今からちょうど三十年前に、当時の
福田赳夫総理が大変な政治決断をしたことは記憶に生々しい。ダッカ日航機ハイジャック事件で「人命は地球より重い」として犯人側の人質解放の条件を飲み、身代金の支払いおよび、超法規的措置として囚人の引き渡しを行った。賛否両論、世界からもテロリストに屈したとして批判を浴びた政治決断だった。
その息子の
福田康夫総理が、今、
薬害肝炎訴訟で、政治決断を求められている。レベル、規模が違う話だが、政治決断であることには変わりない。とにかく「ごちゃごちゃ言わずに、責任を認めて、
薬害肝炎患者全員の救済にOKしろ」と迫られているのだ。
しかし、昨日の国会答弁で、福田総理は「自分は、まだ政治決断できるだけの具体的な内容を把握していない」と答えていたばかりでなく、訴訟団の面会要求にも応えなかった。予算の裏づけなどいろいろ事情があるのだろうが、これを見ている国民は、「今頃、何を言っているのか」、「どうして面会しないのか」と感じた人が多かったのではないか。ここに来て、内閣支持率がじりじりと降下してきているのが、そんな総理の姿勢が反映されているように思う。
ここ暫く、福田総理には厳しい冬将軍との戦いが続く。さあ、どう決断するのだろうか?
連載(325) 難病との闘い
第十一章 介護の実情2 平成19年夏から秋 (31)
(5)話題のDBS(脳深部治療)の可否(その8)
今、雅子が定期的にお世話になっている病院は三つある。一つが、毎月一回通院している春日先生のおられる京都駅近くの吉田病院、二つ目が、今日、お世話になった、津島先生のおられる醍醐の吉田病院で、3ヶ月に二度の頻度での通院、そして、三つ目が、年に一度、MRSの検査に通う滋賀医大である。
それぞれ、その目的が違っているが、治療という観点からは、雅子はこの醍醐の吉田病院への通院に最も身近な親しみを感じている。それと言うのも、醍醐では、固縮(ジストマ)している手首や首に、直接注射をしてやわらかくしてくれるという目に見える効果が期待されるからである。
この病気が進行性の病気で、完治する治療は見つかっておらず、進行速度を遅らせる治療しか出来ないことは承知している。しかし、そのお薬治療も、雅子の症状に合致するものが見つからないまま、症状の悪化がどんどん進んでいるのが現状である。
そんな訳で、この醍醐の吉田病院っでの通院は、然るべき効果が期待されるので、診察、治療が終わって帰宅する際には、いつも、それなりの満足感を得ての帰宅となる。この日は、往路の予想外の渋滞で、病院への到着が遅れたが、その分、逆に、待ち時間が短くなり、気分よく帰路につくことが出来た。幸い、道は込んでおらず、スムーズに走って3時過ぎには帰宅した。
夕食は、帰りに寄ったスーパーで買ったもので、5時過ぎに手早く終えた。注射を打ったことで、お風呂も入らない方がいいということで、一考にとっては負担が少なくて済んだ。
その時点で気掛かりだったことは、今日で4日目だが、雅子の通じが止まっていることだった。二月後半以降、通じが気掛かりなことになって、いろいろと試行錯誤の結果、
ファイバースティックというファイーバー製品を服用することで対応してきているが、それも、必ずしも万全ではない。雅子には、今夜寝るまでに通じがなかったら、例の「
コーラック」の効力を借りねばならないね」と話していた。
一考も雅子も、なるだけ、
コーラックのような強いお薬にはお世話になり過ぎないいようにとの強い考えを持っているので、雅子もトイレに行く度に何とかしようと頑張るのだが、出そうででないような状態が続いていた。
従って、仕方なく、一考が
コーラックの用意をし始めたのだが、そこで雅子の必死の頑張りが通じて、土壇場で、幸いにも通じがあったのである。ほっとした一考は、大きな不幸の中での小さな幸せを覚えていた。(以下、明日に続く)
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