プロフィール

Author:相坂一考
滋賀県大津市出身
07年1月に推理小説「執念」を文芸社から出版

このブログは4部構成です。
冒頭の枕に続いて、
1部が「独り言コラム」でキーワードから世の動きを捉えようと試みる。
2部が「今朝の一考と昨日の雅子」で妻、雅子の近況。
3部が連載「難病との闘い」です。
(09−02−16に修正。09−03−01に再修正、09−09−30に3度目の修正、09−11−09に4度目の修正)


 

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697 凄い! 死を意識した癌との闘いの中継

 昨日、TBSで、先日亡くなられた筑紫哲也氏の特番があった。肺がんの告知を受けてからの500日に渡る闘いの日々を、同氏の直筆で綴った日誌、或いはその間の番組出演などの記録を基に編集されていた。日誌はその戦いの模様を感動的に伝えていた。一旦、回復に向かうかと思われた時期もあったが、転移の夥しさには堪えられなかったようだ。胸を打つ感動の特番で、それは、まさに同氏の死に至る心打つ生中継に相当する迫力があった。後半、同席した2代目の女性キャスターを勤めた草野満代さんが涙していたのが印象に残った。改めて筑紫さんのご冥福をお祈りします。
 この番組を見ていて、もう15年前に遡るが、フジテレビのアナウンサーだった逸見政孝氏の場合が思い出された。同氏も癌であることを告白し、とことんまで担当の番組を努めた律儀なひとで、番組降板から3ヶ月での気の毒な死であった。
 お二人とも、癌と向き合って闘った立派な戦死だったと言えるのではないだろうか。
 ところで、筆者は、目下、このコラムの後に連載している「難病との闘い」で、難病の妻の介護を続ける筆者が、突然、余命1年の癌であると告知されたという設定で、筆者がどんな闘い、選択をするかを書いている最中である。フィクションではあるが、そんな日が来ないとは言い切れないだけに、心の葛藤は複雑で苦しい。
 なお、自分の死を覚悟しての驚くべき死の演出をした事件では、昭和45年11月25日に、あの三島由紀氏の事件が思い出される。市谷の自衛隊駐屯地に乗り込んで、最後の演説をし割腹自殺をした衝撃の事件だった。今もって筆者の記憶に強く残っている。死は演出すべき対象ではないと思うが、時としてそんな形で訴えたい時があるのだろう。
 そんな尊い死がある中で、昨日も「誰でも良かった」と言って、19才の少年(?)が銀行員を車でひき殺すという痛ましい事件が千葉県香取市で起きている。全く許せない事件が絶えないのは残念だ。
 そうかと言えば、昨日和歌山で行なわれた近畿ブロック知事会魏で、兵庫県の井戸知事が、東京で関東大震災が起きれば、大きなチャンスだととんでもない発言をしたという。問題発言の多いあの橋下徹大阪府知事さえが、この発言は不適切な表現だと指摘している。命を粗末にするような軽率な発言も許されない。

2.連載(662) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(279)
  第六章 真夏の夜の夢(130)

(8)決行へのカウントダウン(その16)
 パークエウイから戻ると、先ほど通り過ごした岩熊トンネルの手前に戻ってきたので、同じ道を再び大浦に向かった。まさに、大浦から菅浦、岩隈を周回したことになる。ここで、再び大浦に戻る手前で、一考は寄り道した。何となく気に入っていたJR永原駅に寄ったのである。一考は、田舎の風景の中に建っているこの駅舎に何とも言えない味、親しみを感じていたからだ。ここで、少し休すんだ後、いよいよその目星を付けてある最終の舞台となる目的地に向かうのである。
 コースは、永原駅から大浦に戻り、今度はそこを右折して道なりに進む。その道は、海津大崎に続く湖岸を走る道幅の広くない道である。琵琶湖を左に見ながら進む風景は、気分を爽快にしてくれる。実に楽しいドライブウエイである。桜の頃は、この一帯は一段と素晴らしい光景を提供してくれる。有難いのは、いわゆる有名な観光地と違って、そんなに混まないことである。一考は、ゆっくりを車を進めながら、具体的にどの辺りが自分の考えている最後の舞台に最適なのかを考えながら車を進めて行く。この日、東回りにしたのは、この方向からの角度の方が、 車を適格にその舞台に向けて突っ込み易いと考えてのことだった。何回か、西回りにドライブしていてそう考えていたのである。
 一考が目を付けていた場所は、この湖岸通りにある5つの小さなトンネルを介した一角だった。この東回りから見れば二箇所にチャンスがあると一考は捉えていた。一つは、最初のトンネルに入る手前のゾーン、もう一つは5番目のトンネルを抜けて少し進んだゾーンだった。いずれも、ガードレールは無く、車を思い切って琵琶湖の方に突っ込むことが出きるからだった。つまり、それ以外の場所はガードレールがあって不適切である。しかし、気になったのは、その二つの候補のゾーンとも、琵琶湖からの段差がそれほど大きくなく、水深も随分と浅いような気がしていたことである。恐らく、車全体が水中に沈むぎりぎりの深さのようで、そんな状態でことが達せられるかと言う不安はあったが、少し窓でも開けておけば、水が入り込んで来て溺れる形になりそうで、何とか目的を達することが可能だと考えるのだった。
 そういう意図から、その辺りは、車のスピードをぐっと落として、その付近をじっくりと観察しながらのドライブとなった。特に、二つの候補のソーンでは、その際のことを頭に描きながらハンドルを握っていた。そして、それなりに自信を得た一考は、そのまま今津に出て、そこから国道161号線に入り、白髭神社から近江舞子を経て堅田を通り、2時前には雄琴の施設に戻った。この日の下見で、一考のもやもやしていた心のわだかまりは消えた。
 施設に戻って、雅子に明後日のために、琵琶湖の下見をして来たと話すと、彼女はただ黙って頷くように首を動かしていた。(以下、明日に続く)

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