プロフィール

相坂一考

Author:相坂一考
滋賀県大津市出身
07年1月に推理小説「執念」を文芸社から出版
14年7月に、難病との戦いを扱った「月の砂漠」を文芸社から出版

このブログは3部構成です。
 1.タイトルへの一言。
 2.独り言コラムで、キーワードから世の動きを捉えようと試みる。
 3.プライベートコーナー
   (2015-06-03に修正) 

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1657 一軍復帰

 怪我、故障、それに不振が続けば二軍行きとなって鍛えなおす。そこで結果を残したものが、晴れて一軍に復帰できる。一昨日、昨日の試合で、一軍復帰した選手に悲喜こもごものドラマがあった。

1.独り言コラム
 昨日の楽天―西武戦は、シーソーゲームで大変面白い熱戦だった。3-3で迎えた延長10回表に、西武が松中選手の犠牲フライで決勝点を奪ったかに思われたが、その裏に、2死無走者から楽天が奇跡的な粘りを見せた。2本のヒットが続き一塁三塁から、二軍から、復帰したばかりの岩村明憲選手が、起死回生の2塁打を放って、2者が還って劇的なさよならゲームを演じた。この日、星野仙一監督の誕生日ということで、地元のファンは大喜びのハッピーエンドだった。
 岩村選手と言えば、ヤクルトから大リーグに移り大活躍し、ワールドカップでは日本の優勝に貢献した大物選手だったが、このところの不振から、星野監督は、恰もライオンが子供を崖から突き落とすように2軍行きを命じたのだった。そして、その復帰の第一日に、劇的なサヨナラ打を放つというドラマの演出はさすがだった。二軍で苦しんだ甲斐があったのだ。
 一方、同じく52日ぶりに一軍復帰を果した斉藤佑樹投手は、予告通り、昨日のロッテ戦に登板した。立ち上がりから三振を連取する投球で、前半はしっかりと抑えて好投したが、5回に打ち込まれ、プロ入り始めての負け投手となった。ほろ苦い再デビューとなったが、投球内容は合格点のようで、今後の活躍が期待できそうだ。
 また、一昨日には、ヤクルトの七条祐樹投手が一軍登録された日に巨人を相手に、7回を1失点に抑えて見事な初勝利を得た。オープン戦でローテションが入りが確実と思われていたが、肩を痛めて二軍で調整していたのだという。
 いずれにしても、努力が報われるのは嬉しいことである。なお、余談だが、二人の投手、斉藤佑樹と七条祐樹は、発音は同じ「ゆうき」だが、漢字が微妙に違うところが面白い。
 ところで、政治家にも2軍行きの制度があれば、と思う人も多いのじゃなかろうか。菅投手、いや、菅党首も2軍行きの候補なのだが、マウンドを下りないと頑張っている。困ったものだ。それもそのはずで、政治家の場合は一旦2軍に落ちると復帰は極めて難しい。但し、健康上の理由で一年で辞任した安倍晋三さんには、まだ可能性は残されていると思われるが、どうだろう。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時50分起床。体重、62.6Kg.今日のお天気は良さそう。
 昨日の雅子は、熱も平熱に戻り、通常の症状に戻っていたが、痰は相変わらず多く、苦しんでいた。午後には、4日ぶりに車椅子での散歩を行なった。呼び掛けへの反応は、相変わらず、今一つの状態だった。今では、このような症状が通常状態だとも言える。

3.連載、難病との闘い(242) 第三部 施設、病院での介護生活(143)
  第七章 しつこい敵(6)

 2.再入院(1)
 雅子が、想定外の再入院となった8月21日の朝だった。この日、一考には思いも寄らないことが待っていた。一考が、いつものように、9時半前に施設のアクティバ琵琶の雅子の部屋に顔を出した時、ちょうど看護士さんが雅子の症状を点検してくれていたのだが、一考の姿を見ると直ぐに話しかけて来た。落ち着いた口調だった。
 「雅子さん、病院で一度看て貰った方がいいと思うんですよ。昨夜も38度の熱が出ましたし、下痢も相変わらずですし、痰も大変なんです」
 「38度の熱ですか?」今までにない高熱に一考も心配になった。
 「そうです。一昨夜も、そうだったようですよ」看護婦さんはそう付け加えた。
 「え! 一昨夜もですか。それは聞いていなかったが、心配だ」
 「このところの雅子さんの症状についての資料を早急に纏めますので、それを持って病院に行って頂だきたいのですが。武田病院がいいと思いますが、如何でしょう?」看護婦さんは、一考の来る前からそう考えていたようで、判断が早い。
 一考は病院で見てもらうという提案には抵抗が無かったが、「武田病院?」という看護士さんの話には、少し戸惑った。ついこの間に胆嚢切除の手術と胃ろうを着けて頂いたが、これ以上を武田病院に頼むのは厄介だという感覚が一考にはあった。
 それと言うのも、パーキンソン病でお世話になっている主治医の春日先生は、今日は診察日でないので連絡を取るのが大変だし、手術を受けた外科医に頼むのも筋違いだろう。そうなると、飛び込みで内科に行くことになるが、ここからの距離を考えても、一考にはすっきりと来なかった。以前に、春日先生に胃ろうを頼んだ際に、近くの病院がいいですよという繰り返しの言葉が一考の脳裏に強く残っていた。
 「ここのクリニックじゃだめでしょうね」念のために一考はそう言って、看護婦さんの反応を見た。
 「専門医がおられませんから。武田病院じゃまずいですか?」
 「武田病院は、止めておきます。今までの主治医との話では、近くの病院がいいとおっっしゃってますので。大津の日赤病院もありますが、この間お世話になった琵琶湖大橋病院でいいのではと思いますが」一考は話しながら、あのK先生の顔を思い浮かべていた。
 「じゃあ、そうしましょうか。とにかく、最近の症状を纏めた資料を作成しますので、少し待って下さい」
 「診断結果次第ですが、また入院と言うことも考えておく必要がありそうですね?」少し心配になった一考がそう言って、看護士さんの反応を窺った。
 「そうですね。そういうこともあるかもしれませんね」
 「分かりました。そうしたら、一旦、自宅に戻ってきます。保険証などの必要な書類を持って来ていませんので」そう言いながらも、何とも言えない不安が、一考の気持ちの中で急激に拡がってゆくのだった。(以下、明日に続く)
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1656 原発に代る新エネルギー

 今や、世界の議論の潮流は脱原発にある。問題はそれを可能にする新しいエネルギーが存在するか否かである。

1.独り言コラム
 昨日、注目された東電の株主総会は6時間に及ぶ今までになかった長時間の総会となった。注目の脱原発に関する議論では、採決の結果、賛成8%で否決された。事前の大株主の反対の意向が大きかった結果だという。
 今回の福島原発事故の問題に関しては、原発に積極的に取り組んだ過去の大物経営者、木川田一隆氏や平岩外四氏などは、あの世でどんな思いで見ておられるだろうか。一言、コメントを聞いてみたいものだが、…。
 脱原発と叫んでみても、その原発に代る新しいエネルギー源がなければリアリティはない。半月ほど前の「たかじんのそこまで言って委員会」で、このテーマの特集で、風力、メタンハイドレート、芋エネルギー、トリウム原発、オーランチオキトリウムなどが取り上げられ、それぞれの専門家が登場して、その現状の紹介があった。初めて耳にした内容も多く、随分と参考になった。
 風力は安定性に欠け、所詮、メインデッシュになれない対象だ。メタンハイドレートは、日本近海にはその埋蔵量が多く存在していて興味深い存在である。経済的に、技術的に、それを如何にそれを取り出すか、がポイントのようだ。その時に初めて知ったのだが、これを積極的に取り上げているのが、あの独立総合研究所代表の青山繁晴さんの奥様の青山千春さんである。奥さんがそんな研究者だったと言うのには、少しびっくりだった。意外な取り合わせのご夫婦だ。
 トリウム原発は、基本的には原発の範疇にあって、事故が起きた場合の危険度は、低いとされているが、筆者には、同じアナのムジナに見える。
 オーランチオキトリュウムは、一年ほど前から、コラムニストの勝谷誠彦氏が声を大にして取り上げていた新しいエネルギー源だ。この「たかじんの番組」でも事ある毎に、同氏が口にしていた事で、番組の大御所の三宅久之さんから、いい加減にして置けとなじられたこともあったが、粘り強い努力もあって、ここに来て漸く日の目を見せた。要するに、石油に類似する油を生む藻の類で、それを如何に経済的な採算ベースで繁茂させて育てるかが、ポイントの様で、筆者の見る目では一番リアリティがあるように思えた。
 さあ、新しいエネルギーのヒーローは登場するのだろうか、日本、いや、世界がそれを待っている。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時起床。62.7Kg.お天気は良さそう。このまま梅雨明け? とはいかないようだ。
 昨日の雅子は、熱も平熱に戻り、比較的安定した症状だったが、相変わらず痰が厄介で、うっかり口から溢れ出て、うまくそれをブロックできず、パジャマを汚すお粗末な対応もあって大変だった。
 なお、この日、お昼前に、保険所を訪問し、特定疾患患者手帳の更新手続きを行なった。

3.連載、難病との闘い(241) 第三部 施設、病院での介護生活(142)
  第七章 しつこい敵(5)

 1.退院はしたけれど(5)
 帰還後の雅子の気になる症状は、熱、痰、それに下痢の三つが主要なものだった。加えて、胃ろうからの漏れ、それにでん部の出来物、褥瘡による肌荒れが、帰還当初から介護士さん達が気にして下さっていた。
 その中の発熱であるが、最初に琵琶湖大橋病院に緊急入院した際には、体温は終始37度を越す熱が出ていたし、その後も京都の吉田病院に転院しても、時々は平熱に戻ったりすることもあったが、大抵は37度前半まで上がっていて、一進一退だった。つまり、ずっと発熱が続いていたのである。
 施設に戻ってからも同様で、日によっては、夜中にはかなりの発熱があったりして、発汗も多く、パジャマをびっしょりと濡らすことも何回か見られた。この時点でも、それが何によるものかがはっきりしていないのが厄介だった。
 下痢については、栄養剤の投入方法に関連しているのではないかということで、投入回数やそのスピードを変えたりして試行錯誤を繰り返して確認が行われたが、結果は報われず、下痢は治らず、看護士さん達も苦労を余儀なくされていたのである。
 気掛かりな痰の量も、以前よりも多くなり、粘っこくなって来ていて、何から何までが心配の種で、折角この施設に戻って来たのに、気を抜くような症状からは程遠かった。
 また、胃ろうの付け根からの漏れは意外だった。取り付けた直後のことであり、何かの不具合があったのではとの懸念もあった。一方、でん部の出来物も治る気配も無く、じゅくじゅくした状態が続いていた。加えて、たまたまだったかもしれないが、急に寝息が大きくなったことがあった。もともと雅子は鼾をかかない。一考のでかい鼾とは対照的で静かに寝るのが特徴だったのに、それが鼾をかいているのは異常だった。しかし、幸いなことに、それは一時的な症状だった。
 そんな良くない症状が続くことで、入浴や車椅子での散歩も取り止めることが多くなっていて、懸念していた寝たきりの状態に近く、胸を痛めるのだった。
 ちょうど、そんなタイミングで、アクティバ琵琶の契約医が、定期巡回と言うことで雅子の部屋に立ち寄ってくれた。その先生は、武田病院の春日先生の門下生でだった。一考は待ってました、ということで、相談に乗ってもらったのである。その結果、一度尿検査をしたらというアドバイスを受けたのである。
 とにかく、原因が分からないと手が打てない、そういう意味では、尿検査はその大事な切っ掛けを与えてくれることになるかもしれないと一考は思うのだった。(以下、明日に続く)

1655 ダントツ

 広辞苑では「だん・トツ」とあり、断然トップの略だとある。誰かさんが言う、2番では駄目で、圧倒的な1位であることを言う。お恥ずかしい話しだが、筆者は、「断突」(断然突出)や「段凸」(一段と抜きに出ている)なんて、誤まって理解していたこともあった。

1.独り言コラム
 女子サッカーのワールドカップ、ドイツ大会が始まり、Bグループに属する期待のなでしこジャパンは、初戦にニュージランドに競り勝って勝点3を挙げ、幸先のよいスタートとなった。このグループでのもう一試合、メキシコ-イングランド戦が引き分けたため、現時点で、なでしこジャパンは、同グループでトップに立った。ダントツの勝利ではなかったが、手堅い勝利だった。
 それに対して、米国ゴルフツアーでは、ここ2週に渡って行われた男子の全米オープン、女子の全米女子プロ選手権の二つのメジャートーナメントで、男子は英国のマキロイ選手が16アンダー、女子では台湾の曽雅選手が19アンダーで、2位にそれぞれ8打、10打というダントツの大差をつけて圧倒的な強さで優勝を果たした。タイガーウッズ、それに少し遡るが、女子のアニカ・ソレンタムに代わっての新しいヒーロー、ヒロイン時代が始まったようだ。曽選手はこれで、メジャー大会で4勝目である。これだけの大差になるとトーナメントとしの優勝争いからは興味が薄れてしまうのが少し寂しいくらいだ。そんな中で、日本人選手では、宮里美香選手が8位タイに食い込み、良く健闘したといえよう。なお、石川遼、上田桃子のお二人が奇しくも同じ30位タイと今一つだった。
 ダントツの強さといえば、プロ野球では先ごろ行われた交流戦で、ソフトバンクが18勝4敗2分で、2位以下に大きく差をつけて優勝したのは記憶に新しい。
 日本テレビの西尾由佳里アナウンサーが退社し、3月末で退社したズームインスーパーのお相手だった羽鳥慎一アナと同様にフリーになると言う。清潔さがとても魅力的な西尾さんは、筆者がダントツに好きだったアナウンサーの一人だが、更なるご活躍を期待したい。
 ところで、この話題に取り上げるのが妥当ではないかもしれないが、今回の東日本大震災の被害の規模、悲惨さのスケールは、まさにダントツだった。未だに行方不明の方々の数が7000人以上で、あの神戸・淡路大震災の死者の数を上回っていることからも、その規模のダントツさが明らかである。未だにその収拾が捗らず、復興の兆しが見えないのが痛々しい。
 その最大の原因は、現内閣のダントツの弱さにあると言う声が大きい。辞めることを口にしながら、そのタイミングを弄んでいる今の菅内閣にはあきれて物が言えない。昨日になって復興大臣に松本龍氏を氏名し、亀井静香氏や細野豪志氏をその主要なポストに起用するなど内閣改造に打って出た。その反動で、あの2番では駄目の蓮舫氏が弾き出された。彼女は、やはりダントツ1位でないと、なんて実感しているかもしれない。皮肉な展開が人生なのだ。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時半起床。体重、62,7Kg.お天気は今日はすっきりした晴天になりそう。
 昨日の雅子は、終日、熱に悩まされた一日だった。このため、午前中からクーリングを受け、午後になって少しは下がったが、それでも微熱が続いていた。そのため、大事をとって車椅子での散歩は取り止めた。それでも、顔の表情は穏やかかだったので、傍にいて気分的にはほっとしたものを感じていた。

3.連載、難病との闘い(240) 第三部 施設、病院での介護生活(141)
第七章 しつこい敵(4)

 1.退院はしたけれど(4)
 施設に戻って以降の雅子の運動量はほとんどゼロ近くになっていた。これではいけなくて、何かを始める必要がある。差し当たっては、車椅子での散歩が、その手始めとしては格好の運動の一つだった。車椅子への移動の際には、有無を言わさずに、身体を移動させねばならない。また、外の空気に触れることで、気分転換に繋がるだろうと考えた。
 しかし、既に述べたように、雅子の今の状態では、今まで使っていた一般の車椅子では不安定で危険ということで、リクライニング付きの車椅子をリースして使うことにした。そして、今までに、何回か散歩と称するぶらぶら歩きで外に出てみたのだが、雅子は、殆どの場合には目を瞑っていて、景色を見る、或いは楽しむといった様子は見られない。かなりの低い角度での背凭れに身を委ねて眠っているような状態だ。場合によって、途中で、手を使って少し目を開けてあげるのだが、手を放すと直ぐに閉じてしまう。目をじっと開けているのが辛いのかもしれない。
 とにかく、寝たきりにならないように、この散歩をなるべく続けようとするのだが、天候、或いは雅子の症状で、どうしても取り止めざるを得ない日も多くあって、、なかなか思う通りにはなっていなかった。
 ところで、前にも話したが、雅子の入院以降は、それまでやっていた週何日かの母親の食事つくりを姉に任せたことで、一考の生活スタイルも大きく変わっていた。言ってみれば、 一考は、自分の殆どの時間を雅子の付き添いに投入することが出来るようになった。つまり、極端に言えば、一考が自宅にいる必要があるのは、月参りでお坊さんが来るとか、特別な来客が予定されている場合とか、ブログの配信、メールなど、インターネットの利用時のみに在宅していればいいのだ。
 そこで思いついたのが、施設でインターネットの接続を可能にすることだった。そうすれば、必要な度毎に、いちいち自宅に戻る必要は無くなる。一考は、直ちに施設にインターネットの使用を申し入れた。雅子が手術を終えて、アクティバ琵琶に戻って間もなくのことだった。 
 その結果、施設のアクティバ琵琶にコンピューターを持ち込むことで、ブログの送信、訂正やメール交換も、いちいち自宅に戻ることなく、雅子の傍にいて、リアルタイムで対応が出来るようになった。それによって、一考がその気になれば、アクティバの面会時間いっぱいの朝9時から夕方6時までは、ずっと雅子の部屋で、雅子の傍にいて過ごすことも可能になった。逆に言えば、在宅は、就寝と入浴、それに特別な来客の場合だけに限る事が可能となったのである。(以下、明日に続く)

1654 危険との隣り合わせ

 国の安全、エネルギー、利便性を司る設備、インフラを受けてくれている地元民は、常に危険との隣り合わせであることが多い。地元民を如何に納得させるか、それが政治なのであろう。

1.独り言コラム
 2014年に開通を目指す北陸新幹線(東京―敦賀)の敦賀以西のルートについて、関西広域連合は米原ルートが有力である、と数日前の読売新聞が伝えていた。現時点での候補ルートとしては、その他に、湖西ルートや京都府東部ルートがあるそうだが、建設経費の点から、関西広域連合は、今の東海道新幹線ルートの米原にジョイントするメリットを上げている。
 この記事を見て、今の湖西線沿線に住んでいる筆者には、湖西ルートでなかったことにほっとした。正直言って、この種のインフラが通ったからと言って、地元の住民には何のメリットもない。駅が出来る訳でもなく、単なる通過ルートを提供するに過ぎない訳で、その反面、それから受ける振動や騒音の影響、加えて事故が起きた際の巻き込まれて起きる沿線被害などを考えると、デメリットばかりしか思いつかない。そのための対価が地元に支払われるとしても、住民には直接にそれを実感できる立場にはない。
 国の安全、エネルギーを提供する施設、利便性を提供するインフラなどの全般に通じて言えることなのだが、地元民の受けるメリットとデメリットは、なかなかバランスの取れた納得のゆく形に持ってゆくことは難しい。
 今や日本の大きな問題となっている米軍基地、54機ある原発などの問題は、その典型的な大きな課題である。具体的には、沖縄の普天間基地の県外移設、今回に福島原発を始めとする原発の停止、撤廃などは、いずれも地元民の切実な叫びとなりつつある。そんな中では、新幹線は少し事情を事にしているが、国の安全、発展のための犠牲は、国民が分ち合って請け負う平等、公平さが大事だろう。
 さて、ここで、話しは大きく飛躍するが、昨日の男子ゴルフのミズノオープンで、10番でトップに躍り出た期待の石川遼選手が、12番で大きなトラブルに巻き込まれて、一気に首位争いから脱落した。ゴルフといったスポーツも「好事魔多し」で、常に危険との隣り合わせなのだ。結局3位タイといった残念な結果だったが、それでも、賞金王争いのトップに躍り出たという。ええ、そうなの? である。
 一方の、全米女子オープンは、現在進行中だが、宮里美香さんが頑張っていて、目下9位タイ(5時50分現在)だが、うまく行けば2位タイの可能性がある。しかし、ここでも「好事魔多し」だ。大きな落し穴があるかもしれない、高順位を期待している。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時50分起床。体重、62.7Kg,お天気は、晴れたり、曇ったりの予報だが、…。
 昨日の雅子は、終日、安らいだ顔を見せてくれていた。目を開けて見つめてくれる時間も長く、お昼頃には、本当に珍しくテレビの画面に時々目を向けていた。しかし、体位を変更するたびに、口の中に溜まっている痰がこぼれることもあって、全てがOKという訳でもなかった。

3.連載、難病との闘い(239) 第三部 施設、病院での介護生活(140)
  第七章 しつこい敵(3)

 1.退院はしたけれど(3)
 その後暫くは、下痢をしたり、しなかったりの不安定さはあったが、大きなトラブルも無く日が過ぎていった。、姉の霧子さんが見えたり、長兄の裕一さんご夫婦、それに、次姉の伸子さんの見舞いを受けて、それなりにリラックスした日々だったと思う。
 施設に戻って6日目。この日は、たまたまこの施設と契約している外部の先生の回診日だった。その方は、武田病院の春日先生の後輩で、雅子には貴重な神経内科の担当医だったことから話は弾んだ。しかし、この時点では、特に具体的なアドバイスはなかったが、これからのサポートを心強く思うのだった。
 大きなトラブルはなかったとは言え、下痢がなかなか治らないと言うのが気掛かりだった。それについては、看護婦さんたちも、栄養剤の投与の仕方について、そのスピード、回数などについて、変更をしたりして、いろんな試行が行われた。例えば、栄養剤は朝、夕の2回にし、昼は水だけにすることになった。しかも、その場合の投与のスピードは極力落して行なうということで、夕食用の栄養剤の投与は、夕方の4時頃から開始された。従って、一考がアクティバを出る6時頃でも、まだ半分以上残っていて、全部の投与が終るのが、9時半過ぎになりそうと思われた。とにかく、そんなトライアルをしながら、下痢との関係を見ようというのだが、どんな結果になるのだろうか。看護婦さん達も、試行錯誤でいろいろと頭を使って頂いていることは確かである。しかし、熱、痰、下痢の三重苦に、その成果が目に見える形で出て来てないことに、一考は不安を覚えるのだった。
 そんな日々が続く中で、施設に戻った最初の週末の夜だった。寝ようとしていた一考を今までにない不安と悲しみが襲ってきたのである。それは、今のような症状が続けば、雅子は完全に寝たきりになってしまうのではという不安に端を発したものだった。せめて、椅子に座って少しでも自分で立ち上がれるようになって欲しい。そうすれば、気分転換にも繋がるだろう。しかし、このままでは、ただ、ベッドで横になっているだけで終ってしまう。声も出せないし、自分の考えていることを訴えることも出来ないのだ。そんな雅子の生活を思うと、気の毒を通り越した悲しさを覚えて唖然としていたのである。
 とにかく、施設に戻ってからの雅子の生活パターンは、入院前に比べて、随分と単純化されたものになってしまっていた。それというのも、24時間の大半をベッドの上で暮らす寝たきりに近い生活になっていたからである。今までだと、少なくとも、三度の食事、トイレに際しては、ちゃんと起してもらって、車椅子に乗せられて移動しての対応だったが、それがなくなってしまったのである。介護作業と云う観点から見れば、随分と楽になったのだが、これでは雅子に逃げ道がない。テレビを見ることさえ出来なくなり始めていたことから、なんとか、体力を回復し、椅子に座ることぐらいまでは回復させてやる必要がある。そのためのリハビリに注力しようと一考は考えるのだった(以下、明日に続く)

1653 ほっと、のオンパレード

 一口に「ほっと」と言っても、幾つかの別の意味がある。例えば、気分的に「ほっと」する、とか、「ほっと」な燃える闘志とか、更には、関西弁だが、うるさいから、「ほっと」いてくれ!(放って置いての意味)といった表現がある。

1.独り言コラム
 今朝未明の1時過ぎ、平泉、中尊寺らの文化遺産も世界遺産として承認された。日本にとっては、昨日の小笠原諸島の承認に続いての「ほっと」する朗報だ。東日本震災で苦しむ被災者にも、ちょっとした心の支えになるだろう。これで、日本の世界遺産は16件となった。しかし、国の大きさがほぼ同じイタリアの50数件に比べると、その「ほっと」も吹き飛んでしまいそうだ。
 ところで、愛子様が、昨日雅子様の付き添いなしで登校された。去年の10月以来の自立で、国民もほっとである。こんなことがニュースになるのが気になるところだ。
 お笑いの猫ひろしさんがカンボジアの国籍を取って、マラソンでロンドンオリンピックを目指すと言う。実に、ホットな闘志だ。まさに、猫まっしぐら、である。
 数日前に名人位を失冠した羽生棋聖だが、昨日は棋聖戦のタイトル戦の第2局で深浦康一挑戦者を千日手、差し直しとなったが、200手を越す大接戦を制して2勝目をあげ、防衛にあと1勝とした。羽生棋聖の闘志は、依然として、ホットで健在である。
 今進行中のゴルフの全米女子プロ選手権で、二人の日本人がホットな闘志で頑張っている。今朝、既にホールアウトした宮里美香さんは、この日4アンダーで一気に順位を上げて12位タイ(4時50分現在)である。もう一人の上田桃子さんも、しっかりとホットな闘志でプレイ中で、前半を終って、美香さんと同じ順位で並んでいる。
 株主総会で、その指揮振りに異論が飛び出して物議の対象となった阪神の真弓明信監督だったが、ここのところの快進撃は凄い。ぐっと強さが増して勝ち星を重ねている。一昨日から始まった伝統の巨人戦にも二つ勝って意気揚々である。とりあえず、真弓監督の首は繋がったようで、阪神ファンはほっと(?)であろう。
 同じ指導者でも、菅総理の首は、ほっとどころではない。昨日は、復興構想会議(五百旗頭真議長)から、纏められた提言を受けたのだが、その内容はともかくとして、菅総理がこれを実行する指揮を執るのだろうか。今や、誰もついて来ないオーケストラの指揮者のようで、国民は、何時辞めるのだろうかとの不安な思いで見つめている。しかし、菅総理の気持ちとしては「やれるだけやるんだ。ほっといてくれ!」と言った開き直りの気分のようだ。いずれにしても、そんな不安な気分の中で、勝ち戦を指揮出来るのだろうか?

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時40分起床。体重、62.7Kg,お天気は、曇り空との予報だが、…。
 昨日の雅子は熱と痰に悩まされた一日だった。従って、車椅子での散歩も取り止め、憂鬱な一日だったと思う。筆者が、ベッドの傍を離れている度に、痰が口からこぼれ出て、雅子を苦しめていた。気の毒だった。

3.連載、難病との闘い(238) 第三部 施設、病院での介護生活(139)
  第七章 しつこい敵(2)

 1.退院はしたけれど(2)
 施設に戻ったその日に、初めて3階の部屋に案内された時だった。介護士さんから、それまでの4階とは違って、ここでは、ユニットの出入り口や各部屋には、鍵を掛けることにしているという説明を受けた。それというのも、この3階の入居者の中に、アルツハイマーや認知症のような症状が進んだ方が何人かおられるようで、勝手に歩き回って、外に出たり、他人部屋に入り込むようなことがあるので、それを避けるためだというのだった。
 その話を聞いて、3階への移動は、あまり気持ちのいい話ではなかったが、看護の観点を優先させた選択であって、止むを得ないと一考は思っていた。そして、現実に、その日のうちに起きた話だが、うっかり部屋の鍵をしていなかったために、突然、知らない方がすっと部屋に入って来られて、びっくりしたのであった。
 そんなちょっとした動揺はあったものの、翌日の8月1日からは、雅子の新たな戦いが始まっていた。同時に、一考のアクティバ琵琶通いも再開されたのである。この朝は、9時頃に雅子の部屋を訪れると、雅子は、ちょうど看護婦さん達に囲まれていて、珍しく目をしっかりと開いていた。入院中はずっとオムツで通してきたので、看護婦さん達が、トイレを使う方向に戻すかどうかで話し合っていたのである。しかし、今の雅子の状態では直ぐにトイレは難しいと判断し、当面はオムツで様子を見ることになった。
 施設に戻った翌日から、介護士さん達によって、一つのリハビリのメニューが試行された。それは、雅子を車椅子に乗せての館内散歩だった。寝たきりの状態の雅子だけに、車椅子に移してもらって、散歩をさせてもらうのは、体位を変える意味もあり、気分転換の意味もあって、効果的なリハビリの一つである。6週間に及ぶ長い入院生活で、ずっとベッドで寝たきりだった雅子だけに、貴重な試行だった。そして、そこで分かったのだが、それまでの普通の車椅子では、雅子の姿勢が安定せず、ひっくり返りそうになる心配があって、新たにリクライニング付きの車椅子が必要となった。指し当たっては、購入するのではなく、リースしたリクライニングの車椅子で様子を見ようと一考は思うのだった。
、8月3日に、関西地区にも、遅れていた梅雨明け宣言が漸く出された。気象庁が、この予報を始めて以来、1993年には、梅雨がずっとずれ込んでしまい、梅雨明け宣言をしなかったという例外があったようだが、それを除けば、今までで、最も遅い梅雨明け宣言だという。
 この日は、明日が一考の親父の月参り命日なので、時間を見計らってお墓参りを行なった。なるだけ花を絶やしたくないとの思いで、雅子が悪くなって以降は、少なくとも月2回程度のお墓参りを実施している。気持ちの問題なのだが、一度、そう決めた以上は、実行しないと随分と気になるものだ。
 さて、施設に戻って以降の雅子の症状だが、相変わらず、何となく冴えないのである。 確かに、痰の回数は減ってきていたが、熱は依然として続いていて、この日も37.4度もあった。氷枕などで冷やすことで一時的に下がるのだが、どちらかと言えば、高熱の時間の方がずっと長いようで、その上がり下がりに、一考は雅子の辛さを思い、心を痛めるのだった。
 また、下痢についても、依然として、治ってはおらず、その治癒のためのいろんな試行錯誤が行なわれ始めていた。例えば、栄養剤の投与の仕方をいろいろと変えてみて、最適な条件を見出そうとの努力も、その一つだった。
 いずれにしても、退院はしたけれど、なかなか、先の明るさが見え難い症状が続いていて、雅子はその辛さを、じっと堪えて頑張っているのだった。(以下、明日に続く)

1652 今週の喜怒哀楽(その4)

 毎日の生活を振り返ると、喜怒哀楽を実感させてくれるニュースや出来事がいっぱいだ。なお、今回から、このタイトルはシリーズ化したい。(注、1325回がその1、1378がその2、1482をその3とする。)

1.独り言コラム
 世界遺産として、東洋のガラパゴスと呼ばれている小笠原諸島の自然遺産が、ユネスコで正式に承認されたという。日本で4つ目の自然遺産である。申請しているもう一つの平泉の文化遺産については、目下審議中だというが、承認は確実のようで、これらが認められると、日本で16個目の世界遺産の誕生となるのだが、…。いずれにしても、小笠原諸島の承認は「喜」ばしいことだ。
 昨夜から、プロ野球は交流戦を終えて、レギュラーシーズンを再開した。関西では「嬉」しくて仕方がないのが、阪神とオリックスのファンだろう。阪神は岩田稔投手の好投、榎田大樹、小林宏の完璧な繋ぎ、そして抑えのエースの藤川球児の締めで、宿敵の巨人に堂々の快勝だったし、オリックスはロッテの追撃をかわして勝利し、待望の勝率5割に持ち込んだ。しかし、戦いはこれからで、まだまだ先は長い。
 中国が新幹線技術をアメリカに特許申請することを検討しているという。日本の技術を導入したものにも拘らず、その後の実用化で独自技術があるというのだが、とんでもない話である。そんな中国の姿勢には「怒」りさえ覚える。
 あの「コロンボ刑事」でおなじみだったピーターフォークさんが、カリフォルニア州の自宅で亡くなったという。古びたレインコート、うだつが上がらない容貌は、筆者にも似た面があって、とても愛着があった。享年83歳。多くの作品を、筆者は繰り返し随分に楽しませてもらった。「哀」しいお別れだが、…。
 美人職員を弄んだというあの原発対応で有名になった西山審議官の不倫が週刊誌にすっぱ抜かれた。あの無感情ないい加減な説明に終始するいい加減な男には愛想をつかせていたのだが、その裏では、私生活を随分と「楽」しんでいたのだ。有名にならねば、こんなスクープを食らうこともなかったのに。
 蛇足だが、今行なわれているゴルフの全米女子オープンで、日本人選手では上田桃子選手が10位タイ、宮里美香さんが40位タイで予選通過を確実(日本時間5時半現在)にしたが、宮里藍さんと野村はるさんが、目下予選通過ライン上で頑張っている。宮里藍さんが予選落ちと言うことにでもなれば、哀楽ではなく「藍落」となってしまう。洒落で済まされない。頑張って欲しい。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時50分起床。体重、62.4Kg.お天気は、台風の接近ではっきりしないようだ。今は、しっかり晴れているのだが、…。
 昨日の雅子は、いつもよりも痰が多くて苦しんだ。気の毒な日が続いている。

3.連載、難病との闘い(237) 第三部 施設、病院での介護生活(138)
  第七章 しつこい敵(1)

 1.退院はしたけれど(1)
 6週間ぶりの帰還だった。思いも寄らなかった入院、転院、大手術という今までにないビッグな展開となった入院生活は、雅子にとっては大変な試練でもあった。ともかくも、泣き面に蜂ではないが、新たに襲ってきた難敵と立ち向かい、何とか堪えてのアクティバ琵琶への帰還で、それは、凱旋というようなすっきりとしたものではなく、親からもらった胆嚢を切除し、パーキンソン病に苛まれながらの満身創痍での厳しい帰還だった。
 それでも、マイホームではないが、気分的には、今では自らの住まいに等しいセミマイホームの住処に戻れたことで、安堵感に裏打ちされた安らぎがあって、雅子もほっとしていただろうと思われる。もちろん、一考にとっても、やっと、落ち着いた生活が戻ってくれるという期待を抱いていた。
 雅子が戻った部屋は3階に変わっていた。痰の吸引と胃ろうを付けたことから、ナースセンターがある3階が少しでも看護がし易いという意味での部屋の移動だった。部屋の位置にも配慮頂いたようで、前の4階の部屋のほぼ真下付近の部屋が用意されていた。部屋の広さ、レイアウトなどは全く同じである。
 さし当たっては荷物の移動が必要だった。幸いなことに、それまでに、おせわになった介護士さんたちが手伝って下さって、その日のうちに、さしあたっての必要なものは整った。電気マッサージ椅子とか、冷蔵庫のような大きなものは、施設の男の方が台車で運んでくれた。こうして、二日目の昼前には、以前とほぼ同じ環境を回復することが出来た。なお、電子レンジは、今までにもほとんど使った実績もなかったが、今後は胃ろうでの栄養剤の注入になるので、不要になるということで自宅に持ち帰った。
 雅子のために買ったもの、用意したものが、こうして、雅子の症状の悪化に伴って、一つずつ不必要になって行くのが、一考にはとても悲しいことだった。あの電子照射機器のドクタートロンから始まって、ウオッシュレットつきトイレ、入浴に必要な幾つかの器具、更には簡易トイレなど数え切ないくらい数多くあった。流動食を食べさせ易いということで入院直前に買った「食べラック」は、一度も使用することなく不要になってしまったのには、何とも言えない虚しさがあった。
 ちょっぴり辛かったのは、部屋のフロアーが変わったことで、入居以来ずっとお世話になり、親しくして頂いていた何人かの介護士さんたちと別れなければならないことだった。それは、各フロアーで介護担当者が分けられているからで、止むを得ないことだったが、優しく命のサポートを頂戴した方々への名残惜しさ、切なさなどは、雅子には少なからず堪えるものだった。一考は、雅子の複雑な胸中を忖度しながら、自分も何となく寂しさを覚えるのだった。(以下、明日に続く)

1651 Qさま/菅さま

 前者は、真面目な知識を競うテレ朝のクイズ番組だ。Qさまの意味は、クイズさま~ず、の略だという。後者は頑張り屋の菅総理のことで、白鵬のようななかなかの粘り腰の持ち主だ。

1.独り言コラム
 クイズ番組もいろいろあるが、この番組は結構レベルの高いクイズ内容で、出演者が真面目に戦うところが面白い。お笑い出身のロザン宇治原氏を一躍有名にしたのが、一連のクイズ番組だが、中でもこのクイズでの同氏の真剣な取り組み姿勢は、なかなか魅力的だった。時間に迫られながら、何とか正解を引っ張り出そうとしているスリルは見ていても興奮する事がある。最近、チームの他のメンバーがうっかり間違えると、少し切れたりすることがあるが、それも真面目さの裏返しであって面白い。
 宇治原氏は、京大を受験する時からお笑いの道に進もうと決めていたというのだが、ちょうど、同氏にぴったりのクイズ番組が全盛のタイミングだったのが、同氏には幸いだったと思う。そうではなく、本当にお笑いの道に進んでいたら、今のようなブレークはなかったと思う。人間、何が幸いするか分からないところが面白い。
 さて、筆者はこの番組のファンだ。好きなタレントを挙げてみよう。(以下、敬称略)、このロザン宇治原(史規)以外では、辰巳琢郎、松尾依里佳らの京大卒メンバー、ベテランの宮崎美子、八田亜矢子、若手の村井美樹、三浦奈保子さんらもなかなか魅力的だ。また、不倫問題が明るみに出るまでは、麻木久仁子のファンでもあったが、今はイメージダウンである。
 クイズの強さからは、やくみつる、ロバート・キャンベル、シンデレラの畠山健などが凄い実力者だ。びっくりするのが、元フジテレビのアナウンサーだった有賀さつきさんだ。この人の印象は、かつて、「旧中山道」を「一日じゅう、山中」と読んだことがあって、「あっと」驚いた記憶がある。それにもかかわらず、今は漢字には凄く強く、漢字検定准一級の資格をもっているという。結構頑張ったのだなあと、驚いている。
 ついこの間の放映では、モーニングバードの羽鳥慎一さんや赤江珠緒さんらが出ていたが、赤江さんは前から筆者はファンだった。なかなか魅力的で、知的で筆者好みの美人タレントで、この種の番組でも卒なくこなしていた。注目の羽鳥さんも、見た目以上に物知りで博学さを披露していた。
 とにかくQさまは楽しいクイズ番組だ。それに対して、このところの菅さまだが、なかなかの粘り腰で、その頑張りは凄い。とにかく70日間総理の命は延びた。こうなったら、所詮、誰がやっても同じだから、一層のこと菅様を応援しちゃおうかなあ、なんて思う今日この頃だ。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時50分起床。体重、62.4Kg.お天気は、今日はいい天気だという。しかし、最近のローカルの天気予報の精度は極めて悪いので、どうなることやら、…。
 昨日の雅子は、痰には悩まされていたが、それ以外の症状は安定していた、夕方、栄養剤注入時の顔つきは、非常に綺麗でなかなかいい顔をしていた。こんな厳しい病気なのが気の毒すぎる。神様は結構意地悪(?)だなあ。

3.連載、難病との闘い(236) 第三部 施設、病院での介護生活(137)
  第六章 緊急入院(33)

  (3)いざ勝負 (その12)
 術後9日目、退院を翌日に控えた7月30日には、その準備の一環で、夕方の4時半頃からは、神経内科の春日先生に時間をもらって面談した。その際には、今回の入院に際しての一連のご配慮にお礼を申し上げると同時に、今後の引き続きの診断、お薬の手配などのお願いをした。差し当たってのお薬は、明日の退院直前に届けてもらうことになった。その後は、保険金申請用の診断書作成の依頼、明日の支払いの手順などの事務手続きの確認などを行なった。
 かくして、準備の方は万事順調だったが、しつこい痰と繰り返す発熱が雅子を苦しめていた。このまま、退院して大丈夫なのかという不安は、依然として消え去っていなかった。
 結果的にみれば、施設に戻ってからも、この痰と熱にずっと痛めつけられることになるのだが、一考にはこの先もずっとしつこく、そんな症状が続くとは知る由もなかった。
 さて、いよいよ、雅子にとっては、セミホームグランドであるアクティバ琵琶に、6週間ぶりに戻る日が訪れた。7月31日である。
 この日、一考は早朝に車でアクティバ琵琶に向かい、そこの駐車場に車を置いて、電車で京都に出て10時少し前に武田病院に入った。この日の帰りのことを考えての配車準備である。
 病院に着くと、早速持ってきた大きな鞄と紙袋に荷物を詰め込み、下準備を行なった。雅子は、10時過ぎには、シャワーを浴びさせてもらい退院に備えた。一考も、昼頃にはいろんな手続きが重なることから少し早めに昼食を取った。その際、直ぐには車を運転しなくてもいいということから、少しビールを飲んだ。それは、一人だけのちょっとした退院祝いのつもりだった。
 昼前には、三井先生が顔を出されたので、今後の胃ろうの交換などについての確認を行なった。それによると、わざわざこの病院に来る必要はない。標準タイプのものを使っているので、近くの病院でやってもらうのがいいでしょうということだった。
 支払い、お薬の入手などを終え、ほっとして車を待った。この日の雅子は、何故か涙ぐむことが多く見られた。看護婦さんから声を掛けられて「帰れますね」なんて言われると、涙の量が増えるのだった。やはり、ここで3週間に渡ってお世話になったことに対する感謝の気持ちが強かったのかもしれない。また、本人がどこまで、今回の手術の難しさに気付いていたかは分からないが、周囲の雰囲気で、それなりに察していただろうから、そういう意味から、無事にこの病院を退院できることへの有り難さを思っての涙だったのかもしれない。いずれにしても、心優しい雅子だけに、ちょっとしたことにも心が揺らいでいたのだろう。
 2時前になって、迎えの車が来た。そこに居合わせた看護婦長を始め何人かの看護婦さんが見送ってくれた。一考は丁重にお礼と感謝の気持ちを伝えて病院を出た。車は武田病院が手配してくれたもので、費用はてっきり武田病院持ちだ解釈していたのだが、とんでもない早とちりで、単に介護タクシーを手配してくれたに過ぎなかった。途中で運転手さんとお話していて気付いたが、もう後の祀りだった。
 平成21年7月31日3時過ぎ、雅子はアクティバ琵琶に戻った。随分と高額の介護タクシー費用を支払わねばならなかったが、確認しなかった一考のうかつさが仇だった。(以下、明日に続く)

1650 羽生マジック不発

 スポーツやゲームは筋書きの無いドラマと言われるが、何事も、なかなか思うようには展開しないのが世の常である。

1.独り言コラム
 羽生マジックは不発に終わり、名人戦の舞台での3連敗4連勝の夢の大逆転劇は実現しなかった。盛り上がった今期名人戦の最終局は終始リードしていた森内挑戦者が堂々と勝ち切って、4年ぶり6期目の名人位に復位した。
最終局の戦いは、昨日の二日目の夕食休憩辺りでは、羽生名人の怪しげな追い上げもあって、羽生ファンには、若しかしたらの淡い期待を抱かせたのだったが、一歩及ばなかった。両者が永世名人の称号を得てからの初めての名人戦での激突となって注目された今シリーズだったが、結果的には、第十八世永世名人が第十九世永世名人を下して面目を保ったドラマティックな重みのある結果となった。
 なお、来年の挑戦者を決めるA級順位戦は、一足早く始まっていて、来年は受けて立つ立場の森内名人が大の苦手とする渡辺明竜王が、一回戦で郷田九段を破って幸先よいスタートを切っている。誠に気の早い話だが、若し渡辺竜王が挑戦者に登場することになれば、棋界も新しい時代の到来を告げることになるだろう、と書くと、鬼が笑い転げることになる。
 さて、国会は70日間の会期延長を決めた。水面下の交渉はマジック並みの騙し合いのようなものだった。あの菅総理への不信任案が出された頃には、会期は延長しないとしていた菅総理が、一転して、年内いっぱいの延長を口走ってみたりしていたが、その後、延長期間を巡っては、50日→120日→70日といった具合に猫の目のようにくるくる変わった末での結論だった。そこには、菅総理の想定外の総理の座への執着が強かったからである。政治劇は、本当に一寸先は闇であり、筋書き通りには進まない。
 ところで、先ごろ、大震災、大津波が起きた直後の原発各機での対応のドギュメントが明らかにされたが、それに見ると、電源を失った現場での懸命の対応作業が生々しく描かれていて、ちょっとした感動を覚えた。それを見る限り、明らかに翌朝の菅総理が現場に乗り込んだ対応は、緊迫下での現場の必死の対応に邪魔だったことが浮き彫りになっていた。トップが現場に乗り込むと言う率先振りを訴えたかった菅総理の狙いは、マジックのネタ割れのようで、虚しく、却って現場の足手纏いとなって爆発事故を防げない結果に結びついたようで、如何にも拙いドラの筋書きとなった。
 ドラマといえば、今年の大河ドラマの「江~、姫たちの戦国~」の舞台となった滋賀県では、観光面で大当たりになっているという。例えば、小谷城址では既に10万人を数える観光客に恵まれ、例年の4倍だという。「江」のマジックがなした効果というべきかもしれない。ここでは、筋書き通り以上の展開で、大河ドラマ様々である、という。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 1時50分一旦、目覚め。体重、62.1Kg.お天気は、今日もすっきりしない、鬱っとしい梅雨の典型的な空模様のようだ。
 昨日の雅子も、このところ症状としては落ち着いているが、寝たきり状態の時間が増えている。午後の車椅子での散歩でも、ほとんど目を開けない。というよりは、目を開けるのが大儀になっているのかも知れない。
 名人戦の衛星中継をを見たいので、雅子に了解を取って、少し早目に(4時半過ぎ)に病院を出た。

3.連載、難病との闘い(235) 第三部 施設、病院での介護生活(136)
  第六章 緊急入院(32)

  (3)いざ勝負 (その11)
 翌日の回診時、三井先生は、腹部の切開した位置を少し右側にずらせた理由を説明して下った。そういえば、この時点までに、一考はその手術の跡を見ていなかったのだ。能天気だったとも言える。先生の説明では、胃ろうの位置との関係で、重ならないように配慮して少しずらせたからだと云う。そして、この日まで着けられていた胆汁を抜き取るドレインチューブが、もう必要がないということで抜き取られた。先日の鼻からのチューブの抜き取りと同様で、ビルの建設工事で、完成後にそれまで使ったクレーンや外枠などを順次外してゆく作業に似ていた。
 この回診後、お昼前に雅子は元の大部屋に戻った。かくして、いわゆる当面の危機が去ったということになる。こうして、雅子が元の場所に落ち着いたことを確認して、一考は急遽、アクティバに顔を出すことにした。この度の一連も手術の報告と近い将来に、アクティバで受け入れてもらうことを確認しておく必要があると思ったからである。
 アクティバの看護課長は、無事手術が終ったことに「よかったですね」と一考にその喜びの言葉をくれた後、胃ろうが使えることになったので、この施設に戻る条件は満たされていると伝えながら、ナースの部屋が3階にあることから、今までの4階の部屋よりは3階の方が対応し易いので、部屋を移って頂くことになるかも知れないとのことだった。
 話を終えて武田病院に戻ると、実姉の霧子さんが見舞いに来てくれていた。元気という訳ではないが、元の状態に戻れたことを、霧子さんも自分の目で確かめて、ほっとして戻って行った。しかし、雅子の症状は、栄養剤がまだ体質に合っていないようで、好ましくない下痢が続いていたので、その投与のスピードなどの調整をしたりして、栄養剤投与の最適条件を見出そうとの検討が試行されていた。
 翌日の午後、長男の太郎が見舞いにやってきた。この日は千葉を朝早く出たようで、お昼を少し過ぎての病院着だったので、前回と同様に近くの地下街で二人で昼食をした。ついこの前に、色々話していたので話題は多くはなかったが、それでも、今回の手術の時の不安について、少し大袈裟だったかも知れないがこと細かく話してやった。
 太郎は間合いを計るように、この前と同じように、途中で一人で病室に戻り、雅子の様子を見舞った。どうやら、痰が詰まっていたようだったので、看護婦さんを呼んで取ってもらったという。この時、ちょうど先生も来られて、胃ろうを少し緩められたようだったという。その後、3時頃になると時間だということで、千葉に戻って行った。
 7月28日になって、三井先生から、漸く退院の正式な許可が出た。一考は、ほっとしたものの、未だに熱と痰で悩まされている雅子の症状を見ていて、もう大丈夫なのかという心配があった。それでも、施設のアクティバ琵琶と連絡を取って、受け入れの確認を行い、月末の31日の1時に退院することを決めた。(以下、明日に続く)

1649 拘り

 何かに拘る、ということはよくあることである。いい意味での拘りは、活性化に繋がり歓迎だが、踏ん切りの悪い拘りには手を焼くことになる。

1、独り言コラム
 国会は、今日が通常国会の最終日だが、会期の延長を巡って、官邸内、そして与野党間での水面下でのやり取りが繰り返されている。今朝の情報では、どうやら、70日間の会期延長となる模様だが、未だにはっきりしていない。その最大の理由が、菅直人総理が未だにやる気いっぱいで総理の座に拘っているからである。あの不信任案を否決した日、直前の代議士会で辞任を示唆したことで土壇場の逆転否決を確保してから、はや3週間になるが、菅直人の拘りは一筋縄ではないようだ。
 6回目を迎えた女子サッカーのワールドカップのドイツ大会に出場する、なでしこジャパンの日本代表メンバーがドイツに向けて出発した。今年のなでしこジャパンは、世界ランクも4位で、一段と強化されていて意欲満々だし、その期待も大きい。安藤梢、永里優季らの若い力の活躍が期待されていて、4位以上を狙いたいとしている。出発に際し、キャプテンの沢穂希さんは「結果に拘りたい」との強い意欲を見せていた。
 結果に拘るといえば、フルセットに縺れ込んだ今期の将棋名人戦だが、その最終局が昨日から山梨県の甲府市で始まった。出だし3連勝の森内俊之挑戦者に対し、かど番になって3連勝を返した羽生名人の二人が、互いに永世名人の名誉をかけて対局中で、今日中にその決着が着く。名人戦で初めてである羽生名人の3連敗4連勝の大逆転劇が見られるのか、はたまた、森内第十八世永世名人が、十九世永世名人を突き放すか、永世名人同士の拘りにも興味は尽きない。昨日の振り駒で森内挑戦者が先手となって、今期三度目の横歩取りの激しい局面になっている。解説者の話では、先手の森内がやや指しやすいと見る向きがあるが、二人の名人位への拘りが、盤上に炸裂しているといった感じで、最後まで予断を許さないだろう。終盤での羽生マジックが出るか否かが勝負を分けることになろう。
 胸の筋肉を痛めてその回復に努めていたあの斉藤佑樹投手が、昨日の二軍戦に登板し7回を投げてそこそこの結果を残し、いよいよ、拘りの一軍に戻って来ると言う。今期早稲田大からのプロ入りした注目の3人の投手の中で、広島に入団した福井優也投手がずっとローテンションに入って頑張っているだけに、斉藤佑樹投手も一軍への拘りが大きいのが分かる。来る29日のロッテ戦に登板が予定されているという。それにしても、西武入りした大石達也投手は、今どうしているのだろうか。
 全米オープンに出場した石川遼選手が帰国した。メジャーに拘って頑張った結果、30位という今までの最上位の成績を残したが、日本のファンからは今一つの出来だったと思う。これからは、国内ツアーで今季の賞金王に拘って頑張ってもらいたい。果たしてどんな結果を残すのだろうか。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時50分起床。体重、62.4Kg.お天気は予報は午後には雨で、今日もすっきりしない。
 昨日の雅子も、症状は比較的落ち着いていた。一時、お薬の変更によると思われる体の震えと発汗があって心配したが、このところは出ていない。眠っている時と起きている時が半々といった雅子の一日である。

3.連載、難病との闘い(234) 第三部 施設、病院での介護生活(135)
  第六章 緊急入院(31)

  (3)いざ勝負 (その10)
 先生に挨拶を終えて、少し、落ち着きが戻った一考は、改めて「問題の人工呼吸器は何時頃外して頂いたのでしょうか?」と当事者であるご本人に伺った。それに対し先生は「10時過ぎに、自己呼吸が通常状態に戻って来ていることが確認できたので、その時点で外して、暫く様子を確認した上で、11時頃にこの部屋に戻した」という説明だった。そして「今のところは各機能とも順調だ」と付け加えられた。一考は、改めて、三井先生に丁重な感謝の意を表した。
 実兄の祐一さんや実姉の霧子さん、それに二人の息子達に、この結果を伝えようと部屋を出ると、婦長を始め、それまでお世話になった多くの看護婦さん達から、「戻って来られて良かったですね」と労いの声を掛けられた。その度ごとに、一考は、嬉しさを覚えると共に、その胸中に込み上げてくる熱いもの感じていた。
 結果を聞いた裕一さん、霧子さんは共にほっとされた様子が受話器から伝わってきた。裕一さんは、直ぐにこちらに顔を出すという。開業していて多忙な方だが、妹のことにこれだけ時間を割いてくださることに、一考は一目も、二目も置くのだった。大変な妹思いの兄である。若し、立場を変えて、自分の妹の場合だったら、一考はそんなにも丁寧なお見舞いをするだろうかと不安に思うのだった。
 一方、息子達の反応だが、長男は直ぐには電話には出なかったが、折り返しの電話があった。次男には自宅の嫁に伝えた。恐らく、ホットラインで伝えてくれるのだろう。二人とも、一考の報告にほっとしていた。
 裕一さんは、3時頃に顔を出された。ちょうど先生が顔を出されていたので、二人で話し合っておられた。「挿管がうまくいったのが幸いだった」とか「未だに唾液が誤飲されている」とか「肺炎は治っている」といったような先生の言葉が聞こえたが、暫くは、医者同士の二人での会話だった。裕一さんは、雅子の手を握って声を掛けられ、30分ほどして戻って行かれた。
 翌日の午前中の三井先生の回診で、今まで使っていた鼻から胃に通してあるチューブの抜き取りが行なわれた。思えば、6月19日の琵琶湖大橋病院の入院日に取り付けられたもので、1ヶ月あまりに渡ってお世話になったものである。差し当たっては、そのチューブにもお礼を言っておくべきかなと一考は思うのだった。この回診で、それまで管理用に接続されていた体温、血圧などのリアルタイムでの各種計測器も、もう大丈夫ということで外された。快方に向かってのこの種の取り外しは、快感さえ覚える嬉しいお別れでもある。難関を一歩、一歩乗り越えて来ているとの実感があっての快感である。暫くして住友外科部長がお見えになったので、一考は、改めてしっかりとお礼を申し述べた。
 午後1時頃から、胃ろうを使っての初めての栄養剤の投与が行なわれた。雅子は、眠ったような感じでこれを受けていた。
 この日の夕方になって三井先生が回って来られて、近いうちに退院が可能だとコメントされた。雅子の頑張りが、やっとその成果に繋がりそうで、一考もほっとした気分になるのだった。(以下、明日に続く)

1648 あの話 どうなった?

 わっと騒いだ話題も気がつくとすっかり消えてしまっているといったことは多い。笑って済ませる話もあるが、時には怒りを覚える話もある。

1.独り言コラム
 一昨日で高速道路料金の土日1000円や幾つかのローカル路線で行われていた無料化実験は終了した。その一方で東北地方の被災地の高速道路料金は、被災者に限り無料となった。復興財源に充てるためだという。それにしても、選挙前の民主党のマニフェストで、高速道路は全て無料化にすると喚いていた民主党の政策はどうなっているのだろうか。これでは、高速ではなく、姑息な道路政策だと揶揄されることになろう。
 いずれにしても、民主党のマニフェストは子供手当などのかっこいい政策を挙げていて、その財源と聞かれると、特別予算を含めた予算の組み直しで総点検すれば、10から20%の無駄が出て来るはずで、そんなのは屁でもないと豪語していた。そして、その財源探しに、事業仕分会議が行われ、一時は国民の大きな関心を惹いた。しかし、結果は、大山鳴動して鼠一匹に過ぎなかった。唯一の成果は、あの蓮舫氏の名言(迷言)「二番では何故いけないんですか?」といった馬鹿げた質問を引き出しただけだった。
 その時の槍玉に上がったスパコン(スーパーコンピューター)の話しだが、昨日、日本の「京」(富士通と理化学研究所が製作)が、ドイツで開催中のスパコンに関する国際会議で、演算速度が世界一を奪回したことが分かった。それに対し、蓮舫氏は「極めて明るいニュースで、関係者の努力に対し心から敬意を表したい。国民の税金を使っているのだから、ナンバーワンになることだけが目的化しないように…」としゃあしゃあとコメントしているが、いい加減な同氏の話しに開いた口が塞がらない。
 昨日の昼休みに食事から病院に戻って来ると、病院の裏側の真野川に沿った細い道路で、警察のパトカーが止まっていて、川沿いに駐車している2台の車に対し、駐車違反の書類を作成しているところだった。その場所はいつも車が駐車していて、筆者は公認の駐車場だとさえ思っていたのだが、…。そういえば、数年前だったと思うが、ちょっとした駐車にも、ピリピリした取り締まりが行われ、徹底した摘発が話題になった。筆者も大津京駅前に車を止めて、指定券を購入して戻って来たらちょうどその書類を作成中だったので、勘弁してもらった経験がある。あれほど厳しく管理し始めていた駐車違反の摘発は、今はどうなったのであろうか。
 一時騒いだ赤ちゃんポストの話題も気掛かりだった。当時、熊本の慈恵病院が取った対応に、コラムニストの勝谷誠彦氏は、そんなことをすれば、今に、赤ちゃんの捨て子で、日本はいっぱいになるのではと自分のブログで怒りをあらわにしていた。そこで最近の状況を確認すると、2010年度は18人の預け入れがあり、今までの4年間の総計で75人に上っているという。これを多いと見るか、どうかは見解の分かれるところだが、筆者は、それほど無茶苦茶に多いとは思わない。貴重な命が救われたと見るのがいいのではなかろうか。大事なことが、この事実を若者を始め、国民がしっかりと捉えて、自己啓発する事だと思う。
 ところで、気になっているのは、あの東シナ海での中国漁船衝突事件でのビデオで、公開されていない部分に、船長を逮捕した映像もあるはずだと言われていたが、その映像を流し、一躍ヒーローになった一色正春がテレビに出るようになっても、その話は全く出て来ていない。そのようなビデオ映像はなかったのだろうか? 気になるところである。
 震災後、計画停電という聞きなれぬ言葉が唐突に突きつけられて、混乱だけを残し、あっという間に消えてしまった。あの東電の対応は、いったい、何だったのだろうか。その他にも、オバマ大統領で一時騒いだ福井県の小浜市、外国人から献金を受けていた菅直人総理の話も然りである。この世の中は、そう言う目で見ると、極めていい加減なことが多い国だと言いたい。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時半起床。体重、62.2Kg.お天気はどうやら回復するようだ。
 昨日の雅子も、比較的安定した症状だった。最近では夕方の注入食が進むと軽く眠ってしまうので、これ幸いと帰宅することにしている。というのは、眠ってしまえば、震えは無くなるし、痰の出方も抑えられるからである。

3.連載、難病との闘い(233) 第三部 施設、病院での介護生活(134)
  第六章 緊急入院(30)

  (3)いざ勝負 (その9)
 それにしても、三井先生の事前の告知は、少し大袈裟過ぎたのではなかろうか。リスクの大きさを告げる必要はあったとしても、あまりにも執拗過ぎたと一考は思うのだった。それだけ、三井先生が真面目だったというのが正しい表現かもしれないが、それも、場合によっては有難迷惑なことにもなる。
 「何時頃だったのでしょうか? その人工呼吸器が外されたのは」ゆとりが出てきた一考は、その辺りのことを知っておこうと踏み込んだ。
 「10時半過ぎだったと思いますよ」看護婦さんの返答は、相変わらずの淡々とした口調に終始していた。10時半過ぎといえば、一考が眼科医院での診察を終えて駅に向かっているタイミングで、その途中で、一部が欠けた太陽を見上げていた頃である。一考は、あたかも太陽が自らの身を削って、雅子を守ってくれたのではと思うのだった。
 顔をほころばせながら、看護婦さんに、改めて丁重なお礼を述べた一考は、6階のリカバリールームに向かうべく、近くにあるエレベーターのボタンをゆっくりと押した。
 久し振りに充足感に満ちた気持ちで6階に着くと、ナースステーションに居た婦長さんが、「戻って来ておられてますよ」と明るく伝えてくれので、一考は雅子の居るリカバリールーム室に急いだ。
 その部屋は、ナースステーションに直結した隣の部屋だった。4つのベッドが置かれていて、雅子のベッドは部屋に入った右側の廊下サイドのスペースに置かれていて、雅子が静かに横たわっているのが見えた。
 部屋に入るや、一考は直ぐに雅子のベッドに近寄った。雅子の様子は、手術前の状態よりも顔色もよく見え、落ち着いているように思われた。「よかったね!」と声を掛けると無表情の中に、肌つや、呼吸の仕方などから、しっかりと生きているという証が認められ、一考は、本当に良かったと心から戻って来られた喜びを噛み締めるのだった。そして「よく頑張ったぞ」と労いの言葉を掛けてやった。正直言えば、昨夜は、眠りに着くまでは、若しかしたら、その手術が彼女をあちらの世界に送り込んでしまうことになるのではとのちょっとした不安を覚えていた。
 ベッド脇には、雅子のリアルタイムの基礎データが表示されているディスプレイがあった。それによると、血圧が95(Max)57(Min)、酸素指数が100、脈拍が78、呼吸が24と出ている。大部屋ではこのような生のデータは採られていないが、このリカバリールームではそれが常時表示されているのだ。雅子も薄目を開けて一考の顔を見ているようだった。その表情は充分に落ち着いていた。
 ふと気がつくと、筋向いのベッドの傍に、手術を担当された三井先生がおられて、じっとこちらの方に視線を送っておられたのである。一考は、気がつくと直ちに先生の方に向き直って、繰り返し、心から感謝の気持ちを伝えた。先生は、極めて正直な方で、昨日の手術を終った段階では、「まだこれからだ」と厳しい顔での応対だったが、さすがにこの段階では、その厳しさは消えていて、穏やかな顔で、余計な言葉を挟まずに黙って頷いておられた。
 その時、突然に一考の頭の中に、昔のヒット曲である大津美子の「ここに幸あり」のリズムと「嵐も吹けば、雨も降る、…」の歌詞が浮んで来ていた。思わず心の中で口ずさみながら、一考は、今の小さな幸せを実感するのだった。(以下、明日に続く)

1647 顔も見たくない

 嫌われ方の最高級レベルの表現の一例だろう。ここまで言われるとショックだが、自分から言うのは快感なのかもしれない。

1.独り言コラム
 もう半世紀以上の前のヒット曲に、「人形の家」というのがあった。歌ったのは弘田三枝子さんで、作詞はヒットメーカーの「なかにし礼」さんである。筆者は、その時に、思わず思い出したのが、その出だしの歌詞で、「顔も見たくないほど、あなたに嫌われるなんて、とても信じられない。…」という部分である。
 その時というのは、数日前に、国会内で行なわれた「再生可能エネルギー促進法案成立、緊急集会」に急遽出席した菅総理は、この課題に積極的な孫社長らを前に「国会には、菅の顔も見たくないという人が、結構沢山いる」と言った後に、狂ったように「本当に見たくないのか」というフレーズをしつこく三回も繰り返した時である。聞くに堪えない演説にも関わらず、本人は笑っていた。開き直った強気の姿勢で、どうやら、このまま総理の座に居座り続けるつもりのようだ。震災地では、未だに瓦礫の処理に手を焼いているが、菅総理こそが、もっとも厄介な震災の瓦礫だと揶揄する人は多い。
 震災地で手を焼いているのは瓦礫だけではない。高濃度汚染水、それに放射能で汚染された土壌である。災害から100日が過ぎたが、未だにそれらの対応に四苦八苦だ。幸か不幸か、放射能の顔は見えないだけに、顔も見たくないとは言わないが、被災者の心境はそれ以上のものであることは確かである。懸命な対応が行われている中で、希望の光の一つが、汚染水浄化処理循環冷却システムだったが、やっとのことで、それが稼動し始めた数時間後に想定外のフィルターへの汚染が激しく、稼動はストップした。汚染水の保管スペースがなくなって来ており、その対応にも四苦八苦である。加えて、各地で汚染度が測定され始めていて、高濃度汚染地域での土壌を除去する対応は、更なる厄介な問題になっている。恐らく多くの被災者は、原発の顔も見たくないと思っているだろう。
 昨日は、プロ野球交流戦の最終日だったが、この日が誕生日の阪神の藤井彰人選手の大活躍で、前日のコールド負けを喫した楽天を撃破し、その鬱憤を晴らした快勝だった。藤井選手といえば、昨年までは楽天の一員だったのだが、シーズンオフの城島選手の手術で、その穴埋めの補強にトレードで阪神に迎えられたのだが、意外な早い城島選手の復帰で出番がなかったのだ。そう言う意味では、藤井選手にとっては、一時は顔も見たくなかった相手は城島選手だったかも知れない(笑い?)。また、自分をトレードの出した張本人ということから、顔も見たくないはずの星野仙一監督の前で、しっかりとお返しできたことに溜飲を下ろしたことだったろう。
 先の菅内閣不信任案採決の際に、事前に賛成投票の意思表示していながら、土壇場で裏切った原口一博氏が昨日の「たかじんのそこまで言って委員会」に顔を出していた。先の選挙の際には、小沢一郎氏から500万円をもらっていて、筆者は、それらの行動に納得出来ないことで、同氏の顔は見たくなくなった人の一人である。しかも、番組では、堂々と次の総理は自分がやるなんて言っていたから、尚更、腹立たしい気持ちで番組を斜めに見ていた。原口氏よ、いい加減にしろ である。
 ところで、誰でもそうだと思うが、長い人生を振り返ってみると、顔も見たくないと思った人は何人かいて面白くなかった日々を送ったこともあったものたが、逆に見れば、その人たちの存在で人生が味わい深いものになったのも事実である。人間万事塞翁が馬である。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時50分起床。体重、62.2Kg.お天気は今日も雨模様ですっきりしない?
 昨日の雅子も、幸い午後の震えは見られなかった。どうやら、数日前の症状は一時的なものだったのだろう。それでも、お薬の量の変更とは何らかの因果関係はあるのではと見ている。痰は依然として多く、我慢していることが多いようだ。朝でも、筆者が顔を出すと、我慢の限界のようで、直ぐに看護婦さんを呼んで吸引してもらうことが多い。

3.連載、難病との闘い(232) 第三部 施設、病院での介護生活(133)
  第六章 緊急入院(29)

  (3)いざ勝負 (その8)
 翌日、一刻も早く雅子の様子を知りたいとの気持ちが強かった一考だったが、武田病院のICU室での面会は正午からとなっていたので、仕方なく、午前中は、郵便局や市役所での雑用を済ませ、その後に、近くの眼科病院に行って診察を受けた。ここに来ての視力の低下は著しく、将来のことを考えると大いに心配だったことと、何んとなく目にやにが溜まるようで、見難くなることが多く、一度看てもらうのがいいと思ったからだ。検査の結果、、特に問題はないが、少しアレルギー気味だということで、それ用の目薬をもらった。加えて、読書用の眼鏡を作るのを勧めてくれた。
 この日、日本中で話題になった皆既日食があった日で、眼科医を出て駅に向かって歩いていると、雲の割れ目から姿を覗かせている太陽を見上げている何人かを見て、一考も歩きながら、同様に見上げてみた。そして、確かに部分食が起きているのを確認した。報道では、わざわざ、悪石島など皆既食の見られる地域へツアーに出かけた方が多かったようだが、その大半は生憎の悪天候で、空振りをした観光客が多かったようだ。
 さて、一考が満を持して武田病院に着いたのは12時少し前だった。雅子がどんな状態でいるのかと改めて頭の中で想像をしてみた。多分、昨日見た状態でまだベッドに横たわっているのだろうと考えていた。
 時刻が12時を過ぎたのを確認して、ICUのある2階に駆けつけると、既に二組の方々が先着しておられた。一考は、先の方がボタンを押して中の係りの方を呼び出しているのを横目に見て、暫くはその成り行きを窺っていた。しかし、その方の場合は、まだ準備ができていないようで、一考に先にどうぞと云うサインを送ってくれた。一考は、会釈しながら、もう一組の方の様子を窺ったが、こちらの方も「どうぞ」といった感じだったので、遠慮がちにゆっくりと歩み出て、少し緊張を覚えながら呼び出しボタンを押した。中からは、直ぐに、訪問者の確認をする呼び掛けがあったので、「相坂雅子の連れ合い」だと少し口ごもりながら答えた。「連れ合い」という言葉に慣れていないこともあって、思わず口ごもってしまった。それだけ、緊張していたのだろう。
 直ぐに、そのドアが開いて、すらっとした優しそうで気品を感じさせる看護婦さんが顔を出した。前日の手術に立ち合われた方とは別の看護婦さんだった。
 「相坂雅子さんは、既に6階のリカバリールームに移動されておられます」彼女は何事もなかったような淡々とした口調で、そう教えてくれたのである。全くの想定外の返答に、一考は、一瞬、きつねに騙されたような変な気分になった。まだ、このICU室にいるものとばかり考えていた訳で、看護婦さんのその返答に、前夜から一考の頭の中をずっと占有していた重苦しい気持ちが、一気に雲散霧消し、それが歓喜の思いに変わった瞬間だった。
 「それでは、人工呼吸器は無難に外すことが出来たのですね?」胸をときめかせながら、一考は最も気していたことを確認した。それに対し、彼女は少し微笑んで「そうです」とここでも何事もなかったような返事をくれたのだ。その望外の嬉しい返答に、一考は、小躍りするように弾んだ気持ちになっだった。
 長い人生の中で、ある一言で救われたということを経験することはあるが、彼女が伝えてくれた、簡単なこの「そうです」という言葉は、一考には安堵を確定させるてくれた究極の一言だった。つい少し前まで、どうなるのかとの大変な心配が杞憂となった瞬間で、難しい試験に合格した時の喜び以上で、天にも昇ってしまいそうなの喜びだった。(以下、明日に続く)

1646 鉄則

 その道の厳しい決まりで、言ってみれば、その道の常識なのだが、これを犯す事例もよくある。意表を突くのはいいとしても、うかつな鉄則破りは信頼をなくす。

1.独り言コラム
 自民党の石破茂政調会長が、自党の幹事長、石原伸晃氏に不快感をあらわにしている。それは、石原氏が政治家同士の信頼の鉄則を逸脱し、自らの講演の中で、それを暴露する話をしたことへの怒りである。具体的には「玄葉氏が、自ら辞表を出しても菅総理の辞任を説得したい」といった内容で、石破―玄葉の信頼関係にミソを付けた格好となったし、石破―石原の信頼関係にも大きな亀裂を与えたことになる。
 この話しに、筆者は、第一次小泉内閣で国交大臣に抜擢された石原氏が、当時の日本道路公団の藤井総裁との話しの内容をテレビ番組で明らかにした事件を思い出した。その時にも感じたのだが、石原伸晃氏は、政治家の鉄則である「そこまで言ってはいけない」という基本的な常識を逸脱することが多く、政治家として不適格な一面を持っている。一般的には、同氏は将来を嘱望された政治家の一人だが、筆者は、そのような同氏の言動から、将来の総理候補としては失格だと思っている。
 いずれにしても、総理たるものが、一旦、辞任を口にしたら、速やかに止めるのが鉄則なのだが、今回の菅総理に関しては、今の梅雨前線が日本列島の上に居座るように、総理の座に暫く居座りそうだ。玄葉政調会長の努力も、石原幹事長のうかつな発言で、梅雨前線の中で不発に終りそうだ。
 昨日、海江田万里経済産業相が、全国の原発の点検が終ったとして、再稼動の要請を始めたが、これは、いかにも拙速すぎると思う。先ずは、福島原発事故の詳細をはっきりさせるのが、その前提であるという鉄則を踏まえていない。如何なものだろう。
 ところで、昨日の甲子園は相当な雨のようだった。ここに来て少し上昇ムードにあった阪神が、昨日は楽天イーグルスに僅か一点差で、6回裏の攻撃ができないままコールドゲームとなって、手痛い負けを喫してしまった。一回表に食らった松井稼頭央選手の2ランで、最初から相手にリードを許すと試合展開となったのが如何ともしがたかった。雨の日は、常にリードを保つと言う鉄則をを守れなかったのが大きい。株主総会で厳しい批判を受けた直後の試合だけに、チームとしては勝って「それ見ろ!」と言いたかったろうが、雨を恨んでも余りある無念の敗戦だった。まあ、そんな辺りが、監督の采配なのだが、…。 

2.今朝の一考、昨日の雅子
 2時半起床。体重、62.3Kg.お天気は曇りのようだ。
 昨日の雅子はまずまずの症状だった。前々日、前日に見せた午後3時以降に起きる震えは、幸いにもこの日は見られず、穏やかな症状だった。どうやら、お薬の利き具合が、微妙なバランスにあるようで、悪く出る場合とそうでない場合があるようだ。もう暫く様子を見ることにしたい。

3.連載、難病との闘い(231) 第三部 施設、病院での介護生活(132)
  第六章 緊急入院(28)

  (3)いざ勝負 (その7)
 それから40分ぐらい経過した。三井先生が、今度はその胆嚢をスライスした断面写真を持って戻って来られた。そして、それを二人に見せながら、そこに映っている粒々の異物を指差して、この石の原因はコレステロールだという説明をして下さった。改めて、その写真を見ると、そこには夥しい粒々が存在していた。健康に気を使っていた雅子が、そんなにコレステロールを含んだ食事をしているはずはないと思うだけに、どうして、そんな石が出来てしまったのか不思議に思うのだった。
 説明を聞き終えた一考が、とにかく手術がうまく行ったことに対し、丁調なお礼を申し上げたのだが、それに対し三井先生は、少し語気粗く「まだ安心できる状態ではない。問題はこれからなんだよ」と厳しい言葉を頂いたのである。つまり、明日以降に人工呼吸器がうまく外せるかどうかが大事であって、まだ楽観ができる状況ではないと釘を刺されたのだった。予期していた以上の厳しい言い方に、一考は霧子さんと顔を見合わせて、「そうだったんだ」と改めて深刻な顔に戻るのだった。
 先生が去ると、霧子さんは、急いで電話でそれらの内容をお兄さんに報告していた。お兄さんの「そうか、よかった」という返事が聞こえて来るようで、霧子さんの顔は、それまでよりも和んで見えた。
 手術を終えた雅子が眠っているICUの部屋に、二人が案内されたのは、14時40分頃だった。ベッドの上で雅子が静かに眠っていたが、チューブに繋がっている大きな機械を見て、一考はたまげるのだった。その大きな機械こそが人工呼吸器だったのだ。縦横が2メートル、高さも一考の背丈よりも高い大きな機械である。一考は、こんな大きなものだとは思ってもいなかっただけに、驚きは規格外のものであった。
 とにかく、これが外せなかったら一大事だと改めて身を引き締めたのである。そういう意味では、明日以降のこの呼吸器を外すというステップは、とてつもない大事なステップだと改めて一考は構えるのだった。「雅子! 頑張れ!」と一考は思わず心の中で叫んでいた。
 この日、ICU室を後にすると、二人はそれぞれ、そのまま帰途に着いた。一考は、人工呼吸器のことが心配だったが、肉体的にも、精神的にも大変な疲れを覚えていたので、その夜はぐっすりと眠れた。(以下、明日に続く)

1645 ピンチ脱出は可能?

 何事でも、未然にピンチを防ぐのが第一だが、起きてしまったピンチには、如何にうまく、早く脱出、克服するかが指導者に課せられた責務である。
 
1.独り言コラム
 福島原発事故での汚染水対策の軸となる循環注水システムが、昨夜から稼動し始めたようだ。これが安定して作動すれば、原子炉や燃料棒のプールの冷却は、順調に推移することになるだろう。この循環システムでは放射能による汚染度を10000分の1に減らすことが出来るというだけに、汚水対策の救世主としての期待が大きい。何しろ、溜まりに溜まった汚水量は11万トンと言われていて、貯蔵スペースがなくなって来ているだけに、この救世主が唯一のピンチ脱出の鍵を握っている。しかし、その一方で、継続運転が可能かに不安があるとも言われており、危機脱出は可能なのか、心配は絶えない。
 ギリシャの経済危機が再び大きくなって来ているようだ。福島原発が世界に大きな影響を及ぼしたと同様に、ギリシャの経済破綻の世界経済への影響は極めて大きい。再び世界がその救済に立ち上がることになるが、合点いかないのは、肝心のギリシャ人にその自覚がないことだ。今まで通りの生活レベルの確保に執着していて、少しでも生活をダウンサイズしなければならないという我慢への自覚がない。これでは、救援も「ざるで水をすくうが如し」であって、話にならない。とにかく、ギリシャ人がピンチの自覚を持つことが先決だろう。
 阪神タイガースの株主総会で監督、コーチらへの強い批判が相次いだと言う。「故障の金本選手を使うな!」とか「真弓監督への采配に疑問」などといった具体的な名前、内容を挙げての批判が多かったようだ。大変珍しいケースだが、それだけ熱狂的な株主が多いと言うことだろう。かつて「ベンチがあほやから」と言った江本猛選手らの言葉が甦るのだが、真弓明信監督の心境や如何に、である。ここ数試合はなかなか好ゲームを展開したが、これからの阪神の戦いぶりが大いに注目される。
 つい一週間ほど前には、不調のどん底で喘いでいて、急遽、試合を休むといった苦肉の策に甘んじたイチロー選手だったが、その後、復帰した試合から5試合連続でマルチヒットを続けていて、どうやら、どん底のピンチは脱したようだ。その結果、一時は、年間換算で167本ペースまで下がっていたヒット数が、178本ペースに戻って来ている。今年も、イチロー選手には、長くて、熱い夏が続くだろう。頑張って欲しい。
 菅総理は依然としてピンチのど真ん中にあって、一日も早い降板が期待されているにも関わらず、まだ総理の座を降りようとはしない。むしろ、自信を取り戻したような雰囲気にも見える。ここに来て1.5次補正をやりたいとか、相変わらず愚策を並べて、お得意の粘りに出ているようだ。不信任案を否決して、形の上で信任された総理は、自分から辞めると言わない限り、誰も引きずり下ろすことは出来ないのだ。日本のピンチは続く。困ったことだ。
 ピンチはチャンスとも言われるが、今の日本では、政治が駄目な上に、このところの株価も、世界経済の影響を受けて下げが目だっていて、経済でもピンチの連続である。何処を見回しても、日本の先行きには青空は見当たらない。困ったものだ。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時10分起床。体重、62.7Kg.お天気は荒れ模様?
 昨日の雅子だが、午前中はそれまでの症状とほぼ一緒だったが、前日と同様に、3時頃から震えが目立ち始めた。その反面、目を開けてじっと見つめてくれる時間が多くなった。いかにも、何かを訴えているような顔つきに、何かいとおしいものを感じていた。
 そこで、はっきりと分かったことは、お薬を変更した影響である。あるお薬を、前月までは毎食後だったのを、夕食、寝る前の2回に減らした結果、午後の3時頃に震えが始まるのは、ちょうどそのお薬の効果が切れて来る時間帯である。ということで、原因が分かったので、来週には先生と連絡をとり、対応を協議することにしている。

3.連載、難病との闘い(230) 第三部 施設、病院での介護生活(131)
  第六章 緊急入院(27)

  (3)いざ勝負 (その6)
 そうこうしているうちに、時刻は12時を過ぎていた。霧子さんが、何かお弁当でも買って来てあげようかと声を掛けてくれたので、緊張していた一考は、あまり食欲はなかったが、何も食べないのは良くないということで、パンと牛乳を頼んだ。買い物に一旦外に出た彼女は、間もなく戻って来たが、その途中で、偶然、昔の友人に会ったという。そういえば、一考も、先日、デパートの前で、中学時代に同窓生にばったり顔を合わせたことがあったが、世の中は随分と狭いものなのだ改めて思うのだった。
 あまり空腹感を覚えなかった一考だったがそれでも、そのパンと牛乳を何とか食べ切った。その結果として、一考は少し尿意を覚えた。別に願を賭けていたわけでもなかったが、雅子の手術が終るまでは行かないと決めていたので、じっと我慢してその時を待つことにした。自分も雅子と一緒になって闘っているという気持ちがそうさせていた。しかし、そのこと自体は大した我慢でもなかった。
 そして、遂に、その時が来た。「麻酔が掛かった」と報告に来てくれた先ほどの二人の看護婦さんが再び姿を現した。携帯を取り出して時刻を確認すると13時22分であった。先ほどと同様に、少し大柄の方の看護婦さんが、やはり軟らかい口調で「手術は順調に終った」という報告をしてくれたのである。一考と霧子には、じっと待っていた期待の荷物がやっと安全に届けられたというような、ほっとした安堵感を噛み締めていた。
 看護婦さんは、詳しくは後で担当医から直接説明があると言って、笑みを浮かべながら静かに去って行った。美しい二人の天使が、ずっと待ち望んでいた喜びを運んで来てくれたようで、一考は、込み上げて来る嬉しい安堵感にじっと浸っていた。
 二人が去ると、一考は霧子さんと顔を見合わせて「よかったね」と笑みを浮かべて頷くのだった。長い緊張から解かれた一考は、大きく深呼吸して身体をリラックスさせてから、ゆっくりとトイレに向かった。少し堪えていただけに、一考はいつもよりも痛快な開放感と爽快感を覚えていた。かくして、胆嚢切除というステップも成功裏に終ったのである。
 それから待つこと30分で、三井先生が出て来られて、切除した胆嚢を見せながら、手術が順調に終った旨を話して下さった。切除された胆嚢は、赤いレバー状の8~10センチの肉の塊で、その中に確かに細かい石と思われるものが沢山存在していた。先生の話では、この石が身体中に広がれば、腹膜炎の危険があたっという。そこまで説明をし終えた先生は、その肉片の中身の更なる分析のために、エレベーターの左隣にある病理研究室に入って行かれた。(以下、明日に続く)

1644 棋界の大器 屋敷伸之九段

 天才棋士と呼ばれた一人であると同時に、努力家、頑張り屋、大器晩成型でもある。プロ入り後、1年そこそこでタイトル獲得といった天才ぶりを見せた一方で、22年もかけて、将棋界の最高クラスA級に昇級を果した頑張り屋の棋士でもある。

1.独り言コラム
 関西で「やしき」と言えば、「やしきたかじん(屋鋪隆仁)を連想する人が多い。今やテレビの「たかじんのそこまで言って委員会」や「たかじんの胸いっぱい」などの番組では、常に高視聴率を取っている大物タレントだ。それ以外の連想では、かつて、阪神でもプレイしたことがある「本屋敷錦吾」選手を思い浮かべる方もいるだろう。同氏は芦屋高校で活躍し、甲子園での優勝経験もあり、大学では立教大学であの長島茂雄選手と三遊間を組んだ名遊撃手だった。また、最近では、NHK大河ドラマ「篤姫」や今年の「江、姫たちの戦国」などのチーフプロデューサーの屋敷陽太郎さんの名前に気付いている方がいるかもしれない。いずれにしても珍しい名字である。
 今朝は、将棋界で再びその存在を大きくして来ている「屋敷伸之九段」の凄さを紹介してみたい。筆者も密かに応援して来ていた棋士である。同氏の凄さは、次の二つの実績から理解いただけると思う。
 一つは、天才少年だったことである。それを示す実績としては、プロ入り一年少々でタイトル戦、棋聖戦に挑戦者として登場し、最年少タイトル挑戦者の記録保持者である。その際の挑戦では、当時の中原誠棋聖にフルセットの末に惜しくも敗れたが、次期の棋聖戦(1990年)でも連続挑戦者となり、その時には中原棋聖を逆転で破り、18才6ヶ月で棋聖位のタイトルを奪取したのである。この最年少タイトル獲得記録も、今でも破られていない。なお、棋聖位は、通算3期獲得した天才少年だった。
 もう一つの実績(?)は、将棋界のクラスは5つあるのだが、下から2番目のC1クラスで14年間も在位を余儀無くされ、長いトンネルに入ったまま苦しんだ時期があった(1990-2003年)。仕組みが、同じ成績でも席順の上位者が昇級するシステムで、いわゆる「頭はね」を4度も食らう苦い経験を重ねた時期であった。しかし、14年間にも渡る地道な努力で何とかそのC1クラスを克服したのである。。その後、B2、B1クラスを、それぞれ4年に渡る厳しい戦いに打ち勝って、やっとのことで、今年から名人挑戦権を狙えるA級に昇級を果した努力の棋士でもある。筆者が大いに惹かれたのは、若い頃の天才的な時期での活躍よりも、その後訪れた長い不運な時期を克服し、遂にA級に昇格を果した不屈の努力への感動である。
 そして、昨日、来年の名人戦挑戦者を決めるA級での一回戦に登場し、3期も名人位を獲得している実力者、佐藤康光九段と対局、終始攻め続ける会心の一局で幸先いい、貴重な1勝を上げた。
 天才、そして努力の棋士、屋敷伸之九段へのこれからの期待が大きい。筆者の直感だが、今期は名人戦挑戦者争いには、同氏は間違いなく、その一角に加わることだろう。期待して、その活躍を見守りたい。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時50分起床。体重、62.8Kg.。お天気は雨模様だが、夕方には一時的には回復しそう。
 昨日の雅子は、時々なのだが、目は開けてくれる一方で、身体の震えが大きく、その目が何かを訴えているような顔つきを見せてくれていた。そのことに大いに戸惑ったのである。しかも、その時には体の右側で凄く汗をかいているのである。昨日にして悟ったのだが、これは明らかに、前回からお薬を変えたことの影響であると思う。散歩しているときや眠って入るときは、震えはない。いずれにしても、気付くのが遅かったが、今朝の症状を確認して、必要なアクションを取らねばならないと思っている。

3.連載、難病との闘い(229) 第三部 施設、病院での介護生活(130)
  第六章 緊急入院(26)

  (3)いざ勝負 (その5)
 再びソファーに座った一考の頭の中では、映画の続きを見るように、目下手術室で行なわれている手術の模様を想像するのだった。恐らく、手始めの開腹手術は終り、いよいよ、今回の手術のターゲットである胆嚢の切除が開始されるのだろう。琵琶湖大橋病院に入院した当初は、肺炎ということだったのだが、意外にも、敵は本能寺、つまり、胆嚢結石であることが判明し、そのための切除手術が必要となった。その本能寺での決戦が、今まさに始まろうとしているのである。
 ところで、それまでの先生の話を総合すれば、一般的には、この胆嚢切除の手術は、特に高度な医療技術を必要としないようだ。今回、雅子のケースが難しいとされたのは、パーキンソン病下での全身麻酔にあった訳で、この切除手術そのものは、恐らく何ら問題もなく行なわれるはずだ。一考は、今回の手術の流れをそんな風に捉えていた。
 従って、雅子の戦いの次なる厄介な山は、まさしく三井先生が言っておられた手術後に人工呼吸器のチューブを外すステップであろう。それがうまく外せるかどうかが、大きな運命の分かれ道となるのだ。今の看護婦さんの話では、それは今日は行なわれずに、明日以降の対応になるという。安全を期しての慎重な対応なのだろうと一考は考えていた。
 そういうことで、今日の段階では、とにかく大きな問題なく事が運びそうだと、一考は一息つくのだった。いずれにしても、明日が重要な日になると、自らに言い聞かせたのである。
 当然な事と言えばそれまでだが、この手術の重要な鍵を握っている人工呼吸器というものについて、一考は全くと言っていいほど何の知識をも持ち合わせていなかった。例えば、それが、どんな形をした機器なのか、どのぐらいの大きさのものなのか、どんな具合に雅子の身体に繋がっているかなどと言った具体的な内容については、全く何の知見もなく、想像する手掛かりになるような知見さえも、一考の頭の中には存在していなかった。従って、三井先生が幾度も示唆しておられた、若し、それが外せなくなった場合に、雅子がどんな具合になるのかといったことは、想像の域を遥かに超えていたのである。
 一考と霧子が、それぞれの思いの中でじっと待機している中で、時間は静かに着実に経過していった。一考は、そんな中で、手術室での作業がどんな具合に行なわれているのだろうかと想像を逞しくさせてみるのだが、テレビ映画などで見る一般的な手術のシーンしか浮んで来なかった。
 とにかく、全身麻酔で行なわれていることから、雅子が痛さで苦しんでいることがないはずだというのが、一考にはせめてもの慰めだった。どうやら、少し心のゆとりも戻って来たようで、一考は持って来ていた本を取り出して、それに目を通し始めた。
 そういえば、最近の一考には、病院や施設での見舞いや付き添いの合間が貴重な読書時間になっている。残り少なくなった人生だけに、時間の使い方には結構けちになっていて、在宅時に椅子に座って読書することは滅多にしない。そういう時間は、なるべく、物を書いたりして、少しでもクリエイティブな事に使いたいと心掛けているのだが、実際には、つまらないテレビなどを見て空費しまっていることが多い。(以下、明日に続く)

1643 あっけなく

 期待していたドラマの展開、或いは不安な事態の勃発などが、あっという間に、あっけなく起きてしまうことはよくあることだが、…。

1.独り言コラム
 昨夜は、日本ハムのダルビッシュ・有投手が、何処まで連続無失点記録を伸ばすのか、と大いに期待されての阪神戦への登板だった。しかし、そんな期待が、試合の前半で、あっけなく裏切られた。このところ、勢いを盛り返しつつある阪神の意外な頑張りが、そのあっけない舞台を演出したのである。
 多くの場合、この種の大記録は、エラーかホームランであっけなく期待が潰えることが多いのだが、昨夜もその典型的なパターンで、期待の記録はあっけなく潰えたのである。
 その回は意外に早く訪れてきた。47回目、つまり3回の裏だった。この回の先頭打者だったマートンのヒットにエラーが加わって無死2塁のチャンスに、平野が定跡通りバントで送り一死3塁となって舞台は盛り上がった。ダルビッシュ投手も、ここでは頑張って、次の鳥谷選手を三振に仕留め、どうやらこの回もピンチを凌ぐと思われた直後だった。4番の新井選手に投じたダルビッシュの3球目が、大きく高く外れてキャッチャーが取れないワイルドピッチで易々とマートンが帰って得点した。あっけない失点で、連続無失点と同時に連続完封という期待の記録は、あっけなくストップした瞬間だった。まあ、そんなものだろう。
 しかも、ダルビッシュは7回には同じくマートン選手に打たれて決勝点を与え、それが自責点ともなって負け投手になり、それまでの8連勝を含めた全てをパーとしてしまった。こういう場合は、外人選手が結構活躍するケースも多いのだが、昨夜はそんな典型的な試合展開だった。マートンにやられたのである。
 あっけない、といえば、世界の人が恐れていた福島原発でのメルトダウンが、地震発生後、数時間後に起きていたということが、2ヶ月以上も経ってから発表された。事実を隠蔽していたのか、事態が把握されておらずに分からなかったのか、この辺りはいろいろ事情がありそうだが、もう、相当前に起きてしまっていたと過去形で聞くと、その恐怖感、衝撃が随分と小さくなっているのにびっくりする。つまり、お陰様で、パニックも無く、あっけなく、恐れていたことが起きていたんだ! ということで、戦略的に隠蔽していたということなら、その戦略は成功だったとも解釈できるから、厄介な話である。
 その福島原発事故の影響が大きかったのか、イタリアでは原発政策への国民投票で、原発反対が、あっけなく国民の圧倒的な賛成で可決された。これで、ドイツ、スイスに次いで原発が停止される流れが加速している。この種の「流れ」と言った動きは、むやみに世論を弄ぶ傾向があるだけに、正しい判断を誤らせる勢いがあり、要注意でもある。
 ところで、二年前に、あれだけ国民の期待を受けて成立した政権交代だったが、今や、あっけなく、国民の民主党への期待は裏切られてしまっている。鳩山由紀夫内閣、それを受けての菅直人内閣の不出来には、失望以外の何物もないといった展開だった。
 何と言っても、沖縄問題、それに大震災への対応といった国内外での大きな問題になす術を示さなかった民主党の不甲斐なさは、日本の政治史上に大きな汚点を残したことになる。かくなる上は、菅総理は、不必要な粘りを見せるのではなく、それこそ、あっけなく、といった形で退陣されるのが総理退陣の美学になるのだったが、ここでも、その可能性を自ら潰しているのは、何とも戴けない話である。
 こうして見ると、あっけなさ、は、期待への裏切りと無念さ、残念さマイナス面は大きいが、同時に、意外にさっぱりした爽快感といったプラス面を伴っているようにも思う。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 2時40分目覚め。体重、62.9Kg.。お天気は良くなさそう。激しい雨もあるという。
 昨日の雅子は、熱はなく体調は戻っていたが、痰が相変わらず多く苦しそうだった。午後の車椅子での散歩では、時々、目を開けていた。まあ、相変わらずの一日だった。

3.連載、難病との闘い(228) 第三部 施設、病院での介護生活(129)
  第六章 緊急入院(25)

  (3)いざ勝負 (その4)
 それから、間もなくだった。手術に加わっている三人の看護婦さんのうちの女性二人が姿を見せた。その姿に気づいた一考と霧子の二人は、反射的に立ち上がって二人を迎えたが、その顔はとても緊張していた。
 二人の看護婦さんは、ゆったりとした落ち着いた物腰で、如何にも威圧感を与えないように配慮し、下からの優しい目線で、二人を少し見上げるような中腰の姿勢を取った。そして、少し大柄の方の看護婦さんが、ゆっくりとした口調で話し始めたのである。時刻は11時15分頃だった。、
 「つい先ほど、麻酔が掛かって、人工呼吸器のチューブが無事に口から挿入されました」と報告してくれたのである。凄く上品で丁寧な言い方だった。そして、今から胆嚢切除の手術に入るのだが、切除手術には、今からおよそ2時間掛かるということだった。
 恰も、不安や苦しみを優しく包んでくれるような、言って見れば、文字通り、天使のような雰囲気が二人から、溢れ出ているように思われた。そして、彼女は、更に言葉を続けて、次のように付け加えた。
 「手術が終った後も、人工呼吸機のチューブは直ぐには外さずに、明日以降の様子を確認しながら行なうことになっています」余計な心配を与えないという配慮がいっぱいの極めて丁寧、かつ優しい口調での説明だった。
 一考は、この報告内容に、ともかくも胸を撫で下ろすのだった。何しろ、人工呼吸器のチューブが口から入ったことにほっとしたのである。それまでが、なかなか口を開けにくい症状になっていただっただけに、これがうまくいかないと、気管支切開の不安があったからである。先ずは最初の一難を乗り越えたと言えた。
 二人の看護婦さんが戻って行くと一考は霧子は顔を見合わせて、互いに良かったねといった思いを込めて無言で頷き、そのまま再びソファーにどっかりと腰を下ろした。それまで突っ張っていた何かが、すっと気が抜けたように楽になるのを感じていた。霧子さんは、直ぐに携帯を取り出して、再び長男宅に今聞いた結果を伝えていた。義兄も雅子の手術には心配してくれているんだと一考は改めて思った。
 改めて、ソファーに身体をリラックスさせた一考の頭の中は、既に始められているだろう開腹手術に続く胆嚢切除手術に、思いを馳せながらその成功を祈るのだった。(以下、明日に続く)

1642 一人カラオケを楽しむ

 趣味の定義を、「夢中になって時間を過ごせる対象」とすると、筆者の場合、読書、執筆、将棋などがあるが、最近ではカラオケもその一つに加わった。

1.独り言コラム
 会社生活時代でも時々楽しんでいたカラオケだが、最近になってひょんなことから、今までにない強い興味を持つようになり、馬鹿じゃないかと思われるぐらい、これに嵌ってしまっている今日この頃である。
 その切っ掛けは、偶然だった。妻の付き添いで病院通いの生活が始まって丸二年になるが、この間にインターネットにつなぐ必要性から、病院の近くにあったネットカフェに顔を出していたのだが、この4月下旬にその店が閉店した。仕方なく、その代りの店を探したところ、やはり琵琶湖大橋病院のごく近く、国道161号線を少し北上したJR小野駅近くに、「あそび場」という大きなレジャー設備を有する店を見つけた。そこには、インターネットだけではなく、漫画喫茶、ビリヤード、ダーツ、それにカラオケも揃っている大きな遊び場だった。インターネットを使うために訪れた最初の日に、ついでに、何気なく一度やってみようかと始めたのがきっかけだった。
 最近のカラオケ事情は、筆者らが現役時代に楽しんでいたよりもずっと進んでいて、自分の歌った歌の採点が細かく分析された形で出て来る。それだけでなく、大変面白く思ったのが、その歌の全国平均得点が出て来ることだった。その点数が、筆者を惹き付けたポイントだった。しかも、その平均得点は、リアルタイムで更新される仕組みになっているのである。
 ここで、今楽しんでいるカラオケの効用について、改めを総括してみたい。
 1)安くて楽しめる発散の場である。2時間ぐらい楽しんでも500円程度で、エコノミカルであるし、一曲歌うと4~8Kcal消費する訳で、十分な発散が可能である。
 2)闘争心、負けじ魂を誘発してくれる。全国平均には負けまい、といった闘争心が出て来て結構盛り上がるものだ。平均得点よりも上回った場合には、ちょっとした充足感も味わえる。
 3)自分の好きな歌同士で勝ち負けを競い、順位を競うのも面白い。ここでも、勝った、負けたの戦いを楽しむ事ができる。
 4)その日の健康チェックが可能である。幾つかの持ち歌の中には、その日の調子で、全国平均に勝ったり、負けたりする微妙な曲目があって、その得点結果から、自分のその日の微妙な体調の差を知る事ができる。
 かくして、カラオケに夢中になって2ヶ月近くなるが、昨日までに歌った曲目が40曲、歌った述べ回数は139曲という大きな数字に膨らんでいる。それらの中身を分析すると、幾つかのグループに分類できる。
 1)健康状態をチェックできる対象曲。つまり、その日によって全国平均得点を上回ったり、下回ったりする曲。例えば、落ち葉しぐれ(三浦洸一)、古城(三橋美智也)、長崎の鐘(藤山一郎)
 2)常に全国平均よりは上回る。例えば、高校三年生(船木一夫)この世の花(島倉千代子)琵琶湖周航の歌、多くの童謡、唱歌(仰げば尊し、みかんの花咲く丘、荒城の月、花、海など)
 3)かつては十八番だったが、意外にもそれらの得点は全国平均を下回る事が多い曲。例えば、愛の終着駅(八代亜妃)、能登半島(石川さゆり)。会社時代は、それほどうまくなかったことに気付かずに無神経に歌っていたことを恥ずかしく思う。
 4)得点は高くないが、全国平均を上回る曲がある。例えば、ついてくるかい(小林旭)
 5)箸にも棒にも掛からないほど低得点。例えば、霧の摩周湖(布施明)おゆき(内藤国雄)
 因みに、昨日現在、筆者の平均得点のベスト3を上げると、1位が、仰げば尊し(87.637)、2位、みかんの花咲丘、3位、海、といずれも童謡・唱歌が上位を独占している、歌謡曲では、1位が悲しい酒(85.522)、2位、東京アンナ、3位、ここに幸ありで、いずれも昨日歌ったばかりで、一回だけしか実績がない。三回以上歌った曲のベスト3(歌謡曲)は、1位、落ち葉時雨(10回平均、84.605)、2位は、高校三年生(4回)、3位は、琵琶湖周航の歌(5回)である。
 ところで、筆者は、この種のデータを、エクセルシートを使って、いろいろと総括表を作ったりするのが好きであり、夢中になって結構な時間を割いていることが多い。言ってみれば、データ総括作業も、筆者の趣味の一つかもしれない。
 ところで、未だに頑張っておられる菅総理も、早くお辞めになって、カラオケでも楽しまれたらどうだろう。すっから菅も、少しは潤ってくるのでは、なんて思う今日この頃である。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時50分起床。体重、62.9Kg.(このところ、徐々に増加傾向にあって気掛かり)お天気は良さそう。
 昨日の雅子はまずまずの症状だった。細い目だったが、こちらからの話しはよく聞いてくれていた。最近、昼休みに気分転換を兼ねて一人カラオケを楽しむ事が多く、戻って来てその結果を話してあげると、じっと聞いてくれているようで、調子に乗って話すのだが、若しかしたら、いい加減にしておけと言っているのかもしれない。

3.連載、難病との闘い(227) 第三部 施設、病院での介護生活(128)
  第六章 緊急入院(24)

  (4)いざ勝負 (その3)
 二人は言葉少なく、椅子に腰を下ろした。緊張していた気持ちが落ち着いた訳ではなかったが、かくなる上は、先生たちに雅子を任せたということで、後は、全てが順調にゆくことを願うしかなかった。
 霧子さんは携帯を取り出し、お兄さん宅に電話をして、いま手術が始まったと伝えていた。こうして、雅子の命を懸けた厳しい戦いが始まったという意識が、一考の頭の中で大きく広がり、不安を含めたいろんな思いがうごめき始めていた。
 それにしても、三井先生の今回の手術に対する説明には、かつてない厳しいものを覚えたが、常識的に考えて、先生たちが見込みのない手術に取り組むとは思えない。万が一の不測の事態の発生に、保険を掛けておこうとする病院側の姿勢が、あんな風な言い方になったのだろうと一考は考えることにしていた。
 しかし、そうは思いながらも、一考から不安が消えた訳ではなく、恰も、泳ぎがあまり得意でない者が、急流に飛び込んだような状況に似ていて、何が起きるか分からない不安があり、何が何でも助けて欲しいという気持ちでいっぱいだった。それにしても、三井先生の物の言い方には、もう少し工夫があってもいいのではと一考は思うのだった。
 一考は、椅子に腰を下ろしても、いつものように本を読む気にはならなかった。頭の中で、先生たちによって進められている手術の展開をあれや、これやと思い浮かべながら、自分も一緒になって苦しんでいる気持ちを味わっていた。ともかく、一考は、何とかうまく手術が無事に終ってくれることを強く願っていた。腕組みしながら、じっと構えている一考の姿には、その難しい顔つきから、恰も、哲学者が頭の中で難しい思考を深耕しているようで、うかつには近寄れないオーラーを発しているようにも見えた。
 ふと気が付くと11時を過ぎていた。手術が始まって早くも30分が経過していたが、まだ何の連絡も来ていない。ひたすら堪えて待つという我慢の時間が過ぎてゆく。それは退屈という類のものでなく、心の中でのいろんな思い、不安との葛藤が次々と展開されていて、心の余裕といったものは、ほとんど存在していなかった。頭の中での「ああでもない、こうでもない」といった思考の試行が退屈させない働きをしていた。いわば、一考は、思考のスパイラルの中にいたと言えよう。待機場所が、エレベーターの前だけに、人の行き来は結構頻繁であったが、一考には、そんなことが気分転換にプラスすることもなかった。とにかく、何事もなく無事に手術が進んでくれることを願い、祈ることに、心身の全てを集中させていた。(以下、明日に続く)

1641 羽生名人、昨日も勝った!

 記録は破られるためにあるという名言がある。歴代記録は、一つの大きな目標として闘うものの意欲を駆り立てるのも事実だろう。今期のスタート時で異例の不調だった羽生名人は、昨日も宿敵を破って、今期では7連勝とペースを上げている。今朝は筆者が関心を持っている現在更新中の連勝・連覇の記録を拾い上げた。

1.独り言コラム 
 羽生善治名人が厳しい対局日程が続く中で、昨日も王位戦挑戦者決定戦で藤井猛九段に勝って来月から始まる広瀬章人王位への挑戦権を獲得した。この四月から、名人戦、棋聖戦、王位戦、それに王座戦と連続してタイトル戦に登場する。なお、昨日勝った羽生名人は、目下7連勝中である。明日にも一局、谷川九段戦(非公式戦)があり、週末の金曜日には竜王戦予選で郷田真隆九段の一局があって、今週は、何と! 3局も組まれている。そして、いよいよ来週初めから、名人位防衛をかけて森内俊之挑戦者との名人戦最終局が予定されている。因みに、同氏の連勝記録は1992年に記録した22連勝がある。とにかく凄いスケジュールだ。しかも、ほとんどの相手が重量級であるから大変だ。
 ところで、同氏が更新中の連勝、連覇記録は、王座位を18年連続在位中で、今年の9月から始まる今期の防衛を果せば19連覇という棋界史上の新記録を再び更新することになる。その上、同氏に同タイトル戦では、この6年間3-0のストレート勝が続いており、19連勝中でもある。また、NHK杯将棋トーナメントでも3連覇を果し15連勝中だ。これらの連勝、連覇が何処まで続くか高い関心をもっている。
 野球では日本ハムのダルビッシュ・有投手が目下44回連続無失点を更新中で、明日は阪神と対戦する。もし、この試合を完封すれば、連続無失点記録は53回となり、別所毅彦投手の49回1/3を抜いて歴代4位となり、完封試合は4試合となるが、果たしてどうか? 
 歴代記録は、連続完封試合では、巨人の藤本英雄投手が1953年に記録したの6試合連続、連続無失点試合では、金田正一投手の64回1/3の記録があり、これらは、大相撲の双葉山の69連勝の記録に匹敵する不滅の記録だ。果たして、ダルビッシュ・有投手は、何処まで迫れるか。
 イチロー選手の連続11年200安打記録も大きな話題だが、今年は今までにない苦戦中だ。果たしてこの苦境を克服できるのだろうか。今年は心配である。
 さて、一昨日終った日本陸上選手権で記録されたハンマー投げの室伏広治選手の17連覇や槍投げの村上幸史選手の12連覇も凄い。体力が前提のスポーツであり、彼らの記録が何処まで続くのか、ファンの関心は高い。
 ところで、政界では、青息吐息の菅総理だが、昨日現在で菅総理の在位日数が371日となり、戦後の総理在位日数で、安倍晋三さんを抜いて20位となった。今月中居すわれば、森喜郎元総理を抜いて19位にのし上がる。万が一年内いっぱい生き延びれば、来年の1月4日には竹下登内閣の在位日数を追い越して歴代16位に上がる。長ければいいというものではないことは、ご本人も充分にご承知のことと思うのだが、意外にしつこく頑張っておられる。大したもの(?)だと思う。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時起床。体重、62.8Kg.今日の天気は午前中は曇りで、午後からは晴れそう。
 昨日の雅子は、前日の高熱は下がって平熱に戻っていたが、朝から痰が多く、苦しそうだった。それでも、午後の車椅子での散歩で気分転換を楽しんでくれているようだった。相変わらずの熱と痰との戦いの日々である。

3.連載、難病との闘い(226) 第三部 施設、病院での介護生活(127)
  第六章 緊急入院(23)

 (4)いざ勝負 (その2)
 手術の開始予定は10時半であり、時計を見ると既に9時近くになっていた。一考はどうすべきか迷っていた。自分の判断で、雅子が取り返しのつかない姿になるかもしれないとの不安が頭の中に拡がった。とにかく、ここで、ストップを掛けられるのは自分しかいない。冷静なジャッジが不可欠だ。一考は自分にそう言い聞かせて、今一度、義兄と話してみようと思った。先日、長姉の霧子さんの3人が集まっての親族会議で出した結論に沿った決断だったが、念のため、もう一度確認してみたくなったのだ。一考は、自分の考えが揺らいで来ているのを押さえ込むようにして、廊下の片隅に場所を移して電話をした。
 少しあたふたした一考の話ぶりに対し、義兄は、「医者はそのような言い方をするんだよね。まあ、前の打ち合わせ通り進めるしかないよね。手術を取り止めれば、肺炎の再発などもっと悪化が懸念されるから」と落ち着いた口調での話だった。この言葉で、一考の揺らぎは、ともかくもぐっと抑えられたのである。不安のない決断はないが、踏み込むことで、不安を押さえ込むことは可能なのだ。一考は、改めて義兄に礼を言って電話を切った。
 間もなく、三井先生が確認に来た。そこで、一考は予定通り手術をやって頂くことをお願いした。時間は9時半を過ぎていた。間もなく、霧子姉さんさんが到着したので改めて義兄と話したことを報告した。霧子さんも「仕方ないね」と言いながら頷いていた。
 10時20分に看護婦長と本日の担当看護婦さんらを含めた4人の看護婦さんが、手術室に移動するために移動用のストレッチャーを用意して入って来た。そして手馴れた手順で雅子をそれに移し、手術室のある2階への移動を開始した。一考と霧子の二人も一緒に2階に移動した。
 そして定刻5分前にその手術室の前で、手術を担当する看護婦さん3人との間での引継ぎが行なわれた。二人はその3人の看護婦さんの自己紹介を受けた。その内の二人は、とても落着きのある美人看護婦さんで、今一人は細身の男性看護士さんだった。
 一考と霧子の二人は、雅子が手術室に搬入されて行くのを見送りながら、三人の看護婦さんに「宜しくお願いします」と声を掛けて、その引継ぎ場所を後にした。家族などの待機場所は、そこから少し離れたエレベーター前で、そこに置いてある長椅子に座って手術の終るのを待つのである。看護婦さんからは、この手術の所用時間は、およそ3時間ぐらいだと知らされていた。(以下、明日に続く)

1640 凄い頑張り

 中身によるが、凄い頑張りは美にも通じる。その一方で、醜にも繋がることがある。

1.独り言コラム
 今年度になって、2勝5敗という芳しくない滑り出しだった羽生名人に、プロデビュー以来、つまり25年ぶりの異変だ、と書いたのはほぼ一ヶ月前のことだ。(1612を参照)。この成績の中には、激戦中の今期の名人戦で、挑戦者の森内九段に喫した出だしの3連敗が含まれていた。
 しかし、さすがは羽生名人だった。その後は、負け知らずの6連勝中である。その中には、土壇場に追い込まれた名人戦で、かど番の3局を凌いで驚異の3連勝のお返しをした。いずれにしても、名人戦は、いよいよ来週に山梨県甲府で行われる最終局を迎えることになっている。
 その大勝負を控え、週末から始まった棋聖戦5番勝負の第一局では、羽生棋聖は、挑戦者の深浦九段に快勝し、幸先よいスタートを切った。また、今日は、7月から始まる若手タイトル保持者の広瀬王位への挑戦者を決める決定戦があり、藤井猛九段と対局する。また、今週末には、竜王戦1組の3位決定戦で郷田九段との対局も組まれていて、負けられない厳しい日程での戦いが続く。そういう意味では、郷田ファンである筆者にも緊張の週末となる。
 とにかく、羽生名人の強さを改めて見せつけられているこのところの戦いぶりだ。棋界史上、初めての屈辱の3連勝4連敗を喫した羽生名人が、そのお返しを果し、名人位防衛が出来るのどうか、ファンは固唾を飲んで見守ることになる。
 さて、一昨日は、監督の配慮(?)で試合を欠場して調整を図った不振のイチローだったが、さすがはイチロー選手だった。19打席ぶりに3塁打を含む2安打を放って一息ついた。それでも、今のペースは、年間換算で170本ペースであり、楽観は出来ない。同氏の凄さはこれからだろう。大いに期待している。
 陸上の第95回日本選手権では、世界選手権への出場をかけて、素晴らしい戦いが展開された。ハンマー投げの室伏広治選手の17連覇、槍投げの村上幸史選手の12連覇を始め、それに美人ランナーの福島千里選手の100、200メートルでの2冠など素晴らしい記録が相次いだ。それぞれ弛まぬ努力の結果と思うが、いずれも凄い頑張りの結果だったことは確かだろう。
 またNHK杯の体操でも、男子は内村航平、女子は鶴見虹子さんが揃っての3連覇をはたした。演技そのものは今一つだったようだが、一日の長があったのだろう。話題の田中三兄妹が揃って世界切符獲りへの初めての快挙が期待されている。いずれも凄い頑張りの成果だろう。
 政治の方では、辞めると言いながら、なかなか辞めない菅総理は、凄い頑張りである。しかし、ここでは、いい加減にお辞めなさい、と申し上げたい。ここまでレイムダックになった菅総理では、ことがスムーズに進まない。ここに来ての政治の停滞は、何としても避けなければならない。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時起床。体重、62.3Kg.お天気は午後には回復しそう。
 昨日の雅子は、朝からかなりの熱があり、午後には37.8度まで上がった。クーリングを続けてもらっていたが、夕方に筆者が帰る頃になっても下がっていなかった。検査用の採血が行われたので、今日にも何らかの原因が分かるかもしれない。少し心配である。

3.連載、難病との闘い(225) 第三部 施設、病院での介護生活(126)
  第六章 緊急入院(22)

 (4)いざ勝負 (その1)
 雅子の手術が行なわれる日がやってきた。この日は、一考は早めに家を出た。雲が低く垂れ込めていて、今にも雨がこぼれて来そうな朝だった。
 家を出て直ぐに気付いたことがあった。それは、昨夜、姉の久子がくれたお守りをうっかりそのまま机の上に置いて出て来てしまっていた。しかし、わざわざ取りに帰るのが面倒だったので、そこから見守ってくれるだろうと解釈し、そのまま駅に向かった。
 病院に着いたのは8時前だった。雅子の部屋に向かう際に、となりの部屋を覗くと、もう既にそのベッドはマットなしの状態なっていた。改めて亡くなられたことを知って、お気の毒だと思い、ご冥福を祈りながら、今日の手術の成功を願うのだった。
 雅子のいる部屋に入ると、そのベッドの頭の処に「絶飲食」と書かれたカードが掛けてあった。いよいよだなあ、という思いが込み上げてくる。
 8時半頃になって、雅子が目を開けて口をもごもごさせていた。何かを訴えているようだったが、申し訳ないことに何を言っているか全く分からない。恐らく、何となく不安を感じていたのではなかろうか。
 暫くして、三井先生がやって来られて、書類にサインをして欲しいという。この時に、先生は、親切心からか、改めて、場合によっては、人工呼吸器が外せなくなる可能性があると説明してくれた。しかし、この土壇場の段階に来てのこの一言で、さすがに一考は大きな動揺を覚えたのである。反射的に「その場合には、雅子がどんな具合になるのですか」と訊ねたが、その答えは今一つ要領を得なかった。そこで、改めて、「この手術での危険度はどの程度の確率で、悪い結果が出そうなんでしょうか」と迫ったが、「分からない」というそっけない返事だった。同じような条件で行なった事例がほとんどなからだというのである。そこで、「とにかく、自分を納得させたいので、大体の感じでいいから教えて欲しい」と繰り返したが「自分は嘘は言えない」とこれまた真面目な答えが返ってきた。
 「さあ、行くぞ!」と自分の気持ちを高めていたこの段階でのこのやり取りで、一考の頭の中は混乱して来るのだった。人工呼吸器なるものがどんな形をしているものか、それが、取り外せないとなると、どんな形での日常の生活スタイルになるのかが、全くイメージできず不安だけが先行した。恰も、今にも飛び出そうとしていた小鳥が、羽をばたばたさせるのだが、それ後の行動をどうしていいのか戸惑っているような気もちだった。
 そんな迷っている一考の様子を見た三井先生からは、また繰り返し「手術をしない選択もありますよ」と更なる追い討ちを掛けられて、一考の気持ちは一層厳しく苛まれるのだった。仕方なく、一考は、一旦、三井先生との会話を中断して時間をもらい、気持ちを落ち着けることにした。(以下、明日に続く)

1639 離脱

 所属、集団から抜け出ること、で自主的に離脱する場合と止むを得ず離脱する場合がある。

1.独り言コラム
 阪神の城島健司選手が右肘痛で一軍登録を抹消された。手術の可能性もあって、その場合は長期の離脱となる。真弓明信監督は「痛い!」と口では言っているが、内心、ほっとしているのかも知れない。このところの打撃不振、加えてパスボールも多く、その不振に頭を悩ませていたからだ。代りに出場のチャンスを得た藤井彰人が大張り切りで頑張っている。まさに、人間万事塞翁が馬である。もともと、この藤井選手は、昨年のオフに手術をした城島選手の回復が遅れると読んで、その代わりに楽天からトレードで獲得し、それに備えていたのだが、城島選手が脅威の回復を果し、シーズン開幕に間に合ったことでベンチを温めざるを得ず、じりじりしていたのだ。言葉は悪いがライバルの怪我は、自分には大きなチャンス到来だけに、大いに頑張って欲しい。
 戦線離脱と云うことでは、マリナーズのイチロー選手もその一人だ。昨日の試合で遂にレギュラーから外され、それまで続いていた256試合連続出場がストップした。とにかく、年間200安打を目指すイチロー選手だが、今年は大変なピンチである。既に64試合を消化し66安打に止まっていて、あと98試合しか残っていないが、まだ134本の安打が必要だ。今までのペースだと167本という非常に厳しい状況にある。
 それでも、同氏はインタビューで「リプケン(2632試合連続試合記録保持者)になれなくて残念!」といったユーモアに満ちたコメントをしている。この言葉を聞く限り、まだ余裕がありそうだ。マルチ安打の連続で目的達成を果たして欲しい。
 あのレッドソックスの松坂大輔選手も戦線離脱している一人だ。選手生命をかけての手術が終ったようで、後は、ひたすらリハビリに努め、奇跡のカンバックを祈りたい心境だろう。
 8日に、古川聡さんを乗せてカザフスタンのバイコヌール基地から飛び立ったソユーズは、発車直後にロケットを離脱させ、順調に飛行して、無事に宇宙ステーションにドッキングした。ステーションの仲間となった古川聡さんは、半年間に渡る宇宙での生活を始めている。地球での重力のある生活からの離脱して無重力の世界に入った訳で、新しい戦いが始まったと言えるだろう。頑張って欲しい。
 政治の世界では、良く使われる言葉だ。例えば、衆参両院の議長、副議長は党籍を離脱するのが慣わしだ。また、先日の菅内閣不信任案では5人の副大臣が一旦は辞表を出して菅内閣から離脱した。結果的には松木謙公氏を除く4人は反対投票を行ない元の役職に復帰したが、松木氏は初志貫徹の涙の賛成投票で、民主党を除名処分となった。
 国際的な動きでは、昨年の暮れ辺りでは大きな話題だったTPP問題だが、今は、さっぱり話題から消えている。当初はこれに参加しないと国際競争から離脱してしまうという不安が取り上げられていた。菅総理も、力強くこれに加わるとし、半年後に結論を出すとしていたが、どうなっているのだろうか。
 とにかく、肝心の菅総理がレイムダックになっていて、この難しい政治の舞台から一刻も早く離脱戴いて、新しい指導者にバトンタッチして欲しいと思う今日この頃である。
ここまでくれば、男は、黙って潔い決断、であろう。
 もう一つ、ここに来て大きな離脱運動が起きている。それは脱原発で、福島原発事故が、世界に向けて大きなうねりを始めているのである。原発からの離脱は可能なのか。人類の叡智が新しいエネルギー環境を作り変えることになると思う。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時40分起床。体重、62.6Kg.お天気は曇り空で、夜には崩れると言う予報だ。
 昨日の雅子だが、午前中は熱があったが、午後になって戻った。車椅子での散歩のあとは、比較的長く、目を開けてくれている時間があった。ブログを読んであげたり、このところの主なニュースを話してあげたりして、ひたすら話しかけていた。気分は悪くなかったようだ。

3.連載、難病との闘い(224) 第三部 施設、病院での介護生活(125)
  第六章 緊急入院(21)

 (3) 転院、関が原の戦い(その10)
 長男の太郎が見舞いに顔を出したのは、その二日後だった。この日は海の日で、三連休の最後の日だった。翌日に問題の手術を控えた日てある。
 太郎が病院に着いたのは、12時半過ぎだった。二郎に比べれば、こちらに来る用事もあって、比較的頻繁に見舞ってくれている。照れ臭そうな太郎の呼びかけに、雅子は二郎の場合と同様に、やはり、少し目を明けて迎えていた。
 暫く、雅子の様子を見守っていたが、太郎がまだ食事をしていないというので、二人で地下街のレストランに入った。そこで、二郎の場合と同様に、見舞いに呼んだ背景、雅子の翌日の手術の難しさなどについて話して聞かせた。
 手術を行なうことについて、太郎にコメントを求めると、二郎の場合もそうだったが、この辺りの判断は、自分達は離れていて詳しい事情も分からないから、おやじに任せるということだった。
 食事を終えて、再び雅子の病室に戻って再度声を掛けて見舞った。この時も、雅子は少し目を開けてこれに応じていた、その後、太郎は、一旦、本屋に行くということで出掛けていった。1時間ぐらいで戻って来た後、改めて母親に声を掛けて千葉に帰って行った。これまた、慌しいお見舞いだった。
 この日、午前中に、三井先生に顔を合わせた際に、雅子の症状が、比較的容態が安定していたこと、加えて痰も珍しく止まっていたので、明日の手術には有難い傾向だと一考が前向きに言ったのに対し、先生は、痰の件については、あくまでもたまたまのことだろうと言う。それと云うのも、それに対する治療をした訳で無いからだという極めて明解な答えで、感情に捉われないそっけないものだった。そんなところにも三井先生の真面目過ぎる一面を見たようだった。
 この日は、一考には気になるもう一つの出来事があった。それは、隣りの病室での出来事で、前日からもそうだったが、この日も今までにない多くの見舞い客が廊下に集まって来ていた。どうやら、その病室の方が危篤のようだった。多分、その瞬間に居てあげたいとする仲間の方たちが待機しておられるようだった。この日の夕方に、一考が引き上げる頃に、何人かのか女性の方がすすり泣きをしておられたのが目に付いた。一考が、何気なくその部屋を覗くと、ベッドの横たわっている方の顔に白い布が掛けられていた。翌日に雅子の大きな手術を控えていただけに、一考の心中は複雑だった。(以下、明日に続く)

1638 KYで許し難い風景

 あれから3ヶ月が過ぎた。まだまだ復興への道は見えて来ない。今から見れば、信じられないようなとんでもない許し難いことが起きていた、今朝は、題して、ちゃんちゃらおかしかったKYで許し難い風景、である。

1.独り言コラム
 未曾有の痛ましい大震災に関連して、筆者が独断と偏見で選んだ、とんでもない、KYな許し難い風景、ベスト5をピックアップしてみた。

(1)ほくそ笑んだ菅総理
 これはとんでもない大震災だと察知した菅総理は、「これで、あと2年は総理を担当できる」と内心ほくそ笑んだと伝えられた。この前日に、自らが外国人からの政治献金を受けている事が発覚し、一気に窮地に追い込まれていただけに、その大災害発生と言う思わぬ神の恩恵に、愁眉を開いた思いだったのだろう。とんでもない保身の勝手な思惑が、はからずも、総理をしてそんな思いにさせたのだろう。まさに、ちゃんちゃらおかしい風景だったと思う。お気の毒だが、今や、今日、明日が知れない首相の座で、身内の民主党内では、既に後継者の話題がいっぱいだ。これ以上、醜態を晒すべきではないだろう。
(2)とんでもない危険な現場に乗り込んでいた。
 この種の大災害では、トップ自らが現地に乗り込んで見せる対応が、時として、高く評価され、ヒーロー扱いにされることがある。しかし、今回に関しては、とんでもない危険地帯に踏み込んでいた訳で、結果的に原発事故への速やかな対応を阻害していたことが分かった。そんなこととはつゆ知らず、その日の午後には、凱旋気分で帰京した菅総理は「原発は大丈夫だった」と誇らかに語って見せたと言う。ちゃんちゃらおかしいでは済まされない風景だった。
(3)原発の専門学者たちの嘘っぱち
 テレビに顔を出した多くの原発の専門家、学者達が、まだまだ「大丈夫」だと話す解説が、如何に、ちゃんちゃらおかしいものだったかが暴露された訳だから、何をか言わんや、である。原子力安全委員会の最初の解説者が、メルトダウンの可能性を口にした途端に降板を命じられ、専門外の西山英彦という男がしゃしゃり出てきたのだが、この男が如何に国民に嘘を言って事実を隠蔽して来たかを思うとき、ちゃんちゃらおかしい風景、といったことでは済まされない怒りが込み上げてくる。IAEAが調査に来た途端に多くの真実が出て来るのだから、嘘つきもほどほどにしてもらいたい。
(4)計画停電なるものがまかり通った!
 東電が執った対策の一つが耳慣れない「計画停電」だった。緊急事態ということで、有無を言わせない強引な対応で、首都圏は大混乱となった。節電の重要性は分かるにしても、その強引な実施具合には、多くの国民が翻弄された。力任せの上からの押し付け的な対応にもほどがある。その後は、あれほど騒いだ計画停電なるものは姿を消しているのだが、あれは一体何だったのかという、ちゃんちゃらおかしい話だ。
 この節電も絡んでいたが、プロ野球の開幕日程を巡って、巨人軍の滝鼻オーナーやナベツネさん達のKYな発言が世間を驚かせた。選手会長の阪神の新井貴浩氏の頑張りが一人目だっていたのは、皮肉な風景だった。
(5)関西は関係ない
 関東、東北が電力制限で四苦八苦していた頃、関西では、節電は関係ないから景気を引っ張る意味からも、自粛して消極的にならずに、どんどん使って頑張るべきと豪語しといたコメンテーターや解説者たちが多くいた。読売テレビを辞めて、一層の人気者になった辛坊治郎さんもその一人だ。しかし、その後、中部電力の浜岡原発の運転停止、関西電力でも福井県の多くの原発にも運転再開の見通しが立たないことから、昨日、関電が15%節電を打ち出した。大阪の橋下知事が、急に何を言い出すのかと喚いていたが、これまた、ちゃんちゃらおかしい風景の一つである。
 
 結果論ではなく、見る目のなかったリーダー、あるいはその近くにいた方々の間抜けた発言、行為は許されないものがある。節目の三ヶ月を迎えたのを機に、大いに反省をしてもらいたいものだ。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 2時10分起床。体重、62.3Kg.お天気は雨の一日のようだ。
 昨日の雅子だが、午前中はそうでもなかったが、午後の入浴後は、このところあまり見られなかった大きく目を開けて見つめてくれるパターンが暫く続いていた。そして、こちらからの話をしっかり聞いてくれるような様子が続き、何だがほっとしたひと時だった。風呂上りで、一時的に体調がよかったのだろうか。

3.連載、難病との闘い(224) 第三部 施設、病院での介護生活(125)
  第六章 緊急入院(21)

 (3) 転院、関が原の戦い(その10)
 親族の重要な会議を終えて、霧子さんと病院に戻ったのは2時過ぎだった。たまたまだったが、三井先生がナース室におられたので、霧子さんと一緒に、親族の合意で、胃ろうを含めた手術を行って欲しいと改めて申し入れて了解を戴いた。その際に、先生は造影剤を使って撮った写真を見せながら、胆汁が少し流れているという。つまり、胆石で完全に止まっているということではないという説明をしてくれた。その後、3時過ぎには、麻酔科の看護士さんがやってきて、改めて、体質や過去の経験なっどのチェックがあった。
 この夜、一考は二人の息子達に緊急のメールを送った。その内容は、急な話だがと前置きし、この週末に、母親の胆嚢切除の手術を行なうのだが、難しい手術のようで、若しかしたら、最悪の心配もないではないとにおわせた。少し大袈裟過ぎるかもしれななかったが、君らも随分とお世話になったのだから、何とかその手術の前に時間を作って出て来て元気付けてやって欲しい。二郎の場合は、さし当たっては、嫁と孫は別で、君一人だけでもいいと付け加えた。そして、出来れば、三人揃って久し振りに飯でも食いたいので、連休最終日に当たる20日の午後に揃って顔を出してくれるといいのだが、とも付記した。このメールの全体のトーンは、まさかのことを念頭に置いており、その意味では、「出て来い」との一考の指示でもあった。
 二人からの返答は早かった。太郎の方は、一考が示唆した連休の最終日でOKだと言って来たが、二郎の方は仕事の都合で、明日の土曜日に顔を出すと言う。今まであまり顔を出さない二郎だったが、今回は、素早いアクションであった。二人の返事がそういうことで日がずれたため、残念ながら、親子三人揃っての夕食は成立しないことになった。今年の正月も二郎は都合で帰れず、このところ、三人で飯を食った記憶がない。次の機会を待ちたいが、何時になるかは分からない。
 さて、その翌日の7月18日(土曜日)を迎えた。次男の二郎が急遽見舞いに病院に着いたのは、雅子が、胸とお腹のレントゲン撮影を終った直後で3時前になっていた。二郎とは、前年の6月末に孫を連れて家族でアクティバに見舞いに来てくれて以来のおよそ一年ぶりの顔合わせだった。早速、二郎は母親を見舞い、いろいろと話しかけてくれた。雅子は、自分でしっかりと目を開いてじっと見つめてくれたいた。ここのところ、自分でそんなに目を大きく開けることはなかっただけに、やはり、血の繋がった息子ということで、何らかの神通力が作用したのかも知れないと一考は思うのだった。
 ところで、嫁の配慮なのだろう、二郎が手土産を持って来てくれたのだが、一考は、自分達はいらないからということで、思いつきで三井先生に差し上げようとしたが、先生は自分では受け取れないと固辞されたので、結果的に、看護婦さん達に差し上げることになった。
 その後、二郎とは久し振りだったので、二人は駅の地下街で軽くビールを飲んでひと時を過ごした。そこで、雅子の状態、今度の手術の持つ危険度などを、一考は詳しく話して聞かせた。途中で、二郎は一人で病室に戻り、もう一度母親に会って、持ってきた娘の写真などを見せたようだが、果たして、雅子はそれをしっかりと捉えられたかははっきりしない。忙(せわ)しないお見舞いだったが、雅子には嬉しい顔合わせだったに違いない。(以下、明日に続く)

1637 「気概、気骨、勇気」ある男の「罪と罰」

 法律やルール違反がまかり通ってはいけないが、それでも、国、国民を思う気概ある正義感に溢れた勇気ある行動は、時としてヒーローを生む結果にもなることがある。気概、気骨、勇気といったエネルギーが罪を乗り越えさせるのだ。

1.独り言コラム
 昨年起きた大阪地検特捜部の前田恒彦検事による厚労省元局長の村木厚子さんに関する証拠隠滅工作といったとんでもないルール違反は、論外も論外で徹底して厳しく罰せられねばならないが、最近起きた神戸海上保安官だった一色正春氏による東シナ海での中国漁船衝突事件を撮影したビデオ映像を、隠蔽しようとした政府の方針に憤慨し、公務員のルールを逸脱してUチューブに投稿した規則違反事件や福島第一原発で、東電の上層幹部からの海水注入による冷却中断指令を無視して、注入を継続した吉田昌郎所長の勇気ある行為は、自信に満ちた気骨ある行為として、今や一躍ヒーロー扱いとなっている。
 前者のビデオ映像漏洩を行った一色正春氏については、事情聴取は受けたものの、結果的に送検されることもなく、その後「たかじんのそこまで言って委員会」にゲスト出演し、その行為を高く評価されたし、その後も多くの講演依頼も殺到しているという。一方の、吉田昌郎所長には、清水社長から口頭で注意はあったものの同氏の取ったアクションは実質的に正しかったという評価を受けた。
 そんな劇的なヒーローの話題とは趣を異にするが、本人が既にヒーローであるゴルフの石川遼選手が、無免許運転をしていたことが発覚、ちょっとしたニュースになっている。持っていた国際免許が有効だとのうっかり判断で気がつかなかったというのだが、この場合は、悪気はなくても、罪は罪である。来週からの全米オープンを控えて、同氏は少なからずショックを受けただろう。どんな扱いを受けるのかわからないが、こうなれば、この大会で上位入賞で、その罪を償って欲しいものだ。
 一方、そんなヒーロー扱いの男達とは対照的に、有名な美人タレントを妻に持つ男達が、スキャンダルや犯罪容疑で、妻に大迷惑を掛ける話題が相次いだ。一つは、政治家の後藤田正純氏の銀座高級クラブのホステスとの不倫で、妻である女優の水野真紀の信頼を裏切ったハレンチ行為だった。もう一つは、タレント山口もえさんの夫であるIT関連の若社長だった尾関茂雄氏が、東京の西麻布で無許可で風俗営業をいていたことで逮捕された。ITバブル崩壊の影響なのだろう。あのスローな喋りが売り物の山口もえさんも、のんびり構えている訳にはいかないだろう。
 そんな中で、気概を持つ気骨ある男の出現を待っているのが、菅総理の後継者である時期総理の椅子である。早くも、自薦、他選で多くの男達の名前が上がって来ている。最有力候補に野田佳彦、続いて前原誠司、その他にも、枝野幸男、岡田克也、樽床伸二、鹿野道彦、海江田万里、小沢鋭仁、原口一博など多士済々の名前がマスコミに取り上げられている。数は多いが何だか小粒な気もしている。この中に、本当に、国、国民のために尽くす気概を持った気骨ある男は存在するのだろうか。今度こそ、一年総理だけは、何としても避けて欲しいと願う国民は多いと思う。そう言う意味からも、この男たちで大丈夫なのだろうか、という不安は消えない。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 1時半目覚め。体重、62.0Kg.今日のお天気は終日曇り空のようだ。このブログ配信後一寝入りする。
 昨日の雅子だが、朝から痰が少し多そうで、苦しそうな様子だった。それでも、午後の散歩後は、その厄介な痰も少し落ち着いたようだった。相変わらず、ずっと目を瞑っていることが多かった。瞼をそっと開けてやって、円らな瞳がじっと見つめてくれているのを見ると、ほっとする。どうやら、ここに来て、瞼を開けるのが厄介になって来ているようだ。何処まで続くのか、症状の悪化の行く先が気になる。

3.連載、難病との闘い(223) 第三部 施設、病院での介護生活(124)
  第六章 緊急入院(20)

 (3) 転院、関が原の戦い(その9)
 三人は、その翌日のお昼過ぎに雅子の実兄の祐一さん宅に集まった。奥さんの香子さんは、この日は、話の内容から察して遠慮されていて、その部屋には顔を見せず、昼食の準備に専念しておられた。
 話しの焦点は、「障害が残るかも知れない、或いは、命そのものにも危険がある難しい手術であるから、手術をしないという選択もある」という三井医師の発言に対する対応だった。冒頭、一考が、その辺りの簡単なブリーフィングを行なったが、それを受けて、祐一さんがゆっくりと口を開いた。
 「一般的な話しだが、今の病院は、必ずそういう言い方で、患者サイドが同意したという意思確認をしておきたいんだよ。事後になって、その種の問題が持ち込まれることが多いだけに、少し過剰な対応になっているきらいがあると思う。ところで、雅子の場合の話だが、僕自身は、医者と言っても専門が違うから、その辺りのリスクの度合いは正確には分からないけれど、切除せずにそのままにしておけば、胆嚢の悪化が更に進むだろうし、厄介な病気に派生することもあるだろう。パーキンソン病の性格からいっても、良くなることはないのは確かだと思う」
 「その点は三井先生も言っておられて、切除した方がすっきりすることは確かのようですね。問題はその切除手術に全身麻酔が必要で、今のパーキンソン病との関連で、今までに同種の事例がなく、どんな影響が出て来るかが分からないんだとしきりにおっしゃるんですよ」と一考が改めて補足した。
 「まあ、そういうことなんだろうね。でもね、一般的に言って、明らかにこれは危険だと言うような手術なら、医者は手術を選択しないんじゃないかなあ。まあ、充分にうまくいく可能性はあっても、そういう言い方で患者サイドの了解をしっかりと取っておきたいのだろう」義兄はあくまでも冷静にそう言って二人の顔を見た。
 「そういうことなんでしょうね」一考は、そう言って頷いた。その時、それまでじっと黙って聞いていた霧子姉さんが口を開いた。
 「私はね、とにかく今の雅子を見ていて可哀そうで仕方がないの。それでね、私の言いたいことは一点だけで、それは、苦しませた状態で、単に生かしておくようなことだけは止めてあげて欲しいの。いわゆる植物状態っていうようなのだけは、避けてあげて欲しいの」霧子さんは、少し俯き加減でそう言った。いつもの元気な声ではなかった。
 「それは私も同じです」と一考は頷いた後、更に、今日の会議を締め括るように、言葉を続けた。
 「じゃあ、我々としては、手術をしない選択、つまり、胃ろうだけを取り付けてもらうといった対応はせず、この先生の技術にかけてみようということで、宜しいですね」
 「そうしないと、今の施設に戻るのも難しいだろう?」祐一さんが確認した。
 「その点ですが、施設のアクティバ琵琶に確認したんですが、雅子を受け入れてくれる条件としては、口が開かないだけに、胃ろうがきちんと使えて、他の厄介な病気がなく安定していなければ困ると言うのです。そういうことでも、手術をお願いする以外にないですよね」
 こうして、3人の意見は一致した。とにかく、身内でこんな重要な会議をしたのは初めてだったが、考え方の大きな齟齬がなかったことは幸いだった。
 そのあと、香子さんが取り寄せてくれたお寿司を4人揃って食べた。それぞれが、その思いを頭に浮かべての会話の少ない昼食だった。ここで、香子さんは、一考に、太郎と二郎の意見を聞いて上げるようにとアドバイスしてくれた。(以下、明日に続く)

1636 大詰めの大決戦

 大勝負を決する終盤戦の大詰めは、見ていても興奮でどきどきする。勝負の綾は、その時の流れが大きな鍵のようだが、…。今朝は、政界、棋界、球界でのそれぞれの天王山の戦いを取り上げた。

1.独り言コラム
 菅総理の辞任のタイミングで喧しい。皮肉なことだったが、昨日で誕生してちょうど一年のお目出たい節目を迎えたが、そんな余韻を楽しむ流れではなかった。
 今や、一刻も早く辞任することから避けられない展開になっており、不信任案を否決して、一気に来年の初めまで辞めないと強気で居直った一週間前が嘘のような追い込まれ方である。今の流れでは、菅総理が辞める以外に逃げ道は見出せない袋小路である。
 その一方で、菅総理辞任後の展開も読めなくなって来ている。大連立という掛け声が大きい一方で、各党の思惑がまさに同床異夢の状況で、すんなりと纏まる気配はない。差し当たっては、民主党の後任代表に誰が選ばれるかが大きな焦点になりそうで、その流れが今一つ見えていない。前原誠司か、野田佳彦か、はたまた仙石由人が出て来るのか、予断は許されない状況のようだ。
 さて、将棋ファンは、昨夜は大興奮だった。将棋名人戦の第六局が、山形県天童市で一昨日から行なわれていたが、終盤で大接戦にもつれ込み、勝負の綾が揺れ動いたが、羽生名人が絶妙な凌ぎと攻めを見せて勝ち切り、3連敗のかど番から3連勝し、奇跡の逆王手で最終決戦を迎えることになった。
 この対局は、初日から羽生名人が攻勢に出て、一時は楽勝ムードだったように見ていたが、昨夕からの終盤になって気がつくと流れは森内挑戦者に傾く展開で、若しかしたら名人位奪回かと思われたが、際どく羽生名人の粘りが勝利に結びついた名局だった。
 これで、自らが2年前に竜王戦で喫した将棋界初の3連勝4連敗の汚名を、名人戦の大舞台でお返しする舞台が整った。泣いても笑っても後一局で、二週間後の山梨県甲府市で行われる最後の決戦を向かえることになる。敢えて言えば、流れと云う魔物が水面下でうごめいていて、何となく羽生名人に傾いているようだが、さあ、大逆転ドラマは誕生するのだろうか。
 プロ野球交流戦も後半に入っているが、ソフトバンクと日本ハムの首位争いが激しく激戦が続いている。オリックスも2位タイに食い込んでいて、意外な頑張りを見せているが、今年もパリーグから優勝チームが出る事になりそうで、交流戦も終盤に向けて大激戦が続くことになる。
 そんな中で、日本ハムのダルビッシュ・有が昨日も快投を見せ、連続無失点記録を44回まで伸びして更新中だ。パ・リーグ記録が杉浦投手(南海)の54回2/3、日本記録は金田正一投手(国鉄)の64回1/3で先行きはまだ遠いが、何処まで迫れるか楽しみである。得てして、こういう場合は、エラーか本塁打であっけなくピリオドが打たれることが多い。果たして、ダルビッシュはどんなドラマを見せてくれるのだろうか。流れは悪くないと見ているが、…。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時起床。体重、62.0Kg.お天気は今一つのようだ。
 昨日の雅子だが、前日同様に安定していたが、なかなか目を開けてくれなかった。それでも車椅子での散歩やその後の専門家によるリハビリには、ほっとした様子が窺われ、一考もほっとするのだった。

3.連載、難病との闘い(222) 第三部 施設、病院での介護生活(123)
  第六章 緊急入院(19)

 (3) 転院、関が原の戦い(その8)
 ところで、余談だが、転院後の洗濯だが、持ち帰って自分で行っていたが、パジャマについては病院のものを使えば、その洗濯は、病院でやってくれるというサービスがあったことが分かり、そうしてもらうことにした。少しでも手間が省けるのは有難い。
 さて、週明けの月曜日の朝だった。偶然だったが、また三井先生と話す機会があった。迷っていた一考には有難い機会だったが、お話を窺う度に、手術の大変さが分かり、不安が募って来るのが厄介だった。それと云うのも。先生は、手術に関し、場合によっては気管支切開が必要になることも考えられ、その結果、術後も、人工呼吸器のパイプが離せなくなることも有り得るという心配を吐露されたのである。最悪のことを考えての話しだと思うが、当事者の一角にいる一考には辛い話だった。
 その翌日(15日)から、ずっと寝てばかりでは身体によくないということで、昼間の適当なタイミングを捉えて、雅子を車椅子にのせて、少し気分転換を図ろうとの段取りが取られることになった。そのためにスリッパがあればと云うので、一考はアクティバ琵琶に残してきたスリッパを持ち帰るため、自宅経由でアクティバ琵琶まで往復したのだが、そこで、思わぬチョンボを犯すことになった。
 それは、折角持ち帰って来たサンダルを、JR大津京駅のホームの待合室の中に置き忘れると言う失態だった。読書に夢中になっていてのうっかりだったが、山科で急いで引き返すと、紙袋に入れていたスリッパはそのまま元の場所に残っていて、実質的には、時間をロスしただけで済んだのである。不幸中の幸いだった。
 しかし、ついていたのは、そこまでだった。3時頃になって、また三井先生から新たな話があった。それによると、雅子の痰の中からぶどう状球菌が検出されたため、新たな抗生剤で対応を始めているという。
 その際にも、手術に関して、繰り返しての不安をぶち明けられた。それは、パーキンソン症候群を抱え、加えて、肺炎などの厄介な症状下でのこの種の手術は、実施例が殆ど無く、アンノーンのことが多く心配だと言うのである。特に、胆嚢切除時の全身麻酔が気掛かりだというのだった。そういう意味で、手術を取り止めるという選択もあると、改めて繰り返し付言した。その場合は、胃ろうは別途取り付けてくれるというが、肺炎の再発、胆汁の処理などの対応を考えねばならず、更には胆嚢炎の心配もあるという随分と弱気でややこしい説明を受けたのである。
 先生の親切さから出る説明かも知れないが、度重なる不安を煽るような説明に、一考の頭の中は混乱を来たしていた。特に、繰り返しておっしゃった「手術をしない選択」が気掛かりだったので、雅子の二人の実兄姉に電話で報告し、この件で、三人で会って話をしたいと申し入れた。命に関わる問題だけに、しっかりと意見交換をして相互に納得をして置く事が大事だと考えたからである。(以下、明日に続く)

1635 寄る年波には…

 一日24時間という時間の積み重ねで、毎年1歳ずつ年を取って行くことは、貧富、男女、学歴などに関わらず、全ての人たちが平等に与えられている神様からの贈り物だ。つまり、人間誰でも、老いてゆくことから逃れることは出来ないのである。

1.独り言コラム
 プロゴルファーの尾崎将司選手は今年64才である。優勝回数は113回を数え、賞金王も12回と最多記録の持ち主である。しかし、同氏は50歳以上のゴルファーが参加するシニアーツアーには参加せず、ずっとレギュラーツアーに参加し続けてきている。恐らく、彼自身がもっている良い意味でのプライドがそうさせているのだろう。2010年には世界ゴルフの殿堂入りを果たしている。筆者は、同氏のその姿勢、意地を貫いて頑張っていることに感心している。しかし、やはり、寄る年波には勝てないようで、最近では予選を通るのがやっと云ったところだ。
 「テレビタックル」や「そこまで言って委員会」などの番組で、重鎮としてその存在を誇っている政治評論家の三宅久之氏だが、最近の番組を見ていて、それまでに比べて少し言葉が出難くなって来ているように思う。今年81歳というお年から見ればまだまだ元気いっぱいだが、ここに来て少し衰えの前兆が窺える。やはり、寄る年波には勝てないのかも知れない。
 寄る年波を感じさせながら頑張っているのが石原慎太郎東京都知事だ。声にも張リがなくなり、見た目には少し苦しそうだがよく頑張っている。先の都知事選で若手の有望な後継者が出なかったことで、身を挺して出馬して頑張っているのが、少し痛々しく感じることもある今日この頃だ。
 確かに、今年のイチロー選手は今までの10年とは大分様子が違う。昨日現在で、66本のヒットを数えるが、年間換算では178本ペースで、大変厳しい状況にある。一喜一憂することはないと思う一方で、あと104試合で134本を打たねばならず、かなりのペースアップが必要だ。今年38歳というから、この激しい野球と云うスポーツでは、やはり寄る年波には…。
 政界では、その種の寄る年波の魑魅魍魎の男達が、執拗に実権を握らんとして未練いっぱいに頑張っている。小沢一郎、鳩山由紀夫、菅直人さんたちは民主党の生みの親ではあるが、ここまで来れば、もう若い人たちに任せて、すっきりと舞台から退場してもいいのではなかろうか。特に菅総理は、メドがつくまでと言っているが、あなたがやっていれば、それだけメドも遠のいてしまう。一刻も早い総理辞職が望まれる。また、裏で糸引いている黒幕たちも同様で、三宅久之さんのお友達の渡辺恒雄さんもその一人だ。
 そういう意味では、トリノオリンピックで金メダルを取って、直ちに現役引退を表明した荒川静香さんや、戦後三番目の長期政権を記録した小泉純一郎元総理は、実に鮮やかな引退の事例を残してくれたと思う。人間、思い切ってすっきり引くことで、更にその輝きが増すのではなかろうか。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時40分起床。体重、62.0Kg.お天気は良さそう。
 昨日の雅子だが、総じてまずまずの様子だった。前日よりは、目を開けてくれる時間が少し多かったように思うが、寝たきり状態に変わりはない。

3.連載、難病との闘い(221) 第三部 施設、病院での介護生活(122)
  第六章 緊急入院(18)

 (3) 転院、関が原の戦い(その7)
 一考は、少し疲れたので、一階の待合室に降りて暫くうとうとして、夕方近くの4時半頃戻って来ると、タイミングよく麻酔科の先生と看護婦さんがお見えになった。雅子を診察された先生は、肺炎が両脇に少し残っていて、二酸化炭素が溜まっているという。そのため、呼吸器障害の可能性がありそうで、もう少し時間をかけて様子を見る必要があるという。その後、ついて来られた看護婦さんから、雅子の体質や今までの手術の経験など、細かい項目について問診的なチェックがあった。これらが、手術を行なう上で配慮されるのだろうと一考は忖度していた。
 それから間もなくだった。三井先生が再びお見えになって、手術の日程変更が伝えられた。全身麻酔に不安があることが分かったことで、当初の来週初めを1週間ぐらい延ばして、その後の検査結果を見た上で決めたいが、できれば、連休明けの7月21日にしたいという話であった。その際に、同時に胃ろうも合わせて行なう予定だと付け加えられた。
 三井先生の説明では、肺炎が両肩辺りに残っていることで痰の心配があり、このまま手術をすると、呼吸器系の障害を起す不安があるというのである。そして、新たに、今後の症状次第では、手術をしない選択もあるのではと付け加えられたのである。しかし、取り敢えずは、21日に手術の予定は入れておくという。これは思っていたよりもずっと重い告知で、一考は急に重い荷物を背負わされた感じであった。特に、「手術をしない選択云々」の言葉には大きな引っ掛かりを覚えたのである。
 転院4日目だった。土曜日だったが、三井先生が出て来ておられて、二人で今度の手術について、突っ込んだお話をする機会を持てたのは、或る意味では幸いだった。その時の話しは、手術はあくまでも21日を目標に考えていること、しかし、手術をしない選択もあること。その場合には胃ろうだけ取り付けることは可能だと言う主旨の内容だった。つまり、今度の手術は100%安全とは言い切れないのだというのである。従って、手術日には、何かあった時に決断できる家族のキーマンには来てもらっておく必要があるということだった。
 一考は、恐らく、病院としてのリスクを回避するために、この種の言い方をされておられるのだろうと思う一方で、手術をしない選択とか、安全性は100%ではないといった表現が前日からの繰り返されていることに、何か尋常でない不安を覚えるのと同時に、一考は大いに戸惑うのだった。
 この日の午前中、雅子は洗髪のサービスを受けていて気持ち良さそうだった。
 一考が昼食を終えて、再び病院に戻ったのは午後の2時過ぎだった。暫くすると、実兄の祐一さん夫妻が見舞いに来て下さった。祐一さんは山科で小児科病院を開業していることもあって、三井先生から聞いた手術に関する不安な話をすると、今の病院は、その辺りのことを事前にしっかりとお話して置くのが大事だということらしい、ということをコメントされた。それにしても、素人には厳しい告知だと一考は思うのだった。真面目に受け取れば、判断を迷ってしまう。(以下、明日に続く)

1634 千日手

 将棋において、駒の配置、持ち駒、手番が全く同じ状態が1局中に4回繰り返されることを千日手と称し、無勝負となって、先手、後手を入れ替えて指し直しする事になっている。

1.独り言コラム
 一昨日のNHK杯将棋トーナメントを録画で昨日見たのだが、若手の永瀬拓矢四段が佐藤康光九段(元名人)を破って金星を上げた。その対局は、千日手を二度も繰り返した後の三度目の勝負で、それも大接戦となったのを制しての会心の勝利だった。二度連続千日手は、61年目の長い歴史を持つNHK杯トーナメントでも初めての記録だった。
 筆者も驚いているのだが、永瀬四段はプロ棋士になってまだ2年足らずの19才の若手棋士なのだが、今年の1月から負け知らずで、目下18連勝中である。プロ棋士の連勝記録は、1987年に神谷広志七段が記録した28連勝が光っているが、果たして、永瀬四段がどこまで迫れるか、期待と関心が大きい。
 同氏のプロフィルの中の棋風の蘭には、三間飛車を得意とし、千日手が多いと書かれている。勝負ごとは勝たねばならず、千日手では話しにならないのだが、千日手を厭わずに、持ち前の粘りで相手を押さえながら勝利を獲得する戦いぶりは興味深い。
 プロ棋士になって以降の成績は、36勝16敗で、勝率6割9分2厘(一昨日現在の記録)はなかなかのものである。目下、主なタイトル戦では、竜王戦の予選6組を勝ち抜いて、間もなく始まる挑戦者を選ぶ本戦トーナメント出場を決めたし、NHK杯戦でも今後どこまで勝ち進むか、連勝記録の行方と共に、その期待は大きい。(追記、昨日の対局て、敗れ連勝はストップ)
 前にも紹介(1463回をご参照)したが、将棋界もここに来て若手の台頭が著しい。昨年タイトルを奪取した広瀬王位、その王位挑戦者を決めるリーグで羽生名人とプレイオフを戦った村山慈明五段、また、今年王将戦に久保王将に挑戦した豊島将之六段、更には、佐藤天彦六段、糸谷哲郎五段、稲葉陽五段、遠山雄亮五段、阿部健治郎四段など多士済々である。
 永瀬拓矢四段のように、プロ棋士への最終予選である三段リーグを勝ち抜いた若手の棋士の活躍の凄さを見ていると、後一歩で三段リーグを勝ち抜けずに、無念の思いで去って行った多くの天才棋士の卵達を思い、紙一重の人生の明暗に心を痛めるのである。それと云うのも、三段リーグは40人近い棋士の卵たちが激しく競い合い、半年間のリーグ戦で上位2人だけがプロ棋士に昇格できるという厳しい関門なのだ。つまり、年間にその3段棋士の1割程度の4人しかプロ棋士になれないと言う厳しい壁を乗り越えなければならないからである。
 実は、今その三段リーグに是非突破して棋士になって欲しい卵がいて、ここ3年間頑張り続けているのだが、年齢制限の25歳が近づいており、心配して見守っている。その人の名は、藤森哲也さんだ。美人女流棋士の藤森奈津子さんのご長男だが、残念ながら、今期も既に3敗し苦しいスタートとなっている。藤森さん、頑張れ! とエールを送っておこう。
 さて、政界も、漸く、大連立に向けて動き出しているが、各党の思惑が同床異夢のようで、千日手のような指し直しにならないことを望んでいるのだが、…。先ずは、菅直人総理が引退し、小沢、鳩山といったロートルが引っ込むことからスタートするのだろうと思う。まだまだ前途は道険し、である。

2.今朝の一考、昨日の雅子。
 4時起床。体重、62.0Kg.曇り空の一日になりそう。
 昨日の雅子は、症状は安定していたが、ほとんど目を開けてくれなかった。午後には車椅子で散歩しリラックスさせてあげた。手で瞼をそっと開けてあげると、かわいい眼が見つめてくれるのでほっとするのである。

3.連載、難病との闘い(220) 第三部 施設、病院での介護生活(121)
  第六章 緊急入院(17)

 (3) 転院、関が原の戦い(その6)
 一考は「それ来た」という気持ちで、それまでの眠気も吹っ飛んだ感じで6階のナースステーションに急いだ。お話の主な内容は、手術の段取りのことだった。先生としては順調に雅子の体調が推移すれば、なるべく早くやりたいという考え方で、出来れば、週明けの月曜日の8月13日を考えているということだった。つまり、4日後と云うのである。
 少し慌しい日程だと思ったが、その辺りの具体的なことについては、先生にお任せするというのが一考の考え方だったので、出された必要な承認書などにそのままサインを行なった。先生は、別途、麻酔科から確認の話があるので、待っていて欲しいということだった。
 話を終えて大部屋に戻ると、雅子は少し赤い顔をしていた。体温を測ってもらうと、37.3度あり、直ぐに水枕で冷やしてもらうことになった。間もなく、今回の受け入れを了承頂いた三井先生の上司である住友外科部長がお見えになった。一考は丁重に礼を言って頭を下げた。先生も軽く会釈されたが、特に何かをおっしゃることもなく、じっと雅子の様子を暫く観察しておられたが、そのまま部屋を出て行かれた。
 一考は、雅子のこのタイミングでの発熱で、果たして、来週初めの手術は、大丈夫なのだろうかと少し不安に思うのだった。( 
 三日目も血液検査、CTの撮影などがあり、3日後の手術実施への最終確認が進められていた。言ってみれば、手術実施へのカウントダウンが、既に始まっているのだと一考は捉えていた。
 一考はこの日11時前に一旦病院を出て自宅に戻った。暫くやっていなかったお墓参りをしておこうと思ったからである。大体、月に1~2回のペースで訪れているが、夏は花が痛むのが早いので、2回のペースは必須である。特に明日が手術だということなので、先祖にもお参りして成功をお願いしておこうと思ったのである。
 病院に戻ったのは午後の2時頃で、雅子がちょうどCT撮影に向かうところだった。それを見送って気がつくと、廊下側のスペースに新しい方が入っておられて、この大部屋も定員の6人いっぱいになっていた。結果的に、雅子のスペースは、両隣に患者がいる真ん中のスペースになってしまい、結構、住み心地は窮屈になっていた。荷物の籠を置く場所が、隣のスペースとの境界とのカーテンの自由度のお陰で、少し領域を侵犯する形になっていた。まあ、お互い様ということであまり気にしないことにした。間もなく、雅子が戻って来た。溜まっていた痰を吸引してもらったが、依然として少し熱があるとの事で水枕をしてもらった。(以下、明日に続く)

1633 楽しみな好対決

 毎日、いろんな戦いが展開されているが、「誰と誰の戦いか」で関心、興味が大きく左右される。今朝は面白そうな幾つかの好カードいをピックアップしてみた。

1.独り言コラム
 (1)森内第十八世永世名人と羽生第十九世永世名人
 今年の将棋名人戦が面白い。出だしから3連敗した羽生名人が、その後2連勝して盛り返し、明日から将棋の町の天童市で第6戦が行われる。羽生の奇跡の大逆転防衛に羽生ファンは期待している。
 (2)前総理対現総理
 政界では鳩菅の戦いが、見苦しい場外論戦となっがなかなか面白かった。一旦は、騙された形となった鳩山由紀夫氏だったが、「詐欺師」とか「ペテン師」といった代議士に相応しくない汚い言葉で罵った効果があって、流れは急速に菅総理の早期退陣となって来ている。
 一旦は不信任案否決に成功した菅総理は、「一定のメド」の解釈で、起死回生の延命を図かり、一時はその小細工は成功したかに見えたが、世論はそれを許さなかったようだ。
 余談だが、この「一定のメド」的な日本語の持つ味わいは格別だ。この種の事例は他にも多い。例えば、お味噌のCMで森光子さんが言っている「一味違う」もその一つだし、今年のイチロー選手の調子は「今一つ」といういい方も同じ類である。使用する立場からは便利な言葉なので、筆者も多用している。
 さて、今後の政界だが、民主、自民の期限付き大連立の話しが進んでいるようだが、騙し、ペテンが常習の連中の談合が、果たして纏まるのだろうか。政界は、一瞬先は闇である。筆者は、前原誠司氏の登板を期待しているのだが、…。
 (4)羽鳥アナ対日本テレビ
 今年の日本テレビの24時間テレビの司会者に羽鳥慎一、西尾由佳里のコンビの復活が決まったようだ。常連だった徳光和夫さんが24時間ランナーとして走る。日本テレビを退社した羽鳥アナを起用するあたり、日本テレビもなかなかの太っ腹だ。
 (5)さくら対さつき
 女子ゴルフでは、今週は、横峯さくらさんが棚ぼた優勝を物にした。これで賞金額7億円突破の最年少記録を更新した。初優勝が目前だった新人の大城さつき選手が土壇場で自滅したのは気の毒だった。
(6)藍対美香
 海の向こうのアメリカのゴルフツアーでは、今週は日本から4人が出場しているが、筆者は二人の宮里選手の戦いを注目している。今週は宮里藍選手がまずまずの成績(19位タイ)で、調子が今一つの宮里美香選手(42位タイ)で日本人の1,2位を占めた。
 (7)ピカソ対4歳の天才
 オーストラリアの4歳の天才画家がニューヨークで個展を開いたという。メルボルンに住むアイリータ・アンドレちゃんという。ピカソの再来、といわれているようだ。ニュースで見た限り、信じられないほどの素晴らしいできばえだった。
 (8)阪神対横浜
 今年のプロ野球セリーグでは、ちょっと言い過ぎかも知れないが、阪神対横浜の最下位争いが面白そうだ。阪神を優勝と予想した野球評論家は坊主になるべきだ。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時起床。体重62.0Kg.お天気は良さそうだ。
 昨日の雅子は、落ち着いた一日だったが、目を瞑ったままの状態がほとんどで、一考には寂しい一日だった。日曜日だったが、前日、熱があってできなかった車椅子での散歩を、特別に介護士さんお願いして実施した。昼間、一時身体の震えが目立っていて心配したが、夕方には戻っていた。散歩の効果だったのだろうか?

3.連載、難病との闘い(219) 第三部 施設、病院での介護生活(120)
  第六章 緊急入院(16)

 (3) 転院、関が原の戦い(その5)
 3時頃になって、雅子の手術を担当される先生の紹介を受けた。まだお若い先生で名前は三井修先生(仮名)という。少し大きめの顔で、精悍さが溢れている真面目そうな先生だった。手術の具体的な日程については、改めて行なう検査結果を踏まえて決めるが、できるなら、なるべく早い段取りを組みたいということだった。
 4時頃に、手伝いに来てくれていた雅子の長姉の霧子さんが帰った後、暫くして夕食に相当する栄養剤の投与が始まった。琵琶湖大橋病院での内容と同じようなものが使われているようだった。かくして、雅子の転院の第一日目は無難に過ぎて行った。とにかく、あれやこれやで、雅子も大変だったろうが、一考にとっても、心身ともに疲れた一日だった。
 翌日からの通院は、今までと違って電車での通院となった。それでも、自宅から最寄の大津京駅までは、途中までは車を使った。自宅から通して歩いても10分程度の距離なのだが、最近はその程度の歩行でも疲労感が強く、駅の近くのスーパーまで車で行って、そこで駐車しておいて駅まで歩くことにした。そうすることで、歩く距離が半分程度に減らせられるので、少しは身体を楽にすることが出来た。有難いのは、このところ、そのスーパーが駐車場を無料開放してくれていることである。
 病院への出入りについては、琵琶湖大橋病院と同様に時間制約がある。ウイークデイが2時から20時まで、土日祝日は11時から20時となっていて、それ以外は、特別面会の了解を得る必要があるという。
 転院2日目からは各種検査が行なわれていた。手術を控えての確認作業だった。痰は相変わらずのようだが、幸い熱はないという。そんな中で、3日目の午後には神経内科の春日先生のパーキンソン病の定期診断日だった。
 診断を受ける本人が居ないのも初めてのことで、一考が患者の座る椅子に腰を掛けて、先生に向かいあった。ここ数回続いた転院のお願いの時と同じスタイルでだった。  一考は、琵琶湖大橋病院に入院以降の雅子の症状についてかいつまんで報告した。患者本人の雅子がいない状態で、このように二人で向かい合って雅子の症状について話をするのは、何となく実感が伴わず、妙なぎこちなさはあったが、このところの転院などのお願いで、幾たびか相談させてもらったこともあって、肩に力が入ることもなくスムーズに話をさせてもらった。
 いつも持ち帰っているお薬については、直接に入院中の雅子を担当してくれている看護婦サイドで取り出せるシステムになっているという。従って、今までのように、一考が時間を掛けて薬局でお薬をもらうことは必要なく、時間の無駄も省けて有難いことだった。いつもは、お薬をもらうのに1時間以上待たねばならないことを考えると随分と有難いことだった。少し眠かったので、一階の待合室でうとうとと居眠っていたのだが、ズボンのポケットに入れておいた携帯の振動で目が覚めた。担当医師の三井先生だと直ぐに分かった。今後のことついて、相談したいので、ナースステーションに来て欲しいというのであった。(以下、明日に続く)

1632 数字「38」に因む話題(その2)

 一つの言葉、数字などから、いろいろ連想して楽しむのも悪くはない。今朝は、再び、数字の「38」に挑んでみた。

1.独り言コラム
 昨夜、TBS系列では特番、「人間とは何か?、私と地球の38億年物語」を放映していた。番組タイトルの38億年というのに惹かれて番組を見ていた。キャスターは安住紳一郎さんと真矢みきさんで、真矢さんを見たのは初めてだったが、気さくで飾らない話しぶりは好感が持てた。
 それに寄ると、生命は魚類から両生類、爬虫類、そして哺乳類といった具合に進化し、440年前のラシダス猿人の登場となったようだ。数字的に面白かったのは、赤ちゃんが育つ子宮内での羊水の温度が38度だということである。
 2009年9月3日のこの蘭で(992回をご参照)で、数字「38」に関する話題を取り上げたのだが、その時は、総選挙で民主党が大量議席を獲得したのだが、その議席数が「308」であったことからの連想で取り上げたのだった。そこでは、円レートが初めて変動相場になった時が1ドル308円だったことから始まり、月と地球の距離が38万キロ、日本列島の面積がおよそ38万平方キロ、更には税金の基礎控除や扶養控除額が38万円であることなどを紹介したと思う。
 その後、この「38」に関して新たな出来事があったし、忘れていた事実を思い出させてくれたものが出てきたので、それをここで総括しておこうと思ったのである。
 先ず、例の東シナ海のビデオをUチューブに流した一色正春氏のハンドルネームが「SENGOKU38」は衝撃的なニュースだった。一色氏は今やヒーローの一人である。しかし、この「38」の意味は未だに謎である。
 東北大震災では、福島原発事故で、放射能が撒き散らされているが、その一つのストロンチューム(Sr)は原子番号38である。
 また前回はすっかり忘れていたが、南北朝鮮の分割ラインが北緯38度線で、朝鮮戦争が生んだ厄介な産物である。
 今回は、ここに歴代の筆者の関心のある38代目、38番目をリストアップしておこうと思う。順不同で敬称略である。
 第38代天皇は、天知天皇で大津京に遷都したことで筆者の関心も高い
 第38代総理大臣は、近衛文麿(1940~1941) なお38人目の総理大臣は池田勇人(1960~1964)
 第38代横綱は、照国萬蔵(1942~1953)
 第38回レコード大賞は、安室奈美枝の「Don’t wanna cry」(1996年)
 第38回全国高校野球選手権大会優勝高は、京都代表の平安高校(1956年)
 第38回センバツ高校野球優勝高は中京商高(1966年)
 第38回東京箱根間駅伝競走優勝高は、中央大学。(1962年)
 第38回紅白歌合戦の司会者は和田アキ子と加山雄三(1987年)
 最後に百人一種の38番目は、右近さんの短歌である。「忘らるる身を思わず誓ひてし、人の命の惜しくもあるかな」
 最後に個人的なことだが、筆者は昭和38年大学卒で、会社では38組の一人だし、高校では3年生では8組だった。また、妻が入院中の琵琶湖大橋病院では、今は308号室でお世話になっている。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時15分起床。体重、62.3Kg.お天気はまずまずのようだ。
 昨日の雅子は、朝から熱があった。クーリングを行っていたが、夕方まで熱は下がらなかった。そのため、午後の散歩は取り止めた。目は時々開けてくれていた。震え具合、痰の出方などは普通。この日は、お坊さんの月参りの日であったので、昼間は付き添いが出来なかったこともあり、雅子としては良く頑張った一日だったと思う。

3.連載、難病との闘い(218) 第三部 施設、病院での介護生活(119)
  第六章 緊急入院(15)

 (3) 転院、関が原の戦い(その4)
 ほぼ予定通り、午後2時少し前に、雅子を乗せた搬送車は武田病院の前に到着した。心配していた大きな揺れもなく、気になっていた雅子の痰の発生もなく、無難な到着に一考はほっとしていた。
 武田病院の前は、いつもそうなのだが、救急車を長く駐車させておくスペースがないことで、てきぱきした速やかな対応が必要だったが、それらを含めて、必要なことは全てうまく作業が行なわれ、雅子の転院はスムーズに進行した。
 雅子の部屋は、6人が定員の6階の大部屋だった。ここで、受け入れる武田病院側と搬入した琵琶湖大橋病院との間で受け渡し手続きが行なわれた。
 それが終ったタイミングを捉えて、琵琶湖大橋病院から預かって来た資料やメモの類を手渡した。こうして、両病院間の引継ぎが終ったのは2時半少し前だった。
 その直後に看護婦長から挨拶を受けた。姉御的なすっきりした性格の方のようで、引継ぎに際しては、てきぱきとその場を仕切っていたのが印象的だった。彼女には、琵琶湖大橋病院の看護主任から預かって来た手紙を手渡した。同時に、彼女からは、幾つかの病院に関する資料を受け取った。それらは、各種手続きやサービス、当該病院での注意事項などの説明書と病院の案内やプロフィール資料だった。この後、直ちに正式な入院手続きを行なった。かくして、雅子は武田病院の管理下に置かれることになったのである。
 一考は直ぐに持ってきた荷物の整理に取り掛かった。しかし、それを置くスペースが琵琶湖大橋病院に比べて、かなり狭いのに気付いた。
 幸い、この時点では隣のスペースが空いていて、二人分のスペースが使えたので、さし当たっては、空いているところに荷物を置いた。琵琶湖大橋病院と同様に、スペース間はカーテンで仕切られる仕組みであり、フレキシブルな境界なので、多少のことは融通が利いて、何とかなりそうだった。
 雅子のベッドが、エアーマットで、お尻に傷が出来ていたことを配慮し、また新たな床ずれを防止するためだという。「なるほど」と思いながら、両病院間でうまく連携されていることに感心するのだった。(以下、明日に続く)

1631 政治家の不倫また発覚

 後藤田正純代議士の不倫が発覚した。若手で将来を期待されている政治家の一人だったが、…。

1.独り言コラム
 負け犬の遠吠えではないが、「詐欺師」「ペテン師」と菅総理のことを揶揄し、「嘘を言っちゃいかん」と吼えていた鳩山由紀夫前総理の顔は引きつっていた。芸貧菅のしたたかな仕打ちに一杯食わされた惨めな叫びが痛々しかった。
 そんな政局崩れの大舞台の裏で、美人女優、水野真紀の旦那である後藤田正純氏が、銀座クラブの高級ホステスをお持ち帰りするスキャンダルが写真週刊誌で暴露された。元官房長官のカミソリ後藤田正晴氏を大叔父に持つ毛並みの良さを売り物に、小泉進次郎氏と共に、将来を期待されている若手の政治家だが、ここで大きな汚点を暴露された形となった。そんなことで、同氏は「一身上の都合」ということで、党政務調査会の財務金融部会長代理を辞任した。その週刊誌によれば、二人で話題の議員宿舎にも入っていった大胆なものだったという。
 後藤田氏を弁護する訳でないが、男と云う動物は、こと、女性に関してはなかなか理屈どおりに治まらないことがある。幾ら美人の女優を妻にしていても、いつも傍にいるわけでもないし、たまには摘み食いもしたくなるときがある。また、彼のような二枚目は持てることも多く、そんなチャンスは余るほどあるのだろう。それだけに、どれだけうまく処理できるかの能力が問われる問題だろう。
 いずれにしても、政治家の女性スキャンダルは相変わらず多い。最近の事例では、話題の議員宿舎に連れ込んだあの鴻池祥肇がいる。また、路上キスでは、細野豪志があの異色のタレントの山本モナさんとの事例が有名だし、また国家公安委員長だった中井洽氏も週刊誌の餌食になった。中井氏は独身なので不倫には当たらないとして、役職辞任などはなかったが、それ以外の方々は、一旦役職などを辞任するなどして一定の冷却期間を置いて復活している。
 また、あの豪腕の小沢一郎氏も、自らのチルドレンの青木愛さんとの一夜が盗撮されて話題になったが、この話にはドンデン返しがあって、相手役を務めた 青木愛さんが、事もあろうに、小沢氏の第一秘書の元に走ると言った、とんでもない不倫関係が暴露されるといった男女のややこしい相愛関係を披露し、野次馬を喜ばせてくれた。
 とにかく、政治家と言えども、生身の男に変わりない。何しろ伏魔殿の政界だ。何が起きても不思議ではない。
次にマークされているのは、小泉進次郎氏だろう。同じ轍を踏まないようにご注意あれ。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 4時10分起床。体重、61.9Kg.今日のお天気は曇り空のようだ。
 昨日の雅子は比較的安定していた。痰は相変わらずだが、目を開けてくれることも多く、その意思をそれなりに表してくれているようだった。眼の開け方が日替わりだ。午後には入浴させてもらってさっぱりしていた。

3.連載、難病との闘い(217) 第三部 施設、病院での介護生活(118)
  第六章 緊急入院(14)

 (3) 転院、関が原の戦い(その3)
 頭の中には、この20日間に渡って過ごしたこの病院での諸々のことが思い出されて来た。病気などで苦しむ弱者にとっては、仮令それがお仕事だということであったとしても、心のこもった優しさを頂戴するのは、大変嬉しく有難いものである。介護、看護に当たってくれた方々の一人一人の顔が思い出されてくる。人間、苦しい時に受ける優しさが一番心を揺すってくれる。そういう意味では、有難さを与えて頂いた貴重な期間だった。
 ちょうど1時頃に、ストレッチャーを持って二人の係りの方が迎えに来てくれた。慌しい移動が開始された。本人の雅子をストレッチャーに移す作業が始まると、一考は、残っていたタオルなどを紙袋に詰め込んだ。一考が運ぶ荷物は、4つの鞄や袋に納まった。部屋を出る際に、その場にいた何人かの看護婦さん達が見送ってくれたが、その方たちの何人かは、エレベーターのところまでついて来てくれた。
 そんな中で、その日の担当の美人看護婦さんが、一考が持っている4つの大きな荷物を見ると、手早くその二つを引き取って持ってくれた。そして、1階の玄関口まで一緒になって運んでくれたのである。車は、その玄関口に着けられていて、運転手と付き添いの方で、雅子の乗っているストレッチャーを車の中に運び入れて、それの固定が終ったのを確認してから、4つの荷物をその空いたスペースに運び入れた。そして、一考は、最後まで荷物運搬を手伝ってくれた看護婦さんにお礼を言って、自らも車に乗り込んだ。
 ドワが閉まり、車が動き出して後も、その美人看護婦さん、しきりに手を振ってくれていた。一考の頭の中には、大変だったこの入院中の思い出が、しみじみとした名残惜さとなって思い出されるのだった。
 かくして、運命のいたずらではないが、雅子は、自らが探し出し、今でも定期的に通院している武田病院に転院のための、新たな旅立ちとなったのである。車はゆっくりと病院を出ると、間もなく国道161号線から湖西バイパスに入るべく右折した。一考は、その遠心力で雅子の身体がずり落ちないようにと、その身体を手で支えてやるのだった。
 小刻みに揺れる車の振動を受けながら、雅子は、じっと目を瞑ったまま無表情な様子だった。救急車で琵琶湖大橋病院に運ばれた際も、こんな形で運ばれてきたのだろうと一考は考えていた。
 一考の心配は、武田病院に到着するまでに、痰が出て来て困るのではといった不安もあったが、その必要がないまま時間が過ぎて行ったのは幸いなことだった。走っている道は、毎月の定期診断時に、一考が雅子を乗せて走る通い慣れた道ではあったが、ストレッチャーでの移動での雅子の気持ちは、きっと複雑なものだろうと一考は考えていた。車は、間もなくバイパスから五条通に入り、ゆっくりと走り続け、やがて東山隋道のトンネルを通り抜けた。(以下、明日に続く)

1630 芸貧管(ゲイヒンカン)の猿芝居で延命

 芸の貧そうな管総理の猿芝居がさく裂した茶番劇だった。これによって、注目の菅総理への不信任案はあっさり否決されたのである。この日は、もう一つおまけの田舎芝居もあって、まさに「なんたるちあ」の驚きの一日だった。

1.独り言コラム
 あっと驚く茶番劇だった。病院で妻を車椅子に乗せて散歩中にテレビを盗み見して結果を知ったのだが、あまりの思わぬ展開に愕然とした。流れが急に変わっていたからである。
 一昨夜から昨日の朝にかけての小沢一郎、鳩山由紀夫、更には原口一博氏らの不信任案に賛成投票を決意した言動などの予告編を見ていたので、若しかしたら不信任案が可決されるのではとの興味で見ていたのだが、すんなりと裏切られたのである。このドラマの火付け役だった原口氏、鳩山氏の二人は青票を投じていたし、豪腕の小沢氏は本会議を欠席して近くのホテルでテレビを見ていたという。昨日の筆者は、朝から自分の歯医者を含めて三つの病院を駆け回っていて、この間の動きを知らなかっただけに、何があったのか直ぐには理解できなかった。
 何と、菅総理が鳩山由紀夫氏との密約に基づいて、本会議の直前に行われた代議士会で、一段落したら辞任するとの退陣表明が行われていたのだ。その結果、造反の動きは一転し、不信任案反対という流れに変わっていたのである。国民に対する騙まし討ちも甚だしい茶番劇に馬鹿馬鹿しさを覚えていた。まさに、大山鳴動して鼠2匹(松木謙公氏と横粂勝仁氏)だった。二人は、民主党から除名の扱いとなった。
 この顛末は、菅さんが見せてくれた芸に乏しい猿芝居で、文字通りの、げいひんかん(芸貧菅)の茶番劇だったが、その結果見事に延命に成功したようである。
 なお、既にその兆候が出始めているが、この茶番劇の後遺症として、何時退陣するかを巡って、もう一芝居、その悶着ぶりが楽しめそうだ。いやはや、政界は嘘とだまし討ちでいっぱいの掴かみどころのない、とんでもない伏間殿だ。
 今回のNHKの中継で、各代議士の投票毎に獲得した賛否の数字を速報で表示していてくれていたのが斬新なアイディアで、視聴者には分かり易すかった。NHK中継のテクニックは、一歩前進で、白星の○でだったと思う。
 ところで、この日には、もう一つの田舎芝居があった。それは、相撲協会が理事会で名古屋場所を正式に執り行うことを決定し、その結果を文部大臣に報告し、意味のはっきりしなかった技量審査場所にピリオドを打ったという顛末である。これによって、今までの賭博、覚せい剤、八百長といった不名誉な体質の全てを、纏めてちゃらにしたというセレモニーを見せてくれたのである。
 その結果、大相撲は、のこった、のこったで、相撲ファンは、めでたし、めでたしで、差し当たっては、ハッピーエンドだった。いずれにしても、相撲協会の真価が問われるのはこれからであろう。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 12時半に目覚める。このブログを配信して、また寝るつもり。体重、未測定(追記:5時半起床、61.3Kg)。お天気は、午前中は曇りだが、午後には晴れるもよう。
 昨日の雅子はまずまずだった。この日の一考は、自分の歯科医院、そして雅子の特定疾患患者手帳の更新のための診断書を申請のために武田病院を回っていたので、雅子は一人で頑張っていた。
 2時半に琵琶湖大橋病院に戻ると直ぐに車椅子で院内散歩。途中で国会の不信任案採決の模様をちらちら覗いていたら、実兄の祐一ご夫妻のお見舞いがあった。雅子はしっかりと目を開けて迎えていた。
 この日、体重測定があり、今月も1Kg以上の減少があって、この5ヶ月で5Kg(12%)の大きい減少で、少し心配である。今日にでも医師に確認したい。

3.連載、難病との闘い(216) 第三部 施設、病院での介護生活(117)
  第六章 緊急入院(13)

 (3) 転院、関が原の戦い(その2)
 いよいよ、転院する8日を迎えた。出発時間の1時に合わせての細かい準備に一考も朝から慌しい時間を送っていた。
 先ずは、自分の車の扱いを考えておく必要があった。一考は、自分も雅子の乗る琵琶湖大橋病院の移動車で一緒に移動するつもりをしていたので、翌日からのことを考えて、自分の車は自宅に置いておくことにした。そのため、朝早く一旦病院に出かけると、いつものように、その日のブログと日経新聞の私の履歴書を読んであげたりして、リラックスした時間を過ごしたが、雅子はいつものように黙って聞いていて、何らこれといった反応は示さなかったが、幸いにも、転院に支障を及ぼすような症状上での問題は認められなかった。
 そこで、荷物のパッケージに取り掛かり、持ってきた大きめの鞄や紙袋に、運ぶべき荷物を放り込み、その納まり具合を確かめると、一旦病院を出て自宅に向かった。途中で施設のアクティバに立ち寄り、出来上がっていた洗濯物を受け取った。この入院期間の洗濯は施設にお願いしていたのだが、転院すれば、武田病院との地理的な位置関係から見て、洗濯は自分でやらねばならないことから、一考は、改めてその厄介さを思うのだった。
自宅に戻ると、簡単な朝食兼昼食を済ませで、車を自宅に置いて、電車で病院に向かった。病院に戻ったのは10時半を少し過ぎていた。
 その後は、タイミングを見はからって一階の受付で、保険金の支払い申請に必要な診断書の作成を申し入れた。10日間ぐらい掛かるという。経済的に厳しい生活を余儀なくされている訳で、少額の保険金でも大いに助かるのだ。因みに、一考にとっては、満期以外の保険金を申請するのは、今回が初めてのことである。
 11時半になって改めて検温などの基礎データを計測してもらったが、体温が37.4度、血圧が122-98、酸素指数96、脈拍が82で、この時点でも熱があって少し心配だった。  
 ちょうど正午の頃に、この病院での最後のお薬の服用があった。もちろん、鼻からのチューブを通しての服用だ。その後、間もなく気になっていた請求書も届けられたので、直ぐに支払いを済ませた
 間もなく、原田医師からの先方の担当医への手紙、看護婦さんからは先方の看護婦さんへの連絡メモ、更にはCT写真も貸与の形で手渡された。一考は間違えないように、それぞれを受け取って持って来ていた鞄や袋に詰め込んだ。
 いよいよ転院の時間が迫って来ていた。一考は、改めて持って行く荷物の準備を完了したし、雅子も、この病院での最後のオムツ替えやパジャマの着替えを済ませて、送ってくれる車の到着を待った。(以下、明日に続く)

1629 予断を許さない流れ

 あらゆる戦いには流れがある。場合によっては、それが一気に加速する事がある。流れは放射能のように目には見えないが、それを物にしたものが勝利するのが通例である。

1.独り言コラム
 菅内閣が大きな山場を迎えている。昨日の夕方に、自民、公明、立ち上がれ日本の3党によって出された内閣不信任案が、今日の午後に衆議院本会議で採決される。民主党内での激しい切り崩し合戦が行われていて予断を許さない流れとなっている。
 小沢一郎、鳩山由紀夫の二人の元代表が不信任案に賛成の意向を示しているし、元総務大臣の原口一博氏も同様に賛成に投じると表明した。因みに、昨夜の小沢グループの集まりには71人が集まったという。共産党と社民党が投票を棄権すると決めたことで、民主党から82人の造反が出ると、不信任案は可決されることになるという。
 とにかく、流れは変調である。災害対策、原発対策が急がれている中での政治空白が心配されているが、トップに力がないと対策は進まないし、取り替える方が早いという見方もある。
 なお、過去において4度の不信任案可決の事例があるが、4度とも解散が行なわれた。今回は、選挙も出来ない地域がある。下手すると、政治的な大混乱も心配される。とにかく、今日の3時頃には結果が出る。果たして、どんな結果になるのであろうか?
 将棋名人戦の流れも微妙だ。一昨日から行なわれていた7番勝負の第5局で、羽生名人が勝って対戦成績を2勝3敗とした。3連敗後の2連勝で、2年前の竜王戦で自らが喫した史上初の3連勝4連敗のお返しへの可能性が見え始めたように思う。ここでも、ファンの希望的な見方であるが、森内挑戦者に変調(?)が窺われ、微妙な流れが起き始めているように感じている。
 イチロー選手の200安打へのペースも微妙な動きである。昨日現在、ちょうど全体の1/3が終った段階だが、今のペースは183本ペースで一時の225本ペースから大きくダウンして来ている。特に、ここ7試合で29打数3安打と絶不調だ。今までの54試合で13試合がヒットなしの試合があって、昨年の場合の5試合ペースに比べてあまりにも多い。こうして見ると、微妙な流れと云うよりも、ちょっとした不安な流れと云うべきではなかろうか。固め打ちを期待するのだが、果たして届くのだろうか。先は長いが、決して容易ではない流れだ。
 今年こそは優勝といわれていた阪神のペースもおかしい。菅内閣と同様で、ベンチの采配に不信感があってなかなか勝てない試合が続いている。交流戦に入って半分の12試合を終えたが3勝9敗と振るわない。既に借金9と情けない結果でトップのヤクルトと7ゲーム差と引き離された。追いつくのは容易ではない。ここでも、流れは不安で、チームのやる気が沈滞しているようだ。
 人口の増減の流れも微妙である。昨年度の人口増減ではおよそ10万人の減少と云う新記録で、人口減少が進んでいる。その一方で合計特殊出生率は1.39と少し回復の流れにあるようだ。特に30台の女性の出生率が少し持ち直しているのが大きい。微妙な流れだが、ここでは少しほっとする流れである。
 まあ、いろいろあるが、何よりも、今日の衆議院本会議での不信任案の賛否結果に注目したい。日本国民だけでなく、世界も関心を持って見ているだろう。筆者は、どうやら可決されるのではとの感触だ。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 2時半起床。体重、61.9Kg。お天気は、梅雨の真っ只中でスッキリせず、昼間は曇り空のようだ。
 昨日の雅子は、熱はなかったが、痰が多かった。前二日と違って、頑張って目を開けてくれる時間が比較的多く見られた。体調が微妙に変化し、微妙な悪化が続いているように思う。

3.連載、難病との闘い(215) 第三部 施設、病院での介護生活(116)
  第六章 緊急入院(12)

 (3) 転院、関が原の戦い(その1)
 両病院間の打ち合わせで、転院時での詳細が決まったのは、二日前のことだった。それによると、午後1時に琵琶湖大橋病院の車で武田病院に向かうという。従って、それまでに、支払いなど必要な事務手続きなどは、全て済ませておいて欲しいということだった。こうして、具体的な段取りが決まったことで、一考の気持ちの中では、いよいよといった気分が高まって来ると同時に何となく忙しなさを覚えていた。
 心配だったので雅子の様子を窺うと、まだ発熱が続いていて、体温が37.8度もあったことである。水枕などで冷やしてもらってはいるが、果たして、うまく、転院当日には戻っているだろうか、といったことで、一考は落ち着かなかった。
 そんな何となく落ち着かない中で、雅子の入院保険の申請手続きで、一考は貴重な時間を割かざるを得なかった、それというのも、AIU関係のものは、電話で簡単に対応が出来たが、「かんぽ」については、然るべき資料などを用意せよとのことで、バタバタすると同時に、かつて銀行の窓口で、本人口座の扱いで大議論した場合と同様に、本人の署名など巡って、ここでも厄介な議論を交わすことになり、思わぬ時間を空費した。本人が動けないような場合には、ルールももっと融通性を利かす改善をしてもいいのではと、改めて実感したのである。
 転院を翌日に控えた朝、9時過ぎに、原田先生が顔を出して下さった。先生は、雅子の症状をチェックしながら、「まあ、こんなところですかなあ」と言って一考の顔を見た。「熱が出たり、痰が依然として減らないのが気になります」と一考が言うと、「痰は、唾液の飲み込みの際の誤飲によりもののようですね」とコメントされた。熱についてのコメントはなかった。
 袖触れ合うも何かの縁と云うが、1週間程度といわれて入院したのだったが、結果的は20日に及ぶ入院期間となったことで、いろいろとお世話になった看護婦さんたちへの感謝の気持ちと同時に、別れに対するちょっとした切なさも芽生えていた。また、この大部屋で一緒に過ごした患者の親族の方々の中でも、特に言葉を交わした方々には、それとなく翌日に転院することを伝えていた。そこには、ちょっとしたお名残惜しい気持ちが少なからずあった
 夕方になって、原田先生が来られて、この日の朝に実施した血液検査の結果、エブリシングOKという報告をして頂いた。こうして、ここ琵琶湖大橋病院で、雅子の最後の一日は淡々と過ぎていったのである。
 余談だが、一考は、知的で綺麗な女性に弱い。このグループの看護主任がまさにその典型的な方で、一考はそれとなく惹かれていた。たまたま、彼女が読書には興味があるということを知ったので、今回の入院という縁を形にしたいとの思いで、拙著「執念」を謹呈させてもらった。多分、有難た迷惑だったと思ったが、一考一流の自己満足の一つだった。(以下、明日に続く)

1628 政治討論番組の司会者たち

 NHKを始め民放各局も、それぞれの政治討論番組を持っている。そして、そこには、何人かのアクの強い司会者が存在する。そんな中でテレビ局の社員から育った二人の司会者に注目してみた。

1.独り言コラム
 政治討論番組の司会者といえば、テレビ朝日の「朝まで生テレビ」、それにかつての「サンデープロジェクト」の田原総一郎氏が、その強い個性と強引な司会で一世を風靡したが、それ以外では、フジテレビの「新報道2001」で名を挙げて、先の神奈川県知事選挙で勝った黒岩祐治氏もなかなか強い自信家の司会者の一人だった。
 現在も活躍中の司会者では、テレビ朝日の「たけしのテレビタックル」の阿川佐和子さん、読売テレビ「たかじんのそこまで言って委員会」や「ウエークアッププラス」などで活躍している辛坊治郎氏が目立った存在だ。
 この種の討論番組をマネージするには、多少の強引さが必要で、田原氏は別格としても、黒岩、阿川、辛坊のお三人も、いずれもその点ではなかなかの手腕の持ち主だと言える。
 黒岩氏の場合は、レギュラーメンバーだった竹村健一氏から、番組内で幾度か苦情を受けていた事があったし、辛坊氏も、先日、ゲストで招いた元総理の安倍晋三氏や桜井ようこ氏に対して、無利子国債発行に関する議論で、二人の発言を遮ってまで強引に持論を披露し、番組長老の三宅久之氏から、司会の枠からはみ出ていると強いクレームを食らっていた。また、阿川さんは、どんなに議論が混乱していても、それを彼女なりの強さで仕切る腕力は凄い。言ってみれば、まあ、それくらいの強さ、持論をもっていないと、この種の大物を集めた討論番組を仕切ることは出来ないという証でもある。
 いずれにしても、そんな実績を残して黒岩祐治氏は神奈川県知事になった。因みに、この種の番組を足場に政治家になった人も何人かいる。「そこまで言って委員会」のレギュラーだった橋下徹氏もその一人で、大阪府知事になって大活躍中である。他にも、今の菅内閣で経済産業相の海江田万里氏や次の総理候補として一時は人気を集めた舛添要一氏も「サンデー・プロジェクト」のレギュラーだった。
 こうして見ると、辛坊治郎氏や阿川佐和子さんの将来の政治家への転身が期待される訳だが、さあ、どうだろうか。辛坊氏は、既に経済に関する本を何冊か出しているし、何紙かの新聞にもコラムを連載していて八面六臂の活躍中で、その準備にはおさおさ怠りはない。
 因みに、同氏は、本日中に出される内閣不信任案に対し、昨日の同氏が出演している生番組で、多分「否決」されるだろうと言い切っていた。ある意味で、同氏の将来を賭けた思い切った発言だったと思う。結果や如何、である。
 ところで、黒岩祐治氏や辛坊治郎氏は、それぞれのテレビ局の社員だった訳で、いわゆるサラリーマンからの転進者である。それだけに、筆者は、野次馬的ではあるが、そんな方々の人生の選択に強い関心を持っているのである。指し当たっての関心は、辛坊治郎氏よ、何処へ行く、かである。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時15分起床。体重、62.0Kg.お天気は雨模様の一日となりそうだ。
 昨日の雅子は、ほとんど寝たきり状態で、自らは目を開けてはくれなかった。仕方なく、時々筆者の指で瞼を開けてやると、瞳は健在でじっと一考の顔を見ているのを確認したが、何とも言えない気の毒さで胸が痛かった。

3.連載、難病との闘い(214) 第三部 施設、病院での介護生活(115)
  第六章 緊急入院(11)

 (2) 緊急手術(その5)
 そもそも、この種の高度な技術を要する手術などは、一考の考え方としては、総合的に見て、設備などが整っている武田病院で対応して頂くのがベストであるという考え方を持っていた。特に、パーキンソン病でお世話になっている訳だから、緊密に連携した形が取り易い。尚且つ、雅子が自ら調査し、自ら探し出した病院であり、言って見れば、雅子のお気に入りの病院でもあったからである。
 しかし、たまたま春日先生との胃ろう取り付けに関しての会話では、その辺りを匂わせただけで「近くの病院がいいよ」と暗に武田病院での対応を否定する考え方を繰り返しておられたので、一考にはちょっとした戸惑いがあった。春日先生がすんなりと受けて頂けるかにどうかに不安があったからである。しかし、今回は胃ろうの話とは次元が違う話しであって、その上、原田先生が手紙を書いて下さる訳であるから、それを手渡してお願いすることは問題はないはずである。一考は、その辺りの経緯や事情を原田先生に話して、理解して頂いた上で手紙を書いて頂くことにした。
 かくして、事は動き始めた。一考の心配は杞憂に終り、話しは一気に進んだ。多少の紆余曲折はあったが、武田病院が意外とすんなりと琵琶湖大橋病院からの申し出を受けてくれたのである。もちろん、そこには春日先生のご配慮があったことは申すまでもない。
 雅子の症状が何ら改善した訳ではなかったが、気が重かった一つの壁を乗り越えたことで、一考の気分は爽快だった。原田先生もその結果に、ほっとされていたようだった。かくして、雅子の闘いは、転院をしての新たな展開をみることになった。
 それからは、転院の日に向けて、一考は慌しい時を過ごすのだったが、この間に、幾つかの話題があった。
 次姉の久子が見舞いに来た。転院する前に見舞っておこうと思ったのだろう。突然の見舞いだったので、雅子の看護、介護のタイミングとうまく合わず、折角顔を出してくれたのだが、ちょっと顔を見ただけで、バタバタした中で帰って行った。いずれにしても、顔にチューブを差し込んだ、いわゆるスパゲティ状態の悲惨な雅子を見て、久子もきっと驚いていたことだろう。
 また、入院で留守にしている施設の担当リーダーさんのお見舞いもあった。同じグループの皆さんの寄せ書きを集めた色紙を手渡してくれた。お世話になっている多くの方々から「早く、帰って来てね」の激励の言葉を一考が読んで聞かせると、雅子は嬉しそうに大きく目を開けて、見舞いに来てくれた二人の顔をじっと見やっていたのが印象的だった。(以下、明日に続く)

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