FC2ブログ

プロフィール

相坂一考

Author:相坂一考
滋賀県大津市出身
07年1月に推理小説「執念」を文芸社から出版
14年7月に、難病との戦いを扱った「月の砂漠」を文芸社から出版

このブログは3部構成です。
 1.タイトルへの一言。
 2.独り言コラムで、キーワードから世の動きを捉えようと試みる。
 3.プライベートコーナー
   (2015-06-03に修正) 

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブロとも申請フォーム

ブログ内検索

RSSフィード

Powered By FC2ブログ

1644 棋界の大器 屋敷伸之九段

 天才棋士と呼ばれた一人であると同時に、努力家、頑張り屋、大器晩成型でもある。プロ入り後、1年そこそこでタイトル獲得といった天才ぶりを見せた一方で、22年もかけて、将棋界の最高クラスA級に昇級を果した頑張り屋の棋士でもある。

1.独り言コラム
 関西で「やしき」と言えば、「やしきたかじん(屋鋪隆仁)を連想する人が多い。今やテレビの「たかじんのそこまで言って委員会」や「たかじんの胸いっぱい」などの番組では、常に高視聴率を取っている大物タレントだ。それ以外の連想では、かつて、阪神でもプレイしたことがある「本屋敷錦吾」選手を思い浮かべる方もいるだろう。同氏は芦屋高校で活躍し、甲子園での優勝経験もあり、大学では立教大学であの長島茂雄選手と三遊間を組んだ名遊撃手だった。また、最近では、NHK大河ドラマ「篤姫」や今年の「江、姫たちの戦国」などのチーフプロデューサーの屋敷陽太郎さんの名前に気付いている方がいるかもしれない。いずれにしても珍しい名字である。
 今朝は、将棋界で再びその存在を大きくして来ている「屋敷伸之九段」の凄さを紹介してみたい。筆者も密かに応援して来ていた棋士である。同氏の凄さは、次の二つの実績から理解いただけると思う。
 一つは、天才少年だったことである。それを示す実績としては、プロ入り一年少々でタイトル戦、棋聖戦に挑戦者として登場し、最年少タイトル挑戦者の記録保持者である。その際の挑戦では、当時の中原誠棋聖にフルセットの末に惜しくも敗れたが、次期の棋聖戦(1990年)でも連続挑戦者となり、その時には中原棋聖を逆転で破り、18才6ヶ月で棋聖位のタイトルを奪取したのである。この最年少タイトル獲得記録も、今でも破られていない。なお、棋聖位は、通算3期獲得した天才少年だった。
 もう一つの実績(?)は、将棋界のクラスは5つあるのだが、下から2番目のC1クラスで14年間も在位を余儀無くされ、長いトンネルに入ったまま苦しんだ時期があった(1990-2003年)。仕組みが、同じ成績でも席順の上位者が昇級するシステムで、いわゆる「頭はね」を4度も食らう苦い経験を重ねた時期であった。しかし、14年間にも渡る地道な努力で何とかそのC1クラスを克服したのである。。その後、B2、B1クラスを、それぞれ4年に渡る厳しい戦いに打ち勝って、やっとのことで、今年から名人挑戦権を狙えるA級に昇級を果した努力の棋士でもある。筆者が大いに惹かれたのは、若い頃の天才的な時期での活躍よりも、その後訪れた長い不運な時期を克服し、遂にA級に昇格を果した不屈の努力への感動である。
 そして、昨日、来年の名人戦挑戦者を決めるA級での一回戦に登場し、3期も名人位を獲得している実力者、佐藤康光九段と対局、終始攻め続ける会心の一局で幸先いい、貴重な1勝を上げた。
 天才、そして努力の棋士、屋敷伸之九段へのこれからの期待が大きい。筆者の直感だが、今期は名人戦挑戦者争いには、同氏は間違いなく、その一角に加わることだろう。期待して、その活躍を見守りたい。

2.今朝の一考、昨日の雅子
 3時50分起床。体重、62.8Kg.。お天気は雨模様だが、夕方には一時的には回復しそう。
 昨日の雅子は、時々なのだが、目は開けてくれる一方で、身体の震えが大きく、その目が何かを訴えているような顔つきを見せてくれていた。そのことに大いに戸惑ったのである。しかも、その時には体の右側で凄く汗をかいているのである。昨日にして悟ったのだが、これは明らかに、前回からお薬を変えたことの影響であると思う。散歩しているときや眠って入るときは、震えはない。いずれにしても、気付くのが遅かったが、今朝の症状を確認して、必要なアクションを取らねばならないと思っている。

3.連載、難病との闘い(229) 第三部 施設、病院での介護生活(130)
  第六章 緊急入院(26)

  (3)いざ勝負 (その5)
 再びソファーに座った一考の頭の中では、映画の続きを見るように、目下手術室で行なわれている手術の模様を想像するのだった。恐らく、手始めの開腹手術は終り、いよいよ、今回の手術のターゲットである胆嚢の切除が開始されるのだろう。琵琶湖大橋病院に入院した当初は、肺炎ということだったのだが、意外にも、敵は本能寺、つまり、胆嚢結石であることが判明し、そのための切除手術が必要となった。その本能寺での決戦が、今まさに始まろうとしているのである。
 ところで、それまでの先生の話を総合すれば、一般的には、この胆嚢切除の手術は、特に高度な医療技術を必要としないようだ。今回、雅子のケースが難しいとされたのは、パーキンソン病下での全身麻酔にあった訳で、この切除手術そのものは、恐らく何ら問題もなく行なわれるはずだ。一考は、今回の手術の流れをそんな風に捉えていた。
 従って、雅子の戦いの次なる厄介な山は、まさしく三井先生が言っておられた手術後に人工呼吸器のチューブを外すステップであろう。それがうまく外せるかどうかが、大きな運命の分かれ道となるのだ。今の看護婦さんの話では、それは今日は行なわれずに、明日以降の対応になるという。安全を期しての慎重な対応なのだろうと一考は考えていた。
 そういうことで、今日の段階では、とにかく大きな問題なく事が運びそうだと、一考は一息つくのだった。いずれにしても、明日が重要な日になると、自らに言い聞かせたのである。
 当然な事と言えばそれまでだが、この手術の重要な鍵を握っている人工呼吸器というものについて、一考は全くと言っていいほど何の知識をも持ち合わせていなかった。例えば、それが、どんな形をした機器なのか、どのぐらいの大きさのものなのか、どんな具合に雅子の身体に繋がっているかなどと言った具体的な内容については、全く何の知見もなく、想像する手掛かりになるような知見さえも、一考の頭の中には存在していなかった。従って、三井先生が幾度も示唆しておられた、若し、それが外せなくなった場合に、雅子がどんな具合になるのかといったことは、想像の域を遥かに超えていたのである。
 一考と霧子が、それぞれの思いの中でじっと待機している中で、時間は静かに着実に経過していった。一考は、そんな中で、手術室での作業がどんな具合に行なわれているのだろうかと想像を逞しくさせてみるのだが、テレビ映画などで見る一般的な手術のシーンしか浮んで来なかった。
 とにかく、全身麻酔で行なわれていることから、雅子が痛さで苦しんでいることがないはずだというのが、一考にはせめてもの慰めだった。どうやら、少し心のゆとりも戻って来たようで、一考は持って来ていた本を取り出して、それに目を通し始めた。
 そういえば、最近の一考には、病院や施設での見舞いや付き添いの合間が貴重な読書時間になっている。残り少なくなった人生だけに、時間の使い方には結構けちになっていて、在宅時に椅子に座って読書することは滅多にしない。そういう時間は、なるべく、物を書いたりして、少しでもクリエイティブな事に使いたいと心掛けているのだが、実際には、つまらないテレビなどを見て空費しまっていることが多い。(以下、明日に続く)
関連記事
スポンサーサイト



<< 1645 ピンチ脱出は可能? | ホーム | 1643 あっけなく >>


コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

 BLOG TOP