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相坂一考

Author:相坂一考
滋賀県大津市出身
07年1月に推理小説「執念」を文芸社から出版
14年7月に、難病との戦いを扱った「月の砂漠」を文芸社から出版

このブログは3部構成です。
 1.タイトルへの一言。
 2.独り言コラムで、キーワードから世の動きを捉えようと試みる。
 3.プライベートコーナー
   (2015-06-03に修正) 

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3151 生き残り、生き残る、生き残れ

 いよいよ今日から8月。原爆/終戦、御巣鷹/日航機墜落が話題に上がる。

1.独り言コラム
 毎日新聞夕刊に「恐るべきかな原爆」と題する特集が連載中である。そこで、爆心地から500m余の自宅で被爆していたが、その後15年間も生きた奇跡の人、重富芳樹毎日新聞記者の奇跡の生還を扱ったドギュメントである。発症が退社後4年後の1960年だったことで、「私は十六年ぶりに無条件降伏をした」との一文を書いている。毎日新聞社のその後の調査で、同氏が原爆症による肺臓がんで死亡していたことが判明し、今年、新たに同氏の名前が「原爆犠牲新聞労働者の碑(不戦の碑)に刻まれたという。十五年後の降伏だったという。読ませる連載である。▲一方、同じ毎日新聞の朝刊に連載中の「千の証言」では、特攻で生き残った鹿児島の89歳の船川睦夫さんの記事が胸を打った。そこには、生き残った悔恨が生々しく記されている。▲2人一組の特殊潜航艇の搭乗員として真珠湾の奇襲攻撃に加わった10人、5艇の中で、一艇だけが座礁して失敗、その後自爆を図ったが死にきれず、失神していたところを米兵に捕まって、捕虜第一号になった方がいた。酒巻和夫さんである。因みに、使命を全うした9人は軍神と呼ばれて奉られている。戦後、復員後、酒巻氏は、著書を出版、トヨタに入社、ブラジルトヨタの社長など歴任して活躍後81歳で亡くなっている。山崎豊子さんの絶筆となった「約束の海」は同氏をモデルにしたものだったと言われている。改めて、最後まで読了して見たかった衝動に駆られる。▲日航機が御巣鷹山に墜落して今年が30年の節目である。毎日新聞が連載している「御巣鷹からの伝言」に、奇跡的に生き残った4人の一人、川上慶子さん(当時中学1年生)の記事が、お兄さんが取材に答える形で取り上げられていた。奇跡の少女ということでマスコミに追い回されてマスコミ不信となって、彼女は今後も取材を受けることはないという。彼女は母親の後を追うように看護師になり、結構して子供も出来たという。誰かさんたちと違って、いい加減な手記や本を出版しないことに、彼女への関心が高まっているのは、筆者一人でないだろう。そっとしておいてあげるのがいいと改めて思う。▲さて、現代に視点を移すと、大企業の東芝の不正経理問題のいい加減さには驚かされる。三代の社長に渡って、「チャレンジ」といういい加減な指示で、全社を挙げて不正工作が行われていたのだ。果たして、東芝は生き残れるのだろうか。▲安倍総理の果敢な安全政策への取り組みは、未だ世論の同意を得るに至っていない。国民の生命と安全を守るという大義は、まさしく政治家の使命であり、大きな課題であることは確かである。誰も手を出さないこの課題に勇躍として取り組んでいる同紙に行動力を多としたいが、ここに来て、内閣支持率が大幅に降下して来ている。果たして、安倍総理は生き残れるのだろうか。▲いろいろと考えさせられる8月である。

2.プライベートコーナー
 5時起床。体重62.4kg。▲7月度の活動総括だが、年に一度の上京(約1週間)が特記事項。その結果、車の走行距離は342km(357km)、散歩の月刊総距離は78km(91.2km)と前月を下回った。( )内は6月度の実績。
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