アンチ
宮里藍である筆者は、今朝はやや重苦しい気分に苛まれている。国賊と呼ばれるかも知れないが、彼女が今週行なわれている女子世界マッチプレーで、今朝の準々決勝に1Upで勝ち、ベスト4に勝ち残ったからである。明日行なわれる準決勝、決勝の二つに勝つと、米国女子プロツアーでの初優勝となる。アンチ
宮里藍としては、これだけは許したくないからだ。もし、彼女が優勝すれば、明日からのマスコミは競ってあの傲慢な宮里のインタビューを垂れ流すことが必至で、それを思うだけで気分が悪い。
もう、二十年以上も前のことで、筆者は営業を担当していた頃の話だが、取引先の繁和産業におられた今は亡き大先輩の島田平太郎常務さんから「相坂さん、最近の日本女性には含羞を秘めている人が少なくなったね」と問い掛けられたことがあった。「含羞」という意味が直ぐには分からず、答えに戸惑ったことを覚えている。後で、辞書を調べて意味が分かったが、自分もその通りだと思ったことを記憶している。(広辞苑で「含羞は、はにかみ、はじらい」とある)
宮里藍選手の、あの強気、明るさは素晴らしいものだと思う一方で、大先輩の島田常務がおっしゃった「含羞のなさ」の典型だと思った時点から筆者はアンチ
宮里藍になった。
宮里藍ファンからは激怒されることを承知で、今朝はこのブログを書いている。いずれにしても、日本時間の今夜から明日に掛けてのインターネット速報からは目が離せない。
なお、今人気の「はにかみ王子」の
石川遼選手はマスコミに取り上げられ過ぎだが、筆者の抱いている「含羞」とは、かなりの「ずれ」があることを付記しておきたい。
連載(183) 難病との闘い 第七章 あれこれ対応に大わらわ(17)
(9)不整脈
一考は、会社時代にも、いわゆる健康診断といったものをあまり受けたことはなかった。時々、そのことで注意を受けたが、気にすることもなく過ごしてきていた、それが、雅子を岩森病院に連れて行った折に、何気なく、「生活習慣病の検査を受けられましたか?」という先生の問い掛けに「いや、受けていませんが?」と答えたのが切っ掛けで、珍しく、その検査を受けることになったのだった。一考には、全くの気まぐれから生まれた受診だった。
「基本的には異常がありません。話題の大腸癌の検査も陰性でした」検査結果を聞きに訪れた診察室での岩森副院長の報告だった。
「そうですか。それで安心しました。何しろ、この種の検査は受けたのは久し振りのことでしたので、心配していました」一考は、ほっとした気持ちで、その心境を吐露した。
「ただ、一つ、気掛かりなことがあります」岩森女医は、一考の言葉に水を差すように言葉を挟んだ。
「気掛かりなこと?」一瞬、一考は戸惑って、同じ言葉を繰り返した。
「心電図に若干乱れがあるのです。不整脈のようです」
「不整脈ですか。なるほど。これは、昔からなんですよ。今はなくなりましたが、以前は、急に胸が苦しくなって、暫く、横になってやすんで痛みがなくなるのを待っていたことが幾たびかありました。それが、不整脈によるものではと思っています。これは、私には、いわゆる、持病なんです」
「専門の先生に診てもらったことはないのですか?」
「ええ、面倒だったものですから」
「それはいけませんね。この検査を切っ掛けに、一度、診てもらってください。然るべき先生をご紹介しますから」
「分かりました。そうさせて頂きます」珍しく、一考は殊勝にそう言って頷いた。そこには、雅子の介護をしていく上で、自分の健康をしっかりと確認しておく必要性を思っての対応だった。
その翌朝早く、一考は、岩森医師から紹介された市内の大東医院を訪ねた。(以下、明日に続く)
タグ : 宮里藍 石川遼
含羞について
含羞の意味についてネットではいろいろ記載されていて、確かにアジアの娘たちの含羞はよく理解できました。日本の田舎でも今でも見かけます。
物質的に豊かになり、個性が強調されるに従い、含羞はなくなりつつあるように思います。
一方で自分のHPで自分の意見を述べるのはそれなりにいいことでしょう。未熟だとかいう非難は気にする必要がありません。いつまでもみんな未熟なのですから。私のように才能のない普通の人がどうやったら藍さんのように努力できる対象を見つけるかが課題です。
たまたま、郷里の方のHPと遭遇しまして登校しました。
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