プロフィール

Author:相坂一考
滋賀県大津市出身
07年1月に推理小説「執念」を文芸社から出版

このブログは4部構成です。冒頭の枕に続いて、
1部が「独り言コラム」でキーワードから世の動きを捉えようと試みる。
2部が「プライベートコーナー」で妻、雅子の近況。
3部が連載「難病との闘い」です。
(09−02−16に修正。09−03−01に再修正、09−09−30に3度目の修正)


 

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929 断念

 総合的に成算の見込みがない場合の止むを得ない選択で、当人にとっては、無念で残念な選択である。

1.独り言コラム
 前日には、大きく振り上げたように見えた麻生総理の内閣人事などの人事宣言だったが、終ってみれば、兼務していた二人の閣僚の補充という目立たない小幅な動きに止まった。噂されていた東国原氏の起用、党役員人事は断念したようだ。党内の反対派の力に屈して自分の人事が出来なかったというのが本当のところだという。党内にあつれきと混乱を残したつむじ風のようだった。
 何事も、思うようにならないのが世の常で、情勢を見極め、自分の力のほどを知った上での妥協と云うべき断念は、残念だが、致し方がない選択の一つである。
 筆者が関心を持った最近の断念の事例では、あの高橋尚子選手がマラソンの現役選手から引退した「断念」は印象深い。育ててくれた小出義雄監督から離れて、チームQを結成して頑張ったが、体力、気力、実力の限界を悟ったのだろう。昨年の10月のあの引退を発表した記者会見を思い出すが、賢明な断念だったと思う。
 気になっていたのが、美人ゴルファーの東尾理子さんである。2004年から米国ツアーに挑んでいたが、昨年での成績は全く振るわず、いつも最下位近くの成績で、予選落ちが続いていて、気になっていたのだが、今年は遂に米国ツアーは断念し、日本のツアーに、時々顔を出しているのを見て、ほっとした一人である。地道でも身の丈にあった戦いで実績を高めてゆくのが、結局は早道ではないだろうか。
 米国に乗り込んだプロ野球選手の中でも、怪我や不振で今年は苦労している人が多い。100億円移籍で騒がれた松坂大輔投手も調子が今一つ、また今朝のニュースでは、上原浩治投手も怪我で暫くは故障者リスト入りだ。米国での戦いを断念ということにならないことを祈っている。
 ごく最近の話では、鳩山邦夫氏の長男の太郎氏が、都議選で文京区から立候補する話が進んでいたようだったが断念したという。同区から立候補する保守候補の足を引っ張ることになるからだと言う。
 それにしても、ここに来て民主党の鳩山由紀夫代表にも、政治資金収支報告書に虚偽記載が発覚し、民主党にも揺れていて、大きな痛手である。「鳩山、お前もか」で、上に立つと直ぐにスキャンダルが飛び出してくるメディアの仕組みは凄い。それでも、鳩山当人は、もちろん代表は「断念」しないと強気である。

2.プライベートコーナー
 4時10分起床。体重、60.2Kg(少し重い)、外は小雨が降っている(4時半現在)
 昨夕に緊急手術を終えて一夜明けた雅子だったが、お陰で体温も平熱に戻り、また、血液検査でも、検出された幾つかの異常値もすっかり元に戻っていた。一安心である。実姉の霧子さんがお見舞いに顔を出してくれたし、施設のアクティバ琵琶の日吉ユニットの介護士さんからは、お見舞いの寄せ書きを頂戴した。雅子も、少しほっとした様子に戻っていた。とりあえずの危機を一つ脱し、今週は体調の安定を取り戻し、来週の適当な日に、胆嚢の切除の外科手術を受ける。その手術が次の山場になる。

3.蓮載、難病との闘い(894) 第三部 戦いはまだまだ続く(188)
  第五章 季節は巡る(59)

 2.初夏から梅雨へ(17)
  (2)いろいろあるね(その6)
 高島屋からのカタログだけではない。時には大丸からも送ってくるし、カタログ以外にも同窓会からの案内、或いはそれまでに入会していたいろんなところから、引き続き定期的に郵便の類が送られてくる。それらを見ながら、かつて、雅子が将来のことを考えての手配や思惑が窺われ、健康であったなら、それらを楽しみにしたいと考えていた構図が見えて来て、何とも言えない可哀そうな気持ちに苛まれるのである。
 話は飛躍するが、一考の趣味の将棋の世界では、先に指した手を生かすような手を差し進めるのが、勝利に結びつける大事な考え方とされている。昔、坂田三吉が指した手で「銀が泣いている」と嘆いた指し手は有名だ。これは、1913年に阪田三吉が関根銀次郎(後の第十三世名人)八段との対局でのエピソードで、先を読んで差して置いた端の銀が、結果的には、そっぽに向いた形で遊び駒となって、何の役にも立たずに残ってしまったのを嘆いたのである。
 雅子の今の状況を思うに、それと同じような状況になっていることが実に多くある。定期的に送られてくる郵便物からも、雅子が将来を考えて加入していた会員だったが、今では、ほとんど役に立つこともなくなっていることを思う時、この「銀が泣いている」の言葉を思い出すのだった。
 難病だと気づいた後に、少しでも雅子のことを思って取ったいろんな対応を振り返って見ても、今述べた「銀が泣いている」的なアクションや対応は多い。例えば、リフォームの際に、二階への階段に雅子の安全を期して二本目の手摺をつけた。しかし、それ以降2階へ上ることも出来なくなってしまっていた。また、マイナスイオン効果を期待してのドクタートロンと称される高価な電子機器装置を購入したが、はっきりした効果も得られないまま、無用の長物として部屋の隅に残されている。ウオッシュレット付きトイレもそうである。いずれも、結果的には後追い的に取ったり、購入したりした対応形になってしまったのである。もちろん、その中で、トイレなど幾つかは、今でも使用することは可能だが、一考の生活の仕方では使っていないものがほとんどだ。それらを思うと、まさに、「銀が泣いている」の悔しい気持ちを身を持って味わうことになり、寂しく、無念でもある。
 いずれにしても、人間は、こうして結果的には回りくねった非合理的な足跡を残して一生を終えることになるのだろうと、一考は敢えて恬淡に割り切って考えるようにしている。(以下、明日に続く)

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