プロフィール

Author:相坂一考
滋賀県大津市出身
07年1月に推理小説「執念」を文芸社から出版

このブログは4部構成です。冒頭の枕に続いて、1部が「独り言コラム」、2部が「プライベートコーナー」、3部が連載「難病との闘い」です。(09−03−01修正、その前の修正は、09−02−16)


 

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クライマックスを演出した守護神

 レギュラーシーズン優勝の巨人に見事な3タテを食らわせた中日の快勝には、溜飲が下がる思いだった。このシリーズは3戦とも熱戦の連続で、手に汗握る攻防が続いたが、守護神岩瀬投手の力投が一際っていた。
 全体的に落合監督の采配は冴えていた。圧巻は、守護神岩瀬投手のタイミングを得た起用決断だった。それは、文字通りクライマックスシリーズのクライマックスを演出した。立派だったのは、その監督の期待に応えた岩瀬投手だった。3日間に渡り、しっかりと押さえ切った力投には、込み上げる感動さえ覚えた。
 投手、岩瀬仁紀は、西尾東高校から愛知大学、NTT東海を経て中日に入った経歴の持ち主で、いわゆる名門校の出身ではない。それだけに、自らの実力で今の地位を確保した真の実力者だと言えよう。阪神の今年の藤川投手も見事だったが、やはり優勝してこそ、その実績が光り輝くことになり、岩瀬投手が改めてその魅力を披露したシリーズだった。
 いずれにしても、お陰様で、これ以上見たくなかった原監督の笑顔を完封してくれた中日には大いに感謝している。幸い、日本シリーズでの相手は、昨年と同じ日本ハムだ。その雪辱を期して大いに頑張って欲しい。

連載(274) 難病との闘い
      第十章 笑うに笑えないエピソード (16)

(7)責任は誰が持つ
 帰郷直後、たまには、母親を外食に誘いたいと思ったが、それが思うようにならないのが苛立たしかったことがある。雅子がまだ外出が可能な頃でも、母親を誘い出して食事に出かけることは勝手にはできない状況だった。というのも、雅子の症状の悪化以降は、母親のことは、ほとんど全てを久子が管理していたから、病院通いやお風呂の時間などの関係で、事前に久子の了解を取る必要があったからだ。一緒に生活し、食事を担当しながらも、こと外出に関しては、思うように手が出せなかったのである。
 それでも、帰郷して最初の頃は、お伺いを立てて数回食事に連れ出したことはあったが、その内に、「何かあったら、誰が責任を持つの。結局は、全て自分が面倒をみなければならないのだから」と申し出をはねつけることが多くなった。
 その典型的な事例が、選挙の期日前の投票だった。事前に投票所までのルートを下見して、車椅子で行けると確認して、連れて行こうとしたところ、「そこは、車椅子で行けない」と拒否したのである。そこで、一考が「ちゃんと、下見をして来てある」というと、「そこまでして、こんな年寄りを選挙に行かせることもない」と棄権を主張するのだった。確かに90何歳にもなって行くこともなかろうと、その時はそのまま引き下がった。
 ところがである。先日の自民が大敗したあの参議院選挙に、夕方になって急に連れて行くと言い出したのである。以前のやり取りが強く残っていたことから、頭に来た一考が、「今更、選挙とはおかしいのではないか。前に、そんな年だからということで棄権を主張したではないか」と激怒すると、「いつも、書道教室でお会いする方が、選挙はされないのか、是非来て下さいとおっしゃるので仕方がないのよ」と切り替えして来た。とにかく、自分が連れ出すのは勝手で、今でもコーラス、書道などに連れ出しているのだ。言っていることと、やっていることが違うじゃないかと指摘すると、年寄りだからこそ、出来るだけ外に出してあげなければと、その場しのぎの勝手な理屈を引っ張り出してくる。まあ、何かあったら、自分が責任を持って対応するというのだから、それ以上、一考の方から言うことはないのが口惜しい。
 帰郷直後は、事ある毎に「親孝行をしていない」と言われる一方で、実質的にそれを封じられているのだから、今では達観しているが、かつては鬱憤が溜まる日々が多かった。(以下、明日に続く)

タグ : 守護神 岩瀬 落合監督 藤川 原監督 クライマックスシリーズ 巨人 中日 日本ハム

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