プロフィール

Author:相坂一考
滋賀県大津市出身
07年1月に推理小説「執念」を文芸社から出版

このブログは4部構成です。冒頭の枕に続いて、
1部が「独り言コラム」でキーワードから世の動きを捉えようと試みる。
2部が「プライベートコーナー」で妻、雅子の近況。
3部が連載「難病との闘い」です。
(09−02−16に修正。09−03−01に再修正、09−09−30に3度目の修正)


 

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696 好評、不評

 麻生総理が発表した定額給付金は、一時は好評の向きもあったようだったが、具体的な対応で話が揺れ始めたこともあって、今では、極めて不評になって来ている。昨日の段階では、法的な対応が必要となると間に合わないということから、所得制限は設けずに、受け取るか辞退するかは国民が判断するのが良いと総理が裁定した。さあ、どうなるのか、国民の不評は更に大きくなっている。
 元幕僚長の田母神俊雄氏の論文を巡る問題で、結局、同氏は懲戒免職ではなく、定年退職扱いになった。高額の退職金に対しては、「辞退して欲しい」と呼びかけていて、これまた極めて不評である。同氏は、今年4月の名古屋高裁での「イラクでの活動を違憲」とした判決にも「そんなの関係ない」とちゃかした発言をしたことでも、不評を越えた批判を受けている。今日の午前中に、同氏は参議院で参考人招致されて質問に答えることになっている。不評の回復が出来るのか、不評の上塗りになるのかが注目される。
 二日前の夕方、夕食の準備をしながら、日本テレビの人気番組の「笑点」をメイン画面にし、NHKの大相撲中継を音声なしの副画面にした2画面で見ていた。結びの一番の横綱白鵬と安美錦の対戦で、際どい勝負になって、二人が同時に重なり合って土俵上に横転したのが映し出されたが、音声がないので、一瞬、どちらが勝ったかが分からなかった。横綱が負けた場合には、いつも座布団が飛ぶので、それがないから、やはり横綱白鵬が勝ったのだろうと思っていた。ところが、何と、安美錦が金星を取っていたのである。そういえば、座布団を投げるのを防止するため、座布団を繋げた対策が取られていて、その効果が発揮されていたのだ。「なるほど」と思う一方で、これは喜怒哀楽の表現が抑えられた訳で、好評なのか、不評なのかと意見が分かれる処であろう。
 淀川水系の4つのダムの扱いで、国の河川計画案に対して、滋賀県の嘉田由紀子知事、京都府の山田啓二知事、大阪府の橋下徹知事の三人が会談し、大戸川ダム(大津市)は計画に含まないように申し入れることで合意したと言う。何十年も掛けて議論してきている話で、不必要だとの検討委員会での意見も出されているにも関わらず、国の方針は言い出したら聞かない子供のようで、地元民には極めて不評である。
 ところで、最近の麻生総理の振る舞いだが、学生との対話、商店街の店主との会食、ホテルでの飲酒など不評が多いように思う。単なる選挙用のうわべの振る舞いと見られ勝ちで、内閣支持率も次第に下降して来ていてピンチである。どう克服するか、その手腕が問われている。
 さて、このブログの評価はどうなのか。そんなの気にしないとしていて、不評でも続けるのが筆者の意地である。とほほ……。

2.連載(661) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(278)
  第六章 真夏の夜の夢(129)

(8)決行へのカウントダウン(その15)
 琵琶湖大橋を過ぎると、マイアミビーチ、佐波江、牧などの水泳場を駆け抜けた。長命寺川を渡ったところで左折して、一旦さざなみ街道を離れて長命寺の前を通過した。
 長命寺は西国三十三箇所観音霊場の三十一番目の札所だ。聖徳太子が建立したというお寺で、雅子が元気だった頃、雅子の運転でここに来て札所で記念のサインをしてもらったことが思い出される。本堂は長命寺山(333m)の8合目(250m)にあって、途中の808段の石段を二人で頑張って登ったのは、平成元年の連休の頃で、今は昔である。
 一考の運転する車のコースは、その長命寺山を琵琶湖岸沿いに迂回する険しい山道に入った。一考はこの曲がりくねった道が気に入っていた。木が鬱蒼と茂っていて、琵琶湖はその木々が途切れた合間から時々見える程度である。かつて、夏だったが、歩いた時には、冷蔵庫の中に入ったような涼しさがあったのを思い出す。道が曲がりくねっていて運転は要注意だが、逆にその分が楽しいドライブコースなのである。当初、この辺りも、自分の幕引きの舞台の候補にぴったりだと考えたこともあったが、自分の最後の舞台ということに拘ると、やはり第一印象で気に入った奥琵琶湖の辺りと決めたのである。
 つづら折の坂道が一段落したところに休暇村近江八幡がある。そこを突っ切って走ると再びさざなみ街道に合流した。時計を見ると9時半を少し過ぎていた。そこからは彦根までは単調な一本道で一気に突っ走り、その先の米原を過ぎた一角にある「近江母の郷」という道の駅で、一旦休憩を取った。10時10分頃である。
 トイレなどで10分ぐらいの短い休憩の後、さざなみ街道を更に北上、長浜城の前を通り、更に進むと信長時代に有名な古戦場となった姉川を渡る。そのまま更に進んで、尾上温泉を過ぎると間もなく短い片山トンネルがある。この間に二つの道の駅があったが、そのまま通り越した。
 そして、国道8号線に出て賎ガ岳トンネルを通り塩津から国道303号線に入り、奥琵琶湖パークウエイに進もうとしたが、工事中で一方通行になっていて入れず、一旦永原方面に向かい、岩熊トンネルを通って大浦に出て、大きく遠回したルートて奥琵琶湖パークウエイに入り、つづら尾展望台までの九折の坂道をくねくねと登った。頂上に到着したのは11時半少し前だった。数年前のドライブの際にも、ここにも、雅子を連れて来て景色を見せてやろうとしたが、車椅子では下が見下ろせずに断念したことが思い出された。
 天気はよく気分も上々だった。一考は、ここで立ち食いのうどんを食べて短い休息して、先に進んだ。一考の目的としていた奥琵琶湖の一角はその先にあった。(以下、明日に続く)

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