漸く梅雨が明けて夏本番を迎えた。冒頭から、今年も相変わらず、海、山の悲しい事故が多発している。毎年繰り返されるこの種の事故の悲劇は、どうにかならないものなのだろうか。
悲劇といえば、家族による殺人事件の多さに驚きを覚える今日この頃だ。一昨日の未明に埼玉で起きた長女による父親刺殺事件もその典型的な一つだ。この事件では、その犯行動機が今一つはっきりしていない。今朝の新聞では、「3時頃に目覚めて、犯行を決意した」と自供していて、「勉強しろ」といわれることに反感を持っていたという。
昨日の勝谷誠彦氏のブログでは、彼女が逮捕直後に「お父さんが家族を殺す夢を見た」と供述していたことから、夜驚症(ナイトテロル)、夢遊病の類の可能性があると指摘していた。、夜驚症(ナイトテロル)という言葉は、筆者は初めて知った言葉で、相変わらず、勝谷さんは博学だ。
この事件、その後の調べでも、直接の動機については、依然として触れていない。しかし、その一方で、反省の態度は示しているという。
父親の「勉強しろ」といった程度の娘への注意が、犯行に繋がっていたとしたら、子供の家庭教育なんて出来なくなる。何か、娘が口に出来ない家庭内の事情があったのではと考えてみたくなる。捜査の進展をじっくりと見守りたい。
2.連載(548) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(176)
第五章 施設生活半年を終えての総括(14)
(1) 生活リズムの変化(その14)
今の一考の行動を雅子のためにフォーカスさせている拠り所は、細かい所まで誠心誠意、雅子を守ってあげる人が自分しかいないという使命感だ。他人から見れば、お気の毒と思われるかも知れないが、一考にはそれが自分の生きがいに連動しているから、不思議でもある。
雅子の傍に居て強く感じることは、生きることの大変さであり、それにしっかりとチャレンジして頑張っている彼女の頑張りである。身体は動かせないし、言葉もうまく通じない状況の中での生きる戦いは大変なものだということを教えてくれている。幸い、頭はしっかりとしていて、判断も常識的で、情緒も安定していることは有難いと同時に、素晴らしいことだと思っている。
繰り返すことになるが、今、一考にとって一番困っていると同時に、申し訳なく思っていることは、雅子の意志を正確に、タイミングよく理解してやれないというコミニケーションの問題である。
そんな事情を考慮して、対応に万全を期す保険の意味で、トイレのように急を要する介護には、必要と思われる時には、紙パンツを使用することにした。もちろん、普段はつけていないが、特に遠出する通院時や就寝時で、介護士さんが一人しかおられないような場合の緊急時に備えた対応である。
通院は、月、2回程度の頻度で、いずれも京都市内に出掛ける。待ち時間も含めると、往復で4時間から5時間を要するので、途中でトイレに連れて行くことが必要になった場合は、今の一考には、一人で対応するのは、至難の業になって来ている。この施設に入居後で、一度途中でトイレに連れて行ったことがあったが、その時には、何とか対応したものの、雅子を抱き上げて、下着の着脱する作業を一人でやるのは、いっぱいいっぱいだった。その大変だった経験から、その後は紙パンツにお世話になることにしたのある。しかし、実際には、一度もそのお世話にはなってはいない。
また、就寝時の場合だが、夜の9時以降、朝の7時までは、この日吉ユニットで介護士さんが一人になる。入居者の数が、雅子の入居当初は9人だったが、今では14人に増えていて、介護士さんの仕事量も大変になっている。従って、タイミングのいい細やかな対応を期待するのは難しく、この場合も保険を掛けての紙パンツなのである。
紙パンツを着けるという保険を掛けた対応は、入居後のこの半年で、生活パターンで変わってきている一つの対応といえよう。そういえば、最近になって、ベッドのマットの上にゴムシートを敷くことにした。これも万全を期した事例の一つである。この種の転ばぬ先の杖は、今後も必要になろう。(以下、明日に続く)
3.速報、昨日の雅子(194) 7月20日分
介護士さんの判断で、朝、便秘薬を飲ませてもらった。この日が通じがなくなって5日目を向かえていたからである。その甲斐があって、一考が1時半ごろ訪問した時点では、とりあえず、この日の一回目の通じを終えていた。錯覚で便秘日数を一日少なく数えていた一考は、その報告にほっとしたのである。
しかし、便秘薬服用時に経験する複数回の通じに備え、帰宅する4時頃に再度トイレで頑張ったが、この時点では2回目の通じはなかった。夜中が心配である。介護士さんにそのことを伝えて帰宅した。なお、この日の午後に一階の大広間で、ハーモニカの演奏会が行なわれたが、通じのことが気掛かりで、雅子は欠席した。
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