プロフィール

相坂一考

Author:相坂一考
滋賀県大津市出身
07年1月に推理小説「執念」を文芸社から出版
14年7月に、難病との戦いを扱った「月の砂漠」を文芸社から出版

このブログは3部構成です。
 1.タイトルへの一言。
 2.独り言コラムで、キーワードから世の動きを捉えようと試みる。
 3.プライベートコーナー
   (2015-06-03に修正) 

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1566 Give Up

 今回の福島原発の廃炉のように止むを得ず決断するGive Upのケースと心機一転新たな飛躍を期して決断するGive Upのケースがある。

1.独り言コラム
 東電は、勝俣恒久会長(71歳)が昨日の記者会見に初めて顔を見せ、陳謝すると共に、福島第一原発(1~4号機)は廃炉も止む得ないと表明した。ここまでぐちゃぐちゃになってしまい、放射線汚染で収拾の目処もつかない現況下ではGive Upも止むを得ないとの判断をしたのである。なお、清水正孝社長(67歳)は過労で29日に緊急入院をされたようだ。心労の大変さは察するに余りあるが、ここでの社長のダウンは頂けない。
 厄介なことは、今回の事故では、その種のGive Upだけでは済まされず、その範囲が拡大しつつある放射線汚染の危険性を取り除く責務がある。これにはGive Upは許されない。
 かくして、原発の安全神話は脆くも崩壊した。こんな大惨事が起きることを誰が予測したであろうか。人間の叡智と科学の悪夢との真っ向からの戦いで、この戦いに勝利しない限り、人類の繁栄はない。
 言うまでもなく、今回の事故は、世界の原発事情に大きなインパクトを与えている。今朝のニュースでは、米国オバマ大統領は、原発の国際的な建設、管理基準の見直しを行うとする一方で、それまでの米国の原発政策は変えないとの基本方針を発表した。世界が福島原発事故の行方を注視している。Give Upは許されず、頑張る以外に道はない。
 さて、話しはころっと変わるが、日テレの朝のワイド番組の「ズームイン・スーパー」が今朝の放送が最終回だと言う。「ズームイン朝」から32年間続いた長寿番組が終るのである。言ってみれば、日テレ首脳部は、この歴史ある番組をGive Upしたというのである。
 この思い切った背景には、この番組のメインキャスターの羽鳥慎一アナが日テレを退社する事が切っ掛けだったようだ。そして、その背景の根底に、昨年辺りから、フジテレビの「めざましテレビ」に視聴率争いで、後塵を拝していて、このままでは逆転の可能性が少ないと見たようで、思い切って番組そのものを打ち切るというトップの決断になったようだ。
 日テレとしては、明日から始まる新番組「ZIP」(ズームインピープル)に新たな期待を託したというのである。東大理学部出身の桝太一局アナに関根勤の娘の関根麻里さんを起用する。関根麻里の英語力には一目置く筆者だが、この期待の番組を支えられるだろうか。少し荷が重いようで心配だが、任かされた以上は頑張って欲しい。
 さて、独立する羽鳥慎一アナは、一見したところでは、地味でこれといった特徴のない普通のアナウンサーだ。しかし、会話の回転やキレは非凡で将来性はあると思う。どんなタイプのキャスター、タレントに成長して行くか、楽しみな素材であることは確かだ。来週からは早速テレビ朝日の朝の新しいワイドショーを担当するという。本業界では異例の横滑り人事である。活躍ぶりをじっくりと拝見したい。
 ちなみに、筆者は、将棋の羽生善治(はぶよしはる)名人、フィギュアスケートの羽生結弦(はにゅうゆずる)の二人を加えた「平成の三羽烏」と称してきた。しっかりと羽ばたいて欲しい。
 もう一つ、一昨日は行なわれた復興支援のサッカーの慈善試合について触れておきたい。なかなか盛況であったようで、テレビの視聴率も結構な数字を弾き出したという。クライマックスは、サッカーの先駆け役を果たしたあのベテランの三浦知良選手が見事なゴールを決めて、カズダンスを披露したことだろう。サッカー一筋に掛けて来た三浦選手の、今尚Give Upしないその闘争心は見上げたものである。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時40分起床。今朝の体重、61.5Kg.(当月の平均体重は61.4Kgで前月より+0.1Kg) お天気は、今日は良さそうだ。
 昨日の雅子は午前中は37.3度と少し熱があったが、顔はしっかりとしていて見映えも賢そうで安定していた。看護婦さんの報告では痰は多かったようだ。午後になって熱も下がったので車椅子で散歩した。前日ほどではなかったが、目は細めだったが、頑張って反応を見せてくれていた。

3.連載、難病との闘い(157) 第三部 施設、病院での介護生活(58)
  第四章 施設生活再開(18)

 (2)気掛かりなこと(その8)
 食事の前半は、孫を交えて和気藹々と食事を楽しんだ。孫も元気で食欲も活発だった。そんな楽しい雰囲気の中で、一考は、改めて、健康の大事さを思うのだった。
 次男の家族は、遠くに住んでいる上に、仕事柄、休日が忙しいことから、なかなか帰って来れないということで、この機会に気になっている事柄についてじっくりと話しておきたいと、事前に、この日に話したい項目をメモして、楽しみにしていた。しかし、これもお酒が入ってくると、そんな細かいことは、どうでもいいやという大味な気分になってしまうのだった。
 それでも、一考が言いたかった幾つかのことについて、自分の考えを話して聞かせた。特に、自分達の将来のことについては、、なるべく、君たちには迷惑を掛けないようにしたいと思っていて、できることなら、自分が逝く時には、雅子も一緒に連れて行きたいとも思うのだが、実際には、なかなか、そうはいかないだろう。仮に、雅子が一人になったとしても、幸い、多少の蓄えもあるので、それを食い潰すことで何とかなると思っていると伝えた。
 また、それ以外にも、今は母親の名義である土地のこと、お墓、お仏壇のことなどの気掛かりなことについても、兄貴の太郎と相談して常識的に対応して欲しいと伝えた。一つだけ注文をつけたのは、若しも、その土地を私が引き継ぐことになった場合には、少なくとも、君たちの代で売り飛ばすことだけは止めて欲しい。親父が一生掛けて頑張って手に入れたもので、それは何とか引き継いでほしいと訴えた。とはいえ、今の世の中は、天皇家でもその継承の難しさが話題になっているように、相坂家でも同様で、その相続には限界があることは充分に承知している。そういう意味でも、常識的な対応で結構なのだと強調したように思う。何しろ、お酒の勢いで話したので、正直言って定かな記憶は残っていない。
 前半での家族一緒での団欒の終わり頃になって、一考が書いた小説のことを取り上げた。彼らの感想を聞きたかったからである。しかし、その話題になった途端に、雰囲気が一変した。その変わりように、一考は正直言って戸惑った。犯人の名前に、嫁の名前の千夏を使ったことが、一考がそれまでに感じていたよりも、遥かに強い不満を二人に与えていたことを知ったのである。
 思えば、この名前の使用が不適切だと最初に苦情を言って来たのは、姉の久子だった。本を手渡した翌日のことで、本の内容じゃなくて単なる名前の使い方での苦情に、一考は虚を突かれたことを覚えている。その時点では、登場人物の名前ぐらいでごちゃごちゃ言うなという程度で、高をくくっていた。
 二人は不満を口にした。千夏の親戚の方たちも同様に気分を害していたらしい。一考としては、千夏と全く関係のない女性を書いた訳でとやかく言われることはないと思ったが、二人を、それだけ不愉快にさせたという事実は重く見なければならならなかった。大いに不満だったが、とにかく、一考には、理屈抜きで謝るしかなかった。
 確かに、小説に関わる揉め事は多い。しかし、その大半は、そこにモデルとして登場した人物に関しての名誉毀損やプライバシーの問題が殆どで、単に人物の名前を使ったことで問題になるのは異例である。作者として、言いたいことはいろいろあるが、この際、そのことは封印するのが妥当と一考は判断したのである。
 結局、その話が出たところで、千夏と孫は、時間だからと云うことで中座し、一考の車を運転して、先にアクティバ琵琶に戻って行った。(以下、明日に続く)
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1565 福島原発の大ピンチを救う逆転の妙手はあるのか!

 原発事故の現局面は、将棋で言えば、次から次と容赦ない厳しい攻めに、その場凌ぎの懸命の受けを続けている最悪の局面が続いている。差し当たっては、汚染廃水の対応が急務である。投了が許されない対局だけに、ここら辺りで、決め手となるべき逆転の妙手が必要だ。

1.独り言コラム
 昨日の進展は4号機の中央制御室に電灯がつき、1~6号機の全てで電灯がついたのだが、その一方で、汚染された廃水の処置で大苦戦に陥っている。廃水はタービン建屋とトレンチと呼ばれるところにいっぱいになりつつあり、その対応に大わらわだそうだ。
 この問題は大変厄介で、冷却を続ければ放射能を含んだ冷却水が増えて溢れ出て来る心配があり、冷却しなければ原子炉の温度が上昇して危険となる。指し当たっては、その二つのバランスをみた難しい対応が必要なようだ。平重盛の「忠ならんと欲すれば孝ならず、孝ならんと欲すれば忠ならず」の言葉が頭に浮ぶ。因みに、この意味の現代解釈は「忠は注(水)に通じ、孝は高(汚染)、高(温)に解釈できる。
 原発事故での基本と言われる、「止める、冷やす、封じ込める」との三つの大事な対応が「止める」を除いて失敗だった訳で、核燃料の損傷、漏洩が起きてしまっている。そして、今では、その「止める」も完全な形にはなっていないようだ。
 そういうことで、今後は、この漏れがこれ以上拡大しないように万全を期すことが求められているのだ。将棋で言えば、まさに「一手、一手」或いは「受けなし」といったどうしようもない局面に追い込まれている。ここでは、「詰めろ逃れの詰めろ」を掛ける乾坤一擲の妙手が必要だ。たとえ、それが直ぐに発見できなくても、持久戦に持ち込み、王様が追われて入玉状態に持ち込んでも、勝利に結びつける戦いに持っていかねばならない。人間の叡智の有無が問われている。
 ところで、菅総理の得意手は、粘りだという。支持率がゼロになっても辞めないと云っていたのを思い出す。しかし、一方では、下手な長考は休みに等しい、とも言われている。
 そういえば、このところ、内閣支持率の報道に接していない。それどころじゃないのだろう。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 2時半起床。体重、61.2Kg.今日は、午前中は晴れるが、その後は崩れて雨も降るという。
 昨日の雅子は痰は多かったにも関わらず、顔が利口そう見えた上に、大きく目を開けて私をじっと見てくれる時間が多く、愛想は良かった。前日そうならば、霧子姉さんも喜んだのにと思っていたが、…。どうやら、体調がいいサイクルの日だったのだろう。

3.連載、難病との闘い(156) 第三部 施設、病院での介護生活(57)
  第四章 施設生活再開(17)

 (2)気掛かりなこと(その7)
 小雨がぱらついていたが、幸い、大した雨ではなかったので、とにかく、お墓参りだけは済ませておこうと、そのまま車で三井寺境内にある霊園に急いだ。途中、次男の過ごした中学校や部活で戦いの場となった陸上競技場の傍を走った時には、一考が、その辺りのことを解説したが、孫を始め、三人ともこれといった反応は示さなかった。
 お墓にいる間は、幸いにも雨は気にするほどではなく、お参りを済ますことができた。孫にとっては初めてのお墓参りだろうが、どんな気持ちで手を合わせていたのだろうか。後で、母親の千夏にその辺りのことを確認してみると、4歳の孫の記憶は今一つだったようだ。 
 お墓から急いで自宅に戻り、大ばあさんに挨拶をさせたのだが、気遣いの大袈裟な大ばあさんのことだから、あれやこれやと気を遣ってくれることが多く、そこを辞するのに手間取った。とにかく、お仏壇にお線香をあげてお祈りを済ませて、雅子のいるアクティバ琵琶に急いだ。
 なお、このお仏壇でのお祈りでは、鐘を叩いてお祈りしたことは、孫の記憶にもしっかりと残っていたようで、この辺りが、幼児の記憶と云う観点からは面白い結果である。
 この日は、二郎の家族は雅子の勧めもあって、施設にあるゲストルームに泊まることにしていたので、施設に着くと、先にチェッインを済ませてから、雅子のいる隣の翔裕館に来てもらった。雅子の部屋に着いたのは、もう、夕食の時間が迫った5時近くになっていた。
 こうして、1年半ぶりの雅子と次男家族との顔合わせが、いささか慌しい雰囲気の中で実現した。
 雅子も緊張してその時を待っていた。三人の顔を見ると、自然にあふれ出て来る涙を流しながら、「有難う、有難う」と言葉になっていない言葉で繰り返し言って挨拶した。仕方ないことだが、その言葉も、慣れている一考が聞いて初めて分かるといった不鮮明さで、一考が雅子の気持ちを通訳する形になった。
 孫の結夏は、少し戸惑った様子を見せたものの、傍にいて、雅子の手に触れるなど、お母さんのやる仕草を真似て接してくれた。そのお母さん、つまり次男の嫁の千夏が、そっと涙していたのが印象的だった。
 そんな挨拶が一段落すると、最近行なわれた孫の幼稚園での発表会での模様をビデオで見せてくれた。舞台の上に並んだ幼稚園児の真ん中に位置を占めた結夏は、驚くほどに活発に歌を歌っていた。それは、恰も、グループのボーカルを務めているような活躍ぶりだった。この性格は、相坂家のものとは違った積極性に溢れたものだった。「なかなか、やる!」と言った驚きと嬉しさが混じった快感でもあった。雅子も、その活躍ぶりに、懸命に目を開けながら、真剣に眺めていた。
 それが終わると、雅子の夕食の時間になったので、この日は一旦「さよなら」ということで、部屋を出た。一考は、予てからの予定通り、次男の家族を連れて近くのファミレスに案内した。生憎、少し雨がぱらついていたので、一考が車を運転した。帰りは、お酒を飲まない千夏が運転してくれるので、それに甘えることにしたのである。とにかく、一考は、息子と久し振りに飲めるということで、いささか興奮していた。(以下、明日に続く)

1564 アンコントローラブル

 絶対安全神話は脆くも崩壊し、福島原発は、今や、手出しができないアンコントローラブル状態にある。

1.独り言コラム
 地震、津波で電源を失った福島第一原発は、初期は、白い煙、黒い煙、水素爆発が続いていたが、ここ数日では強い放射能漏れが相次いで検出されている。一昨日は、原子炉に隣接するタービン建屋の地下一階に溜まっていた水から、また、1~4号機の冷却水を纏めて流す排水口から330メートル先の海水からも強い放射能が、検出されて不安が拡大した。また、昨日になって、新たにタービン建屋の外にあるトレンチからも1000ミリシーベルトを越す強い放射能が検出されたし、今朝の報道では、福島原発の敷地内から微量だが、プルトニュームが検出されたという。安全に影響を及ぼすレベルでないとしているが、不安は深まるばかりだ。
 とにかく、原発建屋の内部や周辺は、放射線漏れが強くて手が付けられない状況に陥っている。起きている数々の現象を明解に説明が出来ずに、複雑なパズルに取り組んでいるようで、何がどうなっているのか分からない実情にある
 ここまで来ると、理屈は別として核燃料が損傷し外部に漏れていることは間違いなかろう。あまりにも放射能が高いことから、対応処置、作業がやり難くなっていて、言ってみれば、アンコントローラブル状態にあると言えよう。困ったものだで済まない危機が迫ってきているように思う。最前線で作業に当たる方々の勇気ある行動には心から拍手、感謝、そして激励を送りたい。
 便利で役に立つ文明の利器もアンコントローラブルになっては、危険を伴う厄介な代物に変身してしまい、手が付けられなくなる。ちょうどこの大震災で影に隠れてはいたが、みずほ銀行のシステム障害もその一つの事例で、筆者が入金したお金が、昨日になってやっと確認されたのだが、その存在が10日間近く行方不明だった。
 さて、この未曾有の大災害で、死者は今朝の報道で、11004人、行方不明者を加えると28000人に及んでいる。これから復旧作業が展開されることになるが、そのリーダーシップを執るべき菅総理は、もはやカンコントローラブルの域を出て、アンコントローラブルになってしまっているのではとの懸念がある。それに代る強いリーダシップの政治家の登場が待たれるのだが、今のところ、それらしき姿は全く見えないだけに不安である。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時起床。体重、61.3Kg.今日は、天気は良さそうだ。
 昨日の雅子は午前中は微熱があったものの、全体としてはまずまずの様子だった。しかし、目は時々細く開く程度で反応は乏しかった。午後になって車椅子で散歩に出ようと準備していたら、久し振りに実姉の霧子さんがお見舞いに来てくださった。
 雅子も大分久し振りの出会いだったので、(待ち焦がれていたにも関わらず)、思い出すのに少し時間が掛かっていたのでは(笑い)といった戸惑い(?)があったように思われた。暫く、二人だけで時間を過ごしてもらった。雅子もほっとしていたのではと思う。
 お姉さんが帰られた後、目の開け方が少し大きくなっていたが、それだけ、実姉のお見舞いにはインパクトがあったのだろう。

3.連載、難病との闘い(155) 第三部 施設、病院での介護生活(56)
  第四章 施設生活再開(16)

 (2)気掛かりなこと(その6)
 次男夫婦から母の日のプレゼントのお花が届いた。事前に生花は直ぐに散ってしまうので、もったいないからいいよと言っていたので、造花を送って来てくれたのだった。
 たまたま、その日の朝のテレビのワイドショーで、送って喜んでもらえる母の日のプレゼントと言うアンケート結果を紹介していた。それによると、カーネーションなどのお花、手紙、ケーキ、手作りの料理などがあったが、ベストワンは、心のこもった生の挨拶だった。むべなるかな、である。
 次男夫婦は福岡から横浜に移って二年目て、仕事柄、連休などの休みの日がが忙しくなる仕事なので、休暇が取りづらくなかなか顔を出してくれていない。孫の娘も早いもので、この年から幼稚園にはいったという。前年のお正月に顔を合わせて以来で、もう一年半もあっていない。
 このお花が届いた数日後、ちょうど来日していた胡錦濤首席が帰国する前の日のことだった。一考が雅子の部屋を訪ねると、彼女が何かを一生懸命に伝え始めた。相変わらず言葉が不鮮明だったので、何を言っているのかなかなか分からず大苦戦となった。例によって、文字分解して頑張って解明した結果、何と「パンフレット」という言葉が出てきた。、雅子と全く関係のない言葉だったので、そこに行き着くのが大変だった。そして、その言わんとするところは、この施設のパンフレットが見たいのだという。
 その翌日、改めて、何のために見たいのかと確認すると、今度は「ホテル」と云う言葉が出てきた。それも文字分解から判明したものである。そこから、突っ込んでその意図を確認すると、次男の家族が来た場合に、ここで泊まれば、安くて便利でいいというのだった。まさか、雅子がそこまで考えているとは思わなかったし、この施設に泊まれる仕組みがあるとは、一考には考えも寄らないことだった。
 改めて、施設に確認すると、雅子の言う通りで、確かに、入居者の関係者なら、ここで割安で泊まれると言う。雅子が、そこまで考えを巡らしていることに、一考はどきりとするものを覚えたのである。それだけ、会いたがっているというのだろう。
 そして、6月28日、その日が巡って来た。一年半ぶりの次男家族の里帰りである。一考は、朝から楽しみにしながらも、何時頃に到着するかを気にしていた。天候が西から崩れて来ていたからである。その雨次第では、予定しているお墓参りを取り止めなければならなかと思案していた。
 3時半頃になって息子から電話があり、今から京都を出るという。一考は、急いで出迎えのために家を出た。雨の降り具合を確認すると、何とかお墓に行けそうだと判断したが、お花を買いに行く時間的な余裕がなかったので、そのまま駅に向かった。数日前に、お墓には行ってお掃除をして置いたので「まあ、いいか」という気持ちだった。
 次男の家族3人がJR湖西線、大津京駅に到着したのは、4時少し前だった。孫の結夏ももう4歳になっていて、母親の千夏に手を引かれていたが、しっかりとした歩き方で近づいて来た。一考が、かがむ様にして挨拶すると、少しはにかむような感じだったが、笑顔を見せて頷いてくれた。(以下、明日に続く)

1563 目茶強い!

 2号原子炉の近くのたまり水から、「目茶強い!」放射能が検出された。あまりの強さに再測定が行なわれたが、…。なお、今朝は、その目茶強いと言う言葉に便乗し、趣味の世界の将棋界で目茶強い棋士達の話題を拾ってみた。

1.独り言コラム
 昨日発表された2号機のタービン建屋の地下一階に溜まっていた水から検出された放射線量が、一旦は、通常値の1000万倍というとてつもない数値が発表された。ところが、夜になって、この数値には疑問ありということで再測定が行われ、今朝方、それが10万倍であったと訂正された。一体、何がどうなっているのか、国民にも大きな不安を掻き立てている。さりとて、10万倍と云うのも目茶強い数値であることには変わりない。
 いずれにしても、この大災害との戦いは長期戦は免れず、今のところ、復旧の目処も立たない。混乱と不安のまま、間もなく新年度を迎える。ここで、新年度予算が適用されるために、例の予算関連法案の扱いが気になるところだ。民主党の標榜している政治主導はどんな政治を見せてくれるのだろうか。
 手のつけられないような難題で追い込まれている菅内閣は、とにかく、原発問題だけでも早く目処をつける事が最優先課題だろう。ここでは目茶強い救国内閣の出番が必要だが、何処にもその姿が見えない。壊滅の恐怖が近づいてきているようで心配だ。
 さて、目茶強い! ということで、今朝は、少し強引だが、敢えて明るい話題を取り上げてみた。趣味の将棋の今年度の総括である。
 昨日放映されたNHK杯将棋トーナメント決勝戦を妻の付き添いをしながら(?)病院の有料テレビで楽しんだ。今年が節目の60回目を数える歴史ある棋戦である。戦いは羽生が差し易い形でリードしたが、糸谷の激しい追い込みで混戦となったが、そこは百戦錬磨の羽生名NHK杯選手権者が押し切って勝利し、この棋戦で初めての3連覇を果たした。今まで2連覇していた棋士は、大山康晴15世永世名人、佐藤康光九段、それに羽生善治19世永世名人の三人のみだった。
 今回の優勝で、羽生名人は、このNHK棋戦で9回目の優勝となり、それまでの大山康晴15世永世名人が持っていた8回の記録を塗り替えた。同時にこの棋戦で、目下15連勝中というおまけの記録つきである。目茶強い羽生名人のビッグショーだった。
 さて、将棋界も3月末が年度末である。そこで、簡単に22年度を総括しておこう。いわゆる七大タイトルに関しては、王位だけが交代した。新鋭の広瀬章人六段が、それまで3連覇中だった深浦康市王位から奪取して初の王位についた。しかし、それ以外の6つのタイトルは、全てタイトル保持者が防衛を果たしている。具体的には、名人、棋聖、王座は羽生善治3冠が、王将、棋王は久保利明2冠が、そして竜王位は渡辺明竜王が7連覇で防衛したのである。
 注目すべき記録としては、羽生王座で、目下王座を19連覇中で、しかも、この棋戦でも19連勝中である。将棋の連勝記録は、神谷広志七段が28連勝(1987~1988)の記録があるが、一つのタイトル戦での19連勝は珍しい記録である。
 間もなく23年度の戦いが始まるが、ここに来て、目茶強い凄い力をつけて来た若手棋士が増えてきていて、挑戦者争うに食い込んできている。主な有力若手棋士は、初めてタイトルを奪った広瀬王位だけでなく、王将戦に挑戦して惜敗した豊島将之六段、NHK杯で2年連続決勝戦に出てきた糸谷哲郎五段、更には各棋戦で快進撃を見せている村山慈明五段、22年度に17連勝を記録した佐藤天彦五段、その他にも昇級を果たした稲葉陽五段など、目茶強い若手が目白押しである。
 かくして、ここ20年近く続いていた羽生、森内、佐藤の3強時代が大きく変わろうとしている。来年度は将棋界も若手台頭の楽しみな新時代の幕開けと言えそうだ。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時起床。体重、61.5Kg.今日は、晴のようだ。
 昨日の雅子はまずまずの様子。時々細く目を開けて見てくれるが、それも、段々少なくなって来ていて、寝たきりの生活の入口に差し掛かっているようで、極めて不安である。

3.連載、難病との闘い(154) 第三部 施設、病院での介護生活(55)
  第四章 施設生活再開(15)

 (2)気掛かりなこと(その5)
 お花見、買い物、美術館見学などの施設の企画以外では、一考が暫く続けていた朗読、更には、励ましのお手紙やお見舞いのお葉書などを紹介などが、雅子の気分転換に役立っていたと思う。
 お便りの多くは、雅子の学校時代の友人、職場で一緒だった方などからが多いが、中には、一考の友人や昔の仲間だった方からのものもある。そして、それらの中身にも、いろいろとご配慮、工夫を頂いていて、その優しいお気持ちが十分に伝わってきて嬉しい限りである。当時の楽しかった思い出を、物語風に綴って下さっているお手紙もあって、それには、雅子も当時を思い出して感慨に耽るようなことがしばしばであった。
 少し変わった贈り物では、レーザー光線を利用したちょっとした置物があった。綺麗な光の紋様を映し出すのもので、それを見ていると精神的に落ち着きが得られる代物である。今まで、全く知らなかったユニークなもので、これは自分が使っているという一考の友人が送ってくれたものだ。随分と重宝させてもらっていて、暫くは、雅子の部屋でスイッチを入れっ放なしにしてある。
 雅子と一考の二人が最も感激、びっくりした贈り物は、カラオケで素敵な曲を歌ってくれたテープにデッキを付けて送って頂いたものだった。そんな豪華な心のこもった贈り物は初めてのことで、そのテープを聞きながら、雅子は思わず涙していた。やはり、良き友人は持つべきものと改めて思うのであった。
 もちろん、手紙の内容など、書いていただいたものは、雅子が自分で読めないから、一考が代読してあげるのだが、その間、雅子は嬉しそうに聞いているように見える。こうして、皆様の温かいお気持ちをお伝えしていると、時には、読み手の一考までが熱くなってしまうことがあって、思わず、時間を取って一息入れることもあった。
 さて、お見舞いに訪ねて来ていただくことは極力お断りしているのだが、身内のお見舞については別の話である。雅子も自分の血の繋がった兄妹には、当然なことだが、会いたい気持ちは強いようだ。
 幸い、山科で医師をしている長兄の祐一さん夫婦、及び長姉の霧子さんは、それぞれ、大体、月に一度の頻度で顔を出してくださっている。また、この施設の自立棟に入っている次姉の伸子さんは、当初はほぼ毎日といった頻度で来てくれていたが、その後は、長兄、長姉の訪問時に一緒に来てくれるようにしてもらっている。やはり、余計な気遣いをする必要がないので、雅子もリラックスできて、それなりに嬉しいお見舞いのようだ。
 一考の姉妹については原則は断っているが、それでも一度ぐらいはかわるがわる顔を見せてくれた。姉妹達にもいろいろと固有の家庭の事情があって、時間が自由にならないようだから、何も無理をすることはないと一考は思っている。
 一方、子供たちの見舞いは、文句なく雅子は大歓迎、と云うよりは期待して待っているはずである。この半年での実績は、息子の太郎が所用でこちらに戻ってくることがあるので、その都度顔を出してくれるのは格別に嬉しいのではなかろうか。しかし、次男の次郎の方は仕事が多忙で、なかなか顔を出す機会を作れないようで、孫の顔も見られないのがちょっと寂しいようだ。その代わり、タイミングを見て適時、孫の写真を電送してきてくれるので、一考が、印刷して雅子に見せてやるのだが、その時には、さすがに雅子の顔も少し和むのだ。夏休みには、孫を連れて顔を出すということなので、楽しみにしているようだ。
 連休前に、自宅にあったマッサージつきチェアを電気屋さんによって運んでいただいてバタバタした日だったが、一考の97歳の母親が、久子に連れられて見舞いに来てくれていた。このチェアーの搬入のごたごたに重なって、二人にも落ち着かない見舞いになっていたのは申し訳なかった。(以下、明日に続く)

1562 凌げるか、日本壊滅

 このところ毎日、原発事故に関して新しい危機が報じられていて、ますます不安が高まって来ている。どうやら、核燃料の一部の損傷、漏れが起きていることは確かなようだ。全叡智と勇気ある行動を結集して、日本壊滅の危機を救って欲しい。

1.独り言コラム
 一昨日は、原発3号機のタービン建屋の地下一階の溜まり水から高濃度の放射線物質が、昨日は、1号機の同じ建屋の溜まり水からも同様な放射性物質が検出されたため、冷却水循環ポンプシステムを復旧し、稼動させる作業を妨げている。また、原発の1~4号機の冷却水を纏めて排水する放水口の330メートル南の沖の海水から、国の基準の1万倍の高濃度の放射線物質の存在が計測された。
 とにかく、放射線による高濃度汚染が原発建物内でいたるところに拡大していて、復旧作業を進め難い状況が続いている。それでも、昨日は2号機の中央制御室に電灯がついたこと、1~3号機で冷却が海水から真水に切り替えられたことは、一歩前進の情報である。
 そんな状況下で、避難住民が集団移転する話が始まっている。町ごと移転しようと云うのである。地元に何時帰れるかの見通しが立たない状況下での止むを得ない対応策の一つのようだ。長年住んで来た故郷から離れると言う厳しい選択だが、生活を継続させるためには致し方ない選択ということである。
 とにかく、地震、津波による大災害と原発事故のダブルパンチを受けての避難住民の苦しさを思うと気の毒で仕方がない。
 今回の大災害は、スポーツ界にも大きな影響を与えている。サッカーのJリーグが3月いっぱいは中止を決定、プロ野球は、セリーグで紆余曲折はあったものの、結局はセパ両リーグ共に4月12日まで開幕が延期となった。ゴルフでも女子ツアーは3月いっぱい競技は中止となっている。そんな中で、世界を相手に戦っている石川遼、池田雄太選手らも、闘志が空回りしているようで、その成績はさっぱりで、3週連続予選落ちや一回戦敗退が続いている。中でも、今週のアーノルドパーマーメモリアルで、石川遼選手はダブルパンチならぬ「ダブルパー」というとんでもない悪いスコアを出して予選落ちとなった。今年の石川遼選手は、今までのところ、全くいい処がないのが残念である。来週のマスターズでの起死回生の活躍を期待したい。
 戴けないのが、こんなドサクサに紛れて、とんでもない不届き者が出ていることだ。気仙沼の信用金庫松岩支店で、災害で電子ロックが外れていたために、中に入っていた4000万円が奪われたという、また、災害にあった車からガソリンを抜き取るという窃盗もグループが出ているようだ。
 話しは違うが、ドサクサ紛れといえば、みずほ銀行のシステム障害に乗じて、残高以上の10万円を引き出した輩も多くいたようだ。中には、一人で5支点も回って50万円引き出した奴もいる。しかし、これは氏名が分かっているから、いずれ御用となるのではと思う。このトラブルでは、筆者が振り込んだ数百万円が未だに行方不明である。みずほはどうなっているのだろうか。
 ところで、あれほど瀕死の重傷で追い込まれていた菅内閣は、今回の大災害でその命が延びた形になっているのは皮肉なことだ。それでも、適切な対応、決断が出来ずに日本を更に混乱に巻き込んでいるのは遺憾なことである。思い付き的な大連立を摸索したりして、右往左往の様子が露呈しているが。菅さんの顔があまり見えない。指導力のなさが、ここでもネックになっていて、大事な日本の明日を任せるには不安が大きすぎる。昨日は、問責決議を受けた馬渕澄夫氏を総理大臣補佐官に起用し、原子力発電事故の対応に当たらせるという。こういう人事を見ていると、民主党の人材難が浮き彫りになって来ている。
 さて、今日は、どんな新しい展開が待っているのだろうか。不安と期待が混在している。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時起床。体重、61.4Kg.昨日は予報と違って雪が降ってびっくりだったが、今日は、晴のようだが寒さは厳しい。
 昨日の雅子はまずまずの様子。時々細く目を開けて見てくれる以外の反応は、極めて乏しく寂しかった。午後には3日ぶりの車椅子での散歩。夕方の帰り際は、賢そうな顔つきだったのでほっとしてさよならを告げた。

3.連載、難病との闘い(153) 第三部 施設、病院での介護生活(54)
  第四章 施設生活再開(14)

 (2)気掛かりなこと(その4)
 雅子の理解力保持を目的として始めたのが、こちらから言葉を流し続けることだった。目を閉じて聞いていないような時でも、語りかけるようにして話続けることを繰り返している。それが、雅子には話しの理解力を維持するための訓練になると期待をこめての努力である。そういう意味では、テレビを見ることも一つだったし、新たな興味を覚えてもらおうと始めた朗読もその一つだった。
 朗読は、自分の書いた小説を、残念ながら妻に読んでもらうチャンスがなかったことで、その穴埋めのために始めた打電引水のものだった。自分が渾身の力を振り絞って書いただけに、何としても妻に読んで欲しかったのだ。しかし、それも叶わぬことになったことで、自らが読んで聞かせることにしたのである。そういうことで、拙著「執念」の朗読を始めたのが2月16日、それからほぼ4週間を掛けて読了した。肝心の雅子の感想だが、残念ながら「難しくて、余り面白くなかった」といったような肩透かしのものだった。しかし、そのことで、少なくとも、彼女のリスニングのリハビリにはなったと思う。加えて、その後も暫くは朗読の時間を作り、雅子の理解力の保持に努めたのである。
 さて、雅子の症状の悪化に伴って、一考が気になっていることは、コミニケーション以外にも幾つかある。
 その一つが、椅子に座って過ごすことが多いためから来るお尻の痛さだ。何しろ、一日の10時間以上も椅子に座って過ごす時間がある。風呂上りに少しベッドに横になることもあるが、時間的には大したものではなく、睡眠時間を10時間とすると、それを除く14時間の殆どは椅子に座っている。もちろん、その中には三度の食事の3時間を含んでいる。お尻が痛くなるのは当然で、見計らって、身体を持ち上げてやって、少しお尻の位置を変えてやることも必要で、それは一考の一つの役割になった。しかし、この作業も重くて容易でなくなって来ていることが悲しい。特に、尾骶骨辺りに傷が出来ていて、それが段々と大きくなってきていることが特に気になり始めていた。この傷のことでは、後になって大変苦労することになるが、それは別途紹介することにしよう。
 二つ目が、姿勢が俯き加減になってしまうことである。椅子に座っていて、頭が下がった姿勢になってしまうのである。このままでは、首が折れ曲がってしまうのではないかと思うこともある。気がついて、時々、持ち上げてやるが、自分で支えているのが大変らしく、直ぐに戻ってしまう。美容室で上を向いた姿勢が矯正に良いと思われたので、それを意識的して、自宅に置いてきた電動マッサージ付きチェアを、電気屋さんに頼んで持ち込んだ。それを使っての姿勢の矯正を少しずつ行うようにしている。
 三つ目が、まぶたが開き難くくなってきていて、時によっては目を閉じているように見えることがある。心配になって「見えるかい?」と聞くと、非常に細い隙間から、辛うじて目を除かせて、「見えるよ」と言ってくれているようだが、これまた心配の一つだ。まぶたの筋肉の運動能力が弱ってきていると思われる。
 こうして、見ると、症状の悪化は、顔の部分的な筋肉の動きに影響を及ぼしてきているようで、病魔は懲りずにしつこく深く潜行して進行していることが分かる。神様に、本当に、もういい加減にしてくれと言いたいし、そうお願いしている毎日だった。(以下、明日に続く)

1561 遂に、自主避難

 この大災害での死者が1万人を越えた。痛ましい限りだ。一方、懸命の冷却作業が続く原発で、どうやら、心配なことが起きているようだ。

1.独り言コラム
 自衛隊のヘリコプターから撮影した福島第一原発の映像を見た。ぞっとするような無残な光景だ。特に、1.3号機の建物の上部が吹っ飛び、ごちゃごちゃになっている惨めな姿があり、これでは原子炉本体にも何らかの影響が出ているのではと心配になった。案の定、ここに来て、一部の核燃料の漏れがあるのではとの報道になっている。
 核燃料を封じ込めるという基本対策での完封は叶わなかったことが明らかになって来ている。その一つの事例が、1号機と3号機のタービン建屋の地下に溜まっていた地下水から通常の一万倍という高濃度の放射性物質が発見された。作業員が強い放射線を浴びたのもこのたまり水に足を入れていたからのようだ。どうやら核燃料が漏れ出しているのではないかということで、今後の影響、対応などが心配である。
 要するに、今までは、基本的には「大丈夫です」ということで冷静な行動を呼びかけてきていた政府だが、ここに来て、「大丈夫」は容易くは使えなくなって来ているようで、昨日になって、原発から20-30Kmで屋内に退避している方々への自主的避難の呼びかけに変わってきている。この自主的避難というのは、いかにも無責任な表現だ。
 とにかく、次から次へと心配なことが起きていて、対応が後手後手に回っている。いったい、日本はどうなってゆくのだろうか。心配は日々拡大しつつある。
 そんな落ち着かない日が続く中で、気休めの一つは読書である。これは、ある意味で、筆者の自主避難でもある。今年になってから、浅田二郎の「終らざる夏」、宮部みゆきの「模倣犯」、高樹のぶ子の「透光の樹」などを読んだが、浅田氏と宮部氏の作品は大長編で、暫し、筆者を別世界に自主避難させてくれたようで、気分転換には適切な作品だった。一方の高樹さんの作品は、男女の純粋な愛の形が、女の目で書かれているところに強い関心を持った。数年前に、あの日経新聞に連載された「甘苦上海」以降、筆者は高樹のぶ子ファンになっている。
 ところで、偶々だが、この大災害以降に読んだのが、文芸春秋3月号に掲載されていた芥川賞受賞作、朝吹真理子氏の「きことわ」と西村健太氏の「苦役列車」の二作である。。
 正直な感想は、「苦役列車」の方が一気に読めた。いかにもリアルな内容で大変面白かった。それに対し、「きことわ」は、作者が訴えようとしている事が今一つ伝わり難く、これが、いわゆる純文学という範疇のものなのだろうと思いながら、部分的には何回か読み直したりして時間を食った。朝吹さんは、科学的な数字に関心をお持ちのようで、「月は、年間、3.8センチ地球から遠のいている」とか「5億4千二百万年前の海のいきもの」といった学問的な数字が多く出て来る。しかし、読み終わって残るものが乏しいような作品だった。
 いずれにしても、それぞれ違った意味で、お二人の他の作品に目を通してみようと思っている。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時50分起床。体重、61.2Kg.お天気は曇りの予報。
 昨日の雅子はまずまずの様子。但し、最近は呼び掛けへの反応は乏しくなって来ている。午後には入浴させてもらった。肌はつやつやしてなかなか綺麗だ。

3.連載、難病との闘い(152) 第三部 施設、病院での介護生活(53)
  第四章 施設生活再開(13)

 (2)気掛かりなこと(その3)
 病気が発症し始めて、2008年春の時点で7年が経過した。その時点での雅子は、身体はおろか手足も動かせず、言葉もまともに喋れなくなてしまっている。進行性の病気が着実に進行した結果である。この頃では、一考もさすがに、もう行き着く処まで進んできたのではないかと思っていたのだが、残念ながらそうではなくて、ターミナルはまだまだ先のようだった。悪化は、まさに道なき獣道を進んでいるようで、一体、何処に行き着くのか、考えるだけでも気が重くなるのだった。
 この時点での最大の難関は、コミニケーションの手段が乏しくなって来ていることだった。言葉がほとんど話せなくなって来ていただけに、打つ手なしの状況に追い込まれていたのである。
 手足はおろか身体が動かせない。話しも出来ない。従って、施設の自分の部屋に居ても、緊急連絡用のボタンはおろか、テレビ、エアコン、トイレなどのあらゆるリモコンのボタンも押せない。それまでは僅かに話せた言葉で何とかやりくりして来ていたが、それもここに来て、その発声力が衰え、その上発する言葉そのものが不鮮明になって来ているから、その意志を確認することが容易でなくなって来ていたのである。
 2007年12月にこの施設に入居して、ほぼ3ヵ月が過ぎた2008年3月下旬の時点では、「はい」「いいえ」は何とか首を動かすことや微かに発する音声で無理やりに判別をつけてきていたので、こちらから問い掛ける形で確認しながら、何とか彼女の意思確認をして来ていた。
 しかし、その方法では、想定される事柄に関する内容では何とかなるのだが、そうでない全く別の話題については適用できない。その場合は、雅子の言い出す言葉を、何とか聞き分けることが先決なのだが、それにはかなりの忍耐とエネルギーが必要となって来ていた。それでも、分からない時には、キーワードと思われる言葉について、あいうえおの書かれた五十音表を取り出して、単語の一つ一つの文字分解して確認しながら、単語を探り当てて、そこから、言いたい内容を推測する原始的な方法での対応を重ねて来ているが、それも、そのキーワードの一文字を探し当てるのが、段々と手間取るようになって来ている。それと言うのも、確認する度の「はい」「いいえ」が曖昧なことが多くなって来たからである。
 そんな実情から、今の頼りは、こちらから話すことを正確に理解できている能力である。それに頼って、雅子の言いたいと思われることを、こちらから推測して「こうか、ああか」と確認を重ね、それに対する雅子の反応から、彼女の意思やその言いたいことを汲み取るように務めている。いずれにしても、雅子の言いたい内容に辿り着いた時には、ほっとして、嬉しく、喜びも一入となる。
 従って、一考の今の強い願いは、彼女が今の理解力をそのまま確保し、その能力を永遠に持続してもらうことである。この能力を失うことになったら、それこそ、雅子とのコミニケーションの全て喪失することになってしまう。そういうことから、なんとしても、この理解能力は守らなければならないと思っている。(以下、明日に続く)

1560 一筋縄で行かない大災害ニュースの影で

 原発の安全確保への作業は一筋縄には行っていない。命を賭けた必死の作業が続いているが、依然として予断を許さない状況である。とにかく、ここのところは、大地震、大津波による大災害のニュースが、他のニュースを握りつぶした格好になっている。

1.独り言コラム
 この災害の行方を微妙に反映しているのが株価であろう。東証の動きは地震直後からの3日と15分でおよそ2000円下げた後に、ほぼ1000円程度を戻しているが、一昨日辺りからの動きは戸惑った動きになっている。原発問題の行方が、読みきれないことの反映だろう。しかし、今朝のアメリカのダウ平均は順調に84ドル強の上昇を見せた。今日の東証の動きが注目だ。
 さて、肝心の1~4号機の原発の冷却システム復旧作業だが、一進一退が続いていて、なかなか前に進まない。そんな中で昨日は3人の被爆者が出た。3号機で作業に当たっておられた方たちである。直ぐに病院に搬送されたが心配である。
 その一方で、一昨日に都内の金町浄水場での放射性物質の掲出で、緊急対応が発表された乳幼児用の水道水に関する警告が解除された。関係者らには、ほっと一息の動きである。
 とにかく、毎日がハラハラドキドキの展開で慌しい。予断を許さない緊迫した動きが続いている。何とか一日も早い原発の冷却設備の復旧と安定化を願っている。
 そんな厳しい状況下だが、今朝は、敢えて、それ以外のニュースで筆者が関心のある話題を拾ってみた。
 先ずは、統一地方選挙の一環で、12都道県の知事選が告示されて、本格的な選挙戦に入った。注目の都知事選では一旦は不出馬を決めた石原慎太郎氏が、最後のご奉公ということで4選に立ち上がった。自分が出なければ、東国原英夫氏が有利だとの事前の調査に反発しての立候補だという。日本の中心の東京を元宮崎県知事に乗っ取られる訳にはいかないという東京への危機感とプライドがあるようだ。そういう意味では、二人目の青島知事はいらないと筆者も思うので、当然、石原氏を支持したい。78歳だが大したファイトだ。
 プロ野球のセ・リーグのオーナー達もやっと国民の考え方が理解できたようだ。紆余曲折があったが、昨日の理事会で、セ・パ同日開幕に同意したようだ。阪神の新井貴浩選手会長、馬鹿げたことを主張するオーナー達に立ち向かって良く頑張ったと思う。
 ところで、来週から新年度が始まるに伴い、テレビ番組のキャスターたちに大きな移動がある。
 一つが、NHKのニュースウオッチ9の青山祐子さんが卒業し、新たに御茶ノ水大出身の井上あさひさんが抜擢されて、大越健介さんとのコンビで担当する。青山さんは、お昼のスタジオパークを担当していた住吉美紀さんが退社するので、その跡を引き継ぐ。
 また、日テレのズームイン・スーパーが今月末で終り、そのキャスターだった羽鳥慎一アナは日テレを退社して独立し、テレビ朝日のスーパー・モーニングのキャスターに横滑りである。これは民放間での珍しい移動である。その結果、筆者が気に入っていた西尾由佳里アナと赤江珠緒アナが姿を消すが、今後の登板番組などは不明であり、少しさびしくなる。基地
 将棋界も新年度に入って、恒例の名人戦七番勝負が始まる。今年は羽生名人に森内九段が挑戦する大一番だ。永世名人同士の好取組で面白い戦いが期待される。その一方で、新年度に伴う各クラスの新しい順位戦メンバーが決まった。注目のA級には、新しく屋敷伸之九段が昇級した。筆者は同氏の隠れファンだ。
 屋敷伸之棋士のデビューは華々しかった。プロ棋士の4段になって直ぐに棋聖位のタイトルを奪って最年少タイトル保持者として華々しいスタートを切ったのが23年前だった。しかし、その後は不運もあったが昇級するチャンスに恵まれず、下から二番目のC1クラスで、なんと14年間も居続けた変わり者だった。その後、4年前になんとかB1クラスに上がったものの、今年度(22年度)も出だしから3連敗を喫し、やはりA級は駄目かと諦めていたら、その後8勝1敗の好成績で見事A級昇級を果たした。
 石の上にも3年と云うが、よくぞ、諦めずに上り詰めたものだと感心している。何だか自分のことのように、筆者も嬉しい。かくして、分かり易く言えば、23年間かけて、やっと名人を狙えるクラスに這い上がったのである。同氏の更なる頑張りを期待している。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時20分起床。体重、61.2Kg.お天気は曇りの予報。
 昨日の雅子は午前中微熱あり。午後になって平熱に戻ったが、散歩は見合わせた。

3.連載、難病との闘い(151) 第三部 施設、病院での介護生活(52)
 第四章 施設生活再開(12)

(2)気掛かりなこと(その2)
 介護に関しては、それぞれが経験で得た知見や知恵を有効に活用し合うことは、望ましいことである。そういう意味では、施設には、今までの長年の経験から生まれたいろんなノウハウの類があって、なるほどと思えるものも少なくない。
 そんな一つに、お薬の飲み方がある。とろみ調整剤にまぶして服用する方法である。どんなものかと試してみると、とろみ調整剤を使って、粘調な流体にして、その上に錠剤などのお薬を置いて、それを食べるように服用するのだ。お薬を飲むと言うより、食べるという形で対応できるので、今までの飲み込む苦労が軽減されて、服用し易い方法になることが多い。ファイバーなどの粉末も、同様に対応できる。要するに、「飲む」から「食べる」に形を変えるのである。とろみ調整剤の量を変えることで、流動性のあるゼリー状にもできて「食べる」から、「すする形」にもできて、その症状に合った対応が可能となる。現在、雅子は、お薬は食べる形で、ファイバーは、すする形で服用している。
 この時点での大きな悩みの一つが便秘だったが、ファイバーを飲んでいても、何日に一度はコーラックのお世話になることが多かった。コーラックは強い便秘薬と聞いていたので、なるべくを飲まないようにと頑張ってきていて、在宅時は、4日間ぐらい便秘が続く場合に飲むようにしていた。しかし、ここに入居して、他の方の場合と同じペースということで、3日に一度での服用となった。案の定、便秘薬の効果が出る時間的なバランスが崩れて、介護士さんに迷惑を掛けてしまうことになったので、雅子にマッチしていると思われる4日間の間隔に改めてもらった。
 しかし、その後も、その辺りの連携が徹底していないケースが散見された。偶々、一考の訪問中でのことだったが、便秘が4日目にはまだ少し早いタイミングで、介護士さんが便秘薬を服用させようと準備を始めた。そのことに気づいた雅子が、一日早いのではと懸命に片言で伝えて中止してもらった事があった。その時には、案の定、その直後に通じがあった。同様なケースはその後も何回かあった。本人が結構弁えていて、介護士さんにそのことで協力してもらっている。いずれにしても、雅子の場合は、4日間は服用せずに頑張ることにするのが、雅子の体調にマッチしていてよさそうだった、この種の個人差の特徴は、看護師さんには、しっかり理解いただくようにしていた。
 このほかにも、個々の対応には、いろんな工夫が行なわれているが、寝る際のベッドの角度、脚の上げ方も微妙な調整もその一つだった。何回か試行錯誤することで、脚の下に座布団をしくことで、少しでも足を楽になる方法も見つけて貰った。介護士さんと、本人の密なる連携が生み出した貴重なノウハウである。(以下、明日に続く)

1559 ジグザグ匍匐前進

 放射能という見えない危険な敵との戦いには、勇気が要るし、その上にきちんとした安全管理が大事である。そんな厳しい戦場で、次々と足を引っ張るような厄介な出来事が出て来ることで、復旧への思ったようなアプローチが出来ないのが歯がゆい。必然的にジグザグな匍匐前進とならざるを得ない。

1.独り言コラム
 福島第一原発では、昨日の夕方4時頃に、また3号機から黒煙が上がった。そのためポンプを使っての冷却水循環システム復旧作業は中断している。一刻も早い達成が期待されていただけに、肩透かしを食わされた感じである。
 1号機では原子炉の温度が上昇し、設定温度の302度を超えて400度に達したという。急遽冷却を行った結果、その後322度まで下がったようだが、燃料が露出している可能性があるという。
 2号機は圧力抑制室が破損している可能性があって、放射線量が多く作業がし難い状況にある。放水は続けられていて冷却に懸命である。なお、4号機はピンポイント方式のコンクリート打設車での冷却が行われた。
 さて、ここに来て放射能汚染の拡散が目立って来ており、その対応に大わらわだ。野菜、牛乳などの摂取制限、出荷制限が多く出始めているし 水道水、海水、魚介類の汚染も広がってきていて、国民に大きな不安感を募らせている。
 中でも、深刻なのは、東京都葛飾区の江戸川系の金町浄水場の水道水から乳児への規定を超える放射性ヨウ素が検出されたことだ。東京都は急遽、幼児8万人に550ml入りのペットボトルを乳児一人当たり3本を配布することを決めた。何故、東京都の水道水にまで、といった疑問が出るのも致し方ないが、見えない敵は雨風によって広く拡散しているようだ。今朝のニュースでは東海村ゾーンの水道水からも放射能が検出されているという。不安も、ジグザグに拡大している。
 ところで、原発から20~30Km地域には、まだ1万人ぐらいの方が生活していると言う。このゾーンには、危険だと言う意識が先行していて、配送がうまくいっておらず、必要な物資も充分でなく苦しい生活が強いられているようで気の毒だ。
 とにかく、幸いなことに山の頂上は見えているのだが、足元でいろんな訳の分からない不安で危険なことが多発するので、そのまま一直線に頂上を目指す訳には行かず、一時避難、退避を繰り返し、足元のトラブルを処理しながら上を目指すことになるので、どうしてもジグザクなコースになってしまい、余計な時間が掛かるのは止むを得ない。
 ジグザグなコースといえば、みずほ銀行のシステム障害だ。昨日になってATMは稼動始めたというが、筆者が振り込んだものは、まだ依然として先方に振り込まれておらず、未だに行方不明になっている。困ったものだ。
 また、プロ野球セ・リーグの開幕日程もジグザグしている。文科省から二度に渡って注文をつけられた加藤コミショナーは非常識で辞任ものである。巨人の渡辺恒雄読売新聞会長や滝鼻巨人軍オーナーのワンマンぶりを御せないコミショナーは失格だ。原辰徳監督も口が出せないのが気の毒だ。
 センバツ高校野球が始まったが、正直言ってあまり見ようとは思わない。やはり、そんな気分になれないのだ。日本が一大難局に挑んでいて、次々に起きてくる不安な展開の連続で、事態が全く予断を許さないからである。
 いずれにしても、災害地区での被災者の救済、破壊された町の復興も大事であって、同時併行的に原発の安定化を進めなければならない。毎日がハラハラするドラマの連続である。前線で闘う勇士に改めて感謝と拍手を送りたい。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 2時30分起床。体重、61.4Kg.お天気は晴れ模様の予報
 昨日の雅子は朝方微熱があったが、10時前には平熱に戻っていた。最近では普通の症状で、時々薄目を開けて見てくれる。筆者からは、災害の話し、家族の最近の様子を話してあげた。午後には散歩を楽しむ。

3.連載、難病との闘い(150) 第三部 施設、病院での介護生活(51)
  第四章 施設生活再開(11)

 (2)気掛かりなこと(その1)
 2月13日(2008年)の朝、新聞を取りに外に出ると一面が結構な雪で覆われていた。この日、夕方に家に戻った一考は、いつものように母親に夕食を出し、自分も簡単な夕食を終えて2階の自分の部屋て一息ついていたのだが、昼間の疲れでうとうとしてしまっていた。そして、その転寝から覚めて気づいたのだが、右手の人差し指がしびれていたのである。指が頭と机の間に挟まっていたので、単なるしびれだろうと思う一方で、雅子の難病の発端が、左手の人差し指の無力感だったことが思い出された。しかも、自分の場合は脳梗塞の危険性を医者から指摘されていて、そのために血液の硬化を防ぐ薬を毎日服用している。若しかしたら、その悪い兆候ではとの不安が頭の中を過ぎった。単なるしびれであってほしいと思いながら、その経過をみていたが、深夜の11時になっても、しびれは引かず、不安を覚えながらそのまま就寝した。
 そういえば、一年ほど前に、足の指先のしびれを覚えたことがあって、医師に見てもらったことがあったが、その時の診断では、それは、脳梗塞とは関係がないということだったのを、ベッドの中で思い出し、自らに不安の打ち消しを図るのだった。
 しかし、翌朝になっても、指のしびれは治っていなかった。しかも、隣の親指の第一関節辺りも、しびれ始めていて、不安が更に拡大した。さりとて、このことを雅子に話すのも良くないと思い、暫く、静かに様子を見ることにした。
 心配な指のしびれは、その後も中指をも巻き込み三本の指にまで拡大した。不安が急速に拡大し、このまま進まば右手全体が痺れて、悪くすれば、半身不随の脳梗塞に繋がっていくのではとの不安に怯え始めていた。そうなれば、もう運転は出来なくなり、雅子を訪ねることにも、大きく制約を受けることになる。雅子はどうなるか。ドミノ倒しのように、良くないことばかりが、一考の頭の中でどんどんと駆け巡り、遂には、自分が倒れて動けなくなる不安へと拡大していった。
 しかし、幸いなことに、2月末になると、そのしびれが少し軽くなっているように感じ始め、3月に入って暫くすると、そのしびれが、少しずつだったが、消えつつあるのが体感できるようになった。助かったという思いが、じわじわと一考の胸中に広がって行くのだった。こうして、長い不安から少しずつ解放されてゆくことに、一考は小さな幸せを覚え始めていた。そして、3月半ばになると、指のしびれはそれほど気にならないようになっていた。
 めでたし、めでたしであった。そのしびれの原因が何であったかは不明だったが、とにかく、元に戻ったことで、健康の有難さを、改めて噛み締めるのだった。(以下、明日に続く)

1558 前進 拡大

 千代女の俳句「蜻蛉釣り、今日は何処まで、行ったやら」を口ずさみながら、自宅に戻って、その日の災害対策の進捗具合に一喜一憂の今日この頃である。

1、独り言コラム
 ついに、福島第一原発3号機中央制御室に電気が通じて電灯が点ったと言う。これは大きな前進だ。一昨日は、急に発生した黒い煙と白い煙のために中断されていた復旧作業が再開されての嬉しい成果である。次なるステップの冷却水循環ポンプへのアタックが大きな期待となって来ている。危険な中での決死の戦士たちの努力による素晴らしい前進である。
 加えて、改めて放水も同時並行的に再開され、冷却作業も着実に前進している。ここには、新たに50メートル以上のアームを持ったコンクリート打設車が登場した。これによって原発4号機にピンポイントでの注水が敢行された。また3号機には東京消防庁と大阪消防庁の方々とのコラボでの放水が行なわれた。
 また瓦礫の除去は昨日の夕方5時から8時までの3時間に渡って大成建設の社員の方々(西野日出樹さんら)によって行われた。作業者達は、原発の50メートルの近くまで接近してその危険な作業に取り組んだ。ここでも大きな前進が期待されている。
 そんな中で放射線汚染が拡大しているのが不安である。一昨日に判明したほうれん草などの野菜、牛乳、水道水などに加えて、昨日になって魚介類、更には海水への汚染が発覚している。含有量が健康に差し支えない程度だと言われているが、そのゾーンに居る住民にとっては、何を食べていいのか、飲んでいいのか、迷ってしまう。ばたばたするな、冷静にと言われても、戸惑い、困惑は避けられない。
 嬉しいのは、各都道府県での被災者の避難を受け入れる動きが拡大し、一段と活発になって来ている。中でも、大阪府のアクションは早く、無料での受け入れを始めている。さすがは橋下徹知事らしい速やかな対応だ。今朝のニュースでは東京江東区有明のビックサイトでも一定期間の受け入れを始めるようだ。我が滋賀県も既に受け入れている。善意の輪がここでも広がっている。
 そんな中で、経済産業相の海江田万里氏が、消防士達にしっかりやらないとペナルティだと云うようなことを言ったとして、石原都知事から怒鳴り込みを受けたという。命がけで闘いに挑もうとしている戦士への言葉としては極めて不適切である。海江田氏はお詫びしたというが、同氏らしくない舌下事件だ。
 プロ野球セリーグの開幕を巡って、日本野球機構の加藤良三コミッショナーらは、昨日も文部科学省から29日開催を巡って再考を促されたようだ。常識的な判断が出来ないコミッショナーは引責辞任すべきだろう。新井貴浩選手会長の主張が妥当だとの見方が主流で、セ・パ両リーグ同時開催の4月12日が妥当なのではなかろうか。巨人軍の渡辺恒雄読売新聞社会長の思い上がりは甚だしいし、それを受けて強引に強行しようとする茶坊主、加藤コミッショナーも、気の毒だが、単なるロボットでは存在価値がない。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時10分起床。体重、61.2Kg.お天気は晴れるようだが、寒の戻りがあって寒くコートが必要なようだ。
 昨日の雅子はまずまずの症状。時々目を開けてくれて一考の話を聞いてくれていた。

3.連載、難病との闘い(149) 第三部 施設、病院での介護生活(50)
 第四章 施設生活再開(10)

(1)定着への頑張り(10)
 ところで、その時点での介護士さんとその介護対象の入居者のバランスだが、大雑把に捉えて、一人の介護士さんが1,5人の介護を受け持っている関係にあった。それは、対象者の必要な介護の程度によって、一概には言えないが、一般的に見て十分な状況にあると言えよう。
 一方の看護課の看護士さんだが、この翔裕館には十余人のメンバーで、24時間完全介護をサポートしてくれている。彼女らはそれぞれの入居人のニーズにあった緻密なサポートに当たってくれている。お薬の管理もその大事なひとつである。
 さて、入居して一ヶ月少し経過した1月末だった。介護士さんの一人が移動で2階に移られるという。この方には、雅子が入居直後から大変優しく対応して頂ていただけに、少し残念な気がしたが、施設の方針なので止むを得なかった。お別れに来られたその方に、雅子が思わず涙していたのが印象的だった。いずれにしても、この種の社内人事異動は、介護士の効果的な活用やサービスのユニバーサル化という観点からも、施設の戦略上必要な人事異動であることは一考も十分に理解している。
 ところで、とかく、施設での生活は単調で味気ないものというのが、外野席からみた一般的な見方があるが、実際にここでの生活をしてみると、その辺りの対応に、いろんな知恵と細かな配慮をしてくれているのが分かる。
 特に、健康管理に関しては、血圧測定、検温が毎週、体重測定が毎月一回行なわれている。また、附属のクリニックの医師が定期的に回ってきて問診などを行なってくれている。更には、年一回のいわゆるドック的な検査も行なわれる。
 また、とかく単調になりやすい環境下で、気分転換を兼ねた企画も積極的に取り上げられている。それらは季節、暦を織り込んだきめ細かいものである。例えば、お正月明けに、急遽、雅子が施設に帰還した際には、ちょうどニューイヤーコンサートが行なわれていたし、節分では皆が揃って豆撒きを楽しんだ。また、おひな祭りでも、ロビーの奥に御雛様を飾って、その雰囲気を盛り上げが行われる。単調な毎日に、いろんなタイミングを捉えて、入居人への心遣いや楽しませる企画を用意してくれているのである。
 その他に、先にも紹介したが誕生会と称して、居住人の誕生月には皆と歌を歌ったりしてお祝いする会もある。1月の誕生会では、雅子もそのお祝いを受けたた。長い結婚生活を振り返ってみて、1月3日生まれの雅子には、お正月気分の中で、誕生会なんてやる雰囲気もなかっただけに、格別な思いがあったに違いない。
 その他にも、いろんなイベントが考えられている。例えば、お買い物ツアーと称して近くのスーパーに出掛けたり、場合によっては、近くのファミレスでの食事会なども企画されている。また、お天気のいい日には、外を散歩したり、屋上に出て景色を眺めたりするようなこともまめにやってくれる。少しでも、楽しい日常生活が送れるように、細かく配慮、企画されているのだ。そういう際には、グループだけの介護士さんだけではなく、別のグループの方や、看護師さんたちも協力して盛り上げてくれる事もある。
 いずれにしても、居住者の健康管理と楽しさ提供に鋭意取り組んでいる対応姿勢は、この種の施設での大きなセールスポイントと言えるのではないだろうか。(以下、明日に続く)

1557 黒い煙、白い煙

 童謡、「みかんの花咲く丘」の2番に「黒い煙をはきながら、お船は何処へ行くのでしょう」と云う歌詞がある。日本国民の多くの方々が気にしておられるのが、福島原発での時々発生する煙の原因とその影響である。

1.独り言コラム
 昨日の4時頃から福島原発の3号機から黒っぽい煙が、また6時20分頃からは2号機から白い煙が出たことで、放水作業や電源回復作業などがストップしている。ここに来て電源を使った冷却水の循環が回復することへの期待が高まっていただけに残念である。
 黒い煙は2時間ぐらいで、白い煙も朝には止まっていたが、いずれも原因が分からず不安が起きている。黒い煙による放射能量は増えていないようだが、白い煙によることで放射線量は一時的に増えたと言う。。
 不安と言えば、ほうれん草や牛乳から放射能が検出されていて出荷を見合わせる通達が出たようだ。農家には東電と政府が保障することが明らかにされたが、この10日間という短い期間で、農産物や畜産物に影響が出て来ることにびっくりでもある。
 こうなると、期待の高まった「不安解消」への動きにも、また後退を余儀なくされたようで、事態は再び予断を許さない状況に戻っている。
 さて、一昨日はハイパーレスキュー隊の隊長からの「日本の救世主になって」という奥さんのメールの言葉の紹介があって、多くの日本国民に感動を与えてくれたが、その他にも、この厳しい状況下で、幾つかの感動的な言葉や対応があって筆者の胸を熱くしてくれた。
 一つは、9日ぶりに16歳の孫と80歳のおばあさんを発見した警察の方々のインタビューで「『瓦礫の下に80歳のおばあさんがいる。助けてください』」と云うのが最初の言葉でした」という発見した巡査部長の報告だった。自分のことよりも80歳のおばあさんのことを先に伝えたという孫の心配り、優しさはとても感動的だったし、それをそのまま伝えた巡査部長の表現も素晴らしかったと思う。また、我が滋賀県彦根市にある盲学校の教諭である宇野繁博さんが、福島県からの避難してこられた家族を受け入れていると言う。この宇野さんは25歳の頃に失命して苦労して来られた方だ。若い頃に受けた温かいサポートへの恩返しがしたいのだという。これまた、「じ~ん」と来る感動秘話といえよう。
 冒頭の童謡の歌詞ではないが「荒い波に流されながら、本当にお船は何処へ行くのだろうか」とそのことを心配している毎日である。現場で働いている方々の勇気ある決死の活動に熱い拍手を送りながら、一日も早く平和な日本が戻って来ることを祈念している。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 2時10分起床、体重、61.4Kg.お天気は曇り空のようだ。
 昨日の雅子は微熱があったが、比較的安定していた。血圧が前日に比べて少し高かったことで、呼び掛けへの反応はよかったので、こちから原発との大変な闘いぶりをいろいろと話して聞かせた。午後には散歩で気分転換。

3.連載、難病との闘い(148) 第三部 施設、病院での介護生活(49)
  第四章 施設生活再開(9)

(1)定着への頑張り(9)
 雅子の多くの大事な機能が失われ、症状の悪化が顕著に進んでいる中で、この施設に移ってから、一考は、特に言葉の不鮮明さが一気に進んだように感じていた。やはり、運動に関する筋肉の動きが悪化していて、その関連で、口の筋肉の動きが悪くなっているのだろうと一考は考えていた。
 そこで、採用した対応方法が、単語の一文字ずつを「あいうえお」の五十音の文字盤を使って確認し、それを繋いで、雅子の言わんとすることを探り当てる作業だった。しかし、これが、思いの外、疲れる作業で時間も掛かるのだった。そのことは、自分以上に雅子本人も疲れているはずで、そう思うと大変気の毒になる。
 さて、一日3回の往復を記録した日の夕方だった。見舞ってくれた母親を自宅に連れ戻し、3度目にアクティバ琵琶に戻って来た時は、時刻はもう6時半を過ぎていた。玄関のドアが閉まる7時までにはそんなに時間はない。少し焦燥感を覚えながら、一考は雅子の部屋に急いだ。雅子は、思いもよらなかった一考のこの日の3回目の顔出しに、さすがに、少しびっくりしたようだった。
 取り敢えず、雅子が先ほどの帰り際に言おうとした言葉を確認しようと、今一度、雅子に発音させたが、やはり、何を言っているかが掴めない。そこで、例の五十音の文字盤を取り出し、言葉を文字に分解して、探り当てる作業に入った。発音順に一音ずる確認して行くと、最初が「せ」であることが分かり、次が「ん」、そしてその次が「ば」と云うところまで追い詰めた。つまり、「せんば」ということから、「せんばつ、高校野球」と確認すると違うと言う。それもそうだ、何も野球の話が出る訳ではない。さりとて、「せんば」と来ても、これはという言葉が連想できない。その内に「せんばい」という言葉が浮んだので、「専売公社」とか「千倍」といってみても当たる訳がない。雅子は煙草とは関係ない。そこで、やっとのことで次の一文字を確認すると「ず」だという。「せんばず」と口ずさんで、まだも何も浮んでこない。困ったと思って、更に確認を進めると、次は「る」だという。「せんばづる、なあんだ! 千羽鶴か」ということで、雅子の言いたい言葉が見つかった。
 要は、雅子は、母親が折ってくれた千羽鶴にお礼が言いたかったというのであろう。とにかく、引っかかっていた謎が解けて、ほっとして帰途についた。7時ぎりぎりのドアのロックタイムに滑り込みセーフだった。
 とにもかくにも、こんな具合に、これからも言葉探しの難しい作業に悩まされることになる。これは、二人にはまさに精神的な格闘技であって、相当なエネルギーの消耗を必要とすることになるのだ。(以下、明日に続く)

1556 救世主

 まさに世紀の国難である。勇敢に立ち挑む救世主を必要としている今の福島原発現場である。

1.独り言コラム
 今回の連続長時間放水を成功させた東京消防庁のハイパーレスキュー隊の指揮を執った富岡豊彦統括部長の記者会見は、暫く絶句、そしてこみ上げてl来る熱いものを抑えてのお話ぶりに、思わず込み上げて来る感動でいっぱいになるのだった。部下の安全への気遣いが最優先であり、温かい人間性がにじみ出ていた。また、佐康雄総隊長は、その出掛けの際に妻から「日本の救世主になって」とのメールをもらったことを紹介したくだりには、思わず胸を熱くさせられた。そんな素晴らしい言葉で送り出した奥さんの素晴らしさにも感動するのだった。
 命がけでこの国難に立ち向かった男達の責任者として、その果敢さと安全確保の間の中で、立派にその責務をやり遂げた指揮は大いに讃えられる素晴らしいものだったと思う。とにかく、打つ手なしの局面から、若しかしたらの一縷の希望を引き出してくれた実績は大きい。
 この放水の後になって、格納機内の圧力が上昇すると言う不安な現象が起きたが、それも落ち着いて来ていると言う。一喜一憂の進捗状況にあって、まだ予断は許されないが、大きな山を一つ越したといえよう。あと一つの大きな山は、目下1号機と2号機で検討されている電源を復活させて、格納機内の冷却水の循環に繋がれば、大成功ということになる。そう言う意味では、この復活電源も日本の救世主になる大事な技術である。
更に新しい情報では自衛隊の戦車が、がれきの取り除きに加わるという。放射線を遮蔽する点では役に立つ武器で、これまた力強い救世主である。
 一方、この大災害で確認された死者の数も8000人を越えた。目下、行方不明者の捜索、避難している方々への救済などの懸命な対応が続蹴られているが、昨日になって9日ぶりに80歳の女性と16歳のお孫さんが救出されるいう朗報があった。これには、感激の嬉し涙である。傍にあった冷蔵庫に食べるものが残されていたのが命綱で、二人には救世主だったようだ。生と死の運命の分かれ目というのは実に微妙である。
 リビアには反政府運動グループにとっては救世主と云うべき米英仏の多国籍軍が空爆に参加した。それでも、カダフィは徹底抗戦をしていて予断を許さない。
 ところで、つまらぬ話だが、ここ20年間に起きた大きな災害、テロ、戦争などの勃発日は、いずれもが「11」という数字が絡んでいることに気付いた。偶々の偶然の話しであって意味はないと言えばそれまでだが、とりあえず紹介しておこう。
 今回の東日本大災害は、10日前の3月11日に起きた。「311」である。一方、今までの戦後日本の最悪の災害だったあの阪神・神戸大震災は1月17日(1995年)の早朝だった。「117」である。そして、アメリカで起きた驚愕の同時多発ロ(2001年)は、言うまでもなく「911」であり、少し遡るが、1991年に起きた湾岸戦争も1月17日に起きていて、これまた「117」である。
 どうでもいいと言いながら、その「11」という数字に妙な引っかかりを覚えるのである。それというのも、個人的なことだが、筆者の結婚記念日が11月23日であり、それに因んで車の番号も、「1123」を選んである。そんなことで、指し当たっては、今年の毎月の11日並びに11月中の1ヶ月の期間は、筆者にとって変な事が起こらないように祈っておこうと思う。逆に、ビッグな救世主の登場を夢見たい心境である。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時起床。体重、61.2KG.お天気は雨の予報である。
 昨日の雅子は、前日よりは少し頑張って反応してくれていた。長男の呼び掛けにも細く出はあったが目を開けてじっと見つめ、何かを言おうとしていた。恐らく、「こんな病気になってごめんね」とでも言っていたのかも知れない。正直言って、最近は寝たきりの生活時間が増えて来ている。

3.連載、難病との闘い(147) 第三部 施設、病院での介護生活(48)
  第四章 施設生活再開(8)

 (1)定着への頑張り(8)
 1月17日は雪が舞う寒い日だった。雅子の大学時代の友人が見舞いに来てくれるという。年賀状を見て、初めて雅子の病気の深刻さを知って心配になり、数日前に電話をもらっていた。お住まいが、大阪の南で大分遠いところだということなので、わざわざ来て頂くということで恐縮していた。
 湖西線の快速が停車する最寄り駅の比叡山坂本駅まで、一考が送迎したのだが、生憎結構雪が激しく降っていたので、一考も申し訳なく思うのだった、とにかく、ちょっとした投資だったが、車のタイヤを冬用に換えておいてよかったとつくづく思いながら、慎重に送迎した。
 部屋にお連れした友人の顔を見るなり、雅子の目には涙がいっぱいになった。友人も駆け寄って雅子に一生懸命話しかけてくれた。雅子からの言葉は、殆ど通じなかったと思うが、それでも、二人は、大学時代のことを思い出し、旧交を温めていた。恐らく、友人は、雅子の変わりように驚かれたと思うが、そんな素振りを見せずに、一生懸命に語りかけてくれた。そこには、雅子の言葉の不自由さも、それほど邪魔にはならないような友人の思いやりがあった。雅子も、何とかその気持ちを伝えようと懸命に頑張っていたが、友人は、自らがその言葉の意味を咀嚼して話しかけてくれていた。雅子は大変嬉しかったようで、在りし日の学生時代のことを思い出しているようだった。
 いずれにしても、病気が病気だけに、この種のお見舞いは、極力、固辞するようにしているのだが、それでも、どうしてもというケースもあって、これまでにもわざわざご足労頂くことも何回かあった。この施設に入居後も、年末にお二人の方のお見舞いを頂戴したが、雅子の気持ちを推察するに、お会いしたいという気持ちには、並々ならぬものがある一方で、自分の惨めさを露呈することになり、心境は複雑なものがあると見ている。一考自身も、せめて、雅子が、もう少し話ができるなら、そういう機会も意味深くなるのだが、如何せん、今のようにお話が出来ないとなると、見ていて気の毒で、あまり気が進まない。また、折角、貴重な時間を割いて来て頂いた方も、手持ち無沙汰だし、その対応が難しいのではないか。特に、この病気が将来に回復の見込みがあるのなら、それなりの勇気付けもできるが、この病気に限っては、「頑張って下さい」としか適当な言葉がないだけに大変なのだ。しかし、そうは言いながらも、最近では、その力づけの大きさに有難いものだと思い直している。
 その友人の訪問から3日後に姑のお見舞いを受けた。一考の母親は、今年で96歳になる。前から一度顔を出したいと言っていたのだが、少し体調を崩していたこともあって、暫く様子見を続けていた。この日は、体調もそこそこということで、一考が思い切って見舞いに連れて来たのだった。
 先に、姉の久子が来た時に届けてくれた千羽鶴は、ベッドの脇にかけてあるのだが、それは母親が折ってくれたものだった。話好きの母親は、それを見ながら、いろいろと話しかけながら勇気付けてくれていた。雅子は、神妙にその話を聞きながら、時々何かを伝えようとしていたが、耳の遠い母親には無理だった。あまり長居をして、母親の体調をおかしくしてはいけないと、雅子の訴えをそのままにして、一考は、20分ぐらいの滞在で切り上げて、母親を連れて帰った。因みに、この日はアクティバ琵琶に3往復する記録を残している。(以下、明日に続く)

1555 一縷の望み

 自衛隊、警察庁、東京消防庁、各府県の特殊消防車などの相次いでの出動による放水活動、更には東電での電源設備の回復作業が本格的になって来ていて、今まで見えていなかった一縷の望みが見え始めて来ている。決死の闘いに加わってくれている方々の努力の賜物である。

1.独り言コラム
 福島原子力第一発電所での各原発の冷却がままならず、絶望感を覚え始めていた筆者だが、昨日になって、もしかしたら、放射能の拡散が、これ以上大きくならずに、何とか、封じ込めが可能になるのでは、といったほっとした気持ちが芽生え始めた。
 叡智を集めた懸命の冷却作戦が、入れ替わり立ち代わりで実施されている中で、自衛隊による繰り返しの放水で、漸く一定の給水、一定の安定が出つつあるという発表があり、その後を引き継いだ東京消防庁のハイパーレスキュー隊による高度22メートルの高さからの屈折放水塔車を使って、長時間連続放水が行われたことで、一縷の望みが出て来たことを実感している。前線で頑張って決死の闘いをしてくれている作業に携わっておられる方々には心から感謝し、その決死の活躍に感動を覚えている。
 この連続放水は、海から800メートルのホースを繋ぐ苦労の積重ねの成果が如何なく発揮されたようだ。当初は7時間、1260トン(3トン/分)の予定で放水が行われていたが、その後も、政府からの出来るだけ長くという強い要請で、結果的には13時間40分に渡って実施されたという。冷却用のプールの容量が1400トンと言われていることから、満杯以上の水量が放水された訳で、望外の大きな収穫になったはずである。この手法が確立されたことで、少しは不安が軽くなったように思う。
 放水ポンプに関しては、この他に建築用に使用されていてピンポイントで放水できる高い能力を持ったドイツ製の特殊車があって、今日から、その期待のエースも起用されることで成果が注目される。そのほか、大阪、横浜、川崎などの各府県の特殊消防車も現地に向かっていると言う。ローカルにそんな特殊な技術があることは面白い現実だと思う。
 加えて、電源の回復で、連続冷却の技術を取り戻そうという準備も進んでいて、1号機と2号機には既に配線は繋がったようだ。今日から行われる作業で水循環のポンプが稼働するかどうかが、大きな分かれ目である。万策尽きたのではとの不安がいっぱいだった二日前とは大きく様相を異にして来ていて、回復への脈が出てきたように感じている。さすが日本の底力だと申し上げておこう。
 そんな中で、ボランティア活動や義援金の寄付などの温かい活動が相次いでいるが、あのニュースステーションの久米宏さんが2億円、イチロー選手が1億円といった多額の寄付にはびっくりだし、さすがといった実感がある。それにしても、久米宏さんはそんなにお金持ちだったんだと改めてびっくりである。お二人だけではなく、世界からの多くの方々の暖かい志が、この日本の危機の一端を支えてくれている。嬉しく力強いことである。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時半起床。体重、61.2Kg.お天気は曇りから雨模様との予報であるが、今は晴れている。
 昨日の雅子は血圧が低めで、そのためか、午前中に顔を出してくれた長男にも、なかなか目が開けられなかったようだ。それでも、午後の車椅子での散歩の後は、少し体調も戻ってきているようだった。長男は今日も見舞いに顔を出す予定。

3.連載、難病との闘い(146) 第三部 施設、病院での介護生活(47)
  第四章 施設生活再開(7)

 (1)定着への頑張り(7)
 このアクティバ琵琶の新館である翔裕館の一階に専用のこじんまりした美容室がある。事前に予約しておけば、そこに美容師さんが出向いて来てくれるのだ。雅子がそこで初めてお世話になったのは、施設に戻って9日後の1月16日のことだった。従って、以前のように外出の必要がないのが有難かった。車椅子で雅子の部屋からそこに直行すればいいだけだ。実質的に待ち時間ゼロで直ぐに取り掛かってくれるから効率的でもある。予約制だから、他には客は誰もいない。そういう意味では、この美容室は、いわば貸切の状態であり、気分的にもリラックスでき、落ち着いてお願い出来るので、特に身障者には適した環境である。
 とにかく、余計な気遣いをしないで済むことも有難いことだった。それまでの一般の美容室では、先ずは、雅子が身障者であって特別な配慮をしてもらわねばならず、事前にそのことを説明して置く必要があった。それに、他のお客さんも多くおられることもあって、なんとなく気が引けたり、それなりの気遣いが必要だった。そう言うことから一切解放されることになったのは有り難かった。
 そんなことを思うと、ここ数年間の雅子の美容院通いでの苦闘の変遷を思い出す。少し大袈裟な言い方かも知れないが、ここ数年間の雅子の美容院通いの変遷を通しても、雅子のこの難病での症状悪化の歴史の一面を捉えることが出来る。
 その模様を振り返ってみよう。一考が、雅子の異常を知って急遽帰郷したのは2004年12月末だったが、その頃の雅子は、自分で車を運転して美容院に通っていた。その美容院は、車で10分程度の距離にあるJR唐崎駅近くのビルの2階にあった。
 しかし、2005年2月からは、これ以上の雅子の運転は危険だと判断し、車の運転は一考が取って代わった。従って、雅子も美容院へは一考の運転の送迎で通うことになった。そのやり方は、送って行ってから、一考は一旦家に戻り、時間を見計らって迎えに行くという形を取った。ビルの2階への階段を上り下りは、暫くは何ら問題なく、雅子がひとりで行なっていた。
 それから一年少し過ぎた頃から、その階段の上り下りには、一考のサポートが必要になり始めた。そのサポートは、最初は、手を繋ぐ程度の軽いサポートでよかったが、それから段々とエスカレートし、2006年後半には、次第に雅子の身体を抱えるようなサポートが必要になって行った。そして、2006年12月末がその階段の上り下りの最後となったのである。その時点では、しっかりと抱かかえながら階段を一段ずつ、ゆっくりと必死に上り下りしなければならなかった。今では、それも懐かしい介護の思い出でもある。
 かくして、2007年初めからは、車椅子で通えることが出来る近くのスーパーの店内にある美容院に替えたのである。その店には、この施設に入居するまでのほぼ一年間に8回通った。そして、この日の2008年1月16日、この館内のこのお店に、初めてお世話になることになったのである。
 以上が、この3年余りの雅子の美容院通いの小史である。そこに、雅子の厄介な病気の悪化の進行具合がリアルに投影されているのが分かる。それは、取りも直さず、一考の介護の変化の歴史でもある。
 特に、興味深く面白いのは、介護の困難さが、雅子の病気の悪化と、必ずしも正比例しているのではないことだ。 そこの美容室の環境との関係で苦闘の度合いが違うのである。そう言う意味では、唐崎駅近くのビルの2階にある美容院の階段を、必死に雅子を抱えて上り下りした最後の通いが、美容院通いの介護に関しては最も苦しかったし、逆に一つの思い出として一考の記憶の中に刻まれている。(以下、明日に続く)

1554 水掛け論

 発電所に電気が来ていないという一見、摩訶不思議な現実がある。そのことで冷却システムが作動せず、日本は未曾有の危機に晒されている。とにかく決め手は電源設備の回復による水循環システムの復活である。

1.独り言コラム
 命がけの水掛け作業が昨日も自衛隊、そして警察庁の特別消防隊で決行された。しかし、その効果のほどは今一つである。この放水作業は、使用済み核燃料の温度上昇を防ぐためのその場限りの作業であって、このことでしっかりと冷却を確保することにならない。やはり、失われた電源を再設置し、ポンプを動かして水を循環させるシステムが回復しない限り、日本の将来の安全を確保することは出来ないだろう。ここからは技術者の乾坤一擲の頑張りと幸運を神に祈る心境である
 昨日の夕方千葉にいる息子が所用で一時帰宅した。その話では、ニュースで報道されている通り、トイレットペーパーなどの必要なものが手に入らないという。コンビニやスーパーから物が消えていて、混乱が起きているようだ。あのオイルショック時の物不足の再来の様相を見せていて心配だ。原発の危機が回避されないようだとパニックになることが見え始めたといえそうで不安である。
 みずほ銀行のシステム障害も大変なトラブルである。幸か不幸か、震災関係の大きなニュースの影になっていて、その扱いはそれほど大きくはなっていない。しかし、大変な迷惑を多くの国民にかけている。
 筆者もそのトラブルに巻き込まれた一人である。トラブルの起きる直前にインターネットで振込みを行ったのだが、未だに振込先に入金されていない。期日に遅れるとペナルティの対象になりかねないということで、昨日の昼前に、滋賀県では唯一の都市銀行である「みずほ銀行大津支店」に出向いた。この支店とは、妻の雅子が難病に掛かっていることから、本人名義の口座からの振込みなどが出来ず、今までに二度の渡って、窓口で大喧嘩した実績がある。本人の意志確認が出来ないということで取り合ってもらえなかったのだ。昨日も、結果的には3度目の大喧嘩になってしまった。
 応接したのはお客様サービス課長だった。筆者が、「この振込み遅延によって生じた振込先からのクレーム、ペナルティには責任を持ってもらえますね」と確認し、そのことで一筆欲しいと申し入れたのだが、それはできないと慇懃無礼に拒否されたのである。仕方なく、課長のおっしゃった内容を、頂いた名刺の裏に書いてサインをもらおうとしたが、これも叶わなかった。しかも、その書いた文言でも、「会社として対応させて頂きます」という表現に止め、その対応の内容を具体的に「ペナルティーに責任を持つ」といった文章にすると、そこまでは困るとし鳩山前総理のように「私を信用してほしい」と言い出した。しかし、筆者は今までの2回のトラブルを経験していたことから、「信用できない」と受け入れず、水掛け論となった。
 その後、自宅に戻って思い出したのは、かつての2回目のトラブルの時に「あなたは、私が妻の名義で何か悪いことをしようとするような人間に見えますか」と質問したことがあり、その時に、応対した副支店長は「分かりません」と事も無げに否定したことがあった。そういう意味では、昨日はまさにその逆の立場での応接で、若干、溜飲を下ろした感じだった。(1508ご参照)いずれにしても、みずほ銀行の対応には、納得できない慇懃無礼な理不尽な対応が多い。
 ついでながら、気に入らない、納得できないのはプロ野球セリーグの対応だ、あれだけ電気の節約が叫ばれている中でナイターでの開幕をあくまでも当初の予定通りに行なおうというのだ。阪神の新井貴浩選手会長の猛反対も握りつぶされたのである。信じられない強行な対応にファンもびっくりではなかろうか。これは単なる水掛け論ではない。なお、甲子園でのセンバツ高校野球は予定通り行われることも決まったが、これは関西で行われる昼間のゲームであり、大きな問題はなく、妥当な判断だと思う。そういえば、大相撲の問題はどうなったのだろうか。このところ話題になっていない。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時40分起床。体重、61.4Kg.お天気は午前中は晴だが、午後には曇るようだ。寒さは軽減されている。
 昨日の雅子は、まずまずの症状だった。午後に入浴、その後に痰が少し多くなって苦しそうで気の毒だった。少しは細めに目を開けてくれてはいたが、呼びかけへの反応は今一つだった。

3.連載、難病との闘い(145) 第三部 施設、病院での介護生活(46)
  第四章 施設生活再開(6)

 (1)定着への頑張り(6)
 そんなことで、一考が施設を出るのは、夕方の4時前後である。日曜日から水曜日は、母親の夕食を準備する日なので、それが気になっていて、なるべく早目に部屋を出ることが多い。雅子も、そのことを気にしていて、その「通じ」での頑張る時間も微妙に調整していてくれるようだ。部屋を出る際には、夜のテレビの放送番組を紹介し、どれにするかを確認して、それを介護士さんに伝えておくことも一つの役割なのだ。
 部屋を出る際には心残りなことも多いが、そこは心を鬼にして、「さよなら」を告げることにしている。いつものことだが、ほっとした気分と大丈夫かなといった気掛かりな気持ちが入り混じった複雑な気分である。
 夕食は、5時半頃から始まる。朝、昼の場合と同じパターン、同じ段取りで介護士さんが優しく、丁寧に担当してくれる。
 夜、テレビを楽しむのは、7時頃から9時頃までで、在宅時には11時頃まで楽しんでいたから、最初は心残りもあったようだ。しかし、それも、直ぐに、その新しい生活リズムに合わせる辺りは、雅子も頑張っていると言えよう。そして、9時前には、介護士さんにパジャマに着替えさせてもらい、トイレを介添えしてもらって終えてから就寝する。直ぐに眠れないこともあるようだが、その時には、カーテンレールに掛けてある時計を眺めて過ごすことも多いようだ。
 ところで、この施設では、居住者が皆で楽しむ機会を積極的に設けてくれている。その最初が誕生パーティだった。これはユニット別に行われるもので、施設に戻って4日目の1月の第2日曜日に行なわれた。この比叡グループで、1月生まれの居住者は雅子の他にもお一人おられるので、その二人がお祝いされる立場だった。
 この日は、たまたま雅子の実姉の霧子さんが来ておられて、久し振りに二人で面会を楽しんでいたようだが、雅子の言葉がますます聞き取り難くなっているのを気にしていたようだ。午後に誕生会があると聞かされて、雅子も一言喋ろうと「有難うございます」を一生懸命に練習していた。
 パーティは、3時のおやつの時間が充当され、皆でケーキと飲み物を楽しみながら、歌を唄ったり、カラオケを楽しんだりするものだった。若手の男の介護士さんがなかなかの芸達者で、リクエストに応えて、何曲か得意な曲を披露され、雰囲気を盛り上げておられた。パーティは一時間足らずであったが、最後に誕生日の二人の挨拶に移り、雅子の順番になったところで、一考がマイクを握った。
 「楽しいお祝いをして頂き有難う御座いました。残念ながら、本人はなかなか言いたいことが言えない状態ですので、私が代行させて頂きます。私達は結婚して40年になりますが、雅子には、今日が一番盛大な誕生会ではなかったかと思います。長いお付き合いになると思いますが、これからも宜しくお願いします」と締め括った。
 終って部屋に戻ると霧子さんから、「雅子にも一言、喋らせてあげたらよかったのに。あれほど練習していたんだから」との一言に、うっかりして配慮に欠けていた一考は、でしゃばり過ぎたことを反省するのだった(以下、明日に続く)

1553 決死の放水アタック

 使用済み核燃料冷却のための放水活動が、世界が注視する中で、自衛隊、警察が総力を挙げた形で敢行された。

1.独り言コラム
 心配される最悪の大危機発生までに残された時間が少なくなって来ている。とにかく使用済み核燃料の冷却を可及的速やかに行わねばならないのだ。そのために、昨日は、先ずは爆発で建物が大きく壊れた3号機に絞って、朝から命がけの懸命の放水作業が空と陸の両方から行われた。
 午前中には2機のヘリコプターでそれぞれ2回、計4回のアタックが行なわれて、全部で30トンの放水が、夜に入ってからは、地上から特殊消防車によるこれまた30トンの放水が行われた。ニュース映像で見たヘリコプターでの懸命のアタックは、何か映画でも見ているようなスリルがあり、主人公のヒーローが悪者をやっつけるクライマックスといったシーンのようで、思わず「頑張って!」と叫びたい気持ちになった。しかし、放水状態が目的ポイントにうまく絞られていないことに、少々心配と焦りを覚えてじりじりしていた。また、夜の消防車による放水の模様は見てはいないが、自衛隊の存在の力強さの一端に触れた気持ちだった。
 それらの効果について、東電は今朝の未明の記者会見で、消防車からの放水は建物に届いているとし、3号機から水蒸気が上がったことから、一定の効果があったとしている。放射線量も少し低下しているようだ。なお、警視庁の高圧放水機能をもった消防車の放水は、水が目的の3号機に届かず、作業者の健康状態を配慮して撤退を決めたようだ。自衛隊によるヘリと消防車からの放水は今日も行われるという。
 その一方で、津波で喪失した電源の回復作業が検討されていて、今日にでも仮設されるのではという情報があり、これに大きな期待が寄せられている。叡智を絞った闘いは、いよいよ大詰めに近づいているようだ。やはり、日本は凄い、というあっぱれな解決に結びつけて欲しいものだ。
 しかし、その一方で悲観論も少なくない。現実論として、アメリカは在日アメリカ人に原発から80Kmのゾーンから撤退するような指示を出しているし、オーストラリア、ニュージランド、韓国でも同様な指示がでているという。その意味では、私的なことだが、二人の息子達が千葉と横浜にいるのだが、チェルノブイリのことが思い出されて、日に日に不安が高まっている。
 そんな中で。地震、津波による死亡者・行方不明者の数は、その後も増加の一途で、1万5千人を越えている。あの淡路・神戸大震災の死亡者6434人を大きく越えた日本災害史上最悪の事例となった。
 昨日になって為替は円が急騰し、16年ぶりの記録を更新する最高値をつけた。それまでの記録だった79.75円を一気に追い抜く76.25円と大巾にその記録を伸ばした。投機的な思惑があって、日本としては堪ったものではない。
 悪い時には悪い事が重なるものだ。みずほ銀行ではここ数日ATMでシステム障害を起こしていて使用不能になっている。筆者もこの混乱に巻き込まれてしまい、インターネットバンキングで送金したが、振込先に入金されていない。これまた迷惑な話しだ。
 迷惑な話では、昨日は関東地区での大規模停電が話題になったが、幸い昨夜は免れたようだ。そういえば、昨日のお昼に横浜にいる息子宅に電話を入れたが、計画停電中で電話が通じなかった。まさに、泣き面に八、八方ふさがりである。
 
2.今朝の一考、昨日の雅子
 深夜の1時半に一旦目が覚めた。そのままブログを準備。配信後に改めて寝るつもり。今日も寒さは相変わらずのようだが、午後からは緩むようだ。(追記、5時半再起床、体重、60.8Kg。外は雪景色)
 昨日の雅子は、朝方少しあった熱が下がったのだが、気分はローテンションだった。それでも午後は車椅子で散歩。3時頃には実兄ご夫婦のお見舞い。雅子も楽しみにしていたと思うが、今日の雅子は、目を開ける具合もあまりよくはなく、一見、無愛想な対応に終始していた。本人は、それでも一生懸命に喜びを表していたと一考は解釈するのだった。

3.連載、難病との闘い(144) 第三部 施設、病院での介護生活(45)
  第四章 施設生活再開(5)

 (1)定着への頑張り(5)
 おやつタイムでは、このユニットでは、大抵の場合、皆がダイニングリームに集まって過ごす事が多い。ちょっとしたデザートと飲み物が用意されるので、皆でそれを楽しむのだ。日によっては、ビデオでリハビリ体操が流されるので、それを見ながら介護士さんと一緒になって、手足を動かして楽しんでいる。幼稚園で見かける風景に似ていて、とてもユーモラスで楽しそうだ。
 しかし、雅子は身体が全く動かせないので、その種の体操が出来ず、参加したくないという。それで、一考のサービスでそのおやつタイムを過ごしているのである。当初は、このような独自なやり方が、この施設での団体行動から外れることで、拙いのではと気にしていたが、それはそれで結構だとの事で、そのスタイルを継続させてもらっている。しかし、もし自分が来られない場合はどうするか、少し不安がある。
 さて、おやつの時間のサービスを終えると、一考にはもう一つの大きな役割が待っている。それは、最近は、この時間帯が雅子のトイレタイムになっていて、その手助けをする役割である。そこでは、一考は二つのアシストを務める。その一つが、タイミングを見計らって、介護士さんに、個室のトイレの便座に雅子を座らせてもらうまでの作業をお願いすることだ。かつての在宅介護では、この仕事も一考が一人でこなしていたのだが、今の一考は、下手すると腰を痛める危険があって控えており、介護士さんが二人でサポートしてくれている。大袈裟ではないが、この介護は、いろいろある介護の中でも最も大変な介護の一つなのだ。雅子も、一考が居る時の方が精神的に安心して出来るということもあって、今では、ほとんどこの時間帯で頑張ることが多い。幸い、その成功率も結構高く、イチローの打率以上になっている。
 一考のもう一つの役割は、雅子が頑張っている間に、いろいろと気遣って雅子の様子を窺いながら、必要と思われる細かい要求に対応してやることで、通じがをし易くサポートする心遣いである。最近では、便座に座った際に、膝の上に座布団を折り曲げて置いてやることが多い。そうすることで、俯き加減な姿勢を安定に保つことが出来るからだ。しかし、それも、ある程度時間が経つと取って欲しいということもあるので、それを取ってやったり、姿勢を直してやったり、支え棒から落ちた右手を持ち上げてやったり、この間もこまめに面倒を見てやるのだ。そういうアシストで、雅子も頑張り利くようで、それが高い成効率に繋がっているように思う。かくして、今では、この時間帯で頑張ることが定常化してきている。 
 そんな皆のサポートで、「通じ」があると、看護士さんも、一考も、皆がほっとするのである。そして、お通じでの苦闘の一大ドラマはハッピーエンドとなる。(以下、明日に続く)

1552 放射能封じ込めへの懸命の日本

 放射能は見えない恐ろしい凶器であるだけに、それを封じ込める作業の大変さを改めて思う。恰も、見た目の顔は可愛いが、その半面、手の付けられない凶暴な一面を持つ野獣を扱うが如し、である。

1.独り言コラム
 原発の事故では「止める、冷やす、封じ込め」という三つの基本対応が大事とされている。今回の事故に照らし合わせると、「止める」は無事に終ったものの「冷やす」と「封じ込め」の二つの戦いでは、今や土俵際の必死の攻防になっている。
 大変厄介で難しいのは、それらに必要な作業を危険な放射能の中で行わねばならないことである。それだけに、どうしても命がけの作業にならざるを得ない。
 目下、放射能を「封じ込め」対策に全力投入で、核燃料の冷却のための注水方法に智恵を集めての検討が行われていて、ヘリコプターを使う方法や高圧放水車を使う方法が取られることになりそうだ。ヘリコプターを使って上空から水を落す方法は、昨夕に試みらようとしたが、放射能が強すぎて実施は延期された。今日、改めて試みられることになろう。一方の高圧放水車による方法は、今朝にも行われるようであり、それがうまく行くことを願っている。その一方で、失われた電源の回復に見通しがついたという報道もある。それが回復できれば、事態は一気に好転するという見方もある。
 いずれの場合も、放射能という怖い相手の存在下での作業にならざるを得ず、最前戦での作業者は命がけの作業で、ある意味では、特攻隊的な気持ちでの戦いを意識した作業になっているのではと思う。今や、日本を救うための決死の役割を担ってもらっているのだ。当面の冷却対象は3号機と4号機である。何とか水の注入がうまくいってほしいものである。
 一方、誇大な風評が、被災者、避難者達を孤立させる事態が起きていた。原発から20-30Kmゾーンの屋内避難地区が、危険地区として扱われていて、物資などが配達の車が入らないという大変な悲劇が起きている。昨晩のNHKのニュースウオッチ9で、南相馬市長が、その辺りの実情を強く訴えていたのを見て、初めてそんな事実があるのを知って驚いた。この辺りは、政治がきちんと指導しないととんでもない悲劇を生むことになる。
 ところで、最近の菅総理の顔色は極めて悪い。連日の激務(?)で疲れも蓄積しているのは気の毒だと思うが、同氏が国民に向けてのテレビ出演は、その疲れた顔つきでは、国民に勇気を与えることにはならないように思う。大役に堪えられない大将かもしれない。その点では、枝野幸男官房長官は良く頑張っていると思う。
 一方、今回の東電福島原発事故の危険度レベルについて世界は喧しい。日本は、今のところレベル4だとしているが、フランスの原子力機関は、スリーマイル島のレベル5以上だとしてレベル6に引き上げた。一方のアメリカ機関も、スリーマイル島以上だとして、レベル6~7の可能性を示唆しているという。確かに、冷静に見て。既に核燃料は漏れ始めていると解釈できるので、レベル4は妥当ではないと見るべきだろう。
 昨日の東証では、続いていた株価の下落は一旦は歯止めが利いたようだが、今朝のアメリカのダウは大幅な下落であるため、今日の東証が心配である。他方、為替も15年11ヶ月ぶりに80円台を突破して79円台の取引になっている。(その後、一気に76円台になって市場最高値を記録した)経済の先行きも全く読めない。
 余談だが、プロ野球のセリーグは、こんな状況に中でも予定通りの日程で来週に開幕するという。読売新聞の渡辺恒夫会長が、パリーグが延期するのを揶揄する発言をしていたが、選手会長らが反対しているのを押し切っての開催は、ファンからも支持されないのではなかろうか。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時半起床。体重、61.1Kg.寒い。お天気は昨日と同様に雪模様のようだ。
 昨日の雅子は症状は安定していたが、便秘が3日目。看護婦さんが必要な処置をして下さったが、効果は今一つ。午後には散歩で気分転換。

3.連載、難病との闘い(143) 第三部 施設、病院での介護生活(44)
  第四章 施設生活再開(4)

 (1)定着への頑張り(4)
 雅子の昼食は、やはり1時間近く掛かって済ませる。介護して下さる介護士さんには感謝、感謝だ。その後は、朝食後の場合と同じように、お薬の服用、歯磨き、口ゆすぎ、そしてトイレの順での介護を受ける。この辺りの段取りは、ベルトコンベアーに乗ったような感じで進められる。雅子も、要領を得ていて、そのリズムに乗った形でそれに応じているようだ。
 一考が施設に2回目の顔を出すのは、入浴のない日は、昼食関連の一連の段取りが終わったタイミングで、1時半から2時に掛けてである。火曜日と金曜日は昼食後に入浴をさせてもらうので、それが終わって部屋に戻って来るのが2時頃になっているので、一考もそれに合わせたタイミングで顔を出すようにしている。入浴はメインとサブの二人の介護士さんの協力で行ってもらっている。
 一考が顔を出すと、大抵の場合は、雅子は椅子に座ってのんびりとテレビを見ているが、入浴した日は、ベッドに横に寝かせてもらっていることが多い。やはり、入浴で多少疲れるからである。二人の会話は、「何か、変わったことはないか」という一考のいつもの挨拶から始まるが、殆どの場合「何もない」と雅子が首を横に振って答えるパターンである。それを確認して、とりあえず、一考は自分でインスタントコーヒーを入れ、それを飲んで一息つくのだ。そして、暫く、雅子の傍で一緒にテレビを眺めている。何となくほっとする時間帯だ。雅子がベッドで横になっている場合は、一考の顔を見ると、早く起こして欲しいとせがむことが多いが、なるべく長く横になっている方が疲れなくていいと思って、暫くそのまま寝かせて置くことが多い。雅子は、その間、しきりに早く起こしてと不満を訴える。その辺りのタイミングで、介護士さんが、便秘用のファイバー食品をとろみで混ぜてもって来てくれるので、その時点で起こしてやって、一考がそれを飲ませてやる。
 やがて、3時のおやつの時間になるので、予め、一考が持ち込んだものや姉達が見舞い時に持って来てくれたものを出して食べさせてあげる。大抵は、プリン、果物、アイスクリームのいずれかである。そして、それが終わると、何か飲み物となるが、これも大抵はお茶か、ジュース、ヤクルトといったものが主流だ。ピーナッツやチョコボールなどの硬いものは禁物だ。飲み込めなくて、後で口に手を入れて取り出さねばならないからだ。(以下、明日に続く)

1551 大地震、大津波のダブルパンチで大ピンチ

 この大災害での被災者、死亡者、行方不明者の数は増加の一途、それに、原発の想定外の危機、加えて節電のための計画停電での混乱、その結果、株の大暴落に連動し、今や日本は底なしの泥沼の中で懸命にもがいている。

1.独り言コラム
 昨夜の10時半頃、静岡、山梨地区に震度6強の地震が起きた。また今朝未明の3時半頃には岐阜でも震度4の地震があった。段々と震源地が西に移って来ている地震発生は不気味である。
 その一方で、昨夜からは一部の民放が娯楽番組の放映を再開した。いずれも他局の出方を窺いながらの決断のようだ。日本の泥沼化した危機は、ますます深い霧に包まれていて出口が分からない状況にあるのだが、息抜きも必要と見たのだろう。筆者は、それもいいのではと思う。というのも、全ての局が同じような番組を放映するのも無駄であり、役割分担ということは一つの考え方だ。
 暴論かもしれないが、役割分担と云う意味では、今回の災害に関する報道は、原発の危機、地震での救済活動、それに節電のための計画停電といった幾つかのアイテムが併行して進んでいることから、各放送局がアイテム別に役割分担して報道してくれると、視聴者としては、必要な時に必要な番組内容にスムーズにありつけるので活用し易くなるのではと思う。まあ、そんな都合のいい談合は無理だろうと思うが、未曾有の日本のピンチなだけに、政治指導で国民のためになる体制を整えるのも、政治のあり方だと思う。
 さて、災害の状況は、死者・行方不明の数がますます増加の一途にある。また東電が打ち出した計画停電も今日で三日目に入るのだが、不手際もあって、国民に多大な混乱を与えているようだ。
 そんな中で、問題がますます厄介になって来ているのが原発問題だ。昨夜のNHKのニュースの解説に当たっていた東大の岡本孝司教授が、原発に関しては「止める、冷やす、閉じ込める」の三つがキーポイントだとし、2号機の事故では、最後の封じ込めの段階の攻防になっていると説明していた。ちょっとした一時的な漏れは別として、何としても、放射能の封じ込めは成功させねばならない。
 ところが、原発問題はここに来て、事態が急変している。地震が起きた時には稼動していなかったことからノーマークだった4号機で火事が起きて放射能漏れが判明し、それがとても厄介な問題になって来ているという。、それまでの1,2,3号機への対策が継続されている中で、この4号機の新たな問題は、まだその中身がよく分かっておらず、思いの外、事態は深刻そうだ。まさに、むぐら叩き的な事態の発生に大わらわな闘いになっているようだ。心配である。
 とにかく安全神話を誇りにしていた日本の原発の安全性が、地震と津波のダブルパンチを食らって大きく揺らいでおり、世界がその動向に注目している。原発のあり方が改めて問われることになるだろう。その意味で、原発の本体が入っている格納庫がしっかりと安全を守ったと言うことになれば、それは安全性が守られたことになり、神話は生きていたことになる。混乱する現場で命を賭けて頑張っている作業者に敬意を表しつつ、何とかうまく封じ込めてくれることを願っている。
 ところで、我が滋賀県でも関連の動きがあった。嘉田由紀子知事が音頭をとって、滋賀県の地域防災計画の見直しを行うと発表した。今ある指針は、敦賀原発から長浜までが16Kmあって問題がないとされていたようだが、今回の事故で、30Kmまでの住民の危険が論じられたこと、更には、福井県から被災者の流入について全く考慮されていないことなどから、見直しが欠かせないということのようだ。速やかな対応に拍手である。
 一方、株価の暴落は凄い。先週の大引け15分前に起きた地震発生後からの2日と15分の営業時間内で、東証平均が1750円以上のとんでもない下落となった。今朝の米国株価も大きく下げた。そういう意味で注目は、今朝始まる東証の動きである。ここで踏み止まることになるのか、まだまだ下がるのかに世界が注目する。なお、今回の下落で、筆者のような小さな投資家(?)までが、含み資産で、大袈裟でなく、とんでもない額の消失になってしまった。がっくりである。
 いま、これを書いていてテレビ報道で知ったのだが、プロ野球の開幕日に関して、パリーグが1ヶ月ほど延期するというのに対し、セリーグが予定通り3月25日開幕をしようとしたのだが、それを阪神の新井貴浩選手会長が、パリーグと同様に延期を訴えたという。新井選手の勇気ある素晴らしい主張に大拍手である。
 
2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時10分起床。体重、61.4Kg.曇りで夕方には雨もありそう。
 昨日の雅子は少し熱があったが、前日よりは呼びかけに反応して目を開けてくれた。相変わらず、災害の話をしてやりながら、筆者も疲れが出て、ベッドの横で添い寝していた。この単調な生活にも疲れが溜まってきているようだ。

3.連載、難病との闘い(142) 第三部 施設、病院での介護生活(43)
  第四章 施設生活再開(3)

 (1)定着への頑張り(3)
 この2月の時点では、一考は、大体はこのタイミングで朝の訪問をしていた。従って、その後の雅子の面倒見は一考が引き受け、持ってきたその日のブログを読んであげたり、前日に来た手紙を読んだり、また新聞を見せて、放送番組などを紹介してあげる。場合によっては、日経新聞の「私の履歴書」などを読んであげることもある。この間に、便秘対策用のファイバーをとろみ調整剤にまぶしたものを作って頂き、それを一考が食べさせる?飲ませてあげるのだ。
 なお、忸怩たる気持ちになる事が多いのは、その日のブログを読んであげる時である。そこに、それまで気付かなかったり見逃したりしていた多くの誤まりや稚屈な文章の表現を見つけるからである。誤字、脱字、更には単純な「てにおは」のミスなどが多く、恥ずかしさでうんざりするのである。それらは、黙読では気づかないことが多いのが残念で、声を出して朗読することで初めて気づくことが多いのだ。配信する前にもっと丁寧に読み直すべきだと思うと同時に、自分の文章力のレベルの低さに忸怩たる気持ちになる。そして、悪いことには、それらの誤りに気づいても、コンピューターを持参していないので、直ぐに訂正、修正ができず、そのまま晒し物になってしまっているので、苛々することが多い。
 ついでに触れておくが、このブログの朗読から思いついたのが、小説を朗読して聞かせてあげることだった。もちろん、本の朗読は自分でも初めての試みだった。そこで最初に取り上げたのが、おこがましかったが、自らが処女出版した「執念」だった。今まで、自分の書いたものを雅子には見せたこともなかったし、これを出版した時点では、既に病気もかなり進んでいて、自分一人では本を読むこともままならなくなっていた。そこで、せめて、雅子には、夫がどんな内容のものを書いているのかを知ってもらいたいという思いもあって、一石二鳥で朗読を始めたのである。2月半ばのことだった。
 しかし、思いの外、いや、案の定、雅子の反応は今一つだった。加えて、ここでも、自分の書いた文章の稚屈さ、リズム感のなさにうんざりする毎日を味わうことになった。そして、改めて、黙読する場合と、声を出して読むのとは、随分と雰囲気が違っていることにびっくりするのだった。出版前にあれほど読み直したのが嘘のような多くの間違いに気づくのだが、後の祭りで幾度もがっかりさせられるのだった。
 いずれにしても、このようにして午前中は、のんびりと二人で時間を潰すのである。昼食は11時半頃から始まるが、介護士さんの忙しさとも関連して、時間は多少ずれることもある。ここでも、朝食の場合と同様に、一人の介護士さんが専属で食べさせてもらう。有難いことである。
 一考は、昼食が始まる時間が近づくと、介護士さんたちに「宜しく」とお願いをして、一旦このアクティバ琵琶を引き上げるのである。(以下、明日に続く)

1550 大和魂の誇りを持って悪夢と闘おう

 発表される死者の数がどんどん増えている。また、原発の危険度も一難去ってまた一難だ。株はリーマンショック以来の大暴落である。まさに日本列島はかつてない大ピンチに見舞われている。

1.独り言コラム
 東電の福島第一原発では、前日の1号機に続いて3号機でも爆発が起きて建屋の外壁が吹っ飛んだ。それによって、何人かの方が負傷などをされたと言う。1号機の経緯から、予め予測された爆発だったのだが、やはり負傷者を出したのは残念なことである。対策の作業を継続せざるを得ず、止むを得なかったのだろうが、作業に当たられた方々はお気の毒としか言えない。しかし、原発の格納庫内にある本体が安全を保っていることで最悪の事態を免れていることは幸いである。
 一難去ってほっとしたのも束の間で、昨日の午後には2号機で同様な危機が起きていることが明らかになった。先の1、3号機の場合と同様な問題だそうだが、事態はもっと深刻なようだ。それというのも、水が無くなって一時は燃料棒がむき出しになって、からだき状態になったというのだ。想像するだけで恐ろしさに身震いを覚える。その後少し海水がたまり始めたと言うが、状況は二転、三転で予断を許さないピンチが続いているようだ。
 とにかく、懸命の、必死の対応作業が行なわれていると思うのだが、本当に大丈夫だろうかと不安は絶えない。この原発事故の模様は世界が注視している。日本での安全神話が揺らいでいるからだ。それだけにきちんとした速やかな情報提供は欠かせない。その一方で、東電の技術者の会見での淡々とした説明に、他人事のように思わせる部分があるのを気がするのは私だけだろうか。
 一方、電力の消費を押さえるための計画停電が実施された。しかし、その対応が電力の消費量とのバランスを勘案しての対応であったため、幾度も実施が見送れたことが、却って国民を惑わせることになった。また発表されたグループ分けの内容に、重複や誤りがあって、その訂正などで情報が錯綜し混乱を大きくしていた。とにかく、今の生活は電気がなくては維持できない仕組みになっている。人工透析などの医療関係だけでなく、交通手段もそうであり、電気で命が保たれているのである。それだけに、その命の源泉が止まると言うのは想像を絶する混乱を引き起こすことにもなりかねない。
 今日以降も停電はおこなわれるというが、むしろ、徹底した節電を呼びかけて国民の協力を仰ぎ、その努力の結果を直接国民に知らせて行くという方式を執ったらどうだろう。  
 つまり、節電の目標値とその時点での努力の実績結果の生の数字を開示するのである。それによって、国民も努力のし甲斐が見えるとなれば、あと少しと言った具合に努力もし易くなる、そして、その結果でも、目標値に達しない場合は、計画停電を実施するというのがいいのではと思う。あくまでも、性善説に頼る対応で、努力を見える形で示し、それが目標値に達しない場合に停電に踏み切るのである。どうだろうか。
 ところで、心配している死者の数も宮城県が1万人を超すことを発表している。今回の巨大地震による全体の死者の数がどこまで増えるのか、今のところ誰も知る由もないが、下手すると5万人といった大変なレベルを想定しておかねばならないかも知れない。恐ろしい話である。
 そんな中で、これといったパニックが起きておらず、きちんと秩序が保たれている日本に、世界の国々が驚いているという。素晴らしいことであり、誇りにすべきであろう。まさに、日本人の面目ここにありだ。とにかく、頑張ってこの難局を乗り越えて行かねばならないと思う。頑張ろう、闘おう、大和魂の誇りを持って!

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時半起床。体重、61.4Kg.お天気は良くなさそう
 昨日の雅子は、前日よりは頑張って目を開けて応じてくれていた。一考としてもほっとしていた。午後には車椅子で散歩。そして、合間合間に、今日本で起きている大震災について、話して上げた。苦しんでいる多くの被災者が頑張っていることを伝え、それに負けずに雅子も今まで通り頑張るように励ました。

3.連載、難病との闘い(141) 第三部 施設、病院での介護生活(42)
  第四章 施設生活再開(2)

(1)定着への頑張り(2)
 通院の翌日からは施設での通常の介護生活に戻った。 12月に入居後の3週間の体験で、ここでの食事、洗顔、トイレ、それに入浴といった介護の基本の生活のリズムやパターンは、きちんと体得できていて、自宅での10日間のブランクほとんど影響がなく、直ぐにその感覚を取り戻すことはできたようだった。
 こうして、結果的には実質一年半に渡る施設での生活が始まったのである。この間、雅子の症状は、進行性の病気というキャッチフレーズ通り、悲しくて厳しい悪化が進んで行くのだった。
 指し当たっては、この施設での雅子の平均的な生活ぶりを見る意味で、施設に戻って一ヶ月余りが経過した2月初め頃の雅子の一日の大よその闘いぶりを紹介してみよう。
 この施設の方針で、就寝時間は9時である。しかし、途中の深夜の1時頃と明け方5時頃に小用のために起こしてもらう。大抵の場合は、5時以降は寝付かれず、うつらうつらで7時を迎える。(なお、この小用の時間は、その後、3月に入って、真夜中の12時頃と4時半頃に繰り上がった)
 さて、7時を過ぎると、介護士さんに起こしてもらうのだが、先ずは小用、そして、パジャマから普段着に着替えさせてもらう。それから、暫くして、食堂に連れて行ってもらって朝食である。先ず最初に、渇いていた喉を潤すために、ポカリスエットを少し飲ませてもらう。一時は冷たいお茶にしていたが、他の方が飲んでいるポカリスエットがいいということで、それに替えた。
 ここでの朝食は和定食が多い。幸い、それなりに食欲もあって、用意されたものは、硬いものを除けば、大体全部食べる。この場合は、一人の介護士さんが付きっきりで食べさせてくれる。全てを口に運ぶ作業が必要だし、噛んで飲み込むのに時間がかかるから、大よそ一時間ぐらいは掛かる。有難いことに、介護士さんも我慢強く対応してくれている。余談だが、一考の経験では、先にも紹介したが、介護には肉体的な力を必要とする介護と精神的な忍耐強さを必要とする介護があるが、この食事の介護は、介護士さんには、まさに、後者の典型であろう。
 さて、食事が終わると、お薬の服用である。最近では、シロップ状の粘着性のある液体に絡ませて、スプーンで掬って飲ませて、いや、食べさせてくれる。この方がずっと服用し易いのだ。この方法はこのアクティバ琵琶で紹介してもらった新しいやり方である。
 それが終わると、車椅子のまま部屋に戻って来て、歯磨き、口ゆすぎである。この方法は、在宅時に一考がやっていたとほぼ同じ要領で行なってもらう。洗面台の前に車椅子がセットできるようになっているので、在宅時よりはやり易い。この時に使う口元を支える容器も、コンパクトな小型のものを用意してもらっているので、介護士さんの作業がし易くなっている。その後が、トイレの時間で、大抵は簡易トイレで小用を済ませる。(以下、明日に続く)

1549 犠牲者の数は何処まで?

 ここに来て、報道での犠牲者の数か急に大きく上がって1万人台を越えたものが出て来ている。神戸・淡路大震災の6434人を大きく越えるのは時間の問題のようだ。それだけを見ても、今回の地震と津波による災害規模の大きさ、とんでもない悲惨さを実感して唖然とするのである。

1.独り言コラム
 地震の強さが、M9.0と改められた。被害の酷さも時間の経過と共に刻一刻と拡大している。例えば、犠牲者の数も、昨日になって、それまでのMAX4桁から、一気に大きくアップして5桁の数字が出て来た。
 さて、悲惨な被害を受けて、町全体が被災を受けた陸前高田に初めてカメラが入った。海岸から数キロの一帯は足の踏み場もない悲惨な墓場のように破壊されていた。これではブルトーザーも入れないという報告だった。つまり、道がないのだ。ブルトーザーが自ら道を作りながら進まねばならないと言うのだ。高村耕太郎の「道程」ではないが、「ブルトーザーの前に道はない。ブルトーザーの後ろに道ができる」という驚きを越えた実情にあるようだ。津波によって町そのものがスィープされたような現象だったと言えよう。それは、怖さを通り越した童話の異次元の世界である。
 今回の災害に関して、コラムニストの勝谷誠彦氏のブログでの先読みは、凄くて素晴らしい。地震が起きた翌日には、既に節電を訴えていたし、二日目には、犠牲者の数は新聞報道と2桁違うと指摘しておられた。東京電力では、今朝から節電に関して計画停電が実施されること、また犠牲者の数の動きからも。同氏の指摘は当たっていて、その先見性ある同氏の洞察力、慧眼に一目おきたい。
 さて、テレビ各局はこの大災害が起きて以降、NHKはもちろんのこと、民放各局もコマーシャルなしで、全面的にこの報道に取り組んでいて、今朝でもう四日目に入っている。これだけ長時間の放送になると起用するキャスターでその味が違ってくる。好き嫌いもあるが、やはり、キャスターがしっかりしている番組にチャネルを合わせてしまう。目立ったキャスターでは、NHKの武田真一、大越/青山祐子、テレビ朝日の渡辺宜嗣/上山千穂、古舘伊知郎、フジテレビでは安藤優子/木村太郎、それに昨日はTBSの関口宏などにチャネルを合わせていた。気付いたことは、今までのように報道は、何が何でもNHKということではなく、民放の方が早く新しい情報を伝えてくれていることも多くあった。
 さすがに今朝からは、民間各局ではコマーシャルが入っている。そんな中で、日本テレビの「ズームイン」には、読売テレビの智恵袋の辛坊治郎氏が東京に呼ばれて、西尾由佳里さんと二人でキャスターを務めている。この辺りの人選にも、各局はそれなりの工夫をしているのが窺える。
 さて、多くの心配事がある中で、やはり原子力発電所の安全確保が最大の課題の一つである。東京電力の福島第一原子力発電所の状況が気掛かりだ。先の1号機に加えて、今度は3号機が危機に瀕している。何とか大事に至らないことを願っている。特筆すべき事実として、そうすればもう今後の使用できなくなる可能性が高いことを承知の上で、人命を優先して、この二機の原子炉に海水の注入を決断した英断は素晴らしい。東京電力の社長なのか、菅総理なのか知らないが、立派な決断である。
 海外からの支援の申し出も56カ国にわたっているという。北方領土をねこばばしようとしているロシアからの申し出もあるという。各国の思惑が怪しく交錯する部分もあるが、困っている時の援助ほど嬉しいものはない。そういう面では地球は一つだが、そんな中で、リビアのカダフィは勢力を回復しているようだ。しぶとい男である。
 さあ、新しい朝が開けてきている。心配は拡がるのだが、東証の株価がどんな寄り付きを見せるのか。恐ろしい不安な気持ちで見守ることになる。またしても、10000円割れとなるのだろうか。不安であり、心配である。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時40分起床。体重、61.7Kg.お天気は良くなさそう。 
 昨日の雅子はほとんど寝たきりだった。ローテンションだったようで、呼び掛けへの反応が乏しく寂しかった。今日辺りまた戻って来てくれると期待しているが、スパイラル状態で悪化が進んでいるように思う。地震、津波で理不尽な人生を蒙った多くの方々も気の毒だが、雅子のような理不尽さもまた気の毒である。堪えて頑張るしかない。

3.連載、難病との闘い(140) 第三部 施設、病院での介護生活(41)
  第四章 施設生活再開(1)

 (1)定着への頑張り
 年末年始の自宅での介護期間については、一考は、1月の定期診断日の10日の武田病院での診断を終えた翌日に、施設のアクティバ琵琶に戻る腹積もりをしていた。しかし、エアコンのトラブルもあって、ばたばたしたこともあり、同時に、独りでの介護に大変さを覚え始めていたことから、武田病院での診断を終えたその足で、一日早くなるが、施設に戻ろうと考え始めていた。
 そのことで、食事の予約などの連絡のために施設に電話したのだが、そのことが、一考の考えを大きく変えさせることになった。偶々、電話口に出られた看護主任の桜井さんの機転の利いた応接があったからである。恐らく一考の話し方などから、相当に疲れていることを察知されたのであろう。
 「お一人での介護は大変だと思いますよ。何なら、今日から戻って来られてもいいですよ」一考の立場を慮った桜井主任の優しい呼び掛けに、一気に一考の気持ちが傾いたのだった。そこには、充分なことをしてやれなかったことに、何か忸怩たるものを覚えたのだった。同時に、軸足を家と施設で半々ぐらいにしたいと考えていた当初の一考の思いは、もろくも崩れ始めていた。
 アクティバ琵琶に着くと、一階の大広間では新年のイベントであるコンサートが行なわれている最中だった。迎えに出て頂いた介護士さんに歓迎を受けて、雅子はそのまま、広間の一角に連れて行ってもらい、その新年の催しに溶け込むのだった。
 一考は、先に雅子の部屋戻って荷物の整理をしていが、雅子が介護士さんに車椅子を押されて戻って来たのは半時間ぐらい経ってからだった。入居直後から、とても親しく、優しくして頂いていた介護士さんから、早く帰って来たことを大歓迎されて、よほど嬉しかったのか、涙、涙の雅子だった。
 一考は、不思議な気分になっていた。明らかに、雅子は自宅にいた時よりも嬉しそうで明るい顔になっている。せめて、お正月期間だけでも、家族と一緒に自宅で寛いでもらおうとした一考の気持ちだったが、エアコンのトラブルがあったことはさて置いても、こんな楽しそうな雅子の顔を見ていると、既に、雅子は一考の介護の手から離れて、介護士さんたちの優しい対応にしっかりと馴染んでいたのである。これからの長い介護生活を続けることになるだけに、雅子も、早くその生活に慣れようとして、自ら努力していたと思われる。
 そのことを、一考は嬉しく思う一方で、ちょっぴりとほろ苦さ、寂しさを覚える複雑な気持ちでもあった。そんな自分に、一考は、人間は、結構わがままで勝手な動物なのだと、つくづく思うのだった。
 施設に戻って三日目の1月10日は武田病院での定期検査日だった。当初の予定よりも早目に施設に戻っていたことから、施設からの初めての通院となった。幸い、この日も好天だったので有難かった。
 病院の予約時間、2時30分なのだが、この日は、その前にMRIを撮影することになっていたので、1時間前には到着していなければならなかった。そのために、多少の余裕を考えると12時少し前にこの施設を出た。
 診察では、撮りたてのMRIのフィルム写真をみながら、春日医師は「やはり、左右の差が大きく出ていますね」と写真の部分を指差しながら説明してくれた。しかし、今後どうなるかについての説明はなかった。新しいお薬が出たのでそれを試してみたいという話があった。何でも挑戦してみるのが、今の一考の考え方なので、お薬が一種類増えることになるが、その提案を受けた。いずれにしても、治療に関しては、先生の知見と判断に任せるしかない。
 全ての段取りを終えて施設に戻ったのは、5時半を過ぎていた。従って、夕食は直ぐに始まった。二人には、多忙で疲れた一日だった。(以下、明日に続く)

1548 牙を剥いた恐怖、驚愕の被害

 地震、津波が牙を剥いて日本列島東北の太平洋岸に襲い掛かった。そして、多くの町や村を根こそぎもぎ取った。途轍もない恐怖があっという間に驚愕の被害を生んだ。それだけではない。原子力発電所では、最悪の恐怖が心配されたが、…。

1.独り言コラム
 日本の災害史上最悪の事態が起きている。M8.8の地震がその発端だったが、それによって起きた大津波が凄まじい被害を引き起こした。ニュース映像を見ていて、正直言って、その凄いエネルギーに、筆者は圧倒され、ど肝を抜かれた。街や村を根こそぎ、もぎ取る強烈な破壊力は、全く信じられないもので、恐怖、驚き以外の何物でもない。自然が怒って牙を剥くという言葉があるが、まさにそれがぴったりの今回の災害状況だ。
 壊滅、喪失、炉心溶融といった危険極まりない言葉が容赦なく飛び交った。東京電力福島第一原子力発電所では、若しかしたら、あのチェルノブイリやスルーマイル島の事故の再現といった最悪の事態を心配し、掴みどころのない恐怖を覚えていた。しかし、昨夜8時半過ぎからの枝野幸夫官房長官の会見で、格納庫はしっかりと守られているとの発表があって、筆者の心配は取り敢えずは杞憂に終ったのは幸いだった。どうやら、この時点では、炉心溶融は免れていたようで、多くの国民もこのテレビを見ていてほっとしたことと思う。
 それでも、今回の地震/津波では今までになかったような驚くべき壊滅的被害が幾つかの地域で起きている。南三陸町、相馬市、陸前高田市では、町全体がほぼ壊滅といった状態で多くの犠牲者が出ているようだが、未だ実態は把握出来ていない。あっという間に町全体が津波に飲み込まれて行ったのである。恐ろしい悪夢のような出来事だった。
 幸いなことに、筆者はあの神戸大震災では東京に居たし、今回の東北大震災では関西に居たことで、本当の恐ろしさを知らない。実際に災害に遭われた方々の怖さを知らずに大きなことを申し上げるのも憚れるのだが、人間の偉大さとは正反対の脆さ、儚さを同時に知らしめられた。
 それは、ローマは一日にしてならずで、人間が長い時間を掛けて営々として築いて来た全てが、あっという間に破壊、喪失させられてしまった訳で、自然の牙を剥いた怒りの前に、如何に人間がか弱いものであるかを見せつけてくれた。悔しいと言うよりは悲しい、虚しい悪夢の出来事だった。それでも、助かった人たちは「命あっての物だね」で、それを良しとしなければならない悲しさ、辛さを改めて思う。
 今回の大事件は、筆者にとっても決して他人事ではない。筆者の住環境も、今回起きた地震、原発の危険性から見て、非常に良く似た環境にある。つまり、琵琶湖西岸には、危険な活断層が走っているし、大津市から僅か80Kmにある敦賀には、原発の「もんじゅ」が動いている。そう言う意味では、今回の福島第一原発の怖さ、危険さはほぼ同じ環境であり、改めてその怖さを自覚したのである。そうは言っても、筆者はもう70歳を過ぎた訳で、今までよく生かしてもらったものだと感謝している。それらの危険な事故がいつ起きるか分からないが、神様の思し召しにお任せして、残された人生を精いっぱい生きてゆきたいと思っている。但し、病床の妻がいるだけに、逝くときは一緒にして頂きたいと神様にはお願いしておきたい。
 改めて、被災された皆様には改めてお見舞いを申し上げると同時に、一人でも多くの方が救出されることを願っています。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時半起床。体重、61.4Kg. お天気は終日良さそう。
 昨日の雅子は症状的には安定していた。しかし、呼び掛けへの反応は弱い。朝から、今回の大地震の話し、二人の息子達の安全だった話をしてあげた。
 午後には車椅子での散歩で気分転換。顔つきは賢そうで、それを見てほっとする。

3.連載、難病との闘い(139) 第三部 施設、病院での介護生活(40)
 第三章 年末年始は自宅で (9)

(3)エアコントラブル(その4)
 エアコンの故障騒ぎが一段落して気づいたのが、雅子の円形脱毛症だった。その日の入浴を終えて、頭を拭ってやっている時だった。雅子の頭のてっぺん辺りの部分の毛がなくなって、ぼっかりと穴が空いているのを見つけたのである。
 正直言って驚きだった。円形脱毛症と云う言葉は幾度も耳にはしていたが、実際にそれを身近に見るのは初めてで、文字通り、円形に髪の毛が抜けていたのである。見た目には気持ちのいい光景でないことは確かである。やはり、精神的なストレスが原因しているのだろうと一考は考えていた。
 ここ丸3年以上、雅子に付き添っていて感じることは、雅子が実に我慢強いことだった。病気の悪化が進行する厳しい状況の中でも、ほとんど弱音は吐かなかった。こんな状態になって、身近な人からの厳しい言葉、心無い批判に対しても、精神的に乱れることなく、それに反論をすることなく、じっと堪えていた。一考は、その健気な雅子の頑張りには、頭が下がる思いだった。
 しかし、さすがに、雅子の身体は正直だった。こんな形で彼女の辛さを表現したのである。一考は、思わずその円形の部分をなぜてやりながら、こんな厳しい虐めをしている神様に、もう、この辺にしておいてくれと、そっと呟くのだった。
 進行性の病気の厳しさを、この一年間を通して実感してきていただけに、一体何処まで悪化が進むのかに大きな不安を抱いている。残酷な言い方になるが、早く、その悪化が行き着くところまで行って欲しいという気持ちも大きい。ここが終りで、これ以上は悪くならないということでの安心感を得たいからである。いずれにしても、マイナスにも終点があるはずだと思いながら、今年は、その終点を一刻も早く確認したいという気持ちが強かった。今までの新年になかったいろんな複雑な思いが交錯する中で、今年もお正月は静かにゆっくりと過ぎて行くのだった。
 いずれにしても、年明けと云うお目出度い節目にも関わらず、一考の気分は全く冴えなかった。一考の気掛かりなことが全て面白くない方向に動いていたからである。その一つは株の動きで、とんでもない暴落で始まると言う残念な出だしで、現実的に大幅な含み資産の減少となり、がっくりした気分に落ち込んでいたし、年始早々には、ブログに連載中の「難病との闘い」が、一考の不用意な勇み足があって、その当事者と思われる読者からのクレームを受けたことにも起因していた。気分の良くないことが重なって、新年の出足はさっぱりだった。(以下、明日に続く)

1547 東日本大震災 列島悲惨

 M8.8の世界最大級の地震に見舞われ、列島は大きな被害で揺れている。津波の被害が広がっており、加えて余震も各地で続いていて、列島はまさに不安と恐怖の中で大きく揺れている。

1.独り言コラム
 日本列島が未曾有の大地震で大きく揺れている。特に沿岸を襲った津波の被害が途轍もないくらい大きいようだ。未明には長野県にも起きていて、被災地は更に拡大しているようで、何が、どの程度起きているのか、全体像の把握が出来ていない。死者・行方不明者は1000人を越えていて、今後もっともっと増える心配が大きい。夜が明けてこれからその実態が少しずつ明らかになってくるものと思われる。今も、テレビでは、ヘリコブターによる生の映像が送られて来ていて、その実害の映像に驚くばかりである。
 中でも、福島第一原発で原子炉内部の温度が上昇する事故が起きていて、それを冷却するのに必要な電力が止まっていてその後の対応が不安である。放射線が一部漏れているようで心配だ。半径、10Km以内の方が避難勧告を受けている。
 その時、筆者は妻、雅子の病室にいた。部屋が揺れているのを感じ、地震だと察知し、直ぐにテレビをつけたところアナウンサーが揺れていることを伝えていた。その時、これは相当に大きな地震だと思った。そして、案の定、テレビ放送は次第に全ての局が特別放送に切り替わって行った。
 夕方6時過ぎに帰宅して直ぐだった。横浜にいる息子から電話が入って無事だと分かったが、その時の筆者は、横浜なのでそれほど心配はしていなかったのだが、それは実態の把握が充分に出来ていなかったからだった。そこで、急いで千葉にいる長男の安全確認をしようと電話を幾度も掛けたが繋がらなかった。心配していたが、9時過ぎになって安全が確認できてほっとした次第である。しかし、琵琶湖西岸も恐ろしい活断層が走っていて、自分達も対岸の火事ではないことを心している。
 さて語幣があるのを恐れずに言えば、この震災は、それまで大揺れだった菅内閣には命を延ばしてくれることになるかも知れない試練だと言えよう。神様が与えた菅総理への厳しいお土産だ。この対応をしっかり遣れば、国民の支持を回復できるかも知れない。災害対策本部長として陣頭指揮を執り、被害者の救出、復興へ全力を尽くしてもらいたい。今朝もヘリコプターで被災地視察に自ら出陣された。 
 とにかく、菅総理には、ここからが同氏の最後の腕の見せどころだろう。しっかりしたリーダーシップを発揮して欲しい。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 5時半起床。さすがに寝過ごした。体重、60.9Kg.お天気は良さそう。
 昨日の雅子はまずまずの様子だった。午後には入浴、リハビリを受けた。地震のニュースを伝えたが、その時点では、その被害規模がそんなに大きいとは把握出来ていなかったので、一般ニュースとして理解していたと思う。 今朝の訪問時にその後の状況、二人の息子たちの安全を伝えたい。

3.連載、難病との闘い(138) 第三部 施設、病院での介護生活(39)
  第三章 年末年始は自宅で (8)

 (3)エアコントラブル(その3)
 テクノサービスの技術屋さんの二人がお見えになったのは、その日の午後4時頃だった。昨日来られた方に、新たに一人が加わっていた。コンプレッサーの交換には溶接技術が必要で、そのための技術者が同伴したのである。
 作業は、戸外での厳しい寒さの中で行なわれた。一考は、自分のたってのお願いを受け入れてくれた二人に感謝の気持ちで、その作業を見守っていた。作業は、戸外に設置している部品を解体してのコンプレッサーの取替えであった。
 結構、時間の掛かる作業だった。前日の段階でフィルターのほこり取りが不十分と言うつまらぬ原因で迷惑を掛けたということで恐縮していたが、実はそうでなかったことで、一考は、一応の面目が立ったのではといった変な気分になるのだった。作業が終わる頃は、短い冬の日が終わり、もうすっかり暗くなっていた。お陰で、漸くにしてエアコンの暖かさを回復することが出来て、二人はほっとしてお正月気分を取り戻そうと気を取り直すのだった。
 結局、大事なこのお正月の期間で、足掛け三日間に渡ってエアコントラブルのとばっちりを受けたことになり、折角の雅子の一時帰宅を、台無しにしてしまったのは残念なことで、全くの想定外のことだった。世の中、思うようには運ばないものだと、一考は、今年も前途多難を思うのだった。
 そして、そのことを象徴するような形で、世界の経済界も大荒れの出だしで、新しい年が始まっていた。先ずは前日3日のニューヨークの米国株価が大幅なダウンで始まったのを受けた形で、東証の大発会でも、日経平均で616円という史上何番目かの大幅なダウンでのスタートとなった。それは、今年の経済界の大変さを示唆するものだと取りざたされる始末だった。そこには、いわゆるサブプライム問題の根深さを物語っているのだが、その底深さ、広がりが見えていないという証でもあった。そして、その次の日のニューヨーク株も、東証の動きを受けて二日連続の大幅ダウンとなり、それを切っ掛けに世界同時株安のスパイラルが始まっていた。ここでも、寒さが身に沁みる出だしとなったのである。
 幸いだったのは、この間、静岡にいる四女の美希子が帰って来てくれていたことで、母親の食事作りから解放されていたことで、一考には久し振りの開放感になっていた。
 週明けには、年末に出来上がっていた雅子の診断書を、このトラブルの合間をぬって武田病院から受け取って来ていたので、それを市役所に持参して、障害者手帳の変更手続きの申請を行なった。審査に1~2ヶ月掛かるという。とにかく、じっと待つことになる。

1546 何が起きるか分からない

 坂上二郎さんが、キャンベルさんが、石原都知事が、そして菅総理にも、…。世の中、何が起きるか分からないから面白い(?)

1.独り言コラム
 昨日の午後、久し振りに国会中継をラジオで聞いていた。参議院の予算委員会で、自民党の世耕弘成氏が質問に立って、年金の不公正さに関する事案のいい加減さに迫っていたが、これに答弁する細川厚労大臣ののらりくらり、官僚のぼけた返事の繰り返しには、本当に辟易だった。どうして、大臣らは質問に真っ向からか答えずに誤魔化そうとするのだろうか。聞いていて歯がゆさを覚えるのだった。ここに、改めて、付記して置くが、公平さと云う点では、将来、年金が消費税方式に変わった場合も、既に納め終わった人や、支払い中の人たちへの扱いには充分な配慮をして頂く必要性を忘れないようにしてもらいたい。
 さて、国会のちんたらちんたらのやり取りに比べて、米国国務省のメア部長の沖縄の「ゆすり」発言での米国の対応は電光石火だった。メア部長を即更迭し、キャンベル次官補が陳謝、同時にルース駐米大使を沖縄に派遣して、仲井間知事に謝罪した。一連のこれらの一気のアクションは鮮やかだった。それらが、たとえジェスチャーであるにせよ、この辺りの迅速な対応は、日本政府は見習うべきものがあるだろう。しかし、謝って済む問題ではないことは確かだ。それでも、沖縄県民の世論の悪化を抑えた形には貢献しただろう。
 そういえば、先日の前原誠司外相の政治資金の違法問題発覚での同氏の辞任は迅速だったし、昨日の竹島問題での土肥隆一氏の馬鹿げた行為への役員辞任などもそれなりの迅速性は評価できよう。
 さて、そんな動きの中で、都知事選が迫って来ているが、ここに来て、その水面下で大きな動きが起きているようだ。今朝の新聞では、石原現都知事が改めて出馬の検討をしているという。その背景に、今までに名乗りを上げている候補者には任しきれないという不満があるというのだ。それに、今の情勢では、東国原英夫氏の当選の可能性が大きいと言うのが、石原新太郎氏の気持ちに火をつけているようだ。筆者も多選は良くないと思うが、東国原氏にはやってもらいたくはない。心配なのは石原氏の健康問題だ。何しろ、今年78歳である。心配だ。しかし、逆に、筆者を含めて年配者には力強い心の支えになる。頑張って欲しい。
 お笑いの世界を、コント55号として一世風靡したコメディアンの坂上二郎氏が昨日亡くなった。76歳だった。この年齢は若いようで若くはない。筆者もそれに近づいていて、もうそんな歳かとびっくりするくらいだ。そういう意味では石原慎太郎氏には一抹の不安があるはずだ。年齢だけは、神様は全人類に平等に与えてくれているところがミソである。
 もう一つの大きなニュースは、菅総理が在日韓国人から献金を受けていた事が発覚したことだ。前原氏が即辞任しただけに菅さんはどうするのだろうか。この大型ドラマは「明日に続く」である。お楽しみに!

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時起床。体重、61.5Kg.今朝も寒い。朝型は小雪がぱらついていたが、どうやらお天気は回復しそうだ。
 昨日の雅子は、午前中は37.4度と少し熱があったが、午後には平熱に戻ったので、車椅子での散歩を行なった。寝たきり状態の雅子には、散歩で体位や姿勢を変えることに意義があり、雅子もそれを希望しているようである。車椅子への移動は二人の方のヘルプが必要なので、看護婦さんや介護士さんの多忙さを考慮して、週4回実施に限定している。

3.連載、難病との闘い(137) 第三部 施設、病院での介護生活(38)
  第三章 年末年始は自宅で (7)

 (3)エアコントラブル(その2)
 翌日も、寒さとの戦いだった、とりあえず、午前中にお墓参りを済ませて来てから、どうしようかと迷ったが、電気屋さんに電話してみた。すると、ラッキーなことに、この日は電話が通じ、しかも、社長が電話口に出てくれたのである。年末にはお見舞いの花を贈ってくれた社長である。雅子が帰宅している事情を承知してもらっていたことから、そのテクノサービスに強くお願いしてもらったことで、急遽、点検に来てくれることになった。これこそ地獄の中での仏であった。ともかくは、社長の顔が利いたことに感謝、感謝だった。
 技術の方がお見えになったのは、午後3時過ぎで、早速点検してもらった結果、原因はどうやらフィルターのつまりではないかと云うことになり、早速それを水洗いしてもらったところ、何と、ちゃんと作動するではないか。「なあんだ、そんなことだったのか」と肩透かしを食らったような気持ちだったし、そんな程度のことで、わざわざ多忙な中も煩わせてしまったことに、逆に恐縮するのだった。
 ともかく、解決できたことにほっとし、テクノサービスの方には丁重な挨拶をしながら、常日頃の手入れをしておけば防げたトラブルだと反省するのだった。電気屋さんに電話すると、社長は「ファイルターの詰まりでしたか」と、少し力ない返事だった。折角、自分が強力にお願いしたのだが、ユーザーサイドの管理不足という単純なトラブルだったことで、少々ご不満だったかもしれない。
 ともかくも、暖かいお正月が戻ってくれたことで、二人は、小さな幸せを覚えていた。しかし、である。不幸は、それで終わったわけではなかったのである。
 その翌朝、朝起きてスイッチを入れた直後は、順調に稼動していたエアコンだったが、暫くすると、再び動かなくなったのである。朝食が一段落し、一考が二階でブログを配信して降りて来ると、温まっていた部屋が寒くなっていたのである。前日と同じ現象だった。エアコンの噴出し口からエアが全く出ていない。どうしたことか。単純なフィルターの問題ではなかったのか。がっかりして、再び、昨日来てもらったメーカーのテクノサービスに電話を入れた。しかし、受話器をとったご婦人は、昨日のことは知らない方で、話がなかなかかみ合わず、今日は、担当者がそれぞれ、いろいろと予約が入っていて、余裕がなく、対応は明日になるということだった。そこで、一考は、とにかく、前日来て頂いた方に何とか連絡をつけて欲しいと粘り強く申し入れた。相手してくれていた女性は、一考のその粘りに止むを得ず、その方と連絡を取るので、暫く時間を欲しいということになった。物事は、粘ってみるものだと一考はほっとするのだった。
 その粘りが幸いして、その方から電話が入ったのは、一時間ぐらい経過した頃だった。そして、遅くなるが、夕方には何とか訪問してくれることになったのである。その際の話では、どうやら、コンプレッサーの取り替えといった厄介なトラブルだと思われるとのことだった。(以下、明日に続く)

1545 お馬鹿さん

 馬鹿丸出しという言葉があるが、お馬鹿さんという場合は、多少の愛着を込めて口にするのだが、その反面、本当の馬鹿には怒りを覚えることがある。

1.独り言コラム
 年金馬鹿と言われた長妻昭前厚労大臣だったが、期待外れも甚だしく、官僚を使えずに、今回の馬鹿げた主婦救済通達のベースを作ってしまっていた。後任の細川律夫厚労大臣も、聞いていなかったということ自体が無責任であるのだが、その後のおどおどした応接は、お馬鹿丸出しの頼りなさを振り撒いているようで、見るに堪えない表情を見せている。ピリッとしておらず、これじゃ、どうしようもない感じで、困ったものだ。
 そんなガタガタしている菅総理に、またまた厄介な身内がいることが発覚した。兵庫3区出身の土肥隆一衆議院議員である。同氏は、日韓キリスト教議員連盟会長の立場にある人だが、「日本側が竹島領有の主張を直ちに止めるべき」という馬鹿げた共同宣言に署名していたという。日本人としては許し難い行為なのだが、この方は名誉韓国人で、日本統治時代の朝鮮の京城出身だという。こんな主張の方を選んでいる国民にも責任はある。国会はこの問題でまたまた紛糾することは必至だろう。菅内閣はガタガタが続くことになる。
 沖縄の人はごまかしとゆすりの名人、と発言した米国国務省のメア日本部長は、お馬鹿さんではないかと思ったが、どうやら、この方は本音を吐露したという見方もある。昨日、同氏の上司のキャンベル次官補が来日して火消しに懸命だったが、そんな見方をする米国人は多いのではと思ってしまう。沖縄のことを一番よく知っていると思われる人だけに、そんなことを言われた沖縄県民は裏切られた思いでいっぱいだろうと思う。
 さて、おばかさん、と言えば、フジテレビの番組「ヘキサゴン」の代名詞で売り物なのだが、昨日の番組の最後の部分を覗いていてびっくりだった。多田愛佳(おおたあいか)というタレントが、全く何も知らないというお馬鹿ぶりを晒していて、びっくりで度肝を奪われた感じだった。一体誰なのかと調べてみると、最近話題のAKB48の一員だそうだ。ヘキサゴンのお馬鹿さん度合いを越す規格外というべきレベルだ。なお、日本ハムのあのマー君、こと田中将大投手と恋愛中の里田まいさんも出演していたが、この方もそれに近いお馬鹿さんぶりの存在でがっかりである。まあ、かわいさもここまでがぎりぎりといったところかな?。
 ところで、このヘキサゴンの司会者の島田紳助さんのアシスタントをしている中村仁美アナウンサーが、お笑いの「さまぁ~ず」の大竹一樹さんと結婚していたというニュースを今耳にした。この中村アナウンサーは、2年前のNHKの紅白歌合戦にもなだれ込んだ一人で、その笑い方がなかなかの豪快で、筆者も何となく気に入っていた人である。意外な相手との結婚でびっくりだが、とにかく、お目出度とうと申し上げておこう。お馬鹿さんにはならないように!
 なお、お馬鹿を売り物(?)にしていた若い女性グループの歴史を調べると、今までに、おニャン子、モーニング娘、それに今人気のAKB48というグループが、その時々の話題を作って来ていたが、お馬鹿さん度合いを比較すれば、おにゃんこ ≧ モーニング娘 ≧ AKB48の順で、やはりAKB48がダントツのお馬鹿丸出しだと思う。
 そうは言うものの、今現在の一番のお馬鹿さんは、やはり、あのKさんなのだろうね。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時起床。体重、61.4Kg.寒いが晴れるようだ。
 昨日の雅子は、熱もなく、痰も少なく比較的安定していた。昼間、珍しくテレビの画面に時々目を遣っていた。午後は館内を散歩。まだ外は風が強く寒くて外には出られない。

3.連載、難病との闘い(136) 第三部 施設、病院での介護生活(37)
  第三章 年末年始は自宅で (6)

(3)エアコントラブル(その1)
 1月2日の朝だった。思いも寄らないトラブルに見舞われた。エアコンの故障である。しかも、それが悪いことに、雅子が大半の時間を過ごすリビングのエアコンだった。1年半前のリフォームの際に新しく購入して備え付けたばかりのエアコンだった。
 一考が8時過ぎに二階の自分の部屋でブログを終えて、雅子の部屋に降りて来ると、部屋が少し寒かった。雅子に「寒くないかい?」と聞くと、少し寒いと言う。エアコンを確かめると、吹き出し口から風が出ていないのだ。どうしたのかと、いろいろリモコンをいじってみたが、どうしても温風が出てこない。これは困ったことになったと思案して、いつもお世話になっている購入先の電気屋さんに電話を入れた。しかし、生憎、お正月である。誰も電話には出ない。
 折角、雅子が帰って来てくれているのに、暖が取れなくてはどうしようもない。とりあえず、今は使っておらず。2階にほってあった電器ヒーターを持ち出して来て一時凌ぎを図る。しかし、部屋全体を温めるにはパワー不足だった。生憎、石油ストーブは持ち合わせていない。折角の雅子の帰宅に水を差されたようで、一考は面白くなく、そのリカバーに焦燥感を覚えていた。
 東京の単身赴任時代と違って、帰郷後はテレビを含めた殆どの電気製品は、購入すると必要な調整は全て電気屋さん任せで、使い方だけを簡単に教えてもらうパターンになっていて、受け取った説明書に目を通すことは滅多にない。それだけに、こういった不測の事態には慌てるのだ。
 急遽、その取扱書を探したのだが、それがどこにあるのか直ぐには見つからない。そのリフォームの時に台所や風呂のオール電化を同時に行なったので、それらの説明書などと一緒に保管していると思って探したが、その中にエアコンの説明書だけがないのだ。何回か繰り返し探したが見つからなかった。
 やむを得ず、一旦諦めて昼食を取ってから、改めて部屋全体に捜索範囲を広げて探したところ、やっと部屋の隅から見つかってほっとしたものの、故障の説明部分に目を通したが、それに該当するような説明を見つけることが出来なかった。困ったことになったと、半ばやけになってその説明書をテーブルの上に投げ出した。その時、ラッキーが微笑んでくれたのである。その裏のページに書かれていたメーカーのコールセンターの電話番号が目に付いた。藁をも掴みたい心境だった一考は、とりあえずその番号に電話してみた。
 正月最中の2日の昼前ということで、電話がつながるかどうか心配だったが、何と、通じたのである。助かったという思いで、縋るような気持ちで懸命にアシストを求めた。電話に出てくれた女性は、一考のトラブルの内容説明を聞いて先ずは「スイッチを一旦切ってリセットしては」とアドバイスしてくれた。「なるほど」と思いながら、直ぐにそのことを試みたが駄目だった。何とかならないものかと縋り付くと、それほど遠くない栗東市にあるテクノサービスが営業していると言うので、そこを紹介してもらって電話を入れた。しかし、事情を話してみたが電話では埒が開かない。多忙で、直ぐには対応できないという。そこで、改めて、近くの電気屋さんに何回か電話を掛け直したが、どうしても繋がらない。遂に、仕方なく、この日は諦めて寒いお正月に堪えることにした。(以下、明日に続く)

1544 いくつかのびっくり

 ちょっとしたびっくり、楽しいびっくりは精神的にはプラスに作用するようだ。

1.独り言コラム
 野村ホールディングに初めての女性執行役・CFOが4月1日付けで誕生する。中川順子さん(45歳)で、同氏は1988年に神戸大学を卒業して野村證券に入社、引き受け畑や主計・財務畑を歩み、2004年に夫の海外勤務で一旦退社したが、2008年に復職、野村ヘルスケア・サポート&アドバイザーの社長に就任、そして今回のポストに着くことになったという。女性の能力がこうして評価されることは素晴らしいことだと思う。今の日本では、女性のトップ起用人事は、まだ、びっくり人事の範疇にあるようだ。
 因みに、筆者の出身会社の東レ・ダウコーニング(株)では既に1年半前に女性CEO(桜井恵理子さん)が誕生している。女性の能力、手腕は男性とは違った味もあって経営に新たな可能性が期待できそうだ。
 ここからは軟らかい話題である。月曜日のテレビ朝日のクイズ番組「Qさま」は、知識を競う番組で、スリルもあってなかなか面白い。東大、京大などの一流大学出身のクイズに強い芸能人が多く出演していて楽しい番組だ。
 一昨日は、その番組で「第一回日本に強い日本王」を決める戦いが行なわれ、なんと、アメリカ出身のロバートキャンベルさんが、日本のクイズ王の1、2を競うロザン宇治原さんや宮崎美子さんらを堂々と破って優勝を果たした。日本人以上に日本を知っているアメリカ人にびっくりだった。同氏は東大教授で日本文学者でもある。それにしても、大した日本の研究家で、その知識の豊かさにびっくりだった。
 そんなアメリカ人がいるかと思えば、とんでもない発言をしたアメリカ人がいた。アメリカ国務省のメア日本部長である。同氏が昨年の12月に大学生への講義で「沖縄県民はゆすりの名人」だと揶揄した発言をしていたと言うのだ。沖縄県議会は抗議決議を行なったし、枝野官房長官も直ちにルース駐米大使に抗議したという。同氏は一体、どんなことを言いたかったのだろうか、この時期でのこの発言には理解に苦しむし、びっくりでもある。
 芸能界でびっくりするような発言をズバズバすることで、一躍スターダムにカムバックして来ているのが、お笑いの有吉弘行氏だ。かつては、相棒と二人で猿岩石という芸名で売っていた。中でも、電波少年という番組で、世界をヒッチハイクして回って人気を得ていたが、その後は芸能界から姿を消していた。ところが、ここ半年ぐらいで、歯に衣着せぬ思い切った表現で、芸能人仲間に「渾名」をつけるという才能が買われて、芸能界に復活し、今やなかなかの人気スターになっている。
 偶々、昨日のテレビ朝日の夜のバラエティ番組「ロンドンハーツ」を見ていたのだが、見方によっては、何だか余裕がなく、背伸びしてぎりぎりの頑張りでの毒舌に見えるが、まあ、それなりに面白い芸人であることは確かである。その番組では、自分が落ちぶれていた頃に、その頃絶好調だった木さやかに馬鹿にされたことを根に持っていた事実が暴露されていて、見た目には迫力ある言い合いが見せ場となっていた。ある程度は八百長だとは思うが面白かった。
 その番組を見ていて驚いたもう一つのは、出演していたグラビアアイドルの熊田曜子さんが、かつての肉感的なグラマーなスタイルから、ぐんとスリムな体型に変わっていたことだ。一見、別人ではないかと思ったくらいだ。人間、短期間であそこまで体型を変えられるのかと信じられない思いに捉われていた。このスリムな熊田さんの方が綺麗だと思った。
 ところで、最近は政治家はびっくり発言が多すぎる。これは戴けない。菅総理や細川厚労大臣の発言はびっくりの安売り発言が続いている。なんとかならないものか。政治家のつまらないびっくり発言は健康には良くない。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時起床。体重、61.4Kg.お天気は終日晴れ模様だが、朝夕の寒さは依然として残るようだ。
 昨日の雅子は、終日微熱があったが、午前中に口腔クリーニングと身体を拭ってもらっていたし、午後には、ヘアーカットをしてもらいすっきりした顔になっていた。反応は乏しいが、賢そうな良い顔をしていた。

3.連載、難病との闘い(135) 第三部 施設、病院での介護生活(36)
  第三章 年末年始は自宅で (5)

 (2) 束の間のお正月(3)
 姉妹達のサポートで、一考は、この正月の期間は苦手な母親の食事つくりから解放されたことでほっと一息だった。自分達の食事は、手配して置いたおせち料理で充分間に合う。今年も琵琶湖ホテルのものを購入したが、これが結構おいしく、何とか三日間を賄えそうだった。そういう意味では、一考にも有難い貴重なお休み期間である。
 さて、お正月の楽しみの一つはテレビで駅伝を楽しむことだ。元日には実業団、そして、明日、明後日には伝統の箱根駅伝がある。しかし、さすがに元日は、何かと忙しく駅伝を楽しむ余裕がなかった。要は、雅子への介護、太郎への気遣いで大変だったのだ。
 その一つが、おしゃべりの相手、そしてトイレの介護だった。アクティバ琵琶で3週間を過ごした訳だが、その間で雅子の介護で大きく変わったのが、先にも述べたように、トイレの回数だった。
自宅にいる時には、寝る前には保険として、紙パンツをはく様にしていた。そのため、夜中に起きる必要はなかったのだが、アクティバ琵琶では、紙おむつの使用は、雅子の肌が弱いから避けた方がよいということで使用しなくなった。その結果、安全を期するために、夜中の1時半、それに明け方の5時頃に、小用に起こしてくれていたのである。
 そのペースが雅子の身に着いたことで、自宅に戻って来てからも、そのパターンを踏襲することになり、夜中に起こす作業が加わって、一日のトイレの回数が8回を数えるようになっていた。その上、もっと厄介だったのは、以前には、握り棒に手を置くことで、何とか自分の身体を支えられたのだが、それが全く出来なくなっていた。体力がそれだけ弱って来ていたのだ。従って、一回のトイレでも、その作業のきつさは、それまでにないレベルになっていた。若し、このペースでの介護を続けないといけないとすれば、一考の身体がもたなくなるのではと不安が頭を掠めたのだった。
 又、暫く介護から離れていたことで、その手順の取り違えから、思わぬ失敗もあった。昼寝から起こそうとして、上着を取ろうと手を離した瞬間に、雅子がベッドの下に崩れるように転がり落ちた。彼女の症状の悪化が、以前に比べてそれだけ進んでいたのだ。一考は、慌てて抱き起こそうとしたのだが、脚が折れ曲がって思うようにならない。雅子も痛がって声を出すものだから、慌ててしまい、こちらも足が滑って転んでしまい。思わぬ苦戦を強いられた。雅子の初転びを助けようとして、慌てた自らもころりと初転倒のお付き合いだった。元日からころころと転ぶ馬鹿馬鹿しい失敗だったが、一考、雅子の当人達には笑い事ではなかった。(以下、明日に続く)

1543 理不尽

 真面目にやっているものが損をする、不利である、或いは、虐められる世の中は許せない。前原外相も法律違反ではあったが、つまらないことで詰め腹を切らされた。今度は、年金問題がその代表的な対象である。菅内閣は野党と理不尽な戦いを強いられている。今朝は、その年金問題と個人的な二、三の理不尽(?)な事例を取り上げてみた。

1.独り言コラム
 年金問題がまた大きくクローズアップされている。目下の論争は、サラリーマンの主婦の扱いで、夫が会社務めを辞めた場合に国民年金への切り替え手続きをしていなかった者に「2年間分の支払いで、全てを支払ったものと見なす」といういい加減な救済策を執ったために、真面目に手続きを行なって支払って来た者に不公平なケースが出て来ていて、中には支払った者が少なくなるという矛盾が生じている。(詳細は、土曜日のサタデーずばっとで紹介していた)
 とにかく、「そんな馬鹿な!」という事態が実際に起きているのだ。これじゃ、政治が国民に理不尽さを強いている訳でとても納得できるものではない。国民からの不満の爆発で、目下、このやり方をストップさせて、対応を検討しているのだが、その扱いを決めた通達を細川厚労大臣が知らなかったというから、話にならない。
 その一方で、筆者が腹立たしく思うのが、年金を支払って来なかったものが、生活保護費を受けるケースなのだが、その額が年金額よりも大幅に高額であるということだ。これじゃ、誰も年金を支払わなくなるのでは、と思ってしまう。憲法25条の「文化的な最低限な生活をする権利」に基づく対応なのだが、結果的に、政治の矛盾が国民に理不尽な形を強いてしまっている。一刻も早く改めて欲しい。
 また、将来の話しとして、年金を消費税でカバーしようという考え方が検討されているが、この場合も、既に納めきった者の扱いをどうしてくれるのか、支払い中の者、支払っていない者との扱いをどうするのかは、今回の問題を学習して矛盾が無いようにすべきと、敢えて進言しておきたい。
 海外では、リビアの国民が可哀そうだ。独裁政治に反対して立ち上がった民衆が、外国人を雇った国軍の厳しい反撃を受けている。理不尽の典型だろう。国連が何とか手を打てないものだろうか。お気の毒で仕方がない。このままではカダフィが盛り返して独裁を続けることになりそうだ。
 さて、個人的な理不尽の事例だが、筆者は昨年、車の接触事故を起したのだが、その際の責任の分担扱いで、過去の事例に基づいた形で決めるという形で押し付けられた。つまり、わき道から出て来た方が悪いと言う一方的な決め付け方で、筆者が、直進車の方に明らかに前方不注意の大きなミスがあったことを幾ら訴えても、聞き入れられず門前払いになってしまったことである。裁判に持ち込むことを考えたが、時間的に無理があって相手の主張に屈せざるを得なかった。極めて理不尽な思いだと今でも思っている。
 また、殆ど車が通っていない小さな交差点で、黄色だったので交差点に入ったのだが、直ぐに赤に変わった。全く車が走っていなかったので、まあ、いいわ、と思ったのも束の間で、隠れていた警察に信号無視ということで捕まった。実害が全くないちょっとした信号の無視だっただけに理不尽さを覚えた事件だった。このことで、免許のゴールドは消えるわ、その事で保険金の額は増えるはで、大きな痛手を蒙った。
 正直言って、この程度の信号無視は至るところで行なわれている。取り締まるなら、平等に取り締まって欲しい。こんな抜き取り的な戒め的な扱いは、いわば理不尽な虐めに相当する警察の手抜き行為だと叫びたい。
 銀行窓口での障害者への扱いにも理不尽さを覚えている。障害者名で口座を開設したり、障害者の預金口座からの振り込みをする場合に、本人の意思確認という形式的なことで、どうにもならない。筆者の妻のように入院していて動かせない場合は、障害者手帳などを示してお願いしても取り合ってくれない。みずほ銀行には、その理不尽さに度々怒りを覚えた。鸚鵡返しに、「お客様の預金を守るため」と繰り返すだけだ。頑固な窓口に誠実さは感じられない。
 いろんな理不尽さに、筆者はいらいらを覚えている今日この頃だ。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時半起床、体重、61.5Kg.お天気は良さそう。
 昨日の雅子は前日並み。顔つきは賢そうでしっかりしているが、寝たような状態の時間が多くなって来ている。心配していた症状になりつつある。それ以外は、特記事項はなし。

3.連載、難病との闘い(134) 第三部 施設、病院での介護生活(35)
  第三章 年末年始は自宅で (4)

 (2) 束の間のお正月(2)
 元日の夕方には、早くも太郎が帰るというので、西大津駅(現、大津京)まで送った。折角、時間とお金をかけて、千葉から遠路帰郷したが、その滞在時間が僅か24時間そこそこでの帰宅で、時間単価が高くついた帰郷だった。明日行なわれる国立競技場でのラクビーを見たいというのだ。趣味で発散するのも健康の一つだから、それはそれでいいと一考には不満がなかった。いずれにしても、帰って来てくれたこと自体に大きな意義があり、雅子も大いに感激していた。
 一般的には、娘なら、両親の病気には、何をさて置いても優先的に帰って来てくれる傾向があると言われているが、息子の場合は、仕事との関係もあって、その辺りの対応が本質的に違う。次男の場合も、年末まで仕事があって、なかなか帰る時間が取り難いということだったので、無理をしなくてもいいと伝えて、今年は帰宅しないことになった。孫の顔を見られないので寂しいが、止むを得ない。それだけに、たとえ、24時間という短い滞在でも、自分の様子を窺いに帰って来てくれた太郎の帰宅は、雅子には、大変嬉しかったに違いない。気掛かりは、その太郎が未だに独り身でいることで、良縁に恵まれることに期待しているのだ。今年こそいい年であって欲しいと雅子は心底願っていた。
 太郎が帰った後は、好むと好まざるに関わらず、水入らずの雅子との正月となった。雅子の症状を考えると、今後、このような形でのお正月を迎えられるかどうか、先行きについては分からない。とにかく、じっくりと味わったお正月にしたいと思うのだった。しかし、そうは言っても、普通の人たち同士のように会話は弾まない。一考が通訳をかねての一人しゃべりの時間にならざるを得なかった。つまり、雅子の言わんとしていることを確認しながらのおしゃべりするのである。じれったい会話ではあったが、そうすることで、一考自身も結構楽しんでいたこともじじつであった。
 幸い、この期間は、母親の食事は、姉達が用意してくれていたので、こちらが気を使うことはなかった。明日には、静岡にいる妹も帰って来て、数日間は面倒を見てくれることになっていて、一考も気分的には楽な数日となるはずだった(以下、明日に続く) 

1542 前原誠司、おまえもか?

 前原誠司外相が潔い辞任をした。苦しい、辛い決断だったと思う。しかし、更なる疑惑浮上している。大丈夫なのか、心配だ。

1.独り言コラム
 政治家の進退は、自らが決断するものである、と言われているが、前原外相が潔い辞任を決断した。筆者は週明けになるだろうと思っていたが、それよりも少し早い決断だった。この決断は、前原誠司氏が政治家としての基本に忠実であったことを示したもので、逆に、国民の信頼を繋ぎ止めたのではなかろうか。あの永田メール事件でも、その決断は早かった。自分の責任を認めて、速やかな決断をすることは、清潔な信頼ある政治を遂行するに大事な基本であると思う。
 同じ政治と金の問題で、豪腕の小沢一郎氏や前総理の鳩山由紀夫氏のように、世論を無視した対応で居座っている現状を思うとき、まさに、一服の清涼剤である。
 人間、誰しも叩けば埃が出るものだ。それが故意であれば許されないが、そうでない場合は大目に見てあげることも必要だろう。それにしても、数少ない期待の政治家の一人だけに、筆者としては、とても残念だが、負け惜しみではなく、ここは一歩引いて次なるチャンスを待つのがいいのだろう。
 この決断で、筆者は改めて前原誠司氏のファンであることを再確認した。頑張れ! 前原氏と記しておこう。
 ところが、ここまで書いたところで、コラムニストの勝谷誠彦氏の今朝のブログを見て愕然としている。前原氏には、他にも危ない企業との付き合いがあるというのだ。それは「メディア・トゥエンティ・ワン」だと実名を挙げての指摘である。この会社は、どうやら山口組系列の企業だそうだ。それが事実だとすれば、ピュアーな筆者は愕然となるのだが、…。更に勝谷氏は、あの八ツ場ダムの入札業者からも、同氏は献金を受けているという。これじゃ、筆者の前原氏へのイメージを根底から崩すことになる。本当なのか、前原さん自身から答えて欲しいと思う。政治の世界はあまりにも魑魅魍魎で複雑怪奇だ。暫くは成り行きを見守ることにしよう。
 さて、お口直しにさっぱりした余談を付記する。「頑張れ!」と言うことでは、日本ハムに入団したあの斉藤佑樹投手は、一歩一歩レギュラーへの道を着実に歩んでいる。昨日は強敵巨人軍を相手に3回を零封して、オープン戦ながら勝投手となった。人気の上に実力が伴えば、鬼に金棒だ。昨日の朝のTBSのサンデーモーニングのスポーツのコーナーで、この日のゲストだった、あの400勝投手の金田正一投手が、それなりに活躍するだろうとコメントしていたのはファンにとっても心強いことだったと思う。とかく、人気先行で消滅するスターの卵が多いだけに、同氏の先行きを注目したい。
 そういえば、同じ日本ハムの中田翔選手は、今年で入団4年目だ。今年はしっかりと実力をつけて来ていて主砲として本格的な開花が期待されている。地道な努力の賜物であろう。
 古い諺だが、「石の上にも3年」は、現在でも生きていると思う。何事も、諦めずに頑張ることが大事なんだろう。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時半起床。体重、61.5Kg.雨の予報。
 昨日の雅子は熱もなく、日中は痰も少なく症状的には安定していた。顔も賢そうな良い顔でほっとさせてくれてはいたが、呼び掛けへの反応は今一つなのが寂しい。

3.連載、難病との闘い(133) 第三部 施設、病院での介護生活(34)
 第三章 年末年始は自宅で (3)

(2) 束の間のお正月(1)
 とにかく、雅子も太郎に会うのは久し振りで、その元気そうな顔を見て嬉しそうだったが、太郎の方は、雅子の変わりように戸惑っていた。それでも、傍に寄って、二人で近況を話し合っている姿に、一考はほっとしたものを感じていた。最近の、太郎は暇つぶしに映画などのエキストラに関心があるようで、しきりに自分が参加したドラマなどの話を、雅子に聞かせていた。
 暫くして、3人で、とりあえず蕎麦を食べた。大晦日の恒例のセレモニーである。雅子も、この日だけは、いつもの施設での9時就寝ではなく、NHKの紅白歌合戦を最後まで見て、新年を迎えることになった。
 こうして、慌しく、2007年はあっけなく幕を閉じた。雅子にとっては、ますます症状悪化が進み、手足だけでなく、身体の自由が完全に失われることになった厳しい一年だった。
 一考は、元旦は4時に起きた。その前の3時に雅子の小用を介護していたので、その後、少しうつらうつらしての目覚めだったが、新年ということで、気持ちが高揚していてすんなりと起きられた。気合が入っていたと言える。
 直ぐにお雑煮の準備に入った。昨年に続いてのことで、慣れていると思っていたが、どうもうまく行かない。お餅がすんなりと柔らかくならないのだ。それでも、取り敢えずは、雅子と二人だけで先に済ませた。
 暫くして太郎が起きてきたので、雑煮を用意してやった。その後、母親が11時頃に久子の介護で起きたので、改めて雑煮を用意して母屋に運んで、取り敢えずの元旦の雑煮のセレモニーを終えた。何だか、落ち着かない元旦だった。
 一息ついて、届いた年賀状を仕分けしながら、一考はしみじみと新年に掛ける思いに耽っていた。いつもなら、今年はこんなことをしたいと言うような希望に満ちたものを頭に描いて楽しむことが多いのだ。例えば、昨年の正月は、雅子の厳しい状況を憂いつつも、自分の人生で初めて長年の夢だった出版が叶ったことで、ある種の達成感に満たされ、どの程度の関心が得られるか、読者の反響などへの期待と不安でわくわくしていた。結果的には、残念ながら、期待からは程遠く空回りをした形に終わったのは少し心残りだった。いずれにしても、何かに賭ける思いで、新しい年を迎えるのが今までの新年だった。
 しかし、今年はそんな燃え立たせるようなものは全く思い浮かばない。あるのは、雅子の施設での新しい人生がどんな具合に展開して行くのかといった重苦しい思いが頭を占めていた。端的に言えば、不安先行で、ネガティブな思考で頭はいっぱいになっていた。そんな重苦しい中で、何かクリエイティブな明るいものを見つけていかねばならない。大きな不幸の中で、小さな幸せを捜し求める地味な人生を切り開いていかねばならないが、さりとて、何から何をどうすればいいのかという具体的な話になると、どうしていいか分からず、雅子の様子を見ながらじっと待ち、耐える形の一年になりそうだと自分に言い聞かせるのだった。
 そういう意味では、ブログは唯一のクリエイティブな活動ではないかと捉えていた。自分でも驚いているのは、ある意味では思いつきで始めたこのブログが、一年以上も続けられていて、その上に、連載し始めた雅子の「難病との闘い」が、これまた、ずっと継続できていることである。
 こうして、二人の大変な闘いを記録することで、自分達の闘いのドギュメントを仕上げて行く。それが何になるかとか、どんな意味があるとかは深く考えない。人生は、自分の歴史を創ることだと思い至ったのは、会社に入って間もなくの頃だった。そういう意味で、何か記録に残すことで、自分の歴史の証になるのではと考えている。趣味の小説を書くことも、広く言えば、その一環だった。自分の思考や歩みを、拙くても小説という形で作品に仕上げることで、その足跡を形にしておく。逆に言えば、それらを、繋いでみることで、自分の人生のある側面を捉えられるのである。
 同時に、同じような苦しみを味わっておれる方々に、多少なりとも参考になったり、勇気付けにでもなれば、それはそれで幸いなことである。また、そのことは、こちらが勇気付けられることになり、スパイラルな相関関係が成り立ち、自分の存在感が確認できることにでもなり、望外の嬉しさに出会うことになる。
 いずれにしても、意識して自分の人生の意味、目的を捜し求めながらの新年のスタートになり、逆に言えば、今までにない新鮮ささえ覚えるのだった。(以下、明日に続く)

1541 筋書き通りにはいかない

 何事もそうだが、筋書き通りに進まないから面白いのである。意外性が大衆には受けるのだろう。

1.独り言コラム
 前原誠司外相がピンチに追い込まれている。どうやら、辞任は避けられないのではなかろうか。同氏の性格からして、週明けにもすんなりと決断するだろう。先週の文春に黒い筋との繋がりが指摘されたのに端を発し、その後は、在日韓国人からの献金を受けていた事が発覚し、法律違反ということで追い込まれてしまった。献金額は4年間で20万円である。追い込む方は「額」ではないという。前にあの永田メールで代表を辞任した時もそうだったが、潔さ良さは彼のいいところである。
 外交は、個人的な人間関係の積み重ねの部分もあって、せっかく、クリントン国務長官ともいい関係が築かれているのに残念なことであるが、ここは一旦退いて次のチャンスを待つことになろう。筋書き通りにはいかない。
 入試問題をネットに流出させた浪人生の場合も、筋書き通りでなかったその典型である。大方の見方を裏切って、単独犯であることを自供している。とにかく、見つからないように、携帯に一人で打ち込んで流出させたという。その器用さに感心するが、思惑は筋書き通りには進まなかった。あまりにも、発想が稚屈だった。
 年金に関して、今年の1月から始まったサラリーマンの専用主婦の扱いが極めて不平等だということで、目下、一時停止になっている。細川律夫厚労大臣は、その官僚案を自分は知らなかったという国会答弁をしていた。そんな、馬鹿な! と叫びたい心境だが、ここでは、筋書きそのものが間違っていた訳で話にならない。
 今年度の女子ゴルフツアーが沖縄で始まった。米国ツアーで頑張っている地元出身の二人の「宮里」が凱旋出場したが、なんと二人とも予選落ちという意外な結果だった。「宮里藍」が不調なのはどうでもいいのだが、「宮里美香」が振るわなかったのは極めて残念である。日本ツアーは相変わらず、韓国勢などの外国人の強さが目立っていて、なかなか筋書き通りにはいかない。
 今年からプロ野球と学生野球のオープン戦が認められるようになった。その第一戦が昨日、阪神(二軍)対近畿大学が行なわれたが、9回2死まで近大が勝っていてあわやと思われたが、土壇場で逆転ホームランが出て、辛うじて阪神が辛勝してプロの面目を保った。これは筋書きに通りだったと云うことなのだろうか。
 筋書きと全く違った展開をしているのが、政権を奪取した民主党の政治だ。国民もこんなはずじゃなかったのにと思っている。それにしても、財源の根拠のなかったマニフェストは、如何にもお粗末だったと思う。それでも、政権に縋りつく菅政権はあまりにも筋書きとかけ離れたもので、もはやみっともなくて見ていられない。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時起床。体重、61.5Kg.昼間は晴れるが夕方には天気は崩れるという。
 昨日の雅子は、午後になって少し反応を見せてくれたが、全体としては目を瞑っている時が多かった。顔は引き締まった賢そうな顔だったのが救いであった。

3.連載、難病との闘い(133) 第三部 施設、病院での介護生活(34)
  第三章 年末年始は自宅で (2)

 (1)年末の慌しさ(その2)
 自宅での一考による介護の再開ドラマは、雅子の何気ないちょっとショッキングな一言で幕を開けた。
 「アクティバ琵琶での居心地は良かったわ」無事帰宅した雅子が発した一言だったが、一考は、複雑な思いで受け止めていた。この一言は、紛れもなく、雅子がアクティバ琵琶の生活に馴染んでいることを意味していて、喜ぶべき、また安堵すべき内容であることは確かだった。しかし、その一方で、少しでも温かい家庭での生活を提供しようと考えていた一考だけに、何だか単純に喜べず、複雑な心境だった。いずれにしても、こうして、一考の懸命な介護の生活が再開されたのである。
 その日は、移動の疲れもあったので、介護でもっとも大変な入浴はスキップし、翌日の大晦日に、早めにゆっくりと入れてあげることにした。久し振りの家での食事だったが、これも、一考が期待したほど、雅子は喜んだ訳ではなかった。ここでも、アクティバ琵琶での食事を雅子が気に入っていたような感じだった。
 いずれにしても、久し振りの介護に、一考自身が戸惑っていた。それまでやっていた要領を忘れていたこともあって、梃子摺ることが目立った。そういう意味では、この種の仕事でも、慣れと継続という行為は、如何に大事であるかということを改めて知るのだった。
 それまでの介護と違った一つは、トイレの回数が増えたことで、それによる段取りの変化だった。アクティバ琵琶に入居した直後から、夜のトイレが一回加わっていた。つまり、トイレは、ほぼ3~4時間間隔で対応するペースになっていて、それまでになかった深夜にも介護が必要になっていたのである。
 そして、帰宅した日の深夜、と云うよりは、日が変わった直後の12時過ぎに一考は、雅子に起こされた。ちょうど寝入りばなだったので、てっきりそれがトイレだと錯覚して、直ぐに雅子をトイレに運んだのだが、実は、点けっ放しのテレビを消して欲しいというものだった。一考の早とちりだったが、とにかく深夜のトイレを済ませたので、次回は夜明け前だろうと自分に言い聞かせて、再びベッドに横になった。
 果たせるかな、4時過ぎだった。雅子から声が掛かり、急いでトイレへ。そして、再びベッドにもぐりこんだが、うつらうつらしたま朝を迎えた。結局、5時半前に起床し、朝の準備、雅子の着替え、朝食と進めたが、3週間ぶりということで、自分のペースを取り戻すのに少々戸惑っていた。
 なるべく新年をゆったりとした気分で迎えたいと、雅子のお風呂は早目の2時過ぎに済ませることにした。要領は、以前と同様な介護方法で対応できた。湯船では、手を離すことは出来ず、慎重にしっかり手で支えながら安定を保っての入浴だった。てこずったのは、雅子を湯船に出し入れする作業で、バランスを保ちながらの力仕事で結構大変だった。それでも、身体全体がお湯の中にしっかりと浸かれたことで、気持ちよさそうな顔を見て、一考もほっとするのだった。
 どこの家庭でもそうだが、大晦日は、いつもよりも雑用が多い。部屋の掃除、お正月の飾りつけなどが必要となるが、いずれも、必要最小限に止めざるを得なかった。おせち料理は、前年同様に琵琶湖ホテルのものを予約しておいたのだが、それは、お昼前には配達されていた。
 4時過ぎには、長男の太郎が帰宅した。一晩だけこちらで過ごすと言う。慌しい帰郷である。何しろ、ラクビーの大のファンで、特に、自分の出身大学の慶応と公務員になってから通った夜学の早稲田のファンでもあったから大変だった。それと言うのも、この年はその2校で2日に大学選手権の決勝が国立競技場で行なわれるので、それを見るために元日の夕方に東京に戻ると言うのである。それでも、次郎が、仕事の関係で帰って来れないから、雅子には嬉しい長男の24時間滞在になるのである。(以下、明日に続く)

1540 謝って済むものではない

 悪いことをしたらお詫びして謝るというのは、社会人としては常識なのだが、それで済むわけではない。然るべきペナルティは免れないのが社会の常識だ。

1.独り言コラム
 なかなか想像し難い内股のお見事なワザだった。それは、まさに秘技と云うべきもので、相当に鍛えられた高レベルの特殊技術だったと言える。今回の入試問題流出事件で、逮捕された犯人の供述内容には、筆者を驚きと同時にある種の感動さえ覚えさせてくれたのである。それにしても、試験管たちによくも見つからずに、そんな難しい小技が出来たものだと思う。そのためのトレーニングをしていた訳で、そこまでやるならどうして正道で堂々と頑張らなかったか、極めて残念な行為であった。
 幾つかのメディアやコメンテーターの中に、その浪人生が母親一人であることで、なるべく親に迷惑を掛けたくなく国立大学を目指していたこと、加えて、逮捕後も素直に捜査に応じており、お詫びや反省も行なっている。加えて友人などの評判も悪くない。人を傷つけるような犯罪行為ではない。まだ19歳と言う若さだといった情状酌量の側面はあるにしても、謝って済む問題ではないことは確かである。
 その一方で、メディアやコメンテーターの中には、この受験生の立場を擁護する立場も散見される。勝谷誠彦氏もその一人で昨日のブログで「やったことはよろしくない。しかし19歳はやりなおすには充分な年齢だ。私は『世論』の指弾を浴びても(いつもだが・笑)この青年の未来を護る側に立ちたいと思う」という主張を行なっている。
 一方、昨日の読売新聞の編集手帳にも、その結びで「愚か、姑息、狡猾―全部その通りで、入学選抜の信頼性、公平性を根底から揺るがした行為そのものを憎むことでは人後に落ちないつもりだが、彼に向けようとする指弾の指に力が入らない」と微妙な論を展開している。なかなか泣かせる論評だが、…。
 筆者は単純に捉えて、これは典型的なカンニング行為をしていた訳で、無罪放免という訳にはいかないと思う。ここまでメディアで叩かれたことを勘案し、更なる厳しい忠告つきの不合格ということで、よろしいのではなかろうか。
 話変わって、数少ない期待の政治家である前原誠司外相に政治資金に関する不正が発覚した。禁じられている外国人からの献金を受けていたと言うのだ。前原、お前もか! と言いたし、政治と金の問題はもううんざりだ。同氏は昨日の国会で、幾度もお詫びしていたが、これまた、謝って済む問題ではない。辞任は避けられないようだ。それにしても、あの豪腕、小沢氏は、政治と金の問題では、依然として謝りもせずに、今でも裏方でし切っているようだが、これまた、困ったことだ。
 なお、前原誠司氏は、将来は上に立つ数少ない優秀な人材であることは確かと筆者は見ている。菅直人総理の後継者とも考えられていたが、今は誰がやっても大変で、ここで取って代わるよりも。ここでは焦る事無く、余計な膿は出し切って、じっと構えて時を待つのがいいのではなかろうか。天が与えた同氏への恵の雨だと受け取るのがいいだろう。
 さて、痛ましい殺人事件が多発している。熊本では、三歳の幼児を絞殺して川に遺棄した熊本学園生の山口芳寛が逮捕された。何とも痛ましい事件だ。もちろん、これも謝っても済まされる問題でない。一方、福島県では女子高生が行方不明になっている事件で、交際のあった24歳の男が事情聴取の後に、自殺していた事が判明した。自殺というお詫びの仕方でも、それで済むものではない。
 謝りもお詫びもせずに、軍隊を使って反撃、抗戦を続けているのが、リビアの独裁者カダフィー大佐だ。多くの民衆の血が流されていて気の毒だが、今や内戦の様相にあるようだ。カダフィーが謝る日が来ない限り、リビアには本当の春は来ないだろう。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時起床。体重、61.3Kg,寒さは少し緩んでいる。お天気はさし当たっては良くなりそう。
 昨日の雅子は、前日に続いて一日中、ロー・テンションで、ほとんど目を開けてくれなかった。体調が思わしくないのだろう。午後には入浴。寂しさと心配が続いている。

3.連載、難病との闘い(132) 第三部 施設、病院での介護生活(33)
  第三章 年末年始は自宅で (その1)

 (1)年末の慌しさ(その1)
 繰り返すことになるが、一考がこのアクティバ琵琶との入居契約を急いだ背景は、若しかの時に、つまり、急に施設への入居が必要となった時のことを考えて、その入居権を確保して置くことの必要性を考えていたからである。
 そういうことで、アクティバ琵琶に入居を決めた時点では、雅子の介護に関しては、軸足は施設に置きながらも、出来れば半分ぐらいは自宅で過ごさせ、自分が介護をすることを念頭に置いていた。そこには、まだ体力的に自分で介護を続けられるという自信があったし、雅子にも家庭の温かさを感じてもらいたかった。加えて、そうすることで、経費も多少は軽減できるからとの計算もあった。
 そんな訳で、雅子が、昼間座って過ごすためのマッサージ付きの大型の電動椅子もリビングに残したままにしていたし、寝室のベッドもリースが出来なくなるというので、新たに電動式のものを購入していた。また、トイレの握り棒のついた型枠も、リースから購入に切り替えて設置していて、雅子がいつ帰って来ても、ここでの生活が続けられるように準備していた。
 そんな状況の中で、雅子が施設に入居して3週間が経過、最初の年末年始がやってきた。そこで、一考は決断した。とにかく、この正月期間ぐらいは、少しでも温かい家庭での生活を楽しんでもらおうと考えて、10日間ほど自宅にて、一考が頑張って面倒を見ることにしたのである。
 その一時帰宅の日は予め12月30日と決めていた。このタイミングは、漸く、雅子が施設での生活に慣れ始めた頃だったので、適切なタイミングかどうか、一考も多少は躊躇していた。しかし、やはり、年末年始ぐらいは自宅で一緒に過ごす方がいいと考えて、施設でいう「外泊願い」を申請していたのだった。
 生憎、この日は、朝からどんよりと曇っており、時々小雨が降っていて、何時、雪に変わるかと思われるような寒い日だった。
 家族と一緒に自宅で過ごす方が、より温かな正月を過ごせると考えたのは、あくまでも、一考の独断的な判断だった。年配の人間ほど、そんな古い概念で、この種の施設や介護について間違った理解をしてしまっていることが多い。一考の両親などはその典型で、姉の久子から聞いた話だが、父親が生前に「母親だけは、施設に預けることだけはしないでやってくれ」と言っていたという。施設が、いわば、姨捨山的な存在と言われていた時代が長く、両親などは、そんな時代に生きていた。今日のように手厚い看護で楽しい生活を送れるなんて思いも寄らなかった時代の話で、止むを得ない判断だったと思う。
 ところで、雅子の看護に関する一考が執ったここまでの判断、決断は、例えば、大津への帰郷のタイミング、或いはリフォームのタイミングなどに見られるように、ゆとりをもって決断したはずだったが、結果的には、もう少し遅れていたら、大変な厳しい事態に追い込まれているぎりぎりのタイミングだった。
 そういう意味では、この老人ホームへの入居についても、まだまだ自分で介護ができると言うことで「軸足を施設に置きながらも、半分ぐらいは自宅で、云々」と言っていた訳だが、これからの結果を見ても明らかになるのだが、先の見通しについては、随分と大甘だったということになる。この一時外泊にしても、自宅で過ごす正月の方が、雅子が温かい正月になると言うのも、これまた典型的な一考の独断の考え方で、結果は大きく裏切られることになるから、知らぬが仏であって、人生は如何にも皮肉に出来ているのが面白い。
 さて、その日、昼食が終わるのを待って、一時帰宅の準備に入った。着替えのセーターなども幾つか逆に持ち帰る。また、長男の太郎が帰って来るということで、いつもコンピューターを使っている一考の部屋を空けなくてはならないので、そのために、ここに持ち込んでいた小さな丸テーブルもコンピューターを置く台として使うので、一旦、持ち帰る必要があり、ちょっとした荷物運びも必要だった。
 いずれにしても、雅子にとっては3週間ぶりの帰宅である。何人かの介護士さんらに見送られて、「早く帰って来てね」との優しい言葉を頂いて、アクティバ琵琶を出たのは1時半前だった。その時点で、朝からのどんよりとした曇り空から、細かい雨がこぼれ始めていて、これからの厳しさを暗示しているようであった。(以下、明日に続く)

1539 好きな女流作家

 筆者は、仕事が出来る女性や才女と言われる女性が好きである。美人であれば尚更だ。中でも、女流作家が「性」の部分をどう描くかに強い関心がある。若しかしたら、筆者は、変態なのだろうか。

1.独り言コラム
 才女と言われる女流作家に関心が深い。一昔前は曽野綾子、有吉佐和子のお二人が互いに競い合っていて話題になった。今は、女流作家同士には、そういうライバル意識は存在しないようだ。それというのも、最近は、芥川賞や直木賞に選ばれる女流作家が随分と多くなったことも一因だろう。
 一昨日に、ちょうど宮部みゆきさんの「模倣犯」という長編を読み切った。3500枚という大作で読み応えがあった。本屋さんで偶々見つけた長編だったので、時間つぶしに読んでみようと思ったのだった。筆者には、宮部さんの作品を読むのはこれが初めてで、どちらかというと、それまでは彼女への関心はそれほど高くなかった。
 この作品は、ストーリーの展開が面白いということで読み切ることは出来たが、読み終えて、何か充足感が今一つだったのが引っかかった。それは、数多く起きる殺人事件そのものにリアリティがないからだと思う。何かゲームを楽しんでいるような感じなのが物足りない。、
 この小説のポイントは、犯人が、自らが犯す犯罪と言う作品に対し、そのオリジナリティを誇りにしていたのに対し、昔の事件の模倣だと言い掛かりをつけて犯人を興奮させ、自白させると言う展開に、彼女の秘めたるアイディアがあると思う。そのアイディアは買うとしても、それによるあっけない幕切れが、面白いようでありながら、筆者には吹っ切れなかった。まあ、病人の付き添いと云う淡々とした時間を過ごすに、適度の面白さを提供してくれていたことは確かだった。しかし、彼女の他の作品を読んでみようというところまで関心は高まっていない。
 筆者が強い関心をもっている最近の女流作家は、村山由佳、小池真理子、高樹のぶ子の三人だ。筆者が女性作家に求めている強い関心は、男性との絡みの部分をどのように描いているか、特に女性から求める性への関心、である。そういう意味では、村山由佳は初期の作品からなかなか興味深く、昨年のダブルファンタジーで最高に開花していた。それに対し小池真理子は、自分自身がなかなかの美人であるがゆえに、より一層惹きつけられるのだが、その部分での表現はあっさりしていて肩透かしを食らう感じで吹っ切れないことが多く、もどかしさを味わうのだが、それがまた上品でいいのかもしれない。 
 その点で高樹のぶ子はなかなか素敵な作家だ。初めて読んだのが日経新聞に連載された「甘苦上海」だったが、仕事のできる女性企業家を描いたもので、これがなかなか面白く直ぐにファンになった。戦後生まれの女流作家としては、最初の芥川賞作家だそうだ。目下、毎日新聞でも「マルセル」を連載中で、これもなかなか面白い。ここに来て、日経(2月23日夕刊)、読売(2月27日朝刊)などメディアも彼女を多く取り上げている。筆者も、これから暫くは彼女の作品にフォーカスしてみたいと思っている。
 筆者は、小説を楽しむ場合に、そこに遣われている「言葉」とか「比喩」に強い関心があって、自分の知らない言葉や新しい比喩に出くわすと嬉しくて興奮するのだが、この三人の作品には、そんな興奮が数多くある。しかし、今回読んだ宮部みゆきさんの作品には、そういった意味での興奮は、ほとんどなかったように思う。
 また、この三人では、小池さんは別とすれば、村山さんも、高樹さんも私生活では離婚、再婚の充実した人生を歩んでおられるのも興味深い。
 昨日から、朝吹真理子さんの「きことわ」を繋ぎで読み始めたが、何故か一気に読みきれないでいる。上記三人とは少し味が違う。とにかく、今朝は女流作家万歳で締め括っておこう。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時45分起床。体重、61.3Kg. 寒い。うっすら雪化粧でぱらついている。今日は曇りの一日のようだ。
 昨日の雅子は一日中ロー・テンションだった。熱はないが痰は比較的多く、呼び掛けへの反応は乏しかった。午後には車椅子での散歩、それにリハビリを受けた。

3.連載、難病との闘い(131) 第三部 施設、病院での介護生活(32)
  第二章 入居生活の始まり (その12)

 (2)入居直後の雅子の心境(その6)
 入居して二週間余り過ぎた12月26日、急遽、ケアコンファレンスが行なわれた。この会議は、介護に当たる関係者、当事者たちが集まって、現状の確認、今後の対応などについて話し合う会議である。出席者は、ケアマネジャーの竹中さんや介護係長の桜井さん、それに、ここのグループのユニットリーダーである松井さんに、夫と自分の二人を加えた五人である。以前、在宅介護を受けていた時に、同様な会議を行なってくれたことを思い出していた。
 会議では、自分の今の症状の確認から始まり、介護の対応で、なるだけリハビリにも注力することが取り上げられた他、一番気になっていたコミニケーションの方法については、可能な限り介護士さんが部屋を覗くようにして頂くということで、暫く、様子をみることになった。
 出席者の皆さんの気遣いぶりに、自分は大いに感謝していた。それぞれ、なかなか魅力に富んだ女性たちであることが印象深かった。

 友人の野田さんから一度お見舞いに行きたいと電話をもらったのは、正月の一時外泊(自宅で正月を過ごす)を翌々日に控えた12月28日の朝だった。野田さんの場合も、自分のお願いで、夫から、このアクティバ琵琶に移ったことを伝えてもらっていたからだった。
 一考が、自分が毎日2往復しているので、ご案内申し上げると申し出たそうだが、息子さんが帰っておられて、ちょうど堅田の方に用事があるから、そのついでに送ってくれるので、案内は不要ということになった。こちらに煩わせないとする細かい心遣いだった。  
 野田さんが息子さんの車で、雅子の部屋に見えたのは2時半過ぎだった。久し振りの顔合わせに感激した。野田さんは、優しく慰めてくれるのが嬉しかった。三十分ほど二人で通じない会話を楽しんだ。手土産は不要と念を押してもらっていたが、それでも、お気遣いいただいたのには恐縮した。
 ところで、明日は、年末年始を自宅で過ごすということで、夫が施設に一時帰宅の申し出をしてくれていたので、自分も麻から落ち着かずそわそわしていた。しかし、天候が明日から冷え込み、大雪も予想されるとの予報があったことから、夫は思い切って車のタイヤを冬用に交換してくれたようだった。 結構、費用が掛かるが、命には代えられないとの単純な判断での決断だったようだ。今まで、タイヤの役割や存在を大きく感じていなかっただけに、改めてその大事さを認識するのだった。とかく、この世では、タイやのような裏方の役割の大きさは見過ごしがちなのだ。(以下、明日に続く)

1538 ガチンコ勝負ですっきり

 昨日は、将棋のガチンコ勝負を精いっぱい楽しんだ。結果は、森内十八世永世名人が4月からの名人戦の挑戦者に決定した。一方、入試問題をネットに流出させた犯人については、仙台に住む19才の予備校生だと突き止められたという。ガチンコ捜査で電光石火の早業捜査のお陰で、間もなく全てがすっきりするだろう。

1.独り言コラム。
 名人挑戦者を決める将棋のA級順位戦の最終戦の5局をたっぷりと楽しませてもらった。朝10時に始まった対局だったが、名人挑戦者が決まったのは日付が変わった今朝の未明の1時半近くになっていた。最後の最後まで、はらはらドキドキのガチンコ5番勝負を十二分に堪能した。
 その模様のキーになる部分は、「将棋界の一番長い日」というタイトルでNHKの衛星放送が中継をしてくれたし、コンピューターでの指し手の中継と合わせて対局の模様は逐次伝えてくれたので、将棋ファンにはたまらない一日だった。今年は、二台のコンピューターをオープンにし、二つのCPの画面に5局の対局画面を同時にオープンしておいて、差し手が進む毎にフォーローする形で楽しんだ。自分が考えている手が当たると嬉しいもので、飽きずに終局まで楽しめた。
 とは言え、入院中の妻の付き添いは欠かせないので、日中は、途中経過を昼前に見た以外は、夕方に帰宅してからの観戦だった。それでも、放送終了の午前2時までは、今までにない満喫出来た一夜となった。
 さて、肝心の勝負の結果は、森内俊之九段が大接戦の末、久保利明2冠を下して3年ぶりに名人挑戦権を獲得した。筆者が期待していた渡辺明竜王が、丸山九段に苦杯を喫し、挑戦者争いから脱落したことで、すんなりと決まったのである。これで、4月から始まる名人戦は永世名人同士の戦いで羽生19世永世名人と森内18世永世名人の対決となった。両永世名人による見応えのある七番勝負が期待される。
 気掛かりだったA級からの降級者二人は、この日共に敗れた木村一棋八段と藤井猛九段が貧乏くじを引いた。この世界では、八百長なんて存在せず、いずれもガチンコでの決戦で、その典型が、既に残留が決まっていた高橋道雄九段と負けたら即降格の藤井九段の対局で、高橋九段が堂々の差しまわしで粘る藤井九段を破って降格を言い渡した形となった。人情抜きの、勝負に徹した結果の厳しい明暗だった。
 筆者の贔屓の郷田九段は、久しぶりに苦手の谷川九段に勝って5勝4敗と勝ち越し、今年の7位から、来季は4位の順位で戦うことになった。お陰で筆者の今朝の気分は良好ですっきりである。
 さて、すっきりと言えば、入試問題流出の謎解き捜査は順調に進んでいて、携帯の契約者は山形県新庄市に住む主婦だと突き止めた。その携帯を使用したのはその息子だという。一方、それに答えを送った一人の方のインタビュー記事が読売新聞に出ているが、まさか、それが実際の入試問題だとは知らなかったという。どうやら、試験場の見張りの方々の目を誤魔化して、携帯を操作して対応したようだ。大相撲の八百長問題で携帯から足が付いたばかりである。実行者は、携帯を甘く見たのではないか?
 甘く見ると言うことでは、民主党の造反した16名へのペナルティだ。リーダー格の渡辺浩一郎氏には半年間党員資格停止だが、あとの15人は厳重注意だけだそうだ。先行きの衆議院での再可決のことが念頭にあって、厳罰を見送ったという。ご都合主義もいい処だ。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 起床時間はなし。衛星放送で将棋中継を見ていて寝ていない。体重は61.3Kg.お天気は良さそう。
 昨日の雅子は、まずまずの様子。午後には、車椅子での散歩は行なったが、呼び掛けへの反応は乏しかった。

3.連載、難病との闘い(130) 第三部 施設、病院での介護生活(31)
  第二章 入居生活の始まり (その11)

 (2)入居直後の雅子の心境(その5)
 施設での生活も、十日も過ぎると、何となく「こんな形だ」といった生活のパターンが分かるようになってきた。このグループの方々の中では、食事時でも、自分がもっとも手厚い介護を受けていることが分かり感謝しているのである。
 ここには介護士さんだけではなく、お薬の担当である薬事関係の看護師さんも多く顔を見せてくれるし、ケアマネージャーや事務課の方、更には、付設のクリニックの担当の先生も時々来られて様子を看てくれている。先客万来というほどではないが、スタッフは数多い。
 総じて言えることは、皆な優しく、丁寧に対応して頂いていることだ。客相手のお仕事は、大抵はそのような細かい気遣いが要求されるものだろうが、介護関係の方々は、病人が相手だけに、それ以上の気遣いが要求される。それでも、決して嫌な顔を見せずに、甲斐甲斐しく、明るく、優しく対応して頂いている。スチュアーデスのような華やかさはないが、地道な中に温かい人間性が感じられて嬉しい限りである。
 そんな方々に接していて、まだ二週間程度の短い期間での経験だが、何か生きていける勇気をもらっているようで、それなりの自信が出て来ているのが嬉しい。
 心配していた便秘も、こちらに移った直後は少し違和感があってペースを乱したが、その後、何とか普通のペースに戻った気がする。最大の難題のコミニケーションだが、自分は一生懸命に話しているのだが、その意志がなかなか伝わらないのが辛い。自らが、リハビリなどに努力して頑張なければと思っている。  
 この施設の自立棟に入居した雅子の二番目の姉の伸子さんが、頻繁に訪ねて来てくれるようになった。もともと、そういうことが可能だと言うことから、姉達の勧めもあって、夫がこの老人ホームを選択する一つの大きな理由だった。最初の内は、自分もそういうことで嬉しかったのだが、如何せん、自分の言葉がはっきりしない上に、伸子さんはもともと口数が少ない女性である。従って、彼女が来てくれても殆ど黙ったまま、じっと並んで座っているだけだ。夫が、顔を出してくれていても、そのパターンは変わらない。こういう場合は、姉妹と言えども、なかなか阿吽の呼吸という訳にはいかないのが歯がゆい。
 クリスマスイブの夕方、綺麗なお花が届いた。送り主は、あの電気屋さんの社長さんからという。細やかな心遣いに嬉しく思いながら夫の顔を見ると、「この分、購入した電気製品の支払いを差し引いてもらえれば、もっと嬉しいのに」との現実的な計算しているのが、おかしかった。人間って、厚かましいものだと改めて思う。(以下、明日に続く)

1537 偽計業務妨害

 耳新しい言葉である。「偽計」を辞書で見ると、「欺くはかりごと。その手段」とある。今回の入試問題流出に関するネット乱用は、大学側には、極めて悪質な業務妨害事件であることは確かだ。

1.独り言コラム
 この事件に関わった犯人は間もなく明らかになり、逮捕は時間の問題のようだ。国民の関心は、どんな男(?)なのか、どんな仲間がいるのか、単なる愉快犯なのか、といったところであろう。暫くはワイドショーの格好の餌食である。この種の話しは、韓国や中国では、既にカンニングビジネスとして広がりをもった形で存在していると言われている。
 さて、日本の政治の話しだが、2011年度予算案は昨日未明に衆議院を強引に通過させて参議院に送ったことで、年度内に成立するこが確定したが、その実行に必要な関連法案は、未だにその成立の見通しは立っていない。菅内閣はいよいよ追い込まれた形になって来ている。
 民主党が苦しんでいる最大の原因は、そもそもいい加減なマニフェス内容にあった。物はその見方で雰囲気は変わってくる。民主党のマニフェストはその代表的な事例で、票集めのために、出来ないことを恰も出来るように盛り込んだ悪質な偽りの作り物だった。そう言う意味では、まさに、政治を弄んだ偽計業務妨害に相当する。それを見抜けなかった国民がいけない訳なのだが、国民を騙した許し難い暴挙だったと言えそうだ。
 また、党内の16人の造反者たちは、衆議院での採決の際には本会議を欠席したが、これも民主党にとっては、偽計業務妨害に他ならない。
 なんだかもやもやした事柄が多過ぎる。そんな中で注目の都知事選に、目玉の石原慎太郎氏はどうやら出馬しないようだ。やはり、4選というのは避けるべきと判断したのだろう。正しいジャッジだと思う。その代わりに神奈川県知事の松沢成文氏が新たに名乗りを上げた。これで、共産党に小池晃氏、ワタミ前会長の渡辺美樹氏が正式に名乗りを上げているが、前宮崎県知事の東国原英夫氏は様子見だし、自民、民主の両党も候補者選びに腐心している。ここでは、偽計業務妨害だけはあってはならないし、堂々たる戦いを演じてもらいたい。
 堂々たる戦いと言う意味では、昨日、スカイツリーが600メートルを越えて、自立式電波塔で、中国の広州タワーを抜いて世界一の高さになった。このところ、中国にやられっぱなしだっただけに、取り敢えずは溜飲が下がる思いだ。
 ところで、今日は将棋界では一番長い日、と称される日で、名人挑戦者を決めるA級順位戦の最終局の5局が一斉に行なわれる。ここでは、八百長も偽計業務妨害にも無関係の全知力を振り絞った激しい戦いが展開される。
 見所は、挑戦者と降級者二人の行方だ。挑戦者は森内九段か渡辺明竜王の二人に絞られていて、森内九段は久保王将・棋王と、渡辺竜王が丸山九段とそれぞれ対局する。両者が共に勝つか、負けるかの場合はプレイオフとなる。一方の悔しい降級の可能性を持つ二人は、一人が直接対局する三浦八段と木村八段戦の敗者、もう一人は、藤井九段、丸山九段、久保王将・棋王の3人の内の一人である。その中で、藤井九段は高橋九段と対局するが、それに敗れれば、即降級が確定するが、勝った場合、他の対局結果と絡んでいて微妙決まり方となる。なお、筆者の贔屓の郷田九段は降級を免れたが、今日の谷川九段戦に勝って、来年度の順位で上位を確保して置きたいところだ.NHKが衛星放送で中継してくれるので、今日はじっくりと楽しみたい。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時20分起床。体重、62.0Kg.(重過ぎ) お天気は今日も良くなさそう。
 昨日の雅子は、午後になって目を開けて話を聞いてくれるようになった。このところ、一進一退の症状が続く。

3.連載、難病との闘い(129) 第三部 施設、病院での介護生活(30)
  第二章 入居生活の始まり (その10)

 (2)入居直後の雅子の心境(その4)。
 その翌朝の12月17日だった。夫は、いつもよりも嬉しそうな顔で部屋に入って来て、少し興奮気味に話しかけて来た・
 「今朝、小沢さんから電話があってね。お見舞いに来たいとおっしゃって、今日の午後に来て下さることになったの。多分、自分が駅まで迎えに行って、お連れすることになるかもしれない。楽しみだろう」
 「小沢さんとは中学時代からのお友達なの。とても嬉しいわ。でも、こんな姿をお見せするのは辛いけれど、仕方ないわね。それよりも、あなたがお連れするなんて、大丈夫かしら」この日の、雅子の言葉は、多少はマシだが、それでも正確に聞き取るには聞き直しが必要で時間が掛かる。
 「念のために、必ず、手ぶらで来て欲しいと強くお願いしておいたから。とにかく、此処まで顔を見せてもらうだけで十分なんだから」
 「有難う。何から何までお世話になって、申し訳ないわ」雅子は恐縮した様子で、一考の方に向かって頭を下げた。
 「夫として、当然なことだけれど、自分の車にお乗せするのは大丈夫かどうかが、ちょっぴり心配だけどね」夫も、自分の運転技術についてはわきまえているようだ。
 「でも、随分と上手になったんじゃない?」雅子は、不安をよそに夫を持ち上げて、尽くしてくれる夫への労いを表そうとした。
 夫は、いつものようにコーヒーを飲んで一息つき、それからブログを読んでくれて雑談をし、その友人を連れてくるために早目に一旦帰宅した。
 雅子は、此処まで友人が訪ねて来てくれるということで、いささか興奮していた。この老人ホームに入居することは、誰にも知らせないで置こうと思ってはいたが、それまで、親しくして頂いたお二人には、夫から電話で、此処に移ったことを連絡してもらっていたのである。今朝の一考の話は、その一人の方からの申し出だった。頭の中で、雅子は、連絡したことが良かったのか、却って、気を使わせえることになったのではと、心中揺れていた。
 昼食が終り、お薬、トイレが一段落して、自分の常席に落ち着いて間もなく、一考が小沢さんを伴って部屋に入って来た。雅子は思わず涙が込み上げて来るのを押さえることは出来なかった。  
 「雅子、小沢さんだよ。ご主人様が車で送ってきて来られたんだよ。私が駅までお迎えしようと思っていたんだけど、その方が安心だからそうしてもらった」一考は、朝方、自分が連れて来ると言ったことを訂正した
 「雅子ちゃん、ごめんね。こんなに遅くなって、もっと早く来たかったんだけど」小沢さんは、部屋に入って雅子の顔を見るなり雅子に駆け寄り、抱きしめるようにしてそう言った。
 「有難う」辛うじて雅子はそう言って絶句した。それ以上の言葉が出て来ないのである。
 「かわいそうに。どうして、雅子がこんなに苛められるの? いろいろとみんなのために尽くしてくれたのに。楽しかったよ。あなたがいつも盛り上げてくれていたし、いろんなところに連れて行ってくれたし、……」小沢さんも、半分、涙声だった。
 「神さんは、結構、意地悪なんですよ」傍で二人の様子を見ていた一考が口を挟んだ。
 「そうね。本当に、そうだわ」小沢さんも真面目な方のようで、一考の言葉に無条件で同意してくれた。
 「人間、いつ何時、どんな不幸が襲って来るか分からないものですね。私が、長い間、厄介なことを全て丸投げしてほおって置いた付けが回って来たのだと思っています」一考は、自嘲的にそう言って小沢さんを見た。
 「そんなことはないと思いますが、雅子ちゃんは、健康そのものだっただけに、信じられません。難しい病気だと聞いていますので、大変でしょうが頑張ってください」小沢さんは、話す言葉を選びながら、二人を勇気づけるのだった。
 その後、二人は、昔話に話題を移し、当時を偲んでいるようだった。何しろ、雅子が自由に話しできないだけに、小沢さんが多くを話し、雅子が相槌を打つと言うパターンでのやりとりだった。
 半時間余り話し合っていたが、やがて、小沢さんは「頑張ってね」と言って部屋を後にした。一考が一階まで見送りに同行した。残された雅子は、首を動かせないので、暫し、呆然として悲しげに正面の壁を見つめていた。(以下、明日に続く) 

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