世界によっては、表舞台より裏舞台の方が面白いという。政界はその代表的な世界であろう。麻生降ろしでのうごめきが活発だ。
1.独り言コラム
反麻生グループの会合が、昨夜は二つのグループで行なわれた。一つは、中川秀直元幹事長を軸とした者の集まりで、小泉純一郎元総理、武部勤元幹事長、佐藤ゆかりなどが集まったようだ。先の横須賀市長選挙で、小泉氏が押した現職候補が敗れ、あの小泉さんの神通力にも陰りが出てきたという中で、御大自らも加わっての会合で、「野党になることもあってもいい」との発言もあって、報道陣の注目を集めていた。
また、塩崎元幹事長を軸とする平将明などの若手グループも、時系列的には、上記の小泉氏らの会合の後に集まったようだ。マニフェストを協議するとの表向きの目的だそうだが、麻生降ろしに関わるもう一つの動きである。
一方、民主党の西岡徳馬参議院議員運営委員長が官邸に麻生総理を訪ねて、臓器移植法案の取り扱いについて意見を交わしたという。話し合い解散を探る動きではとの憶測を生んでいる。重要法案だけに廃案を避けて欲しいと望む国民も少なくないはずだ。
いずれも、大詰めの解散時期を巡る永田町の動きは活発で目まぐるしい。
ところで、試合後の「ぼやき」で人気がある野村克也楽天イーグルスの監督だが、昨日が74歳に誕生日だったようだ。報道陣からの盛大な祝いに、お迎えが近いのではと語っていたが、お迎えがごく近いのは、麻生内閣の方であり、笑っても、泣いても、あと最大72日の命である。
ところで、プロ野球では、早くもオールスターのファン投票のメンバーが発表された。しかし、阪神からはファン投票では誰も選ばれなかった。8年ぶりのことだそうである。「振るわなければ選ばれない」というのは、民意が正直にそのまま現れたものでスッキリである。冗談だが、内閣もファン投票で選べば、もう少しましな内閣が出来るのではという見方もある。
2.プライベートコーナー
3時40分起床。体重、59.7Kg。(昼間取る水分の多さ?) 外は今のところ雨は上がっている。
入院11日目の雅子だが、依然として肺炎が治癒に向かう気配はなく、体温は37.5―37.9度で推移している。顔も少し赤みがあって心配だ。先生からは、新たに生体抗生剤の使用の話があり、その使用に直ちにOKのサインをした。早く、雅子を苦しさから解放してやりたいが、まだ、まだ先になりそうだ。病院、施設、自宅を行き来する多忙な毎日が続いている。
そんな中で、お中元を贈りに西武デパートに行ったのだが、時間が開店の少し前だったので、ドアの前で並んでいたのだが、何気なく、隣にいたご夫人に「今何時ですか?」とお聞きしたところ、その方が「相坂さんでしょう?」と突然名前を呼ばれてびっくり。何と、中学生の同じクラスの方だった。時間を聞かなければ、全くのすれ違いに終ったはずだったが、不思議な再会だった。忙中閑で、暫し、立ち話で昔を偲んで会話を楽しんだ。
3.蓮載、難病との闘い(892) 第三部 戦いはまだまだ続く(186)
第五章 季節は巡る(57)
2.初夏から梅雨へ(15)
(2)いろいろあるね(その4)
この連休を挟んで、多くの音楽家が相次いで亡くなられた。
連休前の4月20日には、歌手の清水由貴子さんが、介護疲れから49歳の若さでの自殺である。お気の毒な死であった。生前の清水さんに、一考は殆ど関心を持っていなかったが、介護疲れの自殺と聞いて胸を痛くしたのである。(ブログ、859回目ご参照)
連休の真っ只中の5月2日には、ロック歌手の忌野清志郎さんが、癌性リンパ管症で58歳の若さで死去された。一考は、もともとロックという音楽そのものを知らなかったし、そんなロック歌手には興味も無かった。しかも、同氏の名前の読み方が難しく、近寄り難い存在だった。しかし、アースマラソンで頑張っている間寛平さんの応援歌を作っていたこと、加えて、その訃報を知った寛平さんが、号泣しながら走っている姿をブログで見て、改めて同氏への関心とロック音楽への関心を抱くに至った。間寛平さんのコメントによれば、自分みたいな芸人にも優しく接してくれた同氏への感謝は、言葉に表せないものがあるという。人間は、名前、外見で判断してはいけないことを改めて悟ったのである。青山葬儀場で行なわれたロック葬には、43000人のファンが参列したという。同氏の死を痛むファンの多さに、改めて驚いた次第である。
その二日後には、シャンソン歌手の高英男さんが肺炎で他界された。享年90歳というから、同氏の場合は、天寿を全うされたと言えよう。独特のムードを醸し出す方で、俳優としても活躍されたが、筆者には初期の紅白歌合戦で幾度か楽しませてもらったことが思い出される。
そして、連休が明けた11日には、作曲家の三木たかしさんが64歳の若さで亡くなった。石川さゆりが歌った「津軽海峡・冬景色」は歌謡史に残るヒット曲だ。他にも多くの優れた曲を残しておられる。
こうした方々の死の報道に接し、一考は、改めて運命と云うものの微妙さを思うのである。人生は見た目では必ずしも公平ではない。長寿に恵まれる人もあれば、もったいないくらいの短命で人生を終えられる方もいる。
自らが68歳、雅子が65歳という年齢で、今も難病と闘っている自分達の現状を思うとき、やはり、苦しくても生きている幸せに感謝しなければならないと、一考は自分に言い聞かせている。(以下、明日に続く)
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