昨日の全国知事会で、麻生総理が「地方病院での医師の確保は大変だ。社会的常識がかなり欠落している人(医師)が多い、とにかくものすごく価値観が違う」と発言したことが話題になっている。
これに対し、民主党の鳩山幹事長は「常識が欠落しているのは麻生総理の方だ」と反発して波紋を呼んでいる。先に漢字の読み方で味噌をつけていただけに、麻生総理の旗色は良くない。
一昨日の夕方に行なわれた党首会談でも、小沢代表の奇襲に、「あんた」と呼ばれたりして、たじたじだった麻生総理で、ここでもその旗色は芳しくなかったようだ。いいずれにしても、このところの麻生総理の立場は、段々と追い込まれていっているようで心配だ。
一方、攻めに出た小沢代表も、身内から、その独断的な対応で、不満が出ているようで、旗色は必ずしも芳しくばかりではなさそうだ。
さて、元厚生省事務次官への二つの連続テロ事件は、民主主義国家では許せない行為で、国民がその捜査の展開に注目している。しかし、さすがに日本の警察で、合同操作本部での懸命の捜査で、細かい犯人の行動などが段々と明らかになりつつある。素人ながら、筆者の感じでは犯人サイドの旗色は良くないと見ている。新たな犯行が心配されているが、それは致命的な尻尾を出すことになり、犯人逮捕に直結する可能性が高いだろう。そういう意味で、これ以上の犯行の大きな抑止力となっていると思う。頑張れ、合同捜査本部と申し上げておこう。
次に、経済の世界だが、米国では、自動車3大メーカーへの支援を巡って瀬戸際の議論が続いているようだが、まだ結論は出ていない。どうやら、再建のシナリオが不透明のようで、メーカーサイドの旗色は必ずしも芳しくなさそうだ。この種の議論の展開を見ていると、日本でもそうなのだが、国の根幹を支えている大企業は「潰せるものなら潰してごらん」と開き直れる強さがある。この辺りに国民、政府が強いジレンマを覚えるところである。そんな中で、米国ダウは、今朝も400ドルを越す大きな下げで引けている。どこまで行くのか、今日の東証の旗色は、どうしようもないくらい悪い。
そんな中で、日本の旗色が好転する朗報があった。今朝、日本時間の未明にカタールのドーハで行なわれたサッカーのW杯アジア予選で、日本チームが3−0の堂々の快勝でカタールを破った。アウエーの戦いで、苦戦が予想されて旗色が芳しくなかっただけに、サッカーファンにはうれしい勝利であろう。これで予選リーグ突破に旗色は一転してよくなったように思われる。
最後に、筆者の私生活だが、難病と闘っている女房の症状は相変わらずで、旗色は今まで通り芳しくない。我々は、旗色に一喜一憂しないようにして、毎日を楽しく闘っている。
2.連載(670) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(287)
第六章 真夏の夜の夢(138)
(9)さよならを告げる旅(その6)
時間は非常である。一考の演出、主演のドラマは刻一刻と大団円に向かって静かに時を刻んでいる。
不思議な気分だった。じっと景色に見入っていた一考は、その雄大な琵琶湖から、さりげなく「さあ、いらっしゃい」というささやきを受けているように感じ始めていた。そして、それが、何とも言えない心の落ち着きを、一考に与えてくれているようで、その呼びかけに「あなたのところへなら躊躇することなく飛び込んで行ける」という一考の安堵の心の動きに繋がって行ったのである。
やがて、一考は、その視線を、自分の前に運ばれて来ていた料理に移した。和食のモーニングセットだが、値段の割にそれほど大した内容ではない。鮭、野菜、卵、味噌汁といった典型的な和食のお膳だった。見た目には、とても美味しそうに見えるのだが、今夕に大きな演技を控えている今の一考には、食欲らしきものは一向に湧いて来なかった。それでも、一考はゆっくりと箸を手にして、その料理に軽く手をつけたのである。と云うのも、一考は、そうすることを、一種のセレモニーと位置づけていて、少しでも箸をつけておくことが必要な行為だと考えていたからである。加えて、初めてこのPホテルの最上階まで来て、琵琶湖の雄大で素晴らしい景色を見せてくれたお礼としてのお返しの意味もあった。何も手をつけなかったら、やはり失礼になるだろうとの一般的なエチケットとしての行為でもあった。
暫くして、一考はその琵琶湖とは反対側の山側に目を移した。琵琶湖側と違って、町並みはごちゃごちゃしていて景観は今一つだった。ちょうど日曜日ということで車の数も普段より少なく、静かな町並みに映っている。一考の視線は、JRと京津電車の駅が接近している膳所駅辺りから、少し東に進んだ先にある学校に当てられていた。一考が三年間学んだ高等学校である。受験という戦いがあって、青春と言った華々しい思い出がほとんど残ってはいない。それでも、不思議なことに、何人かの女性の顔が浮んで来たのである。僅かな青春時代の痕跡にほっとしたものを覚えるのだった。総じて、受験勉強を結構楽しんでいた3年間だったように思う。いろいろと考えを巡らしているうちに、最後の思い出として、そこに顔を出してみようという気分になるのだった。
我に返って、時計に目を遣ると、もう10時になっていた、特に、係りのボーイからは直ぐに出てくれとは言われはしなかったが、一考は頃合を見計らってレストランを出た。料理の大半は残したままだったが、雄大な琵琶湖の景色に満腹だった。生まれた場所の景観をじっくりと鳥瞰出来たことに満足だった。これも、あちらの国に入国する際のちょっとした土産話になると思うのだった。(以下、明日に続く)
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