プロフィール

Author:相坂一考
滋賀県大津市出身
07年1月に推理小説「執念」を文芸社から出版

このブログは4部構成です。
冒頭の枕に続いて、
1部が「独り言コラム」でキーワードから世の動きを捉えようと試みる。
2部が「今朝の一考と昨日の雅子」で妻、雅子の近況。
3部が連載「難病との闘い」です。
(09−02−16に修正。09−03−01に再修正、09−09−30に3度目の修正、09−11−09に4度目の修正)


 

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706 立派な社会貢献

 楽天イーグルスで今年21勝を上げて、投手部門の三冠王に輝いた岩隈久志投手が、今年のゴールデンスピリット賞を受賞しが、その授賞式が昨日、都内のホテルで行なわれた。
 この賞は、報知新聞社が主催する賞で、日本のプロ野球選手の社会貢献活動に寄与した選手に与えられる名誉ある賞であり、今年で10回目を迎える。選考委員の一人である巨人軍の終身名誉監督の長島茂雄氏から「おめでとう」の声を掛けられ、緊張気味のその顔は明るく輝いていた。
 同氏は、本拠地の宮城球場に福祉施設の児童を招待する「岩隈シート」を設置、昨年からは、1勝につき10万円をボランティア団体に寄付、また、岩手、宮城内陸地震にも交流戦のMVP賞の100万円を寄付している。
 この賞の過去の受賞者を見ると、松井秀喜選手から始まり、片岡篤、中村紀洋、飯田哲也、井上一樹、赤星憲広、ボビーバレンタイン、和田毅、そして、昨年は三浦大輔の各氏が受賞している。中でも、赤星選手は盗塁数と同じ数の車椅子を寄付する活動を継続中である。今年も昨日その贈呈式が行なわれ、自らのサイン入りで42台の寄贈が行なわれたという。 
 いずれも立派な、有難い、素晴らしい行為である。筆者が障害者の妻を持って5年近くになるが、この種の社会貢献は本当にうれしいものである。
 同様な活動は、芸能界でも幾つか見られる、筆者が承知しているものでは、島田紳助が司会する人気番組の「行列のできる法律相談所」で、カンボジアに学校を作ろうと、多くの芸能人、有名人の協力を得て、彼らの書いた絵画などの作品を競売して得た利益をそれに還元している。今後の問題は、その後の学校の維持をどうやってゆくかの課題が残る。しかし、とりあえず作ることから始めてみることには、大いに意義があると思う。
 他にも、NPO、NGOによるこの種の活動は盛んなようだが、最近ではあまり目に見える形にはなっていないように思う。弱者を助け、困った人を救う活動は人間が行なう素晴らしい活動の一つであるという認識が広まることで、更なる拡大に繋がるのではなかろうか。
 さて、そんな温かい動きがある一方で、現実は本当に厳しい。毎日、毎日、凶悪な犯罪、心無い犯罪、悲しい事故のオンパレードである。もぐら叩きではないガ、一つ一つ解決して行く地道な努力は避けられないが、もっと根本を断つ教育から始めねばならない気がしている。口で言うのは簡単だが、本当にそれを果たすのは至難の業だと思う。
 そういう意味では、今の麻生内閣では、如何にも覚束ないというのが誰もが考えるところだ。政界のヒーロー、ヒロインはいないのだろうか。

2.連載(671) 難病との闘い 第2部 小さな幸せを求めて(288)
  第六章 真夏の夜の夢(139)

(9)さよならを告げる旅(その7)
 Pホテルのレストランを出たのは、10時15分頃だった。時間はまだ充分にあったので、時間つぶしを兼ねて、一考はレストランから眺めていた母校である高校を訪ねてみることにした。ホテルから、10分程度の距離にある。卒業以来の訪問で、実に半世紀ぶりのことである。
 今、来し方の人生を振り返って見て、ある意味では、高校時代が一考にとっては全盛時代だったかもしれないと思うことがある。とにかく夢があった。ゆとりがあった。そして自分の力に自信のようなものが漲っていた。中学の卒業の2ヶ月前に田舎の中学校から大津市内の中学校に転校した。高校受験間際の転校で、心配してくれる人もいたが、高校受験には何ら影響することもなくすんなりとそのステップを余裕を持って通過できた。マラソンで言えば、5Km時点をトップグループで通過したといった感じである。
 高校に入って最初の担任の先生がK大学出身の化学の先生だった。その先生との出会いが一考に化学と云う世界を魅力ある世界として捉える切っ掛けをつくってくれた。今になって思うと、それがどうやら早とちりだったのではないかと考えることがある。後に、営業活動に転進したからである。
 とにかく、この高校の3年間はかなりのゆとりをもって楽しく勉学に勤しむことが出来た。二年生の時に上級生を交えた実力試験で、三年生の方の上に顔を出したことがあり、それが自分に勢いをつけてくれたと同時に、過信に繋がったように思う。それは、後になって小説を応募した最初の作品が、第一次選考をパスしたと同じで、貴重な切っ掛けと勢いをくれたのと似ていて、ビギナーズラッキーに止まったように思う。しかし、結果的には。その勢いで大学受験は何とか突破はしたのだが、気になっていたのは、その受験を目前にした頃から、急速に記憶力の低下を意識するようになったことだった。そういう意味では、学力、能力の絶頂期は高校2年生の頃から3年生の前半だったように思う。
 因みに、高校時代を総括してみると、楽しんで過ごせた青春の一時期だったことは確かである、しかし、一生の付き合いを生むような親しい友人を得たわけでもなく、女性とのドラマティックな出会いは皆無だった。女性に関しては、自分が見映えしない男であるとの自覚から来る諦めが先行していて、自分から積極的に前に出るようなことはなかったからだと思っている。少し勉強ができたということで、何人か方から声を掛けられたことや、気に入った女性に密かに恋する片思い程度が精一杯で、それ以上に進むことはなく、そういう意味では淡白な味気ない時代だったとも言える。
 とにかく、半世紀ぶりに見る母校はすっかり変わっていた。校舎は、卒業後間もなくに全面改築されていて、敷地内のレイアウトも全く違っていたことで、昔を偲ぶ面影は何も残っていなかった。従って、こうして、校舎の近くで佇んでいても、視覚面からは、それ以上の当時の懐かしさは甦って来なかった。一考は何か物足りなさを覚えていた。(以下、明日に続く)

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