プロフィール

相坂一考

Author:相坂一考
滋賀県大津市出身
07年1月に推理小説「執念」を文芸社から出版
14年7月に、難病との戦いを扱った「月の砂漠」を文芸社から出版

このブログは3部構成です。
 1.タイトルへの一言。
 2.独り言コラムで、キーワードから世の動きを捉えようと試みる。
 3.プライベートコーナー
   (2015-06-03に修正) 

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746  2008年ズッコケ滑稽ニュース

 今朝は少し早く4時半に起床。それほど寒くない。いよいよ大晦日だ。夕方には一年ぶりに、自宅で正月を迎えさせてやりたいと思い、妻、雅子を施設から連れ戻してやることにしていて、何となく緊張気味である。24時間介護の責任を持つ事になるので、少し心配だが、せめて、二晩ぐらいは頑張ってみたいと思っている。
 さて、今年は、珍しく台風が上陸しなかった年で8年ぶりだそうだが、その一方で、大変な不況の大嵐に見舞われているのは皮肉な結果である。ところで、年末になると、多くのメディアが企画するのが、いわゆる重大(十大)ニュースである。筆者も、二番煎じを恐れず、筆者もやってみようと思う。しかし、ここでは、ユーモアに視点を置いて、面白おかしく楽しい五大ニュースを選んでみた。
 1.不戦敗同然、如何ともし難い。
 選挙管理内閣とさえ言われて成立した麻生太郎内閣だったが、流れが悪いと読んで、政局より政策なんて言って、解散することなくずるずると年を越す。飛び出した漢字アレルギー、ぶち上げた定額給付金の思わぬ不評で、これでは、体勢はもはや不戦敗同然の状況に追い込まれている。
全く事情は違うが、北京オリンピックで金メダルが期待されていた野口みずき選手の思わぬ棄権もそうだったが、国民の期待を大きく裏切ったのは残念である。
 そう言えば、あのギョーザ事件もうやむやだ。どうして、もっと中国に迫らないのだろうか、これも不戦敗同然だ。
 2.まさかの犯罪で愕然。
 大相撲で不祥事が多発した。殺人、大麻、そこへもって来て、あれだけ強さを誇っていた横綱の朝青龍が引退を迫らせるピンチに追い込まれている。北の湖理事長も遂に引責し、武蔵川理事長に交代した。
 小室哲哉氏の詐欺容疑での逮捕も驚愕の事件だった。朝青龍と同様に、あれだけ天下を取っていたアーティストだっただけに信じられない転落だった。
 また、厚労省での年金データの改ざんに至っては、開いた口が塞がらない。
 3.信じられない逆転劇
 一時は13ゲームも離していた阪神の逆転負けで巨人に優勝を奪われたには、悔しさを通り越したあっけない「衰虎伝」となった。岡田監督は責任をとって辞任したが、これからも長く言い伝えられる悔恨の歴史を作った。
 将棋界で、初めての3連敗4連勝の大逆転も忘れがたい。その悲劇の主人公が、棋界ナンバーワンの実力者の羽生名人であるところが並みではないドラマだった。それにしても、信じがたい渡辺明竜王の粘りだった。
 また、女子プロゴルフツアーの最終戦で、優勝目前のベテランの不動祐理選手が1メートル以内の短いパットを連続2回外して逆転負けを喫したのも忘れられない。この結果、古閑美保選手が、たなぼたの初めての賞金王に輝いた。勝負は下駄を履くまで分からない。
 4.肩透かし
 北京オリンピックでの星野ジャパンのズッコケ敗戦振りは、国民の大きな期待を裏切った。積み重ねて来ていた星野仙一監督のイメージ、プライドは一気に吹っ飛んだ。喜んでいる方も結構いるようだが、お気の毒だった。
 元総理の小泉純一郎さんの突然の引退宣言は、いわば、鮮やかな肩透かしに相当する。清々しい引退と引き換えに、次男の小泉進次郎氏への世襲には、少し冷たい隙間風もあるようだ。
 5 不倫で棒に振る。
 折角、報道番組のキャスターに選ばれた山本モナさんが、ジャイアンツの二岡智宏選手とのラブホ事件で干されてしまった。その影響もあって、二岡選手は、バットを振ることも少なく、シーズンをほぼ棒に振った。シーズン後にはトレードになるおまけも付いた。不倫はうまくやらないと怖い。
 そういえば、不倫は文化と名言を吐いた石田純一さんだったが、年末になって復縁を期待していた長谷川理恵さんが他の男性と結婚したという。これまた、お気の毒の至りである。芸能界も、金髪豚野郎といった変な言葉も飛び交い、相変わらずのゴシップで賑わった。
 こうして、芳しくなかったニュースだけを拾ってみても、今年もいろいろあった一年だと言える。
 因みに、筆者にとっての重大ニュースだが、ここは、真面目に、二人で懸命に難病と闘ったこと、それに、このブログを、毎日更新して三年目に入っていることを上げておきたい。
 今年一年、目を通して頂いた方々には、厚く御礼を申し上げます。良いお年をお迎え下さい。.

2.連載、難病との闘い(711) 第三部 戦いはまだまだ続く(8)
  第一章 2008年下期の二人(8)

(2)雅子の症状(その2)
 入居当初の07年12月から08年初めの頃は、まだ、言葉もそれなりに通じていたので、介護士さんたちのたまり場近くの部屋というメリットが生かされ、比較的頻繁に介護士さんが顔を出してくれていて、何とか必要なコミニケーションは出来ていたように思う。しかし、その後の雅子の発声、発音の悪化が、今では、介護士さん達との会話が、日常生活を継続する上でぎりぎりの状態になってしまっているように思う。有り体に言えば、ぎりぎりのラインを超えて難しくなって来ているのだ。
 その不足する分を、毎日の午後に一考が顔を出して、付きっ切りで対応していて、その繋ぎの役割を果たしているのが今の実態で、その繋ぎの役割の一考でさえ、その役割を果たすことが大変難しくなってきていて、苦戦の毎日である。
 言葉の解読に関しては、その間、いろんなことを試みてきた。その一つが、あいうえおの文字盤を出して、その目の動きをフォローして、雅子の言いたい言葉を把握しようとしたが、肝心の雅子の目が思うように動かず、この方法はうまく行かなかった。
 その後、言葉を文字分解して探り当てる方法を採用して、暫くはそれで何とか対応できていたのだが、それも、次第にうまく行かなくなったのである。一考が、順次、「それは、あ行、カ行? ……」と質問しながら文字を追及して行くのだが、どれにも該当しなくなることが頻繁になり、行き詰まってしまったのである。何も、雅子の頭がおかしくなったのではないが、混乱してしまうためだろうと一考は思っている。
 致し方がなく、最近では、その言おうとしていることを、昔あったNHKのクイズ番組の「二十の扉」形式で、質問しながら当てようとするのである。しかし、これも大変骨が折れる仕事で、二人とも疲れ切ってしまうことが多い。まさに、格闘技のような闘いの典型だ。少し具体的な事例で紹介してみよう。
11月半ばの話である。この日の午後に、紅葉狩りにドライブするイベントがあって、雅子も車椅子で参加していた。従って、一考はいつもよりも遅く、3時半過ぎに雅子を部屋を訪ねたのである。その時点では、まだドライブから戻って来ていなかったが、暫くして無事戻って来たので、直ぐにトイレを済ませ、いつもの椅子に座わらせた。ドライブはそれなりに気分転換になり、楽しそうで様子はいつもと変わりなかったが、一考の帰り際になって、頼みごとがあると言い出した。
 こういう場合、最近では、一考は先ず、雅子が、自分に何かをして欲しいとの頼みごとか、或いは、単に何かを報告する内容なのかという質問から始める。すると、雅子は頼みごとだという。つまり、一考に何かをして欲しいというのだった。(以下、明日に続く)
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745 ファン達のこの一年

 5時起床。 配達される新聞の厚さが、ここに来て、ぐっと薄くなって来ていて、年末を感じさせる一つの現象である。
 さて、慌しい年末を迎え、世界が不況下で喘いでいる中で、イスラエルがパレスチナ自治区であるガザ地区への空爆を続けていて中等和平の進展が後退している。また、タイでもアピシッド新政府に対するタクシン元首相を支持するグループとの間で混乱が起きていて、今年も、地球全体として、平和な新年を迎えるという訳にはいかないようだ。
 この一年、筆者はこのブログを通して、自分の独断と偏見で、好き嫌いを全面に出して、話題になった人達のことを取り上げて楽しませてもらった。前にも書いたと思うが、筆者が強く惹かれるタイプ、つまり、好きになってファンとなってしまう対象は、極めて単純で、その人の持っている能力、技術に惹かれる場合である。これ以外にも、嫌いな対象のライバルの方を応援する場合もあるが、この場合は、本当の意味でのファンではない。
 そんなファン心理に基づうて、今年一年に活躍した方々を取り上げてみたいと思う。
 まず、政治経済の世界だが、国政に関しては、一時の小泉元総理や竹中平蔵氏のような、ずば抜けた人材が登場しなかったのは残念であった。しかし、地方では、橋下徹大阪府知事の登場で、その抜群の行動力には大きな期待を抱かせてくれている。来年への期待も繋がっていて頼もしい限りである。
 文化面では、多くの評論家、コメンテーターが、マスコミに登場したのが目立った一年だった。中でもベテランの三宅久之氏のしっかりした説得性のある発言力には、大いに惹かれた。若手では、宮崎哲弥氏がもてもてて魅力を感じてはいるが、最近、少し図に乗りすぎに見えるのが気になる。その一方で、やんちゃタイプの勝谷誠彦氏には、別の魅力を感じていて、同氏の有料ブログの購読者の一人である。作家の東野圭吾氏の魅力ある創作能力にも、少なからず惹かれて、結構多くの作品を読ませてもらった。
 趣味の世界では、七つの全てのタイトル戦に登場した将棋の羽生名人の強さに改めて惹かれた。しかし、その対抗馬として、密かに応援していた郷田九段だったが、今一歩吹っ切れなかったのは残念だった。スポーツでは、テニスの錦織圭、ゴルフの石川遼、スケートの浅田真央などの若手選手の技術、将来性には大いに魅せられている。世界を相手に大いに頑張って欲しい。その一方で、ゴルフの不動祐理、相撲の魁皇の二人のベテランの頑張りにも陰ながら拍手を送っている。芸能界では、人気番組を作り上げる一方で、羞恥心というグループを売り出し、M-1を漫才の新人の登竜門として、大きなイベントに育て上げて、プロデュサーとしての力を発揮した島田紳助にも大いに惹かれた一年だった。
 一方、アンチファンとしての総括だが、アンチ宮里藍で、上田桃子を応援したが、その活躍は不発に終わってがっかりで、来年は、筆者の贔屓は新たに米国ツアーに参加する大山志保に移る。また、アンチ巨人としての阪神ファンは、監督が岡田から真弓に代わるが、そのまま継続することになるだろう。更に、アンチ小沢一郎で、自民党を応援して来たのだが、来年は政界の混乱が見えていて、どうなるか読めない。密かに民主党の前原誠司氏を応援しているが、彼が再び脚光を浴びるのは、まだまだ先のことだろう。
 いずれにしても、筆者のファンの対象になった方々には、今年も大いに楽しませてもらった。来年は、もっと活躍頂き、楽しい話題を提供してくれることを期待している。

2.連載、難病との闘い(710) 第三部 戦いはまだまだ続く(7)
  第一章 2008年下期の二人(7)

(2)雅子の症状(その1)
 さあ、ここから暫くは、現時点(08年末)での雅子の症状について、大まかに紹介をしてみよう。
進行性の病気とは、本当に良く言ったものだとつくづく思う。少し、症状が安定したように見えると、どうやら、症状の悪化も、行き着くところまで行ったんじゃないかと思ってほっとすることが今までにも何回もあった。しかし、暫くすると、それが裏切られていたことが分かってがっかりする。そんなことを繰り返して今日を迎えているのである。そういうことで、最近では、これで一段落だというようなことは信用しないことにしている。
 つまり、今でも、雅子の病気は、少しずつではあるが徐々に悪化が進んでいるのである。ちょうど、ちょろちょろと湧き出ている水が、ある期間が経過すると、思わぬ水量になっているようなもので、あら、こんなにまで、悪化が進んでいるのかと本当に驚かされるのである。
 そんな中で、最も目立って悪化が進行しているのは、何と言っても言葉、発声の面である。とにかく、その声の力ががっくりと落ちて来ているのだ。端的に言えば、声が出難くなって来ていて、その音声も、蛙が水の中で屁をしたような程度で、聞き耳を立てて頑張って聞くようにしている。現状を有体に言えば、言葉がはっきりしていなくて、何を言っているか理解できないという悲しい状態になっている。本人は一生懸命になって発声してくれているだけに、気の毒で仕方がない。こちらが理解していないと分かると、分からせようと繰り返し、繰り返し、一生懸命になって頑張ってくれるので、取り敢えずは、もういいよと言って止めさせる。繰り返すことで、本人の疲れが増すことにいなるからである。従って、今、困っている一つは、コミニケーションの問題である。
 もともと、コミニケーションのことでは、この施設に入居する前から心配なことの一つだった。普通の身障者の場合には、緊急のボタンなどで介護室に知らせることはできるのだが、手足を始め身体全体が全く動かせず、そういうボタンを押すことが出来ないということで、事前に相談し、自宅でやっていた音声モニターを雅子の部屋に備えることで、その機能のテストも行っていた。その時点では、雅子がまだ声を出せて、物が言える状態だったからである。しかし、入居後、暫くして、その音声モニターも設置する意味もないような状態になってしまったのである。(以下、明日に続く)

744 三つの感動に有難う

 5時10分起床、寒さはそれほどでもなさそう。
 昨日、元の会社から、来年の卓上カレンダーと手帳が届いた。いつもと違ってお願いをしての送付だった。やはり、不況の波の影響かもしれない。ともかくも、OBを大事にしてくれているのは有難く、小さな感動すら覚える。この二つは使い慣れていて、今でも愛用している。御礼を申し上げる次第である。これで、いよいよ新年を迎えるということで、改めて慌しさを覚えるのである。
 さて、感動と云うと、昨日の午後は、妻のいる施設の雅子の部屋で、読売テレビの人気番組「たかじんのそこまで言って委員会」を見ていて、ここでもちょとした感動を覚えた。番組では、タブー視される同和問題を扱っていたが、筆者は、正直言って、この問題は、根深い問題であることは承知しているが、その問題の本質、つまり、何が問題なのかを充分に理解している訳ではない。かつて、自分を含めた姉妹達の結婚相手を決める時に、両親が相手の方の身元を調べていて、その種のことを確認していたことが記憶にある程度である。
 番組では、村崎太郎という方が出演し、苦労された話が披露されていたが、この同和問題は、米国の黒人問題や日本での第三国人扱い以上に、深刻そうで、その解決には、まだまだ時間が掛かりそうに思えた。パネラーの一人として出演していた山口もえさんの独特の発言が、番組の重苦しさを吹っ飛ばす立派な内容で、そのコーナーを締め括る役割をしていた。具体的な発言内容は忘れたが、その厳しい雰囲気を和まし、ほっとさせた発言で、それが、台本にないアドリブ発言だとすれば、彼女は、見かけによらず、大したものだと思った。不覚にも、筆者は込み上げて来る小さな感動を覚えたのである。
 この日は、もう一つの感動があった。このブログでも取り上げたが、今期の将棋竜王戦での渡辺明竜王が羽生善治名人を挑戦者に迎えての見応えのある七番勝負だった。昨日の深夜にTBS系列の「情熱大陸」でこのドギュメントの特集があり、その鮮烈ドラマに改めて感動したのである。本人も信じられないと方っていたが、3連敗、4連勝という将棋界初の大逆転で、渡辺が竜王位を防衛し、初代永世竜王の称号を得たのは、あまりにも出来すぎた感動ドラマだった。
 岩手県平泉での第三局に敗れて3連敗で帰る時、カメラは一人ぽっちで新幹線に乗る渡辺竜王の姿を捉えていたが、記者の問い掛けに、「敗者はひっそりと帰るものですよ」と言ったセリフと寂しげな姿が実に印象に残った。
 この番組に、プロ野球の楽天の監督である野村克也さんが出演していて、追い込まれた時にどうすればいいものかという記者の問い掛けに、同氏の答えがなかなか聞かせるものだった。「開き直ることしかないよね。開き直るというのは、やけくそになってはいけない、ここまで追い込まれたら、自分の能力の全てを出し切って負けようと云うような姿勢だね」というのだった。渡辺竜王には、そういう意味での堂々とした開き直りがあったのだろう。良く仕上がったドギュメンタリー番組だったし、それ以上に、記憶に残る素晴らしいタイトル戦シリーズだったと改めて思うのだった。

2.連載、難病との闘い(709) 第三部 戦いはまだまだ続く(6)
  第一章 2008年下期の二人(6)

(1)先ずはわが身の健康(その6)
 東京で味わったその尿管結石の話を、少しレビューしておこう。とにかく、渋谷に出るのを中止して自宅に戻ったが、一人での生活は、そういった際に感じる不安は大きい。この時には、腹痛に加えて、これまた今まで経験したことにない残尿感を伴っていた。それは、数日前からトイレでオシッコがスッキリと出切らないというもので、初めて味わったじれったいような嫌な残尿感だった。
 さて、どうするべきかと迷ったが、痛さが増して来ていたので、電話帳で適当な病院を探し出し、そこへ出かけたのである。とにかく、自分でアクションを取らないと、誰も助けてくれない。病院は、吉祥寺駅から歩いて10分ぐらいのところにあった。診断結果は、自分には聞きなれなかった尿管結石だった。お薬を貰って帰ったが、大変だったのは、その服用後だった。その翌日だったと思うが、とんでもない痛さが襲って来た。間もなく七転八倒の文字通り辛い体験することになったのである。幸い、暫くして、引っかかっていたその石を排出出来たようで、痛さは嘘のように治まった。しかし、その時の痛さは、今でも忘れていない。
 そういう経験から、今回のその鈍い痛さで、その尿管結石を連想したのだが、残尿感を伴っていなかった。とにかく、病院へ行こうと考え、雅子のいる施設に併設されているクリニックを訪ねた。
問診、触診などの診察を終えると、その医者は、尿管結石ではないと断定し、レントゲンも撮って調べてくれた。結局は単なる疲労による痛みで、シップ薬で様子を見ることになったのは幸いだった。疑いが晴れて、ほっとしたのを覚えている。とにかく、神経質になっているようだ。
 自分の身体のことでは、一考には、もう一つの別の不安がある。それは、一種のぜんそく気味の咳で、喋ろうとすると込み上げて来るのだ。この症状は、現役時代にもあって困っていたが、その内に治っていたのである。ところが、最近になってそれがぶり返してきているのだ。ドリームスペースでの定番になっているブログの朗読や、一時実施していた小説の朗読で、その咳のため、うまく読めなくて困るのだ。また、電話が架かってきて応接するのも大変で、うまく喋れない。
 先日、その状態で歯医者の定期診断に出かけたが、この場合は、喋らなくて黙っていたので大丈夫だった。今のところ、これと言った対応はしていない。ただ、先日訪れた大東先生に話したところ、飲み薬を頂戴したので飲んでみて、様子を見ているが、今のところ効果は出ていないようだ。
 いずれにしても、雅子を介護する前提として、自分が健康であることが大事であり、そういう意味では、自らの健康保持には、神経質になるくらい気を使っている今日この頃である。(以下、明日に続く)

743 感動は生中継で伝えて欲しい

 今朝は、5時10分起床。肌に感じる寒さは昨日よりはマイルド。
 さて、昨夜は、注目していたフィギュアースケートを楽しんだが、浅田真央さんの3連覇は期待通りでお見事だったが、それよりも村主章枝さんが、この日の自由演技でトップを奪い、総合で2位に食い込んだ活躍は、久し振りの会心の出来だったようだ。このところ、陽の当たるところから遠ざかっていただけに、本人もほっとしているだろう。何よりも、荒川静香の先輩であるという誇りを取り戻すためにも、来年の世界選手権で上位入賞を果たしたいとの目標を立てているはずである。頑張って欲しい。なお、初日にトップに立った中野友加里さんの5位転落は意外でお気の毒だった。勝負の微妙さは何処の世界にもあるが、掴みどころのないものだ。
 なお、この放送も1時間ほど遅れての録画放送で、結果は先にインターネットで報道されていた。それだけに、ある意味で安心して見ていたのだが、どうして、生中継をしないのだろうかとの不満がある。生中継なら、感動はもっと大きかったと思う。今や、インターネットの時代である。テレビ局は考えて貰いたい。
 一方、昨日の夕方に放映していたTBSの報道特集を、たまたま見ていたのだが、命のバトンタッチというドギュメントに感動した。乳がんと闘う豊後高田市の元教師の山田泉さんが、限られた時間内での命の授業で訴えた、生きる大切さを取り上げていた。その生徒の中に、骨髄性白血病と闘う小学生の木許ひなのちゃんがいて、ひなのちゃんを励ます山田泉さんの珠玉の会話が心を熱くしてくれた。
「生きるということは、人のためにつくすこと」「暗いから小さな星も見えるのよ」「明日があるという幸せ」などと言った山田泉さんの口から迸り出る言葉には、死を恐れずに闘う人間の重みがあって、何とも言えない説得力があって、熱い感動がいっぱいだった。キャスターの田丸美寿々さんも込み上げる熱いものを必死に抑えてのコメントも印象的だった。
 その山田泉さんが、去る11月21日に逝去されたという。49歳の短い命だったが、苦しみを堪えて最後まで命の授業を行なった強さ、頑張りには教えられるところがいっぱいだった。一方の、木許ひなのちゃんは中学生になって、柔道部に入って身体を鍛えているという。ひなのちゃんのこれからに、幸多からんことを願っています。なお、このドギュメントには、生中継に相当する強い感動を覚えた次第です。
 世の中には、大変な病気で厳しい闘いをしている方が沢山おられる。それらの方々に勇気付けられることが多い。頑張らなくっちゃと改めて思う。

2.連載、難病との闘い(708) 第三部 戦いはまだまだ続く(5)
  第一章 2008年下期の二人(5)

(1)先ずはわが身の健康(その5)
 指先の切り傷は、結局、約一週間ほど通院し、抜糸してもらって一段落となった。後になって、別の医者に、このことを話したら、ワーファリン常用者の厄介なのは、例えば、歯医者での抜歯が厄介で、通常の歯医者はやりたがらないよと教えてくれた。一考は、大分前から歯医者には定期的に通院していて、抜歯候補の歯があることを承知しているだけに、厄介なことになったなあという重い気分になるのだった。暫くして、歯科医を訪ねて、ワーファリンの話をすると、「抜歯が必要になったら、日赤病院の専門医を紹介しますから大丈夫です」とアドバイスしてくれた。やはり、一般の町医者では出来ないということのようだった。
 とにかく、あのお猿の恩返しの夢が一考に改めて自分の健康の大事さを意識させることになったのは、結果的にはいいことだったが、逆に言えば、それまであまり気にしていなかったことにまで、不安、心配を覚えることになったのである。今や、雅子を置いて先に逝くことが許されない立場だけに大変なのである。
 そうは言っても、人間は年を取ってくれば、それなりに老化も進み、老化現象の延長上のことだと思われるような身体の劣化は進む。そういう場合にも、余計な気を遣うようなことがいろいろと出て来る。
 一例を挙げれば、今年の2月頃だったが、原因の分からない足の指のしびれに戸惑ったことである。雅子の病気が発覚する前兆が、右手の人差し指に力が入らず、しびれるというとだったので、若しかしたらという不安が先行し医者に診てもらったが、心配はないということだった、確かに、そのしびれは、その後自然に消えてくれて今は全く心配はない。
 また指の事故から3ヶ月ほど経った今年の10月半ばだった。背中サイドの腰の上部に鈍痛を覚えて、若しかしたら厄介な病気かも知れないと不安をもったことがあった。かつて、同様なことが切っ掛けで、大変痛い思いをした病気を患った経験をしていて、若しかしたら、その再発ではないかという心配になったのである。
 それは、尿管結石という七転八倒の痛さを味わった苦い思い出だった。退職後、一考がまだ東京で一人で生活している頃に味わった大変な痛さだった。その日、井の頭線で渋谷に向かう電車の中で、自宅を出る時から感じていた腹部の後ろ側の痛みが少しずつ酷くなり始めたのである。その痛みの強くなり方から、どうも尋常ではない、これはいかんと思い、急遽渋谷に出るのを中止し、直ぐに自宅に戻ったのである。
 今回の一考が覚えた不安は、腹部のその鈍い痛さが、東京時代のその時に味わった痛さに似ていたことから、咄嗟に、その時に尿管結石の苦しさを連想させたのである。(以下、明日に続く)

742 荒川静香VS村主章枝

 今朝は5時に起床した。寒い。若しかしたら雪が積もっているのではと思ったが、そうではなくほっとする一方で、先週、タイヤを冬用に換えていたので「なあんだ」と少しがっかりである。
 今朝の日経新聞の一面に、「介護報酬の初めての増額決定」とあり、人手の確保へ待遇改善が大きく取り上げられている。このような記事に目が行くようになったのも、障害者の妻を持った立場になったからで、その方針によかったと思うのである。手当てを手厚くする対象に、夜勤などの負担の大きい業務、専門性の高い人材、人件費の高い地域、認知症ケアの充実となっていて、その通りだと思い、ほっとした思いになった。
 今年も慌しく暮れようとしているが、不況下での厳しい環境の中では、ほっとするようなことは少ない。そうなると、心を和ましてくれるのは、やはりスポーツということになる。昨日は、男子フィギュアーで、一年のブランクから再出発した織田信成選手が頑張って初優勝を果たした。4回転ジャンプを試みて転倒したが、立て直しての優勝だった。一度ぐらいの転倒ではがっかりすることはないという事例で、ファンを勇気付けてくれたのは嬉しい。女子では、本命の浅田真央さんが出遅れたが、今日の自由で巻き返すだろうと期待している。このところ低迷している村主章枝さんが、起死回生の復活を狙って頑張ったが、気の毒にも、やはり転倒して出遅れた。今日の追い込みを期待したい。
 この女子の戦いを見ていて、改めて大したものだったと思うのが、解説をしている荒川静香さんのアマチュア選手からの引退の鮮やかさ、爽やかさである。オリンピックで念願の金メダルを取った直後の時機を得たプロ転向宣言で、その決断が、彼女を一段と輝かせる見事なステップとなった。それまで、むしろ、村主章枝選手の方が好きだった筆者だが、あのオリンピックでの優勝とその鮮やかな転向宣言で、一気にファンになってしまった。その後の彼女には凛とした輝きが感じられる。お見事な転進だったといえよう。
 今週の日経新聞夕刊の「こころの玉手箱」に4回に渡って彼女の特集が連載されていたが、知らなかった彼女の半生に改めて魅力を覚えた。中でも、今大会にも出場して頑張っている村主章枝さんは、早稲田での一年先輩だという。ライバルとしての壮烈な戦いの結果、勝利した彼女の強さに感動を覚える一方で、村主章枝選手の心境を思うと胸の痛さを覚える。とにかく、勝つことが全てといった側面があるアスリートの世界だ。勝負の世界は厳しいと思いながら、改めて、今日の村主章枝さんの演技を応援したいと思っている。

2.連載、難病との闘い(707) 第三部 戦いはまだまだ続く(4)
  第一章 2008年下期の二人(4)

(1)先ずはわが身の健康(その4)
 その瞬間、ぴりっとした痛さが指先に走った。「しまった」と思ったが遅かった。指先を少し切ってしまったのである。とりあえず、バンドエイドでカバーして様子を見たが、血は止まらない。いつもなら簡単に止まるのにと思い、どうしたのかと思いながら、更に手当てを続けたが、血がバンドエイドの隙間から滲み出て来て止まらない。その内に、「ワーファリン」を飲んでいるために、血液が固まり難くなっているのだと気が付いて、これは厄介なことになったと戸惑った。止むを得ず、ゴムバンドでぐるぐる巻きにして止血しながら、何とか夕食の準備をし終えて母親に出してから、改めて、どうすべきかと考え込んだのである。
 二階の自分の部屋で、心を落ち着けて思案すること暫しの後、大東先生のところに電話を入れて対応策を確認することにした。電話口に出た看護婦さんが、一旦電話を置いて、先生に確認してくれたようで、外科病院に行くようにというアドバイスを得た。ただし、ワーファリンを飲んでいるということをきちんと説明するようにと言うことだった。お薬の影響がこんなところに出たのだとそのデメリットを実感しながら、仕方なく近所の病院に向かった。ゴムでぐるぐる巻きにしてある指の部分が、しびれてきていてとても痛くなっていた。幸い、歩いて数分のところに、家族でお世話になっている外科病院があったので、そこで診察をお願いした。
 先生は、ワーファリンを飲んでいる聞いて、「それは少し厄介ですなあ。縫うしかないね」と言いながら、早速のその準備をして作業に取り掛かってくれた。先ずは、傷口を水で洗い、更に、アルコールで洗浄した後、丁寧に数針ほど縫って頂いたのである。そんなに痛くもなく、手当ては直ぐに終わったが、糸が抜けるまで数日通わねばならないことになった。
 「母親や、姉には内緒にしておいて下さいね。彼女らが知ると大袈裟になって大変なのですから」この病院には久子が母親を連れて来ることが多く、こんなことが彼女らに知れると、暫くは「食事も作らなくてもいい」と言いかねないし、「どうや、どうや」と細かいことを聞いてきて煩さくて堪らないから、先生に事前に断っておいたのである。
 とにかく、面倒なことになったと思いながら、ワーファリンのデメリットをこんな形で体験することになったのである。こんな具合だと、何か大きな事故でも遭って怪我でもしたら大変なことになるだろう。場合によっては、命取りにもなりかねない。一考は大きな不安を覚えるのだった。だから、こんなお薬は飲みたくないと思っていたが、今は後の祭りである。死ぬまで飲み続けなければならないからだ。(以下、明日に続く)

741 年末年始の楽しみな戦い

 今朝は、いつもより少し遅い5時50分の目覚めだった。それというのも、昨夜は、将棋のA級リーグ(名人戦挑戦者決定リーグ)の今年最後の一局、深浦王位と佐藤棋王の激戦に魅せられて、終局の今朝の未明の2時近くまでインターネット中継を見てしまっていたからである。対局は、いつも朝10時から始まる。途中昼食と夕食のほぼ2時間ほどの休憩はあるが、通算16時間に渡っての197手の超手数に及ぶ大激戦(通常は120手前後)となり、深浦王位が辛勝した。
 この結果、A級リーグは、6回戦(全部で9回戦)までが終了し、4勝2敗が森内九段、郷田九段の二人に、3勝3敗の6人(三浦、丸山、木村、佐藤、谷川、深浦)が追う大激戦になっている。年明けに行なわれる7回戦の森内―郷田の2敗同士の戦いが、挑戦権に大きな鍵を握りそうだ。郷田ファンの筆者には堪らない戦いになる。
 堪らない戦いというと昨日から始まったフィギュアスケートの日本選手権大会もその一つだ。男子は、復帰した織田信成が小塚崇彦を一歩リードして今日の自由演技を迎える。注目の女子は今日から始まるが、浅田真央、安藤美姫、中野友加里に加えて、若手も力をつけていて、その戦いは見逃せない。
 年始のスポーツとしては、何といっても箱根駅伝が見ものだ。駒大、早稲田の優勝争いも注目だが、初出場を果たした、滋賀県出身の花田勝彦監督(彦根東高、早稲田)率いる上武大学の戦いにも注目したい。
 さて、この年末年始には、筆者も、一つの戦いを計画している。それは妻、雅子をせめて一日だけでも、自宅に迎えて正月を過ごさせてやろうと云う挑戦である。一人での介護は、正直言って、段差のある玄関からの搬入など自信がない部分が幾つかあって大変な苦戦が予測されるが、何とか目的達成に全力で頑張りたいと思っている。帰宅すれば、雅子には一年ぶりの嬉しい(?)帰宅になる。

2.連載、難病との闘い(706) 第三部 戦いはまだまだ続く(3)
  第一章 2008年下期の二人(3)

(1)先ずはわが身の健康(その3)
 今のところ、一考の健康については、それほど気にすることない毎日が続いている。しかし、気が重いのは、このワーファリンというお薬を死ぬまで飲み続けなければならないことで、そう思うだけでうんざりである。厄介なのは、一旦飲み始めたら、もう止められないことで、精神的な辛さがある。また、このお薬で命を繋いでもらっていると思うのが情けなく嫌なのだ。止むを得ず、月一度の頻度で通院は継続している。そうしないと、お薬をくれないからである。
 つい先日もこのことで大喧嘩してしまった。というのも、年末年始の多忙な時期が続くので、お薬の量を今までの4週間分から2週間分を増やした6週間分にして欲しいとお願いしたところ、それなら、今週も採血検査が必要だという。今までは2回に1回の頻度で血液検査をして、血液の固さがある幅に入っていることを確認して来ている。若し、検査の結果、それが外れていたら、お薬の服用量を増減させて調整しようと云うのである。しかし、この1年半は、全くその値も変動せず安定した状態をキープしているので、今回は検査の必要がないのではと云うと、それは困るといって譲らない。確かに、自分の命のことでそこまで気遣ってくださるのは、大変有難いことなのだが、それまでの傾向から見て、そこまでやる必要がないと思われるので、そんな固いことをいうこともないだろうと反論すると、それならもうこの病院には来ないで欲しいと言い出した。
 その言葉に、こちらも、かっと来て、それなら、他の病院を紹介して欲しいと踏み込むと、あなたの言うようなことを聞く医者は当てにならず、紹介する訳にはいかないという。仕方なく、半ば脅迫された形で採血検査に応じてお薬を6週間分受け取って帰って来たのである。
 この先生とは、そんな緊張関係にあるのだが、少し前に遡るが、思わぬ事故を経験した。それは、7月の下旬に入った頃で、雅子の見舞いから戻って来て、母親の夕食作りをしていた時のことだった。急いでいたこともあって、きゅうりを薄く削っている時に、ついうっかり指先までも削ってしまったのである。(以下、明日に続く)

740 一人ぽっちの決断

 昨日の国会で、野党が提出した解散決議案に、元行革大臣の渡辺善美氏が造反し賛成に回って、野党からの喝采を浴びた。きりっと締まった顔つきが印象深かった。一人ぽっちの反乱だったが、自民党に与えた衝撃は小さくない。
 同氏は自分の信念に基づいての行動だとし、如何なる処分にも甘んじると答えていたが、自民党は、二番目に軽い戒告処分を下して一件落着とした。党内には、麻生内閣不信任案に同調したと同罪だということで除名すべきという厳しい意見もあったが、事態の広がりを懸念しての無難な対応に止めたようだ。
 解散を巡る与野党の攻防は、来年早々の通常国会に持ち越される。民主党では、「アリの一穴」ではなく「蔵の一穴」になるのではと造反の拡大に期待しているという。いよいよ、風雲急を告げる動きに繋がるのではとの見方もあり、目が離せなくなりそうだ。
 さて、元タレントの飯島愛さんが自宅でなくなった。突然の彼女の死に芸能界は大騒ぎだ。最近の彼女のブログや言動から自殺ではないかと思われるが、華やかな世界で頂点を極めた人だっただけに、その孤独な死には悲しさを越えた驚きを覚える。
 筆者も、このブログで、数日前まで、心中というテーマに取り組んで来ただけに、大いに考えさせられる彼女の死である。若し、自殺だとすれば、彼女が苦しんだであろう心の中での葛藤に思いが広がるのだが、最後に下した一人ぽっちの決断には、感動さえ覚える面がある。
 人間、明るく振舞っていても、その心の中は見ることは出来ない。誰しも、人に言えない悩みや問題を抱えているものだ。とにかく、大都会の中での突然の気の毒な孤独な死に、心から哀悼の意を表したいと思う。
 一人ぽっちの決断ということでは、今、間寛平さんが挑戦しているアースマラソンを連想した。昨日の報道では、同氏はちょうど静岡県内を走っていた。元気そうだったが、毎日50Km以上を走るというのは、超人的な熾烈な戦いである。命を賭けた果敢な挑戦なのだ、これからは、幾多の難関に遭遇することになろう。そこでは、その都度、本当の一人ぽっちの決断を要求されることになろう。
 とにかく、2年から3年も掛かるという先が長い大変な戦いだ。健康に気をつけて頑張って欲しい。さあ、今日は、何処まで走るのだろうか、目が離せない。

2.連載、難病との闘い(705) 第三部 戦いはまだまだ続く(2)
  第一章 2008年下期の二人(2)

(1)先ずはわが身の健康(その2)
 お猿の寓話の夢から覚めた日の午後、ドリームスペースを訪ねた一考は、雅子にこの夢の話しの一部始終を話して聞かせた。自分専用の椅子に座って、時々頷きながら聞いていた雅子だったが、話が終わると小さな声で「一人にはしないでね」と悲しげな顔で繰り返すのだった。やはり、雅子にしてみれば、二人の息子が居るとは云え、彼らに迷惑を掛けたくないとの思いから、自分だけが置いていかれることに不安を持っていることが分かり、夢の中で一考の取ろうとした結論に異論がないことを知ったのである。一考の心の中でのわだかまりも、そういうことで少しは晴れたものの、人の命の大切さについては、改めて複雑な思いになるのだった。
 一考は、改めて自分の存在の大事さを思うだった。あくまでも、雅子がこうなった以上は、最後まで雅子の介護に必要な人間として生き抜かねばならず、それは、避けられない義務、責任であり、おいそれと死ねないと自分に言い聞かせるのだった。
 その意味からも、雅子の健康と同様に、自分の身体の健康管理は、今まで以上にしっかりと行なう必要を思うのだった。差し当たっては、2年前から通院している不整脈への配慮である。お世話になっている大東先生からは、最初の診断時で大変危険な状態だと脅かされたのが今でも記憶に生々しく、それ以来、致し方なく毎月一回の頻度で通院している。幸いにも、今のところ大事には至っていないが、それ以来、ワーファリンというお薬を毎日、数錠飲むことを義務付けられていて、それが、恰も、自分の命を繋いでくれているように思えて、何だか心細く感じる今日この頃である。最近では、随分と安上がりに出来ている命だと思いながら、毎朝、そのお薬を服用することに嫌気がさして来ていて、このまま止めてしまいたいという衝動に駆られることある。すると、もう一人の自分が、なだめてくれて、止むを得ず飲んでいるというのが最近の心境なのだ。
 数ヶ月前に、このお薬の服用を止めたらどうなるのかと大東先生に改めて聞いてみたが、そんなことをされると命の保証は出来ないと相変わらず厳しいお達しだった。(以下、明日に続く)

739 KKコンビ

 第一回プロ野球のドラフト会議(新人選手選択会議)が開かれたのは1965年と云うから、もう40年以上の歴史を持つ事になる。そこには、幾つもの悲喜こもごものドラマが展開されたことは多くのファンの知るところだ。
 法政大学の江川卓選手に纏わる空白の一日事件や早稲田大学の荒川尭選手の一年浪人後のトレードによるヤクルト入団、上宮高校の元木大介選手の一年浪人し、一人キャンプで頑張って巨人軍入団を果たした話題などは、今でも筆者の記憶に生々しい。、
 中でも、1985年のドラフト会議で起きた、いわゆるKKコンビであるPL学園高校の二人、桑田真澄と清原和博の巨人軍入団を巡る出来事は、二人の友情を引き裂くことになり、その後も長く尾を引くことになった最大の事件(?)だった。
 この時の真相について、昨夜9時から、TBS系列の「カリスマ白書」という番組で、桑田真澄が出演して、自らが告白する形で放映していた。
 早稲田大学進学を前面に出し、ドラフト拒否をにおわせながら、巨人からの単独指名を受けた事実に対し、巨人との密約説が大きく取り上げられたのだが、そこには友情を裏切っても巨人軍に入団したいとする桑田選手の思惑がなかったとは言えない後ろめたさが感じられた。スポーツ選手である以上、堂々と巨人入りを目指した戦いをして欲しかったとの思いは今でも強い。
 番組の中で、巨人からの単独指名を受けた以降の自分の行動は記憶にない、いや思い出したくないと言い、この一方で「巨人軍が指名してくれなければよかった」との嘘の発言をしたと告白していた。巨人入団を巡る二人のドラマには、あの夏目漱石の小説「こころ」をふと思い出させるものがあった。
 その一方で、筆者が感じた衝撃は、そのドラフト会議で桑田真澄指名を強行した当時の王貞治監督の行為である。事前に、清原指名を匂わせておきながらのこの指名は、巨人軍のフロントの方針だったにせよ、しっくりしない、納得しがたい一面を強く覚えた。あの大選手だった王選手にはそぐわない指名だったように思う。ドラフト会議も一つの闘いであることは確かだが、裏切り的な手段を使った手段は許されない。
 皮肉な結果だが、指名を外した清原選手の引退試合の相手が、王監督の率いるソフトバンクになったことも、そのめぐり合わせに微妙な綾を覚える。正直言って、筆者は、晩年の清原選手は好きではなかったが、昨日の番組を見て、改めて清原選手の立派さを知ることになった。MLBの引退を知って送った桑田選手への友情の手紙や、自分の最後の試合に臨むに際して、桑田投手を引っ張り出してその球を打つといった辺りにも、清原選手の度量の大きさを見たように思う。
 番組の最後の場面で、桑田選手のお母さんが保管していたという当時の早稲田大学への受験票を見せてくれていた。桑田選手としては、本当に早稲田を受けることにしていたことを訴えるつもりだったのだろうが、そのことさえも、何か、姑息なごまかす演出に見えたのは私一人だったのだろうか。
 二人が優れた素質をもっていた選手だっただけに、二人の野球人生は、本当に幸せだったのだろうかと、改めて感じさせてくれた番組だった。

2.連載、難病との闘い(704)第三部 戦いはまだまだ続く(1)

 今日から新たに第三部に入る。何を何処まで書くかは決めていない。夢を通して、生きることの大切さを改めて悟った訳だが、その一方で、老化は非情にもどんどん進む一方で、厳しい闘いは避けられない状況に追い込まれて来ているのも事実である。それでも、雅子を置いて先に逝くことは許されず、一考の頭の中では「おいそれとは死ねない」という気持ちが一層強くなって来ている。
 とにかく、差し当たっては、二人の近況から書き始めたい。

第一章 2008年下期の二人(1)

(1)わが身の健康(その1)
 あのどんでもない夢から覚めて、現実に戻った一考だったが、その後も数日間はそのことが繰り返し頭の中を行きつ戻りつしていて、いわば、一種の精神的な興奮状態にあったと言える。特に、自分が雅子を道連れにして旅立とうとした決断が、一考の心の中で、痛々しい傷になっていて、簡単には癒えそうにもなかった。生とし生けるものの命を、自らが摘み取ろうとした決断は、やはり許されないものであって、それは、神の御心にも取り返しのつかない傷跡を残したに相違なく、一考には忸怩たる悔恨の思いの反省の日々となっていた。
 そもそも、そのストーリーの始まりが、余命一年という衝撃的な告知だった。このこと自体は、全くの架空の話ではあるが、そこには、毎日の介護生活を送りながら、頭の中では、何が起きるか分からないという不安があって、その裏返しが夢となったのだろうと解釈出来、必ずしも関係ないと安閑としていられるものでもない。日頃の思考の中に、若しもそんなことになれば、大変なことになるとの不安な気持ちがないと言えば、嘘になる。
 そういう目で見ると、自ら命を断つという大芝居の決行日となったアナログ放送の終焉日である2011年7月24日への意識は尋常ではなく、その日が来るのが、何だか恐ろしいような気がするのである。ここまで来ると夢と現実が入り混じっていてややこしい。人生、一寸先は闇であって、その日まで生きられるのかどうかさえの分かってはいないのだ。
 とにかく、雅子には、この夢の話を聞かせてやって、謝らねばならないと思うと、一考の気分は何だか凄く重く感じられるのだった。(以下、明日に続く)

738 半世紀ぶり

 あのトヨタが一年前の2兆2700億円の利益から、一転して連結営業損益が1500億円の赤字に転落するという。トヨタの赤字は、半世紀以上の59年ぶりだそうだ。大横綱が一敗地にまみれたという感じである。
 今からほぼ半世紀前の1960年に、チリで起きた地震の影響で、およそ1日後に日本の太平洋岸が津波に襲われ150人以上の死者を出した大事故があった。今回の大きな経済不況も、遠隔地で起きたサブプライム問題の津波に襲われたような現象に似ていて、大横綱のトヨタも大きな被害を蒙ったのである。地球は大きいが連動し、繋がっているのだ。
 ところで、半世紀までは至っていないが、滋賀県大津市の大戸川ダムも計画されたのは、1978年で、ほぼ30年前のことである。思い切った見直しで、建設凍結を決めた嘉田由紀子知事だったが、昨日の滋賀県議会で、その意見案が採決されないまま流会となり、その意見書は廃案となった。嘉田知事の今後の対応が注目される。
 この中止決断に関しては、山田啓二京都府知事、橋下徹大阪府知事らとの周辺の府県の知事たちの合意で、国に対して立ち上がったものである。それだけに嘉田知事は苦しい立場なのだが、泣きっ面に蜂で、国は、来年度の国家予算から、周辺の道路計画予算をカットして来た。国が行なう弱いもの虐めの汚い仕打ちの典型である。
 そのことを受けて、昨日、橋本徹大阪府知事が、滋賀県のために、他の知事とも協力して応援をすると声を張り上げてくれた。なかなか頼もしい知事である。有難うと申し上げたい。
 さて、半世紀ということでは、明るい話題もある。あの東京タワーが、今日で開業50周年だそうだ。多くの方にそれぞれの思い出があるあのタワーに改めて思いを馳せてみる。半世紀って結構短くも感じるものだ。
 なお、天皇陛下は、今日で75歳、後期高齢者の仲間入りだ。ご健勝のほどを祈念したい。

2.連載(703) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(278)
  第六章 真夏の夜の夢(171)

閑話休題 (第2部、その3)
 このフィクションを作るに際して、そのリアリティや面白さを高める意味で、幾つかの演出を試みた。一つは、実際にあった話をそのまま導入したことだ。例えば、息子達との会食時の会話や上京時に仲間の皆さんとお会いした話などが、その事例である。二つは、本当にこうあってくれたらと良いと言った願望を実現した形で組み入れたことである。この辺りは、書いていて愉快で楽しく遊ばせてもらった部分であった。しかし、何回も断っているが、風俗の話は、少し踏み込み過ぎた拙い演出だった。
 いずれにしても、何とか意図したところまで書き終えて、ささやかな幸せを覚えている。ともかくも、筆者にとっては、このほぼ半年間はとても楽しい期間であったといえる。拙いこの連載に目を通して頂いた方々には、改めて御礼を申し上げる次第です。
 ところで、このブログを書いていて、自分でも驚いていることが二つある。一つは、毎日欠かさずにこのブログを配信できているということだ。当初は、ブログが何かと云うことも知らないまま、遊び半分で始めたのだった。しかし、こうして毎日書き続けていると、自然に自分の日課の一つとして身についてしまい、これが楽しいひと時になってしまっていることである。今や、決して大袈裟ではく、介護生活の中でやりがいを与えてくれるオアシスというべき存在になっている。また、施設を訪れた際に、雅子に読んで聞かせるのも、定着した日課の一つでもある。
 驚いている二つ目は、相変わらず、誤字、当て字、表現のまずさなどのミスが多過ぎることである。それに気づくのが、大抵の場合は、施設で雅子に読んで聞かせる時である。あまりにも多くの誤りなど不適切な箇所の発見に、落ち込んだ忸怩たる気持ちになる。コンピューターを携帯していないから、直ぐに訂正が出来ず、自宅に戻ってからになるので、その間、恥ずかしさをそのまま開陳した状態にあるのが、まさに馬鹿丸出しで、とても辛く感じている毎日だ。
 なにわともあれ、明日からのブログは、また雅子の近況を軸としたドギュメントに戻る。今でも、雅子の病気の悪化は続いていて、今後の進行具合が掴み切れないだけに、不安な日々を送っている。
 それでも、来年には、新たにチャレンジを目指して、その具体的な構想を考え始めている。いろんな生き方があろうが、新たな挑戦をすることで、自らを元気付けるのが、筆者の生き方なのである。ご期待いただけたら幸いです。(明日からは第三部「闘いはまだまだ続く」を連載します。)

737 二枚舌

 今朝の報道で、戦後最長の首相在任期間を記録した佐藤栄作元総理が、核の持込を暗に容認していたという外交記録が公表されている。今から44年近くも遡る話だが、総理になって初めての米国訪問時に、マクナマラ国防長官との会談での話しだという。そこで、日本が中国と戦争になった場合、直ちに核を使った報復を期待しているというもので、その場合に、洋上での核を容認したというのである。ただし、その際に、日本では核を作れる力は持っているが、作らないと強く主張したことも明らかにしているのは、立派な姿勢だったと言えよう。
 結果的に、あの有名な「持たず、作らず、持ち込ませず」という非核三原則は、あくまでも表向きの言葉だったのだ。政治家の二枚舌にいちいち驚いている訳にはいかないが、日本を守ろうとの対応だったということで、致し方ない応接だったとも言える。
 いずれにしても、外交に関わる話は、ある期間の経過後には、関連文書が公表されて、真実か明らかなる。我々も、遅ればせながら、それらの歴史の真相に触れることが出来て「なるほど」とか「何たる事」と思えるのは、まだしも、多少の精神的なガス抜きになる訳で結構なことだと思う。そういう意味では、三億円事件やグリコ森永事件のような迷宮入り社会的な事件も、時効の成立後に、その謎を明らかにしてもらいたいと考える人も多いと思う。手品の種明かしは、大抵の場合はがっかりすることが多いのだが、それでも真相を知りたいと思うのは誰しも同じだ。
 二枚舌ではないが、今朝の報道で、報道ステーションのアシスタントの河野明子アナウンサーに関して二つのニュースを知ることになった。一つが、不倫の破局を報じる週刊誌の広告で、今一つは、それとは正反対のスポーツ紙での中日の井端選手との結婚を報じるニュースである。不倫を清算しての結婚だから、一応、ベクトル的には整合性があるので納得だが、ある期間は同時進行していたとも考えられ、少し複雑な思いも残る。
 ところで、WBCの第一次選手選考で、落選した選手にも通知が送られていたそうだが、そこには単純に「落選」とのみ書かれていたそうだ。あの明るい原監督のやり方としては、あまりにも、相応しくない冷たい応接で、これまた、二枚舌ではないが、何かしっくりしないものを感じる。選考された一人のMLBの黒田投手が辞退するそうだが、その補充はどうするのだろうか。「落選」の連絡を受けた人に改めてお願いすることにならないんでしょうね。

2.連載(702) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(277)
  第六章 真夏の夜の夢(170)

閑話休題 (第2部、その2)
 しかし、一般的には、今の社会保障制度の恩恵も、雅子のような難病ではない方々の場合は、限られていて、充分に行届いているという訳でもなさそうだ。今後、高齢化が更に進めば、厳しい実態が更に増加することになろう。大胆な税制改革で、社会保障制度の強化を望みたいが、その前提となる年金問題が大混乱しており、高齢化対策には手が回らないのではとの心配もある。いずれにしても、弱者救済の社会補償体制への一層の取り組みには、政府には全力を上げて欲しいとお願いしたい。
 さて、今回のフィクションでは、介護者が癌に犯されていることが分かり、余命がごく限られたという設定で、当事者達がどう様に対応するかに取り組んだのである。
 子供が少なく核家族時代が進んだ今の世の中では、子供達に頼る訳には行かなくなっている。結果的には、今の社会で起きていると同様に、心中という安易な結論に走ってしまったのだが、改めて、忸怩たる思いに苛まれるのである。たとえ、息子達に迷惑を掛けることなろうが、やはり、妻を同道するのは避けるべきであったと考えている。
 ところで、このフィクションを書きながら、筆者は結構楽しんでいたというのが、正直な気持ちである。それと言うのも、死と云うものが迫ってきた時に、人は何をやればいいのかという課題に、事前にゆとりを持って考える機会となったからである。
 そもそも、このフィクションを思いついた切っ掛けは、極めて単純で、それは、随分と前に遡る話に端を発している。一考が、急遽東京から戻り、雅子の介護を始めた初期の頃で、まだ雅子の症状もそれほど悪化しておらず、ある程度一人でも最小限のことがこなせていた頃のことの出来事が切っ掛けだった。その頃は「歩き」を趣味にしていた一考が、5日間で琵琶湖一周を歩いて回っていた時のことで、二日目の海津大崎の辺りで、突然猿に出会ったのである。それは、このブログでも紹介した通り、2005年6月13日のことであった。
 この意外な出会いを何かの作品に使ってみたいと考えていて、結果的には、お伽噺のような形で扱ってみたのが、このフィクションである。つまり、最後の場面でのお猿さんの登場によるどんでん返しは、その時の猿との出会いを生かそうと最初から念頭にあった構想で、その舞台も、猿と出会った海津大崎付近にしつらえたのである。実を言えば、おみかんを与えたというその時の行動は創作で、あくまでも一つの大事な布石として使えるようにして置いたのだった、従って、筆者としては、その結末にどんな具合に持ってゆくかという展開を面白おかしく考えればよかった訳で、そういう意味では、その過程を作り出すことを楽しんでいたのである。(以下、明日に続く)

736 国民栄誉賞

 作曲家の遠藤実氏が12月6日に亡くなられた。国民栄誉賞の授与が検討されているという。シドニーオリンピックのマラソンで優勝した高橋尚子さん以来、ずっと受賞者が出ておらず、決まれば久し振りの受賞者となる。(注、今朝朝寝坊して、新聞も確認せずに書いてしまったのだが、昨日、正式に決まっていたのですね。うっかりでした。)
 今まで音楽関係では、歌手では美空ひばりさん、藤山一郎さんが、作曲家で古閑政男、服部良一、それに吉田正各氏が受賞していて、6人目の音楽家の受賞となる。因みに、昨年なくなった作詞家の阿久悠さんは受賞していない。また、野球のイチロー選手のように辞退した事例もあるが、その選考は、その時々の政治情勢でその判断基準がぶれることが多い。
 さて、音楽は、我々国民の日常生活に潤いや楽しさを与えてくれる素晴らしい文化である。今年も、日本の音楽関係者では、遠藤実さん以外でも、歌手のフランク永井さん、日野てる子さん、作曲家の服部良一さんが亡くなくなっている。その都度、それらの方々の作品を改めて聞かせてもらうことになり、当時を思い出す良きよすが(縁)で、自分達の歩んできた人生の一部を振り返る一つの切っ掛けとなっている。
 そういう意味で捉えると、ヒット曲は一般的には、3度生き返ることになる。その楽曲を歌った歌手が、その歌の作詞家が、そして、その楽曲の作曲家が亡くなられると、その都度、それらの方々を偲んで、関係楽曲をテレビ、ラジオで取り上げられるからだ。同時に、忘れられていた歌手も甦るチャンスになっている。結構なイベントに繋がっている。
 今度、遠藤実さんが国民栄誉賞の受賞が正式に決まれば、16人目の受賞者となり、またテレビなどで取り上げられるだろうから、ヒット曲は、四度目の生き返りとなる。明るさが戻るということで、お目出度いことである。
 とにかく、来年は、不景気の真只中になりそうで、大変な年越しになろうが、願わくば、気持ちだけでも、明るい年越しが出来ればと考えてしまう慌しい年の瀬である。

2.連載(701) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(276)
  第六章 真夏の夜の夢(169)

閑話休題 (第2部、その1)
 この第六章「真夏の夜の夢」を何とか書き終えたことに、久し振りにちょっとした満足感を覚えている。書き始めた時点では、170回も長く続くとは思ってもいなかった。くどくどとつまらないことを書き連ねた結果で、お読み頂いた方にはいささか迷惑だったのではと思うが、お許しを頂きたい。
 この夢の中でのフィクションを利用して、筆者が書きたかったのは、あくまでも、介護を必要とする相方を持った人間が、突如、自分の寿命が限られたものであると知った時、どのような行動に走るかと云う課題への挑戦だった。非常に単純明解な設定で、現代の高齢化社会では、それなりにリアリティのある課題でもある。
 この種の問題は現実に多くの事例があり、悲しい結末を何回も新聞やテレビで知っている。自宅の部屋の中で、車の中で、或いは人寂れた洞窟の中で、二人が手を繋いだまま自ら命を断っていたという小さな記事が社会面の片隅に載っているのも少なくなく、それらを目にする度に、針で突っつかれたような心の痛みを覚えるのである。この連載中にも、同様な立場の方からの同じような経験をしたとのコメントも頂戴した。当事者ならでは分からない苦しさがあるのだ。
 筆者も最初の内は、介護については、それほど深刻に考えることはなかった。しかし、次第に雅子の症状の悪化が進み、実際に自分の存在が欠かせない介護の軸になる立場になって、考え方にも大きな変化が起きて来ていたことは事実である。そこには、視力、握力、脚力、気力などの老化による自分の体力の衰えから来る将来への自信なさ、加えて、将来の経済的な面での不安などから、致し方なく、そんな悲しい結論に走る事例が増えている現実に接し、同情を覚えながら、自分達もそんな方向に走ろうとしたのである。
 特に、報道される事件の細かい背景などの事情を知るにつけ、そんな決断を余儀なくされる立場が理解できるだけに、それらの悲しい結末には、その都度胸を痛めていた。そういうことから、いわゆる、老々介護で苦しむ当事者の一人として、そんな場合に「どう生きたらいいのだろうか?」という課題に行き着いたのだった。
 そんな老人の生活をサポートしてくれるのが社会保障制度である。今までは、その実態を知るチャンスもなかったのだが、幸か不幸か、雅子が難病の特定疾患患者に認定されたことで、然るべきサポートが得られるようになり、その仕組み、実態を知ることになった。正直言って、今頂いているサポートは本当に有難いものであるが、今の民間の施設での経費を考えると、このまま10年、20年先は経済的に成り立たないことは確かである。将来、どのよぷに対応してゆくかは、筆者の今後の大きな課題である。(以下、明日に続く)

735 陽はまた昇るのか?

 久し振りに大阪に出た。関西のOBメンバーによる忘年会である。現役の二人の女性が顔を出してくれて盛り上がった。介護に明け暮れている一考には、思い切って発散できるオアシスだった。今朝は心地よい二日酔いで、このブログを書いている。
 そんな有難いオアシスとは逆に日本経済は厳しい状況に追い込まれている。日銀が米国の利下げに呼応して金利を0.1%に下げた。なけなしの蓄えを放出した感じである。これで、大手銀行の普通預金の金利も、0.04%になり、またほぼ金利ゼロの復活である。危機打開へのシナリオのようだが、結果的には、我々国民に負担を押し付ける対応にはうんざりである。
 この不況の来襲で、企業の対応も必死のようだ。人員削減は今や大手を振ってまかり通る環境で、その影響はいろんなところに顔を出している。来年のプロゴルフツアーも、幾つか減るし、アイスホッケーの強豪チームの西武も今期限りで廃部するという。この廃部で、リーグ自体の存続が危機になっている。不景気になれば、広告宣伝費が削られ、この種のスポーツがとばっとりを受けることになる。モータースポーツの最高峰のF1からホンダが撤退することになったのも、その典型的な事例だ。来年はどんな年になるのだろうか、心配、不安がいっぱいだ。
 そんな中で、NKH紅白歌合戦の出場歌手が歌う曲目が発表された。森進一が、川内康範さんとの確執で封印されていた「おふくろさん」を歌う。この曲は、紅白で七回目での歌唱で、同一曲の最多記録に並らんだそうだ。因みに、鳥羽一郎の「兄弟船」が同じ七回を記録しているという。また、話題の羞恥心&Pabが「陽はまた昇る」で盛り上げることになろう。そんなことで、今年も暮れてゆくことになる。恰も、地球が冷蔵庫に入ったような厳しい景気見通しの中で、本当に「陽はまた昇るのか?」という不安、疑問のオンパレードの中で、新年を迎えることになる。

2.連載(700) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(266)
  第六章 真夏の夜の夢(168)

(9)さよならを告げる旅(その35)
 夢の最後になって頭に浮かんできた気掛かりな忘れ物については、一考も、そのタイミングが土壇場という際どさに驚いだが、それは今でもなお一考の胸中に生きている懸念でもある。困難なプロジェクトを共に頑張ったという点では戦友の関係にあるグレースだったが、一方でその語学力、魅力的な女性と云う点で、強く惹かれるものを感じていたことは事実である。それだけに、その彼女を犯人に設定したことに、物語の人物設定上ではそれがベストだと考えての結論だったが、わだかまりがなかったと言えば嘘になる。従って、彼女がどんな読後感を持ったかが気掛かりだったのである。しかし、その後は、雅子の介護で多忙になり、そのことを完全に忘却の彼方に置いてしまっていたのだが、それが頭のどこかに引っかかっていたのだろう。そのことを最後の土壇場になって、一考が思い出したというのは、これまた自然な流れであったのだ。いずれにしても、機会があれば、ご本人には改めてお詫びを申し上げたいと思っている。
 なお、最後に顔を出してくれた女性についてであるが、それは、全く身に覚えのないことで、潜在していた願望が夢に登場したもので、文字通り、儚い夢だったのだ。長い人生の中で、一人ぐらいそんな女性の存在は期待するのは、男の本来の夢、願望であって、少し寂しい話だが、夢がカバーしてくれたということになる。
 ところで、この長い夢を通して、一考が最も驚いたのが、最後のお猿さんの登場だった。あれは確か2005年6月のことだったのを記憶している。5日間に分けて琵琶湖一周した際の2日目のことだった。最後の舞台に設定した海津大崎のトンネルの近くで、ひょこひょこと歩いているお猿さんと出会ったのである。ちょうどその辺りが工事中だったのだが、お腹をすかしているようで、物欲しそうに見えたので、持っていたおみかんを投げ与えたのだった。(2007年4月27日に掲載の連載96回目を参照)咄嗟に、若しかしたら、その時のお猿さんではないかと思ったのである。そうであれば、まさに「猿の恩返し」になる訳で、、実に不思議な縁に感動したのである。
 いずれにしても、お猿さんの示唆の通り、やはり、人間は命ある限り一生懸命に生きることが大事なことは申すまでもない。一考は「そうだ、そうだ」と頷きながら立ち上がった。トイレに向かうその足取りは、何故か凄く疲れているようで、足元が少しふらついていた。(第2部は本日で終り、そのフィクションにの裏話を3回に渡って閑話休題として掲載します。そして、その後に、第3部「闘いはまだまだ続く」を連開始の予定です)

734 揺れに揺れ動いた勝負の綾に感動

 昨日は、一日中興奮していた。朝から、NHKの衛星放送、インターネットを併用して、初代永世竜王を賭けた将棋竜王戦の最終局の決着の着く二日目の展開を、目いっぱい楽しんだ。その戦いは、期待通りの展開で、熾烈で、幾度も勝利の女神が揺れ動く激しい戦いとなり、最後の最後まで勝負の行方ははっきりしない好勝負が続いた。まさに、羽生善治名人、渡辺明竜王の両雄の知能の全てを全開して、ねじりあう激しい戦いで、解説者の藤井元竜王、九段の予測も幾度も変更を繰り返す内容で、その都度一喜一憂するファンの歓声が起きていた。
 先ず、朝の封じ手の時点では、渡辺竜王が指し易いというのが藤井九段を始めとする解説陣の見方だったが、お昼前の羽生の一手(9、2と)で流れが変わった。指された直後は、この手は一手パスのようで不評だったが、少し経って見方が変わり、挑戦者の羽生名人にも芽が出て来る展開になった。
 午後には、妻、雅子の介護に施設を訪ねていた筆者だったが、4時から始まった衛星放送を見た時点では、羽生名人が少し有利な展開になっていた。それでも接戦で、勝負が7時頃までもつれ込むと思われたので、自宅で最後の場面を楽しもうと5時過ぎに自宅に戻ったのである。この時点では、羽生名人優勢が勝勢に変わりつつあって、やはり、将棋界では3連敗、4連勝の大逆転は難しいのではと見ていた。
 しかし、である。その時点で指した羽生さんの手(6,2金)がに疑問手で、渡辺竜王の猛反撃が始まった。その反撃は思いのほか厳しく、一転して羽生危うしに変わったのである。しかし、さすがに羽生さんで、それを妙手(6、6角)で際どくかわし、再び有利な形勢に戻したのだったが、勝負の綾はまた微妙に動き、肝心なところで、羽生さんに緩手(2.4飛)を誘ったことで、勝負の行方はまたもや怪しくなり、今度は、羽生さんが懸命に王様を逃げる展開となった。それでも粘りに粘って、羽生名人は最後の逆転を狙ったが、残念ながら及ばず、渡辺竜王の凄い頑張りに、遂に羽生さんが投了したのである。
 時に2008年12月18日午後7時半だった。最後まで、諦めずに指した渡辺竜王の強さが光った一番だった。そう言えば、3連敗した後の第4局でも、終盤で羽生さん有利に展開、もう駄目かと思われた最後の段階で、渡辺竜王が奇跡の逆転勝ちをして、流れが変わったのが思い出される。それにしても、羽生名人にしては、最後の2局は非常に不出来な戦いで、悔いを残したに違いない。
 NHKも放送時間を延長して放映してくれたが、残念ながら大事な最終盤まではカバーしてもらえず、最後はインターネットで必至にフォローして、将棋界の歴史が塗り替えられた瞬間に、筆者は興奮していた。
 将棋界の歴史を外観すると、平均して十年から十五年に一人の天才が現れて来ている。長く続いた大山康晴十五世永世名人時代の後に、二回り若い中原誠十六世永世名人が登場、その後は、15歳後輩の谷川十七世永世名人が続いた。そして、8歳後輩の羽生第19世永世名人らの群雄割拠の現代には入っていて、この世代には、羽生に先んじて永世名人を奪った森内十八世永世名人や佐藤康光棋王、それに丸山忠久九段などの名人経験者が競い合っている。しかし、やはり、羽生さんが一つ頭が抜けていて引っ張っている。 そこに登場して来たのが、また一回り以上若い渡辺明である。
 しかし、羽生世代に迫るには、まだ、少し時間が掛かるだろうと見ていたのだが、どうやら、新しい渡辺時代が、大きく近づいて来ていることは確かである。今までの棋界になかった3連敗4連勝と云う大逆転の奇跡を生み、新しい歴史を創ったのである。
 この大きな歴史の塗り替えに、筆者は、敢えて、驚くべき二つ事実を付け加えて置きたい。一つは、その大記録を創った相手が、何し負う羽生名人と云う棋界の第一人者だったということ、そして、二つ目は、実は、この最終局の二日前に、別の棋戦で二人の対局があって、それにも渡辺竜王は勝利していて、実質的には、3連敗、5連勝を果たしたという事実である。
 記録は塗り替えられるものとは言いながらも、その内容の凄さは、在り得べかざる奇跡的なものであることに、筆者は大興奮したのである。
 かくして、偉大なる奇跡は起きた。しかし、麻生太郎内閣には、そんな奇跡は存在しないだろう。いずれにしても、今日は、この奇跡に酔いながら余韻を楽しみたい。

2.連載(699) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(265)
  第六章 真夏の夜の夢(167)

(9)さよならを告げる旅(その34)
 許されないことではあったが、自らが死を決意し、それを目指して行なった一考の一連の行為の中には、それなりに意味があり、必要な行動もあった一方で、満たされていない現実、溜まっている不満が主体的に蠢いて、それらが夢の中で発散される形になっていた部分も幾つかあった。言ってみれば、夢の中身の多くが「こんな不満がありますよ」と言った不満のオンパレードだったとも見ることが出来る。
 そんな中で、一考には、幾つかの決断が求められたが、最大の決断は、雅子を同道することにしたことだった。ここで一考は、自らのの美学、哲学と矛盾する選択をしたことが悔やまれるのだが、現実問題として、このまま雅子を一人置いてゆくことへの忍び難さ、気の毒さを思っての止むを得ない雅子への愛の変形であった。それでも、この点に思考が触れると、一考は改めて愕然としてしまうのである。
 そんな愕然とした頭の中で、一考は、夢に登場した個々の内容に思いを馳せていた。余命が幾ばくもないと知って行なった身辺整理、上京して友人達に会いに行った行動などは、体力が衰える前に行なっておこうとの行為で、適格な判断による意味のある行動だった。特に、友人に関しては、人間の究極の財産は人間関係、つまり良き仲間、友人の存在だとの一考の考え方から発していて、是非、もう一度会って置きたいというごく自然な流れであったと思う。面白かったのは、その内容が、少し前に、たまたま上京して久し振りの面会を楽しんだ内容と、ほとんどそのままの形で夢の中に登場していたことだった。まさに、夢と現実の融合で、一考には楽しい夢の部分であった。また、息子達と会食で、彼らにうんざりさせるほと繰り返し持論を展開し、跡継ぎ問題などを話して聞かせたのも、事実がそのまま夢となっていた。
 また、過去の経験で好印象を持っていた思い出が、その後の展開を楽しむ形で夢の中に登場していたことも面白い。サラリーマン生活で、初めてそのエリアのトップを経験させてもらった大阪支店を訪ねたり、米国親会社の本社のあるアメリカの田舎町の郷愁に惹かれて、JR永原駅に親しみを覚えたことなどは、その事例の典型と言えるもので、過去の良き体験、思い出がエキストラポレイトされる形で、夢に繋がっていたと言えるだろう。
 その一方で、現実の生活では満たされていない不平、不満などが、夢の中で実現した形になって登場していたものも幾つかあった。それらは、残念な、辛い、或いは虚しく、満たされない現実の裏返しとでも言える内容で、せめて、夢の中での実現を夢見ていたと言える。
 例えば、長男が結婚して登場して来たことや次男に男子が誕生しているいった内容がその典型で、明らかに普段から抱いている願望が、そのまま単純に夢に繋がっていたのである。そういう意味では、非常に分かり易く、一考を満足させる夢の内容だった。更には、雅子が生みの母親に抱かれて母乳を飲んだ記憶なども同じ範疇のものであって、生んで直ぐに亡くなった生母への思いが夢となって登場したものと考えられる。
 そんな中で、とんでもない話としては、人生の最後だからと言って、風俗に遊びに行った話しは、そのとってつけた理由もさることながら、明らかに現実離れした内容だったと言える。確かに、潜在的にそんな願望がなかったといえば嘘になるかも知れないが、現実論として、3年先の2011年には、残念ながら、もはや、そんな機能を持ち合わせていないことは確かだろう。(以下、明日に続く)

733 メディア、ネットの威力

 先日のブッシュ大統領が不意の靴攻撃を受けた事件は衝撃的だったが、それがネット上で早くも幾つかのゲームとして登場しているという。その手回しの早さに、改めてネットのインパクトの凄さを思う。一方で、その靴を投げた記者は英雄視されているようで、イラク国民が抱いていた今回のイラク戦争への不満の大きさが分かる。
 テレビ、ネットのインパクトといえば、あの浅田真央ちゃんの逆転優勝で、その自由演技に使われたクラシック音楽の仮面舞踏会が凄い勢いでヒットしているという。クラシック音楽が大衆の注目を浴びるのは珍しい。幸いなことに、仮面舞踏会のことをイタリア語で、マスカレード、その作曲家がロシアのハチャトリアだといった雑学を知るきっかけを得た。改めて、真央ちゃんの勝利とネットのインパクトの大きさを実感している。
 メディアが作り出したヒットでは、クイズヘキサゴンという番組から島田紳助がプロデュースした「羞恥心&Pab」というグループがある。既に年末の紅白歌合戦にも出場を決めていて、最新のオリコンランキングでは、羞恥心の「弱虫サンタ」がトップになっているというから大したものだ。ここでも、ネットの後押しは大きい。
 一方、青森市の八戸市議会議員である藤川優里さん(28歳)が美人議員ということで、ネットを通じて大きくブレークしている。一地方議員が全国的に脚光を浴びているのは珍しい。写真で見る限り、議員としてはそれなりの美人だが、少し自信過剰な一面も散見される。既にDVDも出していて、それも結構売れているらしい。ここに来て後援会会長との関係でぎくしゃくしているようだが、一旦、こうしてブレークしてしまうと、後援会長の方が惨めに見えてしまう。ネットの後押しの効果だ。
 これらの事例をから明らかなように、メディアが取り上げれば、それが直ちに裏メディアの雄であるネットに繋がり、大きくブレークする仕組みが出来上がっていることが分かる。逆に言えば、悪い内容で、その仕組みに引っかかれば、一気にマイナス効果が拡大されることになる訳で、麻生太郎さんは、今や、その大変な洗礼を受けているとも言えよう。いずれにしても、ネットの凄さはとても凄い、凄い。
 そんな仕組みが作動している中で、昨日から、注目すべき二つの戦いの火蓋が切られた。
 一つは、間寛平さんのアースマラソンで、これは、メディア、ネットが取り上げることは必至で、うまく行けば、数年間の話題を席巻することになろう。肝心の戦いの成否の鍵は、寛平さんの健康状態と太平洋、大西洋の大海を、無事にヨットで乗り切れるか否かであろう。
 昨日始まったもう一つの戦いは、初代永世竜王を賭けての羽生善治名人と渡辺明竜王の将棋竜王戦の最終局である。この戦いは、それほどネットに取り上げられることもなさそうだが、NHKが、部分的に衛星放送で生中継してくれる。寛平さんの戦いと違って、短期決戦で、今日中に決着が着く。一日目を終えた段階ては、素人目には渡辺明竜王が指し易そうに見えている。果たして、将棋界で初めての3連敗、4連勝の大逆転劇が起きるのか、或いは、出だし三連勝した挑戦者の羽生名人が、改めて奮起し、底力を発揮して勝ち切るのか、筆者を含めて将棋ファンは、今日は朝から目が離せない。

2.連載(698) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(264)
  第六章 真夏の夜の夢(166)

(9)さよならを告げる旅(その33)
 少し寒さを覚えて気がつくと、一考は、こんがらがった頭の状態のまま、いつものベッドの上にむっくりと起き上がっていた。時計を見ると、まだ4時過ぎで、いつもよりかなり早い。「なあんだ、夢だったのか」と、一考は大きく息をつくのだったが、その一方で、長い長い曲がりくねった道を歩いて来たようで、未だに夢と現実が渾然となっていて、判然としていない自分の頭をしきりに叩いていた。
 とにかく、先ずは、生きている自分に一考はほっとした。癌の宣告なんて何も受けていない。夢にしても、とんでもないきつ過ぎる冗談ではないか。一考は、少し反発心を覚えながら改めて、夢の中で展開されたドラマに身震いするのだった。そこには、必ずしも、全く起り得ない内容ではないと感じる部分が多々あったからだった。
 それにしても、余命一年と告知された時には、夢の中だったとは言え、その衝撃は大きかった。一気に土壇場に追い詰めらたようで、あたふたとした自分に、一考は人間の脆さを見たようだった。中でも、雅子を同道しようとしたことは遺憾なことだった。大事な命をおろそかに扱おうとしたことは許されない。それは、如何なることがあろうとも、堂々と生抜くことwpモットーにしている自分の美学を、だらしなくも、自らが幕引きをしようとした行動に走った訳で、一考の常日頃の考え方と明らかに異にするものだった。
 夢って、一体何者なんだろう。一考は改めて考えてみるのだった。我々はよく「夢に生きている」とか、「夢を持とう」などと口にするが、その場合は、現実の生活の中での希望や目標を指している場合が多い。
 その一方で、寝ていて見る本当の夢は、もちろん願望や希望もが反映されているものもあるのだが、それらとは違っていて、普段抱いている不安や潜在的な心配などが絡んだハイブリッドの形になっていることが多い。一考が見ていた夢も、広く言えば、まさにその事例に相当するものだったと言える。
 とにかく、夢から覚めたばかりの一考の頭の中は、大混乱していた。常日頃からの余計な心配が高じて、それがどうしようもない癌患者という厳しい夢に繋がったのであろう。そして、そこから端を発して、短絡的に死を決意して行動に入った思考過程は、あまりにも単純で一考らしくないと言わざるを得ないものだった。(以下、明日に続く)

732 挑戦

 このブログも今日で732回目で、三年目に入った。これからも、毎日更新の記録を目指して地道な挑戦を継続してゆきたい。
 今朝、目を覚ましたのが4時過ぎだったが、米国の株価の動きが、ちょうどその時点から急上昇を始めていた。これは、何か動きがあったのだろうとニュースを確認すると、米国のFRBが金利ゼロ政策を決めたということが分かった。この道はいつか来た道で、かつて日本がとった政策である。さて、この米国の挑戦が、未曾有の不景気、金融恐慌の打開に繋がってゆくのだろうか、先行きを見守りたい。
 そういう一方で、このことで、日本金利が米国金利を上回ることになり、低金利にも関かわらず、日本への更なる引き下げプレッシャーが架かるはずだ。日本は、どんな対応を見せるのか、ここでも日本の新たな挑戦が見られるはずだ。
 麻生総理は、言葉遣いという意外な面で破綻を見せている。漢字の読み方に加えて、最近も「徘徊老人」なんて軽く発言して、また、関係者、マスコミの批判を浴びた。やはり、お坊ちゃん育ちの麻生さんには、もともと無理な挑戦ではなかったのだろうか。ここまで来ると、もはや起死回生の復活は難しそうだ。
 そんな一方で、橋下徹大阪府知事の挑戦は、荒っぽい面が目立つが依然として活発だ。昨日も、テスト結果公開をしないという文科省の方針に「バカ」を5回も繰り返して批判した。同時に「官僚は全員代わる必要がある」と強調、その指摘は多とするが、その言葉遣いは宜しくない。怒りの表現方法は他にもあるはずで、筆者の筆名ではないが「一考」を要する。人気があるからと言っても、そんな荒っぽい言葉遣いを繰り返しをしていると、肝心の人気を失うことになりかねない。一人のファンとして心配している。挑戦にも節度を欠いてはいけない。
 さて、ブログ三年目ということで、何か明るい話題はないかと探してみると、あの間寛平さんが、今日、地球一周を目指してのアースマラソンの出発する。2年から3年を掛けての長期に渡る前人未到の挑戦だ。果たしてどんなレース展開を見せてくれるのだろうか。多事多難が心配されるが、大きな目標に向かって頑張る気概は大事にしてあげたい。本人は「目立ちたいからだ」と単純な表現をしているが、見守る方も、単純にどんな風に難関を克服して行くかという興味本位で追うことになる。
 不景気、政治不信などの面白くない毎日に、加賀の千代女ではないが「寛平さん、今日は何処まで行ったやら」で、楽しい話題を提供してくれるのではないか。無謀で大変だといわれているが、逆に、それだけファンには、毎日楽しみを提供してくれる挑戦ではないだろうか。
 人間、生きている限り、事の大小は別にして、何かに挑戦して毎日を送れることは幸せである。そういう意味では、筆者も、このブログの更新、妻の介護に挑戦を続けるのだが、それなりの達成感を楽しめる毎日でもある。


2.連載(697) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(263)
  第六章 真夏の夜の夢(165)

(9)さよならを告げる旅(その32)
 何事が起きたのかと、一考は興奮して前方を見ると、何と、一匹の「猿」が、にこりと微笑むような顔つきで、じっとこちらを見ているのだった。
 「何だ、猿だったのか」との思いで、今までにない大きな落胆を覚えたが、同時に、大分前だったが、歩行で琵琶湖一周に挑戦をしていた時に、この辺りを歩いていて猿と出くわしたことを思い出した。(2007年4月27日に掲載の連載96回目をご参照) 
 その時には、その猿が、お腹をすかしていたように見えたので、持っていたみかんを投げ与えたのだったが、若しかしたら、その時の猿ではないかというとっぴでもない閃きが一考の頭の中を駆け抜けた。「先走るんじゃない。お辞めなさい」という強い戒めの意味で、身を挺して立ちはだかってくれたのではとの思いに結びつくのだった。
 一考は、こんがらがった頭を抱えながら、「若しかして、あの時の猿が」と思う一方で、「そんなはずがない。あれは、もう6年も前のこと」と有り得ないことと打ち消す一方で、味わったことのない興奮状態の中で、込み上げて来る何とも言えないときめく感動を覚えていた。
 それは、恰も、お伽噺の世界の中で、あの浦島太郎のように、自分が貴重な「猿の恩返し」の恩恵に与かっているような気分であった。そこには、果たせなかった挫折感と生きているという喜びが交錯し、一考を茫然自失の複雑な興奮状態に追い込んでいた。一考はハンドルの上にかぶさるように、身を固くして、暫くの間、そのままじっとしていた。
 端的に言えば、時間をかけて、一つずつ積み上げてきた命を賭けての決死の演技が、たった一匹の猿の登場で、脆くも崩壊してしまったのである。その直前まで、幾度も、頭の中でシュミレーションを繰り返し、その演技のイメージ作りに徹して来ていた最後の演技が果たせなかったことに、喩えようのない悔やしさがあった。
 しかし、物は考え方で、あのお猿さんの突然の飛び入りで、それまで考えていた以上の素晴らしい舞台を演じられたのではないか、との考えが一考の頭の中に芽生え始めていた。そっと、雅子の顔に視線を送ると、そんな不測の出来事のことを知る由もなく、穏やかな顔があって、一考の気持ちを和ませてくれるのだった。改めて、一考は雅子に向かって「ごめんね。でも、これで、よかったんだ」と心の中でお詫びの言葉を繰り返すのだった。二人の愛は、とにかく無残な破壊、破綻することなく、明日に続くことができることに、一考は無上の幸せを感じるのだった。
 時間の経過と共に一考には落ち着きが戻り始めていた。「人間、如何なる時も、自ら命を断つようなことをしてはいけないんだ。生きることの尊さをもっと真剣に噛み締めるべきだ」一考は、改めて、自らにそう言い聞かせるのだった。
 どれくらい時間が経ったのだろうか。一考の頭の中に「猿も然(さ)る者」という下らない三文ジョークが浮んで来で、平常心に戻り始めた一考に何とも言えない軽い笑いを誘っていた。少し前までまだ明るさを保っていた空が、静かに暮れなずみ始めていた。(以下、明日に続く)

731 選ばれた誇り

 来年3月に行なわれる第二回WBCに出場する日本代表の第一次候補者が発表された。全体的に、オリンピックの時とは違って、MLBからも7人が選ばれていて、バランスが取れた立派なメンバー構成になっている。
 MLBの7人を除くメンバーを球団別に見ると、巨人、ソフトバンク、西武から各5人、横浜、広島、楽天、日本ハムから各2名、阪神、ロッテ、オリックス、ヤクルトから各1名の27人で、中日からは事前の噂通り誰も選ばれなかった。
 意外だったのは、阪神から新井選手が辞退しとは云え、藤川投手の1名だけと云うのは如何にも寂しい気がする。また、この種の大会で活躍しているロッテの西岡選手が落選した。報道では本人は大変残念がっているようだ。また、MLBの救援投手の岡島秀樹が入っていないのが気になる。穿った見方だが、同氏はかつて巨人軍を首になった経緯があるだけに、巨人軍の原監督としては、敢えて選ばなかったのではなかろうか。
 いずれにしても、選ばれた選手は誇りを持って、日本チームの連覇を目指して頑張って欲しい。
 選らばれたというニュースでは、同じく来年の春の選抜高校野球の21世紀枠の候補9校の中に、滋賀県の彦根東高校が選ばれた。県下屈指の進学校で文武両道で優れた高校だ。筆者はそのライバルの膳所高の出身だが、最近の両校の比較では、文武とも彦根東が上を行っているようで少し残念な気がするが、この21世紀枠の候補に、彦根東高校が選ばれたことには、大いなる誇りであり、大きな拍手を送りたい。野球では、県大会でこのところ、上位を占める常連校に入っており、今年の秋の近畿大会でも、兵庫の東洋大姫路に惜敗はしたが、結構強いチームだ。来春の甲子園出場を大いに期待している。
 米国大統領のブッシュも、米国民によって二度も大統領に選ばれていて、その誇りも然るべきはずだ。しかし、昨日のイラクでの記者会見で、居合わせた記者からの突然のシューズ攻撃には、そのプライドも、足で蹴飛ばされたように吹っ飛んだものになった。それにしても、二度に渡る不意打ち的な攻撃をさらりとかわしたブッシュの運動神経はお見事だった。シューと音をたてて二度も飛んで来たのが、シューズだったというのは、ブッシュさんも笑っている場合ではなかったろうが、それでも「靴のサイズは10だろう」と言い返した辺りは、さすがにしぶとい奴だ。

2.連載(696) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(262)
  第六章 真夏の夜の夢(164)

(9)さよならを告げる旅(その31)
 大浦の信号のある三叉路を通るのは、この日だけで3回目だった。最初は奥琵琶湖ドライブウエイに入るための迂回時で、2回目が空振りに終わったが、決死の舞台に向かった1時間ほど前のことだった。2回の見送りがあって、ツーストライクノーボールに追い込まれた野球の打者の気持ちになっていた。もう、空振りは許されない。
 右折して真っ直ぐ進む。さすがにこの時間帯になると、車の姿は殆どない。湖岸に沿う道に入ると、先ほどと違って西の空が赤く滲んでいて鮮やかだった。戦いに挑む戦士のようで、今度こそはという気持ちでいっぱいだった。この時点では、一考は二つ目の候補ゾーンを最後の舞台にすることに決めていた。先ほど、故障車で見送りを食ったという思わぬ展開があっただけに、やはり、その意地もあって、そこでの決行を果たしたいとの気持ちになっていたのである。
 車は、静かに、どんどんとそのターゲットに向かって進んで行った。行き交う車もないまま、最初のトンネルを抜けた。一考の気持ちは高ぶって来る。直ぐに、二番目、三番目のトンネルをあっという間に抜けた。湖岸に接する湖面の色も夕日を受けて赤く染まっていた。一考の気持ちも、それに呼応するように赤くなって来ているようで、ハンドルを握る手に更に力が入る。
 さあ、五番目のトンネルが近づいて来た。これを抜けるといよいよ決戦の舞台となる。さすがに、このトンネル内では、暗さが深まっていて前照灯を点灯させた。車の揺れに応じて、その明暗の影が妖しげにトンネルの壁に揺らめいて投影される。しかし、その揺らめきも直ぐに終わってトンネルを出た。後は、その直ぐ前方の舞台に車を突っ込ませれば、長かった闘いもゲームセットとなる。同時に、思い出多かった素晴らしい人生にさよならが出来るのだ。一考は、改めて、前方の舞台となるべき方向に目をやった。幸い先ほど止まっていた故障車もいない。「よし」と一考は絞り出すようにして声を出し、「行くよ、雅子、これで楽になれるんだ」と最後の声を掛けた。雅子は何も反応しなかったが、安らかな顔をしていた。一考は、この最後の劇的な舞台のチャンスを与えてくれた神様の配慮に感謝しながら、アクセルに乗せている足をぐっと踏む込んだ。
 その時だった。思わぬ展開が起きたのである。一考の車の前方を何者かが駆け抜けようとしている影が眼に入った。それが何だがはっきりと分からなかったが、一考の足は、反射的にブレーキにかかったのである。車は、それまでの勢いで湖岸の崖っぷちまで突っ込んだが、その少し手前で急停車した。またしても、想定外の思いも寄らないシナリオが書き込まれたのだった。肝心の土壇場の舞台で、一考が、勇躍として演じようとしていたクライマックスとなる最後の演技にストップが掛かったのである。その瞬間、一考には、一体何事が起きたのか、全く理解できず、頭の中は収拾のつかない混乱状態になっていた。(以下、明日に続く)

730 驚かされて楽しんだ日曜日

 日曜日は相変わらず、テレビ番組の梯子で楽しんだ。お昼には施設の雅子の部屋で「実業団の女子駅伝」と「たかじんのそこまで言って委員会」を同時併行的に見ていた。駅伝では、七度目の優勝を目指していた三井住友海上を最終区で逆転した新鋭豊田自動織機が初優勝を果たしたのは見事だった。筆者よりも2歳も年上のベテラン小出義雄代表の指導が、優勝に結びついたようで、同氏の面目躍如である。単なる酒飲みのおっさんの感じがいっぱいの小出さんだが、その指導力には、未だに神通力があるようで驚かされる。
 一方の「たかじん…」では、宮崎哲弥、勝谷誠彦、金美鈴氏などの歯に衣着せぬ毒舌が交錯する賑やか番組だが、相変わらず三宅久之氏の発言には重みがあって楽しい。間もなく79歳になられるようだが、その大変な元気さに驚かされる。
 夕方はワールドカップスケートが行なわれ、女子のベテラン、岡崎朋美選手が健闘して、500メートルで5位に入賞した。37歳でも体力、技術、そして美形でも、まだ第一線を保っておられるのに、これまた驚かされるのだ。
 夜は、NHKの大河ドラマ「篤姫」の最終回を楽しんだ。長い首が美しい篤姫役の宮崎あおいさんの凛とした演技には、筆者も大いに惹きつけられた。一方、脚本を担当された宮尾登美子さんだが、「櫂」で作家デビューされたのが46歳という少し遅咲きの方なのだが、その重厚な表現、文章には、筆者は大いに憧れを覚えている。82歳を過ぎておられる現在も、こうして活躍しておられるのは嬉しくもあり、そのお元気さに驚かされるのである。
 同じ時間帯で同時進行で行なわれたサッカーFIFAのクラブワールドカップでは、ガンバ大阪が、オーストラリアのアデレートを1-0で破って準決勝に進出し、ファンを喜こばしてくれた。大河ドラマが終わって、チャンネルを切り替えた時点では、最終盤に入っていてアデレートの猛攻に驚かされたが、必死に凌いで、緊迫したロスタイムを辛くも逃げ切ったガンバ大阪の戦いは立派だった。次の準決勝でもファンを大いに驚かして欲しいものだ。 
 とにかく、いい意味での刺激のある驚きを覚えるごとに、若返りを意識する今日この頃である。

2.連載(695) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(261)
  第六章 真夏の夜の夢(163)

(9)さよならを告げる旅(その30)
 JR湖西線の永原駅に戻ったのは6時を少し過ぎた頃だった。先ほど来た時と同じ駐車場に車を止めた一考は、ほっとして助手席の雅子に目を遣った。幸いにも、雅子は、先ほどと同じように静かに眠っているようだった。結婚してから常に感じていたのだが、雅子の眠りは静かである。寝言を聞いたこともなければ、歯軋りや鼾なんて縁がないようだった。自分が激しい鼾をかくことでいつも苦情を受けているのとは対照的だった。そして、人生最後にしたこの瞬間も、本当に静かに眠っていた。楽しい夢でも見ていてくれればいいと思いながら、暫くその俯いた姿勢に見入っていた。そして、そのまま車の中で、身を固くして時間の経過をじっと待つ形になった。
 一考は、あの場所で車が故障していたことのタイミングの悪さを思う一方で、それは、神様からの「そんな無謀なことはよしなさい」と言う意味を示唆する配慮ではないかとも思ったりしていた。
 確かに、今まで数回、少なくとも5回はあの道を走ったり、歩いたりしたのだが、車が故障していたのを目にしたのは初めてのことだった。しかし、そんな気掛かりで、自分を弱気にさせる考えを打ち消すように、一考は「単なる偶然、単なる偶然」と自分に言い聞かせるのだった。そして、人は、何でも、何かがあると、それを意味あり気に解釈する癖があるものだと思うと同時に、あまり感心する癖ではないと戒めるのだった。従って、結果的に自分達の命が少し延長されたことにも、深読みする必要もなく、陸上競技などでのフライイングがあって、スターとをやり直すようなものだと単純に解釈するのだった。そして、改めて、この計算外のやり直しの展開に、ゴルフでのサドンデスのプレイオフを意識するのだった。
 夕暮れが迫って来ていた。綺麗に赤く染まった西の空が、やり直しのために、少しぐずっている一考の気持ちを軽やかにしてくれるのだった。やるしかないといった気持ちが高まり、一考をせきたてるように背中を押てくれるようで、一考の気持ちは少しずつ盛り上がって来るのだった。
 一考は、時間の間合いを図りながら、その最後の瞬間に、力強く踏み込むアクセルの感触を確かめるように、頭の中でのイメージトレーニングを繰り返していた。それは、恰も、土俵脇の控えの場で、順番を待っている力士の気持ちを味わっているようでもあった。
 やがて、「時間が来たよ」とのお告げを聞いたような気がして、一考は改めてハンドルに手をやり、柔らかくアクセルを踏み込んで、車を静かに発車させた。かくして、あの舞台に向けての最後のドライブは開始されたのである。時刻は、6時半を過ぎていたが、夏の夕空はまだかなりの明るさを保っていた。(以下、明日に続く)

729 頂上対決

 さすがに、張り詰めた緊張と心地よい興奮で、18歳同士の二人の対決をテレビ観戦していた。昨日、高陽(韓国)で行なわれた浅田真央とキムヨナとのフィギュアグランプリの頂上決戦である。少し先に行なわれた男子の決戦で、初日のSPでトップにいた小塚崇彦選手が2度転倒して惜しくも優勝を逃していただけに、浅田真央の演技にも不安がない訳ではなかった。
 浅田の演技が始まった。いつもよりの少し硬い表情だった。それでも、最初の大技の3回転半が綺麗に決まった。とにかく、出だしは無難でほっとする。そして、2回目の三回転半も見事に決まり、見ていた筆者も少し愁眉を開いた気持ちになっていた。その演技に入る直前に、解説の(荒川静香さんか伊藤みどりさんのどちらか)の方の「飛んで! よ~し」という声が入ったのが、とても印象深かった。自由演技は4分間の演技が展開されるのだが、見ていて結構長く感じられた。そして、後半に入った所で、懸念していた真央ちゃんの転倒が起きた。「いかん!」と、その瞬間、筆者も思わず声を発した。しかし、浅田真央は、その後は演技を無難に纏めて終了したが、その顔には笑顔が少なかった。
 筆者は急いで、インターネットの速報をチェックした。と云うのも、この中継は、本当の生中継ではなく、5分ぐらい遅れて放映しているように思っていたからである。男子の小塚さんの2位も、放映が終わる直前に結果が配信されていたからだ。しかし、その時点では、まだ結果については出ていなかった。
 いよいよキムヨナ選手の演技が始まった。順調な出だしと思われた。しかし、である。後半に入った所で回転にミスが出た。そして、その直後に転倒した。思わず、「やった!」と思った。この種の戦いでは、どうしても相手のミスを期待してしまう。そうでなければ、勝利を呼び込めない仕組みなのだ。ゴルフで、相手がミスをしてくれるのを期待するような側面があるのと同じだ。
 かくして、頂上対決は真央ちゃんの3年ぶりの逆転優勝となった。それにしても、地元の大きな期待の中で、必至に頑張ったキムヨナ選手の健闘ぶりは立派だった。その表情には、真央ちゃんにはない、何とも言えない妖しい魅力が漂っていて、「どきっ」とさせられたのは筆者一人ではないだろう。
 とにかく、日本が韓国を破ったという点で、久し振りに爽快な気分にさせてもらった。真央ちゃんには、よくやったということでで、拍手、拍手だった。
 頂上対決と云うことでは、昨日、日本の麻生太郎首相、韓国の李明博大統領、それに中国の温家宝首相の三人の首脳会談が福岡県大宰府市で行なわれた。100年に一度と云う米国発の世界危機に備えたものだった。支持率低下の著しい麻生首相にはその回復への一つのチャンスのはずだが、今一つ盛り上がりには欠けていたように感じられた。とにかく、金融安定化に協力するということでアジアの繁栄を誓ったようだが、頂上会談にしては、地味なものだったように思う。人気の薄い麻生総理がどの程度の説得力を発揮できたのかが気掛かりだ。
 さて、今週の17日と18日の2日間に渡って、将棋界での頂上決戦が行なわれる。初代の永世竜王の称号を賭けての羽生善治名人と渡辺明竜王の竜王戦、七番勝負の最終局である。渡辺竜王の将棋界初の3連敗4連勝の記録が達成されるのか、或いは羽生名人が、それを阻止するのか、勝った方が初代の永世竜王の称号を得る。若し、羽生名人が勝てば、将棋界初の7冠全ての永世称号を取得することになる。
 とにかく、将棋界始まって以来の大きな頂上対決で、NHKも珍しく中継の時間枠を拡大して、その世紀の瞬間の中継を狙っている。将棋ファンには堪えられない二日間になる。

2.連載(694) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(260)
  第六章 真夏の夜の夢(162)

(9)さよならを告げる旅(その29)
 一考は、心に誓った最後の舞台での演技を決行すべく、満を持して車を発進させた。助手席の雅子に目を遣ると、お薬が効き始めているようで、俯きの姿勢が少し深くなったようだった。車は直ぐに三つ目と四つ目の短いトンネルを通過した。次の五つ目のトンネルを出て少し進んだ先が、一考が最適の一つと考えていた決行の舞台である。ハンドルを握っている手に今までにない力が入っている。命を賭けた決死の行動に突き進むのだから当然なことなのだが、極度に緊張が高まってきている証であった。琵琶湖の景色を見る余裕もないまま、目的とする五番目のトンネルは直ぐ目の前に迫って来ていた。
 さあ、いよいよだ。それまでのトンネルに比べると少し長いが、それもあっと云う間だった。一考は、「行くぞ」と自らに言い聞かせた。トンネルを出ると視界が開けて前方がはっきり見えた。目的の舞台はもう100メートルもない。改めて気合を入れる。そしてそっと隣りの雅子に目をやる。先ほどと同じ姿勢で静かに下を向いたままだった。ほっとして目を上げた時だった。一考がターゲットにしていたその地点に、何と一台の車が止まっていた。とうやら故障しているらしい。少し左に車を寄せた状態で修理中のようであった。
 どうすべきか、一考は戸惑った。しかし、このまま、そのゾーンでの飛び込みは如何にも不自然であり無理があった。取り敢えずは、その故障車を横目に見ながら通過せざるを得なかった。野球で言えば、一つ目の候補のゾーンを見送ったことをも考えると、二球続けて見送りとなったのである。思いも寄らない展開に、一考は大きく一息つきながら、そのまま暫く海津大崎の湖岸を走り続けた。夕日を浴びたこの辺りの湖岸の絶景に感動する余裕が戻っていた。さあ、どうしようかとハンドルを握り直しながら考えていた。シナリオになかった展開である。とりあえず、一考は、Uターンして、もう一度、JR永原駅まで戻ることにした。少し時間を稼ぐ必要があったからである。
 そこには、やはり、最初に決めた舞台での決行に拘る自分があった。来た道を戻って行く際には、先ほどの故障車は、まだそのままで修理が続いているようだった。仕切り直しということで、一考の気持ちにも少し落ち着きが戻っていた。(以下、明日に続く)

728 ドル箱

 ドル箱を広辞苑で探すと、幾つかある意味の中に「大きな収入源となる人や商品」とある。何故、円ではなくドルなのかという単純な疑問が出て来るが、広辞苑では、それについては触れていない。
 さて、今年を振り返ってみれば、ゴルフの石川遼君は、まさにドル箱スターだった。今騒いでいる米国自動車のビッグ3も、長年に渡って米国のドル箱的な存在だったと思う。
 ところで、何事にも果敢に取り組む橋下徹大阪府知事は、国の誰かさんと違って、今でも高い支持率を保っている。多くの提案が矢継ぎ早に出され、それらのアクションも早く、総じて、そのやる気の高さには見るべきものがある。
 最近の事例では、人件費のカット、教育問題では学力テスト結果の公表、携帯電話の扱いなどの思い切った提案、アクションが執られていて、大きな話題になっている。中でも携帯電話の問題では、具体的に小学生、中学生には不要だと主張しているのが全国的にも話題になっていて、その通りという流れになりつつある。今や、大阪発で全国に広がる傾向が目立ってきていて、やる気気満々の橋下徹知事の面目躍如たるものがある。
 ところが、このほど関西空港の活性化を企図して、伊丹―成田の直行便を廃止したらと提案しているのだが、これはちょっと違うのではとの感触だ。聞くところでは、この伊丹―成田路線は搭乗率90%という、いわゆるドル箱路線だそうだ。それをなくして、関西空港―成田便で代行し、関西空港の活性化をというのだが、これには利用者から大きな不満が出そうである。
 この問題の根本は、成田空港の場合もそうだが、関西空港へのアクセスの不便さにある。利用者の立場の考慮が軽く見られた結果の空港計画が先行したもので、特別なアクセス方法が開発されない限り、何時までも解決できない問題だ。
 いずれにしても、海外への出入り口があまりにも不便なところにあり過ぎる。そういう意味では、羽田空港や伊丹空港の拡大活用が再検討されるべきだろう。
 余談だが、今年の政界を振り返ってみると、この橋下徹知事や東国春英夫知事は、数少ないドル箱政治家だったと言えるようだ。国政にも「出でよ、ドル箱政治家」だが、残念ながら、それらしき姿が見当たらないのが心細い。

2.連載(693) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(259)
  第六章 真夏の夜の夢(161)

(9)さよならを告げる旅(その28)
 大学を卒業して、結婚までの期間の大半は、大学教授の秘書として過ごした。自分には活気に満ちた楽しい期間だったと思う。脳裏に現れた自分の姿にも明るさが漲っていた。心の友人という観点から見れば、女子大時代から、この秘書時代でお付き合いした何人かの友人は、いわゆる生涯の友人の範疇に属する方たちばかりだった。その方々の顔が、連続写真を見るように順次浮んで来て、その頃の楽しさを思い出させてくれた。その中には、こんな病気に罹かってしまった今でも、幾度もお見舞いの手紙を頂戴して、励ましてもらっていて、感謝で一杯である。
 また、その研究室にいた学生さん達にも気に入ってもらって、楽しい一時期を過ごしたが、、結局は結婚相手としての巡り合いには至らず、母親の勧めるお見合いに何回か顔を出した。相手となった何人かの顔が浮んでは消えたが、何故か夫となった一考の顔は浮んで来なかった。
 脳裏に浮かんで来た場面が、新婚旅行で南九州を旅する自分の姿に変わった。ここでも一考の顔がはっきりと見えない。不思議な現象だと雅子は焦りを覚えるのだった。一考とのお見合いが、「もう、乗り遅れてしまうわよ」との母親からの強い勧めで「まあ、いいや」といった諦めの気持ちで踏み切ったことから、夫の顔が浮んで来ないのかも知れないと不安を抱くのだった。
 その後は、ずっと時代を下った映像に変わり、幼い子供達の姿が現れた。驚いたのは、その次のシーンだった。そこには、かわいい娘を抱いた自分がいた。二人の息子達がその娘を覗き込んでいる。とにかく、欲しい欲しいと思っていた娘を抱いていたのである。うれしそうな自分の姿がそこにあった。その場面が終わると、太郎と二郎が部屋の中で仲良く遊んでいた。太郎のお尻を追いかけるように二郎が後を追ってついてゆく。相撲を取っているシーン、勉強を教えているシーンなどが重なるように出てきた。突然、陸上競技の短距離選手になった二郎の走っている姿が、幾度も現れては消えた。その息子の追っかけをして、陸上競技場を渡る歩く自分の応援姿があった。
 嬉しかったのは、独身だったはずの太郎が結構式を挙げるシーンがあった。夢と現実が入り混じった形で登場して来るのだが、雅子には嬉しい、楽しいシーンの連続だった。
 その後に現れたシーンでは、既に難病との闘いが始まっていた。姉達に連れられて温泉旅行をした場面で、亀岡の湯ノ花、兵庫の城崎などへ連れてもらった思い出が浮んで来るのだった。そこには姉に抱かかえられながら旅館の階段を上り下りする自分の姿があった。幼い頃に母親代わりにかわいがってくれた姿が重なるような映像だった。この難病が悪化し始めた頃で、まだ何とか自分でも少しは動けた頃の姿だった。
 人生を早回しで回想するような断片的なシーンが現れては消えた。しかし、どうしてか、夫の姿が出て来ないのが不思議だった。今では大事な命綱と頼っているだけに、自分が置いてきぼりを食っているのではとの不安を感じ始めたところで、どうやら完全に眠りに落ちたようだった。(以下、明日に続く)

727 奇跡誕生?

 テレビのニュースでも報道されていたが、日経の昨日の夕刊の囲み記事に、筆者は大いに注目した。それは「脳活動から画像再現」という見出しで人が見た文字、図形が画像として再現される技術が開発されたというのである。
 京都府の精華町にある国際電気通信基礎技術研究所(ATR)などの研究グループが開発したとある。米国の科学雑誌、ニューロンの11月号に発表されたもので、まだ基礎研究の段階にあるが、将来は、人間が頭に思い浮かべている夢やアイディアを画像化して見ることが出来るというのだ。
 このニュースで筆者の頭の中に思い浮かんだのは、目下、雅子とのコミニケーションに大変な苦労していることが、解決できるのではと云う飛躍した考えだった。雅子の発音が不鮮明で何を言っているかが分からず、言わんとすることを質問したり、或いは文字分解して探り当てる毎日なのだが、この技術で頭に思い浮かべる文字が画像に再現できるなら、雅子の言わんとすることが直接的に把握出来ることになる。素晴らしい画期的な技術ではないかと直感したのである。
 研究は、まだ緒に就いたばかりで、現実的にはMRIなどの設備が必要ということで、実用化という面からはまだまだ夢の世界の話だが、京大の山中伸弥教授らが進めているiPS細胞の技術と共に、実用化される日を首を長くして待っている難病で苦しんでいる人達は多い。この種の科学技術の進歩では、良い意味でのとんでもない奇跡が起こって欲しいものだ。
 さて、奇跡と云うと、将棋界で奇跡が起こるかもしれない状況が生まれている。それは初代永世竜王を掛けて戦っている竜王戦七番勝負で、三連勝した羽生名人に対して、渡辺明竜王が、昨日の第六局にも完勝し、逆に3連勝でお返ししたのである。渡辺竜王のお見事な逆襲である。
 勝負事でそのドラマティックな展開の最たるものの一つが3連敗4連勝のパターンで、かつて、あの三原脩が率いた西鉄ライオンズが巨人を倒した日本シリーズが思い出される。「神様、仏様、稲尾様」の名文句は今でも筆者の記憶では健在だ。
 囲碁界でも既に5度ほど事例があるそうだが、将棋界では、その長い歴史の中で、まだその衝撃的な逆転劇は一度も起きていない。筆者の記憶では、3年前の第55期王将戦で、羽生王将が挑戦者の佐藤康光棋聖に、今回の竜王戦と同様な展開で3連勝してから3連敗したことがあった。この時は最終局で羽生王将が勝ち切って防衛を果たし、奇跡の3連敗4連勝の逆転劇は生まれなかった。
 さあ、今回はどうなるのであろうか。流れは、文字通り、明らかに渡辺明竜王に傾いている。しかし、相手は何にし負う百戦錬磨の羽生名人である。先の王将戦と同様にドラマティックな逆転劇を封じるのかどうか、はたまた、若き期待の雄である渡辺竜王が新しい将棋界の歴史を創るのか、注目の最終局は来週、将棋の町、山形県天童市で行なわれる。ファンには堪えられない対局になる。筆者はかつての将棋ツアーで、両者と直接お話する機会があって、雅子を交えた3人の記念写真をもっているので、正直言って、ちょっと困った心境なのだが、…。
 もう一つ、奇跡を待っている人のことを書いておく必要があろう。誕生後、まだ2ヶ月あまりだが、支持率が急激に低下して行くピンチに見舞われている麻生太郎総理のことだ。これを切り抜ける奇跡が起きるのを歓迎する立場にあるのだが、その心境や如何にである。しかし、奇跡が生まれるには、天才的なひらめきと、それを可能にするたゆまない努力は絶対的な条件だと思うのだが、麻生さんの場合は、その資格があるのだろうか?

2.連載(692) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(258)
  第六章 真夏の夜の夢(160)

(9)さよならを告げる旅(その27)

 雅子は感覚が少しずつうつろになってゆく中で、ずっと昔の頃からのいろんなシーンが恰もアルバムを見ているように、断片的に頭の中に甦ってくるのだった。その中に、母親の胎内から出て来た時の生れたまま自分の姿が登場した。生まれて一年も経たずに亡くなった母親だったので、雅子の記憶には生みの母親のイメージは全く残っていなかったのだが、この日にそれが甦って来たのが理解を超えた不思議さだった。とにかく、木目の細かい肌のすべすべした母親の温もりが感じられた。小ぶりではあったが、手ごたえのしっかりした乳房を握り締めながら、母乳をむさぼるシーンまでがはっきりと認識できたのには驚かされた。思わぬ病気で亡くなってしまった悲しさは、赤ちゃんだった自分にもその辛さが痛く感じられて不思議な感覚だった。とにかく、それまで写真でしか見ていなかった小柄で優さしいお母さんの姿がはっきりと見えたのである。この期に及んで甦る生みの母親と出会いは、驚き以外の何ものでもなかった
 次に現れたのが父の後添えとして来てくれた育ての母親の姿だった。厳しいしつけで育ててくれたのが印象深い。幼稚園から小学校時代の活発に遊んでいる様子が浮んでは消えた。一回り年上の姉の霧子が、優しいお母さんのようにこまごまと面倒を見てくれるのが心強く、嬉々として楽しんでいた幼い頃の日々だった。総じて、勉強は出来た方で、友人も多かった。その頃は、健康に恵まれていて、健康優良児に選ばれたことが、当てつけのように思い浮かんで来るのだった。
 高校生になって、何人もの男性から声を掛けられたが、ここでも母親の厳しいしつけで、縛り付けられている自分がズームアップされ、身動きできずに苦しんでいる姿が哀れに見えた。大学に進むに際して、先生からは国立一期校の受験を薦められたが、母親からの「女はそんな勉強することもない」との考えで、私立の女子大に進んだのだが、今思うと少し残念な選択だったように思う。
 大学のマンドリンクラブでは楽しい一時期が甦って来た。とても気に入った男性がいて、初めての恋心を抱いたのが忘れられない。しかし、思わぬ展開で自分が複数の男性から注目されていることが分かり、人を傷つけたくないと思う自分の考えと母親からの相変わらずの締め付けで、そのクラブを辞めざるを得なかったのが、今となっては苦い思い出であった。(以下、明日に続く)

726 あの人に逢いたい

 12月10日は昔はボーナス日であった。(今もそうかもしれない) 今から40年前に、東京の府中市で起きた3億円事件は、今でも記憶に健在である。振込みという手法が一般に利用される前で、現金での支払いが普通だった。
 昨日の午後の関西のある番組で、その事件を取り上げていた。番組では、あの偽の白バイで変装した犯人が、その後はヒーローの一人として、国民の感情の中で育っていたと扱っていた。3億円は今では30億円に相当するとも言われているが、誰一人も傷つけずに堂々とやってのけた犯人は、確かにヒーローだったと思う。
 遺留品が120点もあって、解決も早いのではと見られていた。捜査対象になった人が11万人、動員された警察官が17万人という大捜査が展開されたが、時効が成立して今に至っている。何人かの有力容疑者が浮上はしたものの、真犯人逮捕には至らなかった。これを題材にした小説、映画、ドラマの類の作品も多く作られて、日本のGNPの成長に寄与したともいわれているが、捜査技術の面では、DNA鑑定などの新しい技術が生まれる前の事件だったことで、限界もあったのだろう。
 果たして、どんな男が、どんな具合にこの素晴らしいドラマを演出し、演技をし終えたのかを、多くの国民は知ってみたいと思っているはずである。まだ健在でおられるなら「あの人に逢いたい」という特別番組に出演していただいて、その時の手の内、謎解きをしてもらいたいものだ。多くの国民は拍手喝采するだろう。
 多くの国民にインパクトを与えたもう一つの未解決事件に「グリコ、森永事件」がある。3億円事件の16年後に起きた事件で、その後1年半に渡って、江崎グリコ、丸大食品、森永食品、ハウス食品、不二家などの多くの食品会社を巻き込んだ脅迫事件だった。
 かいじん21面相と自称していた複数のグループで行なわれた犯罪だったが、その中でも、きつね目の男は随分と有名になり、よく似た作家の宮崎学氏が犯人ではないかとも疑われ、事件を面白おかしく盛り上げた。その捜査の過程で、大津インターチェンジのパーキングエリアに追い込んだ犯人を取り逃がした責任を取って、当時の滋賀県警本部長の山本昌二氏が、痛ましい焼身自殺をする気の毒な事件起きた。滋賀県民の一人として、筆者の頭の中には苦い記憶として残っている。
 この事件の謎、手の内、裏話なども、是非知ってみたい内容である。犯人が堂々と名乗り出て真相を暴露してくれたらどれほど面白いのではないかと思っている。きつね目の男がその代表的な一人で、是非、本当の顔を見せて欲しい。
 凶悪な事件も、こうして国民に愛着を持たれると、その本質が変質して来るものだ。その前提は、もちろん痛ましい被害者を出さないことだろう。
 この二つの事件の犯人達に敢えて告ぐ。「犯人達よ、健在ならば、是非『あの人の逢いたい』の特別番組に出演願いたい。

2.連載(691) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(257)
  第六章 真夏の夜の夢(159)

(9)さよならを告げる旅(その26)
 グレースは正規の社員ではなく派遣社員で、このプロジェクトのために加わってくれた優秀な助っ人だった。カナダの大学を卒業しただけに、語学はしっかりしていたし、外国生活を経験していたことから、性格も明るく、さっぱりした人柄で、グローバルプロジェクトには適した人材だった。語学力が不可欠なこのプロジェクトを進めて行く上で、一考は彼女の力で大いに助けられたのだった。
 忘れ物の形で、突如、一考の頭の中に、彼女の顔が浮上して来た背景には、彼女を犯人にしつらえたことへの気掛かりがあったからだった。さりとて、この土壇場の段階では、今更どうしようもなかった。多分、彼女の性格からして、フィクションという世界の中で、愉快でないモデルにされたからと言って、くだくだ愚痴るような女性ではないと思ってはいたが、身内の次男が意外な不満を漏らしたことから、若しかしたら、実際に読み終えてみて、自分の想像を超えた面白くない犯人像に、許せない不快感を覚えて怒っているということも「ない」とは断定はできなかった。
 一考は、夕日に映える美しい湖面に目を遣りながら、恰も琵琶湖の女神に問い掛けるように、どうすればいいのかと呟くのだった。
 この際、思い切って電話かメールで一言お詫びをしておくのが良いのではと思ってみたが、生憎、電話番号やメールアドレスの類も、この場では確認する術も無かった。また、その一方で、そんなことをすれば、一考の考えている事故による不慮の死の演出に大きな疑問を残すことになる。
 あらん限りの智恵を絞るように考えた結果、自らの人生の土壇場で、そのことを思い出したという事実に大きな意味があると解釈し、それがお詫びそのものに繋がっていると考えるのだった。都合のよい論理だったが、そう考えることで、一考は、勘弁してもらった気分になって来るのだった。そして、そっと頭を下げて黙礼したのである。不思議な気分だったが、一考の心の中は、一気に落ち着きを取り戻し始めたのである。
 ほっとして、さあ、これで、気掛かりだった忘れ物の一件は目出度く落着と思った次の瞬間だった。一考の頭の中に、別の女性の顔が現れた、それは思いもよらなかった女性の顔だった。一考の全身に感動の衝撃が走った。彼女こそ、一考の人生に潤いのある素晴らしい思い出をくれた人だった。こんな土壇場のタイミングで突如登場してくれたことに名状し難い興奮を覚えながら、この感激溢れる思い出は、そのまま、あちらの国まで持って行こうと自らに言い聞かせるのだった。 
 相次ぐハプニングで、一考の気持ちは大いに高揚していた。もう何も思い残すことはない。一考は大きく息をして、ハンドルを握り直した。そして、そっと優しくアクセルを踏み込んだのである。車をゆっくりと進み始めた。このすぐ先には、もう一つの候補地としていた最後の舞台が控えている。一考は、しっかりとハンドルを握りながら、決意も新たに、そこに向かって車を進めるのだった。(以下、明日に続く)

725 引退、撤退

 昨日の朝刊で、アテネオリンピックで800メートル自由形で金メダルを取った競泳の柴田亜衣選手が引退すると出ていた。今年の北京オリンピックでは400、800メートル共に不本意な出来で予選落ちとなり期待を裏切っていた。愛くるしい顔つきが気に入っていたのだが、引退は残念な気がする。
 そういえば、今年もいろんな方々、特に大物の引退が目立った一年だった。止むを得ないというものから、早すぎるのではと思わせる様々なケースもあって、多くの話題を提供してくれた。
 先ず、驚かされたのが小泉純一郎元総理の爽快な引退宣言だった。政治家としては早過ぎるのだが、一世一代の大仕事をやり終えたということから見れば、一つのタイミングであったとも言えよう。しかし、その後の安倍晋三、福田康夫、そして麻生太郎という三代の総理の無様さを見ると、アンコールの声が出て来るのも止むを得ないことだろう。
 野球では野茂英雄、清原和博などの大物の引退があった。野茂は、実質的に大リーグへの突破口を切り開いたパイオニアとして大きな実績を残した。一方の清原は、桑田投手との因縁話もあって、球界のファン拡大に貢献した。
 マラソンの高橋尚子の一線からの引退も寂しい。惜しむらくはあのアテネオリンピックでの出場権を得られなかったことだ。少し、自信過剰なところが災いしたのかも知れない。市民ランナーとしての層の拡大に尽くして欲しい。
 ゴルフ界では、圧倒的な強さを誇っていたアニカソレンタムの引退だ。スエーデン出身のプレイヤーで72勝を挙げた実績は抜群だった。今年38歳というから、まだ少し早いような気がするが、…。こう見ると、時代と世界が違う土俵だったとは言え、樋口久子が国内ツアーで68勝を上げているのは立派な成績といえそうだ。
 引退ではないが、バトミントンのオグシオの解散は残念な話題だった。美人プレイヤーの宿命といえばそれまでだが、その後の日本選手権でも勝って5連覇を果たしているだけに、確かに惜しい解散だと言える。今後はそれぞれが自分の道を進む訳で、ファンは引き続き、彼女らのプレイを楽しめるので幸いだ。
 さて、逆に、引退から現役に復活して話題になったクルム伊達も大きな話題を提供してくれた。今年の秋の全日本テニス選手権で、シングルは16年ぶり、ダブルスでは17年ぶりの優勝を果たしたのは大したものである。
 引退ではないが、ホンダのF-1の撤退も寂しい限りだ。世界不況の影響がこんな形でも出てきたのである。今朝もソニーが16000人の削減ということで新聞各紙のトップを飾っている。採用取り消し、人員削減が続いていて、寒い冬の到来となりそうだ。

2.連載(690) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(256)
  第六章 真夏の夜の夢(158)

(9)さよならを告げる旅(その25)
 それは、自分の生きた証として、記念に刊行した唯一の作品である推理小説「執念」に関わる気掛かりなことだった。本そのものの売れゆきは、奇跡のブレークもなく、第一刷だけの発行部数に終わったものの、心配していた余計なトラブルもなく、その本のことは、もうすっかり遠い記憶の彼方に沈んでしまっていた。しかし、そこには、一考が当初抱いていた気掛かりなことがあったのだが、それもすっかり忘却の彼方に追いやられてしまっていたのだ。それが突如として、こんな土壇場のタイミングで一考の頭の中に浮上してきたのであろう。
 それは、その推理小説の中で、犯人に設定した「千夏」のモデルとして使わせてもらった女性のことだった。グレースという愛称で呼ばれていた知的なほっそりとした魅力的な美人で、本が出来上がった直後に、彼女には、メールであったが、内容はあくまでもフィクションであるとの断りを入れ、参考にと一冊を謹呈していた。
 その時点での彼女の反応は、極めて明快で「自分のことがどう書かれていようと気にしません。どうぞご心配なく」ときっぱりと割り切っていてくれていた。なかなか物分りの良い出来た女性だと思い、その後は何のフォローもしないままになっていた。厚かましいことに、出来れば、彼女の読後感を聞いてみたかったが、多忙にかまけて、それ以上は、問い掛けることもしていなかった。
 ところが、である。この本の内容に関して、思わぬところから苦情が出てきたのである。それは、身内の次男の二郎からのもので、その犯人の名前に「千夏」と云う名前を使用したことへの苦情だった。千夏は二郎の嫁の名前と同じだったことから、それを犯人の名前に使うなんて、極めて不愉快であるという苦情だった。名前なんて無限にあるのに、何もわざわざ選りによって、そんな名前を使わなくてもと言われると、理屈はその通りであって、自分がうかつだったと反省した。つまり、人によっては、単に名前を使われるだけでも、それだけ不愉快になることがあることを知らしめられた。
 そんなことがあって、グレースの場合も、本を読む前では、確かに「自分は気にしない」と言ってくれていたが、実際に読み終わって見ると、自分が犯人にされていることに不愉快になったかも知れない。彼女のその時の本当の気持ちは如何だっただろうかと不安になったのである。その辺りの彼女の気持ちが、一考には、とても気掛かりなこととして頭の中にインプットされたままになっていたのである。しかし、そんな心配も、雅子の病気の悪化が進み、介護に追われる日々の中で、すっかり忘れてしまっていたのだった。それが、何と土壇場のこの段階で、一考の頭の中に急浮上して来たのである。これは、神が与えた一考への最後の試練と言えるものだった。さあ、今となっては、どう対処すべきなのだろうかと、一考は、はたと困ってしまったのである。(以下、明日に続く)

 3.雅子の近況
 昨年の12月10日に、この施設、アクティバ琵琶(連載の中ではドリームスペースと称している)に入居したので、今日から二年目に入る。早いものといえばその通りだが、二人にとっては大変な一年だった。筆者が、この施設に通った通算回数もちょうど今日で450回になる。当初は、毎日2回通っていた。
 この一年での雅子の症状の悪化も、一進一退だったが、結果的には結構悪化は進んだと言える。文字通り進行性の病気だった。特に悪化したのが、雅子の話す言葉が不鮮明になり、コミニケーションに苦労が増していることである。それでも、介護士さん達が優しく接してくれているのが有難く、毎日を頑張って生きている。いずれ、この辺りのことについては、連載の中で詳しく報告する予定である。

724 始まっている来年度の戦い

 ゴルフ界では、今年大活躍した新人の石川遼選手が、昨日、今年度の新人賞の表彰を受けた。そのインタビューに答える同氏の姿勢には、適度な謙虚さもあって好感溢れるものである。後半のツアーで見せた潜在能力は相当なもので、10年に一人と云う逸材と期待されている。既に来年のマスターズへの出場の可能性も云々されていて、大きな飛躍の年になりそうだ。
 一方、来年度の出場権を掛けて昨日まで行なわれていた米国女子ツアーの予選会で、大山志保選手が4位、アマチュアの宮里美香選手が12位で、堂々の出場権を獲得した。これで、来年は、既に参加している宮里藍、上田桃子と共に日本のファンを楽しませてくれそうだ。アンチ宮里藍の筆者は、今年は、とりあえず上田桃子を応援していたが、来年からは思いっきり大山志保選手を応援できるのが嬉しい。
 プロ野球界でも、既に来年度の新たな戦いが始まっている。新日本石油の田沢純一投手のボストンレッドソックス入団が決まり、アマチュアから一気にメジャーに直行を決めた。このことが、日本野球界に大な一石を投じたことになり、スカウトルールの整備が急務な課題として検討されるようになった。なお。レッドソックスは、この田沢投手の加入で、松坂大輔、岡島秀樹と合わせて日本の優秀な投手を三人も抱えることになり、日本の野球ファンの一層の注目を集めることになろう。
 将棋界も面白い。目下、永世竜王を掛けての竜王戦がクライマックスを迎えている。3連勝した羽生挑戦者だったが、その後渡辺明竜王が2勝を返して迫っていて、今週行なわれる第六局が大きな鍵を握っていて、将棋ファンの注目を浴びている。そんな中で、来年早々から始まる王将戦で、羽生王将への挑戦者が昨日決まった。激戦を勝ち抜いたのは深浦康一王位である。羽生名人は目下7冠のうち4冠を持っていて、その強さは抜群なのだが、ただ一人てこずっているのがこの深浦王位で、今までの対戦成績はほぼ互角である。今年の王位戦では、昨年に続いて深浦王位に3勝4敗で連敗している。それだけに、この王将戦での二人の戦いぶりは、来年度の将棋界を占う大一番となる。
 それに対し、政界はどうかと見ると、全くの闇の中だ。来年の姿が全く見えて来ない。世界不況が拡大する中で、日本の舵取りがいない状態だ。麻生総理がどんなタイミングで解散に踏み切るのだろうか。小沢一郎総理が誕生する可能性が高いようだが、来年度の泥沼の戦いが始まっていると言えよう。合従連衡の激しい政界再編の動きが展開されるかも知れない。面白いと言えば面白いのだが、被害を受けるのは我々国民であり、そんな泥仕合を楽しんでいる場合ではない。

2.連載(689) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(255)
  第六章 真夏の夜の夢(157)

(9)さよならを告げる旅(その24)
 不思議なことだったが、この時、一考の頭の中に、何か忘れ物があるような感覚が湧き出るように広がってきた。「この期に及んでどうしたのか。怯んでいるのではないのか」と自らをそう戒める一方で、その忘れ物の浮上で、緊張していた一考の気持ちに歪みが生じていた。それは、恰も、手のつけられない癌細胞の急速な増殖のように、その忘れ物への気掛かりが、一考の頭の中で拡大して行ったのである。
 それでも、一考は車を止めることはしなかった。車はあったいうまに、その第一候補として考えていた舞台のあるソーンに入って来てしまっていた。こんな気掛かりな状態では命を賭けた決断はできない。一考は仕方なく、この最初の候補地は見送ることにした。心の準備が、最後の段階で狂ったからである。
 最初の候補地であるそのゾーンをゆっくりと通り過ぎながら、5つあるトンネルの最初のトンネルに入った。しかし、この最初の候補地としていた舞台で、思い通りに演技が出来なかったことには、一考はそれほど気落ちはしていなかった。最初から、その候補地で行なうとは決めていた訳でなかったし、人生の最後の舞台ぐらいは自分が納得した形で演技を終えたかったからである。最初のトンネルを抜けながら、一考は、自分の頭の中を整理するように、突如浮んで来た忘れ物に神経を集中した。「何だったのだろうか、その忘れ物は?」一考は、呟くように自らに確認を求めるのだった。そして、とりあえず、二番目のトンネルを出たところで、車を少し端に寄せた形で停車させた。
 「ちょっと、休憩」一考はわざと明るい声でそう言って雅子に視線を送った。どうやら、先ほど飲んだお薬が、大分効き始めているようで、雅子の反応は鈍くなっていた。それでも、ゆっくりではあったが、少し口を動かしたようだった。
 その時、一考の頭の中では、その忘れ物の姿がうっすらと浮かんで来たのである。それは、全く思いも寄らない記憶だった。この最後の土壇場までは、全く頭にはなかった意外な忘れ物だった。こんな時点で、そんなことが浮かび上がって来ること自体が不思議に思われるのだった。火事場の馬鹿力ではないが、土壇場になって、それまで埋没していた貴重な思い出が浮び上がって来たことに、一考は、驚きを超えた感動を覚えるのだった。人間と言う動物の神秘性を思うと同時に、コンピューターでは処理できないような能力が存在することの素晴らしさ思うのだった。それは、確かに今でも一考が気になっていることだった。ほっとして一息つきながら、一考は神が思い出させてくれたその気掛かりな忘れ物に思いを馳せるのだった。(以下、明日に続く)

723 一喜一憂を超越?

 今日からまた六カ協議がまた始まる。何時までやっているのかといった感じがしてならない。あのヒル米国国務次官補のぺらぺら喋る面白くない顔をいつまで見せられるのかと思うだけでうんざいりだ。
 何時始まったのかと調べてみると、2003年8月27日が第一回と云うことらしい。もう6年目に入っている。日本の代表は、最初は薮中三十二アジア大洋州局長だったが、その後斎木昭隆アジア大洋州局長に代わっている。しかし、肝心の拉致問題の中身は依然として「藪の中」だ。
 六カ国の中で核兵器を持った4カ国が強い立場で臨んでいて、拉致問題に期待する日本の立場はそっちのけになっている。一時は、会議の中で拉致被害者の再調査といった、若しかしたらという動きも見られたが、それも空回りで、今では一喜一憂もしなくなっている。この六カ国教護は「もういい加減にしたらどうか」といった気持ちだ。
 米国経済の動向の当面の大きな鍵を握る、自動車ビッグ3への救援策を巡る米国議会の動きは微妙である。当事者達にとっては一喜一憂する展開だろうが、言ってみれば、横綱3人が、言うことを聞いてくれないと「辞めちょうぞ」と開き直っているようで、辞められても困る立場の議会が、逆に追い込まれているようで、何だか漫画チィックに見える。
 不況の波が押し寄せて来ている日本でも、米国のそんな影響の加速もあって、日本の株価もその動きが定まらない。今や一喜一憂を超越した低調な動きである。さあ、今週はどんな展開になるか、興味はないと言いながら、それでも、何となく見てしまわざるを得ない株主には、辛い毎日が続くことになる。
 今朝の毎日新聞の報道を含めて、ここのところの報道各社の麻生内閣支持率は、堰を切ったような感じで低落を見せている。もう一喜一憂どころじゃない。追い込まれた麻生太郎、自民党はどんな手段、戦略を選択するのだろうか。もはや、待ったなしに見えるのだが、…。
 その一方で、男子プロゴルフの最終戦で、17歳の若者、石川遼は大きな注目を集めていて、その一打一打にギャラリー、視聴者は一喜一憂していた。こういう一喜一憂は大いに歓迎だ。プロ宣言からの今年一年の同選手の成長には目を見張るばかりである。タイガーウッズの再来という見方もあるようで、来年も、ファンを大いに一喜一憂させて欲しい。

2.連載(688) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(254)
  第六章 真夏の夜の夢(156)

(9)さよならを告げる旅(その23)
 JR永原駅から再び大浦の交差点に戻ると、今度はしっかりとハンドルを右に切った。自分の意志を確認するような気持ちが滲み出ていた。ほんの暫く、小さな集落の中を走ると、直ぐに湖岸の通りに出た。視界が大きく開けて琵琶湖の綺麗な景色が広がっている。緊張している一考の気持ちも少し解放された気持ちにもなるが、しかし、間もなくの最後の舞台での演技を控えて、ハンドルを握っている手に自然と力が入る。当然な反応だ。覚悟は出来ていても、一点もやれないノーアウト満塁のマウンドに向かっているような心境と言えるかもしれない。左側に展開して行く琵琶湖の湖面は折からの夕日を浴びて輝いている。青い湖面が一層青味を増していて綺麗である。助手席の雅子に目をやると、少しお薬が効き始めたのか、目がトロンとして来ているようにも見える。
 「綺麗だよ、琵琶湖が!」一考が意識的に声を少し大きくして話し掛け、その様子を確認した。雅子は目はトロントしていたが、自分のことを言われてのかと錯覚したようで、早い反応を見せ、何か言いたげに口を動かし、首も少し動かした。しかし、その口の動きは、「有難う」と言っているのか、「そうだね」と相槌を打ってくれていたのはは、はっきりしなかった。
 この時点では、舞台の最終地点について、一考は、事前に考えていた二つの候補地点のどちらにするかについては決めていなかった。あくまでも、その時の対向車の有無や釣り人などの状況を見て決めたいと考えていて、慎重な眼差しで前方に視線を送っていた。
 後続車が見えなかったことから、一考は少しスピードを落として車を走らせていた。快晴で視界もよく、遥か前方に竹生島が見えている。緩やかな曲線の小道に車を走らせながら、いよいよここまで来てしまったことに、一考は何とも言えない緊張感と言葉に表せない感慨を覚えていた。現役時代には考えも及ばなかった人生の幕引きである。癌の告知以降、頭に描いて来ていた筋書きであったとは言え、それを実行しようとしている自分は、恰も自分でない第三者のような感覚だった。そういう意味では一方では冷静な自分を意識することが出来ていたが、その一方で、人間、一考の生の部分が次第に頭をもたげて来る様で、一考は二人の自分の制御に戸惑うのだった。一体、自分は何をしようとしているのだという警告のシグナルが点滅し始めていた。最終候補の舞台の一つでる、五つあるトンネルの最初のトンネルの手前のゾーンは、直ぐ目の前に迫って来ていた。(以下、明日に続く)

722 分裂に雪どけムード?

 昨日のお昼のNHK衛星放送第二で放映された「囲碁、将棋ジャーナル」で、日本将棋連盟の米長邦夫会長がゲスト解説者で出演し、司会の日本女子プロ将棋協会(LPSA)の中井広恵会長との共演が実現した。
 ご存知の方が少ないと思うが、今の女子の棋士団体は、分裂した状態で二つのグループに分かれてしまっている。一方が従来通り日本将棋連盟に帰属しているが、LPSAのグループは独立した別のグループである。この分裂の過程では、独立グループに移るかどうかで、女子の棋士たちは踏み絵を強いられた辛いステップがあった。全部で50数人の小さなグループなのに、どうしてそんな分裂をしなければならなかったのか、極めて残念に思っている一人である。
 この分裂は、筆者の理解では、実につまらない(?)、大人気ない行き違いで分裂と言う最悪の残念な結果になってしまっているのだ。その張本人が米長邦夫会長だと言うのが筆者の理解である。
 それと云うのも、そもそもの切っ掛けは、米長さんが、女子の棋士達の環境改善を図るには独立した方がいいのではと勧めたことから始まった動きで、日本将棋連盟の理解の下で始まった活動だった。それが独立の直前で、つまらない行き違いがあって、分裂という悲劇になってしまっている。そこには、両者間で激しい応酬があったと承知している。
 その経緯の細かいことはさておき、昨日の二人の共演で、その対立に和みが生まれたのではと筆者は感じたのである。中井さんの「久し振りに兄弟子の優しい言葉を頂きました」というセリフにほっとさせられるものがあったからである。また、解説中に米長会長が「僕は、今は女子の対局には、恐ろしくて部屋に入れないのですよ」と意味深長な言葉を発していた。これには、米長会長も、分裂の原因に自らの関わりを感じ、多少は責任を感じておられるように仮借でき、ここでも一つの和みを感じさせられたのである。
 これらのやり取りから、筆者もそれまで知らなかったのだが、米長、中井の二人の会長は、共に故、佐瀬勇次名誉九段門下の兄妹d弟子だったのだ。中井広恵さんが、NHKの小学生名人戦で準優勝し、プロになるために北海道から出て来て佐瀬勇次門下に入った頃、米長邦夫は、既に中原名人時代の良きライバルとして強豪棋士として活躍していた。恐らく、米長さんは、まだ小学生だった中井さんを可愛がっていたはずだ。そんな廻り合わせから始まった二人の関係が、不本意にも女性棋士の分裂の旗を振る形になった中井さんを追い込んだ米長さんという敵対する関係になった訳で、筆者は米長会長に強い怒りを覚えていた。それだけに、昨日の番組共演で、雪どけが始まることになればいいのにと強く感じた次第である。NHKもなかなかやってくれるじゃなかとうれしかった。
 昨日の番組後に調べて分かったのだが、今の日本将棋連盟のホームページの棋士紹介欄には、日本女子プロ将棋協会(LPSA)所属の棋士達の名前は削除された形で、記載されていなかったし、その事務所も将棋会館内には存在せず、全くの継子扱いになってしまっていることに驚きと、改めての怒りを覚えたのである。そこまでやっているのかと、大人気なく、痛ましく、悲しく思った。
 ところで、今の女子棋界には4つのタイトルがある。その内の王位のタイトルをLPSA所属の石橋幸緒さんが、今期も清水市代挑戦者を退けて死守したことは、そういう意味では快挙だった。これは、LPSAにとっては、今や、貴重な命綱のような気がする。
 早く、再び両グループが合流して強い女子プロ組織にして欲しいと願っている。
 つまらない分裂ほど愚劣なものはない。自民党も今や、そんな危機に瀕しているようで心配だ。

2.連載(687) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(253)
  第六章 真夏の夜の夢(155)

(9)さよならを告げる旅(その22)
 その最後の舞台に繋がる大浦の三叉路の少し手前で、一考は思いついたようにハンドルを右に切って、二日前に下見した時と同様にあのJRの永原駅の駅舎に立ち寄ることにしたのである。一考は、自分の人生の最後のオアシスに立ち寄るような気持ちで、車を静かに、ゆっくりとその方向に進めた。
 どうやら、一考の頭の中では、その永原駅の駅舎近辺の風景が、あのミシガン州ミッドrンドののんびりとした田舎町の風景を連想させてくれるようで、その雰囲気に特別な親しみを感じているようだった。雅子と二人で、ミッドランドには行けなかったが、似た雰囲気の田舎の風景を見て、今一度、その風景を楽しんでおこうと言う気持ちがあったのだろう。
 この永原駅は、つい数年前までは湖西線のターミナル駅であった。今では、湖西線も敦賀まで延長され、北陸線に連結していて便利になっている。いつものように駅前の駐車場に車を止めた一考は、ゆっくりと辺りを見回した。
 駅舎の近くに町役場の比較的近代的な建物がある。全体としては現代的な面影も並存している町並みとも言える。一考は、とりあえず、自分だけ車を降りて、身体をリラックスさせた。
 改めて見る駅舎は、その造りに山小屋のような感じもあって、それがこの田園風景の中で少し異色な雰囲気を提供しており、一考の頭の中では、米国の田舎町の雰囲気に連動しているようだった、
 「最後に、もう一度、この駅舎でも見ておこうと思って、また来ちゃったよ」一考は、車に戻ると、雅子にそう言って話しかけた。自分の中に込み上げてきている郷愁の気持ちを伝えたかったのだ。自分だけが、その雰囲気を一人楽しんでいるのが、何となく悪いような気がしたからである。それから、暫く沈黙が続いたが、タイミングを計るように、一考が口を開いた。
 「さあ、雅子、ここが我々の最後の停車駅だよ。次の停車駅は停車せず、その次の停車駅は、いよいよあちらの国になるはずだ」雅子の顔を覗き込みながら、一考は自らに言い聞かせるように、また何かを宣言するような言い方だった。そして、少し間をおいて、今度はとても優しい口調で、ゆっくりとした口調で雅子に話しかけた。
 「雅子、君が、ここで、考え直して、この旅はここで止めておこうというなら、最後の演技は中止してもいいんだよ。何も遠慮することはないんだよ」一考は、そう言って、優しい眼差しで雅子の反応を窺った。一考の思わぬ問い掛けに雅子は、驚いたようだったが、懸命になって、何かを言おうと口を動かした。しかし、相変わらず思うように声が出ない。それでも、そこには、必死に首を縦に振る雅子の仕草があった。一考は、雅子のその意志を理解し、黙って静かに頷いていた。先ほど飲んだお薬の効果はまだ出て来ていない。(以下、明日に続く)

721 老老介護

 たまたま昨日見ていたテレビで、おしどり夫婦で知られていた長門裕之、南田洋子夫妻の近況を紹介していた。今まで知らなかったのだが、あの南田洋子さんが認知症になり、長門裕之さんが懸命な介護を施して頑張っているという話だった。いわゆる老老介護の典型的な事例である。長門さんは筆者より7歳も年上で74歳というだけに、その大変さは、推して知るべきだろうと思っている。同時に、この番組で筆者は、次の二つの点で、長門さんのお話に大いに共鳴したのである。
 その一つは、長門さんが「もっと力が欲しい」と言っておられる点だ。「洋子が全体重を掛けてくると支え切れないんだよ」という告白は、筆者もまさにその通りだと実感する。筆者の場合は、妻が椅子に座っている生活時間が長いので、お尻が痛くなることが多い。それでタイミングを見計らって、身体を持ち上げてやって、お尻の位置を変えてやる作業が必要である。また、ベッドから椅子へ移動する場合には車椅子に乗せる作業を伴うし、通院時などでは、車への乗降作業が欠かせない。これらの作業の原点は、身体を持ち上げてやることである。これにはどうしても、その物理的な「力」が必要なのだ。トイレの介護は大変さの最たるもので、下着を下ろしてトイレの便座に座らせる作業は、とても一人では出来なく、二人の介護士さんのお世話でこなしている。ゲーテの「もっと光を」ではないが、長門さんが言っている「もっと力を」という叫びは全く同感で、筆者の叫びでもある。
 二つ目の共鳴点は、この介護作業で感じる「遣り甲斐」である。長門さんは「今、こうして洋子を介護してあげるのが生きがいだ」とも語っておられたが、その点でも全く同じだ。今では、長門さんは「苦労を掛けた洋子への恩返し」ということで、介護に尽くしておられるという。南田洋子さんが健康だった頃に、長門さんのお父さんの沢村国太郎氏の介護を長年に渡ってやっておられたという。人生は不思議な巡り合わせだ。筆者の妻の場合も同様で、筆者が単身赴任の間は、両親の面倒見、二人の息子達の世話を丸投げしていた。そういう意味では、筆者も「つぐない」の気持ちで毎日の介護に当たっている。その気持ちが、介護に徹する自覚のバネとなっているばかりか、こうして毎日ブログを更新する作業に連動していて、今では、これらが大きなやりがいとなっている。
 舛添要一厚労大臣の場合もそうだったが、とにかく、本当に自らがその立場に立って、初めてその苦労が分かる介護の世界である。エンドレスの闘いで、高齢者には大変だが、そこには、何とも言えない遣り甲斐も潜在していて、それが大きな力になっていることも確かである。

2.連載(686) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(252)
  第六章 真夏の夜の夢(154)

(9)さよならを告げる旅(その22)
 かくして、作、構成、演出、並びに主演、相坂一考のこの大芝居は、いよいよ最終場面に向けてカウントダウンに入って行くのである。一考は、今までにない緊張感を覚えていたが、自分がやらねば誰も助けてくれない作品作りだけに、その意識を強く持って一つ一つの行動をこなして行くことに集中するのだった。先ずは、その最後の舞台と決めたその場所に車を進めて行くことになる。当然なことと言えばそれまでだが、そこには、今まで感じたことのない緊迫感があった。
 展望台を出たのは5時近くになっていた。夏のこの時間帯はまだまだ明るくて、太陽の位置を除け、昼間とほとんど変わらない。一考は、車をゆっくりと走らせながら、この九十九折の坂道を下りて行った。一方通行だから対向車もないし、後ろから来る車もなかった。恰も、ひたすら天国へ向かって進んでいるような気分になっていた。パークウエイから出ると、先ほど走った岩熊トンネルの入口の手前に出た。そこから大浦までは一直線である。ハンドルを握る手に自然と力がこもる。自分達の人生のターミナルに近づいているとの思いが、一考の気持ちを高めていた。そっと助手席の雅子に目をやると、もちろん、まだお薬は効いておらず、はやり俯き加減でじっと物思いに耽っているようだった。
 一考の頭の中に、突然、ある田舎の町の風景が甦った。もう50年近い昔のことだが、新会社に移った直後のことで、初めての海外出張で米国の親会社を訪ねた時の風景だった。、それはミシガン州のミッドランドという小さな町で、北国特有の雲に覆われた少し薄暗い雰囲気のする田舎町だった。幅広い大きな道の割には走っている車は少なく、当時の一考のような経験の乏しいものでも運転することには問題がなかった。A&Pというコンビニで初めて買い物をした。日本には、その種の店がなかった時代で、なかなか便利な店だと思った。広い敷地の真ん中にぽつんぽつうと建っている幾つかの低い建物が本社の建物だった。のんびりした田舎町の良さが一考には懐かしい。
 退職したら、雅子と一緒に訪れてみたいと思っていたが、残念ながら、それも叶わぬことになった。その米国の田舎町が、自分の後半生のスタートラインだと捉えていた一考だっただけに、親しみのある懐かしさが甦って来たのだろう。こんな土壇場になって、そんな田舎町を思い出す辺りが、如何にも一考らしい。自分でそんなことを思いながらハンドルを握っているうちに、先ほど直進してドライブウエイに向かった大浦の三差路が近づいて来ていた。(以下、明日に続く)

720 小学生の逸材

 このところ世の中、世界不況の煽りで暗くて、活気がない。何か明るい話題かないかと探してみると、スポーツや趣味の世界では、スケートの浅田真央、ゴルフの石川遼、野球の吉田えり、将棋の里見香奈などの高校生の活躍が明るさを提供してくれている。他にないかと探すと、もっと若い小学生で、将来が期待されている何人かの逸材の存在を見つけた。
 「栴檀は双葉より芳し」で あどけない明るさがほほえましくて何よりもの救いである。小学生の力も侮れない。大活躍して、世の中に明るさを付与して欲しい。

1.小学生作家、三船恭太郎君 
 今年の3月初め頃のテレビで紹介していた。12歳の文学賞で受賞した岩手県盛岡市の岩手大学附属小学校5年生だ。大人も顔負けする表現があるという。そのテレビでは紹介していた次の一節は圧巻だ。「明日に続かない今日もある」なるほど、なるほだ。ちょっと読んでみたくなる。
2.歌手、さくらまやさん。
 昨日のTBSテレビで紹介していたのを見た。まだまだあどけない10歳で小学4年生だが、なかなかの歌唱力だ。美空ひばりの再来ではとの期待がある。この12月に日本クラウンより「大魚まつり」でデビューしたばかりという。期待は大きい。
3.崖の上のポニョポニョの大橋のぞみさん
 もうテレビでお馴染みの顔だ。今年で9歳の女優で歌手。テレビをみている限り、普通の女の子だ。史上最年少の歌手として今年のNHKの紅白歌合戦にも出場する。


2.連載(685) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(251)
  第六章 真夏の夜の夢(153)

(9)さよならを告げる旅(その21)
 睡眠薬の服用について、一考が雅子に事前の打診をしなかった背景には、若し、その種の話をすれば、間違いなく雅子は「その必要はない」と答えると思っていたからである。それは、雅子の物の考え方がピュアーであって、一旦、自分がそうと決めた以上、多少の苦しみは、それなりに自らがしっかりと受けるというのが自然で、当然だと考えるだろうと見ていた。
 しかし、今回の事に当たっては、あくまでも、一考から誘い込んだものであり、端的に言えば、自分の止むを得ない事情から無理やりに雅子の命を奪うに等しい行動に走る訳であって、それは、取りも直さず、雅子に着いて来ざるを得ない選択を押し付けたのである。従って、一考としては、可能な限り、余計な恐ろしさや苦しさからは解放してあげたいと強く考えていた。また、それが、一考にできる雅子への最後の愛だとも捉えていた。
 そんな一考の独断的な判断で、そのことについては、雅子には、全く触れずに計画を進めて来ていたし、この期に及んでも、何気ない様子を取り繕いながら、雅子に用意しておいたジュースを勧めたのである。この段階での雅子はとても従順だった。夫の勧めるままにそれを口にしたのである。一考は、本当のことを告げずに自分の判断でそうしていることが、雅子を騙しているようで、何か心に傷が付くような辛いものを覚えていた。
 果たして、そのジュースはどんな味がしたのだろうか、一考は、心の中で、何とも言えない不安を覚えていた。それというのも、今の雅子は、難病の影響で、多くの機能が正しく作動し難くなっているのだが、味覚、つまり舌の機能だけは正常に保たれていたからである。それだけに、舌に何か異常を感じるようなことがなかったのだろうかと心配していたのである。しかし、幸いなことに、そのことに関しては、雅子は、特に何の反応も示さなかった。
 ほんの数十秒だったと思う。一考はいつにない緊張で、そのポリ容器の瓶を支えて、雅子をサポートしていた。彼女は、いつものように、そのジュースを全部きれいに飲み干した。その作業が無事に終わったのを確認すると、一考はほっとしたように密かに一息つくのだった。躊躇していたその作業を無事終えたことへの安堵感からだった。これで、雅子が余計な苦しみを覚えることなく人生の最後の舞台を演じ終えることができるはずだと一考は自分に言い聞かせていた。
 そして「いよいよ、これからだ。今から最後の舞台の幕が上がるのだ」と一考は自らに言い聞かせ、改めて緊張した面持ちで、雅子を車椅子から車に移し変える作業に取り掛かった。この厄介な雅子の移動の大変な作業も、これが最後になると思うと何か切ないものを感じるのだった。(以下、明日に続く)

719 気掛かりなニュース

 天皇陛下が不整脈の兆候があって暫く公務を休まれると言う。聞くところでは、公務の内容は質量共に大変なようだ。間もなく75歳というから、いわゆる後期高齢者の範疇に入られることになる。数年前に前立腺の手術もされており、お大事にして頂きたい。不整脈と聞くと、筆者も、血液の固さを調整するワーファリンを毎日服用しているので、他人事ではなく、気掛かりである。
 昨日オスロで100カ国以上が参加して、クラスター禁止条約(オスロ条約)の署名式が行なわれた。毎日新聞がこのニュースをトップで大きく取り上げている。しかしながら、この条約に、米露中が加わっていないのが残念なことで、あの京都議定書で米国が加わっていないと同様で、事実上その効果がどの程度発揮できるのかが気掛かりだ。オバマ次期大統領の思い切った決断を期待したい。
 米国の自動車会社のビッグスリー(クライスラー、フォード、GM)が、それぞれ再建案を提出し始めているが、果たして米国政府はどんな裁定をするのか世界が注目している。会社を潰してしまうと世界の混乱は計り知れなく、とんでもないことになるだろう。その一方で、これでビッグスリーが本当に立ち直れるのかという疑問もあって、このジレンマが延々と続くことになりかねない。どんな結論になるのかは、気掛かりを超越した大ニュースになるはずである。
 橋下徹大阪府知事が、小学生の携帯電話の取り扱いで大胆な提案をしている。持たせない、使わせないという、事実上のケータイ追放の具体的な提案だ。その背景に、ケータイ依存度が大変高くなっていて、その分、勉強がおろそかになっているという。時代が変わって来ているとは言え、筆者も小学生が持つ必要性はないのではと考える。安全の確保が気掛かりだと言う意見もあるようだが、それは別の形で対応を考えるべきであろう。
 来年のお正月に行なわれる箱根駅伝に出場予定の東洋大学で、部員の一人が不祥事を起したことで、その出場の是非が話題になっている。関東地区の学生の陸上長距離選手にとっては最大のイベントであるだけに、出場停止となれば、選手諸君の一年間の努力が無に帰することになりかねず、大変気の毒なことになる。甲子園の高校野球と同様な連帯責任を巡る話題だが、この件に関しては、監督の川嶋伸次氏が既に辞任して責任を取っていることを考慮し、出場はOKとすべきと筆者は考える。明日出される関東学生競技連盟の裁定が気になっている。

2.連載(684) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(250)
  第六章 真夏の夜の夢(152)

(9)さよならを告げる旅(その20)
 車は、間もなく長浜市内に入った。長浜城は凛とした勇姿を見せてくれている。この姿を見るのも今日が最後だ。少し胸がじんとして、こみ上げて来るものを必死で抑えるのだった。車を走らせていることから、じっくりと眺めると云う訳にはいかなかったが、それなりの感慨を覚えながら通り過ぎた。ここから、途中にある「奥琵琶スポーツの森」と「湖北野鳥センター」にある道の駅を通り過ぎ、尾上温泉と呼ばれているゾーンに入る。そして、そこを走り抜けると、間もなく短いトンネルに入った。長さ、320メートルの片山トンネルだ。そのトンネルもあっという間に通り抜ける。
 川端康成ではないが、トンネルを抜けると、そこは完全に奥琵琶湖ゾーンである。細い田園の中の道を突っ走って国道8号線に入る。そこから賎ケ岳トンネルを抜け、藤ケ崎を回る湖岸を経由して塩津に出る。奥琵琶湖ドライブウエイに入るには、工事中で一方通行なので、塩津で左折して国道8号線を離れ、先の岩熊トンネルを通って大浦に出る迂回路を取った。先の下見での知見に基づいたコース設定である。そこから琵琶湖に突き出した菅浦半島をぐるっと回る形で、奥琵琶湖ドライブウエイに入ったのである。そこからは、九十九折の坂道を登って走ること15分程度で、つづら尾展望台の広場に到着した。
 お天気が素晴らしく、少し暑さもあったが、風があって爽やかな気分にしてくれた。日曜日で、車の数もこの前の下見の時よりもかなり多かった。
 一考は。ここでも雅子を一旦車椅子に移し、車外に出してやって休憩した。トイレを済ませるのと同時に、睡眠薬の服用もここで済ませるのがいいと考えての対応だった。少し大変な力作業だったが、何とかトイレの便座に座らせた。下着を下げるのが難作業だった。しかし、これが最後だと思い、必死になって頑張った。落ち着くと、一考も汗いっぱいだった。しかし、やれば何とかなるものだと思った。
それが終わると、再び車椅子に移し、衣装を整えた。雅子は言葉を発することなく一考のやることにじっと従っていた。同道の覚悟ができていたからの堂々の応接だったと思う。大した覚悟だなあと一考は、改めて感心するのだった。
 そして、いよいよ、雅子に嫌な思いをさせずに静かな最後を迎えてもらおうとの配慮から、ここで、睡眠薬を服用してもらうことにした。このタイミングを逃すと次のタイミングが難しいと考えていたので、用意しておいた睡眠薬を混入してありジュースを差し出したのである。しかし、これは、あくまでも一考の独断での判断で、雅子には事前には全く話していなかったのである。(以下、明日に続く)

718 陣容着々?

 米国の次期大統領オバマ氏は、着々とその体制造りの人事を進めている。そして、国務長官に予備選で争った政敵だったヒラリー・クリントンを起用する大胆な人事を決め、ヒラリー氏もこれを受諾した。
 一方、経済閣僚には、ニューヨーク連銀のガイドナー氏の起用も決めていて、思い切った手早い人事が進められている。
 この辺りが、どのように評価されているかが気になるが、昨日のアメリカの株価は史上4番目の大幅なダウンとなって不安を見せたが、今朝は、乱高下の果てに、270ドルの値上がりで引けた。最近の株価の動きは乱高下が激しく、その背景にある株主の意向は読み取り難い。いずれにしても、世界不況下の中でアメリカの新しい政府の陣容作りは急務であろう。
 一方の麻生内閣の陣容だが、最近はその纏まりにおいて不安が出始めている。新聞を始めとするマスコミでは、既に「麻生降ろし」が声を出始めていて、日本の政治は混乱期に突入して行く気配である。不況の中での政治の混乱は、国益からすれば、大きな損失で取り返しがつかなくなるのではとの不安がある。
 話題は飛ぶが、来春に新しく始まるプロ野球の関西リーグで、神戸9クルーズがその陣容を発表した、目玉は、川崎北高校から入団が決まった吉田えり選手で、初めての女性のプロ選手の誕生ということで人気を呼んでいる。興行的には、今のところ大成功ということになりそうだが、果たして、何処までそのナックルボールが威力を発揮するかに全てが賭かっていると言えそうだ。大いに楽しみである。
 一方、WBCの原辰徳ジャパンの陣容だが、コーチの陣容は決まったものの、肝心の選手の陣容がどうなるかに関心がある。松井選手が参加しないとか、或るチームからは出ないとかの話があって、盛り上がった形にはなっていないのが気になる。やる以上はベスト陣容で臨んで欲しいものだ。

2.連載(683) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(249)
  第六章 真夏の夜の夢(151)

(9)さよならを告げる旅(その19)
 車はスムーズに走り、彦根を通過して米原に入った。下見しておいた通りの段取りで、「近江母の郷」の道の駅に入り、ここで少しで休む事にした。雅子を車から車椅子に移してゆっくりと身体をリラックスさせてあげるのだった。
 時間は3時半を少し過ぎていた。ところで、一考は、最後の舞台を演出するタイミングについては、夕日の美しい夕方の5時から6時頃を念頭に置いていた。従って、このまま予定の道順を進めば、大体そんな時間になるだろうと大まかに計算していて、予定していた通りの時間経過に、一考は満足気だった。
 暫く休んでから、雅子にトイレに行くかと確認すると、まだ大丈夫だと言う。ほっとしてジュースを買って雅子に勧めたが、一口だけ飲んだだけで要らないという。恐らく緊張しているのだろうと一考は思った。そう言えば、自分の行動もぎくしゃくしていて、何だかぎこちないようだった。
 ところで、一考は、雅子を同道すると決断した直後から、雅子への或る配慮を考えていた。それは、最後の旅立つ瞬間に、雅子の恐怖感を和らげてあげようとする配慮だった。
 それと言うのも、雅子は、身体が全く動かない不自由な身体であるだけに、せめて最後だけでも、余計な苦しみや恐ろしさから避けて上げたいとの思いがあったからである。そのために、いろいろと思案の結果、睡眠薬の服用が無難ではないかと思い着いたのだった。そして、直ちにその準備を開始し、近くにあるお薬屋さんで適当な口実を作って少しずつ買い込んで置いたのである。
 一考が、躊躇していたのは、それを施すタイミングだった。幸か不幸か、二人には今までに睡眠薬を使用した経験がなかった。それだけに、お薬の説明書を読んだり、看護婦さんにそれとなく聞いて予備知識を得ていて、1時間ないし2時間前の服用が適当と判断していた。
 そんな事情から、この休憩所でのタイミングを一つの候補地と考えて、下見でもここでの施設などを確認しておいたのだが、「まだトイレには行かない」という雅子の返事に、一考は、そのアクションを次の候補地に持ち越すことにしたのだった。トイレの時点で眠ってしまっては、その後の対応が難しいと考えていたからである。
 この道の駅での20分ぐらいの休憩を終えると、一考は、雅子を再び車に移動させてドライブを再開した。差し当たっての次の目標地点は、奥琵琶湖ドライブウエイの展望台での休憩所である。そこでは、以前にも経験済みで、ゆったりとした身障者用のトイレがあることを知っていて、お薬を服用させる第二番目の候補地と考えていたからである。(以下、明日に続く)

717 プロジェクトXの意外な番外編

 昨日のNHKの夕方7時のニュースで、一時は大人気番組だったプロジェクトXのチーフプロデューサー、今井彰がTシャツやマフラーを万引きした疑いで逮捕されたと報じていた。それまでの民放のニュースでは名前を出していなかったが、NHKは自社の社員の実名をしっかりと公表していた点では評価できよう。
 今から7年ほど前、筆者が現役の最後の年だったが、あるセミナーでこの今井氏の講演を聞いたことがあった。人気番組に仕立て上げた「プロジェクトX」のサクセスストーリーや製作裏話を面白おかしく話してくれた。
 記憶に残っているのは、あの時間帯は裏番組の推理ドラマに人気があって、NHKには不毛の時間帯だったという。この種のドラマは決まりきったように、ドラマの最後の場面では、海が見える崖の上に事件関係者が集まってきて、面白くもない謎解きをする。そんなワンパターンの番組に打ち勝ちたいと、新しい番組作りを目指していて仕上げた番組がこのプロジェクトXだというのだった。
 そういう意図から、特に力を入れたのがテーマ選びだが、加えてテーマ音楽にも力を入れたという。そして、自らがかつて勇気づけられたこともあって、気に入っていた中島みゆきさんに白羽の矢を立てて、三顧の礼を尽くして口説いたのだという。そして、生まれたのが、あの名曲「地上の星」だったという手柄話も面白かった。真面目な努力は裏切らないと自らの著書で語っているようだが、見た目は、確かに真面目そうで気概のある紳士だった。
 しかしながら、この種の番組には必ず終りが来る。感動的な話の種が尽きてくるのだ。最後の方になって、余計なやらせが発覚し始め、遂に命脈が尽きたようだった。いい番組だったので残念だったが、同氏ならまた新しい番組を作ってくれるのではと期待していたのだが、自らが主演の思わぬエピローグを見せてくれたのには、ちょっとした驚きを覚えている。
 有名人、文化人がこの種の犯罪を犯すことは枚挙にいとまが無い。最近では、あの三浦和義のコンビにでの万引きがあった。また、大学教授でテレビでは経済問題のコメンテーターを務めていたあの植草一秀氏の手鏡事件も印象強く記憶に残っている。これらは、魔が差したというよりも、一種の病気かもしれない。
 そういえば、同じ昨日のニュースではテノール歌手でNHKの紅白歌合戦にも出場したことのあるジョン・健ヌッツオが覚せい剤容疑で逮捕されている。
 そういう意味では、プロジェクトXのこの種の裏番組は、この世からは消え去らないのだろう。

2.連載(682) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(248)
  第六章 真夏の夜の夢(150)

(9)さよならを告げる旅(その18)
 この長命寺に繋がる道の前を通って、坂道を更に進むと、程なくグルメ通に人気があるちょっとしたレストランがある。シャーレ水か浜である。琵琶湖を眼下に望む崖の上にあって眺めも最高だ。雅子が元気な頃、友人達と食べ歩いたところの一つのようだった。一考は、その前をゆっくりと通りながら、雅子に「懐かしいだろう」と声を掛けた。雅子は少し声を出したようだが言葉にはならなかった。
 「ここは意外においしいのよ」とでも言っているように聞こえた。一考は、「二人でも一緒に来たかったね」と云うと、今度は声を出さずに頷いていた。この辺りは、雅子も気に入っているゾーンのようだった。
 道は九十九折になった坂道に入っている。この道は運転には注意を要するが、一考の好きなドライブコースでもあった。曲がりくねった道を上り下りするだけに神経を使うが、それだけ楽しさもある。このコースの殆どは、道に沿って両側は木々で覆われていて、鬱蒼としている。と云うよりの、森の中に車の道を切り開いたといった感じである。従って、今日のような快晴の日でも薄暗く、琵琶湖も、その木々が途絶えたところどころで、少し見えるだけだ。しかし、その合間から琵琶湖を覗くと結構高い崖の上を走っていることに気づく。
 「雅子、実を言うとね、この辺りも、我々の最後の舞台に相応しいと考えたのだが、途中で車が木にでも引っかかってしまえば、目的は完遂できないことにもなるので辞めたんだよ」一考はそう言いながらまた弘子に目を遣った。しかし、ここでの運転は油断が出来ない。対向車に気づいた一考は慌ててスピードを落とし、少し左に寄って対向車を避けた。うっかりすると、こんなところで事故でも起こし、計画をご破算にすることになったら、全てがパーである。ゴルフのパーなら一考には上出来だが、ここでのパーは許されない。一考は、そんなことを考えながらハンドルを握り直した。くねくね曲がった坂道を進むとやがて下り坂に差し掛かり、国民休暇村の宿舎に辿り着く。そこを通り過ごして更に進むと、やがて、長命寺前で別れたさざなみ街道に合流する。そこから水車橋、更には愛知川橋渡って北上を続けるが、この辺りは、真っ直ぐな単調な道が彦根までずっと続くのだ。(以下、明日に続く)

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