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相坂一考

Author:相坂一考
滋賀県大津市出身
07年1月に推理小説「執念」を文芸社から出版
14年7月に、難病との戦いを扱った「月の砂漠」を文芸社から出版

このブログは3部構成です。
 1.タイトルへの一言。
 2.独り言コラムで、キーワードから世の動きを捉えようと試みる。
 3.プライベートコーナー
   (2015-06-03に修正) 

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4109 全勝でC2級を1期で突破した5人棋士たちの今

 中学生棋士藤井聡太6段が、C2級を全勝で、1期で一気に駆け抜けた。史上6人目の快挙である。今朝は、同様にC2級を全勝で、1期で駆け抜けた他の5人の棋士たちの「今」を調べてみた。それぞれそれなりの成績で頑張っているが、全員が大きく開花した訳でもない。

1.独り言コラム
 一人目、大内延介9段(棋士番号86)2017年6月死去。
 1963年に4段に昇段後、3年連続で昇級と勢いは止まらず、1975年が絶頂期だったようだ。穴熊戦法を駆使して力を発揮、その勢いで棋王を奪取、この年の名人戦で中原名人に挑戦、1時は3勝2敗とリードして、名人獲得にあと一歩と迫ったが、名人を制する第6戦の大事なところで不覚の失着、チャンスを逸したのを記憶している。その夜、筆者は新宿駅近くの大盤解説会に顔を出していて、中原名人の弟弟子の芹沢博文8段の解説を聞いて興奮していた。筆者が中原ファンだった頃の話である。同棋士は一般棋戦でもNHK杯を始め優勝8回を記録している。弟子の塚田泰明は今も健在で、その娘は女流棋士である。
 二人目、中原誠9段(棋士番号92)。当時のC2級は12対局が行われていた時代で、中原さんは12連勝で駆け抜けた。その後の活躍は目覚ましく大山時代に終止符を打ち中原時代を築く活躍で、第16世永世名人の資格を得ている、タイトルは名人位15期を始め64期(因みに羽生永世7冠は現在99期)、一般棋戦でもNHK杯6回を含む28回の優勝をした。晩年、林葉直子女流棋士とのスキャンダルで汚点を残したが、大きく開花した大棋士だった。2009年に現役引退。1967年に記録した年間勝率。0.8545(47勝8敗)は、今年の藤井6段もわずかに及ばず、今も破られていない。
 3人目、中村修9段(棋士番号143)。1981年にC2、1982年にC1級を2年連続で昇級を果している。現在はB2級に属している。1985年には中原王将を破って王将位を獲得、翌年でも、リターンマッチに登場してきた中原前王将を連破した。当時、「不思議流」と呼ばれて注目された。
 4人目、富岡英作8段(棋士番号168)。現在C1級。1985年に全勝でC2級を駆け抜けたが、…。デビュー当初、新人賞や升田幸三賞を受賞した活躍を見せたが、今のところ、大きな活躍はしていない。
 5人目、船江恒平6段(棋士番号281)。現在C1級に在籍、2011年にC2級を全勝で抜けたが、その後、今のところ、大きな活躍はない。一般棋戦(上州YAMADA杯、加古川青流戦)でそれぞれ1度の優勝実績を残している。

 勝負には勢いというのがあって、C2級を一気に駆け抜けても、全員がその後に大輪を咲かすわけでもなさそう。しかし、6人目の藤井聡太6段(棋士番号307)の活躍は別格で、これからも最年少記録を次々と更新して行くことになろう。期待して、楽しんでその活躍を見守りたい。

2.プライベートコーナー
 3時半起床、体重、63.1kg。▲昨日は久しぶりの雨だったので散歩は取り止めた。庭の雑草がまたぞろ芽を出し始めている。春は待ち遠しいが、雑草との戦いが気がかりになって来た今日この頃である。(18-03-17)
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Re: タイトルなし

> 今日の記事拝見。棋士5人の業績を絵巻物でも見るように描いています、すばらしい読み物になっています。。

加藤さん、
 ご購読に感謝します。今後ともよろしく。

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