福田総理と小沢代表の
党首討論を前に、突如、設定された党首会談が昨日午前中に行なわれた。今まで、その種の会談には応じないとして来た小沢代表に何があったのか、興味津々だ。二人だけの話し合いが一時間以上に及んだことで、かなり突っ込んだ話しもあったのではと思われる。
通常、この種の会談では、一方の思惑がすんなり通るということは考えられない。相互にプラス、つまり、Win-Winの結果が前提だと考えるのが常識的であろう。
しかし、筆者は敢えて、別の見方を披露してみたい。それは、
小沢一郎という政治家の物の考え方から類推するのだが、そこには、必ずしも、自らが総理になろうという強い欲望が読み取れず、あくまでも、自らが歴史の演出者としての存在したいと思われるのだ。それは、まさしくいわゆる、歴史に残る政治フィクサーとしての存在である。
かつて、自らが総理になるチャンスは何度かあったが、まだ若いからとのことで、
宮沢喜一総理を指名したり、更には八派連合で
細川護煕総理を誕生させた手腕、更には、当時の盟友だった
羽田孜総理も作った実績などは、同氏にとっては自らの夢を実現させた誇りとすべき歴史的な事例であったのではないか。
今や、民主党が政権をとるチャンスが巡ってきていることは事実だが、ここでも、自らが総理になろうとは考えていないのではないか。健康上の理由があるにせよ、あくまでも、自らがフィクサーとして歴史を創ることに同氏の面目躍如たる目的があるように思う。
そんな考え方からすると、今回の会談で、単に解散を前提とした条件闘争と云うよりも、
大連立といった既成概念を吹っ飛ばすような話があったのではとも考えてみたくなる。小沢代表の腹の中には、
菅代表代行や
鳩山幹事長を総理にしたいとは、心底では思っていないのではないか。
いずれにしても、ねじれ国会で膠着している現状に何らかの突破口が出てくることを期待したい。国益を優先するために、二人の会談は、これからも必要になると見ている。
連載(284) 難病との闘い
第十章 笑うに笑えないエピソード (26)
(13)喉が渇いた訳ではない
最近になって、雅子の話す言葉が極端に不明朗になって来ている。雅子の話では「唾液が口にたまって、うまく発音できないのだ」という。一考は、それに加えて「運動に関する機能の衰えが、口の動きそのものをぎこちなくしているのだろう」と解釈している。
振り返ってみると、口の動きに関しては、2007年の2月頃から、口に入れたものを取り出すのが、極めて難しくなった。魚の骨なんかが誤って入ると一騒動だ。なかなか取り出せない。口の中に指を入れて取り出そうとすると、その指が噛まれそうになってしまう。それでも、チッシュなどを口に突っ込んで、溜まっている物を、少し強引だが力づくで取り出すようにして来た。
また、4月頃になると、お薬が飲みにくくなって来た。これも、口の動がスムーズに行かず、思うように動かないという厄介さが増して来ているからなのであろう。
最近では、食後の歯磨きや口の洗浄が大変厄介な作業になって来ている。口をゆすぐ際に、どうしても水を飲んでしまうのだ。衛生上好ましくなく、時間も掛かることから、本人のストレスも大変なように思われる。
最初の頃は、ゆすぎの水を飲み込む度に「そんなに喉が渇いているのかい?」と、軽いジョークのつもりで、そんな声を掛けていたのだが、今では、そんな悠長なことを言ってられなくなった。雅子も真剣になって、何とか水を吐き出そうとして四苦八苦しているのが分かるからだ。
いろいろとその対策を考えたが名案がない。しかし、お風呂に入った際の歯磨きで、シャワーを使って洗い流し出してやると、うまくいくことが分かった。さすがに、シャワーのように勢いよく水をかけると、飲み込みも出来なくなるからだ.、その方法を応用して、通常の歯磨きでも、ポリ容器の洗浄瓶を使って水を吹き付けて洗う方法を試みている。シャワーのようにうまくは行かないが、それなりの効果も出始めている。同時に「直ぐに吐き出すんだよ」と言いくるめて、今まで通りコップで水を入れてやって、ゆすぐやり方も併用している。それでも、時々飲み込んでしまう。まあ、そのことが悪影響を及ぼすとは思わないが、結果的に水分を取りすぎになるのは良くないと思っている。
なお、シャワー代わりの水を噴きつけるポリ瓶を探すのに苦労した。一時は、シャンプーなどの液体を噴霧させるような容器にも関心を持ったがうまく行かず、また化粧品を振りかけるような高級な容器も試したが、いずれも失敗で無駄遣いに終わった。結果的には、皮肉なことだが、DIYで見つけたポリ容器が、安くてもっとも効果的であり、今はそれを使っている。(以下、明日に続く)
タグ : 大連立 細川護煕 宮沢喜一 羽田孜 菅代表代行 鳩山幹事長 党首討論 小沢一郎 福田総理
コメントの投稿