プロフィール

相坂一考

Author:相坂一考
滋賀県大津市出身
07年1月に推理小説「執念」を文芸社から出版
14年7月に、難病との戦いを扱った「月の砂漠」を文芸社から出版

このブログは3部構成です。
 1.タイトルへの一言。
 2.独り言コラムで、キーワードから世の動きを捉えようと試みる。
 3.プライベートコーナー
   (2015-06-03に修正) 

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1627 世界3位の風景

 何でも世界一に注目し勝ちだが、たまには世界三位のランクから全体を見てみると、却って身近に感じることがある。

1.独り言コラム
 この間の日曜日(27日)の夜のフジテレビの平成教育院というクイズ番組の中の一部で、琵琶湖特集があった。その時に知ったのだが、琵琶湖の誕生はおよそ400万年前で、世界3位の古い湖であるということだった。因みに、一番古いのはバイカル湖(2~3千万年前)、2位がタンザニアのタンガニーカ湖(推定2000万年前)だという。その特集で面白かったのは、琵琶湖の大きさ(671平方Km)を分かり易い例えで、東京23区がすっぽりと入る大きさだという説明していたが、筆者にはその比喩が、首都を飲みこむという意味で大いに気に入ったのだった。
 そんな事例から、世界3位に注目してみようとなって、今朝の主題とした。そのタイミングのいいぴったりの話題の一つが、原発の数である。今、日本には54機あって、アメリカの104機、フランスの58機についで世界3位である。因みに、4位はロシアの28機が続いている。
 今回の福島原発事故で、世界の原発事情は大きく変わりそうだ。昨日、ドイツは2022年までに、今ある17機をすべて停止し、その後廃炉にすることを決めた。実に早い動きだ。これに対し、米、仏は安全性を高めて今後も推進するとしているが、世界の動きは微妙である。今後、日本がどのような進路を選択するかが大事であって、世界がそれに注目していると思う。
 さて、面白いのは、同じエネルギー関連で、地熱発然の資源国として、日本は、米国、インドネシアについて世界3位だそうだ。111もある活火山のお陰である。今後如何に活用するかがカギである。
 忸怩たる気分になったのが、同じ3位と言っても、中国に抜かれて世界3位に落ちたGDPの話しだ。今の勢いからは奪回は不可能のようで、極めて面白くない世界3位である。
 その他では、インターネットの分野で、日本が世界3位のアイテムが幾つかある。一つは、アドレス数が、米国、カナダについで3位、その接続速度が、韓国、香港に次いで3位だという。先端分野で日本は地道にポイントを稼いでいるが、大事な分野で今一つの事が多いように思う。
 ところで、3位なら結構いいランクなのだが、同じ「3」でも3流は頂けない。しかし、このところの日本の政治は、残念ながら、その頂けない3流だと言われても仕方がない実情にある。このところ毎年総理が代ると言う不安定な政治が繰り返されているからで、今の菅総理の評判もはなはだよろしくない。果たして、管降ろしは成功するのだろうか。来週には答えが出そうである。
 しかし、こんな混乱の最中に総理を代えようとするのだから、世界はびっくりしているのではなかろうか。、いろんな言い方もあって、こんな大変な時期だから、早く優れたトップに切り替えることが大事だと言う。その理屈は理解するとしても、取って替わる優秀なトップがいるのだろうか。いるならば、交替は早いに越したことはない。


2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時40分起床。体重、62.0Kg.(なお、5月度の平均体重は62.0Kgで前月よりも0.4Kg増加。良くない傾向)。今日のお天気は曇り空のようだ。
 昨日の雅子は熱もなく血圧もそこそこで安定していたが、殆ど目を開ける事無く寝たっきりの状態だった。それでも、午後には車椅子で散歩して、姿勢の切り替えを図った。帰り際に、手で瞼をそっと開けてやると、瞳は確かに一考の顔を見ていてくれた。複雑な心境で帰宅した。

3.連載、難病との闘い(213) 第三部 施設、病院での介護生活(114)
  第六章 緊急入院(10)

  (2) 緊急手術(その4)
 翌朝、術後の雅子のことが心配だったので、一考は早めの7時過ぎに病院に顔を出した。雅子の顔は少し赤みを帯びていた。案の定、体温も37.1度と微熱があった。間もなく、院長先生が顔を出し「原因が分かってよかったね。肺炎の方もほとんど治っているよ」と話して下さった。一考が、「肝臓の方はどうですか」と聞いてみると、「もう大丈夫だ」という。とにかく、ほっとした穏やかな気分だった。前日までの抗生剤を変えての対応が効果を出してくれたのだろう。そう思っていると、一旦出て行った先生だったが、直ぐに戻って来て、改めて雅子の心音を確認し、「胆嚢は取った方がいいよ」との言葉を残して、再び部屋を出て行かれた。
 8時を少し過ぎた頃に、今度は、手術を担当した原田先生が回って来られた。雅子のお腹から出ているチューブの先についているボトルに胆汁が出ているのを見せてくれた。そして、胆石で胆汁の流れが完全に詰まっているのではなさそうだとコメントし、その色が随分と薄くなって来ていると言いながら、「まあ、大丈夫だろう」と一考を安心させてくれた。そして、早急にデータを総合的に確認した上で、、今後の対応について、改めて説明したいと云うことだった。
 翌日の9時頃に原田先生からその後の簡単な経過報告があった。前日までの血液検査では、もう全く問題のない状態に戻っているという。しかし、依然として痰は続いているので、その辺りにことを確認をすると、周辺の炎症によるものだろうということだった。
 その報告を受けた後、間もなくのことだった。時刻は10時近くになっていたと思う。原田先生が再び大部屋に入って来られたのである。しかし、その顔つきは、その少し前の報告をして頂いた時よりも、少し固いように見受けられた。案の定、そこで思わぬ提案を投げ掛けて来られたのである。
 何事もそうだが、不意を突かれると動揺することがある。この時の原田先生の唐突な提案に、一考は、歓迎と戸惑いの気持ちが交錯した複雑な思い覚えたのだった。
 原田先生が持ち出された提案とは、雅子の治療の次のステップである胆嚢切除手術は、武田病院にお願いするのがいいのではという内容だった。当然ながら、その手術はこの病院でやって頂けるものだと理解していただけに、一考は虚を突かれたようでびっくりだった。原田先生の説明では、外科医と相談した結果だとして、ICU設備がないため、ここでの胆嚢切除手術は、実施が難しいというのである。
 同先生の説明では、一般論では、胆嚢の切除手術そのものは、それほど難しくはない。しかし、雅子の場合は、パーキンソン症候群であることから、麻酔との関係で不明なことが多く、その対応が難しいというのである。この辺りは、素人には分かりかねる分野であるが、言って見れば、雅子のような前例が少なく、技術的なデータ不足では、プロにとっても難解な手術となり、術後はICU室でその管理はしっかりしていなければならないというのだ。
 原田先生は、その辺りの事情を手紙に書くので、武田病院の主治医に頼んで欲しいというのだった。このことは、取りも直さず、雅子の転院を意味するもので、折角、この病院に馴染んで来ていて、なおかつ、エース級の原田先生に出会った直後だけに、一考の心境は大いに複雑で戸惑っていた。(以下、明日に続く)
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1626 うかうか出来ない

 ちょっと席を外している間に、とんでもないことが起きることはよくあることである。生き馬の目を抜くと言われる戦いの世界では、うっかりうかうか出来ない厳しさがある。

1.独り言コラム
 フランスのドービルで行われたG8サミット出席のため、菅総理が日本を不在にしていたこの数日間で、菅総理への不信任案を巡る動きが予断を許さない状況に盛り上がってきている。目立った動きでは、民主党の黄門様と呼ばれていた渡部恒三氏が、お誕生会の復活と称して、豪腕小沢一郎氏と3年ぶりに和解するという変心ドラマがあった。
 寝首を掻く訳ではないが、注目の不信任案は6月の初めにも自民・公明両党から上程されるといった見方が強く、ここに来て政治は大きな山場を迎えることになりそうだ。果たして、民主党からどの程度の造反者が出るかが、この戦いの大きな決め手となる。
 主役が不在となったための代役というのは、スポーツや芸能の世界で多く見られる。最近の主な事例では、阪神の鳥谷敬選手が怪我をしたために代りに出場した早稲田の後輩の上本博紀選手が大活躍をして注目された。阪神にとっては、文字通り「怪我の巧妙?」だったようだ。しかし、同じ阪神で、昨シーズン終了直後に手術をした城島健司選手は、今そーズンの前半の出場が危ぶまれために、その代役として請われて楽天からトレードで入団した藤井彰人捕手だったが、城島選手の脅威の回復で期待していた代役の場が消えてしまうというアンラッキーなケースもある。チャンスが消えてベンチを温めている代役は辛い。
 レギュラー番組を持っている女子アナのケースでは、子供が出来た場合の産休で、一時的な代役が必要となる。代役に選ばれた者にっては願ってもない大きなチャンスで、ここでしっかりした実績を残せば、次なる抜擢のチャンスに繋がる。
 最近の具体的な事例では、読売テレビの午後のワイドショーの「ミヤネヤ」で宮根誠司キャスターのアシスタントを務めていた森若佐紀子アナウンサーが産休を取っている。その代役として、川田裕美アナウンサーが起用されているが、彼女にとっては、初めての全国ネット番組のチャンスをもらって訳で、大張り切りのようだ。川田アナは、ローカル番組だが、朝のワイドショーの「す・またん」で活躍中で、最近の筆者の好きな女子アナの一人である。
 とにかく、代役は大役への大きなチャンスと捉えるのがいいと思う。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 2時40分起床。62.6KG.台風崩れの熱低の影響で午前中は雨のようだが、午後には回復の見込みのようだ。。
 昨日の雅子は、熱もなく、痰もまずまずで、症状は安定していたが、ほとんど目を開けてくれず、寝たきり状態だった。身体の震えも普通で、このところ目立っている右手の人差し指の反りは依然として残っていた。全体としては「ロー」な状態だった。

3.連載、難病との闘い(212) 第三部 施設、病院での介護生活(113)
  第六章 緊急入院(9)

  (2) 緊急手術(その3)
 手術の行なわれている途中で、ふと気が付いたのが、自分がまだ誰にもこの緊急事態を伝えていないことだった。急いで病院の建物の外に出た一考は、雅子の実兄の祐一さんに電話を入れ、この思いもしなかった緊急手術について、かいつまんで報告した。突然の手術という報告に、さすがのお兄さんも大変驚いておられた。
 とにかく、手術の進行が気になっていた一考は、電話を切ると急いで雅子の部屋に戻ったが、まだ、雅子は戻って来ていなかった。
 随分と長い時間のように感じていたが、実際には1時間半足らずで手術は終った。5時半を少し過ぎた頃に、雅子がベッドに乗せられた状態で戻って来たのである。部分麻酔ということだったが、雅子はいつものように目を瞑ってはいたが、顔の表情は静かな落ち着いた様子だった。痛さを感じている顔ではなかったのが、一考を安心させた。
 原田先生は、落ち着いた口調で「終りました。うまくいったと思います」と簡単な言葉でその結果を伝えてくれた。そして、別室に一考を呼ぶと、内臓の部分図を書きながら、手術の大まかな概要を分かり易く説明して頂いた。この手術でおよそ40ccの真っ黒な胆汁が抜き取られたという。術後はしっかりと抗生剤で処理したので心配はないということだった。かくして、緊急手術は成功裏に終ったのである。原田先生には期待通りの結果を出して頂いた訳で、一考は、神様のような頼り甲斐のある信頼感を抱くのだった。
 この手術で、雅子の体には胆嚢からの廃液を取り出すチューブが取り付けられていた。結石で流れを失った胆汁が、そのチューブを通って、じわじわと外に流れ出て来ていた。そんな生々しい様子を見るのは初めてで、一考は何とも言えない不安を抱くのだった。しかし、これで、さし当たっての危機が避けられたのだという思いで、ほっとした安堵感を味わっていた。
 祐一兄さんと、長姉の霧子さんに電話で、無事手術が終ったことを伝えた。お兄さんは、「そうか」と言って、ほっとしておられたし、霧子姉さんは、唐突な急変の連絡にびっくりしておられたことは申すまでもない。
 一段落して、一考が帰ろうと雅子に挨拶すると、珍しく、顔をしかめて反応した。その表情からは、まだ帰らないでというような感じに受け取れた。やはり、何か不安を感じていたに違いない。また、部分麻酔も切れてきていて、痛さを覚え始めていたのかも知れない。雅子の反応を、そんな風に解釈した一考は、もう暫く傍にいてやることにした。結局、病院を出たのは、8時近くになっていた。
 外は、激しい雨だった。雅子の苦しみが噴出しているのではと思われるような激しさだった。一考は、高速道路のバイパスで帰路に着いたのだが、雨の激しさで、ワイパーを最高速にしても前方が見難くて、怖くてスピードを出せず、後ろから迫ってくる車に追いかけられるようで焦りの気持ちで四苦八苦だった。とにかく、事故を起さずに家に戻れてほっとしたのだった。(以下、明日に続く)

1625 ちょっと変だぞ!

 ここのところの様子が、それまでに比べてちょっと変だぞ、と思われるような事が幾つかある。いい意味での変だぞならいいのだが、…。

1.独り言コラム
 橋下徹大阪府知事が、鳥取県は、人口比から見て県議は6人でいいと発言し、物議をかもし出したが、26日の関西広域連合委員会の冒頭で、「一方的に意見を述べてしまい、すみませんでした。暴走した発言でした」と意外な謝罪をして、一件落着となった。
 橋下知事に関しては、大阪都構想辺りから、少し強引な動きが気になり始めている。例えば、君が代斉唱時の起立条例などもその一例だが、人気に自信過剰になったのか、ちょっと変な方向に走り出しているのが気になる。敢えて「ちょっと変だぞ」と申し上げておこう。、
 福島原発事故で、海水投入に関して、その方針をトップが指示を出しておきながら、それを無視した現場の吉田昌郎所長の判断が正しかったと東京電力は説明していたが、ちょっと変だ。一方で、トップの指示を無視して対応した吉田所長が評価されているのもちょっと変だ。どうなっているの、と申し上げたい。
 ところで、ちょっと変な動きは政界に多い。ここに来て菅内閣不信任案が話題になって来ており、民主党内での造反が心配されているが、若しそうだとすれば、ちょっと変では済まされない。
 野球では、東京六大学の早稲田がちょっとおかしい。この春季リーグ戦では、勝点は東大から奪った「1」だけで総合順位は5位に甘んじることになりそうだ。あの斉藤佑樹、大石達也、福井優也の3人のビッグな投手が抜けたことが大きいのは分かるが、それにしても、そんなに弱くなってしまたったと言うのはちょっと変である。
 弱くなったと言う点では今の阪神タイガースもそうだ。昨日もあれだけ能見投手が力投したが、不調の楽天イーグルスにもさよなら負けを喫した。ちょっと変だぞ、では済まないのではないか。
 他方、海の向こうの話しだが、イチローのいるマリナーズが勝率5割に戻った。シーズンの1/3以上も終った時点での勝率5割は何年ぶりのことか。とにかく、ここ10試合で8勝2敗という好成績で、今まで忘れていた優勝を意識することになりそうだ。いい意味で、ちょっと、変だぞと思う。なおイチロー選手の安打のペースは、昨日の試合を終って、191本ペースである。変だぞというほどではないが、楽なペースではない。(注、昨日のこの蘭で報告した数字は間違っていました。正しくは、192本でした。)

2.今朝の一考、昨日の雅子
 2時40分起床。62.3KG.台風が更に接近中で、雨模様。
 昨日の雅子は、数日前に気になっていた身体の震えは、それまでのようにそれほど目立たなくなっていた。微熱はあったが、午後の車椅子での散歩後には平熱に戻っていた。しかし、右手の人さじ指の反りは、依然として残っていたが、その反り具合は少し弱くなっていた。その代わり、目を開ける度合いは、数日前のようには開いてくれず、眠ったような状態に戻っていた。症状が、行ったり来たりの状態だ。

3.連載、難病との闘い(211) 第三部 施設、病院での介護生活(112)
  第六章 緊急入院(8)

  (2) 緊急手術(その2)
 夕方の4時少し前に、先生の要請で緊急手術に必要な書類に署名した。原田先生の腕を信じての署名だった。先生の説明では、今回の緊急手術は、胆嚢内部に溜まっている膿を抜き取るのが目的で、開腹をせず、内視鏡を使って行うもので、部分的な麻酔で済ませるという。そこで、パーキンソン病が麻酔にどの程度影響があるかが、懸念されたのだが、雅子の体質、今までの麻酔経験などから、大丈夫だとの判断で手術が行なわれることになった。
 直ちに、雅子はベッドに寝かされたまま一階の手術室に運ばれて行った。一考は不安な気持ちで、そのベッドが大部屋から移動されて行くのも見守った。何しろ、突然の思わぬ展開に不安は大きかった。恐らく、雅子も急な手術に驚いているだろうと心を痛めるのだった。しかし、原田先生が、この病院ではエース級の先生だということが、一考の不安な気持ちを強く支えてくれていた。
 手術が開始されたのは、4時を少し過ぎた頃だった思う。一考は、大部屋の雅子のベッドがあったスペースのところで待機することにしたが、何とも落ち着かず、何回か、階段を下りて手術が行なわれているであろう一階の部屋の前辺りに行っては戻って来るといった無意識な行動を何回か繰り返していた。その一方で、頭の中では、よからぬ不安が去来することもあった。
 何事もそうだが、待つことには、それなりの忍耐を要するものである。今回の雅子の場合も例外ではなかった。大抵の場合は、本を読んだりして待つことが多いが、そんな精神的なゆとりはなかった。先生が口にしておられた「若しも膿が飛び散って身体全体に回ったりしたらどうなるのだろう」といった不安が脳裏を掠めていた。
 かつて、尿管結石で七転八倒した苦しみを味わったことがあった一考だっただけに、胆石も相当に痛いのではなかろうか、といった心配が浮上する。とにかく、無事に手術が終って欲しいと願いながら、じっと我慢して待っていた。落ち着かなくて、そわそわした気持ちが、不安の中に入り乱れていた。(以下、明日に続く)

1624 不安がいっぱい

 人生には不安は付き物だし、今の世の中は不安でいっぱいだ。それだけに、地道な努力であっても、一つずつ不安を解消して行くのは遣り甲斐に繋がり、人生を楽しく、豊かにしてくれるものだと思う。

1、独り言コラム
 菅総理は、フランスのドービルで行われている世界の大舞台、G8サミットで、自然エネルギー普及に取り組み、2020年代の出切るだけ早い時期までに、その割合を20%に拡大するとの国際公約を行った。国際公約といえば、先に鳩山由紀夫総理が、国連総会で英語で発言し、CO2を2020年までに20%削減アするとスピーチしたことはまだ記憶に生きていて、その前提に原子力発電があったことを思うと、如何にいい加減な発言であったと、日本人の一人として実感している。そういう意味では、今回の菅総理の見得を切った発言にも不安は少なくない。
 しかし、菅総理にはもっと大きな不安が芽生えているはずだ。鬼の居ぬ間にではないが、自民、公明が内閣不信任案を出す準備に入っており、若しかしたら、小沢グループの中から同調者が出るのではとの不安を覚えているだろう。一つの山場であったサミットは終った。次にIAEAの調査結果が出る来月初め辺りが、次の大きな山場となるかもしれない。政治の動きからは依然として目が離せない。
 不安、と言えば、いま接近中の超大型の台風2号だ。梅雨に入っているだけに雨量も心配で、これからの進路から目が離せない。
 話題飛ぶが、阪神ファンの不安はもっと底深いかもしれない。交流戦に入ってまだ2勝で負けが混んでいて、展望が開けていない。多くのファンは真弓監督の采配に納得していないようだ。今のままのペースで行けば、交流戦が終わる頃には、今年の阪神のAクラス確保は諦めねばならないだろう。この不安を打ち破る思いきった何かが必要だが、…。
 海の向こうのMLBでは、イチロー選手の連続200安打挑戦にも、ここに来て不安が少し大きくなりつつある。このところ2試合連続無安打で、その年間ペースも、一時は225本ペースであったが、今現在は188本ペースにダウンしている。ちょっと心配だが、今ではまだ一喜一憂する必要はないだろう。。
 さて、私事だが、筆者も不治の病と戦っている妻のことを思うと、先行きの不安がないと言えば嘘になる。何としても、彼女よりも長生きして見取ってやらねばと思っているが、これだけは、神様の思し召しを待たねばならないのが辛いところだ。
 そんな中で、久し振りに中学時代の同窓会に顔を出した。お二人の恩師を始め、多くの仲間達は元気いっぱいだった。中には、未だに現役で頑張っている何人かもいた。例えば、守山市農業委員会の会長で超元気いっぱいの田中善也さんからは、前日も東京に出て滋賀県選出の林久美子議員らに会ってきたと言った凄い迫力ある語りで大いに元気付けらたし、マツダオートザム守山の代表取締役の寺田邦夫さんからも、落ち着いた語りの中から、貴重な元気を頂戴した。加えて、未だに容色衰えない筆者の憧れだったAさん、Kさん、Gさんらの落ち着いた魅力からも、改めて豊かな心の安らぎを頂戴し、思わず二次会まで顔を出して楽しませてもらった。筆者の胸の奥に潜んでいた小さな不安などは、お陰ですっかり吹き飛ばしてもらっていた。
 ところで、ちょっと大袈裟な言い方だが、人生って実に微妙なものだと思ったのは、何気なく顔を出したこの二次会だったが、そこで恩師から、一次会での忘れ物になっていた眼鏡の話をお聞きし、それが、まさしく、筆者がうっかり置き忘れていたものだと分かった。早速、その在り処をさがしたのだが、暫くは行方が分からず所在不明だった。しかし、その後、ある方が保管してくれていることが分かって、無事戻って来るという嬉しいハプニングがあった。もし、筆者が二次会に出ていなければ、家に帰ってからその紛失に気付きがっかりしていただろう。実に微妙な綾だったと思う。見つかった瞬間、思わず、万歳を叫んだ筆者は、余計な不安をすっかり忘れさせてもらっていた。久し振りに味わう楽しいひと時だった。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時10分起床。62.5KG.台風接近もあって、スッキリしないお天気のようだ。
 昨日の雅子は、概ねはいつもの通りの様子だったようだ。この日は、筆者が11時前から夕方の5時半まで、上述の同窓会に出ていて、看護婦さん、介護士さん任せだったが、幸いにも、これといったトラブルはなかったようだった。
 夕方病院に戻ったが、雅子は前日のように目を開けてくれず、症状は、また元に戻ったような感じだった。

3.連載、難病との闘い(210) 第三部 施設、病院での介護生活(111)
   第六章 緊急入院(7)

  (2) 緊急手術(その1)
 そう言えば、である。この原田先生の後ろ姿を、一考は、その日の昼過ぎから、何気なく目にしていたのである。雅子のいる大部屋と廊下を挟んだところに、看護婦の控え室があるのだが、その一角で、その日の午後から、しきりにCT撮影のフィルムを真剣に点検している先生の姿があった。それは、雅子の居るベッドの脇から直視できる位置関係にあった。しかし、まさか、そのフィルムが雅子を撮影したものだとは思ってもいなかったのである。
 それというのも、雅子がその日にCT撮影を受けていたのを、一考は全く気づいていなかった。多分、前日の血液検査の結果、肝臓のデータに異常があったために、急遽撮影されたのであろう。多分、一考はその時には外出していたと思われる。その辺りのことは、その後の原田先生からの説明で知ることになるのだが、後姿の先生が見ていたCTフィルムこそ、雅子を撮影したものだったのである。、そのフィルムの解析で、雅子が厄介な病気であることを発見して頂いた訳であり、その意味では、貴重な診断だった。
 その原田先生は開口一番、少し改またった口調で、病状がただ事ではないということを伝えてくれたのである。まさに、籔から棒だった。一考の理解では、それまでは、あくまでも、肺炎というのが正敵であって、それに対する治療が抗生剤の投与で行なわれているという認識だった。それが、今朝になって、院長から肝臓に支障が出ているとの話を聞かされたばかりで、一考は一体どうなっているのかと心配していたのである。
 その原田先生の口から出てきた病名は、胆嚢結石だった。それまで全く話題に出なかった病名である。しかも、今の状態はその膿が胆嚢にいっぱいになっていて、早急に手術で抜き取らないと大変なことになるという緊急事態だという。若しも、その膿が腹部内に漏れたり、飛び散ったりすると腹膜炎などを誘発し、大変危険な状況になるというのだった。
 これは全くの想定外の驚きの暗転だった。一考の頭の中では一体何事が起きたのか、この11日間の治療は何だったのか、といった訳の分からない思考で混乱していた。
 原田先生は、一考を別室に呼んでCT写真を見せ、また内臓の図を書いて解説し、問題の胆嚢辺りの状況を詳しく説明して下さった。それによって、一考は、事態の厳しさ、対応に急を要する事態を理解した。大変心配だったが、ここではこの原田先生にお任せするしかない。事前にその名前を聞いていて頼りになる先生だったのが幸いたった。そういう意味では、一考の頭の中では、地獄に仏の気持ちでもあった。(以下、明日に続く)

1623 痛快! 歴史は実験されていた。

 「歴史は実験できない」と言う名言がある。例えば、「若し、クレオパトラの鼻がもう少し低かったら、世界はどうなっていたか」という設問には正解がない。実験できなくて、確かめようがないからである。しかし、…。

1、独り言コラム
 海水注入は一時ストップすることなく継続して注入されていたという新しい事実が明らかにされた。福島第一原発の吉田昌郎所長の衝撃の告白である。しかし、今更、何をである、と言いたい。原子力委員会の斑目春樹委員長が、「私は一体何だったんだ!」と自嘲気味に斑な顔つきで呟いていたが、この問題の実態の間抜けた事実公開のあきれた様を如実に表していたと思う。
 班目委員長が示唆した「再臨界の可能性」発言を巡っての国会で行われた集中審議は、いったいなんだったのだろうか。多くの国民も唖然とした話の展開となった。注水ストップを指示した時の東電の首脳は、官邸で再臨界の可能性について、激論が行なわれていることから、原発一号機の現場に対し、開始していた海水注入作業をストップする指令を出したのだった。そして、55分間の海水注入は中断されていたというのであった。
 ところが、である。昨日になって、現場のトップの吉田昌郎所長の判断でストップされずに、海水注入は継続されていたと言うのである。トップの指示が無視されていたことにびっくりだったが、結果良し(?)であったというのである。
 「歴史は実験できない」という名言は、図らずも、打ち消されていて、堂々とその歴史は実験されていたのである。つまり、若し、55分間の中断がなかったら、水素爆発などは避けられて、安全が確保されていたかもしれないという仮定の議論に、明解に答えが出されていたのである。結果は、言うまでもないことだが、残念ながら、それでも、安全は確保できていなかった、というのだ。
 この問題には、幾つかの疑問や問題が残されている。一つは、吉田昌郎所長の発言は事実なのか、なぜ、今頃になって真実を明らかにしたのか、大企業のトップの指示が現場の判断で無視されていたという事実への疑問、指揮命令系統の混乱、シビリアンコントロールのお粗末さなどこの話しは、それほど単純ではない。
 歴史の実験という意味では、過去において、スリーマイル島の原発事故では、非常用の冷却装置(ECCS)を手動で停止したようだし、チェルノブイリの原発事故では、実験中に故意に安全装置を解除していたという事があった。これらも、大きな歴史の実験だったとの見方もある。つまり、今回の福島原発の事故同様に、過去の原発事故では、「歴史は実験」されていたのである。
 ところで、先日終った大相撲の技量審査場所も、ある意味で八百長問題という大きな課題に答えを出した「歴史の実験」だっとと捉える事が出来る。その一例は、7勝7敗で迎えた14人の力士たちの千秋楽での結果が7勝7敗であったという。この結果こそ、八百長の存在という相撲の歴史を実験した結果の正解なのである。
 ともかくも、今まで名言だった「歴史は実験できない」は既に、その幾つかで、図らずも実験されていたのである。あっと驚く、為五郎だった。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 2時半起床。62.1KG.スッキリしないお天気のようだ。
 昨日の雅子は、微熱があったが体調は悪くなかったようで、午後には目を開けてじっと見つめてくれる時間が随分と長かった。珍しいことである。その代りに身体全体の震え、手や指の震えが目立っていたし、右手の人差し指がぐっと反っていたのが気になった。これは、若しかしたら、お薬の調整をした結果なのだろうか。明日以降もしばらくは、その辺りの様子を見ておこうと思う。

3.連載、難病との闘い(210) 第三部 施設、病院での介護生活(111)
  第六章 緊急入院(7)

  (2) 緊急手術(その1)
 とにかく、その時点では先生からの申し出が唐突だったので、一考は、違和感を覚えながらも、会話の流れの中で「そうですか」とは言ってしまったのだが、先生が部屋を出て行かれた後になって、それはまずいのではと思い直し、勇気を出して、先生が戻られた部屋に出向いて、次のように申し入れたのである。
 「何しろ、この5年間以上もずっと飲み続けて来た微妙なバランスを配したお薬なので、急に止めるのは、何かと支障を来すことになるのではと心配です。施設での服用は完璧ではなかったかも知れませんが、大筋ではしっかりやってもらっていたと思います」
 それに対し先生は、意外にもすんなりと「そうか」とおっしゃって、そのことは取り止めて頂くことになった。まあ、先生の方にも、しっかりとした裏づけを掴んでおられなかったのかもしれない。とにかく、一考は、先生のご方針の取り消しが叶って、ほっとして雅子の傍に戻った。
 一方で、この日から、新しい生体抗生剤の使用が始まることになっていて、このところのこう着状態に何らかの進展があるのではと一考は密かに期待をしていた。しかし、目立った動きもないまま時間は進み、この日の午後に入っていた。
 事態が大きく動いたのは、時刻が午後3時半を少し過ぎた頃だった。一考は、雅子のベッドの傍で、本を読んでいたのだが、そこに、院長先生ではなく、もう少し若い先生が、突然一考の前に姿を見せたのである。その先生の真剣な眼差しに、何かただ事でない事態が起きていることを察知した一考は、読んでいた本を畳むと身を立て直して、同氏に会釈して挨拶した。
 背の高い、中年の優しそうな紳士だった。自ら原田だと名乗られたのだが、一考は、その名前を聞いてはっとすると同時に、ある種の安堵感を覚えたのである。その名前は、一考にはしかとした記憶があったからだ。それは、入院直後に、施設のアクティバ琵琶の看護婦さん達とやり取りをしていた際に、ある看護士さんが口にされた名前だった。その方のお話では、この病院では、特に頼りになる先生の一人ということで、胃ろうを頼むならば、この先生がいいのではとの情報だった。そんな事前の知見があったことで、この原田先生の登場を目の当たりにして、一考は、愁眉を開いた感じを抱いたのである。(以下、明日に続く)

1622 出口なし

 今回の福島原発事故の驚くべき実態が裸にされそうだ。G8サミットやIAEAと言った世界の舞台で、この出し物がさらしものにされるのである。不安と屈辱で忸怩たる心境である。

1.独り言コラム
 菅総理は、昨日G8サミットに出席するためパリに入った。ドービルで行われる今年のサミットは、主役が菅総理のようで、世界の首脳の前で、今回の福島原発事故の実態、今後の対応などの報告が行われる。世界のエネルギー政策を左右しかねない事故だけに、その議論が注目されている。
 一方、国内ではIAEAの査察が入る。世界12カ国から18人の専門家で構成された部隊が、原発事故現場の査察を行い、その実態の把握のための調査が行われる。12カ国の中には中国や韓国のメンバーも入っており、国家秘密に属する事実が彼らにまでオープンされることには屈辱の思いで腹立たしく感じている。
 いずれにしても、月末までには今までベールに包まれていた、と言うよりは、東電がオープンにして来なかった実態が暴露されることになりそうだ。そのためか、ここ数日前から、東電が拙速に明らかにした幾つかの事実がある。その内容は、驚くべきもので、地震直後からメルトダウンが起きていたり、格納庫などにアナが開いていた事実が含まれている。もう隠し切れないということから、直前になってオープンし始めたものだろう。
 それらによると、実態は恐るべき事態が起きていたことが明らかになりつつある。言ってみれば、それはチェルノブイリ以上だと言えそうな危険な状況が起きていたのである。それを、最初はレベル4だと報告、暫くして一転して、最悪のレベル7だと言い直して世界を驚かせたことは、ご案内の通りである。
 思うに、事故が起きた直後では、国民にパニックを起こさせないと言う大義名分を盾に、事実を隠蔽する方針で対応することにしていたのだろう。記者会見で事実を話した原子力安全委員会のメンバーが更迭されて、専門外の西山英彦氏に代えたのはそのためであり、事態の重要性を誤魔化した形で報告する同氏の対応には、あまりにも国民を馬鹿にした対応であったといわねばならない。
 いずれにしても、もう隠しきれない状況に追い込まれた訳で、IAEAがどんな報告を纏めるかが注目されるし、菅総理自身が行なった指示やアクションも白日のもとに晒されることになりそうだ。昨日の関西テレビの夕方のニュース番組「アンカー」に出演した、シンクタンク社長の青山繁晴氏の言葉を借りれば、菅総理には「出口なし」である。
 話しは変わるが、プロ野球は交流戦に入っているが、ここに来て阪神の失速も甚だしい。横浜と最下位を争っている訳で、シーズン前の順位予想で、かなりの方が優勝を予測した人がいたのが嘘のようだ。筆者の見方では、真弓監督の采配が問題で、同氏が指揮を執り続ける以上、出口なしの状況が続くのではなかろうか。今や、かつての「ベンチが阿保やから」の不満の声が増えているという話も出始めていると言う。
 小沢一郎元代表の元秘書たちの政治資金関連の裁判が進んでいる。そこでは、水谷建設からの多額の裏金が話題になっており、その証言にもかなりの信憑性が感じられる内容が多い。実態が早く裸にされてスッキリした判決が出ることを期待している。そうなれば、小沢一郎豪腕も、出口なし、となりそうだ。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時起床。62.0KG.スッキリしないお天気のようで、夕方には、雨模様となりそうだ。
 昨日の雅子は、体調は戻っていたので、散歩も通常通り行なった。全体として、寝ていると思われる時間が多くなって来ている。帰り際になって、帰るよ、と言うと、目を開けて何かを言おうとするような顔つきをしてくれるので、しばらく傍にいてやることになる。後ろ髪を引かれる思いで帰ることが多くなりつつなる。

3.連載、難病との闘い(210) 第三部 施設、病院での介護生活(111)
  第六章 緊急入院(7)

  (2) 緊急手術(その1)
 週明けの月曜日、6月29日、この朝には3回目の採血が行なわれた。またレントゲン検査も予定されていた。今一度、基礎データの確認が行なわれるのだろう。一考は、朝8時前に病院に顔を出して、雅子の様子を窺うと、体温は37.6度と相変わらず高く、浮かない顔をしていた。
 回って来た看護婦さんに、このところの排泄の様子を確認すると、栄養剤の投与後は、下痢模様の状態が続いているという。そこで、今日からは、栄養剤に含まれているその原因と思われる成分を抜くという。いずれにしても、入院して10日にもなるのに、雅子の症状が一向に改善しないことに、一考は、不安と不満で焦燥感を覚え始めていた。
 昼前に、一旦、病院を出て雑用を済ませ、午後2時少し前に再び病院に戻って来ると、院長先生か足早に近づいて来て、肺炎の菌対策として、新たに生体抗生剤(プロブリン)を使いたいので、その使用に関しての承諾書にサインを求められた。どうやら、今までの抗生剤では効果がないということらしい。一考は、少し不安だったが、医学的知見が無いだけに、それを拒否する理由がある訳もなく、申し出を受け入れることにした。念のため、小児科医をしている雅子の兄の祐一さんに、このことを話してその感触を探ったが、特に問題があるような口ぶりではなかった。
 いずれにしても、この日の雅子は、帰り際でも、依然として37,8度という熱に悩まされていた。そして、一夜明けた6月30日、結果的には事態が大きく動くことになる大事な日を迎えたのである。
 この日の朝、一考はいつもの通り8時前に病院に着いていた。看護婦さんに雅子の様子を聞くと、体温は依然として高く、37.7度で、痰のつまりも目立っていて、そのための吸引で雅子は朝から苦しんでいた。
 9時前になって先生が回って来られて、血液検査の結果から、肝機能に障害が出ているようだとの報告があった。肺炎ばかりが頭にあったので、ちょっと意外な展開だった。同時に、院長は今日からパーキンソン病のお薬の服用を暫く取り止めたいという。何気なく聞いていた一考だったが、その発言に、何か、しっくり来ない違和感を覚えていた。要するに、院長の考え方は、パーキンソン病関連のお薬が、肝機能に影響を与えているのではとの疑問をもたれたようだった。
その判断根拠は、それまでの施設でのパーキンソン関連のお薬の投与が、雅子の口が開き難かったことで、きちんと服用されていなかったのではないか。それに対し、入院後は、鼻からのチューブで投与になったことで、しっかり投与が行なわることになったことで、それまでよりは量的に多く投与された結果となり、それが肝機能に影響を与え出したのではというようだった。それと云うのも、入院後間もなく雅子の手の震えが一時的に収まったような症状になったことを、先生は重く見ておられたことがあった。いずれにしても、一考には理屈抜きに何かしっくりしないものを覚えていた。(以下、明日に続く)

1621 シカト

 筆者の持っている電子版の広辞苑にも載っていない言葉だった。やくざ言葉の隠語だそうだ。

1.独り言コラム
 小沢一郎元代表(69歳)と渡部恒三最高顧問(79歳)の合同のお誕生会が、昨日都内で行なわれた。3年ぶりの復活だそうだが、それに160人もの民主党員が参加したという。政治的な思惑がうごめく意味ありの集まりだった。それまでに、小沢氏のことを徹底的に批判してきた渡部氏だったが、手のひらを返したような仲直りには、筆者は同氏への信頼性を失うばかりでなく、人間不信さえ覚えたくらいだった。
 渡部氏が「互いに目を合わせなかった期間が3年あった。もうケンカすることもないだろうから、私にもしもの事があったら、友人総代の弔辞は小沢先生にお願いしたい」と挨拶したのに対し、小沢氏は「最初はかなり仲良くやっていたが、ここ数年間は、彼は彼流に私の悪態をついて、私は、私流に『シカト』していた。これからはちょくちょく話し合いたいと思っている」と返した。
 この挨拶の中で小沢氏が使った「シカト」という言葉の意味を知らなかった筆者が調べたところ、Wikipediaに、「花札で10月(紅葉)の札が、そっぽを向いた鹿の絵柄であることに由来している言葉で、無視することをさすやくざの隠語だ」との解説があった。やくざ言葉を駆使するあたり、如何にも小沢氏らしいと思ったが、茶番劇も甚だしい。
 筆者が残念に思ったのは、こんな会議をシカトすべき前原誠司元外相が発起人の一人として参加していたことだ。期待している政治家の一人だけに、その動きには納得いかない。前原氏は何を考えているのだろうか。
 福島第一原発で、1号機だけでなく、2号機、3号機もメルトダウンしていると東京電力が正式に発表した。今頃になって何を言っているか、であって、殆どの国民はもう前から察知していたことでニュースにならない話しだ。東電は、それまで、事実を隠していたと言われて仕方ない話である。要するに、政府や東電は、今回の原発事故の対応で、国民の安全を「シカト」して来た一環に過ぎない。驚くのは、こうして事実が明るみに出て来るにつれて、実態は、ますます酷く、厳しい状態だったことが明らかになるばかりだ。いったい、どんな形で収拾をして行くのだろうか。しかし、その道筋が全く見えていない。
 ところで、昨日このコラムで取り上げた、NHKのBSプレミアム「中国に君臨した女」の第二回の放映が昨夜あった。愛新覚羅溥儀の妻「婉容」を取り上げていたが、メインキャスターは元TBSの進藤晶子さんだった。昨日のこの蘭で、4回シリーズを通じて八塩圭子さんがキャスターを担当されると書いていたのは、筆者が調べもせずに書いた勇み足で、実際には二人が二回ずつ担当されるようだ。相撲ではないが、勇み足を「シカト」する訳にいかず、お詫びして訂正しておきます。
 そんな訳で、久し振りに進藤晶子さんの活躍ぶりを見せてもらったが、アラフォーの40歳ということで、容色こそ少しは衰えてはいたものの、安定した司会振りはさすがだった。
 桂三枝に弟子入りした世界のナベアツさんの高座名が「桂三度」と決まったそうだ。三度目の正直の意味があると言のだが、何だか、いい加減な名前のような響きでもある。落語家の名前なんてそんなものなのだろう。ナベアツさんは、本気で落語をやるのだろうか? まあ、どうでもいい話なので、この辺りの話は、さらっと、「シカト」しておこう。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時起床。62.0Kg。お天気は、今日は良さそうだが、明日はまた崩れるという。
 昨日の雅子は、前二日に渡って不安定だった血圧、体温が落ちていたが、問い掛けへの反応は、相変わらず乏しく、付添い者には寂しい一日だった。やはり、悪化がまだ進行しているということなのだろうか。

連載、難病との闘い(210) 第三部 施設、病院での介護生活(111)
   第六章 緊急入院(7)

  (1)異変(その7)
 抗生剤投与のてこずりが影響しているのか、痰の出方もその頻度が増えていたし、雅子の体温はその後も上がり、夕方には38度まで上がって来ていた。看護婦さんが、アイスノンでクーリングしてくれていたが心配だったので、この日は、いつもより遅くまで病院にいて様子を見守っていた。
 その翌日も雅子の様子は、依然として芳しくなかった。熱も37.8度と下がらず、痰の出方も相変わらず頻繁で、その吸引にも今まで以上に苦しそうだった。なお、この日、春日先生が書いてくれた手紙が準備が出来たのを、武田病院まで受け取りに行って、それを主治医の院長に届けた。
 そして、一進一退の中で、雅子は入院して早くも一週間目を迎えていた。この日も9時を少し過ぎた頃、回診に来られた院長と話をすることが出来た。先生の話では、前日のレントゲン撮影や血液検査の結果から、肺炎が広がっているようだと云う。依然として菌の特定は出来ておらず、今日から三たび抗生剤を変えて様子を看ると云う。これを聞いて、一考の不安が拡がった。本当に大丈夫なのかなあという不安である。
 この日の午後には、改めて痰が採取され検査に回された。午後になると、体温は少し下がって37,2度となった。新しい抗生剤がマッチして来たのではと、藁にも縋る思いで前向きに捉えようとしていた。
 しかし、その翌日からの二日間は、生憎の土、日曜の休日で、先生の回診、診察は行なわれなかった。この間の雅子の症状は相変わらずで、熱と痰に悩まされ、苦しんだ二日間だった。体温は高い時には38度にも達していたし、痰も色が薄くなってきているという看護婦さんの話とは関係なく、その頻度は減らず、雅子の苦しい闘いは続いていた。また、栄養剤がまだ馴染んでいないのか、便がゆるく、下痢状態が多かったようだ。そういう意味では、肺炎が治癒してゆく様子からは、ほど遠いように思われた。
 入院時の話で、一週間ぐらいで退院できるだろうとの先生の話だったことから、多少の遅れはあっても、もうそろそろ前向きの話が出て来てもという期待を持っていたのだが、それは完全に裏切られていて、未だに、治癒への入口が見つからず、遅々として回復しない症状に、一考は少し苛立ちを覚え始めていた。
 そんな状態だっただけに、この二日間の休日は、生ものが入っている冷蔵庫の電源が切られたような不安となり、一考は、落ち着かない時間との戦いに辟易とした思いになっていた。
 そうしたこう着状態が、週明けの二日目に入って、思わぬ大きな展開を見せることになった。(以下、明日に続く)

1620 垣根を越えた人材登用のNHK

 歌手、俳優などの芸能人にとっては、NHKへの出演は一つのご褒美的な価値があるようだ。何しろ、全国津々浦々まで放映される訳で、全国区の顔となる近道だからである。

1.独り言コラム
 昨日からNHKのBSプレミアムで始まった「中国に君臨した女」の4回シリーズのメインキャスターに、八塩圭子さんを起用している。彼女は元テレビ東京の株式番組を担当していた方で、筆者も当時から何となく魅力的なアナウンサーの一人として注目していた方だ。テレビ東京を辞めてフリーになったことは承知していたが、このようなビッグな番組に起用されているのを見て、何となくほっとしたものを覚え、このシリーズ番組を見ることにした。なかなか、面白そうで知見を豊かにしてくれる番組である。
 そう言えば、このところのNHKの人材登用には、この種の垣根を越えた事例が多い。フジテレビで活躍されていた滝川クリステルさんを、同様にBSプレミアムの「プロジェクトWISDM」のキャスターに起用、彼女は卒なく無難にこなして大役を果たしている。また、笑っていいともの顔であるタモリ氏を起用して「プラタモリ」なるヒット番組を作った。思い外の視聴者からの好反応に、続編を作ったほどの成功だった。なお、この番組ではアシスタントの久保田裕佳アナウンサーもなかなか魅力的だった。
 同様にビートタケシを起用した「たけしのアートビート」、爆笑問題の「ニッポンの教養」がある。
 遡れば、2005年にあの「みのもんた」氏を紅白歌合戦の司会者に起用したのが、その切っ掛けだったように思う。しかし、このビッグな決断は、同氏の起用がこの一回だけに終った結果からすれば、NHKとしては思わしくなかったようだ。そこには、両者の思惑のずれがあったのだろう。筆者としては、思い切った英断で、そこそこ面白かったように見ていただけに、もう一回ぐらいトライしてみてもよかったのではなかったろうか。
 紅白歌合戦に関しては、その後も2008年には、フジテレビのヘキサゴンメンバーと一緒に中村仁美アナが出演、ドラマ「相棒」でヒットした水谷豊氏を抜擢、更に2009年には日テレの羽鳥慎一アナもFUNKEY MONKEY BABYの歌った「ヒーロー」のジャケットに起用されていたことで顔を出した。このところの路線として、垣根を越えて民放の人気者をも取り込んだ形で、視聴率アップを狙った企画になって来ているようだ。今や、NHKの凛とした、かつてのプライドは気にしていないようだ。
 また「クイズでGo」の堀ちえみさんや東貴博、「新感覚ゲーム、クエスタ」での名倉潤、はしのえみなどの起用、更には「スタジオパーク」、民放での活躍者の出演機会が増えている。
 こういったNHKの人材登用は、前向きで画期的であると云うべきか、はたまた、そこまでやるか! といった見方をすべきか、意見の分かれるところであろう。筆者は、前向きに捉えて視聴している。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時起床。62.3Kg。お天気は回復方向のようで、午後には晴れる予報だが、長続きはしないという。
 昨日の雅子は、熱はなかったが、血圧が不安定で上が130から80台、下が、60台から80台といった具合で、異常に動いているような状態。それでも、午後には1時間ほど車椅子で散歩した。殆ど目を開けてくれなかったが、こちらから一方的に話したてやり、歌ってやっていたが、…。この日は、反応が殆どなく、双方方向の意思が通じず、何だか寂しい一日だった。
 このブログにたびたびコメント頂戴している、かに座さんのお話では、彼女の旦那さんの症状によく似ていると言うことなのだが、彼女の場合は、筆者の場合と違って、自宅で看護しておられるようで、大変なご負担がかかっておられると思う。良く頑張っておられると感心である。自らのご健康に気をつけて頑張って下さい。

3.連載、難病との闘い(209) 第三部 施設、病院での介護生活110)
   第六章 緊急入院(7)

  (1)異変(その7)
 翌日は、約束時間の少し早目の1時過ぎに武田病院に着いていた。春日先生の多忙さを慮っての対応だったが、先生もほとんど待ち時間なしで顔を出してくれた。一考は、なるべく手短に、入院に至る雅子の症状や経緯などについて報告した。その中で、入院した琵琶湖大橋病院は、自分にも馴染みなかったが、そこの院長さんが、たまたまだったが、その夜、提携先のアクティバ琵琶にあるクリニックの宿直だったことで、その指示があって決まったと言う経緯についても簡単に触れておいた。
 「まあ、肺炎の治療という事では、それほど病院に拘ることはないでしょう。ただ、今後の対応では、今でも口を開けるのが大変なようですから、パーキンソン病が更に進んだ場合のことを考えると、食事やお薬の服用が難しくなることは必至で、その対策として、前にもお話したが、やはり、直接に胃に投入する手段、つまり、胃ろうの取り付けを考えて置くべきでしょう。私の方から、院長さんに、それらのことを含めた手紙を準備しましょう」一考の話を聞いた春日先生は、優しい口調でそう言って話を終えようとされた。一考は、先生の有難いご配慮に感謝しながらも、ちょっと躊躇はしたが、その胃ろうの取り付けについて、武田病院でお願いできないかと頼んでみたのである。何しろ、この病院は、、雅子本人が春日先生にお世話になりたいとの一心で転院してきたという経緯もあって、雅子のこの病院への拘りを忖度してのお願いだった。
 「いや、その気持ちは分からんでもないけどね。胃ろうの手術というのは、今では、どこでやっても、技術的には変わらないんだよ。今後の取替えのことを考えると、近くの病院の方がいいと思うよ」先生は、あっさりとそう言って、一考の申し出にを取り上げる気持ちはなさそうだった。確かに、このことについては、先生からは、先日にこのお話の紹介を受けた時から、そのような考えをにおわしておられたこともあって、ある程度は覚悟の上の踏み込みだったのだ。しかし、改めて、先生にそうおっしゃられては致し方ないと、一考は諦めざるを得なかった。
 満たされない身持ちだったが、一考はそのまま真っ直ぐ雅子のいる琵琶湖大橋病院に戻った。病院には3時半過ぎに到着した。雅子の様子を確認すると、体温がまた少し上がって来ているという。間もなく、主治医の院長先生が部屋に顔を出してくれた。いつもは朝に顔を合わせるので、珍しいタイミングだった。
 先生の話では、未だに、肺炎の菌の特定がまだ出来ていなくて、今日からまた抗生剤の種類を変えて対応しているという。つまり、肺炎の退治に、てこずっているということだった。(以下、明日に続く)

1619 記録は語る

 チャレンジが始まりで、戦いがあって、それについて来るのが記録である。そこには喜怒哀楽、そして真実が集約されていて、それをじっくり眺めているのも楽しいものである。

1.独り言コラム
 大相撲では、技量検査場所と称して戦われた場所が終った。結果は、白鵬の19回目の優勝、それが7連覇という朝青龍の歴代タイ記録に並んだ。しかし、意外だったのは、この場所で2敗も喫したことだった。一時は、双葉山の69連勝に迫り、再びそれにチャレンジしていたが、日本人力士の稀勢の里に連敗するなど、どうやら、69連勝は遠くなりつつある。それにしても、安定した横綱としてあと数年は君臨するだろう。大鵬の31回の優勝にあと12回だが、果たして、手が届くだろうか。
 そんな中で、魁皇が頑張っている。千秋楽には、その白鵬を堂々と寄り切っての白星でこの場所に9勝を上げて、通算勝ち星を1044勝とし、千代の富士の1045勝にあと1勝と迫った。怪我さえしなければ、名古屋場所での達成は確実だ。一時は、八百長で疑わしい一人に入っていたが、今や堂々の相撲っぷりだ。幕内通算出場数も高見山の記録を破って1435回、幕内勝ち星も876勝は歴代トップ。また大関在位場所数も64場所で、千代大海の記録にあと一場所である。因みに、幕内優勝回数も5回で、横綱になっていない力士の優勝回数では歴代トップだ。記録尽くめの魁皇関、万歳! である。
 あのタイガーウッズが世界ランクで14年ぶりにトップ10から陥落するとい。今日発表されるランキン明らかにされるが、その原因の大元が女性関係の乱れだったと言うのは、英雄、イガーウッズのエピソードには相応しくない。画竜点を欠いた事例だと言えよう
イチローの11年200安打への記録達成へのペースだが、昨日を終って、194.4本ペースにダウンである。残りが117試合とまだまだ先が長く、一喜一憂する必要もないが、現在の54本は楽観できない記録である。
 日本のプロゴルフでも昨日は男女ともエキサイティングだった。男子はこのところ今一つだった石川遼選手が18番でプレイオフに持ち込んだが、ベテランの小林正則選手のプロ入り14年目の初優勝を許した。
 一方の女子は18才の新人野村敏京さんが、ぶっちぎりで宮里藍選手に次ぐ史上二番目の若さで初優勝を果した。そういえば、数週間前の米国ツアーで、NOMURAと言う日本人選手の名前が、藍、美香の二人の宮里選手よりも上位にあったのを思い出す。その時は、この方が誰なのか分からなかったのだが、突如、ここに姿を見せてくれたのだ。日本人と韓国人のご両親だそうだが、日本国籍を選んだという。今後、記録ラッシュの活躍を見せるのではなかろうか。期待は大きい。
 記録といえば、スポーツだけではない。福島原発の水素爆破に至る過程の細かな記録が判明しつつある。それによると、爆発を避けるための対応策であるベントのタイミングが話題になっていて、どうやら、東電のアクションに齟齬があったようだ。記録は、真実を明らかにしてくれる大きな手掛かりでもある。
 なお、手前味噌だが、このブログは筆者の人生史をささえる一つの記録である。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時半起床。体重、62.6Kg.お天気は雨になりそう。
 昨日の雅子は、体調不良だった。体温が朝から38.4度と高く、クーリングに終始した一日だった。また、血圧がなかなか測定できず、結果的にもいつもより相当に高かった。その一方で、検査用の採血が行われた。なお、体温は夕方には平熱に戻っていた。
 
3.連載、難病との闘い(208) 第三部 施設、病院での介護生活(109)
  第六章 緊急入院(6)

  (1)異変(その6)
 午後二時過ぎになって、一考が自宅から琵琶湖大橋病院に戻った時、ちょうど、お尻の尾てい骨付近に出来ている床ずれが少し酷くなっている傷の手当をてしてもらっていた。じっくりと見ると傷は結構膨れていて広がっており、とても痛たそうだった。この傷は、今後も厄介な扱いになるのだが、その話はまた別に紹介したい。
 ところで、この病院では、特別な診察や検査は、必要に応じて適時行なわれるのだが、それらの段取りは、前日にカードで、その日時を知らせれてくれる形になっている。例えば、採血、レントゲンなどと日時が書かれたカードが、ベッドに付随している移動のテーブルの上に置いてあるのだ。その日になって、それらが終ると、それらのカードが順次取り除かれる仕組みになっていて、その進捗具合も知ることが出来るのだ。
 さて、入院4日目の6月22日、一考は、早めの8時過ぎに病院に顔を出した。到着して間もなく、この日も院長の回診があって、いつものように、聴診器で心音を確かめるなどの作業をして、言葉少なく部屋を出て行った。今のところ、抗生剤の効果はまだはっきりしていないようだ。
 ところで、一考はまだ主治医の春日先生に雅子が入院したとことの報告をしていなかったことに気付いた。ばたばたしていたことで、うっかりしていたのである。この日のお昼過ぎになって、早速、武田病院に電話を入れたのだが、外出中ということで、なかなか春日先生にはツナガラなかった。その後も、ほぼ1時間置きに電話を入れたのだが、いずれの場合も、先生が戻っていないとの繰り返しだった。やっとのことで繋がって春日先生とお話が出来たのは、5時を過ぎていた。この日はだめかなあ、と半分、諦めていた後だけに、ほっとした気分になっていた。粘り強く頑張った甲斐があった。
 一考は、緊急入院から今までの経緯を含めて雅子の症状を手短に伝え、今後のことを含めて一度お会いしたいと申し入れた。先生は、超多忙なスケジュールを調整して、翌日の午後2時からの予約患者の診察が始まる前に、時間を取って頂いたのである。一考は、その配慮に感謝をしながら、ほっとして電話を切っった。それにしても、電話をするのに半日も掛かる大仕事にそれなりの疲れを覚えていた。(以下、明日に続く)

1618 嬉しくもあり、嬉しくもなし

 いろんな思いが絡まって、何だか落ち着かない複雑な心境の時がある。心の底から喜べないことって、人生では結構多い。

1.独り言コラム
 米国女子ゴルフツアーは、今週はマッチプレー形式で戦われている。64人の選手が参加し、トーナメント方式で進められていて、今現在、ベスト8の戦いの4回戦が進んでいる。今年は年初から不調で冴えなかった宮里藍選手だったが、3回戦までを堂々と突破し大進撃中だ。今までの3戦は全て強敵の韓国人が相手だったが、今朝、日本時間朝の4時前から始まっている4回戦は、相手はアメリカのクリスティ・カーである。
 宮里藍ファンでない筆者は複雑な心境だ。あの自信満々のインタビューを聞くのが好きでない。この形式のトーナメントでは、数年前に宮里選手は決勝戦まで進んで、韓国の選手に敗れて2位になった実績ある。どうやら、自信家の彼女には向いているトーナメントかもしれない。今現在のスコアーは、前半を終えて、3ダウンと相手にリードを許している(5時40分現在)。因みに、筆者が応援している宮里美香さんは、1回戦で大敗して姿を消している。
 中韓の首脳が来日中で、昨日は宮城県名取市の被災地に入り、避難者を激励してくれたようだ。嬉しいようで、嬉しくない。中韓と言えば、いずれも領土問題を抱えている厄介な国である。東シナ海の尖閣諸島、島根県沖の竹島で両国は果敢に仕掛けてきており、気の許せない隣国だ。右手で握手しながら、左足で蹴飛ばすような対応は、日本人には苦手である。
 いずれにしても、外交は複雑で和戦両様の対応が求められるが、正直言って、どうも心底から馴染めない両国だ。しかし、経済面では大きな影響を持つ両国だけに、うまく相手しなければならない厄介な国でもある。
 ところで、米国大リーグでの日本人選手の活躍は、嬉しくもあり、嬉しくもない話題が混在している。一時は抑えの繋ぎとして大活躍したレッドソックスの岡島秀樹選手が、いきなり戦力外通告を受けた。過去に大きな貢献をしたと言う実績があっても、力がなくなれば非情な通告が待っている。日本の場合も大なり小なりという見方もあろうが、米国のやり方は、やはりその非情な厳しさが一段違う。同僚の松坂大輔投手も目下故障者リストに入っていて、他人事ではないはずだ。あの松井秀喜選手でも、ヤンキースから見放され、チームを渡り歩く形になっていることを思うと、メジャーに行く事が本当にいいのかどうかには疑問がある。
 そんな中でもイチロー選手は例外のようだ。しかし、それも実績があってのことである。そのイチロー選手も、今年の今までの戦いぶりは、目標の安打数が一時は225本ペースまで上がったこともあったが、このところ下降気味で、昨日の無安打試合で、そのペースは198.8本と200本を割った。安閑としていられないことは確かである。
 福島原発の放射能で汚染された排水の処理対応には四苦八苦が続いているが、静岡にあったあのメガフロートと呼ばれるタンクが現場に到着したようだ。しかし、汚染水の推定量が10万トンと言われているのに対し、このメガフロートの容量は1万トン程度であることから、焼け石に水のような感じであって、先行きの不安は拡がるばかりである。まさに、嬉しくもなし、である。
 ベテラン俳優、長門裕之さん亡くなられた。享年77歳。石原慎太郎さんの芥川賞受賞作品の「太陽の季節」で共演した南田洋子さんと結婚し、おしどり夫婦ということで有名だったが、長門さんも洋子さんを追って旅立たれたのである。
 先日亡くなられた児玉清さんも77歳だった。今では、男性の77歳はまだまだこれからと言いたい年齢だが、…。筆者も今年70歳。毎日生きていることは嬉しい限りだが、一日、一日ゴールに近づいていると考えると、あまり嬉しくもない話である。一日をしっかり生きたいと改めて思う。
 追記:LPGAの結果速報です。今朝の7時過ぎに、宮里藍選手は健闘し、一時は1打差まで迫ったが、惜しくも3&2でカー選手に敗れた。なんだかほっとした筆者は非国民なのだろうか?

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時半起床。体重、62.5Kg.お天気は昼前から雨のようだ。
 昨日の雅子は、体調は「ロー」な状態だった。昼間はほとんど目を開けてくれなかった。痰の出方は傍にいる限りはそれほどでもなかった。午後には1時間ほど散歩。幸い、おだやかな天候だったので、半分くらいの時間は、屋上で外気に触れて過ごした。
 
3.連載、難病との闘い(207) 第三部 施設、病院での介護生活(108)
  第六章 緊急入院(5)

  (1)異変(その5)

 入院3日目の6月21日は日曜日だった。前日の午後から肺炎を治癒するための抗生剤の投与が開始されていて、一考はその効果を知る意味で、朝は早目の8時半に病院には着いていた。
 雅子の様子は、前日の帰り際に出ていた高熱は下がっていて、看護婦さんの話では、ほぼ平熱に戻っていたし、その他の酸素指数、血圧、脈拍などは、ほぼ正常な数値を示していた。
 到着して間もなく、主治医である院長が、早朝の回診のために大部屋に顔を見せられた。日曜日なのに出勤しておられたのには感謝の気持ちを覚えたが、一考の顔を見ると、そのまま真っ直ぐに雅子のベッドに近づいて来て、持っていた聴診器で心音を確認してから、抗生剤の効果がその内に出て来るのではと話してくれた。
 朝早く来れば、こうして院長と直接お話できて、病気の経過を確認することができることを知った。もう、50代に入っておられるだろうと思われるが、なかなかエネルギッシュそうで頼もしく見えた。
 この日の昼に一旦自宅に戻った時、、一考は、初めて姉の久子に雅子が入院したことを話した。久子は大変心配してくれて、母親の夕食については、暫くは自分が担当すると申し出てくれた。一考は、今後の展開が読めないこともあって、その申し出を素直に受けたのである。かくして、この日から、母親の面倒は、ほとんど全てを久子が請け負うことになった。彼女も身体の悪い夫を抱えていて、正直大変だろうと思うのだった。
 余談だが、一考が、母親に提供した食事について、ここで簡単に総括しておこう。一考が雅子に代わってから、母親に食事を出すようになったのは、2006年1月初めからで、それ以降、ほぼ3年半で、朝食兼昼食が252食、夕食が485食を提供している。しかし、考えてみれば恐ろしいことで、それまで全く経験、実績もなかった一考が、雅子からの伝授だけでの数少ないレパートリーで賄ってきた訳で、それを食べさせられた母親は大変気毒な犠牲者だったと申し訳なく思っている。(以下、明日に続く)

1617 黄色談義

 口ばしが黄色いといえば、未熟という意味だが、最近の黄色には、元気の黄色がある。今朝は、黄色に関する話題を取り上げたが、今朝の本命は女優の多部未華子さんだ。

1.独り言コラム
 黄色と言えば、まずは、信号の黄色を連想する。要注意ということで、そこでストップをすることが前提なのだが、それでも急いでその信号を渡り切ろうとするドライバーは少なくない。筆者もその一人で、4年程前には、それで掴まって罰金を支払わされた苦い思い出がある。
 ところで、大相撲で、全勝だった横綱白鵬が、昨日大関日馬富士に敗れた。白鵬の場合はそれでも7連覇への信号が黄色になった訳ではない。余裕しゃくしゃくだ。今日も負けて連敗となれば、やっと黄信号が灯るかもしれないが、とにかく、強く、安定している。
 そんな話はさて置き、黄色といえば、少し時代を遡るが、筆者の若い頃には、偽ドル事件を扱った松本清張の小説「黄色い風土」が面白かったし、歌謡曲では筆者の学生の頃に流行ったスリーキャッツの「黄色いさくらんぼ」がある。お色気がある歌として一時は人気を博していた。また、映画では、山田洋二監督、高倉健、倍賞知恵子主演、それに武田鉄矢、桃井かおりさんなどが出演した松竹映画「幸せの黄色いハンカチ」がヒット、第一回日本アカデミー賞を受賞している。
 車を運転していて最近、黄色いナンバープレートの車が多いのが気になっていた。調べてみると、軽自動車の場合に適用されているということを知った。因みに、白が普通自動車、緑が営業用自動車、黒は営業用軽自動車、青色が外交官車だそうだ。
 ところで、ここまでが今朝のこの欄の前ふりで、今朝の本命は、最近の朝早くにCMで繰り返し放映されている「きいろ、きいろ、元気色、云々」のC1000のコマーシャルのことだ。最近は毎朝このブログを書きながら、繰り返し何回も耳にしている。非情に感じのいいリズムで、思わず画面を見るのだが、そこで生き生きしてリズムに乗って動いている女性が凄くフレッシュで、思わず見入ってしまう。
 改めて、調べてみたら、その方は、多部未華子さんという女優さんだった。初めて耳にした方で、まだティーンエイジャーかと思っていたら、なんと22歳のアダルトで、既に、映画、ドラマで多くの作品に出演している方である。小学生の頃から女優を目指していて、2005年に(16歳)でブルーリボン新人賞を受賞しているという。このコマーシャルの爽やかさを見て、移り気な筆者は一目で多部未華子ファンになってしまった。今後は彼女のトーク番組などに注目したい。
 ところで、今の菅内閣だが、ここに来て、また菅降ろしが激しくなりつつあって、既に黄信号を通り越して赤信号になっている。とにかく、未曾有の難局を乗り切るには強いリーダーシップは不可欠だ。しかし、一昨日の西岡武夫参院議長の「お辞めなさい」の堂々の切込みが、新たな波紋を投げ掛けていて、サミットの帰国後から、6月22日の会期末に掛けての辺りに、政局の大きな山を向かえそうだと言われている。果たして、菅内閣はメルトダウンを回避できるのか、注目である。
 いずれにしても、多部未華子さんのコマーシャルではないが、日本も早く「きいろ、きいろ、元気色」になって欲しいものだ。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時半起床。体重、62.9Kg.このところの筆者の体重の増加は異常? お天気は今日の午後から下り坂のようだ。
 昨日の雅子は、体温が昼前から上がり(37.4度)心配したが、入浴後37,0度に下がっていた。前日と違って体温が動いた一日だった。
 
3.連載、難病との闘い(206) 第三部 施設、病院での介護生活(107)
  第六章 緊急入院(4)

  (1)異変(その4)
 一旦自宅に戻って雑用を片付けた一考が、再び病院に戻ったのは、2時前だった。大部屋に顔を出すと、長姉の霧子さんが心配して来てくれていた。やはり、こういう時は、誰かがいてくれることは心強い。
 雅子の様子を確認すると、既にセットされていた酸素を供給するチューブに加えて、更にもう一本のチューブが鼻から通されていた。そこから栄養剤やお薬が投与されるというのだ。見た目には、とても苦しそうに見えて気の毒だったが、口が開けられないので致し方がないようで、とにかく、雅子には頑張ってもらうしかなかった。
 看護婦さんから、それまでに施設で使っていたトロミ剤を確認したいというので、急いでアクティバを往復した。4時頃になると霧子さんが帰るというので、近くのJR堅田駅まで送ったが、一考は、また病院に戻って、雅子の不安を少しでも和らげて上げようと、この日は、夕方6時過ぎまで雅子のベッドの傍で付き添っていた。帰り際には、雅子の体温や血圧は、いずれも、朝方よりは、少し下がっていた。思いがけない雅子の入院と云うアクシデントに巻き込まれた一考は、その長い一日に、ちょっとした疲れを覚えていた。
 かくして、雅子の病院での新たな闘いが始まった。幸いなことに、二日目には、ナースの詰め所のすぐ前の部屋に移った。しかも、ラッキーなことに窓際のスペースが与えられた。窓からは、直ぐ目の前に、あの大観覧車が威風を見せていて、その前にはゴルフの打放っぱなしの練習場が見えた。眺めが良いだけでなく、空調の送風口がすぐ傍にあって、冷房もしっかり効いていて、居心地のいいスペースだった。院長先生が主治医になって下さっていたことも、部屋の割り振りに幸いしていたのではと一考は心の中で感謝していた。
 差し当たっての一考の心配は、肺炎に起因していると思われる痰の頻発であった。一考がいる場合には、ブザーで看護婦さんを呼び出すのだが、いない場合は、適当なタイミングで看護婦さんが見回ってくれて、吸引して除去してくれるのである。時には、そのタイミングが合わずに、雅子が苦しむこともありそうで、それを思うと気の毒なのだが、付っきりの介護は無理なので、或る程度は仕方がないのかもしれない。
 ところで、痰の吸引作業を見るのは初めてだった。ちょうど歯医者で、溜まった唾液を吸引するのと同じ作業なのだが、それがもっと喉の奥までチューブが差し込まれるので、相当に苦しいように見えた。厄介だったのは、パーキンソン病の悪化の影響なのか、口をしっかりと噛み締めていて、なかなか開かないことだった。仕方なく、鼻からチューブを入れての吸引となるのだが、それを見ていると、雅子がより苦しそうで気の毒だった。(以下、明日に続く)

1616 そこまで言うか!

 このところ、「そこまで言うか!」といった発言が目立っている。当人達に、「何様だと思っているのか?」と聞きたいが、それなりの方々の発言だけに、ちょっと首を傾げたくなる。

1.独り言コラム
 東電の賠償に関連して、枝野幸男官房長官が「銀行は東電への債権を放棄すべきだ」という発言を繰り返している。そこまで民間企業の取引の内部にまで立ち入った官房長官発言にはびっくりだ。慎重な官房長官だと思っていたが、あまりにも軽率な発言だと思う。銀行協会も強く反発している。この発言で、銀行の株価が大きく下がった。
 昨日は西岡武夫参院議長が、菅総理に即刻退陣を迫るといった発言があった。しかも、サミットには新総理が出席すべきとしている。あまりにも拙速的で、非現実的な内容だけに納得できない。同氏は、東日本大災害以降、菅総理が翌早朝に原発を訪問したことを「最大不幸」だったと指摘、また浜岡原発の停止にも大きな疑問を投げ掛けていた。
 その一方で、それまでの同氏は、外国人参政権への反対、皇室典範改定には慎重な考え方の持ち主で、筆者もそれなりに一目置いていただけに、今回の一連の発言にはびっくりである。そこまで言うか! の事例にはもってこいのタイミングでの発言だった。
 今朝のニュースで、福島第一原発が津波に襲われる様子を記録した生々しい写真が紹介されている。そのすざまじさがしっかりと見て取れる。このようなリアリティある写真が、何故、今頃公開されたかについて、東電は、いろんな情報が整理されていく中で、今になってその写真の存在が分かった、としている。如何にも木で鼻をくくった発言だ。そこまでいうのか! と思ってしまった。
 数週間前の「たかじんのそこまで言って委員会」で、ゲスト出演していた安倍晋三元総理と桜井よしこさんらが、無利子国債の発行を提案したのに対し、進行役の辛坊治郎氏が、突然二人に発言に割り込んで、その考え方には大反対と切り込んだ。もしそんなことになれば、自分は即刻今の立場を辞めると喚いていた。辛抱氏の言わんとするところは、無利子国債は、金持ちを優遇する政策で、そうすることで、国庫に入ることになっている相続税をミスミス放棄することになるというのだ。その発言は尤もなのだが、大物ゲスト二人の発言を遮ってまで、切れまくった同氏にはびっくりだった。自分の書いた本が売れていることもあって、最近少し頭に乗り過ぎているのではなかろうか。まさに、「そこまで言うのか!」である。同氏のファンであるだけに、苦言を呈しておきたい。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時40分起床。体重、62.6Kg.今日もしっかりした晴天のようだ。
 昨日の雅子も、全体としては比較的安定した状態だった。但し、前日と同様に、血圧が午前中は極めて低く、午後に回復するといった「前低、後高」の症状だった。散歩は、血圧を再測定し、戻っていることを確認して行った。
 
3.連載、難病との闘い(205) 第三部 施設、病院での介護生活(106)
  第六章 緊急入院(3)

  (1)異変(その3)
 琵琶湖大橋病院は、名前の通り、琵琶湖大橋の袂にあった。アクティバ琵琶からは国道161号線を北上し、琵琶湖大橋に通じる交差点を少し過ぎた一角である。直ぐ手前に真野川があって、その河沿い建っている。屋上にブルーの下地に白でBOHという看板が上がっていて、その存在を明示してくれていた。薄いグレーの3階建ての建物で、その直ぐ近くには、今では動いていないが大観覧車があって、分かり易い目印と捉えることが出来た。アクティバ琵琶から車で10分程度の距離だった。
 一考が車を病院の裏側の駐車場において、裏口から病院のロビーに入ってみると、雅子はロビーのある本館の1階の奥の処置室で各種の検査を受けているようだった。アクティバ琵琶からは当直の看護士さんが付き添って来てくれていて、彼女はその処置室の前の長椅子に座っていた。一考は気分が落ち着かないこともあって、暫くはその傍で立ったままうろうろしていたが、その後は諦めて、彼女の隣に座り、検査の結果が出るのを神妙な面持ちで待っていた。幸いなことに、彼女は、入院の場合も想定して、パジャマやタオルなどの最少限の必要なものを持って来てくれていた。その辺りの経験、知識がなく、手ぶらで駆けつけた一考には本当に有難い対応だった。
 よくテレビドラマなどで見受けるシーンが思い出された。雅子がどんな具合であり、どの程度苦しんでいるのか心配だった。とかく、こういう場合は、悪いことを考えがちである。電話の第一報で、呼吸がし難くなったというだけに、生命への不安も頭の中ではうごめき始めていた。
 9時半近くだったと思う。検査結果が出たのである。それによると、気管支炎、若しくは肺炎の疑いがあるというのである。直ちに入院することになり、雅子は2階の大部屋に運ばれた。
 酸素を吸入するためにチューブが鼻にセットされている。この時点での雅子は、見た目にはそれほど苦しそうではなかったが、ぐったりしていたのが気になった。先生の話では、数日、場合によっては、一週間程度の入院で済むということだったので、そんなに重い病気でないことに、取り敢えずはほっとしたのである。
 そして、何だか良く分からないままにバタバタした中で時間は経過して行った。雅子のベッドは、2階の6人部屋の入ったところ右側、つまり廊下側のスペースが割り当てられた。
 この時点での雅子の状態だが、体温が37.4度と少し熱があり、血圧も、上が106で、いつもの雅子の値よりも少し高目だった。一考には、掴まえ所のない不安があったが、それでも、肺炎若しくは気管支炎だという医者の言葉から、何となく一段落した落ち着きを取り戻していた。(以下、明日に続く)

1615 かど番

 囲碁・将棋などの番勝負で、この一番で勝敗が決まるいう局番、或いは、相撲でその場所に負け越すとその地位を転落するという局面をいう。つまり、追い込まれた局面を指している。

1.独り言コラム
 今期の第69期将棋名人戦は、永世名人同士の対戦となったが、十八世永世名人の森内俊之挑戦者が出だしで3連勝し、十九世永世名人の羽生名人を一気にかど番に追い込んでいた。そして、昨日までの二日間で行なわれた第4局が注目されたが、羽生名人が積極的に立ち回り、一矢を報いてかど番を一つ凌いだ。
 二年前の竜王戦で、将棋界で初めての3連勝4連敗という屈辱の逆転負けで永世竜王位を逃した羽生名人だけに、今度はあと3つ勝って、逆に3連敗4連勝の逆転劇で名人位を保持したいはずだ。果たして、そんな大きなドラマになるのだろうか。羽生ファンの期待は大きい。
 夏場所の代わりに行われている大相撲技量検査場所では、相変わらずの白鵬の強さが光っている一方で、大関琴欧州が振るわず、遂に昨日から休場した。これで来場所には、大関のかど番に追い込まれる。今の大関陣の中で、魁皇関を除いて、一番早く大関になった期待の一人だったが、このところ今一つ吹っ切れて居ない。果たして、復活の名古屋場所でのかど番回避はなるのだろうか、少し心配である。
 5月に入ってからも、団鬼六、上原美憂、セレ・バレステロス、ワンジルさんなどの有名人の死亡が相次いでいるが、一昨日には、パネルクイズ、アタック25の司会を37年に渡って担当して来られた児玉清さんが亡くなった。俳優を志し、その一方で、爽やかで、やわらかな口調でのこの番組での司会ぶりは、お茶の間で大きな人気を集めた。同氏の真面目な人柄が、その長寿番組の大きな要因だったと思う。
 筆者の記憶では、初代のアシスタントを勤めた、あかはゆきさんとハワイロケの際、彼女から「あなたも男なんでしょう」と強引に誘われて深い関係を持ったようだが、それが同氏には唯一のスキャンダルで、今となっては貴重なエピソードである。因みに、そのあかはさんはそのことでアシスタントをおろされた。児玉さんのご冥福をお祈りします。同氏の死去で、このアタック25もかど番に追い込まれたと言えるのではなかろうか。
 外国人からの政治献金をもらっていたことが明らかになって総理の座を、かど番状況に追い込まれていた菅直人総理だったが、思いも寄らない東日本大震災、そして原発事故で、そのかど番が吹っ飛んだ状態になっている。それでも、未だに菅降ろしの動きは絶えないが、日本が危急存亡のときと云うことで、何とかかど番を凌いでいる。果たして、どんな展開になるのだろうか。
 一方、事故を起した福島原発では、驚愕のメルトダウンが明らかになるなど、未だにその安定化への目処が立っていない。加えて、東海大震災で危険が予測される浜岡原発の運転の全面停止が行なわれるに及んで、原発への反対運動が高まる気配を見せている。そう言う意味では、どうやら、日本のエネルギーの根幹を支えている原発も、思わぬかど番に追い込まれていると言えよう。今後の我が国の戦略が注目される。
 いずれの場合も、かど番の脱出、回避には、単なる頑張りだけではなく、あっという虚を突くぐらいの妙手、アイディアが欠かせない。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時10分起床。体重、62.1Kg.今日もしっかりした晴天のようだ。
 昨日の雅子は、全体としては比較的安定した状態だった。但し、血圧が午前中は極めて低く、午後に高くなるといった具合にその変化が大きかった、従って、午前中は、ほとんど目を開けてくれなかったが、午後になって散歩をする頃には大きく目を開けてくれるようになっていた。散歩の後には、一週間一度のリハビリを受けた。
 
3.連載、難病との闘い(204) 第三部 施設、病院での介護生活(105)
  第六章 緊急入院(2)

  (1)異変(その2)
 朝が早かったので道は空いていた。ハンドルを握りながら、一考は、いよいよ、こんなことになってしまったかといった気の重い不安さで、心中はいっぱいだった。
 実に皮肉なことだったが、前日に武田病院の春日主治医と電話で、今後、もしも食事が出来なくなった場合の対処について相談を持ちかけていた。それと云うのも、このところの雅子は、口の開き具合がうまく行かず、食事を取るのも、お薬を服用するのも大変困難になって来ており、その結果、体重の激減が顕著になっていたからである。
 その電話の話で、春日先生は、点滴や胃に直接栄養剤を送り込むゴムチューブを取り付ける、いわゆる「胃ろう」での対応があるとの紹介があった。その場合は、附属のクリニックから紹介してもらい、適切な病院でよく相談して対応するようにとのことだった。
 そのアドバイスの後、一考は施設の介護部の看護課長に会って、主治医の話の内容を伝え、そういった場合の対応について、対象病院の選択などで意見交換をしていた。この時の話では、日赤病院や大津市民病院にお願いするのがいいのではといった話をしていただけに、そのタイミングの絶妙さを思う一方で、搬入先が琵琶湖大橋病院と云うのに、一考は多少の戸惑いを覚えていた。
 幸い、信号のタイミングも良くて、車はスムーズに走った。車の中から見る周りの風景は、一考にはもう何百回も見ているものだったが、この朝の一考には、今までにない無味乾燥な只の風景にしか映っていなかった。ただただ、気持ちだけが焦っていた。
 アクティバ琵琶には7時半頃に到着した。急ぎ足で雅子の部屋のある4階に直行し、待機してくれていた電話をくれた介護士さんに会って、アクシデントの発生の状況などを確認した。彼女も少し緊張気味の様子だったが、手短にその時の模様を説明してくれた。
 それによると、朝の見回りの際に、痰が詰まって息苦しそうだったので、直ぐに看護士さんに来てもらって吸引で痰の除去をしてもらったのだが、なかなかうまくいかず、酸素指数も70ぐらいに下がっていたので、そのまま放置しては危険という判断で直ちに救急車を呼ぶことになったという。搬入先については、附属のクリニックの当直の先生の指示で、近くの琵琶湖大橋病院への搬送が決まったということだった。一考は、琵琶湖大橋病院という名前は初耳だったが、クリニックの当直の先生が、偶然にも、琵琶湖大橋病院の院長だったということを聞いて、なるほどと思うのだった。(以下、明日に続く)

1614 感覚麻痺

 恐ろしい言葉の代表の一つである「メルトダウン」が日常語になりつつあって、危険度や途徹の無い大きな数字にも。あまり驚かなくなって来ている今の日本国民の感覚麻痺は「一億総感覚麻痺性疾患」と言えるのではなかろうか。

1.独り言コラム
 今般の東日本大震災、福島原発事故の被害の桁違いのスケールの大きさ、危険度の深刻さは、多くの日本人の正常な感覚を異常に麻痺させていると思う。
 その代表的な事例が、毎日逐次報告されている大震災での死者の数が、ここに来て遂に15000人を越えたが、「そうなんだ」といった程度の反応で、当たり前のような感覚で受け取っている。あの阪神・淡路大震災の場合が6434人に上ったことで、心を痛めて驚いていたのが嘘のようだ。危険なことだが、命の重さが軽く感じられるような感覚になっている。 
 また、原発事故レベルも最も危険度の高い「レベル7」になったと聞いても、「そうなんだ」といった感覚で、危機の重大性がピンと来ていない。また、この種の事故で、その使用がタブーとされていた言葉の「メルトダウン」もここに来て、大安売りの状態で、日常会話に遠慮なく使われ始めている。
 メルトダウンといえば、筆者の感覚では、「コンクリートまでが溶融してしまう」といった恐ろしいイメージの言葉だったが、今は、バターでも溶かした程度の軟らかい感覚になってしまっているようだ。そのメルトダウンが、福島第一原発では、1号機のみならず、2号機、3号機でも起きていたと言う。しかも、それが、、震災発生後数時間以内で起きていたと言うのだから、恐ろしい話である。その種の恐ろしい報道が、今頃になって、出るわ、出るわで、今まで隠していたのかと言いたいぐらいだ。まさに「なんたるちあ」の感覚である。
 ところで、余震は少しずつ減ってきているようだが、それでも、あれ以来、震度4、震度5といったレベルの地震が数え切れないくらいあったことで、今では、そのレベルの震度の地震報道にも、驚かなくなってしまっているのだ。恐ろしさへの感覚が大きくずれてきているのである。
 また、今回の原発被害への東電の支払う賠償が焦点になりつつあるが、その総額が4兆とか5兆といった「兆」単位の額が飛び交っているが、そんな大きな数字にも、受け取る国民には驚きもそこそこといった感覚の麻痺が支配し始めていることにも妙な不安を覚えるのである。
 さて、別の事件だが、ソニーがハッカーの攻撃を受けて、同社のインターネットの配信サービスで大量の個人情報が流出したことで大騒ぎになっている。その数が1億人超といった途轍もない大きな数字なのだが、それも「そうなんだ」感覚になって受け取られてそしまっている。
 ことほど左様で、そんな感覚でニュースに接していると、スッカラカンの菅総理の風呂敷を広げた話や馬鹿馬鹿しい話しにも、「ああ、また言っている」といった麻痺した感覚で受け流していて、結果的には、それが同内閣の支持率アップに結び着いている。恐ろしい麻痺であると思う。
 この辺りで、麻痺から抜け出して正常な感覚を取り戻すことが、日本人には大事な課題になってきていると思う。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 2時10分起床。(このブログ送信後に一寝入りの予定)。体重、未測定.(再起床後測定、62.0Kg)。今日はしっかりした晴天のようだ。
 このところの雅子は、目を開けてくれる頻度、時間が多くなっているように思う。何となく嬉しい。この日は看護婦さんや介護士さんが多忙な日だったので、車椅子での散歩は見送った。午後には、一週間一度の口中クリーニングを受けた。
 
3.連載、難病との闘い(203) 第三部 施設、病院での介護生活(104)
  第六章 緊急入院(1)

  (1)異変(その1)
 平成21年6月19日の朝早くのことだった。 いつものように、ブログの配信を終えて、いつものように、仏さんにご飯を供えて、いつものように、ほっと一息ついて、2階の自分の部屋に戻った直後だった。けたたましくではなく、ビリビリという小さな音で、机上の電話が鳴ったのである。この電話が、まさか、雅子の新たな闘いを告げることになろうとは、この時点では、一考は微塵も思ってもいないことだった。
 一考の頭の中では、前夜に雅子の長姉の霧子さんに雅子の症状の報告をしておこうと思って2回電話をしたのだが、不在のようで通じなかったことを思い出していた。従って、若しかしたら、その霧子さんからのものだろうと考え、軽い気持ちで受話器を取り上げた。しかし、電話は、施設のアクティバ琵琶からのものだったので、一考は、それまで鷹揚に構えていた姿勢から切り替えるべく、手にしていた受話器を握り直していた。
 電話をくれたのは、アクティバ琵琶の前夜の夜勤担当の介護士さんからだった。普段からきびきびした頼りがいのある介護士さんで、この翔裕館の4階のフロアーリーダーである。こんな朝早い時間での電話だったので、一考は、何か異常があったにではと察知して、緊張した気持ちで彼女の伝える内容に耳を傾けた。
 「喉に痰が詰まって、息苦しい症状になったので、救急車を呼んでいて、病院に搬送することになった」という驚きの内容だった。一考には不意打ちを食らったような衝撃に、思わず身を固くした。胸の鼓動が、一瞬にして一段と高まった。とにかく、彼女の伝えてくれた「緊急搬送」という言葉に、一考はびっくりを越えた緊迫感を覚えていた。搬入先は提携病院である琵琶湖大橋病院だという。
 彼女がしてくれた細かい説明では、通常90以上であるべき酸素指数が70程度と低かったという。その数字そのものの意味は良くは分からなかったが、大変危険な状態だろうと一考は察知していた。
 ともかくも、思ってもいなかった雅子の症状の急変だった。一考は直ぐにそちらに向かうと答えて電話を切った。時刻は7時を少し過ぎていたように思う。
 かくして、雅子の難病との戦いは、否応なく、新たな局面を迎えることになった。
 電話を切って受話器を置くと、一考は、直ちに、いつも持ち歩いている手提げの黒の鞄だけを持って裏の駐車場にある車に飛び乗った。突然の予期せぬ電話の内容に、やはり、一考もいつになく慌てていたように思う。鞄の中身を点検もせずに飛び出していたのだ。
 空はどんよりと曇っていた。一考は直ぐに車を発進させたのだが、ガソリンが少なくなっていることに気付き、いつもお願いしている自宅の直ぐ近くにあるカソリンスタンドに立ち寄って給油を頼んだ。これから、何があるかも知れず、若しかしたら、長距離を走らねばならないかもしれない。腹が減っては戦が出来ないとの配慮での給油であった。
 ガソリンを入れてもらっている間、一考の頭の中でいろんな思いが交錯していたが、その中で、保険証、身障者手帳、特定疾患手帳(重症用)などの書類を持って来ていないことに気がついた。検査の結果が悪くて入院ともなれば、それらが必要になることは明らかだった。そこで、給油が終ると、直ぐに取って返して自宅に戻った。急いで、それらの必要な書類を纏めて鞄に押し込むと、改めて、車に飛び乗って、一路、施設のアクティバ琵琶に向かってアクセルを踏んだ。(以下、明日に続く)

1613 見いつけた!

 かくれんぼではないが、探していたものが見つかるとほっとするものだ。世の中には、探している対象があまりにも多い。

1.独り言コラム
 アメリカが総力を挙げて捜し求めていたアルカイダの最高指導者のビンラディンは、5月2日、遂にパキスタンのイスラムバードの近くのアボッタバードにある建物にいることが判明し、米軍特殊部隊によって殺害された。あの911事件以来、実に10年に渡る執拗な捜査で「見いつけたぞ!」という、世界をあっと言わすエンディングだった。
 その事件に匹敵するわけではないが、こちら日本でも、福島原発事故で、あれだけの大量の放水した冷却水の行方がつかめず、関係者を心配させていたが、やっとのことで、1号機の地下に大量の汚染水として存在している事が見つかって、関係者をほっとさせた。問題は、それをどう処理するかであるが、…。
 この原発問題の当事者である東電の賠償問題で、その資金に電気代の値上げという短絡的なけしからん話が浮上しているが、昨日放映されたテレビ朝日の「テレビタックル」で、みんなの党の江田憲司さんが、核燃料再処理設備用に2,4兆円の準備金があることを指摘、そう言った埋蔵金の活用を先ずは考えるべきと論じていた。ここでも「見いつけたぞ!」だが、そのお金は何処から来ているのかの説明はなかった。やはり、国民のお金では?
 その一方で、東電の会長、社長の報酬が7200万円だという。半分に減額しても大変な報酬だ。また社員の給料レベルも特上だという。この辺りの人権費をもっとしぼれば、更なる「見いつけたぞ!」の資金は捻出できるはずだ。
 話しは変わるが、改革で苦闘中の相撲協会だが、この技量審査場所で大変期待できるヒーローが出てきた。大関魁皇の属する友綱部屋の魁聖関だ。新入幕で9連勝中である。協会としては、まさに「見いつけたぞ!」と救世主の登場に快哉を叫んでいるかもしれない。
 阪神タイガースで主軸の鳥谷敬選手が負傷して退場した穴を埋めた上本博紀選手が大活躍した。同じ早稲田の出身で、阪神としては思わず「見いつけたぞ!」とほくそ笑んだだろう。このところ活躍を集めている若手の俊介選手と合わせて、阪神の期待の新しいヒーローの卵である。
 余談だが、今の日本の多くの国民が強く待ち望んでいる次の「見いつけたぞ!」のニュースのベスト3は、横田めぐみさんを始めとする拉致被害者の皆さんの発見、先日立川で起きた6億円強奪犯人の逮捕、それに菅総理の逞しい後継者の登場、といったところではなかろうか。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 2時50分起床。体重、62.0Kg.今日は少し雨があるかもしれないという。
 昨日の雅子も、目を開けてくれる頻度、時間が多かった。若しかしたら、パーキンソン病のお薬の今回の調整の効果なのだろうか。午後には車椅子での散歩が出来た。この日も風が爽やかで、屋上で散歩を楽しめた。
 
3.連載、難病との闘い(202) 第三部 施設、病院での介護生活(103)
  第五章 頑張りの報酬(35)

 (4)施設に戻って(12)
 一考は、今までの人生で、悔しさや無念の辛さは幾度も味わったし、そんな辛さに堪えて頑張って来た人生だったと思う。推理小説を書き上げられたのも、その種のエネルギーが後押ししてくれた反映だった。
 苦境に反発して向かい合う一考の姿勢は、雅子がこんな思いも寄らない難病に掛かってからも、変わることなく、依然として健在である。その結果、それまでと同じような強い反発心が強い支えとなって、少しでも苦しさを取り除いて上げたいとの思いに繋がり、介護という厳しい生活にも挫けずに頑張って来られた。
 そんな一方で、最近になって、一考の気持ちに微妙な変化が起き始めているのを感じ始めたのである。それは、今まであまり意識したことのない悲しさ、切なさを覚えることが多くなったからである。気の毒な雅子の様子を目の当たりにすると、何もして上げられない自分に対して無力感を覚え、そこから来る切なさに、居たたまれなくなるのである。
 一般的に言えば、「切なさ」「悲しさ」は、どうしようもない現実に対して抱く「やるせなさ」に端を発した心の嘆きで、それが全身に転移して、滲み出て来る心を熱くする満たされない心の嘆きである。
 とにかく、このところの一考の気持ちは複雑だった。雅子の心境に思いを馳せるとやたらに胸が熱くなるのだった。雅子の心の中では「どうして、自分だけがこんな苦しい目に会わねばならないのだろうか。精一杯頑張って来て、他人様に迷惑を掛けるようなことはした覚えはない。結婚後も、ひたすら家族のために尽くし、自分を犠牲にして、夫の両親のために尽くしてきていたのに」といったような悔しい思いで、その辛さを嘆いているのではなかろうか。神の厳しい配剤への不満、理解できない人生の綾への驚き、嘆きを訴えているかもしれない。一考は、そんな彼女の悲しくて理不尽な辛い立場を思うと、その気の毒さに、自らの心が同情で共振するのだった。
 しかし、そう思う一方で、一考は、違った雅子を思ってみることもある。雅子はそんな弱虫ではない。自分の人生を振り返って、ただ単に悔やむよう毎日を送っていないのではと思ってみたりする。その顔つきを見ていると、今の雅子は、一考が考える以上に達観していて、与えられた運命に従順になっているのかも知れないと思うのである。今更、ばたばたしても始まらない、頑張って生きていくだけが自分に与えられた人生なのだと自分に言い聞かせているのではと思うと、そのいじらしさに頭が下がるし、自分も余計なことを考えずに、無心になって生きて行くべきだと思うのである。
 それだけに、一考は、少しでも役に立ってあげたいと思う気持ちが強くなる中で、結局は、彼女が言っていることすら分かってあげられない無力感で凹んでしまうのである。何もしてあげられない悲しさ、切なさを痛感することになり、どうしようもない辛さを覚え、とても切なくなるのである。切なくなるほど悲しいものはない。人間、やはり、自分が何かに役立っていると思う時が、とても幸せなのだと思う
 いずれにしても、人生は、如何に自分を納得させられるかで、幸せの度合いが違ってくるのではなかろうか。そういう意味では、雅子は今では達観した思いで納得しようと努めているのだと思う。(本章は終りです、明日からは、「第六章 緊急入院」を連載します)

1612 「○○年振り」の話題(その5)

久し振りに、このシリーズの登場である。大袈裟に言えば、時代の移り変わりを反映した世の中の動きを拾って見ようというのである。(因みに、前回は1094回)

1.独り言コラム
 羽生名人の調子がおかしい。昨夜も大和証券主催のインターネント対局で若手の菅井竜也四段に敗れた。今期(4月以降)の成績が2勝5敗という、今までに見られなかった悪い成績である。同氏がプロになったのが15歳の時(1985年)だったので、少し大袈裟だが、25年ぶりの変調だと言える。
 この5敗の中には、現在進行中の名人戦の3連敗も含まれている。こういう不調の羽生さんを見ていると、羽生さんといえど、人間であるという証で、より親しみを覚える。しかし、今期の対局数が既に7局に登っていて、トップタイであること自体は、それだけ実績のある強い証でもある。それにしても、昨夜の菅井四段もそうだが、若手に強い棋士がどんどん増えていて、将棋界はなかなか面白い。
 さて、大相撲技量審査場所では、相変わらず横綱白鵬が圧倒的に強く連勝街道を突き進んでいる。その一方で、新入幕の魁聖関も8連勝で中日を折り返した。新入幕の力士が全勝で勝ち越したのは31年ぶりだと言う。再出発を期して努力中の相撲協会にとっては、大きな期待の星だろう。因みに、今までの新入幕の力士の連勝記録は、大鵬関の12連勝だそうだ。
 ところで、昨日の5月15日は、沖縄返還39周年だった。戦後27年間も米国統治が続いたのだったが、1972年に漸く本土復帰となった。しかし、未だに基地の島から脱することは出来ていない。基地軽減の一つとして普天間返還の合意がされたものの、鳩山元総理の愚かな発言でそれもご破算になってしまった。復帰記念日の昨日も3300人の平和行進が行なわれたが、平和を求める県民の希望が叶えられる日は来るのだろうか。
 悲惨な事故の話しだが、信楽高原鉄道とJR西日本との列車衝突事故から20年の法要が一昨日の14日に甲賀市信楽町で行なわれた。この法要には、日航機墜落事故やJR福知山事故の遺族らも参列し、ともに安全への誓いを新たにしたようだ。事故、事件を風化させないというこの種の法要は、結果的には、どんどんとその数を増えてゆくが、どこまで続くのだろうか。つまらないことだが、何だか気になるところである。
 鉄の団結と見られていた石原軍団、石原プロモーションが経営を大政奉還した。昨年の大々的な23回忌法要や今回の東北大震災でも、一週間も現地で支援活動でその存在を誇っていたが、その裏では新しい会社の方向が決まっていたようだ。
 石原プロモーションは、1987年の石原裕次郎さんの死去以来、24年に渡り、渡哲也さんが社長を務めてきたが、本人の健康問題などもあって、役職を退き、石原まき子さんに経営を全面的に任せることにしたと言う。但し、渡、舘ひろし、神田正輝などの俳優7人は引き続き同プロ所属として残るという。
 表向きは、あくまでも解散・解体という言葉は使わないようにと、メディアには事前に根回しされていたようだが、実質的には、まき子夫人のお年を考えても、縮小、スリム化は避けられない方向だろう。まあ、筆者に言わせれば、初期の目的は果たされたと見るのが妥当で、タイミングを得た解散だと思う。
 多くの場合「○○年ぶり」と聞くと、妙に感傷的になってしまうことがある。人間のいい処かもしれない。
 
2.今朝の一考、昨日の雅子
 2時40分起床。体重、62.0Kg.今日も好天のようだ。
 昨日の雅子は、この日も目を開ける頻度、時間が多かった。このところ、その傾向が強まっている。結構なことだと思っている。介護士さんのご好意で、日曜日だったが車椅子での散歩が出来た。風が爽やかで、屋上で散歩を楽しめた。
 
3.連載、難病との闘い(201) 第三部 施設、病院での介護生活(102)
  第五章 頑張りの報酬(34)

 (4)施設に戻って(11)
 総じて言えることは、どうやら、栄養剤の補給が少し負担になっているように思われた。雅子も頑張って食べるように務めたことが疲労に直結しているようだった。一考は少し凹んだ気分になっていた。
 さあ、どうすべきなんだろうと悩みながらも、これというべき打つ手は思い浮かばなかった。一考は直ぐに看護士さんと相談し、栄養剤の取り扱いについて、改めて相談した。一考の懸念は、思っていた以上にその補給量が多くて、今の雅子の口の開け具合からすれば、負担が大き過ぎるように思えたので、何か別の方法がないかと聞いてみた。注射や点滴などで間に合わせるようなものはないか。仮に服用するにしても、サプリメントのような小さな錠剤のようなもので済ませる方法がないかと、こまごまと確認してみたが、看護士さんのお話では、その種のものは、いわゆる栄養剤の範疇に属するものはないという。そこで、致し方なく、その服用量を少なくすることで、暫く様子をみることにした。
 そんなことがあって、一考は、普段は滅多にしない実姉の霧子さんに電話を入れた。
 雅子の様子が少しおかいいとの一考の説明に、霧子さんは、一考が思っていたよりも落ち着いていた。
 「まあ、心配だけど、仕方がないわね。暫く、様子を見た方がいいのじゃない。急な栄誉剤で、身体が馴染んでいなくて、少しがたついているのかもしれないよね」霧子さんは淡々とした口調でそう言った後、「いろいろ頑張ってもらっていて、あなたも大変でしょう」と軽い労いの言葉をもらったことで、それまで張りつめていた一考の気持ちも穏やかなものになった。そして、明日の朝は早めに様子の確認に顔を出してみたいと言って電話を切った。
 その後、5月度の武田病院での定期診断時では、改めて、体重の減少に対する対策について春日先生に、施設の看護士さんと相談して、目下、栄養剤の補給を行なっていることを話すと、慣れるまでは少し苦労するのではないか。いずれにしても、その方向は間違っていないので、今後も継続して様子を見るのがいいだろうということだった。
 なお、4月度の定期診断もそうだったが、今回の5月度でも雅子の応接は普段の状態よりも頑張って春日先生の診断に応じていた。先生からの問い掛けには、タイミングよく反応する辺りにはちょっとびっくりするくらいだった、施設に居る時には、一考が問い掛けても、なかなか反応してくれないのに、である。やはり、先生には何か惹かれるものがあるのだろうか。
 元々、春日先生を探し出したのは雅子自身である。自らが購入したこの病気に関する本の中で紹介されていた専門医のリストの中から、自分がかつてK大学で勤めていたルートを通じて紹介を得たのだった。それだけに、春日先生に対する思いは、一考が考える以上の強い思いがあっても不思議ではない。その上、一考が見る限り、先生の温厚な姿、それに優しげな顔つき、スリムな身体つきは、雅子の好みのタイプだった。
 そういうことで、自分の身体の自由を奪われた今も、雅子の健気なその気持ちが健在なのだろう。先生に会えることで、気持ちの高ぶりに繋がっているとしたら、それは、他に発散のしようもない雅子の気持ちを元気にさせる素晴らしい機会でもあるのだ。
 結果論になるのだが、それから一ヵ月後の6月14日に武田病院を定期診断で訪ねたのだが、それが、雅子が、お気に入りの春日先生の直接の診断を受けた最後となった。しかし、悲しいかな、その時点では、雅子には、それ以降会えなくなるとは全く知る由のないことだった。(以下、明日に続く)

1611 2軍落ち

 一般的には、屈辱的な表現だが、もう一度鍛え直す、あるいは調整し直す機会と捉えれば、発奮の場になるはずだ。

1.独り言コラム
 楽天イーグルスの岩村明憲選手が星野仙一監督から二軍行きを命じられた。極度の打撃不振のために一軍の登録を抹消されたのである。同氏はヤクルトから2007年に大リーグに移り、2年間はレイズで活躍、その後不振で2010年にパイレーツ、アスレティックスで頑張ったが、力尽きて日本球界に復帰した。この間、2009年にはW杯の日本代表チームの一員に選ばれて、大活躍で日本の優勝に貢献した。
 しかし、華々しい過去の活躍だけでは生きていけないのがこの世界の鉄則で、実績が伴わなくなると厳しい対応が待っているのだ。果たして、もう一度這い上がって来られるだろうか。同氏の頑張りを見守りたい。
 2軍落ちというと、あの斎藤佑樹投手も5月8日の3度目の先発登板で一回を投げ終えたところで左脇腹の筋肉に違和感を覚えて降板、その後2軍に落ちで調整中だ。岩村選手の場合と事情を異にするが、ヒノキ舞台から姿を消した。同氏の場合は、体調が戻れば一軍復帰は間違いないだろう。
 不振を続けるオリックスの場合も2軍落ちが目立っている。巨人軍で活躍したイ・スンヨブ選手、更にはキャプテンの後藤光尊選手も2軍での調整が行われている。
 そう言えば、早稲田から入団した三選手の中で、ドラフトで最も人気の高かく6球団から1位指名を受けて、西武に入団した大石達也投手も、今は2軍で調整中だ。斎藤佑樹と福井優也の二人がそれぞれ2勝を挙げて実績を残しているだけに、意外な展開である。西武は、昨年も菊池雄星投手も昨年は一軍登板もなかった。優秀な新人の育成ですんなりいっていないのは、首脳陣の育成に問題があるのではといった見方がある。今後の彼らの頑張り、活躍を期待しておこう。
 スポーツでは、力がなくなれば、有無を言わさず表舞台からは姿を消す。しかし、政治の世界は摩訶不思議で、いつまでも頑張ったり、しゃしゃり出たりしている。今回の大震災、原発問題で混乱する日本のトップとして適任ではないと思われる管総理も暫くはそのまま指揮を執るようだ。総理は自分が代わると言い出さない限り変えられない仕組みである。政界にもプロ野球の2軍的な部署が必要だと思う。力のない方はそこで勉強して、鍛え直して出直してもらう必要がある。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時40分起床。体重、62.0Kg.今日も好天のようだ。
 昨日の雅子も、前日に続いて症状は安定していた。午後には車椅子で散歩、この日も、細くであるが目を開けてくれる時間が結構長くあった。少しは気分が良かったのだろうか。同時に、これは大分前からの症状だが、口を少し開けて、舌を覗かせているのが気になったので、それを指摘すると、口をすぼめる努力をする様子が見られた。こちらの言うことは充分に理解はしてくれているようだった。
 
3.連載、難病との闘い(200) 第三部 施設、病院での介護生活(101)
  第五章 頑張りの報酬(33)

(4)施設に戻って(10)
 4月8日水曜日。この日は、一考がそれなりに注目していた日である。というのは、3月度の定期の体重測定で、2月度で一旦は止まったかに見えた体重が、更に減少し、半年間でおよそ7Kgに及ぶ大幅な減少になったことで、その対策の一つとして、食事を取り易くするために、今までの超みじん切りからミキサーでのカットに切り替えてもらった。その効果を確認するために、一週間毎に体重測定をして貰うことにしたのだが、この日が、その対応をしてからの最初の体重測定日だったからである。
 「どうでした、体重は?」その日の午後、施設に到着した一考が、急いで雅子の部屋のある4階に向かい、入口で顔を合わせた介護士さんに、声を掛けた。
 「少しですが、下がっていました。0.65Kgの減少です」
 「0.65Kgといえば、少なくはないですね。一ヶ月換算だと、2.6Kgに相当しましから」一考はそう言いながら、食事のミキサー細断の効果が出ていないことにがっかりすると同時に、これは大変だという気持ちで雅子の部屋に入った。
 雅子は、このところの多く見せるパターンで、ベッドに横になっていたが、顔色はそれほど悪くはない。しかし、声を掛けると、何とか口を動かそうとするのだが、声は全く出ない。
 一考が、いつものように、繰り返して確認すると、やはり、起こして欲しいと言う。そこで、ゆっくりと起してやって、椅子に座らせて、少しジュースを飲ませてやろうとしたが、ストローでの吸い上げる力が弱くてなかなか捗らなかった。最近よく見かけるパターンで、吸い上げるという動作をあたかも忘れたように見えて、なかなか吸おうとしない。粘り強くサポートしていると、急に、吸い始めることもあるが、いつもそうとは限らない。
 暫くしたら、看護士さんが来て、体重が減少したことに対する対策として、保留にしていた栄養剤の補給を始めたいという。一考は、とにかく、テスト的に始めてみることをお願いした。なんとか、減少傾向にストップを掛けたいとの思いでいっぱいだった。
 翌日の4月9日から栄養剤の補給を開始した。その翌日の10日には、昼食分を3時半過ぎになって、一考が飲ませてやることになった。ジューズ状のものを例のトロミ剤で粘調な流体状にしてスプーンで食べさせるように口に運んでやるのだ。最初に一考が感じたのは、その量が意外に多いことだった。大きなマイカップの半分ぐらいもあって、こんなに沢山といった感じである。確認すると、これで一日分である一缶の半分の量だという。
 いつもヨーグルトを食べさせると同じ要領で、一考は雅子にそれを供し始めた。この段階では、雅子も、自分のためだと言うことで、頑張って口を開けて一生懸命になって飲み込む努力をしてくれた。味がどうなのかを確認する余裕もなかった。製品の種類としては、コーヒー味、イチゴ味、シャーベット味などがあったが、いずれもそんなに美味しいものではないはずだ。
 食べさせながら途中で少し気になったのだが、どちらかといえば、無理やりに口に押し込んでいたことだった。少しでも体重の回復を期待しての強引な作業になっていたのだろう。スプーンで押し込む際に、いつものヨーグルトやプリンの場合よりも、口から戻される量が少し多いように思ったのだが、とにかく、強引に押し込む作業を続けた。結局、そのコップの半分ぐらいの量を食べさせたところで、一旦、その作業を止めた。それ以上は、雅子の疲労も激しく無理だと思ったからである。残ったものについては、介護士さんにまた夕食後にでも食べさせてあげてということにしたのである。
 後で聞いてみると、雅子の疲れが酷く、この日は夕食を遅らせることになったようだった。(以下、明日に続く)

1610 歴代記録更新考

 記録は破られるためにあると言われるが、中には、破って欲しくない記録もある。今朝は最近の記録更新の話題を拾ってみた。

1.独り言コラム
 東京の立川市の警備会社から6億4000万円が強奪された。どうやら、内部の事情を熟知したものが関与している可能性があるとして捜査が進めらている。この金額は、強奪事件としては新記録だそうだ。今までの記録には、2004年10月に栃木県の運輸会社で5億4257万円、1994年神戸の福徳銀行で起きた5億4100万円があった。筆者の記憶では、何と言ってもほぼ半世紀前の昭和43年に東京の府中で起きた3億円強奪事件の生々しい記憶があるが、強奪額もこの半世紀で倍額以上になっている点に、新しい時代の一面を見るような妙な感じである。
 さて、記録といえば、目下行われている技量検査場所で、白鵬が入幕後500勝の最速記録を更新した。42場所5日という。今までの記録は大鵬の42場所11日だった。これ以下は、北の湖の44場所9日、貴乃花の44場所15日、そしてあの朝青龍は45場所9日で、とにかく、白鵬と大鵬は突出している。
 この白鵬の記録の中身を見てみると、635番の相撲をとって、500勝135敗ということである。一場所に換算すると、11.2勝3.8敗、年間ペースでは、70勝20敗となる。その数字に関する限り、そんなものかと思うのだが、びっくりするのは、この2年間の白鵬の実績は、年間86勝4敗の驚異のペースである。今後、このケースで白星の積重ねが続けば、魁皇が目下更新中の幕内通算勝ち星(現在867勝)を5年以内に上回ることになる。果たして、そこまで白鵬は横綱を堅持していられるかが焦点である。
 なお、大関魁皇も大関在位期間で516勝を上げて、今までの千代大海の記録の515勝を更新したという。なお、同氏は、角界に入ってからの通算勝ち星も1035勝となり、千代の富士の1045勝にあと9勝と迫っている。病気や怪我をしなければ、どうやら、来場所にでも到達ができそうだ。
 この種の積重ねの記録では、プロ野球でも幾つかの記録が達成された。先週の巨人の小笠原道大選手の2000本安打(38人目)、ソフトバンクの小久保裕紀選手の400本塁打(16人目)がある。小笠原選手の記録はそのスピードでは、川上、長島、張本選手に次ぐ史上4番目だった。フルスイングでの記録は見ていても気持ちがいい。
 ところで、本塁打数、安打数の記録達成者のリストを見ていて分かったのは、やはり大学出身者よりも高校から直接プロ球界に入った方の方がより優れた記録を残しているということだ。記録上は、やはり、4年間のハンディが大きいと言うことだろう。
 因みに大学出身者でのトップの記録を見てみると、本塁打では、山本浩二さん536本(王、野村、門田選手に次いで総合4位)、それに田淵幸一さんの474本(総合10位)そして3位が長島茂雄さんの444本(総合14位)である。安打数では、長島茂雄選手が2471安打で総合8位(1位、張本選手の3085本、但しイチロー選手がこれを大幅に更新している)である。つまり、プロ野球で通算記録を作るなら、高校から直接入団した方がいいと言うことだが、一つだけ、例外がある。それは、フルイニングス連続試合出場記録1492試合を作った金本知憲選手は大卒での記録である。
 とにかく、記録更新はいい意味での人生目標であって欲しい。
 
2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時10分起床。体重、61.7Kg.今日も好天のようだ。
 昨日の雅子も、前日に続いて症状は安定していた。入浴日ですっきりさせてもらった。時々、細くであるが目を開けていたが、何を見ているのかがはっきりしないこともあった。
 昼間は痰が少ないが、看護婦さんの話では、夜は痰が多いと言う。相変わらず、苦しい毎日のようだ。

3.連載、難病との闘い(199) 第三部 施設、病院での介護生活(100)
  第五章 頑張りの報酬(32)

 (4)施設に戻って(9)
 4月に入って、雅子から珍しく幾つかの要求が出てきた。一つは在庫がなくなった化粧品の購入で、今一つは春の到来に合わせての下着の補充要求だった。
 いずれも、難しい雅子とのコミニケーションの環境下で出された要求だったが、幸いなことに、これらに関しては、比較的スムーズに、その要求内容を解明できた。
 最初に出されたのが化粧品で、4月に入った直後のことで、一考が施設に到着して、一息ついた時だった。雅子が、何かを要求するように、懸命に口を動かし始めた。「何かして欲しいんだね」「身体を動かして欲しいということなの?」に「ノー」、そこで「食べること? 衣装?」の質問にも「ノー」となり、思い付いたのが化粧品だった。それが分かると、暫く買っていなかったことで、いつも入浴時に使っている化粧品だと分かった。幸いだったのは、この朝は、まだ、イエス、ノーの返事が少しは可能だった。
 もう一つの要求は、その翌日の帰り際だった。前日同様に雅子が何かを訴えた。この日も幸い比較的短時間に雅子の要求が解明できた。今度は、春物の下着だった。毎日洗うことから、傷みも激しいこともあって、買い替えが必要になる。そういうことで、適当な補充をして欲しいということだった。
 その日、スーパーに寄って、そこの専門店で然るべきものを探したのだが、化粧品は勿論のこと、下着なども、女性ものの値段の高さに改めて驚くのだった。しかし、下着に関して、若い女性ではないので、今更、何もそんな高いものを買う必要がなかろうと判断し、中レベルのものにしたのだが、化粧品だけは、雅子の気持ちを忖度し、今まで使っているものを購入したのである。
 そんな買い物をする中で、一考は、雅子がその種の要求を出して来てくれたことに、何だかほっとするものを感じるのだった、それというのは、依然として、雅子が身だしなみに気を使っていてくれていたからである。もう、そんなことはどうでもいいというような気持ちになれば、そんな要求も出て来なくなる訳で、その意味で、まだ、その辺りの判断、思考が健在である証であるからだ。それだけに、一考もそれにしっかりと応えてやる必要を思うのだった。とにかく、部屋の中にいることが大半の単調な生活なのだが、しっかりと季節の移り変わりを意識している雅子に、正直、あっぱれを言ってやりたい嬉しい気分であった。(以下、明日に続く)

1609 メルトダウン

 炉心溶融という、とても恐ろしい響きを持つ言葉である。コンクリートが溶けてしまうというイメージで、ぞっと、ぞっとする恐ろしい言葉だ。それが福島第一原発で起きているというのだ。打つ手はあるのだろうか。

1.独り言コラム
 開けてびっくり玉手箱ではないが、福島第一原発で一番安定していると思われていた1号機でとんでもない事態が起きていた。核燃料棒が溶けて崩落、つまり、メルトダウンが起きていて、格納器の底に沈んでいると言うらしい。しかも、怖い話だが、圧力容器に穴が開いているようで、今までの大量の冷却水が、そこから抜け出しているようだ。これじゃ、穴の開いたざるのような入れもに核燃料をいれているような恐ろしい話である。
困ったことに、その大量の汚染水が何処に行っているか行方不明だという。どうやら、海に流失している可能性が高い。大変な事態である。これは、放射能を撒き散らしているということと同然だ。
 これでは今までに発表されている工程表は、抜本的に見直しが必要となるようだ。どちらにしても、現場の実態がどうなっているのか全く把握されていない。これじゃまともな手の打ち様がない。下手すると、福島県の壊滅に繋がりかねない。
 普天間基地移転問題で、辺野古への移転の話がメルトダウンしつつある。米国有力議員が抜本的な見直し案として、嘉手納基地への統合案を発表した。すんなりと沖縄県が受け入れることは難しい訳で、今後の展開が注目される。それにしても、裏づけの無いいい加減な発言で、混乱を大きくしてしまった前総理の鳩山由紀夫氏の責任は重い。未だに、つまらぬことをほざいているようだが、早く自らがメルトダウン(?)する覚悟で引退して、民主党内を抜本的に変えることが必要なのではなかろうか。
 一昨日、最下位に落ちた巨人軍は、打線を大きく組み変えて試合に臨んだ。大胆な発想だったが、不調の小笠原選手と好調の坂本選手の打順を入れ替えたのである。試合では、覿面の効果があって先取点を上げ、それを守り切って連敗を食い止め、なんとか最下位から脱出し、心配された巨人軍のメルトダウンをとりあえずは回避することが出来たようだ。
 10人兄妹の末っ子で、貧乏アイドルとして人気のあった上原美憂さんが自宅で自殺をされた。遺書らしきものが残されているようだが、彼女の人生を根底から壊した(メルトダウンさせた)ものは、一体、何だったのだろうか。筆者も彼女をテレビで何回か見た事があり、驚きは小さくない。テレビでは、種子島にある両親の住んでいる家を建て直して、両親を幸せにしてあげたいと口にしていた。
 直前まで交際相手と一緒にいた後の行為のようだ。昨年の3月にお母さんが亡くなられたことも、影響したのではとの見方もある。人生の先行きに不安を持ったという見方もあるという。ご冥福をお祈りします。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時半起床。体重、61.7Kg.久し振りの好天のようだ。
 昨日の雅子は、症状は安定していたようだ。昼間は筆者が武田病院にパーキンソン病のお薬をもらいに行っていたので、一人で頑張っていた。もらったお薬は、一部調整変更が行なわれた。

3.連載、難病との闘い(198) 第三部 施設、病院での介護生活(99)
  第五章 頑張りの報酬(31)

(4)施設に戻って(8)
 施設の生活では、ルーチンの日常生活のパターンに入っていない介護も幾つかある。美容院でお世話になるのもその一つである。
 2009年の最初の美容院は1月だったが、この時は単純にカットだけだった、しかし、その後白髪が目立ち始めたので、3月半ばには毛染めも同時にしてもらうことになった。
 とりあえずのカットの段階は車椅子のままで行なってもらった。この段階では、前回と同様で、雅子は車椅子に座っているだけでいいので、問題もなくスムーズに捗った。途中で、俯き加減の雅子の頭を少し支える程度のサポートをしてあげた。
 それが終って、後半の少し厄介な毛染めに入るのだが、この場合も染める段階では、依然として車椅子のままでも可能だったので、それまでと同様に順調に進んだ。そして、いよいよ、洗髪の段階で、美容院設置の専用の椅子に移したのである。力仕事だったが、もう慣れていて、ここでも大きなトラブルはなかった。
 一考が、気にしていたのは、毛染めが終って頭を洗うステップだった。そこでは、身体を上向きに倒し、首を後ろ向けに大きく反らせるように曲げさせるのである。いわゆる、反り返った姿勢をつくり、頭をちょうど洗える位置に置くのである。いつも、俯き加減の雅子には、大変難しそうに見える姿勢だけに、一考は、雅子がこの姿勢をうまく取れるかどうかを気にしていたのである。
 見た目には、如何にも苦しそうな姿勢だけに、大変心配だったが、自分のためなのだという雅子の意識がしっかりしていて、多少の苦しさには耐えて頑張ってくれた。そして、大きな問題もなく、全ての作業を無事に完了することが出来た。一考は、「よかった」と大きく一呼吸してほっとしたのである。この毛染めがいつまで続けられるのか、雅子の症状を確認する意味でも一つの大事なチェックポイントとして捉えることが出来そうだと、一考は考えるのだった。
 綺麗になった雅子を連れて4階の部屋に戻る際は、凱旋気分になっていた。めでたし、めでたしである。
 ここで、通常の日の、一考が帰った後の生活パターンを見ておこう。夕食は5時過ぎから始まる。そこでは、介護士さんが一人ついて食事を食べさせてくれる。ここでも懸命の雅子の闘いが続くのである。最近の夕食の様子を聞いてみると、彼女自身も自分の体重の減少を承知しているから、少なくとも半分ぐらいは食べているようだ。多少は苦しくても懸命に頑張って口を開けている様子が想像できる。
 夕食が終れば、栄養剤、お薬の服用がある。これらも口を開けねければならず、大変な頑張りが続くのだ。続いて、歯磨き、トイレへと一連の介護を受ける。雅子にとっては、この日の最後の頑張りである。
 それらが終ると、やっといつもの椅子に座らせてもらってテレビを見る時間になる。その場合、事前に一考がホワイトボードに書いておいたチャンネルに合わしてもらう。昼間の様子からみて、首を持ち上げるのが大変そうだから、雅子がじっくりとテレビを見ているとは想像し難く、時々画面に目をやるのが精一杯で、音声だけで楽しんでいるのではないかと一考は思っている。
 さて、9時になると、着替えさせてもらってベッドに横にしてもらう。ここから、いよいよ、一人になった雅子の孤独な闘いが始まるのである。これが、2009年4月中頃の雅子の様子である。しかし、その辺りの詳しい状況については、あくまでも介護士さんからの聞き取りで一考が想像しているだけであって、具体的に見聞で把握したものではない。(以下、明日に続く)

1608 頑張っている方々特集

 初めてのトライアルだが、話題のしりとりで今朝は楽しんでみた。天皇から始まって天皇万歳で閉じる。今後、この形式をシリーズ化させたいのだが、…。

1.独り言コラム
 天皇・皇后両陛下は昨日も福島県相馬市の被災地を訪れ、長期避難生活をしている方々の一人一人を励まされた。両陛下は4月から7週連続で千葉、茨城、宮城、岩手、福島の順に被災地を回られて、差し当たっての被災地の一巡を終えられた。今後は復興状況を見ながら改めて各県への訪問を検討するという。床に跪いての丁寧な励ましには、被災者達にも大きな勇気を与えたことと思う。ご苦労様でした。
 その両陛下の行動を高く評価し、この励まし行脚に感動しておられるのが、コラムニストの勝谷誠彦氏である。テレビでづけづけ物をいう同氏のイメージからは異色に映るが、強力な皇室擁護論者である。
 テレビでづけづけ物をいうコメンテーターといえば、宮崎哲弥氏がいる。勝谷氏のライバルといえば語弊があるが、メディアに重宝されている点では、勝谷氏とは大違いだ。同じようなことを言っても、限度を弁えているという点で、宮崎氏は番組制作者たちの信頼が高いようだ。その点で勝谷氏は切れてしまうリスクがあるというのが、製作者達の頭の痛いところのようで、呼ばれる番組の巾が狭いようだ。
 ずけずけ本音をいうことで、最近注目を得つつあるのが、青山総合研究所の青山繁晴氏である。2月に大腸癌の手術を受けたが、その後も、福島原発の現地に乗り込むなど、リアリティあるレポートはなかなか迫力がある。最近では全国版の「たけしのテレビタックル」にも顔を出す回数が増えている。着実に人気、信頼を得ているようだ。
 そのテレビタックルといえば、その進行を司っている阿川佐和子さんの手綱さばきは抜群だ。あれだけの猛者連中を取り仕切っている話術、腕力(?)は彼女を置いて右に出る者は他にいない。
 右に出る者が他にいないと言えば、大相撲の横綱白鵬だ。やっとのことで技量検査場所ということで、大相撲が再開されているが、同氏の強さはさすがである。大関陣がバタバタ倒される中で他を寄せ付けない強さで連勝街道を走っている。問題の八百長で陰口が聞かれた大関魁皇は、初日こそ敗れはしたが、その後は懸命に頑張っている。
 頑張っていると言えば、イチローだろう。36試合を終って47安打を発っている。これは、162試合換算で211安打ペースだ。一方の日本のプロ野球では、セリーグでは異変が起きている。まだ、始まってちょうど1ヶ月だが、昨年のBクラスだったヤクルト、広島、横浜が上位3位を占めている。何と言っても、昨日も巨人軍を連破して、5連勝中の横浜ベイスターズはご立派である。この結果、球界の天皇的な存在の巨人軍が、阪神と並んで最下位に落ちた。球界の天皇と呼ばれている巨人軍の竹鼻オーナベツネ、こと渡辺恒雄会長の顔を見て見たい。
 とにかく、各界には天皇と呼ばれる方は多い。そう言う意味では、天皇と言う言葉を軽々に使い過ぎている。皇室の天皇・皇后様々に失礼極まりない表現だ。厳選した使用に徹するべきだろう。最後に、勝谷誠彦氏に煽られた訳ではないが、「天皇、万歳」と記して天皇の話題から始まった今朝のブログを閉じておこう。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時半起床。体重、61.8Kg.お天気は今日も雨のようだ。
 昨日の雅子は、痰を吸引してもらう回数は相変わらずだが、それ以外には比較的安定していた。午後には二日ぶりに車椅子で散歩して気分転換を図った。ベッドの上では脚を折り曲げた姿勢だが、車椅子の上では真っ直ぐ伸ばせるので、ちょっとしたリハビリ効果を期待している。

3.連載、難病との闘い(197) 第三部 施設、病院での介護生活(98)
  第五章 頑張りの報酬(30)

 (4)施設に戻って(7)
 話は少し遡るが、月末に3月度の体重測定の結果が出た。注目していた結果だったが、2月度よりも更に2kgダウンという。つま、トータルでこの半年で7キロ、体重のおよそ15%とう大きな減少となった。前月の武田病院での定期診断時に、そのことについて触れた時、春日先生は近くの医師に相談した方がいいと言っておらたことを思い出し、施設の看護士さんに改めて、一考の心配をもちかけた。
 看護士さん達も、やはり、これは尋常でない減少で、何らかの手を打つ必要があるとの見解だった。そして、次ぎのようなアクションを提案してくれた。
  1.食事に関して少しでも飲み込みやすい状態にするため、今までの超微塵切りから、もうワンランク下げたミキサーで液状に細断したものに切り替える。
  2.栄養の補充として、然るべき市販の栄養剤をトライする。
  3.今後、暫くは、体重測定を頻繁に行なって、その変化を逐次フォローする。
 通常、体重の異常な減少が続けば、癌の疑いあると言われる。しかし、雅子の合は明らかに食事の量が減った訳で、癌ではないと一考は捉えていた。それというのも、この付設のクリニックで、前月に年一度の人間ドックの簡単な検査は受けた。いわゆる、徹底的に検査する人間ドックではなく、心電図、レントゲンなどのごく簡単な検査だったので確信をもって言える訳ではないが、一応は異常なしの検査結果だった。
 痩せたと言う証拠として現実に、随分痩せたと実感させられる幾つかの事実がある。例えば、通院時に、それまでは車に乗せたり、降ろしたりするのに大変で、いっぱいいっぱいのぎりぎりの力仕事だったが、最近では、少し余裕を持って対応できている。また、トイレの時にお尻の後ろをさすってあげるのだが、その際に張っていたお尻からお肉がすっかり落ちているし、太ももの太さにもかなり細くなっているのもつい先日知った。
 ことほど左様であり、このまま放置して置くのは危険であった。必要と思われる対応は早く取ることに越したことはないと思う。看護士さんが示唆してくれた対応は、直ちに実施され、その日夕食から、食事はミキサーにより液状化されたのである。翌日に、一考が確認すると、雅子は確かに食べ易いという。また、この日から、特別に水曜日の入浴時に体重測定をして貰うことになった。そして、その最初の測定結果では、ほんの少しだったが、増加が認められ、一考は、取り敢えずは、ほっとするのだった。 次の段階での栄養剤の補給効果に期待がかかるが、暫くは、どのように進んでゆくのか注意深く見守ってゆきたいと思っていた。(以下、明日に続く)

1607 ちょうど2ヶ月目

 今日があの大震災が起きてちょうど2ヶ月目である。死者、行方不明者を合わせるとその数は、二万五千人近くに達し、それに避難者生活を強いられている人たちも、依然として12万人近くおられるという。事態には明るさは見えず、想定外の厳しい展開が続いている。

1.独り言コラム
 震災勃発2ヶ月目を目前にして、昨日、福島県川内村の避難者54世帯92人の一時帰宅が実現した。僅か2時間の自宅滞在が許され、70センチ四方の袋に入る程度のものの持ち込みが許されたと言う。思い出の写真、先祖からの位牌とか貴重品などを持ち帰った人が多かったという。この持ち帰るものの選択は、まさに究極の選択の実践版で、若し、筆者だったら、何を持ち帰ったろうか。なかなか思いつかないが、通帳や印鑑などの貴重品以外では、多分、ノートパソコンを持ち帰ったかもしれない。
 ところで、原発事故については、放射能の封じ込め対策は依然として大わらわで目処が立っていない。直後に起きた水素爆発が起きた時点では、専門家からは、それほど深刻な口調ではなく「止める。冷やす。封じ込める」の三原則(1592回を参照)を解説していた。
 しかし、大事なその冷却作業はままならず難航し、大量の汚染水を生むことになり、新たに、その処理対応に大苦戦中である。また、ここに来て、3号機の原子炉圧力容器が150度以上に昇温しており、危険が増して来ていて、冷却作業もまだまだ苦闘が続いていて、当面の目的である循環冷却システムの復旧の目処はまだ視界に入って来ていない。
 そして、肝心の放射能の封じ込めについては、今や絵に書いた餅で、その汚染は止まる見通しは立っていない。そして最近の動きでは、1号機が入っている建物では、汚染空気が排出されたということで、二重ドアを開放するに至っている。今や、放射線の放出や漏れには、鈍感で大胆になってしまっているが、いったい、どうなっているのだろうか。
 この間、菅総理は中部電力に浜岡原発の全面停止を要請し、中部電力は熟考の上受託した。これによって全国の電力会社間の電力のやりくりが厳しさを増すことになりそうだ。
 そんな実情を踏まえて、昨日、菅総理は「エネルギー政策の抜本見直し」を明らかにし、一旦、白紙に戻して検討し直すと言う。
 とにかく、災害対策一辺倒で、それ以外の重要な課題は先送りや手付かずのままとなっている。沖縄の普天間問題やTPP参加などのビッグな課題が山積のままだ。
 今回の大震災で、一番のラッキーな恩恵を受けたのは菅総理だろう。あの日には外国人から政治資金を受けたことで、辞任に追い込まれる直前だったからである。その結果、短命が心配された内閣が、延命されることになったのだが、これは日本国民にとって、果たして幸せだったのだろうか。
 大震災の起きた日から3日間で1800円も大暴落した東証株価は、依然として低迷中で、先行きは不透明だ。また、震災勃発後、実施が見合わされていたゴルフ、野球、サッカーなどのプロスポーツも再開されたし、八百長問題で自粛していた大相撲も、技量審査場所として行なわれている。そんな中で、ふと気が付けば、評論家の吉永みち子さんの「気が付けば騎手の妻」ではないが、今年こそは優勝候補の最右翼と期待されていた阪神タイガースが、「気が付けば、なんと最下位」になってしまっている。
 とにかく、世の中、一寸先は闇である。何が起きるか分からない。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時10分起床。体重、61.9Kg.お天気は一日中雨のようだ。
 昨日の雅子は午前中から熱もなく症状は落ち着いていた。前日に届いた次男からの孫の写真をフォトボードで見せてあげた。ほんの細い目を開けて見ていてくれたようだが、ちょんと見ていたかどうかは覚束ない。この日は筆者に疲れが激しく、午後はベッド脇でずっと転寝していた。

3.連載、難病との闘い(196) 第三部 施設、病院での介護生活(97)
  第五章 頑張りの報酬(29)

(4)施設に戻って(6)
 とにかく、身体に刺激を与えようとしてやり始めたのが、持ち込んでいた電気マッサージ付き椅子のマッサージ機能の活用である。折角、高価な器具を購入した訳だから、ほって置くのももったいない、ということで、この年の4月から使い始めたのである。マッサージ師によるマッサージと重複するようだが、感触も少し違っているし、相手が機械だけに気楽な側面がある。雅子はあまり好まないようだが、あくまでも、リハビリの一環だと諭し、多少強引だが、毎日10分から15分程度、おやつの時間の少し前に行なった。差し当たっては、単に、足首、ふくらはぎの部分のマッサージだけにフォーカスしていたが、それでも、リハビリと云う面では、それなりの意味があったと思っている。
 ところで、マッサージといえば、広範な意味を持つが、トイレにおいても、雅子には適切なマッサージは欠かせない大事な手法になっていた。
 つまり、トイレでは、便座に座らせれば、それで終わりと云うのではなく、そのあとにタイミングを捉えた適切なマッサージサービスは欠かせなくなって来ていた。とにかく、各器官の機能が衰えてきているから、並みの努力では通じを成功させることは容易ではないのだ。適時、然るべきところをさすってあげたりして、適切なマッサージをすることが必要、不可欠になっている。
 その種のアシストはそれだけではない。おしっこの場合も、マッサージでの刺激が無いと、なかなか上手く出て来ない場合が増えてきていた。悪化がそんなところまで顔を出し始めているのである。心配、不安はますます拡大していたのである。
 それ以外にも、通じの場合は、全力を挙げての必死の頑張りが必要になる訳で、その姿勢を支えて保ってやるアシストも大事である。一考がいる場合は、可能な限り付き添ってやって、なるべく丁寧にそのマッサージを施し、便座から転げ落ちないように姿勢を保持してやっている。その場合にも、ゆったりとした気分的な雰囲気を作ってあげて、リラックスさせてあげることも大事だと思っている。そこでは、もちろん、介護の基本である辛抱強さ、忍耐強さもが要求される。(以下、明日に続く)

1606 発想の原点、思いつき、閃き

 一般的な理解として、「思いつき」と言うと、いい加減な発想というイメージが強い。それに対し、「閃き」と言えば、素晴らしい発想という好印象がある。しかし、いずれの場合も、その後の熟考過程を経て、最終的な決断に繋がる訳で、熟考という思考過程がない発想、提案は、文字通り思い付き的な泥縄式の発想の範疇に属する。

1.独り言コラム
 経団連の米倉会長は、菅総理の中部電力への唐突な要請に対し、同氏の思考過程にはブラックボックスがあって、理解しがたい面があると非難した。
 一方で、要請を受けた中部電力は、熟考を繰り返した結果、菅総理の提案した浜岡原発の全面禁止の要請を受諾した。そこには、休止中の火力発電の活用、東電への支援している電力提供の取り止め、更には他電力会社からの援助を頂くこと、加えて、安全が確認された時点での稼動再開などを条件としたようだ。
 一般に、ある局面、ある問題に対し、どう対応すべきかを考える時、直感的に幾つかの対応策が生まれるが、これらは、いわゆる思い付き的な発想が多い。しかし、中には、素晴らしい閃きのあるアイディアも含まれることもある。いずれにしても、それらが思考が始点になり、そこから熟考の過程を経て、最終的な発想、そして決断に繋がってゆく。
 今回の菅総理の中部電力への要請は、同氏がリーダーシップを発揮しているパーフォーマンスの印象を訴えるための思い付き的な発想だと揶揄する見方もあった。しかし、それを受けて、中部電力は熟考を重ねて、条件付で苦渋の受諾の結論を出した。つまり、受諾する方で熟考の思考プロセスがあった訳だから、プロセス的にはステップを踏んでの決断となったのは、ご同慶の至りである。
 改めて、今回の菅総理の提案は、異論もあろうが、それが思い付き的な発想であったとしても、一石を投じた意味は大きかった訳で、評価されてしかるべきだろう。最終的に、この要請、受諾の決断が、「英断」なのかどうかは、今後の歴史が証明することになろう。
 ところで、戦いや勝負事には、発想、閃き、およびその実行のタイミングが、大事な勝ち負けを支配することが多い。例えば、将棋の場合は、その局面での第一感、つまり思い付きな指し手に結構なウエイトがあるようだ。もちろん、その第一感の中には、素晴らしい閃き的な発想も含まれていることもある。いずれの場合も、その後の読みでその裏づけを確認するプロセスを経て、決断の着手が行われる。しかし、熟考するにしても時間制限があって、長考するにしても、いたずらに時間を使う訳には行かない。
 野球などのスポーツでも同様だ。但し、この種の戦いの場合は局面の流れが急であり、その場での熟考の時間が極めて短いことから、熟考プロセスは事前に幾つかのケースを想定して、ある程度済ませておく必要がある。そして、実践では、その場での思いつきや閃きで勝負することになる。最近の事例では、阪神タイガースの真弓明信監督の采配は、大事な思いつき、閃きが今一つタイミングがずれているようで、結果がぱっとしていない。
 さて、今年のG8は、フランスのパリで今月末から行なわれる。国内では四面楚歌の菅総理だけに、ここが自分の出番だと勘違いし、思い付き的ないい加減な発言をしないように心掛けていただき、機転の利いたぴりっとした発言で日本の主張を訴えて欲しいと願っている。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時起床。体重、61.8Kg.お天気は下り坂のようだ。
 昨日の雅子は、午前中には、熱が37.3度あったが、症状は痰も比較的少なく落ち着いていた。午前中には長男の太郎が三日連続で顔を出してくれた。この日は、頑張って少しは細くではあったが、目を開けてくれていた。長男が帰った後は、一考が午後の車椅子の散歩に付き合った。病院の屋上は、散歩にはちょうどいい天候だった。ベッドに戻った後も、熱はまだ少し残っているようだった。

3.連載、難病との闘い(195) 第三部 施設、病院での介護生活(96)
  第五章 頑張りの報酬(28)

 (4)施設に戻って(5)
 一年に一度人間ドックと云うことで健康診断が行なわれる。誕生日月の1月の予定だったが、たまたまその日が雪だったので2月に行われた。検査の内容は、尿、便の検査、それに問診、心電図、レントゲンの測定だった。それ以外に尿と便については、事前に提出済みだった。
 雅子の身体が不自由なので、どんな具合に測定、検査が行なわれるのかと少し心配していたが、心電図は車椅子に座ったままでOK、またレントゲンも基本的には同じなのだが、顔が俯き加減で、どうしても頭が下がってしまうことから、一考がそれを持ち上げることで撮影された。
 検査結果はそれから1週間後に、きちんとした形で報告をもらった。幸い、今の病気以外は特に問題がなく、健康と言うことだった。嬉しいようで、嬉しくない気分である。何しろ、肝心の病気が手のつけられない状況にあって、今でも悪化が進んでいるからである。
 ところで、雅子は、どちらかと言えば、出来物や湿疹が出来易い体質である。ここに来て臀部の尾骨付近に出来物のようなものが目立ち始めていた。椅子に座っているとか、ベッドに横なっている時間が殆どで、運動が出来ないことから止むを得ないのだろうが、それでも見ていて気になるし、気の毒である。介護士さんと看護士さんとの連携で、絆創膏を貼ったりして対応してくれているが、なかなか大変そうだ。
 4月に入ってからの雅子は、昼食後に歯磨き、トイレが終ると、それまでと違って、ベッドに横にして貰うことが多くなっていた。大よそ半分ぐらいの割合、横になっていた。そこには、昼食時に一生懸命になって口を開けて頑張るので、疲れが出るからなのだろうと介護士さんはいう。
 それまでは、大抵の場合は、雅子は、椅子に座った状態で一考を迎えてくれていただけに、ベッドに横になって迎えてくれることに、少し寂しさと不安を覚えるようになっていた。急激な変化でないだけに、気づき難いことなのだが、知らず知らずのうちに悪化が進んでいるのである。
 とにかく、典型的な運動不足になっていることは確かである。それを補うような何らかのサービス、アシストが必要だと考えている。差し当たっては、専門のマッサージ師による身体のマッサージをお願いしている。これは、在宅介護の時からの実績があり、施設入居後も、今では週に2回ではあるが、ほぼ同様のマッサージを受けている。その効果がどうなのかは、今一つ目に見える形では、把握出来ていないが、身体を動かすという意味では一つの役割を果たしているだろうと思っている。(以下、明日に続く)

1605 3人の「しんいち」さん

 「しんいちさん」と云うと、我々の時代の者にとっては、森進一、星新一、市川森一さんなどを思いつく。しかし、最近の若い女性がいう「しんいちさん」は、ちょっと味のあるイケメンたちである。

1.独り言コラム
 この週末は、いろいろと面白くない事が多かった。ゴルフでは不動祐理さんの不発、それにまたしても韓国のアンソンジュンさんの優勝、プロ野球では阪神の横浜銀行壊滅、趣味の将棋では羽生名人の名人戦での意外な3連敗など、面白くないことばかりだったので、話題を思い切って変えてみた。
 二週間ほど前だったが、病院のロビーにある週刊誌をぱらぱらと見ていて、「しんいちさん」と呼ばれる40代そこそこの三人の人気アナウンサーの特集記事を見つけた。確か、女性週刊誌だったと思う。
 その三人とは、NHKの夜の「ニュースウオッチ7」の武田真一さん、日本テレビのズームイン・スーパーからテレビ朝日の朝のワイドショー「モーニング・バード」に移った羽鳥慎一さん、それにTBSの土曜日の夜の「情報7Days、ニュースセンター」を、たけしさんと一緒に担当している安住紳一郎さんのことだった。いずれの方の番組も、筆者も良く見ている方である。どちらかと言えば、いずれも紳士然としていて感じのいいアナウンサーたちだ。
 武田真一さんはさすがにNHK然としていて、優等生のアナウンサーだ。硬い感じが売り物なのだろうが、その記事では、カラオケにはぐっと入れ込むタイプとのコメントがあった。ちょっと想像が難しいのだが、そう言ったギャップが魅力になのだろう。
 羽鳥慎一さんは、見た目が少しおどけた表情があって、視聴者にはその柔らかさが魅力になっているのだろう。機転が利く方で、その辺りのソフトな会話が一つの魅了と思う。先ごろ、一念発起して日本テレビを退社してフリーになった。しかし、その直後に、テレビ朝日のワイドショーに乗り換えるといった荒業は顔からは想像しにくい。かなりのやり手なのだろう。4月の出だしでは視聴率は上がったが、それは珍らしもの好きな視聴者が流れたようで、本番はこれからが勝負となるのだろう。これといった特徴があるアナウンサーでないだけに、同氏にとっては、これからも容易でない闘いが続くだろう。
 安住紳一郎さんもどちらかと言えば羽鳥さんと良く似たタイプである。少し軟らかくてバラエティー風な番組には適任であろう。それとなくこぼす呟き的な発言に魅力があり、その辺りに活路があるのではなかろうか。
 いずれにしても男の働き盛りであり、人生の勝負はこれからの方たちばかりだ。今後の一層のご活躍を祈念する。
 ついでに、ここで、筆者が最近気に入っている3人の女性アナウンサーについて触れておこう。二人は、NHKアナウンサーで、「ニュースウオッチ7」の小郷知子さんと「ニュースウオッチ9」に抜擢された井上あさひさんであり、もう一人は、関西ローカルの読売テレビの川田裕美さんだ。特に、小郷さんの清純さ、井上あさひさんの気品ある清新さ、加えて、彼女の持つ何とも言えない重みはなかなかである。また、川田さんは、その底抜けの明るさの裏に感じさせるちょっとした女っぽさが何とも言えない魅力である。移り気な筆者は、今やこの三人の大ファンだ。
 余談だが、小郷さんの前任者だった野村正育アナウンサーは、滋賀県の膳所高/京大の出身であることを最近になって知り、改めて親しみを覚えた方である。今後の更なるご活躍を期待している。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時起床。体重、61.7Kg.お天気は午前中はまずまずだが、下り坂のようだ。
 昨日の雅子も、比較的に安定していた。午後からは長男の太郎も顔を出し、傍にいてくれて、車椅子での散歩も一緒にしたのだが、目を開けることはほんの少しの間で、相変わらず目を瞑っている時間が大半だった。この日は暖かく、風もそれほどではなかったので、比較的長い時間を屋上で外気に触れて過ごした。いずれにしても、長男が顔を出してくれたことは、母の日の最高のプレゼントだったと思う。

3.連載、難病との闘い(195) 第三部 施設、病院での介護生活(96)
  第五章 頑張りの報酬(28)

 (4)施設に戻って(5)
 この施設では、毎月の最終日曜日に体重測定が行なわれる。健康管理の一つの指標として、一考が重要視しているデータである。
 体重測定に関しては、2004年末に、一考が急遽東京から帰郷した以降は、自宅で毎朝測定することが日課の一つだった。自分の場合もそうなのだが、そのデータの微妙な変化を捉えながら、体調の管理に使っていたのである。
 しかし、その2年後の2006年末になって、雅子が計測器の上に、バランスを保ってきちんと立てなくなってしまい、計測が不可能となり、仕方なく、その後はそのデータのないまま、いわゆるバックミラーなしで毎日を送って来ていたのである。
 それが、ほぼ2年後の2007年12月にアクティバ琵琶に入居後、月一回の頻度だが、体重測定が復活した。在宅の場合と違って、車椅子で衣服を着たままで測定するので、以前の在宅時とのデータと絶対値を比較する訳にはいかないが、少なくとも時系列的な変化を捉えることが出来るようになった。
 改めて、そのデータを見てみると、施設に入居当初は、僅かずつでだが、体重が増加傾向にあったのだが、前年(2008年)の11月から連続して、かなり大幅に減少し始めたのである。1月までの3ヶ月でおよそ5Kg(10%強)の減少で、これは何かが起きているのではと心配していたが、幸いなことに、2月度の測定で一応下げ止まった数字が出たことから、心配が一気に解消したわけではなかったが、ほっとしたのも事実だった。しかし、ここに来て、口が充分に開かない傾向が続いていて、食事が半分程度しか進まない日が目立ち始めていたことから、先行きを心配していた。
 食事の量の減退、体重の減少は明らかに連動していて、体力の減退にも連動していることは間違いないが、それ以外に、どんなところにその影響が現れてくるのかが心配であった。
 そこで、3月度の定期診断時に春日先生にそのことを相談すると、栄養の補給にいては、点滴や胃にチューブで直接注入する方法などいろいろあるので、施設の病院と相談することを勧められた。
 施設に戻った一考は、差し当たっては、施設の看護士さんに報告し、対応を話し合った。3月中頃の話で、その時の判断は、3月末での体重の計測結果を待って、必要があれば、栄養剤の補給を検討しようと云うことにしたのである。それにしても、胃から直接注入との話には、一考にはちょっとした衝撃だった。スパゲティ状態なんて言葉が脳裏に浮かんで、意識してそれを打ち消すのだった。
 悪いことは重なるもので、そんな状況に加えて、ストローで吸う行為も難しくなって来ていた。まさに泣き面に蜂の状態で、何とも言えない危機感さえ覚えていた。
 一考としては、何とかこの吸うという機能をなんとかうまく行くようにしてあげたいといろいろと試みたのだが、意の如くならなかった。それでも、最初は、その液体を少し口に含ませて、それを飲み込んだのを確認してから、直ぐにストローをくわえさせてあげると、少しずつだったか飲み始めたのである。これは、いわゆる井戸の呼び水に相当する手法で、液体がお茶だったことで、呼び茶と名付けていたのだが、それも最近になってその効果が出難くなって来ている。さあ、どうしたらいいのだろうか、戸惑う毎日だった。
 こうして雅子の症状の悪化を見ると、非情で苛酷な厳しさは、本当に止まるところを知らないのが、不思議なくらいである。雅子には神の配慮が閉ざされてしまっているようで、その理不尽さを厳しい虐めだとさえ思うのである。(以下、明日に続く)

1604 付けが回る

 簡単な「付け」という言葉だが、これには多用な意味がある。その一つに「勘定書」という意味があって、筆者も会社の現役時代は、飲み屋の付けを多く作ってしまい、その処理で随分と悩んだことを思い出す。

1.独り言コラム
 東日本の大災害、それに原発問題が大き過ぎて、毎日のメディアを賑わせているため、他の重要なニュースが陰に隠れてしまっている。あの普天間基地問題もその一つである。昨日になって、米国サイドから、辺野古移設は断念せねばならないだろう、という見解をジョーンズ前大統領補佐官が語ったという。その結果、普天間基地の居残り、若しくは嘉手納基地への統合が最良であるとの方向が打ち出されたようだ。
 前政権の鳩山総理が口にした県外移設という軽々しい発言の付けが回った結果であり、今後菅政権はどのように対応して行くのであろうか。その手腕が注目される。
 その菅総理が一昨日に唐突に発表した、浜岡原発の全面停止という方針は、大きな波紋を投げ掛けている。筆者は、菅総理が珍しく英断をした貴重な事例として捉えているが、その結果、不足するであろう中部電力のサポートを関西電力が負うことになりそうだ。つまり、中部電力の付けが関西電力に回って来るのである。正直な話し、関西電力も福井県は、敦賀を始めとして原発銀座と呼ばれるほど多く集まっていて、、隣県の滋賀県人としてはそれだけ不安を抱いているだけに気になるのである。
 さて、将棋名人戦の第三局が行なわれ、挑戦者の森内俊之九段が羽生名人に3連勝し、名人位奪回へあと1勝とし、羽生名人を一気にかど番に追い込んだ。永世名人同士の決戦ということでフルセットが期待されていたが、意外な淡白な展開になっている。名人といえど、この3敗という付けはあまりにも大きい。
かつて、竜王戦で羽生名人は3連勝して永世竜王位獲得にあと1勝と迫りながら、その後信じられない4連敗という歴史的な苦杯を喫した事例を作った。果たして、その逆のどんでん返しは可能なのか、羽生ファンは密かにそれを期待している。
 プロ野球では、常勝の巨人軍が出足から吹っ切れていない。主砲の阿部慎之助と高橋由伸選手の負傷の付けが大きいようだ。一昨日からの中日戦では、2試合とも接戦を物にし何とか面目を保っているが、二人の早い復帰が大きな鍵を握るだろう。
 滋賀県彦根市出身の作家、団鬼六さんが先日(6日)亡くなられた。79歳だった。新聞には官能小説の第一人者と紹介されているが、筆者の同氏への強い関心は、将棋に強かったことだ。同氏の「真剣師小池重明」という作品には感動した記憶が今でもしっかり残っている。アマチュア将棋界で破天荒な強さを発揮した小池氏の生き方を描いたものである。私生活面では、言ってみれば、付けだらけの中で暮らしながらも、明るく賭け将棋でそれらをチャラにして行く大胆な人生には強く惹かれた。その結果、団さんと宮崎国夫さんとの共著である「小池重明、疾風三十一番勝負」という分厚い高価な実践集まで衝動買いしてしまった思い出がある。この本は、今でも健在で、筆者の本棚の奥の隅で静かに眠っている。
 大相撲の技量審査場所が今日から始まる。何といっても、薬物、とばく、それに八百長という世間を騒がせた不祥事のつけは大きい。きちんとつけが返せるか否か、その展開に注目しよう。
 人生、出来得れば、付けのない人生でありたいと思うのだが、…。
 
2.今朝の一考、昨日の雅子
 深夜2時過ぎに目が覚めたので、このブログを書いている。配信後また寝ようと思っている.お天気は良さそう。(追記:その後6時前に起床、体重、61.7Kg)
 昨日の雅子は、比較的安定していた。午後には散歩。この日は暖かかったので屋上で外気に触れて気分を一新した。途中で大きく目をあけてくれていた。気分が良かったのだろう。夕方、長男が顔を出してくれたが、残念ながら、積極的に目を開けてみようとはしなかった。それだけ悪化が進行している証だろう。

3.連載、難病との闘い(194) 第三部 施設、病院での介護生活(95)
  第五章 頑張りの報酬(27)

 (4)施設に戻って(4)
 口の開き方がうまくいかなくなったことから、コミニケーション、そして食事の具合に影響が出始めたのであるる。病気の悪化がこんな具合にどんどん出て来ると、先行きどうなってゆくのだろうか、といった心配、不安は募って来るのだった。
 コミニケーションで困った事例を一つ紹介しておこう、イエス、ノーの反応がさらに曖昧になって来ていた頃の話である。
 2月半ば(2009年)の話である。雅子が何かを要求しているのだが、その内容が掴めない。幾たびか、質問を繰り返し、はっきりしないイエス、ノーの返答の顔色を窺いながら、やっとのことで、「何かを買って来て欲しい」ということが分かった。そこで、その内容についての確認を開始したが、これがなかなか突き詰められない。それでも、更なる苦労を重ねた結果、どうやら衣料関係のものだと分かったのは、大分、時間が経過してからだった。
 更に質問を繰り返し、それが「襟付き」と言うことまで追い詰めた。そこで、「コート」「Tシャツ」「カーディガン」と上に着るものから順次詰めて行くのだが、いずれも違うと言う。困った果てに「下着か」と聞くとどうやらそうらしい。一考は戸惑った。下着で襟がついたものというのが、何も浮んで来ないのだ。スリップだとか、ブラウスだとか下に着るシャツなのかと、次々に確認していったが、いずれも違うと言うのだ。他に何があるのだろう。女性の下着に詳しくないだけに、後が続かない。ここで一考ははたと困ってしまった。2月16日の夕方のことだった。
 その日は、母親の夕食の準備が必要だったことから、とりあえず、この話題は宿題にして施設を後にした。二人の奮闘で正直一考も疲れきっていた。帰りの車の中でも、あれこれと、襟付きの下着について考えてみたが全く分からないままその日は終った。
 その翌日、そしてその翌日も、雅子を訪ねた一考は、再びこの話題を持ち出して、ああでもない、こうでもないと雅子に可能性のあるものを投げ掛けて確認したが、違うということで埒が明かなかった。心の中では、雅子の言っていることが分かってあげられなくて、申し訳ないという気持ちでいっぱいだった。多分、雅子は不満でうずうずしているだろうと思うと胸が痛んだ。
 謎が解けないまま4日目を迎えていた。この日何気なく交わしていた会話の中で、お風呂の話になり、それから関連の話題になった時、雅子が異常に反応したのである。お風呂に関連するものだと思った瞬間、パジャマだという閃きが一考の頭の中を駆け抜けた。確かに、襟付きの下着だった。なんだ、そうだったのか、という安堵の思いが一考をほっとさせるのだった。まさに、溜飲が下りた典型の気分を味わっていた。ほとんど、毎日、洗濯をしてもらっていたために、少し擦り切れ出していたと言うのが、後で確認した際の介護士さんの説明だった。
 その日の帰りに近くのスーパーに寄って、それを買い求め、翌日施設に届けたのである。2月20日のことで、5日ぶりの宿題の解決だった。(以下、明日に続く)

1603 勇気ある決断

 メッセージの与えるインパクトの大きさは、その中身もさることながら、その唐突さも一つの大きな要因である。菅総理もオバマ大統領に続いて大きな決断を行った。英断か、否かは、歴史の判断を仰ぐことになろう。

1.独り言コラム
 昨日のNHKの夜7時のニュースが始まったタイミングで、菅総理が緊急の記者会見を行い、いきなり静岡県にある浜岡原発の全面運転停止を中部電力に申し入れたことを発表した。今までに決断しない総理として定評があっただけに、この唐突なインパクトある決断に、驚きを覚えた国民は多かったと思う。
 原発は全国に17箇所、54機があるのだが、「今、何故浜岡原発だけが」という質問に菅総理は「いわゆる東海地震の起きる確率は、この30年間に87%という高い確率で起きるという報告を基に、先の福島原発の被災の状況を勘案して決断した」と説明した。
 御前崎にある浜岡原発は、1976年に1号機が運転を開始、今では全部で5機あるが、1号機と2号機は既に廃炉が決まっており、3号機は稼動前提に修理中であり、4号機と5号機だけが現在稼働中だという。
 今の防災の状況、防波堤がM8程度の地震を想定したもので、8メートル程度の高さである。これでは不十分であるとの判断で、今後この辺りの対策が充分に行われるまでは稼動させないと言うのである。
 これによって、不足する電力には、場合によっては関西電力からの供給も視野に入っているという。この申し入れに対し、中部電力は考えさせて欲しいと返答したという。
 このビッグニュースに対し、今朝の各メディアでは 評価する見方とそうでない見方が入り乱れているが、野党からは、その発表のタイミングなどから、如何にも見え見えのリーダーシップの演出だと揶揄する声も出ている。
 いずれにしても、決断しない総理として名を馳せていただけに、今回の決断は、それらのマイナスを払拭する狙いがあったと思われる。男、菅直人、果たしてこの大舞台で大見得は功を奏するのかどうかは、今後の国会運営でも試されることになろう。
 海の向こうのアメリカでは、つい先日、あのアルカイダのテロ軍団の指導者、ビンラディン襲撃をを決断したオバマ大統領の果敢な決断が世界に大きな波紋を広げた直後の、弱腰の菅総理の思いきった決断である。歴史は二人をどのように評価するのだろうか。
 菅総理は、この決断でうまく行けば、延命に成功するかもしれない。将棋で言う「入玉」作戦である。しかし、まだ入玉が確定した訳ではない。じっくり展開を見守りたい。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時10分起床。体重、61,8Kg.お天気はぐずつきそう
 昨日の雅子は、午前中は熱が37.6度もあって心配したが、午後には平熱に戻った。最近良くある傾向であり、ちょっと心配でもある。午後には入浴し、スッキリしていた。お風呂に向かう途中で、大きな目を開けていた。このところ、普段はほとんど目を開けない(開かない?)ので、珍しいケースだった。

3.連載、難病との闘い(193) 第三部 施設、病院での介護生活(94)
  第五章 頑張りの報酬(26)

(4)施設に戻って(3)
 3月に入って間もない頃だった。雅子との間では命綱のような存在の、イエス、ノーの確認によるコミニケーションも行き詰まり始めたのである。その後の更なる症状の悪化が、発声を不明朗にさせ、意思表示にまで影響を及ぼすようになって来ていた。こうなると、コミニケーションは極めて覚束なく、一考はどんな対応をしていいのか戸惑うのだった。
 とにかく、進行性の病気という通り、症状の悪化は止まるところを知らなかった。これまでにも、悪化が進むごとに、この辺りで終ってくれればと幾度も願ったのだったが、その都度あっさりと裏切られて来ていた。そして大事な言葉の自由を失うという、非情で悲しい症状悪化となったのだった。
 止むを得ず、その頃から雅子とのコミニケーションは、言葉の片言を繋ぎ合わせるとか、言葉を文字分解して単語を探し当て、そこから雅子の言わんとすることを確認する対応になっていったのである。ここ暫くは、時間は掛かるが、そんな苦労を続けながら何とかコミニケーションを図ってきていたが、それも、遂に次第にうまく行かなくなり始めた。雅子の応答が分かり難くなり、雅子の意図する言葉を捜し当てる作業がうまく行かなくなったのである。仕方なく採用したのが、質問形式でイエス、ノーを確認して、言わんとすることを探し当てる手法だった。
 その頼みの綱のイエス、ノー、方式でも、この3月に入って陰りが見え始めている。イエス、ノーが上手く表現で出来なくなって来ているのだ。雅子の発声をフォローするだけでは容易に確認できず、それに、顎を動かすことを併用したりして、何とか雅子の意志を確認しようと必死なのだが、うまく行かずに悪戦苦闘が目立って来ていた。
 そんなことで、二人の毎日コミニケーションは、恰も格闘技のようで、懸命の闘いの積み重ねで、双方共に、結構な疲労を伴うことを余儀なくされている。
 それでも、幸いなことには、まだ、一考が話すことはしっかりと雅子に伝わっていることだった。つまり、頭はしっかりと正常に働いてくれている。それさえ保たれれば、何とかなる訳で、残された細い絆を頼りにして、二人が必死の闘いは続いている。
 厄介なことにこの悪化は、雅子の口の動きに連動していて、食事がスムーズに進まないという別の支障が出始めていた。この傾向は、自宅から施設に戻って直ぐにその影響が現れ始めていた。食事がうまくできないというのである。
 具体的には、例えば1月11日のことだった。一考が施設に顔を出すと、うまく口が開かなかったので、朝食はカットしたとの報告を受けた。しかし、昼食は頑張って口をあけて、しっかりと食べてくれたという。心配だったが、昼食を食べたなら、まあ、いいやということで様子を見ることにした。そして、3時のおやつの時間には、自らがヨーグルトを食べさせたのだが、この時も、何とか、口を開けてくれたので食べさせることは出来た。しかし、その開け具合は、やはり大変そうだった。
 その後、1月26日のことだった。昼過ぎに施設に顔を出すと、やはり、昼食時にあまり口が開かなかったので、ほとんど食べずにベッドに寝かせてもらっていたが、その後、トイレをさせて再び横にして寝かせていたところ、少し回復気配が見られたので、お薬を飲ませた後に、改めて昼食をお願いした。そうすると、その時点では、何とか半分ぐらい食べてくれたようだ。いずれにしても、徐々に食事が難しい状況に追い込まれつつあった。
 考えてみると、歩き難くなり始めたのが2006年3月、それかた僅か3年程度の短期間での大きな変化だった。そう言う意味では、この期間は雅子の人生を、非情に暗転させた魔の3年だったと言えよう。(以下、明日に続く)

1602 GW終盤に乾杯

 昨日は、ユッケの痛ましいニュースの続報を除けば、嬉しい、明るい、感動的で前向きなニュース、イベントなどが幾つかあって、筆者には心和やかな一日だった。GW終盤に乾杯である。

1.独り言コラム
 昼間は、女子ゴルフの今季メジャー第一戦の初日が行なわれ、期待の不動祐理さんが-3でトップに立った。先週までに出場したツアーで2週連続優勝しており、このメジャー大会が3週目である。筆者の好みでないライバル宮里藍さんと同じ組でのラウンドで、心優しい不動さんだけに心配していたが、この日の宮里さんは振るわず4オーバーと出遅れたのでほっとであった。まだ今日から3日も残っていて勝負はこれからだ。不動さんの頑張りに期待している。
 夕方には、5時前の東京ドームの8回裏だった。巨人軍の小笠原道大選手の打ったライナー性のボールが、ピッチャーの頭上を抜けてセンター前に落ちた。待望の2000安打達成の瞬間だった。この記録は38人目の記録だが、川上哲治、長島茂雄、張本勲選手に次いでの史上4番目の速さでの達成だという。フルスイングの豪快な打法が売り物の同氏だが、この記録のカウントダウンに入ってから、さすがに思うように安打が出なかったが、漸く、昨日の最終打席でうまくしとめての達成に、ドーム内の大観衆が大きく沸いた。イチロー選手とは対照的なフルスイングに徹する打法は、見ていても気持ちがいい。大きな目標の達成におめでとうと申し上げたい。
 夜になって、NHKの「家族が選ぶ日本の歌」という番組をたまたま見ていたのだが、その番組のトリを務めたのが、今年80歳の二葉百合子さんだった。持ち歌の「岸壁の母」の熱唱に思わず感動を覚えた。最近引退を宣言されたのだが、この番組はその引退の3日前の録画だそうだ。いずれにしても、声量もまだまだ豊かで、しっかりした唄い方はさすがだった。
 そういえば、昨年8月の第42回思い出のメロディで、当時82歳の三浦洸一さんが、落ち葉時雨をこれまたしっかりと唄われていて、感動したのを覚えている。うまい人は幾つになってうまいんだなあと改めて思う。
 日産車のバン(NV200)がアメリカのニューヨークのイエローキャブ、13000台の全てに採用されることが決まったという。景気が不透明な日本経済界にとっては快挙と云うべき大きな商売の成立だ。おめでとうと云うべき嬉しいニュースである。
 また、昼間には、こう着状態にある福島原発に関して、1号機内の汚染された空気を清浄化するための配管が建屋内に13本運び込まれた。あの水素爆発以来、初めて作業員が建屋に入っての決死の作業だったが無難に行なわれたようだ。早速、ポンプが作動して清浄化作業は開始されたという。空気の汚染が低減化すれば、建屋内での作業が可能になるということで、期待は大きい。ここでもGW終盤での大きな前進のようだ。
 今日から、将棋名人戦第3局が行われる。挑戦者森内九段が二連勝のスタートで、この対局に勝てば、羽生名人を一気にかど番に追い込むことになる。さあ、羽生名人はどんな指し方をするのだろうか。GW終盤の熱戦に期待したい。
 改めて、GWに乾杯である。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時起床。体重、62.1Kg.お天気はまずまずのようだ。
 昨日の雅子は平熱で、比較的穏やかな顔つきの一日だった。午後には、久し振りに車椅子で散歩した。まだ風が少し冷たかったが、屋上に出て外気に触れた。ほんの少しの間だったが、目を開けてくれていた。条件次第で、まだ目が開けられることもあるようだ。一進一退である。

3.連載、難病との闘い(192) 第三部 施設、病院での介護生活(93)
  第五章 頑張りの報酬(25)

(4)施設に戻って(2)
 待合室に戻って、適当なスペースに車椅子を止めると、一考は時間をかけて、いつものような手順で雅子の言わんとすることの解読に掛かった。心の中では、大そうなことになったとの思いがあった。一考は、雅子を焦らせてはいけないと、意識的に鷹揚に構えて、質問を繰り返す形での確認作業に取り掛かった。
 先ずは、病気に関することだねと聞くと、「そうだ」という。そこで、どこか別のところが痛いとか、何か困ったことがあるのかと確認すると、やはり「そうだ」と云う。それならば、その部分はどこかと順次確認していったところ、「顔」だということが分かり、それなら、唇付近の出来物のことかと聞くと、「その通り」だということが分かった。
 正直な話し、そのことについては、一考は最初から気付いていたのだが、この病気とは直接関係がないと判断して、先生には敢えて話さなかったのだった。先生も診察時に気づいておられたと思うが、特に話題にはならなかった。大したことはないと判断されたのだろう。いずれにしても、思っていたよりも手短に、雅子の言わんとしたことが解明できたことに一考は心底ほっと一息つくのだった。
 そこで、タイミングを見計らって、改めて看護婦さんにそのことを伝えると、何と、春日先生が、直ぐに、雅子の車椅子のところまで出て来て頂いたのである。こんなことは初めてだった。先生は、改めて、雅子の唇辺りを診ながら、「大丈夫だよ、メンソレタームのような塗り薬を塗っておけば充分だよ」と、優しく声を掛けていただいたのである。先生の思わぬ優しい一面を見せてもらって、雅子もいつになく大変嬉しそうだった。一考は。えらく恐縮してお礼を申し上げた。
 とにかく、雅子にとっては春日先生は大きな心の支えである。数年前に、大津の日赤病院で、この厄介な病気だと告知されて悩んでいた頃に、自らが専門書で調べて、春日先生の存在を知り、知り合いを通じて紹介をもらったという経緯があった。言ってみれば、春日先生は、雅子からのご指名の先生だった。それだけに、自分の訴えに、わざわざ診察室から出て来て頂いて励まして頂いた優しさに、雅子は満更でない嬉しさを感じていたと思う。(以下、明日に続く)

1601 丸腰のビンラディン射殺の生中継

 先日、ウイリアム王子とキャサリンさんのローヤルウエディングの模様が、NHK衛星放送などで長時間に渡って生中継されて人気を呼んだ。その直後のビンラディン殺害の驚愕の生中継に、そこまでやるかということで、筆者が受けた衝撃は途轍もなく大きい。

1.独り言コラム
 去る1日の深夜、特殊部隊によるあのビンラディンの隠れ家への急襲の模様を、ホワイトハウスでオバマ大統領を始め、クリントン国務長官などのしかるべき首脳たちが、リアルタイムの生中継で見ていたという。つまり、銃撃による殺害シーンの生中継というあまりにも衝撃的な報道に、そこまでやるか、といった驚愕を覚えた。今や、生中継は何でもありなのだ!!
 テレビ放送が始まった頃の生中継は、プロレスや大相撲が主体だったと思うが、その後に野球中継が始まってその巾が広くなった。そんな中で、テレビの普及を促進させる切っ掛けとなった、今上天皇と美智子さんの結婚セレモニーの中継は圧巻だった。
 また、1964年の東京オリンピックを迎えて、あらゆるスポーツ中継が取り上げられるようになったが、その少し前から、マラソンや駅伝が、移動中継車で中継されるようになった時点で、生中継も随分と進んだものになったと筆者は感動したものだった。
 更に、筆者を驚ろかせたのが、広いエリアをカバーしなければならないゴルフ中継だった。スピードの速いボールを捉える技術も向上し、部屋にいながら、その種の馴染みの無かったスポーツに引き込まれるようになっていった。ジャンボと称された尾崎将司の活躍の印象は凄く強い。その後、日本テレビがエベレスト登山を中継したのだが、そこまでやるかと言った思いがあった。単なるテレビの中継技術の向上だけでなく、カメラマンなどの中継スタッフがそこまでついてゆく必要があっただけにびっくりだった。
 その後、宇宙中継も加わり、更には文化面では伝統や制度の制約があってカメラを入れる事が難しいとされていた、囲碁将棋のタイトル戦の中継なども行なわれるようになった。なかなかやってくれると思っていたが、更にびっくりさせたのは、戦争の生中継だった。1991年の湾岸戦争が最初だったと思う。開戦の模様が生で伝えられたのだ。その後アフガン・イラク攻撃なども取り上げられて行った。
 そして、今回のアルカイダのトップであるビンラディン殺害の生中継である。この衝撃のニュースは、その後になって、事実関係で一部訂正された。それによると、ビンラディンは武器を手にしていなかったという。それにも関わらず、抵抗したから射殺したというのだ。どうやら、初めから殺害が目的だったと言われている。
 この点で筆者が思うに、イラクのフセイン大統領の場合には、生け捕りしたのだが、その後同氏の扱いで、厄介な裁判などで大変な手間取りをした事が念頭にあって、その二の舞を避けたかったのではと見ている。
 それにしても、丸腰のビンラディンを撃った事実は、米国内だけでなく、世界に大きな波紋を投げ掛けることになろう。特にパキスタンの出方が注目される。本懐を遂げた米国だが、テロ問題は、多くの課題を抱えて新しい段階に進むことになる。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時20分起床。体重、61.5Kg.お天気は今日も良さそう
 昨日の雅子も、朝方は37,4度と熱があったが、前日と同様に午後には平熱に戻った。この日は筆者の父親の月参りの日なので、雅子の車椅子での散歩は中止した。このところ、自分ではなかなか目が開けられないようなので、時々、指でそっと瞼を開けて、かわいい目がのぞくのを楽しんでいるのだが、…。

3.連載、難病との闘い(191) 第三部 施設、病院での介護生活(92)
  第五章 頑張りの報酬(24)

(4)施設に戻って(1)
 施設に戻って以降、二人の生活は、それまで通りの生活リズムに戻っていた。一週間後が、この年になって初めての通院日だった。この一ヶ月間、雅子の症状には大きな変化はなかったものの、数日前から雅子の発声が曖昧で聞き取り難くなって来ていたし、加えて、唇の周りに少しにきびのような出来物が出て来ていたのが気になっていた。
 この日の診察は、順調に進んでいたようで、予約時間から15分ぐらいの短い遅れで順番が回って来た。因みに、長い時には、1時間ぐらい待たされることもあるだけに有難かった。しかし、この日の診察では、ちょっとしたハプニングが起きたのである。
 診察室に入ると、いつものように雅子を乗せた車椅子を先生に前に止めてから、一考から、この一ヶ月の症状の変化や気付いたことをかいつまんで先生に報告する。春日先生は、コンピューターを駆使して、雅子の診断記録の画面に、一考の報告の中で必要と思われる内容をインプットされる。その間、確認の会話を交えながら、雅子の身体を部分的に触ったりして症状を確認される。会話が一段落すると、最後に、今後のお薬のレシピーの調整の話しに移る。この日は、少しふるえが気になるという一考の報告に基づいて、その関係のお薬を少し増量してもらうことになった。
 こうして、いつもの手順で診断を終えたので、お礼を言って診察室を出ようとしたのだが、この日は、これで終らなかった。雅子が何かをしきりに訴え始めたのである。何しろ、言葉がはっきりしないから大変だった。この種のコミニケーションの場合、二人だけの時なら、例の文字分解や、イエス、ノーの質問形式で、その言わんとするところに話を絞りながら核心に迫って行くのだが、如何せん、そんなのんびりしている時間がない。何しろ、診察室の前では順番を待っておられる方が沢山並んでおられるのだ。仕方なく、先生には、一旦失礼をしてから、外に出て雅子の言うことを確認し、それが大事なことであれば、看護婦さんにお伝えするので、その際には今一度宜しくお願いしたいと伝えて、一旦診察室を出たのである。(以下、明日に続く)

1600 すっきり

 連休の真っ只中、びっくりするようなビッグで華々しい(?)ニュースが舞い込んだ。スリル満点で、どっきりで興奮している。

1.独り言コラム
 世界をあっと言わせた、あのビンラーディン殺害のジェロニモ作戦は、米海軍のシールズと呼ばれる特殊部隊によって、僅か40分という短時間で成功裡に完了したという。その模様をリアルタイムの生中継でオバマ大統領らはホワイトハウスで見守っていたという。スパイ大作戦以上のスリル満点のこの作戦の成功に、10年間の本懐を果し、すっきりした気分を味わった地球人は少なくないだろう。それにしても、このような世紀の作戦の生中継には驚きを越えたものがある。
 さあ、これからが問題だ。今後の米国―パキスタンの関係はどう動くか。また、同時に、アルカイダ組織の報復が出て来ると言った心配ごとは絶えない。
 すっきり、と言えば、阪神ファンにとっては、昨日は久し振りに堪えられない嬉しい日だったに違いない。幾つかの記録つきの圧勝で、宿敵巨人軍を倒したからである。
 まずは、不振に喘いでいた金本知憲選手(43歳1ヶ月)が今期1号ホームランを放ち、セ・リーグの最年長本塁打記録(それまでは落合博満選手の42歳8ヶ月)を更新した。なお、プロ野球記録は、神主打法で有名だった岩本義行選手(東映)が1957年に記録した45歳5ヶ月だそうだ。
 この金本選手の本塁打が露払いとなって、鳥谷敬、新井貴浩、そして、それまで超不振だったブラゼルのクリーンアップに3連続本塁打が飛び出した。阪神の3人連続本塁打は9度目だそうだが、クリーンアップの3人のケースは、あの優勝した85年以来だそうだ。
 ところで、この記録を知ってほっとしたのが、巨人軍OBである槙原寛己投手ではなかろうか。それと云うのも、1985年に当時のクリーンアップのランディ・バース、掛布雅之、岡田彰布の3選手から3連続本塁打を喫した張本人で、いつも事あるごとに、その汚名のビデオが放映される面白くない立場だったからである。昨日の記録で、東野峻投手がその汚名の2代目になったことで、槙原の面白くない負担は多少は軽減されたと思われるからである。面白いのは、二人の背番号が共に、奇しくも17番という。
 また、記録面では、もう一つ能見投手が巨人軍から8連勝したのだが、これは小林繁投手が1979年に記録した8連勝に32年ぶりのタイ記録である。
 とにかく記録尽くめのスッキリした阪神の快勝だったが、日本の政治は、その対照的であって、菅総理が風邪を引いた訳ではないが、菅笑ではなく、菅苦笑が続いている。戦後最大の大災害への対策は、未だにすっきりとは縁遠い。被災者達には堪ったものではないだろう。それにしても、この連休期間、ボランティアで東北に向かう人たちが多い。筆者は、日本人の純真さ、温かさ、そしてその行動力の逞しさに感動している。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時40分起床。体重、61.6Kg.お天気は良さそう
 昨日の雅子は、朝方は37,5度と少し熱があったが、午後には平熱に戻った。この日は一日中寝たっきり。呼びかけに頑張って目を開けようとする努力は窺えるが、なかなか目が開かないようだ。指でそっと瞼を開けてあげると、かわいい目がのぞく。それを見てほっとするのだが、…。

3.連載、難病との闘い(190) 第三部 施設、病院での介護生活(91)
  第五章 頑張りの報酬(23)

(3)2009年のお正月、自宅介護で大わらわ(12)
 翌日から、雅子はすんなりとそれまでの施設での生活ペースを取り戻していた。一考もほっとしながら、自分のそれまでの生活に戻っていた。人間って結構柔軟性があるものだと改めて思った。
 それから数日後のことだった。一考が、ずっと気になっていたことの確認を、思い切って雅子に試みたのである。それは、お正月の2泊3日の自宅に連れ戻しての生活について、雅子の本当の感想を聞くことだった。いずれも、一考からの質問に対して、時間が掛かる厄介なコミニケーションとなったが、イエス、ノーを確認する方式で確認を試みた。雅子も、一生懸命に応えてくれた。
 言うまでもないが、、そんなコミニケーションだから、細かいメンタルな気持ちを把握することは出来なかったが、それでも、繰り返しての一考の質問に対し、雅子は、全体としては「良かったよ」というニュアンスを伝えてくれた。
 「そうか。嫌じゃなかったんだね」一考が、ほっとしてそう念を押すと、雅子は、顔を少し和ませて、小さな声で「うん」と答えてくれた。
 「トイレが大変で困っただろう?」と、今度は具体的な介護の内容を質してみると、口をもごもごさせたので、 「そんな大変でもなかったの?」と確認すると、「そうだ」というように「うん」と言ってくれた。たまたま、小用だけの期間だったのが幸いしていたのかも知れない。(注、この返答の、うん、は洒落ではない)
 「食事がつまらなかったでしょう?」と今度は食べ物について聞いてみると、これにも口をもごもごさせたので、「美味しくなかったでしょう」と更に念を押した。すると、必ずしもそうでないような反応で応えてくれた。こんな状態になっても、雅子は、一考に気を遣っていてくれているのかも知れない。
 「それじゃ、これからも、たまにはそんな機会を作ってみようかな?」と問い掛けると、満更でもない表情だった。「それじゃ、また、やってみようね。だけど、2泊3日は大変だから、1泊2日になるけどね」これは、一考の気持ちを率直に言ったものなのだが、雅子もその意味が充分に分かっているようだった。
 「それじゃ、次は何時頃にしようかな? また太郎が帰って来てくれる頃がいいかな?」と言って様子を窺ってみる。そして、思いついたように、次の一言を付け加えた。
 「孫をつれて次郎夫婦が帰って来てくれる時の方がいいかな?」と言ってみた。雅子の表情が、先ほどよりも少し大きく崩れたように感じられた。
 「まあ、どっちにしても、近いうちにまた帰ってみようよ」そう言って、一考は明るく笑って見せた。雅子の部屋に少し明るさが戻ってきているようであった。 いずれにしても、今回の経験は貴重であった。大変な厳しさがあったが、それなりに自分の限界を知ることが出来たし、その結果、一泊二日なら、まだなんとかマネージできるのではとの自信が得られたように思う。単調な雅子の気分転換と同時に、やはりかつての自分の根城に顔を出すことで、新たな懐かしさを楽しむのは、雅子の心の健康の面からも、いいことだと思うのだった。因みに、その後の帰宅は、残念ながら2011年になっても実現されていない。
(以下、明日に続く)

1599 転機

 事態が変わる切っ掛けである転機は、思わぬ時に、思わぬ形でやってくる。それは、また新たな戦いのスタートでもある。

1.独り言コラム
 ビンラディン容疑者死亡と云うビッグニュースが世界を駆け巡った。筆者は病院で妻の付き添いをしていたが、この日の株価の動きを知ろうと携帯で情報を確認中に、そのニュース速報に出くわしたのである。遂に、その日がきたという感慨を覚えたが、同時に死亡と言う情報に、少し無念さを覚えた。あのイラクのフセインの逮捕のように、生きたままの確保でなく、襲撃による殺害での遺体確認だったからである。
 思えば、ほぼ10年前の9月11日だった。世界をあっと言わせた世界同時多発テロ事件が起きた。その事件の象徴であるニューヨークのワールトトレードセンターに2機の大型旅客機が突っ込んだ驚愕の悲惨な事件は、今も世界の人々の記憶の中にしっかりと生きている。
 そのテロを指導した国際テロ組織アルカイダの指導者とされるウサマ・ビンラディンが米国の特殊部隊によって殺害されたのである。パキスタンの首都、イスラムバード近郊のアボタバードの隠れ家への急襲だった。これで、ブッシュ前政権から続けてきたテロとの戦いは大きな転機を迎えたといえよう。オバマ大統領としては、予定通りアフガニスタンからの撤収を行うが、その一方でアルカイダからの報復への警戒は今まで以上の対応が必要となろう。
 ところで、同じテロでも、ソニーで起きているサイバーテロでも新たな動きに入っている。ソニーのプレステ3などのインターネット配信サービスで、最大7700万人の個人情報が流出した恐れのある問題で、ソニーはその事件の解決のため、米国FBIに捜査協力を依頼した。問題解決に大きな転機となれば幸いだ。
 一方、今回の災害対策に関して、やっとのことで第一次補正予算が成立した。珍しく土日での国会審議が行われ、野党の協力もあって、昨日の午後の参議院本会議で全会一致で可決された。これによって、総額4兆153億円に上る予算は、がれき処理や仮設住宅建設、道路・港湾補修などに当てられる。遅れていた大災害の復旧、復興への転機になるのではと期待される。
 これらの大きな動きの中で、昨日の東証株価は一万円の大台を回復した。あの3.11の大災害の勃発で大幅ダウンをして以来の大台回復となったのである。これが日本の株価の上昇への転機になるのか、どうかは分からない。幸か不幸か、今日からの3連休で、世界の動き如何に大きく影響を受けようが、連休明けの株価は今一つはっきりしない。
 転機は活用するに越したことはないが、悪い方への転機にならないことを祈念する。気分の良い初夏が待ち遠しい。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 2時に一旦目覚めた。ブログ書いて送信した後、また寝入るつもり。(追記、5時正式起床、体重、61.6Kg)今日のお天気は午後に一時崩れるという。
 雅子の症状も、ここに来て転機を迎えているようだ。自分で目を開けるのが大変難しくなって来ている。見た目では、寝たきり状態への入口付近に到達しているように見える。それでも、一考が指で瞼を開いてやると、かわいい目が現れて、じっと見つめてくれる。それを見るとほっとするのである。
 十日前に98歳の母親を連れ来て面会をしてもらったが、その時が、雅子が自分の力で目を開けることが出来たぎりぎりのタイミングだったようだ。その見舞いを強行したことは英断だったと思っている。

3.連載、難病との闘い(189) 第三部 施設、病院での介護生活(90)
  第五章 頑張りの報酬(22)

(3)2009年のお正月、自宅介護で大わらわ(11)
 時刻は午後1時を過ぎた。雅子の自宅滞在もあと数時間と迫っていた。一方、朝8時に始まった箱根駅伝も、往路のアンカーの終盤を迎えて、思いも寄らない逆転ドラマが始まろうとしていた。一年生の活躍でトップで襷を受け継いだ早稲田に、5分近く遅れて小田原の中継所を出た東洋大学の新人の柏原竜二選手が猛烈に追い挙げてきていた。去年も同様な展開で、逆に早稲田の選手が追い上げて逆転優勝したのだったが、今年は、その早稲田が逆に追われる立場にあった。そして、案の定、この箱根山中のど真ん中で、そのとんでもない逆転の大ドラマが演じられたのである。
 その熱いドラマの興奮を抑えながら、雅子を施設に戻す準備を進めた。施設から持ってきた衣服、下着、マット、座布団、残ったお薬、などなどを紙袋に放り込む。忘れ物がないかと改めて確認する。そして、その準備も一段落したところで、一考は雅子の最後のトイレを促した。車で20分の距離だが、それでも出かける前ということで、雅子もその誘いに応じた。一考も、これが、今滞在期間の最後のトイレサポートだと思うと気合が入ったし、大変さも吹っ飛んでくれたようだった。かくして出掛ける全ての準備は終わった。柏原竜二選手が全国の駅伝ファンに名前をアピールしたのを確認して、母屋の母親への挨拶のために、雅子を車椅子に乗せて母屋に出向いた。母親はいつものように椅子に座って何か書ものをしていたが、立ち上がって「もう帰るのかい。身体を大事にね。なかなかお見舞いに行けないのでごめんね」とこまごまと挨拶した。雅子は、例によって何かを言おうとしたが、言葉にはならなかった。
 母親への挨拶を終えると、太郎の助けを得て、そのまま出掛ける作業に入った。先ずは、最も難関の玄関を出る作業である。家の中に搬入する場合に比べれば、段差を下る作業なので、それよりは遥かにやり易かった。車の助手席に乗せる作業も相変わらず大変だったが、何とか二人で無事に乗せることが出来た。三人は、こうして、雄琴にあるアクティバ琵琶に向けて出発した。
 お正月2日の昼過ぎで、北に向かう車は少なかった。雅子の心境はどうなのかと聞いてみたかったが、時間がなくて確認する暇がなかった。やはり、複雑な心境だろうと一考は思うのだった。ばたばたした一考の介護ぶりには気の毒さを感じる一方で、久し振りにかつての生活の根城だったところで過ごせた懐かしさは、また何とも言えないものがあったろう。
 スッキリしない曇り空で、時々小雨がぱらつく空模様だったが、過ぎ去ってゆく琵琶湖の風景にも、それとなく心の中に馴染むものがあったに違いない。車は順調に走ってほどなくアクティバ琵琶に到着した。車から降ろして車椅子に移し、そのまま4階の雅子の部屋に向かった。受付や廊下の途中で出会った従業員の方々に新年の挨拶を交わした。さすがに新年ということで、皆明るく挨拶を返してくれた。
 一段落したところで、一考は太郎をおごと温泉駅まで送った。駅に着いて太郎が車から降り、大きな鞄を肩にかけて駅舎に入って行く息子の姿を見送りながら、誰かいい人が現れてくれるのを密かに願うのだった。
かくして、2泊3日の雅子のお正月を自宅で過ごすプロジェクトは、何とか無難に終ったのである。
 全日程を無事に終えてほっとした一考は、病院に戻る途中で急に空腹を覚えたので、通り道にあるファミレスに寄ってスパゲティを食べた。(以下、明日に続く)

1598 もっている

 一つの言葉から、いろんなことが連想できるのだが、今日は、この「もっている」という言葉に食いついてみた。

1.独り言コラム
 将棋の内藤国雄九段が唄ってヒットした「おゆき」の歌詞の冒頭に「持って生まれた運命(さだめ)まで、云々」とある。つまり、人は誰しも、生まれながらにして、その人の運命(さだめ)が与えられている、という訳で、内藤九段も歌と云う将棋とは別の優れた才能を持っていたのだ。このうように使うと「もっている」という言葉も、何の変哲も無い平凡な言葉だ。
 この何の変哲も無い言葉が脚光を浴びたのは、早稲田大学の斉藤佑樹投手が、慶応とのプレイオフに勝って優勝した後の祝賀パーティで「斉藤佑樹は何かを持ち続けているといわれていましたが、云々」での挨拶だった。それが切っ掛けで、「何かを持っている」という言い方が、その後一気に一世風靡する名言となった。
 その張本人の斉藤佑樹投手は、日本ハムに入団後も順調に成長し、梨田監督らからも、何かを持っていると言うことで、新人ながら堂々と開幕一軍入りのチャンスを得て先発のローテーション入りをしている。
 そして、開幕から既に2連勝を果たし、昨日は、西武を相手に3回目の先発をした。しかし、残念ながら、勝ち投手が見えた6回に同点に追いつかれ、勝ち投手にはならなかったが、チームは負けずに引き分けた。今のところの通算防御率は3.18と今一つだが、ほぼ期待通りの頑張りである。そういう意味では、何かをもち続けているという言葉が、未だに生きているのだ。さあ、長いシーズンを通してどんな結果を残すのだろうか。その行方に注目したい。
 一方、昨日も勝って、今季は、出場した2試合に連続勝利して、通算50勝の大台に乗せた女子ゴルフファーの不動祐理さんの活躍が目立っている。2000年から6年連続賞金王を続けた後、ここ5年間は今一つ吹っ切れていなかったが、今期は昨日で既に2勝をあげて、久し振りに賞金王争いに加わりそうだ。若くて綺麗な女子プロが多く出て来て、その存在が薄くなっていただけに、ここに来ての不動祐理復活は、お見事である。明らかに何かを持っている証を、見せ始めたと言えよう。差し当たっては史上2位の58勝の記録を持つ、阿玉に追いつき、追い越してもらいたい。
 支持率は低迷していて苦戦続きだが、総理の座にしがみ付いたら放さない菅総理の頑張りも凄い。よくもっていると言える。目下、戦後最大の災害を受けて、その対応に不満がいっぱいと云う八方ふさがりだが、意地だけで頑張っているようで、いずれ、一段落した時点で交代は止むを得ないだろう。
 原発対策は、目下放射線で汚水された水の処理に四苦八苦である。ポンプで汲み出して別の貯蔵所に保管し汚染処理をする形にもっていこうとしているようだが、幾ら汲み出してもその汚染水が減らないという困った問題にぶつかっている。どうやら、どこかで、「もって(漏って)いる」ようで、その漏れ口を見つけないと、対応策が前に進まず、どうしようもない、深刻な問題である。
 また、今回の大災害で、日本経済は全くスッキリしない。景気全体が、く(もって)いると言うよりも、嵐の中にいるようで、回復までの見通しが立たない。
 津波を避けるために、土嚢を積み上げ土をもって(盛って)高くしたようなちゃちな堤防では、今回の想定外の高い津波には何の意味も無かったようだ。 
一口に、「もっている」といっても日本語は多彩で面白い。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時起床。体重、61.8Kg.どうやら、お天気は良さそう。。
 昨日の雅子は、症状全体は穏やかだった。呼び掛けへの反応の低さは相変わらずで、指を使って目を開けてあげると、綺麗な小さな目でじっと見てくれるのが素敵だが、どうやら、自分で目を開けるのが大儀になったようだ。また、ここに来て一歩悪化したという感じである。気の毒で、寂しいが仕方がない。

3.連載、難病との闘い(188) 第三部 施設、病院での介護生活(89)
  第五章 頑張りの報酬(21)

 (3)2009年のお正月、自宅介護で大わらわ(10)
 雅子のような自分で何も出来ない症状の方を介護する場合の基本の作業は、単純だが、結構厄介な抱き上げる作業にあると思う。それというのも、何事をするにも、そこから始まる事が多いからである。
 例えば、平凡な車椅子で散歩する場合も、平凡な抱き上げ作業で車椅子に乗せる作業から始まる。また、入浴、トイレ、食事などの厄介な介護作業も、車椅子で必要な場所に移動してから、それぞれの付帯的な作業に移る訳で、抱き上げる作業といつもセットで、他の作業がコラボした作業となっている。
 ここで、雅子のトイレの介護のケースを取り上げて、その抱き上げる頻度について具体的に数えてみよう。結論から先に言えば、一回のトイレのサポートに、少なくとも6回の抱き上げが必要なのである。雅子がリビングにいた場合を考えると、その場合は、リビングの備え付けの椅子に座っている訳だから、先ずは移動用の車椅子に移す作業から始まり、次にその車椅子から簡易トイレを傍に置いたベッドへ移動させ、そこから便座へ移動させるという手順で、片道で3回の抱き上げが必要となり、用を足した後も、その逆手順での作業をする訳だから、トータルで6回の抱き上げが必要である。腕だけの抱き上げでは無理で、腰を入れての全力での抱き上げが必要で、大変な力作業なのである。
 さて、そんな単純な力作業なのだが、施設に戻る日(1月2日)の3日目の午後の昼過ぎには、18回目のトイレのサポートを行った。ええ! もう、そんなにやった? と思うと同時に、あっという間の2泊3日間だったとも思うのだった。つまり、大変だと思っていた2泊3日の自宅での介護も、早くもホームストレッチに差し掛かっていたのである。
 ところで、人間の心理って面白いもので、この日の午後には、施設のアクティバに雅子を送り帰す時間が近づいて来ると、一考の気持ちも複雑だった。これで厳しかった24時間介から解放される訳で、ほっとする気持ちになるのだが、その一方で、自分の手で何もしてやれないというちょっとした寂しさが入り混じったほろ苦い気分を味わうのだった。果たして、本人の雅子がどう感じているのだろうか。一考には分からなかった。
 なお、今回の介護で、幸いだったのは、雅子の通じのリズムが、この滞在期間中が、ちょうどオフの状態にあったことである。つまり、12月30日に通じがあって、次回の予定が明日の3日だと予測されるタイミングだったことで、介護をする立場からは、その分の負担がなくて済んだのである。
 さて、昼食後のお薬の服用、歯磨き、洗顔のいつもの段取りを終えると、いよいよ施設へのリターンの秒読みに入っていた。終始慌しい滞在で、果たして、雅子が、多少なりとも家庭の温さを味わえたかどうかは疑問だったが、時間は非情に刻々と過ぎ去ってゆくのだった。(以下、明日に続く)

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