昨夜は久し振りに会社のOBメンバーの何人かと懇親した。妻の雅子のいる雄琴の施設のアクティバ琵琶の近くにある雄山荘という立派なホテルでの一席だった。高台に建っていて、窓からは琵琶湖が一望され、アクティバ琵琶も眼下に見下ろせる。素晴らしい眺めに酔い、美味しいお酒、料理に酔もってしまい、どうして帰ったか全く記憶がない。朝起きると、コンピューターのある仕事部屋の机の下で寝込んでいた。どうやら、大きな失敗もなかったようで、ほっと一息ついたところである。
さてと、今朝の新聞(日経)をみると、社説では「前原氏らは代表選で小沢氏と渡り合え」とあるし、岡田氏が小沢氏と異なる認識で、代表選に「熟考中」とある。無投票で三選を期している小沢氏に、一陣の風が起きつつある。前原ファンの筆者には、面白い動きである。
一方の福田総理だが、どうも煮え切らない。内閣改造をやるのか、やらないのか、相変わらずのお惚け振りが続いていて面白くない。筆者としては、思い切った人事の刷新は大歓迎である。
小沢一郎、原辰徳、宮里藍の笑顔を見たくない筆者だが、新たに、福田康夫氏の笑顔も見たくなくなった。筆者も変わり者なのだろう。
2.連載(553) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(181)
第五章 施設生活半年を終えての総括(19)
(2)マッサージ復活へのあれこれ(その4)
いずれにしても、今までの雅子の治療に関する対応は、骨太方針のない行き当たりばったりの泥縄式の繰り返しだったが、可能性があると思われるものには何でも食いついて治療への寄与を期待して取り組んだが、残念ながら、それらが報われたという感触はない。
4月度に吉田病院で定期診断を受けた際に、春日先生から、右手を使って字を書くことを訓練してみてはという示唆があった。
全く何も出来ないと諦めていたので、それまでには、そのようなことは、思いもつかなかった示唆だった。なるほど、それこそがリハビリなのだろう。何とか、それに挑戦してみようと思い始めた
翌日から、そのことを実行に移そうと試行錯誤を開始した。先ずは、何とかペンを握ることが先決で、そのための訓練を始めたのだが、それが考えていた以上、雅子には難しい作業だった。握り易いように、少し太めのマジックペンを握らせるのだが、手が震えていて、とても無理だった。そこで、とりあえず、数日は、ペンを握る訓練に終始することにした。焦っても始まらない。ゆっくりと構えてゆこうと一考は考えていた。
一方、雅子の姿勢は相変わらず俯き加減の姿勢である。頭が重そうで気になり、それを持ち上げてやろうとすると止めて欲しいという。首が痛いようだ。仕方なく、そのまま様子をみるのだが、気掛かりな姿勢だ。それだけに、ペンを握らせようとしても、その姿勢が、握ろうとする試行を邪魔しているように思える。このままでは、リハビリもうまく行かない。どうしたものかと思案に暮れる毎日だ。
それから、早いもので一ヶ月が過ぎたが、このリハビリもいつの間にか、実行するのが億劫になり、何の成果も残さないままお蔵いるの状態になってしまった。三日坊主と言うよりも、雅子には向いていないリハビリのようなのだ。一口で言えば、遣り甲斐のない作業だからである。(以下、明日に続く)
3.速報、昨日の雅子(199) 7月25日分
午前中に入浴、マッサージは午後だった。通じもあって、体調はよかったようだ。少ずつ続けている朗読で、村山由佳の「天使の梯子」を読み終えた。処女作、「天使の卵」と同じパターンの作品だ。彼女は年下の男性がすきなのだろう、と改めて思った次第である。雅子の、感想も、まあ、まあといったものだった。
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