今朝は、5時10分起床。肌に感じる寒さは昨日よりはマイルド。
さて、昨夜は、注目していたフィギュアースケートを楽しんだが、浅田真央さんの3連覇は期待通りでお見事だったが、それよりも村主章枝さんが、この日の自由演技でトップを奪い、総合で2位に食い込んだ活躍は、久し振りの会心の出来だったようだ。このところ、陽の当たるところから遠ざかっていただけに、本人もほっとしているだろう。何よりも、荒川静香の先輩であるという誇りを取り戻すためにも、来年の世界選手権で上位入賞を果たしたいとの目標を立てているはずである。頑張って欲しい。なお、初日にトップに立った中野友加里さんの5位転落は意外でお気の毒だった。勝負の微妙さは何処の世界にもあるが、掴みどころのないものだ。
なお、この放送も1時間ほど遅れての録画放送で、結果は先にインターネットで報道されていた。それだけに、ある意味で安心して見ていたのだが、どうして、生中継をしないのだろうかとの不満がある。生中継なら、感動はもっと大きかったと思う。今や、インターネットの時代である。テレビ局は考えて貰いたい。
一方、昨日の夕方に放映していたTBSの報道特集を、たまたま見ていたのだが、命のバトンタッチというドギュメントに感動した。乳がんと闘う豊後高田市の元教師の山田泉さんが、限られた時間内での命の授業で訴えた、生きる大切さを取り上げていた。その生徒の中に、骨髄性白血病と闘う小学生の木許ひなのちゃんがいて、ひなのちゃんを励ます山田泉さんの珠玉の会話が心を熱くしてくれた。
「生きるということは、人のためにつくすこと」「暗いから小さな星も見えるのよ」「明日があるという幸せ」などと言った山田泉さんの口から迸り出る言葉には、死を恐れずに闘う人間の重みがあって、何とも言えない説得力があって、熱い感動がいっぱいだった。キャスターの田丸美寿々さんも込み上げる熱いものを必死に抑えてのコメントも印象的だった。
その山田泉さんが、去る11月21日に逝去されたという。49歳の短い命だったが、苦しみを堪えて最後まで命の授業を行なった強さ、頑張りには教えられるところがいっぱいだった。一方の、木許ひなのちゃんは中学生になって、柔道部に入って身体を鍛えているという。ひなのちゃんのこれからに、幸多からんことを願っています。なお、このドギュメントには、生中継に相当する強い感動を覚えた次第です。
世の中には、大変な病気で厳しい闘いをしている方が沢山おられる。それらの方々に勇気付けられることが多い。頑張らなくっちゃと改めて思う。
2.連載、難病との闘い(708) 第三部 戦いはまだまだ続く(5)
第一章 2008年下期の二人(5)
(1)先ずはわが身の健康(その5)
指先の切り傷は、結局、約一週間ほど通院し、抜糸してもらって一段落となった。後になって、別の医者に、このことを話したら、ワーファリン常用者の厄介なのは、例えば、歯医者での抜歯が厄介で、通常の歯医者はやりたがらないよと教えてくれた。一考は、大分前から歯医者には定期的に通院していて、抜歯候補の歯があることを承知しているだけに、厄介なことになったなあという重い気分になるのだった。暫くして、歯科医を訪ねて、ワーファリンの話をすると、「抜歯が必要になったら、日赤病院の専門医を紹介しますから大丈夫です」とアドバイスしてくれた。やはり、一般の町医者では出来ないということのようだった。
とにかく、あのお猿の恩返しの夢が一考に改めて自分の健康の大事さを意識させることになったのは、結果的にはいいことだったが、逆に言えば、それまであまり気にしていなかったことにまで、不安、心配を覚えることになったのである。今や、雅子を置いて先に逝くことが許されない立場だけに大変なのである。
そうは言っても、人間は年を取ってくれば、それなりに老化も進み、老化現象の延長上のことだと思われるような身体の劣化は進む。そういう場合にも、余計な気を遣うようなことがいろいろと出て来る。
一例を挙げれば、今年の2月頃だったが、原因の分からない足の指のしびれに戸惑ったことである。雅子の病気が発覚する前兆が、右手の人差し指に力が入らず、しびれるというとだったので、若しかしたらという不安が先行し医者に診てもらったが、心配はないということだった、確かに、そのしびれは、その後自然に消えてくれて今は全く心配はない。
また指の事故から3ヶ月ほど経った今年の10月半ばだった。背中サイドの腰の上部に鈍痛を覚えて、若しかしたら厄介な病気かも知れないと不安をもったことがあった。かつて、同様なことが切っ掛けで、大変痛い思いをした病気を患った経験をしていて、若しかしたら、その再発ではないかという心配になったのである。
それは、尿管結石という七転八倒の痛さを味わった苦い思い出だった。退職後、一考がまだ東京で一人で生活している頃に味わった大変な痛さだった。その日、井の頭線で渋谷に向かう電車の中で、自宅を出る時から感じていた腹部の後ろ側の痛みが少しずつ酷くなり始めたのである。その痛みの強くなり方から、どうも尋常ではない、これはいかんと思い、急遽渋谷に出るのを中止し、直ぐに自宅に戻ったのである。
今回の一考が覚えた不安は、腹部のその鈍い痛さが、東京時代のその時に味わった痛さに似ていたことから、咄嗟に、その時に尿管結石の苦しさを連想させたのである。(以下、明日に続く)
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