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相坂一考

Author:相坂一考
滋賀県大津市出身
07年1月に推理小説「執念」を文芸社から出版
14年7月に、難病との戦いを扱った「月の砂漠」を文芸社から出版

このブログは3部構成です。
 1.タイトルへの一言。
 2.独り言コラムで、キーワードから世の動きを捉えようと試みる。
 3.プライベートコーナー
   (2015-06-03に修正) 

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155 発言の重み

 今朝のTBSの時事放談での感想を二つ取り上げる。
 一つは、この対談での自民党元幹事長、野中広務氏の出演である。同氏は例の日本歯科医師会からの献金、一億円授受の場にいた一人で、その事実を否定している立場にある。幾ら、高邁な意見を述べられても、そのことを明確にしない限り、その発言には何の重みもないことを本人は自覚すべきだし、番組を作っているTBSが同氏を出演させる見識を疑うことにならざるを得ない。
 もう一つは、その中でも取り上げられた話題で、先日の天皇陛下の記者会見(?)での発言で「自分は個人的なことで外国訪問はしなかった」と、暗に、皇太子に意見をされたように受け取れた。このご発言の持つ重みは、格別のものだと受け取ったのは筆者一人ではないだろう。天皇家のコミニケーションがどんな具合になっているか知らないが、こんなことは、天皇が直接皇太子に伝えられたらいいことで、何も公式の会見で言わなくてもいいのではと思うのだが。直接、お話になるような機会はないのだろうか?

連載(120) 難病との闘い 第五章 衝撃の症状悪化(9)

 案の定だった。レントゲン撮影の結果、手首の骨折が判明した。打ち所が悪かったのだ。医者のメモに「櫈骨遠位端骨折」という難しい名称が書かれていた。足の捻挫で二週間強のギブス生活の苦しみからやっと抜けたばかりで、まだその状態もすっきりしていないのに、今度は手首にギブスをしなければならない。大変な生活に逆戻りと思うだけで、一考はうんざりするのだった。それでも、この骨折が左手だったことが幸いだったとプラス思考で捉えることにした。若し、右手であったなら、両手が使えない生活を余儀なくされてしまうからだ。かくして、再び、食事、風呂など全ての日常生活に窮屈で大変な生活が始まった。
 この事故には、一考が、それまで以上の「れば」「たら」を考えてしまう裏話があった。それには、このお墓参りを、母親と一緒に行くことになった経緯から話さなければならない。
 母親と一緒にお墓参りをしたことは、今までにも何回もあった。しかし、その都度、スローペースの母親を連れて行くのに、時間が掛かり過ぎるので面倒になって、一考の考えで、最近では、声を掛けるのを止めていた。ところが、少し前に雅子が姑と話している時だった。
「お墓は沢山の人がお参りしてあげた方がお父さんも喜こぶんじゃない」と義母が口にしたのである。
「それは、そうでしょうね。今度行くときは、声を掛けますから、是非、ご一緒してください」雅子はそう言って、その場を繕った。そこには、最近、二人が声を掛けていないことを不満に思っていた義母が、嫁に気を遣いながら、婉曲的な表現で伝えようとしたのだが、それが、却って皮肉に受け取れるという、二世帯家族の無駄な神経の使い合いの悪循環があった。
 しかも、この話には更におまけが付いていた。その日の朝になって、風も強く天候も怪しげだったし、雅子の調子も今一つだったので、翌日に延期しようかと、婉曲的に母に伝えたのだが、耳が遠い母には主旨がうまく通じず、珍しく母親が、明日が月参りの命日だからと主張し、結局、予定通りお参りに行くことにしたのだった。それが、思いも寄らない事故に繋がったのである。
 それだけに、余計に悔やむことになる。もし、この日のお参りを取りやめていたらと思いたくなるのだが、先日のご近所でのお土産の手渡しで転んだように、このところの、雅子の足腰の弱りは進んでいただけに、早晩、そんなことになっていたのかも知れないと、二人は、解釈するようにしている。
 結果的には、この事故以降の雅子の症状の悪化は、皮肉なことに、それまでのゆっくりとした変化と打って変わって、目に見えるハイスピードで進むことになるのだ。(以下、明日に続く)
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タグ : 野中広務 天皇家のコミニケーション 櫈骨遠位端骨折

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