった。どうやら、この人には難病は縁がないようだ。
 先に筆者が取り上げた(692参照)が、新しく始まった日経新聞の小説「甘苦上海」は期待通り面白い展開になって来ている。今朝の後半部分のベッドシーンを上海の町並みに擬えての表現は凄くうまい扱いで秀逸だと感心した。改めて高樹のぶ子さんのイメージをいろいろと想像してみる。楽しい限りだ。
 イメージが一人歩きする今日この頃だ。
  
2.連載(665) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(282)
  第六章 真夏の夜の夢(133)

(9)さよならを告げる旅(その1)
 2011年7月24日、この朝、一考は未明の3時頃に目を覚ました。最近は早起きが身についていたが、それよりも2時間ぐらい早く目覚めたのである。やはり、緊張していたのだろう。一考は直ぐに着替えをして、いつもの段取りで、仏さんに備えるご飯を炊く準備をし、炊飯器のスイッチを入れた。それから新聞を取りに外に出たが、さすがにまだ2紙とも来ていなかった。仕方なく、これまたいつものようにコーヒーを入れて喉を潤し、残っていたっシュークリームを食べた。そして、最後の入浴をすべくお風呂にお湯を入れた。
 居間に戻って来てテレビにスイッチを入れると、アナログ放送は、この日が最後と云うこともあって、こんな時間でも特番を放映していた。自分の人生と同じく今日で終わる放送だと思うと、何か愛おしささえ感じられる。やがて、風呂にお湯が入ったという自動アナウンスに一考はゆっくりと風呂場に向かった。人生最後の風呂である。しっかり洗っておこうと自分に言い聞かせて脱衣場で着ているものを脱ぎ捨てた。
 何事も、これが最後と思うと一つ一つの行為に意味があるように思て来るのが不思議だった。自然と、それぞれに思いを入れを感じながらの行動となった。いつもよりも入念に洗ったのだろう、時間もいつもの倍くらい掛かっていた。今までの人生の垢の全てを洗い落としたような気持ちだった。
 湯船を出ると、前夜から用意していたTシャツを来た。いつも着ているものの一つで、前日に洗濯を終えたばかりのものだった。一考は、努めて、いつもと変わらない自分を演じることに留意していた。あくまでも不慮の事故による気の毒な死亡と受け取ってもらうことが大事だった。
 出掛ける前にやっておくことをメモした紙片に目を通し、洗濯、仏さんへのご飯のお供え、母親の冷蔵庫の中の牛乳とヤクルト、それに卵を補充、そして、居間の掃除などの細かいものがいろいろあった。
 それらを手早く終えると、一考は2階の自分の部屋に入った。最後のブログの作成である。何を書くかについては、昨夜から迷っていたが、これといって名案が浮ばないまま机に向かっていた。今日が、ブログを始めて1681回目である。ブログのスタイルは、今までずっと続けている二部構成で、コラムと連載の「難病との闘い」である。
 さあ、何を、どう書こうかとコンピューターを前に座って暫し考えるのだった。(以下、明日に続く)

699 絶えないカルテル、大麻事件

 価格カルテルは、日本の企業社会に根深く蔓延っていて絶えることを知らない。ここ数日の新聞にも二つの関連記事が報道されている。
 一つは、鋼板各社(淀川製鋼所、日新製鋼、JFE鋼板、それに日鉄住金鋼板)が2006年7月に値上げした際に結んだもので、刑事告発される方針が固いという。ただし、JFE鋼板は、最初に不正を公取委に申告したため課徴金減免制度(リーニエンシー)によって告発は見送られる。今朝の日経朝刊には、JFE鋼板では社長自らがその会議に出席していたという。刑事告発されれば、1991年のラップ事件以来17年ぶりのことになる。
 今一つは、昨日の日経夕刊では、シャープが、韓国、台湾の3社と液晶パネルで国際カルテルを結んでいて、罰金を支払うことで米当局と合意したと報道されている。シャープだけで支払う罰金が1億2千万ドル(およそ114億円)に及ぶ大型事件だ。
 以前にも告白したことがあるが、今から20年前に、不覚にも、筆者も公取委の手入れを受けた苦い経験がある。もちろん、会社のためを思っての行為だったが、然るべき課徴金を支払わされて多くの人に迷惑を掛けた。それ以来、二度とそういうことをしてはならないと心に誓ったが、日本の企業社会では、この種の事件は全く絶えることなく、毎年、多くの摘発事件が起きている。
 この種の事件を取り締まる独占禁止法も、幾度も改定が行われ、ペナルティーである課徴金の増額、刑事告発制度の強化、或いは、企業だけでなく、個人の罪を問う制度も導入された。加えて、最近では、課徴金減免制度(リーニエンシー)で密告を促す制度も導入されている。しかし、事件が減る傾向は全く見られず、日本社会に深く染み付いた護送船団方式の延長上にある悪習慣として脈々として生きている。
 最近発表された公正取引委員会の白書によると、昨年度(平成19年度)のカルテル違反で収められた課徴金の総額は、前年度を20%も上回る113億円近くに及ぶ高額となっている。事件の件数そのものはそんなに増えていないので、事件が大型化していると言えそうだ。事件を聞くだびに「またか」との筆者の思いも慢性化している。
 一方、悪しき習慣と言えば、大麻汚染事件も衰えることなく拡大している。最近では大学生に拡がっているのが気になる。ここ5年間での事件に絞っても、少なくとも10大学で43人が逮捕または書類送検されている。その内訳は、関東学院14人、慶応8人、法政5人、上智、中央各4人、東京3人、関西2人、同志社、関西学院、龍谷各1人となっている。
 また、テニスのプロ選手だった宮尾祥慈容疑者(27)が、大麻取締法違反(所持)容疑で逮捕されたのを受けて、プロ登録選手としての資格を当面の間、剥奪(はくだつ)される処分を受けた。遺憾に思うのは、最近では、自分達がその目的で栽培している事例も多く、まさに確信犯であり、事件の根は深い。
 これらの二つの悪しき習慣による事件は、一人一人が強い正義感と順法精神を持たなければ、根絶は難しいと思う。

2.連載(664) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(281)
  第六章 真夏の夜の夢(132)

(8)決行へのカウントダウン(その18)
 この日は、いつもと違って、一考は、午後の少し遅い目の四時前にドリームスペースに雅子を訪ねた。本当の意味での最後の晩餐を意識して、先日雅子がおいしそうに食べたステーキを、もう一度ご馳走しようと考えたからだった。しかし、一考が、雅子を一緒に連れて行くという最後の決断を伝えた日の翌日から、何故か、雅子の症状が完全に元の状態に戻ってしまっていて、発声も思うようにならず、言葉もイエス、ノーをはっきりと言えないような以前の厳しい状態に戻っていたのである。
 あの奇跡的な数日間は一体なんだったのだろうかと一考は不思議に思うのだった。神様が特別な計らいをしてくれていたのだろうとしか考えられなかった。折角焼いたステーキも、残念ながらそのままでは食べられず、介護士さんに頼んでみじん切りにして貰ったのだった。
 かくして、雅子にとっての最後の晩餐は、残念ながら思った形にならず、一考の心遣いも無駄になってしまったのである。そんなことで、雅子の方が申し訳なく思ったようで、一考にその気持ちを伝えようと、懸命に口を動かして頑張ってくれた。一考は、その気持ちが嬉しかった。明日、永久の旅に旅立とうとしているその間際でも、雅子はピュアーな気持ちで感謝の気持ちを表していた。そんな健気な顔をみていると、本当に連れて行ってもいいものかと戸惑うぐらいだった。
 予定通り、この日の昼過ぎに雅子は入浴を済ませていた。その効果もあって、顔の色艶も綺麗で輝いていた。何か言おうとするのだが、思うように口が開かず、声も出ない。苦しそうだったが、その意図は充分に理解できた。多分、「明日は、必ず私も一緒に連れて行ってね」と懸命に念を押しているような感じだった。一考はその純情さがいとおしくなって、椅子に座ったままの雅子をそっと抱き締めるのだった。僅かに感じられる体温を通しての心の交流が、一考の気持ちを熱くするのだった。途中、20年の単身赴任期間での別居生活があったが、それをも含めて50年近い夫婦生活を送ってきた。本当に良くやってくれたと一考は改めて感謝の念に駆られるのだった。名残は尽きなかったが、雅子の就寝時間が近づいていたので、さよならを告げて部屋を出た。懸命に、「必ず迎えに来てね」と訴えているような雅子の顔がいじらしかった。
 帰り道、一考は、車のハンドルを握りながら、1500回以上も通ったこの道も、こうして自宅に戻るのが今宵が最後だと思うと、何か切ない気持ちになるのだった。星が綺麗に輝いていて、明日は晴れるのだろうと一考は思っていた。(以下、明日に続く)

698 チャンス

 一昨日の近畿ブロック知事会議で井戸兵庫県知事が「関東大震災が起きたら、それは関西にとってはチャンスである」という主旨の発言を行なった。このことについては、昨日もこのコーナーで取り上げたが、その後も不適切な表現だと非難轟々で、石原慎太郎都知事も「役人の浅知恵だな。よく言えば馬鹿正直」と手厳しい。
 こと、人間の命に関わる不幸を喜ぶようなことは厳に慎まねばならない。そういう意味で、確かに大変な不適切な発言である。しかし、関東大震災が来ないとは言い切れず、そういう場合は、かつての苦しかった経験を生かして、大いに頑張って人助けやその復興に貢献する機会として捉えることが大事で、その結果として関西が活性化されるという実体がついて来ると言う意味での発言だったと思う。
 しかし、我々の日常生活を見てみると、人の不幸をほくそ笑むことは実に多い。口先では「お気の毒ですね」と言いながら、心の中では「ざまあ、見ろ!」と思っていることは多いのではないか。
 スポーツの世界はその代表的なもので、それほど非難されることもない。事実、相手が失敗しなければ、自分に勝利が巡って来ない場合が多い。ホームランを打った人が賞賛される一方で、打たれた投手は失投したと非難を受けることになるし、ゴルフでも、相手のミスで自分の優勝が巡ってくることが多い。体操やフィギュアなどの採点する競技では、その失敗ごとに減点する仕組みになっている。むしろ、相手のミスをチャンスとして生かさねば叱責される世界である。勝ち負けの世界はそんな世界なのだ。
 こう考えると、不幸、エラー、ミスなどの言葉の使い方に注意が必要だということに気づく。つまり、人の人生そのもの、或いは命に関わる場合と人間のしでかす一過性の失敗の場合である。前者の場合は、それを喜ぶようなことがあってはいけないが、後者の場合は、それをチャンスとして生かせるという意味で、喜こぶことは非難の対象にはならないと言えそうだ。しかし、これも、後者が原因で前者になることも多く、ややこしい話である。
 今回の井戸知事の場合は、他人の命に関わる不幸を喜ぶ形に捉えられたのが不幸だった。心の中に潜んでいた先入観が、不用意に口を突いた単純なミスだと思われるが、立場上は許されない不適切な言葉となったと理解しておこう。
 さて、WBCのコーチ陣の陣容が昨日発表され。オリンピックでの星野仙一監督の場合で非難されたお友達内閣ではなく、それぞれの部門に相応しい適材適所の陣容のようで、総じて好評のようだ。イチローや松坂大輔、松井秀喜などの海外活躍組をも視野に入っているようで、既に具体的な候補者のリストも描かれているという。サムライニッポンと呼ぶことになるようで、是非とも連覇を果たして欲しい。
 いずれにしても、オリンピックや国際大会では、相手国の凡ミスや失敗は、日本チームには貴重なチャンスとなる訳で、そいう場合は、日本を挙げて皆でチャンスだと喜んでも、誰も非難しないだろう。逆もまた真なりだ。我々の日常生活では、その種のことは実に多い。

2.連載(663) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(280)
  第六章 真夏の夜の夢(131)

(8)決行へのカウントダウン(その17)
 その翌日、2011年7月23日は、決死の決行を翌日に控えていたが、一考の気持ちは、信じられないほど凄く落ち着いたものだった。長くても来年の3月頃が寿命とされているものを、少し早目だが、まだ身体に元気がある内に閉じようとする決断で、一考は満足していたのかもしれない。そうすることで、自分の醜い最後を曝け出すことから免れることができる。一考は、そうあってほしいという自らの美学を受け入れる形にしたのである。
 じっとベッドに横たわりながら、この日のうちに行わなければならないことについて頭の中で確認していた。大抵のことは済ませて来ていて、これといったことは思いつかなかった。そのままじっと横になっていると、今まで歩んで来た自分の人生が脳裏に浮かんで来るのだった。
 長いようで短い人生だったようにも思う。大学までは夢中だったし、就職後は、新たな自分を見つけ出そうとそれまでの自宅での生活からは離れて、勇躍として東京に向かった思いは、今でも生々しく記憶に鮮明だ。そして得られた新たな自分を待っていたものは、それまでの研究生活にピリオドを打つものだった。未練はあったが、むしろそれが自分の進む道だと改めて自分に言い聞かせたのを記憶している。思いも寄らなかった営業という仕事に転進し、それまでになかった躍動感を覚えたのが新鮮だった。当時の上司からかわいがってもらったことで、遣り甲斐に満ちた毎日だった。
 そんな幸せな日々の中で雅子とのお見合いがあり、多少の思いの齟齬があったが、晴れて結婚することになった。それからもいろいろと苦労はあったが、総じて順調な活動が続いた。毎日が楽しく生き生きしていた。最終的には、サラリーマンとしては役員に選出されず、常務理事止まりだったのには不満がなくはなかったが、大病宇も大怪我もせずに、長丁場のサラリーマン人生を完走できたことに満足するのだった。
 そんな中で、今一つ吹っ切れなかったのは、途中から始めた創作活動だった。処女作品が大手出版社の新人賞の一次予選をパスしたことで大いに気をよくしたのだが、結局はそれもビギナーズラッキーに終わったことだった。それでも、共同出版ではあったが、「執念」を刊行したことで、踏ん切りをつけることが出来たと思っている。
 しかし、その間に、雅子がとんでもない病魔に犯されていた訳で、その気の毒さに忸怩たる思いになるのだった。
 急遽帰郷した後は、それまで、何事も妻に丸投げして来たことへの償いの気持ちで雅子への対応、介護に全てを捧げて来たのである。お陰で、定年退職後の人生は、ある意味では、多忙で充実していたと言える。(以下、明日に続く)

697 凄い! 死を意識した癌との闘いの中継

 昨日、TBSで、先日亡くなられた筑紫哲也氏の特番があった。肺がんの告知を受けてからの500日に渡る闘いの日々を、同氏の直筆で綴った日誌、或いはその間の番組出演などの記録を基に編集されていた。日誌はその戦いの模様を感動的に伝えていた。一旦、回復に向かうかと思われた時期もあったが、転移の夥しさには堪えられなかったようだ。胸を打つ感動の特番で、それは、まさに同氏の死に至る心打つ生中継に相当する迫力があった。後半、同席した2代目の女性キャスターを勤めた草野満代さんが涙していたのが印象に残った。改めて筑紫さんのご冥福をお祈りします。
 この番組を見ていて、もう15年前に遡るが、フジテレビのアナウンサーだった逸見政孝氏の場合が思い出された。同氏も癌であることを告白し、とことんまで担当の番組を努めた律儀なひとで、番組降板から3ヶ月での気の毒な死であった。
 お二人とも、癌と向き合って闘った立派な戦死だったと言えるのではないだろうか。
 ところで、筆者は、目下、このコラムの後に連載している「難病との闘い」で、難病の妻の介護を続ける筆者が、突然、余命1年の癌であると告知されたという設定で、筆者がどんな闘い、選択をするかを書いている最中である。フィクションではあるが、そんな日が来ないとは言い切れないだけに、心の葛藤は複雑で苦しい。
 なお、自分の死を覚悟しての驚くべき死の演出をした事件では、昭和45年11月25日に、あの三島由紀氏の事件が思い出される。市谷の自衛隊駐屯地に乗り込んで、最後の演説をし割腹自殺をした衝撃の事件だった。今もって筆者の記憶に強く残っている。死は演出すべき対象ではないと思うが、時としてそんな形で訴えたい時があるのだろう。
 そんな尊い死がある中で、昨日も「誰でも良かった」と言って、19才の少年(?)が銀行員を車でひき殺すという痛ましい事件が千葉県香取市で起きている。全く許せない事件が絶えないのは残念だ。
 そうかと言えば、昨日和歌山で行なわれた近畿ブロック知事会魏で、兵庫県の井戸知事が、東京で関東大震災が起きれば、大きなチャンスだととんでもない発言をしたという。問題発言の多いあの橋下徹大阪府知事さえが、この発言は不適切な表現だと指摘している。命を粗末にするような軽率な発言も許されない。

2.連載(662) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(279)
  第六章 真夏の夜の夢(130)

(8)決行へのカウントダウン(その16)
 パークエウイから戻ると、先ほど通り過ごした岩熊トンネルの手前に戻ってきたので、同じ道を再び大浦に向かった。まさに、大浦から菅浦、岩隈を周回したことになる。ここで、再び大浦に戻る手前で、一考は寄り道した。何となく気に入っていたJR永原駅に寄ったのである。一考は、田舎の風景の中に建っているこの駅舎に何とも言えない味、親しみを感じていたからだ。ここで、少し休すんだ後、いよいよその目星を付けてある最終の舞台となる目的地に向かうのである。
 コースは、永原駅から大浦に戻り、今度はそこを右折して道なりに進む。その道は、海津大崎に続く湖岸を走る道幅の広くない道である。琵琶湖を左に見ながら進む風景は、気分を爽快にしてくれる。実に楽しいドライブウエイである。桜の頃は、この一帯は一段と素晴らしい光景を提供してくれる。有難いのは、いわゆる有名な観光地と違って、そんなに混まないことである。一考は、ゆっくりを車を進めながら、具体的にどの辺りが自分の考えている最後の舞台に最適なのかを考えながら車を進めて行く。この日、東回りにしたのは、この方向からの角度の方が、 車を適格にその舞台に向けて突っ込み易いと考えてのことだった。何回か、西回りにドライブしていてそう考えていたのである。
 一考が目を付けていた場所は、この湖岸通りにある5つの小さなトンネルを介した一角だった。この東回りから見れば二箇所にチャンスがあると一考は捉えていた。一つは、最初のトンネルに入る手前のゾーン、もう一つは5番目のトンネルを抜けて少し進んだゾーンだった。いずれも、ガードレールは無く、車を思い切って琵琶湖の方に突っ込むことが出きるからだった。つまり、それ以外の場所はガードレールがあって不適切である。しかし、気になったのは、その二つの候補のゾーンとも、琵琶湖からの段差がそれほど大きくなく、水深も随分と浅いような気がしていたことである。恐らく、車全体が水中に沈むぎりぎりの深さのようで、そんな状態でことが達せられるかと言う不安はあったが、少し窓でも開けておけば、水が入り込んで来て溺れる形になりそうで、何とか目的を達することが可能だと考えるのだった。
 そういう意図から、その辺りは、車のスピードをぐっと落として、その付近をじっくりと観察しながらのドライブとなった。特に、二つの候補のソーンでは、その際のことを頭に描きながらハンドルを握っていた。そして、それなりに自信を得た一考は、そのまま今津に出て、そこから国道161号線に入り、白髭神社から近江舞子を経て堅田を通り、2時前には雄琴の施設に戻った。この日の下見で、一考のもやもやしていた心のわだかまりは消えた。
 施設に戻って、雅子に明後日のために、琵琶湖の下見をして来たと話すと、彼女はただ黙って頷くように首を動かしていた。(以下、明日に続く)

696 好評、不評

 麻生総理が発表した定額給付金は、一時は好評の向きもあったようだったが、具体的な対応で話が揺れ始めたこともあって、今では、極めて不評になって来ている。昨日の段階では、法的な対応が必要となると間に合わないということから、所得制限は設けずに、受け取るか辞退するかは国民が判断するのが良いと総理が裁定した。さあ、どうなるのか、国民の不評は更に大きくなっている。
 元幕僚長の田母神俊雄氏の論文を巡る問題で、結局、同氏は懲戒免職ではなく、定年退職扱いになった。高額の退職金に対しては、「辞退して欲しい」と呼びかけていて、これまた極めて不評である。同氏は、今年4月の名古屋高裁での「イラクでの活動を違憲」とした判決にも「そんなの関係ない」とちゃかした発言をしたことでも、不評を越えた批判を受けている。今日の午前中に、同氏は参議院で参考人招致されて質問に答えることになっている。不評の回復が出来るのか、不評の上塗りになるのかが注目される。
 二日前の夕方、夕食の準備をしながら、日本テレビの人気番組の「笑点」をメイン画面にし、NHKの大相撲中継を音声なしの副画面にした2画面で見ていた。結びの一番の横綱白鵬と安美錦の対戦で、際どい勝負になって、二人が同時に重なり合って土俵上に横転したのが映し出されたが、音声がないので、一瞬、どちらが勝ったかが分からなかった。横綱が負けた場合には、いつも座布団が飛ぶので、それがないから、やはり横綱白鵬が勝ったのだろうと思っていた。ところが、何と、安美錦が金星を取っていたのである。そういえば、座布団を投げるのを防止するため、座布団を繋げた対策が取られていて、その効果が発揮されていたのだ。「なるほど」と思う一方で、これは喜怒哀楽の表現が抑えられた訳で、好評なのか、不評なのかと意見が分かれる処であろう。
 淀川水系の4つのダムの扱いで、国の河川計画案に対して、滋賀県の嘉田由紀子知事、京都府の山田啓二知事、大阪府の橋下徹知事の三人が会談し、大戸川ダム(大津市)は計画に含まないように申し入れることで合意したと言う。何十年も掛けて議論してきている話で、不必要だとの検討委員会での意見も出されているにも関わらず、国の方針は言い出したら聞かない子供のようで、地元民には極めて不評である。
 ところで、最近の麻生総理の振る舞いだが、学生との対話、商店街の店主との会食、ホテルでの飲酒など不評が多いように思う。単なる選挙用のうわべの振る舞いと見られ勝ちで、内閣支持率も次第に下降して来ていてピンチである。どう克服するか、その手腕が問われている。
 さて、このブログの評価はどうなのか。そんなの気にしないとしていて、不評でも続けるのが筆者の意地である。とほほ……。

2.連載(661) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(278)
  第六章 真夏の夜の夢(129)

(8)決行へのカウントダウン(その15)
 琵琶湖大橋を過ぎると、マイアミビーチ、佐波江、牧などの水泳場を駆け抜けた。長命寺川を渡ったところで左折して、一旦さざなみ街道を離れて長命寺の前を通過した。
 長命寺は西国三十三箇所観音霊場の三十一番目の札所だ。聖徳太子が建立したというお寺で、雅子が元気だった頃、雅子の運転でここに来て札所で記念のサインをしてもらったことが思い出される。本堂は長命寺山(333m)の8合目(250m)にあって、途中の808段の石段を二人で頑張って登ったのは、平成元年の連休の頃で、今は昔である。
 一考の運転する車のコースは、その長命寺山を琵琶湖岸沿いに迂回する険しい山道に入った。一考はこの曲がりくねった道が気に入っていた。木が鬱蒼と茂っていて、琵琶湖はその木々が途切れた合間から時々見える程度である。かつて、夏だったが、歩いた時には、冷蔵庫の中に入ったような涼しさがあったのを思い出す。道が曲がりくねっていて運転は要注意だが、逆にその分が楽しいドライブコースなのである。当初、この辺りも、自分の幕引きの舞台の候補にぴったりだと考えたこともあったが、自分の最後の舞台ということに拘ると、やはり第一印象で気に入った奥琵琶湖の辺りと決めたのである。
 つづら折の坂道が一段落したところに休暇村近江八幡がある。そこを突っ切って走ると再びさざなみ街道に合流した。時計を見ると9時半を少し過ぎていた。そこからは彦根までは単調な一本道で一気に突っ走り、その先の米原を過ぎた一角にある「近江母の郷」という道の駅で、一旦休憩を取った。10時10分頃である。
 トイレなどで10分ぐらいの短い休憩の後、さざなみ街道を更に北上、長浜城の前を通り、更に進むと信長時代に有名な古戦場となった姉川を渡る。そのまま更に進んで、尾上温泉を過ぎると間もなく短い片山トンネルがある。この間に二つの道の駅があったが、そのまま通り越した。
 そして、国道8号線に出て賎ガ岳トンネルを通り塩津から国道303号線に入り、奥琵琶湖パークウエイに進もうとしたが、工事中で一方通行になっていて入れず、一旦永原方面に向かい、岩熊トンネルを通って大浦に出て、大きく遠回したルートて奥琵琶湖パークウエイに入り、つづら尾展望台までの九折の坂道をくねくねと登った。頂上に到着したのは11時半少し前だった。数年前のドライブの際にも、ここにも、雅子を連れて来て景色を見せてやろうとしたが、車椅子では下が見下ろせずに断念したことが思い出された。
 天気はよく気分も上々だった。一考は、ここで立ち食いのうどんを食べて短い休息して、先に進んだ。一考の目的としていた奥琵琶湖の一角はその先にあった。(以下、明日に続く)

695 神様が味な日本一を演出

 勝利の女神は、昨日も野球とソフトボールで二つの絶妙の演出を見せてくれて、ファンを興奮させた。
 野球の日本シリーズ最終戦では、劇的な逆転で、西武の4年ぶり13回目の優勝という4時間に近い長いドラマを見せてくれた。西武ファンには堪らない一夜となり、とてつもない大興奮とドキドキする感動を与えてくれた。
 正直言って、8回に西武が逆転した時にでも、筆者は、結局は巨人が再逆転して勝つだろうと思っていた。それほど、巨人軍の持っている長打力の凄さを恐れていたからである。小笠原道大、ラミネス、李承、阿部慎之介などの4番バッター揃いは他のチームにはない恐さと迫力がある。
 この試合に限っても、勝負の綾は幾つかあった。先発投手の西口投手の降板タイミング、あまり打たない感じのボカチカの望外の一発、そして、ハイライトは8回だった。何といっても片岡易之へのデッドボールは大きかったし、間髪を入れない果敢で見事な盗塁、続く栗山巧の一球目での見事なバント、そして劇的な走塁でもぎ取った同点の一点は、まさに絵に書いたような疾風のような芸術的なドラマだった。それが、原監督の信頼の厚かった越智大祐投手を揺るがせて、このシリーズでは3本のホームラン以外には全く当たっていなかった4番の中村剛也とこれまた一本のホームランだけの5番の後藤武敏に連続四球を与えた。だが、それも二死後であって、得点の可能性はそんなに高くないと思っていた。しかし、勝利の女神はここで微笑んだのだ。タイミングよく回ってきたラッキーボーイの平尾博嗣が期待に応えて、見事な一撃を放ち、勝負を決めることになった。出来過ぎた歓喜のドラマだった。この辺りの一つ一つのステップが全てがうまく行ったのは奇跡に近い。確率的には極めて低いものだったと思う。それが実現した辺りが女神の微妙なさじ加減だったと思われる。
 それだけではない。このドラマを演出した背景には他にも多くの貢献者がいた。西口投手の後を繋いだ石井一久、涌井秀章、星野智樹、そして押さえのグラマンの各投手が一人もランナーを出さないという好投、熱投で繋いだのが大きかった。
 シリーズを通じて言えば、もちろん、前日にも好投してMVPを獲得した岸孝之投手の貢献は論を待たない。要するに全員で獲得した勝利だったと言える。誰一人とてその活躍が欠けていたら、このシリーズでの逆転優勝劇は実現していなかっただろう。
 敢えて言えば、原監督もその貢献者の一人だった。越智投手に信頼を置き過ぎたのが、このドラマの劇的演出に協力したように思う。いずれにしても、多くの要因が見事に絡まりあって西武の劇的優勝という大作品に仕上げたのである。
 昨日、このコーナーで原監督の顔が歪むのを見たいと書いたが、まさかその願望が実現するとは思っていなかった。事実は小説よりも面白い。ただし、その時の原監督の顔は、口を真一文字に結んで憮然としていて、そんなには歪んでいなかったことを、同氏の名誉のために付記しておこう。
 一方、話題はそれほど大きくはないが、ソフトボールでもドラマがあった。第41回ソフトボールの日本リーグの決勝戦が、昨日、京都の西京極球場で行なわれた。この試合で、ルネサス高崎が、あの上野由岐子投手の、決勝戦史上二度目というノーヒットノーランの快投で優勝して、やはり日本一になった。その上野由岐子投手が、インタビューで「本当に神様がいるのだと思った。26年間生きて来て最高の一年だった」と答えていたのが印象に残った。
 神様は、いろんなところで、なかなか味なことを演出してくれる。たまには筆者にも微笑んで欲しいものだが、……。

2.連載(660) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(277)
  第六章 真夏の夜の夢(128)

(8)決行へのカウントダウン(その14)
 この南郷の洗堰は大津市の南にあって、毎年3月に行なわれる毎日マラソンコースに組み込まれている。ここから、京都、大阪に琵琶湖の水を放流しているのだが、その水量は、現在では遠隔自動制御で管理されている。その一方で、全国でも珍しい低落差少水量、高効率水力発電設備を備えている珍しいダムでもある。
 長さが120メートルということで、車では、じっくりとその辺りの景色を味わう余裕もないまま、あっという間に通り過ぎた。車を止めてゆっくりと眺めたい思ったが、後続の車が続いていたので、洒落ではないが、橋の上ではその端にも駐車が出来ず、そのまま走り抜けざるを得なかった。少し、物足りなかったが、それでも、最後に訪れたという充足感は得られた。
 そこを過ぎると、暫くは瀬田川の東側を川沿いに北上し、唐橋の東口を通り越して、やがては湖岸通りのさざなみ街道に入った。この道に入ると車の数も少なくなり、ドライブ気分は向上する。ここからは琵琶湖大橋の東端を目指すのだが、直ぐに、近江八景の一つの矢橋の帰帆の南北の二つの橋を渡る。そして、更に進むと、形の変わった大きな建物が見えて来る。どうやら新興宗教の建物のようで、広い田園の中なのでは結構目立っている建物で、少々場違いの違和感を覚えるのだった。
 しかし、そこを過ぎる辺りから、前方に近江富士と呼ばれる三上山が綺麗な姿を見せてくれる。一本道をそのまま進めると、烏丸半島と呼ばれるゾーンがあり、記念公園や博物館などがある。何回か通ったこともあったが、今までには立ち寄ったことはなく、その実態は何も知らないが、近くに大きな風車もあって、何となく心が和む。この辺りでも至るところから近江富士の美しく姿が眺められてほっと一息をつくのである。快適なドライブを続けて、琵琶湖大橋の東端を通過したのは、9時近くになっていた。自宅を出てほぼ1時間のドライブだった。
 一考の目標地はあくまでも奥琵琶湖であり、今回の下見では、そこでの最終的な演技の細部を確認することにあるのだが、そこに至るまでの琵琶湖の巡る周回の景色を、もう一度、ゆっくりと眺めておきたかったのである。しかし、雅子を見舞うタイミングや後続車のこともあって、どうしても駆け足のドライブにならざるを得にのが玉に瑕でゆっくりとは出来なかったのが残念だった。かつて、5日間に渡って琵琶湖を歩いて廻ったことがあったが、その時の味わい方が、今では懐かく思い出される。(以下、明日に続く)

694 揺れている

 麻生総理が示した定額給付金を巡って、その具体的な対応で国会、内閣は共に大きく揺れている。高額所得者辞退案とか収入の自己申告案などが勝手に飛び交い、ここに来てその混迷が一層深まって来ている。国民も同時に示された3年後の消費税アップの方針もあって、その戸惑いは相当である。そんなことで、麻生内閣支持率は次第に下がってきているのが気になる。
 一方、元幕僚長の田母神俊雄氏が書いた論文の内容で、その歴史認識が政府見解に反した内容であると大きな議論となり、国会も大きく揺れている。明日、国会に参考人招致され審議される予定だが、残念ながら、テレビは入れないようだ。
 経済面でも、企業の中間決算発表で、先のソニーショックに続いてのトヨタショックで、株価は大きく下落、景気の下揺れが懸念されている。米国でも、クライスラーとの合併協議が中断となったGMが、運転資金が不足する可能性が高まってきており、その対策が急務のようだ。今や、経済も同時世界不況の嵐の中で大きく揺れている。
 一方、昨日のプロ野球の日本シリーズの第6戦が行なわれた東京ドームは、西武の頑張りで大いに揺れていた。救世主となった西武の岸孝之投手の熱投と伏兵平尾博嗣選手の活躍は見事だった。いよいよ今夜が最終戦だ。大波乱が起きるかどうかに、筆者は密かに期待している。今や伝説となりつつあるあの鉄腕稲尾和久投手が活躍して、3連敗4連勝で西鉄が巨人に逆転勝ちしたのが、奇しくもちょうど半世紀前だった。岸投手に夢よもう一度を期待したい。
 大袈裟に言えば、今や世界が揺れている。あの麻生さんも、その揺れの影響で、特徴ある顔の歪みも大きくなってきているように見える。願わくば、今夜、巨人の原監督の歪んだ顔が、見られれば面白いと密かに期待しているが、……。

2.連載(659) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(276)
  第六章 真夏の夜の夢(127)

(8)決行へのカウントダウン(その13)
 決死の決行の日が、いよいよ明後日と迫って来ていた。この朝は、前夜、楽しいひと時を大阪で過ごしたこともあって、一考は久し振りに充足感に満ちた目覚めであった。残っていた宿題をやり終えたということで、スッキリした気分で迎えた朝であった。 
 しかし、そのほっとした気分の一方で、迫って来ている最後の日のことを考えると、多少の焦燥感が一考の心の中に芽生え始めていた。そこには、まだ未確定の事柄があったからである。
 一考は、自分の人生の幕引きを決断をした時点で、それを演じる舞台と期日、時間は同時に決めていたのだが、具体的にどの道順でその舞台に向かうかといった演技の細部については、まだ全てを決めてはいなかった。同時に、一考はこの大津で生まれ、琵琶湖に親しんできていた人生だったことから、さよならを告げる前に、今一度、ゆっくりと琵琶湖を味わっておきたいと思う気持ちもまだ残っていた。幸いなことに、この日は、特別な予定もなかったことから、急遽、細部の演技を確定するための下見を兼ねて、琵琶湖をもう一度周回してみることにしたのである。
 まさに、思いついたが吉日だった。一考は、直ちにそれを実行することにした。自宅を出たのは、朝8時過ぎと云う早い時間だった。久し振りの長距離ドライブに心は躍っていた。二日後の重大な舞台を演じるという覚悟をしていたが、それでもドライブを楽しむ余裕がある自分に、一考は少なからず驚いていた。
 自宅を出ると、競輪場の傍を通って国道161号線に出て、浜大津の方向に向かった。それまでの琵琶湖を周回する場合に取った西回りのコースではなく、初めて東回りのコースを取ったのである。ターゲットにしているその舞台で、車を突入させる場合の方向を念頭においてのコース選定だった。
 車は、間もなく紅葉館から尾花川競艇場を通過した、そう言えば、一考の自宅のごく近くに競輪場と競艇場という二つの公営のギャンブル施設があったのだが、幸か不幸か、一考はそのいずれにも一回も足を踏み入れたことがなかった。サラリーマン人生でもそうであったが、ギャンブル的なことを良しとしなかった一考の考え方が、そこにも反映されていたのであろう。
 この日は、実質的には人生の最後のドライブということになる訳で、出来るだけ琵琶湖を大きく廻ってみようの思いもあって、近江大橋や瀬田の唐橋を渡らずに、真っ直ぐ南下して石山寺の方向に進み、赤川という小さな集落を経て南郷の洗堰に出た。そこは、一考がもう一度通っておきたいと思う一つのスポットだった。(以下、明日に続く)

693 一時代の終焉

 昨日の夜のテレビ朝日の「ニュースステーション」で、筑紫哲也氏の訃報を知った。驚いたのは、テレビ朝日の番組で大きく扱っていることだった。同氏が早稲田大学を出て、朝日新聞社に入社し、その後、朝日ジャーナル編集長を務めた経緯からなのだろう。「なかなかやるじゃないか。テレビ朝日」と申し上げたい。
 しかし、不覚だったのは、うっかり早寝してしまい、その後の肝心のTBSの「ニュース23」を見逃してしまったことだった。どんな取り上げ方をしていたかを知りたかったのだが、……。
 筆者はニュース23では筑紫さんの「多事争論」のコーナーが好きだった。新聞で言う、いわゆるコラムの欄に相当するコーナーで、自らの主張をコンパクトに伝えていた。生放送の迫力を出すために、その場でその日のタイトルを自らが書くという演出をしていたのを思い出す。
 蛇足だが、この番組で筆者の関心を誘ったのは、メインアシストを努めた歴代に美人アナウンサー達だった。初代の浜尾朱美さんは、関口宏のモーニングショーで活躍ていた一期生のレポーターの中から抜擢された方で、当時、関口さんが「嫁に出す心境、大事に使ってくださいね」と筑紫さんに伝えたというエピソードが記憶に残っている。彼女は8年間にも渡って活躍した。二代目は、NHKから不円満退社した草野光代さんで9年間担当、そして、2年前からは、NHKから移って来た現在の膳場貴子さんに繋がっている。その間、進藤晶子さんや話題になた山本モナさんの名前も記憶にあるが、どなたも、アヤメかカキツバタで、優秀な美人アナウンサーばかりである。いずれにしても、昨日の筑紫哲也さんの逝去で、夜のニュース番組のあり方、スタイルも、一つの時代が終わったと言えるのではないか。
 一時代が終わると言うと、三洋電機がパナソニックに併合されるニュースも大きなインパクトがある出来事だ。三洋電機は、もともと松下幸之助さんの奥さんの弟さんである井植歳男氏が、兵庫県にあった北条工場を譲り受けて独立し、大きく育て上げた会社である。従って、親戚同士の合併との見方も出きるが、相互に補完する業務内容があることで、前向きの合併であることは確かである。この合併が、電機業界の再編のきっかりになるのかどうかが注目される。
 三様電気で思い出すのは、筆者が現役時代に上司から勧められた本がある。タイトルが「叱り叱られの記」で、松下幸之助氏と井植歳男氏の二人の偉大な上司に仕えた当時の三洋電機の副社長だった後藤清一さんが書いた本だ。創業当時の大変さを纏めたウイットに富んだドギュメンタリー風の内容で、その上司が大変厳しい人だっただけに、痛く感動したし、大いに勇気付けられたことを思い出す。
 企業は永遠ではない。栄枯盛衰は世の常で、弱者の辛さは避けられない。伝統の名前が消えるのは寂しいが、生き続けるための選択とあれば止むを得ない。歴史は残酷な面も内包するもので、綺麗ごとだけで済ます訳にはいかないのだ。

2.連載(658) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(275)
  第六章 真夏の夜の夢(126)

(8)決行へのカウントダウン(その12)
 その奇縁は、一考が東京から大津に帰郷して間もなくの頃の偶然の出会いだった。かつて、一考と共に仕事をした仲間の一人で、その後に仲人をした落合執行役員が東京から出張して来た。落合の温かい配慮で、その時に大阪で顔を合わせる機会を作ってくれた。吉川さんとはその時に初めて予期せぬ顔合わせをしたのである。よく気がつき、場を明るくする魅力的な女性だったと記憶している。
 その後、一考が、唯一の作品となった、あの「執念」を出版した際には、有難くも購入頂いた大事なお客様で、一考には貴重な読者の一人でもあった。当時、吉川さんは社内報の編集委員をしておられて、この本のことを社内報に記載してもらうことで、ご配慮いただいたという経緯もあった。
 そんな奇縁の吉川さんを交えての、こじんまりとした三人でのひと時だったが、一考には心温まる感慨があった。人生の素晴らしさ、人と人との出会いの素晴らしさを語り、昔一緒に仕事をした思い出話に花を咲かせ、これからの未来への夢や希望を披露し、そして出版した本の裏話などをちょっぴり紹介したことなどで、少なからず盛り上がったのである。
 一考がとても感激したのは、吉川さんのように若くて美しい女性と人生の最期のステップで一緒できたことだった。自分に残された時間はあと70数時間である。恐らく、彼女のような若い女性と親しく話すチャンスはもう来ないだろう。そんな素晴らしい場を作ってくれた内藤さんの気遣いはさすがだと言えた。一考は胸中に込み上げて来る、何とも言えない喜びを噛み締めていた。それは、紛れもなく、望外の人生最後を素敵に飾ってくれた二人の女性による最良の演出だったと言えよう。
 別れは寂しいが、出会いはいつも楽しいものだ。前もって計画して、アポイントを取って上京したあの東京での出会いも心に残る素晴らしい思い出である。その一方で、今夜のような飛び込みでの偶然に生まれた出会いは、テレビの生の番組を作っているようなスリリングさがあって、ときめきも一入だった。今夜の出会いの楽しさは、そういう意味でも、冥土へのお土産の貴重な一つとして大事に持って行きたいと一考は考えていた。
 とにかく、気の利いた出会いを作ってくれた神様の素晴らしい配慮に、一考は改めて感謝するのだった。(以下、明日に続く)

692 明るさ求めて「甘苦上海」

 米国の大統領選でオバマ氏が勝ったことで、株価が上向きに転ずると期待していたが、昨日も、今朝も米国ダウは大幅な下落である。やはり、トップが替わったとしても、目先の実態景気の悪さと先行きの不透明さが大きく影響しているのだろう。
 株価の動きで、このところ気になっているのが、その変動幅が大きいことである。10月以降からの24営業日の東証の動きを見ると、500円を越す動きが10日間もある。中でも1000円を越す動きが2日もあって、今までにない大きな変動幅である。やはり、そこには景気の後退の大きさ、先行き不透明さが関わっていることは確かである。それにしても、その幅は今までになかった大きさで、筆者のようなささやかな投資家でも含み損益の幅が一日で100~200万円になることもあり、毎日が怖いくらいだ。
 今朝の報道で、トヨタが営業益で7割減の下方修正が行なわれたという。北米での販売不振が大きく響いているようだ。トヨタだけではなく、自動車業界全体が大きく後退しているようで、日本の景気の先行きは真っ暗である。
 社会面でも有名人の大型詐欺や残酷なひき逃げ事件など真っ暗だ。何か明るさがないかと他の世界に目を転じても、スポーツでは、アンチ巨人ファンの筆者には、昨日の巨人軍の逆転勝ちで、流れは完全に巨人軍に向いてしまいがっくりである。一方、趣味の世界でも、昨日行なわれた囲碁の名人戦の最終局で、挑戦者の井山裕太八段は敗れ、惜しくも19歳の名人誕生はならなかった。これも少しがっかりである。
 何か、明るいもの、面白いものはないかと探してみたがなかなか見つからないのだが、そんな中で、少し面白そうなのが、始まったばかりの日経新聞朝刊の連載小説である。高樹のぶ子さんの「甘苦上海」で主人公の仕事ができる女性起業家の男性嗜好にのっけから、結構な興味が溢れていて今後が楽しめそうだ。日経新聞の新聞小説は、今までにも、渡辺淳一の「化身」「失楽園」「愛の流刑地」などで大ヒット作を連発した実績がある。今回の作品もその可能性を秘めているように思う。

2.連載(657) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(274)
  第六章 真夏の夜の夢(125)

(8)決行へのカウントダウン(その11)
 大阪の会社に着いたのはもう7時近くになっていた。一考の現役の最後の頃からだが、会社への出入りが自由に出来なくなっていた。あの世界に衝撃を与えた9.11のテロ以降、セキュリティの管理強化が行なわれたからである。特に、外資系の企業ということで、一般の会社よりも厳しい管理が行なわれていて、時間外は特に融通が利かない。
 有難かったのは、一考がちょうど受付に顔を出したタイミングで、当時の一考の秘書を担当してくれた内藤さんが恰も一考の到着を待っていたかのように、顔を出したのである。内藤さんは、このオフィスで数少ない顔見知りの一人で、そのラッキーさに、一考は大喜びで、神様の素敵な配慮に感謝するのだった。
 思えば、大阪の在勤期間を通して、内藤さんには秘書として大変お世話になったのだが、その一方で、余計なご迷惑を掛けたことを思い出す。それは、若気の至りだったと言えばそれまでだが、一考の至らぬ無神経さもあって、一部の人に、二人の間がおかしいのではいった誤解を与えたというのだった。しかも、そのことをご丁寧にも東京本社に密告してくれた輩がいた。まさに一考の一世一代の不覚であって、一考の大阪時代の苦い思い出である。
 さて、その内藤さんだが、その後の定年延長もあって、彼女は今でも支店長の秘書として現役ばりばりで活躍中である。確か、3年ほど前に、彼女らの仲間の一人の女性が、東京転勤になった際の壮行会をOBの仲間で行なったことがあって、彼女とは、その時に会って以来の顔合わせである。
 当時から、彼女には仕事ができる上に美貌の持ち主という定評があった。一考の驚きは、今日、こうして会って見て、依然としてその定評が健在であることだった。どう見ても、実年齢にはとても見えず、見方によっては、お世辞ではなく、それより20歳ぐらい若く見える。一考は、その若さを持続していることに、いささかに驚きを禁じえなかった。
 折角の機会と云うことで、急な顔合わせであったにも関わらず、時間を割いてくれて、近くのレストランで楽しいひと時を持てたことは有難いことだった。3日後に重大な決意をしている一考には、忘れられない一時になると思うと、じわじわと喜びが込み上げて来るのだった。一考を更に喜ばせてくれたのが、内藤さんの更なる優しい配慮だった。これも偶々だったが、まだ仕事で残っていた若い女性の一人を誘ってくれたのである。その方は吉川さんといい、このオフィスで一考の数少ない顔見知りの中で、唯一の若手の美女だった。一考には、その吉川さんとは、数年前に一度だけ偶然に席を共にしたという奇縁があった。(以下、明日に続く)

691 おっとどっこい

 遂に米国史上初めての黒人大統領の誕生が実現する。バラク・オバマ氏が大差での勝利を飾った。欧州市場ではそれを受けて株価は上昇したようだが、肝心の米国市場では、何と、500ドル近い大幅な下げとなった。全く意外な展開である。どう解釈すべきなのだろうか。「イエス、ウィ、キャン」どころではない。暗殺と言う脅威との戦いも避けられないはずで、これからの多難さを暗示しているのかも知れない。まさに、「おっとどっこい、そうは問屋はおろさない」の難しさがあるのだろう。大いに、頑張ってもらいたい。
 大阪での残酷なひき逃げ事件の犯人が捕まった。元建築会社勤務の吉田圭吾容疑者だ。免停中での酒気帯び運転で、事故に気づきながら、しかも、そのまま走行すれば被害者が死亡することも承知の上での逃走だった。許せない残虐な行為である。急遽、会社を辞めてホストを務めていたという。逃げおおせるとでも思っていたのだろうか。「おっとどっこい、そうは問屋はおろさない」である。
 音楽プロデューサーの小室哲哉容疑者の場合も然である。譲渡済みの著作権を売りつけるという詐欺行為が成立すると本当に考えていたのだろうか。その後の調査で、もう一人の別の方にも同じ手口で詐欺を行なおうとしていたと言う。それだけ」お金に困窮していたと言うが、「おっとどっこい、そうは問屋はおろさない」である。
 昨夜のTBS系列の毎日放送の久米宏の番組で、同じように一世を風靡したライブドアの元社長の堀江貴文氏が出演していて、拘留生活などについてコメントしていたのだが、まだ最高裁で係争中とは言え、何か、妙な感覚を覚えたのは、筆者一人だろうか。本人は、もっとオファーがあれば、テレビの出演は拒まないと発言していた。しかし、「おっとどっこい、そうは問屋はおろさない」との思いがある。皆さんはどう見たのだろうか。
 プロ野球の日本シリーズは、このまま巨人が突っ走るかと思われていたが、昨夜は西武が見事な勝を納め2勝2敗のタイとなった。岸孝之投手(東北学院大)の完封、中村剛也(大阪桐蔭)の2本の2ランホームランで圧倒したのである。西武にしてみれば、「おっとどっこい、そうは問屋はおろさない」であろう。これからの決戦3試合が、まさに「クライマックスシリーズの第3ステージ」と呼ぶべきものであろう。
 さあ、民主党の小沢代表の出番となるのか、麻生総理は、どう出るのか。これまた、「おっとどっこい、そうは問屋はおろさない」かもしれない。

2.連載(656) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(273)
  第六章 真夏の夜の夢(124)

(8)決行へのカウントダウン(その10)
 風俗での貴重なセレモニーという大きな宿題を果たした翌日だった。人生最後の決死の決行が三日後に迫っていたが、一考は、大きな仕事を終えたというほっとした気持ちの一方で、何かまだ忘れ物があるような気がしていた。そして、それを思い出したように、夕方になって、一考は急遽大阪に向かったのである。もちろん、たまたま時間が空いていたというラッキーさもあったが、うっかりしていて、もう一つの大きな荷物を忘れていることに気づいたからだった。
 40年間に渡るサラリーマン生活の中で、一考は5年間を大阪オフィスで勤務した。、そこは、初めての部長としての場を与えて貰った節目の勤務地だった。小さくても一国の主である。当時は、大阪のオフィスは大阪営業部と称していたので、その大阪営業部長を拝命したのは、一考が東京から転勤して2年目のことだった。今では、業務の規模も大きくなって大阪支店となってはいる。しかし、そのオフィスは当時と変わっておらず、大阪駅から歩いて数分の便利な同じビルの中にある。
 その頃の一考は油に乗って輝いていた。と云うよりも、当時の上司に大いにかわいがってもらう恩恵に浴していた。従って、その大阪勤務も、若しかしたら、その上司の温かい配慮に与かったのではとも解釈していた。それと言うのも、長男であった一考は、両親の面倒を見なければならない立場にあった。従って、自宅から勤務可能な大阪転勤は、「棚からぼた餅」のようで、一考には有難い転勤だったのである。従業員の生活を大事にする会社幹部の温かい配慮がそこにあったからで、当時は、そんな配慮が可能な時代だったとも言えよう。
 とにかく、大阪は、一考が初めての部長デビューの舞台となり、自分を一回り大きく育ててくれた遣り甲斐のあった勤務先だった。そんな貴重な体験をさせてくれた大阪オフィスに挨拶もしないで、この世にさよならするのは決して許されることではないと思い、今一度、そのオフィスの様子を見ておきたいと考えたのである。
 しかし、一考の大阪勤務時代からは既に20年以上も経過していて、生憎、当時からの勤務をしている数人を除いて、ほとんどの社員とは面識がなかった。加えて、このように、急に思い立ったことから、東京を訪ねた場合と違って、事前にアポイントも取っていなかった。とにかく、そのオフィスに行ってそっと覗いてみようと思ったのである。
 ドリームスペースで、雅子へのいつもの介護を終えて、一旦自宅に戻った一考が、最寄のJRの大津京駅(かつての西大津駅)から大阪に向かった時刻は、既に5時半を過ぎていた。(以下、明日に続く)

690 いろんな壁

 さあ、今日は米国の新しい大統領が決まる歴史的な日である。優勢を伝えられているオバマ氏が当選して史上初の黒人大統領の誕生となるのだろうか。これから行なわれる開票には世界が注視している。こういう視点があること自体に、「人種の壁」の存在を認めていることになるのだが、果たして、その壁の打破が達成されるのかどうかが、早ければ、日本時間の今日の昼頃には判明する。
 カリスマ音楽プロヂューサーの小室哲哉逮捕のニュースに、世間はあっと驚いた。一時は音楽界に君臨し、長者番付に名前を連ねていた文化人だっただけに、その凋落の痛ましい姿を目にすると、お金で築いて来たプライドで固められた「金持ち世界の壁」の脆さを見たように思う。滞在先の高級ホテルから同行を求められた際に、ブランド製品を身につけていたとされるが、顔を隠すこともなくうつろな眼差しの姿には、あの音楽の優れた才能の凄ささえも窺えず、かつての雄姿はどこへやら、何とも言えない哀れさを誘っていた。
 半月ほど前に起きた大阪の梅田でのひき逃げ事件は、被害者を3キロも引きづったという残酷さもあって、世間でもその捜査の進展に大きな関心を集めていたが、その時に使われたと思われる車両が捜査本部に押収されていることが分かった。使用された車は、防犯カメラの映像などから割り出され「黒っぽいワゴン車」と判明し、二十歳代の男が運転していたようだが、その男は勤めていた会社に「会社を辞める」とのメモを残して姿を消しているという。黒のステーションワゴン車を一台一台しらみつぶりに調査する「車当たり捜査」が行なわれ、事件発生の11日後に、約200台目で、底部に傷のある車の発見に辿り着いたという。地道な捜査が「捜査の大きな壁」を打ち破ったのである。大きな前進だと拍手を送りたい。
 昨日の巨人―西武の日本シリーズを見ていて、判定に誤審ではではと思わせるプレイが二つあった。一つは、7回の西武の守備で、一塁のカバーに入った小野寺投手と打者の鈴木尚選手との際どいベースタッチのタイミング、もう一つは最終回の西武の攻撃で、佐藤選手が打った打球が、一旦、キャッチャー鶴岡選手のミットに当たって跳ね上がったのを見逃している判定である。ビデオで見れば、明らかに誤審である。人間の「判定の限界の壁」を無くすビデオ判定の導入は急務であろう。
 大抵の壁は崩されることで、進歩、進展が図られることが多い。「ねじれ国会の壁」や「不況の壁」は、差し当たっての打ち破って欲しい壁だと思う。

2.連載(655) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(272)
  第六章 真夏の夜の夢(123)

(8)決行へのカウントダウン(その9)
 この種のことで待時間ほど不安を味わうものはない。現役時代に大事な会議でのプレゼンテーションを控えて順番を待っているような緊張感とは違う。安売り日のスーパーで会計に並んでいる長い列に、諦めてじっと待っているような感じとも違う。緊張、不安、ちょっとした期待などが入り混じった複雑な待機だった。一考は「遂に来てしまったなあ」といった諦め感とある種の達成感に似たものも感じていた。
 暫くして、部屋のドアが開いて、指名したと思われる女性が現れた。落ち着いた静かな振る舞いの女性だった。写真で選んだ人に似てはいたが、少し違っているようにも見えた。まだ三十代半ばと思われる一考好みの日本的な顔の持ち主で、優しく丁寧に扱ってくれた。一考も、下手なジョークを時々発しながら、なるだけ陽気に振舞って見せた。
 久し振りに味わう快楽も、一考は敢えて儀式を意識することに努めてはいたが、一時的にせよ、それなりの快感と充足感を覚えるのだった。同時にこんな年になっても、また、数日後にとんでもない悲壮な決意をしていると言うのにも関わらず、まだきちんとその機能が発揮できたことに、いささかの驚きと安堵を覚えるのだった。
 それは、一考自身が命を賭けた癌細胞との戦いにおいて、まだ食いちぎられるまで至っていない証でもあった。それなら、もっと強い意志で頑張って生きるべきであるとの考え方が出て来てもおかしくはなく、自らの最後を演出しようとしいる自分に大きな矛盾を覚えたが、それこそが、人生の面白さだと敢えて論理的な言及を避けたのである。
 終わってみれば、あっけないものでもあった。しかしその一方で、残されていた宿題をやり終えたという安堵の気持ちにもなっていた。確かに一時的な快楽はあったが、それは、あくまでも肉体的なものであって、精神的に満たされたものではなかった。一考は、恰も、ある敬虔な儀式を終えたような気持ちでその店を出た。外は夜の帳に包まれていて、空気が冷たく感じられて気持ちが良かった。
 自宅へ帰る車を運転しながら、人間の欲望のしたたかさに少々の驚きを覚えながらも、このことを済ませたことで、一考には、安心して自分の決断を戸惑うこともなく実行できるという自信が漲ってくるのを感じていた。
 一考のこの日の行動は、敬虔な妻の実家のお墓参りから始まり、散髪という身柄をきちんとするステップを経て、思いも寄らなかった風俗への挑戦と言う大胆な行動に至ったのである。一考にとっては、今までになかった珍しい大車輪の一日だった。(以下、明日に続く)

689 天国と地獄

 今朝の新聞各紙の一面に「小室哲哉氏逮捕へ」という記事が踊っている。多くのヒット曲を世に送り出し、一世を風靡して人気を博し、沖縄サミットでも演奏した実績を持つ名立たる文化人である。一時は高額納税者に名を連ねていただけに、何故と言う疑問が先立つ。事業拡大の失敗が原因だと言われているが、一歩誤ると天国から地獄への転落となる。
 防衛庁の元幕僚長だった田母神俊雄氏が、自らが書いた論文の内容が問題となって、定年退職扱いになった。「日本は侵略国家だったとは言えぬ」という内容で、信念をもって書いたと今でも主張している。総合都市開発「アパグループ」の懸賞論文に応募して入選したものだと言う。かつては、物書きの端くれを目指した筆者には羨ましい入選という結果が、幕僚長という天国から地獄への転落を導いたのは皮肉である。しかし、本人は正しいと主張している確信犯だけに、今回の定年退職を地獄と言うのは妥当ではないかも知れない。
 北京オリンピックで金メダルをとったあの石井慧氏が、格闘技の世界に転進するという。予てからの自らの希望を叶えようという選択だそうだ。ロンドンオリンピックでの金メダル連覇を期待していただけに残念な気がする。これが地獄への転落にならなければと密かに願っている。
 今から4年前にパリーグに東北楽天イーグルスが誕生した際に、オリックスの当時の監督だった仰木さんからの強い誘いを断って、新チームの楽天に残った岩隈久志投手が、今年度の栄えある沢村賞を受賞した。21勝4敗、防御率1.87など投手部門の三冠王を獲得した成績は抜群だった。どうして、今年のオリンピックに選ばれなかったのか不思議である。目下、楽天は地獄ではないだろうが、下位グループでもがいていることは確かで、そんな中での沢村賞受賞は、まさに天国の味がするのではないか。
 要するに天国と地獄は紙一重でもある。麻生総理も小沢代表もそんな際どい境界線上で戦っているともいえよう。筆者自身も、そういう意味では、人のことを言っている場合ではない。既に地獄の世界に足を踏み入れているだけに、頑張らなくっちゃと改めて言い聞かせている今日この頃である。

2.連載(654) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(271)
  第六章 真夏の夜の夢(122)

(8)決行へのカウントダウン(その8)
 その店の前に車を止めると、少し年を取ったいかつい顔をした男が近づいて来て声を掛けた。一考の意向を確認すると男はその近くの駐車場を指差してくれた。少し緊張していた一考だったが、落ち着いた様子を繕ってゆっくりとそこに車を止めた。
 後は、エスカレーターに乗ったような手順に則って店に入り、所定の手続きした。支払いは前金制度になっていた。「指名の女性がいるか」と聞かれたが、「いない」というと、何枚かの写真を見せてくれて、その中から選べという。薄暗闇の中だったので、よくは見分けられなかったが、それでも、一考の好みの大人しそうで、賢そうに見える女性を選んだ。この種の写真と実物とは結構違っていることがあって、がっかりすることが多いと聞いていたので、そんなに当てにはしていなかった。直ぐに係りの女性が出て来て部屋に案内してくれた。
 部屋そのものは、その種のサービスのごく一般的な部屋だった。一考は、現れる女性がどんな人なのかとそれとなく想像を廻らせながら、ベッドに腰をかけて待っていた。正直言って、この種のサービスを受けるのは初めてではなかった。かつては、お酒を飲んだ勢いで数回経験したことはあったが、お酒も飲まずに自分で車で乗り込んで来たのは、紛れもなく初めてのことだった。
 人生最後の経験、冥土への土産と云う、取ってつけた不適切な口実だったが、ここまで来ると不思議と落ち着いていた。一考は、何か格調ある儀式を迎えるような神妙な心境になっていた。
 とにかく、三年半以上に渡り、1500回以上もこの前を通った訳で、その内の僅か一回の出来事だと軽く解釈することにした。そして、あの世への旅立ちのパスポートを取る手続きのようなものであって、あくまでも、一種のセレモニーだと自分に言い聞かせるのだった。
 逆に言えば、それだけ多くの回数に渡ってその前を通りながら、最後まで素通りすることは失礼ではなかろうかと開き直った解釈を頭の中では組み立てていた。とにかく、そんな風に考えることで、一考は落ちつきを装うことが出来た。それは、まさしく、病院で順番を待っている患者のようなまな板の上にいる複雑な心境に似ていた。つまり、どんな女性が現れるかと云う期待がある一方で、果たして、男としての機能がきちんと発揮できるのか、という不安も混在していたのである。(以下、明日に続く)

688 新時代の始まりと一時代の終焉

 昨日のこのコーナーで、10代の輝ける星ということで取り上げた石川遼選手が、プロ転向後、初めてのツアー優勝を逆転で飾った。優勝を決めた最終ロングホールの18番は、4日間の戦いを凝縮したと言うべき圧巻の凄い戦いだった。
 2位の深堀圭一郎選手に2打差リードして迎えたこのホール、石川はティーショットを大きく曲げてラフに入れた。ところが、相手の深堀選手のボールが木の下に行ってしまったこともあって、普通なら無理をせずにレイアップしてパーを狙いに行くのだが、石川は果敢に2オンを狙った。しかし、ボールは不運にも傾斜のある側面を転がってグリーン傍の池に落ちた。石川はそのことも織り込んでいたというが、容易ならざるい試練だった。しかし、力を着けて来た石川は、鮮やかなウォーターショットでこのピンチを切り抜け、パーを狙える位置に乗せたのである。ところが、ベテランの深堀選手も負けてはいなかった。ベテランの意地を見せて、10メートル以上もあった長いパットを沈めてバーディーを奪って迫ったのである。これで、石川にはボギーが許されなくなった。最後はプレッシャーが掛かったパーパットになったが、しびれたと本人が言っていたが、しっかりと沈めて優勝を決めたのである。見事な劇的な勝利だった。負けた深堀選手が石川選手の肩に手を掛けて優しく祝福していた姿など、深堀選手の温かさが目に付いた劇的な結末だった。いよいよ石川遼選手の新時代が始まるといった感じである。
 昨日の大学駅伝での早稲田の3人の1年生(矢澤曜、八木勇樹、三田裕介)の頑張りは見事だった。先の出雲駅伝で期待が外れていただけに、3人ともが無難に走りきったことで、今後への期待が拡がる。早稲田には、この3人の他にもう一人の一年生がいる。あの中山竹通選手の息子さん(中山卓也)である。かつて、瀬古監督時代に、櫛部、花田、武井の3人が入部して作った全盛時代が思い出されて、新たな早稲田の時代を作るのではとの期待が大きい。差し当たっては、お正月の箱根駅伝での活躍が見ものである。
 海の向こうのアメリカの大統領選挙も最後の戦いに入っていて、オバマ氏優勢と言われながらも、マケイン氏の追い上げがあって、まだ紆余曲折がありそうだ。果たして、米国初の黒人大統領の実現となるのか。そうなれば、アメリカの新時代の幕開けだ。
 低音の魅力が抜群だったフランク永井さんが亡くなられた。かつては、筆者もリップサービスでその低音を持ち上げられたこともあって、フランクさんの歌を数多く好んで愛唱させてもらった。「夜霧の第二国道」「おまえに」「東京午前三時」「羽田発7時50分」「夜間飛行」などは、カラオケでの筆者のレパートリであった。中でも「おまえに」は新宿のある飲み屋でリクエストを貰って歌っていたのを思い出す。フランクさんは真面目な方だったんだろうと思う。あんなことで自殺することもなかったのにと今でも思っている。筆者にとっても、一つの時代の終焉を意味するフランクさんの死である。心から哀悼の意を表したい。

2.連載(653) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(270)
  第六章 真夏の夜の夢(121)

(8)決行へのカウントダウン(その7)
 もちろん、今までにも、誘惑に駆られたことは幾たびかあった。その一角は、昼間はそうでもないが、外がうす暗くなってくると、派手な電光、ネオンの類で、何か誘惑に満ちた怪しげな雰囲気を作り出す。今までにも、そこを通過していると、一考の前を行く車の中からも、或いはこちらに向かって進んでくる対向車からも、結構な数の車が、その一角の方にハンドルを切って入ってゆくのを目にしていた。自分も一度ぐらいはと思わない方が不思議なくらいだったともいえる。しかし、あれやこれやといろいろと考えて逡巡して、結局は素通りしていたのである。
 しかし、今日は気持ちが違っていた。確かに、冥土への土産話には不適切だと思ってはいたが、あと、90時間足らずの人生である。人生最後の思い出として一度ぐらいのことなら許されるのではと考えるのだった。また、このことで、雅子との愛に傷つけることにもななら無いだろうとも勝手に思い込んでいた。
 とにかく、それまでは、その壁を乗り越える勢いがなかった。それなりに自分を納得させるステップが必要だったが、それがなかったから踏み切れずにいたのだった。要するに、それは何でも良いのである。自分を騙すような理屈だっていいのである。従って、こんな話は、勝手な独断的な解釈になってしまう類のものになってしまうが、それはそれでよかったのである。幸い、今日は、それらを乗り越えられるだけのドライビングフォースがあったことで、その勢いでそれに向かって車のハンドルを握り締めていたのである。
 しかし、一考の頭の中は不安がいっぱいだった。ここでの具体的なしきたり、仕組みがどんな具合になっているかは全く承知していなかったからであった。
 従って、具体的に、車のハンドルをそちらの方向に切るには、勢いだけでなく、今までにない勇気をも必要とした。それはいわば開き直りの勇気であった。とにかく、勢いと開き直りの思い切りで、一考はハンドルを左に切り、予め地図で確かめておいた店の方向に車を直行させた。途中で店毎にたむろしている男達がいて、手招きしてくれたが、それらには見向きもせずに、目星をつけた店の前まで車を乗りつけた。(以下、明日に続く)

687 輝ける10代の若者達

 昨日の全日本体操で男子は内村航平(19)選手が、女子は鶴見虹子(15)選手が個人総合で堂々の優勝を果たした。スケートの女子フィギュアの浅田麻央選手(18)などを含め、この世界で活躍している人達にの多くは、10代で華々しい活躍をしている。むしろ、10代が全盛の世界かもしれない。   
 一方、かつて、バルセロナオリンピックで岩崎恭子選手が14歳で金メダルを取り「今まで生きてきた中で一番幸せです」との名言は今でも記憶に生々しい。やはり、何処の世界でも10代の人たちの活躍は目に付くし、我々に新鮮なエネルギーを与えてくれるようで頼もしく、また嬉しく思う。
 この機会に、それ以外の世界で、筆者が期待している10代の輝ける若者達の何人かをピックアップしてみた。
 先ず、ゴルフの石川遼選手(17)である。ここ一ヶ月のプレイを見ていると随分と力をつけて来ているのが分かる。やはり、大器であることは間違いない。タイガーウッズを目指して頑張ってもらいたい。
 テニスの錦織圭選手(18)もその一人だ。「エアケイ」と呼ばれる大きな技術を駆使しての力強いテニスは魅力がいっぱいだ。松岡修造選手を乗り越えて、もう一段上を目指して欲しい。
 競馬の三浦皇成騎手(18)が新人の最多勝記録を更新したと言う。あの武豊騎手が作った記録を21年ぶりに塗り替えて71勝を上げた。学習能力の高さに定評があるらしい。上には上があるから世の中面白いのだ。
 文化面では囲碁の井山裕太八段(19)だ。目下、名人戦を張栩名人と戦っていて、今週行なわれる最終局で勝てば1、初めての10代名人が誕生することになる。小学生の低学年から注目を浴びてきた逸材だ。果たしてどうか、注目して見守りたい。いずれにしても、近いうちに大きな花を開かせるだろう。
 将棋界では男子棋界では、今のところ目立った逸材はいないようだが、女流では里見香奈二段(17)が順調に力をつけてきていて、今週から始まる女流のタイトル戦の一つである「倉敷藤花戦」で清水市代倉敷藤花に挑戦する。初めてのタイトル戦登場でその戦いぶりが注目されている。
 さて、今日、間もなく、陸上の全日本大学駅伝がスタートする。ここでも多くの10代の新人ランナー達が出場する。お正月の箱根駅伝の前哨戦であり、大いに,楽しみなレースである。筆者は早稲田大学のファンであり、今年入った3人の1年生に期待している。
 いずれの世界でも、10代の逸材達の登場は、次の時代の担い手として期待されていて、大歓迎である。そういう意味では、まさに。「いでよ、10代の若者達」である。

2.連載(652) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(269)
  第六章 真夏の夜の夢(120)

(8)決行へのカウントダウン(その6)
 一考の頭の中でうごめき始めた邪な考えは次第に大きくなって行った。一考は、この世を去るに当たって、何か一つ遣り残していることに気がついたのである。そのことを、すっきりさせておこうという気持ちが次第に強くなって来るのだった。そして、今日は思い切ってそれに挑戦してみようとの決意に繋がってゆくのである。散髪しての自分の顔を鏡で見て、見映えが多少なりとも改善されていたことが、一考にそんな勇気を与えたのかもしれない。
 それは、いわば、タブーの世界である。それだけに、予てから機会があれば、一度ぐらいは勉強してみたいと心密かに考えていたことだった。人生の終着駅に向かっているという意識が、一考の欲望を刺激し、最後の寄り道ならいいのではとの誘惑に連動して行ったと言えるかもしれない。とにかく、今までは、いざとなると、どうしても敷居が高くて越えられない世界だったのだ。
 しかし、今日は違っていた。最後の散髪を終えてすっきりしたことで、行動力にドライビングフォースを得た一考は、早速、その辺りのより詳しい事情を知っておこうとインターネットで調査した。有難いことに、そのサイトには詳しい店の地図や情報が纏められていた。そして、何と40数件の店がそこに密集しているのを知った。また、そこには、店毎の参考価格も記載されていた。それにはピンからキリまでのランクがあった。一考は、それらを見ながら、それなりのクラスの店の中から自分がアタックする店に目星をつけるのだった。人生の土壇場においても、最高クラスの店を避ける辺りが一考の人柄でもあり、ある意味では滑稽であった。
 後は勢いだった。一考は、その日の夕方に雅子の見舞いを終えると、その脚で、勇躍としてそこに向かってハンドルを握っていた。この日は、たまたま長姉が来ていて、母親の夕食を担当してくれるというのも幸いしていた。、
 一考が向かっているその場所は、ドリームスペースから1キロほどの距離にあった。かつては全国にその名前を轟かせていた有名な風俗街である。今ではそれほどでもないらしいが、それでも、それなりに営業が行なわれているようだった。毎日、施設に通う国道の通りに面している一角で、雅子を見舞うために通った1500回以上も、その前を何事も無く通過していたことになる。何回か誘惑に駆られて、そちらの方向にハンドルを切りそうになったこともなくはなかったが、常に理性がその気持ちにストップを掛けていたし、母親の食事作りなどで多忙さもあって、幸い何事も無くこの日を迎えていたのだった。しかし、遂に一考はルビコン川を渡ったのである。(以下、明日に続く)

686 エチケット違反?

 一昨日、昨日の二日間に渡って北海道と静岡県で、同時並行的に行なわれていた将棋竜王戦と囲碁名人戦を、NHKの衛星放送が普段の放送枠を半分ずつに分けて中継してくれた。それぞれのファンにとっては、放送時間が半分になったことで不満があったのではないか。読売、朝日の両主催者の意地がぶつかった結果で日程調整がつかなかったのだろう。結果は将棋は羽生挑戦者が渡邉竜王を破って2連勝し、羽生5冠が見えて来ている。一方の囲碁では、井山裕太挑戦者が張栩名人に勝って3勝3敗のタイに戻した。19才の新名人が誕生するかどうかは、来週の最終局で決まることになる。ファンには堪えられない楽しみである。頑張れ井山八段!
 ところで、筆者は、将棋の竜王戦の二日目の夕方の放送を見ていたのだが、その時、対局室の襖が開いて、女性の方がお水かお茶の類のものを持って入って来た。筆者が気になったのは、その方は襖を開けたままで渡邉竜王の傍のお茶、若しくはお水を取り替えて部屋を出たのだが、その間の数分間は、襖は開けっ放しで、彼女がサービスを終えて出てゆく時に襖を閉めていた。北海道の洞爺湖町の一流ホテルでの上品そうな女性の方の応接だっただけに、少し違和感を持ったのである。日本の伝統文化の一つ将棋の大きなタイトル戦での礼儀としては、襖の開けっ放しは如何なものだろうか。やはり、部屋に入った際に一旦、襖を閉めておいて、出て行く時に再び開けて、出た後に再度閉める行為が、エチケットとしてはより適切だと思うのだが、どうであろうか。
 橋下徹大阪府知事は期待以上に頑張っているものの、最近言葉の粗さが目立つ。上に立って引っ張ってゆくのであれば、「くそ教育委員会」といった汚い言葉は使わない方がいい。知事としての見識、エチケットには留意されることを、ファンの一人として、敢えて申し上げたい。頑張れ、橋下!
 プロゴルファーの不動祐理ファンのインターネットサイトを見ていたら、LPGAの樋口久子会長への不満が、数多く投稿されていた。先の全英オープン、それに二週前の富士通レディスでの解説で、いずれも、相手の宮里藍、三塚優子さんの立場を応援する内容だったようで、不動ファンを無視したというのである。これでは中立を守るべき解説者としては不適格で、エチケット違反も甚だしいのではないだろうか。
 筆者の見方としては、そこには今の樋口久子氏が持っている潜在的な不安と不動祐理選手の女の意地がぶつかっているのではないかと見ている。つまり、樋口久子会長は、目下優勝記録68勝(海外を入れると73勝)という大きな記録保持者ではある。しかし、不動選手は上記の富士通レディスで優勝し46勝を上げていて、今後、年間3~4勝のペースで優勝を続けると5~6年で、その大記録を追い越すことになる。つまり、今の時点では不動選手が唯一自分の記録を破るかもしれない相手であって、それが潜在的な不安に繋がっていると筆者は見ている。ちょうど、中曽根康弘総理の在任期間を小泉元総理が追い抜きそうになった時に、郵政問題で、息子の弘文氏が反対の流れを作ったような心境にあったのではないだろうか。加えて、4年前に創設された樋口久子が冠になっているトーナメント(今週行なわれている)に不動祐理が全く出場しようとしないことへの不満も重なっていると見るのは穿った見方だろうか。筆者はそんな見方をしている。そういう意味では、不動祐理選手は、毅然とした女の意地を発揮していて、外見上ではうかがえない強さを持っていることに心強さと新たな魅力を覚えるのである。頑張れ、不動祐理!
 そういう意味では、昨日発表された麻生総理の追加経済対策や日銀の利下げには、選挙対策のばら撒きなどといった反対意見も多いが、エチケット違反ではないと思う。とにかく、何らかの施策、決断が必要であることは確かなのである。頑張れ、麻生!

2.連載(651) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(268)
  第六章 真夏の夜の夢(119)

(8)決行へのカウントダウン(その5)
 その日の午後、雅子の実家のお墓参りから戻ると、一考は床屋に行った。多分、これが人生最後の散髪となる。身奇麗にして旅立つのが礼儀だと考えていたからだ。向こうの世界がどんな仕組みになっているかは知らないが、新しい世界に出向く訳だから、せめて頭はさっぱりとしておくのが良いと考えてのことだった。
 もともと一考は散髪は好きではなかった。顔や見映えに自信がなかったことで、そんなものの手入れに余計な時間をかけるのを好まなかった。それに椅子に座ったままでじっと待っているのが好きではなく、もう大分前から、15分から20分程度で処理してくれる安い床屋でお願いしてきていた。そこは、単に経済的に安価と云うことだけで無く、時間の節約になることのメリットに惹かれていたからである。
 しかし、この日は、これが最後の床屋と云うこともあって、通常の床屋でお願いすることにした。結果的には1時間ぐらい掛かったが、今日だけは丁寧にやってもらっておくことに意味があるのではと思うのだった。いらいらするのを我慢しながら、これが天国への必要な手続きであると自らに言い聞かせていた。いわば、この一時間ほどは、人間の最後の修行のような気持ちでじっと堪えていた。
 考えてみると、人生における散髪の時間もバカにならない。一ヶ月に一回通うとしても、年間で12回であり、人生の70年間をその対象期間として単純計算すると840回を数えることになる。一回の所要時間を1時間とすれば、840時間、つまり、35日間をそのために使うことになる。手早く仕上げる短時間の床屋にお願いしていれば、その3分の1で済むから、12日間ぐらいで済み、23日間を得することになる。これが大きいかどうかはその人の考え方次第だが、バカにならないことも確かである。仮にその半分としても、今までの可処分時間で12日間ぐらいを得している計算になる。このように厳しい寿命宣告されていることを思うと12日間は貴重である。
 しかし、作業が終わって改めて鏡を見た。いつもよりはましな顔に映っているのを見て、取り敢えずの見映えはまずまずと自己採点した。元がどうしようもないだけに、これで充分だと思った。高いお金の分は取り戻したとも言えそうだった。しかし、これもきちんと整髪してあるからで、一度頭を洗ってしまうまでの命だ。風呂にでも入り、洗髪してしまえば元の木阿弥だろう。暫くは、それなりに見えるだけなのだと思うと、一考の頭の中に邪な考えが湧いて来るのだった。(以下、明日に続く)

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