プロフィール

相坂一考

Author:相坂一考
滋賀県大津市出身
07年1月に推理小説「執念」を文芸社から出版
14年7月に、難病との戦いを扱った「月の砂漠」を文芸社から出版

このブログは3部構成です。
 1.タイトルへの一言。
 2.独り言コラムで、キーワードから世の動きを捉えようと試みる。
 3.プライベートコーナー
   (2015-06-03に修正) 

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1292 堂々の敗退

 日本サッカーはよく頑張ったが、運がなかったというべきだろう。勝てなかったのは無念だが、堂々の敗退だったと申し上げておこう。

1.独り言コラム
 惜しかった! 筆者も珍しく前半は眠さを堪えて生放送を見ていた。開始早々大久保のシュートが出たが入らず、その後も幾度かのチャンスはあった。思っていたよりも、積極的に攻めているように感じる一方で、それが焦りに繋がらないかとの杞憂はあった。前半を0-0で終った時点で、筆者はうつらうつらし始めていた。
 途中で、はっとして気がつくと、90分の戦いを終えて延長戦に入っていた。よく頑張っているなあと思いながらも、眠さに勝てず、再びうとうと。そして、再び気が付いたら、ちょうど大詰めのPK戦が始まるところだった。
 筆者の頭の中では、PK戦に持ち込めばチャンスがあるのではと見ていた。しかし、パラグアイが先攻だと聞いた時にちょっとした不安を覚えた。あのシドニーオリンピックでPK戦になって、当時のチームのリーダー的な立場だった中田英機選手が最後に外して敗れた場面を思い出していた。
 やんぬるかな!、三番手の駒野友一選手の蹴ったボールが、不運にもクロスバーの上部に弾かれたのである。本人も頭を抱えたが、多くのファンも一瞬、愕然となったと思う。結局、この一蹴が敗戦に直結した。駒野選手は大変辛いだろうが、いい意味で歴史に名を留めたと前向きに捉え、今後のプレイで清算してくれればいいと思う。
 かくして、期待されていた日本チームのベスト8という歴史の扉を開けることは出来なかった。しかし、それは、堂々の敗北だったと言っておこう。
 試合後、その中田英機選手が過去の自分の失敗談を疲労していたが、それだけに実感を覚えるコメントだった。大選手であろうと、一発勝負には完璧は有得ない。いずれにしても、大会前にこっぴどく叩かれていた岡田ジャパンだったが、大会に入ってその評価を一変させた頑張りは賞賛に値するだろう。チーム一丸となっての戦いが素晴らしかったようだ。
 その岡田ジャパンのチーム一丸としての戦いからほど遠いのが、今の民主党チームの戦いぶりだ。暫くは静かにしていてもらった方がいいと菅総理が名指した小沢元幹事長が、ここに来て、内閣の方針に対して批判を始めている。一平卒として貢献したいと言っていたのはついこの間のことである。
 さすがに何人かの大臣が、この動きに反論しているが、中でも、枝野幸夫幹事長が、小沢氏の対応は「大衆迎合の最たるもので、納得できない」とし、菅総理が言った「暫くの間」の「暫く」の意味は、そんな短い期間だとは誰も思っていないとの反論が、なかなか面白い。抑えきれない小沢豪腕の不満が、早くも火を吹き始めている。どんな選挙結果になるのだろうか。これからは、国民の関心も、サッカーから選挙戦に移ってゆくだろう。この選挙戦では、岡田ジャパンのような堂々の敗退はあってはならず、菅総理も必死で、ここに来てのV字回復後の支持率低下の傾向にナーバスになっているのではなかろうか。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時40分起床。体重、61.6Kg。雨が上がったようで、曇り空。なお、6月度の月間平均体重が、61.5Kgで、前月度よりも0.4Kgの大幅な増加。少し気になる傾向である。
 昨日の雅子は、まずまずの症状。但し、依然として痰が多いのが気の毒だった。入浴日で、この日はいつもより早目の2時頃の入浴だった。

3.連載、難病との闘い(1257) 第五部 どこまで続くこの苦闘(34)
  第一章 十年目の闘い(32)

 (2)付添い生活での喜怒哀楽(その14)―久し振りの上京④―
 新幹線に乗るのも前回以来で久し振りだった。それだけに、恰も、子供のようなはしゃいだ楽しい気分がある一方で、若しかしたら、この上京が我が人生最後の上京になるかもしれないといった、ちょっとした深刻な気分も並存していて、何だか複雑な気分を味わっていた。
 それでも、自分の席に腰を下ろすと、ほっとした安らぎを覚えていた。いつも通路側を指定する一考である。隣のE席には、やはり京都から乗車したビジネスマン風の中年男性が乗り込んで来ており、車内は、ほぼ満席の状態だった。
 いつものことだが、新幹線の中では、本を読むのが一考の常で、この日も、そのつもりで用意していたが、一旦座ってしまうと、朝からのバタバタした動きで適度な疲れがあったのだろう、列車が京都を出て間もなく、そのまま居眠りに入ったようだった。心地よい振動も手伝って、心地よい眠りをむさぼるように楽しんでいたようだった。
 途中、名古屋で止まった時には、それなりに認識はしていたが、そのまま頭は眠っていたようだ。軽い眠りから覚めたのは静岡を過ぎた頃だった。そして、虚ろな頭で、今夜のことをあれこれと考えているうちに、気が付くと、列車は多摩川を渡る少し手前まで来ていた。時計は2時過ぎを示していて、間もなく品川に着くという。もうこんなところまできているのかと思いながら、前の席の背もたれの網の中に入れておいた文庫本を、1ページも読まないまま鞄の中に戻した。
 一考は、この日も前回と同じ、渋谷駅近くにあるビジネスホテルを予約していたので、品川で下車し、山手線で渋谷に出ることにしていた。
 渋谷駅には3時前に着いた。まだホテルにチェックインする時間には早い。夕方の出会いまでの時間を、広尾にあるジャイカの本部を訪ねることにしていた。そこは、数年前までは、海外派遣のためのジャイカの研修所があったところで、今は、衣替えして、JACA地球広場になっている。
 一考が、ここに興味を持ったのは、雅子がお世話になった看護婦さんの一人が、数年前に青年国際協力隊の一員としてボリビアに派遣されていた人で、派遣前にここで研修を受けたと聞いていたからだった。彼女のボリビア体験談が面白く、その時の派遣で知り合った男性と恋愛結婚した話が、とてもドラマティックだったことから、その話を題材に恋愛小説を書いてみたいといった大胆な衝動もあって、チャンスがあれば、その場所を一度見ておこうと思っていたのだった。(以下、明日に続く)
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1291 誤審

 スポーツだけではなく、世の中には誤審と思われることは多い。それによって人生の幸、不幸が左右されることもあり、理不尽な誤審は可能な限り避けて欲しいものだ。冤罪は繰り返してはいけない。

1.独り言コラム
 2010W杯サッカーは、いよいよ今日、日本が史上初のベスト8入りを掛けて戦う。国民の関心も高く、今夜も列島は大いに盛り上がるだろう。しかし、そのサッカーも、昨日の試合では、明らかに誤審と思われるものが二件も相次いだ。
 一つは、イングランドードイツの試合で、イングランドのランバートの同点弾と思われたボールが、ゴールポストの上に当たって落ちたのだが、ビデオでは、そのボールの落下点が明らかにラインを越えているのにノーゴールと判定され、その後のドイツの勢いを波に乗せてしまった。もう一つは、アルゼンチンーメキシコ戦で、先制点を挙げたアルゼンチンのテベスは明らかにオフサイドだったというのだが、判定は覆らなかった。
 相撲や野球では、今ではビデオ判定も一部採用されているが、サッカーでは、そんな議論があったにも関わらず、いろいろと試行はされてはいるようだが、採用には至っていないという。
 「選手がミスをするように、審判もミスをする。誤審もサッカーの一つの要素。それが、サッカー」という意見も多いそうだ。
 話は変わるが、先日、筆者は妻の見舞いを終えて帰る際に車の接触事故に巻き込まれた。激しい雨が降っている時だった。筆者が病院の駐車場から側道を出て、国道161号線に左折して入ろうとした際、ほぼ左折を終えた時点で、直進して来た若い女性の運転する車が、筆者の車の前をかなりのスピードで横切った。明らかに、追い越し禁止車線を越えて追い越した感じだった。接触はその際に起きた。筆者の車の右側の前の車輪の上辺りと女性の車の左側の後部車輪の上辺りに傷が残っている。
 筆者の判断は、左折に際し、暫く車を停止してそのタイミングを充分に計っていて、2~3台をやり過ごし、距離感から見て大丈夫と判断し、右手を挙げて合図を送って左折を開始した訳で、直進車が、明らかに、前方不注意で左折して入って来る車を見ていなかったために起きたと判断している。しかし、相手は、突然、わき道から飛び出して来た無謀な運転だと主張しているようで埒が開かない。保険会社同士の話し合いになっているが、今までの事例では、明らかに幹線道路を走っている車が有利のようで、筆者に手落ちがあったと判断される可能性が高いという。筆者としては、明らかに理不尽な誤審になるのだが、…。
 この場合、若し審判がいてくれれば、筆者の主張が認められるはずだが、如何せん、そんな審判は存在しない。裁判に持ち込むことも考えたが、今の付き添いの生活を考えると、余計な時間を使いたくないし、保険会社も弱気であることから仕方なく、理不尽な結果になるようだが、諦めようかと思っている。
 ただ一つ言っておきたいのは、相手の19才の若い女性が、事故の直後は母親を呼ぶなど、独り立ちしていないにも関わらず、自分の非は一切認めていないという対応には不満がいっぱいだ。嘘をついても、世の中は渡って行けると錯覚させてしまうことが心配だ。今後の長い人生で、いずれは、世の中は、何事もそんなうまくはいかないことを知るはずである。
 さあ、そんなことよりも参院選は間近だ。既に不在投票も始まっていて、筆者も昨日投票を済ませた。ここでは、日本の将来を決める大事な選挙であるだけに、後になって、国民が誤審したといわれるような結果を出さないためにも「よく考えて投票しましょう」と強調しておこうと思う。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時半起床。61.5Kg.朝風呂を浴びる。曇り空。
 昨日の雅子は比較的安定していた。午後にはリクライニングつきの車椅子で散歩。その際に気になっていた首の曲がり具合を看護婦さんに伝えたところ、早速、夕方のリハビリ時に、その矯正への対応が開始された。てきぱきとした看護婦さんの対応に感謝。一方、前に入居していたアクティバのケアマネージャーさんが見舞いに顔を出して頂いた。これまた、感謝。

3.連載、難病との闘い(1256) 第五部 どこまで続くこの苦闘(33)
  第一章 十年目の闘い(31)

 (2)付添い生活での喜怒哀楽(その13)―久し振りの上京③―
 4月X日。天気は予報通り晴れていた。その朝、一考はいつもより少し早めに雅子のいる病院を訪ねた。8時半頃である。幸い、雅子の様子は、熱もなく、気にしていた痰の出方も少なそうで落ち着いていて、それほど心配をすることもなかろうと、自分に都合の言いように解釈し、「これなら、出かけても大丈夫だろう」と、一考でほっとした気持ちで呟いていた。
 一考は、今から翌日に掛けての足掛け二日間の上京について、今一度、その大雑把な段取りを雅子に話して聞かせた。そして、明日の夕方には遅くなっても、この部屋に必ず戻って来ると伝えた。一人ぼっちになるという雅子の不安を少しでも和らげるためだった。時間にして、およそ30時間の別れになるが、明日の午後には実姉の霧子さんが顔を出してくれることになっている。ともかく、余計な心配をさせないように一考は、その辺りを繰り返し説明した。
 そんな話をしながらも、一考の心は既に上京していて、今夜の仲間との久し振りの出会いを思い、ある種のときめきを覚え、その期待で、気持ちは既に大きく膨らみつつあった。
 「行って来るよ」と雅子に声を掛けて、病院を出たのは10時過ぎだった。一年半前の前回は、雅子が施設のアクティバにお世話になっている時だったので、車は施設の駐車場に置いたままで掛けたのだったが、今回は、駅までの距離も1キロ以上もあることから、帰りのことをも考えて、思い切って駅まで車で出掛けることしていた。駅近くにあるスーパーの駐車場は屋内にあって、車を置いておくのに、安全面でも大丈夫と考えていたからである。しかも、そこの駐車場は、いつもだが、かなり空いていて、その点では余計な気遣いは不要だった。
 湖西線の堅田駅から京都駅までは快速で20分である。京都に着くと、新幹線の乗り継ぎに少し時間があったので、挨拶代わりに、ちょっとした手土産を持参することにした。何が良いかと迷ったが、無難なところで、京のお漬物を購入した。一考が手土産を買うというのは珍しいことだった。(以下、明日に続く)

1290 サクセスストーリー

 挫折、裏切りなどを克服し、苦労しながらも一歩ずつ階段を上って行くサクセスストーリーには感動を覚える部分が多い。

1.独り言コラム
 今月の私の履歴書はオービック会長兼社長の野田順弘氏である。初回から興味深く読ませてもらってきた。筆者のサラリーマン生活の最後の仕事がIT関連の仕事で、ERPと呼ばれる統合業務パッケージを導入する仕事だったことから、ついつい引き込まれていったのである。
 一般論として、仕事のやり方を大きく変えることを伴う仕事は一筋縄でいかない困難さを伴う。コンピューターの導入といった費用の掛かる大型投資を要請することになる仕事は、その典型的なものである。先ずは、相手を納得させる作業から始まるが、新たな価値観の導入が必要で、そのことの苦労は小さくない。その上、よしんば、そのことに理解を得たとしても、その仕事を軌道に乗せて顧客が満足した形にまで持ってゆくのも時間と苦労を伴うものだ。
 筆者が担当したのは、親会社の大方針で、グローバルに共通のハード、ソフトを導入しようといった難解な大型のプロジェクトの日本のリーダーだった。時は、1996年から1998年に掛けてのことで、この種のシステム導入は、まだ緒に着いた初期の頃だった。採用したソフトはドイツの会社のもので、導入そのものにも大変な苦労を要したが、運転開始直後のトラブル多発に伴う苦労には今でも胸の痛みを思い出す。その後、システムが軌道に乗り始めたのは。半年近くを要したと思う。その辺りの一連の導入に関わる苦労話を、筆者は、あの推理小説の「執念」のモチーフに使った。あの難産のプロジェクトを記録に残しておきたかったからである。
 その頃から、オービックという会社名はよく耳にしていた。この種のセミナー、講演会に顔を出すと、オービックも参加していた。当時は、純国産のこの種のソフトは珍しく、富士通とオービックぐらいだったと思う。
 この履歴書を読ませて頂いて、オービックも当初はハードである計算機から始まり、次第にコンピューターの販売を手がけ、そして、時代の流れに乗って、いわゆるソリューションビジネスに参入していった辺り、筆者にはその僅かな経験を通して、そのビジネス展開の難しさはよく理解できたし、その過程での部下の造反といった展開は、なかなか読ませる内容だった。
 そういう意味では、共に会社を支えてきた奥様の「みずき」さんの存在は随分と大きかったようだ。連載は、まだあと2回分残っているが、ここまで来れば、今は心地よいサクセスストーリーを楽しませてもらうことになる。
 サクセスストーリーといえば、今やサッカーの岡田ジャパンにも当てはまる。大会前の岡ちゃんへの「辞めろコール」は雲散霧消してしまっていて、今や、一転して、岡ちゃんはヒーローになりつつある。まさに、勝てば官軍で、戦いには、勝たずしては、何事も始まらないと思う。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時15分起床。体重、61.7Kg.雨は降っていないが、曇り空。
 昨日の雅子も痰と熱に悩まされた一日だった。痰は、集中的にある時間帯に出る傾向がある。一方、熱は、このところ午後に出る傾向が見受けられる。苦しそうなのを見ていると気の毒でたまらない。

3.連載、難病との闘い(1255) 第五部 どこまで続くこの苦闘(32)
  第一章 十年目の闘い(30)

 (2)付添い生活での喜怒哀楽(その12)―久し振りの上京②―
 B氏が我々のために声を掛けてくれたのは、一考も是非会いたいと希望していたA氏だった。A,B氏は、共に今の会社を支えている役員で、大変多忙な日程をこなしておられる。それだけに、我々二人のために貴重な時間を割いてくれることになったのは、願ってもない有難いことで、喜びは一気に膨れ上がった。かつては共に仕事をした仲間でもあった。一考には、冥土の土産としては、これ以上のものはない。持つべきものは素晴らしい仕事仲間だと改めて思うのだった。
 かくして、今回の上京に際してのメインの出会いのプロジェクトが確定したことで、後は、一泊して帰宅するという限られた時間内での更なる時間の有効活用だった。
 ところで、雅子の想定外の難病の発症で、東京生活を閉じて、急遽帰郷した一考が心に決めていたことがあった。それは、これからの人生を雅子の介護に尽くそうということだった。いわゆる、つぐないの人生である。帰郷当初は、在宅での介護に全力を尽くしていたが、その後は、病気の悪化が加速的に進み、2年半前には、遂に施設に入居するようになり、それからほぼ1年半後には、別の病気が併発して、入院、手術という大変な事態に追い込まれ、今に至るまでの長い入院生活を余儀なくされている。そんな中で、一考は、欠かさずに、雅子を毎日見舞うことだけは欠かすまいと心に決めていた。
 そういう訳で、遠出をする際にも、一泊が限度で、必ず、一日に一回は、病院に顔を出す段取りを組んでいた。つまり、一泊する場合は、出掛ける日の朝に雅子を見舞い、翌日も遅くなっても病院に顔を出すことを実行することにしていたのである。従って、今回の上京に際しても、二日目には、東京駅を4時頃には出なければならない。そんな事情から、貴重な可使時間内での時間の有効活用に腐心するのだった。
 因みに、前回の上京時には、あの小説「執念」の準主人公のモデルとなって頂いた大先輩の牧原真氏に、二日目の午前中にお会いした。しかし、今回はN証券会社の担当者が新しく代ったので、その方に挨拶しておく必要があって、牧原さんとは次の機会(?)に延ばさざるを得なかった。
 なお、出掛ける日の東京着から夕方までの数時間は、或る目的があって都内の某所に行くことにしていたので、残された可使時間は、二日目の昼過ぎから、帰りの新幹線に乗るまでの数時間しかない。時間的には中途半端な時間帯だったが、今回も、前回同様に、いつもの同期の仲間と会いたいと思い、前回と同じ二人のメンバーに時間を作って欲しいと申し入れた。もちろん、N氏には、これにも加わってもらうことにしており、既に快諾を得ていた。幸いだったのだが、後の二人とも多忙な日程の中で都合をつけて集まってくれる事になったのである。
 かくして、一泊二日の全日程は確定した。3月半ばのことだった。(以下、明日に続く)

1289 待ち受ける難敵

 やっとの思いで難敵を倒して勝ち進んだが、そこには、それ以上の難敵が、…。戦う者にとっては、それが掛け替えのない喜びのはずだ。

1.独り言コラム
 二日前の未明に列島を歓声に巻き込んだ劇的な岡田ジャパンの待望の決勝トーナメント進出劇は、久し振りに明るいニュースだった。これからは、一戦毎の負けられない戦いに入る。負けた時点で、岡田ジャパンの2010W杯は終るという決死の戦いが続く。差し当たっては、南米のパラグアイだが、容易に勝てる相手でないことは誰もが知っている。しかし、多くの日本ファンは、若しかしたらとの期待をしている人は多いのではないか。
 仮に、このパラグアイに勝つとなると、次には、スペインかポルトガルが、そして更に勝ち進めば、アルゼンチン、メキシコ、ドイツ、イングランドのグループからの勝者が待ち構える。考えるだけでもぞくぞくする。
 ところで、先ほど、トーナメントの一回戦が終って、ウルグアイが韓国を破って2回戦に進んだ。韓国の敗退で、アジアでは残っているのは、我が日本国だけとなった。果たして、どこまで勝ち残れるのか。大いに楽しみである。なお、第二試合は目下1-0でガーナがアメリカをリードしている。(AM4時現在)
 一方、ゴルフでは、今期、既に4勝を挙げて世界ランク1位になった宮里藍選手だが、後は何時メジャー制覇を果たすかということで注目されている。しかし、今週の全米女子オープンは、今一つの成績で苦しんでいる。今朝の3日目を終って、1オーバーで24位タイでその夢の実現は次回に持ち越された。今の実力なら、いずれその日が遠からず来ると思われるが、数多くの難敵はそうはさせじと頑張っており、思惑通りにはすんなりとはいかないようだ。今シーズンはあと全米女子オープンと全英オープンが残されていて、チャンスは充分にありそうだが、最大の難敵は、自分自身ではなかろうか。はやらずに落ち着いたプレーが決め手になりそうだ。なお、宮里美香さんは、最終ホールで無念のダボを出してスコアーを悪くしたが、それでも2位タイにつけて頑張っている。
 政界では、菅総理も、波乱の会期末を逃げ切った形で、大きな戦いの参院選に持ち込んだ。総理になった直後に、あの豪腕小沢前幹事長に対し、「あなたは暫くは静かにしていた方がよろしい」と堂々と言い切って、反小沢体制の内閣を組閣した。この一言には、豪腕も「かちっ」と来たことは確かで、この選挙結果次第では、秋に予定されている民主党の代表選挙で、豪腕の巻き返しも想定しなければならない。それだけに、どうしてもこの選挙には負けられない。各紙の予測では接戦が予測されていて予断は許されないようだ。選挙、豪腕と菅総理にとっては、大変な難敵が待ち構えている。
 プロ野球では交流戦を制したオリックスだったが、レギュラーの戦いに戻って、それまでの強さが見られない。セリーグのチームに比べれば、パリーグのチームは、オリックスには大変な難敵だということになる。サッカーの岡田さんは盛り返しているだけに、こっちの岡田さんも今一度強さを呼び戻して欲しい。
 将棋界では竜王戦の挑戦者を決める決勝トーナメントが始まる。予選の1回戦で、朝寝坊し遅刻して不戦敗を喫した郷田真隆九段だったが、その後3連勝してトーナメント入りした。しかし、ここでは郷田九段の大の苦手の難敵がぞろりと待ち受けている。一回戦の若手に勝ったとしても、次には、振り飛車のアーティストの久保棋王・王将が、続いては大の苦手の丸山九段、そして決勝戦には、多分、羽生名人が勝ち抜いて出て来そうで、難敵のオンパレードだ。考えるだけでも、先は遠い。しかし、もし、勝ち抜いて挑戦者になれば、不戦敗からの挑戦者ということで、竜王戦の歴史に名を留めることになるのだが、そうは、問屋は下ろしてくれそうにない。郷田ファンとして、奇跡を願っている。
 話は変わるが、今朝は年に一度の琵琶湖一斉清掃の日だ。7時から、各家の周りの掃除を始めることになる。重い鉄製の溝蓋を上げるのが、腰を痛めている今の筆者には大変な難敵なのだ。さあ、頑張って難敵と対決だ。頑張らなくっちゃ!

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時起床。体重、62.0Kg.雨はちょうど上がったようで、今は降っていない。
 前夜の熱は下がっていて落ち着いたように見受けられたが、痰は相変わらず多い。 

3.連載、難病との闘い(1254) 第五部 どこまで続くこの苦闘(31)
  第一章 十年目の闘い(29)

 (2)付添い生活での喜怒哀楽(その11)―久し振りの上京①―
 2月に入って直ぐだったと思う。久し振りに上京したいと思うようになった。毎日の単調な生活リズムをたまには大きく変えて、思いっきり発散して楽しみたいと思ったからである。その上、老化も確実に進んでいて、自分が動ける元気なうちに動かないとチャンスを失うのではとの思いが強かった。
 思えば、前回の上京は平成20年の7月のことで、もう1年半が経過している。その時点では、雅子も、施設のアクティバに入居して8ヶ月目のことで、難病も症状の悪化は進行していたが、それなりに、施設での生活にも、ある程度のリズムが定着しつつある時期だったことで、思い切った行動を起したのだった。
 時間の経過は早い。来年は、一考も古希を迎える。若しかしたら、今回の上京は、自分の人生最後の上京になるのではとの思いもあって、最後の思い出作りをしておきたかった。そう言えば、前回も同じようなことを考えていたのを思い出す。人間って、その時々で、自分を納得させるために都合のいいように考える厚かましい動物だと思う。
 早速、一考は前回と同様に、こちらが勝手に親友と位置づけさせてもらっているN氏に電話で、その勝手な希望を伝えた。N氏は、快く一考の願いを引き受けてくれて、前回と同じように自分に任してくれと云うことになり、集まってくれるメンバーなどについても、N氏の方で当たってくれることになった。
 一考とN氏の関係は、入社した当時、鎌倉の基礎研究所での研修時に一緒の仲間だった。その後は、互いに離れ離れでなった。一考は間もなく子会社の設立に参画した。一方N氏は、ニューヨーク駐在員などの華々しい活躍をされて、その後、一考のいた会社に移ってこられて、再会したのだった。妙に気心は合っていると思っている。同氏は今は千葉に在住である。
 返事があったのは、それから1ヶ月ほどしてからで、面会を希望していたB氏からメールが入った。その後、数回のメールのやり取りで、4月X日、夕方6時からということで、参加メンバーも含めて、段取りはすんなりと決まった。今回は、B氏の考えもあって、こじんまりとN氏を含めて4人で楽しむことになった。そういえば、前回は、いろんな成り行きもあって、多くの役員さんたちが顔を出して頂いて、恰も役員会のような大掛かりな楽しい宴席であったのを改めて思い出すのだった。
 ところで、あと一人のメンバーだが、それについては、B氏が一考とN氏の意向を踏まえて、適切な方に声を掛けてくれていたのである。(以下、明日に続く)

1288 びっくり記録

 記録と言うのは、意識して狙って達成する記録と一生懸命に戦った結果、期せずして生まれる記録がある。

1.独り言コラム
 テニスのウインブルドン選手権で、とんでもない記録が生まれた。ジョン・イスナー(米国)-ニコラ・マユ(フランス)の対戦で、2日連続で日没のため中断し、なんと3日間に渡る11時間5分という死闘の結果、セットカウント3-2でイスナー選手が勝利した。驚きは第5セットで、70-68というとんでもない記録だった。
 ご苦労だったのはその試合の審判だったスエーデンの44歳の方で、まるで、飛行機のエコノミークラスにずっといたようだったという。
 しかし、このイスナー選手は、翌日の2回戦では、1時間14分で敗退したという。お疲れさんでした。
 記録と言えば、イチロー選手が目指している10年連続、レギュラーシーズン200安打だが、昨日の時点で、70試合を終えて、その折り返しのポイントである100安打を記録した。残り試合92試合で100安打以上で達成であり、順調なペースと言えよう。
 一方、大相撲協会は野球賭博で大きく揺れている。今朝の新聞では、「琴光喜関はクビ」という見出しが躍っている。そんなことで、名古屋場所自体が開かれるのかどうかもはっきりしていない。
 場所が中止となると、目下32連勝中の横綱白鵬や入幕後の勝ち星記録、出場場所記録などが掛かっている大関魁皇などにとっては大変な迷惑だろう。体調の維持が大事なポイントだけに面白くない展開なはずだ。特に魁皇関の場合は、年齢的に見て、時間がないだけに何とか開催して欲しいのではなかろうか。
 一昨日から始まっている全米女子オープンゴルフでは、宮里美香選手が頑張ってー5で2位タイにつけているが、注目の宮里藍選手は、13番を終って+3で、何とか予選は通過しそうである。初のメジャー制覇を意識した宮里藍選手が苦戦しているのが、何とも皮肉な結果と言える。
 記録は狙わねばならないが、狙いすぎると乱れてうまくいかないことが多い。難しい世界のようだ。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時半起床。体重、61.7Kg. 外は雨だ。
 昨日の雅子は、午前中は安定していたが、午後になって38度近い熱が出た。冷やしてもらって様子を見ることになった。なお、午後には、アクティバでお世話になった介護士さんのリーダーの方のお見舞いを受けた。雅子も目を開けて応接していた。

3.連載、難病との闘い(1253) 第五部 どこまで続くこの苦闘(30)
  第一章 十年目の闘い(28)

 (2)付添い生活での喜怒哀楽(その10)―支えてくれている方々②―
 毎朝、午前中のみだが、車を誘導される専属の方が、病院の正面玄関に陣取っておられて、てきぱきと車の整理の指揮を執っておられる。この正面玄関には、車椅子を扱える駐車場が2台分、それに国道161号線に沿って、大型車が駐車できるスペースがあって、時々、緊急車が入ってくるのだが、それらを手早く誘導するのが、その方のお仕事である。
 担当の方はお一人で、毎日、土日をも含めてその方が担当しておられるのだ。もちろん、雨の日も雪の日もコートを身につけて一生懸命に頑張っておられる。毎朝、通院時に顔を合わせるのだが、黙々として旗を手に交通整理に励んでおられるのが印象深かった。
 4月に入って気がついたのだが、その方の姿が見えなかった。若しかしたら、病気なのか、或いは場合によっては、ちょうど年度変わりだったことで、病院もコストダウンから、その方の仕事が、いわゆる仕分けの犠牲になってしまわれたのではと密かに心配していたが、半月ほどしたら、その方が、以前と同様に玄関前で指揮を執っておられたのを目にした。なんだかほっとして、嬉しかった。
 「2週間ほどお姿を見かけませんでしたが、ご病気でもされていたのですか?」その日の朝、玄関に入る前に顔を合わせたので思わず問い掛けたのである。
 「いや、気分転換に休暇を取って、国外に逃亡しておりました」逃亡という言い方に、少し得意げな様子が窺われた。意外な返答に、一考は、思わず少し踏み込んで聞いた。
 「国外って、何処に行っておられたの?」これに対し、その方は言葉も滑らかに「イタリアに逃げていました」と答えた。
 「そうですか?」大したものだと思った。年配具合からみれば、取り敢えずは、一旦退職された方で、言ってみれば、今の車の誘導のお仕事は、生活に困ったというものではなく、生活にゆとりを持っての悠々自適の楽しいお仕事なのだと少し羨ましく思ったのである。何となく、自分の存在が小さく感じられたやり取りだった。(以下、明日に続く)

1287 決勝トーナメントへ

 今朝、目覚めたのが6時少し過ぎ。日本は勝っていた。しかも、その経過はフリーキックを2度もものにした圧勝だった。これで予選リーグから枠抜けした。おめでとう。

1.独り言コラム
 筆者には、全く想定外の完勝だった。こういうこともあるんだねと、今、テレビを見ながら思ったのである。この勝ち方は文句のない経過で、サポーターも、盛り上がった嬉しい戦いに終始したようだ。
 正直言って、筆者は試合を全く見ていない。昨夜は、久し振りに京都に出て、友人達と飲んでいて、帰宅したのが12時過ぎ、気がつくと、寝室ではなく、仕事場の部屋の机の前で寝ていた。目覚めたのが6時過ぎで、全てが終っていた。
 まあ、ご同慶の至りと云うべきだろう。トーナメントでの更なる戦いを期待しよう。対戦相手がパラグアイだそうで、希望が持てるのではないか。何が起こるか分からないのが楽しい。これで、隣国の韓国と共に、決勝トーナメントに進めるのは本当に嬉しいことだ。
 ところで、隣国ではないが、昨日話題にした米国の隣接州の数だが、うっかりと言うべきか、大きな間違いがあった。最多の隣接している州は、テネシー州の8つは正しいが、もう一つ、ミズリー州も8つである。また、7つには、ケンタッキー州の他に、コロラド州もそうであって、筆者の早とちりも甚だしいものがあった。お詫びして訂正しておこう。因みに、米国の全州の平均は、4,3で、日本の3.4よりも高い。これは何を意味するか、じっくりと考えて見たい。
 ところで、世界の隣国の数だが、これは、インターネットで調べると、中国、ロシアの14国という。これは、自分で調べていないので受け売りだ。
 もう一つ、アメリカ女子ゴルフツアーで、メジャーの一つ、」全米女子プロ選手権が始まったが、今朝、初日が終って、宮里藍選手は4オーバーと大きく出遅れた。前日にはインタビューで大きな希望をのぞかせていたが、そうは問屋が下ろさなかったようだ。上田桃子はもっと悪く6オーバー。しかし、嬉しいのは宮里美香さんが3アンダーとで出しはいい。勝負は水物だね。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 6時15分起床。体重61.3kG.お天気よし。二日酔い。
 昨日の雅子、午前中は、血圧が極めて低く、全く反応がなく心配したが、午後には少しよくなっていた。

3.連載、難病との闘い(1252) 第五部 どこまで続くこの苦闘(29)
   第一章 十年目の闘い(27)

 (2)付添い生活での喜怒哀楽(その9)―支えてくれている方々①―
 早いもので入院生活に入ってちょうど一年が過ぎた。胆嚢切除手術のために、3週間、吉田病院(仮称)への転院、その退院後の3週間の施設暮らしはあったが、その後は、ずっとこの琵琶湖大橋病院でお世話になっている。思いも寄らなかった病院暮らしの一年だったとも言える。
 この間、施設のアクティバ琵琶の部屋は、主が不在のままだったが、契約に従って必要経費は支払い続けていた。時々、昼休みに一考が訪れて、昼寝をしたり、コンピューターでインターネットを接続して活用はしていたが、費用対効果からは空しい投資だった。
 さて、病院での生活であるが、吉田病院で胆嚢を切除をし、胃ろうを設置してもらってからは、寝たきりの生活になっていた。その間、臀部に褥瘡が出来て、その治癒のために、普通の姿勢をとれなくなって窮屈な姿勢での寝たきりは何かと大変だったと思う。
 この間、医師、看護婦、介護士の方々のお世話になったことは申すまでもないが、それ以外にも病院を支えてくださっている方々は少なくない。事務の方だけではなく、館内の掃除、駐車場の当番の方々の頑張りも忘れてはならない。雅子には関係ないがお食事を用意される職員の方もいらっしゃる訳で、そういう意味では大きなオーケストラのような統率の取れた部隊に支えていただいて、今日まで生活を続けてきているのである。
 その中で、館内の清掃に当たっておられる方が4、5人いらっしゃるが、朝の早くから夕方まで、繰り返し、しっかりと床のクリーニング、トイレの掃除に頑張っておられるし、廃棄するゴミの運搬を専任担当されている方もいる。ゴミ、廃棄物では、病院独特のものが多いようだ。特に、紙オムツなどの汚れ物の廃棄物の量は結構多い、 また、お薬の箱とか、段ボールの廃棄物も多い。特に目立つのが、透析関係の廃棄物である。1階から3階の病室た汚物保管室を繰り返し回って、それらを回収しておられるのも大変な仕事だと思う。話を聞いてみると、一日5ラウンドされていると言うのだ。なかなか体力を必要とするお仕事のようだ。(以下、明日に続く)

1286 隣接県、隣接州の数

 今朝は、サッカー、参院選公示などのホットな面白いトピックスとは無関係の、隣接県、隣接州の数の話を紹介しようと思う。ちょっとした面白い話題と思うのですが、…。

1.独り言コラム
 いきなり、クイズから入ります。最初の質問は、多くの方がご存知だろうと思いますが、「日本の47都道府県で、最も多くの都道府県と隣接しているのは何処ですか?」である。正解は「長野県で8つ」である。それらは、山梨、埼玉、群馬、新潟、富山、岐阜、愛知、静岡である。
 それでは、「2位は何処か?」と聞けば、意外に知られていない。それは、岐阜県の7つである。6つは福島、埼玉、三重の3県で、全国の隣接数の平均が3.64都道府県である。
 一方、言うまでももなく、北海道、沖縄は隣接は「0」であるが、隣接数が「1」というのが一県ある。それは何処かと聞くと、これまた、一瞬戸惑うであろう。正解は、長崎県で佐賀県と接しているだけである。なお、北海道は青函トンネルで結ばれているので、隣接県を「1」と考えることも可能かも知れない。
 さて、今日は、このクイズをアメリカの50州に当て嵌めてみて考えてみたい。
 質問、「アメリカの50州の中で、最も多くの州と隣接している州は何処ですか?」
 いきなり聞かれても、日本人にはあまり馴染みがないので、なかなか思いつかずに戸惑われる方が多いと思う。
 正解は、テネシー州の8つ、参考に、2位がケンタッキー州の7つである。因みに、テネシー州に隣接している州は、ケンタッキー、ミズリー、アーカンソー、ミシシッピー、アラバマ、ジョージア、ノースカロライナ、バージニアである。
 面白いのは日本の場合もそうだが、2位が1位の隣接州(県)になっていることだ。因みに、隣接州が「0」なのは、ハワイとアラスカ(アメリカ州との隣接)で、隣接州が「1」なのは、メイン州のみで、ニューハンプシャーに隣接しているだけである。
 アメリカには、もう一つ大変面白い一箇所がある。それは、4つの州が一点で接しているところがある。フォーポイントと呼ばれていて、ユタ、アリゾナ、ニューメキシコ、コロラドの4州の接点である。一度、行って見たい地点だったが、…。
 毎日、病室で、妻に付き添いながら、暇つぶしに地図を見ていて発見した話題です。たまには、こんなお遊びも、気分転換に、いいのではと思うのですが、如何でしょうか。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時40分起床。体重、61.4Kg。お天気は良さそう。貴重な梅雨の晴れ間だ。
 昨日の雅子は、まずまずの症状で、午後には30分程度だったが車椅子で散歩をした。その時に気が付いたのだが、首が少し曲がっているのである。いつもベッド上で取っている姿勢が原因だと思われるので、その矯正を看護婦さん、介護士さんにお願いした。

3.連載、難病との闘い(1251) 第五部 どこまで続くこの苦闘(28)
  第一章 十年目の闘い(26)

 (2)付添い生活での喜怒哀楽(その8)―文芸社との最後の折衝②―
 文芸社からの問合せには、もちろん契約はこれで打ち切りとしたが、在庫本の159冊の取り扱いについては、少し躊躇した。引取りを希望しなければ、そのまま廃棄処分となるという。
 ところで、今回の初版の発行部数は、契約通り800冊だった。身内や仲間が纏め買いをしてくれた分などを差し引いても、少なくとも500冊強は皆様に買って頂いたということで、一考としては、まずまずの結果であったと思うのだった。
 売れ残って在庫となっている159冊の扱いについては、そのまま廃棄処分にするのは、著者としては痛ましい気もしたし、正直言って、思ったよりも少なかったことから、費用は送料だけでいいということだったので、全てを引き取ることにした。息子たちに、自分の葬儀の際に、来て頂いた方々に荷物になろうが、配布してもらおうと思っている。
 その159冊が、運賃着払いで送り届けられてきたのは、3月末に(28日)のことだった。それらは開封もしないままの梱包状態で、葬儀の出し物として保管している。
 かくして、評判は今一だったが、一考としては、自分史の貴重な一つとして記録に残せたことに満足している
最後に、この出版に関して、唯一つ気掛かりなことについて触れておきたい。それは、小説の中で、事件の犯人に設定した女性のモデルとなった方のことだ。本が出来上がって、その方に謹呈する際には、自分がどう書かれていようと気にしないと言っておられたのだが、自分と思われる登場人物が犯人という設定は想定外だったようで、多分、ご気分を害されたのであろう、その後は連絡が取れていないのである。
 彼女が、ほっそりとした体型で、英会話に優れ、知的な美女であっただけに、一考は、気に入った女性の一人として、丁寧に描いたつもりである。ただ、犯人を誰にするかの大事な構想の中で、彼女にしておくのが、ストーリーの展開上、最も意外性があって、推理小説としては最適だと考えての設定だった。
 その一方で、たまたま、犯人の名前と同じだというのが不愉快だと苦情を訴えた次男やその嫁のことを思うと、彼女は、やはりとても面白くないと憤慨しておられるのであろう。
 先日、久し振りに上京する際に、できればお会いしてお詫びしたいと、メールで面会を申し入れたのだが、残念ながら、ご返事を頂くことは叶わなかった。
 致し方ないので、このブログにて、お詫びを申し上げさせて頂くことで、勘弁させて頂こうと思う。「今回のことで、不愉快な思いをさせたことに対し、謹んでお詫び申し上げますと同時に、ご多幸を祈念します。」(以下、明日に続く)

1285 好きになれない人たち

 好き嫌いは個人の自由だが、好きになれない背景には、理屈でない何かがある。まさに、人それぞれで、自分の考え方や生き方と違うというのが大きな理由のようだ。また、その人に惹かれるものが何もないというのも、もう一つの理由かもしれない。

1. 独り言コラム
 前週末のLPGAで今期4度目の優勝を果たした宮里藍さんは、昨日発表された世界ランキングで、韓国のJ.Shinnを抜いてトップに立った。日本人選手がトップを奪ったのは史上初である。因みに、その他の日本人では、横峯さくらさんが14位、有村智恵さんが18位、諸見里しのぶさんが22位と続いている。
 確かに、今期の宮里藍選手は安定していて強い。特に、その爆発力が凄く、逆転優勝が3回もある。その結果、プレイには自信をもって臨んでいるのが良く分かる。その上、ツキもたっぷりあって、今のところ、非の打ち所がなさそうだ。3年目までの苦労が、今、開花していると言えるだろう。まさに、堂々の栄冠と申し上げておこう。次は、いよいよメジャー制覇だろう。
 大したものだと思う一方で、やはり筆者は好きになれない人の一人であることには変わりない。どうやら、その自信満々なのところが、好きになれない理由の一つかもしれない。幸か不幸か、サッカーで日本全国が盛り上がっていることもあって、この宮里藍選手の快挙を、メディアもそんなに騒いでいないことに、何となくほっとしている。
 気まぐれな筆者が、テレビや新聞などのメディアで見る人の中には、なんとなく好きになれない人たちは多い。今年度の笑顔を見たくない小沢一郎、広末涼子、米長邦夫の顔ぶれを除いても、何人かが直ぐに思い浮ぶ。
 その一人が、数日前にTBSの「サンデーモーニング」を降板させられたことで話題になった江川詔子さんだ。その降板理由が、スポーツコーナーで張本選手との間の確執だそうで、TBSが張本選手の主張を取ったということのようだ。彼女は、オウム事件を踏み台にして表舞台に出てきたオウム成金の一人だ。そういう意味では、もう一人のオウム成金の有田芳生氏も、筆者は、好きになれない人たちである。その理由は、何事にもべらべら喋るが、毒にも薬にもならないつまらない内容ばかりで、それに辟易していたからである。
 そのべらべらとつまらないことを喋ると言うことでは、あの騎手の妻の吉永みち子さんも、筆者が好きになれない人の一人である。番組を創るサイドからみれば、その発言が毒にもならず無難であるということで、時間の穴埋めには役に立つ人材なのかもしれない。
 その他では、フジテレビの日曜日の朝の討論番組「新報道2001」の司会者になった須田哲夫アナだ。元々、筆者が気に入っていた若手の黒岩祐治氏が担当していた番組だったが、いつの間にかその黒岩氏が追い出されてしまっていた。須田アナは、フジテレビの役員待遇のエグゼクティブアナウンサーのようで、今は嘱託だというが、なぜか好きになれない。もう一人、芸能人で神田うのという人がいるが、関心もないが、見たくもない人だ。
 他にも沢山おられると思うだが、今の段階では思い出せない。なお、今朝、お名前を出した方々は、単に筆者の好き嫌いの問題で、それこそ、毒にも薬にもならないブログ上での話であり、他意はないと付記しておこう。、

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時40分起床。体重、61.4Kg。ちょうど雨が上がった状態だが、また直ぐにでも、凄く降りそうな感じである。(5時現在)
 昨日の雅子だが、熱も下がり、一考の話掛けにもそれなりの反応を見せてくれていた。午後には入浴。車椅子での散歩について、先生から、改めてクッションなどのセッティングを確認してもらい、OKが出た。今日から、雅子の様子を見て少しずつ行なう予定である。

3.連載、難病との闘い(1250) 第五部 どこまで続くこの苦闘(27)
  第一章 十年目の闘い(25)

 (2)付添い生活での喜怒哀楽(その7)―文芸社との最後の折衝①―
 今年に入って間もなくの1月半ばのことだった。推理小説「執念」を出版した文芸社から電話があった。
 一生に一冊ぐらいは出版したいというのは、一考の予てからの夢だったが、それを何とか叶えたのだが、出来れば、何かの文学賞でもとって、費用は出版社持ちで出版できればと密かに厚かましい希望を持って頑張ったのだが、そうは問屋は下ろさなかった。所詮、才能がなかったということで諦め、止むを得ず、かなりの資金を投入して出版に踏み切ったのだった。そういうことで誕生した、一考の唯一の出版本が「執念」である。
 電話の内容は、文芸社と交わした三年契約が満了することに関し、今後の対応を確認するものだった。確認と言っても、契約の延長か、初期の契約通り終了するかの選択と、終了する場合の在庫本の扱いについての単純な内容だった。
 思えば、あっという間の3年間だった。3年前に近くの書店が、横積みして並べてくれた日のことが思い出された。大晦日の慌しい時で、出版社を通じて、特にお願いしていた近所の書店で、自分の本が横積みされているのを発見した時の、ちょっとした興奮は記憶にしっかりと残っている。それは、まさに夢のような喜びで、恰も生まれたての我が子がベッドに寝かされているような愛しい感覚だった。
 事前に謹呈させて頂いた50人ぐらいの方々は別として、私のために販促をして下さった方など、何人かの方々のご尽力は有難かった。また、筆者の住んでいる二本松自治会の会報でPR頂いたことも嬉しいことだった。もちろん、身内の者も結構無理して買ってくれたようで、そういう意味では、多くの方々にお世話になった。
 肝心の本に対する評価だが、何人かの方から、リップサービスとしてのお褒めの言葉を頂戴した一方で、身内の者からは、内容の稚屈さ、人間が描けていないとか、中身がうすっぺらいなどとの手厳しい評価を貰ったのにはさすがに堪えた。所詮、素人が書いたものだと弁解をしたが、身内であるからこそ、真実を言ってくれたのであろうと思っている。なお、これが最初にして最後の出版になるだろうことが、少し残念な気がしている。(以下、明日に続く)

1284 国民への納得いく説明

 カメルーン戦での一つのゴールで、日本チームの岡田武史監督への世論の評価が一気に変わったように、ちょっとしたことで極めて揺れやすいのが世論である。教訓は、世論を侮ってはいけない、ということである。必ずしっぺ返しを食らう。

1.独り言コラム
 日本相撲協会が揺れている。名古屋場所開催を巡っての決断が求められている。それにしても、今回の野球賭博の問題は根が深い。現役大関の琴光喜を始めとして、雅山、琴奨菊、普天王、豪栄道、豊ノ島、清瀬海、千代白鳳などの多くの花方力士が手を染めたというのだ。
 そもそも、事の切っ掛けが、今回は「自主的に申し出れば戒告に止める」と言って自白を促した経緯があり、この点での対応にも興味がある。
 興味ということでは、東宮御所にお住まいのあの愛子さんは、琴光喜の大のファンであることだ。皇太子や雅子さんは、この事態を愛子さんにどう説明しているのだろうか。筆者の大きな関心事である。
 相撲協会は、外部の有識者からなる特別調査委員会の結論に基づいて決断するというが、このような状況下で、名古屋場所を開催する理由を探すのは至難の業だ。そこには、国民が納得する説明が求められるからだ。今朝の新聞では、中止すると損害は数十億円に及ぶと言う。しかし、ここはそんな損害に拘ってはいけない。年に一度のことだからというのなら、次の秋場所を名古屋で行なえばいいではないか。ここでは、すっきりと名古屋場所は中止と結論して、本当に一から出直す覚悟が求められる。
 国民にどう説明するかでは、消費税の扱いで菅総理は自分の発言への説明に躍起になっている。その中で、議論を始めても実施までには2、3年、いやもう少し掛かるかもしれないとしている。筆者は、そんなのんびりしたことでいいのだろうか、と思う。財政再建は焦眉の急ではないのか。
 この消費税議論でいつも思うのだが、先ずは無駄を無くしてからの話だという論議が先行するのが気に食わない。今の実情を考えるなら、実施までにそんなに時間を要するのであれば、とにかく同時並行的な対応が必要だと思う。そういう意味では、とりあえず、自民党が口火を切った10%からで良い。前向きの速やかなアクションが必要なのだと思う。いずれにしても、その辺りの実情を、しっかりと国民に説明すべきではないか。ギリシャの二の舞になってはいけない。
 国民への説明ということで、絶対に忘れてはならないのは、あの政治と金の問題に関して、鳩山前総理と小沢前幹事長の説明責任である。一時は政治倫理審査会に出て説明すると示唆していた小沢一郎氏だったが、その後は全く知らん振りだ。同氏には、いずれ、二度目の検察審査会の結論が出る。起訴相当の結論を期待しているが、その前に、然るべき説明をしてもらいたい。
 いずれにしても、必要な説明もせずに、国民を誤魔化そうというのは頂けない。最新の菅内閣の支持率が少し下がってきているが、これは消費税の議論を始めたこともさることながら、むしろ予算委員会を開かずに一目散に参院選挙に逃げ込んだ菅総理の卑怯な対応が大きいと筆者は見ている。参院選まで、まだ2週間以上もある訳で、適格な国民への説明がないと、内閣支持率はまだまだ下がりそうだ。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時30分起床。体重、61.3Kg。外は小雨。(4時半現在)
 昨日の雅子は、午前中は血圧が低く、呼びかけにも無反応だった。午後になって少し回復したので、テレビを聞かせてあげていた。しかし、夕方には37.8度と発熱あり。痰の量は相変わらず多く、依然として、厳しい闘いが続いている。

3.連載、難病との闘い(1249) 第五部 どこまで続くこの苦闘(26)
  第一章 十年目の闘い(24)

( 2)付添い生活での喜怒哀楽(その6)―会員名義―
 元気な頃の雅子は、その便利さもあって、いろんな会に入会していたようだ。そう言えば、今も使用しているスーパーのジャスコのカードも雅子の名義のままである。その他にも、デパートや他の日用品の小売店や化粧品の販売店にも会員とになっていた。会員割引が利用できると言うメリットがあったからだそうだ。雅子が病気になった以降も、一考がそのカードを使って必要なものを購入したことが何回かあった。他にも、車の会員、オートメイトもそうだったが、これは更新の機会に名義変更を済ませた。
 そんな中に、雅子がかなりの頻度で活用していた一つが、高島屋のハイランドクラブがある。1989年に入会しているので、もう20年来の会員だ。
 ここでの通信販売では、特に衣料用品を買っていたようだ。身体が悪くなってからの下着やズボン、Tシャツなどを病気の進行に合わせて、身体にマッチするものを注文していた。店に行く必要がないので、確かに便利だった。特に、スラックスでは、ゴムバンドのついたものが必要で、なかなか一般の店で見つけるのが厄介であったから、この通信販売を頼っていたのである。そういえば、これを使って、雅子は、一考の靴をいつも先回りして買ってくれていたのを思い出す。
 そんなことで、雅子が施設に入っても、この高島屋のクラブについては、引き続き会員を維持していた。年間会費が結構していたが、便利さを優先していたのである。しかし、この会員は、2年契約であることから、今年の11月には更新の時期を迎えるが、さすがにここまで来るともうスラックスそのものの必要性もなくなり、T-シャツの類も不必要となったので、止めようと思っている。文字通り、お役ごめんなのである。
 そういえば、雅子名義の銀行のカードについては、今までにも紹介したが、本人がいないと扱ってもらえない事柄が幾つかあって、今までにも窓口の方と何回か大喧嘩したことがあった。そんなことをまた経験したくないので、そのための対応が必要なってくる。今のところ、預金の出し入れはカードで出来ているので支障はないが、いずれ、カード以外の必要性が生じた場合には大変なので、その対応を考えておかねばならない。後見人としての手続きの検討を始めたいと思っている。(以下、明日に続く)

1283 命削っての闘い

 明らかに自らの命を削りながら、懸命に闘っている人の姿ほど、人に感動を与えるものはないだろう。

1.独り言コラム
 このところ、サッカー一色のテレビ番組の中で、昨夜、NHKの衛星第二テレビでが、美空ひばり特集として「日記、自伝、色紙に残した彼女のメッセージ」を放映していた。筆者は、思わず引き込まれて見ていた。彼女が亡くなったのが平成元年6月だから、既に没後22年も経過しているのだが、そんな時間が経過しているとは感じさせない生々しい感動が残っている。
 正直言って、筆者が学生の頃では、美空ひばりと言えども、低俗な流行歌の代表というイメージが強かった。また、筆者の考え方が、その世界のトップの人よりも、二番手、三番手に関心を持っていただけに、当時は、二番手の島倉千代子のファンであって、女王の美空ひばりは、なかなか好きになれない存在だった。しかし、彼女の晩年になって、やはり、その歌のうまさが抜群で、それに惹かれて行ったのは彼女の実力のしからしむるところだったのだろう。
 昨日の番組では、歌の合間で、彼女の自筆による日記、歌や呟きなどが紹介されていた。結構、多くの書き物が残されていることにも改めて感心した。
 彼女に関して記憶に残っているのは、何と言っても、亡くなる一年少し前に行なわれた東京ドーム公演だった。この公演こそ、彼女が命を削って闘った最後の大舞台だったと言えよう。声の出方も普段と変わらないぐらいしっかりしていた。命を削っての闘いには、何物にも代えられない感動がある。そのドーム公演の番組は、録画をして永久保存にしてあるのだが、無意識の中に、筆者がその価値を意識していた証である。
 さて、たまたま、ごく最近、野上彌榮子さんの「秀吉と利休」を読んだ。彼女の作品を読むのは初めてだったが、なかなか骨のある文章で読み応えがあった。筆者の永遠のテーマは、あれほど寵愛されていた利休が、どうして秀吉の逆鱗に触れるようになって行ったか、である。そういう意味で、利休に関する作品は、先日の直木賞作家の山本兼一さんの「利休にたずねよ」など、今までにも数多く読んだが、秀吉の逆鱗を触れるに至った理由についての見解は、別の機会に譲るとして、新しく筆者が強い関心を持ったのは、利休が腹を切るに際しての遺偈(ゆいげ、遺言のようなもの)にある一節で「人生七十、力か希咄」(かは口の中にカタカナのカを書いて、りっかきとつ、と読む)という部分で、現代語では「えいえいえい!」という掛け声のことのようだ。秀吉からの「一言謝れば助けてやる」との言葉をも相手にせず、「えいえいえい!」と気合を入れて、堂々と死を選んだ利休の男らしさに惹かれる。この場合は命を削る以上の凄さがあって、無上の感動を覚えるのである。ふと、小沢一郎の逆鱗を恐れて茶坊主に徹する議員たちの名前が浮ぶが、この話もまた別の機会にゆずろう。
 命を削ったということで、強烈な印象のもう一人は、大平正芳総理の最後の力感溢れる演説だ。その演説の直後に亡くなったのを思うと、まさに命を削った闘いだったと思う。普段は「あ、う」の大平総理で、寡黙が常であっただっただけに、その迫力には、今でも強い感動を覚えずにはいられない。
 さて、命を削る闘いの現代版は、間寛平さんのアースマラソンだ。前立腺癌の放射線治療で中断していた走りを、その中断地点であるトルクメニスタンに戻って再開した。既に三日目に入っていて、走った距離も60Km を超えている。
 このマラソン、完走したからと言って、金メダルがもらえるといったことでもなく、何がどうなる話ではないが、自分が掲げた目標一途に、命を削って闘っている姿にやはり感動を覚えずには入られない。ここまで来た以上は、最後まで頑張って闘い切って、大阪にしっかりとゴールして欲しい。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時50分起床。体重、61.5Kg。どんよりの曇り空
 昨日の雅子は、朝からはまずまずの様子だった。しかし、夕方の栄養剤の投与を開始した時点から痰で苦しみ始めた。途中で看護婦さんに一旦投与を止めて、痰の吸引をお願いしたが、投与の途中ではよくないということで、対応してもらえず、仕方なく、傍で付き添いながら、出て来る痰を拭ってやる作業を続けた。苦しんでいる雅子を見るのは痛々しく、気の毒だった。
 一方、前日に始めた車椅子での散歩は、やはり、傷の部分に少し影響が出ているようで、この日は中止となった。今日、改めて先生に点検頂いて、新たに判断を仰ぐことになっている。事はなかなかうまくは運ばない。

3.連載、難病との闘い(1248) 第五部 どこまで続くこの苦闘(25)
  第一章 十年目の闘い(23)

 (2)付添い生活での喜怒哀楽(その5)―浅田真央ちゃん―
 さて、その注目の女子フィギュアは、浅田真央ちゃんと韓国のキムヨナとの一騎打ちになった、この対決は、日本、韓国の両国の多くの国民を巻き込んだ大変なフィーバーとなっていた。まさに、千秋楽の結びの一番を二人の全勝横綱同士の対決のような緊張感があった。
 一考自身も大きな期待でこの戦いを待っていた。何かを待つということは、人生では多いのだが、今回の二人の金メダル争いほど、楽しみにして待っていたのは、本当に久し振りのことだった。
 その日になると、朝から落ち着かない時間を過ごすのだった。第一日のショートプログラムは、浅田が先に演技をした。期待以上の高得点が出て、若しかしたら、浅田の圧勝が期待されるくらいの雰囲気だったが、そこは、さすがにキムヨナだった、そんな緊張した息詰まる雰囲気の中で、キムはそれをはるかに上回る得点を叩き出したのである。唖然としたくらいだった。一考も、この模様は、テレビの音声で雅子に聞かせてあげていたが、浅田さんの演技が終った時点で、ちょうどオムツの交換のタイミングとなった。一考は、急いで、1階のロビーに走って、そこに設置されているテレビで、ライバルのキムの凄い演技を見届けたのである。
 翌日の二日目は、ショートプログラムで先攻したキムヨナに対し、浅田真央が自由演技で逆転なるかといった期待が掛かっていた。
 この日、障害者年金の更新用の診断書がやっとできたということで、朝早く、吉田病院に受け取り行き、その足で、かつての社会保険庁、年金機構に提出するために訪れた。新しく出来た年金機構は、看板は書き換えられ、職員の名刺は変わっていたが、中身は代わり映えせず、無駄なお金を使ったことだけのようで吹っ切れなかったが、とにかくそれを届けて病院に向かった。そのため、いつもは9時前後に雅子の部屋に来ていたが、この日は10時半近くになっていた。
 注目の選手がリンクに現れたのが1時前で、この辺りから雅子も聞き入ってくれたようだった。勝負は浅田真央の好演技の遥か上を演じたキムヨナの完勝に終ったが、見ていて素晴らしい演技の応酬に、一考の気分もスッキリだった。だた、恐らく、雅子も、それなりに楽しんでくれたのではと一考は思うのだった。この時も、おむつ交換の時間と重なったのが、何とか少しずらせてもらって、それを見ることが出来た。それにしても、この大会でのキム強さは群を抜いていた。(以下、明日に続く)

1282 玉手箱

 浦島太郎じゃないが、開けてびっくり玉手箱とは良く言ったものだ。我々は、毎日を懸命に生きることで、新しい今日という玉手箱を開けていると捉えることが出来る。そして、願わくば、そこでの感動的な何かとの出会いを期待しているのだ。

1.独り言コラム
 昨日のお昼過ぎ、入院中の妻に付き添いをしながら、携帯のニュース速報を見ていたら、あの60億キロメートルという大変な宇宙の旅をして、奇跡的に地球に帰還した「はやぶさ」のカプセルの最新情報が伝えられていた。それによると、1ミリ以上の物質はカプセル内には存在しないことが判明したという。少しがっかりだが、それでも、細かな物質を持ち帰ったことに期待している。これに携わる研究員達も、この玉手箱のようなカプセルの中身の確認作業に、暫くは、緊張の日々を送ることになろう。
 さて、昨夜は日本列島が興奮の坩堝になる中で、南アではW杯サッカー、日本対オランダ戦が行なわれた。ゲームの進行は、恰も玉手箱を開けて行くような期待でいっぱいだった。前半を終えて共に無得点の展開は、若しかしたらと思わせる期待に繋がって行った。期待の玉手箱の中身は残念ながら、日本のファンの期待に沿わず、無念の惜敗に終った。しかし、何もがっかりすることはない。ここまでは、言ってみれば、相手が世界ランク4位を考えると、想定内だったという解釈出来よう。とにかく、最後のデンマーク戦に全力を挙げて、勝ち点3を奪い取って欲しい。
 ちょうど今(AM5時20分)デンマークとカメルーン戦が終わり、2-1でデンマークが逆転勝ちした。その結果、日本はデンマーク戦で、引き分け以上なら幸いにも予選突破となる。その期待の玉手箱は24日に開封される。日本のファンは、もう一度、その興奮を味わうことになろう。
 ところで、ここ最近での開けてびっくりの玉手箱の最たるものは、大相撲の野球賭博による大汚染である。琴光喜、雅山、豪栄道、豊島といった花形力士の多くが汚染されているだけに、これでは収拾が着かないのではとの心配がある。今の状態では、来るべき名古屋場所という玉手箱は開けられないのではという見方も強くなって来ている。
 今アメリカ本土で、石川遼選手が大きな玉手箱に手を掛けようとしている。全米オープンで2位タイで堂々の予選を突破を果たし、優勝と言う可能性を残しながら、今日、明日の戦いに挑む。玉手箱の中身に大いに期待が高まる。一方、女子も宮里藍選手も久し振りに好調で、今期3勝目も夢ではなさそうだ。
 参院選は、いよいよ各党首が街頭に出ての演説も始まっている。政治と金の臭いものには蓋をして、予算委員会や党首討論も開かずに一目散で選挙戦に逃げ込んだ民主党への風当たちは弱くないと思う。消費税10%論議も大きな鍵を握りそうだ。7月11日の有権者が投じた大きな投票箱という玉手箱からは、どんな結果が出て来るのか、国民は固唾を飲んで見守ることになろう。
 要するに、我々は、毎日、幾つかの玉手箱を開けているのだと考えると、感動も一入の日常生活を楽しむことが出来るのではなかろうか。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時起床。体重、61.6Kg。どんよりとした曇り空。
 昨日の雅子は、熱もなく、痰もそこそこで安定していた。午後になって、久し振りにリクライニング付きの車椅子で館内及び屋上を40分程度散歩した。半年振りの散歩だった。雅子の表情にはそれほど変化は見られなかったが、終った後には顔色は良くなっていたように見えた。

3.連載、難病との闘い(1247) 第五部 どこまで続くこの苦闘(24)
  第一章 十年目の闘い(22)

 (2)付添い生活での喜怒哀楽(その4)―藤田まこと―
 俳優の藤田まことさんが亡くなったのは2月17日だった。この日、雅子にそれを伝えると、少し顔をゆがめていた。雅子の記憶の中にも同氏はしっかりと生きていたと思われる。とにかく、テレビの初期の時代に、小柄の俳優だった白木みのるさんと組んでの人気番組「てなもんや三度笠」は、雅子も楽しんで見ていた番組であったはずだ。昭和32年からの放送だったというから、彼女は中学生から高校生になった頃の思い出だろう。
 彼女の親父さんが街医者だったことで、比較的裕福であったことから、テレビの購入もそのご近所辺りでは早かったようで、初期の頃は、夕方になると近所の方が揃ってテレビを見に集まって来られていたそうだ。恐らく、雅子も、そんな中で、お茶を出したりしながら、少し優越感を持って育っていったのだろう。
 あの有名なセリフ「俺がこんなに強いのは、当たり前田のクラッカー」を雅子の前で繰り返すと、さすがに、そのセリフが面白かったようで、雅子が吹き出してくれたのである。当時を思い出し、ふと懐かしく思ったのだろう。
 今年に入ってからは、雅子にテレビの音だけでも聞かせてあげるようになっていた。そうすることで、気分転換にもなるし、世の中の動きにも触れることで、とかく退化しそうな聞く能力、理解力の保持、向上を期待していた。
 そして、間もなくバンクーバーオリンピックが始まった。カナダとの時差の関係で、多くの競技が、雅子には都合の良い時間帯で放映されることになった。なるだけ多く、雅子にもその雰囲気を味わってもらおうと、イヤホーンで音声だけを聞かせてあげることにした。ベッドに寝たままだけに、テレビの画面を見ることが出来なかったからである。それでも、イマジネーションを逞しくして、楽しんでくれればと一考は考えていた。
 冬季オリンピックと言っても、一考も知らないようないろんな沢山の競技があったが、中でも、彼女が最も楽しみにしていたのが、何と言っても、男女のフィギュアースケートだったと思う。中でも、真央ちゃんフィーバーには強い関心を持っていたと思う。(以下、明日に続く) 

1281 言及

 この言葉には、聞く立場からは、「そこまで言うのか」或いは「そこまで言ってくれるの?」といった、少し強調された押し付けの意で受け取るし、言う方からすれば、思い切って踏み込んだという気持ちがある。

1.独り言コラム
 今朝の日経新聞の一面に、「景気、回復に言及」とある。荒井聡国家戦略・経済財政担当相が提出した6月の月例経済報告の内容である。これによると、景気は着実に持ち直してきており、自立的回復への基盤が整いつつある、としている。回復となれば、あのリーマンショック以来の1年11ヶ月ぶりのことだそうだ。担当大臣が言及したからには、今後の展開に大いに期待したいのだが、あのキャミソールで話題になった荒井大臣だけに「大丈夫かな?」といった気持ちも並存している。
 言及ということでは、昨日の新聞、テレビでも大きく扱われていた話題がある。消費税に関しての菅総理の発言で「10%に言及」と日経は、一面トップ記事で扱っていた。選挙を前にすると、どの党も逃げ腰になる消費税問題だが、今回の菅総理は、自民党のマニフェストに扱われるということを前提にしたもののようで、選挙民や他党の動向、顔色を窺いながらのおっかなびっくりの姿勢であって、どうも感心できない姿勢である。まさに、みんなで渡れば怖くない、で超党派で議論をしたいとしている辺りにも、その自信なさが現れている。今から議論しても、何年か先の施行であって、今の逼迫した財政事情を考えると、そんなのんびりしていていいのかと言及しておきたい。
 大相撲の賭博汚染は、宮崎県の口蹄疫並みに大変な広がりになっているようだ。幕内の大関、琴光喜関だけでなく、元大関の雅山関、更には、豪栄道、豊島などの大物も自己申告したようだし、親方でも、大獄親方、時津風親方にも広がっていて、大変な蔓延状態だ。これでは来るべき名古屋場所は中止すべきと言及するファンも多いと聞く。相撲界は今やどうしようもない土俵際だ。果たして、うっちゃりという妙手はあるのだろか。
 言及と言う言葉で頭に浮ぶのが、あの北朝鮮の金正日が多用する「ソールを火の海にする」という脅し文句だ。朝鮮半島は、今や、あの哨戒艦の撃沈事件で大きく揺れていて、その言及も満更脅しだけで済まなくなるのではとのことで、大いに気になるのだが、…。
 さあ、今日のW杯サッカーは、日本のファンが期待する強豪オランダ戦である。同国は、世界ランク4位だけに、さすがに「快勝」と言及するメディアはほとんどない。しかし、若しかしたら、と期待しているファンは多い。筆者は、中村俊輔のファンだけに、同氏の出番が欲しいのだが、…。 まあ、確率は少ないが、万一、勝ったとしたら、一気に「ベスト4」と言及するメディアで大騒ぎになるだろう。

2.今朝の一考、昨日の雅子。
 4時20分起床。体重、61.2Kg。今(AM5時)は雨は上がっている。
 昨日の雅子は比較的落ち着いた一日だった。尿路感染の炎症が少し出ているとの報告を聞いたが、表情には大きな変化がなかった。ちょっとしたジョークには笑うが、それ以外の問い掛けには反応を示さないのが寂しい。

3.連載、難病との闘い(1246) 第五部 どこまで続くこの苦闘(23)
  第一章 十年目の闘い(21)

 (2)付添い生活での喜怒哀楽(その3)―確定申告―
 今年も2月に入ると確定申告の時期到来だった。一年の経過が実に早いように感じていた。そういう意味では、これも、一考にとっては、一つの風物詩と言える。
 さて、この確定申告であるが、残されている過去の記録から見ると、平成3年度から実施している。当時、雅子が、どうしてそれを始めるようになったかは、今となっては定かではない。というのも、一考は、そんなことには全く無頓着であって、雅子にやってくれと頼んだこともなかった。
 いずれにしても、雅子が率先してやってくれていたようで、もう20年近くになるのである。一考が引き継いだのが、急遽帰郷した翌年の2005年度からであって、今年で6年目だ。
 最初の年は、雅子からの引き継ぎということで、彼女からいろいろと教えてもらってやったのだったが、慣れるまでは、結構面倒な作業だった。雅子が一人でよくこなしていたと改めて感心したのだった。
 帰郷直後は、東京にマンションを持っていて、人に貸していたことから、2005年度からは家賃収入があって、少し扱いが複雑だったが、今では、それも売却したことで、大変単純な計算で対応できている。
 今では、コンピューターでエクセルシートを使って、基礎計算をするフォーマットを作ってあるので、数字をインプットするだけで、自動的に算出できる方式で対応している。 
 今年の特徴は、医療費控除の扱いだった。入院や手術があったことで、医療費の支払いも30数万円となったが、入院保険や手術保険からの入金があったことで、結果的には控除の対象にならなくなってしまった。何だか、狐に騙された気持ちであった。
 国税局では、やたらにコンピューターでの確定申告をPRしている。いわゆるEーTAXで、来年からはこれでやってみようと検討を始めたのだが、結構、その準備が面倒であることが分かった。
 一つは前もっての登録が必要だし、専用のカードリーダーを購入し、そのためのコンピューターのセッティングが必要だった。一番引っかかったのは、コンピューターのセッティングで、そのことで他の面で支障が起きては困るとの思いが強く、この程度のことなら、今まで通りの方が楽だということで、検討を中断している。
 もう少し何かメリットがないと、なかなか普及しないのではないかと思っている。 
 なお、役所の仕事しては早いアクションで、3月10日には還付金が入金されていた。(以下、明日に続く)

1280 積み重ねの大記録

 「にわとりと卵」論ではないが、毎日のちょっとずつの積み重ねの努力が、大記録に繋がることがある。そして、その記録を意識することが、毎日のその頑張りの大きな励みに跳ね返る。

1.独り言コラム
 数日前に、新聞掲載漫画の連載回数がメディアで取り上げられていて、東京新聞などに連載されていた佃公彦さんの「ほのぼの君」が15451回、通算44年間連載というとんでもない大記録が話題になっていた。因みに2位は加藤芳郎さんの毎日新聞に掲載された「まっぴら君」が13615回、3位がサンケイ新聞の鈴木義司さんの「サンケイサンワリ君」で11240回で、いずれも大台の一万回を越えた長期連載記録である。
 比較する訳ではないが、このブログは今日で漸く1280回に達したが、まだそんな低級レベルである。確かに、一万回と言うのは大きな節目で、一つの目標になる通過点だが、そんな生易しい回数でないことを改めて思う。
 高浜虚子の俳句に、「地球一万余暇回転、冬日にこにこ」という、字余りでちょっと変形の挨拶俳句がある。一万日は、単純計算すると27年4ヶ月余りだが、この俳句は、30年という何かの記念を祝して知人に送った作品だと言う。なかなか面白い俳句だったので、結婚式のお祝いの挨拶などで多用させてもらったのを思い出す。
 ところで、その話題の漫画の連載大記録も、忍耐と頑張りを長期間に渡って積み重ねられて達成されたもので、書き始めた時からそんな記録を狙っていたものではないだろう。気が付いたらそんなとんでもない記録になっていたと言うのが本音だと思う。
 そういえば、一昨日、中日の岩瀬仁紀投手が250セーブを記録した。記録としては、ヤクルトの高津臣吾286、横浜の大魔神の佐々木主浩の252に次ぐ歴代3位の記録である。岩瀬投手の頑張りがあれば、大台の300は不可能ではないだろう。また、先日、大記録がストップした金本知憲選手の連続フルイニング記録である1492試合も積み重ねの大記録だ。
 この種の積み重ねの大記録は、本人達の弛まぬ努力の結晶であろう。大記録の歴史の中には、懸命な努力の積み重ねで達成されているものが多い。その数字に思わず感動を覚えるのである。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 5時40分起床。(いかん! 今朝も寝過ごし)体重、61.2Kg。曇り空。昨夜贔屓の郷田九段が大事な順位戦の対局で丸山九段に完敗で気分は冴えず。
 昨日の雅子だが、一考が朝、病院に到着した時は、痰が口からあふれていて苦しそうだった。しかし、その後は少し熱があったが、痰は比較的安定していたようだ、午後には、一考は京都の吉田病院(仮称)にお薬をもらいに行っている間に、実兄夫婦の見舞いを受けたはずなのだが、一考が病院から戻ってそのことを確認したが、その返答がはっきりしなかったのが残念だった。

3.連載、難病との闘い(1245) 第五部 どこまで続くこの苦闘(22)
   第一章 十年目の闘い(20)

 (2)付添い生活での喜怒哀楽(その2)―冬用タイヤ②―
 淡々と季節が巡る中で、冬用タイヤへの交換は、今や一考には単調な生活の中での一つの貴重な風物詩になっているのである。
 ここで、改めて、その風物詩を総括しておこう。この冬は、昨年の12月18日にタイヤを冬用に換えてもらった。前年度よりも少し早い対応だった。いつ雪が降るかははっきりした予報もなく迷っていたが、前年のように、年末が押し詰まってからばたばたするのを避けておこうと思ったからである。
 そして、「ご苦労さん、お役ごめん」ということで、通常のタイヤに戻したのが、3月12日で、結果的には、3ヶ月足らずの間、その冬用のタイヤにお世話になった。この間の走行距離はおよそ3800Kmで、年間走行距離のおよそ30%だった。しかし、そのタイヤが実質的に役立ってくれたのは、昨日も書いた通り、幸か不幸か、日数では、ほんの数日に過ぎなかった。結果的に、冬用のタイヤに換えたことでの貢献と云う点では、物足らない感じであったが、無事に春を迎えることになったのは嬉しいことである。人間の気持ちって勝手なもので、余計な心配をしなくて済んだという安心感をカウントせず、表面的な事で費用対効果を持ち出す。交換しておくことで、いつ雪に見舞われても大丈夫だとの安心感を買っていると解釈すればいいのである。
 ところで、蛇足になるが、風物詩と言うと、如何にもポエティックな風情を感じさせるが、実際には、大変な肉体作業を必要とするのことで、風情とはかけ離れた難儀な一面がある。逆に言えば、それが、特別な風物詩を提供してくれていると解釈できる。それというのも、普段、冬用のタイヤはスペースがなくて、2階の隅に保管してあるのだが、それを持ち出して来て交換する訳で、結構な重労働なのだ。一つのタイヤの重さは14Kg程度はあって、結構重い。しかし、それを抱えて、通算で8回、狭い2階への階段を上り下りするのである。老齢化してきているだけに、思ったよりも大変作業なのだ。今では皮肉なことに、それをやることで、自分の体力確認の場となっているのである。
 さて、地球温暖化の影響かどうかは別として、とにかく、ここ数年の傾向をみても、当地での降雪量は少なくなって来ているようだ。その上、その後の今年の天候も少し変調である。と云うには、その期待の春の存在がどうもはっきりせず、4月になっても肌寒い日が続いたりしていて、春らしい日はごく限られた短い春だったからである。
いずれにしても、人間の科学技術の発展が地球に変調をもたらしてきているのかもしれない。もっと、世界の人が地球を大切に扱うように心掛けないといけないのではなかろうか。(以下、明日に続く)

1279 国民を甘く見るな!

 戦いは常にベストを尽くした真剣勝負でなければならない。常識的なマナーを守らなかった民主党の今国会の閉幕の仕方は、とても納得できない。

1.独り言コラム
 昨夜は、就寝が2時過ぎになってしまい、今朝の起床が大幅に遅れて、このブログを書くのに大慌てである。将棋のA級リーグ戦、開幕の第2局、森内俊之九段と木村一基八段の大熱戦を見入ってしまっているうちに、終局が深夜の2時近くまで、インターネット中継に付き合っていたからである。戦いは、両方の王様が入玉し、持将棋模様となったが、駒数の差で森内九段が辛勝する大接戦だった。ちょうど、スペインとスイスのW杯サッカーの中継と併行する形であって、テレビとコンピューターの両方の画面を楽しんでいた。サッカーの方は優勝候補の一角のスペインが敗れたが、勝負の綾は極めて微妙だ。
 そういう意味では、7月11日に投開票が決まった参院選も、V字回復した民主党が必ずしも圧勝するとは限らない。特に今国会の終り方が如何にも臭いものに蓋をした形で強引に閉会したのは極めて遺憾で、国民もその事実をしっかりと見ていた訳だから、民主党の思惑通りに行くかは微妙だと言っておこう。
 民主党の支持率のV字回復の背景は、あくまでも鳩山総理のだらしなさが酷すぎたことが大きく、その最大の要因だった政治と金の問題で、不信の根源だった小沢一郎幹事長を切った形で組閣したことへの国民の共感によるものだった。その一方で、もう一つの要因だった普天間問題はそのままである。
 ところが、その新鮮と思われた内閣人事で、荒井聡国家戦略相の事務所の経費問題が暴かれ、漫画本やキャミソールといったものの支払いが明るみに出たし、人気の蓮舫行政刷新相の公設秘書の痴漢問題といった、とんでもないスキャンダル相次いで露呈されている。加えて、代表質問に対する菅総理の答弁の仕方は、原稿の棒読みで、聞いていて、それまでは新鮮に映っていた菅総理のイメージダウンも甚だしい。これらは、明らかに、そのV字回復に水を差しつつある。
 いずれにしても、その種の悪評が大きくならないうちにということで、予算委員会、党首討論も開かないまま、国会を閉じて、一目散に選挙に持ち込んだ菅総理の対応は、さすがにびっくりで、国民を愚弄するものである。これには、必ず、しっぺ返しが来ると申し上げておこう。
 そのことを示唆するように、今日発売の週刊新潮、週刊文春は、早くも内閣の抱えるスキャンダルを取り上げており、時間の経過と共に、菅内閣への国民の不信感は募って行くことになろう。国民を甘く見てはいけない。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 5時40分起床。(寝過ごし)。体重、61.4Kg。梅雨の谷間の晴天
 昨日の雅子は、前日に続いて、比較的安定していた。先生からは、尿路感染が少し見られるが大したことはないとのこと。

3.連載、難病との闘い(1244) 第五部 どこまで続くこの苦闘(21)
   第一章 十年目の闘い(19)

 (2)付添い生活での喜怒哀楽(その1) ー冬用タイヤー
 地球温暖化が話題になって久しい。滋賀県南部の大津地区での話だが、ここ数年の傾向として冬の間での雪に見舞われることが少なくなっている。しかし、湖北は相変わらずで、特に余呉辺りでは凄い雪国の世界である。
 一考が帰郷した2005年の冬は、この地区でも結構な雪が降ったことがあり、車に関しては、それ以降は冬用のタイヤに替えて対応しているのだが、昨年は折角タイヤの交換をしても、一回もその恩恵を頂戴するような雪が降らなかった。脱着の交換費用を無駄にしてしまったような気分で、何か損をしたようなしっくりしない気持ちだった。
 そして迎えた今年だが、2月に入って辛うじて二度ほど雪に見舞われた。大した雪ではなかったが、タイヤを替えていなかったら不安だったと思われる。
 その最初が2月1日のことで、その時には、運転中に車内が曇る現象が起きて苦労した。雪が振り出したのは、午後の3時頃からで、大したことはないと高を括っていたのだが、ちょうど帰ろうとしや5時過ぎには、かなりの雪になっていた。
 困ったことは、もう暗くなり始めていた上に、車内が曇り出したのである。暖房を強くしてその曇りから逃れようとしたが、どうしたことか、フロントガラスの曇りが取れず、困り果てて、途中で2度ほど車を道路わきに寄せて、フロントガラスを拭う作業を行なった。しかし、その後も曇りが取れず、一時は、前方、5メートル先が見づらい状態になり、とにかく、必死の運転で、自宅にやっと辿りついたのだった。こんなことは珍しいことだった。
 後で分かったことなのだが、一考の送風の操作が不適切であることが分かって、自分の知見不足にがっくりするのだった。
 それから一週間後の2月5日から雪が少しパラツキ、2月7日の朝方には雪が路上に少し残っていて、この3日間は、タイヤ交換が少しは役立った。しかし、それも時間にすればごく限られた時間で、いずれの日も午後になると、先斗町に降る雪と同じで、綺麗に溶けて流れてしまっていた。
 最近の大津市内では、積雪はごく限られていて、タイヤ交換の費用対効果は極めて低い。これは、やはり、幸せと見るべきなのだろう。地球温暖化さまさまでだとしておこう。(以下、明日に続く)
 (注、昨日の終わりのところで、今日から第二章と書きましたが、筆者の勘違いでした。お詫びします。)

1278 みっともない逃げ切り

 逃げ切りにもいろいろある。昨日未明の岡田ジャパンの懸命の見事な逃げ切りには日本中が沸いたが、みっともない逃げ切りは許されない。

1.独り言コラム
 国会は今日閉幕する。表紙を変えて支持率がV字回復を示して順調なスタートを切った菅内閣だが、ここに来て、ぼろが出ないうちに一目散で選挙に逃げ込みたいという姿勢が見え見えである。予算委員会、党首討論も開かずに、昨日までの衆参両院での代表質問だけに止めた。正直言って、これは、まさしく国民への裏切りに通じるもので極めて遺憾に思う。
 万全と思われていた新内閣に、心配なぼろが出始めているからなのだ、その危機感もあって、それを追及される前に、逃げ切りたいと言う気持ちが強く、一目散での逃げ込みを図ったようだ。折角の回復した信頼感に水をさす格好である。
 素人の筆者が見ていても、今回の菅内閣の逃げ切りは、みっともない逃げ切りだ。連立の相手である国民新党との約束をも反故にしたし、鳩山前総理の辞任の大きな理由だった政治と金の問題にも、国会喚問はおろか、政倫審での説明もないまま蓋をしようとしている。疑惑に対して何の説明もないまま、頬かむりしての逃げ切りである。
 それだけではない、新内閣の目玉となった二人の大臣にも意外なぼろが出始めた。叩けば埃が出るというが、まさにその通りである。その上、その埃の中身が信じられないようなもので、議員としても誇りが全く感じられない酷いものである。
 荒井聡国家戦略相の場合は、事務所経費に関するものだが、その中身が漫画本や夫人のつける下着に至っては聞くに堪えない。よくぞこんな内容をオープンしたなあと思わせるもので、何でも出せばいいと云うような思慮のなさに驚きである。
 一方、仕分け作業で一気に人気の的になった蓮舫行政刷新相の場合もびっくりである。公設秘書が路上で女性の身体を触るなどした疑いで警察の事情聴取を受けたという。悪いことは重なるもので、日本中を感動の渦に巻き込んだ「はやぶさ」の帰還だったが、その関連予算を仕分けで殆どを切ってしまっていた。見る目のなさを露呈したもので、何でも切ればいいのではないという典型的な仕分けの失敗事例を紹介してくれたことになる。
 それに、昨日の代表質問で、自民党の西田昌司氏がこの点で、これは判断の失敗でしょうと確認の質問をしたにも関わらず、蓮舫氏はそれに答えなかった。これも逃げ切りを画したものだ。病院で妻に付き添いながらテレビを聞いていて腹がたった。加えて、菅総理の答弁が、原稿の棒読みなのが気に食わない。気合が入っていないのだ。国民を馬鹿にするとしっぺ返しが来る事を覚悟しておく必要があろう。
 ところで、どうやら、逃げ切りが極めて困難と心配されているのが大相撲協会だ。叩けば埃どころではない。賭博問題でどっさりと大きな埃の塊が出てきたのだ。大関琴光喜を始めとする65人もが賭博に関わっていたという。差し当たっては厳重注意をしたというが、どんな形で処分するのだろうか。人間だから口蹄疫のように殺処分は出来ないが、然るべき形作りは必要だ。果たして、どんなに逃げ切り方を見せてくれるのだろうか。このケースは、みっともない逃げ切りになっても仕方がないかもしれない。
 将棋名人戦は二年前から毎日、朝日の両新聞の主催になっている。平成21年度の名人戦タイトルマッチは羽生名人が4連勝で三浦弘行八段を破って名人位を防衛したが、毎日新聞での全4局の棋譜の連載が今朝の分で終了した。ずっと読んでいて感じたのが、4局中3局は三浦挑戦者にも充分に勝ちのチャンスがあったという。いい処まで追い込みながら勝ち切れなかった三浦八段には、やはり初挑戦というプレッシャーがあったのだろう。逆に言えば、羽生名人の羽生マジックでの終盤での逆転、堂々の逃げ切りが目立ったシリーズだった。
 そして、早くも、今年度もその三浦八段を交えた10人のA級棋士による挑戦者争いのリーグ戦の1回戦が始まっていて、今日と明日で3局が行われるが、筆者期待の郷田真隆九段は明日、大変苦手にしている丸山九段と対局する。出足の一回戦が大事だ。逃げ切りではなく、堂々の圧勝を期待している。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時40分起床。体重、61.7Kg。曇り空
 昨日の雅子は、痰の出方もそこそこで、総じて落ち着いた一日だった。一考の話掛けにもよく聞いてくれていて、時々発するジョークに噴出すシーンもあった。午後には入浴、さっぱりした様子だった。

3.連載、難病との闘い(1243) 第五部 どこまで続くこの苦闘(20)
   第一章 十年目の闘い(18)

   (1)雅子の症状(その18)―褥瘡治療④―
 長い入院生活になっていただけに、一刻でも早く、寝たきり生活に終止符を打ってあげたいというのが一考の偽らない気持ちであった。自分で身体を動かせないなら、差し当たっては、介護するサイドから手助けして、変化を提供してあげようというのが一考の思いだった。
 そこで、先ずは、車椅子で散歩する機会を作ろうということで、先生に相談した。ポイントは、治ったばかりの臀部の褥瘡のあった部分に加わる圧力をなるだけ少なくする配慮である。基本はクッションを使うのだが、雅子の傷口に適したクッションを探し出すことが必要になる。
 「完治したよ」とのお言葉を頂戴して数日後、M先生は幾つかの特殊なクッションのサンプルを病室内に持ち込んで来られて、実際にそれらを使った場合について、傷口に掛かる圧力の測定をして頂いたのである。幾つかのバージョンを設定し、それぞれのケースに雅子を寝かせて、その際の圧力を測定するという作業が繰り返された。その結果、適したクッションを組み合わせる選択で、加わる圧力を半分程度にすることが出来るということが実証された。
 そこで、先生がもって来られたのと同じタイプのクッションの手当をすることにした。一考が、かつて在宅介護でお世話になった業者の方に改めてその種の製品の紹介をお願いをしたのである。6月に入って間もなくのことだった。数日後、その主旨に基づいたサンプルが入手できたので、改めて先生にその実物を使っての評価を頂いた。結果は、先のサンプルでの場合とほぼ同様なもので、圧力の半減が可能な組み合わせを見出し、その該当製品を発注した。
 正直言えば、このクッションは相当高価なものであり、入院中だから介護保険の適用の対象にならない。そのため、傷口が完全に治癒するまでの一時的な使用であれば、リースで対応しようかと考えたのだが、その後、M先生に確認すると、これは完治と言っても、下手すると再発の可能性もあるから、ずっと長期に使用するに越したことがないとのことだったので、意を決して購入することにしたのである。目下、現物が届くのを待機中である。(明日からは、第二章(タイトル未定)を連載します)

1277 ヒヤヒヤ、ドキドキ、日本嬉しい辛勝

 大事な勝負の掛かった試合の推移を見守ったり、関心事の結果を確認したりする際などには、ヒヤヒヤ、ドキドキの胸のをときめきを覚える。それは、ある意味では、至福の瞬間かもしれない。

1.独り言コラム
 カメルーンの最後の猛攻を際どくかわして、前半に本田圭佑選手が挙げた虎の子の一点を守り切って岡田ジャパンが辛勝した。サッカーのW杯では、日韓大会を除く大会では、初めての海外勝利だそうで、予選突破を目指しての幸先良いスタートとなった。
 最近の筆者は、夜は11時には寝てしまっていることが殆どである。昨夜もその通りで、ふと目を覚ましたのが深夜の1時近くになっていた。点けっぱなしにしていたテレビが、残り10分という終盤の激戦を伝えていた。目がぼやっとしていて画面の得点の文字が見えず、試合がどうなっているのかがはっきりしないまま見ていたが、暫くして、日本がリードということが分かり、眠気も一気に吹っ飛んで、その緊迫した展開を見守ることになった。その内に、残り5分、そして、ロスタイム4分という中での激戦は続いた。何とかこのまま終ってくれと祈るような気持ちで見守っていた。
 カメルーンの執拗な攻撃はものすごく、ハラハラドキドキの連続だった。ゴールキーパーの川嶋永嗣選手の執念の守りは凄かった。それにしても、あのブブセラの喧しさには辟易だった。なお、試合終了後のインタビューの途中から10分ぐらい音声が切れたのは遺憾だった。今朝の新聞は、毎日新聞は、一面トップで「日本、本田が先制弾」という見出しで、勝利が確定していない段階での印刷だった。
 ハラハラ、ドキドキは、日常生活ではよく味わう。特にスポーツの生中継が多いが、それ以外のことにも少なくない。一昨日のあのはやぶさの帰還時もそんな気持ちを味わったし、肝心の帰還したカプセルの回収に当たった人たちは、それを見つけた際にも、そんな気持ちであったに違いない。何とか壊れずに、完全なカプセルの姿のままで残っていて欲しいとハラハラ、ドキドキだったろう。この話題に関しては、このときめきは今後も続く。そのハイライトは、これから日本に持ち帰り、研究所でカプセルの中身を確認する際に最高潮に達するはずだ。小惑星のイトカワから、貴重なお土産を少しでも持ち帰ってくれていることに期待をしている。
 筆者個人は、皆さんからみれば、非常につまらないことでもハラハラ、ドキドキしていることが多い。例えば、妻の雅子に呼びかけてもなかなか反応してくれない時には、そんな気持ちになる。また、全くケースは違うが、将棋ファンの筆者は、贔屓の郷田真隆九段の勝負の結果を確認する際に、いつもドキドキした気分を味わっている。将棋対局は、インターネットなどで中継されない場合は、日本将棋連盟のホームページで翌朝の10時頃にその結果が発表されるのだが、そのページをオープンする時には、そのどきどきは絶頂で、祈るような気持ちになっている。そう言えば、かつては、息子の大学入試の結果を確認に行った際の気持ちもそうだった。つまり、既に決まってしまっている結果を確認する訳で、冷静に考えれば、どきどきしてもどうしようもないのだが、…。
 ところで、大相撲であの大関琴光喜を始めとする多くの力士が野球賭博をやっていたことを認めたという。これは、ハラハラ、ドキドキを超越したとんでもない不祥事で、相撲協会はどんな対応をするのか、その対応を見守りたい。辞めさす訳にはいかないだろうし、その処置に協会幹部がハラハラ、ドキドキしているのではなかろうか。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時半起床。体重、61.2Kg。曇り空。
 昨日の雅子は午前中は痰が多くて苦しそうだったが、午後になって少し楽になったようだ。使用しているオムツの大きさを今のMサイズからLサイズに代えてみることになった。看護婦さんからの提案である。

3.連載、難病との闘い(1242) 第五部 どこまで続くこの苦闘(19)
   第一章 十年目の闘い(17)

  (1)雅子の症状(その17)―褥瘡治療③―
 この治療がかなり良好な方向に動き始めていた頃、M先生からは、もう一つの前向きなアクションが行なわれた。それは、リハビリの採用だった。全く運動することも出来ず、じっとベッドに横たわっているのは身体に良くないのは当然である。そのことを気にしての先生からのリコメンドだった。4月半ばになってからの対応で、土日を除く殆ど毎日、20分程度だったが、専門の方による対応だった。折からのゴールデンウイーク期間も、ほぼカバーして頂くという熱の入れ方であった。リハビリを受けている間の雅子の表情は、最初は顔をしかめることもあったが、そのうちに穏やかな表情に変わっていったのである。
 リハビリの具体的な内容は、そんな複雑な運動ではなく、ベッドに寝たままの姿勢で、手足をゆっくりと伸ばしたり、縮めたりする単純な運動だった。じっとベッドの上で、窮屈な姿勢での毎日の生活と闘っている雅子には、オアシス以上の貴重な時間であるに違いないだろう。一考はそんな思いで、その毎日の貴重な20分のリハビリを捉えていたのである。
 その後の褥瘡の回復振りは急ピッチだった。2センチぐらいの褥瘡の大きな傷口は、ぐっと小さくなって行き、やがては小指の頭ぐらいにまで小さくなり、そして、次第にくっ付いていったのである。
 それからも、暫くは慎重な治療が続けられた。そして、遂に5月19日には、M先生から一考に、「完治した」という言葉を頂戴することになった。めでたし、めでたしであった。この治療中は、外で待機することが多かった一考も、早速、その状況を確認させてもらったのだが、その傷口の回復振りを見て、それはまぎれもなく感動的な治癒だと思うのだった。大きかった傷口は塞いでおり、後は、周辺の部分の肉が、もう少し盛り上がってくれば、それこそ、本当のゴールだと思うのだった。
 M先生が本格的にこの治療に取り組んで頂いてから、ほぼ半年が経過していた。長い旅路の果ての完治を、漸く勝ち得たことを嬉しく思いながら、M先生の粘り強い治療に改めて感謝するのだった。(以下、明日に続く)

1276 燃え尽きる

 何事も、完全燃焼できれば、まずは多とすべきである。その上、好結果というお土産が付けば、感動的で申し分ない。

1.独り言コラム
 小惑星イトカワの岩石採取に挑んだ探査機「はやぶさ」が昨夜、地球に帰還した。月よりも遠い天体に着陸し、地球に戻ってくるのは史上初だという。打ち上げから7年間、飛行した総距離は60億キロで、月への往復の約8000回に相当するという。その間、通信が途絶えたり、エンジンが故障するなど幾たびかの危機を乗り切っての不死鳥のような感動的な帰還だった。
 帰還する際に大気圏に入って、はやぶさ本体は燃え尽きたが、大事なカプセルは無事に着陸に成功した。もし、小惑星の砂などの収集物を持ち帰っていれば、それは画期的なお土産である。まもなく回収されるというが、その中身のお土産の有無が注目である。
 一方、燃え尽きたというよりは、国民の期待を大きく裏切ったことで自滅した鳩山内閣だったが、結果的には、悪性の癌的な存在だった小沢グループを切り離す手術に成功し、菅内閣の誕生という起死回生の好結果に繋がった。枝野幸夫幹事長や蓮舫行政刷新相などの人気大臣というお土産もあって、その出足は順調だ。今度こそは、短命ではなく長期に渡って燃え続けて欲しい。
 将棋界では、羽生名人に勝って王位戦の挑戦者となった広瀬章人五段が、昨夜、当面の相手となる深浦王位とインターネットで戦う将棋最強戦で対局した。対局内容は相穴熊の厳しい戦いとなったが、広瀬五段の見事な差し回しで、深浦王位を圧倒して堂々の勝利を得た。燃え尽きたのは深浦王位で、広瀬五段は余裕をもっての勝利だった。来月から始まる王位戦7番勝負での広瀬挑戦者の活躍が楽しみである。
 スポーツ界でも、大いに燃えた戦いが楽しめた話題の多い週末だった。まず、体操のNHK杯では、北京オリンピックで活躍した内村航平選手と鶴見虹子選手が、いずれも見事な2連覇を果たした。完全燃焼の見事な演技で、世界選手権での活躍が楽しみである。
 プロ野球交流戦では、岡田オリックスが、見事に燃えて初優勝を果たし、優勝賞金、5000万円を獲得した。レギュラーシーズンで今一つだっただけに、今後の一層の活躍に期待が持てそうだ。中でもT―岡田という選手が大活躍だった。本名、岡田貴弘で、大阪の履正社高校の出身でプロ入りして5年目だという。同選手を抜擢した岡田彰布監督の目はきっと燃えていたのだろう。
 さて、今夜は、もう一人の岡田監督が、いよいよ、南アでのサッカーW杯での初戦で、カメルーンとの戦いで指揮を執る。本番に入る前の強化試合で連敗し「私でいいんですか?」なんて弱気を吐いた岡田武史監督だけに、どんな采配、戦いを見せるくれるのか注目である。何としても、燃え尽きるぐらいの必死の奮闘で、岡田ジャパンの底力を見せて欲しいものだ。
 
2.今朝の一考、昨日の雅子。
 4時起床。体重、61.5Kg。今のところ、雨は降っていない。曇り空。
 昨日の雅子は、痰が多くて苦しい一日だった。夕方には少しは楽になっていたようだったが、…。今週からは、何とか車椅子での散歩を始めたいと思っている。

3.連載、難病との闘い(1241) 第五部 どこまで続くこの苦闘(18)
   第一章 十年目の闘い(16)

  (1)雅子の症状(その16)―褥瘡治療②―
 年が明けると、M先生から新たな指示が出た。それまで使っていたベッドの上に敷いていたタオルの使用を禁止した。このタオルは、ベッドのシーツの汚れを防止するだけではなく、看護婦さんや看護士さんたちが、患者の身体を持ち上げて移動させる際に、タオルに乗せた形で使っていた。しかし、その持ち上げる際に、タオルが傷を圧して、悪さをしていることが危惧されるということでの対応だった。
 そんなこんなの工夫と配慮が重ねられながら新年を迎えた。年が明けて間もなく、先生からの報告で、タオルを使用しないことでの効果が出て来ているということを知った。この指示が出た当初は、そんなことが効いているとは、なかなか信じ難かったが、はやり、やってみなければ分からないものだと一考は思うのだった。
 その後、ベッドでの身体の置く角度が注目されて、暫くは、一定の身体を方向に固定し、その範囲内で僅かに角度の微調整をさせる体位の変化を行なうこととなった。つまり、雅子はその後2ヶ月ほどの間は、ずっと左向きの姿勢を取った形で過ごして来ていた。患部の褥瘡が臀部の右側にあるから、そこを押さえつけない応接が大事だというのである。そして、それが功を奏したようで、傷口がよくなりつつあることが明らかになって来ていた。要は、傷口に余計な負荷が掛からないように配慮することで、褥瘡の傷口の治りが目立ってきているというのだ。
 しかし、事はなかなかすんなりとは進まない。今度は、そのために身体の反対側にうっ血症状が見られ始めたのである。そこで、3月に入ると、やはり、左右の体位の変化を取ることで元に戻したのだが、その場合も傷口へのプレッシャーを軽減する配慮で、仰臥姿勢だけは避けることが徹底された。
 こうした苦労の積み重ねの末、傷口は徐々に小さくなり始めたのである。それは、看護婦さんたちに言わせると感動的な治癒だという回復振りを見せるのだった。何事も、我慢を積み重ねた不断の努力が大事であると一考は改めてM先生の丁寧な治療振りに感謝するのだった。(以下、明日に続く)

1275 驚き百景

 ここ数日、様々な「驚き」に喜怒哀楽がいっぱいのドラマが展開されている。

1.独り言コラム
 菅内閣に抜擢された盟友の荒井聡国家戦略相の事務所経費問題で、提出された領収書の中身には「驚き」を越えた怒りを覚える。漫画本購入なんて、漫画ティック過ぎて笑うに笑えない。
 山口県周南市で10日に、会社員の村本さんの庭で起きた事故(?)で、車が全焼したが、10歳と4歳の兄が車の中にいた1歳の妹を連携して救出した。嬉しい「驚き」である。「車は焼けてなくなったが、命は失わなくてよかった」との子供らしからぬコメントにも「驚き」である。よかった! よかった!
 神戸市東灘区の美術商の男性が車の中に置いていた1億1790万円が盗まれたと届け出ていたが、会社の駐車場内で見つかったという。盗まれたと思った時の本人の「驚き」は度肝を抜けれたようで呆然としていたと思うが、見つかった際にも、嬉しい「驚き」で唖然としていただろう。自分の不注意、迷惑を掛けたと話しているようだが、この話の顛末に驚いたのは、むしろ、警察署の方だったのではなかろうか。
 そんなことよりも、目下最大の「驚き」と心配は、宮崎県での口蹄疫が更なる拡大を見せていることだろう。菅総理も昨日現地に飛んで、素早い動きを見せているが、どんな手を打つのかに国民の関心は集まっている。それにしても、何十万頭という家畜を「殺処分」という簡単な単語でメディアは伝えてくれているのだが、その言葉の持つ便利さを思う一方で、その中身の残虐さを思うと言葉を失う。そこには、残虐さを抹殺している「殺処分」という言葉のマジックで、筆者は、憮然として思いでいっぱいで、「驚き」も吹っ飛んでしまっているのが恐ろしい。
 プロ野球交流戦では、オリックスが、今日横浜に勝てば、交流戦での初優勝がすんなり決まる。それまでのレギュラーシーズンでそれほど良くなかっただけに、ファンには嬉しい「驚き」だ。さあ、どうなるのだろうか。
 今朝のLPGAの速報だが、予選をぎりぎり突破した宮里美香さんだったが、今朝は「驚き」のー7を記録し、一気に上位に駆け上がっている。目下、首位と4打差の18位タイである。(5時半現在)なお、もう一人の宮里さん、藍さんは昨日予選落ちだった。
 南アでのサッカーW杯が始まっているが、さすがに好試合が続いていて、現地は大変に盛り上がっているようだ。ちょうど今、アメリカとイングランドの試合が引き分けに終ったところである。一方、ライバルの韓国がギリシャに快勝しただけに、明日の岡田ジャパンも嬉しい「驚き」の快勝を見せてもらいたいものである。頑張れ、日本!

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時半起床。体重、61.9Kg(このところ、増加気味で気になっている)朝風呂。曇り空。
 昨日の雅子は比較的安定していた。痰もそこそこで、熱もなく、時々目を開けてじっと見てくれていて、冗談を言うと笑ってくれた。昼間は、テレビの音声を楽しん(?)でいた。

3.連載、難病との闘い(1240) 第五部 どこまで続くこの苦闘(17)
第一章 十年目の闘い(15)

(1)雅子の症状(その15)―褥瘡治療①―
 お尻の尾骶骨付近に傷が目立って来たのは、介護付き有料老人ホーム、アクティバに入居して暫く経った頃だたっと思う。2008年の前半と思われ、初期の頃は、雅子の尾骶骨がかなり飛び出した形になっていて、その反動(?)で凹んだところに傷が出来たのが切っ掛けだったと思う。
 従って、それから1年以上も経過した09年6月21日に、琵琶湖大橋病院に緊急入院した時点では、その傷は目立っていて、入院直後から外用薬を塗ってもらっていた。その後、胆嚢切除の手術のために、吉田病院に転院した際も、そこの看護婦さんたちも気付いていて、それなりにお薬を塗布するような治療をしてくれていた。
 しかし、その傷は一向に治る気配はなく、ますます大きくなっていった。そして、この病院に二回目の入院をしてからも、メインの炎症治療に集中する結果、差し当たっては、ついでに面倒を見てもらっているような対応が続いていた。
 10月に入って間もなく、炎症の治療も一段落したので、それまで殆ど寝たきりの生活だった雅子に、リクライニングの車椅子での散歩の許可が出た。最初は館内での散歩に止めていたが、その後、お天気のいい日には館外の散歩にも許可が出て、午後の1時間ぐらいを散歩に当てていた。しかし、その間の臀部の褥瘡の具合は、依然として芳しくはなかった。
 本格的にこの治療にウエイトを置いて取り組んで頂くようになったのは、昨年11月に入って間もなくの頃だったと思う。M先生がこの褥瘡の主治医となって本格的な治療が開始されることになった。
 当初は、傷の状態を綿密にチェックし、こまかな試行錯誤の治療から開始されたのだった。その後、ベッド上に身体を置く角度を考慮したり、傷口が直接に患部に当たらないような姿勢を取る対応が施された。
 それでも、傷の様子は一向に良くなるどころか、却って大きくなり始め、それがコブのように育って来るのだった。どうやら、車椅子での散歩が良くなかったようで、12月に入ると、先生からは、その散歩を見合わせる指示が出た。その結果、傷は少しは良くなり始めたが、暫くして、褥瘡の傷口に出来始めた瘡蓋が取れた時点で、再び傷が元に戻ってしまうのだった。そんな繰り返しが続いて、この年の年末の頃には、振り出しに戻った形で、また元の木阿弥になってしまうのだった。(以下、明日に続く)

1274 気に入った名前

 気に入った名前、好きな漢字に拘ったのは、自分の子供の命名時だった。今は昔の話だ。それらが、社会の動きを反映して、変化していくのが面白い。

1.独り言コラム
 菅総理の名前は「直人」、その女房役の仙谷官房長官の名前が「由人」である。両方共に「人」が付いていて珍しいコンビである。「直人」「由人」とお二人の名前を連呼すると響きがよいので、お笑いの世界ではぐんと人気の出そうなコンビになりそうだ。政治の世界でも、良い仕事をして頂いて、心地よく響く信頼のあるコンビ名として輝いて欲しい。
 ところで「○人」と名付けられている名前の持ち主は少なくない。直人、尚人、真人、正人、智人、数人、一人、雅人、明人などといった名前は比較的ポピュラーな名前で、有名人にも結構いらっしゃる。例えば、俳優では緒形直人、竹中直人、藤木直人、更には、我が滋賀県出身の演歌歌手、三条正人さんもそうである。
 プロ野球界では、あの名監督だった鶴岡一人の名前が直ぐに思い浮かぶが、その他にも、現役選手の中にも、ジャイアンツの目下売り出し中の坂本勇人、金刀憲人、阪神の二神一人、鶴直人、日本ハムの多田野数人、楽天の渡辺直人、中村直人、西武の石井義人などがいらっしゃる。
 さて、昨日行なわれた将棋王位戦の挑戦者決定戦で、若手の振り飛車党の広瀬章人5段が羽生名人・3冠を破る大殊勲で、初めての二日制のタイトル戦への出場を決めた。対局は広瀬五段の堂々の差し回しで快勝だった。7月から始まる王位戦七番勝負は、この広瀬章人五段が、深浦康一王位に挑戦する新鮮な組み合わせとなった。「章人」という名前は比較的珍しい名前だ。7月からの始まる熱戦を通じて、その章人を大いに売り込んで欲しい。
 なお、この王位戦という棋戦は、若手がタイトル戦に登場しやすい棋戦で、かつては、筆者のお気に入りの郷田真隆九段が四段時代に初めて奪取したタイトルで、今でも、この王位戦では、タイトル奪取時の若さの記録になっている。
 ところで、名前に関する漢字では、筆者は「誠」という字が好きだった。次男に「誠史」と名付けたのもその好みからだった。もう35年以上も前のことだが、当時は、筆者が気に入っていた中原誠名人や作家の森村誠一氏らが大活躍している頃で、幸い画数なども姓名判断書の示唆する方向で合致していたからである。「誠心誠意」という言葉も好きな言葉の一つだ。
 今でも、基本的にはその好みは変わっておらず、「誠」の付いた名前の持ち主には強い関心を持っている。例えば、政治家では前原誠司、キャスターの宮根誠司、コラムニストの勝谷誠彦などのファンである。また、将棋界では、今回挑戦者となった広瀬章人五段と共に、王位リーグ戦で大活躍したが惜しくもプレイオフで羽生名人に敗れた若手の戸辺誠六段もその一人だ。なお、「誠」の字は好きだが、新撰組には、それほどの関心を持っていない。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時半起床。体重、61.4Kg。今日もお天気は良さそうだが、明日から崩れるという。
 昨日は、夜の7時からのテレビを聞かせてあげようと企画、夕方の4時半に病院に入って、8時まで付き添った。しかし、痰の出もかなりあって、体調が今一つだったことで、残念ながら、テレビを聞いて楽しむ余裕はなかったようだ。

3.連載、難病との闘い(1239) 第五部 どこまで続くこの苦闘(16)
第一章 十年目の闘い(14)

(1)雅子の症状(その14)―PEG交換―
冒頭から,PEGという難しい言葉で恐縮だが、その元の言葉は難しいので、ここで引用しないが、胃ろうのことのようである。
 さて、確か、8月21日にこの病院に再入院した直後に、続いていた下痢の原因が、どうやら、胃ろうの設置手術に齟齬があったにではということで、改めて診断頂いた結果、その通りだということで、主治医のK先生によってその取替えの手術が行なわれた。9月8日のことだった。
 それから6ヶ月、定期取替えのタイミングになったということで、その取替え手術が3月15日に行なわれたのである。どんな具合におこなわれるのか、相当に痛むのでは、などと雅子のことを思って心配だった。
 この朝、病院に着くと、雅子のベッドの壁に、ビラが貼られていて、今日はその取替えを行なうので、昨夜以降は絶食という注意書きがあった。雅子の表情自体は前日までとほとんど変わった様子はなく、幸い、この日も平熱で、痰の量もそれほど多くはなさそうだった。
 そういうことで、雅子にとっては、二度目でのことであり、不安はそんなにないように思われた。一考の目にも、その顔つきも落ち着いたもので、幸いなことに、そのような心配な様子は認められなかった。
 11時前だった。二人の看護婦さんが部屋に入って来られて、さあ、順番が回って来ましたということで、移動用のベッド(ストレッチャー)に移されて、一階の手術室に運ばれていった。一考も、急いでそれに続いて一階に降りた。
 雅子が手術室に入ったのは、11時5分頃だった。一考は、さあ、どうなのだろうかと、少し不安を抱きながらその部屋の前の椅子に座って待っていた。
 しかし、あっけない結果だった。ほんの十数分だったと思う。ベッドに横たわったままの姿で雅子が部屋から看護婦さんにベッドを押されて出て来たのである。「終りましたよ」という簡単な言葉に、一考はびっくりで、それまで抱いていた心配や不安は一瞬のうちに雲散霧消であった。そう言えば、昨年の9月の初めに急遽交換してもらった時と同じような素早い交換だった。まるで手品を見せられているようなショータイムだったとも言える。雅子の表情も、特に難しいことをしてもらったと言うような変化は全く見られなかった。かくして、この日のメインイベントは、何事もなく無事に終った。(以下、明日に続く)

1273 菅丸ピンチ、亀井金融相急転辞任

 内閣成立直後の世論調査で支持率はV字回復したものの、それも束の間の喜びで、その直後から想定外の難題に、菅内閣は立ち上がりからピンチに見舞われている。

1.独り言コラム
 皮肉な結果である。20%そこそこのだった鳩山内閣の支持率が、表紙を切り替えたことで、一気に60%台にV字回復して愁眉を開いた菅内閣だったが、まさに、不意を衝くような大ピンチに見舞われている。
 一つは、鎮静化したと見られていた口蹄疫が拡大していることが判明し、その対策に大わらわである。鹿児島県に隣接する都城市に飛び火したことは衝撃的で、その拡大を防止するために菅首相は迅速対応を指示した。感染ルートが分かっていないだけに不安だけが先走りしている。
 また、事務所経費の問題の発覚が続発している。先ずは、菅総理の腹心と言われている荒井聡国家戦略相に疑いが発覚したのに続いて、支持率アップに繋がった人気の蓮舫行政刷新相、更には川端達夫科学技術相にも拡大している。三人とも、法的に問題ないと説明しているようだが、この問題はかつて松岡利勝、赤木徳彦の二人の農水相に続いて発覚し、民主党の厳しい追及を受けた松岡大臣は自殺に追い込まれたのは今でも記憶に生々しい。今度は、自民、民主が攻守ところを変えての攻防になるが、どんな形で治まるのだろうか。菅総理には悩ましい問題だ。
 支持率のV字回復が最も皮肉な形で出てきたのが国会の会期延長問題だ。今国会で郵政改革法案の成立を期す国民新党の主張とぼろの出ないうちに早目に選挙をしてしまいたいという姑息な考え方を優先させたい民主党とのぶつかり合いだった。
 僅か2週間程度の国会延長で投票日をずらせることが、支持率の低下への不安があるというのだが、そんな不安がある事自体、それは国民の不安に他ならない。但し、小沢元幹事長の問題で、検察審査会の結果が出るタイミングが絡んでいることは確かであり、そのことが不気味で、心配されていることは事実であろう。
 今朝のニュースでは亀井金融相は急転辞任するという。深夜の土壇場の折衝で「郵政法案」は選挙後の臨時国会で成立させ、会期の大幅延長はしないということで合意したという。両社が実利を取った形での解決だ。筆者は、この法案には反対で、心境は複雑である。
 いずれにしても、船出直後の菅丸だが、どのような対応で劈頭のピンチを切り抜けるのか、興味津々である。
 余談だが、もう一つの船出、つまり、南アでW杯サッカーでの岡田ジャパンの船出が間近に迫っているが、これも直前の強化試合で全く勝てず、勢いづけようとした昨日のジンバブエとの最後の練習試合にも振るわずで、予選リーグ突破が、極めて覚束ない状況だ。こうなれば、本番での一発勝負に賭けるわけだが、果たしてどうか。宝くじを買って抽選結果を待つ気分である。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時起床。体重、61.4Kg。今日も天気は上々
 昨日の雅子は体調が良かった。熱もなく、痰も少なく穏やかな一日だった。この症状が続けば、確かに、退院には問題はなさそうだ。臀部の褥瘡の跡も傷口はしっかりと閉じた状態だ。

3.連載、難病との闘い(1238) 第五部 どこまで続くこの苦闘(15)
   第一章 十年目の闘い(13)

 (1)雅子の症状(その13)―神様お願い―
 雅子の今の苦悩を思う時、雅子へのこの病気に対する配慮に関しては、さすがの神様も不公平であると一考は強く思う。
 雅子は、子供の頃から健康を誇りにしていた。小学生の頃には健康優良児にも選ばれたくらい、健康には自信を持っていた。そして、育ての親の言うことをしっかり聞いて、守って、真面目な学生生活を送って来た。縁あって一考と結婚をして、二人の男子を育て上げた。母としても良くできた母だった。
 生憎、夫の仕事の関係で長い間の単身生活を強いられたが、それを乗り越えて家庭を支えてきた。小姑の多い家庭環境にも頑張って卒なくこなしただけではなく、夫の両親の世話もし、その上、自分の育ての親が入院すると、多忙な時間をやりくりして、その見舞い、付添いにも頑張って来ていた。
 何も悪いことはしていない。それなのに、である。何故、1000人に一人と云う難病に掛からねばならなかったのか。それも、この病気でも、最悪の症状に見舞われているのだ。同じ病気でも、歩いている人もいるし、お話を自由に出来ている人もいる。それなのに、雅子の場合は、身動き一つ出来ず、今や寝たきりの身体になってしまっている。自分で、動かせるのは、目と顔の一部の表情だけである。それも、自由に出来る状態ではなく、それが可能なタイミングも限られているのだ。
 従って、一考が話しかけても、体調が優れない時には、顔でも反応を示せないことが多いようだ。幸い、まだ綺麗な顔を保持してくれているのが救いである。気分のいい時には、なかなか魅力的な顔で、事情を知らない人が見れば、男なら、抱きたいと感じる人がいるかもしれない。しかし、体調が優れない時には、そんな優しい顔は失せて、厳しさが全体を覆ってしまっている。
 また、自分の兄姉や息子たちが見舞いに来てくれた時には、多分、精一杯のサービスなのだろうと思うのだが、目をいっぱい大きく開けて応えている。相変わらずの持って生まれた健気さ、優しさ、サービス精神はいっぱいなのだ。
 そういう意味では、今でも心は清らかで純粋だと思う。そんな雅子が声を出して泣いたということに、その心の内の悲しさを思うと、改めて神様に申し上げたい。もう少し、何とかならないのだろうかとお願いしたいのだ。(以下、明日に続く)

1272 うつわ(器)

 一般には入れ物、容器のことだが、担当するに足る才能、器量、人物の大きさを意味する。

1.独り言コラム
 党首討論で、自らが自嘲的に「愚かな総理」だったかもしれないと口にした鳩山総理の発言が強く印象に残っているし、「海外、少なくとも県外」、「Trust me」、「腹案があります」、「5月末」などとの一連の発言が、今は空しく響く鳩山語録である。
 辞任を表明した直後のテレビ番組の収録で、政治評論家の三宅久之氏は「所詮、総理の器ではなかった」と厳しく切って酷評した。
 「命を守りたい!」で始まった鳩山総理の今年1月の施政方針演説は異色だったし、自らを宇宙人とも称していて、辞任の際には、あまり遠くに視点を置いていたのかも知れないと弁明していたのが、何とも現実を見ていない愚かな総理ぶりを露呈していた。
 一方、民主党の代表戦を前に、久し振りにあの方が姿を見せていた。辞任した鳩山代表の後任選挙の候補の一人として、小沢幹事長から声を掛けられたという田中真紀子さんだ。本人は、「出ません。自分は、そんな器でないことは承知しています」とインタビューに答えていた。一時は、次の総理候補として高い支持を受けていたこともあった人だったので、若しかしたら、自分を買いかぶっているのではと心配していたが、その点で弁えがあったことに、ほっとした国民は多かったのではなかろうか。
 総理の「器」と言えば、それなりの見識、指揮力、信念などが伴っていなければならない。そういったイメージは把握できるが、具体的には、かなり曖昧な言葉であることも事実だ。新しく94代目の総理になった菅直人氏は、果たして、総理の器としての有資格者なのだろうか。これからの実績がそれを証明してくれるだろう。
 ところで、一口に「器」といっても、その立場によって、器の条件も違ってくる。例えば、プロ野球の監督を考えてみよう。ここでは、よく言われるように、名選手、必ずしも名監督ではない。筆者の記憶では、長く灰色のチームだった阪急ブレーブスをばら色に輝かせた上田利治監督や近鉄バッファローズを育てた仰木彬監督などは、その種の器の持ち主であろう。もちろん、お二人とも現役時代でも活躍をされてはいていたが、監督となってから果たした実績が、はるかに大きかったと思う。つまり、監督としての器を備えていた名監督だったのだ。今年の現役の監督をみても、楽天のブラウン監督、ロッテの西村徳文監督などは、現役時代の実績は良く分からないが、選ばれたからには、器としてのそれなりの魅力をお持mなのだろう。頑張って、素晴らしい結果を残して欲しい。「器」は結果で実証されるからだ。
 余談だが、恥ずかしながら筆者が現役時代のことに触れる。自分としては、せめて、役員に選ばれて、経営の一角に携わりたいという強い願望を持っていたのだが、その願いは達成されないままサラリーマン生活の全日程を終えた。その時点では吹っ切れずに不満が残っていたが、今では、不思議なもので、当然なことだったのだろうと納得している。理由は明解で、自分は、役員としての器ではなかったからである。そう考えると、気分的にすっきりして来る。そういう意味で、曖昧な言葉だが、「器」という言葉は、何だか不思議な響き、力を持っている言葉だと思う。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時半起床。体重、61.2Kg. 今日も天気は良さそう。
 昨日の雅子は相変わらず、痰で苦しんでいたが、全体としては比較的穏やかな一日だった。そろそろ、車椅子での散歩を再開したいと思うのだが、まだ具体的な許可は出ていない。

3.連載、難病との闘い(1237) 第五部 どこまで続くこの苦闘(14)
   第一章 十年目の闘い(12)

 (1)雅子の症状(その12)―思わず発声―
 春も間近に感じられるようになった3月半ばだった。この日も熱もなく、痰も比較的少なくて、雅子にとっては外見上は穏やかな感じの午後だった。久し振りに晴天が戻って来ていて、気分的にも、まずまずのいい状態だったと思う。
 介護士さんが入って来られて雑談していた時だった。一考が、「なかなか呼びかけに応じてくれないんですよ」と愚痴をこぼしていたら、その介護士さんが「そういえば、数日前だったと思いますが、夜、声を出して涙を流して泣いておられましたよ」と思わぬ話を聞かせてくれた。
 一考が「そうだったのですか、やはり、今の苦しみ、こんな病気になってしまったことへの無念さ、悲しさを思ってのことだったのでしょうね」と雅子の心中を慮って答えた時だった。その二人の話が聞こえていたのだろう、雅子が突然表情を変えたのである。
 急に雅子が悲しそうな顔になって、声を出して泣き始めたのである。思いも寄らなかった展開だった。声が出たことに驚きと嬉しさを覚えたが、それは一瞬のことで、それ以降は残念ながら声は聞かれていない。
 この病気に掛かって9年、症状が悪化し歩けなくなって、5年、施設のアクティバに入って2年半、そしてこの病院に再入院してほぼ250日もの長い闘いを余儀なくされて来た雅子である。その苦痛は言葉では表せないだろう。
 一方、この5年間に渡って、一考はずっと雅子に付き添ってきていたが、今までの雅子は、そんな弱い面は一切見せなかった。いろんな苦痛、悲しみにも堪えて頑張って来ていたのだった。しかし、それも、夜になって一人で物思いに耽ると、口に出来ない悲しみが込み上げてきて、それが涙に、声になって迸り出たのだろう。
 この日も、介護士さんとの夫の話に触発されたのか、それまで、一考の前では封印して来ていた涙が迸り出て、その際に、呼吸の具合が絡んで、思わず嗚咽という形になったと思われる。
 そんなことを考えていると、雅子の苦悩に、一考も思わず込み上げてくる熱いものを覚えたのである。(以下、明日に続く)

1271 今度こそは、…

 仏の顔も三度まで、と言われるが、今度こそはと期待したい事柄は多い。菅新総理はその最たる対象だ。

1.独り言コラム
 皇居での認証式に先立って行なわれた記者会見で、菅新総理は自らの話の途中で、突如感極まってぐっと抑えている表情になった。恐らく、市川房江さんの選挙をサポートして以来、志していた政治家への夢が、苦節三十数年の時を経て、幾たびかの挫折を克服し、その頂上を極めることに至ったことに、万感が込み上げて来たのだろう。まさに、草の根からの信じられないような大きな夢の実現だったのである。
 とにかく、それまでの短命に終った安倍晋三、福田康夫、麻生太郎らは、一族の七光りで育てられた2世、3世議員として、いわば、予選をシードされた形でトップの座を射止めたブランド総理である。それに対して、菅直人は、全くの無名の新人で、ノーシードで一回戦からの予選を一つずつ勝ち抜いてトップに辿り着いた、いわば、叩き上げの総理という点で、庶民には大いに親しみのある総理の誕生となった。大袈裟に言えば、涙無くして語れないドラマの数々が同氏の人生の歴史を作ってきたと言えるのではなかろうか。
 その記者会見の内容にも思わず惹き付けられるものが幾つかあった。一つは、同氏の政治信念として語った「最小不幸の社会」構築である。つまり、政治とは、国民が不幸になる要素、世界が不幸になる要素を最小限にする「最小不幸の社会」を構築することにあると訴えた。なかなか意義深い考え方だ。ともすれば、一見、魅力的な幸せらしきものをばら撒くような考え方を前面に出して、見映えを意識した考え方が多い中で、地味ではあるが、しっかりしたリアリティに満ちた考え方である。この辺りに、草の根から勝ち上がって来た同氏の哲学が滲み出たものだと大いに共感を覚えたのである。
 また、内閣のキャッチフレーズを問われて、「騎兵隊内閣」と答えた辺りにも、ブランドに拘らない実戦部隊を重視した考え方を吐露したものに他ならない。そこには、豪腕、小沢一郎元幹事長から距離を置いた人たちを多く選んだ強気の人事に見事に表現されている。
 こういった対応を見る限り、今までは幾度も裏切られてきていた内閣だったが、今度こそは、本当に何かをやってくれるのではとの思いを抱くのである。いや、そう思いたいのである。しかし、現実は甘くない。鳩山内閣が持て余した難問はそのまま、いや、もっと扱い難い形で残されている。さあ、どんな対応、手段、戦術で、これらの多くの難問に取り組んでゆくのだろうか。今度こそは、期待に応えてくれるのではとの思いで、その取り組みに注目して見守りたい。
 さて、今度は、少し怖い話である。北朝鮮が、中朝国境で、中国人3人を射殺するという厄介な事件が起きた。中国は、異例の正式抗議を行なっているという。今まで、北朝鮮の立場を守ってくれている唯一の中国に仕掛けたことで、今度こそは、とんでもない結果になるのではとの不安を思うのは、私一人ではないだろう。
 昨日、石川遼選手が成田を出て米国に向かった。全米オープンに出場するためだ。ここ二年間、その才能と実績を認められて、海外の幾つかのメジャーツアーに出場を果たして来たが、結果は、期待に沿えず、予選落ちも多く、いずれも、パットしない成績に終って来た。今度こそはと、本人も強く意識しているはずだし、ファンもその活躍を願っている。
 南アで行なわれるサッカーのW杯での日本チームは、事前の海外チームとの強化試合で4連敗という面白くない結果を引き下げての晴れの舞台の南ア入りとなった。予選突破を目標にしているというのだが、今の調子では覚束ない。幸い、本番直前の10日に、モザンビーク代表と練習試合が組まれたという。岡田ジャパンとしては、今度こそは快勝して、本番に臨みたいだろう。
 将棋界では、羽生善治棋聖3冠が、唯一苦手としている深浦康一王位を挑戦者に迎えての棋聖戦5番勝負が昨日から始まった。今度こそはと期している羽生棋聖が、とりあえず第一局に快勝し、棋聖防衛に向けて幸先良い出だしである。なお、その深浦王位への王位挑戦者決定戦が、羽生名人と広瀬五段のと間で今週末に行なわれる。羽生3冠が勝てば、7月から始まる王位戦7番勝負で挑戦者の立場で深浦王位と戦うことになり、二人の戦いが暫く続くことになる。二人とも、今度こそ…、と期すことになろう。なかなか面白い展開になりそうだ。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時起床。体重、61.4Kg。曇り空。
 昨日の雅子も症状は、痰も少なく、安定していてまずまずの様子だった。午後からは、久し振りのヘアーカット、リハビリマッサージ、そして入浴という段取りを無難にこなしていた。特に、ヘアーカットは、一旦終った後で、看護婦さんからもっと短くしてあげてと言うことで、やり直しもあって、雅子にしては大変だったと思う。しかし、髪が短くなって、如何にもさっぱりした表情はなかなのものだった。

3.連載、難病との闘い(1236) 第五部 どこまで続くこの苦闘(13)
   第一章 十年目の闘い(11)

  (1)雅子の症状(その11)―円形脱毛症―
 3月1日、この日は、久し振りに実姉の霧子さんが見舞いに来てくれていた。今年になって初めてのお見舞いで、雅子も首を長くして待っていた。それだけに、目をしっかり開けて対応するなど、雅子としては、頑張って精一杯の歓迎の応接を見せていた。
 帰宅する霧子さんを最寄の駅まで送って戻って来て、雅子の様子を窺うと、少し首がねじれているように思われたので、直してあげようと首を持ち上げた時だった。一考の指先に雅子の頭の部分に、少しコブが出来ているような感触があった。驚いて、その部分を覗き込んでよく見ると、なんとそこにかなりの領域に渡って脱毛が起きていた。いわゆる円形脱毛症で、その部分が腫れていたのである。あの臀部の傷の治療で、その姿勢を少し片寄った変形姿勢だったこともあって、そんな症状が出てきたのではと思うのだった。
 そういえば、少し前にも、頭のてっぺん辺りに円形脱毛症が出来た事があったことを思い出し調べてみると、それはもう2年前のことで、ちょうど施設に入った直後のお正月過ぎだと分かった。その時は、多分、自宅から施設という大きな環境の変化で、それなりの気苦労があったからなのだろうと思うのだった。
 直ぐに、看護婦さんに実情を報告し、適切な対応をお願いした。婦長さんもお見えになり、さし当たっては、軟らかい手ぬぐいをかませて対応することになったが、その後、先生からの指示もあって、とりあえず、体位の制限を一旦、取り払ってもらうことになった。
 しかし、そのことで、今度は、肝心の臀部の傷、褥瘡が、再び悪化を見せ始めたので、、これでもか、これでもかと雅子を攻めて来るのだった。
 幸い、その後は、次第にその脱毛症は治癒して行ったのだが、4月の半ばになって三たび、今度は、二回目の時と同じくらいの大きさのものが、その近くに出来ていた。神経性の理由によるものと思われるが、それだけ、雅子がこの長い入院生活で苦しんでいるからなんだろうと、一考は改めて気の毒に思うのだった。(以下、明日に続く)

1270 不透明

 抜擢された枝野幹事長が口にしている言葉が「透明化」だが、果たして、何処まで可能なのか、不透明である。

1.独り言コラム
 いよいよ今日、菅内閣が発足する。思い切った小沢外しが目に付く人選だ。それが国民に受けているのか、直近の世論調査では、一気に支持を取り戻している。しかし、普天間問題を始めとする多くの課題に関しては、状況が変わった訳でもなく、今後、何処まで国民の期待に応えてくれるかは、不透明である。
 北朝鮮で異例の一年に2度目の最高人民会議が開かれた。国防委員長に、金正日の義弟であるチャン・ソンテク(張成沢)が選任され、後継候補のジョンウン氏の実質後見人と見られており、当面はナンバー2の立場で指揮を執るという。不透明な金正日総書記の健康が気になるところだ。しかし、この国のことだから、先行きの不透明さは変わらない。今や、拉致被害者家族は、お気の毒だが、置いてきぼりだ。
 透明化ということでは、鳩山総理の辞任の大きな原因となった政治と金の問題で、小沢元幹事長を国会に招致して、国民にはっきりとした説明が期待されている。抜擢された枝野幹事長が、これにどう対応するかは、今のところは、辞任したことで一旦けじめをつけたとし、慎重な対応で、どうなるかは不透明だ。
 株価の動きが極めて不透明だ。昨日の東証は今年最大の下げで、泥沼状態に入っている。加えて、今朝の米国ダウも100ドルを越す下げで、間もなく開く東証の動きは全く不透明である。何処まで下がるのだろうか、先行きは大変心配だ。
 さて、注目を浴びた仕分け作業だが、これは、言ってみれば、無駄が多い薄暗い不透明な世界をもっと透明にしようという作業と言える。そういう意味で、この仕分け作業は、今後も弛まぬ継続が必要だと期待する声は大きい。
 ところで、ローカルな話だが、今朝の報道では、筆者の住まいのごく近くにある「大津びわこ競輪場」で行なわれている「びわこ競輪」の廃止が俎上に上っているという。理由は単純明快で、赤字続きだからである。唯一利益が出ていた最大のビッグレースの「高松宮記念杯」でも、今年の売り上げが前年を下回って採算がぎりぎりのところまで来ているというのだ。このため、目方信大津市長は、その存続についての検討を行なうという。筆者としては、一度も行ったこともないので、どちらでもいいとは思う一方で、廃止となると、もともと低調な大津市の活動が鈍り、活性化が失われることになるという心配がある。競輪ファンにとっては一大事で、この動きに無関心ではおられないはずだ。
 ところで、ものは考え方次第であって、世の中、何でも透明になれば全て良しという訳でもいない。不透明だから救われていることも多い。はっきりしていない、よく分かっていないからこそ、努力して頑張る世界があるのも確かである。妻の雅子の病気も不透明そのものである。つまり、不透明は勇気の源泉にもなることもある。また「水清ければ、魚棲まず」という言葉もある。世の中、様々だ。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時起床。体重、61.4Kg。どんよりした曇り空。
 昨日の雅子は、前日苦しめられた痰からは、一転して解放されていて、比較的落ち着いた一日だった。どうして、こんなに替わるのかの原因が良く分かっていない。

3.連載、難病との闘い(1235) 第五部 どこまで続くこの苦闘(12)
   第一章 十年目の闘い(10)

  (1)雅子の症状(その10) ―ちょっとしミスも―
 入院しているメリットは、何かにつけて安心なことが多い。日によって熱があったり、痰が多く出たり、便秘が続いたりして、症状が不安定である雅子には特に有難いことである。直ぐに然るべき対応をしていただけるからで、これが、もし、自宅にいて在宅介護をしていれば、その都度、どうしていいか迷ってしまうだろうし、余計な不安で精神的に苛まれることになる。また、施設にいたとしても、差し当たっての応急の対応はしていただけるが、単純な病気でない場合には、病院に行って診てもらわねばならなくなる事になる訳で、入院しているメリットは大きいのだ。
 付き添いである一考には、病院にいることで、一喜一憂することもなく、安心して任せておけることで、大いに助かっているのである。幸いにして、これまでは、ミスといった類のものは何もなく、安心しての毎日を過ごさせていただいている。
 今日までを振り返ってみても、うっかりミスの類に属するものとしては、栄養剤を注入する際に、胃ろうにきちんとチューブが繋がっておらず、気がついた際には、溢れた栄養剤で、身体や衣装、それにベッドがびっしょり濡れててしまっていたといううアクシデントが二回あっただけである。一度目は、今年の1月半ばのことで、朝6時の注入時であり、今一度は、2月下旬の夕方でのことで、何れも一考が居ないときに起きておた。
 着ているパジャマはもちろんのこと、下に敷いているタオルもずぶぬれで、漏れが起きていることを見つけてもらうまでは、雅子もかなり冷たい思いをしていただろうと思うと気の毒だった。ベッドの敷布も取り替えざるを得なかったようで、ちょっとした騒ぎだったに違いない。
 実は、この最初のアクシデント時に、例のパジャマが行方不明になったというおまけつきだった。しかし、雅子の症状自体には、これといった影響はなく、事無きを得たのは不幸中の幸いだった。
 なお、2度目の時には気がつくのが早く、対応も直ぐに行なわれたので、大きな実害にはなっていない。
 いずれの場合も、ベテランのしっかりした看護婦さんが部屋当番の時に起きていた。もちろん、その方がその作業をしたかどうかは定かではない。声も出せない雅子には、気の毒な出来事だった。その原因は、単なるうっかりミスなのだが、多忙なこの世界の大変さの一端が、思わず出てしまったのだろうと思う。(以下、明日に続く)

1269 V字回復

 菅新総理になって、その支持率が62%と急回復しているという。強気の脱小沢グループ戦略にインパクトがあるようだ。今朝は、短期政権に終った最近の4人の総理を宿命という角度からレビューを試みた。

1.独り言コラム
 お坊ちゃん総理と揶揄されていた鳩山由紀夫総理だったが、土壇場での退陣に際しては、豪腕、小沢一郎幹事長と刺し違えた形で辞任した。小鳩内閣とよばれて踊らされていた鳩山総理としては、初めて自分の意志を力強く貫いた見事な決断と行動だった。あの親指の動きが示していたように、一矢報いた思いだったのだろう。
 祖父が総理だったという点では、前任者の麻生太郎総理と同じ立場だった。生まれながらにして、その家系の伝統、歴史を守るために、二人の総理就任は一族の悲願であったはずだ。そして、そんな生まれながらの重圧の中で、幸運にもそのチャンスが巡って来て、歴史にその名前を留めることが出来たことに、ともかくも、二人は、それなりの充足感を覚えていたのではなかろうか。言ってみれば「国をどうする、国民にどんな生活を提供するか」と言った本来の総理としての信条に基づいた政治の中身よりも、自分達の一族の輝かしい歴史に花を添えたことに、差し当たっての充足感を覚えていた総理だったと言えるのではと思う。
 そういう意味では、その前の二人の安倍晋三や福田康夫についても、同様なことが言える。二人の場合は、それぞれの親父が果たせなかった悔しさを自分たちが果たすことで応えたいといった強い思いでの挑戦だったと見ることが出来よう。言ってみれば、ある種の執念、復讐といった思いが、二人を総理就任に駆り立てていたと思う。具体的には、安倍氏は、父、安倍晋太郎氏が総理まであと一歩のところで病死したという悔しさが、また、福田康夫氏の場合は、サミットへの出席を目前にして退陣せざるを得なかった父、福田赳夫氏の悔しさを自らが果たいという強い執念があった。
 つまり、小泉純一郎総理以降の4人の総理に共通の短期政権には、本来の総理が目指す「日本をこうする」と言った強い信条があった訳ではなく、看板が優先した形で、私的な一族のためといった副次的な思いが優先していたところに問題があった。
 ところで、今回の鳩山総理の辞任に接し、筆者の頭の中に浮んだ或る風景がある。それは、先般のバンクーバーオリンピックの決勝の大舞台で、大事な演技中に靴の紐が切れて演技を中断せざるを得なかったフィギュアースケートの織田信成選手の呆然とした姿である。同氏は、その日の朝に紐が切れ掛かっているのを承知で、足の感触を重んじて、そのまま結び直して演技に挑戦したと言う。
 要するに、演技の途中で、靴紐が切れるのではという心配がありながら、何とかなるだろうという甘い考えでの大勝負への挑戦だったという意味で、今回の普天間移設問題で、少なくとも県外と繰り返し主張した鳩山総理の軽率な見方に相通じるものがあったように思ったのである。問題の重要性を軽く、甘く見た誤算が生んだ大きな蹉跌だったと言えるのではないか。
 もう一つ蛇足だが、鳩山総理退陣後に、ハンドルを握っている際などに、何故か、戦後間もなく岡晴夫さんが歌ってヒットした「啼くな小鳩よ」という古い歌が、やたらに筆者の口を突いて出て来るのだ。小鳩内閣と揶揄されていた二人へのレクイエムなのかもしれない。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時40分起床。体重、61.7Kg。お天気は悪くない。
 昨日の雅子は痰が多くて大変苦しんだ一日だった。この様子を見ている限り、もう退院はOKだということに、不安を覚える。
 この日は、午後2時頃に久し振りに実姉の霧子さんが見舞いに顔を出してくれた。痰で苦しみながらも、雅子はほっとした様子を垣間見せていた。

3.連載、難病との闘い(1234) 第五部 どこまで続くこの苦闘(11)
   第一章 十年目の闘い(9)

  (1)雅子の症状(その9) -遣り甲斐ー
 雅子の入院生活も、3月10日で、200日を数えた。こんなに長い入院生活になるとは、当初は思ってもいないことだった。一考は、この間、一日も欠かすことなく、毎日、ほぼ2回のペースで通院し、闘病生活が続く雅子をの付き添いを努めている。
 そんな単調な生活の中で、ふと、自分の今の遣り甲斐について考える事がある。それは、何といっても、雅子が少しでも回復し、せめて片言でも話してくれるようになってくれることに貢献することなのだが、パーキンソン病と云う進行性の病気であることを考えるとそこまでの回復は難しいようで、そういう意味での遣り甲斐にはなかなか繋がらない。
 しかも、そのパーキンソン病に加えて、今回の入院の原因になった尿路感染などの炎症が絡み、痰や熱に悩まされることが多い。そこで、一考の遣り甲斐も、今では少しトーンダウンし、雅子のその日の症状が、少しでも苦しまなくて済む症状で、こちらからの話掛けに、少しでも反応してくれるようであれば、それで、「よかった、よかった」ということで、嬉しく思い、それなりの遣り甲斐を感じている。
 2月に入った或る日、一考が、その時点での生活パターンに疲れを覚えていたことから、「今までの午前、午後の2回の通院パターンを、これからは、一日一回だけにしようかなあ」と軽い気持ちで雅子に話してみたことがあった。その時に、彼女は、即座に、それは困るというような表情で応えてくれたのである。そのことが、一考にはとても嬉しいことだった。それと言うのも、自分の毎日の通院が、雅子には多少なりとも、何らかの面で、役立っていることが分かったからである。そのことで、逆に、一考自身が嬉しい力添えをもらったのを印象深く覚えている。つまり、延々と続けている毎日の自分の付き添いが、それなりに意味があるというが分かったことで、大変な遣り甲斐を覚えたのだった。そして、それならば、今後も、体力の続く限り、毎日午前、午後の2回の通院を続けて行こうと、自分に言い聞かせたのである。
 何事もそうだが、やはり、自分がやっていることが、少しでも役立っているという評価を受けることは、それが、幾ら小さなことであっても、当人にはとても嬉しいことであり、遣り甲斐に繋がるのである。(以下、明日に続く)

1268 オウンゴール

 サッカー用語で自殺点と称するもので、誤って味方のゴールに入れてしまった屈辱的な失点である。

1.独り言コラム
 サッカーW杯の南ア大会は、いよいよ今週末に開幕する。しかし、日本チームである岡田ジャパンにとっては、何ともスッキリしない形での南ア入りとなった。最後の強化試合として戦ったセルビア、韓国、イギリス、コートジボアールとの戦いに全て負けて、想定外の4連敗という悪夢の結果だったからである。
 本大会を前に、チームに勢いと自信をつけさせようとの狙いの親善試合だっただけに、その狙いが外れたばかりでなく、その失点の多くがオウンゴールによるもので、想定外の大きな不安材料を抱えてしまったのだ。
 昨日の日経新聞にも、そのマイナスヒーローの闘莉王選手について、同氏を「変数」と称し、「敵味方の双方にとってプラスにもマイナスにもなりうる不思議な体質で、吉凶のいずれが日本に割り振られるか、本人を含めて誰にも分からない」と記している。何だか爆弾を身内に抱えての戦いになりそうで、大いに心配である。
 オウンゴール的な悲劇は今の日本には少なくない。例えば、文字通りの「自殺者」が、ここ10年以上も、年間3万人を越えているという。働き盛りの中年に突然の会社の首切りで職場を失い、結果的に自殺に追い込んでしまう事例が多いという。また、高齢化社会の行き着くところとして、老々介護が増加傾向にある。筆者自らも目下体験中の一人として感じることなのだが、将来の体力、健康を考える時、そんな悲しい選択をしてしまう危険が、これからも増えてゆくのではないかと思うのである。いずれにしても、自らの人生の幕引きを自らの手で行なうオウンゴールほど悲しい残酷なものはない。
 今回の鳩山総理の辞任劇も、その背景を考えると、これまた、オウンゴールだったと思えてくる。政治と金の問題も、自らの母親からのお小遣いの不適切な処理の結果であり、普天間問題も「少なくとも県外」や「腹案あり」、更には「5月末決着」などは、全て自らが口にしたものだった。しかし、それらを一つも解決には結びつけることが出来ずに、自らを追い込んだ訳で、典型的なオウンゴールのパターンだった。
 そういう意味では、今度の菅新総理は、その二の舞にならぬよう、しっかりとした内閣を構築してもらいたい。今のところ、新総理は、豪腕、小沢グループを排除した形での強気の人事を進めている。党運営の立場から見て大丈夫だろうか。かつて、民主党結党時に、当時の鳩山幹事長が、武村正義氏らの参加要請に対して、排除の論理を振り回したことがあったのを思い出す。差し当たっては、菅総理の強気の人事が、オウンゴールにならないように祈っている。
 ところで、昨日の陸上の日本選手権でも、男子棒高跳び決勝で、4連覇中の沢野大地選手が、5メートル50からの戦いに挑んだが、3回とも失敗と言う想定外の結果で記録なしに終わり、5連覇はならなかった。結果論だが、ファンには、5メートル30ぐらいで、一度飛んでおけばとの思いが残る。これは、オウンゴールに匹敵する失敗で、悔いが残ったかもしれない。一方で、ハンマー投げの室伏広治選手が16連覇という大記録を達成したけに、そんな思いが強くするのである。
 オウンゴールは、してしまった本人もさることながら、チーム自体が受ける衝撃は小さくない。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時起床。体重、61.4Kg。今朝も爽やかな朝である。明日からは崩れるとの予報で、つゆ入りが気掛かりとなる。
 昨日の雅子は、多少、痰に苦しまされたが、一日を通してまずまずの状態だった。しかし、本当に、このまま退院してもいいのかしら、といった不安はある。しかし、主治医によって、退院が承認されたことが看護婦さん達にも伝わっていて、そんな声を掛けられることが多かった。
 そんなことで、この日のお昼前に、予てからお願いしている施設の特養に必要な追加書類を持参して「なるべく早い受け入れ」をお願いした。今のところ、その時期ははっきりしていない。何んだか、急に、身辺に慌しさを覚えている。

3.連載、難病との闘い(1233) 第五部 どこまで続くこの苦闘(10)
   第一章 十年目の闘い(8)

 (1)雅子の症状(その8)
 袖擦り合うも何かの縁、というが、この病院でお世話になっている看護婦さんや介護士さんの数は、ゆうに50人を越していて、大変多くの方々のサポートを頂戴しているのである。この中には、正式な社員の他に、いわゆる契約社員と称して短期間の契約で勤めておられる方も結構いらっしゃる。この契約社員の方々は、当然なことながら、その契約期間が過ぎると、期間を延長更新される方もいらっしゃるが、多くの方そのまま辞めて、別の病院に移って行かれる。
 入院以来、大変お世話になっていた或る看護婦さんが、遂に別の病院に移って行かれた。2月下旬のことだった。この方は、契約社員だったことから、止むを得ない成り行きだったが、それでも、いわゆる部屋担当としてお世話になった回数が、30日近くもあったことで、何かとても大切な方を失った気がするくらいの寂しさであった。
 福井県の出身でやや大柄な大人しい方だった。研究熱心で、患者への対応も丁寧で、看護婦としての医療技術もしっかりとしたものを身につけておられ、健康そうで、その容姿からも、息子の嫁になってくれればと思ったこともあったくらいだが、もちろん、そんなことは叶うことはなかった。
 本当に偶然だったが、彼女の最後の日に、その手続きで病院に来ておられたのだが、エレベーター前で、ばったりと出会うチャンスを頂戴した。神様の小さな親切だったのだろう。最後の挨拶を交わすことが出来たのは幸いだった。今度は「どちらに?」と訊ねると「わかやま」と聞こえたので、「随分と遠いところに行かれるのですね」と言ってしまった。
 後になって、別の方から、「岡山ですよ」と言われてびっくり、なるほど、「おかやま」「わかやま」は似ている。耳の悪い一考が、見事に聞き違えていたのだった。岡山なら新幹線もあって、そんなに遠いところと云うイメージはない。
 さて、一考の感じだが、このような病院では、多忙なことからも、一般の会社で行なう歓送迎会的なものはなさそうだ。別れが、非常に恬淡とした形で行なわれるところに、何か物足りなさを覚えるのは、一考のつまらないセンチメンタルな考え方かもしれない。彼女の新天地での新たなご活躍、頑張りを祈念している。(以下、明日に続く)

1267 かん、かん、かん(菅、感、敢)の調べ

 予想通りの圧勝で、菅直人氏が民主党代表に当選、そして第94代総理大臣に選ばれた。まさに、昨日は、かん、かん、かんの鮮やかな合格の調べだった。市民活動家からの長かった厳しいここまでの道を思い、感無量だったに違いない。

1.独り言コラム
 菅新総理による注目の党および内閣人事が始動している。いち早く、仙石由人官房長官と枝野幸夫幹事長の内定が報じられ、更には、野田佳彦氏の財務相への起用、また、蓮舫氏の入閣といった脱小沢人事の動きが伝えられている。しかし、これでは、さすがに小沢グループの反発が強くて、運営面で厳しいという懸念もあって、枝野幹事長については内定が取り消されたという動きも伝えられている。
 とにかく、菅新総理の動きは果敢だ。宛行扶持(あてがいぶち)の日程では無理があるとして、熟考したいということで、内閣発足を週明けに先延ばしした。また、国会会期についても延長も止むを得ないとし、その結果、参院選の日程も7月11日から25日に延期する方向で調整に入っているようだ。自分の考え方を大事にし、マイペースでの対応を執ろうとしている。これは、なかなか勇気ある対応で、「今度は違うよ」ということで、国民の信頼を回復しようとの狙いが出ている。
 それにしても、ここに来ての菅氏の発言は過激で刺激的だ。喧嘩を売っているという感がないでもない。豪腕、小沢一郎氏に「暫くは静かにしていることが、本人、民主党、日本のためにいい」とか、「党としての全員参加を目指したい」「政調会長の復活」といった小沢方針を真っ向から否定する路線変更を明言している。
 当然、小沢グループはカチンと来ていることは確かで、喧嘩を売られたからには、豪腕も黙ってはいない。幸い、対抗馬の樽床伸二氏が自主投票で129票という意外な高得票だったことに、勇気を得たようで、既に反発の動きが出始めているようだ。
 例えば、代表選挙前からあった菅氏からの面会申し入れに応じなかった同氏が、昨夜は、同志の集まりにも顔を出して、その反発の意欲をも見せていたようだし、岩手県連のビデオレターで、参院選で勝利を得て体制を築いた後に、自分が改革の先頭に立つというメッセージを送っている。
 こうなると、暫くは、菅新総理のお手並み拝見となるが、小沢グループの反発の動きとの対決は、なかなか面白そうだ。新しい政治の誕生を、多少は野次馬的な関心を持って、見守ることにしようと思う。
 暫くは、かん(菅)、かん(感)、かん(敢)の調べに酔うことにしようと思う。少なくとも、近い将来に、菅でも「あかん」という評価が出ないことを祈る。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時半起床。体重、61.4Kg。お天気は良い。
 微熱があり、痰もそれなりにあったが、どうやら、これが雅子のこのところの日常のようにも思われる。主治医からは、もういつ退院してもいいという。アクティバを解約した直後であるので、目下、申請中の特養に、改めて、具体的な受け入れのお願いを行なっている。

3.連載、難病との闘い(1232) 第五部 どこまで続くこの苦闘(9)
第一章 十年目の闘い(7)

(1)雅子の症状(その7)
 さて、今度は、逆に雅子の立場になって一日を見てみよう。
 朝の4時頃に体位の交替、おむつ交換が行なわれ、その後、6時頃に、朝食に相当する栄養剤の注入が行なわれる。いつもそうだが、注入の直前には痰の吸引をしてもらう。それで、気分的にほっとすることが多い。
 注入が終るとお薬の投与。それが終るのが7時頃である。一考が毎朝病院に出て来てくれるのは、今では9時前のことが多い。
 大体、9時頃に、定期的なおむつ交換、体位の切り替えがある。そして、10時プラスマイナス30分の間に、その日の部屋当番の看護婦さんがお見えになり、体温、血圧、脈拍、酸素指数のチェックがあり、何か異常があると必要な処置が行なわれる。例えば熱が37.4度以上あれば、直ぐにアイスノンなどでのクーリングが行なわれる。
 大抵の場合は、一考は午前中と午後の2回に渡って通算4~6時間の付添いをしてくれている。気分的には、何となくほっとする。この間の一考は、傍でコンピューター(以下、CPと略す)をしながらの付き添いである。(なお、ここでのCPは、3月半ばまでのことで、それ以降はそこでのCPは取り止めた)
 幸い、夫は、アクティバに入居以降、ずっと毎日見舞いに来てくれているが、自分の心配は、夫が何時まで、こうして私の面倒を看てくれるかである。来年が古希であり、持病の不整脈の事もあって心配なのだ。
 午後になると、一考がテレビをつけてくれたり、或いは単に、テレビの音声だけを聞かせてくれるので、気分転換をさせてもらっている。姿勢の関係と目を自由に開けることが容易でないことから、なかなか画面を見ることが出来ないので、差し当たっては、音声だけで充分なのだ。
 とにかく、4時間おきにオムツ交換、ほぼそれと同じタイミングで体位の変更、そして朝、昼、夕方には栄養剤の注入が行なわれる。また、検診は、10時前後と午後の適当なタイミング、それに、夜勤の担当者に替わった直後の6時頃、更には、必要に応じて、夜中、朝方に行なってくれる。
 それ以外のサービスとしては、週に一度の口腔クリーニング、入浴と身体のタオルでの拭きとりが、また、夫が見はからって3ヶ月に一度ぐらいの間隔でヘアーカットのサービスを受けている。
 実兄や実姉のお見舞いも一ヶ月に一度はあるので楽しみにしている。しかし、姉の霧子は、自分と一回り年上で、もういい年齢になっているので、最近は見舞いの頻度が減ってきている。止むを得ないのだが、何となく寂しく感じられる。また、長男もこちらの病院に来ることがあって、その都度見舞ってくれるのが嬉しい。そういう場合は、なるだけ、頑張って目を大きく明けて、自分としては、精一杯のサービスに努めているのである。(以下、明日に続く)

1266 すんなり誕生

 難産で生まれた子供は、強い子供に育つといわれるが、何事もすんなり誕生するに越したことはない。

1.独り言コラム
 今夕には、菅直人、第94代内閣総理大臣が誕生する。鳩山由紀夫総理が辞任して二日後というスピーディな総理の誕生である。同氏が社会民主連合から初当選したのが1980年というから、30年目の頂上制覇と云うことになる。
 市川房江さんの選挙参謀としてその当選に尽力したのが1976年で、それから初当選までに意外にも3回の落選を経験しており、政治家、菅直人は、すんなり誕生とはいかなかった。草の根からの苦労を経験しているだけに、逆に、それだけの強さを持っており、満を持しての登板だと言えよう。
 ところで、その扱いが注目される豪腕、小沢一郎氏に対して、菅氏は「暫くは静かにしていてください」という辺りは、なかなか巧みな思い切った言い方で、今度こそは、毎年定期的に変わる総理ではなく、安定した長期政権を維持して欲しいと思う。かつて、「未納三兄弟」なんて軽口を叩いて失脚した経験を持つだけに、その発言にも慎重であって欲しい。先ずは、今日中に決める党人事が初仕事になる訳だが、誰が幹事長に着くのか、国民の関心は高く、固唾を飲んで、その決定を待つことになる。
 なお、組閣人事には少し時間を掛けたいとしており、今日中に組閣を終えるとしていた段取りを週明けにずらす辺りは、自分のペースをしっかり持っていて、さすがに「やるじゃないか」という好印象で、出だしは順調だと申し上げておこう。
 それにしても、対抗馬として登場した樽床伸二氏には、大変な驚きである。今までに聞いたこともない名前であり、こんな大事な舞台に、突然名乗り出て来たのは大した奴で、将来の大物かも知れないと言いたいが、今のところは、驚き以外の何物でもない。無投票で選ばれるよりも、選挙で選ばれた方がいいとのことで、誰かが仕組んだのであろうか。それにしても、対抗馬としては如何なものか、言ってみれば、当て馬だといえるのだろう。若しかしたら、豪腕小沢氏の何かの狙いがあるのかもしれないが、解せない国民は多いだろう。とにかく、菅直人総理のすんなり誕生を歓迎したい。
 話は変わるが、今朝の新聞に、あわやの大記録が、すんなり誕生とはならず、幻に終ったというトピックスが披露されている。米大リーグで、今期で3人目の完全試合が審判の誤審で台無しになったというのだ。話題の投手は、タイガースのガララーガ投手で、9回2アウトまで完全で、最後の打者を2塁前のゴロに打ち取り、自らがベースカバーに入ったのだったが、これがセーフと判定されたのだ。試合後に、その審判が誤審だと告白していたと言うから、筆者流に言えば、まさに「なんたるちあ」である。大記録、すんなり誕生せず、といった表現では済まされない気の毒な誤審だった。
 ごしんといえば、新総理、菅直人氏には、今日からしっかりとしたSPが付く。ごしん(護身)第一なのだ。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時起床。体重、61.8Kg。徐々に体重が増加傾向にあって、大いに気掛かり。天気は今日も悪くなさそう。
 昨日の雅子だが、午前中は37.4度と少し熱はあったが、症状は比較的安定していて、午後には、時々目を開けてじっと話を聞いてくれていた。それでも、痰の量は相変わらずで、難儀そうだった。

3.連載、難病との闘い(1231) 第五部 どこまで続くこの苦闘(9)
  第一章 十年目の闘い(7)

 (1)雅子の症状(その7)
 ところで、テレビを聞かせてあげるサービスについて、もう少し触れておきたい。狙いは、前日にも書いたように、アップデイトされた生の楽しさを味わってもらって、精神的な一層の高揚を図ろうとするのである。特に、今まで気に入っていた番組であれば、より気安く楽しんでもらえるだろうということで、昼間の番組では、帯番組の「笑っていいとも」「ミヤネヤ」、それに日曜の昼間の「新婚さんいらっしゃい」「たかじんのそこまで言って委員会」などが対象である。
 正直言って、このサービスを雅子がどの程度楽しんでいるかは判然とはしないが、それなりに楽しんでいると確信している。
 そういうことで、より多く楽しんでもらおうということで、サービスをエスカレートさせて、夜の番組に挑戦してみようということになった。具体的には、夕食後の7時からの娯楽番組の時間帯への挑戦である。誰でもそうかも知れないが、雅子の好きな番組は、夜の方に多かった。しかし、その一方で、駐車場の閉る時間との関係もあって、聞かせてあげるのも7時台が精一杯で、8時には終わらねばならない。
 そこでピックアップした番組は、島田紳介の「ヘキサゴン」と上沼恵美子さんがやっているバラエティの「えみちゃんねる」だった。後者は、大阪のおばちゃんにはかなりの人気があるようだが、一考の好みの対象外だった。あの下品さが気に食わないからである。そういうことで、数週間は頑張って、そんなサービスを提供をしてあげたのである。
しかし、何しろ、放送が終るのが8時前になるので、それから、直ぐに病院を出ても、自宅に戻ると8時半過ぎとなり、 それから食事を用意して食べ終わり、雑用を片付けるともう就寝時間になってしまう。つまり、一考としてはかなりきつい段取りになることから、夜の番組からは、次第に勘弁してもらうことになってしまっている。
 ご存知の方も多いと思うが、病室でのテレビ視聴は、大部屋の場合は、他の方に迷惑を掛けないように、全てイヤホーンで聞くことになっている。厄介なのは、そのイヤホーンを雅子につけるため、付き添っている一考にはテレビの音が聞こえない。時々、画面だけを見ていることもあるが、画面だけでは致し方がないので、大抵は、その時間は仕方なくコンピューターに向かっていることが多い。
 さて、そういうことで、帰りは夜の運転となる。雨が降っている場合などは、ドライブがあまり得意でない一考には、ちょっとした負担である。それでも、雅子が楽しんでくれていると思うと、遣り甲斐がある残業であることは確かだ。しかし、3日坊主ではないが、結局は自分の体力のこともあって、今では、雅子には申し訳ないが、そのサービスは、気の向いた時の例外を除き、ほとんどなくなってしまっているのである。(以下、明日に続く)

1265 鮮やかな熱いドラマ、鳩山総理引責辞任

 突然の鮮やかな熱いドラマが、国民、マスコミを「あっ」と言わせた一日だった。

1.独り言コラム
 一昨日の夕方に幹事長らとの会談後、鳩山総理が親指を小さく挙げてガッツポーズを見せていたことで、誰もが続投が決まったと解釈していたのだが、一夜明けての突然の電撃的な引責辞任は、最近では珍しい鮮やかな演出だった。マスコミや政治評論家、コメンテーター、そてに多くの国民は、見事にしてやられたのある。何と、そのポーズは、豪腕、小沢一郎幹事長にも引責辞任を迫ってその決断を引き出したことへの「してやった」という意味だったのだ。宇宙人と揶揄された鳩山総理が、最後に見せた乾坤一擲の鮮やかな闘いぶりだった。
 この政治ドラマを目の当たりにし、いろんな言葉が頭に浮ぶ。「一連托生」「死なばもろ共」「差し違え」「抱き合い心中」「道ずれ」「巨悪は眠らせない」などと言った言葉だ。号外を含めた昨日からのマスコミの見出しも多彩でなかなか面白い。
 一連の流れを振り返ってみると、辞意を決意した総理が、2日の夕方に思い切った逆襲に出て、政治と金の問題をクリーンにしたいという大儀を持ち出し、幹事長に厳しく辞任を迫ったという。その結果、同氏から「分かった」との返事を得たというのだ。まさに、快哉を叫びたい気持ちは痛いほど良く分かる。とにかく、豪腕を道ずれにできたというその時の総理の気持ちが、あの小さく見せた親指のガッツポーズだった。そして、一夜明けた昨日の両院議員総会の舞台で、鮮やかな電撃辞任の表明となった。
 さあ、ポスト鳩山の後継争いはもう始まっている。明日の午前中に決まるというから時間がない。菅直人氏が一歩先に立候補を表明したが、ポイントは小沢氏との距離だそうだ。どうやら、前原誠司氏は今のところ立つ様子がなさそう。昨夜のニュースステーションで、小沢幹事長が、田中真紀子を擁立するのではと言った冗談っぽい話題が出ていたが、若しかしたら、小沢幹事長は、そんな「あっ」と言わすような手を打ってくるかもしれない。筆者としては、田中真紀子だけは、とんでもない話で、絶対に阻止しなければならないと思っている。政治は遊びではないからだ。いずれにしても、事実は、小説より奇なり、の鮮やかな事例だった。
 ところで、昨日は、他にも「鮮やかさ」を十二分に披露した話題があったが、残念ながら、この大きな政治ドラマの影に隠れて、それほど大きくは扱われていない。しかし、ここでは、それらを付記しておこう。
 一つは、宇宙飛行士、野口聡一さんが164日の宇宙滞在という日本人記録を更新して帰還である。4月にはシャトルで到着した山崎直子さんと合流、初めて宇宙で日本人の複数滞在を実現したり、多くの有用な実績を残しての、カザフスタンの草原に、砂煙を上げての鮮やかな帰還だった。お帰りなさい、と申し上げておきたい。
 もう一つは、プロ野球交流戦でオリックスが8回表を終って0-7の劣勢から、信じられない鮮やかな逆転勝ちを演じた試合である。北川博敏選手の満塁本塁打、さらに延長11回のTー岡田選手のさよなら3ランが、素晴らしく鮮やかな弧を描いたのだろう。これで、オリックスは交流戦シリーズでの優勝への可能性を残した。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時20分起床。体重、61.5Kg。このところ増加気味なのが気掛かりである。今日もお天気は今日も良さそう。
 昨日の雅子は、少し熱があったが、まずまずの一日。月に一度の体重測定があって、彼女も当月は少し増加していた。

3.連載、難病との闘い(1230) 第五部 どこまで続くこの苦闘(8)
   第一章 十年目の闘い(6)

 (1)雅子の症状(その6)
 雅子に刺激を与える意味で、ある時から、お昼前後のテレビの音声を聞かせてあげるようになった。雅子が少しでも世の中の動きを理解するのもいいことであり、その一方で娯楽番組を楽しむことで、精神的な発散が少しでもできればと考えてのサービスである。常にベッドに横たわっているので、テレビの画面を見るのが難しく、音声だけを楽しんでもらっている。一時は、かつて、雅子が好きだった夜の7時台の番組にも挑戦したが、一考の帰りが遅くなることもあって、今では勘弁させてもらっている。
 余程の事情がない限り、夕方は大抵5時頃に病院を出て自宅に戻る。その前には、その日の夜勤の看護婦さんを確認し、必要がある場合は伝言したりすることもある。
 それ以外のことで、病院でお世話になっていることは、口腔クリーニング、入浴、ヘアーカットそれに最近ではリハビリである。前二者は週に一回で、入浴に関しては、体温が37.4度以下が条件になっていて、それ以上熱がある場合には、その日の入浴は中止となり、熱いタオルで身体を拭ってもらうことで代替する。一考としては、なるべく入浴できるように、その日の体温測定には付き添って、微熱のある場合には氷枕などでの冷却をお願いするのである。また、ヘアーカットについては、今では3ヶ月ないし4ヶ月に一度の頻度で行なってもらう。ベッドに横になったままで対応してもらえるので助かる。リハビリは、臀部の褥瘡の治療がかなり良くなってから、先生のリコメンドもあって取り入れたもので、このところ、ウイークデイは毎日行なってもらっている。リハビリを受けている間の雅子の表情は気持ち良さそうに見えることが多い。寝たきりの雅子だけに、身体を動かすと言う面で効果的だと思われる。
 さて、ほっとして病院を出ると、必要な場合には、スーパーに寄って買い物をして戻る。美味しくもない夕食を適当に作って食べ終えると7時頃で、それ以降が、一考の自由時間となる。かつては、母親の食事を作っていたことがあったが、今は、姉の久子が引き受けてくれているので大いに助かっている。そういう意味で、食後の数時間は、本当に一息つく時間帯でもある。ぼんやりテレビを見て過ごすことが多いが、時にはCPで翌日のブログの準備をすることもある。
 かくして入浴を済ませると、一階の自分の部屋に戻って眠りに着くのだ。単調で侘しい一考の一日はこのようにして終るのである。従って、洗濯以外は、家のことはほとんど何もすることなく毎日が過ぎてゆくのである。(以下、明日に続く) 

1264 見応えある激闘

 力が相拮抗した戦いや対決は見応えがあって面白い。中でも、一昨日から始まった総理の進退を掛けた対決は最高の出し物である。

1.独り言コラム
 注目の会談を終えて出てきたそれぞれの主役の表情が対照的だった。その時の映像を見ると、鳩山総理は報道陣に対し、親指で小さくガッツポーズを見せていたのに対し、小沢幹事長は苦虫を噛み潰したような厳しい顔で記者の前を無言で通り去った。対照的な様子から、鳩山総理が、強く続投を主張して頑張った激闘の様子が窺われた。弱いと思われていた鳩山総理に、なかなかやるじゃないの、という意味で若干痛快な感じがする。
 二人は、いや、参院議員会長の輿石氏を交えた三人は、引き続き今日も協議するとのことだが、意外に粘り強い総理に、引導を渡そうとした小沢幹事長の方が戸惑っているのだろう。参院議員の一任を取り付けた輿石参院議員会長も同席しているが、今や同氏は「腰石」のようで豪腕の腰ぎんちゃくのようにくっ付いているのが気に食わない。いずれにしても、この豪腕と総理の二人の激闘は、なかなか面白い。このニュースの視聴率は相当に上がるはずで、若しかしたら、内閣支持率西武、ソフトバンク、オリックス、ロッテが、昨日は、ロッテを除く三チームが揃って負けたことで、混戦に環を掛けた激戦状況になっている。心情的に岡田オリックスを応援しているのだが、昨日は、勝利目前の9回で逆転された敗戦は痛い。
 さて、昨日から始まった将棋A級順位戦は、久保利明2冠が好調だった藤井猛九段に逆転勝ちで激闘を制し、幸先良い一勝を挙げた。これからの長丁場の総当りの激闘のリーグ戦が進んでゆく。一方、7月から始まる王位戦のプレイオフ第一戦も昨日行なわれ、羽生善治名人が戸部誠六段に勝って、来週の広瀬章人五段と挑戦権を戦う。こちらは、なかなか見応えのある混戦から勝ち残った最後の二人の激闘となりそうで、その展開に注目したい。
 2009年度の合計特殊出生率が1.37を記録したという。これは前年と同じ値で、ここ数年続いていた上昇傾向が止まった形である。しかし、一時は1,29まで下がっていたことを考えると、漸く、低減傾向との混戦から抜け出しつつあると言えそうだ。
 一般的には、混戦から掴み取った勝利、激闘を制した勝利は、勝利の味が違うという。果たして、鳩山総理は、豪腕の引導から逃げ切って、一味違うおいしい勝利を得られるのだろうか。今日の展開が注目される。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 5時15分起床。体重61.3Kg。お天気は良さそう。
 昨日の雅子は朝から少し熱があったが、氷枕で冷やすなどの効果があって入浴はOKとなった。夕方には、久し振りに主治医と退院の目安について、その目処のすり合わせを行なった。折角治りつつある臀部の褥瘡が再発しないタイミングを目安にしようということで合意した。

3.連載、難病との闘い(1229) 第五部 どこまで続くこの苦闘。(7)
   第一章 十年目の闘い(5)

 (1)雅子の症状(その5)
 9時半近くになると介護士さんによるおむつ交換が始まり、それと相前後して、看護婦さんによる毎朝の定期診断が始まる。看護婦さんの回診は、その日の段取り次第で、9時半から11時頃の間で行なわれる。一考としては、朝の検診による体温、血圧などの測定値に注目する。
 午前中には、それ以外に胃ろうの付け根のクリーニング、また臀部の褥瘡のチェックなどの作業が行なわれる。これは、その種の専任の看護婦さんが別に回診されるが、褥瘡については、時々専門医の方が一緒に回診されることもある。なお、一考は、オムツ交換、この種の回診時には、通常は室外で待機している。
 それらが一段落すると、午前中の段取りをほぼ終了するので、部屋に戻って、雅子のサポートをしながら、3月中頃までは、ベッドの付属品であるオーバーテーブルの上にコンピューター(以下CPと記す)を取り出してCP作業を行なっていた。そこでは、その日の様子や測定データなどの記録を始め、場合によっては日誌やブログの連載部分の予備の作成などを行なっていたのである。なお、本件については、別途詳細を取り上げるが、3月後半以降は、事情があって病室でのCPは取り止めた。
 また、この間、雅子の様子を窺いながら、気分の良さそうな日には、その日のブログを読んで聞かせてやるのだが、この時に、新たな間違いに気付くことが多く、改めて愕然とするのである。みっともない間違いを晒していることが恥ずかしく、昼食時の訂正までは落ち着かない。
 昼休みには、家に用事がない場合はアクティバの雅子の部屋に戻ってCP作業を行なう。この時に、新たに見つかったブログの修正をおこなう。また、株価のチェックやスポーツの経過などをチェックするのもこのタイミングである。
 昼食休憩を終えて病院に戻るのは大抵は1時から2時の間で、その後は夕方の5時ないし6時近くまで雅子に付き添う。この間に、日によっては口腔クリーニング、入浴、リハビリなどが行なわれる。もちろん、その間もタイミングを見計らって、CP作業を行なっていた。(以下、明日に続く)

1263 6月決戦

 月が変わった。いろんな新しい動き、戦いが始まる。中でも、政治、経済ともに流れは不透明だ。鳩山総理の周辺は、その進退を巡って慌しい。

1.独り言コラム
 幸か不幸か、昨日書いた「鳩山総理辞任」の予感は、当たらなかったが、夕方になって、小沢幹事長や輿石東参院議員会長が国会内で総理を訪ねるなどの動きもあって、永田町は随分と騒々しく揺れ動いていたようだ。今朝の新聞を見る限り、流れは、鳩山総理退陣に向かって動き始めているようだ。来るべき7月の参院選に向かって、6月の厳しい戦いが始まっている。果たして、民主党は参院選に、この鳩山総理と小沢幹事長のツートップで臨むのだろうか? 
 ところで、どうやら、今年の梅雨入りは少し遅れるとの見方が出ている。株価の動きなど経済環境は低迷が続いていて、大分前から、荒れ模様の梅雨入りした状態になっている。ギリシャの財政破綻に端を発した欧州ショックの影響は随分と厄介そうで、梅雨明けへの楽観は許されないようだ。
 一方、子供手当ての支給が開始される月でもある。市町村によってその支給開始タイミングには、ばらつきがありそうだが、それでもお金が配られることで、一義的には国民はにんまりするのではなかろうか。しかし、借金までしてのばら撒きに怒っている賢明な国民も少なくないようだ。ギリシャの事例は、対岸の火事ではないからだ。
 スポーツでは、いよいよ11日から、ファン待望の南アでサッカーのW杯が始まる。心配されている岡田ジャパンだが、どんな戦いを見せてくれるのだろうか。「私でいいんですか」と弱気を見せていた岡田武史監督だけに、勝ってその面目を晴らして欲しい。余談だが、この「私でいいんですか?」のセリフは、今の総理のセリフにぴったりだと思ってしまうのだが、どうだろう。
 アースマラソンで間寛平さんが、前立腺癌治療のための放射線照射を終えて 間もなく走りを再開する。じっと我慢して、満を持していたはずである。この治療の2ヶ月間、めげずに闘志を維持していることに感動を覚える。まだ、先は長いが、ここまで来た以上、何としても完走して欲しいと思う。
 最後に、趣味の将棋界の話題になるが、いよいよ、今日から今年度の順位戦が始まる。分かり易くいえば、来年の4月から始まる羽生名人への挑戦者を決めるA級棋士10人によるリーグ戦が始まるのだ。今日の開幕戦は、羽生王将から王将位を奪取して好調をキープし、A級にカムバックして来た久保利明2冠と藤井猛九段の対局だ。藤井九段は今期に入って5連勝と今までにない好調で、面白い戦いになりそうだ。
 戦いは来年の3月までの9ヶ月間に渡って一人9局、トータル45局の戦いだ。今の筆者には数少ない楽しみの一つである。
 今期は、初の名人戦に登場したが4連敗と力を発揮できなかった三浦弘之八段の他に、新たに大器として期待されている渡辺明竜王も加わっており、谷川浩二、森内俊之の二人の永世名人や丸山元名人らも健在で、今まで以上の混戦が予想される。筆者としては、何としても、郷田真隆九段に頑張って欲しいのだが、同氏は昨年辺りからの不調が続いており、今期は順位が7位(10人中)ということで、下手するとBⅠ級への陥落も考えられるだけに、大いに心配だ。
 挑戦権獲得者についての筆者の予測だが、ずばり、久保2冠が鍵を握っていると見ている。さあ、どうだろうか?

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時15分起床。体重、61.2Kg。曇り空だ。
 昨日の雅子の検診データは異常だった。熱が37.5度で、血圧が今までよりも異常に高い140だった。いつもは90前後であるだけに何が起きているか心配だったが、顔の表情はそれほど苦しんでいるようには見えなかった。しかし、呼びかけへの反応は乏しく不安な一日だった。
83.連載、難病との闘い(1228) 第五部 どこまで続くこの苦闘。(6)
  第一章 十年目の闘い(4)

 (1)雅子の症状(その4)
 仏さんにご飯を供え終わると、雨戸を開ける作業に移る。母屋の母親の方は、姉の久子が来てからやってくれるので、自分の住まいの分だけの雨戸が対象である。それから、洗い終った洗濯物を干す。雨の日には、仕方なく部屋の中に干さざるを得ない。
 それから、ゴミ捨て作業だが、その日の収拾に該当するゴミを近くの場所まで運ぶ。それらが終ると、大体7時頃になっている。その後は、再び2階に上がって、その日に配信したブログの読み直しを行なうのだが、いつも、そこで多くの訂正箇所を見つけてうんざりするのである。
 誤りの大半は、誤字、脱字、更には「てにおは」の間違いなどが多く、また文章の不出来も少なくない。仕方なく、それらを訂正する。しかし、この読み直しでもパスしてしまっている誤りなどは多く、それらは昼休みに訂正することになる。
 この間、テレビはつけっぱなしで、聞きながらの作業で、場合によっては、そこで聞いたばかりのニュースを取り上げて、ブログに書き込むことも多い。
 ブログのチェック、再送信が終ると一段落で、身の回りの片付けを行ない、必要なものを鞄に入れて病院に向かう。その際、コンピューターはその大事な持ち物の一つだが、他にも、乾いた洗濯物や前日に届いた雅子宛の郵便物なども一緒に鞄に入れて持ってゆく。テッシュやおむつなどは購入と同時に車に積んであるので、毎朝の作業には入っていない。
 病院への到着は、道の混み具合でかなりずれることもあるが、大抵は8時から9時に着くような時間に家を出る。朝寝坊した場合は、致し方なく、病院への到着が10時過ぎになることもある。急いでいる場合は、高速バイパスの湖西道路を走ることもあるが、それが却って混んでいて、とんでもない時間がかかってしまうこともある。要するに、一考のその日の体調と道の混み具合で、病院への到着時間にはかなりの巾がある。
 病院に着くと、先ずは雅子の様子を窺う。目をしっかり開けて迎えてくれる時もあるが、眠ったように表情を見せないこともある。その日の体調を確認する意味で、この辺りの雅子の様子を把握する。また、時には、痰が口から溢れていることがあるので、その場合はチッシュでしっかり拭ってやる。それでもまだ相当に溜まっていると思われる場合には、看護婦さんを呼んで吸引してもらう。その他には、前夜の通じなどの状況を、ベッド脇に置いてある記録帳を見て確認し、雅子のこの朝の症状の把握に努めるのである。(以下、明日に続く)

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