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相坂一考

Author:相坂一考
滋賀県大津市出身
07年1月に推理小説「執念」を文芸社から出版
14年7月に、難病との戦いを扱った「月の砂漠」を文芸社から出版

このブログは3部構成です。
 1.タイトルへの一言。
 2.独り言コラムで、キーワードから世の動きを捉えようと試みる。
 3.プライベートコーナー
   (2015-06-03に修正) 

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520 ごまんとある

 沢山あるという言い方に、「そんなことは、ごまんとある」ということは誰もが知っているが、この「ごまん」は数字の「五万」とは関係ないらしい。
 さて、中国、四川省地震での犠牲者の数は、3万人を越え、5万人に迫っているという。尊い命の数をこんな形で表すことに違和感を覚えるのだが、それが紛れも無い事実だけに胸が痛む。
 その五万人という同じ数字を今朝の朝刊で見つけた。中国の地震の話とは全くの別件だが、4月26日から、京都文化博物館で開催中の「源氏物語千年紀展」の入場者数が、昨日の18日でその節目の5万人を突破したという。同展は源氏物語が歴史に登場してから今年で千年を迎えるのを記念した企画で、6月8日まで開催される。
 源氏物語と言えば、紫式部がその構想を練ったとされるのが石山寺だとされているが、そこをメイン会場とする記念の催しが、滋賀の湖都大津でも開催中だ。マスコットの「おおつ光」君も登場するなど多彩な企画で、年末の12月14日まで行なわれている。節目の年を祝うのは、その郷土人にとっては楽しく、誇りあるものである。
 そういう意味では、同じ滋賀県の彦根市でも「井伊直弼と開国150年祭」が行なわれる。第13代彦根藩主直弼の大老就任150年の今年の6月から、没後150年の2010年3月末まで行われる予定で、既に、そのマスコットの「ひこにゃん」も人気を先取りしているようだ。来る6月4日に開催式典が行なわれる。
 一方、彦根市出身のジャーナリストである田原総一郎さんを塾長とする琵琶湖塾が、話題の両市の大津と彦根で、7月から開催される。多くの文化人が来県して「いきるってなんなんだ」というテーマで、活発な議論が予定されている。
 そういうことで、今年の滋賀県は、いろんな企画が「ごまんとあって」、とても楽しく、みやびやかで、そして活気に満ちているのだ。

2.昨日の雅子(136) 5月19日
 言葉探しに疲れた一日だった。何かを訴えているのだがなかなか分からず、文字分解するのだが、それでもはっきりしない。繰り返しているうちに、どうやら腕が痛いというところまで辿り着いたが、その痛さがはっきりしない。とにかく、明日まで様子を見ることにした。3時のおやつもいらないと、いつもと少し様子が違っていたのも気になった。

3.連載(485) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(112)
  第四章 季節は移るⅠ 2008年春から初夏へ (16)

(2)新たな体験、経験(その7)
 今の雅子が、一考以外で、身内で一番頼りにしている一人が、実姉の霧子さんだ。彼女はさっぱりした性格で、物事をはっきり言う方だ。余計な持って廻った言い方でなく、すっきりしていて分かり易いのだが、聞き方のよっては、その言葉が、時としてぐさりと来ることがある。
 2月24日、3回目のお見舞いをしてもらった。何かの話の弾みで、この施設のサービスに関する話になった際に、マッサージの話が出た。この段階では、申し入れているが、今のところ、その種のサービスはないようだと答えた。
 その翌日の夜になって、霧子さんから電話があった。彼女の話では、今日もこのドリームスペースを訪ねたようだったが、次女の伸子さんのことでいろいろあって、雅子のところには顔を出さなかったという。この日、営業の木田さんに会う機会があって、いろいろ話したところ、施設では、簡単なリハビリなどが適時行なわれているはずだというのだ。多分、一考が、朝夕の二回も通っていて、雅子とべったりと一緒なので、介護士さんたちも遠慮しておられるのではないかと言うことだった。
 「少し、雅子を甘やかせているのじゃない?」霧子さんの言い方は嫌味がないが、ストレートだけに響きがきつい。べったりといるとか、甘やかせているいう言い方が、一考には気に入らなかった。何も好きでそれほど頻度多く通っているのではない。雅子が、この施設で安定するまでは、なるべく傍にいて本人の要望を確認して、介護士さんたちに伝える必要があると思っての配慮なのだ。
 翌日、一考は、ユニットリーダーの松井さんに、霧子さんの言った介護士さんのサービスを邪魔している可能性を確認したが、そんなことはないという。一生懸命にやっていることが、迷惑をかけているとすると、それは拙いわけだが、そうではないと分かって一考はそうだろうと自分の行動を揶揄されることはないと思うのだった。つまり、そんな見方をされていいたのも面白くないからである。親切とおせっかいは紙一重だ。木田さんは、そんなつもりで発言された訳ではないと思うが、間接的に伝わると、誤解を生むような事にもなる。感情の動物である人間には、言葉の遣い方には、幾ら神経を使っても遣い過ぎることはないと一考は思うのだった。(以下、明日に続く)
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