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相坂一考

Author:相坂一考
滋賀県大津市出身
07年1月に推理小説「執念」を文芸社から出版
14年7月に、難病との戦いを扱った「月の砂漠」を文芸社から出版

このブログは3部構成です。
 1.タイトルへの一言。
 2.独り言コラムで、キーワードから世の動きを捉えようと試みる。
 3.プライベートコーナー
   (2015-06-03に修正) 

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3126 女優、浅丘ルリ子

 世界遺産登録、ギリシャの国民投票、そして。「なでしこ」の日米決戦の昨日の3本立ての宴は、苛々、驚き、無念、そしてよくやったの思いが交錯する中で終わった。女神も時としてこちらに微笑まないこともある。今朝は、一転して、映画界のかつての女神、浅丘ルリ子の話題である。

1.独り言コラム
 小学校だったか、中学校だったか、筆者の記憶が曖昧ではっきりしていなかったのだが、学校で全校生徒が揃って映画を見る会があった。その時に、「緑はるかに」を見るか、「ユリーシーズ」(?)を見るかを、生徒たちの投票で決められたのだが、その結果、「緑はるかに」に決まったという記憶がある。ギリシャの国民投票といった世界を揺るがす投票ではなかったが、幼い頃の生徒の投票にも小さなドラマがあった。▲さて、日経新聞の今月の「私の履歴書」には、浅丘ルリ子さんが登場している。一昨日は、丁度、自分がデビューすることになった「緑はるかに」のことを書いていた。それによると、それは昭和29年の事だったとあるので、上記の映画を見たのは、筆者の中学生の時の事になる。半世紀も前のことになると記憶が曖昧になるのは止むを得ない。そして、残念ながら、この映画の内容の記憶は全く残っていない。なお、その時の投票では、筆者は「ユリシーズ」に一票を投じた記憶がある。▲彼女は、中国の満州で1940年生まれたというから、筆者の一年先輩で、今年は後期高齢者の75才である。戦後、幸運にも無事で日本に引き揚げてきた彼女が、偶然に、この映画の新人を募集していることを知って応募し、二千数百人の中から選ばれる幸運を得た。第一次審査、第二次審査と候補が絞られてゆき、最後審査には7人が残ったという。面白いのは、その中に山東明子さんがいたと書いている。彼女にもそんな素質があった証であろう。▲そして、自分が選ばれた理由として、この物語が連載された読売新聞に挿絵を描いた中原淳一先生のお眼鏡に叶ったことが決め手になったようだと告白している。中学2年生(14歳)でデビューを果たした彼女は、その後順調に日活の看板女優として育ってゆくが、初めて経験する女優生活の中で、お父さんの存在が大きな心の支えだったという。▲最初に大人のキスシーンを演じたのは一年後の15歳の時の「愛情」という青春映画の中で、そのお相手は長門裕之さんで、緊張した自分をうまくリードしてくれたという。因みに、二人目のキスシーンは、57年公開の「青春の抗議」の中でのことで、そのお相手は、長門さんの弟さんの津川雅彦さんで、この兄弟には不思議と縁があったと書いている。▲。そして、今朝の連載では、初恋の人、小林旭さんとの熱き時代を赤裸々に書いているのが興味深い。筆者は全く知らなかったことで、そんなことがあったのかとびっくりである。これを見て、小林さんも当時を思い出し、大変懐かしく、かつ嬉しいのではなかろうか。▲今後、石坂浩二さんとの出会い、結婚、そして離婚の三重奏の話題が登場するはずで、彼女がどんな具合に告白するかかに大いに関心を持っている。ともかく、今月の「私の履歴書」は、筆者には読み応えがありそうな連載である。

2.プライベートコーナー
 3時起床。体重は62.5kg。▲このところ、梅雨の典型的な鬱陶しい日が続いている。▲昨日は、なでしこの戦いぶりを見ながら、株価の動きをチェック、なでしこの敗戦を見届けた後は、いつものようにファミレスでリラックスした時間を過ごし、夕方には、雨が止んでいたので軽い散歩を行った。最近の生活の通常のパターンである。
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