タイでは洪水、米国東海岸では10月では初めての雪で荒れた週末だったが、日本ではいろんなスポーツが満開の華やかな週末だった。
1.独り言コラム
ニューヨークでは、都心で3センチの積雪があったという。これは、1869年の観測開始以来、10月では初めての雪だという。地球の気象にも何か変化が起きているのではなかろうか。そういえば、今年は春が短く、夏は、かんかん照りの暑い日が少なかったように思う。
しかし、この週末もスポーツの世界は大いに燃えていて、話題は豊富だった。筆者が独断で、印象に残った戦いのベスト10を拾ってみた。
1位は女子プロゴルフで有村智恵さんの優勝だ。森永製菓ウイダーレディースで、プレイオフの末、馬場ゆかりさんに勝って今期三度目の優勝を果たした。若さの美しさが映えていた。これで今期の賞金王争いで2位に上がったが、トップのアンソンジュさんに3千万の差があって、厳しいが、残りの4試合で2つ勝てば、…。
2位はプロ野球のCSシリーズで西武が日本ハムに連勝、巨人、ヤクルトが今日の決戦に持ち込んだ戦いだ。いずれの戦いも、前半は接戦で、それなりに面白かった。
しかし、短期決戦のCSシリーズに勝てばいいとなると、144試合のペナントレースって、何なの、ということになってしまいそう。これからの中日、ソフトバンクの戦いぶりが注目される。
3位は高校野球の秋の近畿大会で、滋賀県代表近江高校が兵庫代表の育英を破ったことだ。これで、来年のセンパツへの出場の可能性が大きくなった。近江高校は、かつて、夏の大会で、滋賀県代表では初めて決勝戦に進み、2位になった実績を残している、なお、水口東高校は一回線で和歌山代表を破る銀星を挙げたが、準々決勝で大阪代表の履正社に6回コールドで大敗したことで、銀星は帳消しとなったのは残念だった。
4位は 大阪マラソンで、朝のワイド番組「す・またん」のレギュラーの森たけしさん、斉藤雪乃さんたちが完走した。完走者は26175人だったようだ。森たけしさんの毎朝の番組を見ていて、サラリーマンもあそこまでとぼけた演技をしなければならない辛さを思うのだが、本人は結構楽しんでやっているようだ。人間の価値観も立場で違ってくるのは悪いことではない。
5位は、男子ゴルフのマイナビABCチャンピオンシップで河野晃一郎選手が、プレイオフを制して初優勝を飾った。プレイオフは6ホールまで持ち込まれる大変な戦いだったが、よくぞ勝ちきったと思う、あの石川遼選手が、今や普通のプレイヤーになってしまっているだけに、ファンは、新しいヒーローの誕生を待っている。
6位は、東京六大学リーグの早慶戦である。早稲田が5季ぶりに慶応から勝点を奪い、2位に滑り込んだ。負けた慶応は5位に甘んじたようだ。
7位は、サッカーのナビスコ杯で鹿島アントラーズが延長で浦和レッズを破って四度目の優勝を飾った。5万人近い観衆が集まっての好ゲームだった。なお、この日、神宮球場では昼間に早慶戦が、夜にはプロ野球のCS戦があって、トータル12万人近い観客が、神宮界隈で賑わい、終日、活気に満ちていたようだ。
8位は、女子サッカーのナビスコカップでの沢選手の活躍だ。試合は神戸と埼玉の戦いで、1−0で負けていた神戸が、終盤のぎりぎりで沢選手のヘッドで同点に持ち込んで引き分けたようだ。さすがに沢選手で、その爽やかさはお見事だった。
9位は、フィギュアスケートのグランプリ大会での日本人選手の活躍である。今週はカナダ大会で、鈴木明子選手が2位、高橋大輔選手が3位だった。まずまずと云うべきか、今一つ実力が発揮されていない。来週はいよいよNHK杯で期待の浅田真央選手が出場する。真央ちゃんの今年の力を占う戦いになろう。
10位は、将棋日本シリーズでの渡辺明2冠の勝利である。対局は郷田九段との準決勝で、名古屋での公開対局の形で行われたが、渡辺竜王が勝って決勝に駒を進めた。決勝は羽生善治と渡辺明の2冠同士の大一番の組み合わせとなった。筆者の贔屓の郷田九段は無念の敗退で、同氏は依然として無冠のままである。
なお別格だが、野田佳彦総理のTPP参加への戦いでは、大変な苦戦が続いており、先行きが見えない。オバマさんにどんな顔で会うことになるのだろうか。
2.今朝の一考、昨日の雅子
4時10分起床。体重、61.5Kg。(10月度の平均体重も、61.5Kgで、前月よりも0.1Kg減った)今日のお天気は晴れのようだ。
昨日の雅子だが、症状はまずまずだった。付き添いの筆者が疲れていたことで、午後の早い時間に引き上げた。雅子は、どうしていただろうか、少し心配だった。
3.連載小説、なんたるちあ(98)
15 なんたるちあ (1)
大和マルコポリマー株式会社の新役員人事は、その年の三月末の株主総会で選任された。そこには、相田の一年後輩で途中から親会社の大和化学から出向して来ていた平野氏が選ばれていた。確かに、相田よりは一年後輩という観点からは「若手」という範疇に入るのだが、実年齢は、同氏が浪人していたこともあり、「一年」年上だった。宮田副社長が説明した理由に、キレイダー社長が若返りを希望したと言っていたが「何が若返りなんだ」と相田は改めて思うのだった。平野は、自他共に認める宮田の秘蔵っ子で、大学も後輩という関係にあった。相田を押すのに「私も、随分頑張ったんだ」と副社長は繰り返し言っていたが、実態はどうであったか分った物でないと相田は思うのだった。
「なんたるちや」相田が思わず呟くように発した言葉だった。「何ということだろう。信じられない。してやられた」といった相田の全ての思いが、その言葉に集約されていた。
それから数ヵ月後、相田は、バー「蘭」のママから一枚の葉書を受け取った。それには、長い間御世話になったが、都合で店を閉めることになったとの挨拶状だった。その内容に若干の寂しさを覚えながら、自分が過ごした二十年近くに渡る単身赴任生活に思いを馳せるのだった。
とにかく、いろんなことがあったが、辛いときの発散の場として「蘭」を使わせてもらったことに対する感謝の気持ちを伝えたかった。考えてみれば、敗北記念日と称して三回もママに慰めてもらった夜のことが脳裏に浮かぶのだった。公正取引委員会の手入れを受けて官権に敗北した時の最初の慰労、その後の役員人事で遅れを取った時の二回目の敗北での激励。更には、先輩達が築き上げて来たトメタイト社のマーケットに増資という政治的な力で競合他社にそのマーケットを侵蝕されてしまい、その責任から又しても役員人事から置いてきぼりを食った三回目の敗北、そして、神戸地震後での頑張りで一縷の望みを繋いでいた夢にも、あっさりと裏切られた四回目の敗北、さすがに、その時には立ち寄ることができなかったが、先の三回の敗北時には、ママからはそれなりに独特の言い回しで慰労を受け、激励してくれたことが、走馬灯のように思い浮かぶのだった。「蘭」への投資額も少なくはなかったが、それなりに心のケアになったことは間違いなく、そのことに不満はなかった。
「随分、いろいろと御世話になったんだ」挨拶状を鞄に仕舞い込みながら、相田はぽつりと呟くのだった。真夏の暑さが厳しい午後のことだった。
それから一年後、相田が定年を真近に控えていた夏のある日、「土屋真奈美」という差出人からの一通の書状を受け取った。(以下、明日に続く)
コメントの投稿