プロフィール

Author:相坂一考
滋賀県大津市出身
07年1月に推理小説「執念」を文芸社から出版

このブログは4部構成です。
冒頭の枕に続いて、
1部が「独り言コラム」でキーワードから世の動きを捉えようと試みる。
2部が「今朝の一考と昨日の雅子」で妻、雅子の近況。
3部が連載「難病との闘い」です。
(09−02−16に修正。09−03−01に再修正、09−09−30に3度目の修正、09−11−09に4度目の修正)


 

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1052 迷走、快走

 松本清張の作品に「迷走地図」というのがあるが、迷走という言葉は、どちらかと言えば、政界の裏話で薄汚い話題に多用されている。一方、快走はスポーツ界の明るい話題に限られていて、楽しさを提供してくれる歓迎すべき言葉である。

1.独り言コラム
 アメリカ軍普天間基地の移設に関する対応で、鳩山内閣の対応は迷走している。辺野古への移設が合意されたのは13年前の話で、政権が変わったとは言え、国際間の合意が今になってああでもない、こうでもないでは、米国の日本への不信感の助長を促すことにならないはずが無い。
 岡田克也外相が嘉手納への統合を主張しているのに対し、北沢俊美防衛相が辺野古案でも民主党の主張に沿っていると詭弁を披露、それに対して鳩山総理は、自分が決めるとし、急ぐことはないと泰然と構えている。脱「対米追随」の試金石になりそうだが、今朝のニュースでは、一旦、6日に予定された岡田―クリントン会談が取り止めになったという。米国の不満も極に達しているのではなかろうか。迷走もいい処である。
 鳩山総理のお金に関する話題は、まだまだ拡がりを見せている。今朝の毎日新聞では、トップ記事として、「首相、株売却申告漏れ」という活字が躍っている。先の献金虚偽記載に加えての金に関する疑惑で、足元が揺らぎ始めているように見える。大丈夫なのか。本日発売のサンデー毎日には、早くも、内閣支持率急落の予兆という記事が掲載されている。迷走の始まりかも知れない。
 既に駅伝のシーズンに入っているが、昨日伊勢路で行なわれた全日本大学駅伝で、日大のアンカーを務めたケニア出身のダニエル選手が大快走して、4年ぶり3回目の優勝を果たした。最終区で襷を受けた時点で、トップとの差が1分53分もあったのだが、走り始めて僅か7キロの地点でトップを捉える大快走だった。同ランナーは10月に行なわれた出雲大学駅伝でもアンカーを務めて、41秒差を逆転して優勝を奪っている。何とも強いランナーだ。来春の箱根駅伝でも見せてくれるであろうごぼう抜きを期待したい。
 そうはいうものの、日本人選手がちびりちびりと集めた貯金を、ケニアの選手に一気に帳消しにされるようなスケールの違った選手がいることには、少し違和感を覚えない訳ではない。今回の日大には、二人のケニア出身の選手がいて、この二人の走力で勝ったというところに何かすんなりと納得し難いのである。今後、各大学が外人集めをするようになると、大学駅伝駅伝の色合いが違ってくるのではなかろうか。そういえば、高校駅伝もそういうことで、1区の最長距離区間には、外人起用が制限された。
 しかし、どのスポーツで、今は外人助っ人の力を除いては語れなくなっている。プロ野球、サッカー、バレーなどもしかりで、助っ人に負うところが大きい訳なのだが、大学駅伝にまで、それが及んでくると複雑な思いがしないでもない。
 快走という話題なので、間寛平さんのその後を取り上げておこう。地球一周を目指して走り続けている間寛平さんは、今も頑張って快走を続けている。昨日現在で、大西洋を渡ってフランスに上陸後、ベルギー、デンマークのコペンハーゲンを経て、ドイツ、チェコなどを横断し、今はスロバキアに入っていて、走った距離も欧州だけで2600Kmを越えている。今後も気の遠くなるような長い戦いが続くが、静かにその快走、頑張り見守りたい。

2.プライベートコーナー
 3時半起床。体重、61.1Kg。お天気は予報では良さそう。
 昨日の雅子は、高熱がぶり返し、苦しんだ一日だった。熱が上がり始めたのは、前日の一考の帰宅直後で、38.1度に上がり、朝方には一旦37.2度まで下がったが、昨日の午後には38.5度まで再度上昇、夕方に37.5度まで戻したが、上がったり、ちょっと下がったりで、一日中高熱に悩まされた一日だった。なかなか安定しない。

3.連載、難病との闘い(1017) 第三部 戦いはまだまだ続く(311)
  第七章 しつこい敵(27)

 2.再びアウエイでの闘い(11)
 (2)治療の始まり (その6)
 翌朝は、やはり前夜のお酒が少し残っていて、朝起きるのに少し難儀したが、それでも気合を入れて頑張って、いつもとほぼ同じ時間にブログを配信し、病院にも、いつもの9時過ぎには到着していた。
 とにかく、二回目のこの琵琶湖大橋病院への通いが始まって、早くもほぼ3週間になるが、ここに来て、一考の生活リズムも定着し始めていた。朝の8時前後と午後2時頃から夕方に掛けての2回の病院通いが定番になっていた。
 朝の通院では、夜勤を務めてくれた看護婦さんから、その夜の状況を確認するのが目的の一つで、もう一つは、朝の9時過ぎに顔を出されるその日の日勤の担当看護婦さんに挨拶して、最初の体温測定の結果を確認することである。そして、一旦、自宅、若しくは施設のアクティバに戻るのである。午後は2時から3時頃に再び顔を出し、雅子の様子を確認し、夜勤の看護婦さんが来られるのを待ち、挨拶をして戻るというパターンである。
 ところで、一考には、ここ数日前から大変気にし始めていることがあった。それは、雅子に、点滴の針を打つ適切な場所探しの問題である。今までの度重なる点滴で、手、腕、腿、足を問わず、それと思われる適当な場所の血管は、ほとんど使い切って来ていて、これ以上、新たな場所を探すのが大変難しくなってきていた。
 毎日の担当の看護婦さんが、苦労して設置してもらうのだが、直ぐに漏れ出して設置し直すといった繰り返しが目立って来ていた。
 そんな中で、前週末の6日の日曜日に夜勤を担当して下さった一考のお気に入りのT看護婦さんが、その夜に粘り強く頑張って足の甲に作って頂いた点滴の設定が、極めて秀逸の出来で、漏れもなく凄く安定していた。一般的には、この種の点滴の使用期間は一箇所で72時間が限界とされていて、それ以上は感染などのリスクがあるということで、打ち直すことになっているそうだ。今回、T看護婦さんが設置してくれた点滴は、お陰で、久し振りに使用限界いっぱいの72時間を使い切ることが出来たのである。T看護婦さんは、その点に関しては、まさに、救世主とも言える仕事ぶりだった。(以下、明日に続く)

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