5時起床。 配達される新聞の厚さが、ここに来て、ぐっと薄くなって来ていて、年末を感じさせる一つの現象である。
さて、慌しい年末を迎え、世界が不況下で喘いでいる中で、イスラエルがパレスチナ自治区であるガザ地区への空爆を続けていて中等和平の進展が後退している。また、タイでもアピシッド新政府に対するタクシン元首相を支持するグループとの間で混乱が起きていて、今年も、地球全体として、平和な新年を迎えるという訳にはいかないようだ。
この一年、筆者はこのブログを通して、自分の独断と偏見で、好き嫌いを全面に出して、話題になった人達のことを取り上げて楽しませてもらった。前にも書いたと思うが、筆者が強く惹かれるタイプ、つまり、好きになってファンとなってしまう対象は、極めて単純で、その人の持っている能力、技術に惹かれる場合である。これ以外にも、嫌いな対象のライバルの方を応援する場合もあるが、この場合は、本当の意味でのファンではない。
そんなファン心理に基づうて、今年一年に活躍した方々を取り上げてみたいと思う。
まず、政治経済の世界だが、国政に関しては、一時の小泉元総理や竹中平蔵氏のような、ずば抜けた人材が登場しなかったのは残念であった。しかし、地方では、橋下徹大阪府知事の登場で、その抜群の行動力には大きな期待を抱かせてくれている。来年への期待も繋がっていて頼もしい限りである。
文化面では、多くの評論家、コメンテーターが、マスコミに登場したのが目立った一年だった。中でもベテランの三宅久之氏のしっかりした説得性のある発言力には、大いに惹かれた。若手では、宮崎哲弥氏がもてもてて魅力を感じてはいるが、最近、少し図に乗りすぎに見えるのが気になる。その一方で、やんちゃタイプの勝谷誠彦氏には、別の魅力を感じていて、同氏の有料ブログの購読者の一人である。作家の東野圭吾氏の魅力ある創作能力にも、少なからず惹かれて、結構多くの作品を読ませてもらった。
趣味の世界では、七つの全てのタイトル戦に登場した将棋の羽生名人の強さに改めて惹かれた。しかし、その対抗馬として、密かに応援していた郷田九段だったが、今一歩吹っ切れなかったのは残念だった。スポーツでは、テニスの錦織圭、ゴルフの石川遼、スケートの浅田真央などの若手選手の技術、将来性には大いに魅せられている。世界を相手に大いに頑張って欲しい。その一方で、ゴルフの不動祐理、相撲の魁皇の二人のベテランの頑張りにも陰ながら拍手を送っている。芸能界では、人気番組を作り上げる一方で、羞恥心というグループを売り出し、M−1を漫才の新人の登竜門として、大きなイベントに育て上げて、プロデュサーとしての力を発揮した島田紳助にも大いに惹かれた一年だった。
一方、アンチファンとしての総括だが、アンチ宮里藍で、上田桃子を応援したが、その活躍は不発に終わってがっかりで、来年は、筆者の贔屓は新たに米国ツアーに参加する大山志保に移る。また、アンチ巨人としての阪神ファンは、監督が岡田から真弓に代わるが、そのまま継続することになるだろう。更に、アンチ小沢一郎で、自民党を応援して来たのだが、来年は政界の混乱が見えていて、どうなるか読めない。密かに民主党の前原誠司氏を応援しているが、彼が再び脚光を浴びるのは、まだまだ先のことだろう。
いずれにしても、筆者のファンの対象になった方々には、今年も大いに楽しませてもらった。来年は、もっと活躍頂き、楽しい話題を提供してくれることを期待している。
2.連載、難病との闘い(710) 第三部 戦いはまだまだ続く(7)
第一章 2008年下期の二人(7)
(2)雅子の症状(その1)
さあ、ここから暫くは、現時点(08年末)での雅子の症状について、大まかに紹介をしてみよう。
進行性の病気とは、本当に良く言ったものだとつくづく思う。少し、症状が安定したように見えると、どうやら、症状の悪化も、行き着くところまで行ったんじゃないかと思ってほっとすることが今までにも何回もあった。しかし、暫くすると、それが裏切られていたことが分かってがっかりする。そんなことを繰り返して今日を迎えているのである。そういうことで、最近では、これで一段落だというようなことは信用しないことにしている。
つまり、今でも、雅子の病気は、少しずつではあるが徐々に悪化が進んでいるのである。ちょうど、ちょろちょろと湧き出ている水が、ある期間が経過すると、思わぬ水量になっているようなもので、あら、こんなにまで、悪化が進んでいるのかと本当に驚かされるのである。
そんな中で、最も目立って悪化が進行しているのは、何と言っても言葉、発声の面である。とにかく、その声の力ががっくりと落ちて来ているのだ。端的に言えば、声が出難くなって来ていて、その音声も、蛙が水の中で屁をしたような程度で、聞き耳を立てて頑張って聞くようにしている。現状を有体に言えば、言葉がはっきりしていなくて、何を言っているか理解できないという悲しい状態になっている。本人は一生懸命になって発声してくれているだけに、気の毒で仕方がない。こちらが理解していないと分かると、分からせようと繰り返し、繰り返し、一生懸命になって頑張ってくれるので、取り敢えずは、もういいよと言って止めさせる。繰り返すことで、本人の疲れが増すことにいなるからである。従って、今、困っている一つは、コミニケーションの問題である。
もともと、コミニケーションのことでは、この施設に入居する前から心配なことの一つだった。普通の身障者の場合には、緊急のボタンなどで介護室に知らせることはできるのだが、手足を始め身体全体が全く動かせず、そういうボタンを押すことが出来ないということで、事前に相談し、自宅でやっていた音声モニターを雅子の部屋に備えることで、その機能のテストも行っていた。その時点では、雅子がまだ声を出せて、物が言える状態だったからである。しかし、入居後、暫くして、その音声モニターも設置する意味もないような状態になってしまったのである。(以下、明日に続く)
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