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相坂一考

Author:相坂一考
滋賀県大津市出身
07年1月に推理小説「執念」を文芸社から出版
14年7月に、難病との戦いを扱った「月の砂漠」を文芸社から出版

このブログは3部構成です。
 1.タイトルへの一言。
 2.独り言コラムで、キーワードから世の動きを捉えようと試みる。
 3.プライベートコーナー
   (2015-06-03に修正) 

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150 国民投票法案成立

 昨日、漸く、国民投票法案が成立した。現憲法で定められている96条の具体案がやっと決まった訳で、取り敢えずは一歩前進だと思う。とにかく、この60年間、この憲法問題を口にすることすらタブー視されていただけに、一つの壁を乗り越えた達成感は大きい。
 幾つかの問題点が指摘されている中で、最低投票率の問題があるが、筆者は、ともかく決めなくてもいいのではないかと思っている。投票しない人の背景を考察すると、1、どうでもいいと権利放棄している人、2、時間がなくて行けない人、3、身体が悪くて、投票したくても行けない、出来ない人、などが考えられる。このような人たちがどのような比率で存在しているかは分からないが、1に属する人たちは他の人たちに委託したと考えればいい。2のグループの人たちは期日前投票の活用を勧める、3のグループの人たちに、何らかのサポート(代理投票など)を検討すればいいのではなかろうか。
 全くの別件だが、今、テレビの情報で、熊本の赤ちゃんポスト(こうのとりのゆりかご)の初日に、3~4歳の男の子が入れられていたという報道があった。「そうなのか」といった思いが複雑に筆者の胸中を駆け巡っている。暫く、様子を見守りたい。

連載(115) 難病との闘い 第五章 衝撃の症状悪化(4)

 捻挫した足にはそれほどの痛みはなかったが、雅子はとても憂鬱だった。とにかく、何事も一考のサポートなしには出来なくなったからである。二階に生活の基盤があっただけに、階段の上り下りが大変だった。下から押してもらったり、支えてもらったりしての階段の上り下りとなった。トイレと風呂が階下にあったから、その都度、そのサポートは欠かせなくなった。もちろん、風呂は当面見合わせていたが、衣服の着替え、洗濯、食事などの日常の生活も、大半は一考のサポートが欠かせなくなった。不自由さが、雅子の気分を滅入らせていて、表情が浮かないものになるのは、致し方がなかった。
 思わぬアクシデントで、雅子は、病状が一気に悪化したような落ち込んだ気分になっていた。自分で自由に動けないほど面白くないことはない。一考が、その都度サポートしてくれるが、それだけにあまり迷惑を掛けないようにと余分な気を遣うことになる。
 二日目になって、ギブスの樹脂が脚を痛みつけるので、佐藤病院を訪れ、少しその部分の樹脂を切ってもらって、痛みを和らげた。
 木曜日以外の母親の食事は、雅子が担当していたのだが、この間、一部を久子や長女の綾子の助けをもらうことにした。改めて思うのは、自分達の食事は、見栄えや味などに拘らなくて済むが、他人に食事を用意する場合はそうは行かないだけに、結構、厄介な仕事だということを改めて思う。
 注文しておいた電子治療のドクタートロンが届いたのは2月20日のことで、その日から、就寝時の照射をも受け始めた。血行が良くなれば、治療に効果が現れるはずであり、そのことへの期待は大きかった。捻挫の不自然な体勢での就寝となったが、夢の中では、電子線照射に血が活性化しているように感じていた。
 そして、待望のギブスを外してもらったのは、捻挫から2週間後の3月2日のことだった。足型は少し変形したものになっていたが、それでも、直ぐに、よちよち歩きを開始した。赤子が歩き始めた時と同じように、漸く自由を回復できたことで、雅子に明るさが戻って来ていた。
 そして、翌日には、早速、友人の前田さんたちのグループとの昼食会に声を掛けてもらって出掛けた。病気そのものの症状の悪化に、今回の捻挫の後遺症もあって、よちよち歩きで不安定ではあったが、友人達に支えられての嬉しそうな顔つきは久し振りのものだった。食事もみんなの手助けで何とか食べられて、束の間の楽しいひと時を過ごした。こんな時にこそ、場を作ってくれる友人は「有難い存在だ」と改めて思うのだった。(以下、明日に続く)
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タグ : 国民投票法案 96条 赤ちゃんポスト

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