プロフィール

相坂一考

Author:相坂一考
滋賀県大津市出身
07年1月に推理小説「執念」を文芸社から出版
14年7月に、難病との戦いを扱った「月の砂漠」を文芸社から出版

このブログは3部構成です。
 1.タイトルへの一言。
 2.独り言コラムで、キーワードから世の動きを捉えようと試みる。
 3.プライベートコーナー
   (2015-06-03に修正) 

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989 政権奪取

 一つの党が、308議席を獲得したのは、日本の総選挙史上最高の記録だそうだ。

1.独り言コラム
 今朝の毎日新聞は2ページの見開きで「民主308、政権奪取」「自民政治に終止符」と大きな活字が躍っている。かくして、棚ぼた式で「鳩山由紀夫内閣」が誕生することが決まった。
 ほぼ事前の新聞各紙の調査結果通りだったとは言え、いざ、その通りの結果を見せつけられると唖然とする。自民党が、若しかしたら、100議席割れもと懸念されていたが、何とか3桁の数をキープはできたものの、今後の再建は茨の道だ。
 民主党は奢ってはいけない。これは国民が自民党政治に嫌気がさした結果であって、民主党の政治家、政策に魅力があると判断した結果ではない。あくまでも、国民が選んだのは、一度、民主党にやらせてみようという、「歴史的な実験」だと解釈すべきである。
 それにしても、前回の郵政選挙もそうだったが、国民の雪崩現象的な投票行動に、筆者は驚きを禁じ得ない。もう少し、アナウンス効果や前回の学習効果が出て来るのではと見ていたが、そんな甘い見方が打ち消された凄い雪崩現象だった。
 大物の落選者の中には、自民党の海部俊樹元総理、山崎拓元総裁、久間章生、中川昭一といった大臣経験者が、公明党では、大田昭宏代表、北側一雄幹事長、冬柴鉄三元幹事長、更には国民新党の綿貫民輔代表などが揃って落選した。戦場に横たわる落ち武者のようで、如何にも哀れを感じさせる。自民党の復活はあるのだろうか。
 復活といえば、マリナーズのイチロー選手のことが気になるが、日本時間の今朝行なわれているロイヤルズ戦にも出場していない。心配だ。

2.プライベートコーナー
 4時半起床。体重、60.9Kg。外は曇り空。
 昨日の雅子だが、相変わらずで、熱、痰、下痢の三重苦が続いていて気の毒だったが、加えて、胃ろう(胃に直接付設したチューブ)の付け根からの漏れが酷くなっている。とりあえず、その使用を一旦中止し、今日、医師の点検を受ける。心配事は絶えない。

3.連載、難病との闘い(954) 第三部 戦いはまだまだ続く(248)
  第六章 アウエーでの厳しい闘い(43)

 2.敵は本能寺(22)
  (3)関が原(その3)
 この日、手伝いに来てくれていた雅子の長姉の霧子さんは、転院が滞りなく無難に終ったのを確認して、4時頃には病院を後にされた。一考は、その後も暫くは居残って雅子の様子を見守ることにした。
 この日の雅子の夕食に相当する栄養剤の投与は、5時頃から開始された。琵琶湖大橋病院での内容と同じようなものが使われているようで、見た目には少しも変わったところはなく、同じようなスピードで滴下されていた。
 かくして、雅子の転院の第一日目は無難に過ぎて行った。とにかく、あれやこれやで、雅子も大変だったろうが、一考にとっても、心身ともに疲れた一日だった。
 その翌日、一考が病院を訪ねたのは11時前である。この日から、それまでの車での通院ではなく、電車での通院となった。それでも、自宅から最寄駅である大津京駅までは、途中までは車を使った。自宅から通して歩いても10分程度の距離なのだが、最近はその程度でも疲労感が強く、駅の近くのスーパーまで車で行って、そこで駐車しておいて駅まで歩くことにした。そうすることで、歩く距離が半分程度に減らせられるので、少しは身体を楽にすることが出来た。有難いのは、このところ、そのスーパーが駐車場を無料開放してくれていることである。
 ところで、この吉田病院での面会の時間だが、琵琶湖大橋病院と同様に時間制約がある。ウイークデイが2時から20時まで、土日祝日は11時から20時となっていて、それ以外は、特別面会の了解を得る必要があるという。琵琶湖大橋病院では、相当に融通が利いていて、何時に行っても実質的には自由に出入りが出来ていたが、この吉田病院では、その辺りはうるさく管理されているようだった。一考は、自分の場合は、一般的なお見舞いと云うよりも、じっと傍にいて見てやる付き添いに相当するものだと位置づけているのだが、その辺りの区別はつけられていない。
 この日が実質的に初めてのお見舞いになる一考は、時間外であることから、ナースステーションの窓口で、特別面会票を受け取った。その際に、雅子が、ちょうど各種の検査を受診中で、今は、部屋にはいないと、その看護婦さんが教えてくれた。(以下、明日に続く)
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988 お手並み拝見

 お手並み拝見という言い方には、期待を込めていうこともあるが、どちらかと言えば、悪意が込められている場合が多いのではなかろうか。

1.独り言コラム
 筆者の「笑顔を見たくない3人」のメンバーは、今年になって、2度も入れ替えを行なった(878.856回を参照)。そのリストから外した一人が小沢一郎民主党代表代行なのだが、同氏の笑顔が、今夜はふんだんに大きく取り上げられる。リストから外しても面白くない気持ちには変わりない。今日、投開票の第45回総選挙は、民主党の大勝は決まっていて、結果への興味は乏しく、残る興味は、自民党がどの程度の議席を確保するか、それにどれだけの大物議員が落選するかである。
 事前の調査では、前回の選挙以上の大差で民主党の勝利ということになりそうで、その意味では、歴史の大きな変わり目になることは確かであろう。小沢一郎氏の政治資金に関するスキャンダルで、棚ぼた式に総理の座を獲得することになる鳩山由紀夫には、鳩山家の伝統が守れて、笑いが止まらないはずだ。これは、あくまでも、自民党の体たらくが生み出した世論の流れが作り出したもので、鳩山由紀夫代表の手腕を買ったものではない。
 とにかく「一度民主党にやらせてみようじゃないか」と云う世論の結果である。これは、言って見れば、国民の安心と安全を賭けての歴史の実験を試みるような大きなギャンブルであって、不安は計り知れないほど大きいと言える。それだけに、お手並み拝見といった安易な気持ちになってはいけないのだ。
 恐らく一年以内に、小沢一郎の豪腕によるカリスマ性が発揮され、同氏の傀儡政権であることが露呈してくることは必至である。そう考えると、果たして、国民の期待に沿う政権運営がされるかどうかは大いに疑問である。しかし、ここまで来ると、当面は手の打ちようがなく、「民主党様のお手並み」を拝見させてもらうしかない。
 ところで、今朝の報道によると、新型インフルエンザで国内7人目の死者が出た。じわじわとその恐ろしさが日本全土に拡大しつつある。鳩山新政権が、さし当たってこの課題にどんな対応を見せるのかも、不適切な言い方かも知れないが、これは具体的な施政でのお手並み拝見である。
 さて、挑戦にはいろんな不安が付きものなのだが、マリナーズのイチロー選手が、このところ脚を痛めたため、ベンチを暖めていて試合に出ていない。報道では、ほとんど治ってきているようなのだが、まだ出場のOKが出ていない。監督の優しい配慮なのか、或いは若しかしたらちょっとした意地悪なのか。言い方は不適切かもしれないが、筆者には、そんな不安が頭をかすめている。
 何しろ、アジアの島国の選手に、米国の国技と云うべき野球において、前人未到の大記録を創らせることを快く思っていない米国人も少なくはないだろう。シーズンの出だしの8試合が故障者リスト入りで出遅れたが、それを今までにない頑張りで乗り越えて来た。しかし、ここに来て、夢の達成を目前にしての欠場続きである。目下5試合連続欠場で、今日も出ないという情報だ。イチローと言えど、精神的な焦燥感がないとは言えないだろう。大記録達成への不安が頭の中でうごめき始めているかもしれない。しかいs、何と言っても、世界のイチローだ。厳しい試練だろうが、いい意味でのお手並み拝見である。朗報を待つことにしよう。

2.プライベートコーナー
 4時半起床。体重、60.6Kg。曇り空
 雅子は、昨日も、熱、痰、下痢の三つの苦しさに苛まれていた。先生の話では、熱については、ここに来て抗生剤の効果が徐々に出て来ているという。一方、下痢に対しては、栄養剤に下痢止め薬品を添加で様子を見るという。なお、ここに来て気掛かりなのが、胃ろうの付け根からの漏れが見られることである。

3.連載、難病との闘い(953) 第三部 戦いはまだまだ続く(247)
  第六章 アウエーでの厳しい闘い(42)

 2.敵は本能寺(21)
  (3)関が原(その2)
 細かい事務的な作業、手続きが終って、ほっと一息ついた一考だったが、持ってきた荷物の整理をしようとして、それを置くスペースが琵琶湖大橋病院に比べて、かなり狭いのに気付いた。
 幸い、この時点では隣のスペースが空いていて、二人分のスペースが使えたので、さし当たっては、空いているところに荷物を置いた。新しい方が入って来られるまでは、そのまま様子を見ることにした。琵琶湖大橋病院と同様に、スペース間はカーテンで仕切られる仕組みであり、フレキシブルな境界なので、多少のことは融通が利いて、何とかなりそうだった。
 暫くすると、この日のこの大部屋の担当の看護婦の細川由美さんが来られた。健康そうな体つきの真面目そうな方である。雅子のベッドが、他の方のものとタイプが違っていることに気付いて聞いてみると、雅子には、エアーマットを使用しているというのである。お尻に傷が出来ていたことを配慮し、また新たな床ずれを防止するためだという。「なるほど」と思いながら、両病院間でうまく連携されていることに感心するのだった。
 3時頃になって、雅子の手術を担当される先生の紹介を受けた。まだお若い先生で名前は三井修先生(仮名)という。少し大きめの顔で、精悍さが溢れている真面目そうな先生だった。三井先生からは、神経内科の春日先生とも連携を取って対応するということだった。そして、手術の具体的な日程については、改めて行なう検査結果を踏まえて決めるが、できるなら、なるべく早い段取りを組みたいということだった。
 この日で、手続きなどで建物を上がったり下がったりしていて気が付いたのだが、この吉田病院では「4」という数字が使われておらず、雅子のいる6階と呼ばれている階は、実際には5階であることが分かったし、病室も、例えば604はなく、603号室の隣は605室になっている。日本の病院なら、その辺りの善悪は別として、何処の病院もそうなんだろうが、一考の気持ちは、この科学の進んだ時代であるのにという、ちょっとした複雑な心境だった。(以下、明日に続く)

987 ノルウェイの森

 大作「1Q84」でまたヒットを飛ばしている村上春樹さんだが、筆者は、遅ればせながら、昨日、その前の大作「ノルウェイの森」を読了した。

1.独り言コラム
 一昨日の日本テレビ系列の夜の番組「サプライズ」や昨日のコラムニスト勝谷誠彦氏のブログで、夏休みの宿題になっている読書感想文の必要性が話題になっていた。もちろん、国民の多くはその必要性に「イエス」だとしている。筆者も聞かれれば、イエスと答えるだろうが、今までに、その種の感想文をきちんと書いた記憶は乏しい。
 そこで、今朝は、それに挑戦してみたいと思う。最近は、雅子に付き添う生活がメインであって、その間の暇な時間や病院での待ち時間などを読書時間に当てているのだが、タイミングよく、村上春樹の「ノルウェイの森」を、昨日、読了したので、それについての感想である。恥ずかしながら、村上春樹さんの作品を読んだのは、今回が初めてだった。
 この作品は、もう12年も前の作品で、1000万部も売れた超ベストセラー作品だったが、今頃になって読んだのは、いささか焦点ボケであることを断っておこう。
 さて、感想を一言で言えば、「なかなか読ませてくれた面白い作品だ」ということである。まず、中味ではなく、そとづらで驚いたことが幾つかある。先ずは、そのタイトルである。てっきり、ノルウェイが舞台だと思っていたのだが、まったくそことは関係なく、純粋な日本を舞台にしていたことである。また、主な登場人物が8人と限られていて、中味がすっきりしていること。加えて、フルネームで登場しているのが、主人公のワタナベトオル、それに大学の友人小林緑、ヒロインの心のカウンセラー役の石田玲子の3人だけで、それ以外のヒロインの直子、その幼い時からの友達のキズキ、先輩の永沢、その恋人のハツミさんはフルネームは紹介されていない。また寮生活でワタナベの同室の相方にいたっては、突撃隊と称しているだけだ。分かりやすいといえば分かりやすい構成だ。
 内容面では、若い男女のセックスの場面がふんだんに出て来ててんこ盛りだ。特にワタナベ君が先輩の永沢さんとの夜遊びで、女性をいとも簡単に手に入れるようなくだり、中でも、夜明けの喫茶店で、偶々彼氏に裏切られた女性と出会い、そのままホテルでのセックスで、その女性がものすごく燃えるのたが、翌朝、ワタナベが起きると、メモも残さず、そのまま姿を消していたという一夜の出来事は面白く、筆者のその時代の生活に比べて雲泥の差があって、凄く羨ましく思えた。同時に、ヒロインの直子さんやミドリさん達が、それぞれ、かつての恋人であるキズキさんやワタナベ君に、手などで処理してあげるといった行為が、すんなりと出て来るが、若い女性が、そんなことを覚えた背景、経緯に強い興味を持多ざるを得なかった。
 今の自分の境遇に照らし合わせて、幾つかの印象に残る表現があったが、その中でも、心の病で悩む直子に対するカウンセラー役のレイコさんの次のセリフが、一考が大いに共鳴した部分だ。
 「気長にやるのが一番です、絡み合った糸をひとつひとつほぐしてゆくのです。事態がどれほど絶望的に見えても必ず糸口はあります。周わりが暗ければ、じっと目がその暗闇に慣れるまで待つしかありません」
 3人の自殺者がでることで、物語は盛り上がって行くのだが、少しイージーな展開なのが、少し興ざめだったことも事実である。
 そして、この小説の核になっているのが、「死は生の対局にあるのではなく、我々の生のうちに潜んでいるのだ。我々は生きることによって、死を育んでいるのだ」という哲学的な思考のくだりであろう。この部分は、なかなか味わい深い部分であって、ここでも、筆者は大いに共鳴したのだが、その一方で、「あの世とこの世との回線は結ばれていない。心の中での繋がりは生きていても、二人が直接に会話が出来ない現実を思うと、やはり生と死は別世界であって、対極と捉えるのが自然だ」いう現実に戻ってしまうのである。
 今朝は、そんなことで、つまらないコラムになってしまったのことをお詫びしておこう。

2.プライベートコーナー
 5時起床。体重、60.7Kg。外は曇り空。
 雅子は依然として熱、痰、下痢に悩まされている。これは、入院時の症状と本質的には変わっていない。夕方にK先生から話を聞いたのだが、まだすっきりと原因が究められておらず、早期の回復は容易でない状況にあるという。雅子には、気の毒だが、頑張ってもらうしかない。昨日は、ほぼ一日中眠っている状態だった。

3.連載、難病との闘い(952) 第三部 戦いはまだまだ続く(246)
  第六章 アウエーでの厳しい闘い(41)

 2.敵は本能寺(20)
(3)関が原(その1)
 ほぼ予定通り、午後2時少し前に、雅子を乗せた車は吉田病院の前に到着した。心配していた大きな揺れもなく、気になっていた雅子の痰の発生もなく、何らこれと言ったトラブルもなく無難な到着だった。
 吉田病院の前は、いつもそうなのだが、救急車を長く駐車させておくスペースがないことで、てきぱきした速やかな対応が必要だった。一考は、後ろのドアが開けられると直ぐに、4つの荷物を降ろしに掛かった。先ずは、降ろした二つの荷物を見ててもらって、再び車に戻り、残りの2つの荷物を降ろした。その直後に、雅子の乗ったストレッチャーも運転手と付き添いの方の二人によって降ろされた。
 病院に入る受付のところで少し待たされたが、間もなく、6人が定員の6階の大部屋に運ばれた。雅子の乗ったストレッチャーは、廊下から入った右側に空いていた二つのスペースのところに運び込まれた。受け取る吉田病院側と搬入した琵琶湖大橋病院との間で受け渡し作業が始まり、直ちに、雅子をストレッチャーからベッドに移す作業に入ったのだが、この時に、一つアクシデントがあった。雅子のオムツが汚れていたのである。車による長い揺れの繰り返しが影響したのであろう。吉田病院側で、そのためのおむつ交換の作業が行なわれた。一考と霧子さんは、その様子を少し離なれたところから、心配げに見守っていた。
 それが終ったタイミングを捉えて、琵琶湖大橋病院から預かって来た資料やメモの類を手渡した。こうして、両病院間の引継ぎが終ったのは2時半少し前だった。
 その直後に看護婦の責任者である出野婦長から挨拶を受けた。姉御的なすっきりした性格の方のようで、引継ぎに際しては、てきぱきとその場を仕切っていたのが印象的だった。彼女には、琵琶湖大橋病院の看護主任から預かって来た手紙を手渡した。同時に、彼女からは、幾つかの病院に関する資料を受け取った。それらは、各種手続きやサービス、当該病院での注意事項などの説明書と病院の案内やプロフィール資料だった。この後、直ぐに正式な入院手続きを行なったが、ごく簡単な手続きで直ぐに完了した。かくして、雅子は吉田病院の管理下に行かれることになったのである。(以下、明日に続く)

986 島田紳助が選挙特番に

 マルチタレント、島田紳助の活躍は目覚しい。しかし、あのスピーディーなしゃべくりが売り物だけに、年齢的に見て、今がMaxの状態だと見ているが、…

1.独り言コラム
 いよいよ選挙戦も大詰めである。今朝の読売系列の世論調査でも、民主党圧勝の流れは変わっていない。30日夜の8時前後からテレビの各局では選挙特番が始まる。各局がそれぞれのキャスター、解説者、コメンテーターを配置してこの特番に臨む訳だが、そのメンバー達に大いに関心を持っている。
 日本テレビは、前夜からの24時間テレビがあって、そのスタート時間が9時からと少し遅れを取るが、今年も島田紳助を起用するという。正直言って、前回の実績を見る限り、筆者は、同氏の起用が成功したとは見ていなかった。しかし、日テレが今年も起用するというから、それなりの評価をしているのだろう。
 かつては、この政治分野でも10年間に渡って、テレビ朝日の「サンデープロジェクト」であの田原総一郎さんと組んでアシスタントを務めた実績はあるが、どちらかと言えば、得意な分野ではないはずだ。しかし、そこにも顔を出せる力があるのは大したもので、恐らく、それなりに勉強はしているのだろう。
 漫才師からスタート、バラエティーの司会、そして作詞、楽曲のプロデュース、番組のプロヂュース、更には、最近になって、京都市特別観光大使ということで、「平成の新撰組」と称するスター軍団を世に送ろうとしており、その活動の巾は目覚しい。早口で捲くし立てるトーク、そこには、卓抜した頭の回転力の良さが垣間見える。
 驚くべき事は、この他にも、喫茶店、すし屋などの事業にも手を出している。先日、ある番組で、事業も芸能の世界での戦いに相通じるものがあると哲学的なことを語っていたのが印象的だった。
 少し前の話題だが、読売テレビの「ミヤネヤ」という番組が「自分がなって見たい有名人」という調査を小学生に実施したところ、島田紳助氏が2位に入っていた。因みに1位がイチロー選手、3位が木村拓也だったが、小学生までが、島田伸助氏の頭の良さを見抜いている訳で、そんなところでも驚いてしまう。
 ただ、5年程前に、吉本興業の女性社員を殴って一時謹慎したことがあったが、今までの同氏の言動からは考えられない行為なのだが、かつては暴走族時代もあって、そんな影の部分が存在していると、それが同氏の命取りになるかもしれないという不安がある。
 近くの京都の大谷高校出身と云うこともあって、大いに親しみを感じていると同時に、その多彩な能力に注目しているタレントである。さし当たっては、今一度、選挙特番での活躍(?)に注目してみよう。

2.プライベートコーナー
 4時50分起床。体重、60.3Kg。天気は曇り空?
 この日の雅子も、前夜から発熱(38,2度)していて、午前中はずっと苦しそうな状態だった。10時前にX線検査を受けた。
 この日の午後は、吉田病院(仮名)への通院日で、一考が一人で春日先生に会って、再度入院したことを伝えて、そのことを配慮したお薬を受け取った。急いで琵琶湖大橋病院に戻ったが、待ち時間が長かったこともあって、時刻は5時を過ぎていた。最近のいつもの傾向だが、午後に入ってからは、熱も少し下がり、この時点では37度になっていて、顔色も少しはよくなっていた。
 なお、一考の不在中の午後に、一考の3人の姉妹が見舞いに来てくれたようだが、先の実姉の霧子さんの家族の場合と同様に、事前連絡もない突然の見舞いが続き、一考としてはあまり面白くない。連絡するのは、エチケットだよ。

3.連載、難病との闘い(951) 第三部 戦いはまだまだ続く(245)
  第六章 アウエーでの厳しい闘い(40)

 2.敵は本能寺(19)
 (2)転院(その12)
 慌しい移動が開始された。本人の雅子をストレッチャーに移す作業が始まると、一考は、残っていたタオルなどを紙袋に詰め込んだ。こうして、一考が運ぶ荷物は、4つの鞄や袋に纏まった。部屋を出る際に、その場にいた何人かの看護婦さん達が見送ってくれたが、その何人かは、エレベーターのところまでついて来てくれた。
 そんな中で、その日の担当の看護婦さん(湯浅智子さん)が、一考が持っている4つの大きな荷物を見ると、手早くその二つを引き取って持ってくれた。そして、1階の玄関口まで一緒になって運んでくれたのである。車は、その玄関口に着けられていて、運転手と付き添いの方で、雅子の乗っているストレッチャーを車の中に運び入れて、それの固定が終ったのを確認してから、4つの荷物をその空いたスペースに運び入れた。そして、一考は、最後まで荷物運搬を手伝ってくれた湯浅智子看護婦さんにお礼を言って、自らも車に乗り込み、そのストレッチャーの脇にある横向きの椅子に腰を下ろした。慌しい出発間際の段取りだった。ドワが閉まり、車が動き出しても湯浅さんが、しきりに手を振ってくれていた。一考の頭の中には、大変だったこの入院中の思い出が、しみじみとした名残惜さとなって思い出されるのだった。
 かくして、運命のいたずらではないが、雅子は、自らが探し出し、今でも定期的に通院している吉田病院に転院のための、新たな旅立ちとなったのである。車はゆっくりと病院を出ると、間もなく国道161号線から湖西バイパスに入るべく右折した。一考は、その遠心力で雅子の身体がずり落ちないようにと、雅子の身体を手で支えてやるのだった。
 小刻みに揺れる車の振動を受けながら、雅子は、じっと目を瞑ったまま無表情な様子だった。救急車で琵琶湖大橋病院に運ばれた際も、こんな形で運ばれてきたのだろうと一考は考えていた。
 一考の心配は、吉田病院に到着するまでに、痰が出て来て困るのではといった不安もあったが、その必要がないまま時間が過ぎて行ったのは幸いなことだった。走っている道は、毎月の定期診断時に、一考が雅子を乗せて走る通い慣れた道ではあったが、ストレッチャーでの移動での雅子の気持ちは、きっと複雑なものだろうと一考は考えていた。車は、バイパスから五条通に入り、ゆっくりと走り続け、やがて東山隋道のトンネルを通り抜けた。(以下、明日に続く)

985 命ある限り

 死ぬまで頑張るというのは大事な姿勢だが、夢が伴わない頑張りは、見ていて気の毒になってしまう。

1.独り言コラム
 蝋燭は消える少し前に、その炎が大きくなって明るくなるという。北朝鮮の金正日の最近の写真では、その顔が極めて柔和になっているのが目につく。特に、クリントン元米国大統領の訪朝以降で、それが顕著となっていて、その外交姿勢も対話路線に変わって来ている。元気を回復したのか、或いは死が近づいて来ているのか、今のところ、その見分けがつかない。春日八郎のヒット曲「お富さん」の「死んだはずだよ、お富さん。生きていたとは、お釈迦様でも、…」の歌詞が甦ってくる。
 麻生さんも頑張っている。選挙戦も、残りが今日を含めて4日だ。各紙の直前の調査で超劣勢が報道されているが、それを気にするような照れもなく、懸命に国民に呼び掛けを続けていて、なかなかの頑張りである。この映像を見ていて、大津美子の「ここに幸あり」の三番の「命の限り呼びかける。谺の果てに待は誰」という歌詞が浮んで来た。
 同じ頑張りでも夢があるのが、テニスのクルム伊達の頑張りである。一旦引退し、10年以上のブランクを経ての現役復帰という離れ業で頑張っていて、目下全米オープンへの本線出場を目指しての懸命の頑張りが続いている。
 神様は、これらの「ニュースな方々」に、どんなストリーを用意しているのだろうか。 
 さて、もう賞味期限が切れたと思っていた酒井法子、押尾学の覚せい剤事件は、今でもなおワイドショーの目玉で生き残っている。ここに来て、漸く全貌が明らかになって来ているようだが、小出しにされる意外な情報が、この話題の命を支えているようだ。
 ところで、厄介なのが新型インフルエンザの復活だ。一旦治まってはいたが、死んでいたのではなく、秋には再流行と言われていたのが、少し早目に動き始めたようだ。今朝の報道では、名古屋で日本人では4人目の死者が出たという。今後の大流行が心配だが、ここで政権が移行することになる訳で、その対策ではぬかりのない様にしっかりした引継ぎを行なってもらいたい。
 とにかく、この風邪は、死を呼び込む恐れのある難敵だけに、その対応策は極めて大事である。民主党新政権は、どんな対応を見せてくれるのだろうか。年金問題で手腕を発揮した長妻昭、新厚生労働大臣(?)は、野球で言えば、まさに無死満塁のピンチでの登板となろう。腕の見せ所でもあり、新政権への力を問う試金石でもある。言ってみれば、民主党にとっては、最初にして失敗の許されない厳しい試練の場を迎えるといえよう。ここでは、小林旭のあの「ついて来るかい、何も聞かないで、ついて来るかい、僕を信じて」の歌詞が浮かんで来たが、…。

2.プライベートコーナー
 3時20分起床。体重、60.6Kg。天気は悪くなさそう。
 昨日の雅子だが、熱がなかなか下がらない、夕方になって漸く平熱に戻ったが、恐らく、夜にはまた発熱しているように思う。昨日の朝から栄養剤の投与が胃ろうを通して再開された。現金なもので、数時間後には、今回入院して以来の初めての通じに繋がった。
 このところ、こちらからの呼びかけにも、その反応がと乏しくなっていて、なんとなく心の繋がりが細くなっているようで、ちょっとした寂しさを覚えている。友人からのメールには、少し反応してくれた。

3.連載、難病との闘い(950) 第三部 戦いはまだまだ続く(244)
  第六章 アウエーでの厳しい闘い(39)

 2.敵は本能寺(18)
 (2)転院(その11)
 ちょうど正午の頃に、この病院での最後のお薬の服用があった。もちろん、鼻からのチューブを通しての服用だ。その後、間もなく気になっていた請求書も届けられた。一考は、どの程度の費用が掛かっているのかが分かっておらず、現金の準備が覚束なかったことから、前日に受付でカードでの支払いも可能だと確認していた。しかし、その請求書を見て、思っていたよりも安い額にほっとするのだった。これなら、施設に居るよりも安上がりであり、このまま入院している方が経済的には有難いと思われるレベルだった。一考は、急いで支払い済ませて部屋に戻った。
 間もなく、K医師からの先方の担当医への手紙、看護婦さんからは先方の看護婦さんへの連絡メモ、更にはCT写真も貸与の形で手渡された。一考は間違えないように、それぞれを持って来ていた鞄や袋に詰め込んだ。
 いよいよ転院の時間が迫って来ていた。一考は、改めて緊張しながら、最終的な荷物の準備を完了し、車の到着を待った。
 頭の中には、この20日間に渡って過ごしたこの病院での諸々のことが思い出されて来た。病気などで苦しむ弱者にとっては、仮令それがお仕事だということであったとしても。心のこもった優しさを頂戴するのは、大変嬉しく有難いものだということを思うのだった。介護、看護に当たってくれた方々の一人一人の顔を思い出されてくる。人間、苦しい時に受ける優しさが一番心を揺すってくれる。そういう意味では、治療の結果は別として、有難さを与えて頂いた貴重な期間だった。
 この病院での最後のオムツ替えやパジャマの着替えを済ませて、迎えの車を待つ。ある意味で、緊張のひと時である。
 そして、ちょうど1時頃に、ストレッチャーを持って二人の係りの方が迎えに来てくれた。(以下、明日に続く)

984 リスクの存在

 新しい技術の実用化に際しては、初期の段階では多少のリスクは避けられないこともある。昨日の地震の誤報もその一つかも知れない。

1.独り言コラム
 昨日の朝、緊急地震速報で誤報があった。関東で震度5弱の可能性があるという内容が伝えられた。これによって、地下鉄が一時ストップするなど一部に影響が出た。気象庁の発表では、エネルギーを5千倍に誤計算による単純なミスにだという。
 まあ、新しい技術が実用に供される場合には、あってはならないこととは言いながら、想定外のこともあって、多少の試行錯誤的なことが起きることもあろう。幸い、とんでもないアクシデントが起きたのではなかった訳で、「失敗は成功の母」だといった鷹揚な気持ちで、今回は受け取っておけばいいのではないかと思う。
 それにしても、該当地区のドコモ、KDDIの登録者全員に緊急の連絡が行なわれるという仕組みを知らなかったのだが、受け取られた方々は、その連絡にびっくりされたことだろう。あの辛口のコラムニスト、勝谷誠彦氏は、ちょうどその日のブログを書いておられた最中だったようで、このことを詳しく取り上げているが、それほどおお騒ぎすることもないだろう。
 さて、今朝の毎日新聞でスクープと思われる記事が一面トップを飾っている。それは、「精神疾患、血液で判定」という見出しで報じられている。発見者は大阪市大の関山敦生客員準教授で、精神疾患の有無を判断できる血液中の分子を発見したという。今までの問診や行動観察が主流だった精神科診療で、客観的な数値指標を診断に取り入れられたのは画期的なことではなかろうか。一日も早い実用化を期待したいが、ここでも、初期の段階では多少の試行錯誤的な段階があるかも知れない。取り敢えずは、精神疾患ではないという否定を打ち出す手法で実用化するのが無難だろう。その場合は、たとえ、間違った判断だったとしても、そのリスクはそれほど大きくないと思われるからである。
 なお、医学分野での新しい技術開発は、精力的に多岐に進んでいるが、筆者は、京大の山中伸弥教授を中心とする研究陣のあの万能細胞(IPS)の実用化に大いに期待している一人である。妻の雅子の難病治療には、これの応用しかない期待していて、たとえリスクがあっても、最初のトライが行なわれ際には、手を上げたいとさえ覚悟している一人である。

2.プライベートコーナー
 4時半起床。体重、60.6Kg。天気はまずまずの模様。
 昨日の雅子だが、依然として体温が37度台(Max,37.7度)と高めに推移。表情には今一つ元気がなかった。K先生が回って来られて、検査データ上は回復に向かっているという。体温が高い原因は、今一つはっきりしていないが、明日(つまり、今日)からは、栄養剤の投与を徐々に再開するという。その結果を見て、次なる対応を考えたいということだった。暫くは様子見が続くことになる。

3.連載、難病との闘い(949) 第三部 戦いはまだまだ続く(243)
  第六章 アウエーでの厳しい闘い(38)

 2.敵は本能寺(17)
 (2)転院(その10)
 いよいよ、転院の日を迎えた。一考は、前日から考えていた段取りで、少し早めの8時には病院に着いていた。キーポイントの一つは車の扱いである。雅子の移動は琵琶湖大橋病院の車で、一考も同乗して京都の吉田病院に向かうことになっている。そこで、翌日以降のことを考えると、車を自宅に戻しておく必要がある。とにかく、そういった細々した手配などのことが幾つかあって、抜けがあってはならないので、自分でやらなければならないことをメモって置いた。
 当初の話では、霧子姉さんに手伝って貰おうかとも考えていたが、霧子さんからは、吉田病院で待っているということだったので、全てを自分でやらねばならないことが、少し気掛かりだった。
 その朝、病院に到着すると、いつものように、その日のブログと日経新聞の私の履歴書を読んであげた。雅子はいつものように黙って聞いていて、何ら反応は示さなかったが、特に症状上での問題は認められなかった。そこで、持ってきた大きめの鞄や紙袋に、運ぶべき荷物を放り込み、その納まり具合を確かめた。
 そして、一息つくと、直ぐに車で施設のアクティバ向かい、それまでにお願いしていた洗濯物を受け取り、そのまま自宅に向かった。戻る途中、車を運転しながら、転院後は、吉田病院との地理的な位置関係から見て、これからは洗濯は自分でやらねばならなくなったことを思い、一考はその大変さを思うのだった。
 自宅に戻ると、簡単な朝食兼昼食を済ませで、車を自宅に置いて、電車で病院に向かった。徒歩で10分、電車で20分程度の距離である。堅田駅からタクシーで病院に戻ると時刻は10時半になっていた。それから暫くは落ち着かない時間を過ごすのだが、その頃でも、雅子の喉がごろごろしていて、看護婦さんに頼んで、痰を吸引してもらった。11時半になって改めて検温などの基礎データを計測してもらったが、体温が37.4度、血圧が122-98、酸素指数96、脈拍が82で、この時点でも熱があって少し心配だった。
 その後、タイミングを見はからって一階の受付に行って、保険金の支払い申請に必要な診断書の作成を申し入れた。10日間ぐらい掛かるという。経済的に厳しい生活を余儀なくされている訳で、少額の保険金でも大いに助かるのだ。因みに、一考にとっては、満期以外の保険金を申請するのは、今回が初めてのことである。(以下、明日に続く)

983 すんなりとは行かない

 夢の達成には紆余曲折はつき物で、なかなかすんなりとは行くものではない。それが、またそのドラマを盛り上げることに繋がる。

1.独り言コラム
 イチロー選手が夢の200安打まであと16本に迫っているが、昨日の試合でふくらはぎを痛めたようで、途中でベンチに引き下がった。ここに来ての最大の敵は怪我だと思っていたが、その心配が出て来ている。杞憂であって欲しい。
 一方、アースマラソンに挑戦中の間寛平さんだが、フランス、ルアーブルに上陸を果たし、ユーラシア大陸を走り出した第一日を終えた直後に、足の腫れで痛みがでて走れなくなり、目下治療中という。アメリカ大陸横断中でも同様なアクシデントはあったが、ブログを見る限り、今回は少し深刻そうで、医者の勧めもあって今日も休むようだ。10月2日にコペンハーゲン到着が当面の大事なターゲットなのだが、なんとか,,一日も早く走れうようにとその回復を祈っている。
 イチローと寛平さんという、共に大きな夢を追っている二人が、ほぼタイミングを同じくして、脚に故障という共通のアクシデントの発生は奇妙な符合である。やはり、すんなりとは夢は達成させてくれない。
 すんなり行かなかった最新の事例となっのが、昨日の夏の高校野球の中京大中京の優勝だった。6点の大量リードで迎えた9回表で、日本文理の猛反撃を食らい、あわや、同点という場面に追い込まれたが、辛うじて逃げ切って、10対9という大接戦で、47年ぶりの史上最多の7度目の劇的な優勝を飾った。
 ちょうど日本文理の最後の打者があわや同点打と思われる一打を放ち、あっと思った瞬間、ボールは三塁手のグローブに収まっていてゲームセットとなったが、筆者はその瞬間をタイミングよく通りかかった病院の待合室のロビーで見ていた。日本文理にとっては大変悔しい結末だったが、多くの選手には笑顔が見られたのが印象的だった。すんなり行かずにもつれたことで、このゲームは、紛れもなく球史に残る好試合に昇格した。
 さて、高校野球を見ていての筆者の楽しみの一つは、各校の校歌を聞くことである。なかなか印象深い校歌が多い中で、今回の優勝高の中京大中京の校歌の作詞は、あの有名な日本歌人の佐々木信綱さんである。古臭いといわれるかも知れないが、なかなか格調ある内容で好きだ。準優勝の日本文理の校歌もそれなりに面白い。
 雅子の付き人として、施設、病院通いで多忙な日々を送っていたが、幸いにも幾つかの高校の校歌を楽しむことができた。いくつかの味のある青春の思い出に相応しい歌詞に出会ったように思う。
 余談になるが、我が膳所高校の校歌もなかなかのものだと思っている。甲子園で耳にする機会は当分は訪れないだろうが、他校に比べても、引け劣ることはない重みのある立派な校歌だと思っている。特に、2番、3番の歌詞が好きだ。若し、校歌だけの全国大会があれば、かなり上位にランクされるのではないだろうか、と勝手に思い込んでいる。。
 今日は、そんなことで、思い切って、今回の優勝高、準優勝高と我が膳所高の三校の校歌(1番のみ)を並べておきたい。比較して味わうのも悪くはないのではと思う。

 中京大中京(佐々木信綱作詞)
   ここ八事山東海の 大都名古屋の東に 中京の名を負ひもちて 城と守る我が学の舎
   凛乎とかざす真剣味 見よ躍進の先輩の業績 

 日本文理(三浦勇助作詞)
   越後の平野 蒼穹はるか 夢呼ぶ風に 流れあり 青雲万里 翔ぶ彼方 
   四季の試練を 越え行かん ここに吾れ在り 日本文理高等学校

 膳所高校(校歌作成委員会)
   滉瀁の湖 日に映えて 霊峰青し 比良比叡 遙けく高き 白雲に 
   聳えて立てる 学び舎は われらが永久の 故郷ぞ

2.プライベートコーナー
 5時半起床。体重、60.5Kg。お天気は良い。
 昨日の雅子は、朝方は全く元気なく心配していた。特に右手の腕が冷たくなっていたし、体温は38度近くあって、血圧も平常よりかなり低かった。しかし、幸いなことに、夕方になってかなり戻って来ていて、右手の腕にも暖かさが戻り、体温も37度、血圧も正常に戻り、細めに目を開けてくれるまで回復してた。多分、抗生剤の効果が出てきたのではとみている。言って見れば、相変わらず、一喜一憂の日が続いているのである。

3.連載、難病との闘い(948) 第三部 戦いはまだまだ続く(242)
  第六章 アウエーでの厳しい闘い(37)

 2.敵は本能寺(16)
 (2)転院(その9)
 転院を翌日に控えた8月7日、一考はいつもと同じくらいの時間の8時半頃に病院に顔を出した。幸い、前日の帰り際にあった熱は下がっていた。9時過ぎに、担当のK先生が顔を出してくれた。前日の話では、この日もお休みと聞いていただけに、意外なことだったが、一考はほっとしたものを覚えた。どうやら、昨日の看護婦さんの今日も休みという情報は間違っていたようだった。
 K先生は、雅子の症状をチェックしながら、まあ、こんなところですかなあ」と言って一考の顔を見た。「熱が出たり、引いたりや痰が依然として減らないのが気になります」と一考が言うと、「痰は、唾液の飲み込みの際の誤飲によりもののようですね」とコメントされた。夏についてのコメントはなかった。
 さて、具体的に明日が転院となると何かとばたばたすることが多く出てきた。荷物を纏めることに加えて、紙おむつなどの新たな準備、保険金申請に必要な診断書作成依頼など細かなことが幾つかあった。一考は、雅子の付き添いの合間をぬって、一つずつ片付けることに務めていた。
 袖触れ合うも何かの縁と云うが、1週間程度といわれて入院したが、結果的は20日に及ぶ結構な入院期間となったことで、いろいろとお世話になった看護婦さんたちへの感謝の¥気持ちと同時に、別れに対するちょっとした切なさも芽生えていた。また、この大部屋で一緒に過ごした患者の親族の方々の中でも、特に言葉を交わした方々には、それとなく翌日に転院することを伝えていた。当然なことかも知れないが、それなりにお名残惜しい気持ちが少なからずあった
 知的で綺麗な方に弱い一考は、美貌の看護婦長の方が、読書には興味があるということだったので、今回の入院という縁を形にしたいと同時に自己PRを狙って、拙著「執念」を謹呈させてもらった。多分、有難た迷惑になると思ったが、一考一流の自己満足の一つだった。
 夕方になって、K先生が来られて、この日の朝に実施した血液検査の結果、エブリシング順調という報告をしてくれた。こうして、ここ琵琶湖大橋病院で、雅子は最後の一夜を過ごしことになった。(以下、明日に続く)

982 イベントのインターバルへの一考察

 イベントのインターバルの設定は、そのイベントの成否の鍵を握っていると思う。短過ぎては盛り上がらないし、長過ぎては飽きられる。1~2週間が適切なのだろうか。

1.独り言コラム
 ベルリンで行なわれていた世界陸上の最終日は、女子マラソンで尾崎好美選手が、終盤の熾烈なトップ争いで、惜しくも中国の選手に敗れはしたが、山下佐知子監督と同じ銀メダルを獲得したのは嬉しい快挙だった。昨日のこのコーナーの終わりで、少し期待したいと書いたが、少しどころではなく、嬉しい筆者の期待外れとなった。ゴール前数キロの必死の頑張りは、感動を超える喜びの興奮の連続だった。
 その一方で、男子槍投げの村上幸史選手が堂々の銅(どうどうのどう)メダルを獲得したのも凄い頑張りだった。槍投げでの表彰台は、オリンピック、世界陸上を通じて史上初だそうだ。日本人が苦手としている投擲では、あの室伏広治選手の北京オリンピック以来の快挙であった。
 今朝の報道では、同氏は中学時代は野球の選手だったそうだが、槍投げをやっていた高校の先生に勧められたという。そういう意味では、日本人の素質をもったアスリートの多くが野球に流れてしまっているようだ。その辺りに、もう少しバランスが取れれば、日本人は、ほかの競技でも優れた選手が出て来るかも知れない。
 一方、夏の全国高校野球は、今日が最終日で愛知の中京大中京と新潟の日本文理で決勝戦が行なわれる。新潟県勢の決勝進出は今回が初めてで、その戦いぶりが注目される。
 ところで、今朝閉幕した世界陸上は9日間のイベントだったが、高校野球は、ちょうど15日間のトーナメントの戦いだ。15日間というと大相撲もそうであり、更に言えば、オリンピックも、やはり15日間のイベントである。ちょうど、人々が関心を持続できるインターバルが15日間が適度ということかも知れない。
 そういう目で他のイベントを見てみると、衆議院の総選挙が、公示から13日目が投票日だ。国民が関心が持続できるちょうどよいインターバルなのだろう。しかし、今回のように解散から40日もあると、だらけてくるのは致し方ない。
 話は変わるが、先月の7月3日から17日に渡って行なわれた天皇、皇后両陛下のカナダ、ハワイへの親善訪問も、数えてみるとちょうど15日間の日程だった。この辺りも、お二人の健康状態を配慮した適切なインターバルだったと言えそうだ。
 それに比べて、プロ野球のペナントレースやサッカーのJリーグは、半年間の長丁場の戦いで、だらしない試合が続いたり、負けが込んでくるとファンには途中で飽きられてしまう。但し、阪神ファンは例外だそうだ。負けていても、甲子園はいっぱいになるから不思議だ。
 余談だが、筆者の妻、雅子の最近の入院の梯子の中身を、インターバルという観点から見てみると、最初の琵琶湖大橋病院には21日間、転院した吉田病院(仮名)でも21日間、そして、施設のアクティバ琵琶に戻って21日目に、琵琶湖大橋病院へ再入院した。偶然とは言え、いずれも21日間というインターバルでの移動になっているのが、何とも奇妙な符合だ。さて、今回の入院だが、今日で4日目を迎えるのだが、何とか、大相撲並みの期間で千秋楽を迎えられればと思っているが、…。

2、プライベートコーナー
 4時起床。体重、61.0Kg。天気は良さそう。
 昨日の雅子だが、この日も熱に悩まされていた。このところ比較的高熱(37~38度)が断続的に繰り返されている。そのためなのか、問い掛けへの彼女の反応が、少し乏しくなっているのが心配である。
 午後になって、長姉の霧子さん夫婦、その二人の息子さんや奥様、子供さんたちが大勢揃ってお見舞いに来てもらったが、筆者は、その間、昼食&休憩でアクティバにいて不在だった。雅子は、目を開けてしっかりと応えていたようだ。

3.連載、難病との闘い(947) 第三部 戦いはまだまだ続く(241)
  第六章 アウエーでの厳しい闘い(36)

 2.敵は本能寺(15)
 (2)転院(その8)
 施設のアクティバ琵琶からお見舞いに来て頂いたお二人は、入居以来、ずっとお世話になっている日吉ユニット(仮名)のリーダーの松井さん(仮名)と最近新たに入社された初々しい感じの望月さんだった。近く転院すると聞いての緊急のお見舞いだった。松井さんは、同じグループの皆さんの寄せ書きを集めた色紙を手渡してくれた。お世話になっている多くの方々から「早く、帰って来てね」の激励の言葉を一考が読んで聞かせると、雅子は嬉しそうに大きく目を開けて、二人の顔をじっと見やっていた。自分から目を開けて見るというのは、最近では大変珍しい行為だった。それだけ、雅子は嬉しかったのだろう。今や、雅子が頼りにしている人たちだけに、そんな気分にさせたに違いない。
 ところで、こんな厄介な病気になると、お見舞いというのも、受ける方も見舞う方もなかなか気を遣う。治る見込みがある病気ではないだけに、見舞う方も掛ける言葉が難しい。また、雅子にしても、自分の見苦しい姿をむやみに見せたくない気持ちもあって、その辺りのバランスが容易でないのだ。見舞ってもらって本人が嬉しいとか、勇気付けられるなら、それは大いに歓迎するのだが、雅子には自分のみっともない姿を見せたくない気持ちもあって、大抵の場合は遠慮してもらって来ている。従って、今では、言って見れば、血の繋がっている親族に限定させてもらってきていた。それでも、今回の場合のように、それまで面倒を見てもらって来ていた人達には、雅子も心から喜びを感じていたのではなかろうか。
 お二人が帰られた後、暫くして、チーフ看護婦さんが来て、明後日の転院の詳細が決まったと伝えてくれた。それによると、1時に琵琶湖大橋病院の車で吉田病院に向かうという。従って、それまでに、支払いなど必要な事務手続きなどは、全て済ませておいて欲しいということだった。こうして、具体的な段取りが決まったことで、一考の気持ちの中では、いよいよといった気分が高まって来るのを感じていた。
 そんな動きの中で、雅子の様子を窺うと、まだ発熱が続いていて、体温が37.8度もある。急いで水枕などで冷やしてもらうことになった。果たして、うまく、転院が出来るのか、一考には、依然としてちょっとした不安が付き纏っていた。(以下、明日に続く)

981 世界陸上と経済の世界

 陸上競技で見る限り、単純な体力勝負では日本は全くの非力だが、智恵、工夫、技術、それに頑張りといった精神面での勝負に持ち込めれば、日本にも多少は戦える活路は見えて来る。

1.独り言コラム
 今夜で最終日を迎えるベルリンでの世界陸上は、昨夜の男子マラソンで中国電力の佐藤敦之が粘って追い上げ6位入賞を果たした。昨年の北京オリンピックで、完走者の最下位と云う屈辱、汚名を見事に晴らしたのは立派であり、感動的だった。
 このテレビ中継を見ていて、正直言って、そのカメラワークに苛立だった。佐藤選手を時たまアップで捉えるのは良しとしても、最後の数キロは8位入賞に届くかどうかの戦いであり、40キロ付近では、あと数人を追い抜かねばならない順位だった。それだけに、視聴者は、佐藤選手の前方のどのくらいの距離に前を行くランナーがいて、その距離がどうなって行くかに注目して見ているのだ。然るに、カメラは、ずっと佐藤選手一人をアップで映し続けていて、いらいらを募らせたカメラワークに不満いっぱいだった。中継現場で、どのような撮影の制約があったかは知らないが、レースの流れ、視聴者の関心を適格に捉えた映像を届けて欲しかった。
 筆者をもう一つはらはらさせたのは、そのゴール直前のブランデンブルグ門付近で、佐藤選手への誘導がまずく、係員と交錯し、あわや転倒しそうになり、後続のランナーに追い抜かれそうになったが、あの辺りの係員の対応は大いに不満を覚えた。事なきを得たのは幸いだった。
 この大会を通じて改めて思うのだが、短距離ではジャマイカ、トリニダードトバコなどの中米の抜群の強さ、長距離ではのケニア、エチオピアのアフリカ勢の圧倒的な強さが光っていた。つまり、中米の瞬発力の凄さ、アフリカ勢の持久力の強さが抜群で、言って見れば、経済でいうなら、これらの国は、いわゆる資源国に相当すると言えよう。
 そんな資源国が主流の競技で、今朝の男子400メートルリレーでは、日本チームがしっかりと4位に食い込んだし、昨夜の男子マラソンでは、佐藤敦之以外でも、清水将也(11位)、入船敏(14位)の頑張りで、日本は団体で、ケニア、エチオピアに次いで3位に入ったのは大いに特筆されよう。ちょっとしたテクニック、工夫、粘りなどが勝負のウエイトを占めてくると、日本にもチャンスが芽生えてくるようだ。これは、経済の世界で、資源のない日本が高度な技術を生かして、頑張って稼いでいるのに相通じるものがある。
 要するに、単純な体力勝負、瞬発力の勝負では、日本人の身体、体力では勝負が出来ない。頭や高度な技術を使った戦い、頑張りといった精神面での勝負に持ち込むことで、何とか戦える形に持ち込むことが出来るのだ。
 最終日の今夜は、女子マラソンに少し期待して見てみよう。

2.プライベートコーナー
 3時半起床。体重、60.3Kg。天気は良さそう。
 琵琶湖大橋病院に再入院しての2日目。熱や痰で雅子は時々苦しんでいた。この週末は点滴で体調を整える方針のようだ。顔色の表情も冴えないが、看護婦さんのチェックの際に雅子の身体がかなり痩せているのを見て、改めて不安が甦る。午後になって、筆者の姉の久子と雅子の実兄の祐一さんが見舞いに来てくれた。病名は、腸炎、若しくは尿路感染のようだ。今のところ、2週間程度の入院が必要となりそうだ。

3.連載、難病との闘い(946) 第三部 戦いはまだまだ続く(240)
  第六章 アウエーでの厳しい闘い(35)

 2.敵は本能寺(14)
 (2)転院(その7)
 週が明けた月曜日、一考は先生から転院に際して、その準備に関するお話もあろうということで、気合を入れて病院に顔を出したが、看護婦さんから、この日と翌日の二日間は所用でお休みだと聞いて、少し肩の力が抜けた思いだった。
 とにかく、明後日の雅子の転院が、スムーズに運ぶために、一考は、雅子の症状が少しでも安定するようにと祈っていた。それだけに、その転院の前日まで、K先生が不在だというのに、少し重苦しい不安を覚えたのは確かだった。
 10時頃に院長が回って来られたので、転院の話をしたのだが、院長は聞いておられなかったようで、少し驚いたような顔で「うん」と言って出て行かれた。そして、間もなく看護婦さんがやってきて、ベッドに貼り付けてある患者カードを差し替えて行った。それを見ると、担当医師の欄が、それまでの院長の名前から、K医師に変わっていた。どうやら、二人の間のコミニケーションに微妙な齟齬が合ったのではと感じていた。
 転院を二日後に控えたこの日も、雅子は熱が37.2度もあったことで、この日予定されていた洗髪は見送られた。依然として、熱と痰には悩まされる日が続いていたのである。人間っていい加減なところもあって、最初は37度以上と聞くと心配で堪らなかったが、このように、そのレベルが頻繁にあると、またかと思うと同時に、まあ、その程度かと受け流す気持ちになるのだった。
 昼前に、一考が、所用で外出しようとしていたところ、チーフ看護婦さんがやって来て、転院の詳細について確認して来た。、「そのことについては、両病院間で決めるということになっていると、K先生に伝えてありますよ」と答えると、彼女は「分かった」と言って、そのまま下がっていった。
 この日、一考は、雅子の入院時に支給される保険金の請求のための準備に時間を割いた。雅子は二つの保険に加入していた。一つはAIU関係のもので、電話で対応が出来たが、もう一つの「かんぽ」については、然るべき資料などの入手が必要で、いつも利用している近くの郵便局を訪ねたのである。ここで、かつて銀行の窓口で、本人口座の扱いで大議論した場合と同様に、本人の署名など巡って、激しい議論を交わすことになって、思わぬ時間を空費した。本人が動けないような場合には、ルールももっと融通性を利かす改善をしてもいいのではと実感したのである。
 少し面白くない気分で、3時頃に病院に戻ると、タイミングよく、アクティバ琵琶の二人の介護士さんがお見舞いに来てくれた、(以下、明日に続く)

980 風に乗れば、夢は叶う(?)

 民主党への流れは止まらない。何事もうまく流れや風に乗れば、夢が叶うことが多くなる。

1.独り言コラム
 今朝の毎日新聞の一面の見出しで「民主320議席越す勢い、自民は100議席割れも」と出ている。自民支持の方からみれば、ぐわぁんと頭を一発殴られたような感じであろう。そこまで行くかといった感じである。
 既に昨日までに、読売、日経、朝日が、ほぼ同様な300議席という報道をしていて、民主の圧勝は決定的だが、具体的に320議席を打ち出したのは、今朝の毎日新聞だけだ。まさに、オセロゲーム、ドミノゲームのような勢いである。それによると、我が滋賀県も4つの小選挙区とも民主の優位とされている。筆者は、既に不在投票を済ませたが、そんなに大差になっていると思うと何か愕然とした思いになる。
 世論調査では、民主党の政権運営を疑問視する意見もかなりある訳で、これらの報道で逆の風を導くことにはならないのだろうか。日本人のバランス感覚、そして前回の郵政選挙での学習効果に期待したい気持ちである。
 さて、話は変わるが、昨日のNHKのニュースウオッチ9だったと思うが、我が滋賀県大津で、おやじ達を励まそうとする歌が流行しつつあるというニュースを取り上げていた。「おやじの応援歌」と称する歌で、一般のおやじ達に参加を呼びかけているという。映像では、朝の通勤客で賑わう(?)JR大津駅前で、十数人が集まって、その歌を歌っている様子を放映していた。この不景気で厳しいサラリーマンを初めとするおやじ達に元気を与えようとする狙いだという。
 その中のリーダー格の一人が、これで「紅白」に出たいと訴えていたが、それを捉えたキャスターの田口五朗さんが「小さな夢ですね」と締め括っていた。こじつけた話に持ってゆくが、今の自民党にとっては、そのような、たとえ小さな夢であっても大事にしたい心境だろう。なお、ぱっと聞きでは、そんなにインパクトがある曲とは思えなかったが、これも風に乗れば、勢いがつく可能性もある。しかし、果たして、…。
 余談だが、このニュースウオッチ9のもう一人のキャスターである青山祐子アナウンサーが夏休みで不在だった。筆者は、青山さんのファンなのだが、キャスターになりたての頃の青山さんには、天気予報などのコーナーでは、かなりの覚束なさもあってはらはらさせたくれた(868回、女子アナ勝手なランキング参照)。しかし、昨日は、その彼女の不在が筆者にある種の空虚感を与えた訳で、彼女が大きく成長した証であろう。今や、青山祐子は風に乗っていて爽やかな存在だ。ここでの政権交代は、今しばらくは不要だろう。

2.プライベートコーナー
 4時50分起床。体重、59.8Kg。(44日ぶりの50Kg台)曇り空
 雅子には、またしても思わぬ落雷に遭った一日だった。急遽、琵琶湖大橋病院に2回目の入院となったのである。痰が切れず、前夜は38度を越す熱が出たこと、さらに、ここに来て下痢が続いたことから、検査のために病院を訪ねたのだが、腸炎、腎盂腎炎の疑いがあるということでの入院となった。泣き面に蜂の病院の梯子である。

3.連載、難病との闘い(945) 第三部 戦いはまだまだ続く(239)
  第六章 アウエーでの厳しい闘い(34)

 2.敵は本能寺(13)
 (2)転院(その6)
 名前を呼ばれて診察室に入ると、住友先生が椅子に座って迎えてくれた。上品で包容力を感じさせる温厚そうな先生だった。お年はまだ50歳代だろう。一考が、雅子のそれまでの経緯と症状を手短に説明し、持参したK先生からの手紙を手渡した。先生はそれにさっと目を通し終ると、直ぐに具体的な転院の段取りの打ち合わせとなった。有難いことに事前に引き受けることを決めて頂いていたようだった。関係部署の方とてきぱきとしたやりとりがあって、来る7月8日(水曜日)の午後2時に転院するということが決定され、転院の具体的なやり方は、適当なタイミングで両病院間で打ち合わせることなどがすんなりと決まった。
 雅子の症状が何ら改善した訳ではなかったが、さし当たっては、一考の気分は爽快だった。難しいと思っていた転院のお願いが受け入れられたからである。一考は、そのまま琵琶湖大橋病院に急いで戻った。時間は午後1時を少し過ぎた頃だった。そして、直ちにK先生に報告したのである。一考の気分は、難しい戦いに勝利して、凱旋した時のような心地よい気分だった。K先生も、ほっとされたように一考は受け取っていた。かくして、胆嚢切除の手術は、吉田病院で行なわれることになり、新たな転院という戦いに挑むことになったのである。
 翌日と翌々日は土曜日と日曜日だったので、先生もお休みで、雅子には大きな動きはなかった。しかし、相変わらず、微熱と痰は、執拗に雅子に付き纏っていて、その対応で、看護婦さん達も一生懸命に対応してくれていた。
 日曜日の午後には一考の二番目の姉の久子が突然見舞いに顔を出した。久子には数日前に、手術の関係で吉田病院に転院すると知らせていたので、その前に見舞っておこうと思ったのだろう。突然の見舞いだったので、雅子の看護、介護のタイミングとうまく合わず、じっくりとした時間が取れなかったので、折角顔を出してくれたのだが、申し訳ないことに、落ち着いた見舞いにはならなかった。久子は、ばたばたした中で帰って行った。いずれにしても、顔にチューブを差し込んだ、いわゆるスパゲティ状態の悲惨な雅子を見て、久子もきっと驚いていたことだろう。(以下、明日に続く)

979 出た! 1919

 世界一を競う戦いには、何物にも替えがたい迫力、魅力、興奮、そしてとてつもない感動を覚える。

1.独り言コラム
 昨夜は9時過ぎに就寝したためか、今朝は2時半頃に目覚めた。消さずに点け放っぱなしだったテレビが世界陸上の中継を伝えていたのだが、筆者は、それに思わず引き込まれてずっと見てしまった。
 そして、その素晴らしい瞬間を見ることが出来た。ウサイン・ボルトが200メートルで、またも驚異的な19.19秒の世界新記録で優勝したのである。自分の持っていた19.30秒を0.11秒上回る記録である。スタート時にフライングがあって、記録への影響が心配されたが、それは王者、ボルトには杞憂だった。
 いずれにしても、大きな大会で世界記録で優勝をするというのは、やはり天才と呼ぶべきではないか。本人は、勝利後のインタビューで「やるべきことをやったまで。厳しい訓練に堪えた甲斐があった」と語っていたが、才能ばかりでは勝てないことを示唆していた。天才も鍛えないと結果は出ないのだろう。同氏の22歳最後の日の素晴らしいレースだった。
 この日の最後の競技だった女子走り高跳び決勝は、クロアチアの女王、B.プラシッチが204センチで見事な美しい優勝を決めた。地元ドイツのA.フリードリッヒ、それにロシアのA.チチェロアの3人の美女の戦いは息詰まるもので、寝起きだったにも関わらず、心地よい興奮を与えてくれた。優勝した女王、プラシッチは、その後に世界記録を狙って210センチに挑戦したが、惜しくも、それはならなかった。
 この中継で、超スロービデオがなかなかの威力を発揮しているが、この競技でも、巾1インチ程度の布でカバーされた彼女らの股間部分のアップ映像には、何とも言えない迫力、魅力、感動を覚えたのだが、それは筆者に変質者の素地があるということなのだろうかと自問自答している。不謹慎なものの言い方だが、前にもこのコーナーで、シンクロナイズドスイミングや女子のフィギュアスケートでも同様なことを取り上げたのを思い出す(379回目をご参照)。やはり、筆者はおかしいのかも知れない。
 おかしいというついでに、もう一言付け加えておこう。この世界陸上の中継放送では、1997年のアテネ大会から12年に渡って7回連続で、織田裕二と中井美穂がメインキャスターとして起用されている。なかなか息の合った二人の楽しい語りが競技への興味を一層高めて伝えてくれている。 
 正直言うと、その二人の語りが、前回までは筆者には邪魔な存在として響いていたが、今回はなかなかいい感じで伝わって来ている。中井美穂さんの大人の女の魅力がとても素敵でもある。それだけに気になるのが旦那さんの古田敦也さんの心の中である。奥さんのこの長期に渡る海外出張には、旦那さんは、何も心配をしないのだろうか。余計な心配をしてしまう筆者が、やはりおかしいのだろうか。

2.プライベートコーナー
 2時半起床(前日は9時過ぎに就寝)。体重、60.1Kg 曇り空?
 雅子の微熱が続いている。ちょうど、この施設と契約している専門の先生の回診日だったので、看てもらう。尿検査をすることになった。
 この日から、カセットデッキで歌を聞いてもらうことにした。友人から送ってもらったもので、入院中も使わせてもらったが、この日からも復活である。ご本人のテープも頂戴していて、貴重な贈り物だ。雅子も、きっと心地よい刺激を受けているに違いない。

3.連載、難病との闘い(944) 第三部 戦いはまだまだ続く(238)
  第六章 アウエーでの厳しい闘い(33)

 2.敵は本能寺(12)
 (2)転院(その5)
 いずれにしても、春日先生の配慮に、一考は、心から感謝の気持ちでいっぱいだった。これでK先生にも大きな顔で報告できる。一考の気持ちは、恰も、責任回数を無難に抑えたリリーフ投手の気持ちのようほっとした心地よさだった。
 恐縮しながら診察室を出ると、一考は言われたように明日の予約を頼んだ。ちょうど12時が空いているという。一考はそれを押さえてもらって勇躍として吉田病院を後にした。最後の余計な一言で躓きはしたが、気分はそれほど悪くはなかった。
 一考は、途中で軽い昼食を取って、3時頃に病院に戻った。K先生にその結果を報告すると、先生も話がすんなり進んだことで、ほっとされたようだった。一考は改めて思うのだが、ビジネス面でのことに捉われず、安全、命優先で、転院を進めて下さったK先生の決断はさすが見上げたものだと思うと同時に、そのことで、一考のK先生への信頼は更に増すのであった。
 翌日は、雅子の症状とは関係ない話だが、ちょっとしたトラブルがあった。朝から、プログのソフトがメンテ中ということで、いつも朝7時までに配信していたのが叶わなかった。何時頃に正常に戻るかが分からなかったので、仕方なく一旦病院に顔を出した。病院には8時半に着いた。雅子の様子を確認すると。熱は平熱であったが、痰は依然として残っていた。
 今日の午後は住友先生にお目にかかり、転院を引き受けて頂く話をするのだが、出掛ける前に、K先生と今一度会って、若しも引き受けて頂けないという最悪の場合の対応の確認を行なった。K先生の話では、その場合は、改めて大津市内の病院に頼むことになるということだった。
 吉田病院へは、車を琵琶湖大橋病院の駐車場に置いたまま向かうことにし、最寄の堅田駅まで歩いた。帰って来る際に、京都から直接堅田まで電車で戻れて、時間的に節約できると考えたからである。しかし、病院から駅までは結構距離があった。恐らく1Kmはあるのだろう。お陰で久し振りに、結構な汗をかくことになった。それでも、「まあ、たまには歩くのも健康によい」と自らに言い聞かせるのだった。
 吉田病院には、予約時間の半時間ほど前の11時半に到着した。一考は、前日とは違って、穏やかな気分で、読書しながら呼び出されるのを待っていた。(以下、明日に続く)

978 じわり、じわり

 一気に突っ走るのは爽快だが、じわり、じわりと迫られるのは不気味である。

1.独り言コラム
 昨日、名古屋で、沖縄、神戸に次いで、新型インフルエンザでの国内3人目の死者が出た。当初は、秋にぶり返しが心配されていたのだが、それよりも早く夏に流行し始めたのは想定外のようだ。じわり、じわりと感染者が増えているのだ。
 その流行が、プロ野球、大相撲などの世界にも拡がっているし、昨日は高校野球で立正大淞南やPL高校にも感染者が出ている。今、首位を走っている日本ハムの選手にも出ているようで、ペナントレースも多難である。
 こうなると、選挙戦略にも影響を与えることは必至で、その心配がじわり、じわりと押し寄せて来ているのが実感できる。筆者も妻の難病のこともあって、一層の警戒、注意を怠らないように心掛けたいと思っている。
 じわり、じわりと追い詰められているのが自民党で、今朝の朝日新聞社の選挙戦序盤の調査では、民主党の当選者数の予測が、じわりと300に迫っているという。一ヵ月後の政界は、その権力地図が全面的に塗り替えられているだろう。一度、そんな改造があってもいいのではと興味津々である。但し、あの小沢一郎さんの笑顔だけは見たくないというのが筆者の心境だ。
 あのノリピーこと酒井法子も、じわり、じわりと追い詰められている。昨日になってその毛髪から覚せい剤反応が確認され、それまで曖昧だった逃走の中味、過去の経緯なども、じわり、じわりと明らかになって来ていて、彼女が、如何に偽装してスターを演じて来ていたか白日の下に晒されつつある。採用していたサンミュージック芸能事務所も、何も知らなかった訳はないだろう。興ざめもいいとこである。
 一時は3位に5ゲーム以上も離されていた楽天イーグルスも、ここに来て、エースの岩隈、田中も調子を取り戻し、投手陣では、中堅の長谷部、永井などの頑張り、それに藤原、井坂といったルーキー達の活躍も目覚しく、じわりじわりとクライマックっス戦への出場権確保に迫って来ている。打撃陣でのベテラン山崎隆広選手の活躍も大したものだ。野村監督の監督の座が掛かっているだけに、その行方に注目している。
 一方、じわり、じわりでなく、エンジン全開で突っ走っているのがイチローだ。昨日は、今年4度目の4安打の固め打ちで、目標の200安打まで一気に21安打(19日現在)と迫って来ている。見事な技術、闘志、それに健康維持である。後は、怪我だけが心配だが、このまま走れば、今月中での夢の達成も夢ではない。

2.プライベートコーナー
 4時20分起床。体重、60.0Kg。天気はまずまずのようだ。
 昨日の雅子だが、気掛かりなことが幾つかある。(1)寝息が大きい。(2)痰の量も増え、それが粘っこくなってきている。(3)舌に何か湿疹のようなものが見える。
 いろいろと心配は絶えない。看護士さんは少し様子見しようという。そんなことで、この日の入浴、車椅子での散歩は取り止めた。

3.連載、難病との闘い(943) 第三部 戦いはまだまだ続く(237)
  第六章 アウエーでの厳しい闘い(32)

 2.敵は本能寺(11)
 (2)転院(その4)
 まさに、案ずるより生むが易しであった。恐らく、午前中の一考からの電話を受けて、春日先生は、診察が詰まっていて多忙な中で、外科部長と連絡を取って、根回しをして頂いたのだろう。一考は、心から感謝の気持ちを丁寧に伝えた。
 問題はその直後だった。「先生のお考えは充分に理解していますよ」と言わんとして、一考が口にした余計な言葉が、雰囲気を壊したのである。
 それは、春日先生が幾度も口にされていた「胃ろうの取り付けに関しては、近くの病院がいいですよ」との同氏の持論を重く見た一考が配慮しての言葉だった。つまり、、吉田病院に来る前の琵琶湖大橋病院のK先生との打ち合わせで、胆嚢切除の手術は何としても吉田病院で受けて頂きたいとの考えから、その後の胃ろうの取り付け手術は、必要ならK先生が引き受けてもよいとの事前の了解に基づいたものだった。
 一考はその主旨を伝えようとして、「胃ろうにつきましては、…」と言い出したのだったが、その途端に、春日先生が、少し不機嫌な口調で、一考のその先の話を遮ったのである。どうやら、その発言のタイミングが悪かったようで、「折角、外科部長に話を付けたばかりなのに、直ぐに、図に乗って、胃ろうまで頼もうとしている」と春日先生の早とちりを誘ってしまったようだった。
 「そのことは、別だ。まだ先の話だから」と春日先生にしては少し強い口調で一考の言葉を遮った。それは、明らかに先生のお気持ちを損なってしまったいた。一考は、「しまった」と思ったが、後の祭りで、直ぐに、少し堅い口調で「分かりました」と言って立ち上がり、改めて丁重なお礼を言って診察室を出た。
 最後のところは、ちょっとしたぎくしゃくした会話になってしまい、折角のそれまでのソフトな雰囲気を壊してしまたことに、一考は「九仞の功を一に簀に欠く」といった心境だった。
 それでも、一考の気持ちは、来る時に比べれば、随分と楽になっていた。吉田病院がなんとか難しい手術を受けてくれそうだったからである。まだ、明日の伊吹先生の正式な返事待ちではあるが、大きな山を越したのは確かだった。そういうことで、一考の戻って行く足取りは軽かった。(以下、明日に続く)

977 豪腕と頑固

 豪腕という言葉だが、手持ちの広辞苑(電子辞書)には載っていない。インターネットで検索しても、アームレスリングといった内容しか出て来ない。

1.独り言コラム
 いよいよ選挙戦が始まった。豪腕小沢一郎民主党代表代行の腕の見せ所のようで、見方によっては、そのワンマンショーの始まりとも言えそうだ。
 冒頭から私事で恐縮だが、筆者がサラリーマンの終盤に差し掛かった頃の話だが、当時の上司から「君は頑固だ」と揶揄されたことがあった。「いくら駄目だと言っても、表現を変えるなど包装紙を変えているが、中味はそのままで、また持って来る。何としても、自分の意志を通そうとするんだね、頑固なんだよ」と厳しく叱責されたことがあった。その頃は、自分では、全く意識していなかったことだったので、自分でもその指摘には驚いたくらいだった。
 ところで、豪腕と頑固の違いだが、豪腕というのは、他人の意見だけでなく、ブレインなどの身近な方からの具申、或いは諫言さえも取り合わず、無視して切り捨てるような徹底した頑固だと定義してみたい。小沢一郎の関係者、支持者、ファンから袋叩きを受けるかも知れないが、まあ、一つの座興として、今朝はお許しいただこう。さし当たっては、筆者の頭の中にある頑固な方の話題を拾ってみた。
 先ずは、最近読んだ山本兼一の直木賞受賞作品「利休にたずねよ」で、強い印象を受けたのだが、利休の頑固さ、一徹さだった。秀吉からの暗に「一言謝れば、命は助けてやる」との誘いにも、一切応じず、堂々と死を選んだ頑固さはなかなかで、心地よい感動を覚えた。
 あの小泉純一郎さんも、総理時代での靖国神社参拝では、周りの諫言を制しても、毎年いろいろと形を変えて、参拝を実行していた。国益を損じたという批判もあった一方で、その意思を貫いたという点での高い評価もあった。
 昨日亡くなった韓国の金大中元大統領も頑固だった一人かも知れない。裏金が動いたとも言われているが、南北の首脳会談を実現した辺りは、徹底して自分の哲学を貫いたといえよう。ノーベル賞受賞というのは、今から見れば過剰評価だという人もいるが、どうなのだろう。
 昨日、全米オープンゴルフから帰国した石川遼選手も、その根底には頑固さがある。難しいホールのティショットでも、必ずドライバーで攻めるという自分の考えに徹しているようだ。その頑固さが、同氏を強くして来たのかもしれない。スポーツ選手には、その種の事例は多いと思う。イチロー選手のあの独特の打撃法も、その一例だろう。イチローの大記録は、そんな頑固さが後押ししたと言えよう。
 同じアスリートでも、言葉少ない、大人しい女子ゴルファーの不動祐理さんも、なかなかの頑固な方だと思う。今年で6回目を迎える樋口久子の冠トーナメント(IDC、大塚家具レディース)には、初回からずっと欠場で徹している。女子ゴルフ協会の会長の樋口久子の顔を立てて出場するゴルファーも多い中で、頑なに自分の意志を通しているし、またツアーの出場も、何でもかんでも出るのではなく、体調を考えながら厳選して出場しているあたりからも、自分の意志を貫く不動選手に、文字通り不動で強い頑固さを感じている。
 そんな風に考えてくると、やはり豪腕の小沢一郎さんは、いい意味での頑固さではなく、扱い難い我が儘の塊のようで、取っ付き難い大将だ。枕詞となっている豪腕は、決して褒め言葉ではなく、揶揄している言葉に他ならない。今回のように民主党の風が吹いている場合は別として、うっかり躓いたりした場合には、その裏に胡散臭い面も持ち合わせているだけに、心底からサポ^トしてくれる仲間、党員は、極めて少ないのではなかろうか。
 いずれにしても、いい意味での頑固さは大事にしたいものだ。

2.プライベートコーナー
 4時起床。体重、60.3Kg。 天気は良さそう。
 昨日の雅子は少し変だった。寝息というか息遣いが、大きな音をたてていた。彼女が今までにそんな大きな鼾をかいたのを聞いたことがない。また、熱も少しあったりして心配だった。そういうことで、この日は、散歩は取り止めた。暫く様子を見守る。

3.連載、難病との闘い(942) 第三部 戦いはまだまだ続く(236)
  第六章 アウエーでの厳しい闘い(31)

 2.敵は本能寺(10)
 (2)転院(その3)
 一考は、春日先生の返答に固唾を呑んで耳を傾けていたが、案の定、それまでの通り「近くの病院がいいですよ」との返答だった。それでも、一考がこちらの先生からの手紙を預かっているので、それを見て欲しいと訴えたところ「分かった」ということで、面会の時間を取って頂くことになった。ともかくも、最初のハードルを越えられたことで、一考は、ほっとして受話器を置いた。先ずは一歩前進である。そこで、一考は、その二通の手紙を持って京都に向かった。病院に着いたのは、昼前の11時50分だった。受付で事情を話し、いつもの診察を受けると同じ手続きをして、そこで順番を待つことになった。
 当然のことだったが、K先生が書かれた手紙の中味は知らない。医者同士のこの種の手紙は、純粋な医学的な情報のやり取りが主であって、いわゆる、感情的なお願いといった類の内容は書かれていないことが多いと聞いている。さあ、春日先生はどんな感じで、この手紙を受け取ってくれるのだろうかと、一考はあれこれと考えてみるのだった。
 その一方で、一考も此処まで来たら、じたばたしても始まらないと腹を括っていたこともあって、呼び出しを受けるまで本を読んで待つことにした。そういえば、最近では、読書は、ほとんどの場合、病院での待ち時間を当てていた。手術中のような緊張した場合は別で、なかなか進まないが、そうでなく、単に時間を待つと云う行為の中では、一考には貴重な読書時間だった。
 呼び出しを受けたのは、1時間半ほど過ぎた頃だった。緊張して静々と診察室に入って行って、先生の前にある椅子に腰を下ろし、持参した二通の手紙を手渡した。先生はそれを受け取りながら、ゆっくりとした口調で、「受けてくれるかもしれないよ」ととても嬉しい一言を頂戴して二人の会話が始まった。
 先生は、その後、受け取った自分宛の手紙を開けて目を通し、そのまま机の上に置いた。そして「ただ、今は、外科も結構忙しそうで、今週も幾つかの手術の予定が入っているようだよ」と付け加えて、外科部長の伊吹先生(仮名)を紹介して下さった。そして、帰りに、明日の予約を取ってみて下さいと優しくアドバイスを頂いたのである。そして、もう一通の外科部長宛の手紙については、明日面談時に手渡して下さいと言って、そのまま一考に戻してくれた。望外の春日先生の嬉しい応接に、一考の気持ちは弾んでいた。(以下、明日に続く)

976 絶対はない。それにしても、…

 何が起きるか分からないのがこの世の中で、だからこそ面白いのだ。帝王、女王だって人間であって、絶対ではない。

1.独り言コラム
 それにしても、あのタイガー・ウッズにしても絶対ではなかった。全米オープンゴルフで、3日間首位に立っていたタイガーだったが、意外にも終盤の土壇場で逆転負けを喫した。アジア人初快挙となった韓国のY・Eヤン選手の優勝は圧巻だった。それにしても、女子もそうだが、韓国選手の層の厚さとその強さが目立っている。
 今朝の世界陸上の女子棒高跳びで、飛ぶ度に世界記録を更新し続けていたロシアの女王、イシンバエアが、ベルリンの空に高く、美しく舞うことが出来ずに敗退した。それにしても、絶対的な女王が記録なしで終わり、優勝どころかメダルなしの意外で、驚愕な結果となった。関係者もファンもびっくりを超越である。
 今年の日本のプロ野球でも、意外な展開になって来ている。前半大きく飛び出して絶対だと見られていた巨人軍が、ここに来て中日に追い上げられており、今や絶対でなくなって来ている。何が起きるか分からない。それにしても、巨人軍では、多くの若手が育ってきているのは心強い。
 今年も甲子園の高校野球は、熱い、面白い戦いが続いている。その中で注目されている花巻東の菊池投手だが、一回戦では、一試合に3本のホームランを打たれるなど、厳しい洗礼を受けながらも、何とか勝ち進んでいる。若しかしたら、初めて優勝旗が東北に持ち帰られるのではとの期待が拡がっている。それにしても、最近の東北勢は打撃もしっかりしていてなかなか強い。花巻東も例外ではなく、その得点力も相当なものだ。そういう意味では、必ずしも菊池投手一人のチームではないのが強さだと言えよう。
 さて、いよいよ今日、総選挙の公示日で、12日間の具体的な選挙戦が始まる。民主党に風が吹いていると言われていて、政権奪取が絶対だとの見方が強い。恐らく、それが崩れることはないだろう。そんな中で、比例代表の候補者リストが発表されているが、小泉内閣で少子化担当大臣だったあの猪口邦子さんが、打診段階で、示された順位扱いに納得できず立候補を断念したという。打診されのが、東京24位というから、今の情勢では、絶対落選という可能性が高いとみての判断だ。それにしても、麻生総理の小泉チルドレンへの風当たりは厳しい。

2.プライベートコーナー
 3時過ぎ起床。体重、60.5Kg。朝風呂。今日も天気は良さそう。
 昨日の雅子は、比較駅安定。熱はなかったが、相変わらず痰はなくならない。午後には屋上を車椅子で散歩。雄大な琵琶湖が眼下に見えるが、目を開けて見ようとはしない。眩しいからなのだろうか。

3.連載、難病との闘い(941) 第三部 戦いはまだまだ続く(235)
  第六章 アウエーでの厳しい闘い(30)

 2.敵は本能寺(9)
 (2)転院(その2)
 K先生の思い切った提案に一考が躊躇し、複雑な気持ちになったのには、吉田病院の春日先生が、その提案をすんなりと受けてくれるのかに不安があったからである。一考は、暫し、戸惑ってはいたが、K先生がお手紙を書いて下さるのなら、それを手渡すことには問題はないはずだと自分に言い聞かせるのだった。同時に、今までの春日先生との話は、あくまでも胃ろうを取り付ける手術の話であって、今回は胆嚢切除というカテゴリーが違う話である。そこに、一考は一縷の望みを託するのだった。
 「分かりました。とりあえず、そのお手紙を届けて頼んでみたいと思います。春日先生は、あくまでも近くの病院がいいよと云うのが、今までの口癖でしたので、受けて頂けるかどうかに不安がありますが、…」K先生の顔を見ながら、一考は、意識してそんな逃げ道をも付け加えたのである。
 その一方で、何しろ、雅子の命が掛かっている問題だけに、ベストを尽くすのが当然だと自分に言い聞かせるのだった。
 多忙そうなK先生だったが、それでも午前中には2通の手紙を仕上げてくれた。言うまでもなく、一通は春日先生宛であり、もう一通は外科部長宛だった。一考は、K先生の手早いアクションに感謝するのだった。
 そして、春日先生にアポイントを取ろうとして気付いたのだが、この日が、木曜日で春日先生の診察日だということだった。一考は、咄嗟に「今日は付いているぞ」と思うのだった。春日先生が診断中で連絡がつき易いからだった。時間は11時過ぎになっていた。ちょうどいいタイミングだということで、一考は、病院の建物の外に出て、春日先生に電話を入れたのである。幸い、電話はすんなり繋がり、春日先生の聞き覚えの少し渋みのある声が耳に飛び込んで来た。一考は、ほっとしながらも、少し緊張した面持ちで受話器を握り直した。診察中で忙しい先生だけに、手短に要点を話すことに一考は心掛けた。しかし、緊張すると言葉がうまく出て来ない。それでも、事前に頭の中で纏めて置いた要領に従って、懸命にお願いの主旨を伝えた。(以下、明日に続く)

975 スリリングな驚異の大記録

 緊迫したスリリングさとゆったりしたゆとりは、一見相反するが、大記録誕生には、その二つが微妙に絡み合っていることが多い。

1.独り言コラム
 歴史を創ったり、記録を更新したりする際には、堪らないスリリングさを伴うことが多いのだが、場合によっては、ゆったりしたゆとりの中で達成されることもある。もちろん、それには、それまでの弛まない努力の積み重ねがあることは申すまでもない。
 今朝は、たった今生まれた驚愕の世界記録の話から始めたい。ジャマイカのU・ボルト選手が、9.58秒という世紀の驚愕の世界記録を創った。世界陸上男子100メートル決勝でのスリリングな凄いレースだった。テレビ画面を通じて伝わって来るど迫力に、いささか興奮して、幸せな気分でこれを書いている。2位に入った米国のT・ゲイ選手も、9.71秒、3位のジャマイカのA・パウエル選手も9.84秒と素晴らしい記録だった。レースを終った3人の表情には、それぞれのゆとりが感じられた。
 一体、何処まで、人間の記録は伸びるのか、この話題が暫くは続くだろう。スリリングに満ちた爽快な感動ドラマだった。大記録、新記録に乾杯である。
 大記録と云えば、イチローの9年連続レギュラーシーズン200安打という大記録は、今やカウントダウン入っていて、昨日現在、あと27本に迫っている、残り試合が45試合あるから、十分なゆとりの中で、この大記録は達成されることになるだろう。
 何しろ、今年は故障者リストからの出だしで、8試合も出遅れての挑戦だっただけに、大変な苦戦が予想されていて、こんなにゆとりが生まれるとは思ってもいなかった。しかし、そこには、この間の109試合で、ヒットが出なかった試合が僅かに11試合だったのに対し、いわゆるマルチヒットの試合が56試合もあったからで、これは驚異的な記録、頑張りと言えよう。そんなことで、ファンは、その大記録の誕生をゆとりをもって見守れるのは有難く、幸せなことである。
 一方、アースマラソンで頑張っている間寛平さんも、今日、いよいよフランス、ル・アーブル港に上陸する。10月2日にIOC総会が行なわれるコペンハーゲンまで、およそ1500Kmを、残された45日で乗り切ることになる。週休1日を取ったとしても、実質35日残されているので、一日平均45Kmを走れば間に合うことになる。これまた、筆者から見れば、大記録への挑戦の一環だ。しかし、何が起きるか分からないだけに、決してゆとりがある訳でないが、何とか頑張って、そのタイミングにコペンハーゲンに到着し、オリンピック東京誘致に少しでも貢献できれば期待している。
 ゴルフの石川選手は、今朝の最後のハーフを頑張ってアンダーパーで回り、この日はイーブンパーに纏めて順位を上げている。この4日間の戦いは、いずれもスリリングな戦いだったが、8つのハーフ毎にその成績を見てみると、最後のハーフで、唯一アンダーパーのハーフの成績を残せたことで、何とか面目を保ったといえよう。これで、本人も自信を持つことが出来たはずで、今年の日本ツアーでの賞金王、そして、来年には、もっとゆとりを持てるはずで、大記録、大飛躍が期待出来る。
 スリリングな戦いといえば、今度の総選挙での自民党の戦いだ。前回の郵政選挙で、「風」とか「流れ」が大きく傾いただけに、今度はその学習効果もあって、日本人のバランス感覚が発揮されることも考えられ、無茶苦茶の大敗(150議席以下)にはならず、意外に頑張る(210議席)のではという見方をしているが、どうだろうか。

2.プライベートコーナー
 3時半起床、体重61.5Kg。お天気は良さそう。
 昨日の雅子は、症状面では比較的安定していた。それでも、痰が治まったという訳ではなく、適時、吸引してもらう必要があった。入浴日。静岡に在住している一考の妹の美希子親子が見舞ってくれた。今までは、自分の身内であっても断っていたが、どうしてもというので、今回だけは特別許可した。
 このところ、夕方になって一考が帰ろうとすると、雅子は、しきりに、帰らないでと云うような顔をする。それが気掛かりで、一旦帰りを延ばすのだが、それでも6時になると、思い切って雅子の部屋を出ることにしている。気掛かりで言葉に表せない、いとおしさを覚える。

3.連載、難病との闘い(940) 第三部 戦いはまだまだ続く(234)
  第六章 アウエーでの厳しい闘い(29)

 2.敵は本能寺(8)
 (2)転院(その1)
 何事もそうだが、不意を突かれると動揺することがある。今回のK先生の提案には、歓迎の気持ちと戸惑いの気持ちが交錯した複雑な思いを覚えたのである。
 K先生の提案は、雅子の次のステップである胆嚢切除手術の対応についてであった。一考は、それは、当然この病院で行なわれるものだと理解していたのだが、K先生の口を突いて出てきたのは、何と、吉田病院でやってもらったらどうかという提案だった。この提案は、もちろん外科医と相談した結果だという。換言すれば、この病院での雅子の胆嚢切除の手術は、実施が難しいというのである。その理由として、ICUの設備がないからだと云う。
 K先生の説明では、一般論では、胆嚢の切除手術そのものは、それほど難しくはない。しかし、雅子の場合は、パーキンソン症候群であることから、麻酔との関係で不明なことが多く、その対応が難しいというのである。この辺りは、素人には分かりかねる分野であるが、言って見れば、雅子のような前例が少なく、技術的なデータ不足では、プロにとっても難解な手術だけに、ICUで、その管理はしっかりしていなければならないというのだ。
 K先生は、その辺りの事情を手紙に書くので、パーキンソン病で看て頂いている吉田病院に頼んで欲しいというのだ。このことは、取りも直さず、雅子の転院を意味するもので、折角、この病院に馴染んで来ていて、なおかつ、エース級のK先生に出会った直後だけに、一考の心境は大いに複雑だっで戸惑っていた。
 元々の一考の考え方は、雅子への手術など、高度な技術を要する対応は、総合的に見て、吉田病院で対応して頂くのがベストであるという考え方を持っていた。それと云うのも、吉田病院こそ、雅子が自ら調査し、自ら指名した病院だったからである、言って見れば、吉田病院は雅子のお気に入りの病院に他ならならず、技術的にもしっかりとしたものを持っていると見ていたからである。
 しかし、その後、胃ろう取り付けについて、春日先生と何回か話したのだが、その都度「近くの病院がいいよ」と暗に吉田病院での対応を否定する考え方を繰り返しておられた。そのことから、一考は、これ以上、自分から吉田病院での対応を言い出すことに、いささかの抵抗があった。
 春日先生とのそんなやり取りがあったことから、その対応策として、つい先日に、アクティバ琵琶の国宗看護課長さんらと話したのだが、その際には、大津市内の日赤病院や大津市民病院が言いのではということで合意していた。そこで、K先生に、率直にその辺りの話をしてみたのである。それに対しK先生は、「もちろん、それらの市内の病院でも可能だが、やはり、パーキンソン病だということを勘案すれば、それを看てもらっている吉田病院が何かにつけてベストである」という、予期通りの返答だった。(以下、明日に続く)

974 土壇場でのドラマ

 土壇場でのドラマと言えば、やはり逆転ドラマが最も感動的だ。しかし、一般的には、何事でも終盤や土壇場を迎えると、そこには新たに始まるドラマへの期待が潜在している。

1.独り言コラム
 ドイツのベルリンで第12回世界陸上が始まっていて、今朝も未明からのテレビ中継に思わず見入ってしまった。ちょうど、女子1万メートル決勝が行なわれていて、日本からも三人の選手が出場していた。優勝争いはケニアとエチオピアの二人ずつの4人の争いだった。残り100メートルの段階でエチオピアの二人が僅かにリードを保ち、1.2フィニッシュかと思われたが、最後の土壇場で、ケニアのマサイ選手の見事な追い込みがあって、二人のエチオピア選手をかわして、逆転優勝を果たしてしまった。最後の最後での逆転ドラマには胸を打つ感動がある。日本の中村友梨香選手が7位に入賞、福士加代子が9位と頑張った。もう一人の日本人選手の佐伯由香里選手は最下位だったが、身長142センチの小柄で明るいキャラクターに人気が集まり、地元の放送局のインタビューを受けるなど愛嬌を振りまいて人気者になっていた。
 さて、全米オープンゴルフだが、昨日のこのコーナーで、石川遼選手は、残念ながら予選落ちだと書いた。しかし、その後、多くの選手が終盤でどんどんとスコアーを落とし、終ってみれば、石川選手は、この大会での最年少(17歳10ヶ月)の予選突破という快挙に変わっていた。筆者の記憶では、石川選手がホールアウトした時点では、順位は90位以上だった訳で、どう見ても予選通過は叶わないと判断したのだった。それが、最終的には62位タイに上昇し、最後の最後の土壇場で生き残ったのだ。それだけに、今朝の三日目に期待をしていたが、残念ながらスコアーは伸びず、通算8オーバーでホールアウトしている。こうなれば、明日の最終日は、思い切ったプレーで、「これが石川だ」というような土壇場での感動ドラマを作って欲しい。
 話は変わるが、いつも、朝方の米国の株価の動きを見ていて感じているのだが、大引けの間際の最後の15~20分での変動が、最近では結構大きく振れるのがよく見られる。数時間後に開く日本市場へのインパクトは、この大引けの結果で決まってくるだけに、この時間帯での変動には強い関心を持っている。それは、これから始まる東京市場での予告編でもあり、この日の株価を考える上では、他人事ではないからのだ。
 ところで、日本には「窮鼠猫を食む」とか「火事場の馬鹿力」といった諺がある。追い込まれた土壇場では、とんでもない事態が起きたり、実力以上のものが発揮されることがあるというのだが、今度の総選挙に関する限り、追い込まれた自民党には、これらの諺は通じないようだ。残された2週間だが、この土壇場では、どんなドラマが用意されているのだろうか。   
 そんな見方をしていたら、あの田中真紀子・直紀夫妻が、そんなタイミングで民主党に入党したというのだが、真紀子さんは、また大臣にしてもらって、大恥でもかきたいとでもいうのだろうか。

2.プライベートコーナー
 3時起床。体重61.5Kg。(何故か、増加一方で少し不安)。天気はすっきりせず、雲が多い。
 昨日の雅子だが、依然として、痰でよく出て苦しそうだった。それでも、午後には、天気がよくなかったので、車椅子で館内をぶらつき気分転換を図った。表情は、今一つ冴えない。

3.連載、難病との闘い(939) 第三部 戦いはまだまだ続く(233)
  第六章 アウエーでの厳しい闘い(28)

 2.敵は本能寺(7)
 (1)緊急手術(その7)
 K先生との話も終わり、一連の段取りが一段落したのを見て、一考は保険所に出向いた。雅子の特定疾患患者手帳の更新手続きをするためだった。この手帳は、医療費をサポートしてくれるので有難いが、毎年更新をする必要があるので、それなりに手間は掛かるのである。
 一考は、その保険所での手続きを終えると、K先生からの呼び出しが何時あってもいいように、直ぐに病院に戻って待機していた。
 午後の1時半過ぎに、長姉の霧子さんが前ぶれなく見舞いに来た。昨夕の籔から棒の連絡を受けて驚いていたに違いない。ともかく、術後の様子を見ておきたかったのだろう。母代わりの姉としては当然なことのようで、取り敢えずは、落ち着いている雅子を見てほっとしたのではなかろうか。
 それから間もなくだった。K先生からの呼び出しがあった。別室で、今朝の血液検査の結果の報告があり、手術前には異常値を示していた肝臓のデータは、全て通常値に戻っていた。総じて、術後は極めて順調であるという。ほっとして、一考は霧子さんにも報告した。先生は、もう暫く様子を見た上で、次のステップの胆嚢切除の段取りについて考えようということだった。
 洗濯物も溜まっていたし、ほっとしたこともあって、一考は一旦、施設のアクティバに向かった。そこで、洗濯物を頼んだ後、看護課長の国宗さんに緊急手術の一部始終にについて報告した。思わぬ展開に国宗課長もびっくりしておられた。
 その後、三度び病院に戻って、霧子さんを最寄の駅まで送って後、四度び病院に戻った。そして、この日は遅くまで雅子の傍で付き添っていた。
 翌日も、一考は早めに病院に顔を出した。この朝の雅子には少し熱があった。K先生からは9時頃になって、その後の経過についての報告があった。血液検査では、もう全く問題のない状態に戻っているという。しかし、依然として痰は続いているので、それについて確認すると、周辺の炎症によるもにだろうということだった。
 それから間もなく、10時近くになっていたが、K先生が再び大部屋に入って来た。先ほどに比べると、その顔つきが少し厳しくなっているように見えた。そして、一考に向かって、思わぬ提案を投げ掛けてきたのである。(以下、明日に続く)

973 予選落ち

 この言葉には、何とも言えない虚しい、悔しい響きがある一方で、新たな気概と勇気を与えてくれる仕切り直しの意味もある。

1.独り言コラム
 次回の2012年のロンドンオリンピックの競技種目から、日本が復活を希望していた野球とソフトボールが予選落ちし、ゴルフと7人制のラクビーが有力候補として絞られた。世界でのその競技の普及率が主要な要因とされているが、その背景には、有力者の発言など政治的な駆け引きも見逃せない。
 ところで、ロンドンの次の2016年のオリンピック開催都市は、来る10月2日にコペンハーゲンで開催されるIOC総会で決定されるが、予選を堂々と通過した東京が、1964年以来の52年ぶりの東京開催という栄冠を獲得できるかどうか、その運命の日が迫って来ている。
 なお、その10月2日のIOC総会に外から応援すべく頑張っているアースマラソンの間寛平さんだが、その後順調に大西洋上をフランスを目指して着々と進んでおり、うまく行けば、明後日には、フランス北部のル・アーブル港入港が可能となりそうだという。これで、ICC総会開催までに、コペンハーゲン到着という目標の予選通過は、どうやら射程距離内に捉えたと言えそうだ。良く頑張っている。
 一方、政治の世界は、総選挙の公示日を目前にその動きは活発になっている。政権交代が行なわれる可能性が高い世論の流れの中で、自民党は何処まで頑張れるのかに関心がある。この戦いは公示までが予選段階で、公示後は一発の本番勝負となる。ただ、政界進出を企図していた宗教団体の「幸福実現党」が、公示を前に完全撤退を決めた。事前の調査で、明らかに勝ち目がないと判断した訳で、これは、まさしく、予選落ちと称していいだろう。
 夏の風物詩である高校野球も昨日で一回戦を終えた。我が滋賀県の滋賀学園は、同じ近畿勢の智辯和歌山に惜敗し敗退、お隣の京都の竜谷大平安高校も古豪の中京大中京に完敗した。両校とも、早々の予選落ちで、虚しく甲子園を去った。
 日本のプロ野球も、もう終盤戦に入っている。予選通過とも言うべき上位3位までのAクラス確保が当面の目標だが、それを目指して熾烈な戦いが展開されている。セの阪神タイガースとヤクルトスワローズ、パの西武ライオンズと楽天イーグルスは、クライマックスシリーズ出場権が得られるこのAクラスの予選の壁を破るのが、当面の最大の目標だが、果たして予選通過はなるのだろうか。ファンのやきもきは当分続くことにになる。
 ところで、今日は64回目の終戦記念日だ。敗戦と云う、言って見れば、近代国家を競う予選で敗れたとも言える訳で、そのどん底からサミットメンバーにまで成長した戦後の日本を見るとき、その努力を多としなければならないだろう。予選落ちが、頑張りを促した一つの見事な事例である。
 この予選落ちと云う言葉には、筆者も何回か苦い思い出がある。幾たびか試みた投稿作品が予選落ちの苦い試練を繰り返し頂戴した。才能がないと教えたくれた訳で、そういう意味では、負け惜しみになるが、すっきりして踏ん切りをつけてくれたと思っている。
 さて、今現在、進行中の全米オープンゴルフでは、期待の石川遼選手だったが、残念ながら、今回も予選落ちという無念を味わう可能性が高い。(もう、1時間以内にはっきりするだろう)これからの同君には、日本での今年の賞金王獲得、そして来年以降のメジャー制覇を期待したい。また、ロンドンオリンピックでの活躍を見たいと期待しているファンも多いはずだ。今年経験した3つのメジャーツアーでの予選落ちは、そういう意味では、同君に新たな勇気を与えることになるだろう。

2.プライベートコーナー
 3時10分起床。体重61.0Kg。朝風呂。天気は良さそう。
 昨日の雅子は安定していた。痰も少なく、体温も平熱に終始。午後には、リクライニング付きの車椅子で楽裕館の周囲と屋上を散歩がてらにぶらぶらと回ってあげた。

3.連載、難病との闘い(938) 第三部 戦いはまだまだ続く(232)
  第六章 アウエーでの厳しい闘い(27)

 2.敵は本能寺(6)
 (1)緊急手術(その6)
 とにかく、K先生は一考の期待通りに、しっかりとその仕事をやり遂げて下ださったのだ。一考は、心からの感謝の念で繰り返してお礼を言った。先生が部屋から出られて一息ついた一考は、祐一兄さんと、更には長姉の霧子さんに電話で、無事手術が終ったことを伝えた。お兄さんは、「そうか」と言って、ほっとしておられたし、霧子姉さんは、唐突な急変の連絡にびっくりしておられたことは申すまでもない。
 一段落して、一考が帰ろうと雅子に挨拶すると、珍しく、顔をしかめて反応した。その表情からは、まだ帰らないでというような感じに受け取れた。やはり、何か不安を感じていたに違いない。また、部分麻酔も切れてきていて、痛さを覚え始めていたのかも知れない。雅子の反応を、そんな風に解釈した一考は、もう暫く傍にいてやることにした。結局、病院を出たのは、8時近くになっていた。
 外は、激しい雨だった。雅子の苦しみが噴出しているのではと思われるような激しさだった。一考は、高速道路のバイパスで帰路に着いたのだが、雨の激しさで、ワイパーを最高速にしても前方が見難くて、怖くてスピードを出せず、後ろから迫ってくる車に追いかけられるようで焦りの気持ちで四苦八苦していた。
 帰宅して、ほっとしていた一考の頭の中に、突然、院長の言葉が甦ってきていた。それは、手術が終って一段落した時点で、院長先生が顔を見せてくれたのだが、その時に「原因が分かってよかったね」と声を掛けて頂いたのだ。確かにその通りだったのだが、一考の気持ちの中では、何か吹っ切れないものがあるのを感じていた。
 翌朝、術後の雅子のことが心配だったので、一考は早めの7時過ぎに病院に顔を出した。雅子の顔は少し赤みを帯びていた。案の定、体温も37.1度と微熱があった。間もなく、院長先生が顔を出して、肺炎はほとんど治っていると教えてくれた。一考が、肝臓の方はどうですかと聞いてみると、もう大丈夫だという。何か、きつねに騙されたような気分だった。前日までの抗生剤を変えての対応が効果を出してくれたのだろうか。胆嚢結石との関係はなんだったのだろうといった疑問が解けずに残っていた、一旦出て行った先生だったが、直ぐに戻って来て、改めて雅子の心音を確認し、「胆嚢は取った方がいいよ」との言葉を残して、再び部屋を出て行った。
 8時を少し過ぎた頃に、今度は、手術を担当したK先生が回って来られた。雅子のお腹から出ているチューブの先についているボトルに胆汁が出ているのを見せてくれた。そして、胆石で胆汁の流れが完全に詰まっているのではなさそうだとコメントし、その色が随分と薄くなって来ていると言いながら、「まあ、順調だと思うよ」と一考を安心させてくれた。そして、今日の午後の適当な時に、その他のデータを確認した上で、、今後の対応について説明したいと云うことだった。(以下、明日に続く)

972 歴史の重さ

 歴史の重さに感動を覚えることが多いが、その一方で、勝負は歴史の重さとは関係なく決まるものである。それだけに、その歴史を維持し、発展させる難しさをしみじみ思う。

1.独り言コラム
 昨日の産経新聞が世界の長寿企業ランキングを取り上げていた。初めて知ったのだが、その第一位が、大阪にある「株式会社金剛組」だそうだ。西暦578年創業の建設会社である。今では高松建設の子会社になっているが、創業、1431年という信じられないような長寿会社である。
 創業の切っ掛けが578年に、現在の大阪に四天王寺建立のために聖徳太子によって百済より招かれた宮大工の一人、金剛重光により創業され、江戸時代に至るまで、四天王寺お抱えの宮大工だった。寺社仏閣建築の設計。施工、城郭や文化財建築物の復元や修理などを主に手がけているという。
 そんな話題に続いて、関西テレビが、10時頃の番組「よ~いドン」で浜大津近くにある二つの歴史ある老舗を紹介していた。その一つが、平井酒造(当初は「近江屋」と称していた)で、江戸時代からの大津酒の「浅茅生(あさじお)」という酒を扱い、今も製造、販売している。万治元年(1658年)の創業だから、実に341年の歴史を持っている。滋賀県人でありながら、全く知らなかったのは不覚もいい処だ。
 もう一つが、株式会社三井寺力餅本家である。弁慶に因んで名付けられたという力餅は、大津周辺に売り場が幾つかあるが、この本店は、明治2年創業というから、創業145年になる。作り方、味などのノウハウはきちんと受け継がれて来ているという。筆者は、この店の前を時々通っていたのだが、そんな歴史があったのに気づいていなかった。灯台元暗しである。いずれにしても、近江は、歴史的には重要な拠点であったことが多く、その種の老舗があったとしても不思議ではない。
 ところで、例によって話は飛躍するが、自民党は今年で結党54年になる。その間、細川政権時代で一時下野した期間があったが、総じて政権党として長くその存在を保って来ていたが、遂にその政権を、結党後、僅か11年目の歴史の浅い民主党に明け渡さなければならない時が近づいている。今の厳しい時代を生き残るには、歴史の重さだけでは勝負にはならないことも確かだ。
 将棋の世界でも同様な動きが見られる。七大タイトル戦の中で、東の横綱である名人戦が68期目を迎えているのに対し、西の横綱に相当する竜王戦は、創設されてまだ22年目で歴史的な重みはまだまだだ。しかし、賞金総額、優勝賞金額では竜王戦が名人戦を上回っていて、総合的に見て、両者は甲乙付けがたい位置づけにある。しかし、日本将棋連盟のホームページには、タイトル戦の記載順番では、竜王戦が名人戦の上に並べられている。言うまでもなく、今や、朝日、毎日連合対読売の代理戦争である。
 さて、筆者は今、全米オープンゴルフ中継を見ながら、これを書いているが、注目の出場選手中の最も歴史の浅い石川選手は、残念ながらボギー先行で、12番を終わって、1オーバーで苦労している。今日はショットが安定していないようだ。頑張れ、石川遼!!。

2.プライベートコーナー
 3時半起床。全米プロオープン中継開始で起された感じ。体重、61.0Kg。天気は良さそう。
 昨日の雅子は、発熱と痰で悩まされた一日だった。前日治まっていた痰が、この日は再び雅子を悩ませていた。従って、車椅子での散歩は中止、一日中ベッドで頑張っていた。夜になって、雅子の友人の方からお見舞いの電話があった。

3.連載、難病との闘い(937) 第三部 戦いはまだまだ続く(231)
  第六章 アウエーでの厳しい闘い(26)

 2.敵は本能寺(5)
 (1)緊急手術(その5)
 とにかく、待つことには、かなりの忍耐を要した。もちろん、本を読んで待つといった精神的なゆとりはなかった。先生が口にしておられた「若しも膿が飛び散って身体全体に回ったりしたらどうなるのだろう」といった不安が脳裏を掠める。
 かつて、尿管結石で七転八倒した苦しみを味わったことがあった一考だっただけに、胆石も相当に痛いのではなかろうか、といった心配が浮上する。とにかく、無事に手術が終って欲しいと願いながら、じっと我慢して待っていた。落ち着かなくて、そわそわした気持ちが、不安の中に入り乱れていた。
 途中で、ふと気が付いたのが、自分がまだ誰にもこの緊急事態を伝えていないことだった。急いで病院の建物の外に出た一考は、雅子の実兄の祐一さんに電話を入れ、この思いもしなかった緊急手術について、かいつまんで報告した。突然の手術という報告に、さすがのお兄さんも大変驚いておられた。
 とにかく、手術の進行が気になっていた一考は、電話を切ると急いで雅子の部屋に戻ったが、まだ、雅子は戻って来ていなかった。
 随分と長い時間のように感じていたが、実際には1時間半たらずで手術は終った。5時半を少し過ぎた頃に、雅子がベッドに乗せられた状態で戻って来たのである。部分麻酔ということだったが、雅子はいつものように目を瞑ってはいたが、顔の表情は静かな落ち着いた様子だった。痛さを感じている顔ではなかったのが、一考を安心させた。
 K先生は、落ち着いた口調で「終りました。うまくいったと思います」と簡単な言葉でその結果を伝えてくれた。そして、別室に一考を呼ぶと、内臓の部分図をかきながら、手術の大まかな概要を分かり易く説明して頂いた。この手術でおよそ40ccの真っ黒な胆汁が抜き取られたという、術後はしっかりと抗生剤で処理したので心配はないということだった。かくして、緊急手術は成功裏に終ったのである。K先生は期待通りの結果を出して頂いた訳で、一考は、神様のような頼り甲斐のある信頼感を抱くのだった。
 この手術で、雅子の体には胆嚢からの廃液を取り出すチューブが取り付けられていた。結石で流れを失った胆汁が、そのチューブを通って、じわじわと外に流れ出て来ていた。そんな生々しい様子を見るのは初めてで、一考は何とも言えない不安を抱くのだった。しかし、これで、さし当たっての危機が避けられたのだという思いで、ほっとした安堵感を味わっていた。(以下、明日に続く)

971 厳しい試練を受けたが、…

 試練は成長の母になることもあるが、崩壊、分裂に繋がることもある。

1.独り言コラム
 異例のケースとして、日本のプロ野球を経験することなく大リーガーになったレッドソックスの田沢純一投手が、昨日、何とか初の1勝を上げた。初回に痛打を喫して3点も取られたものの、2回以降は、頑張って6三振を奪いゼロに押さえた結果、味方の打線の援護があっての勝利だった。四日前にヤンキース戦では、延長15回に、ロドリゲスにさよならアーチを食らっていただけに、貴重で嬉しい1勝である。先ずは、おめでとうと申し上げたい。しかし、田沢にとっての勝負はこれからである。
 高校野球では、春のセンバツで準優勝した花巻東高の菊池雄投手が、150キロを投げるということで注目を浴びていたが、昨日の長崎日大高との対戦では、意外にも3本のホームランを浴びて苦戦した。しかし、終盤で味方の打線が逆転してくれて2回戦に進むことが出来た。これからの戦いで、その実力の本領を発揮して欲しい。
 少しニュアンスは違うが、プロゴルファーの石川遼選手も、世界の4大メジャートーナメントの内のマスターズ、全英オープンでは、無念の予選落ちという厳しい試練を受けた。その石川遼選手が、三度目の正直ということで、明日から始まる今期最後のメジャートーナメントである全米プロに出場する。少なくとも予選突破は果たしてもらい、願わくば、優勝争いに絡んで欲しい。
 さて、覚せい剤所持という衝撃的な逮捕で、連日話題沸騰の酒井法子だが、清純派タレント、歌手としては、試練を越えた取り返しのつかない致命的な批判の中にある。しかし、その一方で、なんと、インターネットを通じて彼女の曲が大変な売れ行きを見せているという。これは、一体どういうことなのだろうか。
 東名高速が牧之原付近で通行止めになっている。先の静岡地震で路肩が損壊したためである。日本の幹線道路が、これほどの被害を受けたのは初めての試練であり、目下、その復旧工事が懸命に進められている。既に下り線と上りの一部が今日の深夜に開通した。上りの残っている部分も今日の正午には全面開通を目指しているという。お盆休み、1千円料金の効果が期待されているだけに、道路公団にしては、試練の突貫工事である。
 ところで、突貫工事といえば、日本の政治も改革と云う意味で、思い切った突貫工事が必要だ。今や、自民党が国民から厳しい批判という試練を受けていて、その政権の命運も風前の灯である。民主党を軸とした新政権の誕生は必至であり、彼らの手腕が問われることになる。果たして、突貫工事は成功するのだろうか。神のみぞ知る世界である。

2.プライベートコーナー
 3時に目が覚める。直ぐに風呂。体重、60.6Kg。外は真っ暗だったが、その後、まずまずの空模様。
 昨日の雅子だが、午前中は少し熱があったようで、お風呂の日だったが、シャワーだけにしたという。しかし、午後になって体温も平熱に戻っていた。前日から始めた車椅子でのぶらり散歩を1時間ぐらい行なった。特筆すべきことは、痰が、一考が居る間では、なんとゼロだった。このまま治ってくれればと願いながら、夕方帰宅した。

3.連載、難病との闘い(936) 第三部 戦いはまだまだ続く(230)
  第六章 アウエーでの厳しい闘い(25)

 2.敵は本能寺(4)
 (1)緊急手術(その4)
 胆嚢結石で緊急事態。これは全くの想定外の驚きの暗転だった。一考の頭の中では一体何事が起きたのか、この11日間の治療は何だったのか、といった訳の分からない思考で混乱していた。
 K先生は、一考を別室に呼んでCT写真を見せ、また内臓の図を書いて解説し、問題の胆嚢辺りの状況を詳しく説明してくれた。それによって、一考は、事態の厳しさ、対応に急を要する事態を理解した。大変心配だったが、ここではこのK先生にお任せするしかない。事前にその名前を聞いていて頼りになる先生だったのが幸いたった。そういう意味では、一考の頭の中では、地獄に仏の気持ちでもあった。
 先生の要請で緊急手術に必要な書類に署名した。K先生の腕を信じての署名だった。夕方の4時少し前だったと思う。
 先生の説明では、今回の緊急手術は、開腹をせず、内視鏡を使って行なうので、部分的な麻酔で済ませるという。そこで、パーキンソン病が麻酔にどの程度影響があるかが、懸念されたのだが、雅子の体質、今までの麻酔経験などから、大丈夫だとの判断で手術が行なわれることになった。
 直ちに、雅子はベッドに寝かされたまま手術が行なわれる一階の手術室に運ばれることになった。一考は不安な気持ちで、そのベッドが大部屋から移動されて行くのも見守った。何しろ、突然の思わぬ展開に不安は大きかった。恐らく、雅子も急な手術に驚いているだろうと心を痛めるのだった。しかし、K先生が、この病院ではエース級の先生だということが、一考の不安な気持ちを強く支えてくれていた。
 手術が開始されたのは、4時を少し過ぎた頃だった思う。一考は、大部屋の雅子のベッドがあったスペースのところで待機することにしたが、何とも落ち着かず、何回か、階段を下りて手術が行なわれているであろう一階の部屋の前辺りに行っては戻って来るといった無意識な行動を何回か繰り返していた。その一方で、頭の中では、よからぬ不安が去来することもあって、自分が悲劇の主人公の一人であるといった思いが、自らの気持ちを苛むのだった。(以下、明日に続く)

970 そんな中で、…

 すっきりしない夏が始まっていて、すっきりしない毎日が続いているが、そんな中で、話題はあれこれと多い。

1.独り言コラム
 日本列島に梅雨前線、台風、地震が交錯し、複合した形で襲い、多くの地区で大きな、厳しい被害が出ている。被害に遭われた方々は大変お気の毒であるが、元気を出して復旧に頑張って頂きたい。正直言って、既に妻の難病でアップアップしている自分が巻き込まれなくてよかったと思う。
 そんな中で、静岡地震では死者が一人も出なかったのは不幸中の幸いだった。東海大地震ということで、多くの方々がそれに備えておられたからだという。怪我人が、関東地区全体で113人だったというのは、地震の規模からみて奇跡に近い。やはり「備えあれば憂いなし」のようだ。筆者の妹が静岡市内に住んでいるのだが、幸い大きな被害はなかったようだ。
 そんな中で、甲子園では、大会史上初めての2試合連続ノーゲームとなった広島如水館高と高知高との対戦が行なわれ、三度目の正直で、前の2試合のノーゲームで共にリードしていた如水館が気の毒にも大敗して甲子園を去った。雨のいたずらとは言え、如水館には厳しい青春の苦い思い出となった。
 そんな中で、一昨日のTV朝日のテレビタックルだったと思うが、中田宏横浜市長のこのタイミングでの辞任に対し、三宅久之氏が任期途中での辞任を厳しく非難していた。中田市長の主張する10億円程度の選挙費用の削減は、民主主義を守るための必要経費だという。筆者は、今までは、概ね、三宅久之氏の主張を支持しているのだが、この件だけは、中田市長の主張する合理性を支持したく、三宅氏の主張は納得できない。
 その中田市長が昨日、橋下大阪府知事と一緒に会見し、今度の総選挙のマニフェストを評価し、民主党の方により高い評価を与えた。各紙には一面に大きな見出しで報道されているが、この扱いには、誤解を生む懸念がある。中田、橋下氏らの評価は、あくまでも地方分権に関することに限定しての評価であり、マニフェスト全体の評価ではないからだ。とにかく、大きな影響力を持つ二人の発言だけに、その報道のあり方には充分な配慮が必要だ。
 また、そんな中で、食傷気味の酒井法子の続報だが、今までの捜査状況では、起訴するのが難しいという。逃亡していたことで、尿検査で覚せい剤の存在が確認されなかったのが大きな理由だと云う。もし、それなら、やはり逃げ得をPRするようなものになる。そういう意味では、この事件は何としても起訴をしなくてはまずいと思う。なお、先日のこのコーナーで、この事件を裁判員裁判で取り上げたらということでコメントしたが、この事件は、その対象にはなっていないという。勇み足だったが、この事件こそが、一般国民の意見を取り入れるという意味では格好の対象であると思っている。
 さあ、そんな中で、いよいよ本格的な夏が訪れようとしている。

2.プライベートコーナー
 5時40分起床。体重、60.1Kg。天気は良さそうで、暑くなりそう。
 昨日の雅子は、痰の出方が頻繁で大変だったが、それ以外は順調だった。午後には、リクライニングつきの車椅子で少し散歩。幸いなことに、夕方になって、痰も少し治まっていたが、果たして、夜はどうだったか、…。
 なお、先日、読者の「かに座」さんから教えてもらった錠剤の服用の仕方について、看護婦さんと話し合った。いろいろ一長一短あるということで、さし当たっては、今の方法で様子をみることになった。「かに座」さんありがとう。今後とも宜しく。

3.連載、難病との闘い(935) 第三部 戦いはまだまだ続く(229)
  第六章 アウエーでの厳しい闘い(24)

 2.敵は本能寺(3)
 (1)緊急手術(その3)
 一見、中年の優しそうな紳士だった。自らKだと名乗られたのだが、一考は、その名前を聞いてはっとすると同時に、ある種の安堵感を覚えたのである。一考には、その名前にはしかと記憶があったからだ。それは、入院直後に、施設のアクティバ琵琶の看護婦さん達とやり取りをしていた際に、ある看護士さんが口にされた名前だった。その方のお話では、この病院では、特に頼りになる先生の一人だそうで、胃ろうを頼むならば、この先生がいいのではとの情報だった。そんな事前の知見があったことで、このK先生の登場を目の当たりにして、一考は、愁眉を開いた感じを抱いたのである。
 ところで、この先生の後ろ姿を、一考は、その日の昼過ぎから、何気なく目にしていたのである。やはり、そこには何らかの縁と云うべきものがあったのだろう。雅子のいる大部屋と廊下を挟んだところに、看護婦の控え室があるのだが、その一角で、その日の午後から、しきりにCT撮影のフィルムを真剣に点検している先生の姿があった。それは、雅子の居るベッドの脇から直視できる位置関係にあった。しかし、まさか、そのフィルムが雅子を撮影したものだとは思ってもいなかったのである。
 それというのも、雅子がその日にCT撮影を受けていたのを、一考は全く気づいていなかった。多分、前日の血液検査の結果、肝臓のデータに異常があったために、急遽撮影されたのであろう。多分、一考はその時には外出していたと思われる。その辺りのことは、その後のK先生からの説明で知ることになるのだが、後姿の先生が見ていたCTフィルムこそ、雅子を撮影したものだったのである。、そのフィルムの解析で、雅子が厄介な病気であることを発見して頂いた訳であり、その意味では、貴重なCTフィルムだった。
 そのK先生は開口一番、少し改またった口調で、病状がただ事ではないということを伝えたのである。まさに、籔から棒だった。一考の理解では、それまでは、あくまでも、肺炎という正敵であって、それに対する治療が抗生剤の投与で行なわれているという認識だった。それが、今朝になって、肝臓に支障が出ているとの話を聞かされたばかりで、一考は一体どうなっているのかと心配していたのである。
 そのK先生の口から出てきた病名は、胆嚢結石だった。それまで全く話題に出なかった病名である。しかも、今の状態はその膿が胆嚢にいっぱいになっていて、早急に手術で抜き取らないと大変なことになる緊急事態だという。若しも、その膿が腹部内に漏れたり、飛び散ったりすると腹膜炎などを誘発し、大変危険な状況になるというのだ。(以下、明日に続く)

969 うんざり

 夏だと云うのに全く夏らしくない。うんざりもいいところである。

1.独り言コラム
 このブログを書き始めて直ぐに揺れを感じた。5時7分に起きた静岡沖の地震だった。震度6弱で相当大きい地震だ。東京でも震度4だというし、ここ大津でもゆらゆらと揺れていて気分はよくなかった。
 静岡沖地震と云うと、すわ、東海大地震ではと思ったが、今の時点での報道では、そのような表現は全く使われていない。
 このところ、台風9号の通過、ゲリラ的な激しい雨などで被害続出の日本列島に、大きな地震の発生で泣き面に蜂で、うんざりの気分である。
 この地震発生のニュースで、ここ一週間ニュースの主役を占めていた、酒井法子と押尾学の覚せい剤のニュースも吹っ飛んでいるようだ。もううんざりし始めていたニュースだけに、ほっとした気分でもある。
 昨日のNHKスペシャルの海軍を見ながら寝てしまったのだが、中味は凄い告白がいっぱいだった。人間魚雷や特攻の戦術で若者を死に向かわせた将校たちは、全くもって許しがたいものがあって、うんざりもいい処である。特攻の扱い方は、捕虜を「丸太」と称して扱ったやり方と本質的には同じであり、それは、爆弾で装備した現在のテロリストに通じるものがある。うんざりを越えた驚愕の世界だ。
 日経新聞の今朝の一面で、日本の借金額がこの6月末で860兆を越えたと伝えている。これまたうんざりで、もう驚きもしない。また、数字が大き過ぎて実感が伴わないが、どんどん増えてゆく一方で、一体、どうなってゆくのだろうか。
 そんなこととは関係なく、イチローの200安打に向けてのペースは凄い。うんざりした気分を吹っ飛ばしてくれるのは、このような明るいスポーツニュースだ。今週末の男子プロゴルフの全米プロでの石川遼選手の活躍に期待したい。

2.プライベートコーナー
 4時40分起床。体重60.9Kg。外は地面は濡れているが曇り空。
 昨日の弘子は、昼間は安定していた。午後には、リクライニング付きの車椅子で館内を回って気分転換を図る。看護婦さんの話では、栄養剤投入後の夜が、痰が多く出て大変だそうだ。心配。

3.連載、難病との闘い(934) 第三部 戦いはまだまだ続く(228)
  第六章 アウエーでの厳しい闘い(23)

 2.敵は本能寺(2)
 (1)緊急手術(その2)
 先生の指摘した肝機能の障害については、その時点ではピンと来なかった一考だったが、パーキンソン病のお薬を暫く抜くという話しには、何か凄く重い違和感があった。
 先生の見方は、施設では、雅子の口が開き難かったことで、パーキンソン関連のお薬がきちんと服用されていなかったのに対し、入院後は、鼻からのチューブで投与するようになって、お薬がしっかりと投与されるようになったことが、肝機能に影響を与えているのではと判断されたようだ。それと云うのも、入院後間もなく雅子の手の震えが一時的に収まったような症状になったことを、先生は重く見ての判断のようで、そのことを確認してみようと云うのがその真意であるようだった。
 しかし、先生からの提案に、一考は、大きな違和感を覚えていた。話があまりにも唐突だったので、その会話の流れで「そうですか」とは言ってみたものの、先生が立ち去られた後になって、一考の頭の中では、それはまずいのではと思い直し、勇気を出して、先生が戻られた部屋に出向いて、次のように申し入れたのである。
 「何しろ、この5年以上もずっと飲み続けて来たお薬で、微妙なバランスを保った形で構成されているお薬の組み合わせですから、これを急に止めるのは、その微妙なバランスに支障を来すことになり、大変まずいのではと思うのです。施設での服用は完璧ではなかったかも知れませんが、大筋ではしっかりやってもらっていたと思います」
 それに対し先生は、意外にもすんなりと「そうか」とおっしゃって、そのことは取り止めて頂くことになった。まあ、先生の方にも、しっかりとした自信がなかったのかもしれない。とにかく、一考は、先生の方針取り消しに、ほっとして雅子の傍に戻った。
 一方で、この日から、新しく生体抗生剤の使用が始まることになっていて、このこう着状態に何らかの進展があるのではと一考は密かに期待をしていた。しかし、目立った動きもないまま時間は進み、この日の午後も淡々と時間は過ぎていった。
 事態が大きく動いたのは、そんな時だった。時刻は午後3時半を少し過ぎていた。一考は、雅子のベッドの傍で、本を読んでいたのだが、そこに、それまでの院長先生ではなく、もう少し若い先生が、突然一考の前に姿を見せたのである。そして、その先生の真剣な眼差しに、何かただ事でない動きがあることが察知され、一考は、読んでいた本を畳むと身を立て直して、その先生を見て軽く会釈して挨拶した。(以下、明日に続く)

968 宴のあと

 今回のノリピー事件を裁判員裁判が取り上げたら、どんな判決が出るのだろうか。宴の後にまた宴ということになりそうだ。

1.独り言コラム
 何だか気分的に重い感じの疲れが残っている週明けである。二人の大物芸能人の逮捕劇、それに新しい歴史を切り開くことになる裁判員制度の話題で、総選挙の話題がかすんでしまったような一週間だった。まさしく、宴のあとの気分である。
 逮捕後の酒井法子は、その後の取調べには素直に応じていて、不明だった期間の足取りや夫婦でやっていたといった使用の実態なども供述しているようで、今日の午前中には送検されるという。
 恐らく、逮捕された以上は、今後の裁判での有利さを得んがための方針に切り替えての素直さであろう。それにしても、薬物使用を禁止するPR映画にも出演していながら、薬物に対する認識の甘さには驚きである。
 ところで、この事件が起訴された場合、この裁判を新しい裁判員裁判で取り上げることにはなならないのだろうか。若し、そうなれば、6人の一般裁判員の対応は大きな注目を浴びることになろう。特に、執行猶予を付けるかどうかが、大きな争点になることは必至だ。
 この裁判員制度に反対の筆者だが、若しも筆者が裁判員に選ばれたなら、恐らくその場の雰囲気に流され易い性格から、執行猶予付きの甘い判断をしてしまいそうで自信がない。演技であろう素直さに、筆者がいちころになってしまう可能性は高い。なお、この裁判に限っては、一般裁判員6人の男性、女性の比率が大きな影響を与えることになるのではなかろうか。

2.プライベートコーナー
 4時50分起床。体重、60.3Kg。曇り空から直ぐに雨。
 昨日の雅子は、比較的落ち着いていた一日だった。午前中に入浴。すっきりしていたようだし、痰の出方も治まっていた。この状態が続けばいいのだが、…。

3.連載、難病との闘い(933) 第三部 戦いはまだまだ続く(227)
  第六章 アウエーでの厳しい闘い(22)

 2.敵は本能寺(1)
 (1)緊急手術(その1)
 週明けの月曜日、6月29日、この朝には3回目の採血が行なわれた。またレントゲン検査も予定されている。今一度、基礎データの確認が行なわれるのだ。一考は、朝8時前に病院に顔を出して、雅子の様子を窺うと、体温は37.6度と相変わらず高く、浮かない顔をしていた。
 回って来た看護婦さんに、このところの排泄の様子を確認すると、栄養剤の投与後は、下痢模様の状態が続いているという。そこで、今日からは、栄養剤に含まれているその原因と思われる成分を抜くという。いずれにしても、入院して10日にもなるのに、雅子の症状が一向に改善しないことに、一考は、不安と焦燥感を覚え始めていた。
 昼前に、一旦、病院を出て雑用を済ませ、午後2時少し前に再び病院に戻って来ると、院長先生か足早に近づいて来て、肺炎の菌対策として、新たに生体抗生剤(プロブリン)を使いたいので、その使用に関しての承諾書にサインを求められた。どうやら、今までの抗生剤では効果がないということらしい。一考は、少し不安だったので、小児科病院を開業している雅子の実兄の祐一さんに電話でその感触を確認した。祐一さんは、まあ、プロブリンなら、そんな問題はなかろうということだったので、先生に直ぐにサインすると申し出た。この日の雅子は、帰り際でも、依然として37,8度という熱に悩まされていた。
 そして、事態が大きく動くことになった6月30日を迎えたのである。
 この日の朝、一考は8時前に病院に着いていた。看護婦さんに雅子の様子を聞くと、体温は依然として高く、37.7度で、痰のつまりも目立っていて、そのための吸引で雅子は朝から苦しんでいた。
 9時前になって先生が回って来られて、血液検査の結果から、肝機能に障害が出ているようだとの報告があった。同時に、今日からパーキンソン病のお薬の服用を暫く取り止めたいという。何気なく聞いていた一考だったが、その発言に、何か、しっくりしないものを感じていた。(以下、明日に続く)

967 合点がいかない

 このところ、「何故?」、「どうして?」「そんな馬鹿な!」などといった理解に苦しむ事柄があまりにも多すぎるように思う。

1.独り言コラム
 タレント酒井法子の話題は、もう取り上げるのも嫌になるぐらいの馬鹿馬鹿しい展開になっている。悲劇のヒロインから犯罪者、失踪から逃亡、そして逃げ切れないと判断して、出頭して逮捕された。清純さを売り物にしていたタレントだけに、どうして、悪の象徴である薬に手を出してしまったのか、何が、彼女をそうさせたのか、理解に苦しみ、合点がいかない。
 同時に、姿を隠す前に、脛にそんな傷を持ちながら、夫の呼び出しを受けて渋谷の事情聴取の現場に出かけて行ったのかも理解できない。また、まさか、自宅が家宅捜索を受けると思っていなかったのだろうが、それにしても、何故、そんな犯罪の証拠品を隠しもせずに残して置いたのだろうか。自分のやっていること、薬の使用を、あまりにも軽く見ていたとしか思えない。
 この事件の前に、弟が覚せい剤の容疑で既に逮捕されていたようで、どうやら、悪い人達と深い関係になってしまっていたのだろう。あのかわいい顔で堂々とファンを裏切っていた彼女は悪魔だったのだ。
 この世の中、合点がいかないことは他にも多い、あの合成麻薬の押尾学の場合も同じだ。相手の女性が亡くなった現場にいながら、彼女に下着も着けてあげずに、全裸のままで放置して逃げたのも、いくら気が動転していたとはいえ、許せない行為だ。時間はたっぷりあったのだし、全くもって合点が行かない。後で駆けつけたマネージャーもしかりである。
 さて、裁判員裁判が終ったが、その裁判員たちが記者会見に応じていた。テレビの映像は、最初は裁判官の顔を出さないような撮り方をしていた局もあったが、その後は、各局とも、顔もしっかりと捉えた形での報道だった。守秘義務がかかっている部分もあって、裁判官が選ばれた段階から、どんな方々かさえも分からなかったのに、裁判が終った段階では、その辺りの対応が大きく変わっていた。この辺りの変化にも合点は行かなかったが、結果的には、顔を出して堂々の受け答えは、今後の参考になっていいことだと思っている。会見に出た方々は、見た限り、なかなかしっかりした人ばかりだったので、無作為での抽選結果なのにと合点どころか、大いに驚かされた。
 総選挙が迫って来ていて、各党がマニフェストを発表しているが、民主党は、後出しではないが、消費税の扱いや外交分野で、地位協定や自衛隊のインド洋での扱いなどで、徐々にそのスタンスを修正しているようだ。ライバルの手の内、国民の顔色を見てからの調整は見苦しく、選挙民は合点がいかない。 

2.プライベートコーナー
 4時50分起床。体重、60.6Kg。 外は雨。
 昨日の雅子だが、前夜の栄養剤の投入は、結局は16時から21時まで、5時間かけて、ゆっくりとしたペースで行なわれた。その結果だが、この日の様子は比較的安定していたように思う。
 午後になって、階下で夏祭りのイベントがあり、リクライニング付きの車椅子で散歩がてら連れてやった。その後、実兄の祐一さん夫婦がお見舞いに来られて、のんびりしたひと時を過ごしていた。コミニケーションが顔の変化だけに頼っているのが辛い。時々、痰が詰まって苦しそうな様子を見せるのが気になっている。

3.連載、難病との闘い(932) 第三部 戦いはまだまだ続く(226)
  第六章 アウエーでの厳しい闘い(21)

 1.緊急入院(20)
 (2)肺炎との闘い(その14)
 6月26日、前夜の久し振りのお酒で二日酔い気味で頭が少し痛い一考だったが、頑張っていつもより早く、7時過ぎに病院に顔を出した。雅子の様子は、依然として体温が37.4度と高く、痰の出方も減っていないようだった。ただ、看護婦さんの話では、その痰の色が少し薄くなってきているという。
 9時を少し過ぎた頃になって、回診に来た院長と話をすることが出来た。先生の話では、前日のレントゲン撮影や血液検査の結果から、肺炎が広がっているようだと云う。依然として菌の特定は出来ておらず、今日から三たび抗生剤を変えて様子を看ると云う。これを聞いて、一考の不安が拡がった。本当に大丈夫なのかなあという不安である。
 この日の午後には、改めて痰が採取され検査に回された。午後になると、体温は少し下がって37,2度となった。新しい抗生剤がマッチして来たのではと、藁にも縋る思いで前向きに捉えようとしていた。
 その翌日からの二日間は土曜日、日曜日で、先生はお休みで回診、診察は行なわれなかった。この間の雅子の症状は相変わらずで、熱と痰に悩まされた二日間だった。体温は高い時には38度にも達していたし、痰も色が薄くなってきているという看護婦さんの話とは関係なく、その頻度は減らず、雅子は苦しさと懸命に闘わざるを得なかった。また、栄養剤がまだ馴染んでいないのか、便がゆるく、下痢状態が多かったようだ。そういう意味では、肺炎が治癒してゆく様子からは、ほど遠いように思われた。
 一考にしてみれば、入院時の話で、一週間ぐらいで退院できるだろうとの先生の話だったことから、多少の遅れはあっても、もうそろそろ前向きの話が出て来てもという期待を持っていたが、それは完全に裏切られていて、未だに、治癒への入口が見つからずにもたもたしており、遅々として回復しない症状に、一考は苛立ちを覚え始めていた。
 そんな状態だっただけに、この二日間の先生の休日は、生ものが入っている冷蔵庫の電源が切られたような不安となり、一考は、落ち着かない時間との戦いに辟易とした思いになっていた。
 そうしたこう着状態が、週明けの二日目に入って、思わぬ大きな展開を見せることになるが、そのことは、まだ誰も知らない。(以下、明日に続く)

966 イメージダウン

 気の毒なヒロインから、一転容疑者に。これは驚きを越えた驚きである。

1.独り言コラム
 それにしても、酒井法子に逮捕状が出たという展開は全くの想定外だった。今朝の報道では、押収された覚せい剤の吸引器具に付着していたDNAが本人のものと一致したという。あのかわいい、清純な顔から想像するのが怖い。何が彼女をそうさせたのか。イメージダウンといった言葉では捉えきれない事件の展開となっている。これは、単なるイメージダウンではなく、イメージ崩壊である。
 イメージダウンの話題には、枚挙に暇が無い。今、事件の渦中にある押尾学容疑者の合成麻薬の事件もそうである。今や、芸能界、スポーツ界は大麻や麻薬での汚染が甚だしく進んでいて先行きが怖いぐらいだ。
 芸能界でのイメージダウンの最近の事例では、SMAPの草剛氏のお酒を飲みすぎてのハレンチ行為が思い出される。その後、同氏は復帰を果たしているが、彼を画面で見るたびに、その悪いイメージがプレイバックしてきて、それを払拭するには少し勇気がいる。
 政治家のイメージダウンも数多い。漢字を読めない麻生総理から始まって、自民党の古賀選挙対策委員長から声を掛けてもらって、知事職を軽視した東国原英夫知事も県民から失った信頼は大きく、今まで築き上げたイメージのダウンは計り知れない。また、大元の自民党自体のイメージも大きく後退していることは否めない。
 筆者の大の贔屓の小泉純一郎さんも、息子、進次郎さんの後継指名が、大きなイメージダウンになっている。一般的には親の後を継ぐのは親孝行の最たるものなのだが、…。
 イメージは積み重ねられて作られるが、その崩壊は一瞬にして起きるから怖い。

2.プライベートコーナー
 5個40分起床(朝寝坊) 体重、60,0Kg。お天気は良さそう。
 昨日の雅子だが、熱もあり、痰の出方も、昨夜は酷かったようで、雅子には苦しい一日だった。その対策として、食事である栄養剤の投与の仕方に、量の配分、スピードなどを、少し工夫をしてもらった。この工夫の成果がどうなのかに注目している。

3.連載、難病との闘い(931) 第三部 戦いはまだまだ続く(225)
  第六章 アウエーでの厳しい闘い(20)

 1.緊急入院(19)
 (2)肺炎との闘い(その13)
 その社長と一席を持つ話の切っ掛けは、今年の3月に大阪での会社のOB会にあった。その時に、ある商社の社長の話題になり、彼が近く創業者のお孫さんに社長の座をバトンタッチするという話だった。言ってみれば、平成の心温まる大政奉還である。一考は、その社長さんとはかつて一緒に仕事をしたこともあり、親しい関係にあったことで、その話に甚く感動し、会う機会を是非とも設定して欲しいと、その場に居た今の支店長に頼んだのである。
 心優しい支店長の速やかな配慮で、その出会いの機会が5月末にブッキングされた。しかし、それが、例の新型インフルエンザの騒ぎがあって、安全を期して延期し、この日に変更してもらっていたのである。それだけに、その後の急な雅子の入院があったものの、2度目の延期は避けたいと、この日は多少の支障はあっても、大阪に出ることにしていたのである。
 結果的には、一考には都合の良い日程となった。4時過ぎに吉田病院に立ち寄り、春日先生に準備して頂いた書類を受け取って、その足で大阪に出たのである。久し振りに社長に会うということで、雅子の大変さは気掛かりだったが、なるべく明るく振舞おうと心掛けていた。
 話題は大いに盛り上がった。話は30年前に遡る。当時、一考の会社の取引先の一つだった中堅商社で起きた反乱で設立されたのが、この会社だった。発端は、そこで長く番頭さんをやっていた専務が、当時の社長が若いジュニアを社長に指名したことに不満を抱き独立を決意されたのである。それに賛同した何人かの同志が新会社に移った。一考は、偶々だったが、当時の上司の配慮で、その独立前夜の激励会に顔を出していた経緯もあって、そこでの生々しい雰囲気に接していた。とにかく、一考は、新会社に移った勇気ある何人かの同志の行動に感動していた。まだ海のものとも山のものとも分からない会社に移るというのは、まさに決死隊とも言える覚悟が必要だったろうと思う。かつて、自分達が、親会社から離れて日米の合弁会社に移った頃のことが思い出された。
 もちろん、今の社長も、その時の勇気ある同志の一人だった。同氏とは、新会社設立直後から、一緒に仕事をしたことも多く、それらの思い出話に花が咲いたのである。
 そんなドラマティックな経緯で生まれた小さな会社が、激しい風雪に耐えて30年もの歴史を作ってきたことへの感動は大きい。加えて、近々、創業社長のお孫さんを社長に迎えると云うドラマには、日本人好みの感動要素が満載で、素晴らしいクライマックスとなるはずだ。
 いずれにしても、難病で苦しんでいる雅子には申し訳なかったが、この夜だけは、昔の思いでに浸り、勇気ある選択をした友人が築いてきた素晴らしい歴史に酔いしれていた。頭の中では、なるだけ、お酒をセーブしたつもりだったが、酩酊も良いところで、帰りの電車では隣の駅まで乗り越していた。(以下、明日続く)

965 命の大切さ

 この世で、粗末にしてはいけない最大のものは、何と言っても命であろう。

1.独り言コラム
 広島で64回目の「原爆の日」を迎え、5万人が参列し平和記念の式典が行なわれた。平和の有り難さを改めて思う。今年は、昨年よりも4カ国多い過去最高の世界の59カ国から代表が参列したという。オバマ大統領の「核兵器のない世界」の提唱に大きな支持が送られた。平和は唱えるだけでなく、実現されて初めて意味があるのだ、
 さて、今朝のニュースで、行方不明になっていたタレント、酒井法子さんの長男が無事で都内にいるのが確認されたようだ。よかったと思う一方で、酒井さん本人が未だにその所在は分かっていないのが大変心配だ。命を大切にして欲しい。無事であることを願っている。
 一方、女優の大原麗子さんが亡くなられた。享年62歳で、まだ、まだお若いのに残念である。既に何日か前になくなっておられたようで、昨日、親族の方が訪ねて来て亡くなっているのを見つけたという。そういう意味では、大女優にしては、寂しいお別れだった。 
 このブログでも取り上げたが(700回を参照)、彼女はギラン・バレー症候群という極めて大変な難病と闘っておられたことで、難病と闘うという意味で仲間意識もあって、筆者も気になっていた。ご冥福をお祈りしたいと思います。
 大原麗子さんで思い出すのは、何といっても、あのサントリーのコマーシャルだ。「すこ~し愛して! なか~く愛して」である。今朝のニュースでは、かつての夫だった森進一さんのコメントを紹介していたが、しみじみとしたものが感じられて心を打った。かつて一緒に生活を共にした人でも、例えば、小林旭さんのように、美空ひばりさんのその種の集まりには顔も出したくない心境の方もおられるのは致し方ないが、やはり、せめて、亡くなったような場合には、全てをチャラにしてお悔やみぐらいはあった方がいいのではと思う。
 なお、この大原さんの孤独の死亡の報道に、筆者は、何故か、昔の三人娘の一人だった江利チエミさんが同様に一人で亡くなっておられた事例を思い出した。もう27年も昔のことなのだが、何とも不思議な連想である。
 この珍しい連想で、筆者が言いたかったのは、「有名タレント、俳優さんたちも、最後は孤独であることも少なくない」ということのようだ。 

2、プライベートコーナー
 3時半起床。体重、60.6Kg。外は真っ暗。雨は降っていない。
 昨日の雅子は、前日並みの症状で微熱があるが、顔の表情は比較的豊かだった。午後には、週に一度の契約医師の回診を受けた。K大学の出身の神経内科の先生だ。和やかに診察。また2時半頃には長姉の霧子さんがお見舞いに見えた。この施設に戻って来て初めてのお見舞いに、雅子も何となくほっとしていたようだった。。

3.連載、難病との闘い(930) 第三部 戦いはまだまだ続く(224)
  第六章 アウエーでの厳しい闘い(19)

 1.緊急入院(18)
 (2)肺炎との闘い(その12)
 ところで、この日は、将棋名人戦の最終局の決着の着く二日目だった。四月から始まった今期のシリーズは、挑戦者の郷田九段が頑張って、第五局を終って、3勝2敗と名人位に王手していた。しかし、厳しいかど番に追い込まれた羽生名人だったが、第六局を勝ち取って、この最終局に持ち込んでいたのである。 一考は、何とか郷田新名人誕生を期待して、昨日からの展開を見守っていたのだが、この時点では、落ち着いてその棋譜を追う気分にはなっていなかった。雅子の症状が芳しくなく、それどころでなかったといえば、それまでだが、実は、前日のごく序盤の段階で、羽生名人に妙手が出て、長考を繰り返しての郷田九段の頑張りでも、これに勝る指し手がが見つからず、郷田自身もそうだったと思われたが、筆者も、諦めの心境になっていたからでもある。
 それでも、夕方になって終盤の局面では、若しかしたらとのチャンスも訪れたようだったが、流れを変えるに至らず、羽生名人の見事な防衛でこのシリーズは終ったのである。郷田九段にしてみれば、、一昨年の初めての挑戦でも最終局に敗れていて、あと一勝で名人位奪取となる大事な3対局では、全て敗れていて、その落胆の大きさは察して余りあった。この種の戦いでは、タイトルが取れないと、全てを振り出しに戻す形になり、苦い思い出以外には何も残らないのが辛いのである。夢破れた郷田九段は、一から出直して、三度目の挑戦を目指すことになる。
 そんな風に考えると、雅子の今回の肺炎との闘いは、羽生名人に劣らない頑張りを見せてくれているが、一向に埒が開かない状態で苦しんでおり、それを見ているのも辛かった。一日も早く、少しでも楽にさせてやりたいと思うのだった。
 郷田九段が敗れてがっかりして迎えた翌日の6月25日は、春日先生が準備してくれた手紙を受け取る日だった。このことで、雅子を苦しみから解放してやれる切っ掛けになればと一考は願うのだった。一考は、朝からそれを念頭に置いた段取りを頭の中で組み立てていた。しかし、この日の夕方には、一考はそれとは別の予定も入っていたのである。それは、雅子が入院するかなり前にブッキングされていた予定で、夕方に大阪に出て、久し振りに懐かしい方と一杯飲むことにしていたのである。(以下、明日に続く)。

964 精神的なプレッシャー

 誰の言葉だか失念したが、「神は、堪えられない負担を人には課さない」というらしいが、…。

1.独り言コラム
 もう大分前の話だが、芸能界を引退したあの上岡龍太郎さんが、かつて、テレビの生番組で、ノリピーの愛称で呼ばれていた酒井法子さんが好きなタイプだと、照れ臭そうに語っていたのを思い出す。
 そのノリピーが子供を連れて姿を消しているのが心配である。夫の高相祐一容疑者の逮捕時には、渋谷の路上の逮捕現場に姿を見せていたようだが、その直後から行方が掴めていないという。携帯電話の電波の追跡で、どうやら、山梨県南巨摩郡にいたようだが、その行方は、姿を消して4日目になる今現在も依然として掴めていない。
 楽観的に見れば、子供さんが10歳と大きいことから、先走った選択はしないと思うのだが、それでも関係者やファンの不安は大変なものだろう。果たして、今、何処で、どうしているのだろうか。恐らく、精神的な大きなプレッシャーが彼女を苦しめているのだろうが、早く名乗り出て来て、楽になって欲しい。
 俳優の押尾学の矢田亜希子さんの場合といい、あの藤原紀香さんの場合といい、有名女優、タレントの家庭は意外に脆いのが気になる。
 ところで、注目の裁判員裁判で、昨日、一人の女性の裁判官が体調不良を理由に交代した。恐らく、ここでも精神的なプレッシャーが彼女を追い込んだのだろう。この事例が出たことは、今後選ばれるだろう裁判官には、大きなゆとりを与えてくれたことになる。無理することはないのだ。勇気ある申し出だったと思う。
 クリントン元大統領が直接北朝鮮に乗り込んで、拘束されていた二人の女性記者を救出した。拘束中のこの二人にも大変なプレッシャーがあったはずである。やがて、その辺りは次第に明らかにされるだろう。なお、日本の拉致被害者のことについても触れてくれたという報道もある。そうであれば、まさに、クリントン様様である。拉致被害者の精神的プレッシャーは推し量ることが出来ないくらい大きいと思う。
 精神的なプレッシャーに強い人、そうでない人、人によってまちまちだだ。大抵の場合は、頑張って闘わねばならないことが多かろうが、今回の裁判官やノリピーの場合には、勇気を持って申し出る、名乗り出ることは大事な選択だと思う。

2.プライベートコーナー
 5時半起床。体重、60.6Kg。曇り空。
 昨日の雅子だが、その顔の表情に少し豊かさが戻って来ているようでほっとするものがあった。この日は、午前中に入浴サービスを受けていて、すっきりしていた一方で、午後には汗をぐっしょりかいて、急遽、パジャマを取り替えるようなこともあった。一喜一憂の毎日である。

3.連載、難病との闘い(929) 第三部 戦いはまだまだ続く(223)
  第六章 アウエーでの厳しい闘い(18)

 1.緊急入院(17)
 (2)肺炎との闘い(その11)
 春日先生との大事な面談を終えると、一考はそのまま真っ直ぐ病院に戻った。病院に着いた時は、もう3時半を過ぎていた。雅子の様子を確認すると、体温がまた少し上がって来ているという。間もなく先生が部屋に顔を出してくれた。いつもは朝に顔を合わせるので、珍しいタイミングだった。
 先生の話では、未だに、肺炎の菌の特定がまだ出来ていなくて、今日からまた抗生剤の種類を変えて対応しているという。つまり、肺炎の退治に、てこずっているということだった。
 そのことが影響しているのか、痰の出方もその頻度が増えていたし、雅子の体温はその後も上がり、帰り際には38度まで上がって来ていた。看護婦さんが、氷枕を替えて冷やしてくれていたが心配だったので、この日は、いつもより遅くまで病院にいて様子を見守っていた。
 その翌日の入院6日目、6月24日の雅子の様子は、依然として芳しくなかった。熱も37.8度と下がらず、痰の出方も相変わらず頻繁で、今まで以上に苦しそうだった。特に、痰の吸引については、通常は口から行なうのだが、雅子の場合は口を開けないので、どうしても鼻から行なわざるを得ず、見ていても大変苦しそうで気の毒だった。
 一考の頭の中では、何となく掴みどころのない不安が拡がっていた。昼過ぎに、溜まっていた洗濯物をお願いするために施設のアクティバ琵琶に顔を出した際に、看護室の方にその辺りの様子を報告したのだが、看護師さんも心配そうに「お大事に」とは言ってくれたのだが、何か不安だけが重く圧し掛かってきているのを覚えたのである。
 覚束ない顔で病院に戻って来た一考に、思わぬ偶然が待っていた。第一駐車場に車を入れて出て来ると、そこでばったりとすぐ下の妹の美奈子と顔を合わせたのである。美奈子はこの近くの和邇と呼ばれるところのお寺に嫁いでいるのだが、こんな偶然に顔を合わせることになるとは思ってもいなかった。美奈子の話では、たまたま、檀家の方がこの病院に入院しているのでその方を見舞いに来たのだという。久子以外の姉妹には、雅子の入院のことは話していなかったので、偶然に病室の入口に記されている雅子の名前を見つけ、そっと部屋に入って、ベッドに横になっている雅子を見て、びっくりしたという。一ヶ月ほど前に美奈子の姑さんが亡くなった際の通夜、葬儀で顔を会わせていたのだが、こんな形での再会は想定外だった。まあ、世の中は狭いものだと一考は改めて思うのだった。(以下、明日に続く)

963 電撃○○

 電撃と言えば、一般的には「結婚」「離婚」「契約」「解雇」「訪問」などの言葉が思い浮ぶが、その中で、政治的、歴史的にインパクトがあるのは、やはり「訪問」であろう。

1.独り言コラム
 クリントン元大統領の北朝鮮への電撃訪問が敢行された。金日正総書記との会談も行なわれたようで、その結果、今朝、監禁されていた二人の女性記者は、特赦で解放されたようだ。そして、既に、二人の記者を含めたクリントン元大統領一行は、米国に向かっているという。
 これらの一連の動きを見ていると、またしても、北朝鮮ペースで進んでいるようで、アメリカはうまくしてやられているといった感じである。北朝鮮という国は、何ともしぶとい、手ごわい国である。
 ところで、電撃訪問と言えば、過去にも多くの事例があるが、もっとも電撃的だったのは、やはり、1972年2月21日のニクソン大統領の中国訪問だったと思う。日本をすっ飛ばして頭越しで行なわれたショッキングな大技だった。一年後の1972年9月に田中角栄総理が、そのお返しではないが、中国を電撃訪問して日中国交が正常化されることになったのが思い出される。いずれの電撃訪問も、迎え入れた中国側は、建国した毛沢東首席、周恩来首相の時代であって、歴史上特筆される大きな出来事だった。
 話は一転してスケールダウンするが、昨日、大阪で民主党の小沢一郎代表代行が橋下徹大阪府知事と会談した。スケールは別として、ちょっとした電撃的な会談だったようだ。橋下知事は、小沢代表代行の迫力に圧倒されたとインタビューで答えていたが、政権交代を目前にしている訳で、これからもいろんな電撃的な動きも出て来よう。
 ところで、裁判員裁判は昨日で二日目を終えたが、今までに気になっているのは、無作為の抽選で選ばれた6人の構成が、女性が5人で男性が1人というバランスだ。これは、抽選時に男女半々に設定して置くべきではないかと思うが、どうだろう。また、初回だからと云うことかもしれないが、裁判を中断しての裏側での打ち合わせが多く取られていて、何が行なわれているか分からず、密室でのやり取りといって揶揄されているようだ。その辺りの事情に多少のコメントがあった方がいいのではという声がある。その必要はないと思うが、どうなんだろう。
 いずれにしても、この判決は、明後日には、電撃的(?)に出される訳で、その点ではすっきりしていると言えそうだ。

2.プライベートコーナー
 4時10分起床。体重、60.7Kg。朝風呂を浴びる。外は曇り空。
 一喜一憂する訳ではないが、昨日の雅子は、顔の表情には、大分豊かさが戻っていた。しかし、相変わらず微熱がある。午後には、思い切って車椅子に乗せてベランダに出たりして、短時間だったが、意識的に運動をさせた。ベランダから琵琶湖を、目を開けてじっと見ていた。どんな思いだったかは分からない。

3.連載、難病との闘い(928) 第三部 戦いはまだまだ続く(222)
  第六章 アウエーでの厳しい闘い(17)

 1.緊急入院(16)
 (2)肺炎との闘い(その10)
 一考の頭の中では、ここですんなりとお礼を言って引き上げるべきか、或いは、今一度、思い切って、気掛かりな課題をお願いしてみるかで迷っていたのである。やがて意を決した一考は、そのお願いを口にしたのである。
 「お忙しい中、いろいろとご配慮を賜り感謝しています。ただ、しつこく拘るようで申し訳ありませんが、できることなら、その胃ろうの手術を、この吉田病院でお願いできれば有難いのですが。何しろ、この病院は、雅子本人が探し出し、春日先生にお世話になりたいとの一心で転院してきたという経緯もあり、この病院への拘りは並みにではなく、私としては、雅子のその気持ちを大事にしてやりたいと思っているのです」躊躇している自分の気持ちを鼓舞するように、一考は、声を少し高めて早口で一気に話した。
 「いや、その気持ちは分からんでもないけどね。胃ろうの手術というのは、今では、どこでやっても、技術的には変わらないんだよ。今後の取替えのことを考えると、近くの病院の方がいいと思うよ」先生は、あっさりとそう言って、一考の申し出にを取り上げる気持ちはなさそうだった。確かに、先生のこの考えは、以前からおっしゃっていた持論であって、一考も、そのことを承知の上で、敢えて頼み込んだのだった。
 「なるほど。そういうことなんですか。言ってみれば、その手術は、まあ簡単な手術ということなんですね」一考は、自分に言い聞かせるようにそう言って先生の顔を見た。
 「いや、必ずしも簡単だと言う訳でもないが。まあ、正直言うと、この病院では、それだけの手術はやらないんですよ」春日先生は、手品の種を明かすような口調で、そう言って一考の顔を見た。
 「そういうことですか。良く分かりました。ぐだぐだ申し上げて申し訳ありませんでした。それでは、お手数で申し訳ありませんが、先生からのお手紙を頂戴して、院長にお渡ししてお願いすることに致します」
 そんなやり取りがあって、貴重な春日先生との面談は終った。その手紙は、別に依頼している特定疾患患者手帳の更新に必要な書類と一緒に、二日後の午後には仕上げて置くので、受付で受け取って欲しいということだった。
 病院を出ると、一考は大仕事を終えたような気分になって、肩で大きく息をするのだった。(以下、明日に続く)

962 新鮮さ

 昔から「女房と畳みは新しい方が良い」というが、誰でも人は、新鮮さには敏感で貪欲なものだ。

1.独り言コラム
 やっと梅雨明け宣言が出た。観測史上始まって以来、最も遅い梅雨明け宣言だそうだ。(但し、宣言の出なかった1993年を除く)厳し過ぎる暑さは困るが、やっぱり、うっとしい雨の長いトンネルを抜けたようで、気分は新鮮だ。
 新鮮と云うことでは、昨日から始まった裁判員裁判が話題である。この制度には、筆者は大反対なのだが、ニュースを見ていると、それなりにいい意味での新鮮さが感じられる。人が人を裁くというのは容易ではないが、さし当たっては、この新しい制度の展開を見てゆこうと思う。
 この制度で、最も結構なことは、短期間で判決が出るという点であろう。今までの裁判は、あまりにも時間が掛かり過ぎる点であって、その点では大きな前進と言えるかもしれない。
 政権交代も、新鮮さを生んでくれるという意味で、歓迎される一面をもっていることは確かである。しかし、その実態を見ると、それを担うであろう民主党のメンバーの中では、あの小沢一郎氏がどっかと座っていて、同氏の傀儡になるとの見方もあり、必ずしも、新鮮さ一色とはならないかもしれない。
 男子プロゴルファーの石川遼選手の新鮮さについては、今更言うまでもないことだが、既にそのポスト遼君と呼ばれる13歳の新鮮な星が登場して来ている。伊藤誠道君で中学生だ。先月に行なわれた全日本アマチュア選手権で決勝では惜しくも敗れたが、一躍マスコミの脚光を浴びている。どうやら、この世界は、今後も新星の宝庫と言えるかもしれない。
 そんな新鮮さが話題になっている一方で、人気芸能人が薬物使用で逮捕された。またかといううんざりする事件である。あのテレビの人気番組だった「白い巨塔」で人気を博した矢田亜希子さんのファンだったが、その夫の押尾学が合成麻薬(MDMA)を使用していたという。今朝のニュースでは、酒井法子さんの夫である高相祐一も覚せい剤所持で逮捕されたことが同時に伝えられている。
 これらは、芸能界の裏側に潜む悪のごく一角が露呈したのであって、この世界は底なしの闇の世界でもあり、驚くには当たらないことかも知れない。 

2.プライベートコーナー
 4時50分起床。体重、60.3Kg。お天気は良さそう。暑くなりそう。
 昨日の雅子だが、その後も「痰」の出方が大幅に減ったことは結構なことだが、その一方で微熱が続いているし、そのためか元気がない。唯一のコミニケーションの手段である顔の表情が乏しいのが気になっている。時々、目を明けて見つめてくれるが、きらきらしたものがないのが寂しい。先行きが見えず不安が払拭できていない。しばらく、様子見が続くことになる。

3.蓮載、難病との闘い(927) 第三部 戦いはまだまだ続く(221)
  第六章 アウエーでの厳しい闘い(16)

 1.緊急入院(15)
 (2)肺炎との闘い(その9)
 電話を終えると、既に5時半近くになっていたが、一考は、ほっとして病院に向かった。この日の午後は、この電話のことで、ずっと自宅で待機せざるを得ず、病院に行くことが出来なかったので、その後の雅子の様子を確認しておきたいと思ったからである。
 看護婦さんに雅子の様子を確認すると、体温が37.1度と少し熱があるということで水枕をしてもらっていた。また、血圧も普段よりも少し高めで、肺炎の治癒には手間取っているように思われた。その後、栄養剤及びお薬の投与が終わるのを見届けると、少し心配だったが、もう遅くなっていたので、そのまま病院を後にした。自宅に戻ると、もう7時を過ぎていた。
 その翌日の6月23日は、早くも入院5日目である。前日の帰り際で、雅子に微熱があったことが気掛かりだったので、一考は、早めの朝7時に病院に顔を出した。6時の計測では体温は依然として37.2度と微熱が続いていたが、一考が到着した頃には、どうやら平熱に下がったようで、雅子の様子も、気分は悪くはなさそうだった。
 一先ず安心した一考は、8時半に一旦帰宅し、この日から始まる今期の名人位の行方を決める名人戦の最終局の開始の模様をテレビで見てから、再び病院に出向き、雅子の様子を再確認して、その足でアクティバ琵琶に寄って雑用を済ませて帰宅した。
 そして、時間を見計らって、一考は京都に出て吉田病院に出向いた。前日のアポイントに基づいて、春日先生にお会いするのが目的だった。
 「正直申しまして、長年、大津に住んで居ながら、琵琶湖大橋病院は、今までに聞いたことのない病院でしたので、少々戸惑いました。何しろ、前日に施設の看護課長と今後必要になった場合にお願いする病院について、意見交換を行なっていた直後でして、その際には、自宅に近いという観点から、別の病院を念頭に置いて話していたものですから」一考は、改めて、緊急入院した経緯、及び雅子の様子を報告した上で、自分の頭に引っかかっていたこの病院の選択に関してついて付け加えた。
 「まあ、肺炎の治療という事では、それほど病院に拘ることはないでしょう。ただ、今後の対応では、今でも口を開けるのが大変なようですから、パーキンソン病が更に進んだ場合のことを考えると、食事やお薬の服用が難しくなることは必至で、その対策として、前にもお話したこともありますが、やはり、直接に胃に投入する手段、つまり、胃ろうの取り付けを考えて置くべきでしょう。私の方から、そのことを含めて、参考になる事項について、院長さんに手紙を準備しましょう」一考の話を聞いた春日先生は、優しい口調でそう言って話を終えようとした。一考は、先生の有難いご配慮に感謝しながらも、雅子の入院以来、頭の隅に引っかかっている気掛かりなことについて、今一度、先生にお願いすべきかどうかで、暫し逡巡していた。(以下、明日に続く)

961 天才の証

 同じ一勝を奪うにしても、感動を呼ぶドラマを提供してくれるところに、天才の凄さを覚える。

1.独り言コラム
 昨日の男子ゴルフの石川遼の優勝はお見事だった。土壇場の最終ホールでしっかりとバーディを決めて勝つと云う辺りは、将来の大物の証を、堂々と世に問うたものと言えよう。本人は勝利のインタビューで「小樽の女神が微笑んだ」と言っていたが、その女神を呼び寄せたのは、石川遼の実力で、それ以外の何者でもない。筆者は、妻のいる施設の部屋で見ていたが、思わず「やった!」という声を発してしまい、たまたま音声を聞いていた雅子がびっくりして少し身体を動かしたようだった。
 一方、夜の部の全英女子オープンでは、二人の宮里選手が奮闘した。前半では宮里美香が首位に肉薄して、あわやの期待を抱かせたが、残念ながら中盤で脱落、その一方で宮里藍は粘り強く食いついて、若しかしたらとの期待(?)を抱かせたが、これまた最後で躓き、一歩及ばなかった。アンチ宮里藍ファンとしては、正直言って、ほっとした複雑な気持ちだった。解説の樋口久子さんも、自らが31年前に成し遂げたメジャーツアー優勝以来の快挙達成の可能性を、複雑な気持ちで見ていたのではなかろうか。二人の宮里選手は、取り敢えずは、天才というよりも、努力の人と呼んでおこう。
 イチロー選手の9年連続レギュラーシーズン200安打達成は、あと47本に迫っていて、怪我さえしなければ、もう悠々と射程圏内にある。あのバットコントロールの技術は、天才を超えているのではなかろうか。
 水泳の古橋広之進さんの訃報が伝えられた。戦後の混乱期に日本に明るい話題を提供してくれた功績は大きい。筆者の記憶には、当時、同氏の他に、短距離で橋爪、浜口両選手も活躍していた記憶があるが、何といっても、フジヤマのトビウオと呼ばれた古橋広之進選手の存在は大きかったように思う、なお、当時の同氏の1500メートルの記録が、確か、18分19秒だった。今の14分台を思うと隔世の感があり、その記録更新の大きさにびっくりする。
 同氏の私の履歴書が、1885年12月というから、もう四半世紀前になるが、日経新聞で連載された。その中で、食料不足の中で頑張ったというくだりがあったと思うが、そういう事情を勘案すれば、同氏も、努力型でありながら、やはり天才の域にあったのではと思う。

2.プライベートコーナー
 5時半起床(朝寝坊) 体重、60.4Kg。外は晴れ模様だ。
 昨日の雅子は、体調は安定して来ていた。時々目を開けてじっと見てくれる。ただし、顔での反応は今一つ。その一方で、気になっている「痰」を吸引するの頻度が、極めて減ってきているのが朗報で、このままなくなってくれればと願っている。椅子に座る時間をつくってもらったり、テレビをつけて、音を楽しむような試みを行なっているが、それらの効果ははっきりしていない。
 なお、このブログを読んで頂いて、かに座というハンドルネームの方から、何回か丁重なコメントを頂戴していて、嬉しくもあり、また参考にもなっています。しかし、その方のアドレスが分からず、返事が出来ないままになっています。どうやら、私の高校時代の同窓生ではないかと思われますが、この場を借りてお礼を申し上げたいと思います。今後とも宜しく。

3.蓮載、難病との闘い(926) 第三部 戦いはまだまだ続く(220)
  第六章 アウエーでの厳しい闘い(15)

 1.緊急入院(14)
 (2)肺炎との闘い(その8)
 この朝、一考が是非とも行ないたかったのは、アクティバ琵琶の看護課長の国宗さんにお会いすることだった。その意図するところは、4日前に雅子が病院に緊急搬送直後に、彼女からもらった電話の内容が気になっていて、直接会ってその真意を確かめることにあった。とにかく、ここ数日は何かとばたばたしていて、会う時間が取れなかったことで、そのことが、ずっと気掛かりだったのである。
 この日の国宗課長は、いつものように優しく迎えてくれて、親切にいろいろと話してくれた。その中で、彼女の言わんとするところは、その言外に意味があるのではと一考は受け取っていた。彼女の話は、あくまでも、肺炎の治療と言っても、難病、パーキンソン病のことを配慮した対応は不可欠で、やはり吉田病院の春日先生から、その点での必要なアドバイスを頂く意味で、早めに会ってお話されるのが良いと云う大事なアドバイスだった。 
 彼女のアドバイスをじっくりと考え直していた一考には、一つに不安が頭の中に浮上してくるのだった。それは、この琵琶湖大橋病院にも、神経内科の専門医もいらっしゃるのだが、常駐ではなく、パーキンソン病に関しては、充分な知見があるとは思われない。そう考えると、今回の雅子の治療に、この病院が必ずしも最適の病院と言えないのではといった不安だった。同時に、一考は、主治医の春日先生には、まだ入院したことすら連絡もしていない自分のうかつさを思うのだった。
 看護課長との面談を終えて帰宅した一考は、早速、吉田病院に電話を入れた。お昼前のことだった。一考が気になったのは、春日先生が病院におられるかどうかだった。それと云うのも、先生は木曜日と火曜日の午後だけが一般患者の診察日で、病院に在席しておられるのは確かなのだが、それ以外の時間帯にはどこにおられるのについては、全く承知していなかった。
 しかし、電話に出た病院の受付の方の話では、幸いなことに、この日も病院に来ておられるという。しかし、その時点では、席を外しておられるということだった。仕方なく、時間を見計らって、改めて電話を入れ直すことにした。
 一考は、一旦、スーパーに買い物に出掛け、そこの食堂で簡単な昼食を終えて帰宅すると、再び、吉田病院に電話を入れた。時刻は午後2時少し前だった。しかし、この時も、先生はまだ戻って来ておられなかった。なかなか、思うようには電話は繋がらない。一考は、仕方なく、そのままじっと待機を続け、頃合を見計らっていた。そして、3時頃、4時頃と1時間おきに電話を入れたのだが、いずれも空振りで、先生は依然として席に戻って来ておられなかった。どうやら、この日はもう戻られないのではと、一考は半分諦めの境地になっていた。恰も、それは、恋人に何回も電話をするのだが、どうしても繋がらなくて、焦燥感に駆られているような気分だった。
 もう、今日は駄目だろうと半ば諦めの気持ちで、これが最後だという気持ちで電話を入れたのは、もう5時を過ぎていた。受付の方も、午前中から何回も電話をしていたので、かなり恐縮してくれているようだった。
 しかし、今度は繋がったのである。間もなく、受話器を通して、聞き覚えのある春日先生の渋い声が耳に届いたのである。半分、諦めていただけに、その喜びは大きかった。粘り強く頑張ることの大事さを改めて思うのだった。
 一考は、緊急入院から今までの経緯を含めて雅子の症状を手短に伝え、今後のことを含めて一度お会いしたいと申し入れた。先生は、超多忙なスケジュールにも関わらず、翌日の午後2時からの予約患者の診察が始まる前に、時間を取ってくれたのである。一考は、その配慮に感謝をしながら、ほっとして電話を切った。(以下、明日に続く)

960 沖縄県民の凄い頑張り

 女子ゴルフと芸能の世界では、沖縄県出身の頑張りが目立つ。ハングリー精神の賜物なのだろうか。

1.独り言コラム
 女子ゴルフ界の4大メジャーツアーの一つである全英女子オープンで、日本人選手の頑張りが目立っている。三日目を終って、ベスト10に、何と! 三人も日本人が入っているのは今までになかったことだ。
 首位から4打差の3位タイに宮里藍、5打差の5位タイに宮里美香、そして7位タイには諸見里しのぶが名前を連ねている。難しいコースでなかなかバーディが出ないのだが、最終日の頑張り次第では、これらの3人には、まだ充分に優勝のチャンスが残されていて、今夜からの戦いからは目が離せない。
 気が付くと、この三人は、いずれも沖縄の女性だ。沖縄では、ゴルフが盛んであることは分かるが、これだけ強いプレヤーを多く排出しているのも珍しい。
 そう言えば、芸能界でも沖縄出身の方は多い。今でも一線で活躍している安室奈美恵、上原多香子、Kiroro、MAX Orenge range 今井恵理子、夏川りみ、また古くは、フィンガーファイブ、南沙織など数え切れないほどの芸能人を多く輩出している。とにかく、貧しい県民事情から、東京に出て一旗挙げたいという強い意欲が、そんな結果に繋がっているのかも知れない。
 毎日新聞で、目下連載中の林真理子さんの小説「下流の宴」は、沖縄のそんな世界を捉えていて面白く読ませてもらっている。今の沖縄に、そんなに格差があるとは思えないのだが、どうなのだろう。余談だが、林真理子さんの小説を読むのは、直木賞を取った「最終便に間に合えば」以来である。その時の読後感は、「何だ!この程度で直木賞か」と思ったのだったが、それは筆者の認識、受け取り方が甘かったようだ。その後の活躍はなかなかで、最近は随分と綺麗になられているのに驚いた。
 なお、今回の全英オープンで、付記しておきたいプレイヤーが二人いる。一人が、三塚優子さんだ。この三日目の前半まで、トップタイに並んで優勝争いに加わっていたが、最後のハーフで9打多く叩いて大きく崩れ、17位タイまで後退している。力尽きた感じがしないでもないが、それまでの頑張りが凄かっただけに残念だった。彼女は先週のエイビアンマスターズでも上位に入賞していて好調を維持していただけに気の毒だ。
 もう一人が、不動祐理さんで、初日の前半は無難に終えて上位に顔を出していたのだが、その日の後半で大叩きし、初日だけで80を叩いて予選落ちが確実だった。しかし、さすがに女王で、何とか予選をぎりぎりで生き残り、今朝の段階では30位まで上昇してきている。彼女には、もう一花咲かせて欲しいと期待している。
 いずれにしても、新しい星が台頭してくれば、ベテランの光が褪せて行くのは世の常とは言え、戦いの厳しさには、誰も手心を加えてくれない。勝負の世界の良い処だろう。

2.プライベートコーナー
 4時20分起床、体重、60.9Kg。このところ、高目で安定? 外は、かなり強い雨。
 昨日の雅子だが、朝顔を出すと、前日とは違って、目を大きく開けて迎えてくれた。しかし、その表情には、何か戸惑いがあるように感じられた。環境の変化に、ついて来れていないのだろうか。
 昼間、リハビリを兼ねて、初めて椅子に座らせてもらって、少しダイニングルームで時間を過ごしていた。
  とにかく、ゆるゆると慣らし運転を始めているといった感じである。

3.蓮載、難病との闘い(925) 第三部 戦いはまだまだ続く(219)
  第六章 アウエーでの厳しい闘い(14)

 1.緊急入院(13)
 (2)肺炎との闘い(その7)
 また、診断、看護を含めた各種対応、それらの一日の段取り、パターンもそれとなく分かってきていた。体温、血圧、酸素指数、それに心音チェックなどの基礎データは、大体、一日4回の測定が行なわれている。朝の6時、9~10時、2~3時、6~7時である。その都度、必要な器具などを乗せたワゴンを押して看護婦さんが大部屋に入って来る。そして、一人ずつ順番に、検査、測定、確認が行なわれてゆく。その時々の患者の様子次第で、その順番は部屋の入口に近い患者から行なわれる場合と、その逆の場合がある。
 一考は、そのワゴンが入って来て、ゆっくりと進んでくるのを見ていて、現役時代に海外出張した際の飛行機内でのワゴンサービスを思い出していた。その場合は、食事のサービスが主なものだったが、あのワゴンの姿が見えるとほっとして、早く、自分のところに来てほしいという気持ちを持って待っていたのだが、その時の気持ちに似た気持ちで、雅子のベッドに来てもらうのを待つのだった。
 また、このインターバルには、オムツ替え、床ずれを防ぐための身体の位置を変える作業などが介護作業が適時行なわれる。要するに、介護的な部分と看護的な部分が、随時、交互に組み合わされている。
 さて、入院4日目の6月22日、一考は、早めの8時過ぎに病院に顔を出した。前日に置かれていた採血のカードがなくなっていたことから、予定通り、この朝の6時に検査用の採血が行なわれたようだった。
 早速、看護婦さんに、雅子の前夜からの様子を確認すると、体温も平熱で順調だという。間もなく、院長の回診があって、いつものように、聴診器で心音を確かめる作業をして、言葉少なく部屋を出て行った。今のところ、抗生剤の効果はまだはっきりしていないようだ。
 9時過ぎになると、ワゴンを押しながらこの日の担当の看護婦さんが部屋に入って来た。この部屋は6人部屋だが、今は雅子を含めて5人の患者が入っている。ワゴン車は入口で止まり、入口の患者からの測定が始まった。そうなると、窓際の雅子に順番が回って来るには、半時間ぐらいは掛かる。もちろん、この待機の間に、雅子が痰が詰まって苦しむような事があれば、その看護婦さんに声を掛けて、先に痰取りなどをお願いすることになるが、この日は、幸いそのようなこともなく、順番通り順調に全ての測定が終った。雅子のデータも全て正常で、入院して以来、ここに来て、漸く落ち着きを見せて来ているようだった。
 ところで、一考には、この緊急入院をした際から気掛かりなことが一つあって、それが頭の片隅に残されたままだった。この朝、雅子の様子が落ち着いているのを確認すると、そのことを片付けるために、一考は病院を出て、施設のアクティバ琵琶に向かった。(以下、明日に続く)

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