5時10分起床、寒さはそれほどでもなさそう。
昨日、元の会社から、来年の卓上カレンダーと手帳が届いた。いつもと違ってお願いをしての送付だった。やはり、不況の波の影響かもしれない。ともかくも、OBを大事にしてくれているのは有難く、小さな感動すら覚える。この二つは使い慣れていて、今でも愛用している。御礼を申し上げる次第である。これで、いよいよ新年を迎えるということで、改めて慌しさを覚えるのである。
さて、感動と云うと、昨日の午後は、妻のいる施設の雅子の部屋で、読売テレビの人気番組「たかじんのそこまで言って委員会」を見ていて、ここでもちょとした感動を覚えた。番組では、タブー視される同和問題を扱っていたが、筆者は、正直言って、この問題は、根深い問題であることは承知しているが、その問題の本質、つまり、何が問題なのかを充分に理解している訳ではない。かつて、自分を含めた姉妹達の結婚相手を決める時に、両親が相手の方の身元を調べていて、その種のことを確認していたことが記憶にある程度である。
番組では、村崎太郎という方が出演し、苦労された話が披露されていたが、この同和問題は、米国の黒人問題や日本での第三国人扱い以上に、深刻そうで、その解決には、まだまだ時間が掛かりそうに思えた。パネラーの一人として出演していた山口もえさんの独特の発言が、番組の重苦しさを吹っ飛ばす立派な内容で、そのコーナーを締め括る役割をしていた。具体的な発言内容は忘れたが、その厳しい雰囲気を和まし、ほっとさせた発言で、それが、台本にないアドリブ発言だとすれば、彼女は、見かけによらず、大したものだと思った。不覚にも、筆者は込み上げて来る小さな感動を覚えたのである。
この日は、もう一つの感動があった。このブログでも取り上げたが、今期の将棋竜王戦での渡辺明竜王が羽生善治名人を挑戦者に迎えての見応えのある七番勝負だった。昨日の深夜にTBS系列の「情熱大陸」でこのドギュメントの特集があり、その鮮烈ドラマに改めて感動したのである。本人も信じられないと方っていたが、3連敗、4連勝という将棋界初の大逆転で、渡辺が竜王位を防衛し、初代永世竜王の称号を得たのは、あまりにも出来すぎた感動ドラマだった。
岩手県平泉での第三局に敗れて3連敗で帰る時、カメラは一人ぽっちで新幹線に乗る渡辺竜王の姿を捉えていたが、記者の問い掛けに、「敗者はひっそりと帰るものですよ」と言ったセリフと寂しげな姿が実に印象に残った。
この番組に、プロ野球の楽天の監督である野村克也さんが出演していて、追い込まれた時にどうすればいいものかという記者の問い掛けに、同氏の答えがなかなか聞かせるものだった。「開き直ることしかないよね。開き直るというのは、やけくそになってはいけない、ここまで追い込まれたら、自分の能力の全てを出し切って負けようと云うような姿勢だね」というのだった。渡辺竜王には、そういう意味での堂々とした開き直りがあったのだろう。良く仕上がったドギュメンタリー番組だったし、それ以上に、記憶に残る素晴らしいタイトル戦シリーズだったと改めて思うのだった。
2.連載、難病との闘い(709) 第三部 戦いはまだまだ続く(6)
第一章 2008年下期の二人(6)
(1)先ずはわが身の健康(その6)
東京で味わったその尿管結石の話を、少しレビューしておこう。とにかく、渋谷に出るのを中止して自宅に戻ったが、一人での生活は、そういった際に感じる不安は大きい。この時には、腹痛に加えて、これまた今まで経験したことにない残尿感を伴っていた。それは、数日前からトイレでオシッコがスッキリと出切らないというもので、初めて味わったじれったいような嫌な残尿感だった。
さて、どうするべきかと迷ったが、痛さが増して来ていたので、電話帳で適当な病院を探し出し、そこへ出かけたのである。とにかく、自分でアクションを取らないと、誰も助けてくれない。病院は、吉祥寺駅から歩いて10分ぐらいのところにあった。診断結果は、自分には聞きなれなかった尿管結石だった。お薬を貰って帰ったが、大変だったのは、その服用後だった。その翌日だったと思うが、とんでもない痛さが襲って来た。間もなく七転八倒の文字通り辛い体験することになったのである。幸い、暫くして、引っかかっていたその石を排出出来たようで、痛さは嘘のように治まった。しかし、その時の痛さは、今でも忘れていない。
そういう経験から、今回のその鈍い痛さで、その尿管結石を連想したのだが、残尿感を伴っていなかった。とにかく、病院へ行こうと考え、雅子のいる施設に併設されているクリニックを訪ねた。
問診、触診などの診察を終えると、その医者は、尿管結石ではないと断定し、レントゲンも撮って調べてくれた。結局は単なる疲労による痛みで、シップ薬で様子を見ることになったのは幸いだった。疑いが晴れて、ほっとしたのを覚えている。とにかく、神経質になっているようだ。
自分の身体のことでは、一考には、もう一つの別の不安がある。それは、一種のぜんそく気味の咳で、喋ろうとすると込み上げて来るのだ。この症状は、現役時代にもあって困っていたが、その内に治っていたのである。ところが、最近になってそれがぶり返してきているのだ。ドリームスペースでの定番になっているブログの朗読や、一時実施していた小説の朗読で、その咳のため、うまく読めなくて困るのだ。また、電話が架かってきて応接するのも大変で、うまく喋れない。
先日、その状態で歯医者の定期診断に出かけたが、この場合は、喋らなくて黙っていたので大丈夫だった。今のところ、これと言った対応はしていない。ただ、先日訪れた大東先生に話したところ、飲み薬を頂戴したので飲んでみて、様子を見ているが、今のところ効果は出ていないようだ。
いずれにしても、雅子を介護する前提として、自分が健康であることが大事であり、そういう意味では、自らの健康保持には、神経質になるくらい気を使っている今日この頃である。(以下、明日に続く)
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