プロフィール

相坂一考

Author:相坂一考
滋賀県大津市出身
07年1月に推理小説「執念」を文芸社から出版
14年7月に、難病との戦いを扱った「月の砂漠」を文芸社から出版

このブログは3部構成です。
 1.タイトルへの一言。
 2.独り言コラムで、キーワードから世の動きを捉えようと試みる。
 3.プライベートコーナー
   (2015-06-03に修正) 

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1415 危機一髪

 下手すれば、大事件、大事故に繋がっていたと思われる危機一髪のニュースが幾つか相次いだ一週間だった。

1.独り言コラム
 英国中部のイーストミッドランズとドバイの両空港で、オバマ大統領の地元のシカゴ行きの2機の機内に爆発物の入った小包が見つかった。中身はPEPNと称される高性能の爆弾で、イエーメンのアルカイダの仕業だとの見方が強い。このまま飛んでいれば、大惨事になっていたことは必至で、29日に米大統領は「我が国に対する明らかなテロの脅威」と強い危機感を表明した。まさに、危機一髪で、よくぞ、事前に見つかったものだと改めてほっとする。
 日本でも幾つかの危機一髪の事例があった。一つは、26日の北海道、旭川空港の上空で、全日空機が着陸のための降下中に、地表への異常接近を示す警報が鳴るトラブルがあった。これは、管制官の誤まった指示で、高度が約3000メートルまでしか降下できないエリアで1500メートルへ降下する指示を出していたのである。一時は高度が約520メートルにまで地表と接近したと言う。恐ろしい話しだ。管制官のうっかりミスというが、この種のことでのうっかりは決して許されないものだ。
 うっかりミスといえば、JR西日本の福知山線で、5年前に起きた大事故と同じ場所で速度超過のミスがあって、ATSが作動していたことが分かった。運転手は考え事をしていたという。昨日、相次ぐ不祥事にJR西日本が謝罪したが、謝って済む話ではない。安全教育の効果がないという訳で、困ったものだ。
 少し遡った話しだが、大阪市医療センターで起きた話で、癌で肺切除の手術が行なわれたが、別の患者の肺を切除するというとんでもない事故が起きていたことが26日に分かった。医療センターによると、70歳代の女性が3月に受けた検査で肺に腫瘍が見つかっていて、その後の病理検査を実施されたのだが、その際に別の患者の検体と取り違えたために起きた事故で、結局肺の切除手術は対象患者を間違えたまま4月に行なわれた。術後の再検査で肺からがん細胞は見つからず、取り違えが発覚したという。病院側はミスを認め、賠償金として100万円を支払った。技師は「注意不足だった」とミスを認めているというのだが、下手すると両方の患者に危機一髪の可能性もあったと思われる。それにしても、100万円の賠償金と云うのも命のお値段にしては安すぎる。
 話しは一転するが、日中の関係も首脳会談を巡ってドタキャンといった思いもよらない展開となった。昨日になって二人が雑談してお茶を濁したが、中国国内事情は複雑だ。そういう意味では、尖閣問題は、下手すると一触即発の危機一髪の問題を含んでいる。しかし、ここで、日本は引き下がってはいけない。思い切ってビデオを公開するなどして攻めに出るべきだろう。危機一髪は、むしろ、菅内閣の率いる民主党内に渦巻いていると言えそうだ。
 いずれにしても、うっかりミスは誰でもしでかすことはあるが、航空会社の管制官や医者などの命を扱う人たちには、決して許されないことである。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時20分起床。体重、61.0KG.当月の平均体重も同じ61.0KGである。天気は今一つはっきりしない。
 昨日の雅子は一見安定しているようだったが、時々、纏まって痰が出て、その度ごとには苦しそうな顔を見せていた。久し振りに実兄ご夫婦のお見舞いを受けてほっとしているようだった。

3.連載「難病との闘い(総集編)」(12)
  第一部 潜伏期(10)第一章 病名との出会いまで(10)
  2.初期の診断、その頃の夫(5)

 既に触れたように、その頃の一考は、執筆と並んで、もう一つの趣味の「歩き」への関心が急速に高まって来ていた。気が付くと、執筆以上に気に入っていて、言わば、今時の言葉でいうと、歩きにはまり込んだといったようで、熱中し始めていたのである。そのため、執筆の時間を削っても、暇を作っては歩くといった、まさに、のめりこんだ状態になっていたのである。
 誰に気遣うことも無く、自分のペースで適度な汗をかきながら、歩くという単純な運動は、多少の疲れを伴うが、気分は実に爽快で達成感も伴っていた。健康の確保と云う大儀名文もあって、「歩き」そのものを正当化できて、せっせ、せっせと歩きまくっていたのである。
 結論から言えば、一考が雅子の症状の悪化に気づき、急遽東京を撤退して帰郷するまでのほぼ3年半で、歩いた距離は大よそ2500Kmに及んでいたのである。それは、日本列島を縦断した距離に相当する。そんなに歩くに至った背景と経緯を簡単に紹介しておこう。
 当初は、住んでいたマンションの近辺を探索する散歩から始めたが、そのうちに、ただ単にむやみに歩き回るのではなく、何か適当な目標を設定して、その達成を目指して歩くのが励みにもなるし、達成感もあって面白いと考えるようになった。
 そこで、最初のターゲットに取り上げたのが、東京23区にある警察署を全部回ろうと思ったのである。警察署であれば、推理小説を書く際にも、事件現場や捜査本部などの設定で役立つだろうとの単純な考えからだった。調査をしてみると、都内23区内には77箇所の警察署があることが分かり、それらを一つ一つ回り始めたのである。
 そのうちに、三十年近く東京に勤務しながら、東京を殆ど知らない自分に愕然とし、この機会に名所旧跡なども回ってみたいと考えるようになり、市販されている23区内の散歩コースの案内書を入手した。そこには、それぞれ大体4Kmから6Km程度の単位で構成された散歩コースが紹介されており、然るべき観光名所もしっかりと織り込まれていて格好の歩きのコースだった。一考は、そこに、警察署を組み込んでの新しいコースにアレンジし、それらの全攻略に夢中になって、歩きに没頭するようになっていた。
 その後、更に考えは拡大し、有名な「通り」を歩いてみたいということになり、環八、環七、山手、国道1号線などの主だった通りの殆どを制覇することになる。そして、次に見つけたのが、東京23区内にある歴史的な背景のある名前の付いた坂道だった。九段坂、道玄坂、三宅坂といった歴史を持つ有名な坂道が23区内だけでも随分とあることが分かり、それらを徹底して探し出して歩いてみることにしたのである。最初に歩いた坂道が、短編推理小説の事件現場ということで、探し出した北区赤羽にある三日月坂だった。その後、懸命になって坂を探し続け、緊急帰郷するまでに、結果的に700近い坂道を探し出したのだった。
 その坂道探索の途中の2003年下期に入ると、長距離を歩くことに関心が芽生え、マラソンの距離を歩く「マラソン歩行」に発展して行った。初めての42.2Kmのトライアルは、2003年7月2日のことで、当時の永福町の自宅から環七に出て真っ直ぐ東進し、足立区の荒川に架かる江北橋を渡り、少し進んだところにある尾久橋通りに入って逆に西進する形で戻り始め、最後は新宿経由で戻るコースで、9時間11分59秒の記録だった。それから、その達成感に憧れて、何と!16本のマラソン歩行を敢行したのである。我ながら、驚きと同時に何とも言えない達成感に浸るのであった。
 要するに、気が付くと一考は、いわゆる「歩き魔」になっていたのである。部屋にいて物を書こうとしても、天気が良いとじっとしておられず、直ぐに着替えて歩きに出る始末だった。ちょっとした趣味の歩きが高じて、手の付けられない「歩き魔」に変心していたのである。
 さて、話を少し元に戻そう。一考が「歩き」に関心を持ち始めた初期の頃だった。短編推理小説などに手を出してはいたが、歩きにエネルギーを取られて、その進捗が捗々しくなく、もう少し執筆に注力しなければと思い始めていた矢先だった。会社から、退職時に頂いた家族旅行のクーポンを使用するかどうかの確認の電話を貰ったのである。「そう言えば、そんなのがあったなあ」と一考はすっかり歩きと執筆にかまけて忘れていてことを思い出し、ちょうど気分転換にはもってこいの渡りに船ということで、雅子との海外旅行を思い立ったのだった。(以下、明日に続く)
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1414 土壇場での大逆転

 昨夜、日本の国内外で、土壇場での二つの大逆転劇があって、興奮と怒りが渦巻いた。

1.独り言コラム
 日中関係は風雲急である。昨夜、ハノイのASEAN会場内で、日本時間の8時半からセットされていた日中首脳会談が、中国側が直前で、大逆転のドタキャンをしたのである。
 その背景が今一つはっきりしないが、各紙の記事を見る限り、一言で言えば、自国内に都合の良くない事情があって、中国側が首脳が会談するタイミングでないと判断したと思われる。言ってみれば、いちゃもんをつけて、会談を避けたといった感じである。
 いちゃもんの一つは、直前の前原誠司外相とクリントン国務長官との会談で、尖閣諸島は日米安保の対象であり、攻撃を受けた場合にはサポートするとの彼女からの再度の心強い発言があったこと、いちゃもんの二つは、東シナ海ガス田共同開発の交渉再開で合意したとの事実と異なる発表をしたとの報道があったこと、いちゃもんの三つ目は、日本の国内であのビデオ公開の話しが進んでいることなどに対する不満、といった自国に都合の良くないもののばかりである。
 中国のドタキャンといえば、上海万博に招待されていた日本青年上海万博訪問団の680人のグループもそうだったし、閉幕式に招待されていた大阪府知事も直前にドタキャンの連絡を受けて、同知事は、信用できない国だと怒り心頭だった。橋下徹知事の場合は、そのキャンセルの連絡が誤りだったとして再度招待の連絡を受けたことで、大人の対応ということで上海に向かった。とにかく、中国は心から信用できない国である。
 今後、中国とどんなお付き合いをするかだが、何も日本から、執拗に頭を下げてお願いする必要はないのではないか。この際、毅然とした対応でビデオを公開し、堂々と頑張ってみるべきだと思う。
 この突然の面白くないニュースの直前まで、筆者は、この日から始まった女子バレーボールの世界選手権の日本対ポーランドのテレビ中継に惹きつけられていた。最初の2セットを落とした時に、やはり駄目なのかと思っていたのだが、その後、何と粘りに粘って3セット連取という離れ業を演じて見事な大逆転勝ちをしたのである。久方ぶりの大興奮で気分は最高だった。後で知ったが、18人のメンバーの中に、東レの選手が5人も選ばれている。その中で迫田さおりの若手の活躍が特に目立っていたが、東レのベテランの荒木絵里香選手が出ていなかったようだ。早くも世代交代なのだろうか?
 ところで、この中継は生中継で無く、10分から20分ぐらい遅れて放映していた事に途中で気付いた。そういうことで、インタネットでのニュースが少し早く結果を送信してくれていたことが分かり、最後は、ハラハラせずにゲームを楽しんで見る事が出来た。どうして、生中継しないのだろうか。ファンには不満が残るだろう。とにかく、初戦に嬉しい大逆転勝利で今後の戦いに勢いがついたことは確かである。
 そんな逆転勝利の興奮冷めやらぬ中に、飛び込んで来た中国からの首脳会談のドタキャンのニュースに、NHKのニュースウオッチ9もテレビ朝日の報道ステーションも、情報不足で、コメント抜きでキャンセルの事実を伝えるだけだった。裏事情が分からず、その扱いに戸惑っていたと思われる。
 いずれにしても、近所の付き合いし難いおっさんとどう付き合うかは厄介な問題である。引越しできないだけに頭が痛い。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 2時半起床、体重、60.9Kg. ぽつりぽつりと冷たい雨(4時現在)
 昨日の雅子は、熱は無く、痰もそこそこで落ち着いていたが、呼び掛けに対する反応が今一つだった。相変わらず点滴での栄養補給で、早く、栄養剤の滴下に戻って欲しいと思っているのだが。何しろ、点滴の注射針を差す場所探しが大変なようである。

3.連載「難病との闘い(総集編)」(11)
  第一部 潜伏期(9)第一章 病名との出会いまで(9)
  2.初期の診断、その頃の夫(4)

 とにかく、執筆したいということで東京に居残った一考だったが、退職後に取り組んだ最初の作品は、退職前から書き始めていてほぼ完成の域に入っていた「なんたるちあ」という小説を仕上げることだった。
 この小説は、自らを意識した負け犬サラリーマンの悲哀を描いたもので、公私共に裏切られる気の毒なアンチヒーローの人生を描いたものである。そのメインのテーマに、予てから温めておいたとっぴなアイディアを絡ませ、一考としてはそれなりの異色の自信作だった。そのとっぴなアイディアとは、「新幹線を合法的に格安に乗車する方法の研究」と称する受けを狙ったもので、ブレークを期待しての取って置きの内容だった。
 ある出版社に原稿を持ち込んだところ、最初は、共同出版を勧められたが、経費の点で折り合わず、その段階では見送りを決断したのだったが、一年後になって、出版社の方から突然、「改めて、企画出版の候補に取り上げたい」との話が持ち出されて来て、思わず「やった!」と内心大いに喜んだのだった。つまり、企画出版というのは、出版社が費用を持ってくれると言うもので、一考には願ってもない話だった。しかし、結局は、肝心のそのアイディアの部分が、社会に誤解を招く恐れがあるということで、残念ながらこの企画そのものが没になってしまったのである。一考にしてみれば、一旦諦めていただけに、寝ている子を起こされたようで、悔しい、糠喜びを味わったのだった。
 その頃、一考の耳には、身内のものから「そんな活動を、一人でこそこそやっていても無理で、やる以上は、然るべき先生の内弟子になるとか、カルチャーセンターなどのセミナーに出て、しっかりした基礎を身に着けないとものにはならない」と言った主旨の批判が伝わってきていた。例によって、姉の久子のきつい一言だった。長いこと何の成果を見ない独りよがりの創作活動に、いい意味での励ましのアドバイスをくれたのだろうが、才能の有無について悩んでいた頃だっただけに、一考には厳しい鞭打ちを受けたような痛みがあった。創作意欲が大きく減退したことは否めない。
 その一方で、会社勤めをして四十年近いその殆どを、日米の合弁会社で仕事をして来た一考には、どうしても取り上げたいテーマがあったからである。一考が、たまたまこの会社の設立時から加わっていたことで、会社への愛着が人一倍強かったことが、幸いしていたからだろう。一考の心を捉えていた強い関心は、次のような米国親会社の子会社に対する強い執念だった。
 当時の日本政府の方針で、合弁会社は、米国サイドの出資は50%が最高限度に規制されていたことから、一考の会社も、両親会社の折半出資でスタートしていた。しかし、その後において、その規制が緩んだタイミングを機敏に捉えて、米国親会社は65%のマジョリティを奪取し、経営上の主導権を得たのである。それを切っ掛けに、次々と手を変え品を変え、日常の企業運営でも主導権を執らんものとの狙いから、いろんな戦略を展開して来たのだが、その頃の経営陣の頑張りもあって、彼らの思惑通りにはなかなか進まなかった。それでも、彼らは決して諦めることなく、執拗で巧みな仕掛けを繰り返し、遂に日本本土に上陸を果たすことになるのだが、それを誘導することになる最後のプロジェクトのリーダーを一考が引き受けたのである。それは、乗り込んで来る外人部隊に、絨毯を敷いて迎えてやるに等しいプロジェクトだった。
 その経験から、この日米の主導権争いにおける米国企業の執拗な執念を実感した一考が、これを何としても書きたいということで、ずっと温存して来たていた。多くの意味で敗北に終わった会社生活だったが、その敗北者の最後の仕事として、この米国の凄い執念とそれを死守せんとする日本側の懸命の頑張りを一つの作品に仕上げたいとの強い思いが、一考の最後の創作意欲を支えていたのである。
 そんな中で、歩きの趣味にも引き込まれたり、また他の懸賞小説募集にも食指が動いたりで、幾つかの短編にも手を出したりして、回り道をすることになって、その大作への着手が先延ばしになってしまっていた。そして、漸く、その大作に取り掛かるべく事前の準備として、主人公の一人として設定していた合弁会社の実質の創設者だった大先輩に、貴重なお時間を頂戴し、お話を窺うと言う形で取材を開始したのは、2001年8月中頃になってからだった。(以下、明日に続く)

1413 くじと人生

 くじと言えば、宝くじ、阿弥陀くじ、更には各種の抽選などを思い出すが、この時期では、やはり、プロ野球のドラフト制度を連想する。そこには、悲喜こもごもの人間模様が垣間見えることがある。

1.独り言コラム
 豊作だと言われていた今年のドラフトが昨日夕方に行なわれた。幾つかの珍しい記録が生まれている。その一つは、早稲田大学から、斉藤祐樹、大石達也、福井優也3投手が1位指名を受けたことである。
 中でも、注目の選手の一人だったハンカチ王子と呼ばれていた斉藤投手は、日本ハムが引き当てた。4年前に甲子園で素晴らしい決勝戦を戦ったあのマー君の田中将大とは、同じパ・リーグのぺナントレースで、再び競い合うことになる。大学での経験を積んでプロに入団した斉藤投手と高校から直接プロに入った田中投手との間で、どんな味わいの違う戦いが展開されるのか、ファンは大いに注目するところであり、筆者も楽しみにしている。
 阪神は、ドラフト1位指名では、1985年に清原和博選手を指名して以来、12回連続1位くじに不当たりと云う珍記録を更新中だ。また、岡田オリックス監督は、今回のドラフトの1位指名で、3回続けてくじに敗れると言うハプニングもあった。
 くじの面白さと云う観点からは、6球団が指名した大石投手に関しては、なんと、6番目に残りくじを引いた西武の渡辺監督が引き当てると言うドラマもあった。阪神の真弓監督は5番目に引いたのだから、その時点で確率50%だった訳で、結果論としては大変残念だったと言えよう。
 幸いなことに、今年のドラフトで指名を受けた選手の中では、自分の希望とかけ離れたチームだということで、不満をあらわにした選手は出なかったようだ。
 過去においては、本人の希望が叶えられず悲劇となった事例には枚挙に暇が無い。中でも、巨人入りを強く希望した江川卓選手は、その後に流行語となった空白の一日といった小細工をしたのは有名な話で、挙句の果てに巨人のエース級だった小林繁投手との交換トレードで、強引に巨人入りを果たした超我がままな事例があった。また、元木大介選手は一年浪人、福留孝介選手は、社会人チームに入って時期を待つという忍耐強い頑張りを見せた事例も記憶に残っている。恐らく、江川卓さんは、このドラフトの時期が来るのを一番嫌っているかもしれない。いつまでも、こうして引き合いに出されるのは苦痛以外の何物でもなかろう。
 くじで人生が決まるという選択には不満もあるだろう。しかし、宝くじに当たって大金をものにする人もいるし、最近では、裁判員裁判の裁判員や検察審査会の審査員に選ばれて大きな事件の判決に加わる事例も出て来ている。また、スポーツでもどうしても勝負がつかないラクビーなどでは、最後は抽選で勝ち負けを決めることもある。
 筆者も、附属中学校に入ろうと受験した際に、一次合格した者が、後はくじで合格者を決めるという制度だった。残念ながら、その時にはくじに落ちて悔しい思いをしたことを覚えているが、長い人生を振り返ると、この時点では、大きな分かれ道ではなかったように思う。
 要するに、くじにも運、不運がある。たとえ、不運だったとしても。それを運に導く努力は不可欠だ。今までのドラフトで選ばれた選手の中にも、今どうしているか分からない人が多いという。そういう意味では、昨日選ばれた選手たちの本当の勝負は、これから始まるのだ。頑張って欲しい。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時50分起床、体重、60.7Kg. お天気は回復というが、朝は今朝も寒い。天気は回復すると言うが、…。
 昨日の雅子は、午前中から午後にかけて、ずっと寝ているような状態だった。夕方になって、目を開けて話を聞いてくれているようだったが、寝たきりになってしまうのではと少し心配だった。
 点滴が続いていて、注射針を指す位置を探すのが容易で無くなりつつあり、看護婦さんも苦労している。

3.連載「難病との闘い(総集編)」(10)
  第一部 潜伏期(8)第一章 病名との出会いまで(8)
  2.初期の診断、その頃の夫(3)

 雅子の夫である相坂一考は2002年1月31日会社を定年退職した。会社の好意で退職時期を一年延長してもらっていたので、退職時は61歳になっていた。退職に際して、一考は 「まだ志を果たしておらず、遣り残したことがあるので、帰郷を延ばし、もう少し東京に留まって頑張ってみたい」と雅子に希望を伝えた。
 「こんな鬱陶しい家には帰って来きたくないんでしょう。けれど、お母様は、貴方の帰郷を、首を長くして待っておられるのよ。困った人ね。でも、まあ、長い間のお勤めをして頂いたんだから、暫く、のんびりと好きなことをするのもいいんじゃない」
 雅子は、一考の気持ちを忖度して、その申し入れを思いの外すんなりと受け入れたのだった。
 その背景には、この頃の雅子は、気にしていた左手の人差し指に力が入らないという一件も、単なる肩こりからのものだろうということでほっとしていたこともあり、加えて、実生活でも殆ど支障が認められなかったことから、治ったような気になっていたからでもある。なお、この時点では、その辺りの事情については、夫に余計な心配を掛けたくないとの雅子の配慮から、一考は何も知らされていなかったことから、一考も軽い気持ちで、雅子に申し入れたのだった。つまり、二人の間には、運命的で微妙な阿吽の呼吸(?)が働いていたのである。
 ところで、一考は、退職後の東京での居残りのことを考えて、退職予定の半年前に、杉並区の永福町の一角にワンルームマンションを購入していた。60歳時に退職金をもらった際に思いついた投資の一環だったが、暫くは自分がそこで住むことを念頭に置いていた。そして、退職の数ヶ月前に、それまで二十年近く住んでいた横浜の借り上げ社宅から、そのマンションに移っていたのである。
 ところで、そんなにまでして、一考が居残りに拘った背景なのだが、会社生活で目標にしていた役員に選任されなかったことへの不満であった。自分の力不足をわきまえない勝手な不満だったが、なんとなく充実感の伴わない退職への無念さに一矢報いたいとする強い闘志があったからである。志を果たせずにいた一考には、もう一仕事することで、納得する引き際にしたいといった気持ちが一考を支配していた。いわば、勝手な自己満足を求めていたのである。
 差し当たっての目標は、それまで断片的にやってきていた推理小説を書き上げることだった。かくして、才能も覚束ない一考が、無謀な挑戦を試みることになる。実に皮肉な結果なのだが、後になって考えると、この頃から、雅子の身体の奥深くで、病魔が誰にも気づかれないまま、ゆっくり立ち上がり始めていたことになる。(以下、明日に続く)

1412 期待と不安で揺れている。

 何事もすんなりと結論が出ないことが多い。ああでもない、こうでもないと揺れに揺れてやっと出ることもあるし、先送りされることも少なくない。その方がドラマティックで面白いということもある一方で、いい加減にしろ! と言いたいことも多い。

1.独り言コラム
 民主党は、マニフェストで謳っていた企業団体献金の禁止を撤回し、献金を受け入れることとなったという。岡田幹事長が発表したもので、あっという間の変心である。国民への約束を裏切ることも甚だしい。前原外相などの内閣からも反対の意見が出ていて、党内は不安で揺れている。
 菅総理が打ち出したTPP(環太平洋戦略的パートナーシップ)への参加方針に対し、農林水産省などの省庁や族議員などの反対で、党内は揺れている。どうやら、この反対派のグループが、先の代表選挙で小沢氏に投票したグループに通じるようで、党内の不安な揺れは、一筋縄ではないようだ。
 とにかく、世界の主要国の潮流が関税撤廃の方向にある中だけに、これに参加しないと言うことは日本企業にとっては大きなハンディとなる。菅総理の決断が迫られている。
 強制起訴を受けた小沢一郎元幹事長が、特別審査会の審査に問題があるとして提訴し、東京地裁、高裁から却下されたにも関わらず、今度は最高裁に抗告した。そこまでやるか! という徹底抗戦である。民主党内では、同氏の扱いをどうすべきかで大いに揺れていて、まだ結論が出ていない。
 昨日から始まった仕分け作業での議論が期待と不安で揺れている。今回の仕分け対象は特別会計で、無駄の宝庫といわれているだけに、議論は初日から激しく展開されているようだ。問題は、ここで得られた結論が実行されるか否かであって、無駄を洗い出しても、それが実行されないようでは意味がない。仕分け作業会議が強制力を持たないことに欠陥がある。
 あの尖閣列島での漁船との衝突事件でのビデオの取り扱いでも、どうするべきかで揺れている。テープは予算委員会に提出されたようだが、誰が見るかで大いに揺れていて、我々国民には見せてくれるのか、どうか、早く結論を出して欲しい。
 さて、揺れているのは民主党内だけでない。横浜ベイスターズの買収を目指していた住生活グループだったが、TBSグループとの交渉は纏まらず、来年も引き続きTBSが管理することになった。振り出しに戻ったのである。ベイスターズの選手、関係者、そして多くのファンは揺れ放しだったと思う。
 そんな中で、今日はドラフト会議だ。就任直後の星野仙一楽天監督も初仕事ということで参加するようだ。新人選手の獲得を目指して、会場は大いに揺れることだろう。目玉は、早稲田の斉藤、大石、中央大の沢村、仏教大の大野などの好投手が、各チームの上位にノミネートされているようで、興味津々の会議となろう。
 昨日まで二日間に渡って行なわれていた将棋竜王戦第2局は、終盤の局面で勝利の女神は微妙に揺れていたようだ。手に汗握る大激戦だったが、渡辺竜王が勝ち切って堂々の2連勝スタートとなった。これで、渡辺竜王は、この竜王タイトル戦で10連勝(羽生名人に6連勝、森内九段に4連勝)を達成し、竜王7連覇に一歩近づいた。とにかく、渡辺明竜王の強さに感服であるが、その一方で、羽生名人は一昨年の損じられない3連勝4連敗に続いて2連敗で、竜王戦のタイトル戦での6連敗は、信じられない記録で、筆者の心が微妙に揺れていた。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時半起床。体重、61.2Kg。寒い、雨の一日のようだ。
 昨日の雅子も痰が多くて苦しんでいた。このところ、毎日が苦しそうだ。

3.連載「難病との闘い(総集編)」(9)
  第一部 潜伏期(7)第一章 病名との出会いまで(7)
  2.初期の診断、その頃の夫(2)

 翌朝早く、雅子は義父をよく連れて行く日赤を訪ねた。健康を自負にして来た雅子だっただけに、自分のことで、病院を訪ねるのは本当に久しぶりのことだった。取りあえず、相談窓口で、何科で受診すべきかを相談してみることにした。
 「なるほど。それで、足にはしびれはありませんか?」雅子の症状の説明を聞き終えると、すかさず、窓口の看護婦さんはそう質問してきた。
 「足には、今のところ、異常はありません」
 「それなら脳梗塞ではないでしょう。整形外科を紹介しますので、先ず、そこで看てもらって下さい」相談に乗ってくれた看護婦さんは親切げにそう言って、場所を示す簡略図を手渡してくれた。雅子は丁重に礼を言って、図に示されている場所に急いだ。
 整形外科の診察室は一階の奥まったところにあった。既に多くの患者がその辺りの待ち合い席を占めて順番を待っていた。雅子は、受付の窓口に診察を申し込んで、同様に順番を待つことになった。
 子供の頃には健康優良児にも選ばれ、健康、体力には格別の自信を持っていた。それだけに、その自分が込み入った話で病院にお世話になるのは、子供を生む際に産婦人科にお世話になって以来だった。夫の一考からも「君の最大の取り得は健康だよね」なんて揶揄されたような褒め方をされて、気に入らなかったこともあったが、今の気持ちは、その自信のあった根底に亀裂が生じているようで、掴みどころのいない不安が先行していた。
 それでも、「脳梗塞ではない」との先ほどの看護婦さんの言葉で、重苦しかった気持ちは、少しは軽くなったように感じていた。椅子に座ってその辺りを見回してみて、随分多くの患者がいるものだと雅子は思うのだった。既に、椅子席はほぼいっぱいである。一体、どの位待てばいいのかが分からない。雅子は仕方なく忍耐強く、じっと時の過ぎ行くのを待っていた。あれやこれやと取り留めもないことが頭を過ぎって行く。ともかく、脳梗塞ではないという先ほどの看護婦さんの話しに、最悪の事態が避けられたのかもしれないという思いもあって、待つという忍耐を支えているようだった。やっと順番が回ってきたのは、およそ二時間近く経過した頃だった。
 「指の異常ということは、一般的には首筋に原因があることが考えられます。首筋のレントゲンを撮って確認してみましょう」もう五十歳を過ぎたと思われるその道の権威と思しき医師は、幾つかの問診の後、そう言って看護婦にその準備を命じた。
 それから三十分ほど経過して、レントゲンの結果が出たということで、雅子は、再び診察室に呼ばれた。どんな結果が告げられるのか、雅子は少し緊張した顔で先生の言葉を待った。
 「レントゲンには異常が認められません。大したことはないと思います。単純な肩こりかも知れませんね」
 椅子にどっかと座っていた老練な感じのするその医師は、届けられたレントゲンの写真を丁寧に点検しながら自信有り気に結論づけた。
 「よかった!」思わず、雅子は呟いた。それまでの重苦しかった気持ちが一瞬にして吹っ飛んだ感じだった。何しろ、前日に、友人から「脳梗塞」の疑いがあると言われて以来、一人悶々と悩んでいただけに、疑いが晴れたことで、天国に昇るような軽やかな気持ちになるのだった。
 今後の対応として、医師は、マッサージや肩揉みなどでほぐしてみることを勧めてくれた。雅子は丁重に礼を言って診察室を出た。腕時計に目を遣ると、もう、正午近くになっていた。
 翌日から、義父がよく使う病院にお願いして、マッサージと肩揉を受けることになった。そして、数回通っているうちに、何だか治ったような気分になっていたので、やはりそうだったのかと安心するのだった。あれほど心配だったことが杞憂に終わったことで、雅子の気持ちはさっぱりした秋晴れになっていた。そして、直ぐに、前田さんを始め仲間の皆に電話を入れて、検査結果を報告した。雅子の明るい声を聞いた仲間達は、皆一様に喜んでくれた。そして、それから暫くは、何事も無く時は経過して行った。左手の指に力が入らない状態は残っていたが、日常生活に差し障りがなかったことで、雅子も気にすることはなかった。
 雅子が、再び、心を痛める鬱陶しい気分に見舞われるのは、それから何とおよそ一年後のことである。(以下、明日に続く)

1411 優柔不断な菅総理

 文化勲章や文化功労者は、文化庁文化審議会に置かれる文化功労者選考分科会の意見を聞いて文部科学大臣が推薦し、内閣府賞勲局で審査したうえ、閣議で決定するという。ここでは、優柔不断の菅総理もすんなり承認する仕組みになっているようだ。

1.独り言コラム
 文化勲章、文化功労者の今年の受賞者が発表された。先にノーベル化学賞を受賞した鈴木章、根岸英一両氏の名前もある。よくあることだが、ノーベル賞が先行して、文化勲章が後追いする事例である。
 一方、惜しくも、今年のノーベル賞受賞が見送られた京都大学の山中伸弥教授は文化功労者に選ばれていて、受賞者の中では抜群に若く48歳である。山中教授を除いて最もお若いのが、吉永小百合さんで65歳での受賞だ。印象としては「もう65歳になっておられるの?」といった感じでまだまだ魅力的なマドンナだ。あの王貞治さんも選ばれていて70歳だという。自分がやってきたことが評価されると言うことは素晴らしいことだと思う。
 ところで、ここ暫くの菅内閣の動きを見ていると、国民の評価からは程遠い、のろい動きで、その優柔不断さが目立っている。時々、見せるイラ菅で、ほっとすることがあるくらい、その存在感が薄い総理である。
 難問山積だ。とにかく、強制起訴された小沢一郎氏への対応が難航しているようだし、中国問題でもあのビデオの扱いでもたもたしていて、見ていて歯がゆい。一部の報道では、中国では偽造されたビデオが一般に公開されていて、日本が悪者になっていると言う。なんたることだ! こうなると、日本側は、一刻も早く、あの本物のビデオ公開をしなくてはならないと思う。そうは言うものの、優柔不断の菅総理にその決断を迫るのは無理なのだろうか。
 今日から、事業支分け第三段が行なわれる。今回の対象は国民から見え難い特別会計だけに、今までよりは多くの無駄が見つかるのではとの期待がある。蓮舫行政刷新相の切り込みも鼻についてきていて、今では見世物化してしまった感のある支分け作業だが、菅総理には、暫くは、国民の目をそらす効果は期待できそうだ。しかし、しかるべき実績が出ないと、逆にその反発は大きく、国民からのブーイングを受けることになろう。
 優柔不断といえば、鳩山由紀夫前総理もしかりだ。一旦、次の選挙には出ないと宣言しておきながら、それを撤回したという。いい加減にして欲しい。今や、あなたの復帰を期待している人はほとんどいないはずだ。引退撤回を撤回して欲しい。
 筆者が優柔不断な体質だけに、スカッとした指導者の登場を期待しているのだが、…。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時40分起床。体重、61.3Kg. 寒い、小雨がぱらついている。
 昨日の雅子は前日並みで、引き続き点滴による栄養補給が続いている。未明の採血時に出来た腕の湿疹が気になったが、暫く様子を見ることにした。午後には入浴。さっぱりしていた。

3.連載「難病との闘い(総集編)」(8)
  第一部 潜伏期(6)第一章 病名との出会いまで(6)
  2.初期の診断、その頃の夫(1)

 2001年10月の秋晴れの清々しい日だった。いつもの親しいグループが、その一人の方のお家に集まっていた。雅子の自宅からごく近い近江神宮を近くに控えた一角の高台にある友人宅だった。
 この日は、そのお家の息子さんの婚約が整ったということで、仲間でお祝いを届けようと集まったのだった。高台という恵まれた住宅環境から、その応接室からは雄大な琵琶湖が眺望できて、明るい話題に相応しい雰囲気を提供してくれていた。
 その息子さんの婚約の裏話から始まって、それぞれの子供たちの近況、前回行なったグルメ会の反省、次回の計画などへ、話題は次から次へと展開していて、大いに盛り上がっていた。結婚祝いということで、最初のうちこそ、少々堅苦しい改まったやり取りで始まっていたが、それも直ぐに、いつもの打ち解けた仲間同士の和気藹々のやわらかい会話に戻っていた。
 そんな話が一段落して、ちょっとした静寂の時間が生まれた時だった、そんな静寂な雰囲気を嫌う雅子が、少し覚束ない顔つきで、呟くような口調で言葉を発したのである。それは、皆からのアドバイスを求めるような呟きでもあった。
 「このところ、左手の人差し指に力が入らなくて、少し気になっているの」雅子の心配げな呟きに、他の4人の友人達が雅子に注目した。これが、雅子が自分の指の異常について第三者に口にした最初だった。
 「いつ頃からなの?」「指先に力が入らないって、具体的にどんな具合なの?」といったような質問が矢継ぎ早に続いた。
 雅子は、異常に気付いたのが、義父の百日忌を行なった二月の初め頃だったが、特に痛みがある訳でもないので、そのまま放って来ていること、また具体的な不具合の実態は、何か物を掴もうとした時に、思うように掴めないことがあるといった程度の状態などを、取り繕うことなくありのままを話したのである。
 すると、黙って聞いていた一人が、「それって、若しかしたら、脳梗塞の前兆じゃないの?」と口を挟んだ。このグループでもっとも物知りとの定評のある友人だった。その声が意外に大きく、「脳梗塞」という、予期せぬインパクトのある言葉だったことから、雅子は不意に突かれて、少なからない衝撃を受けた。
 彼女の話は、自分が読んだ本の知識だと補足し、それによると、足のしびれがあって、心配で診断してもらったら、脳梗塞だと言われて驚いたという話だったという。雅子は「嘘でしょう」と思いながら、思わず座り直した。
 「でも、雅子の場合は手の指だから、違う話かも知れないね」雅子の反応が思いの外大きかったのに驚いて、言い出した本人も、自分の言った内容のインパクトの大きさに気付いて、少し抑えた声で、慌てた口調で付け加えた。それまでの和やかだった部屋の空気が一変して、堅苦しい、きごちないものに変わった。
 「とにかく、一度、然るべきお医者さんに看てもらうことね。何でも無いかも知れないでしょう」
 前田美智子と言って、雅子が尤も信頼している友人が、そのぎこちない場を取り繕うように、優しくアドバイスしてくれた。それは、皆の不安を断ち切るような、姉御肌の前田さんの落ち着いた対応だった。
 「そうね。そうするわ。折角のお目出度い席で、こんな話を持ち出して申し訳なかったわ」雅子は恐縮した様子で、この話に終止符を打とうとした。皆もその主旨を理解して、別に話題に転じたが、話はそれほど弾まず、間もなくお開きとなった。(以下、明日に続く)

1410 政治家の発言、失言

 政治家は言葉が命なのだが、失言や言い間違い、更には訳の分からない抽象的な表現を駆使して誤魔化していることが多い。冗談じゃないし、許せない。

1.独り言コラム
 日経新聞の最終面の「私の履歴書」の下の欄に、「交友抄」というコーナーがある。10月5日には、自民党副幹事長の森雅子さんが、枝野幸夫さんとの関係を紹介してくれていた。それに寄ると、二人は東北大学法学部の同期生だという。当時は、彼の下宿に集まりよく飲んだりしていたという。最近は、楽屋などで会うと、彼から「枝野クン」と呼ぶなよ、と注文をつけるそうだ。
 因みに、枝野氏は、小学校の卒業文集に「将来は総理大臣か紅白歌合戦のトリで歌う」と書いたというが、かなり、いい線行っているといえそうだが、…。
 そんな森雅子さんが昨日の参議院予算委員会の集中審議で質問に立って、菅内閣に迫っていた。「アキ菅、カラ菅、すっから菅」と揶揄された菅総理が、答弁に立って「森ゆう子さん」と自党の議院の名前と言い間違えて失笑をかっていた。
 そう言えば、先日の衆議院の予算委員会だったと思うが、議長が「仙谷総理大臣」と呼んだことがあって、慌てて言い直していたが、これは、言い間違いと云うよりも、同氏の頭の中にはそんなイメージが出来上がっていたのではとも考えられて、笑い事では済まない話である。
 その菅総理が最近、専売特許のように繰り返す言葉が「戦略的互恵関係」なる言葉だ。分かったようで分からないこの言葉で国民を煙に巻いているという気がしてならない。とは言え、他に言い変えようすると中国との摩擦を起しかねない心配が出てくる。見方を変えれば、便利な言葉だが、要は、その具体的な中身だろう。
 新党改革の舛添代表が怒り心頭だという。「舛添要一氏が都知事選出馬確定」という石原伸晃自民党幹事長の公での発言に対しての怒りである。こんな大事な内容を本人に確認もせずに喋るこの軽さに対し、野党第一党の幹事長としての見識を疑うことになる。
 石原氏に関しては、政治家として出てきた当初は、なかなかはっきりものをいう論客だと高く評価していたのが、その後、小泉内閣の時に、親父さんの影響力を期待した小泉総理の思惑もあって、国交大臣に抜擢されたのだが、その直後から、時の日本道路公団の藤井治芳総裁と意見が激突、そのことを、田原総一郎氏が司会するサンデープロジェクトに出演し、喋ってはいけない二人のやり取りの中身まで、軽々にぶちまけたことがあった。そのことで、二人の泥沼関係は更に深まって大変だった。このことが筆者の記憶に強く残っていて、同氏への印象は極めて悪い。
 要するに、石原伸晃という方は、見かけ通り薄っぺらい軽い男で、上に立つ器ではないと思う。筆者は、藤井総裁とのぎくしゃくした関係になった時点から、同氏をそんな目で見ていて、そんなに期待していない政治家だった。それが、今度の舛添都知事出馬、という発言で裏付けされたと筆者は受け取っている。この方が、自民党の幹事長じゃ先行きが明るくないのではと懸念している。
 ところで蛇足だが、怒り狂った舛添代表だが、最近は泣かず飛ばずで沈んでいただけに、久方ぶりに名前がメディアに載った訳で、必ずしも丸損ではなかったのではないと思うのだが、…。
 いずれにしても、政治家同士のぎくしゃくは、けだし面白い出し物である。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時起床。体重、61.5Kg。お天気はぐずつきそう。
 昨日の雅子も痰は大変だったが、総じて安定していた。午後には洗髪してもらってすっきりしていた。栄養剤の投与はまだ見合わせ中で、点滴での栄養補給が続いている。そのため、散歩も見合わせている。

3.連載「難病との闘い(総集編)」(7)
  第一部 潜伏期(5)第一章 病名との出会いまで(5)

  1 長男の嫁(5)
 さて、そんな大変な気遣いを必要とする特異な家庭環境の中で、雅子はいろいろと苦労しながら、義理の両親と二人の息子を面倒見る毎日を過ごしていた。その一方で、夫との別居生活に入って数年も経つと、雅子の生まれながらの明るくて素直な性格も幸いして、気の置けない何人かのお友達に恵まれるようになっていた。
 その切っ掛けは、お互いの子供たちが同学年だったことから、PTAなどの際に学校で顔を合わせたことだったが、その後、ちょっとした食事を共にするような機会が重なって、次第に意気投合する親しいグループに育っていった。雅子には、この機会を通じての気分の発散は、重苦しい家庭生活での息抜きには凄く効果的だった。それは、恰も、精神的にはオアシスのような存在だったようだ。
 なお、このグループでのお付き合いは、子供たちが大きくなって親から離れて行った後でも、その付き合いはそのまま続いていたのである。
 雅子が改めて思うのは、夫の大阪勤務時代に、暇を見つけて取った車の運転免許が、このグループでのお付き合いに大いに役立っているということだった。もちろん、毎日の買い物や、両親を病院に連れて行ったり、諸々の用事で外出する際などの日常生活には欠かせない足であったが、同時に、友人関係をより親密にするツールになったのは望外の効果だった。
 また、雅子は、器用で運動神経に恵まれていたことから、運転技術もめきめきと上達し、一考がたまに帰った時には、運転は全て雅子任せで、一考はいつも助手席の主として気楽にゲストの気持ちを味わうのが常となっていた。
 さて、雅子の発散には、もう一つの楽しみがあった。それは、次男の追っかけをすることだった。長男と違って、次男は、中学や高校での部活で少々目立った活躍をしていた。中学時代から始めた陸上競技の短距離選手としての活躍だった。100および200メートルが得意な種目で、400、1600メートルのリレーの一員としても頑張っていた。一考自身には、全く運動神経がなかっただけに、雅子の血を受け継いでいたのであろう。一考も何回か応援に駆けつけたことがある。親馬鹿かもしれないが、レース直前から、異様な興奮を覚えるもので、トラックを走っている息子を見ると、思わずのめり込んでしまう。雅子は、そんな息子の大ファンで、出場するレースには可能な限り応援に駆けつけていて、競技場を梯子するような熱の入れ方だったようだ。そのことでの発散も大いに有効だったようだ。
 その後、お友達とのお付き合いの中身は、段々と濃くなって行き、子供が大学に入って家を出て行った頃には、ゴルフを楽しむまでに充実?したものになっていた。
 一考の父親は、さすがにその辺りには、多少の抵抗があったようで、出掛ける機会が多くなるにつれて、息子を裏切って、浮気でもしているのではと言った目で見るようなこともあったようで、雅子は、その馬鹿らしさに無性に苛立さえ覚えたことがあったという。
 久子夫妻が東京の家を売り払って大津に移り、毎日、朝夕の二回に渡って実家に顔を出してくれるようになって、雅子が過剰なプレッシャーを受けるようになっていったことは既に紹介した通りだが、その一方で、逆に、大きな恩恵を頂戴することにもなった。それは、二ヶ月に一回ぐらいの頻度で、一考が単身生活している社宅に、長くて一週間程度の期間、出向くことが可能になったことだった。これは、両親や久子の温かい思いやりのお陰で、雅子は安心して家を空けることが出来るようになったからである。その頃は、二人の息子達も横浜と千葉にいたこともあって、その度ごとに二人が住んでいるマンションをも訪ね、行き届いてない掃除や二、三日分の料理を作り溜めする機会に活用していた。厚かましいもので、息子達も、次第にそんなサービスを当てにするようになっていた。
 いずれにしても、たとえ一週間とはいえ、義理の両親の世話から解放されるということは、雅子にとっては、天国にいるような、新鮮で、何ものにも変えられない息抜きになったはずで、思いっきり心の洗濯が叶えられた。しかし、皮肉なことに、そういう時に限って、めったに起きないハプニングで、急遽、途中で呼び返されることも何回かあった。二人は、神のいたずらの非情さに、不満を覚えながらも、粛々としてこれに応じていた。
 今から見れば不思議なことだったが、雅子の症状は、表面的には殆ど変化が見られなかった。結果的に見れば、恐ろしい病魔は、暫くは地下に深く潜った形で静かに、その牙を研いていたものと思われる。(以下、明日に続く)

1409 女王達の不振

 女王だって人間だ。スランプや引退があってもおかしくはない。かつての各界の女王達の不振が目についた一週間だった。

1.独り言コラム
 週末はスポーツの話題が多い。昨日のフィギュア男子では高橋大輔選手が4回転ジャンプを決めて堂々の優勝、シニアに初登場の羽生結弦選手も4位に入り、銅メダルを獲得した女子の村上佳菜子さんと同様に、シニア戦で順調なデビューを飾った。心配は女子で8位に甘んじた女王、浅田真央さんの復活だ。
 ゴルフでは、男子は池田勇太選手がブリヂストンツアーで23アンダーのコース新記録で優勝、女子は横峯さくらさんが今期2勝目をあげ、連続賞金王への夢を繋いだが、筆者の贔屓の不動祐理選手が先週に続いて低調で、47位と全く振るわなかった。米国ツアーでは、宮里美香さんが3位タイと今期最高位タイとなった一方で、目下世界ランク1位の宮里藍選手は、28位タイと不振だった。
 マラソン、長距離でかつては女王の強さを誇った野口みずき選手が復活に向けて始動した。昨日の実業団駅伝で試走し、区間5位の結果だったようだ。ロンドンオリンピックを目指すという。
 女王といえば、将棋界では女子のタイトルの一つで、第一期および第二期の女王だった矢内理絵子元女流名人が、このところスランプで無冠である。NHK将棋トーナーメントの聞き手役で頑張っているが、本職の将棋では極めて不振である。
 また、柔道と政治の二股をかけていた谷亮子議員が、遂に、柔道の現役から引退を宣言した。女王のの引退で、若手は活気づくだろう。新しいヒロインとして、滋賀県比叡山高校の遠藤宏美選手が待ち構えている。若い世代の登場が期待される訳で、いいことである。
 こうして見ると、浅田真央、宮里藍、不動祐理、野口みずき、矢内理絵子、谷亮子と、そうそうたるかつての女王たちの、不振やスランプ、引退がクローズアップされた一週間だった。不動、矢内ファンの筆者は、是非とも早い復活を期待している。
 さて、不振といえば、民主党も不振だった。北海道5区での衆院補選では、自民党の町村信孝氏が快勝したが、人気の蓮舫大臣や党幹部を送り込んで必勝を期した民主党はここでも敗れた。尖閣諸島事件での船長の釈放、小沢一郎氏の強制起訴に代表される政治と金の問題に国民は納得していないからだろう。
 蓮舫大臣のことで、思わず、スキャンダル議員のことを思い出した。小沢一郎氏・同秘書とのダブル不倫の青木愛議員、姫の虎退治と不倫で話題になった姫井由美子議員などのスキャンダル女王の国会議員たちは、今、どうしているのだろうか。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時半起床。体重、61.7Kg.お天気はよくなさそう。
 昨日の雅子は、熱はなかったが、痰に悩まされた一日だった。
 なお、雅子の実家では法事(父親の33回忌)が行なわれた。一考は雅子の付き添いで出席しなかった。

3.連載「難病との闘い(総集編)」(6)

  第一部 潜伏期(4)第一章 病名との出会いまで(4)
  1 長男の嫁(4)

 一考が東京から帰郷してからも、一年ぐらいは、雅子が引き続き義母の食事などを担当していた。細かい手作業がうまく出来なくなって来ていたが、そこは、一考が適当にサポートすることで、何とかまだ自分で料理を作ることを続けていたのである。但し、月に一度の通院日の木曜日だけは義姉の久子が引き受けてくれていたので、雅子の担当は、週に6日間の朝食兼昼食と夕食の一日二食を受け持っていた。
 その後、症状の悪化が徐々に進んだ結果、雅子が料理することが難しくなった2006年の正月以降は、一考がそのまま引き受けて担当することになった。有難いことに、2005年の一年間の見習い期間が幸いして、何とかマネージすることが出来た。母屋に関するその他の仕事でも、仏さんに備えるご飯、雨戸の開閉、ちょっとした飲み物などの買い物は、雅子が担当していたことから、それらも一考がそのまま引き受けていた。しかし、母親の身の回りの世話、お風呂、掃除、洗濯などは、それまで通り、全て久子に全てを頼っていたのである。
 その後、雅子の症状の悪化が更に進むに伴って、一考の担当していた母親に関する仕事は、ステップバイステップで、久子に委譲する形になって行ったのである。その場合も、久子は、その都度、取って付けた理由をでっち上げて、その仕事の移行を実行して行ったのである。それは、あくまでも、一考の負担を軽くしてあげようとする配慮だったのだが、意地で頑張っていた一考には、何だか大事なものを失って行くようですっきりとはしない気分だった。
 その具体的な移行の手口の事例だが、例えば雨戸の開閉は、母親の体調で、その開閉の時間を母親の起きる時間に合わせてフレキシブルにしたいからということで、久子が自ら担当することになったし、料理についても、一考が担当を引き受けて一年後の2007年には、それまでの週6日が週4日に減った。その際にも、近くにいる姉妹が手伝うことになったといった理由を探してきたし、2007年の後半からは、朝食兼昼食分は、母親の起きる時間がまちまちになって来たことから、その朝の起床時間や体調を見て、それに合わせたものを用意するという口実で、久子が全て引き受けることになり、気が付くと、一考の担当分は、週4日間の夕食だけとなっていた。
 そして、雅子が遂に入院した2009年6月下旬からは、雅子の付き添いに全力を捧げることにしたため、一考が母親の食事作りからの卒業を宣言する形で、久子にその引き受けを頼んだのである。一考としては、致し方ない、久子への仕事の押し付けだった。
 因みに、この4年間に一考が母親に用意した食事の回数について総括しておこう。年度ごとに纏めたのが次表である。
 ………………………………………………………………………………
  年度  朝食兼
       昼食  夕食  合計  備考
  06  181  236  417  全体の58%をカバー
  07   71  169  240  下期から夕食のみ週4日
  08      168 168
  09        64  64   6月末の雅子の入院まで
  合計  252  637  889
 ………………………………………………………………………………
 正直な話し、単身赴任生活を16年続けた一考だったが、その間、自分では料理らしきものは作った経験はほとんどなかった。それでも、帰郷後に雅子をサポートしながらの生活で、幾つかの料理を教えてもらい、その限られたレパートリーをやりくりして、母親の食事作りに頑張ったのである。改めてこの900食近い実績を見て、我ながらよく頑張ってと一考は思うのである。しかし、その一方で、そんな息子のまずい食事を提供された母親にしてみれば堪ったものではなかったか。一考の頑張りとは逆に、母親には気の毒なことだったとも思っている。
 ところで、そんな久子ももう73歳に近い。もともとそんなに体は強くなく、最近では、風邪を引いたりして体調を壊すことも多くなってきているようだ。その上、旦那さんにも心臓に病があって、その看病にも大変なようなのだが、それでも、自らの身体に鞭打って無理を押して顔を見せてくれている。特に、冬季では、降雪で車の運転が難しい時があるのだが、そんな時にも危険を押して、何食わぬ顔で顔を出す。一種の病気ではないかとさえ思う時もあるが、そういうことで、その強い意志と行動力には、ただただ頭が下がるばかりである。新聞の休刊日はあっても、久子の来ない日はないのだ。雅子がこんな難病に掛かってしまった今となっては、その久子の毎日のサポートが無くては、どうしようもないのが現実なのだ。(以下、明日に続く)

1408 勝負処での勝負

 戦いには勝ち負けが入り混じるのが常で、横綱の白鵬のような連勝は例外だ。大事なのは、その勝負処での勝負で、如何に勝ちを奪うかである。

1.独り言コラム
 今年の真弓阪神は、ここぞという勝負に勝てなかった。強力打線のチーム作りは、そこそこ成功していたが、肝心な勝負処で相手の好投手にかかると脆かったし、頼みの抑えのエースの藤川球児投手に、それまでのような絶対的な信頼感がなかったのが痛かった。
 そう言う目で、昨日終った中日―巨人のCS戦の戦いぶりを見ていると、巨人軍の打線も中日の好投手には脆く、3戦目の途中まで22回連続無得点だった。特に、4番のラミネス選手にチャンスで何回も打席が回ってきたが、全く振るわなかったのが敗因の一つとなったと思う。また抑えのエースとされたクルーン投手に、同様に信頼が置けなったと言う点でも阪神によく似ていたと言えそうだ。なお、中日でも、抑えのエースの岩瀬仁紀投手が、一昨日は土壇場で一発を食らって心配されたが、落合監督はその岩瀬を昨日は起用せず、日本シリーズに備えた辺りはさすがだと思う。
 さて、その勝負処という意味では、昨日の女子のフィギュアースケートで、浅田真央選手は見るも無残な結果に終った。彼女がよく口にする「パーフェクト」な演技からはほど遠く、ジャンプには自信喪失の状態だった。果たして、立ち直れるのかとの不安がある。一方のシニアに初めて登場した村上佳菜子選手も、優勝を意識したのかも知れないが、勝負処で連続転倒という無念な失敗があったのは残念である。それでも、何とか3位に滑り込んだのはラッキーだった。次に出場するアメリカ大会での成績次第では、グランプリファイナルへのチャンスを残したのは大きい。
 米国女子ゴルフツアーでは、初日をトップタイで終った好調の宮里美香選手は、この日も頑張って、一時は7アンダーとスコアーを伸ばし単独トップに立ったが、終盤の勝負処で、3連続ボギーと崩れたのが痛かった。それでも首位と2打差の4位タイで今日の最終日を迎える。スコアー的には優勝は射程範囲内で、それまでの調子を取り戻せばチャンスは充分ある。今日の勝負処で頑張れるかどうか、期待を持って見守りたい。
 円高、不景気の打開の切っ掛けが期待されたG20会議だった。いわば、日本にとっても勝負処の会議だったが、そこでは「為替の過度な動きを監視する」「経常収支で不均衡是正」などが議論されたものの、決め手は得られなかったようだ。野田佳彦財務相は、これで何とか今の厳しい状況の打開につながるのではと楽観的なコメントしていたが、果たしてどうだろうか。
 違法献金問題で議員辞職した北海道5区の小林千代美議員の補選の投開票が今日行なわれる。自民党のベテラン町村信孝氏が立候補していてその結果が注目されている。自民党にすれば、この勝負処の戦いで勝つことが、政権奪回の第一歩であり、負けは許されない。結果が楽しみである。
 勝負処は、常に、何処の世界でも、いろんな形で、不連続に存在している。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時10分起床。体重、61.4Kg.お天気はよくなさそう。
 昨日の雅子は、午前中は痰が多くくるしそうだったが、午後になって少し安定を取り戻していた。前日に急遽取り替えた胃ろうの具合は順調のようであった。気晴らしにテレビをつけてあげたが、見ようとする意欲があまり見られなかった。総じて、元気がないように見えた。

3.連載「難病との闘い(総集編)」(5)

第一部 潜伏期(5)第一章 病名との出会いまで(3)
  1 長男の嫁(3)

 雅子のもう一つの気苦労は、一考の五人の小姑への気遣いであった。中でも、一考の二番目の姉、久子の存在が、その気遣いと云うことでは、飛び抜けてそのウエイトが高かった。それは、言い方を変えれば、それだけ厄介な相手であったのだが、そう言うと誤解を招きかねないので、「精神的にしんどい」相手と言い直して置こう。
 一考は、二人の姉と三人の妹がいる六人の子供の中で、ただ一人の男性である。五人の姉妹達は、親思いの姉妹たちばかりだったが、中でも、次女の久子は、「自分は親の面倒を看るために生まれて来た」と自負するほどの特異な存在だった。一考が大阪勤務になった頃の久子は、旦那の仕事の関係で東京に住んでいたが、一考が東京に転勤して暫くして、早期退職した旦那と共に東京を引き払い、大津の実家近くに戻って来ていた。
 それは、一考らが単身赴任生活に入って十年ぐらい経った頃のことである。それ以来、毎日二回、毎朝夕に実家に顔を出し、あれこれと両親の身の回りの世話をしてくれるようになっていた。特に、義父の晩年では、雅子がどうしても手が出せなかった下の世話までを、久子が一手に引き受けてくれていた。いろんな意味で大いに助けられた訳だが、雅子は長男の嫁としての限界を感じながら、焦燥感と諦め感の間にいたと思われる。
 その久子は、いわゆる才女だった。「彼女が男だったら」と両親が口にしていたのを、一考も幾たびか耳にしていて、何か面白くないものを感じていたのは確かで、潜在的に久子をライバル視する傾向にあったことは否めない。
 彼女が優秀だった事例としては、大学卒業後にフルブライトの留学生に選ばれて、アメリカのテキサス州のある家庭でホームステイとして半年を過ごしている。ちょうどその時に、あの歴史的なケネディ大統領の暗殺事件があった年で、一考が会社に就職した年でもあった。久子に言わせると、その時の渡米も親孝行のために行って上げのだというのだから、一考にはお手上げであった。
 また、彼女は、趣味として俳句をやっているが、その出来栄えも非凡だ。一考は、自分では作らないが、俳句には大いに関心があって、NHK衛星放送の俳句天国は好きな番組で毎週楽しんでいた。久子も、数年前にこの番組に出演した実績があり、彼女の作品は、当時その番組で活躍していた神野紗希風で、なかなかのものだったと思う。
 彼女には、子供がいないこともあって面倒見が良く、他の姉妹達の家庭のことにも、事あれば駆けつけて自らが事の解決にあたるという行動力の持ち主で、他の姉妹達からの信頼も厚かった。
 彼女には悪気は無いのだが、何事にも自分が全てを承知しておかねば気が済まないタイプで、何かあると、事細かに確認する性格で、例えば、雅子が外出しようとすると「何処へ」「何しに」「誰と」「帰りの時間は」といった具合に畳み掛けるように質問してくる。雅子はおっとりした性格から、機転を利かした会話が出来ず、何でも「分かりました」と答えるのが常だったようで、たまに「こうだと思いますが?」と自分の考えを訴えても「そんなことない」という一言で一蹴されるのが落ちだったようだ。結果的には、久子には全く頭が上がらない関係になっていて、抵抗できない上司と部下の関係のように、彼女が来ているというだけで、雅子は無言の強いプレッシャーを受けていたと思われる。
 久子の親孝行への姿勢は徹底したものだった。そこには、一般的な常識を逸脱した独特なものであった。とにかく、自分の全てをかけて両親の世話に尽くすというのがその根底にあって、自分の結婚に関しても、そういう考え方を理解してくれる人を選んだという。また、子供をつくらなかったのも、親の面倒を看ようとの考え方を優先させたのだと言外に匂わせていた。このような特異な考え方には、一考はとてもついて行けなかった。それは、立派と云うよりも、異常だと言えるものだった。一考が考える親孝行は、「子供は、然るべき時期に親離れして自立し、家庭を持って、それなりの幸せな生活をしてくれること」と単純に捉えていただけに、話が初めからかみ合わないのだった。
 定年後に久子から直接聞いた話なのだが、一考が親元を離れて、東京勤務の仕事となったこと自体に、彼女は不満を持っていたという。それには、一考もさすがに唖然とし、憮然とした。要するに、彼女が言いたかったのは、長男であるならば、親元の近くの会社に就職して、傍にいて両親を世話するのが筋だというのである。久子の言葉は、それまでの一考の半生を全面的に否定したもので、そんな異常な考え方にはついて行けず、返す言葉も見つけ出せないままで、何処か別の国にいるのではと錯覚するほどだった。
 彼女が言った親孝行論で、もう一つ、一考の考えを揺さぶった名言? がある。それは「親孝行というのは、どれだけ、親の背中をさすってあげたか」というのだ。自分が父親の面倒をそこまで見ていたということを言いたかったのだろう。そんなことをした覚えがほとんど無かった一考には、これまた、返す言葉が見つからなかった。(以下、明日に続く)

1407 明と暗

 昨日は、明と暗が交錯、期待と不安が入り混じり、悲喜こもごもの考えさせられる貴重な一日だった。

1、独り言コラム
 期待のNHKフィギュアスケートが始まった。昨日は、女子のショートプログラムが行なわれたが、二人の日本選手の明暗が分かれた。先のオリンピックで銀メダルの女王の浅田真央選手(20)が最後の演技者としてリンクに登場したが、肝心のジャンプが振るわず、首位のイタリアのコストナー選手に10点近い大差で8位と大きく出遅れた。
 それに対し、今回初めてシニアークラスに初登場した村上佳菜子選手(15)は、堂々の演技で2位という素晴らしいデビューを果たした。中でも、出だしの笑顔がとてもチャーミングで、見ていて安心感のある演技の連続だった。グランプリファイナルへの出場も夢ではなさそうで、今年の日本の大きな期待の星である。逆にエース浅田真央選手の演技は不安定さが目立っていて、大変心配な赤信号である。まだ二十歳の逸材だけに、今日から自由演技からのリカバリーを願っているが、…。
 体操の世界選手権で、内村航平選手が個人総合で2連覇を遂げた。体調が今一つといわれていたが、そんな中でもベストな演技で、2位以下を2点以上離しての堂々の優勝だった。その一方で、オリンピックで2連覇した柔道の内柴正人選手が昨日引退会見を行なった。「燃焼し切れていない」と少し残念そうだったが、気持ちのいい堂々の会見だった。
 日本シリーズ出場にあと一勝としていた中日だったが、昨日は抑えのエースである岩瀬仁紀投手に思わぬ誤算があって、決着は今日以降にに持ち越した。この試合では、ずっと劣勢だった中日だったが、8回に思わぬ伏兵の野本圭選手の起死回生の同点ホームランで追いついたのである。さあ、といったところでの岩瀬投手のさよならゲームを期しての登板だった。
 落合監督の頭の中では、ここを無難に抑えて、さよなら勝ちで日本シリーズに駒を進めると言う筋書きが芽生えていたと思うが、現実のドラマはそうは進まなかった。巨人の阿部慎之助選手が打ったライナーがそのままスタンドに飛び込んだのである。これで、巨人は一矢報いて、奇跡の逆転に賭けることになる。阪神の藤川球児投手の場合もそうだったが、頼みのエース岩瀬が打たれた衝撃は小さくない。原辰徳監督が率いる巨人には、奇跡も夢ではないかも…。
 米国女子ゴルフツアーで宮里美香選手が好調である。昨日から始まったマレーシアでのツアーの初日で、5アンダーと好成績で、トップタイのスタートである。先日の日本女子オープンで優勝後は生まれ変わったような安定したプレイを続けていて絶好調だ。それに対し、宮里藍選手は、対照的に5オーバーと低迷している。因みに、上田桃子選手も4オーバーでふるっていない。筆者には痛快な気分である。
 国会では、三原じゅん子さんが厚生労働委員会で質問に立った。積極的に攻めたようで細川大臣も答弁に窮したこともあったという。総じて、彼女のデビュー戦はまずまずだったようだ。その一方で、仙谷官房長官が自らの発言や蓮舫行政刷新相の国会内での写真撮影などの不備をお詫びしていたが、口先だけの侘びであり、一つのセレモニーに過ぎない。相変わらず、掴みどころのない高姿勢の官房長官だ。
 ところで、前原誠司外相の強気の発言が目立っていて、中国から反発をかっている。野党からも批判も出ているが、日本の立場を主張する姿勢は大事であって、筆者は応援したいのだが、…。
 奄美大島の豪雨の被害は、全体像が分かるにつれて、その爪痕の凄さ、被害の甚大さにびっくりするばかりだ。ニュースによると、友人の墓石にしがみ付いていて助かった人がいたと言う。そのご本人は80歳以上の方で、画面で見る限りしっかりした方だったが、よくぞ頑張ったと思う。まさに、墓石様々である。
 国会議員も墓石に掴まるぐらいの気概の頑張りを見せて欲しいものだ。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時半起床。体重、61.2Kg.曇り空。
 昨日の雅子には急な治療があった。少し前から、胃ろうの付け根が赤く腫れていたことで、気になっていたのだが、この日のCT検査の結果、どうやら、胃ろうのサイズがマッチしていないと診断されて、急遽、胃ろうの交換が行なわれた。交換そのものは、これまでと同様にスムーズに短時間で終った。この結果、暫くは、点滴による栄養補給が行なわれる。
 この日も痰はかなり多く、雅子も頑張っていた。

3.連載「難病との闘い(総集編)」(4)

  第一部 潜伏期(2)第一章 病名との出会いまで(2)
 1 長男の嫁(2)

 そして、あっという間に五年が経過、相坂一考は改めて東京への転勤辞令を受けたのである。その頃になると、それまでの経緯から、長男の嫁としての使命感も一層強く醸成されていたこともあって、雅子は一考からの単身赴任の提案をすんなりと受けて、別居生活に応じたのだった。しかし、それが、その後なんと二十年以上にも渡って続くことになるとは、雅子自身も、頭の片隅にも思ってもいなかったに違いない。
 雅子が、パーキンソン症候群病の主治医として今もお世話になっている京都の武田病院の春日先生は、この病気の権威者リストに掲載されている著名な先生である。帰郷後に初めて雅子の付き添いでお会いした際に、一考が「そんな余計な神経の消耗が、この難病の原因になったのでは」と確認してみたことがあったが、同氏は、「精神的な負担は、この病気とは関係ない」と断言された。一考は、その言葉の重さにそれなりの信頼を置きながらも、「病は気から」と云う言葉もあり、長い間の精神的な負担の蓄積が何らかの形でマイナスに作用していたのではとの独自の観点に拘っていた。それは、まさしく、自分が別居生活を強いたという責任感からの拘りだった。 
 雅子の大変な気苦労は、東京から帰郷後に雅子と一緒に生活してみて直ぐに察知出来たし、また、雅子が話してくれた実態からも分かったのだが、やはり、その辺りの気苦労は一考が考えていた以上に大変なものだということを知った。従って、そんなことが病気に影響したのではという一考の懸念は、一層、無関係とは言い切れないリアリティさを覚えたのだった。
 有体に言えば、東京にいた頃の一考は、一人で家を護って頑張っている雅子の生活は「さしたる困難もなく、平穏無事な日々を淡々と送っているのだろう」と一方的に軽く解釈していた。それというのも、二人の子供達も高校生と中学生になっていて、細かいことまで面倒をみる必要もなかったろうし、両親の世話も、食事を用意し、体調が悪い場合には、かかりつけの医者に連れて行くといった程度の対応で、これまた、それほど厄介なことはないと判断していた。実際、雅子からは、それらしき苦情は全く来ていなかった。従って、相坂は家のことには、余計な気を使うことなく、安心して仕事に専念できていた。しかし、雅子の生活は、現実はそんな甘いものではなかったようだ。
 後になって、一考は、いろいろと難しい事情があったことを知る。例えば、親父は明治生まれの人間で、頑固、堅物であったことから、雅子の気遣いは一筋縄ではなかったようだ。時間に厳しい義父と時間にルーズな姑と言った具合に、二人は性格をかなりの部分で相反していたし、食事の好みも別々で、毎回そのメニューを考えるだけでも、結構、厄介で悩んだりしたことも少なくはなかったという。
 また息子達に関しても、当初は特に母親を煩わせるようなことは無かったようだが、長男が高校三年生になった頃から、学校へ行くのを嫌がり始めたのである。いわゆる、虐めによる登校拒否ではなかったが、「学校での教え方が気に入らない」という異質なもので(予備校には喜んで通っていたという)、この扱いに雅子も大変梃子摺っていたと言う。高校三年生ともなれば、身体はもう大人で、ちょっとやそっての力では手に負えなかったが、それでも、毎朝、何とか学校に連れて行こうと、腕を引っ張って車に乗せて、学校まで運んだことが幾度もあったという。そんな時にも、夫に迷惑を掛けたくないという雅子の配慮もあって、一考にはそんなことは知らせることもせずに一人で頑張っていたのである。
 いずれにしても、義理の両親の世話をしながら、二人の息子を育てると言うのは、一考が東京で考えている以上に厄介だったのだ。加えて、雅子に気の毒だったのは、厄介な事情はそれだけではなかったことである。(以下、明日に続く)

1406 信用

 我々の日常生活では、いろんな面での信用が前提で成り立っている。この信用が、少しでも失われれば、直ちに、犯罪、事件、事故に直結し、悲惨な結果に見舞われる。

1.独り言コラム
 おれおれ詐欺は、相手をうっかり信用してしまうことが大きな原因だ。年寄りの盲点を突く汚い手口の犯罪だ。
 レアアースの輸出を中国が、いい加減な理由をでっち上げて止めている。今や中国は信用できない大国だ。
 そういえば、上海万博の閉幕式への招待が一旦取り消されたということで、中国は信用できないと激怒していた橋下徹大阪府知事だったが、それがミスだったということで、改めて招待状が来ていたという。ご本人は、大人の対応ということで、出席すると言うのだが、筆者は、ここでは毅然として断るべきだったと思うのだが…。
 その中国が、今朝のニュースでは、尖閣諸島に再び三隻の監視船を派遣すると言う。領土問題では一歩も引かないという中国の強固な姿勢だ。それに対し、領土問題は存在しないとする日本は、どうすればいのだろうか。実行支配を強化する以外にないのではと思う。これは、信用以前の問題だ。
 プロ野球のセリーグのCS戦のファイナルステージでは、中日が圧倒的な強さを見せていて、阪神に粘り強く逆転勝ちをした巨人が凄くひ弱に見える。勢いからすれば、今日にも、中日の日本シリーズ出場が決まりそうだ。その強さのポイントは、その投手陣の圧倒的な信用の高さにあると言える。やはり、短期決戦では投手力が決め手になるようだし、落合博満監督の采配も冴えているようだ。筆者は、負けた原辰徳監督の苦い、渋い顔をみるのが好きである。
 検察への信用性、信頼性が損なわれている。大阪地検特捜部の大坪弘道前特捜部長らが起訴された訳で、我々は誰を信用していいのか、その土台が揺らいでいる。とにかく、特捜部の信用回復が急務だ。
 信用という話題には欠かせないのは、やはり菅内閣であろう。仙谷由人官房長官がハンドルを握っていると言われていて、得意技が左旋回のようだ。一座の呼び物である仕分け作業も、今度は特別会計にメスを入れるというが、下手すると、とんでもないマイナスの埋蔵金が暴露される可能性もあると言う。売り出し中の仕分け人一座の座長の蓮舫行政刷新相も、期待薄の仕分け作業に、その人気も信用も失われて行くのが目に見えている。挙句の果てが、東京都知事候補だと言われているが、そこでの落選が、双六でいう彼女の「上がり」だと筆者はみているのだが、…。総理候補なんて、とんでもない。
 奄美大島では信用町の信用川が氾濫し、気の毒を飛び越えた大変な被害が出ている。日頃は生活の側面を支えていて頼りにされている信用川が、記録的な豪雨で別の怖い顔を見せざるを得なかったのだろう。それにしても、この数日間の降水量は想定外の酷さで、信用川もとても堪えられなかったようだ。誠にお気の毒である。
 羽田空港が新国際線ターミナルとして、昨日から新たなスタートを切った。24時間のハブ空港としての発展が期待されたいる。何よりもその利便性が売り物で、世界からの信用を得て、韓国の仁川空港に奪われたハブ機能を奪うべく、その地位向上が期待されている。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時半起床。体重、61.7Kg.曇り空、はっきりしない天気のようだ。
 昨日の雅子には少し熱があったが、総じて、落ち着いているようだった。散歩をやろうかとも考えたが、午後の直前の体温測定で、37.3度あったので見合わせた。
 夕方、主治医のK先生がお見えになり、今回の炎症は完治したとのご報告を受けた。ほっと一息である。

3.連載「難病との闘い(総集編)」(3)

  第一部 潜伏期(1) 第一章 病名との出会いまで(1)
   1 長男の嫁(1)

 相坂一考が雅子から、その指の異常の話を耳にした時点で、相坂たちの結婚生活は33年目に入っていたが、その中で夫婦が別れた形でのお互いの単身生活は、何とその半分近い16年目に達していた。
 その芳しくない単身生活の切っ掛けは、1985年に、それまで5年間勤めた大阪勤務から東京に転勤する際に、高校生と中学生になっていた二人の息子の学校のこと、自分の両親の世話などを考えて、不経済で不便であることを承知の上での一考の決断だった。その辺り、長男の嫁であるとの自覚と子供のことを思う雅子の理解もあって、特にもめることも無かったが、その背景には、次のようなエピソードを付記しておかねばならない。
 それは、大阪転勤になる数年前のことで、「長男にも関わらず、年いった両親を放って置くのは如何なものか」という姉妹達の声があり、そんな声への対応に腐心していて、いろいろと試行錯誤していたことがあった。
 最初に取った対応は、週に数日間、お手伝いさんをお願いすることだった。しかし、古風な考え方の母は、来てくれたお手伝いさんに気遣い過ぎて、却って疲れてしまうという馬鹿馬鹿しい結果となり、この対応方法を諦めざるを得なかった。この時の父は77歳、母は68歳で、父はともかく、母は、今の一考の年齢と大して変わらず、まだまだ若かったのだが、たまたま、その時に足を痛めていたこともあって、長男として、何とかしなければと考えていた。そして、熟慮の結果、一考は思い切った対応を決意したのである。
 それは、雅子と子供たちを親元に帰すことだった。さすがに、これには雅子も素直にOKしなかったが、ここでも、「和」をモットーとし、他人のことを優先して考える心優しい雅子は、不承不承ではあったが、自分達が犠牲になることを承知してくれたのだった。ちょうど夏休みを迎える頃で、子供たちは、それぞれお別れ会をしてもらっての帰郷となった。
 これには、年取った一考の両親も、まだ結婚して十年少しの夫婦で、幼い子供たちのことを考え、この段階で別居を強いることには躊躇したようだった。そして、夏休みが終わりに近づいた頃、母の足の状態も回復していたこともあって、「暫くは自分達で何とかするので、横浜に帰って頂戴」との配慮もあって、幸か不幸か、横浜に出戻りとなったのである。二人の息子たちは、お別れ会までしてもらっただけに、それなりの気まずさはあったようだが、そこは子供故の素直さもあって、直ぐにそれまでの学校生活、保育園での生活に戻ったのである。
 いずれにしても、長男の嫁というのは、夫の両親や小姑たちへの気遣いが大変で、雅子の場合には、五人もの一考の姉妹を相手にしなければならなかっただけに、その気苦労は並みではなかったようだ。
 さて、その出戻りのエピソードから間もなく、相坂は大阪営業部への転勤辞令を受けた。1980年の暮れのことである。
 今だから言えることなのだが、その大阪転勤の裏には、部下の家庭の事情にまで精通していた当時の上司の温かい配慮があったと思われ、相坂一考は大いに感謝していた。大阪勤務なら大津の自宅からの通勤が可能だったからである。
 こうして、自宅から通勤する大阪勤務に変わって、長男としての面子を保てる両親との同居生活が始まった。当初は、母屋の部屋を借りての仮住まいだったが、間もなく両親の敷地内に母屋に繋げて二階建てのこじんまりした家を新築し、いわゆる二世帯住宅での生活となった。一考自身は特に意識はしなかったが、雅子にとっては、その時点から、新たな気遣いが必要な生活が始まっていたのだった。小姑が多いことでの余計な神経を遣うことが欠かせず、外からは判らない、それまでにはなかった疲れが蓄積されていったのかも知れない。
 なお、住宅の新築の際に、自分達は、まだまだ若かったこともあり、台所、リビングを二階に置くと云うスタイルにしたのだが、このことも、後に雅子の症状が悪化して行くにつれ、大きな負担になるのだが、そんなことは、神ならぬ身の知る由もなかった。(以下、明日に続く)

1405 目立つ若手の台頭

 何処の世界でも強さを維持するには、若手の台頭は不可欠だ。水泳、フィギュア、柔道、そして、政界(?)にも有望な若手の顔が見えている。

1.独り言コラム
 昨日行なわれた水泳のワールドカップ東京大会の200メートル平泳ぎ決勝で、金メダリストの北島康介選手が、この日は他の予選のレースが5本もあって疲れもあったのか、意外にも振るわず4位に終った。1位は21才になった富田尚弥選手(中京大)で2位には、これまた若手の立石諒選手(慶応大)だった。富田選手の記録は短水路の日本新記録を更新しての優勝だった。ここでも若手の台頭が目立っていて、優勝した富田選手は「康介選手のお陰」と謙虚に語っていたが、北島康介時代は、若しかしたら、トップ争いからフェードアウトしてゆくのではとの心配な見方もある。
 一方、いよいよ来年3月に東京で行なわれるフィギュアの世界グランプリを競う戦いが始まる。緒戦は明日からのNHK杯国際フィギュアスケート大会で、これには高橋大輔、浅田真央の今の男女二人の王者に加えて、期待の男女二人の若手の星が登場する。二人とも15歳で、男子が羽生結弦選手、女子が村上佳菜子選手だ。いずれも前回の世界ジュニア選手権での優勝者である。フィギュアスケート界の日本の層の厚さを思う一方で、高橋、浅田の二人の王者も安閑としておられないライバルの登場で、大会が盛り上がることは必至である。
 あの柔らちゃんの谷亮子選手が引退宣言をしたが、その後継者にも強い若手が育っていて心配はない。むしろ、彼女の存在がそれまでの若手の台頭を犠牲にしていたのだから、引退は大歓迎だったのである。目下、その後継のトップにいるのが、先日の高校総体で優勝した滋賀県の比叡山高校の遠藤宏美選手で、昨年の世界ジュニアでも準優勝していて大いに有望である。さあ、遠藤選手は、いよいよ表舞台での活躍の場が得られるということで大張り切りだろう。
 政界にも若手(?)が登場した。たまたまラジオでテレビ音声を聞いていたのだが、国会の決算委員会での丸山和也議員が、仙谷由人官房長官に、あの中国船の船長逮捕後に電話で話した内容を暴露したのだが、官房長官は「最近健忘症に罹っているようで」と前置きし「記憶にありません」の懐かしいかつての流行語を披露した。
 丸山議員の突っ込みはなかなかのもので、この事件で下手な対応をすると、日本は中国の属国になると話したのに対し、仙谷官房長官は、そんなことは今までもそうだったと答えたという。これは、けしからん、とんでもない話だ。そこまで突っ込んだ丸山議員には、なかなかやるじゃないかと、今までの同議員への芸能人的な大したことのない議員という見方を変えたのである。ここでも若手(?)の台頭と申し上げておこう。そういえば、あの三原じゅん子議員が、今日の厚生労働委員会で、50分間の時間をもらって質問に立つという。どんな突っ込みをしてくれるか、楽しみである。この方は、この世界では、間違いなく若手である。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時半起床、体重、61.3Kg 小雨がぱらついている。お天気は芳しくなさそう。
 昨日の雅子は、午前中は安定していたので、午後には、今月2日を最後に見合わせている散歩を久し振りに考えたのだが、午後になっての検温で、体温が37.5度に上昇したので、急遽、中止とした。

3.連載、「難病との闘い(総集編)」(2)
  はじめに(2)

 二つ目のステップが第二部で扱うその次の3年半である。言ってみれば、中期と位置づけられる段階で、この頃から、徐々に病魔が顔を出し、悪さをし始めたのである。そこで、一考も急遽、東京を撤退して帰郷し、雅子と二人での闘いを始めたのだった。5年目の後半から、病魔の動きが更に活発になり始め、目に見える形で症状の悪化が進み、雅子一人では歩けなくなっていた。
 そして、第三ステップが、第三部と第四部に分けて扱っている次の3年間で、自宅での介護に限界が来たことから、有料施設に移ったが、そのおよそ一年半後に、肺炎が併発したことから、病院生活を余儀なくされることになった。その後、胆嚢結石に罹っていたことが判明し、胆嚢切除という大きな手術を受けた。
 その後、一旦、施設に戻ったが、新たに尿路感染に罹り再入院することになり、その後、2110年10月現在その病院での闘いが継続中である。その間、パーキンソン症候群病自体も更なる悪化が進み、苦労、苦痛はますます苛酷さを増していった。辛かったのは、病魔が、人間の心を微塵も忖度することなしに、少しの遠慮もなく、土足で雅子の体内の奥深くまで侵攻し、こっ酷く、その生活能力の基盤をアタックし、あらゆる機能を破壊する大打撃を与えるに及んだことだった。大袈裟ではなく、まさに、そこまでやるか、といった感じだった。
 その結果、今では、雅子が自分で出来ることはほとんど何もない。僅かに、辛うじて目を開けること、黙ったままだが、お話を聞くこと以外は、自らは何一つ出来ないのである。そういうことで、全くと言っていいほどコミニケーションが取れない状態で、いわゆる寝たきりの生活が続いている。
 ところで、つい先日、地球の裏側のチリにおいて、鉱山の落盤事故が発生し、33人もの作業者が坑内に閉じ込められる大事故が起きた。世界が注視する中で、チリが国を挙げての懸命の救出作業でトンネルを掘削し、69日後には全員が救出されると言う世紀の感激的なドラマが誕生した。
 この事故の一部始終を見ていて思うのは、一考らも、言ってみれば、難病と言うどうしようもない深い抜け道のない穴倉に閉じ込められたようなものである。しかし、二人の場合は、残念なことは、救出用のトンネルを掘ることも、一切の救いの術が閉じられていて、全く手の打ちようにない辛い立場におかれているのである。そんなどうしようもない厳しい環境の中でも、病魔は更に悪化の手を休めることはない。そんな厳しい人生を、雅子は、来る日も来る日も頑張って闘って生きているのである。
 さて、この総集編の狙いは、二人を苦しめて来た病魔への復讐と言う意味を込めて、雅子の体内深くに踏み込んできた病魔の厳しい足取りを克明に描き出し、その怖さ、意地悪さなどを赤裸々に捉え、それらを暴露せんがために纏めたものである。纏めに際しては、なるべく、時系列的にその悪化の進捗を捉えてゆくことに注力した。ささやかな願いだが、そうすることで、二人が味わった悔しさ、辛らさ、悲しさなどの気持ちが少しでも発散できれば本望である。
 世の中には、同じような病気で苦しんでおられる方も多いと思う。本書が、少しでもお役に立ち、慰み、励みなど、何らかのご参考になれば、この上ない幸甚であります。(明日からは、第一部「潜伏期」、第一章「病名との出会いまで」を連載を開始します。)

1404 タイガース・シンドローム

 肝心な試合、戦い、局面で実力が出せない、勝てない、相手の術中に陥るといった情けない状態を総称する言葉と、筆者が勝手に決め込んだ表現である。

1.独り言コラム
 ソフトバンクがクライマックスシリーズでは、王手をしながら無念の三連敗で、日本シリーズへの出場権をまたも逸した。最後は、ヘビに睨まれた蛙のように力を発揮することなく敗退した。その戦いぶりは、ここ数年の阪神が、土壇場の肝心な試合で勝てなかったと同じような戦いぶりで、まさに、タイガース・シンドロームを披露したといえよう。
 何事もそうなのだが、ここ一番の勝負に弱いとこんな情けない展開になってしまう。筆者の人生もそうだっただけに、その無念の叫びは手に取るように分かる。
 因みに、今シーズンのペナントレースを振り返れば、ロッテは、最後まで日本ハムやオリックスと3位争いをして、ぎりぎりで3位に食い込んでCSに出場を決めたチームだった。つまり、本当に紙一重の差でCSに出場を果たしたチームで、下手すると5位に終っていたかも知れないチームだった。そのチームが日本一の戦いに出場する。そう言う意味では、ロッテファンは快哉の一夜になっただろう。今日から始まるセリーグのCSファイナルステージで、若し、巨人が中日を破ることになれば、今年の日本シリーズはセ・パの3位のチーム同士で日本一を争うという変てこな組合わせとなる。こうなると、144試合の長いペナントレースでの優勝は、一体、何だったのかと云う疑問が出て来る。恰も、現役時代はぱっとしなかったが、定年退職後にブレークした人生が巡ってきたという番外の嬉しい展開といえよう。
 北京オリンピックの野球で銅メダルをも取れず、その指揮振りが批判されて、名監督から一気に迷監督の烙印を押されていた星野仙一氏が、楽天の監督に就任するという。自分の野球人生での大きな汚名を回復するために、思い切った賭けに出たという感じである。阪神の監督に就任する時もそうだったが、今回も野村克也監督が下地を作ったチームを引き継ぐことになる。果たして、オリンピックでの汚名、タイガース・シンドロームを払拭できて、名監督としての地位を復活することが出来るのか。来年は、じっくりと楽しませてもらおう。気になるのは、エースの岩隈久志投手がMLBに行くという話しもあって、勝つのは容易ではなく、優勝を狙うには少し荷が重いと思うが、どうだろうか。
 さて、肝心なところで、いつも、びしっと決められないということでは、日本政府の対応がその代表的な事例だろう。今回の尖閣諸島を巡る事件でも、中国に対して、事なかれ主義に徹して、逮捕した船長は釈放するし、言いたいことも言わないし、公開すればいいビデオを見せない対応は、国民の一人として極めて不満である。また、政治と金の問題でも、腫れ物に触るように小沢一郎氏の顔色を窺うばかりで、肝心な対応が全く出来ていない。その上、株は振るわず、円は高すぎるし、景気は足踏み状態だという。肝心なことはほとんど駄目で、菅政権は、まさに、タイガース・シンドロームの真っ只中にある。 

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時40分起床。体重、60.8Kg.天気はよくなさそう。
 昨日の雅子は、熱もなく、痰もそこそこで比較的安定していた。抗生物資の投与も引き続き行なわれた。久し振りに入浴もさせてもらった。レントゲン撮影もあって、炎症の回復の確認が行なわれたようだが、結果は聞いていない。

3.連載、難病との戦い、総集編(1)
 
 本作品の全体のイメージを持って頂くために、まずは、目次の内容から紹介したい。
 細部は順次仕上げてゆきますが、あくまでも大まかな目次項目で、いずれも仮の副題をつけています。
…………………………………………………………………………………………………………
  目次
  はじめに
    第一部 潜伏期 ―日常生活に大きな支障なし―
        (2001年2月~2,004年3月)
      第一章 病名との出会い
      第二章 病魔が牙を剥き始める
    第二部 発症期 穏やかな悪化 ―生活に支障が出始める―
        (2004年2月~2006年1月)
      第一章 不自由さが目立ち始める
      第二章 手探りの二人三脚の日々
      第三章 苦闘の日々
    第三部 重症期Ⅰ ―障害者認定、施設入居―
        (2006年2月~2009年6月)
      第一章 悪化がスピードアップ
      第二章 施設での入居生活
    第四部 重症期Ⅱ ―入院、転院、手術、炎症―
        (2009年6月~2010年10月)
      第一章 入院生活 転院
      第二章 再入院
  おわりに
…………………………………………………………………………………………………………
 
はじめに。(1)

 とんでもない大事件でも、その始まりは、ちょっとした何でもないような事件から始まっていることが多い。
 今般、このドギュメントで扱う妻の難病(パーキンソン症候群)についても、その始まりは、そんな典型的な事例の一つだったようで、左手の人差し指にうまく力が入らない、というちょっとした指の異常に端を発していたのだった。雅子のかつての記憶では、その異常を自覚したのは、義父の百日忌を終えた頃だったという。
 雅子の義父が97歳で他界したのは、二十一世紀を目前にした2000年11月4日だったから、それから百日後となると、具体的には2001年2月半ば頃だったと推定される。今からおよそ十年前のことで、雅子はまだ還暦前の五十七歳になった直後だった。しかし、その時点では、その指先の異常が雅子の日常生活に支障を来たすほどのこともなかったので、気にはなってはいたが、敢えて夫にも報告せず、雅子は、粛々と残された義母の面倒を看る新たな生活を始めていた。
 夫の相坂一考は、ちょうど六十歳になった直後だった。通常ならすんなりと定年退職するはずだったが、一年退職を延ばして欲しいとの本人の希望を、幸いにも会社が受け入れてくれたことで、引き続き単身赴任生活を継続していたのである。今から思うと皮肉なことなのだが、雅子が指の異常で不安を覚え始めていたと思われる頃、一考は仲間から還暦祝いを受けて、赤いちゃんちゃんこを着せてもらったりして、気分良く陽気に皆とはしゃいでいたのだった。
 一考が、雅子から、その指の異常のことを聞いたのは、それから一年ぐらいしてからのことで、その時点でも、まだ病名も分からず、実生活にも大きな支障がなかったことで、それまで通り、二人はそのままの別居生活を継続していた。それから一年後には、この指の異常が、実は大変な難病のパーキンソン病の前兆だったことが判明するのだが、神ならぬ身の知る由もなかったのである。
 病名が分かってから暫くして知ったのだが、この病気は進行性の病気で、悪くなることはあってもよくなることはない厄介な病気だということだった。しかも、今の医学では、まだ治療法は見つかっておらず、お薬によって、その進行を遅らせるという治療が主流だった。
 早いもので、それから十年が経過した。この十年間の二人の闘いを振り返ると、三つのステップに大別することができる。第一ステップが第一部で取り上げる初期の3年半ぐらいで、不安の中での雅子の手探りの孤独な戦いだった。指の異常から2年後に病名が判明したが、日常生活にそれほど支障がなかったことから、二人の別居生活が続いていたからである。そのため、雅子が一人で本を買ったりして知識を補いながら、この道の権威ある先生にお世話になろうと伝を探して、転院して一人で頑張っていた。(以下、明日に続く)

1403 逆王手

 王手をして攻めていたはずが、一転、逆に王手をされて追い込まれた状態をいうのだが、世の中には、そんな展開の戦いは少なくない。

1.独り言コラム
 プロ野球のパ・リーグのクライマックスシリーズのファイナルステージで、昨日もロッテが粘り勝って、7年ぶりの日本シリーズ出場が濃厚と思われていたソフトバンクが逆王手を受けた。今日の最終戦で勝った方が日本シリーズへの出場権を得ることになる。素人目からは、流れは、2連勝で逆王手したロッテにありそうに思えるのだが、…。
 検察審査会から小沢一郎氏が強制起訴の王手を受けたのに対し、小沢氏側が「議決は違法で無効」として国を相手取り、その手続きを差し止める行政訴訟を提起した。まさに、逆王手を掛けたのである。これは、検察審査会の否定に繋がるとして党内外から批判が相次いでいる。
 この申請を受けた東京地方裁判所は、昨日、それに対し、却下の判断を下した。今後、小沢氏サイドが、どのような対応を見せるのか、逆王手を巡る戦いの行方が注目される。
 中国での内陸部の中都市で、悪質な反日デモが相次いでいる。尖閣諸島問題で、中国船の公務執行妨害を巡る事件に関する攻防の続編で、今後の展開が注目される。デモに関しては、日本で行なわれた3000人規模のデモが整然と行なわれたのに対し、中国でのデモは悪質な暴徒と化し、日本のレストラン、店などに大きな被害を出している。このデモが、更に拡大すれば、中国政府はその管理能力を問われることになり、中国政府もこのまま放置する訳にはいかないだろう。折から、中国国内での次期指導者を決める共産党の重要な会議が行われている最中であり、この逆王手対策に中国政府はは腐心しているはずだ。なお、この共産党会議で、胡錦濤主席の二年後の後任に習近平氏が決まったという。つまり、習近平氏が主席に王手である。
 一方、王手をする立場の地検の特捜部が、目下、逆王手を受けて、大わらわである。あのフロッピーディスク改ざん問題に端を発した問題が地検の命取りになりそうだ。政治家も黙ると言われていた怖い地検だっただけに、そのイメージダウンは甚だしい。さあ、どう立て直すかだ。
 逆王手という言葉は文字通り、将棋界で使われている言葉だが、誰にも分かり易い言葉であり、今では広く使われている。その本家の将棋界だが、いよいよ7連覇を目指す渡辺明竜王に、羽生名人が挑戦する今年の竜王戦が始まった。初戦を勝った渡辺竜王が、このタイトル戦で9連勝を果たし、タイトル8連覇へ幸先よく踏み出した。
 一方の羽生名人は、一昨年のタイトル戦で3連勝の出だしで、永世竜王に王手していたが、その後、なんと3連敗し逆王手されて、結局、3連勝4連敗で、渡辺竜王の永世竜王を誕生させた大変な戦いだった。羽生名人もこの戦いで勝てば、二人目の永世竜王となる。さあ、今年はどんな戦いになるのだろうか。興味津々である。

2.今朝の一考と昨日の雅子
 4時起床。体重、61.0KG.朝は少し肌寒い。お天気も崩れそうだとの予報。
 昨日の雅子だが。相変わらず、午前中は血圧が低く反応が乏しかったが、午後になって、血圧も上がって、目を開けてじっとみつめてくれる時間が多かった。抗生剤の投与は続いている。痰はそれほど多くはなかった。炎症との静かな闘いが続いている。

1403 難病との闘い(1368)番外編
  ―連載中断の背景と新企画のお知らせ―

 この長期連載の「難病との闘い」を、この辺りで一旦中断しようという考えは、前から考えていたものではなく、一考の頭の中に、突然、降って沸いたように浮んだ思い付き的な発想だった。それまでは、雅子の症状の変化の流れに身を任せて、それを追いながら、どこまでも書き続けてゆこうと単純に捉えていた。
 その突然の中断の発想は、ちょうど、車椅子の散歩の際に、童謡・唱歌を口ずさみ始め、その話題を取り上げて、その原稿を書き始めようとした時だった。その後、その急な思い付き的な発想を熟慮した結果、次のような幾つかの理由を勘案して、この辺りが、差し当たっての潮時だと判断したのである。
 1.雅子の症状の悪化は、依然として進行してはいるが、ある程度行き着くところまで達していること、更には、その悪化の速度も、それまでよりもずっと緩慢になって来ている。また、その次のステップとして考えられるのは、最後の砦である頭の正常な能力を犯すことしか残っておらず、それだけは避けて欲しいと神に祈っており、幸い、今の時点では、頭の働きは大丈夫な状態をキープしている。
 2.間もなく古希を迎える一考にしてみれば、その体力の限界を意識しないわけにはいかなかったし、元気な内に、ここまでの二人の闘いをきちんとした一つの作品(総集編)として纏めておきたいという考えがあった。
 3.雅子が指に異常を感じてから、来年の2月でちょうど10年の節目を迎えることで、中断を考えるのにグッドタイミングと判断した。
 さて、この10年の闘いを振り返ると、最初の3年半は、症状も穏やかで、特に生活に大きな支障を与えることも無く、病名も分からないままで経過していったのだが、それからの6年半は大変だった。病魔は何ら遠慮することなく、雅子を苛み、体内奥深くまで攻撃の手を止めずに攻め続けている。
 いずれにしても、3年近く連載していたものを中断するというのは、思い切った即断だった。童謡の「早春賦」の谷の鶯ではないが「さては時ぞと」思っての決断だったのだが、その鶯の場合と同様に「思うあやにく」になっていないことを願っている。
 さて、その総集編を纏める作業に取り掛かっていて、第一回からの見直しを始めたが、自分が書いたものとはいえ、何しろ、1367回分もあると、そのボリュームの膨大さにびっくりしていて、どのような手を加えて編集するかで戸惑っている。
 とにかく、不必要な部分は思い切ってカットし、分かり難い部分は書き直し、話の展開させるプロットについても見直して、より読み易い作品作りを目指します。
 そういうことで、明日からのこの連載コーナーは、「難病の闘い、総集編」と題して、単行本を目指した内容に再編集したものを連載の予定です。引き続き、目を通して頂ければ幸いです。

1402 不甲斐なさ

 結果が期待度を下回った場合に不甲斐なさを覚えるのだが、この一週間を振り返ってみても、その種の事例が少なくなかった。

1.独り言コラム
 クライマックスシリーズでの阪神の不甲斐なさには、ファンもさぞかしがっかりだったろう。特に、昨日の2回戦は、6回を終って4点のリードをしながらの納得いかない逆転負けで、今シーズンの全日程を終えた。頼みの藤川球児投手で負けたのだから仕方がないのだが、それにしても後味の良くないシーズンの終わり方だった。レギュラーシーズンでも最後の肝心なところで、藤川投手が打たれて負けたことを考えると、この勝ちパターンが働かなくなったということではなかろうか。
 真弓明信監督が試合後のコメントで、来シーズンへの課題が分かったとして由としていたが、その解決への答えは出て来るのだろうか。不甲斐ない阪神の戦いに、アンチ巨人の筆者は苛立たしさを覚えたのである。
 女子ゴルフは、またも、韓国人プレイヤーが1位、2位占め、やっと3位に有村智恵さんと馬場ゆかりさんの日本人選手が食い込んだが、ここ4週間のツアーでは、あの宮里美香さんの日本女子オープンの優勝を除けば、それまでのツアーでは上位3位までを、全て韓国人プレイヤーが独占していた。改めて韓国人選手の強さの凄さを思うが、ここでは、日本人選手の不甲斐なさと申し上げておこう。
 不甲斐なさは、今年のMLBでも歴然だった。何しろ、ポストシーズンには日本人選手は誰も出ていない。ここ10年来初めてのことだという。レギュラーシーズンでも、イチローの200安打記録達成を除けば、これと言っていい活躍は見られなかった。松井秀喜選手や松坂大輔投手もぱっとせず、川上憲伸投手に至っては、見るも無残な結果だった。MLBでの日本人選手の活躍にも、何となく限界が来ているように見える。
 鳴り物入りで関東地区へ進出を果たした大阪の「みのもんた」と言われていた宮根誠司氏だったが、その肝心の番組フジテレビの「ミスター・サンデー」は、ぱっとしていないようだ。売り物だった滝川クリステルとのコンビもその息は今一つ合っておらず、どうやら、来年3月の番組改選期では打ち切りの憂き目を見るのではなかろうか。ここでは、宮根誠司の不甲斐なさが目に付いている。
 松岡修造以来といわれて期待されていたテニスの錦織圭選手もその後は泣かず飛ばずで、その不甲斐なさが気になっている。どうやら、体の故障が足を引っ張っているようだ。
 不甲斐なさで最も目立っているのが、仙谷由人内閣と揶揄されている菅内閣かもしれない。特に外交では先の尖閣問題での対応は国民には極めて不人気である。目下、中国でまたデモが起きていて、イトーヨーカドーやユニクロが大きな被害を受けている。中国にどのような弁償を申し入れるのか、強気の対応を期待しているのだが、…。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時起床。体重、61.5Kg.朝は少し肌寒い。お天気は秋晴れで良さそうだ。
 昨日の雅子は、午前中から2時頃までは、血圧が極めて低く、その結果ずっと眠っているように目を瞑っていた。3時前になって血圧も戻り、目を開けてじっと見てくれるようになった。この辺りの症状の変化が、どうして起きているのか、分からない。

3.連載、難病との闘い(1367) 第五部 どこまで続くこの苦闘(144)
  第三章(最終章) 童謡・唱歌を唄う(10)

 童謡「月の沙漠」の内容に、そのような合点がいかない疑問があったことから、一考は、インターネットでその辺りのことを調べてみたのである。今や、まさに、インターネット様々の世界であると言えそうで、最近では、一考は辞書代わりに、インターネットを使うケースが増えている。
 そして、その検索の結果、はからずも、一考は一気に溜飲が下がる次のような素晴らしい解説を発見したのだった。
 「これは無国籍の不思議な歌である。エキゾティックでロマンティック、誰にでも像が浮び易い描写である。むずかしいことは何もない。しかし、この王様とお姫様は何者で、どこへ、何しにいくのか、みたいなことはいっさいわからないから幻想的である。
 確かに聞く者をして心打たれる何かがあるが、その正体が曖昧としている。明るいのではないが、暗くもない。どことなく、物寂しい雰囲気もあるが、悲しい歌ではない。ただ、この歌には安堵感、安心感がある。」
 一考は「なるほど」と思いながら、改めてその歌詞を読み直すのだった。そして、深い思いに耽るのだった、何もない沙漠を旅する心細さ、駱駝はとぼとぼと歩く。しかし、王子様とお姫様は固い絆で結ばれ、そこに深い信頼関係があることが暗示されている。 
 一考の頭の中では、おぼろ月だけが照っている広い広い沙漠とは、難病で闘っている一考と雅子の二人の人生の困難さを示していると捉えることが出来た。王子様とお姫様の二人が紐で結ばれているように、自分達二人も、互いに支えあって人生を生きていこうとしている姿勢に繋がっている。
 これは「まさに、自分達の今の境遇にぴったりではないか!」そんな風に考えてみることで、一旦、馴染まなくなったこの歌に、改めて、それまで以上の愛着を強く意識するようになったのだった。
 それ以来、この歌の歌詞にある、何処まで続くか知れない遠く長い砂漠をひたすらに歩き続けるというイメージは、まさしく、果てしなく難病との闘いを続けている二人にぴったりである。特に、最後の二行の「砂丘を越えてゆきました。黙って越えてゆきました」は、何か暗い、重い気分にさせてくれる悲しい響きではあるが、それが、いつわりのない信じあった自分達二人のこれからの姿を映していると思うのだった。
 この原稿を書いている最中に、地球の裏のチリでは、落盤で地下深くに閉じ込められていた33人の世紀の救出作業が始まっていた。そして、69日後の感動的な生還の映像を見ながら、そんな救出の世界が自分達には絶対に来ないと言う宿命の中で、引き続き、とぼとぼと歩いてゆく駱駝のような自分達の運命を連想するのである。
 延々と続く沙漠の先には、どんなターミナルが待っているのだろうか。しかし、二人にはもうこれ以上恐れるものは何もない。それゆえに、そこで、如何なるターミナルであろうとも、自分の命ある限り、粛々として雅子をサポートしながら、何時までも、何処までも、二人で歩を進めてゆこうと思うのだった、そして、同時に、神様には、この先、幸は多くなくても良いから、可能な限り、苦少なきを願って止まないのである。
 (今回を以って、この連載は、一先ず完結です。明日は、今回の中断した背景と今後の連載企画についての告知です。)

1401 バトンタッチ

 何処の世界でも、世代交代と言う意味で、若手へのバトンタッチは不可欠だ。

1.独り言コラム
 ゴルフの石川遼選手と同学年のアマチュアの松山英樹選手が歴戦のプロに混じって大活躍している。松山選手は、先日のアジア・アマ選手権を制していて、来年のマスターズ出場権も得ている逸材だ。女子でも、今週の富士通レディースで佐久長聖高校の高橋恵選手(14)と前橋商高の木瀬令奈選手(17)が9位タイと大活躍だ。どんどんと若手の台頭が目覚しく、選手層の若手へのバトンタッチは急速に進んでいるようだ。
 長く、柔道の世界で活躍していた谷亮子さんが、現役引退を発表した。議員活動との両立が難しいことから決断したという。柔道ファンは、もういい加減に若手にバトンタッチして欲しかった事情から、関係者はほっとしているのではなかろうか。ところで、今後は議員活動に力を入れると言うが、果たして、そんな能力があるのだろうか。同氏を議員に引っ張り出した小沢一郎氏は、自らの政治経歴の中に、もう一つの大きな汚点をつくった言えそうだ。
 ところで、若手へのバトンタッチと云う観点とは逆現象だが、テニスのクルム伊達選手が決勝戦に勝ち進んでいる。40歳の年齢を意識させない強さには脱帽だ。昨日の16日に行なわれた女子テニスツアーのHPジャパン女子オープンのシングルス準決勝で第6シードのクルム伊達公子さんが第3シードのS・ペア(イスラエル)に2-1の逆転で勝利したのである。今日の決勝戦ではタイのベテラン選手と対戦するが、それにに勝てば、最年長優勝の記録更新だという。さあ、どうなるだろうか。
 バトンタッチといえば、襷の受け渡しである駅伝を連想するが、昨日の午前中に注目の箱根駅伝の予選会が行なわれた。時代の移り変わりというべきか、43年連続出場を続けていた大東文化大や常連校だった順天堂大学、それに名門の亜細亜大学、法政大学などが予選落ちとなった。そんな中で、かつての早稲田で活躍した我が滋賀県出身の花田勝彦監督率いる上武大学が、3年連続で本戦出場を果たした。今度こそ、シード入りを目指して頑張って欲しい。
 ところで、話は変わるが、全長およそ54Kmの世界一長いトンネルだった青函トンネルが、その世界一の座をスイス・アルプスを貫く全長57Kmのゴッダルドトンネルにバトンタッチする。このトンネルは、スイスの大都市チューリッヒとイタリア・ミラノに抜ける旅客の利便性が向上するだけでなく、温暖化ガスを大量に排出するトラック輸送が鉄道に切り替わる効果も期待されているという。貫通したのは15日だが、列車が走るようになるのは早くて2016年末だそうだ。何事も記録は塗り替えられる運命にあるようだ。
 ところで、言うまでもないことだが、若手へのバトンタッチは、政界においても然である。何時までも小沢さんではないだろう。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時45分起床。体重、61.2Kg.お天気は晴れ模様。
 昨日の雅子は、午後に微熱があったが、全体としては落ち着いていた。前日辺りから、目を開けて顔を見てくれる時間が長くなった。9月度からお薬を変えたことが、好結果になっているのではないか。ジョークに対しても、反応を見せてくれている。一考としては、そんな雅子の応接にほっとしたものを覚えている。

3.連載、難病との闘い(1366) 第五部 どこまで続くこの苦闘(143)
  第三章(最終章) 童謡・唱歌を唄う(9)

 ―さあ、いよいよ、この長編ドギュメント「難病との闘い」も、一旦中断させてもらう時が来た。今日と明日の2回に渡って、最終回を掲載させてもらう。―

 人生には偶々ということがよくあり、その偶々で貴重な経験をさせてもらうことが少なくない。少し強引かもしれないが、筆者は、人生とは、偶々の連続ではないか、と思うことがある。
 思えば、この連載の中断と云う決断も、童謡・唱歌の連載に入って間もなく、偶々閃いた発想だった。そして、この締めの最終回で扱う内容も、偶々、最後のテーマとなった童謡・唱歌の中に、相応しい格好の童謡を発見したことで、その歌の話題に便乗させてもらって、この長編の締め括りを試みることにした。まさに、偶々のオンパレードとでも申し上げておこう。
 さて、その格好の童謡とは、加藤まさを作詞、佐々木すぐる作曲の名曲「月の沙漠」である。具体的な話を始めるに当たって、まずは、この作品の全歌詞を引用させて頂くことから始めたい。
   1 月の沙漠をはるばると/旅の駱駝がゆきました
     金と銀との鞍置いて/二つ並んでゆきました
   2 金の鞍には銀の甕/銀の鞍には金の甕
     二つの甕はそれぞれに/紐で結んでありました
   3 さきの鞍には王子様/あとの鞍にはお姫様
     乗った二人はおそろいの/白い上着を着てました
   4 広い砂丘を一筋に/二人はどこにゆくのでしょう
     朧にけぶる月の夜を/対の駱駝はとぼとぼと
     沙丘を越えてゆきました/黙って越えてゆきました

 あとで、この作品の解説を見て知ったのだが、この歌詞では「砂漠」ではなく「沙漠」と書くところがミソだそうだ。これは、加藤さんが千葉県の御宿海岸の砂浜をモチーフにしたということのようで、水分を含んだ砂のイメージを表現しているというのである。
 一考は昔から、この歌のメロディが大変気に入っていて、鼻歌などでよく口ずさんでいた。従って、雅子の車椅子で散歩をしながらも、このメロディは幾たびか口を突いて出て来た童謡だった。
 幸か不幸か、その時点では、一番以外の歌詞は全く知らなかったのである。ところが、歌詞集を購入し、改めてその全部の歌詞を唄い始めた時から、一考は、この歌を何となく、それほど好きではなくなったのである。
 それというのは、この歌詞の全部を知った時点で、今まで自分がイメージしていた情景とは少し違うことに気付いたからだった。例えば、2番の歌詞「金の鞍には、銀の甕。銀の鞍には、金の甕」は、それまでの一考の記憶には、全く存在しない内容だった。「こんなのがあったの?」といった具合で、何だか、違和感を覚えたくらいである。
 また、3番の「さきの鞍には王子様、あとの鞍にはお姫様」という言い方も、一考の記憶では、てっきり「金の鞍には王子様、銀の鞍にはお姫様」と思い込んでいただけに、ここでもちょっとした戸惑いを覚えた。
 そして、この歌詞全体を改めて読み返してみて、その全体が何を歌っているのかが、はっきりと頭に入って来ないのだった。一体、何処の沙漠なのだろうか。二人は何処へ何しに行こうとしているのか。考えれば考えるほど、頭がこんがらがって来たのである。
 とにかく、歌詞の面づらだけを見れば、これは二人のロマンスを歌ったものなのか、或いは逆に、どこかへ夜逃げのように逃げ出そうとしているのだろうか、とさえ考えてしまう。また場合によっては、二人が死を求めた旅なのかもしれない。しかし、お揃い白い上着ていたというから、お目出度い意味も感じられる。
 更に、最後の2行の「砂丘を越えてゆきました。黙って越えてゆきました」という辺りの、言葉を交わすことなく黙って越えて、と言う辺りは、何か寂しい思いが滲み出ていて、何となく物悲しい何かを感じてしまう。要するに全体の情景が、はっきりと把握できないのだった。(以下、明日に続く。明日が最終回です)

1400 心に残った言葉

 言葉の便利さ、有用さは、普段は意識しないが、失ってみて初めてその凄さを実感する。

1.独り言コラム
 4日間に渡って行なわれた衆参での予算委員会の論戦が終った。尖閣、政治と金、景気、それに天下りなどの問題について、繰り返し追及、答弁の応酬があった。いつも思うのだが、衆議院と参議院で同じ課題が2度繰り返されるのが気になっている。結果的に、いずれも、野党の追及は尻切れトンボで物足りない結果になっている。今朝は、この論戦から、印象に残った幾つかをピックアップしてみた。
 一つは、既に三日前に、このコラムで取り上げたが(1397ご参照)、河野太郎幹事長代理が、「天下り」ならぬ「裏下り」があるのではとの質問に、片山総務大臣の「以心伝心、問わず語らず」の答弁がなかなか真実を突いていて面白かった。
 また、尖閣問題で、政府が弱腰だと繰り返し追及されたのに対し、仙谷官房長官が「弱腰じゃなくて柳腰だ」と反論、それに対し、自民党の鴨下氏が、「柳腰とは美人の細くしなやかな腰つきという意味で不適当だ」と発言の撤回を求めた。これに対し、古川副官房長官が「仙谷長官は、しなやかで、したたか、という意味で使った」と説明したようだ。本当に、したたかに対応して欲しいというのは、国民の総意だと思う。
 一方、今度の委員会では、追及されて、すんなりとお詫びした事例が二件もあった。一つは、仙谷官房長官から「質問が掘劣だ」と馬鹿にされた山本一太氏が、その撤回を要求したのに対し、仙谷官房長官は「不穏当だったら謝罪する」とすんなりお詫びしたし、あの蓮舫行政改革相も、国会内で雑誌の宣伝用の写真撮影を追及されて、これも自分の意図するところではなかたとすんなりお詫びした。なお、この写真問題は、参院の代表質問であの片山さつき氏が最初に取り上げた質問に端を発したが、その片山さつき氏も以前同様な写真が雑誌に掲載された事実があったという。美人の程度の微妙な差が出たやっかみ議論だったと見る向きが多い。
 いずれにしても、菅総理の存在の影が薄い予算委員会だったともいえそうだ。
 その一方で、海の向こうでは、先日、オバマ大統領が演説中に大統領の紋章(?)が落っこちるハプニングがあった際に、慌てることなく、「No probrem.All of you know who I am」と見事なジョークで切り返し、会場を盛り上げていた。さすがだと思う。
 もう一つ、先日ノーベル化学賞を受賞された鈴木章、根岸英一のお二人が、先日の13日のNHKのクローズアップ現代に出演されていたが、その際に、根岸英一氏が、バデュー大学の研究室に置いてあったデスクの置物を紹介、それに、二人の恩師であるハーバート・ブラウン氏の言葉「The tall oak tree grow from little acorn」と書かれていた。ぱっと見だったので、上記言葉の正確さには自信はないが、その意味する処はさすがで、筆者には強い印象を残してくれた。
 言葉は、武器にもなるし、栄養にもなる便利で怖い万能ツールなのだ。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時40分起床。体重、61.2Kg.今は曇っているが、日中は晴れるようだ。
 昨日の雅子は、夕方になって少し熱が出たが、総じて落ち着いてはいた。当面は、炎症を抑えるための抗生剤の効果に期待している。何故か、血圧がいつもより高く、そのため、目をあけてくれて、一考の話をよく聞いてくれているようだったので、一考もブログを読んだり、このところの話題をピックアップして聞かせてあげた。

3.連載、難病との闘い(1365) 第五部 どこまで続くこの苦闘(142)
  第三章(最終章) 童謡・唱歌を唄う(8)

 さて、この童謡・唱歌の分野でご活躍された、或るいは活躍されている作詞、作曲家の方々についても少し触れておこうと思う。
 作詞では、北原白秋、野口雨情、西条八十、高野辰之さんらが、作曲では中山晋平、草川信、山田耕作、海沼実さんなどの名前が数多く見られる。また、文学者の佐々木信綱氏や島崎藤村さんらの作品も散見される。
 その人たちのいろんな組合わせによるコンビで作られた作品が多い。主なコンビは、野口―中山、北原―中山、北原―山田、北原―草川、それに高野ー草川らによる作品が数多い。(敬称略)
 そういえば、まだ東京で由緒ある名前のある坂道を探し歩いていた頃に、高野辰之さんの「春の小川」の記念碑を見つけたのを思い出す。確か、小田急線沿線の代々木八幡辺りだったように記憶している。懐かしい思い出だ。
 以下に、主な作品の作詞、作曲者、作品を纏めてみた。

   作詞     作曲   主な童謡・唱歌
  野口雨情  中山晋平 「シャボン玉」、「証城寺の狸囃子」「黄金虫」
  野口雨情  本居長世 「青い目の人形」、「赤い靴」「七つの子」
  北原白秋  中山晋平 「あめふり」「雨降りお月さん」、「兎のダンス」
  北原白秋  山田耕作 「この道」、「かえろ、かえろと」「ペチカ」
                「あわて床屋」「赤とんぼ」
  北原白秋  草川信 「揺りかごのうた」「汽車ぽっぽ」「どこかで春が」
  西条八十  中山晋平 「肩たたき」「鞠と殿様」
  高野辰之  草川信 「朧月夜」「故郷」「紅葉」「春が来た」「春の小川」
          中山晋平 「背くらべ」「てるてる坊主」
          滝廉太郎 「荒城の月」「花」
          海沼実 「みかんの花咲く頃」、「お猿のかごや」「里の秋」
          中田喜直 「小さい秋見つけた」「めだかの学校」
  吉丸一昌  中田章 「早春賦」
  島崎藤村  大中寅二 「椰子の実」
  佐々木信綱 小山作之助 「夏は来ぬ」

 余談だが、一考も雅子とのコンビで「難病との闘い」という作品つくりに挑戦しているという気分でいることを付記しておこう。
 さて、正直な話しだが、この年になって、童謡を歌って歌詞を覚えたりすることになろうとは思ってもいなかったし、童謡を語るとも思っていなかった。しかし、雅子の付き添いからそんな思ってもいなかったチャンスを得たのである。まさに、「人間万事塞翁が馬」であり、同時に、童謡・唱歌は心の故郷であると改めてしみじみと思っている次第である。(明日から、2回に渡って、最終回を連載します)

1399 世紀の救出劇での三賞を選ぶ

 世界が喝采、祝福した大ドラマだった。最後に、ピニェラ大統領の手でトンネルの蓋がされて大団円となった。決して茶化す訳ではないが、この大ドラマを感激のハッピーエンドに導いた功労者の中から、殊勲、技能、敢闘の三賞を筆者の独断と偏見で選んでみた。

1.独り言コラム
 リーダー役を務めたルイス・ウルスアさん(54)が、日本時間の14日午前10時前に最後に救出されて、33人全員が69日ぶりの無事生還を果たし、奇跡的な救出ドラマは完結した。チリの国威を高揚させた凄い感動のドラマだった。
 救出が進むに連れて、そこには、オムニバス的に、33人のそれぞれの人間ドラマが掘り起こされ、世界の人たちから、弥が上にも注目を浴びることになった。中でも、最後の生還者であるウルスアさんの果たした役割は大きく、同氏なしでは奇跡が起きたかどうか分からない、とさえ言われている。命を絶体絶命の危機に晒した究極の厳しい状況下で、冷静に指揮を執った同氏の果たした役割は、掛け替えのない素晴らしいもので、頼り甲斐のある勇気と強力な指導力を持っていた。六人兄弟の長男だそうで、家庭でも一家を率いたリーダーだったが、地下でも、その役割を如何なく発揮した。そういう意味では、このドラマの殊勲賞は、文句なしに、ルイス・ウルスアさんだろう。
 筆者が感動したもう一つの事実は、まだ生存が全く分からなかった時点で、掘削機のドリルの先端に、全員が無事を知らせるメモを貼り着けたホセ・オエダさん(47)さんの功績だった。これによって救出作業が本格的に進むことになった訳で、まさに、神の伝言だった。筆者の感動は、よくぞ、それが剥がれずに、無事に地上に届いたという事実に対してである。差し詰め、このオエダさんの行為こそ、この救出劇の三賞の中の技能賞だと申し上げたい。
 生還して来た人たちが話した言葉には、感動的な名言が少なくかった。それらの幾つかを並べてみよう。
 先ずは、2番目に救出されたマリオ・セプルペダさん(40)だ。地中からの土産と称して、持ち帰った石を周囲の人たちに手渡して笑いを誘いながら「地下には、悪魔と神がいた。私は神の手を掴んだ」。更には、「40年の人生を地下に埋めてきた」と語り、新たな人生に期待を寄せた。なかなかの名セリフの連発だ。
 最年長のマリオ・ゴメスさん(63)は「私の人生は変わった。私は違う人間になったんだ」と語ったが、その一方で、最年少の19才のジミー・サンチェスさんも「神は、僕の人生にチェンジを与えるために坑内に閉じ込めたんだ」といずれも、新たな自分に意欲を見せていた。また、8番目に救出されたクラウディオ・ヤネスさん(34)は「生還したら結婚しよう」と恋人に贈った言葉もあり、更には妻ではない恋人と抱擁する方ももいて、彼らが話す一言一言は、全て味のある生きた名言として聞く者の心を打った。
 さて、今朝は、この大救出ドラマの三賞を選ぶということで話を進めてきたが、上述のように、殊勲賞は、リーダー役をこなしたルイス・ウルスアさん、技能賞は、神の伝言メモをドリルの先に貼り着けたホセ・オエダさんとすんなり決まったが、最後に残ったもう一つの敢闘賞の選考ついては、大いに躊躇し迷った。手元の新聞、それにテレビの情報などを入念にチェックし、熟慮に熟慮を重ねた結果、やはり、これは33人全員と救出に当たった方々全員としておこうと思う。
 いずれにしても、久し振りに世界を感動させた素晴らしい朗報だった。「チリ、チリ、万歳!」である。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 2時半から起きている。(将棋のA級順位戦をうつらうつらしながら見ていた)体重、60,9KG.今日のお天気は、昼間はそこそこのようだ。
 昨日の雅子は、少し熱があった。再発した肺炎をやっつけるための治療が行なわれた。筆者は。吉田病院の定期診断日だったので、お薬をもらいに春日先生に面談し、雅子の近況を伝えた。今後もしっかり頑張るのみだ。我々も難病と云う落し穴に落ちてしっまているのだが、今回のチリの事故で全員救出を成功させたような抜け出すトンネルを掘ることが出来ないのが、とても辛い。

3.連載、難病との闘い(1364) 第五部 どこまで続くこの苦闘(141)
  第三章(最終章) 童謡・唱歌を唄う(7)

 数日前に、雅子が肺炎を再発した。そのために急遽、車椅子での散歩も中断せざるを得なくなっている。当面は歌を忘れたカナリヤにならざるを得ないのは、ちょっと寂しい。そう言う意味では、ここ3ヶ月間は、自らが口ずさむことで、随分と楽しませてもらった日々だった。今でも、つい口をついて出て来る気に入った歌詞やメロディを持つ歌が幾つかある。そこで、今までに紹介した歌との重複を気にせず、もう一度、一考が気に入っている歌の幾つかをピックアップしてみた。
 1.哀愁のある「みかんの花咲く丘」の2番の歌詞から、「黒い煙をはきながら、お舟はどこへ行くのでしょう」
 2.一考の最も好きな童謡の一つである早春賦の3番の最後のフレーズから「いかにせよとの この頃か」の繰り返しの部分
 なお、この1と2の二つのフレーズは、今の一考の境遇から、気分的にはぴったりである。
 3.また、「故郷」の中の3番の歌詞で、「こころざしを果たして、いつの日にか帰らん」も心にジンと来る。特に自分が会社時代に、志を果たせずだったことが、痛く心を揺するのだ。
 4.「仰げば尊し」の2番の歌詞、「互いに睦つみし日頃の恩/別るる後にも、やよ忘するな」もなかなかいいフレーズだ。一考には不幸にして、親友と云うべき友は少なかったが、…。
 5.お母さんを謳ったものも幾つかあって、思わず感傷的になることがある。例えば、「かあさんの歌」の1番で「母さんが夜なべをして、手袋編んでくれた」とか、「みかんの花咲く丘」の3番の最後のフレーズ「優しい母さん思われる」や「里の秋」の1番の「おお、母さんとただ二人」や、前回にもピックアップしたが3番の「今夜も母さんと祈ります」といった表現は心が自ずと潤んでくる。
 因みに、特攻隊の多くの青年達が最後に飛び立つ時に「お母さん」と叫んで死んでいったと言われているが、やはり、歌では母さんは絵になるのである。
 6.なかなかうまい表現に惹かれる歌詞もある。「冬景色」の3番の最後のフレーズだ。「もし、燈火の漏れ来ずば/それと分かじ野辺の里」などが、心に残っている歌詞の一部である。
 7.最後に、一つだけ例外としてレパートリーに入れた、流行歌の「越後獅子の歌」について、一言触れておきたい。この歌は西条八十の作詞で、なかなか泣かせる味がある。筆者には、サラリーマン時代の悲哀に符合する部分が多く、思わず口ずさむことが多かったので、一曲だけ流行歌だったが、車椅子の散歩時の愛唱歌に加えたのである。
 例えば、1番の「わたしゃ、孤児、街道ぐらし、流れ流れの越後獅子」という一人ぽっちの寂しさは、会社生活でも味わったことも多かった。
 2番の「今日は今日とて、親方さんに、芸が下手だと叱られて、撥でぶたれて、空見上げれば、云々」この部分は、上司からの馬鹿馬鹿しい叱責を幾度か浴びた悔しい日々を思い出させてくれる。
 また、4番の「ところ変われど 変わらぬものは、他人の情けと袖時雨」といった歌詞には、人の心の温かさに触れたようで、思わず胸が熱くなるのである。同時に、今までに仕えた何人かの嫌な上司の顔が思う浮ぶが、今ではかつて味わった恨みはなく、逆にそんな思い出のプレゼンターとして、人生を深いものにしてくれた恩人として扱うことにしている。如何にも、お人好しの一考である。
 いずれにしても、毎日が難病患者の付き添いという大変な日常生活の連続だが、そんな中で、歌は確かに心を癒してくれる貴重な文化であるとつくづく思う。同時に、童謡・唱歌でもなかなか勉強になるものだと思っている。(以下、明日に続く)

1398 強力なリーダーシップ

 チームが勝利を得るには、強いリーダーシップの存在が不可欠だ。今回のチリでの落盤事故での救出劇では、そのことが大きな要因の一つだといわれている。

1.独り言コラム
 世界が注目していた救出劇だった。事故が起きて69日ぶりに、フェニックスと名付けられたカプセルから、最初の生還者となった作業員のフロレンス・アバロスさんが無事姿を見せた瞬間、世界中からの大喝采が地球の表を駆け巡った。世紀の感動の瞬間だった。その後、救出は1時間に1人のペースで順調に進んでいて、今朝の5時現在、22人が生還している。あと11人で、もう一息だ。
 この大変なドラマを興奮の坩堝に引き込んだのは、何と言っても、事故が起きて17日目の朗報だった。付近で掘削機を駆使して捜索作業をしていた際に、引き上げた掘削機のドリルの先に、被害者の書いたメモ用紙が付けられていたのが発見され、坑内の一角に33人全員が生きていることが判明した時だった。そこから決死の救出劇が始まった。
 ドラマは、坑内に通じるトンネルの掘削に智恵と努力が集中されて始まった。当初の見通しではクリスマスの頃になると言われていたが、ピニュラ大統領をトップにした強力なリーダーシップの下、3本のトンネルが競争するように掘り進められて、それが大幅な時間短縮に結びつき、その一本が貫通となった。
 この33人の命を救った要因はいろいろあろうが、中でも、取り残された坑内で強いリーダーシップを発揮したルイス・ウルスアさんだったようだ。坑内に備蓄されていた僅かばかりの食糧で3週間近く全員が生き延びるための指揮を執ったリーダーがいなかったら、…。
 救出が進むにつれて、33人に纏わる人間ドラマが数多く明らかになって来ていて、この救出劇を盛り上げているが、とにかく、全員の救出が無事完了するのを祈りたいと思う。
 さて、強いリーダーといえば、最近の日本の政治で欠けている最大の弱点である。小泉純一郎総理以後の、安倍晋三、福田康夫、麻生太郎、鳩山由紀夫、そして菅直人総理に至るまで、そのリーダーシップに欠けた弱い情けない総理のオンパレードだった。
 頼みである現在の菅総理も、依然として菅ブレが目立っていて、リーダーシップと言う点では目を覆いたいくらいだ。昨日まで行なわれていた衆院予算委員会でのやり取りを聞いていても、仙谷官房長官が総理のように見えることがしばしばだった。菅総理に、今一度、野党時代のような魅力的な政治家としての姿勢、リーダシップを取り戻して欲しいと思うのである。
 さて、今日は鉄道記念日だが、JR東海が計画しているリニア中央新幹線のルートが、南アルプスルート(直線ルート)に決着したという。ここでは、国土交通相の諮問機関が強いリーダシップを発揮して、迂回する他のルートを押さえ込んだようだ。東京ー名古屋間を40分で走る。凄い、の一語だ。
 今年のプロ野球もいよいよ最後の決戦の舞台が近づいているが、ここでは監督の強いリーダーシップが問われることになる。勝ち残っているチームの中で、セ・リーグでの落合博満、真弓明信、原辰徳、パ・リーグでの秋山幸二、西村徳文の各監督のリーダーシップが競われるが、この5人の中で勝利に導く監督は誰なのだろうか。筆者の直感では、落合監督のリーダーシップが日本一を制するのではないかと見ている。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時20分、起床。体重、60.9Kg.少し肌寒いがお天気は良くなりそう。
 昨日の雅子は、酸素の補助を受け、点滴、抗生物質の投与も受ける一方で、併行して、栄養剤は胃ろうを通じて受けていた。各種のチューブにサポートされての一日だった。途中で、痰の出方がかなり多くて、苦しい一日だった。幸い、熱は平熱に戻っていた。

3.連載、難病との闘い(1363) 第五部 どこまで続くこの苦闘(140)
  第三章(最終章) 童謡・唱歌を唄う(6)

 童謡・唱歌の歌詞を今一度覚え直してみて、日本語の素晴らしさに、改めて、凄く惹かれた歌詞に幾つか出会った。中でも、日常の口語調とは違って文語調の表現法に惹かれることが少なくなかった。
 例えば、「早春賦」での2番の2行目は特に好きだ。参考に2番全体を記しておこう。
  2 氷解け去り/葦は角ばむ
    さては時ぞと/思うあやにく
    今日も昨日も/雪の空
    今日も昨日も/雪の空
 この「思うあやにく」という表現は、最初は意味が分からなかったのだが、調べてみてなかなか面白い表現だと感心した。同様に、3番でも気に入った表現がある。
  3.春と知らねば/知らでありしを
    知れば急かるる/胸の思いを
    いかにせよとの/このごろか
    いかにせよとの/このごろか
 ここでの、「知らでありしを」という言い方も、なるほどと感心したのである。
 また、「仰げば尊し」の2番にもそのような気に入った箇所がある。
    互いに睦みし/日頃の恩
    別るる後にも/やよ忘るな
    身を立て、名を挙げ/やよ励めよ
    今こそ別れ目/いざさらば
 この二箇所にある「やよ」という言葉遣いも印象的だ。とても覚えやすい。これからも、雅子の付き添いに「やよ、頑張ろう」と思うのである。
 その他にも、好きな歌詞、表現は数多い。例えば、次のような事例である。
 1)「朧月夜」の「げに小春日ののどけしや」や「さながら霞める朧月夜」の「げに」や「さながら」といった文語的な表現。
 2)「海」の2番の「島山闇に/著きあたり」の「著き」といった表現
 3)「花」の3番「錦織なす長堤に/暮るるばのぼる、朧月/げに一刻の、千金の/眺めを何にたとうべき」この中の「錦織なす長堤に」や「げに、一刻の千金の」といった表現もなかなか印象深い。
 また、改めて言葉の意味を知った歌もある。例えば次のような部分だ。
 1)里の秋の「お背戸の山に捨てましょか」の「お背戸」という言い方。
 2)浜辺の歌の2番での「夕べ浜辺をもとおれば」の「もとおれば」という言い方などは、この歌で初めて知ったという恥ずかしい話である。
 その他に、忸怩たる思いのする話しだが、歌そのものの意味が分からなかった歌も幾つかある。例えば、「里の秋」だが、3番の歌詞で「さよなら、さよなら、椰子の島/お舟にゆられて帰られる/ああ父さんよ、ご無事でね/今夜も母さんと祈ります」という内容から、どうやらお父さんと別れて生活しているようだが、単純な単身赴任ではなさそう。その後の調査で、戦争時にお父さんがどこかの島に派遣されているといった背景があるという。
 土井晩翠の「花」の2番の「見ずや、あけぼの/露浴びて、/我にものいう、桜木を/見ずや、夕暮れ、手を伸べて/我さしまねく 青柳を」もなかなか情景を理解するのに時間がかかった。これらの疑問は、インターネットで調べると同じような疑問、質問をしている方がいることが分かり、ほっとした一面でもあった。(以下、明日に続く)

1397 裏のはなし

 何事にも裏がある。裏といえば、裏口、裏側、裏金、裏取引、裏街道、裏書、裏手口、裏狙い、裏切る、裏下りなどの言葉が連想され、どちらかと言えば、いい意味よりも、怪しげな意味の方が多いようだ。
 今朝は、裏下り、裏取引、裏技、裏狙い、裏側の話題をピックアップしてみた。

1.独り言コラム
 国会では衆議院での予算委員会が始まった。自民党からは、今のエースと目される石原伸晃幹事長、石破茂政調会長、それに若手の河野太郎幹事長代理の3人が質問に立った。筆者は、病院で雅子の付き添いをしながらラジオで聞いていたが、正直って、その攻めの歯がゆさに苛立ちを覚えていた。尖閣列島での領海侵犯事件での船長釈放に関する問題、小沢一郎元幹事長、鳩山由紀夫前総理らの政治と金の問題、更には、天下りなどの問題が取り上げられたが、追及に今一つ鋭さ、切れがなく、総じて言えば、玄関前での押し問答に終ったようだ。
 ただ、河野太郎氏が迫った天下りの問題に対し、片山善博総務大臣が「以心伝心、問わず語らず」という裏の世界の存在を示唆した言葉を引き出したのは大成功で、天下りと同質の「裏下り」の存在が明らかになったのが印象的だった。
 その国会の論戦の「裏側」では、岡田幹事長らによる党役員会が行なわれ、強制起訴された小沢一郎氏の取り扱いについて議論された。しかし、結論は先送りされ、国会の展開を見ながら判断しようと言うものである。そこには、この扱いを野党との「裏取引」の交渉材料に温存しておこうという思惑もあるようで、開いた口が塞がらない。
 昨夜、サッカーでは、注目の日韓戦が行なわれた。なかなかの好ゲームを展開したが、期待されたザック監督による日本チームの連勝はならず、無念の引き分けに終った。今一つの決め手となる「裏技」に欠けていたようで、ファンはザックリ、いやがっくりだったろう。
 その「裏」という訳ではないが、一昨日、中国で行なわれたU19(19歳以下)のアジア選手権で、日本チームは韓国チームに2-3で逆転負けを喫し、U20のW杯出場を逃した。宿敵、韓国には、表も「裏」も勝てなかったのは残念である。
 中国政府に衝撃を与えた今年のノーベル平和賞の選考だったが、これには明らかに、中国政府に民主化を呼びかける「裏狙い」があったことは否めない。世界の願いが込められた裏の狙いを込めた選考を実行したノルウエーのノーベル委員会の殊勲と申し上げておこう。
 さて、地球の「裏側」のチリでは、鉱山の落盤事故で地下に取り残されている33人の作業員の救出作業が、日本時間の今日のお昼頃から始まる。当初、クリスマス頃になりそうとの見通しだったが、国家挙げて懸命の努力で救出用トンネルを貫通させ、その補強工事も完了したようだ。その結果、その当初の目標期日を大幅の短縮に成功し、順調に今日救出に成功すると、69日ぶりの生還となる。この救出の模様は、世界が注目しており、日本でも、地球の裏側からの生中継に、多くの視聴者が惹きつけられるだろう。
 裏の話にも、感動を呼ぶ話題も少なからず存在する。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時半起床。体重、61.0Kg. お天気は悪くはなさそう。
 昨日の雅子だが、このところ高熱が続いていて心配していたが、この日、血液検査、CT検査などの結果、肺炎が再発していることが確認された。
 昨年の6月21日に入院した際と同じ状態に戻ったのである。酸素の供給、抗生物質の点滴など、また多くのチューブによる治療が行なわれることになった。雅子には、再び、辛い、厳しい闘いの再開である。

3.連載、難病との闘い(1362) 第五部 どこまで続くこの苦闘(139)
  第三章(最終章) 童謡・唱歌を唄う(5)

 ごく最近まで間違って覚えていた歌が他にもあった。いずれも有名な童謡と唱歌である。
 一つは童謡の「雪」で、正しくは「雪はこんこ/霰やこんこ」なのだが、それを「雪やこんこん/霰やこんこん」とてっきり思い込んで唄っていた。つい最近まで疑うことは全くなかった。
 唱歌の「仰げば尊し」でも同様な間違いがあった。それは、その一番の三節目である。つい最近まで、「思えばいととし(愛年)/この年月」というイメージでしっかり記憶していたのだが、今回の車椅子の散歩でのレッスンで、それが「思えばいと疾し/この年月」だったと知って、少々恥ずかしさを覚えたのだった。
 この他にも、冗談半分の笑い話だが、「かあさんのうた」の冒頭で、「母さんは夜なべをして」を「母さんは夜鍋をして」なんてふざけていたことがあったし、蛍の光では、真面目に歌詞をよく理解せずに、完全に間違って唄っていた箇所があった。それは最後の節で「明けてぞ、今朝は」と唄うべきところを、意味も分からないまま「明けて、ぞけさは」と繋げて唄い、「ぞけさ」という言葉があると思いこんでいた時代があった。これまた恥ずかしい話である。
 そんな話を織り交ぜて、雅子に唄ってやるのだが、彼女は本当にどの程度わかってくれているのかははっきりしない。むしろ、一考が自分が発散することで、楽しんでいただけかも知れない。
 さて、全く気がつかず、認識していなかった歌詞としては、「蛍の光」で、それに3番、4番があることさえ知らなかった。参考の意味で、その4番の歌詞を引用する。
 「千島のおくも おきなわも/やしまのうちのまもりなり/いたらんくにに いさおしく/つとめよわがせ つつがなく」
 こんなにはっきりと国境を歌に織り込んでいるとは思わなかったのである。そう言う意味では貴重な歌詞である。なお、この冒頭の部分は、時代ごとに書き換えられていたという。この表現では、ロシアとの間で、千島、樺太交換条約が成立した1875年の頃の作詞だそうだ。
 今、まさに、国境が話題である。とくに、つい最近は尖閣諸島に領海侵犯事件があって、中国ともめている。一層のこと、この4番の歌詞に、尖閣諸島が入っていれば随分と面白いと思った。(以下、明日に続く)

1396 試金石

 本来の意味はさて置いて、要するに、試し打ち、つまり、力量を確認、把握するための行為、舞台のことで、一言で言えば、トライアルだ。事前の予備対応ということで、必要なケースは多いのだが、中には、命に関わるような、やってはならない試金石もある。

1.独り言コラム
 駅伝シーズンの幕開けだ。昨日行なわれた出雲大学駅伝では、14年ぶりに早稲田大学が優勝した。2004年にかつてのエースだった渡辺康幸氏が監督に就任してから、待ちに待っていた初優勝である。充分な人材を有しながら長い間、ずっと勝てなかったことで、筆者は、同氏の監督手腕に疑問を持っていた一人である。しかし、今年は、監督自らが3冠(出雲、全日本、箱根)を宣言しており、この出雲駅伝は、その試金石だった訳だ。早稲田には、ここ1~2年で、高校の名門の西脇工、佐久長聖などから有望な新人が多く入っていて、人材は充分に揃っている。果たして、宣言通り3冠なるか、興味深い。
 新監督の試金石ということでは、先日のキリンカップで、強敵のアルゼンチンとの第一戦で見事な勝ちを収めたサッカーのザッケロー二監督だ。今日は、このところ2連敗している宿敵、韓国と戦う。試金石で勝った勢いで、是非とも、この宿敵を破って欲しい。
 昨日、将棋界で、清水市代女流王将がコンピューターと対戦するイベントがあった。しかし、清水王将の健闘空しく、コンピューターが快勝した。2年ほど前に同様な企画があって、その時には渡辺竜王が挑戦し、堂々と勝利を得ていたのだが、今回は遂に、コンピューターに初勝利を与えた。
 コンピューターにとっては貴重な試金石だったと思うが、正直な話だが、今の清水王将は、かつての最盛期の清水さんに比べると大分劣っていて、強くなっているコンピューターの相手としては、少し軽すぎたのではなかろうか。羽生名人、渡辺竜王、久保王将、或いは、最近タイトルを取った広瀬王位辺りの男性タイトル保持者らはともかくとしても、少なくとも、女流のトップの里美香菜女流名人、若しくは甲斐智美女流王位辺りが対局すべきでなかったろうか。少し不満が残る対局組み合わせだった。
 ところで、尖閣諸島沖での今回の中国漁船(漁船ではないという見方あり)の衝突事件は、中国が日米安保の実態を試すために故意に仕掛けて、ぶつかったとする見方がある。しかし、その結果、アメリカが、尖閣は日米安保の対象内だと宣言したことで、中国にとっては、やぶ蛇で、取り敢えずは、作戦変更を余儀なくされたようだ。加えて、この事件に関連しての中国の執ったレア・アースの輸出制限、フジタの社員の拘束は、自由貿易問題、人権問題で世界からの大ブーイングの対象になった。これは、中国にとっては、思わぬ誤算だったと思う。目下、その関係の修復対応が執られ始めているが、領土問題を試金石にした中国の大胆な対応が、手痛いしっぺ返しを受けているのである。また、劉暁波氏へのノーベル賞の授与という大きなおまけもあって、中国はその対応に苦しんでいるようだ。筆者も、少し、溜飲が下がる思いである。
 試金石の悪用は許されない。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時40分起床。体重、60.9Kg. 今日も、お天気は良さそう。
 昨日の雅子も熱で寝たきりの一日だった。午後には熱は戻ったが、このところ、このパターンの繰り返しである。何か、厄介なことが起きているのではとの心配もある。しかし、顔つきは、それほどの苦痛に見えないので救われている。 

3.連載、難病との闘い(1361) 第五部 どこまで続くこの苦闘(138)
  第三章(最終章) 童謡・唱歌を唄う(4)

 こうして、歌詞を改めて覚えてゆくにつれて、自分がかつて誤まって覚えていた歌詞の部分を発見して、苦笑いしたことが幾つかあった。小さい頃は、如何にいい加減な歌詞の覚え方をしていたかで、改めて愕然とするのだった。
 その種の代表的な事例は、誰もが知っている童謡「故郷」の中にある歌詞の冒頭の一節「うさぎ追いしかの山」という一節だ。これを昔は「うさぎ美味しかの山」と歌っていたのではなかったろうか。笑い話に出て来る事例だが、うっかりとそう思っていた人も少なくないだろう。一考も子供の頃は、間違って唄っていたかもしれない。
 非常に分かり易い事例なので、代表事例として取り上げたが、これに良く似た間違いをこの散歩を通じて、改めて幾つか発見したので、紹介しておこうと思う。昔は、意味はともかく言葉面だけを耳にして歌っていたので、とんでもない間違いをしていたことに気付いてびっくりである。
 まずは「どんぐり」である。この歌は、ずっと「どんぐりころころ、どんぐりこ」と唄ってきていた。しかし、正しくは、「どんぐりころころ、どんぶりこ」である。確かに、「お池にはまって、さあ大変」だから、「どんぶりこ」と水の中に入ってしまったという意味で納得だ。
 次は「港」である。この歌は「空も港も夜は晴れて/月に数ます船のかげ」なのだが、一考は今までは、てっきり「空も港も夜は晴れて/月に霞ます船のかげ」と思って唄っていた。言われて見ると、「なるほど」である。
 三木露風の名作「赤とんぼ」でも一時は誤まって唄っていた頃があったのではと思う。それは、二行目の歌詞の部分だ。正しくは「夕やけ小やけの赤とんぼ/負われて見たのは何時の日か」をうっかりと誤解して「夕やけ小やけの赤とんぼ/追われて見たのは何時の日か」と記憶していたことがあったように思う。昔の幼い頃の話だ。文字を見ずに音声だけに頼って唄っているとそんな間違いの落し穴に落っこちるのである。(以下、明日に続く)

1395 不評

 評判なんて、気にすることはないと言いながらも、無視できないのが評判だ。当人にとっては、やはり、好評の方が不評より良いに決まっている。支持率、視聴率が話題になるのも、皆が評判を気にしている証である。

1.独り言コラム
 北朝鮮で金日正総書記の後継者である金正恩のお披露目が大掛かりに行われた。珍しくメディアにオープンしての大々的なセレモニーで、世界にその息子を後継者に指名したアピールを背伸びして行なった。国民の大半が飢えているという貧困の国家で、表紙だけは煌びやか形を整えている犯罪国家の対応は、筆者には極めて不評である。そのパレードの模様を、日本のテレビ局のアナウンサーが絶叫して伝えているのが馬鹿馬鹿しく、凄く違和感を覚えた。金正恩次期指導者は、親父と同じ手の叩き方で式に臨んでいたが、そんな手の叩き方も練習して身につけたのだろう。これまた、馬鹿馬鹿しい話しだ。世に言う、三代目がこにを壊すことになるのではないか。こんな国家は、決して長持ちさせてはいけない。
 いずれにしても、国のトップを世襲で三代目に繋ぐ訳で、そんな対応は、もう限界が来ているはずだ。金王朝の未来に明日が来るのだろうか。筆者は悲観的に見ている。
 さて、ここに来て、菅内閣の支持率は大幅に下落している。何といっても、尖閣諸島事件で逮捕した船長の釈放という対応が、如何にもまずく不評を買ったことが効いている。改造内閣成立後、表面上は上がったり、下がったりの支持率だが、上がった際の理由が、反小沢が受けた時だけで、実質的な政策が受けた訳ではない。根無し草のようで、これでは長持ちしない。
 昨日の午後に放映された読売テレビの「そこまで言って委員会」では、菅内閣の不評3人として、仙谷官房長官、前原誠司外相、それに蓮舫行政改革相が取り上げられていた。筆者の好きな前原誠司氏も、今回の尖閣問題での対応は不評だったようで、少しがっかりである。
 話が飛ぶが、そう言えば、もう一人の「誠司」も不評のようだ。関東を制圧するという意気込みで東京に乗り込んだ関西の人気キャスターの宮根誠司氏だったが、目下、フジテレビで放映中の日曜夜の「Mr,サンデー」は、不評のようだ。視聴率でも、かろうじて10%といった辺りで大変苦戦しているという。鳴り物入りで取り上げられた滝川クリステルとのコンビも、どうやら不発である。どう見ても、番組の企画が良くない。滝川クリステルのいい面が生かされていない。このままでは、半年後の編成時で番組終了ということになりそうだ。さあ、持ちこたえられるだろうか。
 パ・リーグのクライマックスシリーズで、2位の西武が3位のロッテに敗れ去った。投手起用に誤算があったと言うことの様だが、それにしても、ロッテの土壇場での頑張りは凄かった。西武の渡辺久信監督は投手出身なのに、その投手起用での采配に問題があったようだ。特に、1回戦の4点をリードした9回に、エースの涌井を代えたのは、大変な不評のようだ。
 女優の広末涼子が、キャンドルアーティストのジュンさんとの二度目の結婚を発表した。その一方で、歌手の安室奈美恵さんとロンドンブーツの田村淳氏との結婚話が急転、破談になったという。この広末と安室の二人の女性は、筆者には極めて不評だ。男に対する姿勢が、あまりにも軽率過ぎるようで、気に入らない嫌いな二人である。とにかく、男を次から次へと取っ替えると言う軽率なイメージが頂けない。
 とにかく、今の世の中には不満なことが多過ぎる。言ってみれば、不評を口にすることで、不満の解消をしているのだろう。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時20分起床。体重、60.8Kg. 今日の天気は良いと言う予報だ。
 昨日の雅子も熱に悩まされた一日だった。従って、ここ8日間、散歩は中止している。気の毒だが寝たきりだ。幸い、顔の表情は、それほど苦しそうでないので救われている。珍しく、一考のジョークに小さく「プッ」と噴出して笑ってくれた。この笑い方は、久し振りだった。

3.連載、難病との闘い(1360) 第五部 どこまで続くこの苦闘(137)
  第三章(最終章) 童謡・唱歌を唄う(3)

 本を買って、最初に本格的に覚えようとした歌が「朧月夜」だった。最近のテレビのコマーシャルで、2番の部分を使っているのをよく耳にしていて、その何とも言えない郷愁が気に入っていたからである。筆者が惹かれたその2番の歌詞を引用する。
 「里わの火影も/森の色も/田中の小路を/たどる人も/蛙のなくねも./鐘の音も/さながら霞める/朧月夜」
 この中で「里わ」とか「さながら」といった軟らかい表現が、何となく一考の心に沁みるのだった。
 その後、車椅子での散歩を続ける中で、一考は少しずつレパートリーを増やしていった。9月末ばまでにマスターした曲は「朧月夜」を始め「早春賦」「冬景色」「海」「みかんの花咲く丘」「紅葉」「故郷」「里の秋」「港」「仰げば尊し」「花」「浜辺の歌」「月の砂漠」「若者たち」などの多くに及んでいる。それに例外だが、一曲だけ流行歌で美空ひばりが歌った「越後獅子の歌」もレパートリーに加えた。これらについては、ともかくも、歌詞を全て記憶したつもりである。その時の気分で、頭に浮んだ好きな歌を歌って散歩するのである。そして、その後も、新たな数多くの曲に挑戦中だが、まだ、歌詞がうろ覚えの状態である。
 ところで、その買い求めた歌集にある219曲の中で、どれだけの歌を知っている数えてみた。結果は次表の通りである。

       歌える   完全には   歌えない   合計
             歌えない
   童謡   72      16    35     123
   唱歌   67      11    19      97
   合計  139      27    54     220

 なお、この上表には唱歌「海」はその本には記載されていないが、好きな歌なので、歌える歌に追加してある。但し、流行歌の「越後獅子の歌」は、この表の数字には含まれていない。
 こうして見ると、意外に多くの歌を知っていることに、我ながら驚くのである。さあ、雅子はどんな気持ちで散歩の時間を過ごしてくれているのか、はっきりしないまま、強引に一考のペースで散歩に付き合わせているのである。(以下、明日に続く)

1394 メッセージ

 首脳が行う声明、コメント、或いはインタビューへの返答は、その課題へのメッセージを凝縮したものであり、そこには、計算された、思惑、意図、そして、そのインパクトなどが、コンパクトに込められた演出されたメッセージである。

1.独り言コラム
 ノルウェーのノーベル委員会が選んだ今年の平和賞が、中国に鋭いメッセージの一弾を打ち込んだ。共産党一党支配への民主化を呼びかける思い切った一弾で、世界にも大きなインパクトを与えている。
 それに対し、米国のオバマ大統領は「劉暁波氏のノーベル賞受賞を歓迎する」との声明を発表した。同時に、劉氏について「万国共通の価値を平和的に推進する勇気あるスポークスマンだ」と称賛し、劉氏の一刻も早い釈放を中国政府に訴えた。
 一方、フランスも、クシュネル外相が8日声明を発表し、「フランスは何度も劉氏の釈放を呼び掛けてきた。今後もこの呼び掛けを繰り返す」と述べ、改めて中国政府に劉氏を釈放するよう要求した。
 これに対し日本の菅総理は、「普遍的価値である人権について、ノルウェーのノーベル賞委員会がそういう評価をし、メッセージを込めて賞を出した。そのことをしっかりと受け止めておきたい」とコメントした。比べてみると、その差が歴然だ。今、中国とややこしい関係にあるから、菅総理には、思い切って踏み込めなかったということなのだろう。それにしても、その迫力のなさ、つまらなさにがっかりである。
 一言一言に込められたメーッセージの強さこそ、駆け引きの大きなポイントだ。しかし、そのやわい菅総理のコメントの成果(?)があって、中国は、このタイミングで、拘束していたフジタの最後の一人の社員、高橋定さんを釈放した。これに関しても、恐らく、水面下でいろんなやり取りがあったのだろう。例えば、衝突事件のビデオの扱いが対象となり、公開しないという約束をさせられたのではなかろうか。そんな弱腰だけは避けて欲しいと願っているのだが、…。
 ところで、前総務相の原口一博氏を団長とする超党派の4人が、昨日尖閣諸島を上空から視察した。これもこのタイミングで行なったことに意味がある。先の総務大臣の際には、郵政改革などの扱いでがっかりさせられた原口氏だったが、今回の尖閣諸島視察は、よくやったと思う。少し見直してやろう。
 G7で野田財務相が日本の立場を説明し、一定の理解を得たという。何となく見映えが無骨そうな大臣なので、その影響力が心配だったが、先ずはその責任を果たしたといえそうだ。今後の為替対応の駆け引きが注目される。
 ところで、強制起訴を受けた小沢一郎氏が離党も辞職もしないとインタビューに答えた。民主党はどう対応するのだろうか。もしも、そんなことで小沢一郎氏が居座ることになれば、日本の政治史に悪しき前例を作ることになる。菅総理は思いきった決断が必要だろう。
 プロ野球のクライマックスシリーズが始まったが、昨日の第一戦は、土壇場でロッテが大差を追いつくという何とも凄いゲームが展開され、結局、そのロッテが勝って王手をかけた。駆け引きを超越した熱戦、乱戦でファンは大喜びだったろう。日本一が掛かっている戦いだから、両チームの選手がこのように燃えるのはよく分かる。
 それに対して、先日のセ・リーグの2位、3位を決めた、阪神―横浜、巨人―やクルトの2試合での横浜、ヤクルトの戦いぶりには、びっくりだった。横浜、ヤクルトは、勝っても、負けてもどっちでもよかった二チームだったのだが、その二チームが、粘って勝つと言うところが、この世界では珍しい展開で、思わぬ悲喜こもごもの棚ぼた劇を演出したのだった。いずれにしても、野球の面白さを、ここに来て改めて見せてくれている。因みに、この世界での、駆け引きは、政治の世界のそれに比べれば、極めて単純で分かり易い。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時40分起床。体重、60.4Kg.(このところ、徐々に減少している)朝風呂を浴びる。雨は上がっているが、お天気は今一つのようだ。
 昨日の雅子は、はやり熱が下がらず、クーリングの一日だった。散歩も取り止めた。これで、4日間連続寝たきりだ。少し、心配。それでも、何回か目を開けて一考の顔を見つめてくれていた。

3.連載、難病との闘い(1359) 第五部 どこまで続くこの苦闘(136)
  第三章(最終章) 童謡・唱歌を唄う(2)

 買った本には、219曲の童謡・唱歌が収録されていた。購入当初は、あまり意識しなかったのだが、その内に、童謡(123)と唱歌(96)に大別されている目次の曲目を見ながら、この区別は何なんだろうという単純な疑問にぶつかった。早速、いろいろと通常の辞書などで調べてみたが、その区別については適切な説明がなく、今一つはっきりしなかった。
 仕方なく、インターネントで調べてみた。すると、そこには、学校で教える対象になっているのが唱歌で、それ以外で、わらべ歌を除いたものが童謡だという説明があった。なるほどと思う一方で、学校で教える対象の歌は誰が決めるのか、という疑問もあって、今一つその区別にははっきりしない一面があると思った。
 いずれにしても、一考は、この種の幼い頃に唄った歌が、理屈抜きにとても気に入っていた、独特の郷愁があり、温かみ、懐かしさなどが、昔のことを思い出させ、一考の心を揺するのだった。そして、それらを歌い始めてゆくに連れて、次第に一考を虜にし始めていったのである。
 正直な話し、間もなく古希を迎える年になって、一考は、童謡、唱歌の良さを再認識することになろうとは思ってもいないことだった。こうして、一考は、気に入った歌の歌詞を、この際しっかりと覚え直してみようと思うのだった。
 車椅子を押しながら、本格的に童謡・唱歌を歌い始めたことは、一考にはとても素敵な時間を過ごせるということで楽しいのだが、車椅子に乗って聞かされている雅子がどんな気持ちでいるかについては、正直言って、よく分からなかった。何事も良い方に解釈しておこうということで、独断的に雅子もそんな歌を聞いて、かつての良き頃を思い出してくれるのではと思うのだった。実際、散歩の途中で、何回か雅子の様子を確認してみるのだが、止めてくれといったような顔ではないと決め付けていた。そして、時には、自分が感じていると同様に込み上げてくる郷愁を同様に感じてくれているのではと独断的に解釈するのだった。(以下、明日に続く)

1393 痛快、各々がよく頑張っている!

 思わぬ結果が、梃子摺っていた問題に、思わぬ痛快な答えを出してくれることがある。世の中、何が起きるか分からない。諦めるのは最後の最後だ。

1.独り言コラム
 今年のノーベル平和賞は、中国の民主化活動に貢献している劉暁波氏が選ばれた。
 筆者は初めて知ったのだが、選考は「物理学賞」、「化学賞」、「経済学賞」の3部門についてはスウェーデン王立科学アカデミーが、「生理学・医学賞」はカロリンスカ研究所が、「平和賞」はノルウェー・ノーベル委員会が、「文学賞」はスウェーデン・アカデミーがそれぞれ行っているというのである。
 そういうことで、今回の平和賞選考に対しては、事前に中国政府から、そのノーベル委員会があるノルウェー政府に、若しも選んだら、両国関係を損なうだろうといった政治介入があったという。それでも委員会は、その劉暁波氏を選んだ。よくやったと言いたい。
 劉暁波氏は1989年の天安門事件の中国の民主化を訴えた活動家で、その後も08憲章を発表して民主化を呼びかけて来た人物である、中国は自国の平和を侵し、国家転覆を図ろうとする犯罪人として逮捕、起訴し、懲役11年の刑を課した。本人は目下、遼寧省の刑務所で服役中と言う。
 そう言う意味では、ノルウェーのノーベル賞選考委員会は、なかなか味のある選考を決行したといえる。中国を苛めるには、この種の中国共産党一党支配を揺さぶることにあるが、下手すると内政干渉になる訳で、日本が直ぐに執れる対応策ではなさそうだ。尖閣諸島問題で、世界から批判を浴びている中国には痛いパンチのようで、日本にとっては痛快極まる選考だったといえよう。よくやった! ノルウェーのノーベル委員会である。
 さて、話変わって、あれほど追い詰めながら、最後の大事なところで勝ち星が奪えなかった阪神に、思わぬ朗報が転がり込んできた。当面の敵である巨人軍がヤクルトに、信じられない逆転負けを食らったために、諦めていた2位確保ができたのである。棚ぼた、と言うよりも奇跡に近いヤクルトの頑張りによるプレゼントだった。
 この試合、9回の2アウトまで巨人軍が勝っていて、しかも、エースのクルーンが投げていた。勝利はもうそこにあった。しかし、粘った畠山選手の当たりがセンター前に転がって、土壇場で同点に持ち込んだ。しかし、その裏に、巨人軍は一死満塁という、絶好のさよならのチャンスを迎えたのだが、ここで、今年活躍した長野、脇谷の二人が凡退して延長戦にもつれ込んだ。そして、その直後にヤクルに3ランが出るという、信じられないヤクルトの勝利だった。阪神ファンは、「よくやった!ヤクルト」と叫び、万歳をしていただろう。これで、来週に甲子園で阪神―巨人のクライマックスシリーズファーストステージが行なわれる。なかなか面白い展開だ。
 落盤事故で生き埋めになっている33人の救出作業が当初の見通しよりも早いペースで進んでいて、早ければ、数日後に、最初の救出が可能だと云う。チリ政府も、命を救うという大命題に智恵、技術を総動員して、よく頑張っているといえよう。あと一息だ。33人を含めた関係者全員に頑張って欲しい。
 国会では代表質問が終ったが、野党が攻勢で菅総理もその顔を窺いながら、役人の書いた答弁書を繰り返し読んでいる。菅さんらしくない低姿勢だ。しかし、野党も阪神と同じで、ここぞというところで決め手となる一発が出ない。何か棚ぼたでも出て欲しいと思っていたら、あの仕分け人の蓮舫氏が芸能人並みのファッションの宣伝に国会を舞台として使ったというスキャンダルが報じられた。追及したのが自民党の片山さつきさんだけに、今一つ迫力に欠けていたようだ。
 サッカーの日本の新チームが強豪アルゼンチンを破ると言う金星を上げた。ザック新監督の面目躍如である。岡崎選手の一弾も良かったが、これを皆で頑張って死守した。お見事な勝利だった。
 先週の日本女子オープンで初優勝を果たした宮里美香さんが、その好調を維持していて、今週も頑張っている。今朝の二日目では、5連続バーディを含む7バーディを出して、14番を終って、トータルー10で、単独3位と頑張っている。凄い!!

 
2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時20分起床。体重、60.6Kg。今、雨は上がってはいるが、今日の天気はよくなさそう。
 昨日の雅子は、一日を通じて熱があった。37度台だったが、なかなか下がらなかった。そのため、この日も散歩は見送った。夕方になって薄目を開けてくれるようになったが、少し疲労が溜まっているようだ。

3.連載、難病との闘い(1358) 第五部 どこまで続くこの苦闘(135)
  第三章(最終章) 童謡・唱歌を唄う(1)

 この連載を始めて、大雑把に言ってほぼ3年である。書き始めた頃は、雅子もまだ自分で歩いていたし、お話も充分に出来た。それから、千数百日間の症状の悪化は、想定外の酷い進み方で、雅子の症状は大きく変わり、今ではほぼ寝たきりの生活に追い込まれつつある。
 その間の病気の進捗状況をつぶさに捉えてきたこの連載だったが、ここに来て、進行はまだ続いているものの、来るべきところまで来てしまった感があって、今や手詰まり状態にある。
 急な話だが、連載内容にもマンネリ化が見られることからも、ここで一旦連載を中断することにした。従って、本章がこの長編連載の最終章となる。長い間、目を通して頂いている方々には、厚く御礼申し上げる次第です。有難うございます。
 
 さて、お話を戻します。本格的にリクライニング付きの車椅子を使っての散歩を再開したのは、褥瘡がほぼ治った6月半ばからのことである。M先生のお墨付きを頂いた新しいクッションをつけて、お尻に余計な負担を与えないように配慮しての散歩で、大体は1時間を目安に歩き回るのである。少なくとも、一日中ベッドで脚を九の字に折り曲げて横たわっていることを考えると、車椅子で真っ直ぐ脚を伸ばしていること自体に意義のある散歩だと言えた。
 最初の頃は、散歩と言っても何処を回ればいいのか、これと言った決まったコースもなく、ただその日の思い付きで、あちこちと適当に回っていた。しかし、半月もすると、自ずからある自然なコースが定まって来るようになっていた。しかし、どちらかと言えば、館内にウエイトを置いたコースを繰り返し回っていたように思う。
 しかし、間もなく、梅雨も終り夏場を迎えて来ると、雅子の健康上のことを考えて、お天気のいい日には、館外のコースを取り入れ始め、次第にそのウエイトも半分以上に増加したコースが定着していった。
 幸いだったのは、この病院の隣りに、今はテナント募集になっているが、雑貨屋さんだった大きなビルがあって、そこの駐車場だった広いスペースが空いていて、そこを使わせてもらうことで、安全な散歩コースの確保が可能となった。そこは、午後には、病院の建物の影になる部分が出来て、しかも、適当な風も吹いてくれることが多く、今や、絶好の散歩のスペースを提供してくれている。一考は、雅子が外気に直接触れることでの皮膚の鍛えになるだろうとの配慮で、そのスペースでの時間を使うことに意義を見出していた。
 ところで、車椅子を押しての散歩だが、初めのうちは、いろいろな話をしてやりながら車椅子を押していたが、その内に、何気なく歌を口ずさみながらコースを巡り始めたのである。広いスペースで誰も人がいないこともあって、他人には迷惑を及ぼさないことから、自然にそこで声を出しながら歌い始めたのである。その場合に、口を突いて出て来る歌が、幼い頃に馴染んだ童謡、唱歌が多かった。しかし、残念ながら、それらの歌の歌詞が思い出せず、少し覚えている部分を、壊れたテープレコーダーがエンドレスに回っているように、繰り返して唄っていた。いい加減ンな記憶だったことから、2番や3番の歌詞が入り乱れて出て来るようなお粗末さで、まともに最後まで唄える歌はほとんどなかったのである。そこで、或る日、本屋に行った際に、童謡、唱歌の本を買い求めた。そんなことが切っ掛けで、昔懐かしい童謡・唱歌を歌い始めたのだった。(以下、明日に続く)

1392 親分

 現代でいう「親分」は、部下や仲間には心優しく、言うべきことははっきり言って、強い指導力を有している人を指すのではなかろうか。

1.独り言コラム
 大沢啓二親分が亡くなった。TBSの日曜の朝の「サンデーモーニング」でのスポーツコーナーで、張本勲さんとのコンビで「喝!」「天晴れ!」といった独善的な評価を下す掛け合いが、このコーナーの人気だった。しかし、大沢親分も、残念ながら胆嚢癌という難敵には勝てなかった。恐らく、自らの死に「喝!」と言って亡くなられたのではなかろうか。ファンは惜しみなく「天晴れ!」の言葉を連発したのではなかろうか。ご冥福をお祈りします。
 親分といえば、マルボウの世界の話しは別として、今の世の中では、一般的には自分の上司を指す程度の親しい意味で使われいて、これはと思う具体的な人はなかなか思いつかない。敢えてピックアップすれば、やはりの小沢一郎氏が該当するのではなかろうか。
 そのご本人は、自らの資金団体のお金の問題で、検察審査会で、遂に強制起訴されたのだが、昨日の会見で、離党も議員辞職もしないと強気の発言だった。特に「検察から無罪のお墨付きをもらった」と開き直っていたのは頂けない。検察としては、疑いは大きいが、犯罪の証拠が掴めなかったから起訴しなかっただけなので、疑いが晴れたと言うことではない。間違った解釈をしてもらったら困る。
 さて、日本の親分といえば、やはり、総理大臣だろう。しかし、今の菅直人総理は、この小沢一郎氏の扱いに梃子摺り、一目置いた形で接しているところに弱さがある。そういう意味では指導力に欠けている親分と言われても仕方ないだろう。
 昨日の阪神は、売りものの打線が振るわず、自力での2位確保はならなかった。何回もチャンスがあったが、そこでの一本が出なかった。要するに、「ここだ!」という勝負で勝てない弱さがある。親分的な強い指導者がいないということかもしれない。
 そういえば、あの阪神のゼネラルマネージャーである星野仙一氏が楽天チームの監督という話が進んでいるようだ。阪神の時と同様に、野村克也氏が下地を作ったチームに花を咲かせる役目を受け持つ形になるが、果たして、親分としての役割を果たせるかどうかだが、筆者には、あまり興味は湧いてこない。
 出でよ! 魅力ある親分、である。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 5時起床。(寝過ぎた!)体重、60.7Kg。今は晴れているが、天気は下り坂だという。
 昨日の雅子は朝から熱が38.4度もあって大変だったが、午後には平熱に戻っていた。血液検査、レントゲンなどの検査が行なわれたが、炎症が出ている訳ではなさそうだった。散歩も取り止めた。暫くは様子を見たい。

3.連載、難病との闘い(1357) 第五部 どこまで続くこの苦闘(134)
  第三章 2110年の暑い夏(15)
  (2)雅子の真意に迫る(7)
 症状が一進一退を繰り返しながら、全体の流れは症状が悪化の方向に進んでいることは確かだった。それは、まさに進行性の病気であるといわれる典型的なパターンだと言えた。そういう観点からも、一考は、ここに来て、呼びかけに対する反応が乏しくなって来ていることを気にしていた。従って、その翌朝は、一考は期待と不安の交錯する気持ちで病院を訪れた。
 ぱっと見た目には落ち着いた雅子の様子があったが、呼び掛けには、相変わらず反応を見せず、また目もなかなか開けてはくれなかった。10時過ぎの午前中の定期検査では、血圧は、いつもの高い方のレベルで110前後あり、比較的反応性がよい方向にあると期待されたが、この日の雅子は、ほとんど眠ったままの状態だった。一考は繰り返し一生懸命に声を掛けてみたが変わりはしなかった。今まで、血圧が高ければ反応がいいと一義的には理解していたが、この日の結果から、どうやら、血圧とは必ずしも直線的な関係はなかったのではと思うようになっていた。
 それでも、午後になると、少し様子が違って来ていて、少し目を開けてくれるようになっていた。一考は、ほっとして雅子に「よく頑張っているよ」と声を掛けてやるのだった。
 その翌日も同様なパターンだった。午後になると目を開けてくれるのであった。しかも、それは、一生懸命になって目を開けてくれているようで、一考は嬉しくなって繰り返しお礼を言うのだった。「ありがとう。随分と頑張ってくれているのね!」
 一考の観察では、雅子が本当に懸命になって目を開けてくれているのが手に取るように分かった。目を開けるのに相当なエネルギーが必要なようで、朝方にはその作業が大変なようだと考えられた。それでも、雅子にしてみれば、自分が目を開ければ、一考が喜んでくれるのを知って、何とか喜こんでもらおうと、懸命に頑張っているようだった。
 パーキンソン病の症状の悪化が進んでいて、目を開けるのも大変になっている苦しい闘いの中で、一考を少しでも安心させ、喜ばしてあげようと言う雅子の気持が痛いほど理解でき、その健気さ、いじらしさを思うのだった。このことは、今の時点では、雅子の頭はしっかりと稼働していること、判断力もきちんと作動している証でもあって、一考の抱いているもう一つの不安を解消してくれていた。
 これからも、そんな努力を続けながら、雅子はしっかりと頑張って生きて行ってくれるだろう。一考は密かにそう思いながら、大きくため息をつくのだった。(この章は今回で終了し、明日からは、第五部、第三章(最終章)、童謡・唱歌を唄う を連載します。)

1391 二人の快挙vs元上司の無念

 二人がノーベル化学賞を同時受賞と云う快挙に、改めて日本の科学分野の底力の凄さを思う。中国、韓国は、この快挙をどう受け取っているか。そこには、領土問題も吹き飛ばせる凄さがある。

1.独り言コラム
 昨夕7時前に、テレビを見ていたらビックニュースが飛び込んで来た。北海道大学の名誉教授の鈴木章氏とパデュー大学教授の根岸英一氏のお二人がノーベル化学賞に選ばれたと言う快挙の速報だった。前々日に、医学・生理学賞に期待されていた山中伸弥教授の受賞が見送られたことで、今年は駄目なのかと思われていただけに、想定外の朗報である。化学賞はこのお二人で7人目だという。
 パラデジウム触媒を使ったカップリングと呼ばれる有機合成反応の秀逸さが世界に認められたと言うのである。そこで、筆者の頭にぱっと浮んだのが、我が人生の最初の上司だった辻二郎先生のことだった。昭和38年に筆者が東レの基礎研究所に配属された際の上司が、大学の大先輩の辻二郎先生で、それから3年半、パラジウム触媒を使っての合成反応に取り組ませてもらった。(このことについては、このブログの828回目に、シリーズ「忘れえぬ人」で取り上げているので、ご参照頂ければ幸いである)
 筆者が辻研究室に入った頃は、パラジウムによる不飽和結合への一酸化炭素の付加反応が主体だったが、その後、今回の受賞の対象となった分野にも研究を拡大され、2004年には、この鈴木章さんと一緒に「パラジウム触媒を活用する新有機合成反応の研究」の貢献で、日本学士院賞を受賞されている。
 この受賞を記念しての仲間が集まって、辻先生の祝賀会を持ったが、その盛り上がった会の終わりに、「次はストックホルムで会いましょう」と言って別れた日のことを昨日のように思い出した。しかし、残念なことに、今回のその大事な選考から惜しくも外れたことに、元部下として、「何故だ!」と言いたいくらいの無念の極みである。
 この世界にも、運・不運があるのは止むを得ないとしても、それがまさか自分達のごく身近で、不運の形で受け止めざるを得ないのは、辛く、これ以上ない悔しいの一言です。
 それはそれとして、今回受賞されたお二人には、心からおめでとうを申し上げたい。
 改めて、辻二郎先生。今回は本当に残念でした。お力落としのことでしょうが、持ち前の明るさで乗り切って下さい。ハーバード大学でなく、先生もパデュー大学だったら、なんて素人は考えてしまいます。とにかく、まだまだ、闘志はご健在だと思います。先生の無限の夢は、国境のない世界を駆け巡っていることでしょう。
 いずれにしても、かつて、そんな素晴らしい研究の一端に携わらせて頂いたことを、改めて誇りに思っています。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時10分起床。体重、60.9Kg. 朝風呂。予報では、お天気は良さそう。
 昨日の雅子は、案の定、一考が帰った後、発熱や痰で大変だったようだ。一時は38.4度まで体温が上がったという。クーリング、座薬で対応してもらったようだが、朝でも、38.1度と高かった。それでも、午後になって37.1度に下がったことでほっと一息だった。そういうことで、この日の散歩は中止した。

3.連載、難病との闘い(1356) 第五部 どこまで続くこの苦闘(133)
  第三章 2110年の暑い夏(14)
  (2)雅子の真意に迫る(6)
 ここに来て少し気になり始めていたことがある。一考の母親の98歳の誕生日の9月23日に、それを強く意識することになったのは、やはり皮肉な結果だと言えた。この日の午後、いつものように車椅子での散歩していたが、朝からの雨がまだ少し残っていて、止むを得ず、館内のあちこちを回っていた。玄関ロビーの裏口に近い方に置いてある大型のテレビの前で、始まったばかりの阪神―中日戦の最後の決戦に視線を投げ掛けたちょうどその時だった。裏口から、雅子の実兄の祐一さんと香子さんが入って来られて、車椅子の雅子を見つけて声を掛けてくれたのである。
 実兄の祐一さんご夫婦は、ずっと一ヶ月に一度のペースで見舞いに来て頂いている。木曜日の午後にお見えになることが多く、この日も顔を出して頂いたのだ。血の繋がった身内の方がお見えになると、目をいっぱいに大きく開けて見てくれるのが、それまでの雅子の歓迎のスタイルだったが、この日は、残念ながら、その大きな眼が見られず、細い目を開けるのが精いっぱいの雅子の挨拶だった。
 一考は、その雅子の様子から、どうやら、雅子は目を大きく見開いてどんぐり目にするのが、出来難くなって来ているように思えたのである。つまり、これは、雅子の症状が、更に悪化へと変化をし始めているという不安に繋がっていた。
 正直に言えば、雅子の今後に関して、一考には二つの大きな不安を持っている。一つが、寝たきり生活に入ってしまうこと、今一つが、頭の理解力に不具合が生じることだった。ここに来て、目が大きく開けられなくなって来ている実情を見るとき、雅子の病状が更に悪化が進み、遂に寝たきりの生活の入口辺りに差し掛かって来ているのではとの不安を抱いたのである。
 何となく皮肉に思ったのは、98歳の母親がまだ一人歩き出来て元気なのに、66歳の雅子にそこまでの劣化が進んでいることである。それは、一考にはとても寂しい、悲しいことだった。神様が決して平等ではないという不満が、またしても、一考の胸中に大きく膨らむのだった、それは、恰も重苦しい布団をかぶせられているような遣り切れない重苦しい不満だった。それでも、心の中では、明日になれば、また元の雅子に戻って、大きな目を開けて一考を見つめてくれるのでは、と自分を鼓舞するように、言い聞かせていたのである。(以下、明日に続く)

1390 手の込んだ演出

 見え見えの手の込んだ演出でも、どうしても、それが必要な時があるようだ。昨日の日中の「廊下会談」や日銀の「ゼロ金利踊り」などは、その一例だ。 

1.独り言コラム
 下手な駄洒落で「ろうかなあ?」と思われていた「ろうか(廊下)会談」が実現した。ASEMでの一駒だった。
 大の大人が互いに偶然会ったように見せかけて話を交わす。若い頃に好きな女性に話しかけたくて、彼女が通りそうな場所に先回りして待ち伏せしていたようなことがあったが、それとは違い、双方が、そのような思惑があった上で、偶然さを装った形で実現した会談だった。少し歯がゆさを思わせた昨日の菅総理と中国の温家宝首相との思わせぶりな廊下での話合いだった。
 とにかく、二進も三進(にっちもさっち)も行かなかった日中関係(ここも下手な駄洒落です)だっただけに、少し風穴を開けたと云えそうだが、それにしても、菅総理は嬉しそうな顔をし過ぎだと思う。
 というのも、尖閣諸島問題の本質からして、ここでは、中国サイドから会いたいと言わせるべきだったと思う。何か、菅総理の方が会いたいと焦っていたように思えるのが面白くない。会っただけで喜んでいる菅総理の能天気さは格別だろう。
 なお、今朝のニュースによると、日本側は中国語の通訳を連れておらず、英語の通訳で間に合わせたというが、これもその偶然を装わせる演出だったと思われる。しかし、ここはまずかったのではなかろうか。充分な意思疎通は出来たのだろうか。
 さて、日銀が珍しく踏み込んだ対応を見せた。無い袖を振って「セロ金利踊り」を披露し、それにプラスアルファ(国債、社債、不動産の購入など)のおまけをつけて見せたのである。株価は、その日銀のなけなしの一手を歓迎して、昨日は少し持ち直した形で引けた。特に、おまけのプラスアルファの効果が大きかったようだ。一方、米国も今朝は200ドル近い大幅な上昇を見せていて、今日の東証の上昇に期待が掛かる。
 小沢一郎元民主党代表の強制起訴もその決定、発表のタイミングには微妙な演出があったようだ。何しろ、決定会議が9月14日の民主党の代表選挙の日だったというし、その発表がASEM会議が始まった日だった。菅総理のご機嫌の良さは、そんなところにもあるのかもしれない。
 マートン選手の年間安打数新記録には、そんな手の込んだ演出はなかったと思う。昨日、3安打してあっさり213本を記録した。あと2試合残っているので、今年のイチロー選手の214安打(162試合)を追い抜くことは間違いない。その結果、阪神の2位が確定すれば、めでたし、めでたしとなるのだが、…。 

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時起床。体重、60.7Kg.風邪は今朝も完治していない。お天気は良さそう。
 昨日の雅子だが、終日微熱があった。午後の入浴前にもその微熱は続いていたが、思い切って入浴させてもらった。しかし、夕方、一考が病院を出る頃に痰の出方がきつくなり、急遽看護婦さんに吸引をお願いしたのだが、果たして、夜はどうだったのだろうか? 少し心配である。

3.連載、難病との闘い(1355) 第五部 どこまで続くこの苦闘(132)
  第三章 2110年の暑い夏(13)
  (2)雅子の真意に迫る(5)
 月日の経過が凄く早く感じられる。胃ろうの2回目の取替えが9月6日に行なわれた。吉田病院で設置のものに不具合があったことで、再入院直後に緊急の取替えをしてもらったので、この病院での取替えは、正確に言えば3度目である。最初の時は、どんな具合に行なわれるかも全く分からず心配だったが、今ではすっかり安心していて、気にしなくて済むようになった。今回も10分そこそこで終了したのである。本人が、どの程度苦痛なのかは知らないが、まあ、余程のことがない限り、注射を受けるのとあまり変わらない程度ではなかろうか。それにしても、半年って随分早いってことを改めて認識する今日この頃である。
 それから一週間後の9月度の吉田病院での定期検診では、この胃ろう交換を含めて、このところの雅子の症状を詳しく報告した。ポイントは、反応が乏しくなってきていて、かつてのように、ジョークにも笑ってくれなくなって来ていること、更には眼の開け方も以前のように大きく開けることがほとんどなくなってきているといった内容を話したた。そんな話に、春日先生は、少し考えた上で、お薬の組み合わせを少し変えてみようとのことになった。具体的なことをお聞きすることをうっかりしたのだが、何事にもチャレンジとの考え方の一考は、先生を信じてその指針に従った。従って、それ以降の雅子の症状の変化には、暫くはよくウオッチすることにした。
 しかし、数日経っても、これといった目に付く変化は認められなかった。強いて言えば、身体の震えが少なくなった、とか、場合によっては、震えが目立つといったはっきりしない様子が観察されたが、それがお薬の変化との因果関係ははっきりしていない。
 最近になって、雅子が比較的落ち着いているタイミングを捉えて、一考は、このところの自分の状況や家庭の状況を細かく話してやることにした。じっと聞いてくれているような時には、なんだか、コミニケーションが復活したような気持ちになれてが嬉しかった。一考の勝手な思い込みかも知れないが、やはり、気持ちが通じるということに、ほっとするものを覚えるのである。
 しかし、それから数日後には、雅子の寝ている時間が、少し多くなり始めたように感じるようになった。血圧が低い日が多くなり、その分、目を開けるのも大儀になって来ているのではという感じであった。それにしても、目を開けてみてくれるという反応が乏しくなってゆくのは、何か、心の支えを失ってゆくような心細い気持ちになり、凄く寂しく感じるのである。(以下、明日に続く)

1389 遂に、出ました!

 国民が注視していた幾つかの話題、課題の結果が、昨日、明らかになった。とにかく、正義が勝つ世界であって欲しい。

1.独り言コラム
 出ました! 多くの国民が、まだかまだかと待っていた結果が遂に出た。東京地検の第五検察審査会が、小沢一郎元民主党代表の資金団体である陸山会の不正資金疑惑に、小沢一郎に二度目の「起訴相当」の結論を出したのである。これにより、豪腕、小沢一郎氏は強制起訴され、被告という立場で、裁判という舞台においてその白黒を判断されることになった。11名の審査官のしかるべき判断に敬意を表したい。まさに、溜飲が降りた気分である。多額の金額の扱いに「知らん、存ぜぬ」がまかり通る世の中であってはならない。さあ、今後の裁判の成り行きを注視しよう。
 小沢氏は、今までに、何回も特捜部から捜査を受けて無罪放免だったことを繰り返し無罪だと口にしているが、それは、あくまでも立件に必要な確証が掴めていないからであって、疑いが晴れた訳ではなかったことを銘記すべきである。
 さて、もう一つ、出ました! しかし、これは残念な結果だった。今年度のノーベル医学・生理学賞が発表されたが、最有力候補のIP細胞の山中伸弥教授は、今回は選ばれず、来年度へ持ち越しとなったようだ。受賞したのは、ロバート・エドワーズ英ケンブリッジ大名誉教授で、体外妊娠の道を作った教授である。86歳であることから、若い山中伸弥先生がゆずる形となった。同先生は、早晩、受賞は確実なので、ばたばたすることはなかろう。
 出た! という訳ではないが、大阪地検特捜部の今回のフロッピー改ざん事件は、その後、隠蔽への驚愕の画策は、トップが陣頭指揮で行なわれていたという何とも驚きの構図が明らかになりつつある。まさに、犯人をでっち上げるための恐ろしい組織であったことが浮び上がってきている。大坪前特捜部長や佐賀元明前副部長らが、うっかりミスだったことにするために、前田恒彦容疑者にその証拠となる文章を書かせていたという。何たることか!驚きを越えた踏み込みだった。
 特捜部のイメージはまさに地に落ちたといえよう。その落ちた偶像をどのように回復させるのか、国民は今後の特捜部の改革を注視して行くことになる。
 もう一つ、出た! 楽天の岩隈久志投手にメジャーへの許可というべきポスティングシステムへの登録が承認されたという。果たして、アメリカでどこまで通じるか、日本のエースの頑張りに期待したい。
 阪神のマートン選手の年間安打数がイチロー選手の記録210本に並んだ。今日にでも、出た!と云うことになれば、日本新記録の誕生だ。出来ることなら、日本人選手に更新して欲しかった。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 2時20分起床。体重、60.7Kg. 昨夜は風邪気味で苦しかったので8時前に寝た。そのために早く目が覚めたのだ。朝風呂に入る。風邪は少し良くなっているようだ。
 昨日の雅子は、比較的安定した症状だった。しかし、一考が風邪気味だったので散歩は取り止めた。我慢の長い一日だったと思う。

3.連載、難病との闘い(1354) 第五部 どこまで続くこの苦闘(131)
  第三章 2110年の暑い夏(12)
  (2)雅子の真意に迫る(4)
 多分、身体の調子がいい時だと思うのだが、雅子が、じっと一考の顔を見てくれる時が時々がある。心の会話を楽しむといえば少し大袈裟だが、そんな感じのする日もあったので、紹介しておこう。
 この話しは、少し遡った頃のことだ。夏休みに孫が帰って来る三週間ばかり前の、7月24日のことだった。雅子が、とても悲しそうな顔で私をじっと見つめてくれていたのである。それも、とても長い時間である。その表情には、しきりに何かを訴えているようだった。何かを言いたいのだろう? と声を掛けてみたが、顔の表情は変えずにじっと見ているだけだった。何だかとても悲しそうな顔だったので、何がそんなに悲しいの? と訊ねてみた。それでも、その悲しそうな顔を変えることなく、じっと一考の顔を見ていたのである。
 そこで、一考は、自らの心に浮ぶことを口にして雅子の心情をも汲み取ろうと、心の会話を試みたのである。取り上げた話題は、一考が以前から気にしていたことだった。
 「何だかとても悲しそうだけれど、若しかしたら、胆嚢切除の手術の際に、胃ろうにしてしまったことを悲しんでいるのかな? グルメ趣味だった君の楽しみを奪ってしまったからね。若しかしたら、そのことを恨んでいるのかもしれない? どうなんだろう?」一考は、雅子の悲しそうな顔を見ながら、そんな風に話しかけていた。
 「でも、そうするしか仕方がなかったの。何しろ、その頃の君はほとんど口を開けなくなっていて、食事を世話する介護士さん達が、懸命になって食べさせようと頑張ってくれていたのだが、ほとんど食事は入らなくなってしまっていたんだよ。とにかく、食べ物を無理やりに、口に押し込むような作業が必要になっていて…。」一考はあの頃の介護士さん達の努力に思いを馳せるのだった。
 「そんなことで、残された道は、この方法しかなかったの。そうしようと決めたのは私だし、その責任は全て私。もちろん、あなたのご兄姉には相談はしたんだけど。ごめんね。そのことを怒っているのだったら、もう一度、口からの食事が可能なように、元に戻すことを検討してもらうけど、どうなのかしら?」
 「それとも、あなたが怒っているのは、もっと他のことかしら? 今のあなたの苦しみ、代ってあげられるものならそうしてあげたい気持ちはいっぱいなんだけど? ところで、8月の夏休みには次男夫婦も孫を連れて見舞いに来てくれる。楽しみにしていて欲しい。もう直ぐだからね。そう言って、一考は、少し予行演習をしておきましょう、といい、「ゆいかでしゅ!」と赤ちゃん言葉で言って見た。そしたら、雅子は、そのころはよく見せてくれていた「ぷっ」と吹き出すように、顔を歪めて笑ってくれた。それが、その笑いを見せてくれた最後だった。一考はほっとして更に言葉を続けた。
 「暑い日が続くし、あなたのも単調な日の繰り返しだけで、気持ちだけは強くもって闘って欲しいの。」
 一考は、そんなことを話してあげながら、雅子の反応に注視するのだった。(以下、明日に続く)

1388 同じ徹を踏まなかった宮里美香選手

 女子ゴルフの歴史に新しい1ページが加わった。二十歳の新しいスター選手の登場である。ぽっちゃりとした愛くるしいプレイヤーだ。

1.独り言コラム
 昨年と同じ轍は踏まなかった。今年の最終日は堅実で順調な出だしで、終始安心感のある差を保って、堂々の初優勝を果たした。沖縄出身の二十歳の宮里美香選手の颯爽とした嬉しいスタープレイヤー入りである。昨日までの4日間に渡って大利根カントリーで行なわれていた日本女子オープンゴルフでの快挙だった。筆者は、少々風邪気味で体調は良くなく苦しかったが、雅子の病室でテレビを見ながらじっとそのゲーム展開を見守っていた。
 神様が演出したのは、3日目を終って、2位との差が、前年と同じ4打差という何とも皮肉な、ある意味では酷な状況設定だった。前年は、その最終日の出だしから3ホール連続のボギースタートと躓き、後半も振るわず、バーディーなしの6オーバーという無残な結果で6位に甘んじた。筆舌に表せない悔しさを味わったに違いない。
 今年も同じその4打差であった。しかも、それが3日目の終盤で3連続ボギーを含む4ボギーと言う時々見せる大崩れの始まりの予感があって、最終日への不安を感じさせる嫌な終わり方だった。それに対し、追い上げる上原彩子選手が、3日目には、美香選手が苦しんだ18番でチップインバーディーを奪って4打差に迫ってのラウンドで、宮里美香選手には、嫌でも前年を思い出させることになり、気の重い形で三日目を終えていた。
 そんな中で昨日の最終日が始まった。果たせるかな? 最終日の宮里美香選手の出だしが注目された。しかし、今年は、ファンの不安をよそに3連続パーでスタートできたのである。しかも当面の敵である上原彩子選手た強敵の宮里藍選手ががダブルボギースタートということで、昨年とは全く違う展開に持ち込んだのである。
 途中、インコースに入った辺りで、先のホールを回っていた佐伯美貴選手が、一時は3打差に迫る場面もあったが、そんなことはお構いなく、13番から3連続バーディを奪うなど堂々と寄り切って、悲願の初優勝を物にした。ご立派である。
 何よりも、まだ少女の面影もあり、愛くるしく、素直で謙虚さが垣間見えるのがいい。同じ宮里選手でも、藍選手のような自信に満ちた傲慢さが感じられないのが、筆者は気に入っている。今回の優勝で、正式な日本プロゴルフ協会のメンバーに認定されたと思う。それというのも、彼女はアメリカのツアー選手の資格を先に取ったことで、まだ日本プロの試験は通っていなかった。多分、今回の扱いは昨年の実績でシードされたのであろう。因みに、彼女の今までの記録を見る限り、2008年まではアマチュア扱いになっていることは確かである。
 さあ、次の目標は、いよいよアメリカツアーでの初優勝だ。ファンとして大きな期待で見守ってゆきたい。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時半起床。体重、60.7Kg. 昨日からの風邪がまだ治っておらず、少々苦しい。今朝は、雨はまだ降っているが、今後回復に向かうようだ。
 昨日の雅子は、症状はそこそこだった。しかし、一考が風邪気味だったので、散歩は取り止めた。午後の雅子は、ゴルフの生中継の音声を聞いていた。

3.連載、難病との闘い(1353) 第五部 どこまで続くこの苦闘(130)
  第三章 2110年の暑い夏(11)
  (2)雅子の真意に迫る(3)
 まずは目の開け方だが、今の雅子には3つのパターンがある。一つは細く薄目を開いている時で、何かを覗き見しているような感じである。恐らく、大きく開けるのが困難な状況にあるのだろう。例えば、血圧が低くて力が入らないといったケースが考えられる。
 二つ目は、普通に目を開けている時で、つい最近までは一番よく見せてくれていたパターンだ。しかし、ここに来て少しその頻度が少なくなって来ている。
 三つ目のパターンは、それらの二つのパターンとは違って、いわゆるどんぐり目をする時である。これは数少ないケースだが、その目で見られた人は、その大きさにびっくりするくらいである。
 このケースは、例えば、痰を吸引してもらっている際に、少し苦しくなった時に見せてくれる。また、リハビリのマッサージを受けている時に、少し痛いときなどにかっと開く眼である。これらのケースを見る限り「痛い!」と叫びたいような時のように思われる。気持ちとしては「何をしてくれるのか!」といった怒りの気持ちが現れているのだろう。
 それとは別に、散歩中とか、久し振りに身内のものが見舞いに来てくれた時にも、時々その大きな目を見開いてくれるケースだが、この場合は、雅子として、精いっぱいに、自分の感謝の気持ちを示しているケースと思われる。
 ところが、最近では、あの孫がお見舞いに来てくれた時を最後に、そのどんぐり目を見せなくなって来ている。病気が進行しているためだろうか。少し心配である。
 いずれにしても、今の雅子がその気持ち、感情を表現する方法が極めて限られていて、こういった目の大きさと顔の表情ぐらいしか手段がないのだ。顔の表情では、確かに目よりは細かい表現が可能なように思われるが、見る方からすると、具体的に彼女が何を言いたいのかというのが分からず、また、その言わんとする意味を忖度するのも至難の業である。
 人間は自分の感情や気持ちが相手に理解されて初めて気分がすっきりとする動物だと思う。そう言う意味からは、雅子のような患者には、気分がすっきりとすることなんて、夢のまた夢ではなかろうか。気の毒だと思いながら、毎日必死にその表情を読み取ろうと努力している今日この頃である。(以下、明日に続く)

1387 大丈夫かい?

 何事も万全というものはない。やってみなければ分からないことが多い。襲ってくる不安を断ち切り、勝利を奪い取って、初めて、歓喜、感動、そして、幸せがついてくるのだ。

1.独り言コラム
 チリで33人が坑内に閉じ込められると言う落盤事故が起きたのは8月下旬のことだった。「大丈夫かい?」という不安の中で、懸命な救出作業が続けられている。幸い、作業は順調で、救出は、当初の見込みよりは少し早まりそうだという。うまくいけば、後一ヵ月後の11月初めには、救出の可能性が出て来ているという。頑張って欲しい。
 中国で身柄を拘束されたゼネコン、フジタの4人だが、3人は解放されて帰国したが、まだ一人が拘束されたままだ。4人で同じ行動をしていて、一人だけが解放されないのに納得がいかない。家族や身内にとっては「大丈夫かい?」と気になるところであろう。こんな厄介な隣人は、いらないといいたいところだが、そうはいかないのが辛いところだ。
 「大丈夫かい?」と大変心配なのが、今の検察組織である。明らかに、犯人をでっち上げるために、とんでもない改ざんを行なったという。それを組織で隠蔽しようとしたのだから、どこかのやくざの組織も顔負けだ。さあ、今後、この検察の組織、体制は、どうなるのだろうか。
 やはり、お疲れなのかも知れない。八面六臂のご活躍中の仙谷由人官房長官が、菅総理の所信表明演説中に居眠りをしていたことが話題になっている。それこそ「大丈夫かい?」とお声をお掛けして上げたい。みっともないから古川元久官房副長官が起しに行ったという。
 北方領土も心配だ。ロシアのメドベージェフ大統領が自ら視察に訪れるという。自らの領土だと改めて宣言したいのだろう。パクリの隣人が二人、いや三人もいるのはとても辛い。尖閣諸島、竹島をも含めて、日本の領土について、本当に「大丈夫かい」と改めて思う国民は多いだろう。こうなってくると、アメリカの強いサポートは欠かせない。
 日本女子オープンゴルフは今日が最終日である。昨日の3日目で、一時は12アンダーまでスコアーを伸ばして独走していた宮里美香選手が、上がりの5ホールで4つのボギーを叩いて崩れてしまった。それでも、まだ8アンダーで2位に4打差、強敵の宮里藍選手に6打差を保っているが、昨日の上がりの数ホールの戦いぶりを見ていると、ファンなら「大丈夫かい?」と思わず声を出してしまうだろう。アメリカツアーに参加して5年、藍選手の影で目立たない存在だったが、着実に力をつけて来ている。筆者は、密かに応援して来ているのだが、心配なのは、彼女は、時々だが、一気に崩れることであう。昨日、崩れたので、今日は大丈夫だろうと思いたいが、まだ優勝経験がないだけに、不安が大きい。頑張って初優勝を果たして欲しい。
 フィギュアースケートのシーズンが始まった。男子に高橋大輔選手が無難なスタートを切ったのに対し、女子の浅田真央選手は2度も転倒するなど自由演技では、今までの最悪の結果だったという。コーチが変わったばかりだし、段々と大人に変わってゆく心身共に変化の大きい時期である。一人のファンとして「大丈夫かい?」という不安を覚えてしまう。今年こそ、グランプリ・ファイナルでの優勝を期待している。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時50分起床。体重、61.0Kg. どんよりした曇り空だ。
 昨日の雅子だが、朝から微熱(37.1度)があった。それでも予定通り午後に車椅子での散歩を行なったが、終って熱を計ってもらうと37.6度に上がっていた。途中、おとなしかったので気にも留めていなかったのだが、辛くて静かにしていたのかも知れない。そうだとすれば、気の毒なことだった。昨夜の具合が心配なので、今朝は早目に顔を出そうと思っている。

3.連載、難病との闘い(1352) 第五部 どこまで続くこの苦闘(129)
  第三章 2110年の暑い夏(10)
  (2)雅子の真意に迫る(2)
 この病院で、雅子がその他の分野でお世話になっているのが口腔クリーニングだ。入院当初は看護婦さんや介護士さんが担当してくださっていたが、雅子がどうしても口を開けないということで埒が開かず、昨年の11月の半ば頃から、歯科の専門の方にお願いすることになった。口中は、思いの外、汚れ易いし、特に舌の汚れが目立つ。それ以来、週一回の頻度でお世話になっている。このサービスで、口腔内のクリーニングの重要性を改めて認識するようになった。
 その歯科専門の方でも、口を開けるのは容易ではなく、大変ご苦労して口中のお掃除をして頂いている。大変根気の要る仕事だと改めて思いながら、感謝しているのである。
 ところで、長く寝たきりの生活になっていると、思わぬ炎症も出て来るものだ。ここに来て目の炎症が何回か起きている。まあ、いろんな処が痛み易い環境にあるのだろう。幸い、その都度、看護婦さんの細かい配慮もあって、眼科のお医者様にもスムーズにお世話になれるのである。しかも、治療に当たっては、このベッドまで往診して下さるので大いに助かっている。
 目のチェックと同様に、定期的にいろんなサービスを頂戴している。尿検査、血液検査、更には体重チェックなど、あらゆる角度から、必要に応じて診察、チェック、適当な処置、対応を頂戴している。いずれにしても、入院しているからこそ、グッドタイミングでの必要な治療サービスが受けられるので、その有難さを改めて思うのである。
 ところで、雅子にとって、最も気の毒なのは、自分の言いたいことを伝えられないことだろうと思う。とにかく、身動きはもちろんのこと、言葉のみならず、音声を発することも出来なくて、今の雅子に残された自分の意志の表現方法としては、「眼」と「顔」の表情しかない。しかも、それがその気持ちをうまく表す形にはなっているかどうかも今一つで、一考が、それが、彼女のその一端を示してくれているのだろう考え、独断的に解釈するようにしている。とにかく、それ以外に、彼女の気持ちを忖度してあげる方法がないのである。つまり、今の雅子には、それ以外に意思伝達のツールが存在しないのである。
 そこで、その貴重なツールである眼と顔の表現について触れてみたい。(以下、明日に続く)

1386 イメージダウン

 期待と結果の差が大きいほど、イメージダウンに繋がる。残念なことだが、今の世の中、政治、経済だけでなく、あらゆる世界でイメージダウンが多発している。

1.独り言コラム
 検察トップの逮捕で検察のイメージダウンは大きい。とにかく、前田恒彦検事の行なったフロッピィディスクの改ざんはとんでもない話だ。大坪前特捜部長が画策した組織ぐるみの犯罪だと言われている。下手すると、検察は犯人を作り出す組織になってしまう。実に怖い話である。ここまでくると、国民は誰を信じていいか分からなくなってしまう。大袈裟でなく、司法崩壊の危機である。
 第176臨時国会が始まった。菅内閣のイメージダウンも小さくない。尖閣諸島で起きた衝突事件で、赤い官房長官と呼ばれている仙谷由人氏が執った船長釈放などの対応は、国民の期待に沿わない異例の対応だった。菅直人総理の昨日の所信表明演説で「有限実行内閣」と称し、野党に協力を求める姿勢に徹しているが、今一つ迫力もなく、果たしてこの国会を乗り切れるのだろうか、という不安がある。
 中国が、4人の人質のうち3人を返したが、そのやり方が相変わらず悩ましい。イメージダウンしている中国らしい対応といえばそれまでだが、とにかく付き合いたくない国の一つである。巷間言われているように、パクリの常習犯で、尖閣諸島まで、強引にぱくろうとしているのだ。その一方で、経済面での繋がりもが大きい国だけに、実に困った隣人なのだ。今や、イメージダウンを越えたイメージコラップス(イメージ崩壊)の中国と言っておこう。
 さて、ここ二日間の阪神の無残な敗戦は、折角積み上げて来た力強い阪神のイメージを完膚なきまでイメージダウンさせた。これでは2位確保は覚束ないだろう。まさに、九仞の巧を一簀に虧く、である。抑えのエース、藤川球児投手のイメージダウンも小さくない。
 満を持して発表された北朝鮮の金正日の後継者とされる金正恩(キムジョンウン)の写真だが、金日成に似ているといわれる一方で、太り過ぎていて評判は今一つのようだ。今までに、少年の頃の写真しか発表されていなかっただけに、皆が想像していたイメージとはかけ離れているようだ。
 昨夜のフジテレビ系列の娯楽番組「ペケポン」というバラエティー番組に、あの2時間ドラマの女王の片平なぎささんが出演していた。さすがに女王も、それなりにお年をめされたようで、目尻の皺などそれまでの美人と云うイメージがかなり侵食され始めていた。とにかく、筆者は14歳頃のデビュー当時から楽しませてもらっていただけに、隔世の感があり、イメージダウンは免れない。そういえば、あの美人タレントの黒木瞳さんや大地真央などにもそんな衰えの片鱗が窺える。
 とはいえ、調べてみて驚いたのは、彼女達はもう50代になっておられるのだ。それを勘案すると、その美人ぶりは、なかなかのもので、改めて大したものだと感心してしまう。美を長く保つために、それなりの努力を積み重ねておられるのだろうが、そういう意味ではイメージダウンというよりは、イメージアップに繋がっているようにも思う。
 ことほど左様に、イメージダウンになっても、努力によって、別の形でイメージアップを図ることで、リベンジは可能なのである。日本人の多くは、そういったリベンジを待っていると思う。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時10分起床。体重、60.8Kg。お天気は良さそう。
 昨日の雅子は、血圧が少し低めで、呼びかけなどへの反応は比較的乏しかった。午後には散歩をする予定だったが、看護婦さんの多忙で結局見送った。単調な一日だった。

3.連載、難病との闘い(1351) 第五部 どこまで続くこの苦闘(128)
  第三章 2110年の暑い夏(9)
  (2)雅子の真意に迫る(1)
 少し話は遡る。有料施設のアクティバに居る時から手を焼いていたのが、雅子の臀部の傷だった。多分、床ずれから端を発したのだろうが、その後の手入れが悪かったことから一時は大きなコブ状の傷に成長し、その取り扱いに大いに腐心していた。いわゆる、褥瘡の治療である。この厄介な傷を、ほぼ完治に導いて下さったのが、琵琶湖大橋病院のM先生で、その粘り強い治療に大いに感謝していた。本格的に治療に取り組んで下さったのが昨年の10月後半頃で、それから半年以上に渡る長い闘いだった。
 その厄介な褥瘡が、ほぼ治り始めた4月の後半になって、そのM先生からリハビリを紹介されたのである。寝たきりでは良くないとの判断があったのだろうし、褥瘡の治り具合から、ちょうど良いタイミングだと判断されたようだった。
 一考としては、この病院で、そのような治療が受けられることに全く知見がなかっただけに、大変有難く、渡りに船と飛びついた。とにかく、寝たきりの生活では、筋肉も衰えてゆくばかりだけに心配していたのだ。早速、翌日からお願いすることが出来た。
 幸いなことに、それを担当して下さる方は、大変気遣いの優しい方で、雅子の手足を丁寧に扱って下ださるし、途中で痰が溜まって来たりすると、直ぐに看護婦さんを呼んで対応して下さるのである。一考だと、多忙な看護婦さんを呼ぶのに、余計な気を使ってしまい遠慮してしまうことが多いだけに、大いに助かっている。
 このリハビリは、最初の頃は、週に5日間というフルペースで担当いただいていた。今では、週3回というペースに落ち着いている。そのリハビリを受けている雅子の様子を見ていると、毎日の痰と熱に悩まされている苦闘の中では、ちょっとしたオアシスのような状態ではなかろうかと思われる。もちろん、時には痛い時もあって、大きく眼をあけて苦情を伝えていることもあるようだが、総じて気分のいいひと時を過ごしているのではと思っている。
 とにかく、今の一考は、雅子が少しでも苦痛から解放されてほっとしている時間が増えるのをひたすら望んでいるだけに、この先生のリハビリを受けている時には、一考自身も密かに幸せを覚えているのである。(以下、明日に続く)

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