プロフィール

相坂一考

Author:相坂一考
滋賀県大津市出身
07年1月に推理小説「執念」を文芸社から出版
14年7月に、難病との戦いを扱った「月の砂漠」を文芸社から出版

このブログは3部構成です。
 1.タイトルへの一言。
 2.独り言コラムで、キーワードから世の動きを捉えようと試みる。
 3.プライベートコーナー
   (2015-06-03に修正) 

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805 勇気をもらう

 東京駅前の郵便局舎の建て替えで、文化財としての扱いを巡る論争が起き始めている。景観上、或いは一等地の利用具合からも、そのまま残しておくのは、如何なものかと思う。何でも残せばいい訳ではないだろう。

1.プライベートコーナー
 4時50分起床。体重、58.3Kg。寒さはそれほど感じない。昨日の雅子はおとなしかった。

 連載、緊急回想手記(12) 伊勢村美治前社長の突然の死を痛む

 その故人の話術に関してだが、何時だったかは定かではないが、多分お酒を飲んでいないしらふの時だったと思う。「君のその『なるほど、なるほど』はなかなか便利な言葉だよね。たとえ、相手と考えが違っていたとしても、とりあえずそう言って間合いと取っておけば無難だし、会話の流れをスムーズにする意味もあるしね」との主旨のことを言ったことがあった。その筆者の言葉に、一瞬、あの饒舌な故人が口をつぐんでしまい、暫く会話がぎこちなくなってしまったのを印象深く覚えている。どうやら、彼は皮肉を言われたと解釈したようで、面白くなかったようだった。そして、さすがに、その日は、口癖のような「なるほど、なるほど」は、筆者の前では封印して口にしなかった。
 余計なことを言ってしまったと反省していたが、次の日、注意して彼の会話に耳を傾けていたら、いつものように、「なるほそ、なるほど」といっているのを耳にして、安心したことを記憶している。
 皮肉じゃなくて、相手のおしゃべりへの応接には、無難で便利な言葉だと思い、筆者もその言い方が気に入って、その後、頻繁に借用したのを覚えている。会話が楽に運べるので心地いい。多分、あちらの世界でも、彼はその言葉を口にしているのではと思ってみたりして、ひとりにたりとする今朝の筆者である。(続く)

2.独り言コラム
 チェコで行なわれていたノルディックスキー世界選手権での男子複合団体で、日本チームが14年ぶりに優勝を果たした。あの荻原兄弟以来の快挙である。ゴール直前のデッドヒートはものすごく、結局はブーツ一足の僅差での勝利は天晴れだった。アンカーの小林範仁選手の最後の頑張りは実に圧巻そのものだった。港裕介、加藤大平、渡部暁斗の4人のスキーヤーに大拍手を送りたい
 この競技、前半のジャンプと後半のクロスカントリーの組み合わせで勝負を争う。前半のジャンプは瞬発力の勝負であり、後半のクロスカントリーは持久力の勝負で、ポイントは、その二つの競技の価値のウエイトの置き方なのだ。
 日本がかつて全盛の頃は、ジャンプの1メートルの差がクロスカントリーの5秒とされていたが、今では1メートルが1,33秒に変更されて、ジャンプのウエイトが減らされている。欧州の連中は、自分達の都合のいいようにルールを変えるんだから堪らない。柔道だってそうである。
 しかし、そんな国際的な意地悪にも屈せず、立派な復活優勝を果たしたことで、やれば出来るということを見せてくれた。恐らく、多くの国民が素晴らしい勇気を授けられたと思う。次のバンクーバーオリンピックに新たな希望と期待が芽生えたことは嬉しいことである。
 評論家の鳥越俊太郎さんが、今週からテレビのコメンテーターとして復帰しておられる。つい2週間ほど前に三回目の癌の手術をされたばかりだ。その早い復帰に驚きさえ覚える。凄い精神力、体力、仕事への意欲が癌に打ち勝った原動力だろう。命を掛けた同氏の癌との戦いに、生きることへの勇気をもらっている方も多いと思う。とにかく、今回が同氏にとって、最後の手術であって、完全な回復であって欲しいと願う。
 さて、国民に勇気を与えてくれるのは、本来は、政治であらねばならないが、今の日本ではそれが期待できないのが残念である。予算が衆議院を通ったことで、ポスト麻生へのうねりが大きさを増してきているようだ。麻生降ろしはどんな展開を見せてくれるのか、決して、勇気には繋がらないが、暇つぶしには格好の話題である。

3.連載、難病との闘い(770) 第三部 戦いはまだまだ続く(66)
  第三章 施設での生活一年間の総括(12)

(1)08年下期のハプニングの数々(その12)
 ③いろんなハプニング(1)窃盗犯?
 前章の夢の話の中盤でながながと書いた仲間に会いに行く上京シーンだが、これは、一考が前年(2008年)の7月10日と11日に掛けて敢行した上京の模様を土台にして綴ったものだった。あくまでも、自分が元気な内に仲間の方々と会っておきたいとの思いで、雅子の見舞いを絶やさない日程を組み、皆さんのご協力を頂いて実現した最高の再会の場だった。集まって頂いた方々が、二度と実現が難しい思われる最高のメンバーで、いわば、取締役会に、OBの無役の一考が顔を出させてもらっているといった顔合わせだった。この上ない素晴らしく楽しかったひとときだったので、そのまま夢の中に登場させたのである。一年に一度ぐらいは、そんな楽しい時間を持てれば、それは、ミシュランのランキングで言えば、差し詰め星印6つぐらいにランクされるだろう。厚かましいもので、願わくば、死ぬまでにもう一度そんなチャンスをなんて考えてしまうのである。
 結果的には、この2008年の下期では、それ以外の遠出は実現していない。高校の同窓会や大阪支店の年末パーティーへのお誘いを頂くなどチャンスはあったが、いろんな事情もあって出そびれてしまった。総じて、大人しく過ごした半年間だったと言える。
 その夢の反動という訳ではないが、やはりいつ何時、何が起こるか分からないということから、身辺整理に気を使うようになり、暇を見つけては、少しずつでも片付け、それに思い切った廃棄などを心掛けるようになった。
 そんな行動の中で、図らずも自らが犯していた思わぬ犯罪を見つけてしまったのである。それは、窃盗に該当する犯罪行為だった。具体的に言うと、会社から借りていて返却していない本を発見したことだった。
 それは、自分の蔵書を整理している時に見つけたのだが、シリコーンに関する専門書二冊が、借りたままになっていたのを見つけたのである。
 この二冊は、会社が設立された直後の初期の頃に、多分、会社の育ての親だったあの牧原大先輩が入手されていたと思われる本だった。まだ研究所も来ていない頃で、多分、それが本店のちょっとした本棚に置かれたいたものを、一考が借りたままにしていのである。
 一冊は、ハーバード大学のシリコーンの研究者で著名なROCHOWの著書で、あとの一冊はFREEMANとのもので、いずれも、シリコーンの基礎化学の貴重な古典と言えるものである。 
 いずれにしても、もう、40年以上も昔に借りていた本を、返却せずにいたという極めて悪質(?)な犯罪の発覚だった。どうすべきなんだろうかと一考は戸惑うのだった。(以下、明日に続く)
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804 あびきという副振動

 今日、09年度の国の予算案が衆議院を通過するようだ。これで、30日後に自動的に予算は成立する。さあ、いよいよ、自民党内の新総裁を巡る戦いが前面に出て来ると言われているが、果たして、どんなドラマが始まるのだろうか。

1.プタイベートコーナー
 4時40分起床、体重、58.1Kg。今、外は小雨、寒さは穏やか。昨日の雅子は、実兄夫婦のお見舞いを受けた。表情でははっきりしないが、嬉しいのだろう。

 昨日、このブログの送信を終えた直後に、日経新聞の人事欄で、筆者の元勤務先の新役員人事を知った。会長、常務、取締役に、筆者が懇意にさせてもらっている方が昇格されていて、大変嬉しく思った。この年になると、自分が望んで到達できなかったポジションに、自分のお気に入りの後輩の皆さんが制覇されることに、無上の喜びを覚えるのである。皆さんの一層のご活躍を願っている。

 連載、緊急回想手記(11) 伊勢村美治前社長の突然の死を痛む

 期待通りの故人の仕事ぶりだった。仕事面で、筆者から特にこれといったサポートをした記憶も残っていない。当時、いろんな厄介な問題も多くあったが、卒なく無難にこなし、本当に大船に乗っていたような気分だったと思う。
 重要なお客さんの中にはゴルフ好きな方が多かったが、その中に琵琶湖カントリーでプレイがしたいという方がおられた。たまたま自分の高校の同期生が、そのクラブの責任者をしていたことから、何回かその辺りの便宜をはかってあげたことがある。上司として、貢献できた数少ないサポート(?)の一つだった。
 当時の伊勢村氏の事で記憶にしっかり残っていることは、同氏の軽妙な会話術の魅力だった。相手の気持ちに逆らわないように配慮しながら、うまく自分の考えを展開して行く魅力的な話術だった。その原点は、先ずは、相手の話す内容に、「なるほど、なるほど」と軽く繰り返して受け入れることから始まる。こう言えば、相手は差し当たっては、自分の言った内容が理解されたと思って安心して、気分良くその後の話に乗って来てくれるのである。そして、会話の雰囲気を軟らかくしておいて、やんわりと自分の考えを展開して行くのだ。そういう意味では、何気なく、軽く口にするこの「なるほど、なるほど」は天下一品の会話の有効な切り札だったと、今でも、時々、筆者の頭の中でリフレインするのである。(続く)

2.独り言コラム
 昨日、長崎県の浦上川で「あびき」と呼ばれる川の水が上流に向かって逆流する現象が見られた。50センチぐらいの水位の高さの逆流である。映像が放映されていたのでご覧になった方も多いと思う。あの有名なアマゾン川のポロロッカと呼ばれるものに比べれば些細な現象だが、「あびき」なんて初めて耳にした言葉だし、日本でもそんな現象があることを初めて知った。
 さて、冒頭にも書いたが、麻生政権はまさに土俵際で、国民や野党からだけではなく、自民党内からの麻生降ろしの逆流が強まって来ている。予算成立後は、その流れは、あびきといった程度で収まらず、一気に、ポロロッカのような激しい流れになってしまうのではとの見方もある。いよいよ、ここに、平成版、政界、盥回し三部作は、「安倍降ろし」「福田降ろし」に継いで、クライマックスの「麻生降ろし」の興行の舞台が、目前に迫って来ているのである。
 今朝5時のNHKのニュースで、昨年5月に琵琶湖湖畔で見つかったバラバラ遺体の殺人事件の続報が伝えられていた。それによると、未だに身元も判明していないことから、犯人逮捕に関する情報だけでなく、身元に関する情報にも懸賞金が出されるという。このインセンティブで、潜伏している情報が、あびきのような逆流となって、事件解明の手掛かりに繋がるのかどうか、この滋賀県での難事件に警察庁も少しは力を入れている様子が窺える。(このニュースを、あびきにこじつけ様としたが、これは、さすがに少し無理だよね!)

3.連載、難病との闘い(769) 第三部 戦いはまだまだ続く(65)
  第三章 施設での生活一年間の総括(11)

(1)08年下期のハプニングの数々(その11)
 ② 再び銀行との激論(7)
 自宅に戻った一考は、直ぐに京都支店の担当者に電話を入れた。事情を話すと、彼女は、明日直ぐに自宅に来てくれて、カード機能復活に必要な書類を作ってくれるという。一考はほっとし、勝ち誇った気持ちで大津支店の先ほど対応した副支店長に電話を入れた。
 「お陰様で、京都支店でカードの再発行をしていただけるようですよ。あなたのような杓子定規な応接ではありません。それに、あのカードの裏に書いてある内容を呼んで見ましたが、没収なんて一言も書いてありませんよ。いい加減さも甚だしいですね」
 「他人のものは使用してはいけないと書いてあるでしょう。それに違反しているのです。没収も有り得るのです。全て、お客様からお預かりしているものを、しっかりとお守りするためなんですよ」
 「そんな空虚な呪文のような言葉の繰り返しは、もう結構です。とにかく、そうなったことを報告しておきたかったからです。それに、他人のカードといっても夫婦間とか親子の関係まで杓子定規では仕事になりません。私には96歳になる母親がいて、いつも頼まれて、母親のカードを使って引き下ろしていますよ。それも止めろとおっしゃるのですか。親の手助けも否定されるのはどうかと思いますよ」一考はそこまで言うと、自分の方から電話を切った。少しはすっきりした気分になっていた。
 それから数日後、有料ブログの評論家の勝谷誠彦氏のブログを見ていて知ったのだが、同氏がやはり銀行窓口の杓子定規さにものすごく怒っている内容を見て、少し溜飲が下がる思いだった。あれほどの有名人でも、杓子定規な本人証明の必要性を迫られたというのである。世の中には似たものもいることは事実だが、そんな有名人、文化人でも扱いは同じと云うのが公平そうでいて、何だか違和感を覚えたのである。
 その翌日だった。一考は、コンピューターで、銀行とのダイレクトシステムに登録していることを思い出したのである。興奮していてすっかり忘れていたのだ。早速それを開いてやってみると、雅子の口座でも、振り込み作業などがすらすらとできるのである。あれほど、拘っている銀行の姿勢も、幾らでもその抜け道がある訳だから、あの副支店長のもったいぶった応接、それに「お客様の預金を守る」という大儀だけを振りかざして口走るセリフが、馬鹿の一つ覚えのように虚しく響くのだった。その辺りの実情を、副支店長は、どう説明してくれるのだろうか、直に聞いてやりたい衝動に駆られるのを、じっと抑えるる快感を味わっているのだった。(以下、明日に続く)

803 繰上げ

 昨日、アムステルダムのスキポール空港でトルコ航空機の事故が起きた。あのハドソン川での見事な不時着後、バッファロー空港付近での民家への墜落、更にはロンドンシティー空港での不時着、そして先日の乱気流による羽田上空での事故が相次いで起きている。ここにも連鎖の不安がある。

1.プライベートコーナー
 5時起床、体重、58.2Kg。寒さはあまり感じない。雅子も悪いなりにそこそこ。

 緊急回想手記(10) 伊勢村前社長の突然のご逝去を悼む

 ここで、お断りを申し上げたい。筆者の記憶が曖昧で、先に、急遽上京した日付を1981年暮れと書いたが、一年間違っていたように思う。はっきりした資料はないので覚束ないが、どうやら、1年後の1982年の暮れが正しいようだ。(日付は遡って訂正済み)
 さて、そういうことで、期待の伊勢村美治氏が、勇躍として正式に大阪営業部に出社して来たのは、1983年2月初めである。その日、筆者が上司として同氏にどんな話をしたのかを思い出そうとするのだが、具体的な内容については、どうしても思い出せない。どちらかと言えば、そういう場合には、かっこいいことをいう癖のある筆者だっただけに、何か用意した言葉を話したと思うのだが、残念ながら、記憶には全く残っていない。そうはいうものの、それは、そんな振りかぶったものでなく、単純に「大阪の浮沈の鍵を握っている大事な部署だ。大いに頑張って欲しい。期待している」なんて、平凡な話だったかもしれない。
 何しろ、その頃の伊勢村美治氏は、実力派の営業管理者としての力をつけていて、安心して任せられる管理者に育っていた。心強かったのは、同氏は、かつて大阪時代に実績を作っていて、大手の顧客との繋がりにも既にしっかりとした礎が出来ていた。それだけに、当該分野に知見が乏しかった筆者は、多分、大船に乗った気持ちになっていたと思う。(続く)

2.独り言コラム
 今日から始まるアリゾナでの米国男子ツアー、アクセンチュアル世界マッチプレー選手権への繰上げ出場を期待して待機していた石川遼くんだったが、残念ながらその期待は叶わなかったようだ。しかし、昨日は、憧れのタイガーウッズとの面会が叶い、感無量の喜びに浸っていたようだ。今後の活躍が楽しみである。
 繰上げといえば、我々日常生活でもいろいろな面で出くわし、経験して一喜一憂することが多い。選挙での繰上げ当選はよくある。最近では、公明党の松あきらさんはその一人だ。選挙後、2ヵ月後に喜びが回って来たことで、その喜びも一入だったろう。
 スポーツの世界でも繰上げで喜びを得た事例も少なくない。あの室伏広治選手は、アテネでの金メダル、そしてこの間の北京での銅メダルも繰り上げでの獲得となった。気分的には少しそのメダルの輝きが褪せるような感じもありそうだが、メダルの価値には変わりない。
 その外に、飛行機の搭乗でのキャンセル待ち、試験での合否、更には、好きな人への恋だって、キャンセル待ちに一喜一憂している方も少なくないのが、この世の常である。筆者も、かつてそんな喜びを味わったことがある。これぞ、神様の思し召しなのだろう。
 今の麻生内閣は土壇場に追い込まれて苦闘中だが、これが倒れればと、キャンセル待ちのような気分の待機組みは、あれこれと思案をめぐらせていることだろう。日本の政治も、予算が明日にでも衆議院を通過することから、来週以降は、波乱万丈の混戦状態に入いりそうだ。

3.連載、難病との闘い(768) 第三部 戦いはまだまだ続く(64)
  第三章 施設での生活一年間の総括(10)

(1)08年下期のハプニングの数々(その10)
 ② 再び銀行との激論(6)
 一考が書類に記入を始めて気がついたのだが、自分の印鑑は持って来ていたが、雅子の印鑑を持参していないことだった。不安になって、そのことを副支店長に告げると、副支店長は、口ごもって口走った。
 「それは、……」
 「出直しということになりますか?」
 「仕方ないですね」
 「出たり入ったりで、何やってるか、さっぱりですなあ。それじゃ、念のために確認しておきますが、この書類を提出すれば、預金の引き出し、カードの復活は可能になるのですね」
 「そういう訳ではありません。預金の引き出しには応じます。必要なら、全額、あなたの口座に移すことはお受けします」
 「それじゃ、この妻の口座は解約と同じ扱いになるのですね。折角、口座を持っているのに、このままでは使えないということになりますね」
 「逆に、確認させて頂きますが、どのようにして、この口座を開設されたのですか」
 「それは、雅子が健康な時に、京都の支店で開設していたんです。その後、定期の解約などの手続きでは、ちゃんと、自宅まで来て頂いてやっていただいたのですよ。この店での扱いとは大違いの親切さでした。どうなんです、カードの復活も含めて対応して頂けるのですね」一考は、皮肉っぽくそう言って副支店長の顔を見た。
 「カードの復活は別です。全額、あなたの口座に振り込むのが嫌だとおっしゃるのなら、必要な支払先にこちらから振り込むようにしましょう」
 「それじゃ、プライバシーもあったもんじゃないですか。自分達のお金を自分達で扱えないなんてけしからん話です。支払先をいちいち開示するのは困ります」一考は、怒りをあらわにして返答した。
 「あなたはこのカードの裏に書いてある内容をお読みになりましたか? 他人のカードを使用することは許されていません。あなたのやったことは、カードの没収に相当します」副支店長は、一旦、事情は分かったと言いながら、再び、一考の気持ちを逆なでるようなことを言い出した。一考はそれを聞いて思わず叫んだ。
 「没収ですか。分かりました。没収して下さい。どうぞ、没収して下さい。もうあなたには頼みません。京都の支店のご担当の方に改めて頼んで見ます」一考は怒り狂ってその席を立とうとした。
 「京都支店ですか。窓口はどなたですか、こちらからも電話を入れておきましょう」副支店長は、何を思ったのか、間の抜けたことを口走った。
 「とんでもないですよ、あなたなんかに電話をしてもらえば、何を告げ口されるか分らず、なるものもなりませんからね。一切、必要ありません」一考は、厳しい顔つきでそう言って、荒々しくその席を離れた。何とも言えない怒りが、心の底からふつふつと込み上げて来ていた。(以下、明日に続く)

802 難病患者、それぞれの頑張り

 今朝未明、麻生総理とオバマ大統領の初めての会談が行なわれたが、どんな宿題をもらったか、などの具体的な中味については分かっていない。子供の使いじゃないが、大丈夫だった?

1.プライベートコーナー
 4時50分起床。体重、58,2Kg。外は小雨、寒さはゆるい。昨日、人間ドックの検査を受ける予定だった雅子だが、雨で延期。体調はまずまず。

 緊急回想手記(9) 伊勢村前社長の突然のご逝去を悼む
 この日の大事な話が終わったということで、適当なところでタクシーを止めてもらって失礼しようとすると、「ついでだから、このまま一緒に付き合え」という二人の上司の言葉に便乗して、最後の宴会まで付き合うことになった。全社的に取引がある取引先で、この夜は、大阪からも、いつもお世話になっている幹部の方が見えておられたので、筆者にも貴重な交際の場となり、望外の展開を楽しんだのである。
 とにかく、この夜の筆者の気持ちは大いに弾んでいた。それというのも、唐突ではあったが、大きな人事が決まり、大阪に期待の大物の管理者を迎えることが受け入れられたからだった。
 年明けには、その期待の人事異動が正式に発令された。それぞれが引継ぎが終えて、故人が大阪に正式に転勤して来たのは、1983年2月に入って直ぐのことだったと思う。二人にとっては、それが一緒に仕事をすることの始まりだったのである。(続く)

2.独り言コラム
 ここ数日のテレビで、難病に苦しむ方々の紹介、報道をたまたま耳にした。一人は、女優の釈由美子さんで、彼女が自分のブログに、「ギランバレー症候群」に罹っていると告白しているという。まだ初期の軽い状態だと言うが、悪くなると、筋肉の動きを司る運動神経の病気で、手足の自由が奪われる可能性があるという。この病気は、厚労省が指定する123の難病の一つに指定されている。有名人がそんな大変な病気だというと、筆者には何となく同病相哀れむの気持ちが膨らむのだ。
 一方、昨日の朝のワイドショーで、朝霧裕さんと云う方が、数万人に一人というウエルドニッヒ・ホフマン病という厄介な病気であるにも関わらず、シンガーソングライターとして音楽活動を展開されている紹介があった。この病気は、筋肉が段々と細くなってゆく病気で、まだ難病にも指定されておらず、そのご苦労の大変さを知らしめられた。
 厚労省が発表している統計によると、難病指定の123の中でも、より厳しい45の特定疾患に指定されている患者だけでも、平成19年度でおよそ61万5千人もおられる。筆者の妻も、その一人だ。皆んな苦しみながらも頑張って生きているのだ。昨日も書いたが、鬱病は、100万人いらっしゃると実情を思うと、健康に過ごしておられる方が、如何に素晴らしいことかを改めて思うのである。
 そう言えば、先日の日曜日の夜、フジテレビ「サキヨミ」であの長嶋茂雄選手とタレントのウエンツさんとのインタビューが放映されていた。同氏の場合は難病ではなく、脳梗塞で倒れられたのだが、あそこまで歩けておしゃべりが出来るように回復されるのには、諦めずに、前向きに強い意志での並々ならぬリハビリに努められたという。将来、もう一度、監督をやってみたいと言っておられるその前向きの姿勢に、驚かされたのだが、どんな時にも夢に向かって前向きに努力することが大事なのだろう。
 昨日、筆者が施設を訪れた際に、雅子にその話を聞かせてあげた。彼女は黙って聞いていたが、それなりの勇気づけになったと思っている。

3.連載、難病との闘い(767) 第三部 戦いはまだまだ続く(63)
  第三章 施設での生活一年間の総括(9)

(1)08年下期のハプニングの数々(その8)
 ② 再び銀行との激論(5)
 午前中での話は、行内のカウンターを挟んでの立ちっ放しの状態で冷たく対応されたこともあって、一考の怒りを一層燃え立たせることになったのだが、今度は、副支店長も多少は気を遣ったのか、窓口を挟んでの椅子に座っての対決となった。冒頭、一考は勢い込んで切り出した。
 「去年、私が話した相手はあなただったのですね」
 「そうです。よく覚えています」
 「てっきり、別の方だと思っていましたので、先ほどはそれ以上言わなかったのですが、だったら、一年前にあれほどお願いしていた同様のお願いなのに、全く変わっていない杓子定規の説明を繰り返されているのに驚きです。善処をすると言われたのは、口先の逃げ口上だったのですか? 一年も経過しているのに全く何の前進も窺われません。私としては、全く納得できません。どうなっているのですか。改めて、ご説明頂きたい」
 「先ほども申し上げましたように、ちゃんと本社に申し入れましたよ。現時点では具体的な進展にはなっていませんが、やがて、具体的な形になって来るはずです」
 「そんなのんびりしている訳にはいかないんです。それじゃ、子供の使いと同じじゃありませんか」
 「検討は本社でやっているのです」
 「催促したんですか。どうしてもっと迅速な動きに繋がらないんですか。情けないですね。今日も、こうしてお話しても、恐らく何の前進にもならないのでしょうね」一考は半ばやけくその諦めの気持ちをぶっつけた後、仕方なく、持参した資料を取り出して説明を始めた。その中には、雅子の身障者手帳、施設との契約によって支払った契約金の振込用紙、更には、施設への毎月の経費の請求書などで、それら全てを自分名義の口座から支払っていることを説明した。
 「なるほど」と言った副支店長は、やおら書類を取り出して来て一考の前に置き、それに必要事項の記入をするように言った。
 「これを提出すれば、預金は下ろせるのですね」一考は出された書類に目を通しながら、これで大丈夫なのかと確認したのである。
 「ええ」と言ったが、それでも副支店長の返答は何だか曖昧だった。(以下、明日に続く)

801 執念の作品、おくりびと

 政治、経済共に低迷している日本だが、昨日は映画の世界で脚光を浴びた。第81回アカデミー賞で、W受賞したのである。明るい話はいくらあっても邪魔にはならない。

1.プライベートコーナー
 4時40分起床、体重、58.5Kg。寒さ緩む。昨日の雅子は、お姉さんの見舞いで少し元気を取り戻していたようだ。

 緊急回想手記(8) 伊勢村前社長の突然のご逝去を悼む
 暫くすると、混乱していた頭の中が落ち着きを取り戻していた。東京に移動する課長がエラストマー分野を担当しているのだから、当然、後任者は、その分野の経験者が望ましい。そう考えると。筆者の頭の中に、ごく自然にある人物の名前が思い浮かんできたのである。
 それは、予てから自分が目を付けていた人物で、まさしく故人の名前だったのである。それまでに、実際に故人の仕事ぶりを見たことはなかったが、それまでのいろんな情報から、彼ならうまく引き継いで、しっかりと業績を伸ばしてくれるだろうと自分は確信を持つのだった。
 一息ついた自分は、躊躇することなく、二人の上司に故人の名前を申し出たのである。K常務は、直ぐに「分かった。検討しておく」と言ってくれたのだった。まあ。こんな具合で、伊勢村美治氏の大阪転勤の骨格が、年末の慌しい移動中のタクシーの中で決まったのである。言ってみれば、そんな特殊な決まり方をしたことで、その記憶は、今でも生々しく残っている。(続く)

2.独り言コラム
 冒頭から失礼を顧みずに、拙著「執念」のエピローグの最後の箇所の引用から入らせてもらう。そこに「自分の人生に、いい意味での執念を持つことは、大事なことかもしれませんね」と記している。
 感動的なドラマの誕生には、一本の電話とか、一筋縄でない執念が、そのサクセスストリーで重要な切っ掛けや役割を果たしていることが多いのだが、今回の「おくりびと」のアカデミー賞受賞も、それを実証した一つの大きな事例だと言えそうだ。「宮本武蔵」の受賞以来、53年ぶりの受賞だそうで、監督やその執念を実らせた本木雅弘さん、それに関係者の皆さんの喜びは如何ばかりかとお慶びを申し上げたい。
 報道によれば、傑作を生んだ切っ掛けが、主演の本木雅弘さんが、十六年前に、「納棺夫日記」を自費出版した木新門に掛けた一本の電話だったという。加えて、こんな作品は映画には向かないと言う周りの反対を説得し、長きに渡り、この映画化を夢見て温めてきた執念は、当時の本木さんの若さから見て、大したものだと思うのである。受賞後の監督や本木さんの頑張っての英語の挨拶も立派なものだった。
 さて、そんな明るい話題の中で、麻生総理が昨日の夜、羽田を出発してアメリカに向かった。どの程度の「おくりびと」がおられたかどうかは知らないが、アカデミー賞のニュースの影に隠れてしまっているのが、いかにも寂しい。オバマ大統領が迎える最初の外国人首脳だけに、ここで起死回生の切っ掛けを掴んで欲しいのだが、そんな可能性は見当たらないようだ。逆に、沢山の厄介な宿題をもらってくるのが関の山のようでお気の毒の固まりのようだ。この辺りで、麻生総理の最後の執念を見てみたいものなのだが、……。
 このブログを書いている、今、放送中の日テレ系「ズームイン」の番組の中で、関西ローカルの時間枠内でのトピックスだが、担当している虎谷温子アナウンサーが、大学時代からの友人との婚約の発表があり、嬉し涙を流していた。長く温めてきた恋愛が実を結んだようで、ローカルな話題だがお目出度い話である。広末涼子のファンではないが、隠れ虎谷温子ファンの筆者だけに、思わず、ここに付記してしまいました。お幸せに。

3.連載、難病との闘い(766) 第三部 戦いはまだまだ続く(62)
  第三章 施設での生活一年間の総括(8)

(1)08年下期のハプニングの数々(その8)
 ② 再び銀行との激論(4)
 「とにかく、しつこく過ぎますよ。私達のお金なんですよ。自分達のお金が使えないなんて馬鹿げています。いい加減にして欲しいですよ。馬鹿馬鹿しくてお話するのが嫌になります」
 「全て、お客様からお預かりしているものの安全に万全を期しているのです」
 「それは、詭弁ですよ。あなたの親父さんが来られて、同じ要求をされても、そんな対応をされますか。まあ、そこまでおっしゃるなら、とにかく、その種の資料を持ってきましょう」一考は、いらつく気持ちを抑えながら、そう言って銀行を後にした。とにかく、自分の思いが全く通じずに苛立った思いだった。
 銀行を出ると、一考は、この日のもう一つの目的である病院に向かった。不整脈の定期診断である。こんないらいたするやり取りをしたのだがから、不整脈がどんどんと悪化しているのではとの心配があった。
 急いでいる時ほど、思うように行かないことは多い。この日の病院は生憎大変な込みようで1時間半近く待たされた。おまけに、駐車場がいっぱいだったので、一旦、道路の端に車を仮り置きしていたので、車で来ている患者が診察を終えて帰る度に、自分の車を移動させなければならず、余計に一考の気持ちを苛立たせるのだった。
 診察を終えて自宅に戻ったにはもう昼前になっていた。急いで昼食を済ませ、必要と思われる資料を取り揃えていると、たまたま出てきた名刺を見つけた。それが何と、先ほど激論した副支店長のものだった。
 なあんだ、去年話した相手だったのだ。道理で、去年のこともよく承知していたのだ。それなら言ってやらねばならないと勢い込んで、再びみずほ銀行向かった。さあ、じっくりとこの件で議論してやろうとの思いが強くなっていた。この際、銀行の鼻を明かしてやりたいという衝動にも駆られていたのである。(以下、明日に続く)

800 数字に因んだ話題

 今朝も各新聞社の麻生内閣支持率が発表されているが、毎日が11%、日経が15%などの低率に加えて、不支持率が、日経では80%になっている。いよいよ、麻生内閣は土俵際である。

1.プライベートコーナー
 5時40分起床。少し、朝寝坊。体重、57,9Kg。外は雨。昨日、雅子は通じの際に、疲れてぐったり、急いでベッドへ。初めての症状だったので少し慌てる。

 緊急回想手記(7) 伊勢村前社長の突然のご逝去を悼む
 さて、そのK常務の話に戻るのだが、それは人事移動の具体的な話で、今大阪にいる或る課長さんを東京で全社的に活用したいので了解して欲しいというのだった。唐突な提案だったのでびっくりして、暫く黙っていると、「その代わり、東京から君が希望する人材を出してもいいよ」とK常務が言葉を繋いだ。一考は、この唐突の申し出に少々戸惑っていた。
 K常務のいう東京で活用したい人材と云うのは、筆者からみても、確かにそのような特別の才能の持ち主だった。従って、その提案に関しては、妥当な申し出だと納得したのだが、その後任に、希望する人材を宛がってもいいと言われると、誰を選んでいいのか、少なからず戸惑ったのである。正直言えば、そんな大事な話をタクシーの中で言われても困るといった心境だった。何しろ、二人の上司に挟まれた状態で、希望する人材を言えと迫られたのである。予期していなかった急な話に、自分の思考がうまく回転せず、いささか興奮状態にあったと言えた。筆者は、とにかく自分を落ち着けるために、少し遠慮気味だったが、一息つくように間合いを取った。(続く)

2.独り言コラム
 今朝は、このブログが800回目ということで、数字に絡んだ話を拾ってみた。先ずは、WBCの正式メンバーが決まった話である。33人いたメンバーから28人に減らされる訳で、少なからず、誰が落ちるのか興味があった。巨人の原監督だから、無難に巨人軍の選手から何人か犠牲者が出るかと思っていたら、そうではなく、西武から岸、細川、ソフトバンクの和田、松中とパリーグの強豪チームから4人が選ばれていた。ちょっとしたサプライズ人事である。自分のチームメンバーに、敢えて犠牲を強いなかった原監督人事に、少し見直し(?)たと云うのが筆者の受け取り方だ。
 昨年度の自殺者の数が、速報で32194人だとNHKが独自調査で報じていた。単純に割り算をすると、一日、90人近い方が自殺を選択していることになる。大変な世の中である。その一方で、交通事故による死者は、ここ数年、少し減少傾向にあるようだが、それでも10000人近くいるようだし、それに、最近では鬱病患者が何と100万人近くおられると言う。更に、筆者の妻のように難病と闘っておられる方を加えると、この世の中には、お気の毒な方が随分多いのだ。それでも、自ら死を選ぶことだけは避けなければならないと強く思う。
 最後に、明るい数字の話を拾っておこう。韓国のソールで、キム・ソゴクさんと云う方が、カラオケで、76時間7分熱唱し続けて、それまで、米国人が持っていた記録の75時間を破ったという。ギネスの世界記録に申請すると言うが、この場合のルールは、曲の合間に3分間の休息が取れるという。歌った局数は何と1273曲だったという。いろんな記録があるものだ。

3.連載、難病との闘い(765) 第三部 戦いはまだまだ続く(61)
  第三章 施設での生活一年間の総括(7)

(1)08年下期のハプニングの数々(その7)
 ② 再び銀行との激論(3)
 「そんな言い方はないでしょう。そんな細かいことって、とういう意味ですか」一考は憤然となって食いついた。
 「全国から、いろんな要求が出されていて、それを総括的に扱って対応するのですから、一件一件のことには返事は来ないのです」淡々と答える副支店長の大柄な態度が気に食わない。
 「それじゃ、申し入れても意味がないのじゃないですか。何故、申し入れた方が、どうなっているのかをフォローされないいんですか」
 「そんなこと、いちいち……」
 「それじゃ、善処するとおっしゃったのは単なる逃げの一手であって、言わば、空手形だったのですか」
 「そうではありません。そんな意見が幾つか集まれば、本店は必要な対応を考えることになるのです」
 「それじゃ、何もやっていないのと同じですね。単にボールは投げて置いたということなんですね」
 「そうじゃありません」
 こんな馬鹿馬鹿しいやり取りだったが、一考の声が大きくなっていたこともあって、銀行内の他のお客さんからの視線が、二人に集まり始めていた。
 「あなたと話していても埒が明きませんね。具体的にどうすればいいのですか?」とにかくカードの機能を復活してもらうためのアドバイスを求めた。
 「奥さんのために使用するということを裏付ける支払先、請求書などをお持ち下さい。その分については支払いに応じましょう」
 「あなたは勘違いしておられる。私達は二人で資金管理をしていて、名義の口座は全て名義人のための使用に限らないのです。共通の目的に二人の口座の資金を融通を利かせて使っているのです。雅子名義だから、全て雅子のために支払うとは限らないのです。そんなことは、何処の家庭も一緒でしょう」
 「まあ、それは理解できます」
 「それなら、その主旨での裏づけのエビデンスを持ってくれば、カードの機能復活はやってもらえるのですね」
 「いや、そこまでは言えません。差し当たっては、その資料を確認させてもらってから判断します。直ぐに、OKという訳ではありません」掴まえ所のない応接の連続に、一考は、もうお手上げの心境になっていた。(以下、明日に続く)

799 生きることの大切さ

 頑張ったが予選落ちだった。石川遼くんも、やはりそんな苦い経験を積み重ねて大きくなってゆくのだろう。今後の成長が楽しみな逸材である。

1.プライベートコーナー
 4時50分起床。体重、58,3Kg。寒さは普通。昨日の雅子はまずまず。

 緊急回想手記(6) 伊勢村前社長の突然のご逝去を悼む
 三人でタクシーの乗るのだからと、若輩の自分が助手席に乗ろうとすると、K常務が話があるから、二人の間に座れというのである。仕方なく、後部座席の真ん中に腰を下ろすことになったが、すわり心地は極めて悪く、身体を硬くして緊張していた。見方によっては、恰も、両端を刑事に押さえられて、連行される犯人のような感じである。
 何処へ行くのも分からずに乗ったので、運転手さんが行く先を聞いた際には黙っていたのだが、本部長が伝える行く先が、わが社の大手取引先だと分かり、またしても緊張をしたのを覚えている。しかし、この会社には、大阪でも大変お世話になっていることから、別の意味で親しみを覚えるのだった。
 車が走り出して直ぐにK常務が話しを切り出した。それは意外にも部内の人事異動に関する話だった。そんな話をこの回想でオープンにするのは適当ではないかもしれないが、もう三十年も昔の話であり時効だろうということで、敢えてその内容の紹介を試みるのである。それが、筆者と故人を結びつける貴重な切っ掛けとなった訳であり、故人への供養にもなると考えたからでもある。(続く)

2.独り言コラム
 土曜日の夕方に放送されているTBS「報道特集NEXT」は、時々いい内容の番組を放送してくれる。ドギュメンタリーと言えば、NHKの独占かと思われ勝ちだが、TBSも頑張っているのだ。キャスターの田丸美寿々、久保田智子、岡村仁美の三人の美人女性もしっかりしていて感じがいい。
 昨日の後半で取り上げた「硫黄島で託された写真、祖国へ」は、なかなか見せてくれる感動的ないい内容だった。
 終戦間際の両国の決戦の戦場となった硫黄島で、捕虜となった「サカイ泰三」と名乗った男が、懇意となった取調官に託した一枚の写真が、63年という時間を経て、横浜に住む親族に返されるという感動的なドギュメントだった。
 写真を預かった取調官、リチャード・ホワイトの息子が、生前の父から聞いていた写真を親族に返してあげようとするところからドラマは始まる。例によって、アメリカ国立公文図書館に、「サカイ泰三」の調書が残されていたことが大きな決め手の一つになるが、本人があくまでも偽名の「サカイ」を名乗っていたことで、その特定に手間取ることになる。しかし、その後に、サカイ氏が当時、通信兵をしていたことが分かり、その上司だった男の証言もあって、紆余曲折を経て、昨年になってその家族の元に辿り着くのだ。
 結果的には、本人は偽名を使っていて「坂本泰三」が本名だったと判明する。しかも、無事日本に帰還していて、その後6人の子供に恵まれ、1997年に68歳で他界していたことが判明した。
 改めて、思うのは、戦争の悲惨さと同時に、そんな極限の状態にあっても、人間の心と心は人種という壁を超えても「通じ合う」ものだということである。また、そのような細かい戦争の記録が世界の片隅に残されているということにも、何とも言えない熱いものを覚えるのである。他にも大変な真実が眠っていると思うとそのままにしておいてもいいのかとさえ思ってしまう。
 いずれにしても、本人、坂本泰三さんは生きて帰国し、6人ものお子さんを生んでいたのである。その事実に、どんなに大変な厳しい状況にあっても。最後まで生きるということの大切さを改めて教えてくれた番組だった。筆者も、頑張って介護の日々を一生懸命に生きてゆくつもりである。

3.連載、難病との闘い(764) 第三部 戦いはまだまだ続く(60)
  第三章 施設での生活一年間の総括(6)

(1)08年下期のハプニングの数々(その6)
 ② 再び銀行との激論(2)
 一年前の時の話しでも、本人の意志確認が絶対で、それがないと応じないというのだった。具体的には、口座の新規開設に関しては、本人のために使用するという本人の意志を確認したいという。そのためには、本人を連れて来なければならず、結果的には、その時点では、口座の開設は諦めたのだった。しかし、既に持っている雅子名義の預金口座から、資金の移動が必要だったので、そのことへの融通を利かせて欲しいと要求したのだったが、これにも、木で鼻をくくった返事で取り合ってもらえず、仕方なく、カードを使って、一日の限度額200万円の範囲内で、数日を掛けて振り込みを果たすという手間を余儀なくさせられた。
 銀行サイドの説明は、あくまでもお客様の預金を守るという慇懃無礼な大儀を掲げて、本人の意志が未確認な状態では、お金の移動には応じられないと拒否したのである。しかし、その一方で、カードでなら、そんな確認なく預金の移動が可能な訳だから、その辺りはどう解釈するのかと迫ったが、それに対しては、確たる返事は得られなかった。仕方なく、その時には、今後のことを考えて、少なくとも、病気などで本人が動けない場合などの対応について、何らかの便宜を図る方法について、銀行内で検討してもらうことを申し入れた。それに対しては、「トップに申し入れて善処する」との形だけの返答を得ていた。
 この日、そのことを思い出した一考は、その後の善処の結果をフォローすべく、踏み込んだのである。
 「前年に同様なことを申し入れた際に、相手して下さった方が、この種の対応についての善処をトップに申し入れるとおっしゃってましたが、それはどうなっているのでしょうか。ちゃんと必要なアクションは取って頂いたのでしょうね?」一考は、応接してくれている副支店長に確認した。この時点では気づかなかったのだが、実は、この支店長が前年の時にも相手してくれた方だったのだ。そのことは、後になって判明する。
 「ちゃんと本店の然るべき部署に申し入れていますよ」副支店長は、当たり前だと言わんばかりの態度で言い切った。しかし、この男が昨年相手してくれた男だとは、気づいていなかったので、自分の言ったことが行内にきちんと伝わっていたことに、一考は、取り敢えずは納得するのだった。
 「それで結果はどうなったのですか」少し落ち着いた口調で一考は確認した。
 「そんな細かいことには、いちいち返事はして来ません」副支店長は、如何にもぶっきら棒な言い方でそう答えた。その返答に、一考の怒りのボルテージが再び燃え上がったのである。(以下、明日に続く)

798 アルパカ

 期待の石川遼君のデビューはバーディスタートだったが、結果は順位が悪く、ほろ苦いものとなった。間もなく始まる二日目で巻き返してもらって、予選通過を果たして欲しい。

1.プライベートコーナー
 5時10分起床。体重、58.1Kg。雨は上がっているが、寒さは並み以上で厳しい。昨日の雅子は少し復調(?) コミニケーションがうまくいかず、数日間謎となっちた彼女の要求が、やっと理解できて、ほっと。

 緊急追悼回想(5) 伊勢村前社長の突然のご逝去を悼む
 筆者が、大阪営業部の次長兼工業材料課長として大阪に転勤したのが1980年12月に入って直ぐのことだった。自宅から通勤可能な大阪への転勤は、その時点では個人的な家庭の事情から有難い転勤であった。恐らく、その辺りの事情を慮った上司の配慮があったと考えていた。それから1年後に部長に昇格した。
 その年の暮れ、つまり、1982年の12月の暮れのことだった。年末の挨拶回りなどで慌しいタイミングだったが、突如、東京本店に出頭するようにと上司から命令を受けた。何か、緊急性を要する内容のようで、自分が何かまずいことをしでかしたのかと不安を持って、東京に出役したのを思えている。
 直ちに上京し、本部長のところに顔を出すと、ちょっとばたばたしていて時間がないので、今から出掛ける先への車の中で話しをするから、ついて来いというのである。行く先は大手カスタマーで、年末の挨拶回りの一環のようだった。筆者は、不安のまま本部長についてビルを出たが、K常務も一緒だと分かった。筆者は緊張を覚えながら、通りに出ると急いでタクシーを掴めた。これが、故人、伊勢村氏と具体的に一緒に仕事をする切っ掛けに繋がるのだが、その時には、一体何を言われるのか、一考は少々焦りに似た不安を抱いていたのである。(続く)

2.独り言コラム
 成田空港近辺での乱気流にノースウエスト機が巻き込まれ、多くのけが人が出た。とにかく墜落といった大事故にならなくて良かったと思う。乗客のコメントを聞いていると、その怖さがひしひしと伝わって来る。機内では、座席に座っている時には、常にシートベルトをしておくべきだろう。
 話は変わるが、何しろ、日本全体は、今、訳の分からない乱気流に包まれている。特に永田町の上空が最も酷いようだ。政治の乱れが収まらないとどうしようもない。じっと春が来るのを、シートベルトをして待つしかないようだ。
 昨日たまたま見ていたテレビ(関西の朝日放送のムーブという番組)で、アルパカという大人しい家畜(?)を見た。愛くるしくて、ソフトなタッチで心を和ませてくれる不思議な癒し系の動物だ。筆者は初めてこの動物を見たような気がしたが、クラレのコマーシャルで扱われて人気の動物のようだ。日本では那須高原で放し飼いされているという。
 改めて調べてみると、アルパカはウシ目(偶蹄目)ラクダ科に属する動物で、ラクダより体のサイズは小さいし、コブもないが、長いまつげの愛らしいぱっちりした目や、いかにも人のよさそうな愛嬌ある顔立ちで、しなやかな長い首、胴体のわりに細くてスラリと長い足などは、なるほどラクダとよく似ている。南米のアンデス山脈高地(ペルーやボリビア)などの山地にすんでいるという。
 そういえば、石川遼君も癒し系の人気者だ。とにかく、こんな乱気流に巻き込まれていて、どうしようもない欝な時だけに、このような癒し系の方や動物にも惹かれてしまう今日この頃である。

3.連載、難病との闘い(763) 第三部 戦いはまだまだ続く(59)
 第三章 施設での生活一年間の総括(5)

(1)08年下期のハプニングの数々(その5)
 ② 再び銀行との激論(1)
 週明けの10月6日の月曜日のことだっった。前週末からの米国発の株価の暴落が、週初めの東証でも連動して起きていた。一考は、もうそろそろ買いが入るのではと独断的に判断し、少し買って出たのである。一か八かの勝負とも言えた。
 その結果、証券会社に預けてある資金が不足したので、その補填が必要となった。そこで、この日がちょうど自分の不整脈の定期診断日だったので、その病院に行く途中で、入金すべくみずほ銀行大津支店に立ち寄ったのである。
 そこで思わぬ失態を演じたのだった。事の起こりは、この日は、暫く凍結して置いた雅子名義口座からカードを使って入金しようとしたのだが、久し振りに使う雅子のカードということで、うっかり暗証番号を間違ってしまい、カードにロックが掛かってしまったのである。うっかりにしても、ミスを三回も続けて犯すという、一考にしては不覚の大失敗だった。
 そこで、銀行の窓口でカード復活について善処をお願いしたところ、夫婦と言えども他人名義のものは、本人の意志確認が必要だと杓子定規な応接で応じようとしてくれなかった。その窓口の女性の方と話していては埒が明かないと思われたので、責任者の副支店長を呼んでもらった。しかし、その方の対応も、本質的には窓口女性とは変わらずで、一考の要求には頑として応じてくれなかった。
 一考は、懸命になって、雅子の病気の実情を説明し何とか理解を得ようとしたが、暖簾に腕押しでどうにもならず、仕方なく、どうすればいいのかとアドバイスを求めた。しかし、副支店長の返事は相変わらずの杓子定規の枠からは一歩も出ない次のような不愉快なものだった。
 「確かに、雅子さんのために支払うということが証明できれば、その分を何とかお支払いすることにしましょう」というのである。一考は、この言い方が気にくわなった。お金は自分達のものであって、銀行のものではない。それを、恰も、自分達のお金を支払うといったような言い方はけしからんとの思いが、一気に一考の苛立ちを増幅させた。一考のその指摘に副支店長は「お支払い要求に応じましょう」と言い直したが、一考の怒りは収まらなかった。
 それと云うのも、この話には前段があったからである。ちょうど一年ほど前に遡るが、同じような本人の意思確認に関する方法について、この銀行と激しい議論をしていたのである。雅子を施設に入れる話が具体化してきていた頃のことで、支払いなどのために、新たな口座の開設や支払いに関しての準備をしておこうとした時のことだった。(以下、明日に続く)

797 堪ったものではない

 さすがである。石川遼選手がアメリカツアーのデビューの最初のホールでバーディを記録した。しかし、残念ながら、その後に2番と5番でボギー、7番でダボを打っているので、午前3時半現在、7番を終って3オーバーとやや苦戦である。この後の頑張りを期待する。

1.プライベートコーナー
 午前3時に仮の起床である。体重は未測定、昨日の雅子は、全体的には落ち着きを取り戻していた。しかし、コミニケーションには相変わらず苦戦している。
 なお、今朝は、このブログのサーバーのメンテが、5時から行なわれる予定で数時間は使用できないことから、早目に配信するために、仮起きして、特別配信体制を取った。

 緊急回想手記(4) 伊勢村前社長の突然のご逝去を悼む
 入社後、故人が大阪勤務から、最初に東京に転勤して来たのは、入社後5年ほど経過した頃だったと思われる。正確な時期についは資料を持ち合わせていないので、覚束ない記憶に頼っているので、間違っているかもしれない。手元にある1977年のK大学同窓会名簿には、勤務先が東京となっていることから、多分その数年前の1975年頃には、東京に転勤して来ていたと推測される。従って、筆者が大阪に向かう1980年までの5年間ぐらいは、同じ東京のオフィスにいたことになる。
 しかし、その期間でも、筆者と故人の間には、依然として仕事の絡みはなかったし、普段のお付き合いの中でも、これはと言った思い出の記憶は残っていない。年末の創立記念パーティーを始め、デイリーにオフィスなどで、顔を合わしていたはずだが、強烈に記憶に残るような思い出は、残念ながら記憶の彼方である。
 ともかく、筆者の印象では、故人は、大変明るく、人柄もよくて、卒なく仕事をこなす優秀な営業マンとして、順調に腕を上げていて、エラストマービジネスの重要な人材としての地位を不動のものにして行ったのである。少なくとも、筆者にはそんなインプットがしっかりとされていて、その強い印象が、後の二人の仕事上での出会いに繋がって来るのである。(続く)

2.一言、二言、独り言コラム 
 今や、何が起きるか分からないといった大変な毎日の連続である。うっかりすると、振込み詐欺やIT技術の数多くの手に負えない罠が待ち構えているのだがら、堪ったものではない。
 まず国会だが、昨日も中川財務相辞任、それに小泉元総理の欠席発言の余波で、揺れまくっていた。いろんなやり取りの中で、麻生総理の任命責任が議論されていた。その中で、麻生総理は、中川財務相と何十回と食事を共にしたが、中川氏は自分の前ではアルコールは一切口にしなかったと言い切った。嘘の上塗りだろう。それにしても、実に低次元のやり取りが、予算委員会で長時間を使って行なわれていることにうんざりする。堪ったものではない。
 そんなことで、来る24日に予定されている麻生総理のオバマ大統領との会談に、09年度予算を衆議院通過という手土産が纏まらないことになった。お気の毒だが、それだけ統率力がなくなっている証でもある。外国人の最初の首脳として招待されたのに、迫力が伴わないのだから、待ち受けるオバマ大統領も堪ったものではない。
 高松市にある香川中央病院で、とんでもないアクシデントが起きていたことが分かった。不妊症で悩む女性に施した体外受精で、他人の受精卵を戻すという間違いが起きたのだ。それに気づいて妊娠9週間目で人工流産が行なわれたという。折角の妊娠での喜びも一転しての悲しみ、怒りになった訳で、命に関わる仕事での許されない間違いには怒りが込み上げてくる。しかし、今や、50人に一人の割合で体外受精の子供がいるというから、これにも驚く。いずれにしても、こんなとんでもない過ちは、堪ったものでない。
 コンピューターの世界でもいろんなことが起きている。一つはボットネットと呼ばれるヴィールスを、他人のコンピューターに送り込み、遠隔操作で悪さを仕掛けるという悪質なものだ。昨日のNHKのクローズアップ現代で取り上げていた。もう一つは、同じくNHKの夜9時のニュースで取り上げていたのだが、高校生などの若い人達の間で流行しているプロフと呼ばれる個人情報を公開するソフトだ。これの悪用で、出会い系サイトを上回る勢いで悪用による被害が出ているという。
 このITの世界は、専門的な知識が必要で、我々素人には手に負えない。技術の進歩が、我々老人を置いてきぼりにして行くのは止むを得ないとして、悪さをされるとなると堪ったものではない。

3.連載、難病との闘い(762) 第三部 戦いはまだまだ続く(58)
 第三章 施設での生活一年間の総括(4)

(1)08年下期のハプニングの数々(その4)
 ① お薬(4)
 そんなことがあって、次の定期診断の8月7日には、一考は、祝日にも関わらず自宅にまで電話を掛けたことへのお詫びと同時に、その時の適切な応接にお礼を申し上げ、改めて今後の対応についてアドバイスを得たのだった。
 ここで、改めて、この新薬の扱いの経緯をお薬手帳を確認しながら、詳しくレビューしておこう。今までの説明の中で、数量的な表現で誤りがあったので、ここで訂正をしておきたい。
 最初に、この新薬を服用し始めたのが、5月15日の定期診断時で、その時には、テスト的に0.25ミリグラムを一日4回、つまり、一日1ミリグラムの服用から始まった。服用の開始は、その日の夕食後からである。
 どうやら効果がありそうだいう判断で、6月12日の診断時に増量が決まり、翌日から1回に1ミリラムで一日3回の服用となった。つまり、一日3ミリグラムで、それまでのテスト時の3倍量にアップとなった。幸い、この段階でも、雅子の様子は動きも良くて、順調だったので、次の7月10日の定期診断時に、更なる増量を決め、6月度の2倍、つまり、テスト時の6倍に増やして、翌日から服用を開始したのだった。それが、10日ほど経過した時点で、様子が変だということで、結果的にその半分の量に減らし6月度の量に戻したのである。
 当たり前と言えばその通りなのだが、この種の新薬の扱いは、どうしてもトライアンドエラー方式にならざるを得ない。特に個人差がある病気では尚更で、そういう意味では一考の取った緊急の電話相談は的を得ていたアクションだったと言える。
 幸い、その新薬は、その後は、その量が維持された形で、2008年を終えることになり、今でも継続している。つまり、雅子への最適量が、1日3ミリグラムに落ち着いたのである。
 なお、お薬に関しては、種類も量も多くなる一方だったので、10月度の診察時には、今では余計と思われるお薬を減らす方向での検討をお願いしたところ、先ずは、二種あったカプセルを一種減らすことになったのである。また、11月度の診断時には、他の二つのお薬について、一日3回の服用から2回に減らすことになった。その一方で、便秘傾向が強くなっているということから、新たな便秘薬が加わった。
 いずれにしても、この種のお薬の変更は、微妙に保たれているお薬のバランスを乱す可能性があることから、その決断には結構神経を使う。今まで、必要ということで飲み続けてきていて、全体のバランスを保ってきていただけに、減らす際には心配もあったが、幸い、それらのアクションには、今のところ余計な影響は出て来ていない。
 11月末頃からだが、雅子が頑張れば、首が少し持ち上げられる傾向が見え始めている。結構なことだと感じているが、新しい組み合わせでの今のお薬バランスが、今のところはうまく適合しているのだろうと見ている。(以下、明日に続く)

796 複雑な心境

 今夜からプレイに臨むプロゴルファーの石川遼君が、英語で挨拶に臨んでいた。「Everyone repeat after me,Ryo」は、ユーモラスなやり取りで、場を盛り上げて、笑いを誘っていた。なかなかの17歳の若者である。

1.プライベートコーナー
 5時10分起床。今朝はなかなか起きられなかった。体重、58.3Kg。寒さは普通。雅子は頑張っているが、イエス、ノーの表示が不鮮明になってきていて困っている。

 伊勢村美治前社長を偲ぶ追悼回想(3)
 故人の主たる担当分野は、入社直後から、エラストマー分野に軸足を置いていたと思う。人事異動で大阪から東京、そして再び大阪、その後、あの神戸大震災が起きた頃はヨーロッパのブラッセルに駐在し、グローバルにその活躍の場を広げて行った。
 それに対し筆者は、この会社のスタート時から、ケミカル分野を担当、大阪営業部長を歴任後に、東京に戻って、一転してシーラント分野を統括するようになり、その後は営業のスタッフ部門に移って、製品企画部、営業企画部、営業総務部などを兼務した。そして卒業間際に、畑違いのコンピューター関係のIT部長を引き受け、ITの業務パッケージの導入を図るグローバルプロジェクトのリーダーを担当した。
 そういう二人の足取りから、故人と筆者の二人が仕事上で絡む機会が極めて少なく、結果的には、先に述べた大阪時代だけという意外な結果だった。
 二人の関係が意外に薄かった背景には、担当分野の違いの他にもう一つ、故人が、入社直後から大阪営業所に配属されていて、最初から勤務するオフィスを異にしていたことも起因していたと思う。しかし、関西弁を巧みに駆使して、信頼を得て、人を惹きつけるなかなかの仕事ぶりで、着実に実績を積み重ねていた故人の働きぶりは、自然と耳に入って来ていたので、「なかなかやるじゃないか」と、大物後輩の活躍には、大いに意を強くしていたのを覚えている。(続く)

2.独り言コラム 
 ロシアから愛を込めてではないが、小泉元総理がロシアでまた吼えた。2/3議決国会には欠席するという。そう言い切る同氏の口調は、日本を離れる前の口調よりも毅然としていた。麻生総理へのはっきりとした反発である。少し、大人気ない気もしないではないが、自分が政治生命を賭けた郵政民営化がコケにされている現状に、堪忍袋の緒が切れたのだろう。小泉ファンとしては少し複雑な心境だ。
 一方、麻生総理は、サハリンでロシアのメドベージェフと会談した。そこで領土問題が論じられ「新たな独創的で型にはまらないアプローチ」で具体的アクションを急ぐということで合意したという。その中味が何だかさっぱり分からず、謎掛けのようですっきりしない。一体、何のために日帰りまでしてサハリンくんだりまで出かけて行ったのか、よく分からない。ただ、プーチン首相の来日を決めたことは良しとしても、その日には、一体誰が会うことになるのだろうかと考えると、複雑な心境になってしまう。
 積水化学が、塩ビ管のカルテルで、何と79億円の課徴金を支払うという。課徴金としては過去最高額だそうだ。カルテルといえば、筆者がシーラントを担当していた部長時代の1987年に、不覚にも手入れを受けて会社に迷惑を掛け、課徴金を支払わされたことを思い出す。その時は、関与した10数社で支払った総額が、確か1億3千万円前後だった。もちろん、この間に法律が改正されて、課徴金の負担率が上がってはいるが、それにしても、一社で79億円、総額で117億円近いというのには驚きである。また、その後法律の改定で、申し出た会社(裏切り密告した会社)には課徴金がかからないというのが曲者で、今回は、クボタが公取委に自主申告して、課徴金は支払わなくていいという。極めて複雑な心境である。

3.連載、難病との闘い(761) 第三部 戦いはまだまだ続く(57)
 第三章 施設での生活一年間の総括(3)

(1)08年下期のハプニングの数々(その3)
 ① お薬(3)
 熟慮の結果、一考が出した結論は、これは緊急の事態だという判断に立つべきだということだった。その背景には、大袈裟に言えば、取り返しのつかない結果になるかもしれないとは言う不安があったからで、先生には、多少のご迷惑をお掛けするかも知れないが、そんなことで遠慮して、無駄に時間を費やしてはならないということだった。考え方によっては、緊急であれば、連絡しないことの方が、却って先生を苦しめることにもなりかねない。この際は、失礼であっても自宅に電話してご判断を頂くことが大事だろうと腹をくくって、思い切って先生の自宅に電話を入れたのである。こと命に関わるような危険があると思われる場合には、やはり、躊躇してはいけないと覚悟して、一考は思い切った行動をとったのである。
 幸いなことに、先生は在宅しておられた。受話器を取るまでは、迷惑だと感じられたと思うのだが、一考の説明に静かに耳を傾けていただいたのである。そして、即断でお薬の量をとにかく元に戻そうと指示して下さったのだった。その結論に、一考は、まさに溜飲が下がる思いだった。先生のご説明では、このお薬には、眠気を催す副作用があり、それが元気をなくす症状に繋がるのではというものだった。一考は、なるほどと思った次第である。ほっとした思いで電話を切ったのを生々しく記憶している。
 若しも、電話もせずに、そのまま休み明けまで、何もせずに待機していたと考えると、それまでの長い時間を、いらいらと落ち着かない状態で過ごすことになっていたであろう。それだけでなく、症状の悪化も進み、その後の回復にも時間がかかっただろうと思いながら、自分のとったアクションに満足していた。
 ともかく、スッキリした気分になって、一考は施設の看護師さん達にその間の経緯、事情を説明して、次のお薬の服用時から、その新薬の服用量を減らした対応をお願いしたのである。
 そして、その後暫くは、雅子の様子を、それまで以上に丁寧に、慎重に観察していたが、数日後には、どうやら症状は元の様子に治まったようで、少しずつ落ち着きを見せてくれるようになったのは幸いだった。(以下、明日に続く)

795 笑顔、涙顔、苦渋の顔

 中川財務相の昨日の顔は、朝方の苦渋の顔から、夕方には涙顔に変わっていた。それにしても、今朝の毎日新聞では、「懲りない酒癖、あきれた醜態」と社会面で大きく非難している。何故、昨日は書かなくて、「今朝なのか」の不思議? 辞職したんだから、死者に鞭打つようで嫌な感じだ。

1.プライベートコーナー
 5時10分起床。体重、58.1Kg。寒さは、昨日ほどではないが寒い。雅子の様子は前日並み。数日前から、何かを買って来て欲しいと訴えているが、コミニケーションに苦闘している。
 今、6時47分、かなり感じる地震があった。思わずコンピューターを押さえていた。震源地はお隣の岐阜で、震度4だそうだ。とりあえず、一安心。

 伊勢村前社長、追悼回想(2)
 K大を出て吉本興行に入って、お笑いの世界で活躍しているロザン宇治原さんのような人もいて、今なら、それほど驚ろかないかも知れないが、当時では、K大工学部の修士を卒業した故人が、いきなり営業を担当するというのは、やはり異色で驚きだった。しかし、聞くところでは、本人が希望したというから、やはり「栴檀は双葉より芳し」で、故人はその頃からそんな非凡な面があったと見るべきだろう。
 ところで二人の仕事上での繋がりだが、結果的には、故人が入社(1971年)して、筆者が退職(2002年)するまで、およそ30年間一緒の会社に勤務していたのだが、故人と実質的に一緒に仕事をしたのは、筆者が大阪営業部長時代の1983年2月~1985年12月末までのおよそ3年弱の期間だけである。言って見れば、仕事上では「すれ違いの二人」だったと言えそうだ。(続く)

2.独り言コラム
 気品のあるヒラリー・クリントン国務長官の笑顔が素晴らしかった。どんな宿題を押し付けていったかは別として、厳しい環境の中では、ちょっとした春を感じさせるものがあった。来る24日には、麻生総理とオバマ大統領との会談が決まったようで、日本に対する配慮、と云うよりも、含みある期待の現われだろうと思われる。用心、用心である。
 中川昭一大臣の辞任劇は二転、三転で潔くなく、麻生総理の決断のなさを表したものだった。一度、カードを出して見て、周りの反応を見て、またカードを切り直すといった応接は、見苦しくもあり、潔くない。これで麻生総理の顔色も一層苦渋を極めるものになった。そんな顔でオバマさんに会って欲しくないといった気もしている。
 いろんな顔が見られた中で、ロサンゼルスに着いた石川遼選手の引き締まった顔はさすがで、明日から始まる海外での第一戦が楽しみだ。インタビューに答える内容も、奢らず、闘志にも溢れ、適度な謙虚さもあって若さに似合わず素晴らしい。大いに期待したい。
 将棋界では、今日から王将戦の第四局が始まる。羽生王将が苦手の深浦王位に1勝2敗と出遅れている。これに負けると、麻生総理と同様に崖っぷちに追い込まれることになる。それだけに巻き返しを期待したい。そういう意味では、今朝の羽生王将の顔つきにも注目したい。
 野球ではWBCが近づいて来て盛り上がっているが、イチロー選手の明るさが目立っている。楽天のマー君、田中将大投手も素晴らしく、練習とは言え、イチローから三振を奪ったのは立派である。なかなかいい顔をしていた。
 自分もなるべく明るい顔で過ごしたいと思っているのだが、…。

3.連載、難病との闘い(760) 第三部 戦いはまだまだ続く(56)
 第三章 施設での生活一年間の総括(2)

(1)08年下期のハプニングの数々(その2)
 お薬(2)
 お薬と云うのは、基本的には人間には毒物で、それだからこそ病原菌にも効く訳だと聞いたことガある。従って、当然ながら副作用もある訳で、効果があるからと言って、その量が多ければ良いと云うものではない。その辺りの最適量、つまり、オプチマムポイント、限界ポイントがどの辺りにあるのかを見極めることが大事だ。厄介なことは、この最適量は、個人差があるようで、具体的には試してみないと分からないことである。その辺りの見分けについて、医師はそれまでのデータや経験で、患者の症状を観察しながら、慎重に判断することになる。
 今回の雅子の場合も、三ヶ月に渡って連続して増量を試みて来ていて、薬の量は最初の量に比べて8倍(これは間違いで、実際には6倍)に増やしていた。素人目にも少し速いペースかと思われたが、逆に、それだけ早い効果が期待できるとの都合のいい方向での期待に賭けていたことは確かだった。
 増量を始めて10日ばかり過ぎた7月21日のことだった。一考が雅子の様子の異変に気づいたのである。その前日辺りから何となく感じていたのだが、雅子の反応が鈍くなり始めていて、応答も力なくなって来ていたのである。
 「これはいかんぞ! お薬のせいだ」一考はそう思った。どうすべきかと迷ったが、一刻も早く元の量に戻すのがいいのではというのが一考の直感だった。確か、1年半前の去年の2月頃ことだったが、ふるえ対策のお薬を増量した際に、同様な事があって、その時には一考の独断でお薬の量を元に戻したことがあった。次の診察時にそのことを説明して春日先生の了解を得たのだが、今回は新薬である。一考の勝手な判断だけでは拙いと思った。
 この数年間で一考が感じることは、このパーキンソン病のお薬の構成は、数多くの種類のお薬の組み合わせの微妙なバランスの上に立っている一種の芸術作品に近いものだと考えるようになっていた。それだけに、かつてのように独断での勝手な判断で、そのバランスを乱すようなことをする勇気がなかったとも言える。
 生憎、この日は祝日の海の日だった。病院が開いているかどうかもはっきりしていなかったが、ともかく電話を入れてみた。ほっとしたのは、さすがは大病院で電話が繋がり、祝日でも診察は行なわれていたのである。しかし、電話に出てくれた方の半紙では、いつも木曜日がご担当の春日先生は来院されて折られないので、祝日開けに連絡をとってみますということだった。一考は少々焦りを覚えいた。頭の中で、そこまで待っていいものか、考えをめぐらせながら逡巡していた。(以下、明日に続く)

794 納得できる? 出来ない!

 少子化担当大臣、小渕優子さんが率先して第二子を懐妊された。これはお見事な仕事ぶり(?)である。納得。しかし、15歳の母親、13歳の父親誕生には納得しかねる。

 今日からブログのスタイルを少し変えました。最初の1~2行で、上記のような短いトピックスを、続いて、第一部としてプライベートコーナー、第二部でコラム、第三部に連載「難病との闘い」です。今後とも宜しくお願いします。

1.プライベートコーナー
 4時40分起床。体重、58.3Kg。寒い。外に出ると雪で薄化粧。昨日の雅子は、ストローでの飲む力は回復、少し復調した様子でほっとする。
 昨夕の7時に、元勤務先の前社長、伊勢村美治氏の通夜の時間に合わせて合掌、黙祷した。今朝、9時から葬儀、告別式が行われるので、その時にも哀悼の意を表したい。このコーナーを使って、故人を追悼する意味で、故人との思い出を少しずつ書いてゆきたい。
(1)
 今一つはっきり思い出せないのが、同氏との最初の出会いである。昭和46年の入社組みで、会社が、それまでの親会社任せであった採用を、直接採用し始めた最初のメンバーの一人だった。今だから言えるが、当時、会社は設立されて5年目で、まだ海のものとも山のものとも分からない生まれたての会社だった。そんな未知の会社に、堂々と入社をしてくれた勇気ある若者達を頼もしく思ったのを記憶している。特に同氏は、筆者と同じ大学の出身だったので、何となく親しみを抱いていたのは確かだが、どうしても、最初の出会いを思い出すことは出来ないのである。多分、その入社直後に顔を合わせていたと思うのだが、記憶には全く残っていない。その後、故人は、直ぐに大阪に配属されたこともあって、顔を合わせる機会が限られていたことも、その印象を薄くしていたのだろう。(続く)

2.コラム
 ヒラリーの来日で何となく話題がそちらの方に片寄ることになる。さすがに女性ということで、何となく明るさがあっていいのだが、そこには、期待と不安が混在している。今日一日は、彼女の動きを注目することになるだろう。
 それにしても、中川昭一財務相の醜態はまずかった。自分もお酒を飲めばもっと酷いかも知れないが、公人で大事な国際会議でのことだけに、辞任は止むを得ないのではないか。麻生総理の裁定は甘すぎる。納得できない。ところで、永田町で、中川といえば、もう一人、女性問題を凍結したといわれる話題の中川秀直氏がいるが、番記者は、二人を区別して、中川(酒)、中川(女)と区別していたと言う。今回のアクシデントは、その分かり易い事例が表面化したものだという。これは納得である。
 再び、それにしてもなのだが、昨日、東京の新宿で起きたゴンドラの来ていないエレベーターで墜落死した事件だ。出前に出かけて、そのままあの世まで行ってしまわれたのは実にお気の毒過ぎる。今までにも同じような事故があったのは耳にはしていだが、また繰り返したのである。悲しい「ゴンドラの唄」平成版である。管理に問題があった訳だが、全く納得できない気の毒な事件である。
 昨日発表されたGDPの結果だが、年率-12.7%で戦後2番目の悪い結果だった。しかし、市場では、そのことは既に織り込み済みだったようで、昨日の株価にはそれほど大きく影響はしなかった。いつも思うのだが、この数字はもう過去の数字である。この数字の出し方の仕組みを知らなくて申し上げるのだが、このIT時代に、どうしてもっと早く結果が出ないのだろうか。納得できない。台風情報を台風が過ぎ去った後で聞くようなもので、今どうなのかを知りたいのだ。リアルタイムでの数値の発表を目指して欲しいのだが、…。

3.連載、難病との闘い(759) 第三部 戦いはまだまだ続く(55)
 第三章 施設での生活一年間の総括(1)

 賞味期限が切れないようにとの配慮で、お正月の自宅での48時間の闘いを先に紹介したので、今日からの話題は、時系列的には少し遡ることになる。早いもので、施設に入って一年を過ぎた。そこで、この間の生活、症状の変化などを総括して見たいと思う。先ずは、08年の下期で起きた思わぬ出来事から振り返っておきたい。雅子の症状悪化の一側面を捉えられると思う。

(1)08年下期のハプニングの数々(その1)
 ① お薬での異変
 5月半ばの定期診察時のことである。春日先生から新しいお薬の紹介があった。身体を柔らかくする効果が期待されるもので、最近ヨーロッパでの使用実績が増えているという。以前からも、そうだったが、可能性のあるものについては試してみようというのが一考の考えであったことから、この提案をすぐさま受け入れた。取り敢えずは少量だったが、その使用を開始したのである。
 一考は、そのお薬の服用開始直後から、その効果に注目して観察していたが、雅子の様子を見る限り、何となく効果がありそうな気がしていた。従って、一ヵ月後の検診の際に、その感想を報告すると、先生から、このお薬の量をもう少し増やそうという提案があり、それまでの服用量を4倍にしてもらった。6月12日のことである。
 そして、一ヶ月間服用を続けたが、一考の判断では、雅子の症状は更によくなったように思われた。身体の動きが軽くなるような感触である。なるほど、このお薬には期待が持てるのではと思い始め、その時点では、何となく心の安らぎさえ感じていた。
 こうして、7月10日の定期検診日を迎えたのである。雅子の症状について、一考は、自分が感じている通り、更に少しは良くなって来ているのではと報告した。それを聞いた先生は、雅子の様子をチェックしながら、それなら、お薬の量を更に増やし、思い切ってそれまでの倍の量にしようと云う方針を出されたのである。一考も、その提案に、それほど拘ることもなくそのまま受け入れた。このお薬に起死回生の期待を持ったからである。しかし、よく考えてみると、5月度の最初の服用量からすると8倍(思い違いがあって、実際には6倍)に増量されていた訳で、この辺りの急速な量のアップには、もう少し慎重さが必要だったのだが、それに気づくよりも、それ以上に、良い効果の期待が大きかったのである。(以下、明日に続く)

793 遂に、そこまで来たか!

 4時半起床。体重、58.6Kg。寒さも昨日並み。雅子は悪いなりに小康状態。ただし、ストローでの飲む力が落ちてきているのが気掛かり。
 筆者の勤務先だった会社の前社長、伊勢村美治氏の突然のご逝去のショックが続いている。今夜と明日に行なわれる通夜、葬儀に、何としてでも顔を出したいのだが、今の雅子の症状だと上京するのは難しい。致し方ないので、その時間に合わせて、心の中で手を合わせることになる。

 さて、昨日の報道で、麻生総理の支持率が9.7%(日本テレビ)と遂に一桁になった。一桁は森善朗元総理以来という。「遂に、そこまできたか」といった感じである。ご本人も辛いだろうが、ここまで来るともう手の打ちようがない。今日、来日するヒラリー国務長官との会談が予定されているし、明日にはサハリンでロシアの首脳と会談する。外交の面で何らかの突破口を見出したいだろうが、今のところ、その見通しがないのが苦しい。その一方で、ヒラリー国務長官が民主党の小沢一郎代表と会談するのも気掛かりだろう。まさに、麻生総理、崖っぷちである。本当に「遂に、そこまで来たか」といった感じでいっぱいである。
 ローマで行なわれた財務大臣、中央銀行総裁のG7会議に出席した中川昭一財務相の記者会見で、同氏が呂律の回らない見苦しい状態を披露してしまった。一体何だったのか。世界の笑いものになっているという。お酒に酔ってしまったのかと思ったが、どうやら時差ぼけによる疲労のようだという。これまた、「遂に、そこまで来てしまったか」といった驚きである。
 大麻汚染が京大生にまで広がっているのが分かった。関東の法政大学から始まり、早稲田、慶応に波及、そして、関西でも同志社、関学といった名門校に広がっていたが、今度は京大の法学部の二年生が逮捕されるに至った。ここでも「遂に、そこまで来たか」という情けない気持ちだ。どうすればいいのだろう。困ったものだ。この種の汚染を防ぐには、一人一人のしっかりした自覚しかない。
 昨日の米国女子ゴルフの最終日は、クライマックスを迎えるはずだった最後のハーフで、期待の上田桃子選手がずっこけてしまい、盛り上がりが期待されたドラマを台無しにした。それまで、終始5位以上を保っていただけに、あれよあれよとのボギーの連続で、なんと一気に20位まで順位を下げてしまった。ライバルの宮里藍選手が粘り強く追い上げただけに、アンチ宮里藍ファンの筆者には、桃子よ「遂に、そこまで落ちてしまったか」といった面白くない幕切れにがっかりだった。
 重要な経済指標の一つである08年度の第三四半期のGDPが、今日発表される予定だが、大幅な後退が予測されている。これまた、「遂に、そこまで来たか」の数字が踊ることになるのだろう。ここまで来ると、落ちるところまで落ちろと言った開き直った気持ちになってしまう。いずれ、底があるだろうとじっくり見守りたい。

2.連載、難病との闘い(758) 第三部 戦いはまだまだ続く(54)
  第二章 お正月、自宅介護で大わらわ(33)

(3)忘れ物(その5)
 翌日から、雅子はすんなりとそれまでの施設での生活ペースを取り戻していた。一考もほっとしながら、自分のそれまでの生活に戻っていた。人間って結構柔軟性があるものだと改めて思った。
 それから数日後のことだった。一考が、ずっと気になっていたことの確認を、思い切って雅子に試みたのである。それは、先日の2泊3日の自宅に連れ戻しての生活について、雅子の本当の感想を聞くことだった。いずれも、一考からの質問に対して、イエス、ノーを確認する方式で、時間が掛かる厄介なコミニケーションとなったが、雅子も、一生懸命に応えてくれた。
 とにかく、そんなコミニケーションだから、細かいメンタルな気持ちを把握することは出来なかったが、それでも、繰り返しての一考の質問に対し、雅子は、全体としては「良かったよ」というニュアンスを伝えてくれた。
 「そうか。嫌じゃなかったんだね」一考が、ほっとしてそう念を押すと、雅子は、顔を少し和ませて、小さな声で「うん」と答えてくれた。
 「トイレが大変で困っただろう?」と、今度は具体的な介護の内容を質してみると、口をもごもごさせたので、「そんな大変でもなかったの?」と確認すると、「そうだ」というように「うん」と言ってくれた。たまたま、小用だけの期間だったのが幸いしていたのかも知れない。
 「食事がつまらなかったでしょう?」と今度は食べ物について聞いてみると、これにも口をもごもごさせたので、「美味しくなかったでしょう」と更に念を押した。すると、必ずしもそうでないような反応で応えてくれた。こんな状態になっても、雅子は、一考に気を遣っていてくれているのかも知れない。
 「それじゃ、これからも、たまにはそんな機会を作ってみようかな?」と問い掛けると、満更でもない表情だった。「それじゃ、また、やってみようね。だけど、2泊3日は大変だから、1泊2日になるけどね」これは、一考の気持ちを率直に言ったものなのだが、雅子もその意味が充分に分かっているようだった。
 「それじゃ、次は何時頃にしようかな? また太郎が帰って来てくれる頃がいいかな?」と言って様子を窺ってみる。そして、思いついたように、次の一言を付け加えた。
 「孫をつれて次郎夫婦が帰って来てくれる時の方がいいかな?」と言ってみた。雅子の表情が、先ほどよりも少し大きく崩れたように感じられた。
 「まあ、どっちにしても、近いうちにまた帰ってみようよ」そう言って、一考は明るく笑って見せた。雅子の部屋に少し明るさが戻ってきているようであった。
 いずれにしても、今回の経験は貴重であった。大変な厳しさがあったが、それなりに自分の限界を知ることが出来たし、一方で、1泊2日ならなんとかマネージできるのではとの自信が得られたように思う。単調な雅子の気分転換と同時に、やはりかつての自分の根城に顔を出すことで、新たな懐かしさを楽しむのは、雅子の心の健康の面からも、いいことだと思うのだった。(本章は今日で終わり、明日からは、第三章 施設での一年間の総括 を連載します)

792 悲喜こもごも

 4時40分起床。体重、58.5Kg。寒さはあまり感じない。昨日の雅子は朝から食事を半分程度しか食べず、小用もないということで、朝から施設に赴いて直接介護、何とか前日並みに戻るのを見守った。

 慌しい介護から帰宅し一段落してメールを開くと、元の会社の前社長、伊勢村美治氏の訃報を知った。衝撃だった。まだ、62歳、若過ぎる。神様は、人の寿命に関しては、不公平過ぎるのではと思ってしまう。
 同氏は、繊細だが明るい性格の持ち主で皆からの信頼も厚く、生え抜きの初めての社長に抜擢されて大いに活躍されたのだが、健康に支障が生じ、その後は相談役としてサポートしておられたが、昨日突如として帰らぬ人となられた。
 4年少し前(2004年11月19日付け)に、我々のOB会報第3号に、同氏から特別寄稿をしてもらって巻頭を飾ってもらった。それを取り出して、改めて目を通してみたのだが、そこで定年後の生活について、いろいろと夢を語ってくれている。その内容には思わず、ぐっと胸に迫るものを禁じずにはいられない。具体的に、何処に住んで、何を楽しむかといった課題を、楽しむように取り上げておられるのが感動的だ。その中で、地中海やニュージラント、国内なら信州などで住んでみたいと具体的な地名を挙げて、いろいろと自分の思いを語っておられる部分には、改めて胸の痛みを覚えてしまう。図らずも、この会報が、故人となられた同氏との思い出で、貴重な存在になったように思います。ご冥福をお祈りします。

 さて、世の中は相変わらず騒々しい。先日の小泉元総理の「笑っちゃった」発言が、与野党から手厳しい批判の的になってきている。今朝も、TBSの時事放談で、野中広務氏がライバル心むき出しで批判している。そういう意味では、小泉さんもどうやら往年の神通力がなくなって来ているようだ。しかし、偉そうに物をいう野中広務氏だが、彼を見ると、歯科医師会からの1億円献金のあの話しを質してみたくなる。
 そんな中で、世界の景気浮揚に向けた動きは活発だ。アメリカでは72兆円景気対策法案が成立して一息ついた形だし、昨日発表された中央銀行総裁らのG7共同声明では、各国が政策を総動員するといった合意がされた。しかし、その内容は、掛け声を掛け合っているといった感じで、地に足が着いたものには今一つといった感じである。暫くは、その辺りがどんな具合に実行されるかを見守ることになる。まだまだ不安解消というには程遠い。
 そんな重苦しい世界だけに、スポーツの世界は明るくて楽しみが多い。来週から米国ツアーに参戦する石川遼君が米国に向かった。その一方で、ハワイで行なわれている米国女子ゴルフツアーの今期第一戦の最終日が始まっている。追い上げる立場の上田桃子がまず、最初のホールでバーディを奪って首位と2打差に迫る好発進だ。宮里藍は2番で一つ落としたようだ。(日本時間、朝6時半現在のスコア)さあ、楽しみな戦いがクライマックスに向けて進んでゆく。

2.連載、難病との闘い(757) 第三部 戦いはまだまだ続く(53)
  第二章 お正月、自宅介護で大わらわ(32)

(3)忘れ物(その4)
 かくして、お正月恒例の二つの大きな駅伝を背景に、大わらわとなった2泊3日の雅子の帰宅大作戦は、富士通の9年ぶり優勝、東洋大学の往路初優勝という快挙の新しい歴史の誕生と共に、十分と云うレベルからは今一つだったが、大きな失敗、事故もなく無事に完了することが出来たのは、ともかくも幸いなことであった。心の底で、めでたし、めでたしと呟く自分があった。言ってみれば、思いっきり闘った48時間の大奮闘だったと言える。
 その夜、一考は自分の部屋で一人物思いに耽っていた。僅か48時間の闘いだったにも関わらず、精神的にも、肉体的にもその消耗の度合いは予期以上に大きかった。そう思うと、ふと一年前のことがあれこれと思い出されてきた。その時は、年末から年始にかけて、在宅での介護を12日間予定していたが、10日間で尻尾を巻いて、雅子を施設に戻ったのだった。それでも、10日間一人で頑張ったのだった。その際には、太郎は大晦日の夕方に家に戻って来たが、2日の午前中には千葉に戻ってしまったので、実質的には一人での介護だったといえる。厄介だったのは、新しいエアコンが正月の3日から故障してその対応に往生したのが生々しく思い出された。
 しかし、簡易トイレもなく家の備え付けのトイレで対応し、お風呂も何日か入れてあげた一年前のことを思うと、今回は、介護のサービス範囲は大きく制限されての対応だった。つまり、それだけ、雅子の症状の悪化が大きく進んだ証であると言えた。つまり、一年前は、雅子はまだ、握り棒などに掴まったり出来て、ある程度自分の身体を支えられていたのである。だからこそ、備え付けのトイレでも用が足せたし、お風呂も可能だったのだ。
 そう考えると、一見、目に見えての外見上の変化はそれほど感じないのだが、身体の大事な部分で悪化が潜行して進んだ一年だったといえる。このような雅子の悪化を見ていると、本当に、この病気は止まるところを知らない、進行性の病気であることが、痛いほど分かるのである。こんな具合に更に悪化が進めば、来年の正月にはどんな具合になっているのだろうか。考えるだけで心が痛む。それにしても、本人の雅子は、この慌しい一考の介護をどう感じていたのだろうか? 一考は、じっと一点を見つめるように考え込んでいた。(以下、明日に続く)

791 大作戦に微妙な綾

 4時起床。体重、58.5Kg。新聞を取りに外に出ると地面は濡れているが、雨は上がっている。寒さはそこそこ。昨日の雅子の症状は相変わらず。最近、筆者が疲れた、疲れたというので、気を遣っているようだ。余計な口は慎もう。

 ニューヨーク州バッファローの近くで民間機が墜落して、乗員、乗客49名全員を含む50人が死亡したという。先日のハドソン川に不時着した事故と比較してしまうのだが、飛行機事故は、特にほんの紙一重の違いで、生死が分かれる結果に繋がることになることが多い。人生は微妙な綾で操られているように思ってしまう。
 バッファローは世界三大瀑布の一つであるナイヤガラの滝の最寄の空港である。筆者も出張時に訪れたこともあり、忘れられない思い出がある。週末に友人と二人で出かけた小旅行で、帰り際に出発便にぎりぎりの時間になり、一旦閉っていた飛行機のドアを開けてもらって搭乗したという思い出がある。その時に二人で協力して頑張ったことを、後に「ナイアガラ作戦」と称していた。今は、昔の話だが、今回の事故は、その空港の手前8Kmのところで起きたという。お気の毒としか言い様がない。
 そう言えば、今日はバレンタインデーだ。チョコレートによる女性陣の大作戦が展開される訳だが、筆者は正直言ってこの日は好きでなかった。義理チョコというものを頂戴はしていたが、何となく面白くない一日だったことを思い出す。微妙な女性心理が男を惑わすこともある。
 一昨日の小泉元総理の発言で自民党は揺れている。この小泉大作戦(?)は、果たしてどの程度の影響を及ぼすのだろうか。究極の麻生下ろしに繋がることになるのだろうか。しかし、どうやら、そこまでは波及しないように思える。当の小泉氏は今日からロシアに出かけるという。このロシア行きは、微妙な綾と云うべきだろう。
 東京都は、東京オリンピック招致への決め手となるべき「オリンピック大作戦」が盛り込まれた立候補ファイルをオリンピック委員会本部に提出した。民主党の反対で国会承認が得られていないとか、地元の盛り上がりが今一つであるといった幾つかの不安材料があるという。対抗馬のシカゴがオバマ人気もあって、この辺りが微妙な綾であろう。
 東京は、かつて青島都知事の時に、世界都市博をキャンセルしたことがあったが、この種の世界的なイベントには、もう少し、前向きな盛り上がりがあってもいいのではと思う。
 大戸川ダム建設を凍結する意見書を、嘉田由紀子滋賀県と橋下徹大阪府の両知事が、昨日、国交省近畿整備局に提出した。嘉田知事としては、橋下大阪府知事のサポートが得られることは心強いが、その一方で、大津市を始めとする流域の5つの市町村が早期着工を要請していて、そこには微妙な綾もある。さあ、この大戸川ダムを巡る大作戦は、どんな結果になるのだろうか。まだまだ予断を許さない。
 米国女子ゴルフツアー、二日目で宮里藍が驚異の飛び出しを見せている。一番のイーグルから始まり、2番、3番、そして9番でもバーディを取って急追している。上田桃子も1番と9番でバーディを奪取し好位置を確保、共に優勝を狙える位置で頑張っている。しかし、期待の大山志保は、残念ながら今日だけで7オーバーをと大きく崩れてしまった。(いずれも日本時間、朝6時45分現在の成績) もう一人の宮里美香は、これから間もなくスタートする。さあ、このハワイ大作戦で日本人プレイヤーは最終的にどんな成績を残すのか、宮里藍の悲願の初優勝が達成されるのか、ここにも微妙な綾が勝負を支配しそうだ。明日の最終日が楽しみである。

2.連載、難病との闘い(756) 第三部 戦いはまだまだ続く(52)
  第二章 お正月、自宅介護で大わらわ(31)

(3)忘れ物(その3)
 急いで雅子の部屋に戻ったが、幸い何も変わったこともなく、自宅で見ていた時よりも落ち着いた様子だった。ちょうどおしっこをしたいと云いいだしたので介護士さんに頼んでお願いした。そこで、改めて介護士さんのサービスの有り難さを実感するのだった。
 一考も疲れていたので、お茶を少し飲ませて一段落したのを見届けてこの日は施設を後にした。ほっとしての帰宅だった。
 自宅に戻って部屋の中の整理をしていて、雅子の眼鏡を確認したが、自分の錯覚で眼鏡の箱だけを持ち帰ったことに「いかん」と思いながら、明日の訪問時に届けることにした。また、寝室の壁に掛けてある時計の下には、文字盤をライトアップする変形のスタンどがそのままの状態に残されていた。忘れないように、眼鏡と一緒に紙袋に入れた。
 一階に持って行っていたコンピューターを2階の自分の部屋に戻すと、やっと元に戻ったような気分になって改めてほっとするのだった。そして、この2泊3日の奮闘振りを思い出しながら、経費のことはさて置いて、施設に預ける有り難さを改めて思うのだった。雅子が少しでも自分で立てるとか、少しでも発音が出来て、その意志を容易に伝えられるなら、随分と違った対応が可能なのにと改めて悔やむのだった。同じパーキンソン病でも、歩いている人もいるし、ちゃんと綺麗に話している人の方も多い。それなのに、身動き一つ出来ない苦痛は、ヘレンケラー以上の厳しい症状であり、一考は改めて、雅子の気の毒さを嘆くのだった。そんなことを考えていると、今夜は眼鏡がなくてテレビもうまく見られず、更には唯一の心の友達である時計も見られない夜を過ごさねばならない雅子を思うと居ても立ってもいられず、一考は、やはり、それらを直ぐに届けてやることにした。
 車に乗れば直ぐの距離だ。6時過ぎには雅子の部屋に到着した。雅子も、介護士さんもびっくりしていたようだが、これで、この日の一考の役割は、気にすることもを残すことなく完了することができたのである。よかった、よかったと思いながら、一考は改めて自宅に戻った。
 冷蔵庫に残っていたあり合せのもので夕食を済ませ、風呂から上がったところで、太郎から電話が入った。今さき自宅に到着したという報告だった。一考は、改めて大きく息をして、誰もいない部屋の中をゆっくりと見回した。(以下、明日に続く)

790 波紋

 4時40分起床。体重、58.7Kg。今朝の寒さは大分穏やかだ。雅子は最近は、昼食後ベッドに横にしてもらっていることが多くなっていて、本人は、それが気に入らないようだ。筆者が顔を出すと、直ぐに起して欲しいと訴える。

 遂に小泉純一郎元総理が公の場で口を開いた。「怒るというよりも笑っちゃう」「戦うとしている仲間に、前から鉄砲を撃っている」「定額給付金に関する法案は、2/3議決を使ってまで可決すべき法案ではない」具体的で分かり易い。話し方そのものには、郵政解散時のような迫力はないが、それでも麻生内閣には厳しい反発となっている。
 この発言を受けて、自民各派の動きも活発だったようだ。森善朗元総理は会合が行なわれた料亭から出て来ると、取り囲む記者連中に「どけ!、どけ!」「うるさい」と荒々しく怒鳴っていたし、主要各派もそれぞれ慎重に様子を窺っている感じである。さあ、この小泉さんの反発は、どんな波紋を巻き起こすか、小泉ファンである筆者も野次馬的な関心を持って見守りだい。
 「かんぽの宿」というと歌謡曲のタイトルのような感じだが、70施設を一括オリックスに譲渡する契約に、正しく入札が行なわれたのかどうかがで、鳩山総務大臣が疑問を呈し反発している。日本郵政の西川社長も低姿勢で「原点に戻って」なんて弁解しているが、この波紋の行方にも関心は高い。
 オーストラリアの山火事は、その後も勢いは収まらず、既に滋賀県と同じ面積を焼き尽くしたという。こんなところに滋賀県が出て来るなんてと思いながら、今朝の続報を見ていた。「広大なオーストラリアだけに大したことはない」なんてことはないはずだ。死者も180人を数えているようで、コアラも被害を受けている。この波紋も気になるところである。
 キャノンの工場建設を巡るコンサルタント会社「大光」の大賀規久社長の脱税容疑は、展開によっては、大賀社長の兄と長い友人関係にある経団連会長の御手洗富士夫氏にも波紋が広がる可能性を秘めている。友人という関係だけで、そこまで権力をふるえるのが不思議でもある。この事件も簡単には終わらないのではと感じている。
 それにしても、米国の株の動きは解せない。景気浮揚法案が成立する見通しになっても、上昇の気配が薄い。今朝も筆者が目覚めた時点では、200ドルを越す下げであったが、引け際になって漸く盛り返し、―6ドル強で引けた。東証の動きに直結していて波紋が小さくないだけに、スッキリしない動きが気になっている。
 日本時間の今朝の未明から始まった米国女子ゴルフツアーで、前半にプレイしている宮里美香選手が大変な頑張りを見せている。今、6時50分現在、15番を終ってー2でトップと2打差の6位タイである。この後、日本時間の8時以降から、残りの大山志保、上田桃子、宮里藍選手が登場する。この宮里美香さんの好成績の波紋が大きいはずだ。興味深くフォローしたい。
 何かが起きると、それが切っ掛けで波紋が広がってゆく訳だが、その波紋が大きければ、大きいほど、推理小説の展開を楽しむようで、野次馬的な興味を広げてくれる。我々の喜怒哀楽は、そんな波紋を受けて、風船のように膨らんだり、縮んだりする。

2.連載、難病との闘い(755) 第三部 戦いはまだまだ続く(51)
  第二章 お正月、自宅介護で大わらわ(30)

(3)忘れ物(その2)
 太郎を見送って、施設に戻る途中で、空腹を覚えた一考は、途中にあるファミレスに寄った。何時ぞや、太郎や次郎の家族と夕食をとったレストランである。案内されて椅子に座ると、本当に一息ついた安らいだ気持ちだった。とにかく、少しエネルギーになるものを食べようとステーキを注文した。暫くするとボーイが戻って来て売り切れだという。仕方なく、和風の定食に変えたが、これも売り切れだという。少し、苛々して何があるのかと聞いてのだが、はっきりしない。お正月でそれほど在庫を仕入れていなかったのか、或いは予期以上に客が入ったのと思って周りを見渡したが、客入りはそれほどでもない。とりあえず、イライラを押さえてスパゲティを注文した。これならあるということでほっとしたのである。
 そういえば、この48時間はゆっくりと気持ちを落ち着けるゆとりがなかった。大袈裟に言えば、雅子と太郎の二人への対応に、ばたばたと動き回りながら明け暮れていたと言える。その反動が、今になって、一考の頭の中で蠢き始めていた。とにかく、一度、頭の中を空っぽにしてみたく、この慌しかった2泊3日に思いを馳せるのだった。
 やはり、何といっても、雅子のトイレの対応が大変だった。ほぼ3時間おきの応接は、肉体的にも精神的にも苛酷だったといえる。その基本となる、抱き上げる作業は力を必要とするもので、少し調子が悪いとうまく気合が入らずに、容易に持ち上がらずに苦戦を強いられることになる。毎月の通院もそのような介護が必要であるが、その場合は、行なう回数が極めて限定的であるだけに、なんとか無難に乗り切って来ている。しかし、そうかと言って、何時まで、この介護が続けられるかは疑問であり、雅子の症状の悪化と共に、一考の不安材料の大きな一つであることは確かである。
 食事に関しては、雅子にも、太郎にも単調な内容で申し訳なく思っている。とにかく、料理に関しては、そんな才能もなく経験もなかったことで、止むを得なかったとお詫びするしかない。それでも嫌な顔をすることなく食べてくれたのだから、それだけの配慮、思いやりがあったのだろうと一考は感謝するのだった。
 そういう意味では、お正月も、我々には貴重な我慢、闘いのひと時だったといえるだろう。そんな取りとめもないことを考えてぼんやりとしていると、急に雅子の呼び声がし多様な気がして我に返った。注文したスパゲティを食べ終わると急いで店を出た。施設に戻ると、時刻は4時を少し過ぎていた。(以下、明日に続く)

789 ドラマの行方

 4時40分起床、体重、58.3Kg。寒さはまずまず。雅子は長く椅子に座る生活だけに、尾てい骨が赤くなっているということで貼り薬を使用して様子をみることになった。

 前にも書いたことがあるが、我々個人、一国民は、悲喜こもごもの多くのドラマが進行する中で、自分達の固有のドラマを演じながら、毎日を生きているという見方で捉えることが出来る。進行しているそれらのドラマには、単発ドラマもあれば、長編ドラマもある。また、新しく始まるドラマもあれば、いよいよ終わりを迎えるものもある。マルチに複雑に展開しているそれらの多くのドラマに、喜怒哀楽を覚えながら、自らも主演してドラマを演じている訳で、考え方次第では、苦しくはあるが、その反面、面白く、楽しく、充実感に満ちた毎日であるとも言えよう
 そんな見方で、昨日から今朝にかけての幾つかのドラマを見てみよう。
 先ずは、昨夜のW杯サッカーであるが、これは、いわば単発のシリーズもののドラマである。強豪オーストラリア戦は、かなり攻め込んでいながら、勝つことは出来ずに惜しくも引き分けに終った。今朝のスポーツ紙では、中村俊輔が同僚の選手のプレイに激怒したと報じている。真剣勝負を闘っていると、この種の愛ある(?)叱責は、今後のために有効な助言になるはずだ。
 そういえば、大河ドラマの麻生太郎物語も、お坊ちゃまの信頼するおつきの菅選挙対策副委員長が、昨日余計なことをお喋らないようにとご注意申し上げたという。主人公のへまの連続に、仲間からの不満も多く、手の施しようにない様相を見せて来ていて、どんな幕引きを見せるかに興味が集まっている。
 新しく始まったオバマ大統領を主人公とするアメリカ物語も出だしから、予想外に荒れている。思い切って執った景気浮揚対策は、意外にも市場では、大きく反発される結果となり、株は、今年にって最大に下げと(480ドル強)下げた。この反発を見て、プロの投資家の見る目と云うのは大したものだと感心した。我々素人は、先日、逮捕された大阪泉佐野市の女相場師の岩田矩子が「オバマ大統領が就任するから株が上がる」と吹聴して投資家から金を集めたように、単純に、短絡的捉えてしまうのだが、その政策の中身まで見通して反応するプロの投資家に改めて一目を置くのである。今朝の米国株の動きも複雑で、終値では50ドルほど上げて終ったが、前日の大幅下げ)を回復するには至っておらず、依然としてその動きは不透明だ。
 大長編の悲劇のドラマである拉致家族物語は、ここに来て、鍵を握る元死刑囚、金賢姫と拉致被害者の田口八重子さんの家族との面会が実現しそうである。そこから、どんな進展が始まるかは誰も分からないが、新たな進展の切っ掛けになればと、関係者及びドラマの視聴者の多くは期待することになる。
 今日から新しいドラマも始まる。今年の米国女子ゴルフツアーの第一戦がハワイで開幕する。日本から新たに大山志保、宮崎美香も加わり、昨年までの宮里藍、上田桃子と4人が注目の舞台に登場する。果たして、ツアー4年目を迎えた宮里藍に初優勝は訪れるのか、アンチ宮里ファンの筆者も気になるドラマの始まりに注目することになる。

2.連載、難病との闘い(754) 第三部 戦いはまだまだ続く(50)
  第二章 お正月、自宅介護で大わらわ(29)

(3)忘れ物(その1)
 忘れ物は二つあった。眼鏡とベッドの傍に掛けてある時計をライトアップする変形のスタンドを持ち帰って来るのを忘れてきたことに気がついたのである。
 「だから、さっき出かける時に、わざわざ言ってあげたのに!」眼鏡と聞いて、太郎がそれ見たことかと言わんばかりに笑っていた。確かに、眼鏡ケースは持ち帰ったのだが、中に肝心の眼鏡が入っていなかった。
 「まあ、そんな錯覚はいろいろあるよ」一考はそう言って笑い返したが、ケースには眼鏡を入れていたとばかりに錯覚していたのである。もう少し注意深く対応すべきと反省するのだった。
 それにしても、時計をライトアップするライトのことはすっかり忘れていた。あれは、雅子が夜目覚めた時や、眠れない時には必需品である。それがないと、時間が分からないので、不安が先行して落ち着かないのだ。仕方がないが、今夜は我慢してもらおうと雅子に申し入れたのである。
 一段落したところで、一考は太郎をおごと温泉駅まで送ることにした。もう、3時を過ぎていたし、千葉の住まいまで乗り継ぎ時間などを考慮すると、下手すると6時間ぐらい掛かる。あまり遅くなるのも気の毒だと思ったからである。雅子には、直ぐに戻ってくると言い残して二人で部屋を出た。
 今回の雅子の自宅への連れ戻りに関しては、太郎がいてくれて大いに助かった。帰宅して初めてのトイレの際に、急遽、太郎にサポートを頼んだ時には、さすがにびっくりしたに違いない。もともと女性に対してては、一考の性格を受け継いでいて晩生で、積極的に付き合いを求めるタイプではない。未だに独身でいるのもそんな性格が災いしている。それだけに、母親の下着を下げるという思ってもいなかった作業には、とんでもない驚きが先行したはずである。しかし、そんなお手伝いをしたことで、太郎も逆に母親がそこまで大変なことを実感したはずである。いずれにしても、太郎にとっても、何かと驚き、母親を気の毒に思うと同時に、随分と勉強になった帰郷だったに違いない。
 駅に着いて太郎が車から降り、大きな鞄を肩にかけて駅舎に入って行く息子の姿を見送りながら、誰かいい人が現れてくれるのを、一考は密かに願うのだった。(以下、明日に続く)

788 スピーディな対応

 4時40分起床、体重、58.2Kg

 昨夜、偶々見ていたテレビ番組(テレビ朝日、学べるニュースショー)で、1999年に東名高速で起きた交通事故で愛娘二人を亡くした井上夫妻の懸命の活動で集めた署名を基に法務省を動かし、新たな法律「危険運転致死傷罪」関連の新設に漕ぎ着けたというドギュメントを放送していた。途中から見たのだが、なかなかの感動ものだった。 
 これを見ていて、筆者は二つのこと思った。一つは、署名活動の有効性である。道を歩いていてこの種の活動をよく見かけるし、場合によっては声を掛けられることも多い。しかし、赤い羽根の運動と同様に、筆者は今までは無視して来た。それは、その効果が判然としなかったからである。特に、赤い羽根運動で集められたお金が不正に使われているニュースなどに接するとそんなものだろうという不信感を持っていたし、署名でも、無駄な形で放置されてしまうのだろうと考えていたからである。
 しかし、このドギュメントのように、本当にそれが有効な武器となって法務省を動かしたというのであれば、話は別だ。必要な運動には積極的に参加して署名することも吝かではない。そういう意味では、どの程度の署名を集めれば、どの程度の効果があるということの目安が分かれば、もっと運動し易いだろうし、参加する立場でも理解し易くなる。このドギュメントでは34万人(?)ほどの署名が集められたという。課題によってもそのレベルは異なるだろうが、この種の基準、目安を設定してもらうことを提案したい。
 もう一つ感じたのは、法律はあまりにも現在の実情を反映していないということだ。この刑法も基本は明治40年制定がという。車の事情を考えて見ても、当時と今では比べようもない規模に成長している。もっと言えば、今やインターネットの時代で、法律は全くついて来ていない。そういう意味で、この種の基本となる法律の実情を配慮した改訂が急務であるということだ。時代の先取りは無理としても、せめて時代を反映したものになっていなくては、正しく人を裁くということは出来ないのではなかろうか。5月からは、陪審員制度も始まる。それだけに、その種の問題が今まで以上に、クローズアップされてくるだろう。この種のアクションが遅すぎることを痛感している。
 さて、今や、100年に1度といわれる不況、危機である。そういう意味では、スピーディなアクションは、国民が期待している最重要なポイントの一つだ。
 さすがに、オバマ大統領は果敢に動いている。今朝のニュースでは、米国では、不良債権に新たな買取機構が決まったようだし、先に提出されていた75兆円に及ぶ景気浮揚策も上院で可決された。目に見える形で対応が進められていることに、さすがだと思うのだが、今朝の米国株の動きは、予想外に480ドルを越す大幅下げとなっている。これはどう解釈すべきものなのだろうか?
 日本では、橋下大阪府知事のアクションも、オバマに負けていないスピード溢れるもので素晴らしい。昨日も取り上げたが、2年目にして11ぶりの赤字予算から脱却できる見通しだと云う。やれば、出来るじゃないかという凄さを見せてくれたことは大きい。

2.連載、難病との闘い(753) 第三部 戦いはまだまだ続く(49)
  第二章 お正月、自宅介護で大わらわ(28)

(2)一年ぶりの自宅(その22)

 母親への挨拶を終えると、太郎の助けを得て、そのまま出掛ける作業に入った。先ずは、最も難関の玄関を出る作業である。家の中に搬入する場合に比べれば、段差を下る作業なので、それよりは遥かにやり易かった。車の助手席に乗せる作業も相変わらず大変だったが、何とか二人で無事に乗せることが出来た。部屋の中を見回っていた太郎が、眼鏡を忘れているよと言ってくれたが、それを自分の眼鏡と錯覚した一考は、そのまま部屋に置いて出かけてしまったのは不覚だった。すっかり勘違いしていたのだが、それに気づくのは、施設に着いてからのことになる。とにかく、三人は、こうして、雄琴にあるアクティバ琵琶に向けて出発した。
 お正月2日の昼過ぎで、北に向かう車は少なかった。雅子の心境はどうなのかと聞いてみたかったが、時間がなくて確認する暇がなかった。やはり、複雑な心境だろうと一考は思うのだった。ばたばたした一考の介護ぶりには気の毒さを感じる一方で、久し振りにかつての生活の根城だったところで過ごせた懐かしさは、また何とも言えないものがあったろう。
 スッキリしない曇り空で、時々小雨がぱらつく空模様だったが、過ぎ去ってゆくびわ湖の風景にも、それとなく心の中に馴染むものがあったに違いない。車は順調に走ってほどなくアクティバ琵琶に到着した。車から降ろして車椅子に移し、そのまま4階の雅子の部屋に向かった。受付や廊下の途中で出会った従業員の方々に新年の挨拶を交わした。さすがに新年ということで、皆明るく挨拶を返してくれた。
 4階では、いつもお世話になっている介護士さん達が、笑顔で迎えてくれた。僅か2泊3日の帰宅だったが、一考には長い旅を終えて来たような気持ちであった。いつもの備え付けの椅子に移してもらうと、ほっとした気持ちになるのだった。恰も、リリーフ投手が責任投球回数をなんとか無難に投げ終わったような心境だった。
 持ち帰った荷物を整理していて、忘れ物があるのに気づいて「しまった」と思ったが遅かった。まずいことに、眼鏡だけでなくもう一つ大事な忘れものがあった。(以下、明日に続く)

787 厳しさの中の朗報

 4時40分起床。体重、58.3Kg 寒さ、緩んでいる。昨日の雅子も前日並み。

 ジャーナリストの鳥越俊太郎さんが、自分が出演しているテレビの番組で、今日から肝臓癌の手術を受けることを告白した。同氏は2005年に直腸がん、2007年には転移した肺臓の手術を受けていて、今回は三度目の手術となる。結果的には、2年おきに転移が起きている訳で、癌と向かい合って堂々と闘っている同氏といえど、これだけ頻繁に転移が起きると、ゆっくりと人生を楽しむゆとりもなくなりそうだ。大変厳しい闘いになるだろうが、手術の成功を祈念したい。
 さて、話は変わるが、今朝も日産が大きな赤字転落になるために、大幅な人員削減を発表している。このところ、毎日がそんなニュースでいっぱいで気分が暗くなり勝ちだが、その一方で、史上最高の大きな収益を上げている企業もある。その代表的なのが、サントリー、アサヒビール、東京デズニーランド、任天堂、日本マグドナルド、それにコンビニのセブンイレブンを傘下にもつセブン&アイなどである。
 これらの企業名を見ていると、そこには、この厳しい環境下での国民の生活動向の反映を見ることができそうだ。つまり、大雑把に言えば、身近なコンビニ、マグドナルドなどで簡単な食事を済ませ、せめて、ビールぐらいは飲んで、ゲームやレジャーランドで発散するといった構図である。そう見れば、まだささやかながら生活を楽しもうとするゆとりは残されているようだ。
 さて、意外なことだなのが、漢字検定協会も異常に儲かっているという。テレビのクイズ番組などの影響もあって、一種の漢字ブームが起きた恩恵に与かったようだが、そこで得た利益のお金の流れに不明なところがあるというで、昨日文科省が実地検査に入った。それは、それではっきりとしてもらわねばならないが、国民が、その種の知識の修得に意欲を持っていることは、大変結構なことである、ほっとする安堵さえ覚えるのである。
 要するに、こんな厳しい社会環境にあっても、利益を出している企業、団体などを見ると、目の付け所次第で儲かる商売も結構あるということだ。
 そんな多士済々のニュースの中で、特筆すべき朗報がある。橋本徹知事が率いる大阪府が、09年度の当初予算案について、11年ぶりに赤字から脱却する予算編成が可能になる見通しが着いたというのである。これは快挙である。就任直後の「君たちは赤字会社の社員なのだ」と叫んだあの悲痛な挨拶が甦って来る。それからの同氏の働きは凄かった。
 いずれにしても、トップ自らが陣頭に立って頑張った行動力は素晴らしく、それが結果に結びついて来ている訳で、まさにご同慶の至りと申し上げたい。とにかく、トップが素晴らしければ、難攻不落の城壁にも穴が開けられるという素晴らしい事例である。そういう意味では、日本国も、そのような素晴らしいトップの登場を待ちたいのだが、今のところ全くその片鱗さえも見えないのは、大変困ったことである。

2.連載、難病との闘い(752) 第三部 戦いはまだまだ続く(48)
  第二章 お正月、自宅介護で大わらわ(27)

(2)一年ぶりの自宅(その21)
 例によって、食事の後のお薬の服用、歯磨き、洗顔を終えると、いよいよ施設へのリターンの準備である。慌しい滞在で、果たして雅子にとって、多少は家庭の温か味を味わえたかどうかは疑問だったが、時間は非情に刻々と過ぎ去ってゆく。一考も思っていた以上の大変さを味わってはいたが、こうして施設に戻るという時間が迫って来ると、何か寂しいものを覚え始めていた。雅子の様子を見ると、見た目は淡々としていて特に変わった感じはない。
 午後1時を過ぎた。朝8時から始まった箱根駅伝は、往路の終盤を迎えて、思いも寄らない逆転ドラマが始まろうとしていた。トップを走っていた早稲田に5分近く遅れて小田原の中継所を出た東洋大学の新人の柏原竜二選手が猛烈に追い挙げてきていた。去年も同様な展開で、逆に早稲田の選手が追い上げて逆転したのだったが、今年の早稲田は、逆に追われる立場にあった。どうやら、この箱根山中の土壇場で、今年も何かとんでもないことが起こりそうだった。
 そんな面白いレースを横目に見ながら、施設に戻るための準備を始めた。施設から持ってきた衣服、下着、マット、座布団、残ったお薬、などなどを紙袋に放り込む。忘れ物がないかと改めて確認する。
 その準備も一段落したところで、一考は雅子の最後のトイレを促した。車で20分の距離だが、それでも出かける前ということで、雅子もその誘いに応じた。一考も、これが、とりあえず最後のトイレだと思いと気合が入ったし、大変さも吹っ飛んでくれたようだった。かくして出掛ける全ての準備は終わった。テレビで駅伝レースを確認すると、案の定、東洋大の逆転劇が間もなく達成されようとしていた。柏原竜二選手が全国にその名前を訴える素晴らしいドラマのエンディングを迎えていた 
 早稲田ファンの一考は、少し残念な気持ちだった。今回の自宅での介護大作戦と「同様に、勝負はやはり筋書き通りにはならないものだと諦めるのだった。この間、太郎には残っているおせちなどで昼食を済ませでもらった。去年もそうだったが、ちょうどおせちを綺麗に平らげた形で、何とか太郎の昼食を賄えたことにほっとするのだった。
 そして、東洋大学の見事な往路逆転優勝を見届けると、施設に戻る最後の段取りに入った。母屋の母親への挨拶である。雅子を車椅子に乗せると、そのままゆっくりと移動させて母屋に向かった。母親はいつものように椅子に座って何か書ものをしていたが、立ち上がって「もう帰るのかい。身体を大事にね。なかなかお見舞いに行けないのでごめんね」といつものようにこまごまと挨拶した。雅子は、例によって何かを言おうとしたが、言葉にはならなかった。(以下、明日に続く)

786 アスリート出身のコメンテーター

 4時起床。体重は58.7Kgとやや重め。寒さは穏やか。昨日の雅子も前日並みで比較的穏やかだった。

 政府紙幣が話題になっている。昨日放送(関西テレビ)された「たかじんのそこまで言って委員会」でこの話題を取り上げていた。パネラーはいつもの三宅久之、宮崎哲弥、勝谷誠彦、高橋洋一、金美齢、ざこばら各氏に、奥野史子さんが初めて顔を出していた。また、この道に詳しいとされる大阪学院大学名誉教授の丹羽春喜氏がゲストとして加わって、例によって喧々諤々の議論が展開された。丹羽教授の話では、歴史的には、明治維新の際に発行された事例があるいうことだったが、総じて言えば、夢のような話で、逆にリアリティに乏しい気がした。同時に、つい数日前に逮捕されたL&Gの波和二会長らが行なっていた円天まがいのものが連想され、こんなものに手をつけない方がいいのではと思った次第である。。
 ところで、この番組に初めて出演した元シンクロナイズドスイミングの女王、奥野史子さんだが、アスリート出身者としては珍しいと言ったら失礼になるかも知れないが、割と卒なく、しっかりしたコメントを披露していたのに好感を持った。筆者の好みの女性コメンテーターの一人に加えたい。最近、いろんな番組に顔を出しておられて、その非凡な能力が買われているのだろう。
 彼女へのイメージは、何といっても、北京オリンピックでの男子400メートルリレーで見せた、夫の朝原宣治選手への強烈な応援振が印象深い。前にも書いた事がある(633回と619回)ので、何回も書くのを躊躇するが「パパ、いいよ、いいよ、行って 行って」と必死の声援振りは圧巻だった。その後、ワイドショーなどで何回か見かけるのだが、そのコメントぶりは、あの熱狂的なイメージとは違った落ち着いたもので、的を外さず、なかなかのタレントぶりである。その潜在能力に更なる魅力を覚えている。
 テレビで活躍するアスリート出身者は少なくない。中でも、プロテニスの松岡修造さんの熱血漢ぶりは迫力があって目立った存在だ。最近では、アーチェリーの山本博さんも幾つかの番組で顔を出しているようだ。また、同じシンクロで奥野史子さんよりも6年先輩の小谷実可子さんはスポーツキャスターとして爽やかな話しぶりで活躍をしている。大相撲の舞の海さんもその爽やかなおしゃべり振りはなかなかのものである。その一方で、長島一茂氏は、幾つかの番組でコメンテーターとして顔を出しているが、その期待を裏切っていることが多いように思う。
 さて、この4月からの番組改訂で、あのマラソンの高橋尚子さんがスポーツキャスターとして登場するようだが、果たして彼女の場合はどんな活躍を見せてくれるのだろうか。口数は多く滑らかに喋るようだが、少し軽すぎるのではとの心配がある。

2.連載、難病との闘い(751) 第三部 戦いはまだまだ続く(48)
  第二章 お正月、自宅介護で大わらわ(26)

(2)一年ぶりの自宅(その20)
 トイレから戻ると、雅子を備え付けの椅子に座らせて互いに一息入れる。大仕事を終えた心境と同じである。テレビの画面に目を遣ると、箱根駅伝は山梨学院の留学生のモグス選手の快走が続いていて、他大学を大きく引き離しているようだった。期待の早稲田はと情報を確認すると、少し遅れて5位辺りで頑張っている。落ち着きを取り戻した雅子も、気分転換で暫くテレビに見入っていた。
 10時半を過ぎた頃だろうか、雅子がお尻が痛くなったというので、二階の太郎を呼んで、雅子をカーペットの上に毛布を敷いてそこに横にしてやった。ベッドで一人ぽっちにされるのではなく、リビングで横になるのであればOKというのだ。暫くはその状態で様子を見ることにした。箱根駅伝は3区に入って、早稲田のエース竹沢選手の快走があって一気にトップの山梨学院に猛追を見せていた。
 こうして、刻一刻と時間は進み、自宅での雅子の滞在も次第に残り少なくなって来ていた。こうなると、それまでと違って、時間の経過が早く感じられるから不思議である。一考は、この自宅滞在期間中での最後の食事となる昼食の準備に取り掛かった。相変わらず、変わり映えのしないメニューだが、やはり、その都度準備しなければならないので面倒で、精神的には結構忙しいのである。お陰様で、おかゆの作り方は、多少はうまくなったようだし、卵のスクランブルも手馴れて来ていた。
 時間を確認すると11時半近くになっていたので、雅子をトイレに連れて行く。カーペットに横になっていたので、起して車椅子に乗せるには、太郎の手助けが必要だった。ここでも、それまでの段取り通り、一旦寝室のベッドに横にして便座に座らせる。この作業も手馴れてきてはいるが、懸命の力仕事であることには変わりない。それを終えて戻って来ると、箱根駅伝は早稲田がトップになっていた。一年生の選手が頑張っていたのである。前年に続いて往路優勝が見えて来ているようだった。それを横目に見ながらの昼食を食べさせるのだが、贔屓の早稲田の躍進で、一考の介護の手つきも軽やかになっていた。今回の一時滞在での最後の食事だということも、気分的に軽やかにしてくれていたのであろう。一考は、それまでの何回かの食事の介護にはなかったリラックスを覚えながらの介護となった。
 この間、太郎には、おせちや数の子などの残り物で昼食を取らせた。紛れもなく手抜きでの応接に終始した。男やもめでは致し方ない。太郎も弁えていて不満はあっても遠慮して言わないのだろう。親父の苦労を目の前で見ていて気の毒に思っているのではないだろうか。そして、いよいよ、自宅での介護も終盤に近づきつつあった。(以下、明日に続く)

785 春は何処まで

 5時20分起床、少し寝過ごした。体重、58.1Kg。昨日の雅子は穏やかだったが、…。

 ラグビーやサッカーなどの冬のスポーツが盛んだが、プロ野球でもキャンプが始まっている。WBCがあることで、そのペースは例年よりピッチが早いようだ。一方、ゴルフ界でも既にツアーが始まっている。ニュージランドで行なわれているANZレディーズマスターズの3日目の後半で、宮里藍選手が4連続バーディ奪って追い上げて、首位と7打差の9位タイで終えた。優勝の可能性も僅かではあるが残っているようだ。
 宮里藍選手は、今年で4年目の米国ツアーを迎えている。まだ未勝利だけに今年はと気分も高まっていることだろう。果たしてどんな結果になるのだろうか。筆者は相変わらず、アンチ宮里ファンである。どうしても好きになれないのが、彼女の人間性で、外から見ていて、私の好きな含羞、謙虚さといった側面が全く見えないからである。優勝でもされたら、その態度の大きさに辟易としそうで、それだけは見たくないというのが私のアンチファンたる原点である。
 好対照なのが、男子の石川遼選手だ。若さに溢れた前向きに強い姿勢の中に、程よい謙虚さ、丁寧な言葉遣いなどがいっぱいで、聞いていても気持ちがいい。そういったところに、歴然とした二人の人間性の違いをみることが出来る。
 さあ、今年は二人はどんな戦いを見せてくれるのか。筆者は、今年もファンとして石川遼選手を、アンチファンとして宮里藍選手をしっかりとフォローして行きたい。
 カナダ、バンクーバーでの女子フィギュアスケートで、浅田真央選手はフリーで頑張ってトップの得点を奪い、総合3位で表彰台に立った。大きく出遅れた6位からの巻き返しだったが、何とか面目を守った立派な戦いだった。それにしても、韓国のキムヨナ選手のあの凄い顔つきには、強いパンチのある妖艶さを覚える。来年のオリンピックに向けて、二人の対決は今後も大いに楽しみである。差し当たっては、来月に行なわれる世界選手権だ。浅田選手の連覇が掛かっているだけに、今回の吹っ切れなかった彼女のリベンジを期待している。
 スポーツに関する限り、春が確実に近づいて来ているが、政治、経済の世界は、これからも厳しい冬の世界が続く。そんな中で、アメリカでは70兆円に及ぶ大型の景気刺激策に関する法案が審議に入っていて、今週末には目星がつきそうである。しかし、日本ではそう言った前向きの動きが全く見えて来ないのは残念だ。
 政治の世界では、やはり、上に立つ政治家の指導力、説得力が大きなポイントになる。その基本は、力強く引っ張ってゆく力で、それを自らが国民に示すバイタリティ、つまり行動力とそれを裏付ける信頼がなければならない。オバマさんや大阪府の橋本知事には、それが見られるが、麻生さんには全く見られない。そういう訳で、日本の政治は、いまだ春遠しである。
 
2.連載、難病との闘い(750) 第三部 戦いはまだまだ続く(47)
  第二章 お正月、自宅介護で大わらわ(25)

(2)一年ぶりの自宅(その19)
 この日の午後には、いよいよ施設のアクティバに雅子を送り帰すと思うと、一考の気持ちも複雑だった。これで、24時間介護の厳しさから解放されるというほっとする気持ちと、雅子を充分に看てやれなくなるという寂しさが入り混じっていた。果たして、本人の雅子がどう感じているのだろうか。とにかく、強引に一考が企画して実行した自宅での介護大作戦だったが、雅子は、夫一人に負担を掛けることに気遣って、申し訳なく思っていたかも知れない。
 一方で、逆に、一考が申し訳なく思っていることがあった。それは食事の対応で、終始変わり映えのないメニューしか用意できなかったことである。それでも、雅子は、嫌な顔を見せずにしっかりと食べてくれたのである。今更ながら、もう少し工夫すればとの思いがあるが、やはり、料理の基礎知識を持たない一考には、それが限界だった。いずれにしても、もう後の祭りである。
 さて、この朝も、いつのもコースでお薬の服用、歯磨き、そしてトイレを終える。幸いだったというべきは、雅子の通じのリズムが、この滞在期間が、ちょうどオフの状態にあったことである。つまり、12月30日に通じがあって、次回の予定が明日の3日だろうと予測されるタイミングなのである。その結果、一考の負担も少なくて済んだのである。その点では、大いに助かったというべきだろう。
 ところで、この時間になると、テレビでは、もう恒例の箱根駅伝が始まっていた。雅子も、その画面に視線を送っていた。
 間もなく、太郎が2階から降りて来たので、昨日の残りのスープを使ってお雑煮を出した。決してまずくはない味である。おせち料理もかなり残り少なくなっていたが、それらで朝食を済ました。さあ、この2泊3日の闘いでは、食事に関しては、後は昼食を残すだけである。まあ、何とかなりそうだと一息つきながら、一考もテレビの駅伝の展開に目をやった。レースは花の2区に入って、山梨学院がそれまでのトップの早稲田に変わってトップを奪っていた。
 太郎には、帰って来る前から、雅子を施設に送って行くのに同行して欲しいと頼んでいたので、改めて、この日の段取りを確認した。彼の希望は、この日の中に千葉に帰れればいいという。そこで、昼食後に自宅を出て、雅子を施設の部屋に送り届けてから、太郎を最寄のJRのおごと温泉駅まで送ることにした。
 9時半過ぎになって、また雅子をトイレに連れて行く。これで、今回の自宅滞在中でトイレの回数も17回目だ。その大変だったトイレの介護も、あと数回で終わると思うと、何だか元気も出て来るから不思議だった。やはり、ゴールが見えると元気づくマラソン選手の心境と同じように思えるのだった。(以下、明日に続く)

784 有名美人姉妹ベスト10

 5時10分起床。体重、58.1Kg。寒さはまずまず。雅子は便秘で苦しむ。

 日経新聞の今朝の一面には、トヨタ(3500億円)、シャープ(1000億)、エルピーダ(1179億)、東レ(160億)UFJ(420億、日航(340億)などの大企業の大幅な最終赤字のリストが掲載されている。我が東レも9年ぶりの赤字だそうだ。これらの企業の赤字が一掃されない限り、経済界には明るい日差しは戻って来ないだろう。暫くは冬の時代が続く。
 そんなことで、気分だけでも明るくなりたいということで、今朝は、筆者が選ぶ明るい美人姉妹ベスト10を取り上げてみた。我々を楽しませてくれる美人姉妹は結構多い。かつて活躍した、歌手の岩崎宏美、良美もその一例fだが、二人はもう過去の人たちの範疇に入るので割愛する。
 先ずは、フィギュアの浅田舞、真央姉妹である。二つ年下の真央は、今年、中京大学入学が決まっている。目下、カナダのバンクーバーで行なわれているフィギュアスケートの四大陸大会に出場中で、初日に出遅れたのだが、今日の自由演技での巻き返しが期待されている。現時点ではその結果は入っていない。二人とも明るく文字通り美人姉妹である。真央の活躍に、舞の存在が精神的に大きいのだろうと思う。
 同じスポーツ界では、レスリングの伊調千春、馨の二つ違いの姉妹も魅力的だ。共に、最近結婚を決意したようだ。姉の千春さんは完全燃焼して引退するが、妹の馨さんは、ロンドン大会を目指しているようだ。頑張って、3連覇を果たして欲しい。いずれにしても、アテネ、北京の二つの戦いで大いに楽しませてくれた大型の美人姉妹である。
 一方、メディアの世界では、世界不思議発見などで活躍しているTBSの小林麻耶アナが、先日フリー宣言を行なった。この3つ違いの妹さんの真央さんもアナウンサーで、日本テレビの報道番組、ニュースゼロなどで活躍中だ。よく似たイメージで、筆者には未だに区別がつきにくい二人だ。この二人の場合は、どちらも同じようなレベルでの活躍ぶりだと思う、
 三倉茉奈、佳奈の双子の姉妹も、我々を和ませてくれるタレントだ。昨年3月に共に関学を卒業、筆者は、未だに姉妹の見分けがつかない。NHKの朝の連続テレビ小説の「二人っ子」で人気を博したようだが、今年も同じNHKの朝の小説「だんだん」で活躍中である。
 将棋界の美人棋士として知られる中倉彰子、宏美姉妹は、筆者も好きな二人だ。共に、NHKの将棋講座やトーナメントの聞き手として長年活躍、宏美さんは、今年もそのトーナメント戦の聞き手で4年目に入っている。お姉さんの彰子さんは、同じ将棋界のイケメン棋士である中座真六段と結婚して、今ではママさん棋士である。二人の将棋の力は、今では2つ違いの妹さんの宏美さんが少し上回っているように思う。
 前にも書いたことがあるが、この中倉宏美さんとは、韓国での竜王戦ツアーに、妻の雅子と参加した際に、直接お話しする機会があった。結果的には、このツアーが雅子との最後の海外旅行になったのだが、その時の宏美さんとの会話で、「結婚されないんですか?」と問い掛けてから「郷田九段はどうですか?」と、筆者の贔屓の棋士の名前を出して、突っ込んだ質問をしたのだが、「あの、貴公子さんですか?」と、宏美さんは軽くかわされたのが、今でも楽しい会話として記憶に生々しく、このツアーの貴重な思い出だ。
 以上が筆者の現時点での好みの有名人の美人姉妹である。難病と闘っている妻を持つ筆者には、娘がいないので、このような美人姉妹達を見ると、それとなくほのやかなものを感じて楽しませてもらっている。皆様の一層のご活躍を祈念したい。
 それにしても、一刻も早くこの冬の時代が過ぎ去って欲しいものだ。しかし、春がいつ戻って来るかは、誰にも分からないというから心細い毎日が続くことになる。とにかく、頑張って堪えるしかない。

2.連載、難病との闘い(749) 第三部 戦いはまだまだ続く(46)
  第二章 お正月、自宅介護で大わらわ(24)

(2)一年ぶりの自宅(その18)
 風呂から上がった一考は、パソコンに向かってその日の出来事を整理し、暫くのんびりと時間を過ごしていた。そうこうするうちに12時を過ぎたので、雅子を起して、おしっこをさせる作業に入った。3時間おきのトイレの介護はやはり大変だ。起される雅子も大変だろうが、介護する方もなかなかきつい仕事である。
 その時、雅子は疲れていたこともあって眠っていたので、急に起されたことで少し戸惑っているようだった。しかし、起すタイミングが遅かったようで、事態は思わぬ結果になっていた。下着を下ろす作業の途中で、そのことに気づいて「しまった」と思ったが手遅れだった。恐らくこの二日間の対応が、それまでの施設での生活リズムと違っていたこと、加えて、雅子もかなり疲れていたのであろう。幸いなことに、持ち帰って使っていた大きな紙パットが頑張ってくれて、実質的な被害はなく、今回も大事には至らなかった。紙パットは、まさに神様パットだったのである。要するに、一考の起すタイミングが遅かったのである。
 それでも、とりあえず、暫くは便座に座らせてやった。しかし、さすがにおしっこは出なかった。そのまま何時のように対応して雅子を寝かせてやった。一考も疲れていたので、そのままベッドに潜り込んだのである。
 一考がはっとして目覚めたのは3時半だった。ちょうどいいタイミングだったので雅子を起して便座に座らせた。しかし、この時はおしっこが出なかった。少し時間を掛けて待っていたが同じであった。いわゆる空振りだったのである。仕方なく、そのまま寝かせたが、一考はうつらうつらしていた。そして、再びはっとして飛び起きたのが、4時半過ぎだった。少し強引だったが、もう一度雅子をおしっこに誘導した。幸いなことに、今度は少しおしっこが出たのである。ほっとした気分だった。それが終ると、そのまま雅子を寝かせて、一考は、リビングに移って、そのままこの日のブログを始めた。何を書こうかと迷ったが、初夢というタイトルに準じて、大胆にも、今年は新しい推理小説に挑戦してみたいという夢を披露した。叶わぬ夢にならないように頑張りたいと思っている。
 ブログを書き終えると、もう6時半近くになっていた。ここで雅子を起す作業に入った。念のために便座に座らせると、今度は少し多めにおしっこをしてくれた。よかったと思いながら着替えを済ませて、リビングの椅子に座らせた。そして、早速、雅子の朝食に取り掛かった。(以下、明日に続く)

783 仰天、衝撃の一日

 3時40分起床。体重、58.0Kg。雅子は通院日、頑張って検診を受ける。

 この日は仰天するような発言や出来事が相次いだ。いろんな意味で興奮した一日となった。
 まず、麻生総理が許せない、とんでもない発言を行なった。昨日の衆議院予算委員会でのことである。その内容は「自分はもともと郵政民営化には賛成ではなかった。4社に分割した実態を見直す時期にきている」と云うのだ。小泉純一郎ファンの私には許せない発言だ。内閣の一員だったがその担当大臣が竹中大臣で自分ではなかったというのだが、採決では賛成票を投じている。何を今更喚いているのか。それならば、あれだけの民意を得たあの選挙をどう評価するのだ。その結果で得た議席数で、2/3の採決を使って議会運営をしているじゃないか .とんでもない発言だ。最近は、あの顔を見ていると気分が悪くなってくる。
 朝日新聞の阪神支社を襲撃した実行犯の告白記事の第二弾が掲載されている週刊新潮が発売された。その中で、犯行声明文を書いて、赤報隊と名付けてくれたのは、その後、朝日新聞本社に乗り込んで、その役員応接室で拳銃自殺を遂げたあの右翼の野村秋介氏であることが明らかにされている。これまた、仰天、衝撃である。今の段階では、その告白の真偽のほどがはっきりはしていないにしても、大変な告白内容であるのだが、一般紙やテレビなどの他のメディアが沈黙を守っているのが不思議で、納得できないのである。
 大麻汚染はその後も広がりを見せている。ラグビーの東芝府中のトンガから来ている選手に、試合後のドーピング検査で陽性反応が出た。その最終結果次第で、同チームは日本選手権にへの出場を見合わせるという。その一方で、大相撲で解雇処分を受けた若麒麟は、退職金を辞退すると申し出た。反省してのこの決断には、潔い男らしさがあり、拍手を送りたい。一連の大麻事件にはやはり、仰天、衝撃がある。
 カナダ、バンクーバーで昨日から始まった女子フィギュアの四大陸大会で、連覇が期待されていた浅田真央は衝撃的なミスの連発で、SP6位と出遅れた。トップのキムヨナと14点以上の差があって、逆転優勝の見込みは絶望のようだ。仰天、衝撃の結果である。
 船橋競馬で、1位から3位までを当てる3連単馬券で、何と1911万円の配当がついたレースが生まれた。公営競技では最高額の配当だそうだ。衝撃、仰天もここまで来るとお伽噺の世界のようだ。
 使っても減らない電子マネーの円天を導入し、巨額の資金を集めた詐欺行為で、L&G会長の波和二容疑者が昨日逮捕された。仰天、衝撃を越えた馬鹿馬鹿しいもので、これに出資した人の気が知れない。

2.連載、難病との闘い(748) 第三部 戦いはまだまだ続く(45)
  第二章 お正月、自宅介護で大わらわ(23)

(2)一年ぶりの自宅(その17)
 5時を過ぎると外はもう薄暗い。雅子には、自宅での二度目の夕食の時間である。申し訳なかったが、今回もその中味はそれまでと変わり映えのないメニューである。おかゆ、卵のスクランブル、クリームコロッケ、それにコーンスープだ。それでも、雅子は一生懸命に食べてくれた。幸いなことに食欲は堅調だった。有難いことである。一方、太郎の夕食だが、こちらも同様で、変わり映えのない残っているおせち料理、それに別に用意したお肉の焼いたものなどで済ませてもらった。
 夕食を終えると、雅子は、いつも通りのリズム&パターンで、お薬、お口洗い、トイレと云う一連の段取りを済ませる。さすがに、この段取りを何回も繰り返すことに、一考は辟易とし始めていた。中でも、トイレの介護は大変疲れるのである。
 前にも紹介したことがあったと思うが、介護の基本は抱き上げる作業である。今のトイレの介護方法では、一回トイレの介護をサポートするのに、身体を持ち上げる作業が少なくとも6回が必要となる。つまり、備え付けの椅子から車椅子への移動時、車椅子から次のベッドへの移動時、そしてそこから便座への移動時にそれぞれ一回必要で、片道の作業で4回の抱き上げが必要となる。それに、用を足した後のその逆手順での作業で同様に3回で、トータルで6回の抱き上げが欠かせない。腕だけの抱き上げでは無理で、腰を入れての全力での抱き上げが必要で、大変な力作業なのである。
 いずれにしても、それを終えて、普段の椅子に座らせると一段落でほっとする。ここからは、のんびりとテレビを楽しむのだが、この日の雅子は、芸能人の格付けチェックという番組を見ていた。他に適当な番組がなかったからでもある。
 この間、一考は自分の食事を終え、食器などの後片付けを終えた。一方の太郎は風呂に入って寛いでいた。
 午後の9時になったところで、また雅子をトイレに連れて行く。そして、その一連の作業を終えて、「この後、どうする?」と雅子に確認すると、今夜はもうこのまま寝るという。気を遣ってくれたのか、或いは疲れたのかは確認しなかったが、一考もそれが良いと思ってパジャマに着替えさせてベッドに寝かせたのである。こうして、山場の二日目は無事に終えることができた。一考はほっとして風呂に入った。(以下、明日に続く)

782 勝負の醍醐味

 4時50分起床、体重、57.9Kg。昨日の雅子は、発声がままならず、苦闘が続いている。

 勝負が着いたのは、今朝の未明の1時過ぎだった。インターネットが告げる「後手の勝ち」という案内に、筆者は本当に興奮していた。息詰まる終盤の熱戦にドキドキしながら、郷田九段が最後に繰り出した見事な詰め手順に酔っていた。「やってくれた!」と云う嬉しい気持ちを噛み締めながら、まるで自分が勝ったかのように、暫くはその余韻を楽しみながら呆然として、棋譜を繰り返し眺めていた。
 羽生名人への挑戦者を決めるA級リーグ戦の第8局は、昨日の朝10時から5局一斉に始まった。筆者が注目していた郷田九段―三浦八段の対局は、夕食休憩の7時頃から駒がぶつかり合い始め、本格的な戦いに入っていた。
 戦いは、相手の三浦八段がうまく仕掛けたようで、午後9時過ぎ頃には、素人目にも郷田九段が相当に押されている展開になっていた。将棋界では、どちらが有利だと言う場合、「どちらを持ちたい」と云うような言い方をすることが多い。その時点での控え室での検討では、先手(三浦八段)を持ちたいという声が圧倒的で、その後、深夜の11時を過ぎた頃でも、依然として6―4で郷田九段が不利と云う下馬評だった。
 筆者の素人目でも、今夜の郷田九段は駄目だろうと半ば諦めの気持ちになっていた。それでも、ファンの心理として、どこかで何かをやってくれるのではという密かな期待もあって、苦しいながらも、その展開を追い続けていた。
 そして「若しかしたら」という見方が出始めたのは、日付が変わってからのことである。胸をドキドキさせながら、じっとその展開を見守っていたのだが、息詰まる戦いに胸が痛くなって来るのだった。単なるファンなのに、どうしてこんなに苦しまなければならないのだろうかと思うのだった。お互いに6時間もあった持ち時間を使い切って1分将棋の激しい終盤になっていた。そして、その土壇場で、どうやら、相手に少し拙い手があったようで、それを捉えた郷田九段が悪い将棋をひっくり返したのはさすがだった。久し振りに勝負の醍醐味に暫し酔っていた。
 筆者が郷田九段のファンになった背景には、読み深く、発想力豊かで、力強い本格的な将棋にある。特に、苦しい将棋をひっくり返す魅力はその一つである。また、肉を切らせて骨を切るようなぎりぎりの際どい勝負に踏み込んでゆき、それをを勝ち切る醍醐味に惹かれているのである。スリル満点で、最後は素晴らしい快感を与えてくれるのだ。
 いずれにしても、昨日の対局の結果で、挑戦権争いは、勝った郷田九段が一歩リード、それに同じく昨日勝った木村一基八段と佐藤康光棋王の3人に絞られた。3月3日に行なわれる最終局で、郷田九段はそのライバル木村八段と直接対局する。それに勝てば、文句なく挑戦者になれるのだが、負けるとプレイオフとなる。その場合、若し、佐藤棋王も勝っていれば3人で、佐藤棋王が敗れれば、木村八段との決定戦となる。この3月の最終局の模様は、NHKの衛星放送で生中継されるので、今から楽しみだ。
 一方、勝負の醍醐味を味わうには至らなかったが、昨日の予算委員会での論戦は活発に行なわれ、それなりに盛り上がっていた。それというのも、民主党が元代表の前原誠司、姉歯設計偽装問題で名前を挙げた馬渕澄夫、更に年金のスペシャリストの長妻昭、そして菅直人代表代行という4人のエース級の質問者を繰り出してきて、歯切れのいい質問をして迫ったからである。
 そんな中で、ちょっとした面白いやり取りがあった。それは、最初に質問に立った前原誠司副代表が、麻生総理に「あなたは、やるやる詐欺だ」と詰め寄った。解散をやるやるといい、ガソリン税の一般財源化をやるやると言いながら、掛け声だけで逃げているではないかと迫ったのである。これには、麻生総理も「詐欺と云うのは犯罪ですよ」と少し色をなしていた。しかし、いずれの質問にも、ちんたらちんたらした政府側答弁で、議論は平行線で軽く受け流されてしまったようだ。何だか、下手な猿芝居を見せられているようで、とにかく、済んでしまえば「はい、それまでよ」なのが面白くない。将棋の白熱した興奮を与えてくれたのに比べると雲泥の差がある政治ショーだった。

2.連載、難病との闘い(747) 第三部 戦いはまだまだ続く(44)
  第二章 お正月、自宅介護で大わらわ(22)

(2)一年ぶりの自宅(その16)
 そのビデオ鑑賞には、太郎も加わって三人で見ることになった。中味は、幼稚園での孫の活躍ぶりが、一本に纏められたものだった。入園式から始まって、6月の学芸会、10月の運動会、それにごく最近の12月のクリスマスパーティーの模様が、念入りに丁寧に撮影されていた。自分達の場合はビデオがなくて、8ミリ撮影だったが、それでも、長男の太郎の場合は、結構丁寧に撮っていた。
 全体を通じて感じたことは、相坂家には珍しいくらいの積極的な活動振りが見られたことである。特に、元気に映っていたのが、6月の発表会で、数人のグループの真ん中で、大きな声で元気いっぱいに歌っている姿はびっくりするほどの張り切り方で、いわば、身内の勝手な解釈かもしれないが、スター気取りの頑張りのようだった。
 また、次郎が陸上の短距離をしていたので、運動会の走りに期待したのだが、これは今一つの走りだった。思えば、次郎も幼稚園での走りでは、スタート直後に滑って駄目だったのを思い出した。幼稚園では、才能が必ずしも発揮されるとは限らない。
 一度、見終わった段階で、母親にも見せてあげようと声をかけたら、久子も一緒に見に来てくれた。二人も同じような感想だった。
 二人が母屋に戻った後に、太郎が持ち帰ったビデオを見せてくれた。これは、太郎が遊びの趣味で、ドラマのエキストラに凝っていて、幾つかの作品に出ているものなのだが、さすがに一考は関心が薄い。それでも、雅子はそれなりに見入っていた。通行人的な形でのカットで、良く見なければ分からないようなものなのだ。一考は、そんなものにあまりエネルギーを使わない方がいいのではとコメントしたが、何かに趣味を持つことは悪くはない。
 このビデオを見終わった段階で、雅子の滞在時間がちょうど丸一日となり、今回の自宅での滞在期間の半分となった。マラソンで言うと、今回の自宅介護の戦いもちょうど折り返し点を過ぎたということになる。なるほど大変な作業だと一考は改めて思うのだった。
 夕方近くになって、お尻が痛いというので、太郎を呼んで、雅子をリビングの床に寝かせることにした。寝室のベッドでひとりで横になっているのは嫌だと言ったが、この場所なら皆が居るので、取り敢えずはそれでいいということの様だった。(以下、明日に続く)

781 いざ、勝負!

 4時50分起床。体重、57.9Kg。寒さは随分と穏やか。昨日の雅子も穏やかだった。

 朝ののっけから相応しくない男性の下半身の話で恐縮だが、日経新聞で連載中の高樹のぶ子さんの小説「甘苦上海」で、今朝はその大事なもののサイズが、13センチ、いや15センチという表現で取り扱われている。そのものの大きさをそんな形で表現された小説は、筆者には初めてで興味深く読ませてもらった。読者の中には、それなら自分も充分に戦えると自信を持った御殿も、結構いるのじゃないだろうか。
 つまり、男性には、自分のものがどの程度のクラスに属しているのかについては、少なからず不安を持っている人もいて、その人たちに、一つの判断の目安を与えたことになる。改めて、自分のものを検証をされる方もいるのではなかろうか。しかし、心すべきは、勝負はサイズだけではなく、持続力、技といった総合力で決まるのは言うまでもない。「さあ、いざ、勝負!」なんて言える若さがないのが伝いのが少し侘しい。
 天下り、渡りに関して、人事院の権限を内閣人事行政管理局に移そうという構想が進められている。昨日の予算委員会でも麻生総理は、渡りは許さないと明言した。内閣支持率の低迷に喘ぐ麻生総理だが、最後の「いさ、勝負!」に出たのではと、少し持ち上げてみた。果たして、勝負になるのだろうか。
 橋下徹大阪府知事の支持率は、就任一年を経過した時点で90%近いという調査結果が出ている。驚くべき数字だ。同氏にとっての当面の課題は、府庁をWTC(大阪ワールトトレーディングセンター)に移す課題である。府議の2/3以上の賛成が必要とのことで容易ではなさそう。ここでも「いさ、勝負!」である。
 嘉田由紀子滋賀県知事も勝負に出た。大戸川ダム・付け替え道路建設の負担金を、来年度県予算案に盛り込む方向で検討することにした。これは、ダム建設を凍結したことに対し、国がその道路工事の予算を見送ったことへの挑戦だ。橋下大阪府知事の応援もあって、嘉田知事も思い切った対応で「いざ、勝負!」に出たのである。それにしても、橋下大阪府知事は、滋賀県への応援もしてくれていて、弱きを助ける気遣いもあって大した知事である。県民としては随分と心強い。
 セブン&アイホールディングスも勝負に出た。そごう心斎橋店を売却し、コンビニの充実をはかる方針のようだ。売却先のJ・フロントリテイリングは、大丸を経営しており、その強化が図られることになる。最近の消費傾向のデータでは、コンビニの売上高が、スーパーや百貨店のそれを追い抜いて大きくリードしているという。この辺りの消費行動を睨んでの二つのグループの「いざ、勝負!」となるのだが、激戦地大阪でどんな結果を出すのだろうか。
 いざ、勝負といえばスポーツだが、今日からカナダのバンクーバーでフィギュアスケートの四大陸大会が始まる。浅田真央、キムヨナとの熾烈な勝負がまた見られるのだ。浅田真央の健闘を期待している。
 もう一つ、趣味の世界だが、来る4月から始まる将棋名人戦挑戦者を決めるA級リーグは、今日午前10時から、ラス前(8回戦)の5局が揃って行なわれる。今期の戦いは、稀に見る混戦で、リーグ参加者10人全員の棋士に、まだ挑戦権の可能性が残っている。3月3日の最終局を前に、挑戦者と降級者を巡る面白い熱戦が見られる訳だ。筆者が応援している郷田九段が一歩リードだが、果たして逃げ切れるのかどうか、「いざ、勝負!」は、今日の深夜に勝負が決まる。筆者には大変な楽しみで、コンピューターで棋譜をフォローする長い興奮の一日になる。

2.連載、難病との闘い(746) 第三部 戦いはまだまだ続く(43)
  第二章 お正月、自宅介護で大わらわ(21)

(2)一年ぶりの自宅(その15)
 太郎と一緒に慌しい昼食を済ませ後片付けを終えると、早いもので時刻は1時を過ぎていた。とにかく、次から次へとこなして行く段取りに、恰も自由を奪われた人形のようで、精神的に休まることがないくらいの大変な応接の連続だった。
 ラッキーだったのは、一息ついてテレビを見た時だった。朝から始まっていたお正月恒例の実業団駅伝レースが最終局面を迎えていた。レースはまれに見るデッドヒートで、ゴールをあと1キロにして、三チームがほぼ団子状で併走していた。日清食品、旭化成、それに富士通だった。互いにけん制しながら、相手の出方を窺う駆け引きが続いていて、予断を許さない展開である。息子の次郎が富士通に勤務していることから、久し振りに富士通に勝って欲しいという気持ちがあって、その激しい決戦の模様に見入るのだった。最後の300メートルになって、一旦、富士通の選手がスパートをかけ、引き離しに掛かったが、日清食品の選手が頑張って逆に一歩前に出たのである。これで勝負あったかと思われたが、あと100メートルぐらいで、その日清食品の選手が、一瞬うしろを振り返ったのがよくなかったと思う。その隙を突いて富士通の選手が一気に飛び出し、そのままゴールに飛び込んだ。日清食品、旭化成の選手はほんの少し遅れてのゴールだった。1位から3位までの差が1秒以内と云うのは恰も短距離レースのようで、大いに興奮した。まさに、忙中興奮ありの劇的なドラマだったといえる。
 間もなく3時が近づいていたので、見計からって、雅子をトイレに連れて行った。それまでの手順と同じで、寝室の簡易トイレでの用足しである。何とかそれを終えたところで、「暫くベッドに横になるかい?」と雅子に確認したが、やはり、リビングが言いと云うことで、再び車椅子で移動して備え付けの椅子に座らせて、飲み物やヨーグルトのサービスを行なった。口を開けるのが難儀そうだったが、一生懸命に頑張ってくれて、それらを食べたり、飲んだりしてくれていた。
 駅伝も終わり、適当なテレビ番組の見当たらないので、いい機会だと考え、年末に次男の次郎が送ってきてくれていた孫のビデオを雅子と一緒に見ることにした。元々はこの機会に家族揃って帰って来て欲しいと希望していたのだが、仕事の関係で帰れないということで、その代わりに送ってくれたのである。孫に会うのも年に一度あるか、ないかでだけに、ビデオで見て、その成長を確かめるのも大事な機会なのだ。(以下、明日に続く)

780 すっきりしない複雑な気分

 4時半起床。体重、58.6Kg。昨日の雅子には、ほんの少し覇気が感じられた。

 このところ、すっきりしないことが多い。
 一昨日の日曜日の午後、東京には放映されていない「たかじんのそっこまで言って委員会」で、あの元日本赤軍のリーダー、テロリストの重信房子被告人の娘、重信メイが出演していた。アラブで生まれただけあって、当該地区の複雑な歴史事情などについては、さすがに勉強しているようで、それなりのしっかりとした考え、知識を披露していた。
 しかし、幾つかの質問の中で、母親の行なった行動についてのコメントを求められると、それを「非」とするような発言は一切しなかった。彼女個人には罪がないことは確かだが、筆者がしっくりとしないのは、裁判中だとはいえ、明らかに重大な犯罪被告人の娘が堂々とテレビに登場して来ることへのわだかまりである。そこには、彼女に纏わるその辺りの事情をもっと知りたいと思うし、また彼女自身についても知りたいことが多くあることは確かなのだが、その一方で、公共の電波で、堂々と一席ぶたれると、これでいいのかなあとも思ってしまうのである。政治評論家の三宅久之さんはさすがで、その辺り筋を通しておられるのが相変わらず素晴らしい。とにかくその番組を見ていて、筆者の気持ちは複雑な心境だった。
 かんぽの宿の扱いにも不満が先行する。鳩山邦夫総務大臣が指摘している通り、オリックスグループへの超破格での売却は納得できない。不明朗な入札の実態をオープンにすべきである。
 公務員の渡り禁止に関する扱いも納得できない。60歳まで働く意味での人事異動としての「天下り」は良しとしても、その後の度重なる「渡り」は禁止するのが当たり前だ。その度ごとの高額な退職金などの待遇の厚さには怒りが込み上げて来る。
 大麻事件で逮捕された若麒麟への処分が除名ではなく、退職金の出る解雇となったことに不満が出ているようだ。理事長の「まだ若いので今後の人生を配慮した」という発言に、筆者は「それで良かった」と思う気持ちである。切ってしまえばいいという訳でもないだろう。もう一度、チャンスを与えるというのも一つの考え方だ。甘いという批判も多いようだが、逃げ道も残しておいてあげるという日本的な温情は、ここでは許されるのではと思う。ここで支払われる退職金は、公務員の渡りの場合での税金ではない。しかし、そうは言いながらも、思いは複雑である。
 ヒラリークリントン国務長官が今月下旬に訪日する話が進んでいる。アジアでは最初に日本を訪問するということで、中国との関係で気を遣っているようだ。それは、ともかく、対応するのが麻生総理、中曽根外相になるのだが、退陣がほぼ約束されている二人だけに、「そんなメンバーでいいのかなあ」なんて思ってしまう。複雑な心境だ。
 そんなすっきりしないわだかまりを吹っ飛ばしてくれるのが、アースマラソンに挑戦中の間寛平さんと比企さんの頑張りだ。今朝の報告では、昨日、日付変更線を越えたという。どうやら、太平洋の半分を過ぎたようで、嬉しさも一入のようだ。毎日の大変な闘いが続いているようだ。この二人の毎日の頑張りには、感動がいっぱいで素晴らしく、余計なわだかまりは一切ない。

2.連載、難病との闘い(745) 第三部 戦いはまだまだ続く(42)
  第二章 お正月、自宅介護で大わらわ(20)

(2)一年ぶりの自宅(その14)
 ちょうど朝食と昼食の間であったことから、大部屋のリビングは比較的閑散としていた。中には、雅子と同じように、一時的に自宅に帰った人もいるのかもしれないと思いながら辺りを見渡すと、奥の方から、この日の担当の介護士さんである椿さんが姿を見せてくれた。新年早々の勤務でお気の毒だと思ったが、彼女はいつものように明るく振舞っていた。簡単な新年の挨拶をし、今朝来た事情を話して、一考は雅子の部屋に入った。
 つい半日前までここに居た訳で、年が明けたからと言って、何かが変わったという訳ではないが、それでも気分は新鮮だった。しかし、主の居ない部屋に入るのは、いつもと少し違って妙な感じである。盗人でもなく、空き巣でもないのだが、黙って収納ボックスを開けて、そこに仕舞ってある紙パットを取り出していると、何か悪いことをしているような変な気がしないでもない。
 一考は、目的の紙パットを持参した紙袋に入れると、椿さんに挨拶して直ぐに施設を後にした。施設での滞在時間は、ほんの5分程度の短さで、慌しい落ち着かない気分だった。しかし、車に乗り込むとその気持ちが落ち着いたのである。不思議な気持ちの変化だった。幸いなことに、帰り道も同じで込んではいない。行きと同様にすいすいと走った。しかし、近江神宮の参道近くの交差点まで戻って来ると、その辺りからは突如として車が込み始め車の渋滞が始まっていた。しかも、その渋滞の具合は、出かけて来る時りも厳しくなっていた。一考は、これに巻き込まれると大変だと思い、参道方面の道には入らずに、真っ直ぐ浜大津の方向に直進し、遠回りする形でJR大津京駅の前を経由して自宅に戻ったのである。時刻は11時近くになっていた。幸い、雅子には特に変わったことはないようだった。
 そろそろ昼食の準備が必要な時間である。やはり、24時間介護だと、次から次へと介護の日程が詰まっていて、ゆっくりと休む訳にはいかないと一考は改めて、その大変さを実感するのだった。
ところで、昼食と言っても、相変わらずの替わり映えのしないメニューで、雅子には申し訳ない気持ちなのだが、他にこれといった代わりのアイディアがない。買い込んであるクリームコロッケ、卵のやわらか煮、おかゆで間に合わせる。一方の自分と太郎の分は、おせち料理と別に用意してある数の子などで済ませるつもりである。
 先ずは、雅子の昼食から取っ掛かり、お薬の服用、口を洗って洗顔といった一連の作業を進める。とにかく、根気がいる仕事である。そして、それらが終わるとトイレだ。寝室まで運んでの一連の大変な作業が続くが、黙々と頑張ってこなして行く。
 この間に、ちらりちらりとテレビで放映中の実業団駅伝の展開を確認するが、レースを楽しむといった心境になる余裕はない。(以下、明日に続く)

779 京大芸人

 4時50分起床。体重、58.5Kg。

 一昨日だったと思うが、みのもんだが司会をする「クイズミリオネア」の生放送に、最近、クイズ番組で名前を売っているロザン宇治原が出演し、1000万円のクイズに挑戦していた。結果は、残念ながら思わぬ不覚を取って失敗したが、その番組途中のみのもんたとの会話で、ロザン宇治原が、父親が一部上場の大手電機メーターの副社長だと発言していた。
 そのことをインターネットで調べてみると、その種の質問が殺到していたようで、事実は直ぐに見つかった。父親、宇治原志郎氏は、松下電工から改名したパナソニック電工の役員で、昨年の人事で専務から副社長に昇格されたという。
 ロザン宇治原は、本名が宇治原史規で相方の菅広文と共に芸人を目指して京大に進学したというから、驚くべき人生の選択をした二人である。結果的に、二人の思惑通り、その能力を生かして活躍の場を拡大して来ていて、今の活躍の場を確保した実績を見ると、いろんな生き方があるものだとつくづくと感心する。恐らく、今まで誰も選択しなかった人生の選択だったと思う。それだけに鮮烈な活躍だといえる。やはり、クイズに強い辰巳琢郎は、高校、大学の先輩で、最初から目標にしていたという。
 相方の菅広文の両親は、その選択に、最初から理解があったという一方で、宇治原の場合は大反対であったという。従って、決して、父親の仕事のことは口に出さないようにと釘を刺されていたそうだが、結果的には、父親の方が先に、社内の新人社員への挨拶で、自分の息子のことを口にしたようだ。父親も、息子の活躍を見て、その価値観を理解したのだろう。
 今、筆者は、人生の端末近くまで歩んできて改めて思うのだが、自分も同じ大学の先輩の端くれだが、あまりにも形に捉われて、片寄った道を歩いて来た様に思う。それだけに、二人の思い切った自由奔放な生き方の素晴らしさを思うのだが、それも、やはり素質と努力の積み重ねがあってのことは言うまでもないだろう。
 二人の今までの人生については、出版した「京大芸人」に菅広文が詳しく書いているようだが、その印税、それに、宇治原がクイズの番組に出演して得た賞金も、全て二人で折半しているという。ロザン宇治原が比較的表に出ているのに対し、それを裏から支えている菅広文とのバランスもうまく取れているようだ。友情もここまで来ればスーパークラスで、スーパービューティフルな芸人コンビだといえよう。京大芸人の活躍に改めて拍手を送りたい。

2.連載、難病との闘い(744) 第三部 戦いはまだまだ続く(41)
  第二章 お正月、自宅介護で大わらわ(19)

(2)一年ぶりの自宅(その13)
 元旦の食事を終わると、太郎が自分の食器を洗おうとするが、一考が纏めて洗うというと、太郎はそのまま新聞に軽く目を通して二階に上がった。一考は、ゆっくりと食器を洗い、テーブルの周りを掃除する。その間、雅子は、既に始まっている実業団駅伝にそっと目を遣っている。テレビの音だけが、無機的に響いていて、リビングは静かで、落ち着いた空間保っている。
 一息ついた一考は、思いついて買いものに出掛けることにした。朝方の自分の寝過ごしで、汚してしまった紙パットの予備を用意して置こうと思ったからである。紙パットは事前に購入していたのだが、それが、施設で使っているものより小さ目のものなので、昨夜のことを思い、やはり、大き目の方が安全だと考えた。とにかく、その大き目のパットのしっかりとした効果で、実質的な被害が出ずに収まった事実は貴重だった。もう一晩泊まることを考えれは、やはり、同じものを容易しておくことは大事な準備である。
 そんな訳で、今年初めてのドライブということになるのだが、一考が家を出たのは9時半近くになっていた。近江神宮に通じる参道に出ると、参拝に向かう車で、上り車線では、既に車の渋滞が始まっていた。
 一考は、いつも買い物に行くスーパーに行くつもりでハンドルを握って家を出たのだったが、その参道に出ると、一考の気持ちが変わったのである。それというのは、そのスーパーにその大きなサイズのものがあるか、ないかで不安を思い始めたからである。それなら、一層のこと、施設まで一走りし、そこに置いてあるのを持ってくればいい。そう考えると、一考は、急遽、行く先を変更し、そのまま施設に向かった。
 さすがに、北に向かう道は空いていた。お天気はスッキリしない曇天だったが、寒さはそれほどでもなかった。空いた道をすいすしと走るのは結構気持ちがいい。結果的には、いつもよりも相当に早くアクティバ琵琶に到着した。玄関には、門松、しめ縄などが飾られていて、お正月の雰囲気が充分に漂っていた。玄関を入って受付に顔を出すと、驚いたという訳ではないが、介護部の責任者である桑田係長自らが出勤しておられたのである。新年早々の係長自らの出勤に恐縮して、少々慌て気味に新年の挨拶をした。そう言えば、この桑田係長は、前年の夏の人事異動で、前任者の桜井係長が旧舘の自立棟に移動され、その後を引き継ぐ形で主任から昇格されていた。桜井係長には、一考が惹かれていたこともあって、その移動には、少し寂しく感じていたのである。
 そのことはともかく、桑田係長に挨拶を終えた一考は、そのまま4階のリビングに向かった。館内は、静まりかえっていた。(以下、明日に続く)

778 滋賀県のあれこれ

 4時半起床、体重は58.0Kg。(1月度の平均体重は、58.3Kg)外は霧雨。昨日の雅子は、前日と変わらない症状で、一生懸命に頑張っていた。

 早いもので、今日から2月である。気分一新といきたいが、世界、日本を取り巻く環境は、100年に一度という危機、不安の中にあって変わり映えはしない。じっと堪えて待つしかないのか、今こそ思い切った政治の力が必要だといえる。
 そんな中で、今朝のニュースでは、麻生総理がダボス会議で元気な演説をぶって気を吐いていたようだ。国内での不人気の鬱憤を晴らしているのかもしれない。
 さて、今朝は久し振りに、我が滋賀県の話題を取り上げてみたい。総務省が30日に都道府県別の人口移動報告を行なった。それによると、2008年での人口の転入超過数がプラスになったのは、僅かに6都県で、滋賀県は堂々の6位を確保し、そのプラスの仲間に入っている。上位のベスト5は、東京、神奈川、千葉、愛知、埼玉の順である。しかし、この6都県も、前年に比べれば、その流入人口は減少していて、都市圏への人口流入は鈍化傾向にあるようだ。いずれにしても、滋賀県は大阪経済圏の一旦をしっかり担っていると言える。
 一方、いわゆる、地域ブランド力について、日経リサーチが1月28日付けで、その調査結果を発表した。地域名称や名産品がどう認識されているかの調査結果である。その結果は、総じて言えば、残念ながら、滋賀県の低迷振りが浮き彫りになっている。
 具体的な結果だが、都道府県別では、滋賀県は全国で29位と芳しくない。それでも、前年の38位からは前進している。ベスト3は、北海道、京都、沖縄の順で、前年と変わっていない。東国原英夫知事が頑張っている宮崎県は、前年の28位から15位に躍進していて、さすがだといえそうだ。
 旧国名でのイメージだが、琉球、讃岐、伊勢がベスト3を占めていて、滋賀県では、近江が30位、甲賀が45位である。また、都市別では、札幌、函館、京都がベスト3で、滋賀県勢は全く振るわず、草津が61位、以下、彦根、92位、甲賀、149位、近江八幡、162位で、我が大津は186位に甘んじている。
 一方、観光地では、全国のベスト3が、祇園、博多、浅草であるのに対し、滋賀県では、比叡山(滋賀、京都)が36位、琵琶湖が38位、安土が114位で、これまた大したことはない。彦根城を世界遺産に申請しようという動きがある中で、彦根の名前が見当たらないのも寂しい。
 それでは、スポーツではどうかと視点を変えてみたが、年末に行なわれた高校駅伝、年始に行なわれた都道府県別駅伝でも、今年の滋賀県勢の順位は、例年並みで真ん中以下の芳しくない順位だった。ここでも冴えない実績である。そんな中で、今年のセンバツには、21世紀枠に選ばれた彦根東高校が出場する。56年ぶりの出場だ。県下随一の文武両道に優れた公立高校で、大いに頑張って滋賀県の名を上げて欲しい。なお、半世紀前に出場した大会では、熊本の済々黌高校と対戦し4-0で敗れている。今朝のダボスでの麻生総理の演説振りではないが、是非、そのリベンジを果たし、半世紀ぶりに鬱憤を晴らして欲しい。

2.連載、難病との闘い(743) 第三部 戦いはまだまだ続く(40)
  第二章 お正月、自宅介護で大わらわ(18)

(2)一年ぶりの自宅(その12)
 トイレを終えると、いよいよ着替えを始める。下半身はベッドに寝かせたまま対応する。それが終わると上半身の着替えだが、これは雅子を車椅子に移して行なう方がやり易い。正月と言っても、特別な衣装を着せる訳でもなく、肌着は取り替えるが、セーターやカーディガンは施設で着ていたものである。とにかく手足はもちろんのこと、身体が動かせないので、辛坊強く一つ一つの作業をゆっくりと積み重ねてゆく。まるで、昔の子供の遊びの着せ替え人形の要領と同じだ。雅子本人に痛みを与えないように、なるべく丁寧な作業に心掛けるのである。そういう意味では、介護という仕事は、大変忍耐を必要とする作業で、介護を受ける人の立場を思いやった優しさ、思い遣りが大事な仕事であると、一考はつくづく思うのである。こうして、着替えを終えると、車椅子に乗っている雅子をリビングに移動させた。
 施設の生活では、毎朝、起きがけに飲み物サービスを行なっている。ポカリスエットをトロミ剤で粘調にしたものをスプーンで食べさせるのである。胃の活動を活性化する意味もあるようだ。それにならって、一考も同じ飲み物サービスを行なった。喉が渇いているようで、それなりにうまそうである。何故、ポカリスウェットなのかといえば、特別な意味はなさそうで、たまたま施設で定番のようにしていたからで、雅子も、幸いそれが気に入っているようである。
 それを終えると朝食である。早速、その準備に取り掛かるが、お雑煮と云うわけにはいかず、ヨーグルト、卵のスクランブル、おかゆ、それにコーンスープといった流動食でごまかすことにした。それでも、雅子は一生懸命になってそれらを飲み込むように食べてくれる。この段階で、時刻は8時近くになっているが、長男の太郎はまだ起きて来ていない。
 とにかく、朝食らしきものを食べ終わると、お薬、口洗い、洗顔、そしてトイレといった具合に一つずつ段取りを進めて行く。トイレは、車椅子で一旦寝室に戻り、そこで横になってもらって下着をおろすというそれまでの同じ手順で便座に座らせる。今度は、しっかりとおしっこをしてくれたので一安心だ。終わると、先ほどの逆の手順で服装を整えて車椅子に移し、再びリビングに戻って備え付けの椅子に座る。これで、取り敢えずは、朝の部の介護は一段落となる。
 その頃になって太郎が起きてきてシャワーを使い顔を洗い始める。そこで、二人のお雑煮を用意する。といっても、お餅をレンジで軟らかくして、用意してあるスープに入れて煮るだけだ。それに、おせち料理のセットを並べると準備完了である。息子と父親の二人の元旦の食事が始まる。久し振りの二人の食事だが、前夜と同様に互いに口数は少ない。それでも、意は充分に通じ合っている(以下、明日に続く)

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